マスター必須技能:コミュ力 (ブリーム=アルカリ)
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人理継続保証機関カルデア
危険な転職


 僕の名前は藤丸立香である。既に色々とお察しの事だと思う。そういう事だ。自分は異世界から、いや正確には第四の壁の向こう側からやって来た(転生)者である。

 

 …恥ずかしい。こんな事に意味はあるのだろうか?いやあるはずだ。僕は自分が二次創作の登場人物と踏んで貴方に呼びかけている。どうか答えて欲しい。

 

「…当然返事などなし、と」

 

 このむなしい現実への抵抗も優に百回を超える程繰り返し、そして百回を超える程落胆を繰り返してきた。意味は無いと分かっていてもそれでもやめられない。こんな恐ろしい世界からは早く逃げてしまいたいからだ。一ミリでも助かる可能性があるならそれを諦められない。

 

「立香ー。ごはんよー」

 

「…はーい」

 

 そして今日も一日が始まる。

 ベットから降りて曲がった毛布もそのままに母の待つ居間へ急ぐ。

 

 

 父は既に食卓についていた。挨拶をかわしつつ自分の席に着く。

 

「今日はね〜。スクランブルエッグとベーコンもつけちゃいました〜」

 

 朝に驚く程弱く、普段はトーストしか焼かない母が随分と張り切っている。

 

「え、なに?なんかいい事あったの?」

 

「いや、別に?なんでもないわよ〜」

 

 明らかに嘘だ。声が上ずっている。よく見ると父もなんだか浮かれている様に見える。…嫌な予感がした。

 

「なあ母さん。もう言ってしまおう。立香も勘付いている様だし」

 

「そうかしら?そうみたいね!」

 

「実はな、立香。カルデアってとこからお前にスカウトが来たんだ」

 

 …あ?

 

「時計塔の天体科のお偉いさんが作った所でな。お前にレイシフト?適正があるから是非スタッフに迎え入れたいそうだ」

 

「これはすごい事なのよ立香!ロードが作った施設のスタッフになれるの!エリートよエリート!」

 

 …いや、いやいや

 

「な、なんで!そんな検査もしてないのに分かる訳ないじゃないか!絶対何かの間違いだよ!」

 

 死ぬ!死んでしまう!無理だよ!僕には無理だ!聖杯探索なんてできるわけないだろ!

 

「それがね〜。献血に偽装して検査してたんですって!」

 

 死にたくない!もうあそこには行きたくない!何がなんでも!

 

「違う!献血なんて行ってない!」

 

「ど、どうしたの…?この前お菓子とジュースを献血で貰ったって言ってたじゃない…」

 

 くっ、クソ…なんで…歴史ごと燃えて死を避けようと思ったのに…!そう思ってカルデアに応募しなかったのに…!なんでだよ…!

 

「ね、ねえ立香…ひょっとして嫌なの…?貴方普段からいいとこに就職したいって言ってたじゃない…」

 

「いいとこだけど…!あそこは…!あそこだけは…!」

 

 さきほどから静観していた父が宥める様に口を開いた。

 

「なあ、立香。これはお前の為でもあるが藤丸家の為でもあるんだ。家訓は覚えているだろう…?」

 

 家訓というにはあまりに俗物的な代物。祖父の執念が篭ったそれは晩年何度も聞かされていた。忘れようもない。

 

「いつか必ずや藤丸の名を残せ…でしょ?」

 

「ああ…私の代ではついぞ果たせなかったが、これは大きなチャンスなんだ。時計塔に近づき名を上げる為のな」

 

「いや、でも死んだら元も子も…」

 

「確かに魔術師の仕事は常に死の危険を伴う。しかしスカウトのハリーさんは万全なバックアップがあるから安心と言っていた。」

 

 父は知らないのだ。カルデアの業務はなんなのか。藤丸立香が、僕がどんな目に遭うのか。

 

「それにお前は当家きっての天才だ。何があっても安心だろう」

 

「いや、でも…」

 

「頼む!」

 

「あ、貴方…」

 

 父が土下座していた。息子である僕に。いつも威厳のあった父が。頑固であまり人を頼らない父が。

 

「親父の悲願なんだ…時計塔にもう一度藤丸の名を轟かせなくちゃならないんだ…」

 

「起きてよ父さん!らしくないよ!」

 

 かっこいい父のこんな姿、見たくはなかった。

 

「お前がこの話を承諾するまで私は頭を上げないぞ」

 

 本気だ。父は一度言ったことを決して曲げない。

 

「分かったよ!行くよ!行けばいいんだろ!?」

 

「行ってくれるか!よし!」

 

 そう叫ぶやいなや父はスマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。

 

「あ、ハリーさんですか?はい、息子が承諾してくれまして…」

 

 ハリーというのはさっき話題に上ったスカウトだろう。抜け目のない父は僕の退路を塞いだのだ。

 

「手段を選ばないのが藤丸家の男よ…」

 

 母は静かに笑っていた。ここまで父の計算どおりだったのだろうか。もう怒る気も起きない僕は握ったままだったコップを静かに机に置いた。

 

 

 

 

 

 

 あのあと、温め直した朝ごはんを頂いた僕は出発の準備をしていた。パスポート。着替え。薬。人形。そして魔術道具。そこそこ詰め込まれてはち切れそうな気もするカバンを床に置き、ベッドへ身を投げ出して師匠へとお別れのメールを打った。正直師匠も燃えるので挨拶の必要もない気がするがそこはそれ礼儀である。というか師匠燃えるんだろうか。なんだか普通に生きてそうなイメージだが。

 送信が終わると一気にすることがなくなった。もとより友などおらず、大学は行かず家業を継いでいる。僕がいなくて困る人などほとんどいないのだ。

 することがなくなると、どうでもいいことが次々と思い浮かぶ。厳しい現実を前に逃避しているのだろう。実に脆弱なメンタルである。なんだか勢いに呑まれて現実味が薄いが、僕はカルデアに行くのだ。そして聖杯探索の旅に出るのだ。

 

「──死にたくないなあ」

 

 たぶん僕は死ぬだろう。特異点Fで死ぬだろう。スケルトンあたりにばっさり斬られて。

 

「──死にたくないなあ」

 

 特異点Fをどうにかやり過ごしてもきっとオルレアンで死ぬだろう。個性の強いサーヴァント達についていけず協力も得られず。

 

 そしてまた行くのだろう。あの虚無に寂寞に喪失に滅びに死が死が死が死が死が死が

 

「ああクソッ!」

 

 もう生きるしかないんだ。みっともなくても足掻くしかないんだ。あそこから逃げるためには。

 もうやってられなくて。カーテンを締切って布団を被った。



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知らない天井

 目が醒めるとそこは自室ではなかった。

 

 

 

 

──どうしよう。意味が分からない。

 

とりあえず落ち着いて周囲を見渡すと、窓の外には雪景色が広がっていた。真っ白で分かりにくいが山である…と思われる。

 次に頭に違和感を感じて触って見れば防音用のヘッドセットが耳にかけられていた。しかしその厚い防御を超えて低い爆音が耳朶を打つ。

 

 まとめてみると、ここはカルデアへ移動中のヘリの中ということなのだろうか。なんというか、反応に困る。所在なく目線を泳がせているとヘッドセットから声が響いた。

 

「やあ、お目覚めかい藤丸君!」

 

 聞こえた限りだと中年男性だろうか?なかなか陽気な雰囲気持った声である。

 

「ああ、そのえっとはい」

 

「おおっと、ごめんねえ?きっと混乱してるだろう。今説明するよ」

 

 前の座席からニュッと手が飛び出してブンブンと振るわれている。声の主の物だろうか。

 

「私の名前はハリー・茜沢・アンダーソン。あ、覚えなくていいよ!君を送ったら僕は下山するし」

 

「はあ…」

 

 なかなかハイテンションな御仁である。しかし流暢な日本語だ。名前からしてハーフの様だが日本育ちなのだろうか?

 

「私はね〜。君をスカウトした者なんだよ。日本語得意な人が少なかったからそのまま君を案内する事になったんだけどさ。いや〜まさか日本に君みたいな大当たりがいるなんて驚きだよ〜。ボーナスもいっぱい出てさあ!お陰様で新車買っちゃった!ほんとありがとね!」

 

 謎の感謝を受けた。適正者を見つけた事でボーナスがでて、それで新車を買ったということか。その新車は僕の命と引き換えである。せめて大切に使ってほしいものだ。

 

「あっと話戻さなきゃ。今君が勤めるカルデアに向かってるんだけど場所は重要機密でね!寝てる間に運ばせてもらったという訳さ」

 

 どうやら大方予想通りの様だ。

 

「しかし君…なかなかいい趣味してるねえ」

 

「え?」

 

「いや大丈夫さ。私は気にしないよ!でも職場では隠したほうがいいかもね!」

 

 何を言っているかよく分からないがサムズアップしているしたぶん任せとけば大丈夫だろう。

 

 その後もハリー氏のよくわからない話を聞いていると正面の窓から白いバームクーヘンの様な施設が見えた。きっとあれがカルデアだろう。

 

「OK着いた!それじゃあ着陸するよ!」

 

 ハリー氏が叫ぶと丁度パイロットさんが高度を下げ始め、あっという間に地面に近づきヘリポートに着陸した。

 

「じゃあ私達はここまでだ!運が良ければまた会おう!」

 

 そんな言葉を最後に残すと、降りた僕を残してヘリは飛び去って行った。しかし騒がしい人だった。

 ヘリを見送って一息つくと猛烈な寒さが僕を襲った。山の頂上なので当たり前と言えば当たり前であるが恐ろしく寒い。服は寝たときのまま、つまりは普段着である。このままだと本気で死にかねないのでささっと体温上昇の魔術を起動し、目の前の玄関へ急いだ。

 かなり大きな施設に比べ扉はずいぶんと狭い。きっと熱を逃がさない為だろう。近づくと扉は自動で開いた。小走りで中へ入るともう一つ扉が。その扉も抜けるとどこからか声が響いてきた。

 

「──塩基配列 ヒトゲノムと確認」

 

「──霊基属性 善性・秩序と確認」

 

「ようこそ、人類の未来を語る資料館へ」

 

「ここは人理継続保証機関カルデア」

 

「はじめまして。貴方は本日最後の来館者です」

 

「どうぞ、善き時間をお過ごしください」

 

 女性の声だろうか?しかしとても機械的である。AIかなにかといったところだろう。多分返事するだけ無駄だろうが一応どうも、と返しておく。

 

 迎えの一人でもいるかと思ったが誰もいない。いくら数合わせの一般公募とはいえ扱いが雑過ぎないだろうか。

 しょうがないので勝手に廊下を進んでいく。しかしまあSFチックな建物である。建材はどれも滑らかで、おそらくコンクリートではない。風変わりなこの景色は飽きないものでそこまで退屈しない。

 

 

 そろそろ10分は歩いている筈だ。これだけ歩いて人っ子一人いないというのはちょっとおかしくないだろうか。理由を考えあぐねていると、ある記憶が蘇った。そういえばストーリーの最初では所長が演説していた様な気がする。こちらに生を受けてから18年が経っている。序盤のストーリーはほとんど忘れていた。

 たしか管制室が爆破されて全滅だかなんだか。管制室の皆に教えてあげたいが、そんなことをすれば僕も死ぬ。

死は絶対に避けねばならない。悪いが彼らには生贄になってもらおう。

 

「それに管制室どこだか分かんないし」

 

 言い訳をブツブツと呟いて激しい罪悪感を誤魔化しながら歩く。すると向こうから走ってくる小柄な少女が見えた。

 

「あの、もう演説が始まります。急いだ方がよろしいかと」

 

 親切にも忠告してくれたのは髪色や眼鏡。そして何より目につく美貌から我らがメインヒロイン。マシュ・キリエライトで間違いないだろう。

 

「いやあ、僕は着いたばっかりでして。荷物を置いてから向かおうかな…と」

 

「!ではもしかして最後のマスターさんですか」

 

「その通りです…あの僕の部屋知ってたりしません?」

 

「それならばこの廊下をまっすぐ進んで右の突き当りだと思います。あそこはたしか空き部屋でしたので」

 

「これはご親切にどうも。それじゃあ向かうとします」

 

「はい。それでは」

 

 さっと答えてくれる優しいキリエライトさんに感謝して別れ、自室へと急ぐ。

 

 

 

(…女子と話すのめちゃくちゃ久しぶりだわ。昔なら顔赤くなってただろうな)

 

 そんなくだらない事を考えながら。

 



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空虚な純粋

 キリエライトさんに言われた通りに進んでみると、確かにロックのかかっていない部屋があった。便利な物で自室の扉も自動ドアの様だ。

 ガシャーという嫌な音と共に開いた扉の向こうには案の定というかお約束というか茶髪のゆるふわ系男子がいた。

 

「うえええええええええ!?誰だい君は!?」

 

「…ぁ、どうも。藤丸立香と申します」

 

「あ、これはどうもご丁寧に。ボクはロマニ・アーキマン…って違う!」

 

 とってもノリがいい人だ。周りに愛されているというのもよく分かる。

 

「君ひょっとしなくても最後の子だよね?演説会はいいのかい?」

 

 驚いた。この人はマスターの名前を全員分覚えているのだろうか。そういえば原作でも主人公が自己紹介していないのに名前を呼んでいた気がする。

 

「この通り来たばかりでして…荷物を置いてから行こうかなと」

 

 密かに好感度を上げつつ返答すると、Dr.は顔を青くした。

 

「そりゃマズイ!所長を待たせたら怖いよ!一週間はネチネチ言われる!」

 

 そう言われても行けば死ぬのだ。こちらとしてはどうにか見逃してもらわねばならない。

 

「いや…そのほら荷解きとか色々ありますし…」

 

「そんな事は後でもできるさ!とにかく早く行かなきゃ目を」piririririri!

 

 Dr.が言い終わるより早く、彼の端末が叫びを上げた。彼はバツの悪い顔を浮かべながら一言謝罪し、通話を始めた。

 

「ああもしもしレフ?…うん分かった。今行くよ」

 

 通話を切って端末をポケットに突っ込んだDr.は、ため息を吐きながら呟いた。

 

「藤丸君。僕にもお呼びがかかった。案内するから一緒に行こう」

 

 通話が来たということはそろそろだろう。余り気分は乗らないが大人しく追いていくことにする。

 荷物を置き、中から戦闘用のリュックを取りだし背負う。

 

「あれ、リュックは置いてかないのかい?」

 

「ええ、ひょっとしたら必要かなと思いまして」

 

「さっき荷解きするって…まあ君がいいならいいや」

 

 二人して小走りで部屋を出る。すると遠くから地響きが。いや正確には爆発音だろうか。

 

「な、何が起きたんだ!?モニター!」

 

 廊下に現れた光のモニターをDr.がなにやら弄りだした。さっきよりも酷い顔の青さが状況を物語っている。

 

「嘘だろ…?管制室との通信途絶…?」

 

 

「アーキマンさん急ぎましょう!我々で何かできるかも!」

 

「だが君は一般人だし…いやでも人手が…」

 

「いいからさっさと行きますよ!」

 

 バックパックを背負い直し、思い切り走る。僕が辿り着かなければ我が家の悲願も、マシュも、そしてなにより僕が死ぬ。何が何でも向かわねばならんのだ。

 

「藤丸君!そっちは食堂だ!」

 

 

 …勢いだけでは駄目な様だ。

 

 

 

 

 

 

「無事な方いらっしゃいませんかー!いたら声を上げてくださーい!」

 

 管制室に到着した後、Dr.は予備電源の操作に行った。今は僕一人で生存者を探している。

 …と言っても既に結果は分かりきっている。これでも死霊術士だ。周りに死体しか残っていない事など簡単に把握できた。それでも惰性で声をかけてしまう。ひょっとしたらの奇跡を信じているのだ。

 

 

「………………………、あ。」

 

 そして彼女こそが奇跡である。マシュ・キリエライトは辛うじて生きていた。しかしもう長くはないだろう。下半身が潰れている。パッと見では分かりづらいが脊髄もやられているようだ。

 

「……ご理解が早くて…助かります……だから…貴方は逃げて……ください…………」

 

「はい。できればそうしたいんですけどね。もう隔壁閉まっちゃいましたし。」

 

「…そんな………」

 

 彼女の顔が悲嘆に染まる。こんな目に遭ってまずするのが他人の心配とはこの娘はなんと健気なのだろうか。

 

「そう気を落とさないで下さい。諦めなければきっとなんとかなりますよ」

 

 自分でも驚く程薄っぺらい事を言ってしまった。泣いている人を宥めた経験なんてない。だから仕方ないと言えば仕方ないけれど、もう少し…もう少しくらい気の利いたことが言えたらいいのに。

 

「………フフっ……」

 

 彼女は笑っていた。

 

「貴方は…とっても不器用な……人なんですね…」

 

 …ああやはり。この娘はとても健気で。とても聡くて。今も僕の気持ちを汲んでくれた。苦笑いするしかない僕に。ただ静かに微笑んでくれる。

 

「あの……」

 

「どうしました?」

 

「手を…握ってもらって…いいですか……?」

 

 …こんな清らかで純粋な娘に僕が触れる?それは…冒涜ではないだろうか?この僕に。この俺に。触れる権利などあるはずが…

 

「藤丸さん…」

 

 彼女がこちらを視ていた。どこまでも透明で、混じり気のない、その綺麗な瞳で。

 目を合わせていると吸い込まれるようで、僕は、自然と、手を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──アンサモンプログラム スタート

  霊子変換を 開始します

 



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特異点F
燃える街


 ──目が醒める。

 硬い地面。感じる熱。どうやら無事、特異点Fへやってこれたようだ。

 とりあえず周囲を確認。硝子化した地面に炎を映した赤い空。まるで地獄である。

 だがその中でも明らかに異彩を放つモノが一つあった。

 

「うぐ…」

 

 今目覚めたコスプレ少女である。

 

「お目覚めですか」

 

「あれ…ここは…?」

 

「なんというか…地獄ですかね?」

 

 あまりにも投げやりな返答に彼女は首を傾げるが、辺りを見渡して頷いた。

 

「確かに御伽話に伝わる地獄の様ではありますが…ここは恐らく特異点Fです。藤丸さん」

 

「はあ…特異点F…」

 

「はい。本来Aチームが派遣される筈だった謎の空間です」

 

 キリエライトさんが真面目な顔で説明してくれる。しかし格好のせいであまりに様にならない。いつかは僕も彼女の姿に慣れるのだろうか?

 

「まあキリエライトさん。それより…」

 

「…藤丸さんもお気づきでしたか。…アレは何でしょう?」

 

 弓や剣を担いだ骸骨のお出ましである。獲物を見つけて嗤っているのだろうか?口をカタカタと鳴らしている。

 

「骨、ですね。まあ友好的には見えませんし撃退するしかないのでは?」

 

「了解です、マスター(・・・・)…離れていてください」

 

「…いえ大丈夫です。少し待ってください」

 

「何か策があるんですか?」

 

 不安そうな彼女をよそに集中する。

 ──思い出すのは初めて魔術を教わった日。当時僕は、祖父の期待に答えるべく魔力を唸らせた。今はキリエライトさんに期待されている。だから。きっと。

 

「…よし」

 

 魔術回路、起動。どうやらレイシフトによる損害はなかった様だ。僕の回路のキーは「期待に答える」。誰かの為に。そう思わなければ魔術を使えない。

 

「Sèvi li.」

 

 スケルトンがダラリと腕を下げ、完全に沈黙した。

 

「これは…魔術?一般枠と聞いていましたがまさか…」

 

「はい。これでもネクロマンサーです。唯の死体程度ならこの通り操ってみせますよ」

 

 どうやらスケルトンに殺される、なんてことはないようだ。特異点パワーかなにかで弾かれるかと恐れていたが…

 

「すごいです藤丸さん!これならきっと安全に調査が…!」

 

 喜ぶキリエライトさんが言い切る前に聞き覚えのある声が響いた。

 

『ああやっと繋がった!こちら管制室!聞こえるかい!?』

 

「こちらAチームメンバーマシュ・キリエライト。無事レイシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名です」

 

 唐突に呼び捨てにされ、少し驚く。どうやら彼女は仕事モードのようだ。

 

「『よかった。無事なんだね!自己紹介も済ませたみたいだし、周囲は安全なんだね!』

 

「いえ。それはまだです」

 

『ええ!?って通信が切れる!二キロ先に大きな霊脈がある!座標を送るからそこに──』

 

「…通信途絶しました。藤丸さん。移動しながら色々とお話しましょう」

 

「了解です」

 

 キリエライトさんを先頭にして僕達はゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 骸骨の内数体を斥候に走らせている間、僕達は歩きながらお互いの情報を交換していた。

 

「…なるほど所長が僕の名前を」

 

「ええ。とても怒っていらっしゃいました。帰投したらすぐ謝るのが懸命かと」

 

 すると骸骨達との間に結んだ簡易の魔力ラインに報告が入って来た。

 

「…異常発生、ですね。ここからは走りましょう」

 

「…!了解です」

 

 目標地点へ向けて全力で走る…が。

 

「ハア…ハア…ハア…」

 

「藤丸さん!急いで下さい!今、人の叫び声が!」

 

 僕も魔術師なので鍛えている。肉体に自信はあったがさすがにサーヴァントには及ばない。

 

「もう少しです!」

 

 かなり無理しながら走る事でやっと目標地点に着いた。暴れる肺と心臓を押さえつけて交戦体制に入る。

 

「マシュ!…とアンタ誰よ!」

 

「所長下がって下さい!戦闘を開始します!」

 

 先行させた骸骨はバラバラになっている。先程から反応がなかったが所長に破壊されたのだろうか?

