SwordArtOnline Anotherstory<黒の剣士と可能性の賢者> (NoaH AlmalS)
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プロローグ
プロローグ&キャラ紹介


プロローグ


ある物語を語ろう

 

それは二人の剣士による可能性の物語だ

 

その二人は対の存在であり、また、互いを高め合える

よきライバルであった。

 

彼等の名は、

 

《黒の剣士》kirito

          そして

        《白の賢者》noah 

 

彼等はこの世界、世界初のVRMMORPGであり、一人の天才プログラマーによって、デスゲームへと変化したSAO、またの名を

 

 

     《ソードアート・オンライン》

 

 

をクリアするために、今日も戦いに身を投じる。

 

 

 

 

さぁ、お膳立てはこれで十分であろう、物語の幕を上げるとしよう。

 

 

 

 

...え?

 

キャラ紹介?何をいっているんだいキャスパリーグ、そんな事はオマエがすればいいぃぃぃだだだだ!わ、わかった。わかったから、引っ掻かないでくれ!

 

頼む、頼むからさぁぁぁぁぁぁぁ....!!

 

 

 

   ──────────────────

 

 

キャラ紹介

 

ここではオリキャラの紹介となります。

え?さっきの人はって?

キャスパリーグと遊んでいるだけダヨ。

 

 

・ノア《noah》

本作の主人公。

 

キリトと容姿・体格は似ているが、白髪(わずかに水色を帯びている)碧眼に白く透ける肌が、外国人というよりも異世界の住民のような神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

本人曰くこれはアイテムによるカスタムではなく、リアルでもこのような容姿らしい。生粋の日本人(?)で、キリトとは親友でライバル。キリトよりも遥かに状況把握が良くでき、また非常に博識であるため、その容貌と合わせて、《白の賢者》と呼ばれる。一人称は僕で、性格はキリトよりいくらか冷静。

 

《Noah》ステータス(74層時点)

 

 Lv.98  主武装 片手用直剣    ???

          ???       ???

 

      副武装 短剣        ???

          投擲用ピック×8

       

 

 スキルスロット 片手用直剣  1000

 

         体術     988

 

         短剣     960

 

         投剣 978

 

         索敵     1000

 

         隠蔽     947

 

         ???    ???

 

         ???    ???

 

         料理     912

 

         ???    ???

 

         アイテム創造 1000

 

         戦闘時回復  961   

 

 

・カエデ(kaede)

本作のヒロイン。

 

雪のように白い肌に透明に近い色合いのロングヘアをもった赤い瞳の少女。キリトやノアと同じくソロで、彼等と行動を共にすることが多い。

 

主武装は長槍(ランス)で、非常に攻撃的な戦闘スタイルを好む。戦闘時の槍使いや踊るような立ち回り、ソードスキルを発動した時等に光を受けた髪がオーロラの様に輝くことから、《雪原の舞姫》の異名をもつ。

 

一人称は私で、性格はキリト以上に大胆不敵だが、信頼できる相手には非常に甘えた態度をとり、それが彼女の容姿と相まって非常に可愛いため、ノアですら、対応に困っている。

 

また、ノアと同じく、彼女の容姿もリアルの姿と同一である。

 

《kaede》ステータス(74層時点)

 

 Lv.97  主武装 両手用長槍    ??? 

 

     副武装 投擲用ピック×12

          短剣       ???

 

 スキルスロット 両手用長槍  1000

 

         体術     1000

 

         索敵     1000

 

         隠蔽     908

 

         軽金属装備  876

 

         戦闘時回復  972

 

         投剣     924

 

         短剣     951

 

         料理     934

 

         ???    ???

 

         疾走     1000

 

         アイテム創造 899

 

 

以上が、今作品のオリキャラのプロフィールとなります。???の開示されていない部分については、ストーリー上で明らかになるので、ストーリーが進行するまで、お待ち下さい。

 

 

   ──────────────────

 

さて、そろそろいいかな。

え?さっきはどうしていたのかって?

ボクはキャスパリーグと遊んでいただけだが、どうかしたかい?

 

ま、まあ、ともかく物語を幕を上げよう。

 

 

 

...ああ、最後にキミたち読者に伝えておくことがあるね。

この物語は、いろいろな点で、至らない部分があるかもしれない。だが、読み続けてくれたらうれしい。

 

ボクが伝えたいことはこれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       さて、物語を始めよう。

 

 

 

 

 




では皆さん、これからの物語をどうぞお楽しみ下さい。


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Episode-1 AINCRAD
第1刃 すべてが変わった日


お待たせしました。
それではどうぞお楽しみ下さい。

[2020 3/2]追記

ストーリーの一部を改訂しました。




「とうとうこの日がやってきた」

 

もうすぐ訪れる時間、11/6 13:00を目の前にして彼はこの日、何度言ってきたかわからない言葉を再び口にした。

 

何しろ、世界初のVRMMORPGである。

サービス開始時刻に遅れるわけにはいかないと、十分も前から専用のフルダイブマシン‐‐ナーブギアを被ってベッドで横になっていてもしょうがないだろう。

 

そして、()もそのつもりなのだろうから、こっちが遅れるわけにはいかない。

 

 

あと三十秒。

 

もうすぐだ、あの世界の門が()()開くのは。

 

《今回こそは、百層まで完全攻略する!》

 

そんな目標を立て、彼は残り十秒のカウントダウンを始めた。

 

「十、九、八」

 

正式版では、どのような変更がなされているのだろうか。とても楽しみだ。

 

「七、六、五、四」

 

ここで、カウントをやめ、息を吸い込む。そして、あの世界に行くためのコマンドを口にする。

 

「リンク・スタート!」

 

その言葉を口にしたと同時に、五感が体から切り離され、いや、正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

と言うべきか。

 

そのようにして、僕の意識は電脳の世界へと飛翔する。

エントリー・シークエンスを済ませると、アバターを引き継ぐかどうかをきいてくるが、迷わずアバターの引き継ぎを選択する。それが終わると、青い光と共に

 

 

         welcome to

       sward art online

 

 

というメッセージが視界に現れた。

 

その光に一瞬視界を塗り潰された後目を開けてみる。

すると、視界に飛び込んできたのはあの懐かしきアインクラッド第1層《はじまりの街》にある黒鉄宮広場だった。

 

βテストの時に何度もお世話になった黒鉄宮を見つめながら、僕はこの世界に戻ってきた事を改めて実感した。

 

 

早速フィールドに出て、モンスター相手に久々のソードスキルをお見舞いしたいところなのだが、まずは、あの勇者然とした容姿の相棒を見つけないといけない。

 

まあ、アイツのことだからβの時に行き付けだった道具屋にでも行っているのだろう。

 

そう思いつつ、その道具屋への近道である路地に入ると、案の定アイツはいたがなんだか見覚えのないバンダナの男もいる。とりあえず、相棒に声をかけてみる。

 

「やあ、キリト。久しぶりだな」

 

「ああ、ノア。久しぶり。お前ももうログインしていたのか」

 

「当たり前だよ。で、そっちの彼は?」

 

「ああ、彼はクライン。ニュービーみたいで、さっきレクチャーをしてくれって頼まれたんだ」

 

「じゃあ、僕も一緒に行くよ。どうせ、これからフィールド出るとこだったし」

 

「本当か、それは助かる。お前もいると安心できる」

 

「よし。決まったな。僕はノア、よろしくクライン」

 

「ああ、よろしくな」

 

