ISだが、機体は岩男でも問題ないよな? (暁楓)
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第一話 神様は何でもできるのに、人の不測の死はどうにもできないとか矛盾してね?

 何を血迷ったかIS始めました。よろしくお願いします。


「あんたはこれから転生する」

 

「は?」

 

 いきなり何言ってんだこの人。

 目の前に映るのは真っ白い空間。それといかにも神様が羽織っているような服を来た男。

 どこなのここ。夢か? 夢の中でテンプレ転生物語でも見てるのか俺。

 

「残念ながら夢じゃねーよ」

 

 頭ん中見んなよ。

 ……って、夢じゃないの? それって俺、もう死んだの? 神様のミスで事故ったの?

 

「いや、死んでねーけど」

 

「は?」

 

 本日二度目。死んでないってどゆことっすか?

 

「確かにミスはしたよ? ちょっとお前の書類を運悪く踏んづけてグシャってやっちゃったよ? そのおかげで予定外の事故で死にかけたよ」

 

「ぅおい」

 

「最後まで聞け。でも私神じゃん? 神様って何でもできるじゃん? なんか下の世界の奴らはそういうミスを修復することはできないとか言ってるけど、それはそいつらの勝手な想像だから。だからちょっと手ぇ加えて修正して元通りにしたよ」

 

「あ、そうなんですか。……じゃあなんでここにいるの俺?」

 

「魂コピった」

 

「そんなことできるの!?」

 

 それと軽いな! ノリが!

 

「って、なんでそんなことして転生させるんですか」

 

「神の気まぐれってやつ」

 

 やだ、こんな神。

 

「まあ取りあえず転生だ。行き先とかある程度の設定は完了してるから、後はあんたが自由に設定できるところを決めるだけだ」

 

「その行き先は?」

 

「インフィニット・ストラトス」

 

 女尊男卑の世界じゃないですかやだー。

 それはともかくとして、ISねぇ……今度アニメ再開するとは聞いていたけど、俺は絶版型の一〜七巻しか知らないんだよなぁ。八巻は買ってないし。

 

「決まってる設定は?」

 

「ISを操縦できる。専用機つき。前世の記憶引き継ぎ。中一スタート。家族は父、母の三人家族。経済力普通。容姿はそこそこ。ヒロインあり、ただし行動により変化の可能性。他etc」

 

「ヒロインありってなんぞ」

 

「要は一夏ラバーズ」

 

「ハーレムはやだなー」

 

「そこは行動次第だな」

 

 ところで俺も口調が軽くなってきてるな。これいいのか?

 

「他に質問は?」

 

「他の転生者いるの?」

 

「いや、転生者それぞれが別の似て非なる世界に飛ばされるからそれはない。敢えて転生者がいる世界に行きたいっていうならそうしてやってもいいけどな」

 

「いや、いいわ」

 

「だよな。じゃ、最後に専用機を決めてくれや。それで設定は完了になるから」

 

「専用機決めるって、どんな風に?」

 

「何でもいいぞ。ガンダムでもマクロスでも、好きな機体言うのもありだし、自分で自由に考えてもいい。どんな感じとか、そういうおおざっぱなイメージだけってのもアリだ。ただ一つ言うなら、あくまでISの世界だから、デザインが変わるのは理解してくれ」

 

 なるほど、モチーフを決めろってことだな。

 しかし困った。モチーフにすべき機体がない。

 ロボットアニメって見ないんだよなぁ……ガンダムもマクロスも、コードギアスもロボだっけ? とにかく知ってるのはタイトルだけで詳しいところは全くわからない。強いて言うなら初代ガンダムとザクがなんとなくわかる程度だ。これは酷い。

 ロボットでよく知ってるって言ったらロックマン系統だけど、あれは人間大だし、ISとしては向かないだろうし……あ。

 ……これ、いけるか?

 

「……何でもいいんですよね?」

 

「おう」

 

「じゃあ、ロックマンゼロのオメガっていけます?」

 

 俺が考えられる限りで現実的なのはもうこの辺りしかない。

 ロックマンゼロシリーズのラスボスは大体人型で、かつ浮遊できるものが多い。他にもコピーエックス第二形態とか、エルピス第二形態とか、バイル第一形態とか。

 オメガ(第一形態)は上記三つよりもちゃんとした人型だし、何よりカッコいい。第二形態移行(セカンド・シフト)するとしても金色にすればいいし。

 

 

「ロックマンゼロのオメガ? ちょっと待ってググるから」

 

 うわあ。

 さっきからそうだったけど、全く神様の言葉には聞こえない。もはや神様のコスプレをした人だ。

 ところでググるとか言っておきながら、パソコンないけど。

 

「脳内でググってる」

 

 あ、さいですか。

 

「よし、把握した。お前が言ってるのはロックマンゼロ3、オープニングステージ、及びラスボスのオメガのことでいいんだな?」

 

「あ、はい」

 

「了解した。こっちで詳細な仕様設定をしておく。あ、ちなみに言っておくが、必ずそれを手に入れなきゃならんって訳じゃない。気が変わったらここで設定したIS以外の機体を選ぶってのも手だからな?」

 

「選べるの? そもそも」

 

「まあその辺はこっちで色々やるから」

 

 じゃ、いってらー。と手を振りながら軽いノリで神が言い。

 俺の意識は遠のいていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ん? ……夢か」

 

 寝ぼけ眼のままベッドから起き上がる。

 二月の朝は寒い。寒いからまたベッドの布団に潜りたい欲求に駆られるが我慢する。いつも通りの朝だ。

 制服に着替えて、必要な物を入れた鞄を手に部屋から出て、階段を降りてリビングへ。

 リビングに入ればいつも通りに父さんが新聞を読んでて、母さんは朝ご飯を作ってる。

 

「おはよー」

 

「おう、颯斗(はやと)、おはよう」

 

「颯斗、おはよう。朝ご飯もうすぐできるわよ」

 

 両親と言葉を交わしながら席に着く。

 なんとなくテレビを見るとニュース番組が放送されていて、ニュースキャスターの声が聞こえてきた。

 

『――女性にしか反応しないISを男性である織斑一夏が起動させたニュースの続報です。男性操縦者が現れるという異例の事態を受け、政府は全国の男性を対象にしたIS適性検査を実施することを発表しました』

 

「適性検査かぁ。颯斗も受けることになるだろうなぁ。交通費とか国が持ってくれるんだろうな?」

 

 父さんが面倒くさそうに言いながらコーヒーを飲んでいる。

 ――俺が、傘霧(かさきり)颯斗(はやと)としてこの世界に転生して三年目も終わろうとしてるこの時期。

 俺がニュースに出るのはもう遠くない未来となっていた。

 



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第二話 クラスメイトはほとんど女……って、それ以前の問題があるだと?

 いきなりですが時間がかなり飛びます。まあ理由は文中にありますから。


 六月である。

 正確には、六月ももう終わりである。

 俺は、男性対象IS適性試験で見事ISを動かしてしまい、こうしてIS学園に来ることになった。

 ……今日が、IS学園登校初日(・・)だ。

 なんでここまで遅くなったかと言うと、まあ言ってしまえば試験を受ける日時が遅かった。ISの数は限られている。加えて、試験対象者は全国の男性十五歳(現高校一年生)から十八歳。ちなみに他各国でも試験は行われたそうだ。俺以外一人も出なかったみたいだけど。

 それはそうとして、とにかく対象の男性の数が膨大なのである。少子高齢化? 全国からかき集めりゃそれでも時間かかるわボケェ。

 それからもう他にもかかりにかかって(試験会場が超大混雑&大混乱とか、そもそも試験が始まったのが四月の後半と遅れに遅れていたとか、手続きとかその他etc)結果として、ここにこれたのが六月終わりとなったのだ。

 ちなみにだが、俺を先導しているのは一年一組副担任の山田真耶。隣にはブロンドヘアーの女子生徒、シャルロット・デュノア。これってつまり、あれじゃないか? 二巻の終わり辺りじゃね?

 

「じゃあ、ちょっとここで待っていてくださいね」

 

「あ、はい」

 

「わかりました」

 

 一年一組の教室の前に着き、そう言って山田先生が先に教室へと入っていく。

 扉越しに、山田先生のやや困ったような声が聞こえてきた。

 

「えー……皆さん、今日は、ですね……転校生を二名紹介します。と言っても、一名はすでに紹介は済んでいると言いますか、もう一人もすごい人だったりするのですが、えっと……」

 

 ざわざわと女子の声が聞こえてくる。

 まあ、俺もシャルロットもある意味問題児だよね。新しく来た男性とか、男性に扮していた女子とか。

 

「じゃあ、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 シャルロットがそう言ってスタスタ入っていく。

 

「あ、えーと……失礼しまーす」

 

 俺も続く。

 中に入って様子を伺えば、ほぼ全員が目を点にしている。

 俺のことは何日か前にニュースで報道されたのだから、驚きの理由はほぼ全部シャルロットの方だろう。多分。

 

「シャルロット・デュノアです。改めてよろしくお願いします」

 

「えー、傘霧颯斗と言います。ISの起動に成功してしまったのでここに来ました。苗字が言いづらいと自覚しているので名前呼びでも構いません。よろしくお願いします」

 

 ポカーン、とした目の前の女子達。

 そして、

 

「えええええええっ!?」

 

「おぅふ」

 

 教室が揺れた。比喩のつもりだったが、本当にちょっと揺れた気がした。

 教室という密閉空間内での悲鳴とか絶叫は響く。ホント響く。

 

「男の子が来たのもびっくりだけど、デュノア君って女の子なの!?」

 

「って、確か昨日、男子が大浴場使って――」

 

 あ、ヤバい。ここに立ってるのはヤバい気がする。

 でも今動いちゃいけないっていう理不尽はどうしたものか――

 

 ドカンッ!!

 

 ゴッ!!

 

「痛ぁっ!!」

 

 先程の絶叫に負けず劣らずの轟音と共に頭に受けた衝撃に思わずうずくまる。

 受けた衝撃の正体は、壁ごと吹っ飛ばされた、元は扉だった瓦礫が頭にぶち当たったものだというのはすぐわかった。一応アニメも見てたし。

 で、その犯人、IS『甲龍(シェンロン)』を展開した凰鈴音はこちらに悪びれる様子もなく――というか、気づいてもなく――一夏に砲口を向ける。多分、向けてる。見えないけど。衝撃砲だから。

 

「一夏ぁっ!! 死ね!!!」

 

 迷うことなく衝撃砲発射。これって普通死ぬよね。恋人殺してそれでいいのか鈴音よ。

 しかしそれは原作通りラウラ・ボーデヴィッヒが止めに入ったので事なきを得たがのだが、しかし次の行動がまた教室を騒がせる。俺は一夏の近くにいて巻き込まれるようなことを未然に防ぐため、教室の隅に退避。

 ラウラが一夏に接吻をかました。

 そっから一夏ラバーズ大憤怒。

 

「あ、あ、アンタねええええっ!!」

 

 鈴音が衝撃砲を構え。

 

「一夏さん? 突然ですが大事なお話がありまして。ええ、急を要しますの。おほほほほ……」

 

 セシリア・オルコットが『ブルー・ティアーズ』を展開しつつ立ち上がり。

 

「……一夏。どういうつもりか説明してもらおうか」

 

 篠ノ之箒が日本刀を構え。……てか、いつも持ち歩いてんの?

 

「一夏って、他の女の子の前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな」

 

 シャルロットは自身の最強武器《灰色の鱗殻(グレー・スケイル)》を取り出す。……もう、骨すら残らないだろ。

 しかし彼の主人公補正は凄まじい。こんな窮地の中で彼の元に救世主(メシア)がやってきた。

 

「何をしている馬鹿者共」

 

 スパーン×4。

 

「「「「いったあああっ!?」」」」

 

 その名も織斑千冬という。

 出席簿アタックが四人の頭に炸裂し、四人が一斉に悲鳴を上げた。ん? 三人はISつけてるだろって? そこはあれだよ。知らぬが仏ってやつ。

 ちなみにラウラは鈴音の衝撃砲を止めてからすぐにISを解除していた。来るって予感がしてたのか?

 

「指定区域以外でのIS起動は校則でも国際条約でも違反行為だ。お前達には後で罰則を与える。篠ノ之にもこのくだらん騒ぎに加担した罰は与える。とっとと席に着け。凰はさっさと自分の教室に戻れ」

 

 さすがに織斑先生には適わず、全員それぞれの場所に戻っていく。

 俺もそろそろ戻……って、まだ席わかんねーんだった。

 

「えっと……俺の席ってどこですか?」

 

「ん? ああ、傘霧の席は織斑の左隣だ」

 

 なる。じゃあささっと座らせてもらいます。

 

「一時間目は実習を行う。各人すぐに着替えて第三アリーナに集合しろ。それと傘霧」

 

「はい」

 

 呼ばれたので返事をする。大事なコミュニケーションです。しっかりしましょう。

 

「お前はクラスとは別となって特別講習を受けてもらう」

 

「はい?」

 

 いきなりだがよくわからん展開になってきた。特別講習? なんぞそれ?

 

「お前、必読と書かれた参考書は読んだか?」

 

「読んでません。届いたのが昨日の夜でした」

 

「だろうな。だからお前にはクラスとは別の特別時間割を受けてもらう。約一週間でクラスの授業に追いついてもらう予定だ」

 

 いや、確かにこのままじゃ授業に全くついていけないっていうのはわかるけど。

 けど、たった一週間で追いつけとは酷な話じゃありませんか。

 

「安心しろ。私が教鞭を取ってやる。確実に追いつかせるさ」

 

 あ、死んだ。俺死んだ。

 オメガどころか一度もISに乗ることなく死ねるわこれ。試験は触れて反応を見るだけだったし。

 

「教室は授業のため使えない場合があるからな。特別に懲罰部屋を使うこととする。荷物を持って移動しろ。以上だ、解散!」

 

「……ええと」

 

 一夏が気まずそうに、哀れみのこもった視線をこちらに向けてくる。

 俺はフッと息を吐き、少し余裕を持ったような表情を作り……サムズアップする。

 

「逝ってくる!」

 

「……帰ってこいよ!」

 

 まだ面と向き合って自己紹介しあってないのに絆が生まれた……ような気がした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ベチャリ。そんな効果音が出そうな感じでテーブルに突っ伏した。

 現在昼休み。場所は食堂。しかし食事は取っておらず、目の前に飯はなく、食欲もない。

 もう、あーとかうーとか言う気力もない。ダメだ、初日の午前中でもう気力がもってかれた。

 

「なあ……大丈夫か?」

 

「……おぉ?」

 

 声をかけられたので顔を上げると、そこには一夏がいた。その後ろにはシャルロットとか箒とかセシリアとか鈴音とかラウラもいる。

 

「……人って、本気出せば四時間でノイローゼになれるんだなって思った」

 

「それはヤバいな……」

 

 一夏が隣に座った。それから箒達も座り始めるが、一つのテーブルでは間に合わないため一部は隣のテーブルに着く。

 

「こっちの自己紹介がまだだったよな。俺は織斑一夏って言うんだ。同じ男同士、仲良くしようぜ」

 

 自己紹介が始まったので、俺は身体を起こす。さすがにだらしないまま聞くのはいけない。

 

「おう、よろしく。できれば一緒に来た奴らも紹介してくれると助かる」

 

「おう、わかった」

 

 まず一夏は箒を指差した。

 

「こいつは篠ノ之箒。俺の幼なじみだ」

 

「よろしく頼む」

 

「ああ、こっちもよろしく」

 

「で、こっちも幼なじみの凰鈴音」

 

「ああ……今朝壁ぶち抜いて入ってきた殺人未遂者か」

 

 ちなみに瓦礫が直撃した後頭部、結構腫れたぞ。

 

「ちょっと、人を人殺しみたいに言わないでよ。ま、よろしくね」

 

「次に、セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生。狙撃がすげえうまい」

 

「代表候補生……まあそのままの意味だろうな」

 

「ええ! 国家代表操縦者の候補、すなわちエリートなのですわ!」

 

 わざわざ立ち上がって腰に手を当てるセシリア。しかし様になってるな。

 

「ちなみに鈴は中国の代表候補生だ。次はシャルロット……は、名前はもう聞いたよな。フランスの代表候補生で、気配りがうまい」

 

「よろしくね。あと、今朝はありがと」

 

「? シャルロットさん、今朝とは何の話ですの?」

 

「さっき話に出てた、鈴が壁を吹き飛ばした時にね、瓦礫が飛んできたんだけど、傘霧君の影になっていたから助かったんだ」

 

「鈴、お前……」

 

「しょ、しょうがないでしょ! というか、元はと言えば一夏が悪いんじゃないの!」

 

「なんでだよ!」

 

「あー、それはいいから。あと一人紹介残ってるだろ?」

 

 話が脱線しそうになったので軌道修正をさせる。

 俺の言葉に落ち着きを取り戻した二人は居住まいを正し、一夏は最後の紹介をする。

 

「そして、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「おい一夏。自分の夫であることが抜けているぞ」

 

「いや、違うってか、まず嫁とか夫の呼び方が間違ってるって」

 

「……というかアンタ! よくあんなことしたわねぇ! わ、私ですら、ま、まだしていないってのにぃぃぃっ!!」

 

「そうだ。それもあんな公衆の前で堂々と……は、破廉恥極まりない!」

 

 あぁ、なんか勝手に騒ぎ始めた。

 ……もう、戻るか。懲罰部屋(特別教室)へ。確か今度入ったら、夕食の時まで拘束状態だっけぇ……?

 憂鬱な気分になりながら、のそりと立ち上がり、フラフラと食堂を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 光を差す窓のない空間。

 机上に積み込まれた教科書や参考書。

 黒板の代わりにディスプレイを使って説明をする織斑先生。

 死んだ魚のような目になっている俺。

 懲罰部屋で特別授業を再開して、何時間経ったのだろう。ここには時計はないし、腕時計なんてつけてないし、こっそり携帯で確認しようとしたら制裁くらいそうだからできないし。

 授業はまあ、基礎の基礎部分からやってるから理解はできる。しかし、急ぐ分詳しい説明というものをかなり端折ってしまっているのでその理解もかなりギリギリの状態だ。というか、理解が追いつかないものが出始めている。

 なお、色々と急ぐために午後一時に授業を開始してから今まで休みが一切ない。俺が休みなく授業を受けれてるのは、織斑先生が俺が気力切れにならないギリギリのラインを見極めているからだろう。そう考えるとこの人、並みの怪物よりも質が悪いと思う。

 

「む、もうこんな時間か」

 

 おもむろに腕時計を見た織斑先生がそう呟いた。そしてこっちを向いた。

 

「ここで授業を一時中断、休憩時間に入る。夕食を取ってこい。七時より授業を再開する」

 

 マ・ジ・か。

 

「マジだ。寝る間も惜しんで勉強してもらう」

 

 地の文に答えないでください。エスパーですかあなたは。

 しかしキツすぎる。こんな日々を一週間続けたら冗談抜きで俺の身が持たないんじゃなかろうか。

 いやだがしかし、これはクラスのみんなに追いつくためなんだ。この一週間頑張れば一組と合流して学園生活を送れるようになる。ひょっとしたら三巻の臨海学校に行けるかも――

 

「ああ、そういえば言い忘れていたが」

 

「はい?」

 

「一週間の授業の後、お前はIS委員会に出てもらうことになる」

 

「は!?」

 

 思わず立ち上がった。疲労とか空腹とか色んなものが吹き飛んだ。

 

「え? IS委員会って、どういうこと!? ……ですか?」

 

「今から説明する。まず、お前がどういう立場にあるかからだ」

 

 え、俺の立場? 二人目の男性操縦者ってだけじゃないの?

 

「わかっていると思うが、お前は二人目の男性操縦者として名が知れている。それだけなら別に問題ないのだが、お前の国籍が問題なんだ」

 

「え? 国籍?」

 

「お前は日本人だろう? そして『一人目』である織斑一夏も日本人、すなわち現在、男性操縦者は二人とも日本が所有しているということになる。男性操縦者という特異例のデータは誰もが欲しがるものでな。各国が日本の特異データ独占に抗議しているそうだ」

 

「それで、俺の身柄を寄越せ……と?」

 

「そういうことだ。お前にはIS委員会に出席して、そこで新たな所属国家を決めてもらう」

 

「えーと……一夏はどうなんですか?」

 

「織斑は日本国籍のままだ。あいつは現在所属に関する会議が続いてはいるが、白式が日本ISである以上実質的に日本所属なのでな」

 

 そうなのか。

 一夏は日本で俺は海外へ……これって、見方と解釈変えたら、俺って一夏を日本に残すためのスケープゴートにされたようなもんじゃね?

 

「今、身代わりにされたのではないかと考えているだろう」

 

 なぜわかる。

 

「いえ、そんな訳じゃ……」

 

「別に咎めるつもりはないから安心しろ。そしてその解釈は間違いではない。政府は織斑と自国のISが他国へ流れることを防ぐため来たばかりのお前を差し出した。そこは誤魔化しようのない事実だ」

 

 マジか。

 いや、でもこういう大人の事情もあるのが普通だよな。前世で呼んでた転生系二次小説って大人の裏側の話っていうのが欠片もなく思い通りに進むことがあるけど、そんな風には進まないんだよなぁ……。

 

「だが代わりと言っては何だが、お前には破格の待遇を受けることができる」

 

「破格の待遇、ですか?」

 

「さっきも言ったが、男性操縦者のデータというものはどの国家も欲しがるものだ。お前を引き入れるために、見返りをいくらでも吊り上げることが予想できる。それ以外にも、自分が乗る専用ISを多大な選択肢の中から選ぶことができるというのも極めて大きな利点と言えるだろう」

 

 ISを選べる?

 え、ひょっとしてこれがオメガ入手イベントだったりするの?

 確かにどうやって入手できるのかなーと思ったことはあるけど……随分遠回りだな神様。

 

「今話すべきなのはこのくらいか。早く食事に行ってこい」

 

 そう送り出され、懲罰部屋から出る。

 ……まあ、とりあえずは食事か。考えるのは一週間後にしよう。




 織斑先生が直接教鞭とれば、一週間でどうにかなると思うんだ。だってあの人、絶対前世が鬼でしょ?
 ねえ、そう思わないか颯斗くん……ってあれ、どうして逃げんの? 君からもコメント欲しいんだけど。

千冬「誰の前世が鬼だって?」

「」

 作者が(物理的に)ログアウトされました。


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第三話 ルームメイトは学園最強

 これほどタイトルで把握できることってなかなかないと思う。


 夕食後また授業を受けた。ようやく解放されてから携帯で時刻を確認するとすでに十一時を過ぎていた。

 確か……ホームルーム後から昼食まで四時間、一時から六時まで六時間、そして夕食後の七時から四時間……合計、十四時間。すげえ。学習時間が一日の半分を超えた。

 まあ、それはいいとして、とにかく地獄の授業を終えて自室に向かっているところである。

 多分、ルームメイトは一夏。てか絶対そうだろ。それ以外になる理由が見えんわ。

 

「えーと、ここだな?」

 

 手持ちの鍵の番号と扉に書かれた番号を照らし合わせ、目的地であることを確認する。

 一夏は寝てるだろうし、静かに入って、俺もさっさと寝よう……。

 

 ガチャリ。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 バタン。

 

「……いやいやいやいやない、これは絶対ない。夢見る時間じゃないから。まだ扉の前だから」

 

 なんか裸エプロン姿の学園最強がいた気がしたが気のせい、もしくは幻覚だ。絶対ないから。もし仮に万が一にあったとしたらその人色々とおかしいだろ。

 ……鍵の番号と扉の番号を確認。よし、合ってる。ここだ。

 

 ガチャ。

 

「お帰り。私にします? わた――」

 

 バタン。

 

「ちょっとー。最後まで言わせてよー」

 

「いやいやいやいやいやいやないない絶対ない有り得ないなんか聞こえたけど幻覚だから織斑先生の授業受けてまだ一日目だってのに現実と幻想を織り交ぜちゃダメだってか普通にダメだからそろそろ現実に帰ってこいよ俺」

 

 ガチャリ。

 

 ガシッ。

 

「いい加減入ってきなさい☆」

 

「ふぉうっ!?」

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……どうしてこうなった」

 

「あら、私と一緒なのは不満?」

 

「予想外な展開ばかりにストレスが振り切れそうであることは間違いないです」

 

 もう、寝たいです……。

 互いに自己紹介した後ベッドに座って向かい合っている俺と生徒会長更識楯無。当然だが一夏はいない。もう一つ当然の話だが楯無さんは裸エプロンという狂った服装からパジャマ姿に変わっている。

 しかしもう一度言おう。どうしてこうなった。

 

「まあまあ、まずはおねーさんの話を聞いてみたらどうかしら? できるだけストレスは与えないよう、手短に済ませるから」

 

「……もうどうでもいいです」

 

 諦めて話を聞くと、まあこんな感じだった。

 まず、なぜルームメイトが楯無さんなのか。一番の理由は護衛だそうだ。織斑先生などの後ろ盾足り得る人がいる一夏とは違い、学園では完全に一人である俺を守るために楯無さんがつくことになったらしい。あ、更識家が暗部家系であることも言ってた。二つ目に勉強の指導役。部屋で復習する時に楯無さんが教える役を買ったらしい。そんな時間があるのかと訊いてみたら、

 

「寝る前に最低一時間はやらせるようにって織斑先生から言われてるわよ」

 

 日々の勉強時間がさらに一時間追加された。これは死ねる。

 そして、第三の理由。

 

「あなたと生活するの、面白そうだし♪」

 

「おい」

 

 とにかくこんなところである。

 ちなみに、俺がIS委員会に行く時にも護衛としてついていくらしい。

 

「今は日本人でしょ? 更識家当主として守ってあげなきゃ」

 

「……国籍が変わった時は?」

 

「生徒を守るのは生徒会長にとって当たり前のことでしょ?」

 

「そーですねー」

 

 変わらないじゃないですかー。

 

「さて、と。話はこれくらいにして、荷ほどきして寝ちゃいましょ。明日からは寝る前に一時間の勉強をするからね」

 

「……了解です」

 

 もう頷くしかなかった。できるだけ早く寝たかった。

 荷ほどきをして、歯磨きも済ませ、さっさとベッドへダイブイン。

 あまりの疲れゆえかすぐに、沈むように眠りに落ちていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 眠りから意識が回復し始める。

 体内時計が朝を知らせているのか、それとも窓から差し込む朝日が体に当たっているのか、とにかく朝であることがわかる。

 でも眠たい。このままふかふかのベッドの上で眠り続けていたい衝動に駆られる。

 

 ――そういや、今日から直接懲罰部屋で授業だっけ? 七時から。

 

 普通の生徒よりも早い時間からの授業。もし少しでも遅れたら織斑先生のありがたいお叱りを受けるハメになるだろう。そう思うと寒気がしてきた。

 寒気で眠気が破棄されたので目を開ける。すると、

 

「あ、起きた? おはよ♪」

 

 目の前、というか目と鼻の先に楯無さんがいた。にこやかな微笑みを向けてきている。

 ……………。

 

「うおおっ!? ――痛っ!!」

 

 思わず後ずさり。下がり過ぎてベッドから転げ落ちるハメに合ってしまった。

 

「あら、大丈夫?」

 

「え、えぇ大丈夫です……って、なんでいるんですか!」

 

「私もこの部屋の住人よ?」

 

「そうじゃなくて! なんで俺のベッドに!?」

 

「颯斗くんの寝顔、結構かわいかったわねー」

 

 ぐおぉ、寝顔見られるとか。恥ずかしい、想像以上に恥ずかしく感じる。

 

「初対面の人に対してやることじゃないですよ!?」

 

「初対面だったのは昨日でしょ?」

 

「二十四時間経ってませんよ!」

 

「あ、二十四時間経ったらいいの?」

 

「そうは言ってませんよ!?」

 

 ああ、一夏の気持ちがわかる気がする。これはSAN値が削られていくわ。

 

「ところで」

 

「へ?」

 

 ベッドの上で頬杖をついた楯無さんは、微笑んだままある場所を指差した。

 

「時間、大丈夫?」

 

「時、間……?」

 

 指差した先には、置き時計。

 現在、六時五十分。

 

 って、やべぇ―――――!!

 

「ヤバいヤバいヤバい! 遅刻する!?」

 

「頑張ってねー」

 

 ちくしょう、楯無さんの余裕そうな笑みが憎たらしい。

 僚から懲罰部屋までの道のりは教室以上に遠い。幸いにも勉強道具は全部バッグに詰め込まれているからいいのだが、それでも超ヤバい。

 こうして、波乱万丈な日々の、一日が始まるのだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 波乱の一例。

 ギリギリ遅刻を回避して(ただし廊下を全力疾走してるのが見つかって怒られた)から始まった今日の地獄の授業を耐え抜き、寝る前に歯を磨いていた。

 

「颯斗くーん」

 

「はい?」

 

 呼ばれたので洗面所から顔を出す。

 ――すぐに顔を引っ込めた。

 

「あれーどうしたのー?」

 

「パジャマに着替えてるなら、着替え終わってから呼んでください!」

 

 楯無さんは着替え中だった。具体的に言うならパジャマの上着をまだ羽織っただけの状態で、下着がモロに見えてしまった。

 

「あは、見たの?」

 

「ええ見ました、というか見えちゃいましたよ! あなたのせいで!」

 

「いやん、えっち」

 

 全く嫌がってない様子でそう言ってのけると、トタトタとこっちに近づいてきた。

 

「ねえ颯斗くん」

 

「何ですか」

 

「何か得意なことってない?」

 

「なんでわざわざこっち来てから訊くんですか」

 

「ん、なんとなく。それでどう? 何かない?」

 

「ありません」

 

「えー? 何かあるでしょ。織斑一夏くんは家庭的なこと全般が得意らしいよ。こっちで調べてみたのよ」

 

「俺は器用じゃありませんので」

 

「ちぇー」

 

 俺に何を期待してるんだよ……。

 

「じゃあ何か好きなことってないの?」

 

「アニメやゲームの類であれば、まあそれなりに」

 

「ふーん」

 

 というかいい加減、パジャマのボタン閉めてください。見ないようにしてるので精一杯です。

 

「私の好きなことの一つはね――」

 

 ん? なんか嫌な予感がする。

 あのー、楯無さん? 何故にそんな風に両手をワキワキと動かしているんですか?

 

「人の脇をくすぐることなの。うりゃ!」

 

「ぶっ、あ、あはははははは! ちょ、まっ、はははははっ!」

 

「こちょこちょこちょこちょ!」

 

 なんで? なんで今受けるハメになるの!?

 

「はははっ、ちょ、ほんとやめて……ひはははははは!!」

 

「なかなかくすぐりがいがあるわねー。じゃあもうちょっと」

 

「そんな……あははははははは!!」

 

 数分間くすぐられ続け、ようやく楯無さんは両脇を解放してくれた。

 

「はー、楽しかった。じゃあ寝ましょうか」

 

 やるだけやって戻っていく楯無さん。

 軽い呼吸困難に陥っていた俺は、しばらくその場でぐったりとしていた。

 俺……何か悪いことしたっけ……?

 つーかこれ、IS第五巻の一夏やん……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 他にも楯無さん特製弁当ではいあーん(in懲罰部屋)とか、シャワールームで背中洗われたりとかいう後に一夏が受けるような奴や、他にも俺のベッドにドッキリトラップ(具体的には布団や枕が瞬時に風船みたいに膨らんだり)を仕掛けたりとか、楯無さんの自己主張の激しい胸に顔を押し付けさせる不意打ちを行うとか、ただでさえ授業がキツいのにそんな波乱が追加されて身体がついていけなくなってきた。

 何より恐ろしいのは、織斑先生も楯無さんも俺の限界を把握してギリギリのラインで本当に俺の気力が切れることがないようにしているところだ。

 かつ、相手にやる気を起こさせるのもうまいので、いつも「まだやれる」という気になってなんだかんだで最後までやりきっている、そんな日々だ。おかげで余裕が一切ない。

 現在、特別授業六日目。もう少しで特別授業も終わりだが、実習も入り始めたので最初の数日以上にキツくなっている。

 今は午前の授業が終わったので素早く学食へ行って食事を取ろうと思う。

 

 ガチャリ。

 

「あ、こんにちは」

 

「……………」

 

 なぜ、扉を開けたら目の前にシャルロットがいるのか。

 

「よかったら、一緒にお昼食べない? お弁当ならあるから。購買のだけど」

 

「あー、うん。俺は、別に構わないけど?」

 

 一体どうしたというのだろうか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「みんなー、傘霧くん連れてきたよー」

 

 屋上に出るなりシャルロットはそう誰かに言った。

 続いて屋上に出て見てみると、箒、セシリア、鈴音、ラウラ。一組&二組の専用機持ち女子が勢揃いだった。しかし一夏はいない。

 シャルロットから貰った昼食の弁当を食いつつ、シャルロットに質問する。

 

「で、デュノアさんや。なんで俺を呼んだんだ?」

 

「うん、それなんだけどね。傘霧くんに訊きたいことがあるんだけど……あ、それと名前呼びでいいよ」

 

「あ、そう。じゃあ俺についても名前呼びでいいから。苗字言いづらいし。それで訊きたいことって?」

 

「男性にとっての、女性の好みを教えてほしい」

 

 そう言ってきたのはラウラであった。

 俺は難色を示す。

 

「男性にとってのかぁ。んなこと聞かれてもなぁ……」

 

「難しく考えないで、アンタの好みを言ってみなさいよ」

 

「そうですわ。自由に言ってご覧なさいな」

 

「……第一、なんで俺から話を訊くって話になった?」

 

「えーとね。IS学園って、男子ほとんどいないじゃない?」

 

「IS自体が男性とは無縁だったからな。一夏は?」

 

「ここだけの話だけど……僕達全員、その一夏に振り向いてもらいたいんだよね。だから本人に訊くのはちょっと。それに、一夏ってちょっと……というかかなりそういうのに関して鈍いところがあるから色々不安で……」

 

 そうだな。

 

「だから、もう一人の男子である颯斗に訊くことにしたんだ」

 

「なるほど。立案誰よ?」

 

「男性の好みを調べようと思ったのがシャルロットさん。颯斗さんに尋ねようと提案したのが箒さんですわ」

 

 そうなのか。

 

「それで、どうなんだ。嫁がどういったものを好むのか、早く言え」

 

「いーからアンタの好みを言いなさいよ」

 

 うーん、そうは言ってもなー。

 仮に俺の好みを言って、それで失敗したとかなったら俺に責任が来そうで、それが怖いんだよなー。説得、通じるかな。

 

「じゃあ、言う前に一つ訊くけどさ」

 

「お前の質問を聞く暇はない」

 

 とラウラ。ひでぇな。

 

「冗談だ」

 

「冗談かよ。まいいや、一つ訊くけどアンタら俺が髪の短い子が好きって仮に言ったとしたら、一夏の好みかどうか確認しないで髪切る気か?」

 

「む……」

 

「それは、ちょっとなぁ……」

 

 言い淀む五人。突破口は開けたので続ける。

 

「俺の好みが一夏の好みなんてことは保証できねーよ。もしかしたら一夏の好みは一般からは外れてるかもしれない。勿論普通なのかもしれない。俺の好みは実は一夏にとっては苦手なものかもしれない。だからこれについては俺はどうこう言えねーなぁ。それに、一夏との付き合いも初日以降全然ねーからみんな以上にわからないし」

 

「……ん? 一夏との付き合いが全くないって、寮で部屋は一緒ではないのか?」

 

 箒が訊いてきた。変に隠すことでもないんだし、素直に答える。

 

「今俺一つ上の先輩と相部屋なんだよ。部屋で勉強する時に教える役割がいるってことで」

 

「そういえば、嫁の部屋に侵入した時にお前いなかったな」

 

「つまり俺が教えられることは何もないってこと」

 

「うー……ほんとに何もない? せめて何かアドバイスでもないかな」

 

 シャルロットが訊いてきた。この子意外にも意地っ張りな子である。

 うーん、原作を見たから言いたいことはあるにはあるけどな……言うだけ言ってみるか。

 

「俺の転校初日にお前らがしでかした、一夏殺害未遂。あれって日常茶飯事だったりするのか?」

 

「ちょっと、変な言い方やめてくんない?」

 

「それにその言い方だと私達が悪いように聞こえるが、いつも一夏が唐変木なのが悪い」

 

「そういうのはいいから。もし日常的に暴力沙汰が起きてるなら、そこはやめた方がいい。警戒されるぞ」

 

「な、に……?」

 

 全員が固まった。特に日常茶飯事であろう箒や鈴音のショックの度合いが凄まじかった。

 

「い、いやいや、一夏が私を警戒するはずがない。たんたって私は一夏の幼なじみで……」

 

「な、ないない。だってあの一夏よ? 何をやっても唐変木なままのあの一夏が幼なじみであるあたしを警戒する訳……」

 

「警戒するのに幼なじみなんて関係ないだろ。というか、暴力に対する警戒心のせいで恋に発展しなかったりしてんじゃねえの?」

 

「何……だと……」

 

 あ、言い過ぎたかな。一夏の幼なじみズが揃ってorzになってる。

 

「まあ要するにだ。すぐに手を出すって考えは改めた方がいいってこと」

 

「う、うん。できるだけ、そうするよ。一夏に警戒されたくないからなぁ」

 

「そ、そうですわね。淑女たるもの、寛大な心も持って然るべきですわ」

 

「うむ。次からは拳打は控えて、寝技や足技にするべきか」

 

「ラウラ、それ違う」

 

 こうして昼食を取りながら五人の話を聞いてアドバイスをして、そうして昼休みは過ぎていった。




 楯無さんと同居生活となった颯斗くん。おのれ、美人と一緒とかうらやまけしからん。
 同居人かつ、颯斗と関わることの多いポジションについたので割と出番が多くなります。
 なお、タグにヒロイン決定済みと書いてありますが、楯無さんをヒロイン枠に入れようかどうかちょっと悩んでます。
 まあ、入れてもいいんだけどね、きっかけをどうしようかって話になるんだよね。


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第四話 偉い人の話はだいたい長い

 第四話。新キャラとしてあの人が出ます。
 今後、物語の関係上新キャラはそれなりに出ます。ISもそこそこ出てきます。


 臨海学校に向けて、俺達一年が乗っているバス群は道路を走りつづけていた。

 

「結局、颯斗は来れなかったかぁ」

 

 俺――織斑一夏はそうぼやいた。

 颯斗が転校してきてから一週間は経った。一週間で千冬姉……織斑先生の特別講習によって俺達に追いついたはずなんだけど、どういうことか颯斗は教室に戻ってきていない。

 数少ない男子として、交友を深めたかったんだけどな。

 

「なんで颯斗は来れなかったんだろうな」

 

「一夏は知らない? 一週間の公欠って話を聞いたけど」

 

 ただのぼやきのつもりで口にしたのだが、その答えがシャルの口から出てきた。

 って、一週間?

 

「一週間って、あいつそんな長い間どこ行くんだ?」

 

「確証は得ませんが、IS委員会へ行ったと思われますわ」

 

「IS委員会?」

 

 IS委員会。簡単に言えば、国際間でISに関する協議を行うところだ。授業でその言葉を聞いたことがある。

 

「多分、専用機と所属国家を決めるために呼び出されたんじゃないかな。一夏だって所属については協議中なんでしょ?」

 

「確かにそうだけど……それってわざわざ颯斗を呼び出す必要があるのか? 俺はそういうのなしで白式貰ったんだし、それでいいじゃないか」

 

「わかってないな一夏は。それでも私の嫁か? お前は日本政府に守られているからそうなっているだけだ」

 

「守られてるって、それだと颯斗は守られていないみたいじゃないか」

 

「多分、その解釈で間違いないんじゃないかな。篠ノ之博士や織斑先生との繋がりがある一夏を優先して守っているんだと思うよ」

 

「なんだよそれ……」

 

 裏の事情が理解できないのはまだ俺が子供だってことだろうが、それでも憤りを持たずにはいられない。

 俺を守るために、颯斗を守ることをやめた。その判断には納得がいかない。

 

「まあでも、学園の生徒でいる間は所属の話はあってないようなものだよ。一夏も言ってたでしょ?」

 

 俺の気持ちを察してか、シャルはそう言った。

 それもそうだ。所属が変わるからといって、颯斗自身が変わる訳じゃない。まだ交友はほとんどないが、どこの所属になろうが颯斗は颯斗として接すればいい。

 

「見えた! 海―――!」

 

 クラスメイトの誰かが窓を見て叫んだ。窓を見ると、一面青に彩られた海が一望できる。

 じゃあ、颯斗の帰りを待って、まずはアイツの分まで海の満喫と行くか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「あー……ねむ」

 

「我慢しなさい。そんな態度で相手してると怒られちゃうわよ」

 

「わかってますよ……ぁふ」

 

 それでも眠気は抑えきれない。

 飛行機で海を越え、護送車で送られ、専用機および所属を決めるために日本からはるばるヨーロッパに存在するIS委員会本部にやってきて、二日目。

 眠気の理由は時差ぼけとか、一週間の地獄の授業による睡眠不足とかいうちゃちなもんじゃない。

 とにかく、長いのだ。

 何がって、各国からの勧誘話が。

 

「今のところ全部の国が持ち時間の制約ガン無視ってどういうことだよ……」

 

「それほど一生懸命なのよ。……さすがにここまでとは私も思わなかったけど」

 

 俺の専用機および所属を決める方法は各国がそれぞれの持ち時間で勧誘し、最終的に俺の希望で決定するという形がとられた。

 まあ、一生懸命なのはわかる。貴重なサンプルを入手し、広告塔にも使え、他にもメリットは色々あるのだろう。時間の超過も数分程度なら愚痴るまでもない。

 だが、各国の代表達の話は平気で三十分から、酷いときには一、二時間近くも超過してくる。

 その国に属したときの待遇とか、俺に与える専用機の資料ならいいのだが、お国自慢とか他国を牽制するような話とか、その他ISに関係ないような話までしてくる。

 何より酷いのが、止める人がいないところだ。他の国でも時間超過する気満々らしく、正当化させるために止めようとしない。

 そしてその超過は当然全ての勧誘が終わる時間を先へと伸ばしていく。当初の予定では三日で終わるとか言っていたが、二日目の現在、一日目の三分の二しか終わってないのだった。夜中の、予定では寝させてもらえる時間に食い込ませて続けた上で、だ。おかげで超絶眠い。

 しかし十五歳の少年の都合などどうでもいいと言うかのように、容赦なく勧誘がやってくる。

 

 〜ここからはダイジェストでお送りします〜

 

 ――ある国との対話では……

 

「――我が国があなたに提供するISはこちらで……」

 

「なるほど……」

 

 ――またある国では……

 

「――我が国に属した時には、あなた専用の技術開発チームを……」

 

「はい……」

 

 ――さらにある国では……

 

「――我が国はこういうことで有名ですが、他にもこのようなことも盛んでして……」

 

「はぁ……」

 

 ――またさらにある国では……

 

「――して、我が国はこのような素晴らしい歴史を刻んでおり……」

 

「……………」

 

 ――そしてある国で……

 

「……すいません。ちょっと休憩入れてもらっても構いませんか」

 

「いやいやこの話! この話だけでも聞いてください!」

 

 ――ついでに……

 

「Zzz……」

 

「……おい、護衛が寝るなよ更識当主ゴルァ!!」

 

 注、このダイジェストは一部解釈しやすいように内容を変更しております。

 なお、楯無さんとのやりとりには変更を加えておりませんのであしからず。

 

 IS委員会に来て三日目。

 

「あー……」

 

「大変ねー……」

 

 やっぱり、まだ終わらなかった。現在の最高超過記録は中国の一時間三十五分だったか? そのうち二時間超えるんじゃね。

 とにかく、長い。長話をひたすら聞かされるだけってのはある意味拷問だよ。おかげで出される豪華な食事も味がわからなくなってきた。

 楯無さんも顔は涼しいままだが、いい加減疲れが出てきているらしい。まれにため息が聞こえてくる。

 今までの勧誘話はだいたいどの国も似たようなものだった。専属の技術者、もしくは技術チームがつくのはもはや当たり前。ISはほとんど第三世代でたまに第二世代。あとは国へタダで行き来できるできる特別チケットをやるだとか特別援助金を出すだとかその他色々。なんか法律を俺だけ例外にするとか無駄にぶっ飛んだ発言してる人もいたっけな。

 オメガの話はまだない。オメガを持っている国がまだ来てないのか、それともここではその話は出ないのか……?

 

「颯斗くん、そろそろ次の国の代表が来るわよ」

 

「あ、はい。……次って、どこでしたっけ?」

 

「ギリシャよ」

 

 ガチャリ、と扉が開かれた。

 その音に反応して扉の方に視線を向け……え?

 

(え……?)

 

 来たのは、初老の男性と、二人の若い女性だった。

 別に、二人以上で来ることも、女性が来ることも不思議なことじゃない。まず通訳がいるし、国の代表が技術者を連れてきたことは他でもあった。この女尊男卑の世界、代表が女性であることも珍しくない。

 しかしなんとなく、似てるのだ。

 金髪で髪を後ろに結い、澄んだ青い瞳をした女性が、あのゲームのヒロインに。

 

(……いやいや、似てるってだけだろ)

 

 平静を装い、頭の中でその考えは払拭する。

 なんとなく似てる。が、それは髪と眼の色を見てそう思っただけの話だ。金髪で青眼の人なんてたくさんいるだろう。

 男性が椅子に腰掛けた。女性は男性の少し後ろに立っている。

 

「三日で終わる予定が、まだ終わる気配がないな……お疲れではないかね?」

 

 通訳を介して、その旨の話を聞かされる。ちなみに通訳は金髪の方ではない。

 

「えっと……ええ、まあ」

 

「そうか。こちらも少し長話になるかも知れないが、許してもらいたい。話は私が話すより、ISに詳しい者が話すのがいいだろう」

 

 そう言うなりギリシャ代表は立ち上がった。椅子から体をどかすと、金髪の女性目配せした。それが合図かのように女性は椅子に座る。

 

「こんにちは」

 

 挨拶してきた。

 

「あ、こんにちは……って、日本語?」

 

 驚いた。通訳を介することなく、直接日本語で話しかけてきたのだから。しかもかなり流暢に。

 女性は俺の反応がおかしそうに笑った。

 

「ふふっ。この日が来るって聞いてから、頑張って日本語を学んでみたの」

 

 頑張ったってレベルじゃねーだろ。

 

「まず自己紹介をするわね。私の名前は、シエル・アランソン。ギリシャIS技術開発所、通称『アルカディア』では局長を務めているわ。……あ、ごめんなさい。日本では、アランソン・シエルって言った方がいいのかしら」

 

「あぁ、いえ。そう言わなくともわかります。……えと、シエルさん……でいいでしょうか?」

 

「ええ。そう呼んでくれると嬉しいわ、颯斗さん」

 

 ……やはりシエルって……そういうことなのか?

 ロックマンゼロシリーズにてヒロインとしてゼロを支えていた天才科学者、シエル。この人がそれってことだとしたら、機体は……。

 

「早速本題に入らせてもらうけど、あなたがギリシャを選んだ場合、私が専属技術者としてISの整備をさせてもらうわ。それから、本国への渡航用特別空港チケットが渡される。そして、あなたが一番聞きたいと思う専用機の話だけど……」

 

 専用機のことになり、俺も集中する。

 

「第三世代ISが現在製作中だけど、まだかかりそうなの。だからしばらくは第二世代で我慢してもらって、完成次第乗り換えてもらうことになるわ」

 

「それで……その機体はどういったものですか?」

 

「まず第二世代ISの方の名称は『エックス』。多数のスラスターによる高速機動と、レンズの変更によって性能を変化させるレーザー兵器を搭載させた、オールレンジ型よ。第二世代といっても、後期開発型だから性能は今の第三世代にも通じるわ」

 

 エックスと言えば、ロックマンゼロのラスボス、もしくはロックマンゼロと繋がりが深い、ロックマンXの主人公だが、おそらくは前者だろう。後者だと俺全然わからん。

 

「そして、今開発している第三世代ISにつけられる名前は、『オメガ』。物理、エネルギー両方に対応する装甲による防御力と、高威力兵器による破壊力を兼ね備えた機体になる予定だわ」

 

 オメガ……ここで造られていたのか。

 ここを選べば、オメガを手に入れることができる、が……

 

「ここまでで質問、ある?」

 

「その、オメガってISが完成して、俺のものになるまで、どれくらいかかるのですか?」

 

「そうね……わかりやすくIS学園の行事で言うなら、キャノンボール・ファストの前……ううん、私が開発所から離れるから、その後になるかしら」

 

 キャノンボール・ファストの後って言ったら、その次に起こるのは無人機による襲撃事件……その時になって乗り換えというのは少し厳しいかもな……。

 

「その、オメガの強みと弱みって、今の段階でわかりますか?」

 

「ええ、むしろはっきりしているわ。オメガの強みはなんといっても、高い防御力と攻撃力。一撃で落とされはせず、逆に直撃させれば一撃で落とすことができる。特に近接戦では受け止めてから撃ち返すというやり方ができるわ。逆に弱みは、機体が重すぎること。速く動くことができないの。それを解消させるために高機動パッケージの開発もしてるけど、操作性が悪くなることが予想されるわ」

 

 要するに、固定砲台ということか。

 オメガを選んだのは自分だが、こうなると考えものだな。速く動けないということは、相手の攻撃はほとんど受けることになってしまう。

 学園生徒とやりあう分にはそれでもいいかもしれないが、問題は無人機襲撃の方だ。絶対防御を阻害する機能が備わっている無人機の攻撃を全部受けるというのはマズい。防御力が高いとは言え、受けきれるとは思えない。

 さてそこについてはどうしたものか……。

 

「やっぱり、重い機体というのは受けが悪いかしら」

 

「え? あ、いや……」

 

「大丈夫よ、自覚しているから。重くて機動が遅い機体はISにとってはあまり実用的じゃない。事実、開発が始まってからギリシャの代表達に持ちかけてみてるけど、受けはよくないの。それに、近接型相手には頑丈さが有利に働くとは言え掴まえることができなければ厳しいし、射撃型のように離れた相手では遅いために近づくことさえ叶わない。しかも遠距離用装備もホーミング性がないから、熟練された操縦者相手だとまず当たらない。一方的に負けることが予想できるわ」

 

「いや、あの……俺を引き入れたくないんですか?」

 

 次から次へと出てくるオメガのデメリットに思わずそう尋ねた。オメガが堅いだけの木偶になってしまうのはさすがにいかんと思った。

 シエルさんは俺のこの質問に頷き、答える。

 

「勿論迎え入れたいわ。だけど、嘘をついたり、隠し事をして誘うことはしたくないのよ。あなたに出せるだけの情報を出して、よく理解してもらって、その上で私達の国を選んでもらえたら、目一杯歓迎するわ。オメガも開発途中段階だから、弱点を克服できるようにこちらも努力する」

 

 そう真剣な眼差しで言うシエルさんは、本気だということがわかる。

 

「……じゃあ、あの……」

 

 オメガを考えたのが俺だからということもあると思う。

 しかし俺は、この人のその本気の思いに惹かれ、もってよく聞いてみたいと思った。

 

「オメガについて……それからその前に乗るエックスや、他のギリシャ製ISについて、もっと聞かせてもらってもいいですか?」

 

「あ……ええ! じゃあ、まずはオメガの開発思想から――」

 

 シエルさんは少し驚いた様子から破顔させ、説明を始めた。

 持ち時間ギリギリ、というか少し過ぎたようだが、今までの中では最も充実した話を聞けた。




 シエルさん登場。ファミリーネームにはシエルつながりでゴッドイーター2のシエルを使いました。作者はゴッドイーター2が楽しみすぎてイラつき気味だったりしてます。
 オメガの前にエックスというのは、第三世代ISはまだどの国も開発が始まった段階。打鉄弐式が未完成という事例もある。だったら第三世代完成までの代用品があってもおかしくないじゃない。という理論で第二世代IS・エックスが登場しました。
 あと、シエルさんはロクゼロの設定をリスペクトして天才にします。あ、でも限度はある方向です。束はチート。あの人と比べることがまずおかしい。


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第五話 この小説の作者って、単語とその意味は知ってるのに元ネタ知らないんだぜ? ダサくない?

 第五話。今回は短いです。


「楯無さん」

 

 声をかける。

 

「なぁに? 颯斗くん」

 

 テーブルを挟んで向かい側にいる楯無さんが頬杖をつきながらにっこりと訊いてくる。これだけを見ると恋人同士に見られる……かな? どうでもいいけど。

 俺は、頭の中で思っていたことを口にする。

 

「なんで、こんな中途半端なタイミングで休み与えられたんでしょう」

 

「んー。軽く盗聴もしたからわからなくもないけど、君には教えられないかなぁ」

 

「さいですか」

 

 まあだいたいわかるけどな。あと、何気にとんでもない発言を聞いた気がしたが、気のせいだ。きっと。

 IS委員会に出て四日目。未だに全ての勧誘が終わっていないのだが、今朝突然の休日を与えられた。現在、楯無さんと二人で近くの繁華街に来ている。

 このタイミングで予想できる理由といえば、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の暴走事件だろう。確か、福音の操縦者……あれ、誰だったっけ。まあいいや。その人の査問があるから、関係ない俺達はとりあえずは外しておく……といったところか。

 まあ、休暇を取れるのはこちらでもありがたい。考えておきたいこともあったし。

 

(オメガ、か……)

 

 俺は転生前にオメガを選んだ。しかし、この世界でISに生まれ変わったオメガの性能を聞いてどうするべきかまだ迷っている。

 やはり遅いというのが足を引っ張っている。通常のISの基準以下だというオメガの機動力では、被弾は避けられない。ゴーレムⅢ相手にそれは間違いなく致命的だ。防御が堅くても、篠ノ之束の造るISがそれを超えることは容易いはず。……うーん、どうしようかな……。

 

「楯無さん」

 

「うん。今度は何かな?」

 

「やっぱり、ISで身を守るって言ったら防御力よりも速度の方がいいんですかね?」

 

「“自分一人”を守るんだったら、基本的にはね」

 

 そう答えて、さらに続けた。

 

「でも、もし敵の射線上に仲間がいたら? その仲間が相手に気づいてなかったり、動けなかったとしたら? “自分と共に仲間を守る”ために防御力を選ぶっていうのは、それはそれでいいことだと私は思うわよ」

 

「自分一人だけではなく、自分と仲間を守るため……」

 

 そこは考えてなかった。なぜか自然に、一人で戦うことを前提に考えていた。仲間と一緒に戦うことだってあるのだ。というか、だいたい一夏は誰かと共闘してるじゃないか。

 そして七巻の話から先は俺も知らない世界となる。その時に必要となるのは仲間との連携になるだろう。その時に、仲間を守れるように……というのもいいかもしれない。

 シエルさんも、誰かを守るということを考えてオメガを造っているのだろうか。元であるはずのロクゼロのシエルの人格を考えたら可能性としては十分あり得る。

 

「どう? お悩み解決には役立った?」

 

 思案している俺を微笑ましく見つめながら、楯無さんが訊いてきた。

 

「……はい。参考になりました」

 

「そっか。じゃあ、そろそろ観光を再開しましょ。行ってみたいところとかあるのよ」

 

「はは、そうですね」

 

 俺達は椅子から立ち上がった。

 その後荷物持ちやらされるのは、まぁ……運命的なやつなんだろうか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 IS委員会六日目。ん? 五日目? 勧誘だけだったから省略させてもらった(キング・クリムゾン!)

 今日の午前中で最後の国の勧誘も終わり、俺は今、部屋で一人になっている。そう、一人。護衛もいない。

 目の前の机には、高級そうな感じの紙とペン、そして投入口があって施錠されている箱があった。

 この紙に国の名前を書いて、投入口に入れてしまえば、それで俺の所属が決定される。決定されるまでの間は俺は外部との連絡は一切断たれる。楯無さんがいないのもそのためだ。代わりにこの部屋や扉の前などには防犯カメラが設置されているらしい。

 ペンを取る。高級そうな見た目に違わず、重さが手に伝わってきた。

 もう答えは定まっている。迷うことはない。

 紙にペンを走らせ、紙を折り畳んで投入口に入れる。

 箱を持って立ち上がり、扉へ。そしてノックする。

 

「終わりました」

 

 俺のその声で扉が開き、黒服の人が姿を見せる。

 確認させていただきます。と黒服が言い、箱を受け取ってそれを揺らす。カラカラと乾いた音が鳴った。

 確かに受け取りました。と黒服が言った。もう一人の黒服が顔を見せ、それではこちらです。と俺を案内する。

 これで、俺は今日から――。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「――という一週間だった。その前の特別講習と合わせてこの二週間、まともに休めてねえ……」

 

「はは、そりゃお疲れ」

 

 帰国した翌日。早速の授業日は時差ボケで遅刻ギリギリになりつつも、なんとか一年一組に辿り着いた。実に二週間ぶりの教室だ。

 二週間ぶりの自分の机に突っ伏しながら話す俺に対し、話相手であり、隣の席である一夏は俺が買ってきた土産をしまいながら、俺の話を苦笑しつつも聞いている。

 こうして話してみて知ったが、一夏は聞き上手だ。いいタイミングで相槌を打ったり言葉を返してくれるためとても話しやすい。加えて家事全般が得意で勉強ができて身体能力も良し。これはモテるのも納得だ。限りなく恋に関して疎いことだけが本当に残念だ。

 

「でも、これでようやく俺達と一緒に授業受けれるんだろ? ……と言っても、もうすぐ夏休み入っちまうけど」

 

「ところがどっこい」

 

「え?」

 

「専用機が届いたら、今度はISを俺用に調整する日々が来る。またしばらく休めなくなりそう……夏休みも一部パーだってよ……」

 

「うわあ……」

 

 この世界って、ここまで大人の事情に振り回されるようなとこだったっけ……?

 部屋割りもIS特訓に楯無さんがコーチやるってことでまたしばらくの間楯無さんとの相部屋。美人と一緒にいられるっていうのは嬉しくない訳じゃないけど、落ち着けるかどうかで言ったらいい加減男同士で気兼ねない生活をしたいというのが割と切実な話。

 

「ああ、そうだ一夏。専用機届いたら模擬戦の相手頼まれてくんない?」

 

「模擬戦? ああ、俺でよかったらいつでもいいぜ」

 

「頼まぁ……」

 

「いつまでだらけている。授業を始めるぞ」

 

 スパーン、と俺の頭に織斑先生の出席簿アタックが炸裂した。




 作者はキング・クリムゾンの元ネタがわからんとです。ダサいです。
 次回は彼の元に専用機が届きます。所属はわざわざ伏せた書き方したけど、もうわかりきったことだよね。


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第六話 エックス

 第六話です。
 ようやくスタートラインに立ったってところかな?


 ドアが二つに分かれてスライドしていく。

 そうして開かれた扉の奥で俺を待っていたのは、青の姿だった。

 ややくすんでいるようなその青は、持ち主を待って眠りについているかのようだった。あの物語では三対あったはずの翼は現在一対のみ。これは初期装備としての形状故のことだろう。

 

「颯斗さん、お久しぶり。そしてこれが、オメガ完成までの間代用的に専用機として扱ってもらうIS――『エックス』よ」

 

 IS・エックスの隣で待っていたシエルさんがそう言った。

 IS学園に戻って約一週間。ようやくこの学園に、『本国』から専用機と技術者が到着したのだった。

 エックスの姿はコピーエックス第二形態のものだった。しかし比較した時にこちらの方がやや角張った印象があること、そして何より脚――正確には脚部装甲――があることが、これが『物語のキャラクター』ではなく『ISの機体』であることを実感させる。

 

「傘霧、乗れ。お前の模擬戦用にこのアリーナを貸し切っている時間は限られている。初期化(フォーマット)及び最適化(フィッティング)は実戦でやれ」

 

 そう言って俺をここまで連れてきた織斑先生は急かす。言われるまでもなく、俺はエックスに乗り込む。

 背中を預け、座るように乗る。空気が抜かれ、エックスが俺の体に密着し、一体になる。

 

「エックス、各種機能正常。颯斗さん、気分が悪かったり、どこか異常はない?」

 

「――大丈夫です。行けます」

 

 真横という本来なら死角にいるシエルさんの不安そうな表情が、ハイパーセンサーによってはっきりと見えている。

 エックスの手を軽く握ったり離す。大丈夫、思い通りに動いてくれる。

 

「颯斗さん、出撃する前に注意事項を一つ」

 

 先程から打って変わって、シエルさんが真面目な表情で話しかけてくる。

 

「エックスはフォーマットとフィッティング……つまり一次移行(ファースト・シフト)を行うと本来の機能と姿になるけれど、同時にオート制御じゃ機動力を生かしきれなくなるため、マニュアル制御に切り替わるように設定されているわ。マニュアル操作はすでに経験してるって聞いているけど、制御できないみたいなら試合は中止すること。いい?」

 

「わかりました。じゃ、行きます!」

 

 カタパルトによって俺とエックスはハッチから飛び出した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「お、それがお前の専用機か?」

 

 待っていたのは、先日の約束通りに相手としてここに来た一夏と、純白の専用機――ISネーム『白式』。戦闘タイプ近接格闘型。現在第二形態、名称『雪羅』――だった。手にはすでに彼の獲物――検索、右手武器、近接特化ブレード『雪片二型』、左手武器、多目的武装『雪羅』と一致――……ああもう知ってるよその情報!

 

「今のところはな。現在フォーマットとフィッティングの最中だ」

 

「そうか。じゃあ待つか?」

 

「馬鹿言え。織斑先生にどやされるぞ」

 

「う、それは嫌だな」

 

「だったら来い。訓練機である程度操縦もやってるから」

 

「わかった。じゃあ……」

 

 ――警告。敵IS加速態勢に移行。

 

 エックスが脳内に直接伝えてくる警告に身構える。

 ……来る!

 

「いくぜ!」

 

 ――警告! 敵IS接近。近接攻撃態勢に移行。回避を推奨します!

 

「うおっ!?」

 

 警告の内容などほとんど見えてない内に身体が左へと引っ張られる。それがエックスが回避を行った結果であること、そして回避しきれずに右肩から右手にかけて装甲に亀裂を入れられたことを知るのには時間を要した。

 

 ――バリアー無効化。シールドエネルギーにダメージ。シールドエネルギー残量509。

 

(ったく、来いとは言ったが、いきなり零落白夜使うか普通!)

 

 だが、それでいいとも思う。こちらがまだ準備段階だろうが何だろうが、相手が本気で、それに本気で対処しようと思うからこそ戦いになる。

 

「くそ、武器は!?」

 

 ――現在展開可能な装備の一覧を表示。

 ・腕型マルチ射撃武器『(イクス)カノン』。常時展開状態。現在使用可能レンズ、連射型レーザー一種。切り替え不可。

 ・近接用プラズマブレード『名称未設定』。

 ・右腕用中距離実弾ランチャー『ソドム』。

 

 ……ん?

 え? この腕……武器なの? それにレンズって……あ、手のひらにレンズみたいなのがある。これか?

 

「って、うおぅっ!」

 

 考え事してる間に今度は撃たれた。予想外に効いて、シールドエネルギー残量が400を切った。

 

「ええい、やってやる!」

 

 両手を一夏へと向ける。一体どういうイメージかはわかる。問題はその通りになるかだ。

 手のひらのレンズに光が集束し、次の瞬間、光の弾丸が一夏に向けて連射された。

 だが、避けられる。当然だ。一夏はもう、これ以上の弾幕を経験済みなのだから、この程度では届かない。

 

「はああっ!」

 

「く……っ!?」

 

 斬撃をすんでのところで回避したが、続けざまの雪羅のエネルギークローがエックスの片翼を切り裂いた。

 スラスターである翼の片方を失い、バランスを崩して急降下する。

 なんとか墜落前に態勢を立て直すことはできたが、片翼を失ったのは大きい。

 

「容赦ねえなおい」

 

「う、悪い。やりすぎた」

 

「いーよ。むしろこの方が面白いし」

 

 プラズマブレードと『ソドム』を呼び出し(コール)。右手にランチャー武器『ソドム』を、左手にプラズマブレードを装備する。

 ソドムはロクゼロのネオアルカディア四天王の一人、闘将ファーブニルの武器をエックスに合わせて青くしたようなものだった。ちなみにもう一方はただのプラズマブレードだ。多分。

 

「このまま容赦はしなくていいから。いくぜ!」

 

「おう、来い!」

 

 武器を装備した俺は一夏へと突貫した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「あちゃ〜。やっぱり初期性能対第二形態だと分が悪いですねぇ……」

 

 モニタールームで観戦している一組副担任、山田摩耶はやっぱり、といった表情を浮かべて声を漏らしていた。モニター内では、颯斗は一夏に押されているのが目に見えてよくわかる。

 しかし同じく観戦していた千冬はフンと鼻を鳴らして否定した。

 

「あの馬鹿……ペースも考えずに中途半端に攻めていては負けるぞ」

 

「へ? なんでですか?」

 

「山田先生もわかっている通り、傘霧のISは現在初期性能で、これから一次移行を行うところだ。一次移行がされれば、シールドエネルギーは回復しないもののほぼ全てのダメージが回復される上、初期設定として抑えられていた機能が解放される。そうなった時にエネルギー切れなど起こしていては、完全な詰みだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 その上一夏はこの模擬戦が颯斗のISを一次移行させるためのものだと意識して墜とさないようにしているのだから、なおさら白式のシールドエネルギーがただの無駄遣いにしかなっていない。

 一方、シエルは席を一つ借りてエックスのデータ取得を行っていた。

 モニターに表示されている水流のごとく高速で流れているデータを一つも見落とさず、そして目にも止まらない速度でキーをせわしなく叩いている。

 それだけでも十分すごいのに、時に手を止めて颯斗を応援しているのだからさらにすごい。なお、その間にもデータは入ってきて、逃さず目を通している。

 

「颯斗さん、頑張って……!」

 

 モニター内で一夏に初期性能で必死に食いついている颯斗に、シエルは微笑みを浮かべて応援した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 模擬戦開始から約三十分。

 三十分間の戦闘で両翼共に壊れ、Xカノン、ソドムは弾切れを起こし、プラズマブレードも壊れてしまった。俺自身も、激しく動き回ったために息切れを起こしている。

 

「颯斗ー、大丈夫かー?」

 

 未だに装甲に傷のない一夏が訊いてきた。傷がないと言っても、白式の機能でシールドエネルギーは残り半分近くまで削れている。俺への手加減をしていたため、ある程度シールドエネルギーに余裕がある方だろう。

 

「な、に……まだまだ大丈夫だ。それに……」

 

 だが、まだ勝つ望みがある。

 三十分経って、その準備はできた。

 

「勝負はこれからだからな!」

 

 ついさっき出てきたウィンドウ。フォーマット完了を示すそれの確認ボタンを叩く。

 

 キイィィィン……!

 

 エックスの装甲が光に包まれる。機体の損傷がリセットされ、新たな装甲に更新される。

 くすんだ色から、澄んだ美しい青に変わる。

 装甲がより滑らかに、シャープな形となる。

 そして、背中の翼が増え、三対の大型の翼となる。

 これでエックスは本来の姿となり、同時に俺専用となった。

 

 ――フィッティングが完了しました。

 ――機能解放、並びに制限されていたエネルギーが使用可能になりました。

 ――Xカノン、レンズが切り替え可能になりました。

 ――制御モードがオート制御からマニュアル制御に変更されました。制御にはご注意ください。

 

「……よし」

 

 ググッ、と走り出すような態勢を取る。ガココン、と駆動して翼状スラスターの噴射口が六つ、姿を現す。

 翼……スラスターの数は三倍。加えて初期性能から本来の性能に変更されたから、仮に性能変化による上昇率が二倍だとすれば単純に考えて六倍速。当然ながら、俺は高速機動なんてやったことがない。

 だけど、なんとなくいける気がする。やれる。エックスが俺に合わせてくれる、と。

 

「――いくぞ」

 

 次の瞬間、目の前に映ったのは一夏の後頭部だった。

 一夏はついさっきまで俺がいたはずの場所を見たまま、何が起きたのかわからず焦っている。俺もほとんどわかっていない。だが、相手が理解しきれない速さで(・・・・・・・・・・・・・)相手の背後を取ったこと(・・・・・・・・・・・)だけ理解できれば十分だった。

 理解が遅れて行動も少し遅くなったが、それでも相手が気づく前に手であり武器であるXカノンを押し付ける。

 

 ドガンッ!

 

「ぐあっ!?」

 

 強烈な一撃を与え、一夏を叩き落とす。

 

(よし、レンズの切り替えはうまくいってる)

 

 機能が解放されたXカノンはレンズを切り替えることで多彩な射撃モードを取ることができる。デフォルトである連射型に加え、今撃ち込んだ近距離で威力を発揮する散弾型、レーザーで薙ぎ払う照射型、壁で反射する跳弾型、そして特殊な拘束リングを射出する捕縛型の五種類が存在する。その五種類のレンズを左右別々につけることが可能であり、組み合わせパターンは実に二十五通り。左右を考えない組み合わせでも十五通りであり、その組み合わせの多彩さはラファールにも劣らない。

 左のXカノンのレンズを連射型に、右のレンズを跳弾型に変更。

 撃つ。連射型は初期状態から大幅に連射性が上がっている。加えて、跳弾を壁で跳ね返して一夏の側面を狙う。

 エネルギー弾であるXカノンでは雪羅のシールドは突破できない。しかし、雪羅のシールドは向けた方向しか防げないため、突破できずとも回避すればいい。

 

「くっ!」

 

 案の定、一夏は回避するしかない。

 左の射撃は維持して、右レンズを捕縛型に変更。一夏の軌道を狙って発射。

 

(……よし、捕らえた!)

 

 拘束リングはレンズと連動しているため、右レンズを変えると拘束が解かれてしまう。

 だが今の相手のシールドエネルギー残量と照射型の威力なら左だけでも十分だ。左レンズを照射型に変更。照準を合わせ、チャージ。

 

「チェック。通るか!」

 

「まだまだぁ!!」

 

 一夏は雪羅の零落白夜で拘束リングを無効化、続けてレーザーも無効化する。

 さらに一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)の態勢に入った。

 

「チッ!」

 

 射撃――は考える前に否定。左手のレーザーはチャージがいる。間に合わない。右手の拘束リングは弾速が遅いためダメだ。レンズを変えて撃つのも時間がかかるため却下。ソドムもブレードも後付け装備であるためXカノンと違って修復されていない。第一呼び出している内に斬られる。

 回避――もダメだ。エックスの速度に俺が追いつけてない以上、下手したら壁に激突してエンド。激突しなくても対応に遅れたところを追撃される。

 だったら……

 

「うおおおおっ!」

 

 一夏が爆発的加速で来る。

 俺は、一夏目掛けて加速した(・・・・・・・・・・)

 

「へ?」

 

 六枚羽による加速で目と鼻の先になった一夏が呆けた顔をしてる。

 瞬時加速している一夏。そこに真正面から高速で突撃したらどうなる?

 

 ド―――――ンッ!!!

 

「「ぐぇっ!!」」

 

 二人仲良く墜落する(こうなる)

 

 

 

   ◇

 

 

 

「馬鹿かお前は。ああいう時は回避して射撃を再開しろ。できないと思ったは言い訳として認めん」

 

「はい……」

 

「織斑も、手加減するのか勝つのかはっきりしろ。あんなエネルギーの無駄遣いしては勝てる勝負も勝てんぞ」

 

「はい……」

 

 試合後、俺も一夏も怒られた。相手が織斑先生だからある意味当たり前か。

 結果は両者共に超高速正面衝突によってシールドエネルギーが0。引き分けである。

 

「傘霧は明日から訓練に励め。暇があればISを起動しろ。織斑もだ。鍛錬を怠るなよ」

 

「「わかりました……」」

 

 頷く他はない。一夏以上に経験値不足であるため、本当に暇な時間全てをISの訓練に注ぎ込むつもりでやらないと追いつけないかもしれない。あれだ、夏休みなんてなかった。始まる前なのに。

 

「傘霧くん、これで傘霧くんは専用機を手に入れた訳ですが、ISを所有するに当たって規則がありますので、これをちゃんと読んでくださいね」

 

 『IS起動におけるルールブック』という名の電話帳を手に入れた。

 詰め込み勉強をしすぎると死ぬぜ? 俺が。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも――」

 

「どうでもいいんで部屋に入れさせてください」

 

「ちぇ、つまんないの」

 

 頬を膨らませた楯無さん(制服姿)がちょっとかわいいと思ったが、別に言わなくていいか。

 部屋に入ってベッドに腰掛ける。このまま横になって寝たい気分だったが、我慢しておく。

 

「試合見せてもらったわよ。なかなか健闘したんじゃない?」

 

「その後織斑先生に怒られましたけど」

 

「そりゃああんな特攻はするものじゃないわよ」

 

 ごもっともです。

 

「ま、明日からはそのエックスを乗りこなせるよう特訓しましょ」

 

「よろしくお願いします」

 

「うんうん。素直な子は好きよ?」

 

「さいですか」

 

 適当に流しつつ、俺は右手を見る。

 青いオープンフィンガーグローブ。これが待機形態のエックスの姿だ。アクセサリーじゃないとかいうツッコミはなしだ。俺もツッコミたいけど。

 これからオメガが完成するまでの間、このエックスと共に空を駆ることになる。いくつかの事件もこいつと戦わなければならない。

 

(よし、頑張ろう)

 

 みんなに迷惑をかけないように。あわよくばみんなを助けられるように。

 その決意と共に右手を握り締めた。




 そういう訳で颯斗がギリシャ所属なって専用機(仮)をゲットしました。
 エックスのスペック、各種装備は次の更新で紹介します。ついでに颯斗の紹介もしておきます。


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一応専用機も手に入ったことだし、ここらでキャラ説明と機体紹介ってことで。作者による裏話もあるよ!

 予告した通り、颯斗とエックスを紹介。
 オメガが手に入ったときには、また別に紹介ページを書きます。

 (十二月二十五日)加筆修正しました。


傘霧(かさきり) 颯斗(はやと)

 

 神の気まぐれによって魂をコピーされてISの世界に転生した主人公。

 中学一年生から人生を再スタート。裕福でも貧乏でもない普通の家庭で三年過ごした後、織斑一夏がISを起動させたことが発端で実施された男性対象IS適性試験でISを起動。世界で二人目の(本当の)男性IS操縦者としてIS学園に(かなり遅れながらも)入学。入学初日から織斑千冬とのマンツーマン特別講習を受ける、政府の思惑によって事実上の一夏のスケープゴートとしてIS委員会に差し出される、更識楯無に振り回されるといった風に、割と一夏以上に散々な目に遭っている。IS委員会の場でオメガの開発国がギリシャだと知り、その性能面での問題に一時期悩んだものの、最終的にギリシャ所属になることを決意。現在は開発中であるオメガに代わってエックスを専用機として扱っている。

 ISの知識は絶版の一〜七巻分の小説と第一期アニメの分まで。小説第八巻以降の物語は知らない。他のロボットアニメの類については知識が乏しく、ゲームの場合ではロックマン系統が結構詳しい。これほとんどそのまま作者の知識レベル。差異は作者はIS第八巻も持っているということぐらい。

 性格としては一夏ほどではないが正義感はあると自負している。エックスを初めて操縦した模擬戦では颯斗が考え得る限りでは最善策だったとはいえ瞬時加速をしている一夏に向かって正面衝突を仕掛けるところからして度胸はあるようだ。趣味はアニメやゲーム。ただコアな話とかはできない。不器用らしく、特技はないとのこと。

 現在はIS操縦技術が入学が遅れたことによる著しい遅れを取り戻すための教導役兼護衛役として更識楯無が颯斗と相部屋で生活している。

 

・作者による補足説明

 ハーメルンにて投稿している『Magic Game』の主人公が天才であることも影響していたのか、主人公は普通の人にしようと思って作ったキャラ。

 IS委員会に出席したりと普通に見えないような扱いもあったりするが、日本生まれの二人目の男性操縦者がどういう立場に立たされるのかをある程度現実的に考えた結果であり、この小説自体主人公補正とかそういったものは使わずリアルっぽい感じで書いていこうと考えていたのだが、第四話、第五話共に読者から現実的なツッコミを受けてしまう。

 キャラのモチーフというか、元となった人物というか、そういうのは実は作者自身。性格や知識に多少の差はあれど、ガンダムとかマクロスなどのメジャーなロボットアニメをほとんど知らないところや、ロックマンゼロシリーズをよく知っているところは作者がそれだから。簪とアニメ談義をするときっとリリカルなのはでは盛り上がる。まどか☆マギカになると詰む。

 ヒロインは一応決定しているのだが、読者からの感想を受けて追加しようかどうしようかで若干揺れている。

 

 

 

エックス

 

 ギリシャ製第二世代ISであり、颯斗がオメガを手に入れるまでの代用として使われている専用機。メインカラーは青。

 六枚三対の翼状スラスターによる高機動式の全距離対応射撃型。ラファール・リヴァイヴと同じく第二世代最後発。

 特筆すべきは前述の通りの翼状スラスター。翼一つ一つにつけられた計六つの大型スラスターによってパッケージ換装込みで現在登録されている全機体を上回る速度を出すことが可能である。また、後述する事実上の専用武装(イクス)カノンによって多彩な射撃を行うことが可能である。

 しかし、速い為に扱いも非常に難しく、また製作コストも他のISと比べて高いために量産化は叶わなかった。加えて、軽量化のために装甲が薄い、スラスターの燃費が悪いといった本体の欠点やそもそも第二世代機であるため装備できる武装に限りがあり、火力不足であることなど、欠点が多い。

 また、機能が解放されるとオート制御からマニュアル制御に自動的に切り替わる。

 

・武装

 

Xカノン

 腕型マルチ射撃武器。エックスの腕としても機能しており、手のひら部分のレンズを取り替えることによって様々な射撃形態をとることができる。また、左右で別々にレンズを付け替えることも可能で、その組み合わせの種類はラファール・リヴァイヴとも互角である。

 Xカノンの利点は、まずバススロットの容量を取らないこと。レンズも含めて一つの武装であるため、一つ分のバススロットで多彩な射撃武器を得られると同義である。二つ目には呼び出し(コール)の必要がないこと。レンズの付け替えはXカノン内の機能であるため、わざわざ呼び出すよりも早い。

 レンズの取り替えで武装変更はできるものの、エネルギー残量まで取り替えられる訳ではないためエネルギー残量に注意しなければならないのが欠点である。第二世代兵器であるため火力不足も欠点の一つ。また、武器であると共に腕でもあるため、搭載にはISの専用改造が不可欠であり、製作コストも極めて高いため現時点では事実上のエックスの専用武装である。

 現時点でレンズの種類は五種類。

・連射型

 Xカノンの基本レンズ。文字通りにエネルギー弾を連射する。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には劣るが連射性は高く、消費エネルギーの面からも他のレンズと比べて扱いやすい。

・照射型

 連続的に照射して攻撃するレーザーになる。

 連射型と比較して威力は格段に高いがチャージが必要で、エネルギーの消費も大きい。

 瞬発的な威力では《灰色の鱗殻(グレー・スケイル)》に劣るが、連続照射が成功した場合の総合威力ではこちらが上になる。

・散弾型

 前方広範囲に散らばる散弾になる。

 近距離で当てればアーマーブレイクも見込めるが、射程が短く射程ギリギリで撃った場合ほとんど威力が見込めない近接用レンズ。そもそもエックスが高速機動によって瞬時離脱、遠距離射撃を行うのが得意であるため、あまり活用の機会に乏しい。

・跳弾型

 壁や地面などに当たると跳ね返る弾になる。

 壁を経由することで多角攻撃が可能になる。ただし、計算を誤ると自分が被弾する可能性があるため注意が必要。

・拘束型

 相手を拘束するリングが発射されるようになる。

 拘束に成功すれば一時的に非常に狙いやすくなるが、拘束リングの弾速はやや遅い。しかしレーザー型を直撃させて相手のシールドエネルギーを根こそぎ削り取るには十分重宝する。

 拘束リングとレンズが連動しているため、拘束した方のレンズを切り替えると拘束も解けてしまう。

 

ソドム

 中距離型実弾ランチャー。榴弾を前方に飛ばす。火力は高いが連射はできない。

 Xカノンがエネルギー攻撃型であるため、エネルギー攻撃に高い耐性を持つシールドを突破するために搭載された後付け装備。エックスに合わせて青いカラーリングを施されている。

 右手用武器。左手用は『ゴモラ』と言い、元々は『ソドム&ゴモラ』という一セットの武装なのだが、バススロットの容量の関係上片方のみとなった。

 

プラズマブレード

 後付け装備。対近距離用兵装。

 Xカノンのエネルギー節約のため、散弾型を使用したくない場合には使えなくもない。

 

・作者による補足説明

 

エックス

 第三世代は開発が始まったばかりなんだから、打鉄弐式みたいに開発中の機体があってもおかしくなくない? という発想がきっかけで生まれた機体。

 元になったのはコピーエックス第二形態。それに装甲脚つけて、腕繋いで、ISっぽく角張った感じにして、ついでにヘルメットを撤廃した感じ。ヘルメットの代わりにゼロの耳辺りのパーツをエックスの同位置につけてヘッドギア的役割を担っている、ということで。なんでヘルメットを廃止したか? ヘルメットありだとISっぽく感じなかったから。見た目や性能は多少変わると言ったから無問題。

 コピーエックスは動かないのにエックスをとっても速い子にした理由は、ぶっちゃけ特出した能力がないとセシリアやシャルロットの完全劣化になりかねないから。コピーエックスがオリジナルエックスの劣化と考えたらそれでもいいのかもしれないが、それだと颯斗の出番が蒸発する。あと、あれだけデカい翼を持ってるんだから使わないと勿体無い。

 結果として、超速度となりキャノンボール・ファストでは活躍が見込める(見込めるだけ)の機体となった。

 

Xカノン

 Xの読みがエックスではなくイクスなのは、単にカッコいいからという厨二な理由。

 コピーエックスが連射弾やレーザーを使っていたので、多彩な攻撃ができる武器にしようと考えた結果がこれ。元々は連射、照射、拘束の三種のみにしようかとも考えていたが、なんだかんだで五種類になった。

・連射型

 元はコピーエックス第二形態のゼロを狙って連射する攻撃。特に語ることもない。

・照射型

 元はコピーエックス第二形態のレーザーを撃った後地面が炎に包まれるという攻撃。サバキダッ!