 とりあえず自分の護衛にさせていた骸骨達を一体残して前に出す。

 

 

「キリエライトさん!骸骨に援護させます!遠慮なく殴ってください!」

 

「了解ですマスター!」

 

 味方骸骨で注意を引き、キリエライトさんが思いっきり殴る。極めて簡単な戦闘だ。命を懸けた戦いは初めてだったが、恐怖を感じる必要はなさそうだ。

 

「殲滅完了です…御無事ですか?所長」

 

「……………どういうことよ」

 

「ああ、私の状態ですね?」

 

「そんなの見れば分かるわよ。デミサーヴァントでしょ!それよりよ!」

 

 そう叫ぶと所長は僕を指差し、物凄い剣幕で詰め寄ってくる。悪鬼もかくやという表情である。

 

「ヒッ…」

 

「なんで外部の人間と契約したのよ!貴女の体はカルデアのものでもあるのよ!?」

 

「所長!藤丸さんはカルデアの職員です!最後のマスターさんですよ!」

 

「最後の…?アンタまさか遅刻した奴!?よりによってこんな奴と…もうなんでこんなことに!」

 

 所長は大きく身を振ると、こらえきれなかったのかゆっくりと屈んだ。

 

「あの…遅刻してすいません…これから頑張るのでどうか許して頂けませんか…?」

 

「これから頑張る…?そんな事は当たり前なのよ!頑張らなかったらスケルトン共の仲間入りよ!」

 

 とりつく島もない。所長も半泣きだが正直僕も泣きそうである。

 所長はそんな僕を見て溜息を吐いた。

 

「もういいわ…ちょっと言い過ぎました。それは謝罪しておきます。ですがとにかく今は管制室と連絡を取ることが最優先よ。霊脈を探しなさい」

 

 許してもらえたのだろうか?しかし彼女もあまり冷静ではないようだ。何故なら…

 

「所長…お言葉ですが、霊脈は所長の真下かと」

 

「うぇ!?わかっ、分かってたわよそれくらい!」

 

 そうとう気が参っているのだろう。優秀な彼女らしくないミスだ。

 

「…ゴホン。マシュ、盾を地面に置きなさい。触媒にして管制室と繋ぐわ」

 

「…あの所長すいません。少し席を外してよろしいですか」

 

「この状況で単独行動?死にたいの?」

 

 物凄い呆れ顔である。心が折れそうだ。

 

「…その、武器の制作を」

 

「ああ、貴方ネクロマンサーなのね。許可します。ただし!あまり離れないこと。いいわね?」

 

「っはい!勿論です!」

 

 許可を頂いたので足元に散らばった骨で制作を始める。骸骨を制御下に置かず撃破したのはこれが理由なのだ。

 骨を組み合わせて、リュックから取り出したダクトテープで固定しつつ考える。

 所長も心配してくれているしきっと悪い人ではないのだろう。しかしちょっと…いやだいぶ怖いのが辛いところだ。あんなに激烈に詰め寄られたことはない。チビらなかったのが不思議なくらいだ。

 なんてボヤいていたら武器が完成した。骨と骨が集まり合って再起動しようとする性質を利用した簡易の追尾性魔力爆弾だ。天然由来でない物を使用したので多少効率は下がるが道具が十全でないので仕方がない。骨はそこらへんに沢山歩いているので数でカバーしようと言う訳だ。

 

 骨爆弾をポケットに突っ込んで戻ると、所長達はDr.と話し終わったようだった。

 

「…ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれない癖に」

 

「そんな事はありませんよ所長。我々がきっとお助けします。ね?藤丸さん」

 

「え?あ、はい。できることならなんでもしますよ」

 

「…どうだかね。それより藤丸。これからこの特異点Fを探索することにしたわ。構わないわね?」

 

 それ以外に選択肢があるんだろうか。少し疑問に思ったが取り敢えず骨爆弾を渡しておく。

 

「これを。魔力を込めれば最寄りの骨に飛んでいって爆発します」

 

「…なるほどね。頼りないけど魔術師としての腕は本物か。少し見直しました」

 

 え、褒められた?いや違う自分なんかに褒められる要素なんてないもっと頑張らなきゃ皆の役に立たなきゃ強くならなきゃもっともっともっともっともっともっともっともっと──

 

 

「ちょっと藤丸!?どうしたの!?」

 

「藤丸さん!?しっかりしてください!?」

 

 ──え?あ、ああ。

 

「…すいません。寝てました」

 

「ア、アンタ寝てたって感じじゃ…まあいいわ。時間は貴重です。さっさと拠点を作るからついてきなさい」

 

 キリエライトさんが心配そうに覗きこんでくるが気づかないふりをして所長の後についていく。

 しっかりついていかないと、失望されてしまうだろうから。

 

 

 



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蒼衣の魔術師

投稿遅れてすいません。ACVDやってました。


「未だ成果なし…嫌になるわね。本当に」

 

 橋や学校などめぼしい場所は全て探索したのだが大した発見は無かった。二人とも明らかに沈んでいる。敵だらけの場所で希望もないのだ。無理はない。

 …よし、ここはひとつ!

 

「まさに骨折り損のくたびれ儲けってところでしょうか…いや骨は沢山手に入ってるんですけど!」

 

「…」

 

「…」

 

 あ。僕、俺また。空気が。俺のせいで

 

「…藤丸さんそれはな「アハハハハハハ!あなたなかなかやるじゃない!」

 

 あれ?ウケた?

 

「…ふう。今のは忘れなさい。次はあの教会らしき場所に行くわよ」

 

 よかった。所長が笑ってくれた。空気をしっかり変えられた。

キリエライトさんも笑ってる。うん。きっと笑ってる。よかった。

 

「ほら!貴方達は私のガードなんだから早くきなさーい!」

 

 所長が呼んでる。行かなきゃ。歩いて、いや走って。誰より早く、所長の下に馳せ参じるんだ。そう、アキレスより速く。カメよりは遅いか?いやきっとそん

 

「あの…マスター?」

 

「…あ」

 

 柄にもなくダジャレなど、どうやらまた発狂していたらしい。僕は時折発作のように正気を失うことがある。そこまで頻度は高くないのだが場所が悪い様だ。

 我々以外に生者がいないこの異界は僕の精神にとって余りに相性が悪い。死霊術士としてはこの上なく素晴らしい場所なのだが。

 

「大丈夫ですか?今明らかに表情が…」

 

「いや大丈夫です。はい。ちょっと疲れてて」

 

「そう、ですか。では休憩にしませんか?」

 

 キリエライトさんが怪訝な顔をしながらも心配してくれる。だが皆に迷惑をかける訳にはいかない。しっかりしなくては。

 

「はーやーくきーなーさーいーよー!!」

 

「ほら所長も呼んでます。休憩は後にしましょう」

 

「いえ、やっぱり心配です。ドクターロマン?」

 

 キリエライトさんが呼びかけると、風景にそぐわない明るい声が飛んできた。

 

『はいはーい。どうしたんだい?』

 

「マスターのバイタルはどうでしょうか」

 

『至って正常だよ。元気溌剌ってとこだね』

 

 当然だ。体は常に調整している。

 

「そうならいいんですが…ありがとうございます。ドクターロマン」

 

 なおも怪訝そうなキリエライトさんだったが、僕は正気に戻ったのだ。完全な杞憂である。

 

「仕舞には泣くわよ!」

 

 こっちに帰って来てまで所長が恨み言を吐いた。

 

「す、すいません。すぐに護衛を再開します」

 

 キリエライトさんも無事切り替えたようだ。よかった

よかった。

 

 

 

 

 教会跡までやってきた。一応中も調べたが何もかも燃えていた。あの罪深い地下室への扉すらなかった。何者かが人為的に破壊したのだろうか?

 

 落胆し、帰ろうとしたいその時。ステンドグラスが割れる音が響いた。屋根に登れてガラスが割れる程の運動量を持つものとはつまり──

 

 

『皆急いで逃げてくれ!サーヴァントだ!』

 

 少し遅れてDr.の声が響く。

 

「ちょっ!?しっかりモニタしてなさいよ!!」

 

「劣化していますが気配遮断です!アサシンだ!不意打ちに警戒してください!」

 

 原作での立ち絵的におそらく呪腕さんだろう。宝具すら失ったシャドウサーヴァントの彼はダークの投擲だけが唯一の攻撃方法のはず。つまりそれにさえ気をつければ…!

 

「キリエライトさん!今まで通りで!」

 

 待機していた骸骨達を走らせる。速攻だ。何も出来ない内に畳み掛ける。

 敵は一斉に飛びかかった骸骨に纏わりつかれ、思うように動けていない。案の定面制圧が出来る攻撃は持っていないようだ。

 キリエライトさんも合流し袋叩きにする。最初のうちは抵抗を続けていたが、結局悲鳴をあげることすらなく消滅していった。

 

「…なんか随分とあっけなかったわね」

 

「アサシンなのにわざわざガラスを割って突っ込んでくるんです。思考もスペックも相当劣化していたと見て間違いないでしょう」

 

 技で戦うタイプが技を失っていた上に数で押せた。だからこそ楽に勝てたのだ。本物があの程度で済む筈がない。きっと包囲を掻い潜ってマスターの僕を狙い射つだろう。

 

『安心してるところ悪いけどもう一体だ!備えてくれ!』

 

 今度はパワータイプの弁慶さんが攻めてきた。冬木式聖杯戦争なのに何故現界しているのかは置いておくとして、彼は敏捷がとても低い。骸骨で囲めば数に呑まれて終わりだろう。

 

「ははははははははは!!!!!!!!」

 

「えっ、骸骨が消えて…」

 

 謎のハイテンションを見せる影弁慶さんが笑い声をあげると骸骨達は煙の様に消えていった。

 そういえば彼は仙人だった。劣化しようが亡者程度はなんとかできる、という事だろうか?

 

「キリエライトさん!支援は無理そうです!」

 

「了解しました!所長をお願いします!」

 

 言われた通りに所長の護衛に専念する。しかしこのままいけば…

 

「マズイわね…マシュ、押されてるわ…」

 

 そもそも彼女はシールダー。守る者であって攻撃する者ではない。さらに戦闘経験も少ない。ジリ貧なのは明らかだった。

 

「藤丸!なんかないの!?」

 

「アレは獲物からして恐らくランサー。耐魔力持ちです。物理干渉ができるアンデッド系が無効化される以上、僕と所長は何も…」

 

「そんな…」

 

 

 

「つまり耐魔力を超える魔術を使えばいい訳だ」

 

 若い男の声と共に敵が燃え盛る。

 

「誰よ!?」

 

「味方だよ。嬢ちゃん!少し時間稼いでくれ!」

 

「っ!は、はい!」

 

 教会の中を詠唱が響き渡る。賛美歌にも聞こえるそれが終わった時、影弁慶さんは半径3mはある炎の柱に呑まれて消えていった。

 

「人間業じゃない…サーヴァント…?」

 

「のようですね。大方キャスターでしょう」

 

 工場長ならあれ位できそうな気もするが、協力してくれたのは間違いなく我らが兄貴、クーフーリンだろう。

 その証拠に物陰に青いモコモコとした裾が見えている。

 

「助かりました!あのお名前は…?」

 

「盾の嬢ちゃん。聖杯戦争ではな、クラスで呼び合うもんだ。俺の事はキャスターと呼べ」

 

 ゆっくりと姿を表したキャスター。目深に被ったフードからは人懐っこい笑みが漏れている。

 所長が若干怯えながらも話しかける。

 

「貴方、マトモなサーヴァントなのね」

 

「俺は泥から逃げきったからな。アイツらと違って堕ちちゃあいねえ」

 

「なら、話は早いわ。我々は人理継続保証機関カルデアの者で」

 

「まどっこしいのは止めだ止め。どうせおたく等はこの異常を解決しに来たんだろ?協力してやるよ」

 

「そ、そうよ。承諾、感謝するわ」

 

 相手が協力者だから強く出れないのか、らしくもなく非礼に耐える所長。その口は引きつり、まぶたはピクピクと震えていた。

 

「この異変の原因は大体分かってる。セイバーの野郎だ。奴さん、泥に呑まれてから大暴れしてな。俺以外は皆死んじまった」

 

「セイバーを倒せば僕達は異変解決。キャスターさんは優勝でWIN-WINという事ですね」

 

「お、坊主察しがいいじゃねーか。マスターが優秀だと楽でいい」

 

「つまり自分の為じゃない!折角敬意を表して接したのに!」

 

 我慢できなかったのか所長が激憤する。しかしキャスターさんは全く気にかけていない様だ。

 

「いいじゃねーかお互い得すんだから。坊主、契約だ」

 

 そう言って魔力パスを投げてくる。頷き、令呪を通して契約をした。

 

「はい、確かにっと。まあこんなとこで話すのもアレだ。あんた等の寝床に行こうや」

 

「ではご案内します。いいですよね所長?」

 

「ええ!不本意だけどね!」

 

 案内を始めたキリエライトさんに着いていくキャスターさんと所長。

 所長は未だに噛み付いているがキャスターさんは飄々と受け流している。

 だいぶ騒がしくなってきた様だ。

 

 

 

  



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不安な融合

「ふ〜ん。人類滅亡の可能性、ね」

 

『随分と興味なさそうですね?』

 

「そりゃ、想像もつかねぇからなぁ。唐突に滅びます、なんて言われても現実味なんざ湧かねぇよ」

 

『それでもえー!!とか嘘だろ…!?とかあるじゃないですか』

 

「騒ぎたいなら一人でしてろ軟弱男」

 

『え、酷くない?』

 

 ここはベースキャンプの男用テント。キャスターさんとDr.が情報交換をしていた。どうやらキャスターさんはDr.のことが余り好きではないようで、結構な頻度で心無い言葉を浴びせていた。少し怖いがフォローを入れておく。

 

「…あんまり悪口は言わないほうが」

 

「そう言われてもな〜。なーんか気に入らねえんだよ、コイツ」

 

『ボ、ボク何もしてないよね!?』

 

「そうです。何もしていないのに辛く当たるのは正しくないかと」

 

「お、おう?マスター、お前掴み所のない奴だなあ」

 

 ?どこがだろうか。

 

『ああ〜うん分かりますよ。藤丸君、急に饒舌になったり黙りこくったりキャラがよく分かんないんだよね』

 

 …コミュ障あるあるの一つ。「普段無口なのに急にめちゃくちゃ喋る」である。

 

「…それより、キャスターさんにお願いがあるんです」

 

「ん?なんだよ」

 

「キリエライトさんに稽古をつけてあげて欲しいんです」

 

『それは名案だね。マシュは未だ宝具はおろか真名すら判明していない。本物のサーヴァントに教えて貰えば何か掴めるかも!』

 

 ここまでは原作と同じだ。だがこれからは違う選択をする。

 

「…僕はその間所長とお話をしたいと思っています」

 

「おいおいそりゃねぇだろ。お前のサーヴァントだろうが。しっかり面倒見てやれよ」

 

 予想通りの反応だ。圧倒的な正論の前に屁理屈は通用しない。よって誠意で押し通す。

 

「…お願いします。どうしても二人きりでお話をする必要があるんです。護衛は骸骨でなんとかします。ですからどうか…」

 

「…ん〜まあマスターの頼みだしな。分かったよ、但し条件付きだ」

 

「条件?」

 

「その話とやらが終わったら嬢ちゃんの修練にも付き合ってやれ。サーヴァントってのはマスターとの信頼が大事だからな。いいな?」

 

「はい!勿論です!」

 

 よかった。どうやら承諾してくれた様だ。この機会は大切にしなければ。

 

「明日の朝に出かける。お前もしっかり寝とけよ」

 

 そういうとキャスターさんはテントから出ていった。彼の言う通り忙しい明日に備えて寝るとしよう。

 

 

 

 

 

 そして今日。既にキャスターさんとキリエライトさんは出かけていった。Dr.はキリエライトさんの近くでないと通信できない。つまり二人きりという訳だ。

 

「…で、話って何よ」

 

 さすがに直球で話を進める勇気はない。昨晩考えた通り、哲学的な感じでフワッと伝える事にする。

 

「所長。死ってなんだと思いますか?」

 

「死?魔術的にみれば魂の剥離で、科学的にみるなら脳の停止じゃない?」

 

 思いの外あっさりと答える所長。少しでも迷ってくてればそのまま煙に巻いたのだが…

 

「…その、じゃあ自分が死んだ後ってどうなると思います?」

 

「放置すれば肉体は腐って魂は行くべきところに行くでしょうね」

 

 またまたあっさり答える所長。頭がよく、理屈っぽい彼女に抽象的に伝えようとする事自体が間違いだったようだ。もうバッサリ伝えてしまおうか。

 

「では魂が移動しなかったら?それは死でしょうか?」

 

「ただの地縛霊。つまり死じゃない?」

 

「いえ、特定の場所には縛られない場合です」

 

「じゃあ浮遊霊で結局死…というかこの手の話は死霊術士のアンタのが詳しいんじゃないの?」

 

「いえその…知識としてではなく…所長の認識が大事というか…」

 

 腰に手を当て、怪訝そうな表情でこちらを見る所長。

 

「私の認識ぃ?…ちょっと待ちなさいまさか…」

 

 自らの掌を胸に当てている。最初は真顔だったが、段々と脂汗を流し、ガタガタと震え始めた。

 

「…わ、私の心臓…うご、動いてないわ…!」

 

 どうやら自力で真実にたどり着いた様だ。しかし明らかに動揺し、怯えている。こうなっては可哀想だからオブラートに包もうとしたのだが。

 

「落ち着いてください所長!」

 

「私死んで消えちゃまだ誰も褒めてくれてないのに勝ってないのに」

 

 話が全く通じていない。とにかく自己崩壊が始まる前に一度正気に戻さなければ!こんな時、主人公ならば手を握ったり抱きしめたりするんだろうが僕は紛い物だ。チキンでいかせてもらう。

 肺腑目一杯に焼けた空気を吸い込み、思いっきり叫ぶ。

 

「落ち着いて!!ください!!!」

 

「ひょいっ!」

 

 変な声を上げて所長が固まる。この隙に都合のいい事実を耳に流し込み、存在を安定させるのだ。

 

「所長、ご安心を。まだ死んだわけではありません。ちょっと肉体が無いだけです。」

 

「い、いやそれ死…」

 

 畳み掛ける。とにかく希望を捨てさせてはいけないのだ。

 

「この僕が必ずやお助けしてみせます。ですから少し落ち着いてください」

 

「は、はいありがとうございます?」

 

 錯乱の余り敬語を使う所長。しかし表情は安定してきている。この調子だ。

 

「肉体がないなら依代の中に入ればいいのです」

 

「よ、依代?…まさかスケルトン!?」

 

 さすがにうら若き乙女が骸骨になるのは嫌なのだろう。悲痛な声を上げる所長。

 

「いいえ。骸骨ではカルデアに帰れません」

 

「じゃあどうすんのよ!」

 

 今度は怒り出した。不安定過ぎて気の毒だ。

 

「ここです」

 

 そう言って自分の胸を叩く。

 

「どこよ!」

 

「だからここですって」

 

 もう一度胸を叩く。

 

「…アンタ死霊術士なのに一つの肉体に魂を二つ入れると消滅するって知らないの?」

 

 呆れているのか泣きそうなのかよく分からない表情で問われる。

 

「勿論知っていますよ。ですがそれは普通の人間の話です。我々ならなんとかなりますよ」

 

「私が軽量化されてるってこと…?」

 

「違います。僕の魂が欠けてるんです」

 

 両儀式さんも病院で霊に侵入されていたが死はおろか発狂すらしなかった。僕でもなんとかなるだろう。 

 

「…え、なんで?」

 

「秘密です。それより一度試しませんか?帰りに挑戦していざ入らなかったでは困るので」

 

 心底嫌そうな顔をする所長。めちゃくちゃ傷つくので辞めて欲しい。ヤメテ…

 

「…ホントに死なないのよね?」

 

 僕が嫌で顔をしかめた訳ではないのか?ないよな?うん、ない。きっとそう。

 

「入れなければカルデアに帰れませんし、勇気を出して頂くしか…」

 

 そう言って少し追い詰めると、暫く百面相を繰り広げたあと、遂に所長は覚悟を決めた。

 

「っしゃ行くわ!優しく受け止めてよね!」

 

「了解です」

 

 静かに頷き、僕も受け入れ体制を整える。

 所長が猛然と突っ込んで来た。僕は回路を走らせ、所長を純粋な魂に変え────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────あったかい

 

 そう感じたのはどちらだっただろうか。僕は私を優しく包み込んでくれた。僕は私の過去が見えて、私は僕の過去が見えた。僕はいつも教室で一人で、私もいつも教室で一人だった。親以外の知り合いは少なく、その人達も結局はどこかで他人だった。僕も私も家のプレッシャーに潰されそうだったけど期待応える為には努力するしかなかった。「ヤバいです、私!ちょっと混じってます!」別にいいじゃない。とってもあったかいもの。それに僕も…私と同じひとりぼっちだったのね…なんでかしら、私とっても嬉しいわ。でも安心して?これからはずっと一緒よ?だからもっと──

 

 

「気持ちよくなりましょ?」

 

 目の前で所長が消え入りそうな声で呟く。その頬は赤く上気し、目は熱に浮かされた様に潤んでいる。

 

 完っっっっっっ全に失敗した。彼女の魂は何かを求めるように僕の中で駆け回り、隙間の奥の奥まで入りこんできた。あともう少し分離が遅れていたら完全に癒着していただろう。

 帰ったら人形の中に入ってもらうつもりだからいいが、帰る道中は気張らないとかなりヤバそうだ。

 今回の収納時間は秒針を見るに30秒。その間に僕は彼女の人生を見た。相当な精神加速だ。本番は何秒あの誘惑に耐える必要があるんだろうか…?

