オーバーロード~遥かなる頂を目指して~ (作倉延世)
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序章
第1話 ある世界が終わる日に


 


 

 DMMO-RPGという言葉がある。

 

 要は、体感型ゲームの一種で、機械、頭にかぶる近未来のヘルメットを思わせるそれに、それまた専門的なコードをつなげることで、仮想空間にまるで現実にいるかのように遊ぶことができるものであった。

 

 

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

 

 その世界に住んでいる者であれば、知らないはずがないものである。700を超える種族数と2000を超える職業、豊富な外装にささえられた自由度。9つの世界と様々なクエストが待ち受ける広大なフィールドが娯楽に飢えたユーザーの心をつかみ一時期はDMMO-RPGの代名詞とまでいわれたゲームであるが、それも一昔前の話である。

 

 

 ナザリック地下大墳墓。

 

 元々は6階層からなるダンジョンの一つでしかなかったが、とあるギルドのホームとなった後は彼らの手により10階層と様変わりしており、新しく作られた階層はここが墓場であったという事実を勘違いではないかと錯覚させるほど作りこめられており、とくに第6階層のジャングルの夜空は天文学者が大喜びして観測を始めてしまいそうになるくらいのリアリティがあった。現実世界のある事情も手伝い、ここで見ることができるものは所見者の心をつかむ程壮大なものである。それはつまりそれだけここをホームとしていたプレイヤー達の入れ込みであり、思い入れの丈を垣間見るようなもの。

 彼らが力を入れたのは何もこれだけではない第9階層、第10階層はロイヤルスイート、玉座という、いわゆる生活圏を意識した作りとなっている。少し見回してみれば中世の王城を思わせるように使用人としてメイドが、警護人として騎士が所々にたっている。そして彼らはプレイヤーでなければ、初めから運営が用意していた機能というわけではない、

否、正確にはその1つを彼らが利用する形だったのだが。そう彼らが自ら製作したNPCなのである。外見は現実世界でイラストレーターをやっているものが、行動AIはブラック企業勤めだというプログラマーが「疲れているんですけどねえ」と愚痴をこぼしながら作ってくれ、お辞儀、追従、首をかしげるといった簡単な動作であれば運営にもまけないキャラクターを作りあげた。ただ残念なことがあるとすれば、これだけ作りこまれた存在なのにここまで攻め込むことができたギルドも、かといって遊びに来た同盟ギルドもいなかったため、ほとんどの者がその姿を見ることがなかったということだろうか。

 

 ここまでする彼らの名は『アインズ・ウール・ゴウン』僅か41名のギルドでありながら、トップ10ギルドに数年名を刻み、このゲームに200しかない世界級(ワールド)アイテムを唯一2桁である11個保有していたという事実からも彼らが、このYGGDRASIL(ユグドラシル)の世界においてトップクラスの存在であることを物語っていた。とある理由によりほかのプレイヤー達からは羨望でなく憎悪の視線を向けられることが多かったもののそれを差し引いても彼らはこの世界を楽しみ、その時を共有していた。それでも、

 

 サービス終了。

 

 

 という運営の事情はどうしようもなかった。

 

 

 空席だらけの円卓には2人の、2体というべきだろうか?モンスターが席についていた。1人は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)というモンスターが魔法職極めた姿である死の支配者(オーバーロード)

 1人は最強に近いスライム種の1つ古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)

 

 そうこれが彼らなのだ、いわゆる異形種(モンスター)で構成されたギルドであり、「どうせなら悪役をやりきろうぜ!!」という一部のメンバーの悪乗りもあり、『英雄の集い』というよりは『魔王の軍勢』というイメージが定着した悪役軍団、それが『アインズ・ウール・ゴウン』である。

 

「今日は来てくれてありがとうございます。本当にうれしいです。ヘロヘロさん」

 

 死の支配者(オーバーロード)が口を開く、といっても本当に開いたわけではなく。会話中を示すアイコンが表示されるだけなのだが、

 

「いえいえ、お礼を言うのは僕のほうですよ。正直、まだここが残っているなんて思いもしませんでしたよ。モモンガさん」

 

 ヘロヘロとよばれた古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が答える。

 

 一見ふざけた名前なのはオンラインゲーム上における日常茶飯事といえる

 

 

「最近仕事のほうはどうですか?確か転職されたって話ですよね」

 

「そうなんですよ。もう毎日が忙しくて忙しくて、モモンガさんからのメールがなければ正直、今日の日付も怪しいくらいで」

 

「うわー」

 

 本来であればオンラインゲームでも忌避とされる『現実』の話ができるのも彼らの特色であった。というのもギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の加入条件は判明しているので2つ。

 

 社会人であること。

 

 異業種であること。

 

 彼らに言わせればもうひとつあるらしいのだが、それが掲示板にのることはなかった。

 

 ふいにヘロヘロは時計を確認して改まってモモンガに向き直る

「すいません、そろそろ」

「ああ、明日も早いんでしたね」

「はい、じゃあ落ちますね、またどこか(別のゲーム)で会えるといいですね」

 

寂しさと僅かばかりの希望を混ぜたヘロヘロの最後の言葉にモモンガは言いかけた言葉を飲み込むしかなかった

 

「ふざけるな!」

 

きっちり120秒たったころに爆発した感情がモモンガに突発的な動作をさせた。

「なんで簡単に捨てられるんだよ! みんなでつくったナザリック地下大墳墓を!!」

 

しばらく握りこぶしをテーブルにたたきつけていたが、やがて落ち着き自己嫌悪だけが彼の胸中に残った。

 

「わかっているんだ、みんながここを簡単に捨てたって訳じゃないこと、リアルとゲームを2択を迫られてやむなくやめていったことくらい」

 

 そう彼らはある意味もう終わっていたのだ。41人いたギルドメンバーは37人が辞めていき、それでもサービス終了日である今日であれば来てくれるかもしれないと今日の集まりを伝えたのにきたのは先ほどのヘロヘロあわせて3人だけ、モモンガは時計を確認する。

 

 サービス終了まで15分もない。

 

「もう、…………誰もいないよな」

 

 おそらくもう誰もこないだろう。

 

(せめて、最後の仕事はしないとな)

 

 ギルドマスターとしての仕事である現実ではさえない会社員である彼だが、それでもここではギルドマスターで死の支配者(オーバーロード)なのだ。いつまでも誰もいない円卓で終えていいはずがない。モモンガはギルドの象徴でもあった装備、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手にしてその場を後にする。

 

 

 かつてのギルドの栄光、仲間たちとの思いでを懐かしみながらもモモンガは玉座に足を踏み入れる。その後ろには≪命令≫によってついてきたNPC7人の姿があった。

 

プレアデス

 

 一般のメイドとは異なり戦闘を想定して作られた改造メイド服を身にまとう絶世の美女6人に、老人でありながら素人目にみてもよくわかる強靭な肉体、鋭く光る眼光を持つ執事セバスである。一般メイドとはまた違う拠点防衛という役割をもつもの達だ。

 

「ここまででいい」

 

 彼らを連れてきたのもモモンガなりの気遣いであった。戦闘用に作られながら結局ここまで攻め込んだプレイヤーがいなかったので、彼らが行った仕事というのは今回モモンガが発した「付き従え」という命令に従ったのが最初で最後であったのだ。しかしそれもモモンガの主観でしかなく、もしかしたらかつての仲間が連れて回ったりはしたかもしれないが、そこまでは彼は知らない。

 

 玉座にてナザリックの支配者を出迎えるのはプレアデスに劣らない美女であった、ただ彼女の額から伸びた悪魔の角と腰のあたりから伸びた黒い翼が彼女もまた異形のものであると示していた。

 

「確か、アルベドだったか」

 

 ナザリックの守護者統括という地位を与えられたいわばNPC達のまとめ役であり拠点防衛時の指揮も任されている。どういう訳かその手には世界級(ワールド)アイテムを持っていたが、今日で最後だし、別にいいかとモモンガも気にしなかった。それよりも驚いたのは興味本位で覗いた膨大な設定の量である。その文章は出しえる限りの高速スクロールをもってしても最後に着くまで90秒かかった。そして最後に目についた言葉

 

『ちなみにビッチである』

 

(………………え?)

 

 これにはモモンガも絶句してしまう。確か彼女を作った人物はいわゆる『ギャップ萌え』を愛する男であったが、いくらなんでもこれはひどいのではないだろうか?と彼は思ってしまう。

 

(最後だしな)

 

 コンソールを開き手際よく彼女の設定を書き換える。

 

 『ビッチ』から『真面目』へと。考えてみれば、彼女の種族は『サキュバス』性的なイメージが強い。そしてモモンガにとっては性的なことは真面目と反対に位置するのではないだろうかと思った。これでも十分にギャップ萌えは楽しめるはずだ。特に仲の良かったメンバーが聞けば「エロと真面目は両立できる」と宣言してくるだろうが、モモンガはここを譲るつもりはない。

 

(よしこれでいいだろう、もう彼とも会うことはないだろうしなあ)

 

 時間を確認すればもうサービス終了まで1分もない状態であった。

(本当、楽しかったよなあ)

 

 思い出すのはひたすらに楽しかった毎日とあっという間に過ぎ去る時間、それを分かち合うことができる仲間たち、現実では仕事が忙しくてそれでも稼ぎがあるというわけではなく友達も恋人もつくれず親も他界した身である自分にはここは本当にもう一つの『現実』であったのだ。生きているだけで死んでいるのと何ら変わらないあの世界を思えば、こここそが自分の世界であったと言えるのだから。

 

(ああ、そうか)

 

 なんで自分がこんなに悲しいのか、どうしてかつての仲間たち以上にナザリック地下大墳墓(ここ)にこだわっていたのか。

 

(俺、ここしかなかったんだな)

 

 居場所が、作れたところが。

 

 

 時間は進み、終了まであと10秒。

 

(ああ、明日は4時起きだったなあ)

 

 彼の頬を一筋の涙が走った。

 

 そして、視界を閉じる。この世界への別れを惜しんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 おかしな点があれば指摘お願いします。原作のこのキャラ生かしてという要望も受け付けています。


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第2話 異変の始まり

基本的に書籍版をもとに進める予定です。


(………………あれ?)

 

 気付けばモモンガは現実世界の自分の部屋ではなく玉座に座ったままであった。

 

(どういうことだ?)

 

 時計をみればとっくに日付は変わっており、確かに終了時間を過ぎていた。

 

(もしかして)

 

 サーバーダウンが延期になった可能性も考えたが、それであれば必ず運営から何かしら連絡があるはずだ。こういったトラブルをおこして何もしなければそれこそユーザーたちからの怒りを買うだろう正直この手のゲームのユーザーは民度が高いとは言えない。ネットは炎上確実だろう。もちろん自分もそこそこ文句は言わねばならない、これ以上の滞在は明日に響く。とにかく行動を起こさねば、しかし彼にはどうすれば良いのか分からない。

 

(………どうして………)

 

 コンソールを開こうとしても何もでない。慌ててしまい両手を意味なくふってしまう。

 

(………それなら………)

 

 GMコールならばと思ったが、それも駄目だった。

 

「どういうことだ!」

 

 感情任せに叫んでしまう。しかしモモンガにはそうしなければ、精神の均衡を保てる自信はなかった。何よりこの訳の分からない状況に自分一人だけという環境が彼を更に追い詰めたのかもしれない。

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様」

 

 そんな彼の耳に飛んでくるのは澄んだ女性の声、モモンガが顔をあげるとそこには、動かないはずの『アルベド』が首をかしげていた。モモンガが抱いたのは安堵ではなく恐怖、作り物であるはずのNPCが生きているかのように自分に問いかけてくる。それでもかろうじて取り乱さずに済んだのは彼女から殺意はおろか、敵意もなく純粋に自分を案じているということが分かったからだろう。

 

「GMコールが利かないらしい」

 

 迷子の子供がたまたま通りがかった大人にすがりつくような声だったが、それでも彼女は真摯に応えてくれた。

 

「…………お許しを、無知なわたしではGMコールなるものに対して答えを出すことができません」

 

 やや申し訳なさそうにする彼女を見て、モモンガはさらなる事実に驚愕する。

 

(会話ができている。いやそれだけではなく)

 

 アルベドの表情だ。明らかに動いている。ポリゴンでできたデータの塊に筋肉特有の自然な動きなんてできるはずがないのだ。それだけではない気付けば自分の顎が動いている感覚も自覚できた。これもありえないことである。YGGDRASIL(ユグドラシル)であれば会話こそできてもそれは音声のやり取りに過ぎず。アバターはあくまで偶像でしかなかったはずだ。ありえないことがありえる、それはつまりと彼は考える。

 

(ここは現実なのか?)

 

 それこそありえないと思う。だが、ではこの状況をどう説明するというのか。しかし悩んでいても始まらないもしも自分の想像通りであれば、と行動を起こす。

 

「セバス、メイドたちよ前へ!」

 

『はぁ!』

 

 セバスにプレアデスたちも以前なら絶対できないであろう動きで跪き、モモンガは更に確信を深める。そうなってくると自然と次にやるべきことが頭に思い浮かんでくるかつてダンジョン攻略において後方指揮をとった経験が多少は役にたっているようだ。

 

「時間がないので、簡潔に言うぞよく聞け」

 

 その言葉にその場にいる者たちの姿勢がより引き締まったように感じモモンガは続ける。

 

「現在ナザリックは原因不明のある状況に巻き込まれているらしい」

 

 驚愕の表情をうかべる相当な水準を誇る従者たちの顔をみて多少は肩の荷が下りた気がした。自分だけではないという思いがあったのかもしれない。それでもまだまだ恐怖のほうがだいぶあるが、けっしてそれらを顔に出すわけにはいかない。この時ばかりは自分の一見骸骨な姿に感謝しなくてはならない。

 

「セバスよお前はプレアデスから一人を連れナザリックの周辺を探れ、もし知的生命がいれば友好的にここに連れてこい。その際相手の要望はすべて聞いても構わない。範囲は半径1K、戦闘は自衛のみ認め、もし戦闘になるようであれば撤退を最優先とする」

「畏まりました」

「プレアデス達はセバスについていく1人を除いて9階層に上がり8階層からの侵入者がいないか警戒にあたれ」

「畏まりました」

「理解したのならばすぐ行動にうつれ」

 

『承知いたしました我が主よ!』

 

 完璧にそろった動きでおのおの活動に取り掛かるプレアデス達、それを見てやはり未知に対する恐怖が最初にきてしまい彼らに対する罪悪感とそれでもその事を口にすれば、失望をかうのではという恐れがモモンガを襲っていた。

 

「わたしはいかがいたしましょうか?」

 

 アルベドが問いかけてくる。彼女に残ってもらったのにはもちろん理由があるそれもできれば彼女と二人きりのほうが都合がいいのだから。

 

「アルベドよ私の元へこい」

 

「畏まりました」

 

 命令に従い眼前にやってきた彼女をみて改めてその美貌に心が揺れるこの体に心臓はないはずなのに激しく振動しているのを感じてしまう。

 

「もっと近くによれ」

 

 可能な限り彼女を自身に近づけるやがて互いの衣服がこすれあう距離まで迫る。心なしか彼女の顔が赤い気がするが、下手に指摘してトラブルになっても今のモモンガに解決する自信はない。それでもかけなければならない言葉がある。

 

「今からお前の腕を調べる。構わないか?」

 

 はっきりいってセクハラ案件だろうなあとモモンガは思う。実際こんな事をすれば、よくて職場を首、悪くて刑務所直行だ。現にアルベドも顔を先ほどよりも赤らめている

(うん最低だな俺)そんな罪悪感が胸を占める。

 

「あの、それは構わないのですが、いえ、むしろうれしいのですが、よろしいのですか?モモンガ様の言葉によれば、現在ナザリックは原因不明の状態にあると」

 「ああ、これも重要なことなのだ謝ってすむ話ではないが最初に謝らせてほしい」

頭を下げようとして直ぐに言葉が返って来る。

 

「そんな! モモンガ様が謝ることなんてなに一つございません。わたしの存在はすべてあなた様の為にあります。遠慮も謝罪もひつようありません! 何なりとご自由に」

 

 アルベドの凛としてそれでいて譲歩も妥協も許さないという宣言にモモンガは気圧されながらもありがたく感じていた。ここまで言う彼女をこれ以上疑うのはよくない何より彼女や先ほどの者たちもかつての仲間たちが作った存在だ。ある程度は信頼してもいいかもしれない、まだ言葉にするつもりはないけど。

 

「分かった、触るぞ?」

 

「はい」

 

 可能であれば、現実でちゃんと恋人を作ってしたかったが、今更いってもしかたない。彼女の腕のある所にすっかり肉がなくなった自分の指をそえる。感じるのは生命の鼓動を指越しに骨の体でも伝わってくるのを感じた。

 

(やはり、脈がある)

 

 それはつまり彼女がもうデータ上の人形ではなく生きた存在であることの証明でもあるが、まだ運営の存在をあきらめきれないモモンガは彼女とその創造主に気持ちだけ謝り行動に移る。

 

「!!!!!」

 

 その額に口づけをかわす。アルベドは顔をトマトのように真っ赤にさせ取り乱した。

 

「モモンガ様! 何を!」

 

 アルベドは気が気ではないかのようだが、それはモモンガも同様である今の行為で分かってしまったからかつてのYGGDRASIL(ユグドラシル)であれば、今の行為はプレイヤー間、それも恋人登録をおこなった者どうしでしかできず。たとえ、自分が作ったNPC相手であっても問題行動として処罰の対象だ。そして今回そういったものは一切なかった。つまり、と彼は答えを出す。

 

(ここは完全にどこか別の世界なのか)

 

 ただどうしようもない事実と戻るはずのない過去を思い、一人悲しみに暮れるのであった。

 

 

 




お気に入り登録してくださった方々ありがとうございます。これからも御贔屓に願います。


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第3話 階層守護者

今回から割とオリジナル展開はさんでいきます。


「先ほどは、お見苦しいところをお見せしました」

 ようやく落ち着きを取り戻したアルベドが頭を下げる。

「いやお前が謝ることはなに1つない」

 実際その通りだ。彼女はただ自分の我儘を聞いてくれただけだ。むしろ全面的に自分が悪い。しかしそれを言えば彼女こそ「モモンガ様が謝ることなど何一つありません!」と返してきて、下手をすれば謝罪が行き交う無限ループの完成だ。そうなっては面倒だし、何より今はやらなければならないことがたくさん控えている。

 

「これより私は6階層のアンフィテアトルムに向かう。今から1時間後そこに第4、第8を除く階層守護者に集まるよう伝えてくれ、それと、……宝物殿を管理しているパンドラズ・アクターは知っているか?」

 

「はい、その名前と役職と職場は名目上存じております」

「よし、それで十分だ。奴には私のほうから伝えておく。それとアウラとマーレにも直接伝えるとしよう」

「畏まりました。では私が担当するのは実質3名でございますね」

「そうだ、よろしく頼む」

 

 丁寧なお辞儀を披露したのち優雅に早歩きをしてアルベドはその場を離れるできる社長秘書はああいう女性のことを指すのだろう

 

(………さて………)

 

 正直気が乗らない。なぜならアイツは自分の黒歴史そのものだから。それでも自分がこれからやろうとしている事を考えればその能力は必ず必要になってくる。

 

〈伝言〉(メッセージ)パンドラズ・アクターよ私だ」

 

『いかがなさいましたか。我が偉大なる創造主たるモモンガ様!』

 

 帰って来るのはハイテンションを通り越して、もはや素で叫び声を日常会話に使っているような遠慮なしの声量が押し寄せる。所々演じるように語っている部分なども無いはずの心臓に悪い気がする。どこをどうしたらこうなるのだろうと過去の自分に聞いてみたい気分である。

 

「お前も元気そうだな」

 

「はいそれはもう元気にやらせていただいております我が偉大なる創造主たるモモンガ様より頂いた役割である宝物殿の管理を行っております!それはもう毎日が楽しくて仕方がありませんいろんな財宝に触れる事ができるのですから!」

 

 それは過去にモモンガが彼を想像する際に与えた設定の一つが由来であろう。それにわざわざ声をはりあげなければならないのだろうかその動作のすべてが何とも痛ましい、しかしここでモモンガは自分に起きているある異変をはじめて自覚する

 

(思っていたよりダメージがないな)

 

 一つの違和感を起爆剤にまるで複雑に絡んだ糸をほぐすように次々と疑問が浮かんでくる。そもそもどうしてあの時自分はああも的確な指示を出すことができた?なぜあのときアルベドになんのためらいもなくキスができた?現実のモモンガは何もない会社員である。はっきりいって知識もあまりないし頭の回転が速い訳でもない。その上女性の扱いに慣れているわけでもないのだ。実際かつてのギルドには自分より強いものはもちろん、頭脳にしてもコミュニケーション能力にしても自分より上の仲間はいっぱいいた。卑屈かもしれないがおそらく自分はその中だとギリギリ平均を下回るように思う。ではそんな自分がなぜ?

 

(今は考えても仕方ないな)

 

今は非常事態、時は一刻を争う。正に「時は金なり」というやつだろう

 

「パンドラズ・アクター大事な話がある。1時間後に6階層のアンフィテアトルムに来てくれ。その間の宝物殿の警備だが、最古図書館から司書を数人派遣しよう」

 

「畏まりました我が偉大なる創造主たるモモンガ様!」

 

「………………ああ、頼んだぞ」

 

言いたいことはたくさんあるが、とりあえず今はこんなところか、

 

(ああ、そうだった)

 

あそこはかなり特殊な手順が必要になる所だった。再び「伝言(メッセージ)」を開く。その相手は、

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターに連絡をすませたモモンガはそのまま第6階層へと向かう。先ほど呼び出し新たな命令を与えたプレアデスの1人にも渡した同じアイテム、その名をリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。かつてギルドメンバーのみが使用するのを許されたアイテム。その力は「ナザリック地下大墳墓内の名前がついたところであれば無制限に転移ができる」というもので、ここにいる限りはあらゆるマジックアイテムの中でも間違いなく抜群の使用頻度を誇る。そんなアイテムをNPCに貸し出すのは問題だろうが今は緊急事態。ある程度は目をつぶってもらう。当初は使えるのか不安だったが、無事目的の場所に転移できた事実を確認して安堵する。この事実は、つまり今の状況でも以前のように魔法が使えるという事でありナザリックの防衛に十分使えるはずだとひとまずの答えを出す。。

 たどり着いた先はいわゆる古代ローマ史に名前を刻む円型闘技場(コロッセオ)というものだ。正直、自然の宝庫たる密林の中に人工物が何の脈絡もなく置かれているのはかなりの違和感があり不釣り合い感がどうしても出てしまう。それでもかつての仲間たちが力を入れて作ったのは確かなことでもあり、その光景はモモンガにとっては宝の一つである。通路を進み広場に出れば視界を埋め尽くすのは無数の観客席とそこに座るゴーレムの数々だ。かつては侵入者をここに誘き寄せて拳闘試合という名の公開処刑をよくやったものだ。

 

「モモンガ様!」

 

 回想に浸っていると突然聞こえる声と石を叩く音が響き小柄な影が視界に入る。黒い肌に金髪と左右で色が違う瞳を持つ闇妖精(ダーク・エルフ)である。身に着けているのは軽装鎧にベスト、長ズボンと背に背負った巨大な弓に右肩から腰にかけてたすきのようにかけられた鞭と一見狩人の少年に見える。

 

「ブイ!!」

 

 天真爛漫とも形容できる明るさと年齢特有の純粋さ、そしてなにより向けられた感情が彼女を物語っていた。

 

「モモンガ様、ようこそあたしたちの第6階層へ!」

 

 家庭訪問で担任の教師が自分の家に来たんだと喜びを全身で表す小学生を思わせる微笑ましさをもった反応。といっても実際にそのような風景があったかは不明だが。なんせそれはテレビドラマ内のやりとりであったのだから。

「ああ、邪魔をさせてもらおう」

 

「邪魔なんてとんでもない! モモンガ様はこの大墳墓の絶対の支配者!そのお方を邪魔なんて思うものは絶対にいません」

 

 両手で握りこぶしをあげながらできる限りの称賛をおくってくる少女の一生懸命さがなんだか可愛くてうれしくなった

 

「ところでここにいるのはアウラだけなのか」

 

 軽い疑問を聞いたつもりだったのにそれが少女には気に入らなかったらしい。顔をしかめたと思えば観客席を睨み大声を張り上げる。

 

「失礼でしょマーレ! モモンガ様がいらっしゃっているのよ!」

 

早く来いという催促と礼儀がなっていないという怒りからくる声は先ほどモモンガに向けていたものとはまったく違うものであった、もしも彼女の使役する獣たちが同じめにあえば間違いなく丸くなってがちがちとふるえてしまうことだろう。はたして今回向けられた相手といえば、

 

「ごめんなさいお姉ちゃん」

 

 震える事こそ無いもののアウラに比べてだいぶその足取りは遅く感じてしまう。身に着けているものの違いや職業の違いなどがあるのだからある程度は仕方ないとモモンガも思っていたが、そんなことは少女には関係ないらしく。

 

「謝るならあたしじゃなくて、モモンガ様に謝りなさい!」

「う、うん。お待たせしました。ごめんなさいモモンガ様」

 

 姉に急かせに急かされてようやくやってきのはアウラと同じく闇妖精(ダーク・エルフ)である。身に着けているのは胴鎧に森の葉を思わせるマント、姉と同じく白のベストとスカートにストッキング、手にもった木製の杖と「聖なる森の巫女」の代名詞が似合いそうな姿と、常にこちらをうかがい怒られるのを恐れているような態度はまさしく少女のものである。が、と彼は内心で思う。

 

(男なんだよなあ)

 

 彼女たちを作った者の趣向で性別と真逆の格好をした闇妖精(ダーク・エルフ)姉弟ということになっている。要は男装した姉と女装した弟である。まあ、その者の悪癖を抜きにしてもマーレの格好は似合っていた。第2次成長期を控えた少年特有の中性的魅力を備えた体格と彼の内気な性格があわさり、恐らく初対面で彼の性別を正しく認識するのは難しいだろう。

 

(悪くはないかもしれない)

 

 ふとそんなことをかんがえてしまい。モモンガは我に返る。自分は確か大人の女性が好みであり、かつ異性愛者であることを。どれだけ見目麗しい姿をしていたとしても彼は同性なのだ。

 

(どういうことだ?)

 

 まさかこの異変で自分の性癖すら変わってしまったというのだろうか。確かに自分は多くのものを失った身だ。もう食事を摂ることは叶わないだろうし、経験が無いまま使い物にならなくなってしまった物もある。改めて己自身についても調べる必要がありそうだ。

 

「2人とも元気そうでなによりだ」

 

「ええ、元気ですよ。でもそれだけじゃないんですよ。あの敗戦の時のような事を繰り返さない為に訓練を繰り返しています」

 

「は、はいボクもお姉ちゃんと同じです」

 

「まて、……………あの敗戦とは何だ?」

 

 軽く言われた一言はモモンガには無視できるものではなかった。もしも自分の記憶が正しければ、あの出来事のはずである。

 

「1500人のプレイヤーなるものが攻めてきた時の話ですが、…………モモンガ様?」

 

 やはりそうだったのかと1人納得するモモンガ。双子が向ける不安な視線を無視してかつてあったことを思い出し思案する。

 

「その時の事を覚えているのか?」

 

 急に雰囲気が変わった自らの主を前にマーレは僅かに後ずさり、その姿に軽い怒りを覚えながらも仕方ないかとどこまでも面倒見のいい姉のアウラはこれまでで一番落ち着いた姿勢で話し始める。

 

「はい、あの時あたしとマーレはここで奴らを迎え撃ち15人ほど打ちとったんですけど、結局そこまでですね。最後はあたしもマーレも殺されてしまいました」

 

 変に話を飾り付ける訳ではなく、本当にあった事実を淡々と語るアウラともしかして主の怒りを買ったのではないかと怯えるマーレ、モモンガは深く息をすい再び吐く、普通の獣であればそれだけで精神を壊してしまう程の威圧感をもつ吐息を姉弟は黙ってあびる、やがて主は再び問いかける

 

「怖くはなかったのか?」

 

 これはどういう意味なのだろうか?もしもここで間違った答えを言えば自分たちは主に見捨てられてしまうのだろうか。それは絶対に避けねばならないことであるし、自分たちはまだまだこの方に恩をお返しできていない。

 

「怖くはありませんでした。それよりも悔しい気持ちのほうが大きかったと思います。もっと強ければもっとたくさんの奴らを殺して、モモンガ様たちの負担を減らすことができたかもと思うと、尚更」

 

「ボ、ボクも同じです。………あ、でも少し怖かったかもしれないです」

 

「ちょっ! マーレ!」

 

 すぐに愚弟の発した発言を訂正させなくてはならない。至高の方々に使える自分たちが倒すべき敵を前に恐怖を感じるなんてあってはならないことだから。しかし、それだけではないと少年は続ける。

 

「でも、でも…………その時戦わなければモモンガ様たちが殺されると思ったら、そっちのほうが怖かったです。だからボクも、………頑張りました」

 

 紡がれた言葉はアウラも同じく感じていたことだった。そうあの時自分たちが止めねば間違いなく奴らはモモンガ達を殺しに行っただろう。その最悪の未来を思い浮かべるだけで全力以上で戦えた気がする。大好きなこの方たちにもっと生きてほしいと願って。

 

「あたしも同じ気持ちです。モモンガ様たちが居なくなってしまうほうがずっと怖い、だからあの時のあたしたちは戦えたと思います」

 

 この答えであっているのだろうか?次に主が何を言うのか自分も弟も気が気でなかったと思う。

 

「そうか」

 

 不意に主は両手をあげる。ああ、駄目だったのだろうか。なんでそう思うのかといえば、自分たちの主は偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから大抵両手をあげるときは超位魔法を使うときと決まっていたのだ。

 

(もっとお仕えしたかったなあ)

 

 どうしようもない後悔を表情には一切出さずアウラはその時を待つ。

 

 

(…………?……………)

 

 不意に頭に暖かい感覚を覚える。それはずっと昔自分たちの創造主がよくやってくれた事と同じであった。隣を見れば同じように頭をなでられている弟は「ふへへ」とだらしない顔をしていて、少しばかりの怒りが湧いてくるものの今回ばかりは弟ばかり責める訳にはいかないだろう。だって、きっと自分も同じ顔をしていることに変わりはないだろうから。そして主といえば。

 

「すまなかったな、怖かったろうに」

 

 どこまでもただの僕でしかない自分たちを思っていてくれる優しい声と、骸骨であるためその顔からは表情はよみとれないものの何だか泣いているように見えてしまい。不敬と思いながらも、声をかけずにはいられなかった。

 

「モモンガ様?…………………あの」

 

 

 

「ああ、わが君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君」

 

 突然開かれた〈転移門〉(ゲート)とそこから現れた空気を読まない吸血鬼のせいで聞くことは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガは困惑していた。突然現れ抱きついてきた少女のことだ。ボールガウンを身に着けた銀髪の少女、その口からでている舌はまるで違う生き物ように蠢いており、だいぶ収まっていた恐怖が再びぶり返すには十分だった。

 

(こんなキャラだっけ、シャルティアって?)

 

 何せ作ったのはあの男だからなあと諦め9割の心境で言葉をかける

 

「シャルティア、すまないが離れてくれないか?これから大事な実験や話があるからな」

 

「お断りします」

 

 彼女はさも当然のようにモモンガの言葉を拒否し、年齢にそぐわない胸部を押し付けてくる。正直以前のリアルでのモモンガであれば、それだけで精神を乱して、みっともない姿をさらすだろうが、そうならない理由が2つあった。一つはシャルティアの外見年齢が13、14であるという事実、そしてもう一つ

 

「いい加減離れなよ、偽乳」

 

「何で知っているのよー!」

 

 いくら立派なものでもやはり作り物ではどうしようもない。あるのとないのではあるほうがありがたく感じるというものである。(もちろん口にしようものなら社会的に殺されるのは確実だが)その間も少女2人による口論は熱をあげていた。マーレはどうすればいいのかわからないらしくただ居心地が悪そうに立ち尽くしているだけだった。

 

「ぬしだって、無いでしょ!! このちび!!」

 

「残念! あたしはまだ76歳。これから育つ見込み大なんだから。あんたは大変よね、成長止まっているんだし、あるもので満足して諦めたら?」

 

 アウラに言い負かされ歯ぎしりと地団駄を踏みながら悔しがっていたシャルティアであるが、やがて何か思い出したのか、少女とは思えない邪悪な笑みを浮かべる。耳元まで口が裂けて見えたのは幻覚に違いない

 

「ふふふ、これを見ればちびだって黙るしかないはずでありんすよねえ?」

 

 服の隙間から取り出したのは一通の手紙、

 

「ふん、そんな紙切れ1枚がなんだっていうのよ」

 

 悪魔で強気な態度を崩さないアウラにシャルティアは切り札をきる

 

「この手紙の主はペロロンチーノ様でありんす」

 

「な!」「え!」「何だと!」

 

 三者三葉の驚き、特にモモンガも無視できないものであったかつての友の一人が残した手紙となれば、気になるというもの。その様を見て、満足したのかシャルティアは更なる爆弾発言を繰り出す

 

「この手紙の内容によれば、わたしはすぐにモモンガ様に嫁ぐべきであると、分かる? そう、結婚しろと! いうことなのでありんすよ?」

 

「むぅ」「…………」(どういうこと?)

 

 再び三者三葉の反応。アウラは少し頬を膨らませ、マーレは無口、無表情となってしまい当のモモンガは今日何度目になるかわからない思考停止状態であった。ひとまず行動を起こさねば。

 

「ひとまずその手紙を見せてはくれないか、シャルティア?」

 

「ええ、構いませんとも」

 

 かつての友が残した手紙いったい何が書かれているだろうかと期待を込めて開く。

 

 

拝啓ーモモンガさんへ

 

 俺もついにYGGDRASIL(ユグドラシル)引退でーす。つきましてはシャルティアのことおれの装備のことお願いしますよ。シャルティアは設定上絶対モモンガさんに惚れますんでもう好きにしちゃっていいですよ。

普通に✖✖✖✖するのも、ちょっと趣向を凝らして✖✖✖✖✖✖✖するのも、なんだったら✖✖✖✖✖✖✖してくれてもいいですよ。まあ骨だけのモモンガさんだったらできないかもしれませんが、それでは。

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 

 沈黙

 

 

 そして、絶叫。正しそれは天を仰いでだ。

 

 

 

( ぺロロンチーノ!!(あのエロゲバカ!!))

 

 

 

 

 シャルティアには申し訳ないが、それがモモンガの感想である。どこまでもぶれないエロゲソムリエはやはり最後の挨拶もそんななのかと、それより気になることもあるし

 

 

「これのどこをどう解釈すれば私とお前が結婚するという話につながるんだ?」

 

 突っ込みどころしかない、アウラたちは「何て書いてあったんですか?」と好奇心旺盛に聞いてくるもののとても見せられる内容ではないアイツ本当に姉に絞めてもらったほうがいいのではないのだろうか、

 

「それはもうわたしとモモンガ様でそのような事をするべきと書いてあるので。確かにわたしとモモンガ様では子は作れない、しかしそれでも愛し合うことはできるでありんす。故に、でありんす」

 

 設定でつけられた間違いだらけの廓言葉をなんとか織り交ぜながら会話に応じるシャルティアに。

 

「いや待て、これは必ずしもそうしろという内容ではないだろう」

 

 何とか落ち着いて話をつけようとするモモンガと。

 

「いえいえ、わたしのモモンガ様に対する想いは本物でありんす」

 

 となかば強引に既成事実を作ろうとするシャルティア、理論も答弁もなにもないただお互いの要望を押し付け合うだけの不毛なやり取りをとめたのは、冷静な男性の声であった。

 

 

 

 

「確かにこの内容ですと君の解釈には無理があるというものだよシャルティア」

 

 現れたのはスーツを身にまとった男性であった。

オールバックにした髪型と丸眼鏡が特徴的でこれまで第6階層であった者たちでは1番人間に近い姿をしているが、やはりというべきか腰のあたりから伸びた巨大な尾が彼もまたここのNPCなのだということを主張していた。

 

「デミウルゴス」

 

 ナザリック地下大墳墓第7階層守護者にして拠点防衛時は指揮を任せられる存在だ。彼を作った人物が少しばかり癖の強い人物であったためにモモンガとしてもその設定と能力は把握していた。はっきり言って自分よりずっとここのトップにふさわしいと思っている。

 

「デミウルゴス、どういう意味でありんすか?」

 

 当然シャルティアの不満と殺意を込めた視線が彼を射抜くが、当の本人は全くもって気にしていないように肩をすくめてみせる。やる奴がやるとやはり絵になるものだな。

 

「何、簡単な話だよ。その手紙はあくまでぺロロンチーノ様がモモンガ様に君の事を自由にしていいとそれだけだからね、恐らくは君のことをモモンガ様に託すにあたり、かのお方なりのジョークということなのだろう」

 

 すくなくともエロゲバカ(あの男)は本気だったろうに違いないが、彼が本当にあのバカをそういう風にみているのか、この場を治めるための方便かはわからないが、ここは乗ることにしようとアインズはそれに便乗する。

 

「そうだ、シャルティア、それにそのような事をしなくてもお前たちは私にとって大切な存在には変わりないのだからな」

 

「おお、我ら如きの者どもになんと寛大なお言葉を、ありがたき幸せ」

「ああ、わたしを大切な存在とおっしゃっていただけるなんて」

「えへへ、ありがとうございます。モモンガ様」

「ボ、ボクもうれしいです。モモンガ様」

 

 モモンガにしてみれば、何ということない言葉なのに守護者たちにはそれ以上の意味合いを持ち合わせているらしくその都度跪こうとしてくるのをやめさせるのは一苦労だ。

 

「いい、わざわざそんな事をしなくてもお前たちの私に対する忠義を疑うはずはずもない、時にデミウルゴス」

 

「はぁ! 何でしょうモモンガ様?」

 

 モモンガは再び自身のないはずの心臓が締め付けられる感覚を覚えながらも、なんとか言葉をひねり出す。

 

「お前は、以前ここに攻め込んできたというプレイヤーたちを覚えているか?」

 

「ええ、もちろんですとも。あの時は無様な姿をさらしてしまい申し訳ございませんでした」

 

 可能であれば今すぐ腹を切りますと言わんばかりの謝罪をこなすデミウルゴスを慌てて止めつつも、罪悪感がさらに増してくるのを感じていた。

 

(この調子だとアイツも覚えているのだろうな)

 

 脳裏に浮かぶのは、「どうせならみんなで馬鹿をやろうぜ」と豪語していたかつての仲間と彼によって作られた守護者の姿。

 

「オ待タセイタシマシタ」

 

 そう蟻と蟷螂を掛け合わせたような姿と4本あるすべての腕に異なる武器をもった階層守護者だ。

「よく来てくれたなコキュートス」

「御方ノオ呼ビトアラバ、ドノヨウナ時デモソクザニ」

 ここまではほかの守護者たちと変わらない。そしてやはりこれは聞いておかなければならない。

 

「コキュートス、お前は以前」

 

 武人としての直感なのだろうか途端にコキュートスから冷気があふれ出す。この場にいるものたちは何ともないが、常人であれば間違いなく氷漬けになっている。

「アノ戦ハ我ガ最大ノ屈辱デアリ、失態デゴザイマス」

「そうか」

「アレヨリ私ハヨリイッソウノタンレン二励ンデオリマス」

「ああ、よく理解したとも」

 

 

 その後はほかの者たちが来るまで多少は時間があったので魔法に特殊技能(スキル)同士討ち(フレンドリーファイア)の解禁状態など調べることになり、この異変の前後で変わったこと、変わっていない事などを守護者たちの力を借りながら一つ一つ検証していった。

 

 それから、しばらくして最後の者達もその場に来た。

 

 

 

「んん! 大変お待たせいたしました!我が創造主たるモモンガ様!」

 

 どこまでも場違いなテンションを維持しているパンドラズ・アクターとその様子にややひきながらも行動を共にしているアルベドとセバスの姿もあった。その光景はモモンガのガラス細工程度に脆い心を砕くには十分であった。本来各階層守護者への連絡を終えた彼女がなぜ遅れたのかとその理由もわざわざ、大袈裟に手を振って説明してくれた。彼が。

 

「申し訳ございません。我が創造主たるモモンガ様! 私のせいでございます」

 

 聞けば、このナザリックで自分以外の者たちに会うのは彼にとってまさに生涯初めての経験だったらしくあまりの嬉しさについつい話しかけてしまい、それを見かねたアルベドがなんとか連れて来たということであった。確かにこちらが指定した時間を守っているわけだしある程度自由にふるまってくれるのであればナザリックのこれからの事を考えれば好ましい。しかし、それにしても

 

(何だろうな?)