 作中では地面は燃えない代わり、レーザーに威力がついた。

・散弾型

 コピーエックスどころかロックマンゼロシリーズのどの攻撃にも当てはまらない。

 実は作者が現在ハマっているゴッドイーター2のショットガンのバレットである散弾が元。性能もそこ由来。

・跳弾型

 コピーエックス第一形態のEX技、リフレクトレーザーが元。

 チャージ不要で連射できる代わりに威力(派手さ)は高くない。ゴッドイーター2の跳弾と言っても構わない。

・拘束型

 コピーエックス第二形態の技。場所が悪いとゼロが穴に落ちてピチュる。クイアラタメヨ! もしくはフハハハハッ!(EX技)

 ロクゼロでは頭から出していたが、構造的問題から腕から出てもらうことにした。

 

ソドム

 戦闘バカファーブニルの武器の片方。どっちがソドムでどっちがゴモラかは作者は知らないので勝手に決めた。

 四天王は機体化しないのかという読者からの質問があったが、それは作者も未定。有力な軍事国家一カ国辺りのIS保有数は七機辺りらしいので、調子こいて専用機作るとギリシャの力がハンパなくなる。技術提携あたりを理由に他国に作らせるのが無難だろうか。しかしどうやって登場させるかなど問題が残るためやっぱり未定。武器だけの登場が最も確実性がありそう。

 

プラズマブレード

 元はただのエネルギーブレードにする予定だった。しかし、パンテオンの武器使えばいいんじゃない? という読者の意見を受けて変更した。パンテオン・ウォリアーの電磁警棒が元。棒ではなく剣になり、かつ腕と融合していないが。今後もパンテオンが元の武器が出てくるかもしれない。

 また、パンテオンを量産機にしたらどうかという読者の意見を受け、こちらは登場を決定。今後出る。




 これから先しばらくはエックスで頑張ります。
 あと、パンテオン登場の話はマジです。もう出番のある話も書きましたし。


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第七話 一生にあるかないかわからない経験は大事にとっておきなさい

 今年最後の更新です。
 あと、前回にエックスと装備の説明を一部改正しました。


 八月。IS学園は夏休みに入った。

 俺は夏休みに入る前から特訓。夏休みに入ってからも特訓。とにかく特訓。ひたすらエックスに乗って、ひたすら飛ぶ。今も飛んでいる。

 楯無さんというコーチから授かった特訓メニューとは、

 

「颯斗くーん、もうちょっとで被弾数が三百超えるよー。集中ー」

 

「は、はい!」

 

 三十分間弾幕を避け続ける訓練である。反撃不可。

 相手はこちらを狙って撃ってくる固定マシンガン砲台×10。アリーナの壁に沿って設置された砲台からの弾幕をひたすらよける。これが始まってから今日もずっと行われている訓練である。なお、砲台から発射されている弾は通称『訓練弾』と呼ばれるもので、相手に当たれば着弾判定は出るがダメージは一切なく、あらゆる弾種に設定可能というものだ。文字通り訓練で使われる。

 

「被弾数三百超えたわよ。もっと集中しなさい」

 

「わ、わかってます!」

 

 この訓練の目的はエックスの機動力を生かせるようにするためというのもあるが、それ以前に戦闘を成り立たせるためである。

 機能が解放されたエックスはマニュアル制御状態、つまりは制御は自分でやっていかなくてはならない。移動するための制御ができなければ試合どころの話ではない。なのでまずはそれを徹底的に磨き上げるということなのだ。

 しかし結果はご覧の有り様、開始から約二十分で被弾数は三百二十七発。実戦では確実に墜ちている。

 被弾数を箇所別に割り出すと一位はダントツで翼。三分の二、約二百発がエックスの命とも言える翼に当たっている。理由はなんといっても翼が大きいから。俺自身に当たらないように回避しても翼に当たってることが多すぎる。

 弾幕回避ってどうやんの? 訓練が始まった頃に一年専用機持ち(一夏と女子五人)に聞いてみたら、

 

 一夏の場合。

 

「雪羅で防いで突貫する」

 

 箒の場合。

 

「ズババッといってビシッ! ズバッ! という感じだ」

 

 セシリアの場合。

 

「回避時には上半身を斜め上後方へ十度傾けて後退、それから回避したい方向へ三十度反転してさらに弾幕密度が最も低い地点へ上半身を(略」

 

 鈴音の場合。

 

「そんなの感覚でどうにかしなさいよ、感覚で」

 

 シャルロットの場合。

 

「後退してから弾幕の張られてないところに避難するか、弾幕の薄いところを突き進んで突破するのが現実的じゃないかな」

 

 ラウラの場合。

 

「AICの前では弾幕など意味がない」

 

 ……シャルロット以外まともなこと言ってねー!

 特殊能力で対処できる一夏とラウラはまだわかる。セシリアは細かすぎるだけで案外シャルロットと言ってることは同じだった。

 だが箒と鈴音、おめーらはダメだ。箒は擬音が理解できない。そして鈴音、感覚でできるものならそもそも訊こうとなんてしないわ阿呆。

 

「颯斗くん、今女の子のこと考えてたでしょ。えっちぃなあ」

 

「いやらしいことは考えてません! ちょっと箒と鈴音をディスってただけです!」

 

「あ、そうなの? 後で本人に言っちゃおっかな〜」

 

「やめて!!」

 

 開始から三十分経過、被弾数が五百発超えたところで弾幕が止まった。

 

「なかなかうまくいかないわねぇ」

 

「す、すみません」

 

 目標は最低でも分間被弾数一ケタ。今回の場合は被弾数五百四十八発だったので、一分につき約十八発受けた計算になる。

 現状、エックスの速さに振り回されている感じだ。エックスは速度に極振りした機体。ようなではなく断言しているところがミソ。シエルさんも公認の極端仕様によって、公式IS(箒の『紅椿』はどの国家にも所属してない束製なので非公式とする)の中ではダントツで最速らしい。

 しかし極端に速い分操作性も極端に悪い。コンマ一秒の遅れで壁に激突とか何度もあった。そういうのがなくなっただけ俺も進歩した方だと思う。

 回避もただ弾幕をよけるだけなら超速度を使えば弾幕の範囲外まで避難することは簡単だ。ただしエネルギーの無駄が生じる。エックスはスラスターを六機搭載しているため速いが、その分エネルギーの消費もマッハレベル。多分消費の早さは一夏の今の白式といい勝負なんじゃなかろうか。

 それでエネルギーを節約するためにも今の訓練、すなわち『無駄な動きをせずに弾幕を回避する』ということなんだが……うーん。

 

「難しいですね」

 

「とは言っても、習得してもらうわよ」

 

「はい……」

 

 楯無さんはスパルタである。知ってはいたけど。

 一方、俺の専属技術者であるシエルさんは今回や前回までのデータを参考にエックスの出力調整の計算をしていた。

 シエルさんが毎回出力を計算し、それをエックスに入力、俺がそれに乗って楯無さんの訓練を受ける。といった感じで訓練は進んでいる。

 

「颯斗さん、エックスの出力を調節するから、コンソールを出してくれる?」

 

「あ、はい」

 

 俺がコンソールディスプレイを展開すると、シエルさんはそれに自分用のディスプレイを接続、操作を開始した。

 一言で言うと、速い。それしか理解できなかった。両手の上下に展開された計四つの……カスタム・キーボード・スフィアって言うんだっけ……? で、とんでもない速さで数値を打ち込む。もうどれがどれでどうなってるのか理解できない。……って、解説してる間に打ち込み終わったし。

 

「数値の調整をしてみたわ。これで少しは操作しやすくなったと思うけど」

 

「じゃ、やりましょうか」

 

 あ、はい。

 この訓練、大事なのはわかるけどさ……この訓練“だけ”をひたすらやってるから、個人的には射撃訓練とかもやってみたくなるんだよね。

 楯無さん曰わく、

 

「機動力完全重視の機体なんだから、完璧レベルまで飛行技術を磨くわよ」

 

 シエルさん曰わく、エックスを使った完璧な飛行技術とは、

 

「熟達すれば、トップスピードのままスラスター六機の個別稼働が行えるようになるから、完璧と言ったら最低でもそれくらいは必要じゃないかしら」

 

 オメガが来るまでずっとこの訓練しかできないんじゃなかろうか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「あ、颯斗さん。よかった、すぐ見つけられて」

 

「シエルさん?」

 

 数日後。今日は楯無さんは仕事のため数少ない休みの日である。夏休みなのに休みが少ないというのはいかがなものであろうか。

 それはともかくとして、シエルさんは暇を持て余して廊下を歩いていた俺を呼び止め、手にしていたものを差し出してきた。

 

「はい、これ」

 

「これは?」

 

 手渡されたものは封筒だった。なんかの書類か?

 中を見ても大丈夫そうなので開けてみる。これは……チケット?

 

「ギリシャへの特別渡航チケットよ。政府要人が乗る飛行機だから、主に政府や企業とかから呼び出された場合に限るわ。なくしたりしないように気をつけてね」

 

「はあ」

 

「それで……颯斗さん」

 

「なんですか?」

 

 シエルさんは頬を掻いて、少し言いづらそうに言った。

 

「いきなりだけど、それの出番だわ」

 

「はい?」

 

 よくわからんが、俺の休みが蒸発したことだけは理解できた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 あれよあれよという間に政府要人専用の飛行機に乗ってギリシャへ。

 で、現在ギリシャのどこにいるのかと言うと、

 

「ハヤト・カサキリ、ようこそギリシャへ。今回は『マガジン・アルカディア』のインタビューを受けてくれてありがとう。私はネージュ・ファーラ、よろしくね」

 

「……………どうも」

 

 マガジン・アルカディアとは、ギリシャでよく読まれている週刊誌だそうだ。IS特集とかが特に人気だそうで。ここはその編集をしている会社である。

 今の相手の言葉でわかる方もいるだろう。つまりそういうことだ。

 要するに、俺の記事が組まれるらしい。

 

「……こういうのに特権使って飛行機乗るって、ありなんですか」

 

 隣にいるシエルさんに訊く。シエルさんは苦笑いしながら、

 

「えっと、一応本国の研究所で開発されているエックスやオメガの装備の試運転や機体整備が本命で……」

 

「……………」

 

「……ごめんなさい。彼女、昔からの友人で断りきれなくて」

 

 ジト目で見つめていたら肩を落として白状した。

 

「女の子イジメるのはよくないわよ〜」

 

 その様子を見ていたネージュさんがヒラヒラと手を振って割って入る。

 なお、ネージュさんは赤髪でボーイッシュな感じの人で……まあ要するにゼロ4のネージュを大人にしたような人だった。……割と入れまくってるな神様。

 俺はやや大げさなため息をつき、気は進まないが彼女の方に向き直った。

 

「さあ、始めましょうか」

 

 ネージュさんがそう言って録音端末のスイッチを入れた。

 ちなみにだが、ギリシャ所属となってからはシエルさんにギリシャ語を教えて貰っているのだが、未だにさっぱりである。そのため通訳がついてる。

 

「それじゃあいくつかあなたに質問するわね」

 

「……答えられる範囲でどうぞー」

 

「最初の質問は、ギリシャを選んだ理由。IS委員会で、色んな国から勧誘を受けて、どうしてギリシャを選んだのか教えてくれない?」

 

「いきなりそこですか」

 

「一番聞きたいのがこの辺りなのよ。待遇なのかISなのか、あ、勧誘したのがシエルだから、ひょっとしたらシエルに惚れたっていうのもありかしら」

 

「ネージュ!」

 

 ネージュさんの冗談に照れながら叱るシエルさん。だけど俺の場合はある意味間違ってなかったりする。

 

「……まあ、シエルさんの信念というか、そういうものに惹かれたっていうのもありますね」

 

「その話を詳しく」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「嘘をついたり、騙したりして引き込むようなことはしたくないって、勧誘の時にシエルさんはそう言ったんですよ。別に他国が嘘を言っていたとは思いませんけど、シエルさんの場合、欠点とかもはっきりと仰っていて、ホントに正々堂々って感じで、他にはないなって。……あ、言っておきますけど、恋とかそういうことはありませんからね?」

 

「なーんだ」

 

 興味津々に聞いていたネージュさんは、俺の最後の一言で一気にテンションを下げた。いや、普通に考えてなしだろこれは。俺十六だぞ。シエルさんは歳は知らないけど二十歳は確実にいってるだろ。歳の差カップルとかそんなのないから俺は。

 一方シエルさんは自分の暴露話とあってか恥ずかしそうに俯いていた。

 

「じゃあ、そんなシエルの話を聞いて、あなたはどんなIS操縦者になりたいと思ってるの?」

 

「えーと……これはどの国に所属するかちょっと迷ってた時に、相談相手から聞いた話ほぼまんまなんですけど……自分と仲間を守れるようになりたいなって、そう思ってます」

 

「へえ、いい心構えじゃない。仲間は俺が守る! ってやつ?」

 

「まあ、はい」

 

 あながち間違ってないので頷く。

 

「なるほどねぇ。じゃあ次にIS学園での生活。男性としてのあなたの感想は?」

 

「……そういうのって、やっぱり気になるんですかね?」

 

「当たり前じゃない。女の園に紛れ込んだ二人の男子。気にならないはずがないでしょ?」

 

「そうですね……まあ、クラス、学年問わず美人ばかりですよね」

 

「男子にとっては楽園でしょうね。それで?」

 

「ただ、ね」

 

「ん?」

 

「現在、IS特訓のためということで先輩の女子と相部屋なんですけどね。いい加減、男同士で気兼ねの必要がない生活を送りたいなあって……」

 

「そう? 美人と同棲生活なんていいじゃない。もしかしてホモ?」

 

「いや、嬉しくないとは言いませんけど。男女的に気を使わないといけないですし、そういうのを意識しない生活を送りたいなっていうことです。あと、ホモじゃありませんから」

 

「ふーん。ちなみに、今同棲してるのはどんな子?」

 

「そこまで訊くんですか……」

 

 こんな感じでしばらく雑談も含めながら質問と応答が続いていった。

 

「じゃ、インタビューはこれぐらいにしましょうか。次に撮影するから、こっちで用意した衣装に着替えて」

 

 録音端末のスイッチを切って簡単に片付けをしながらネージュさんはそう言ってきた。

 

「……え、撮影もするんですか」

 

「当然。せっかく来てもらったんだから撮影しなきゃもったいないでしょ」

 

 さいですか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……これ、変じゃありません?」

 

「そんなことないですよ! すごくカッコいいです!」

 

 着替えた結果、俺はスーツに身を包んでいた。

 純白という言葉が似合う真っ白なスーツで、ネクタイやらなにやら全て白。ついでに用意された革靴も白。そのため手や顔の肌色や髪の毛の黒が異色のように思える。

 慣れないスーツ姿にどこか落ち着かずに言ってみたのだが、やや興奮気味で顔を赤らめているスタッフがそう返してきた。少なくともこの人の受けはいいらしい。

 

「さ、行きましょう! カサキリくん入りまーす!」

 

 スタッフに押し出され、撮影スタジオへと踏み入れる。

 スタジオに入って早々、ネージュさんやスタッフ達の「お〜」という感嘆の声が聞こえてきた。

 

「なかなか似合ってるじゃない。さ、早く撮影やるわよ」

 

「はあ」

 

 早速撮影開始。立ったり椅子に座ったり、途中で衣装チェンジしたり。指示も細かくて少し苦労もした。

 あと印象的だったのは……

 

「さて、じゃあカサキリくん、ISの腕だけ展開してくれる?」

 

「え、IS展開するんですか? てか、ここで展開していいんですか?」

 

「大丈夫よ、許可もらってあるから。IS操縦者の写真撮影する時って、ISを部分展開した姿を撮ることも少なくないわ。兵器運用が規制されてる分、その他の部分で有効利用させてもらってるってことね」

 

 そういうことでエックスを展開した。……ISの表紙で各キャラの部分展開絵があるのって、こういうことだったのか?

 あと、俺がエックスを操縦しているのは一時的だということを知っているのか、ネージュさんが「その内プレミアつくわよー」とか呟いていた。

 

 そして撮影が終わり、会社を出る。見送りでついてきたネージュさんは撮影の出来がよかったのかほくほく顔だった。

 

「ありがと。おかげでいい記事書けそうよ。またインタビューさせてね」

 

「えっと、シエルさんを困らせないようにお願いしますね」

 

「はいはい。じゃあねー」

 

 手を振って見送るネージュさんに礼をして、俺とシエルさんは車に乗り込む。なお、車は黒光りしたいかにも高級そうな車だ。車種は知識ないんで知らん。SP付きなのが割と大事なところ。

 俺とシエルさんを乗せた車は、次なる目的地を目指して発進する。

 

「生まれて初めてインタビュー受けたのが海外なんて思いもしませんでしたよ」

 

「ごめんなさい、大変だったよね……日本ではマスコミとか来なかったの?」

 

「政府の要人保護プログラムで、マスコミとの接触が遮断されてました」

 

 しかしそれはあくまでも俺に対してのみであり、マスコミは両親にインタビューをしていたみたいだけど。テレビで知った。

 

「そうだったの……でも撮影の時の颯斗さん、カッコよかったわ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいですね。……で、次はどこ行くんですか?」

 

「私達の研究所、アルカディアに向かうわ。インタビューの時にも少し言ったけど、エックスやオメガの開発に協力してほしいの」

 

 そう言ってシエルさんはパチリとウインクした。

 車は街から離れた山奥にある研究所『アルカディア』へと進んでいた。




 描写はしてませんが、颯斗は一応インタっビュー自体は了承しています、ということでちょっとしたツッコミ対策をさせていただきます。
 では皆さん、よいお年を~。


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第八話 困った時は潔くカット

 ようやく更新できました。
 新キャラ、新装備、そして新ISです。


 研究所につくと、一人の男性職員が出迎えていた。

 シエルさんは車から降り、すぐにその職員へと駆け寄る。

 

「セルヴォ!」

 

「おお、シエル! お帰りなさい」

 

 ……ええと、シエルさん、今セルヴォと言いましたか? それって、ロクゼロのセルヴォさんですか?

 バイザーがないからそれっぽく見えない。優しそうな若いおじさんといった印象にしか見えない。いや、十分か?

 そんな感じでぼんやりと眺めていると、セルヴォさんがこちらに気づいて近づいてきた。

 

「やあ、君がハヤトくんだね? 私はセルヴォ。シエルと共にここアルカディアでIS武器の開発、研究をしているんだ」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 セルヴォさんと握手を交わす。

 

「じゃあ、中に入ろうか。君にも手伝ってもらいたいことがあるけど、いいね?」

 

「颯斗さん、行きましょう」

 

 二人に連れられ、研究所へと足を踏み入れた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「「「ハヤトさん、ようこそアルカディアへ!!」」」

 

「えっ、と……?」

 

 研究所に入るなり、いきなり職員達に歓迎された。クラッカーも一斉に鳴らされる。

 いきなりのことで、ついていけないんですが……。

 

「ああ、すまない。こういうサプライズは苦手だったかな?」

 

 あまりにも唖然としている時間が長かったらしく、セルヴォさんがそう尋ねてきた。俺は慌てて否定する。

 

「あ、いえ、今までこういう経験はなくて、びっくりしてまして」

 

「ああ、そうだったか。君が初めてここに来る時には、盛大に歓迎しようってことになってね」

 

「それで、君がギリシャ所属に決まってから準備してたんですよ!」

 

 職員の一人が割り込んできたのをきっかけに、職員全員がワイワイと集まってくる。

 

「色々話したいことも多いと思うけど、もう少しだけ我慢してね」

 

 シエルさんはそう言って職員達をなだめ、俺を案内していく。セルヴォさんを含め一部の職員がついていく。

 着いた先は、様々な機材や工具が散らばっている部屋だった。多分整備室だろう。

 

「颯斗さん、エックスを展開して、それから降りてくれる? メンテナンスや装備の改造も行うから」

 

「あ、はい」

 

 言われた通り、エックスを展開。ISや装備の展開についてはもう難なくできるレベルになったところだ。そしてエックスから降りる。

 

「ありがとう。ISの試運転までは少し時間があるから、その間にみんなと交流を深めたらどうかしら」

 

「了解です」

 

 頷く。が、先ほどの場所へと戻る前に気になったものの前まで近づく。

 気になったものとは、ISだ。一目見てそこまではわかる。さらにそれは、エックスによく似た機体だった。ただ、エックスのような翼状大型スラスターはないし、腕はXカノンでもない。細部のデザインとも合わせて、何というか、エックスを地味にしたような外見だった。

 

「……このISが気になるかな?」

 

 俺の様子に気づいたセルヴォさんがそう訊いてきた。

 

「……ええ、まあ」

 

「この機体は『パンテオン』と言ってね。ギリシャの第二世代量産機なんだ。ついでに言うと、このパンテオンの稼働データを使ってエックスやエックスの装備を作った、いわばエックスの原型といったところだね」

 

「パンテオン……」

 

 その名前は知ってる。ロックマンゼロにおいてはエックスを元に劣化コピーした汎用メカニロイド、それが俺の知ってるパンテオンだ。しかしこちらでは生まれた順番は逆のようだ。

 

「パンテオンは多少重量がある代わり、多彩な装備による汎用性の高い機体として世に出してたんだけどね……後により軽く、さらに無改造でより多くの武装を積めるラファールに株を持ってかれていってしまったんだ。まあそれでもギリシャではこれが主流だし、パンテオンが出た当時ISは第二世代の中期だったから、今でもこちらの方が使いやすいって言ってくれてる顧客もいるんだけどね」

 

 へぇ、重量がある代わりに汎用性を、ね……。

 

「……エックスとは逆じゃありませんか?」

 

「まあ、確かに。エックスは高速機動と、多様性のある一つの武器を操る作りだね」

 

 だけどね、とセルヴォさんはため息混じりに言った。

 

「ここだけの話、IS作りも楽じゃないんだよ。他国との差別化は常に考えなきゃいけないし、予算も無制限にある訳ではないし、他にもデザインもよく考えなきゃ操縦者の受けも悪いし。数えたら意外と多いんだよ問題が」

 

 なんか愚痴が始まった。

 しかし、考えてみると納得できそうな気もする。さっきの汎用機の株がラファールに取られた話とかもそうだし、言われてみればISって何かとデザインもいい。元々ISの搭乗者は女性。男性以上にデザインにもこだわっていそうだ。

 

「セルヴォー。颯斗さんに愚痴言わないで、ちょっとこっち手伝ってー」

 

 シエルさんがこっちに手を振りながらセルヴォさんを呼ぶ。声からしてセルヴォさんの愚痴には慣れているようだ。

 

「ああ、今行くよ。すまないね、愚痴になってしまって。さあ、ここでの道草もこのくらいにして、君が主役の歓迎会に行ってきなさい」

 

「はい。愚痴であっても、話をしていただいてありがとうございます」

 

 セルヴォさんに礼をして、歓迎会の会場へと足を運んだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 歓迎会を終えてシエルさん達の研究の手伝いへ……歓迎会はどうだったかって? みんな歓迎してくれたよ。後は自己紹介した後みんなでワイワイしたよ。ロクゼロ関係の名前もいくつか聞いたな。

 で、現在場所はIS訓練場。俺は改造されたエックスに乗っている。改造されたって言っても、見た目に変化はない。しかし現在エックスにはデータを採取するための機器のコードがいくつも繋がっている。そして前方百メートル先には円盤状のターゲット。

 

『それじゃあ颯斗くん、新しく追加したレンズの試射、始めてくれるかな?』

 

「はい!」

 

 通信越しのセルヴォさんの声を頷き、Xカノンを構える。レンズはもうすでに、変換されている。

 

 キュゥゥゥウウウン……。

 

 構えたXカノンにエネルギーが集束し始める。エネルギーは次第に大きくなっていき、集束する音も大きくなる。

 

(――今だ!)

 

 巨大になったエネルギー弾を発射。ドゥンッ!! と鈍い音と共にXカノンから離れ、直進。見事ターゲットに命中し、パーンッ。

 

「おぉ……」

 

『うん、大丈夫みたいだね。もう何発か試射してみてくれるかな?』

 

「あ、了解です」

 

 言われた通り、また集束、発射を何度か繰り返す。

 まず最初に試したこのレンズはいわゆる『集束型』。言ってしまえば高威力のチャージショットを撃ち込むものだ。

 同じくチャージから出す高威力レンズにはすでに照射型もある。しかしこの集束型は単発ゆえに総合火力では劣るが、燃費が格段によくなっているそうだ。元々照射型は極めて燃費が悪いため、改良もしくはそれに取って代わるレンズの開発をするつもりだったらしい。

 

『うん、集束型は安定しているね。じゃあもう一つのレンズに移ろうか』

 

「はい」

 

 Xカノンのレンズを切り替え、ターゲットに標準を合わせる。

 一呼吸置いて、一発撃つ。反動が若干他のレンズと比べて大きい。

 発射された弾はターゲットに着弾。その直後、大きな音と共に炸裂した。

 

「おぉ……」

 

 炸裂の大きさにまた声を漏らす。

 今度のレンズは炸裂型。文字通り着弾すると炸裂する弾になる。消費エネルギーは多めだが効果範囲が大きく、集束型と違ってチャージの必要がないという利点もある。この炸裂型とさっきの集束型が今回追加されたレンズだ。

 

「これも何発か試射するんですよね?」

 

『ああ、だけど気をつけて――』

 

 話の途中からすでに射撃態勢に入り、ターゲットに向けて発射。

 だけど発射と同時に、Xカノンが炸裂した。

 

「うごわっ!!?」

 

 炸裂に巻き込まれ、後ろに吹っ飛んだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 少し離れたところでデータ取りをしていたスタッフが駆けつけてくれる。

 吹っ飛びはしたが俺自身はISに守られているため怪我はなく、エックスも間近で炸裂を受けはしたが無事だった。

 

「てて……、一体何が……」

 

『あー、やっぱりこうなったか……』

 

「やっぱり? セルヴォさん、やっぱりってことは前にもあったんですか!?」

 

『ああ、うん。そうなんだ。レンズ化させる前の原型の時から、炸裂型はどうも安定しなくてね』

 

「……一応訊きますけど、なんで?」

 

『プログラムの仕様ってところかなぁ。せっかくだからここで、Xカノンのレンズについて詳しく説明するよ』

 

 いつの間にかスタッフがディスプレイを展開していた。図説付きらしい。

 

『Xカノンのレンズにはプログラムが入っていてね。レンズを通すことでエネルギーはそのレンズの中のプログラムの命令に沿った効果を持つ弾になり、それから発射されるという仕組みになっている』

 

「例えば跳弾型の場合、“何かに当たった時に反射する”という命令が組まれています」

 

 そう説明するスタッフが持つディスプレイの図面ではエネルギーを表す矢印がレンズを通っている図が表示されている。図のレンズを通して命令プログラムが入れられた矢印が壁に当たって跳ね返るところまで表されていた。

 

『炸裂型の場合は、“衝撃を与えられた時に炸裂する”ように命令がされている。だけど発射時の反動が弾丸と接触して、結果として誤爆を起こしてしまうことがあるんだ』

 

 そうなのか。……ん?

 

「……なら、跳弾型みたいに衝撃ではなく、何かに当たったらにしたらいいんじゃないですか?」

 

『……ああ、説明が悪かったね。跳弾も炸裂弾も条件は同じく“衝撃を与えられた時”なんだ。実は跳弾型でも反射の誤発は以前起きていたんだよ』

 

 そうなの?

 

『だけど跳弾の場合、衝撃がXカノン側から受けて前方に反射していくため、結果的に誤発はないようなものなんだ。ただ、反射の影響で多少ぶれやすいから、改良して今では誤反射は起きていないよ』

 

 そうだったのか。初めて知った。

 というか今まで、初模擬戦以来は飛行訓練ばっかだったからなぁ……。

 

『でも炸裂弾の場合はそれでもダメみたいだね。取り外してまた改良するよ。ひとまず今回は集束型だけ追加ね』

 

「あ、はい」

 

『レンズの取り出しはちょっと後にして……』

 

 セルヴォさんがそこで言葉を切ったことに一瞬疑問を持ったが、前を見て理解した。

 向かい側のゲートからISが出てきた。さっき説明を受けた、パンテオンだ。人も乗っている。

 

『オメガの試運転ももう少し準備がかかるみたいだし、模擬戦でもしないかい? みんな、それに私も、君の戦い方を見てみたいんだ』

 

 答えはすぐに決まった。

 エックス初搭乗以来の模擬戦。ここまでの訓練でどこまで伸びたのかも確かめてみたい。

 

「はい! やります!」

 

『うん。じゃあ、接続されている機器を外すまで少し待ってくれよ』

 

 スタッフの手によってエックスに接続されていたデータ搾取用の機器が取り外される。

 余計な機器が外れ、エックスの翼を広げて前へと出る。

 

「よろしくお願いします」

 

「こっちもよろしくね〜。元代表候補生だから、遠慮しなくていいからね!」

 

「そうですか。じゃあ――」

 

 開始までのカウントダウンがゼロとなる。

 

「行きますっ!」

 

 六つの翼を稼働させ、超速で攻撃を仕掛けた。




 量産機パンテオンのアイディアをくださったKZFMさん、本当にありがとうございます。
 さて、このままでは感想にて「エックスよりパンテオン持たせた方がいいだろ」というツッコミが来る気がする(というか既にエックスのスペックに対するツッコミが来た)ので、そこは次回明らかにするとメタらせていただきます。
 次に、追加されたレンズ、集束型についてのスペック説明を。一応炸裂型の説明も上げます。

 集束型
 一定量までチャージして高威力の弾丸を放つ。
 チャージする分威力が高めである上、弾丸も大きくなるため攻撃範囲も若干広めである。照射型と比べて消費エネルギーも抑えられているため、チャージさえできれば扱いやすいレンズ。ただしチャージする性質上連射性が皆無であり、照射型と比べて爆発力に欠ける。

 炸裂型
 着弾時に広範囲に炸裂する弾丸を放つ。
 範囲攻撃は勿論、相手の弾幕に撃ち込むことで弾幕を無効化できることを目的に開発されているレンズ。消費エネルギーは多めだが、範囲攻撃とあって扱いやすい。
 しかし、反動の衝撃で誤爆が起きる事があるという致命的な欠陥があるため、まだ採用段階までは進んでいない。


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第九話 置きバスターってのをニ○動で見たことがある

【置きバスター】
 バスター発射から着弾までタイムラグが存在するロックマンシリーズ(ロックマンエクゼと流星のロックマンを除くほぼ全て)で扱える高等技術。
 敵の弱点露出時にちょうどヒットするように前もってバスターを発射すること。
 敵の弱点が露出するタイミングと場所に合わせて撃つことがバスターを「置く」ようであることからついた名前で、「バスターは置くもの」という概念の要因である。主にいかに敵を早く倒せるかが重要であるタイムアタックにおいて使われる技術である。

 ……勝手に説明を作ってみました。
 置きバスターは、ニコ動で「ロックマンDASH TAS」で動画検索するとわかります。今回はその置きバスターがあります。


 前にも言ったが、俺は飛行訓練しかやってきていない。

 戦闘を成り立たせるため、とも言ったが、自分が何者かに狙われ、戦闘になった場合に、最低限自分の身を守るため、という目的もある。他の誰よりも遅れを取っているということもあり、楯無さんにとっては何より自衛能力を獲得させるのが急ピッチだったのだろう。

 まあそんな楯無さんの事情はともかくとして、だ。飛行訓練しか受けていない俺の射撃技術は一切上がっていない。当然である。

 止まっている的を狙って撃つのはISの補助もあるため素人でも簡単だ。だが、今回の目標はIS。当然ながら当たらないように動く。動く相手に当てる技術なんてない。

 なら、どうするのか。答えは始めから決まっていた。

 ――近づいて、ぶち込む!

 

「行きます!」

 

 ドンッ!

 

 超加速。狙うはパンテオンの背後だ。すでに両レンズ共に散弾型に切り替えて発射準備も整っている。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)に引けを取らない加速で、一瞬で周り込み、Xカノンの引き金を――。

 

「おっと」

 

「!?」

 

 引く直前にかわされた。

 緩やかな動きでいとも簡単にかわされ、いつの間にか展開されていたソドムとは別の大型ランチャーが突きつけられる。

 

(って、危ねっ!)

 

 とっさに回避。しかし回避されることがわかっていたのか、ランチャーから弾が発射されなかった。

 

「おー、つい最近手に入れたにしては飛行制御が上手いね」

 

「そりゃどうも。コーチの指導がよかったですから」

 

「そうなんだ。じゃあ、どこまで鍛えられてるか試してみようかな〜」

 

 そう言うなり青いボールのようなものを展開すると、それをこちらに投げつけてきた。

 ――グレネードか!

 

「うおっ!」

 

 すぐに回避。ボンッ! と後ろで爆発音が鳴り響く。

 さらに前方からは、ブースターを噴射させる大型ガントレット装備で相手がこっちに突貫してきた。殴りかかる時に飛び越えるように回避する。

 反撃のため、レンズを連射型に変えて連射。しかし物理シールドを呼び出され、防がれる。

 

(どうする? 接近してガードの内側から散弾を当てるか? でもさっきよけられたしな。でも移動しながら射撃する技術なんてないし……)

 

「ボーっとしてる余裕なんてないよー!」

 

「っ!!」

 

 対策を考えていると、いつの間にか目の前にパンテオンがいた。反応が遅れ、ランチャーの一撃が直撃する。

 

「ぐはっ!」

 

 一撃でシールドエネルギーが百以上削り取られた。相手の攻撃力もあるが、エックスは速度重視のため装甲が軽量化されており、結果として防御力が低い。つまり紙装甲なのだ。

 

「んー、さっきのは回避も簡単だと思ったんだけどなー。考えながらよけるってとこまでいってないのかな? というかひょっとして、飛行訓練しかやってない?」

 

 バレるだろうなとは思っていたが、ここまで早くしかも的確にバレるとは思わなかった。さすがは元代表候補生といったところか。

 だがバレたところで立ち回りを変えるなんてことはできようもないため、『近づいて高威力弾ぶち込もうぜ作戦』を続行するしかない。

 

「……っし」

 

 小さく気合いを入れ直し、レンズを再び散弾型に切り替え、スラスターを稼動させる。

 目標のパンテオンに意識を集中し、身をかがめる。

 できることは一つ……近づいて、撃つ。

 

(近づいて……ぶち込む!)

 

 六つのスラスターからエネルギーを噴射。掴みかかるつもりで接近する。

 

「おっと」

 

 当然、直線的な動きはかわされる。わかりきっているから、すぐ方向を切り替えて飛びかかる。

 

「余裕余裕♪」

 

「まだまだぁ!」

 

 砲口を向けてもかわされるなら、直接掴んでゼロ距離でぶっ放す。今俺が考え得る中では一番の方法だ。そのため全力でつかみかかる。

 

「お熱いねぇ。だけど――」

 

 逆に掴まれ、投げられる。

 

「ぐっ……!」

 

 空中で態勢を立て直し、静止。すぐに来たランチャーの弾丸をかわす。

 が。

 

「弾丸やグレネードは置くもの!」

 

「げ」

 

 まさか回避したちょうど先にグレネードが置かれてるとか、ありかよ。

 

 ドカァァアアン!!

 

 

 

   ◇

 

 

 

「うーん、やはり経験がまだ浅いね。いや、むしろこの少ない期間に飛行技術をよくここまで伸ばしたと誉めるべきかな。まだまだ完璧とは程遠いけど」

 

「まあ、エックスが機動力特化なんてピーキー仕様ですからねぇ。壁に衝突してないだけでも十分だと思いますよ?」

 

 戦闘映像と機体データを並行して見ながら、セルヴォは研究員と共に颯斗の現在の実力を見極めていた。

 とは言っても、セルヴォが言った通り颯斗はまだ経験値が圧倒的に不足している。エックスの使い勝手の悪さも災いして十分なデータとは程遠いものだ。

 

「ところでセルヴォさん、どうしてエックスをオメガの代用としてハヤトさんに渡すことになったんですか? エックスとオメガは性能的に真逆ですし、それならパンテオンの方がよかったように思えますけど……」

 

 研究員はセルヴォにそう尋ねた。

 彼が言う通り、エックスはいずれ颯斗が手にする本当の専用機、オメガと性能が対極に位置する。オメガは機動力を捨てる代わりに絶大な防御力と、その防御力によって取り回しが可能となる高反動武器の火力を手にするという設計。対してエックスは逆に機動力に完全特化し、そのために防御力も割いてしまっている。これでは、エックスで得た経験がオメガで生かされにくい。

 さらにはアルカディアが製作するISにはパンテオンという、オメガに似てやや重い機動の汎用型ISがある。パンテオンの装備には高火力武器も多いため、颯斗にとってはこちらの方がよかったのではないかという考えが研究員にはあった。

 

「うん、まあハヤトくんにはエックスよりはパンテオンの方がよかったというのは確かだね」

 

「え」

 

 返ってきたのは研究員の意見に賛成するものだった。てっきり何か戦略的な考えがあるのではないかと思っていた研究員は思わず声を漏らす。

 セルヴォは困った顔をして続けた。

 

「だけど、政府からの意向があってね。代用を使う場合、それも専用機相当のISを使うことを命じられたんだ」

 

「あー、そういうことでしたか……」

 

「できる限り新しい専用機の方が見栄えがいいし、こうして研究、改良もできるからねぇ」

 

 専用機と量産機を比較した場合、性能面ではほぼ確実に専用機が上となる。IS委員会での各国の勧誘は、いかに他国よりも上の条件を出せるかが颯斗を手に入れられる鍵と言っていい状況であったため、オメガに合わせるために量産機、ということができない状態だったのである。加えて専用機を使えば、それの研究、改良ができることなど、颯斗に量産機ではなく専用機を使わせることの方が有益になるのである。

 

「まあ、できる限り操縦者のために動きたいけど、私達のやってることが仕事である以上、自分達のことも考えなきゃいけないからね」

 

「意外と難しいんですねぇ」

 

「今回のは少しばかり例外的でもあるけどね。それにオメガを持てば空を飛べはするけど速く自由には飛べない。だから今、それを体験させてやるということでもいいんじゃないかな?」

 

「撃墜されてますけどねー」

 

 研究員が言った。

 モニターの映像では爆発の煙から、青い天使が墜ちていく様子が映されていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「飛行操作は結構いいとこいけてるんじゃないかな。思考と並列して動くのができないのは、まあこれからの君の頑張り次第ということで」

 

「はぁ、そうですか……」

 

 結局、負けた。しかも相手に一ダメージも与えることができなかったという完封負けである。

 これが圧倒的経験の差ってやつか。こっちの動きがもう読まれる読まれる。というか途中からピタゴラスなスイッチみたいになってた。なにあれ、グレネードで吹っ飛ばされた先ピンポイントにグレネードを置くとか。手加減してないだろこの人。

 

「ま、これから頑張ってね」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「颯斗さ〜ん!」

 

 呼ばれて振り向くと、ピットからシエルさんが手を振っていた。

 

「オメガのテストプレイ、お願ーい!」

 

「あ、はーい!」

 

 手を振って返し、相手にもう一度礼をしてからピットに戻る。

 戻ってピット内で見たのは、己の完成と主を待つオメガの姿だった。

 まだカラーリングが施されていないオメガを見てまず思ったことは“デカい”だった。

 デカいと言っても、IS自体の全長は一般のISと大して変わりはない。デカいと言えるのは装甲、中でも腕の部位がとりわけ大きいのである。装甲が取り付けられている肘から先だけでも一般成人の背丈に達するのではないかと言えばわかるだろうか。オメガ全体のデザインを見ると、オメガの形状はロクゼロのオメガ第一形態のそれだが、エックスの事例もあり、神様も言ってた通りIS寄りに変わっている。具体的には胴体部位の装甲が他IS同様に少ないこと、あと頭部てっぺんの紫の髪がないところか。メットはある。当然だが腕は繋がっている。

 

「えっと、エックスから降りて、それから乗ればいいんですよね?」

 

「ええ。ちなみにテストプレイだから最適化機能は切ってあるわ。重い上に最低限の機能しか出ないから、気をつけてね」

 

「わかりました」

 

 頷き、エックスを降り、オメガへと向かう。未完成とは言え実物のオメガを見た時から、なんかこう、ワクワクした感じが止まらない。いよいよ本当の俺の専用機に乗れるからだろうか。未完成だけど。

 オメガに乗り込む。いつぞやのエックスの時のように一体となり、自分の手を動かしているかのようにオメガの腕が動くのを実感する。

 

「颯斗さん、準備はいい? カタパルト発進させるよ?」

 

「いつでも」

 

 力強く頷く。

 そして間もなくカタパルトが動き出し、俺はオメガと共にハッチから飛び出す!

 

 ガックンッ。

 

「おぅ、ふっ!!」

 

 ズド―――ン。

 

 カタパルトから離れて即刻、落ちた。

 ある意味当たり前だった。感覚が違いすぎる。重量は勿論、スラスターの出力や使用感覚もまるっきり別物。エックスと似た感覚で飛ぼうとすれば当然、出力が全然足りず結果こうなる。

 初のオメガ搭乗に浮かれていてそんなことにも気づかなかったのだが、恐らくは気づいていたとしてもこの差の大きさには対処しきれてなかっただろう。避けようがない運命だったと言える。

 俺の落ちる様が滑稽だったのか、研究員達のクスクス笑いが聞こえてくる。ハイパーセンサーの感度は良好だ。できればこんなことで確かめたくなかった。

 

『颯斗さん、大丈夫!?』

 

「……身体は大丈夫でーす」

 

 心は瀕死です。

 しかし余計な心配はかけさせまい。そういう訳でとりあえず起き上がる。エックスより圧倒的に重いが、PICがあるため動けないことはない。逆にPICや何らかの補助がなければ一切動けないだろう。

 立ち上がった俺は、何をすればいいのかシエルさんに指示を仰ぐ。

 

「えー……シエルさん、これから何をしますか?」

 

『歩行や飛行をしてみてくれる? 今回のテストプレイはそれだけだから』

 

「わかりました。……え、それだけ?」

 

『ええ。まだ武装が完成してないの。だからできるだけオメガの機動に慣れることを頑張ってみて』

 

 はぁ、と生返事もそこそこに、早速歩行から始めてみる。

 やはり、重い。動けない訳ではないが遅い。まああれだ、防御力と攻撃力を両方上げた代償だと思えばいい。しぶとくて速いなんてのは黒光りするGで十分だろう。いや、某カードゲームのやつとは違わないけど別物ね。あいつ何気にバリエーションが豊富だけど。

 飛行もしてみたが、重いために遅い。オメガの標準速度は歩行速度の数割増しだと言えばその遅さがわかるだろうか。なお普通ISの飛行速度は歩行速度を参照しない。

 これらの遅さはまぁ、ロクゼロのオメガが動かない奴だったことが理由だろう。あいつ一度だけ前進したことあるけど、その時も遅かったし。よく忠実に再現したものだ。

 ただ、固定砲台なオメガは腕を遠隔操作できるからこそ動かないのであって、それができない状態での固定砲台って……どうよ。

 

(今更だし、手遅れなんだが……こんなISで大丈夫か?)

 

 大丈夫だ、問題ない……と言ったら、死亡フラグかなやっぱり。

 一抹の不安を抱えながらも、テストプレイを行っていく俺であった。




 ギリシャでの話はひとまずここまで。次回は日本に戻ります。
 夏休み編も次回で終わりにしようと思います。さっさと進めたい気持ちなので。


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第十話 一部しか話聞いてないって、結構怖いことになる

 最近こっちばかり更新できてしまう……うーん、なぜだ。


 目の前の扉をノックする。ノックの回数にもマナーってあるらしいぜ? 俺は知らんけど。

 はーい、と声が聞こえてきた。それから更に少し待つ。

 ガチャリ。

 

「おお、颯斗」

 

「よ、一夏」

 

「最近IS学園からいなくなってたみたいだけど、どこ言ってたんだ?」

 

「ギリシャにな。代表候補生だからってことで理解してくれ」

 

「大変なんだなー」

 

「まあな」

 

 ギリシャで色々やってIS学園に戻って、今朝から俺は一夏の部屋を訪れていた。

 理由は勿論、一夏に話したいことがあるため。それも、割と大事な。

 

「まあ、ここで立ち話も何だし、はいれよ」

 

「おう、邪魔するぜ」

 

 一夏の言葉を受け、俺は部屋へと入っていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ……颯斗が一夏の部屋へと入っていく様子を、陰から見ていた人達がいた。

 箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ……まあいつものメンバーである。

 

「颯斗、一夏の部屋に入っていったけど、何の用なんだろ」

 

 曲がり角から一夏の部屋がある場所を覗き込みながら、シャルロットが言う。

 廊下には自分達以外いないのでもう隠れている必要がないのだが、それでもこそこそするのはお約束か。

 

「あいつ……まさか我々を出し抜くつもりか」

 

「いけませんわ一夏さん。殿方同士なんて非生産的な……!」

 

「落ち着けお前ら」

 

 ラウラ、さらにはラウラから伝搬されて妄想するセシリアに箒がツッコミを入れる。

 いくら女性の恋愛感情に関して鈍感な一夏といえどもそれはないだろう。入学して間もない頃、一夏のホモ疑惑が噂されたがそれは幻想だ。……と思いたい。

 そんな時、鈴音が動いた。

 

「ちょっと鈴さん? 何してますの?」

 

 鈴音は人差し指を口に当てて笑みを浮かべるだけで、そのまま一夏の部屋へと直行。その扉へと耳を当てた。

 鈴音の行動の意図に気づき、他の者達も一夏の部屋の前まで移動したのは言うまでもない。

 

「鈴、さすがにダメだよ。盗み聞きなんて」

 

「いいのよ。私は気になるから聞くんだから。気にならないなら聞かなきゃいいわ」

 

 良心から注意したシャルロットは、鈴音の反論に良心と好奇心との葛藤が起こる。

 で、ふと見ると、シャルロット以外の全員が扉に耳をつけていた。お前らには良心がないのか。

 しかしシャルロットも結局、扉に耳をくっつけてしまうのだった。

 

 ――だが、その直後。

 

「――付き合ってくれよ」

 

「おう、いいぞ」

 

「ッ!?!?」

 

 その会話に全員に衝撃が走った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ほう、地下街は全域繋がってるとな」

 

「ああ。食べ物、衣類、レジャー、etc。ここでなければ市内には無いって言われてるぐらいだぜここは」

 

「へー」

 

 一夏の承諾を受け、早速俺達は駅前のショッピングモール『レゾナンス』へと駆り出していた。一夏の解説を受けながら当ショッピングモール内をぶらりと歩く。

 

「今のところどこか行ってみたいとこってあるか?」

 

「んー、今はこのまま適当に歩いてみるってのがいいかな。どこに何があるかっていうのを感覚的に覚えたいし。後でゲーセンぐらいには立ち寄るか?」

 

「お、そりゃいいな。言っとくが俺は強いぜ?」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

 ハハハと笑いながら、一夏と共に練り歩く。

 ……後ろに追跡者が六人(・・)いることには互いに一切気づかないまま。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……ねえ」

 

「……何ですの?」

 

「……楽しそうね、あの二人」

 

「……楽しそうですわね」

 

「……一夏、かなり自然な笑顔だね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 物陰から一夏と颯斗の後をつけながら、鈴音、セシリア、シャルロット、箒が口々に状況を確認する。目のハイライトが消えかけていると言えば今の彼女達の危険性がわかるだろうか。

 上記に出ていなかったラウラだが、彼女が一番危なかったりする。顔が凄いことになっている。IS第八巻最初のモノクロ挿し絵といって理解してほしい。

 今朝の二人の「付き合ってくれ」「おう、いいぞ」発言を聞いて、事の真意を探るべく追跡に乗り出した五人であったが、二人の様子を見て順調と言えるほどに怒りのパラメーターが上昇していた。ちなみにこれが振り切れると暴走する。

 パラメーター上昇の原因は大体一夏にある。一夏があそこまで自然体で、心から楽しそうな笑顔でいることが先の発言と相まってイライラを刺激している。箒達の場合は色仕掛けやら暴力沙汰やらがそれを阻害している訳なのだが、その辺は棚の上となっていた。

 

「……二人、付き合ってんの?」

 

「……どうでしょう」

 

「付き合ってるなら――二人とも、殺そう」

 

 言って、いつぞやのように部分展開したISの腕を握り締める鈴音。

 が、そこに声がかかった。

 

「んー、二人が殺されるとおねーさん困っちゃうなー」

 

「!?」

 

 聞き覚えのない声に全員が驚いて声がした場所――後ろを向く。

 

「あと、ISを勝手に展開するのはイケないゾ☆」

 

 パチッとウインクするのは、IS学園最強の称号を持つ生徒会長、更識楯無。

 手にしている扇子には、「追跡中」と書かれていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……なるほどねぇ。つまり織斑くんと颯斗くんの関係が気になってるのね?」

 

「そうだ。それが貴様に邪魔され、一夏も見失った。どうしてくれる」

 

 箒達を近くの喫茶店に連れ込み、状況を聞いて納得している楯無に対し、修羅顔のラウラが言った。先輩である上生徒会長である彼女相手にこの態度はある意味凄い。

 対して楯無は「心配御無用」と書かれた扇子を見せると、ディスプレイを取り出してそこに映っているものを彼女達に見せた。

 

「颯斗くんに取り付けさせて貰ったビーコンよ。織斑くんが颯斗くんと行動してるならこれで問題ないでしょ」

 

「ビーコン、ですか。どうしてそんなものを?」

 

「まあ、こっちの事情よ。話すと脱線しちゃうから置いときましょ」

 

 ビーコンの理由は、早い話が颯斗の護衛のためである。

 所属がギリシャで決定されたとは言え、颯斗は依然狙われやすい立場。そんな颯斗を守るためにビーコンをつけており、かつこうして颯斗の後をつけている。ちなみに颯斗も了承している。尾行までは知らないが。

 

「で、二人の関係だけど、ネタばらししちゃおっか?」

 

「知ってるんですか!?」

 

「ええ。颯斗くんと同じ部屋だから話聞いてるし」

 

 他の女子がいたとしたら仰天する内容をさらっと言う楯無だが、アイラブ一夏な五人はこれをさらっと受け流していた。

 

「是非!!」

 

 全員が本気で詰め寄る。

 五人に一斉に詰め寄られても臆することなく、楯無は答えた。

 

「観光と案内よ」

 

「……………え?」

 

「あなた達が聞いたのも、案内として付き合ってくれってことじゃないの?」

 

「……………」

 

 全員が暫し黙る。

 ややあって、箒達は慌てて取り繕った。

 

「そ、そうか、そうか。わ、私はそうだろうと思っていたぞ」

 

「そ、そうですわ。大体、殿方同士なんてありえませんし」

 

「わ、私はあの時ちゃんとそう聞いていたわよ? 最初からわかっていたわよ?」

 

「そ、そうだよね。一夏、前にも似たようなことがあったし。僕も経験したし」

 

「ふ、不確定な情報になど、私は振り回されていないぞ」

 

 ピッ。

 

『是非!!』

 

 ピッ。……ピッ。

 

『是非!!』

 

 ピッ。

 

「是非!(笑)」

 

「やめて!!」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ショッピングモールを散策中、なんか犠牲者が出たような気がしたが……まあ気のせいだろ。

 昼時になって、昼飯ついでに友達を紹介するという一夏と共にやってきた場所は五反田食堂。

 ただの定食屋で間違いないはずなのになぜだか緊張してきた。なんでだろう。これが原作スポットの力なのか。

 まあとりあえず入る。

 

「お、一夏。……と、誰だ?」

 

「え!? い、一夏さん!?」

 

 店に入るなり一夏に反応を示したなは、言うまでもないだろうが五反田の兄妹、弾と蘭。

 弾の方はとりあえずは俺にも反応を示したが、蘭は一夏が来たということで頭がいっぱいらしくこちらに気づきもせずに慌てて店から飛び出していった。

 

「よ、弾。学園唯一の男友達を連れてきた」

 

「学園の男友達……!?」

 

 その言葉の意味を理解した弾は驚きの表情を俺に向けた。

 

「ま、まさかこの人が、世界で二番目の男性操縦者、傘霧颯斗さんかぁ!?」

 

「えーと、まあその通り、傘霧颯斗だ。呼び方はどっちでもいい。あと、さん付けじゃなくていいぞ。同い年なんだし」

 

「あ、ああ。五反田弾だ、よろしく」

 

 自己紹介をしあう俺達。しかし俺達はさっきから店の出入り口のところで立っている状態であり、

 

「くらぁっ、弾! お客さんいつまでも立たせてんじゃねえぞ!」

 

「は、はいぃっ!」

 

 ビビった。今の厨房からの怒声はホントビビった。

 怒声で我に帰った弾はテキパキと俺達をテーブルに案内する。

 椅子に座ると、苦笑しつつも一夏が解説した。

 

「えっと、今の怒声は店主であり弾の祖父でもある厳さん。怒ると怖いけど、いい人だから」

 

「お、おう」

 

「あと、さっき出て行った子は弾の妹で蘭って言うんだ。どうも俺に心を開いてくれないんだよなぁ」

 

「そりゃお前が唐変木だからだ」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「……なんでもねえ」

 

 治そうとするだけ無駄だし。

 一夏の唐変木ぶりについては放っておき、メニューを見る。さて何にするか……。

 

「オススメってなんだ?」

 

「やっぱ業火野菜炒め定食かな。鉄板メニューだ」

 

「じゃ、それにすっか」

 

「俺は、そうだな……トンカツ定食にしておくか」

 

 メニューを決め、弾に頼む。

 料理を待っている間に、いつの間にか戻ってきていた蘭が水入りのコップを持ってやってきた。服装が変わってるのは言うまでもない。

 

「い、一夏さん。お水持ってきました」

 

「おう、サンキュ」

 

 で、もう一人の客――つまり俺にもコップを置いて、そしてようやくこっちの顔に気がついた。

 

「あれ? ……あの、ひょっとして傘霧颯斗さんですか? 二人目のIS男性操縦者の」

 

「ん……ああ、そうだけど」

 

「ちょ……すごい! 二人も有名人が来てるなんて!」

 

「てか、今気づいたってのは、いくら一夏しか見えてなかったからってかなり失礼に――」

 

 ギンッ!!

 

「あ、はい、すいません……」

 

 ほんの一瞬で弾が制圧された。蘭すげぇ。

 友達に自慢しちゃおっかなーとかウキウキした様子で言ってる蘭。まあ普通に有名人に対する反応だな。一夏は特別として。

 

「今日こちらに来たのは、一夏さんの案内ですか?」

 

「ああ。俺この町に詳しくないから、一夏に案内頼んでいてな。昼飯ついでに友達紹介するってここに」

 

「へー、そうだったんですかー」

 

「おーい、弾、蘭! 料理運んでくれ!」

 

「あ、はーい!」

 

 呼ばれた兄妹が厨房の方へと向かっていく。

 その間に、一夏が話しかけてきた。

 

「颯斗、早速蘭と仲良くなってるけど、何かトリックとかでもあんの?」

 

「は?」

 

 あの程度で仲良くなってると言うのか。

 

「何言ってんだお前。有名人やカメラを前にすると興奮するだろ? それと同じだろ」

 

「そうなのか? 俺に対してはよそよそしいけど」

 

「大体お前のせいだ」

 

「何でだよ」

 

「……はぁー。これだから一夏なんだ」

 

「いや、意味わかんねぇよ」

 

 もはや何も言うまい。

 一夏のことはほっといて厨房の方から戻ってきた二人を見ると、俺達の注文した料理を運んできた。

 しかしなぜだ。注文してない定食まで置いてきたのだが。

 

「これは?」

 

「こっちの昼飯。……颯斗、昼飯ついでにIS学園の話聞かせてくれよ。一夏はアテにならねえからさ」

 

 後半を俺だけ聞こえるようにしたのは、一夏が食いついて話がこじれないようにするためか?

 しかし、IS学園の話、ねぇ……。

 

「……俺、現状マトモな学園生活送れてないけど、その体験談でいいなら聞くか?」

 

 少々悩んでから、俺の隣に座る弾にそう問いかける。ちなみに蘭は一夏の隣である。

 

「え? 何、まさかお前も一夏みたいな唐変木――」

 

「それは違う。……まず、俺一人だけ入学時期が六月末にずれ込む」

 

「お、おう」

 

「そして入学から一週間、織斑先生にしごかれる」

 

「おぅふ……そ、それはいきなりハードだな……」

 

「ハードなんて生易しいもんじゃねえよ……一日の実に半分以上の時間が日の光すらない部屋で織斑先生と缶詰め状態だったんだぞ……」

 

「「……ご愁傷様です」」

 

 弾と一夏両方から合掌された。いや死んでねえから俺。

 

「で、地獄の一週間を耐えた次にはすぐIS委員会に出席」

 

「確か、ギリシャ所属になったんでしたよね? ニュースでやってましたよ」

 

「時間制限をほとんどガン無視したお偉いさん達の話を寝る時間を割いてまで聞き続ける壊れた作業だった」

 

 ギリシャは別だったがな。

 

「で、次はどうなった?」

 

「IS学園に戻って数日後、現専用機が届いて特訓の日々。ピーキー仕様に振り回される日々」

 

「ん? 颯斗、現専用機ってどういうことだよ?」

 

 一夏が訊いてきた。……ああ、まだ一夏に言ってなかったっけ。

 

「俺の専用機は現在製作中なんだよ。だから完成するまでの間、別の言わば代用機でデータを取ってるって訳だ。で、そのまま現在に至る」

 

「へぇー」

 

「なるほど、お前の波乱万丈な生活はよくわかった。……で、だ。颯斗、女の園としてのIS学園はどうだ?」

 

「……現在、それ考えてる余裕がねえよ……」

 

「えぇー? そりゃないだろ。いい思いしてんだろ?」

 

 ぶー垂れる弾。しかし現実はそうだし、理由もあった。

 

「さっきも言ったが、まずマトモな学園生活を送れてない。六月末から夏休みまで約一ヶ月、その半分が学友と顔を合わせることもなく、残り半分も空いた時間は全てISの特訓に費やされ、それが夏休みにも食い込み……余裕の欠片もない状況なんだよこっちは……」

 

「お、おい、颯斗……?」

 

「……ところでお前、部屋はどこなんだ? 俺とは別の部屋で、誰かと一緒なのか?」

 

 俺から何か出てるのかたじろぐ弾。しかし一夏から質問が来たので少しだけ気を取り直して答える。

 

「……ああ、一つ上の先輩と相部屋。その先輩がIS特訓のコーチをやってもらってる」

 

 ガタッ!

 

「いい思いしてんじゃねえか――あべしっ!」

 

 弾が勢いよく立ち上がった直後、厨房から一直線に飛んできたおたまが弾を直撃。

 的に当たって高速回転するおたまを俺は難なく空中でキャッチし、静かに立ち上がる。

 

「……その先輩コーチなんだが、織斑先生と同じく人の限界を理解していて、限界ギリギリまで弄くり倒した上で上手にやる気を起こさせてくるから、いい思いとはある意味懸け離れた状態だぞ。――店主さん、飛んできたおたまここに置けばいいですかね?」

 

「おう、悪いな!」

 

「いえいえ。業火野菜炒め、おいしいです」

 

「当たり前だ。ウチの鉄板メニューだからな!」

 

 おたまをカウンターに置いて、ついでに厳さんと多少言葉を交わして戻ってくる。

 ……なぜか弾と一夏に物凄く驚かれた。

 

「じ、じーちゃんといい感じの会話ができてるだと……!?」

 

「いや、あれぐらい普通だろ?」

 

 こいつらの基準は一体何なんだ。

 あと、一夏からは、

 

「というか、空中で回転してるおたまをよく取れたな……」

 

 ピーキーISに乗って弾幕回避ばかりをやってた俺に隙はなかった。

 それからも飯を食いながら、彼女談義とかを繰り広げていった。




 次回から第五巻の話に入っていきます。
 ところで、この小説も章で区切りを入れた方がいいですかね? 気が乗ったら章管理もしようかな?


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第十一話 人を待たせるのはやめましょう(日本基準

 海外の場合は時間にルーズなのが普通である国もあるそうですが、本作品では日本の感覚を基準にしてますが、いいですよね?


 夏休みが終わり、九月一日。

 二学期初日の一年一組は座学のみ。実習は三日だったか。確か二組と合同授業だったはずだ。そういえば、クラスのみんなと一緒の授業でエックス動かすのはその日が初になるんじゃないか? というかクラスのみんなと実習自体が初な気がする。

 それはさておき、授業が終わり、放課後の自主訓練を行い、夕食も食い終わって現在寮の廊下を歩いている途中。ちなみに今日は楯無さんは忙しいらしく訓練はシエルさんにコーチをお願いした。

 部屋の前に到着し、鍵を開ける。

 

「どーんっ!!」

 

「へぶっ!!」

 

 横から誰かに突き倒された。

 予想だにしなかった強襲を受けて何もできずに倒れる。ええい、誰だ!?

 

「よっ」

 

「……誰?」

 

 知らん人がいた。

 襟のリボンが赤いことから三年生のようだが、わかることはそれだけだった。特徴を説明していくなら、まず彼女の服装。女子としては珍しくズボンを履いているのが目に入った。ズボンも上着もぴっちりとしているのは動きやすさ重視なのかそういう服が好みなのかは定かではないが、それのおかげでスラリとした身体のラインがはっきりわかる。胸元も例外ではなく、楯無さんにも劣らないたわわな胸は、紳士にとっちゃあ目に毒だ。決して眼福とか言っちゃいけない。そんな彼女の顔は、男勝りで喧嘩っ早そうな女子を絵に描いたようなもので、ツンツンしていて赤い髪がなおさらその印象を植え付ける。

 

「ここ、楯無が今住んでる部屋で間違いねーよな?」

 

「あ、はい。そうですけど」

 

 質問されたので頷く。こちらの質問はスルーされてるが、わざわざ口に出すほど肝は座ってない。

 しかしこの人、楯無さんとは知り合いなのだろうか。客が来るならそう言って欲しかったのだが。

 

「入っていいか? てか邪魔するぜー」

 

「え、あ、ちょっ」

 

 特に隠す程のものはないが、スタスタと勝手に部屋に入っていくその人に、俺は少し慌てながらも続いていった。

 ……本当に、誰なのこの人?

 

 

 

   ◇

 

 

 

「へぇ、ここがお前と楯無の愛の巣か」

 

「違います。ただ相部屋なだけです。あと勉強教えてもらってるだけで」

 

「ちぇー。なんだよつまんねーなー」

 

 いきなり何を言い出してんだこの人。

 椅子に腰掛け、胡座をかきはじめている赤髪の三年生(仮)に対してそんなことを思いつつ、適当に茶菓子の用意をする。一応客人なのでもてなさねば。

 

「何か飲みますか? 備え付けか冷蔵庫に入っているもので良ければ」

 

「んー。炭酸飲料ってなんかあるか?」

 

「えっと、はいあります。コーラだけですが」

 

「じゃあそれくれ。ペットボトルなら一本そのまま」

 

「デカいペットボトルなんですけど」

 

「構わねーよ」

 

「はぁ、わかりました」

 

 オーダーを受け、言われた通りにコーラをペットボトル一本、それから茶菓子を持っていく。

 テーブルに置くと、赤髪の三年生はボトルの蓋を開け、直接飲み始めた。ご、豪快だな……。

 

「ぷはっ。そういや自己紹介やってねえな」

 

「あ、はい。傘霧颯斗といいます」

 

「知ってる。俺の名前はアトラス・テイタン。アトラスってのは祖国ギリシャの神話じゃあ怪力持ちの神様なんだぜ」

 

 へぇ、ギリシャ神話の神様かー。

 

「へぇー……………ん、ギリシャ?」

 

「おう。今のお前と同じ、ギリシャの代表候補生だよ。第二世代の専用機も持ってる」

 

 ニカッといい笑顔を見せる赤髪の三年生もとい、アトラス・テイタン先輩。

 ギリシャ代表候補ということは、俺にとっては学年のみならず、国家上の先輩にもあたる訳でだ。

 ガタタッ、と椅子の上で後ずさる。

 

「お、おおおぉ、し、失礼しました。テイタン先輩!」

 

「気にするこたぁねえよ。あと名前呼びの方が楽だし、先輩呼ばわりしなくても構わねえぜ」

 

 ケラケラ笑うアトラスさんはいたずらに成功した子供のようだった。

 

「しかしあれだな。お前さんはエックスとの訓練で忙しいとは言え、シエルさんは何も話してなかったんだな」

 

「シエルさんとは知り合い――ですよね。ギリシャの代表候補でしかも専用機持ちなら」

 

「まあな」

 

 言ってアトラスさんは茶菓子の饅頭を口に放り込んだ。そしてコーラをラッパ飲み。今更だが楯無さんがこのコーラを買ったのはこうしてアトラスさんが飲むためだったのだろうか。

 

「ところで」

 

「はい?」

 

「シエルさん、お前の専用機のオメガはいつぐらいに完成するっつってた?」

 

「キャノンボール・ファストの後ぐらいになるかもって言ってましたけど……あの」

 

「ん?」

 

「ひょっとして……オメガは元々あなたのだったり、オメガの開発が優先されて別のIS開発が延期されてたりって……してます?」

 

 恐る恐る訊いてみる。早い話が更識簪みたいなことになっているという心配だ。すっかり忘れていたが、その可能性は大いにある。

 しかしそれは杞憂に終わった。

 

「いんや? オメガが他の誰かのもんだったって話は聞いてねーし、俺も今の第二世代新型で十分やれてるぜ。あ、新型・旧型の呼称については知ってるか?」

 

「え? はい。同一世代の中で前期開発型を旧型、後期開発型を新型っていうことがあるんですよね?」

 

「わかってんじゃねえか。俺の専用機は新型だからな。今の第三世代と互角にやれるのに、わざわざ乗り換える理由なんざねーんだよ」

 

 お前とは違ってな、とアトラスさんは付け足した。

 現在、第二世代新型ISと第三世代ISは互角とされている。理由は、技術の洗練度の違いだ。

 第二世代ISは『後付武装による多様化』を目標にした機体である。『後付武装による能力強化』という意味でもあり、エックスのように『単純な高性能装備の開発』も第二世代で行われてきたことだそうだ。第二世代の旧型には打鉄やパンテオンが当てはまり、エックスやラファールなどが新型に当てはまる。そんな第二世代ISの洗練度は、ラファールのように多様化できる機体が開発され、武装も今では目的に合わせて種類が多岐にわたり、目標である多様化は達成されている。

 第三世代ISの場合は、一部端折るが『特殊兵装の実装』である。第二世代より強力なものが開発されているのは当然だが、第三世代は開発が始まったばかり。人を選ぶ、安定しないなどの問題を抱えており、まだ洗練度は低いと言える。だから第二世代新型と第三世代にはまだ決定的な戦力差がないのである。もし開発が進み、第三世代新型と呼ばれるようなISが出てきたとしたら、第二世代ISの立場も危うくなるだろう。

 とりあえず、俺の心配は無用だったため、そこは安心した。

 

「よかった。誰かの迷惑になってたんじゃないかと冷や冷やしました」

 

「ま、俺が聞いた範囲でしかねーから、後でシエルさんにでも訊くんだな。……しかし楯無はまだ来ねえのか?」

 

「生徒会で忙しいのではないでしょうか」

 

「あいつ、相変わらず仕事溜めがちなのか? ったく、人呼ぶんだったらその前の日にでも仕事片付けやがれってんだ……」

 

「生徒会役員だったんですか」

 

「まあ、役員っていうかな……」

 

 アトラスさんが言いかけたところで、バターン! と勢いよく扉が開けられる音がした。

 

「ただいま颯斗くん! お客さん来てるっ!?」

 

 らしくもない慌てた形相で入ってきた楯無さん。俺が答えるまでもなく、答えを目の当たりにした楯無さんはまたらしくもなく顔を青くした。

 理由は……わからんでもない。先輩を待たせたというものもあるだろうが、何よりアトラスさんが怖い。笑顔のはずだが、怒りマークが見えるし、目が笑ってない。

 

「よう。邪魔してるぜ楯無……」

 

「あ、あはは……こ、こんにちはアトラスさん……」

 

「テメエの目は節穴か? 今何時だと思ってやがる……」

 

 ゆっくりと立ち上がり、ゆらりと楯無さんに近寄るアトラスさん。もう一度言う。アトラスさんが怖い。

 ちなみに今何時かって? そりゃあ冒頭で説明した通り俺は夕食を取った後だから――、

 

「……えっと、七時半?」

 

 時計を確認して、ドッと汗を浮かべながら楯無さんが答える。しかしなぜ疑問系だ。

 サッと、アトラスさんは右手を出した。

 

「で、昨日時間も指定せず、ただお前に来いと言われた俺はどのくらい待ったと思う?」

 

 常識的に考えて、ただ来いと言われたのであれば放課後になってすぐ行くはずだ。

 そう考えると、遅く見積もっても四時前からアトラスさんは部屋の前もしくは近くで待っていたということで……。

 

「さ……三時間半?」

 

「正解だ」

 

 ガシッ。

 

「どこほっつき歩いてやがった?」

 

 アトラスさんの右手が楯無さんの顔面を捕らえた。……アイアンクローである。

 

「ま、待って! 今日締め切りの仕事だけ終わらせて帰るつもりだったんです! なのに虚ちゃんが他の仕事の山も持ってきて終わるまで帰さないって……あ、ちょっ、待っ……颯斗くん、助けて!!」

 

 アイアンクローの威力が次第に強くなってるのか、いつもの余裕を失った楯無さんは俺に助けを求めてきた。

 が、今回は楯無さんが悪い。

 

「俺状況知らないんで」

 

「まさかの見殺しっ!? 颯斗くん酷いよいつも一緒のおねーさんを見捨て――イタタタタタタッ!!?」

 

「言い訳は以上か? 以上だな? というか面倒だから打ち切るぞ」

 

「弁明すらできないの!?」

 

 そして、死刑宣告が言い渡される。

 

「――人呼んでんならその前日にでも仕事片付けやがれこの馬鹿会長があああああああっ!!!」

 

 次の瞬間には、最強の断末魔が轟いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「申し訳ありませんでしたっ!」

 

「ったく……」

 

 アイアンクローから解放されて、正座の姿勢から額を床につけて謝罪する楯無さんに、アトラスさんは仕方無さそうにコーラを飲んだ。彼女の飲み方や食い方が豪快なのは、何時間も待たされて食事にもいけなかったからというのもあるのだろうか。

 なお、楯無さんの正座から頭を床につけるという謝罪方法は、つまるところ土下座なのだが微妙に違う。というのも、腕が後ろで縛られているからだ。アイアンクローの刑に楯無さんが抵抗したので、アトラスさんが縛ったのである。片手で。どうやって片手でやったとかは俺には見えなかった。

 

「状況的に楯無さんは本気で抵抗できない立場だったとは言え、楯無さんが封殺されるとは……」

 

「まあ俺、元生徒会長だし」

 

「ええっ!?」

 

 まさかのカミングアウトである。

 

「マジですか!?」

 

「ああ、マジ。身体能力は楯無より上だぞ。まあIS戦で負けて、会長の称号と権限渡すことになったんだけど」

 

 身体能力は上って……楯無さんは暗部家系の現当主だぞ。それを上回るってどんな化け物だよ。

 

「……お前、今失礼なこと考えたろ」

 

「そんなことはありません」

 

「ほう?」

 

「すみませんでした」

 

 土下座をする人が二人になった。

 テレパシー能力まであるのかよ。俺もアイアンクローを受けるのは嫌だ。

 二人の土下座を見て、アトラスさんは深いため息をついてから楯無さんに本題を振った。

 

「……はぁ。それで楯無、俺を呼び出した理由はなんだ? もしこんなコントやるためだとか言ったら……殴るぞ? グーで」

 

「お話させていただきます!」

 

 楯無さんの反応がめっちゃ早い。焦ったり青ざめたりと今までに見たことのない楯無さんのオンパレードだ。

 

「実は、アトラスさんに一つお願いがありまして」

 

「あ? 願い? なんだそりゃ。何を頼みたいんだ?」

 

「織斑一夏の、コーチをしていただきたいんですよ」

 

(は!?)

 

 え、何、コーチ? 一夏の? アトラスさんが? 楯無さんがじゃなくて? いや、楯無さんは俺のコーチで忙しいのかもしれないけども!

 

「……なんで俺にそれ頼むんだ? お前なら二人いっぺんにコーチやることぐらいできるだろ。ISだって俺より強いし」

 

「機体の相性で取った勝ちですから、実際にどうかはわかりませんよ。それに――」

 

 ……? それに、なんだ? 何も聞こえないぞ。

 顔を上げて二人を見るが、なんか二人の間で意志疎通は成立してるっぽいのはわかった。

 一体どうやって――あ、個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)か。俺が聞くにはまずい内容なのか。そうなのか。

 俺には何も聞こえない時間が少し続いて、ようやく聞こえてきたのはまずアトラスさんのため息だった。

 

「……はぁー。わかったわかった。じゃあこっちでなんとかしてやるよ」

 

「ありがとうございます♪」

 

 どうやらアトラスさんが承諾する形で交渉は成立したらしい。つまりアトラスさんが一夏のコーチになるようだ。

 

「どうやって誘うかはこっちで考える。一夏についての情報があるならくれるか」

 

「ええ、もちろん。なのでこの拘束を――」

 

「解かねーよ。口頭で言え」

 

「あ、はい……」

 

 ……普通にアトラスさんの方が強くねーか?

 楯無さんの言った場所にあるメモリーカードをアトラスさんは見つけ出し、メモリーカードは彼女の懐に仕舞われる。こうして個人情報が流出するんだな。学習した。

 

「これで話は以上か? だったら帰るぞ」

 

「あ、ちょっ、せめてこの拘束を解いて――」

 

「じゃあな、颯斗。機会があったらまたな」

 

「あ、はい」

 

「ちょっとおおおおおっ!?」

 

 アトラスさんはさっさと出て行ってしまった。楯無さんの話を聞かなかったのは多分わざとだろう。

 

「うぅ……颯斗くん、これ解いて〜」

 

「ん? アトラスさんの書き置き。……『今回のことを楯無に反省させるために、明日の朝まで拘束は解くな』……だそうです」

 

「何……だと……」

 

 誰かの霊圧でも消えたか?

 聞くと、楯無さんも夕食を取れてなかったらしいが……うん、自業自得だな!

 ……そういえば、アトラスって言えばロックマンZXAにその名前のキャラがいたが、そのキャラやライブメタルの元を辿ると、もうアトラスさんの専用機がわかる気がする。というか、ISの元ネタは絶対アイツで間違いないと思う。




 アトラスさん登場。彼女のISはもう予想が付きますよね?
 颯斗の世話に忙しい楯無さんに変わって一夏のコーチをすることになったアトラスさん。言い直すと、一夏に旗を立ててもらうそうです。
 これ書いた後で思うのもあれだけど、アトラスさんの就任期間ってどうだったんだろ?(オイ


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第十二話 普段やらないキャラをいきなりやるとそりゃすっごい違和感

 IS イグイッション・ハーツを発売日に買いました。Vita版。
 適当にやってたらなんだかんだで最初の個別ルートが簪になってた(マジ)。簪かわいいよ簪。
 前はシャルロッ党だったけどなぁ。考えって変わるものなんだなと思う今日このごろ。
 こっちにもパラレルストーリーとして書くのも悪くないかな?