 

「…ねえなんで閉め出したの…?寒いわ…」

 

 豊満な体を押し付けて不平を漏らす所長。この大地は燃え盛っているが彼女の魂を暖めるにはほど遠い様だ。

 いやそんな馬鹿なことを言ってる場合ではない!纏わりついて離れない所長を引こずってテントに入る。

 今の彼女は明らかに正気ではない。元のキリッとした所長に戻ってもらわねば、指示を仰ぐ身としては非常に困る。

 

 初歩的な催眠魔術をかけると、所長はすぐに眠りに堕ちた。魔術を齧っていれば簡単に弾ける程度の魔術だ。この無防備さではレフ教授に何をされるか分かったものではない。暫く眠って心を整理してもらって、それからまた話し合わなければ。

 ゆっくりと寝袋の上に横たわらせて顔を覗く。美しく端整なその顔は、溢れんばかりの幸せに満たされていた。

 普段のしかめっ面と打って変わった顔に少し驚くも、同時に憐れみを覚えた。この人は今まで無条件に甘えることを知らなかったのだ。

 

 せめて僕は優しくしてあげよう、そんならしくもないことを想ってしまう程には僕も彼女に毒されていた。




なんだこれ


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清廉なる盾

 結局あの後所長は一度だけ目を覚まして、「忘れなさい」とだけ言い残してまた眠った。

 そこには痴態を晒した恥ずかしさを誤魔化すというよりは、指揮官としてのけじめが見受けられた。

 

 

「──とまあそういう訳です」

 

 Dr.達にはぼやかして、所長が肉体を失っている事と帰り方だけを伝えた。

 

『なるほどねえ。特異点Fは不安定だから存在していられるけど、カルデアではそうもいかないと』

 

「はい。ですので僕の荷物から人形を取り出しておいてください」

 

『了解。後で手配しておくよ』

 

 Dr.との事務連絡が終わると、キャスターさんが話しかけてきた。

 

「坊主、分かってんだろうな」

 

 約束したキリエライトさんとの特訓の話だろう。さっきの騒動の疲れがまだ癒えていないが、だからといって

反故にするのは余りに失礼だ。

 

「はい!すぐに準備します」

 

 眠る所長を護衛しながら量産していた兵器をリュックにしまい、カルデアから送られてきた特に味のしないレーションを水ごと飲み込む。抗菌仕様のグローブも新品と交換して、終いに魔術士の命である口をしっかりと磨いて準備完了だ。

 

「いつでもいけます!」

 

「よし、広場に行くぞ。そこに嬢ちゃんが待ってる」

 

 

 キャスターさんに連れられて指定地に向かう。

 そこはだだっ広く何もない場所だった。いくつか小石が転がっている程度で、敵影も建物もない。

 

 いや、例外があった。巨大な盾を構えた美しい少女だ。

 

「マスター!マシュ・キリエライト、ただいま遠征より帰還しました!」

 

 少しはにかみながら彼女が駆け寄ってくる。黒い鎧に大盾と威圧感抜群だが、その笑顔がそれらを帳消しにしている。

 

「おかえりなさい。キリエライトさん」

 

 外傷は見られない。彼女は守りに特化したシールダーなので当たり前といえば当たり前ではあるのだが、その貌はあどけない少女のそれだ。どうしても心配になる。

 

「挨拶も済んだところで稽古を始めるぞ」

 

「はい!一体どのような内容なのでしょうか。私、楽しみです!」

 

 元気一杯なキリエライトさん。しかしキャスターさんの言葉でその顔が曇るのは目に見えていた。

 

「オレとの戦闘だ。坊主を殺すから全力で守れ。いいな?」

 

「えっ…え!?」

 

「行くぞっ!」

 

 キリエライトさんが混乱するのも構わず詠唱を始めるキャスターさん。本番でも敵は待ってくれない。いい経験だと喜ぶべきだろうか?

 

「キリエライトさん!いつも通りの動きで行きます!敵の攻撃に備えてください!」

 

 慌てながらも頷くキリエライトさんを横目に骨を走らせる。所長の護衛用に四体残してきたので手持ちは六体だ。

 

「アンデッドは弱点が多い!対策しなきゃ死ぬぞ坊主!」

 

 キャスターさんが空中にルーンを刻むと周囲が明るく照らされた。驚いている間に四体が消し飛ぶ。

 浄化の光の類だろう。警戒しなかった僕の失策だ。

 更に詠唱。今度は彼女を狙っている。

 

「マスター!任せてください!」

 

 言うやいなや火球が飛んでくる。キリエライトさんがしっかりと受け止めてくれたが、あれをモロに喰らえば火傷では済むまい。とにかく撃たせては駄目だ。

 

「キリエライトさん!距離を詰めましょう!」

 

 キャスターさんが詠唱をしている内に距離を詰める。今は余裕を奪うのが大事だ。

 

「普通のキャスターなら正解だ!だがオレは近接もいけるクチでね!」

 

 杖を素早く持ち変えると、槍の様に突いてくる。

 

「杖で槍術って…そんな滅茶苦茶な…!」

 

 彼の本分はランサー。その技術はキャスターとなった今でも高い様で、変幻自在の軌道でラッシュを仕掛けてくる。

 だがキリエライトさんに釘付けの今こそ好機。骨二体を全力で向かわせる。

 

「いい判断だ!一対多なら大物食いもありえる!だがな!」

 

 骨の足元が光ると共に爆発が起こる。いつの間にかルーンを仕込まれていたようだ。更にもう一体も、強力な蹴りで剣を飛ばされてしまう。

 

「余りに強力な一に勝つのは無謀ってもんだ!」

 

 だがここまでは予想済み!

 

「キリエライトさん!防御を!」

 

 あらかじめ全ての骨の鎖骨を爆弾に変化させておいた。これを爆破させる!

 キリエライトさんは防御が硬いが彼はそうでもない。これなら!

 

「…ッチ!」

 

 体制を崩すキャスターさん。今がチャンスだ!

 

「キリエライトさん!殴っちゃってください!」

 

「了解ですマスター!」

 

 耐え続けた鬱憤を晴らすかの様に盾を叩きつけるキリエライトさん。このままいけば勝てる!

 

 

「正直舐めてたぜ…!少し早いが本番だ!」

 

 追撃を振り切り、とんでもないスピードで後ろに距離とるキャスターさん。彼の敏捷はCだったはずだ。短期的な身体強化を使ったのだろうか?

 

「キリエライトさん!宝具来ます!」

 

「りょ、了解です…!」

 

 目に見えて怯えている彼女。しかし耐えて貰わなければこちらは死ぬ。信じるしかないのだ。

 

「ウィッカーマン!」

 

 キャスターさんが杖を振り上げると、地面から巨大な腕が姿を表す。燃え盛るそれは優に5mを超えていた。

 それは拳を強く握り込むと、凄まじい速度で振り下ろしてくる。

 

「私が…守らなきゃ…!」

 

 キリエライトさんが何か呟いた直後、酷く耳障りな金属音と共に砂埃が飛んでくる。

 思わず目を瞑ってしまう。どうなったか見えないが、あの猛烈な恐怖がやってこない以上…

 

「藤丸さん!やりました!宝具、発動しました!」

 

 目を開けると綺麗な虹色のバリアが見えた。彼女は成し遂げたのだ。

 

「成功…ですね!キリエライトさん、助かりました!」

 

「いえ!藤丸さんを何がなんでもお守りしたいと願ったら自然と…!」

 

 二人で喜びあっているとキャスターさんが歩いてやってきた。

 

「宝具展開おめっとさん。これで一段階先に進んだな」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべる彼はグシグシ彼女の頭を撫で回す。

 

「だがまだ真名は分かってねえようだな?」

 

「はい…先程も申し上げましたが、マスターを護ろうと決意したら急に力が湧いてきて…特に真名が思い浮かぶとかそういったことは…」

 

 

 

「───その一途な思いに宝具が答えたのよ。とんだ美談ね。ホント」

 

 声がした方角を向くと微笑を浮かべた所長が立っていた。

 

「おはようございます。もう疲れはとれましたか?」

 

「ええ。お陰様で十分休めたわ。立香(・・)

 

 …え?今

 

「私のことはいいのよ。それよりマシュ、真名無しでは不便でしょう。私が考えてあげる」

 

「はい!お願いします!」

 

「ロード・カルデアス。これはどう?あなたにも意味のあるスペルよ」

 

「…はい!それにします!ありがとうございます、所長!」

 

 とてもいい話だが少し違和感があった。

 所長はキリエライトさんにどこか遠慮している節があった。しかし今はそれが感じられない。というか随分と肩の力が抜けている。なにかあったのだろうか?

 

『ぴったりな名前だよ!よかったねマシュ!』

 

「アンタ見てたのかよ」

 

『え、酷くないかな!?』

 

 空気を読んで戦闘中は黙っていたDr.も祝福している。キャスターさんに無碍に扱われてもその顔は笑っていた。

 彼はキリエライトさんの事を強く気にかけていた。彼女の成長が人一倍喜ばしいのだろう。

 

「さて、展開の感覚を忘れない内にガンガン練習するぞ。手加減したとはいえ、さっきは完全に防がれちまったからな。オレもリベンジしたい」

 

 キャスターさんが首を鳴らしつつ告げる。やはり本気ではなかったようだ。常時の身体強化にエンチャントや身代わり、彼の全力はあんなものではないだろう。

 

「そうときたら続行です!マスター、構いませんか?」

 

 正直もうクタクタだが彼女がやる気なのだ。僕も気を張るべきだろう。

 

「ええ勿論です。思いっきりやりましょう!」

 

 

 練習は夜遅くまで続いたが、それだけの成果はあって彼女は完全に宝具をモノにした。

 準備は完了し、あとは地下へ潜るだけだ。

 そろそろ決戦の覚悟を決める必要があるだろう。




感想と高評価増えて嬉しいです。
いつもありがとうございます。


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弓兵の洞窟

「ここが敵拠点…」

 

「正確にはその入り口だな」

 

 特訓の日の翌朝、僕達はキャスターさんの案内で敵首魁であるセイバーさんの居場所へ向かっていた。

 その入り口である洞窟に差し掛かったのだが、あまりに広く、また整然としている。人の手が加わっているのは明白だろう。

 一般人がこんなところに用があるとは思えないし、十中八九魔術師の仕業だ。

 

「キャスター、セイバーの正体は分かってるわけ?」

 

 どうでもいい事を考えていると、所長がキャスターさんへ質問していた。

 

「まあな。宝具を喰らえば誰でも分かる。エクスカリバー、聞いたことあるだろ?」

 

「っ!ではセイバーとはアーサー王なのですか!?」

 

 アーサー王。イングランドの伝説に伝わる王様だ。選定の剣に選ばれた王の中の王。ゲームやラノベでもよく出る彼、ではなく彼女だ。

 

「…その、私なんかに聖剣の一撃を防げるでしょうか…」

 

 不安そうに眉尻を下げるキリエライトさん。彼女の盾、いや本来は盾ですらないそれはセイバーさんへの最高の対策になりうる。

 そこまで心配する必要はないのだが、本人はそんな事を知る訳がない。励ましてあげた方がいいだろう。

 

「大丈夫ですよ。キリエライトさんなら余裕です。所詮聖剣程度ですからね」

 

 

 

「──聖剣を所詮扱いか。大きく出たものだな」

 

 岩陰から黒い影が飛び出してくる。細身の双剣を構える彼は間違いなくアーチャーだろう。

 明らかに矛盾しているが事実なのだから仕方がない。

 

 

「よう信奉者。まだセイバーを護ってんのか?」

 

「信奉者になった覚えはないがね。まあ蛮勇の輩程度は片付けておくさ」

 

 彼の耳の近くでセイバーさんを貶すのは不味かったようだ。少し苛ついているように見える。

 こちらが本気で言ったわけではないと分かっているだろうに、奇襲も仕掛けず馬脚を表すとは。影に堕ちて精神も劣化したのだろうか?

 

 …僕こんな嫌味っぽかったかなあ。

 

「マスター!指示を!」

 

「亀で行きます!合図で宝具を!」

 

「了解!」

 

 敵は影エミヤさん。マスターがいない以上、投影を連発することもできないだろう。守りに徹せばそこまで強敵でもないはずだ。

 

「弓隊前へ!」

 

 弓使いの骸骨達を前に出す。キャスターさんが矢避けの加護を持っているからと前回は使わなかったが今回は出し惜しみなしだ。

 大雑把に狙いをつけて次々と放っていく。僕や骸骨の動体視力ではサーヴァントの動きを見て予測など出来るはずもない。ならば適当に射って移動範囲の制限に使った方がマシと言うわけだ。

 そして案の定、影エミヤさんは動きあぐねている。そこに…

 

「ansuz!」

 

 キャスターさんが狙撃していく。

 近接に持ち込まれてもキリエライトさんが受け止めてくれるのでその間に袋叩きにできる。かなり上出来な陣ではないだろうか?

 

「マトモに戦う気はない訳か…」

 

「お前だってセコい戦い方すんじゃねーか。インガオーホーだよインガオーホー」

 

 適当な発音で四字熟語を使うキャスターさん。因果応報かどうかはともかくかなり封殺できているようだ。

 

「なるほど勝機はないようだ。しかしこれはどうかな!?」

 

 距離をとったあと弓を構えるエミヤさん。壊れた幻想と見た。

 

『高魔力反応!宝具がくるよ!』

 

「任せてください!ロード・カルデアスッ!!」

 

 Dr.の報告を聞いて宝具を展開するキリエライトさん。弓に番えられた矢はドリル状ではない。カラドボルグⅡではないだろうし、防御は破れないだろう。

 

 しかしエミヤさんは弓を頭上に向ける。つまりこれは…

 

「キリエライトさん!盾を上に!」

 

「了解です!」

 

 疑いもせず素直に向けてくれるキリエライトさん。その直後、矢が天井に着弾した。

 

 凄まじい轟音。巨石が雨のように降り注ぎ、盾に弾かれていく。砂埃が舞い上がり、視界が塞がれる。

 

「次弾警戒!Dr.!魔力反応の位置を!」

 

『しょうめ』

 

「algiz!」

 

 爆音と共に再び砂埃が舞い上がる。正面では鹿の角の様なマークが輝いていた。

 恐らくルーン文字。キャスターさんが障壁を貼ってくれたのだろう。

 

「あっぶねえあっぶねえ。やーっぱアイツもセコいじゃねえか」

 

 Dr.が言い切る前に障壁を貼っていたのだろうか?勘かそれとも見えていたのか。どちらにしろ尋常ではないことだ。

 

『敵サーヴァント消滅。周囲に反応もないよ!お疲れ様!』

 

「無理に二連射したか。命に変えてまで何をそんなに守りたいのかねぇ…」

 

 ため息をつくキャスターさんを横目にキリエライトさんを覗く。彼女は落ち込んでいるように見えた。

 

「すいません…私、皆さんを守れませんでした…」

 

「問題ありませんよ。結果的に全員生き残りましたし」

 

 死が這いよる感覚もなかった。

 

「確かにそうですけど…もしキャスターさんがいなかったら…」

 

「マシュ。貴方、過ぎた事を気にし過ぎよ。休憩にするから整理なさい」

 

 言うや否やシートを広げ、座る所長。キャスターさんもちゃっかり座っていた。

 空気を読んで自分も座る。

 

「所長…ここは崩落の危険が…」

 

 困った様に進言するキリエライトさん。

 

「あら、貴方が守ってくれるでしょ?」 

 

 なんでもない事のように返す所長。これはひょっとして彼女なりに励ましているのだろうか?

 キリエライトさんも気づいたのか少し笑っている。

 

『まあ敵が来たり、崩落が始まったらボクが伝えるからさ。今はゆっくり休んでよ』

 

 Dr.の勧めに従い彼女も座る。

 

「ほら、甘いものも食べなさい。」

 

 そう言ってドライフルーツを押し付けられ、おずおずと食べ始めるキリエライトさん。

 

「オレと坊主の分はねーの?」

 

「ないわよ。元は私一人で食べる予定だったんだから」

 

「マジかよ〜。イノシシでも狩ってくるかねえ」

 

「いないでしょ。そんな生き物」

 

 所長の無慈悲なツッコミ。

 確かに冬木市に生息しているか分からないし、していたとしても既に死んでいるだろう。

 

『しかし、所長。こんなものを持ち歩くなんて用意周到ですねえ』

 

「頭痛に柑橘系が効くと言ったのはあなたでしょ、ロマン」

 

「え、これ医療用だったんですか!?」

 

 驚き、すぐに返そうとするキリエライトさん。食べかけなのに返しても受け取ってはくれないと思うが…。

 

「別にいいわよ。私にはもう必要ないから」

 

 何か代替案があるのだろうか?やんわりと拒否する所長だった。

 

 もうすぐ決戦だ。今は僕もしっかり休むとしよう。




UAが10,000を超えました。
いつもご覧いただきありがとうございます。

Fateブランドってすごいなあ。


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軽微な代償

 体と頭を休め、ついでに作戦会議も済ませて休憩は終わった。

 洞窟内部を解析したDr.の声に従って進んでいく。

 

『…うん。その先に強大な魔力反応が確認できる。真っ直ぐ進んでくれ』

 

 数分歩くと出口が見えた。

 暗雲、という表現が相応しい厚い雲。黒々とした硬い地面。そして不自然な台地。

 いかにもな舞台に立つは黒衣の王。

 さながらセイバーさんが魔王で僕らが勇者パーティーってところだろうか。

 

 

「…その宝具は…」

 

「はぁ!?お前喋れんのかよ!?」

 

「面倒な観客がいるのでな。案山子に徹していた」

 

 興味深げなセイバーさんと驚愕に顔を歪ませるキャスターさん。

 面倒な観客とやらは確実に今も見ているだろう。彼はそういう役割だ。

 

「だが…まさかそんなものを持ち出すとはな。誰の仕業かは考えるまでもないだろうが」

 

 持ち出した犯人もやはり見ているだろう。彼もやっぱりそういう役割だ。

 

 

 

「──構えろ娘。その守りが真実かどうか。この剣で確かめてくれる!」

 

 吼えると同時に突っ込んでくるセイバーさん。魔力を燃料に化物染みた加速をするその姿は、まさにロケットの擬人化だ。

 

「受けてみせます!」

 

 キリエライトさんが盾を構える。剣がぶつかると同時に凄まじい爆風が吹き抜けた。

 ただの斬撃でこの威力。決め技でも撃たれようものなら衝撃波で僕が死にそうだ。

 

「突撃壱番隊前へ!弓兵隊放て!」

 

 骸骨達に指示を出す。前回の様に上手くいくといいのだが…

 

「邪魔をするな」

 

 矢をことごとく避けられ、突撃隊も一撫での内に沈められていく。

 鎧袖一触。ここまで差があると溜息もつけない。

 

 しかしこちらにはキャスターさんがいる。挙動の節を狙って的確に火球を放っていく。

 

「無駄だ」

 

 だがその火球も大したダメージにはなっていない。彼女には耐魔力があるのだ。詠唱の短い魔術では足止めにもならない。

 

「オレもランサーの時は似たような事してるけどよ!やっぱせこいよなあソレ!」

 

 こちらの通常攻撃では全て効かない。作戦会議の時から分かっていた話ではあるが、実際に目の当たりにすると絶望的だ。

 だが諦めてはいけない。勝機は確かにあるはずなのだから。

 

「突撃弐番隊前へ!」

 

 追加の突撃隊を出す。本来なら戦力の逐次投入は悪手だが、一度に大量に投入すると大火力で薙ぎ払われてしまうのがオチだ。それでは目的が果たせない。

 

 キャスターさんが長い詠唱をする隙を骸骨で潰す。それが第一の作戦だった。

 

「isa!」

 

「チッ…」

 

 氷の魔術がセイバーさんを捕らえた。黒鎧のガントレットが凍りつき、動きを鈍らせる。

 

「キリエライトさん攻撃です!突撃参番隊は随行せよ!」

 

 頷いたキリエライトさんが走り、突撃隊がその後を追う。

 第二の作戦、袋叩きだ。格好はつかないがこれが戦闘でもっとも効率がいい。

 

『魔力増大!気をつけて!』

 

 迎撃の為に剣に膨大な魔力を纏わせ、袈裟懸けに振るうセイバーさん。

 

「効きません!」

 

 しかしキリエライトさんによって防がれる。この通り、彼女をセイバーさんの近くに配置できれば骸骨達への被害も減る。

 問題はサーヴァントしては遅いキリエライトさんの敏捷だった。それをキャスターさんの妨害で突破したのだ。

 

「思いの外上手くいってます。キャスターさん、予定と違いますが宝具を」

 

 小声で知らせると彼は無言で頷き、詠唱を開始した。

 突撃隊との魔力パスが切れる。恐らく全滅したのだろう、号令を掛けるため視線を戻す。

 

 

 

───目が、合った。

 

 

 

 ヤバイ。キャスターさんは詠唱中。キリエライトさんは遠い。突撃隊は間に合わない。弓兵隊は近接に向かない。所長は防ぐ術を持たない。

 ならばするべきことは間違いなく

 

「令呪を以て──」

 

 飛んできた。弓兵隊が掻き消えた。剣が振りかぶられる。

 

「命ずる──」

 

 切られた。右腕がゆっくりと飛んでいく。

 

「我が下に──」

 

 セイバーさんの顔が歪んでいく。しかし剣は止まらず次の構えへ。

 

「──来い!」

 

 目の前に見覚えのある髪色が現れる。

 間に合った。

 

 

「ああああああああああああ!!!!!!!」

 

 キリエライトさんが叫ぶ。

 再び爆風。足に力が入らず吹き飛ばされた。

 みっともなくゴロゴロと転がっていく。左腕を地面に突き立ててなんとか止まる。

 起き上がる為、右腕で地面を押そうとするが手応えがない。

 そういえば切れたんだった。

 

「そのまま寝てなさい!」

 

 所長が駆けつけてくれた。包帯を僕のリュックから取り出し、テキパキと処置してくれる。

 

「切断面が恐ろしく滑らかで血も殆ど出てないわ…これなら大丈夫」

 

 死の恐怖がやって来ないのはそのせいだろうか?