 

~~~十分後

 

僕たちは、はじまりの街の西のフィールドに来ていた。

 

このフィールドには、ワームや狼等いろいろな種類のモンスターがポップするが、レベルは高くても3で、なおかつそのほとんどが非常に単純なアルゴリズムを持っているため、初心者にとって練習をするにはもってこいの場所となっている。

 

今、僕たちが相手にしているのは、このフィールドにおける最弱モンスター、Lv.1Mob《フレンジー・ボア》である。

 

 

某国民的RPGでは、スライムに相当する戦闘力しかないはずのそいつに、クラインは早くもHP(ヒットポイント)注意域(イエロー)にまで減少させてしまっている。

 

「クライン、初期モーションを起こさないとソードスキルは発動しないぞ」

 

「ンなこと言ったてよう、アイツ動きやがるしよぉ」

 

キリトのかけた声に対し、情けない返事をするクライン。こんな状況を繰り返しても、埒が明かないため、実演をして見せることにした。

 

「クライン、モンスターが動くのは当たり前。案山子っていうわけじゃないんだから。でも、このようにスキルの初期モーションをちゃんと起こせば...」

 

そう言いながら、初期装備であるスモールソードを

肩に担ぐような形で構える。

 

すると、モーションをシステムが認識し、淡い水色の光が刀身を包み込む。

 

そして、システムアシストによって加速した体をアシストに乗っかるように加速させて、威力をブーストした片手剣斜め切りソードスキル《スラント》を青イノシンに叩き込む。

 

それを受けた青イノシンは自身のHPを六割程減らす。

 

「このようにシステムが後は技を命中させてくれるから

システムアシストに逆らわないように動けば問題ない」

 

「お、おう。モーション....モーション....」

 

そう呟きながら、クラインは右手の曲刀を肩の位置に構える。

 

そうすると、刀身が赤のライトエフェクトに包み込まれて、曲刀カテゴリの基本技《リーバー》が発動した。

 

その一撃は吸い込まれるかのごとく、青イノシンに命中し、残りのHPを消し飛ばした。

 

「おお、倒せたぜ、キリト、ノア」

 

「初撃破おめでとう。だけどアイツ、他のゲームだとスライムに相当するヤツだぞ」

 

「えぇ、まじかよ。オレはてっきり中ボスか何かだと」

 

「こんな初期のフィールドにいるはずないだろ。...まあ、何はともあれ倒せて良かったな」

 

「ああ、スッゲぇ爽快だったぜ。これは、かなりハマるな!」

 

そう言いながら、何度もリーバーの空打ちを繰り返すクライン。その光景をキリトと共に眺めていると、不意に背後に人の気配がした。

 

振り返ってみると、そこには見覚えのある、いや、かつてβテスト時によく僕やキリトと3人でパーティーを組んでいた少女が立っていた。

 

「や、やあ。久しぶり、カエデ」

 

「キリト、ノア、久しぶり。βテスト以来だね」

 

「ああ。久しぶり、カエデ。俺達がここにいるってよく分かったな」

 

「街の中を探してもいなかったから、もしかしたら、ここでレベリングをしているのかと思って」

 

と、一旦言葉を切ったカエデが急に声色を変えて、

 

「でも、何で二人で勝手に行っちゃうかなぁ。私達、パーティーじゃなかったけ?私だけ置いて、勝手に行っちゃうのはどうしてかなぁ?」

 

と、不機嫌オーラMaxできいてきた。

 

カエデの容姿は秋を連想させるキャラネームと異なり、薄いライトグリーンを含んでいる銀髪、血のように赤い瞳、雪のように白い肌を持つ小柄な少女で、非常に可憐で雪の妖精みたいなのだが、それゆえ、怒った時の威圧感は凄まじく、いつもは大胆不敵なキリトでさえ、全身を震えさせるほどだ。

 

「お、落ち着いてくれカエデ。僕たちはそこにいる人に

レクチャーを頼まれただけで、君の事を忘れてた訳じゃないんだ」

 

「そ、そうなんだよ。だから別にカエデを置いていった

わけじゃないんだ。だから落ち着いてくれ」

 

そうキリトと必死の弁明をしているとようやくそのオーラをしまってくれた。

 

「まあ、それはしょうがないわね。人に頼まれたことを無下にする方が余計悪いしね。わかったわ。今回は不問にしてあげる」

 

そう言って、彼女は無邪気に微笑んだ。やっぱり、この破壊力はヤバいとキリトやクラインも思ったことだろう。

 

「さて、こっちも紹介しないとな。カエデ、こいつの

名前はクr...」

 

カエデにクラインを紹介しようとして、クラインの方を

見ると......クラインが固まっていた。目が大きく見開かれて、あんぐりと口を開けていて、まるでメドゥーサの石化の魔眼を受けたかのような光景であった。

 

「...ク、クライン?」

 

恐る恐る声をかけてみると、

 

「こっ、こんにちは。ク、クライン22歳独身、恋人募集tyぉばぁぁ!!?」

 

と、急に凄い勢いで最敬礼気味に頭を下げて、妙なことを口走るバカ(クライン)。語尾がおかしいのは、キリトが一発、彼の腹部にお見舞いしたからである。

 

加減はちゃんとしたらしく、ダメージは発生しておらず

キリトのカーソルもグリーンのままだ。

 

「痛てて、何すんだよキリト」

 

「そりゃこっちの台詞だ。なに人のパーティーメンバー

口説いてんだ。というか、ここでは痛覚はないだろ」

 

「あ、そういやそうだったな」

 

と、悪びれる様子もなく、けろっとしているクライン。

そこへカエデが歩いて来て、挨拶をした。

 

「はじめまして、カエデです。この二人とはベータの時

からパーティーを組んでいます。よろしく、クライン」

 

「あ、ああ、よろしくな」

 

しどろもどろに挨拶を返すクライン。

 

彼女と初対面の男はだいたいこうなる。まあ、クライン

みたいに、ナンパまがいなことをする奴はあんまりいないが....。

 

そんなことを考えながら二人を眺めていると、急にキリトが、

 

「それじゃあ面子も揃ったことだし、狩りを行くか」

 

言い出した。まあ、確かにそれはいいかもしれないが、

その前にやることがある。

 

「ああ。でも、その前にせっかくだしフレンド登録を済ませておこう」

 

「ああ、そうしようか」

 

そうして、僕達四人はメニューウインドウを出すために

右手を縦に振った....。

 

 

 

 

┌┤Side ???├┘

 

[A.D.2022 11/7 17:00]

 

現実世界の日本の中部地方、その山間部にある別荘に彼はいた。

 

本来ならば、誰も立ち入らない程奥まった場所に位置するそこは、世間から身を隠さなければならない彼にとっては非常に好都合で、実際、この場所を知っているのは、恐らく彼を除いて僅か二人である。

 

 

つい2,3時間前にアーガス本社や各種メディアに告知した情報も、今は各々が大々的に報道していることだろう。

 

今頃、彼女もこのことに関するニュースを見ているに違いない。彼女のことだ。目的はどうであれ、数日のうちにここにやって来るだろう。

 

 

 

そしてもう一人の後輩は、恐らくこの事については知らない。

 

何故なら、彼は既に鋼鉄の浮遊城の中だ。一度あの中に入ったら最後、浮遊城の踏破なくしてこちら側への帰還はあり得ない。

 

共にこの城を造り上げた仲であるにもかかわらず、この事を教えなかったのは彼に悪いとは思っている。

 

しかし、彼もこうなるであろう事が()()()()()はずであるから、合流した際に説明をすれば理解はしてくれるだろう。

 

「虫の良い話だと思われるのは間違いないな」

 

そう呟き、彼は卓上のノートPCの画面に目を移した。そこには、ある数値の推移がグラフと共に表示されていた。

 

「ふむ、現在ログインしているプレイヤーは9683人、残りの317人のうち、213人が既に()()か。正式サービスのチュートリアル終了を待たずして舞台から降りてしまったのは誠に遺憾だが、それは私からの警告を無視した彼等の責任だな」

 

彼はそう呟き、机に置かれたデジタル時計に一瞥し、

 

「これ以上プレイヤーの数が減るのも問題だからな。予定通り、始めるとしよう」

 

そうして彼は頭に被ったナーブギアで、電子の世界に潜って行った...。

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

時刻はそろそろ17:30になろうとしているところだ。

 

クラインが夕食をとるために一度落ちるらしく、僕達も一旦パーティーを解散することにした。

 

「今日はいろいろとありがとな。次もよろしく頼むぜ」

 

「ああ、それじゃあな」

 

「それではまた」

 

「こっちこそありがとね」

 

そう言って、クラインがウインドウを開いたのを見て、

僕達もアイテムの整理をしようとウインドウを開き、

ストレージ画面を開こうとすると、

 

 

 

 

 

 

 

「...あれ?()()()()()()()()()()()

 

という声が、聞こえてきた。

 

振り返って見ると、クラインが困惑した顔をしてウインドウを操作していた。

 

「そんなはずないだろ。ほら、ログアウトボタンなら

ここに....」

 

キリトがそう言いながら、メインメニューを操作してログアウトボタンがあるはずのところまでスクロールしたが、そこで彼の声が急に途切れた。

 

まさかと思い、カエデと共に確認するも結果は同じ。

 

「だ、誰かGMコールはしたか?」

 

「いや、さっきから何度も試してんだが、何の反応もねぇ」

 

「こっちも同じ。サービス初日からこんな不具合が発生するなんて、今頃GMは対応に追われているんでしょうね」

 

皆はああ言っているが、それにしてはいろいろとおかしい。

 

まず、サービス初日であるとはいえこんな今後のゲーム運営に支障をきたすようなバグが発生するとは考えにくい。

 

それに、このような不具合はすぐに修正されるべきなのに、そうした様子も無く、システムアナウンスも未だにされておらず、おまけにプレイヤーの強制ログアウトも実行されていない。

 

()()茅場晶彦やアーガスのスタッフがこんな初歩的かつ、重大ミスを初日にやらかすとも考えにくい。

 

 

 

 

 

(...まさか)

 

この事態は茅場、若しくはGMが()()()()()()()()()()()()()()()

 

仮にそうだとすると、この事態を引き起こしているのは、前者と後者のいずれか、若しくはその両方という事になる。

 

それが事実なら、外でも何かが起きているのは確実だ。

 

 

 

(でも、なんでこんな事を)

 

そう考えた時、急に体が足元から光に包まれた。

 

あまりの眩しさに思わず目を瞑り、再び目を開けてみると、そこは数時間前、ログインして最初に降り立った場所である黒鉄宮広場であった。

 

 

 

(強制転移!)

 

 

 

この転移現象の正体に気づき、すぐに辺りを見渡すと、他の三人も転移させられたらしく、キリトのみが、僕と同じ結論に達したようだ。

 

その他のプレイヤーも次々と転移してくる。一体何がどうなっているのかも分からず、ただ呆然としていると突然プレイヤーの一人が空───正確には、第2層の底を指さした。

 

そちらを見ると、空にシステム警告を発する六角形のウインドウが現れていた。

 

 

 

(ようやくシステムアナウンスか...)

 

 

 

そう思ったのも束の間、次の瞬間、僕達の予想をはるか

に裏切る現象が発生した。

 

空から血の雫みたいな物質が滲み出し、空中で深紅のローブのアバターへと変化した。

 

そのアバターは非常に巨大で、GMアバターの姿と酷似していた。しかしそれは何度も見てきた通常のものも異なり、肉体が無く、本来顔があるはずの場所も暗い虚無に満ちていて、さながら亡霊というような雰囲気を発していた。

 

これはゲームの演出なのだろうか。にしては、あのアバターはお世辞にも笑えそうも無く、そもそもあんなモノが組み込まれていたなんて聞いてない。

 

だいたい、今はログアウトボタンの件で皆混乱している

はずだ。そんな状況でこのアバターのチョイスは誉められたものじゃない。

 

自分の嫌な予感が現実味を帯び始めたその時、赤ローブが声を発した。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ」

 

あまりにも無機質なその声は、この一年、おそらく世界中で最も注目され、そして、幾度となく聞いたあの男のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在である」

 

(ッ!やっぱりか!)

 

自分の最悪の、そして最も容易く想像できた予想が的中したが、未だに僕の脳内は「何故?」というワードが大半を占めていた。

 

それから茅場が語ったことの内容は到底信じられるものではなかったが、彼の性格上、こんな嘘を言う人間ではないという事は知っていたので、真実と認めざるを得なかった。

 

その内容をまとめると、次のようになる。

 

・メインメニューからログアウトボタンが消滅している

のは、不具合ではなく、SAO本来の仕様である。

 

・十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線

切断、ナーブギアのロック解除、解体、破壊の試みの

いずれかで、ナーブギアが高出力のマイクロウェーブを

発し、脳を焼き切る。

 

・外部の人間が上記の警告を無視した結果、

既に213人が死亡したこと。

 

この三つの事実は、プレイヤーの混乱に拍車をかけた。

 

特に二つ目、三つ目のことについては、皆驚きを隠せずにいた。しかし、この次に言われたことは想像を絶するものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今後、ゲーム内における一切の蘇生手段は機能しない。及び、HPが0になったら諸君の脳はナーブギアによって破壊される」

 

「「「・・・・・」」」

 

...茅場の言葉に誰もが黙り込んだ。

 

ゲームオーバーになると現実でも死ぬ?そんなことだったら、誰もこの街からでなければいい話じゃないか。

 

僕のそうした希望は、茅場の次の一言でまたしても砕かれた。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ、アインクラッド第百層の最終ボスを倒し、このゲームをクリアすればいい」

 

これには、広場のあちこちから怒号が飛んだ。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!ベータテストでもろくに上がれなかったそうじゃねぇか!!」

 

クラインの言っていることは最もだ。

 

確かに1ヶ月のテスト期間中、ベータテスター達は第十層の迷宮区の突破ができずにテストが終了してしまった。

 

しかも、当時はごく普通のMMOだったので何度も死にながら、やっと一つの層をクリアすると言ったプレイスタイルが主だっていた。

 

そのため、仮に彼の言っていることが本当なら、ボス戦はもちろんのこと偵察にすら十分に注意を払わないと命を落とす可能性もある。

 

死に戻りをしながらボスを倒してクリアしていくパワープレイが通用しないゆえに、クリアに要する時間、そして、その難易度はベータ時の何倍にもなるだろう。

 

そんなことを考えている僕達に対し、再び茅場は口を開いた。

 

「最後に諸君らへ素敵なプレゼントを用意した。

確認してくれたまえ」

 

その言葉を聞いた僕達はすぐさまストレージを開いた。

 

 

 

一番上の欄に《手鏡》というアイテムが追加されている。

 

オブジェクト化すると、それはただのどこにでもある手鏡だったが、突然、足元から光に包まれた。

 

 

光は一瞬で収まったが、広場に違和感を感じた。

 

(周りのプレイヤーの顔が違う?)

 

周りのプレイヤー達の姿が変化していた。中には、性別すら変化した者もいるようだ。彼らの様子から、現実の姿に変えられたのだと悟る。

 

 

 

周りを見渡すと、キリト達の建っていた所にも、やはり現実の姿の彼らがそこにいた。

 

クラインは若侍風の容姿から、無精髭を生やした野武士や山賊のような出で立ちに、キリトは勇者然とした爽やかな顔立ちから少し幼さの残る中性的な顔立ちに変化していた。

 

「お前、キリトか?」

 

「そっちは、クライン...だよな?」

 

と、お互いに顔を指差し合っている二人を横目に、僕はカエデの方へと目を向けた。

 

 

 

彼女の立っていたの場所を見ると、そこに彼女は立っていた。

 

しかし、奇妙な点が一つあった。

 

カエデは手に鏡を持っているにも関わらず、()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()

 

周りにいる皆も彼女を見て、そして、カエデも()を見て驚いている。

 

 

 

 

それもそのはず。僕のアバターは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、姿がほとんど変化しないのだ。

 

おそらく、彼女も同じに違いない。その容姿ならば、現実の姿を模倣しても問題はないのだろう。

 

そう考えている僕達を前に、茅場は次のように言った。

 

「何故このようなことをしたか。それは今この状況を

つくりだし、観賞するためのみである」

 

(茅場さん、あなたは...)

 

 

こちらの混乱に目もくれず、彼は閉幕の言葉を紡いだ。

 

 

「では、これにてソードアートオンライン正式サービスのチュートリアルを終了する」

 

 

 

 

 

「諸君の健闘を期待する」

 

そう言い残すと、赤いローブのアバターは出現時とは

逆の順序で消滅して行った。

 

 

 

 

そして次の瞬間に訪れたのは、残されたプレイヤー達の怒りと恐怖の叫び声だった。

 

「ふざけんなよ!ここから出せよ!」

 

「この後約束があるのに困る!早く帰らせてよ!」

 

こんな混乱の中にいたら危険だと悟り、キリトの方を見ると彼も同じようなことを考えていたようだ。

 

「クライン、カエデ、こっちだ!」

 

二人をキリトが呼んで、僕と彼がはじまりの街の北側に

ある門まで二人を連れてきた。

 

「二人共、よく聞いて欲しい。さっきの茅場の言葉が真実ならば、ここら一帯の狩り場は生き残るために自身を強化しようとする連中に埋め尽くされる。それを避けて、レベルや装備を整えるためにも、俺は次の村に拠点を移そうって考えてる。これはノアも同じだろう」

 

「ああ、そうした方がいいと僕も思う。でも、二人はどうする?特にクラインには確か...」

 

「ああ、俺には他のゲームでもパーティーを組んでいた奴らがいるんだ。あいつらを置いていくことはできねぇ」

 

「.....そうか。それじゃあクラインは彼らに俺達が教えたことを伝えて、鍛えてから来い」

 

「それでカエデはどうする?」

 

「...キリト達と行動する。混乱を避けるためにも、早く次の村に行った方がいいはずだから」

 

これで皆の方針は決まった。早く動かないと時間が無い。

 

「それじゃあ行こう」

 

そうして僕達はそれぞれの道を辿り始める時、

 

「キリト!カエデ!ノア!」

 

不意にクラインが僕達を呼び止めた。

 

「お前達、案外可愛い顔してやがんな」

 

「ッ!お前もその野武士ヅラの方がよっぽど似合って

いるよ!」

 

キリトがそう言い残し、走り出す。

僕達も彼に続いてはじまりの街から駆け出した。

 

 

 

 

「これからどうするの!?」

 

平原を貫く一本道を駆けながら、カエデが聞いてくる。

 

「ひとまず、《ホルンカ》に。そこだったら、他の連中は暫く来ないから、装備とレベルを整えるには十分だ」

 

「分かった」

 

それだけ言うと、彼女は何も言わなくなった。

 

僕達も、ただ無言で走り続ける。

 

聞こえるのは風の音と、大地を踏みしめる三人の足音のみ。

 

 

茅場が何故こんな事をしたのか。

 

その理由は前から()()()()()が、本気だとは思ってもいなかった。

 

 

だからこそ、

 

(この浮遊城を、あなたの造り上げた牢獄を、僕達は生きて突破する!)

 

そう心の中で叫び、僕達は夕闇に染まる森へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

───ここから、

    彼らの可能性の物語が幕を上げる──




これからは不定期更新となりますので、楽しみに待っていただけると嬉しいです。


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第2刃 闇夜の森で...

何ヵ月もお待たせしてすいませんでした!
待たせた癖に駄文になっていますが、楽しんでくだされば嬉しいです。


あれから2時間が経過し、僕達は次の村である《ホルンカ》に辿り着いた。

 

辺りは既に暗くなっており、NPC達の行動も夜型に変化しようとしていた。

 

一旦休憩する事になり、三人でレストランに入って、軽い夕食を頼んだところでやっと息をついた。

 

 

 

 

 

 

「ところで、二人はどうして姿がほとんど変わって無いんだ?」

 

運ばれてきた料理を食べながら、唐突にキリトがそう聞いてきた。

 

いつもはとある事情のせいで、話すのを躊躇うのだが、キリトなら大丈夫かと思い、口を開いた。

 

「実は僕のアバターは現実の自分に限りなく近づけたものだ。この髪や瞳の色も実際の色合いに可能な限り近づけている。この容姿でゲームをプレイしても違和感はあまり感じないからね」

 

「え!?本当にその姿が現実のノアなのか!?というか、そんなことを喋っても大丈夫なのか!?」

 

「だったら何で手鏡を使ったのに姿がほとんど変化していないんだ...」

 

「ハァッ」とため息を吐き、僕は隣に座るカエデを見た。

 

 

 

「...ところでカエデ」

 

 

「な、何?」

 

 

「間違っていたらすまない。多分カエデのアバターも現実の姿とほとんど同じなんだよな?」

 

僕がカエデにそう尋ねると、彼女はビクッと身体を強張らせた。しかしそれも一瞬の事で、すぐに彼女は、

 

 

 

「.....うん、そうだよ。あなたと同じよ、ノア。私の体も現実とほとんど同じ。」

 

と、答えた。

 

「やっぱりそうか」と、口に出そうとして───

 

 

 

 

 

「あ、あのね!キリトとノアに、聞きたいことがあるんだけど...いいかな?」

 

と少し俯きがちに聞いてきた。

 

その声は震えていて、白兎を彷彿とさせる血のように赤い眼に恐怖や不安の色が映っているのが視えた。

 

キリトも同じように感じたらしく、

 

「カエデ、聞きにくいことなら...」

 

無理をするなと言おうとしたのだろう。しかし、カエデに途中で遮られる。

 

「大丈夫。これを聞いておかないと私、これから二人と

一緒にいるのが...恐い。だから確認をして、覚悟を決めておきたいの」

 

いつもの彼女らしくない弱気な態度を見て、キリトも

 

「....分かった。それじゃあ、言ってみてくれ」

 

「うん。....二人はさ、私の姿を見てどう思った?」

 

「「.......え?」」

 

覚悟がどうとか言っていたので、とんでもなくヤバいこと───こう見えて実は男の子でしたとか───だと、一瞬にせよ考えてしまっていたので、意表を突かれた。

 

カエデの姿を見てどう思ったかと聞かれても、美しいとか、可愛いとかの誉め言葉しかでない。

 

だいたい、あんな華奢で幻想的なアバターに会った人は男女問わず九割以上が同じような感想を出すだろうに。

 

それなのに何故?ゲーム内でその姿だと、不都合が生じる訳ではないはず----いや、待て。

 

ここまで考えてようやく気づく。

 

今のSAOでは、アバターは()()()姿()()()()()だ。

 

ゲームの中の、自分若しくはシステムが作り上げた偽りの肉体ではなく、現実の自分が持つ変える事のできない()()()()()()

 

それをこの世界で見られる事で、何か不都合が生じるということは、恐らく向こう側で、容姿に関する不快な出来事があったのだろう。

 

そのような事がここでも起きるのではないかという恐怖と不安が彼女を蝕んでいるのだろう。

 

いつの間にか、そんな部分の想像をしてしまっていた僕

──恐らくキリトも──を見て、カエデが一層か細い声を出した。

 

「やっぱり変だよね。こんな色の髪とか眉毛も、不気味な赤い眼も。現実(向こう)では何度も、これのせいで嫌な思いをしてきたから...」

 

そんな泣きそうな声で自虐的な発言をされると、感情のブレーキが効かなくなってくる。

 

なぜだか、ふつふつと沸き上がってくるこの感情は....怒り?

 

自分が何に怒っているのか、理解するのに少し時間がかかった。

 

でも、その理由は頭にすぅっと入ってきた。

 

 

 

 

 

よし、今目の前で怯えている少女に僕達がどう思っているかを教えてやろう。

 

そう思い、口を開く。

 

「...カエデ、今僕と、恐らくキリトも考えているであろう事を言おう」

 

「う、うん!」

 

いつもの柔らかい声ではなく、いくらか硬い声を出した

僕に、カエデがビクッと反応する。

 

「一回しか言わないからよく聞け。カエデ、お前は...」

 

カエデが目をぎゅっと閉じる。

 

 

 

そんな彼女に対し、僕が言い放った言葉は、

 

 

 

 

 

「お前は、バカか」

 

だった。

 

 

 

 

「.....はい?」

 

ポカンとした顔を見せる白髪美少女。

 

「理解出来ないんだったら、何度でも言ってやろう。お前は、正真正銘の大バカ者だ!」

 

「...な、何を、」

 

うん、どんどん顔が赤くなっていく。これは怒っている

な。キリトが「何言ってんだお前は!」とでも言いたそうな顔でこっちを見ているが、敢えて無視する。

 

何故なら、僕はこの状況を狙って彼女を挑発したからだ。

 

「何を言うかと思えば、バカって何よ!バカって!どんな事を言われるかって怯えていた私がアホらしくなっちゃうじゃない!一体どういう意味なのよ!」

 

と、隣に座る僕に詰め寄るカエデ。

 

顔が近いせいか、涙を浮かべて顔を紅くしている彼女につい可愛いと思ってしまったが、今は目の前の女の子に言いたい事をぶつけないと気がすまない。

 

「どういう意味も何も、今カエデが言った通りだ。ついさっきまでそんな事に怯えていた君が実にバカらしかった」

 

 

「ッ!なんでそうなるのよ。私はこんなに悩んでいるのになん──」

 

 

 

 

 

 

 

「これだけ言ってまだ分からないか、僕とキリトがお前(親友)に対してそんな酷い事言うわけがないだろ!」

 

「....え?」

 

少し語気を荒らげてしまったが、カエデがやっと静かになってくれたので、こちらもできるだけ柔らかい雰囲気を出すように気をつけながら、話を続けた。

 

「あのなカエデ、僕とキリトと君はβテストの時からずっと相棒同士だったじゃないか。なのに、今さら嫌ってくれと言われても、はい、そうですかなんて言いたくもない、いや、絶対に言わない」

 

「え?で、でも、おかしいでしょう。こんな変な姿の人なんて!」

 

「だからそれがどうした。僕はカエデの事をおかしいなんて思わない。むしろ、なんか雪の精霊みたいで可愛いと思うが?」

 

「右に同じく。だいたいカエデが元気じゃないと、

俺たちの士気がだだ下がりだからな」

 

と、キリトも便乗してくる。

 

そろそろ気恥ずかしくなってきたが、言いたい事は全部言っておきたいから、我慢する。

 

「そうそう、カエデはいつも元気じゃ──あ、あの、

カエデさん?大丈夫ですか?」

 

何故かカエデがまた紅くなっている。今度は顔だけでなく、雪のように白い肌がピンクに染まっている。

 

しかも、時々「うぅー」とか「むぅー」とかいう怪音を発している。

 

(何か怒らせるような事言ったか?)

 

さっきと違って、意図的にやった訳じゃないので原因は不明。

 

兎も角、カエデの調子が元に戻ったので、良しとしよう。とはいえ、これからのためにも、カエデにはこれだけは言っておかないと。

 

「カエデ、僕達に約束をしてくれないか。これからは

自分の容姿でそんな風に悩まないって」

 

「...うん。分かった。でも、その約束を結ぶ訳を

教えて」

 

と、まだ目を赤く腫らしたままのカエデが聞いてきた。

 

「ああ、分かった。何故こんな約束をしようとしているかというと、ここでは、基本的にアバターは現実の姿に固定される。つまりは、ここでのアバターは、自分が生まれながら持っている身分証を常時晒している状態だ。こんな状況だからこそ、この世界で自分の姿を否定することは、現実の自分自身を否定することになる。この世界で生きて行くには、自分自身を肯定し続ける必要がある。...僕は君に死んでほしくない」

 

「俺も同じく。もし、茅場の宣言したことが事実なら、ここを生きてクリアするためには、ひたすら自身を強化し続けなきゃいけない。でもそれには、ステータスだけでなく、心の強さも含まれる。だから、自分自身に絶対の信頼をおくことが大切だからな」

 

「二人の言いたいことはよく分かったよ。でも、二人も私に約束して」

 

そこまで言って、一旦言葉を切るカエデ。何故か深呼吸している。

 

それほど、大切な事なのだろう。背筋をただして、彼女の言葉を待つ。

 

そして、彼女が口を開いた。

 

「私が生きている限り、あなた達が死ぬことは、絶対に許さない。絶対に生きて、このゲームをクリアしなさい。そして───」

 

一瞬、彼女が俯いたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。何故なら彼女は、僕達と出会ってからで一番の、輝くような笑顔を僕達に向けてくれたから。

 

「そして、向こうで、三人でまた会お!」

 

───まったく、君はそういう恐れは知らないんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

そんな感慨を胸に納めながら、僕はキリトと共に返事をした。

 

「「あぁ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達は決して忘れないだろう。

 

この鉄の城の最下層にある小さな村で交わした、儚くも大切な約束を。

 

 

 

~十分後~

 

レストランを出た僕達は、ホルンカの村で受注できる《森の秘薬》クエストを受けに行った。しかし、クエストNPCの家で受けたクエストは、ベータ時とは、少し異なった内容だった。

 

リトルネペントの胚殊を取ってくるというだいたいの

内容は同じだった。

 

しかし、ベータ版では一回につき一人しか報酬がもらえなかったのが、どうやら、正式版では一回でパーティーメンバー全員に報酬であるレア片手剣《アニールブレード》が与えられるらしい。

 

...ただし、複数人で挑んだ場合は、《挑んだ人数×2個》胚殊を取って来なければならないのだが。

 

さらに、胚殊を落とすモンスターがリトルネペントだけでなく、森の奥にポップする上位mobのラージネペントも追加されており、そちらの方がドロップ率が高いとNPCが言っていたが、レベル1かつ初期装備(防具はワンランク上の物に買い換えた)な自分達には危険過ぎる。

 

それは二人共理解しているらしく、リトルしかポップしない森の浅い部分のみで、クエストを行うことにした。

 

 

 

 

~さらに一時間後~

 

もう何体狩っただろう、さすがに数えるのが面倒臭くなってきた。全員が索敵スキルを取っているため、いくらか効率良く狩れているが、これほどの時間で、漸く必要値である6個の半分、3個をドロップした。単純に考えて、後もう一時間かかる計算だ。

 

 

...このクエストを難易度上げた奴は色んな意味で悪趣味としか言い様がな──、

 

「ノア、避けて!」

 

と、カエデの声で思考を中断した僕は、慌てて大きく右に跳んだ。その直後、一秒前まで僕がいた場所にネペントが腐食液を吐き出した。

 

 

 

カエデのお陰で食らわずに済んだが、もう少し遅ければ、装備の耐久値を大きく持って行かれていた。

 

代わりに、お返しにとばかりに、クリティカルポイントである胴体の括れに《ホリゾンタル》を叩き込んだ。

 

この一撃でHPが尽きたらしく、Lv.3mobのリトルネペントは、ガラスの割れるような音を発しながら、その体を四散させた。

 

 

 

それと同時に、Lv.3になったというシステムウインドウが視界に現れ、華やかな音とエフェクトがアバターの周りで弾けた。

 

 

「レベルアップおめでとう。でも、戦闘中に考え事とは

いいご身分ね」

 

少しばかりご立腹な様子のカエデからお小言を頂戴したが、いつもの事なので、上手く流しておいた。

 

それよりも、そろそろ休憩にしないと体が持ちそうにない。ネペントのポップもちょうど止まったみたいなので、二人に休憩しないかと声をかけようとした。

 

しかしその時、発動しぱなっしの索敵スキルにいきなり反応があった。

 

急いで反応のあった方向を向くと、そこには、一人の男性プレイヤーが立っていた。

 

僕やキリトと同じ片手剣使いらしく、左腰に初期武装の《スモールソード》を装備している。この森にいるということは、恐らく《森の秘薬》クエストだろう。

 

「レベルアップおめでとうございます。あなた達も《森の秘薬》クエを?」

 

と言いながら、彼は近づいてきた。

 

 

 

 

危険なプレイヤーには見えず、その上先程の発言からすると、

 

 

「ありがとうございます。僕達も胚殊を集めているところです」

 

「そうなんですか。このクエスト、相当面倒だけど、報酬の片手剣が一層にしちゃあ、相当ハイスペックですからね」

 

 

 

...やはり、彼も元βテスターか。

 

「そうですよね。限界まで強化したら、四層ぐらいまでもっていけるスペックですからね、アレ」

 

「それで、良ければ一緒にやりませんか?」

 

「ええ、いいですよ。こっちも、人数が多いに越したことはないですからね」

 

「ありがとう。僕はコペル。よろしく」

 

「僕はノアだ。よろしく、コペル」

 

「よろしく、俺はキリトだ」

 

「カエデです。よろしく」

 

こうして、互いに挨拶を済ませた僕達は、これからのクエストの方針を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

~三十分後~

 

あの後、僕達は二組のペアに別れてクエストを続ける

ことになった。

 

だいたいのRPGの協力プレイでは、パーティーメンバーの行動範囲は、《リーダーの半径Xm》などと限定されていたが、ここSAOではその辺の制約が非常にゆるい。

 

パーティーさえ組めば、たとえ、違う層にいてもパーティー状態が継続される。

 

ゆえに、こういったクエストでは、いくつかのグループに別れて行動した方が効率が良い。

 

 

 

 

 

そして今、僕達は六体目の《花付き》を倒し、ようやく胚殊の数が目標値に達した。

 

「やっっっと、終わったぁ」

 

と言いながら座り込んだ相棒に、労いの言葉をかける。

 

「お疲れ、結構時間かかったな」

 

「そっちもね。いくら仮想世界だからって、こんなにやってたら、やっぱり疲れるよね」

 

「まぁな」

 

そう言いながら、カエデの隣に腰を下ろす。

 

もしここが現実世界ならば、年頃の少女の隣に座るのは

それなりの勇気と度胸が必要となるが、幸いここは仮想世界だ。

 

ゲームの中でこんな些細な事を気にしていたら、ゲームクリアはおろか、パーティーないし、レイドでの連携などとても取れたもんじゃない。

 

そんな益体もないことを考えていると、不意に隣の少女が声を発した。

 

「ねぇ、ノア」

 

「ん?どうした?」

 

「レストランの時の事なんだけどさ───」

 

───もしかして、まだ、あの話の事を気にしているの

か?

 

そういう思考が頭の中をよぎったが、続いた彼女の言葉が、僕からあらゆる感覚や思考を奪い去った。

 

 

 

 

「あなたはどうだったの、ノア?」

 

「ど、どうって、何が?」

 

「何って、その姿の事だよ。あなたも私みたいに苦労してきたんじゃないの?」

 

「いや。そんな事はな───」

 

彼女の方を見ないようにしながら、ごまかそうとしたのだが、

 

 

 

「嘘、そんなわけない」

 

失敗した....。

 

「と、というか、何故、そんな事を?」

 

 

「あなたの様子を見たら分かる。あの後から、なんだか様子がおかしいわよ」

 

「そ、そうか?」

 

「ええ。....あなた、やっぱり無理してない?」

 

そんな事はないと、言おうしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

パァン!!

 

 

 

 

何かの弾ける音が森に響いた。この音は、このクエストではある意味一番危険なモノだ。

 

「実付き」のリトルネペントの実を割った音。奴の実を割ると、周りから多数のネペントを呼び寄せる。

 

βテストの時は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

(まさか!)

 

嫌な予感が頭の中を埋め尽くす。

 

カエデも同じ結論にたどり着いたらしく、「キリト!」と叫んで、音のした方に駆け出した。

 

慌てて僕も追いかけ、森の奥へと急いだ。

 

しばらく走っていると、索敵スキルにプレイヤー反応が引っ掛かった。恐らく、キリトだ。でも、そうなると

いろいろと不可解な点が出てくる。

 

 

 

 

 

 

まず、()()()()()()()()()

 

パーティープロパティには彼のHPバーはまだ表示されているのに、彼の(だと思われる)反応がない。

 

二人別々に行動している?いや、パーティープレイの効率の良さを理解しているはずの彼らがそんなことをするとは考えにくい。

 

 

 

それに、さっきから少しずつ増えているモンスターの反応もおかしい。どうも数が少ない。

 

おまけに、一体だけ()()()()()()()()()()()()()

 

このゲームのmobのカーソルの色は赤で表されており、プレイヤーはその濃淡で敵のレベルが自分のそれよりも高いか低いかを判別できるようになっている。

 

その色が濃いダーククリムゾンに染まっているのは、明らかに異常だ。

 

一層の序盤でこのカラーリングのカーソルはそれこそ、フィールドボスクラスの───

 

 

 

(いや、まさか、そんな事は...)

 

と、自分の思考を否定しようとしたその時、前方に相棒の姿が見えてきた。

 

走るスピードを速め、彼の背中に声を投げ掛ける。

 

「キリト、コペル、大丈夫か!?」

 

あのキリトの事だ。

 

アイツなら、この状況でもある程度は冷静に対応できる。

 

その予感、いや希望は彼の叫び声が粉々に打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!ノア、カエデ、今すぐここから離れろ!」

 

 

 

「一体、何がどうし───」

 

「...えっ?」

 

言葉が出なかった。

 

なぜならそこには、異形とも言える怪物が存在した。まるで、この森の広い範囲でポップするリトルネペントの上位版のラージネペントがさらに成長したかのごとし、おぞましくもたくましい体をしている。

 

ネペント達が有する二本のツルの鞭も長さが倍以上になっている上、びっしりとトゲが生えている。

 

そいつのカーソルの上に表示されていたモンスター名は...

 

    

 

 

 

    《Poisoner・Elder・Nepento》

 

(新規mob!?)

 

その事実が頭に浸透した時にはもう、奴は二本のツルを

振りかざしていた。

 

咄嗟に横ステップで回避しようとしたが、間に合わず、ツルの内の一本を右腕に食らってしまった。

 

その途端、HPが3割も削られ、HPバーの上にデバフアイコンが点灯した。

 

アイコンのマークを見ると、それはかつて存在したもう一つのアインクラッドの第十層迷宮区「千蛇城」でポップする、エリートmobのヘビ僧侶が使用した《弱体》デバフそのものだった。

 

《弱体》は、対象の筋力と敏捷の両値を大幅に下げる効果があり、僕やキリトは装備重量がいきなりオーバーし、逃げる間もなく殺されたという嫌な思い出がある。

 

カエデは主武装の片手槍以外は軽装であった為、逃げることはできたのだが。

 

思考を進めている間にも、周りをネペント達が囲んで行く。

 

 

 

どうやら、戦う以外に選択肢はなさそうだ。

 

消えたコペルの事も気になるが、今は自身の命を守ることが最優先だ。

 

 

リーチの長い長槍使いのカエデにはあの新規mobの対応を頼み、僕とキリトは周りのネペント達の掃討にかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数十分後~

 

漸く奴は己が肉体をポリゴン片に変えた。

 

既に3人のHPゲージは危険域(レッドゾーン)に突入しており、文字通りポリゴンに還るところだった。

 

疲れきった体を何とか動かして、先程、モンスターとは別の破砕音を響かせてポリゴンが散っていった場所に行った。

 

そこには、初期装備のスモールソードとバックラーが落ちていた。

 

これらがコペルの装備品であった事は、火を見るより明らかだった。

 

「俺達が最後の《花付き》を見つけたとき、一緒に《実付き》がいたんだ。俺が《花付き》を倒したんだが、アイツは実を...」

 

いつの間にか隣にいたキリトがポツリポツリと話し始めた。

 

どうやら、彼は自分から実を割り、そのまま姿を消してしまったという。

 

そんな行動に出るとなると考えられるのは...

 

「...イベントアイテムを狙ったMPK(モンスタープレイヤーキル)か」

 

「そして、姿が消えたのは、隠蔽スキルによるものでしょうね。...コペル、知らなかったんだ、この森じゃあ隠蔽は意味がないって」

 

僕達3人が隠蔽より索敵を優先した理由、それはこの森のモンスターの性質が原因となっている。

 

隠蔽スキルは他のプレイヤーやモンスターから自身の姿を隠すスキルである。

 

 

 

しかし、あくまで視覚情報を遮断するのみであって、その他の感覚──例えば、嗅覚に頼るモノ等にはあまり効果がない。

 

よって、眼──視覚を有さず、他の感覚を利用しているネペントには隠蔽は意味をなさない。

 

更に、ベータの時はいなかった新規mob、アレが彼の失敗の最大の原因の一つだ。

 

テスターの大多数はテスト中に培った知識を元に行動しているはずだ。

 

しかし、その知識の元はあくまでベータ時のモノで、過信しすぎると正式サービスでのささやかな変更点ですら、命を落とす要因になりかねない。

 

 

 

情報という武器は、非常に強力だが同時に自分の命も奪いかねない諸刃の剣だ。

 

これからはコペルみたいに、早々に命を落とすベータテスターも少なくないだろう。

 

 

しかし、この可能性に気づいたとはいえ、すぐに対策を講じるのは無理だ。

 

その上、僕も含め、三人とも先の戦闘で疲労がひどくなっている。だから、今日はクエスト報酬を受け取ったら、すぐにでも眠りたい。

 

「.....帰ろう」

 

「...ああ、そうしよう」

 

「...うん」

 

二人とも短く返事をして、ホルンカの方へと歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、僕は誰にも聞こえないような声でボソッと呟いた。

 

「すまない、コペル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴメン、カエデ」




後書きも謝罪になりますが、戦闘シーンの描写を書かなくて申し訳ありません!戦闘シーンが好きな方には本当に申し訳ないと思っています。次回からはこのようなことがないように気をつけて参りますので、今後とも
《SAOanotherstory》を読んでいただければ嬉しいです。


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第3刃 トールバーナボス攻略会議

またもや1ヶ月の空白・・・・・お待たせした上にまたもや駄文・・・・・


 

┌┤Side ???├┘

 

アインクラッドの各層は《迷宮区》と呼ばれる円柱の塔で繋がっている。

 

その内部には全20階層のダンジョンが広がっており、そこにはその層最強クラスのmobやレアアイテムが多く出現する上、最上階ではフロアボスと言われるユニークモンスターが出現する。

 

そのフロアのボスモンスターだけあってHPが非常に多く、攻撃力も高いが、その分獲得できるExPやコル、アイテムが多く、その上、次の階層を解放できる。

 

さらには、とどめを刺したプレイヤーにはボーナスとして、ユニークアイテムがドロップするという大盤振る舞いだ。

 

そのボスが待ち構える20階の一階下、19階に私はいた。

 

薄暗い迷宮の中、私の前には1体のモンスターがいた。

 

ルイン・コボルド・トルーパー、この塔ではボスを除くと最強クラスのモンスター。その上、ソードスキルまで使ってくるというのが非常に厄介。

 

....でも、負けてやる気は一切ない。目の前の怪物にも、この世界にも。

 

「!」

 

トルーパーが棍棒を振りかぶりながら、突進をしてきた。

 

ギリギリまで引き付けて、振り下ろすタイミングで横にステップ!そして、細剣(レイピア)系ソードスキルの《リニアー》を相手の裸の胸部に叩き込む。

 

そこが弱点なのか、HPが一気に6割削れた。硬直が解けると、頭にもう一発。

 

当然ながら、HPが尽きた相手はその体をポリゴン片に変えた。キラキラと輝きながら、それが空中に溶けていくのを見ていると....

 

 

 

 

「...さっきの攻撃はオーバーキル過ぎるよ」

 

と言いながら、一人のプレイヤーが近づいてきた。

 

服装からして男性だろうか。黒髪に中性的な顔立ち、どこにでもいそうな感じの人だ。

 

しかし、背中に装備されている、店売りじゃない剣の重厚な輝きが、彼が只者ではない事を物語っている。

 

...って、今は彼の外見を気にするべきじゃない。というか、彼はオーバーキルが何とかと言ってたけど、オーバーキルって一体...。

 

と、彼はそんな私の考えを読んだかのように、話し始めた。

 

「あー、オーバーキルって言うのは過剰なダメージを与えることで...」

 

と、しどろもどろに説明を始めた。

 

本来なら感謝すべき場面なんだろうけど、今の私の心は暗く沈んでいて、素直に「はい、そうなんですか」と返せる気分など、微塵もなかった。

 

代わりに、

 

「...過剰で何が悪いの」

 

と、口をついて出たのは反発するような台詞だった。

 

 

それを聞いた彼の顔が少し驚いたような表情になった。

私がこんな言葉を吐いたからか、それとも、私が女であることに気づいたのか。

 

 

もし後者であれば、女の子として、少しばかり思うところがある。

 

だが、それは彼も同じだったようで、

 

「過剰で何が悪いって、あれほどHPが減っているなら後は通常攻撃だけでも十分だろ。それにあんた、防御せずにステップ回避やパリィだけだと失敗したら....」

 

そこで彼は一旦口をつむぎ、表情を一層引き締めると、

 

 

 

「死ぬぞ」

 

と、この世界では最も異質なその言葉を言い放った。

 

でも、私にとって、その事実は今更どうでもいい事だった。

 

1ヶ月経っても第1層すら攻略されていない。この先もこんな調子だと、クリアするのは何年後になるか知れたものじゃない。

 

故に、脱出への希望はとっくに捨てている。

 

でも、どうせ死ぬとしても、宿の部屋の中で腐っていくよりもモンスターと戦って死んだ方が後悔はない。

 

だからこそ、せっかく固めた決意をどこの誰とも知れない男の言葉で崩したくない。

 

「あなたには関係ない、だから───」

 

放っておいて、と言葉が続かなかった。

 

 

 

 

否、()()()()()()()()。突如、視界がブレた。

 

(...何故急に)

 

そう思考が進んだ次の瞬間、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

...あれから1ヶ月、早くも2000人もの犠牲者を出してなお、だれも第一層を突破できていない。

 

そして今日、漸く第一層ボス「イルファング・ザ・コボルトロード」の攻略会議が開かれるのだが...

 

 

 

「.....遅いな、二人共」

 

会議が始まるまでまだ10分程あるが、集合時間はとっくに過ぎている。

 

カエデはお腹が空いたとか言ってどこかに行くし、キリトに至っては朝から迷宮区に行って、その後は何にも連絡がない。

 

 

 

あいつら、会議に参加する気はあるのだろうか?

 

まあともかく、一度彼にメッセージを送っておこう。そう思って、ウインドウを呼び出そうとした時、

 

 

 

「ノアくんノアくン」

 

と後ろから声をかけられた。僕をこんな風に呼ぶのはアインクラッド広しと言えど、一人だけだ。

 

「アルゴか、何か用か」

 

「相変わらず君はお姉さんに関心が薄いんだナ」

 

と、何故かふて腐れたような口調で話す「鼠」のアルゴ。

アインクラッドにおいての最初の情報屋であり、元ベータテスターでもある彼女。

 

僕が彼女について知っていることといえば、売れる情報であれば、どんなモノでも売買することと、ロリであることぐらいだ。

 

 

...まあ、後者について少しでも言及すると恐ろしい報復を喰らいそうなので口には出せないが。

 

「それで用件はあの商談か?」

 

「ソ、今度は29.8k(ニーキュッパ)コル出すとサ」

 

「...何を考えているかわからないけど、いくら金を積まれたところで売る気はないと伝えてくれ」

 

 

「わかったヨ、そう伝えとク」

 

 

「ああ、それとキリト達も僕と同じ考えだと伝えておいてくれ」

 

 

「了解、お姉さんに任せナ」

 

という台詞を残して、「鼠」は去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、ほんとこの剣にご執心だな、依頼主は」

 

 

そう、謎の商談相手(以下、プレイヤーX)が大金を積んででも買い取ろうとしているこの剣こそ、僕の現在の主武装《ソード・オブ・ポワゾン+8》である。

 

 

 

 

 

あの日、突如現れた新規mob《ポイゾナー・エルダー・ネペント》が見たこともない素材アイテムをドロップした。

 

どうやら武器素材らしく、ゲーマーとしては試して見たいのだが、スモールソードをインゴットに戻してやるにはもったいない。

 

そこで、若干リスクを孕んでいるが、アニールブレードをインゴットに戻して、それを基材にして試してみることにした。

 

普段は大胆に行動するキリトやカエデが珍しく反対した。

 

せっかく手に入れた剣をすぐにインゴットにするのはいささか気が引けたのだろうが、いずれにせよカエデは剣を長槍に作り替える必要があるし、より強力な剣を得ることができるかも知れない。

 

そうして二人を説得すると、早速剣を鍛冶屋で試してみた。

 

....結果は成功、大成功だった。でも、さすがに想定外のスペックがプロパティに記載されていた。

 

強化試行回数12回、アニールブレードの1.5倍程の攻撃力、耐久力、そして一番驚いたのが、

 

      

 

 

      《毒性(トキシティ)

 

が付与されていることだった。

 

《毒性》は武器の攻撃部位にダメージ毒や麻痺毒といっ毒を塗ることが可能になる特殊属性である。

 

キリト達はベータ時に見ることがなかった為驚いていたが、僕が

 

「アイツの名前にポイゾナー(毒使い)ってのが含まれてたところで予想できていたんだが...」

 

と言うと、二人とも一瞬で熱が冷めたらしい。

 

 

そうして二人も、剣を作り替え──キリトは僕のと同名の片手剣、カエデは《アシッド・スピア》という名の槍になった──た。

 

 

そんな訳で、僕達は全員その時作製した武器を+8まで強化して使っている。

 

この時点で既に破格の性能なのに、強化試行回数がまだ4回残っているのが恐ろしい。

 

だからこそ、プレイヤーXはこの剣を欲しがっているのだろう。しかし、それでは不自然に感じる点がいくらか発生する。

 

まず、Xが交渉している相手が僕だけではないということだ。

 

どうやら、キリトやカエデにも同様の依頼が来ているらしい。強力な武器が欲しいにしても、同時に複数、しかも2種以上同時に入手するメリットがあるのだろうか?

 

 

さらに言えば、この剣の現在の入手難度はそこまで高くはない。

 