 

 傍目に見ればやたらオーバーアクションで自由奔放な社長の息子を社長秘書が律義に面倒を見たというところだろうか、なんというか

 

(絵面が酷すぎる)

 

 これが現実であれば間違いなく社員たちの信用を失う。いやそれは今の状況でも同じことが言えるかもしれないが、

 

(いや大丈夫だ、もうすぐ終わるのだから)

 

 その後、セバスの報告と主観による今回の異変の事を守護者たちに説明する。誰もが驚いたような顔をしているの見て、もうここは自分の常識が通じない世界だと認識するしかなかった。すぐに対策をすることになり、その第1段階としてデミウルゴス、アルベドを中心とした情報共有システムの構築、マーレにはナザリックの隠蔽工作、そしてそれにともない周囲にダミー丘の製作、そしてアウラには偽のナザリック製作を命じ、ひとまずはここまでとする。さてここからが、本題だ

 

「最後にお前たちに聞きたいことがある。まずはシャルティア、お前にとって私とはどのような人物だ」

 

「美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。その白きお体と比べれば、宝石すら見劣りしてしまいます」

 

 それは彼女にしてみれば本当にそう思ってのことだろうが、素直に受け取ることはできない。

 

(とてもそんなじゃないんだよな)

 

「コキュートス」

 

「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者二相応シキ方カト」

 

 それはあくまでゲームであった以前の話だ果たしてそれが現実となった今ではどうなのだろうか、強さとは単純に力があればいいというものではないのはモモンガでも知っている。

 

「アウラ、マーレ」

 

「慈悲深く、深い配慮に優れたお方です」

 

「す、すごく優しい方だと思います」

 

 慈悲深い?優しい?とんでもないむしろ…………

 

「デミウルゴス」

 

「賢明な判断力と瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です」

 

 それこそ間違い以外のなにものでもない。実際は小卒程の学歴しか持ち合わせていないのだから。ここに至ることだってかつての仲間たちの知恵を借りたに過ぎない。

 

「セバス」

 

「至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私たちを見放さず残っていただけた慈悲深き方です」

 

 ここに残っていたのはここしかなかったわけであり、彼らを思っていたわけではない。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「我が偉大なる創造主にして絶対の存在!あなた様の息子であることが私の何よりの誇りでございます」

 

 なんでだろう特に何も感じない。

 

「最後になったが、アルベド」

 

「至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして私にとっては最愛のお方でもあります」

 

「そうか」

 

 守護者たちからの絶賛を聞きながらモモンガが抱いていたのは罪悪感と後悔であった。

 

「それでは私は先に失礼する。各員行動に移れ」

 

「「「「「「「「はぁ!」」」」」」」」

 

 ギルドアイテムの力でその場を後にする。

 

 

 

 通路を歩きながら思い出すのはかつての戦い、あの時彼らは懸命に戦ってくれた、だというのに自分たちはどうだったろうか、ゲームだったからというのは言い訳にしかならないだろう。

 

(笑ってたんだよなあ)

 

 あの時は本当に遊びの延長でしかなかった、それでも先ほどの双子を思うとそう考えずにはいられない。

 

(最低だったな、俺も…………俺たちも)

 

 これで自分の気持ちは決まった。それは自殺願望にも似た決意であるが、モモンガはもうそれしかないと疑いすらしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




予定だと次で序章終了です。

10/18ご指摘ありがとうございます加筆修正しました。


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序章最終話 告白と覚悟と

 ようやく終わった。お気に入りに登録してくださった方々ありがとうございます。


 

 あのお方に惹かれるようになったのはいつからだろうか、

 

 

 

 

 モモンガが最初の会合を終えて20時間、ナザリック地下大墳墓は喧噪にまみれていた。それも当然といえる。

 

 なんせ現在進行形でおこっている異変とそれに対応するためそれぞれにの役割を果たさんと走ることは許されないので、可能な限りの早歩きで行き交う。

 

 皮肉にもその光景は彼らの主がかつて生を謳歌していた世界でよく見られたものと同じであった。もっともそこで見られたのは老若男女関係なくスーツをきた人間であったのが、ここでは歩くたびに金属音を鳴らす骸骨姿のオールドガーダーであったり、羽音をまき散らしながら飛行している虫だったり、無重力空間にいるみたいに何の動作も行わず浮遊している悪魔、果てはカタツムリのように地面をはしるスライムだったりと多種多様な魔物たちであるという点。

 

 そしてもうひとつ決定的に違う点があるそれは彼らの表情だろう。といってもそのほとんどがよみとれるか怪しいものであるが。前の世界の人間たちはみな暗い顔をしていた。老人も若者も関係なく未来どころか明日にさえ希望を持つことができなず、ただ日々を生きるためだけに働いていた。

 

 対してナザリックの僕たちは立場、種族関係なく喜びに満ち溢れていた。彼らは誇らしかった。偉大なる御方の為に働けることが、役割を与えられたことが、今胸に抱く感情としては不適切かもしれない。それでも内からあふれる感情を止めたいと思うものはいなかった。

 

 

 守護者統括アルベドは現在新たに与えられた部屋にて執務にとりかかっていた。

本来であれば、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」42番目のメンバーの部屋になる予定だったらしいこの部屋をいただくことは恐れ多くはじめは辞退したが、主はそれを許してはくれず「これもナザリックのひいては私の為になることだ」なんて言われてしまえば、断ることすら不敬にあたる。あれから数度の打ち合わせと会合を繰り返して、すでに決まっていたことも含め見直すべきところが多数見つかり再度調整をおこなっていた。

 

「これで警備のほうはひとまず終了といったところね、第8階層に関して連絡はいきわたっているのかしら?」

 

(はぁ!立ち入り禁止と聞いております)

 

「そう、なら問題ないわね」

 

 今、彼女の前にいるのはオールドガーターの上位種たるナザリック・オールドガーダー達だ。レベルにして18、階層守護者たちのレベルが100であることを考えれば尖兵クラスがいいところではあるが今は少しでも戦力が必要な時である。

 

 彼らにはこれから10体1組として総数300組になってもらい第9階層のロイヤルスイート、第1~第3階層の墳墓を中心としてナザリック全体の巡回警備にあたってもらう予定である。

 

 もし万が一侵入者が居た場合にはすぐにこちらに連絡がいくようになっている。といっても各階層、領域守護者達で手が空いている者も全力で警備にあたって居るため、中途半端な戦力では5分と生存は不可能であろう。

 

 そして本来彼らは休息を一切必要としない身だが、主からの要望で各階層要所で待機という名目でインターバルをとってもらうこととなっている。これに関しては、臣下一同不眠不休で仕えることを望んだのだが、「お前たちが働き詰めでは私はいつ休めばいいのかな?」の一言で休息時間と休日を盛り込む事が決定した。

 

 主が体を休める分には気にはならないが、心優しき主はナザリックに所属する者すべてが休息をとることを望まれた。曰く「私はできる限りお前たちと共にあり、対等な関係でありたいのだ」と

 

(ずるいお方)

 

そう言われてしまえば、自分たちは従うしかないのだ。

 

「何かあれば」

 

(はぁ! 直ちに2名伝令に走らせます)

 

「よろしい。行きなさい」

 

(はぁ! 守護者統括たるアルベド様。偉大なるナザリックの平穏は我らが全力をもってお守りする所存!)

 

 ナザリックの変化にもいくつかあったが、その中でも目立つのはこれだろう。いわゆる自動的にわき出る三〇レベルまでのNPC(より地位の低い僕たち)との意思疎通がある程度できるようになったということ。

 

 と、いっても彼らが発するのは声ではなく唸り声だったり、鳴き声だったり、何かしらこすれるような音でしかないものもいたが、感覚的に言いたいことが分かるようになったのだ。(その事自体を素直に喜ぶことはできないものの)それと彼らの知能がある程度向上したことだろう。

 

 以前まであれば、簡単な命令、突撃、殲滅、などしか受け付けずその後は対象が倒れるか、自分が倒れるかまで愚直に任務を完遂するまで動き続ける。しかし今はある程度複雑な命令を加えることも可能となっている。

 

 例えば「侵入者と遭遇した場合、直ちに撃退しろ、ただし、HPが5割をきれば、情報の持ち帰りを優先して撤退に努めよ」といったある程度状況の変化に合わせることができるのは大きい、何よりコミュニケーションをとれるようになったことのほうが喜ばしいと主はおっしゃっており、できるだけ彼らの被害をおさえる方向も考えなくてはなと語っていたのを思い出し、口元が緩む。

 

 本当にどこまでも優しいお方だ。自分たちはかの方の為ならば命を散らすことすら惜しくないのにかの方はそれを良しとせずおっしゃった。その身を大事にしろと。

 

「守護者統括たるアルベド様。只今よろしいでしょうか?」

 

戸をノックする音と時間差で届くこちらの様子をうかがう声、おそらく一般メイドであろう。

 

(少し大げさね)

 

 先ほどのガーダーたちもだが、少しばかし役職というものにとらわれすぎているきらいがある。個人的には単に「アルベド様」だけで十分なのだが。少なくとも彼女たちは自分達と同じく至高の方々に創造された身なのだから上下関係というのもあってないようなもの、なんだったら呼び捨てでも気にはならないかもしれない。

 

(それも不敬にあたる)

 

 今の自分たちもとい僕たちの立ち位置も至高の方々が「そうあれ」と望まれてのこと、それを無視する行動はもちろんのこと疑問を抱くことも万死に値するであろう。それでもある程度は砕けた関係を築きたいと考えている。何故なら、それも主の意向のようなものであると理解することができるのだから。もっとも彼女の今の心情を当の本人が聞けば、「俺に対してもそのようにふるまってほしいんだけど」と嘆息まじりに愚痴をこぼすことを彼女は知らない。

 

「入室を許可します」

 

「失礼します」

 

 事務的なやりとりと共に部屋にはいるメイド、その仕草はドアの開け方から閉め方、その際の足運び、視線の高さと動かし方など、どれをとっても栄えあるナザリックに仕えるものとして標準を満たすものだ。ただし彼女らのいう標準と一般的な一級品がほぼ同じであるという恐ろしい事実があるわけだが、

 

「あなたは確か、シクススだったかしら」

 

「はい、わたしのような者まで覚えてくださり幸栄でございます」

 

「統括という立場に立つ以上、当たり前のことよ」

 

「ですが、それでも喜びを申し上げたく思います」

 

「謙遜もほどほどにしなさい、あまり度が過ぎればあなたを創造してくださった御方に対して不敬になるわよ」

 

「はい、畏まりました」

 

「それで、あなたの用件は何かしら?」

 

「こちらでございます」 

 

 渡された書類を受け取り、軽く目を通す。そこに書かれてあったのは、至高の主たるモモンガの周囲に関する案件であった。

 

 現在主のそばには護衛と世話係を兼ねてプレアデスたちが交代でついている。しかし、いつまでもそれでいい訳がなく、今目の前にあるのは、新たに身辺警護に身の周りの世話係をどうするかというその第1案をまとめたものである。

 

 警護は隠密活動と単純な力(レベル)を考慮して八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を5体、影の悪魔(シャドウ・デーモン)を10体、可能であれば、さらに死の騎士(デス・ナイト)を1体〈完全不可知化〉(パーフェクト・アンノウアブル)をかけた状態でつけたいというもの。

 

 確かに()()()()の事を考えれば、護衛という名目上当然のことであるが、残念なことに現在の戦力にいないため、どうしても現実味のない話になってしまう。

 

 それでもこうして書かれているのは、きっと主にあるスキルを使用してもらうことを期待してのものだろう。考案者がデミウルゴスであることからもそのことが読み取れる。

 

 もっとも、次の案件も含めて、一度主に確認と了承を得ることになるだろうが、かの御方に関することを勝手に決める訳にはいかない。

 

 次に確認するのは、世話係について、考案者はペストーニャ・S・ワンコ、犬の頭を持つメイド長だ。その内容は、一般メイド41人から1人ずつ交代制で1日主の身の周りの手伝いをする役割を作るというものであった。

 

 これは一般メイド一同の願いであり、その企画を採用することによるメリットがこれでもかという位に書き込まれており、その内容を見る限り()の助言も受けたのだろう。

 

 それだけの熱意と誠意を垣間見ることができるものであり、そしてそれは今回彼女たちの代表としてきているシクススも同じようで、いつもより、その瞳に気合があるように見える。

 

「いかがでございましょうか?」

 

 不安を感じながらも決して考えを捻じ曲げる気はないという固い意志が混じった言葉、それはナザリックに仕えるものとしてとても好ましい姿勢ではあるが、それでもと彼女は他の事を考えていた。

 

「ええ、悪くはないわ。警護に世話係、改めてモモンガ様に進言するとしましょう」

 

 正直、羨ましい。それがアルベドの駆け引きなしの素直な気持ちだ。間に40日という合間があることをさしひいても、丸1日あのお方のすぐそばに仕えるのは魅力的なことだ。

 

(もしかしたら)

 

 夜の生活などもお手伝いするのかしらと、モモンガが聞けば「骨だけなのにどうしろと?」という事間違いなしのことを夢想して、やがてその顔は歪んでいき、本人の意識の外でその端整な口元から液体が滴り落ちる。

 

「あの? アルベド様?」

 

 もうシクススの顔に先ほどまでの気概はない。そこにあるのは、飢えた獅子を目前にしておびえるウサギそのものであった。その様子にようやく自分がどんな顔をしていたのか自覚した守護者統括は我に返る。

「ごめんなさい。見苦しい所をみせてしまったわね」

「いえ、お気になさらず……………ただ」

「ただ?」

「モモンガ様には見せないほうがよろしいかと」

 怯えながらも必死に懇願する顔、先ほどみせたのとは真逆のものだが、それもこちらを気遣ってのこととしっかり解るので特に咎めるつもりはない。

 

「わたしの為を思ってでしょう。そんなに怯える必要はないわ」

 

 その言葉でようやくシクススの緊張がとけたところで、頭に声が響く。伝言(メッセージ)だ。

 

『アルベド、私だ、今大丈夫か?』

 

 聞き間違えるはずのない声、遠距離恋愛中の彼氏が久々に電話をかけてくれたことに対する喜びを感じながら応じる

 

「ええ、問題などあるはずがありませんモモンガ様」

 

 その名前を聞いて先ほどまで緩めていた姿勢を再び正すメイド。やはり、主の名は大きいのだ。

 

『そうか、この後時間はあるか?少し話がしたい』

「ええ、あなた様の為でしたら、時間などいくらでもつくりましょう」

『そうか……………では今からいう所に指定の時間に来てくれ』

 

 しばし、やり取りを行い伝言(メッセージ)を終了する。

 

「あの、それでモモンガ様はなんと?」

 

 やはり仕える主のことは気になるらしい。その気持ちは十二分に分かる事だ。

 

「ええ、大切な話があるから後で霊廟前にくるようにと、だったわね」

 

 とたん、シクススは目を輝かせ、顔の前で両手を握りしめる。楽しみにしていた朝ドラの新展開を視聴した顔だ。

 

「それは、おめでとうございます!」

 

 単にアルベドの機嫌とりという訳でなく、心から祝福しているのは、迷いなく紡がれた言葉が証明していた。

 

「あら、別にそういう話という訳ではないのよ?」

「ですが、その可能性は高いと思います。この前のこともございますし」

「ほんとうに耳が広いのね、あなた達」

 

 シクススが言っているのは異変がおきた時にあったあの出来事であろう。その時のことを思い出し愛おしむように自信の額をなでる。

 

「それにしても、何の迷いもなくわたしを推すのね」

「それは、もちろん。アルベド様が、モモンガ様を想っていらっしゃったのは私どもの間では有名な話ですから」

「あら、でもそういう話だったらシャルティアにもあるんじゃないの?」

「ええ、わたしはアルベド様が相応しいと思っているのですが、仲間内ではシャルティア様を推している者もいまして、その…………………その話をするといつも口論になってしまい。恥ずかしい話ですけど」

 

 苦笑しながらそのときの様子を話すシクスス。モモンガの妃に誰が相応しいかという論争は彼女たち一般メイドの楽しみであり、火種でもあった。アルベドを推すものの意見としては「主と共にある姿を想像すれば、アルベド様のほうが似合う」「我らがシモベの頂点に立ち、至高の方々をまとめていらっしゃるモモンガ様をささえている姿を見れば当然の事」というもの対してシャルティアを推すものの意見は「同じアンデッドであるシャルティア様のほうがふさわしい」「()()()()()()()を行い、玉座より最も離れたところで健気に役目を努めている彼女こそ妃にふさわしい」というものであった。また話には出さないが、数年後には第6階層守護者のアウラ様にも可能性があるという新勢力も現れ、中々に混迷を極めていた。

 

「ふふ、あなた達にもそんな可愛いところがあるのね」

「いえ、本当に申し訳なくて」

「別にいいのよ、彼女に負けるつもりはこれっぽちもないのですから」

 

 恋敵に対する勝利を確信した力強い宣言をうけシクススも笑っていた。

 

「まあ、どのような話であってもモモンガ様に会うのであればそれなりの準備をしなくてはね」

 

 ここまで休みなく働いた彼女の服は汚れ、髪も先が乱れ、肌もわずかに汗ばんでいる。

 

「湯浴みと着替え、それに化粧の用意をしなくてはね」

 

「及ばずながら、お力添えします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一人でナザリック地下大墳墓(わたしたち)を守るために奔走していた姿を感じた時からだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてアルベドにも伝えたし、俺のほうでも準備をしなくちゃな」

 

 誰にも聞こえることがないように静かにささやくように出た言葉。

 

 現在、モモンガがいるのは第9階層内の自室だ。出入口にはプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマが控えている。職業、種族、髪色、髪型、肌色、身に着けているものなど全員異なり、そこに特色が出る彼女たち(プレアデス)であり、ナーベラルは黒髪、黒目にポニーテールといった恐らく以前自分がいた世界の標準的な女性像に近い存在であった。最も彼女の容姿は整っており、向こうであれば間違いなくその手のスカウトがとびついてくるだろう。

 さて、準備といってもそんなにやることはない。まずは、

 

(見た目だな)

 

 姿見にうつるのはローブをまとった骸骨姿の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのマスターであり、ナザリック地下大墳墓とそこに住まうNPCたちを創造した至高の41人のまとめ役であり、現在は唯一残ったプレイヤーだ。さすがにこの格好で出歩くのは目立つ。これからやろうとしていることを考えれば、あまりNPC達に目撃されるわけにはいかない。パンドラズ・アクターが想像以上にほかの者たちに絡んでしまったのは、予想外だったが、十分修正が効く範囲だろう。

 

〈上位道具創造〉(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

 全身を全身鎧(フルプレート)が包む、漆黒に輝き、金の模様が入った品だ。遠目に見れば、すぐに自分とは気付かれまい。次にと両開き式の家具の前に行く。

 

(これだな)

 

 ドレスルームからデータ量を参考にいくつか適当なものを見繕って空間に放り込む。

 

 必要なものは全部そろった。部屋を出るため歩けば当然のようにナーベラルは付き従おうとする。

 

「私は一人で」

 

「御身おひとりではなにかあったときに私たちが盾となって死ぬことができません」

 

(何でそこまで)

 

 自分はそこまでされるほど立派な人間ではない、モモンガとしては彼女たち(NPC)たちには、自由に生きて、自分を大切にしてほしいと願うばかりだ。ほぼ無意識的に彼女の頭に手を置く。

 

「簡単に死ぬなんて言葉を使ってくれるな。悲しくなるだろう。私にとっては、お前たちの()()こそが大切なのだ」

 

 陽だまりを錯覚させるような暖かい言葉をかけられ、頭頂部をその手に優しく包まれナーベラルの頬はほんのりと朱にそまっていく、モモンガはそれに気づくことなく彼女の頭をなでながら続ける

 

「それに今回は極秘に行いたいことがあり、これからデミウルゴスを始めとした者たちと会って来るだけだ。なにも危ないことはない」

 

胸を襲う痛み、きっとこれは良心からくるものだろう。これからやることの展開しだいでは、かつての友の娘、今は()()()()()()()()()()()彼女とこうして会話をすることもないだろう。それでも感づかれるわけにいかない。

 

「だから、私を信じてはくれないだろうか?」

 

「か……………畏まりました。そのように言われては御身を信じるしかありません」

 

 多少まごつきながらも彼女は了承してくれた。わずかに「……ずるい……」という声もするが、それも当然である。

 

 今の自分は彼女たちの絶対の主人でありその言葉を疑うなんて立場上できる訳ないのだから。多少の罪悪感が残る。それでも、なんとか納得してもらえたことだろう。こうしてモモンガは一人、目的の場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それともかつてこの地にいらっしゃったほかの至高の方々と楽しそうに歓談しているその姿を見た時からだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の場所に向かうと、その場にいた3人の内2人が振り返る。その目は「ようやく来ましたか」と言いたげであった。やはり色々な準備が時間をとってしまっていたらしい。

 

 落胆している自分がいる。その可能性が低いことは何よりも自分自身が分かっていた。それでも期待していたのは確かであり、同時に今の自分を用意する為に力を貸してくれたメイドに多少申し訳なく思う。この面子が呼ばれたということは、

 

「アルベドも来たか、これで全員だな」

 

 自分たちの頂点であり、最愛の主はいつものローブ姿ではなく、全身鎧(フルプレート)に身を包んだ姿だ。いつもの姿もその偉大な貫録を感じ愛しいが、今の姿も凛々しさを感じる事ができ素晴らしく、一瞬アルベドは御伽噺で騎士の手により魔王から助けられる姫君になったような気分を味わい、翼をわずかにはためかせる。惚れた者の弱みか、贔屓目か、どのような姿であっても魅力的な方だと改めて認識する。

 

 

「さて、早速で悪いが少し付き合ってくれ、アルベド、デミウルゴスは自力で飛べたな。パンドラズ・アクターは」

 

「問題ありません! 我が創造主! 飛行(フライ)は使えます!」

 

「そうか…………では行くとしよう」

 

 以前までの彼ならば、「偉大なる創造主」といっていたのが、主の必死の懇願により、なんとか少しは縮める事に成功したようだ。その様を思うと主を労わらずにいられない。

 

(モモンガ様)

 

 そして主とパンドラズ・アクターは飛行(フライ)を、自身は腰に生えた翼を、デミウルゴスは蛙を彷彿とさせる頭と蝙蝠を連想させる翼をもつ半悪魔形態となり、空へと飛び立つ。

 

 空は澄んでおり、星々の輝きが大地を白や青で照らしていた。アルベド自身はその光景になんとも思わないが、主が何やら感慨深く眺め時折、「ブルー・プラネットさん」と呟いている姿は胸にくるものがあった。そう主は時々、本当に悲しそうな顔をされる。あくまでそういう気がするというものだが、何とかおささえできないかと自分の無力差がどうしようもなく腹立たしい。

 

 やがて主はこちらに向き直りその兜をとる。久方ぶりに拝見するその顔に体のあちこちが熱くなるが、今はそれに浸る訳にはいかない。

 

「まずはこれを渡しておく」

 

 わたされたのは何の変哲もない剣であったが、魔力量だけはしっかりしたものであった。この場に集まった面子を考えれば、いささかの疑問を感じるが、主のやることを疑ってはいけない。

 

「はじめに言っておく、この武器は()()()()()()()()()()ものだ」

 

 なぜそのような事を言うのか、まったく理解ができない。それは、ほかの二人も同じらしく特にデミウルゴス、彼にしては珍しく苛立っているようだった。間違いなく主の考えを汲み取ることができない自身の不甲斐なさに対してだろう。それは自分も同じだ。

 

 少しばかりの沈黙がたち、主もようやく何かを決心したのか口を開く、

 

「まず最初にお前たちの認識を確かめなくてはな、人間の事をどう思う?」

 

「下等な生物です」

 

「何の価値もありません」

 

「特に興味ありません!」

 

 なぜ今更そのようなことを聞くのだろうか、人間なんて弱く、脆く、愚かで恩義を忘れるくせに恨みだけは一生忘れることなく、何の存在意義を持つことなく、慢性的に時間を浪費するどうしようもない存在だ。かつて栄えあるナザリックに攻め込んだこともいまだ許せるものではない。

 

 それを聞いた主は顎に手をあて考えこむ。

 

「それも間違いではないかもな、さて、お前たちがどう思っているかはよく分かった。その上で言わせてもらおう。人間にも様々なものがおり、以前ナザリックを襲ったような愚か者もいれば、何のメリットもないのに他人を助けるお人よしもいるとな」

 

「はあ? それで我が創造主よ、いったい何をおっしゃりたいのでしょうか?」

 

 ついに我慢できなくなったのか、パンドラズ・アクターが身振り手振り加えながら主に問う。本来であれば極刑ものであるが、今はそれがありがたい。彼のことは苦手であるが、今のこの瞬間だけは感謝する。

 

「ああ、前置きがながくなってしまったな。さてどこから話したものか」

 

 ついに今回の非公式の集まりの本題が聞けるとあって、3人とも息をのむ。

 

「まず最初に私は、いや、()()()は、元――……人間だ」

 

「は?」「な」「え」

 

 何をいわれたのか、ナザリック最高峰の頭脳をもつ彼女たちは珍しくその思考を鈍らせ、剣を握る手に力が入る。

 

 そこから語られた話は完全に自分たちにとって未知の世界の話であった。かつて自分たちがいた世界YGGDRASIL(ユグドラシル)、それとは別に《リアル》なる世界があり、至高の方々はそこから姿を《アバター》なるものに作り替えやってきていたのだと、そして、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを結成してナザリック地下大墳墓を、自分たちを創造したという。

 主によれば、《リアル》は愚かな人間どもによって、大気汚染、水質汚染等で破壊されてしまっているということ、そして人々は豊かな新世界を求めてYGGDRASIL(ユグドラシル)をつくったということ、しかしそれでも完璧な世界には程遠く永遠の維持は困難で、至高の方々も一人、また一人と《リアル》へと帰還したということ、あの日、主が自分に口づけをしてくれたあの日、それはYGGDRASIL(ユグドラシル)という世界が終わる日なのであったと、本来、自分たちはあの時を最後に消滅をしていたということ、モモンガ自体はそのあと、ほかの方々同様に《リアル》に帰還する予定であったこと。しかし帰還は叶わず《リアル》でもなく、YGGDRASIL(ユグドラシル)でもない第3の世界であるこの世界にナザリックごと飛ばされてしまったこと。そこからさきは、自分たちもしっている通りであるとのこと。確かにすぐ心の整理はまとまらない程の話であった。しかし、事ここに至っても主の考えは理解できなかった。

 

「申し訳ございません、モモンガ様。それで、いったい何だというのでしょうか?」

 

 これで失望されても無力な自分が悪いのだと無理やり納得するしかなかった。

 

「お前たちは、私に対して怒りはないのか?」

 

 崩れ落ちそうな声であった。それより、主はなんといった?

 

「な、何故そのように思われるのですか?」

 

 それこそありえない。なぜ自分が、自分たちが主に対して怒りを感じなければいけないのか?

 

「わたしは、お前たちを見捨てようとしたんだぞ?」

 

「しかし、モモンガ様は現にわたしどもを見捨てなかったではないですか」

 

「それはただの結果論だ!! 本当なら俺は、俺は」

 

 それははじめてみる主の姿。激しく取り乱し、支配者というより、癇癪をおこした子供のそれだった。

 

「それだけではない。私はお前たちが思っているほどの者ではない」

 

 そんなことはないと叫びたがったが、反応が早かったのはデミウルゴスだった。

 

「何をおっしゃいますかモモンガ様! そんなことは」

 

「では、なぜほかの者たちはYGGDRASIL(ユグドラシル)を去った!」

 

「それは、私どもの力不足かと」

 

 激しい絶望のオーラを感じその顔に恐怖を浮かべながらもデミウルゴスは必死にくらいつく。

 

「違うんだよ、私が………俺が本当にお前たちの信じている絶対の支配者であれば、彼らが去ることもなかったはずだ。あの時だって」

 

「ですが、かの方々が戻っていらっしゃる可能性や、もしかしたらこの世界のどこかにモモンガ様と同じように転移されている可能性だって、現にあの時、ヘロヘロ様だっていらっしゃったではないですか?」

 

 それがまずかったのか、より一層強まる死というべき絶望の威圧感がその場の3人を包み込む。

 

「その可能性はない、何故なら……………おそらくだが、今の私は()()()()()()()が混ざったようなモノだからな」

 

 今日何度目になるかわからない衝撃、それはモモンガ自身、半信半疑であったが、今それは確信に変わっていた。彼を襲うのは大切なものを捨ててしまった後悔と、人間を下等生物としてみている彼らにそれはもう残酷に殺されるかもしれないという恐怖が何倍にも膨れ上がった感情。

 それが41人分の感情(モノ)であることをモモンガは理解していた。そんな様を見せられればアルベドも覚悟を決めるしかなかった。はずれてほしいと願う自分の想定がくることを。

 

「最後にモモンガ様は何をわたしたちに望んでいらっしゃるのですか?」

 

「私を殺してほしい」

 

 それは何よりも恐ろしいことであり、なんとしても止めねばならぬことだ。

 

「私が死んだあとは、パンドラズ・アクター、お前に私の影武者を頼みたい。そして期間は、そうだな、2年がいいだろう、そしてその時がくれば今日の事を皆に話してほしい。それまでは、ナザリックを頼みたい。これまでのやり取りで確信した。お前たち3人であれば、この未知の世界でも皆を率いてやっていけるだろう」

 

 望んでいないのに勝手に話を進める主

 

「お待ちくださいモモンガ様! わたしどもは決してそのようなことを望んでおりません!」

 

 なんとしても思いとどまっていただかなければいけない。自分にはこの方が必要なのだから。

 

「だが、そうしなくては、私は私を、()()()を許すことができない」

 

「ですが、わたしどもは、いえ、()()()はあなた様を愛しております!」

 

 それは策としては最低の、普段の彼女であれば決して選ばなかった手段、情に訴えかけるというもの。彼女自身、その胸は破裂しそうであった。しかし、主はまるで意に返さず、力なく言葉を続けていた。

 

「ああ、あの(キス)のことか、あれだって、私の罪でしかない」

 

「それはどういうことでございましょうか?」

 

「私はお前を、ダブラさんの設定を汚してしまったのだ。そして()()()なお前のこと、口づけ(あれ)を私の本気だと勘違いさせてしまったのだろう」

 

 その言葉を聞いた時、アルベドの中で何かが、膨れ、破裂した。

 

「ふざけないでください!」

 

 それは初めて彼女が主に抱く、あってはならない感情。たとえ、支配者たるモモンガでもこの気持ちを否定するのは許せないし、なにより我慢ならない。

 

「わたしはずっとあなた様をみて、感じていました! 至高の方々と楽し気にされている姿も! 至高の方々が帰還され、そのたびにあなた様が人知れず心を痛めていたことも! 御身一人でナザリック(わたしたち)を守るために懸命に尽くされていたことも!」

 

「……………………」

 

 主も初めて見る光景に虚を突かれたらしい。彼女は止まらない。叫ぶように訴え続ける。

 

 「その間、わたしは何もできなかった! あなた様が悲しんでいるのを知りながら、何も!」

 

「…………アルベド…………」

 

「それでもあなた様はわたしたちを見捨てなかった。設定?そんなのは関係ありません。女として惚れるには十分すぎる理由です」

 

 設定、それはあくまで至高の存在がそうあれと定めただけであり、それだけが自分たちのすべてではない。

 

「統括殿」

 

「アルベド、君は」

 

 彼女の熱弁に押されているのは何も主だけではない。気付けば、デミウルゴス、パンドラズ・アクターも聞き入っていた。

 

「そして、今回の異変、不敬だと分かりながらもわたしは嬉しかったのです。ようやくあなた様の為に全身全霊をもって挑むことができると。それなのにあんまりではありませんか! そのあなた様がここから去りたいとおっしゃるのは! …………あまりにも、ひどいではないですか」

 

「アルベド……………お前………………泣いて……………」

 

 彼女の頬を、今見えている夜空よりも澄んだ涙が走る。やがてその手にもった剣の切っ先を己の首元に向け、モモンガに告げる。

 

「わたしは、何よりもモモンガ様に居てほしい、ナザリックのすべてよりもあなた様が必要なのです……………それが叶わぬというならば、わたしもあなた様を追うまでです!」

 

「待て! アルベド!」

 

 彼女を命を絶たんとしていた剣を漆黒の手が止める。これは本来、彼らの能力を考えれば、()()()()()()()()()()であるが、止めて見せたのだ。

 

「アルベド、考え直してはくれないか、お前たちを守る為にこれまでやってきたのに、これでは意味がない」

 

「ではモモンガ様も考え直してください」

 

「それは」

 

「もしも死ぬというのであれば、その後に改めてわたしも命を絶つまでです」

 

「それは絶対か?」

 

「絶対です」

 

 本当に自分はずるくてひどい女だとアルベドは自覚するしかなかった。()()()()()かの主はそうするしかないのだと解っていたのだから。

 

「だが、私はまた失敗するかもしれない」

 

「及ばずながら、私どもが補佐します」

 

 言葉をかえしたのはデミウルゴスであった。

 

「ほかの者たちは、シャルティアやコキュートス達は私を許さないかもしれないぞ?」

 

「それこそありえません我が創造主!仮にそうだったとしてもここにいる私たちは最後まであなた様についてゆきます」

 

 パンドラズ・アクターも渾身の演技をきめる主演男優の如き、宣言する。アルベドもデミウルゴスもこれでもかという位、頭をふっている。

 

「……………そうか」

 

 化粧も髪もぐしゃぐしゃにしたアルベドがみている。

 

「モモンガ様なにとぞ、モモンガ様?」

 

 ただ、何も考えずに衝動的に彼女を抱きしめる。彼女は顔を赤らめるもすぐに剣を手放し、こたえるように手をまわしてくる。もう二度とはなすつもりはないと言わんばかりに、彼女はそうしてくれた。その事実が彼に更に安心感を与えた。

 

(そうか)

 

 自分は嬉しかったのだろう、恐らく生涯ではじめて言われた「愛している」「あなたが必要」という言葉が、なにより、自分の事をそこまで思ってくれいる相手には生きてほしいんだと、強く願う。

 

 

 

 

 

 漆黒の鎧をみにまとった骸骨と純白のドレスをみにまとった悪魔は、スーツと軍服を着た者たちが優しく見守る中、しばしの間、抱き合っていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう。アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター」

 

やがて落ち着きを取り戻す、しかし抱擁は続けたまま、今はこの温もりを手放したくない。

 

「もうバカなことは言わない。お前たちとこれかも共にあると『アインズ・ウール・ゴウン』の名において誓うとしよう」

「その言葉、信じますね」

「ありがとうございます偉大なる御方よ」

「おお、我が創造主よ!」

「それで、これからどうするべきだと思う?」

「「「それは御身の望まれるがままがよろしいかと」」」

 

「私はすごく()()()()なんだが」

 

「「「それでもです」」」

 

 そうかえされ、モモンガは愚考する、かつての世界とこの世界を見て、「ナザリックを守る」という理念からかけ離れたあることを。

 

「理想郷、楽園をつくりたい」

 

「楽園、でございますか?」

 

「そうだデミウルゴス、私がかつていた世界のことはさっき説明したな?」

 

「はい、愚かな人間どもが同種同士でも激しく争い、壊したのだと」

 

 「ああ、そうだ、だからこそこの世界では、そう、ナザリックのようにありとあらゆる種族が手を取り合い、協力してより良い世界を作っていきたい、なんてまだこの世界にどのような種族がいるのか、どれほどの強者がいるかわからないのにな」

 

 やや、苦笑まじりに伝えるその声に完全ではなくとも元気を取り戻したのだと感じ、デミウルゴスの顔には喜色がうかぶ。

 

「モモンガ様であれば、可能かと、そして私どもナザリックが配下一同、全力でお力添えさせていただきます」

 

「まだ許してもらえると決まった訳ではないがな」

 

「私たちが全力で説得しますとも我が創造主!」

 

「ああ、ありがとう、それとそうだな、モモンガか」

 

「モモンガ様?」

 見上げてくるアルベドの顔がただまぶしい。

 

「それと私は名を変えようと思う。そうだな、うん、『アインズ・ウール・ゴウン』そう名のろう、といってもまだ不確定事項だがな、もしも叶った時はアインズと呼んでくれ」

 

「「「畏まりましたアインズ様」」」

 

 まだ不確定だというのに、おもわず無い頬がゆるむ。

 

「それとデミウルゴス、最初に確認しておかなければならないことがある」

 

「人間の扱いでございますね」

 

「ああ、話が早くて助かる。ナザリックのため、楽園作りのため、これから()()()()()()()()()()()()()かもしれない。だが、」

 

「もちろん、個体それぞれを検証して()()()()()()()を選択させていただきます」

 

「ああ、本当に優秀で助かるよ。ありがとう」

 

「もったいなきお言葉」

 

 アインズはふと右腕をはなし、アルベドの頭をなでる。彼女の顔は幸せに満ちた女性そのものであった。そしてその手を不意に先ほどから自分たちを照らしていた月のような惑星をつかもうとするようにのばす

 

「目指してみようか、はるか頂上を」

 

 これからやることはきっと大変なことだろう。それでも彼女たちと共にあれば、と彼は続ける。

 

「遥かなる頂を目指して」

 

 

 

序章  完

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつからだろうか、あの方に惹かれるようになったのは、いやもうどうでもいいか。

 

 

 何故ならその方はこれから先を自分達と共に歩んでくれると誓ってくれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回から本当にオリキャラマシマシやります。タグ詐欺ではないです。


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幕間その1 守護者たちの決意

 今回、登場人物が多いのと、某アクションゲームの影響をうけています。

 読んでくださっている方々ありがとうございます。


 

 モモンガが配下3名と行った非公式なる夜空の会談、その内容と結果は速やかにナザリック地下大墳墓内にいきわたり、僕たちに衝撃を与えた。主の正体にその経歴もそうであるが、なにより大きかったのは、そんな主が思い詰めていたという事実。これには当初、失望と怒りをかうのではと恐れていたモモンガの予想を大幅に裏切り、むしろ許しを乞う者のほうが多かった。自分たちはなんと無力なのかと。中には、自害しようとする者もいたわけだからそのつど必死にとめることになりかえって労力を費やすすこととなってしまった。

 モモンガが新たにやりたいと願った《楽園計画》はまずその足掛かりとなる土地を探すことから始まり、情報収集も兼ねてナザリックの周囲から何とか知的生命体がいるのが好ましいということで主自らが現在捜索中であり、それまでは隠蔽工作、防衛プラン等が進められる。

 

 かくして、モモンガはアインズ・ウール・ゴウンとなり、それまで息を潜めるように活動していた大墳墓がうごきだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   吸血鬼の憂鬱

 

 

 ナザリック第2階層、屍蝋玄室のベッドに一人の少女が腰かけていた。枕を抱きしめ物思いにふける姿は、普段の彼女を知るものであれば、恐怖を感じてしまう程に珍しい光景であった。

 

「むうぅぅぅぅぅぅ」

 

 なぜだろう、ひどく差をつけられた気がする。それも決定的なまでに、脳内ではあの大口ゴリラが勝ち誇ったようにこちらを見下している。目をとじれば浮かばのはそんなものばかり、それが彼女の心に突き刺さる。

 

「何だいチビ助、ここにいたのかい」

 

 突然かけられた、言葉は本来であれば自分がアウラに対してよく使うものであり、それ以外の者が自分に言ったのであれば、たとえ同じナザリックの者でも惨殺しなければ気が済まないものであるが、相手が相手であった。

 

「ぬしでありんすか」

 

 それは、本当に珍しく彼女にとって頭が上がらない人物であり、たとえ力で勝っていても。喜べない人物、そして自分の()()()だった存在だ。

 

「いつも周りを見下し、尊大にふるまうチビ助がそんなになるなんて、またアルベドに泣かされたのかい?」

 

 そんなわけないと湧きだす黒炎の如き激情、しかしそれよりも腹が立つことがある。いくら頭があがらないとはいえ、その一点だけは、許せない

 

「ぬしにだけは、チビ助といわれる筋合いはないでありんす」

 

「はっ! 口だけは達者だねぇ、必死に取りつくっているあんたと違ってこのグラマーな体形をも」

 

「幻影」

 

「な!」

 

 ほら崩れた。知っているのだから、普段の姿は幻術でそうみせているだけで、本当の彼女は自分はおろか、あの双子よりも幼い姿だということを、記憶を掘り返せして思い出すのは、至高の方々の懐かしき声。

 

『イブ・リムスの外見、思いっきし、5歳の幼稚園児じゃないですか、コワいわー、フラットフットさんまじコワいわー。貧乳好きをこじらせた人の末路かあ』

 

『まって! 確かに貧乳は俺のアイデアだけど! 創ったの俺だけじゃないから! それに俺は胸がないのが好きなのであって、ロリじゃないから!』

 

『コワいわー』

 

『聞いて!!』

 

「これから成長する可能性だって」

 

「ないに決まっているでありんす。だってぬし帰参者(レブナント)でありんしょう?」

 

「ぐはぁ!」

 

 帰参者(レブナント)。それは死んでから間もない死体が魔法により復活した()()の使者。一度死んで蘇っているという点でいえば、つまりはアンデッド、シャルティアの親戚といってしまえるようなものだ。

 しばらく、崩れ落ちていた彼女だが、やがて立ち上がり話しかけてくる。

 

「…………まあ、体形の話はいったん置いといて」

 

 持ち出したのはそちらだろうに、とほかの者が聞けば「あなたもたいがいですけどね」といわれる事間違いなしのことを思い嘆息する。

 

「で? 結局あんたは何が不満なんだい? 別に言いたくなけりゃ別にいいけどな」

 

 これだ、これ。おちゃらけていると思えば、突然真剣になってこれだ。心配してくれて、かといって深くふみこみすぎないよう配慮してくれる。本人達に言うつもりは絶対にないが、あのチビが一番の親友であれば、今目の前にいるチビ(ただし一見グラマー美女)は自分にとって姉のような存在かもしれない。なんとか声を絞り出そうとする。

 

「……………ちょっと、いや、少しだけくやしい」

 

 そうあれと設定された言葉を忘れながらもシャルティアは胸に抱えたものを吐き出す。

 

「至高の御方が、私の愛しい方が、あんなにも、そう御自分で命を絶とうとするほどに思い詰めていらっしゃたのに私はそれに気づくことができなかった」

 

「でもそれは、何もあんただけじゃない。ナザリックの者すべてに言えることだろ?あのデミウルゴスですら気付かなかったんだから」

 

 至高の方々にそうあれと定められたことを無視するのは決してよくないことではあるが、その事に一切ふれることなく続けてくれる。

 

「でも、それでもくやしい…………何よりもそこまで追い詰められたアインズ様を引き留めたのが、アルベドだということが…………なおさら」

 

 そうなのだ。結局はそこに行き着く。恋敵であるあの女があの方を心を救い、聞けば、その時2人は情熱的な抱擁を交わしたという。それまでは、ほぼ互角だと思っていたのが、急に差をつけられたような気がする。至高の方々がよく話していた《負けヒロイン》なる言葉がうかぶ

 

「結局それだって、結果論じゃないの?その時アインズ様があの3人を指定して話をしてその結果でしょうが」

 

「だけど、結果は結果でありんす」

 

「で、結局あんたはどうしたんだい?」

 

 それ以上続けても堂々巡りを繰り返すだけだろうと判断した彼女は荒療治をはじめる。ようは、シャルティアが何をどうしたいのかということだ。

 

「それは………」

 

 それでも迷っている模様の守護者をみて元階層守護者はいら立つ、といってもそれは手のかかる妹を思う姉の如き静かに燃える陽炎の如き感情であった。

 

「ウダウダ、本当にあんたらしくない。じゃあ今からあたしの質問にYESかNoで答えな」

 

「?????」

 

「いいから、あんたはアインズ様を愛している」

 

「YES」

 

「アインズ様の妃の座をアルベドに譲ってもいいと思っている」

 

「NO!!」

 

 それだけは断言できる。以前、あの大口ゴリラに言われたことがある。「シャルティアがモモンガ様に惹かれたのは創造主たるぺロロンチーノ様にそうあれと創られたあの趣向が原因ではないの?」そんな中途半端な感情であの方に近づくのはやめてほしいという中々にない大戦の布告であった。それでもと彼女の中から何かが吹き上がる。

 

「そんな訳あるかあぁぁぁぁ!」

 

「驚いた、急にどうしたんだい?」

 

 先ほどまでの意気消沈ぶりが嘘のような、シャルティアは立ち上がるなり、部屋を出ようと扉へと歩き出す。悩んでいた自分がアホらしい。誇りを持たねばならない。私はあの方に創造された、ナザリック最強の守護者なのだから。

 

「ちょ! どこに行くんだい!」

 

最古図書館(アッシュールバニパル)でありんす!」

 

「はあ? なんでまた?」

 

「アインズ様のお役に立つ為、ほかにありんすか?」

 

「そりゃあ、そうだろうけど」

 

 ほんとうにどうしたというのだろうか、以前までの彼女ならば、絶対にありえない姿、力さえあれば、それですべて解決といわんばかしの単細胞娘だったというのに、

 

「と、に、か、く!今は!少しでもできることをやって、あの御方に、わたし、シャルティア・ブラッドフォールンがあんな大口ゴリラよりもずっと魅力的であると証明してみせること、それがやるべきことでありんす!!」

 

「ほんとうに突然かわるな」

 

「まずはより効果的にアインズ様にアプローチする方法からでありんす!」

 

「なんだろうね、少し安心したよ」

 

 吸血鬼には憂鬱を感じている暇はない、愛する殿方に対する気持ちを成就させる為に走るだけだ。

 

 

 

 

 

   兵器の目覚め

 

 

 第4階層地底湖、魚も微生物すら存在しない静寂に包まれたそこは創造されることなくその地位についた階層守護者が眠る場所でもある。

 

 

 己の存在を認識するようになったのは、いつからだろうか、もう何年も前のように感じるし、まるで、昨日のようにも思える不思議な記憶、ここにいて感じるものは、徐々に変化していた。はじめは、高揚、歓喜、満足感といった、心地いいもの、やがて、喪失、悲観、絶望と暗く湿り気の含んだもの、そして今回だ、喜びから一転、後悔、恐怖と変わり、今感じるのは、おそらく自分がこれまで感じてきたものでも最大の覚悟、決意、そして尽くしたいという願いそのものだった。己のことは己がよくわかっている。この体故になかなか、かの御方に忠誠と働きをささげることが叶わぬ身であれど、いつかくるかもしれないその時を想う。それは第4階層守護者ガルガンチュアという兵器の明確な目覚めの時だったかもしれない

 

 

 暗い湖のそこ、そこには彼と一本の釣り糸が静かに揺れるのみであった。

 

 

 

 

 

   武人の宣言

 

 

 第5階層大白球(スノーボールアース)にてこの階層の守護者コキュートスは一人、静かに瞑想をしていた。それは先の騒動の際に、主に対して何もできることがなかったことを悔いての行いに見えるし、ひたすら見たくないものから目をそらす為にもみえ、直属のシモベたちですら声をかけるのをためらわれるものであった。

 

 彼もまた後悔していた。主がここを去ろうとしたことも主の抱えているものを気づけなかった自分が、いや違うか、彼にはまた別の心当たりがあった。主は自分が不甲斐ないせいでほかの至高の方々がここより去ったといったが、それだけとは思えない。もしかしたら、いやきっとそうだろう。脳裏をかすめるのは、あの光景、至高の41人の首を狙い、ナザリック地下大墳墓を攻め落とさんとする者たちが侵入してきた時のこと、自分は奴らに敗北してしまった。その時点で、この地と至高の存在たるアインズ・ウール・ゴウンに泥をぬったのは確かであり、その時かの方々の失望を買ったのではないだろうか?いや、間違いないだろう。なんせ至高の方々が《リアル》なる世界に帰還したのは、そのころからなのだから。

 

 それは、単にそのあたりがYGGDRASIL(ユグドラシル)というゲームの全盛期であったということ。人間というのは、実に物事に慣れやすく飽きやすい生き物であり、さすがに12年も同じゲームをやり続けるというのは無理というもの。当然プレイをやめる者は出てくる。そうなってくれば、YGGDRASIL(ユグドラシル)という存在を維持すのには相当な負担がかかる。これが例えば単純なゲームソフトという話であれば、物品として、手元に残すことはできただろう。しかし件のゲームはネットを介して、運営が存在するオンラインというものであったのだ。やるものがいなければ維持費だけが運営会社の金庫を貪る。なら終了させるしかないわけであり、コキュートスのいう大戦とそこにおける彼の敗北は、たんなる盛り上がりとそれにともなう盛り下がりというもので、気にする必要はまったくない訳だが、そういった事情を知らないのと、なにより彼の武人としての誇りがそのことを忘れることを許さなかった。

 

(私ハ)

 

 どうすればいいのだろうか、自分は戦士であり、かの方の剣となるべき存在として、創造された身。しかしかの戦いに敗れた自分は果たして存在価値があるのだろうか、ほかのことで役にたとうとしてもできることは、せいぜいたかが知れているし、そもそもそういったことは、己が盟友や統括である彼女の領分だ。どれだけ考えようともなにも思い浮かぶことはない。

 

(私ニハ剣シカナイ訳カ)

 

 思わず冷気がでてしまう。

 

「オソレナガラ、コキュートスサマ」

 

「ヨロシイでしょうか?」

 

 このタイミングで声をかけてくるのは、かの方や同格の守護者達を除けば、彼らしかいない。

 

「何用ダ、アトラス、ヘラクレス」

 

 アトラス。己の右腕として創造された存在であり、カブトムシと蟻を組み合わせたような姿をもち、その体は赤銅色に輝き、腰には左右に二振りづつ計4本の刀を下げており、腕の数こそ違うもののかつて巌流島で名勝負をしたという人物を思わせる雰囲気がある。

 

 もう一人のヘラクレスという男。こちらは左腕として創造され、姿自体はアトラスと大差ないが、その体色は硫黄を思わせる色合いで背中には、2メートルを超える矢筒と矢、そしてそれを射かける為の非常識なサイズの弓があり、さらにその倍近くあるだろう薙刀も背負っている男だ。

 

「モシ、ヨロシケレバ」

 

「タンレンナドいかがでしょうか?」

 

 彼らは2人ともいるときは、まるで、熟練の漫才師を連想させるように1人分の会話を行う。

 

「何故ソウ言ウ?」

 

 本当に何でこのタイミングでそんな提案をするのだろうか?確かに武術鍛錬は彼にとっては趣味であり、一番のリラックス方法だ。しかし今となっては、意味があるのだろうか?