 なんにせよ助かった。敵だから感謝はしないが。

 

 所長の肩を借りて立ち上がる。

 

「令呪が左腕にあるとはな!手袋に騙されたぞ!」

 

 何故か笑顔のセイバーさんが、キリエライトさんに猛攻を仕掛けながら話しかけてくる。

 別に騙した覚えもないのだが。グローブで令呪が見えなかった事を言っているのだろうか?

 

「一般的に令呪は右腕に浮かぶのよ。もし右腕にあったら、切断されて発動しなかったでしょうね」

 

 これまた何故か妙に冷静な所長に説明される。

 運がよかった。そういう事だろう。

 

「それよりポイントに立ってるわよ」

 

 見ればキリエライトさんとキャスターさんが誘導し、目標の場所で戦っていた。

 

「…はい。そろそろ、終わらせます」

 

 

 所長に発破を掛けられ、魔術回路を起動させる。パスを繋ぐのはセイバーさんの足元に散らばる骸骨の残骸。

 キャスターさんも察して詠唱を始める。

 

 

「──Kolekte epi pran」

 

 骨が宙に浮き、セイバーさんを取り囲む。彼女が惑う内に、その柔肌に突き立ち、そして喰い込んでいく。

 一本一本は大した事はないが数が数だ。少しずつ動きを押し留めていく。

 

「なるほど。チマチマとスケルトンを送ってきたのはこれが理由か…だがこの程度…!」

 

 撤退するキリエライトさんを睨みつつ、持ち前の魔力放出で吹き飛ばそうとするセイバーさん。しかしもう時間は稼ぎ終わった。

 

 

「焼き尽くせ木々の巨人。『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!」

 

 

 第三にして最後の作戦。キャスターさんの宝具が開帳された。

 地を割り、岩を飲み込んで紅蓮の人影が現れる。

 もはやビルと同じ位の大きさのその巨人は、セイバーさんを殴りつける。

 一発目で骨が全て溶けた。二発目で地面が溶けた。三発目で空気が溶けた。

 

「──トドメだ!」

 

 キャスターさんの合図と共に巨人が大爆発を起こす。

 強烈な熱波がここまでやってきた。肌が焼ける痛みに、所長が口を歪める。

 

 やったか…?

 

 

「──卑王鉄槌」

 

 煙が晴れ、黒い光が溢れかえる。

 …嘘だろ?

 

「極光は反転する」

 

 絶望に暮れ、地面を見つめる。

 …死ぬのか?死にたくない。死にたくない。しにたくないしにたくないしに

 

「大丈夫です。マスター」

 

 足音が、聞こえた。

 

 

「光を呑め。『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

 

 

 

 何度目か分からない凄まじい衝撃。

 途切れそうな意識をかき集め、前を向く。

 

 烏の濡羽の様な。黒く、しかし輝いた暴力的で優しい光が──

 

 

「死んでください」

 

 

 肉を潰す醜い音。まるでプレス機にでもかけられたような────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてください!」

 

 背中に硬い地面の感触。どうやら気絶していた様だ。

 

「あれ、キリエライトさん…?」

 

「よかった。目を覚まされたんですね!」

 

「セイバーさんは!?」

 

「消滅しました!同時にキャスターさんも『次はヘマをしない』とだけ残して座に退去されました!」

 

 キャスターさんの真似のつもりなのか芝居がかった渋い顔で告げるキリエライトさん。

 

「…色々言いたいけれど。まずは体、借りるわよ」

 

 横から声を掛け、いきなり入ってくる所長。

 目を覚ました直後なのにそれはマズイ!

 

『…大丈夫よ。もうコツは掴んだから』

 

 頭の中に響く所長の声。

 確かに混ざる気配もないし、不調が起こることもない。まったくもって平常運転だ。

 

『…疲れたわ。少し寝ます。レフによろしく…』

 

 それを最後に声は聞こえなくなった。寝たのだろうか?

 …いやそれよりだ。所長はどうやらレフ教授の正体が何たるかを知っているようだ。

 薄々分かってはいたが、僕の記憶は全てバレた。そう思って間違いはないだろう。

 これは…後でお話をする必要があるだろう。

 

「…マスター。安定しましたか?」

 

「あ、はい。どうにか」

 

 キリエライトさんにも融合のことは伝えてある。心配そうな顔をしているが、僕は大丈夫だ。精一杯の笑顔で返事をしておく。

 

 

「じゃあ帰りましょうか。ドクターロマン?」

 

 キリエライトさんが呼びかけるも、返事がない。

 

 

 

「ああ、カルデアとの通信なら切断させてもらったよ」

 

 低い声が響き渡る。

 声がした方を向くと、台地の上に緑衣にシルクハットの男が立っていた。

 

 

「レフ教授!?」

 

「やあマシュ。さっきの一撃、素晴らしかったよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべる男、レフ教授。セイバーさん風に呼ぶなら面倒な観客だ。

 

「しかし驚いたよ。逃げたと思っていた48人目が来ていたこと。オルガがまだ存在している事。君達がセイバーを倒したこと。お陰で大忙しさ」

 

「レフ教授!何故ここに!?」

 

 混乱した様子のキリエライトさん。無理もない。レイシフト適性のない彼がここにいるのは、本来有り得ないことだからだ。

 

「何故?何故ってそれは──私が2015年担当者だからさ」

 

「一体何を言ってるんですか!?」

 

 戸惑うキリエライトさんに困った顔をするレフ教授。

 

「ふむ。では改めて自己紹介しようか。私の名前はレフ・ライノール・フラウロスだ。端的に言えば──君達人類を滅ぼす存在さ」

 

「滅ぼす?何故…」

 

「さっきも言ったが私は忙しくてね。理解のトロい君達低能に付き合ってる暇はないんだ」

 

 突如として態度を変えるレフ教授。瞳孔を開ききり、残酷な笑みを浮かべる彼の表情に、恐怖を呼び起こされる。

 

「まあ無駄だとは思うがね、精々抵抗するといい」

 

 嘲笑し、杖を振り上げた彼は消え去った。

 転移魔術だろうか?さすがは魔神柱、なんでもありだ。

 

 

『おーい!聞こえるかい!』

 

 Dr.の声だ。レフ教授が去った事で通信が復旧したのだろう。

 未だに混乱しているキリエライトさんに代わって自分が答える。

 

「Dr.急ぎ回収願います。また意識が堕ちそうです…!」

 

 慌てるDr.の声が聞こえるが、いまいち聞き取れない。

 キリエライトさんも正気に戻ったのか僕になにか呼びかけている。

 だが…もう…

 

「すいません…ちょっと寝かせてください…」

 

 むりだ。ねる。

 

 



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幕間
歪んだ優しさ


 気がつくと宙に浮いていた。

 

「宙ではないわね。精神の中って奴よ」

 

 目の前には灰色の海を漂う所長。

 なるほどこの汚い色の空間は僕の心の中なのか。

 

「私は好きよ。この色。何もかも呑み込んでくれるもの」

 

 不穏だなあ。なにか嫌な事でも?

 

「あったに決まってるじゃない。私の苦しみも死も何もかも決まっていたことなんでしょ?」

 

 …そうだった。もう全部知ってるんでしたっけ。

 

「ええ。色々と記憶は摩耗していたけど、見させてもらったわ」

 

 もうこっちに来て18年経ったんです。多少の物忘れは許してくださいよ。

 

「別に恨んでる訳ではないわ。貴方のお陰で助かったのだもの」

 

 そうだ。僕は一応命の恩人、ということになるのか。

 

「感謝しておくわ。ありがとう」

 

 所長が礼を言うなんてなんか変な気分だなあ…

 

「何よそれ。まあとにかく私は貴方に全面的に協力するわ」

 

 それはありがたい。最高司令官たる所長に協力して貰えればできることも増えるだろう。

 

「その所長って呼ぶのやめてくれない?私は貴方なんだもの、オルガでいいわ」

 

 …なんか止まらなそうですね。

 

「私は団長ではなく所長よ」

 

 そういう事も知ってるのか…。まあ分かりました。オルガ。

 

「さて、話は終わりよ。早く目を覚まして私を器にいれてちょうだい」

 

 了解です…

 

 

 

 

 

「うぉっ」

 

 意識が戻ると目の前にキリエライトさんがいた。

 

「目を覚まされたんですね!」

 

「え、ええ…」

 

「ドクターロマンを呼んできます!」

 

 そう叫ぶと、彼女は騒がしく部屋を出ていった。

 辺りを見回すと、僕のカバンと人形が置かれている。察するにここは僕の部屋だろうか。

 人形があるのは好都合だ。はやくオルガを僕の中から出してあげたい。あんなきっっっったない所にいると彼女も不快だろう。

 

 立ち上がろうとしてバランスを崩す。

 

「ああ…そうか…手が…」

 

 精神の中ではついていたから忘れていたが、そういえば切られたんだった。

 衝撃の事実だというのに動悸も劇しくならないし痛みもない。きっとカルデアの技術でなんとかしてくれたのだろう。

 

「藤丸君!大丈夫かい!?」

 

 慌ただしくDr.とキリエライトさんが入ってきた。

 

「ははは。腕が取れちゃいました」

 

「…うん。それに関しては本当に申し訳ない。義手をレオナルドに作ってもらってる。あとで試してみてくれ」

 

 かの天才が作った義手が貰えるらしい。さすがに師匠には及ばないだろうがきっと便利に違いない。

 

「…腕の他に、異常はないかい?」

 

「ないですよ。元気溌剌です!」

 

 凄く苦い顔をしているDr.とキリエライトさん。自分の責任だと感じているのだろうか?

 

「Dr.肩を貸してください。オルガを移します」

 

「驚いたな…仲良くなったのかい?」

 

 肩を向けながら名前呼びに驚くDr.。無言で首をかしげて返答しておく。自分でも彼女との距離感がつかめないのだ。

 

 オルガの服が着せられた人形に触れる。いや、このサイズだとドールだろうか?

 後で調べることにして魂を移していく。

 

「transufe」

 

 

 ゴッソリと何かが抜け落ちる感覚。襲い来る寂寥感と喪失感。妙な寒気すら覚えるが、まあ必要経費だろう。

 

「ふー…悪い気分ではないわね」

 

 むくっと起き上がるオルガ。成功のようだ。

 

「…随分とイメージが変わりましたね」

 

 キリエライトさんがしげしげと眺めながら呟く。

 それもそうだ。人形の髪色は銀髪ではなく、黒である。顔つきも和風美人といったところで、かつての面影はない。

 そもそもこの人形は、師匠の借金を肩代わりした時に作ってもらったものだ。

 お手伝いさんにしようと思って作製を依頼したのだが、命令を受け付けるソフトウェアの作り方が分からず、倉庫で眠っていた。

 

 

「さて、色々としなきゃならない事があるわ。試運転がてら済ませるとしましょう。ロマニ、手伝いなさい。」

 

「了解です。じゃあ藤丸君。何か体に違和感があったら、小さな事でも僕に言ってくれ」

 

 体を移したばかりだというのにもう働こうとするオルガ。止めたいがそんなことが許される状況ではないのは分かっている。

 

「マシュはここに残って立香の世話をする事。いいわね?」

 

「はい!勿論です!」

 

 元気よく返事をするキリエライトさん。

 

「よろしい。じゃあまた後でね」

 

 部屋の出口へ向かっていくオルガ。すれ違いざまの一瞬に肩を触られる。

 

『…マシュに気をつけなさい』

 

 念話だろうか。魂の波長が近いから成せる技、だと思う。

 しかしキリエライトさんに気をつけろ、とは一体なんなのだろう。

 彼女は優しく、他人に危害加えるような娘ではない。それにもし僕に害意が有ったとして、オルガは何故二人きりにさせたのだろう。

 

 取り敢えずベットに寝転がり、キリエライトさんにも椅子に座るよう勧めた。

 

「お話があります」

 

 椅子に座らず、真顔で話しかけてくるキリエライトさん。

 …迫力があって、少し怖い。

 

「私のせいでマスターは右腕を失ってしまいました。本当に申し訳ありません」

 

 頭を深々と下げるキリエライトさん。だがその謝罪は見当違いなものに思える。

 

「キリエライトさんは悪くありませんよ。僕が判断を間違えて、その代償を払った。それだけです」

 

「いいえ、私が悪いです」

 

 頭を上げようとしない彼女。その言葉も、態度と同じく頑なだ。

 

「私がもっと戦えていたら、セイバー(・・・・)を素早く殲滅できていたら…ああはならなかったんです」

 

 Dr.もキリエライトさんも気にしすぎだ。優しさからくるものなんだろうが、見ていて少し危うい。

 

「真実に気づけたら…私、変われたんです」

 

 頭を上げ、私服姿から戦闘体に一瞬で変身するキリエライトさん。

 

「え…なんですか…それ…」

 

 その姿は、酷く変わり果てていた。刺々しく、触れただけで傷つきそうなプレートメイル。腰に下げられた分厚い剣。

 そして何より、あの盾に。彼女の象徴だったあの盾に。太い棘が生えていた。

 

「ど、どうしちゃったんですか!」

 

「守るだけでは限界があります。ならば殺せばいいんです」

 

 厳しい顔つきのまま、彼女は粛々と告げる。

 

「私が殺します。マスターの敵はみんな、みんな殺してみせます」

 

…違う。マシュ(・・・)はそんなこと言わない。

 

「貴方は全ての人に優しい方だ!なんで殺すなんて言うんですか!」

 

「マスター。私は貴方が無事ならそれでいいと思います。敵にまで情けをかける必要なんてありません」

 

 なんでだよ!マシュはもっと無垢で純粋で優しくて…そんな酷いことは言わなかった!

 

「きっとキリエライトさんに力を貸した英雄も嘆いているはずです!」

 

「嘆いていたら姿は変わらないと思います」

 

 馬鹿な!ギャラハッドさんは認めたのか!?

 

「じゃあDr.達は!何も言わなかったんですか!」

 

「少し驚いていましたが、説明をしたらすぐに納得してくださいました」

 

 なんで!僕より付き合いが長いだろうに何も感じないのか!?

 

「…きっとマスターは不安で混乱されているんです。大丈夫です…絶対に。絶対に私が守りますから…」

 

 私服に戻り、覆い被さってくるキリエライトさん。僕の首筋に熱い息がかかるほど顔を寄せ、そっと囁く。

 

「…それに私、あの姿が好きなんです。なんだかマスターに自分を捧げてるみたいで…」

 

 分からない。彼女が何を言っているのか。

 

「私、空っぽだったんです。中に何も入っていなくて…」

 

 分からない。彼女が何故嬉しそうなのか。

 

「きっと満たされたんだと思います…優しさなんてくだらないものではなくて…マスターへの思いで…」

 

 分からない。彼女が何故抱き締めてくるのか。

 

「だからもっと…私を貴方色に染めてください…」

 

 

 

 分からない。何もかも。分からない。













腕を失った恐怖に耐えられる技術なんてある訳ないです。


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理想と現実

「ドクター!キリエライトさんはどうしちゃったんですか!」

 

 混乱の極地に至った僕はあの後気絶した。目を覚ましてまだ側にいるキリエライトさんに怯え、ついて来ようとする彼女をトイレに行くからと騙して医務室までやって来た。

 

「…マシュから話を聞いたのかい?」

 

「聞いた所かこの目に焼き付けましたよ!なんですかアレは!?」

 

 困った様に首を撫でるDr.。彼も全てを把握している訳ではないのか、自信なさげに語り始めた。

 

「…デミ・サーヴァントというのは非常に不安定なんだ。普通の英霊と違って生きているから成長するし変異もする。今回は心情に大きな変化があったからそれが霊基にも表れた。これが今の僕の予想さ」

 

 …他の英霊と違って完成(死亡)していない、ということだろうか。

 

「何か戻す方法はないんですか!?」

 

「分からないとしか言えないな…とにかく前例がないからね…下手に弄るとマシュが死んでしまうかもしれないんだ…」

 

 死ぬ…?駄目だ。それだけは駄目だ。

 

「それに…マシュはとても強くなっているんだ。幸運と耐久以外のステータスが全てワンランクアップしているんだよ」

 

 ということは一流のサーヴァント並みの性能になる。それは確かにいいことだが…

 

「今のカルデアは戦力に乏しい。新たなサーヴァント召喚の準備もしているんだけどね…一基が限界だと思う」

 

「つまり余計な刺激は与えず静観する…ってことですか」

 

「所長と話し合ってそういうことになったよ…。キミもどうか、今まで通りに接してあげて欲しい」

 

 頭を下げるDr.。…確かにそうするのが、皆にとって一番いいかもしれない。

 

「分かりました…そうさせて頂きます」

 

 ホッとしているDr.を横目に席を立つ。そろそろキリエライトさんも怪しんでいるだろう。早く帰らなければ。

 

「ああ藤丸君。義手が完成したらしいから、それを取りに行ってくれ」

 

「レオナルドさん…でしたっけ。何処に向かえば?」

 

「地図に第三倉庫って書かれている部屋さ。カレはあそこに工房を構えている。…変な奴だから、覚悟して行ってくれ」

 

「了解です」

 

 これで言い訳ができる。トイレでDr.と会って義手を受け取るように言われた、こう言えばキリエライトさんも納得するだろう。

 …今はまだ、彼女と会う気にはなれなかった。

 

 

 

 地図の通りに歩を進め、目的の場所に辿り着く。

 そこは近未来な印象を受ける廊下と違い、中世ヨーロッパ風…なのだろうか。とにかく異彩に溢れていた。

 ぼーっと見ていても仕方がないので中に入る。

 

「おーっとこれは最後のマスター君!ダヴィンチちゃん工房へようこそ!」

 

 前世で腐るほど聞いたこの台詞と声。間違いなく彼だ。

 

「こんにちは。ダヴィンチさん」

 

「まあかけ給え。今お茶を出すから」

 

 何が楽しいのか分からないが、随分と上機嫌にポットを振るうダヴィンチさん。

 勧められた通りに椅子に座る。並べられた二つのカップに、彼がお茶を注いだ。

 

「それじゃあ自己紹介だ。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。カルデア所属の天才さ」

 

「藤丸立香と申します。よろしくお願いします。ダヴィンチさん」

 

「気軽にダヴィンチちゃん、と呼んでもいいんだよ?」

 

「結構です」

 

 初対面の人にちゃん付けなんて僕にはできない。というかダヴィンチってヴィンチ村の〜って意味じゃなかっただろうか。…ヴィンチ村のちゃんってなんだよ。 

 

「用件、は聞くまでもないね。これだろう?」

 

 ふくれっ面のまま、どこからか義手を取り出してみせる彼。

 

「はい。Dr.から受けとってくるように、と仰せつかりました」

 

「う〜ん。渡す前に条件を付けていいかな?」

 

 悩んでいるのか複雑な表情を見せるダヴィンチさん。美しい顔立ちなのでその姿も絵になるが、生憎と最近美男美女に囲まれすぎて感覚が麻痺している。

 

「僕にできることなら何なりと」

 

「そっか。じゃあ遠慮なく。君に…世界を救う旅に出てほしいんだ」

 

 そういえばまだ七つの特異点の話を聞いていない。だがDr.は今後、とかサーヴァント召喚の準備、とか言っていた。僕が了承すると確信していたのだろうか?

 

「Dr.は僕が行くことを前提としていたようですが」

 

 疑問を口に出すと、ダヴィンチさんは呆れた様に顔に手を当てた。

 

「アイツは…ごめんね、きっとロマニも混乱してるんだ。可愛がっていたマシュが変わってしまってね…あんまり頭が回ってないんだろう」

 

「はあ…まあどちらにせよ行きますから。問題はありません」

 

 お父さんと約束したんだ。今更覆す訳にはいかない。

 

「そうか行ってくれるかい!幾ら私が天才でも一人で世界は救えない、というか特異点に向かう事すらできないからね。感謝するよ」

 

 そう言って義手を差し出すダヴィンチさん。

 受け取り、まじまじと眺めてみる。

 

「何というか…完璧に僕の腕ですね…」

 

「マシュが聖杯と共に回収した君の腕をモデルにしたんだ。機能としては自動翻訳、パワーアシスト、魔力タンク…うーんキリがないな。あとでマニュアルを送るよ」

 

 腕に嵌めてみる。継ぎ目こそあるが、服で隠せば気づかれないだろう。最悪盾にもなるかもしれない。

 

「どうだい?思ったとおりに動かせるかな?」

 

 試しに一人でジャンケンをしてみる。グーチョキパー全て問題なし。それどころか左手より良く動く。

 …なんだか複雑だ。

 

「あ、すみません。僕の腕も貰えませんか?」

 

「ん?ああ、いいよ。サイズを図ったらね」

 

 棚をゴソゴソと漁った後、ホルマリン漬けの腕を取り出し、何やら杖を振るうダヴィンチさん。

 

「よしOK。何に使うか知らないが、お返ししよう」

 

「これでもネクロマンサーなので。自分の体は最上級の素材になるんです」

 

「ふーん。死霊術かあ。さすがに私も手を出してないなあ」

 

 興味深げにこちらを見る彼。

 

「あまりオススメはできませんよ。正規の手順を踏もうとするとかなり手間がかかります」

 

 自身に幻術をかけ、自分の死体を見つめるという精神がやられそうな修行方法だ。

 僕は経験がないが、お父さんは最初はおぞましかったと言っていた。慣れてしまえばなんともないらしいが。

 

「正規以外の手間もあるのかい?」

 

「ありますよ。僕はそのクチです。ですが…ダヴィンチさんには無理だと思います」

 

 また頬を膨らませるダヴィンチさん。万能の天才としての矜持だろうか。

 

「それは聞捨てならないなあ。なんで無理なのさ?」

 

「まず座に登録されている時点で駄目です。外に出ましょう」

 

「あ〜…はいはい。大体分かったよ。それとこの話は聞かなかった事にしておく。協会に知られたら一大事だ」

 

 察して貰えた様だ。

 話す事も無くなったので、出された紅茶を飲み干す。

 うん!アールグレイだな!それしか知らないけど多分それだ!