この剣の素材を落とすポイゾナーは《実付き》のネペントの実を割った場合のみ、低確率で出現するらしいが、強さはフィールドボスの劣化版のようなもので、レベルがそこそこ高いプレイヤーがパーティーを組んで行けばそんなに強敵ではない。

 

ポイゾナー以外にも大量の敵が出現する為、少なからずリスクが伴うが、十分に育ったキャラスペックと辛抱強さがあるのなら、製作は可能だ。

 

しかも、強化素材も第1層だけでも入手可能であるため、失敗さえしなければ+8にするのも難しくはないと言える。

 

また、Xが先と同様の交渉をキリトとカエデにもし、僕含め3人が承諾した場合──無論そんな事はあり得ないのだが──、払う合計金額は89.4kコルになる。

 

彼が本当にそれほどのコルを仮に持っているのなら、間違いなく最前線で活動しているプレイヤー、しかも、相当のプレイヤースキルとレベル、装備を有しているはずだ。

 

 

だったら、一体どうして─────

 

物思いに耽っていたせいか、背後から何者かが近づいて来るのに気づかず、

 

「「ノア!!」」

 

と、急に叫ばれて驚いた。

 

急いで振り返ると、いつの間に帰ってきていたのか、カエデとキリト、そして初めて見るプレイヤーが1人いた。

 

背丈はキリトと同じくらいで若干細身、フーデットケープを目深にかぶっているせいで、顔は良く見えない。

 

「...キリト、この人は?」

 

「ああ、コイツとは迷宮区で会ってな、急に倒れられたもんだから外に連れ出したんだけど、ついさっき目を覚まして、俺が会議の事を話したら一緒に来るって言い出して───」

 

「ちょ、ちょっと、何だか私があなたに駄々をこねたみたいに聞こえるじゃない!」

 

「えっ、い、いや、俺はありのままを話しただけであって──」

 

と、何故か急に痴話喧嘩を始めた2人。

 

会議が始まるまでに聞いておきたいことがあったので、2人の間に割り込んだ。

 

 

「喧嘩は後にしてくれ。それより君、名前は?」

 

すると、その女性プレイヤーは一瞬キョトンとした後、

 

「ア、アスナですけど、何故名前を?」

 

 

「えっ、そりゃあ名前を聞いておいた方がいいと思って。....おいキリト、まさかと思うが名前を聞きもせずに連れて来たのか?」

 

 

そう言いながら、彼の方を向いてみると案の定、キリトはうろうろと目を泳がせていた。

 

「そ、それは~....(汗)」

 

と、目の前の馬鹿が弁明しようとした時、会議場のステージ(ここより低い場所に設置されている)から、男性の掛け声と手を叩く乾いた音が響いて来た。

 

そちらに目を向けると、鮮やかな青髪の青年が壇上に立っていた。

 

「皆、今日は集まってくれてありがとう。俺はディアベル、職業は気持ち的に騎士(ナイト)やってます!」

 

SAOにクラスシステムはねぇだろうとか、周りから笑い混じりの野次がとんだが、彼の装備は一層で手に入る物でも上位に位置する物ばかりだ。

 

その上、一層での入手が厳しい青の染料でカスタムしているらしく、爽やかな容貌と波打つ青髪がマッチしていた。

 

確かにこれならナイトを自称しても違和感を感じない。

 

 

 

 

 

 

「先日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階でボス部屋を発見した」

 

 

 

「「「おぉぉ...」」」

 

周りの野次が一斉に止み、代わりに低いどよめきが会議場を包み込んだ。

 

「俺たちが確認したのボスの名前は、《イルファング・ザ・コボルドロード》。HPゲージは四段、武装は斧とバックラーで、腰にはタルワールを装備しているまた、取り巻きに《ルイン・コボルド・センチネル》が3体出現する。この事を情報y───」

 

と、その時、観客席の上の方から、

 

 

 

 

「ちょー待ってンかー!」

 

という声が響いて来た。

 

そちらを見ると、ちょうど1人のプレイヤーが舞台の方へと降りていく所だった。

 

 

 

彼はディアベルのすぐ近くに降り立つと、

 

「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせて事がある。こん中にもおるはずやで、ワイらに詫びなぁいかん奴らが」

 

と、一息に捲し立てた。

 

 

いきなりの乱入に会場が静まりかえる中、ここでも態度を崩さないディアベルがキバオウに尋ねた。

 

「キバオウさん、それは元βテスターの事を言っているのか?」

 

「せや。あんクソテスターどもはこんクソゲームが始まった日にビギナーほって、ジブンらだけ街から出ていきおったんや!」

 

 

ここから十分程続いた彼の主張を要約すると、

 

「この1ヶ月で2000人ものプレイヤーが死んだのは、βテスターが彼等にろくに情報提供や戦闘訓練をせずにほったらかして、自分達のみでクエスト等のリソースを独占した為である。死んだ2000人の中には、他のMMOでベテランだった者も少なくなく、彼等がこんなに速く死んでしまったのも、無責任にも先のような行動を取ったβテスターのせいである。よって、彼等にはこの場で謝罪と賠償を行う事を求める」

 

 

という内容だった。周りからも、これに賛同するといった声が聞こえてきた。

 

こういう時、自分から出ていくと彼等にリンチにされるかも知れないが、幸いここは圏内でその心配はないし、その上、今の内にこのゴタゴタをどうにかしないと会議をするどころではなくなる。

 

 

なので、一言言わせて貰う事にした。

 

 

 

「発言、いいですか?」

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Kirito├┘

 

キバオウっていうサボテン頭のプレイヤーの主張で、

俺とカエデはできるだけ影を薄くする事に努めた。

 

こんな状況でβテスターだと露見すれば、リンチに遭うのはほぼ確実だ。どうか見つかりませんよう───

 

 

 

「発言、いいですか?」

 

 

 

 

.......

 

 

 

 

.....

 

 

 

...

 

 

 

何やってんだぁぁぁ!

 

おいノア、何で皆の注意を引いた!ほら、皆こっち向いたし。ヤバいだろ、これ!

 

と、脳内で彼に抗議する間に、彼は舞台に降りてキバオウの前に立った。

 

「な、なんや小僧。ワイに何か文句あんのか」

 

 

 

「ええ、僕の名前はノア。そして、あなたがお探しの元βテスターです」

 

「「「!?」」」

 

会場が騒然となる。無理もない。

 

キバオウの発言でβテスターに対する魔女狩りムードが高くなっていたのだ。

 

この状況でβテスター自らのこのこ出てくるとは思っていなかったのだろう。

 

「キバオウさん、あなたは要するにβテスター達に対して謝罪と賠償を求めたいんですね」

 

「せ、せや。なんや、坊主がワイらに支払うてくれんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、1コルも払う気はありません」

 

「な、なんやと!!」

 

アイツ、何で挑発するようなマネしてんだ!

 

と、心の中で絶叫した。

 

カエデとアスナも同じ事を思っていたらしく、

 

「あのバカ、何考えてんの!」

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

と、俺と似たような反応を示した。

 

下ではキバオウが、

 

「己、ワイの話聞いとったんか!!おはんらβテスターのせいでワイらがどれだけ────」

 

と、激昂していたのに対し、

 

 

 

「聞いていましたよ、その上で払うつもりはないと言っています」

 

冷静に答えているノア。

 

 

 

...やっぱ、煽っているようにしか聞こえない。

 

周りを見てみると、キバオウと同じく怒る者、事態に追い付けずに困惑する者等々、千差万別の反応を示していた。

 

 

 

「なら、一体なんで────」

 

 

「謝罪するにも、賠償を行うにしても、それらを行うに値する理由がありません」

 

 

「り、理由やと!?それはさっき、言うたやろうろワイが───」

 

 

「ああ、さっきの聞くに堪えない妄言の事ですか。あれが理由とは完全に根拠不十分ですね」

 

 

「な、なんやと!どこが一体十分でないんや!」

 

 

 

「まず一つは情報について。あなたはさっき、βテスターが情報を提供しなかったと言いましたね」

 

「せ、せや。それがどうかしたんか?」

 

 

「あなたもこのガイドブックを持っているのでは?」

 

そう言ってノアが腰のポーチから取り出したのは、一冊の本。

 

言うまでもなく、《鼠》の攻略本だ。

 

「そ、それがどうしたって言うんや」

 

 

 

 

 

 

「この本は元βテスターが制作したもので、道具屋で無料配布しています。ここまで来た皆さんなら、全員持っているはずです」

 

「せやけどな──」

 

 

 

 

「その兄ちゃんの言う通りだぜ、キバオウさん」

 

と言いながら、チョコレート色の肌をしたスキンヘッドの巨漢が出てきた。

 

その迫力に気圧されたのか、キバオウはじりっと後ずさった。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、彼の言う通り、情報は皆てにいれる事は可能だったんだ。後はそれをどう扱うかが問題だったんじゃないのか」

 

「せ、せやけど...。そ、そんなら、戦闘訓練についてはどうなんや!ジブンらが自分一番に始まりの街出ていきおったせいで、一体何人死んだと思うとn───」

 

 

 

「それについても問題外です。あなた方は始まりの街の修練場を知ってますか?」

 

 

「しゅ、修練場?」

 

 

「ええ、始まりの街の黒鉄宮広場の近くに初心者用の修練場があります。あそこは初心者向けというだけあって設備も整っているし、簡単な模擬戦もできます」

 

 

「そ、それがどないした言うんや。ワイが言うとんのは───」

 

 

 

 

 

「ええ、分かっていますよ。だから僕は、何故あなたは自分で練習しようとしなかったのかと言っているんです」

 

うわぁ、アイツ本気でかかっていってるし。

 

ノアは話術に非常に長けていて、並の相手に口論で負けたのを俺は見たことない。

 

それに、アイツの話術は一種のカリスマ性を秘めていて、聴くものを惹き付けやすい。

 

実際、さっきまで騒がしかった会議場も、今はまるで一つの生物見たいに、彼等の言葉に聞き入っている。

 

と、いつの間にか彼は既にキバオウを論破して、止めの言葉をかけ終わっていた。

 

 

 

「それに今はボス攻略会議です。賠償やらなんやらではなく、ボスを倒す作戦等を話し合うべきだと、僕は愚考しますが、どうでしょう」

 

「........」

 

キバオウはしばらく唸っていたが、さすがに分が悪いと感じたのか、あるいはこれ以上は無駄と思ったのか、鼻息を荒くして、席に座った。

 

 

ノアは、ディアベルに向き直り、

 

「すみません、ディアベルさん。会議を中断するような事をして...」

 

「ああ、気にしなくてもいいよ。それと、できればタメ口で話してくれないか。堅苦しいのは苦手でね」

 

「分かった。では、ディアベルと呼ばせてもらっても?」

 

「ああ、構わないよ。呼び方は個人の自由だからね」

 

...何かあの二人急に仲良くなってんだけど。

 

何故か知らないが急に仲良くなった二人は互いにフレンド登録をしていた。

 

そうしてノアが俺達の隣に戻って来て、座ったのを確認すると、ディアベルが司会を再開した。

 

 

 

「皆、俺達のせいで会議を中断してすまない。再開しても構わないかな?」

 

周りから、同意を得て、彼は会議を再開した。

 

この後はプレイヤー6人のパーティーを組み(俺達は4人)

、それらのパーティーの役割分担をおこなったりして会議は解散になった。

 

 

 




スミマセン、これも全てイベクエが面白過ぎるFGOが全部悪(ry
本当に読者の皆様にはご迷惑をおかけしました。リアルの関係でこれからも不定期更新となりますがこの作品をどうぞよろしくお願いいたします。


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第4刃 第一層ボス攻略戦

なんとか、平成が終わる前に出せました。
平成が終わろうがどうなろうが結局駄文ですが、お楽しみ頂けると嬉しいです。


会議が終わり、プレイヤー達がホームに戻る中、僕達はアスナを夕食に誘った。

 

彼女は初めは消極的な反応を示していたが、カエデが上目遣いで目を潤ませながら、

 

 

「アスナは私達と一緒にご飯食べるの、イヤ?」

 

と、男女問わず落とせそうな必殺技を繰り出した。

 

アスナもその例に漏れず、二つ返事でOKを出してくれた。

 

 

 

そしてNPCレストランで夕食を取っている時、お互いの下宿先はどんな所かという話題になり、僕がそれとなく80コルで牛乳飲み放題とか、窓から見える風景や風呂が良いと話すと、

 

 

 

 

 

「「お、お風呂あるの!?」」

 

と、女子二人がすごい食い付きを見せ、その二人の勢いに押されて、僕の借りている農家のに行く事になった。

 

 

そして、二階の借り部屋に着いて風呂の場所を教えると、二人とも嬉しそうにドアの方へ走って行き、残った僕とキリトは牛乳を飲みながらまもなく来るであろうプレイヤーを待つことにした。

 

 

 

 

 

コン、ココココン

 

っと、早速来たようだ。キリトがドアを開けるとやはりアルゴが来ていた。

 

「よッ、ノアくン、時間通り来たゾ。っと、キー坊もいたのカ」

 

「やあアルゴ、ノアに呼ばれたのか」

 

「まア、そーゆー事ダ。何か話し合いたい事があるらしいゾ。あア、オレっちにも牛乳くれないカ」

 

「分かった」

 

 

 

そう言って、机の上に常備されているコップとピッチャーをとり、アルゴに手渡した。

 

「注ぐのはセルフサービスで頼む」

 

「了解。...うまいナ、コレ。一泊+飲み放題が80コルとは、かなり安いナ」

 

「確かに。でも、宿から持ち出すと、ストレージに入れていても耐久値が5分で全損するし、しかも消滅する訳ではなく、腐った激マズ牛乳に変化する。おまけに、飲んでから10分の間にフィールドに出ると、レベル1ダメージ毒が発生するという無駄にリアルなデメリットがある」

 

 

「そ、そういう事カ、妙に詳しい説明ありがト」

 

「まあ、そこの黒い剣士サマが体を張って調査して下さったおかげでね」

 

「うぐっ」

 

そう言いながらキリトの方を見ると、心なしか顔を強張らしていた。

 

 

興味本意でやってただけっぽいが、何が起こるかを考えずにやったオマエの自業自得だ。

 

...って、ここにアルゴを呼び出したのは、牛乳の話をするんじゃなくて、

 

 

 

 

 

 

「話題が逸れたが、これから話すのは明日のボス攻略戦について。そして、僕達に武器交渉を持ちかけて来ているプレイヤーについて」

 

 

 

 

「なっ!」

 

 

 

「ま、待ってくれノアくン、ボスについてはさっきの攻略会議で話し合ってたはずだロ。それに情報屋として、顧客の情報を簡単に喋る訳には──」

 

と、ほぼ予想通りの反応を返す二人。

 

しかし、僕は二人に構わず、言葉を重ねる。

 

 

 

「二人が驚くのは当然だし、アルゴには情報屋としてのプライドとポリシーがあるのは重々承知している。でも、今この話をしないと、明日は大変な事になる」

 

「た、大変な事って?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の攻略戦で死者が出る。少なくとも一人は確実に」

 

 

 

「ッ!」

 

「にゃ、にゃ二!!」

 

と、二人とも今度は恐れ混じりの驚きを見せた。が、最初に反応したのは───

 

 

 

 

「「どういう事、ノア(さん)!!」」

 

いつの間にか、風呂を上がっていたカエデとアスナだった。

 

「カエちゃんにアーちゃン!...二人もここに?」

 

「こんばんは、アルゴ。ノアに頼んでお風呂借りてたの」

 

「そーゆー事。ああ、二人も座ってくれ。これは二人にも関係ある事だから」

 

「分かった」

 

そう言って、彼女達は二人掛けのソファーに腰を下ろした。

 

 

さて、関係者は揃ったし、話をしよう。

 

「さっきも言った通り、今から話すのは明日のボス攻略戦についてと、アルゴを挟んで僕達に武器の交渉をしてきたプレイヤーについて。最初にこの二つは、どちらも同じプレイヤーが関わっている事を言っておこう」

 

 

「ちょっと待て。何を根拠にそんな事を───」

 

 

「あのなキリト、僕は自他共に確証を得た情報しか言ってない。それよりアルゴ、僕達に新しい商談があるな」

 

「ア、アア。例の依頼主から39.8Kコル出すと言われたんだガ、受けるつもりはないんだロ?」

 

 

「ああ、当然だ。それじゃあアルゴ、その依頼人は誰なのかという情報を買いたい。何コル出せばいい?」

 

「1500コルだガ、相手側の了解がないと開示できないゾ」

 

「分かった」

 

 

 

そう答えると、アルゴはホロキーボードを出して相手へのメッセージを打ち始めた。

 

「あの~、ノアさん?なんだか私だけ蚊帳の外みたいな感じなんだけど」

 

「ああ、すまない。アスナ君にはまだ話してなかったな」

 

まだ一名状況を飲み込めていない子がいるのを忘れてた。

 

そこで、このプレイヤーXとの武器交渉についての事をいくらかかいつまんで、アスナに説明した。

 

 

そして、説明が終わるのとほぼ同時にアルゴが、相手が了承した旨を皆に告げた。

 

キリトが、プレイヤーXが誰なのかを聞くと、

 

「依頼人の名前はキバオウって言うらしいゾ」

 

「やっぱりね....」

 

「ノア、まさか予想が当たったの───」

 

 

 

 

「ああ、まさしく予想通り、替え玉の名前が出てきた」

 

「「「「えっ」」」」

 

と、僕を除く全員が絶句する。

 

だが、それも一瞬の事、すぐさまアルゴから反論の声が上がった。

 

「ど、どーゆー事ダ、ノアくン!オレっちの情報にケチつけるつもりカ!!」

 

 

 

「ケチをつけるも何も、お前は一杯食わされたんだよ、アルゴ。彼は僕達が正体を探ろうとするのを見越して、予め替え玉としてキバオウを用意してたんだ」

 

 

「何でキバオウが違うと思ったんだ?」

 

「簡単な話だよ。キバオウが昼の会議で言ってた事を鑑みると、彼はMMORPGでは珍しい、リソースを全プレイヤーで均等に分かち合おうとする平等至上主義だ。SAOがまだ普通のゲームだった頃はまだしも、デスゲームと化した今でその考えをいつまで保てるのか・・・」

 

「えっ、皆で平等に分かち合うって良いことじゃない。何か問題でもあるの?」

 

と、そんな疑問を投げかけたのは言うまでもなくアスナ嬢。

 

彼女にMMO系のゲームは初めてかと聞くと、やはり初めてだったそうだ。

 

「じゃあアスナ君、SAO等のMMOゲームと、ポ〇モンやマ〇オみたいなゲームの違いって何だと思う?」

 

「え、えっと。MMOゲームは一つ位のサーバーをプレイヤー全体で共有していて、ポ〇モンとかはそれぞれで個別のデータをプレイできる事?」

 

「当たり。後者はそれぞれで個別のデータが用意されてるから頑張れば大体皆同じような強さを手に入れれる。だが、MMOゲームはある一定個数のサーバーをプレイヤー全員で共有している。これには皆で同じ世界を共有できるという利点があるけど、同時にデメリットもある」

 

「あぁ、ユニークアイテムか」

 

と、キリトが声をあげる。

 

僕は頷き、

 

「そう、大体のMMOにはユニークアイテムというワンメイク物のアイテムがある。ユニークって言うだけあって、それらのアイテムはサーバーに一つしか存在しない為、入手できるのはたった一人だけ。おまけにユニークアイテムは大概が強力な性能を持つ物ばかりだから、それらの有無で強さに大きな差ができる。特にSAOはその傾向が強くて、武器やアイテムの種類がほぼ無限な上に上位のアイテムはほぼ全てユニークって言われている。ほとんどは上層に行かないと入手できないんだけど、第一層でも入手する方法が現状一つだけある。それが───」

 

 

 

 

「迷宮区最上階で待ち構えているフロアボスのLA(ラストアタック)ボーナスか」

 

「・・・」

 

一番重要なところをキリトに盗られてしまった。

 

...まあいいか、重要な部分は伝えられたし。

 

 

 

「ねぇノア、さっきから聞いてて思ったんだけど、あなたが何を言いたいのか、いまいち分からないんだけど」

 

と、反対側に座っているカエデから苦言を頂戴してしまった。

 

 

 

「ごめん、分かりやすく説明しよう。僕が言いたい事を要約すると、『僕達に武器交渉をしてきたプレイヤーが明日のボス戦でLA取りに行って、返り討ちにあう』って事かな」

 

「「「「ごめん、よく分かんない」」」」

 

「...もう少し詳しく話そう。僕はこの何日かの間、双方のメリットとデメリットを考えた結果、向こうにはデメリットの方が圧倒的に高いという結論に達した」

 

「まずはコルの量。.....圧倒的におかしい。僕達の武器は確かに高性能だけど、70000コルもあれば三人分は製作可能だ。おまけにそれら全てを+8まで強化するのに、20000コルあれば釣りがくるほどだ。けど、彼が提示した金額の合計は約12万コル、3万も余計にかかる」

 

「それに、わざわざ複数の武器種を入手するメリットがない。ここがまだただのゲームだった頃はともかく、デスゲームと化した今に複数の武器種を使うのはあまり誉められた事じゃない。ステータスの高さが生存率に直結する今、序盤からいくつもの武器スキルを育てるのと、ある程度レベルが上がるまでは主武装(メインアーム)副武装(サブアーム)─投剣とかの補助スキル─をそれぞれ一つずつのスキルを育てるのでは後者の方が生存率が高くなるのは言うまでもないだろう。つまり、彼は自身の強化をしたいが為に武器を買おうとしている訳じゃない。むしろ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「...え、いや、ちょっと待って。何で彼はこっちの戦力を削ろうとしてるの?私達だって攻略レイドのメンバーなんだし、そのせいでボス戦に支障をきたしたらヤバいって事ぐらい理解できてないのソイツ」

 

 

「いや、もしかして、まさか....」

 

と、キリトが考え込み始めた。他のメンバーも似たり寄ったりの反応を示していたが、急にアルゴが、

 

「ア、まさかそういう事カ!」

 

「アルゴ、まさか分かったのか!どういう事なのか教えてくれ!」

 

 

 

「どういう事も何モ、原因はキー坊達だよ」

 

「「お(わ)、俺(私)!?」」

 

と、すっとんきょうな声を上げる二人。まあ、まさか自分達が原因(の一部)だなんて思っても見なかったのだろう。

 

「わざわざご指名を頂いたのに察しが悪いな。お二人さん、ベータの時に僕と一緒にあるモノを取りまくっていたじゃないか」

 

「...まさか、LAボーナス?」

 

「その通り。....というか、さっきから何回か出てきてたんだがなLA」

 

「あ、あの~ノアさん」

 

「ああ、ごめんアスナ君。LAボーナスって言うのは、フロアボス等の特殊なボスモンスターに止めをさしたプレイヤーに高確率で与えられるボーナスの事。これらのアイテムはユニークで高性能な物が多い。つまり、それを手にしたプレイヤーは自分の戦力を大幅にアップできるのと同時に強力なボスモンスターに止めをさしたプレイヤーだと英雄的尊敬にあやかる事ができる。そして、そういうプレイヤーは必然とリーダーとして他のプレイヤーを率いていくようになり、彼らも実力者に自然と着いていくようになる」

 

「つまリ、ソイツはノアくん達にLAを取られずに自分が攻略集団、ひいてはアインクラッド全域における英雄的リーダーの立ち位置を確立したいんだろうヨ」

 

「明日のボス攻略に参加する人でリーダー的ポジションを担える人って......まさか!」

 

「ノア、まさかソイツは...!」

 

「ああ、彼の名は───」

 

 

 

 

~翌日 第一層ボス攻略戦開始前~

 

昨日は、10時近くまで話し合った後に解散となり、アルゴを送り出した後、僕達はそのまま眠りに就いた。

 

そして今日、攻略集団46名は誰一人欠かす事なくボス部屋の入口の前までたどり着き、間もなくディアベルがボス戦前最後の演説を行うという現在に至る。

 

僕が周りを見渡すと、ここに来るまでかなり饒舌だったプレイヤー達は鳴りを潜めて、不安と恐怖をその顔に張り付けていた。

 

これはキリトやアスナ、カエデも同様で、恐らく僕もそうなのだろう。

 

まあ、扉から発せられる死の気配──第六感なんてモノはあるないのだが──道中の比ではないからだろう。

 

それでも、キリトやカエデはいつもの飄々とした態度を取っていたし、アスナもキリトがここに来るまでの道中で説明してたレイドバトルのテクニックや戦法等を何度も繰り返し呟いていた。

 

数秒後、ディアベルが集団の前に立ち、扉を背にして僕達に体を向けると、僅かに響いていたざわめきも止み、それを確認した彼が演説を始めた。

 

「皆、今日はありがとう。誰一人欠ける事なくここまで来れて良かった。じゃあ、早速行こう───」

 

と、ディアベルが言い、プレイヤー達が拳を突き上げ──

 

 

 

 

 

 

「と、言いたいところなんだが、先程、情報屋からボスに関する重大な情報が送られてきた」

 

「はぁ!?」「今更かよ!」

「もうすぐボス戦だってのに!」

 

と、周りから困惑混じりの怒声が上がった。

 

が、ディアベルが皆にメッセージ──レイドリーダーはメンバー全員に向けて同時にメッセージを送信できる──を送信した途端に静まった。

 

「今皆に送ったメッセージを見て欲しい。これらに書かれているのはボスの武器が変更されている可能性。そして、それに伴うソードスキル等の変更点についてだ」

 

途端、再びざわめきが起こった。しかし、今度は困惑と驚きの色がかなり強い。

 

無理もないだろう。ここに書かれているスキルは、正式版ではいまだ日の目を見ておらず、β版でも取得者が現れなかった為、()()()()()()()()()()とまで言われたシロモノだからだ。

 

「皆、落ち着いてくれ。皆の気持ちは良く分かる。俺だって今の今まで考えてもいなかったんだから。ともかく、この情報によると、ボスが装備しているタルワールが変更を受けている可能性があり、その最も確率が高い武器が形状にいくらかの類似点がある《カタナ》だと言う事だ。これはつい昨晩に裏を取ったばかりの情報らしく、間に合って良かったと思っている。死んでしまったら手遅れだからな」

 

         

 

 

 

 

 

        《カタナ》

 

 

攻撃系スキルの一種であるが、現在使用が確認されているのは第十層迷宮区《千蛇城》に出現するヘビ侍型のエリートmobのみである。

 

そんな上層でしか存在が確認されていない故にその性能は高く、単発技《浮舟》や三連撃技《緋扇》、広範囲攻撃技《旋車》といった強力かつ、バリエーションに富んだソードスキルを使用できる。

 

一部のプレイヤーは曲刀カテゴリーのエクストラスキルと考えていて...と、これは余談か。

 

そして、このメールは昨日僕が覚えている限りのソードスキルとその詳しい説明を記載したもので、これを隠蔽スキルを使って同行しているアルゴにボス部屋の前にたどり着いたタイミングで送信してもらった訳だ。

 

丁度ディアベルもこのスキルについて話し終え、再び突入の雰囲気が出てきていた。

 

 

 

「皆、先程のスキルは必ずしも奴が使ってくるとは限らないが、警戒だけはしておいてくれ。それじゃあ改めて.....今日こそボスを倒して、始まりの街で待っているプレイヤー達に希望を持ち帰ろう!俺から言う事は一つ....勝とうぜ!」

 

 

 

「「「「オーー!!」」」」

 

ディアベルが拳を突き上げて叫ぶと、他のプレイヤーも続き、闘志を滾らせてボス部屋に突入した。

 

 

 

 

 

~開戦から35分経過~

 

現在攻略は順調で、イルファングのHPゲージは三段目の中程まで割り込んでおり、取り巻きのセンチネルも僕達があらかた片付けており、残りの2体を対応しているところだった。

 

ボス部屋に突入した時、センチネルの個体数が3体だったのがコボルド王のHPゲージが一本減っていく毎に湧出(ポップ)する数が1体ずつ増えていき、三段目の時点で5体のセンチネルが湧出した。

 

このままいけば、ラスト一本になった時に出てくる衛兵コボルドは6体になるだろう。

 

だが、取り巻きの数が変わっても動じずに対応出来た彼らは問題な───

 

 

 

 

「ノア、スイッチ!」

 

「あ、ああ!」

 

キリトの声で我に返り、ノックバック状態のセンチネルの無防備な喉元に片手剣突進技《レイジ・スパイク》を叩き込む。

 

 

ソード・オブ・ポワゾンはウィークポイントにソードスキルを食らったセンチネルの残り三割程にまで減っていたHPを残り僅かなところまで抉り去った。

 

ギリギリのところで耐えきった衛兵コボルドは、反撃の一撃を技後硬直中の僕に叩き込───

 

 

 

 

 

パリィィィィン.....

 

 

 

 

 

む事なく、棍棒を振りかぶった時の不自然な体勢で急に体をポリゴンの欠片に変えた。

 

瀕死のセンチネルを直接攻撃を加えずに殺したのは、この剣、《ソード・オブ・ポワゾン》の付与能力《毒性(トキシティ)》である。

 

この能力が付与されている武器は攻撃部位に毒を塗る事が可能で、今は対象にスリップダメージを与えるダメージ毒のLv.1を塗っている。

 

この毒はまだLv.1とはいえ、秒単位20ダメージが3分間持続、最大3600ダメージを与える第一層にしては強力な性能である。

 

しかし、強力故に一定回数使用すると効果を失う為、塗り直す必要があり、その上、毒を入手するには調合スキルで入手する必要がある。

 

その為、僕達3人は本来取得する予定だった隠蔽スキルを後回しにして調合スキルを取得している。

 

 

 

 

 

 

...どうやら、丁度もう1体の方も倒されたようだ。

 

ボスの方を見ると後少しでHPバーの三段目を削りきれそうだ。それまでに毒を塗り直せるだろう。

 

だが、何だろう、イルファングはβの時と何かが違う。

 

戦闘中に垣間見た奴の腰には予想通り、カタナが装備されていた。だが、他にも何か、どこか致命的な見落としをしている気が───

 

 

 

 

「ボス戦だちゅうのに考え事たぁ余裕そうやな、あんさん」

 

 

と、先程、もう1体のセンチネルを屠ったキバオウが僕のところまで戻ってきて、話しかけてきた。

 

「いえいえ、余裕なんてそんな。僕は戦闘に必死で───」

 

 

「何抜かしとんのや、おはんがLA狙うとう事ぐらいお見通しなんや」

 

 

 

「それはあなたの依頼主から聞いた事でしょうか」

 

と彼に言うと、キバオウは驚いたような反応を示したが、さすがと言うべきか、

 

「依頼主?なんやそれ、ワイは《鼠》っちゅう情報屋からジブンらの事をたんまり買うたんや」

 

と、気丈にも切り返してきた。

 

しかし、彼がとぼけているのは明らかだ。

 

アルゴは決して、βテスターの情報を売らない。彼女は自身に課した決まりは死んでも守り通す。

 

もしそうじゃなかったら、そもそも依頼なんて出しはしない。

 

こちらが黙っているのを何も言い返せないのだと判断したのか、彼は更に口を開いた。

 

「ジブンらベータ上がりどもに抜け駆けさせる訳にはいかんのや。ワイらにはワイらのやり方っちゅうもんがある。ジブンらにはここで雑魚コボルドでも狩って、ディアベルはんらがボス倒すとこを指咥えて見とけや、小賢しいβ上がりが!」

 

そう言い捨て、キバオウは離れていった。

 

 

 

「ノア、何か話していたのか」

 

と、後ろからキリトが尋ねてきた。

 

「ああ、彼と世間話をしてただけだよ」

 

と、ごまかす。

 

もし、本当の事を言って、彼等が余計な雑念に囚われて事故ったら大惨事だ。

 

彼等も僕の思考を読んだのか、心配そうな視線を向けてきこそすれ、聞きはしなかった。

 

 

と、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

ウグルルウォオォォォォウゥ!!

 

 

と、部屋の中央から雄叫びが響いてきた。どうやら、イルファングのHPバーが残り一段になったようだ。

 

そちらに行くと、奴は斧とバックラーを投げ捨て、腰の得物を引き抜こうとしているところだった。

 

事前の情報提供のお陰か、周りのプレイヤー達は一時的に下がっており、いきなり範囲攻撃技の《旋車》が飛んでくるなんて事にはならなさそうだ。

 

しかし、彼は違った。

 

「A隊、C隊後退!ここは俺が出る!」

 

そう言いながら、リーダー「騎士(ナイト)」ディアベルがボスへ突撃する。その勇姿はまさしく、リーダーとしてふさわしいモノであっ───

 

 

 

(ッ!?)

 

急に、頭を電流が走るかの如く鋭い痛みが貫いた。

 

...何か、何か重要な事を見逃している気がしてならない。

 

 

 

 

奴の得物?

 

             カタナだと確認済み

 

行動パターン?

 

   カタナスキルの使用以外は恐らくβと同じ

 

外見的特徴?

 

              βとの違いは無し

 

必死に頭を働かせて考えるが、この違和感を引き起こしているモノが思いあたらない。

 

 

 

(やっぱり、思い過ごしなのか?)

 

なんて言葉が脳裏に浮かんできた時、既にディアベルはボスの攻撃圏内に突入しようとしていた。

 

「ウオオォォォ!」

 

と、声を張り上げながら突進するディアベル。

そして、イルファングもカタナを引き抜き、彼を迎え撃──

 

(....何だ、あのカタナ。)

 

確かにかの輝き、刃の滑らかさはその通りであり、長細い刀身に違和感なんて───

 

(ッ、まさかっ!)

 

と、違和感の正体に思い至った途端、僕はボスに向かって走りだし、全力で叫んだ。

 

「ディアベル、すぐに横に跳べぇ!!」

 

 

この声が聞こえたのか、驚いたディアベルがこちらを振り向いたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()が、ディアベルを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「ディアベル!」

 

と叫びながら、キリトが走りだす。

 

ディアベルを助けようとしているのだろう。だが、距離が絶望的に遠い。

 

イルファングは再び両手の得物を振りかぶり、ディアベルに止めを刺すべく、交差するように振り下ろ──

 

 

 

ガギイィィィィン!

 

 

される寸前、《ソニックリープ》を発動させた僕が間に割って入り、奴の武器──二振りの刀を受け止めた。

 

そう、コボルド王の変更は武器種の変更のみに留まらず、あろうことか両手に一本ずつ装備する二刀流状態になっていた。

 

武器の装備条件はモンスターにも適用される為、二刀状態のイルファングがソードスキルを発動することはできないはずだが、しかしその分、被弾数と威力が一刀状態の時の倍近くまで跳ね上がっていた。

 

今は何とかポワゾンで防いでいるが、一層最強クラスの片手剣をもってしてもそう長くは保ちそうにない。

 

 

このままでは───

 

「「「ハァァァァァ!!」」」

 

「グルゥォォォゥ!?」

 

 

いつの間にか近づいて来ていたキリト、アスナ、カエデ

が3方向からそれぞれが

 

 

片手剣突進技《ソニックリープ》

 

 

 

細剣突進技《シューティング・スター》

 

 

 

槍系汎用突進技《ソニックチャージ》

 

を叩き込んだ。さしものフロアボスもこれには相当こたえたようだ。

 

後ずさるイルファングにエギルをはじめとしたタンク集団が《咆哮》スキルで注意を引き始めたところで、ディアベルを壁際まで引っ張っていった。

 

 

彼のHPはレッドゾーンにまで落ち込んでいたため、彼には悪いが無理矢理口にポーションを突っ込ませてもらった。

 

 

中身を飲みほしたところで漸く落ち着いたのか、ディアベルが礼を言ってきた。

 

 

「ありがとう、ノア。それに、キリトさんやカエデさんも」

 

「危なかったな、ディアベル。....あなたは、やっぱり」

 

「....あぁ。オレが君たちの武器を買い取ろうとしていたプレイヤーだ。動機とかはノアがほとんど暴いちゃったみたいだから、さっきの突撃の理由に見当はついているんだろ」

 

と、こちらの態度で勘づいたのか、ディアベルはあっさり自白した。

 

 

 

「ええ、あなたはフロアボスのラストアタックボーナスを狙っていた。しかも、最大の目的は自身の戦力強化ではなく、ボスへの止めを刺した、いわば、攻略集団の英雄的存在となって、これから先の攻略でパーティーの攻略意識向上を図った。そういうことでしょ」

 

「あぁ、確かにその通りだ、カエデさん。でもね、理由はもうひとつあるんだ」

 

 

 

 

カエデの問いかけを肯定しつつ、彼はボスを相手取っているプレイヤー達を見据えながら、語り出した。

 

「君たちは気づいているだろうけど、オレは元βテスターだ。オレ達にはβテストでの経験という大きなアドバンテージがある。ことこのデスゲームにおいて、これは非常に強力な武器足りうるのは確かだ。オレ達にはこれを全プレイヤーの生還の為に使う義務がある」

 

やはり、そうか。

 

彼はリーダーとして、元βテスターとして、皆の為に役立とうとしている。その志はとても美しいものだ。

 

 

 

「例え序盤だけだとしても、一歩一歩ゲームクリアに近づいていく。一層に一ヶ月もかかってしまったから、百層到達がいつになるかはわからない。でも、それでも、オレは希望を与えたかった。始まりの街で待っているプレイヤーに、今もなお戦い続けるプレイヤーに...」

 

嗚咽混じりの告白に、彼の周りにいた人は一様に同情をするかのように、表情を暗くした。

 

 

 

 

───僕を除いて

 

「...ふざけるな」

 

「...えっ?」

 

「ふざけるなって言ってるんだ、ディアベル」

 

 

 

 

┌┤Side kirito├┘

 

...ノア?

 

ゆっくりと顔を上げるβからの相棒。

 

彼の冷静な優等生然とした顔にはいつもと変わらないように見えるが、纏っている雰囲気がまるで違う。

 

これは....怒り....?いや、だったら、なんでこんなに悲しそうな顔をしてるんだ?

 

 

「ディアベル、あなたは諦めるのか、ボスの討伐を、SAOのクリアを」

 

「い、いや、オレは──」

 

「悪いが、あなたの話しぶりはあたかも諦めるかのようにしか聞こえない」

 

目に鋭い光を浮かべているノア。

 

彼はディアベルに、そして、自分自身に言い聞かせるかのように言葉を重ねた。

 

「いいかディアベル。僕もキリトも、カエデやアスナ君だって、皆まだ諦めていない。なのに、あなたがそんな事でどうするんだ。アンタはプレイヤー達に希望を与えたいんだろう。なら、」

 

ここで一旦言葉を止め、彼は大きく息を吸い込むと、

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、『それでも』と言い続けろ!足が、剣が、体がボロボロに朽ちようと言い続けろ!ナイトなんだろ!なら、それぐらいの気概を見せてみろ!」

 

 

普段の彼からは想像もできない程、熱く喝をいれるノア。その姿にアスナやカエデも唖然としている。

 

 

「あなたが手を、足を、そして剣を止めたら、それはここにいるプレイヤー全員への裏切りだ。自分が言った事ぐらい、やり遂げろ。リーダーなんだから」

 

最後は少し柔らかい口調で語り終えると、ノアは立ち上がり、

 

「行こうか、キリト」

 

と、言ってきた。

 

 

 

 

 

まったく、こいつはいつも...

 

「あぁ、分かってるよ」

 

と、俺も立ち上がりながら言葉を返した。

 

┌┤Side Noah├┘

 

「君たち、どうするつもりだい」

 

と、ディアベルが僕達に問う。

 

「そんなの、決まってる」

 

 

 

「「ボスのLA取りに行くんだよ」」

 

と、僕とキリトが言い放ち、ボスに向かって走り出す。

 

周りにいたタンク役のプレイヤー達を吹き飛ばしたイルファングはこちらの動きに気付くと、その巨体からは想像しがたい俊敏な動きで突進し、両手の獲物を僕達に振り下ろ───

 

 

「「ハァァァァァ!!」」

 

ガキィィィィィン!!

 

 

されるその寸前、左右から飛びだしたアスナとカエデがそれぞれの武器で迫りくる凶刃を弾き返した。

 

「左右は私達が押さえるから、二人は攻撃に集中して!」

 

「あぁ、頼む!」

 

「任せてっ!」

 

 

 

左右を頼もしいパーティーメンバーに任せ、僕とキリトはソードスキルを全解放した全力攻撃を開始した。

 

上下からバーチカルで切り裂き、

 

右下と左上からスラントで袈裟斬りにし、

 

左右からのホリゾンタルが交差しながら振り抜く。

 

さしものコボルド王も、この連続攻撃はかなり答えたのか、ものの数十秒でHPがレッドゾーンに突入した。

 

 

 

 

(押し切れるっ!)

 

そう、確信し、再度攻撃を仕掛けようとした僕の目に入ってきたのは───

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!」

 

咄嗟に剣を前に持っていき、防御姿勢をとる。その直後、体全体を強烈な衝撃が襲った。

 

踏ん張り切れず、木の葉の如く僕とキリトは吹き飛ばされて背中から床に落下した。

 

「「ノア(さん)、キリト(君)!」」

 

と、女性陣が声を上げて、駆け寄ってくる。

 

僕は立ち上がって彼女達に無事だと手を振った。

 

しかし、まさかモーション変化が二段階あったとは。

 

恐らく誰も、ボスが二刀の片方を投げ捨てて、ソードスキルの発動条件を強引に達成するとは想像しようもなかっただろう。

 

残りHPも後僅かなのだが、ここまできてカタナスキルを振るわれたら、間違いなく被害が大きくなるのは想像に難くない。

 

おまけに奴の皮膚の色が荒んだ赤から青みがかった紫に変化して、より狂暴化する「バーサーク」状態になっており、タンク集団も中々接近できていない。

 

何とか、被害を出さずに倒しきる方法─────

 

 

 

 

 

たった一つ、最も有効かつ、安全な、しかして相当のギャンブルとなる手段がある。

 

成功すれば、確実にコボルド王に引導を渡せる手段ではある。

 

しかし、ボスモンスターは一概にこの手の攻撃に対する耐性が他のmobとは桁違いに高い。

 

しかも、この攻撃の為の()()()時の隙が大きく、この間に攻撃を受けないという保証は100%ない。

 

 

兎に角、まずはこの仕込みの間、誰かが奴を押さえてくれないことには何も始めれない。

 

しかし、現状タンク集団が狂暴化したイルファングを辛うじて押さえている訳であって、この状態ではいつ彼らのパーティーが瓦解するか分からない。

 

 

 

このままでは勝て───

 

「ノア!」

 

背後から呼びかけられて振りかえると、ディアベルがその目に強い光を湛えて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

....そうか、そうだ。簡単なことじゃないか。

 

 

 

 

 

人数が足りないなら、足してしまえば良い。

 

 

 

そして、今の彼なら、先程までの弱気さが消え去り、その顔に強い覚悟と決意を滾らせた《騎士》ディアベルであれば、やり通せるはずだ。

 

「...ディアベル、頼みがある。後ろでセンチネルを片付けているパーティーをこっちに回してくれないか」

 

「彼らをそっちに寄越してどうするんだ」

 

「時間を作って欲しい。十秒で良い、その間だけでも、タンク隊が崩壊しないようにしてくれ」

 

「何か策があるのか」

 

「ああ、成功すればほぼ確実にかつ、安全に奴に止めをさせる。だが、失敗する確率も決して低くはない。そうなったら、被害が大きくなるのはもう防げない。...賭けるか、この可能性に」

 

 

 

 

「...ああ、やろう。オレはリーダーなんだから。奴を倒せる手段を取らないなんて愚かな真似はしない」

 

強く頷き返したディアベルは、

 

「A隊、C隊、D隊、ボスへの総攻撃を開始!奴の動きを止めるぞ!」

 

と叫びながら、再びボスに突撃を開始し、他のプレイヤー達も気合いを滾らせ彼に追随した。

 

 

 

「キリト!」

 

「ああ、分かってるよ!」

 

さすがβテストからの相棒。こちらの意図を察したのか、右手に装備しているポワゾンのプロパティウィンドウを開き、操作を開始した。

 

こちらも同様の操作を始める。ウィンドウの操作項目の一つをタップし、追加で開かれたウィンドウからアイテムを選択、ドラッグして確認ボタンを押す。

 

 

 

ステータス更新の数秒の間、僕の脳裏に浮かんでいたのはあの時の記憶の断片─────

 

 

 

 

 

 

 

 

周りは火の海、

 

機材は業火に侵食され、周囲からは悲鳴と血の匂い。

 

常に青く光輝いていた球体は、その身に炎を宿らせたかの如く、赤い光を放ち続けている。

 

まだ10歳の自分は恐怖と激痛で身動きが取れない。

 

そして、頭に直接響いてきた誰かの声────

 

 

 

 

ちりぃぃん♪

 

上書き完了を示すSEが鳴り、僕は思考を現在に戻して立ち上がる。

 

キリトもほぼ同時に立ち上がり、こちらの指示を待つ。

 

 

 

 

 

『恐れるな───』

 

不意に再び脳裏に現れる記憶の断片。しかし、先程のモノとは異なる、ただ一言のセリフが再生される。

 

 

 

ああ、やってやろうじゃないか。

 

「行くぞキリト、僕達で奴に止めを刺す!アスナ君とカエデも援護頼む!」

 

「おう!」

 

「「了解!」」

 

そして、奴に向かって最後の突撃を開始する。

 

Lv.15のAGI型キャラの自身のステータスを限界まで引き出し、加速する。

 

キリトも同様に追随し、彼女らも左右に展開しつつ、追いかけてくる。

 

 

 

 

残り20m程になって、漸くイルファングはこちらに気付き、周りでタゲを取っていたプレイヤー達をまとめて凪ぎ払うと、右手のカタナを左腰に構える。

 

初期モーションを検出したシステムが奴の得物の刀身に赤い輝きを与える。

 

 

 

カタナ居合技《辻風》

 

そうこちらが見切った瞬間、獣人の王の巨体が猛烈な速さで打ち出され、目にも止まらぬスピードで振り抜かれた刃が僕達を切り裂───

 

 

 

 

 

 

ガキィィィィィン!!

 

 

く事はなく、ギリギリのタイミングでアスナとカエデがそれぞれ細剣二連撃《パラレル・スティング》、片手槍二連撃《ツヴァイ・アサルト》で迎撃する。

 

居合技はスピードに重点を置いている為、比較的威力は低い。

 

その為、二人がかりの突き技のみで十分相殺でき、さらにイルファングに軽いノックバックを発生させれる程であった。

 

その身を無防備に晒したコボルド王に僕とキリトの発動させたソードスキルが襲いかかる。

 

両肩から垂直に食い込んだ蒼い輝きを宿す刃は一気に足の付け根まで振り下ろされる。

 

イルファングのなけなしのHPはじわじわと減っていき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4ドット程でこらえた。

 

イルファングはその獰猛な顔にこれまた獰猛な笑みを浮かべ、こちらに反撃をすべく、カタナを振りかぶ───

 

 

 

 

()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

奴のHPバーの上にはデバフにかかったことを示す、黄地に稲妻を模したシルエットが描かれているアイコンが表示されていた。

 

      《痺れ(スタン)

 

このSAOにおいて、最もポピュラーなではの一つであるそれは、対象の行動を数秒という短い間ではあるが封じることができる。

 

たかが数秒、されど数秒。

 

本来であれば、僕達を葬り去るのに事足りたその時間は、痺れという妨害者によって、永遠に訪れる事はなくなった。

 

 

 

そしてその数秒は、僕達が技後硬直から回復して、止めの一撃を発動させるのには十分だった。

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

「セヤァァァァァァ!!」

 

と、気合いを口から迸らせ、再び肩口から股下まで切り裂き、そしてそこからV字の軌跡を描くかのように剣を跳ね上げる。

 

片手剣垂直二連撃技《バーチカル・アーク》

 

二本の剣が振り抜かれると同時にイルファングのHPは0になり、一瞬の硬直の後、その身をポリゴンの欠片へと変化させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「─────」」」

 

「「「「イヨッシャアァァァァァァ!」」」

 

一瞬の静寂の後、周りから莫大な歓声が上がった。

 

部屋の奥、奴の玉座の後ろには螺旋階段が生成されている。

 

そして、目の前に浮かぶLAボーナス獲得のメッセージ。

そして漸くボスを倒したと自覚し、ほっと一息つこ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でなんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

唐突に響いた叫び声に部屋全体が静まりかえる。声のした方を見ると、そこには一人のシミター使いがこちらを睨み付けながら立っていた。

 

 

確か、ディアベルのパーティーに入っていたリンドというプレイヤーだったはずだ。

 

 

ここまで僕の脳は先程の戦闘の疲れでぼんやりしていたが、この後続いた耳を疑うようなセリフで急に覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、なんで俺達を騙したんだ!挙げ句、ディアベルさんを見殺しにしようとして、ふざけてんじゃねぇ!!」

 

 

「...は?」

 

騙すって、こちらはそちらに何か騙すような事した訳でもなく、ディアベルを見殺しにしようとしたというのははっきり言って論外、僕達が彼を助けたのを見てなかったのか?

 

 

「リ、リンド。何を言ってるんだ、彼らはオレを助けてくれたんだぞ!」

 

と、僕と同様の思考をしていたらしいディアベルが、彼に言い返すと、

 

 

 

「ディアベルさん、コイツらは元βテスターですよ!こんなペテン師共の肩なんて持つ必要は───」

 

「リンド、それならオレだってペテン師だ」

 

「・・・え?」

 

と、ディアベルの独白にリンドは目を見開いた。

 

 

「オレも元βテスターだ。皆にはこれまで黙っていてすまなかったと思っている」

 

この一言で部屋全体が大きくどよめいた。無理もない。

 

今までリーダーをやっていたナイトが、実は自分達が憎んでいるβテスターであったのだから。

 

 

 

 

 

「ワイは気付いとったわ、ディアベルはん」

 

と、背後から声がして、振り返るとそこにはやはりキバオウが立っていた。

 

 

「おはんがワイにあん話持ってきた時には感づいとったさかい。それにおはんら」

 

「えっ、僕?」

 

なんか、キバオウがこっち向いて神妙な顔をしている。

えっ、何この雰囲気。

 

 

 

「ワイはやっぱりβテスターは気に食わん。せやけど、おはんらのようなええ奴もおるっちゅうことはよう分かった。ありがとうな、ノアはん」

 

「い、いえ、僕達は仲間を助けようとしただけですよ」

 

と、なんとか丸く収まろうとしてたところに、

 

 

 

「有耶無耶にしようとしてんじゃねぇぞ、このチーターめ!」

 

と、リンドや彼と同じ考えのプレイヤー達からそのような怒声が上がった。彼らはやはり不服のようだ。

 

さて、どうするべきか。そう考えた時、キリトが思いもよらない行動にでた。

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!」

 

と、厨二みたく笑い始めたのである。続いて彼が放ったセリフも予想の斜め上をいっていた。

 

「元βテスター?そんな奴らと俺達を一緒にしないでくれ」

 

そしてキリトは、βテスターの大半はレベリングのやり方すら知らない初心者で、リンド達ビギナーの方がまだ良いと言った。

 

