We ZARD (ハレル家)
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第一話 出会い=顔面フルスイング

 ここから、再出発させて頂きます。
 何度も挫折しながらの私ですが、完結を目指し、自分のペースで走り抜きたいとおもいます。

 よろしく、お願い致します。


 科学ではなく、魔法が発展した世界……人々の生活に魔法が必要不可欠とされて定着され、時に仕事、時に家事、時に学業として使用される光景は魔法を信じない若しくは知らない人物にとっては信じがたいまたは夢のような光景だろう……魔を使う人々は“魔術師”と呼ばれ、様々な魔術を操っていた。

 物語は現代の日本と同じ島国と総人口が共通点である一つの大陸――アルカ大陸。首都である『ギルドリア王国』を中心に東西南北と様々な特徴を持った街が点在する。

 ギルドリア王国には、魔術を学ぶ学園が存在する。彼らは時として魔を学び、時としてぶつかり、お互いを切磋琢磨し合う仲でもある。その実力を見込まれ、ギルドに依頼を持ち込まれる。

 これは、ある魔術学園の生徒が依頼中に不思議な記憶喪失の青年と出会ったお話である。

 

 □■□■

□ 東の村“ローグ村”

 

「よくぞ来てくださりました」

 

 ギルドリア王国から東に位置する辺境の村――ローグ村。

 特に発展した職業や目立った名産品はない平和な村という言葉が似合う村の小屋で恰幅の良い初老の男性と四人の若い男女が何やら話していた。

 

「遠路はるばる、よくぞこのような場所まで足を運んで頂き感謝しますわい」

「こちらこそ遅れてすみません村長さん……少しばかり道に迷ってしまって」

「ハハハ、構わせぬよ。辺境の村故に迷いやすく、好んで来る物好きはおらん。ここら一帯は弱いモンスターが多いので初心者にも優しく、別名“初心者の村(プロローグ)”なんて言われるのじゃ」

 

 前髪に銀月の髪飾りを留め、紫色の三つ編みを左肩から下げている女性が謝罪から頭を下げると初老の男性――村長は笑って許した。

 

「それで、改めて依頼の確認をよろしいですか?」

「うむ。依頼内容は近辺の山に住み始めた盗賊の討伐及び逮捕……ヤツラの腕は相当強く、ワシらじゃ敵いません……学生とはいえアルカ魔術学園の皆様なら成し遂げて頂けると思い、依頼をお願いしました。どうか、お願い致します」

「わかりました。最善を尽くします」

 

 短く刈った黒髪に黒目にシンプルなデザインのメガネを着けた男性が初老の男性の願いを肯定する。

 

「おじいさん、この絵はなんですか?」

 

 青い髪で赤い瞳の端正な顔立ちの青年が小屋の中に飾られていた一枚の絵に気が付いた。絵の内容は全身が黒い人のようなモノを相手に鎧を纏った巨人が掴みかかり、まるで巨悪と戦う一人の戦士のように見えた。

 

「その絵ですか? その絵はこの町に古くから伝わる“テンゲンサマ”です」

「テンゲンサマ?」

 

 聞き慣れない言葉に肩ほどある少し長めの燻んだ灰色の髪を結んで束ね、左目の眼帯が特徴的な青年が疑問を口にした。

 

「昔、この村に悪意が降りかかった時に空から一人の人間が落ちてきました。太陽のような金髪に夜のような黒い瞳をした男性ですがその者は剣に斬られようとも、大槌に潰されても死なず、全身をまるで天候のように様々な姿へと変化させ、悪者を退治したと言われてます……一説では鎧を纏った巨大な人間の姿が本来の姿とも言われています」

「へぇ……そんな話があるんですね」

「いつもなら窓から見える村の中心部に石像があるのですが……盗賊団に奪われてしまい……」

 

 そこで自身の口から失言が出たと気付いた青い髪で赤い瞳の端正な顔立ちの青年が急いで謝った。

 

「すみません。不用意でした」

「いえ、お気になさらず。この小屋は空き家なので貸しますので、用がありましたら声をかけてくだされ」

 

 青年の素直な謝罪を笑って許し、初老の男性は小屋から離れていった。四人は盗賊団の詳しい情報を集め、一度小屋に集合して自分達が集めた情報を基に作戦を組み立て、時に意見交換をしていた。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 ふと、短く刈った黒髪に黒目にシンプルなデザインのメガネを着けた男性が何かの気配を感じ取ったのか声をあげた。

 

「誰か村に近付いているな」

 

 その言葉に他の三人に真剣な眼差しになる。

 

「盗賊? いや、それにしては一人で無用心すぎる……村の門の前に近付いてるな」

「ちょっと確かめに行ってくるね」

「僕も行きます」

「気を付けろよ」

 

 短く刈った黒髪に黒目にシンプルなデザインのメガネを着けた男性を除く三人が村の門の前に向かって行った。

 

 □■□■

■ ローグ村・門の前

 

 村の出入り口である簡素な門の前で一人の男性が立ち尽くしていた。

 男性の特徴は背中まである長い金髪に自己主張が激しいアホ毛が三本生えており、整った顔は服装次第では女性と言われても違和感がない。風に吹かれて右腕に結んだ赤いリボンは揺れている。

 

「……やった……村だぁぁぁ!!」

 

 男性から出た換気の声に村人が驚くも、その男性の格好から旅人だと理解し、自分達の仕事へと戻っていった。

 

「右も左も前も後も迷って、時にはデカイ生き物や人に追われて大変だったけどようやく辿り着いた。まずは何するか……」

 

 村に辿り着いた喜びから上機嫌になって村を散策する金髪の男性。売られている果物や野菜、道具を物色する。

 その様子を観察していた魔術学園の三人は男性――正確には男性が着ているコートの後ろにある絵柄に目を向けていた。

 

「……おい、あれ」

「……うん。わかってる」

「……いくよ」

 

 しばらくして物色をやめた金髪の男性が歩き始め。少しずつ人が少なくなり、自身が狙われている事に気付かず鼻唄を歌い始める金髪の男性を三人は後ろから奇襲をしかけた。

 

「……ところで、オレに何か用かな?」

 

 後ろから迫り来る三人に金髪の男性はそれを言って、視線を後ろに向ける。

 

 ……気付かれた!?

 

 物音なく忍び寄った一撃に気付かれた事に内心焦る左目の眼帯が特徴的な青年。気絶させる為に拾った木の棒による一撃は止まらず、そのまま男性の顔面に――

 

「がべらっ!?」

 

 ――直撃した。

 

「え?」

 

 避けられると思ったら、まさか直撃するとは思わなかったので呆然とする三人。衝撃に目を回して気絶している金髪の男をただ、呆然と眺めていた。

 その人物が、自分達の運命を変える存在だという事をこの時はまだ知らなかった。




 次回は明日か明後日に投稿です……書き直しってスゴイツラい……


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第二話 謎の青年=記憶喪失な女装マン

 間に合った……女装の案に迷ったけど、なんとかセーフ。

 あ、タイトルでお察しください。


 □■□■

■ ローグ村・小屋

 

 気絶した金髪の男性を村長に一時的な拠点として貸してもらった小屋まで運び、念の為に手当てをしてから話を聞く。

 

「ごめんなさい!」

「いやいや、気にすんなって!」

 

 金髪の男性が今回の依頼された盗賊団とは全く無関係だった事を理解し、自分達の勘違いだと一人は謝罪、もう二人は居心地悪そうに視線を金髪の男性から背けていた。金髪の男性は一人の謝罪に笑って許している様子を見せる。

 

「でも、人違いで攻撃してしまって申し訳ないです……」

「大きな怪我もなかったんだから気にすんなって、えっと……」

 

 前髪に銀月の髪飾りを留め、紫色の三つ編みを左肩から下げている女性に大丈夫という旨を伝えようとするが名前がわからず言葉が出ない。

 金髪の男性の様子を察し、四人は自己紹介を始めた。

 

「紹介が遅れてすみません。ギルドリア王国立アルカ魔術学園一年のマリアナ・イーグレットです」

「僕は……ジャック、ジャック・ラックトゥーナ」

「俺はオリバー。オリバー・ダンテス。同じ学生でしがない戦士さ」

「……メイナード・テイラー」

 

 前髪に銀月の髪飾りを留め、紫色の三つ編みを左肩から下げている女性――マリアナ・イーグレットは金髪の男性に名前を教える。しかし、金髪の男性は頭に疑問符を浮かべたような表情で首を傾げていた。

 

「あの、どうかしました?」

「アルカ魔術学園ってなんだ?」

「へ?」

 

 金髪の男性の言葉に今度はマリアナ含む四人が目を点にした。

 それは、この世界においてありえない(・・・・・)質問だったからだ。四人を代表して左目の眼帯が特徴的な青年――ジャック・ラックトゥーナが金髪の男性に質問した。

 

「……知らないの? 旅人はおろか、そこらの子供でも知ってるのに?」

 

 この世界において魔術は切っても切れない関係が出来ており、幼少期から魔術一斉カウンセリングや適正診断テストを行って魔術の悪用及び暴走を予防している。説明会や授業でも魔術に関する説明でギルドリア王国はアルカ魔術学園を例に出す程有名な学校である。故に魔術学園としての知名度は高い。

 ジャックの質問に金髪の男性は答えにくそうに頬を軽く掻き、言葉を濁すが答えた。

 

「あー、オレって超記憶喪失なんだ」

「超記憶喪失……?」

 

 聞き慣れない言葉に疑問の声をあげると金髪の男性は話始めた。

 

「普通の記憶喪失って『自分の過去を覚えていない』とか『ここはどこ!? 私はだれ!?』とかだろ?」

「……まぁ……そう、ですね?」

 

 金髪の男性のいきなりな説明に押されてマリアナは勢いに負けて返事をする。

 

「オレの場合、その他の全ても忘れてしまった状態なんだ。つまり……『ここはどこ!? 私はだれ!? あれなに? これもなに!?』っていう状態なんだ」

「要するにダメ人間か」

「……まぁ……その……はい……」

「……オブラートに包んであげて」

 

 金髪の男性がまるでオペラやミュージカルのように両手を動かしながら説明するもジャックの一言に先程までの勢いが嘘のように鎮圧され、あまりにストレートな発言だった為にマリアナがジャックに抑えるように進言する。

 

「じゃあ、名前も覚えてないのか?」

「ナナシ! 名前がないからナナシ。自分でつけた」

 