 

「ではそろそろお暇します」

 

「はいはーい。またブリーフィングで会おうねー」

 

 一礼して外に出る。

 

 

 

 大義名分が無くなった。暇つぶしする道具も持っていないし、スマホは自室だ。

 …覚悟を決めなければならない。

 

「…帰ろう」

 

 気を紛らわす為に手遊びを繰り返す。

 そもそもなんで会いたくないんだろうか。

 変えてしまった罪悪感?全幅の信頼を寄せてくる不安?

 

 それもあるが少し違う。

 

 【マシュ】との乖離による違和感?

 

 これが一番近い気がする。僕は彼女に【マシュ】としてのイメージを押し付けているのだ。彼女が生きて触れる存在な以上、しっかりとマシュ・キリエライトそのものを視るべき…

 

「…無理だろ」

 

 あんな優しくて純粋で無垢だった彼女が…よりによって()に信頼を寄せるだと…?

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 彼女はもっと素晴らしい仲間に囲まれなければならない。隣にいるべきなのは藤丸立香であって俺ではない。

 だというのに、俺なんかに心酔する彼女を、絶対に、【マシュ】として認めたくない。

 

 

 

「フォーウ」

 

 

 あ。

 

「こんにちは。フォウさん」

 

「フォウフォーウ」

 

 白くてフワフワした謎の生き物。フォウさんだ。とっても可愛いマスコットであるが、同時に恐ろしい化物でもある。

 

「やっと姿を見せてくれたんですね」

 

「フォー」

 

 彼は特異点Fで姿を表さなかった。来ようと思えば来られただろうに、だ。

 僕の何かが気に入らなかったのだろう。

 

「貴方が成長しないように僕も頑張ります。だから頑張って耐えてくださいね」

 

「フォー!?フォウ?フォーウ」

 

 何を言っているのかさっぱり分からない。でも多分僕を罵倒しているのだろう。

 結局フォウさんはスタスタと去っていった。

 また会えるかどうかは僕の心持ち次第だろう。

 

 

「…はあ」

 

 帰りたくない。

 



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混沌の騎士

「マスター!おかえりなさい!」

 

 喜色満面といった表情のキリエライトさん。意外にも機嫌はいいようだ。

 

「その…すいません、帰るのが遅くなってしまって」

 

「いえ。ドクターから通信で話は聞きました!義手を受け取りにいった、と」

 

 Dr.が?まだ用事があったのだろうか。

 

「ブリーフィングを始めるそうです。管制室に行きましょう。マスター!」

 

 七つの特異点を補足し、行くべき場所も当たりをつけたという事だろう。

 

 キリエライトさんと共に部屋を出る。

 何か話題が欲しい所だが、まったく思いつかない。会話のネタと言えば趣味や特技だろうか?

 生憎と僕に趣味はない。特技も魔術くらいのものだ。

 …いや読書。前世ではよく本を読んでいた。

 

「キリエライトさんって本は読みますか?」

 

「はい!」

 

 キラキラと瞳を輝かせこちらへ向くキリエライトさん。その虹彩は美しく、一点の曇りも見受けられない。あんな事を言ったのに、あんな姿になったのに、彼女は純粋なままなのか?

 

「マスター?」

 

「えっ…あっ、どんな本を読みますか?」

 

「そうですね…推理小説等をよく読みます!特にシャーロック・ホームズシリーズは大好きで…」

 

 シャーロック・ホームズゥ?

 

()に言わせればあんな奴ただの薬厨ですよ!勿体振るのもウザいですし、ロクな奴じゃないです。一応全部読みましたが大して面白くありませんでした」

 

「そうですね!あんな人、マトモじゃありません」

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 あれ、なんの話をしてたんだっけ。

 えーと、キリエライトさんはシャーロック・ホームズをよく読むんだっけ?

 

「自室に戻ったらシリーズ全てを捨てておきます」

 

「え!?捨てちゃうんですか?」

 

「はい!もう必要ないので」

 

 好きなシリーズだったのではないのだろうか。…僕はほんのちょっっっっとだけシャーロック・ホームズは好きではないけれど、本は大事にしなくちゃいけない。要らないなら僕が貰おう。

 

「要らないなら貰っていいですか?まだ読んだことないんです」

 

 ちょっとだけ嘘をつく。既に総て読んでいるが、キリエライトさんは知らないしバレないだろう。

 

「?」

 

 不思議そうな顔をする彼女。やっぱり捨てるのが嫌になったのだろうか。

 

「いや、捨てないなら貰いませんよ?きっと元の持ち主の手にある方が本も喜ぶでしょうし」

 

「では私が持っておきますね!」

 

 捨てるのは止めにした様だ。うん、それが一番だ。

 

 

 なんて事を話していたら管制室に着いた。

 キリエライトさんを先頭にして中に入る。

 

「やあ、待ってたよ二人とも」

 

 正面にはDr.がいた。手前には二つの椅子が置かれている。座れという事だろう。

 

「まず謝らせて欲しい。藤丸君、ボクは君の意思を軽視してしまった」

 

「いや、問題ありませんよ。動転するのも止むなしです」

 

 チラッとキリエライトさんを見て目配せする。

 旧知の仲である彼女が変わってしまったのだ。他に気が回らなくても仕方がないだろう。

 というか本当なら腕を斬られてしまった僕が謝るべきなのだ。しかし彼女の手前、その事を話す事はできない。

 

「そう言ってくれるとボクも助かる。でもちゃんと確認させて欲しいんだ」

 

 はにかんでいた顔から引き締めるDr.

 

「君は世界を救う旅路に出てくれるかい?」

 

「はい」

 

「それが辛く苦しいものだとしても?」 

 

「はい」

 

「ひょっとしたら死んでしまうかもしれないよ?」

 

「えっと…はい」

 

 じゃあ嫌です。そう言えられれば楽なのだが。

 

「お父さんと約束したんです。家の名を残す、と」

 

「お父さんと約束した、か。ふふっ」

 

 突如として笑うDr.。え、なんか笑うところあった?

 

「人類の為に〜とかじゃなくてさ。身近な人の為に頑張れる。キミは優しいんだね」

 

「はい!マスターは素晴らしい御方です!私に全てをくださいました!」

 

 

 は?僕が優しい?何処がだ?違うだろう?そういう言葉はさ。カルデアの皆みたいな────

 

 

「それじゃあブリーフィングを始めるね。まず今回向かってもらうのはフランスだ」

 

 

 おっとお話はちゃんと聞かなきゃマズイ。失礼だし、何より自分の命がかかっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあこれでブリーフィングは終わり。理解してもらえたかな?」

 

「恐らく特異点の原因である、聖杯の探索及び奪取ですね」

 

「うん。大正解だよマシュ」

 

 告げられた内容に大した変化はなかった。まあ大きな変化があっても困るのだが。

 

「それじゃあ次の大仕事だ」

 

「大仕事?」

 

「うん。君が使役するサーヴァントを召喚するんだ」

 

 …サーヴァントの、召喚。

 協力してくれるだろうか。アンデルセンさん辺りが来たら、上手くやっていく自信がないのだが…

 

「二人で召喚室に向かってくれ」

 

「Dr.は行かないんですか?」

 

「忙しいし…それに、サーヴァントとの初対面だ。邪魔はないほうがいいよ」

 

 苦笑いを見せる彼。…悔いているのだろうか。

 

「ではマスター!まだ見ぬ新たな仲間に会いに行きましょう!」

 

 興奮気味のキリエライトさんに促され、召喚システムに足を向ける。

 

 

 

 召喚室は真っ暗だった。 

 廊下から光が差し込んでいるというのに何も見えない。まるで僕の未来の様だ。

 

 キリエライトさんが戦闘体に変身し、盾を台座に置く。変貌してしまった彼女だが、その盾の性質は変わらないでいてくれるだろうか。でなければ何も召喚できなくなってしまうのだが。

 

「準備完了です、マスター。エネルギーは一回分ですね。…相性の良い方がやって来られるのを祈りましょう」

 

 召喚方式からして、人理修復に否定的なサーヴァントが来ることはないが、それでもソリが合わなければ戦力にはならないだろう。

 …大博打だ。

 

「…キリエライトさん。お願いします」

 

「了解しました!」

 

 

 真っ暗だった部屋が、突如として光り輝く。星座の様な蒼い光が宙を漂い、小さな光達が星の様に瞬いている。

 

「宇宙みたいで綺麗ですね…」

 

 キリエライトさんが背中にそっと体を預けてくる。彼女も不安なのだろうか。

 

 光が集まり、柱となって天井まで伸びていく。かと思いきやスパークし、視界全てが白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「────サーヴァントセイバー」

 

 

 

 ああそうか。そうだよな。

 

 

 

「ジル・ド・レ。参上致しましてございます」

 

 

 

 俺の最初期サーヴァント。ジル・ド・レがそこに居た。

 




いつまで幕間続くんだろう


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素敵な仲間達

すいません。愛用のスマホが没収されてしまいました。
ストーリーが複雑になってきた上に、タイピング速度が落ちたので上手く執筆できません。
それでも付き合っていただけるなら、これからもどうかよろしくお願いします。


「──は、ははは」

 

 これぞまさに運命(Fate)といったところか。僕が一番最初に引いたサーヴァントであった彼が!この世界でも真っ先に助けに来てくれたのだ!!

 

 

「よろしくお願いします!ジルドレさん!」

 

 

「我が剣は貴方の為に。こちらこそよろしくお願いします、マスター」

 

 剣を掲げ、誓う様に宣言するジルドレさん。

 とりあえず自己紹介をするべきだろう。

 

「僕の名前は藤丸立香。不肖の身ですが、貴方のマスターを勤めさせいただきます」

 

「マシュ・キリエライトと申します。よろしくお願いしますね、ジルドレさん!」

 

 二人で挨拶をすると、朗らかな笑みで彼が返す。

 

「私はマスター運に恵まれているらしい。こんな聡明そうな方達に仕える事ができるとは」

 

 キリエライトさんはともかく僕はお世辞だろう。しかしお世辞、と否定できない真実味が彼にはあった。

 これが紳士という奴か。

 

「取り敢えず情報共有をしましょう」

 

 ブリーフィングで聞いた内容と明日の日程を話す。

 

「西暦1341年のフランス、ですか」

 

 神妙そうに、ともすれば鬱々と語る彼。

 

「私はこの為に呼ばれたのかも知れません…」

 

「ジルドレさんと言えば百年戦争での活躍ですもんね。その土地勘と記憶はとても役に立つと思います!」

 

 嬉しそうに語るキリエライトさん。確かにオルレアンにおいて、最も役に立つサーヴァントかもしれない。

 

「私と言えば…ですか…いえ、必ずやお役に立ってみせます」

 

 何か言いかけて口をつぐむジルドレさん。言いたかったのは晩年の彼のことだろうか。

 彼はフランス軍総帥ではなく、【青髭】としての知名度が高い。

 だがそれは彼にとって忌まわしい記憶だ。こちらも詮索するべきではないだろう。

 

「その…ジルドレさん用の部屋にご案内しますね」

 

 微妙な空気になってしまったので、苦し紛れに話題を変える。

 

「なんと!サーヴァントに私室を?」

 

「はい。といっても僕の部屋と同じような余り広くない所ですが…」

 

 善くも悪くも偉業を成し遂げた英雄達に贈るにしては狭い部屋だ。

 

「使い魔に個人部屋とは…カルデアは随分と懐が広いようですな」

 

 どうも僕と彼では少し価値観が違うようだ。サーヴァントの直訳を考えると彼の方が正しいのだろうが、そうはいかない。だれもかれもがジルドレさんと同じように慎ましいわけではないのだ。全うな人間扱いを求める英霊が大半だ。

 それにキャスターは工房が必要だ。そういった不平に先手を打つ形で英霊居住区を作ったのだろう。

 何しろカルデアの令呪には拘束性がない。いざという時の強制退去が召喚式に組み込まれているらしいが…それが起動するまでに起こる被害を考えれば、サーヴァントに気を使うというものだろう。

 

「まあカルデア側もそれだけサーヴァントに期待している、ということでは?」

 

 真正面から考えを言うのもなんだか失礼な気がするのでぼかして伝える。

 そんなものですか、とジルドレさんさんは頷いた。

 

「ここです。他の部屋は空き部屋なので、好きな部屋を好きに使って構わないと思います」

 

 話している内にサーヴァントの居住区画に着いた。他に英霊がいないので、当然他に使用者はいない。

 

「では先にやってきた者の特権ということで…この部屋にいたしましょう」

 

 彼が選んだのは出口に一番近い部屋だった。将来的に出入りする他の英霊で騒がしくなりそうなものだが…

 

「ここなら緊急出動の際もすぐに駆けつけられます。もしものことがあれば遠慮なく呼びつけてください」

 

 …良い人だなあ。軍人気質なだけかもしれないけれど、それでも少し嬉しかった。

 

「…それじゃあまた明日。今夜はくつろいでください」

 

「休息も戦士の努めですからな。マスターもマシュさんも、しっかりと休んでください」

 

 そう言い残して一礼すると、彼は扉の向こうに消えていった。

 

「さて、僕達も帰りましょう。キリエライトさん」

 

「そうしましょうマスター!」

 

 自室へ足を向ける。

 今日位は早めに寝た方がいいだろうか?いやでも礼装とか色々準備しておきたいし…職員の皆さんに挨拶回りするのもいいかもしれない。いや忙しいだろうし迷惑かな。

 

 考えながら歩く僕を、堂々と追ける足音。

 

「…キリエライトさん。貴方の部屋は反対側では?」

 

「一人になりたいんですね!了解しました。おやすみなさい、マスター!」

 

 何故か着いてきていた彼女に確認すると、即座に帰っていった。なんとか返事をして送り出すも、勢いについていけない。

 まさか指摘しなければ着いてきていたのだろうか。特に用事も無いはずだが…

 …指示がないから追従した?そう言えば今日、彼女が何か自発的に動いたのを見ていない。

 微妙に噛み合っていない会話。快諾される命令。指示待機。

 

 ロボット、という単語が頭に浮かんだ。

 

「…いやまさかな」

 

 さっきも言葉にない僕の意思を汲んでくれたし、確実に思考能力が残っている。きっと腕の件の罪滅ぼしなのだろう。

 

 

 

 頭にこびりつく疑念を努めて無視して自室に入る。

 風呂をシャワーだけで済ませ、カバンから取り出した携帯食料を囓っていると、壁に取り付けられた端末が鳴いた。

 オルガからメッセージが届いていた。慣れない操作に苦労しながら通知を開く。

 

『寝る前に暇が出来たら、一人で私の部屋に来てください』

 

 まだ報告すべき事があるのだろうか。メッセージで送ればいいのに、と思いつつ向かうことにした。

 いい加減慣れてきた通路を進み、オルガの部屋を目指す。所長室は、地図を見た限りでは周囲に部屋が少ないところに構えられていた。

 頭痛対策だろうか。風邪の時は周りがうるさいと頭痛がするし、頭痛の時にうるさいと更に痛くなる。彼女のそれは慢性的なものなので、僕とは事情が違うかもしれないが、だいたいそんなものだろう。

 

 着いたのでノックしようとすると扉が開く。そういえば自動だった。

 間抜けな格好で恥ずかしさに立ち尽くしていると、中から笑い声が聞こえた。

 

「ぼーっとしてないで入ってらっしゃい」

 

 恥ずかしいので何もなかったりふりをして中にはいる。仕事が片付いたのだろうか。中にはパジャマ姿のオルガが居た。

 

「用件とはなんですか」

 

 自然とトゲトゲしい声が出る。

 

「誰にも言わないからそんなブスっとしないの!…用件はね、…また少しナカに入らせて欲しいの」

 

 ニヤニヤしながら注意し、その直後に頬を赤らめ、萎らしく照れる。相変わらずの百面相だ。というか人形の体もよく素早く反映できるな。さすが師匠の作品だ。

 

「…ダメ?」

 

「別に構いませんよ」

 

 特に断る理由もないので承諾しておく。前回でコントロールも上達したようだし、最初みたいに混ざりかけることもないだろう。

 さっさと魂を取り込む為にオルガに手を伸ばす。

 

「待って!貴方の部屋でやりましょ!」

 

「ええ?」

 

 ここでは駄目な理由があるのだろうか。

 

「寝る前にってメッセージを送ったでしょ!貴方のナカで私も一緒に寝たいの」

 

 潤んだ瞳で頼みこんでくるオルガ。

 

 …寂しくて一人で寝れないのだろうか?」

 

「べ、別に寂しい訳じゃないわ!?寝ながら今日呼び出したっていうサーヴァントの情報共有をして時間を短縮しようという合理的な目的があるのよ!だから温かさが恋しかったとかそんなことは全く無いしあるとしてもほんのちょっぴり!原子よりも小さいわ!絶対よ!」

 

 どうも心の声が漏れていたようだ。恥ずかしさを誤魔化すようなオルガの畳み掛けを聞き流しつつ考える。

 彼女は今まで一人ぼっちで真面目にオーバーワークをこなしてきたのだ。誰か甘やかす存在が必要だろう。先代甘やかし役は裏切り者だった訳だし。

 

「分かりました。じゃあ行きましょう」

 

 自分も精神的に余裕がない癖に、大人ぶってエスコートする。ホントできるならこっちが甘やかしてもらいたい位なのだが。

 

 

「…手」

 

 オルガが何か呟いた。振り向くと白い手をこちらに向けている。

 

「なんですか」

 

「…握ってよ」

 

 …幼児退行?

 

「恥ずかしいから嫌ですよ」

 

 取り込む時はともかく、必要ないのに他人の、しかも女性の体を触るなんて無理だ。相手が穢れる気がする。

 

「ケチ!」

 

 ポカポカと背中を叩くオルガ。本当は触られるのも穢れが移りそうで嫌だが、彼女の望むままにさせておく。

 

 部屋に着いた後は、特に何かあるわけでなく、オルガを取り込んでそのまま寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もっと流し込めば、きっと」

 

 



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二度目の転移

次回にはオルレアンが始まります。
もう少し辛抱をお願いします。


 けたたましいアラームの音で目を覚ます。

 

「…朝か」

 

 家から持ち込んだアラーム機能付き時計を覗く。

 

「…7:01」

 

 もうこんな時間か。確か予定では今日の10時に出発だった筈だ。

 

 取り敢えず起き上がり、顔を洗う。恐ろしく冷たい水に驚きつつ、意地で温水機能は使わずに事を済ませる。たぶん雪解け水だろう。材料は施設外周に幾らでもある。

 

『オルガー。起きてくださーい』

 

 さっきからうんともすんとも言わないオルガに話しかける。…返事がない。

 しょうがないのでベットに置きっぱなしの人形にぶち込む事にする。

 

「う〜ん」

 

 無事魂を移動できた。その証拠にさっきまで微動だにしなかった人形が、眩しさに顔を歪めている。

 

「寒っ!あと眩しっ!」

 

 オルガが飛び起きた。施設外はともかく内側は暖房がよく効いている。どこが寒いのだろうか。眩しさはまだ分かるのだが。

 

「貴方のナカはとってもあったかくて昏くてキモチイイのよ。それに比べれば外なんて酷いもんだわ」

 

 語りながら恍惚とする彼女。まだ目が覚めていないのだろうか。というか呂律が回っていない。まるで酒に酔っているようだ。

 

「…うん。聞こえるようになったわ。一歩前進ね」

 

 小声で何か呟くオルガ。上手く聞き取れなかったが、表情からして、きっととても良い事があったのだろう。

 

「早く準備した方がいいですよ。責任者なんだから」

 

「そうね。じゃあ一度戻りましょうか」

 

 そう言ってドアへ歩いていくオルガ。

 …さて、自分は時間まで何をしようか。絶対にしなければならない事は無いが。

 

「?何言ってるの。貴方も来るのよ」

 

 振り返り、怪訝そうな顔をする彼女。

 

「ええ…。まだ用事があるんですか?」

 

「何もやる事ないんでしょ?少しでいいから手伝って欲しいの」

 

 これから戦地に赴くのに書類仕事って…慣れない仕事で疲れたくはないのだが。

 

「ただ側に居てくれるだけでいいのよ…ダメ?」

 

「…まあそれだけでいいなら」

 

 自分の事だ。どうせ行けば手伝うんだろうが、一応嫌な顔をしておく。…あんまり甘やかしても良くない気がするのだ。

 

「ありがと!」

 

 満開の笑顔で喜ぶオルガ。こう言うと失礼だが、らしくない笑い方だ。

 

「ん」

 

 笑顔のまま手を差し出してくる。…マジでらしくないなあ。

 仕方ないので握り返す。口角が釣り上がる彼女。

 

「じゃ、行きましょ!」

 

 音符マークが見えるようだ。何がそんなに嬉しいのかさっぱり分からない。同じボッチでも感じるものが違うのだろうか?