 

「コキュートスサマハ」

 

「ブキヲフルッテコソかとおもいます」

 

 それもそうかもしれない。どこまでいってもどうすればいいか考えても自分はそうなんだろうとコキュートスは諦める。

 

「ソウダナ、デハ」

 

「イツモノ」

 

「トコロデございますね」

 

 もはやいつもの日課となっている訓練、しかしそれは、ここでやるのではなく、以前主と守護者がそろったあの地円型闘技場(コロッセオ)でだ。

 

「アウラトマーレ二伝エナケレバナ」

 

「スデニ」

 

「キョカハとってあります」

 

 剣でしかない自分にとって恵まれ過ぎていると錯覚させるほど優秀なもの達だ。

 

 

 

 

 第6階層コロッセオ、そこでコキュートスを待ち受けていたのは、

 

(おいたわしや! アインズ様!)

 

(我らにできることは何もないのか!)

 

(今はただ、武器をふるうのみ!)

 

 おそらくは自分と同じようにここに来ていたオールドガーターや骸骨の戦士(スケルトン・ウォリアー)達ががむしゃらに武器をふりまわす姿であった。それを目の当たりにしてコキュートスの中に芽生えたのは彼らも自分と同じなんだという安堵とそして、

 

(ソウカ、モシカシタラ)

 

 一つの確信であった。彼らの姿は主を想い頼もしく好ましいものであるもの、見たところ、それぞれの個体が自分勝手に動き回っているだけで、とても軍隊なんて呼べるものではない。思えば先の敗北もこちらは個であったのに対して、あちらは()であった。

 

(今ノ私ガ成スベキコトハ)

 

 主のなしたいこと、それは、この世界に楽園を作り上げること。その為には、他国との戦争だってあるかもしれない。もちろん自分一人でも相手をして、相手を滅ぼす自信は十分あるが、この先必ずしも自分が動けるとは、限らない。そして、ナザリック全体の運営は統括たるアルベドが、防衛にかんしては、友たるデミウルゴスが担当しているが、ではナザリック外への侵攻に関しては?この世界で戦う為の軍隊は?そしてその指揮をとるのは誰の役目か?

 

(!!!!!!!!!!)

 

 不意に鳴り響く何かを地面にたたきつけたような音にその場にいたすべてのスケルトンたちは音源へと目を向け跪く。そこにいたのは、ナザリック第5階層守護者たるコキュートス、さっき聞こえた音は、きっと手に持ったハルバートの石突がたてたものだろう。自分たちなど問題にならない程の人物の登場に、それまで無秩序な騒ぎだったのが、嘘のように静まる。それを待っていたかのように言葉が聞こえてくる。

 

「我ラハカツテ大敗を喫シタ」

 

 その言葉はどのものの心にも響き、ナザリックのシモベだという自尊心を粉々に砕く。

 

「何故我ラハ敗レタ?」

 

 誰もその問いかけに答えることは、できない。いえることといえば、自分たちの力不足か。

 

「我ラニハ十分ナ力ガアル」

 

 その言葉に疑問が浮かぶ、力がないから自分たちは敗れたのではないか?

 

「我ラニ足リナカッタノハ戦ノ方法デアリ、ソレヲ行ナウ為ノ知識ダ」

 

 戦いとは相手を力のままに蹂躙することではないのか?しかしかの武人がいうことに間違いはないはずだと、スケルトン達は聞き入っていく。

 

「戦運ビガ、我ラ、イヤ、私ガ考エテイルモノヨリモ複雑デ難解ナモノデアル事ハ間違イナイ…………ソレデモ」

 

 それでも? その先が待ち遠しい。

 

「アインズ様ノ為、更ナル頂ヲ目指ス覚悟ハアルカ?」

 

((((((うおおおおおおおおおおおおお!!!!))))))

 

 そんなものとうに決まっている。最後まで自分たちを見捨てなかった慈悲深きあの方の為ならば、何だってやってみせようではないか。

 

「ナラバ、第5階層守護者コキュートス! ココニ宣言ヲシヨウ! 我ラハ最強ノ軍隊ヲ目指シ、コノ先ノ戦ガ勝利、ソノ総テノヲ偉大ナル我ラガ主、アインズ・ウール・ゴウン様二捧ゲル事ヲ!!」

 

((((((うおおおおおおおおおおおおお!!!!))))))

 

 それは後の世の歴史学者が嬉々として語る内容、時代の転換点。

 

 《常勝無敗たる武人の宣言》であった。

 

 

 スケルトン達の士気の高さに満足とこれからの指針を考えねばと思案する。

 

 

「ミゴトナエンゼツデ」

 

「ゴザイマシタ。こきゅーとすさま」

 

臣下2人からの絶賛、彼らのおかげでもあるのだが、ここは素直にうけておく。

 

「時二、ヘラクレス」

 

「ナンデゴザイましょうか?」

 

「私二将棋ナルモノヲ教エテハクレヌカ?」

 

「ヨロコンデ、ゴシナンさせていただきます」

 

 デミウルゴスにもいろいろ相談に乗ってもらわなくてはな、とコキュートスは第6階層の空を見上げながら一人ごちる。

 

 

 

 

 

   双子の願い

 

 コキュートスによる宣言とそれを聞いたスケルトン達の騒ぎがいまだ終わることないコロッセオより、しばし離れた地にある巨大樹。その中身はくりぬかれており、中央の支柱とそれに絡みつくようにある螺旋階段。そう、ここがこの階層の守護者たるアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレの住居なのである。

 

 現在彼女たちは自分たちに与えられた部屋でそれぞれに過ごしていた。

 

 アウラは現在何も手につかない気分であった。あの時、そうシャルティアが来るまでの主とのやり取りを思い出していた。不敬ながらも悲しんでいるように見えたあの顔が、自分の勘違いなどではなかったのだと知って、何とかしたいと考えながらも、具体的な方法が思いつかない。

 

(どうすれば、いいんだろう?)

 

 彼女にとってモモンガ改め、アインズ・ウール・ゴウンという人物は絶対の支配者であり、恩人であり、どこか父親のようにかんじる人物だ。それは、彼女たちの創造主がギルドにおいて珍しく、41人もいる至高の存在のなか、3人しかいなかった、女性だったというのも大きい。よって、アウラは異変以前より創造主たるぶくぶく茶釜のことを母親と、アインズのことを父親だと無意識的に考え、思い(同じく至高の存在たる、ある人物が知れば大笑いしてネタとしていじりまくった末に折り曲げられる)抱いていた。当時の心境としては、突然家に帰ってこなくなった、共働きの母親に何か事情を知りながらも決して何も話すことをしてくれなかった父親を我が家で弟と2人その帰りを待ち続ける寂しさを抱えながらも必死にそれを隠す優しい子供のものであった。といっても、実際は家族とも同胞ともいえる存在がほかにたくさんいたので、そこまで寂しく感じることもなかったわけだが、

 

(どうすれば、アインズ様に喜んでいただけるんだろう?)

 

 彼女はひたすらに考え続ける。どうすればよかったのか、そしてこれからどうしていけばいいのか、思いつくことはなかった。それでも願わずにはいられない。今や、たった一人となってしまった。我らが主の心からの平穏と安らぎを。

 

 

 

 マーレは自室で趣味の読書をしていた。しかしページをめくる手に力はない。彼もまた悩んでいた。主のことはもちろんだが、何より姉のほうが心配であった。あれから部屋から出てきていないのだ。いつも叱られてばかりで、やや怖いところのある姉だが、それもすべて彼女なりに自分とそして大好きな主を思ってのこと。そしてどんなに威勢がよくても、女の子だ。かつて創造主から、言われた言葉『どんなに可愛くてもマーレも男の子なんだから、お姉ちゃんのアウラが何か悲しんでいたら支えてあげるんだよ』言った本人にとってはただの言葉遊び、あるいは自身の弟に対する不満からでた言葉かもしれないが彼にとっては違う。なんとか姉にいつもの調子を取り戻してもらいたい。何ができるかわからないが、ひとまずは姉の部屋を尋ねるしかない。僕は男の子なんだと自分に言い聞かせながらマーレは行動をおこす。

 

 部屋の前にたどりつき、一呼吸、二呼吸、そして3度めの深呼吸をして、ようやく決心がかたまり、その扉をノックする

 

「お姉ちゃん、ちょっといいかな?」

 

『マーレ? うん、いいよ入ってきて』

 

 意を決して、部屋へはいる。そしてみたのは、

 

「お姉ちゃん?」

 

「ん、どうしたの? そんなところで立っていないで、座ったら?」

 

 元気に屈伸運動を行う姉の姿であった。もしかしたら、自分に心配をかけまいと、無理をしているのかもしれない。

 

「えっと、その、大丈夫なの? お姉ちゃん?」

 

「大丈夫って、何が?」

 

「だって、アインズ様のことで」

 

「マーレ」

 

 突然姉は、近くまできたと思ったの束の間、頬を左右に引っ張られる。すごく痛い。

 

「生意気」

 

「ひ、ひはいよ、おねえひゃん」

 

「マーレがあたしの心配する必要はないの!それよりもアインズ様のことを考えないと」

 

 そこで手をはなしてくれた。

 

「で、でも」

 

 姉は本当に大丈夫なのかといまだ信じられない。

 

「大丈夫だって、心配しなくてもあたしはもう平気だから」

 

「だって、」

 

「確かに今のあたしになにができるかわからない。それを考えても仕方ないでしょ」

 

「う、うん」

 

「それにあんたにまで心配かけるんじゃ、姉としての威厳にかけるからね」

 

『姉とは弟に威厳をもって接するべし』それも彼女が日々心掛けていることだ。

 

「お姉ちゃん」

 

「湿っぽいのはおしまい!さ!マーレも速くアインズ様のところに行こ?」

 

 すっかり本調子であろう姉をみて、先刻必死に振り絞ってだした勇気はなんだったのかと思いながらも喜んでいる自分がいる。

 

「うん!」

 

 

 

 双子たちはただ願う、主が心から笑うことを

 

 

 

「そういえばお姉ちゃん?」

 

「ん? 何?」

 

「プラネリアさんはどうしようか?」

 

 今回のことを伝えて力を借りるべきだろうかという疑問、彼は現在第4階層にいるはずだ。

 

「当然、声をかける。隠居だか、何だか知らないけど今のナザリックに休ませていい人はいないでしょ」

 

 現状を考えれば、当然の答え、なによりも主の意思が優先されるべきであるが、かといって何もしないのは当然許せることではない。

 

「うん、分かった。後でボクのほうから呼んでくるよ」

 

「ん、お願い。それとマーレ」

 

「なあに? お姉ちゃん?」

 

「ありがとね」

 

「……………あ……………」

 

 一瞬見えた、照れた姉の顔。自分に向けらること自体滅多にないそれを見て、マーレは勇気を出してよかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

   悪魔の微笑み

 

 

 第7階層、赤熱神殿にて一人眼鏡に人差し指の先を当てながら笑う悪魔がいる。それは、この階層の守護者たるデミウルゴスであった。

 

「なるほど、さすがはアインズ様、その智謀の深さに私は感服するしかありません」

 

 誰に説明するわけでも解説するわけでもない独り言が続く

 

「あの時、あの話をされたのは、やはりそういう意図があってのことだったのですね」

 

 何故、あのタイミングで人間の扱いに対する事をいったのか、何故あの時、世界の秘密の一端と、自身のことを話されたのか、もっといえば、何故あの時、魔法に関する実験を自分たちの前でやったのか。主のひとつひとつの行動が彼のなかで一本の線にまとまっていく。

 

「『楽園計画』はあくまで布石に過ぎない訳ですか」

 

「随分たのしそうだな、デミ」

 

 声をかけてきたのは、自分と同じように黒いスーツを着た男だった。まるで色という色がすべて抜けたような白髪に口元を走る傷跡が目立ち、その腰には、2本のククリナイフが交差するように下げられている。

 

「君ですか、ベル」

 

 正式名称ヴェルフガノン、部下の一人であり、趣味趣向があうため、コキュートスの次に信頼がおける友だ。

 

「アインズ様の話をしていたみたいだけど」

 

 この男もやはり気になるのだろう。おそらくは自分だけがたどり着いた主の真意に、まだほかの者たちに話すつもりはないが、彼ならばいいかもしれない。

 

「アインズ様が推進される『楽園計画』は知っているだろう?」

 

「ああ、たしか様々な種族が手を取り合いより良い世界を作っていくというものだろ?」

 

「ええ、そうです。しかしそれはかの主の本当の狙いの前座でしかないのです」

 

「??…………ほかにアインズ様が望まれていることがあるのか?」

 

「ええ、そうです。あの時アインズ様はおっしゃっりました。『たくさんの人間が必要となる』」

 

「それに対して、デミは『最も最適な個体を選択する』と返したんだろ?」

 

「ああ、そうだともここでいう最適とは、つまりアインズ様がおっしゃる、より愚かな人間のことだろう」

 

「まあ、それまでの話からそうなるわな」

 

「ですが、本来そうする必要がアインズ様にはないんですよ。そう、わざわざ検証などしなくても」

 

「ああ、《記憶操作》だっけ?ありとあらゆる記憶を書き換えることができるという」

 

 記憶というのはその生命体が存在意義のほとんどを占める。たとえば、空腹という記憶があるからこそ食事の重要さを認識するといった具合に。確かにそこに人為的に介入できるとすれば、人間を作り替えるというのもたやすい。

 

 実際は、まだそこまで万能か不明で、アインズ自身、なんとか実験をする機会を設けたいと考えているわけだが、彼らはそれを知らない。さらに言えば、先刻行った魔法の実験で主が魔法を問題なく使えるこは、確認済みという事実が彼らの推測に拍車をかける。

 

「そうです。やはり君は話が早くて助かる」

 

「つまり、アインズ様はその気になれば、すべての人間をご自身のいう《お人よし》にすることができるのに、それをやらずに救う人間と、救わない人間に分けるわけか」

 

 そこから導きだせる答えはなんなのか、助ける人間と殺す人間を分ける。いや、ここで重要なのは、その基準を誰が決めるとかいうことなのだろう。知的生命体というのは、群れればいやでも秩序というなのルールができる。それを無視した計画を()()()()で進めること、そして、その上で生殺与奪を主自らが取り仕切る。それは、つまり、

 

「世界征服…………からの神として永久の忠誠を世界に誓わせる」

 

 それを聞いたデミウルゴスの顔が、彼にしては本当に珍しく喜びに打ち震える。やはり君は最高なんだといってもらえた気がする。

 

「さすがです、ベル。君は2番目に最高の友人だ」

 

「そこは1番といってほしいとこだが、まあ、彼が相手なら仕方ない。それで?結局デミはどうするんだ?」

 

「決まっていますとも、アインズ様のご意向に従いつつ、私なりにやれることをやるだけさ」

 

 デミウルゴスとてあの時のアインズの悲しみが本物であったことは解っているし、これ以上、主を悲しませることはしないつもりだ。しかし、それでもデミウルゴスはかの御仁が絶対の支配者ではないという言葉だけはあの時、ほかの至高の方々がいなくなり、弱気になられた主が吐いた世迷言だと思っている。何故なら、かの主の采配を異変以前より、そして現在の異変の最中も見てきて確信しているのだから、主は常に何千手という策を編み出し、そして迷いなくそれを実行しているのだと。でなければ、かつてYGGDRASIL(ユグドラシル)で築いたアインズ・ウール・ゴウンの地位を説明できない。なお実際はアインズがやっていた事といえば、イベントのセッティング、リアルでの打ち上げの用意、またそれにともなう連絡など専ら雑務であり、実際に戦略を考えていたのは別の人物だったのが、主を心から尊敬してやまないデミウルゴスは知らない事実である。まあ、あの個性的すぎる彼らをまとめていたという点は確かに評価できるかもしれない。

 

「これから忙しくなりますよ。あなたはもちろんほかの《七罪真徒》にも協力してもらいますから」

 

「モッチ、理解しているさ」

 

「ふふ、『楽園計画』だって、これからですからね。アインズ様に跪き、忠誠を誓うのならば至上の幸福とやらを与えようではありませんか、もちろん人間基準のね、そして逆らうのであれば」

 

 ()()()()()()()を見てもらうだけだと悪魔はただ微笑む。

 

 

 

 

   

 

   天使の望み

 

 

 

 第8階層、生命の樹(セフィロト)そこには、臓器とも赤子とも胎児ともみてとれる不気味な存在が浮いていた。階層守護者たるヴィクティムである。

 

 その存在には、性別はおろか、そういったものがあるのかすら不明である。その存在もまた自分たちの支配者が抱いていた苦悩とながしてであろう悲しみを感覚的に理解していた。その存在もまたかつての戦いを覚えている。その時、自分は求む役割を果たしたのだが、本当にそれでよかったのかと今更ながらに疑問がわいてくる。もっとできることはないだろうか、と多くのシモベ達同様にその存在もまた考える。何かしたい。ならいっそ頼んでみようか?たとえ、それで死ぬことになっても後悔はしないだろう。かつて一度だけこの体をなでてもらった時のことを思い出して。

 

ぼたんひはいたいしゃにあおむらさき(あいんずさま)

 

 天使は一言、新たなる主の名を呼ぶのであった。異変後の再会を望んで

 

 

 

 

 

 

 

 

   従者たちの結束

 

 第9階層ロイヤルスイート、至高の存在より与えられた一室にて、彼らの会合が行われていた。

 

「アインズ様があそこまで、思いつめていらっしゃたとは、執事が聞いて呆れますね」

 

 開口するなり、でるのは自嘲する声、仕える主人の心内に気付くことなく、それこそ後一歩ですべてが無に帰すところであったのだ。それが、今のセバスの感情すべてだ。

 今回の顛末については性格上折り合いがあわないこともあり、あまり仲がいいとはいえない彼にも今回ばかしは感謝しなければならないだろう。

 

「セバス様だけの責任ではありません」

 

 真っ先にその言葉を否定してみせるのは、夜会巻と知性を感じさせる眼鏡、スパイク付きのガントレットを身に着けた戦闘メイド(プレアデス)の副リーダーたるユリ・アルファだ。その言葉には、上司への気遣いと己の至らなさを悔いているものである。

 

「そうです。責任は我々全員にあるかと思います」

 

 続いたのは、紅い髪を三つ編みにして、ホワイトブリムの代わりに帽子を被った戦闘メイド、ルプスレギナ・ベータ。普段の彼女がどのような言葉遣いをしているのか知っている者たちからすれば、非常に違和感と認識のずれを感じさせるほどに落ち着いたその様子が、今回における彼女なりの動揺と困惑を示していた。

 

「それに今回の件、あの偉大なる御方の考えを見抜くということ自体、私たちでは到底無理だったように思えます」

 

 下手をすれば、主に対する責任転嫁ともとられかねないことばを選んでまで、上司をなだめようとするのは、金髪の縦ロールに輝くような美貌をもつソリュシャン・イプシロン。

 

「…………大切なのは、今までではなくて」

 

「これからどうするかだと思います」

 

 それぞれ、片目をアイパッチで包んだ精密機械を思わせる瞳と、昆虫の複眼を思わせるような瞳をもつ。シズ・デルタにエントマ・ヴァシリッサ・ゼータたちもまた彼女たちなりにセバスを励まさんとしている。

 

 いや、彼女たちがなんとかしようとしているのは、上司たるセバスだけではない。例の件からいまだ声を発さない3女たるナーベラルのことである。彼女の顔はずっと青いままであった。

 

 思えば、彼女が一番、思いつめているかもしれない。なんせことに至らんとする前の主にあっていたのだから、そして、その場で何の疑問も抱かず、一人で行かせてしまったのだ。あのナザリック最高峰の頭脳を持つ者たちでさえ、主を止めるのに苦心したのだから、彼女一人いたところで何も変わらなかったんだと、すこし酷な励まし方もあるだろうが、今の彼女がそれで簡単に立ち直るわけがない。何故なら彼女はプレアデスにおいて、ユリに続いて、行き過ぎて頑固ともいうほどに真面目で責任感があるのだから。例えばこれがほかの姉妹であれば、

 

『いや~失敗しちゃったすね~!』 『あら、間違えちゃったみたいね?』

 

『…………次は努力する』 『すべて忘れちゃいましょおぉ』

 

 などと、特に深く反省するわけでもなく、あっさりとそれこそケロリと次に切り替えるだろう。そこには、自分たちの上位たる守護者たちでもどうにもできなかったのだから、仕方ないと割り切っている部分もある。それを長女たるユリ・アルファはよく思わないが、かといって、あまりにも深く考えすぎるのもよくない。さてどうしたものだろうか、

 

 

「大丈夫ですかぁあぁあぁ!!セバス様あぁあぁあぁ!ナーベラル先輩いぃいぃいぃ!」

 

 独特な、いや突き抜けて奇怪な叫び声をあげながら扉を乱暴に開けたのは、セバス同様燕尾服をきた少年であった。紅葉と紫陽花を無理やり混ぜたような髪色に右側のこめかみあたりで5センチほど携帯ストラップのよう小さく三つ編みでまとめた部分が目に付く。年は16から17といったところだろうか、

 

「エドワード君」

 

 それまでの悩みが帳消しになるくらい大きなため息、もちろん先ほどまでの葛藤がすべてなくなるわけではないが、セバスはこの見習いたる少年を教育する立場にある。

 

「君はもう少し、ナザリックの使用人という自覚を持ちなさい」

 

 決して悪い子ではないが、落ち着きのない言動と、勢い任せとその場しのぎにしか見えないその行動が非常によくない。それは、普段のルプスレギナよりもあぶなかっしいものであるとユリ・アルファが太鼓判を押すほどに。しかし、彼は止まらない。

 

「しかしですね!セバス様とナーベラル先輩がそんなんでは、ほかの一般メイドの皆さんや、使用人の皆さん、ペストーニャさんに、エクレア先輩も果ては、ここ第9階層が暗いままでございます!なにとぞ、元気になってもらいたいのです!」

 

 勢い任せの彼の演説は続く。

 

「セバス様はともかく!ナーベラル先輩は仕方ないです!それは、もう!女性として、あのようなことをされながら、あんな言葉をきかされてしまったとすれば!」

 

 それを聞いた彼女の顔が青から徐々に赤くなってくる。そしてそれに気づいた、一番のトラブルメーカーは、

 

「おや~?ナーちゃん、赤いっすよ?どうしたんすか?もしかして、主人とメイドの禁断のLOVEってやつっすか~?」

 

 上司(セバス)の前だというのに私語をおっぱじめ、からかいはじめる。彼女なりに場をなごませようとしたたのだろうが、

 

「…………さい」

 

「ん? 何すか? ナーちゃん?」

 

「ルプスレギナうるさい!!」

 

 放たれたウォー・ウィザードらしからぬ彼女の剛腕が襲い、プレアデスの次女を壁にたたきつけた。「ぐへぇ」と聞こえたの幻聴ではないだろう。

 

「う…………お姉ちゃんなりに気を遣ったつもなのに、ひどいっすよ~」

 

と嘆くが、長女は「自業自得よ」と介抱する気ゼロであり、ほかの妹たちも『まあ、ルプーだから』と自分を助けるつもりはないらしい。

 

 そのさまを見ながらセバスは感じた。従者にあるまじき酷いすがたであるが、おかげで先ほどまでの重苦しい空気が消えているのを。そして、そうなることを別に考えていなかったであろう執事見習いを視界に収める。

 

(不思議な子供ですね)

 

 やや、騒がしくも従者たちは主にそれまで以上の忠誠を誓わんと結束する。

 

 

 

 

   統括の想い

 

 

 第10階層、玉座の間、アルベドはいまはあの時のことと、始まりを思い出していた。最愛たる主にされたことと、夜空での出来事、特に抱きしめあった時のことを考えて、

 

(!!!!!!)

 

 今更ながらに体中から熱が出ていた。どうかしていた。主に己が想いを伝えられたのは、いい、でもあれはなんだ。これから主とどう接すればいいのか、その答えがどうしてもでない。

 

 それでもあの時の自分がした選択に後悔はない。あの方にたいする揺るぎない気持ち、どうせいずれこなすイベントが前通しで来ただけだ。そう思えば、多少は笑っていられる。

 

 

「ふふふ、愛していますアインズ様」

 

「幸せそうですね、アルベド」

 

 自分しかいないと思っていたところでのかけられたこえは、彼女の心を多少は揺さぶる効果があった。がそれも一瞬である。何故ならその声音で誰なのか分かるから、アインズが1番に愛する男であれば、彼は2番目に愛する男であったのだから。もっとも、家族愛としてのものだけど、

 

「急に声をかけてくるなんて、ひどいですわ、兄さん」

 

 別に本当の兄というわけでない。姉の夫にあたる人物だ。

 

 振り向けば、かの方とはまた違った安心感がアルベドの胸を満たす。

 

 ライト・グリーンを基準としたワイシャツを着て、その上にダーク・グリーン色のベストを重ね、中央で綺麗に上記の2色が2分したシルクハットを頭にかぶっている。はいているスラックスは黒色で、デミウルゴスなどは、両目の代わりに宝石があるが、彼の場合、その顔にモノクルがかけれらていて、その左目は普通に眼球がある右目と違い、宝石エメラルドでできていた。一見人間であるが、自分と同じようにこめかみから生えた角(片方欠けている)やこちらは、フクロウを思わせる羽が背中から生えており、ナザリックの者だと改めて認識させる。

 

 元階層守護者にして統括であり、現統括補佐であり、自身の義理兄たる人物。それが、ウィリニタスとういう男であった。

 

「別に驚く必要もないでしょう。家族なのですから」

 

 落ち着いたようで、淡々とした声、それでいて、温もりを感じさせるものであり、きっと姉はこういう所に惹かれたのだろうと容易に想像できる。

  

「それは、そうかもしれないけれど」

 

「アインズ様に想いを伝えたようだね」

 

 いきなりの直球に再び、体中が熱くなり、思考がとびそうになるが、なんとか、持ち堪える。

 

「ええ、もちろん」

 

「それは、よかった。妻も、君の姉さんも喜んでいるに違いない」

 

「そうだと、いいのだけれど」

 

 姉はナザリックではまた特殊な立ち位置で妹に夫、家族たる自分たちですら中々会う機会はない。

 

「それで? アインズ様はこれからどうされるのかな?」

 

「『楽園計画』の推進、それ以上でもそれ以下でもないわ、兄さんにも働いてもらいますからね」

 

「それは当然のことだ。それに君は守護者統括、僕たちのまとめ役なのだから。是非ともこきつかってくれたまえ」

 

 

 義理兄と話している内にアルベドのなかで猛烈に沸騰していたものが、冷めていくのを感じる。やはり、1人で、抱えてもいいことはない。

 

(家族とは、いいものです)

 

 いつか、最愛たるあのお方ともそういう関係になって、子供など抱き上げる姿をつい思い浮かべてしまい。思わず願い望まずには、いられない。

 

 

 統括の想いはただひたすらにささやかな願い、『家族になりたい』である。

 

 

 

 

 

 モモンガの覚悟に答えるように各々気持ちを新たにする守護者たち、こうして、本来の歴史から遠くかけ離れたナザリック地下大墳墓の強者の傲慢ともいえる世界の蹂躙劇が今、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ようやく登場したオリキャラたち、前任者、双腕、隠居、七罪、見習い、義理兄とたくさんでましたが、気になるキャラはいましたか?彼らとナザリックのさらなる活躍を楽しみにしていただければと思います。

 次から新章入ります。


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第1章 降臨せし死の支配者
第1話 カルネ村襲撃


 更新遅くなり申し訳ございません。読んでくれている方々、お気に入り登録しれくれた方々ありがとうございます。励みになります。

 では、新章どうぞ。


  

 

 

 エンリ・エモットという少女にとってそれはいつもの日常の一幕でしかなかったはずだ。

 いつものように早い時間帯に起床して、いつものように水を汲む為、桶をもって、井戸へと向かうはずだった。

 そこで聞こえたのは人の悲鳴、馬のいななき、遠目に見えた甲冑を着た者たちが襲撃であることを少女に知らせた。

 いくらカルネ村が王族直轄領たる辺境の村の娘であるエンリでも、その者たちが王国の隣国である帝国軍の装備であることは見てわかるものだった。気づけば、我が家に向かって走っていた。

 早くこの場から逃げ出したいという思うと同じくらいに自分の家族がこういう時どういう行動にでるか知っていたから。

 

 家について目に付くは、自分をまっていたであろう父母に妹だ。自分のことなど気にせず逃げてくればいいのにどこまでも優しい父達だ。

「エンリ! 無事だったか」

「ああ、エンリ、よかった」

 心から安堵した声と愛しみの眼差しを向けられ、非常事態だというのに、泣きたくなる。しかしその一瞬の気の緩みがよくなかった。

「痛い!」

 力任せにつかまれる左手首、反射手的に振り向いたその先に居たのは、先ほどから村の人たちをその手にもったロングソードで一方的に殺している騎士達の一人であった。

 その兜の先から、獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のように、エンリのまだまだ途上だが、瑞々しい肉体を凝視しているのを防衛本能から感じて、恐怖のあまり一瞬体が完全に止まってしまう。

 

「娘から離れろ!!」

 叫び声と共に動いたのは父であった。まさか、防具を身に着けていない者が飛び込んでくると思わない。それは、エンリ自身久しく聞くことは、なかった。本気で怒った父の声、最後に聞いたのは、もう10年以上になる遠い過去、幼さゆえの好奇心を抑えきれず、いいつけをやぶって森に深く入ってしまった時だ。

 この付近は『森の賢王』なる魔獣のおかげで、危険はほかの地域より低いものの、子供一人が無邪気に遊べるほど温いところではない。当然帰り道が分からなくなり、迷って、迷って迷って、だんだん心細くなって、うずくまりそうになったとき、自分を探す村の大人たちの声が聞こえて、必死に走った。転んでも走って、うまく体制を保てず樹に激突しても走って、ようやく再開できた。母によれば、その時の自分はひじやひざは擦り傷だらけ、強打したからのか、額も切れ、血が穏やかにしかし止まることなく流れ続けていたという。

 ようやく、帰ることができた我が家、しかし始まりはむしろここからで、

 

『どうしていいつけを破ったんだ!!』

 

 いつもと違う父の姿に何も考えられずただひたすら早くその時が終わるの願って、泣きながら『ごめんなさい』を繰り返していた。母はそんな自分を抱きしめ、無事だったのだからもういいでしょうと、父に言っていた。そんな服に鼻水だらけ、涙だらけの顔を押し付け泣き続けた。その日から、エンリは親のいうことを絶対に守るようになり、すすんで畑仕事をやるようにした。やがて妹のネムも生まれその面倒もよく見るようになり、いつのまにか《理想の村娘》という称賛しているのか、馬鹿にしているのかよくわからない称号をもらってしまった。

 その頃になれば、森の件は、彼女にとって恥ずかしくも、笑うことができる過去になっていた。当時は父の怒声を恐れるだけだったが、あの時、父が本当に自分を大切にして。その身を案じての声だったと理解していた。だからこそエンリは父親の娘であったことに誇りを感じられるし、自分も家庭をもったら。絶対に子供を同じように愛そうとささやかな決意と願いをその胸に秘めて今日まで生きて来たのだ。

 

 その父が、自分を守るために騎士につかみかかる。もつれあうように転がる二人。

 

 どうして自分は今、あの時のことを思い出しているのか?

「エンリ! ネムを連れてはやく逃げなさい!」

「お母さんは!?」

「いいから、はやく!」

 それは、朝霜のようにうっすらとだが、自分が一番よく分かっているからではないか?もしここで両親と別れれば、もう二度と会えないと。しかし世界とは残酷だ。最後だというのに。そう、家族全員が顔を合わせる最後の時だというのにだ。

 

「く! 村人風情があぁ! 手が空いてる奴はこっちにはやくこい!」

 やっぱりともいうべきか、訓練を経て騎士になった男と生まれて20年以上、鍬をふることしかやってこなかった父の自力には僅かだが、明らかに差があるのだ。

 やがて父が組みふされていく、先ほど男が発したヒステリックな叫び声を聞いたほかの騎士達も近づいているのが足音で分かる。もう逡巡する間もない。妹の手をつかんで、母から引きはがすように強引にその場から連れ出す。妹は母から手を放そうとしなかったが、母自身が妹を突き放す。その行為に妹は泣きそうになるが、それはエンリだって同じだ。しかし、彼女が泣きたかったのは、別に母親が肉親に冷たくあたったからではない。これから母が何をしようとしているのか解ってしまったから。

 

「2人とも()きなさい!!」

 

 その言葉を最後に足音が聞こえている方向に走り出す母、もう振り返ることもできない。エンリはネムを連れて逃げるしかなかった。やがて、後ろから聞こえるのは、人を剣で斬る音、それも2回。誰が斬られたのは確認するまでもない事だ。

 

(……お父さん、お母さん……)

 

 彼女は泣くことも叫ぶこともすべて許されぬまま走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ、改めアインズは今日も(といっても異変よりまだ2日)楽園計画(思いつきで決めたばっかり)を進める為の準備として、そのとっかかりともいうべき候補地を探す必要に駆られ社長室ではなく、そのアイテムある部屋へとシモベ達を連れ、歩いていた。

 

(…………)

 今の彼が胸に抱くのは、緊張感に脱力感であった。

 先刻の自分にとってはまさに人生3本指に入るほどのイベントをこなして精神はまだすり減ったままだ。

 なんせ、絶世の美女に愛していると言われ、まるで恋人どうしのように抱き合い。そのままキスをしていたかもしれなかった、あの場の熱気。珍しく本音という本音、感情という感情を吐き出して終わった……のだが、今更になってその時に感じていたであろう羞恥心が彼のないはずの心臓に肺を襲ったのだ。もちろん彼の胃痛の原因はそれだけではない。

(何なんだこの行列は?)

 疑問がただでさえ、回復していない心をさらに痛めつける。それもそのはず、異変直後は自分の従者はプレアデス1名だったのが、現在はセバスを筆頭に《階層守護者》からシャルティアにコキュートス。《プレアデス》からユリ・アルファとルプスレギナ・ベータ。《七罪真徒》からグリム・ローズにガデレッサ。

 更に一般メイドが4名にナザリック・マスターガーターが6体、更に一見姿はないが、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)影の悪魔(シャドウ・デーモン)が恐らくは10体ずつ、自身を取り囲むように配置されているのを支配者としての直感か、はたまたどこまでも抜けきらない一般人気質が嫌でも自覚させる恐怖心かは分からないが、把握できていた。

 とりあえず言えることはひとつ。あの感動的なやりとりはなんだったのか、

 

(もう自殺はしないって、言ったよね、俺?)

 だというのに、この厳重な警備はなんだろうか?自然に考えるならば傷心たる自分を気遣い、心配してのことであろうと。

 しかし素直にそう思えないのが、アインズである。無理やりにでもほかの理由を探そうとしてみる。そんなことを考えている時点で彼らを信じていないようなものだが、それは彼とて、似たような心境であった。つまり、自分は彼らに。

 

(絶対信用されていない)

 まるで、何かを懇願するような、期待しているような視線を向けられて抱く感情。彼らが何より恐れているのは、最後の主であり、支配者である、自分の喪失ではないかと。つまり少し目を話せば、くしゃみをする感覚で自分が自殺すると思っているのだろう。だってそうだろう。

 

 なんせ、人選がそう言っているようなものだ。

 

 それは筋力重視の顔ぶれ、セバスはもちろんだが、階層守護者たちにプレアデスもどちらかといえば前衛職を務めるような力自慢がそろい。《七罪》いちの腕力を誇るガデレッサに、束縛、拘束に長けた特殊技能(スキル)を持つグリム・ローズがいるとなれば、もう確定だろう。そのほかのメイドやガーターたちはそういった事情をこちらに悟らせない為の囮ということになるだろう。では、次に考えるのは、誰の発案かということだ。まずあの場にいた3人の内の誰かか?あの出来事を台無しにしかねない最低のことをアインズは考える。

 

 まずはアルベド、あの時はああいってくれたが、やはり自分がここを去ることに対する恐怖から抜け出せていないのかもしれない。だとしたら、完全に自分のせいであるが、

 (いや、アルベドはないな)

 あの時彼女が見せた涙はそんな軽いものではなくて、嘘偽りない彼女の言葉(ココロ)なんだと信じられる。というか、あれでもし演技であれば、もう一生他人を信用できなくなるだろう。つまりそれだけアインズにとって重みがあるやりとりであった。何よりあの時触れ合った時に見せた彼女の顔は本当に美しく、もしも異変後の世界(こんなところ)ではなくて《リアル》であれば、間違いなく結婚を申し込んでいたと思う。

 

 それに何より自分は結局あの告白の答えを返すことができていない。最低だという自覚はあるし、目をとじれば(瞼も眼球もないが)かつての友たちが、一斉に非難してくる光景が容易にうかぶ、特に女性陣の視線が痛い、鳥頭はなぜかほかの者とちがいくやしがっている様子で、彼女の創造主に至っては、なぜか受け入れないことに対して怒っているようでもあったが。

 

 そういった事情もあり彼女を疑うのはそもそも問題外であり、軽く謝罪をすませて犯人捜しの再開。

 

 次の容疑者はデミウルゴス、彼にとって自分とは、仕えるべきという自身の存在価値そのものであり、アインズ個人よりもナザリック全体を益を優先させるかもしれない。それでも、

 (デミウルゴスも違うだろう)

 彼は何よりも自分の意思を理解してくれている。その証拠というには少々弱いが、あのあと、会合より僅か10分足らずで『楽園計画』のプランを10通り以上用意してくれたのだ。何が嬉しいかというと、その計画書の中に武力をもちいた案も、策略をもちいたものも何一つないことであった。

 

 では、どういうものであったかというと、例えば、大規模な農園をつくり、職がないものを各地より集めて運営していくというものだったり、いっそ思い切って、国の代表成り、王様などの悩みを解決して一気に名をあげると同時にこの世界にてある程度の地位を得るというもの。まさかと思うが自作自演ではないかと、釘をさしたところそんなつもりは一切なく、紳士てきに事を進めるというものであった。ちなみにそれを疑ったのは、YGGDRASIL(ユグドラシル)時代に、似たようなことをやったことがあるからだ。といっても、その時にやったのは異業種キャラを選択して初心者を演じる囮役とそれにはまったプレイヤーたちをリンチにする襲撃役に分かれての作戦だったので全然違う話といってしまえばそれまでのものでもある。その時の彼とのやり取りを思い出す。

 

『安心したとはいえ、そう都合よく権力者の悩みなど見つかるものなのか?』

『心配せずとも、この世界の人間たちがアインズ様の元の世界同様の者たちであれば、ましてそれらをまとめあげる立場ともなれば何かしらのしがらみを抱えているものでございます』

 

 本人にその気はないだろうが、なんだか思い当たるふしがアインズ自身にもあり、思わずないはずの心臓を押さえたくなる。

『別に難しいことをする必要はないのです。相手が欲しているものを的確に見極め、その対象をアインズ様の慈悲として与える。それだけでよろしいのです。その際、我々のどのものにも気を遣う必要はありません。もとよりナザリックのすべてはアインズ様のものでございますから』

 

 その言葉と彼の提示したすべての計画が証明した。一見地味ではあるが、間違いなく見ず知らずの他人にもそして当人にも好意的な印象を与える、善行の数々と共に確実に自分がこの世界に求める理想郷につづくものだと感じることができる。そしてもう一つ彼を信じられる根拠があった。それは最後につづられていた言葉、

 

『もし、アインズ様が許可していただくのであれば、これらの計画の運用資金は宝物殿の品にて補填する予定でございます』

 

 という一文、もしも以前までの彼ならば、きっとこんな提案をするはずがない。何故なら、それは「ナザリックの維持」ということから最もかけ離れたことであり、こんな自分のワガママをよく理解してくれて、一番効率のいい方法を提示しくれている訳だから。もちろんリスクはある。

 

 例えば、かつてのギルドの仲間たちはいないと解っているが、ほかのプレイヤーの存在は、自分と似た境遇の者が皆無という根拠はどこにもない。もし彼らがいたとして、その上でYGGDRASIL(ユグドラシル)由来のアイテム類を流すことはこちらの存在を晒してしまうようなものだが、しかしこれからやることを考えれば、かなり甘い見積もりになることには違いないが、敵対することはないように思われる。むしろ否定するようであれば、一体なにがいけないのか、徹底的に話し合うつもりでいるし、その用意だってこちらにある。そうなれば、この提案をしてくれたデミウルゴスが相談にのってくれるのはほぼ間違いないことであることであり、それくらいの信頼はあると思う。よって今のこの状況は彼の提案でもないはずだ。となると、

 

 (パンドラズ・アクターは……………ないな)

 

 なんでだろうか?とても彼の発案ではないと全財産、自身の命すべて賭ける事ができるくらいに断言できている自分がいる。もしもアイツであれば、もっと、それこそアインズの精神が崩壊する様な対応をしてくるとはっきりしている。それは、自ら創造した存在に対する絶対の信頼?いや、違う。自らの黒歴史が世間に広まることを恐れての危機感からそういえる。現在アイツも自分のワガママを叶える為に働いており、時折その姿を見かけるが、オーバーアクションをはじめとした大げさすぎる言動にそれを相手がどんな顔で対応しているのか見るたびにないはずの胃が痛む気がする。それでは、

 

(それ以外の者達か………………いや、結局は俺のせいだな)

 

 さんざん子供ともいえるNPC達を疑った末の答え、彼らがどういうつもりであろうと、それはすべて、アインズを思ってのことであり、すべては彼らを信頼しなかった自分のせいでもある。ならば文句を言わないのが、真の支配者というものではないだろうか?確かに自分は元はただのいや、ブラック勤めのサラリーマンでとても組織のトップなんて務まるものではないが、それでも彼らの為に生きると決めたのだ。ならば、真の支配者となれるよう努めていくのが己がなすべきことではないだろうか?