「それに俺達はβの間に誰も到達できなかった層まで登った。ボスの立ち回りを一部ながら分かっていたのは、奴に似た動きをするモンスターと散々戦ったからだ。...他にも色々知ってるぞ、情報屋なんて問題にならないくらいにな!」

 

 

 

 

 

「なっ、何なんだよそれ...。それじゃあまじでチーターじゃねぇか!」

 

これと同様の声がいくつも上がる。

 

そして、その中から「ビーター」と言う造語が聞こえ始めた時、

 

「ビーター、か。良い名前だな。そうだ、俺はビーターだ。これからは他のテスターごときと一緒にしないでくれ」

 

そう言いながら、ウィンドウを操作してボスのLAと思わしき黒いコートを装備した。

 

そうして彼は身を翻し、一人階段へと歩いていった。

 

僕は彼を追い、第二層の扉の前で追いついた。

 

「おい、キリト!」

 

彼の背中に声を投げかけると、漸く彼は振り返った。

 

彼の顔には嘲笑めいた笑いが顔に張り付いていたが、瞳のつらそうな光は隠しきれていなかった。

 

 

「ノア、俺はビーターだ。俺に近づくと、お前達まで───」

 

 

 

 

「やっぱりバカだな、お前」

 

と、頭に拳骨一発。

 

「イッテ!何すんだノア」

 

「頭を殴ったんだが」

 

「ま、まぁ、その通りだが...って、そうじゃなくて。何で追いかけて来たんだ」

 

「パーティーメンバーであり、相棒であるお前についてきただけだが」

 

若干テンパっているキリトに冷静に答えていく。

 

 

「だっ、だって俺は────」

 

「大方、自分がビーターの汚名を着て他のβテスターへ恨みや鬱憤がいかないようにって考えたんだロ」

 

と、背後から三人目の声。この声はいうまでもなくアルゴのものだ。

 

「キー坊、オレっち達の事を今頼らなくてどうすんのサ」

 

「でも、俺は───」

 

 

「キリト、あなたちょっと難しく考え過ぎ」

 

「そうだよ、キリト君がビーターだからってなんだって言うの」

 

と、追い付いてきたカエデとアスナからの援護射撃。

ここで僕が止めを刺すべく、言葉を重ねる。

 

「キリト、人がどう呼ぼうとお前はお前だ。ビーターだか何だか言う奴の事なんてまともに聞く義理はない。その代わり、こう言い返してやれ。『お前にはできたのか』と。まぁ、つまりはキリト。お前は色々一人で抱え込もうとする節がある。さっきも言ったがもう少し僕達を頼ってくれ。僕達はお前の仲間なんだからさ」

 

「そして、もうちょっと自分に自身を持つことね」

 

と、カエデにフォローを受けながら、キリトに諭し、語る。

 

そして、話し終えた僕の視線の先でキリトが頬に光を一筋伝わらせながら、くずおれたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

そして数分後、漸く立ち直った彼の顔はすっきりとしていて、憑き物が落ちたようだった。

 

「皆、心配かけて悪かった。俺はもう大丈夫だ。ノアの言う通り、ビーターかどうかではなく、俺はキリトという一人のSAOプレイヤーだ。本当にありがとな、ノア、カエデ」

 

「礼を言われるような事をした覚えはないがな」

 

「あれ、ノア照れてるの?」

 

「照れてはいない。僕はあくまで事実を述べたに過ぎない」

 

「おいおい、オレっちの事忘れてないカ」

 

と、後ろから不満そうなアルゴの声。

 

 

彼女の方に向き直り、礼を口にする。

 

「今回は色々迷惑をかけたな、ありがとうアルゴ」

 

「いや、今回は情報屋としてのミスでこっちもノアくんらに迷惑かけたからナ。お詫びに今持ってる情報何でも一つタダで提供するヨ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。《体術》スキルの習得クエを教えてくれ」

 

「ウッ。...ノアくん、本当にそれだけが目的なんだよナ?」

 

「さぁて、どうかな」

 

「絶対分かってやってるだロ!ノアくんの人でなシ!」

 

そんなこんなで、デスゲーム開始から1ヶ月。漸く、第一層が無事攻略されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

第一層が攻略された瞬間、プレイヤーはおろか、製作者兼GMである茅場晶彦、そして()()()()()()()()ですら知りえない場所で、真の災厄が動き出した事を知る者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    《その波動、鼓動を止めよ》

 

 

 

 

 




明日から令和ですが、皆さんがこの小説をお読みになって頂ければ嬉しいです。


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第5刃 月夜の黒猫と黒の■■

令和最初の投稿、やはり遅れました。

駄文のオンパレード&意味わからんストーリーとなっていますが、お読み頂けると嬉しいです。


┌┤Side ???├┘

 

走る、走る、走りまくる。

 

もうどれくらい走ったのか分からなくなってきた。

 

もう立ち止まって休みたい。

 

しかし、止まった途端に()()()()()()

 

()は唐突に現れ、瞬く間にその場にいたモンスターを殲滅し、俺達のパーティーへも牙を剥いた。

あの巨体であの攻撃力にスピード。おまけに、レベルは分からなかったがカーソルは黒なんてレベルではなかった。

 

 

         《漆黒》

 

 

 

そうとしか表現できない程の黒さ。

 

...伝えなくては、誰かに、この災厄を───アルマロスの事を───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数秒後、彼のアバターがポリゴンに還ったのはいうまでもなく明らかだった。

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

「アルマロス?ナニソレ」

 

「知らないのカ、ノアくン」

 

「いや、冗談だ。...知っているよ、奴の事は」

 

ここはアインクラッド第二十六層の主街区《ユールテリア》のプレイヤーホーム。最前線に近いというだけあって、プレイヤーの多くは高額のプレイヤーホームよりも、安価で済む宿に泊まるのがほとんどであるが、僕は転移門に近いやや高めのプレイヤーホームを購入していた。

 

何故わざわざホームを購入したかは後回しにするが、今は早朝から押しかけてきたアルゴと朝食を共にしている。

 

そして、あらかた食べ終えて、食後のコーヒーを飲もうとしたその時に、奴の話が彼女の口から飛び出した。

 

 

 

「アルマロス。いつの間にか出没しだした謎のモンスター。その巨体とスペックの高さからボスモンスターだと言われているが、出現場所や時間に法則性がなく、完全にランダム出現の為、目にする事がほとんどない。しかし、仮に遭遇してしまった場合は即刻転移しないとすぐさま殺される危険性がある。そして、その姿は黒い鎧に黒地に赤いラインが入ったプレートを全身に纏っており、背後には地面にまで伸びたプレートが二枚、そして先端の割れた赤い二股の槍を装備している、か」

 

「その通りダ。それだけで、奴のいかに異質かが分かってしまうんだよナ」

 

「まったくだ。そんな姿をしている奴に堕天使の名前をつけるなんて、奴をデザインしたデザイナーのセンスが素晴らしいものだったんだろうよ」

 

アルマロスとは、旧約聖書偽典のエノク書1に記されている堕天使の名だ。背部の二枚のプレートを翼に見立てたんだろうが、聞いた情報と名前の由来のシンクロ率が中々に高い。

 

 

 

 

とはいえ、奴の姿を見たと言うプレイヤーはごく僅かという事から、プレイヤーの大半は新手のデマか、悪い冗談だと思っているプレイヤーがほとんどだ。

 

 

しかし、目撃情報が第一層の始まりの街周辺のフィールドから、現在の最前線である第二十八層の迷宮区まで浮遊城全域で挙がっているのもまた事実。

 

現在、低層と最前線の情報網が薄くなりはじめている時にこんな状況になっているのは、奴が実在するという証拠と言うには不十分だが、疑う分には十分な理由となりうる。

 

この件の調()()も、攻略の間にするとして、僕は漸くアルゴに本題を聞き出す事にした。

 

「なぁアルゴ、ここに朝イチで来たのは単に朝食にあやかろうとしただけじゃないんだろ」

 

「あぁ、その通りダ。おたくの()()()に調査を依頼したい案件をいくつか持って来たゾ」

 

「...聞かせてもらおうか、今回の依頼を」

 

こちらがそう言うと、すぐに依頼内容を纏めた書類を数枚オブジェクト化する。

 

準備が良い事だ。さすが、アインクラッド1の情報屋と言うだけの事はある。

 

そんな事を思いつつ、資料に目を通していく。

 

今回の依頼は5件だが、ほとんど自分の持っているデータを提供すれば済むといった内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、たった一件、他とは異なる内容のモノがあった。

 

依頼主は血盟騎士団のアスナ君と風林火山のクライン。

 

この二人が共通の依頼を出すなんて珍しいな。そう思いながら、資料に目を通すと内容は人探しとその人物に攻略組に戻るように説得をして欲しいとの事。

 

本人達はそれぞれギルドの重役という事で、行くのがかなり厳しいらしい。

 

そして、アルゴの方はと言うと、他にやる事が立て込んでいて、こちらも難しいらしい。

 

そうして僕に白羽の矢が立った訳だが、彼──キリト──の居場所については既に調べを済ませてはいる。

 

しかし、彼を連れ戻そうとするのは少し気が引ける。

 

 

 

 

 

キリトが理由もなく姿を消すと言うのは、彼の性格からあまり考えられないからである。

 

アイツの事だ。どうせ、素材を取りに下層に降りた時に、放っておけない人──恐らく女性プレイヤー──でも見つけたのだろう。

 

彼自身は気づいていないだろうが、彼は体質なのか雰囲気なのか分からないが、天然の女たらしの一面がある。

 

 

 

それはともかくとして、

 

「すまないな、アルゴ。毎度毎度こんな事してもらって」

 

「気にしなくていいヨ。ノアくんはある意味商売敵だけど、個人的には親友だと思っているからサービスダ。...それに」

 

「?それに?」

 

 

 

()()()()()っていうネーミングセンスが面白かったからかナ」

 

「ッ!お前に僕のセンスをとやかく言われる覚えはない!」

 

そう、僕はこの街で小さいながらも探偵事務所を営業している。

 

事務所名は《ノア探偵事務所》と、まんまその通りの名前である。

 

とはいえ、某世界最高の顧問探偵みたく難事件や怪事件が次々持ち込まれる訳ではなく、むしろほとんどないといっても過言ではない。

 

 

 

この事務所の普段の活動は探偵業の他にも、

 

・アインクラッドでの細かいシステムについての質問及びそれに対する応答

 

・マップデータやアイテム情報等の掲示(一部のみ)

※あまり大がかりにやってしまうと、情報屋の存在価値に影響を及ぼす為、あまり行っていない

 

・各方面からの情報収集

 

・約3日置きに行うカウンセリング etc.....

 

と、多岐にわたるのだが、先程の通り探偵業よりこれらの活動の方がよく行われる。

 

 

 

え?だったらなんで探偵事務所なんて名前にしているのかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...探偵モノが好きだからだ。それ以外に理由はない!

 

まぁ、探偵モノが好きになったのは、同郷の子が探偵モノや叙事詩といった物に目がなくて、そんな彼女に引きずられてこうした趣向を持つように...。

 

と、少し脱線したが、こんな訳でこの事務所を経営している。

 

そして、先程規模が小さいと言ったが、アインクラッド初の、そして唯一の探偵事務所として、依頼はアインクラッドのほぼ全域からくる程名は知られており、カウンセリングについてもかなり人気が高い。

 

まぁカウンセリングといっても、僕自身は心療内科医やセラピストをやってた訳じゃないので、ぶっちゃけ真似事に過ぎないのだが。

 

それでも人気がかなり高く、それに応える為に続けているというのが現状だ。

 

 

 

 

 

別に誰かを救おうと思っている訳でもなく、コルを稼ごうと思う訳でもなく、ただ絶望して欲しくなかった。ただそれだけの事も動機のひとつだったのかも知れない。

 

だからこそ、このような事をやっているのだと思う。

 

...しかし、今は依頼の方を片付けなければならない。それに、なんとなくであるが早く彼に会いに行かなければならない予感がする。

 

黒の巨人に黒の剣士、か。どうも、僕はやけに黒に縁があるように思える。

 

 

 

 

 

...個人的に白や青が好きなのに。

 

 

 

┌┤Side Kirito├┘

 

「レアアイテムゲット、そして、目標金額達成を祝って乾杯!」

 

「「「乾杯~!」」」

 

ケイタの掛け声に合わせて、皆がグラスを突き上げる。

そして沸き上がる陽気な笑い声。

 

俺──キリトはそんな彼ら──月夜の黒猫団の様子を側から眺めていた。

 

 

 

 

俺がこの小さな、しかしギルドに入って、既に1ヶ月となる。

 

最前線は現在二十八層だと聞いているが、攻略に参加していたのは二十六層までで、その後の攻略組の状況についてはあまり詳しくは知らない。

 

先日、クラインと奴のギルド《風林火山》の皆と、ばったり出くわしたのだがあまりこれと言って話さずに別れた。

 

他の攻略組メンバー─ノアやカエデ、アスナ等─とは現在会ってはいない。アイツらは元気にやっているのだろうか...。

 

「キリトー、こっち来てー」

 

と、物思いに耽っていた俺にサチが声を投げ掛けてきた。

 

 

彼女の方に歩いて行くと、

 

「なんかキリトにお客さんが来てるよ」

 

と、背後のドアを指して促す。

 

 

 

(俺を訪ねてくる奴なんていたか?)

 

と、思いながらドアを開けると───

 

 

 

「やっぱり、ここだったか。久しぶり、キリト」

 

 

 

つい先程までの回想に出ていた白い相棒が立っていた。

 

 

 

 

~5分後~

 

「それでええと。失礼ですが、どちら様でしょうか」

 

と問うケイタ。

 

 

 

先程やって来たノアに皆が驚き、彼に輪になって近づく中、俺は彼が自分の友人だとだけ説明して、後の自己紹介は彼自身に任せる事にした。

 

「はじめまして、月夜の黒猫団の皆さん。僕はノア。アインクラッドで唯一の顧問探偵事務所をやっている者です」

 

と、彼が言うと、黒猫団の全員にどよめきが広がる。

 

 

そりゃ、当然か。ノアのやっている事務所はこの世界でかなり人気が高い。彼らが知らないはずがないだろう。

 

「えっと、じゃあノアさんはなんでここに来たんっすか」

 

と、次はダッカーが問いかける。

 

 

 

「ノアでいいですよ。ここに来たのはある依頼の為です」

 

「ちょっと、いいですか」

 

「ええ。なんでしょうか、サチさん」

 

「私達って、前にどこかで会いましたか?」

 

と、少しおどおどしながら話すサチ。

 

それに対してノアは、

 

「いえ、初対面ですし、あなた方の事はここにくるまで一切知りませんでした」

 

と、ほんの少し「またか」というニュアンスを含んだような声を出した。

 

うん、知ってた。こいつの特異性は、初対面の人からすると、驚くべき事なのだろう。

 

 

 

 

なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「僕は今しがた()()()()()()に教えて頂きました」

 

「え?言った覚えがないんですけど...」

 

と言ったサチやケイタ、ササマル、テツオ、ダッカーは皆揃って困惑したような表情を浮かべた。

 

 

 

その様子を見たノアは補足の説明をし──、

 

「もう少し詳しくキリトが説明できるだろうから、続きは彼に聞いて下さい」

 

ないで、俺に振ってきやがった。

 

何やってくれてんだ、ノア!なんか俺に恨みでもあるのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にそんな覚えは─────────ない、はずだ。

 

いやでも、オッカシイナー。ナンカツギカラツギエトデデクルナー。

 

 

 

...すいません、話します。

 

「...ノアは特殊なプレイヤースキルというか、特技があるんだ。ノア曰く、人は常に自分の情報──名前とか年齢──を様々なサインとして発信しているらしい。それが読み取れれば、相手の素性をすべて丸裸にできるらしいから、かなりのモノなんだとさ。こいつ以外は誰もできた人間を見た事がないんだけどな」

 

そう言って、肩をすくめて見せると、黒猫団の全員が「おぉー」と、感嘆の声をあげた。

 

「まぁ、僕が住んでいた場所にそういうスキルを持った人がいて、その人から教わったんです。茅場晶彦がこの世界を現実に限りなく近くデザインしてくれたおかげで、現実と近い読み取り方でいけたので幸いでした」

 

と、さらにノアが補足を加えた。

 

やっぱり、こいつはすごい奴だ。

 

 

 

 

そんな感慨に浸っていたのだが、漸く、俺の頭に先刻浮かんだ疑問が再び浮かんで来た。

 

「というかノア。お前、どうしてこんな層にまで降りて来たんだ?」

 

「どうもこうもないんだが。さっき言ったろ、依頼があってここまで来たんだよ」

 

俺はその依頼が何なのかおおよそ予想が着いたのだが、念のため聞いてみると、

 

 

「アスナ君とクラインからお前の様子を確認してこいって言われたんだよ」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・」←俺

 

「「「「「エッ!?」」」」」←黒猫団一同

 

やっぱりか。

 

まぁ、さすがにそろそろ来るんじゃないかと思ってはいた。

 

 

 

 

 

 

 

...ケイタ達の前で話されるという事を除けば。

 

「ア、アスナってあの《閃光》のアスナさんですか!?」

 

と、驚愕150%で叫んだのは言うまでもなくダッカーだ。

 

続いて、ケイタ達残り4人も同様に驚きの声を上げる。

 

 

 

「《閃光》のアスナって言ったら、攻略組のトッププレイヤーの一人じゃないか!何でキリトが彼女と知り合い何だ!?」

 

「キリトが《KoB》の副団長に気にかけられる程の間柄だったなんて、知らなかったぞ」

 

 

 

「...まさか、キリト」

 

と、低く呟いたサチ。彼女が次に発するであろう一言は言うまでもなく明らかだ。

 

恐らく、他の皆も予想がついているはずだ。

 

...もう限界か。

 

彼らに本当の自分を隠すのは───いや、騙し続けるのはもう無理そうだ。

 

俺はテーブルに置いてあるピッチャーからグラスに水を注いで一息に飲み干して気持ちを落ち着かせる。

 

そして、ケイタ達の方を向いて、真実を告げるべく口を開いた。

 

 

 

 

 

「皆もう気づいてるんだろうけど、俺は皆に自分の素性を隠して来た。....俺は攻略組に所属している、ソロプレイヤーだ」

 

それから、俺は自分が一部でビーターと蔑まれている事、本当のレベルはケイタ達黒猫団より遥かに高い事等洗いざらい全て話した。

 

「という事なんだ。自分の正体を隠して、サチ達を騙してきて、本当に申し訳なく思っている」

 

 

 

ここまで話し終えると、しばしの静寂が部屋の中に訪れた。

 

一瞬か、数時間か。どれ程経ったのか分からない静かな時をケイタが破った。

 

「...キリト、一つ聞きたい事がある。君は何故、自分の正体を偽ってまで僕達のギルドに入ろうと思ったんだ?」

 

いつも、穏やかな笑みを浮かべていたケイタが、真剣な顔をして、そう問うてきた。

 

彼がこちらの内心を見極めようとしているのは言うまでもない。

 

他の4人も同様なのだろう。...ならば、こちらも彼らにありのままを話さないとならない。

 

もう彼らを騙し、裏切る事は許されない。

 

「俺は...、俺は君達のその暖かいアットホームな雰囲気が好きだ。そんな君達がとても羨ましかった。そんな君達と一緒にいたかったんだ。二十五層でパーティーを解散してから、俺はずっとソロプレイヤーとして活動してきた。君達に会うまでは」

 

そこで一旦言葉を切り、また言葉を重ねる。

 

「それは俺が武器の素材を取りに低層の迷宮区でキャンプ狩りをしていた時だった。その時はソロに戻った事でたぶん少しばかり寂しかったんだと思う。だから俺は、その感情を沈めたくて、ただただ狩り続けてた。そしてその時、君達がモンスターに囲まれているのを見つけたんだ」

 

「そして、助けた君達にギルド誘われて、最初は断ろうと思っていた。でも、俺は断らなかった。最初も言った通り、俺はただ自分が落ち着ける場所が欲しかった。そして、君達と一緒にいたかった。ただ、それだけなんだ」

 

そう締めくくって、ケイタ達の反応を待つ。

 

彼らがどんな反応を示すかは、分からない。

 

ただ、軽蔑と侮辱を孕んだ声がとんでくるだろうという確信があった。さっき言ったように、俺はビーターであり、彼らを騙してきた卑劣な奴だ。

 

彼らからすれば、俺は利己的で卑劣なプレイヤーであるのは、疑いようもない事実である。

 

「キリト」

 

ケイタが口を開いた。

 

「確かに、キリトが僕達に色々と隠してきた事については、怒りを覚えなかったと言うと嘘になる。でも──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、キリトの事をビーターだとか言うつもりはないよ。だってキリト、私達の事助けてくれたじゃん」

 

と、ケイタのセリフをサチが引き継いだ。

 

目尻に光の雫を宿らせたサチが優しく諭すように、言葉を重ねる。

 

 

「私、SAOが始まってから、ずっと怖かった。自分がいつ死ぬのか、早くこの世界から逃げ出したいって思った事が何度もあった」

 

あの日、サチが逃げ出した日の夜。

 

街の水路の近くで膝を抱えて丸くなっていた彼女がポツリ、ポツリと語ってくれた事を今、彼女は再び話している。

 

 

「でも、でも、あの日、キリトが助けてくれたあの日から私は、私達は、この世界をちょっと楽しいなって思うようになったの。一緒にご飯を食べて、モンスターを倒して、戦い方を教えてもらって、お話をして。キリトに対して嫌な気持ちになんてならなかった。むしろ、とっても感謝してる。...だから、そんな顔しないで。キリト」

 

後にサチと話した時、実は彼女は以前から俺の正体に薄々気づいていたらしい。

 

前に、不安がる彼女に眠れるまでずっとそばで寄り添って落ち着かせる事が何度かあったのだが、実は一、二回程起きたままで、サチがもう眠ったとばかり思っていた俺のストレージの整理作業をばっちり見られていた。

 

まあ、本来のレベルがばれたのは、ウィンドウを可視化状態にしたままだった俺の不注意もある訳だが...。

 

 

 

勿論今は、その事を当然知らず、ただ黒猫団のメンバーから、

 

「水臭いぞ、キリト」

 

「俺達がお前を嫌う訳ないだろ」

 

「俺達はお前のパーティーメンバーなんだからよ」

 

等と声をかけられ続け、俺は熱くなった目頭を押さえることもせず、ただ、声を震わせて立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

~数分後~

 

漸く落ち着いた俺に、ケイタが水を渡しながら、

 

「それでキリト。これからどうするんだい」

 

と、聞いてきた。

 

 

 

「僕達は、これからもキリトと一緒にいたいって思ってる。キリトが良ければ、これからも僕達のギルドで一緒に楽しくやっていかないか」

 

 

 

...やっぱりケイタ達は、黒猫団の皆はとても優しい。今まで騙されてきた相手に対してもそうなのだから。

 

俺はそんな彼らを本当に良い奴らだと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、俺は────

 

 

 

 

「.....ごめん、俺は皆とは、黒猫団とは今日で一旦お別れだ」

 

「・・・・・」

 

「確かに俺も皆と一緒にいたい。でも、俺も攻略組の一員だ。もう1ヶ月も前線から離れているから、そろそろ戻らないといけない。この世界から、1日でも早く脱出するために。....だから、俺は攻略組に戻るよ」

 

この一言に黒猫団の面々は、

 

 

 

 

 

 

 

「.....そう言うと思ってたよ」

 

 

「.........え?」

 

 

 

え?まさか、俺が断るのを分かってた?

 

驚愕が顔に出ていたのか、ケイタ達が苦笑しながら、やれやれと言うふうに肩をすくめた。

 

「僕達はもう一週間も一緒にいたんだぞ。キリトの考えてる事ぐらい、お見通しだ」

 

 

 

...ったく、こいつらには敵わないな。人を観る力、そして、彼らがリアルにいた時から築き上げてきていた団結力はやはり強い。

 

「皆。本当にありがとな。俺は攻略組に戻るけど、お前らも強くなって、いつか一緒に攻略できる日を待ってる」

 

「うん、キリト。私達強くなって、いつかキリトに追いついて見せるから、それまで待ってて。...でも、その前に、ノアさん」

 

 

 

おっと、今まで会話に加わってこなかったせいで、ノアの事が頭から抜け落ちていた。

 

「えっと、ノアさんって、カウンセリングをやっていらっしゃるんですよね」

 

「ええ、まあ。といっても、僕はリアルで心療内科医やカウンセラーをやってた訳ではないので、カウンセリングって言うより、むしろ、お悩み相談って言った方が近いですね」

 

「あ、あの、それでもお願いします」

 

「分かりました。ではサチさん、そちらにどうぞ」

 

そうして、サチが一つの、しかし、これからの黒猫団のスタイルに影響を及ぼすような重大な相談を始めた。

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

サチさんの相談を聞き、少しばかりのアドバイスをさせてもらった後、彼女は生産職への転向を決め、他の四人も快諾していた。

 

 

そして、サチさんはすぐに《裁縫》と《料理》のスキルを取得していた。

 

 

 

そうした彼女達に、別れの言葉と共に、先程キリトから聞いた、このパーティーがギルドホームの購入資金到達記念だという事で、ささやかな品を贈らせて頂いた。

 

 

贈与品の内容は、結晶アイテム等の消耗品と余っていた装備品をいくつかに加え、換金アイテム等も詰めているボックスというものだった。

 

 

 

「こんなにたくさんもらえません」と、遠慮するケイタに無理やり受け取らせて、彼らのもとを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Kirito├┘

 

ケイタ達のもとから離れた後、ノアに家に来ないかと誘われた俺は《ユールテリア》の中世ヨーロッパを連想させる街並みを歩いていた。

 

そして、その大通りの一角に彼の家──厳密にはホーム兼事務所は建っていた。

 

 

外見は大通りに面している他の建物とこれといった違いはない。

 

しかし、テラス付きの二階建てで大通りに面しており、おまけに転移門や各種商店への利便性も高いというかなりの優良物件であるのは一目見るだけで分かった。

 

これだけの好条件を兼ね備えている訳だから当然ながら、かなりお高そうで、

 

「...ここ、いくらしたんだ?」

 

と、好奇心に負けて家主に尋ねると、白──というより透明に近い髪を後ろに少し伸ばしている青年は、

 

 

 

 

 

 

「あ~、大体200kコルかな」

 

「2、200k!?」

 

こいつ今20万って言ったか!?現時点での攻略状況からすれば、十分高級住宅じゃねぇか!

 

などと心の内で叫びながら、俺は建物の中へと足を踏み入れた。

 

ドアをくぐると、大きく開けた空間が俺達を出迎えた。

 

クラシック風の木材製家具を中心に配置されたリビングと思われるこの部屋は、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

奥にはキッチンがあり、ここからでも中々にいいものが揃っていると分かる。

 

白と茶の二色を基調としたこの空間は確かに探偵事務所と言っても差し支えないだろう。

 

 

 

 

 

と、ここで俺は、部屋にいるのは俺達だけではない事に漸く気づいた。

 

部屋の奥に備え付けられている本棚の前に置いてある二人掛けのテーブルにプレイヤーが二人座っている。

 

こちらに背を向けるようにして、頭だけをこちらに向けている少女は普段被っているフードを下ろして、金色に染色したショートヘアを露にしている。

 

彼女の向かいに座っているもう一人はノアに似た光を淡く反射する白い長髪を背中まで伸ばした雪精のような少女。

 

「お帰りノアくン。...オッ、どうやら、キー坊も一緒みたいだナ」

 

と、ニヤリと笑みを浮かべて声を掛けてきたアルゴ。

 

「お帰り、じゃない。何で君達はまた勝手に人の家でお茶会を開いてるんだ」

 

と、テーブルの上に広げられているティーセットを見て嘆息するノア。この態度から既にこれが何度かあったという事を察する。

 

 

 

そしてもう一人の少女───カエデは俺に「久しぶりね、キリト」と声を掛け、

 

「まあまあノア。フォウちゃんの面倒は私達が見てたんだし、これくらい些細な対価だと思って、ね」

 

と、アルゴに苦言を呈しているノアを丸め込もうとした。

 

 

ノアも負けじと、

 

「そうは言っても、こうも毎回僕の家のお菓子とかを沢山食べられると、その分買い足したり作らなきゃいけないって言うのに。その内、お菓子代で所持金の大半持ってかれそうだ」

 

と言い返すが、

 

「最近ドデカイ収入があって、懐が暖かい癖にナニ言ってんダ」

 

「お金を沢山持ってるのに、何言ってんの」

 

 

と、女子(ロリ)二人に返され、うぐっ、っと変な音を出して黙ってしまった。

 

 

まぁ、ロリはロリでも、片方は小さいロリでもう一人は大きいロリだが。

 

...えっ、ナニがだって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...言わせるなよ。

 

ともかく、今は話したい事がいくらかあるが、それよりも、

 

「なあ、ノア」

 

「なんだい、キリト」

 

 

 

 

 

「カエデの抱えているのはなんだ?」

 

そう、彼女の腕には見たことのない白い毛玉みたいなモンスターが抱かれていた。

 

 

全身を純白の体毛で覆われた小さいソイツはリスだかネコだか分からない見た目をしており、こちらの視線に気づいたのか、「フォウ」と鳴き声を発した。

 

 

というか、《圏内》にモンスターがいるという事は──

 

「カエデ、お前がソイツをテイムしたのか」

 

「違うよ。この子をテイムしたのはノアだよ」

 

 

 

 

 

 

...マジかよ。

 

こいつ、出会った時から感じていたが、リアルラックの数値がかなり、いや、とんでもなく高い。ホント、どーなってんだか。

 

 

と、呆れと驚きと羨望が入り雑じった、どうとも言えない面持ちでいると、アルゴが更なるオドロキ情報を投下してきた。

 

 

「ソイツのモンスターとしての名前はキャスパリーグって言うらしイ。お察しの通り、フォウって名前がついたのは鳴き声が理由ダ。自身の戦闘能力はほぼ皆無だが、サポート能力は索敵や、少量ながら、HPの回復や各種バフを付与したりとサポーターとしては現時点で最高クラスダ。.....たダ、」

 

と、ヤバい情報がちょっとずつ吐き出されてくるが、なんか最後少し言い淀んだ。が、それも一瞬で、

 

 

 

 

 

 

「コイツ、目撃情報が全くと言ってもいいほどないんだヨ」

 

「.....は?」

 

 

 

「だからないんだよ、目撃情報ガ!オレっちが一週間必死になって探しまわった結果、このザマだヨ!」

 

と、吹っ切れたかの如く、アルゴが捲し立てる。

 

 

《アインクラッド1の情報屋》の彼女が全力で情報収集をしてびた一集まらずというのは聞いたことがない。

 

「だったらノアにテイムした場所を聞けば...」

 

「勿論聞いたヨ。でも───」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕がフォウをテイムしたダンジョンはもうないんだ」

 

と、拗ねたような口調で俺の問いに答えたアルゴだが、台詞の途中でノアに持っていかれた。

 

そんな彼に「おれッチの台詞を取るナ!」と言わんばかりに、彼女は彼の背中をポカポカ叩き出した。しかし、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりの素っ気ない反応を見せる。

 

...ノアもそうだが、アルゴがこんな反応を示すのは初めて見た。ちらりとカエデの方を見ると、彼女は呆れた顔をして、肩を竦めていた。

 

 

 

 

ともかく、ノアが言った「ダンジョンがもうない」とは...

 

「そのままの意味だ。僕がクエストの情報を取りに行ったダンジョン《可能性の聖域》は僕がクリアして外に出た後、跡形もなく消滅した」

 

と、思考を読んだ───正確には、俺が発していたそういうサインを読み取ったのだろう、ノアが俺の疑問に答えを出した。

 

 

 

詳しく彼に話を聞けば、ノアが行った《可能性の聖域》は、外見が立方体の水晶でできたダンジョンだったらしく、第十六層の荒野の奥地にあったらしい。

 

入った途端に出られなくなる&急に発生したクエストのせいで、仕方なく奥に進むと最深部で運悪くボスに遭遇し、行動パターンを分析して何とか倒せたそうだ。

 

その後マップデータを取り、いざ転移結晶で帰ろうとした所でソイツを発見、テイムに成功して連れ帰った後、もう一度同じ場所に訪れると、ダンジョンは跡形もなく消え去っていたそうだ。

 

 

 

 

...突っ込み所が満載なんだが、突っ込まない事にしよう。

 

「という訳で、フォウ──もとい、キャスパリーグは現時点では、ユニークモンスターという事になる訳だ」

 

「もうお前に驚き通り越して、尊敬すら覚えるわ」

 

これだけ色々驚くべく情報を出してくれたノアに、俺達3人は彼を気が済むまで質問攻めにした。

 

 

 

その後、ノアもさすがに疲れたか、今日本来話すはずだった本題の方は、明日、用事が済んだらまた話そうという事になり、今日はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

ふぅっ、と自室のベッドに腰掛け、息を吐く。

 

今日は色々あったから大変だったが、明日は修練の約束をあるギルドとしている。

 

 

いくら仮想世界とは言え、休息をちゃんと取らないと脳に疲労が残り、ナーヴギアが読み取って、身体に仮想の倦怠感を発生、もしくは集中力の低下等を引き起こしかねない。

 

しかし、やはりこれだけは必ず確認をしなくてはならない。

 

右手でメニューウィンドウを呼び出し、取得スキル一覧を選択。

 

最近漸くスキルスロットの個数が8個になり、より上下幅が大きくなったウィンドウには、自分の取得したスキルが表示され──────否、最下段に登録されているはずのスキルは、灰色の霞がかかって、何のスキルかが分からない。

 

とは言え、何とか3文字──恐らくイニシャルであろう──は読み取れる。

 

 

 

(このスキルをまだ知られる訳にはいかない)

 

 

いずれ来るであろう、その時まで。

 

 

僕が自分の正体を明かさなければならない時が来るまで。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其の名は、

 

  

   《N■■ T■■■-D■■■■■■■■》




今回、SAO以外の作品からのゲストキャラが二人(厳密には、一体と一匹)が登場しました。

今後も、他作品のキャラは登場する予定です。どうぞ、ご期待下さい。


《今回登場したキャラの出典》
・フォウ(キャスパリーグ)
       ──《Fate/Grand Order》

・アルマロス(情報のみ)
       ──《EVANGELION・ANIMA》


《これから登場するかもしれないキャラ(アイテムやスキル)のヒント集》

・金■■■■ッ■■■■
     ──複数人(主人公とヒロイン)

・機■■■ガ■■■■C
     ──スキル(既に登場済み!?)

・P■■■■■-P■■■シリーズ
     ──アイテム(登場は最低でも
            Fairy-Dance編から)

他にも登場するかもしれませんが今はこのくらいの開示度が個人的にベストなので(単にネタが思い付いていn(ry )。

で、では皆さん、また次回お会いしましょう。




余談ですが、FGO第二部四章は非常に良いストーリーでした。

───異聞帯の王で危うく令呪どころか石まで割りそうになってしまった(強すぎる)。


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第6刃 金色の時間

お待たせしました。
今回も駄文オンパレードですので、ご注意下さい。


青く澄んだ空に剣戟が響き渡る。

 

アインクラッド第二十二層の主街区郊外にある草原。そこはモンスターも出現せず、攻略難度もあまり高くなかった為、攻略組メンバーのほとんどは記憶にとどめる事がなかった。

 

大部分が森と湖で構成された自然豊かなこの層は、建築物が迷宮区の塔や主街区内外に点在するログハウスやコテージのみ。その内、プレイヤーホームとして購入可能なものは中々にいい値段をしているので、住んでいるプレイヤーはほとんどいない。

 

だが、攻略組にもこの層を気に入った人達は僅かながらに存在し、主街区をホームタウンとして利用しているギルドも存在する。

 

それが今、僕──ノアとPvPの鍛練を行っているギルド《金色の時間(Golden Time)》の3人だった。

 

「ハァァァァッ!」

 

「セヤァァァァ!」

 

ガキィィィィィィン!!

 

鋭利な刃が互いにぶつかり合いながら、重厚な金属音を響かせる。

 

片手剣を使っている僕とつばぜり合いに持ち込んでいるのは、このギルドのギルマスをやっている青年「オーロ」だ。黒髪に金色の瞳を持つ彼は、外見はがっしりとしたスポーツマンといった感じで、同じ黒髪剣士のキリトの中性的な顔つきとは異なり、ザ・イケメンといった感じの好青年だ。

 

盾無し片手剣がメインの彼は刀剣スキルを補助に取っているというが、リアルで面識のある僕や他の二人からすれば、刀剣スキルにしては非常に高い命中精度と威力を誇る彼のそれは、いっそそっちメインでビルドを組んでも問題なく機能すると言った意見で全員一致している。

 

っと思ってると、早速彼の空いた左手が閃き、直後、僕の腕に鈍く小さい衝撃が走る。

 

ちらりと視線を向けると、やはりピックが一本刺さったいた。

 

このまま放置すると貫通継続ダメージが発動し、少しずつHPが削れていく為、《初撃決着》のルールでやっている僕には非常に効果的かつ、厄介なモノなのだが、ダメージ量は微々たるものなので今は無視する。

 

その代わり、相手の剣を押し込み、押し返そうとする力を利用して反動で弾き飛ばす。

 

間合いが空いたオーロは、こちらに反撃のチャンスを与えないようにする為か、すぐに間合いを詰めようと脚の筋肉に力を入れ、地面を蹴る。

 

攻略組に名を連ねるギルドの中では最も最小のギルドのリーダーである彼は、攻略組の中でも相当の実力者であり、ステータスもかなり高レベルなので、こちらに一撃を入れるためならば、後十歩、いや、中距離射程のソードスキルで事足りる。

 

僕も一応攻略組メンバーなので、この僅かな間に攻撃を防ぐのはさして難しい事でもないのだが、せっかくなのでちょっとした()()を使う事にした。

 

そう考えた直後、オーロはこちらの予測通りにソードスキルの構えを取る。すぐに初期モーションが検出され、彼の剣にライトグリーンの光が宿る。

 

片手剣突進技の《ソニックリープ》を発動させた彼の体はシステムアシストによって、元々助走をつけていた分いつもより加速し、こちらに肉薄する。

 

相手がソニックリープやリニアーといったスピード重視のソードスキルを使った際、片手剣使いの僕は初期モーションを取った時点でこちらもスキルを使うなり、回避の構えを取ったりと何かしらの対応を取る必要がある。

 

また、武器による防御は《武器破壊(アームブラスト)》やノックバック等リスクも大きい。

 

故に、防御は不可能。回避をしようにも、多少であればソードスキルの軌道を変化させれるので、結局当たって僕のHPは《半分(イエロー)》に、つまりそれは負けを意味する。

 

僕が回避や迎撃の構えを取らないのを彼は怪訝に感じたのか眉をひそめたが、すぐに消して、

 

「イヤァァァァァッ!」

 

と、口から気合いを迸らせ、突っ込んできた。

 

一秒後、僕は攻撃を受けて敗北するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.....本来ならば。

 

 

 

ガキィィィィィィン!

 

「・・・・・えっ!?」

 

「「・・・・は?」」

 

と、驚愕の表情を見せるオーロ。周りの観戦者からも驚きの声が上がる。

 

無理もないだろう。僕のつい数秒前まで空だった左手に()()()()()()()()()()()()()

 

目の前の状況に思考が追い付かないのか、動きを止めた彼に右手の剣を一閃する。

 

ダメージとしては少ないが、それでも僕とほとんど同じくらいにまで減ったHPをイエローにまでもっていくには十分だった。

 

そして、このPvPの特訓は僕の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~三分後~

 

僕は皆の前で正座していた、否、させられていた。

 

場所は《GT》──《金色の時間(GoldenTime)》の略称だ──のホームで、ここいらのロッジの中ではかなり大きい部類に属するその家に、僕は連れ込まれていた。

 

そして扉を開けた途端、背後の連中に無理矢理部屋の中央まで連行され、今に至る。

 

「さぁノア、さっきのは何なのかを洗いざらい吐いてもらおうか」

 

と、勝ち誇ったかのように敗者オーロが口にする。

 

「そうよノア、隠し事はせずに全部教えなさい」

 

と、オーロの援護射撃に入ったのは美しい金髪がよく似合う少女だった。

 

まるで金を鋳とかしたかのように高貴な輝きを放つロングヘアは、彼女の動きやすさを重視しつつも優美さも備えているバトルドレスと相まって、まるで一国の王女みたい───否、実際彼女は現実世界において本当に王女様なのである。

 

その彼女のPN(プレイヤーネーム)は「シルヴィ」。日本と親交の深い某国の第9王女な訳だが、色々あってSAOに囚われる事になった。

 

...まぁ、それはまた別の話だ。

 

ともかく、王女様直々に物申してくるぐらいだ。多分逃げられない。そもそも、自分が《アレ》を使ったのが原因なのだから、今さらどうこう言っても仕方がないのだが。

 

「...分かったよ。ただし、口外はしない事。..特にアルゴ、本当に売るなよ」

 

「はいはい、分かったヨ。オレっちのポリシーに反してなくもないが、今回は目をつぶるヨ」

 

と、笑いながら答えるアルゴ。思わず、ホッと胸を撫で下ろし──

 

「まぁ、その情報が下らないモノだったらすぐにばらまク」

 

 

 

 

 

 

...こいつ、本当に信用できんな。

 

そう、同業者のはずの彼女に恐れ戦きつつ、僕は()()()を皆に話した。

 

「僕がさっき盾を出現させたのはスキルMODの《タブ思考制御》によるものだ」

 

「タブ思考制御?そんなの聞いたことないぞ」

 

と、キリト。今さらなのだが、ここにはアルゴやキリトに加えてカエデもいる。

 

「まぁ、出現条件が厳し過ぎて一般には知られていないものだからね。知らないのも無理はないよ」

 

「条件とは具体的にはどのようなものなのです、ノア殿」

 

と、この場にいる最後のプレイヤーが聞いてきた。

 

そのプレイヤーは、シルヴィによく似た金髪を後ろでまとめており、顔立ちもどことなく似ている。

 

しかし、少しあどけなさの残るシルヴィとは違い、彼女は凛とした大人っぽさを醸し出しており、露出の多い騎士服とその下で主張する大きな双丘が、はっきり言ってエロい。

 

その色々な意味で大人っぽい雰囲気の女騎士の彼女は《エル》。こちらもリアルでは本物の騎士で、シルヴィの近衛でもある。僕とオーロもよくお世話になっている。

 

とまぁ、彼女の紹介はこれぐらいにして、早く答えてしまおう。

 

 

 

 

 

 

.....誰に紹介してるんだろう?

 

「まぁ条件は三つあって、一つ目が《クイックチェンジ》のMODを取得していること。但し、これはどうやら複数のスキルでの取得が必要らしい」

 

「最初から、相当な条件が出てきたな」

 

と、嘆息するオーロ。

 

このSAOにおいて、複数の武器スキルを育てるのはあまり良くはない、いや、むしろ悪いと言える事である。

 

理由はシンプル。複数の武器スキルに少しずつ熟練度を貯めていくより、一つないし、メインとサブ計二つのスキルを集中して強化する方がより早く、より強くなれる。

 

クイックチェンジは全武器スキルに加えて、《鍛冶》や《木工》等の工具を使うスキルでも取得可能。以前、このシステムを利用した詐欺事件が起きたのだが、それはまた別の話。

 

以上の理由から、現在3種以上の武器スキルを使用している酔狂者はほとんどいない。

 

「僕は5種類の武器スキルで取得してたから、多分その位かもう少し低いくらいだと思う」

 

「何でもう5種類のスキルをそんなに育てれてるのかは聞かない事にしておく」

 

「私、この時点でもうついて行けなさそう」

 

と呆れるキリトと、既にお腹一杯だとでも言いたげなカエデ。

 

 

 

 

 

まだまだ、これからだって言うのに。

 

「二つ目の条件はクイックチェンジMODの熟練度を一定値以上に上昇させる事。これは比較的簡単な方だね」

 

「クイックチェンジMODのスキル熟練度?アレ上げるの相当きついゾ」

 

僕とアルゴが言ったように、クイックチェンジは唯一熟練度が設定してあるMODである。

 

勿論使えば上がるのだが、クイックチェンジはウィンドウを開き、そこから、装備ウィンドウやストレージを開かずに、ショートカットウィンドウで予め設定した装備の変更ができるというものなのだ。

 

聞いた限りだと、かなり便利なスキルだと思うだろうし、実際その通りだ。

 

しかし、故意にスキル熟練度を上げようとすると小さな、しかし、ゲーマーの意見を二分するような問題が発生する。

 

ズバリ、()()()()()()()()()()

 

先程述べた通り、クイックチェンジの効果とは装備変更の手間を減らす便利MODなのだが、結局はウィンドウを操作する必要があり、というか、実際これしかできない。

 

故に、熟練度をバンバン上昇させたい奴はひたすらウィンドウを操作し続けるしかなく、こういったいわゆる《作業プレイ》が苦手な人にとってはまさしく地獄であろう。

 

 

 

「私、そういうのきら~い」

 

と、この話を聞いていたシルヴィがこぼす。

 

まぁ、こういうのは本当に慣れているひとじゃないとマジできついからな。

 

「で、最後の条件なんだが、これがちょっと特殊でね。ある程度脳の情報処理能力が高い人しか使えない....と、思う」

 

 

 

「「「は?」」」

 

と、皆が同じタイミングでなんとも言えないような顔をした。シルヴィやエルさんに至ってはぽかんとした顔をしている。

 

「まぁこんな事言っても、すぐに理解するのは難しい事だと思う。簡単に説明すると、仮想世界では、自分は実際の体ではなくアバターを動かしてて、しかもそれは脳の電気信号をナーブギアが読み取っているからだ、というのはここにいる全員が理解していると思う」

 

「その事がこれとどう関係するっていうの?」

 

と、聞いてくるカエデ。前置きは無しでとっとと話せと言う意思がありありと感じられたのだが、これ無しでは語るべきものも語れない。

 

「《タブ思考制御》はその名の通り、本来手でする必要のある装備ウィンドウやストレージの操作を脳内で直接操作できるようにできるという事」

 

「つまりそれって、戦闘中でもウィンドウを出さずに装備を変えたりできるって事でしょ、すごいわ」

 

と、感嘆の声を出すシルヴィ。

 

 

 

 

.....しかし、

 

「姫様、それには一つ問題がございます」

 

と、一人神妙な顔をしていたエルさんが口を開く。

 

 

 

「目の前の戦闘に集中しつつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

「あっ」

 

エルさんの指摘にシルヴィのみならず、皆が今気づいたとでも言わんばかりの顔をした。

 

 

 

 

そう、このシステムの最大の問題。それは同時に二つの作業を脳内で行う必要があるという事である。

 

身近な例で言うと、テレビや動画を見ながら宿題を片付けようとすると、前者に気を割かれてたり、気になったりと、勉強の効率を低下させる事になる。

 

これは、脳が自分が意識しているか否かに関わらず、同時に二つの処理を行おうとするためである。当然、いくら人間の脳が高性能でも複数の思考作業を同時並行するのには限界がある。

 

無論、それが可能な人がいないとは限らないのだがそんな人は世の中に数える程しかいないだろう。

 

 

 

その人達も、すぐに使いこなせるようになる訳でなく、何十、何百と使って慣れていく必要がある。

 

「とまぁ、そんな訳で僕が実戦レベルまでこれを使いこなせるようになったのもつい最近なんだ」

 

「「「・・・・・」」」

 

 

 

「最早、ノアくんの為に作られたかのようなMODだよナ」

 

「ホントお前、な〇うのチート主人公かよ」

 

なんとも言い難いご意見をオーロとアルゴから頂戴して、この話は一旦幕引きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

~P.M.12:00頃~

 

そろそろ昼食の頃合いなので、皆でこのまま頂く事になり、その準備を僕とカエデ、シルヴィ、エルさんの四人で行うことに。

 

「ノア、それ何してるの?」

 

と、食材を準備していたシルヴィが僕に、正確には僕の持っている小さなガラス瓶に視線を向けている。

 

丁度僕はその中身を飲みほしたところで、今度はその中に息を吹き込む。

 

すると、僕の口からは青みがかった息が出て、それはガラス瓶の中に入ると姿を液体に変化させた。

 

 

 

《タブ思考制御》で瓶を収めると、

 

「ねぇ、ノア。今のアイテムで何をしてたの?教えて教えて!」

 

と、一部始終をご覧になっていた王女様が宝石のようなライトグリーンの瞳を輝かせて聞いてきた。

 

これはそんなに珍しくもないし、別に話してしまっても良いだろうと口を開い───、

 

「シルヴィ、ノアが今使ったのは多分《カレス・オーの水晶瓶》っていう、スキルスロットのスキル熟練度を保存できるアイテムだよ」

 

と、皿の準備をしていたカエデが口を挟んで僕の言わんとした事を丸々持ってった。

 

「...その通り。カエデの言った通り、これはスキル熟練度の保存ができるアイテムで、今のようにスキルスロットのスキルを入れ替える事もできる。いわば、拡張スキルスロットとでもいうものだよ」

 

「それはまたすごいアイテムですね。入手も大変じゃありませんでしたか?」

 

と、調理を始めているエルさんが聞いてくる。

 

「まぁ入手自体は早くて三層でできるし、ドロップ率とドロップする奴がエリートクラスである事を除けば、比較的入手は簡単なんだけどね」

 

と、これまたカエデが答える。

 

 

 

 

《カレス・オーの水晶瓶》は三層から始まるキャンペーンクエスト、通称《エルフ戦争》で登場する《フォレストエルブン・ハロウドナイト》等の森エルフのエリートクラスmobがドロップする。

 

 

このアイテムはβテスト時には確認されていなかったもので、キリトと共に奇跡的に三層でエリートエルフを倒したアスナ君が第一発見者となっている。

 

 

以降、安全マージンを十分とった高レベルプレイヤー達の中にも少しずつ入手したプレイヤーが出てき始め、現在ではほんの僅かではあるものの、プレイヤー間の市場に出回るようになった。

 

 

 

 

とはいえ、購入できる(程所持金を有している)のは《攻略組》のごく一部であるが...。

 

 

 

 

と、こんな事を話している間にも料理は次々に完成し、どんどんテーブルに並べられていく。

 

因みに今日のメニューは、丸い白パン、サラダ、二層産の牛肉を焼いたステーキといった感じだ。

 