 

 

 

 結局仕事を手伝う事にした。彼女が書類を読み、僕が言われた所に置く。気分は社長秘書だ。いや秘書はこんな仕事をしないだろうが。

 

「魔術師ってどいつもこいつも機械音痴なのよね。お陰で21世紀にもなって連絡が全部紙なのよ」

 

 おそらく時計塔からの要請や確認の手紙だろう。山の様に積み上がったそれは、簡単に片付けられる様なものではなさそうだ。

 というかこれは今する仕事なのか?

 

「正直現場に行かない私ってすることないのよ。他の職員は仕事に追われてるけど、専門的過ぎて手伝えないし」

 

 なるほど。所長の仕事は主に外部との交流と責任を取ることだ。外部が文字通り焼失した今、仕事は激減だろう。

 

「それに【アレ】を倒してもまだ面倒臭いのがいるんでしょ?」

 

 胡散臭い神父と狐の事を言っているのだろう。露骨に不快な顔をしている。

 

「アイツ等が来たら速攻で殺すけど、そもそも入れないのが大事よ」

 

 つまるところ時計塔への根回しを今から考える、という事か。

 

「申しない訳けど僕は力になれません…むしろ邪魔になる可能性もあります」

 

 僕の爺さんは、時計塔での派閥争いに負けて帰国した。その際に色々嫌がらせをしてきたと言っていたから…コネはおろか仕返しをされる可能性すらある。

 敵派閥が何の魔術師か知らないが、生きている可能性は大いにある。死は避けるべきではない、と言って一切の延命措置を取らなかった爺さんはむしろ異端なのだ。

 

「全部見たから貴方に期待はしてないわ。私は貴方のお祖父さんの噂を知らないから、そんなに気にする事はないと思うけど」

 

 そういえばそうだった。僕の過去をわざわざ話す必要もないんだ。

 

「それより気づいてる?今九時半よ」

 

 言われて腕時計を確認する。針は確かに九時半を指していた。

 

「じゃあそろそろ行きます?」

 

「ええ。主役と責任者が遅れる訳にはいかないわ」

 

 …主役ねえ。

 伸ばされた手を取り、管制室に向かいつつ考える。【藤丸立香】なのだから間違いはないが、それは恐れ多いというものだ。できれば勘弁してほしい。

 

「…ごめんなさい。軽い気持ちで言ってしまったの…」

 

 手を強く握られる感覚を覚えてオルガを見ると、今にも泣きそうなしょぼくれた顔でこちらを見ていた。

 

「ああ、いや。問題ないですよ。というか責任者が泣いてちゃ威厳がありません。泣かないでください」

 

「…うん」

 

 静かに頷くオルガ。素直なのはいい事だ。

 ゆっくり歩く彼女に歩調を合わせる。もうちょっと優しく返答できれば、少しは主役らしくなるんだろうけどなあ。

 

 

 

…あれ?主役呼びは嫌だなんて、声に出したっけ?

 

 

 

 

 

 リュックを取って管制室に着くと、もうメンバーは揃っていた。

 30分前集合とは皆真面目だ。

 

「おはようございますマスター」

 

 挨拶しながら駆け寄って来るキリエライトさんと、その後ろで微笑んでいるジルドレさん。

 

「お二人ともおはようございます」

 

「所長も来られた様ですし、これで全員集合ですね」

 

 オルガは管制室上部の司令スペースへ行った。名残り惜しそうな顔をしていたが、連れて行くわけにもいかないので心を鬼にして別れた。

 

「マスター。これをどうぞ」

 

 キリエライトさんから白いスーツを渡される。

 

「レイシフトサポート用のスーツだそうです。転移前に着ておいてください」

 

 よく見ると彼女も着ていた。しかしジルドレさんは着ていない。何故だろうか?

 

「ジルドレさんは着ないんですか?」

 

「完全なサーヴァントですから必要ないそうです。私にもよく分かりませんが、生身の肉体の有無が条件なのでは?」

 

 そういうものなのか。服を着た分、処理する情報も増えそうなモノだが。

 やっぱりオルガの言う通り、専門家の仕事にはついていけないようだ。

 

「ついでに言えば、私はこの箱に入る必要もないようです」

 

 そう呟くと、彼は筐体を撫でた。

 

 クラインコフィン。通称コフィンだ。

 壺のクラインさんと【小さい】の意味のクライン。どっちから取ったのかは知らないが、コフィンとは本当にいいセンスだ。

 僕とキリエライトさん以外のマスター候補生達は皆、文字通りコフィン(棺桶)として使っている。

 …いずれは僕もお世話になるかもしれない。

 

「レイシフトにおいて、肉体は重要な要素となるようですね」

 

 キリエライトさんも感慨深げに零した。

 …肉体か。

 

『もうすぐレイシフトを 開始します。所定の位置に ついてください』

 

 抑揚のないアナウンスの声が響き渡る。

 

「僕は奥のコフィンなので移動しますね」

 

 キリエライトさんはAチームなので手前にコフィンがあるが、僕は一般枠なので一番遠い。

 

「では我々はここで待機しておきます。また後でお会いしましょう」

 

 着替えるので着いて来てもらっても困る。ありがたい申し出だった。

 

 

 

 自分用のコフィンの隣で着替える。ひょっとしたら寒いかも、と思って着てきた上着を脱いでスーツを重ね着する。割とピッチリとしたそれは、お世辞にもいい着心地とは言えなかった。

 

「フォーウ」

 

「…フォウさんじゃないですか。どうしてここに?」

 

 鳴き声がした方向を向けば、白いモフモフがこちらを見つめていた。

 単独顕現を持っている彼にコフィンは必要ない。つまりここに来る必要はないはずだが…

 

「フォウフォーウ」

 

 コフィンの中に跳び入り、呼びかけてくる彼。一緒に行こうぜ、ということだろうか?

 

「じゃあ失礼しますね」

 

 フォウさんを抱きかかえて中に入る。リュックも背負っているのでとても狭い。

 自動で蓋がスライドし、完全に密閉される。

 

『全メンバーの 入棺を確認。レイシフト 開始します』

 

 縁起でもない事を言うアナウンス。僕はまだ、というか絶対に死にたくないぞ。

 

 

『霊子変換を 開始します』

 

 視界が蒼く染まり、意識が遠のく。

 目が覚めればフランスだ。







最近(というかずっと)評価バーとにらめっこしてます。
7を上回れば小躍りし、下回れば落ち込む。
学校でこんなことしてるから没収されたんですが、辞める気になれません。
なんというかもう…中毒?


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邪竜百年戦争 オルレアン
竜と兵士


 ──蒼い空だ。雲一つすらない。

 

「…代わりに無粋な光があるけど」

 

 取り敢えず起き上がり、土を払う。

 

「マスター、お目覚めですね」

 

 側にはキリエライトさんが控えていた。

 

「ジルドレさんはどこへ?」

 

「現在地の把握の為に哨戒に出られました。そろそろ帰ってこられるかと」

 

 なるほど。土地勘のある彼に行ってもらうのは合理的だ。

 

『こちらからも地形をスキャンできるけれど、敵の隠蔽も考えられます。実際に見て探るのは大事だわ』

 

 指揮官モードのオルガの堅い声が聞こえる。

 一理ある言葉だが、このフランスにそんなまどろっこしいモノはない。当然彼女も分かっていて言っているのだが。

 

「只今戻りました」

 

「ジルドレさん!お疲れ様です」

 

 霊体化していたのだろう。彼は突然目の前に現れた。

 

「ここはもう戦地です。セイバーとお呼びください」

 

 僕としたことがすっかり忘れていた。聖杯戦争において、真名は何が何でも隠さなければならない。それはこの歪過ぎる戦いでも同じなのだ。

 

「ではセイバーさん。周囲に何かありましたか?」

 

「ロマニ殿から伝えられた地形となんら違いはありませんでした。私自身の記憶との相違もありません。ここはドンレミでしょう。」

 

 まあそりゃそうだ。

 

『地形に異常がないのはいい事だ。けれど空に訳のわからないものがあるからね…あ、藤丸君。空は見たかい?』

 

「ええ。光の帯、と表現するのが正しいでしょうか?地上から見てこの大きさです、尋常なサイズではないでしょうね」

 

 北アメリカ大陸が丸々入るんだったっけ。あれ南だっけ?

 最後にオルレアンのシナリオを見たのは…20年位前になるのだろうか。もう殆ど覚えていない。

 

『きっとアレは人類焼失の原因でしょうね。こちらで調べておくから貴方達は霊脈を探しなさい』

 

 全部知っているというのに、知らない振りの演技が素晴らしく上手いオルガ。僕も自信はあったが彼女のそれは更に上をいっている。時計塔の魔術師は腹芸が必須と聞いたが、どうやらその噂は真実だったようだ。

 

「確か近くのヴォークルールに砦があったはずです。そこで聞き込みをしては如何でしょう。一人位魔術師がいるかもしれません」

 

 さすがは地元民といったところか。サクサクと話を進めてくれるセイバーさん。

 

「ではそこに行きましょう。マスターよろしいですか?」

 

 頷き、セイバーさんを先頭にして歩き出す。

 気分は砦攻めだ。

 

 

 

 

 

 

『皆、少し先に人間の反応が多数ある。多分軍人だと思うけど、接触してみるかい?』

 

 暫く西に進むと、Dr.がそう問いかけてきた。

 

「そうしましょうか。色々と聞きたいこともありますし」

 

「しかしマスター。フランス語は話せますか?私は軍人の目に触れると不味いので霊体化しますが…」

 

 不安げなセイバーさん。

 確かに僕はフランス語を話せない。ちなみに日本語とクイーンズとハイチ語とポリネシア語は話せる。魔術の勉強の副産物で、密かな自慢だ。

 

「この義手、翻訳機能があるらしいんですよ。それを使ってみようかなって」

 

 ダヴィンチさん様様だ。

 

「義手…ですか?」

 

 サーヴァントの目を持ってしても分からないらしく、首を傾げるセイバーさん。

 袖をまくり、繋ぎ目を見せると納得したのか頷いていた。

 

 セイバーさんに霊体化してもらい、キリエライトさんを侍らせて一団の側へ向かう。

 

『すいません。私達は旅の者なのですが』

 

『ん?なんだい?』

 

説明書通りに右手平を口に当てて話すと、本当にフランス語が手の甲のスピーカーから出た。

 兵士さんの声も、腕から伸びたイヤホンを通じて翻訳される。

 すごい便利だ。これって通訳者の仕事を奪うんじゃないか?

 

『…なんか随分と妙な格好だな』

 

『…あー、その。遠い田舎からやってきた魔術師でし

て』

 

『魔術師!?本当か!?』

 

 随分と食いついてくる兵士さん。

 

『魔術師って事は戦えるんだよな!?俺達に協力してくれないか!?化物が俺達を食いに来るんだ!』

 

 そういえば砦がワイバーンに襲われてて大変だのなんだのって話があった気がする。それのことだろうか。

 

『では…情報提供さえ頂ければ、辺り一帯の魔物を殲滅して差し上げましょう。田舎まで噂は流れませんのでね、ニュースに疎いんです』

 

『なんでも話すから是非頼む!取り敢えず移動しながら話そう!』

 

 仲間が心配なのだろう。急かす兵士さん。気持ちはよく分かるので素直に従っておく。

 

「…マスター、どうでした?」

 

「砦辺りの魔物を片付ければ情報くださるらしいです。話からして魔術師はいなさそうですけど…」

 

『霊脈が最優先ではあるけど情報も絶対に必要だわ。その話、受けなさい』

 

 冷静かつ的確なオルガの判断。

 そういえば許可を取るのを忘れていた。

 

「すいません…もう受けちゃいました」

 

『…次からは相談なさい』

 

 やたらとツンツンした彼女の声。 

 ヒステリックではないが、ニヘラと笑っているよりは彼女らしい。

 

「マスター。兵士達が動き出します」

 

 セイバーさんに言われて見れば、一団は移動を開始していた。

 慌てて追いかける。

 

 

 

 

『ここだ』

 

 砦は随分とボロかった。内壁はともかく外壁は酷いものだ。長い間補修をしていないのだろう。

 

『仲間が上官に報告に行った。今の内に質問に答えよう』

 

 遠慮なく質問することにする。

 

『魔物に対してシャルル7世は何も対策を講じていないのですか?』

 

『シャルル王は魔女に殺されたよ。今は元帥が指揮を取っておられるらしい』

 

 元帥とは生きている方のジルドレさんのことだ。やはりセイバーさんを軍関係者の前に出すのは危険だろう。

 

『魔女とは?』

 

『聖女ジャンヌ・ダルク様だよ。あの御方は悪魔と契約して蘇ったんだ!』

 

『では魔物はその魔女が呼び出した?』

 

『ああそうさ。アンタなかなか察しがいいな』

 

『ありがとうございます。…ちなみにここに我々以外の魔術師は?』

 

『いないさ。伝説上の存在がこんな場所にいるわけない…宮廷には何人かいるらしいけどな』

 

 なるほど。表舞台に立っても同業者にボコられない人材は限られる。一般兵士が知っている様な魔術師はそんなものか。

 というか秘匿すべきなのに「自分は魔術師です」と公言する方がおかしい。どうせこの特異点は消えるので、僕は正直に名乗ったが。

 

『もう十分です。情報提供感謝します』

 

 礼を述べたその瞬間、壁の向こうで悲鳴があがる。同時に鐘も鳴り始めた。

 

『…対価を払う時間の様ですね。出撃しても?』

 

『上官の許可はもういい!はやく手伝ってくれ!』

 

 剣を携えて走っていく兵士さん。勇ましい人だ。

 

「キリエライトさん、出撃です。セイバーさんは…もしも時の為に待機で」

 

 簡単な指示を出して門へ走る。途中沢山の負傷兵達とすれ違った。彼らを死なせない為にも、速攻でカタをつける必要がある。

 

 空気を震わせる咆哮。ワイバーンの群れだ。初めて竜種を見たが、凄まじい圧を感じる。

 

「ワイバーン!?何故こんな所に幻想種が!?」

 

 キリエライトさんの悲鳴じみた声。

 劣化種とはいえ、上位存在だ。こんな簡単に出てきていいものではない。

 しかも数が多い。十匹はいるだろうか。流石にこの数全てを引きつけるのは無理なので、兵士さんに頑張ってもらうか、セイバーさんに出張ってもらうしか…

 

 

 

 

「──兵達よ!水を被りなさい!一瞬ですが彼らの炎を防げます!」

 

 

 戦場に朗々と響き渡る澄んだ声。

 

 

「どうか私と共に!戦ってください──!」

 

 

 聖女が。その御旗を掲げた。

 




いつも感想&評価ありがとうございます。
めっちゃやる気に繋がってます!


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報われる者とその価値もない者

5日も放置して申し訳ない。
重ねて申し訳ないが今回も内容がないです。


「──戦闘終了です」

 

 決着は直ぐに着いた。予想以上にキリエライトさんが強くなっていた事と、聖女の助太刀があったのが要因だ。 

 盾で貫き、剣で断ち切り、獅子奮迅の活躍を見せるキリエライトさんはとても頼もしかった。…手放しで喜べるものでもないが。

 セイバーさんを温存できたのは大きいが、さっきからパスを通じて凄まじい感情が流れ込んできている。

 彼と聖女を引き合せるのはマズイ気がする。というかマズイ。

 てっきり認識した瞬間に飛び出てくるかと思ったが、彼も自重しているのだろうか。

 

「魔女だ!魔女が出たぞ!」

 

 我先にと逃げ出す兵士さん達。あの健脚ぶりを見るに、怪我人や死者は出なかったのだろう。少し安心した。

 

「…その、場所を変えてお話しませんか?」

 

 苦笑いを浮かべ、遠慮気味に提案する聖女。せっかく守ったというのにこの仕打ちだ。普通なら怒るか嘆く所だが、彼女にそういった表情は見られない。

 

「…だからこそ聖女、か」

 

「?」

 

「いえその提案、お受けします。よろしいですねオルガ?」

 

 オルガから了承を得る。

 取り敢えず近くの森へ向かった。

 

 

 兵士さんとの約束通り、周囲一帯の魔物の拠点となっていた森を掃討した。

 やっと落ち着ける様になったので、大きな岩に腰掛けて話を進める。

 

「私はジャンヌ・ダルクと申します…一応、ルーラーとして現界しています」

 

 

「私の個体名はマシュ・キリエライト。こちらはマスターの藤丸立香!それと今はいらっしゃいませんが、セイバーさんと三人でカルデアという機関からやって来ました」

 

 代わりに自己紹介をしてくれるキリエライトさん。彼女も察したのか、セイバーさんの話題に強く触れなかった。

 

「マスター…この聖杯戦争にもマスターがいるのですね」

 

「いえ、僕達は聖杯戦争への正式な参加者ではありません」

 

 結局戦闘はするから飛び入り参加者枠だろうか。

 

「聖杯戦争ではない…?すみません、私、ステータスも聖杯による知識も乏しくて…何がなんだかよく分からないのです」

 

「というと?」

 

「お恥ずかしい話なのですが…ルーラーの権限であるサーヴァントの感知や令呪。そういったものが一切使えないのです…」

 

 調停者としての役割を全く果たせない、ということか。

 

「ですからきっと…貴方がたの期待する様な【聖女】としては振る舞えないと思います…」

 

 

 

「───いいえ。そんな事はありません、聖女よ」

 

 

 !?

 何か強く思うところがあったのか、今まで姿を現さなかったセイバーさんが姿を見せた。

 

「ジル!?まさかセイバーさんというのは…」

 

「ええ。私です、ジャンヌ」

 

 動揺する聖女と、何か悟った様な雰囲気を見せるセイバーさん。

 その静謐な瞳には、強い信頼が浮かんでいる。

 …いや、いっその事信仰だろうか?

 

「貴女はいつも自身が普通の少女だと卑下する。しかしそんな事はないのです」

 

「で、でも私、サーヴァントとしての記憶も無くて…今の私は本質的には英霊ではないから…」

 

 大きく狼狽する彼女。目はしっかりとセイバーさんを向いているが、手が所在なさげに動いている。

 

「ジャンヌ。貴女は人々によりあんな仕打ちを受けて尚も彼らの為に戦っている。その戦いもまた、感謝されるものではないというのに」

 

 幾ら戦って民衆に尽くしても、結局の所【竜の魔女】という評価から動くことはない。報酬もないのに命を賭して戦うなんて、常人のできることではないだろう。

 

「強いから聖女なのではありません。人々をひたむきに想うその穢れなき心、それがあるからこそ聖女なのです。…そして貴女はその優しさを強く抱いている」

 

 セイバーさんが熱弁を振るい、何かに感じ入った様に静かに目を閉じると、彼女は笑い始めた。

 

「ふふふ。それでも私は自分がただの小娘だと思いますが…きっと、ひょっとしたら、もしかしたら聖女かもしれませんね!だってジルの言う事ですもの」

 

 ここまで言われてまだ認めないルーラーさん。その硬い意思も、聖女たりえる一因に思える。

 

「さあ藤丸さん!もう日も暮れました。後は我々に任せて睡眠をとってください」

 

「ではお言葉に甘えます。…正直、既に半分寝ている状態でして」

 

 レイシフトに戦闘、慣れない土地に言語と疲れる要素が目白押しだ。やはり【藤丸立香】である為には相当なスペックを要求されるのだろう。

 オリジナルは一般人だったはずだが…彼らは山育ちだったのだろうか?