 青い髪で赤い瞳の端正な顔立ちの青年――オリバー・ダンテスが名前を訊ねると金髪の男性――ナナシは自身の名前を答えた。

 

「身分証明書は持ってる? そこから名前とかがわかるけど」

「……みぶんしょうめいしょ?」

「それも知らないのかよ!?」

 

 ジャックの質問にナナシは理解できない表情を見せ、オリバーはナナシの記憶喪失が予想以上に酷いことに驚いた。

 

「そういや、何でオレを襲ったんだ?」

 

 ふと、ナナシが自分を襲った理由を知らないことに気付き、四人に質問した。

 

「貴方のコートに刺繍されたマークが依頼された盗賊団のマークと似ていたんです。口元がWじゃなくてM字だったら同じでした」

「縛って尋問しようとしたんだが、殴ってから背中のマークが違うことに気付いたんだ」

 

 マリアナとオリバーの質問に納得した表情を見せ、自身のコートに描かれた絵柄を見つめるナナシ。すると短く刈った黒髪黒目にメガネを着けた男性――メイナード・ティラーが何かを聞き付けたのか表情を変えた。

 

「みんな、情報収集に飛ばした人工妖精から盗賊団のアジトを発見した知らせが届いた」

 

 その言葉に四人の目が真剣な眼差しとなり、各々の武器を手に取る。

 

「さて、行くとするか」

「いや、何で行こうとしてる。お前はここで待ってろ」

 

 どさくさに紛れて、今回の依頼と無関係なナナシも参加しようとした所でオリバーから待ったをかけられる。

 

「大丈夫なのか」

「問題ない。すぐに終わるからゆっくり待っていろ……終わった後に学園に問い合わせる」

 

 不安そうな表情で質問するナナシをメイナードは待つように指示し、ナナシを除く四人は人工妖精が情報を送信した場所まで走り去って行った。

 メイナードの言う通りにナナシも待つことにしたが、一分もかからずに自身のコートを羽織って小屋から出ていった。

 

「……悪いけど、待つわけにはいかないな。その盗賊団のボスがオレを知ってる可能性があるかも知れないし」

 

 零に等しい可能性を呟き、四人の足跡を頼りに向かって行った。

 

 

 □■□■

□ 盗賊団のアジト前

 

「見張りがいるな……まぁ、当たり前か」

 

 洞窟の前にある茂みから覗くメイナード。その視線の先には手に片手剣を持った屈強な肉体の男性が門番のように二人立っていた。

 

「どうやって突破します?」

「一番は囮作戦だな。機動力が高いオリバーが陽動、その隙に俺達が侵入して制圧する」

「だが、騒ぎを大きくしてる間に逃げられる可能性はあるぞ?」

 

 メイナードが作戦を提案するとオリバーがその提案を指摘する。

 

「それに向こうが戦闘を考えているなら、手札を減らすのは得策じゃない」

 

 オリバーの言葉にメイナードは表情を曇らせる。確かに情報収集したとはいえ盗賊団がどんな魔術を使うかは入手できなかった。もし、自分達の苦手な魔術ならば討伐は難しくなる。

 だが、盗賊団が逃げの一手を選択していたならば一人いなくても対処はできる。作戦を建てる者としては慎重に考えなければならず、思案する。

 

「あの見張りを気絶させればいいんじゃないのか?」

「できたら苦労しねぇよ……いや待て、何でお前がここにいるんだよ!!」

 

 オリバーがいつの間にか側にいたナナシに気付いて指摘する。他の三人も驚くが、いつの間にいた事よりも彼の泥だらけの姿になっていた事に驚いた。

 

「なんで泥だらけ?」

「ここに来る途中で変な窪みに足引っ掻けて転けた。でも問題はない」

「大有りだよ。ドロドロだし、頭に枝が刺さってるし、鼻血出てる」

 

 ナナシの言葉に呆れるジャック。その様子にふと疑問を抱いたメイナードだが、気のせいだと思って考えを払う。

 

「どうやって追跡した」

「アンタ達の足跡を頼りに追跡した。見張りを気絶させる方法ならあるぞ」

「……その案は?」

 

 待っていろと言ったのに来てしまったモノはしょうがないとメイナードは呆れからため息をこぼし、ダメ元でナナシの案を訊ねる。

 

「――色仕掛けだ。大抵の男はこれで落とせる」

「殴っていいかな?」

「なぜ!?」

 

 ナナシの案を聞いた直後にマリアナがナナシの襟元を掴み、握り拳をちらつかせる。

 ナナシ本人は本気でわからない様子だが、予想以上にくだらない案に三人は呆れた視線を向けている。

 

「マリアナさん。落ち着いてください」

「さすがに、女性に色仕掛けをやらせるのはどうかと思うよ?」

 

 このまま放っておけば騒ぎで気付かれてしまうのでオリバーはマリアナを宥める。ポカンとするナナシにジャックが呆れた視線で指摘すると、ナナシが首を傾げながら答えた。

 

「いやいや、女性じゃなくてオレがやるんだよ」

「……え?」

 

 ナナシの言葉に四人は目を点にする。その間にナナシは自身の服装に細工をし始める。

 戸惑いの視線を向けられてから数分後……そこに、一人の女性が誕生していた。

 ズボンを脱ぎ、来ていたコートを長めにしてから腰にスカートのように巻き、ダボダボのTシャツで胸の膨らみを貧乳のように誤魔化し、長い金髪をお団子ヘアに纏まるとうなじが見え、どこか色気が滲み出した。

 気休めに言って、ナナシは“森に遭難した女性”の姿へと変貌した。

 

「女装したオレの姿……ナナミちゃんだぜ! ……んんっ……どう?」

「……マジか……」

 

 さらに声も女性のモノへと変わり、あまりの完成度の高さに四人――特にマリアナは硬直している。

 メイナードも男性だが女性が羨むプロポーションをしている。しかし、ナナシの女性に化ける技術の高さに舌を巻いていた。

 

「うまくいくと思うか?」

「いかなかったら、もろともです」

 

 見張りの盗賊に色仕掛けしに行ったナナシを見送り、心配するオリバーと失敗したらもろとも殴る気のマリアナ……女性として複雑な心境なのだが三人は口にしない事にした。

 女装したナナシが疲労困憊な演技をしながら見張りの二人に近付く。見張りは槍を向けていたが女装したナナシを女性だと誤認して槍を納める。ナナシは『道に迷った』だの『人がいて助かった』だの二人が盗賊だと気付かないフリをしており、盗賊の二人はナナシの話を聞いているが視線は別の方――足や腰の方に視線を向けていた。

 洞窟の中で休ませて欲しいと言うと見張りの二人は了承し、ナナシをエスコートして洞窟内へと消えていく。

 暫くして女装を解いたナナシが洞窟の出入り口から現れ、四人が隠れている茂みに向かって声をかけた。

 

「オッケー! もう通れるぞー!」

 

 ナナシの手際に驚きながらも四人は盗賊団のアジトである洞窟の中に入っていく。その道中で雁字搦(がんじがら)めに縄で縛った見張りの姿を目にする。額が赤く腫れ上がり、首には何かロープのようなモノで縛った跡が残っていた。

 

「……なんか……複雑……」

 

 女性として謎の敗北感を感じたマリアナは小さく呟き、オリバー達の跡を追っていった。

 その様子を見られていた事に気付いていない。




 ここまでは調子良い……次回から難しくなりそう……

 次回の投稿は明日か明後日です。


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第三話 Who that guy=正体不明

 ……メカエリチャン……メカエリチャン……

 あ、本編スタートです。次で後半かな?


 

 盗賊団がアジトとして利用された洞窟内はじとり、と地味に湿っていたが道は広くて明るかった。

 洞窟の通路には松明が連なるように燃え、暗い洞窟内を明るく照らしていた。

 だが、全員――マリアナ達四人とナナシの空気は張り詰めるほどに緊迫していた。いつ自分達が松明の灯りに誘われ、燃えてしまった蛾のようになるかわからないからだ。

 そんな彼ら五人はいま――

 

「……」

「……」

 

 ――ナナシに対して説教していた。

 

 洞窟の入口辺りに侵入者対策の仕掛けがないことを確認したメイナードとジャックは勝手に来たナナシに対して注意という名ばかりの説教を行った。

  まるで阿修羅のように怒りの眼差しを向けるジャックにナナシは全身から冷や汗を流しながら固まる様子はまさに『蛇に睨まれた蛙』だった。助けを求めようとマリアナとオリバーに視線を向けるもオリバーは首をかっ切るジェスチャーで答え、マリアナは苦笑いを返した。

 思わず涙目になるナナシだが、彼は怒られて当然の行為をしている。

 ギルドの依頼中に許可なく介入する事はギルドリア王国クエスト条令に抵触する恐れがあったのだ……もちろん依頼が他の人達とかぶってしまった時や地元民等の人物と協力する事は条令に触れないが、彼は記憶喪失とはいえ決定的な身分が証明されていない。

 下手な行動を起こし、依頼を受注した人達の妨害をすれば公の場で罰せられる。

 その事を知っていたメイナードは悪意がないナナシが罰せられるのは後味悪いと思い、待ってるよう伝えたが彼は来てしまった。思わずため息をはいた彼に責められる謂れはない。

 

「こうなってしまった以上、勝手な行動は控えるように……妨害行為とみなして訴えるからね」

「ハ、ハイッ!!」

 

 ジャックの冷たい視線に負けて敬礼しながら返事をするナナシ。

 そんなナナシを一瞥したジャックは『まったく、只でさえあの案件も解決していないのに面倒事ばかり……』と呟きながら前に進み始める。

 

「な、なぁ、アイツ少し怒ってるけど、あの案件ってなんだ?」

「あの案件……『正体不明(フーダット・ガイ)』の事か」

 

 邪魔した罪悪感はあれど、誰よりもキレてたジャックにビビりながら不思議に思ったナナシはメイナードに質問すると、メイナードはジャックが最近関わった事件でよく耳にする関係者を口にした。

 

正体不明(フーダット・ガイ)?」

「最近、話題になってる人物よ。ニュースは……というより知らないよね」

 

 マリアナが代わりに答えるも記憶喪失のナナシには全くわからない話題なので首を縦に振る。

 

正体不明(フーダット・ガイ)ってのは、数ヶ月前に現れた人物の事で出身地はおろか名前がわからない人物なの」

「なんだその胡散臭い人物」

「お前も人の事言えないだろ。ブーメランしてるぞ」

 

 その人物に表情を胡散臭そうな人を見るような目で言うナナシをオリバーは指摘する。

 