(俺も変わらないとな)

 すぐに変わるのは簡単ではない。それでも、少しずつ彼女たち(NPC)と頑張っていけばいい。ひとまずは図書館で参考になる本を司書長あたりにでも聞いてみるか。

 

 

 その部屋では一人の男が一向を出迎えた。

 

「ああ、お前かウィリニタス」

「これはアインズ様、おはようございます。シャルティア様にコキュートス様、セバスにプレアデス、七罪にメイドたち、護衛のアンデッドたちも勤めに励んでいるようでなによりでございますれば、よき時をお過ごしで」

 

 独特の言い回しをする統括補佐を久しぶりに見たアインズは懐かしく感じる。彼とほか2名はいわばナザリック始まりの者たちなのだ。ギルド拠点を確保した際の特典たるNPC作成、記念すべきその最初はアインズも含めた《始まりの9人》で是非とも作ってくれと言われたものだ。

(にしても、確かあれだったよな)

 今、目の前にいる男は最初は違う名前だったはずだ。それをあのダブラ・スマラグディナがアルベドたち三姉妹を作った際に彼も含めて新規の設定を追加したいと言いだし、それをギルド恒例のルール、多数決をとったところ過半数以上の賛成を得て変更になった経緯がある。しかしそれも、ゲームだった頃の話だ。今となっては彼がそのことに対してどう感じているのか気になる。特に()()の事情を知っているだけになおさら

「ウィリニタスよ。お前は改名前のことを覚えているか?」

「ええ、もちろんでございます。デミウルゴス様、ヴィクティム様、セバスを始めとしたプレアデスらが至高の方々に創造される前、私が階層守護者として現役だった頃の話でございますね」

 そこまで覚えているのかと感心してしまう。そう、彼ら3人は第10階層を除いた9つの階層を3階層ずつ分担して、守護者として役割を勤めていた時代がある。まあ、ほんの3ヵ月ほどの期間であったが。

「それで、その時と今では、お前の立場もだいぶ変わってしまったが………その………不満はないのか?」

「不満? 一体何の話でございましょうか?」

 その言葉と表情には本当に何のことかわからないという表情が己をとりまく現状に満足しているということなのだろう。それでも聞かずにいられない。

「その、あの者と夫婦ということについては、」

 つい、アレといいそうになって内心慌てて言い直す。いくら恐ろしい思いをして、本気で攻撃をしかけた過去があり、名前を出すのもためらわれるとはいえ、この男の妻なのだ。

 

「ああ! 二グレドのことですか! 彼女は本当に素晴らしい女性です」

 

 突然明るくなる声、真夜中にフラッシュライトを突然浴びせられたような驚き、

 

「そ、そうか、彼女に不満はないのか?…………その……………顔のこととか」

 

 女性に対して最低なことを口走る支配者、しかし彼は彼女の顔に関するある事情を知っている為、どうしても気になってしまう。

 

「アインズ様が何を心配されているのかさっぱりでございますが、特に不満はありません。彼女の顔は美しい。瞳に口、()()()とその構成するものすべてが愛おしい。何より彼女の子を想う気持ちは何者にも、それこそ、ペストーニャやユリ、義理妹にも負けないと思っております。そんな彼女の夫であることに私は何よりも誇りを感じ、とても嬉しく幸福に思います」

 

 聞いているほうが恥ずかしくなるようなことをこともなげにいってみせる様に、後ろで聞いているもの達も興味深そうに聞いているもの、耳まで真っ赤にしているものとその反応は様々だ。もちろんアインズも、ないはずの心臓が早鐘を打ち続けている。

(この様子なら大丈夫かな、まあ本人は幸せそうだし)

 しかし何だろうか、今の言葉に引っ掛かりを感じる。もしすると、また自分は何か忘れているかもしれない。

(今は気にしてもしかたない)

 こうして、懸念事項を片付け(?)アインズは執務に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 エンリはただ走る。妹の手を引いて、つぶれそうになる脚に鞭をうって。後ろを振り返るにはいかない。あのあと、誰の目にも映らないように走ってきたつもりだ。だというのうに、後ろから自分たちを追いかける新たな足音が聞こえる。それも、相手のほうがわずかにこちらより速い。徐々に迫っているのがいやでも彼女の脳にこの状況からの脱出が困難であると理解させていた。だからといって、諦める理由にならない。すでにこの命はエンリ達2人だけのものではない。

 

 しかし、このままでは追いつかれるのも時間の問題であることに変わりはない。

 

(勇気をください、神様!)

 

 繋いだ手を放し先に行くよう促す。ただでさえ泣き出しそうな顔をしていたのが、ここにきて更に歪める妹。だがエンリとて、ここで死ぬつもりはない。そのままありったけの力を込めて握り締め、

 

「なめないでよねっ!!」

 

 勢いにのせて相手の顔向けて突き出す。途端に手に電気をながしたような痛みが走る。少し皮がむけたかもしれない。いくら彼女が毎日畑仕事をこなしていて、ある程度鍛えらえていたとしても兜を破るには至らない。できたら、できたで問題があるのだろうが。それでも相手が驚いているのが兜越しでも分かり多少は時間は稼げるはずだ。かくして、エンリは目を僅かながら輝かせたネムへ手を伸ばし、

 

              ………………………………ネムの表情が変わった。

 

 

 

   (!!!!!!!!!!)

 

 

 次の瞬間、エンリの背中が焼けた。正確には、そう錯覚するほどのなにかを背中にされた。まるで肺をつぶされたような感覚、本来自分の体にはないはずの違和感、そしてえぐられたような痛みがようやく、彼女に自分の背中に剣が刺さったのだと理解させた。

 

「馬鹿にするなぁぁぁ!」

 

 聞こえるのは、さっき殴った兵士の声。まさかあの状態で得物を投げるなんて、それは戦いとは生まれてこのかた無縁のエンリでも最悪で愚か者の選択だということがわかる。それは、命がつきかけているゆえに発揮された脳内物質の大量分泌が導き出した答え。おそらくは、戦士としてのプライドを傷つけられた上の行動。感情任せに投げたために比較的深くは刺さらなかったのだと。死を目前にして冷静に分析している自分がいる。どうしてそうできたのだろうか、父に助けられた時からか、左手をつかまれた時からか、いやもうそんなことはどうでもいい。どうせ自分はここで死ぬしかない。ならば、やることはただ一つ

 

「逃げなさい!!」

 

 ありったけの声で叫ぶ!少しでもあの子が生きていられる可能性にかけて!だというのに、

 

「いやだよぉ! お姉ちゃんまでいなくなるのやだぁ!」

 

 ああ、なんでこんな時まで我儘なの。お願いだからお姉ちゃんの最後の頼みを聞いてよ。そんな願いを知りもせずにまっすぐ、走って来る妹を抱きしめてやるしか選択肢がなくなっていた。そのまま押し倒すように2人してたおれる。もう立っているのも限界だった。こうなってしまってはもうここで死ぬ結末しかない。ならば、せめて一緒に逝こうと、寂しくないようにと。

 やがて足音が来て、背中が再び焼けるように痛み。剣が引き抜かれたのだと察して、

 

(!!!!!)

 

 三度背中を襲う衝撃と熱が刃ではなくてその表面で殴っているのだと理解した。

 

「村娘風情がぁ! この俺をぉ! 殴りやがって!」

 

 自分を襲った奴といい、村を襲っているのはこんなやつばかりなのかとどこか乾いた笑みを浮かべている自分がいた。もちろん顔に出すほどの余裕はないけど

 

 打撃音、打撃音、打撃音、打撃音、打撃音。

 

 背中を打ち続ける痛みがエンリの体から熱を徐々に奪っていく。視界がかすむ。今の自分にできるのは、この酷い光景を妹に知られないため、その胸で妹の視線をふさぎ(苦しそうにしているが我慢してもらう)、両手で頭を抱えるように両耳をふさいで音が聞こえないようにしてやる。そして、彼女は意識が遠のいていくなかでひたすらに願っていた。せめて、

 

(ネムは楽に死ねますように)

 

 自分は惨たらしい最後を迎えるが、妹は一思いに一気に殺してくれと、今まさにその酷い行いをしている兵士に願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「さて、これでどうだろうか?」

 アインズは目の前にあるテレビのようにも姿見にもみえる鏡に対して、不規則に手を振り続ける。

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)

 外の風景を容易く映してくれる道具であり、今の状況だからこそ使うべきアイテムだ。しかしながらながらくこの部屋に放置していたのとこの世界に転移してきた影響で少しばかりその操作方法も変わっていたらしく。思い通りに使えないのだ。先ほど合流したウィリニタスを始め、多数の者たちが見ている中、まるで新しく購入した家電の使い方を四苦八苦しながらいじる姿は支配者としては相当よろしくない光景だ。それでも耐えねばならない。その素質はなくとも彼は支配者なのだから。

 やがて、なんとか操作のコツをつかみ。少しずつであるが自由に景色を動かしたり、見たい箇所をさらに寄せたり離したりできるようになってきた。その都度配下一同で、「おめでとうございます!アインズ様!」とやってくれるのは止めてほしい。それから数分、ようやく人らしき生き物をみつけ喜びを感じようとして、

 

(!!!!!!!!)

映ったのは、逃げ惑う人々にそれを馬に乗って追いまわし、その無防備な背中に手にもった剣を叩きつけるように斬って行く光景。

「これは?祭り、でありんしょうか?」

 その性格から本当にそう見えているであろうシャルティアの声に答えたのは、セバスの静かな、しかしその心を痛めているだろうとわかる声。よく見ればユリやガデレッサなどもそれに近い表情をしている。

「いえ、虐殺の模様です」

 

 それはアインズでも分かることであった。一瞬の迷い。この村を見捨てるべきか、助けるべきか。介入したことにより発生するメリットとデメリット。この事態をみなかったことにすることでおこる不都合とこの先に見出せる優位性。それらを転移前であれば、無理であろう処理速度で思案する支配者。この時、世界は止まったように彼は感じる。もしも助ければその恩からこの村人たちを計画に組み込むことができるかもしれない。でもその場合この騎士達と敵対するのは確実。もしかするとレベル100がこの世界の基準かもしれないのだ。見捨てれば、今後この騎士達が所属するであろう国、あるいは団体相手に対する切り札、脅しに使えるかもしれない。しかし、この村人たちは全滅確定。改めて情報をもらう相手を探さなくてはならない。そしてその相手は見つかるのか?そしてどれだけ時間がいるのか?それでもたついた方が、ナザリックを危険に晒し、計画も達成できなくなるかもしれない。

 

(グぅぅぅ!!!!!!??????)

その瞬間彼を襲うのはこれまで感じたことがないほどの激痛。ないはずの右眼球がまるで内側から風船のように無理やり膨らませようとしてうけているような圧迫感で思わず右手で眼窩をおさえる。

 

「アインズ様!」

「大丈夫でございますか!」

(お気を確かに!!)

「すぐにアルベド様にお知らせを!」

「私の存在を無視するなでありんす!」

 

 騒ぎ出す臣下たち。しかしそれに相手をするほどの余裕はない。そして、その痛みから逃れるように、誤魔化すように鏡を見た。

 

『娘から離れろ!!』

 

 それは我が子を守るために勝てるはずのない戦いを挑む男の姿。

 

『2人ともいきなさい!!』

 

 少しでも時間を稼ぐ為に自ら死地に飛び込んでいく女の姿。

 

そして斬られて倒れた夫婦と目があったような気がした。そんなことありえないのに

 

((娘たちを頼みます))

 

 死してなお自らの子を想い涙をながしながら死に絶える姿、脳裏にうかぶは「ごめんね」といったたった1人だった家族の声

 

(………………ああ、これは)

「オレのハハオヤとおナ辞出は、亡いカ」

 

 でたのは、かろうじて言葉になっているであろうふるえた声。そしてその一声で臣下一同は黙るしかできなかった。

 

(如何して? アノ子たちが傷つかナイといけないノ?)

(ふう、立派な鎧だことで、ソウトウの勝ち組という奴なのでしょう)

 脳に響くのは彼らの声、そう呼べるかも怪しい雑音であったが、なんとか聞き取る。そうか

(あなた方、でしたか)

 少しばかし心に余裕ができる。かつての世界で、教育者として多くの子供を守り、導いてきた《優しき鉄拳教師》、親の遺体すらかえってこなかっと社会のあり方を、格差を、下位者(負け組)をふみつける上位者(勝ち組)を、世界のすべてを憎んでいた。《最も悪であり続けることに執着した者》。彼女と彼の声、そしてなにより。

 

(あなたでしたら迷いなくとんでいくんでしょうね)

 かつて何度もPKされ続け、もうこのゲームをやめようと思っていた時に出会った騎士

 

 『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』

と、初対面の自分に言ってみせた相手。そして、なによりもと彼は考える。

(俺の望む楽園は)

 そうだ。彼らのように理不尽なめにあっている人々に笑っていてほしい。そうあの世界と違い、人も世界もすべてが幸福に祝福されるべきために決心した計画。その上でナザリックの者たちの心からの笑顔をみれば、その時こそ、自分たちを許せるかもしれない。

 

「セバス、それに皆も取り乱してすまなかった。これより行動をおこす。私は先にこの村にいくので、アルベドに完全武装、真なる無(ギンヌンガガブ)は外した状態のうえ、来るよう伝えてくれ。それと念のため予備部隊をつくってくれ、そうだな、グリムを中心とした隠密部隊とルプスレギナを中心とした透明化部隊、あとはシャルティア、コキュートスを中心として正面戦闘を想定した部隊3つ頼む」

 

「御身一人ではいかす訳にいきんせん!私に護衛を!!」

「僭越ナガラ申シ上ゲマス、アインズ様。私モ護衛二加エテイタダキタク」

 もはや、条件反射ともいうべき速度で主に跪く吸血鬼に蟲の王。直前に言われた指示を無視したものだが、アインズは何も言うつもりはない。彼らが、自身を心配しているのは明らかであるからだ。だからこそ

 

「何が起こるかわからない以上、まずは私と防御に長けたアルベドがいくのが一番の最善手、いや私の望みだな。こうすればお前たちが傷つく心配がほとんどないからな」

 そうアインズは何よりも臣下(NPC)たちが大事なのである。これはほかの何をおいても優先しなくてはならない。

「しかしそれではアインズ様が!」

「御身二何カアレバト思ウト私ハ」

 それでも引き下がらない。彼らも本質はアインズと同じだ。大切な主に危ないことをしてほしくないのである。できることなら主には玉座に座ったまま自分たちに命令をくれるだけでいい。主がこれ以上何かに関わって結果的に傷つくのをみたくないし、そうなってほしくない。そんな彼らの声をアインズだって気づいていないわけではない。であるならば

「私のワガママを聞いてはくれないか?」

 結局は説得などできるはずはなく、そう言うしかなかった。

 

「ぐぅ、畏まりまでありんす」

「承知イタシマシタ」

 納得はしなくても理解はしてくれたらしい。そんな彼らに感謝をしながらも現状を確認するため鏡に視線を向けて、アインズが次に見たものは、

 

 

(!!!!! 何なんだこの感情は!!!!????)

 

 騎士が少女の背中を何度も剣で叩きつける光景。それを見た時に彼の胸を襲ったのは悲しみか、怒りか、それとも虚無かアインズ自身にもよくわからない。それでも、

 

(殺すだけでは飽き足りないということか)

 

 少女の命がかかっているというのにどこか冷静な自分がいることも事実で、おそらくこれはアンデッドとしての精神性ゆえか。そのこと自体どういうことか今は考えている暇はない。あの姉妹は助けたい、でも別に間に合わなくても仕方ないじゃないか、まるで現在進行形で言い争っているように彼の中で感情と思惑が交差する。ここに至って自分におこった異変の一端を垣間見たようなきがする。

 

(本当に最低だな、俺)

 支配者として足りなすぎる己の才、かといって静かに暮らせばいいのに世界と仲間たちの宝を巻き込む形で始めた無謀すぎる計画。

 さっきだって本当は震えているくせに臣下たちの言葉を受け入れず自ら先頭にたとうとして、そのくせこの土壇場で失敗しても仕方ないと自分で自分に言い訳をして、異変前から自分はこうだったろうかとどこまでも中途半端な自分に嫌気がさしてくる。

 最早、人とも化け物とも区別がつかず最高の支配者になることも、最低の平民として己を正しく認識することもできないどこまでも愚かだと一瞬目の前が暗くなりかけるが、

 

『わたしはあなた様を愛しております!』

 

 聞こえるのは、そんなどうしようもない自分を好きだと言ってくれた守護者統括の姿。あの時のことにその時の彼女の笑顔が彼の中で津波を思わせるよう揺れ続けていた意識を、目的を、一本の芯に固まっていく。

(せめて、あいつには俺がやったことを誇れるようなことをしなくてはな)

 

 彼にとっては悠久に等しき、世界にとっては5秒ほどの時の中、アインズは行動を起こす。

 

 

 

 発動するは<転移門>(ゲート)。成功率10割、移動距離の制限特になしというまさに神に等しき力、ゲーム内のシステムといった理不尽すぎる力の一端(魔法の力)をもちいて、改めて未知の世界へととびだす。

 

 

 

  

  

 

 

 その行為はグリスにとって先ほどうけた屈辱をはらす為に必要なことであった。許せるはずがない。自分は誇り高き、スレイン法国特殊部隊の一員であり、いわばエリートなのだ。

 今回の作戦だって、あの愚かな男を討ち取るための作戦だと立ち聞きであるものの知っていた。それだって、先を見通せば、人類すべてを守るためだ。

 その為には、あのクソッタレな国とそこに住まう人の姿をした愚物どもをすべて殺さねばならないし、それが自分の使命だ。悪いのは決して自分ではない。こんな腐りきった国に依存するのではなく、早々に法国に移住をすればよかったのだ。その決して難しくない努力を怠った時点でこいつらも大罪人だ。

 せめて、楽に一刺しで終わらせるつもりだったのに、先ほどのこの娘の行為はなんだ?まさか、まだ生きて逃げれると錯覚しているのか?だからこれは絶対に私怨ではない。この愚かすぎる娘の死後の罪がすこしでも減るように手伝ってやっているのだ。

 

 そうなかば、否、完全に身勝手すぎる自己完結を行ったグリスは再び剣を振り上げる。もうこの娘は死ぬだろう。その下にいる妹らしきほうはすぐにすましてやると、その行為に対する罪悪感はなく、むしろ義務感さえ抱いて最後の一撃を入れようとして、

 

 目の前の景色が変わった。空間がゆがんだような気がすると円形状に広がる。まるで洞窟の入り口みたいだと思った瞬間、

 

 死そのものがやってきた。

 

 現れたのはおそらく死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であろう。それをすぐに察することができるくらいには、教養をうけてきた彼である。それよりもまずいのは、自分と今後ろにいる2人では対処は困難。すぐに後退しなければ、姉妹の命をこの世から解き放つという義務を達成できないは神に申し訳がたたないが、今は逃げるのが先決だ。一歩さがろうとして、急に意識が遠くなる。まるで突然電池が切れたように彼はその場に倒れる。

 

(??????????!!!!!!!!)

 

 最後に<心臓掌握>(グラスプ・ハート)と、聞こえ………………気が………………した。

 

 

 

 罰があたったかもしれない。それがロッドのグリスの最期を見届けた感想。かれもまたエンリ達をおって、ここまできて彼の行為に内心辟易しながらも傍観することにした。だって仕方ない。この男は人のいうことをあまり聞かないのだから、特に今みたいに頭に血が上っていると特に。無理に止めようとして不要なトラブルを起こすのはよくない。仕方ないじゃないか、俺にだって、故郷で帰りをまつ妹たちがいるのだ。それも何の偶然か2人、いつも笑顔で父直伝の料理をテーブルに並べ、母譲りの暖かな視線をむけてくれる上の妹。まだ幼さが抜けきらず、夜の用足しも一人で行けずにその都度泣きついてくる下の妹。ちょうど目の前でグリスが殺さんとしている姉妹と近い年だ。生活していくには金がいる。今、あの家がやれているのは、自分がこの部隊にいるからだ。ロッドはスレイン法国が立派な国とは思わない。人類守護なんてかかげ、個人個人のことには目も向けない。これは光栄なことなのだと、どこかへと連れていかれた者たちもたくさん見てきている。だからこそ近々あの国を出るつもりだ。その為には資金がいる。だからこそ、今回の任務に参加することも決めた。これで最後だ。これが終わったら妹たちをつれて、帝国に行くつもりであった。剣の腕はそこそこあるし、向こうで兵士として働くつもりだ。途中、エ・ランテルあたりによって、観光をするのもいいかもしれない。そう考え目の前のことから目をそらしていれば、これだ。

 

「まさか、これで死ぬとはな。次はあれを試してみるか?」

 

 グリスをやったのはローブをまとったアンデッドであった。その存在は自分が殺した相手には全く興味も示さずに1人何かを考えているようだ。いや、それは自分にもいえることかとこんな時だというのに、内心苦笑してしまう。ただわかるのは絶対に勝てないこと、それでも家族のため、諦めるという選択肢はない。足にでも抱きついてすこしでも時間を稼ぐ。それしかあるまい。

 

「ミラン!」

 残った仲間に指示をだそうとして、青白い閃光が一瞬で自分の身を貫いた。妹たちの顔を思い出す間もなかった。

 

 ミランはただただ恐怖していた。突然現れた化け物、何もできずに殺された先輩、聞いていない。それが彼の本音だ。今回の仕事は村を襲い、適当に人を殺していくというだけの簡単な仕事だったはずだ。もし運がよければ、女を抱く機会もあるかもと隊長が言っていて、それで参加を決めたのだ。先ほど目の前に飛び込んできて、思わず斬ってしまったこの姉妹の母親らしき女性などは、その体つきからも自分好みの抱き心地に違いなく軽く後悔していた。なんとかとらえて、1時間、いや、せめて30分ほど腰を振ってから殺せばよかったと。頼めば、あの隊長は許可してくれるの知っているから。今までだって、似たようなことがあり、その都度自分も混ざり楽しんだもの。とくに()()()女性の口内に無理やり舌や自分のモノをねじ込み。なめまわしたり、そのまま溜まったものをだすのはとても快楽を感じられ、最大限の幸福を得られる。頑張れば、複数の女性やそれこそ少女だって、妻にできる可能性がある国、それが法国だ。だからこそ、そこそこ真面目に仕事に取組み、時々楽しんで、己なりの人生を満喫するつもりだったのだ。だというのに、

 彼は走り出す。一目散に走りだす。真面目臭いもう一人の先輩は何か言おうとしていたが、知ったことか!ここで死ぬわけにはいかない。まだ抱き足りないし、遊び足りない。まだまだやりたいこと、いや抱きたい女性はたくさんいる。特にたまたま見かける機会があった、自分より上の部隊で刺突武器を振り回していたあの女性などは、絶対に床に引きずり込むつもりでいる。殺されるのがオチだとその時はいわれたが方法は皆無ではないはず。間違いなくこの場の誰よりも自分に正直であった。色情魔を次の瞬間、竜の姿をした雷が襲う。ロッドを襲った閃光がそのまま流れてきたのだ。

 

 

 たとえ、末端の兵士でも思うことは様々。しかし、アインズにはどうでもいい話であった。

 

 

(第5位階魔法である<龍   雷>(ドラゴン・ライトニング)で2人貫いた、か。もしかしたら、いやまだ油断はできない)

 

 こいつらが特別弱い存在であるかもしれない。ほかの騎士たちはレベル100かもしれないのだ。まだ油断はできない。

 

(さて、それでは)

 

 振り向けば自分の存在に気付いていないように姉にすがりつき、泣き続ける妹の姿。声にならない涙声をあげ、一生分の水分をすべて流すつもりなのかといいたくなるくらいの体の様々な液体でぐちゃぐちゃになった顔。

 

(頼むぞ、生きていてくれよ)

 

 それは、生を忌避とするアンデッドであるアインズでも必死にその命が尽きぬことを願う。人としての情だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




  
 当初1章は3話構成のはずが、4話以上になることが確定してしまいました。何故でしょう?…………頑張るしかないですよね。お付き合いお願いします。


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第2話 この世界とこれからと

 今回少し長めです。いつも読んでくださってありがとうございます。


 

 エンリ・エモットは暗い水の底に沈んでいくように感じていた。何も見えず、何も聞こえず、ああ、自分は死んだんだなと。だとしたらやらねばならないことがある。

 

(ネム、どこにいるの?)

 

 手をなにもない空間?水中?そのどちらともいえないかもしれないところに伸ばして妹をさがずきっとどこかにいるはずだ。

 

(???)

 

 何かが自分を包んだような気がした。見えないはずの視界に明確に光が差し込んだような感覚、そこにひかれるようにういていく体。それから。

 

 

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

 必死に姉に抱きつき、もどってきてくれと懇願する姿はアインズに幼き日を思い出させていた。

 

 しかし、その時と今では明確にして絶対なる違いがある。あの時は自分は何の力も持たない子供であり、かといって助けてくれる人などもいなくてただ目の前の現実を受け入れる努力をするしかなかった。

 

 前者に関しては目の前で泣き続ける幼女も同じだ。しかし後者は違う、自分のときと違って、ここに彼女たちを助けたいと思っている者(アインズ)がいて、そしてその手にはなんとかできる手段があるのだ。

 

「少し、いいか?」

 

 もう少しまともな、子供を気遣ったかけ方はなかったのかと思うが、彼はリアルにおいて生涯孤独の身、仕事先への対応などはともかく、こんな時にかける言葉など持ち合わせているはずがない。そして当然ともいうべきか妹のほうは、そんなアインズを振り返って、光をなくした瞳にさらに闇がかかる。

 

 それは当然のこと、アンデッドに声をかけられれば逃げないと死しかない。それが、この世界における認識、ネムも姉であるエンリも昔から父母や村の大人たちに言われたことであった。しかし、当の本人にしてみれば、

 

(あちゃ~怖がらせちゃったよ。そりゃそうだよな。せめて『いいかい』と優しさを前面に出すべきだった)

 

 人間とは主観で生きる生き物であり、自分を客観視するというのはなかなか難しい。かくして己の姿が他人からどう見えているのかまったく考えることもなくなんとかこどもをなだめようと思案させる支配者がそこにいた。

 

 「君の姉を助けることができるかもしれないんだ」

 

 無理だ。なんてやればいいのかまったくわからないアインズにはその事を直接言うという選択肢しかなかった。

 

「…………して?」

「ん? 何だ?」

「どうして?お姉ちゃんを助けるの?」

 

 はぁ!?何を言っているんだこの娘は?姉に助かってほしくないのか?

 

 もちろんネムだって、姉がいつも通りになるならそれに越したことはない。しかし今、目の前にいるのは生者を憎む死者なのだ。思い出すのは、つい最近、近所にすんでいたおじいさんがしてくれた話『悪魔は願いの見返りになにを望むかはまったくわからない。その者自身の命かもしれないし、お金か、あるいは、一生分の食糧を求めたこともある』という話だ。

 

 このアンデッドが何を求めているかわからない以上、簡単に答える訳にはいかない。例えば、このアンデッドは姉のことを気に入っていて、助けたうえで自分の手の届かない所に連れて行ってしまうかもしれない。ネムがそう考えたのは、姉に読んでもらった昔話『姫君を魔界に連れ去った魔王と姫を助けるためそこに飛び込んでいった勇者』という、それこそこの世界でありふれた物語を聞いていたからかもしれない。

 

 それでは意味がない。姉自身の生存を優先するのであれば、妹として最低だ。しかし彼女にそこまで求めるのは酷というもの。まだ幼い彼女には姉が必要なのだ。そして葛藤の末、ようやく絞り出したのが、なぜ死者のあなたが生者の姉を助ける?という素朴な疑問だったわけだが、当然アインズはそんな彼女の心内の葛藤を知ることも察することもできず、ただ困惑するばかり。

 

「姉に生きてほしくないのか?」

 

 やや苛立ちを募らせて続く言葉はネムをさらに混乱させるだけであった。なんで?このアンデッドが人の生存を願うのだろうか?どうして?何故?

 

「何で?」

「何がだ?」

「なんで?アンデッドなのに?」

 

「あ」

 その一言がアインズに間抜けな一文字を言葉として吐き出させていた。そして、これまでの周りの反応。助けに来たのに感謝の言葉一つないこの娘に、異様に怯えた表情の騎士達、彼らに自分がどう見えたのかようやく実感したアインズは取り乱す。

 

「ああ! すまん! 私がうっかりしていた! これには事情があってだな!」

 

 無様に両手を振りながら言い訳を並べる恐ろしい存在であるはずのアインズの慌てぶりに僅かながらネムの目に力が入る。彼女にとって、魔王とはいつも不気味に笑い、余裕な顔で人を殺したり悪さをする。そんな存在だ。目の前にいる存在は、アンデッドではあるのだろうが、分かるはずのない顔がなぜか崩れているように見えた。

 

「…………」

「何だ? 何で笑っているんだ? ああ、こんな時ホントどうしたらいいのか分らん!」

 

 笑っている?自分が?もしかしたらこの人は信用してもいいのかもとネムは結論をだした。

 

「お願いします。姉を、助けてください」

 

 両手を下腹部の前で綺麗に重ね、直角に曲げられた上半身と下げられた頭。

 

 それは生まれて10年ほどしか生きていない彼女の急激な成長を垣間見た瞬間、両親や姉がみれば感動のあまり、うれし涙をながした光景。しかし今この場にいるのは、それどころではない男が一人いるだけである。

 

「笑った。ああ、これは正解なのか? 間違いなのか? 誰か教えてくれよ、…………って? …………何、助けてください?」

 

 すっかり支配者としてのロールプレイを忘れ、素の一般人に戻っていたアインズはその言葉でようやく調子を取り戻す。

 

「私は恐るべきアンデッドなのだぞ?なぜ信じられる?」

 

 今更過ぎる演技にネムは笑うことなく真剣に答える。

「おじさんは、悪い人にみえないから」

 

 おじさん、という言葉にやや傷つきながらもアインズは目の前の少女から化け物でありながら、なんとか信頼を得られたのだと確信する。元よりそのつもりで来たのだ。

 

「分かった。では様子をみるとしよう」

 

 すっかり、白く、そして周囲を真っ赤に染めた元凶である少女の姉を起こし、あまり動かさずにその口元に指をあてがう、空気の流れを微弱ながらも感じてかろうじて生きているのだとわかって安心する。

 

(よかった。これなら下 級 治 療 薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)で十分治せる範囲だろう)

 

 もし現地人がこのアインズの言葉を聞けば、顔を真っ青にするだろう。こんな血だらけなのに下級ですますのかと、しかしながらかつて彼がいた世界(正し現実味のないゲーム)ではもっとひどいけがだってあるのだ。

 

 それこそ四肢を失ったり、目や耳を失ったり、内臓がごっそりなくなるということもありえた。そして、そういった欠損部分を瞬時に再生させるポーションもあることを考えれば、出血はひどくても、怪我が背中に集中しているエンリはまだ恵まれているように思える。顎をやさしく支えてやって、その口に真っ赤な液体を流し込んでやる。やがて、彼女は目を開ける

 

 

 朦朧としていた意識が急激にさえて来る。目をあければ、まだ景色は揺れていながらも自分を見ている2人分の視線を感じる相変わらず泣いてばかりの妹に骸骨の姿がみえた。しかし彼女に不安と恐怖はまるでなかった。何故だろう?いや、答えはすぐに出た。自分は間違いなく死んだはずだ。それが、こうしていられるのと、それを行った目の前の人ならざる何者か、そんなの答えは決まっているではないか、

 

 

「アインズ様、守護者統括アルベド只今参上いたしました」

 

 まさにエンリに薬を飲ませたタイミング、〈転移門〉(ゲート)が発動した。あの夜空の会談でアインズがしていたような全身鎧すがたで、その利き手には彼女が最も扱いを得意とする巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)が握られている。

 

「…………ま」

 

 ほぼ同時というべきタイミングで彼女も声を発する

 

「お姉ちゃん!」

「大丈夫か? 気分はどうだ?」

 

 飛びつく妹に気遣う支配者、彼女は何かいいかけたが、なんだろう。この姿のことをなんと説明しようか?

 

「あなたは、神様……なんですね」

「はぁ?」

 

 妹といい、この姉妹は一言めで自分を驚かしてくる。うん、今度は動揺するものか、

 

「そっか、おじさんは神様だったんだね!」

 姉の言葉に目を輝かせ、先ほどと違った視線を送って来る妹に、

「さすがアインズ様、その気高き御心で哀れなる娘たちをすくったのでございますね」

 兜越しでも彼女の歓喜の表情がみてとれるが、これは祝福すべきことか?否だ!勘違いは正さねばならない。彼女たちの間違った認識が後々面倒ごとを引き起こす気がしてならない。

「違うぞアルベド、説明をしよう」

「ああ、神よ」

「神様~!」

「さすがわたしの愛するアインズ様でございます」

「ああ、待て! アルベド! そんな顔で私を見るな! お前は勘違いをしている!」

「ですが、この騒ぎは?」

 彼女の声から感じるのは戸惑いと困惑、

 

 この時エンリがおこした勘違い、その原因は人の意識というものが大きく作用した。あの時、彼女自身は死んだと認識していたが、それは間違い。

 

 アインズの見立て通りかすかに息がある状態、ゲームで例えるならば、総HP10のキャラがいたとして、その残量が残り1という状態。そこからポーションを使って再び10にしたわけだけど、それはあくまで痛みの実体験がないゲームの話でしかない。

 

 現実で残り体力もとい生命力1割なんてなれば、体は生存活動を続けるため、意識を手放す。結果、先ほどの彼女のように正しく自身の状態を認識できずまるで死んだように感じる訳だ。

 

 そして傷をすべて治す薬の存在に人外たるアインズの存在でその勘違いという名の方程式は完成する。客観的にみれば、薬をもちいて怪我人を治療した。しかし主観的にみれば、死の淵からの生還、そして目の前にはそれを可能にする人ではない存在がエンリの間違った思考を終着駅へと導く。

 

 なわけであるが、アインズにそこまで察する時間も考察する時間もなく、

 

「頼むから説明させてくれ!」

 

 叫ぶしかなかった。ナザリックの支配者として彼らに誇れるよう変わる決意をした彼であるが、変わるには時間がまだいるようだ。

 

 

 

 アインズが〈転移門〉(ゲート)をくぐって、2分程したその部屋では誰もがその鏡から視線を外そうとしなかった。主に頼まれた予備隊編成はすでにおわり、選ばれたシモベ達は主の身は無事か?いつでも出てその盾になろうといきまいている。その様を眺めながら、統括補佐もまた自らが仕える方であり、大恩ある人物で、大切な義妹の想い人たる主の身を案じていた。そしてさらに2分がたち、その間彼らは、安堵、そして歓喜していた。やはり主は最強なのだと確信して。

 

「本当に良かったでありんす」

「アインズ様ノ想定ヲ超エル事ハナカッタトイウコトカ」

「ええ、その通りでございましょう」

 

 口々に安心したと言い合い。

 

「ああ、それにしても人間を蹂躙する様はさすが私の愛しき人」

「正二、ナザリック最強二相応シキ方ダ」

 

 次々にあがる賛美の声、そしてそれに賛同する者たちの「アインズ様万歳!アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」という声が響く。

 

 それは彼とて同じ気持ちだ。ほんの少し前、ここで交わした主とのやりとりを思い出す。一体あの時主は何を気にしていたのだろうか?夫婦仲であれば、問題ない。

 

 月に数度会う機会をかの方々より賜り、そして彼女と会うたびその愛情を確かめ合っている。抱擁にキスはもちろん。まだ義妹達に話すのは早すぎるようなことまで駆使してやってきている。

 

 自分一人の勝手な勘違いではない。ちゃんと彼女の声もしっかり聞いて、その上で自分たちの関係を認識しているのだから。それでも、

 

(やはり、月に数度では寂しいものです)

 

 かといって、主にそれを請うのはあまりに不敬だ。今の状況でも満足している自分がいることも確かな話であるしきっと主のこと自分などでは想像もつかないようなことを心配しているのだろう。それよりも気にすべきことがある。

 

「シャルティア様、よろしいでしょうか?」

「ん? ああ、ウィリニタス。何でありんしょう?」

「何故アインズ様のおつきがその人数でありましょうか?」

 

 そう、本来アインズに付き従う人数は世話役、護衛含めて15人と少しになるはずだったのが、気付けば30人以上、それも今のナザリックでは貴重な戦力たる階層守護者が2人もついている事実、そしてそれだけのことをする理由があるのかという問いかけ、

 

「まさかと思いますが、アインズ様の言葉を疑ってる訳ではないのですよね?」

 

 主がこの世を去ろうとしたことはナザリックの者すべてがしっている事実、義理妹たちの必死の懇願もあり、なんとか思いとどまってもらったものの。

 

 シモベ達の中には、いつかお隠れになるつもりではと、不安を消せないでいる者たちが少なくないことを知っている。

 

 だからこそ、普段以上の護衛を用意して、外敵はもちろん主自身の監視をしているのではないかという疑惑。主とは、仕えるべき自分たちの存在意義そのもの。

 

 それを失うかもしれないという恐怖心は自分にもよくわかる。その上で彼自身の考えを言うのであれば、やはり不敬だ。

 

 確かに主の喪失は恐ろしいことではあるが、かといって、主の言葉を信じないのは、それ以下の行為にあたる。もしも、嘘をつけば、たとえ自分よりもよほど上位種たる守護者たちでも見抜けるだろう。

 

 それは能力でも技術でもなく単にそれだけ彼らを見てきた経験からくるものであるが、これ以上に頼りになるものはなかなかない。しかしながら彼女の答えは彼のまったく予期せぬものであった。

 

「それこそまさかでありんす。私どもがアインズ様についていたのは、かのお方に笑ってもらうためでありんすから」

「はあ、笑っていただたく?」

 

 突然なにを言いだすのか、失礼なことだと承知の上で思うが、正直この吸血鬼の少女はあまり頭が回るほうではなく、彼女の言葉もまるで理解ができそうにない。

 

 念のため周りを見てみれば、セバスにコキュートス、プレアデス、七罪たちにほかの者たちも同じように頭をたてにふっている。どうやら彼女だけが発している狂言ではない模様だ。

 

「申し訳ございません。まったく要領をえないのですが」

「文字通りの意味でありんす。ここにいる者の大半は《渾身のネタ》を仕込んでこの場にいんす」

 

??????????????????