 

「オルガ、代わりに情報の交換と協力の要請をお願いします」

 

『承ったわ。…というか本来、こういうのは指揮官の仕事なのよね』

 

 確かに外部との交渉は最高責任者がすべ──いやもう無理だ。寝る。

 テントを設営するのも億劫なので、最低限必要となる寝袋だけを出す。のそのそと中に入り、内側からファスナーを閉じた。

 

「おやすみなさい」

 

 返事が帰って来る前に、僕の意識は堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォオオオオオウ!」

 

「うおっ!?」

 

 視界一杯に真っ白な毛玉。驚いて退かそうとするも、寝袋に邪魔されて腕を動かす事ができない。

 急いでファスナーを下ろすが、その間にも毛玉が顔に迫ってくる。

 

「絶対フォウさんでしょ!もう起きたのでやめてください!」

 

「フォウフォフォーウ?」

 

 制止の声に耳を貸さず、謎のテンションで尻を押し付けようとしてくるフォウさん。過激なモーニングコールかと思ったらそうでもないらしい。一体何がしたいんだ。

 

「というか誰かー!誰か助けてー!」

 

 

 

 

「───マスター!今行きます!」

 

 救世主の声が聞こえた。

 

「キリエライトさん!」

 

 川かなにかに水浴びに行っていたのだろうか。タオルを肩に掛けたキリエライトさんが彼を持ち上げてくれた。

 

「ありがとうございます。助かりました…」

 

「いえ!私はマスターの役に立てるならばなんでもしますので。お気になさらないでください」

 

 ニコリと儚げに微笑んだ後、摘み上げたフォウさんへ顔を向ける。

 

「ダメですよフォウさん。マスターは疲れていらっしゃいます。確かに予定時刻は迫っていますが寝かせてあげないと…」

 

「フォウフォウ?フォウフォフォーウ!」

 

 何か心外な様子でキリエライトさんに訴えていたフォウさんだったが、やがて諦めてトコトコとどこかに去って行った。

 

「いや時間がないなら起こして貰った方がありがたいんですが…」

 

「おや、そうでしたか。では明日から予定時刻になったら起こしに行きますね」

 

 レイシフトに際し、アラーム機能付き時計は持ち込んでいない。僕は割と寝坊するので、その申し出はありがたかった。

 

「できればお願いします」

 

「お任せください!」

 

 朝から元気一杯なキリエライトさん。サーヴァントとはいえ素晴らしいエネルギーだ。

 

「えっと、セイバーさんとルーラーさんは?」

 

「お二人は魔物の再確認に出かけられました」

 

 二人で、という事は思い出話でもしているのかもしれない。セイバーさんが報われると僕も嬉しい。

 それにまだ別れていないと言うことは…

 

「ルーラーさんは協力して頂けると?」

 

「はい。所長の交渉の結果、同行して頂ける事になりました」

 

 よかった。彼女は弱体化してはいるもののそれでも英霊だ。その戦力は高い。

 

「今日はラ・シャリテという街へ向かって情報収集するそうです」

 

「了解しました。じゃあ顔洗ってきますね」

 

 寝袋をしまってキリエライトさんが来た道を辿る。ニ分も経たない内に小川が見えた。昨日気付かなかったのが不思議だが、夕闇に紛れていたのだろう。

 

 両手を浸して水を掬う。左手に広がる痛み。擦り傷からか冷たさからかは分からないが目が覚める。

 顔を流すとすっきりした気がした。ハンカチで水分を拭き取る。

 

「はあ…」

 

 川で顔を洗うなど考えたこともなかった。山篭りさせられた時ですらウェットティッシュを使っていたのに。

 それだけ遠い所に来た、ということだろうか。

 

 元来た道を戻りながら考える。

 そういえば特異点Fから帰還してから願掛けをしていない。第四の壁を壊そうとしたアレだ。そんなものがあるかも分からないが。

 腕と一緒に甘えも斬られたのだろうか。

 そもそも僕が二次小説か妄想か何かの登場人物だったとして何なのか。今僕が感じている痛みは本物だし、僕の認識している世界になんら変わりはない。

 

「いい加減大人になるべきか…」

 

 僕も後数年で成人だ。悲劇のヒロインごっこからは卒業しなきゃいけない。

 現実を見て戦わなければ僕は死ぬ。ついでに人類も皆死ぬ。そうしたら根源でパーティーだ。それだけは絶対に嫌だ。覚悟を決める時が来たのだ。

 

 取り出した旧右手に令呪を一画消費して魔力を貯める。

 灰色に光るその腕は、らしくもない僕を嗤っている様に見えた。




◆主人公は 少し成長した!
 釣られてフォウ君も 少し成長した!


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捩れた尊敬

留年は嫌だという恐怖のせいで文章がいつにも増して酷いです(言い訳)
許して。


 セイバーさん達が帰ってきた後、ご飯を食べて出発した。

 キリエライトさんは昨晩の内にお二人と仲良くなった様で、三人で仲良く話して歩いている。

 …寂しい。

 

「貴方には私がいるでしょ?」

 

 静かな声で囁いてくれるオルガ。きっと表情から察してくれたのだろう。優しい人だ。

 確かに何度か融合させたのだし、仲がいいといっても過言ではない…かもしれない。

 

「トモダチ…と思っていいんですかね?」

 

 遂にボッチを卒業できるのだろうか。

 

「もっと上の関係でもいいのよ?」

 

 上…?まさか…!

 

「親友は…ちょっと早くないですか?出会って一週間を少し越した位ですし…」

 

 友達は選びなさい、という奴だ。僕が友達で自分の為になるか。それをしっかり見極めてもらってからの方がいい気がする。

 

「こいb…いえ、そうね。もう少し考えてみるわ」

 

 説得を受けてくれた様だ。確かに僕も親友という概念には興味があるが、急いて彼女の不利益に繋がっては意味がない。これで正しかったのだ。

 

 

『おーい皆!目的地にサーヴァントらしき反応が確認されたよ!』

 

 慌てたDr.の声が響く。釣られて進行方向に目を向けるが、当然そのままでは何も見えない。視力を強化して観察する。

 

「黒煙?戦闘でしょうか」

 

「だとすれば大変です!直ぐにでも向かわねば!」

 

 即座に駆け出すルーラーさん。人命救助は速度が命。その対応は災害時なら素晴らしいのだが…

 

「Dr.!反応の数と強度は!?」

 

『高速で撤退していてサーチが間に合わない!悪いけどこれ以上の情報は…』

 

「了解!」

 

 高速移動ということはライダーかランサーで間違いないだろう。フランス縁かつFGOで登場したサーヴァントの中に該当者は誰がいただろうか。…いや原作外の英霊がでる可能性もあるか。シャルルマーニュ系列が来ると面倒だが…

 

『サーチできる範囲から完全に離脱した!気付かれてないみたいだ!』

 

 それは楽でいい。住民に特徴を聞けば情報面で優位に立てる。…最悪全滅していても反魂の術に戦闘の痕など、情報は幾らでも入手できる。

 

「マスター、セイバーさんは既に向かわれました。我々も合流しましょう」

 

 キリエライトさんの提案に頷く。先行した二人の敏捷はそう高くない。直ぐに追いつけるだろう。

 

 

 

 

 

 市内に入ると、甲高い金属音が響いていた。兵士のゾンビとセイバーさんが剣戟を繰り広げているのだ。

 

「リビングデッド…!マスター!」

 

 キリエライトさんの声に答えて魔力のパスを伸ばす。ゾンビの思考を強制的に遮断し、硬直させる。

 

 

「これは…マスターが?」

 

 突如として棒立ちになった敵に困惑気味のセイバーさん。そういえば自分が死霊術士だと説明していなかった。

 

 

「ええ。ネクロマンサーですのでアンデッド系統ならば操ってみせます」

 

 相変わらず顔を顰めたままのセイバーさん。不快というよりは迷っている様な表情だ。

 

「…マスター。私は神の騎士である前に軍人です。ですから戦いにおいて有利になるならなんでも利用します…しかしジャンヌは…」

 

 ルーラーさんがどうしたのだろうか。

 

「マスター。セイバーさんとルーラーさんは熱心なキリスト教徒です。遺体を用いるのは…」

 

 あ。そうか。宗教家の前で死体を弄ぶのはまずいな。

 

 ゾンビ達から魔力を吸い上げると、バタバタと倒れていく。空っぽにしたのでもう起き上がることはないだろう。

 

「これで構いませんか?」

 

「…はい。お気遣い感謝します、マスター」

 

 うーん。この特異点では死霊魔術の使用は出来なさそうだ。現地の人に見られても迫害されるし、使いにくい魔術だよなあ。

 

「皆さん!御無事ですか!」

 

 駆け寄ってくるルーラーさん。旗が赤く染まっていることから、彼女も戦闘をこなした事が読み取れた。

 

「生存者は見つかりましたか!?」

 

「いいえ。恐らく全滅かと…」

 

 周囲からおおよそ生が感じ取れない。正直空気に呑まれてまた錯乱しそうだ。左手を右手で強く握り締めて正気を保っておく。

 

「許せません…!無辜の民を襲い、あまつさえ外法を用いて死の安寧を奪うなど…!」

 

 …あー、うん。僕にも刺さるなあ。

 

「…じゃ、ジャンヌ。それくらいにしましょう。今は敵の痕跡を探すべきです…」

 

 セイバーさんがチラチラとこちらを伺いながら諌める。別にそこまで気にすることないのになあ。

 

「マスター。ここは二手に別れて探索すべきです」

 

 随分と低い声で提案するキリエライトさん。下を向いており、髪で隠れて表情は見えない。

 骸骨はともかく、初めて死体を見たのだ。温室育ちの彼女には辛いものがあったのだろう。

 

「そうですね。じゃあ僕とキリエライトさんと、ルーラーさんとセイバーさんで分けましょう。」

 

 一応死の専門家である僕がキリエライトさんと組むべきだろう。フランス組の二人は戦争経験者だから慣れてるだろうし。

 

 諍いが起きず、ホッとした顔をしているセイバーさん達と別れ、近くの探索を始めた。

 

 死体の損傷は様々だ。槍で刺されたり、鋭い刃物で突かれた様なモノもあれば、バスケットボール大の球体を叩きつけられた様なモノもある。大きな穴が空いたモノもあった。その向こう側には矢が突き刺さっていたので、きっとアーチャーによるモノだろう。魔物の膂力ではこの芸当は不可能だ。

 一際目立つのは焼死体だ。徹底的に焼かれ、黒く焦げて尚も煙を吐いている。もはや燃える材料もないだろうに。

 

「…延焼、してませんね」

 

 キリエライトさんの指摘の通りだ。ここまでしつこい炎ならば建物も燃やし尽くす筈だが、その熱は全て人に向けられている。一体どれだけ人を怨めばこんな御技ができるのか。彼女の執念には驚くばかりだ。

 

「というかさっき見えた煙って全部人から出てたんですかね…?」

 

 あまり認めたくない事実だが状況からして間違いあるまい。おぞましい話だ。

 

「…マスター」

 

「はい?」

 

 相変わらず表情が見えないキリエライトさん。声からして不機嫌なのだろうが、何を言いたいのだろうか。

 

「…何故言い返さなかったんですか」

 

「…何がですか?」

 

 言い返す?誰かと口論をした覚えはないが…

 

「ルーラーさんが言っていた事です…」

 

 …ああ。

 

「あれは僕に言った事ではないでしょう?」

 

「ですがマスターにも少し当てはまります!」

 

 確かにそうだ。しかし死霊術士にとって迫害など慣れきったものだ。他の魔術師からはよく【蝿】呼ばわりされるし、祖父より前の先祖が地元の住民に素性を明かした時、酷い扱いを受けたと聞いている。

 

「マスターさえ言い返して…いえ、指示さえくだされば私が反論したのに!」

 

 自分のことでもあるまいに、何がそんなに気に入らないのだろう。まだ腕の事を引き摺っているのだろうか?

 

「別に僕が耐えればそれで済むじゃないですか。それに口論なんてしたら空気が悪くなっちゃいますよ」

 

 彼女は協力者ではあるが、気分次第で離反する事も可能だ。なにしろカルデアのサーヴァントではない上に、そもそも令呪に強制力がない。

 機嫌を損ねても聖女である彼女の事だ。せいぜい別行動で済むだろう。しかしそれでも戦力の低下は痛く、避けたいものだ。

 これからも言えることだが、僕はとにかくサーヴァントと仲良くならないといけないのだ。頑張って媚を売って、力を貸して貰わなければいけない。マスターの必須技能はコミュ力なのだ。

 

「ですが!素晴らしい御方であるマスターの悪口など…!」

 

 …素晴らしい?何をどう勘違いすればそんな感想が出るのか。釣り合わない賛辞に、妙に献身的な態度。まるで信者の様だ。安っぽい小説のヒロインの様で薄気味悪い。

 

 …薄気味悪い?恐怖以外の久々な人間らしい感情だ。でも悪口はいけないので腕を強くつねっておく。

 考えをリセットしたので、思った事を言っていく。

 

「というかキリエライトさんも死霊術の事あんまりよく思ってませんよね?」

 

「そ、そんなわけありません!」

 

 否定する彼女。しかしその顔は明らかに動揺していた。

 

「思ってないのなら『ああ、宗教の違いだな』程度で終わると思うんですよ。ですが貴女は反発した。これは内心にあった死霊術への否定がルーラーさんの言葉に同調して、そんな自分が許せなかったんじゃないかな、と。つまる所キリエライトさんは随分と僕を持ち上げている様ですが、それは表面上でむしろ心の奥では軽蔑している思うんですね。いやまあ別に慣れてるんでいいですけど、ちょっと傷つくっていうか『──やめなさい!』

 

 

 

 …あ。少し喋り過ぎたかな。やっぱり錯乱からは逃れられなかった様だ。

 

『マシュが泣いてるでしょう!?すぐに謝りなさい!』

 

 目を向けるとオルガの言う通り、キリエライトさんが泣き崩れていた。興奮して捲し立てている間に座り込んでいたのだろう。

 …しかし何を謝れと言うのか。事実を指摘しただけではないか?だが現に彼女は泣いているし、僕に至らぬ所があったのだろう。

 

 

「私は…!私はただマスターの役に立ちたくて…!不快なモノは除去して…!少しでも喜んでもらえたらって…!」

 

「そこです。そこも分からない。何故そんなに尽してくれるんです?」 

 

 彼女が泣いている理由もさっぱりだが、そっちはもっと分からない。

 

「マスターは弱いから…私が守らないといけないんです…戦闘でも精神面でも…」

 

 まあ確かにサーヴァント並の戦闘力を持つキリエライトさんよりは弱いだろう。精神は言わずもがなだ。PTSDと鬱の掛け持ちだし。

 

「特異点Fでセイバー(・・・・)の宝具を防いだ時…とっても気持ちよかったんです…」

 

 …気持ちよかった?

 

「今度こそマスターを守れているのが嬉しくて…!素晴らしい方の為に自分を捧げているのが快感で…!」

 

 顔を上げ、頬を紅らめるキリエライトさん。髪の隙間から見えた涙は、悲しみによるものには見えなかった。

 

「マスターは私がいなきゃ駄目なんです…私が守ってあげなきゃ…」

 

 

 …正直、もっと分からなくなった。恍惚と話す彼女の気持ちが分からない。僕のコミュ力が低いからだろうか。

 でも少しだけ分かった事がある。きっと彼女は本気で僕を助けようとしてくれているのだ。ならばその気持ちを疑わず、僕も応えなくてはいけない。

 

「その…謝る代わりと言ってはなんですが、いつもありがとうございます。僕は弱いので、これからも手を煩わせると思いますが…よろしくお願いします」

 

 キョトンとした顔を浮かべる彼女。

 …やはり話が飛躍し過ぎただろうか。それとも内容が似合わなかった?

 

 

「…はい!私こそよろしくお願いします!」

 

 一転、ヒマワリの様な笑顔を浮かべるキリエライトさん。やはり彼女にはこの表情が一番しっくりくる。禍々しい鎧や盾とは酷くアンバランスだったが、そのギャップも美しさを際立てていた。

 

 

 

 

『いい空気のところで悪いんだけど、複数のサーヴァント反応がこっちに向かってる!急いで逃げてくれ!』

 

 Dr.の報告。その慌てた声にキリエライトさんは薄く微笑むと、盾を掲げた。

 

「マスター。今の私は絶好調ですが…どうしますか?」

 

「迎撃します。それが一番効率がいいでしょう」

 

『ちょ、何言ってるんだい!複数の反応だよ!?』

 

 気持ちは分かるがこれが最善だ。

 

「我々はあまり敏捷が高くありませんから撤退は厳しいです。それに…ルーラーさんが頷くとは思えません」

 

 迫っているのはこの街を襲撃した犯人だろう。ならば彼女は問いただす筈だ。なぜこんな事をしたのか、と。

 

『まあでしょうね。いいわ、許可します。早く合流なさい』

 

『所長!?いいんですか!?』

 

 僕の記憶を通して彼女の意固地さを知っているからだろう、オルガはあっさりと許可を出した。

 

「じゃあ行きましょうか。キリエライトさん」

 

「はい!マスター!」

 

 パスの繋がりを頼りに、二人で合流を急いだ。



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邂逅と撤退

あけましておめでとうございます。恥ずかしながら帰って参りました。頭空っぽ界のモブ氏と鳥が使えない氏にこの場を借りて感謝を。


「セイバーさん!ルーラーさん!」

 

 お互いがお互いに向けて走ったので素早く合流出来た。移動してきた彼らも敵の存在を感知しているのか、表情は厳しい。

 

「マスター。遺体や壁床の損傷からここでサーヴァントの戦闘が起きたのは間違いないと思われます。…それに」

 

「分かっています。そのサーヴァントがこちらに向かっている様ですね」

 

 同じ結論が出た。結果は分かりきっているが一応方針を聞いてみる。

 

「逃げるか戦うか…お二方はどう思われます?」

 

「当然戦います!私達は問わなければなりません!」

 

 力強い返答。ルーラーさんの気迫に若干押されるが、負けてはいられない。

 

「敵は五騎いる可能性もあります。それでもですか?」

 

 刺突、槍、魔力塊、矢、炎。五種類の攻撃の痕があった以上、それと同じだけ敵がいると考えるべきだ。人数では勝てない。そしてサーヴァントという単位は1の比重がとても大きい。迎撃は自殺行為もいいところだ。

 

「それでもです!」

 

 頑なな彼女。この意思を変える事ができるものが果たしているだろうか?少なくともこのフランスにはいないだろう。

 

「分かりました。このまま迎え撃ちます」

 

「!?」

 

 セイバーさんが驚いている。軍略を持つ彼からしても迎撃は無謀なのだろう。しかし反対しようとしないのはルーラーさんに気を使っているからか。

 

「ですが徹底抗戦はしません。隙を突いて逃げましょう」

 

 どうにか痛み分けに持ち込んで撤退。現実的に生き残る方法はそれしかないだろう。

 

「私は構いません。…彼らの真意さえ聞ければ、それで」

 

「決まりですね。路地で敵を待ちましょう」

 

 時間もないので急いで向かっていく。

 敵にだけアーチャーがいる以上、射線の通る開けた場所で戦うのは不利だ。敵のキャスターは確か青髭さんだったので、彼の海魔の群れに囲まれるのを防ぐという理由もある。

 一本だけの逃げ道を塞がれると面倒だが…最悪死霊魔術を解禁すればなんとかなるだろう。それ程に転がる死体は多い。

 

 

『すぐそこまで来てる!備えて!』

 

 準備する暇すらない。一体どうやってこの移動速度を出しているのだろうか?疑問に答えるかのように響き渡る咆哮。合点がいった。ワイバーンに騎乗しているのだ。

 

「ワイバーン優先で撃破しましょう。追撃の足は潰すに限ります」

 

 

 返事が帰る前に複数の影が足元を覆った。見上げると5騎の亜竜と人影が目に入る。

 

「マスター。私の後ろに…」

 

 素直にキリエライトさんの後ろに隠れる。かの魔女は視界に入っているものは全て焼けるのだ。棒立ちは許されない。

 

 

 

「────まさかこんなことが起きるなんてね」

 

 中央に浮かぶワイバーンに乗った人影。竜の魔女が呟いた。

 

「一人の英霊の別側面同士が戦うのはありえないことではありませんが…いえ、そうじゃないわ」

 

 俯く彼女。路地裏は暗く、何をしているのか見ることができない。しかし目の代わりに耳が、しっかりと事実を認識した。

 

「まさかこんなのが聖女だなんて!こんな小娘に救われたなんて!ホントこの国って──くだらないわね」

 

 嗤っていた。ジブンと故郷を。

 

「貴女は…!貴女は何者ですか!」

 

 ルーラーさんが哄笑を遮る。鏡の中と同じ顔を見る衝撃から立ち直ったらしい。

 

「それはこちらの台詞ですが…いいでしょう。上に立つ者して答えて差し上げます」

 

 酷薄な笑みを顔に貼り付け、堂々と名乗る。

 

「私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ、"私"」

 

「馬鹿けたことを…貴女は聖女ではありません。私が聖女でないように…」

 

 後ろでセイバーさんが何か言いたげな顔をしているが、空気を読んで黙る事にしたようだ。

 

「それよりも!何故この町を襲ったのですか!」

 

「…呆れた。ここまで分かりやすく演じてあげたのに、まだ分からないのですか?」

 

 大袈裟なジェスチャー共に、ため息をつく彼女。

 

「この国を全て破壊し、裏切り者達を全て物言わぬ死者に変える。それが私の救国方法です」

 

「な…!」

 

 衝撃に堪えきれなかったのか、セイバーさんが声を漏らしてしまう。

 

「…あらあ?その声はジルかしら?」

 

 セイバーさんは黙して答えない。何を言っていいのか分からないのだろう。

 

「妙な偶然ね…ジル、こちらにつく気はないかしら」

 

 彼は一つ大きく息を吸った後、前を見据えた。

 

「今の私はマスターに仕える身…たとえ何があろうとも、それを裏切る訳には参りません…」

 

 絞り出す様に断るセイバーさん。裏切られると完全に詰むので内心冷や汗ものだったが、騎士の忠誠は伊達ではなかったようだ。…いや信じてたけどね?

 

「結局貴方も私を裏切るのね…まあいいわ。もうキャスターのジルがいるし」

 

 セイバーさんが大きく震えた。

 

「それを聞いて余計に決心がつきました…!私は自分を…あの怪物を許す訳にはいかない…!」

 

「ならもう用はありません。バーサークランサー。バーサークアサシン。出番です、全て喰らいなさい」

 

 二人の影がワイバーンから降りる。彼らを出し抜かねば勝機はない。その為にもとにかく情報が必要だ。

 

 

「──よろしい。では、私は血を戴こう」

 

「いけませんわ王様。血も肉もハラワタも…みな私の美貌保つのに必要ですもの」

 

「では魂を頂くとしよう。聖女の魂…実に興味深い」

 

 実に分かりやすい人達だ。姿は見えずとも言動で分かる。ヴラド公とカーミラ夫人に違いない。そして助かった。彼ら程与し易いサーヴァントは他にいない。

 

『一瞬敵の動きを止めます…その隙に強力な一撃を御見舞してください。その後混乱に乗じて撤退します』

 

 念話で作戦を公開しておく。皆が頷くのが暗闇の中に見えた。

 

「なんだ、そちらから来ないのか?では私から…!」

 

 ヴラド公が突っ込んでくる。今だ!