「その人は凶暴化した生物の駆除や暴走したゴーレムの破壊、居座っていた盗賊団の討伐を無償で行ったの」

「なんだ。いいヤツじゃん」

「ドコがだ!!」

 

 ナナシが思ってたより悪い人じゃないと判断して呟いた瞬間、ジャックがナナシの言葉に飛び付いて否定する。

 

「放置より行動してくれた事には礼を言わざる得ないけど問題はその後! 狩りすぎてその生物は保護対象に指定され、ゴーレムとの戦闘の余波で建物が倒壊して歴史的建造物が半壊、盗賊団の被害より周囲の自然を破壊した被害が大きいし、挙げ句の果てに禁止区域とされる“聖域”を行ったり来たり反復横跳びしてた話があるんだよ! 一発ぶん殴らなきゃ腹の虫が治まらない!!」

 

 まるで鬱憤(うっぷん)のダムが決壊したかのように愚痴が町を沈める洪水のごとく流れ、溢れだす勢いに圧されるナナシ。

 

「……ぜぇ……ぜぇ……」

「……そ、そうなんか……」

「……あぁ、うん」

 

 心の捌け口として暴露したのか冷静になり、目を点にしたナナシの言葉に空返事して再び歩き始める。

 

「と、ところでさ、身分証明書の特徴って何かないか?」

「あ、あぁ、そういや言ってなかったな」

 

 少し気まずい空気に耐えられず、ナナシは身分証明書がなんなのか質問する。メイナードも場の空気を変えられると思って答えた。

 

「緑色の小さな長方形の板でレベルが記載されているはずだ」

「……レベル?」

「その人が経験した場数や体験を示す数字の事だ」

 

 聞いたことない言葉に疑問符を浮かべるナナシにメイナードは詳しく説明を始める。

 

「それって高ければ高いほど強いのか?」

「多ければ多いほど強いわけではないです。その人の人生はどれ程の苦難を乗り越えたかを示す数値で、そのレベルからどんな人生を歩んできたかを詳しく調べる事ができるシステムなの」

「なのに毎年、学園内で『レベル高いから俺ってばサイキョーだな!』という勘違いを起こすバカが毎年多いんだよ」

 

 ナナシの質問にマリアナが答える。オリバーは入学初日に絡んできた件の人物を思い出しながら、めんどくさいモノを見たような表情になる。

 

「レベル……あっ! もしかして!」

 

 ふと、何かを思い出したのか急いで懐に手を突っ込むナナシ。途中、入れ歯や小銭、何かの宝石のような結晶が出てくるが濃い緑色の小さな長方形の平べったいカードを取り出した。

 

「この変な緑色の事か!」

「そう、それそれ。それが身分証明書だよ」

「確認してもいいか?」

 

 濃い緑色のカード――身分証明書を見つけたナナシが嬉しそうに言う。オリバーの言葉に身分証明書を渡そうとするナナシ。

 

「うわっ!?」

 

 瞬間、オリバーとナナシの間を黒い何かが遮った。驚きのあまり尻餅をついたナナシを横目に他の四人は武器を構え、遮った何かに視線を向ける。

 

「……犬?」

「なんでこんな場所に」

 

 その正体は黒い犬だった。クリッとしたつぶらで大きな目とモフモフの黒い毛並みの子犬に首を傾げるメイナードとオリバー。

 しかし、ナナシは自分の手元を確認して固まり、震え始める。

 

「……奪われた……」

 

 手元にあった身分証明書は黒い子犬の口に『落とさない』と言わんばかりにしっかりとくわえられ、子犬は走って洞窟の外へ駆け出した。

 

「待ってぇぇ! オレの大切な過去の手懸りぃぃぃ!!」

「あ、おい!!」

 

 奪われてなるものかと子犬を追跡するナナシにオリバーが声をかけるも無視し、ナナシはそのまま子犬と共に外へと駆けていった。

 

「……いっちゃった」

「放っておけ。勝手に村に戻ってくると思うし」

「それより、前を見た方がいい」

 

 呆然とするジャックにオリバーが気にしないように言う。するとメイナードが二人に前を見るように指示をする。

 目の前には土で出来た二周りも大きな人型の生物が四人を威嚇していた。

 

「ゴーレムか。警備巡回していた所で気付かれたのかな?」

「何にせよ。戦わなきゃいけねぇのは確かだろ」

「もうすぐ半分だったけど、対策は当たり前のようね」

「三人とも。直ちにゴーレムを倒した瞬間、一気に奥へと走るぞ!!」

「了解!!」

 

 ナイフを構えるジャック、腰に携えてた刀を抜くオリバー、三日月を飾り付けた白い長杖を構えるマリアナ、メイナードが三人に指示を出した瞬間にゴーレムが走り、戦闘が始まった。

 

 

 □■□■

■ ???

 

「様子はどうじゃ?」

「大丈夫。一人、こっちに来てる」

 

 それと同時に、四人の戦闘の裏で何かが動いた。





 次回は二日か三日後に投稿しまーす。

 NEXTヒント……FGO!!

『ヒントにならねぇよ!!』


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第三話 ナナシ≒テンゲンサマ

 めっちゃ長くなった……

 こっから、クライマックスよー。

 豚は出荷よー(特に意味ない)。


 ゴーレムが丸太と見間違うような太い腕を大きく振り上げる。洞窟内とはいえゴーレムの大きさはそこまで大きくないが、逆を言えば思いっきり振り回せる事になる。加減しない力で振り下ろされる腕が四人を挽き肉にせんと襲いかかる。

 

「ディフェクター!」

 

 しかし、それは四人が『一般人』の場合で魔術師なら別である。マリアナが展開した結界によって攻撃を防がれ、その隙に三人がゴーレムの背後をとった。

 

「切り風!」

秘剣(ひけん)雷霆(らいてい)燕返(つばめがえ)し!」

 

 ジャックの手から魔法で発生させた鎌鼬のような鋭い風の刃がゴーレムの足を切り、オリバーが雷を纏わせた太刀を振るった瞬間、三つの斬撃が全く同時に放たれた。

 

 攻撃に耐えきれず自壊したゴーレムを確認した四人は素早く洞窟の奥へと駆け出した。

 

「気配が強く感じる……この扉の先だ」

 

 最奥地だと思われる所で大きな扉が目の前に表れた。扉の向こうから気配を感じたオリバーが周りに警戒するように促す。そして、一気に扉を蹴り開いた。

 

「……なに?」

「……誰もいない……」

 

 しかし、そこはもぬけの殻だった。人が住んでた痕跡があるも目立ったモノがない様子に首を傾げるオリバー。警戒しながら周りを見渡すメイナードだが、壁になんらかの術式が刻まれているのに気付き、彼は解読を始めた。

 

 幸いにも、彼の職業(ジョブ)スキルとの相乗効果で時間はかからなかった。

 自分達が“罠”に入ってしまった事に気が付くと同時に部屋の術式が強く発光し、部屋を包んだ。

 

「マリアナ! ぼうぎ――」

「ディフェクター!」

 

 メイナードが言うよりも早くマリアナが四人を包む防御結界を展開した瞬間、部屋全体が爆発した。

 ガラガラ、天井の岩が崩れて暗かった洞窟に光が射し込む。土煙で見えないが、マリアナが展開した結界にいた四人に傷はなかった。

 

「――礼を言う」

「困った時はお互いさま」

 

 指示よりも早く防御したマリアナに感謝するメイナードにマリアナは笑って答え、安全を確認してから結界を解いた。

 

「俺達をここに来るように誘導させ、全員が入ってきた所をドカン、生き埋めにする作戦のようだ」

「……罠だったのか」

「となると盗賊団はここを捨てて逃げたってことかな」

 

 メイナードの説明に自分達がまんまと罠に誘い込まれた事を不機嫌になりながらも理解するオリバーと冷静に目的を察するジャック。

 

「……ティラー?」

 

 しかし、メイナードが納得しない表情で考え込んでいた事に気付いたマリアナが声をかける。

 

「……妙だな」

「何が?」

 

 呟いたメイナードの言葉にオリバーが疑問を投げた。

 

「俺達がここに来る途中……戦ったのはゴーレムだけだ」

「そりゃ、ゴーレムを戦わせてる間に逃げる算段だったんだろ」

「最初は俺もそう思ったが、戦闘を始めた場所とゴーレムの数が少ない」

「僕もそう思う。逃げるなら多くした方が時間を稼げるし、何より体力が減った相手の不意打ちにも使える」

「でも、あえてゴーレムを少なくして罠にハメる事が目的かもしれない」

 

 オリバーとマリアナの言葉にも一理あるが、当てはまらない不快感に眉間のシワを濃くするメイナード。まるで鍵を閉めた自宅の中に誰かいるような気味の悪さから後頭部を掻く。

 

「……一応、村長に伝えておこう。今後の対策を建てる必要がある」

「あの男性はどうします?」

「……戻っていなかったら、俺の人工妖精で探そう」

 

 犬に盗られた身分証明書を探している記憶喪失の青年を忘れていたが思い出し、村に帰って休憩してから探す事にして四人は盗賊団のアジトである洞窟を離れた。

 

「おぉ、皆様よくぞ帰って来てくださった!」

 

 村の出入り口である門の前には村長が四人を待っており、姿を確認した長老は四人に駆け寄った。

 

「それで、盗賊の方はどうでした?」

「……すみません。逃がしてしまいました」

「そ、そうですか……仕方ありません。無事だけで良かった。今後について話し合いたいので来てくれませんか?」

 

 そう言って村長が四人を村の中に手引きする。メイナードはいまだに引っ掛かる部分に頭を悩ましていたが、不意に足元の線が目に入った。村の方に向かっている所から荷車を引いた跡だと思ったが、村から離れていく程に線の幅が大きく、深さが増している事に気付いた。

 

 ――『ここに来る途中で変な窪みに足引っ掻けて転けた。でも問題はない』

 

 ナナシとの会話を思い出し、ハマらなかった考えがパズルのように組み込まれ、メイナードは急いで三人に声をかけた。

 

「……全員、村長から離れろ!!」

 

 メイナードの言葉に疑問符を浮かべる三人。しかし、村長が地面に手を触れた瞬間に紫電が走った。

 

「……ガッ!?」

 

 身体に突然と襲いかかった脱力感に三人は抗えず地面へと倒れて気絶する。気絶する間際、薄れる意識の中でメイナードが見た村長の顔は最初に見た人の良さがなくなり、悪魔のように弱者を嘲笑するような笑みだった。