当初、キリトやカエデ、シルヴィが四層産の薩摩芋(っぽい芋)を食べたいと言っていたのだが、あまりの人気で需要が高くなったせいで、エギルさんのところにも置いていなかった。残念。

 

 

 

まぁ、たまには我慢も必要だろうし。

 

「でも、その分牛肉を高いやつにしてくれるってところは相変わらずね」

 

「本当にノアって私達にすごい甘いわよね」

 

「それは誉めてるのか貶しているのかどっちなんだ」

 

「勿論誉めてるのだけど?」

 

「それはどうも」

 

と、軽口を叩き合いながら準備を済ませ、彼女達と共に席につく。

 

それから少しして、他のメンバーも席につく。

 

 

 

「では、」

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 

 

     

     ~昼食中~

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。ン~、やっぱり肉はうまいな」

 

「そして、食後のコーヒーor紅茶+デザートまで用意されてるのはホントすごいナ。よしノアくん、キミに《執事探偵》の称号を与えよウ」

 

「結構だ。くれるなら、もう少しマシなものを頼む」

 

「いいんじゃないか、執事探偵クン」

 

「止めてくれ、恥ずかしい」

 

現在、食後の一服を満喫している訳だが、軽口が中々尽きない。

 

 

 

報告する事がいくつかあるのでそちらに話を移したいのだが、その前にやる事がある。

 

「えーと、今さらだけど、キリトは彼等《Golden Time》の事は知ってたかな」

 

「ああ、黒猫団にいた時に取ってた新聞で名前ぐらいなら」

 

「じゃあ、改めてオーロ達の紹介をしておこうか。三人とも、頼めるかな」

 

「ああ、わかった」

 

そう言って立ち上がるオーロ。

 

「皆もう知ってると思うけど一応改めて、ギルド《Golden Time》ギルマスのオーロだ。とは言え、他の二人の有名度が高いから実質お飾りみたいなものだけど」

 

と、苦笑しながら話すオーロ。

 

 

 

「そんな事ないわ。オーロは私達の立派なリーダーよ」

 

「そうですよ、オーロ殿。あなたは私達の立派なリーダーです」

 

と、シルヴィとエルさんがフォローする。

 

「おっと、私も自己紹介しないとねっ。私はシルヴィ。よろしくね、みんな」

 

「では私も。...シルヴィ様の騎士を務めておりますエルです。どうぞお見知りおきを」

 

「もう、カッチコチじゃない、エル。ここではもう少し気楽にしていても良いっていったじゃない」

 

と、エルさんのコチコチの自己紹介に頬を膨らませるシルヴィに、「とは言っても」「ここでもシルヴィ様の騎士であるという事実は不変のものであって(以下略)」と言って平行線だ。

 

 

 

「なんつーか、本当にお姫様なんだな」

 

と、心なしか頬をひきつらせているキリト。

 

「だよね~。現実世界(向こう)じゃ滅多にお目にかかれない人が目の前にいると何て言うか、すごい」

 

と、少し語彙力に支障をきたしたようなカエデ。

 

 

「おいおい、ノアくン。そろそろ始めなくていいのかい」

 

「ん?あ、そうだった、本題に入らないと」

 

そして、漸く静かになった室内で僕は昨日話せなかった事について話し始めた。

 

「皆も知っての通り、現在アインクラッドには謎のモンスターが出現している」

 

「それはアルマロスの事か?」

 

「ああ、攻略組の諜報系ギルドや情報屋が奴の情報についてしらみつぶしに探っているんだが、まだ全貌を解き明かすには至っていないのが現状だ」

 

「アルマロスの写真とかないのか」

 

と、オーロ。

 

「ああ、ソイツならあるゼ」

 

と、複数枚の写真をオブジェクト化しながらアルゴが言った。

 

彼女はそれらを皆に配ると、全員がその写真を食い入るように見つめた。

 

「これは先日、とあるギルドが撮影したものらしくて、メッセージと共にアルゴに送られてきたものだ」

 

「へえ、それはすごいじゃありませんか。そのギルドは今どちらに」

 

と、エルさんが感心したかのように僕に聞いてきた。

 

 

 

が...

 

「そのギルド、《レジェンド・ブレイブス》はもう存在しない」

 

 

 

「ッ!まさかっ!」

 

 

「ああ、彼等はメッセージを送った直後「ちょっと待て、ノア!」」

 

と、急にキリトが声を上げた。

 

「レジェンド・ブレイブスって、まさか...」

 

「...ああ、ネズハ君の所属していたギルドだよ。最も、この写真を送ってきたのは彼ではないけどね」

 

「アイツらは、ネズハは無事なのかっ!」

 

「.....」

 

「...ッ!」

 

黙り込んだ僕を見て彼は察したようで、他のメンバーも同様に視線を下げていた。

 

 

 

「でも、彼等が唯一アルマロスに遭遇して情報を回収したという事実は変わらない。僕達はせめて、彼等が自らを犠牲にしてまで回収した情報を活用して、()()を倒さない事には彼等の弔いにはならないと思う」

 

「...そう、だな。ああ、そうだ。倒してやるぜ、アイツを」

 

と、以外にも立ち直りの早いキリト。彼の事だから、しばらく気にするだろうと思っていたのだが、杞憂だったようだ。

 

 

 

 

「「ねぇ、ノア」」

 

と、神妙な顔をしているカエデとシルヴィが声を掛けてきた。

 

「どうした、二人共」

 

「あのさ、さっきノア、

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

「「「!」」」

 

と、再び場の空気が張り詰める。

 

「おい、ノア。まさかそれって」

 

 

「ああ、彼等から送られてきた情報によると、奴、アルマロスには眷属と思われる奴が二体新たに確認された」

 

 

「ソイツらの姿はこれだヨ」

 

と、アルゴが新しく写真を配る。

 

 

それに写されたモンスターはアルマロスにデザインがいくらか似ているものの、サイズは一回り小さく、アルマロスのに背中ついていたプレートはそれぞれ一枚ずつしかない。

 

写真を撮った角度のせいか、プレートを重ね合わせ、腕組みをして立つ姿はポーズがどことなく阿吽像のようであった。

 

「こいつらの名前は?」

 

「えーと、右側が《トーヴァートR》で左が《トーヴァートL》らしい」

 

「ドイツ語で門番を意味するなんて、ちょっと安直じゃないかしら」

 

「まぁ、僕としてはむしろ、アルマロスと同じく堕天使関連でくるかと思ってたんだけどね」

 

と、博学なお嬢様に軽く冗談を交えて答えた。

 

 

 

「それでノア。ソイツらのステータスは?」

 

「ああ、ステータスに関してもメッセージに遺されていた。本当によく書かれているよ、コレ」

 

「えーとナ。まず、アルマロスのレベルは推定90台、トーヴァート二体も80前後らしい」

 

「「なっ!」」

 

「「9、90!?」」

 

「な、なんでそんなに強いのがこんな低い層にいるの!?」

 

と、皆がそれぞれ驚愕した。

 

シルヴィの言った通り、90レベなんてこんな時期から出現するようなモノじゃない。最前線の二十八層ですら、高くてもせいぜい40前後だ。

 

「筆者曰く、実際は熟練度900の索敵スキルでもレベルは分からず、記録してあるレベルは与えたダメージから逆算した総HPや攻撃力、スピードから推測したものらしい。だから、実際はレベルがいくらか低いハイクラスmobかも知れないし、本当にそれだけのレベルがあるのかも知れない」

 

「でもそうなると、一番厄介なのは...」

 

 

 

「超高レベルかつ、ハイクラスmobである可能性があること。しかも、話を聞く限り、その可能性が非常に高いってことか~。...どうすんの、それ?」

 

「いや、どうすんの言われても俺達のレベルじゃどうしようもないよこんなの」

 

 

 

 

 

 

 

 

SAOにはレベルにそぐわない高いステータスとアルゴリズムを搭載された強力なモンスターが存在する。

 

 

 

フロアボス等のネームド・モンスターやエリートクラスmob等に分類されるソイツらは《ハイクラスmob》と呼ばれ、ステータスはLv.+10~20程だと言われている。

 

 

もしもアルマロスが彼等ハイクラスと同じタイプのモンスターでありしかもレベルが想像通りの90だった場合、実質的ステータスは100以上。そんなの恐らく、五十層のQP(クォーターポイント)ボスの上を行く程だろう。

 

 

 

 

(でも、何かがおかしい)

 

しかしこの一連の問題に個人的な疑問を抱かずにはいられなかった。それは───

 

 

 

 

「──ア、ノア、ちょっとノア!」

 

「ん?にゅよ!?」

 

突然、左右から何か柔らかいものに顔を挟まれ、次いで顔をぐいっと右に向けさせられた。

 

 

自ずとそちらに向いた視線の先には、少しむくれたような様子のカエデがおり、彼女は自身の顔を近づけると、

 

「さっきからずっとこれからどうするのかを聞いてるのに、ノアったら返事もせずにずっと考え事してるんだもん」

 

と、少し怒ったかの言った。

 

 

周りに視線を向けると、確かに僕が物思いに耽っている間に話を終えていたらしい。が、これは...、

 

「すまん、状況は理解した。悪かったな」

 

「そ。分かったならよろしい」

 

「あ、ああ。じゃあカエデ、そろそろ周りを見てみようか」

 

「え?なんで?」

 

「だって、あの、見てるぞ。皆が」

 

「・・・・・」

 

そう言って彼女は僕と同様に周りに視線を向ける。

 

 

 

その視線の先には、何と言うか、生温かい目を向けてくる一同の姿があり、一部(キリトとアルゴ)に至ってはニヤニヤしている始末だ。

 

徐々にその雪色の美しい肌が赤く染まっていくのを見ながら、

 

「という訳で、そろそろ手を離してもらえないかな。何と言うか、こっちも恥ずかしい///」

 

「う、うん///」

 

そう言って、そっと手を離すカエデ。

 

 

 

...な、何だか変な雰囲気になってきたな。

 

 

「そ、それじゃあ今日はもう話す事はないという事でいいか」

 

「ああ、問題ないゾ(ニヤニヤ)」

 

「それじゃ、僕はこの事をKoBに話に行くから」

 

「分かったわ(ニコニコ)」

 

「・・・・・」

 

何故か皆未だにニヤついたままだ。

 

不審に思いながらも、僕はロッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[第二十五層 KoB本部]

 

「と、以上が今回判明した情報です」

 

「うむ、報告ご苦労。団員でもないのにいつもすまないねノア君」

 

「いえ、あなたにはいつもお世話になっているので、ヒースクリフ団長」

 

現在、僕はKoB団長にして、()()()()()()唯一のユニークスキル保持者、《聖騎士》ヒースクリフに今日キリト達のところで話した内容と同じものを報告していた。

 

「他のギルドには既に?」

 

「はい、DDAや風林火山、GT等にも提供済みです」

 

「そうか。うちのギルドで最後だということでいいかな」

 

「はい、少し個人的な話をしたくて」

 

「そうか。...人払いは君がくる前に済ませている。話したまえ」

 

「では」

 

そう言い、コーヒーを一口、口に含むと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()は今回の件どう思いますか」

 

 

 

 

 

 

 

「...アルマロスの事かね。その事については私より()()()の君の方が詳しいんじゃないのかい」

 

「・・・ええ、本来ならそうなのでしょう。しかし、奴、いや奴らは」

 

 

「君の創ったモノとは異なる、と?」

 

「あんなモンスターもプレイヤーもまとめて皆殺しにする殺戮マシーンとしてプログラミングした訳ではないんですけどね」

 

 

そう、《黒の巨像》は決してあんなものではない。

 

彼はこのアインクラッドにおける裁定者だ。

断じて殺戮の限りを尽くす堕天の徒ではない。

 

「聞く限り、レベルもステータスも本来のそれより高くなっていて、現状での撃破は叶わないかと」

 

「となると、討伐は先送りか」

 

「攻略にもかなりの影響が出ると思いますが、致し方ありません」

 

「・・・・・」

 

「ところで先輩、そちらからアルマロスのプログラムソースを確認するというのは」

 

「試してみたが、アルマロスとそれら関連のプログラムがどういう訳か()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレの性質上、他のプログラムの損傷に繋がる恐れがあるからできたのは参照する事までで、ソースの書き換えは行えなかった」

 

「そうですか。・・・すみません、このような不祥事を招いてしまって」

 

「君が気にやむ必要はない。そもそも、カーディナルのセキュリティホールに気づいていなかったこちらの失態だ」

 

と、いつもの謎めいた笑みを浮かべていたが、フッと笑みを消し、彼は言った。

 

「しかしこちらのデータベース参照によって新たに発覚した事がある」

 

そう言い、彼は()()でウィンドウを呼び出し、フォルダから一枚のウィンドウをこちらに向けた。

 

「ッ!これは!」

 

 

 

 

 

他人が傍から見れば、それはただの文字列に過ぎないそれは、僕や「先輩」にとって忌むべき代物だった。

 

「プロトタイプカーディナルのコアプログラム製作段階、及びSAOシステム製作段階において発案され、組み込まれたものの、余りに危険が高く、ゲームバランス、システム両者を揺るがしかねない存在として廃棄されたプログラム」

 

「堕天使アルマロスが使役・統括する、天使の名を冠する()()()()()()ハイネームド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         《使徒》

 

 

 

 

 

 

 

 

堕天使に次ぐ新たな天災がアインクラッドに降りかかる。




ここから、SAOは少しずつ歯車が狂い出します。
既に主人公にも何か怪しげな雰囲気が漂っています(早すぎ)。

ともかく、お読みいただきありがとうございました。
また次回お会いしましょう。



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第7刃 Absolute Terror Field

皆さん、こんにちは。

世間では夏休みとやらのシーズンに突入しましたが、私は相変わらず部屋に一人でFGOやってます。

それでは、どうぞ。


「このような時、まず第一に自分ではなく、相手の事を思いやる事が大切です。しかし、あまりに度の過ぎた思いやりは時に相手や周囲の人間を不快にさせる事があります」

 

「つまり、思いやりにも節度を持て、と?」

 

「そう言う事です。とは言え、僕も年齢=彼女いない歴の男なので、あくまで第三者からの一般論を語っているに過ぎないのですが」

 

「それでも十分役に立ってるぜ、先生は。それにお前さんは俺よりまだ若いんだからそんなに気にすんな」

 

「・・・」

 

「ど、どうした先生。そんなアホみたい面して」

 

「え?ああ、すいません。カウンセリングを行っているのは僕なのに、まさか相談者の方から諭されるとは。いえ、失敬。自分より人生経験が多い年長者の方に言うには失礼でしたね。申し訳ないです」

 

「だから気にすんなって。先生はちょいと生真面目過ぎんだよ。それに俺も大人なんだ。ちょっとした失礼ぐらい受け止めてやんぜ」

 

「そうですか。では、失礼次いでに一つよろしいですか」

 

「ああ、どんと来いっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・これで僕に恋愛相談をするのは何回目なんですか、クライン」

 

「・・・・・」

 

 

 

...容赦ないな~。

 

そう思いながらコーヒーを啜る俺──キリトの視線の先では、白衣を纏い、眼鏡を掛けた白髪──本人曰く《透髪(とうはつ)》らしい──の青年ノアがうっすらと微笑み、そして相談者のクラインは先程の威勢はどこに行ったのか、彼は胸を張った姿勢のまま硬直しているという、何とも言えない状況だった。

 

 

 

 

 

~野武士帰宅後~

 

「しかしな、先生。さっきのはちょっと容赦なかったんじゃないか」

 

「あくまで事実を述べたに過ぎないし、彼に少し自粛してもらわないと、しつこくアプローチを受ける女性プレイヤーが不憫だ」

 

「ま、確かにな」

 

「一体自分がどれだけ他人様に迷惑かけたかという事を分かって頂くための薬だと、理解してもらえたら嬉しいね」

 

彼の今の格好──青基調のシャツに灰色のジーンズ、その上に羽織った白衣に少し細めのフレームの眼鏡を掛けた姿は本当の医者に見えるので、その言い分も分からなくもない。

 

しかし、そう見えるが故に、何か変な事を言ったりすると即座に手術と称した()()()を喰らいかねないと危惧する俺がいたりする。

 

「キリト、人をマッドサイエンティストみたいに思うんじゃない」

 

「す、すまん」

 

「まったく、取って食われる訳でもないってのに失礼な奴だなぁ」

 

こいつの戦闘センスを知ってる奴からすれば、そう思っても仕方ないと思う。

 

現在もこの浮遊城の攻略は進んでおり、現在四十四層の迷宮区攻略中と言ったところだ。

 

攻略の主力メンバーはKoBにDDA、風林火山やGT、そして一部のソロプレイヤー達である。

 

とは言え、この中で戦闘センスが特に冴えているのは各ギルドの幹部クラス以上のプレイヤーに加え、風林火山とGTのメンバー+ソロの極一部である。

 

だが中でも奴ら、KoB団長にして唯一のユニークスキル保持者《聖騎士》ヒースクリフと、目の前の青年《白の賢士》ノアは別格の強さを誇っていた。

 

ユニークスキル《神聖剣》を所持するヒースクリフはその圧倒的な防御力とプレイヤースキルで攻略組の前線を支えている。

 

現に、彼のHPが注意域(イエロー)になったのを見た事がないと言う事実が彼の伝説の一つとしてプレイヤー間で事あるごとに語られている程だ。

 

対してノアはダメージディーラーとしての技術が非常に高い上、防御もこなせば策士としても優秀という、防御極振りのヒースクリフとは反対に万能型と言われている。

 

こちらもボス相手に衝撃的な伝説を残しており、攻撃スピードと武器防御に秀でていた四本腕の巨人の放った超連続攻撃をすべて避けきった挙げ句、防御体勢を取った相手に《タブ思考制御》で剣が相手の武器に当たる直前に格納して、通り抜けたタイミングで再装備、攻撃を命中させるといった離れ技を見せつけ、これにはあのヒースクリフですら感嘆していた程である。

 

 

 

 

おまけに頭の良さと日本人はな離れした容姿も相まって、女性プレイヤーにかなり好評らしい。

 

 

 

 

 

この事実をクラインが知った時彼がどのような行動を取るかは想像に難くない...。

 

とは言え、ノアは親しい女性プレイヤーとそういう関係になった事はないらしい。

 

っと、話がそれたが、つまりは現在のノアが攻略組で重要な立ち位置にいるという事だ。

 

「...さて、行こうか」

 

「...行くってどこに」

 

「おいおいキリト。ちゃんとメッセージボックスは見てるのか。今朝KoBから攻略組メンバー全員に召集がかかってるじゃないか」

 

はぁっと、彼は呆れた表情を見せる。

 

「わ、分かってるよ、そんくらい。ちょっと聞いてみただけだ」

 

「こんな事で意地を張らなくても...。まぁ、そろそろ時間だし、とっとと行こう」

 

そう言い、彼はウィンドウを操作して白衣の代わりに外出用のローブを着、家を出て転移門広場に歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「諸君、突然の召集に応じてくれて感謝する」

 

と、赤いローブを身に纏った男──ヒースクリフがこの場にいる全員に語りかけた。

 

「それでヒースクリフ殿。話というのは一体どのような?」

 

「それについてはこれから話すつもりだよ、エル君」

 

穏やかな、しかし謎めいた笑みを浮かべてヒースクリフがエルさんの問いかけに答えるがその顔を引き締め、

 

 

 

 

「先日午後6時頃、我々の調査班が迷宮区でボス部屋を発見した」

 

と言い放った。

 

それに広間に集まったメンバーがどよめくのを感じるが、その中に不安を感じさせる響きが混じっていたのはすぐに分かった。

 

 

 

「ここからの詳しい説明は副団長のアスナ君が行う。アスナ君」

 

「はい。ここからは私、KoB副団長のアスナが説明をします」

 

ヒースクリフに呼ばれ、前に出てきた彼女は早速資料を皆に配り、説明を始めた。

 

 

 

「今回のボスの名前は《Joker・the・2B・judgementer》。HPゲージは三段で総量は推定2,700,000程度。姿は死神型で、大型の鎌を一本ずつ両手に装備しています。攻撃方法は鎌による攻撃の他に何らかの特殊攻撃があると考えられます」

 

と、資料に書かれた内容を淡々と彼女は読み上げ一呼吸置いた後、ここまでで質問はないかと皆に問いかけた。

 

「今回のボスはゾロ目層のFB(フロアボス)な訳だけど、特殊ギミックがある可能性は?」

 

とオーロが言うと、周りからも同様の意見が上がった。

 

 

 

 

 

 

SAOのフロアボスはその層の数値によって特殊なギミックを持っていたりする事がある。

 

その代表的な例が《Q.P.(クォーター・ポイント)》、そして、第十一層、第二十二層等の《ゾロ目層》である。

 

十一層ではここでは特殊な遠距離武器に分類されるモーニングスターを使用するオーク、二十二層は釣り上げないと戦闘すら始まらない大型の肉食魚、そして三十三層は吹雪の吹き荒れるインスタンス・マップに強制転移を喰らい、その嵐の中に潜むボスの白兎三十三体を探しだして倒さないといけないという、はっきり言って面倒くさいモノばかりである。

 

そして、四十四層はと言うと、

 

「現時点ではまだ判明していませんが、恐らく二本の鎌が関係しているのだと思います。視認しただけなので、確実性はありませんが、片方の鎌に特殊なエフェクトがかかってるのが確認できました」

 

 

 

「.....だから、《2B》なのか」

 

と、ノアがアスナが出した答えにポツリと呟く。

 

「2Bがどうしたんだ、ノア」

 

「ああ、もしかするとアスナ君の言ってるギミックが鎌に関係するというのは多分正しいかも知れない」

 

「ノアさん、どうしてそう考えたんですか」

 

と俺やアスナを始め、他のメンバーも疑問符を頭上に浮かべている。

 

 

 

 

「このボスの名前の《2B》という部分にどこかで聞き覚えがあると思った人はいませんか」

 

「「「???」」」

 

その場の全員が考え込む中、

 

 

 

「...あっ!シェイクスピアねっ♪」

 

と、彼の言葉に金髪の細剣使い──シルヴィが反応する。

 

この一言でアスナやエルさん等「あぁ~」と納得する人が出始めたが、俺も含め他の奴らはピンとこない。

 

「知らない方に説明させて頂くと、シェイクスピアの劇に『ハムレット』という作品があって、登場人物のハムレット王子が言ったセリフの冒頭に《To be not to be》というフレーズがあります。恐らく、このフレーズには《to be》という語句が二回使われているので、掛け合わせて《2B》という訳です」

 

「茅場も洒落た真似をするなぁ。まぁ、これの意味をすぐに理解したオメェもヤバいんだがな」

 

と、クラインがこぼす。

 

「それでノア。意味は何なんだ」

 

 

 

 

 

「直訳は『あるべきであるべきでない』だが、むしろ『()()()()()()()』と翻訳される事が多い。この場合、後者の意味で使われていると考えている」

 

「つまり、特殊ギミックは《即死》能力ってことなの!?」

 

 

「いや、流石に即死はないと思う。だが、一撃で致命傷になりうるダメージやデバフを食らう可能性は十分に考えられる」

 

「そして、鎌が二本ある、ジョーカーという個有名である事から、どちらか一方が致死の刃であるか、もしくはランダムに切り替わるかのいずれかである事でいいかね、ノア君」

 

と、今まで傍観に徹していたヒースクリフがうまくまとめる。

 

これは彼も同じだったらしく、首を縦に振って肯定の意思を示した。

 

 

 

そしてその後、各パーティーの役割分担や攻略開始時刻等を確認し、解散となった。

 

 

─────────────────────

 

「にしても、四十四層でこんなギミック持ったボスが出てくるなんて趣味が悪いよ、ホントに」

 

「まぁ、四のゾロ目だとどうしても死を連想するし、この層のmobだって基本的にアンデッド系の奴らばかりだったからしょうがない」

 

「フォウ、フォウ」

 

と、少し物憂げなカエデとやや諦め顔のノアに、少し心配そうなフォウ。

 

 

 

いつもボス戦では意気込み十分なカエデがこんな感じになってるのは、《死》がタブーのSAOでそれを連想させるボスと戦うからだろう。

 

実際俺もそんのモンスターと戦うのは気が引けるが、そんな後ろ向きな姿勢ではボスを倒すのはおろか、逆に殺られそうだ。

 

そんな面持ちの俺達を見たノアが喫茶店に入り、俺達もそれに続いた。

 

 

大通りから少し離れた寂れた通りにあるそこは、外見こそ周りと同じく寂れていたが、中は以外に綺麗で、俺達は窓際のテーブル席に座った。

 

すぐにNPCウェイターがやって来て、俺とノアはコーヒー、カエデはアールグレイを注文した。

 

 

 

数分後、運ばれてきたそれを飲み、一息吐くとノアが口を開いた。

 

「今回のボス戦が不安か、二人とも」

 

「...まぁね。今回の層のボスに死神タイプをチョイスされたらさ」

 

「...俺も同じだ。ここが普通のゲームだったらそーゆー仕様なのかって思うだけで終わるけど、SAOじゃ話が違う。頭では迷信だ、気にしすぎだと分かってるけど、やっぱり信じちゃうもんなんだな」

 

「それは僕も同じ。不安より自信を覚えている奴なんて、それこそ《聖騎士》ぐらいだろうな」

 

と、珍しく弱気な発言をするノア。

 

 

 

「珍しく弱気だな。どうしたんだ」

 

「まぁ、ちょっと疲れててね」

 

「それって、探偵業(お仕事)に関する事?」

 

「あぁ、ちょっと気になる事があって」

 

「どんな事を調べてるの?」

 

「...今はまだ言えない」

 

 

...珍しいな、本当。

 

俺達に対してこんな感じなのは今までなかったのに。事実、鍛冶を除く全生産系スキルの上位互換である《アイテム創造》の取得条件が判明した時にはアルゴより先に教えてくれた程だ。

 

そんな事を考えていると、カエデが何かに気づいたかのようにハッとした顔になると、

 

「ノア、あなたまさか...」

 

「な、なんだカエデ...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう好きな人ができたの!?」

 

 

 

「「・・・・」」

 

...。いや、どうしてそうなる。

 

いやまあ分からなくもない。ないけども!流石に話が飛躍し過ぎだろ!

 

ほら見ろ、ノアの目がどんどん冷たくなってるぞ!

 

「...カエデ。どうしてそんな結論に至ったかの経緯を言って見ろ」

 

「え?違うの?」

 

「違うに決まってるだろ!」

 

「えぇ~、ホントにィ~?」

 

「本当だ」

 

「ノアやキリトって結構モテそうなのになんでそんな色恋沙汰とは無縁なの?」

 

「お、俺もか!?」

 

なんか飛び火してきた!?

 

「そりゃそうだよ。ノアはお医者さんっぽい探偵っていうイメージがカッコいいって評判だし、キリトは女顔で可愛いから」

 

「それだけでよってくる女の子は外見しか見てなさそうなのだが...」

 

「...ははっ、俺、やっぱ可愛い枠なのか...ははは」

 

何て言うか、男としてのプライドが深く傷つけられた気がする。

 

 

 

「それはともかく、君達は大丈夫なのか」

 

「うんっ!ノアとキリトからかったら緊張は少しほぐれたと思うよ」

 

「・・・・・」

 

「...ま、まぁ、経緯はともかく、不安要素が少しでもなくなったのなら良かった」

 

そう言い、ノアはNPCを呼んでケーキを4つ注文した。

 

何故4つも、と思ったが、その疑問はすぐに解消された。

 

「ほら、フォウ君」

 

「フォ、フォウ~♪」

 

どうやら、フォウの分も頼んでたらしい。

 

彼がフォークを口元に持っていくと、ノアに似た色の毛並みを持つ小動物はパクパクとケーキを頬張り始めた。

 

「やっぱりフォウちゃんは可愛いね。どこかの鈍いご主人様とは違って」

 

「カエデ。どこの誰が鈍いご主人様なのか参考までに聞いても良いかな」

 

「・・・・(微笑み)」

 

「・・・・(無表情)」

 

「「よし、表に出ろ(出ましょう)!」」

 

「...お前らって、本当に仲が良いんだな」

 

 

二人の喧嘩、もといじゃれあいを見ていると、自然とそんな言葉が出てきた。

 

「・・・」←ノア

 

「・・・///」←カエデ

 

「そりゃまぁ、もう一年の付き合いになる訳だし、パートナーとして仲が良くない訳ないとおm...。どうした、カエデ」

 

「ふぇ?い、いや何でもない!///」

 

「?そうか」

 

何故かあたふたしているカエデに対し、いつものポーカーフェイスに戻って平然と言ってのけるノア。

 

...なんかよくわからん。

 

 

 

「二人とも、ケーキを食べたのならとっとと行こう」

 

「もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」

 

「それもいいかも知れんが、ちょっと用事があってね」

 

「どこに行くんだ?」

 

「黒猫団。あそこの裁縫師は腕が良いからな」

 

 

「あぁ~、サチのとこか~。ってことはもしかしてサチの事が──」

 

「いい加減にしないと、アルゴにいろんな情報ばらまかせるぞ」

 

「す、すいません」

 

「・・・・・」

 

少しイライラ気味の声を聞いたカエデは即撤退。

 

その後、サチに新しいローブや布装備をもらった俺達は

各々のホームへと帰り、明日の攻略の為の準備をした。

 

 

 

 

 

 

~A.D.2022 10/15 A.M.9:00~

[第四十四層迷宮区ボス部屋前]

 

「諸君。今日はボス攻略に参加してくれて感謝する。では、ボスの事前情報についての再確認だが──」

 

迷宮区ボス部屋前にある巨大な両開きの扉。その前に悠然と立つ《聖騎士》ヒースクリフ。今は、ボス攻略前の最終確認が行われている。

 

ダメージディーラーの俺とカエデは今回も攻撃特化班のA班。ノアもいつもならダメージディーラーをやっているのだが、今回のボスはギミックが非常に厄介という事もあり、ヒースクリフと同じく、タンクを集めたD班所属となった。

 

因みに、A班にはGTの三人が入っており、アスナは指揮とサポート担当のF班、クライン率いる風林火山の面々は俺達と同じく攻撃担当のB班になっている。

 

この編成は万能型(オールマイティー)のノアや指揮と攻撃双方に長けているアスナ等一部を除いて、あまり変化がない。

 

それだけこの編成は安定しており、ソロの俺達でも十分に立ち回れる程にレイド全員の練度は高い。

 

だが、勿論これまでずっとこうだった訳でもなく、元々は現在最大のギルドである《軍》がパーティーの大半を占めていたが、第一のQPで半壊し、ギルマスのディアベルと副長のキバオウが攻略組からの撤退を宣言したことで、当時規模の小さかったKoBとDDAが台頭してきて現在の攻略組の構図ができあがる事となる。

 

 

 

「では諸君、今回もボスを打ち倒し、下で待っている者達に希望を与えよう!全ては、解放の日の為に!」

 

と、攻略開始前のお決まりのセリフをヒースクリフが高らかに紡ぎ、俺達は一斉に「「「「オー!」」」」と叫んで、開かれた扉に向かって駆け出した。

 

 

 

 

ボス部屋に入ると、赤い光が上から俺達を照らし出した。

 

見上げると、どうやら天井が夜空になっているらしく、星が瞬く中天には紅い月が煌々と光を放っている。

 

その月を背にするようにして、奴はゆっくりと姿を現した。

 

事前情報通りのボス《Joker・the・2B・judgementer》はフードの奥の髑髏の眼窩に宿らせた鬼火を光らせ、歯をカタカタ鳴らせると、こちらに突進してきた!

 

(ッ!速い!)

 

死神タイプらしく、浮遊して滑るように移動する奴は思いの外素早い。

 

部屋の反対側にいた曲刀使いに一瞬で接近した奴は両手に装備した片手鎌を交差するように振り抜いた。

 

すると、どうしたことか。プレートアーマーを装備した彼は一撃目の鎌の攻撃を受けてもあまりダメージが通らなかったのだが、二擊目──報告にあったエフェクト付きの攻撃を喰らった途端、1/5程のHPがごっそり削られ、HPバーの上に初めて見るデバフアイコンが表示された。

 

それは十字架と髑髏を合わせたようなもので、アイコンのすぐ横に何かの数字が表示されている。

 

《5》

 

「な、なんなんだよこれはぁぁぁ!」

 

と、アイコンの不気味さに危険を感じたのか、死神に対して、曲刀5連擊ソードスキル《クレイジー・モア》を放つ。

 

濃いオレンジの光を宿らせた刀身は5回全て死神に吸い込まれるようにヒットし、死神のHPバーの一段目の1割を削りさった。

 

その上、喰らった死神にノックバックが発生し、大きくのけ反った。

 

やはり、耐久性はほとんどなさそうだな、と思った次の瞬間───

 

「があぁぁぁァァァァ!!」

 

と、そのプレイヤーが悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

慌てて、彼のHPバーを見ると数字が《0》に変化しており、約8割残っていたHPが一気に危険域(レッド)にまで減っていた。

 

一体何が、と思った瞬間にはボスは体勢を立て直しており、止めを刺すべく鎌を振り上げた。

 

 

俺が間に割り込もうと駆け込んだがギリギリ届かず、致死の刃は彼の命を刈り取るべく、その体を切り裂こうとし──、

 

ガキキィィィン!

 

間に割って入った白い光に阻まれた。

 

 

その光──ノアは一角獣を模した紋章の入ったマントをたなびかせ、白地に灰色のラインが入った同じく紋章入りの金属防具が、布装備の上で月明かりを反射させている。

 

その手にはモンスタードロップの片手剣《ディメンジョン・スレイブ》と、PM(プレイヤーメイド)の盾《クレムリ・ガーダー》が装備され、それが鎌の一撃を受け止めている。

 

「今の内に下がって回復を!」

 

「あ、ああ、感謝する!」

 

そう言って彼が壁際まで後退するのを確認すると、盾を使っておもいっきり跳ね上げる。

 

 

バランスを崩した相手に片手剣ソードスキル《バーチカル・スクエア》で追い打ちをかける。

 

何時かの《ソード・オブ・ポワゾン》みたく、《トキシティ》特性を持つ《ディメンジョン・スレイブ》はジョーカーにLv.4ダメージ毒を与え、更にHPを削っていく。

 

タンクがダメージディーラー兼任してどうすんだと言いたいところだが、実際再び体勢を立て直したボスの攻撃をパリングで最小限に抑えており、その合間を縫うかのようにソードスキルを叩き込む。

 

 

とはいえ、いつまでも彼に任せっきりでは俺達の立場がない。

 

「俺達も行くぞ!!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

「「「了解!!」」」

 

俺達A,B両班は側面もしくは背後からの攻撃を開始した。

 

俺は横から片手剣7連擊《デッドリー・シンス》で切り裂き、カエデが反対側から片手槍6連擊《アルファ・レイン》で突き刺す。

 

シルヴィとエルさんは同時に背後から細剣5連擊《ニュートロン》で風穴を開ける。

 

「シルヴィ、スイッチ!」

 

「エルの嬢ちゃん、スイッチ!」

 

更に、後ろからオーロとクラインが二人とスイッチし、

それぞれ片手剣6連擊《サテライト・レイ》、カタナ3連擊《緋扇》を放つ。

 

さしものボスも、高レベルプレイヤーの連続多段ソードスキルを喰らい、HPバーの一段目を全損し、二段目の3割を削りきった。

 

が次の瞬間、

 

ギ、ギシャアァァァァァァ!!

 

と、叫び声を上げた。すると、先程見たモノと同じデバフが今度は部屋にいる全員に付与された。謎のカウントは今度は《7》となっている。

 

(本当に何なんだこれは?)

 

そう疑念に感じていると、

 

 

 

 

 

 

 

「皆、強力な攻撃を使うなっ!」

 

と、ノアの声が響いた。その声に反応し、プレイヤーだけでなく、ジョーカーまでが彼に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このデバフは恐らく《反撃の呪い》の類いだ!多分こちらの攻撃で与えたダメージに応じてHPを減らしていくモノだと思う!」

 

「「「「「!」」」」」

 

マジかよと、毒づいたが確かにそうかもと頭の隅で納得する。

 

あの時、曲刀使いのHPが急激に減少したのは高威力の多段ソードスキルを使ったからだとすると、説明がつく。

 

だが、何故ノアはそれに気づけた?

 

そう思い彼のHPバーを見ると、すぐに疑問は解けた。

 

彼のHPは注意域まで低下しており、カウントも《3》にまで減少している。

 

先程まで彼のHPは8割以上あったので、流石にこんな減り方をしていると、否応なしに理解してしまう。

 

(自分自身を実験台にしたのか!?)

 

元から思ってたが、アイツは他人を犠牲にしたり、責務を負わせるのを酷く嫌うところがある。

 

それ自体は尊い事に聞こえるが、裏を返せばそれは自己犠牲を厭わない事に他ならない。

 

以前にも、アラームトラップの仕掛けられた部屋に俺とカエデを含めた3人で閉じ込められた時に、自分のHPを顧みず、俺達を護る為に一人剣を振るい、全て倒し切った時にはHPが5%に満たない程まで減っていた。

 

助けられたとはいえ、こんな危険な真似をした彼にカエデが激怒し、後に話を聞いたシルヴィとエルさんの3人で説教をされていたのは記憶に新しい。

 

 

俺の隣に来てるカエデが気づいたのかどうかはこのあと分かるだろう。それより今は、

 

「A,B両班はカウントがゼロになるまでは攻撃は低威力を維持!HPがイエローになったらすぐに後退!」

 

と、司令塔(アスナ)から指示が飛ぶ。

 

 

その直後、俺達は移動した死神を追って、再び駆け出した。

 

奴に接近した瞬間、威力を限界までセーブした低威力攻撃を七回叩き込む。

 

ノアの言った通り、HPが減りこそしたもののあまり大きくはない。

 

そして、カウントがゼロになったメンバーから順に再び高威力ソードスキルの嵐をお見舞いした。

 

 

 

 

 

 

 

~30分後~

 

漸く、奴のHPは残り1割となった。

 

途中から鎌による攻撃+デバフ付与の頻度が高くなり、おまけにジョーカーというだけあって、分身での撹乱、エフェクト武器の変更等のギミックを多用してきた。

 

その上、最後の一段になったところから、奴は全体デバフを頻発し、なかなかデカイ一撃を加えれなかったが、サポート班の投げた麻痺毒ナイフがヒット、スタンして漸く動きを止めたところを、袋叩きにしたところだ。

 

「ノア!LA決めるぞ!」

 

「了解!」

 

 

 

最後の一撃を決めるべく、俺達は剣を肩の高さで平行に掲げ、限界まで引き絞る。

 

既に盾を格納し、左手の片手剣オンリーとなったノアと線対称になるように構えた右手の剣からジェットエンジンを連想させる轟音が響き始める。

 

 

 

徐々に音量を増大させていくそれは限界に達すると、ライフルに撃ち出される弾丸の如く、己の体を加速させる。

 

片手剣単発重突進技《ヴォーパル・ストライク》

 

片手剣ソードスキルでありながら、両手槍の約二倍の射程を誇る高威力の剣の弾丸は真っ直ぐにジョーカーの胸に吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かのように思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣が奴の体を貫く直前、奴の体から飛び出した()()()がHPを余さず奪い去り、ジョーカーは俺達のとどめを受ける事なく、その体をポリゴンの欠片へと変化させた。

 

「.....え?」

 

「一体何がどうなって!?」

 

「何だよ、これ!?」

 

周りから驚きの声が上がるが、俺はそちらに意識を傾ける事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

何故なら、俺とノアの目の前──ジョーカーがいた空間には、()()()()()()()()()()()()()()が出現していた。

 

茅場晶彦がデザインしたモンスターは全てが何らかのテーマに沿って忠実に作られていたが、コイツはそんな事は知らないと言わんばかりの異形だった。

 

 

全身がビニールシートのような見た目の緑混じりの黒い皮膚で覆われており、骨と皮しか無いようなシルエット。

 

所々骨らしき結晶が表面に浮かび上がっており、胸部にはそれらに守られるかのような位置にある血の如く、赤黒い球が浮き出ている。

 

また、首から上に相当する部分がなく、代わり(?)に赤黒い球の上ら辺に骨を削って作ったかのような白い仮面がついていた。

 

 

 

 

明らかに《異質》。それ以外の表現方法は《気持ち悪い》とか、《吐き気がする》とかしか、思い浮かばない。

 

「オ、オーロ、エル。あそこに立ってるのは何?」

 

「わ、分かりません。オーロ殿は何か...」

 

「す、すまん。俺もアレが何なのか分からない」

 

「な、何なのよ、アイツ」

 

「本当に何が...」

 

と、奴を視認したプレイヤー達が次々に戸惑いの声を上げる。

 

(そうだ、名前!奴の名前は...!)

 

漸くその行動を実行に移し、俺はそのモンスターのまで名前を確認する。

 

 

 

《Sachiel・The・3rd・Angle》

 

第三の天使、だろうか。個有名に見覚えがないのでフルネームが分からない。

 

と、そこまで考えて漸く横に攻略組きっての知識人がいる事を思い出す。

 

彼──ノアにアイツのフルネームを読めないか聞こうとs...

 

 

 

 

「・・・・・・・サキエル」

 

「...え?」

 

俺が疑問を発するより早く、俯いた彼は固有名であろう名詞を呟くと、奴に向かって駆け出した。

 

「ハアァァァァァァァ!」

 

口から気合いを迸らせ、彼は再び《クレムリ・ガーダー》を装備した状態で片手剣7連擊《デッドリー・シンス》を放つ。

 

その時、先程から俯いて表情が見えなかった彼の顔がはっきりと見えた。

 

その顔に出ていたのは()()()()の表情だった。

 

普段、時々キツい口調になるが本気で怒る姿を見せた事のない彼が、こめかみに青筋を浮かばせて眉間に皺を寄せているその表情(かお)は、一番付き合いの長い俺ですら恐怖を覚える程のモノだった。

 

だが、何故だろうか。あれほどの怒りに混ざって、悲しみや虚しさがあるのはどうして───。

 

そこまで思考が及んだ瞬間───、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュピィィィィン!!

 

 

 

と謎の音が発生し、目の前で彼が不自然に──()()()()()()()()()()かのような姿勢で止まる。

 

否、実際ソードスキルは続いており、彼の腕は奴──サキエルに刃を食い込ませようと力を込めている。

 

しかし、サキエルは先程とは何も──いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を展開した意外は何もせず、最初と変わらぬ姿勢をとっていた。

 

(な、何なんだ、アレ!)

 

こんなエネルギー・シールド(仮)で攻撃を防ぐモンスターなんて聞いた事がない。

 

しかも、見る限り時間制限はないらしく、そんなのこのゲームの根本を揺るがしかねないモノだろうと思わざるを得ない。

 

「キリト!!ヒースクリフ団長!!」

 

と、依然フィールドとのせめぎあいをしているノアが俺とヒースクリフに声を掛ける。

 

もう一年以上になる相棒の声で、俺は彼がなにを求めているのかを理解した。

 

ヒースクリフも同じらしく、こちらも初めて見せる険しい表情を俺に向けると、

 

「行こう、キリト君」

 

と、ただそれだけを言い、ノアの下へと駆け出した。

 

俺もノアの横に着地するように飛び込みつつ、《ヴォーパル・ストライク》でノアの剣がシールドに接しているその一点を貫かんと突き出す。

 

そこに更にヒースクリフも右手の十字剣に赤い光を宿らせて、剣を突き出す。恐らく、《神聖剣》のソードスキルであろうその一撃は俺達の剣とほぼ同じ部分に突き出し、次の瞬間、

 

 

 

 

グジュッ!

 

と、肉を引き裂くような音を立てて、謎のフィールド(?)が破れる。

 

そのままの勢いで俺達の攻撃は続行され、奴の仮面の周りの皮膚を3人の剣が切り裂いた。

 

そして、奴はたった一段しかないHPバーの約1割を失っていた。

 

 

 

このまま攻撃を続ければ、と思った直後、右肩にドスッと鈍い衝撃が響く。

 

そちらに視線を向けると、肩には桃色に発光するパイルらしきものが深く突き刺さっていた。

 

「グッ」

 

と、俺の左からも呻き声が聞こえ、見るとノアの左肩をも、ソレは貫いていた。

 

HPを確認すると、後少しで一万に届く程まで高くなっていた俺とノアのHPは一撃で3割強も削れていた。

 

(一撃でこんなに!?)

 

そのせいで思考が僅か程ではあるが停止し、そのせいで反応が遅れた。

 

「「グゴッ!」」

 

掌から生やしていたパイルを手から切り離すや否や、サキエルは俺達に回し蹴りを喰らわせた。

 

 

 

 

その細い足からは想像もできない程の強烈な衝撃をくらい、壁際まで吹っ飛ばされる。

 

そのまま壁に激突し、痛みこそないものの、背中から響き渡る鈍い衝撃。

 

衝撃でクラクラする視界をなんとか落ちつかせると、

 

「キリト君!」

 

「ノアッ!」

 

と声が聞こえ、次の瞬間肩に先程とは異なる、パイルが引き抜かれる感覚が走る。

 

それによって、レッドまで落ちていた俺達のHPの減少は止まる。とはいえ、もう10%にも満たない程には減っていた。

 

俺はパイルを抜いてくれた人──アスナの方を見ようとしたが、その前に頬に硬い物が押し付けられた。

 

 

 

 

「「ヒール!」」

 

コマンドを唱えた瞬間、頬の硬く冷たい感触は破砕音とともに消え、同時に俺のHPは右端まで瞬時にフル回復する。

 

どうやらノアもカエデに回復してもらったらしく、既に立ち上がっている。

 

「アスナ君にカエデ、ありがとう。助かった」

 

「サンキュー、アスナ、カエデ」

 

「どういたしまして。それより...」

 

「アイツは何なの?」

 

 

 

アスナとカエデ、いつも強気な彼女達がこちらに心配と不安が入り混じったかのような視線を向けてくる。

 

「ノア。お前何か知っているんじゃないのか」

 

と、白髪の青年に問いかける。

 

「....すまないキリト。今は話せない。それより今は──」

 

そう言い、彼はサキエルの方へと目を向ける。

 

その先では、先程攻撃を受けなかったヒースクリフが一人でサキエルを相手取っていた。

 

その異形の怪物は切り裂かれた仮面周辺の皮膚を押し退け、その奥からもう一枚の仮面を覗かせていた。

 

それで自己修復が完了したとでも言うのか、HPが回復するだけでなく、HPバーも二段に増えているというおまけまでついて来ていた。

 

一方のヒースクリフは依然HPを安全圏に保っているが、相手がエネルギー・フィールドも回復させたらしく、彼の攻撃はことごとくがその虹色の波紋に防がれてしまっている。

 

「団長ォォォォ!!」

 

と、突然KoBのハルバード使いが奴の右斜め前方から奴に突撃した。

 

《神聖剣》の能力についてあまり詳しくは知らないが、少なくとも攻撃に特化しているハルバードの方が火力は高いだろう。彼がヒースクリフの援護に入れば、恐らくあのフィールドも突破できるはず。

 

 

 

 

 

...だけど、なんだ。この頭にチリチリとくる違和感は。

 

 

 

その時、ヒースクリフに対してパイルを射出して攻撃していたサキエルが突然ハルバード使いの方を向く。

 

「ッ!ダメだ、避けろ!」

 

「「「えっ!?」」」

 

一体どういう事だと聞こうとしたその瞬間、サキエルの仮面の目が光り、

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「グアァァァァァァ!」

 

(ビ、ビーム攻撃!?)

 

いや、正確には別の()()なのだろう。しかし、発生地点で十字架のような形状を持って直立するそれは限りなくそれに近いものに違いない。

 

「ビ、ビーム出せるなんて、最早チートじゃない」

 

魔法が存在しないSAOにおいて、それに類似する特殊攻撃はせいぜいブレス程度で、発射からのタイムラグがなく、任意の座標を指定し攻撃できるビームは使える者にとっては非常に大きなアドバンテージとなりうるが、そうでない者にとっては使用者への圧倒的な不利、つまりアンフェアな状態になる。

 

これは製作者の茅場にとって、彼の掲げるフェアプレイと言うモットーを崩し、いや、崩されかねないモノだ。

 

故に、人間側(プレイヤー)システム側(モンスター)のいずれかがその能力を獲得するだけで、この世界(ゲーム)のバランスは崩壊し、立ち行かなくなる。

 

カエデの言う通り、俺達は今、その異常(チート)に直面している訳だ。

 

「キリト、あの光線はどうやら奴の見ている方向にしか発射できないようだ」

 

と、観察を続けていたノアが口にする。

 

俺が思考を働かせていた間、何人かのプレイヤーが奴に攻撃を仕掛けたみたいだが、正面から突撃した全員が怪光線の反撃を受けていたらしい。

 

「全方位から攻めるっていうのは?」

 

「残念だけど、その手はあまり意味がなさそうだよ、カエデ」

 

と、包囲攻撃を提案したカエデにアスナが否定的な意見を返す。

 

その視線の先で、先程のプレイヤー達がカエデの言うようにサキエルを包囲し同時に攻撃したが、そのことごとくが奴のフィールドに弾かれる。

 

 

 

「攻撃をかわす手段はできたにせよ、攻撃が通らないんじゃ...」

 

周りの空気が一気に重みを増す。

 

本来のボスは倒したのにこの様じゃあどうしようもない。

 

何か、何か策は...!

 

 

 

 

 

 

...いや、待てよ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

...もしかして!

 

「ノア、俺達の最初の攻撃は何であの護りを貫通した?」

 

「何ってそりゃ、高攻撃力のソードスキルを一点に集中させ..た...から...」

 

と、冷静に状況証拠から判断するノアの声が珍しく掠れる。

 

「......まさかアレの破り方に気づくとは」

 

「?何か言ったか?」

 

「いや、何でもない。...多分、これがあのフィールドの破り方に違いない」

 

「だったら──」

 

「ああ、あのタイプのフィールドもう一度貫通すれば、恐らく回復しない。だから、最大出力のソードスキルを一点に集中させれば、勝算はつく」

 

攻略組一の策士のお墨付きをもらい、彼の隣に並び立つ。

 

だが、それは俺だけでなく、

 

「私も行くよ、キリト君」

 

「もちろん、私も」

 

と言いながら、アスナとカエデも並び立つ。

 

ノアが少し呆れ気味に、しかし、信頼の籠った声で「君達は...」と低く呟いたがすぐに攻撃の構えに移り、

 

 

 

「ファイブカウントで仕掛ける!」

 

と、声を張り上げた。

 

その声で3人は各武器スキルの高威力突進技の構えを取る。

 

 

 

 

 

 

「4」

 

初期モーションをシステムが認識し、刀身に光を与える。

 

 

 

 

 

 

 

「3」

 

俺とノアの片手剣はクリムゾンレッドの輝きを帯び木枯らしのような音をたて始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「2」

 

アスナのコバルトブルーに輝くレイピアと、レモンイエローの光を放つカエデの槍は、それぞれが発するキンキンという音が大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「1」

 