 

「Pierce tè a」

 

「ぬおっ!?」

 

 不意に空中から地面に槍を突き刺す彼。そのままの勢いで地面に叩きつけられる。

 

「不本意ではありますが…!」

 

 倒れ込んだヴラド公を囲んで殴るセイバーさんとルーラーさん。彼らはこういった手段を好まないだろうが、我慢して頂く他にない。

 

「離れなさい!」

 

 カーミラ夫人が救援の為に光弾を飛ばす。

 

「Atak yon alye」

 

 しかしその光弾はヴラド公に当たる。

 

「何をしているのです!?」

 

 味方の失敗に怒りを隠せていない魔女。今が好気だろう。

 

『撤退します。キリエライトさんは殿でアーチャーの警戒をお願いします』

 

 脚を強化して後ろに向かって全力疾走。今逃げずにいつ逃げるというのか。

 

「逃さん!」

 

 風を切る音がする。が、大きな金属音と共に止んだ。アーチャーさんの追撃が盾に阻まれたのだろう。

 

「カバーはお任せください!」

 

 流石キリエライトさんだ。しかし何時までも悠長に防ぐ訳にもいかない。置土産をしておく。

 

「Eksploze li」

 

 後方で巨大な爆発音が響き渡る。死体を爆破したのだ。威力はともかく煙と埃で前が見えないだろう。

 死んだ人達も復讐できてあの世で満足したに違いない。

 

 逃げ込むのは近くの森。鬱蒼と茂る緑の中なら滅多に見つかる事はないだろう。

 




次はいつになるかなあ(諦感)


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逃走と夜襲

リアルがやばいので失踪継続します…
文章書けなくなってるしそれもやばい…
あと管理できないのでマリー様一行は退去されました…


「──ここまで来れば大丈夫でしょう」

 

 とりあえず戦地から二番目に近い森に逃げ込んだ。成立して長い森のようで、高木が枝葉を広げているので空からの視線は通らない。ワイバーンによる追跡もある程度は誤魔化せるだろう。

 

「皆さん助かりました。お陰様でなんとかなったようです」

 

 まずは感謝を述べておく。理由も説明されない突然の指示に従って頂いたのだ。

 

「見事な采配でしたマスター。…ですがあれは一体?貴方が仕組んだのですよね?」

 

 敵の不自然な失敗を指しているのだろう。不思議そうな表情のルーラーさん。セイバーさんやキリエライトさんは察したのか複雑な表情を浮かべている。

 

 彼らが察する通りアレは死霊術の応用だ。敵はそもそもが英「霊」である。本来なら僕の様なネクロマンサーのカモだ。しかし彼らは非常に高位かつ聖杯からの保護も受けている。操ることはできない。…のだがここでお約束。だがここに例外が存在する、という奴だ。

 敵、つまりヴラドⅢとカーミラ夫人は高名な吸血鬼である。正確には人々のイメージによって固定化された存在だが、彼らがそういった属性を持つことに間違いはない。

 つまり、「霊」と「吸血鬼」の二つのアンデッド属性を持つが故に一瞬だが干渉できたという訳だ。

 

「この義手は聖別された特製でして。邪なる存在を弱らせる事ができるんです」

 

 腕を掲げて適当に誤魔化す。とっさの言い訳は前世からの数少ない特技だ。

 …一応聖別はされているから嘘ではない。

 

 

「なるほど…これもまた主の御業なのですね」

 

 特に疑わずに信じてくれたようだ。ルーラーである以上、そういった看破も可能な筈だが機能している様子はない。本来の力を持ってすれば、たいした聖別でないことは見抜けるが、彼女の弱体化はやはり深刻なようだ。

 

 

「さて…ここからどうしましょうか」

 

 数と質で完全に劣っていたので逃げ出したものの、ここからメンバーを強化する方法も特に思い浮かばない。

 ゲームだと種火を集めてレベルを上げたが、そんな都合のいいシステムなどこちらにはない訳で…

 

「一先ず逃げて体制を整えるべきでは?敵は占領や侵攻などするべきことは多い筈です。必ず兵を分けるでしょうからその機会を窺うのです」

 

 冷静かつ最適な提案してくれるセイバーさん。今のメンツでも二基くらいなら相手をできるだろうし、それが一番だろう。

 

「ですがそれは…いえ、なんでもないです…」

 

 ルーラーさんは何かを言いかけ、口を噤み顔を伏せた。言いたいことは分かる。その間に犠牲になる民衆が忍びないということだろう。

 気持ちは分かる。分かるがどうしようもない。それはここに居る皆が痛感している事だ。

 

 …かける言葉が、見つからない。

 

 

『落ち込んでる暇はないわ。追手が来る前に急いで距離を取りましょう』

 

 

 冷たく無慈悲なオルガの声。こんな時は誰かが非情に徹する必要がある。彼女は進んで貧乏クジを引いてくれたのだ。

 

「そうですね。とりあえず休憩できる場所を探しましょう」

 

 キリエライトさんものってきた。

 

『ちょうど近くに霊脈があるんだ!そこに野営地を作ろう!』

 

 Dr.も情報を携えてのってくる。満場一致で霊脈に移動することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───そして夜、彼女は突如やってきた。

 

 霊脈にキリエライトさんの盾を設置し、ライフラインを確保した直後の事だった。

 

『うわわっ!単独のサーヴァント反応が高速で接近中だって!たぶんライダーだ!』

 

 Dr.の慌てた声。レーダー担当スタッフから連絡受けたのだろう。

 

「情報通りなら先の戦いで手を出してこなかった相手です!十分気をつけてください!」

 

 声を張り上げ立ち上がる。

 やっと休憩できると思った矢先に電撃戦だ。敵もどうすればこちらは嫌がるかよく分かっていると見える。だが反応は一人のようだし囲んで終わりだろう。

 

 

 

「こんにちわ皆様。…上から失礼するわ」

 

 

 姿を表したのはとてつもなく過激な格好をした女性。その視線は刺すようにこちらを見下ろしている。といっても彼女の身長が高い訳ではない。

 

「ドラゴンライダー…!」

 

 セイバーさんが言うとおり、彼女の足元には高位の竜種が巨躯を晒していた。

 

「…何者ですか、貴方は」

 

 ジャンヌさんの冷たい声。明らかな敵対者に彼女も警戒を強めているようだ。

 

 

「ルカによる福音書第十章と黄金伝説第百章で語られる聖女。主を歓待し、竜を鎮めたという聖マルタさんですね。主な攻撃手段は杖からの光弾です」

 

 ここまで特徴的な服だと間違えようもない。確信を得たので知っている情報はすぐに拡散しておく。耶蘇教徒ではないがこれくらいは知っている。

 

「…驚いたわ。英霊には見えないけれど、何処かでお会いしたかしら?」

 

 本来なら知り得ない情報なので、マルタさんも味方も不審に思うのは当たり前だ。だがちゃんと言い訳は考えてある。

 

「マスターはサーヴァントを見ればある程度の情報を得る事ができます。それが例え敵だとしてもね」

 

 嘘だ。それは通常の聖杯戦争のみであり、今回の事例には当てはまらない。それに得られるのは曖昧な情報のみだ。しかしこの場にマスターの力に対して深い知識を持つ者はいない。

 そもそもこの聖杯探索のマスターは史上ただ一人。僕ができると言えば通常の聖杯戦争に参加した「彼」ですら信じるのだ。

 

「…なるほどね。まあ自己紹介の手間が省けて助かるわ」

 

 小さな笑いを浮かべつつ、杖を構えるマルタさん。

 

「それなら分かってると思うけど、狂化を付与されちゃってるのよね」

 

 《狂化》。理性を喪う代わりに基礎ステータスを向上させるスキルだ。本来デメリットの方が目立つが、言う事を聞かない者、そもそも弱い者、《無窮の武錬》を持つ者と相性がいい。前者を期待して付与されているのだろう。

 

「脚を買われて偵察を命じられたけど。…最後の理性が囁くのよ」

 

 杖が静かに光を帯びる。と同時にキリエライトさんが僕の前で盾を構えた。

 

「彼らを試せってねッ!」

 

 光弾は盾で弾け、甲高い音を残す。戦闘開始だ。

 

「貴方達が相手にするのは竜の魔女!それも究極の竜種に騎乗している!」

 

 巨大な亀にも見えるタラスクが走り出す。大きな体からは信じられない程の速さだ。

 

「私程度を倒せないようでは彼女を降すことは不可能!」

 

 高速で移動しているというのにマルタさんは正確に光弾を撃ち込んでくる。キリエライトさんがしっかりと防いでくれているので問題はないが、こちらから打つ手がない。

 

「さあ、遠慮なく我が胸に刃を突き立てなさい!」

 

 どう彼女を討ち取るべきか。現実的な案は少ししか浮かばない。こういう時は本職に聞くべきだ。

 

『セイバーさん!何か策はないですか!?』

 

 敵から目を離さない彼の背中から、憔悴した声が返ってくる。

 

『自軍英霊は飛び道具を持ちません!スタミナ切れを待つのも幻想種相手には難しいでしょうし…とにかくどうにかして動きを止めなければ…』

 

 我がサーヴァント達は皆白兵戦に特化していて妨害も遠距離攻撃もできない。…つまり僕がどうにかするしかない。

 

『攻撃は私が防ぎます!じっくり考えてくださいマスター!』

 

 頷いて思考を巡らせる。複数ある彼女を足止めする手段で最も簡易なのは…

 

『…閃光弾を投げます。合図をしたら目を瞑ってください。光が収まったらセイバーさんとルーラーさんは攻撃をお願いします』

 

 了承の意思が返ってきたので念話を終える。

 本当はスケルトンに閃光弾を持たせ、轢かれた瞬間に爆発させるのが一番なのだが、ルーラーさんがいるのでそれはできない。

 

 ポケットから閃光弾カスタ厶のを取り出し、感覚器に魔力を集中する。…チャンスは一度だ。

 

 

 

 走る音と姿に全神経を傾ける。

 

 キリエライトさんの言葉を信じ、光弾すらも意識の外に。

 

 対象が一周するのは平均5.7秒。

 

 僕が目標ポイントに投げいれるのに0.2秒。

 

 義椀に魔力を集中。

 

 

 

 ──投げるのは

 

 

 

 

 

『今だっ!!』

 

 

 

 目を閉じて起爆。骨が木っ端微塵に炸裂し、暴力的に光を撒き散らす。

 

 瞬間、凄まじい轟音と共に悲鳴が飛んだ。

 

「攻撃開始!」

 

 練り上げた魔力を送ると、二人は弾けるように飛び出した。

 

 

 高速移動中にバランスを崩したタラスクはマルタさんを落とし、随分と遠くまで転がっていった。帰ってくるまでには確実にマルタさんを倒せる。

 

「████▅▅▅▃▄▄▅▅▅!」

 

 咆哮がこちらに近づいてくるが

 

「▅▅▅▄▄━━━━――――…」

 

 静かに消えていった。マルタさんが彼を維持できなくなったのだろう。

 

「降参よ。頼りない顔してる割にやるじゃない」

 

 どこか嬉しそうな声に、二人は獲物を降ろした。

 

「まったく容赦なくやってくれちゃって。こっちはかよわい乙女なのよ?」

 

 血を流しながらも、その口は弧を描くように歪んでいる。

 

「最期に教えてあげるわ。かつてリヨンと呼ばれた場所に行きなさい」

 

 リヨン。確か世界文化遺産にもなった街だ。"呼ばれた"ということはもう廃墟なのだろうか。

 

「あそこには竜殺しがいる。必ずや貴方達の助けになるはずよ」

 

 全力で袋叩きにしたというのに気前よく助言してくださった。…なんだか申し訳ない。

 

 

「…すいませんでした。それとありがとうございます」

 

 彼女は堪えきれず、今度こそ吹き出した。

 

「いーのよ。遠慮するなと言ったのは私だもの。それよりしっかり彼女を倒しなさいよ」

 

 にんまりとでも聞こえてきそうなその笑みは、聖女ではなく面倒見のいい女傑に見えた。

 

 

「…次はもっとマシな召喚をされたいわね──」

 

 光と共に消え行く彼女。

 

 跪く二人に合わせ、僕とキリエライトさんも祈りを捧げた。



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邪竜と迎撃

 聖女マルタを討った翌日。僕達はリヨンに来ていた。

 

『見るも無惨な廃墟…情報通りね』

 

 オルガの言うように、街は瓦礫の山となっていた。人の気配も全くない。

 

「付近の町の方によると、数日前に魔物による大規模な襲撃があり、守り神が時間を稼いでいる間に全員で逃げ出したとか」

 

 聞き込みした要点をまとめるとこんな感じだ。常人が魔物を相手取れる訳がない。その守り神とやらがマルタさんの言っていた竜殺しの可能性は高い。

 というかジークフリートさんだった気がする。原作の流れを忘れて久しいが、印象に残った所は流石に覚えている。

 

 ジークフリート。ニーベルンゲンの歌に謳われる英雄で、ニーベルンゲン族を征伐して数々の財宝を得た。此度の現界はファフニールを倒す為だった筈だが…

 

 

「本当にいらっしゃるんでしょうか…」

 

 キリエライトさんが溢すのも無理はない。荒れ果てた土地に加え、何かが這い回る音が聞こえる。まさしく死地といった様相だ。

 

「戦闘の音は聞こえませんが…急いだ方がいいでしょうね」

 

 魔力で聴力を強化したが、不快な声や肉を引きずる音以外は静かなものだ。

 

「レーダーはどうでしょうか」

 

『ん〜…微弱だけどサーヴァントらしき反応があるみたい。そこから東側に3kmの地点だね』 

 

 Dr.から返事が返ってくる。感謝の意を示した後、その方向へと進路を変えた。

 

 進む先々に死体があり、しかもリビングデッドと化している。一々相手をするのも面倒なので、魔力だけ吸収して義腕に貯めておく。

 

 ルーラーさんに気づかれても面倒なのでコソコソとやっているのだが、これがなかなか面倒くさい。お陰で当分魔力には困りそうにないが。

 

 

 

 

 道なりに歩いていると、そこそこ大きな聖堂が見えてきた。煤け、血液が所々に付着しており、神聖な雰囲気は感じられない。

 

「Dr.あそこですか?」

 

『確かにその城から反応があるんだけど…もっとヤバイのも反応してるよ!早くそこを離れて!』

 

 聖堂だ、と指摘できない語気の強さ。恐らくサーヴァントだろう。

 

「落ち着いてください!敵サーヴァントは何基ですか!?」

 

 

『サーヴァントじゃないよ!竜だ!!しかもめちゃくちゃでかい!!!』

 

 

 …お、おう。めちゃくちゃでかい竜ね。多分ファフニールだろう。

 

『竜殺しを回収した後、素早く撤退なさい。交戦は許可できないわ』

 

「了解です、オルガ!」

 

 三人をハンドサインで急かして走りだす。

 Dr.と所長の言い争いが風に消えていく。今すぐ逃げるかどうかで口論しているのだろう。

  

 我々は相変わらず遠距離攻撃手段を持たないので、上空から攻撃されれば反撃の術はない。

 本来ならさっさと逃げるべきだが、この機会を逃せば竜殺しは死んでしまう。それになによりオルガの命令だ。逆らいたくない。

 

 

「ハアッ!」

 

 閉じられた門をセイバーさんが抉じ開けた。教会に強行侵入なんて罰当たりだが、そこは目を瞑ってもらうしかない。

 

「どなたかいらっしゃいませんかー!」

 

 皆で声を張り上げ練り歩く。魔力を耳に回しているので、少しでも反応があれば気づくことができるはずだ。

 

 

「…ッ」

 

 

 …聞こえた。痛みに喘いだのだろう。その吐息は苦しげだった。

 

「セイバーさん!その扉お願いします!」

 

「承りました!」

 

 

 ずんばらりんと扉が断たれ、長身の美男、ジークフリートが現れた。

 

 

「なんだ…お前達は…」

 

 

 一見外傷はない。鋼の体故に肉体に傷はつかないのだ。しかし強大な呪いがその身を包んでいた。

 

 

「味方です。竜殺しの依頼に参りました」

 

 痛みに歪む顔が、疑問の歪みに変わる。

 

「竜…?」

 

「とても大きな竜です。彼を倒せるのは貴方しかいません。どうか助力を!」

 

 彼の表情はさらに微笑の歪みへと変わる。

 

「なるほど…その為に俺は召喚された訳だ…いいだろう。できるだけの事はする」

 

「ありがとうございます!我々ではどうしようもなくて…」

 

「気にするな。予想通りならその竜は俺縁の者だ」

 

 魔力ラインを飛ばし、簡易契約を交わす。ついでに貯めに貯めた魔力を流していく。毎日コツコツ令呪を解体した分と、リビングデッドから徴収した分の半分だ。

 

「助かる。だが本調子でない今、すまないが一撃で倒す事はできない。それでもいいか?」

 

 頷きつつ窓を破壊して飛び降りる。その羽音はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

「████▅▅▅▃▄▄▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▃▃▄▅▅▅━━━━――――!」

 

 

 耳を劈く大咆哮。それそのものが兵器のような爆音だが、叫びには怯えが混じっている様な気がした。

 

 

「そのサーヴァントは…!突撃なさいファフニール!生かして帰す訳にはいかないわ!」

 

 竜の魔女の声が聞こえた。やって来たばかりだというのに煽る余裕もないらしい。それほどにジークフリートさんは脅威なのだろう。

 

「やはりファフニール…!すまないが少し時間を稼いでくれ!詠唱に少し時間がかかる!」

 

 そう叫ぶと、ジークフリートさんは剣を構えて何事か呟き始めた。彼の宝具は素早く撃てる方だが、呪いがそれを許さないらしい。

 つまりあの突進をどうにかして防がないといけない。こちらに向かっている以上、閃光弾ではそのまま突っ込まれてしまう。動くこともできない。ならば…

 

「ルーラーさん!」

 

「お任せください!」

 

 大きく息を吸い、一歩前に踏み出す彼女。

 

 

我が神は──(リュミノジテ)

 

 

 胸を張り、堂々と旗を掲げていく。

 

 

ここにありて(エテルネッル)

 

 

 

 

 光。光が僕達を包んでいる。強い光だ。眩しい光だ。《あそこ》と同じ光を超越した光だが…

 

 

 こちらは とても ここちいい

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!魔力を回してくれ!」

 

 

 …しまった。呆けていた。

 謝罪しつつジークフリートさんに魔力を送る。

 

「助かる!ここで撃つぞ!」

 

 見上げればファフニールは光に絡めとられている。この好機は逃せない。

 ジークフリートさんが屈むと、剣の柄から蒼い光が溢れ出す。…あれは真エーテル?

 

「邪竜、滅ぶべし!」

 

 光は歪み、撓み、練り上げられて束となっていく。

 

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 

 瞬間、音が飛び空が裂けた。

 

 

 

 

 

「▅▃▄▄▅▅!?」

 

 

 ファフニールの悲鳴で我に帰る。

 先程から高ランクの宝具が飛び交い過ぎて精神が辛い。天使の光だの失われた元素だのとスケールが大きすぎるのだ。

 

 

「やりました!対象の翼が破損しています!」

 

 キリエライトさんの歓声で目を向けると、確かに穴が空いている。それでも飛んでいるのは流石は竜種と言うべきか。…人間かドワーフか巨人の変身した姿らしいが。

 

 

「こんな失態…!私は…!絶対に…!」

 

 空から悔しげな声が響く。どうやら大きな被害を出せたようだ。

 

 

「次会ったら覚悟なさい…!絶対に焼き殺してあげる…!」

 

 

 捨てセリフを残したジャンヌオルタさんを乗せて、ファフニールは西へ飛び去って行った。

 

 

「どうにか…なったようだな…」

 

 絞り出すように呟くと、ジークフリートさんは膝から崩れ落ちた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 ルーラーさんが心配そうに駆け寄る。

 

「問題ない…問題ないがしばらく宝具は使えそうにない…役に立てずすまない…」

 

「いえ、撃退できたのは貴方の力があってこそです…」

 

 セイバーさんも励ますが、ジークフリートさんの体調は思わしくない。

 

「Dr. 彼の呪いを解呪する方法はありませんでしょうか?」

 

 呪術も一通り使えるが、ここまで大規模な呪いで英霊を縛る、という状況は流石に勉強していない。こういう時は体と魔術の専門家に聞くのが一番だ。

 

 

『相当強力だからね…聖人級の洗礼詠唱が複数必要かな…』

 

「聖人級…ですか」

 

 一枠はルーラーさんに埋めてもらえるが、もう一人がいない。そう簡単に現れるような位ではないし、最悪このままで戦ってもらうしかないのだろうか…

 

『そんなに心配顔をしなくても大丈夫さ!今聖杯を持っているのは竜の魔女だからね。そのカウンター…まあ抑止力として聖人が召喚されやすくなっているはずさ』

 

 

 …なるほど。ならばガムシャラに歩き回れば見つかるかもしれない。非効率的だがそれが一番だろう。

 

『聖人が召喚されたならば街を護衛している可能性が高いわ。近場の都市から虱潰しに探すべきね』

 

 言われてみれば確かにそうだ。聖人ならば人々を守る為に人口密集地を目指すはず。都市を巡れば一人くらいはいるのではないだろうか。

 

「ではオルガの言う通りに都市を巡っていきましょう!まずはボルドーで!」

 

 反対の声はあがらなかった。




戦闘描写が下手な事も需要がない事も分かっているんですが書くしかねえ!
はやくもっとギスギスさせてえ!


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