 

 

 ■□■□

□ 村のはずれ 山の中

 

 四人にアクシデントが発生した同時刻、ナナシはその時間よりも早々にアクシデントに巻き込まれ、疲弊していた。

 盗賊団のアジトから出てすぐにクマなどの大型生物と遭遇、川の側でクマから逃げてたら足を滑らせて川に落下、激しい流れで溺れないように流木に捕まってたら滝に落下、奇跡的に生きていたナナシはヘトヘトのまま犬を捜索し、気付けば辺りが暗くなっていた。

 

「……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 早い話、無我夢中で走り回って遭難してた。

 

「あの犬、どこに、行ったんだよ」

 

 右も左もわからない状態で闇雲に探し続け、時折聞こえる鳴き声と自身の勘を頼りにした結果が山で遭難。笑い話にもなれず、聞いた者は呆れるだろう。

 

「見失ったうえに迷子になっちまった。引き返して帰った方が……いやいや! あれがあれば俺の過去がわかるかもしれないんだ! なおさら帰れるか」

 

 自身の過去を知る事ができる唯一の手掛かりを手離す訳にはいかない意地だけで探索を続行するナナシ。

 

「……ん……この鳴き声……あの犬だ!!」

 

 すると聞き覚えのある鳴き声が耳に入ってきた。まるで天の助けのような出来事に走るナナシ。その様子は疲弊していたとは思えなかった。

 

「逃げ場はないぞ犬ぅ! 観念し……?」

 

 逃げられないように威圧しながら駆け抜けたナナシだが、そこには犬の姿はなく、岩で出来た小屋と石像、不自然に草が刈られた広場だった。

 

「こんな所に開けた場所があるなんて……何だこの像?」

「テンゲンサマじゃ」

「誰だっ!?」

 

 広場の中心にある石像を見つめていると後ろにある岩の小屋から声が聞こえた。急いで振り返るとそこには――

 

「……な、村長!?」

 

 ――村にいた筈の村長が閉じ込められていた。

 岩の小屋は人を閉じ込める牢屋で、よく見れば村の住人らしき人達も大勢いた。

 

「なんでそんな所にいるんだよ! アンタ、村の中にいただろ!」

「……やはりか……よく聞くのだ旅の者……」

 

 ナナシの言葉に村長は苦虫を噛んだような表情へと変わり、ナナシに自分達の村で起きた真実を話始めた。

 

「……お前さんが会ったのはワシに変装した盗賊のボスじゃ。あの村はすでに盗賊どものアジトになってしまった」

「なんだって!」

 

 自身の予想を上回る真実に驚くナナシだが、村の住人達もナナシに語り始めた。

 

「俺達も抵抗したんだが、この辺は弱いモンスターしか生息していないから強くなれない……あっという間に制圧され、牢屋に改造されたここに閉じ込められたんだ」

「あの盗賊団は人攫いで有名なの。私達がここに閉じ込めたのは奴隷として売るためよ」

「幸いにも、ここは防空壕として建てられた場所だから隠していた非常食もあったけど……昨日で底がついて……」

 

 住民達の声から余裕がなく、希望にすがり付くのような声色で戸惑うナナシ。だが、それと同時に内側から謎の熱さを感じていた。

 

「お前さんと一緒にいた四人は盗賊の罠にかかってしまい、拘束されている……お前さんだけでも逃げて魔術師ギルドに報告するんじゃ」

「そんな事言われても、アンタ達を放って……待て、なんでオレの他に四人いることを知ってるんだ? 」

 

 村長の言葉に首を傾げる。確かにナナシは村で人に会ったが少なくとも、ここにいる誰にも会った事がない上に知らない情報を聞いた。

 すると、牢屋の奥から二人の幼い少年少女が姿を見せた。

 

「……この二人のおかげです。少女は遠見の魔術で盗賊とあなた達の様子を確認でき、少年は小動物限定ですが変化の魔術が使え、先回りして誰か一人をここに連れてくるように頼んだのです」

「あ、あの時の犬!」

 

 少年が黒い子犬に変化し、見たことある犬に驚いていると少女が声をかけた。

 

「ねぇ、お兄ちゃんはテンゲンサマなの?」

「……テンゲン、サマ?」

 

 聞いたこともない言葉に疑問符を浮かべるが、間髪いれず少女がナナシに願う。

 

「だったらお願い! あの人達を、この村に来たお姉ちゃん達を助けてあげて!」

 

 その言葉にナナシは驚いた。てっきり『村を助けて欲しい』と願うかと思えば、一方的でマリアナ達からは面識がないのにも関わらず頭を下げて願ったのだ。

 

「……村の事はいいのか?」

「村は大切。でも、あの人達は助けに来てくれたんだよ……なのに酷い目に合うのは間違ってる」

「ぼ、僕もお願いします。あの人達を助けて、あ……げ……」

「ちょ、おい!」

 

 少女と同じように少年も願うがふらり、と地面に倒れてしまう。突然の様子に驚くも側にいた男性が受け止める。

 

「無理するな。今まで休みなく魔術を使用したんだ……体調を崩しても可笑しくない」

「奥にある薬草を取ってこい! まだ残ってたハズだ!」

「食用の草も生えてたら持ってきてくれ! 子供が必死に頑張ってるんだ! 俺達大人が黙って見守るだけならテンゲンサマに顔向けできねぇぞ!!」

 

 女性も男性も少女と少年を助けようと声をかけ、命を繋ぐ為に互いを叱咤激励し合う。

 

「ワシからも頭を下げよう……この老いぼれの短い命で払える対価があるなら、いくらでも払ってやろう」

「私からも頼みます!」

「俺も!!」

 

 村長がナナシに頭を下げ、後を追うように男性も女性もナナシに頭を下げていく。

 その様子にナナシは見たことない大勢の土下座に謎の既視感(きしかん)を感じた。

 ……“知らない”ハズなのに……オレは……この光景を“知っている”……

 この願望を“知っている”。

 この悲哀を“知っている”。

 この喜びを“知っている”。

 この憤怒を“知っている”。

 この痛みを“知っている”。

 この、この、こ、こ■、■の、こ、こここここここここここここここここここののののののの■■■■■■■■■■、■■■■、■■■■■、■■■、■■、■■■■、■……

 

 この■■を“■■■■■”。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 気付けば、多くの人達がナナシを心配する表情で見つめていた。知らない内に頭を押さえていた手を離し、村長に声をかける。

 記憶喪失の自分だが、何がやりたいのか知っている彼は手荒になることを村長に伝えようとした。

 

「村長、盗賊団全員捕まえる時に少し派手にやる……その際に――」

「構わん」

 

 即答。村長はナナシが言う言葉を理解し、構わないと答えた。

 

「あの二人が毎日感じていた“助けが来ないかもしれない恐怖”に震えていた心に比べれば安いものじゃ。村が壊れても、何度でも建て直してみせよう……ワシらの帰るべき村は“心(ここ)”にあるのじゃから」

「急いで、テンゲンサマ」

 

 村長の言葉にナナシはゆっくりと胸に手を当てた。その動作に何が込められていたのか本人もわからない。すると少女が大人に支えられながらナナシに急ぐように伝える。

 

「盗賊があの四人に何かしようとしてる……大変な事になりそう……」

「村までは一直線で走れば深夜になる前には着く。急げば間に合うハズだ!」

「ありがとうな。ゆっくり眠ってくれ……次に目が覚めた時は、自由に笑えるからな」

 

 あの四人が――マリアナ達がピンチだと知り、村の人達の想いを受け止めたナナシは魔術(・・)を使用した。

 

「本気を出す……■■・■■」

 

 その言葉と同時に暴風が吹き荒れ、村人達が顔を庇ったと同時にナナシの姿が消えていた。

 消えたナナシに困惑する村人達の中で二人の少年少女、村長と村長の側にいた男性がナナシの魔術を使う姿を見て、呆然としていた。

 

「……村長……彼は……」

「……まさか……出会えるとはのう……」

 

 狐に化かされたように目を点にする男性と村長、そんな二人の横で少年少女は牢屋からでも見える空を見上げて呟いた。

 

「テンゲンサマー! 絶対に、助けてあげてねー!」

 

 その言葉に、風が吹いた。




 次は四日か五日後……

 クライマックス、いっきまーす!!


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第四話 ナナシ=???

 遅れてしまい、誠に申し訳ないです。

 FGOのイベントが……まさか、第二部二章をクリアしないと参加できないなんて……データ制限速度低速で必死にやってたらイベントの残りが五日、死ぬ気でやってクリアしたら小説更新忘れてて……

 本当に申し訳ねぇ!!

 それでは、続きです。あ、今回から『残酷な描写』が出ます……まぁ、酷く無いですけどね!

 長くなりましたが、それではどうぞ!

 ※恥ずか死ぃ……前半部分忘れてた……恥ずか死ぃ……


 ■□■□

■ ローグ村

 

 星空と月が照らす夜、暗闇の中で一つの村が明るく騒いでいる。しかし、そこに華々しさはなく下卑た嘲笑と眉をひそめる程の酒気が蔓延していた。

 彼らはとある界隈で有名……ではなく、格下とも言える下っ端の弱い盗賊。火事場泥棒や強盗に手を出し、最近ではとある商売で成功した事からノリ始めた。

 そこで、一つの手を思いついた。

 善良な村人に扮して依頼にやってきた獲物を捕まえ、裏社会のオークションに売り飛ばそう。

 幸運にも実力が弱くて制圧しやすい隠れ蓑となる村を見つけ、村人全員を牢に放り込むことができた。

 そろそろ、あの村人を売る算段を整えるか……そう考えているとスキンヘッドの厳つい顔をした大男が手枷と足枷付けられた男女四人を鎖で引きずりながら現れた。

 

「テメェら、よぉく聞けぇ!」

 

 その声に騒いでいた盗賊達が黙る。どうやらスキンヘッドの大男は盗賊団のボスのようだ。

 

「今回の作戦ご苦労! お前らのお陰で上々な成果となった!」

 

 スキンヘッドの大男の声に盗賊達が大きな歓声をあげた。まるで獣の叫び声のような騒音に顔を歪めるジャックとオリバー。

 

「ちっ、油断したな」

「参考までにドコで気付いたか聞いても?」

 

 舌打ちするメイナードにスキンヘッドの大男が今回の仕組みにいち早く気付いた様子に話を訊ねた。

 

「……最初は些細な違和感だった。警備がおざなりなアジトに粗末なトラップ……そこまでは気のせいだと思ってたが、あのバカの一言で繋がった」

 