 九月三日。二学期最初の実戦訓練における俺の最初の相手は、シャルロットだった。多分、第二世代同士ということもあるのだろう。

 

「このっ……!」

 

 左手の連射型で弾丸をばらまくが、それが縦横無尽に駆け回るシャルロットを捉えることはできていない。

 それどころかシャルロットは弾丸の合間を縫うように距離を詰めていき、物理ブレードで斬りかかってくる。

 

「はああっ!」

 

「うおっ、と!」

 

 斬撃を回避し、充填完了状態で待機させている右手の集束型を向ける。――が、すでにシャルロットの姿が遠い。ご丁寧にグレネードの置き土産付きだ。

 

「ああ、くそっ!」

 

 爆発する前に退避。また連射を再開する。

 夏休みのほとんどを費やしてやり続けた訓練のおかげで、回避については何とか代表候補生の標準レベルに追いついている。証拠にシールドエネルギーはまだほとんど削られていない。

 が、攻撃はまだ全然だった。弾種選択、発射タイミング、周辺状況からの発射角調整、相手の隙の見極め、相手の隙の作り方などなど、まだまだ甘い。というかまだほとんど着手していない。

 当然そんな攻撃が代表候補生に当たる訳がなく、ただいたずらにXカノンのエネルギーが消費されていく。

 ――そして、しまいには、

 

「――げ!」

 

 ……バカスカ撃ちすぎて、弾切れ。

 こうなると、例え後付け装備があろうがもはや詰みだ。

 しかも弾切れ時の空白というのは、相手にとっては恰好の隙となる訳でだ。

 

「もらい!」

 

「げ――ぐへぇっ!!」

 

 ここぞとばかりに出してくる第二世代最強武器《灰色の鱗殻(グレー・スケイル)》、通称が『盾殺し(シールド・ピアース)』。がっちりと掴まれ、回避もできなくなった状態で撃ち込まれる。

 防御の薄いエックスは、数発撃ち込まれるだけでシールドエネルギーがMAXから0に落とされるのであった。

 試合終了。……当然ながら、俺の負けだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ちくしょう……勝てねえ……勝てる気がしねぇ……」

 

「当たり前よ。アンタの場合、露骨なぐらい経験不足だもん」

 

 テーブルに突っ伏して自分の敗北ぶりに嘆いていると、一夏の奢りの食事を食っている鈴音がバッサリ言ってきた。

 

「でも、回避制御はすごく上手だったよ。確かエックスって、フィッティング後はマニュアル制御になるんだよね?」

 

 そう言うのは、今回の対戦相手であったシャルロット。隣ではラウラが自分の食事をシャルロットに分けていた。

 

「マニュアルであそこまで飛べているのであれば、私達代表候補生に近いレベルですわね。誰かに教えていただいてますの?」

 

「え? ああ。ルームメイトの一つ上の先輩がコーチしてくれてる」

 

 ……? なんだ、急に静まり返ったぞ。俺なんか変なこと言って……あ。

 

「えええええっ!?」

 

 周囲の名も知らん女子達が立ち上がると同時に凄い叫び声を上げた。耳が痛い。

 

「え、聞いた!? 颯斗くん、一つ上の先輩がルームメイトだって!」

 

「ウソ〜! 颯斗くんの方もすでに抜け駆けされてたなんて〜!」

 

「ちょ、誰か情報洗い出して! その人の名前、進展状況、その他全部!!」

 

 ……しまった。一夏ほどではないにしても、こういう情報には気をつけるべきだった。

 しかしもう遅い。女子の情報網は一度漏らせば最後、瞬く間に全体へと広がっていく。今回の情報については明かされてもそれほど困ることでもないのが救いか。いや、困るのか?

 

「ね、颯斗」

 

 ヒートアップしている女子達に油を流さない配慮かこちらに顔を近づけてシャルロットが話しかけてきた。

 

「そのルームメイトって、ひょっとして更識楯無さんなんじゃないの?」

 

「え? そうだけど……え、なんで知ってんの?」

 

「ちょっとした出来事で知り合ってね。このメンバーの中では、一夏以外はみんな知ってるよ」

 

 そうなの?

 その、『ちょっとした出来事』ってなんだ、と訊きたいが、なんか訊いたらいけないような気がするのはなぜだろうか。気のせいであってほしいが、まあ訊かなくてもいいか。

 

「まあ楯無さんが訓練内容を回避特化にさせたおかげで、回避だけは代表候補生として恥ずかしくないくらい強くなったよ」

 

「へえ、そうなのか」

 

「ただ、特化した分他のところがほとんど手付かずでなぁ。エックスは射撃型だってのに射撃技術はあの様だ」

 

「納得」

 

「納得ですわ」

 

 と、鈴音とセシリア。仲いいなこの二人。

 今月から射撃技術も本格的に鍛えていくって楯無さんの話だけど、この調子だとオメガが来る前に一勝できるのか微妙だ。

 オメガが来てから本気だと言えるのかもしれないが、エックスでも最低一回は勝ってみたい。一時的とはいえ専用機なんだから、この機体でも勝ったという思い出を残したい。あと、負けてばかりだとモチベーション下がるし。

 

「はぁ……どうやったら経験値の差を跳ね返して勝てるんだ……」

 

「はぁ……どうしてパワーアップしたのに負けるんだ……」

 

 おお、仲間がいた。しかも男。まあ一夏なんだがな。

 

「一夏の場合は燃費悪すぎなのよ、アンタの機体。シールドエネルギーを削る武器が二つに増えりゃなおさらでしょ」

 

「うーん……」

 

 そこから箒が自分と組めばいいと言ったのを皮きりに、話は誰が一夏とペアを組むかに変わっていった。

 

「一夏は誰とペア組むんだ?」

 

「でも最近、ペア参加のトーナメントなんてないじゃん」

 

「仮の話だ。ひょっとしたらあるかもしれないじゃん」

 

 実際近い未来にあるんだがな!

 

「その時は――シャルか颯斗かなぁ」

 

「は!?」

 

「え!?」

 

「シャルとは前に組んだし、颯斗とは男同士で組んでみたいから」

 

 一瞬で上げて落とされたシャルロットは虚ろな目になった。

 

「そんなことだろうと思ったよ……はぁ……」

 

「ど、どうした? シャル」

 

「今のはお前が悪い」

 

 シャルロットの変わりように戸惑う一夏に俺はそう言った。箒達もうんうんと頷いていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 午後の実習も終わり、教室でSHR。

 そういやアトラスさん、いつ来るんだろうか。原作とは違って楯無さんによる一夏へのイタズラもなかったし。とりあえず今日か明日だとは思うんだけど。

 

「それではSHRを終了しますね。皆さん、また明日!」

 

 山田先生のその一言で、教室は一気に賑やかになる。

 ――が。

 

 バターンッ!

 

「織斑一夏はいるかぁ―――――!!」

 

 噂をすればなんとやら、アトラスさん登場である。

 いきなりのドア全力開放&大声に、クラス中がびっくりする。俺だってびっくりする。

 

「……アトラスさん、みんなびびってます」

 

「おぉ、わりぃ。隣にいるのが織斑一夏で間違いねえよな?」

 

「ええ。合ってますよ」

 

「え、え? 颯斗、知り合いか?」

 

 状況が未だ呑み込めていない一夏がとりあえず俺に訊いてきた。

 

「話を聞けばわかる」

 

 俺はそれだけ言って、アトラスさんに任せる。

 アトラスさんは一夏の前に移動し、一夏を見て勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「織斑一夏だよな? 俺はアトラス・テイタン。ギリシャ代表候補生。リボン見りゃわかるだろうが、三年生だ」

 

「は、はぁ」

 

「早速だが本題だ、織斑一夏。今日からお前のコーチになってやる」

 

「……はい?」

 

 沈黙。

 しばらくして、意味を理解した女子達が、一斉に叫んだ。

 

「はああああああああっ!?」

 

 本日二度目の揺れを観測した。

 そしていつもの連中が、当たり前のように異議を唱えた。

 

「却下だ!! 一夏は私が教えている!」

 

「そうですわ! 一夏さんはわたくしと特訓してますの! どこの誰とも知れない方が出る幕はなくてよ!!」

 

「一夏は私の嫁だ。ゆえに私がコーチだ!」

 

「ちょっと待ったぁぁぁっ!! 一夏はあたしが教えてんの。なんで一夏と面識のない三年生がいきなり一夏のコーチになるのよ!」

 

 鈴音まで入ってきた。タイミング良すぎだろ、スタンバってたのか。

 というかこいつら、揃いに揃って自分『だけ』が一夏のコーチだと主張してやがる。協調性というものはないのか!

 ちなみにだが、唯一声に出して主張してなかったシャルロットだが、彼女もかなり怖いことになってる。笑顔が真っ黒。

 

「お、こいつらが織斑のコーチか。強そうだなー」

 

 アトラスさんは呑気にそう言うと、五人にこちらへ来いと手招きした。

 専用機持ち八人、すなわちIS八機が一カ所に集まっているというかなりすごいことになっている中、アトラスさんが口を開いた。

 

「お前らは、俺が一夏のコーチになるのは反対か?」

 

「「「「「当然だ(です)!!」」」」」

 

「んー、なら、勝負しねーか? ISで。勝った一人が一夏の専属コーチだ」

 

 さらに、とアトラスさんは付け足した。

 

「専属コーチになった奴は一夏と一緒の部屋に住める。俺が生徒会長に頼んでやる。どうだ?」

 

「!!!」

 

 効果は抜群だった。別に倒れる訳でもないしそもそもHPが削られる訳でもないが。

 五人の返答は勿論イエス。これで急遽、一夏の専属コーチ枠&相部屋を賭けたバトルロワイヤルが決定された。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 あれよあれよという間に専属コーチ決定戦の開催が決定され、開催地である第二アリーナへと移動中。移動しているメンツは今回戦う箒達五人に渦中の人である一夏、そしてついでについていっている俺の七人。アトラスさんは先にアリーナへと行っている。

 

「どうしてこうなった……」

 

 自分の意見を言う間もなく決定されたことに、一夏はげんなりとしていた。

 

「諦めろ一夏。第一こうなったのはお前のせいなんだし、この騒ぎも元はお前のためなんだからな」

 

「は!? これのどこがだよ!?」

 

「というか、颯斗はこのこと知ってたの?」

 

 シャルロットがやや怖いジト目で睨んできた。まあ知ってたと言えば知ってたので、俺は仕方なく頷く。

 

「依頼人は生徒会長の更識楯無さん。楯無さんは俺とはルームメイトなんで詳しい話までは聞けなかったがある程度は知ってる」

 

「あの女……また邪魔をするか……!」

 

 ラウラがなぜか修羅になってる。一体、何があったんだ……。

 

「……それで、楯無さんはどうしてあの方を差し向けたんですの?」

 

 かなり不機嫌、というか、キレる一歩手前であろうセシリアが訊いてきた。まだ怒っていないのは、一応俺にキレるのはお門違いだとわかっているからだろうか。なお、キレる一歩手前なのは他の奴らも同じようだ。おかげで一夏は少し引いてる。

 

「今から話す。……一夏、現在俺とお前は言ってしまえば圧倒的レベル不足だ。そこはわかるな?」

 

「いや、颯斗はそうかもしれないけど、俺はそこまで弱くないぞ」

 

「お前の場合は機体が強いだけだボケ。チートじみた機体乗ってる割に勝率が低いだろ。それは燃費が悪いんじゃなくてお前が弱いからだ。第一、飛行制御なんて後から来た俺に完全に抜かされてるだろ」

 

「うぐ……」

 

「強くなるには特訓が不可欠だが、時間は限られてるし、他の奴らもお前と同じ時間で同じく特訓するんだから時間で経験値の差を埋めるのはまず不可能。だからアトラスさんだ。三年生かつ元生徒会長という強い奴と質の高い特訓をやってとっととレベルを上げろってことだ」

 

「……ん? 三年生ってのはわかるけど、なんで元生徒会長だから強いんだ?」

 

 そうすっとぼけた質問をする一夏を思わず殴った俺は悪くない。原作でこいつの無知っぷりを知っているが殴った俺は悪くない。

 

「生徒会長=生徒最強なんだよ。つーか知ってろよ、俺より学園生活長いんだろ! ……ゴホン。現会長である楯無さんは俺のコーチやってるから、お前には元会長をつけることになったんだよ。元という字はつくが、楯無さんに言わせればアトラスさんのIS操作技術は楯無さんとほぼ互角だそうだ」

 

「そ、そうか」

 

「あんたさぁ、それあたし達が弱いって言ってんの?」

 

 鈴音が眉を顰めながら訊いてきた。この質問は来るとは思ってた。

 

「楯無さんがどう思ってるかは知らん。だけど個人的意見だが、俺はこいつにはとっとと強くなってもらわなければ困る」

 

「え、なんで?」

 

「……一夏。俺がギリシャ所属になったのは、日本が男性操縦者を独占する状況に各国が抗議したからなんだが、そこでお前ではなく俺が差し出された理由を言ってやろうか」

 

「それは……」

 

 一夏はなにやら知ってるようだが無視して言う。

 

「俺よりお前の方が期待値が高いからだよ。つまり政府はお前を守るために俺を売っ飛ばしたんだよ。そのおかげで俺は強制的に日本人じゃなくなるわ、お偉いさん達の長話を延々と聞かされるわ、そういう目に遭った。まあ、逆にそのおかげで破格の待遇も受けれたし、色んな人にも出会えた。今更お前を恨むつもりはないがな――」

 

 俺はそこで一夏の両肩を掴んだ。手に力を込め、並々ならぬ視線を一夏に向ける。その視線を受けて、一夏は若干怯んだ。

 

「お前、頼むぞ。俺が身代わりになっただけの価値は示してくれよ……!?」

 

「あ、ああ……」

 

 そのまま数秒。それから両手を一夏から離し、ガラリと雰囲気を一転させた。

 

「――とまぁ、冗談はここまでにしてだ」

 

「って、冗談かよ!」

 

 一夏のツッコミと共に何人かがずっこけた。こけなかった人も「えー……」というような表情をしている。

 俺は片手を軽く上げた。

 

「俺がこんな重いキャラな訳ねーだろ。だけど嘘は言ってねーぜ? 政府は一夏を優先して守るために俺を外国に突き出したことも、それで良いことも悪いこともあったのも、俺が特に恨みを持ってはいないことも全部事実だ」

 

 そう言ってまた一夏の肩を掴む。しかし今度は片方だけで、軽く置いた。

 

「ま、お前は政府やら身代わりやらその他不特定多数、色んなものに守られて日本人でいられてるってことを、意識まではしなくていいから理解はしてくれ。でもって無理をしない程度にお国の期待に応えられるよう努力をしろ。それが俺のお前に対する望みだ」

 

「……ああ、わかった」

 

 そう答える一夏は期待できそうだった。

 

「――あと、お前らについてもだ」

 

 一夏から視線を外し、箒達の方を見る。

 

「(一夏に)近づいてくる奴に感情的になるのが全部いけないとは言わないが、真面目な理由と目的があって(一夏に)近づいてくる奴もいるのは当たり前な話だ。その辺の分別はつけなきゃいけないってのは、お前らよくわかってるよな?」

 

 ()のところは声に出してはいないがわかっているはずだ。一夏以外は。

 うっ、と五人全員が声に詰まった。理解はしているようだ。

 

「感情的になる前に、一旦は考えてみるこった。真面目にしてる奴に対してデレデレしてるのは一夏が全面的に悪いとして」

 

「……わかった」

 

「いや、颯斗何言ってんだ!? それとみんなも納得するなよ!?」

 

 とりあえず話は一件落着して、足を止めていた俺達はアリーナへと少し急いだ。……騒ぐ一夏を適当に黙らせてから。

 なんとなくだが、楯無さんの影響を受けてきてるんじゃないかなぁと思う今日この頃だ。




 シリアスに入ったと思ったら自らシリアスをぶち壊す颯斗くん。余計にシリアスは作りません。ちなみに颯斗のお前頼むぞ……! は、進撃の巨人のジャンの台詞が元です。彼は雰囲気ぶち壊しはしてませんが。
 ところで、今更な話ですがこの作品は小説の原作を元にしています。
 とある部分がアニメの描写でしたがそこは気にしないという方針で。作者はアニメ第二期を見てませんが、なにやら調べると第六巻の話がまるごと蒸発していたり、アニメオリジナルの話とかがあったりしてるみたいなのでちょっとなーと思ってたり。キャノンボウル・ファストがある設定を崩すとかなり前の話から書き直す必要がでてきますし、何より速さ特化のエックスが涙目に。というわけで小説基準にします。なんか学園祭準備期間短すぎねっていうツッコミを聞いたことがありますが、ここでは気にしない方針で。
 次回一夏争奪戦……結果だけなら、みんなももうわかるよね!(オイ
 戦闘の描写はいれますよ。今までみたいに、対してうまくもありませんが。


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第十三話 トリハピ先輩

 早く投稿することができました。アトラスさんによる無双が始まります。


 それぞれのカタパルトから第二アリーナ・フィールドに箒達五人が舞い降りる。

 フィールドの中央には、赤いISを纏ったアトラスがすでに待っていた。装備はまだ手にしていない。

 

「おー、色とりどりだなー」

 

 そう呑気に言うアトラス。呑気でいられるのはそれだけの自信の表れであった。五人はその周囲を囲むように陣取る。

 ややあって、シャルロットが口を開いた。

 

「テイタン先輩。先程は大変失礼しました」

 

「あん? なんだいきなり」

 

 出てきたのは謝罪の言葉。シャルロットの言葉に合わせて他の面々も謝罪したり頭を下げる。

 颯斗に色々と聞かされ、自分達の言動を思い直した結果の謝罪だったのだが、その経緯を知らない、加えて元から気にしてなかったアトラスは首を傾げたのだった。

 

「んなもん気にしてねーよ。あれだろ、恋は盲目とかって奴だろ? ま、だからと言って理由も聞かずに先輩に敵対心剥き出しってのは誉められたものじゃないわな」

 

 ぐうの音も出ない五人。全くの正論であった。

 

「まあ、俺も含めて若い奴はそうやって失敗から学んでくもんなんだよ。――それと、反省はするが結局専属コーチの権利を渡す気はねぇんだろ?」

 

「……はい」

 

 言って、五人はそれぞれの得物を構えた。

 アトラスはそれを見て楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「いいね。やっぱそう来ねえと、なっ!!」

 

 言うと共に、アトラスは自身の得物を展開し、装備する。

 持っているのは、実弾ランチャー《ソドム&ゴモラ》。颯斗のエックスに後付装備として搭載されているそれと同様の物が左右一対、アトラスの手に握られていた。カラーリングはアトラスのISと同じ赤に染められている。

 それだけではない。

 左右の肩と肩アーマーに二つずつ、計四つもの実弾砲が取り付けられていた。重心バランスを安定させるためか、アトラスは脚を前後に開く。

 

「さぁ……来いやっ!!」

 

 直後、試合開始の合図が鳴った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「アトラスさんの専用機、名称は『ファーブニル』と言ってね。エックスと同じく第二世代新型のISなの」

 

「新……型?」

 

「後期開発機の俗称だ。そんなことも知らないのかとディスりたいけど、今はシエルさんの解説を優先させるぞ」

 

「お前……なんか最近俺に厳しくね?」

 

 気のせい、もしくはお前が悪い。

 第二アリーナの観客席で、現在アトラスさんと一年女子専用機持ち五人がバトルロワイヤルやってるのを観戦しながら、俺と一夏は偶然居合わせたシエルさんにアトラスさんのISの解説をお願いし、聞いていた。

 ファーブニルと言えば闘将ファーブニル。ZXAのアトラスとも関係があるので予想通りだった。肩の四つの砲身は、第二形態となったファーブニルの武装が元で間違いないだろう。

 

「第二世代新型のISには特殊な機能を持った武装が装備されているものが多いから、二・五世代型と呼ばれることも偶にあるわ。ほら、Xカノンの多目的射撃機構が特殊機能の一例よ」

 

「へぇー」

 

「……アトラスさんのファーブニルにも、それがあるんですか?」

 

「ええ。ファーブニルに搭載されている四つの実弾砲《クアッドブラスター》。《クアッドファランクス》を元に取り回しのしやすさを向上させようとフランスと協力して作り上げたものなんだけど、これに自動装填機構を取り付けたの」

 

「……それ、自動的にリロードされるって奴ですか?」

 

「ええ」

 

 うわぁ。と言いそうなるのを何とか飲み込んだ。

 実弾武器は装填されている弾丸を撃ち切ったらリロードを行わなければならない。リロードを行っている間は間違いなく隙になる。加えて一回一回装填されている残り弾数を意識しなければならない。

 しかしそのリロードが自動化されればどうなるか。その隙がなくなり、IS内に弾丸がある限り撃ち続けることができる。実弾武器の弱点が丸ごと解消されるのである。その代わり、残弾数をより意識しなければならないだろうが。

 

「強いじゃないですか」

 

「ただ、手で持たないタイプの武器って決まって重心バランスの不安定化が起きやすいの。クアッドブラスターはそれを四つも肩につけるから、非常にフロントヘビーになる。その状態で走り回るのはかなり難しいのよ」

 

 なるほど、そう来たか。

 アルカディア製ISと来て真っ先に思ったのが扱いの難しさがどのくらいかということだったが、強さに比例した難しさだと言える。操作は非常に難しいが、武器の重さ、重心のぐらつきさえコントロールできれば高い火力を存分にバラまくことができる。

 フィールドの方を見る。

 フィールドでは、アトラスさんがクアッドブラスターとソドム&ゴモラを立て続けに連射しているのが見えた。重心が安定しないことをものともせずに動き回り、計六つの反動制御を同時にやってのけるのはさすが生徒会長をやっていただけのことがあると言うべきか。っていうか……

 

「……アトラスさん、容赦なさすぎね?」

 

「ほ、箒達、大丈夫なのか……?」

 

 フィールドでは爆発、爆発、爆発。試合開始の合図が鳴って以降、アトラスさんの榴弾による爆破が一度も収まっていない。一夏が心配するのも少しわかる。爆発の煙のせいか、五人の姿が見えない。それでも連射と爆破が続いている。

 はぁ、とため息が聞こえた。俺と一夏が振り返ると、シエルさんの困ったように頭を抱えている姿が目に入った。

 

「……元々、ファーブニルに搭載するのはドゥエブラスターっていって、肩の実弾砲は二つにする予定だったんだけど……アトラスさんの要望があってクアッドブラスターを製作、搭載することになったの。今はまだマシになってるけど、当時の彼女――」

 

 

 

 

 

 ――すごい、トリガーハッピーだったのよ。

 

 納得だった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 爆音。爆音。爆音。

 ただひたすら響き渡り、他の音を打ち消しながら降りかかってくる攻撃を、代表候補生『四人』は何とか捌き、凌いでいた。残る一人、箒はというと榴弾の爆発にあっという間に飲まれ、すでにリタイアとなっていた。

 

「オラオラァ! どうしたぁ!!」

 

 アトラスは四人がいる場所をソドム&ゴモラ、そしてクアッドブラスターでとにかく連射する。

 

「ラウラ! あんたならAICで弾止められるでしょ!?」

 

「馬鹿言え! AICを使えば、その隙に側面を狙われる!」

 

「シャルロットさん、あなた盾装備はありませんの!?」

 

「あるけど、あんなの防ぎきれないよ!」

 

 なお、四人は団結しているようで微妙に噛み合ってない状態であった。

 というのも、一夏の専属コーチとなり、一夏と相部屋になれるのは最終的に勝った一人だけ。ここで積極的に前に出てシールドエネルギーやら武器を消費し、後に不利になることは避けたいと四人全員が思っているからだ。理想としては他の誰かがアトラスと潰し合い、消耗したところを一気に叩いて一人勝ちといきたいのである。

 しかしこのままではアトラスに何もできずに敗北する可能性が高い。事実として誰も積極的にいかず攻撃を捌くことばかりしているのでシールドエネルギーが徐々に削れていた。新たに強力なライバルを作るか他のライバルにリードを許すか……彼女達は後者を選ぶことにした。

 

「……ええい、仕方ない! 鈴、すぐに落とせ!」

 

「援護しますわシャルロットさん! 一気にやってしまいなさい!」

 

「「了解!」」

 

 ラウラがAICで榴弾を止め、セシリアがブルー・ティアーズでアトラスへの牽制射撃を始める。そして、鈴音とシャルロットがアトラスへの突撃を開始した。

 

「お、やっと来るか?」

 

 ブルー・ティアーズの射撃を華麗に回避しながらアトラスは待ちくたびれたかのように言う。もちろんと言うべきか、その間にもクアッドブラスターによる砲撃は止めていない。

 しかし右手、左手の装備はソドムとゴモラではなく、一対のガントレットナックルに変更されていた。

 

「はああっ!」

 

 構わずシャルロットは切りかかる。

 が。

 

「ほい残念」

 

「ええ!?」

 

 アトラスはただ回避するのではなく、砲撃をしながら、その反動で後ろに飛んでみせた。

 近接武器を展開しながらも距離を開けることまでは驚くことではない。しかし、射撃武器の反動で移動するのはシャルロットでも予想外だった。そもそも縦横無尽に動けるISでそのような動きは必要ないし、やってもその移動を制御できなければ無様に転がるか、壁に激突、すなわち余計に大きな隙を作りかねない。それをやってのけるアトラスはある意味制御技術が優れているとも言える。

 その行動はそういった格の違いを見せるものの一つでもあるが、同時に、後ろに跳ぶために撃った榴弾でシャルロットを怯ませるためでもあった。

 

「くっ!?」

 

「二人目ぇ!!」

 

「きゃあ!」

 

 後ろに跳んですぐ、両手ナックルのブースターを点火、その推進力を含めて瞬時加速。重い一撃でシャルロットを叩き伏せる。

 

「くーらえーっ!!」

 

「!」

 

 鈴音の双天牙月連結形態の投擲。が、

 

「まだまだだなぁ」

 

「ウソ!?」

 

 アトラスに命中する直前に双天牙月が横から殴り落とされた。アトラスの口調からして余裕だ。

 

「で、でもまだ衝撃砲が……!」

 

「その前に近づけば無問題!」

 

「って、ちょっ――」

 

 先ほどと同様の瞬時加速。すでに鈴音はアトラスの拳の圏内だった。そのまま叩き伏せられる。

 

「これで三人っと。――お?」

 

 鈴音をノックアウトさせ、残る二人の位置を確認しようとした矢先、アトラスがワイヤーブレードに絡め取られた。ラウラだ。

 

「捕まえた……セシリア、合わせろ!」

 

「それはこちらの台詞ですわ!」

 

 レールカノンとブルー・ティアーズがアトラスを狙う。しかしアトラスはこの状況でも慌てない。

 アトラスはやや小型の球体を展開した。しかし手に取ることはなく、そのまま地面に落ち――爆ぜる。

 

 ――キィィィィィンッ!!

 

「――ッ!?」

 

「ッ! スタングレネード!?」

 

「ISの保護によって気絶はないが、怯みはするだろ?」

 

 強烈な光と音に二人が怯む中、事前にスタングレネードに対する用意をしていたアトラスは悠然とそう言い、肩の四砲でセシリアを落とす。

 これで、残るはラウラのみとなった。

 

「さて、後はお前だなぁ」

 

「……ふ、ここまで来て私を残したこと、後悔するといい」

 

「ほう? 勝算があるみてーだな?」

 

「ああ、ある。貴様は今のでそいつの砲弾を撃ちきった、もしくはそれに近い状態だろうからな」

 

 ラウラの言う『そいつ』とは、クアッドブラスターのことである。

 確かに開始から今まで、アトラスはクアッドブラスターを連射し続けた。装填が省かれたからこその連射力だが、逆に残弾数の減りが急激に早くなる。いい加減、もう撃てないであろう状態と見ていたのだ。

 しかもその予測は、次のアトラスの言葉で確信へと変わった。

 

「そうだな……あと三発か」

 

「勝てる……これなら、私は勝って嫁を守り通すことができる!」

 

「しかし撃つ!」

 

 言って、アトラスはその榴弾三発を発射した。

 ラウラはその三発をAICで止め、半ば勝利を確信した。一番の脅威であった四つの砲門が止まり、ソドムとゴモラ程度ならラウラ一人でも捌ける。近接戦も、AICで止めるなりワイヤーブレードで縛るなりすれば簡単だ。

 しかし――、

 

 ドドドドドドッ!!!

 

「――ッ!?」

 

 勝利確定の最たる理由であった四つの砲門は止まっていなかった。AICの範囲外であった自分の両脇の地面を爆破され、その爆風に巻き込まれる。

 理解できないことに思考が一瞬停止し、その隙に誰かが――というか、アトラスがラウラを地面に押さえつけ、いつの間にか切り替えていたソドムとゴモラを向ける。

 

「な、なぜだ……確かに、お前は残り三発だと……」

 

「ああ、言った。正確には、一つの砲門につき三発(・・・・・・・・・・)だ。言葉遊びって、楽しいと思わないか?」

 

「」

 

 ドゴ―――――ン。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……うわーぉ」

 

 この言葉はアトラスさんの強さに対するものであるが、最後のラウラに対する決め手のえげつなさからくるものでもあった。

 見事な上げて落とす戦法だったよ。ラウラの絶望した表情がモニターからはっきりと見えたよ。そしてその絶望した相手に満面の笑みで引き金を引くアトラスさんも大概だよ。というか箒、お前いつの間に脱落してたんだよ。

 シエルさんを見てみる。これもアトラスさんの性格なのか、頭を抱えているがこれが初めてという様子ではなかった。

 ……しかし、強い。乱暴な言動や戦法とは裏腹に、制御技術が極めて精密で正確だ。ファーブニルが機体制御がうまい人でなければ扱いに難しいISだと考えても、これはすごい。

 

「てか、楯無さんもよくこんな人に勝てたなぁ……」

 

「ええ。私でもそう思うわねぇ」

 

「うおっ」

 

 いつの間にか楯無さんがいた。いつからいたんだ。

 

「途中から一緒に観てたわよ?」

 

 頭の中を当然のように読まないでください。

 

「前にも聞いたかもしれないけど、私の場合は機体の相性が良かったのよ。私のISは水を操れるから、それで榴弾の威力を殺してなんとか勝ったの」

 

「はぁ、なるほど」

 

「まあ水をそれに回していったせいでどっちも火力不足に陥って、かなりの泥試合になったんだけどねぇ」

 

 楯無さんのIS、『ミステリアス・レイディ』はナノマシンの水を扱い、それで武器の火力強化も行っている。となれば、その水が足りなくなれば火力が落ちるのも必然か。

 

「ま、それはともかくとして、うまくいったみたいで何よりだわ」

 

 そう言って楯無さんはこの場を立ち去る。――が、途中で何か思い出したようでこちらに振り返った。

 

「あ、そうだ颯斗くん、明日はアトラスさんの希望で合同で特訓を行うことになったから。ちなみに、君の訓練は予定通りあるわよ」

 

「あ、はい」

 

 ということは俺もそろそろ移動した方がいいか。

 立ち去る前にもう一度アリーナ・フィールドを見ると、アトラスさんがこちら側――というか、一夏に向かって手を振ってるのが見えた。

 まだ戦闘の凄さに衝撃を受けたままなのか、ぼーっとしている一夏に声をかけてやる。

 

「おい一夏、アトラスさんが手を振ってるぞ。手を振って返したらどうだ?」

 

「……え? お、おう」

 

 一夏は言われた通りにアトラスさんに手を振る。その行動が起こす未来をこいつ絶対に理解していないな。呆れつつ、ちょっと笑いをこらえつつ、この場を後にする。

 直後、聞こえてきたのは黄色い歓声と五人の怒声。

 

「一夏、貴様ぁぁぁぁっ!!」

 

「一夏さん、何手を振ってますの!?」

 

「一夏は私達が勝つよりテイタン先輩が勝って良かったって思ってたの!?」

 

「お前は私の嫁でありながら……!!」

 

「一夏のバカぁぁぁぁっ!!」

 

「うえええっ!? お、おい颯斗、これどうすれば――って、いねぇ!?」

 

 予想通りの未来がそこにあった。




 笑顔で上げて落として榴弾ブチ込むトリハピ先輩。……あれ、本当にこの人にフラグ立つのかなあ。作者自身も不安に思えてきた。
 さて、原作沿いで行くと前回言っておいてなんですが、その……原作ブレイク的なものをやっちゃおうかなぁと思ってる作者です。
 一応理屈は立てて、原作→アニメのものににたまに見られる「どうしてこうなった」にはならないようにはします。○○なんてなかった。ということも視点的問題を除いてありません。ただ、前述の理屈がある上で原作から早まったことをするだけです。それによってほかの部分も変わったりすると思いますが、そこは当然の結果として。
 なぜかって言うと、原作の話をただ書き直すってつまらないじゃないですか。……メインヒロインも早く出したいですし。(ボソッ
 皆さんはどう思いますか? 原作通りがいい! という場合はまだ間に合う段階なのでご意見を頂けると助かります。
 なんか他にも書くべきことがあったような気がしますが、忘れたのでこれで。


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第十四話 割と忙しい一日……いつものことか

 サブタイの設定がなかなか難しい。


 翌日。朝から全校集会である。内容はもちろん今月行われる学園祭について。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 その言葉で全校の女子達の騒がしい声が静かとなり、壇上に楯無さんが上がっていく。

 

「なあ颯斗、あの人が更識楯無さんか?」

 

「ああそうだ。そして静かにするべきだと思うぞ」

 

 一夏がわざわざ訊いてくるので、そう返して壇上に立つ楯無さんに集中する。

 楯無さんは自己紹介した後……学園祭の特別ルールを大々的に公表した。

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

「はあああっ!?」

 

 その内容に、女子達のホールが揺れるような叫び声に紛れて一夏の声が聞こえた。本人の近くだからなんとか聞こえた。

 

「な、なんだこれ、どういうことだよ!?」

 

「楯無さんから説明があるんだが、先にさらっと言っちまおう。お前が所属する部活をこれで決めようということだ」

 

「なんだそりゃ!? というか、なんで颯斗がそれ知ってるんだ!? てか、お前はどうなんだ、お前は!」

 

「そりゃ、俺も生徒会役員だから」

 

「いつから!?」

 

「一学期中」

 

 夏休みに入る前に、楯無さんに勧誘されてそのまま入ることになったのである。まあ現在はIS特訓優先で名前だけと言えるが。なお、役職は庶務。

 

「ちなみにこの企画を見せられた時、俺は賛成票を入れた」

 

「お前も共犯か!!」

 

 楯無さんに逆らうこと自体が無理だし。なんだかんだでこれで一夏も生徒会に入るのが良策だと知ってるんだし。

 まあそんな感じで学園祭のメインイベント、一夏争奪戦の幕が開けた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 同日の放課後、早速一年一組の催し物を決める特別HRが開かれているのだが……

 

「えーと……『織斑一夏&傘霧颯斗のホストクラブ』『織斑一夏&傘霧颯斗とツイスター』『織斑一夏&傘霧颯斗とポッキー遊び』『織斑一夏&傘霧颯斗と王様ゲーム』……全部却下」

 

 ええええええ〜!! と大音量のブーイング。

 女子って、ノリはすごいんだよなぁ。……しゃーない、俺も正直御免なので、ここは一夏の援護に回るか。

 

「悪いが俺も反対だ。個人的にもだが生徒会役員として、さすがに容認できない」

 

「おお! やっぱり、こういうのはダメだよな!」

 

 味方がいたことに喜ぶ一夏。しかし女子からはまたブーイングが来る。

 

「ええ〜? 傘霧くんってばお堅〜い」

 

「……あのなぁ。この学園祭には招待制で一般客も来るんだぞ? その客に対して目に見えて不健全な印象を与えて良い訳がないだろ」

 

 それでもブーイングが続くが、俺はある二人を視界に収め、はっきりと二人の名前を呼ぶ。

 

「――ですよね! 山田先生に布仏さん!」

 

「ええ!?」

 

「おおう!? いきなりの指名きた〜!?」

 

 呼ばれた二人――山田先生に布仏本音、通称のほほんさんは突然大声で呼ばれたことにビクリと反応した。

 

「え……? 山田先生はまだわかるとして、なんで布仏さんなの?」

 

「同じ生徒会だから。――二人とも、露骨に不健全な印象を与えるようなものはいけないですよね?」

 

「いや、その……わ、私はポッキーなんかいいかと……」

 

「か、かっきー、私もこういうのをやりたいな〜って……」

 

「い け な い で す よ ね ?」

 

「は、はい……」

 

「う……うい。そう思います〜」

 

 ……よし。あ、ちなみにかっきーとは俺のあだ名で、傘霧からきているらしい。

 

「はい、という訳で生徒会と先生の清き意見によってこれらは却下」

 

「いや……かなり脅迫じみてなかったか?」

 

 ん? おかしなことを訊くなあ一夏は。脅迫なんてそんな物騒なことしてないし、俺は誠実な意見を求めただけじゃないか。

 

「あ、一夏はこれらを自ら進んでやりたかったのか? ああ、そりゃあ悪いことをしたかな」

 

「次の意見は何かあるかー?」

 

 逃げたな。

 ……しかし今のはちょっと強烈だったか。意見が出なくなってしまった。

 

「メイド喫茶はどうだ」

 

 いや、いた。原作通りのことを言う、キャラ的に少しばかりシュールな人が。つまりはラウラだ。

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。さっき話で出た通り外部からも人がくるのだから、休憩所としての需要も少なからずあるはずだ。健全性についても、あくまでメインは喫茶でありコスプレとしてメイド服ということであれば問題なかろう?」

 

 そう言ってラウラはこちらに視線を送ってきた。

 

「え? ああ、それなら許容範囲内だと思うぞ。あくまで喫茶店だし」

 

「僕もそれがいいと思うな。一夏と颯斗には執事か厨房を担当すればいいんじゃないかな」

 

 シャルロットの援護射撃は見事に一組女子にヒットし、それぞれが妄想し始める。これは、俺も執事でいくことになりそうか。まあ、ツイスターやら王様ゲームよりは遥かにまともだ。

 そのまま、一組の催し物はメイド&執事喫茶で決定となった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一夏は織斑先生へ報告へ、一組女子はそれぞれの担当にわかれて喫茶に必要な道具の検討会議。

 そして俺は、一夏の付き添いで現在職員室前で待機中。

 手伝いをしようかとは思ったがこういうのには詳しくない上、女子達に言わせるとどこかにつくと他が自分達の作業に集中できなくなるだとか。力仕事など、男子の手が必要になったら動くとして、現在は比較的自由とされていた。

 

「あ、颯斗くん」

 

「楯無さん? アトラスさんも」

 

 一夏を待っていると、現職を含む歴代生徒会長二人がこちらにやってきた。

 

「よ。何してんだ?」

 

「一夏の付き添いです。今、一夏が織斑先生に報告をしてるところなので、ここで待ってるんですよ」

 

「そうなのか。じゃあ俺達もここで待つか」

 

「訓練についての話ですか?」

 

「そんなところよ。あ、颯斗くんには先に言っておくけど、明日からはIS特訓は朝だけにするわ」

 

「どうしてですか? って……学園祭ですよね」

 

 簡単に行き着く答えを言うと、『御明察』と書かれた扇子を広げた。この文字入り扇子の仕組みってどうなってるんだろう。

 

「ええ。高校一年生としては最初で最後の学園祭だもの、目一杯楽しんでもらいたいわ。その代わり、朝はとっても厳しくいくわよ〜?」

 

「今までのはまだぬるかったんですか……」

 

 戦慄していると、扉が開いて一夏が出てきた。

 

「やあ」

 

「よっ」

 

「……………」

 

 二人の先輩に、一夏は何とも言えない顔に。というか、

 

「先輩相手に無言はないだろ。挨拶しろよ」

 

「……どうも」

 

「なんか警戒してるみたいだね。どうしてかしらね?」

 

「それを言わせますか……」

 

「楯無を警戒すんのは勝手だが、俺との契約忘れてはいねえよな? 布仏妹経由でお前暇だって聞いたし、これから訓練やるぞ」

 

「布仏妹……?」

 

「お前がいつものほほんさんって呼んでる子のことだ。三年の姉がいるんだよ」

 

「なんで颯斗が知ってんの?」

 

「その姉も生徒会だから」

 

「ああ、なるほど」

 

「それはいいとしてIS訓練だ。お前にゃ強くなってもらうぜ? さ、行くぞ」

 

 アトラスさんを先頭に四人で移動を開始する。

 途中で運動系や格闘系の部活の刺客が楯無さんに襲いかかったが、会長の仕組みを説明すると共に楯無さんはそれらを撃退していった。しつこいのが癇に障ったのか、たまにアトラスさんが代わって叩き伏せていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「さ、訓練だ。『シューター・フロー』で円上制御飛翔(サークル・ロンド)を行ってもらう」

 

「シュー……何?」

 

 アトラスさんから言い渡された内容に、一夏は半分も理解できていなかった。

 しょうがないので俺がもう一度言う。

 

「シューター・フローで円上制御飛翔。射撃型のバトルスタンスだ」

 

「え? 白式は格闘型だけど……」

 

「射撃武器もあるだろうが。それよりまずは聞け」

 

 そう言って先輩に任せる。

 

「それだけじゃないんだがな。射撃武器に重要なのは面制圧力だ。だが荷電粒子砲は連射がきかねえから面でバラまくんじゃなく、点で狙わなければならない。しかし資料を見てみたがお前の射撃技術ではそれは期待できない」

 

 きっぱりとダメ出ししたよこの人。一夏もたじろいでる。

 

「なので、敢えて近距離で叩き込む。まあ具体的には見ればわかるだろ。じゃあ楯無、いくぞ」

 

「ああ、アトラスさんはここで一夏くんに解説してあげてください。昨日のうちに颯斗くんに円上制御飛翔は教えてあるので彼に復習もかねてやらせます」

 

 楯無さんはそうアトラスさんに待ったをかけた。確かに、昨日の特訓ではそれをやった。結果としてはかなりダメな感じだったが……。

 ちなみに楯無さんが一夏と呼んでいることについてだが、それはこのアリーナに来る途中で呼び方が訂正されたと説明しておく。

 

「ん、そうか? じゃあ拝見させてもらうぜ」

 

「じゃあいきましょうか、颯斗くん」

 

「あ、はい」

 

 エックスを展開。壁を背に、ミステリアス・レイディを纏った楯無さんと向かい合う。

 

「颯斗くん、昨日と同じく、左手は連射型、右手は集束型でね」

 

「了解です」

 

 連射型はデフォルトなので、右手のレンズだけを集束型に変更する。

 

「始めます」

 

「ええ。一夏くん、よーく見てね〜」

 

 円上制御飛翔開始。互いに右方向へと動き始める。俺は右手のエネルギーを集束しつつ左手を楯無さんに向け、楯無さんはガトリングランスを俺に向けている。

 

「いきますよ」

 

「いつでもどうぞ」

 

 ある程度加速してから、互いに相手を狙って射撃を開始した。相手の射撃を回避するために加速を行いつつ、こちらも相手に当てるべく連射する。時折、集束を完了した右手の集束弾を発射する。

 

「おっとと」

 

「颯斗くん、飛行制御が疎かになってるわ。集中しなさい」

 

「はい!」

 

 時々もたついて楯無さんに注意されつつも、減速しないように加速と射撃をより強くしていく。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「これは……」

 

「一夏でも理解できたみたいだな。あれはマニュアル制御と射撃を両立させてんだ。相手の弾に当たらず、かつ相手にこちらの弾が当たるように、同時にその両方に思考を割きながらだ」

 

 機体を完全にものにしてねーと成り立たねーよ。とアトラスさんは続けた。

 目の前で行われている颯斗と楯無さんでの円上制御飛翔。二人は相手を狙いつつ相手の射撃に当たらないように加速を続けている。

 相当難しいことだというのは俺でもわかった。楯無さんは平然としているが、颯斗は体がぐらついたり射撃がたまに止まってしまったりしている。

 

「ふむ、まだ危なっかしいが、継続できてはいるな。思考の完全分割がまだできてないってところか」

 

 アトラスさんは颯斗の様子を見ながらそう分析する。

 常に平静であり、感情的にならず、二つ以上のことを同時に考え続ける。……これは、頭が痛くなりそうだ。

 

「基礎や経験は勿論だが、さらに上を目指すとなるとこういったマニュアル制御や分割思考も必要なんだよ。分割思考については俺みたいに十分割、二十分割しろなんて言わねーが、三分割ぐらいはなんとかしてみせろ」

 

「は、はい……って、え? 二十!?」

 

「おう。昨日の試合で言えばクアッドブラスターの各砲門とソドム&ゴモラの射撃と反動制御、相手の攻撃の回避、重心バランスの制御、移動制御、相手の行動予測、エンターテイメントな勝利の仕方の模索、相手との会話……ざっと考えて、あの時は最大で同時に十六分割やってたな。射撃と反動制御は砲門や両手それぞれで別物と考えて」

 

 やってたなって、そんな他人事みたいに言われても……。

 

『ぐへぇ!!』

 

 ズドーン、という衝突音が聞こえてきた。

 見ると、壁際で颯斗が倒れていた。壁に衝突した跡があることから、制御に失敗したのか射撃を受けてしまったのか、それで壁に激突してしまったらしい。

 

「は、颯斗、大丈夫か!?」

 

「楯無ー。記録は伸びたのかー?」

 

『ええ、順調に伸びているわね。一夏くんも、頑張って強くならないとダメだぞ☆』

 

 それはわかったけど、颯斗の助けにいかなくてもいいのか……?




 いつから颯斗が部活等に所属していないと錯覚していた?
 一夏は部活動側の事情を知らないから無所属になっていましたが、颯斗の場合は楯無さんから事情を聞いた上で原作知識により所属を決めていました。なので颯斗は華麗に回避しています。まあその分これから生徒会として立ち回っていきますが。
 さて、前回の後書きで申し上げた原作ブレイクの話ですが、問題なさそうなので決行することにしました。まあひどくはならないように努力いたしますので、生暖かく見守って頂ければ幸いです。


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第十五話 え? 原作フライング?

 もう一人のメインヒロインが登場。これに伴ってタグも編集します。


 アトラスさんによる一夏の特訓の日々が始まった。

 特訓の時間は俺と同じく早朝。特訓には箒達いつもの五人も交えている。アトラスさんは五人からも意見を聞いているそうだ。

 他にもアトラスさんが一夏の部屋に住み込んだりアトラスさんによって一夏が波乱万丈な生活に巻き込まれる訳なのだが、そこはどうでもいいとする。アトラスさんに振り回されて大変だと一夏が助けを求めてきたことがあったが、俺はその倍以上は楯無さんに振り回されていると言ってバッサリ斬った。

 

 で、現在。俺は生徒会室へと向かっていた。

 今まで名前だけの登録で何もしてこなかったが、さすがに学校行事の場合は仕事をしなければならないと思い、こうしてまずは生徒会室に顔を出そうと思っていた。

 扉を開け、中へと入る。

 

「失礼します」

 

「あ〜、かっきーだ〜」

 

「あら、傘霧くん? どうしましたか?」

 

 生徒会室にいたのは布仏姉妹の二人だけ。楯無さんはいないようだった。

 

「俺も一応生徒会なので。何か手伝えることはありますか?」

 

「そうですか、助かります。それなら、これらの書類のデータをパソコンに入力してくれますか?」

 

「了解です」

 

 やり方を教えてもらって、虚さんと共に書類を片付けていく。

 のほほんさん(なんだかんだでこの呼び方になった)は、虚さん曰わく「何かをやろうとすると仕事が増える」らしいので何もしないでいる。いいのか生徒会書記。

 ミスがないように注意しながら作業を進めていき、書類があらかた片付いて空が夕焼けに染まり始めた頃に楯無さんが生徒会室にやってきた。

 

「ただいまー」

 

「あ、楯無さん。お帰りなさい」

 

「あら、颯斗くん? 生徒会の仕事手伝ってくれてたんだ」

 

「ええ。まあ作業効率的に……ないよりはマシ、程度のものですかね」

 

 作業結果を見ると、虚さんと俺の実力の差がはっきりと出ていた。

 

「こういうのは、日々の積み重ねがあって効率良くなるものです。傘霧くんもそのうちこれくらいできるようになりますよ」

 

 虚さんのその言葉はフォローだろうか。経験談ではありそうだが。

 

「颯斗くん」

 

「はい? ……てか、近いです」

 

 いつの間にか楯無さんが目の前にいた。

 

「ずっと座りっぱなしで慣れない事務仕事やってたでしょ。体凝ってない?」

 

「そうでしょうか? よくわかりません。……それがどうかしましたか?」

 

「軽い運動がてらに、私と校内パトロールに行ってみない?」

 

 説明を聞くと、校内パトロールとは学園内に不審物がないか、非常時における器具に問題はないかといったところを点検していくことだそうだ。ちなみに校内パトロールは学園祭や学園行事の期間だけでなく、日常的に行われているとのこと。書類は片付いているし、ここは楯無さんに付き添って生徒会のお役目を覚えておくのがいいだろう。

 

「わかりました。ついていきます」

 

「じゃ、行きましょうか」

 

 楯無さんと共に生徒会室を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「そっちの点検は終わった?」

 

「もう少しです。俺一人で十分です」

 

 楯無さんと分担して教室を隅から隅まで点検する。……よし、問題ないな。

 不審物がないことを確認して楯無さんの元へと戻る。

 

「問題ありません」

 

「ええ。じゃあ次行きましょうか」

 

 教室を出て次の目的地へと向かう。

 

「このパトロールって、楯無さんが毎日やってるんですか?」

 

「ほぼ毎日生徒会でやってるけど、私が毎回やってる訳じゃないわ。毎日ただ繰り返すと気が緩んで見落としちゃうかもしれないもの」

 

 そうなのか。納得……ん?

 

「生徒会って、俺以外では楯無さん含めて三人ですよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「のほほんさんは……戦力に入ってるんですか? でないと今まで楯無さんと虚さんだけでやってたことに」

 

「ええ。私と虚ちゃんで交代でやってたわよ。本音ちゃんはたまに虚ちゃんについてってる感じかしら」

 

「気、緩みません?」

 

「緩める訳にはいかないわ」

 

「……早く覚えて、俺もそのローテーションに組まれるよう努力します」

 

「おお、頼もしいわね」

 

 そう話をしながら廊下を歩く。

 ふと、廊下の隅にあるロッカーが目に入った。

 特に変哲もない、掃除用具を入れてるロッカー。この学園は清掃業者が掃除をしてくれるため普段は生徒が開けることはなく、中に何があっても生徒が気づくことはないだろう。

 

(そう考えた場合、この中はかなりいい隠し場所……なんてな)

 

 だからといって不審物がそうそう見つかるものでもないだろうと思いながらロッカーの扉を開ける。

 

「……………」

 

「……………」

 

 ――バタン。

 

 ……うん、俺は何も見なかった。ロッカーの中に柔道着姿の女子が入っていて、開けた瞬間唖然としていたとかそういうことは一切なかった。不審物はなかった。不審()物もいなかった。

 

 バターン!!

 

「か、会長覚悟おおおおおおっ!!」

 

「必殺、ハリセンアタック!」

 

 いや、それ扇子じゃん。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「まったくもう酷いわ颯斗くん。見たなら教えてくれれば良かったのに」

 

 今日の仕事を終えて、今は寮の部屋。俺がお茶をいれてると楯無さんに文句を言われた。

 

「そうは言ったって、楯無さんもわかってたんじゃないですか。目に見えて余裕でしたし」

 

 扇子持ってハリセンアタックとか言ってる時点で余裕だと丸わかりである。

 

「まあともかく、今日はお疲れ様。なでなでしてあげようか?」

 

「はいはいお茶はいりましたよ」

 

「……むう、颯斗くん最近私の話を流すようになってきたわよね。おねーさん悲しいなぁ」

 

「主な対処法が流すか流されるかだと学習しました。こうなったのは俺も残念ですよ」

 

 最近ではあまりに度の超えた接触でなければたいてい一回ぐらいは耐えられるくらいに耐性がついてしまった。これはある意味本気で残念だ。

 そこで話が途切れ、少しの間沈黙が流れる。

 

「……ねえ、颯斗くん」

 

「はい?」

 

「その……実はちょっと、お願いしたいことがあるというか……」

 

「……んん?」

 

 はて、楯無さんの言い方がどうもぎこちない。どうしたんだろう。

 こういう態度を取る場面ってどっかにあったような……何だっけ? ――ハッ、そういうフリか!

 

「その……お願い!」

 

「え?」

 

「妹をお願いします!」

 

「えっ?」

 

 

 

   ◇

 

 

 

「名前は更識簪っていってね。あ、これが写真ね」

 

「い、妹さんがいたんですね。一年生の」

 

 見せられた携帯の写真を見ながら、なんとか言葉を返しておく。

 まさか、こんなところで原作と大きくずれ込むような話が出てくるとは思わなかった。アニメか? アニメでこうなったのか? まあ理屈的に言えば、楯無さんと一緒にいる期間もそれなりに長くなる訳だし、こうして頼めるほどになった……と見ていいのかなぁ?

 

「そう。それで、……これは私が言ったって絶対言わないで欲しいんだけど……」

 

 普段の楯無さんでは考えられない前置きに、俺の中では凄まじい違和感が発生している。

 

「その、彼女ちょっとネガティブっていうか……暗いのよ」

 

「そ、そうですか」

 

「でも、実力はあるのよ。だから専用機持ちなんだけど――」

 

「けど?」

 

「専用機がないのよねぇ」

 

「……………」

 

 一応知ってたことに、どう返すか少し困る。

 しかし楯無さんは俺が説明の意味がわかってないと解釈したらしく、さらに詳しく話した。

 

「だから、日本の代表候補生なんだけど、専用機がまだ完成していなくてね。持ってないの」

 

「えっと、完成してない理由は?」

 

「言ってしまえば、一夏くんのせいかな?」

 

「ああ……開発元被りですか」

 

「あら……よくわかったわね」

 

「特別扱いされてると自覚してる身ですから」

 

「うん……その通り。開発元の倉持技研では一夏くんの白式に人員を優先させてるから、未だに完成してないのよ」

 

「で、妹を頼むって、具体的にどういうことですか?」

 

「簪ちゃん、その未完成の専用機を完成させるつもりでいて、学園祭の準備に顔を出していないのよ」

 

「なるほど」

 

「お願い! 学園祭に出るよう説得してくれないかしら。高校一年生としての学園祭は一度しかないから、それをふいにしてほしくないのよ。このままだと、クラスから孤立しちゃうかも……」

 

 そう言って、拝まれる。

 確かに、原作では簪……さんはつけておくべきか。簪さんはクラスから浮いてる状態だったのが描写されていたっけ。楯無さんが心配するのもわかる。

 

「わかりました。できる限りのことはしてみます」

 

「あ、うん……いいの?」

 

 アカン、いつもの楯無さんに慣れすぎたのか、今の楯無さんに違和感しか感じない。重症だぞこれ。

 

「えっと、何か気をつけることってあります?」

 

「あ、うん。極力私の名前は出さないでね」

 

「了解です」

 

「……訳は聞かないの?」

 

「その頼みからして、多分関係は良好ではないんでしょう?」

 

「う……」

 

 図星の言葉に、うなだれる楯無さん。

 うーん、本当に楯無さんらしくない。見てるこっちまで調子を崩してしまいそうだ。なんだかんだで、俺が入学してから楯無さんを見ない日なんてなかったからなぁ……。

 

「えっと、じゃあそれなりに自然な理由をつけて接触します」

 

「う、うん。お願いね」

 

 こういう時、一夏だったらマッサージとかしてやったんだろうけどなぁ。俺、そういうテクとかないしな……。無理にやる訳にもいかないし、ここは簪さんの説得を頑張るとしよう。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 次の日。

 四時限目が終わって昼休み。早速簪さんの元へ行ってみようと立ち上がる。

 

「颯斗、食堂行こうぜ」

 

 とうへんぼく が あらわれた。

 

 たたかう

 まほう

 ぼうぎょ

 にげる

 

→おしつける

 

「そういうのは女子に言え。というわけでシャルロット、任せた」

 

「え!? あ……ありがとう颯斗」

 

「なんでシャルが礼を言ってんだ? それに颯斗は?」

 

「悪いが用事がある」

 

 意図もたやすく回避できる辺り、ハーレムじゃないって動きやすいんだなと思った。

 しかし四組に行ってみるともう簪さんはいないようだった。

 となると……整備室か。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 来るのは初めてとなる整備室に少し緊張しながら、扉を開けて中に入る。

 

「お邪魔しまーす」

 

「!」

 

 普段はめったに人が来ないのか、学園祭故に人は来ないと思っていたのか、中でたった一人作業をしていた子――簪さんは、俺の声にビクリと反応した。

 

「あ、君が簪さんか?」

 

「……………」

 

 近寄ってそう訊くが返事は返ってこない。簪さんはカタカタとキーボードを叩いている。聞こえてないことはないはずなので再トライ。

 

「ちょっと話が――」

 

「……………」

 

 言い終わる前に簪さんはキーボードをしまい、スタスタと整備室から出て行く。

 

「って、おーい、ちょっと待てよ」

 

 話が始まってもいないのに打ち切られるのはまずい。簪さんを追う。

 簪さんを追って廊下を小走りしてると、その様子を目撃した女子の囁き声が聞こえてきた。

 

「あれって、傘霧くんだよね? 女子を追いかけてる……?」

 

「ウソ!? 追いかけられてるあの子って、誰なのよ?」

 

「あれ、あの子って、一年四組の更識さんじゃない? 生徒会長の妹よ」

 

「……ッ!」

 

 そんな声が簪さんにも聞こえたのか、ようやく立ち止まってこちらを向いてくれた。

 

「話聞いてくれる気になったか?」

 

「……用件は?」

 

「まず、初めまして。俺は傘霧颯斗」

 

「……知ってる。それで、用件は?」

 

 うわぁ、すげえ不機嫌そう。原因は俺だけど。

 

「いきなり押しかけたのはすまん。けど、女子の噂で簪さんが――」

 

「呼ばないで……」

 

「へ?」

 

「名前で……呼ばないで」

 

「じゃあ、更識さん?」

 

「名字でも呼ばないで」

 

「それだと女子生徒Kになるぞ」

 

「……何のつもり?」

 

「名前でも名字でもダメって言うから」

 

「……そんな呼ばれ方されるくらいなら、名前の方がマシ」

 

「じゃあ、簪さん」

 

「……用件は?」

 

「ああ。だから、女子の噂で簪さんがIS制作にかかりきりで学園祭の準備に参加してないって聞いてさ」

 

「……それで?」

 

「学生として、学園行事に参加した方がいいんじゃないかって話だが……どうだ?」

 

「……どうして、あなたにそんなこと言われなくちゃいけないの?」

 

「あ、ああ、それはだな……」

 

「……生徒会だから、行事に参加しない悪い生徒がいては困るから? それとも……姉さんに頼まれたから?」

 

 感づいてやがる……てか、生徒会に入ってるって明かしたのはつい最近だぞ。そんな短期間で伝わるなんて――あ、女子の情報網と噂があればそんなもんか。昨日は楯無さんと校内歩き回ったし。

 ……って、そうじゃなくてだ。今はいかに楯無さんに頼まれたという事実を話さないようにするかだ。

 

「あー……まあ生徒会に入ってるのは事実だし、楯無さんと接点があるのも事実だ」

 

「なら……」

 

「まずは聞いてくれ。さっきの質問の答えだが、簪さんにも学園祭を楽しんでもらいたいからだ。一年生の思い出がIS制作ばっかりだったなんて残念な形にしてほしくない。仮に生徒会に入ったからだとか誰かに頼まれたからだとかってことだとしても、これは俺の本心だ」

 

 かなり際どいところ突っ走ろうとしていると思うが、ぶっちゃけ俺の中ではこれしかない。変に嘘をついてボロを出したら彼女に不信感を募らせる。だから際どいが嘘はついてない方がいい……はずだ。

 

「……………」

 

「……信じるかどうかはそちらに任せる」

 

 腕を組んで仁王立ち。答えを待つ。

 少し考えるそぶりをしてから、ぷいっと簪さんはそっぽを向いた。

 

「……信じるも信じないも、元より参加する必要がない。私がいなくても、誰も困らない……」

 

 そう言って簪さんは整備室へと早歩きで戻っていった。

 ……こりゃ、一夏がやるより厳しいんじゃないか?




 簪が登場。颯斗との関係は全然よくありませんが。
 怒る理由がないですもん。はたかれもしないから脈アリかどうかも判別不能です。まあこれが普通だね!
 そしていつの間にやら颯斗が残念な耐性を持つようになってしまってる件。相手が楯無さんだもん、仕方ないね。でもそれだけスキンシップを受けてきたということに。颯斗もげろ。


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第十六話 執事姿の学園祭前編

 感想にて指摘があったため、タイトルを変更しました。タグも一つ追加。
 案外、このタイトルの方がしっくりくるかも。


「……はぁー」

 

「どうしたの、颯斗くん。今日が学園祭なんだから、シャキッとしなさい」

 

 自室で朝から早速ため息が漏れる。それに対して楯無さんから咎められた。

 楯無さんの言う通り、今日は学園祭の当日だ。一般開放はないので花火は上がらないが、大抵の女子は昨日からテンションが鰻登りだったと記憶している。

 しかしため息を漏らす理由が俺にはあった。

 

「その……すいません、楯無さん。結局、説得ができないままこの日になっちゃって……」

 

「ああ……そのことだったの」

 

 ため息の理由を察した楯無さんは申し訳なさそうな顔をした。

 結局、簪さんを説得するはできなかった。何かと理由をつけて接触し、説得を試みたものの、これといった手応えは掴めなかった。確か簪さんからはたかれたたら脈ありみたいな話が原作であったと思うが、それすらなかった辺り、俺には無理だったのかなと思えてしまう。

 

「ううん、気にしないで。……それに、そこまで頑固でいられるのって、寧ろ褒めるべきことだと思うの」

 

「ですけど……」

 

 楯無さんはああは言ってるが、内心では簪さんに学園祭に参加して欲しかったと思っていることだろう。

 実は、楯無さんが簪さんを説得しようとしていたところを俺は見ている。その時は二人の邪魔にならないよう影から見守っていたが、関係が良くないことがよく見てとれた。だから、楯無さんは俺に望みをかけていたに違いないのだが……

 

「こーら、颯斗くん」

 

 ペチッと畳まれた扇子で叩かれ、我に返る。

 

「そんな顔じゃ学園祭を楽しめないし、お客さんも気になっちゃうわよ。笑顔笑顔」

 

「……そうですね」

 

 ふぅっ、と少し強めに息を吐き、努めて笑顔……というか、いつもの表情に戻る。

 

「じゃ、学園祭、楽しみましょ?」

 

「はい」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一年一組のご奉仕喫茶は、まあ執事二人が引っ張りだこな状態であった。

 特に一夏の方が人気のようで、割と俺は余裕だった。一夏の指名が入ったり一夏の順番待ちを訊かれる度にイライラする女子が四人ほどいるのが気になるが仕方がない。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。さあ、こちらへどうぞ」

 

「おー、お嬢様って言われるのも悪くはねーかもな」

 

「……って、アトラスさん? なぜここに……」

 

 お嬢様はアトラスさんだった。

 

「ん? なんでって、そりゃIS学園の男子が執事になってると聞いたら、行かない理由はないだろ?」

 

「そういうものですか」

 

「それよりほら、案内しろよ」

 

「……かしこまりました。こちらでございます」

 

 アトラスさんを空いてる席へと案内する。

 

「お嬢様、本日はどなたをご指名なさいますか?」

 

「んー、一夏は想像以上に引っ張りだこみてえだな。じゃあお前で」

 

「かしこまりました。ご指名ありがとうございます」

 

 指名が俺なので、そのままメニューを持ってお見せする。

 

「ご注文はいかがなさいますか? お嬢様」

 

「執事にご褒美セット一つな」

 

 ……このお嬢様、すでに誰かから聞いてらっしゃるのではなかろうか。メニュー見てなかったし、いたずら心なのかニヤニヤしてるし。

 だが嫌だと言う訳には当然いかないので、我慢しつつ営業スマイルを浮かべる。

 

「執事にご褒美セットがお一つですね。かしこまりました」

 

 復唱してブローチ型マイクからキッチンにオーダーを通し、一礼をしてアトラスさんの前から立ち去る。

 はいどうぞ、と渡されるアイスハーブティーと冷やしたポッキーのセットを受け取り、遅すぎず速すぎずの速さでアトラスさんの元へと戻る。

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

「おう。まあ座れよ」

 

「では、失礼します。このセットのご説明を――」

 

「ああ、別にいいぞ。もう聞いてあるから」

 

「さ、左様でございますか」

 

 やっぱり聞いていたよこの人。確信犯だよ。

 アトラスさんはポッキーを一本手に取り、こちらへと先端を向ける。その表情は、実に楽しそうなものだった。

 

「ほれ、あーん」

 

「では……あーん」

 

 ポッキーをくわえ、パキリと咀嚼する。冷えたポッキーは本当にうまいのだが、何回も食べるとさすがに飽きがくる。ポッキー以外も用意してもらえばよかったかな……でもそれだと費用がかさむか。

 

「とても美味でございます」

 

「おお。確かにな」

 

 言いながらパキパキとポッキーを食っていくアトラスさん。別にいいどころかこちらが恥ずかしい思いしないからありがたいんだが、これ相手に食べさせるというメニューだってわかってるんだよね?

 結局残るポッキーを全て自分で食べ、アイスティーも飲み終えたアトラスさんはもう十分といった感じで立ち上がった。

 

「後輩の催し物を軽く見て回るつもりで来たんだし、ここはさっさと次の客に渡すわ」

 

 そう言ってアトラスさんは勘定を払って行った。

 

「はーい。楯無さん参上!」

 

「どっから湧いてきたんですか」

 

 いつの間にかメイド姿の楯無さんが現れていた。

 

「人を虫みたいに言わないの。ほら、颯斗くん第四テーブルに指名入っているわよ?」

 

「……了解です」

 

 それから新聞部エースの黛薫子さんが来て写真撮影会があったのだが、一夏と箒の後に俺も写真に写ることになった。

 まず、楯無さん。

 

「いえい♪ ほら颯斗くんも!」

 

「はあ」

 

「うーん、ノリが悪いなぁ。じゃあラウラちゃんみたいにお姫様抱っこしてもらおっかな?」

 

「なんでそうなるんですか……」

 

「ほらほら、おねーさんを抱っこしなさい」

 

「はいはい。……よっと」

 

「おっと。……颯斗くん、結構力持ちね」

 

「女の子ぐらいならなんとかいけますよっ……とと」

 

「あの……傘霧くん、大丈夫?」

 

「そう思うなら、早く撮ってくださいっ……!」

 

 次に、一夏。

 

「男同士で写真映えってするのか?」

 

「さあ……?」

 

「何言ってるの。ここは執事が売りなんだから撮っておかないと。……織斑くんが攻めの構図ができるかそれとも逆か」

 

「ん? なんだって?」

 

「あ、そういうことならやっぱ結構です」

 

「や、ごめん。冗談だから。だから一枚は撮らせて!」

 

 それから一夏は楯無さんの計らいで一時休憩を取ることになった。……あれ、俺は?

 

「さすがに男子二人も休みにはできないわ。この喫茶は執事が売りなんだし」

 

「ですよねー」

 

 しばらくは休めなさそうだ。

 それから一夏が来るまでは一夏の分まで引っ張りだこになった。目が回るかと思った。

 

 一夏が戻ってきてからさらに一時間後(楯無さんは一夏が戻る前にいなくなってた)、やっと忙しさから一時解放された。

 

「あー、疲れた」

 

「お疲れ様、かっきー」

 

 そう労うのはのほほんさんである。

 

「そういや、生徒会の催し物……観客参加型シンデレラだっけ? 俺達生徒会がその準備に行かなくていいのか?」

 

 一夏と他四人には聞こえないように尋ねる。

 一夏を王子様役(一夏の了承なし)として、景品付きの王冠を女子が奪い合うという感じのシンデレラ。景品は『指定した一日だけ一夏のことを好きにできる権利』。一夏と同室同居の権利ではないのは、今一夏と相部屋なのが楯無さんではなくアトラスさんだからだろうか。

 

「問題ないよ〜。たっちゃんさんがね〜、ちゃんとやってくれてるから〜」

 

 まあ、あの人なら大丈夫だって思えるわな。

 しかし生徒会の役割は他にもある。例えば校内パトロール。学園祭当日である今日、虚さんがゲート前で監視しているとは言え、招待客に紛れてよからぬ者が入っていたり、ひょっとしたら校内でトラブルが起きてるかもしれない。虚さんがゲート前の管理、楯無さんが催し物の準備となると、校内を見回っている生徒会はいないことになる。ちょうどこれから一時間ほど喫茶は立て直しのため休憩取れるみたいだし。

 

「のほほんさんや、校内パトロールに行くか」

 

「わーい! かっきーと学園祭デートだ〜!」

 

「ええ!? それホント!?」

 

 のほほんさんの言葉に女子が反応する。が、俺はにっこりとした笑みで一言。

 

「一時間で校内を見回る分、催し物には参加しないぞ?」

 

「オワタ」

 

 きりさく(論理)は急所に当たったようだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一時間という制限時間のため、教室内も本当にサッと見て次に進む。

 

「かっきー待ってよ〜。これじゃあ学園祭デートにならないよ〜」

 

「元からそのつもりないからな。のほほんさんも特にそういうつもりではないんだろ?」

 

「バレちゃった。でも〜、それは敢えて言わないべきだと思うな〜」

 

「知らん」

 

 危険物、不審物、不審者、トラブルなどがないか見ていきながら校内を歩く。できればもっと早足にしたいところだが、のほほんさんの速度がゆっくりなため、それに合わせなければならない。

 

「まあ虚さんがゲートで見張ってるんだから、まず不審者が入ることがそうそうないか」

 

「その通りだよ〜。だからあのたこ焼きを……」

 

「だがトラブルが起きないとは限らないからな。パトロールは続けるぞ」

 

「がーん!」

 

 なんか、楯無さんへの対応の仕方が影響してきてるかな。女子に対しては適当に言って終わらせてることが多くなってきた。

 

「ったく、ほら」

 

「へ?」

 

 いつまでもショックを受けたように固まっているのほほんさんにドーナツを差し出した。先ほど入ったドーナツ研究会の催し物であるドーナツ試食会にあったものだ。

 

「こぼすなよ?」

 

「ありがと〜かっきー!」

 

 満面の笑みになったのほほんさんはドーナツを受け取って一心不乱に食べ始めた。

 その様子を見て呆れながら、再び歩き始める。……前方不注意で誰かとぶつかってしまう。

 

「あっと、すいません」

 

「……………」

 

 謝ってから相手を確認すると、ぶつかったのは小柄な女の子だった。幼さがある顔と背丈から見た目年齢は小学校高学年から中学一年といったぐらいか。黒い服に加えて瞳や髪の色も黒い。

 そんな少女はジッとこちらを見つめていた。怒ってる様子ではないみたいだが……。

 

「あ、あの……?」

 

「……………」

 

 声をかけてみるが、少女は無言のまま立ち去っていった。……なんだったんだ?

 

「どうしたの、かっきー?」

 

「……いや、何でもない。パトロール続けるぞ」

 

「うい!」

 

 気を取り直して校内の見回りを再開する。

 そういやあの子……迷子だったりしてたのかな? ここ案内も少ないから慣れてないと迷いやすいし。

 

 この時ちゃんと原作知識を意識していれば、あの子の正体を感づくこともできたのかもしれなかったが……学園祭の雰囲気に浮かれていた上に原作でこれから起きることを忘れていた俺にはそれができなかった。




 原作を忘れちゃってる主人公。簪の説得ミッションに失敗し、パトロールしていながらも敵を見逃していると、ダメダメな颯斗です。大丈夫なのかこんな主人公で。
 学園祭はあと二話、それにもう一話加えて第五巻は終わりにする予定です。この小説が本気を出し始めるのは六巻、七巻ぐらいからかなー? と思いながらサクサクと(しすぎてるかも? な)話を書いていきます。次回は中編です。


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第十七話 襲撃の学園祭中編

 中編は二本立てです。こちらはいつもの颯斗視点。
 相変わらず戦闘描写がうまいとは言えない作者のクオリティです。戦闘描写っていうか、文章力全般。


 少し時間がかかりながらも見回りを終えて戻ると、一夏やメイド四人がいなかった。

 

「ああ、傘霧くん。ついさっき生徒会長が来てね、織斑くんや専用機持ちみんなを連れて行っちゃったのよ」

 

 そう状況を説明してくれたのはしっかり者として定評がある鷹月さん。

 ……ああ、もうシンデレラが始まるのか。

 

「じゃあもうしばらく休みにしようぜ。どうせ生徒のほとんどは生徒会の催し物に集中してるだろ」

 

「え、そうなの?」

 

「おう。楯無さんからは聞いてなかったのか? 一夏達が向かった生徒会主催のシンデレラ、王子様役の一夏の王冠を手に入れた人は一日だけ一夏を好きにできるんだぞ」

 

「……えええええっ!!?」

 

 事情を知ってるのほほんさん以外の全員が食いついた。

 

「え、それホント!?」

 

「織斑くんを一日好きにできるって、あんなことやこんなこともできるの!?」

 

「こうしちゃいられないわ! 今からでも間に合うかな!? 間に合うよね!?」

 

 みんな口々に騒ぎ立て、バタバタと教室から出て行った。……残ったのは俺とのほほんさんのみ。

 

「のほほんさんも、改めて校内見て回ったら? てか、シンデレラに参加したら?」

 

「うん、そうする〜」

 

 のほほんさんもゆっくりペースで教室を後にする。これで残るは俺一人。さて、どうするかな……。

 

(ああ、そうだ。簪さんの様子を見てみるか。整備室に籠もってるみたいなら、もう一度誘ってみるかな)

 

 他にやることもない俺は、これ名案と思って教室を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 やはり予想通りに簪さんは四組にはいなかった。

 整備室に入り、軽く見回すと、案の定簪さんの姿があった。

 

「簪さん」

 

「……。……何?」

 

 簪さんは作業の手を止めずに尋ねてきた。簪さんの目の前には制作途中のIS『打鉄弐式』の姿がある。

 

「簪さん、学園祭に参加してくれてるかなーって思ったんだけど……その様子じゃあずっとここにいたみたいだな」

 

「……用件は?」

 

「俺、これから校内を見て回るんだけどさ、よかったら一緒に行かないか? 作業の合間の息抜きと思って」

 

「……必要、ない」

 

「そうは言わずにさ。こうした今までの勧誘の分も含めて、遅れた分は俺が手伝うから」

 

「準備に参加してもいない私に、今更学園祭に参加する資格なんて、ない」

 

「そんなこともないって――」

 

 そう言いかけた時だ。整備室の扉が開く音がした。

 この日に整備室に訪れる理由など簪さん以外は皆無に等しいため俺は勿論、簪さんも何事かと扉の方に顔を向ける。

 

「君は……」

 

 入ってきたその人は、見知った顔だった。

 その人は、校内パトロール中にぶつかった黒服黒髪の女の子だった。幼くあどけなさを宿した瞳が俺に向いている。

 

「……どうしたんだ? 迷子になったのか?」

 

 とりあえず俺は女の子から事情を訊くため彼女の元へと近寄る。簪さんは相手を見て、俺が対応に向かったのを確認したらすぐに作業に戻った。

 しかし次に少女から発せられた言葉に、俺は反応が一歩遅れた。

 

「対象捕捉。IS捕獲のため戦闘行動を開始します」

 

「――え?」

 

 意味がわからず、思考が一瞬停止する。

 その一瞬の隙に、少女の後ろから現れた銀色の『何か』が俺にぶつかり、俺を吹き飛ばした。

 

「ぐはっ!?」

 

「っ!? な、何?」

 

 突然の音に状況を見てなかった簪さんは驚いて顔をこちらに向けてくる。

 突然襲ってきた二体の『何か』――よく見ると、どちらも魚と蛇の中間のような姿をしていた。巨大な目のような模様もある――は、再び俺に襲いかかってくる。

 

「っ、エックス!」

 

 瞬時にエックスを展開し、連射弾でそれらを撃ち抜く。すると、銀色のそれらは液状となって辺りに飛散した。模様だと思っていた目玉の形だが、そういう形状の核らしい。こいつは……

 

「こいつは、ISの特殊兵器だな……誰だ!?」

 

「……………」

 

 この攻撃を仕掛けた少女を睨むと、少女は姿を豹変させた。

 ダークカラーの装甲に包まれ、トゲのような形状に目玉のような紅いラインが入った翼が二対生える。先ほど迎撃した液体金属は目玉型の核の元に集まり、元通りの姿になって少女の元へと戻った。

 

亡国機業(ファントム・タスク)構成員……アフール」

 

「亡国機業……!」

 

 少女――アフールが口にした言葉によって、ようやく原作のことを思い出す。

 何やってんだ俺……せっかくの知識を忘れてどうするんだよ。アトラスさんみたいに原作にはない生徒がいるんだ、敵にもいて当然だ。加えて、敵の目的がISを奪うことなら、最も奪いやすいのは俺で、俺を狙うのも当然じゃないか……!

 よく見れば、相手のISも何かに似ていた。確か、ロクゼロのエルピス第二形態。それによく似ている。あの液体金属の怪物も、色や細部の形状は違えどよく似たようなものがエルピスの周りを飛んでいたっけ。

 

「『エルフ』」

 

 アフールはそれだけ言う。『エルフ』と呼ばれた液状金属の怪物の一体が襲いかかってくる。

 

「ちっ……!」

 

 両手のレンズを散弾型に変更。散弾を撃って吹き飛ばすが、液体金属はすぐに元の形に戻り、尻尾を俺に叩きつけた。

 

「ぐあっ!」

 

 まずい。何がまずいって、まず場所が狭い。整備室自体は広いには広いが、IS戦を行うには狭い。限定空間ではエックスの機動力が殺される。それだけならまだしも、こちらには簪さんと簪さんのISがある。それらを守りながらというのははっきり言って絶望的だ。まずは彼女を避難させなくては。

 

「簪さん、今すぐここから逃げろ! ISを待機状態にしてここを出るんだ!」

 

「だ、ダメ……私のIS、まだ待機状態に、できない……!」

 

「なら、せめて簪さんだけでも……!」

 

「……逃走の計画を確認。逃走経路を遮断」

 

 アフールはそう言うと控えていたエルフを唯一の出入り口である扉へと張り付かせ、壁となって退路を塞いだ。……つーか、そんなこともできるのかよ!?