 

 はっきりいって、斜め上、いや下だろう理由にウィリニタスはしばらく言葉を失う。といってもその表情に動揺はでておらず、むしろ純粋に疑問を浮かべた彼の表情をみて吸血鬼は上機嫌に続ける。

 

「ふふふ分からないというのであれば、実際に見てもらいんしょうか!」

 

 そんなに自信があるのだろうか?先ほどから思考が追い付かないこれでもあの3人に負けないくらいには頭が回るはずなのに。シャルティアは得意げに空間に手を入れるとなにやらやたら弾力のある球状のモノを2つとりだしそれを服の中にしまい込むその際に普段つけている詰め物をとりだして、入れ替えるように空間に放り込む。

 

「さあ、見てもらいんす!」

 

 彼女は自信満々な表情でその胸に両手をあてる。胸元から飛び出す2つの球体、豊満が平原に変わる。彼女は表情をやや青ざめ渾身の言葉を紡ぐ

 

 「ああ!私の胸がとんでいってしまいました!なんたることかぁ!」

 その顔は一見自信に満ち溢れているが、そこは長い付き合い、その中に一欠けらの憐憫を感じて、

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

「すみませんがシャルティア様、その、悲しくはありませんか?」

 

 思わず言葉としてでてしまった。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 彼女はうずくまり号泣を始めてしまう。

 

 分かってはいたことだ。創造主にそうあれと作られたがゆえに女性としては未成熟ともいうべき姿の彼女、もちろんその事に不満はないが、これもそうあれと造られたからか、体つきに関してはややコンプレックスを抱いているのを。それを前面にだしたこのネタなるものの意味合いは

 

「いわゆる、《自虐ネタ》とう奴でございんす」

 

 泣きながらも滑っていた芸の解説を行う彼女

 

「これで、アインズ様が笑って、その御心の傷をすこしでも癒せればと、」

 

 方向性は思いっきし遭難まっしぐらであるがそれでも愛する御方の為と献身的に尽くそうとする姿にはさすが義妹の恋敵だと称賛したいが、悲しいかな致命的な穴がある。

 

「僭越ながら申し上げますシャルティア様。そのようなものでは、優しきアインズ様は決して笑うことはないかと」

 

 そうかの主は慈悲の塊、こんな自爆上等なものをかの方が喜ぶはずがない。それは薄々本人も気づいていたらしくさらにふさぎ込む   が、

 

「私は駄目でありんしたが、ほかの者たちのネタであれば」

「お任せをシャルティア様」「必ずやかの支配者を爆笑の渦に(いざな)ってみせましょう」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 出てきたのは、《七罪真徒》を束ねる役目を任せられているグリム・ローズと7人中単純な腕力であれば、階層守護者にも引けをとらないガデレッサであった。

 (この2人ですか)

 

 改めて目の前の人物を観察してみる。

 

 グリム・ローズ。

 

 大きな布を二つに折り合わせその見事な形に仕上げたドレープを身に着けたシャルティア以上に白い肌を持つ男。

 

 その腕や足のいたるところを茨が巻き付いており、その棘が衣服を多少切り裂き、生者よりも意識はなく歩き続ける死者を思わせる。

 

 最大の特徴はそのかお、右の眼球はなくただただ暗い眼窩と左目もその視線はあらぬ方向を向いており、この男は本当に生きているのかと何度も問いかけくなる。しかし、彼の事情を知れば少しは理解できるかもしれない。その独特な喋り方もその事情の内である。

 

 ガデレッサ。 

 グリムと異なり、身に着けるのは辛うじて、ズボンになっている布を下半身にまとっている。その手には棍棒が握られている。

 頭には包帯、こめかみより外側耳の上から生えているネジが今にも動き出すということはなく、錆びついたその様と僅かに腐っているそのあたりが、何の理由もなくさしてあるものであることを物語っていた。

 

 この2人の能力はある程度把握しているし、その性格も分かっているつもりであったが、改めて観察をしなおす必要がありそうだ。

 

「それで?お二方は何を?」

「よくぞ聞いてくださいました」「統括補佐殿」

「!!!!!!!!!!」

「『我らが最高のエンターテインメントをお見せいたしましょう!』と申しています」

 

 何故かガデレッサは普通の声を発すことができない。そんな彼の言葉にならない声を正しく翻訳できるのは、このグリムとコキュートス、それにあと数人ばかしであったはずだ。グリムはまず自分の衣服の間に手をいれるとまた取り出すその手にはスプーンが握られていた。それをガデレッサに手渡す。

 

「ではご覧に入れましょう」

 

 宝物殿の領域守護者をまねるようにガデレッサを指し示すグリム、大男は手に持ったスプーンをへし折る。

 

「世にも奇妙な超能力でございます」

「腕力でへし折っただけではないですか」

 

 何なんだろうこれは、まさかこれで主に笑ってもらえると本当に思っているのだろうか? だが、彼らはとまらない。

 

「それでしたらこれでいかがでございましょうか」

 

 指をならす音がしたと思ったら、グリムの体が崩れる。頭、腕、胴体、足と部分ごとに人形のパーツを外すみたいにバラバラになる。続いて、ガデレッサがどこから持ち出したのか十字架を取り出し、グリムは菌糸をもちいてその十字架にぶら下がるように浮いて。

 

「等身大」「操り人形でございます」

 

 一見、バラバラの四肢を糸でつないで十字架で吊り下げるその様子は確かにそれに見えないこともないのだが、

 

「それは、面白いのでしょうか?」

 

 ウィリニタスに芸事の知識もセンスもない訳だが、それでもこれは違うと言える自信がある。しかし2人はめげることなく

 

「ええ」「盛大に滑ったところで本命といきましょう」「ユリ・アルファルプスレギナ・ベータ」「頼みます」

「!!!!!!!!!」

 

 丸投げしやがった。その後は普段の彼女らのやり取りと変わらない漫才やセバスのやたら五月蠅いオーバーアクション芸と続き、一般メイドたちの人体切断マジック、マスターガーター達のみせる複雑な組体操、とつづいて。コキュートスが続いてなにかしようとしたのを察して。

 

「もう結構です」

 

 本来であれば許されるものではないものの彼のその憂いに満ちた表情がその場に居た者すべてに悟らせた。これは失敗だと

 

「これでは、駄目なのでしょうか?」

 

 一同を代表してユリが問いかける。ウィリニタスとて、できることなら称賛したい。主も喜びになると、しかしそれを許す訳にもいかず

 

「おそらく、アインズ様に喜んで頂けるレベルではないかと」

 

 それが彼の偽らず本音だ。そもそも主を想っての行動は好ましくあるもののこれは完全に方向を間違えている。もっとほかにやれること、できることはあるはずだ。そして、何より

 

「誰の発案ですか?」

 

 こんな馬鹿げたことを始めた元凶を探さねばならない。震えながらも挙げられる手

 

「私でありんす」

 

 やっぱりあなたでしたかと、声に出さず落胆する。いや、咎めるべきは彼女だけではない。

 

「誰に助言をもらいましたか」

 

 それは普段の彼が絶対にだすことない雰囲気と、下手をすれば一瞬で悪夢に引きずり込むであろうその姿勢が、本来負けるはずがない彼女に少しばかしの恐れを抱かせる。

 

「デミウルゴス」

 

 叱られ、しょげた子供のように人名をあげる。それは聞いた本人にしても意外過ぎる人物であった。

「デミウルゴス、様が?」

 

 つい、以前のように呼び捨てにしかけて、急いで修正する。

 

「私がどうかしましたか?」

 

 次いで聞こえた本人の声、みれば、入り口から彼が入室してくる姿が見える。ひとまずはすべての説明と、ついでに彼にも自分が見たものを見てもらう。そして数分後。

 

「認めるしかありませんね。至高の41人に創造された我々でも、できることとできないことがあると」

 

 認めましたよこの悪魔、まあ悪魔なのは自分もなのだが、

 

「デミウルゴス様、あなたはナザリック最高の頭脳を持つお方、その言動に少し注意していただけると嬉しいのですが」

「それは、本当に申し訳ないことをしましたよ。中々悪い話ではないと思ったのですがね」

「デミウルゴス様がかの御方を案じて様々な策を用意しているのは知っていますが今回はさすがに問題があるかと」

「そうですね、ほかの策をこうじるとしましょう。それから個人的なことになるけどね、敬語はやめてくれないかい? あと、様も外してほしいのだけれどね」

「それこそ無理かと思います。今はあなたの方が立場は上なのですから」

「しかし、後輩としては先輩たるウィリニタス様を敬わないわけにいかないので」

「そういうことなら、私の義妹の恋路が成就するよう素直に協力してはくれませんか?」

「それだけは、承知しかねますね」

 

 はてさて、本当にこの男は何を考えているのだろう?どうにもとらえどころがなくて苦手だ。しかしながら、今回のやり取りは無駄にならない。少なくともかの御方にシモベたる自分たちの醜態をさらさずに済みそうだ。最後に、先ほどから何やら唸っている吸血鬼に向き直る。

 

「シャルティア様、よろしいでしょうか?」

 

 彼女の悩みも葛藤も分かっている。本来であればあまり気乗りしないが、かの主の身を護るすべをそろえるほうが優先だ。

 

「な、なんでありんしょうか?」

 

 泣き出しそうな表情をしている。このままでは愛する御方に何もできないという悲しみに暮れた乙女の顔。

 

「シャルティア様、あなた様は高い能力をお持ちです」

 

 まずは事実をあげる。本来の彼女のポテンシャルはこんなものではない。ただ使い方を知らないだけ

 

「その上でアインズ様のお役にたてるほかの方法を考えましょう」

「でも、どうすれば?」

 

 その言葉とその瞳に安心する。彼女の心はおれていない。

 

「大丈夫です。できることから覚えていきましょう。及ばずながら私も、イブ・リムスにプラネリアも力を貸します」

 

 最も付き合いの長いもの達の名をあげながら、やや不敬ながらもそのその肩に手を置きながら優しく語りかける

 

「私でも、アインズ様のお役に、たてる?」

「ええ、きっと」

 

 本来であれば、傲慢で自分に非はなく完璧であると自負してやまない彼女がここまで追い詰められたのは、かつての敗北、そして急激に距離を縮めた恋敵の存在が大きいのかもしれない。

 

 吸血鬼は亀の歩みを連想させるようゆっくりではあるが、確実に前へ進み始める。

 

 なお余談であるが、この時彼女たちが披露した宴会芸の存在を知った主は顔に出すことはなかったが、大変興味をそそられ見たいが、支配者としてはふさわしくないと葛藤したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、エモット姉妹に人ではないが、神でもないこと。先ほどの行為も蘇生ではなくて、治療だということを納得してもらい。改めてアルベドとこれからについて軽く打ち合わせを行い次の行動に移る。

 

 まず行うのは―中位アンデッド作成 死の騎士(デス・ナイト)― 殺した3人の内一人の死体を飲み込む形で生まれる見慣れたアンデッドの姿にアインズは興味をひかれた。まるで死体を触媒に造られたようなその存在、姉妹はまるで奇跡を目にしたように目を輝かせる。以前との違いがほかにないかとまずは声をかけてみる。

 

「私の声がわかるか?」

(はい、理解できますとも我が創造主)

 

 片膝をつき、剣を地に突き立てるその姿は王に忠誠を誓う騎士そのものであった。その光景に姉妹はさらに感動をその胸に抱く、やはりこの御方は神ではないかと、人づてだが聞いたことがあるのだ。

 すべての生を司る死の神がいたと、不死の軍勢を率いた支配者がいたと。それはある国のある陰謀、失礼かの国に言わせれば、ある使命の為に必要だという情報操作の一環だったわけだが、彼女たちはそれを知らない。よって、目の前にいる人物こそがその神ではないかと期待半分疑り半分で見守る。

 

「そうか、ではこれからの事を命ずる。この村を救う。そこに倒れている騎士と同じ格好をしている者たちを無力化、難しれば討伐、それも無理なら即座に撤退をしろ。早口になってしまったが、理解できたか?」

(問題ありません我が主よ)

「ではすぐ行動に移れ」

(かしこまりました)

 

 雄たけびを上げながら疾走するデス・ナイト。その姿はもはやアインズの知るYGGDRASIL(ユグドラシル)時代のものとは大きく違った。その姿に満足しながらも次の行動に移る。まずは姉妹だ。唱えるは

 

生 命 拒 否 の 繭(アンティライフ・コクーン)。   

 

|矢 守 り の 障 壁《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ》。

 

姉妹を包むように展開する光のドームにかすかに変わる空気の流れ。

 

「生物を通さない壁、それに射撃攻撃をある程度抑える魔法をかけた。そこにいれば、安全なはずだ」

「ありがとうございます!」

「それと、そうだなこれを渡しておこう」

 

 姉妹のすぐ近くに2つの角笛を放り込んでやる。

 

「それを使えば、お前に従うモンスターが現れるはずだ。あとは」

 

 念には念をと残りの死体を使い、さらに2体デス・ナイトを召喚する。命令をしようとしてアインズは一つの壁にぶち当たる。

 

(区別は、個体名はつけるべきだろうか?)

 

 しかし、自分に名づけのセンスはなく、時間もない。

 

「お前はデス・ナイト弐号、お前はデス・ナイト参号だ。分かったか?」

(ははぁ!吾輩はニゴウであります!)

(自分はサンゴウであります)

「よし、では命令を与える。弐号、お前はこの姉妹を護れ。もし対処に困ることがあればすぐ私に知らせろ。参号、お前は私たちの護衛につけ。最初にいっておく、有事の際は私よりもアルベドを優先して護れ」

((かしこまりました))

「アインズ様!」

 

 アルベドが悲痛な声をあげるが、それが彼の望み。もし彼女に何かあれば、それこそ耐えられないだろうし、その時自分がどういった行動をするか予測もできない。抗議をあげる彼女を手のひらを向ける動作で黙らせて。

 

 アインズは歩き出す、目指すは村だ。6歩ほど歩いたところで後ろからエンリの声が聞こえたきた。

 

「お願いします!図々しいとは思いますがあなたしか頼れる人がいないんです!どうかお父さんとお母さんを助けてください!」

 

その声を聴いてアインズの心を痛みが襲う。

 

「分かった。生きていれば助けよう」

 

軽々しく果たされる事がないとわかっている約束をする。そんな彼の心境を知らないエモット姉妹は揃って頭を下げる。

 

 

 

「アインズ様、よろしいのでしょうか?」

歩き出して、姉妹たちが見えなくなったところでアルベドは口を開く、彼女も知っているらしい。いや、察したというべきか。

「ああ、そうだな」

後ろめたさと無力感で返す声に力が入らない

「正直に申し上げます。あの姉妹はどうでもいいですが、アインズ様がその御心を痛めるのは我慢できません。それに先ほどの命令にもわたしは納得していません」

それはほかの何をおいても自分を優先するという彼女の基本姿勢であり、曲げるつもりのない信念だということを感じとれてアインズは思わず彼女の頭に手を置く。頬を染めるアルベド。

「ありがとうアルベド。どこまでも私を思っていてくれて。たださっきの件は私なりの考えがあってのことだし、それから忘れないでほしいのはお前が私を大切に考えているのと同じくらい、いや、それ以上に私にとってお前が大事な存在であるということだ」

「ア、アインズ様!そのようなことをおっしゃられては」

「だから納得はしないでも理解はしてくれないか?」

 その間も彼女の頭をなで続ける、(兜越しであるが)ほぼ無意識の行動と紡がれる言葉。愛する男にこういわれては女として

「く、かしこまりました」

 というしかないのである。

 

 

 

 

 

 

 響くは咆哮と金属が人体をうち、中の繊維をめちゃくちゃにしているであろう打撃音。

 

 ロンデス・ディ・グランプは今にも殺されるという恐怖となぜこの状況になっても己が信ずる神は来てくれないのだと理不尽さを感じていた。自分たちは村人を適当に間引きながら中央の広場へと追い込んでいた。そこからできるだけ、対象の力をそぐであろう人選を行い。あとは皆殺しにするつもりであった。そんなときに飛んできたのは一人の仲間であるエリオン、倒れたまま動けないでいる所を見ると。両足を折られたらしい。そして現れたのは、凶悪なフランベルジェにタワーシールドを両手に装備したまさに死の騎士ともいうべき存在。そこからはほぼ一方的な展開が続いた。なんとか踏み込んだと思えば吹き飛ばされ、打ちどころが悪ければそのまま動けなくなってしまう。逃げようと隙をついて走り出せば、一瞬で距離をつめられ、再び吹き飛ばされる。そうしてなんども飛ばされているうちにまるで複数の騎士に包囲されているように錯覚する。それほどに人とかけ離れた動きであったのだ。そして何より恐怖を感じるのは、こちらをまったく殺そうとせずにただ痛めつけるだけということだった。現に自力で立つこともできない怪我人は続出しているのに。死者は一人も出ていないのだ。それがより一層恐怖を掻き立てる。しかし何とか突破口を見つけねばならない。こんな事態なのに、隊長であるベリュースは癇癪をおこした子供と変わらない様子でわめいていた。

「お前らぁ!あれを何とかしろ!俺はここで死ぬわけにはいかない!この後だって」

 情欲任せに娘を襲い、父親に反撃をうければ助けを求め、助けたらまるで八つ当たりのように相手を殺し、来るのが遅いと怒声をとばす。そんな男だ。しかし、それにケチをつけている暇というものはない。今は生き残る為にあがくべきだ。ロンデスは覚悟を決めると騎士に向かって突撃をおこなう。腕の震えを何とか抑えて、予備の短剣を騎士の顔めがけて投擲、もちろんこれで殺せるとは、いやかすりもしないだろう。でもそれでいい、ほんの一瞬でもアイツの視線をそらすことができれば。そのわずかな時を最大限活用して距離をつめる。そして渾身の横なぎを騎士に放つ、それは彼の人生において最高の一撃しかし、

「ぐはぁ!」

 それでも騎士にはおよばず盾で殴りとばされ、元の位置まできれいな放物線を描きながら落下して背中を強打する。強烈な痛みが遅れてくるが、それ以外にロンデスは今受けた攻撃に感じることがあった。それはこの極限の状態で急速に磨かれた彼の戦士としての感だ。

(これは………怒り…………なのか?)

 そうこれまで、この騎士は自分たちを苦しめ、痛みをあたえ、その様を楽しんでいるものとばかりだと思っていた。それが今の一撃をあびて感じたのは激しい憤怒、それも誰かを思っての強いものであった。

 

 そう、彼、デス・ナイトことデス・ナイト壱号は憤りを感じていた。何なんだこいつらはと、彼はアインズに生み出された際に、主の心の傷を知った。そして、次に主からの命令の意味を考えた。撤退すら視野に入れるとはそれ程の相手かと、せめて重要な情報は手に入れなくてはと、最初の騎士に狙いを定め、突撃した。

 

 軽い、驚くほど軽かったのだ。無力化といわれていたため、極力抑えて、武器をふるったつもりだ。それでも簡単に吹き飛ぶ軽さ、いやいや、もしかしたら、こいつが特別なのであって、ほかは違うのかもしれないと戦闘を継続して、はや3分、彼は唖然とした。そして確信した。こいつらはナザリックの脅威でもなんでもないと、そうだと認識した途端、胸のそこから熱がこみあげてくるの強く自覚した。何なんだこいつらは?と、この程度の力しか持たない者共が、あの優しき主の気持ちを傷つけたのかと、いますぐ皆殺しにしてやりたいという衝動を何とか抑えて、主の命を忠実にはたす。しかし、可能な限り、自分なりにできることをする。主の命は「無力化」それ以外は何も言われていないことはないが、この状況なら変わることもないだろう。殺しさえ、つまり命さえあればその方法は任せてもらっていいはずだ。で、あるならば、

(最大限の痛みと恐怖を味わってもらうぞぉ!人間どもがぁ!)

 彼の虐殺ともいえない、が、決して生ぬるくもない暴力の嵐がロンデス達を襲う

 

 

「ふむ、デス・ナイト壱号はしっかりと仕事をこなしているようだな」

「さすがアインズ様が御創りし、アンデッドは優秀でございますね」

 森を歩きながら、アインズ達は村へと向かっていた。2人の後ろ、ややアルベドよりに参号も控えている。アインズは思案するように指を顎にあてる。先ほどの姉妹からこの世界にも魔法というものがあるのは聞いている。そして今、村での戦況をみてこの世界の戦闘力水準というものがそこまで高くないと結論付ける。そうなると、計画遂行の為にこれからのナザリックの方針というモノも決まってくる。

「殺すことはなかったかもな」

 力を見せつけ、降伏を進めることもできたかもしれない。それでも、衝動的に彼らを殺したのはエモット姉妹のこともあれば、アインズ自身の問題でもあった。

「いえ、そのようなことはないかと思います」

「ほう、それは何故そう思うのか聞かせてくれるか?アルベドよ」

「どのみちこの世界においてのわたしたちの力がいか程のものか調べる必要はありましたから。むしろわたしどもが率先して行うべきことをアインズ様が自ら行ってくださったということ、あの者共の死をアインズ様が気に病む必要は雨粒ほどもございません」

「はっはっは、私が元人間だということを気遣ってくれて感謝するよ」

「いえ、これ位は、守護者統括として、愛する女として当然のことです」

 それをいわれるとおさまったはずの胃痛がぶり返しそうだ。話をそらそう。

「さて、これからどうしようか?」

「アインズ様でしたら、すでにどうするか決めていらっしゃるのでは?」

「ははは、お前にはかなわないな」

 そう、アインズとて、ここからの方向は決めてある。迷っているのは、今壱号が対処している騎士たちの扱いだ。全員ナザリックに送って、情報収集にあてるべきか、それとも逃がして彼らの所属する国に対するメッセンジャーにするかということである。カルネ村については村人たちしだいだが、ある程度の方向性は定まっている。

(まあ、今すぐ決める必要もないか)

 まずはその騎士達、そして村人たちと話をする必要がある。それから決めてもいいだろう。

「さて、間もなくだな」

 

 

 

 

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ」

 言葉と共に静止する騎士、広場にいたもの達、殺す側であった騎士達、殺される側であった村人たち関係なく視線が声の主に集中する。

 そこにいたのはローブをまとい、奇妙な仮面をつけた魔法詠唱者(マジックキャスター)であろう人物。そばには全身鎧を身に着けた体格からかろうじて女性だとわかる戦士に先ほどまで自分達を蹂躙していた全く同じ姿の騎士の姿についに精神が決壊したのか、数人の騎士達からアンモニア臭がしてくる。ロンデス自身はそういった醜態をさらすことはなかったものの絶望はますばかりであった。

 

「ふむ、何人か倒れたまま動かないな」

 死んでいるわけではないが、足が使いものにならなくなった者達や気絶した者達だ。仮面の人物は少し首をかしげ一通り自分たちを見た後、やがて騎士に向き直り、

「デス・ナイト壱号よ、これでは少しやり過ぎだ」

 やや咎めるように声をかける。それを受けてあれほど恐ろしかったはずの死の騎士が一瞬気落ちしたようなきがした。

(申し訳ありません、我が主よ。この命をもって償いましょう)

「そこまでする必要はない、お前は役目を果たしたのだからな」

(ありがとうございます。慈悲深き主よ)

「これでは少し不便だな。壱号よ、お前からみてこの者たちの中で最も気骨がある者は誰だ?」

 その質問は騎士にとっては中々に難しいものであったらしく、しばし頭を抱えたように見せた後、その視線が自分を見たような気がした。それで仮面の人物は察したらしく、目の前まで歩いてくる

「お前の名前は何という?」

「ロンデス・ディ・グランプといいます」

 名乗らないという選択肢はそもそも存在しない。

「そうか、このままでは話もできない。これで怪我人の治療をしろ」

 そういって、その人物は真っ赤な液体が入った瓶を10本ほど手渡してくる。ロンデスですら両手を広げないと受け取るのに難儀するそれをどうやって片手で握っていたのかは疑問だが、聞いている時間はない。

「これは? 何でしょうか?」

 できる限り丁寧に話すことを心掛ける。もしここで、この人物の機嫌そこねれば、先ほどの騎士の剣が自分の首をはねることだろう。

治療薬(ポーション)なんだが? ほかに何がある?」

 その声にはやや棘があり、心なしか女戦士や騎士たちから殺意が溢れてくるようだ。

「い、いえ!申し訳ありません。見慣れないものでしたので」

 いい訳ともとれる必死の弁解であったが、仮面の人物は

「見慣れない、か、やはりそうなのか」

 何か得心したらしく何やら考えこんでいる。これを好機とロンデスは走り出す。足を折られた者達には自分で、気を失った者達は何とかゆすり起こして怪我がひどい者の口に薬を流し込む。やがて、治療が終わり、仮面の人物の前に整列する。ベリュース隊長はさらっと最後列にいこうとしたが、立場上前に出るべきだと、数人がかりで最前列に連れて行った。

 

「アインズ様、愚か者たちの準備ができたようです」

 聞こえるのはとても澄んだ声でその兜の下は相当の美人であることは明白であった。そして、声をかけられた人物は

「ああ、そうか、では始めるとしよう」

 

「お前たちは何者だ?今回のこの行動の目的は?嘘は通じないと思え」

 質問という名の尋問、本来であれば隊長が答えるべきではあるが、アイツはまだ足を震えさせていた。

「自分たちはスレイン法国所属の特殊部隊であります」

 その言葉に村人たちから驚きの声が上がる。その様子に仮面の人物は

「ふむ、その驚きよう、何か事情があるようだな?」

 その視線の対象が自分たちから村人たちへと移る。恐怖の表情を浮かべる者たちが続出する

「ああ、安心してくれ、あなた方には何もしないさ。ほかならぬ皆さんを助けに来たのだからな」

 それは自分たちは何かされるということなのだろうが。その言葉でひとまずは大丈夫だと安堵の雰囲気が広がり、村長らしき人物が一歩前に出て来る。

「先ほどの驚きの理由を教えてくれるか?」

 本当に何も知らないのだろうか?だとすればこの人物は何者だろうか?

「あの者らが身に着けているのは帝国の装備でございます」

「ほう、身分を偽っていたということか」

 脂汗が頬をつたう、間違いなく自分たちの命運がさらに削られたと感じる。

「まあ、今はいい、それで?そこまでしてお前たちは何を行うつもりだった?」

「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフをおびき出すためでした」

「王国戦士長?」

 まさかそんなことも知らないのかと目の前の人物の世間知らずぶりが激しいものだと感じた。その後も質問にはロンデスが答え続けた。王国の辺境の村々を襲い、適当な人数をわざと放置することで救援にくるであろう戦士長の部隊の力をそぐこと。その上で、本隊が彼の討伐を行うこと。今回の作戦の目的は王国一の戦士を殺すことで結果的に王国の国力を落とすこと。それはすべて、ひいては人類全体を護るためだという故国の状況や、この世界には人間より優れた種族がたくさんいること。その為には王国が邪魔であることなどすべてはいていた。神に対する信仰心なんてすでに吹き飛んでいる。

 その間、

「なるほどな、そういうことか」

 と、仮面の人物は頷いていた。やがて、

「十分だ。情報の提供に感謝するよ」

 ようやく自分は解放されたらしい。心から脱力してしまう。

「そうだ、最後に聞いておきたいことがある」

 仮面の人物は隊長に向き直る。この状況でも震えているベリュースをみて、ロンデスはもし生還が叶うならば異動を願うと決意する。

「三つ編みとおさげの姉妹は知っているか?その姉妹の父を殺したのはお前か?」

 それは自分も見た光景であるためよく覚えているなんせその姉を襲ったのがベリュース隊長なのだから。問われた本人は震え続け、やがて絞り出すように

 

「ち、違います。自分ではありません」

「そうか、よくわかった」

 いったいこの人物の目的は何だろうか?もしかしたら、生きて帰れるかもしれないとロンデスは小指ほどの希望をなんとか抱くことができた。

 

 

 

 

 

 

(こいつは、もうどうでもいいな)

 それが、アインズの本心であった。もしも正直に罪を認めるならば、ある程度の慈悲も考えないでもなかったが、それよりも

(それにしてもだいぶ情報が手に入った)

 少なくとも人間の国を3つ知ることができた。まずはこの村の所属する王国、そしてそこを襲った法国、最後に彼らが今回の罪をなすりつけようとした帝国とこれはかなりの収穫だ。何よりもアインズの関心を最もひいたのは王国戦士長の存在であった。ロンデスの話によれば、この状況でも、間違いなく村を救うため、行動しているのだという例え、それが自分を殺す為に用意された策略であってもだ。それは、自分にとっては尊敬できる人物。憧れもする人物だ。

(なんとか、コンタクトはとれないだろうか?)

 是非とも計画の協力者になってもらいたいという気持ちがある。そして現在の各国に対するアインズのイメージはまず法国に関しては最悪といってもよかった。人類守護を掲げながら、村人たちを惨殺するという矛盾した今回の作戦もそうだが、何よりもそれほど素晴らしい人物を殺そうとする神経が分からない。そこまでの人物なら何とか話し合いで決着をつけるべきではないか、

 それは結局のところ一般人である、アインズの思考であった。国家間というものは彼が考えるよりもずっと複雑なのである。

 次に王国、戦士長の存在は魅力的だが、それでも何かしらの問題を抱えているのは、今回の件でも明らかであった。

(まずは王国関連から、いってみるか?)

 そして、帝国だが、現状ではほとんど情報がない。せいぜいそこの軍の装備ぐらいか、ならこれからの方針はきまりだ。今回の最後の仕上げもしなくては、この場にいる騎士達は24人であった。

 

「ロンデス、それから、そうだな、お前と、お前と、」

 適当に半数選ぶ。隊長は選択肢にない。

「今呼んだ者達はここに残れ、王国に引き渡す。後の者どもは好きに散れ」

 選ばれた者達は絶望を顔にうつして、残りの者たちはそれこそ蜘蛛のこをちらすように団体行動もくそもないその逃走ぶりに、アインズはこれなら大丈夫かと、2体のデス・ナイト達に監視を、アルベドに村人の相手をしてもらい<伝言〉(メッセージ)をつかう。相手は、

 

「デミウルゴス、私だ」

『これはアインズ様、いかがいたしましたか?』

「こちらの状況は?」

『概ね把握しております』

「そうか、では命ずる。今散ったもの達の中から適当に8人選んでナザリックに招待してやれ情報源としようか」

『かしこまりました。その際、あのベリュースなるものを最優先目標とすることでよろしいでしょうか?』

 ああ、本当に俺の気持ちを理解してくれているんだと確かな満足感があった。

「ああ、頼む、本当にお前の優秀さにはいつも助かる」

『勿体なきお言葉、では行動に移ります』

 

 

 

 

 やがて、今回の作戦の本隊たる陽光聖典の元に酷く取り乱した兵士たちが何かから逃げるように合流した。その顔は恐怖に染まっており、途中何人かとはぐれたとのことであった。

 

 

 

 

 

 

 

  目の前は真っ暗だ。どういうことか、自分はなんとかあの場から逃げれたはずだとベリュースは声を出そうとするが、声は出ない。どうやら猿ぐつわをかまされているらしい。そのうえ、目隠しに、両手、両足も拘束されているらしい。

(どういうことだ?)

 

 

「おや、目が覚めたようだね」 

 聞こえるのは男の声、

「本当にかの御方は、アインズ様は寛大であらせられる」

 その声は喜びに満ちていた。

「ナザリックの者たちにとっては、人間など、玩具か食料でしかない」

 誰に説明しているのか、男は続ける。

「『楽園計画』は必ず成功させなくてはならない。その為に人間に対する認識を変えようとそれこそナザリックの者すべてが尽力している。その上でこのような者共を用意してくださるとは、皆喜んでいますよ」

 

「本当ねぇ~流石はお優しきアインズ様ねえん」

 続いて聞こえたのは濁った声、人ともいえないその声に再び股間が熱くなってくる。もちろん恐怖で。

 

「ええ、ですから私たちはすこしでもアインズ様の役に立たなくてはならない。ニューロニスト、あとは頼みましたよ」

「はあい、任せてちょうだいん。ベルちゃんも手伝ってねえん」

「モッチのロンですって、ペインキルさん」

 

 この世界においてはじめてナザリックの地を踏んだ者たちを待ち受けるのは果たして……

 

 

 

 

 

 




 予定だと、次は王国戦士長、その次は陽光聖典の話をして、第1章終了予定です。


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第3話 王国戦士長とナザリック

 すいません。今回も長めです。いつも読んでくれている方々ありがとうございます。


 少年の頃の彼は決して恵まれてはいなかった。

 

 毎日畑仕事をやって、それでも育ち盛りである彼の口に入る穀物はわずかであり、ひもじい思いがなくなることはなかった。

 

 彼を襲うのは空腹だけではない。時折ある盗賊の襲撃に貴族たちの嫌がらせ、いつ襲ってくるかわからないモンスターの恐怖と彼が安息の日々というものを知ることはなかった。

 それでもなんとかやってこれたのは、信じていたかもしれないから。そんな状況で何の見返りもなく、ただ弱い者たちを救わんと立ち向かってくれる英雄が現れるのを。しかし現実にそんなものはなくて、変わることない虐げられる日々、

 

 それでも彼はおれなかった。救世主がいないのであれば、じぶんがそうなればいいのだと剣を手にとってがむしゃらに振り続ける日々、それは神から唯一与えられたものではないかというもの。自分には剣の才能があったらしい。ひたすらにそれを磨きつづけ、闘技大会に出場する機会に恵まれた。

 

 それまで味わってきた鬱憤をはらすように対戦相手を破っていき、そしてむかえた決勝戦、青髪の剣士との決戦は彼のそれまでのつらい日々を忘れさせるほどに楽しく、それまでの鍛錬の結果をその身をもって感じることできるとても幸せにあふれた時間であり、激闘の果てに勝利したのだ。彼とはまたどこかで剣を交える約束を交わした。

 

 それから、もうひとつ自分の人生を変える人物との出会いがあった。

 

 「見事な戦いであった」

 

 その言葉と共に微笑むのはこの国の王である人物。そしてその人物は平民である自分に頭を下げたのだ。それは本来絶対にありえない光景と、なによりその王の影で甘い汁を吸い続ける貴族にしてみれば、非常にまずい事態。そこまでして何を望まれるのかと思えば、本当に信じられないことであった。

 

 「私の剣に、臣下になってはくれぬか?」

 

 それこそ前例のない事であり、当然のように反対の声をあげたのは貴族たちであった。

 

 本来、王族の守護騎士、近衛隊などを務める者たちは同じく王族から、あるいは貴族の人間から取り立てられるのが通例だ。

 

 もちろん単に血筋だけが理由ではない。それはこの世界に生まれてからやってきたことの違いからだ。

 

 平民の子供というのは、それこそ生まれた家で変わって来るけど、商人の家に生まれれば商いを、薬師の家に生まれれば薬学に調合、彼のように村に生まれれば、畑仕事などを学びながら成長していく。

 

 そしてそれは貴族の子供も同じこと。彼らは作法と剣をならう。よって必然的に生まれるのは経験差、しかし国中から腕に自信があるもの達を集めて行われた闘技大会優勝をはたした彼には通じない理論だ。

 

 それならばと貴族たちが次にあげたのは彼の戦い方だ。彼の剣技はお世辞にも美しいとは言えない。いや、むしろ泥臭さをもったものだ。しかしそれもしかたのないことであった。

 

 貴族の子供が習う剣技というのは、ほとんどが決闘など1対1を想定したもので、実利よりも見た目の華やかさを優先した。彼らにとって、剣とは戦いではなくて見世物としての意識がつよかったのかもしれない。

 

 たいして彼の剣技は実践ありき、多対1を想定した実利優先のものであった。というか、そうでなければ彼はこれまで生き残ることもできなかったであろう。また彼は剣に対してそんなにこだわりはなかった。折れれば躊躇いなく捨てるし、必要とあれば、相手から奪い取ってそのまま斬ったこともある。貴族共にしてみればそういった行為は何よりも許し難い行為であった。

 

 剣とは騎士の魂であり、誇り高く生涯を共にすべきものだろうと。それは彼にとってはまったくどうでもいい事であり、というか使えれば、斬れれば、特にどんな武器を使おうと変わらないように思える。それが余計に貴族に嫌われる理由になってしまったけど。

 

 そんな問題だらけの自分をなんとしても臣下にしたいと願っていた国王は一つの改革を行った。リ・エスティーゼ王国王家の歴史において新たな役職を作ったのだ。それが現在の自分の地位である戦士長という立場だ。

 

 そして率いる部隊の人選はすべて自分に一任されていた。そうして一人、また一人と自分が気に入った人間を部隊に勧誘した。剣の腕だけでなく、王国に、民に対する思いや性格、根性なども考慮して選んだ最高の部隊になったと思う。

 

 たまに酒屋で飯を共にした時などは飲み比べをやったり大いに騒いだものだ。そうやって一軒完全に出禁になってしまった所があり、その時は王に多大な迷惑をかけた。が、それもいまではいい思い出かもしれない。

 

 なによりこの不安定な時代に困った民に何の縛りもなく王の名の元ふるまえるのは大変ありがたかった。それで救えた命もたくさんある。まあ、すぐに新しい壁にぶち当たってしまったわけだが、それでもただの平民でしかなかった自分にそこまでの地位をくれた王に感謝の念はたえない。だからこそ、生涯をとして、恩を返さないといけないのだ。それこそ、

 

 「戦士長殿!」

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフはその声で目をさました。しかしここが室内でないのは、肌を走る風が、ベッドの上ではないのは、常に揺れる視界と不安定な自身の体勢が示していた。前に視線を向ければ、ここまで共に戦場をかけた愛馬、というわけでもない馬の頭があって、自身の両手はその手綱をしっかりと握っていた。先ほど声をあげたのは隊の副長を務めている者だ。

 

 「長い夢を見た気がするな」

 どうやら、自分は騎乗中に寝てしまっていたらしい。もしもこれが、かつてアインズのいた世界であれば間違いなく免許停止ものであるが、この世界には道路交通法はおろか、運転免許ならぬ騎乗免許といったものもないため。この男を罰するすべはない。まあ、せいぜい「かの王国戦士長は居眠り騎乗ができるらしい」と嫌味を言う事ができるくらいか、

 「やはり働き過ぎでは?」

 彼の言いたいことも分かる。しかし、と言葉を返していた。

 「それはお前もだろう」

 「自分は平気です」

 「お前はよくてもほかの者たちは」

 「「「自分たちも問題ありません!」」」

 本当に自慢の部下たちだ。とガゼフは誇りに思う。

 

 そう、彼らはこのところ睡眠時間が著しく減っていた。それまで、一日の4分の1の時間だったのが、8分の1まで削れている。それだけ現在の王国が荒れているということである。

 

 このところ王都を中心にあちこちでキナ臭い話がたえない。突然変死した店主、集団失踪した子供たち、日が昇るとともに姿をけしてしまう若い娘といった奇妙な事件から、都市の外にでれば、モンスターや盗賊といった存在の活性化がおこっているらしくて付近の村々から被害届が次から次へとやってくる。そしてそういった事態に対処するのが自分たちの役目だ。しかし、

 

 「本当にあの馬鹿どものせいで」

 苛立ちを募らせた副長の言葉が部隊全体に暗い雰囲気を広げた。誰の顔にも一種の諦めがわずかにうつる。

 

 現在の王国が抱えている問題は治安の悪化だけではない。権力争いもその原因の一端だ。王派閥と貴族派閥、そしてその双方に与せず独自にコミュニティを広げている若い世代を中心とした新派閥の存在、そしてそれらの間を狐のように駆け、蝙蝠のように飛び回るあの男の顔を思い浮かべ、さすがのガゼフも顔をしかめる。

 

 事件があると自分たちがとんでいく訳だが、現場について調査を始めようとすれば、必ずいずれかの派閥からの横槍が入る。曰く『私の領土で勝手な真似はやめていただきたい』であったり『他派閥からの刺客ですかね?』といった具合にだ。そんなことだから普段の倍の時間がかかってしまったり、迅速に対応すれば解決したはずなのに取り返しのつかないことになったこともあった。

 

 その時の遺族の悲しみに満ちた顔を忘れることはできない。さらに帝国の存在だ。毎年収穫の時期を狙って行われる戦争が国を、民を、疲弊させていく、このまま続けば、いずれ国は落ちるだろう。だというのに、今の国の状況を正しく認識できている者は恐ろしく少ない。国王はそれを分かって現状を嘆いている。

 

 「私はなんと無力なのか」

 

 そう嘆く王の姿がガゼフの瞼の裏に焼き付いて離れない。そうではない、確かに優れた王ではないかもしれない。それでも、民を思い、国を思っていてその為ならば、王の威厳などは簡単に捨てることができる人物であることは今の自分の存在自体が証明であった。だからこそ止まるわけにいかない。

 

 「戦士長殿」

 

 再び副長の声、大丈夫だ、さすがに二度寝はしない。

 

 「何だ?」

 「今回の件、何かおかしいとは思いませんか?」

 

 確かに心あたりがまったくない訳ではない。今回王から賜った命令は『国王直轄領付近にて帝国兵が侵入している疑いあり、直ちに調査を行い。もしもそれが事実であればただちに討伐、村々を救え』というものであった。

 

 気になるのは王にその事を進言したのが、貴族派閥に所属している者であったということ。彼らにしてみれば、王国の国力が落ちるのと国王の権力がおちるのは同じらしく、(その理屈が全く理解できない)事実、最も横槍を入れて来るのもこの派閥の貴族達なのだ。だからと言って、もう片方の派閥が協力的かと言えば、そうでもないが。特に警戒すべきは、王派閥の中心であるブルムラシュー候である。噂では金で家族さえ裏切るとだろうとも言われているのだ。

 

 (それよりもだ)

 

 今は、貴族派閥だと彼は至高を切り替えた。

 そして、今回の事件が起きたのは国王直轄領、なぜ彼が今回に限って、その異変解決に進言するのか? 連中にしてみれば、それこそ放っておいても自分達の益になるはずであるというのに。他にも狙っている事があるのか?

 

 (ええい、分からないことを考えても仕方ない!)

 

 正直、自分は教養があるほうではないし、それは部下たちも同じだ。こういう事であれば、苦手意識など持たずにもっと幅広く、それこそ貴族も勧誘範囲にいれるべきだったかもしれない。最も彼が声をかけたところで『平民の下につけるか!身の程をしれ!』と相手にもされなかっただろうが、

 

 一行は平原をかける。

 

 

 (これは)

 見えたのは、凄惨な光景であった。

 

 壊された住居に、そのあたりに無造作に放置されている死体。我が子を抱きしめて泣き叫ぶ母親に、親だったろう死体に目覚めてとすがりつく子供の姿。そして途方に暮れる者たちであった。そしてそれを見て部隊では割と頭脳派な副長は得心いったらしく、軽く舌打ちをする。

 

 「撤退しましょう」

 

 それは、単におじけづいたわけでなく、自分を気遣ってのものだとこれまで共有した時間が教えてくれる。

 

 「それはできない。何人か残して次へ行くぞ」

 

 ここで彼らをおいていけば、やがてモンスターなり、飢えに襲われて全滅するのは目に見えている。それはガゼフにとって我慢できるものではない。救える命を見捨てて何が戦士長だ。副長は顔を憤怒に歪めて続ける。

 

 「それこそ罠です! あなただって気付いていないはずがない!」

 

 それは、彼のように様々な状況を組み合わせて計算したのではなくて、単なる感であったが、彼もそうだというならそうなのだろう。

 

 「あなたがそうすることを分かって、わざと中途半端な人数を殺すにとどめたのでしょう。そして、狙いは間違いなく、あなたです!」

 

 ああ、きっとそうなのだろう。きっと、この先にその為の敵の本隊が潜んでいる可能性がある。自分を殺したいと思っている者の顔には心あたりがあり過ぎる。そして、金でそういった汚れ仕事をやる連中もいることを知っている。だが、それがどうした?

 

 「お前は平民であったな」

 「ええ、というかあなたの部隊員全員が平民出身ですよ」

 「そうだな、私も含めてだ。そしてどうしてお前は戦士になろうとした?」

 「あなたに憧れたからですよ。おそらく部隊員の半分以上が同じ理由ですよ」

 

 迷いなくそういってみせる副長の言葉にすこし照れ臭くなると同時に感慨深いものを感じる。俺も年をとったんだなと、

 

 「うれしい事を言ってくれるな、そしてその私、いや、俺が戦士を目指したのは、ただ人を守る力が欲しかったからだ」

 

 そして、とガゼフは続ける。

 

 「動けば助けられる人がいるのに引き返すなんてことはできんさ」

 

 それは、戦士長であり、そこまで上り詰めた男の原点ともいえる本質、まげることのない信念。その言葉に副長もおれたらしく、改めて顔を引き締めた。それは部隊に所属するもの全員にも伝播したらしく彼らの表情も引き締まっていく。

 

 「よって行動を再開する! 直ちに部隊を分けろ!」

 「了解しました」

 

 そうして行動に移ろうとしたところで

 

 『失礼、少々よろしいでしょうか?』

 

 突然聞こえた声はまるで直接脳に語りかけたような声であった。はじめは幻聴の類を疑うも、周囲を見れば皆同様に顔を左右に振っており、決して自分だけではないとわかる。

 (なんだ今の声は?)