 メイナードの言葉にマリアナ達とスキンヘッドの大男は耳を傾け、答えを聞こうとする。他の盗賊達はまるで余興を見てるかのように楽しむ様子である。

 

「お前達の本命はアジトではなく、魔陣を利用した獲物の捕獲だ」

 

 その答えにスキンヘッドの大男はニヤリ、と怪しく笑い、マリアナ達は信じられない表情を見せた。

 

「それが本当なら、私も気付いたハズです」

「気付くハズがない……いや、気付かないのが当たり前だ……」

 

 ジャックとオリバーの二人は兎も角、メイナードと同じように魔陣を扱うマリアナが異議を唱える。しかし、メイナードはマリアナを落ち着かせ、その答えを言うために口を開いた。

 

「村全体を利用した魔陣なんて誰が気付く」

 

 その答えに他の三人が唖然とする。盗賊団は何かしらの罠を仕掛けてくると考えていたが、最初から自分達が罠に踏み込んでいたなんて思うハズもなかった。

 

「魔陣“風水”……配置や対象を囲むような円、方角や色、名前によって幸運を上げたり気配を消したり、違和感をなくすなどの味方や敵に補助的なバフ及びデバフを与える……村にある家や小屋の配置、全体を囲んでた線。それがお前のタネだ」

「ダァハッハッハ! ご名答だぁ! 流石はメイナード家の次男坊だな」

「褒められても嬉しくねぇよ。奴隷商人ガザン」

 

 メイナードの解説に満足したのか大笑いするスキンヘッドの大男――ガザンにメイナードが喧嘩腰に言う。

 

「ほう、俺様も有名になったなぁ」

「相手の奴隷の質が良い事に激情して、商人と奴隷の半分を虐殺したら嫌でも有名になる」

 

 苛立ちが収まらないのか睨み付けるメイナードにガザンはその目付きに下卑た笑いをみせる。

 

「ククク、その目だ。誰もが俺様を悔しがるその目が俺様をさらに強くしてくれる……あの男だか女だかわからねぇ金髪はいないが、それでもおつりは充分だ」

 

 そう言いながらガザンは近くにあった小さな壺から金属の棒を取り出す。その棒の先には何かの紋章のような模様を象ったハンコのような形をした焼印だった。

 

「これ、わかるか?」

「……従隷紋」

 

 何かしらの模様を見せるガザンにマリアナとオリバーは首を傾げるが、ジャックが答えた。

 

 “従隷紋(じゅうれいもん)

 魔術黎明期によって作られた魔術師達の負の遺産とも言える代物。元は戦時中の捕虜や奴隷が反乱を起こさない為に造られ、魔力による契約を結ぶことで対となる主令紋(しゅれいもん)が刻まれ、主従関係を生み出す。戦後は破棄されたが、いまだに少なくない数が流通し、裏社会の奴隷を売買する人物の手に渡ってしまう。

 

「おぉ、知ってるヤツがいるか。まぁわかっていると思うが、これをお前達に押して“商品”になってもらうぜ」

 

 その言葉に自分達がこれから何をされるかを察した四人は鋭い目付きで睨むもガザンはそれを嘲笑する。

 

 ……まだかかるか? メイナード。

 ……まだだ。時間がかかる。

 

 “こういう時”の対策案として仕込んでいたメイナードとオリバーは諦めずに発動するも、時間がかかる事に内心苛立っていた。

 その様子にガザンは打つ手なしの自分自身に苛立っていると誤解して挑発する。

 

「知ってるか……魔術が使える奴隷はなぁ、高く売れるんだよ……あの時の魔術師の絶望した顔といったらタマラナイぜぇ……」

 

 ガザンの挑発に鬼気迫る表情で突然襲いかかるジャック。しかし、手枷と足枷によって阻害された動きを軽々と読まれて避けられ、地面に強く叩きつけられた。

 

「ジャック!!」

「アグッ……ゲホ、ゲホッ……」

「おいおい、あまり暴れるんじゃねぇよ。傷物で売って安くしたくねぇんだよ」

 

 ……まだなのメイナード。

 ……まだだ……

 ……速くしねぇとジャックがやベェぞ!

 

 ジャックの髪を掴んで引きずるガザンに焦り始める三人。壺にある隷従紋が刻まれた焼印を取り出し、ジャックに向ける。

 

「外側から無理矢理体内の魔力に干渉するから焼けるような激痛に襲われるが我慢しろよ? すぐに終わるからよぉ」

 

 ガザンが焼印を向け、ジャックは二人の男に左右から押さえるように掴まれて動けない。

 その様子を笑いながら煽る盗賊達の下卑た声が響いた。

 仲間を助けようと動くも他の盗賊達に取り抑えられるオリバーの叫び声が響いた。

 時間を稼ぐように抵抗を促すマリアナの大声が響いた。

 万事休すな状況に溢すメイナードの苦悶の声が響いた。

 ガザンの絶望に染まり始めた者を嘲笑する笑い声が響いた。

 それらの声が村に響き、打つ手なく、絶望に落ち始めたジャックを耳を汚れた泥のようにこびりつきながら汚し始める。

 

「……たすけて……」

 

 小さな雨粒のような、誰にも聞き取れない程小さな呟きを溢した人物は誰なのかわからない。

 盗賊達がふざけて言ったのかもしれない。

 マリアナの悲痛の声かもしれない。

 オリバーの悔しさからの声かもしれない。

 しかし、その声はどこにも響かず、村に響き渡る声に消され、夜の暗闇に溶けていった。

 どこにも、届かなかった。

 

 だからこそ、“届いた”。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 突然、ガザンとジャックの間に上空から何かが落ちてきた。あまりの衝撃に大量の砂埃による砂煙と強い震動が起き、マリアナ達と盗賊達は騒然する。

 

「何が落ちてきた!」

「気を付けろ! 増援かもしれな――」

 

 ジャックを押さえてた二人は不意に襲いかかった衝撃に飛ばされ、周りいた盗賊達にぶつかる。

 

「ギリギリ、間に合った」

「……お……おまえ!」

 

 少しずつ晴れる砂煙に翼が生えた人のシルエットが現れた。その場からジャックを持ち上げ、飛翔して村にある民家の屋根に立った。月光に照らされた人物にマリアナ達も盗賊団も驚きを露にする。

 

「村人達に……お前達盗賊団に抗った小さな魔術師に頼まれてな……加減は一切しないぞ!」

 

 黒い翼を生やしたナナシが、大きく翼を広げて盗賊団に敵意を見せる。

 奇しくも彼の太陽のように明るい金髪と夜のような黒い瞳は、村の言い伝えにあったテンゲンサマと同じだった。

 

「……大丈夫か? ジャック」

「お、お前……翼人(イカロス)だったのか!?」

 

 心配して声をかけるナナシにジャックは彼の翼を見て驚く。しかし、ジャックの言葉を理解できてないのかナナシは首を傾げる。

 

「いや、人間だけど?」

「嘘つけ! その翼どうやって説明すんだよ!」

 

 ナナシの言葉を否定するジャックだが、これには理由がある。

 この世界において、魔術は例外(・・)を除いて三種類ある。

 自由度が高くて万能性に溢れた“魔法”。

 低コストで高火力に優れた“魔装”。

 術式や陣によって発動する“魔陣”。

 どれも個性ある魔術だが、共通点が存在し、“人体に付与できない”。

 多くの魔術が人を介して発動する。人体を媒体に発動する事は銃口を密閉した拳銃を射つ事と同じで、致命傷となる。

 故に人体から翼を生やすようなマネができるのは亜人の翼人(イカロス)か例外の――

 

「おいおい、なんてラッキーだ……まさか亜人の中でもレアな翼人に出会えるとはなぁ……」

 

 痺れを切らしたガザンが獲物を狙うような眼でナナシとジャックを見つめる。

 

「レア?」

「亜人の中でも翼人は希少な種族なんだよ」

「へぇ、そうなのか」

「いや、なんで自分の種族なのに知らないの……」

「そりゃ、むしろオレは――」

「捕まえろ! 捕まえたヤツにはボーナスを渡してやる!」

 

 言おうとした瞬間にガザンが自分の手下である盗賊達に捕獲するように命じる。多くの手下が手に武器を持ってナナシとジャックがいる家に突撃した。

 

「鍵を持ってるヤツは誰だ?」

「……あれだ!」

 

 マリアナ達の救助を考えたナナシは手枷と足枷の鍵を持ってるヤツが何処にいるか聞くと、突撃する盗賊達から距離を離れて逃げようとしてる二人組を見つけた。

 

「必殺、翼ビンタ!」

「名前が安直!?」

 

 すぐさま飛び、目的の人物に向かって空から奇襲する形で攻撃する。一人は地面に叩きつけられたが、もう一人は射程から抜け出して逃げようとしている。

 

「逃がすかぁ!!」

「え?」

 

 ナナシの声と共にジャックは浮遊感を感じ、逃げた一人の背中が近付いている事を見て投げられたと理解した。

 

「えぇぇぇぇっ!?」

「がぁ!」

 

 予想外の行動に声をあげると逃げた手下が振り向いた直後に眉間にジャックの手枷の角がタイミングよく突き刺さった。

 あまりの痛みに悶絶する手下の首をジャックは力強く踏みつけ、気絶させた。ジャックの無事を確認したナナシは小さくガッツポーズしてジャックに駆け寄る。

 

「おい、大丈ぶっ!?」

 

 駆け寄ってきたナナシの頭にジャックは身体のバネを駆使したヘッドバットをお見舞いした。

 

「なにしやがんだよ!」

「普通投げるか!! バカか!」

「仕方ないだろ! 周りに石とか壷とか手頃な物が無かったんだ。それならいっそ人を投げるしかないだろ」

「どんな思考回路!?」

 

 あまりの行動に目くじらを立てるジャックに逆ギレするナナシ。その様子を見たガザンは危機感を抱き、盗賊達に命令する。

 

「ヤツらを止めろ! この際翼人は殺しても構わねぇ!」

「え、ですが……」

「臓器売買のコレクターに売り飛ばす! 逃がしてたまるか!」

 

 その言葉に顔を青くするジャックとナナシ。急いで手枷と足枷を解錠するように言う。

 

「早く! 早く開けろ!」

「待て待て! 今急いでんだ!」

 

 幸いにも手枷は一発で開き、残りは足枷となるが焦りで鍵穴が合わなくてさらに焦る。盗賊達との距離が大体40mになった時にようやく足枷が解かれた。

 