 

「ちっ、簪さんは下がってろ!」

 

 俺はそう指示して、アフールへと突貫する。

 装甲の薄いエックスでは長期戦は向かない。ただでさえ空間的にこちらが不利な上、周辺被害を考えると使えるレンズが限られる。とにかく短期決着でどうにかするしかない。

 アフールの眼前に両手を突き出す。だがそれと同時に、エルフが割り込んできて盾の形状に変化した。

 ガァンッ! という衝突音。両手から発射された散弾によって液体金属は四散したが、アフールまでには届かない。

 しかしそれは想定済み。両手をさらに伸ばし、アフールとの距離をゼロにする。

 

「食らえ!」

 

 ゼロ距離での散弾発射。直撃した。手応えもちゃんとある。

 だがアフールは、前方への加速と絶対防御によって強引にその場に留まり、俺の攻撃の間に構成した液体金属の剣で俺を斬りつけた。

 

「くっ――!?」

 

 剣を掠めた皮膚が裂け、鮮血が散った。

 これは――防御貫通攻撃。アフールがその技術を持っているのか、アフールの使うISがそれができる攻撃力を有しているのか、とにかく相手には絶対防御を貫通させて直接攻撃ができていた。

 

「くそっ!」

 

 俺もプラズマブレードをコールして応戦する。が、液体金属である相手の剣はこちらの剣を容易くすり抜け、俺に斬りかかり、追い詰めていく。そしてIS整備用の台座まで追い込まれた。

 

(しかも、台座にあるのって――!)

 

 後ろにあるものに気づいた俺は、ランス状に変形したエルフによる攻撃を受け、結果、左肩を貫かれた。

 ベキッ、という嫌な音。そして一瞬遅れてやってくる激痛。

 

「ぐ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

「《隔離剤(リムーバー)》、起動開始」

 

「――っ!?」

 

 アフールがエックスに取り付けた装置によってエックスが引き剥がされる。そうして引き剥がされたエックスのコアはアフールの手中に収まり、俺はISスーツのみの生身となる。

 ISを奪った俺に用はないのか、アフールはランス状のエルフを振るって俺を放り投げた。

 

「がはっ……!」

 

「か、傘霧くん……!」

 

 様子を見ていたのか、簪さんが物陰から飛び出してきた。

 

「馬鹿、来るな!」

 

「え……」

 

 俺の一喝で簪さんの足が止まる。が、もう捕捉されてしまった。

 

「対象外操縦者確認、対処不明……排除した後にISを奪取します」

 

 アフールはそう言って、一度解いていたエルフを再びランス状に変化させて簪さんに向ける。

 

(動け……動け俺の身体!)

 

 激痛を無視して走り、呆然と立ち尽くす簪を全力で突き飛ばす。

 

 そうしてアフールの矛先に立った俺は、脇腹を貫かれた。

 

「あ……あぁ……っ」

 

「……おい、てめぇ……無防備な簪を襲うとはどういうつもりだコラ」

 

 ようやく状況を理解して声を震わせる簪を余所目に、攻撃を仕掛けたアフールを睨みつける。

 貫かれた腹から流れ出る血が、足元に赤い水溜まりを作り始めている。

 

「ふざけたことやってると……ぶっ飛ばすぞ……!」

 

 未だに無表情のままのアフールに殺意も覚えながら、右手に意識を集中させる。

 ……思い出せ。記憶を呼び起こせ。リムーバーによって引き離されたISには耐性ができる。その耐性によって、離れていても呼び出すことができるようになるはずだ。

 イメージしろ。俺のISを。青く、何より速い翼を……!

 

「戻ってこい……エックス!」

 

「……!?」

 

 光に包まれ、エックスの装甲と装備を纏った俺は、驚くアフールの顔面を掴んで壁まで押し込む。未だに体に刺さったままのランスが身体を抉りとるような激痛を与えてくるが、知ったこっちゃない。

 壁に押し付け、すでにレンズの切り替えとチャージが完了されている集束弾を叩き込んだ。反撃が来ない内に後ろへと下がる。

 

「ぐっ……」

 

「傘霧くん!」

 

 今度こそ簪がそばに駆け寄ってくる。彼女の目には涙が浮かんでいた。

 

「どうして……どうして、私や、私のISを庇って、こんな……こんなっ……!」

 

 ……実は先ほどの台座には簪のIS、打鉄弐式があった。左肩を貫いた攻撃は避けようと思えば避けれたが、その場合打鉄弐式が破壊されていたかもしれなかった。

 

「……一々、理由なんか、考えてられっかよ」

 

「え……」

 

「簪や簪のISを守りたいと思ったからそうした。それだけだ……」

 

 ズキズキと痛む脇腹を押さえ、立ち直るアフールを睨む。ゼロ距離で集束弾を直撃させたものの、まだ決定打には至っていない。

 どうする? どうすればいい? 左腕は使えない、レンズも制限されてる、簪やISも守らなきゃならない。この状況でどう動けば奴に勝てるんだ……!?

 

「……リムーバーによる奪取失敗。対象を排除し、ISを強奪する作戦へと移行します」

 

(くっ……!)

 

 打開策が全然浮かばない。いよいよ焦りが頂点に達しかけたその時、整備室の出入り口の方で盛大に何かが破壊される音が響いた。

 エルフによって塞がれていたはずの扉。そこには、

 

「楯無さん参上! ……ごめん颯斗くん、こっちに駆けつけるのに少し時間がかかったわ」

 

 少し息が上がっている楯無さんが、エルフの核が突き刺さったランスを片手に立っていた。

 楯無さんの言ってることは、まあ妥当だった。体育館からここまで結構な距離なんだから。

 けど、助かった。ようやく助けがきた。

 

「……対象外操縦者、さらに一名確認。排除します」

 

「へえ、私を排除するですって? 心意気はいいわね。でも――」

 

 そこまで言った次の瞬間、部分展開だったミステリアス・レイディは完全展開に変わり、同時にアフールへと斬り込んでいた。

 あまりに一瞬のことに、俺と簪さんは勿論、攻撃を防いだのにアフールも驚いている。

 

「私のかわいい妹を襲って、お気に入りである颯斗くんを傷つけたお礼、たっぷりしてあげるわよ?」

 

 そう言う楯無さんの瞳は、絶対零度を感じさせた。

 

「……!」

 

 アフールも身の危険を感じたのか距離を取り、さらにエルフを蛇型にして楯無さんに襲わせる。

 だが楯無さんはランスに内蔵されたガトリングを連射し、エルフ諸共アフールを正確に撃ち抜いた。

 

「くっ――!」

 

 アフールは無事だったエルフの核を手元に手繰り寄せ、それを中心に液体金属の剣を作り出し、楯無さんに斬りかかる。

 

「無駄よ」

 

 が、それはアクア・ナノマシンのヴェールに阻まれ、しまいにはアクア・ナノマシンが剣を包み込み、防がれると同時に剣がその場に固定された。

 

「ギリシャ第三世代試作型のISね。特殊機能として液体金属を特殊なAIコアが制御して攻撃にも防御にも使用できる。けれど、その液体金属はコアを中心に構成しなければならず、コアがなければ操作自体が不可能になる。加えて初期型であるそのISにはそのAIコア二つしか装備は存在しない。内一つは破壊されて使い物にならず、生きているもう一つも捕らわれて動けない……さあ、どうするのかしら?」

 

 もはや詰みの状況だった。武装が無力化された今、アフールに攻撃手段がない。

 

「……!」

 

「あら」

 

 アフールは剣を手放し、逃走を開始した。

 だが、逃げられる訳がなかった。なぜなら、最速がいるのだから。

 

「逃げんなコラ!」

 

 整備室を出られる直前に追いつき、俺が右手でとっつかまえる。それでもアフールは逃げようとするためレンズを変え、拘束リングで動きを封じる。

 これで詰みも完了したかと思われた。が、アフールは驚きの行動に出た。

 

 アフールが拘束されたISを乗り捨てたのである。

 

「は!?」

 

 ISを自爆させる訳でもなく、ただ乗り捨てるという行為に驚きながらもすぐにアフールを捕まえようとするが、その前に彼女自身の携行品であろう閃光弾が炸裂して俺も楯無さんも怯んでしまう。その隙にアフールは整備室から飛び出していった。

 

「待ちやがれ!」

 

「ダメよ颯斗くん。無理に動いたら傷に障る」

 

「っ!? お、おぉぉおぉ……っ!!」

 

 怪我した左肩を掴まれたことで激痛が走り、悶える。楯無さん、俺を止めるためとは言え、(おそらくわざと)怪我した部分を掴むとはいかがなものか。

 

「他の専用機持ちがあの子を追いかけるから、あなたは手当てが先。乗り捨てられたISが自爆する様子はないけれど、念のため私が様子を見るから……簪ちゃん! 颯斗くんを医療室に連れて行ってくれる?」

 

「……わかった」

 

 それから簪さんに支えられて医療室へと向かった。道中奇跡的に誰とも会わなかったが、激痛に耐えるので精一杯でそんなこと気にしている余裕がなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ISを乗り捨てて逃亡したアフールは、IS学園の敷地内を走っていた。

 颯斗のISを強奪する計画は失敗。それをどう謝ろうかとアフールは思案しながら走りつづける。目指す場所は仲間との合流地点、IS学園裏の森の中。

 森の中を走りつづけると、アフールの目の前を紅いISとネイビーカラーのISが遮った。箒とシャルロットである。

 

「……!?」

 

「お前が、一夏と颯斗を狙っていた組織の者だな」

 

「君がいる組織が一体何なのか、話してもらうよ」

 

 窮地に追い込まれ、アフールになすすべがなくなる。

 しかし、そこにアフールの知る声がかかった。

 

「それは困りますねぇ。我々は秘密組織なので、明るみに出る訳にはいかないのですよ」

 

「「!?」」

 

 二人が振り返ると、そこには一人の男性がいた。

 肩まで伸ばした薄紫の髪と、すらりとした高い背丈が特徴の人物で、白い燕尾服を着こなしている。そんな彼は箒とシャルロットを相手に目を細め、ニコニコと笑顔を向けていた。

 

「誰だ!」

 

「そうですねぇ。敵に名前を明かす訳にはいかないので、その子のお仲間とだけ申しましょうか。後、男性であることも明かしましょう」

 

「……何のつもり? IS相手に、張り合えるとでも言うの?」

 

「まさか。絶対的兵器であるISに立ち向かうなどとんでもない」

 

 男はそう言うが、ニコニコとした笑みを絶やさない。

 しかしその男は次第に背景へと溶けていき……

 

「さあ、アフール。帰りますよ」

 

「……!?」

 

 いつの間にか、男はアフールの手を取っていた。

 

「い、いつの間に!?」

 

「では皆さん、ごきげんよう」

 

「ま、待て!」

 

 すぐに捕らえようとするが、今度は男に加えてアフールも一緒に背景に溶けていき、二人の手はただ空を掴むだけで終わった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 箒とシャルロットから少し離れた地点。何もないそこからアフールと男が姿を現した。

 

「おや、もうエネルギー切れですか。さすがにISなしでは厳しいものですねぇ」

 

「……スマイル、それは?」

 

 アフールが尋ねる。スマイルと呼ばれた男は装置を見せながら答えた。

 

「空間湾曲を利用した迷彩機器ですよ。元々、以前の潜入先から拝借した設計資料に書かれていたもので、第三世代ISの特殊兵装だったのですが、ISが使えない私個人でも使えるよう改良してもらったんです」

 

 その分、バッテリーと持ち時間の問題が深刻ですがねぇ。とスマイルは付け足した。

 それでもスマイルは終始ニコニコとしていた。アフールも彼の表情には何も言わない。彼女自身、笑顔以外に彼の表情を見たことがない。

 笑顔(スマイル)。味方が窮地に晒された時でも、敵を翻弄する時でも、いかなる時でも常に変わらぬ笑みを浮かべ続けているのが彼である。

 

「ところで、アフール?」

 

「……何?」

 

「作戦が失敗することについてはエムは予想されていましたが、ご自身のISはどうなさいましたか? 緊急時のISパージをしたにしても、ISコアは持ち帰るよう言われませんでしたか?」

 

「……………。……………忘れてた」

 

 やや長い沈黙の後、ようやく返ってきた答えに、スマイルは笑顔のままやれやれと首を振った。

 

「そのような天然故に、あなたはアフールと呼ばれるようになられたのでは?」

 

「……ぷぅ」

 

 スマイルの指摘に、アフールは頬を膨らませた。

 アフール。時折彼女が起こす天然故のミスが馬鹿と言われるほどに深刻なため、馬鹿――a fool(ア フール)と呼ばれるようになったのであった。




 途中、一時的に颯斗は簪のことを呼び捨てにしてますが、そういう風に私が書いたんです。颯斗は無意識。第七巻の一夏みたいな感じ。

 敵側のオリキャラ、アフールとスマイル登場。本文の通り、名前の由来は馬鹿と笑顔です。
 なお、アフールのキャラに元ネタはありませんが、スマイルの方にはあります。
 薄紫の長い髪で、いつもニコニコ笑顔のロックマンキャラと言えば、ロックマンDASHの三等司政官ロックマン・ジュノ。そのうち胴体と首だけになるんでしょうか(笑)
 亡国機業のキャラの呼び名って、あれコードネームなのかな。犯罪組織だから本名を表に出す訳にはいかないだろうし、マドカ以外(スコールとオータム)の名前は英単語だし、マドカも仲間からはエムって呼ばれてるし、他の二次小説でも名前は英単語になってるし。とりあえずこの小説では、(少なくともアフールとスマイルは)呼び名はコードネームとさせていただきます。
 アフールの天然ミスによってただ乗り捨てられたエルピス第二形態モチーフのIS。哀れ。でも、ちゃんとそのうち出番は与えます。


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第十七・五話 もう一方の襲撃の学園祭中編

 第十七話は二本立てです。こちらは一夏視点。
 楯無さんが颯斗と簪の救援に向かったので書くことになりました。


 更衣室にて、少し前まで王子様役として何人ものシンデレラに追い回されていた一夏は、現在今までで最大のピンチに陥っていた。

 

「さっきのはなぁ! リムーバーっつうんだよ! ISを強制解除できるっつー秘密兵器だぜ? 生きてるうちに見れてよかったなあ!」

 

 蜘蛛のような装甲脚を持つIS『アラクネ』を操る襲撃者、オータムが使った装置によって一夏の白式が奪われたのである。

 ISを奪われた今、一夏には反撃どころか戦うことすらできない。

 

「じゃあな、ガキ。お前にはもう用はないから、ついでに殺してやるよ」

 

 オータムはそう言ってISの装甲脚を一夏に向ける。

 直後、ドカンッ! という大きな音が響いた。しかし音源はオータムではない。更衣室の出入り口だった。

 

「おーっす。一夏、無事か? ちゃんと生きてるならご褒美として美術部で貰ったあめ玉くれてやるぜ」

 

「アトラスさん!」

 

 この場にそぐわない呑気な言葉。破壊されたドアの前に立っているのはアトラスであった。

 

「てめぇ、どこから入りやがった?」

 

「見りゃわかるだろ? ドア蹴破ってきた」

 

「ハッ! ……まあいい。見られたからにはてめえも殺す!」

 

「! アトラスさん、逃げてください!」

 

「お、なかなかのヒロイン発言だな。こいつが敵として……俺がヒーローか?」

 

「何ごちゃごちゃ言ってやがる!」

 

 オータムの装甲脚がアトラスを刺殺せんと襲いかかる。しかしアトラスは余裕の笑みを崩さず、瞬時に自身のIS、ファーブニルの脚だけを部分展開して跳躍、空中でオータムを壁に蹴り飛ばし、さらにその反動で跳んで一夏の目の前に着地した。

 

「ほらよ一夏」

 

「んぐ!?」

 

「ちゃんと生きてたご褒美だ」

 

 しゃがんだアトラスがあめ玉を取り出すとそれを一夏の口の中に押し込む。いきなりのことに一夏が驚くが、アトラスはその様子が面白いようで笑っていた。

 

「とりあえず、さらっと状況教えてくれ」

 

「……あいつはオータムと言って、亡国機業って組織の構成員だと名乗ってました。それと、リムーバーって装置で、俺のISが奪われて……!」

 

「ああ、あいつの手の中にあるISコアがそれだな? じゃあここは俺に任せて、一夏は願うなりなんなりしてな」

 

 よっと、とアトラスは立ち上がる。それと同時に、蹴り飛ばされていたオータムも立ち上がっていた。

 

「てめぇ……殺す!」

 

「殺すしか言えねえのか? ちったあ言葉を考えねえと、三下になっちまうぞ」

 

「なめんな! 死ね!」

 

 八つの装甲脚と二本の腕で襲いかかるオータム。それに対してアトラスは脚部の部分展開とハイパーセンサーだけで、オータムの攻撃を全てかわしていた。

 

「攻撃が荒いぞ? そんなんじゃあ簡単に避けられるぜ」

 

「くそっ! 何なんだよてめぇはよぉ!!」

 

「元学園最強」

 

 言って、アトラスの素早いローキック。装甲脚八本全てが一気に刈り取られ、オータムの身体が宙に浮くと同時に傾く。

 

「なあ!?」

 

「遅いぜ」

 

「がっ!!」

 

 いつの間にか展開していたガントレットナックルで頭を掴まれ、オータムは床に叩きつけられる。

 ヒュウ♪ と軽く口笛を吹いてアトラスは少し距離を取る。その口笛の音が挑発しているようで、オータムの神経を逆撫でした。

 

「ガキが……調子づくなあ!!」

 

 オータムは背中の装甲脚を射撃モードに切り替え、アトラスを狙い連射する。

 

「おっとと」

 

 部分展開でしかないアトラスはロッカーを飛び越え、弾幕を回避する。

 

「逃がすかぁ!」

 

 オータムはロッカーを蹴り倒して突き進み、アトラスを追いかける。

 しかし装甲脚の射撃や格闘攻撃、途中から抜いたカタールによる攻撃も、全てやり過ごされ、それどころか反撃を受ける。オータムが攻撃を苛烈にしていくたびにアトラスはISの展開部分を増やしているが、それも馬鹿にしているようでオータムの苛立ちを加速させていった。

 

「何なんだよ、てめぇは!?」

 

「何度も言わせんな、めんどくせえ」

 

 アトラスはしれっとそう言い、サマーソルトキックで装甲脚を弾く。

 しかしアトラスが後ろに下がろうとしたところで、後ろが壁であることに気がついた。

 

「およ」

 

「もらった!」

 

 アトラスが見せた隙に、オータムは練り込んでおいた蜘蛛の糸を放出、アトラスを捕らえる。

 

「へへ……さあ、追い詰めたぜ……!」

 

 上がった息を整えながら、装甲脚をアトラスに向けてゆっくりと、正面から近づく。

 二人の戦闘に追いついた一夏が横から叫ぶ。

 

「アトラスさん!」

 

「心配すんなって。俺はまだ、主力武器を出してねえんだぜ?」

 

「余裕ぶってんじゃねえ! 動けねえ腕で何ができる!」

 

 オータムが吼える。だがアトラスは余裕でいた。

 なぜなら、勝利を確信しているから。少なくとも、相手が真正面にいる限り(・・・・・・・・・・・)

 

「ところでお前、そんな立ち位置で大丈夫なのか?」

 

「あ? 何言ってやがる?」

 

「だってよ、お前の立ってる場所――」

 

 

 

 

 

 ――ガッツリ射線のど真ん中だぜ?

 

 その言葉と共に展開される、ファーブニルの主力である肩装備、四つの実弾砲、クアッドブラスター。

 

「!?」

 

 ギクリとするオータム。だがもう遅い。四つの砲門は標準がすでに定まり、弾丸はそもそも自動装填。後は気の済むまで撃つだけだ。

 次の瞬間、オータムは爆破の嵐に飲み込まれた。

 飲まれたら最後、何もかも破壊しつくす榴弾の一斉射撃。装甲脚も腰部装甲も武装も何もかも、オータムのISの全てを砕いていく。

 しかしアトラスは途中でその一斉射撃を止めた。弾切れではない。アラクネは大ダメージを負ったがまだ再起不能という訳でもない。

 ならなぜか? トドメは彼に譲るためだ。

 

「じゃ、一夏。最後はビシッと決めてくれよ?」

 

「――来い、白式!」

 

 右腕を掴み、意識を集中する一夏。彼は光に包まれた次の瞬間には、一夏は奪われたはずの白式を纏っていた。

 

「なぁっ!? て、てめぇ、一体どうやって――」

 

「知るか! 食らえ!!」

 

 雪片弐型の斬撃で残った装甲脚を切り裂き、さらに加速を乗せた蹴りでオータムを壁へと吹き飛ばす。

 

「ぐぇっ!!」

 

 その衝撃で壁が崩れ、壁の向こう側が見えた。

 

「! 一夏、確保急げ!」

 

「は、はい!」

 

「くそ、ここまでか……!」

 

 オータムがISの装甲をパージした。パージされたISは光を放ち始める。

 

「ちっ!」

 

 アトラスはすぐに一夏に追いついて彼の首根っこを掴んで引き寄せ、クアッドブラスターの榴弾をISの手前に発射。榴弾の爆風と発射の反動で一夏と共に素早く後方へと退避することでISの自爆の直撃から逃れ、事なきを得た。

 

「……ふぅ。危機一髪ってところか」

 

「は、はい。……あの、ア、アトラスさん?」

 

「あん?」

 

「そ、そろそろ、離してもらえると、嬉しいのですが……」

 

 アトラスが一夏を引き寄せる際、一夏を抱きしめるような状態になり、現在もその態勢から変わっていない。

 つまるところ一夏は現在、アトラスの豊満な胸に埋められている状態であった。

 「ほう?」とアトラスは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「一夏はやっぱ、こういう胸が好きなのか?」

 

「い、いや! そういうことじゃなくて!」

 

「そうなのか? ってぇことは、貧乳派か?」

 

「だから、そういう問題じゃありません!」

 

「ああそうか、つまり脚フェチか」

 

「話聞いてます!?」

 

「はははっ、やっぱお前面白いな」

 

 アトラスはカラカラと笑いながら一夏を解放してやる。一方一夏は今し方までの戦闘の後にからかわれて、がっくりとうなだれていた。

 

「ところで一夏、これなーんだ?」

 

 アトラスはそう言って、オータムとの戦闘中に拾った『それ』を回して弄ぶ。

 

「……? 王冠、ですか?」

 

「そ。手に入れた人は指定した一日だけお前を好きにできるというナイスなアイテムだ」

 

「はあ!? なんですかそのルール……というか、それで女子があんな必死に!?」

 

「おう。俺が拾ったんで、権利も俺のもんな。いやー、この戦闘頑張った甲斐があったなー♪」

 

 嬉しそうに笑うアトラスに対して、一夏はもうどうにでもなれと言わんばかりに背中から倒れた。




 アトラスさんTUEEEEEEEEEEEE!!


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第十八話 簪さんと行く学園祭後編

 後日に一夏争奪戦の結果発表があったってことは、学園祭自体は問題なく終了できたんですよね?


 IS学園の医療室。

 貫かれた左肩と脇腹の傷の手当てはどうにか終わり、他の傷と一緒に包帯で巻かれていた。左腕は三角巾で動かないようにされている。

 

「ふぅ……大事に至らなくて助かったよ。今日は運がいい」

 

「……大事に、至ってる。左肩、骨折って……」

 

「ん? 骨が折れたぐらいだろ? あの時の感触からして砕けてもおかしくなかったかなーって思ってたから、そこは不幸中の幸いだよ」

 

 俺はそう簪さんに答える。

 今言ったように、左肩は骨折していた。しかし粉砕骨折にはなってない分、まだマシな方だと言えるだろう。脇腹貫通も、奇跡的に内臓はよけてたので本当に今回は運が味方したと言える。

 

「で、でも……傘霧くんが大怪我をしたのは、私のせいだから……………ご、ごめんなさい……っ」

 

「うーん……どちらかって言うと、こっちがごめんなさいなんだけどな」

 

「え……」

 

「相手は元から俺が狙いだったみたいだからな。あの時俺が整備室にいなかったら、簪さんが巻き込まれることがなかったんだよ。だから、巻き込ませて、怖い思いさせて、ごめん」

 

「ち、違う……! 傘霧くんが悪いことなんて……!」

 

「ところで、簪さんには怪我はないか?」

 

 このままだと平行線で雰囲気を悪くしそうなので、話を切り替える。

 

「え? ……う、うん。私は、大丈夫」

 

「そっか。簪さんが無事で良かった」

 

 身を挺して守ろうとしたのに守れなかったとかだったらカッコ悪い上に自己嫌悪に陥るところだったが、そういうことはなかったようだ。

 そのことに安堵して笑っていると、なぜか簪さんがぼーっとこちらを見つめていた。心なしか少し顔が赤い気がする。なんかぶつぶつ呟いているし……いやいや、この笑顔で落ちるなんてことはないだろ? 原作で一夏に落ちた理由は……あれ、確かピンチを助けた後の笑顔だったような。

 

「あ、あー……それにしても学園祭どうすっかなぁ。上着着て包帯隠すにしても、三角巾は目立つよなぁ」

 

「う、うん……」

 

 気まずさをどうにかするため話題を変えるが、簪さんの反応にしまったと心の中で呟く。よりにもよって簪さんをネガティブな思考に誘導してしまった。もっとまともな話題用意できなかったのかよ俺。

 なお、学園祭自体は予定通り続いている。俺が襲撃された整備室周辺は人通りがほとんどなかったため当事者以外には気づかれておらず、俺と同時に襲撃されたらしい一夏の方についてもうまく丸め込まれたらしい。派手なドンパチやらかした割には一夏は大した怪我してないし。……と、こちらの様子を見にきた楯無さんの話。

 それはそうとして、こうなったらいい感じの解決策を無理やりにでも考えつくしかない。要は、三角巾があってそれが目立つのがいけないんだから……

 

「……三角巾外すか?」

 

「だ、ダメ!」

 

 予想外に早く食いついてきた。

 

「そ、そんなことしたら、ダメ……腕と一緒に、肩も動いちゃう」

 

「そ、そうだな」

 

「仮に、動かさないようにしても……人とすれ違う時に肩をぶつけるかもしれない……」

 

「混雑してるからなー一部」

 

 主に一年一組だが。……ん、混雑?

 気になるワードから思考をして十秒後、ピコンと電球が光を灯した。

 

「そうだ、こうすれば三角巾あっても堂々と歩けるじゃないか」

 

「……?」

 

 首を傾げる簪さんに、ちょっと電話してくると断りを入れて立ち上がり、その場から少し離れる。そして携帯を取り出し、楯無さんに電話をかける。

 

『はいはーい、どうしたの颯斗くん。怪我は大丈夫?』

 

「ええ、大丈夫です。楯無さん、一つお願いしたいことが――」

 

 一分程度の電話を終えて俺は簪さんの元へと戻る。

 

「簪さん!」

 

「な、何?」

 

「学園祭見に行こうぜ!」

 

「へ?」

 

 簪さんのしばらくポカンとした表情が印象的だった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「お、颯斗じゃん。……って、どうしたんだその怪我?」

 

 簪さんを(半ば強引にだが)引き連れて一緒に校内を歩き始めると、一夏の親友である五反田弾に出くわした。そして彼の隣にいる人物も俺の知人だった。

 

「よ、弾。蘭も」

 

「どうも、颯斗さん。この度は学園祭に招待してくださってありがとうございます」

 

 その人物、五反田蘭はぺこりとお辞儀した。

 そうそう、生徒がそれぞれ一名だけ送れる招待券、俺は蘭に送ったんだった。だって、実家は割と地方で遠いし。ぶっちゃけここに親を呼んでどうしろと。というか執事姿で奉仕してるところを親に見られるとかどんな羞恥プレイだ。一応電話したけど前述の遠いという理由で断られたし。

 

「あー、いいって。こっちも渡す相手がいなかったからさ」

 

「で、もう一度訊くけどどうしたんだその怪我?」

 

「ああ、これはだな――」

 

 ピンポンパンポーン。ちょうどいいタイミングで校内放送が流れてきた。

 

『学園生徒及びご来校の皆様にご連絡致します。本日の学園祭では一部混雑しており、怪我人が出たとの報告が入っています。皆様も足元などに十分お気をつけの上、何かありましたら近くの教職員に声をかけてください。繰り返します――』

 

 放送局員による校内放送。俺はそれが流れるスピーカーから弾の方へと向き直り、右手の親指を立てて自身に向ける。

 

「実例」

 

「って、お前がその怪我人かよ!」

 

「怪我人を叩かない」

 

 弾のツッコミの手を当たる前に叩き落とす。蘭も、え〜……と呆れた顔をしている。

 実はこれが、楯無さんに頼んでやってもらったことであり、俺の名案である。つまり、怪我が目立つといけない理由であるなら、目立ってもいい理由にすり替えればいいじゃない。ってことである。

 

「颯斗さんのその怪我……具体的に何があってそうなったんですか」

 

「混雑で足元の確認が疎かになってな。階段踏み外して盛大に転げ落ちた」

 

「うわ、大丈夫なのかそれ」

 

「大丈夫じゃねーよ。骨折したんだから」

 

「それはご愁傷様で。で、隣にいる子は?」

 

「ああ、俺がその怪我をした時に助けてもらってな。お礼にこうして一緒に催し物見て回ってんだ」

 

「へ!?」

 

 俺のそのアドリブの説明を聞いて簪さんは肩を跳ね上げた。

 勝手に簪さんの説明をでっち上げたのは悪いかもしれないが、もう言ってしまった手前、これで押し通す。

 

「ま、そういう訳で、二人も怪我には気をつけろよ」

 

「おう。お前も気をつけろよ」

 

「では颯斗さん、お大事に」

 

 二人とは別れて、また簪さんと歩き出す。

 

「か、傘霧くん、待って……!」

 

 が、簪さんに呼び止められる。

 

「どうした?」

 

「その……いいの? 私なんかと、一緒で……」

 

「いいも何も、俺は元からそのつもりだったけど。……俺とじゃ嫌だったか?」

 

「そ、そんなこと……ない、けど……」

 

 首を横に振る簪さんの様子に、安心して笑顔を向ける。

 

「じゃあ一緒に見ていこうぜ。あんなことがあって俺は腕がこんなだし、簪さんも今日はもう整備室には立ち入れないだろうし。一人で回ってくより一緒に行った方が楽しいだろうしさ」

 

「う、うん」

 

「じゃ、何か気になるものがあれば遠慮なく言ってくれよ」

 

 簪さんの了承も得て、ゆっくり校内を見て回ることになった。

 

 

 

 料理部・お惣菜販売。

 

「おお、この肉じゃがうまいな」

 

「……傘霧くんは、料理するの?」

 

「いや、作れるものっつったらインスタント麺か適当にフライパンで焼くようなものばっかだな」

 

「そうなんだ。……あれ作ったら、食べてくれるかな……?」

 

「ん? なんか言った?」

 

「な、何でも、ない」

 

 

 

 アート部・作品展示。

 

「二次創作物もあるのか」

 

「あ……この絵のアニメ、知ってる」

 

「そうなんだ? 簪さん的にそのアニメは好きなのか?」

 

「うん、好き……」

 

「なるほどなー。……お、これは俺見たことあるな」

 

「あ、私も、それ見たことある……」

 

「そうなのか。共通で知ってるものがあるって嬉しいな」

 

「え? あ、う、うん。嬉しい……」

 

 

 

 書道部・書道体験コーナー。

 

「筆握るの、学校の授業以来だなぁ」

 

「……………」

 

「簪さんはどうなんだ……って、ぅわ、すげえ達筆」

 

「そんなことは、ないと思うけど……」

 

「その出来でそんなことないって言われたら、こっちのただでさえ少ない自信が蒸発する」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いや、謝る必要はないぞ?」

 

「そ、そう?」

 

(まあ、更識家は暗部であることを隠して普段は良家だって楯無さん言ってたからなあ。当然教育はしっかりしてるか)

 

 

 

 ファッションデザイン研究会・試着コーナー。

 

「こんな部があるとはな……さすが女子校、なのか?」

 

「か、傘霧くん……」

 

「……………お、おぉ」

 

「に、似合わない、かな……」

 

「いや、その逆で、その……す、素直に見とれてた」

 

「――ッ!?」

 

(あ、顔真っ赤になった。てか、俺も顔赤くなってはいないよな……?)

 

 

 

   ◇

 

 

 

 催し物を見て回っている内に時間も過ぎ、ついに学園祭も残すはキャンプファイヤーのみとなった。

 燃え盛る焚き火を少し離れた芝生から簪さんと座って眺めている。俺は胡座で、簪さんは右隣で体育座り。近くに他の人はいないので結構静かだった。

 

「大変なこともあったけど、なんとか学園祭は無事に終わりそうだな」

 

「うん……」

 

 んーっ……、と座ったまま右腕だけ上げて背中を伸ばす。……傷に障って痛くなった。

 

「いてて……」

 

「か、傘霧くん、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫……ところで、簪さん」

 

「何……?」

 

「学園祭、楽しかったか?」

 

「……そこそこ、かな」

 

「ははっ、そこそこか。……そうだな、事件に巻き込まれて、楽しむ気分じゃなくなったのも仕方ないよな」

 

 申し訳ないことをしたと思う。学園祭を楽しんでもらおうと思ってたのに、俺を狙った襲撃に巻き込んでしまった。流血も見せてしまい、トラウマにもなったかもしれない。

 しかし簪さんは俺の言葉に首を横に振った。

 

「そういうのじゃない……傘霧くんは悪くない。そ、それに……」

 

「それに?」

 

「最後の最後で、学園祭に参加できたのは……傘霧くんのおかげで、その……あ、あり……ありがとう」

 

「……そっか。お役に立てたのなら良かったよ」

 

 礼を言われて、思わず顔がほころぶ。そりゃそうだ。美少女の「ありがとう」で嬉しくなるのは、俺が転生者だとか相手が原作キャラだとかを抜きにしても当然だ。

 礼を言うのが慣れてないのか、簪さんは恥ずかしそうに俯いた。俺は無理に話しかけたりはせずにキャンプファイヤーを眺めることを再開する。ちょうど、一夏といつもの五人、プラス、アトラスさんも加わってなにやらやってるようで騒がしかった。なんかISが見えたような気がしたが、暗くて見間違えただけだろう、うん。閃光が見えたりしたが、花火でもやってんのカナー。

 

「そ、それとね――」

 

 俺がそう思っていると、簪さんはそう俺に話しかけてきた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……? それと、なんだ?」

 

 続く言葉が一向に聞こえてこず、颯斗は尋ねる。

 しかし簪はそれからさらに少し間を置いた後、ふるふると首を横に振った。

 

「……ううん。やっぱり、なんでもない」

 

「そうなのか?」

 

 こくりと頷く。颯斗はそれ以上追及することはなかった。

 

(やっぱり……今はまだ、言えない)

 

 自分にとってのヒーローが見つかった、なんて。

 身を挺して自分を庇ってくれた、まさにヒーローそのもの。

 そのヒーロー……傘霧颯斗は、笑顔が優しい人だった。

 

(傘霧……颯斗……)

 

 再びキャンプファイヤーを眺めている颯斗の横顔を見る。

 ただの横顔のはずなのに、どこかカッコいいと感じる。

 それはきっと、ヒーローだからというだけじゃない。

 

「……ん、どうした? やっぱり、何か伝えたいことでもあるのか?」

 

 ぼーっと眺めていると、視線に気づいたらしい颯斗に尋ねられた。

 簪は慌てて視線を逸らす。

 

「う、ううん。なんでも、ない」

 

「そうか? ならいいけど」

 

 颯斗はそう言って顔を戻す。

 簪はドキドキと高鳴る心臓をどうにか抑えようと必死になっていた。

 同時に、意識し始める。

 横顔がカッコよく見える。こんなにもドキドキする。どちらも『ヒーローだから』ではなく『颯斗だから』なのかもしれない……と。

 つまり――

 

(……〜〜〜ッ!?)

 

 簪は首を全力で横に振った。

 顔が熱い。間違いなく今の想像をしたせいだ。心臓の高鳴りもさらに激しくなっている。

 

(だ、ダメ……考えちゃダメ……)

 

 胸を必死で押さえる。深呼吸もする。とにかく今の自分を颯斗に見られないように心を落ち着かせようとする。どうして颯斗に見られたくないのかなど考えてられない。むしろ、考えたら余計に落ち着かなくなるだろう。

 しかしドキドキが止まらない。簪はそれを振り払おうとまたブンブンと首を振る。

 ……何度も全力で首を振っていれば、その様子に隣人が気づくのは当然な訳で。

 

「簪さーん。どうしたんだそんなに首振って」

 

「ッ――!?」

 

 簪が気づかない内に颯斗が顔を近づけてきていた。間近になった顔を見て簪の心臓が跳ねる。

 

「髪が思いっきり乱れてるぞ。ちょっとじっとしてろ」

 

 言って、颯斗は右手で簪の乱れた髪を整え始めた。

 優しく撫でられているような心地よさ。しかしそれも含めて颯斗に触られていることに心臓が破裂しそうになる。

 

「……………キュゥ」

 

「……あれ、ちょっ、簪さん? 簪さーん!?」

 

 しまいには、恥ずかしさから簪はオーバーヒートを起こし、気を失ってしまうのであった。




 ピンチの中身を挺して簪を守る。
     ↓
 医療室で二人きりの時に自分の怪我も気にせず簪が無事で良かったとヒーロースマイル(簪視点)
     ↓
 鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに学園祭デート。

 ……颯斗もなかなかの旗の建築スキルがあると思いませんか。これが主人公力というものか。むしろ今まで主人公力発揮することが全然なかったね。これからが期待です。
 次回は学園祭後の話をちょろっと。亡国機業の方も少し出します。第五巻はそれで終わりになりますね。


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第十九話 学園祭後日談

 昨日IS第九巻買いました。楯無さんと簪ちゃんの出番が結構あったのはよかった。
 第五巻のラスト辺りのお話です。


 簪さんが気絶し、そのまま学園祭が終了。

 目が覚める様子もなく、怪我の都合上俺では運ぶことは無理なため、携帯で楯無さんを呼んで簪さんを部屋まで運んでもらった。

 で、現在は自室。さっさと寝たいが楯無さんから話があるということで、互いに各自のベッドに腰掛け、今回の襲撃者について話をしていた。

 

「……で、亡国機業(ファントム・タスク)って組織について、楯無さんはどのくらい知ってるんですか?」

 

「あら、『何なのか』じゃなくて『どのくらい知ってるか』で訊くのね?」

 

「ええ、まあ。ぶっちゃけ何なのかを聞いても犯罪組織ってこと以上のことは理解できないでしょうし」

 

「ぶっちゃけるわね。素直なのは感心するけど。……ま、答えやすい質問でこっちも助かるわ」

 

 バッと楯無さんの持っていた扇子が開かれる。そこに書かれていたのは『謎』の一文字。

 

「正直言って、私も亡国機業については詳しく把握できてないのよ。各国のISを強奪して使用してるというのは前から知ってたんだけど、どれほどのISが奪われているのか、組織の規模や目的とかも多くがわからないままだわ」

 

「てぇことは、今回現れたアフールって奴とかギリシャの試作第三世代が奪われていたこととかも情報としては初なんですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 わお、即答。

 ちなみにだが、アフールが乗り捨てたあの機体、名称は元ネタの通りに『エルピス』というのだが、今日中にもうシエルさんに引き渡され、搭乗者データは消去されたらしい。搭乗者データが消去されると改めてフィッティングをしなければならず、アフールが再びエルピスを奪い取ることの予防にはこれで十分機能するそうだ。

 なお、エルピスが取り戻されたことに開発者であるシエルさんが感謝していたと楯無さん談。俺にも礼を言いたいそうだが、俺、大したことしてないんだよなぁ。楯無さんが来るまでやられてばっかだったし、いいとこ取りをしただけだし。

 

「まあそれでも、そのISを奪って使ってくる組織が颯斗くんと一夏くんを狙ってるって情報を最近掴んだから、こうして予防線を張ってたの」

 

「アトラスさんに一夏のコーチをやらせた経緯って、そういうことだったんですね」

 

 最初にその話を聞いた時は驚いたが、今になってみれば納得だった。楯無さんの身体は一つだけなのだから、別々にいる二人を守るにはどちらかは誰かに代行をやってもらうしかない。弱い男二人を一緒にさせる訳にもいかないし。

 

「そういうこと。これで当面は大丈夫そうだし、私も少しは気が休まるわ」

 

「ということは、俺は一夏と同室になるんですかね。それは――」

 

 助かります、とは言わない。言ったら弄ってくる。すでに学習した。

 

「寂しくなりますね」

 

「ちゃんと一緒にいてあげるわよ? 私には、あなたのコーチという使命がまだあるんだから」

 

 ああ、そうだった。俺ってまだまだザコいままだし。

 早くどうにかしないとな。連勝とかいかなくてもいいから、最低限こういう時に勝てるようにしないと。でなければ近くにいる人も守れない。今回はなんとか簪さんを守れたが、あんな身体張って守るのを何回もやってたら身体がもたないし、まず間に合わない可能性だってある。だからそういう事態を起こさないように、勝てるようにしないと。

 

「じゃあ、これからも特訓お願いしますね」

 

「ええ、勿論。……それと、話したいことがもう一つ」

 

「?」

 

「簪ちゃんのこと……守ってくれて、ありがと」

 

「いや、あれはですね。まず俺が整備室に行かなければ、簪さんが襲われることもなかったと言いますか……」

 

「襲撃に誰かが巻き込まれるなんて、言ってしまえば当然よ。あなたが整備室にいなくても、別の場所で他の誰かが巻き込まれていたでしょう。私が言いたいのはそこじゃなくて、戦えない簪ちゃんを、そんな大怪我してまで守ってくれたってこと」

 

「俺は弱いんで、盾になって余計な怪我するぐらいしかできませんよ」

 

 ひねくれた俺の回答に、楯無さんは困った表情を浮かべた。

 

「もう、こっちはお礼言って褒めてるのになぁ。怪我を覚悟で誰かを庇うって、なかなかできないことよ?」

 

「楯無さんなら庇った上で、無傷でいられますもんね」

 

「だから、そういうことじゃなくって」

 

「わかってますよ。ただとにかく、簪さんを守らなきゃって、それで一生懸命だったんだと思いますよ、あの時は」

 

 ひねくれた回答もほどほどに、素直に答える。ひねくれは楯無さんに対するちょっとした対抗心だ。

 

「もう……でも、本当にありがとう。君のおかげで簪ちゃんも学園祭楽しんでもらえたみたいだし、その礼も言うわ」

 

「ええ。まあ、簪さんは事件のせいで楽しみはそこそこ止まりになってしまったそうですが。……ああ、そうそう」

 

 簪さん絡みで思い出したことがあるので、その提案を楯無さんに持ちかける。

 

「簪さんのことで、もう一つ俺に任されてもいいですかね?」

 

「え?」

 

 その時の楯無さんは少し驚いたような顔をしていた。

 それから俺の提案を楯無さんに了承してもらって、いい加減眠いのでそれで寝た。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 学園祭の結果発表はまあ、予想通りに一夏の生徒会行き、加えて一夏の各部への貸し出しが決定となって(一夏の所属を決める勝負なので、俺は無関係)、放課後の生徒会室。

 

「織斑一夏くん、生徒会副会長着任おめでとう!」

 

「おめでと〜」

 

「おめでとう。これからよろしく」

 

「おめでとさん」

 

 楯無さん、のほほんさん、虚さん、俺の順でそれぞれの祝福の言葉。そして腕が怪我してる俺を除いた三人がクラッカーを鳴らす。

 歓迎されている一夏はげんなりとした表情だった。

 

「どうしてこんなことに……」

 

「楯無さんに目をつけられた時点で、諦めも大事だと気づいておくべきだったのさ」

 

「諦めたら試合終了だろ」

 

「試合が始まる前に決着はついていた。出来レースとも言う」

 

「なんてこった……!」

 

 膝と手をつく一夏。そんな一夏を特に気にすることなく、これからの一夏の仕事説明とか、あとは虚さんが一夏に弾について訊いてたりしていた。

 で、生徒会メンバーが揃った記念&一夏の副会長就任記念ということでケーキが用意された。

 

「それでは……乾杯!」

 

「かんぱーい〜」

 

「乾杯」

 

「は、はは……乾杯。はぁ……」

 

「諦めろ。そして慣れろ。そんでもって乾杯」

 

 こうして、IS学園の男子は二人揃って生徒会所属となったのであった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「恋人とは楽しめましたか? スコール」

 

「ええ。といっても、髪を洗ってあげた程度なのだけど」

 

 高層マンションの最上階。そこでスマイルは、いつものにこやかな笑みで目の前の女性――スコールと話をしていた。一本のワインボトルを両手で丁寧に持っている。

 

オータム(恋人)にとっては、一緒にいるだけでも至福なのでしょう。いいワインがありますが、いかがですか?」

 

「いただくわ」

 

 かしこまりました。と一礼して、スマイルは用意したグラスにワインを注ぐ。

 スコールとオータムは恋人同士。それに対してスコールとスマイルの関係は、言うなればお嬢様と執事を思わせるものだった。

 

「悪くないわね。――で、こうして私の元に来てるのは、何もワインを勧めるためだけじゃないのでしょう?」

 

「勿論。今回の報告をいくつかさせていただきます。まずはアフールの戦果なのですが……」

 

「リムーバーによるISの強奪は失敗、でしょう。それくらいわかるわ」

 

「おわかりでしたか。遠隔召還で奪還された上に日本の暗部――更識楯無が入って来られれば、アフールとエルピスのスペックで強奪は酷かと」

 

「わかってるわ。他は?」

 

「エルピスのISコアがIS学園に置き去りにされました。アフールの例の天然です」

 

「やらかしたわねあの子……」

 

 スコールが空いている手で顔を押さえた。

 

「彼女にISを渡した時点で、こうなることは予測してあるべきかと」

 

「予測はしていたわ。だからあんな低スペックのISを渡したんだもの。でも現実になってほしくはなかったわね」

 

「ISの適性は我々の中でも高い値なんですがねぇ」

 

「あの天然、どうにかならない?」

 

「どうにかなるなら、すでにやってますよ?」

 

 遠回しに「諦めろ」の一言。スコールはため息をつく。そう返ってくるのは見えていたため、これは諦めのため息だった。

 

「他には?」

 

「迷彩装置――確か『ハイダー』という名称でしたね。それの試運転を行いました」

 

「結果は?」

 

「元がISの特殊兵装、ハイパーセンサーを欺く程の迷彩能力はさすがですが、持続時間が短すぎます」

 

「仕方ないわ。ISの特殊兵器をIS以外で使おうとすればそんなものよ」

 

「わかってはいますが、どうにかなりませんかねぇ。……EOS(イオス)のバッテリーでも持ってきますか?」

 

「やめなさい。ハイダーは誰にでも使えることを前提にして開発させてるのよ? そんなことしたら、マトモに扱えるのがあなただけになるじゃない」

 

「おや、そうでしたね。これは失礼しました」

 

 そもそもEOSのバッテリーなど亡国機業にはない。持ってくるとしたらどこかの国から奪ってくるということだが、それについてわざわざ口に出す者はここにはいない。

 

「まあ、意見はあった方がよろしいかと。という訳でこちらの試運転レポートを渡しておきます」

 

 言って、懐から取り出した紙束をスコールに手渡す。

 

「報告は以上です」

 

「そう。なら、もういいわよ」

 

「かしこまりました。失礼します」

 

 スマイルは一礼をしてから部屋を出て行く。

 通路に出て、扉を閉めたところでスマイルは動きを止めた。時を止めたかのように、微動だにしない。いつものニコニコとした笑みが、何を考えているのかを想像させない。

 やがて、彼の口が動いた。

 

「さて、忙しくなりそうですね」

 

 それだけ言うと、人気のない通路を一人歩き始めるのであった。




 スマイルはこれからも色々暗躍します。颯斗や学園側の新キャラが出た分の調整といったところですかね。
 ……ちなみに、EOSのバッテリーは三十キロ(IS第八巻より)。スマイルはそんなのを積んでもまともに扱えるそうです。パネェ。


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第二十話 主人公に対して鈍感鈍感言うけど、相手の好意ってなかなか判別つけづらいよね

 第六巻、キャノンボール・ファスト編開始。
 颯斗がようやく主人公らしくやっていけるかと思います。


 学園祭が終わり整備室が元通りになってから、簪はまたいつもの日常に戻っていた。

 暇さえあれば一人で整備室に籠もる日々。未完成の打鉄弐式を組み上げる日々。

 颯斗が声をかけてくるのも、学園祭当日まで。もう彼がここに来る理由はない。

 学園祭前日まではそれまで我慢すればいいと思っていた。けれど今その状況に立たされて、どこかぽっかりと穴が開いたような、そんな物足りなさを感じていた。

 

(……ダメ。考えないようにしないと……)

 

 首を振り、とにかく無心で作業を行おうと心がける。

 と、その時である。

 

「おーっす」

 

「……!?」

 

 扉の開閉音。そして聞き覚えのある声。

 振り向くとそこには、もう来ないだろうと思っていた、自分にとってのヒーロー――颯斗がいた。

 あまりに突然のことに、簪は戸惑う。

 

「か、傘霧くん……どうして、ここに……?」

 

「どうしてって、簪さんのIS制作の手伝いに来た。ほら、なんだかんだで学園祭に参加してもらったからさ、遅れた分を手伝うって訳。学園祭の時にも話しただろ?」

 

「学園祭の時……?」

 

 簪は記憶を探る。程なくして思い出した。

 息抜きに学園祭に参加したらどうかという颯斗の提案に必要ない答えた自分。しかし颯斗はそれで引き下がらずに言ったのだった。

 

 ――そうは言わずにさ。こうした今までの勧誘の分も含めて、遅れた分は俺が手伝うから。

 

「……あ」

 

「ま、そういう訳だ」

 

「で、でも、キャノンボール・ファストへの調整があるんじゃ……」

 

 九月二十七日に開催されるキャノンボール・ファスト。明日ぐらいからは専用機持ちの人達は、それに向けてISを高機動用に調整を始める。

 

「最速仕様のエックスに隙はなかった」

 

「そ、そう」

 

 ドヤ顔の返答。簪はどう返せばいいかわからず適当な相槌をした。

 しかしハッと思い出して尋ねる。

 

「……そもそも、大会に出れるの? 怪我を……して……」

 

 颯斗の怪我の原因が自分にあると考えて、次第に声が萎んでいく簪。

 しかし颯斗はなんともないかのように答えた。

 

「ああ、大丈夫。活性化薬とか再生薬の投与で来週中にはもう治るから」

 

「……そうなの?」

 

「おう、もう治療は始まってる。すげーよな現代の医療技術って。あ、技術じゃなくて科学か?」

 

「さ、さあ……でも、よかった……」

 

「という訳で憂いはなしだ。今はこんなだから大したことできないけど、できるだけ力になるよ」

 

「う、うん。よ、よろしく」

 

 簪は俯いて答えたが、彼女の顔は嬉しさで綻んでいた。

 

 ――また、傘霧くんに会える。

 傘霧くんが会いに来てくれる。傘霧くんと一緒にいられる。

 それがたまらなく、嬉しい。

 

「さて、今の俺ができることって何かあるか?」

 

「じゃあ……」

 

 簪はディスプレイをこちらへと差し出した。

 

「シミュレーターでISの挙動を確認して、結果を纏めるの……お願い」

 

「おうわかった。あ、最初はシミュレーターの使い方教えてくれよ」

 

「うん。使い方はね――」

 

 こうして簪の、颯斗と一緒にISを作る日々が始まった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「え!? 一夏の誕生日って今月なの!?」

 

「ん?」

 

 IS制作をキリのいいところで終えて、簪さんと夕食を食べに食堂に訪れると、シャルロットの驚いたような声が聞こえてきた。

 

(……ああ、一夏の誕生日って確か、キャノンボール・ファストの開催日の九月二十七日だったっけ)

 

 こんな会話のシーンがあったかなーと風化してきた前世の記憶を思い出してみながら、並行して夕食を何にするか考える。

 

(ラーメン……は、昨日食ったな。スパゲティは昼に食った。となると……)

 

 なお、食ってるものが麺類ばっかりである理由は、まあ片手しか使えないからである。ナイフとフォーク、お椀と箸のように、両手でそれぞれ持つようなものを避けた結果麺に行き当たったのだが、やっぱ米食いたい。

 

(……あ、カレーがあるじゃんか。これなら大丈夫か)

 

 意外にあっさりと問題解決して、チケットを買う。

 

「簪さんはもう決めたか?」

 

 簪さんの方を向いて尋ねると、簪さんはコクリと頷いた。手にはチケットが握られている。

 

「じゃあチケットを出してっと……テーブルどの辺空いてるかなぁ……?」

 

「えっと……あ、奥から二番目……誰もいない、みたい」

 

「あ、ホントだ。簪さん目がいいな」

 

「べ、別に……普通」

 

「目はいいってことは、その眼鏡って伊達か?」

 

「これは、携帯用ディスプレイ……」

 

「ああ、そうなのか」

 

「空中投影型は、高いから……」

 

 原作での会話を再現しながら、それぞれカウンターから料理を受け取ってテーブルへと向かう。俺が頼んだのはカレーライス(普通サイズ・中辛)で、簪さんはチーズグラタンとサラダだった。

 

「じゃ、いただきまーす」

 

「いただき、ます……」

 

 パクパクもぐもぐと自分の料理を食べていく。あーん? そんなの疑いもなく平然とできるのは一夏ぐらいだ。俺にはそんな度胸はない。

 料理を食べ進めていると一夏達の方からキャノンボール・ファストの話が出てきた。それに合わせて簪さんに話しかけてみる。

 

「なあ」

 

「もぐもぐ……何?」

 

「簪さんのIS、キャノンボール・ファストまでに完成ってできる?」

 

「それは、難しい……高機動パッケージもないし……」

 

「でも、大会には出たいよな?」

 

「う……」

 

 声を詰まらせ、俯く簪さん。答えてはいないが、反応からして出たいはずだ。

 簪さんが大会に出るのに必要なのは、当然ながら簪さんのIS。それに加え、大会で渡り合うためには高機動用パッケージが必須になる。なんとかISが完成しても、パッケージがないのでは白式や紅椿のような万能機、もしくはエックスのような基本が速度特化でもない限り勝負は厳しい。

 ISと、パッケージの開発。この両方を大会に間に合わせる方法が、実はあるんだが……

 

「なあ、ISとパッケージ、両方の開発を大会に間に合わせる方法、あるけど」

 

「え……本当?」

 

「ああ。方法は早い話、シエルさんに手伝いを頼むってことなんだが」

 

「……シエルさん?」

 

「うん。俺の専属IS開発者。忙しいかもしれないけど、俺から頼めばなんとか了承してくれると思う」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 なぜか簪さんにムスッとされた。

 しかしシエルさんに頼む。ぶっちゃけこれしか大会に間に合わせる方法は俺にはない。生徒ではなくプロに頼むのは反則に見えるが、本国に帰って整備改造するのがありなら、学園内にいるプロに整備改造してもらうのもありだろう、うん。

 

「で、どうだろう。大会には多分間に合うようになるし、プロの仕事を直で見れるってのはいい経験になると思う。あ、勿論、開発の中心は簪さんだと言っておくから」

 

「う……うん。……お願い……」

 

「あり?」

 

 意外とあっさり承諾した簪さんに驚く。てっきり拒否されてもう少し説得することになるかと思ってたんだが。

 

「……どうしたの?」

 

「いや……あっさりOK出したなって。……理由聞いてもいい?」

 

「……………」

 

 また簪さんは顔を俯かせた。

 

「……学園祭で傘霧くんが怪我をしたのは、私のせいだから……」

 

「いや、それは違うって」

 

「でも、ISが完成していなかったから、私は逃げられなくて……傘霧くんが怪我をした。もう、あんなことが起きないように……一刻も早くISを完成させないと……」

 

「あー……理由はともかく、早く完成させたいってことはわかった。シエルさんに掛け合ってみるよ」

 

「うん……で、でも、無理はしないでね?」

 

「わかってる。俺にできることで簪さんのサポートをするよ」

 

「……………」

 

 なぜか簪さんからの反応がない。変なこと言ったっけ?

 

「? どした?」

 

「さんは、いらない……」

 

「へ?」

 

「か、簪で、いい……学園祭のあの時も、そうだった……」

 

 ……学園祭のあの時って、襲撃受けた時で間違いないよな? 呼び捨てにしてたっけ?

 それよりも、呼び捨てでいい、か……。

 

「……わかった、簪さ――ゴホン……簪。あ、今更だけど、俺のことは呼びやすいように呼んでくれていいから」

 

「う、うん……頑張る」

 

 それから雑談を少ししながら、料理を食べ進めていった。

 食堂で簪と別れてから、俺は一夏の部屋へと向かう。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「一夏の部屋の前に到着なう」

 

 独り言である。聞いてる人は誰もいない。むしろ聞かれてたら全力ダッシュで逃げてる。痛い人に見られたくないので。

 で、さっき言った通り一夏の部屋の前。一夏達は俺達より先に食堂から出てったため、誰かの元へ行っていない限りは部屋の中にいるはずだ。

 

「では早速ノックを――ブッ!」

 

 扉に近づいた。

 扉がいきなり開け放たれた。

 顔面直撃。

 痛い。

 

「ああっ! は、颯斗大丈夫!?」

 

 扉を開いたのはシャルロットだった。なんか凄い慌ててる。

 

「大丈夫だ。……多分」

 

「本当にゴメン! じ、じゃあ!」

 

 深く頭を下げて謝った後、シャルロットはピューッという擬音がつきそうな勢いで走っていった。……何があったんだっけ?

 

「颯斗、大丈夫か?」

 

「見た感じ、額にぶつけたみたいね。凄い音がしてたんだけど」

 

 さらに扉の奥から出てきたのは一夏と鈴音だった。

 

「……結構効いた。まあいい、だいたい一夏のせいなんだろ?」

 

「ぐっ……ま、まあ今回はな」

 

「今回“は”……?」

 

「? なんか変なこと言ったか?」

 

「……いや、なんでもねえ」

 

 ふと鈴音を見ると、一夏の反応にはもはや諦めたような表情になっていた。

 

「まあ、とりあえず中入っていいよな? ちょいと割と重要な話がある。鈴音がいるのは……別に大丈夫なのか?」

 

「何? 聞かれたくないって言うなら席外してやってもいいわよ? 一応こっちの話は済んでるし」

 

「……出てった後で何の話か妄想したりしない?」

 

「しないわよ」

 

 きっぱりと言って、鈴音は立ち去っていった。そして一夏と共に部屋に入る。

 

「で、颯斗、話って何なんだ?」

 

「まあ単刀直入に言うとだ。白式の稼働データをくれ」

 

「白式の稼働データを? なんでだ?」

 

「白式の開発に人員が吸われて、ISが未完成なままの子がいるんだよ。同じ開発元のデータがあれば、IS制作もはかどると思って」

 

 俺は一夏にそう答える。

 現状、簪は一夏との接点がないため、このまま何もなければ白式のデータを打鉄弐式に入れることはない。シエルさんという現職の開発者に手伝いを頼むとは言え、それだけではなく他のものも色々用意していった方がいいだろう。そもそも、まだシエルさんに話してもいないし。

 ……まあ、いざとなれば白式のデータをシエルさんに流しちゃえばほぼ確実に協力得られると思うけどね。でもそれは国際及び一夏との関係的にアカンことになるだろうからやらないけど。

 

「そういう訳だから一夏、協力してくれ」

 

「わかった。俺ができることなら喜んで協力するぜ」

 

 ……人がいいのは、良いというべきか悪いというべきか。

 押しに弱いだろうなー一夏。悪い奴に騙されないかがちょいと心配だ。あ、箒達がいれば大体大丈夫か? 今はアトラスさんがいるからほぼ間違いなく心配無用だろうし。

 

「じゃあ明日の放課後、その人にデータ渡しに行けばいいよな? その時に迷惑かけてることを謝りたいし」

 

「謝る必要はないんじゃないか? まあ、それでいいけど……ああ待て、この話、本人にはまだしてないからお前単独で行かせるのはちょっと問題あるか」

 

「え? なんで俺一人で行くとダメなんだ? それに颯斗は?」

 

「俺は放課後に入ってすぐは再生薬の投与でしばらく時間潰れるんだよ」

 

 投与自体は時間はかからないものの、問題は副作用でしばらく意識が鈍化されることなんだよな。これどうにかなんねえかなホントマジで。

 それから、一夏単独で行かせた場合の問題は、まず相手が間接的とはいえ打鉄弐式が完成してない原因である一夏であること、簪が人見知りが強いこと、それから一夏が女子のために動いたら大体例の専用機持ち五人が察知してくること。この話のことを知らない簪の元にいきなり一夏とプラス五人が押しかけてくるようなことは避けたい。

 

「うーん……俺が動き回れるようになったら一夏に連絡、治療室にきてもらって、それから一緒に行くってのが無難なところか。整備室とか、詳しくないだろ」

 

「ああ、それもそうか。わかった、じゃあそうするよ」

 

 一夏との打ち合わせが完了して、部屋から出る。これからまだやるべきが残ってる。シエルさんへの協力依頼もそうだし、毎晩の勉強もそうだ。楯無さんを教師役とするこれはもはや日課となっている。

 部屋を出て自室への道に体を向ける。そうしたちょうど目の前にアトラスさんがいた。

 

「おっす」

 

 片手を上げて軽い挨拶をしてくる。ノリがまるで男子だ。胸の自己主張さえどうにかできれば男性と言われても通るんじゃないだろうか。

 用事がない訳ではないが、先輩に礼だけして去るというのもどうかと思うので、当たり障りのない話をすることにした。

 

「こんばんは、アトラスさん。……そういえば、アトラスさんってまだ一夏と同居中なんですか?」

 

「まーな、だからこうして来てる訳だし。このまま卒業まで居着くのも悪かねーかなー……なんてな」

 

「仮にそうなったら、一夏の周囲にいる専用機持ちが黙ってませんよ。俺は除きますけど」

 

「それは別にいいんじゃね。勝てば良かろうなんだし」

 

 実際にそれを実行できる実力があるから怖い。

 そう思っているとアトラスさんが話題を変えてきた。心なしか、イタズラっぽい笑みを浮かべてるように見えた。

 

「ところで、お前更識妹のIS制作を手伝うらしいな。楯無から聞いたぜ」

 

「更識妹って……ええ。まあある意味約束してたことですし」

 

「熱心なことだ。ひょっとしてあれか? 更識妹に気があんのか?」

 

 うわぁ、なんとも答えづらい質問。気があるのかって、あれだよな。恋愛的なことだよな?

 

「……なんとも言えないです。向こうの方はなんだか脈ありっぽいんですけど」

 

 おー言ってくれるねー、と茶化すアトラスさんに、俺は恥ずかしさからそっぽを向いた。

 脈ありっぽいのは事実なんだ。多分。どのレベルかまでは定かではないけど。後夜祭での簪の気絶とか、さん付けしなくていいと言ったりとか。一夏のような重度の唐変木ではないとは思ってるし、何より原作の知識から彼女のタイプも知ってるようなものだったし、なんとなく気があるんじゃないのかというのはわかった。

 ただ、こっちはどうなのかと言われると首を傾げることになる。というのも、元々付き合いたいと思って簪に接していた訳じゃない。興味がなかったとは言わないがぶっちゃけ、楯無さんに頼まれることがなかったら簪と一切関わることもなく、意識などしなかったと思う。いや、専用機持ち同士だから関わるか? しかし逆を言えばそれだけだ。

 加えて、本来原作通りならば一夏のことを好きになるはずだったのが、それより早く俺が接触したからってことで簪の意識がこっちに向いてるっていうのが、その、なんというかなぁ……寝取り……違うか? まあとにかくなんというか気が乗らない。

 そんな訳で、簪と恋愛に発展する、という感じではないのが今の心境だ。ちなみに楯無さんはと言えば、彼女のやってるスキンシップはイタズラの範疇であろうことからそういう意識はない。

 

「更識妹と付き合うのは悪かねえと思うぜ。むしろ更識の後ろ盾を得られるのはお前にとっちゃいいことだろ」

 

「そんな政略的なことだけで選ぶことはしません。それを抜きにしたって簪は可愛いですけど」

 

「おいおいノロケかよ。そんなこと言うなら付き合っちまえばいいのに」

 

「ヘタレですから、俺」

 

「嘘つけ。んな怪我してまで人を庇えるやつがヘタレな訳ねえだろが」

 

 そうは言われても。

 

「ま、そっちの問題に俺が口出しするのもなんだし。精々悩め」

 

 そう言ってアトラスさんが一夏の部屋の扉を開けようとして……その前にまたこちらを向いた。

 あーそうそう。と思い出したように言う。

 

「簪と付き合う。簪を振って泣かせる。どちらにしようと勝手だが、どちらにしても楯無が黙ってねえだろうから気ぃつけろよ?」

 

「……あー」

 

 にっこりとした笑みのまま、ガトリングランスをこちらに向ける楯無さんの姿が思い浮かんだ。

 あれ……こうしてみると、一夏以上に死にそうなのは気のせいか?

 そう悩んでいる内にアトラスさんは部屋へ入り、俺だけがその場に立ちすくんだまま数十秒。

 

「……まずはシエルさんと話をつけよう」

 

 まずは目先の問題の解決に取りかかることにした。別の言い方をすれば先送りあるいは逃避とも言う。




 簪の好意に悩んでる様子の颯斗。
 颯斗は鈍感ではありません。が、転生者という立場故の悩みとかがある模様。
 どっちの答えにしても、楯無さん(お姉ちゃん)が黙ってないだろうけどね!
 颯斗は一夏とは別方向で災難ばかりのようです。災難のレパートリーが多い分、一夏よりも散々かも?


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第二十一話 言葉はしっかり付け足そう

 お待たせしました。ペースがとことん落ちていて申し訳ありません(土下座
 六巻終わるのにどれくらいかかるかな……?


「簪ー、このシミュレート結果入れておくぞー」

 

「うん……そのまま次のも、お願い……」

 

「いい感じですなぁ〜。私、邪魔になってるかも〜?」

 

「も、もう……本音!」

 

 白式のデータは滞りなく簪に渡され(一夏と対面した時、簪が対応に困って俺の陰に隠れるということがあったが)、先に来ていた簪のメイドののほほんさん、プロの技術者シエルさんと共に簪のISを作っていく。

 簪が両手両足に配置されてあるキーボードでプログラムを組み込み、のほほんさんは簪監修の元ISの組み立てをしていく。俺はプログラムのシミュレート・チェック。そしてシエルさんは打鉄弐式用の高機動パッケージの制作をしている。

 シエルさんがパッケージ制作を行ってるところからわかる通り、シエルさんの協力を得ることはできた。ただ当然と言うべきか他国のISの開発を無償でという訳にはいかないので、対価として打鉄弐式の技術データが渡されることになったが、そこは簪も了承したし、すでにシエルさんが倉持技研にも話は通したそうだしこちらが何か言うことでもないだろう。

 ただしIS制作は本来チームで行うもの。現在俺を入れたとして四人だが少ない。シエルさんが言うには、この人員では完成させてからの試験稼働、パッケージ試験運用、調整等を含めると大会までには間に合わないらしい。

 人員が足りないということで増やしたいところなのだが、生徒を呼ぶは今回難しいらしい。それというのも、キャノンボール・ファストは専用機持ちのみならず、訓練機参加もある上、二年からある整備科の人達はISの高機動調整のために需要が跳ね上がっているそうだ。すなわち整備科で暇な人はまずいないらしい。シエルさんとのほほんさん談。

 では、どうするのか? 答えは、シエルさんだからできる芸当だった。

 アルカディアの職員を呼んだ。これである。

 元々オメガの最終開発にはシエルさんも参加するため、オメガとアルカディア職員を学園に送る予定だったらしい。今回、その職員が来るタイミングを早めさせたということだ。今度の日曜日に学園に到着するということなので、そこから急ピッチで作業は進むだろう。

 そんな訳で現在は、アルカディア職員が来るまでに少しでも進めようとみんな全力で開発を行っている。

 ……うん、まあ、知ってはいたんだけどさ。簪もシエルさんもキーボードを打つのがめっちゃ速い。比喩抜きで目にも留まらない速さだ。加えて、二人ともそれを両手だけでなく両足でも、しかも上下に挟んでキーボードを打っているのだからすごい。もう、その、すごい以外の表現ができない。

 しかしその分かなりの集中力と体力を費やすようで、いくつもの玉のような汗が簪の肌を伝っている。シエルさんは持参してきた飲み物を飲んだりして細かい休憩を挟めて集中力を維持しているが、簪はノンストップだ。疲れが溜まってきたのか、俺が入った時に比べたらキーボードを叩く速度が遅くなっているように見える。

 ……よし、決めた。簪を休憩させよう。無理な労働は事故の元だ。それに、効率の良い作業をするには適度な休憩を挟めるのがいいってよく言うし。シエルさんがそうしてるし。

 

「簪」

 

「……ん。何?」

 

「一旦休憩にしようぜ。疲れたろ」

 

「……もうちょっと」

 

「もうちょっとって、あのなぁ。お前すごい汗だくだぞ」

 

「そうだよかんちゃん〜。無理はいけないよ〜」

 

 のほほんさんからの援護射撃。簪は困り顔になった。

 

「……でも、もうちょっとだけ、これだけでも……」

 

 しかし簪は意地っ張りだった。

 のほほんさんに耳打ちで訊いてみる。

 

「のほほんさんや」

 

「何〜? かっきー?」

 

「ああ言う簪が休憩する期待値は?」

 

「残念ながら、あまりよくないのです〜。もうちょっと、もうちょっとが積み重なって、結局は休まなくなるんだよ〜」

 

 うん、なんとなく簪ならやってそうな気はしてた。すなわち鵜呑みにしての放置はアカンと。

 

「しょうがないなぁ……左腕部分さえ展開しないなら大丈夫か?」

 

「ん〜?」

 

「エックス」

 

 首を傾げているのほほんさんをよそに、俺はエックスの右腕だけを部分展開。その状態でこちらに気づかず椅子に座って作業を続けている簪の左側に近づき……。

 

「いいから休むぞ。途中でも中断」

 

「!?!?」

 

 右腕一本で抱き上げた。

 簪は抱き上げられた直後は何が起きたのはわからない様子だったが、俺に抱き上げられていると知ったのか、顔を真っ赤にした。

 

「は、はは、は、颯斗、くん!? な、な、何を!?」

 

「何って、簪を作業から引き剥がして休ませるために、IS使って抱き上げてるんだけど」

 

 ISを使っている理由は片腕だけで人間を持ち上げるのが俺には不可能であることと、素手でのタッチを控えるためだ。ISでも簪にとっては触られていることに変わりないだろうけど。

 ちなみに、簪から名前で呼ばれるようになった。くん付けだが、そこについてはいちいち気にすることでもないだろう。

 

「わ、私はまだ、だだっ、大丈夫だから……それに今、いい、ところで……!」

 

「あーはいはいわかったわかった、とにかく休め。シエルさんも、一旦休憩にしましょう」

 

 簪の言葉を適当に流し、床に降ろす。それからシエルさんにも声をかける。シエルさんはすぐに作業を中断してくれた。

 簪を降ろしてからはエックスを解除し、近くに置いてあったバッグからタオルを取り出して簪に投げる。

 

「汗拭いとけ。さっきも言ったけど汗だくだぞ」

 

「……これって」

 

「俺のだけど? 毎日特訓でよく汗かいてたから、特訓なんてできないのについ癖で入れちまってた」

 

「……………」

 

 簪はじっと俺のタオルを見つめた後、タオルに顔を埋めて固まった。……何やってんだ?

 

「かっきー、ここはあまり気にしないであげるのが男だよ〜」

 

「……?? まあいいや。購買で飲み物とか買ってくるけど、何か買ってほしいものはあるか?」

 

「はーい、はーい! お菓子と炭酸ジュースがほしいで〜す!」

 

 真っ先に手を上げて所望したのはのほほんさんだった。

 

「お菓子と炭酸ジュースね。具体的には?」

 

「んーっとね〜手があまり汚れないようなお菓子がいいかなぁ〜」

 

「地味にハードル高くね? ティッシュでもつけとくか」

 

「お茶をお願いしてもいいかしら? 確か購買には、あったかいお茶もあるよね?」

 

 続いて、そうリクエストしたのはシエルさん。

 

「ありますよ。缶に限定されますけど」

 

「なら、それでお願い」

 

「簪は?」

 

「……………」

 

 簪は未だにタオルに顔を埋めたままだった。

 

「おーい、簪ー?」

 

 肩を軽く叩くと、簪は飛び起きたかのように顔を上げて、慌て始めた。

 

「ち、違うの颯斗くん! こ、これは、そういうことじゃなくって……」

 

「うん、そういうことがどういうことなのかわからん。それはいいから、リクエストがあれば言ってくれ」

 

「え、あ、その……ス、スポーツドリンクで……」

 

「よしわかった。じゃあ買ってくる」

 

「あ、私も……」

 

「ああ、俺一人でも大丈夫だからさ。簪はガールズトークでも楽しんでくれ」

 

 ついてこようとする簪をそう留めて、俺は購買部へと向かった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 買い物袋を右手に引っさげて整備室へと戻っていると、道中で楯無さんに出会った。

 

「ちゃお♪」

 

「どうも」

 

 簪に見られたらどうなるかと思ったが、整備室からはまだ離れてるし、大丈夫か。

 

「簪ちゃんのIS、なんとかなりそう?」

 

「日曜にはアルカディアのチームが来るそうですし、白式のデータがありますし、シエルさんの計算ではそれで大会には間に合うらしいですよ」

 

「そう。私の機体データは必要なかった?」

 

「一応シエルさんには相談してみたんですが、楯無さんと簪の関係を説明したら使用を見送られました。そういうことなら、本人同士で話し合わないとダメだって」

 

「うぅ……」

 

「まあ、簪が本気で楯無さんを嫌っている訳でもないでしょうし、意外なタイミングや理由で解決しますよ、きっと」

 

「それはちょっと、無責任じゃないかなぁ?」

 

「仲違いについては二人の問題ですし。まあ簪のISについては心配はいらないって感じですね」

 

「うん……それじゃあ、簪ちゃんのことをよろしくね?」

 

「はい」

 

 歩き去っていく楯無さんを見送る。

 うーん、仲違いが解決されるのって、確か第七巻の無人機襲撃時だったけど、普通に解決させたいなぁ。まあ、つってもどうすればいいとかわからないし、そもそも俺じゃあ力になれないだろうしなぁ。頼まれたらその時に臨機応変にやってくのが一番か。

 楯無さんを見送ってから、そんな思考をしながら整備室に戻る。

 

「おーす。帰ってきたぞー」

 

「ッ!!」

 

 三人に声をかけると、簪がすごい反応でこちらに振り向いた。……俺がいない間に何があった?

 

「お帰りだよ、かっきー」

 

「お帰りなさい、颯斗さん」

 

「希望通りに買ってきましたよっと」

 

 三人の元へ行き、買い物袋を降ろす。

 

「シエルさんはあたたかいお茶」

 

「ええ、ありがと」

 

「のほほんさんにはサイダーとチョコスティック」

 

「わーい♪」

 

「で、簪にはスポーツドリンク」

 

「あ、ありがとう……あれ? その、もう一本は?」

 

「これは俺の分」

 

「……お揃い」

 

「別に被ってもいいじゃないか」

 

 俺のを選ぶ時、パッと思い浮かんだのがオーダーを受けてた三つ。その中からスポーツドリンクを選んだ。他意はない。

 

「それじゃあ、私はそろそろ作業を再開するわ」

 

 言って、シエルさんは立ち上がった。

 

「あれ、もういいんですか?」

 

「細かい休憩を取ってきてたから。三人はもう少し休んでからでもいいんじゃないかしら」

 

 はぁ、と生返事をしていると、シエルさんが簪に近寄り、何やら耳打ちをした。

 

「……!」

 

 何を言ったのかはわからないが、俺に関係していることはなんとなくわかった。だって、簪の顔が赤くなってるんだもの。簪が俺に脈ありだってわかってるんだもの。気づくよそりゃ。

 何かを吹き込んだシエルさんは、ニコニコとした笑みで作業へと戻っていった。ああ、作業に戻るのは簪と俺の二人で話させるための口実だったのか。

 カタカタとあまりに質素なBGMが流れ始める。

 顔が赤いまま黙りこくっている簪。

 そんな簪からの言葉を待っている俺。

 そんな俺達をニコニコと見ているのほほんさん。気を使って作業に戻ってもいいんだぞ。

 

「あ、あの……は、はや、颯斗、くん……!」

 

「お、おう」

 

 意を決したようにもつれながらも俺をよぶ簪。気迫に若干押される。

 胸のあたりで手を握って、簪は……

 

 

 

 

 

「わ、私と、つ……付き合って……!」

 

 ――そう、言った。

 

「……え?」

 

 沈黙。カタカタ音だけが聞こえてくる。

 のほほんさんはキャーキャー言わずにキャーキャー言ってるような顔して制服の余った袖を振り回している。視界の邪魔だから作業に行ってくれ。

 

「……あれ? ……あっ」

 

 しばらくして、簪が急に慌て始めた。顔真っ赤。

 

「あ、いや……そのっ、ち、違うの颯斗くん! 付き合ってって、そういう意味じゃなくって……!」

 

「お、おう。おう。オーケー、落ち着こう。落ち着こうか簪。そして俺も。つまりこれは、あれだな? 言葉が足りてないということなんだな? オーケーわかった。互いにちゃんとした理解をするためにちゃんとした言葉で伝えるというのが何より大事だと俺は思うんだ」

 

「う、うん」

 

 手で簪を制して、とにかく俺と簪を落ち着かせる。

 

「では訊こう。簪は、どういう意味で、俺に付き合ってほしいんだ?」

 

「ええと……そ、それは……それは……!」

 

 なぜ言うのを躊躇う? あれか? マジで付き合ってってやつなのか? いやいやそんなこと言われても早すぎるだろ。学園祭終わってまだ一週間も経ってないぞ。俺としてはもっと相互理解を深めてからだなって何を言ってるんだ俺はそういうことじゃない!