 一瞬寒気を感じる程の威圧感とまったく何なのかわからない恐怖があった。やがてかれらは声の主を見つける。

 

 

 

 

 

 

 ウィリニタスは鏡を操作しながらその者達を見ていた。現在この部屋にいるのは自分だけだ。ほかの者たちは皆再びそれぞれの仕事に取り掛かっている。時折、一般メイドかスケルトンが羊皮紙を持ってくる、そこには普通であれば中々手に入らないこの世界の情報が書き込まれている。今の彼の役目は、周囲の警戒及び、ある人物達の捜索であった。

 

 (おそらくこの者達が、王国戦士長と彼が率いる部隊なのでしょうね)

 

 軍隊としては装備には統一感がなく、つけている鎧にしても傷だらけであったり、どこかしら欠けていたりしていた。それは隊長たる戦士長も同じらしく。そのみすぼらしい格好に、先ほどの奴らのほうがまだマシであったと。また戦士長の人間にしては鍛えられた肉体を見て

 

 「馬鹿馬鹿しい」

 

 思わず言葉に出ていた。主が相手をしたという特殊部隊の者から主が聞きだした情報や、現在進行形で行われている拷問にて得ている更に詳細な情報に彼らの力からもある程度の戦士長の実力というものを予想してはいたが、正直主が関心を寄せるまでもないように思われる。

 

 この程度であれば、ナザリック・オールドガーターが5体、いや、コキュートスが今やっていることを考えれば、3体でも押しきれるかもしれない。できることならこんな者達よりも義妹の想いに目を向けてほしいと思うのが正直なところだ。

 

 ウィリニタスとは、誰にでも優しく、面倒見のいい人物であるというのがナザリックに所属するもの達の総合評価だ。ただし本人はそう思わない。彼にとって一番大事なのは主に妻と義妹たち、そして次にくるのがナザリックの同胞たちなのだ。そんな彼にとって本来人間とはゴミ以下の害虫という認識である。といってもそれを表に出すつもりはない。何故なら、それこそ主の願いであり、ひいては義妹の為だ。いつか彼女が主のとなりで笑っている景色を見るためかれは勤めを果たす。

 

 (悪い癖ですね)

 

 昔から習慣になっていたことを急に変えるのは至高の41人に創造された彼でさえ難しいことである。最初にでた言葉はあくまで彼ら戦士長たちに対する目視のみの第一印象だ。

 (しっかり考察をしなくては)

 主の願いを叶えなくてはならない。その為には少しでも彼らを通して、王国という国の情報を得るべきだ。そうして注意してみるといろいろ見えて来るものがある。そもそも何であんなに貧相な装備をしているのだろうか、ナザリックの尖兵たちのほうが、まだいくらかマシだ。

 

 では、何故ああなのか?仮にも王国最強とあれば、そうとう重要な位置づけにいてもいいはずだ。

 

 (偽物、影武者、あるいはその存在そのものが情報操作などでつくられたものである可能性)

 

 いや、ないだろう。この人物に向けられている視線は確かに一人の戦士としての憧れと尊敬をこめたものであり、先ほどから送られてくる羊皮紙を確認してもその存在がこの世界において広く認知された存在であるのは確かなようだ。もしそれが、事実だとしたら。

 

 (本当に、この世界の水準というものがしれたものです)

 

 もちろん、それはいわゆる表向きの世界の話、実際は現在、自分たちがそうしているように、どこかで静かに潜んでいる者たちもいるかもしれない。そういったものたちの強さとはいうものが不明な以上、あまり派手な行動、あるいは軍事的行為に戦争などはやめたほうがいいだろう。そもそも主が許可しないだろうが。

 

 「ウィリニタス様、少々よろしいでしょか?」

 

 敬語を使う必要はまったくないのにと、やや肩の力を落とす。視線の先にいるのはやはりというべきかデミウルゴスだ。確か現在は《真実の部屋》にて情報収集にあたっていたはずだ。それがどうしてここに来たのか?

 

 「デミウルゴス様、いかがいたしましたか?」

 

 問いかけるが、彼はすぐに答えることなく、何かしら考え込むように黙ると口を開く、

 

 「やはり敬語はなしにしませんかね?ウィリニタス様」

 

 彼の言いたいことは分かる。確かにこのままでは、お互いに敬語を使い合っているという非常に変な光景だ。互いに様づけとあれば、なおさらに

 

 この先ナザリックの者たちが外の人間たちと関わるとなればこういった場面を見られる可能性は捨てきれないし、それで変に誤解されるほうが問題であろう。それこそ主の足を引っ張ることになりかねない。

 

 「分かりましたよ。それはデミウルゴスも同じなのでしょう?」

 「ええ、同じですともウィリニタス()

 「おや? 話が違いませんかね?デミウルゴス?」

 「違いませんともウィリニタス様、私は敬語をやめるよう頼んだだけですから」

 

 完全にしてやられたらしい。もしもここでまた自分が先ほどの言葉遣い、彼の呼び方を戻せばいいだけなのかもしれない。しかし、先ほど自分が抱いた危惧は実際にありえる可能性であり、このままおかしなやり取りを続けることじたいに疲れている自分がいたのかもしれない。

 

 (本当にこの男は何を考えているのでしょう?)

 

 そんなに自分に尊敬できるところがあるのだろうか?それこそ主に遠く及ばないというのに。

 

 「……………私の負けだよ、もう好きにしてくれ。デミウルゴス」

 「ありがとうございます。ウィリニタス様」

 「それで? 君はここに何をしに来たのかい?」

 

 まさか、こんなやり取りをするためだけではないだろうと、そこそこの苛立ちを混ぜておく。

 

 「ええ、少しアインズ様に用事がありましたね」

 「君なら、〈伝言〉(メッセージ)を使えて、ああ、そういうことか」

 

 おそらくは主の現在の状況を鑑みてここにきたということか、なんせ主は現在カルネ村なるところにてヤスデども、訂正、人間達の相手をしていたはずだ。突然の連絡は主の窮地を招くかもしれない。それを踏まえたうえで今、現地がどうなっているのか確認をしにきたというところか、そういう気がまわるくらいこの男にとってはなんでもないのだろう。彼もだが、彼の創造主である人物も相当の御方であるということを聞いたことがある。ウィリニタスとしては、やはり何とか協力者になってもらいたいと思っている。この男の知能が加われば義妹の主への精神的距離というものはあっという間に縮むであろう。そうなれば、いつかは甥か姪をこの手に抱くことも叶うかもしれない。その様を一瞬夢想して、頬肉がゆるむ。

 

 (いけませんね)

 

 まだその時ではないし、なにより主がそれどころではないだろう。だからこそ主の命を忠実にこなし、ついでに義妹の魅力を最大限に最適格に伝えていく。心配はいらない。なんせ、主自身が義妹の想いが本物であると認識しているからだ。時間は余るほどある。ゆっくりでもいいので確実に義妹のいいところを知ってもらう。あの娘は本当に気立てのよく、心優しく、身内びいきぬきでも美しい子だ。

 

 (そういえば)

 

 夜空の会談の時の一幕は義妹から聞いているが、その時に主は彼女の設定を書き換えたと言っていたらしいが、義妹は特に以前と変わらないようにみえるし、本人にもその自覚がないのだ。結局のところ何かの勘違いではないかということではないだろうか。

 

 無論そんなはずがない。

 

 もし、彼女の設定が以前のままであれば、今すぐにでも愛する主を押し倒し、肉体的になだめていた事であろう。

 

 そもそも彼女の気持ちが彼らの崇拝する墳墓の主に向けられていた事とかの方々がいう設定は全くの無関係であり、そこから離れないと話は進まない。

 

 では、一体以前のアルベドと現在のアルベド、「ビッチ」な彼女と「真面目」な彼女は何が違うのか? 結局のところ厳密なことは誰にも分らないだろう。何せ基本彼らは動けないゲームキャラでしかなかったからだ。何かしら条件が整った時は違ったかもしれないが、それでも長年彼らはあくまでデータ上の人物でしかなかったはずだ。

 

 それが、今回の異変と重なってのことだからそれこそ、明確に正確にどうなっていたかを説明できる者なんて、《リアル》にもYGGDRASIL(ユグドラシル)にもいないはずだ。少なくともいえることがあるといえば一つだけ、もしもあの時、異変直後のやり取りの際、設定が以前のままであれば、アインズはあの場で人生においての初体験を骨の身でありながら迎えたであろうということぐらいか。

 

 「そういう事なら、すぐにカルネ村に視点を戻すとしようか。少し待っていてくれ」

 

 現在この部屋に遠 隔 視 の 鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は一枚しかない。宝物殿にはもっとあるかもしれないが、本来の持ち主である主に何も聞かずに持ち出すのは論外だ。よって、この一枚を使いまわすしかない。現在主には義妹と死の騎士(デス・ナイト)たちがついている。それに先ほどの観察と考察でこの世界の水準はわかっている。よほどのことがない限りは主に危険はないであろう。何よりその主の命令であったため、どのみちそれ以外の選択肢はなかったわけだが。

 「おや、今映っているのが件の戦士長達ですか?」

 鏡を操作しようとして、デミウルゴスが声をあげる。当然彼も自分がやっていたことは知っているはずだ。

 「アインズ様から命じられてまだそれほどたっていないというのに、さすがでございます。ウィリニタス様」

 「いや、それをいうなら彼らがここに来ていると断言されたアインズ様、その慧眼を称えるべきだと私は思うよ」

 「おお、それもそうですね。さすがは至高の御方よ」

 「ええ、まったく。さすがはアインズ様、あの娘が惚れるのも必然といえるのかもしれない。そしてそうだね、君からみて彼らはどうだい?」

 せっかくなので彼の意見も聞いてみるかと話を振ってみる。次の瞬間彼から噴出したのは嫉妬であった。彼の両目は自身の片目と同じく宝石であり、そこに感情なんて映る余地はないはずなのにウィリニタスにはその瞳に憎悪が宿ったように見えた。

 「アインズ様への不敬を承知の上で、その上で正直に申し上げるとしたら。やはり、そんな大した存在ではないように見えますね」

 「やはり、君もそう思いますかデミウルゴス」

 「ええ、ですが……」

 そこで手で制する。さすがに自分もそこまでわかっていないわけではない。

 「この者達との邂逅をアインズ様は望まれているからね。心配しなくても正直に申し上げるよ」

 「ウィリニタス様ですからね、心配はありませんよ」

 「本当、どこから来てるんだい? 君のその異様な尊敬は?」

 「私だけでなく、ナザリックに所属するもの達、特に第7階層から第9階層に所属するものは皆あなたに最大限の敬意をもっていますよ。偉大なる3賢人の一柱として」

 「その称号自体、今では君や義妹、それにパンドラズ・アクターのものだろうに」

 「それだけではないということです」

 そんなものなのだろうか?今度あの2人にも聞いてみるかといい加減話を進めるべく鏡を操作する。

 「よろしいのですか?」

 「付近の地形と村の配置は確認した。彼らがどれくらいの速度で移動しているかもね」

 それだけあれば、簡単に彼らの位置を割り出せる。最も主にしてみれば朝飯前なのだろうが、やがて、村が見えてきて、主たちが居るであろう広場へと視線を動かして気付いた。

 (おや?)

 何やら主と義妹が騒いでいるようだ。近くには先ほど主が救出した姉妹や、村長らしき人物の姿も見える。その中を義妹は兜をはずしてその角を大衆の中、その無数の視界内にさらしている。どういうことか?

 (賢い娘のはずなんですけどね)

 主に唇を求められてだとかではないのは、何やら怒られているらしい義妹の反応を見れば容易に推測できる

 (やはり)

 目前の彼にも協力しもらわないといけないらしい。

 

 

 

 カルネ村、()()()予定の兵士たちを見送り、デミウルゴスにそしてその場にいたものたちに追加の命令を下した、アインズは壱号にはそのままとらえた兵士たちの見張り、村人たちには少し待ってほしいといい、自分が離れた瞬間に兵士が戻って来るのではと怯える人々に参号を護衛につけ、アルベドを伴い歩き出す。目的はあそこだ。

 「アインズ様、その、まるでデートみたいですね」

 それは、単に彼女がこの状況を喜んでいるのでなく、きっと重くなっている自分の気持ちを気遣ってのことだろう。証拠としてはその声に喜色でなく哀色が混じっていたからということだろうか。まあ、普通のカップルはこんな死体だらけの村の中を歩いたりしないだろう。無理やりあり得る状況を考えれば、墓場への肝試しを兼ねたデートをするくらいか、それでも今回の件に直面したアインズとしてはそれが、とても酷いことであることを知ってしまっている。雰囲気を求めてそんなところに行く男女など雷にうたれて死ねばいい、決して独り身の嫉妬ではない。

 「そんなに固くなることないぞアルベドよ、確かに状況が状況なら、このままお前と2人、日が暮れるまでこの辺りを散策するというのもよかったかもしれないな」

 その返しは予想外だったらしく、アルベドは「はう!アインズ様!」と思わず両手で顔を覆って(兜をしているんだから意味はないんだけど)言葉を返すことができなくなってしまった。その様子にアインズは癒されると同時に別の感情が広がって行くのを感じていた。もしかしたら、

 (これが、愛おしいというものなのだろうか?)

 確かに今自分がここにいるのは、彼女の告白も大きい、もしあれがなければ、自分が消えてしまっていたのは間違いない。それにここまでの間、彼女は自分を助けてくれた。しかし、

 (答える訳にはいかない)

 彼女はいわば、友人の娘のようなものだ。たとえ、どれだけ想われていたとしてもそれに応える訳にはいかない。それにそもそも自分にそんな資格はない。一度彼女たちを見捨てたのは事実だし、そんな自分のワガママで彼女たちを振り回している。そんな状態で彼女とそんな関係になるなんてとてもできることではないし、最低でも《楽園》を作り上げるまでは、と

 (ん?)

 何だ?それは、まるですべてのことを終えたら彼女とそうなってしまってもいいかもと思っているのか、いいのか? 彼女の想いに答えて?

 「いい訳ないだろぉ!!」

 思わず叫んでしまい、見えなくても一瞬アルベドが何かに反応したようにその体を痙攣させるのを感じた。しまったとおもう。これではアルベドを不必要に怯えさせるだけではないか、

 「すまん、アルベド。つい大声をだしてしまった」

 だというのに、

 「何を謝る必要がありますか? また何か思いつめてはいませんか?」

 兜越しだというのにその目にどこまでも深い愛情があるのがみえて、彼女は強すぎず弱すぎずスタッフをもっていないほうの手を握ってくれる。

 「わたしの想いは変わることはありません。それに、」

 彼女は自分のことを慈悲深いといっていたが、本当にそう呼ばれるべきは

 「お優しいアインズ様のこと、あの時のことを気にしているならば、…………その…………恥ずかしいですけど、…………答えはいつでもいいですので、ですから」

 彼女のことではないだろうか。

 「再び死のうだなんて二度と思ないでください。アインズ様がいなくなれば、皆、悲しみますので、」

 自分のことで精いっぱいのアインズと違って、ナザリックの仲間たちを、そして

 「わたしは、アインズ様に笑っていただきたいのです。生きていることに喜びを見出してほしいのです」

 自分を思ってくれるこの女性を前にアインズは

 「ああ、わかっているとも」

 彼女と同じように力を入れ過ぎずに手を握り返す。そうして、思う

 (まずいな)

 できることなら、今すぐにでも彼女の胸に飛び込んでしまいたい(顔面を強打するだろうけど)そして、彼女を抱きしめて、そのままどこか遠くへと逃げてしまいたいと思っている自分がいるのをどうしようもなく自覚していた。

 (このままでは、本当にダブラさんに顔向けできない)

 当の本人がすべて聞けば、「もうなにもかも手遅れだよ。手遅れなんだよ!モモンガさん」と言われることは確実なのに、この時点でもアインズは何とか説明できるのではと呑気に思考していた。やがて、目的地につく。

 

 

 

 (やはりだめか)

 アインズ達が来たのは、助けた姉妹の住んでいた家だ。そして彼らと対面する。そう、彼女たちの両親と、

 (あなた方の娘と交わした約束は果たせなかった。でも、あなた方の願いは叶えましたよ)

 あのとき、まるで、この夫婦と目があったと感じた時、それは本当にただの偶然だったかもしれない。それでもアインズはこの二人に姉妹のことを託されたような気がしたのだ。そして、右手を空間に伸ばしかけて、

 「アインズ様?」

 止めてしまった。

 「なあ、アルベドよ、一つ聞いていいか?」

 「なんなりと」

 「仮にこの者たちを蘇生して、それは正しいことなのだろうか?」

 そう、アインズは、というよりも、YGGDRASIL(ユグドラシル)にはもちろんノーリスク、ノーコストで死体を蘇生させる魔法や道具があり、それを使えば、姉妹の両親を生き返らせることができうる。その上で記憶を少し書き換え、あの姉妹と再会させれば、きっとあの姉妹は喜ぶ、それは間違いない。しかし、それでいいのか?という思いがアインズの中にあった。以前いた世界では死んだら終わり。一度きりの人生だからこそあの世界だってあそこまで発展したはずだ。結局失敗したが、

 だからこそこれから自分がつくろうとしている《楽園》では命をどう扱うべきか?一人で考えてもいい答えが出るはずもなく、かつての友たちに聞いてもちょうど半々で割れるといったところだろう。だからこそナザリックの者としての視点からの意見を求めたわけだがアルベドはやや肩を落とし、

 「お許しくださいアインズ様、愚かなわたしではその問いに答えることができません」

 と、初めて言葉を交わした時と同じように頭を下げる彼女、

 「お前の個人的な考えでいいんだぞ?」

 もちろん、これから出す結論に彼女が一切の責任を感じないように配慮するつもりだ。ただ、ほかの者の意見が欲しかった。それだけのだ。

 「ですが、…………申し訳ございません。やはり、アインズ様がどうしたいかということが何よりの正解かと思います」

 突き放すような言葉であるが、それでも決して投げやりに言ったのではないのは分かっている。そして結局のところ答えはそこにあるのではないだろうか?生死を自由にできるとして、良し悪しなんて簡単に決められることではない。結局のところその力を持つ者、行使する者しだいか、で、あるならば

 (やっぱりやめよう。そんなことをすれば、それこそ命の価値を貶める行為だ)

 あの時、この夫婦は体を張って姉妹を逃がした。その姿に感銘を受けてアインズは動いた。この二人は文字通り命を懸けたのだ。それを単に元ゲームのアイテムとかで、簡単にしていい事ではないはずだ。この世界にその類の魔法はあるかもしれないし、もしかしたら死者の蘇生もある意味、認められているかもしれない。それでも、この夫婦に関しては蘇生はしないことにする。彼らの行為に最大限の敬意を表して、せめて、生き残った、いや助けたともいうべきあの姉妹は見守るとしよう。と、彼は決めた。

 (あの話をするとしようか)

 「すまないアルベド時間をかけたな、戻るとしよう」

 「かしこまりました。アインズ様」

 いやな顔一つしない彼女の存在はとてもありがたいものである。

 

 

 「ところでアインズ様、少しよろしいでしょうか?」

 来た道をただ、来た時と同じように歩いていると後ろから彼女の声が聞こえた。

 「ん? どうしたんだ? アルベド」

 「いえ、先ほどデミウルゴスや義兄に何か頼まれていたみたいですが?」

 「ああそうか、その時お前には村長たちの相手をさせていたな」

 彼女の頭であれば、ある程度は予想できるだろうが、それでも実際に言葉にするのは大事だしな。と、アインズは先ほどの伝言(メッセージ)でデミウルゴスに兵たちの捕縛と拷問を、ウィリニタスにはこの辺りの警戒と、できれば戦士長の捜索を 遠 隔 視 の 鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を用いて行うよう指示を出していたことをアルベドに話す。

 「戦士長が、来ているのでしょうか?」

 「その可能性も考慮してだが、何、かの男が聞いた通りであれば、必ず来ているだろうさ」

 何の躊躇いもなく言ってのける主の姿にアルベドはやはりこの御方はすべて見通しているのではないかと期待してしまう。思えば、自分がこちら側に合流した時、あの姉妹は主を『神』とあがめていた。その時に思い出したのは、デミウルゴスとのやりとり、主が鏡でこの村をさがしていた時のことだ。曰く『アインズ様の望みは楽園計画だけにあらず』なんて、主の言葉を変に深読みしたのではないかと思う妄言に少々声をあげてしまった。不敬であると。あの男だって、主の崩れた姿を見たはずだ。なのに何故そんなことがいえるのかと、問い詰めたところ。逆に言い返された。『では、ここまでの、これまでのアインズ様の采配をどう説明すると?』確かにナザリックのかつてのYGGDRASIL(ユグドラシル)での立ち位置、そしてこの世界に転移してからの主の手腕をみれば、主が元人間であったのは、本当であっても、凡人であったというのは無理があるように見える。そしてデミウルゴスはさらに言った。『もしかしたら、アインズ様は神になることを望まれているかもしれない』その言葉と目にした光景があれだ。もしかしたら、とアルベドもまた、デミウルゴス同様に主の本当の姿を見定めようとした。

 (やっぱりやめましょう)

 が、考えるのをやめた。たとえ、どの主が真の姿であっても、彼女にとっては関係ない。最後まで自分たちを見捨てなかった。心優しくもどこか弱さを抱えている。そんな主のことを好きになったのだ。自分は臣下としてはすでに失格だ。もしも真の臣下であれば、あの時、主の願いを叶えるべきであった。しかし、自分の勝手な想いで主をこの世にとどめたのだ。いわば、これは自分のワガママ。ならば、自分はこの先何があっても、それこそ、世界のすべてや、考えたくはないが、ナザリックの者たちが主に反旗を翻したとしても、最後まで主に寄り添うのが自分の最後の努めだ。

 (わたしは、いつまでもあなた様とともに、ア、いえ、今だけはお許しくださいモモンガ様)

 心だけではそう呼ばせてほしい。と、アルベドは改めて主への想いを確かにした。そしてもう一つの決意

 (デミウルゴス、あなたが何を考えているのか知らないけど)

 もしも、主を悲しませるものであれば、たとえ、同胞であろうと躊躇いなく斬ると、

 

 (実際、どうなんだろうな)

 アインズは考える。戦士長ガゼフ・ストロノーフは見つかるのか?まあ、見つかれば儲けものぐらいにしか彼は考えていない。そもそもスレイン法国からきた特殊部隊をとらえたのも、王国に対するアプローチの一つとしてだ。もしも、ガゼフという人物と出会うことができるとすれば、そのまま引き渡してもいいし、できなければ、直接王国に赴くつもりであった。その時の人選はどうしようか?どうせなら、アウラやマーレなどにもっと広い世界を見てほしいと親心全開で思考を巡らす支配者。

 (ふふふ、アルベドの奴、黙りこくって、さっきの台詞は決まったな)

 先ほどアルベドや支持を出すときにウィリニタスに『戦士長は必ず来る』と断言したのは、単にロールプレイの延長と単に、臣下たち、特にアルベドあたりにかっこよく見せたかったというのが大きい。何、大丈夫だ。彼女たちはそれで戦士長が見つからなかったとしても失望はしないだろうし、いわゆる支配者ジョークだとわかってくれるはずだ。そんな悪戯心が元で大変なことに巻き込まれる可能性を自ら広げていると自覚せずに。

 (もう危険もないだろう。弐号とあの姉妹も連れてこないとな)

 話はそれからだと、アインズはかけた魔法を解除して、弐号に来るよう伝える。もちろん姉妹を連れて来るのを忘れないようにと。

 

 

 周りの空気が変わった。それは魔法に関してまったく知識がないエンリでも地方育ちの勘で理解できた。

 (お父さんと、お母さんは)

 そこではたと気づく、あの方の名前を聞いていない。あの時はいろいろとありすぎた。それでも、次に会った時は必ず名前を聞いてお礼を言わなくてはならない。

 「お姉ちゃん」

 妹が手を握って来る。まだまだ甘えたがりの年ごろと言う事か。

 「うん、いこうか」

 しかし、どこに向かえばいいのか?とりあえず村に戻ってみようか?そんな姉妹を前に主より命をうけた弐号は片膝をつき吠えた。

 (さあ!お嬢さん方!吾輩の肩に乗りたまえ!)

 しかし、姉妹は首を傾けるだけであった。

 「お姉ちゃん、この骸骨さん、何言ってるの?」

 「ん~なんだろうね?ネム」

 伝わるはずがない。やがて、彼の言わんとしていることをなんとか察してその肩に四苦八苦しながら乗り込み、彼は走り出す。早すぎず、遅すぎず。姉妹に負担がかからないように紳士的に村へと向かう。

 

 

 「おや? デス・ナイトが三人とも揃っているな」

 「そのようでございます」

 さて、心を決めないとな。こちらに気付いた姉妹が走って来る。姉のほうはちょうど二歩ほど前で、立ち止まり、妹のほうは勢いを止められなかったのか、そのままアインズの足に激突する。

 「こら、ネム、失礼でしょ! 申し訳ございません! 恩人なのに」

 「いや、気にする必要はないさ。それより、少し大事な話がある」

 その言葉と、おそらくは自分がここに返ってくるまで生き残った者達から話を聞いていてある程度はわかっているのだろう。それでも、しなければならない

 「その為にどうしても村長に立ち会ってもらいたい、いいかな?」

 よし、ある程度柔らかくはできているはずだ。

 「は、はい、では案内します」

 こうして四人で村長の元へと向かう。

 

 「これは魔法詠唱者(マジックキャスター)様」

 そう言われて、そういえばまだ名乗ってなかったなと、思い出し

 「すまない。名をいっていなかったな私はアインズ・ウール・ゴウンという。気軽にアインズとでも呼んでくれ」

 アインズとしては本当にそのつもりであったが、彼らには違ったらしい。

 「と、とんでもございません!」

 「お、恐れ多いです。ゴウン様」

 なんだか慌てふためく村長とエンリ、ネムだけは首をかしげているが、少し長すぎたか?

 「さて、まずはエンリ、君には謝らないといけない」

 頭を下げようとして、

 「待ってください! ゴウン様!」

 エンリは声をあげる。

 「ゴウン様が謝ることはありません!それよりも助けていただいて改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました!」

 その言葉と共に頭を下げる少女と、それをまねるように妹も「ありがとうございます!」とお辞儀をしている。

 

 その様子にアインズは驚き、そして感心した。強い子だと、

 「村長、この先、この姉妹は村で暮らしていけるのか?」

 そう、彼が気になっていたのは、そこなのだ。半数近くの住民を殺されてしまった。この村で、みなしごを養っていけるのかと。

 「ええ、厳しいでしょうが、助けあいは村の基本ですので」

 「そうか、しかし、収入がないというのも大変だろう。それにこの村は畑仕事が主な収入源といったところみたいだしな」

 それが、先ほどアルベドと2人、歩いてきたもう一つの理由。この村のある程度の実態をしることであった。

 「それを言われると、頭が痛くなります」

 やはりか、そうだろうと思う。どっちにしても女よりも男手のほうが必要なはずだ。

 「そうだろう、それで一つ提案があるのだが」

 全員の視線が集まるのを感じて、きりだす。

 「その姉妹の後見人、それを私が引き受けるというのはどうだろうか?」

 「後見人? でございますか?」

 (やっぱり聞き覚えはないか、まあ、元々複雑な法律だったしなあ)

 心中でそうぼやきながら彼はその詳しい内容を続ける。

 「ようは、私がその姉妹の親代わりとして、しばらく資金援助などをしたりすることだ」

 「そんな! そこまでお世話になる訳には!」

 少女はこれが自分の善意からだと思っているだろが、もちろんそれだけではない。姉妹を見守るとういう気持ちは本物だ。しかしそれとは別にもうひとつ狙いがあった。それはこの村を《楽園計画》の足掛かり、ようはその本拠地にしたいという思いがあった。その為にはこの村に多少なりとも恩を売っておかなければならない。なぜなら、計画に組み込むことは、いずれこの村に所属である王国を裏切ってもらうことになるかもしれない可能性もあるからだ。正直心苦しい、それでもと思う。

 (王国よりもナザリックのほうが力がある)

 必ずこの姉妹もあの村人たちも幸せにできるはずだ。と、様々な思惑をもって提案を続ける支配者がそこにいた。

 

 (どうしてそこまで?)

 それが、アインズに後見人なる話を持ち掛けられた彼女の感想であった。自分とこの御方は本来何も関係ないはずだ。もし考えられる可能性があるとすれば、

 (もしかして)

 「あ、あのゴウン様?」

 「どうしたんだ? エンリさん?」

 「あ、いえ、呼び捨てで構いません」

 さん付けなんてそれこそ心臓が飛び出そうだ。

 「ん? そうか、ではエンリ、何か気になることでもあったかな?」

 「どうして、私たち姉妹にそこまでしてくれるのですか?」

 結局、直接本人に聞くしかなかった。

 「そんな大した理由はない。ただ」

 「ただ?」

 「私なりに責任を取りたいのだ」

 ああ、やっぱり、と彼女は答えを出した。

 (私のせいだ)

 この御方が底なしに優しい方であるのは、ここまでの顛末をみればわかる。見ず知らずの自分たちを助け、村のみんなを助けてくれて、敵であるはずの騎士達にしても殺さずにできる限り穏便にすませようとしたことから、その心がどういう方であるか十分にわかる。エンリとしては自分の両親を殺した騎士に何かしら言ってやりたいと思っていたが、そこまで望むのはさすがにおこがましいだろう。そしてそんな方だからこそ、自分との約束をまもれなかった事を気にしているかもしれない。それこそ、エンリのワガママでしかない。この方が気にする必要は全くの皆無だ。しかし、目の前の人物をみて、今は仮面をしているが、自分と妹は知っている。その中にいる人物がアンデッドであることを。初めは神かもと思った。死んだはず、正確には自分の勘違いだったらしいが、の自分を簡単に治し、あれほど恐ろしかった騎士たちを殺すことなく無力化できる程の騎士を召喚する力をもつこの方を、しかしその方でもできないことがあり、それで心に傷を負って、もしかしたらと思う。

 (本当に、神様ではない?)

 この御方も自分と同じなのではないか?いや、力などはとても及ばないが、この御方も、いや、この人もと更に考える。

 (普通の人と変わらない?)

 だとしたら、もちろん恩を返すのはもちろん、何か力になれないだろうかと少女は考える。今この方が望んでいるのは自分たちの親代わりになること、確かにこの方の力になるには、それが一番なのかもしれない。もう両親に親孝行はできない。ならせめて、その分をこの方に返していこうとエンリは決心する。

 「それでは、お願いします。ゴウン様」

 「お願いします」

 再び、ともに頭を下げる姉妹。その様子にひとまずは成功だと安堵する様子を見せるアインズの隣を女戦士が通り抜け、自分たちの目の前にやってくる。そしてきたと思えば、おもむろにその兜に両手をかけ、それをはずす。

 (きれい)

 それが素直な感想であった。まるで星月夜を思わせる黒髪に黄金に輝く瞳は宝石だ。その肌には汚れ一つなく、同じ女性として少し恥ずかしくなる。こめかみから生えているように見える角は飾りなのだろか?

 「初めまして、私の名はアルベド、いずれあなた達の母になる予定の女よ」

 優しく語りかけられ、思わず座り込みそうになる。その言葉から、

 (やっぱりゴウン様の恋人……なのかな?)

 と、その溢れてくるような母性に安心しきっていると

 「アァルゥべェドォ?」

 初めて聞く、かの方の怒ったらしい声に、

 「ア、アインズ様、こ、これは」

 慌てふためく美女とその何だか微笑ましい光景に

 「…………ふふ」

 「お姉ちゃんが笑った!」

 この方たちとならやっていけるかもと未来に希望を抱くことができた。

 

 この時のアルベドが何でこんなことをしたといえば、答えは単純明快、愛する御方が親代わりとしてこの姉妹を守ると決めたならばこの子たちは自分の子も同然、ならば挨拶をせねばと彼女にしては珍しい短慮な行動であったのだが、それがアインズには少し許せなかった。先刻確かにこの女は言った。『あの姉妹はどうでもいい』と、それでこの場面での彼女の行動はあまりにも調子が良すぎるのではないかと、それに簡単に兜をとったことにも多少の怒りがあった。

 「お前はもう少し言動を慎め」

 「も、申し訳ございません!アインズさま~!」

 なんにしても、珍しい光景ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第6階層コロッセオ。

 

 現在そこでは3色の風が吹き荒れていた。すなわち、ハルバートを振り回すコキュートス、薙刀を振るうヘラクレス、4本の刀を振り回すアトラスである。やがて、青と黄の風がおさまる。

 

 「フム、良キ鍛錬デアッタ」

 「マッタクでございます」

 先に一通りの訓練を終えた2人は体を休めながら、残る一人の訓練を見学する。

 「ヤハリ、アトラスノ四刀ハ、私ヤオ前ノトハ、マタ違ッタ美シサガアルナ」

 「エエ、マッタクでございます」

 

 アトラスのみせる演舞は4刀流、というか彼はそれしか使えない。4本の刀がまるでそれぞれ、独自に動いてみせる様はよどみがなく、流れるように振るわれるその四刀が織りなす四線は半端な相手では間違いなく、死闘に誘い、死線をもって、切り伏せられるだろう。あの演舞は斬られる人間が、吹き出す血があって、初めて完成する。しかしそれを見るのはまだ先になりそうだ。

 

 「所デ、ヘラクレスヨ」

 「ナンデゴザイマシょう、こきゅーとすさま?」

 「スマン、オ前二教ワッタ《落語》成ル物、アインズ様二披露スルコトハ、叶ワナイ用ダ」

 ああ、そんなことかとヘラクレスは思う、そもそも自分だって、少しかじった程度で、とても主に聞かせられるものではない。わざわざその事を謝罪してくる尊敬する武人に

 「キニスルヒツヨうはありません」

 と答えるのであった。

 

 

 第9階層廊下の一画にてエドワードは日課の掃除に取り掛かっていた。的確な強さで箒をはき、的確な衝撃ではたきを振って、ほこりをおとす。やがて、そのすべてを終える。

 「ペストーニャさん! 確認お願いします!」

 彼は現在の自身の教育係であるいぬ頭をもつメイド長に声をかける。

 「もう少し声をおとしなさいわん」

 何度言ってもなかなか治らない彼の悪癖にため息をつきながらもメイド長はその結果を精査する

 「合格ですわん」

 「やった! これでセバス様に褒めてもらえる!」

 「ちなみにこの程度のこと、ナザリックの使用人であればできて当たり前ですわん」

 釘をさすことを忘れない。

 (この少年の先が思いやられますわん)

 執事見習いとして造られた以上仕方ないかもしれないが、彼はそのあたりの能力が割と低い。戦闘であればまだなんとかやれるのだが、

 (気長にやるしかありませんね……わん)

 律義に設定を守るメイド長であった。

 

 「おや、エドワード君に、ペストーニャ君ではないか」

 「あ、エクレア先輩!」

 「あなたですかわん」

 やってきたのは、というか運ばれてきたのは一羽のイワトビペンギンこと、エクレア・エクレール・エイクレア―であった。その体のため、自力で歩けない彼は覆面を被った一般使用人に抱えられて移動している。そして降ろしてもらい。まるで赤子の二足歩行のようにゆっくりと歩いてくる。

 「執事見習い君、頑張っているみたいじゃないか」

 「はい!執事助手たるエクレア先輩!」

 この二人はやたらと仲がいいというか、エクレアがエドワードを気に入っているようであるというのが、ペストーニャの考えだ。

 「いいことだ。いつか私がナザリック地下大墳墓を支配、

 言葉はつづかなかった。

 「冗談きついですよエクレア先輩!」

 思いっきり少年がペンギンを殴り飛ばした。

 「く、何をするんだね、エドワード君」

 「いやあ! だってそうでしょう! ナザリックを支配するだなんて、そんなのが許されるのは、至高の41人のまとめ役であるアインズ様だけですよ!」

 「く、だがいずれは、」

 「いやいやこれは先輩の為でもあるんです!」

 「?」

 「先輩! そんなことばっかり言っていてはいつかナザリックのいずれかの同胞方に殺されてしまいます!」

 「それをいったら、君だって心配だらけではないのかね?」

 「いえ、自分は大丈夫です! こうして皆さんの指導のもと日々、その技術を磨いています!」

 「そうかい? まだ全然にみえるけどね」

 「いえいえ、自分よりエクレア先輩ですよ!心配なのは」

 「いいや、君だろう」

 (いいえ、あなた方二人ともですわん)

 しばし、不毛な言い争いは続けられた

 

 「所でエドワード君、一ついいかい?」

 「何ですか!エクレア先輩!」

 「君はナーベラル君とアインズ様のやりとりを知っていたのかい?」

 それはペストーニャも気になっていることであった。主と彼女の間で何があったか知る者はいないはず。だというのに、この少年はまるで知っていたかのようなことを口走っていたとセバスから聞いている。

 「いえ! 自分は何も知りません!」

 ? ……どういうことか、ではあの時のやり取りというものは一体、それはペンギンである彼も同じであるらしく、疑問で口を開く。

 「どういうことかな?」

 「いえ、自分が聞いたのは、一般メイドの皆さんの話ですよ」

 曰く、ナーベラルの様子がおかしいのは、主を止められなかったという罪悪感もだが、それ以外になにかあったらしいと。そう彼女たちはアインズとナーベラルの間にあったことを予想とは名ばかりの勝手な想像で語り合っていた訳だ。そしてそれを聞いたエドワードはそれが真実だと思い込んで、あの場に飛び込んだというのだ。それを聞いたペストーニャは胸に不安を抱えつつも、明確な解決法が簡単に見つかるものでもなく、ため息をつく。

 (本当、先が思いやられますわん)

 

 

 

 同じ頃、プレアデスに与えらえた部屋にて休憩中のナーベラル・ガンマは目の前のテーブルに置かれた札に目を通す。札には人名が書いてあり、枚数は3枚。

 (エンリ・エモット、ネム・エモット、ガゼフ・ストロノーフ)

 それは現在進行形で墳墓中を駆け巡る最新情報、現在主が最も関心を寄せるもの達の名だ。そしてその札を裏返しにして、再び名前を思い浮かべようとして

 (下等生物(アメーバ)下等生物(ゾウリムシ)下等生物(ミジンコ)

 「どうして……」

 そうこれだ、どうも自分には固有名詞を覚えるということが難しいらしい。人間なんて下等生物、しかし、ほかならぬ主たちが元はその姿であり、そして主が人間たちの楽園をつくろうというのであれば、自分たちはそれに従うべきだ。そして、人間という種族全体の見直し、及び、その情報を共有しようとして、つまづいた。さっきは何とか、資料が手元にあったため、この醜態をさらさずに済んだ。しかし、この先そうはいかない。早急に修正せねばならない。でなければ、あの慈悲深い主の役に立てなくなる。必死に名前を覚えようとするも、中々進歩は見られない。

 「く、……」

 如何なる感情からか不明であるが、彼女の頬を彼女の意思と関係なく、一粒の涙が伝う。

 

 「ナーちゃん? 入るっすよ~」

 部屋に遅れて休憩をもらったであろう姉が入ってくる。もう一人の姉ならともかく、あまりこっちの姉にみっともない姿はみせたくない。いいからかいの対象でしかない。

 「いいわよ、ルプスレギナ、あなたも休憩なのね」

 「そうっすよ~ほんとは休みなく働きたいところっすけどね~」

 それはナーベラルも同意見であった。1分でも1秒でもあの方の為に尽くしたいと強く願う。

 「おんや~それは何すか?」

 しまった、札をだしたままであった。

 「別に何でもないわ、ただのゴミよ」

 実際、余り紙を使って製作したものであるため、そう見えなくもない。

 「ふ~ん、別にいいっすけど……」

 瞬間姉の顔が嗜虐に染まったように錯覚すると同時にまずいと感じた。この雰囲気をみせた姉は何をしてくるか予想がつかない。

 「今、アインズ様が興味をもっている戦士長って、なんて名前だったすかね?」

 これは非常にまずい、なんとか答えなければならない。

 「そ、それは」

 しかし、脳裏に浮かぶは下等生物(グソクムシ)下等生物(カトンボ)、とやはり人名がでてこない。

 「ナーちゃん、ナーちゃん」

 「何かしらルプスレギナ?」

 「人間じゃなくて、アインズ様が御救いになる人間、あるいは、好ましいと感じている人間として考えてみるといいっすよ」

 突然何を言いだすのかこの姉は、しかし、ほかに方法が思いつかない以上それにすがるしかない。改めて考えてみる。自分にとってアインズ・ウール・ゴウンなる人物がどういう人物であるかということを、かの御方は最後まで自分たちを見捨てなかった存在、そしてシモベたる自分達を『大切な存在』とおっしゃってくださった。寛大なる方、以前あの方に言った言葉、『盾となって死ぬことができない』不敬かもしれないが、変わったことがある。それは『盾となるが、死ぬつもりはない』である。そう、あの偉大な方に永劫仕えたいと思うようになったと思う。そしてその主が今回、できれば友好的な関係を結びたいと願う人間、その名前は。

 「ガゼフ・ストロノーフ」

 「お! そういえば、そうだったすね~」

 言えた、いやそれだけではない。明確に先ほどの三人の名前が、自然と浮かぶ、

 (エンリ・エモット、ネム・エモット、ガゼフ・ストロノーフ)

 札は裏返されたままだ。

 (よかった)

 彼女の心を満たしたのは、安心感、これであの方の役に立てると、喜びに酔いしれていた。そして、それを見ていた彼女もある答えに行き着く。

 

 (ん~これはナーちゃん、無自覚って奴っすね~)

 ルプスレギナもまた考え込んでいた。可愛い妹のおそらくは初恋を応援したいという気持ちがあるもののなんせ相手が相手だ。誰かに相談しようか? ウィリニタスは、駄目だ。あの人はアルベドに甘すぎるところがある。同じような理由でシャルティアに甘すぎるイブ・リムスも除外、となると、あの人物しかいないだろう。

 (やっぱ、デミウルゴス様っすかね~)

 彼女は何となくであるもののかの悪魔が何をしようとしているか把握していた。今回のことは彼の計画にも十分役立つ内容に思えるし、相談であれば、聞いてもらえるだろう。彼女はふざけているようで、実のところ姉妹思いなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村、何とかアルベドの説教を終えたアインズは頭に声が響くのを感じた。伝言(メッセージ)だ。

 

 『失礼します。アインズ様』

 「ああ、お前かウィリニタス」

 『失礼ですが、義妹が、いえ、愚妹がなにかやらかしましたか?』

 その声は、たとえ、感情の起伏に疎いアンデッドであるアインズに恐怖を感じさせるほど、低い声音であった。またこれまでの彼に対する印象からのふり幅が激しすぎた。

 (怖! ……ウィリニタスって、こんな声も出せるんだな)

 そして、本来のその感情の矛先である。アルベドを思うと、さすがに可愛そうになってくる。それくらい恐ろしい声であった。

 「何、大したことではない。それより用件は何だ?」

 話をそらすため、とっとと業務連絡に入る。

 『かしこまりました。では報告します。王国戦士長とその一団を発見しました』

 「ほう、いたか!」

 おもわず弾んだ声が出る程に喜んでいる自分がいた。

 『アインズ様であれば、これくらいのこと見越しておられたのでは?』

 「はっはっは!さて、それはどうかな?」

 あえて、はぐらかすように答える。

 『ではそういうことにしておきます。彼らを案内しますか?』

 「ああ、頼む、そうだな、やり方はお前に任せるとしよう」

 それは、これまでのやりとりで、ウィリニタスであれば、大丈夫という確信があったからだ。

 『かしこまりました。では私なりのやり方でむかえさせていただきます』

 「ああ、そうだな、それとこの件が終わったら、お前には二グレドのところに行ってもらおうと思う」

 『!!! それは、よろしいのですか?』

 会話越しでもわかる彼の上機嫌ぶりにアインズも得意になる。

 「ああ、彼女にも伝えなえればならないことがあるからな。そのついでに夫婦の時間を過ごすがいいだろう」

 『寛大な処置、感謝します。アインズ様、それとあと二つ、この後、デミウルゴスからも話があるのと、かの戦士長はどうやら、眠りながら馬を操る術を持っている模様です』

 「ほう、そうか」

 《眠りながら馬を操る術》を聞いて、アインズの心に好奇心が現れる。もしかしたら戦士長お得意の宴会芸なのかもしれない。サラリーマンでも時折ある。宴会の為にその都度、何かしらの芸を覚えなければならなかったアインズとしては、親近感が湧いてくる。ウィリニタスとて悪意があって、そう伝えたわけではなかった。それは彼なりの評価であった。睡眠と移動を同時に処理する実に合理的な技術であると。実際はただの居眠りだというのに、

 「では、ウィリニタスは行動に移れ」

 『かしこまりました』

 

 『続いて失礼します。アインズ様』

 次に聞こえるのはデミウルゴスの声だ。

 「さて、何の用だデミウルゴス」

 『いえ、ある有益な情報が手に入りまして、少しナザリック外への調査を許可していただきたく』

 (有益な情報?)それ自体はまだデミウルゴス本人にも分かっていないのかもしれない。さて、どうしたものか

 「それは、ナザリックの為になることであるのだろう?」

 『はい、まだ不確定ではありますが、うまくいけば、ナザリックの、ひいてはアインズ様のお役に間違いなく、たてる物かと』

 「なら、許可しよう。一応、《七罪真徒》は全員つれていけ、あれは本来、お前の部下なのだからな」

 『感謝いたします。アインズ様、必ずや朗報を持ち帰ります』

 「ああ、よろしく頼む」

 

 伝言(メッセージ)を終了する。

 「さて、もうすぐだぞアルベド」

 その声に彼女はすぐに察したらしく。

 「戦士長達でございますね」

 再びつけた兜の下で微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフ達が見つけたのは、彼らに声をかけたのは。不気味なフクロウであった。姿は普通のフクロウと変わらない。しかしその顔が問題であった。まず口ばしがなく、目が6つ六芒星を描くようにあるのだ。その目玉たちは一つ一つが、てんでバラバラの視線へと常時蠢いており、その視線もどこを見ているかさっぱりであった。さらに首という概念がないかのようにその頭は回転を続けていた。まさに化け物とでもいうべき存在、部隊の者達が武器を構えようとして、

 「待て!」

 ガゼフは声をあげていた。

 「しかし、あれは……」

 「敵意は感じない、話を聞くだけ聞いてみよう」

 

 (ほう、先ほどの言葉といい、今の言動といい、アインズ様が興味をもたれるだけはあるか)

 当然、六目フクロウの正体はウィリニタスである。主に彼らの案内を任せられ、彼がすることにしたのは、戦士長を試すことであった。よって、この姿で来たわけだ。もしも彼らが攻撃をしかけてくれば、後々、主にそのことを伝えるつもりであった。計画の妨げになる可能性があると、そもそも、主が願う楽園とは、人間に限らず様々な種族が集う、もし化け物であるという理由だけで攻撃をしようものなら。それは間違いなく、障害にしかならない。しかし、かの戦士長は無暗に武器を振るうことをしなかった。それだけで多少なりともウィリニタス内でのガゼフの評価が上がる。

 

 「して、私たちに何のようかな?」

 『我が主があなたに興味をもたれ、是非とも話をしたいということです』

 「主が、か」

 「戦士長殿! 罠の可能性も!」

 ガゼフは一瞬迷う、確かに副長の言うとおり、罠の可能性もある。しかし、

 (こんな魔物は、見たことがない)

 見たことない魔物という存在が、彼の言葉に真実味を持たせているように感じているかもしれない。

 「して、場所は?」

 『カルネ村でございます』

 「村人たちは?」

 『主が助けにはいり、何とか半数生き残っているようです』

 「分かった。行こう、案内を頼んでも?」

 『もとよりそのつもりです』

 「戦士長殿!」

 副長の声が響くが、ガゼフはすでに決めていた。もしかしたら、この見たこともない魔物を使役する人物に興味が湧いたのかもしれない。

 

 

 

 やがて、王国最強の剣士と、骸骨の姿を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)は邂逅する。

 

 

 

 




 次回、第一章最終話です。

11/07誤字報告ありがとうございます。


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第1章最終話 邂逅 激突 使者

 ようやく、それらしい感想をもらえました。ありがとうございます。デミウルゴスのご指摘が前からありますが、彼は彼なりにアインズ様に尽くすため、必死だと思いますので、気長に見てもらえると嬉しいです。
 では、第1章、最終話どうぞ。


 「アインズ様」

 「何だ?アルベド」

 「先ほどの姉夫婦に対する気遣い、ありがとうございます」

 「ああ、その事か、別に気にする必要はない」

 アインズとしては、本当にたいしたことではなかった。むしろ、その胸には彼らに対する罪悪感がほとんどを占めている。幸せであるならば、それが一番だ。

 「しかし、そうか、二グレドか」

 「姉がどうしましたか?」

 それは、そのNPCはいわば、ダブラ・スマラグディナのホラー映画好きを積み込んだキャラクターであった。そしてそれに伴って彼女が行うあの行為。それはこの世界ではどういう認識なのか?