「開いた!」

「よし! 間に合っ――」

 

 開いた安心感により立ち上がるナナシだが、それが油断であり誤った選択だった。

 瞬間、手下の一人から放たれた魔法による風の刃がナナシの首を斬り落とした。

 

「……え……」

 

 ゴトリ、地面に何か重く固いモノが落ちて自身の背後に転がる音が聞こえた。その音にジャックは身体中の血の気がなくなるような感覚に襲われた。

 

「ひひ、残念だったな」

 

 風の刃を放った手下が嗤う。現実を直視したくないジャックだが、身体の恐怖からゆっくりと視線を後ろに動かす。そして――

 

「へ? ぬがぁ!?」

 

 ――突如聞こえた肉を殴る音と盗賊達の声に意識が戻った。耳を済ますと驚きの他に恐怖や侮蔑が含まれた声が聞こえる。

 

「何しやがる! 驚いただろうが!!」

「…………え?」

 

 数十秒前まで聞こえていた声が、再びジャックの耳に届く。

 見れば、首を切断されたはずのナナシの体が転がった首を拾いに動いていた。

 それどころか、頭もないのに発声している。

 

「な、なんだアイツ!? 頭と胴体がおさらばしてるのに、平然と生きてやがる!」

 

 驚く盗賊達を無視して、首なしナナシは自分の首を拾い上げ、切り落とされた時に短くなった金髪に付いている砂をはらった。

 

「たく、これだから風の魔法は嫌なんだよ……もう少し見えるようにしろよ」

 

 自分の首を繋げもせずに、ナナシは呆然とする目の前の盗賊達についてそんな文句を口にした。

 

「い、ええ!? いや、それより明らかにお前の首が異常事態なんだけど!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ。体の部位が欠けること、木っ端微塵になることは普通だ。お前らもそうだったろ?」

「「そんなのねぇよ!?」」

 

 ナナシの言葉にジャックの他に盗賊団とマリアナ達の心がこの時だけ一つになった。特にいい事はない。

 

「そ、それに頭がないのに喋って……」

「声帯も肺もこっちにあるから、こっちから話すのが自然じゃないのか?」

 

 ……首が切れても平然としてる時点で自然もクソもねぇよ!!

 

 思わず叫びそうになったジャックだが、ここで叫んではいけないと自粛した。

 

「断面は綺麗だから、くっつくのに時間はかからねぇな。よいしょっと」

 

 ナナシは自分の首を断面の上に置き、首は何事もなく繋がって元通りになる。

 視覚的にショッキングで異常な光景だが、殺された人間が平然と生きている事実に周りは信じられない者を見るような目で見つめる。

 

 その恐れから手下の数人が弓矢で狙撃し、頭部や胸、複数の部位に当たってもナナシは平然としていた。

 

「む、胸に矢が突き刺さっても平然としてやがる! あそこは心臓の位置だぞ!」

「普通なら、致命傷どころか即死なのに……」

「化け物だ! 人間じゃねぇ!!」

 

 人の形をした得たいの知れない存在に一人が恐怖し、それが周りに伝達する。恐怖で先程の威勢が嘘のように消えていた。

 

「お、お前……何で平気なんだ……」

「テメェ、翼人じゃねぇな。何者だぁ!!」

 

 身体に刺さった矢を抜いてくナナシにガザンが土の魔法を発動する。ナナシの左右に大きな岩壁が出現し、勢いよくナナシを挟んだ。

 グジュリ、肉が潰れたような音と共に赤黒い液体が周囲に飛散した。その様子に盗賊達の数人が眉をひそめたが、ジャックはその光景に不思議と恐怖がわかなかった。

 潰された瞬間を最後まで見たジャックだが、不思議にもナナシが死ぬとは思えなかった。

 やがて、閉じていた岩壁がゆっくりと開き、手下の一人がナナシがいた所を見る。

 

「……い、いませんボス……」

 

 その言葉にガザンは死んだと確信するが、手下の顔がなぜか青白かった。まるで理解できないモノを見たような表情である。

 

赤黒い液体しか(・・・・・・・)、ありません!!」

 

 その言葉に周りの盗賊達が驚き、ガザンは眉をひそめた。

 

「液体だけだと? 衣服も装飾品もないのか?」

「ありません!」

 

 人間ならば、あの攻撃に潰されれば残るのは肉片と血液、そして血で汚れている身に付けた衣服と装飾品が残るハズなのにそれが無い事を言われ、疑問の声をあげるガザン。

 ナナシが何処に消えたか辺りを見渡していると、手下の一人がある事に気付いた。

 

「お、おい、この液体……動いてないか?」

 

 その言葉と同時に飛び散った肉片と血――赤黒い液体が蠢く。

 たった今、ナナシを潰した場所へと集まっていく。

 プール一杯ほどの肉片混じりの血液が集まったところで、それは起き上がった。

 赤黒い液体が上に伸びて、人間大にまで圧縮され、現代で言う“フィギュア”を作るかのように四肢と頭部を形成する。

 やがて衣服までも再現して――最後に着色した。

 

 そこには岩壁に潰されたハズの――普段通りのナナシが立っていた。

 

「な、あ、ああああ!?」

「お、お前……一体……なんなんだよ!」

「……超記憶喪失のオレでも、一つだけ覚えている(・・・・・)……」

 

 ガザンとジャック、盗賊達とマリアナ達が驚きから唖然とするが、それは仕方ないだろう。

 血と肉片……赤黒い液体でしかなかったものが急に人間に戻れば驚く。

 

 だが、ナナシ自身にとってはいつも通りで不思議じゃない。

 木っ端微塵になっても、液体になっても、そこからまた人間に変身しても不思議じゃない。

 首を切られても、心臓を突かれても、巨大な壁に潰されても、何でもない。

 

 ナナシにとってそれはただ……形状の一つに過ぎない。

 何故なら、そういう体……そういう種類の魔術だから。

 例外にされた魔術――肉体を変質させる魔術を使用してるのだから。

 

「魔魁“スライム”。それがオレの魔術だ」

 

 ナナシは――全身をスライム化でき、この世界で例外(・・)に部類される魔術師だ。




 次回の更新はァ……今週中!

 アバウトで申し訳ない!!


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第五話 ナナシ=Who that guy=正体不明

 ラストスパート!

 序章終了までクライマックスなのでハリキリ過ぎて過去最高に長くなった気がする……

 それでは、どうぞ!


 “魔魁”

 

 火や水を生み出して放つまたは付与する従来の魔術とは違い、身体そのものを火や水に変換する魔術。

 物理攻撃を無効にし、形がない自然そのものである為隠密にたけ、見つかって攻撃されても負傷せず、擬似的な不死性もあるその魔術は多くの魔術師達にとって一つの到達点であった。

 そう、であった(・・・・)。過去形である。

 かしらや首領を意味する“魁”のように魔術社会を統べる頂点に君臨する魔術になると思われたが、その魔術には大きく致命的な欠陥が存在した。

 ステータス全体に大きなマイナス補整を受け、身体の一部しか変換できない。

 当時も魔術師にとってステータスが高ければ高い程有能と謳われており、ステータスが下がるデメリットは無視できなかった。例え受けたとしても身体の一部しか変化できない魔術に大勢がその事実に落胆した。ジョブやジョブスキルではカバーできない所か足を引っ張る程のデメリットにいつしか誰も彼もが見向きもしなくなった。

 未来を担うと思われた魔術は、出来損ないの烙印を押された負の遺産として多くの人々から扱われた。

 

 □■□■□

■ ローグ村

 

「ま、魔魁使いだと!? 」

 

 ナナシが水属性の魔魁――それも全身を変化できる人物であることを知った盗賊達がその事実に狼狽える。

 

「だから、だから致命傷を受けても倒れないのか!」

「どんな手を使ったら、全身を変換できるんだよ!」

「化け物だ! 勝てるわけねぇ!」

 

 次々に恐れから弱音をはく盗賊達。ジャックやマリアナ達は都市伝説と思われたモノに目を丸くする。

 

「落ち着けお前ら! 狼狽えるんじゃねぇ!」

 

 狼狽えてた盗賊達をガザンが一喝する。その声に騒いでいた盗賊達の動きがピタリと止まった。

 

「魔魁はステータスにマイナス補整が起こる。俺様達の優位は揺るがねぇ! 仕留めろ!!」

 

 ガザンの指示に目付きを変え、武器を持って襲いかかろうとする盗賊達。ジャックはナナシが弱いと判断して武器を構えるが、そのナナシがいつの間にかいない事に気付く。

 

変幻(シェイプ)(スラッシュ)!」

 

 探そうとした瞬間、前にいる盗賊達の方から断末魔が聞こえ、視線を向けると自らの右手首から先を鋭い刃へと変え、右腕の二の腕から手首までをスライムに戻してあたかも刃を持つ鞭のように振るったナナシの姿があった。

 ナナシの攻撃は大した威力にならない予想を反して、攻撃を受けた数人は出血(・・)していた。

 

「このやろう!」

 

 攻撃を受けてない他の盗賊達がナナシに攻撃しようとするが、ナナシが空高く跳んで回避し、左手首から先を大きく肥大化させて厚みがある長方形の形に変化する。

 

変幻(シェイプ)大槌(ハンマー)!」

 

 左腕の二の腕から手首までをスライムに戻して上空から盗賊達降り下ろした。降り下ろされた一撃は多くを巻き込み、着地地点を狙った盗賊達は横からジャックの攻撃に倒される。

 

「彼、マイナス補整になってるハズなのに敵を倒してる!」

「それにあのスピード……マイナス補整の身体では耐えきれないぞ」

「逆だ……マイナスだからこそ、耐えられるんだ」

 

 予想に反した行動と結果を見せるナナシに驚くマリアナとオリバーだが、メイナードはナナシの絡繰りに気付いた。

 

 なぜ、マイナス補整であるのに関わらずナナシの攻撃にダメージが入るのか……それは彼の攻撃の仕方に答えがある。

 噴出する水と空気の反作用によって飛行するロケットの模型――ペットボトルロケットと同じ原理である。

 作用・反作用の力学的な学習を行う上で、安全かつ非常に面白い教材として好まれている一方で実際のロケットと同じ原理で飛ばされており、初期の頃は圧縮空気の圧力に耐え得る弁の製作がやや難しかったものの、近年では市販の耐圧弁や発射装置が発売され、小学校低学年でも製作及び高速(・・)による打ち上げ飛行を行うことができる。