それぞれの内包するエネルギーと発生する音が、徐々に臨界に近づき──

 

 

 

 

 

 

 

「GO!!」

 

達した瞬間、三色四人の刃の弾丸が撃ち出される。

 

 

 

「「「「ハアァァァァ!!」」」」

 

 

 

各々の口から気合いが迸り、そのままサキエルに接近した弾頭(刃の先端)はフィールドに衝突し、虹色の波紋を発生させながらせめぎあいを起こす。

 

しかしそれも一瞬、一点に突進系ソードスキルを集中させたエネルギーがフィールドのエネルギーを上回ったのか、先程よりも大きな音を立てて破れ、刃の侵入を許した。

 

四発の獰猛な刃の弾丸はそのままの勢いで、アスナのレイピアとカエデの槍が奴の両腕を切断し、俺とノアの剣は中心の赤い球体を刺し貫いた。

 

その瞬間、奴のHPが一気に8()()も減少し、

 

ギャアァァァァァァァァァ!

 

と人のような悲鳴を上げる。

 

(あの赤黒い球体、やっぱり弱点だったか)

 

とはいえ、この減り方はあまりに異常としか言い様がない。そこさえ潰せば倒せるという確信もできたが。

 

「ノア!」

 

「ああ、キリト!」

 

互いに名を呼び合い、相棒との意志疎通をし、次の行動を理解する。

 

再びソードスキルの構えを取るが、今度は先程使った《ヴォーパル・ストライク》ではなく、別のスキルの構えを──、

 

 

 

 

 

その瞬間、仮面の目に再び光が宿る。

 

(しまったっ!さっきのビーム攻撃か!)

 

瞬間、引き伸ばされた思考の中で瞬時に判断する。

 

ここから発射まで一秒あるかないか。至近距離のここからの回避は不可能。

 

(まずいっ!)

 

このまま食らえば、布装備オンリーの俺と最低限の金属装備しかないノアは間違いなくHPを5割以上持っていかれるのは確実だ。

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...避けられないなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

「キリト君!」

 

「ノアッ!」

 

次の瞬間、俺達を光が包み込む。

 

そして、HPがゆっくりと、しかし、確実に減少し始める。

 

 

 

 

 

3割、減少中。

 

 

 

 

 

4割、変わらず。

 

 

 

 

 

5割、ペースが落ちたが、まだ止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

6割、依然減少中。しかし、技後硬直解除。

 

 

 

 

 

 

6割5分、停止。

 

その瞬間、再びソードスキルの構えをとっていた俺達の剣に再び光が、しかし今度は色がアイスブルーだ。

 

 

 

 

片手剣3連撃重攻撃スキル《サベージ・フルクラム》

 

 

 

俺とノアの蒼い刀身は球体を貫くと、更に奥に押し込み、そこから手首を180゜回転、上に振り抜き仮面もろとも上の肉を三等分にする。

 

3連撃でありながら、4連撃の《バーチカル・スクエア》や《ホリゾンタル・スクエア》よりも高い火力を内包する攻撃を、同時に二回喰らって過度の衝撃に耐えかねたのか球体は粉々に砕け散り、次の瞬間、HPが全損したサキエルは一瞬硬直した直後、その肉体を爆散させた。

 

 

 

 

 

俺とノアは視界を埋め尽くした不気味な白い光しか見えなかったが、後にクライン達に聞いた話によると、サキエルのいたところには、巨大な光の十字架が墓標のように直立していたらしい。

 

SAOの他のモンスターとは異なる消滅現象が終わるとノアがポツリと、何かを言ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の瞬間、()()()()()()

 

 

 

(次は何だ?)

 

この場の全員が身構えたが何も起こらず、俺の視界に現れたのはLAを獲得した旨を知らせるメッセージだけだった。

 

 

 

 

 

 

  ~翌日~

 

昨日はその後、C、D両班に四十五層の転移門有効化(アクティベート)を任せ、その他の班は一時KoB本部に帰投する事になった。

 

しかし、そこからが大変だった。

 

何処からかこの異常事態を嗅ぎ付けてきた情報屋の対処に追われたり、攻略組の各ギルドマスターに今回の攻略に参加した主要メンバーを加えた緊急の会議が開かれたりと中々に忙しかったが、一番(精神的に)疲れたのはその後だった。

 

 

 

ジョーカー戦とそれに続くサキエル戦において、俺とノアは大活躍ではあったものの、自分の命を顧みない危険な戦闘を行ったとして、アスナとカエデの二人にこってり絞られた。

 

特にカエデの怒りは凄まじく、ノアが無茶していたのはお見通しみたいだった。

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

~回想シーン~

 

「前にも言ったよね、あんな無茶しないでって!」

 

「...すいません」

 

「本当にバカじゃないの!ここじゃ、一回でも死んだらそれでおしまいなんだよ!」

 

「....本当にすいません」

 

「どれだけ心配したと思ってるのよ!」

 

「...面目次第もございません」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

「...ぇっと、カエデ、さん?」

 

「心配....させないでよ...」

 

「....え」

 

「本当に...心配....したんだから...」

 

「エ...ぁ...えと...その...」

 

「おいおい、女の子泣かせるたぁ、いい度胸してんなぁ先生y──」

 

「クライン、ちょっと黙れ」

 

「お、おぅ。分かったからキリト、俺に剣を向けないでくれ」

 

「..........(泣)」

 

「カエデ.....」

 

「........(泣)」

 

「カエデ、ごめんな、心配かけて....」

 

「...本当、だよ....(泣)」

 

「それとありがとな、僕の事、心配してくれて」

 

「.....うん」

 

ドサッ

 

「ちょ、ちょっと、カエデ!?」

 

「少しだけ、このままでいさせて...」

 

「って、周りに結構ギャラリーがいるんだが...」

 

「けど、今は...こうしてたい...」

 

「...///分かったよ。僕のせいで泣かせてしまったんだ。その責任くらい、取らないとな」

 

「ん、ありがと」

 

「「「「(ジーッ)」」」」

 

「え、えっと、どうしました、皆さん?」

 

「いや、こっちの事は気にしなくて───」

 

「おい先生、いっぺん死んでこい」

 

「誰かクラインを摘まみ出してくれ」

 

「え!?いや、や、やめろぉぉぉぉ!」

 

「...何だか騒がしくなっt──って、カエデさん。そんなにしがみつかれると、身動きが取れないんですけど(汗)」

 

「...もう少しだけ、このままでいて」

 

「...はい」

 

~回想シーン終~

 

 

 

 

その後、なんやかんやあって一旦解散となり、今は再びKoB本部に集まっていた。

 

俺の隣にいるノアはいつもの白ローブに眼鏡で学者然とした態度をとっていたが、反対側のカエデの様子が少し変だった。

 

服装はいつもと変わらない青いシャツに白基調のローブ、空色のスカートに黒いブーツだったが、透けるような白に少し桃色の混じった顔はいつもより紅く、ノアの方を見て少しソワソワしている。

 

...まぁ、昨日のアレが原因なのは理解できるからそっとしておくとして、...そろそろだな。

 

 

 

 

「それではノア君、前へ」

 

「はい」

 

ヒースクリフに呼ばれたノアは俺の傍を離れ、彼の立つ広間の奥の階段前に行く。

 

「失礼します、《ノア探偵事務所》のノアです。と言っても、皆さんは多分ご存じだと思いますが」

 

と、苦笑混じりに挨拶をするノア。

 

 

その姿は10~20代の青年そのものなのだが、彼が表情を引き締め眼鏡をクイッと上げると、途端にベールがかかり、見えなくなる。

 

 

その次の瞬間、彼の紡いだ言葉は俺達が求め、そして、その想像の上を行く、とんでもない情報だった。

 

「今回皆さんにお集まり頂いたのは言うまでもなく、先日の第四十四層ボス攻略戦において突如介入してきたハイネームドモンスター《使徒》についての事です」

 

 




今回も戦闘シーンを上手く表現できませんでした。申し訳ございません。

とはいえ、自分にしては中々早い間隔で投稿できたのは良かったです。

最近は気温も非常に高くなってきているので、皆さんも熱中症には十分に注意しつつ、夏をお過ごし下さい。

それでは、お読み頂きありがとうございました!


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第8刃 竜使いの少女

約一ヶ月程も投稿できず、申し訳ありません!

今回は花の層が出てくるという事で、AiRlさんの「永遠に咲く花」を聴きながら書いてました(結局駄文)。

この曲が使われているゲームは本当に泣ける良い作品でした。皆さんも調べてやってみて下さい。

長文失礼しました。それでは、本編をどうぞ!


「《使徒》?」

 

ノアが発した、サキエルの別称であろうそれは聞き覚えのないものだった。

 

「何だそりゃ、聞き覚えねぇぞそんな奴」

 

「まぁ、ほとんど知られていないタイプのモンスターですから」

 

と、クラインの困惑した声に苦笑しながら応えるノア。

 

 

 

実際、俺も知らなかったし、アスナやカエデ達も知らないのだろう。但し、あのチートキャラ(ヒースクリフ)については、知らなかったかどうか怪しいものだが...。

 

と、ノアが資料を配り終えたらしく、皆一様に食い入るかのように資料を見た。

 

 

が、1ページ目の『大丈夫、アルゴとノアの情報だよっ☆』と大きく書かれているのが目に入り、途端に全員がノアに含みのある視線を投げ掛ける。

 

 

「...クレームは製作者の《鼠》に言ってくれ」

 

と、幾分呆れと苛立ちが混ざった声音で言うノア。

 

 

堅苦しいこの場を和ませようとした彼女の心意気は伺えるが、今回は内容が内容なので、完全に逆効果だった。

 

「まぁともかく、今は《使徒》についてこちらの調べた情報を報告します」

 

 

「まず、奴らの出現の経緯について───」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

急にDDA──《聖竜連合》のギルドサブマスターのティーチが待ったを掛ける。

 

肉付きの良いガッチリとした体に、たっぷりと蓄えた顎髭とプレイヤーネームから某有名な海賊を連想させるその男は、その見た目とは裏腹に頭脳派であり、ギルマスから指揮を一任される程の辣腕の持ち主らしい。

 

その彼が取り乱す姿はあまり見た事がなかったので、驚きのベクトルは彼の方に振り切れた。

 

「それはつまり、昨日俺達が相手した黒いの以外にも同じくらいやべぇ奴がいるって事か」

 

「...はい。しかも厄介な事に、先日の戦闘で討伐した()()()使()()サキエル》はどうやら奴らの中では最も弱い部類に位置するらしいです」

 

「てことは、つまり...」

 

 

 

 

 

今回のアイツより強い奴らがまだいるという事になる。

 

「って、ちょっと誰か昨日の戦闘で奴のデータ取ってた人いる?」

 

「僭越ながら、私がアレのレベルを確認してました」

 

と、カエデの問いにエルさんが答えた。

 

 

 

彼女の話しによると、Lv.63と現在の攻略進度に対して、かなり高い部類のものだった。

 

 

 

 

だが、

 

「その割にHPはあまり高くはなかったな。まぁ、あの防御フィールドがあったせいで、ダメージを与える為に一苦労したからな」

 

「あー、そのフィールドに関してもNPCから既に情報を得ています」

 

「「「「ナニッ!?」」」」

 

と、部屋が騒然となる。

 

 

 

 

「静かにして頂かないと、話すものも話せないのですが」

 

とノアの声が響き、すぐに静まったが。

 

NPC(彼ら)の話によると、あのフィールドは《絶対不可侵領域(Absolute Terror Field)》と呼ばれているらしいです。長いので《A.T.フィールド》と言う略称で呼ぶ事にしますが、どうやら使徒はあのフィールドを例外なく保有しているらしいです」

 

「マジかよ。...ま、まぁ、キリの字達の攻撃で突破できたから、それほどじゃねぇんだろ」

 

と、少し顔をひきつらせながら言うクライン。

 

 

 

 

...まぁ、そう言いたいのは皆やまやまなのだが、お前その言い方は───

 

「先程も言った通り、サキエルは使徒の中では最弱らしいので、他の使徒はフィールドの強さも上だと推測できます。なのでクライン、」

 

「「「フラグ、乙(です)!」」」

 

 

 

...クライン、もうお前は黙っとけ。

 

こう思ったのが俺だけじゃないと願いたい。

 

「それはつまり、今後通常の攻撃手段では突破が難しいという状況も十分に有り得るという訳ですね、ノア先生」

 

「その通りだ、アスナ君」

 

お前らは教師と生徒か!

 

と、小声でツッコんだ黒髪金眼の青年がいたのはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

───だが、RPGにおけるこの手の敵に対しての対抗手段があるのは王道かつお約束。そこを茅場が外してくるとは考えづらい。

 

「何か対抗策はないのか」

 

「それがあったら、苦労しないと思うのだけど」

 

「だ、だよな」

 

「まぁ、無いわけではないのだが...」

 

「あんのかよ!」

 

「但し、これは確実な情報じゃないからはっきりした事は言えないけど、構いませんか」

 

この場の全員が首を縦に振る。

 

 

 

 

「では。...彼らのフィールドを無効化、貫通する事が可能な武器の存在をNPCが仄めかしていたのは事実です。ただ、その武器の特徴がとあるモンスターの保有している武器と同一の形状をしているのが判明しまして」

 

 

「...その武器の特徴は?」

 

 

 

 

「固有名《ロンギヌス》。武器種は片手槍で、()()()()()()()()()()()()()()()()()のが特徴です。...もう分かったと思いますが、この武器の特徴は黒の巨人《アルマロス》の所有する槍と特徴が一致しています」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

...無理ゲーじゃねぇか。

 

 

 

 

 

平均レベルが60に近づいている攻略組第一軍でも簡単に蹴散らせる程のスペックを持つアルマロスを倒すなんて、現在(いま)の俺達からすれば夢のまた夢だ。

 

「あ、あの、現在、情報屋の皆さんに調査をお願いしていますから、対抗策が潰えたと考えるのはまだ早いです。それより今は、何か対策を講じなくては」

 

「まぁ、名前の出典がどちらもエノク書だから偶然って訳じゃなさそうだけど。...分かっててもやっぱり、これはちょっとね...」

 

「「「「エノク書?ナニソレ?」」」」

 

と、クライン達から疑問の声が上がり、ノアが手短に説明した。

 

 

 

「エノク書というのはキリスト教における旧約聖書偽典の一冊、今の新約聖書とは内容が異なります。サキエルはそれに登場する天使、アルマロスは堕天使となっています」

 

「どっちも同じとこから名前取ってんだったら、やっぱり関係者って事か...」

 

部屋に諦めムードが漂い始める。だがカエデが、

 

「だ、だったらさ、弱点とかないかを考えられない?」

 

「そ、そうね。あんなに強い敵なんだもの。何か弱点はあると思うのだけれど...?」

 

「弱点というと、“白”(ノア)“黒”(キリト)が止めを刺した時に貫いた赤黒い玉じゃねぇか?」

 

「だろうな。アレに攻撃を加えた時のダメージは相当なものだったからな」

 

と、ティーチの考察に俺が相槌を打つ。

 

いくら弱点とはいえ、あれ程一気に削れるのは異常だった。

 

 

 

...こちらにとっては利点である事に違いはない訳だから、積極的に狙っていきたいと思っている訳ではあるが。

 

その後一部メンバーから、『いちいち『赤黒い玉』やら何やら言うのはややこしい』という声が上がったので、アレを一応《コア》と名称を統一する事になった。

 

その後もノアやヒースクリフ等の知識人達の憶測も含めた情報をまとめ、各自解散という事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、3()()()()の会議の主だった記録だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

[A.D.2024,1/23]

  第五十五層《グランザム》

 

あの会議から数ヶ月後、俺達攻略組は第四使徒(シャムシエル)第五使徒(ラミエル)第六使徒(イスラフェル)の三体を討伐した。

 

それぞれが常軌を逸脱した能力を有しており、シャムシエルは飛行能力と二本の触手、イスラフェルは二体に分離して、二体同時に攻撃を当てないとダメージが通らず、ラミエルに至っては高火力ビームによるアウトレンジ攻撃に強力なA.T.フィールドによる堅牢な守りのせいで、他の二体とは桁違いの強さを誇った。

 

その為、これらの討伐戦による死亡者は攻略組だけでも既に二桁に昇っている。

 

しかし、新たに分かった事もいくつかあった。

 

まず、使徒の行動パターンだが、奴らは突如最前線のフィールドに出現しある一定の方向に向けて侵攻している事が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

奴ら使徒は()()()()》を目指して進んでいる。

 

その証拠と言えるのかどうかは分からないが、ラミエル討伐戦の折、浮遊している奴はかなりのスピードでその層の主街区に接近するとあろうことか、()()()()()()()()()したのである。

 

ラミエルの発射した光の矢はそのまま主街区へと飛び、《圏内》フィールドを守る不可視の防壁に衝突すると、激しい光を撒き散らしながら消滅した。

 

 

 

が、次の瞬間に戦闘をしていたプレイヤー全員の視界に表示されたメッセージに全員が驚愕した。

 

 

 

 

 

[《第五使徒ラミエル》による主街区攻撃が確認されました。現時刻を以て、()()使()()()()()()()()》が発動されます。使徒を早急に殲滅し、主街区の《アンチクリミナルコード》破壊、転移門到達を阻止して下さい。]

 

半数のプレイヤーが状況を飲み込めず、立ち尽くしたが、俺やノア、ヒースクリフ等残り半数が必死になって奴と戦い、動きが止まっていたプレイヤー達も数分後には戦線に復帰できた結果、防衛戦は成功した。

 

この出来事から、恐らく使徒はその層の主街区を《圏内》状態を無効、転移不可とする可能性があるという推測が立てられた。

 

その為、攻略組は使徒、そしてアルマロスに関する情報の収集がアインクラッド攻略と並んで最優先課題となった。

 

そして今日、俺はノアと共に情報収集とレベリングを兼ねて最前線である五十五層の主街区《グランザム》に来ていたのだが、

 

「誰か、誰か俺の頼みを聞いてくれ!頼む、誰か、誰かぁ!」

 

と、朝の転移門広場に若い男性の声が響きわたった。

 

声のした方を見ると、ちょうど一人の男性プレイヤーが通りすがりのプレイヤー達に頼み込んでいるところだった。

 

しかし誰にも相手にされず、逆に罵倒を浴びる事も一度や二度ではなかった。

 

「...ノア」

 

「ああ、分かってるよキリト」

 

 

 

今日は後でカエデと最近知り合った鍛治師のリズベットと合流する予定なのだが、困っている人を見捨てて行ける程、俺もノアもそこまで非情な人間ではない。

 

「すいません、どうされました?」

 

とノアが男性に声をかけると、彼はこちらに顔を向け、

 

「し、《白の賢者》に《黒の剣士》!?...突然ですみません!俺の、俺達の頼みを聞いて頂けませんか?」

 

「分かりました。どのような依頼でしょうか」

 

「俺達のパーティーを襲ったアイツらに、どうか、どうか罪を償わせて欲しい!」

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

「私を独りにしないでよ、ピナぁ!」

 

と、目の前で身体を丸め、朧気に光る羽根を抱いて泣き叫ぶ少女がいた。

 

ここはアインクラッド第三十五層のダンジョン、通称《迷いの森》。

 

その名の通り、このダンジョンはマップの接続が一定時間毎に切り替わる為、非常に迷いやすい事で有名である。

 

ここでクリスマスボス《背教者ニコラス》を討伐し、蘇生アイテムを獲得したのは記憶に新しいところだ。

 

 

 

 

そして今日。

 

あの男性の依頼を達成すべく、再びこの森に足を踏み入れた訳だが、そこで一人の少女が三体の猿人モンスター《ドランクエイプ》に襲われている場面に遭遇。彼女を助けるべく、ドランクエイプを背後から一閃し倒したところで現在に至る。

 

先程から、羽根を抱いて泣いている少女はどうやら僕と同じビーストテイマーのようだ。

 

依頼もあるが、こんな幼い少女を放っておく事はできない。

 

「キリト、頼む」

 

「分かった」

 

二言だけで理解したらしいキリトが未だに泣き続ける少女に声を掛けた。

 

 

 

┌┤Side Silica├┘

 

「君はビーストテイマーだったのか」

 

と、後ろから男の人の声がした。

 

振り向くと、そこには黒髪の中性的な顔立ちをした少年と、白地に複雑な紋様の入ったローブに身を包む青年が佇んでいるのが見えた。

 

黒髪の彼は少し悲しげな表情が見えたが、白ローブの青年はフードを目深く被っていて、顔がよく見えない。

 

しかし、彼の左肩には真っ白な体毛のリスに似た小動物が可愛らしくちょこんと乗っていた。

 

ソレはこちらの視線に気が付くと小さく「フォウ」と可愛らしい声を出した。

 

可愛い。そう感じたが、再びピナが庇ってくれた時の光景がフラッシュバックして、涙が溢れそうに...。

 

 

 

「え、えっと、その羽根。アイテム名に《〇〇の心》って書かれてないかな」

 

と、黒髪の少年が少し慌てたように言った。

 

どうやら、また泣いちゃいそうになった私を心配してくれたようだ。

 

「は、はい。あります、《ピナの心》って。.....グスッ」

 

 

 

 

 

「ま、待って!心アイテムがあれば、テイムモンスターの蘇生が可能だ」

 

「...え?」

 

その瞬間、私は自分の耳を疑った。

 

 

 

 

ピナを、蘇らせれる?またピナといる事ができる?

 

「本当ですか!教えて下さい、お願いします、何でもしますから!」

 

「そ、そんなにがっつかなくても...。四十七層の北に《思い出の丘》というフィールドダンジョンがあるんだ。その奥で手に入る《プネウマの花》というアイテムが使い魔蘇生アイテムだ」

 

それを聞いて私の気分は高揚した....が、それも一瞬の事だった。

 

 

 

 

四十七層。三十五層(この層)から十二層も上の層である現実を思い出した。

 

私は最近漸くこの層で安全マージンを取ることができたばかりなので、四十七層なんてまだまだ先の話だ。

 

「わ、私、頑張ってレベルを上げて、いつかピナを──」

 

「酷な事を言うけど、使()()()()()()()()()()()()()()()()()3()()()()()()()()()

 

と、先程まで黙っていた白ローブの人の口から放たれた厳しい現実に、私の最後の希望は粉々に砕け散った。

 

「そ、そんな....」

 

「んー、依頼してくれれば俺達が取りに行くけど、使い魔の主が行かないと花は咲かないんだ。けど...、」

 

とうちひしがれる私を見て、黒い彼がそう言いながらウィンドウを操作し始めた。

 

すると私の前にトレードウィンドウが出てきて、私が見たこともない名前の装備が次々とトレード欄に出た。

 

「これなら、8レベル位は底上げできると思う。四十七層に行くんだったらまだ心許ないけど、俺達も一緒に行けば多分大丈夫だろう」

 

「えっ...」

 

驚いて彼の顔を見るが、嘘を吐いたり騙そうとする仕草は見られない。

 

白ローブの人は相変わらず変化がないが、騙そうとする気はないように見えた。

 

「どうして、初対面の私にこんなにしてくれるんですか」

 

と言う疑問が口を突いて出た。

 

『甘い話には裏がある』というのは現実でもSAO(ここ)でも同じ事だ。だけど、彼らは見ず知らずの私を助けようとしてくれる。その理由を知りたかった。

 

「あー、笑わないって約束してくれるなら言う」

 

と、若干気恥ずかしそうに言う彼。

 

「笑いません」

 

と答え、彼の答えを待つと、

 

 

 

 

「君が...妹に似てるから」

 

 

 

 

 

 

「・・・・クスッ」

 

駄目だった。そんな理由って言ったら失礼だけど、まさかそれだけの事で、っと思うとつい笑みがこぼれてしまった。

 

「わ、笑わないって言ったのに...」

 

と、幼い子供のように少し傷ついたようないじけた表情を見せる彼。その姿がより笑いを呼ぶ。

 

「す、すいません」

 

と言い、ふと白ローブの人を見ると、彼の肩も震えているのが見えた。

 

「す、すまんキリト。まさかお前にシスコンの気があったなんて、ハハハ」

 

「お、おい。茶化さないでくれよ」

 

と笑われた黒い少年はより顔を赤らめながら抗議した。

 

その様子を見て、彼らは悪い人じゃないんだと思えるようになった。

 

「すいません。助けてもらったのに、その上こんなことまでしてもらって...」

 

と、言いながら、トレードウィンドウに所持金のすべてを入力しようとしたが、

 

「いや、お金は別に払わなくて構わないよ。元々余っていた装備だし、それほど高価って訳でもないから」

 

と言われ、彼はコルを受けとることなく、トレードを完了させてしまった。

 

お金を払わずに新しい装備を、しかも恐らく非売品のレアドロップ品をもらった事に罪悪感に似た何かを感じたが、そこで漸く名乗っていなかった事を思い出す。

 

「何から何まですいません。あの、私、シリカっていいます」

 

と名乗りながら、『あの《竜使い》の?』と驚く反応を少しだけ期待したが、その傲りが今回の事態の引き金となった事を思い出し、反省。

 

彼はどうやら私の名前は知らなかったらしく、反応を見せる事はなかった。

 

「俺はキリト。しばらくの間、よろしく」

 

と私に言いながら手を差し出し、握手をする。

 

握手を終えると、キリトの横にいた白ローブの人が顔を隠していたフードを後ろに払い、名乗った。

 

「よろしく、シリカちゃん。僕の名前は...。っと、すまない。僕はちょっとした事情で名前を明かせないんだ。だから僕の事は、そうだな、ロマンと呼んでくれ」

 

と言う彼、ロマンはSAOでも珍しい白髪に蒼い瞳の美青年だった。

 

ロマンとも握手をし、一旦三人で街へと戻る事になった。

 

 

 

 

  三十五層主街区《ミーシェ》

 

《ミーシェ》に戻ると、私がフリーになったという話を聞き付けた男性プレイヤー二人組が言い寄ってきたが、隣にいる二人とパーティーを組んでいると言うと、キリトとロマンに含みのある視線をぶつけ、その場を去って行った。

 

「人気者なんだな、シリカさんは」

 

とキリトに言われ、

 

「そ、そんな事はないですよ。それと、シリカって呼び捨てでも構いません」

 

と黒い剣士に答えたが、

 

「何とも見え透いた考えを持ってたな、彼等」

 

と、再びフードを被ったロマンが口にする。

 

どうやら、彼等が私を《竜使いシリカ》というマスコットとして求めていただけと言うのをすぐに看破したらしい。

 

鋭いセンスを持つ白づくめの青年が素顔を見せた時、どこかで見かけたような気がしたのだが、結局まだ思い出すには至っていない。

 

「キリトさんとロマンさんって、ホームはどこにあるんですか?」

 

「ああ、俺は五十層でコイツは五十四層。まぁ、わざわざ上に戻るのも面倒だし、今日はここに泊まる事にするよ」

 

と、目の前に近づいてきた二階建ての建物、最近私の定宿となっている《風見鶏亭》を見ながらキリトは答えた。

 

 

 

 

 

その答えに少し嬉しくなりながら、私は少し足早に宿屋に入ろうとしたが、その時丁度隣の道具屋から出てきた四、五人の集団───私が入っていたパーティーのメンバーの中の一人が私に声を掛けてきた。

 

「あら、シリカちゃんじゃない。へぇ~、森から出てこれたんだ。良かったわねぇ」

 

と、ねちっこく言い寄る彼女──ロザリアに目を合わせないようにしながら、

 

「ご心配ありがとうございます、ロザリアさん。私達急いでるので。では」

 

と言い、さっさと宿に入ろうした。しかし、

 

「ねぇ、シリカちゃん。アンタの青トカゲどうしちゃったの?」

 

と、薄ら笑いを浮かべながら聞いてきた。

 

 

 

基本、常に飼い主の近くで共に行動するテイムモンスターがいない場合、それは死亡した事を示すのを知ってるはずなのに...!

 

この怒りと悔しさがごちゃ混ぜになった感情を努めて表情に出さないように気をつけてながら、はっきりと、

 

「ピナは死にました。でも、絶対に生き返らせてみせます!」

 

と言い切った。

 

こういった反応を想定していなかったのか、ロザリアは少し笑みが薄れたが、

 

「そう、《プネウマの花》を取りに行くの。でも、アンタのレベルで四十七層って大丈夫なのからねぇ」

 

とすぐに立て直し、嫌味をぶつけてきた。

 

 

 

すぐに反論しようとしたが、背後から肩に手が置かれた。

 

振り向くと、フードの青年──ロマンが私の肩に手を置いていた。

 

彼が私に頷くと、

 

「あのダンジョンに出現するモンスターはそこまで強くはない。準備さえしっかりしてれば、彼女のレベルでも攻略は可能な難易度さ。だからアンタの心配は気持ちだけ受け取っておくよ」

 

と、ロザリアに言い放った。

 

 

さすがに彼が話し掛けてくるとは思ってなかったのか、ロザリアは顔をひきつらせたが、

 

「アンタそんなガキに付き合って何マジになってんの。まさか、そんな小娘に身体でたらしこまれたとか w」

 

と、とんでもない罵倒を浴びせてきた。

 

怒りと羞恥で顔が赤くなり、反論しようとしたが、キリトに制された。

 

 

そしてロマンがニタついている彼女を見て、

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな小さい子、しかも本人を前にしてよくそんな口が聞けるな。そんな事を言うしか能のないアンタが愚かしく見えるな」

 

 

 

 

 

 

 

と、酷く冷たい声で言い返した。

 

フードを被っている彼の表情はよく見えないが、口を開いた瞬間、彼の纏う雰囲気が氷の如く冷たくなるのを感じた。

 

 

彼は顔から表情を消したロザリアを一瞥すると、

 

「とっとと宿に入ろう」

 

と言い、宿屋の中へと姿を消してしまった。

 

私とキリトも彼に続いてロビーに入り、それぞれのチェックイン等を済ませたが、その間私達は無言だった。

 

その後、一階にあるレストランの隅の方にあるテーブルに座った。

 

 

 

余り人の目がない為か、ロマンはローブをストレージに納め、服に潜り込んでいた例の小動物をテーブルに座らせた。

 

依然無言のままの空気に押し潰されそうになり、「すいません」と言おうとした時、

 

「さっきはすまなかった。不快な思いをさせてしまって...」

 

と、キリトの隣に座るロマンが頭を下げてきた。

 

「えっ、いや、そんな事ないですから頭を上げて下さい」

 

 

 

いきなりの展開に動揺しつつも、彼にそう言うと頭を上げてくれた。

 

その彼の顔は少し申し訳なさそうだったが、目には暖かい光が宿っていた。

 

それを見てホッとしたところで、NPCウェイターが赤い液体の入ったグラスを三つ運んできた。

 

見た目はワインのようだが、ここにこんなメニューはなかったはずだと思い聞いてみると、

 

 

 

 

「NPCレストランにはボトルの持ち込みができる所があるんだ。それは俺が持ち込んだヤツで、《ルビー・イコール》って言うんだ。なんとカップ一杯で敏捷値が1増えるんだぜ」

 

と、キリトが若干自慢気に答えた。

 

「い、いいんですか!?そんな貴重そうな物開けちゃって」

 

「別に構わないよ。SAOじゃ酒をいくら寝かせても熟成しないからな。それに俺の知り合いは皆忙しくて一緒に飲める奴がいないんだ。だから、別に気にせず飲んでくれて構わないよ」

 

そう言われた以上遠慮する訳にもいかず、グラスを手に取って一口飲んでみた。

 

その瞬間、口の中にスパイスの香りと、甘酸っぱいどこか懐かしい味わいが広がった。

 

「...美味しい」

 

と、ポツリと呟いた私を見て二人は微笑むとグラスを掲げ、

 

「パーティー結成を祝して──」

 

とキリトが言い、それに続けて全員で

 

「「「乾杯!」」」

 

と小さく、しかし高らかに唱和した。

 

 

 

 

 

そして、運ばれてきた料理を食べ終えて、食後のデザートとして頼んだチーズケーキを待っていた。

 

 

キリトはアイテムの整理をしているのか、ウィンドウを操作していて、ロマンは使い魔にお菓子をあげていた。

 

私は少し残っていたグラスの中身を飲み干すと、

 

「どうして、あんな意地悪言うのかな...」

 

と、小さく呟いた。

 

 

 

「君はMMOはSAOが初めてなのか」

 

と、キリトが聞いてきた。どうやら、アイテムの整理は終わったようだ。

 

「はい。...ほんとに何であんな事...」

 

「MMOをやっていると人格が変わるプレイヤーは多い。善人になる人もいれば、悪人になる人だっている。...他のゲームではロールプレイと言ってしまえば済んだけど....SAO(ここ)じゃ訳が違う」

 

と、声のトーンを低くしたキリトが一瞬目を鋭く光らせた。

 

「こんな異常な状況なのにな...。そりゃ、プレイヤー全員が一致団結して攻略、なんてのは無理だって分かってる。だけど、悪事を働く奴、人の不幸を喜ぶ奴、果ては殺しを楽しむ奴が多い、いや、多すぎる」

 

一言一言を噛み締めるかのように話す彼の目は怒りに燃えていたが、その瞳の奥に宿る光が悲しみに揺らいでいるようにも見えた。

 

 

 

その瞳を私が見つめていると、ロマンが真面目な表情で語り始めた。

 

「キリトが言うそういう奴らはきっと、『()()()()()()()()()』と言い張るだろう。でもね、僕はそうは思わない。この世界におけるプレイヤーの肉体はポリゴンで象られた仮初めの物であるのは本当だ」

 

けど、と眼鏡をクイッと押し上げながら彼は続ける。

 

 

 

「自分の精神面。意思、心、エゴ。そういったモノは間違いなく現実と同じだ。肉体面で違いがあっても、自分の行動を最終的に決定するのは自分の意思である事に変わりはない。だから、こんな時でも悪人になりきれる奴は現実世界(向こう)でも根っから腐った悪人なんだと僕は思うよ」

 

そう吐き捨てるように呟く彼の声はロザリアを前にした時と同じくひどく冷たい声だった。

 

 

 

彼の目を見ると、その瞳には氷のような冷たい光が宿っていて、その目に吸い込まれるかのように私は動けなくなってしまった。

 

「っ!大丈夫かっ」

 

と、キリトが声を掛けてくれると漸く謎の硬直状態が解けた。

 

 

「ッ!...ごめん、つい話し込んでしまったね。ちょっと不快にさせてしまったかな」

 

とロマンが少し申し訳なさそうに言ってきた。その時にはもう、彼が纏っていた冷たい雰囲気は一切感じなかった。

 

「いえ、そんな事ないですよ。むしろ凄いって思いました。何だか学校の先生みたいに話してくれたので分かり易かったし、お二人が良い人だって分かりましたから」

 

そう言った私にありがとうと言った彼は少し微笑んだ。

 

 

 

しかし、キリトは、

 

「シリカがそう思ってくれるのはとっても嬉しい。でも、俺はコイツみたいに他人に大口叩けるような義理はないんだ。俺のせいでパーティーを壊滅させてしまったのも一度や二度じゃない。彼等は、俺のせいで...」

 

 

 

そう言う彼の手は少し震えているように見え、顔は苦痛に歪んでいた。

 

「キリト...」と隣に座るロマンが声を掛けた直後、私は無意識の内に彼の手を優しく包み込んでいた。

 

「キリトさんが悪い人だなんて事はありません。だって、私の事助けてくれたもん!」

 

彼は驚いたように一瞬手を引っ込めそうになったが、力を抜いて、微笑む。

 

「...ここは君を慰める場面だったのに俺が慰められちゃったな。ありがとな、シリカ」

 

その瞬間、急に鼓動が激しくなり、顔が熱くなった。

 

そして私は何故かそれを悟られないようにしながら、

 

「あ、あれ~、チーズケーキ遅いなぁ」

 

と、誤魔化すかのように言った。

 

 

 

 

 

 

 

~三十分後~

 

私はキリトとロマンの泊まっている部屋の前まで来ていた。

 

もう少し、彼等とお話したいと思ったからだ。

 

 

 

 

扉の前まで来て、急に緊張してきたが意を決してノックする。

 

すぐに返事が返ってきて、ドアが開いた。

 

「あれ、どうしたの」

 

と、扉から顔を覗かせたキリトが問いかけてきた。

 

が、ここに来てまともな口実を考えてなかった事を漸く思い出した。

 

 

 

 

しかし、なんとか口実を捻り出し、

 

「えっと、あの、よ、四十七層の事を聞いておきたいなぁと思って」

 

と言い切った。

 

私のそんな様子を特に怪しむ事なく、彼は自身の部屋へと私を招き入れた。

 

部屋の中では、ロマンがコーヒーを淹れていて、彼のテイムモンスターはベッドの上で毛玉の様に丸まっていた。

 

彼はこちらを見ると、

 

「あぁ、シリカちゃん、いらっしゃい。四十七層の事を聞きに来たのかい」

 

と声を掛けてきた。

 

「こんばんは、ロマンさん。すいません、こんな夜遅くに」

 

「いや、気にしなくて構わないよ。夜遅くと言ったって、まだ十時を回ったくらいだから」

 

そう言い、彼は淹れたコーヒーを持ってきた。

 

「シリカちゃんはコーヒー飲めるかい」

 

「は、はい。でも、あたしの分まで気を使わなくても...」

 

「大丈夫、若い子が遠慮なんてあまりするもんじゃないよ」

 

「は、はい。それじゃ、頂きます」

 

そう言い、私の前に差し出されたカップの中身を一口。

 

 

 

すると、爽やかな香りが鼻腔を突き抜け、キリッとした酸味と深みのあるコクが口を満たした。

 

普段余りコーヒーを飲まない私でも、美味しいと感じる味だった。

 

「これ、どこで買われたんですか?」

 

と、思わず聞いてしまうと、隣でコーヒーを飲んでたキリトが答えた。

 

「これは人から貰ったモノでね。確か、それはその人が作ったやつだったはずだ」

 

「へぇ~」

 

誰の作った物か聞きたくはなったものの、今は先に聞く事があったのを思い出す。

 

「あの、そろそろ...」

 

「?...ああ、すまない。四十七層の事だったね。キリト、あれを」

 

「分かった」

 

キリトがストレージから見たこともないアイテムを取り出した。金色の平べったい置物のような見た目をしている。

 

キリトがテーブルに置いたそれを軽く叩いてポップアップメニューを表示すると、少し操作してウィンドウを消した。

 

 

 

すると、それは淡い青色の光を放ちながら広がり始め、青い光──ホログラムが球体になると円形の何かを映し出した。

 

よく見てみると、それはどうやらアインクラッドのどこかの層を映し出している事に気づいた。

 

「これは《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムで、これまで行った事のある層をこうして映し出せるんだ」

 

「へぇ~。凄いですね、これ」

 

青い映像の四十七層は転移門等の建築物は勿論のこと、フィールドやダンジョン等も精密に再現されていた。

 

「明日行く《思い出の丘》はこの辺りにある。このフィールドは基本一本道だから迷う事はない。この辺りのモンスターのレベルはだいたい45ぐらいだけど、注意しないといけないポイントがいくつかある。一つ目がここd──ッ!」

 

突然、ダンジョンの説明をしていたロマンが口をつぐんだ。

 

彼はドアの方へ鋭い視線を向けると、キリトに手で何かサインを出した。

 

それを見た黒シャツの彼は頷くと、足音を立てずにドアに近づき、

 

「誰だっ!」

 

と、いきなりドアを勢いよく開いた。

 

そこには誰もいなかったのだが、階段の方から誰かが走り去る足音が微かに聞こえた。

 

何度か辺りを見た後、キリトはドアを閉めて戻ってきた。

 

「悪い、逃げられた」

 

「いや、そこにいた奴らは僕らの話を聞いていただろうから、話を中断した時点で逃げ出していただろうな」

 

「えっ、でも、部屋の中の音は外には聞こえないはずじゃ...」

 

「《聞き耳》スキルが高ければその限りじゃない。そんなの育ててる奴なんて、ろくでもないの一言に尽きるんだけどね」

 

私の疑問に少し険しい顔で答えたロマン。

 

 

 

彼はその後の説明をキリトに任せると、誰かにメッセージを送り始めた。

 

ホロキーボードを打つ彼の姿に父親の姿が重なって見え、私はどこか懐かしい感慨に浸りながらキリトの話を聞いて...。

 

 

 

 

 

 

 [翌朝]

 

「ん、んぅ~、もう朝?」

 

目覚ましのBGMがベッドの上で眠る私を叩き起こす。

 

窓から差し込んだ朝日が部屋の中を照らし出して、

 

「きき、キリトさん!?それに、ロマンさんも!?」

 

と声を上げたが、何とか「どうして私の部屋で!?」と言おうとしたのを飲み込んだ。

 

 

 

昨日の夜にキリトの話を聞いた後の記憶、具体的には部屋に戻った記憶がない。

 

つまり、

 

「あたし、キリトさん達の部屋で寝ちゃったんだ」

 

その事実を認識した瞬間、顔がかぁっと熱くなる。

 

 

 

その時、

 

「ん、んん~~」

 

と、うなり声を上げながらキリトが起き上がった。

 

「んっと、おはよう、シリカ」

 

「は、はい!おはようございます、キリトさん」

 

「す、すみません。あたし、ここで寝ちゃってたみたいで...」

 

「あ、あぁ構わないよ。部屋が開かなかったんだからしょうがない。それに仮想世界じゃ、どこでもどんな姿勢で寝ても体を痛めなくて済むからな」

 

そう言い苦笑する彼を見て、同じように私も笑った。

 

「二人ともおはよう」

 

と、いつの間にか起きていたロマンが挨拶をしてきて、私達も挨拶を返す。

 

どうやら、キリトと話していたために彼が起きたのに気づけなかったらしい。

 

「二人とも元気そうで何よりだ。と、フォウを起こさないとな」

 

「?フォウって、あの真っ白な子ですか?」

 

「ああ。昨日紹介しとくべきだったな。僕のテイムモンスターのフォウ君。キャスパリーグという非常に珍しいモンスターだよ」

 

そう言いながら、彼は机の上で体を丸めている白い毛玉のような小動物を優しく揺さぶった。

 

すると、フォウはゆっくりと瞼を持ち上げ、可愛らしく目をパチクリさせると「フォウッ」と鳴き声を上げた。

 

「撫でてみても良いですか」

 

「あぁ、構わないよ」

 

ロマンの許可を貰ってゆっくりと手を伸ばす。

 

 

 

伸ばされた手にフォウは一瞬体を強張らせたが、すぐに力を抜き、私の手を受け入れた。

 

「フォ~ウ」

 

と、気持ち良さげなフォウを撫で続ける。

 

彼(?)の体毛は犬のようにふさふさしていたが、同時に猫の毛のような滑らかさも併せ持っていた。

 

そのまま私は部屋に戻るまでずっと撫で続けた。

 

 

 

 

 

[数時間後]

 

[第四十七層主街区《フローリア》]

 

「わぁっ!」

 

身支度を済ませて転移門へと飛び込んだ私達を迎えたのは、まさしく楽園だった。

 

「この層の通称は《フラワーガーデン》。主街区だけでなく、この層全体が無数の花に覆われている事はまぁ、言わなくてもわかるか」

 

正にその通りだった。私の視界いっぱいに彩りの花が映っていて、ロマンの説明が終わるや否や、私は花を眺めるために走り出していた。

 

 

 

 

 

 

そして、しゃがみこんで花達を愛でる事、十分。

 

漸く私は我に返り、

 

「す、すみません。一人で勝手にはしゃいじゃって...」

 

「気にしなくて大丈夫だ。もう少し見て回っても」

 

そう言う彼らに礼を言い、もう少し転移門周辺の広場を散策することにした。

 

が、暫くすると、ここにいるプレイヤー達──具体的には男女の二人組、恐らくは《そーゆー》関係なのであろう人達が多い事に気づいた。

 

 

 

その人達を見ながら、

 

(この二人といる私はあの人達からどう見えてるのだろう)

 

と、思ってしまっているのに気づいた。

 

顔が熱を帯びてくるのを感じたその時、

 

「どうしたシリカ?顔が赤いぞ?」

 

と、キリトが不思議そうに聞いてきたのを、

 

「い、いえ、何でもありませんよ///そ、それより早く行きましょう」

 

と、何故か誤魔化しながら、頭に《?》を浮かべているキリトを引っ張って、《思い出の丘》に続く方の道へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──何故か締め付けられる胸の中に気づかずに...。

 

 

 

 

 

[一時間三十分後]

 

[《思い出の丘》 中腹]

 

一面に広がる花畑。

 

その中に通る、レンガでできた一本道。

 

高原地域や北海道等にあるような、この美しい世界。

 

それを今、私──シリカはそれらを楽しめる状況になかった。

 

 

何故なら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああぁぁぁ。な、何なんですかコレぇ!キリトさん、ロマンさん見ないで!見ないで助けて!」

 

 

 

 

現在、花の影に潜んでいた大型の植物モンスターに捕まって宙吊りにされていた。

 

ソイツの姿は、この花畑のイメージを粉々に砕くかのような気持ち悪い見た目をしている。

 

っていうか、このままじゃスカートが捲れて、中のアレが見えッ...!

 

「ッ!もう、本当に、いい加減に、しろ!」

 

スカートの中身をさらけ出しそうになる直前、私の足に巻き付いた蔦を新しいダガー《イーボン・ダガー》で断ち切り、そこから真下の本体に向かって短剣四連撃ソードスキル《ファッド・エッジ》を叩き込む。

 

大きく口を開けていた相手の弱点である舌を青い輝きを纏った刃が切り裂き、次の瞬間、ソイツの身体が弾けてポリゴン片に姿を変えた。

 

「.....見ました?」

 

「「いや、見てない」」

 

今日二度目となるやり取りをして、また一本道を進み始めた。

 

このダンジョンは確かに景観は良いし、難易度もそこまで高くはなかった。

 

ただ、ここに出現するモンスターは見た目がグロテスクな植物系のモンスターばかりで、精神的にじわりじわりとダメージがくる。

 

 

 

とは言え、四十七層のダンジョンということだけあって経験値やアイテムの量は《迷いの森》より遥かに効率が良く、既にレベルが2も上がった。

 

まぁ、キリトとロマンがある程度削ったところで私が止めを刺す、なんていうスタイルで進んでいるせいだが。

 

「キリト、暫く前衛頼めるか?」

 

「わかった!」

 

と、フードを被ったままのロマンがキリトにそう言うと、私の隣まできた。

 

「どうしたんですか、ロマンさん」

 

「ちょっとシリカちゃんと話がしたくてね」

 

と言い、言葉を切った彼は一呼吸置いて、

 

 

 

 

「さっきキリトが君を助けた理由を話してなかったかな」

 

と聞いてきた。

 

「は、はい。でも、どうしてそれを?」

 

キリトがその話をしている間、彼は前衛でモンスターを相手取っていたはずだ。

 

「あぁ、僕は別に聞いてた訳じゃないよ。ただそう思っただけだ」

 

と彼が私の思考を読んだかのように言ってくる。

 

「まぁ、特にこれといった訳があるんじゃないけどね。何故か、僕も話したくなってしまった。君を助けた理由」

 

「あたしを助けた...理由...」

 

そう言えば、キリトは私が義妹に似ていることと彼女への負い目が私を助ける理由の一つだと言っていた。しかし、私の隣を歩く彼からはまだ聞いていなかったことを思い出す。

 

「とは言っても、僕もキリトと似たようなものでね。僕も身近な人への贖罪に近いものなんだ」

 

「贖罪、ですか」

 

「うん」

 

頷く彼の表情はフードに隠れて見えないが、辛うじて見える目はいくつもの感情を孕んだ光を映していた。

 

「僕は向こうでは大学生で、電子工学の道を進んでいたんだ。地元とまではいかないにしろ、結構長いこと住んでる所の近くに大学があったんだ」

 

「へぇ」

 

彼の「大学生」というワードで、彼の大人びた雰囲気にいくらか納得がいく。

 

彼がかなり頭が良さそうなのも、恐らくはそういう事なのだろう。

 

「じゃあ、お話って大学に行っていた人の事ですか?」

 

「いや、僕の家の隣に住んでいた女の子の事だよ」

 

 

 

 

 

 

 

...大学関係あったかな。

 

そんな疑問が頭をよぎったが、聞かない事にしておく。

 

「その子は僕がそこに住み始めてからの付き合いでね。はじめは僕も彼女もよそよそしかったけどすぐに仲良くなった。...でも、その子はちょっと他人と違うところがあったんだ。そして、そのせいで彼女は周りからいじめられていたんだ」

 

そう語る彼は悲しそうな声で続ける。

 

 

「彼女に何の非もなかった。ただ、他の人と少し違うところがあっただけでそうなったんだよ。僕と彼女の家族は普通に接していたが、他はそうじゃなかった。...そして、生徒だけでなく、教師や地域の人間にすら疎まれるようになった結果、彼女は周りとの繋がりを閉ざすようになった」

 

「家族の人やロマンさんとも、ですか?」

 

私の問いに彼は無言で頷いた。

 

「でも...何故ロマンさんが負い目を感じてるんですか」

 

話を聞く限り、彼に何の落ち度も無さそうだ。なのに、何故...。

 

 

 

 

「実は、彼女が人を避けるようになった原因の一端は僕なんだよ」

 

「え...。どうして、ですか」

 

「...ある日、彼女が学校でまたいじめられてきた時があった。クラスの中心的なグループからの罵倒に物品の破壊。その時丁度、彼女の家に寄っていた僕は彼女に泣きつかれて...。本当は彼女を慰めるべきだったんだと思う。だが」

 

そこで彼はフードを煩わしく思ったのか、フードを脱いだ。

 

彼の白く綺麗な髪が露になり、日の光を反射して煌めいた。

 

その彼の顔は暗かった。昨晩、私にコーヒーを入れてくれた、理知的な青年の爽やかなな雰囲気とはかけ離れていた。

 

 

 

「その時の僕はとある事情から、他人にきつく当たる事が何度かあった。後から思えば、それは只の言い訳だった。僕は泣きじゃくる彼女につい、きつい言葉をぶつけてしまったんだ。そして....それが彼女が心を閉ざす引き金になってしまった....」

 

「...その人とはその後、どうなったんですか」

 

「向こうではもう、三年以上も会ってない。彼女、それから大体一年後に周りの環境が良くなったりして持ち直したらしいけど、あの子を傷つけてしまった僕は会わす顔が無くてね」

 

そう言い、彼は顔を悲痛に歪める。

 

 

 

その様子を見ていた私は、ふと疑問が心に浮かび上がった。

 

「あの、さっき()()()()()って言いませんでしたか?.....まさか、」

 

「...彼女もSAOプレイヤーだ」

 

その言葉に衝撃が走る。彼の大切な人もこのデスゲームに閉じ込められているなんて。

 

「彼女は僕の相棒なんだが...恐らく向こうは僕の正体に気づいていない」

 

彼の短い言葉に多くの疑問が生じる。

 

 

 

相棒なのに正体に気づかないのは不自然じゃないだろうか。

 

大体、SAO(ここ)でのアバターは現実の姿とほとんど変わらないのに、どうしてそう言えるのだろう。

 

それに、彼は自分の正体を隠している。

 

知りたい。ほんとは誰なのか。

 

その好奇心が理性を上回り、彼にそれを聞こうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

「おーい、二人とも。どうやら、着いたみたいだぞ」

 