 「あれは、私が命ずれば、あそこから出ることは可能か?」

 「ええ、できるとは思いますが、」

 言いよどむのはやはり創造主にそうあれとされた設定に反することに抵抗を覚えるからだろう。

 「それが分かれば、それでいい、いずれ、いや今回の件が済み次第。彼女には新たな役割についてもらわねばならないからな」

 ここで迷うような素振りをみせれば、また彼女に気を遣わせてしまうだろう。それに支配者として威厳ある姿と判断をしていくことも必要だろう。

 「かしこまりました。アインズ様のご命令とあらば、私たちはその言葉に従うまでです」

 「ああ、ありがとう。ん?お前の義兄が戻ってきたみたいだな」

 みれば、見慣れたごくごく普通のフクロウと、それについてくる先ほどの騎士たちとはまた違った一団。その先頭にたつ男をみて、アインズの心に高揚と感動が溢れてくるのを感じる。それは憧れのヒーローを待ちわびた少年のものであった。もしかしたら、

 (たっちさんはこういう気持ちだったかもな)

 かの騎士がいわゆる変身ヒーローものの特撮のファンであったのは、もう何度も聞いた話だ。そしてその彼は《リアル》で警察官をしていたという。これはアインズの勝手な推測に過ぎないが、彼がその職についたのは何より困っている人を助けたいという思いからかもしれない。そしてこれから会う人物もそういった理想を掲げた人物であろうことは、容易に想像できる。この距離から見てもかの戦士長の英雄ともいうべき風格をアインズは感じ取っていた。

 (さて、うまくいくといいけどな)

 

 ガゼフ・ストロノーフもまたその人物がどういった人物であるか、己なりに考察をしていた。不気味な顔をもったフクロウはあのやり取りのあと、自分たちの目の前でその顔を粘土をこねるようにどこにでもいる普通のものへと変えたあと、その場を飛び立った。自分たちもそれにつづくように馬を走らせた。生き残った村人たちに関しては、どうにか馬車をみつけて、それにのってもらい、何人かの部下にひいてもらう。それくらいの時間をくれるくらいの心遣いをフクロウはもっていた。やがて、目的地に近づき、フクロウの主らしき人物が見えてきた。そこにたっているのはローブをまとい仮面を身に着け、その手に籠手をつけて一切地肌を出していない人物であった。ほかにも全身鎧の戦士に、恐ろしいアンデッドの騎士が何人かいて、部下たちから軽く悲鳴があがる。

 「あれも、あなたの主の?」

 『左様です。すべて主のシモベでございます』

 「そうか、それ程の人物ということか」

 アンデッドの騎士は自分でも1体、なんとか倒せるかどうかといったところ。そんな相手が見たところ3体もいる。つまりはそれだけの魔力を持つ相手ということ。

 (魔法詠唱者(マジック・キャスター)の認識を改めないといけないかもしれないな)

 王国での魔法に対する認識はそれほど高くなく、むしろ悪評につながる可能性もあった。やれ、インチキなど、トリックの類などと、言われていた。ガゼフ自身、ずっと己の身一つで生きてきた身であるため、いまいち魔法のすごさというものが分からずにいた。しかし、今目の前にいるのは、自分と同等以上の騎士に、おそらく、今、自分の前をとんでいるフクロウもそうであろう。それだけの存在を確認しただけで4体同時に操る術を持つ男、それがフクロウの主人なのだ。そういえば聞いたことがある。隣国の帝国には今の自分の立場と似たような役職、宮廷魔術師なるものがあり、その主席につく人物は英雄の領域を超えた人物であることを、そして、それだけ帝国が魔法詠唱者(マジック・キャスター)の育成に力をいれていることを。王国では特に貴族たちがそれこそ、金の無駄だと言っていたが、これ程のものをみせられて、ガゼフはこれは真面目に王国も魔法に関する認識をあげなくてはならないと、国王に進言しようと決意する。最も、今、彼が見ている光景は件の主席宮廷魔術師がなんとか再現できないかと、現在進行形で苦労していることであり、それだけこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が逸脱した存在であるということであるが、それを彼はもちろん、当の本人も分かっていない。

 (話とはなんだろうか?)

 王国に今回のことで何か金品を要求するという話であれば、喜んでその話に応じる必要があるし、なにより自分がそうすべきだと思う。守るべき民を助けてくれたのだから。相手はその身なりから高貴な立場の者かもしれない。

 (あまり、礼儀作法に自信があるわけではないが、)

 それでもなんとか失礼をしないようにと、戦士長はする必要もない心配をするのであった。というのもアインズだって、難しい作法を知っているわけがない。最低限の丁寧語を使えていれば、まず相手を殺そうとは思わないだろう。

 

 

 

 「はじめして、私はアインズ・ウール・ゴウンという。この村が襲われているのを見つけて助けに入った。旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ」

 「助けていただき、本当に感謝の言葉もない」

 (よし!特に怪しまれていない!やっぱり旅人設定は万能だな!)

 (聞いたことのない性、旅人だというが、その辺りが理由か?)

 「そして、そうだな、単刀直入に言う。私の部下にならないか?」

 「アインズ様!?」

 「ゴウン様?!」

 「!!!!」

 一瞬言葉が出なかった。この男はなんと言った?自分に己の下につけと、そういったのか?あまりにも急展開過ぎて口元がゆるむ、もしいつもの状況であれば、声をあげて笑っていたかもしれない。

 (しまったぁぁぁぁ!つい、口に出しちゃったよ!)

 何も内心取り乱していたのは、言われた戦士長に、その言葉を、その意思をはじめて知った周りの者たちだけではない。いった本人にしても予想外のことであった。確かに王国戦士長の人柄を人づてにだが、聞いて、その人間性を評価して、なんとか《楽園計画》に協力してもらえないかなぁ~としっかりとした考えがあるでもなく、ただぼんやりと霧のように薄くその希望を抱いていたのは間違いない。にしても大事、

 

 本来であれば、ある程度こちらの詳しい状況を話して、それこそプレゼンテーションを行った上で、言うつもりだったのだ、「私の協力者になってはくれないか?」と、なんせ相手は王国戦士長、たいして、こちらは力はあると言え、まだまだこの世界では新参者のナザリック。例えるなら、見知らぬ土地にて新規に起ち上げた会社の社長と、長年その土地で人々に関わってきた老舗の古豪に所属する幹部、引き抜きのためには、ちゃんと説明をしなくてはならない。どれだけ、《楽園計画》が魅力的であるか、そして、どれだけ自分が王国戦士長という人物を評価しているのかを当の本人に語って聞かせてその上でスカウトをする腹積もりであった。だというのに、

 (なんだよ!出会って二言目に、仲間になってくれ?どこのゲームの主人公だよ!絶対、頭おかしいと思われている!)

 明らかに常識外れの行動にアインズには思われるが、あくまでそれは彼が以前いた世界の常識であるという認識を忘れている。

 「………………はっは、そうか」

 ガゼフは笑っていた。

 (ほらぁぁぁぁぁ!笑ってるぅぅぅ!…………終わった)

 アインズは表情にこそ出さないまでも絶望感に包まれる。憧れさえ、抱いた人物に軽蔑される様を、しかし、

 「お言葉はありがたいが、答えることはできない。許していただきたい」

 返ってきたのは、どこまでも礼儀を忘れない、優しい拒絶の言葉であった。

 (…………あれ?)

 どういうことだ?

 「ふむ、何故断るのか聞いても、いいかな?」

 あくまで冷静に、堂々と、決して取り乱しはしない。

 「私は王に返しきれない恩を受けた身、故に、裏切る訳にはいかない」

 「そうか」

 (え?じゃあ、何で笑っていたの?)

 「先ほどの笑みの理由を聞いても?」

 

 ガゼフは思い出していた。かつて戦場で出会い、一言めに『私の臣下になれ』と命じてきた、年若い皇帝を、あるいは、国王との出会いを思い出していたのかもしれない。

 「昔、似たようなことが2回程ありましてな」

 「ほう、それは今みたいに?」

 「ええ、出合頭に部下になれと」

 「戦士長殿はよほどモテるのだな」

 「ストロノーフで構いません、それに男にモテても仕方あるまい」

 「まったくだな」

 「「はっはっはっはっは!」」

 互いに笑い合う支配者と戦士長を、アルベドは兜越しであるものの穏やかな笑みを浮かべながら、エンリはやや戸惑いながら、副長たちはさらに戸惑いながらもその様を見守っていた。アインズは安心していた。まさか自分のような常識知らずがこの世界に少なくとも2人いたという事実に、そのおかげで結果的にではあるが、戦士長とある程度砕けた関係を気づけたことを。引き抜きに関しては気長に考えれば、いいことだ。

 (どこの世間知らずの馬鹿か知らないけど、感謝しなくちゃな)

 

 「それで、ゴウン殿、話はそれだけか?」

 「私もアインズでいいのですが、まずは、壱号、頼む」

 (承知しました。我が主よ)

 言われたデス・ナイト壱号は先ほどから見張っていた8人の騎士たちを戦士長達の前に連れて来る。

 「ストロノーフ殿、この村を襲っていたもの達です。全員ではありませんが」

 「いえ、十分です」

 これだけいれば、今回の事件の真相を解き明かすこともできるだろう。

 「失礼ですが、ゴウン殿はこれから」

 「戦士長殿!」

 話を遮ったのは戦士長の部下の一人であった。

 「何だ!失礼だろ!恩人を前に!」

 「周囲に複数の人影!こちらを包囲するように接近しています!」

 

 (まだいたのか)

 その声を聴いたアインズはふとアルベドの肩にとまっている鳥姿の統括補佐をみる。その顔は、フクロウのモノではあるものの、驚愕とアインズに対して今すぐにでも腹をさいて詫びたいという思いがあった。

 (その必要はない)

 かれはちゃんと自分の命令をこなして、あの()を用いて仕事を行ったわけだ。つまり、

 (対策ができている奴らが相手ということか)

 それは多少なりともアインズの心に好奇心と、警戒心を抱かせた。そう簡単に物事が進むほど世の中甘くはないということか。

 

 「やはり戦士長殿」

 「ああ、狙いは私だろうな」

 ああ、この者達もその可能性にたどり着いていたのかとアインズは感心する。

 「本当、よほどモテるのですな、ストロノーフ殿は」

 「まったくです。ところでゴウン殿、頼みがあるのですが、」

 「奇遇ですね私もです」

 「我々にやとわれてはくれないか?」

 それはこの状況を考えれば、当然のこと、合理的な判断であったが、

 「お断りします」

 ここは断っておく、自分はあくまで楽園をつくりたいのである。

 「理由を聞いても?」

 「私は国家間の争いに加担するするつもりがないからです」

 そこもアインズの決心であった。これは小規模であるものの王国と法国の戦争だ。もしも戦争などするのであれば、しっかりと準備をしなくてはならない。情報、装備、実際の流れに、配置の予想など、やらなければならないことはたくさんある。気分任せに気楽に参加していいものではない。

 (そうですよね、ぷにっと萌えさん)

 かつてギルドで軍師を務めていた男の名前を呟く。かれならそうするはずだ。その上で、

 「理由はわかりました。確かに図々しい願いであった」

 ガゼフにしてもそこまで期待してはいなかった。旅人であるならば、それは冒険者と似た立場、いや、彼らの場合はまた別の理由か、とにかくそういう立場であるならば、彼を雇うということは、法国に敵対させてしまうことでもある。そうすれば、なし崩し的に彼を王国の戦力に組み込むことができるかもしれないが、ガゼフはそれをよしとしない。自分の信念はあくまで王国とそこに住まう人々の守護であり、それ以上でもそれ以下でもない。そういったことはまた別の人間がすればいい。

 「それで、ゴウン殿の頼みとは?」

 「私をその場に同行することを許可してもらいたい」

 「それは?何故ですか?」

 「大した理由でもないですよ。ただ」

 「ただ?」

 「法国と話がしてみたいんですよ」

 それは、アインズの本心であった。彼としてはできるだけ、多くの者と言葉を交わし、協力者になりえる人材を、もっと言えば、法国というものを知りたかった。もしかしたら、先ほどの部隊が酷かっただけかもしれないと、希望を捨てきれていない部分があったのかもしれない。

 「それは」

 「安心してください、話をするだけで、あなた方の戦いに介入するつもりはない」

 「しかし」

 (ああ、そうか)

 おそらくこの戦士長はカルネ村の心配をしているのだろう。確かに万が一彼らが敗れれば、敵はそのままこの村に攻め込んでくる可能性もあるわけだ。

 「安心してください。デス・ナイトたちをおいていくつもりであるし、この村に手出しはさせませんよ」

 それを聞いて、安心した顔を見せる戦士長にアインズはさらに敬意を高める。

 「これから死ぬかもしれないのに、そんな顔ができるんですね」

 「ええ、民以上に大切なものはありませんよ。私にとっては、」

 ああ、どこまでも気高い人物だと、改めて引き抜きに力を入れようと思う。

 「では、お願いするとしようかゴウン殿」

 「するのはこちらですよストロノーフ殿」

 改めて固い握手を交わし、不安そうな顔をするエモット姉妹をなでてやって安心させる。

 (大丈夫、絶対怖い思いはさせないから)

 村長にこれからのことを説明して、デス・ナイトたちにも指示をだしてやる。

 「頼んだぞお前たち」

 (お任せください!)

 (必ずや、お嬢さん方を!)

 (お守りします)

 さらにアルベドと、ウィリニタスにも伝える

 「アルベド、すまないが、私のワガママにまた付き合ってほしい」

 「喜んで付き従います。アインズ様」

 「ウィリニタスは念のため、周囲の警戒、一応ナザリックからいくらか応援を呼べ。そんな顔をするな、お前の働きにはいつも助けられている」

 『もったいなきお言葉、行動に移させてもらいます』

 飛び立つフクロウを見送って、アインズとアルベドは戦士長の一団と共に、村の外へと向かう。せっかくなので、馬車に乗せてもらった。

 

 

 

 (まったく、満足に仕事をこなせないクズどもが)

 それが陽光聖典隊長たるニグン・グリッド・ルーインの感想であった。今回の作戦では彼らは村々を適当にあらしていけば、それでよかったのだ。だというのに、骸骨の騎士と謎の仮面の人物に邪魔立てされたのだと、何人か逃げてきたのだ。彼らがいうには、とても叶わない相手であったという。

 (いい訳ばかりしおって)

 大方、幻影の類のみせられたのだろう。なぜなら、彼らは無傷であったから、そもそも戦闘をやったはずがない。恐怖にかられ、逃げ出してきたのだろう。

 (ベリュースの阿呆もどこにいった?)

 それなりに目をかけて、そこそこ秘匿性の高い情報を流してやったというのに、まあ、それも彼の能力ではなく、財力をかっての話だが、

 (だが、それもどうでもいい)

 もうすぐこの作戦も終わる。王国戦士長は死ぬ。やがて、王国は滅ぶ。そうなれば、

 (神が望まれる世界に近づく)

 「各員傾聴」

 愚痴をこぼしてばかりも馬鹿馬鹿しいと彼は切り替える

 「獲物は檻に入った」

 目の前には自分が厳選した選りすぐりの部下たち

 「汝らの信仰を神に捧げよ」

 みな一斉に黙とうを始める。もちろん自分もだ。この世界の真実を知っていれば、自らが信ずる六大神の理想に、すべての人類は結束するべきだ。だが、その中に王国はいらない。あの国は腐り過ぎた。

 

  ガゼフ・ストロノーフ

 

 (惜しい男だ)

 そして同時に思う。愚かな男だとも思う。あんな国とっとと捨てて我らが信ずる神に跪つけばいいのに。あの男の能力であれば、十分に神の役に立つことができるだろう。だからこそ理解できない。なぜあの国にこだわるのか、あの国王に恩義を感じているという話も聞くが、そんなもん、懐刀を欲した。老いぼれの気まぐれだろうに、何度か、いや、国政に、各地の状況を整理してはっきりした。別に賢王ではない、かといって、愚王でもない。その中途半端さがなによりあの国を腐らせている理由であると、

 (愚かなことだ)

 「開始」

 その一言で十分であった。一糸乱れぬ動きで包囲をさらに狭める。と、そこで

 (ん?)

 戦士長達の一団が見えた。どうやら、強引に突破するらしい。

 (どこまでも悲しい男だ)

 こんな村、いや、もっといえば、こんな辺境の者共など、見捨てればよかったのにだからこそせめて、

 (苦痛なく殺してやる)

 そして気付いた。一行が馬車を引いており、そこに2人の人物が乗っているのを、

 (何だ?あの連中?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックは喧噪に包まれていた。アインズの命を受けたウィリニタスからの連絡で多くの者たち、特に隠密能力や、透明化に特化した者たちは急いで部隊を編成していた。

 「…………えっと、これで全員そろいましか?」

 マーレもまた主の応援に駆け付けるため、自身が率いる部隊の編成を行っていた。先に命じられていたナザリックの隠蔽工作はすでに終了している。階層守護者の中でも彼は下級のシモベたちにもやさしく総じて人気は高かった。

 「マーレ様、全員確認しました。問題ありません」

 答えたのは今回自分の補佐をしてくれることになっているエイト・エッジ・アサシンの一体だ。

 「そ、そうですか、じゃあ、出発します」

 「「「「了解しました!」」」」

 (((委細承知!!!)))

 シモベ達の声にマーレはこれで主の役に立てると、立ってみせるんだと、改めて胸の前で握りこぶしをつくって決意する

 (そういえば)

 今回の件、もっと言えば、リアルタイムで送られてくる現地の情報に気になるものがあった。主が人間の姉妹の後見人、親代わりになったという話だ。

 (いいなあ)

 それが彼の本心であり、本音だ。できる事なら、自分もあの方に子供としてもっと甘えたいという気持ちがある。でも、

 (今は、我慢、しなくちゃ、)

 だよね、お姉ちゃんと彼は心でつぶやく、今は主の為、働くのが第一だ。そして主の心が安らいだ時、その時は、

 (えへへ、)

 思わず顔が崩れる。その時はたくさんあの方に甘えよう。もちろん姉も一緒だ。そう主に申し出よう。

 

 「おや?これはマーレ様、出立でございますか?」

 「あ、ヴェルフガノンさん、そうなんです」

 一見少女たる少年の階層守護者にそう返され、ヴェルフガノンはやや罰が悪くなる。調子が狂うと、

 「申し上げますマーレ様、自分はあなた様より、下の者なのです。呼び捨てで構いません」

 「え、で、でも」

 本当、優しい少年だとベルは改めて思う。案外その格好は彼の心象にあっているのかもしれない。

 「ヴェルフガノンとお呼びください」

 「ヴぇ、ヴェルフガノン、さん」

 もう一押しであろう。できればそうしてもらいたいというのが、彼なりのけじめ

 「ヴェルフガノンとお呼びください」

 「ヴェルフガノン…………さん」

 「今回はここまでといたします」

 残念であるが、何、機会はまたあるだろう。

 「それで、ヴェルフガノンさんは、これからどこに?」

 マーレは首をかしげながらそれだけで気を失う人間が続出するだろう可愛らしいしぐさで聞く。確かこの男は

 (ニューロニストさんとデミウルゴスさんと)

 捕らえた兵の拷問と彼らから情報収集をおこなっていたはずだ。

 (…………)

 その兵たちは不敬にも、いや、万死に値する行為を行った。すなわち大好きな主の心を傷つけた。それは彼にとっても許せることではない。自分の役割ではないが、もし彼らの処遇を任せられることがあれば、手にもった杖で容赦なく殴り殺す。それだけだ。しかし、今回それを任せられたのはデミウルゴスを始めとした別の者たちだ。で、あるならば、もうマーレにとって、彼らはどうでもいい存在だ。

 「いえ、虫けら共の一匹が有力な情報を持っていたらしく、これからデミウルゴス様、七罪真徒総員で向かう予定でございます」

 「それは、アインズ様の為になること、なんですか?」

 先ほどみせた瞳を一瞬で無機質なものに変えて、こちらを見て来るマーレにヴェルフガノンは心臓を締め付けられる感覚を味わっていた。たとえ、見た目が可憐な少女でもそこは階層守護者、彼にとっては、何をおいても主が優先される。もしも、これから親友や同僚たちとやることが、かの主の御心を僅かでも傷つける可能性があると判断すれば、この少年は躊躇いなく自分を拘束して、もしも展開を間違えれば、そのまま絞殺(しめころ)されるだろう。返答には注意せねばならない。

 「必ずや、お役に立てるかと」

 もちろん確実なんていえない。情報自体が眉唾ものであるし、なによりまだまだ、不確定なことだらけだ。だが、それを決して悟られる訳にはいかない。あの親友たる悪魔は今回の作戦にかけているのだ。もしも成功すれば、主の願いたる楽園計画をさらにすすめ、そして何より主に喜びを提供できるかもしれないのだと。だからこそ決してばれる訳にいかない。

 「わかりました。お願いします」

 頭を下げるマーレにヴェルフガノンは心底安堵する。何とか認められたらしい、と

 

 「やっぱり、あの威厳は階層守護者ということか」

 その後、彼らと別れて一人集合場所へと向かう。情報の整理で時間をとってしまった。

 「おそいですよヴェルフガノン」

 「悪い、悪い、ちと遅れたよ、リーダー」

 その場には親友で上司の彼を除いた全員がそろっていた。その瞳は様々なものを映していた。疑問、倦怠感、不安、敬愛、呆れ、そして無心だ。無論自分に向けられたものは一つもない。すべて親友に向けられたものだろう

 「デミはまだ来てないのか?」

 「デミウルゴス様でしょう」

 瞬時に彼の腕から茨がのび、左目の眼前で止まる、あと少しでも動かせば眼球は間違いなく貫かれるだろう。

 「悪い、悪い、そんな怒るなよリーダー」

 「怒ってはいません決まりですから」

 「はい、はい、っと」

 「おや、揃っているようですね」

 自分たちの直属の主がやってきたらしい。いや、自分にとっては親友だ。

 「おう、デミ、揃っているよ、すぐ出れるんじゃないか?」

 「………………」

 そもそも視界を持たない七罪筆頭がにらんでくるが、親友が手をかざして答える。

 「グリム・ローズ、今は構わないよ」

 「畏まりました」

 その声を起爆剤に、七罪信徒全員で彼の前に跪く、忠誠の儀だ。

 「今回は省略するよ。では行くとしようか」

 歩き出すデミウルゴスと七罪真徒、

 「今回の作戦ですが、可能な限り、敵は無血占拠、無力化を命じます」

 「いいのか?」

 そこは親友のこと、できるだけ多くの者をとらえる為、そう命じるべきではないのか?と、

 「あまり、アインズ様の御心に負担をかける訳にいかないからね」

 「りょぉぉかいっと」

 こうして彼らは主を想い、その為に歩き出す。

 

 

 

 

 徐々に村から自分たちへとその包囲が移るのを肌に感じてアインズは感心すると同時に警戒心を高める

 (さすが、さっきの奴らとは違うということか)

 もしも戦闘になり、アインズ達の手に負えない相手であれば、(その可能性は低いだろうけど)まずはアルベドの離脱が最優先事項だ。次にアインズの脱出、そうなったとき、ガゼフ達には悪いが囮になってもらう。

 (そろそろ行かないとな)

 いい加減、始めなけば、話し合いをする前に戦闘が始まってしまう。まずは目立つことが大事だ。空に指を向け、<龍   雷〉(ドラゴン・ライトニング)を放つ

 

 「!!!!!」

 一瞬で彼らの興味がすべて自分に向けられたのだと、アインズは確信して声をあげる

 「私はアインズ・ウール・ゴウン!あなた方と話がしたい!」

 

 (何だ一体今のは?)

 ニグンもまた多くのもの同様にその人物に目を向けていた。いま見たこともない雷の魔法を放ったのは、ローブをまとった仮面の人物、それは先ほど話に聞いた中で思い当たるものがあったものの、

 (そういうことか)

 きっとこれもあの戦士長のくだらない策に違いない、おそらくあの男でこちらの気を引くつもりなのであろう。

 (ふ、浅はかなことだ)

 案外、王国戦士長というのも自分が思っていたほどの人物ではないということか、

 「総員、あのおかしな格好をした奴に集中攻撃だ!魔法も天使も使えるものはすべて使え!」

 次の瞬間、ニグンの心臓を誰かが握りしめた。否、そう錯覚させるほどの殺気を感じさせた。

 (な、何だ?)

 

 その宣言を聞いた瞬間アルベドもまた戦闘態勢に移ろうとした。同時に湧き上がるのは底なしの怒りと、主を思って溢れて来る悲しみであった。

 (この、かとうせいぶつがぁぁぁぁ!)

 確かに、あの姉妹や、今ともにいる戦士長など、主が、笑ってくれる人間がいることは認めよう。しかし、こいつらは駄目だ、主は確かにいった。話がしたい、と、だというのに、攻撃をしかけたのだこいつらは、今も主に放たれる魔法に、殺さんと殺到する天使たちが迫る

 「アインズ様!」

 なんとしても守ればならない、この優しき、愛しき最高の主を

 「大丈夫だアルベド」

 だというのに、主は手のひらを向けるという何度も見たしぐさをみせる。

 「何故ですか?アインズ様!」

 まさか、また自分をかばってその身を盾にしようとしているのか、そんなこと許せるはずがない。そんなアルベドにアインズは優しく、

 「冷静になれ、それにお前は笑っていたほうが綺麗で魅力的だぞ」

 と、穏やかに場違いに語りかけるのであった。

 

 実際のところ、アインズが冷静でいられたのは。それだけ自分に向けられた攻撃が陳腐なものであったからだ。魔法にしても、召喚される天使にしても、いずれも第3位階魔法を超えるものはなく、それは、アインズに希望と落胆を抱かせた。希望とは、今彼らが、使っている魔法が、自分の知っているもの、つまりはYGGDRASIL(ユグドラシル)のものであるということ、それはつまり、この世界にその存在を伝えたもの、自分と同じ境遇の者がいるということであった。それはとても嬉しいことであるのは確かだ。できれば、何とか話し合いの席についてもらい。計画の協力者になってもらいたいということ、では落胆は何かというと、それは少なくともこの連中では話にならないということ、自分は確かに「話がしたい」といった。なのに、これだ。もしかして、この世界では元の常識はあまり役にたたないのかと、アインズは少し前に跳躍する。このままでは巻き込んでしまう可能性があるから。

 「アルベド、戦士長達を下がらせろ!」

 「かしこまりました。アインズ様!」

 

 彼らとの距離を確認したうえで、発動する

 

 〈負の爆裂〉(ネガティブバースト)

 

 

 (な、何!?)

 放たれたのは大気の爆発ともいうべき攻撃であった。それに巻き込まれ、召喚した天使たちは全滅だ。途端に不安をにじらせる部下たち

 「ど、どうしましょうか?」

 「知らん、そんなこと自分で考えろ!」

 しかし、ニグンの決断も速いものであった。この相手は危険であると、切り札である水晶を取り出し、

 「最高位天使を召喚する!時間を稼げ!」

 「そうはさせん!」

 その瞬間、視界に飛び込んできた男から放たれるは、《武技》〈六光連斬〉戦士長ガゼフの切り札たる技であった。ニグンを6つの斬撃が襲う

 「ぐはぁ!」

 「隊長!」

 ニグンの手から離れた水晶を素早く回収する副長、

 「総員、かかれ!」

 「「「うおぉぉぉ!」」」

 その言葉と同時に戦士の一団が陽光聖典へと襲い掛かる。ガゼフは後悔していた。アインズを連れてきてしまったことに、

 (すまないゴウン殿、)

 まさか、いきなり攻撃をしかけて来るとはさすがの戦士長たる自分でも予想できなかったことである。そして、何より、恩人である彼を結果的にではあるが、戦いに巻き込んでしまった。ならば、少しでも早く、敵を制圧する必要が出てくる。

 戦いは、やや一方的なものであった。次々と切り伏せられる聖典の魔法詠唱者(マジック・キャスター)達、その原因はいうまでもなく、アインズの存在だ。自分たちの攻撃がまったく効かない相手がいつ攻撃に参加してくるのかと、どうしても意識を割かざるを得なかった。そして、戦士たちもまた、そんなアインズを、自分たちが尊敬してやまない戦士長が笑顔を向けられる数少ない御仁にこれ以上戦わせまいと、必死に剣を振るう、一人、また一人と聖典の者たちは倒れてゆき、そしてアインズは

 (さすがは、戦士長の部隊。見事な動きだ、それに《武技》か)

 この世界には、まだ自分の知らないことがあると関心を抱き、そして、ガゼフ達のみせる戦いをやけに顔を押さえてうなっているアルベドと共に、観賞していた。結局、彼が放った攻撃は最初の一撃だけであった。

 

 やがて、制圧が終わり、

 「お見事でしたよストロノーフ殿、あなたの武技など」

 「いえ、それはゴウン殿の魔法も同じでしょう」

 互いに健闘をたたえ合い、事後処理を始める。

 「これは?どうしましょうか?」

 副長が聞いたのはニグンから奪った水晶のことである。

 「それは、できれば頂いてもいいでしょうか?」

 アインズとしてもそこに封じられている魔法に興味があった。

 「構いませんとも、差し上げましょう」

 「それから、あの者の処遇についてですが」

 それは、縄で部下と共に縛られたニグンのことであった。

 「何か、希望でも?」

 「できれば、あの者だけは解放したいと思います」

 「!!!、それは、一体何故ですか?」

 ガゼフが当たり前のことを聞いてくる。

 「できれば、彼には使者になってもらいたいのです」

 「そういうことですか」

 そう、その行動に問題はあっても、彼はこの部隊の隊長なのだ。そして、

 「ええ!是非とも任せてください!」

 何とかして、それこそ自分一人でもこの場からの脱出を狙うニグンは声を荒げる。周囲の彼に対する視線が敵味方の区別なく冷たくなってくるも彼は意に返さない。

 (中々、この男も図太いな)

 「わかりました。あなたには恩義がある。そうしましょう」

 「ありがとうございます。感謝しますストロノーフ殿」

 「それは、こちらの台詞ですよゴウン殿」

 朗らかに笑い合う、2人の男と、それを愛しいそうに見つめる1人の女がそこにいた。

 

 

 (よし!これでなんとかなる!)

 ニグンは歓喜していた。ガゼフに負わされた傷は痛むし、水晶を奪われたのは痛い、それでも、この場から抜け出すことができれば、なんとかなるはずだ。そう、思っていた。

 (!!!!!!!!!!!)

 

 瞬間、世界が死んだように感じる、いや、違う!

 (止まっている?)

 そう自分以外のすべての時が止まったように感じたのだ。周りの者は皆、石像のように動かない。いや、正確にはその中を歩いてくる人物が2人いた。

 「さて、お前はなんという?」

 「ニグン・グリッド・ルーイン」

 それしか言葉に出来なかった。

 「そうか、ではニグンよ、お前に今一度、チャンスをやろう、いいな?」

 「は、はい」

 先ほどから、自分の心臓を、内臓を締め付けているものの正体がわからない。

 「これからはお前は、国に戻り、正しく、私の存在を知らせろ」

 「はい、」

 「では改めて名乗ろうか」

 男は仮面に手を伸ばし、それを徐々にゆっくりとはずす。

 (!!!!)

 ニグンは身震いした。自分を襲う威圧感と恐怖が爆発する。仮面の下からでたのは、恐るべきアンデッドの顔、やがて股が生暖かくなる。

 「私の名は、アインズ・ウール・ゴウン、魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、死の支配者(オーバーロード)だ」

 「んんんんん!」

 もう正しく言葉を発することもできない。

 「今、お前に魔法をかけた。もしも正しく伝えなかった場合、私がそうだと、判断した場合、お前を殺す魔法だ」

 「!!!!!!!!!」

 声にならない絶叫が響く

 

 そして時は動き出す。

 

 

 「おや、この男、失禁していますよ」

 「まったく情けない男だ。すまないゴウン殿、不快でありましょう?」

 「いえ、構いませんともストロノーフ殿」

  

 (うまくいったみたいです。テンパランスさん)

 『演技は勢い』といっていた友の名を思い出す。もちろんいつでも好きな時に相手を殺す。なんて魔法は存在しない。

 

 「ストロノーフ殿」

 「行かれるのか?」

 「ええ、私はまだ旅の途中ですから」

 「是非とも城へとお招きしたい。今回のことの礼をさせてほしい」

 「堅苦しいのは苦手なもので」

 「では、せめて、いつか王都に来てください私の家で歓迎させていただこう」

 一枚の紙を手渡される。おそらくは住所であろう

 「その時は、さっきの話の返事をいただきたいものだ。もちろんいい意味の」

 「ははは、考えておきますよ」

 (社交辞令だなぁ)

 スカウトは難航しそうだなぁとアインズは軽く嘆息する。

 「では、どこかでまた会いましょうストロノーフ殿」

 「ええ、ゴウン殿」

 最後に2人は固く再会を誓い、握手をかわすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国最奥ではこの国のトップに立つ者たちが頭を抱えていた。

 

 「至宝を2つ、奪われたと?」

 そう嘆くのは、風の神官長、ドミニク・イーレ・パルトゥーシュ。報告員は続ける。

 「いえ、1つは正確には『譲り渡した』と、担当の者が、」

 「どっちもおなじであろう!」

 怒鳴ったのは土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサン。

 

 至宝、それはかつてこの地に降り立ち、哀れな自分たちを救ってくれた存在である六大神の1柱が残した預言書にある存在、神の如き力を振るう4つのマジック・アイテムであるということ。かの神の1人はこの世界に起きる法則性を調べ、それを解明してみせたらしい。実際に本人が亡くなった後、預言書の通り、八欲王や、魔神の出現、そして十三英雄のリーダーなる者が現れた。そしてその書にならうならば、今年のこの世界に至宝なるものが現れることが記されていた。何とかその場所を、特定できなかと、神々の残した。アイテムなどを使って、何とか2つまでは、見つけ、そして、回収班を結成して向かわせたというのに、

 

 火の神官長ベレニス・ナグア・サンティニは静かに問いかける。

 「それで?詳しく聞こうではないか?」

 「はぁ!それでは報告します。トブの大森林に向かった部隊は、全員怪我もなく生還したのですが、」

 「至宝は獲得ならずか」

 「いえ、正確には発見できたそうなのですが」

 「譲ったと?」

 「らしいです。」

 「そんなバカなことがあるか?!」

 再び、ドミニクは叫ぶ、実際この部隊の指揮をまかせていたのは、彼の信頼が厚い男であったのだ。あのニグンなんかよりもずっと、その叫びを無視して、ベレニスは先を促す

 「それで?カッツェ平野に向かった部隊は?」

 「ほぼ全滅です、こちらも発見はしたんだそうですけど」

 「けど?奪われた?」

 「はい、『ヘッドギア』の襲撃にあったようです。生還者の証言から間違いないかと」

 「また、あいつらか」

 ため息をつくのは、光の神官長、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワ

 ヘッドギア、最近、王国を中心に破壊活動を続けているテロリスト集団、一体何が目的か分からず、彼らが動けば、多くの建物が破壊され、多くの人が命を落とす。いや、彼らだけではない。いま怪しい動きを見せている組織はほかにもある。八本指、ズーラーノーン、そして彼らがその活動の拠点としている場、王国

 「糞どもが、」

 思わず出たイヴォンの言葉はこの場全員の総意でもあった。人は弱い、だからこそ団結しなければ、ならないというのに。あの国が、貴族共が足を引っ張っている。

 

 「報告!報告です!」

 そのばに別の若い人間が飛んでくる。

 「どうした?騒々しいぞ、」

 「陽光聖典隊長が帰還されました!」

 「ニグンが?」

 反応したのはドミニクであった。その後も報告は続く、王国戦士長討伐へとむかった部隊は失敗、ほとんどの者が王国側につかまり、隊長たるニグンだけ帰還したという。そして、伝言があったという。アインズ・ウール・ゴウンなる人物の存在を、

 「聞いたことがないな」

 レイモンの言葉に皆頷く、かの神々からも聞いておらず、預言書にもその存在は書かれていない。そして報告はつづき、かの人物がアンデッドであるという話になった時、

 「スルシャーナ様?!」

 声をあげたのは、闇の神官長、マクシミリアン・オレイオ・ラギエであった。

 

 「まて、まだそうと決まったわけでは」

 「いや、では、尚更、急いで確認をしなくては!」

 「だれか、この老いぼれをとりおさえろ!」

 

 これはまずい流れだとイヴォンは思う、この国は大きく6つの宗派が手をとりあって、成り立っている。そして互いに協力できている理由は簡単。皆、信仰する神が等しくいないからだ。だというのに、そこに、1人だけ、神が再び舞い降りたとなれば、間違いなく、宗派間での争いは激しくなり、国は割れるだろう。そうなれば、周辺国への軍や資金の援助ができなくなり、人は滅ぶだろう。そうなっては、かつて自分たちを救ってくれた神々に申し訳が立たない。

 (主よ、お守りください)

 結局できるのは、神に祈ることだけだ、この世界に住まう、か弱き、我らをその力をもってお守りくださいと、

 

 だれかが、呟く

 

 「降臨せし死の支配者」

 

 

 第1章 完

 

 

 

 

 

 

 




 なんとか終わりました。いろいろ挟んで次に行きます。


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幕間その2 変わりゆく大墳墓

 今回から、わりとご都合主義という名前の独自設定が登場します。苦手な方はごめんなさい。
 


 カルネ村の一件を解決してナザリックへと帰還したアインズは玉座の間にてシモベ達を前に宣言するのであった。

 「皆、今回の件は私のワガママに付き合ってくれて、感謝する。このまま、カルネ村を楽園計画の起点としよう。そして、もうひとつ決まった。はじめの目的はリ・エスティーゼ王国だ!アインズ・ウール・ゴウンの名の元、お前たちに厳命する!かの国を調査せよ、結果武力行使が必要であれば力をもって!策略が必要であれば、知略をもって!友好的に事を進められるとしたら、慈悲の心をもって!王国を救済せよ!そして楽園へと組み込もうではないか!」

 

 「「「「「「畏まりました!大気を揺るがす力を持ちし、最強の主よ!!」」」」」

 (((((承知いたしました!大地に深き巡らす智謀を持つ、策謀の御方よ!!)))))