 彼自身が持つ魔魁の性質である(スライム)と日頃から呼吸時に何割か取り入れて圧縮した空気を使用し、攻撃する方向に沿って小さな弁を作って一気に開放させることにより、マイナスでありながら音速(・・)による攻撃が可能となる。

 無論、そういう魔法や魔装を使わなければ人体で高速及び音速で行動を行えば魔魁が使えても無事では済まない……身体が崩れても、(・・・・・・・・)治る事を除けば(・・・・・・・)

 

「身体の一部か全身……それだけでこれ程大きく変わるとはな。一種の到達点と言われてたのが納得できる」

 

 メイナードは盗賊達を倒していくナナシを見て、魔魁の認識を改めた。

 

「ボス、このままじゃ……」

「クソが……残りの三人を人質にしろ!」

 

 ガザンの命令でマリアナ達を人質にしようと近付く盗賊達。しかし、目と鼻の先でカチャン、と何かの音が響くと三人の動きを拘束していた手枷と足枷が外れ、近付いてきた盗賊達を返り討ちにした。

 

「なっ!?」

「やっとハズレたか」

「スピードに難点アリだな。修正しておくか」

 

 鍵を使わずに枷をハズした三人に驚くガザン。盗賊達を倒しながらナナシとジャックがマリアナ達と合流した。

 

「なんでハズれたんだ? 鍵はまだ渡してねぇのに」

「こんな事もあろうかと、ティラーくんが渡してくれた“解錠”の魔陣を書いたメモ用紙を上着の袖やズボンの裾に隠しておいたの」

 

 ナナシの疑問をマリアナが上着の袖から魔陣がかかれた小さな紙を取りだし、ナナシに見せながら説明した。

 

「なんだよ。俺が急いで来た意味なかったじゃねぇか!」

「意味はあった……お前が来てくれなかったら、解錠より先に従隷紋を押されていた。お前が急いでやって来た場を掻き乱さなかったら最悪の事態を防げた……礼を言う」

 

 メイナードの感謝にナナシは恥ずかしそうに視線をそらすが、電撃を纏った剣でナナシを後ろから襲おうとした盗賊を迎撃した。

 

「話は後だ。コイツらを捕まえてからたっぷりと話してもらうぞ」

 

 オリバーはそう言って電撃を纏う剣を片手に盗賊達に襲いかかり、それに続いてマリアナ達も盗賊達に向かって駆け出した。

 

「ボス! アイツら止まりません! 一人一人の戦闘力が強くてこのままだと俺達が捕まります!」

 

 形勢逆転。電撃を纏った剣で盗賊達を斬っていくオリバー、マリアナの結界で動きを止めてからメイナードが爆発や麻痺、眠りなどの効果がある魔陣を書いた紙を発動させ一網打尽、ジャックは軽い身のこなしで斬り、ナナシの魔魁が盗賊達に襲いかかった。

 

「……ざけ……んじゃ……」

 

 優位だった状況を軽々と崩されたガザンは内側から沸々と怒りが沸き上がり、同時に黒い感情が膨れ上がった。

 

「ふざけるんじゃねぇぞ!! 高々商品としての価値しかねぇヤツが足掻いてんじゃねぇ!!」

 

 怒鳴り散らし、ガザンは地面を叩いた。すると紫電が地面を駆け抜けて陣を形成し、ガザンの周囲に突然赤い砂が現れ、ガザンを球状に包み込んだ。それを中心に砂や岩が山のように盛り上がっていく。

 

「テメェら全員……廃棄処分だァァァァ!!」

 

 動きが止まる頃には数十メートルもあるであろう大きなゴーレムが誕生した。胸にはガザンがいるであろう球状の赤い砂があり、姿形は巨人というより土の怪物の方が当てはまる。

 

「な、なんだアレ!?」

「魔陣による巨大ゴーレムの創造か……おまけにヤツはゴーレムの中に搭乗している」

 

 ゆったりとした動きで振り上げた腕を降り下ろすゴーレム。徐々にそのスピードはあがっていく。

 

「ぎゃあぁぁぁ!!」

「なんで俺達までぇぇぇ!!」

「ボスゥゥゥゥァ!!」

「壊れろ! 壊れろぉぉぉ!!」

「味方も巻き込んでやがる。見境なしか!」

 

 しかし、本人は暴走しているのか感情のままに行動し、味方ごと蹴散らしている。その様子を見てジャックとオリバーが武器を手にゴーレムへ攻撃を仕掛けた。

 

秘剣(ひけん)雷霆(らいてい)燕返(つばめがえ)し!」

星条剣(ステラ・ブレイド)!」

 

 同時に放たれた三つの斬撃、片刃剣による一撃が巨大ゴーレムの左足を斬る。だが、大きく裂けた足がテレビの巻き戻しのように土が埋まっていき、何もなかったのように直った。

 

「ちっ、再生しやがる!」

「どうやら負傷した部分を地面に接してる足から土を汲み上げているのか」

 

 オリバーの悪態を聞き、メイナードは冷静に分析する。

 

「だったら、これで――」

「ラックトゥーナくん! 危ない!」

 

 ジャックが魔法を発動しようとした瞬間にマリアナがジャックを呼び掛けた。気付くと同時にゴーレムの攻撃はジャックに当たり、遠くにある民家まで飛ばされた。

 

「……痛ッ!?」

 

 とっさに片手剣を盾にした事と身体能力を強化した事で大きな怪我はしなかったが、右肩に何やら激しい痛みと焼けるような痛みに襲われて動きを止めるジャック。

 

「まずは、一人だァァァァァァァ!!」

「させるか!!」

 

 追い打ちを仕掛けようとするガザンを横から左手を大槌に変化して妨害するナナシ。ゴーレムの右腕を壊せたが、すぐに再生される。

 

「邪魔すんじゃねぇ! 出来損ないの魔魁使いが!! この場で強い俺様の邪魔をするな!!」

「……強い? お前は強くなんかねぇよ」

 

 ガザンの怒号を聞き、ナナシはガザンの言葉を否定する。

 

「……本当に強いのは……助けが来る保証なんて無いのに、恐怖に震えながら耐え抜いた村人達だ」

「はぁ? アイツらは弱いに決まってるだろ」

「お前の言う通り力は弱いさ……だがな、村人達が諦めなかったからこそマリアナやオリバー、メイナードにジャック、そして俺がここに来た……お前はアイツらの諦めの悪さに負けたんだよ」

 

 不敵に笑うナナシに琴線が触れたのか、ガザンはゴーレムにナナシを攻撃するように操作する。

 

「……ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!! テメェも廃棄処分だ!!」

 

 迫り来る土の怪物の攻撃をナナシは右腕を大きな腕――巨人のような腕に変化し、受け止めた。

 

「なっ!?」

「村人達には『派手にやる』といったからな……見せてやるよ。諦めなかったアイツらの力を……」

 

 ゴーレムの拳を受け止めたナナシはそのまま全身を変化させた。赤黒い液体が一回りも二回りも肥大化し、その様子にガザンは後ろに退いた。

 

変幻(シェイプ)――』

 

 縦に大きく伸びあがって姿形を人のように変え、まるで巨人のようなシルエットになるが、変化はまだ終わらない。

 今度は脚部や腕部に装甲を着けたような形に整っていく。全身に騎士が着るような重厚感溢れる鎧になり、頭部に西洋風の兜が形成され、兜の隙間からライトグリーンの光が灯る。

 

『――蒼天巨人(アトラス)!』

 

 赤黒く禍々しい色をした鎧の巨人がファイティングポーズをとりながら誕生した。その姿には恐ろしいと思えず、どこか優しさを覚える。

 その姿にジャックは頭にある事が過った。ある地域では凶暴化した生物を倒し、暴走したゴーレムを破壊、居座っていた盗賊団を討伐した人物……その人物に出会った人達は彼の姿形を変える魔術を、自分自身の姿を知らない様子から名付けて呼び、当初は幻覚系統の魔術師だと判断した名を口にした。

 

「……正体不明(フーダット・ガイ)

 

 件の人物が記憶喪失の男だとわかって呆然とするジャックを尻目にガザンは怒りのままに鎧の巨人となったナナシに拳を繰り出した。

 

「ふざけるな……ふざけるなァァァァ!!」

『それは……こっちのセリフだァァァァ!!』

 

 カウンター気味に拳を繰り出したナナシ。拳はゴーレムの拳を砕きながら、腕を破壊した。

 

『今のが、俺の怒りの分とお前に騙されたジャック達四人の分……』

 

 狼狽えるガザンが気付くよりも速く懐に潜り込み、ゴーレムを空高く蹴りあげた。

 

『そしてぇぇぇ!!』

 

 空にうち上がったゴーレム――ガザンを見ながら鎧の巨人――ナナシは右腕を大きく広げる。

 

『これが……村人達の……魔術師二人(アイツら)の――』

 

 右腕がさらに肥大化する。肥大化して極太となった腕が何かを形成するように姿形を変え始める。それは武骨で一回りも二回りも大きく、長く伸びた肘は遠くから見ればカタカナの『ト』の字にも見える。ナナシが姿形変わった右腕を大きく振りかぶる。

 狙いは空高く蹴りあげ、地面へと落ちてくる土の怪物。

 禍々しくも優しさを知る黒き鎧の巨人が土の怪物に狙いを定めながら拳を握り、自身を鼓舞するかのように雄叫びをあげる。

 

『――恐怖に耐え抜いた“勇気”の分だァァァァァァァァ!!』

 

 えぐりこむように打ち込まれた拳は土の怪物の腹部に深々と突き刺さり、黒き鎧の巨人の長くなった右肘が元に戻るかのように高速で縮んだ。

 

蒼天破壊拳(アトラス・バンカー)!!』

 

 瞬間、(そら)が割れるような轟音と嵐のような突風がマリアナ達に、覗き見てた盗賊達に、勝利を願う村人達に知らせるかのように広がった。

 

 “パイルバンカー(Pile Bunker)”

 

 とあるロボットアニメ等に登場する架空の武器。巨大な金属製の槍(あるいは杭)を火薬や電磁力などにより高速射出し、敵の装甲を撃ち抜く近接戦闘装備である。

 実在する類似の装置としては、杭打ち機のほか、油圧ショベルのアームに取り付けて建物の解体に用いるブレーカーがある。

 いずれの武器も純粋な質量弾を高速で至近距離からぶつけ、敵機に衝撃を与えて装甲を貫通し、内部に損傷を与える運動エネルギー特化兵器。

 

 繰り出した一撃は大きく、村から遠く離れた小屋――村人達が幽閉されていた牢屋の一部を吹き飛ばす程だった。徐々に風がやみ、土の怪物の姿が跡形もなく消え、落ちてくる気絶したガザンをマリアナとメイナードが協力して受け止め、捕縛する。残りの盗賊達もオリバーの電撃で痺れて動けなくなり御用となった。

 痛みがひいたジャックが巨人を見つめる。静かに佇む鎧の巨人を朝日が照らし、その姿はまるで拠点である小屋に飾ってあった一枚の絵の終着点のようだった。

 村を照らす太陽の光を受け、一夜の激闘がここに終わりを告げた。

 





 次回は全員が叫ぶよ! お楽しみに!!