 

「か、買い物! 買い物に……つ、付き合って、ほしい……」

 

「……お、おう。買い物だな、買い物に付き合うんだな。よしわかった。日時は……今度の土曜か? 日曜にはアルカディアの職員が来るんだし」

 

「う、うん……」

 

「時間は決まってるのか? 決まってるなら場所も一緒に」

 

「え、えっと……十時に、学園ゲート前……は、ダメで……え、駅前のモニュメントで」

 

「よーしわかった。今度の土曜、簪の買い物に付き合うために十時に駅前のモニュメントだな。オーケー、予定に入れとく」

 

「う、うん。……そ、それじゃあ、作業に戻るから……!」

 

 簪は逃げるように自分の作業場へと戻っていった。簪の視線がないのを確認してから、深いため息をつく。

 

「……はあ〜っ! 危ねー!」

 

 最初の沈黙、もうちょっと長かったら恋人としてのオーケーを出そうかと若干本気で考えるところだったよ! 考えるだけで必ずオーケー出すとまでは言わないけど!

 でも、そこまでいってたらオーケー出してたかもしれないんだ。簪ってかわいいし、努力を惜しまないし、美人だし、かわいいし。かわいい二回言ってる? そんだけかわいいってことだこのやろう。

 でもこの思考はシャットだ。だって今回付き合うのは買い物だもん。そう、買い物なんだ。買い物であるんだ! だからもう間違ったオーケーをすることを考える必要なんてないんだ!

 

「……じー」

 

「……な、何かなのほほんさん?」

 

 気づくと、のほほんさんがこちらを凝視していた。眉間にシワを寄せ、口をへの字にして、なぜか不機嫌そうな表情である。

 

「じー……」

 

「な、何だよ?」

 

 何も言わずにこちらを見つめてくるのほほんさんに若干たじろぐ。

 

「……かっきー」

 

「は、はい?」

 

 しばらくこちらを凝視した後、のほほんさんは口を開いた。

 

「ヘタレー!」

 

「ぐっはぁっっっ!!!??」

 

 効いた。

 めっちゃ効いた。




 次回デートです(違
 簪との仲の進展が早すぎるかなぁ……でも、一夏は大体ワンショットでヒロイン落としてるよね。颯斗でもある程度なら許してくれると思うんだ。
 次回の投降はいつになるかな……。


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第二十二話 デートではない。一緒に街歩いて、買い物して、遊んで、ドキドキイベントとかあったりするだけだ!

 人は、それをデートと言うんや。
 早めの投稿となりました。そろそろMagic gameの更新に動きたいなぁ……。


 わかっていると思う話だが、俺は現在左肩を怪我している。

 その怪我が原因で左腕は動かせない。利き腕じゃないから全く問題ないとは言えない。問題大有りだ。

 例えば衣服。片腕動かせないがために自分一人では服の脱ぎ着が困難、もしくはできない事態になる。

 そのため、現在は他の人に服を着るのを手伝ってもらっているのだが……。

 

「着せ替え人形になるんだよなぁ……」

 

「んー? 何か言ったかしら、颯斗くん?」

 

「……いえ」

 

 楽しそうに俺のクローゼットを物色している楯無さんを見て、すでに諦めている俺は溜め息を吐く。周囲には俺の私服が並べられている。並べられていると言ってもそんなに数がある訳ではなく、加えて半分くらいが夏休みにギリシャで写真撮影された時に貰った衣装だ。俺は衣服にはかなり無頓着だ。基本学園では制服だし。

 

「んー、衣服が少ないわねぇ。これなら雑誌に載ってた衣装をそのまま着せた方がいいかしら」

 

「楯無さん」

 

「なーに?」

 

「どうして楯無さんが俺の服のコーディネートをやってるんでしょうか」

 

「だって今日、簪ちゃんとお買い物に行くんでしょう?」

 

「なんで知ってるんですか」

 

「おねーさん頑張った!」

 

 威張るところなのだろうかそれは。そして何を頑張ったんだ。

 ――そう、今日は簪と約束した土曜日である。これから簪が指定した場所へと行く予定だ。

 俺は楯無さんにはこのことについては言ってない。だって、ついて来そうだもん。バレてたけど。

 

「楯無さん、ついて来るんですか」

 

「勿論!」

 

「アトラスさんか織斑先生にに言いますよ」

 

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 とても素早い返しだった。織斑先生はともかく、アトラスさんの名前出しとけば今後楯無さんの牽制できるんじゃね?

 まあ、楯無さんは俺の護衛やってるんだし、仕事の内なんだろう。どっちかって言うと、簪が変な奴に声かけられないか心配ってのがメインっぽそうだけど。

 

「私、簪ちゃんのことが心配なのよ」

 

「ああ、やっぱり」

 

「身内贔屓だとしても簪ちゃんかわいいから、猛獣の颯斗くんに襲われて食べられちゃわないか心配で心配で!」

 

「あ、もしもしアトラスさん聞こえますか?」

 

「ストォォォップ!」

 

 携帯をひったくられた。

 結局貰い物の衣装を楯無さんに着せてもらい、約束の集合場所へ向かうことになった。あ、楯無さんは普通についてきてた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「「あっ」」

 

 約束の三十分ほど前。指定場所に着く前に簪と出くわした。

 相手より先に待っていようと思ってたのだが、どうやら相手も同じ思考だったらしい。

 ちなみにだが楯無さんはもう近くにはいない。こうなることをすでに予測していたのかそうでないのか。

 

「あー、えと……き、奇遇だな。約束の時間にはまだ早いぞ?」

 

「は、颯斗くん、こそ……」

 

 まさかこんな時間、こんな場所で会うとは思ってなかったので、若干気まずくなる。

 

「こうして早くも合流した訳だし、早いとこ買い物でも済ませるか?」

 

 そう尋ねると、簪は首を横に振った。

 

「私が行くお店、開くのが十時だから……今行っても開いてない……」

 

「あー、そっか。……ところで、何買うのか教えてくんない?」

 

 今更だが、俺は簪が何を買いに行くのか聞いていない。前回の約束を取り付けた日には日時の決定だけで、それ以降何買うのか訊けてなかった。

 

「……言わなきゃ、ダメ?」

 

「買い物に付き合う分、隠してもいずれは明らかになるぞ」

 

「……笑わない?」

 

「よほどのことじゃない限り笑わない」

 

「よほどのことだったら……笑うの?」

 

「さすがに人間、絶対とは言い切れないってこと。でもバカにはしない」

 

「……………」

 

 簪はしばらく迷ったように無言で俺を見つめた後、口を開いた。

 

「そ、その、買う物はね……アニメの、ディスクなんだけど……」

 

「ふむ」

 

「今日、発売日……だから」

 

「ああ、わかるわかる。本とかゲームとかアニメとか、発売日に買いたくなるよね」

 

「うん……」

 

「うーん、俺も何かアニメ見てみよっかなー」

 

 ギリシャ代表候補になって支給金が入り、結構懐が暖かくなっている。そろそろ何かしらの趣味を持つのもいいかなと思っている。ちなみに今までは学園に入ってからというもの、勉強だの訓練だのその他諸々で趣味に当てる暇なんてなかった。

 

「あ……それなら、私が持ってるの……貸してあげる……」

 

「お、そうか。その時は簪のオススメ頼むわ」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、店までゆっくり向かってくか。道中で寄り道しながら」

 

「……わかった」

 

 ああ、そういえば。

 

「簪」

 

「……? 何?」

 

「かわいい」

 

「――ッ!?」

 

 数秒のラグの後、簪は顔を真っ赤にして近くの物陰に身を隠した。

 おい、なぜ隠れる。照れるとかならまだしも、隠れるほどのものなのか。俺は素直にかわいいと言っただけだぞ。それが原因か。そうか。

 

「か、か……からかわないで……」

 

「からかいではないが。ついでに、服がとかそういう余計な言葉は付けてないことも言っておくぞ」

 

「……………」

 

 あ、簪の頭がちょっと容量オーバーしかけてる。

 まあ事実なんだ。私服姿の簪がかわいいことは。服の知識はさっぱりだが、薄い色合いの服がよく似合ってる。勿論簪自体がかわいいとも思っている。そう思うのが原作知識故か楯無さんに刷り込まれたか、それとも簪を意識してるのか、そのどれなのかはわからないが。

 

「じゃ、そろそろ行こうぜ簪」

 

「う、うん……あ、あの、颯斗くん……!」

 

 俺に声をかけてきた簪は、手をこちらに伸ばしてきた。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……?」

 

「……! …………っ!」

 

 なんか手を小さく降り始めた。

 というかなんか言ってくれ。テレパシーなんぞ俺にはねえぞ。

 とは言っても、伸ばした手が何を求めているのか、まあそれは一応わかるんだが。

 

「……手、繋いでほしいのか?」

 

「……ん」

 

 コクリと簪が頷く。

 それぐらい口で言え……と思いはするが言わない。きっと、俺も恥ずかしくて言えないだろうから。

 差し出されている左手を右手で取る。華奢な手を優しく握ると、向こうからも優しく握り返された。

 

「……じゃあ、行くか」

 

 少し照れくさくなった俺は、そう言って返事も聞かずに歩き出した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 多少の寄り道を経て、目的の店へ。

 この店ではアニメのディスクの他にもミュージックディスク、あとはネットからのダウンロードに必要なプリペイドカードも売っているようである。

 

「そういや、ダウンロードじゃなくてディスクで買うのな。その辺なんかこだわりがあるのか?」

 

 なんとなく気になったことを簪に訊いてみる。

 今時、アニメや音楽はディスクなんかよりもダウンロードの方が売れているという。ダウンロードの方がかさばらず、ネットワーク設備さえ整っていればわざわざ店に行く必要もないなど利便性が高いからだ。

 

「えっと……ディスクなら、揃える楽しみがある、というか……」

 

「ああ、なるほど」

 

 一方、ディスクの需要が完全に失われているかというとそういう訳ではなく、簪の言うようにコレクションとか、あとは単純にディスクの方が好きだという人もいる。そういう支持層があるため、こういうショップも生き残っていると言える。

 

「で、その今日発売というアニメのディスクは?」

 

「大丈夫。予約してあるから、レジで受け取ればいいだけ……」

 

「うん、予想ついてた。それ予約得点あるだろ」

 

「正解」

 

 また、ディスクの需要がある理由の一つとして、ダウンロードにはない予約や初回などの限定得点なんかもある。

 わかってくれたのが嬉しいのか、簪の簪から笑みがこぼれていた。

 

「それじゃあ、受け取ってくるから……」

 

「おう、待ってるぜ。今度よかったらそのDVD見せてくれよ」

 

「う、うん……!」

 

 簪が店内へ。レジにて商品の受け取るのを店の前で俺は眺める。

 受け取るだけで時間を大して使うこともなく、すぐに簪は戻ってきた。

 

「お待たせ……」

 

「そんな待ってないけどな。で、どうする? さすがにこれだけで帰るというのは時間的に早すぎる気がするが」

 

 店の開店に合わせて来たため現在十時ちょっと過ぎたあたり。昼食にもまだ早い。

 

「ここから少し歩いたところに……ゲームセンターがある……」

 

「……ああ、そういやこの辺あれか。なんか見たことあると思ったら前に一夏と歩いたとこだ」

 

「……織斑くんと?」

 

「この辺の地理に詳しくないからな。同じ学園内の男子として観光案内頼んでた。ゲーセンでも遊んだな。ひょっとしたら同じ場所かな」

 

「な、なら……!」

 

 がしっと、簪が俺の手を握って迫ってきた。な、なんだ?

 

「わ、私が案内、してあげる……色んなこと!」

 

「うおっ」

 

 ズズイっと迫ってくる簪に若干引く。

 なんか簪にスイッチ入った。無意識とはいえ一夏のワードで地雷踏んだか? 案内してくれるのはありがたいが。

 

「ダメ?」

 

「わ、わかった。案内頼む」

 

「うん。任せて」

 

 積極的な簪である。簪が積極的って珍しいんじゃないだろうか。

 さて、簪はどこへ案内するのやら。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ここは……ゲーセンか?」

 

「うん。この辺りでは、一番ゲームの種類と数が多いの」

 

 徒歩でそれなりに歩いて、ついたのはゲーセンだった。一夏と来たところより大きいのが外から見てもわかる。

 ちなみに道の途中で漫画喫茶やアニメグッズ専門店とかも紹介されたが、入りまではしなかった。漫画喫茶はともかく、アニメグッズ店とか男女のカップルが入るようなとこじゃないだろうし。

 簪の後について店内に入る。

 

「ふむ、それで簪としてはどういうゲームがお勧めだったりするんだ?」

 

「IS対戦格闘ゲームが人気だけど、シューティングゲームも種類が揃ってる……」

 

「ふむ、シューティングか。360度3Dガンシューティングなんてのもあんの? あれすごいって聞くけど」

 

「あるよ。……これ」

 

 簪が指差したのは黒くてデカい箱のような筐体だった。描かれているのを見る限り、シューティングゲームとしてはお馴染みのゾンビもののようだ。

 

「やる? 二人プレイできるけど」

 

「ん、じゃあそれでやるか」

 

 二人分の料金を払い、筐体の中へ。

 中は結構暗い。足元を線を描くように小さいライトが並んでいるのと、正面側にゲーム開始前の画面が光っているぐらいだった。

 

「はい、銃」

 

「おう。右と左、どっちにいた方がいい?」

 

「右、かな? 立つポイントは決まってるから、撃ちやすい方に立って」

 

「了解。立つポイントってこれだな?」

 

「うん」

 

 コードレスの銃型コントローラーを簪から受け取り、簪からの勧めもあったので右側の立ちポイントへ。簪がその左隣に立った。

 

「引き金引いて発射は当然として、他の操作方法は?」

 

「銃口を下に向けるとリロード、足元のチェンジボタンを押すと銃を変更できる」

 

 チェンジボタンは前後左右の四カ所。押す場所によってどの銃に変わるのか決まるのか。地味に高度な要求してね?

 

「じゃあ、始めるよ?」

 

「まあいいや。オーケー」

 

 簪が画面内のスタートボタンに銃口を向け、引き金を引いたことでゲームが開始された。

 最初にあらすじが流れ、それから周囲の画面が廃墟の景色へと変化する。

 すげえな。前後左右、どこから見ても3D画面だ。

 

「颯斗くん、来るよ」

 

「あ、おう」

 

 360度どこからでも来るゾンビをひたすら撃つ。序盤はナビゲーションがあるから後ろからのゾンビに気づけるんだが、後になってくるとナビがなくなるから気づきづらい。これ、二人プレイ前提じゃねーか? 途中から俺と簪、背中合わせでやってるし、さらに途中で簪が、

 

「颯斗くん、背中は預けた」

 

 なんて言うんだもの。この簪ノリノリである。

 簪の助けもあり、初プレイでどうにかこうにかラスボスも撃破。最終的に俺はかなりギリギリ、簪は結構ライフを余裕に残してのクリアとなった。

 

「これ、一人プレイじゃ厳しくね? 簪は誰かとやったことあんの?」

 

「一応、本音とやったことあるけど……ほとんどソロプレイ」

 

「マジでか」

 

 どうやら、こちらの予想をかなり凌いで彼女は上級プレイヤーらしい。廃人と言わないのは俺の願望だろうか。

 

「疲れた?」

 

「あー、全面3Dってのが初めてだし、確かに少しは疲れたかもな」

 

「じゃあ、飲み物買ってくるね」

 

「飲み物ぐらいだったら、俺もついていけるぞ」

 

「颯斗くん、怪我人」

 

「む……」

 

 ここでそれを言うか。

 それを言われると反論が厳しい。結果として飲み物を買いに行く簪を眺めることになった。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「簪、遅くね?」

 

 五分ほど待っているがまだ簪が帰ってこない。何買うのか迷っているのか? 簪がここで迷うとかあるわけないだろうし。

 

「……いやいや、まさかな」

 

 一つ思い当たった妄想にかぶりを振るが、考えたせいで不安になってきた。

 様子を見に行こう。確か簪が行った方角はこっちで合っているはず。

 簪が行ったであろう方角に向けてゲーセン内を歩くと、自販機のある休憩コーナーを見つけた。それから、壁を背にチャラ男に絡まれている簪も。

 

「つれないこと言わないでさぁ〜、俺達と遊びに行こうぜ? な?」

 

「だから、待たせてる人がいるから……」

 

「とは言っても、その一本の缶ジュースはどうせ自分用なんだろ? つまり今暇なんだろ? だから行こうぜ?」

 

 三人のチャラ男は簪を取り囲むようにしてナンパしている。元々内気な簪はチャラ男の包囲網から脱せずに追い詰められているといったところか。チャラ男達に口々に口説かれ続け、弱っているみたいだ。

 

(よし、あいつらぶっ飛ばそう)

 

 とは言っても男性IS操縦者であると共にギリシャ代表候補生の身。先手でぶっ飛ばして問題起こしたとなったら色々迷惑をかけることがあり得る。怪我があるからガチの喧嘩は危ないし、そもそも授業で護身術習ってるとはいえ生身での喧嘩自体強くないし。なので、うまくあいつらを退かせることにする。

 とりあえず近づき、簪の腕を掴もうとするチャラ男A(暫定名称)の腕を掴んで止める。

 

「俺の連れに何か用で?」

 

「あ? なんだお前、お前には関係ねーじゃん」

 

「あ……」

 

 簪が王子様――いや、簪的にはヒーローか? どっちでもいいけど――を見る目で声を漏らしたがひとまずチャラ男の対処に集中する。フラグをより強固なものにしてるんじゃないかとか考えるのはやめておこう。

 

「連れだと言った。関係ない訳がないだろう? ああそれとも、ナリの悪いお前らはそれが理解できないくらい頭も悪いのか?」

 

「ああ!?」

 

 煽り文句にいい具合に反応してくれたチャラ男Aがこちらの手を振り払う。

 続いて三人の中で比較的がたいの大きいチャラ男Bが俺の前に立った。左右交互に拳を手で包んでパキパキ音を鳴らしている。あれって、関節の中にある空気が破裂してる音なんだってさ。豆知識。

 

「謝るなら今のうちだぜ? 怪我が増えちまうぞ」

 

 チャラ男Cが煽ってくる。だが俺は平然とそれにカウンターをする。

 

「ああ大丈夫。こいつよりは強いから」

 

「だったらやってみろぉ!!」

 

 チャラ男Bの右ストレート。

 喧嘩に強くない俺だが、今の俺にとっては驚くほどに遅い(・・・・・・・・・・・・・・・)

 右手で添えるように流す。そうしてがら空きとなった相手のボディ、その鳩尾に、精密に右拳を突き刺した。

 

「ごぶぇっ!?」

 

 特に腹筋が硬いという訳でもなく、あっさりと急所に入った一撃にチャラ男Bは撃沈、悶絶。

 

「な、な!?」

 

「て、てめえ!」

 

「あー、色々言いたいことはあるだろうが、こちらから先に言わせてもらうぞ」

 

 一発KOで意外にすっきりしたし、これ以上こいつらに時間取られるのも癪なので、身構えているチャラ男AとCには親指をゲーセンの出入り口方面へと向ける。

 

「ゲーセン内で警察見た。呼ばれる前にとっとと帰れ」

 

「――ッ!?」

 

「や、やべえ! 早く逃げるぞ!」

 

「ちょっ……待っ……」

 

 警察という単語に顔を青くしたチャラ男達はそそくさと逃げていった。

 女性への強引な勧誘は犯罪扱いされるこの現代。それをこうやって活用する日が来るとは。あ、ちなみに警察がいるというのはハッタリだ。警備員ぐらいならいるだろうが、少なくともこの場で呼んですぐ駆けつけては来ない。

 さて、

 

「簪、大丈夫か?」

 

「あ……う、うん。ありが、とう……」

 

 缶ジュースを両手で弄びつつ顔を俯けて簪が礼を言う。こういう仕草がかわいいんだと思う。

 

「颯斗くん、その……格好良かった。綺麗にかわして、一発で倒しちゃって……」

 

「あー、あれな。ネタばらしをするとハイパーセンサーの力ってすげー。になるんだけど」

 

「うん……うん?」

 

「ISの部分展開利用してハイパーセンサー起動してた。あ、これ他んところでは内緒な」

 

 人間の視覚など比べ物にならないほどの解像度をもつハイパーセンサー、それを使えば生身の人間の挙動を見切るのも訳がない。ISの無許可使用? バレなきゃよかろうなのだ。

 

「とまぁ、ネタばらしするとチート使ったようなもんなんだが……がっかりしたか?」

 

「……ううん。それでも、颯斗くんが助けてくれたから、いいの。そして……ごめんなさい。私が、ここを案内したから、迷惑、かけちゃって……」

 

「簪のせいじゃないだろ。今回は時と運が悪かっただけだ」

 

「でも……」

 

「それに迷惑なんて、簪を守れたからもうどうでもいいんだ」

 

「……………」

 

 簪の顔が赤いことについては触れないでおこう。だからのほほんさんにヘタレ言われるんだろうけど。

 さてどうするか。とりあえず別の話題に切り替えたい。

 

「あー……そういや、その缶ジュースは?」

 

「……あ、うん。勝手に選んじゃったけど、これ」

 

「まあ指定してなかったからな。ありがとう」

 

 差し出された缶ジュースを受け取る。近くの椅子に押さえつけてタブを起こし、フタを開ける。そして中に入っているスポーツ飲料水を飲む。少し甘めの味を感じながら喉を通していく。

 

「……そういや、簪は自分の分は買ってないのか?」

 

「あ、う、うん。の、喉……渇いてないから……」

 

「そうか? ならいいけど」

 

 缶ジュースだと持ち運びは向かないのでこの場で飲み干す。そしてちゃんとゴミ箱へ。

 

「さてと、これからだが……って、簪、どうした?」

 

「……なんでもない」

 

 ぷくぅ、と簪が頬を膨らませていた。

 なぜだ。ジュースを一人で飲み干してしまったからか? 関節キッスでも狙ってたってのか? 恥ずかしいんで勘弁願いたい。

 

「で、どうする? さすがにさっきのような奴が何度も出てくることはないだろうし、せっかくだからもうちょい遊ぶか?」

 

「……いいの?」

 

「一応俺としては、簪のイチオシとか知りたいところだな」

 

「……わかった。じゃあ、こっち……」

 

「おう」

 

 気を取り直して、俺達はゲーセン内を巡った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ゲーセンで遊んだりその近くのレストランで食事したり、その他色々やってる内に時は夕方。

 俺と簪はIS学園に戻り、互いに自分の部屋に向けて寮内の廊下を歩いているところだった。

 

「颯斗くん、今日は……ありがとう」

 

「ああ、こっちも楽しめた。明日は頑張れそうか?」

 

「うん……」

 

 明日、簪はアルカディア職員との打鉄弐式共同開発だ。俺はオメガ開発の方を手伝うことになってる。アルカディア職員が来ればもう俺が手伝えることもないし。一応、同じ整備室で作業するため、様子を見るぐらいならできるだろう。

 

「じゃ、俺の部屋はこっちだから」

 

「うん……それじゃあ」

 

「おう」

 

 簪と別れ、自室へと戻る。

 鍵は……開いてた。もう戻ってたのか。

 簪がいないのを確認してから、扉を開けて中へと入る。

 

「ただいま戻りましたー」

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

「チェンジで」

 

「いやん」

 

 即答して、裸エプロンの同居人をシャワールームに押し込む。もう扱いもぞんざいになってきたな。

 

「簪ちゃんとのデートはどう? 楽しかった?」

 

「デートではないんですけど。まあ楽しかったですよ」

 

「簪ちゃんに変なこと、しなかったわよね?」

 

「尾行してきてよく言いますね」

 

 あ、尾行で一つ思い出した。

 

「そう言えば、簪がナンパされてた時に助けに行かなかったんですね。俺より先に把握してなかったんですか?」

 

「把握してたわよ? でも助けに向かったら尾行がバレて気まずくなるから出る訳にはいかなかったのよ。颯斗くんがあと五秒くらい遅れてたら私が動いてたけど」

 

 あ、そうだったんだ。危ねえ。

 シャワールームの方に制服を置いていたらしく、楯無さんが制服姿となって出てきた。手にしてある扇子には『感謝』の文字。

 

「だから簪ちゃんを助けてくれたことには礼を言うわ。ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「お礼に、私とイイことができるゲームを……」

 

「王様ゲームはいやですよ。俺からしたら罰ゲームです」

 

 前に一度やらされたことがあったが、楯無さんが王様になってキスさせられた。ちなみに手の甲にキスすることになった。

 この王様ゲーム、勝っても負けても特別俺にメリットないんだよなぁ。負けたら文字通り罰ゲームになるし、勝ったとしても楯無さんに何命令すればいいんだか。

 しかし俺が拒否するのが見えていたようで、楯無さんはふふんと不敵な笑みをとった。あ、これ避けられないパターンだ。

 

「そーお? なら時間が余っちゃうから、颯斗くんのIS無断使用について報告に行こうかしら?」

 

「……王様ゲーム、やりますか」

 

 結果としてまた楯無さんに命令されるハメになった。不正はなかった。運命力が足りない。

 ちなみに命令は、今日俺が簪にかわいいと思ったことを全部言うこと。途中から楯無さんによる妹自慢になってた。



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第二十三話 抜き調整って言ったらポケモンが思い浮かぶんだけど、他に何あるん?

 更新がISばっか。やらないよりはマシだと言い訳。
 リアルでは遊戯王やってるのですが、最近最新パックでクリフォートとファーニマルをそれぞれ作りました。
 召喚師のスキルとディスク高すぎ。ファーニマルはデッキパワー低すぎ。
 やっぱ征竜が一番経済的でしかも強い。テンペストとタイダル除外してばっかだけど。主力がランク4と8のエクシーズだけど。


 俺の腕が治った。

 月曜の放課後のことである。ようやく左肩が解放された。解放されて数日は派手に動かさないように制限されたが、大会当日までには平気になるらしい。

 で、今日はその翌日の火曜日。今日は第六アリーナにて高速機動についての授業である。今度の日曜日に開催されるキャノンボール・ファストに向けてのものだった。

 

「それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいますね!」

 

 そう言う一組副担任、山田真耶先生の手が向く先にいたのは、俺とセシリアであった。

 

「まずは高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 

 ブルー・ティアーズのビット兵器全てを推進力に回した構造となっているらしい『ストライク・ガンナー』。その速度は現在の第三世代機の中でも上位に位置するとか。

 見た目的には腰部に連結したビット兵器がスカートに見えなくない。

 

「それと、通常装備ながら非常に高い機動力を持つ傘霧くん! この二人に一周してきてもらいましょう!」

 

 頑張れー! という応援の声に手を振って返す。そして空中のスタート地点へ。

 通常、ISの高速機動時には専用の補助バイザーを用いるものだが、そこは最速機エックス、最初から高速使用である。俺にとっては結構慣れた視界だ。

 

『颯斗さん、病み上がりとはいえ手加減しませんわよ』

 

 セシリアからのプライベート・チャネルだ。楯無さん以外では初めてかも。

 ええと、プライベート・チャネルの使用イメージはどうだったかな。確か教本では頭の右後ろ部分で通話だっけ? 俺の場合は確か……あれだ、頭に電波塔を立てて念力送ってるようなイメージ。どうしてこうなった。

 

『それでいい。エックスの速さを比較検証できる』

 

『ふふふ、その余裕も今のうちでしてよ』

 

『安心しろ。余裕なんて最初っから欠片もないから。エックスの得意分野が来て勝てると思ってたがそんなことなかったかもしれない』

 

『……不憫ですわね』

 

 一週間のブランクは俺にはかなり厳しいんだよなぁ……。どこまでいけるのやら。

 っと、もうすぐスタートだ。

 

「では……3・2・1・ゴー!」

 

 フラッグの合図と共に飛翔、そして一気に加速する。

 エックスと共に何度も見てる超音速の世界を駆けていく。

 もうすぐコーナーだ。できるだけ速度を緩めずに曲が……り?

 

(危ねえ危ねえ危ねえっ!!?)

 

 減速と旋回を急ぐ。予想以上に大きく外側に流れていき、危うくモニュメントに接触しそうになる。危ねえ、ちょっとの接触でも超音速では大事故に繋がりかねなかった。

 速度を出しすぎたか? コース取りが甘かった? 考えられる原因はいくらかあるが、いずれにしてもブランクで感覚が鈍ってるのは事実だ。こりゃホントにやばいな。

 

『お先に♪』

 

 俺がコースから外れている間に、セシリアがインコースを取って俺を追い抜いた。

 

「負けるかっ」

 

 今回は勝ち負けではないのだが抜かれたままではいられない。機体の制御、特に速度に注意しながらセシリアの後を追う。

 

『追い抜かせてもらうぜ』

 

『なら、次のコーナーでまた逆転させていただきますわね』

 

 直進では俺、カーブではセシリアと前後を何度も変えながらタワー頂上から折り返し、今度は地表を目指す。

 最後は両者ほぼ同時に地表に到着……だが、

 

「うおっとと」

 

 俺はギリギリ、地面に足をつけての停止となった。パラシュートで降りる時のように、勢いで少し(ISにとっての少しは人間にとってはそれなりになる)の距離を走ってようやく止まる。セシリアは余裕の地上十センチストップ。

 本来なら安全のためにセシリアのように地表から十センチ以上の距離で一旦止めることが必要だ。俺は奇跡的にクレーターができなかったが、その決まりを破ったことに変わりはない。

 

 スパァンッ!

 

「馬鹿者。いきなり地面に足をつけるな」

 

「すいません……」

 

 つまり、こうなる。具体的には織斑千冬先生からの出席簿制裁が来る。

 

「モニュメントに接触しかけもしたな? 機体制御がなってない。キャノンボール・ファストまでにはうまく制御しろ」

 

「は、はい」

 

 厳しいが正論。甘んじて受ける。せっかく自分の土俵で戦えるのに、この制御技術では本当に負ける。なんとかしなくては。

 織斑先生による開始の号令を受けて、生徒達が一斉に動き始める。

 俺もその場でエックスの出力調整をやってると、山田先生がこちらにやってきた。胸元が開いたISスーツだが気にしない。ウチの同居人のちょっかいに比べたらマシだ。

 

「傘霧くん、先ほどの実演は危なっかしかったですけど、加速の思い切りの良さは私は評価しますよ」

 

「はあ、ありがとうございます。でも今回の大会では少し速度を落とした方がいいですかね? 安全もありますし、落ちた分はコース取りを良くすれば」

 

「確かに、それもそうですね。調整の仕方はわかりますか?」

 

「ええ。シエルさんにも教えていただいてますし」

 

「アランソン局長ですね。一点特化でクセの強い機体が多いですが、ヴァルキリー入賞の機体を手がけたこともあるすごい方ですよ!」

 

 へえ、そうだったのか。過去の機体探ったらやっぱりロクゼロが出てくるのかな。

 

「ああそれと、少し関係ないことをお聞きしたいのですが……」

 

 山田先生が歯切れ悪くそう訊いてきた。恥ずかしいことなのか、顔が若干赤い。

 

「その……私のISスーツ、新調した方がいいのでしょうか。織斑くんが私の、む、胸を意識しちゃうみたいなんですが、傘霧くんはどうなのかなって……」

 

「あー……俺の場合はですね、その、多少の刺激には慣れたと言いますか……山田先生は俺と楯無さんが同居状態であるのは知らないんですか?」

 

「ああ! そうでした……って、刺激に慣れたってどういうことですか!? まさか、更織さんと……あああんなことや、こ、こんなことも……」

 

「やってませんから」

 

「何してるんですか山田先生……」

 

 おおう、山田先生の後ろに織斑先生が。ちょっと俺もびびった。

 

「あ、いや、これはですね……」

 

「山田先生、訓練機組の指導に向かってください。傘霧、お前はスラスターの追加などをしないのであれば織斑、篠ノ之と意見交換をしてこい。というか、二人に出力調整を教えてやれ」

 

 厳しい(確信)。

 という訳で二人して腕組んで唸ってる一夏、箒の元へ。

 

「ようお前ら、織斑先生の命によって出力調整を教えにきたぞ」

 

「ああ、颯斗。ちょうどよかった、どういう調整をすれば勝てるかわからないんだ。頼む、アドバイスをくれ」

 

「オーケー、今から言う数値を教えてくれ、現時点でのエネルギー効率を計算する」

 

「計算して出るものなのか?」

 

「出なかったらやらない。IS用の計算式ってものがある」

 

 本来なら二年から学ぶものだが、その二年とよく一緒になってるため教えてもらった。エックスの出力調整をする時に度々使っている。ちなみに機体の調整自体もシエルさんや楯無さんの助けが多いが結構やってる。

 紙とペンを取ってきて、ガリガリと計算式を書いていく。

 

「えーっと、確か公式がこれだからそれに数値を当てはめてだな……これがこれで、こうなって……あれ、数値がおかしいような……あ、これ計算式違った」

 

「おい、大丈夫なのか?」

 

 箒からそう言われる。口調からして呆れから来た言葉のようだ。

 

「すまん、今度こそ合ってるはずだ……合ってる……よな?」

 

「うおい」

 

「いや、一夏。お前、どういう方針でこんな調整した?」

 

「《雪片弐型》を封印して速度全振り。強いて言うなら颯斗を抜くのを目指した」

 

 納得と同時に頭が痛くなった。

 

「……ああ、そうか。いや、でもダメだろこいつは。気づけよ」

 

「ど、どうした?」

 

「一夏、簡単に言おう。これじゃあゴールテープ切れない可能性が高いぞ」

 

「えっ」

 

「エネルギー効率が悪すぎる。これじゃあ下手に妨害受けるとそれでもうゴールできなくなるぞ」

 

「マジで!?」

 

「マジで」

 

 一夏の調整は確かにエックスを超える速度を数値として叩き出していた。

 しかし、エネルギー効率が見事に投げ捨てられていた。コースアウトなし妨害なしでなんとか持つぐらいの状態だった。

 キャノンボール・ファストは他機に対する妨害がありだ。むしろ妨害し妨害を避けながら走るのが重要と言っていい。当然、エネルギー配分も多少の妨害を受けること前提で行うものである。

 つまり、一夏の配分はその前提を捨てたものになっているのだ。一応、理由を並べたら理解できない訳ではないが、これでは勝つどころか完走できるかどうかの話になる。

 

「修正するぞ。コンソール調整だけでいけるかな……」

 

 しかし今になって整備に呼べるような暇人はいない。アルカディアスタッフも忙しいし。なのでコンソール調整だけでどうにかするしかない。

 とりあえずまず速度。本当なら高機動調整後の誰かを抜ける調整をしたかったが、わざわざ敵にスペックデータくれる訳ないので、山田先生の教導用ラファールのデータを一夏に持って来させ、それを暫定基準として抜くように調整。

 これで余った分をまずは腕装備《雪羅》に回す。威力は相手を押し飛ばせる程度に、必要最小限にしておく。あとは速度の追加や補助システムやその他に分配。原作を考えて戦闘力をこっそり上げとくのも考えたが、調整した数値を元に戻すのは簡単なのでやめた。

 

「こんなもんか……?」

 

「これで大丈夫なのか? 随分速度が減ったみたいだけど」

 

「だから雪羅使えるようにしたんだろが。とはいえ速度は結構落ちたから、一回乗れ。その後の調整はそっちでやってくれ」

 

「い、一夏! ならばわ、私が相手になってやろう!」

 

「え、でも箒は颯斗に調整頼まなくていいのか?」

 

「後でいい! ほら行くぞ!」

 

 一度乗れと言ったら、箒が一夏を引きずっていった。

 後でいいという思考はいかんと思うが、紅椿は弄る気にならんな。そもそも俺整備科じゃないからね。それに束印の専用機を弄るなんて、ぶっちゃけ怖いし。色んな意味で。

 とりあえず今は相手がいなくなって自分に集中できるようになったため、エックスの調整に集中しよう。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「なんとか大会までの準備はできたな」

 

「うん……その、最後までこっちに付き合わせて……ごめんなさい」

 

「いいって。こっちの調整にも付き合ってもらったんだし」

 

 大会前日。俺は簪の機体調整と特訓をアリーナと整備室が使えるギリギリまで付き合い、現在は一緒に食堂に向かっていた。

 打鉄弐式、及び高速機動パッケージ『電光石火』は日曜日に一気に完成、それから今日までずっと機体調整と簪の特訓の日々だった。付き合ったおかげで機体スペックが大体わかった。

 『電光石火』についてだが、速度を大幅に引き上げるために八連装ミサイルポッド《山嵐》のほとんどを封印。スラスターの大型化と大出力化がなされている。

 結果として、《山嵐》の発射口は左右にそれぞれ一カ所ずつ、最大で同時に十六発が限界になっているが、製作者であるシエルさんは妨害する分にはそれで十分と考えたのだろう。武装としては他にも荷電粒子砲とかあるんだし。

 なお、速度は最速でセシリアより僅かに遅いぐらいか? 安定性が高いらしいのだが、それは打鉄系統故かシエルさんがそう計らったのか。

 

「「「傘霧くん!!」」」

 

 食堂に入るなり、いきなり女子に囲まれた。

 簪、驚くのはわかるが俺を盾にしないでくれ。それと女子達も、それで「あああー!!」とか叫ぶな。ある意味自業自得だ。

 

「ど、どうした?」

 

「私をお姫様抱っこして!」

 

「いいえここは私を!」

 

「いやいやここは一番軽い私が!」

 

「わ、私は二番目でもいいですので……」

 

 どういう状況だ。まったく意味がわからないぞ。あ、鷹月さん見っけ。話を聞こう。

 

「鷹月さん、説明プリーズ」

 

「えっとね、織斑くんがボーデヴィッヒさんをお姫様抱っこして食堂に入ってきたのが始まりで……」

 

「また一夏か! 却下だ! んなもんやってた本人に要求してろ!」

 

 キレ気味になりながら対応して、なんとか女子達を下がらせた。三分ぐらい使った。

 

「やっと行ったか、全く……簪、何食うか決めた?」

 

「……………」

 

「簪?」

 

「……っ!? あ、いや……な、なんでもない、から!」

 

「ああ、うん。なんでもないならいいや。で、何食うか決めた?」

 

「う、うん」

 

「なら早いとこ食券買って食おうぜ」

 

「うん……」

 

 食券買って料理を受け取る。俺が買ったのは日替わり丼。今日は海老天丼だった。かなりでかい海老の天ぷらが二つデデンとご飯の上に乗っかっている。度々思うんだがここの食堂の料理、高校の食堂にしては豪華すぎねーか? ちなみに簪が買ったのはスープカレーだった。うまそう。

 空いてる席に座り、食事を始める。簪がおとなしい性格であることもあって会話がなくなるが、嫌いではない。というか俺、IS学園に来るまで(転生前含む)は基本一人で黙々としている感じだったし。ボッチではないからな。

 楯無さんとの同居や、一夏の周りでよく起きる騒ぎのせいで騒がしいのには慣れたが、こうやって静かに落ち着けるのはありがたい。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……どうした?」

 

 チラチラと簪からの視線が気になったため、一旦食事の手を止めて尋ねる。

 

「あ、えっと……颯斗くんは、明日の大会、自信……ある?」

 

「自信? そうだな……ないって言う訳にはいかないかな。エックスに乗ってるんだし、性能で見れば優勝候補レベルなんだ。操縦者のせいで負けたとかにはなりたくない」

 

「そう……」

 

「不安なのか?」

 

 コクン、と簪は小さく頷いた。

 

「そうだなー、まあ……最初がうまくいかないのは当然なんだし、あまり思い詰めずにやるのが一番なんじゃない?」

 

「そんな簡単に割り切れたら……苦労しない……」

 

「そう言われてもな……まああれだ、頑張れ。んでもって次に繋げればいいんじゃないかな」

 

「適当……」

 

 ぐっ、これでも今必死にアドバイス考えたのに。

 簪の反応に苦い顔していると、何がおかしいのか簪がクスリと小さく笑った。

 

「でも……ありがとう」

 

「お、おう」

 

「私、頑張る。優勝狙う」

 

「いい心構えだ。だが勝つのは俺だ」

 

 俺の台詞が悪役じみているが気にしないでおこう。明日が楽しみだ。

 ……亡国機業来ないでくんねえかなぁ。




 次こそはMagic gameをと嘘予告。いつの間にかこちらの話が数話分溜まっているという罠。
 すいません、待ってる皆さん。できるだけ早く書き上げます。


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第二十四話  キャノンボール・ファスト

 キャノンボール・ファスト当日。ピットでは一年専用機持ち勢が機体の最終確認、調整を行っていた。

 会場では現在二年生がレース中で、かなりのデッドヒートだそうだ。ちなみに楯無さんは今やってるのとは別のレースで一位を勝ち取ったとのこと。

 

「みんなやる気満々だなぁ」

 

「そりゃそうだ。ところで、一夏は白式の調整はいいのか?」

 

「ああ。颯斗の調整をちょっと弄った。これで行くぜ」

 

 そうかい。

 それから二、三ほど言葉を交わしてから、一夏は他の人のところに行った。

 ふと気になって簪を見る。彼女も自身の機体の最終確認に忙しそうだった。

 だけどそれ以上に、緊張してそうだなぁ。緊張しすぎていたりとか、思い詰めていないかちょい心配だ。

 

「……………おやおやぁ?」

 

 ……なんてしばらく見ていたら、面倒なことに俺の様子に気づいたらしい鈴音がニヤニヤとした目でこちらに寄ってきた。

 いや、鈴音だけじゃない、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ……って、いつもの五人じゃねーか! 一夏はちょうどコンソール画面見てるし!

 

「いやぁ、颯斗も隅に置けないね?」

 

「そう言えば、お前とそこの更識簪の間柄は噂で耳にしているぞ。何が、とは言わないし、だからなんだとも言えるがな」

 

「ま、私には関係のないことだがな」

 

「で……どうなのですか?」

 

「付き合ってんの? もう告ったの?」

 

 上からシャルロット、ラウラ、箒、セシリア、鈴音。

 女三人寄れば姦しい。五人集うと正直ウザい。とっとと撃墜しよう。

 

「付き合っても告ってもいないけど、あいつの好意にはまぁ気づいているぞ。少なくとも告ってない上に好意に気づかれてもいない誰かさん達よりは良好なんじゃないかな」

 

「「「「「がふっ……」」」」」

 

 撃墜完了。沈黙している五人は放置に限る。――後日、どういう経緯で好意に気づいたのか、好意に気づかせるにはどうしたらいいのかを五人から訊かれることに。

 あいつらはほっといて簪の元へ。なんか会話してたら簪の緊張も解けるかなぁと希望的観測。

 

「簪、調子はどうだ?」

 

「あ、颯斗くん……調子は……そこそこ、かな」

 

「そこそこかぁ。まあ悪くなければなんとかいけるさ」

 

「私、負けない」

 

「その心意気だ。だが勝つのは俺だ」

 

「……颯斗くんにだって、負けないもん」

 

 そこそこの調子はどこへ行ったのやら。もう完全に勝つ気満々である。

 しかしそれがいい。どんな関係だろうが、同じコースに並べば全員ライバルだ。

 

「そろそろ俺たちのレースだな。お互い頑張っていこうぜ」

 

「うん。……あの、颯斗くん」

 

「うん?」

 

「……ありがとう」

 

「なに、俺は特別何もしてねえよ」

 

「皆さーん、準備はいいですかー? スタートポイントまで移動しますよー!」

 

 山田先生からの移動指示だ。各々が頷いて、ピットから移動を開始する。

 アナウンスで俺達のレースが開始されることを告げられると、会場が一気に湧き立った。

 なんせ、専用機持ち八人、しかもそのうち二人が男性だ。観客にとってはこれが一つの目玉なんだろう。

 各自所定の位置に着き、スラスターを点火する。

 

「……………」

 

 俺は静かに、前方上部にあるシグナルランプが点灯するのを見守る。

 

 3……2……1……スタート。

 

 わざと一瞬遅れて(・・・・・・・・)急加速し、一夏の真後ろに付かせてもらう。

 

「後ろ、邪魔するぜ」

 

「颯斗!? お前なら前に出れるんじゃないのか?」

 

「馬鹿正直に出る訳ねえだろ」

 

 今先行しても後ろからの妨害でフルボッコなだけだ。まずはスリップストリームを利用して消費を抑えながら進む。そして機を見て一気に抜き去るつもりだ。

 っと、ラウラの牽制射撃が来るな。一夏から離れてロールでかわす。シャルロットが前に出るが……こっちは置いとこう。後ろにいる簪が気になる。

 

「行くよ……打鉄弍式……!」

 

「うおおっ!?」

 

 簪が発射した十六発のマルチ・ロックオン・ミサイルが俺達全員を襲う。事前に知っていた俺はともかく、簪との面識がほとんどない他の六人はまともに食らって大きく減速、簪が一気に前へと進む。マルチ・ロックオン・システムをたった数日で組み上げたシエルさんもすごいが、システムに干渉して軌道修正をしてる簪も十分すごい。

 さて、ここで一度抜きに行くのもいいだろうか。簪は《山嵐》を撃った直後。他は《山嵐》の直撃で一時コースアウト。今なら一気に抜いて差をつけることも可能か。スラスターの出力を上げるべく集中する。

 しかし、横から飛んできた赤いレーザーが俺の集中を遮った。

 

「うおっ!」

 

「トップは渡さん。お前はこのレースでは屈指の強敵だからな!」

 

「行かせてくれてもいいだろうに!」

 

 紅椿の刀から発射されるレーザーをうまくかわし、先行組の後を追う。現時点での先頭は簪、シャルロット、ラウラ、中間はセシリア、鈴音、俺、後方に一夏と箒といったところ。

 できるだけエネルギーの浪費は避けたいところだが、そんな俺の意思に反してレースは混戦状態となっていく。

 レースは二週目。そこで異変が起きた。

 最初に気づいたのは俺だった。俺が序盤はある程度後ろにつくようにしたのは作戦であり、同時に警戒するためだったのだから。

 ハイパーセンサーが上空の機体を察知。狙いは――先行組!

 

「ちぃっ!!」

 

 スラスターの出力を全開にする。まだ気づいていないセシリアと鈴音から妨害を受けるが構わない。先行組に急ぐ。

 だが、三人の元に届く前に上からの狙撃がラウラ、シャルロットと順に撃ち抜いていく。突然の狙撃に簪は驚き、対処が遅れていた。格好の的だ。

 

「簪ぃぃぃっ!!」

 

 簪を狙ったビームが発射される。俺は簪に追いつき、とっさに射線に躍り出た。そうして左肩を撃ち抜かれ、衝撃で落下する。

 落下する時、ハイパーセンサーは襲撃者の口元がにやりと歪むのをはっきりと捉えた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「派手にやってるなあエムは」

 

 高層ビルの屋上、その(へり)に足をかけている少年が、スコープに目を通しながら言った。

 少年の歳は、一夏や颯斗と同じくらい。青いジャケットを羽織り、風で茶色の髪が掻き分けられている。緑の瞳はスコープ越しに二キロ先の会場での騒ぎをはっきりと捉えている。

 そのスコープが付いているのは、ISの長距離射程実弾狙撃銃《鉄の突風(アイアンガスタ)》。本来ISには射撃補助機能があるため武器にスコープなどはついていないのだが、これを扱うために取り付けてある。

 そう、これから使うのだ。彼が(・・)ISも使わずに(・・・・・・・)

 いや、正確に言うなら彼にはISは使えない。ごく僅かな例外を除き、ISは女性にしか扱えないのだから。

 

「エム、ちゃんとやってくれるかな? 余計なことしないでいてくれるといいんだけど」

 

「スコールも現場にいるんだ、作戦実行中に変な真似はしないさ。寧ろ、その後で何かやらかしたりしないかが不安だ」

 

「ああ、やっぱりそうなる?」

 

 少年の左隣には青年がいた。少年とは対照的に赤い服を着て、金髪を長く伸ばしている。

 青年は自身のかけている眼鏡を軽く掛け直してから、言葉を放った。

 

「さて、『トリガー』。やることは分かっているよな? スコール及びエムの援護。お前の負担や、こちらがバレる危険をできるだけ避けるため、狙撃は一発限りが望ましい」

 

「わかってるよ『キャリアー』。スマイルもあっちで援護してくれてる。こっちもうまく一発で援護するよ」

 

 トリガーと呼ばれた少年は、自身の身の丈を軽く上回る狙撃銃を構えた。

 トリガーに動きがなくなる。時が止まったかのように、トリガーは微動だにしない。

 雑音がなくなる。雑念がなくなる。トリガーの視界はすでにスコープの中心しか見えていない。思考は撃った後の結果がどうなるかのシミュレートに特化される。

 そして全ての条件が揃ったその瞬間、

 

 ――ガアンッ!!

 その引き金(トリガー)が、引かれた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「いてててて……くっそ、まーた左肩かよ」

 

 地面に墜落して、痛む左肩をさする。今回は防御貫通こそされなかったものの、受けた衝撃で痺れたように痛い。スラスターもXカノンも無事なのは奇跡的だった。

 上空ではセシリアと鈴音が襲撃者――サイレント・ゼフィルスを駆る織斑マドカへと立ち向かっている。もうすぐ一夏も増援に駆けつけるだろう。だが三人ともキャノンボール・ファスト用の調整で火力不足だ。自慢する訳じゃないが、この場で通常戦闘ができる装備なのは俺が唯一と言っていい。

 救援に向かうため、まず上体を起こそうとする。が、

 

「初めまして、傘霧颯斗さん。申し訳ありませんが、動かないでもらえますか?」

 

 薄い紫の髪を伸ばした男が、ニコニコとした笑みを浮かべながら巨大なパイルバンカーをこちらに向けてきた。

 

「……は?」

 

 思わずそんな声が漏れた。直後から鳴り出す回避推奨の警告。

 男が持っているパイルバンカー――データ参照、装備名称《ヘルゲート・ノッカー》と一致――は、めちゃくちゃ巨大だった。

 『地獄門叩き』の和名に恥じない、赤黒く禍々しい形状。サイズとしては小型のISと同じぐらいあるんじゃないだろうか。

 何より驚きなのがそれを持っている男の方で、そんな馬鹿でかい武器をISどころかサポーターもなしに右腕一本で構えているところだ。さっきの参照データや、うるさく鳴り続いている回避推奨の警告から考えるに、突きつけているそれが偽物であることはないと思うが。だとしたら、何? この男細い見た目してグルメ細胞かなんかで強化でもしてんの?

 

「颯斗くん……!」

 

 簪の声だ。ハイパーセンサーで確認すると、荷電粒子砲《春雷》を手にしているものの、オロオロとしている簪の姿があった。

 ……あー、うん。とりあえずだが、やるべきことは実行すべきな気がする。気を切り替えて簪に声を張り上げる。

 

「簪! セシリア達の援護に迎え!」

 

「で、でも……」

 

「急げ! 俺もすぐにこいつをなんとかする!」

 

「……、……う、うん……」

 

 躊躇いながらも簪が上へと飛んでいくのを確認してから、再び意識を男に集中する。

 

「なんとかする、ですか。なかなかの自信ですねぇ」

 

「IS以上の兵器はないと思ってる。回避するだけならどうってこともないだろ」

 

「ええ。その見解は全て正しい。ですので、あなたにここで留まってもらう理由を用意しました」

 

 言って、男は空いてる左手で懐から何かを取り出した。

 握りやすそうなグリップ。その先にスイッチが頭を出していた。なんていうか、漫画でよくあるような、親指一つでドカーンみたいな、そんなスイッチ。

 

「起爆装置の作動スイッチです。これにより、私は親指一つで観客席の至るところに仕掛けられた装置が爆ぜるようになっております」

 

「予想的中だなあおい!」

 

 観客席は見る限り、現在パニックに陥っていて避難誘導がうまく行き渡っていない。こんな状況で爆弾でも爆発されたら被害と混乱が計り知れない。早い話が、人質を取られた状況だ。

 簪をさっさと行かせてよかった。簪まで釘付けにされるのは厄介だった。

 

「……何が要求だ? IS解除してついてこいってか?」

 

「今回は特に何も要求しませんよ。強いて言うなら。このまま動かずにいてもらいたいですね」

 

「あ?」

 

「不思議な話ではないですよ? すでに私は眉間に銃口が突きつけられています。連れ去ろうとしてもあなた方の抵抗や妨害を受けては堪りません。自分の安全を確保するためにも、ここはあなたにじっとしてもらいたいんですよ」

 

 そもそも、あなたの足止めが今回の仕事なので。と男は付け足した。

 機体データが漏れてんのか? でなければ俺を狙って足止めする理由が見当たらない。優秀な代表候補生を足止めした方が有利と考えるはずだ。

 それと、奴に銃口が突きつけられているということは、教師もしくは他の学生が控えているのか。状況的に、俺が人質になっていることと爆弾のことで下手に出れないってところか。

 さて……、と男が口を開いた。思わず表情が強張る。

 

「雑談しませんか?」

 

「……は?」

 

「暇なんですよねぇ。あなたもそうでしょう?」

 

「……そのパイルバンカーと爆弾さえなければ、俺は大忙しなんだけど」

 

「これは無くせませんよ。では始めましょう」

 

 勝手に始めるなよ。という俺の抗議は無視された。

 

「エルピスはどうしましたか? アフールが乗り捨てたそうなのですが」

 

「敵にわざわざ教える必要あんのそれ? あ、爆弾あるか。……もうあいつとの縁は切れてる。エルピスは渡さねーぞ」

 

「でしょうねぇ。まあ、新たに別のISを奪うことにしましょう。ついでにEOSも奪っておきましょうかねぇ」

 

「物騒な話だな」

 

「やることが物騒なので。さあ、そちらからも一つあればお聞きしますよ?」

 

 なんなんだこれ。端から見たら武器で脅されている中で雑談って、絵面がシュールなんだけど。

 それに、話っつっても、話というか、そもそも……

 

「質問以前に俺、あんたの名前知らないんだけど」

 

「ああ、そうですね。これは失礼しました。……亡国機業構成員、スマイルと申します。と言っても、これは仲間内でのコードネームなのですが」

 

「スマイル――『笑顔』か。まんまじゃん」

 

「コードネームとは、そういうものですよ」

 

「まあいいや。で、質問なんだが……」

 

「おっと、仲間が撤退に動くようです。私もそろそろお暇しましょう」

 

「え、ちょっと。俺質問してないんだけど」

 

「名前を教えましたので、それでご容赦願います」

 

「名前って、それお前自分でコードネームだって言っただろうが! ほとんど情報になってねえよ!」

 

「では」

 

 スマイルの親指が動いた。止める間も無く、カチリという音が鳴る。

 直後、観客席の全ての出入り口から勢いよく黒い煙が噴き出した。ハイパーセンサーによって伝わる大勢の悲鳴。

 

「てめえ――ッ!? いない……!?」

 

 観客席からスマイルに視線を戻した時にはすでに、スマイルの姿が消えていた。ハイパーセンサーにも奴の姿は映らない。

 逃げられた。そう判断するのに時間はかからなかった。

 

「くそっ……!」

 

 いいようにしてやられた。こっちには奴を止めるのに充分な力があったはずなのに。悔しさから無意識の内に歯を強く噛み締める。

 

『颯斗くん!』

 

「っ、楯無さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 楯無さんからオープンチャネルが繋がれた。楯無さんは観客席にいるはずなのを思い出し、思わず無事を尋ねる。

 

『ええ、私は大丈夫よ。ただ、今発生した煙幕で辺りの混乱が酷くなってる。颯斗くんも今から観客の避難誘導にあたって頂戴』

 

「……はい? 煙幕?」

 

 一瞬思考が停止した。そしてほとんどの話を聞き逃してしまった。

 ……あれ、煙幕? え? 爆弾じゃないの?

 

『……? ええ、煙幕だったけど……とにかく、颯斗くんも避難誘導に来て。あ、近くにいるシャルロットちゃんとラウラちゃんも参加してもらうようにお願いね』

 

「……あ、はい。わかりました。では」

 

 とりあえずオープンチャネルを切る。通信が切れたのを確認してから、天を仰ぐ。

 

「……くっそあの野郎、騙しやがった!!」

 

 怒りのままに天に向かって怒鳴りつけた。

 よく考えたら、奴は起爆装置という言い方をしたが、爆弾とは言ってない。つまりこちらが爆弾が仕掛けられていると勝手に解釈したのであるがそんなのどうでもいい。とにかく今は奴をぶっ飛ばしたい。けど奴はもういないので、イライラだけが募っていく。

 しかしこれ以上怒りをぶつける暇はない。シャルロットとラウラの元へ。二人は飛ぶ力を失っているため、俺が運ばねばならない。

 

「シャルロット! ラウラ! 観客の避難誘導に行くぞ!」

 

「了解した」

 

「了解。……あの、颯斗? 気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着こう?」

 

 シャルロットらは俺の怒りがわかっているようだ。近くにいたから聞こえるか。

 

「知るかんなもん! 二人とも担ぐけど文句言うなよ!」

 

「しかたないな。嫁じゃないのだから、変なところは触るなよ?」

 

「一夏だったらよかった……っていうのは贅沢だよね……」

 

「文句で惚気てんじゃねええええええええええっ!!」

 

 怒りの叫びは、会場全体に響き渡ったとかそうでないとか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ハイダーの効力が切れ、《ヘルゲート・ノッカー》を担いだスマイルが姿を現したのは会場の外、人気の一切ない場所でのことだった。

 いや、他にも人はいた。トリガーの援護もあって楯無とアトラスを相手に逃げ切ったスコールである。ちなみにトリガーとキャリアーの二人はこの場にはいない。

 

「意外と早いわね。もう少し来るのに時間がかかると思ったのだけど」

 

「撤退指示を受ける前に引かせていただきましたので。……ところで、なぜこちらから距離を取るのですか?」

 

「その右腕の物を見てから言いなさい」

 

 言われた通り右腕を見る。スマイルが右手に持つ《ヘルゲート・ノッカー》は、炸薬が装填され、セーフティが解除され、トリガーに手がかけられている。――すなわち、いつ撃たれてもおかしくない状態であった。

 ああ、とスマイルは今頃思い出したかのように呟く。

 

「それは、避けようとしますねぇ。なんせこの武器ですし」

 

「むしろ、わざわざそれを持ってきた理由を聞きたいわね」

 

「ISでも取り回しが難しいからこそ、出番が空いていたと申しますか……」

 

 スマイルは肩を竦めてそう答える。

 しかし実際のこれでなければならない理由はない。他の、もっと取り回しの楽な武器を持っていくことだって本来できていた。明確な理由などない。強いて言うなら、「これを使おう」という気分になっただけだ。

 スマイルは《ヘルゲート・ノッカー》を手慣れたようにクルクルと回転させる。小型IS一機分のサイズと重量を持つそれを、まるでバトンか何かのように。

 次の瞬間には、それがバラバラの部品となっていつの間にか用意されていた組み立て式コンテナの中へと落ちていった。

 解体、箱詰めされたそれをスマイルは適当な場所に隠しておき、スコールに振り返る。

 

「さて、これの回収はキャリアーに任せるとして、我々は帰りますか。エムとトリガーはすでに帰られているんですよね?」

 

「ええ。トリガーはエムの援護をしてから帰るってことで残ってたけど、あの子も人外だから、大丈夫でしょう。あなたほどではないにしてもね」

 

「酷い言いようですねえ。ともかく、帰りますよ? 追っ手が来ては面倒ですし」

 

「ええ」

 

 頷いた後、二人は何処かへと消えていった。




 まさかのキャノンボール・ファストが一話で終了。
 元々二話ぐらい使う予定でしたが、どちらも短かったのでつなぎ合わせて、結果こんなかんじに。セシリア強化話だもん、活躍できないのは仕方ないね。
 亡国機業に新キャラでました。狙撃手トリガーと運び屋キャリアー。ロックマンDASHのロック(ロックマン・トリッガー)にロックマンゼクスの運び屋ジルウェさんが元ネタです。トリッガーさん、特徴がことごとくヴァンを一致するのですが。そしてDASH勢の如何のない人外っぷり。ISライフルぶっぱなしたりパイルバンカー片手で持ったり。理由はそのうち説明するつもりです。
 次回で第六巻終了、いよいよ第七巻に入っていきますよ。


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第二十五話 お世話になったら感謝

「あー、あんにゃろう次会ったらぶっ飛ばす。具体的にはISアームでぶん殴ってやる」

 

「そんなこと生身の人間にやったら、死んじゃうわよ?」

 

「大型パイルバンカーを片手で持ってるあいつなんて人間じゃありませーん! あいつなら本気で殴っても平気だろ絶対」

 

「どうしよう。颯斗くんすごい荒れてる」

 

 楯無さんが若干困惑しているようだが知ったこっちゃない。

 亡国機業の連中が撤退したことで終息した今回の事件。現在俺は整備室にてあの男――スマイルのことを思い出してイライラしていた。

 楯無さんから当時の状況を聞きたいということで思い出していたのだが、今になってあのニコニコとした笑みがこちらを馬鹿にしていたみたいで余計むかつく。

 あの野郎のせいで避難誘導どんだけ苦労したと思ってるんだ。煙幕が全然晴れないから、ハイパーセンサー使ってた俺はともかく観客がほとんど動けない有様だったんだぞ。結果としてめちゃくちゃ時間かかった。

 

「ところで、颯斗くんは行かなくていいの?」

 

「……何にですか?」

 

「一夏くんの誕生日会」

 

 あーそうそう、今日は一夏の誕生日。今頃織斑宅では誕生日会が開かれているだろう。事件があって怪我人も出たのによく騒げるものだ。

 ちなみに、俺も誘われた。一夏とか一夏ラバーズとかそれからなぜか黛先輩からも。しかしそれを断って現在ここにいる。

 

「パーティーメンバーなら充分でしょう。主役の一夏いつもの五人の箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴音。アトラスさんも行ったし、なぜか黛先輩も行って、それから五反田兄妹」

 

「ああ、その五反田のお兄さんに会えるかもって、虚ちゃんも行ったわね。青春ねぇ。でもあなたが入る余地だってあったでしょ?」

 

「加えて楽しく騒ぐような気分ではありませんし」

 

「ふむふむ。あとは」

 

「『こいつ』のこともありますし」

 

「ああ、なるほど」

 

「最後にこれだけはやっておきたかったので」

 

「うんうん。いいことだと思うわ。ただ人付き合いもちゃんとしなさいね」

 

「わかってますよ」

 

「わかってるのならよろしい。よければ私も手伝って――」

 

 言ってる途中で、楯無さんの表情が急に険しくなった。

 急に険しくなるものなので、何か起きたのかと少し焦る。あ、そういやマドカがもう一度襲撃するんだっけ? 一夏の元に。

 

「颯斗くん、ゴメン。ちょっと私隠れる」

 

「はい?」

 

 え、隠れる? どゆこと?

 

「私のことは知らぬ存ぜぬ! いいね!?」

 

 あっ(察し)。

 返す間も無く楯無さんは物陰に隠れていった。いたという痕跡も残さない限り、すごいっちゃあすごいんだが……。

 

「あれ……颯斗くん?」

 

 整備室に入ってきたのは、案の定簪だった。

 楯無さんは一体どうやって察知しているのだろうか。前に似たようなことがあって訊いたら「お姉ちゃんパワーよ!」って返された。イミフ。

 そうやって互いに避けていくような構図があるから仲違いして治らないんじゃないかと思わないことはないが、しかし俺は修羅場なんぞに逢いたくないのでこの場合では助かる。

 

「よお、簪」

 

 軽く手を上げて返して、ここで簪の腕に痣があるのに気がついた。少なくとも、レース前まではなかったはずだ。

 

「怪我……したのか? 襲撃者との戦闘で」

 

「あ……。……大した、怪我じゃないから……」

 

「だからってその痣は目立つだろ。ちょっと待ってろ、湿布とかもらってくる」

 

「い、いいよ、そんな……本当に、大した怪我じゃないから……!」

 

「そんなんで引き下がる俺じゃねぇ。痣が残ったりしたら綺麗な肌が台無しだぞ」

 

 引き止める間を作らせないよう素早く整備室から一旦出る。簪が若干うわ言で「き、綺麗……」と言ってたとかそんなのは聞こえてない。聞こえてないと俺が言ってるんだ、いいね?

 保健室から戻ってきて、簪に手当てを施す。といっても湿布を貼るだけのことだが。

 

「よし、こんなもんか」

 

「あ、ありがとう……と、ところで颯斗くんは何をしていたの? 見たところ……エックスの整備?」

 

「まあそんなところだな。正確には、エックスを綺麗にしたり、調整を元に戻しているんだ。新しいISに乗り換える前に、やっておきたかったんだよ」

 

「あ、そっか……今度から、颯斗くんの専用機は、オメガになるんだね……」

 

 そう、オメガは完成し、俺はエックスから離れてオメガに乗り換えることになる。エックスと共に飛んだ経験値はオメガに継承され、一部がオメガの経験値となる。その後エックスは以前取り返したエルピスと共に本国に戻り、他の操縦者の元へ行ったり、コアを残して解体、新たな第三世代ISの開発に使われたりするそうだ。二機が本国へと戻るのは、オメガの調整を終えてアルカディアスタッフが戻る時……タッグマッチが終わった辺りに一緒に持っていくとのこと。

 いざ手離す時が来るとなると感慨深くなって、最後にエックスを弄る機会としてこの作業をやらせてほしいと申し出たのだ。

 短い間とはいえ色々あったなぁ。初戦で正面衝突で引き分けになったり、その速さに何度も振り回されたり。楯無さんの特訓でしょっちゅうボロボロになったりもしたな。そして学園祭の時と今回、亡国機業の二度の襲撃にもこいつと立ち向かった。……今回のは立ち向かったと言えるっけ?

 色々、本当に世話になったと思う。ただ心残りなのは、模擬戦あるいは公式戦で一度も勝利を掴むことなく手離すことだろう。散々な目に合わせるだけ合わせて一勝もできなかったってのは、申し訳なくも思う。そういったことも、この作業を申し出た理由の一つと言える。

 

「颯斗くん」

 

「……ん、なんだ?」

 

 身長差もあってか少し上目遣いのような感じで、簪が言った。

 

「その、手伝っても……いい? エックスのクリーニング……」

 

「あー……………うん、頼もうかな。俺、整備技術あるって訳でもないし」

 

 できることなら多少時間かけてでも一人でやりたいと思っていたが、よくよく考えたら整備知識大してない俺ではできないようなところとか、見落としとかがほぼ確実に出てくるだろう。

 ……なんつーか、なっさけねえ。今日の俺。

 そんな訳で簪と一緒にエックスをクリーニング。この作業で整備室の使用時間いっぱいを使うことになり、俺は今度打鉄弐式の整備を手伝うことを約束した。

 ……うん、あの、楯無さん。お願いだから物陰からこっち見ないで。他意はないんだから。そんな風に顔出してたら気づかれますよ?

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一方、一夏は。

 

「私が私たるために……お前の命をもらう」

 

 一夏の目の前に立つ、自分の姉と瓜二つの少女、織村マドカ。彼女が手にしているハンドガンは一夏に銃口が向けられていた。

 パアンッ! と、雷管の破裂音と共にその凶弾が一夏へ向かう――。




 第六巻が終了。次回、一夏んところの続きから第七巻編開始です。
 オメガのことを触れましたが、オメガに乗るのはもうちょっと後です。二、三話したら出てくると思います。


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第二十八話 人外魔境・亡国機業……なんとなく韻踏んでていい感じじゃない?

 IS2のDVDを安く借りられる機会があったので見てみました。
 とりあえず、楯無さんと簪ちゃんが見れたからよし!!!(オイ
 着物姿の簪が一番可愛かった。異論は認めるが俺はこの意見を変えない。


 パァンッ!

 

「なっ……!?」

 

 放たれる弾丸。いきなりの発泡に一夏の身体が強張る。

 一夏に向かって飛んでいく弾丸は、ゆっくりと、一夏にもよく見えていた。

 これは、ラウラのAICだ。

 

「一夏、伏せろ!」

 

 一夏が指示の通りにしゃがむと、ラウラが投擲したナイフが頭ギリギリを通過してマドカへと飛んでいく。

 マドカは、それをよけることもせず、手で直接受け止めた。手の平に突き刺さり、赤い血液が滴り落ちる。

 

「なっ!?」

 

「返すぞ」

 

 言ってナイフが投げ返される。ラウラは何の雑作なくAICでそれを止めるが、マドカはその隙に逃走を開始する。

 

「おい、待て!」

 

「そうだぜ。いきなり撃ってすぐ帰んのは、そりゃねえんじゃねえの?」

 

 マドカの斜め前、塀の上にアトラスが待ち構えていた。武器こそ持ってはいないが、ISの腕部装甲が部分展開されている。

 

「ちったあこっちに付き合ってくれてもいいよなっ!」

 

 塀から飛び降り、マドカに殴りかかる。

 アトラスの拳がマドカの顔面に到達する、その瞬間。

 

 ――ダァンッ!!