と、前衛をしていたキリトが目の前の丘を指差す。

 

 

 

そこで一本道は終わっていて、その前に石碑が立っていた。

 

そこが目的の場所だと一目で分かり、私はさっきまでロマンにしようとした問いも忘れて駆け出した。

 

 

その石碑の前にたどり着いた。しかし、そこに《プネウマの花》は咲いていなかった。

 

「キリトさん、ロマンさん。本当に、ここであってるんですよね」

 

「あ、ああ。そのはずなんだけど...あ、見て見ろよシリカ」

 

 

 

 

 

石碑を指差すキリトの言葉に反応して石碑を見ると、石碑の上の平らな台が光を放ち、そこから小さな芽が顔を出した。

 

芽はどんどん成長して、大きな蕾をつけると鈴のように軽やかな音を響かせて、開花した。

 

「これが.....《プネウマの花》。これで、ピナを生き返らせれる!」

 

花を手に取り、胸の前に持っていく。

 

嬉しさのあまり、零れ落ちそうになる涙をこらえながら、後ろに立つ二人の剣士にお礼を言った。

 

「キリトさん、ロマンさん。本当に、ありがとうございました!」

 

「どういたしまして。でも、ここでピナを生き返らせるのは危ないから、街に戻ってからにしよう」

 

と言ったキリトに、

 

「はいっ!」

 

と、私は堪えきれずに流れた一筋の涙を気にもせず、返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に《プネウマの花》をゲットし、もと来た道を歩いて帰る私達。

 

せっかくだから、歩いて帰ろうと言ったキリトに私とロマンが賛成して、三人で談笑しながら一本道を帰っていた。

 

モンスターのポップ数が少ないせいか、または単に時間があっという間に流れてしまったせいか、もう既に主街区に程近い小さな橋にまで来てしまった。

 

少し、いやかなり名残惜しく感じるが、同時にピナを早く生き返らせたいと急く心もある。

 

この二日間、二人の戦闘を見てきたが、ステータスも技術も相当高いように見えた。本来、彼等はもっと上の層で、それこそ最前線で活動するような人達なのだろう。

 

ピナを生き返らせたら、彼等は自分達の居場所に帰るに違いない。

 

 

 

 

 

(...もっと、この人達といたいなぁ)

 

 

 

そう思ってしまう程、彼等が私に与えた変化は大きかった。特に、黒づくめの剣士に私は────、

 

 

 

 

 

「.....止まってくれ、シリカ」

 

と、思考に耽っていた私に突然キリトが腕を伸ばして、私を止めた。

 

「キリトさん?」

 

隣に立つ黒衣の剣士の顔を見ると、険しい顔をして橋の向こう側を見ている。

 

しかし、橋の向こうに何も問題はないように見えた。

 

が...、

 

「いい加減、隠れてないで出てきてくれないか」

 

と、彼が誰もいないはずの場所に言い放つと、やがて一人の女性プレイヤーが出てきた。

 

黒基調のドレスにやや細めの両手槍、そして何より、鮮やかな赤い巻き毛が特徴の彼女は、

 

「ロザリア...さん?」

 

どうしてここに、と私の言葉が続く前に、

 

「私の《隠蔽(ハイディング)》を見破るなんて、《索敵》の熟練度が相当高いのね、剣士さん」

 

と、気味の悪い猫なで声でキリトに言うと、

 

「無事に《プネウマの花》をゲットできたのね。おめでとう、シリカちゃん」

 

と、そのままの口調で私にも声を掛けてくる。

 

何故だろう。褒めてくれたはずなのに、私の本能は彼女が危険だと訴えている。

 

 

 

どうか、杞憂であって欲しい。

 

 

 

 

 

そう思ったが、しかし、

 

「それじゃ、早速それを渡して貰おうかしら」

 

「なっ!?」

 

危惧していたとはいえ、ニヤリと残虐な笑みを浮かべる彼女に私は動けなくなっていた。

 

その時、

 

 

 

 

「悪いが、その要求は飲めないな、ロザリアさん」

 

とキリトが言い、

 

「いや、正しくは|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だな」

 

といつの間にか横に立っていたロマンが言い放った。

 

 

 

 

 

...え?え?どういう事?

 

「で、でも、ロザリアさんのカーソルはグリーンで...」

 

「犯罪者ギルドの構成員は、必ずしもオレンジという訳ではない。ロザリアみたいなグリーンのメンバーが《圏内》で獲物を見繕って、圏外に出たところで仕留める、なんてやり方も少なくない」

 

そう語るロマンの言葉を聞きながら、私は背筋に悪寒が走るのを感じた。

 

 

 

 

 

昨日、パーティーを脱退するまでの数日間、彼女が私といたのはまさか...!

 

「ご明察。本当なら、シリカちゃんがもう少しアイテムとコルを溜め込んだところで、美味しく頂こうと思ってたんだけど、あのちっちゃいクソトカゲが死んだから《プネウマの花》を取りに行くって言うじゃない。今が旬のレアアイテムを、ろくに強くもなさそうなガキ二人だけと取りに行くなんてチャンス、逃したら損ってものでしょう」

 

「それで、わざわざここまで来た、と」

 

口角を吊り上げながら、やたらと饒舌になって話すロザリアに対して、静かに呟くロマン。

 

彼女の態度に対して、静かな怒りを燃やしているかと私は思った。

 

が、次に彼が放った言葉に再び度肝を抜かれそうになった。

 

 

 

 

「自分からノコノコ正体を明かしてくれて助かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「・・・・・・・」

 

この短時間に何度も驚いたせいか、もうあんまり驚かなくなってきた。

 

それでも、二人に対する驚きが完全に消えた訳ではない。

 

そして、今回驚いたのは私だけではなかった。

 

「へぇ、あんた達がアタシに何の用があんだい」

 

と、僅かに眉間に皺を寄せながら言うロザリア。

 

その様子を気にする事なく、ロマンが続ける。

 

「10日程前、《シルバー・フラグス》というギルドを襲ったのはお前達だろう。リーダーを除く全員が死亡。しかしリーダーは辛くも脱出に成功した」

 

「あぁ、あの貧乏な雑魚ギルドの事?大して金目のモノも持ってなかったのは残念だったわ」

 

この人、いやこの人達は私以外の人も餌食にしてるんだ。

 

しかも、その人達を殺してるなんて...。

 

「俺達は先日、そのギルドのリーダーに会ったよ。最前線の転移門広場で彼はずっとお前らを黒鉄宮に入れてくれと頼み込んでいた。『復讐』ではなく、『投獄』をして欲しいと言った彼の気持ちがお前にわかるか」

 

ロマンから言葉を引き継いだキリトが静かに、しかし、怒りを僅かに覗かせながら、ロザリアを見据えて言いはなった。

 

 

 

その彼の態度に、ロザリアは彼等を馬鹿にするかのような表情をし、蔑むような声音で、

 

「あんなちっぽけなギルドの為に何マジになってんの?復讐じゃなくて、投獄を願った理由?知ったこっちゃないね。いくらSAOって言ったって、結局ここはゲームの中!《ここ》で死んだって、《外》で死んだという保証もないのに、正義面してそんな事言ってる連中には吐き気を催すね!」

 

と、声高に言い放つ。

 

 

 

それと同時に彼女が右手を掲げると、近くの木陰から複数のプレイヤーが飛び出してきた。

 

 

 

カーソルは....全員オレンジ!

 

「キ、キリトさん、ロマンさん!オレンジプレイヤーがあんなに!は、早く逃げましょう!」

 

と、彼等二人に声を掛けるが、

 

「...キリト。彼女を守っといてくれるか」

 

「...あぁ、分かった」

 

彼等は私を橋の端に連れてくると、ロマンがゆっくりと、ロザリア達の方へと歩みだした。

 

その様子を見たロザリアは凄みのある顔で、侮蔑的な言葉を重ねる。

 

「あんた一人で何しようってんだい。まさか、この人数を相手できるなんて思ってんの。それとも、本当にあのガキに体でたらしこまれ──」

 

 

 

「...昨日も言ったはずだが、アンタのくだらないごたくを本人の前で言うな」

 

と、彼女の言葉を遮るように、氷の如く冷たい声が辺りに響き渡った。

 

同時に、彼からひどく冷たいオーラが放たれるのを感じる。

 

その雰囲気に気圧されたのか、

 

「あ、あんた!状況も分かってない癖して、何様のつもりだい!」

 

と、ロザリアが少し動揺した声を響かせたのに対し、

 

「状況も分かってない、か。それはどちらの台詞かをはっきりさせるとしよう」

 

と言いながら、彼は勢い良くフードを後ろに払った。

 

露になった彼の白い髪が陽光を反射して煌めく。

 

それを見た瞬間、剣呑な雰囲気を放っていたオレンジが急に怯えたような表情になる。

 

 

 

 

「ア、アイツは...!ロザリアさん、ヤベェですぜ!白フードに白マントの白づくめの装備。それに、あの背中の片手剣!ア、アイツは《白の賢者》ノアだ!攻略組の探偵兼、犯罪者狩り(オレンジキラー)をやっている攻略組最強の一角だ!」

 

「「「「こ、攻略組!?」」」」

 

この突然のカミングアウトにロザリア達犯罪者組だけでなく、私も驚いた。

 

まさか、ロマンがあの《攻略組》の、しかも噂にだけ聞くあの浮遊城唯一の探偵剣士だったなんて。

 

...と言う事はまさか、

 

「...キリトさんってもしかして、あの《黒の剣士》!?」

 

「...あぁ、そうだ。悪いな、シリカ。今まで黙ってて」

 

「い、いえ、そんな!」

 

まさかのカミングアウト(2回目)。私とキリトの声は向こうまで届いたらしく、「まさか、あのモノクロコンビが!?」「まさか、《舞姫》も近くにいるのか!?」

と、動揺した声が響く。

 

しかし、

 

「ア、アンタ達、怯えるんじゃないよ!今来てるのは一人だけだ。この人数差なら、たとえ本当に攻略組だったとしても、勝ち目はないはずだよ。それに、攻略組だったら、レアなアイテムもたらふく溜め込んでいるだろうしね!」

 

と、ロザリアが叫んで、周りのオレンジプレイヤー達をけしかけた。

 

彼等は雄叫びをあげながら、橋の中央で止まったロマン──いや、ノアを一斉に攻撃し始めた。

 

片手剣に両手剣。メイスや両手斧、曲刀といった、様々な武器のソードスキルが放たれ、小さな橋の上で爆発が起きたかのような光が彼の体を引き裂く。

 

「や、止めて!このままじゃ、ノアさんが!」

 

しかし、興奮してるせいか、誰も私の言葉に耳を傾けた者はおらず、攻撃の手が緩む様子はない。

 

いざとなったら、私がノアを...!

 

そう思い、腰のダガーにてを伸ばしたその時、

 

「大丈夫だ、シリカ。アイツのHPを見て見ろよ」

 

と、後ろから私が行かないように抱き止めているキリトが言い、私はノアのHPゲージを見てみると、

 

 

 

 

 

 

 

HPは減っていなかった。

 

いや、正しくは、()()()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「コイツ、一体どうなってんだ」

 

と、攻撃を加えていたプレイヤー達にも異常に気づき始める。

 

それは後ろで控えているロザリアも感じ取ったらしく、

 

「アンタ達、ぐずぐずしないでとっととやっちまいな!」

 

と怒鳴ると、再びソードスキルの嵐が吹き荒れたが、結果は変わらない。

 

「10秒で、約450か。まあまあ高いダメージだけど、それが君達の限界って訳だ」

 

「い、一体、何を言って」

 

「まだわからないのか、ロザリアさん。僕の現在のレベルは83。HPは14200で戦闘時自動回復(バトルヒーリング)スキルを持っていて、十秒で600ポイントの回復がある。つまり、アンタなしで何時間攻撃しようと、僕を倒すには至らないという事だ」

 

レベルが、いや、次元が違う。数人がかりでやっても倒せない差なんて出鱈目過ぎる。

 

私がそう思うとほぼ同時に、攻撃に出ていたプレイヤー達が同様の事を口にする。

 

すると、いつの間にか橋を渡ったキリトが、

 

「あぁそうだ。たかが数字が違うだけで、こんな理不尽な差が開く。それがレベル制MMOの理不尽さなんだ!」

 

と、どこか悲痛な音を孕んだ声で言いはなった。

 

その一声でやっと、攻撃していたプレイヤー達は戦意を失ったのか、武器を下に向けた。

 

が、しかし、

 

 

 

 

「知ったことか!アンタらの正義の味方ごっこに付き合ってやる義理はないんだよ!」

 

と言いながら、ロザリアが突然槍を構えてノアに向かって一直線に飛び込んで行った。

 

「危ない!」

 

と叫んだが、ノアが避ける様子なく、槍の穂先がまっすぐに彼の胸へと吸い込まれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガギィィィィィン!

 

と、突然現れた盾に阻まれた。

 

何がどうなっているのか分からないといった様子のロザリアのカーソルはオレンジになっており、盾のノックバックで仰け反った彼女に、

 

「ッ!」

 

と、無音の気合いを発したノアが手にした片手剣で槍の柄を横から思い切り切りつけた。

 

その直後、槍は破砕音を立てながら砕け、ポリゴンの欠片へとその姿を変えた。

 

「お前ぇ...!」

 

と、鬼気迫る表情でノア達を睨み付けたロザリア。

 

しかし、その直後、その身体が不自然に倒れた。

 

良くみると、肩にぬらりとした光沢をもつナイフが刺さっていた。

 

「今、そこで倒れているリーダーさんに刺したナイフにはLv.5の麻痺毒が塗ってある。最低でも十分は動けないよ」

 

と、ノアが冷えきった声音で言う。

 

そして、隣のキリトが、

 

「ここに依頼人が全財産を叩いて買った回廊結晶がある。出口は黒鉄宮に設定してある。自分から歩いて入るか、そこのリーダーみたいに麻痺した状態で放り込まれるか、好きな方を選べ」

 

と、ポーチから大きな群青色のクリスタルを取り出して彼等に言うと、「コリドー・オープン!」とコマンドを唱えた。

 

そして、出現した青白い光のゲートに彼等はノロノロと入って行った。

 

最後に、ロザリアの襟首を掴んだノアが彼女を放り込もうとした時、

 

「ま、待っ、ふぇ。ゆ、許ひ、て」

 

と、麻痺のせいで呂律の回らない声で許しを乞うが、

 

「お前は、今まで犠牲にしてきた彼等に詫びながら、その罪を償ってこい」

 

と、ノアに言われながら放り込まれた。

 

その直後、ゲートは消え、辺りを静寂が支配した。

 

私はただ、立ち尽くす事しかできなかった。

 

彼等が攻略組だった事、自分とは別次元の強さを持つ事、そしてロザリア達を何もさせずに黒鉄宮に送った事。

 

これらの事に対する驚きもあったが、彼女達と対峙した時のキリトとノアの冷たい雰囲気に恐怖を感じていた。

 

怖かった。あの凍てつくような眼が、刃のような言葉が、吹雪のように冷たい雰囲気が、私にはとても怖かった。

 

 

 

 

 

(でも、)

 

と、恐怖であまり働かなくなっている頭の片隅で思う。

 

あの時、モンスターに襲われた私を助けてくれた時、宿屋で楽しくこの層の事を話してくれた時、フォウと仲良くなった時、そして何より、私とピナの為にここまで一緒に来てくれた事。

 

 

 

 

 

 

 

彼等はあの時、相手が犯罪者だったから冷たくなったんじゃない。正しい事を正しいと言える強さと優しさを持ってるから。レベルや装備だけじゃない、心の強さがあるから、彼等はあそこまで彼女に冷たく怒れたんだと私は思う。

 

 

だから、私は彼等が───、

 

 

「・・カ、シリカ?」

 

「ふぇ、は、はい!」

 

突然、話し掛けてきたキリトに驚き、変な声が出た。

 

彼と隣に立つノアを見ると、二人とも申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「悪かった、シリカ!君を囮に使うような真似をして...!」

 

「ごめん、シリカちゃん!」

 

「・・・・・」

 

と、いきなり頭を下げてきた二人。

 

本来なら、「そんな事ないですよ、気にしないで下さい」と言うべきなのだろうが、さっきまで考えていた事のせいなのか、笑いが込み上げてきた。

 

「ぷっ、あははは」

 

「ど、どうした、シリカ」

 

「え、どういう反応すれば...」

 

と、いきなり笑い出した私にキリトだけでなく、ノアまでもが困惑した表情になる。

 

「す、すいません。でも、さっきと雰囲気が違い過ぎて、あはは」

 

「あ、ああ。さっきは怖がらせたみたいだな。すまない」

 

「い、いえ、大丈夫です。さ、早く帰りましょう!」

 

「ああ、そうだな」

 

「戻ろうか」

 

そうして、私達は三十五層《ミーシェ》に戻るべく、主街区へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

第三十五層《ミーシェ》

 

「やっぱり、行っちゃうんですか」

 

「ああ、もう三日も前線を離れちゃってたからな」

 

「勿論、ピナの蘇生に立ち会ってから、だけどね」

 

と、《風見鶏亭》の一室で話す私達三人。

 

《攻略組》である二人はこの後すぐに戻らないといけないらしく、ピナが生き返ったら、そこでお別れだ。

 

まだ、この人達と一緒にいたい。

 

そんな気持ちが高まるのを必死に抑え、代わりに私は、

 

 

 

「どうやったら、私もあなた達みたいに、攻略組の人達みたいに強くなれるんですか?」

 

自然と、そんな問いを出していた。

 

「...シリカちゃん。強さって何だと思う?」

 

と、真剣な表情になったノアが問い掛けてきた。

 

「強さ...。それは、ステータスという意味でなく、ですか?」

 

「いや、それは自分でどういうモノかを判断しないといけない。だって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《強さ》なんて、人それぞれで違うものなんだから」

 

「!!」

 

《強さ》が、人それぞれで違う。そんな事考えた事もなかった。

 

「まぁ、シリカちゃんの言った通り、ステータスの《強さ》も攻略組の皆が重視してる事だ。でも、それだけじゃない。彼等は、『このゲームを脱出(クリア)したい』、『大切なあの人を守りたい』とかそういった願いや思い、決意からくる《強さ》がある。シリカちゃん、もし、僕達と攻略をしたいと思ったなら、レベルだけじゃなく、何か自分の大切な事、SAOをクリアしたいでも、ピナを守りたいでもいい。それを見つけてみる事が僕の思う《強さ》だと思うよ」

 

と、ノアは真剣に語ったがすぐに、そんなに難しく考えないでいいよと、優しく一言を付け加えた。

 

そして、私は、

 

「...分かりました。あたし、見つけてみます。私の《強さ》を!」

 

と、力強く決意を表した。

 

そう言った私を見て、二人の剣士は微笑みながら頷いた。

 

 

 

今日までの事、ピナにいっぱいお話してあげないとな。

 

 

 

 

 

 

昨日と今日だけの私の二人のカッコいいお兄ちゃんのお話を...!

 

 

「さぁ、ピナを生き返らせましょう!」

 

 




今回の話の流れだと、なんかノア君の方にシリカちゃんが惚れそうですが、何とか因果をねじ曲げてキリトに惚れたようになるようにします(今回は修正しません)。



話は変わりますが、FGOではもうすぐギル祭が開催されます。皆様、林檎と石の貯蔵は充分でしょうか。自分は三連休を利用して目指せ50箱!です。





次回「ゴーストランドの恐怖(仮)」
            ※オリジナル回


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第9刃 幽霊、屋敷、そして...

大変長らくお待たせしました。

今回は短編がいくつか合わさったものとなっています。少し時系列が分かりづらいと思いますが、詳しい時系列についてはあとがきの方にてご説明します。

では、本編をお楽しみ下さい。


「いやぁぁぁぁぁ、こっち来ないで!」

 

「や、やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ヒュオオォォォオォォ!!」

 

「「・・・・・」」

 

ここはアインクラッド第六十六層の迷宮区、通称《テラー・ゴースト・タワー》。

 

この名称からわかるように、今回の迷宮区、いや今回の層のテーマは《ホラー》である。

 

その為、この層では大量のアンデッドモンスターが出現し、特に後半──迷宮区に近づくにつれてアストラル系の比率が高くなっていく。

 

こういった仕様のせいか、少し前の五十五層──通称《むしむしランド》に続いて、女性プレイヤーを筆頭とする一部の攻略組メンバーから嫌悪されている層である。

 

 

 

 

そして今、現在僕──ノアはキリト、カエデ、アスナの四人で迷宮区攻略をしていた訳だが...

 

 

 

「アスナ、カエデ、落ち着け!このままだと他のMobも引っ掛けちゃうぞ!」

 

「そ、そんな事言われたって!」

 

「こ、怖いんだから仕方ないじゃない!」

 

と、いつもは気が強い女の子二人が揃ってLv.68のアストラル系モンスター《エンシェント・クレイジー・レイス》に怯えている始末であった。

 

そんな彼女達を見て、キリトと一緒にため息を吐くと、それぞれの武器──キリトはいつも通り《エリュシデータ》、僕はこの前リズに《クスリタライト・インゴット》で作ってもらった大型ハンマー《グレイシャル・イクリプス》を構えると、レイスに向かって走り出す。

 

そして、それぞれの武器が輝きを帯び始める。

 

「「カエデ(アスナ)、スイッチ!」」

 

と僕達が叫ぶと、彼女達は同時に横に飛び退ける。

 

その直後、その留まっているレイスにアメジストパープルの光を纏った刃と、エメラルドグリーンに輝くハンマーが襲いかかる。

 

キリトの操る片手剣は、レイスの胸部──レイス系モンスターの弱点である「核」に突き込まれ、更に押し込まれれる。そして、手首を反転させて後ろに切り上げる!

 

片手剣三連重攻撃技《サベージ・フルクラム》を叩き込まれ、強力なノックバックが発生したレイスに今度は緑の軌跡を描くハンマーの高速の四連撃が襲いかかる!

 

両手武器の中でも、相当な重さの部類に位置する両手鎚に分類されるハンマー《グレイシャル・イクリプス》はその大きさからは想像できない程の速さで左右に四回振り抜かれると、最上段から全力で振り下ろされた!

 

神聖属性を含むソードスキルの多い両手鎚ソードスキルの上位、神聖五連撃技《バスタリング・ラファエル》は残り四割程だったレイスのHPを余さず削りきり、レイスは高周波の断末魔を響かせながら、その身を消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

[五十六層迷宮区安全地帯]

 

「ほんとキミ達、何でわざわざ苦手なアストラル系がひしめくこの迷宮区に行こうなんて言い出したんだ?結局逃げてばっかりだったじゃないか」←キリト

 

 

「だ、だって!オバケが出るのは知ってたけど、あんなトラップがあるなんて知らなかったの!」←アスナ

 

 

「そ、そうだよ!あんなドッキリ系トラップやオバケがいるのにノア達は怖くないの!?」←カエデ

 

今、体育座りをして震えている二人に対してキリトが色々と聞いている訳だが、二人とももう涙目で本気で泣きそうだった。

 

この迷宮区は少し特殊な仕様になっていて、安全地帯を除くすべてのエリアに転移結晶系のアイテムが一切機能しない(治癒結晶等、転移系以外のクリスタルは使用可能)。その上、この迷宮区をデザインした人物がホラー要素を重視したせいか、これでもかという程の、大量のホラートラップが用意されてある。

 

その為、ここの難易度はこの層の攻略適正レベルに対して相当高い。

 

(このまま攻略を続けても彼女達がこれじゃあ、あまり進展は望めなさそうだな)

 

そう判断し、彼等に一時撤退の提案をしたところ、全員が賛成した為、今日は帰る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

第五十四層主街区《ロンディミニアス》

 

五十四層主街区の郊外にひっそりと建つ、中世ヨーロッパを彷彿させる洋館がある。

 

『ひっそり』と言いはしたが、この洋館は主街区の一角の一等地を丸々独占する程の広大な敷地面積を誇っている。

 

どこかの超大手ギルドのホームかと思う程の大きさだが、所有しているのはギルドでもNPCでもなく、僅か数名のプレイヤーである。

 

 

 

まぁ、つまるところこの洋館こそ、僕や他数名のプレイヤーホームであり、現在の探偵事務所である。

 

そして、今日迷宮区に潜っていたメンバーは、これまた広いリビングに集まっていた。

 

 

「はぁ~。やっぱりここは落ち着くなぁ~」

 

と、ソファーに埋もれながら腑抜けた声を出すのはここに住む同居人の一人であるカエデ。

 

この広大な屋敷を成り行きで入手した際、

 

「これだけ広いなら、他に誰かが一緒に住んでも良いでしょ」

 

と、彼女に言い寄られ、というか駄々を捏ねられて、渋々同居を許可した結果、いつの間にかアルゴまで住み着いている始末で、一時は色々と大変な事になった。

 

 

彼女達がいるお陰でこのばかでかい屋敷の維持ができている訳だが。

 

因みに、今はKoB副団長のアスナも居候中(良い家を見つけるまでの話らしい)だが、キリトは五十層主街区《アルゲード》のアジアの街のような雑多な雰囲気が好みらしく、ここには住んでいない。

 

「あ~、俺もこっちに引っ越した方が良かったかな」

 

と、僕の黒い相棒がポツリと呟いた。

 

その途端、

 

 

 

 

 

 

 

 

「キ、キリトくんはここに住んじゃ駄目!」

 

と、急に副団長様(居候中)が顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「「「・・・・・」」」

 

「・・・・!?」

 

どうやらアスナ君、漸く自分の口走った事に気づいたらしく、

 

「...そっか、アスナは俺と住むの、嫌なのか...」

 

と、真ブラッキーになったキリトに、

 

「ち、違う、そう言う意味じゃなくて!」

 

「ノ、ノアさんに迷惑がかかるかもって思っちゃったの。あ、あの、本当にごめんなさい!」

 

と、何故か涙目になって弁明していた。

 

「...君たち、そんなにじゃれあいたいなら、今から一部屋ご提供致しましょうか?」

 

と、できる限り呆れて聞こえるように言ってみると、二人揃って一気に顔を赤くして、

 

「な、何をいきなり!///」

 

「え?キリトの要望通り一部屋提供しようと言っただけだが?」

 

「は?あ、あぁ、そういう事か。何だよ、勘違いするじゃないか」

 

「ほんとだよ~。ノアさん、そんな事言われると本当に勘違いしちゃうじゃないですか」

 

と、胸を撫で下ろす二人に、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。人様の屋敷で、一体()()をしようという《勘違い》をしていたんだ?」

 

「「!?///」」

 

.....。

 

何だろう。からかってやろうかと思ってたのに、何だか見せつけられているような雰囲気になってきたな。

 

「二人とも、毎度毎度見せつけられてこっちもお腹一杯だよ~」

 

というカエデの発言にまた赤面する二人。

 

...もう、このままじゃ終わる気がしないし、そろそろ話題を変えるか。

 

「...それじゃあ、そろそろ本題に入らせてもらおうか。皆にあの迷宮区の感想を聞きた──」

 

「「超怖かった。もうやだ、あそこには行きたくない(泣)」」

 

「「・・・・・」」

 

...どうしよ、コレ。

 

今日の攻略で得た情報を纏めて、アルゴや他の攻略組の面々に渡そうと思ってたのに、彼女達がこのザマである。

 

でも、確かにアレは彼女達には少々キツ過ぎたと思わざるを得ない。

 

五層で初めてアストラル系モンスターに遭遇した時から、依然として苦手なままらしい。

 

「そう言えば、この層の攻略が始まってから、あまり君達の姿を前線で見てなかったな」

 

アスナはリビングデッド系は大丈夫らしく、序盤は攻略に顔を出していたが、最初のフィールドボスを倒した辺りからアストラル系モンスターがポップしだして以降、まったくと言っても良いほど姿を見せなくなった。

 

カエデに至っては、最初から何かと理由につけて攻略に参加しようとはしなかった。

 

まあ彼女がオバケが苦手な事は以前から知っていたので、無理に参加しなくてもいいように便宜を図っていたのだが、昨日家にやって来たアスナと話した後急に迷宮区に行くと言い出した。

 

あれ程嫌がっていた六十六層攻略に急に積極的になった彼女に仕方なく同行し、同じようなシチュエーションでアスナに連れて来られたキリトと合流して、「いざ、攻略!」と思って迷宮区に殴りこんだら、この有様である。

 

克服は難しいだろう。だが、もし彼女達が克服できたなら、今後の攻略、そして()()についても事が良く運ぶ。

 

「アスナ、カエデ。本当にどうしてこんな事言い出したんだ?」

 

と、キリトが二人に尋ねたところで物思いから覚める。

 

彼の言葉につられて二人の方を見ると、

 

 

 

 

 

「そ、それは...」

 

「キ、キリトくん達に私達がオバケが怖い理由をその身で理解してもらおうかな、なんて思いまして?」

 

「なんで語尾が疑問形なのか、気になるが今は気にしないことにしておこう」

 

「「・・・お願いします・・・」」

 

...色々と聞きたいことはあるが、それはまたの機会にしよう。

 

ほんと、この娘達はどうしたって言うんだ?

 

普段であれば、彼女達の考えていることを《視れば》すぐなのだが(四六時中見てばっかりだとプライバシー侵害になりかねないし、精神的な疲労が溜まりやすいので、いつもは自粛している)、最近は何故か彼女達の思考や感情が読み取れないことが多々ある。

 

ほんと、何なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Kirito├┘

 

「え、えっと。それじゃあまたね、キリトくん」

 

「あ、ああ。またなアスナ」

 

あの後、何故か様子がおかしくなったアスナ達と話をまとめようとしたのだが、変に気まずい空気が漂い始めたので、話し合い自体は解散となった。

 

だが、俺はノアに聞くべきことがあったため、一人リビングに残っていた。

 

「粗茶ですが、どうぞ」

 

「ご丁寧にどうも」

 

ノアがコーヒーのカップをこちらに持ってきた。

 

彼の淹れたコーヒーは程よい酸味とコクがマッチした逸品で、中層にいる料理マイスターのブレンドしたものらしい。

 

前にそのプレイヤーについての情報をアルゴから買おうとしたのだが、得たのはそのプレイヤーが神出鬼没の幻のような存在ということだけで、結局買いに行く時間と余裕もなかったので断念するほかなかった。

 

 

 

まあ、それは置いておいて、目の前でコーヒーを堪能している白髪の青年から聞き出さねばならない事がある。

 

「それでキリト。僕に聞きたい事とは何だい」

 

と、ソーサーにカップを置いた彼が話を切り出してきた。

 

「決まってるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近のお前の事だよ」

 

「僕の事?話すような事なんて無———」

 

「とぼけるな」

 

何食わぬ顔をしてとぼけたノアに声を低くして問い掛ける。

 

俺が真剣なのを感じ取ったのか、ノアは「悪い」と言って表情を引き締めた。

 

「...キリト、一体僕の何を聞きたいんだ?」

 

 

 

彼の発する雰囲気が豹変する。

 

 

いつもみんなの前で見せているモノではない。彼が本気になった時に発せられる、万物を凍てつかせるかの如き冷たいオーラ。

 

 

攻略組において、《最強の一角》とあのヒースクリフにすら言わしめた男。

 

βテスト時から、カエデと共に三人でパーティーを組んでいた俺ですら、そのオーラに気圧されそうになる。

 

が、俺は真っ直ぐ彼を見つめる。

 

「お前、何を隠してる」

 

「隠してるなんて、心外だな。君は多分、最近僕が一人で行動している事について知りたいんだろ」

 

「話が早くて助かるよ」

 

「まあ、そんなに真剣にキリトが聞くないし相談しそうな事なんて、僕かアスナ君の事ぐらいだろうしね」

 

そう茶化す彼は苦笑していたが、目は笑ってなかった。

 

「ノア。最近お前がよく姿を見せなくなったから、アルゴやエルさん達に調査を依頼してたんだ」

 

「...最近、周りを嗅ぎまわられているような気がすると思ったら、そういう事か」

 

今現在、アインクラッドで最も名を馳せている情報屋はアルゴだが、もちろん彼女だけが腕の良い情報屋という訳じゃない。

 

ノアはもちろんのこと、攻略組の情報収集ギルドとしても頭角を現した《黄金の時間(ゴールデンタイム)》や《始まりの街》を拠点にしている《軍》の情報収集能力には目を見張るものがある。

 

「彼女達に調べてもらった結果、お前の姿が《始まりの街》の黒鉄宮やその他様々な層で目撃されてた」

 

「...それがどうしたと言うんだ」

 

「お前が足を向けてる層がかつて使徒が出現した層だと言えば?」

 

「.....そこまで分かってるのか」

 

「大半はアルゴとエルさんに助けてもらったけどな」

 

俺の一言にノアはため息を吐き、身体中から放っていた威圧的な雰囲気を引っ込めると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《槍》の獲得条件が判明した」

 

と、出し抜けに言ってきた。

 

「《槍》とは?」と聞くのは、愚行だろう。

 

彼が言う《槍》とは、言うまでもなく《ロンギヌス》の事を指している。

 

現在、アインクラッドを脅かす災厄《使徒》、そして《黒の巨人》アルマロスとその眷族。

 

彼らに対して特効能力を持つであろう、その槍を所持しているのは件のアルマロスであり、奴を倒さずして、槍の入手は不可能だと思われてきた。

 

「オレンジの残党を捕縛して黒鉄宮に叩き込んだ後、僕は手掛かりを探して、これまで使徒が出現した層を中心に調べてたんだ。そして、その調査は見事に成功した」

 

そう言い、彼はウィンドウを操作していくつかのアイテムを取り出した。

 

それらは、青空のように澄んだ立方体の水晶片らしきものだった。

 

「...何だこれ」

 

「アイテム名は《方舟の欠片》となっている。恐らく、数ヶ月前に僕が攻略して、その後消滅したあの《方舟》に関係あるんだろうね」

 

「あの時のか...」

 

黒猫団を脱退した後に、ノア本人から聞いた謎のダンジョン。

 

彼がクリアした後は消息を絶っており、あのアルゴですら、情報の入手に失敗したらしい。

 

「これは推測なんだが、恐らくこれを全部集める事が槍の入手条件。これらは使徒の出現した座標にポップしていたから、多分使徒を倒さないと入手できない」

 

「じゃ、じゃあ、そもそも槍は使徒を全て倒さないと手に入らない...?」

 

俺の声にゆっくりと、しかし確かに頷いたノア。

 

はっきり言って、信じがたい。

 

あんなバケモノクラスのモンスターを全て倒さないといけないなんて。

 

「...ノア。使徒は後何体残ってるんだ?」

 

「この二ヶ月の間に行われた討伐戦で、第七使徒《マトリエル》と第八使徒《ガギエル》、そして第九使徒《サンダルフォン》を新たに殲滅したから、恐らく後3体」

 

「3体もいるのか...」

 

蜘蛛のような足を持つマトリエルは足を切り落として動けなくしたらすぐ倒せたが、六十二層で出現したガギエルは海、六十四層にいたサンダルフォンは溶岩地帯と、SAOにおいて最悪ともいえるフィールドでの戦闘となった為、これまでで討伐した使徒の中でも格別に厄介な相手だった。

 

これらの戦闘における死者はそれぞれ二桁に登った。

 

おまけに、

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ステータスは...」

 

「あぁ、これまでの奴らの比じゃないだろうな」

 

その一言がどれだけのものかは、これまで使徒を倒してきた俺達には痛い程に理解できる。

 

「まぁ、そいつらよりも更に上がいる今、ぐずぐず言っては入れないんだけどな」

 

「当然だ。...それより、他の奴には?」

 

「ヒースクリフにはもう話してある。お前のその反応からして、アルゴ達も知らないんだろ」

 

その通りだった。ノアの調査を請け負ってくれた彼女達も、結局彼がどういう目的で行動していたのかについては分からなかったらしい。

 

「まぁ、そう言う訳だ。それに、そろそろ頃合いだろう」

 

「頃合い?」

 

何の事か分からず、首を傾げる俺に、

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()退()()()

 

 

 

 

.......は?

 

 

 

「な、何言ってんだよ、ノア!さっき、強力な使徒が今後出るって───」

 

「落ち着け。今すぐ脱退する訳じゃない。早くても、最後の使徒を倒してからの話だ」

 

「それにしたって!」

 

彼は攻略組に最も必要なプレイヤーの一人だ。

 

レイド戦等における作戦指揮能力の高さ、優秀な頭脳、そして何より卓越した戦闘センス。これら全てを併せ持った、いわば《仮想世界の申し子》とでも言うべき青年。

 

使徒の討伐やフロア攻略によって、数が少なくなってきた今の攻略組から、彼一人抜けるだけで非常に大きな損失が発生する。

 

そんな事態になった場合、俺も出し惜しみせずに《アレ》を使わなくてはならない。

 

「キリト、この事は誰にも言うな。...例え、アスナ君やカエデであっても」

 

ノアが目に鋭い光を宿らせて、釘を刺してきた。

 

そして、次の一言で俺の度肝を抜いてきた。

 

 

 

 

 

「もしバラしたら、お前の持ってるエクストラスキルについて洗いざらい吐いてもらおう」

 

「ッ!!知ってたのか...」

 

そう言う俺に、彼はさも当然と言わんばかりに眼鏡をクィッと押し上げた。

 

ほんと、底が知れない奴だ。

 

俺も周りには気を付けなければ。

 

そうしないと、いつ、誰にバレるか分からない。

 

「まあ、気を付けたまえ少年」

 

「そうさせてもらうよ」

 

...ほんと、気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

夢を見た

 

まだ幼い頃、吹雪の吹き荒れる雪山に建てられた天文台にいた頃の記憶

 

親はいなかったが、そこで働く人はみんな優しく、楽しい人達

 

そして、僕と同じ境遇の亜麻色の髪の男の子と、藤色の髪の女の子

 

二人とも僕と同い年で、一緒に遊び、学び、お菓子を食べ、本を読んだ

 

いつも活発で、よくいたずらをする少年に触発されていたずらをした結果、三人諸共怒られた時

 

真面目で芯が強く、それでいて天然な少女と共に部屋で本を読んだ時

 

自分の容姿を自身の描いた絵の人物に整形、もとい改造した天才(変態)にゲームを作ってもらった時

 

いつも僕達は一緒だった

 

この楽しく、温かい日々がずっと続くと思ってた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、その日々は唐突に終わりを告げた

 

煌々と燃え続ける管制室

 

いつも青い光を湛えていた球体は、その身を周りの炎と同じ色に変えている

 

そして、崩れた瓦礫の下敷きになった職員の人達

 

その中には、血だらけになって倒れている少年の姿が...

 

 

『■■■■さん!■■■さんが、■■■さんがぁ!』

 

彼の亡骸にすがり付いて、嗚咽を上げる少女

 

僕はどうしようもなく、その姿を見ている事しかできず...

 

 

 

(?)

 

 

 

 

不意に背後から、鋭い視線を感じる

 

 

                  やめろ

 

 

 

背筋に寒気が走り、本能が警鐘を鳴らす

 

 

 

              やめろ...!

 

 

 

しかし、僕は操られたかのようにゆっくりと後ろを振り向き、

 

 

 

              やめろ...!

 

 

 

 

そこにあった幾つもの赤黒い眼球を見て、そして──────

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

あまりの恐怖で飛び起きた僕の視界に映っていたのは、いつも通りの僕の部屋だった。

 

 

窓から暖かな光が差し込んで来ている事から、もう朝になったのかと脳の片隅で呟く。

 

 

 

「....早く準備をしないと...」

 

別に寝起きが悪い訳ではないのだが、今日は何故か力が出ない。

 

心臓が早鐘を打って止まず、猛烈な気分の悪さも収まらない。

 

 

 

「ウッ」

 

襲いかかる強烈な吐き気に耐えきれず、ベッドの隅に手をついてえづく。

 

現実世界ならば、胃袋の中身を思いっきりぶちまけているところだが、仮想世界にそのような機能はない為、感じるのは胃と食道が脈打ち暴れる異様な感覚だけだ。

 

その感覚に苦しんでいたその時、

 

 

 

 

 

 

 

「ノア、いつまで寝てるの!早くしないと遅れちゃうよ!」

 

という、同居人の声と共にドアが勢いよく開いた。

 

慌ただしく部屋に入ってきたカエデはこちらを見て、

 

「もう、一体いつまで寝...て.....ッ!?」

 

苦言を呈そうとした彼女の声が減速していく。

 

その理由は言うまでもなく、僕の様子を見たからだろう。

 

「...ノア、どうしたの」

 

先程までの怒りは消え、代わりに心配そうな声を掛けてくるカエデ。

 

その紅い瞳には、不安げな光が揺蕩っている。

 

「...大丈夫だ。ごめん、寝坊してしまっ「そうじゃないっ」

 

誤魔化そうとした僕の声を、彼女が遮った。

 

「そんな苦しそうな、つらそうな顔をしているのにそんな事言ったって、信じる訳ないでしょ」

 

「.....そんなにつらそうに見えたのか」

 

「うん。だってノア、

 

 

 

 

 

 

今、泣いてるんだよ」

 

「...え?」

 

 

彼女のこの一言で、漸く僕は頬をつたる水滴に気づいた。

 

すぐに拭うが、それらは眼からどんどん溢れてくる。

 

「...あれ、どうしたんだろ。何で止まらないんだ?」

 

訳も分からず溢れる涙を、ただただ拭い続けていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

顔に柔らかいモノが押し付けられた。

 

より具体的に説明すると、今僕の頭をカエデが胸に抱いている状態だ。

 

「え、あ、ちょ、カ、カエデ?」

 

普段の彼女ならばしないであろう行動に驚き、つい身動ぎをすると一瞬ピクンと硬直するが、すぐにいっそうその豊満な胸に押し付けられる。

 

一体どうしてこんな事を?

 

そう聞こうとするものの、口が思うように動かせず、

 

「...どうして」

 

と言うのがやっとだった。

 

彼女はそんな僕の問いに鈴の音のような声で答えた。

 

「今のノアを見てると、なんかしちゃいたくなっちゃって」

 

しちゃいたくなった、って...。

 

そう呆れつつも、同時に先程までの気分の悪さや吐き気が少しずつ和らいでいくのを感じた。

 

「...無理なんて、しないで」

 

「え...」

 

「私、知ってるんだよ。ほとんど毎日、寝もせずに戦ってる事」

 

「!バレてたのか...」

 

「当たり前でしょ。夜に部屋に行ったらもぬけの殻だった事なんて何度あった事やら」

 

「...すまない」

 

「別に謝れなんて言ってないよ」

 

彼女の優しい声を聞いていると、胸が痛くなる。

 

確かに、僕はほぼ毎晩高効率の狩場でレベル上げに勤しんでいる訳だが、ただ強くなる為だけにやっている訳ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

振り向かない事にしたはずの、蓋をしたはずの過去を夢に見てしまう事が最近多くなり、その夢のせいで僕は周りの人達も同じような事になるのでは、という恐れを抱くようになった。

 

だから、キリトやアスナ、シルヴィ、アルゴ、何よりカエデを、僕が────、

 

 

「──ア、ノア?聞いてる?」

 

「ん、あ、ああ。なんだ?」

 

「聞いてなかったんだ...。もう元気になった?」

 

と、頭上から声が降ってくる。

 

「ああ、元気にはなった。けど」

 

「?けど?」

 

「ちょっと、息が...苦しく....」

 

「?...ああ、ゴメン!!」

 

何故か急に慌て出した彼女から漸く解放され、僕は酸素を取り込むべく、何度か深呼吸をした。

 

カエデの顔を見ると、透き通るように白く、それでいて薄い桃色を帯びた肌はいつも以上に真っ赤に染まっていた。

 

彼女はしばらく、しばらく魚のように口をパクパクした後、

 

「じゃ、じゃあ下で待ってるから!早く降りてこないと置いてくからね!」

 

と言いながら、部屋を出ていった。

 

 

 

 

ホント、何だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六十三層

 

「夏だぁ!」

 

「海だぁ!」

 

「「海水浴だぁ!!」」

 

真夏(4月)の砂浜ではしゃぐ、美少女二人(カエデとシルヴィ)

 

 

 

 

ここ六十三層は美しい海と砂浜があるリゾートフロアだ。

 

 

序盤の七層もリゾート地ではあったが、あちらはカジノをメインにした、ラスベガス等に多いタイプだった。

 

それに対し、こちらはハワイやグアムみたいに海や山等の自然をメインとしたタイプで、難敵サンダルフォンが北西部の火山に出現したのは記憶に新しい。

 

 

 

 

 

 

因みに、水中戦で僕達を苦しめた使徒ガギエルは一つ前の六十二層の大海で討伐された。

 

そして、三日前に六十六層ボス部屋にて、《Hessian・The・DurahanKing(デュラハン王・ヘシアン)》と《Lobo・The・Lupus・Rex(狼王・ロボ)》のダブルボスを討伐したといったように、最近は短期間でボス戦があった。

 

その後、攻略組の一部メンバーから、一時的に休暇を取らないかという意見が《会議》に寄せられ、話し合いの結果、全員が二週間の休暇を得ることとなった。

 

そして、アスナ、カエデ、シルヴィの仲良し三人組から「遊ぼう」と誘われたので、皆で集まるとここに連れてこられ、現在に至る。

 

 

 

 

 

のだが、

 

 

「...どうしてこうなった」

 

「諦めろ、キリト。あの《皇女》様の破天荒ぶりは知ってるだろ」

 

「それに、その海パンはアスナさん作のモノなんだろ。もっと堂々としろよ」

 

「いやいやいや、まさかあの時と似た状況になるなんて思ってなかったんだよ!!」

 

そう叫ぶ彼の格好は黒い水着───というか、黒いボクサーパンツに、これまた黒いシャツを羽織っている。

 

これだけであれば、ごく普通の着こなしだと思うであろう。しかし、彼の水着、正確にはボクサーパンツの方にちょっとしたいたずらが為されている。

 

なんと、ボクサーパンツの後ろ側に青白い体毛の狼がデカデカとプリントされていたのだ!!

 

「まさか、四層の牛パン姿のデジャヴを見ることになるなんて...(笑)」

 

六十六層ボスの狼王ロボをデフォルメしたのであろうそれを見て、笑いを堪えてきれていないオーロ。

 

僕も何とか笑わずにコメントをしようとしたが、堪えることができず、吹き出してしまう。

 

四層の水路で彼が(意図せずに)お披露目なさった、第二層ボスの一体のLAボーナスである、尻に大きくプリントされた牛印が印象的なインナーを思い出してしまい、ついつい笑ってしまったのはしょうがないと思う。

 

 

 

...とは言え、

 

「アスナ、それぇぇぇ!」

 

「きゃっ。...やったわね、シルヴィ!」

 

「わっ!ちょっ、アスナ、私にまで、ワプッ!?」

 

 

やっぱり、彼女達の方に目がいってしまう。

 

浅瀬で水を掛け合ってはしゃいでいる美少女三人。

 

この光景を見て、目を奪われない人はそうそういないだろう。

 

隣の黒髪ボーイズも目が吸い寄せられている。

 

 

 

「シルヴィ様達、楽しそうですね」

 

と、僕の左隣で呟いた金髪の女騎士。

 

「確かに。...だけど、」

 

と言いながら、彼女──エルの方を見る。

 

「なんでエルさん、水着着て来なかったんだ?」

 

「私には姫様の護衛という職務がありますので」

 

と、いつもの凛とした表情で答える彼女。

 

しかし、その声には少し別の響きが混じっているように聞こえ───、

 

「オーロ、ノア、キリト~。こっちに来て遊びましょう!」

 

「そうよ、せっかく海に来たのに楽しまないと損だよ~」

 

と言いながら、カエデとシルヴィがこっちに駆け寄ってくる。

 

その後ろをアスナが少しふらつきながらついてくる。

 

「ア、アスナ、どうした?」

 

「み、水掛けに夢中になってたら、カエデに...その...」

 

と、顔を赤くしながら、駆け寄ったキリトに答えるアスナ。

 

下手人だと思われる少女の方を見ると、案の定目を泳がせているカエデがいた。

 

「お前、アスナ君に何したんだ」

 

 

 

「い、いやぁ、今のアスナって結構エロ可愛い格好してるでしょ。だからついついあの綺麗な肌に触ってみたくなっちゃって」

 

「お前、それ現実世界(向こう)でやったら、社会的に抹殺されるぞ」

 

確かに、今のアスナはその豊満な肢体を赤と白のストライプのビキニに包んでおり、カエデの言う通り魅力的だと言える。

 

まぁ僕も健全な男だし、そう言う目で見てしまうのはしょうがないし、カエデが触れたいと思ったのも一応の理解はできる。

 

だが、こういった事を見せてはいけない相手がここにはいる訳であり...

 

 

 

 

 

「ねぇ、カエデ。アスナのってどうだった、どうだった!

?」

 

と、目をキラキラさせながら、カエデにグイグイと迫る無邪気な皇女様に、

 

「え?う、うん。結構大きくて、柔らかくて、気持ち良かったよ」

 

と、若干上体を仰け反らせながらもそう答えた。

 

因みに、現在の二人の格好についてだが、シルヴィはアスナに形の整った体を薄い水色のビキニで包んでおり、アスナに負けず劣らずの可愛さを醸し出している。

 

そしてカエデは、黒ベースの水着を着た上にライトグリーンのパーカーを羽織るといった出で立ちで、陽光を受けて輝く透明な髪に良く映えていて可愛い。

 

そして、好奇心旺盛なシルヴィがこんな状況で大人しくするはずもなく...

 

「アスナ~!それぇぇぇ!」

 

と言いながら、いきなりアスナの双丘を揉みしだき始めた!

 

「うわぁ。確かに柔らかくて、気持ちいい!」

 

「あ、ちょっと、シルヴィ、やめっ、んっ」

 

と、口元をニヤニヤさせているシルヴィに揉まれながら、何とか堪えようと顔を真っ赤にしているアスナ。しかし、堪えきれずに少しずつ色っぽい吐息を出している。

 

 

 

もう、やってる事が皇女様のそれではなく、ただのエロ親父それになってしまっていた。

 

我々男からすれば、目の前のピンク色の光景は非常に目の保養と成り得るのだが、それは流石にアスナが可愛そうなので、

 

「エルさん」

 

「はい」

 

パコ~ンッ!

 

「イタッ!」

 

目に剣呑な光を浮かべたエルがシルヴィに近づき、目も霞む勢いで手刀を一閃。それはシルヴィの額へと寸分の狂いなく命中した。

 

「~~~~!ナニするのよエル!」

 

「無論、シルヴィ様への教育ですが」

 

「教育!?主の額をチョップするのが教育なの!?」

 

「あなたこそ、一国の皇女ともあろうお方が他人の胸を揉みしだくとは何事ですか。今は休暇中で、羽目を外すとしても限度と言うものがあります!」

 

涙目になって抗議するシルヴィと、彼女を鬼の形相で叱りつけるエル。

 

お互いに一歩も譲らない二人。その近くに近づく人影があった。

 

「エルさん、少しいいですか」

 

「ア、アスナ殿?どうされましたか」

 

「ちょっとシルヴィを借りたいのだけど、いいですか」

 

と、両腕で自身の体を抱いたアスナが、しかしいつも通りのほんわかした声で言った。

 

それを言った時の彼女は依然顔を赤らめていたが、いつもの彼女の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

こめかみが怒りと羞恥で震えていなければ。

 

それを見たエルさん、

 

「ええ、構いませんよ」

 

「え、エルウゥゥ!?」

 