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エピローグ ナナシ+ジャック=???


 遅くなって、申し訳ないです。

 今回にて序章はおしまい。まぁ、最後に衝撃的な事実が判明します……兎詐偽様には許可を貰っています。

 それでは、どうぞ!


 

 エピローグ、もとい後日談。

 

 ガザン率いる盗賊団をに村のハズレにある牢屋に拘束されていた村人達が村に帰ってき、協力して全員を捕縛して魔術師ギルドに報告した。距離もあって数日かかるらしく、その間に壊れた村の修繕や復興を行った。慣れない手つきで修理を手伝うマリアナ達を村人達は嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。

 件の記憶喪失の青年――ナナシはいつの間にかいなくなってた。元々は身元不明の旅人で禁止区域とされる“聖域”を横断等の罪により指名手配されてる『正体不明(フーダット・ガイ)』本人の彼がここにいたらガザン達のついでに逮捕されるのは目に見えている。顔を知らないかもしれないし、魔術師ギルドに知ってる人物がいても村人達はきっと彼を匿うだろうが、本人は望んでいないから自主的に去ったのだろう。

 そして、魔術師ギルドがガザン達を連行し、マリアナ達が村を去る時が来た。

 

「此度はありがとうございます」

「いえ、気にしないでください」

 

 村長のお礼にマリアナ達は控えめに返事する。村の壊れた所も無事に直り、訪れた時と同じ風景である。

 

「結局、俺達は村の修繕を手伝っただけで目的の討伐は殆どアイツが全部やっちまったからな」

「その本人もいつの間にか消えてるし、どこに行ったのかしらね」

 

 件の記憶喪失の青年がいない事を呟くと小さな少年少女が手に花束を持って、ジャックの所へ駆け寄ってきた。

 

「ねぇ、おにぃちゃん」

「どうしたの?」

「これ!」

 

 少年少女から渡されたのは白、黄色、桃色など色とりどりの綺麗なたくさんの花だった。

 

「おにぃちゃん達、わたし達を助ける為に来てくれたお礼!」

「ぼくも、大きくなったらおにぃちゃん達みたいな魔術師になるよ!」

「わたしが先よ!」

「ぼくだって!」

 

 お礼と共に見る者が微笑ましくなるケンカを始める二人にジャックは花束を受けとり、二人の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとう」

 

 その感触がくすぐったいのか、それとも照れてるのか恥ずかしそうな表情になってもその手を振りほどこうとは決してしなかった。

 村人達の別れを背にマリアナ達は自分達の居場所である学園へと帰っていった。

 

「二本、余分に多いな」

「どう考えてもアイツの分だよな」

 

 道中、花束の花を数えると二十本あることに気付き、不意に自分達と共に戦ったナナシが頭に思い浮かんだ。

 

「……今思うと台風みたいに騒がしいヤツだったね」

「そうかしら? 私は心強い味方と思ったわ」

「マリアナさん!?」

「まぁなんにせよ。俺達が任務をこなしていけば会えるだろう。これは会った時に渡すとするか」

 

 各々の感想を言うなか、ジャックは自身の胸に謎の痛みを感じた。傷がまだ癒えてないと判断したジャックは後でマリアナに言おうと考え、思考を止めた。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 森を抜ける手前でオリバーが何かを見つけた。目を凝らして見つめると、それは手に何かを持った人影に見える。

 

「誰かいるぞ」

 

 その言葉に全員は警戒しながら、進む。

 

「まさか、盗賊の残党?」

「……にしては……なんか友好的だな」

 

 近付くにつれて人影は手を振る動作を行う。まるで知り合いを見かけたような動きに注意しながらマリアナ達は近付く、距離が近くなっていくにつれ、人影の正体が判明していく。

 

 その正体は女性のような長い金髪に三本のアホ毛が目立つ青年――ナナシだった。

 

「「ナナシィ!?」」

 

 まさかの人物に驚く四人。四人の反応を尻目にナナシは飼い主の帰りを待っていた犬よろしく、人懐こい笑顔で話しかけてきた。

 

「よかったぁ。見たことある四人組だと思ったんだ」

「なんでお前がここにいるんだよ! ここにずっと待ってたのか」

 

 ナナシの言葉から我に帰ったオリバーが質問する。するとナナシはどこか悲しそうに話始めた。

 

「村人達には悪いけどオレがこのままいたら、前に反復横跳びした時に追ってきたヤツらとバッタリ会って問題が起こりそうだったから、一足先に村を出たのは良かったんだけど道に迷って……森を抜け出たけど今度は目的地の方角がわかんなくて、誰か来るまで待ってたんだ」

「……ちなみに、誰も来なかったら?」

「勘で突き進む!」

 

 まさかの方向音痴に思わず頭を抱えたり苦笑したり、信じられないモノを見るかのような反応を見せる四人。そんな四人にナナシは続けて話始める。

 

「でも良かった。目的地が同じヤツが来てくれて」

「まさかと思うが、お前の目的地って……」

「ギルドリア王国って所だけど?」

 

 自分達の居場所である方向と同じことにジャックとオリバーは眉間の皺を深くし、マリアナはおもしろいモノを見たかのように微笑み、メイナードは何かを考える仕草を見せた。

 

「……」

「嫌な顔しないでくれよ。目的地まで乗り物になって運ぶからさ。頼む!」

「それで手を打とう」

「メイナード!?」

 

 まさかの了承にオリバーとジャックがメイナードにくってかかる。ナナシはホッとしたのか嬉しさで赤黒いスライムになって、プルプルと震えていた。

 

「お前マジで言ってるのか? アイツを連れて行くって?」

「学園長に詳しく報告するんだ。そうなるとアイツの存在に遅かれ早かれ気付かれ、接触を考える……ならば彼を学園に誘って保護し、問題を未然に防ぐ為の術などを教えれば良い」

「それもあるが……」

 

 一理ある言葉に勢いを弱くするオリバー、ジャックはスライムとなってプルプルとゼリーのように震えているナナシを睨み付けるように見つめる。

 

「ん? どうした?」

「とりあえず人型に戻れ」

 

 視線に気付いたナナシにジャックは人型に戻るよう指示する。人型に戻ったナナシにジャックは間髪入れず、二本の花をナナシに押し付けた。

 

「これは?」

「村の子供達からのお礼」

 

 ジャックの言葉にナナシは受け取った二本の花とジャックを交互に見る。その様子を黙って見守る四人にナナシは朗らかな笑みを浮かべ、ジャックに礼を言った。

 

「ありがとうな。お前って意外に優しいんだなジャック」

「な!?」

 

 不意打ちとも言える言葉に驚き、その勢いでナナシの頭を強く叩いたジャック。ナナシの言葉に呆然とするオリバーとメイナード、ジャックの反応にマリアナは微笑んだ。

 

「そんなわけないだろ!」

 

 頭を擦るナナシにジャックは一蹴する。本当ならば、花なんて渡さなくても良いのに渡したジャックの本心は四人にもわからない。

 

「まったく、突拍子もなく変な事を言わないで欲しいよ」

「いきなり叩くなよ! 痛て、強く叩きやがって……」

「……なに?」

 

 呆れるような雰囲気で終わろうとした矢先に、メイナードはナナシの言葉に見過ごせない事を耳にした。

 

痛い(・・)? お前はスライムに変換できるから物理は効かないだろ?」

「そのハズだけど……叩かれる瞬間にスライム化したら強制的に解除されたんだ」

 

 メイナードの質問にナナシは答える。叩かれた痛みは収まっていないのか、頭を撫で続けている。

 

「……」

「……」

「……」

「……え……?」

 

 まるで、衝撃的な言葉を聞いてしまったかのように周りの空気が凍り付いた。四人の反応にナナシは疑問符を浮かべるだけだった。

 

「どうした?」

「ひ、一つ聞くが、何か身体に変わった事はあるか?」

 

 震える声で質問するメイナードにナナシはしばらく考え、心当たりのある事を思い出した。

 

「変わった事……あ、そういや村を出てから左肩が変な感じするな」

「ちょっと見るぞ」

 

 そう言ってメイナードとオリバーはナナシの左肩を探る。手に取った服は液体化せずにしっかりと持てる事に興味をひかれるメイナードだが、それは置いとき、一番調べなければいけない事を調べる。細い肉体の左肩には複雑な紋章が刻まれていた。

 

「……やはり……」

「おい、どうしたんだよ一体?」

「マリアナさん、ジャックを確認してくれ」

「ラックトゥーナくん。背中借りるわね」

 

 予想通りに見たことのある紋章に驚嘆の声をあげるメイナード。わからずに混乱するナナシを尻目にマリアナに指示するオリバー。

 マリアナはジャックの背に手を当て、魔力をジャック背中から身体全体に広げる。しばらくして、ジャックの背中から手を離したマリアナは沈痛な表情でメイナードとオリバーに伝える。

 

「……右肩にあるわ」

「……マジかよ……」

「なぁ、一体なんなんだよ?」

「……聞けばわかるよ」

 

 さっぱりわからないナナシに意気消沈な様子のジャック。メイナードは意を決して二人に伝え始める。

 

「ジャック、ナナシ、落ち着いて聞いてくれ……お前達は――」

 

「――主人と奴隷の関係を結んでいる」

 

 沈黙。メイナードの口から放たれた言葉に(スライムなのに)硬直するナナシ。しばらくして、彼の口が動き始めた。

 

「……え……えぇぇえぇえぇぇぇぇ!?」

 

 響き渡る大声は青く広がる大空に吸い込まれ、消えていった。彼がどうなるかは、ここにいる四人にも、遠くにいる人々にも知らない。





 次回から第一章の開幕でございます。
 とりあえず生徒や先生をできるだけ多く出したいと考えています。
 一話二話使って世界観とかの説明をいれてから、ギルドリア王国の学園に入る事を目標にしています。


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