 

 暗闇から何かがアトラスの頭に直撃し、アトラスを吹き飛ばした。

 

「アトラスさん!」

 

「一夏、出るな!」

 

 アトラスの元へ駆けつけようとする一夏を押さえ、ラウラがAICを発動する。再び暗闇から何か――高密度レーザー弾がAICの結界内に飛び込み、停止した後消えた。

 

「トリガーか。余計なことを……まあいい」

 

 マドカは小さく呟いてから、暗闇へと姿を消した。銃撃が来ないのを確認して、ラウラは一夏を解放する。

 

「アトラスさん!」

 

 一夏は倒れたままのアトラスの元へ駆け寄り、彼女の上体を起こす。反応はない。

 

「アトラスさん、しっかりしてください!」

 

 呼びかける。しかし反応しない。

 

「アトラスさん!!」

 

「――うるっせええええええええええええええええええええっ!!!」

 

「ゴフゥッ!?」

 

 殴られた。

 苛立ち気味のアトラスが立ち上がる。怪我は一切なかった。

 

「あんのスナイパーのガキ、俺の眉間に当ててきやがった! ISの絶対防御がなかったら脳味噌ぶちまけるところだったぞこの野郎!!」

 

「ア、アトラスさん……? 怪我はないんですか?」

 

「ああ? ISが機能している間は怪我する訳ねえだろ」

 

「そ、そうですか。よかった……」

 

「何、お前心配してたのか?」

 

「そりゃあしますよ。撃たれてから起きないんですから」

 

「俺は元がつくとは言え学園最強だったんだぜ? スナイプ一発で死んでたまるかってんだ」

 

「それでもですよ。アトラスさんはそれ以前に女の子なんですから」

 

「は?」

 

 面食らったように、アトラスはパチクリと瞬きした。

 どうしたんだろうと一夏が首を傾げていると、一夏の視界が急に真っ暗になった。……顔をアトラスの豊満な胸に押し付けられたのである。

 

「なんだよぉ、照れること言ってくれんじゃねえかぁ! このこの!」

 

「ちょっ!? ア、アトラスさん、離し……ムギュウ!?」

 

 なんとか離れようと抵抗するものの、予想以上に強い力で抱きしめられていて抜け出せない。ちなみに、アトラスのISはすでに解除されている。

 しばらくもがいても全く抜け出せなかったが、数十秒経ってアトラスは満足したのか一夏を解放した。

 

「さーてと、とっとと帰ろうぜ。あんまり席外してっと、待ってる奴らに疑われちまう」

 

 そう言ってアトラスはパーティ会場である織斑宅へと戻っていった。

 

「はあ、全くあの人は……あ、ラウラ、さっきは助けてくれてサンキューな」

 

「ふんっ」

 

 先ほどの光景を見て不機嫌になったラウラから、一夏は自宅に帰るまでに五回以上手刀を受けた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「「襲われた!?」」

 

「ああ、昨日の夜にな」

 

 月曜日の夕食の時間。食堂では一夏が昨日襲撃された話が本人から打ち明けられていた。

 一夏を中心に、その前と横にいつもの五人という形で席が取られているテーブル。さらに空いた場所に俺と簪が座ることで俺達も話を聞いていた。簪は一夏と同じテーブルに座ることに乗り気ではなかったが、同じ専用機を持つ者同士、情報を共有したほうがいいということで俺が説得した。

 そんな訳で、このテーブルには一年生の専用機持ちが勢揃い。総数八人。イコール、IS八機。一つの学年にこれだけのISが集まるとか珍しいを通り越して頭おかしいとか黛先輩や楯無さんが言ってたな。

 

「……颯斗くんは、驚かないの?」

 

 簪がそう訊いてきた。一夏の幼馴染み二人が大声出しているなか、静かにしているのが気になったらしい。

 

「話自体はアトラスさんから聞いた。襲撃者は二人。まずそのうちの一人目が一夏に攻撃したところにラウラとアトラスさんが介入、そいつを捕縛しようとするが二人目の狙撃で妨害され、二人とも逃走。一人目の襲撃者は女性、二人目は男性。どちらも年齢は俺達と同じくらいで、ついでに二人目が狙撃に使用したのがISの兵装《ブレイク・サンダー》であることが後からデータ照合で判明……と、このくらいか」

 

「あ、ああ。てか二人目についてそんなにわかってたのか」

 

「ハイパーセンサーという何より納得できる根拠。暗視ぐらい余裕だろ」

 

「というか、今とんでもないことをおっしゃっていた気がしたのですが。二人目が男性? その人、ISを動かせるのですか?」

 

「それだったらISの名前を言ってる。生身でISライフルぶっ放してたんだと」

 

 昨日のスマイルと言い、その狙撃手と言い、近頃の亡国機業では生身でIS兵器使うのが流行ってんの? そんなものは流行らせない。

 あと、しれっと答えたが、それも十分とんでもないことである。鈴音は手を横に振った。

 

「いやいや、無理でしょ。生身でそんなことしたら腕どころか身体が吹っ飛ぶわよ」

 

「そう言われてもなー。ISと同程度サイズのパイルバンカーを片手で持ってる人外とかも見たしなー。なあ?」

 

 言って、俺はラウラとシャルロット(目撃者)に顔を向ける。

 

「ああ、うん。いたよ。僕らも見た」

 

「とても人間とは思えなかったな」

 

「何よその人外。それって千冬さ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰が、人外だって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ふう……」

 

 未だに痛む頭を摩りながら、ベッドに転がり込む。

 食堂での話し合いは地獄絵図で終わった。いつの間にか聞かれてた織斑先生に鈴音と、それからなぜか俺とラウラとシャルロットまでもが叩かれた。俺は悪くねぇ。叩かれた後三人から恨めしそうに睨まれた。だから俺は悪くねぇって。

 

(しっかし……)

 

 上半身を起こす。思い浮かぶのは、パイルバンカーを構えたスマイル。一瞬その笑顔にイラっときたが、そこは我慢する。

 マドカやスコールのような、原作に出てきた奴らは必然的に一夏達がどうにかするだろうと勝手に考えておいて、いや、俺も関わることにはなるんだろうとは思うけど。問題はスマイルやアフールのような奴らだ。なんていうか、転生ものでたまにあるような『転生者に用意した敵』とかだったら嫌だなぁ。アフールはともかく、スマイルのような人外相手にするとロクでもないことになりそうで怖い。

 ロクでもないっていったら、天災の篠ノ之束もか。というか、原作的にそれが今一番の問題なんだよなぁ。タッグマッチ戦での無人機乱入。存在が気に入らないってだけで消しにかかるとか、冗談抜きにやってきそうなのが怖い。

 加えて、これからの戦いに使っていくオメガは完成してからまだ乗ってないような状態だし。ああ、不安だ。

 

「邪魔するぜー」

 

「……あれ、アトラスさん? すいません、俺ノックとか聞き逃してましたか?」

 

 かかってきた声でアトラスさんが入ってきたことに気づき、慌てて立ち上がる。

 

「まあ、一、二回ノックはしたぜ。鍵開いてたから上がらせてもらったけど」

 

「す、すいません。……それでどうしたんですか? 楯無さんはいませんけど」

 

「ああ。楯無には聞かれたくねえからな。そういうタイミングを見てお前んとこに来た」

 

「俺に、ですか?」

 

「お前は、楯無と更識妹の仲が悪いことは知ってるな?」

 

 まあ、知ってる。頷くと、次の質問が来た。

 

「そんでもって、二人が互いに互いを避けているってのも知ってるか?」

 

「楯無さんが、簪が来るのを察知して隠れるぐらいには」

 

「ったく、俺に話す時にゃあ妹自慢をとことんしやがるクセに。妹にはかっこいい姿しか見せられねえのかってんだ、全く……」

 

「それで、それがどうかしたんですか?」

 

「今度、専用機持ち限定のタッグマッチをやるらしいんだよ。最近起きてる襲撃事件への対策として、専用機持ちの能力やら連携強化ってことでな。この機に、めんどくせえ二人の隔たりを解決しちまおうって思ってだな」

 

 まあようするにだ。そう言って、アトラスさんは両手を合わせて言った。

 

「あの姉妹が組むよう、ちょいこっちに協力してくれ」

 

 なんだか、また面倒が起きそうな予感。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「そういえば」

 

 構想マンションの一室。スマイルはそう口を開いた。

 スマイルのいつもの笑顔が向いている先には、IS用狙撃レーザーライフル《ブレイク・サンダー》の手入れをしているトリガーがいた。

 

「訊いてませんでしたが、昨晩はどうだったのですか?」

 

「んー、僕は一発撃っただけだよ。眉間に撃ち込んだけどISの絶対防御のおかげで殺してないし。あ、でもこっちの顔見られたかなぁ。今後潜りはちょっと厳しいかも」

 

「そうですか。それは残念です。これから傘霧颯斗さんが新しいISに乗り換えるとのことなので、ISデータを手に入れたいのですが」

 

「それなら、キャリアーに頼めばいいんじゃないの? 潜入だって何回かやってるよ?」

 

「彼は物資の供給線です。顔が割れて供給に支障が出るなんてことは避けたいですね」

 

「まあ、そうだけどさ。あ、じゃあアフールにでも……」

 

「あの馬鹿にそんな任務を任せられるとでも?」

 

「……ごめん」

 

「おわかりいただけたなら結構です。まあ、多少難度が上がっても我々でやるしかなさそうですね」

 

 ドンッ! と突然、壁越しに何かの衝突音が響いた。

 音に興味が向いたスマイルは、顔を音のした方に向けた。

 

「ここの隣は確か……エムの部屋ですよね?」

 

「うん。スコールからお小言もらってるんじゃないかなぁ」

 

 トリガーは作業の手を休めずに答えた。

 なお、昨晩トリガーがマドカの監視及び援護を行ったのはスコールからの命令である。

 

「ISを用いた喧嘩は周辺被害が酷くなりやすいのですが」

 

「スマイルも人のこと言えないじゃないか。君がガチで戦闘をしたらIS以外の手段じゃあ手がつけられなくなるんだから」

 

「私が本気になるのは、そのISが絡んだ場合ぐらいですけどね」

 

「まあ、そうだけど。……君がISに絡んだと言えば、あの二人目の男性IS操縦者はどうだったのさ?」

 

「そうですねぇ。悪くなかった、といったところですかねぇ」

 

「素晴らしいと言うほどでもなかったと」

 

「まあそんなところです。織斑一夏さんと比べた場合、リスクもリターンも薄いといった感じでしょうか」

 

「ローリスクはいいけど、ローリターンはなぁ」

 

「あくまで織斑一夏さんと比べた場合ですけどね」

 

 スマイルは音もなく立ち上がる。トリガーは顔を向けることもなく、作業の手を休めずに口だけ開いた。

 

「もう行くのかい?」

 

「ええ。トリガーもできるだけ早く戻ってきてくださいね」

 

「りょうかーい」

 

 スマイルは部屋を後にした。

 スマイルが向かうのは、IS学園内にある、亡国機業の秘密基地――。



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第二十七話 運命力が足りない!(小並感)

 授業合間の休み時間に黛先輩が来た。

 

「やっほー、織斑くん。傘霧くん」

 

「どうも、黛先輩。どうかしたんですか?」

 

「いやー、ちょっと二人に頼みがあって」

 

「頼み?」

 

「そうそう。あのね、私の姉って出版社で働いてるんだけど、専用機持ちの、しかも男の二人に独占インタビューさせてくれないかな?」

 

 これが雑誌ね。と言って黛先輩は雑誌を取り出した。

 あれ、これって確か原作では一夏と箒が行くんじゃなかったっけ。

 

「えっと、これIS関係なくないですか?」

 

「あれ? 二人はこういう仕事初めて?」

 

「俺は一度ありましたよ。一夏はどうだか知らないけど」

 

「じゃあ織斑くんに教えるね。専用機持ちって普通は国家代表かその候補生のどちらかだから、タレント的なこともするのよ。こういうモデルとか、国によっては俳優業とか」

 

「そうなのか? 颯斗」

 

「そうだな。インタビューのあとに撮影とかあった」

 

 シエルさんから聞いた話だが、あの夏休みの時のインタビューや撮影で俺の特集として組まれた雑誌が、過去に類を見ない売り上げを叩き出したらしい。冬休みにまたインタビューさせてほしいとかネージュさんが言ってたそうだ。

 

「取材の依頼が来てる時点で大丈夫だとは思いますけど、俺、日本出身とは言え他国の取材に答えて大丈夫なんですか?」

 

 黛先輩にこちらからそう質問する。念のため。

 

「基本こういうのは受ける本人の自由なんだけど、颯斗くんはちょっと特殊ってことで、一応社の方からギリシャに確認をとったらしいよ。結果としては、本人の意思に任せるって回答だったって」

 

「そうですか。返事は今ここでした方がいいんですか?」

 

「今すぐじゃなくていいけど、できれば今日中がいいなぁ」

 

「じゃあ、放課後までに決めときます」

 

「お願いね。じゃ!」

 

 颯爽と黛先輩は教室から出て行った。

 黛先輩の後ろ姿を見送ってから、一夏に振り返る。

 

「さて、一夏。お前としてはどうしたい? 今のうちに決めちまおうと思うんだが」

 

「え? そうだな……正直、あんまり気が乗らないんだよなぁ。颯斗はどう思うんだ?」

 

「俺としては今回のこれは受けるべきだと思う。俺達は男性の操縦者っていう異例の存在なんだし、この手の話はこれからいくらでも聞くことになると思うぜ。相手は知り合いからの紹介だから安全についての心配は少ないだろうし、勝手を知ってる俺もいる。一夏にとっては理想的な条件なんじゃないのか?」

 

「なるほど。でも、一応それらを全部断るってのもできるんじゃないのか?」

 

「無理臭くね? いつどこでどうやって取材を取り付けてくるかわからないし、こういうのってしつこいってよく言うだろ。全部かわそうとするより、ほどほどに答えてやる方が気持ち的には楽だと思うけど」

 

「うーん……」

 

「ま、深く考えず一度は経験しとくかって感じでいいと思うぜ」

 

「……そうだな。じゃあ、一回ぐらいは受けてみようかな」

 

「じゃ、そういうことで黛先輩には伝えとくぞ」

 

 ちょうど予鈴が鳴ったので席に戻る。早いうちに決まったので、昼休みにでも黛先輩のクラスに向かおう。

 ……そういや、報酬ってどうなるんだろ。場合によっては俺と一夏でディナーになるのか。ホモォになるのは避けたい。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 放課後。俺は生徒会室にいた。なぜって、生徒会役員だから。

 主な仕事として書類と格闘中。今度行われる全学年合同タッグマッチの資料作成とか各部活の経費の入力とかその他諸々。一緒に書類を片付けている楯無さんはこの間の事件の報告書とかに追われているんだろうなぁと思う。

 

「ん? どうかした? 颯斗くん」

 

 なんとなく楯無さんを見ていたら、視線に気づいたらしい楯無さんにそう尋ねられた。

 

「ああ、いえ。大変そうだなぁと思って」

 

「実際大変なのよねぇ。労ってほしいぐらいだわ」

 

「具体的には?」

 

「んー、肩揉み?」

 

 なぜに疑問形。

 そんな話をしていると、黛先輩がやってきた。

 

「やっほー。あ、傘霧くんいたいた」

 

「どうしたんですか、黛先輩。ひょっとして、取材の件でなにか?」

 

 思い当たる節を適当に言ってみる。ちなみに、取材を受けるという話は既に済ませてある。

 

「そうなのよ。報酬のことを言い忘れちゃってたのに気がついて。すでに頷いてくれたけど、とりあえず教えとこうと思ってね。はい、これ」

 

 言われて渡されたのは『テレシア』という高級ホテルをパンフレットだった。写真で見るからに豪華だ。

 

「このホテルのディナー招待券が報酬よ。傘霧くんと織斑くんそれぞれにペア一組分ずつあげるって話だからさ。誰か誘っていってね」

 

 なるほど、俺と一夏それぞれが誰か誘えるようにしてあるのか。そいつは助かる。

 えーっと……あ、『当ホテルのレストランでは指定外の衣服でのご入店をお断りさせていただく場合があります。あらかじめご了承ください』って書いてある。さらに女性にはドレスの貸し出しがあることも。しかしこれはよく読まないと気づかんな。後で一夏に教えてやろう。

 

「昼休みの時の説明含めて、何か質問ある?」

 

「あー、いえ。特にないです」

 

「そう? じゃあお願いね。それじゃ!」

 

 颯爽と去っていく黛先輩。多分次の目的地は一夏が貸し出されている武道館。

 ドアが閉まった辺りで俺は楯無さんに振り返り、ヒラヒラとパンフレットを振った。

 

「行きます? これ」

 

「あら、私と行きたいの? 簪ちゃんを誘えばいいと思うんだけど」

 

「日頃世話になっているお礼ぐらいいいでしょう? というか、俺は一夏みたいに器用になんでもできる訳じゃないんで、これぐらいしかお礼できそうにないんですけど」

 

「そういうこともないと思うんだけどなぁ。まあ、ここはお言葉に甘えようかしら。しっかりエスコートしてね♪」

 

「はいはい。エスコート術でも勉強しておきますよ」

 

 いつもの感じでそう答え、互いに仕事を再開する。

 アトラスさんの話の件もあるし、オメガのことに取材と、忙しくなりそうだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 翌日。四時限目終了して昼休み。

 今朝はSHRにて全学年合同タッグマッチの説明があった。そしてそれは同時に、今日がアトラスさんの言ってた『更識姉妹にタッグ組ませようぜ作戦』の決行日であることを意味している。命名はアトラスさん。

 まず作戦のために俺が昼休みに入ってやるべきことその一。一夏を誘う。

 

「一夏ー。食堂行こうぜー」

 

「おう。なんだかんだでお前から食堂に誘われるのは初めてじゃないか?」

 

「お前と違って忙しいからな」

 

「俺だって忙しいっての」

 

 こうして誘うと、勝手にこのクラスから四人ほどさらに釣れる。

 

「一夏。私も同席させてもらうぞ。その……弁当を作りすぎてな。欲しいなら、分けてやらんこともない」

 

「一夏さん、わたくしもよろしいでしょうか? 偶然、たまたま、こういうものを作る機会がありまして、一夏さんに味わっていただきたいと……」

 

「一夏、僕も一緒にいいかな? その、話したいこともあるし」

 

「一夏、話がある。行くぞ」

 

 やってきた奴らは全員こちら側に引き込む。作戦をより確実に、かつ円滑にするためだ。

 

「おう、俺もお前らに話があるから。じゃあ行こうぜ」

 

「一夏! 食堂行くわよ!」

 

 あと、二組のチャイナ娘もだ。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「――で、話って何よ?」

 

 それぞれの昼食をテーブルに置いて、六人は俺の方を見る。

 簪やアトラスさん、楯無さんはまだいない。俺がこいつらを説得する時間として少し遅れて来る手筈となっている。

 

「単刀直入に言う。簪と楯無さんがタッグマッチでペア組むように協力してくれ」

 

「それは、なんでそんなことを?」

 

「まあ早い話、姉妹二人の仲を改善させようっていうアトラスさんからの提案でな……」

 

「具体的にはどうするつもりなんだ?」

 

 と、箒。質問があったので回答する。

 

「楯無さんはともかく、簪を納得させるために、このメンバーと簪、楯無さん、アトラスさんでクジ引きをしてだな……」

 

「「「「「却下」」」」」

 

 と、一夏を除く五人。早ぇよ。

 理由を訊くが、五人揃いに揃って理由が「一夏と組むから」とのこと。一夏と組みたいがために運に任せたくないらしい。わかってはいたが。

 どうにかこの五人を納得させねばならない。もうすぐアトラスさん達がやってくるはずだ。

 

「よーしわかった。じゃあ一つ確かめよう。……一夏、お前はこのメンバーから一人タッグに選ぶとしたら誰がいい?」

 

 話からはずしていた一夏にそう尋ねると、五人が物凄い眼光で一夏を睨んだ。一応、彼女達としては自分を選んでくれるという期待の眼差し……だと思う。怖いけど。

 しかし、そんな目で睨まれて顔をヒクつかせた一夏の返答はというと……

 

「え、えっと、そうだな……俺は、颯斗とがいいかなぁ……」

 

 ほらみろ。

 はいどーも。と一夏を再び蚊帳の外に押し出す。

 

「だってよ。なら、クジ引きでチャンスがある方がいいとは思わないか?」

 

「で、ですが……」

 

「それに」

 

 セシリアの言葉を打ち切って続ける。

 

「自分が一夏の運命の人だとか言いたいなら、クジ引きぐらいその運命力で引き当ててみせろ」

 

「運命、力……!?」

 

「クラリッサから聞いたことがある。カードゲームでは永延と好きなカードを引き当て、時には存在しないカードに書き換えることまでもできてしまう、それが運命力だと……!」

 

「ああ、うん。アニメではそういうのるわな。演出上」

 

 クラリッサの好みって、一体何なんだろう。カードゲームアニメも見ているらしい。

 

「とにかく、一夏とペアになる確率は楯無さんと簪を除いて七分の一。ここでその七分の一を引き当てれば運命の人と言える可能性もあるんじゃねぇの?」

 

「でも……」

 

「私は受けよう」

 

 ラウラがそう言い放った。ラウラが折れたことに驚いた俺達がラウラを見ると、彼女の手にはいつの間にかペンが。

 

「私の運命力で、一夏とのペアということに書き換えてみせる!」

 

「書き換えたらアウトな」

 

「なんだと!?」

 

 なんだとじゃねぇよ。ペンは没収する。

 最終手段として、五人に拝み倒しを決行。

 

「頼む。俺が一夏のを引いた時にはこっそりチェンジしてやるから」

 

「そこまで言われると……」

 

「し、仕方ありませんわね……」

 

「今回だけだぞ」

 

「あんたが引いたら、あたしに渡しなさいよ」

 

「抜け駆けは良くないな、鈴」

 

「すまん、助かる」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ……で、アトラスさん達が来て、姉妹を説得して、クジを引いた結果なんだが。

 

 

 

 簪&楯無ペア

 

「……………」

 

「あはは……その、簪ちゃん? そんな不機嫌にならないで、ね?」

 

 ここは計画通り。二人が同じ番号引くように細工したんだから。簪がこの結果に不機嫌そうなのと、同じく簪がこちらに未練がましい視線を向けてくるのは致し方なし。

 

 

 

 セシリア&鈴音ペア

 

「くぅぅっ、なんでこういう時にまでセシリアと一緒でなきゃいけないのよ!」

 

「それはこっちの台詞ですわ!」

 

 これは原作通りといったところか。仲は険悪に見えるが、戦闘になると相性がいい二人だったりする。

 

 

 

 シャルロット&ラウラペア

 

「くっ……私には運命力がないというのか……!」

 

「まあまあ、こうなったら一緒に頑張ろうよ」

 

 これも原作通り。言うことなし。

 そして、残る二組なんだが……

 

 

 

 一夏&アトラスペア

 

「まさかお前と組むことになるとはな……まっ、これから頼むぜ相棒」

 

「えーと……よろしくお願いします?」

 

 

 

 颯斗&箒ペア

 

「」

 

「」

 

 

 

 どうしてこうなった。

 一夏&箒、俺&アトラスさんとかの方が無難だろうに、どうしてここだけ妙なシャッフルが起きるんだよ。なんでよりによって箒なんだよ。

 というか、

 

「運命力なさすぎるだろお前ら……!」

 

 確率にして七分の五、半分以上の確率で五人の内の誰かになるところをなんでこいつらはことごとく外してんだよ。逆に運命を感じるぞ。

 いや、待てよ。ひょっとしてこれは、一夏が次なる攻略をするために引き出した運命力だというのか? なんかそっちの方が説得力あるような気がする。

 

「や、やり直しを要求しますわ!」

 

「スマン、無理」

 

 即答と一緒にアトラスさんは後ろに指を向けた。

 何があると思いきや、その先にはこちらを見る織斑先生の姿。

 

「組み合わせは決定したな? こちらで書類をまとめておいてやるから、その分も訓練に励むように。ではとっとと昼食を取れ」

 

 そう言ってスタスタと歩き去っていく織斑先生を、アトラスさんを除くほぼ全員が唖然とした顔で見送ることになった。

 きっとアトラスさんの差し金だろう。やり直しされて簪&楯無さんペアが崩れないようにするための策なんだろうけど……。

 ズーンと、葬式レベルにまで沈み込んだ箒達。うーん……。

 

「えーと、頑張れ」

 

「頑張れって……」

 

「元はと言えば……」

 

「あんたのせいでしょうが!!」

 

 ぎゃー。とばっちり受けた!




 運命力、大事ですよね。
 そろそろオメガを登場させようと思います。オメガのスペック紹介はだいぶ先を予定してますけど。


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第二十八話 オメガ

 オメガお披露目回のはずが、後半別物になってました。
 とりあえず一ヶ月振りの二十八話、どうぞ。


 午後からはIS実習である。今回は一、四組合同だった。

 

「では専用機持ちには模擬戦をやってもらう。そうだな……傘霧と更識、行けるな?」

 

「はい!」

 

「了解です」

 

 千冬からの指名に簪と颯斗がほぼ同時に答える。

 生徒達の前に出て、二人それぞれ自分の機体をコールする。

 

「……!」

 

 簪の身体が光に包まれ、直後打鉄弐式を纏った姿で現れた。

 ISが完成してから特訓を重ね、今では声に出すことなくすぐに展開できるようになった。特訓を重ね、とは言ったが完成時期がキャノンボール・ファストまであと数日ということもあって実際のところ呼び出し訓練は大した量をやっていない。それでいてこの早さなのだから、充分才能あるじゃんと颯斗は思う。

 次は颯斗の番である。

 新しい機体では展開イメージの感覚も違うため、エックスの時のイメージは撤廃する。

 

(強固な鎧……守る力のイメージ……)

 

 イメージが固まり、集中力が高まった時、颯斗の身体が光に包まれていく。

 

「来い、オメガ!」

 

 次の瞬間には、颯斗が夏休みの時からさらに改造を施されたオメガを纏って現れた。

 装甲がさらに追加され、胴体部分にも重厚な装甲が取り付けられ、颯斗の知るロックマンゼロのオメガに近くなっていた。身体の露出面積が非常に少なくなり、出ているのは二の腕と太腿の一部、それから頭部はメットとバイザーに覆われていて口元が見えるくらいだった。

 

「あれが……颯斗の新しいIS……?」

 

「なんというか、ゴツいな……機動性があるように見えないのだが……」

 

 一夏、箒がそれぞれ言う。それからもギャラリーからはオメガの武装に対する興味や機動力に対する不安視、あとはデザイン性についての意見などが囁かれる。

 颯斗はそれらの声をなんとなく聞きつつ、オメガの動作感覚を確認する。フィッティングは既に済んでいる。後は自分がこの重さにどれだけ早く適応できるかである。

 

「よし……簪、いつでもいいぜ」

 

「……飛ばないの?」

 

 すでに上空でホバリングしている簪に対し、颯斗は地上に足をつけたままだった。

 

「いいんだよ。むしろ飛ばないほうがいい」

 

「そう。じゃあ……行くよ……!」

 

 即座に向けられる荷電粒子砲。発射された弾はそのままオメガの装甲に直撃して爆風を生んだ。

 

 ――ダメージ軽微。戦闘続行可能。

 

 しかし、煙からはオメガ及び操縦者の颯斗がピンピンとした様子で姿を見せた。

 機動性を捨てて実現させた第三世代最強の装甲防御力。機体性能を一点だけ比較する場合、束製のような特異例を除いて最強は一点特化ものを作るギリシャが独占している。防御特化のオメガには生半可な攻撃は効き目がない。

 さらに、オメガにはその堅牢な防御力をさらに強固にする仕様が備わっている。

 

「まだ、まだ!」

 

 簪が荷電粒子砲をさらに連射する。いくら強固な防御であっても、当たれば微量でもダメージとして成り立つ。遠距離から可能な限り削っていくつもりである。

 迫る砲撃に対し、颯斗はオメガに搭載されている能力に意識を集中する。

 

「リジェクト・アーマー」

 

 すると、颯斗に向かっていた砲弾は次々と弾道が逸れていき、颯斗を外し、地面を砕いていった。オメガへのダメージはゼロである。

 

「何だ今の!? 弾道が逸れた!?」

 

 今起こった現象に一夏が驚く。対して代表候補生達は冷静にその正体を分析していた。

 

「あれは……電磁反発装甲でしょうか? 出力が高いですわね」

 

「電磁反発装甲?」

 

「読んでそのまま、電磁力で押しのける装甲、もしくはシールドのことよ」

 

「相手の攻撃をそのまま受け止める装甲防御やシールドとは違って、相手の攻撃を減衰させたり、今のように完全に逸らすんだ。出力にもよるけど、防御能力は普通のシールドよりもずっと高いよ」

 

 ふーん、と一夏が納得していると、新たな疑問が浮かび上がってきた。

 

「あれ、じゃあなんで最初の一発目は受けたんだ? それもその、電磁反発装甲? で防げばよかったんじゃ……」

 

「砲撃を無力化させるほどの出力を出すのに、相当なエネルギーを食うからに決まってるだろう。あの防御はそう長くは持たんぞ」

 

 ラウラの予見は正しかった。颯斗の耳にアラート音が流れてくる。

 

(げっ、リジェクト・アーマーの残りエネルギーもう40%かよ!?)

 

 すぐにオメガの特殊武装、電磁反発装甲《リジェクト・アーマー》を切る。試しに使ってその性能を実感したが、同時に燃費の悪さも実感することになった。元よりオメガは防御特化仕様。小出しの技に反応して使うようなものではない。

 颯斗は両腕を簪へと向ける。重厚な装甲に覆われたそれは盾であり、同時にエックスと同様の武器でもある。

 腕型特殊武器《デモン・アームズ》。両腕のエネルギー砲が火を噴いた。

 ドン! ドン! ドン! と立て続けに左右交互に簪を狙って発射する。当たれば大ダメージが期待できるその射撃は、しかし動き回る簪には当たらない。

 

「……ちっ!」

 

 こちらに飛んできた砲撃を防御し、応戦する。しかし当たらない。

 現在の颯斗の射撃技術はまだ及第点といったところであり、その腕はあまり高くない。

 命中させる方法は基本的に、狙う、連射する、近づくといったことがあげられるが、いずれもオメガと颯斗にとっては難しいものである。まず連射については、《デモン・アームズ》の連射性がそこまで高くはない。左右両方使ってもエックスのようなばら撒きはできない。かと言って狙おうとも颯斗の射撃の腕からあまり期待できない。

 そして近づくことについてだが――実は一つだけ手段があった。その重さゆえの機動性ほぼ皆無という言葉を覆す、たった一つの方法。おそらく、二度も通用しない初見殺しの技。

 颯斗はそれを実行に踏み切った。簪を正面に見据え、少し腰を落とす。

 一方簪は颯斗に《山嵐》のロックオンをつけていた。

 

「マルチロックオン完了……《山嵐》行って!」

 

 大量のミサイルがオメガに群がる。

 

「リジェクト……!」

 

 颯斗は電磁反発を発動して防ぐ。が、最初の数発を逸らしてエネルギーが尽き、残りのミサイルが直撃、爆風に巻き込まれる。

 

「やった……?」

 

「まだだ……!」

 

 煙が晴れて、未だ装甲が健在しているオメガが姿を現した。シールドエネルギーは半分近く削られて踏みとどまっていた。

 そして、オメガの背には大型の超高出力スラスターが展開され、そのチャージも完了しようとしていた。

 超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)。通常の瞬時加速(イグニッション・ブースト)では充分な加速ができないオメガが、唯一高速機動を可能とする方法。瞬時加速を超える瞬時加速。

 

「いけえええええええええっ!!」

 

 が。

 瞬時加速以上の加速ができる超出力瞬時加速だが、実際はほとんど普及されていない。理由は幾つかある。

 一つは、非常にエネルギーに無駄が生じやすいこと。通常の瞬時加速以上のエネルギーを要し、かつ無駄な加速、無駄な消費が伴う。スラスターや機体にかかる負担も欠点の一つだ。

 そして何より、軌道が非常にブレやすいのである。

 加えて、颯斗には軽い装甲のエックスの感覚がまだ残っており、本人も気づかぬ内にその感覚を使っていた。

 結果、

 

「あ」

 

「え」

 

 軌道がずれた。大きく下方向に。ついでに右方向にも。

 その先には目標の姿はなく、ただ壁が広がっていた。

 

 ドゴ――――ン。

 

 ずるずるどがしゃん。と壁に突っ込んだ颯斗は程なく地面に落ちた。

 簪も、一夏も、代表候補生も他の生徒も摩耶も、唖然とした表情で倒れている颯斗を見ている。

 しーんと、場が静まり返った。

 

『……更識、いつまでも寝ているその阿呆を回収しろ。模擬戦は終了とする』

 

「えっと、はい」

 

 千冬に指示された簪が、颯斗の元へと飛んだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「笑え……笑えよ……」

 

「い、いや、初めて動かす機体で、慣れない加速をしたんだろ? 仕方ないって」

 

「んな慰めいらねぇよちくしょう。後になって他の生徒がクスクス笑ってたの聞こえたんだぞ。どうせ俺は万年負け組なんだ……」

 

「うわぁ、めんどくさ」

 

「鈴、だめだよそんなこと言っちゃ」

 

「だがこいつが情けなくなっているのは事実だ」

 

 放課後の食堂。鈴音やラウラの言葉は無視して、俺は絶賛不貞腐れていた。ちなみにこの場、というかテーブルにいるのは俺と一夏と一夏ラバーズ五人。簪はいない。

 模擬戦の結果は俺の負け。それもただ負けたのではなく、加速ミスって壁に激突しての自爆死。……正確には、壁に激突程度ではオメガのシールドエネルギーは削れないので判定負けということになったのだが。

 いや、一応わかってはいたんだ。慣れない機体なんだし。エックスの感覚とはだいぶ、というかほとんど違うんだし。負けるってことはまあ、わかっていた。

 わかっては、いたんだけどさあ……。

 

「ああ、だめだ。勝つイメージが湧いてこねぇ」

 

 なんかもう勝てる気がしない。

 負ける可能性はある程度理解していたが、それでも負けたという事実は正直来る。エックスの時も合わせて今まで負けてばっかだし、正直自信がなくなってきてる。

 オメガに慣れるまでまた負け戦だろうなぁ。慣れたとしてもその頃にはもうタッグマッチトーナメントなんだからどうせ無効試合だろうし。ああ、鬱だ。

 

「全く情けない。そんな気概ではトーナメントでやっていけないぞ。男ならもっとシャキッとしろ」

 

「うるせえヘタレ」

 

 ツルっと、箒に対してそんな言葉が出てしまった。

 ピキッ、と箒の眉が動いた。

 

「……どういう意味だ?」

 

 ヤケになってるのかどうか知らないが、俺はその質問に正直に答えた。もう言っちゃえという感じで勢いに任せてた。

 

「お前だけじゃなく他の奴らにも言えることだけどな、お前ら全員一夏に告んのミスり過ぎdぅわ何をするやめッ――」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「酷い目にあった……」

 

 五人からボコボコにされ痛む身体を引きずりながら廊下を歩く。

 ああいう話が地雷だとわかっていながら言い出した辺り、俺の自業自得なんだが。

 まあ、あいつらの恋路に首突っ込む気はないし放置でいいとして、問題はオメガの方なんだよなぁ。どうやったら勝てるようになるのかなぁ。

 機動面からして固定砲台安定なんだろうけど、あの連射性じゃあ数撃つより狙って撃つ感じだろう。でも俺の射撃技術じゃあ現状狙ってもあたるか微妙、というか当たらん。今回の模擬戦からして。無論、そうなれば射撃訓練は当然やってくことになるが、射撃に一本化してもすぐ対処されるのが見える。そもそも残りの期間的に充分な伸びが得られない可能性が結構高い。

 相手から近づいてくれるならまあ、それなりに対応できるか?エックスのおかげで速いものには慣れてるし。でも、セシリアとかいう遠距離攻撃に長けた相手もいるしなぁ。

 

「箒の絢爛舞踏を利用して、ゾンビ要塞でもやってみるか? でもやっぱ回り込まれでもしたら対処しきれねえし、コンビネーションの訓練よりもまずオメガの調整やってかなきゃいけない状況だし……」

 

 だめだ。時間がなさすぎる。どうしてこうも勝てない状況ばっかなのか。

 思えば勝てそうな状況で勝負に臨んだ覚えがないな。キャノンボール・ファストも襲撃受けて中止されんの知ってたし。これはあれか?俺の運が悪かったのか?IS学園への入学すら大幅に遅れる有様だし。うーん……。

 

「あ、颯斗くん……!」

 

「んー……? ああ、簪か」

 

 俺の部屋の前に簪がいた。なんか小包みを持ってる。

 

「……颯斗くん、疲れてる?」

 

 俺の表情を疲れてると見たのか、じゃっかん申し訳なさそうに尋ねてくる簪を見て、慌てて平静を装う。

 

「いや、なんでもないよ。それよりどうしたんだ?」

 

「あ……えっとね、その……」

 

「……立ち話も何だし、部屋に入るか?」

 

「……いいの!?」

 

「お、おう……あっ」

 

「?」

 

 最後に漏らした声に首を傾げる簪をよそに、俺は今の発言に後悔した。

 やべぇ、つい部屋に誘っちゃったけど、これって楯無さんと鉢合わせする可能性があるんじゃないのか?仮に簪が部屋の前で待っていたのが戸が開かなかったから、つまり楯無さんがいなかったからだとしても、もういつ帰ってきてもおかしくないんだぞ。簪が俺と楯無さんが同居しているというのを知ってるのかどうかわからない以上、もし鉢合わせしたら修羅場もしくは簪との信頼関係が崩れる可能性がががが。というかそれ以上に簪と楯無さんの関係修復にも支障をきたす恐れも。

 

「颯斗くん、どうしたの? ……やっぱり、私がお邪魔するのはいけなかった?」

 

「い、いや、そんなことはないぞ」

 

 俺の馬鹿野郎ぅぅぅぅぅ!!

 散らかってるからやっぱ簪の部屋に行こうぜとかあったじゃん! なんでとっさに出た言葉がこれなんだよぉぉぉ!

 ……もうしょうがない。大丈夫と言ったのを覆すのは無理があるし、こうなったら楯無さんが来る前に簪の用事が終わってくれるのを祈るしかなさそうだ。

 

「そういや、わざわざ俺が来るのを待ってたのか?」

 

「ううん、今来たところなの……その、これを渡したくて」

 

「へえ、まあ上がっていきなよ。部屋で中身を見せてもら――」

 

 ガチャリ。

 

「お帰り颯斗くん。最近マンネリ化してたイタズラを今回は改良してみた――」

 

「」

 

「」

 

「……え」

 

 全員硬直。ちなみに最後のは楯無さんである。

 

「――あ」

 

 沈黙を破ったのは簪だった。

 涙を目にいっぱい溜めて、小包みを握り締めて必死にこらえている。もう何を想像してるのか予想がついてしまった。楯無さんは顔真っ青。

 

「……ごめんね、私、颯斗くんが姉さんと付き合ってるなんて……イタズラしあうほどの仲だったなんて知らなくて……」

 

「いや、あのな? イタズラはこいつから一方的に受けているのであって、俺はやってないからな?」

 

 かろうじて返した俺の言葉は、しかし簪には届かず。

 

「こんなので……颯斗くんを元気づけられたらって考えてた私……馬鹿だよね……っ!」

 

 ダッと、簪は逃げるように走り出した。勘違いしたまま。

 

「待てぇ簪ぃぃぃっ! 俺はこいつと付き合ってなんかいねぇぇぇっ!!」

 

「さっきからこいつ呼ばわりされるのはどうかと思うけど、とにかく簪ちゃん待ってぇぇぇ! 話せばわかるからぁぁぁっ!」

 

 誤解を解くため、簪を追って俺と楯無さんは走り出す。捕まえるのに一時間、さらに誤解を解くのに一晩使った。

 簪……意外に足はえーや……。




 次回はアトラスさんと一夏のやり取りを書こうか、それとも取材の話でも書こうか。……一夏がオリキャラにフラグを立てるかホモォになるか(暴論)。


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第二十九話 勘違いされるような回答は禁物

「『インフィニット・ストライプス』の副編集長、黛渚子です。よろしくね」

 

「あ、どうも。織斑一夏です」

 

「傘霧颯斗です」

 

 日曜日。黛先輩のお姉さんの取材を受けに、一夏と一緒に雑誌編集部に来た。

 こういう取材は初めてらしい一夏は緊張してるかと思いきや、案外大丈夫そうだ。仕事として取材受けるのは初めてってだけでカメラにはある程度慣れてるのだろうか。

 

「それじゃあ先にインタビュー始めましょうか。その後に撮影ね」

 

 言って、渚子さんはペン型のICレコーダーを回す。ペンサイズにまで録音端末を小型化でき、それが普及されてる辺り、便利な世の中になったものだ。

 

「それじゃあ最初の質問いいかしら? お二人の女子校に入学した感想は?」

 

「いきなりそれですか」

 

「当然! そこが気になるし、読者アンケートで取った特集リクエストでもすごく多かったのよ? 傘霧くんはギリシャで一度インタビュー受けた時も質問されたでしょう?」

 

「二問目でしたけどね。第一問はギリシャの代表候補になった理由でした」

 

「ああ、そんな話だったっけ。さあそれより、女子校に入学した感想は?」

 

 こういうのは一夏を先に立たせる方がいいだろうから、一夏を横から小突いて急かす。

 

「えーと……使えるトイレが少なくて困ります」

 

 急かした結果がこれだよ。

 

「ぷっ! あは、あはは! 妹の言ってたこと、本当なのね! 異性に興味のないハーレムキングって!」

 

 腹を抱えて笑い出す渚子さん。黛先輩から前情報はある程度聞いているらしい。

 しかしそうなると、俺についてはどういう風に聞いているのだろうか。今からもう不安になってきた。

 

「そのキングダム、興味が湧いてくるけど、その前に傘霧くんの方も聞いてみたいわね」

 

 すでに別インタビューで言ったのでカット……という訳にはいかないよなぁ多分というか絶対。となるとどう答えたものか。

 

「えー、男子用設備が極端に少なくて困ってるのは一夏と同じですね。女子校だから当然と言えば当然ですけど。あとは……、……訓練や授業で精一杯で、女子校であるとかそういうのを特別気にする余裕はあんまりないですかね」

 

「えー? 二人揃って質問の回答がつまんないわねぇ」

 

 そんなこと言われても。

 

「んー、じゃあ次の質問。二人はそれぞれお互いのことどう思ってる?」

 

「どうって、具体的には?」

 

 と、一夏。

 

「なんでもいいわよ? 同じIS学園の男子生徒としてでもいいし、なんだったらどちらが攻めでどちらが受けとか――」

 

「交友もそこまで多くないので、良くて多少気の合う学友ぐらいですかね」

 

 最後までは言わせずにこちらの回答を割り込ませた。俺はノンケだ。一夏とのホモ疑惑が囁かれるぐらいならヘタレを押し切って全力で簪に愛を叫んでやる。その後の楯無(シスコン)が怖いけど。

 

「あら、そうなの? ちょっと残念」

 

「俺もだぞ。俺はお前とは友達にはなってるって思ってたんだけど」

 

 一夏、「俺もだ」の使い方ひょっとしたら間違ってる。それだと一夏がホモの線を疑われちゃう。いや、疑われない可能性もあるにはあるけど。

 

「オーケーオーケー。織斑くんと傘霧くんってどっちが強いのかしら?」

 

「俺が弱いです」

 

 即答した。俺が。

 

「そうなの? というか、自分から弱いって言っちゃうの?」

 

「特別才能がある訳でも知識が広い訳でもありませんし。二人どころか、専用機持ちの中でもビリですよ(遠い目)」

 

「あっ、はい。……織斑くんはどうなの?」

 

「俺は……まあ、俺もみんなと比べられると弱い方ですね」

 

 男子二人して下位である。

 

「それはまずいわねー。女の子ぐらい守れないと」

 

「それはまあ、わかってますよ」

 

「じゃあ、その守る決意を言葉にしてどうぞ」

 

 ペンをマイクに見たてて俺達に向けてくる。

 そんな振りもされるのかよ。平静を装いつつ、また一夏を小突いて催促。先に一夏が言ってる間に考える。

 

「えーと……仲間は俺が守る!」

 

「イエス! かっこいいわよ、男の子! さあ傘霧くんも!」

 

 あれ、ひょっとしてハードル上がった? 一夏並みかそれ以上を基準にされちゃってる?

 ……ええい、こうなりゃヤケだ。

 

「……だ、誰も傷つけさせはしない!」

 

「うんうん! やっぱり男の子はこうでなくっちゃね!」

 

 あ、この台詞も多分雑誌に乗るんだよなやっぱ。

 うーわーあー。恥ずかしい。

 それからもこんな感じで雑談も交えたインタビューが進み、そして終わった。

 後は撮影である。

 

「それじゃあ地下のスタジオに行きましょうか。更衣室があるから、そこで着替えてね。そのあとメイクをして、それから撮影よ」

 

「え、着替えるんですか?」

 

「お前はその私服で撮影に挑むつもりか」

 

「そりゃあ、スポンサーの服着せないと私の首も飛ぶし」

 

 あ、撮影で一つ思い出したことがあった。今のうちに訊いておこう。

 

「そういえば、ギリシャではISを展開して撮影っていうのをやったんですけど、ここもそういうことするんですか?」

 

「ええ。許可もちゃんと取ったわよ」

 

「え、そんなこともあったの?」

 

 あったんだなぁ、これが。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 撮影は俺と一夏それぞれ別々に行われた。一度経験のある俺はそれなりに大丈夫だが、一夏は撮影スタッフの指示に四苦八苦しているのを何度か見た。あと、渚子さんに訊いた通りISの部分展開をしての撮影もあった。

 基本は俺も一夏もシングルだったが、全てがそうだった訳じゃない。現在は俺と一夏がセットになっての撮影をしている。

 

「えっと、こうですか?」

 

「うーん、少しズレてるかな。もうちょっと左に寄って。それから左腕を傘霧くんに合わせて」

 

「え、えっと……」

 

 今は俺と一夏が揃ってポーズを決めていた。ISを部分展開して。二人並んで一夏は右腕、俺は左腕にISを纏わせて前方に突き出している。

 うーん、と渚子さんは唸っている。オメガが腕だけでも結構な大きさがあるため、一夏と並べた時にアンバランスになってしまっているということらしかった。俺単独の時にも結構悩んだそうだ。

 ちなみに衣装についてだが、俺も一夏もカジュアルスーツを着ていた。ただ着ている人の差というものなのか、一夏の方が断然かっこいい(少なくとも俺にはそう見える)。

 

「うーん……左右じゃなくて、前後に並べた方がいいかなぁ。傘霧くん、ISはそのままで、織斑くんの前に来てしゃがんで。織斑くんは正面向いて、こんな感じでポーズとって」

 

 指示が来たので言われた通り、一夏の前に出てしゃがむ。オメガを展開されている左腕はとりあえず床に降ろしておく。それから一夏が後ろでポーズの調整を受けていた。

 カメラを覗く渚子さんがうんうんと頷く。どうやら納得のいく仕上がりになったようだ。

 

「いい感じじゃない。それじゃあ撮るよー」

 

 程なくして、カシャッという音と共にフラッシュがたかれる。

 

「……よし。はーい、お疲れ様ー! 二人ともパパッと着替えちゃって。あ、服はそのままあげるから持って帰っちゃって!」

 

「はぁ」

 

「了解です」

 

 互いにISを粒子化させながら返事をする。

 

「ディナー券は後日携帯電話にデータ転送してあげるから、帰る前にアドレス教えてね。それじゃあお疲れ!」

 

 そう言って早速撮影した写真の確認うをする渚子さん。黛先輩と同じく行動が早い。

 

「さ、着替えに行こうぜ」

 

「おう」

 

 一夏の催促を受けて、俺達は更衣室に向かう。

 

「しっかし、クラス代表や候補生も大変なんだな。こういう仕事もあるのか」

 

「知っておいてよかっただろ?」

 

 更衣室に向かう間にそんな会話をした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 俺達は帰り道についていた。

 この後原作では確か五反田食堂に行って、一夏と蘭でなんかある……でよかったはず。そのなんかが思い出せないんだけど。なんだったっけ?

 

「ありがとな颯斗。今回のはいい経験になったと思う」

 

「……んー? おう」

 

「? 颯斗、どうした?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 考えの手を一旦止め、一夏にそう返す。思い出せないものはしゃーない。

 

「そういえば、飯どうする? 今の時間だと食堂には間に合うかどうかなんだけど」

 

 インタビューと撮影にどちらもだいぶ時間がかかったため、今はすっかり暗くなってしまっている。

 そうだな……。

 

「……ここから五反田食堂って、近いっけ?」

 

「そうだな……それなりに歩くけど、三十分まではかからないんじゃないか? あの店気に入ったか?」

 

「まあ、他の店をあまり知らないっていうのもあるけどな」

 

 蘭に肩入れするって訳じゃないが、学校も違うんだし、このくらいのチャンスを作ってやるくらい大丈夫だろう。あの店の料理をまた食いたいって気もするし。

 

「じゃあ、行くか」

 

 一夏の先導で歩き始めて十五分くらいで、五反田食堂に到着した。

 

「お、弾だ」

 

「あれ!? 一夏じゃん! あっ! 颯斗もじゃねえか!」

 

「お邪魔しまーす」

 

 店に入るとエプロン姿の弾がいた。店の手伝いなのだろう。

 

「なんだよお前ら、来るなら言ってくれればいいのに」

 

「用事を済ませて、帰り道での思いつきだからな」

 

「俺がここで夕食とろうって言ったんだよ。さ、また怒られないようにテーブルに行こうぜ」

 

「おお、そうだな。空いてる席はっと……」

 

 立ち話もそこそこに弾に案内された席に着く。

 

「じゃあ、注文が決まったら呼んでくれ」

 

 弾はそう言ってカウンターへと戻っていった。

 サッと周囲を確認するが、蘭の姿は見当たらない。いないのか?

 

「さ、何食う?」

 

 一夏のその問いで、俺は視線と意識をメニュー表へと移した。見つからないものはしょうがないし、何より腹が減っていた。食道内に広がっている料理の匂いが余計に空腹感を助長させている。

 

「前回食ったのは業火野菜炒めだったな。他にオススメってなんだ?」

 

「魚系かな? カレイの煮付けとかはホントにうまいぜ」

 

「魚ね。じゃあ焼き魚とフライ盛り合わせ定食でも頼もっかな」

 

「あ、俺もそれにするか。おーい、弾ー」

 

 一夏が弾を呼んで、二人分の注文をする。注文を手早く書く辺り、弾は仕事に慣れてるんだなあと思う。

 弾が注文を伝えに調理場に言って、それからこの店の店主、厳さんがこちらに気づいた。

 

「一夏じゃねえか! それから……」

 

「あ、どうも」

 

「おお! 傘霧、だったか? 久し振りだな!」

 

「この店の料理がうまかったんで、また来ました」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか! ガッハッハッ!」

 

 豪快に笑ってから厳さんは、二階の母屋へ顔を向ける。

 

「おーい! 蘭! おーい!」

 

 大声で蘭を呼ぶ厳さん。母屋にいたのか。

 

「なにー?」

 

 遅れて蘭の声が聞こえてきた。

 

「店に来い! 急いでな!」

 

「なんでー?」

 

「いいから来い!」

 

 それからややしばらくして、蘭が食堂入り口から入ってきた。

 一夏見てすぐ悲鳴を上げて出て行ったが。

 

「どうしたんだろ? あ、颯斗が有名人だから、それでか?」

 

「お前の方が有名人だろうが」

 

 本当の理由は言うだけ無駄だろうし、そこまで首は突っ込まないでおこう。

 それからしばらくして、蘭が明らかに仕事向きじゃない綺麗な服にエプロンをつけた格好で戻ってきた。一夏を意識するのはいいんだけど、その服汚すのは勿体無くね?

 

「い、いらっしゃいませ、一夏さん……って、あ! 颯斗さんじゃないですか。いらっしゃいませ」

 

 今になって気付いたようである。デジャヴ。

 それから一夏と蘭が何度か話をしたが、いずれも一夏が唐変木なため、発展するようなことはなかった。知ってた。

 出てきた焼き魚とフライ盛り合わせ定食はうまかったです。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 勘定の支払いを終え、五反田食堂を出ると、蘭が意を決した顔でついてきた。

 

「あ、あの! 一夏さん!」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 おお、なんか展開の予感。

 思い出せていない分、話の中身が気になるところだが、ここは邪魔にならないようにした方がいいだろうか。

 

「あ、すまん。出た直後でなんだが、店のトイレ借りていいか?」

 

「え!? あ……は、はい」

 

 スタイリッシュに離脱。二人っきりにするため五反田食堂の扉を開けて中に入っ、

 

 ガララッ

 

「「「あ」」」

 

「……………」

 

 開けて目の前に、中年の男性達と弾の顔が縦に並んでいた。

 

「……………えー、トイレお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 その後、一夏は蘭から学園祭の招待券を貰った。

 そのことに関して蘭からはお礼を言われ、中年男性達とそれに混じっていた弾が色々騒いでいたが、それらについては何も言わないことにした。



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第三十話 考えるな感じろとは言うが、やっぱ考えるのも大事

 明けましておめでとうございます。
 この調子でやっていつ完結なのか。


 放課後、俺と箒はタッグトーナメントに向けて訓練に励んでいた。

 

「行くぞ、颯斗!」

 

「よし来い!」

 

 紅椿を駆る箒が刀を手に上空からこちらに突っ込んでくる。対する俺は地上で仁王立ちとなって箒を待ち構える。

両腕の《デモン・アームズ》からエネルギー砲を発射する。大きな反動に裏付けられた破壊力を持つ砲弾は、しかし箒にはあっさりとかわされてしまう。箒の突進スピードは落ちることなく、それどころか加速していく。

 だが俺にとって幸いなことに、その速度は視えていた。

 砲撃を止め、他ISと比べても巨大な右拳を引く。

 

「――せぇあぁッッ!!」

 

 拳を突き出す瞬間、《デモン・アームズ》の肘部に備えられた発破装置が火を噴いた。砲撃時の反動相殺の他、パンチ力の強化にも使われるこの装置によって瞬時に加速した拳が、箒が振るう《空裂》を正面から殴る。タイミングはドンピシャだった。

 《空裂》が箒の手から離れて吹っ飛ぶ。さらにパンチの勢いを利用して身体を捻じり、回転させ、遠心力を乗せた左拳の裏拳で箒を狙う。

 その追撃は装甲を掠めた気がしたが、ダメージにはならなかった。箒が必要以上に離れていることから見て、スラスターを全力稼働させて回避したらしい。俺がエックスに乗っていたことを引きずっているのか、《絢爛舞踏》で回復できるとわかっていてもその機動に物申したくなる。というか、後で言っておこう。

 

「はあああああ!」

 

 《雨月》の突きによって多数のレーザーが飛んでくる。何もないところからどうやってレーザーがでるんだろうか。あと、レーザーによる射撃が本質なら、武器の形状を刀にする意味ってあるのだろうか。空間に弾作るなら形状はなんでもいいんだし、近接戦闘もできるからと言えば収まりがいいだろうが、そもそも武器として持たないようにした方がいいんじゃないかというのは禁句かな。

 

「リジェクト!」

 

 《リジェクト・アーマー》を起動し、高出力の電磁場でレーザーを防ぐ。防いだ後はすぐに切るのを忘れない。

 片腕の砲撃で牽制しつつ、新たな武装を呼び出す。粒子から復元されたそれは、紫に光る大型剣。武装名称は《ピアッシングソード》。中距離を薙ぎ払い、《デモン・アームズ》が苦手とする範囲攻撃をカバーするためのエネルギー剣である。出力を上げると刀身が伸びて攻撃範囲が広がる。

 

「であああああああああ!!」

 

 こちらの《ピアッシングソード》と、箒の持つ刀がぶつかり合い、激しく火花を散らせた。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「やはり、剣の握りがなってないな。もっと、ググッとした感じで持て」

 

「剣の握りね。ただその説明だけじゃあ具体的な持ち方がわからんし、重量武器と刀では扱いも違って当たり前じゃないか?」

 

「むぅ」

 

「あと、こっちとしてはスラスターを筆頭にしたエネルギー分配の雑さが気になった。いくらワンオフで回復できるつったって、相手がそれを許す訳がないんだからさ……」

 

 一戦を終えて、俺と箒はISに乗ったままそれぞれ互いに改善すべき課題の意見交換をしていた。

 下手にコンビネーションの特訓をやるよりも、それぞれの基礎戦力の向上を目指した方がいいという方針の元、互いにパートナーの戦術を知り、また自分だけでは見えない欠点や課題を見えるようにするために、俺と箒で模擬戦を行い、その後相手の悪かった部分を意見として交換するということをやっていた。箒はまだしも、俺は専用機を持ってまだ間もないということから採用したやり方だった。

 現時点で箒から言われた欠点は……「剣の握りが悪い」、「射撃の狙いが甘い」、「動きが遅い(特に空中機動時)」、「超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)の軌道のズレが酷い(これでは使い物にならない)」……高速機動は捨てているから後半二つはほとんどどうしようもないが、射撃の腕は俺もどうにかしたいと思っている。剣の握りは、これも改善した方がいいのかな。

 逆に俺から箒に言ったのは、先ほどの「エネルギーの無駄遣い」の他には、「射撃精度が甘い」、「攻撃や機動が直線的で読まれやすい」と、こんなところだったか。彼女の説明の仕方と言い、考える前に感覚とか直感でどうにかできてる・してる感じなんだろう。ただしその分微妙な調整とか理論的な部分とかは疎かにしているため、動きに無駄が生じているというところだろうか。俺の場合は、前に乗ってたISの性能的に、ちょっとしくじったら無駄が大きく出やすかったから、コーチの指導もあるし、嫌でもそういう無駄を抑えるようになっている。

 しかしこうして見ると、このコンビ揃って非常に未熟である。二人合わせて半人前にもいかないんじゃないかな。大丈夫なのかこれで。

 

「むむ……エネルギーの無駄かぁ。しかしそういう調整はあまり得意じゃないしな……」

 

「必要ならこっちで人を用意するさ。今はアリーナの使用が許されてる今のうちに解決できる課題を片していくぞ。……ほれ」

 

 言って、俺は《ピアッシングソード》を呼び出し(コール)して箒に差し出す。《ピアッシングソード》はアンロックされていて、箒にも使用が許された状態だ。

 

「握り方がなってないんだろ? 実演してくれ、見て覚える」

 

「なるほど、その方がやりやすそうだな。……うわ、重いな」

 

 ISの補助ありでもズッシリとした重さに率直な感想を漏らす箒だが、すぐに慣れたようで一振りしてから構えた。下半身が上半身を支え、上半身が剣との釣り合いを保ち、しっかりと剣を握り締めている。なんていうか、手で握るのではなく、全身で支えているという感じで、すごい様になっている。

 その態勢から剣を振り下ろし、薙ぎ払い、数回振るってから構えを解いた。

 

「ふぅ……こんな感じか?」

 

「上半身で釣り合いを取る。下半身で身体を支える。手は力む必要はない。振るうときは剣の重量に任せればいい。つまりそういうことだな」

 

「そうそう。それを言いたかったんだ。話が分かるじゃないか!」

 

 ここまでわかるのは多分これが最初で最後だろう。二度もうまくいくとは思えない。しかしそんな発言しても互いにためにならないので心に秘めておく。

 

「片手持ちってできるか? できるなら、空いた手で射撃したりなんかもできて便利だと思うんだけど」

 

「この重さだと難しいな……無理せず両手持ちでやってく方がいいと思うぞ」

 

「そうか……ま、とにかくやってくしかないか」

 

 箒から《ピアッシングソード》を返してもらい、さっそく練習を始める。まずは構えを真似るところからだ。

 

「違う違う。もっと、ドンッとした感じでだな」

 

「知ってた。やっぱ擬音わかんねぇ」

 

 そんなこんなで、特訓に明け暮れていく。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 特訓は日が落ちて暗くなるまで続いた。剣の構えはなんとか様になったようだ。他には技術的なスラスター稼働を箒に教えたり、二人して射撃訓練をしたりした。

 

「明日は放課後丸々使って機体整備かな。これまでのデータからオメガの調整したいし、箒の紅椿も、シエルさん達に頼んで調整してもらおうぜ」

 

「うむ……」

 

 明日の予定を伝えるが、箒の顔が若干浮かない感じだ。

 箒の表情が曇る理由と言ったら……

 

「あー……その、なんだ。一夏との時間を作ってやれなくて悪いな。ただ、勝つにはこんぐらいしないとしょうがないしさ」

 

「なっ!? ち、違うぞ! 一夏のことなど考えてないからな!? 本当だぞ!」

 

 動揺しとる動揺しとる。

 

「じゃあ何さ」

 

「……紅椿を整備すると思うと、少しな」

 

「うん?」

 

「そういえば、颯斗は臨海学校にはいなかったのだな。この機体は姉さん……篠ノ之束から貰ったのだ」

 

「ああ……そういえば」

 

「知っていたのか?」

 

 あ、やべ。つい素で言っちゃった。ごまかさないと。

 

「篠ノ之なんて苗字、そんなに聞かないしな。それに、機体については噂とかで耳にはしたよ」

 

「そうか……」

 

「姉さんからのプレゼントを弄くる、もしくは他人に弄られるのは気が引けるのか?」

 

「いや、それはない」

 

 ないのかよ。つーか即答って。

 

「ただ……」

 

「うん?」

 

「姉さんとはあまり関わりたくないというか……」

 

「嫌いなのか?」

 

「……嫌いでは、ない。でもどう接すればいいのかが、わからないんだ……」

 

「……………」

 

 互いに沈黙する。どう答えたものかと思考を働かせてみるが、大した回答が出てこない。

 しばらくして、俺はその思考をやめた。

 

「……悪い、俺は一人っ子だからな。兄弟姉妹のことはわからん」

 

「……そうか」

 

「ただ、篠ノ之束というお前の家族は一人だけなんだし、大事にするのがいいんじゃないか? 月並みな答えだけど」

 

「……そう、だな」

 

「んじゃ、今日はこれで解散。後は好きな一夏に労ってもらえ」

 

「なっ! お前なあ……!」

 

 言うだけ言ってさっさと解散した。カウンセラーは俺には無理だ。これで少しでも気を楽にできれば儲けもんだと思おう。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 結構それなりに疲労が溜まった身体で、部屋に戻る。

 

「ただいまーっと」

 

「っ! は、颯斗くん、お、お、お帰りなさい」

 

「うん、颯斗くん、お帰り」

 

 部屋には簪と楯無さんがいた。先日の誤解も解けて、姉妹でコミュニケーションをしていたようだ。ちょっとお邪魔だったか。

 ただ、簪の様子がおかしいのが気になる。というか、俺が入ってきた時に簪が何か後ろに隠したみたいなんだが。ついでに楯無さんがニヤニヤしてるし。

 

「簪、今何を隠したんだ?」

 

「なな、何でもない。何でもない、よ……?」

 

 ブンブンと首を横に振る簪。

 ……怪しい。

 

「……ん? なんだこれ、写真?」

 

「あっ!」

 

 足元に白い何かが落ちているのを見つける。大きさと形から、裏向きになった写真とすぐにわかった。

 簪が慌てて、隠していたものを手放してまで回収しようとするが、距離的に俺の方が早かった。拾って、裏返す。

 写真には、黒いスーツを着た少年がダークヒーローのようなポーズを決めた姿が写されていた。その少年の腕には馬鹿でかい装甲が装着されている。具体的にはオメガの腕だった。

 

「って、俺の写真じゃねえか!」

 

「か、返して……それ、わ、私の……!」

 

「私のって……って、そっちの写真も全部俺が写ってるのだし、その雑誌も俺と一夏の特集じゃん!」

 

 写真は以前の撮影のみならず、その前のギリシャでのものも含まれていた。多分、楯無さんが持っていたものだろう。

 すると楯無さんは雑誌を手に取り、ペラペラとページをめくった。あるページで止め、何かを見た後こちらに顔を向ける。

 

「誰も傷つけさせはしない!」

 

「うわああああああ! は、恥ずかしい!!」

 

 それからギャーギャーと雑誌や写真で騒ぎになった。終いにはうるさいと織斑先生にめちゃ怒られた。




 チャキチャキ進めていきたいけど、今月はタッグフォーススペシャル配信、来月はゴッドイーター2レイジバースト発売とやりたいものが多い……。加えてこれから普通に忙しくなるからなぁ……ちょっと心配です。


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第三十一話 気になるあいつ

 昨日の予定の通り、俺と箒は整備室に足を運んだ。

 整備室の中は専用機持ちと整備班で混雑していた。中には楽しげに作業している人もいれば、トラブルに怒号を飛ばしている人もいる。

 ほとんどの整備台にISが固定され埋まっている状態だが、隣り合った二つの区画だけ空いてる。そこには俺がよくお世話になっている人達が俺達を待っていた。

 

「すみませんシエルさん。待たせましたか?」

 

「ううん、約束の時間より前だから気にしてないわ。それじゃあさっそく始めましょう。颯斗さんはこっちの台にオメガを固定させて」

 

「了解です」

 

 時間も惜しいのでさっさと作業の準備へ。その間にシエルさんは箒に声をかけていた。

 

「初めまして、シエル・アランソンです」

 

「し、篠ノ之箒です。よろしくお願いします」

 

「ええ、よろしく。わからないことや要望があったら遠慮なく言ってね。叶えられるよう最大限努力するわ」

 

「はい!」

 

 まあ、そっちはそっちで任せて大丈夫だろう。

 オメガを台に固定して、オメガから降りる。

 

「さあ始めようか、ハヤトくん」

 

「よろしくお願いします、ドワーフさん」

 

 整備用工具を腰にぶら下げた中年の男性にお辞儀する。ドワーフさんは武器の調整・改良を主に担当している。ちなみにセルヴォさんは武器の設計・製作が主な役割で、加えて装甲やスラスターの開発、システム設計・調整など、幅広く携わることができる。シエルさんに至ってはほぼ全部。

 ちなみにだが、ISの開発チームというのは割と男性も多い。理由はISの開発、及びその機材の運び出しなど重労働が多いからだ。しかし男性だけではISを動かすことができないので開発チームには当然女性も少なくない。そんな訳で、女尊男卑の世界の原因であるISを開発しているところというのは、最も男女平等な場所であるそうだ。

 

「うむ。ところで、オメガの調子はどうかね? ここまでで意見があれば言ってくれたまえ」

 

「機動性についてはもう、捨ててるって知ってますから仕方ないですけど、超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)のブレの酷さってどうにかなりませんか?」

 

「超出力瞬時加速か……あれは使用時の態勢や角度とかで吹っ飛ぶ方向が酷く変わるやつだからなぁ。こっちの調整でどうにかできるとは思えんぞ。やるだけやってみるが」

 

「少しでも使い勝手がよくなるならお願いします。ところで、これ普通の瞬時加速(イグニッション・ブースト)ではどうなるんですか?」

 

「加速力が足りんから、初速がトロくて簡単に避けられるぞ。だからこんな加速手段を組み込んだのだ」

 

「まあ、ですよね」

 

「他は? それだけか?」

 

「いえ、他にもまだまだ」

 

「ドンと来なさい。注文は多い方がやりがいがあるというものだ」

 

「わかりました。俺にもできることがあればどんどん言ってください」

 

 今日は紅椿の整備にも人員が割かれるのだから、人手は必要だろう。何より、自分の専用機なんだから、可能な限り自分も参加しなければとも思っている。

 

「おお、頼りにさせてもらおうか」

 

「頑張りましょう、ハヤトさん!」

 

 アルカディアスタッフ数人も加わって、さっそく作業に取り掛かった。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ふーむ、こんなところかの」

 

「ぜえ……ぜぇ……お、終わりましたか……」

 

「ハヤトさん、大丈夫ですか?」

 

「だ……大丈夫、です……」

 

 心配するスタッフに強がってみせるものの、正直疲れ果てていた。

 何度も見ているのだが、やはりプロの整備士は凄かった。他の生徒達とは比べものにならないほどの手際の良さで次々と作業を完了させていった。俺はその仕事のスピードに頑張ってついていこうとした結果この有様だが。

 しかしおかげで整備は完了した。後は実際に乗って新たに出た問題にはまた整備なり練習なりで対処していくことになる。

 具体的に今回の整備で変化したのは、まず機動性。不安定すぎる超出力瞬時加速を少しでも安定させるために、スラスターの出力や噴射口の角度を調整。初速、最大速度ともに少し落ちるが、軌道のブレをある程度抑えることにシミュレーター上では成功した。続いて装甲だが、こちらは更に強化された。というか、最初のうちは慣れてもらうためにこれでも軽くした方だったらしい。更に重くなった。出力が高すぎていた《デモン・アームズ》も調整し、燃費向上を測った。同じく《リジェクト・アーマー》も出力を調整。稼働時間を大幅に伸ばすことができた。あと、ハイパーセンサーの解像度などの仕様を変え、エックスのセンサーに近づけてもらった。これでより見切りがしやすくなるはず。と、こんなところか。

 

「うん、こんなところかしら。後は乗って動かしてみて、問題があったらまた調整しましょう」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 どうやら箒の方も終わったらしい。

 こちらの様子見か、セルヴォさんがこちらにやってきた。

 

「そっちも終わったみたいかな? どうだったかね」

 

「後でデータでも見せるさ。そっちこそ、第四世代とやらはどうだったのだね?」

 

「データを見せてもらったが、あの数値を見ると、こちらの自信がなくなってくるよ」

 

「比較対象が悪いんじゃないかね。それを言ったら他の企業のも全て霞んでしまうだろう」

 

「違いないね。下手に弄っても悪くするだけにしか思えなかったから、要望に合わせた数値の微調整と内部のクリーンアップばかりでちょっと物足りなかったな」

 

「それは残念だったな。こっちは装甲の追加とかハイパーセンサーの取り替えとか、色々やったぞ。こっちに来た方がやりがいあったんじゃないか」

 

 ちなみにだが、二人の会話はギリシャ語である。俺もシエルさんから教えてもらってはいるが、まだついていけない……。

 

「およ、颯斗じゃねえか」

 

「あ、アトラスさん」

 

 アトラスさんがスルメかじりながらやってきた。ISスーツで豊満なラインがはっきりしているが、それに反してスルメをかじってる姿が男っぽい。というかオヤジっぽい。

 

「お前も整備やってたのか。どうりでシエルさんに断られる訳だ」

 

「そう言うアトラスさんもここで整備してたんですか? あれ、一夏は?」

 

「片付けのためにここと機材室を往復してるぜ。しっかし、あいつ白式の調整を今までコンソール調整だけで済ませてほとんどデフォだったとはな。整備を怠んなと叱るべきか潜在能力は高いと認めるべきか……」

 

「一年だから整備の仕方を知らなかったとかじゃないですかね」

 

「マニュアル読めばできる部分も少なくねえし、整備科に協力を依頼する窓口だってあるんだぞ」

 

 あるんだ。俺初耳なんだけど。

 はあ〜、とアトラスさんは深いため息をついた。

 

「なんか、随分溜め込んでますね」

 

 窓口についてよりもこっちの方が気になった。

 

「ああ、気にすんな」

 

「気を遣わなくていいですよ。先輩の愚痴を聞くのも後輩の役目ですって」

 

「愚痴とかじゃねえんだがな……まあ、そういうことにしとくか」

 

 そう納得したアトラスさんは、ため息の理由を語り始めた。

 

「あいつ……一夏がびっくりするほど唐変木なのは知ってるだろ?」

 

「ええ、まあ」

 

「それについて、ちょっと前に訊いてみたんだよ。男女交際する気はないかって。そしたらあいつは酷く慌てたんだよ」

 

 付き合う、と言わなかった辺り言葉を考えたな。付き合うで買い物もしくは案内を連想するのが一夏流である。

 しかし、慌てたんだ。俺はてっきり、「今は考えてないな」なんてことをさらっと言うのかと。

 

「そ、それで一夏はなんと!?」

 

「うおっ、箒いつの間に!?」

 

 気がつけば箒がアトラスさんに迫っていた。

 アトラスさんは近すぎる箒を一旦押し退けてから答えた。

 

「とりあえず落ち着かせてからもう一度訊いたらな、『あまり考えてなかったし、俺は弱いからもし付き合うとしてもせめて対等と言えるぐらいにならないと』みたいな感じのことを言ったんだよ」

 

「そうか……うむ、そうか!」

 

 脳内で再現したのか、蕩けた顔の箒そうかそうかと言いながら照れ隠しに近くの壁をバシバシ殴り出した。俺までもが変な目で見られないようにアトラスさんと一緒に箒から距離を取る。

 しかし、一夏らしいっちゃあらしいこと言ってんな。質問したら慌てたっていう話と言い、ちゃんと異性との興味はあるようだ。これでちょっとは安心できるか。

 

「で、この質問の話はここから本番なんだが」

 

「ん?」

 

「その回答を聞いて、箒とかぶっちゃけちょっと手ぇ伸ばせば届きそうじゃん? だから俺はそう言ったんだよ。具体的な名前は伏せてだけど。そしたらな……」

 

 あれ、なんか嫌な予感。

 

「あいつ、あの質問を俺と交際する話だと勘違いしてたんだよなぁ……俺がそんな訳ないじゃないかって言い出すんだよ」

 

 ガン! と大きな音が立った。見ると、箒が光を失った目で殴った壁を見つめていた。

 そっとしておこう。

 しかし、ここで疑問が生まれる。そんな話のオチでアトラスさんはあれほどのため息をついていたのだろうか。アトラスさんは一夏が唐変木だと知っていたんだし、そうとは思えない。

 

「アトラスさん、その話と先ほどのため息がどう繋がるんですか?」

 

「……ほら、俺ってさ、女っぽくないだろ? 一人称俺だし、態度とか他色々も」

 

 スタイルは女の子でも憧れられそうですけどね。胸とか。

 

「どこ見てんだスケベ」

 

「すみません」

 

「ったく、まあ実際、他の生徒からも男らしいと言われることもあったし、俺もそれで慣れてたんだよ。でも、あいつは俺を女の子だって言うんだよ」

 

 そこまで言ってアトラスさんは、目を逸らして頬を指で掻いた。

 

「だから……その、女として扱われてるってのが、ちょっと変な感じでな……」

 

「……えー」

 

「あ、お前が考えてるようなものとは違うからな? ただ、女として見られてることに違和感がして、それが気になってるんだよ」

 

 それ、フラグなんじゃないか? なんとなく気になる感じからある日のきっかけで恋に発展するパターン。

 ドカンドカンと金属音が鳴り出した。箒がISを部分展開して壁を殴っていた。壁が徐々にへこんでいく。

 ちょっ、箒、やめろ馬鹿!

 

 結局、設備損壊の責任で反省文書かされることになった。なんで俺まで……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「これ、どう思います?」

 

 IS学園の地下を掘って造られた亡国機業(ファントム・タスク)の秘密基地。ほとんど明かりのない場所で、スマイルはいつものニコニコとした笑顔で隣にいるトリガーにそう問いかけた。

 

「どうって、第一これ信用できるの? どこにいるのかもわからないような人だよ?」

 

 トスマイルの言う『これ』とは、ディスプレイに表示された一つの情報だった。そしてトリガーはその情報に否定的だった。この情報源が信頼できるものとは言えず、ガセも少なくないようなところだからなおさらである。

 トリガーの言い分にスマイルは頷いた。頷いた上でこう言った。

 

「たしかにそれはもっともな話です。ですが、火のないところに煙は立たないと言いますからねえ。それに、これをわざわざこちらに送り届けてくるのですから、そういうことなのでしょう」

 

 情報の信用に関わらず、このことを念頭に入れておくこと。それが渡ってきた情報から読み取れる暗黙の命令である。

 そして情報の内容からして、この情報が真実だった場合は当初の自分達の計画よりも優先し、『接触』を測ることを命じられていろことも意味していた。

 

「でも、本当に来るのかなぁ? 今のところ今年度はIS学園が何かイベントやる度に事件起きてばっかだから、勘弁してほしいんだけど」

 

「仕方ありませんよ。元々こちらが予定していたことはトーナメントの最中ガラ空きになった各所から情報を引き抜くだけなのですから、必要なところだけさっさと済ませて、備えますか」

 

「それが一番かなぁ。じゃあその最低限引き抜く情報を絞る?」

 

「そうしましょう。あと、武器の簡易整備もしておきましょうか」

 

 それからスマイルとトリガーは二人で計画の見直しを始めた。

 ディスプレイに映された情報、そこには――、

 

 『タッグトーナメント当日、篠ノ之束による襲撃の可能性あり』と記されていた。




 一夏がアトラスさんにフラグを立てましたー。男子系女子相手でも一夏なら女の子として落とすでしょう、きっと。
 基本的に颯斗視点である以上、落とす描写は省かれることもありますが、そこについてはご容赦ください。
 次回からタッグトーナメントに入れるかな?


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第三十二話 フラグ込み込み。そして開戦へ

「ふぅ……」

 

 タッグトーナメント前日の夜十時を過ぎた頃。俺はオメガの最終調整と模擬戦で疲れた身体を休めるためベッドに転がり込んでいた。楯無さんは部屋にはいない。

 この日に至るまでに箒と共に模擬戦&調整時々コンビネーション訓練の繰り返し。更には生徒会の業務で書類との格闘にタッグトーナメント当日に行う企画のため先生方に根を回したり、たまに一夏関係でトラブルに巻き込まれたり……ちなみに、「一夏がアトラスさんを落とすんじゃないか」という噂が出てから、一夏は五人から嫉妬の嵐を受けていて現在も進行中。先日はラウラの泣き声が聞こえたこともあったが、気にしないでおこう。

 まあとにかく色々あったが、明日はタッグトーナメントが開催される。すなわち、篠ノ之束が作った無人機による襲撃が来る。

 やれるだけのことはやったはずだ。可能な限りオメガに乗って鍛えてきた。感覚も掴んだし、射撃の技術も大幅に上がった。超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)も、まあ使えるほどにはなった。

 最低限、自分を守れるようにはなった。仲間と協力すれば、敵を撃破することも可能な……はず。

 

 コンコン。

 

「! ……どなたですか?」

 

 無人機のことを考えて緊張したためかノックの音に少々過敏な反応をしていた。

 

「颯斗くん? ……その、私……」

 

「……簪?」

 

「……は、入って……いい?」

 

「す、少しだけ待ってくれ。ちょっと散らかってるから」

 

 散らかってるというのは嘘である。同居人がいて、それが女性で楯無さんだ。できるはずがない。ただ、先ほどの思考で怖い顔になっていないか、それが不安で払拭する必要があった。

 楯無さんがよく使っている手鏡をちょっと拝借して覗き込み、顔を確認する。

 

「……よし、問題ないな」

 

 いつもの可もなく不可もない顔だ。一夏はイケメンだから、彼の方が人気だというのも頷ける。一応俺も人気がないことはないそうだが、その理由の中には「一夏よりも付き合うのが簡単そう」なんてのもあるとか。悔しくなんてないやい。

 それは置いといて。確認もできたことだし簪を迎えに行く。

 扉を開けると、簪が小包みを抱えて立っていた。……あれ、あの小包み、どっかで見たような。

 

「あの、ごめんなさい。こんな遅くに……」

 

「いや、それはいいけど……とりあえず、中に入るか?」

 

「う、うん」

 

 簪を部屋に招き入れる。とりあえずベッドに座らせた。

 簪はキョロキョロと周囲を見回している。何か気になることでもあるのだろうか。

 

「あれ……姉さんは?」

 

「まだ戻ってきてないけど……楯無さんに用事だったのか?」

 

「う、ううん。ちょっと気になっただけ」

 

「ふーん。で、こんな時間にどうした?」

 

「その……これ……!」

 

 俯きながらも、簪は持っていた小包みを差し出した。

 

「その……この間は、渡せなかったから……つ、作り直したの」

 

「作り直した?」

 

 この間というと、あの誤解の件か。言われてみればこの小包み、その時のものと同じ柄だ。

 受け取って、開けてもいいかと目で確認する。控えめに頷いたので、小包みを開く。

 小包みの中に入っていたのは、抹茶のカップケーキだった。作りたてのようで、包み越しに伝わってくる温かさとカップケーキから漂う香りが食欲を刺激する。

 

「おぉ……うまそうだな」

 

「私の……得意料理。よかったら食べて……」

 

「おう。じゃあいただきます!」

 

 手を合わせてから、早速一つ、紙を剥がして口に入れる。抹茶の風味と砂糖の甘みが程よくてとてもうまい。文句なしに最高だった。

 

「すごい美味いぜ、簪!」

 

「ほ、本当? よかった……」

 

 一個目をあっという間に食べ切り、二個目に手を伸ばす。

 

「簪って、料理得意なのか?」

 

「う、ううん。そこまで得意って訳じゃない……でも、ちょっとずつ勉強してる」

 

「そうなのか。でもこれだけうまいんだから他の料理もやればできそうだな」

 

「……でも、姉さんより上手にはできないと思うから……」

 

「楯無さんの料理も確かに美味いけどさ、簪のは簪で美味いもんができると思うぞ」

 

「で、でも……」

 

「――じゃあ今度、また作ってくれよ」

 

「……え?」

 

「また今度、簪の得意な料理作って俺に食わせてくれないか? 楯無さんと比べることとか考えなくていいからさ。その、なんていうか……また簪の手料理食ってみたいし」

 

 言って照れ臭くなりながら、カラになった小包みの見せる。一口サイズというのもあって、もう食べ終わってしまった。

 

「そういう訳で……いい、かな?」

 

「あ……………うん……うん!」

 

 頷きながらも簪の瞳から涙が溢れていた。あまりに突然泣き出すのでギョッとする俺。

 

「えっ、ちょ……ここで泣くの!? なんで!?」

 

「ご、ごめん……嬉しくなって、なんだか急に……」

 

 言いながら、簪はゴシゴシと涙を拭う。

 そういえばだが、これ完全に簪を口説こうとしてるよな……脈ありと知っているとは言え、責任取らなきゃいけなくなるのはまだちょっとどうかと怖いし、何より楯無さんも怖いなぁ……ああそうだよ、ヘタレだよ俺ぁ。

 

「ん……もう、大丈夫」

 

 涙を拭き終えて、簪は笑顔を見せる。その可愛さに少しドキッときたが、表には出さないようにする。

 

「そうか? じゃあ早く寝た方がいいぞ。明日は大変だろうしな」

 

「うん。頑張る」

 

「もし簪と当たっても手加減しないからな」

 

「私も、颯斗くんには負けないもん」

 

 健闘を誓ってから、自分の部屋へ戻る簪を見送った。

 簪の姿が見えなくなってしばらくしてから、俺は口を開いた。

 

「……もう出てきていいんじゃないですか?」

 

「あら、バレてた?」

 

 声がする方へ振り返ると、楯無さんがいた。

 

「いるんじゃないかなって思っただけです。結果的には当たりでしたが。……いつからいました?」

 

「簪ちゃんが部屋を訪ねるところから」

 

「最初っからじゃないですか」

 

「そうよ?」

 

 悪びれる様子もねえ。

 サッと扇子が開かれる。書かれてるのは……あれ、何も書いてない?

 

「いやーそれにしても、まさか颯斗くんが簪ちゃんを泣かせるとは思わなかったな〜」

 

 人は言葉を用いずに感情を表すことがある。顔では笑っているけどこれ……怒ってるよね?

 

「ちょっ、待って。いや、待ってください。あれは俺も予想外だったんです。そのつもりはなかったんです。いや、お願いします許してくださいなんでもします」

 

 後ずさり、アンド、言い訳、そして、土下座。

 土下座してしばらく経ってから、楯無さんの笑い声が聞こえた。

 

「プッ、冗談よ冗談。だから顔を上げなさい?」

 

 顔を上げると、本当にニコニコと笑顔を向ける楯無さんがいた。何も書いていなかった扇子は、今度は『称賛』と書かれたものに変わっていた。

 

「簪ちゃんがあんなに感情を見せるのは、それだけあなたを信頼してるってことよ。姉としては、ちょっと妬いちゃうけど」

 

「は、はぁ」

 

「……でも、あなたがいて本当によかった。あなたのおかげで簪ちゃん、すごく生き生きとした表情見せるようになったわ。それに、あの時クジ引きで私と簪ちゃんが組むことになったのも、颯斗くんの差し金でしょう?」

 

「正確にはアトラスさんの提案ですよ。俺はその手伝いをしたまでです」

 

「あら、そうなの? じゃあアトラスさんにもお礼を言わないと。――ところで、さっきなんでもするって言ったわよね?」

 

 あ、やっぱそれ来んのね。聞き逃してくれたかと思ったんだけど。

 

「えっと、余り変のなのは無しの方向で……」

 

「んー、どうしよっかな〜」

 

 どうしよっかなーって。

 不用意な発言はするもんじゃないな。いったいどんな無茶ぶりが……。

 

「……よし、じゃあ颯斗くん。明日のホテルディナーで、私をしっかりエスコートしなさい。ね♪」

 

「は、はい……あれ? 普通だ。……………楯無さん、何か具合でも悪いんですか!? それとも心配事が!?」

 

「お気に召さなかったのなら、一晩中女王様ゲームでも一向に構わないわよ」

 

「ぜひエスコートさせてください」

 

 楯無さんは快調だった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 タッグトーナメント当日。開会セレモニーが終えて、俺と箒はピットへと向かっていた。

 それというのも、初戦から選ばれたからだ。相手は一夏とアトラスさん。初っ端から男子がぶつかり合う辺り、そう仕組んだように見えてならないが、それほど注目されてるということなんだろう、多分。

 この大会の優勝候補は、一夏&アトラスさんペアと更織姉妹……というかアトラスさんと楯無さんの(元)生徒会長というブランドが一位争いをしている状況で、その後を追ってフォルテ・サファイア先輩とダリル・ケイシー先輩の通称『イージス』、それからはシャルロットとラウラ、セシリアと鈴音と続き、最後にそこから突き放される形で俺達が最下位となっている。情報源は食券を賭けた優勝予想のオッズ。先ほどまでいた黛先輩が見せてくれたデータだ。

 

「うん、オッズがああなることは知ってた。専用機手に入るのが遅かった二人組だし俺達」

 

「時間の差など技で押し返してやればいい。必ず優勝するぞ!」

 

「よくお前はそんなに自信持ってられるな。ちょっと見習いてぇわ」

 

 隣にいる箒は自信満々だった。いや、闘気が満ち満ちていたと言った方がいいのか。理由はある程度わかるけど。

 

「あいつがこの大会で自信ついたら、案外早く相手が決まっちまうかも知れないしな。優勝できなくとも告った方がいいんじゃね?」

 

「なっ!? ななな何を言う! ち、違うぞ、わわ私がそんな、一夏に告白するために優勝するとか、そんな不純なことは考えていないからな!!」

 

 盛大に自爆している箒をほっといて準備を始めようとして、その時、オメガがアラートを鳴らした。

 

 ――警告。正体不明機多数確認。内一機、接近中。

 

「……来たか」

 

「……? 颯斗、何か言っ――」

 

 次の瞬間、壁がぶち抜かれた。

 大きな穴が空いた壁から黒い影が近づいてくる。オメガが警告を発するそれが斬りかかるのを見切り、《デモン・アームズ》の右ストレートを叩き込む。カウンターを完璧に入れられ、相手は壁の向こうに吹っ飛んでいった。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

「……箒、ISを展開。急げ」

 

 廊下の電灯が赤くなり、警報が鳴り響く。続いて教師から避難誘導のアナウンス。

 無人機――『ゴーレムⅢ』襲来。目の当たりにしたその合図に、俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。




 今回のフラグ
・これならきっと大丈夫←大丈夫じゃないフラグ
・この戦いが終わった時の約束←守れないフラグ×2

 これまでのフラグ
・防御型←いつか割られる
・鈍足←致命的な欠点

 後半はフラグというよりステータスやな。でも防御型って、後々技とか武器とかで割られてくじゃん?
 死亡フラグ満載な状態で挑む訳ですが、ここまでフラグ積むと逆に大丈夫だったりするんですかねぇ。重ねすぎて逆効果になるレベルってどのくらいでしょうか?