あっさりと主人を見捨てた。そして、涙目になるシルヴィ。自業自得だ。

 

「ああ、勿論カエデも一緒にね」

 

「え、ちょっ、ア、アスナ、さん?」

 

「向こうでちょ~~とお話、しましょうか」

 

「ヒッ」

 

と、カエデが小さな悲鳴を上げた。

 

 

 

...よく分かる。よく分かるとも。今の彼女の放つ、どす黒いオーラが僕でも見えるのだから。

 

カエデは恐怖で紅い瞳を潤ませながら、

 

「ノ、ノア...」

 

と、助けを乞うように(いや実際そうなんだろうけど)、僕を見つめてきた。

 

 

 

そ、そんな子兎みたいに見つめて来られたら、僕も君を助けるほかないじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、なる訳がなく、

 

「アスナ君、こいつの事だったら好きにしていいですよ」

 

「ノアあぁぁ!?」

 

先程のシルヴィのように、叫ぶカエデ。

 

「な、何で助けてくれないの!?」

 

「色々あるにはあるが、一番の原因はお前が僕相手に色仕掛けでどうにかしようとしたことだな」

 

「・・・」

 

 

 

さっきは触れてなかったが、カエデがこちらに助けを求めた時、彼女はその豊満な胸を腕で押し上げて強調した上に上目遣いという、間違いなく健全な男子の百や二百くらいなら余裕で落としそうな仕草をしていた。

 

 

これが初見であったなら、僕の心にも迷いが生じていたかもしれないが、カエデがこういった事をしてくるのは初めてではない。

 

ここ最近、彼女の僕に対するアプローチがかなり増えたような気がする。

 

 

 

...いや、違う。『気がする』ではない。実際にそうなのだ。

 

事実、僕が《視た》彼女の感情。あれが僕の想像通りのモノであるなら、彼女は───、

 

「ノア。おい、ノア」

 

と、相棒(キリト)の声で、僕の意識は思考の海から浮上する。

 

「カエデ達、アスナが連さt──。...大丈夫か?」

 

「...ん、ああ、大丈夫だ。アイツはちょっとはしゃぎ過ぎだ。.....でも」

 

 

 

それはしょうがない。あの娘は向こうじゃ、海なんて行けなかったのだから。

 

例え、それが仮初めの世界の海であっても、彼女にとっては楽しかったのだろう。

 

 

 

だからと言って、他人の胸を揉みしだくのはやり過ぎだが。

 

 

 

 

 

「まぁ、彼女達が帰ってくる前に、夕食の準備をしとこうか」

 

「OK」

 

「了解」

 

そして、僕、キリト、オーロそれぞれがウィンドウを開き、各自の持参したアイテムを出していく。

 

今回は皆でBBQ。食材、機材準備担当は僕達男性陣が受け持っている。

 

...肝心の調理担当は女性陣に任せているので、彼女達が早く戻ってきてくれないと困るのだが。

 

僕も《料理》スキルを取ってはいるものの、今は《カレス・オーの水晶瓶》に保存中でスロットには入ってない。その上、その《水晶瓶》はホームストレージに置いてきた為、今の僕はシステム的には素人料理人である。

 

「なぁ、ノア。アイツらが戻ってくる前に少し焼いて食っとくっていうのは...」

 

と言ってくる、事情を知らない黒髪金眼の少年。

 

「残念だけど、今の僕にできるのは炭の錬成だけだ」

 

「そ、そうか」

 

その後は軽い雑談を交えながら、コンロやテーブルを組み立てていった。

 

そこまで難しい作業でもなかった為、組み立て自体は早く終わったのだが、問題はそこからだった。

 

 

 

「はぁ!?ノア、お前大丈夫なのか?」

 

と、すっとんきょうな声を上げるオーロ。

 

今朝の一件をカエデから(一部を除き)聞いていたらしいキリトが話したらしい。

 

「大丈夫だ、そんなに心配するような事じゃない」

 

と、肩をすくめながら言ったのだが、

 

「でも、ノアお前、以前にも倒れた事があったろ」

 

と、痛いところを突かれた。

 

そう、実は前にも僕は()()が出た事があった。

 

 

 

 

 

┌┤Side Kirito├┘

 

[1ヶ月程前]

 

「...あのなぁ、クライン」

 

「...おう」

 

「これで何度目なんだ?」

 

「だ、大体20くらい、か?」

 

「か?、じゃないよ、ホント」

 

呆れたような声を上げるノアと、少しばかり項垂れた様子のクライン。

 

彼は仮所有している屋敷の一部を探偵事務所としており、今日もクラインを含め、三人の依頼やカウンセリングを受けていた。

 

そして、このバカはもう何度目になるかも分からない恋愛相談に来ていた。

 

そして俺、キリトはいつも通りノアにお茶をご馳走になっていたところをクラインと鉢合わせ、彼らの同意を得て同席させてもらっている。

 

「で、今回はあの《歌姫》ユナちゃんか。ホントお前は次から次へと...」

 

「い、いいじゃねえか。お前らだって、アスナやカエデがいるんだからよぅ」

 

「それとこれとでは話が違う。...はぁ」

 

と、ため息混じりに答えるノア。

 

手元のカップを口に付け、中の珈琲の半分程を飲み干すと、

 

 

 

 

 

 

「良いニュースと悪いニュースがあるんだが、どっちから知りたい?」

 

と、クラインに問い掛けた。

 

その問いに彼は、「うぐっ」と変な声を出す。

 

...俺も大体予想がついた。彼がわざわざこう言ってくる時は───、

 

「い、良いニュースから、頼む」

 

「いや、そこは悪いニュースから聞いとけよ」

 

ヘタれたクラインに、横から突っ込む。

 

「じゃあ、良いニュースから」

 

と言ったノアは、ストレージを開くと何かの紙をオブジェクト化した。

 

机に置かれたそれを見ると、白と空色を中心に使った、

 

『《歌姫》Yuna Second・Live!!』

 

という文字が目に飛び込んできた。

 

どうやら、ライブのチケットらしい。

 

「ノ、ノア。お前、これどうしたんだよ!こいつぁ、ユナのライブの特別優待チケットじゃねえか!」

 

「え、これ、そんなにすごいものなのか!?」

 

特別優待って、何かノアしてたのか!?

 

「キリトも聞いた事はあるだろ。中層でトラップに引っ掛かって、ピンチになった攻略組二軍を救った《吟唱》スキル持ちの少女の話。その時助けた娘がユナちゃんで、その時のお礼としてもらったんだよ」

 

「あぁ、あの時のか」

 

 

 

半月程前、攻略組の中でも比較的練度不足のプレイヤー達、通称《二軍》を対象とした中層遠征があった。

 

四十六層の未踏破ダンジョンで行われたそれは、ボスを倒すまでは順調だったのだが、ボス撃破後に発生したトラップに巻き込まれ、絶体絶命の状況に陥ってしまったらしい。

 

その時、レアスキル《吟唱》でモンスター達のヘイトを集めて、付き添いのノアや《風林火山》の面々等が来るまでの時間稼ぎをしたのが、今話題に上がっているユナらしい。

 

 

「で、でもよぅ、あン時はオレ達だって助けに行ってたじゃねえか!何でお前だけ───」

 

「僕はあの後、彼女の相談に乗った他、彼女がライブ活動をするための援助もかなりしたからな」

 

「「・・・」」

 

ホント、こいつのステータス高過ぎではないだろうか。

 

戦闘から普段の生活に至るまで、そつなくこなす彼。

 

いつもであれば、「すごい」の一言で済ましてしまうが、今の彼は──

 

 

 

「って言うかよぅ、ノアお前大丈夫なのか?」

 

と、クラインが急に問い掛けた。

 

「大丈夫って、何が?」

 

 

 

「いやだってよぅ、先生今、すっげぇ顔色が悪いぞ」

 

「そう?そんな事はないは...ず...」

 

バタンッ!

 

「ちょっ!?」

 

「ノア、しっかりしろ!ノア!」

 

 

 ────────────────────

 

 

その後、突然倒れた彼はしばらくすると目を覚ました。

 

倒れた原因に心当たりがないか、彼に尋ねてみたところ、このアホは約一週間、昼は探偵業やカウンセリング、夜は一晩中レベリングや素材集め等を一睡もせずにやっていたらしい。

 

その上、目を覚ましてからしばらくすると、

 

「...仕事、しないと...」

 

と呟いて、部屋を出ようとしたところでカエデが現れ、事情を理解した彼女に止められて漸くベッドに戻った。

 

 

 

 

 

[現在]

 

「と、こんな事があった訳だ」

 

「ノアって、やっぱりアホなのか」

 

俺が語り終えた途端に呆れた声を出すオーロ。

 

ノアはただ苦笑いをしていた。

 

「まったく、これだからノアは!」

 

と、カエデがいたら言いそうなものだが、生憎彼女はまだアスナに絞られているらしく、戻ってくる気配はない。

 

「とにかく、今は機材の準備を済ませよう。話はその後にでも...」

 

と、話をそらすかのようにノアが言った。

 

彼に話を続ける意志がない事は明らかだった。

 

その後、機材の準備を終え、女性陣が戻ってくるまで俺達がその話題に触れる事はなく、ただ当たり障りのない会話をするだけだった。

 

そして、女性陣が戻ってきた後も、彼は語ることなくBBQはお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後、《白の賢者》ノアが攻略組から姿を消す事になるとはその事を彼自身に示唆されていた俺を除いて、誰も予想はしていなかった。




それでは早速、今回の時系列についてです。

3月下旬 第六十六層迷宮区攻略
        ↓
4月初旬 第六十六層ボス撃破、
     攻略組メンバー全員が休暇獲得
        ↓
     次回 ラフコフ討伐戦(仮)

かなり大雑把ですが、だいたいはこんな感じです。

次回もかなり時間が空くと思いますが、内容は上記の予告通りになります。読者の皆様には申し訳ないのですが、お待ちして頂ければ幸いです。




追記

皆さんは今年のFGO福袋は何が当たりましたか?自分は見事スカディをお迎えする事ができました。



...楊貴妃?知らんな(77連爆死)。


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第10刃 嗤う棺桶とホワイト・マーダー[Ⅰ]

半年もお待たせして申し訳ございません!

今回、ストーリーに急展開が!?




┌┤Side ???├┘

 

《アインクラッド》低層に存在する洞窟。

 

フィールドの隅にポツンと存在する入り口を除いたら目印等全くなく、また何かしらの隠し要素がある訳でもなかった。

 

その為、情報屋が情報を公開しても攻略最優先の《攻略組》は勿論の事、中層や低層のプレイヤーからさえもほとんど気にかけられる事はなく、忘れ去られた場所。

 

その最奥、2()()3()0()()()()()()()()()()()()()()()広間で男は口元を歪める。

 

全身を黒と暗褐色の皮装備で固めており、目深に被ったフードで表情は見えない。

 

しかし、彼の右腰に装備された中華包丁を彷彿とさせる大型ダガーと頭上に浮かぶオレンジカーソル、そして何より男の放つ強烈な殺気が、彼が只者でない事を如実に語っていた。

 

その黒い死神は、この後引き起こされる惨劇(パーティー)に興奮を隠す事なく、小さな、しかし抑揚のある声で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、早く踊ろうぜ。ブラッキー(キリト)■■■■(ノア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Noah├┘

 

 

 

「ッ!ふざけた事言わないで!」

 

 

パンッ!

 

と乾いた音が、怒号と共に部屋に響き渡る。

 

その音を発した本人───カエデの表情は怒りに歪んでおり、こちらを剣呑な目つきで睨みつけてきていた。

 

それは彼だけではなく、隣に座るキリト、そしてアスナまでもが、こちらに鋭い視線を向けてくる。

 

 

 

(どうしてこうなったか)

 

視線の槍を受けながら、脳内でそう呟く。

 

そして僕は、ここ30分の間に起きた出来事を整理するために、自分の記憶をたどり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [30分前]

 

「そ、それはマジなのか、《閃光》!?」

 

と、円卓を囲むプレイヤーの一人、《DDA(聖竜連合)》のティーチが驚きの声をあげる。

 

その他のプレイヤーも、驚きを隠せない様子だ。

 

彼等が困惑する中、この話を切り出したアスナは先程のティーチの言葉に頷いた。

 

「はい。アルゴさんの持ってきた情報ですし、正確だと言えます」

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴの持ってきた情報。

 

それは、この浮遊城における最悪の殺人(レッド)ギルド《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》──通称ラフコフに関するものだった。

 

ラフコフの結成日は、表向きは2024年の元旦となっているが、僕のこれまでの調査やキリトを始めとした一部のプレイヤーの証言からして、公表日より前からギルドを結成して活動を行っていたと考えている。

 

特に、ラフコフのギルドマスターのPoHは2023年の元旦にキリトをその毒牙にかけようとしたのを皮切りに、以降多くのプレイヤーを殺害、もしくは殺人行為の煽動をしている。

 

おまけに、最近は《友切包丁(メイト・チョッパー)》という物騒な名前の大型ダガーを入手したせいか、一層過激になっている節がある。

 

また、ジョニー・ブラックや《赤眼》のザザを始めとしたラフコフの構成員も、その悉くが攻略組に比肩する程の強さを有するため、以前から彼等を討伐すべきだという意見が、この会議でも何度か議題に上がっていた。

 

 

 

 

 

しかし、4月に入ってなお、奴らの討伐が実行された事は一度たりともない。

 

 

 

理由は簡単。

 

 

 

 

 

 

 

 

奴らのアジトが見つからないのだ。

 

 

 

 

 

 

「なら探せば?」

 

と言われるに違いないが、捜索自体は既に何度もやってきた。

 

 

 

ラフコフの構成員は全員がオレンジであるため、《圏内》指定されている町や村に入る事はできない(厳密には、入る事自体は可能だが、その瞬間に鬼強いNPCガーディアンが対象を排除しに行くので、犯罪者が《圏内》に入るのは自殺行為に等しい)。

 

その為、《圏外村》と呼ばれる《アンチ・クリミナルコード》が設定されていない村や集落を中心に捜索網を展開した。

 

しかし、それらは空振りに終わり、結局今の今まで奴らの尻尾を掴む事さえできなかった。

 

 

それが今になって突然尻尾を出したと言うのだから、どうしても先に疑いを持ってしまう。

 

何せ、これまで殺人を始めとした犯罪行為を堂々と行ってきたにも関わらず、足取りが掴めなかった連中が自分から居場所を明かすなど怪しさ満点である。

 

 

 

 

 

故に、

 

「アルゴを疑う訳じゃないけど...その情報、大丈夫なの?」

 

と、カエデを始めとした一部メンバーは不安を隠しきれていなかった。

 

彼女らの意見も最もで、実際僕もそういう思いが少なからずあり、

 

「僕も正直、今回の情報が正確だったとしても、これが僕達《攻略組》を釣る為の撒き餌だと思っている」

 

と、率直な意見を述べた。

 

「だよな。その上...」

 

 

奴らのアジトの場所がな...、とキリトが続ける。

 

 

 

今回のリークによると、ラフコフのアジトはまさかの洞窟型ダンジョン。そこは攻略組の捜査が比較的薄かった上に、そもそもが発見の難しく、大勢で攻め込むのに不向きな森の奥地にのみ入り口が設置してあるという始末。

 

更に、洞窟であるが故に、内部には恐らくラフコフの伏兵が潜んでいる確率が非常に高く、大部隊で攻め込んだ時に奇襲を受けると非常に大きな混乱をもたらす恐れがある。

 

この為、討伐隊を編成するにしてもあまり大規模な物にはできないし、今回はアジトへの奇襲を以て奴らの討伐を完遂する事を前提としているから、少数精鋭、多くて約30人程にメンバーを絞る必要がある。

 

 

僕がこの事を言うと他のメンバーも同じように考えていたらしく、一先ずメンバーは後で募ることが決まった。

 

 

「次は奴らをどうするかだな」

 

とキリトが言うと、彼の隣に腰かけているアスナが、

 

「今回の作戦はあくまでラフコフメンバーの討伐を目標としています。でも、出来るなら私は、奴らを極力殺さず確保する方向で動きたいです」

 

と、毅然とした態度で言った。

 

 

確かに、今回のラフコフ討伐における目的はあくまでラフコフの《殲滅》で、メンバーの《駆逐》までする必要性はない。戦闘不能にさせて黒鉄宮に叩き込めば、それで済む話である。

 

 

だが、

 

「それはちょっとリスクが高いんじゃないのか、アスナの嬢ちゃん」

 

と、今日は珍しく今まで一言もしゃべらなかったクラインが険しい顔で彼女に苦言を呈した。

 

「俺達がアイツらを殺す気を持ってなくても、アイツらまでこっちに合わせてくれる訳じゃねぇ。むしろ、こっちを積極的に殺しに来るのは間違いねぇ」

 

「クラインの兄貴の言う通りだ。この意識の差ってのは決して無視できるモノじゃねぇ。それによってこっちが殺されてしまったら、本末転倒だ」

 

と、ティーチも彼の意見に同調するように厳しい声を出す。

 

 

しかし、彼らのそういう意見にオーロが反発する。

 

「だからと言って、わざわざそこまでする事はないだろ。相手がこれまでに何人ものプレイヤーを手にかけているクズ野郎だってのは知ってる。でも、いくら相手が殺人鬼だからって、奴らを殺すって事は奴らと同じところにまで堕ちるのと同じだ。それこそ本末転倒じゃないのか」

 

「その考え方が甘いって言ってるんだよ、オーロ。奴らに許しを与えるのは、これまでに奴らに殺された連中全員を侮辱しているのと同義だ」

 

と、ティーチが眉間に縦皺を刻みながら、底冷えするような低い声でオーロに言い返す。

 

普段は温厚な彼からは想像できない、凍てつくような雰囲気に円卓は静まりかえったが、尚も彼は持論を展開していく。

 

 

「奴らの殺しは快楽を求めた道楽だが、俺達がこれからするのは粛清だ。決して同じじゃねぇよ。倫理感と道徳を大事にする事は大切だ、俺もそれを否定する気はないが、それが刃を鈍らせて結果的に殺されてみろ。これまで死んでいった奴らにどう詫びるつもりだ!」

 

彼の声は次第に大きくなり、最終的には怒鳴り声とも受け取れる程にまでなった。

 

 

「ティーチさん。さすがに言い過ぎです!」

 

と、さすがにヤバいと判断し僕が彼を注意すると、彼も頭が冷えたのか、

 

「...すまん、言い過ぎた」

 

と、少し小さな声で言った。

 

 

「...えっと、それでどうするんだ結局」

 

と、少し気まずい空気を晴らそうとキリトが声を上げた。

 

その一言で、みんなの視線が議長の僕に向く。

 

みんなから何か案を出せと言わんばかりの圧を受け、僕はかねてより考えていた一つの案を出す事にした。

 

 

 

「クラインやティーチさんの意見も、アスナ君やオーロの意見も間違っているとは思わないし、どちらが正しいかなんてそんな事を議論していたら、時間がいくらあっても足りない。...なので、ここは折衷案という事で行きましょう」

 

そう言いながら、僕は机の上にとあるアイテムをオブジェクト化した。

 

「これは、ナイフ、ですか?」

 

と、オーロの隣に座っていたエルがたずねてくる。

 

それは、一見どこにでも売ってそうな質素な造りのモノだが、刃はヌラヌラとした湿った光沢を放っている。

 

 

 

 

「ノア、それってまさか...」

 

「そう、これは毒ナイフ。刃にLv.5の麻痺毒を塗ってあります」

 

と言うと、円卓の各所から「おおっ」という声が聞こえてきた。

 

クラインが驚いた顔で、

 

「おい先生。毒武器っていやぁ、結構貴重な物だろ。そんなモノを今回使ってもいいのかよ!?」

 

と言い、さらにオーロも、

 

「しかも、数だってかなり少ないはずだろ。どうやってメンバー分の数を揃えるんだ?」

 

と、言ってきた。

 

確かに、毒ナイフを始めとした《毒性(トキシティ)》属性を有する武器は一度きりの限定クエストやモンスタードロップ、特別な素材を使った武器生成によった手段でしか入手出来ず、その上《毒性》武器には代償として攻撃力や耐久力が若干低くなるといったデメリットがある。

 

事実、かつて僕やキリトが使っていた《ソード・オブ・ポワゾン》に関しても、耐久力が《アニール・ブレード》のそれよりも低く、耐久力強化で何とか誤魔化しながら使っていた。

 

 

だが、これに関しては既に解決策が出ている。それは、

 

「...それは?」

 

と、呟いた皆の視線の先にあったのは新しく僕がオブジェクト化した小さい水晶瓶だった。

 

 

 

一見すると、今は少しずつ市場で出回るようになった《カレス・オーの水晶瓶》に似ているが、こちらの瓶は紫水晶に似た鉱石を加工して作られているものらしい。

 

ともまぁ、この驚異的なアイテムを説明すべく、僕は口を開く。

 

「このアイテムは《スコーピオンの毒液瓶》と言うアイテムです。これを武器に使用すると、一回だけ《毒性》を付与する事ができます」

 

 

「「「はぁ!?」」」

 

と、周囲から驚きの声が上がった。

 

まぁ、僕も《アイテム創造》スキルで色々試していて、たまたまコレができあがった時は本当に驚いた。

 

これまで《毒性》武器を入手する事はあっても、《毒性》を付与するアイテムは入手した例がなかった。

 

一回きりとは言え、《毒性》付与が行えるのは非常に強力だ。

 

「これを全員に使用して、それに麻痺毒を塗れば、全員分の毒武器を用意できます」

 

この一言で、会議はどの武器にそれを使用し、一人当たりにいくつ毒武器を配布するかの話し合いになった。

 

その後、討伐隊メンバー全員にLv.5麻痺毒ナイフが三本ずつ配られる事となり、元々《毒性》武器を持っているプレイヤーに関しては、予備の麻痺毒を追加する事になった。

 

 

 

そして、これで確保ができなかった場合や相手が対抗策を講じていた場合の対応について、キリトやクラインが聞いてきた。

 

それに対して、僕はこう答えた。

 

「できる限り奴らの腕や足を落として戦闘不能にした後、縄で縛るなどの対処をお願いします。...もしもそれが難しい場合は、

 

 

 

 

 

 

 

 

...殺して下さい」

 

最後のこの一言で、全員の表情が凍りついた。

 

そんな彼らに構わず、僕は続ける。

 

「すいません、言い方が悪かったです。皆さんに殺人を強要するような事は絶対にしません。殺しはあくまで最終手段なので、まず自分の安全を第一にお願いします。...ゴミの片付けは僕がやっておくので」

 

「ゴミの片付けって...。ノアだけがそんな事する必要なんてないよ」

 

と、カエデが心配そうに言う。

 

彼女に心配してもらえるのはうれしいし、僕だって好きで人殺しをする訳でもない。

 

それは彼女だけでなく、キリトやアスナ、オーロやクラインも理解してくれているのは分かってる。

 

 

 

 

 

 

 

でも、それでも、

 

 

「みんなが手を汚す必要はない。そんな役は僕一人で十分だ」

 

「ノア...」

 

「勿論、みんなの実力は一線級だというのは理解している。でも、だからってそれが殺人を許容する理由にはならない。だから、僕はみんなまで人殺しをする必要はないと思う」

 

「...だから、あなただけがラフコフを殺す為に手を汚すって言うの」

 

「必要ならそうする」

 

カエデは言葉を重ねる度に、少しずつうつむいていき、声も震えてきた。

 

「...それでノアはいいの?」

 

「何度も言わせるな、必要ならそうするまでだ」

 

「...ッ!」

 

 

そして次の瞬間、僕は彼女のビンタを頬に受けた。

 

 

 

 

 

 

そして、現在。

 

怒りに満ちた瞳で僕を見るカエデ。

 

他の全員も、こちらを鋭い目で見ている。

 

重い空気の中、カエデが口を開く。

 

「一体何度言わせるのよ、自分だけが責任を負うような真似はやめてって!」

 

カエデの怒声を正面から受け、改めて彼女が自分の事をどれだけ大切に思ってるのが痛い程伝わってくる。

 

 

 

実際、彼女にこんな事を何度も言わせてる時点で、僕の胸は内側から無数の針で刺されたかのように痛んだ。

 

 

 

 

でも、頭はますます冷めていく一方で、

 

 

(いつから僕はこんなに薄情者になったんだ?)

 

という疑問が、何度も浮かんでは消えた。

 

そんな内面を見せない為に、僕は顔を引き締めて彼女と向き合った。

 

「カエデ、これはいずれ、必ず誰かがやらないといけない事なんだ。それがたまたま僕だっただけの話だ」

 

「だからって、そんなのッ!」

 

「君が心配してくれているのは分かってる。でも、だからこそ、僕がやるべきなんだ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ。二人だけで勝手に話を進めないでくれ」

 

と、舌戦を始めそうな空気になったところにキリトが口を挟んだ。

 

彼のその一言で、自分達が周りを見ずにいた事が分かり、僕もカエデも口を閉ざした。

 

 

「「「・・・」」」

 

 

気まずくなった空気の中、恐らくこの中での最年長であろうクラインが口を開いた。

 

「さっきから先生、まるで俺らの事を信用しないような口ぶりじゃねぇか」

 

その口調は、発言の内容に反して柔らかいもので、彼がこちらに気を使ってくれてるのが分かる。

 

しかし、「言いたい事をはっきり言え」という意思も伝わってきた。そして、そう思ってるのは彼だけでないという事もすぐに視て取れた。

 

他のみんなも同様に、こちらを見つめてくる。

 

「ノア、何かあるんならちゃんと話してくれ。俺達は仲間なんだから、当然だろ」

 

と、キリトが追い討ちをかけてくる。

 

 

 

(もう隠せない、か...)

 

無論そんな事はないが、キリトの言う通り、ここで言わなければ迷惑をかけるのは自分だ。

 

 

 

 

 

 

それに、万一キリト達がラフコフメンバーを一人でも殺した時、その実行者まで()()()()()()()()()()

 

(言うしかないか)

 

そう思い、僕は口を開いた。

 

 

 

僕の《切り札》を明かすために。

 

「...分かった。その理由、そして僕の切り札を話そう。それは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┌┤Side Kaede├┘

 

「お疲レ。どーだったんダ、会議ハ」

 

会議が終わり私が自室に帰ると、足をブラブラさせながらベッドに寝転がっている親友(アルゴ)が声を掛けてくた。

 

「うん。明後日の夜7時に集合、その後すぐにアジトへ突入だってさ」

 

と、彼女に答えながら装備を解除し、ラフな格好になってベッドに腰かける。

 

続けてウィンドウを操作し、明日の新聞記事を書いていたであろうアルゴに会議の内容のメモを送信する。

 

「おっ、サンキューなカエちゃン」

 

と言いながら、メモを読んでいくアルゴ。

 

最初は黙って読んでいたが、あるところから「ん?」と奇妙な声をあげ始め、読み終える頃には彼女の顔に疑問と懸念が色濃く表れていた。

 

「...なァ、カエちゃン。一体会議で何があったんだ?」

 

「...うん。ちょっと、ね」

 

そして私は、会議の時の事を彼女に話した。

 

聞き終えたアルゴは起き上がると、こちらに向いてペタンと座り込んだ。

 

「まさかカエちゃんがノアくんをひっぱたくなんてナ」

 

「だって、一人で奴らを殺して、その責任を背負い込む気なんだよアイツ。そりゃ、私達の事心配してくれてるのは分かってる。分かってるけど...」

 

 

 

そう、頭では分かってるのだ。

 

私達が──例え相手が犯罪者であっても──人を殺すのを、どうして彼が恐れるのか。

 

それは多分、それが原因で私達が心を病んでしまうのかもしれないからだとは、分かってる。

 

 

 

そしてそれが、彼自身をも蝕んでいる事も───

 

「...エちゃン?カエちゃン?」

 

「え?あ、ごめん」

 

考えに耽り過ぎて、アルゴの声に気づかなかった。顔を近づけていた彼女に少しびっくりしつつ、私は返事を返した。

 

「で、どうしたの?」

 

「ああいヤ、カエちゃんがボーっとしてたから気になっただけだヨ。...それにしてモ、ノアくんがこんな秘密を持ってたなんてナ」

 

「私も知らなかった...」

 

そう、ノアが会議の途中で明かした切り札(ジョーカー)

 

突如明かされたソレについて知ってる人はいなかったし、そもそもβテストの時から一緒にいる私やキリトでさえも気づけなかった。

 

「でもコレ、文面を見る限りじゃ相当な切り札だゾ。それこソ、《神聖剣》やカエちゃんの持ってる《アレ》以上の───」

 

と、若干興奮気味になっているアルゴに対し、私はノアから聞いたソレの重大な欠点を口にした。

 

「でもソレ、任意での発動が無理みたい」

 

「・・・・・ハ?」

 

と、それを聞いたアルゴが固まる。

 

が、それも一瞬。幼さの残る顔いっぱいに驚愕の色を見せ、私を押し倒す勢いで掴みかかってきた。

 

「ちょっと待テ!それってどーゆー事なんダ!?」

 

「ア、アルゴ...苦しい...」

 

「ア、ゴメン」

 

そう言いながら私が彼女の肩を叩くと、彼女は襟を掴んだ手を放してくれた。...危うく、窒息するかと思った。

 

「デ、ソレは一体どーゆー事なんダ?」

 

と、先程いた位置に座り込んだアルゴが聞いてきたので、私は彼が言っていた事をほとんどそのまま口にした。

 

要約すると、

 

・その切り札はパッシブスキルみたいなもので、常時発動しているらしい。

 

・しかし、ある条件を満たさない限りはリミッターがかかって、その真価を発揮できないらしい。

 

・リミッターが解除された場合、戦況を覆す程の能力を得るが、とある理由から連続使用は5分が限界らしい。

 

という事らしい。

 

 

 

なんか、「らしい」ばっかりになっちゃてるけど、私もあくまで聞いただけで見た訳じゃないからね。ホントかどうかは、使用している本人とソレを作った人だけだろうし。

 

...とまぁ、ここまで聞いたアルゴは神妙な面持ちになっていた。

 

「カエちゃン、コレってちょっとおかしいんじゃないカ」

 

と、唐突に聞いてきた。

 

それに私は首を縦に振る。

 

 

 

私もコレがおかしい事は会議が終わって気づいた。

 

そのまま解釈をすれば、これはヒースクリフ団長の《神聖剣》や私の持つ《切り札》と同じ《ユニークスキル》の類いになるのは間違いない。

 

でも、これらは全て専用のソードスキルやアビリティボーナスがある《戦闘用》スキルなのに対し、ノアの持つソレは対象にアビリティボーナスを付与するだけの《補助系》スキルで、しかも使用に制限があるときた。

 

私の知る限り、スキルツリーに最初からあるスキルや、条件を達成すると獲得できる《エクストラスキル》にもこれと同じタイプのスキルを見た事はなかった。

 

まぁ《ユニークスキル》のような特殊なものなら、用意されていてもおかしくはない。だけど、

 

「でモ、なーんか引っ掛かるんだよなァ」

 

とアルゴが口にし、私も頷きながら言葉を返す。

 

「アイツが何か隠しているのは確かなんだけど、情報が少なすぎるし...」

 

ノアが以前から何かを隠しているのは知っていたが彼にそれとなく聞いてもはぐらかされ、アルゴやGTが探りを入れても出てきたのは例の《欠片》集めの事ぐらいで、それ以上の情報は掴めなかったようだ。

 

「...なんでノアくんは自分の事を隠したがるんだろうナ」

 

「分からない。でも、明日の夜は何か起きそうな気がする」

 

「何かっテ?」

 

「そこまでは分からないけど...」

 

しかし、私の胸が妙にざわつき、締め付けられているのは確かだった。

 

それは明日の夜にラフコフ討伐に行く事への不安と恐怖によるモノなのか、あるいは...。

 

その後、アルゴが帰ってベットに入って後もそれが消える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[A.Ⅾ.2024 4/13 P.M.7:20]

 

┌┤Side Noah├┘

 

アインクラッド低層の森林系ダンジョン。アインクラッド外周部に程近いその森の端でぽっかりと口を開ける洞窟の入り口。僕達はそこで作戦の最終確認をしていた。

 

「...最後にもう一度確認します。今回はあくまで相手を戦闘不能にして捕縛する事を前提として行動して下さい。それと奴らが奇襲を仕掛けてくる可能性もあるので、周囲への警戒を怠る事がないよう気を付けて下さい」

 

「ではA班はノア殿を先頭にして内部へ、B班はここで待機して下さい。こちらの指揮は私エルが取ります」

 

僕が最後の確認を終えると、エルが内部強襲組のA班とサポート兼入口封鎖を行うB班それぞれに指示をだしていた。

 

因みに、今回の強襲作戦におけるメンバーの振り分けは以下のようになっている。

 

     [A班]      [B班]

 

リーダー ノア       エル        

 

メンバー キリト      オーロ

     

     アスナ      ティーチ 他10名

 

     カエデ

 

     クライン 他15名

 

「しっかし、今回ヒースクリフの旦那とシルヴィの嬢ちゃんは欠席か」

 

と、夜にも関わらずほんのりと青い光を放つ水晶でできた洞窟を進みながらクラインが呟く。

 

「団長はフロア攻略以外の事には基本無関心な人だから。さすがに今回の事には関心をもってもらえると思ったんだけど、結局返ってきたのは『この浮遊城攻略に直接関係しない事について、私が関わる事はない』の一言だったからしょうがないわよ」

 

と、アスナが不満そうな口調でヒースクリフ不在の理由を口にする。

 

「シルヴィの参加はエルさんが止めたらしいよ。まあ、シルヴィの立場的にも当然だけど」

 

「あぁ、そう言えば、シルヴィって向こう(現実世界)じゃお姫様だったな」

 

カエデがシルヴィの事を言うと、キリトが納得したように頷く。

 

彼女の言う通り、シルヴィは某国の皇族に名を連ねる立場である為、仮想空間であるとはいえ人同士の殺し合いが起きるであろう場所に行かせる事をエルが止めたので、彼女は僕の屋敷でアルゴと一緒に留守番である。

 

事の重大さをシルヴィも理解しているので、エルの言う事に大人しく従っていたから多分問題はないだろう。

 

 

 

 

しかし、気掛かりな事がいくつかある。

 

一つはヒースクリフの事だ。

 

先日の会議で、僕の切り札を明かした事は恐らく彼の耳にも入っているだろう。切り札を()()()()()()()()()()()()ので彼が何か言ってくる事はないはずだが、先輩は僕がここで《アレ》を解放するかもしれない事は感づいている事だろう。

 

先輩が攻略以外の事に無関心過ぎると思ってはいるが、この事については彼にまた聞けばいい。

 

 

問題はもう一つの方だ。

 

それはPoH、ラフコフのギルドマスターの事だ。

 

奴の情報については以前から収集していたが、表に出回っている以上の情報が出てこなかった。

 

その為、数か月前に発生した《圏内殺人》事件で奴が《DDA》のシュミットを殺そうとしていた際に、《眼》を使って情報を得ようとした。

 

現実世界で犯罪心理学を専門とする大学教授の元で生活していた際に習得した、他者の発するサインを読み取り、情報を得る能力。意識的にどのサインを読み取るかを決めれる訳ではないので、個人情報まで丸裸にしてしまう事もあり普段は極力使わないように心掛けているが、その時は相手がアインクラッド一の殺人狂という事で遠慮なく読み取らせて貰おうとした。

 

 

 

 

 

しかし、奴からは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

どうして読み取れなかったのかは分からない。

 

これまで他の人間に対しては問題なかったのに、奴に対してのみ機能しない。

 

これは奴が何かしらの対策を講じているからなのか。でも、この能力を明かしているのは親しい間柄の何人かで、そもそもこれは即席で対策を講じれるような代物ではない。

 

とすれば、原因は外部からによるものではなく内部、つまり自分自身にあるという事に...。

 

「もうすぐ開けた場所に出る。気を引き締めろ」

 

と、僕の隣を進んでいるキリトが低い声で全員に呼び掛けると、全員が手にする武器を構え直しながら進み、

 

「突撃っ!」

 

という、僕の合図で広間になだれ込んだ。

 

「「「うおぉぉぉ!!」」」

 

と叫びながら突入したメンバーが辺りを見渡すが、浮遊した岩石が所々にあるのを除けば、この冷たい雰囲気を放つ広間に人影は見えない。

 

「奴らは隠れている可能性があるから、注意して下さい!」

 

僕がメンバーに叫びながら、周囲の気配を探る。

 

視界に奴らの姿はないが、この広間の至る所に死角になり得る場所が存在するのでそこを中心に意識を集中させ、さらに《索敵》スキルを発動する。他のメンバーについては分からないが、僕は《索敵》スキルを既にコンプリートしているので、例え相手が《隠蔽》スキルをコンプリートしていたとしても、それなりに高い確率で看破できる。

 

(...掛かった!)

 

早速反応が出た。正面の岩陰に二、いや三人。そして、右手の浮いている岩に二人。恐らく、機を見て奇襲しようとしている連中だろう。

 

 

 

コン、コンコン。

 

カン、カカン。

 

左側を見ているキリトと右後方のクラインから合図が飛んでくる。どうやら、彼らも見つけたらしい。

 

(それじゃ、あぶり出そうか)

 

と、小さく呟きながら空の右手に小壺をオブジェクト化し、奴らの隠れている岩陰に放り込む。その瞬間、紫色の煙がモクモクと溢れ出す。

 

「な、なんだコレ!?」

 

「毒煙だと、クソがっ!」

 

と、たちまちラフコフメンバーが声を上げ始めた。

 

しかし、彼らに《毒》のバッドステータスが付与される事はない。それもそのはず、あの煙に毒なんて一ミリも含まれてなんかいない。ただ少々刺激臭と喉に痺れが発生するだけのジョークアイテムである。

 

だが彼らに毒だと錯覚させるには十分な効果を発揮し、混乱している彼らに近づき、麻痺毒を塗布した《ディメンジョン・スレイブ》で彼らの身体を切り裂く。

 

その瞬間、彼らの身体が不自然に硬直してそのまま倒れ込む。

 

フードやマスクで顔を隠したラフコフメンバーが下から送ってくる、殺意に満ちた視線を受け止めながら、僕は討伐隊に捕縛・討伐作戦の開始を叫んだ。

 

「総員、戦闘開始ッ!」

 

「「「おぉぉぉ!!」」」

 

討伐隊が雄叫びを上げながら広間全体に散開するのと呼応するかのように、物陰からラフコフの連中が飛び出し、討伐隊に襲いかかった。

 

 

 

今、ラフコフ殲滅を目的とした泥沼の戦い(殺し合い)が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[20分後]

 

戦闘が始まってから、もう20分が経つころだろうか。

 

状況は混沌と化していた。既にラフコフメンバーの4割程を捕縛・抹消したが、奴らの勢いはまったく衰える様子がない。

 

更に、討伐隊のメンバーが奴らの一人に殺されそうになった時、咄嗟に《ソニック・リープ》で加速して背後からソイツの胴体を深く切り裂いて殺した事にラフコフの連中は怯むどころか、むしろ奴らのネットリとした士気が上がったようで、状況は悪化の道を辿っていた。

 

その後更に二人を処理(ころ)し、五人を捕縛したが、こちらはそろそろ毒が底を尽きそうになっていた。

 

メンバーにはそれなりの数を配布していたのだが、どうやらPoHはこちらの手を見抜いていたらしく、ラフコフの全員が毒耐性装備を身につけていた。そのせいで麻痺毒を食らわせるのに何回かかかってしまい、毒のストックは想定の数倍のスピードで減少していっている。

 

 

 

(マズいな)

 

脳裏にこの言葉がよぎるのはもう何回目だろうか。

 

広間は既に乱戦状態と化しており、敵味方が入り乱れて戦っているわけだが、少しずつこちらが押され始めていた。

 

それも当然。こちらはあくまで捕縛を目的としているが、奴らは僕達を殺そうとしている。同じプレイヤーである相手の身体を斬り、肉を抉るのに躊躇がない方が優位に立つ。そういう意味では、ラフコフにはPvP──デュエルではないそれに対するアドバンテージが大きい。

 

無論、平均レベルはこちらが高いのだが、PvPでは余程のレベル差がない限りは精々HPの大小程度にしか影響はない。

 

故に、

 

「おいおい《白の賢者》サンよぅ。オレと踊ってる(戦ってる)時に考え事たぁ、随分余裕かましてくれんじゃねぇの、ヒャハハハ!」

 

 

たった今、僕にククリナイフで切りかかってきている下っ端にすら手間取る始末だ。

 

先程から笑いながら切りかかってくるソイツは、《眼》で視る限りだとククリナイフに塗られた毒以外はさしたる脅威ではない。

 

しかし油断はできない。コイツらは常識の通用しない精神破綻者であり、こちらの想像外の事を仕掛けてくる可能性を否定できない。

 

勿論《眼》を使い続ければ、動きを見切って容易く戦闘不能に追い込めるが、この広間にいるプレイヤーが発するサインが多すぎて処理できなくなる可能性が高いせいで、意図的に使用を対象のステータスの読み取りに限定せざるを得なかった。

 

更に、今は《タブ思考制御》も並行して使用している。下手すると脳が焼き切れる危険を背負いながら、背後から襲いかかってきた一人を盾《クレムリ・ガーダー》を展開してソイツの攻撃をいなす。

 

僕の体の反対側に流されてバランスを崩した相手に垂直二連擊《バーチカル・アーク》を叩き込み、両腕を肩口から切断する。

 

「ああああぁぁぁ!!」

 

と叫びながら、痛みもないくせにのたうちまわるソイツを捕縛用の《バインド・ロープ》で拘束する。と、

 

「おいおい、殺さないなんて何アオクサい真似してんだよ!」

 

と仲間意識ゼロの叫び声を上げながら、先程相手をしていたヤツが短剣突進技《ラビット・バイト》で突っ込んでくる。

 

僕は咄嗟に左手の盾で受け、相手の加速を無理矢理止めにかかる。

 

いくら相手がクズの中のクズでも、伊達に攻略組を相手取っていた訳ではないらしく、左手に腕のひねりと足の蹴りで限界までブーストされたであろう衝撃が叩き込まれる。

 

中々に重い一撃を受け止める事数秒。

 

ソードスキルのシステムアシストが終了したのか、盾にかかる圧力が弱まり始めたのを見計らい、《クレムリ・ガーダー》を正拳突きの要領で打ち出す。

 

技後硬直(スキルディレイ)の影響で、一瞬とはいえ身体の自由がきかなくなった相手の体勢を崩すのには十分で、後ろによろめいてがら空きになった相手の胴体を《ディメンション・スレイブ》で貫いた。

 

灰色のラインが入った黒水晶の刃で穿たれた胸部からは、まるで血を吹き出すかのように深紅の破片(フラグメント)を漏れ出ており、比例するように彼のHPバーは緑から黄色、そして赤へと変化して、そのまま左端に達した。

 

自分が死んだ事に気づいてもソイツは粘り気のある笑みを消さず、

 

「やっぱり、テメェも同類じゃねぇか。この、人殺s──」

 

と掠れた声で呟いた後、自身の身体をポリゴン片に変えた。

 

「お前が言うなよ...」

 

と呟き、再び広間全体を見渡す。見る限り、ラフコフのメンバーは僕が無力化したヤツらも含めて6人程数を減らしている。しかし、こちらも3人がいなくなって、いや、殺されてしまっていた。

 

ギリッと奥歯を噛みしめる。胸の奥から湧き出てきた怒りは、彼等を殺した奴らよりも自分の無力さを刺し貫き、嘲笑う。

 

 

 

()()守れなかったのか。やっぱりオマエは弱いな■■)

 

「...黙れ」

 

不意に脳裏に響いた声にただ一言だけ応えると、僕は三度広間を見渡す。

 

この広間にはある一つの要素が、いや、一人の重要人物がいなかった。

 

P()o()H()()姿()()()()。戦闘開始から既に数十分が経過しているが、ヤツが姿を見せる様子がない。

 

幹部のジョニー・ブラックと《赤目》のザザはキリトやアスナ達と死闘を繰り広げているのを確認している。

 

 

 

それなのに、PoHの姿だけがない理由として考えられるのは以下の3パターン。

 

1.この洞窟──正確には、この広間のどこかに《隠密》スキルで隠れている。

 

2.戦闘開始直後のどさくさ、又はそれ以前に部下を見捨てて逃亡。

 

3.既に誰かがこの戦闘中、もしくはそれ以前に彼を捕縛、または殺害している。

 

 

 

まぁ、結論から言うと3.はまずあり得ない。

 

ヤツの死亡、及び捕縛の報告は確認次第、《軍》からすぐに連絡を入れてもらうように頼んである。洞窟に入るまでにそれはなかったので、まず除外。そもそも、それで済むタマなら、殺人ギルドの頭領なんて務まる訳がないのだが。

 

次に、2.も除外。確かにPoHは、ほとんどの他人を道具か自分の欲求を満たすための玩具程度にしか思っていないような節が多く見受けられるクズ野郎だが、自らの保身と引き換えにこの大規模な殺し合いの機会をみすみす手放すヤツではない。

 

結果的に、残った1.が一番可能性が高い。

 

ほぼ無意識に発動した《索敵》スキルのMod《看破》を発動し、反転した色彩を放つ視界でヤツの姿を探す間も、僕の思考は自律した歯車のように回転していた。

 

 

「───!」

 

正面左の壁に僅かな揺らぎを見つけ、考えるより先に左手が閃く。ほとんどノータイムで腰のホルダーから引き抜いて投擲されたピックは筋力パラメータ等の補正により、凄まじいスピードで飛翔した。

 

しかし次の瞬間、キィンッと甲高い音をたててピックはあらぬ方向へと弾かれた。そして、その位置から幽霊のように一人の男が現れた。深く被ったエナメルブラックのレザーポンチョに、身体の前に掲げられた中華包丁めいた大型ダガー。

 

まさしく死神と呼んでもまったく違和感を感じさせない男──PoHは薄気味悪い笑みを浮かべながら、

 

「いきなり全力の歓迎とは嬉しい限りだ、《白の賢者》」

 

と、まるで歌うかのように言葉を紡いだ。

 

リアルでは映画俳優をやっていたと言われても、多分信じてしまうだろうと思わせる立ち振舞い。これがPoHがPKギルドのリーダーとして持っているカリスマの一端だった。

 

「お前を歓迎する気は微塵もない」

 

と、僕は最低限相手に伝えたい事だけを喋る。

 

相手が話法の達人であった時、喋り過ぎると容易に相手のペースに引き込まれる。特にPoHみたいな危険人物は尚更だ。

 

「そうか」

 

と、若干オーバーに肩をおとすリアクションをするPoH。が、だったらと呟いた次の瞬間、

 

「スト─────ップ!!」

 

と、突然広間全体に響く程の大声を出した。

 

それに驚いたラフコフメンバーや攻略組全員が、あたかもビデオの一時停止機能を使ったかのように戦闘を中止した。

 

「Okay、さてお前ら、このパーティーを楽しんでるかぁ!」

 

と、ステージに立つアイドルのような口調と仕草で周りの意識を惹き付け、ラフコフメンバーに至っては歓声を上げたり口笛を吹いたりしている。この状況を見て、PoHは更に口元を歪めて語り続ける。

 

「この最高のデスゲームが始まって最近一年と半年が経過した!めでたいよなぁ!そして今回、わざわざそのお祝いに我等が攻略組の皆様方が来て下さった!」

 

その言葉を聞いた途端、広間に散るラフコフメンバー達が更に歓声を上げ、口笛を吹き鳴らす。

 

 

 

異常だ。

 

僕だけでなく、ここにいる討伐隊全員がそう思ったに違いない。

 

人の命を娯楽を満たす為の消耗品かのように扱い、今も殺し合い(パーティー)に出席した賓客ではなく、彼等に提供される料理程度にしか認識していないのだろう。

 

 

 

ふざけるな。

 

その言葉が脳裏を貫き、どす黒い怒りが胸中で渦巻いているが、そんな僕や攻略組メンバーの事はまるで気にしないかのようにPoHは喋り続けていた。

 

 

「では早速ダンスの続きと行きたいところだが、その前に代表から何か一言貰おうじゃねぇか。なぁ《白の賢者》ノア、お前から何か一言貰おうか!」

 

「...」

 

何故か知らないが、突然ふざけた事を言い始めたPoH。丁度《目》を使って奴の情報を引き出そうとしていたので一瞬反応が遅れたが、何とか奴に応える。

 

「一言どうぞ、じゃない。僕達がお前達殺人狂のふざけた娯楽になんざ付き合う義理はない!」

 

「ハハハッ!Exactly、正にその通りだともノア。ハハハァッ!」

 

と、笑いこけながらPoHが続ける。

 

「けどな賢者サンよぅ、アンタがそれを言うのはちとおかしいんじゃねぇか?」

 

「...何を言っている?」

 

と、奴の意味不明な発言につい、ありきたりなセリフで返してしまう。

 

 

 

 

その反応が想像通りと言わんばかりに、ヤツが口にした一言に僕は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってな、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「!?」」」

 

広間のあちこちから響いてきた息を飲むような音で、僕だけでなく、他の討伐隊メンバーも驚いているのが分かった。

 

それでも僕は、相手に動揺を悟られないように極力平静を装って対峙する。

 

「本当に何を言っているんだPoH。確かに僕は今日お前の部下を殺したが、それまでは例え相手が犯罪者(オレンジ)だったとしても、手を血に染めたりなどしてな───」

 

 

「No No No,It's so wrong!確かにアインクラッド(こっち)でアンタが殺しをしてたかどうかは分からねぇ。でもオレは知ってるんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!」

 

 

 

何故、何故アイツがそれを知っている。

 

僕のその事実を知ってるのは先輩と、僕と同居していた犯罪心理学の教授、《会社》の同僚、そして───、

 

「出鱈目言ってんじゃねえぞPoH!ノア先生がそんな事する訳ねぇだろうが!」

 

と突然、クラインが怒号を放った。それに賛同するように攻略組の面々が声を張り上げる。

 

 

 

みんな、ありがとう。

 

そう言えれば、どれ程良かっただろう。

 

でも言えない。

 

その一言を言う事は許されない。

 

何故なら、アイツの言う事はすべて───。

 

「残念だがなぁサムライ、これは事実なんだよ。オレの前に立っている真っ白賢者サンはなぁ、リアルでオレの仲間を何人もやりやがってんだからよぅ」

 

そう言いながら、PoHはおもむろに顔を隠していたフードに手をかける。

 

これで漸くヤツの素顔が分かると、普段ならそう思っていただろう。しかし、僕の本能が警鐘を鳴らす。

 

 

 

見ては駄目だ。

 

アイツの顔は、見ては駄目だ。

 

だが、それでも僕は目を逸らす事が出来ずにヤツがフードを下ろすところを見ていた。

 

ヒスパニック系の人間によく見られる、緩く波打つ黒髪と色黒の肌。そして、彼がヒスパニックである事を裏付けるような欧米人らしい顔の造形。高い鼻に整った目許といった彼のハンサムな顔立ちは、正しくハリウッド俳優のようなものであった。

 

しかし、僕にとって最重要の事実はそこじゃなかった。

 

「嘘、だろっ。なんで、()()が...」

 

動悸が激しくなる。

 

 

 

あり得ない、あり得るはずがない。なんでその顔を持つ男がいる。

 

 

 

ソイツは、ソイツは()()()はずだ。

 

 

 

あの時、あの船の上で、アイツは彼が───僕の仲間が暗い夜の海へと叩き落として殺したはずだなのに、どうして。

 

 

あり得るはずの得ないの邂逅に動揺する僕の心情を見透かしたと言わんばかりに、死の淵から蘇った死神はニヤリと嗤う。

 

 

 

「久しぶりだな、ノア。...いや、こう言うへきか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()S()A()O()()()()水神聖護(みずかみしょうご)

 

 




本小説初のストーリー分割となりました。

楽しみに待っていて下さった方々には申し訳ないのですが、後編が出るのはしばらくお待ち下さい。


追記
タグに「グリザイア」を追加しました。
三部作、PTの両者を含みます。


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