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第三十三話 渇望

 すげー遅くなりました。忙しい以前に文章書くて一旦止まってから全然進まなくなったのが原因ですね。そして調子に乗って書き進めたら長くなりました。
 ゴッドイーター2レイジバースト買ってすでにクリアしたのですが、エンディングにはマジで「ファッ!?」となりました。エンディングよりもロミオとリヴィの過去に泣いたのは自分だけじゃないはず。


「侵入したISは七機なのですね?」

 

「うん。僕が『視た』限りだとそうなるね。それぞれ専用機持ちのペアに一機ずつ向かってる」

 

 必要データの奪取をすでに終わらせたスマイルとトリガーは、タッグトーナメントが行われていた場所とは別のアリーナに立っていた。トリガーの手には二丁拳銃が、スマイルの右腕には巨大なパイルバンカーが装備されている。いずれもIS装備である。

 アリーナが別なので、普通なら襲撃してきたゴーレムⅢの様子などわかるはずがないのだが、トリガーは『ある方法』でそれを可能にしていた。

 

「専用機持ちのペアは六組。侵入したのは七機。で、余りの一機は――」

 

「こちらに向かってる、と」

 

「訂正。もう来た」

 

 同時に空を見上げる。上空から黒い影が高速で二人の目の前の地面に激突した。

 巨大なクレーターができるほどの衝撃だが、ISの装甲はその程度では傷つかない。ゴーレムⅢは立ち上がり、その頭部を覆うハイパーセンサーをギラつかせた。

 二人は慌てもせず、それぞれの武装を軽々と構える。直後、ゴーレムⅢの左腕からビームが連射された。

 

解体(バラ)せますかね。ぜひ本部に持ち帰りたいものですが」

 

「元よりそのつもりでしょ」

 

「もう視ましたね?どうです?」

 

「やっぱ無人機だね。あと、こちらの攻撃は通らなくもない」

 

「それだけの情報があれば充分です。監視カメラの目を誤魔化している内に片付けましょう」

 

 緊張感を持ってないような会話。しかしゴーレムⅢからはビーム攻撃が雨のように連射されているのを、二人はISも無しに完全に回避し続けている。回避するだけでなく、徐々に二人はゴーレムⅢとの距離を詰めて行く。

 

 ジャキンッ!

 

 そして正面からはパイルバンカーが、背後からは拳銃がゴーレムⅢの首に突きつけられた。

 

「最悪、コアさえ回収できれば側などどうでもいいので」

 

 スマイルは、いつものニコニコとした笑顔でそう言いながら、パイルバンカーの引き金を引く。

 轟音が地面を揺らした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「チッ……!」

 

 舌打ちしながらもアトラスはガントレットナックルを装備した右腕でゴーレムⅢを殴り飛ばした。

 ゴーレムⅢへの警戒をしながら、親指で頬をなぞる。そうして親指を見てみると、つい先ほど斬られて裂けた皮膚から溢れた真っ赤な血がついていた。

 

「アトラスさん、大丈夫ですか!?」

 

「っ!」

 

 アトラスを心配して近づく一夏。しかしアトラスは一夏の頭を掴んで床に押し倒した。

 直後、超高出力熱線がアトラスの肩を貫いた。

 

「敵から目ぇ離すな!死にてぇのかボケ!」

 

 貫かれた肩から流れたアトラスの血が腕へ、そして一夏の顔へと流れる。生暖かい感触が伝わった。

 仲間が傷つけられたこと、そしてそれを招いた自分の未熟さ、非力さに一夏の怒りが沸騰した。

 

「う……くっ……………うおおおおおおっ!!」

 

 立ち上がり、《零落白夜》を起動してゴーレムⅢに飛びかかろうとする。

 アトラスはそんな一夏の肩を掴んで引き止めた。

 

「待て、零落白夜は使うな」

 

「でもっ!」

 

「使うなっつってんだ。いいから聞け」

 

「――っ」

 

 鋭い眼光が一夏を射抜いた。有無も言えず一夏は《零落白夜》を解除する。

 再び発射されたビームを二人は回避する。

 

「奴はシールドエネルギーを阻害するシステムをつけてやがる。下手に直撃すればあの世行きなとこだが、お前には雪羅があるんだ。うまく防げ」

 

「……はい」

 

(しかしどうすっかな。あのアホみてぇなシールドといい攻撃性に機動性、ダメージソースの一夏の零落白夜もいなされて当たんねーしな)

 

 アトラスは思考する。もちろんその間にもやってくる攻撃を回避し、《クアッドブラスター》による反撃もしているが、ゴーレムⅢのエネルギーシールドが硬く効果は薄い。かと言って一夏の《零落白夜》を使った《雪片弐型》は簡単にいなされたので迂闊には使えない。下手すれば反撃を受けて一夏が致命傷を受けることもあり得る。

 ならば――

 

「一夏、三十秒――いや、二十秒稼げ」

 

「え?」

 

「……頼むぞ」

 

「……はい!」

 

 その返事はなんとなく心強く感じた。アトラスはすぐに『ある作業』に入る。

 頼まれた一夏は、ゴーレムⅢへと肉薄、実体剣状態の《雪片弐型》を振るう。その一撃はゴーレムⅢの右腕に取り付けられたブレードによって防がれた。

 鍔迫り合いになる中、ゴーレムⅢ左腕の砲口が向けられる。後ろにはアトラスがいる、一夏は躊躇いもなく《零落白夜》を起動し《雪羅》でビームを防いだ。

 直後、ゴーレムⅢの蹴りを入れられ、一夏は吹っ飛んだ。シールドエネルギーさえあればエネルギー兵器に対して絶対の防御を誇る《雪羅》だが、物理攻撃は無力化できない。壁に叩きつけられ、シールドエネルギーの保護がない一夏はまともに衝撃を受けてしまう。

 

「ガハァッ!!」

 

 苦悶の声を上げる一夏。ゴーレムⅢは目標をアトラスに切り替え左腕を向け、ビームを発射する。

 

「させるかぁっ!」

 

 一夏が間に立ちはだかり、《雪羅》でビームを掻き消した。

 

「この人には指一本触れさせねえ!」

 

 ゴーレムⅢの斬撃を避け、相手の腹部を薙ぎ、弾き飛ばす。

 しかしゴーレムⅢはものともせずに立ち上がる。

 

「くそっ……!」

 

「――一夏、待たせたな。二十秒だ」

 

 後ろから声がかかった。そこには、準備を終えたアトラスが立っていた。

 ファーブニルの右腕が、別物になっていた。赤い装甲は外され、代わりに肘から先には白い粒子砲が取り付けられていた。丸い筒状の砲身の先に細長い砲口が付いていて、見た目としてはプラグにスコープが付いてるような感じである。

 

「《レーザーバンカー》。これ使うには装甲取っ払う必要があるからなぁ。一応拡張領域(バススロット)に放り込んじゃいるが」

 

 『釘打ち』の意味を持つパイルバンカー、それに対して《レーザーバンカー》とはそのままズバリ、レーザーを撃ち込む構造である。取り回しの難しさ故に最強の名から外れているが、単純威力は《盾殺し(シールド・ピアーズ)》をも上回る。

 キィィィ……と高い音を発しながら、《レーザーバンカー》がチャージを開始する。アトラスを危険と判断したのか、ゴーレムⅢはアトラス目掛けて一直線に飛ぶ。

 

「アトラスさん!」

 

「間違っても射線には出るなよ! 死にたくなかったらな!」

 

 斬撃をかわす。短くない時間のチャージを要する右腕を庇いながら、アトラスの得意とする制御技術で距離を取ることなくダンスのように斬撃を回避していく。

 

「―――――」

 

「うおっ」

 

 しかしゴーレムⅢの身体で死角となった左腕のビームが不意打ちとなった。辛うじてかわしたが、体勢が一瞬崩れる。ゴーレムⅢはその一瞬を逃さなかった。凶刃がアトラスの左肩に入り、真っ赤な鮮血が噴き出した。

 

「アトラスさん!!」

 

「……ハッ、自分から捕まりやがった」

 

 激痛が流れているはずなのに、アトラスは強がって笑っていた。ブレードを持つ左腕を捕まえ、ようやくチャージの終えた《レーザーバンカー》をゴーレムⅢの頭に突きつける。

 

「消し飛べオラァアアッッ!!!」

 

 次に放たれたレーザーは、ゴーレムⅢと、さらにその後ろにある壁を全て突き抜けていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……!?」

 

 何かを検知した。

 超高出力エネルギーであることはわかる。だがそれだけだ。あとは、エネルギーの大きさからゴーレムⅢの攻撃のものではないことがわかるぐらいだった。

 

「颯斗、来るぞ!」

 

「っ、ああ!」

 

 箒の一喝で意識が目の前に引き戻される。目の前ではゴーレムⅢがビームを連射する直前だった。

 《リジェクト・アーマー》を起動し、電磁力でビームに干渉し、反発する。ビームが止んだら《リジェクト・アーマー》を切り、《絢爛舞踏》で回復させてもらう。

 俺が前に出て攻撃を防ぎ、箒は俺を盾にしてサポートする。それが俺達のコンビネーションの基本だ。《絢爛舞踏》のおかげで、《リジェクト・アーマー》のエネルギー切れの心配はない。

 このように防御に徹した場合、敵は分断を仕掛けて来る。射撃は無効化されるため、近接によって引き剥がそうとする。ちょうど、こちらに突っ込んでくるゴーレムⅢのように。

 そこを、カウンターで捕らえる。

 

「オラァッ!」

 

 放った拳はゴーレムⅢの装甲を掠めた。が、それだけだった。箒が《雨月》のレーザーを放つが、すでに回避行動に移っていたゴーレムⅢには当たらない。

 

「くそっ、またか……!」

 

「こりゃ相当なチキンレースだな。顔が見えねえ分、おちょくってんのかマジで来てんのかわからん」

 

 もう六度目になるこのやり取りに箒は苛立っている様子だ。かく言う俺もウンザリしている。

 過去五回もこんな感じでほとんどダメージを入れられていない。多分最初のカウンターが一番のダメージじゃないかな。それも結局そんなに効いたようには見えないけど。

 そろそろマズいとは思ってる。相手は機械だから全く同じ作業と延々と繰り返すことが可能だ。だがこちらは人間、疲労や苛立ちが溜まっていって、ある時判断ミスが起きたり、焦れてマズい方向に行ってしまうことがあり得る。というか、俺も箒もぶっちゃけそうなりそうだ。

 状況を打開する必要がある。だが箒を前に出させることは出来ない。速度の遅い俺がついていけず、事実上の一対一に持ち込まれる。相手の思う壺だ。

 ……仕方ない。

 

「……箒、さっき見たか?」

 

「何をだ?」

 

「ここから少し離れた場所……多分、別の交戦地点で、高出力のエネルギー反応を検知した」

 

「ああ……それがなんだと言うんだ」

 

「行ってこい」

 

「は!?」

 

「行って、状況を確かめてこい。片がついてるなら、仲間を連れて戻ってこい。交戦中なら、加勢して敵をとっとと倒して、それから味方を連れてこい」

 

 あの反応がゴーレムⅢのものではないのなら、必然的に味方の、恐らくは何かしらの攻撃によるもののはず。そして反応の大きさから切り札かそれに等しいものの可能性が高く、すなわち『それを使わなければならない状況だった』か『それを使えば倒せる見込みかあった』もしくはその両方であったということだ。

 つまり、今そこでは戦闘が終わってるか、切り札をかわされて救援が必要になっているかが考えられる。前者なら、こちらに増援を呼んでゴーレムⅢ(こいつ)を一気に叩ける。後者なら、救援に行くべきだし箒が行けばワンオフの性能からして状況が好転しやすい。

 

「確かめてこいって……目の前の奴はどうする気だ! お前も、こいつが一人ではどうにもならない相手だとわかっているだろう!」

 

「ああ。だから俺は、お前が戻ってくるまで耐える。他のところに行かないように押さえて、お前を待つ」

 

「待つって、颯斗、お前な……」

 

「防御型だし、箒のおかげでほとんど全快のままだ。十分はもつさ。延々と同じこと繰り返させられるよりも、こっちの方がおそらく勝算が高い」

 

「……………」

 

 箒は黙って背を向けた。そして、こちらの肩に手を置いた。

 その瞬間、《紅椿》から発せられる光が俺を包む。『ほぼ』全快だった全てのエネルギーが、『完全』に全快となった。

 

「……ISなら、往復に一分もかからん。仮に颯斗の言うように交戦中であったとしても、三十秒もかけずに斬って捨てる。だから、一分と三十秒待っていろ」

 

「箒の説明で相手が理解する時間も含めたら、三分かかっちまいそうだな」

 

「うるさい。その時はそいつを無理矢理引きずってでも連れてくる。……だから、死ぬなよ!」

 

 箒が飛んでいくのを、ハイパーセンサーで見送ってから、律儀に突っ立っているゴーレムⅢに視線を送る。

 

「……会話が終わって箒が飛んで行くのを待つなんて、随分と余裕だな? あれか、そんなに俺が弱く見えるか? 箒に攻撃する気がなかったのか? それとも……俺をそこまで消したいのか?」

 

 装甲に隠れた腕が震えている。正直、恐怖でいっぱいだ。

 だがそれでも、強がってみせる。箒には強がって一人で耐えると言ってみせた。今度は目の前の敵に、そして自分自身に、強がってやる。

 

「なめんなよ。……来やがれ、箒には待つなんて言ったが、その前に俺がてめえをスクラップに変えてやる」

 

 ゴーレムⅢの左腕が向けられ、ビームが迫る。

 盛大な爆発音が辺り一面に響いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ところ変わって簪と楯無が戦うアリーナでは、楯無がアトラスと同じように、ゴーレムⅢ撃破のために切り札を切っていた。

 

「《ミストルティンの槍》、発動!!」

 

 ランスに纏わせたアクア・ナノマシンが大爆発を起こす。

 ゴーレムⅢはその爆発を受けて大出力エネルギーシールドが大破し、ゴーレムⅢ本体も吹き飛んだ。対する楯無も、《ミストルティンの槍》を形成するために無防備となり、敵から幾度と攻撃を受け、この爆発で力無く落下していく。

 

「お姉ちゃん!」

 

 しかしそこは簪が受け止め、事なきを得た。簪を庇った分楯無の身体は多く傷ついているが、意識は辛うじて残っている。命に別状がないことを確認して、簪は一安心した。

 だがその安心も束の間、ガシャンという音が簪の耳に響く。

 

「……っ!」

 

 振り返ると、シールドを破壊され、装甲にも亀裂が入ったゴーレムⅢがいまだに立っていた。シールドを破壊できたものの、ゴーレムⅢ本体を機能停止に追いやるまでは適わなかったようだ。武装もまだ生きている。

 簪は楯無を庇うように抱えながら、駄目押しを仕掛ける。ウィング・スラスターに取り付けられた板がスライドして、ミサイルの弾頭が顔を出した。

 

「マルチ・ロックオン、完了……《山嵐》、発射!!」

 

 四十八発のミサイルが一斉に発射される。

 ゴーレムⅢはビームでミサイルを撃ち落とそうとするも多勢に無勢、四十八発のミサイル全てを撃ち落とすことはできず、防ぐシールドもなくなったゴーレムⅢは爆破に巻き込まれていった。あれほどの攻撃を受ければ、もう立ち上がれまい。

 今度こそゴーレムⅢの撃破した簪は、溜め息をついた。しかしそれはほんの少しの間で、すぐにもう一度姉の無事を確認する。

 

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

 

「えへへ、へーきへーき……イタタ……」

 

 明らかに平気なはずがないのだが、その弱々しくもいつもの雰囲気を纏わせた楯無の笑顔に、簪は呆れながらも笑みを零す。

 

 ドガァアアッ!!

 

「ゲフッ!!」

 

 直後、何かが落ちてきた。落ちたというには、角度が足りなかったようにも見えたが、とにかく二人の目の前に落ちてきた。

 

「ああ、クソッタレ。こっちが一人になった途端にガンガンガンガン……!」

 

 悪態をついて起き上がったのは、颯斗であった。オメガの装甲は全身ボロボロとなっている。

 

「は、颯斗くん?」

 

「い゛っ、簪!? 楯無さんも……やべえ、合流されたか!?」

 

 ズダンッと音を立てて、今し方二人が撃破したものとは別のゴーレムⅢが着地した。颯斗の様子から見ても、颯斗がこのゴーレムと交戦していたようである。しかしそれだけではなかった。

 ゴーレムⅢの隣に、さらにもう一機の別のゴーレムⅢが降ってきた。

 

「ここにきて新手かよ……!」

 

 顔を険しくしながらも二人を守るべく颯斗は前に出る。

 新たにやってきたゴーレムⅢはなぜか首周りの装甲だけ損傷が激しいが、シールドも両腕の武装も無事の状態。脅威としては充分である。対してこちらは楯無が負傷状態。明らかに劣勢だった。

 

「簪、楯無さんを安全な場所へ運べ。こいつらは俺が引きつける」

 

「ダメよ、颯斗くん……私は……大丈夫だから……」

 

 一人でゴーレム二機を相手にするという颯斗に、弱々しい声で楯無が反対する。

 

「どこが大丈夫なんですか、どこが。こっちはもうすぐ箒が救援連れてくる手筈なんですから、それまで耐えれますよ」

 

「だったら、颯斗くん……」

 

 そう声をかけた簪は、先ほどの颯斗の言葉に反して肩を並べた。

 

「私も、一緒に戦う」

 

「人の話聞いてた? 楯無さんを連れて逃げろ。簪も結構ボロボロじゃねーか」

 

「颯斗くんこそ……その様子だときっと、《リジェクト・アーマー》を使い切ってるでしょ?」

 

「む……」

 

 反論はできなかった。事実だからだ。《リジェクト・アーマー》は箒と離れてから急に激しくなったゴーレムⅢの猛攻ですでに底をついていた。

 

「私も、颯斗くんと一緒に戦いたい……一緒に戦って、颯斗くんもお姉ちゃんも、守りたい!」

 

 簪の意志は固かった。

 その意志に颯斗は早々に折れた。押し問答している暇などなかったというのもある。

 

「ああもう、わかったよ。簪は後方支援と楯無さんの護衛を頼む。俺が前に出て奴らを押さえる。いいな!」

 

「うん!」

 

 そう決まるとすぐに颯斗は両腕の粒子砲を連写しながら前進し始める。

 ゴーレムⅢは粒子砲をかいくぐり、一機が颯斗達へと斬りかかった。颯斗がそれを掴んで止め、組み合いになる。だがその組み合いはもう一機のゴーレムⅢの射撃によって引きはがされた。

 援護射撃によって颯斗を振り切ったゴーレムⅢの一機が簪の元へ到達し、ブレードで斬りかかる。簪は薙刀《夢現》で応戦する。

 

「ちっ……!」

 

 すぐに簪を助けに向かいたい颯斗だが、まだ射撃を繰り返すゴーレムⅢがいる。颯斗は両腕を上空のゴーレムⅢへと向け、銃撃戦を始めた。

 敵に勝つのは不可能、でも箒が戻ってくるまでまだ堪えられる。それまで負けないようにすれば――その希望が颯斗にあった。

 

 ――敵ISの再起動を確認! 警告! ロックオンされています!

 

「――っ!?」

 

 敵はその希望を砕きにかかってきた。

 前方より最大出力で放たれた無数のビームが、颯斗だけでなく簪と楯無にも襲いかかった。

 

「ぐおぉっ!!」

 

「きゃああ!?」

 

 何発ものビームを受け、颯斗と簪の態勢が大きく崩される。

 

「そんな……まだ、動けるの……!?」

 

 簪が驚愕の表情を見せる。

 そのビームを放ったのは、楯無と簪によって破壊されたはずのゴーレムⅢだったのである。ミストルティンと山嵐を受け、下半身を失い、右腕とスラスターも砕かれ、ISコアが露出していながらも頭部のハイパーセンサーと左腕の砲口が三人を捉えていた。

 こちらの態勢が崩れたのを好機に簪と戦っていたゴーレムⅢが楯無に接近。ブレードを振りかざす。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 簪が割って入り薙刀で防ぐ。が、ゴーレムⅢは構わずブレードを押し込もうと圧力をかける。

 

「く、ぅ……!」

 

「簪!」

 

 ――警告! 敵IS二機が超出力射撃の態勢に移行!

 

 オメガからの警告。颯斗と交戦していたゴーレムⅢも最大出力形態となっていた。二機の狙いは――簪と楯無。どちらかを止めたとしても、もう一方が二人を葬るつもりだ。楯無は負傷して逃げられない。簪も、目の前のゴーレムⅢの圧力に屈しかけていた。

 

「く……そおおおおおおっっ!!!」

 

 颯斗は前屈みの態勢をとり、背中の大型スラスターを展開した。

 調整したとはいえ、未だに安定しない超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)だが、颯斗の中では他に方法がなかった。意地でも成功させるつもりだった。

 スラスターに溜められた膨大なエネルギー。それを弾け(バースト)させる。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 爆発的加速を得て、オメガが超速度で飛び出す。ほぼ同時に、ゴーレムⅢの最大出力ビームが発射された。

 全てが交わった瞬間、大爆発が巻き起こった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……ざし…………かんざし……簪!」

 

 少々強く揺さぶられて、簪は目を覚ました。すぐ目の前に颯斗の顔があった。

 

「颯斗、くん……」

 

「気がついたか? よかった……簪が無事で……」

 

 簪は今の状況がわからないでいた。

 

(えっと、倒したはずの無人機が再起動して……襲ってきて……それで他の無人機に押されて、もうダメになりそうになって……そしたら、ええと……)

 

 その後はよくわからない。強い光と音、その直前に聞こえた颯斗の叫び声。しばらくしてようやく、颯斗に助けられたということが理解できた。

 

(ああ……やっぱり、颯斗くんは私のヒーローなんだ)

 

 そう思うと、つい先ほどの緊張感が嘘のように消え、安心感に満たされる。

 颯斗はそんな簪を立たせて、それから簪と共に救出した楯無にも声をかける。

 

「楯無さんも、大丈夫ですか?」

 

「まったく、もう……あんなタイミングで突っ込むなんて……とんでもない無茶するんだから……」

 

「なんていうか、思い出したら俺無茶してばっかな気がしてきましたよ」

 

 苦笑いしながら、颯斗は楯無を簪に預ける。

 

「さて、今度こそ簪は楯無さんを連れて安全な場所へ避難してくれ。箒達の反応も近いから、もうここは俺に任せて――」

 

 ガンッ、と。

 急に、颯斗が一段低くなった。

 何の前触れもなくへたり込んだ颯斗は、それからちっとも動かない。

 

「……颯斗くん?」

 

「……あれ? おかしいな。オメガが動かねえぞ」

 

 颯斗はどうにかオメガを動かそうとしているようだが、オメガは微動だにしない。

 颯斗とオメガの装甲を伝って、何かが滴り落ちていく。

 真っ赤なそれは地面まで降りると、今度は地面を這って広がっていく。

 それが何なのか、わからなかった(わかりたくなかった)

 

「大丈夫だ、簪……オメガのシステムが少し落ちただけだ。こんなのすぐに――」

 

 強がってみせようとする颯斗の体が吹き飛んだ。

 ゴーレムⅢの巨腕に殴り飛ばされた颯斗が地面を転がる。その時に見えた背中は装甲を砕かれ、背中全体が血で真っ赤になっていた。

 

「颯斗くん!!」

 

 簪が駆けつけようとするも、ゴーレムⅢの一機が目の前に立ちふさがった。もう一機は動かなくなった颯斗へと近づいていく。

 

「どきな……さい!!」

 

 楯無が最後の力を振り絞ってアクア・ナノマシンを動かそうとするが、ゴーレムⅢがアクア・ナノマシンを製造・制御するための《クリスタル・コア》を撃ち砕く。さらには満身創痍の二人を容易く吹き飛ばし、颯斗から遠ざける。

 

「やめて!! やめて!!」

 

 満身創痍な身体のどこから出るのかわからないほどの声で泣き叫ぶ簪。しかし身体が動かない。無人のヒトガタ達はその叫びを聞き入れずに颯斗に近づいていく。

 やめて。

 やめて。

 やめてやめてやめてやめてやめて死んじゃうやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめていやだやめてやめてやめて殺さないでやめてやめてやめてやめてやめて。

 嫌なのに、今すぐ助け出したいのに、身体が動かない。想像したくないのに、彼の頭と胴体が別れるイメージが鮮明になっていく。

 ゴーレムⅢのブレードが、断頭台の刃物のように颯斗の首に狙いを定める。

 そして――。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺される。

 闇のように暗い意識の中、妙にはっきりした思考がその現実を受け入れようとしていた。

 殺されるというのに、俺の思考はなぜか冷静だった。冷静に、これから死ぬということを理解していた。

 

 ――なんで、こんなことになった?

 

 理解した上で沸々と浮かび上がったのは、いくつもの疑問だった。

 なぜ殺されるんだ? どうして二人を守れない? 備えてきたはずなのに、なんで駄目だった? 何が駄目だったんだ? なんで? なんで?

 次々と疑問が浮かんでは、答えもなく消えていく。

 

「――力がないからだ」

 

 否、答える者がいた。

 真紅の装甲、金色の長髪。どこかで見たような姿をしたその男は、しかし禍々しい雰囲気を醸していた。そいつの赤い瞳、そして表情は、まるで人間を品定めする吸血鬼のようだった。

 

 誰だ? あんた。

 

「力が欲しいか」

 

 まず質問に答えろよ。

 

「力が欲しいか」

 

 決められた言葉しか発せられないのか、何を訊いても力が欲しいかしか言わない。

 そのことにイラついたが、同時にその質問に惹かれていった。

 

 ……ああ、欲しいよ。力が欲しい。

 

 ついにはそう答えてしまった。

 すると、男の質問の内容が変わった。

 

「なぜ力が欲しい?」

 

 なんでって……。

 

 言葉に詰まった瞬間脳裏に浮かんだのは、守れなかった簪、楯無さんと彼女達に襲いかかるゴーレムの姿。彼女達を傷つけていくヒトガタ共に、憎しみが湧いてくる。

 次に浮かんだのが、さっきから頭に染み付いたように離れない、「力がないからだ」という言葉。二人を守れない俺の力の無さ、不甲斐なさに、怒りが込み上げてくる。

 どす黒い感情が、俺の中で渦巻いていく。

 

 守れないからだ。こんな力じゃ、二人を守れない。

 

 そう答えると、男の口元がニヤリと笑みを見せた。

 また質問が変わる。

 

「なら、どんな力が欲しい」

 

 黒い渦は、すでに自分では抑えられないほどに肥大していた。男の焦れったい質問に苛立ち、その感情のままに吼える。

 

 奴らをぶっ潰す力だ! あの無人機共を完膚無きまでに潰す力が欲しい!!

 

 奴の口元がさらにつり上がり、目も大きく見開かれる。

 最高の笑みを浮かべた彼は、最後の質問を俺に投げかけた。

 

「ならば――我に何を望む!」

 

 男の姿が闇に消えていく……違う。俺が、闇に包まれているんだ。

 自分の闇に呑み込まれる瞬間、それに抗うように、叫ぶ。

 

 奴らを……ぶっ壊してやる。

 

 そのために、

 

 

 

 もっと、

 

 

 

 

 

 もっともっと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっともっともっと力を寄越せえぇ―――――ッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体ダメージ、レベルF……活動不能域への到達を確認しました。

 操縦者ダメージ、レベルF……操縦者意識不明。生命活動危険状態です。直ちに操縦者の生命確保を実行してください。

 操縦者の安全確保のため、本機の強制起動を行います...

 

 本機の起動中にエラーが発生しました。本機を正常に起動できません。この問題の解決方法を検索します...

 

 本機を直ちに起動するためにはシステムをアップデートする必要があります。

 本機のアップデートを許可しますか?<Y/N>...[Y]

 

 警告。本機及び操縦者に重度のダメージが確認されています。今の状態でアップデートを行うと、本機または操縦者に重大な問題が発生する恐れがあります。

 本機のアップデートを許可しますか?<Y/N>...[Y]

 

 権利者の許可を確認。システムアップデートを開始します...

 

 システムアップデートが完了しました。

 本機、機体名称『オメガ』第二形態『ミダス』、移行を確認。機体名称を『オメガ・ミダス』に更新します。

 『オメガ・ミダス』の武装を更新しました。

 ワンオフ・アビリティー『α』、開発完了しました。

 『α』の発動を実行しますか?<Y/N>...[Y]

 

 『α』発動。対象を検索しています...

 

 打鉄弐式...[N]

 ミステリアス・レイディ...[N]

 unknown...[N]

 unknown...[N]

 unknown...[N]

 紅椿...[N]

 白式・雪羅...[N]

 ファーブニル...[N]

 甲龍...[N]

 ブルー・ティアーズ...[N]

 unknown...[N]

 シュヴァルツェア・レーゲン...[N]

 unknown...[N]

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ...[N]

 ヘル・ハウンド・ver2.5...[N]

 コールド・ブラッド...[N]

 エックス...[Y]

 エルピス...[Y]

 ...

 

 対象として選択可能であるISが二機見つかりました。

 

 エックス

 エルピス

 

 上記二機に対して権限掌握と相互改造を実行しますか?<Y/N>...[Y]

 

 『エックス』の権限を掌握しています...

 『エルピス』の権限を掌握しています...

 

 『エックス』と『オメガ・ミダス』の相互改造を実行しています...

 『エルピス』と『オメガ・ミダス』の相互改造を実行しています...

 

 完了しました。

 機体名称『エックス』第二形態『アテナ』、移行を確認。機体名称を『アテナ・エックス』に更新します。

 『アテナ・エックス』の武装を更新しました。

 ワンオフ・アビリティー『γ』、開発完了しました。

 機体名称『エルピス』第二形態『キマイラ』、移行を確認。機体名称を『エルピス・キマイラ』に更新します。

 『エルピス・キマイラ』の武装を更新しました。

 ワンオフ・アビリティー『δ』、開発完了しました。

 『オメガ・ミダス』の武装を更新しました。

 『δ』の発動を実行しますか?<Y/N>...[Y]

 

 『δ』を『オメガ・ミダス』、『アテナ・エックス』、『エルピス・キマイラ』を対象に発動します...

 

 『δ』実行中に『アテナ・エックス』が『γ』を割り込み実行しようとしています。

 『γ』の実行を許可しますか?<Y/N>...[Y]

 

 『γ』を実行。ISの統制を開始します。

 『δ』を実行。ISの再構築を開始します。




 おや、オメガの様子が……?
 最後のシステムメッセージが長すぎて、途中からバッサリ切ろうと思いましたが、なんかもったいないし、結構重要なこと書いてあるし、こういうメッセージを出すのは多分これが最初で最後だと思うので、そのまま載せることにしました。ちょっとこれ何言ってんのかわかんないと思う方もいると思いますが、今後わかりますよ、きっと。
 次回はとんでもないことになりますよ。すでに颯斗が闇堕ちしたりISがすごいこと言ったりしてるので、ショボくはできませんね。次回はいつになるかなぁ……。

 あ、ちなみにですが、今回アトラスさんが使った《レーザーバンカー》の元ネタはロックマンDASHシリーズの最強武器シャイニングレーザー(DASH2デザイン)です。そのままでは強すぎるので、単発式に変えました。盾殺し第二世代武器最強設定をそのままにするため、“総合的に最強”は盾殺し、威力だけを見たら他にもあるという形式でやっていくつもりです。


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第三十四話 融合

 何とか早めに仕上がりました。
 しかしうーん、微妙?


 箒はオメガの反応があるアリーナを目指して飛んでいた。後ろには一夏とアトラスを引き連れている。

 箒は焦っていた。

 

(くっ……敵を倒すのに手間取った上、二人を回復させることを失念していた……そのせいでだいぶ時間をかけてしまった……!)

 

 そう、一夏とアトラスが戦っていたゴーレムⅢを倒すのに時間がかかった。そこまでは想定内。しかしその後二人を、正確には二人のISを回復させる時間を失念してしまっていた。おかげで目標としていた時間から大幅に遅れてしまっている。

 

「一夏! もっと速度を上げられないのか!?」

 

「無茶言うなって! これ以上はアトラスさんの身体に負担が!」

 

「だーッ、俺のことはいいから飛ばせつってんだろーが!」

 

「そうは言っても、今だって酷い出血ですよ!?」

 

 加えて、負傷したアトラスがさらに時間をかけている。正確には、大怪我を簡単な応急処置だけで済ませて救援に加勢しようとするアトラスと、そんなアトラスに負担をかけまいとする一夏とで口論になっているのだが、とにかく進みが悪い。

 早くしたいものの、アトラスに無理をさせる訳にはいかないし、だからと言ってアトラスを置いて一夏だけを引き連れては正直心許ない。どうするべきか悩んで、結局このままである。

 

 ガアアァアァァァァァ……!!

 

 その時、何かが聞こえた。

 

「……!? なんだ、今のは!?」

 

 雄叫びのような断末魔のような咆哮に一同は一時その場に止まる。この謎の咆哮に一夏は戸惑っている様子だった。

 

(この声、どこかで……)

 

 対して、箒はこの現象に覚えがあった。

 すぐに思い出した。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦っている途中、福音が第二形態移行(セカンド・シフト)した時に発せられたものに酷似していた。

 しかも、その方角はこれから自分達が向かおうとしている方向、すなわち、颯斗がいる方角だった。

 

「一夏、急ぐぞ!」

 

「あ、おい箒!?」

 

 一夏の言葉を聞く間もなく、箒は全速力で飛翔した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 耳をつんざくような咆哮と強烈な光、それらが収まって簪と楯無は呆然とそこを見つめていた。

 そこ――颯斗がいた場所にはオメガの姿がなく、代わりに全く違うISが立っていた。

 全身装甲(フル・スキン)のIS。闇色の巨大な翼状スラスターは、かつて二人が目にしたエルピスに似ていたが、それとも違う。エックスに似た青い装甲に大型の荷電粒子砲らしき装備を持った左半身と、それに対をなすように赤い装甲と巨大な実体剣を携えた右半身。その境界である胴体と頭部の装甲は白く、幽鬼のような不気味さが漂う。さらに両肩にはそれぞれ頭部のような装甲があり、目のようなパーツがゴーレムⅢ達を射抜いているかのようだった。

 ISは原型を失うほどの形態変化など有り得ない。しかし、そこにいたはずのオメガがいなくなり、代わりに目の前のISがそこにいる。あれが颯斗でありオメガであるという結論に至るしかなくなる。

 

「……颯斗くん、なの?」

 

 簪が小さな声で呟くが、そのISは何も反応しない。

 突然の変化にゴーレムⅢはしばらく距離を置いて様子を窺っていたが、何もしてこないことに痺れを切らしたのか左腕を向け、ビームを連射した。

 迫るビームに対して、ISは一歩も動かず、直撃したビームが大爆発を引き起こした。

 

「……っ! 直撃……? 回避行動も取らずに!?」

 

「颯斗くん!」

 

 濛々と立ち込める煙に、ゴーレムⅢはさらにビームを撃ち込んでいく。

 撃ち込む。

 撃ち込む。

 撃ち込む。

 撃ち込む。

 ――突如、ゴーレムⅢの一機が頭を鷲掴みにされた。

 荷電粒子砲を取り付けてあったはずの左腕は、いつの間にか装甲腕に姿を変え、無傷(・・)のISは左手で頭部を掴んだまま持ち上げ、ゴーレムⅢを宙に浮かせる。掴まれたゴーレムⅢはその手を引き剥がそうと抵抗するが、左手が離れる様子は一切ない。

 どうしても離れないと悟ったのか、ゴーレムⅢは左手の砲口をISに向け、ビームのチャージを開始した。

 ISはそのゴーレムⅢの左腕を右手で掴んだ。そして次の瞬間、ゴーレムⅢの左腕は激しい金属音と共に引きちぎれ、グシャリと握りつぶされて棄てられた。そしてゴーレムⅢの頭部も同じく握りつぶし、離れた位置にて未だに動いているほぼ残骸と化したゴーレムⅢへと投げつける。金属同士がぶつかり合い、けたたましい音が奏でられた。

 その直後、ビームがISの肩に命中した。

 もう一機のゴーレムⅢが上空からの射撃を始めていた。ビームの乱射は広範囲に渡り、簪と楯無をも巻き込む。

 

「きゃっ……!」

 

「くっ……!」

 

 油断してしまっていた二人をビームが襲う。思わず体を強ばらせる二人だが、不思議なことにいつまで経っても痛みは来ない。

 恐る恐る目を開けて見ると、二人を庇う者が目の前にいた。

 例の全身装甲ISだった。己の背中を盾に、ビームの雨から二人を守っていた。それはつい先ほどの光景に似通った面があるが、前とは違ってISにダメージは見られない。

 

「颯斗くん……やっぱり、颯斗くんなの?」

 

 今度は少しはっきりとした声でそのISに尋ねる。しかしISからは何も答えが返ってこない。

 ISは振り返り、飛行を続けるゴーレムⅢへと視線を向けた。ロックオンを完了したが、特別武器を持つ素振りは見せない。しかし両肩の顔の目が光ったと思った次の瞬間には、空を飛ぶゴーレムⅢはISの両肩の目から発せれた超高出力レーザーに焼き切られ、バラバラに解体された。

 あまりにも一方的なものだった。あまりにも一方的に、あまりにもあっという間に、自分達を苦しめてきたゴーレムⅢ達は意図もたやすく壊されていった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 箒達は観客席の辺りで足を止め、アリーナの光景を目の当たりにしていた。

 

「なんだ……あのIS……?」

 

「無人機共が見事にやられてやがる。アイツがやったのか?」

 

 近くに転がっていたゴーレムⅢの残骸を弄るアトラス。バラバラになっているそれは、超高出力レーザーによって焼き切られたものだった。

 見知らぬISとゴーレムの残骸に目をとられる一同だが、一夏があるものに気がついた。

 

「あれ……楯無さんに簪さんか? 怪我をしてるのか!」

 

「おい、一夏!?」

 

 簪と楯無に気づいた一夏が二人の元へと飛ぶ。箒の静止の声はスラスターの音にかき消されてしまった。

 

「状況を気にせず飛び出すのは、あいつの性分かね。おい篠ノ之、俺達も行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 正体不明機のことが気になるが、すでに捕捉されているであろう自分達に反応を示さないのは敵ではないということか。箒もアトラスに続いて一夏を追うべくスラスターを稼動させる。

 しかし直後、箒は見た。自分達が入ってきた時には何も反応を見せなかったISが、一夏の動きに反応している。

 正体不明機の両肩についている顔のようなパーツ、その目がチカチカ光る。嫌な予感がして、箒は叫んだ。

 

「一夏、よけろっ!!」

 

「へ? ――うわっ!?」

 

 両肩の目から放たれたレーザーが白式の装甲を焼いた。もう少し箒の忠告が遅れていたら、一夏の身体が焼き切られていたかもしれない。

 ISが剣を取った。青く光るクリスタルのような刀身の大型実体剣で、回路を通るように発光しているのが見える。その剣を持ち、翼状スラスターの爆発的推進力によって、巨体に似合わない速度で一夏に接近、剣を振るう。

 

「くっ!」

 

 剣は『斬る』より『叩き潰す』に近いものだった。一夏はなんとか回避したが、地面を叩いた地点を中心に大きなクレーターを作り上げた。

 

「くそっ、何なんだコイツ!」

 

「颯斗くん! やめて!」

 

 一夏の疑問は意外なところから返ってきた。

 

「簪さん!? 颯斗って、コイツが!? 一体どういうことだよ!?」

 

「それは、わからない……私も、何が起きてるのか……」

 

「一夏、話は後だ! まずは目の前に集中しろ!」

 

 箒が一夏の注意をISに戻す。ISは左腕を荷電粒子砲に変えてエネルギーチャージをしていた。

 粒子砲が放たれる。余波だけで大地を破壊しながら突き進むそれを防御する余地など有り得なかった。一夏と箒はバラバラに回避する。

 

「颯斗! 俺達のことがわからないのか!?」

 

「颯斗くん! 一体どうしたの!?」

 

「―――――」

 

 一夏と楯無の説得に反応を見せず、ISはレーザーで執拗に一夏を狙う。

 

「説得も聞かねえとなると、こりゃやべえかもな」

 

 一夏を狙っている隙に懐に入り込んだアトラス。ガントレットナックルを装備し、発破装置を点火する。

 

「少し……寝てろぉっ!!」

 

「―――――」

 

 アッパー気味のパンチを繰り出し、それが顔面を直撃――する直前、アトラスの身体が吹っ飛んだ。吹っ飛んだアトラスは身体を壁に突っ込んだ。

 

「アトラスさん!?」

 

「今のは……リジェクト・アーマーか!? 出力が桁違いだぞ!?」

 

「桁違いどころか別モンだろあんなん! ああ、くっそ痛ぇ!!」

 

 オメガの《リジェクト・アーマー》は本来弾よけ程度のものだ。ISを吹き飛ばすような力はない。アトラスの言うとおり、もはや別物の領域だった。

 ISが加速してアトラスに迫ってくる。加速しながら放たれた拳は回避された先の壁を崩壊させた。

 

「はあああああっ!!」

 

 零落白夜を発動した一夏がISへ突貫する。雪片二型をISに振るうが、電磁力が一夏を弾き飛ばす。

 ISの周囲に粒子が集まる。粒子変換を終えて現れたのはエルピスの装備《エルフ》だった。しかし以前のものとは違い、全身に逆立った針のようなものが生え、蛇というよりは龍のようだった。加えてそれが六体に増えている。

 エルフが一斉に三人に襲いかかった。三人を噛み砕かんと牙を向け突進する。撃っても斬ってもすぐ元通りになるため、すぐに三人は回避に専念することになる。

 

「颯斗! いい加減目を覚ませ……うわっ!?」

 

 一夏がエルフに噛みつかれ、驚くほどの力で地面に叩きつけられる。ゴーレムⅢが撃破されシールドエネルギーは機能を取り戻しているため痛みはないが、さらにもう一体のエルフが一夏を拘束する。

 

「一夏!?」

 

「くそっ、どきやがれ!」

 

 一夏の助けに駆けつけたい箒とアトラスだが、エルフの猛攻が激しく引き離される一方。

 身動きの取れない一夏に、ISが近づいていく。

 

「くっ……」

 

「颯斗くん……颯斗くん!」

 

「颯斗くん! 彼は敵じゃないわ!」

 

 簪の叫びも、楯無の説得も聞かず、ISは剣をゆっくり振り上げる。

 ……しかし、剣は振り上げられたまま、その場で動かなくなった。同時に、エルフの動きも止まり、重力に従って地面に這いつくばる。

 

「止まった……?」

 

「ったく、今度はなんだ?」

 

 急に動きを止めたことに箒もアトラスも訝しげになりながら、剣を振り上げたまま沈黙するISに視線をやる。

 しばらくして、ゴーレムⅢの猛攻にも傷つかなかったISに亀裂が入り、突如として崩壊を始めた。

 ISの装甲が砕け、跡形もなく消える中、颯斗がその場に倒れた。己の血で赤く染まった颯斗はピクリとも動かない。

 

「颯斗……? おい、颯斗!!」

 

「颯斗くん!!」

 

「ああ、くそっ、出てくるのが悪態ばっかりだ。おい一夏! 颯斗を医療室へ運べ! 篠ノ之は楯無を運べ! 急げ!」

 

 こうして、ゴーレムⅢの襲撃事件は訳の分からないまま終息を迎えた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「う……」

 

 ぼんやりとした意識のまま目を開ける。目の前には見覚えのない天井が広がっていた。

 取りあえず身体を起こそうとして、それは叶わなかった。背中が滅茶苦茶痛い。たまらず声が上がった。

 

「颯斗くん! 気がついた……!?」

 

「……?」

 

 こちらを心配そうに見つめる人がいた。

 制服に黄色いリボンをつけた、水色の髪の女性だ。怪我をしているのか、所々に包帯が巻いてある。

 寝たまま会話するのは失礼に思えて、上半身だけでも起こそうとする。背中から強烈な痛みが襲ってきた。というか、さっき経験したばかりのものを再び味わっていた。

 

「うおぉぉ痛ぇえええ……!!」

 

「動いちゃダメよ。怪我が回復するまで絶対安静なんだから」

 

「……怪我?」

 

 こんな大怪我、俺は一体いつしたって言うんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 いや、それ以前にだ。

 

「……あの」

 

「ん、何? 颯斗くん」

 

 ハヤトって誰だろう(・・・・・・・・・)と思いながらも、俺はこの人の顔を見た時からずっと思っていた疑問を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミ、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 俺に親しそうに話すけど、この人は一体誰なんだ(・・・・・・・・・・)




 第七巻終了。颯斗に一体何があったのか。
 次から第八巻編ですが、一部を除いて完全に別物になる感じです。ワールド・パージ編というよりも颯斗編といった感じ。うまくやっていけるかなぁ。


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第三十五話 ここは誰? 私は(ry

 楯無は今目の前の少年が発した言葉が理解できなかった。

 

 ――キミ、誰?

 

 それからすぐに我に返って、思考を動かして、動かした気になって、一つの答えに辿り着く。

 

(ああ、そっか。颯斗くんのいつもの冗談ね。きっとそうだわ)

 

 心配している時に、こんな笑えない冗談を言うんだからと一人納得して、楯無は叱ることにした。

 

「全くもう、人が心配してたというのに、起きて最初に口から出すのがそんな冗談だなんてやられたわ」

 

「……いや、その、すいません。ホント、誰ですか?」

 

「そういうのいいから。無人機の襲撃から三日経っても起きなかった颯斗くんのこと、どれだけの人が心配したと思ってるの?」

 

「いや、だから本当にわからないんですって。無人機?」

 

「はーやーとーくーん? そろそろおねーさん怒るわよ?」

 

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってください。第一ここどこなんですか」

 

「どこって……IS学園の医療室よ」

 

 場所を教えると、未だにしらを切り続ける颯斗の様子に変化が起きた。

 

「アイ……エス……?」

 

 こちらを見つめたまま颯斗は固まって、それから窓の方を向いた。しかし寝ている状態で見える景色など青空くらいとたかが知れている。再びこちらに視線を戻し、しばらくして彼は、例えるなら漫画や小説などでたまにある『笑うしかない』とでも言うような引きつった笑みを浮かべた。

 その様子にようやく楯無もおかしいと思い始めた。

 否、本当はもうすでにわかっている。少なくとも楯無としてはすでにもっと前からこの異常を受け入れていた。受け入れなければならないとわかっていた。

 しかし実際にはその異常を拒んでいる。それは楯無ではなく『刀奈』としての彼女がその現実を受け入れまいとしているからだ。

 

「あの……颯斗くん?」

 

「えっと……すいません。状況整理したいんで、一人にしてもらってもいいですか?」

 

「う、うん」

 

 そのためか、楯無は颯斗の出した頼みをあっさりと受け入れてしまっていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 俺は混乱していた。凄い混乱していた。

 俺がハヤトって名前になってるとか、IS学園とか、無人機とかなんかどっかの小説で見たような人とか。

 

(落ち着け、落ち着け。まずは情報だ。情報収集だ……!)

 

 ここが何なのかを理解し始めて興奮気味になっているのだが、まずは情報を集めるべきということは辛うじて頭に残っていた。裏を取るとかそういうことではなく、とにかく情報が欲しいという一心である。

 情報収集っつったら、パソコン――は、ない。俺が持ってるとは思えないし、ここは医療室ってさっきのおねーさん(仮)が言ってたから、そういった物がここにあるとも思えない。

 携帯だ。自分の携帯ならあるはずだ。メールとか電話の履歴とか調べればわかるかもしれない。

 首を動かして携帯を探す。すぐに見つけた。机の上だった。患者がベッドに寝たまま食事とかができるあの机である。位置的に、ベッドの冊に乗りかかって手を伸ばせば届きそうだ。

 冊に手をかけ、体を起こそうと力をかける。

 

「ふおおおお痛ええええ!!」

 

 二度あることは三度であった。つーか、学習しろよ俺。

 

「颯斗くん? 大丈夫!?」

 

「あぁ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」

 

 ドンドンと扉を叩く音に対してとっさにそう返す。

 ……あ。

 つい大丈夫って言っちゃったけど、これ入ってもらって携帯取ってもらった方が良かったんじゃね? 痛い思いしなくて済むんじゃね?

 今からそうしてもらうか? いや、でもなー。取ってもらったはいいけど、その後すぐにまた部屋から出てけとは言いづらいしなー。出てってくれないかもしれないし。……うん。頑張ろう。

 再び力をかける。痛い。背中がすごく痛い。一体何をどうしたらこんな大怪我したんだ俺。

 ようやく冊にもたれかかることができた。が、前のめりになってるせいでメチャクチャ痛い。さっさと回収しないと痛みで変になりそう。

 手を伸ばす。何とか机に指がかかった。机の足はローラーだから、手繰り寄せればいい。

 やっとのことで携帯が手中に納まった。ベッドに横たわって、ここまでの痛みに顔を歪めつつも、取りあえず一歩全身したことに喜ばしく思いながら携帯を開く。

 

 ――暗証番号を入力してください。

 

「わかるかっ!!」

 

 即刻キレた。ブン投げたりしないだけマシだ。

 なんで暗証番号設定してんだよ。記憶ないってのに暗証番号なんか覚えてる訳ねーだろバーカ!!

 

「颯斗くん!? どうしたの?」

 

「あーもう、大丈夫ですから! まだ入って来ないでください!」

 

 ……とにかく、暗証番号だ。当然ながら心当たりは一切ない。携帯の暗証番号って回数制限あったっけ?

 

「……………俺の誕生日っと」

 

 まあ、まさかこんなので当たる訳が、

 

(当たった――――!?)

 

 無事起動できました。

 とにかく良しとしよう。これで情報が手に入る。

 えーと、取りあえず電話帳は……。

 

 アトラス・テイタン

 織斑一夏

 五反田弾

 更識簪

 更識楯無

 シエル・アランソン

 IS学園教務課

 etc...

 

 あ、うん。

 アトラスとか、シエルって誰だというのはひとまず置いといてだ。これでもう確定した。

 

(ここ、ISの世界だ……)

 

 おねーさん(仮)の正体は恐らく更識楯無だろう。

 しかし、なんで俺はISの世界にいるんだ? しかもIS学園にいるってことは、ほぼ間違いなく生徒としてここにいるってことだよな。身体確認してみたけど俺男だったし。加えて、先ほどの更識……さん付けた方がいいのかな。……の様子や、電話帳を見る限り何人か面識があるようだが、俺には全く覚えがない。

 俺の頭で考えられるのは現時点で二つ。

 

 一、この世界に転生したが、とあるきっかけで記憶喪失に陥って転生後の記憶だけを失った。

 二、この世界のもう一人の男性IS操縦者(転生者とか)に憑依した。意識は俺であるため、この世界での記憶がない。

 

 まず一についてだが、携帯の暗証番号が俺の誕生日で開いたことが根拠としてそれなりに信頼性がある。逆にそれだけであり、記憶喪失で転生前の記憶が丸々残っているというのが不自然だ。

 次に二について。こちらは一とは逆に記憶については納得しやすい。しかし暗証番号が俺の誕生日で通った理由が不明だ。全く同じ誕生日だったとか、そもそも誕生日とは関係ない番号だったという可能性はゼロではないが、そんな偶然が通るのだろうか。

 現状では、どちらとも言えそうにない。そもそも情報が少なすぎる。俺がどんな人で、誰とどういう付き合いがあるのか。俺が一体何をしていたのか。一切わからないまま判断はできない。

 

「入るぞ」

 

「へ?」

 

 ガラッと勢い良く開け放たれた扉。その奥から、黒髪に黒いスーツ姿の女性が入ってきた。続いて、若干申し訳なさそうに更識さんも入ってくる。

 誰かと思って十数秒、やっとのことで織斑千冬じゃね? という答えに辿り着いて反応しかけて、それを何とか踏みとどまった。下手に反応したら余計面倒なことになりかねん。

 

「何やら状況整理だとかしていたそうだが……その整理はついたのか?」

 

「えっと……た、多分。……誰ですか?」

 

 相手は答えなかった。いや、答えてよ。一応、違う人だったら恥ずかしいなとか思って確認とってるんだよ?

 

「なら、自分の名前を言ってみろ」

 

 代わりに質問が返ってきた。

 俺の名前は……あ、まだ調べてねえや。

 

「……ハヤト……らしいです。苗字は、まだ調べてなくて」

 

「……ふむ。ではこれから精密検査を行う。傘霧はその場で待機していろ」

 

 むしろこの身体でどう動けと。そんな心の呟きは届かぬまま、あれよあれよと流されていくことになった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 結論、記憶喪失と認定されました。

 キツかった。何がキツかったって、傘霧颯斗(やっと漢字も知ることができた)とは全く別物の記憶と知識があるため、どう答えていけばいいのかほぼ手探りだったことだ。基本的には知らぬ存ぜぬ、たまに携帯で情報を得たという一文を添えて話すくらいだった。

 で、これからの俺についての流れだが。

 一、とにかく怪我の回復をさせる。まあ当然の話だろう。ちなみに怪我の原因だが、学園内で大きな事故が起きて、それに巻き込まれたらしい。詳しいことは話してくれなかったが。後、大怪我をしたのだが傷は最新の医療技術によってあと一週間もかからずに普段動く分には問題ない程度には回復するそうだ。すげぇ。

 二、怪我が治ってからISを動かせるか試してみる。俺が世界に二人しかいない男性IS操縦者であると聞かされたのち、大怪我や記憶喪失によってISの操縦に支障がないか試すと言われた。記憶がないんだから動かし方もわかんないんじゃねと思って訊いてみたが、そこはISの補助があるから大丈夫だろうとのこと。本当に大丈夫かそれで。ちなみに俺用の専用機があるそうだ。ギリシャ製だって。なんでも俺、ギリシャ代表候補としてすでに国籍も変わってるそうな。初めて聞いてビビった。

 三、無事ISを動かせるのであればIS学園に復学。記憶喪失であろうがIS学園に在籍していてIS動かせるならさっさと学業に戻れという織斑先生からのありがたいお言葉。一応、記憶喪失から回復するには記憶喪失以前の生活をするのがいいという話もあるから断れなかった。あと、やはりというか一組所属らしい。ふと思ったんだけど、クラスってABCじゃなくて一二三なのね。多国籍だからアルファベットよりも数字の方がよかったのだろうか。

 ああ、ちなみに俺が復学(予定)するまでは教職員とか一部を除いて面会禁止になった。無用な混乱を避け、回復に専念させるためだとか。聞いて納得したが、おかげで現在超絶暇である。時たま山田先生がやってきて話をするぐらいで、それ以外は身体を動かせないため何もできない。充電器がないので携帯を弄る訳にもいかない。

 教職員以外に面会可能な人物としては更識さん(姉)がいるのだが、俺の方針が決まって以降なぜか全く来なくなった。暇である以前に、俺についての情報が聞き出せない。山田先生や織斑先生に訊いてもみたが、どちらも「生徒としては真面目な方で、日々の鍛錬を怠る様子はなかった」ぐらいの回答しか得られなかった。まあ、先生に訊けばそれくらいの回答しか得られないものだよね。逆にプライベートとか答えられたら怖いわ。

 

「ああ、暇だ」

 

 療養三日目。もう暇で暇でしょうがなかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 簪らIS学園の生徒は、再び日常へと戻りつつあった。戻っているのではなく戻されていると感じる者もいるのだが、それは個人の判断だろう。

 ゴーレムⅢ襲撃によるアリーナの半壊と各専用機持ちのISの損傷から、ISを使った訓練は行えてはいないものの、そこは座学に回されることでここ数日は進んでいる。

 

「はぁ……」

 

 放課後になって真っ直ぐ自分の部屋へと戻った簪が深いため息をついた。

 放課後になってすぐ寮に戻る生徒はほとんどいない。部活動だったり、クラスメイトと時間を過ごしたり、他にも自習に自主訓練など、校内でやることは多くある。簪も例外ではなく、ISの整備や訓練などで校内にいることは多く、趣味のアニメは部屋で鑑賞しているとは言え、そのために真っ直ぐ部屋へ行くことはない。最近は放課後になってすぐ行かなければならない場所もあった。

 そう、あった。すでに過去の話である。

 

「颯斗くん……」

 

 ベッドの上で体育座りのようにしてうずくまった簪が譫言のように呟いた。

 ゴーレムⅢ襲撃事件以降、意識不明のままでいた颯斗の元に簪は放課後になると真っ先に立ち寄っていた。命に別状はないとは聞かされていたので、今日こそは目覚めているかもしれないという希望を持ちながら。少しでも早く颯斗が目を覚ませるようにと、ネットで調べた祈りを本気で実践したこともあった。

 その祈りが届いたのかは不明だが、颯斗の意識が回復した。昨日の朝、SHRでその話を聞いた時には本当に安堵し、同時に今すぐにでも会いに行きたいという思いでいっぱいになった。

 しかし、次に担任の口から出たのは、颯斗が復学するまでの間、颯斗との面会を一切禁止にするという話だった。混乱を避け、颯斗を怪我の回復に集中させるためとのことで、織斑先生の指示だと聞かされた。

 意識が回復しただけで、怪我までも回復した訳ではないため回復に集中させるべきなのはわかる。また、颯斗が学園内に二人しかいない男子の一人であり、親密でない女子も少なからず医療室もしくはその前に来ていたのは簪も知っているので、混乱を防ぐ処置がとられるのも理解できる。

 しかし、その処置が面会禁止と出た。医療室へは一部の教職員を除いて入ることが許されない。並大抵の怪我なら保健室で済まされるため、そういった理由で潜り込むこともできない。

 回復に専念させるためや混乱を避けるためなら、面会時間や面会人数の制限など、やりようはあったはずだ。それなのに誰一人会うことをできなくするのはどういうことだろうと簪は思った。

 姉なら何か知っているかもと思い、楯無の元を尋ねてもみたが、曖昧にはぐらかされるだけだった。しかし、楯無が目に見えて落ち込んだ様子だったことから、何かがあったのは間違いない。

 一体、颯斗に何があったのか。

 わからない。とにかく真相を知るためにも、何より会いたいという簪自身の欲求のためにも、颯斗に会いたい。

 会いたい。

 会いたい……。

 

「会いたいよ……颯斗くん……」

 

 すすり泣く小さな声が、部屋に溶けていった。

 



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第三十六話 あれれ、おっかしいぞ~?

 ISの第十巻いつごろ出るんですかねぇ……と思いながら調べてたらISのゲームが出るとの情報が。
 見た感じまたアドベンチャーのようですが、せっかくISあるんだから格闘アクションなんかもvitaで作れば楽しそうなんだけどなぁ、と思ったり。でもそうなると問題なのは白式と紅椿のワンオフのチート具合とバランスだよねとも思ったり。絢爛舞踏なんて回復しちゃうんだからそりゃバランス崩れるわ。零落白夜だって某神喰いみたいにワンパンゲーになる予感が。


 怪我が治った。本当に一週間かからなかった。

 自然に治るのを待ってたら何ヶ月とかかりそうな傷が一週間足らず。ナノマシンとか細胞活性剤やら万能細胞やらのおかげだが、こんなに早く治されるとなんだか怖くなる。本当に大丈夫なんだろうか。

 ……まあ、医療室での生活には退屈してたんだ。そこから早く解放されたことには感謝しなければならない。

 それで現在は、朝早くから織斑先生の後をついて行っている。予定通り、今の俺がISを動かすことに問題がないかどうかを調べるためだ。そのためにアリーナへと向かっている。そこに俺の専用機もあるらしい。

 スライドして開いた扉の先へと織斑先生が入っていく。入った瞬間、入るという表現が若干間違っていたことに気づく。アリーナの広い空間に出たからだ。周囲は観客席。しかしなぜか至る所に損壊の跡が残っている。

 織斑先生が先を行く。その後を追うと、三人の人が見えた。

 一人はわかる。更識さんだ。結局面会に一度も来なかった。こちらに気づいて笑みを向けてくれた。どこか違和感を感じたが、しかしその違和感を気にすることはなかった。知らん二人がいたら、そっちに意識が向くのは仕方ないよね?

 一人は赤いリボン――赤は確か三年生だっけ――がついた制服を身に纏った赤髪の女子生徒。もう一人は制服ではなく白衣を纏った金髪の女性だった。白衣の人の方は見た感じ生徒ではなさそうだし、教師か何かだろうか。

 

「よ、颯斗」

 

 赤髪の三年生(仮)が軽く手を上げて軽い感じで声をかけてきた。どうも俺とはそれなりの付き合いではあるようだ。

 

「えっと、どうも。……あの、失礼ですけど……誰ですか?」

 

「まあ、記憶喪失って話だから当然か。俺はアトラス・テイタン。ギリシャ代表候補の三年生だ。お前にとっては学年と国家の両方で先輩にあたる」

 

 テイタンさんはそう自己紹介を行った。

 

「……国家?」

 

「おいおい、そこは流石に聞いてるんじゃねえのか?」

 

「現在の傘霧の所属はギリシャだ。以前話したことをもう忘れたのか」

 

 織斑先生に言われてようやく思い出した。そうだ、そういや前にそんなこと言われてた。慌てて姿勢を正す。

 

「えっと、失礼しました。……テイタン、先輩?」

 

「名前で呼べ。以前はそうだった……ま、覚えてねえだろうがな」

 

「は、はい。えっと……アトラス先輩?」

 

「……まあ、今はそれでいいや。シエルさんも、サクッと済ませちゃってください」

 

 バトンを受け取って、その『シエルさん』なる人が笑顔と共に自己紹介を始めた。

 

「今の颯斗さんにとっては初めましてになるよね。シエル・アランソンです。あなたの専用機の開発・整備をさせてもらってるわ」

 

「はあ、よろしくお願いします。えっと……」

 

「以前は名前で呼んでもらっていたんだけど、無理はしなくていいから。困った時には、相談にも乗るわ」

 

「は、はい」

 

「挨拶は済んだようだな。アランソン局長、傘霧にISを」

 

 二人との挨拶が済んだところで織斑先生が、えっと……シエルさん、に声をかけた。ISという単語から、本来の目的の指示だと理解した。

 シエルさんが頷いて取り出したのは、少々ゴツい腕輪のようなものだった。金色の腕輪の側面に黒い玉、赤い玉、青い玉がそれぞれ一つずつはめ込まれたようになっている。ぶっちゃけ、派手な装飾品に見えた。

 

「これが颯斗さんのIS、『オメガ』の待機形態。これを今から取り付けるから、右腕を出してくれる?」

 

「はい」

 

 右腕を出すと、シエルさんが腕輪を、『オメガ』を取り付ける。と言っても腕輪を通して、手首の辺りで『オメガ』のサイズ調節機構が自動でぴったりとついてくれるだけなんだけど。

 手首の一回りか二回りぐらい大きい金属の塊が腕に装着された訳だが、思ったより重く感じない。それどころかむしろ元々こうだったようなな気もするのは、やっぱり体は覚えているってことなのだろうか。

 取り付けが終わると、シエルさんは観察室で見てるからと言って走っていった。

 シエルさんの姿が見えなくなってから、織斑先生が一言。

 

「では傘霧、起動しろ」

 

「え、いきなりですか」

 

「ああ」

 

 ああって。無茶言わんでください。

 

「記憶ないんですけど」

 

「実演くらい見せてやる。更識」

 

「わかりました。……颯斗くん、よーく見てね?」

 

 更識さんは俺達から少し距離をとってから、パッと光に包まれた。

 次の瞬間には更識楯無は水色の装甲のISを纏っていた。

 

「いやわかんねえよ!?」

 

 つい敬語じゃなくなった。

 

「何の前触れもなく一瞬光ったらもうIS纏ってるって、実演として何一つわからないですよ!? 何を参考にすればいいんですか!?」

 

「んー、理想の展開速度?」

 

「何で最初の一歩って人にゴールの話!?」

 

「つべこべ言うな。さっさとやれ」

 

「実演終わりですか!?」

 

「まーまー、颯斗」

 

 アトラス先輩が宥める。

 

「難しく考えなくていいんだよこういうのは。ISの名前を呼んで、ISを纏うそれっぽいイメージができりゃあ後はISが勝手にやってくれる」

 

「は、はあ……」

 

「ま、とりあえずやってみれ」

 

 一応のアドバイスは貰えたので、もうそれでやってみることにする。

 ああそうだ、一夏のやり方(原作知識)を真似てみよう。

 右腕を突き出して、その右腕を左手で掴む。そして集中する。一体どんなISかは想像つかない。が、とにかく集中する。

 意識を研ぎ澄まして、唱える。

 

「――来い、オメガ!」

 

 次の瞬間、腕輪から眩い光が放たれた。

 

「うおおおっ!?」

 

「――っ!」

 

 ものすごい光量に素っ頓狂な声をあげてしまう。ふとした拍子に見えた視界の中では、いつの間にかISを展開したアトラス先輩がこちらに身構えていた。って、待って。待って。どういうことなの。なんでアトラス先輩武器をこっちに向けてんの? これまさか起動したら危ない物なの?

 そう思ってる間にも粒子から展開された、金色の腕部装甲のパーツ(・・・・・・・・・・・)が、俺の左腕に集まり、右腕として形成していって――。

 

 

 

 それが、途中で止まった。

 

「――へ?」

 

「あ?」

 

 まるで時が止まったかのように、パーツが完全に静止している。

 訳もわからずにいると、今度は逆再生のようにパーツが次々と別れ、離れて、粒子となって消えていく。そして最終的には金色の腕輪に戻っていた。

 

「……………」

 

「こっちを見るな」

 

 ベシッ。叩かれた。織斑先生はさらに一言。

 

「もう一度やれ」

 

「は、はあ」

 

「今度は戻すなよ」

 

 戻し方もよくわからないのですが。

 しかし無意識下で戻るようイメージしちゃったかもしれないので、ここは従うことにする。反発なんてできっこないし。という訳で右腕を掴んでもう一度トライ。

 

「来い、オメガ!」

 

 腕輪から眩い光。さっきは驚いたけど、もう驚かないぞ。

 金色のパーツが集まって、右腕として俺の腕に纏って……停止。

 

「……あるぇー?」

 

 また逆再生みたいに離れて消えていった。

 

「……………」

 

「こっちを見るな」

 

 ゴスッ。また叩かれた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 真顔で視線を送ってくる颯斗を二度に渡って叩いた千冬は、ため息をつきながら観察室へと通信を繋げた。

 

「アランソン局長、何かわかりましたか?」

 

 ISの展開失敗自体は、専用機を持ったばかりの人間には比較的よくあることだ。イメージの構築がうまくいかず、途中でISの解除を行ってしまうということもなくはない。しかし、颯斗の場合はそれとは何か違うような違和感があった。

 そこで観察室で見ているであろうシエルに声をかけたのだが、返事がない。

 

「アランソン局長?」

 

『あっ、ご、ごめんなさい。……何でしょうか?』

 

 ようやくこちらの声に気がついたらしい。千冬はもう一度尋ねる。

 

「何かわかりましたか?」

 

『颯斗さんがISに呼びかけた瞬間から、すごい量のエラーが検出されました。多分オメガと、オメガに取り込まれたエックス、エルピスがそれぞれ干渉しあっているのだと思われます』

 

 やはりか、と千冬は胸の中で呟いた。

 ゴーレムⅢ襲撃事件に謎の変異を遂げた颯斗のISは、待機状態の腕輪を外してすぐ調べられた。強固なプロテクトがかけられISの展開ができず、アクセスもほとんど制限されていたが、オメガの中にエックスとエルピスが取り込まれていることが判明した。

 本来一人の人間がISを複数扱うことはできない。仮にISコアを複数使ったISを作ったとしても、今度はそれぞれのISコアから送られる膨大な情報量に脳がついていけなくなり、最悪廃人になることが懸念される。

 しかし颯斗はそんなISを使ったことになる。記憶喪失にこそなったが、それ以外に彼に異変は見当たらないし、ISと記憶喪失に関係があるかも不明だ。今回の起動検査についても何か症状を訴える様子も見当たらない。ISには触れた瞬間から操縦者に情報が伝わる以上、その時点で異常がないということがこの場では異常と言える。

 

「……わかりました。ではオメガを回収し、また検査を行います」

 

『了解です』

 

 千冬は通信を切り、颯斗に向き直る。

 ISの起動は失敗となった。謎については解決するどころか逆に増えてしまった。

 しかし、失敗したとは言え颯斗の呼びかけにISは反応し、起動しかかった。それは颯斗のIS適性が無事生きている紛れもない証拠であり、IS学園による保護と、彼にIS学園での学業に従事する義務が生きていることも意味していた。

 

「さて、傘霧。ISを動かすことはできたのだから、IS学園に復学してもらうぞ」

 

 その言葉に対して颯斗は何とも言えない表情をしたため、千冬はもう一度颯斗を叩いた。

 

「拒否は認めんぞ」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ISを無事(?)動かせたので予定通りIS学園への復学が決定された。教室へ向かうべく、再び織斑先生の後をついていく。あ、途中で俺の勉強道具を運んでくれた山田先生と合流した。

 

「さて、傘霧。自分が誰で、どういう所属なのか、最低限言えるな?」

 

「あ、はい。俺の名前は傘霧颯斗。世界で二人しかいないISを動かせる男性としてIS学園に入学。現在は一年一組のギリシャ代表候補生。……こんなとこですか?」

 

「十分だ。交友関係とかその他諸々はこれから会う奴らに訊け」

 

「えっと、了解です」

 

「緊張しなくて大丈夫ですよ。きっと皆さん傘霧くんに協力してくれますから」

 

 そうこう言ってる内に扉の前についた。やや上を見ると、一年一組の札がある。

 織斑先生が扉を開け、中へ入る。俺も続いて中へ。

 

「あ〜、かっきーだ〜」

 

(……かっきー?)

 

 かっきーってなんだと思いながらゆるい声の主を探すと、いかにもほんわかした感じの女子がいた。確かのほほんさんって言うんだっけ。独特の渾名をつけるんだったっけ? 傘霧からかっきーか。

 

「颯斗! 怪我はもう治ったのか?」

 

「うおっ」

 

「? どうした、颯斗?」

 

「あ、いや……」

 

 俺にとってはやや不意打ちに近い形で声をかけてきた男子生徒にちょっと驚く。

 見た感じからして、彼が織斑一夏だな。男性IS操縦者は二人しかいないとのことだからほぼ間違いない。

 

「傘霧くんが戻ったー! 目を覚ましたのは、私のお見舞いのおかげね!」

 

「面会禁止になってから今日までに怪我が治ったのは私のお祈りが効いたのよ!」

 

「じゃあ今日、傘霧くんの復学祝いにパーティーやろうよ!」

 

「わーい! お菓子食べるぞ〜」

 

 女子達が嬉々として騒ぎ出した。あ、最後のはのほほんさんだな。

 どうやら俺は慕われていたみたいなのでそこにはほっとした。しかし、ここで俺が記憶喪失であることが明らかになったらどんな反応になるんだろうな。あと、声大きくないか。

 

「……颯斗、どうかしたのか?」

 

 ボーっと女子の騒ぎを見ていると、一夏がそう尋ねてきた。

 

「え? いや、えーとだな……」

 

 もう記憶喪失であることを言っちゃっていいんだろうかと考えていると、隣から注意の声がかかった。

 

「静かにしろ。重要な連絡事項がある」

 

 女子が騒いでいる中でもよく通る織斑先生の声。それによって女子達の声はひとまず収まり、静かになった。

 

「怪我から回復した傘霧くんですが、一つ大きな問題を抱えています」

 

「大きな問題……?」

 

 山田先生のその言葉によってこちらへの注目がより集まる。

 うわぁ、見てる見てる。俺大勢の前で話すとか、注目されるのどちらかと言うと苦手なんだけど。

 

「問題は一つだけではないのだがな。傘霧は現在、記憶喪失にある」

 

「えっ……」

 

 誰かの声が漏れて一瞬、完全に静かになった。

 そして、

 

「ええ〜〜〜〜〜っ!?」

 

 大音量が響いた。来ると覚悟していたけどそれでもビビった。

 

「ええっ!? 傘霧くん、記憶喪失なの!?」

 

「ってことは、私達のことも忘れちゃったの〜!?」

 

「そ、そんなことないよね傘霧くん! それでも私のことは覚えてるよねっ!?」

 

 無理言うな。

 

「静かにしろ! 傘霧は記憶喪失となったが、IS動かせる適性はある。よって今日よりIS学園に復学させることにした」

 

「あの……織斑先生、記憶喪失の颯斗に授業を受けさせるのは、無理があるんじゃ……?」

 

 そう意見を述べたのはブロンドの女子生徒、たぶんシャルロット・デュノアだ。決めつけて外すと恥ずかしいし色々まずいと思うんで決めつけない。

 

「本人も納得した上での復学だ。それに記憶喪失の者には、普段の行動が記憶を呼び起こすことがあると言うだろう?」

 

「は、はあ……」

 

「皆さんには傘霧くんとお話したりして、傘霧くんの記憶が戻るようお手伝いをしてほしいんです」

 

「くれぐれも混乱はさせるなよ。傘霧、そろそろ席につけ。そこの男子生徒の左隣が空いてるだろう。そこがお前の席だ」

 

「は、はい」

 

「ホームルームは以上。続けて授業に入る」

 

 こうして俺のIS学園での生活が幕を開けた訳だ。いや、再開したの方が正しいのかな。実感ないけど。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 どうにか一時間目を乗り越えた後の休み時間。

 予想通りなんだが、詰め寄ってきた。女子が。一斉に。

 

「傘霧くん傘霧くん! 記憶喪失って本当なの!?」

 

「記憶を無くしたって、どんな感じ? 自分の名前もわからなくなるの?」

 

「か、傘霧くん! 私のことはわかるよねっ? ほら、私!」

 

 だから無理言うなって。

 矢継ぎ早の質問に困っていたら、後ろから女子達に声がかかった。

 

「やめないかお前達。颯斗を混乱させぬよう、織斑先生からも注意があっただろう」

 

 その台詞で一気に女子達の注意を引いたのは、ポニーテールの女子だった。多分篠ノ之箒。

 

「記憶喪失と聞いて色々尋ねたいのはわかるが、こういうのは本人が知りたいことを優先するべきじゃないか?」

 

 腕を組んで仁王立ちしながら女子達に説く篠ノ之さん。やだ、かっこいい……。

 正論を受けて静かになる教室。しかしなんか変だ。女子がポカンとしている。

 

「……箒、熱出したのか? 箒がそんな正論でみんなを諭すなんて」

 

 織斑(弟)が女子の気持ちを代弁した。

 おいおい失礼じゃないか? 篠ノ之さんも言う時は言うんだろ。多分、きっと。

 

「……どういう意味だ? 一夏」

 

「いや、箒は理論派じゃないイメージっつーか、実際そうだしさ。それに箒は何かとすぐに手が出るタイプ……おわっ!?」

 

「ひぃっ!?」

 

 耳元を木刀がかすった。織斑を狙った一撃のようだが、あと数センチずれてたら冗談抜きで危なかった。木刀でも人を殺せるんだぜ?

 

「誰がどういうタイプだって?」

 

「い、いや、だからだな……」

 

「ほ、箒やめなよ! 颯斗怯えちゃってるよ!?」

 

 デュノアさんが慌てて止めに入る。すると篠ノ之さんもすぐに木刀を引っ込めた。そういやそれ、どこから出したの?

 キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴った。

 散々すぎる休み時間だった。休み時間なのに休めないってどういうことだ。

 

「えっと、みんな。颯斗とお話するのは昼休みや放課後にしよう? その方が時間も取れるし」

 

「は〜い」

 

 デュノアさんの提案に渋々納得した様子の女子は散り散りとなり、それぞれの席へ、別のクラスの子は自分の教室へと戻っていく。

 少なく見積もっても今日はこんな感じなのかな……先行き不安だ……。




 ヒロインは簪と楯無さん。そして友情枠が一夏を抑えて箒になりそうな感じです。頭の中では。


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第三十七話 ビシッと決めれる人ってかっこいい

 六月十日、サブタイつけてないことに気がつきました(笑)。


 授業があまりにも理解できなくて考えることを放棄したら織斑先生に叱られました。

 そんなこんなでひとまず午前中の授業は終え、昼休み。食堂をごった返しにするのは避けようというデュノアさんの提案で、購買で買った弁当を教室で食うことになった。

 

「――で、まずは何を訊きたい?」

 

 そうクラスメイト+教室に押し掛けてきた他クラスの人達を代表して尋ねてきたのは、現在俺の中ではイケメン姉御か暴力女の間で評価をさまよっている篠ノ之さんである。

 

「えーっと、まずみんなの名前をまだ知らないんだけど……」

 

 とりあえずまずは名前の確認だ。未だに聞いてなかったので、とりあえず(仮)付けをやめにしたい。

 

「それもそうだったな。私は篠ノ之箒だ」

 

「……えーと、すまん。できれば記憶喪失になる前の俺との関わりとかも教えてくれ」

 

「ああ、そうだな。……クラスメイトだ」

 

 ……………。

 

「……それだけ?」

 

「あとは……タッグ戦のパートナーになったな。それぐらいだ」

 

 ……そうですか。

 

「えーと、よろしく。……篠ノ之、さん?」

 

「前は名前で呼んでいた。できればそうしろ」

 

「はあ……………箒、さん?」

 

 不機嫌そうに睨んできたが、特に何か言ってくることもなかった。

 箒さんは隣にいた織斑に小突いた。

 

「一夏、お前もさっさと自己紹介しろ」

 

「わかってるよ。……俺の名前は織斑一夏。颯斗とはIS学園からの付き合いで、クラスメイトであり、IS学園という範囲では唯一の男友達ってとこかな。あと、颯斗は以前俺のことは名前で呼んでたぞ」

 

「ふむ……じゃあ、一夏と呼べばいいのか?」

 

「ああ、それでいいぜ。えっと、次は……」

 

「流れ的に僕かな? シャルロット・デュノアです」

 

 次はデュノアさん。原作知識とは言え、知ってるというのは安心できる。

 

「颯斗とはクラスメイトだし、ISの専用機持ち同士として模擬戦もやったことがあるね。あとは……僕達の相談役もやってもらったり?」

 

「? 相談役って、シャル何か悩みがあるのか?」

 

「ある意味悩みではあるね。あと、シャルロットって君は呼んでたよ」

 

「……名前呼び多くね? みんなを名前で呼ぶような奴だったのか? 俺?」

 

「専用機持ち同士なら模擬戦とかで交流もあるから、それで名前呼びになるんだ。他の子達の場合は……苗字で呼んでたかな?」

 

「はい、はーい! 私、一年一組相川清香は、傘霧くんと二人きりの時にはキヨって呼んでもらってたよー!」

 

 なにそれ初耳。

 

「ちょっと、何でっち上げてんの!?」

 

「ずるい! 抜け駆け!」

 

「でっち上げじゃないもーん! 二人きりの時にはそう呼んでくれてたもーん!」

 

「私は〜、のほほんさんって呼ばれてたよ〜」

 

「じゃあ私の場合は……」

 

 女子達が自分がどう呼ばれていたのかにわかに騒ぎ始めた。

 出るわ出るわ、名前、苗字、渾名、その他諸々……人数が人数だから色んな声が重なってもはや誰が何を言ってるのかわからない。……やばい、なんだか気分悪くなってきた。

 

「いい加減にしないか、お前達!」

 

 収まる様子を見せないその喧騒に、箒さんが一喝した。

 

「颯斗が自分の周りもわからないことに付け込んで、颯斗を陥れるつもりか!」

 

「お、陥れるなんて、そんなつもりじゃないよ!」

 

「だったらありもしないことを一斉に口にするな! 今私達がするべきなのは、彼が自分自身を知るための手助けをすることだろう!」

 

「やだ、惚れそう」

 

「颯斗!?」

 

 なんだシャルロットさん、こんなにかっこよく相手を論破できる美少女な箒さんに惚れるなんて不思議じゃないだろ? つい手を出す性格が玉に瑕だが、地雷発言をしなきゃそう手を出されやしないって(慢心)。

 ちょっと本気で彼女を振り向かせることを考えてみるか。おそらくだがこの世界での箒さんは原作通り一夏に片想いで合ってるはずだ。だって俺に対する対応に冷静さがある。それだけの理由だが、説得力はあるはずだ。一夏はどうせ朴念仁だろうし。つまり俺は箒さんの一夏へと向けている矢印をこちらに向けさせることが条件となる。これは極めて難解だ。なぜなら箒さんの一夏に対する想いは例え離れ離れになって何年経っても変わらない程に強いものなのだから。ちょっとやそっとのアプローチで変わるようなものじゃないだろう。ここまで来るとおそらく一夏から答えをくれるまでそのままの想いで待っているという気概があってもおかしくない。それはそれですごくかっこいい。ますます惚れる。とにかくそんな箒さんに振り向いてもらうためには、それを覆すほどのインパクトを、いや、誠実さか? それとも何か別の……とにかく、その数年分を覆すくらいの何かが必要になるという訳でだ。これは厳しい。これには俺の知識と精神では答えが見つけ出せない。だが、それさえできればぐっと勝利が近づいてくる訳で――

 

「颯斗? どうした?」

 

 箒さんが何やら怪訝そうな顔で尋ねてきた。

 言葉は思いついていない。何一つ関係が進んでいる訳でもない。しかし、一体何の根拠を持って、何を思ったか――今がチャンス!

 

「……箒さん」

 

「なんだ?」

 

「俺と……お付き合いしていただけませんか!」

 

「――は?」

 

 沈黙。

 

「ブゥ―――――ッ!!?」

 

 次の瞬間、教室内のかなりの人数の女子が、専用機持ちか否かも関係なく、噴いた。

 

 ガンッ!

 

「グハッ!?」

 

「颯斗!?」

 

 突然の強い衝撃。それに倒れ、にわかに薄まり始める意識で見上げると、木刀を持った箒さんがいた。

 

(ああ……地雷踏んだのか……)

 

 それを確認できた俺は、そこでガクッと意識を途絶えさせた。

 そういや……まだ名前三人しか聞けてねえ……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 目を覚ますと知らない天井だった。

 

「どこだここ」

 

「保健室だ」

 

 箒さんがいた。

 なんで保健室で寝てんだ俺……ああ、そうか思い出した。昼休みの時に箒さんから一撃貰って気絶したんだ。きっとその後、ここに運ばれたんだな。

 空が赤い。夕方になるまで寝ていたのか。

 

「目を覚ましたんだね。それにしてもあの時はびっくりしたよ」

 

「記憶喪失だということを考えましても、さすがに予想外でしたわ」

 

 箒さん以外にも何人か来ていた。全員女子、それも昼休みの時にいた人達だった。

 

「頭部に衝撃が加えられた訳だが、記憶はどうなっている?」

 

 そう尋ねてきたのは銀髪で眼帯をした少女だった。あ、この人はラウラ・ボーデヴィッヒだよな。さすがにわかる。

 

「えっと……特に何も……」

 

「ふむ、脳に物理的衝撃を与えれば記憶が蘇ると聞いたのだが、やはり木刀では重量が足りなかったのではないか?」

 

「ラウラの言う十トンハンマーなんて使ったら、颯斗が死ぬわよ……」

 

 なにそれ怖い。なに恐ろしい手段考えてんのこの子。

 

「それにしても、アンタなんでいきなり箒に告った訳?」

 

「いやー、あはは……勢い?」

 

「なぜ疑問系……?」

 

 自分でもわからん。箒さんのかっこよさに惚れたとしてもあのタイミングはないわ。自分でやらかしたことだが。

 

「颯斗、理由はなんであれ私はそれに応えるつもりはない。第一、お前には簪がいるしな」

 

「かん、ざし……?」

 

「更識簪。一年四組のクラス代表で、楯無さんの妹だ」

 

 ……え、俺って、何? 更識家となんか繋がりでもあんの? 箒さんの言い方からして妹とは恋仲みたいだし、姉の方もなんだかんだ知り合い以上っぽいし。

 

「颯斗、自分のことをよく知りたいのなら簪と楯無さん、その二人をまずあたってみろ。正直な話、私達はお前との交流はそこまで深くない」

 

「はあ……あ、でも名前確認させてくれない? さっき……というか昼休みの時に途中で止まっちゃったし」

 

 セシリア、鈴音、ラウラの名前も教えてもらった。あと、彼女達の要望あってさん付けはやめることにした。

 更識簪……今日はやめとくとして、明日の昼休みに四組の教室にでも訪ねてみるか? でも、昼休みの時には見かけなかったんだよなぁ。箒さん……じゃなくて箒の言い方からするとそれなりに親密っぽいのに、なんでだろうか?

 

 

 

   ◇

 

 

 

 何も見えない暗い闇の中に、楯無はいた。

 身体がだるい。というより、全身に力が入らない。底知れぬ脱力感に襲われているが、意識だけははっきりとした感じだ。

 夢だと、楯無はすぐ理解した。最近、眠るたびに時々この夢見る。

 楯無はこの夢が嫌いだった。ここに来るたび、ゾクゾクと全身に酷い悪寒が走る。今回も例外ではなかった。

 下を向いていた顔を上げる。いや、勝手に上がる。上げたくない。上げたら、またあの光景を目にしてしまう。いやなのに、否応なしに目の前の光景が目に映る。

 前方、少し離れた位置に颯斗がいた。オメガを纏うその姿はボロボロで、背中の装甲に至っては砕けてなくなっている。横たわった彼は身動き一つ取ろうとしない。

 そんな彼に、暗闇から一つの影が現れた。

 左右非対称の腕を持ったそのヒトガタは、動かない颯斗に攻撃を始めた。殴りつけ、蹴り飛ばし、すでに虫の息である颯斗を痛めつけていく。

 当然、楯無は止めに入ろうと未だに力の入らない身体を動かした。しかしその身体は後ろから現れたもう一つの無人ISに捕らえられ、動かなくなる。必死にふりほどこうとしても、拘束は緩まない。

 やめてッ!! そう叫ぶも、ヒトガタは聞く耳を持たず、颯斗への私刑は終わらない。殴られ続け、暗闇の所々に颯斗が吐いた血が広がっていた。

 

 やめて! やめてぇっ!!

 

 決して解けない拘束の中もがきながら、楯無は夢の中であることも忘れて叫んだ。

 すると無人機は殴るのを止めた。しかし楯無は安心しなかった。この先を知っているのだから、できるはずがない。

 無人機がゆっくりと右手を上げた。暗闇のはずなのに、手首に取り付けられたら物理ブレードがその存在を誇示するかのように鈍く輝く。

 そのブレードが……断頭台の刃のように、真っ直ぐ颯斗の首へと振り下ろされた。

 首の肉に食い込み、引き裂き、その断面から一気に血が噴き出して――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッッ!!!」

 

 そこで、楯無は跳ね起きた。

 すぐに周囲を見回す。楯無の視界に映っているここは、生徒会室だった。すぐ目の前の机には、数々の書類が積み重なっていた。もうすぐ日が沈むのか、夕暮れの濃いオレンジの光が辺りを染めていた。

 思い出した。生徒会室で書類を片付けた後、疲れと、部屋に戻る気になれなかったことからここで仮眠を取ることにしたことを。そして、まどろみの中で颯斗が殺される夢を見たことも。

 

「……ッ!」

 

 悪夢が蘇り、楯無は声を殺さんとするかのように口に手を押し付けた。

 あれは悪夢たが、夢ではない。瀕死の颯斗が無人機に蹂躙されていたのは、紛れもない現実だった。そしてあの時、オメガに異変が起きなかったら、ほぼ間違いなく、あの夢の通りに颯斗は死んでいただろう。

 自分が弱かったせいで。ちゃんと颯斗を守ることができなかったせいで。

 

「ぅ……く……っ」

 

 身体が震える。

 塞いだ口から声が漏れる。

 それはダメだと、楯無はさらに抑え込む。

 自分はロシア代表で。

 自分は生徒会長で。

 自分は楯無で。

 だから泣いてはいけない。だから弱音を吐いてはいけない。そう自分に言い聞かせる。

 それにも関わらず流れた涙が、夕日に照らされて輝いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 夕方になって、俺は自分の部屋に訪れた。

 片方の机には誰かが勉強をしたと思われる跡が残っている。多分自分のだけど、試しにノートを開いてみてもさっぱりわからず、身に覚えがない。そしてもう片方の机には何もない(・・・・)。机だけでなく、クローゼットとか調べても片方には何もない辺り、どうやらここには俺一人が暮らしていたようだ。ちなみに俺のと思われるクローゼットには、ファッションに詳しくない俺でもなんとなくわかるくらい高そうな衣服が何着もしまわれていた。以前の俺はファッションに詳しかったのか?

 

(……んん?)

 

 ふと疑問に思った。なんで一夏と一緒じゃないんだ? 同じ男子同士で一緒にされるはずだと思うんだけど。

 

「……まあいいか」

 

 きっと何か学校側で事情があったのかもしれないし。そう適当に結論づけた俺は夕食のため部屋を出て行った。




 記憶喪失になって颯斗がいくらかアホになってる様子。うーん、この。
 それから更識姉妹は二人揃って面倒になってます。颯斗がなんとかしなきゃ(使命感)。
 こっからどういう具合にあれに繋げていくかな~。


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第三十八話 込めた想いはきっと伝わる

 俺がIS学園に復学して翌日、の昼休み。

 箒に言われた通り、俺は簪と話をしようと四組の教室の前にいた。

 俺が目を覚めてから約一週間。まともに俺を知ることはできてなかった。いい加減、情報が欲しい。

 しかしいざ入るとなると緊張するなー。自分から人前に出るってことがあまり好きじゃないからなー。緊張すると口の中が渇いてネトっとした感じばかり残って気持ち悪い。今はまだましな方だけど。しかし、行かねば。

 意を決して、俺は四組の扉を開いた。

 

「あー、傘霧くんだー!」

 

「記憶喪失って本当!?」

 

「ひょっとして、何か思い出した!?」

 

「そうなの!? 誰を思い出したの!?」

 

 そしたら寄るわ寄るわ、女子達が。あっという間に扉付近が混雑していった。

 女子が多くてやかましいため、多少声を張って要件を伝える。

 

「えー、更識簪さんって人、いませんか?」

 

 そう尋ねると、場がしんと静まり返った。

 目の前の女子が申し訳なさそうに答える。

 

「あー……更識さんはね、お昼休みに入ってすぐどこか行っちゃったのよ」

 

 マジでか。タイミングわりー。

 

「じゃあ、更識さんがどこに行ったとか、わかる?」

 

「さ、さあ……?」

 

「前までは時間があれば整備室にいたよね?」

 

「それは専用機ができるまでの話でしょ?」

 

「でもアリーナはまだ使用許可出てないし……食堂?」

 

「えー? 更識さん教室でパン派じゃなかったっけ?」

 

 うーん、情報が入らない。とりあえず駄目元でもそれっぽい場所を探ってくしかないのか?

 

「えっと、ありがとう。とりあえず整備室でも見てみるよ」

 

 失礼しましたーと教室を後に――してすぐに引き返した。

 

「すまん。整備室って……どこ?」

 

 学園内部を知らないって、結構致命的だと知った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「はあ……」

 

 放課後となって、簪は部屋に戻っていた。放課後になって間も無く、寄り道することなく部屋に戻り、扉を閉め、ため息をついている。

 自分は何をやっているんだろう。それが簪の正直な気持ちだった。

 昨日から颯斗は復学している。ずっと会いたいと願っていたではないか。なのになんで、自分から颯斗を避けてしまっているのだろう。

 昼休みはコンピュータルームに閉じこもっていた。コンピュータなんて、そんなところに行かずとも自前のものが使えるのに。ただとにかく、颯斗と出くわしたくなかった。

 昼休みが終わりそうになって教室に戻ると、隣の席にいる、普段そんなに交流のないクラスメイトが声をかけてきた。

 

「傘霧くん、更識さんのこと探してたけど会った?」

 

 聞くところによると、自分を探してたらしい彼は候補に上がった整備室と食堂(使用許可が出ていないアリーナは候補から除外された)をまずは探してみると、整備室への道を聞いて教室を出て行ったらしい。

 どうしていいのかわからなかった。

 昨日、颯斗の復学を聞いた時にはすぐ颯斗の元へ駆けつけたくなった。ただとにかく、彼が無事であることを確認して、それからあの時守れなくてごめんなさいと、謝りたくて。授業の合間の短い休み時間にでもいい。とにかく会いたかった。

 しかしその休み時間にその思いは崩れた。彼が記憶喪失になっているという情報が耳に入ったからだ。

 それを聞いた瞬間、なぜか簪の足は一組に向かなくなった。謝らなければならないのは変わらないのに。無事を願っていたのは変わらないのに。なぜか颯斗を避けるようになっていた。

 どうして。

 どうして。

 自分を探しているということは、話があるに違いない。探し人が見つからなくて困っているはずだ。

 コンコン、と扉のノックが聞こえた。

 

「……?」

 

 誰だろう。そう思って扉の方を振り向く。

 扉は開かないままノックの音を奏で、それから声が入ってきた。

 

「えっと、更識……簪、さん? いますか?」

 

 聞き慣れた男の、自分には聞いたことのないくらい他人行儀な言葉に、簪は完全に硬直した。

 颯斗くんだ。私を探してここまできたんだ。

 嘘だ。颯斗くんがこんなに他人行儀なはずがない。

 記憶喪失だと聞いたじゃないか。

 でも。

 でも。

 頭の中で思考がかき混ぜられて、簪は何を話すのか見失っていた。

 

「……いない、のか? さすがに寮に戻るには早すぎたのかな」

 

 いつまでも返事が来ないのをいないと判断したのか、扉越しに足音が遠ざかっていく。

 颯斗くんが離れていく。

 颯斗くんが行ってしまう。

 いやだ。

 いやだ!

 

「――颯斗くん!」

 

 いてもたってもいられず、扉を開け放って彼の背中に叫んだ。

 彼の足は止まり、顔をこちらに向けた。

 そして、こちらに歩み寄った。

 

「えっと……いたんだ? 返事がないものだからてっきりいないのかと」

 

「それは……私……………」

 

「あー……無理に答えなくてもいいよ。何か事情があったんだよね?」

 

「……………」

 

「……………」

 

 気まずい沈黙が流れる。簪は頭の中が未だ纏まっておらず、どうしたらいいのかわからなかった。

 対する颯斗も戸惑っていた。話をしようと訪ねた相手が今にも泣き出しそうな表情をしていれば、躊躇うのも無理ではなかった。

 颯斗は躊躇いながらも口を動かした。

 

「えっと、さ」

 

「……う、うん」

 

「その、もう知ってるかもしれないけど俺、記憶喪失になってるんだ」

 

「……うん、知ってる」

 

「自分のこともわからないから、まずは自分のことを教えてもらおうって、色んな人に訊いていてな。そしたら、その……更識さん……に聞いてみるといいって言われて。その……だからさ、俺について知ってることを教えてほしいんだ。どんなことでもいいから、できるだけ全部」

 

「……わかった」

 

 颯斗の言う通り、簪は颯斗とこれまでにあったことを話した。「更識さん」と言われたショックは、それより颯斗に教えることが先決だと無理やり圧し殺した。

 まず、どういうきっかけで出会ったのか。始めは相手にしてなかったこと、一緒に学園祭を見て回ることになったこと、それから、颯斗に構って遅れた分のお詫びと称して打鉄弐式の開発に協力してくれたこと、休日に一緒に遊びに出かけて、不良達から助けてくれたこと。特別なことだけじゃなく、颯斗と一緒に食事したことや颯斗の特集で組まれた雑誌のこととか、そんな他愛のないことも話した。

 そう語っていって、最後の方に学園祭やキャノンボール・ファスト、タッグマッチ戦で起きた事件ばかりが残った。

 できるだけ全部という要望から、これらも話さなければならない。特に無人機襲撃事件は颯斗の記憶喪失に繋がるのだから避けるなんてありえない。やや間を置いた後、簪はこれらの記憶を呼び覚まして、話をしようとして、

 

「更識さん?」

 

「……何?颯斗くん」

 

「その、大丈夫か? そんな泣くほどのことがあったのか?」

 

 自分の目から、ボロボロと涙が溢れていることに、言われてようやく気がついた。

 

「あ、れ……私……」

 

 拭っても拭っても、涙が溢れていく。

 自分はただ、颯斗に話をするだけなのに。

 事件で颯斗がピンチになって、その時は決まって自分は颯斗の足を引っ張っていて――。

 その事実に耐えられず、簪は颯斗に抱きついていた。

 

「さ、更識さん?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 驚く颯斗に対して、簪は震える声で謝罪する。

 

「颯斗くんが記憶を失くしたのは、私のせいなの……! 襲ってきたISから私達を庇って、颯斗くんが大怪我してっ……謝ろうと思ったけど、颯斗くんが記憶喪失になったって聞いて怖かった! 学園祭の時も、キャノンボール・ファストの時も、颯斗くんの足を引っ張ってばかりで……こんな迷惑かけてばかりの私の話を聞いたら、颯斗くんが私のこと嫌いになっちゃうかもって思って……!」

 

 普段はそんなに口数の多くない彼女の口から、次々と感情が溢れ出した。

 颯斗を避けてきたのは、身勝手な自己防衛だった。

 颯斗は自分にとってヒーローだった。命の危機に瀕した時に身を挺して助けてくれた。一緒にISの開発を手伝ってくれたし、個人的にも何度も付き合ってくれた。IS学園でも居場所がなくなりつつあった簪に、声をかけてくれたのが彼で――簪が、初めて恋をした相手だった。

 その相手に嫌われるかもしれない。それが恐ろしくて、嫌われたくないがために逃げていた。

 

「私……颯斗くんのこと、大好きっ、だから……嫌われたくないよ……!」

 

「……………」

 

 こんな浅ましい自分を見て、颯斗はどう思ったのだろう。

 幻滅するだろうか、嫌悪するだろうかと簪は悪い方向に思考を落としていく。

 それに対して返ってきたのは、簪の頭を優しく撫でる手だった。

 

「……その、こうしてると落ち着くかなーって。しばらくこのままでいた方がいいか?」

 

「……うん……」

 

 簪は颯斗を抱いたまま、しばらく泣き続けた。

 

 一通り泣いて、落ち着いた簪はやっと颯斗から離れた。

 

「その、ごめんなさい。またこんな迷惑かけて……」

 

「いや、迷惑とは思ってないぞ? むしろそんなに心配かけたかと思うと申し訳ない気持ち」

 

 泣き止むまでそばにいてくれた颯斗はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

(やっぱり、颯斗くんだ……)

 

 根拠はないが、簪はそう確信する。口下手だが、それでもなんとか気遣おうとする優しさは颯斗のものだった。

 

「あの、ところで……さっき話して、何か思い出した……?」

 

 そして簪は恐る恐る尋ねる。ひょっとしたら何か思い出してくれるかもしれない……そんな淡い期待をしてみたのだが、

 

「あー……すまん、さっぱりだ。遊びに出かけたのもIS開発したのも、思い出すどころかイメージも出てこない」

 

「そう……」

 

 収穫はゼロだった。何も役に立てなかったことに落胆する。気を遣わせないため、表情はそこまで変えてはいないが。

 

「でも、やっぱ更識さんは――」

 

「……簪」

 

「え?」

 

「簪って呼んで……さん付けじゃなくて簪って……そう、呼んで欲しい……」

 

 記憶は戻らなかったが、それでもこれだけはまず元に戻したかった。やはり「更識さん」と言われるのは颯斗との距離が遠くなったような錯覚がしてしまう。

 

「お、おう。えっと、簪……でいいんだよな?」

 

 呼ばれ方が元に戻る。たったそれだけだが、それだけで颯斗が少しだけ元に戻ったような気がして、簪は嬉しくなった。

 

「うん……うんっ。それで、どうしたの?」

 

「ああ、うん。それで、やっぱ簪には記憶を取り戻すための手伝いをして欲しいって思って。大それたことじゃなくても、普段どんなことしてたとか、それぐらいでいいんだけどさ」

 

「わかった……頑張る」

 

「気合い入れなくてもいいんだけど……。あー、それから、その……」

 

「?」

 

 急に颯斗の口が濁った。恥ずかしそうにこちらから視線を逸らす颯斗に簪は首を傾ける。

 

「そ、その、ちゃんと記憶を取り戻してから、それから改めて返事を伝えるから……」

 

「……返事?」

 

「お、俺のこと好きだって言った返事」

 

「――えっ」

 

 簪の思考が一瞬停止した。

 

「……いつ言ったの?」

 

「え? いや、簪が俺に泣きついてきた時」

 

「……………」

 

 脳をフル回転して記憶を探る。すぐに見つけた。見つけちゃった。

 大好きって、言ってた。颯斗も認識している以上、これが初めての告白となる。

 

「――キュウ」

 

「ちょっ、なんで!? 簪、簪さーん!?」

 

 恥ずかしさと自分への情けなさで、簪は顔を真っ赤にして気絶するのであった。



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第三十九話 この妹にして、この姉あり?

 簪に会った翌日。

 調べたいことは山ほどあるものの学生である身分上、何よりまずは学業が優先である。

 そんな訳で現在グラウンドでは、一年生が全員集合してのIS実習となっていた。

 今更だがここは女子校、見渡す限り女子女子女子。加えてISスーツは水着みたいな見た目なので目のやり場に困る。とは言っても、男子は二人揃って最前列なのだが、俺が最近の渦中の人とあって嫌でも視線を感じる。勘弁してくれ。

 

「織斑、傘霧、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識! 前に出ろ!」

 

 いきなり専用機持ち全員が織斑先生に呼び出された。一瞬遅れそうになりながらも七人と同じく前に出る。

 

「先日の襲撃事件で、お前たちのISはすべて深刻なダメージを負っている。自己修復のため、当分の間ISの使用を禁止する」

 

「はい!」

 

「は、はい」

 

 俺だけ返事が若干遅れた。

 だって、手元にISねーのに使用禁止とか言われても実感わかねーよ。そもそも俺のISがどういう状況とか以前に、俺のISがどういうものかもロクに知らないから。一昨日テストをして以降、オメガを見てすらいません。

 しかし口にしてない心境は当然伝わることもないので話は進んでいく。

 話を纏めると、専用機が使えない代わりに『EOS』……外骨格なんたらかんたら装甲だとかエクステンド・なんとか・かんとかいう説明があったがよくわからん……とりあえずはこの兵器に乗ってデータを取れと。訳わからん。あと、一般生徒は訓練機で模擬戦だとか。先生、ロクにISもわからない俺としては訓練機でもいいからISに乗りたいです。

 そんなこと考えてると織斑先生に頭叩かれた。思考を読まれたのかと思ったが、他の専用機持ちも叩かれている辺り、ただの催促らしい。

 

「早くしろ、馬鹿ども。時間は限られているんだぞ。それとも何か? お前たちはいきなりこいつを乗りこなせるのか?」

 

「お、お言葉ですが織斑先生。代表候補生であるわたくしたちが、この程度の兵器を扱えないはずがありませんわ」

 

「ほう、そうか。ではやってみせろ」

 

 セシリアの意見に織斑先生はにやりと笑った。

 セシリアにフラグが立ったらしい。

 ……。

 …………。

 ………………。

 結論を言おう。マジでフラグだった。

 重い。ひたすら重い。おかげでセシリアを始め一夏も箒も鈴音もシャルロットも扱いに苦戦していた。ラウラは扱った経験があるのか黙々と動かしている。かく言う俺も、実際重くてキツい。

 でもなんだろ……苦しいというほどでもない。なんていうか、これのもうちょっと楽にしたようなものを経験してるような気がする。あれか、俺のISがこれとどっこいなのか?いや、それはないだろ。

 ちなみに簪はデータ計測についている。肉体の負担こそないが、国連に提出するデータであるため重要な仕事である。

 

「それではEOSによる模擬戦を開始する。基本生身には攻撃するなよ」

 

 ある程度動いたところで織斑先生の一言で模擬戦開始。

 

「行くぞ、颯斗!」

 

「へ? うおっ!」

 

 急接近してきたラウラをとっさに避ける。避けられたことが意外だったのか、少し驚いた表情をラウラは一瞬浮かべたが、すぐに切り替えてアームパンチしてきた。

 それを腕部装甲で防ぐ。模擬戦はEOSに装備された銃器のペイント弾を当てたら勝利だ。動いてる相手に弾当てる知識なんぞ俺にはない。動きを止めて至近距離で撃つしかない。

 ラウラ相手にできるか? 無理だろ。でも食らいたくないので抵抗はするさ。

 防御から攻撃に転じる。銃は使えないものとして、やるとすれば装甲と質量による近接戦、要するに殴るってことだ。生身を殴るのは危ないので、装甲を叩いて押し倒すのを狙う。

 ガッシャンガッシャン音を立て前進しながら右パンチ左パンチとラウラを攻め立てる。右パンチする勢いで左腕引いて、左パンチすればその逆でっていう感じで勢いを利用することで重量による不自由を軽減しつつ攻撃を繰り返す。しかしラウラは攻撃をひょいひょい避ける。こんなクソ重い装備身につけてよく避けれるなおい。

 そしてラウラは脚部ローラーで距離を離し、銃をこちらに向けた。あ、詰んだくせー。

 

 ダダダダダッ!

 

「いだだだっ! てめっ、こっちが撃てないのわかってやってるだろ!」

 

「当たり前だ。相手の苦手を突くのは戦闘の常識だぞ」

 

 正論である。全身ペイントまみれになってリタイアとなった。その後も他の連中に対してラウラのワンマンゲーだった。

 ちなみに、最もラウラからペイント弾食らったのは俺だったので、ラウラに加えてラウラにペイント食らった奴らからも笑われた。くそぅ、ペイントの匂いが鼻にくるぜ。簪は心配してくれたのが唯一の救いだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 時は過ぎて放課後。

 俺は、生徒会室の前にいた。

 場所については昼休みの間に一夏に教えてもらった。一夏は直接案内しようかと言ってきたが、余計な人は連れて行きたくなかったので却下。遠慮すんなと一夏は一度食い下がったのだが、箒がフォローしてくれて無事一人で行けることに。ありがてぇ。

 昼休みはその説明を聞いて覚えることに費やし、放課後に行こうとしたのだが織斑先生からオメガのテストやれと言われ、今日から使用可能となったアリーナで起動テストやって(やっぱり途中でエラーが起きた。またシエルさんに預けることになった)、それから生徒会室に行こうとして道に若干迷い、ようやく到着である。長かった。

 ここに来た理由は、楯無さんに会うためである。簪と並んで俺を知る貴重な人物の一人。

 なのにこれまで会うことがほとんどなかったというのは、簪同様なんらかの事情があるとみた方がいいのだろう。だから一夏の提案を断った。これが簪みたいに俺のことが好きーってことだったら晴れてハーレムの仲間入り……になるのか? しかし見方を変えると二股ってことだからなー……。それ言ったら一夏なんて五股になるけど。本人が無自覚ならいいのか。

 と、まあ、入る勇気を挫くようなことを考えてしまったが、それでも行かねばならない。

 いざ、扉をノック。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「……いない?」

 

 返事がない。まいったな、初っ端から挫いてんじゃん。

 出直した方がいいだろうか。……はっ、いや待て、昨日を思い出すんだ。昨日簪に会いに行った時、ノックして声をかけてもすぐに出てこなかったじゃないか。楯無さんと俺との間になんらかの関係があるのは確か(勝手な推察)である以上、楯無さんも同じような対応をする可能性は充分ありうる!

 とまあ、よくわからん理論を立てはしたが、そうでなくとも待ってれば来るかもしれんし、生徒会室に入っていよう。一夏の話によると俺は生徒会役員だったみたいだし、中にいても無問題。という訳でお邪魔しまーす。

 しかし扉を開けてすぐ、その足を止めることになった。

 

「いるじゃん」

 

 楯無さんがいた。机に突っ伏していてこちらに気づく様子もないことから寝ているようだ。何が楯無さんも同じような対応をする可能性だ、ただ寝てて気づかなかっただけじゃねぇか。恥ずかしー。

 でも寝てるとなると無理やり起こす訳にもいかないよなー。という訳で、お隣に失礼して、じっと待つことにする。

 ……。

 …………。

 ………………どれぐらい待ったら起きるかな。

 暇つぶししようにも、ラノベなんてないし、携帯いじるにも何すればいいかわかんないし……いや、わからないことを逆手に色々見てみるのもいいのか? その他手元にあるものでは何かできる気もしない……素直に勉強が一番いいのかな。

 しかし、そうなると何を勉強しようかな〜。一番に思いつくのはISの教本だけど、種類があるしなー。

 

「……ん、ぅ……」

 

 バッグの中から教材を探っていると、隣から小さな声が聞こえた。

 起きたかな? そう思って楯無さんを見るが、楯無さんは机に突っ伏したまま。

 

「うぅ……」

 

 また楯無さんから声が漏れる。まだ起きない。ただ気のせいか、少し苦しそうに聞こえた。

 寝言かな? と思っていると、今度ははっきりと、意味のある言葉が吐き出された。

 

「颯斗、くん……!」

 

「え……?」

 

 俺の名前が出てきたことに、少し戸惑った。しかも、聞き間違いでなければ明らかにその声に悲しみや苦しさが含まれていた。

 

(一体、どういう夢を見てるんだ……?)

 

 うなされているみたいだが、どうしようかと思い悩む。うなされてるなら起こすべきなのだろうが、ひょっとしたらこの寝言から情報を得られるかもなんて思う。加えて、俺はヘタレだ。とてもじゃないが、寝てるとはいえ女子の身体に触るなんてできません。昨日簪を撫でたろって? あれは相手が先に抱きついてきたからいいんです。

 

「颯斗くん……死んじゃいや……!」

 

(どういう夢を見てるんだよ!?)

 

 さすがにアカンと感じ、楯無さんを起こすことにする。

 とりあえず、肩でも叩きながら声をかけようかと楯無さんに手を伸ばして、

 

「――ッ!!」

 

 ガバッと、楯無さんが顔を上げた。急に動いたものだから、伸ばしていた手を引っ込めて「うおっ」と少しビビる。

 相当の悪夢だったのか、涙を流した状態の楯無さんはキョロキョロと周囲を見回す。そして、俺と視線が合った。

 

「颯斗、くん……?」

 

「えと……はい」

 

 何を話せばいいのかわからず、とりあえず頷く俺。

 すると楯無さんは、中途半端に引っ込めていた俺の手を両手で包むかのように掴み寄せた。

 

「た、楯無さん?」

 

「……ごめん。少し、このままでいさせて……」

 

「は、はい……」

 

 割と強く握りしめてくる楯無さんに戸惑いつつ、言われた通りそのままにしておく。

 それからは互いに無言で、しばらく経ってさすがに気まずくなってきたところで楯無さんの手が離れた。

 

「……ふう、ごめん颯斗くん。もう大丈夫。それで、この生徒会室に何か御用かしら?」

 

 もう大丈夫と言われたのもも、はいそうですかとはできない。どんな夢を見ていたのかも気になるし。

 

「だいぶうなされてたみたいですけど」

 

「大丈夫よ。心配しないで」

 

「泣いてましたよね」

 

「大したことじゃないから」

 

「俺が死ぬ夢……だったんですよね」

 

「……………」

 

 気丈に振舞っていた楯無さんの顔が固まる。

 

「寝言……聞いちゃいました」

 

「……そっか」

 

「それに、昨日簪からも少し聞きました。俺が記憶喪失になったのは、襲撃してきたISから簪を庇って、大怪我したからだって」

 

「簪ちゃんは悪くないわ。颯斗くんが私達を庇うような状況にしたのは、私……颯斗くんの大怪我と記憶喪失は、私が悪いの」

 

 そういう楯無さんは、何が何でも簪を守ろうとしているかのようで……同時に、自身を責めているかのようだった。

 

「話……聞かせてもらえますか」

 

「……ええ。颯斗くんが来た時には、ちゃんと話をしようと思っていたわ」

 

 それから聞かされたのは、タッグマッチトーナメントと当日に起きた事件の詳細だった。

 敵に備えるためにタッグマッチトーナメントが開催されることとなったこと。その当日に七機もの無人ISが襲撃してきたこと。内一機を楯無さんと簪のペアが倒して、満身創痍のところに俺と無人機一機が乱入したこと。さらにもう一機の無人機が現れ、二人は撤退し、俺が救援が来るまでの間引き受けることになったこと。しかし二人が無人機の攻撃に晒され、俺が二人を助けるべく飛び込んで……結果として、二人は助かって俺が瀕死の重傷を負った。動けない俺に無人機がトドメを刺そうとし、二人は俺を助けようにも他の無人機が邪魔して近づけない状況下でオメガに異変が発生。変異を遂げたオメガは圧倒的な力で無人機達を一方的に破壊。その後事切れるようにオメガは粒子化され、俺は三日間もの間ベッドに眠り続けた……これが、事件の顛末だそうだ。

 

「学園最強が、聞いて呆れるわよね。守るべき立場の私が、逆に守られて、その上人を死にかけさせた……」

 

 学園最強である生徒会長には生徒達を守る責任がある……原作でそういう話があったかどうかは覚えてないが、楯無さんはそれを責任に感じているらしい。

 でも、それは……

 

「楯無さん、話を聞く限り、それはボロボロの二人の元に無人機と一緒に突っ込んできた俺が悪いんじゃ……」

 

「ううん、それは違うわ。窮地に陥った原因は私にあるから……」

 

 聞くと、楯無さんと簪によって仕留めたと思われたISは、まだ仕留めきれていなかったらしい。そいつの射撃が原因で窮地に陥ったのだそうだ。

 でも、とは思うが、俺にはその状況が覚えてないし、わからない。判断材料がないんじゃどうすることもできなかった。

 なので俺は、別の質問をすることにした。

 

「あの、もう一つ質問してもいいですか?」

 

「……何?」

 

「どうして、俺を避けていたんですか? 療養中も、全然来ませんでしたし……」

 

「……なんでかしらね。最初のうちは混乱している颯斗くんに混乱を上乗せさせないためって理由があった。けど、その理由が使えるのはせいぜい一日か二日程度。それからも自分から会いに行かなかったのは……今にしてみたら、こんなかっこ悪い私を見られたくなかったからかもしれない」

 

 まるで、昨日の簪みたいな理由だった。だからつい、

 

「姉妹か……」

 

 そう呟いた。

 小さく呟いたつもりだったが、距離が近かったためか楯無さんには聞こえたようで、「え?」と聞き返してきた。

 

「いや、簪も似たような理由で俺のことを避けてたみたいで……もう和解しましたけど」

 

「そう……」

 

 ああそうだ、一番大事な話もしなくては。

 

「それから、楯無さん。折り入ってお願いがあるのですが……」

 

「……うん、わかってるわ。颯斗くんの記憶を取り戻すために、私も協力するから」

 

「ありがとうございます」

 

 俺がここに訪れた一番の理由がこれだ。順番的に最後になったが。

 今日は俺が記憶喪失になるきっかけについて教えてもらったが、他にも俺が普段どんな人だったのかとかを簪と合わせて教えてもらおうと思ってる。少しでも自分の過去に触れて、そこから思い出すのを目指そうという狙いだ。

 簪とも楯無さんとも協力を取り付けることができて、ひとまずは問題解決のスタートに立てて俺は安心した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 夜になって、俺は自室で手当たり次第に本を読んでいた。

 教材やノートは勿論、漫画やラノベ、雑誌など、とにかく部屋にあったものをパラ見していく。ひょっとしたら何処かに自分の記憶に繋がる手がかりがあるんじゃないかという期待から始めたことだ。まあ実際のところ、これまで記憶の先端にも引っかかった試しがないが。

 

「……はぁ」

 

 そして今読んでるのもハズレだった。ため息と共に本を閉じる。

 ここまで何か思い出しそうな収穫は一切なし。強いて言うなら、EOSの感覚がなんか懐かしい気がほんの少しだけしたぐらいだ。ラウラに負けはしたが、EOSの操作はラウラに続いて二番目で一夏達曰く「身体が覚えてるんじゃないか」とのことだが、あんなクソ重い感覚を覚えてるってどういうことだよ。結局記憶の回復にはならなかった。

 なんつーか、ここまで収穫がないと自信をなくすなぁ。これ、意外と本気で記憶は戻らないパターンなんじゃないかと思えてくる。でもそれだと後味悪くなりそうだなぁ。

 そんなことを思ってると、扉をノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だろう?

 

「はーい?」

 

「やっほ」

 

 やってきたのは楯無さんだった。足元には何の荷物か、ダンボール箱が幾つかある。

 

「えっと、どうしたんですか?」

 

「協力するって言ったでしょ?だから来たの」

 

「はい?」

 

「今日からここに住むわ」

 

「ファッ!?」

 

 意味が、わからない……!

 待って待って、色々待って、なんでいきなり楯無さんがここに住むことになるの。というかなんでそれが協力に繋がるの。

 

「颯斗くん、あなた一昨日からここに住んでると思うけど、違和感を感じなかった?」

 

「え?」

 

 違和感は……あったな。なんで同じ男である一夏と一緒にされてないのか。なんか事情があるんだろうとは思って深く考えてなかったけど、え、それと関係あるの?

 

「実は颯斗くん、私と一緒に暮らしてたのよ」

 

「ファッ!?」

 

「だから二人っきりの時はあんなことやこんなことも――」

 

 モジモジしながらこちらに上目遣いする楯無さんは、いわゆる女の顔ってやつっぽかった。これは、マジで、やばい。具体的には俺が社会的に死ぬのもワンチャン?

 

「ちょっ、ちちょちょ、ちょっとぉ!?」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

「え?」

 

「一緒に暮らしてたのは本当。でもちょっと遊んだことはあってもそんな行き過ぎたことまではしてないわ」

 

「な、なんだ……」

 

 どうやら、楯無さんのただのからかいらしい。そう言えば、原作でも楯無さんは一夏に色々からかってたりしてたな。そういうものか、マジでよかった。

 

「……で、なんで楯無さんが俺と暮らすことになってたんですか?」

 

「当時所属もはっきりしてなくて、後ろ盾のない颯斗くんを守るため……要は護衛よ。それから、ISのコーチや勉強の手伝いもしていたわ」

 

「あ、そうだったんですか」

 

「その記憶もなしにいきなり一緒に暮らすと混乱させちゃうから昨日までは控えてたけど、協力するって言ったし今日からまたこの部屋で過ごすわ。記憶喪失以前の行動を再現すると、そこから記憶が呼び起こされるって言うし」

 

「は、はあ」

 

 よくわからんがとりあえず頷く。

 

「さ、という訳で荷物を部屋に入れるから、手伝ってくれる?」

 

「えっと、了解です」

 

 そんな訳で荷物の運び入れと荷ほどきを手伝った。

 

「絶対に、今度は守ってみせるから……」

 

 途中楯無さんの口から小さく呟かれたその言葉は、俺の耳には届いてなかった。




 泣いてるヒロインを想像してかわいいと思う俺はゲスなのだろうか。
 いや、笑顔とかほんわかしてるのもかわいいんだけど、一番ヒロイン力が出てるのは泣いてる時なんじゃないかなって思うんですよ。今回や前回のように、ヒロインの心が折れそうになってる時とか(ゲス)。


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第四十話 スケベでもいいじゃない、男の子だもの

 元々予定にはありませんでしたが、感想を見て簪や楯無との関わりもなく進めるのはないかと思って急遽作りました。
 ちょっと一部に、PSVita及びPS3ソフト『イグニッション・ハーツ』が元ネタの話を混ぜています。もうちょっと混ぜたいと思ったけど……。


 小鳥の鳴き声が聞こえる。朝だ。

 意識がなんとなく目覚めてきてるものの、まだ頭には眠気が残っている。

 だって、こんなフカフカしたベッドだぜ? すぐ目覚めろと言う方が無理。うーん、もうちょっと……。でも起きないと……。

 ぼんやりとした思考のまま、目をうっすらと開くと、水色が見えた。……水色?

 

「おはよ、颯斗くん♪」

 

 水色の正体は俺のベッドに入り込んだ楯無さんだった。しかも、裸ワイシャツ。

 ……………。

 

「うおおおおお痛いっ!?」

 

 びっくりして後ずさりすると、ベッドから落ちた。痛い。おかげで目は覚めたけど。

 

「デジャヴな光景ねぇ」

 

「た、楯無さん! なんでいるんですか!」

 

「昨日から同居したじゃない」

 

「確かにそうだけど違う! そういう意味じゃなくて、どうして俺のベッドにいるんですか!」

 

「こうすれば、颯斗くん思い出してくれるかな〜って」

 

「何を!?」

 

 ベッドから出てこちらに這い寄る楯無さんに、思わず後ずさる。

 

「思い出さない? 颯斗くんと初めて寝た日の朝も、こうやって……」

 

「わーっ!! ちょっ、待っ――」

 

 シュルシュルと楯無さんのワイシャツが脱げていく。慌てて俺は楯無さんから視線を逸らし――てない。微妙に視界の端に留めていた。男の子ですもん、仕方ないよ。

 

「なーんちゃって。水着でした!」

 

「……………」

 

 自分でも驚くくらいに非難の視線に変わるのが早かった。

 

「あはは、ゴメンゴメン。ワイシャツ脱いで水着の下りはなかったけど、初日に一緒に寝たのは本当よ。思い出さない?」

 

「ねーよ!!」

 

 むしろ、そんなんで思い出したら信じられないよ!

 

「そっか……まあでも、これからじっくり思い出していきましょ?」

 

 どうしよう、うまくやってけるかすごく不安なの。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……ってなことがあったんだ」

 

「……スケベ」

 

「ぐふっ」

 

 食堂。朝食を取っている俺は簪にスケベ認定されていた。

 あれから俺と楯無さんが同じ部屋から出るのを見られ、それが簪にもバレた。根掘り葉掘り聞かれたのでありのままに答えたらスケベ言われた。ザックリ刺さった。

 ジト目の簪がさらに質問する。

 

「お姉ちゃんはスタイルいいから、やっぱり嬉しいんでしょ……?」

 

「う、それは……」

 

 男の子だし。

 

「どうせ私は、スタイル良くないもん……」

 

 頰を膨らませてそっぽを向く簪。こんな時に失礼だとは思うけど、なんかかわいい。これは同じのを楯無さんがやったとしても簪の方がかわいいんじゃないかな。

 頰を膨らませたままストローでジュースを飲むという器用なことやってる簪に、俺は声をかけた。

 

「簪」

 

「……何」

 

「かわいい」

 

「ブッ!」

 

 正直なことを言ったら簪が噴いた。顔を真っ赤にして慌ててる。

 

「ま、また、そういうことをいきなり言う……」

 

「うん? また?」

 

「な、なんでもない……!」

 

 なるほど、かわいいと言われ慣れてないのか。照れるのもかわいい。ちょっと弄りたくなる。

 

「簪かわいい」

 

「や、ちょっ……」

 

「簪かわいい」

 

「うぅ……」

 

「簪すごくかわいい」

 

「〜〜〜っ!」

 

 やべえ背徳的だけどもっと弄りたくなってきた。顔真っ赤にして縮こまってる反応がかわいい。

 いや落ち着け俺、いくらかわいいからって、さすがにこれ以上はかわいそうだ。それにこんな弄っている様子を楯無さんに知らされてみろ、どうなるかわかったもんじゃないぞ。

 ……でももうちょっと。もう一言ッ……!

 

「何をしている」

 

「うおっ!?」

 

 突然かかってきた声に本気でビビった。慌てて振り向くと、そこには腕を組みながらこちらを見ている織斑先生がいた。なお、呆れ顔である。

 

「とっとと食事を済ませろ。ショートホームルームに間に合わなくなるぞ」

 

「は、はい!」

 

「それから、傘霧はホームルームの後に医療室に来い。経過の確認を行う」

 

「りょ、了解です」

 

 必要なことを言った織斑先生はその場を後にした。

 

「……えっと、さっきはごめんな。飯食おうぜ」

 

「う、うん……」

 

「……一応、かわいいと思ったのは本当だぞ」

 

「か、からかわないで……」

 

 やっぱかわいい(確信)。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 医療室のベッドでボーっとする。

 機械での検査とか問診を受けて、今は結果待ちだ。やっぱり問診は緊張する。いつボロがでるかわからんから。早く記憶戻ってくれよなー、この意識のままいられるとは限らんが。

 扉の開く音がきこえた。振り返ると、織斑先生とシエルさんがいた。

 

「あれ、シエルさんはなんでここに?」

 

「颯斗さんのことが気になって……あ、恋愛的な意味じゃないわよ」

 

 そりゃそうだ……と言ったら怒られるかな。

 それはともかく、俺は織斑先生の方に顔を向ける。なんたって織斑先生が来たのは結果がわかったということのはずだから。

 

「簡潔に結果だけを述べておく。記憶回復の兆しは全く見られなかった」

 

「ですよねー」

 

 むしろ、兆しがあったらなんで思い出さないんだということになる。

 しかし、記憶喪失ってこんなにめんどくさいものなんだな。自分がわからない、思い出を聞いても心当たりがないってなかなかつらいというのが体感して理解できる。

 

「まあ、すぐに回復するとは思っていない、気長にやっていくしかないだろう。お前がこの程度でへこたれるような人間ではないだろうしな」

 

「……俺って、そんな人なんですか?」

 

 教師と生徒ってだけの関係でそこまでわかるのか? という疑問を密かに抱きつつ尋ねると、織斑先生は若干気まずそうに顔を歪めた。

 

「……まあ、なんだ。こちらから見て人格が変わってるような印象はないんだ。ならば問題ないだろう」

 

 人格はこれで合ってるのか。簪からも「記憶を失くしてもやっぱり颯斗だね」って言われたことがあったけど、そうだとしたらやっぱり記憶を失くしただけなのかもな。人格が入れ替わるようなことでないなら希望がありそうだ。

 

「不安になる気持ちはわかるけど頑張って。私達もしっかりサポートするわ」

 

「あ、はい。頑張ってみます」

 

「では、これで検査は終了だ。少し早いが昼休みに入れ」

 

 時計を見ると、あと十分もしたら昼休みだった。

 

「わかりました、では」

 

 立ち上がって二人にお辞儀をして、俺は医療室を出た。織斑先生は授業とかでよく見るいつもの顔で、シエルさんはにこやかな顔で手を振って、俺を見送っていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 颯斗が出て行った後、千冬とシエルの二人はとあるデータを見ていた。その表情は千冬はもちろん、颯斗を笑顔で見送っていたシエルも真剣そのものだった。

 

「まったく、一夏も何かと問題を起こすが、傘霧もこう問題を抱えるとはな」

 

「颯斗さんはどちらかと言えば被害者かと。責任は開発者である私にあります」

 

「ああ、いえ。そういう意味で言ったのではありません」

 

 暴走する変異ISと記憶喪失、彼が抱える二つの問題にため息をつく千冬だが、責任は颯斗でもなくシエルでもなくこの自分。生徒である以上、彼らを導き守る教師である自分達の責任だと考えていた。そのため、シエルの発言を手で制する。

 それから、二人は表示されているデータの方を見直した。

 

「アランソン局長、これがどういうことかわかりますか?」

 

「確証がある訳ではありませんが、オメガの……正確には、オメガのワンオフ・アビリティーが何か関係あるかと」

 

 見ているのは、今回颯斗に行った検査の結果と今のオメガの解析結果だった。片方を見るだけではわからなかったが、両方を見比べてその事実は明らかになった。

 

「オメガが、颯斗の脳に影響を及ぼし、結果記憶喪失になったと?」

 

「可能性としては、あるものかと」

 

 颯斗の脳の解析データとオメガから発信されているとあるデータが、ほぼ完全に一致しているのだ。ISは使用者の動きを読み取るために脳波をもキャッチしている。それを兵器に転用させたものの一種が第三世代ISの特殊兵器である。

 しかし、だからといって波形が完全一致することはあり得ない。しかも今あるデータのように、ISに脳が合わせるような形はもっとあり得ない。それはISに人が乗っ取られているようなものだからだ。

 なお、現在颯斗はオメガを身につけていないのにも関わらず波形は一致しており、オメガは今でも颯斗に何かしらの干渉を行っている。それについても疑問であった。

 

「オメガとの関わりを完全に断ち切ったら、どうなりますか?」

 

「リスクが大きすぎます。切り離しをした所で颯斗さんの記憶が元に戻るとは限らないし、失敗した場合、最悪一生記憶が戻らなくなるかもしれません」

 

 颯斗とオメガを切り離す手段は却下。

 もし、オメガが颯斗の記憶喪失に関与しているのだとすれば、残るは――

 

「オメガを励起するしかないか……」

 

 変異オメガそのものを調べれば、記憶の回復に繋がる手がかりが見つかるかもしれない。

 しかしそれは、オメガが暴走する危険を孕んでいる。こちらもリスクの大きい手段だった。人的被害という意味では、こちらの方がリスクは高い。

 そもそも、オメガは未だに起動命令にエラーが出てまともに展開されない状態だ。展開すらできない状態で変異オメガの話もあったものじゃない。

 

「この件については、こちらで考えます。引き続き、オメガの解析をお願いしてもよろしいですか?」

 

「もちろんです。この解析で颯斗さんの記憶が戻るかもしれないと思えば、喜んで」

 

 結局対応策は後回しにするしかない。話を終えた二人は医療室を出て、それぞれの次の目的地へと向かった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 時は過ぎて放課後。

 偶には一人で気ままに探索してみるのもいいかなと思い立って校内を歩き回り、結局一つの収穫もなく颯斗は寮へと戻っていた。

 ただひたすら歩き回って疲れた身体を休めるべく、自室の扉を開ける。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします?」

 

「それとも――わ、私達……?」

 

 ――バタン。

 

 颯斗は無言で扉を閉めた。

 ふぅーとやや長く息を吐き、それから踵を返す。

 

「さて、今日は一夏と話でもしてくるか……」

 

「あ、待って待って! せめてもう一回、もう一パターン!」

 

「お、お姉ちゃん……やっぱり恥ずかしいよ……」

 

 颯斗が去ろうとする気配を察してか、ドンドンと扉が叩かれ呼び止められる。しかしノリノリなのは一方だけのようで、もう一人は言葉通りの様子だった。

 

「……………」

 

 颯斗は歩みを止めて扉を見つめた後、渋々引き返して扉に手をかけた。まともな対応が来るとは思えないが、二人を無碍に扱う訳にはいかないという考えからだった。

 

 ガチャリ。

 

「お帰り。私にします?」

 

「わ、私にします……?」

 

「それとも――」

 

 バタン。閉めた。最後まで聞く前に。原作に似たようなものを知っているからこその対応だろう。

 

「着替えてください。待ってるんで」

 

「えー」

 

「き、着替えるよ、早く!」

 

 扉の奥でバタバタと音が聞こえる。二人の様子を想像して、また颯斗はため息をついた。

 

(……まあ、二人の裸エプロンは忘れないようにしておこう)

 

 と、やはりスケベな颯斗であった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 数分後に二人が着替え終えてから無事部屋に入ることができた。二人が裸エプロンで俺を迎えたのは、過去に楯無さんが俺にやったことを少々アレンジすることで違和感から記憶を取り戻せるんじゃないかということらしいが、楯無さん本人が楽しむためというのもあるだろ絶対。

 さて、そんなことから二人に俺との日常的な思い出話を話してもらうこととなった。

 楯無さんとは日々勉強や訓練の毎日……時々楯無さんからのスキンシップ(という名のイタズラ)の思い出を、簪からは打鉄弐式製作の日々や、一度遊びに街へ行った時の話を聞けた。

 けど、どれも記憶の端にも引っかかる気配を見せない。

 一向に思い出せず謝る俺に二人は大丈夫と答えてくれたが、気にしてない訳ではないだろう。

 早く思い出したいのは山々なのだが……どうにかならないのかなぁ。

 

「あ、そうだ。今度、三人で一緒に出掛けないかしら?」

 

 俺が悩んでいると、楯無さんがそう提案してきた。

 

「それは……記憶を取り戻すためですか?」

 

「ううん、確かに記憶を取り戻すのは大事なことよ。でもそればかり躍起になって、思い出作りが疎かになるのは悲しいわ。偶には息抜きも必要なんだし」

 

「……そうだね。颯斗くん、どうかな?」

 

「……そうだな。そういうのも、悪くないかも」

 

 いつどういうきっかけできおが戻るかわからない状態なんだし、長く付き合う気持ちでいた方がいいだろう。

 今週の週末はオメガの解析や起動テストに立ち会うから、その次の週末に三人で出かける、といううことになった。

 まあ、美人二人とお出かけっていうのは、結構楽しみだ。




 『イグニッション・ハーツ』のうろ覚えなストーリーを元ネタとした織斑先生とのやり取り。楯無さんがその場にいたらストレスポイントが溜まってました。
 実はその後暴走した一般女子による告白合戦を開こうと思ったのですが、最近イケメン指数を上げている箒に止められたり、記憶が戻ってから答えを出すという簪との約束から女子達にも同じ返答をする颯斗の姿が浮かんでやめにしました。ドタバタがない。


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第四十一話 未知の攻防戦

「颯斗、記憶はまだどうにもならないのか?」

 

「全くだ。イメージすら出てこない」

 

 とある昼休み。俺は箒と食堂にいた。

 箒といる理由は、専用機持ちは基本二人以上でいるように指示されたからだ。深刻なダメージを受けたISは展開に遅れが出るため、そのフォローとしてなるべく固まるようにだとか。俺はISを持ってすらいないけどね! ちなみに、今日は白式のフルメンテだとかで一夏は白式の開発した研究所に出かけている。倉持技研だったっけ。

 で、現在の話題は俺の記憶についてだった。

 

「なんつーの、よくある話じゃ思い出に触れるとぼんやりでも思い起こされるような描写とかあるじゃん? その気配もまっっったくない。なんか外的要因で遮断されてるんじゃねーのって思えてくる」

 

「外的要因?」

 

「適当に選んだ言葉だけどな」

 

 だが、自分で選んだこの言葉が妙にしっくりときてる。

 なんて言うか自分の、『傘霧颯斗』の記憶に入り込めないのだ。記憶喪失の時の記憶を靄がかかったような状態と表現することがあるが、俺の場合はまるで壁が立ちふさがっているかのようだった。全貌どころか、近くのものすら遮られて全く見えないという、そんな感じ。

 

「あまり考えたくはないが、記憶が戻らないことも考えねばならんな」

 

「勘弁してくれ……記憶喪失の人なんて呼ばれたくねえぞ」

 

「だったら早めに思い出せ。心配している人がいるだろう」

 

「それができれば苦労しねえよ……」

 

 ぐだー、とテーブルに突っ伏しながら自分の状況に文句を垂れる。

 ……そういえば、一つ気になってたことがあった。

 

「なあ、箒」

 

「なんだ?」

 

「なんで俺をよく気にかけてくれてるんだ? 復学初日とか今日の今も」

 

 そう、数日過ごして箒が俺を気遣っていることがはっきりとわかった。俺が記憶喪失というのを確かめようと女子が押しかけた時には間に入って抑えたり、学内のこととかわからないことがあった時にはそれを察して教えてくれたり、その他諸々、最も助けてくれてるのが箒だった。今こうして一緒にいるのも、箒が一緒に行くと言ってくれたからだ。

 俺に好意が向いてる訳ではないのは、一夏に対して照れ隠ししてる様子を見たことがあるから間違いない。だから、この気遣いは一体何のためか理解できずにいた。

 箒は俺の質問に少しの間考えるように目を閉じて沈黙し、それから目を開いて答えた。

 

「……タッグを組んだよしみだ。一時的とは言え、相方に気を遣うのは不思議なことか?」

 

「ふーん……」

 

 相方、ねえ……。

 それだけでここまで気を使えるものなのかと思ったが、ひとまずはそれで納得しておくことにしよう。

 

「なんだ、疑っているのか?」

 

「いや――」

 

 箒のジト目から逃れるため言葉を返そうとした時、突然灯りが全て消え去った。

 

「へ?」

 

「なっ――」

 

 加えて窓ガラスにも全て防壁が閉じて日光をも遮り、校舎内は真っ暗となった。

 

「え、なに。何なの? 箒、これどういう状況!?」

 

「静かにしろ。その場を動くなよ」

 

 七巻までの原作知識(俺の記憶)にはない事態に周囲と同じく困惑する俺を、箒は声で制する。

 何が問題かって、暗くて何にも見えない。箒はISがあるから見えてるのだろうか。少なくともISを起動しているらしく、声からして他の専用機持ちと連絡を取っているようだ。俺はさっき言った通りISを持ってすらいないので何もできない。

 この暗さに目が慣れるのはいつになるかな。まだしばらくは何も見えそうにないんだけど。日光を完全遮断とか凄いな。そして太陽って偉大なんだね。

 

「織斑先生、颯斗はどうしますか」

 

 その時、織斑先生と通信しているのか箒がそんな発言をしていた。え、なんで俺の名前が出るの? 状況を教えて欲しいんだけど。あ、呼び出し食らったのかな。だとしたら俺何もできないから箒頑張って。他力本願。

 

「……わかりました。颯斗」

 

「わかった。ここは任せて、頑張ってくれ」

 

「まさか話を聞いていたのか……? まあいい、私は行くから、颯斗はここでじっとしていろ」

 

 そう箒の声が聞こえてから、足音が走って遠ざかっていった。走るってことは、見えてるんだよな? ISってすげー。

 さて、じっとしていろと言われたし、俺はここで事件解決をただ待ってることにしようかな。目が慣れるのと解決するの、どっちが先かなー。

 あ、そういえば一夏は不在なんだが、主人公不在で物語が進むのか?

 

 

 

   ◇

 

 

 

 今回起きた事件は何者かからIS学園にしかけたハッキングによるものだった。

 状況を打開するための作戦として箒達六人に電脳ダイブを支持した千冬は、残った楯無とアトラスに別の任務を与える。

 

「おそらく、このシステムダウンとは別の勢力が学園にやってくるだろう」

 

「敵――、ですね」

 

「俺達はその脅威からの防衛戦、ですかね」

 

 楯無もアトラスも、いつものふざけるような雰囲気はない、険しい顔だった。

 

「そうだ。今のあいつらは戦えない。悪いが、頼らせてもらう」

 

「任されましょう」

 

「右に同じく」

 

「厳しい防衛戦になるぞ」

 

「生徒会長の肩書きは伊達じゃないですよ。現も元も」

 

 アトラスはそう答えてみせる。しかし千冬の表情は変わらない。

 

「しかし、お前達のISも先日の一件で浅くないダメージを負っただろう。まだ回復しきってないはずだ」

 

「ええ。けれど私は更識楯無。こういう状況下での戦い方も、わかっています」

 

「俺は更識ではありませんがね、今あるカードで勝負ってのは結構やれると思ってますよ」

 

 生徒の長として、絶対に生徒達を守り抜く。

 その決意を二人の瞳から見えた千冬はため息をつき、それから一言告げた。

 

「では、任せた」

 

 二人はお辞儀をして、現在地である地下オペレーションルームを後にする。

 二人が去ってから、生徒を戦場に立たせる自分達の不甲斐なさを口に漏らした千冬と真耶も迎撃準備に取りかかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 米軍特殊部隊『アンネイムド』の一派を『ミステリアス・レイディ』のアクア・ナノマシンによって蹴散らした楯無は次の敵を探すべく空中散布したアクア・ナノマシンとともに廊下を移動していた。

 すると、アクア・ナノマシンの感知粒子が何かを捉えた。その事実に楯無は足を止める。

 形状からして、一人。単独行動ということは、それ相応の力を持つ者か、軍とは別の何者かということ。

 それが近づいてきている。楯無はランスを手にして握りしめた。

 

「おやおや、随分と警戒なさっているようで」

 

 現れたのは、ニコニコと笑みを浮かべた長髪の男。最初に遭遇した箒とシャルロットの証言では『スマイル』と名乗っていたその者だった。

 

「あら、歓迎の言葉でも欲しかったのかしら?」

 

「そうですねぇ。いただけるなら是非、と言いたかったのですが。そうも言ってられる雰囲気ではない様子で」

 

「そうね。失態を重ねる訳にはいかないもの」

 

 そう言う楯無の表情からは、『アンネイムド』に対して向けていたような笑みはない。

 楯無の身体を光が包み込み、ミステリアス・レイディが完全展開される。

 

「全力は出せないにしても、本気は出させてもらうわ」

 

「ええ。是非ともそうしていただきたいものです」

 

 スマイルはさも当然といった様子で答え、小型のISナイフを二本構えた。

 次の瞬間、スマイルは人間離れした速度で駆け、楯無のガトリングランスが火を噴いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一方アトラスも自身のIS『ファーブニル』を全展開していた。

 しかし、以前の戦闘でダメージを受けた左肩の装甲が展開できていない。

 

「ちっ、これじゃあクアッドブラスターの展開ができねえ……まあ、下手に校舎壊さなくていいのか?」

 

 自身の主力武装が使えないことに悪態をつきながらも、アトラスはガントレットナックルを装備した。

 

「それで? あんたが俺の相手なのかい?」

 

「……………」

 

 アトラスが問うた先にいたのは、黒いISだった。

 鉤爪のような装甲脚、マスクとヘルメットに覆われて僅かに露出している目元は、まるで猛禽類の眼光だった。その機体の最大の特徴である、『エックス』と同レベルはあるはずの翼状スラスターは折り畳まれ、肩部ユニットとして浮遊していた。

 『強襲する鷲(アサルト・イーグル)』。アメリカの第二世代旧型の量産機の名前であり、『アンネイムド』の『副隊長』が乗るISであった。

 黒い猛禽の操縦者は、静かにその手に持つアサルトライフルをアトラスに向けた。

 明確な敵意を向けられながらも、アトラスは冷静だった。

 

「あんたらが何モンかだなんてどうだっていいんだ」

 

 そう言ってアトラスはガントレットナックルのブースターを吹かした。

 アトラスは冷静に、しかし――

 

「ただ、敵はぶっ飛ばす。痛い目に会いたくねえなら、とっとと帰ってくんねえか?」

 

 はっきりとした敵意で、アトラスは敵に突撃した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

(『アンネイムド』もスマイルも、よくドンパチやってるなぁ)

 

 それぞれが戦闘を開始したことを察知しながら、トリガーは暗闇の中作戦を 遂行していた。

 無人ISのコアを狙う名無し達とスマイル、彼らの時間稼ぎ(・・・・)があればトリガー側の作戦は充分遂行できる。後はキャリアーがもう一方の仕事を滞りなく遂行出来れば、今回の目的は八割方完了となる。それからは回収した目的のブツを、日本の領海内で息を潜めている米軍にくれてやって交換条件を呑ませればいい話だ。

 問題は運搬中に妨害を受ける可能性だが、そこは今戦ってる彼らになんとかしてもらうしかない。

 

(さて、僕もさっさと行くか)

 

 気を締め直したトリガーは、暗闇の廊下を音も立てず、迷わず走っていった。

 目指す先は、対象が潜んでいる食堂――。




 オリジナル要素が入ってきました。スマイル達人外集団です。そのうち集団名も明らかになる……と思うたぶんきっとメイビー。
 それから颯斗となにげに友情を深めている箒さん。恋愛に発展させるつもりは一切ありませんが、友情枠としてはありかなと思い始めています。ひょっとしたら一夏よりも友情深めるんじゃねえのこれ。なお、箒が颯斗を気にかける理由は他にもあります。これは近いうちに明らかにします。


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第四十二話 完全敗北

 うーん、いい加減この暗さに慣れてきた。

 でも、動いていいって訳じゃないよなー。箒からもじっとしていろって言われたし。

 それにしても、もうどれくらい経ったんだろう? 携帯で時刻確認したはいいけど、事件が起きた時刻を知らないから時間がわからん。

 まあとりあえずは、テーブルの下にこうしてうずくまって、事件の終息を待っているか。

 

(……?)

 

 なんか足音が聞こえる。それに……近づいてきてない?

 暗さに慣れたっつっても、近くのものの輪郭がなんとか見えるぐらいだ。近づいてきてるのが何者かだなんてわかるはずもない。敵か味方かもわからん。やべえ、敵かもと考えたら緊張で心臓バクバクしてきた。

 音はどんどん近づいている。やっぱこっちに来てるよ。やべえ、逃げたい。でも暗いからとても逃げられない。

 ついに足音は食堂に入ったのか、音が響かなくなり、余計はっきりしてきた。もう怖えよ、なんかのホラーかよ!

 さらに足音はこちらに近づく。もう、ここがバレてんじゃね?と思いつつ、最後の悪足掻きとして必死に息を殺す。

 そして――足音は俺のすぐ目の前で止まった。

 気絶して楽になりたい衝動に駆られながら口を両手で覆っていると、コンコンと軽くテーブルを叩く音が聞こえた。

 

「大丈夫かい?」

 

 そしてこちらに優しく、少年と思しき声がかけられた。

 かかってきた言葉に拍子抜けして、「え?」と声を漏らす。

 

「颯斗くん、大丈夫かい? 他のみんなはもう避難してるよ」

 

「……えっと、誰?」

 

「アルカディアの職員……って、記憶喪失なんだっけ。君のISを開発している研究所の職員だよ。出れるかい?」

 

「は、はい」

 

 どうやら味方っぽいので、手探りでテーブルから這い出す。途中でその職員の手に触れたみたいで、しっかりと握って引っ張り出してくれた。

 

「しかし突然の停電だったね」

 

「ええ。辺りが真っ暗になって何も見えなくって……そういえば、職員さんは見えてるんですか?」

 

「うん、よく見えるよ。ハイパーセンサー仕込みのこの目で、どこを打てば君が大人しくなるのかも」

 

「え――」

 

 ドンッと、強く短い衝撃。

 俺はその正体を考える間もなく、気を失った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 オメガの解析をしていたシエル他アルカディア職員は、突然の停電と防壁によって整備室に閉じ込められていた。

 整備室の機材を用いれば、防壁をこじ開けることは可能で、本来ならそうすべきところだったが、シエル達は動けずにいた。

 それというのも、時々聞こえてくる戦闘音のためだ。どこで誰が戦っているかわからない以上、不用心に出て巻き込まれることは避けたい。加えて戦闘ということは間違いなく敵がいるということでもあるので、オメガを危険に晒す訳にはいかないのだ。

 

「いつになったら電力が復旧するでしょうか……」

 

 職員の一人が、不安げな声で尋ねた。暗くて何も見えないため、誰に尋ねたのかも定かではない。

 そのため、シエルが答えることにした。

 

「今は辛抱強く待ちましょう。IS学園の職員が問題解決に動いてくれてるはずだわ」

 

「そうですけど……やっぱ怖いですね……それに、なんだか気分が――」

 

 バタッ、と誰かが倒れた。それも一人ではなく、複数が連続的に。

 

「どうしたの!? 何が――っ!?」

 

 職員の無事を確認しようと声を上げたところで、シエルもようやくこの異変を身をもって気づいた。

 

(しまった――催眠ガス!?)

 

 すぐに両手で口と鼻を覆うが、すでに遅い。先に入り込んだガスが睡魔となってシエルを襲った。

 ここに攻撃を仕掛ける理由、そして狙いはすでにわかっている。

 

(マズい……オメガが……)

 

 意識が朦朧とし、床に倒れ込む。オメガを守ろうにも暗くて左右もわからず、身体も動かない。

 そしてシエル他、アルカディア職員は強制的に眠りに落とされたのだった。

 

 全員が行動不能になったのを確認してから、天井のダクトの蓋を落として男が一人、催眠ガスが充満する部屋に入った。

 暗くて見えないが、彼はガスマスクを被って催眠ガスを遮断していた。そして手にしている唯一の光源であるペンライトで目的のブツを探す。

 程なくして、それは見つかった。

 金色の腕輪……待機形態のオメガである。

 オメガに繋がれているケーブルを全て外し、懐にしまった彼は、仲間に通信を繋げる。

 

「俺だ……オメガは回収完了。トリガー、さっさとここから離脱するぞ」

 

 男……キャリアーの任務は、静かに達成されようとしていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 楯無はスマイルに対して攻めあぐねていた。万全でないIS、戦闘中でもニコニコとして読みきれない彼の動き。

 そして何より、人間のものから大きく逸脱した身体能力。それはガトリングを連射してもスマイルを一切捉えることができずにいた。

 床と壁と天井を縦横無尽に蹴ってスマイルは肉薄、ISナイフで楯無に斬りかかった。楯無はその刃をランスで受け止める。

 

「あなた、本当に人間……?」

 

「ふふ……」

 

 スマイルは答えず、ランスを蹴って飛び退いた。たった一回のジャンプで四、五メートルは軽く後退していた。

 

「あなたもISで見えているでしょう? 私は人ではありますが、人間はやめてますので」

 

「……………」

 

「そうですねぇ、もう一言情報を差し上げるならば……ヒュトスはご存知ですか?」

 

「ヒュトス?」

 

 聞き覚えのない単語に楯無は目を細める。

 

「知りませんか。まあいいでしょう、そういうことですよ」

 

そう言うと、スマイルは手に持っていたISナイフをポイと捨てた。

 

「さて、私の仕事は完了したようですので、これでお別れといきましょう」

 

「! 待ちなさい!」

 

 楯無の制止も聞かず、スマイルの姿は暗闇に溶けるように消えた。ISで感知しようにも、その知覚に引っかからない。

 逃げられたことに歯噛みしながらも、楯無はスマイルが残した言葉が気になっていた。

 仕事が完了したと彼は言っていた。彼はずっと自分と戦っていた。ということは、彼は陽動で本命が何かをしたということになる。

 無人ISが奪われた? いや、無人ISのコア反応は未だ学園内にある。しかし、非常にザラザラとした嫌な予感がこびりついていた。

 

「まさか……」

 

 ある可能性に思い至った楯無は、すぐプライベート・チャネルを繋げようとして、止まる。 『彼』がISを持っていないことを思い出すと、すぐに携帯から彼に連絡を試みた。

 

「……どうして! どうして出ないの!?」

 

 最悪の事態が現実となり、楯無はらしくもなく声を荒げた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ちっ……!」

 

 アトラスは『副隊長』からの弾幕に苦戦していた。

 アサルト・イーグルは高い機動性によるヒットアンドアウェイが得意な機体である。それと同時に、『後方に逃げながら撃つ』という戦法も得意だった。常に逃げ回っては弾幕で寄せ付けない『副隊長』に、アトラスは追いつくことができずに苛立っていた。

 

(……仕方ねえ!)

 

 我慢の限界だったアトラスは、弾幕の真ん中に飛び込んだ。無数の弾丸がガリガリとシールドエネルギーを削っていくが、アトラスは構わない。

 スラスターに通常の倍以上のエネルギーを溜め込む。そして、臨界まで溜め込んだエネルギーに点火し、超出力瞬時加速(バースト・イグニッション・ブースト)を発動した。

 通常の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を超える速度で一気にイーグルに迫る。弾丸がファーブニルの装甲を吹き飛ばしたが、構わず拳を振り抜いた。

 超加速が乗ったガントレットナックルは、『副隊長』を吹き飛ばしのっぴきならない破壊音を奏でた。

 

「ったく、これでどうだよ……!」

 

「くっ……」

 

 しかし決定打には至らず、イーグルは起き上がった。アトラスは内心で舌打ちする。

 銃をこちらに向け、すぐに撃ってくるかと思ったが『副隊長』の様子に変化があった。

 

「……撤退命令だ。命拾いしたな」

 

「あ、待ちやがれ――!」

 

 アトラスが追うより早く、『副隊長』はその場を離脱した。残ったのはボロボロのISを纏ったアトラスのみとなった。

 

「なんだってんだ全く……おい楯無、敵が撤退したぞ。そっちはどうだ」

 

 気にはなるが、今の自分ではどうにもできない。そう判断したアトラスは楯無に通信を繋げる。

 

『颯斗くんが、颯斗くんが電話に出ない! 一向に繋がらない!』

 

「なっ――」

 

 返ってきたのは、らしくない焦りを見せる楯無と、彼女の口から告げられた非常事態だった。

 アトラスはすぐ、携帯でシエルに連絡を試みる。

 

「……シエルさん、何やってんだよ! 早く出てこいよ……!」

 

 いつまでたっても繋がらない電話に、嫌でも状況を理解させられる。

 シエル本人が攫われるとは考えにくい。しかし、オメガはシエルの手元にあったはずだ。何かあったとしたら、そのオメガが狙われている危険性が非常に高い。

 繋がらないと判断したアトラスは、楯無に怒号を送る。

 

「すぐに追え!! 生身の人間運ぶのにISは適さねえ、うまくいけばまだ間に合う!」

 

 ISで最高速度を出していたら、生身の颯斗が保たない上に空を飛んでいたら確実に目立つ。だとしたら、移動手段は陸の車か海の船だ。

 指示を出して楯無との通信を切ったアトラスは、すぐに千冬との連絡を取った。

 

「……織斑先生、緊急事態です! 傘霧颯斗が拉致られた! オメガも強奪されたかもしれない!!」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 傘霧颯斗とオメガを収奪する作戦が成功したスマイル、トリガー、キャリアーは逃走を開始していた。

 赤いサイドカー付きのバイクをエンジン全開で爆走する。キャリアーが運転しトリガーがその後ろ、スマイルは布で全身を巻かれた颯斗と共にサイドカーに座っている。改造されたそのバイクの時速は実に二百キロに達していた。

 

「名無しからの返事ー!」

 

「なんだ!」

 

 向かってくる風にかき消されまいとトリガーが大声を出した。それにキャリアーが対応する。

 

「こっちの要求引き受けてくれるってさー!」

 

「それは助かります。あとはこの荷物を届けるだけですねえ」

 

 この風圧にさらされても、スマイルの笑顔は崩れずにいた。

 

「それなんだけど、早速来たよ!」

 

「もう追いついたのか!?」

 

「いーや、前方上空!」

 

 最初の襲撃は学園とは真逆からの飛来だった。それはつまり、

 

「白式だ!」

 

「颯斗を離せえええええええええっっ!!」

 

 学園の異変を察知して駆けつけた、一夏であった。布で隠した中身も、ハイパーセンサーによってバレている。もっとも、オメガもあるのでそれでバレた可能性も考えられるが。

 トリガーはIS用ハンドガンを取り出して発砲。しかし銃弾は《雪羅》によって防がれる。

 しかし一夏がバイクに向けて放たれた蹴りも、スマイルが装備した超大型パイルバンカー《ヘルゲート・ノッカー》の装甲によって弾き返された。それにより前後が入れ替わる。

 

「パッケージのことは頼みますよ」

 

 そう言ってトリガーに颯斗を押し付け、スマイルは一夏へと飛び込んだ。

 セーフティの外れた《ヘルゲート・ノッカー》の先端を一夏に押し当てる。

 スマイルは笑顔のまま、カチンと引き金を引いた。

 

 ガ、ァァアアァアアンッッ!!!

 

 衝撃と轟音が周囲を叩きつけた。

 

「ガ、ぁ……ッッ!!」

 

 IS戦でも滅多に経験しないような衝撃に一夏は吹き飛ばされる。装甲も一部破壊されるが、絶対防御によって一夏自身の致命傷だけは免れた。

 対して、反動を受けたスマイルの方がダメージが甚大だった。反動と余波をまともにくらい、大ダメージを受けた。鋼鉄でできた右腕が粉々に吹き飛び、身体の半分近くの皮膚が剥がれて機械の身体が露わになる。

 

「さすがに、この反動は効きますねぇ……」

 

 さすがのスマイルも笑みが引きつっている。

 それでも一夏を一時的に退け、残った腕で《ヘルゲート・ノッカー》を回収したスマイルは撤退を再開すべくバイクへ走る。

 

「待てぇぇぇぇぇッ!!」

 

 そこに、瞬時加速によって追いついた楯無が怒号と共に接近していた。

 《ヘルゲート・ノッカー》は一度発射すると冷却に時間を要する。しかしそれでもスマイルにとっては全て予定調和であった。

 楯無との間に黒い影が割り込む。アサルト・イーグルを駆る『副隊長』であった。装備したガトリングを掃射、突っ込んでくる楯無に方向転換を強制させる。

 

「スマイル、早く乗れ!ハイダーでずらかるぞ!」

 

「ええ、只今」

 

「待ちなさい! くっ――!」

 

 この隙に乗じて逃走を図るスマイル達。楯無はそれを止めようとするも、『副隊長』の妨害が激しい。

 そしてスマイルが再びバイクに乗った瞬間、バイクごと彼らは姿を消した。

 

「消えた!? くそっ――」

 

 吹っ飛ばされて今戻った一夏がハイパーセンサーで探るも、一団の影も形も見えない。

 こちらの、完全な敗北だった。

 

「チクショウ……!」

 

 仲間が連れ去られた怒りに、守れなかった悔しさに、一夏は握った拳を震わせた。

 その近くで、ドガンと低い音が響いた。見ると、楯無が『副隊長』を無力化し、取り押さえていた。

 

「捕まえたわ……さあ、言って。颯斗くんはどこなの? どこへ連れて行くつもりなの!?」

 

 『副隊長』の肩を掴み、激しく揺さぶりながら楯無が問う。

 何も答えはなかった。沈黙が彼女の答えだった。

 

「……何か言ってよ! あなた、亡国企業(ファントム・タスク)の奴らを助けたってことは、奴らと繋がってるんでしょう!? お願い、教えて! 颯斗くんをどこに連れてくつもりなの!?」

 

 一夏以上に怒りで声を震わせる楯無は、一夏にとって今まで見たことのないものだった。それほどまでに必死になる彼女の目から、涙が溢れようとしていた。

 

「どうして……どうして颯斗くんばかりがこんな目に逢わなきゃいけないの!? どうして颯斗くんにばかりつらいことが起きるの!? 颯斗くんを……颯斗くんを返してッッ!!!」

 

 涙を流す楯無の悲痛な叫びが、昼の空に溶けた。




 やっぱりヒロインは泣いてる姿がいい。(ゲス顔)
 八巻・颯斗記憶喪失編はこれから展開が進みます。


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