 「「「「「了解いたしました!海より深い慈悲の御心を持つ、優しきアインズ・ウール・ゴウン様!!!」」」」」

 

 臣下、シモベ一同のその答えを受けて、アインズは胸を撫で下ろす。これで、この世界におけるナザリック地下大墳墓の方針が完全に決まった瞬間でも、あった。後は、自分なんかよりもずっと優秀な彼らに任せれば、うまくいくはずだ。丸投げ?違う、適材適所なんだと、アインズは誰かにいい訳するように思考する。さて、この後自分はどうしようか?全部彼らに任せてしまって、カルネ村であの姉妹と静かに暮らすか?あるいは、自分もこの未知の世界に飛び出すべきか?いや、聞くまでも、ないか。部下に仕事を丸投げして、自分は村で穏やかに、それこそ悠々自適に過ごすなんて最悪の社長だ。まして、自分はまだそんな年ではなかったはずだ。エモット姉妹には悪いが、アインズ自身も積極的に調査に参加すべきである。では、どのような形で現地に赴くべきか、ガゼフに言ったように旅人として、各地を巡るのもいいかもしれないが、如何せん、この世界の知識だったり、常識がまだ足りていない。村長から聞いた話や、捕らえた兵たちの情報ではまだまだ十分とは言えない。「遠方の地から来たので、この辺りのことについて疎いんです」というのも限界がある。さて、どうしたものか、ああでもない、こうでもないと熟考の金縛りにとらわれそうになったところで、慌てたように、頭を振る、

 (いかん、いかん、いくら凡人の俺が考えても、仕方ないじゃないか)

 「アインズ様、いかがされましたか?もしや、お気分がすぐれないのでは?」

 傍に控えていたアルベドが心配そうに声をかけてくれる。その声と、向けられた優しい瞳に感謝する。

 (ありがとな、アルベド)

 その姿勢に何度助けられたことか、彼女の存在が自分にとってなくてはならないものになっていくのを実感している。

 「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」

 「それならば、よろしいのですが」

 本当に大丈夫だと、それで納得してもらえたらしい。それはそうと、自分は何を考えていたっけ?

 (ああ、そうか、デミウルゴス)

 今回、彼は自分とは別に動いていたはずだ。

 「アインズ様、デミウルゴスから報告があるとのことです」

 狙ったようにアルベドが告げる本当に彼女の存在はありがたい。

 「そうか、デミウルゴスよ聞かせてもらおうか」

 「かしこまりました。アインズ様」

 並んでいた階層守護者たちから一歩前へと踏み出す悪魔、その姿は、心なしか震えているようであった。

 「まず初めに私はアインズ様に許しを乞わねばなりません」

 瞬間、周囲から彼に浴びせられるのは、憎悪の視線、いったい、なにをやらかしたんだおまえは?と、アインズも少し驚いていた。完璧なデミウルゴスでも失敗することがあるのかと、もちろん失敗は叱らなければならないが、それにしてもその内容を聞かないと、どうしようもない。アインズはできる限りの優しい声、子をなだめる親の気持ちでデミウルゴスに接するべく、言葉を紡ぐ

 「何があった?何、よほどのことでもなければ、不問にするさ」

 「しかし、アインズ様、それでは」

 「デミウルゴス!!」

 叫び声をあげたのは、守護者統括であるアルベドであった。

 「いと優しき、寛大であらせられるアインズ様がこうおっしゃっているのよ。あなたがすべきは早急に事の説明をおこなうことではなくて?」

 「アルベド、大丈夫だ。デミウルゴスなら話してくれるだろう」

 あくまで自分の為に怒ってくれる彼女に感謝しながらも、ここは下がってほしいと仕草で指示をするアインズ、それに、深く頭を下げ従うアルベド、そしてデミウルゴスも覚悟を決めたのか、話し出す。

 「私は今回の出立で失態を犯してしまいました」

 「ふむ?結果を出せなかったということか?」

 「いえ、なんとか、御方のお役に立てるものの獲得に成功はしたのですが…………」

 「どうしたんだ?話してみろ?」

 「人間を殺めてしまいました」

 先ほどからデミウルゴスを襲っていた憎悪の視線が殺意に塗り替わる。当たり前だ、至高の存在、大切な恩人であるアインズの望みは人間の救済にあること、そして、その際の基準。つまり救うべき哀れなる者か、蹂躙する愚か者か、どうするか決めるのは主がすることだ。もちろん例外だっている。あのニグンという男のように、その主に攻撃をしかけた人間であったり、ベリュースなる主を不快にさせた人間などだ。しかし、それ以外の人間は現状放置が彼らの暗黙の了解というもの、だというのに、こいつは殺したというのだ。それだけではない、今や、絶対の支配者である主が元は人間であったことは、周知の事実、それを知ったうえで殺したとあれば、皆、疑わざるをえない。デミウルゴスがアインズに対して、反意をもっているのではないか?と、

 「お待ちくださいアインズ様!」

 「私どもからも話があります」

 「此度の件、デミウルゴス様だけの責任ではありません!」

 不敬にも声をあげたのは、彼の部下である、ブラックスーツを着た者と茨を体に巻き付けた者、キラという名称の織布を身にまとった者であった。

 「ヴェルフガノン!グリム・ローズ!ラスカレイド!立場というものを弁えなさい!」

 当然のごとく上がる統括の言葉と、彼らにも視線が向けられる。それでも彼らは戻るつもりがないらしい。みれば、残りの七罪たちも立ち上がり、アインズに必死の視線を送っていて、その瞳には嘆願の色があった。

 (部下に慕われているな、デミウルゴス)

 これは、アインズにとって喜ばしいこと、ただし、まだことの真実をデミウルゴスから聞けていない。

 「皆、落ち着け、まだデミウルゴスの話が途中だ。お前たちもそんな顔をするな、彼は私にとって、必要な存在だ」

 その言葉にデミウルゴスはこんな時だというのに打ち震える。なんと優しき方かと、そして悔やまれる、自分は何でもっとうまくできなかったのかと、

 「さて、続きを聞こうか?話してくれるな?デミウルゴス」

 「かしこまりました。アインズ様」

 それからデミウルゴスの報告は続く、まずは、アインズの命令でとらえたベリュースから『至宝』の存在を知ったということ、その際にデミウルゴスはこれを見越してアインズはこの者をとらえるよう指示をだされたのだと、説明して、周囲から「お~さすがアインズ様」と歓声が上がるが、当然アインズにそのつもりはなかった。単に、あの男が姉妹に関わる機会を完全に奪っておきたかった。こういう時、親を殺した犯人は、子供の前に引きずりだすのではなく、その存在そのものを忘れさせることが一番のケアになる。

 (そうですよね、やまいこさん)

 アインズとしてはそれだけのつもりであったし、デミウルゴスにしてもその部分は理解していたらしい。でもまさか、あんな男がそんな重要そうな情報を持っていたとは驚きであると同時に心配になってきた。

 (そんなセキュリティがばがばで大丈夫なのか法国は?)

 デミウルゴスの勘違いに関しては今はおいておこう。それよりも話を聞くほうが先だ。デミウルゴスは続ける、至宝の存在とそのありかについて、2つの内、1つはその場所が遠く、時間が足りないが、このナザリックが転移してきた地の近くにある『トブの大森林』であれば、調べることもできると確信をもち、そして、その許可をアインズに求めたということ、

 (ああ、あの時か)

 アインズにも心当たりがあった。というか、そんな大きな話が絡んでいたのかと、驚くばかりである。もちろん表情には出さないけど。そして、許可をもらい、アインズの提案に従い七罪真徒をつれ、現地に赴き、同じように訪れていた、スレイン法国の別動隊と鉢合わせ、交渉、いや懇願の末、譲ってもらったという。これには再び驚かされた。あのデミウルゴスが人間に頭を下げたという。それは七罪の証言からも真実であるらしく、ほかの者たちも驚愕の、特にセバスは信じられないものを見る目を彼に向けていた。

 (俺の為にそこまで)

 アインズはただ、うれしかった。彼は自分なんか目でもない、頭脳をもち、そして人間なんてくだらない存在であることはあの会談のやり取りで聞いていた。本来彼であれば、力づくでその至宝を彼らから奪うことができたはず。だというのに、無駄な血を流したくないという自分のワガママの為に、屈辱的ともいえる行動をした彼に、感謝とこれからもっと力になってもらいたいという思い。何より、彼の幸福が、望みが何であるか聞いて、叶えてやりたいと思う。

 (俺は幸せ者だな)

 だからこそ何があったのか、なぜ犠牲者がでたのか、聞かなければならない。それは彼の主人である自分の果たすべき責任だ。報告はいよいよ核心にせまる。その時、法国の部隊は手を引いてくれたそうだが、まったく関係ない第3者が現れ、力ずくで至宝を奪おうとしたということ。こちらの言葉に耳を傾けず、やむなく彼のスキル、「支配の呪言」で拘束しようとしたところ、そこからは墳墓一の頭脳を持つ彼でも驚かされたらしい。なんとその人物は即座に自らの舌を噛みちぎり、自決したという。

 (何だそれは?)

 「つまり、殺めたというのはその1名ということか?」

 「さようでございます」

 つまり、相手が自殺した訳か、それを聞いたとき、アインズは

 「はっはっはっはっはっはっは!!!!!!!」

 笑っていた。その姿に皆、困惑する

 「アインズ様?」

 「はは、気にするなアルベド、さてデミウルゴスよ」

 その言葉に彼は再び、その身をかためる

 「よくやった。満点ではないが、十分だ」

 「は?」

 「お前は人を殺してはいないさ」

 「しかし、アインズ様」

 デミウルゴスもまた主の優しさに甘える訳にいかないと己を律する、最前はその者の自決をとめ、無力化することであったのだから。しかし、それはアインズにとってはどうでもいい事である。んなもん自殺したそいつが悪い、デミウルゴスは罪の意識を感じる必要はないのだ。しかし、それではこの男は納得しまい。

 「それを言ったら、私は衝動に任せて3人殺しているのだが?」

 「ですが、……」

 「デミウルゴス」

 それこそ、穏やかに語り、優しく彼へと視線を向ける。

 「お前は気にすることはない」

 「かしこまりました」

 「皆もこの件について、これ以上デミウルゴスを責めるようなことは不問とする」

 「「「「かしこまりました。アインズ様!!!」」」」

 さて、話は終わりだ。そんなイカレ野郎のことなんてほっといて、次だ、次だと、アインズは話をすすめる。

 「では本題に入ろう、今回お前が手に入れたというのはその至宝か?」

 「はい、ですが、もうひとつあります」

 「先ほどの人間の遺品か?」

 「その通りでございますが、」

 「気にするな、せっかくだ、こっちで有効に使わせてもらおうではないか」

 「寛大なお言葉感謝します」

 そうして、デミウルゴスがアインズに献上したのは2つのアイテム、何かの種らしき粒と、指輪であった。こうして彼が持ち込んだものがナザリックへと変化をもたらすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

  ???の指輪

 

 

 (ふむ、見たところ植物の種と魔法の指輪といったところか)

 種に関してはあとで第6階層でためしてみるとしよう。まずは、

 「デミウルゴスよ、その指輪を渡してくれるか?」

 「かしこまりました」

 そうして手渡された指輪をみる、特に何の変哲もない指輪、宝石がついているわけでもなく、かといって、表面に文字を刻んでいるわけでもなく、ほんとうになんの変哲もない金の指輪であるが、あのデミウルゴスが関心をよせる以上ただのアクセサリーということはありえまい。アインズはこの場で実験することを決める。

 「よし、せっかくだ。ここで試してみるとしようか」

 「アインズ様、それは危険かと思います」

 「それでも、これ以上の機会もそうそうあるまい」

 それは本音半分、本当はこの未知を試してみたいという好奇心からだ。忘れがちだが、彼は支配者の前にあのYGGDRASIL(ユグドラシル)のプレイヤーなのだ。

 「かしこまりました。しかし、十分にお気をつけください」

 「ありがとうアルベド、お前のその優しさに感謝しよう」

 「い、いえ、もったいなきお言葉、それに当然のことであります。…………………愛しきアインズ様」

 「ああ、ありがとう」

 彼女は時折、こうして自分への愛を呟いてくる。それをきいて、なんとか痛む胃をおさえながら。アインズは皆に振り返る。

 「皆、よく聞け、これから私はこの指輪の実験をおこなう。まあ、これを指にはめてみるだけだが、そして、もしも私に何かあれば、以降、アルベドの指示に従い、《楽園計画》を遂行せよ」

 「「「「かしこまりました。アインズ様」」」」

 その声にいつもの覇気はないものの皆、一定の理解は得られたらしい。まあ、この謎の指輪も大したものではないと思うが。

 (さて、)

 意を決して左手の人差し指に指輪をはめる。アインズを光が包み、骨だけの体に何かまとわりつく感覚が駆け巡る。しかし、恐怖感はなく、不思議な高揚感をアインズは感じていた。まるで、思い出すようであった。楽しかったあの日々を、

 (特に変化はないな)

 それが結果ではあるものの、周りの反応は違った。

 「ア、アインズ様」

 アルベドは顔を真っ赤にして両手で覆うと思うと、湯気を出して、倒れてしまった。

 「アルベド!どうしたんだ!大丈夫か!」

 急いで、彼女の元に駆け寄り、ゆすり起こそうとするが、

 「おやめください。アインズ様、それ以上さわられると、死んでしまいます」

 彼女は何を言っている?と、そこでアインズは彼女へ向けた己の手に気付く、そのいろが白でなくて、肌色であることを。その指の先に確かに爪があることを。

 (まさか、)

 次に自分の頬をなでる。感じるのは指紋で、頬肉を押していると感じる独特の弾力。そして目の前の臣下たちの様子を改めて確認する。目を輝かせている者、真っ赤になっている者、感嘆の声をあげる者、様々であった。

 「ああ、なんと、凛々しき御姿か、アインズ様~」

 「ソレガ、アインズ様ノ真ノ姿デゴザイマスカ」

 「「かっこいいです!アインズ様ぁ!」」

 「アインズ様、こちらをどうぞご覧ください」

 デミウルゴスがもってきたのは、何の効果も持たない。ただの姿見、そしてそこに移っているのは。

 (本当に、そうなんだな)

 間違いなく、《リアル》におけるアインズ、もといモモンガのアバターを操っていたであろう人物

 

 鈴木悟

 

 そのものであった。

 

 結果として、その指輪の正体は『人化の指輪』であることが判明した。それからいろいろ、その指輪をいじって、調べてみたところ、一度変わったら、二度と元に戻れないということはなく、特定のポイントを爪でひっかくようになでることで、アンデッドと人間の姿を自在に変えることができた。そしていまだ、倒れたまま起きないアルベドを一般メイドたちに任せて、実験の場所をコロッセオにうつし、いろいろ試してみたところ、驚くべきことに、人間のときでもモモンガとして習得した魔法やスキルが使用可能だということ。身体能力なども引き継がれているということ。その上で、飲食、睡眠が可能な体であり、おそらく生殖機能もあることであろう。

 (これはすごいな)

 これをうまく使えば、もっとこの世界のことを知ることができる。一番は、食事事情の調査か、できる者に任せてもいいが、自分でやるのが、一番であるのも確かだ。今思いついたのはそれくらいだが、もっと活用法はあるはずだ。

そうなると、次に気になるのは

 (一体、何者だったんだ?)

 この指輪の元の持ち主であろう、自殺した人間に興味がいく。試して分かった。別にこれはアンデッドに関わらずほかの亜人種などで試しても「人化」できることであろうこと。しかし、それはつまり、人間以外がもって初めて意味をなす。その人間は何でもっていたのか?単にこの効果を知らず。本当にアクセサリーとして、つけていたのかもしれない。何にしても当の本人が死んでいるのであればもう真実を知る機会は、ない。蘇生をおこなえば、分かるかもしれないが、そこまでする必要もないだろう。今はそんなことよりもやることはたくさんある。アインズはせっかくなのだからと、その姿のまま、次の目的地へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

  

  墳墓にもたらされたもの

 

 

 人間の姿となった支配者は第6階層の中心ともいうべき場所へと足を運んでいた。今、ともにいるのは、デミウルゴスにパンドラズ・アクターの二人に、この階層の守護者である双子たちだ。

 「さて、次の実験を始める前に、今一度確認しなくてはならない。アウラ、マーレ、本当にこの地にこの得体の知れない種子を植えて問題はないか?」

 「何をおっしゃいますかアインズ様!あたしたちに遠慮なんて気にする必要はありません!」

 「そ、そうですよ。お姉ちゃんの言うとうりです。それで、アインズ様のお役に立てるなら」

 下手をすれば、この階層を破壊しなくてはならないというのに。優しい子たちだ。アインズは我が子を愛しむようにその頭に手をおいて、なでてやる。アンデッドだった時とちがい、2人の金糸のごとく輝く髪の質感に、ほのかな熱、温かみのあるさわり心地のいい頭の感触をよりダイレクトにその手に感じていた。その何ともいえない気持ちよさが、よりなでる手に力を入れる。双子の顔から階層守護者としての威厳は完全になくなり、そこにあるのは、ただ、親に愛されて幸福を感じる子供のものであった。

 「ありがとう、感謝しよう」

 「う、うぅ」

 「えへへ」

 「パンドラズ・アクター、緊急時には頼むぞ」

 「お任せ下さい!我が創造主!」

 言動のたび、大げさなポーズをとってみせる彼にアインズのないはずの肺が圧迫され、痛くなる感触を感じるが。今はそれに構っている暇はない。

 「デミウルゴスよ、この辺りでやるとしようか」

 「ええ、それがよろしいかと、」

 ここまでそれを運んできた彼から、今回の主役たる謎の種子を受け取る。

 (さて、どうなるかな?)

 マーレに適当に穴をあけてもらい、その中心に種をおき、再び土をかけ、少し水をかけてもらう。もし、これが何の変哲もないただの植物の種であれば、芽をだすのに、それなりの時間を要するだろう。しかし、デミウルゴスの、あるいは法国の見立て通りその種が至宝、何かしらのマジックアイテムだというのであれば、すぐに変化があるはずだ。そしてそれは、すぐにおこった。芽を出したと思うと、あっというまに成長する木、まるで、そのてのビデオの早送り映像をみているようだ。そして、ほとんど時間をかけずに成長したその大樹をみて、

 

 「…………………」

 「あの、アインズ様?、………!アインズ様、泣いてらっしゃるんですか?」

 アウラが驚きの声をあげる。そう、支配者は涙を流していた。なんでもないと、周りの者に仕草で伝える。

 (そうか、そうだったんだな、これは)

 アインズの胸をしめるのは、もう戻ることない過去を思っての哀愁。初めてYGGDRASIL(ユグドラシル)に訪れた時、最初の町にて、初心者プレイヤーをむかえた存在。運営が散々自慢していた存在。すなわち非公式世界級(ワールド)アイテム、その世界の看板であり、広告塔であった存在

 

 

 世界樹ユグドラシル

 

 ということである。やがて、大樹は実をならした。その見た目は普通の樹の実ではなくて、いわゆる水晶のようであった。見間違えるはずがない。データクリスタルそのものである。おそらくは、ユグドラシルという名のこの大樹の効果は、

 「溢れる無限の魔力(データ)といったところか」

 それは、とても大きいことであった。みたところ、クリスタルは先ほどから、雨のように降り続けている。なったと思ったらすぐに落ちて来る。やがて、大樹の根本はクリスタルの山ができていた。調べてみたところ、それはゲーム時代と変わらず、アイテム作成に使えることがわかり、さらにうまくやれば、まったく新しいアイテムを作れる可能性があることが分かった。まあ、そう確信するにいたったのは、アインズが元の世界で何度か見たことがある実にしょうもないものができたからだけど。何にしてもその意味は大きい。

 

 「デミウルゴスよ、本当によくやった。これでスクロール等の消費アイテムや、必要なアイテムを造ることができる」

 それは、資源の残量を気にすることなく計画を進めることができるだろう。そしてナザリックの状態を確認したところ、その運用にコストはまったく必要ないらしく、何の変哲もないのが、何よりでかい。

 「ありがたき、お言葉、しかしながら、これは偉大なるアインズ様に対する世界が送られし祝福であるかと」

 「ははは、それはそうかもしれんな」

 ふと思い出すのは、エモット姉妹の勘違いであった。

 「時にデミウルゴス」

 「何でございましょう?」

 「この世界に神、あるいは、それに近い存在はいると思うか?」

 その話を持ち出した瞬間、デミウルゴスの顔に喜色が浮かんだような気がする。

 「いたとしても、それらはすべてアインズ様の前に跪くべき存在であるかと」

 自然に最上位たる存在に喧嘩を吹っ掛ける悪魔に、アインズもまた内心笑っていた。彼らの自分に対する評価がどれだけ高いのか知ったような気がする。そして、案外、それが、彼の望みかもしれない。

 (そうだな、そうだよな)

 自分がやっているのは、この世界に新たな世界を造ること、それこそ、常識も伝統もすべて破壊するかもしれない。そうなったとき、もしもこの世界をつくったもの達がいれば、面白くは思わないだろう。話あいですめばいいが、そうなる可能性は限りなく低い気もする。これも自分が目指す頂の途上だろう。

 「ああ、お前の言う通りだ。必要があれば、私は神を名乗るとしようか」

 「おお、アインズ様」

 「だからこそ、これからも頼むぞ。お前の英知と手腕は、私にはないものだからな」

 「何をおっしゃいますか、アインズ様。すべてはあなた様の描く盤上の出来事にすぎないのでしょう」

 「ははは、それもそうかもしれないな」

 きっと彼なりの冗談であると同時に自分に対する称賛なのであろう。もちろんアインズとて、ふざけて神になるといったわけではない。自分の目的、ワガママで始まった。世界を巻き込む計画、すでに一つの国を対象として、盛大に宣言してしまっている。で、あるならば、これも一つの責任であろう。神を目指すのも、また

 

 その言葉をうけて、悪魔はその微笑みに無意識ながら力を入れていた。

 

 

 さらなる変化

 

 「我が創造主よ!これをご覧ください!」

 第6階層での実験のすべてを終えて、一度その場で解散した後、アインズは第9階層にパンドラズ・アクターと共に、赴いていた。そしてそこでアインズが目にしたものは、

 (これは?なんでこんなところに?)

 それは、まぎれもなく、かつてアインズがいや、鈴木悟が《リアル》で目にしていたもの。すなわち、現実世界の書物であったり、趣向品を始めとした。様々な物品であった。手にとってみてみれば、間違いなく、版権だったり、著作権に引っ掛かるようなものばかり、それが、宝物殿を彷彿とさせるように、第9階層の一室にあふれていた。まさかと思うが、これもあの世界樹の影響であろうか?そして、

 (至宝の正体は世界級アイテムなのか?)

 デミウルゴスの得た情報によれば、全部で4つあり、そのうち2つ、ありかがわかり、回収部隊を向かわせていたということ、そして、1つは、デミウルゴスが獲得した。もう一つは法国が獲得したとみて、いいだろう。では後2つあるはずだ。それはどうするべきか?アインズの収集魂がレアものはなにがなんでも手に入れたいとその胸に欲求を叫ぶが、

 (そんなことをしている暇はない)

 そう、今は大事な計画の遂行中、その為の行動を優先すべしだ。ただあの樹の効果が凄まじいものではあることも確認している。気には止めておくべきか、ふと、目に付いたのはカードケース

 「トランプか」

 それは、ゲーマーであれば、いやそうでなくても、知らないものがいない有名なカードゲーム。思えば、ここまで根を張り詰めすぎていたかもしれない。

 「パンドラズ・アクターよ、これから少し、これで遊んでみないか?」

 「おお!我が創造主よ!そのようなお戯れに私を呼んで下さるとは、光栄の至りでございます」

 「そう、大げさになるな、これのルールはしっているか?」

 「分かりません!創造主よ!」

 「ああ、やっぱりな、では私が教えるとしよう。まずは、ババ抜きか?」

 2人でできなくもない。しかし、どうせやるならもっと人数がいたほうがいいかもしれない。しかし、皆忙しく、働きまわっているはず。ここは、アインズは何故かため息をつきたくなるも

 (たまには、親子2人というのもいいかもな)

 言動こそ痛々しくあるも、こいつも自分のワガママに付き合ってくれているのだ。たまには遊ぶのもいいだろう。そんな親心で始めたカードゲームであったが、

 

 数分後

 

 「パンドラズ・アクター!、お前、強すぎだろう!」

 「しかしながら、創造主よ!手加減は不要と!」

 「始めた瞬間、静かになるのはやめろ!なんだその姿勢は!」

 「私なりに本気で創造主と戯れる為でございます!」

 「それはお前ではないだろ!それに何だ!少しインチキではないか!」

 「何がでございますか?」

 「その顔だよ!その顔!ドッペルゲンガーのその顔!ポーカーフェイスも糞もないだろ!」

 「それを言いだしたら、創造主は骸骨なので、いい勝負になるのでは?」

 「俺はいいんだよ!何だお前、チートすぎるだろ!」

 「お褒めに頂、幸せでございます」

 「よかったな!それはそうともう一回勝負だ。次は負けん!絶対勝ち越してやる!」

 「望むところでございます創造主よ!」

 

 おもいのほか熱中している支配者がいた。

 

 

 

 「がらにもなく楽しんだな」

 ようやく胸の高揚がおさまり、アインズは一度、自室に戻る予定であった。これからやることは多い。そして、楽園作りの為、参考になる資料はどういう訳か、たくさん来たわけだし、あのユグドラシルを使えば、材料にも困らない。なにより、一時的でもナザリックの運営費用をどう稼ぐか考えなくていいのは助かる。そして、自分なりに思いついたことがある。今はまだ誰にもいえないが、その為にも作業場をつくらなくてはならない。

 

 「ん?ソリュシャンではないか、???、どうしたんだその格好は?」

 「これはアインズ様、これはアルベド様方の指示でございます」

 「アルベドたちが?」

 

 プレアデスの一人であるソリュシャン・イプシロンが身にまとっていのは戦闘用の改造メイド服ではなくて、一般メイドが着ているものと何ら変わらないものであった。その理由も聞かせてもらった。現在、アルベド、イブ・リムスを中心に王国の調査、その方法を様々な方向から検討しており、現在彼女がしているのは、その一つに、アンダーカバーを作って潜入するというもの。潜入といっては、大げさに聞こえるが、ようは、人間のふりをして、現地人としてなじむことからやるらしい。それと現在の彼女の服装がどう関係しているかといえば、彼女の能力をかってのことだった。ソリュシャンは異業種が多いナザリックの中でも、比較的、人に化けるのに何ら苦労はしない。さらに所有している職業の関係上、彼女はそういった仕事にむいているとさえいえる。その際、彼女には普段通り『メイド』として、参加してもらうこと。これは、イブ・リムス曰く「できるだけ普段と変わらない人物づくりのほうが、高い精度と結果をだせる」というものであった。確かにこの世界にも貴族だとか、豪商などが、使用人として執事やメイドを使っているという話は聞いている。そしてその際、あの改造服では目立つわけなので、今のうちに有る程度普通のメイド服に慣れておけという指示だったという。

 (それにしても)

 「さすがソリュシャンだな、何を着ても似合うな」

 つい、口にでていた。実際普段の彼女と違う姿は文字通り、どこか西洋の家柄につかえる一流のメイドであった。その言葉をうけたソリュシャンはやや動揺しそうになるもなんとかそれを顔に出さず。

 「さすがは至高成るアインズ様、世辞も一流という陳腐な言葉で表現できないほどとは」

 それは今の彼女ができる限りの照れ隠しであったのだろう。しかし、そんな心情をまったくさっすることができないアインズは

 「別にお世辞というわけではない。本当にきれいだ。その一言しかでてこないさ。今のお前をみていたらな」

 本人としては子をほめる親の気持ち、いつか嫁にいくのであれば、きっと自分は泣くだろうと考え、そして、最後にあった友人の顔を思い浮かべ

 (絶対この子を幸せにしますから見ていてくださいヘロヘロさん)

 決意を新たにしている訳だけど

 

 (そんなことをいわれては、……ふふ、これはナーベラルの気持ちが分かるというものね)

 双子のように仲がいい姉妹と違い、明確に自分の心の変化を自覚している従者がいて、つまりは、無自覚に騒動の種をばらまく支配者がいるのであった。

 

 

 

 ある夫婦の語らい

 

 ウィリニタスは気味の悪い赤ん坊の人形を持ち、その扉を開けた。視界にはゆりかごを揺らしている黒髪の女性がいた。彼は今すぐにでも抱きしめたい衝動をなんとかおさえながら次の変化をまつ。

 「ちがうちがうちがうちがう」

 ああ、いつ聞いても川のせせらぎを思わせるような綺麗な声だ。

 「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!!!」

 彼女はなんとユーモラスな女性なんだろうつくづく可愛らしい。ついで壁や床に現れた腐肉赤子(キャリオンベイビー)たちをみて、感謝する。いつも妻と一緒にいてくれて、と

 「おまえおまえおまえおまえ、こどもをこどもをこどもをこどもをさらったなさらったなさらったなさらったなぁあああ!」

 鋏を手に疾走する妻に

 「あなたの子供はここですよ」

 人形を差し出す

 「おおおお!」

 その人形をゆりかごに戻し、

 「よく来てくれました愛しき夫よ」

 「ええ、来ましたよ愛する妻」

 抱きしめて筋肉むきだしのほうをなでてやり、その唇のない口にキスをする。夫婦の挨拶としてはだいぶ初歩的な部類に入ると思う。

 「そう、あの娘がね」

 「ええ、伝えたのですよ」

 「それで?アインズ様の答えは?」

 「まだ、としか」

 「そう」

 異変が起きてからここに訪れるのはこれが初で、それまであったことを話してやる。彼女も妹の恋心を普段のやり取りから察していたので、そこは気になるらしい。

 「それにしても、そんな事がね」

 話はそれから、主が行う計画のこと、その為にナザリックが動いていること、その為、もしかしたら、彼女にもここを出てもらう必要があるかもしれないことと伝える。主に頼まれていたのはその伝言であった。

 「ええ、アインズ様の命令であれば聞くわ、それにしても」

 彼女は何か言いよどんでいるようであった。

 「あの娘は、スピネルは元気かしら、それにあの子だって」

 「二グレド、あの娘も君の妹なのだろう?そんな言い方は」

 そう、彼女の妹は2人いる訳だが

 「私はあの娘が嫌い、あれは私たちとはまったく違う創造をされた者、いつか絶対ナザリックに災厄をもたらすわ」

 「大丈夫ですよ、アインズ様と僕がそんなことにならないよう尽力するから」

 「でも」

 「信じてください、あなたの夫を」

 ウィリニタスとて、もう一人の義妹であるルベドのことは知っているし彼女が危惧していることはある程度理解はしているつもりだ。それでも、

 「あの娘をそんなに嫌わないでください。そこはアルベドも同じことをいうと思うよ」

 姉妹には仲良く笑ってほしいと思う。妻が末妹を避けているのもすべてはナザリックをおもってのものだと知っているから

 「ええ、あなたに、統括たるあの娘がいうのであれば、わたしからは何も言わない。それにあなたのほうは大丈夫なの?」

 「なにがですか?」

 「だって、あなたにとって、人間は」

 彼女の口に指を添えてやる

 「ええ、確かに今でも人間を視界におさめただけで、強い吐き気に襲われますよ。――それでも」

 「それでも?」

 「こうして、あなたに気遣いの言葉をもらうだけでどうでもよくなる程小さいものだ、それにアインズ様には返しきれない恩義があるからね――もちろんそれだけではないけど、あの方のため。これからも尽くすだけだよ」

 最後まで自分たちを見捨てなかった主の為ならば、本当にささいなことだ。妻もそれを聞いて安心したらしい。

 「改めて、ルベドのこと、それに、あの子のこと、アインズ様にお伺いをたてなくては」

 「ええ、それはあなたにお願いするわ。それで……」

 それは、たとえ皮膚がなくても何かを憂いていると分かる表情。

 「はは、まだここにいますから、そんな顔をしないでください」

 本当に愛おしいと思う。彼女と出会えたこと、至高の方々、その41人に感謝しなくてはと、改めて彼は、主への忠誠を確かめるのであった。

 

 

 微笑む悪魔と堕落する武人

 

 

 デミウルゴスは第6階層でアインズと別れたあと、ユグドラシルから出たデータクリスタルをもって最古図書館(アッシュールバニパル)の製作室の一室にて、主から頼まれていたことをやっていた。そしてその結果をだし微笑んでいた。主の見立てとおり、そのクリスタルを用いれば、あらゆるアイテムがつくれることが判明した。一番大きいのは、スクロールがいくらでもできること。これなら、より計画を進めることができる。主のもだが、己の計画も、

 

 「デミウルゴス、少シ良イカ」

 「ええ、構いませよ、コキュートス」

 入ってきたのは、親友たる昆虫の王であった。最近、彼に軍隊の運用など様々な相談をもちかけられるので今回もその類だろうか、

 「今回は何のようですか?また例の件ですか」

 「イヤ、今日来タノハ、デミウルゴス、オマエト話ヲスル為ダ」

 「??、話とは?」

 いつもと違う親友の様子にデミウルゴスもまた、話が長くなりそうだと、改めて紅茶をいれなおす。それをカップにいれ、一つを彼に渡してやる

 「さて、それでは聞こうか?話とは?」

 「オマエガヤロウトシテイル事ダ」

 さすが武人というべきか、余計なことは言わずに直球できた。本当に自分がやろうとしていることは主の役にたつのか、主が望まれることか?ということであろう。

 「ふふ、それについては大丈夫ですよアインズ様も認めてくれましたから」

 そう、主は必要があれば、神を名乗るといってくれた。やはり、自分の見立てに間違いはないと、喜ばしく思うと同時にもっと精進せねばと思う。

 「ソレニツイテハヨク分カッタ、ガ、他ノ事ハドウナノダ?ソレハアインズ様ノ望ムコトナノカ?」

 彼の言葉が冷気と共に放たれる。部屋の温度は急激に落ちていく。確かに自分がやろうとしていることのもう一つは主の意に沿わないかもしれない。それでも心境の変化というものはいつかある可能性もある。なにより、それが叶った時には、

 「コキュートス、君はアインズ様のお世継ぎ達にも忠誠を誓い、仕えたいとは思わないか?」

 それは悪魔の誘い、瞬時にコキュートスの脳裏を駆け巡るのは、甘美なる夢、主の子供を背に乗せ、馬となって、戯れている光景、「じいや~」と呼んでくれる幼き、主の子供とそれを笑って受け入れている自分がいて、やがて、成長したその子に剣の指南をしたり、その下について戦場を駆ける自分を想像して。

 「分カッタ、オマエヲ信ジルトシヨウ。デミウルゴス」

 「信用してくれて何よりだよコキュートス」

 己が欲望に敗れ、悪魔に加担することを決めてしまう武人がそこにいた。

 

 

 

 

 戦士長の新たな試練

 

 ガゼフ・ストロノーフは自らの騎乗する馬を何とか()()()()()激しい動きを再現をしようとするも、

 

 「がはぁ!」

 やはりそんな奇行うまくいくはずがない。

 「無理ですよ戦士長殿」

 副長が呆れたように声をかけるもガゼフは諦めるつもりはない。何故こんなことになったのかと副長は嘆く、事の発端はカルネ村での一件が終わり、アインズ・ウール・ゴウンなる人物と別れるときに言われた一言、

 

 『聞いた話ですと、ストロノーフ殿は馬を眠ったまま操る術をもっているとのこと、機会があれば、見せていただきたいものです』

 

 どこからそんな話を聞いたのだと驚くが、心当たりがない訳でもなかった。ここ最近の睡眠不足と、それに伴って、あれを貴族に見られたのかもしれない。そして、嫌がらせの一環で、そんな噂をながしたのだろう。それを聞いた旅人のゴウンが誤解したのだろう。

 「やはり、説明をすべきでしょう」

 「俺にはそんなことできん」

 「何故ですか?こんなバカげた芸当」

 「男の意地というものだ」

 ガゼフはあの時、確かにあの魔法詠唱者が期待の眼差しを自分にむけていたように感じたのだ。ならば、その期待に応えねばならないのが男というものではないだろうか?こうして戦士長はある意味奇怪な芸を身につけるため、奮闘するのであった。

 

 

 ある神官の懺悔

 

 

 「どうして、」

 食べたものがすべて、胃を逆流して、口からでてしまう。ここ最近ずっとだ。それだけではない。日々、だんだん体が衰弱していくようであった。手足に力は入らず、めまいも酷かった。

 「どうしてですか、アインズ・ウール・ゴウン様!」

 自分は確かにかの御方の言うとうりにした。なのに、なんで、どうして、

 

 「お許しください。おゆるしください、おゆるshikudasai、」

 

 結局のところ彼を襲っているのは単なるストレス性障害というものであるが、ある恐怖を味わってしまった、彼にそれに気づく余裕はない。

 

 

 

 ????

 

 

 「おーいって、おいおい~」

 奇妙な呼びかけに目が覚める。どうやらだいぶ長く眠っていたらしい。たいしてうまくもない空気をすって、周りの状況を確認する。移動中の馬車の中であった。

 「何だよ?一体?」

 「その左手だいじょうぶか~」

 腕に力をいれれば、左手、唯一残った親指が芋虫のように蠢く、どこか他人ごとであった。

 「まあ、なんとかなるだろ、俺、右利きだし」

 「そうか~」

 実際その通りであるし、別に命なんて大した価値もない。

 「それより~さ~」

 「何だよ?」

 「あれ~ひつようだったのか~?ただの鏡じゃねええか~」

 ああ、あれか、確かに大変ではあったが、

 「クライアントの指示だ。何か意味はあるだろ」

 あれが何なのかさっぱりであるものの連中が無駄な事をするとは思えない。

 「次はどこだっけ~」

 「エ・ランテルだろ?あとは現地についてからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回から第2章はいります。よければ、同時投稿の人物紹介もどうぞ。


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独自設定人物紹介その1

 この項目では、作者がこの物語を盛り上げる為に作った。オリジナルキャラクターたちの紹介をしていきます。また独自設定山盛りでお目汚しになるかと思いますが、良ければどうぞご覧ください。


 

 

 

 ウィリニタス  

         深き家族愛に生きる悪魔

 

 役職ーナザリック地下大墳墓守護者統括補佐

 

 住居ー第8階層のいずこ

 

 属性(アライメント)ー極悪ー[カルマ値:-750]

 

 種族レベルー小悪魔(インプ)-10lv

       淫魔(インキュバス)-10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベルーエネミーコントローラーー10lv

       ジェネラルー10lv

       アルケミストー10lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]-計74レベル

  種族レベル取得総計31レベル

  職業レベル取得総計43レベル

 

 元、ナザリック地下大墳墓、第7、第8、第9階層の守護者にして、二グレドの夫、アルベド、ルベドの義兄にあたる存在、普段から柔らかい笑みをうかべ、慈悲深く、さすがは、アルベドの義兄だというのが、アインズを始め、ナザリック地下大墳墓一同の評価だが、カルマ値をみて、わかるとおり、本来の彼は残虐非道な性格であり、特に人間に対する感情は墳墓でも1,2を争う憎悪である。これはデミウルゴス等の「いたぶって殺したい」、ナーベラル等の「軽視、及び無関心」とは違い、ただ、純粋に「汚らしい、汚らわしい、視界におさめたくもない」というものであり、というか、仕える主が元人間だと聞いて、よく発狂しなかったなと、作者も褒めてやりたい。そんな彼がその本性を億尾にもださないのは、アインズに対する恩義、そして何より大切な義妹たるアルベドの為である。さて、そんな彼の今の関係を位置づけることになった二グレドとの結婚であるが、かつてのギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー総員としては、遊び半分、おふざけ半分、祝福感ゼロという悪魔で、遊びの延長でしかなかった。(当然、アインズはそれをしっており、彼に対して、複雑な感情を抱いている)しかし、その結果、ナザリックが転移した世界の危機が一つ減ったというのは、何とも皮肉な話である。それほど家族愛とは偉大なものか。余談ではあるが、彼の製作には、たっち・みーも関わっており、片目を宝石にするアイデアは彼のもの、デミウルゴスのデザインにも影響を与えていたのかもしれない。

 

 

 

 

 グリム・ローズ

           分離、合体可能な七罪筆頭

 

 役職ーナザリック地下大墳墓第7階層守護者直属

 

 住居ー第7階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)-中立~悪ー[カルマ値:-100]

 

 種族レベル―寄生虫(パラサイト)ー10lv

       魔性植物(マンドレイク)-10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベルートラッパー10lv

       マタドールー7lv

       ナイトー15lv

        ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]ー計56レベル

  種族レベル取得総計25レベル

  職業レベル取得総計34レベル

 

 デミウルゴス直属《七罪真徒》のまとめ役にして、《強欲》の刻印を持つ人物。抑揚のない言葉遣いは機械音を思わせるが、そもそも本人の口から出ている音でもないため、そう聞こえるのも仕方がない。強欲を冠してはいるものの、欲深いどころか、ほとんど無欲といってもいい。いや、一つだけ、彼が求めるものがあるとしたら。それは、人間の死体である。まあ、それも別にそういう趣向というわけではなく、必需品であるためだが。分離、合体と聞くと、やたら、金属音が鳴り響く男の夢とロマンを感じさせるあれを思い浮かべるが、彼のそれは、あくまで人体を無理やり、縫合、繋ぎあわせることの延長でしかない。職業など見てもわかるとおり、彼は戦闘においては、珍しい後出しタイプ、要は、相手のほうからしかけさせ、罠に引っかかるよう誘導する戦闘スタイルである。

アインズが言っていたように、拘束、束縛に特化した能力をもっており、彼につかまれば、この世界の人間はまず、生還は叶わない。さて、そんな彼が何故七罪のまとめ役であるかといえば、それはその能力をかわれてのこと、つまり、仲間?同僚?が問題をおこしたときに、すぐに治めることができるため、というかそんなしょっちゅう問題をおこす七罪真徒とは、彼らが揃った時、どうなるかは、まあ、作者の力量があれなので、あまり期待はしないでいただきたい。

 

 

 

 

 ガデレッサ

         心優しき巨漢

 

 役職ーナザリック地下大墳墓第7階層守護者直属

 

 住居ー第7階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)-善ー[カルマ値:200]

 

 種族レベル再生男(フランケンシュタイン)-10lv

 

 職業(クラス)レベルークラッシャーー15lv

       デストロイヤーー15lv

       モンクー5lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]ー計55レベル

  種族レベル取得総計10レベル

  職業レベル取得総計45レベル

 

 七罪真徒所属《憤怒》の刻印を持つ大男。彼の拳はすべてを砕く。これは、本来破壊不能であるオブジェクトでも対象にできるため、人知れずアインズの胃痛の原因の一端となっている。現在ナザリックでは、多くのものが、何とか意思疎通できるなか、彼はいまだしっかりした声を発することができず。その言葉を正確に訳せるのは、グリム・ローズを始めとした数人のみ、といっても普段の彼は言葉など使わなくてもその身振りや、雰囲気で大体の心情は察することができるので、特に不便はない。彼が憤怒に選ばれたのは、その溢れる怒りから、しかしながらその怒りはいつだって、弱いもの、人間の為のものである。本来七罪真徒たちは、自分たちの仕えているデミウルゴスとセバスの仲を把握しており、よくもわるくもセバスとは距離をとろうとしているが、彼だけはしょっちゅう手合わせの為、第9階層に赴いていて、よく拳を交わす姿が見られたという。その関係でエドワードとも仲がいい。

 

 

 

 

 エドワード

         無自覚なるバイオレンス少年

 

 役職ーナザリック地下大墳墓執事見習い セバスの一番弟子(by自称)

 

 住居ー第9階層にて与えられた使用人室の一室

 

 属性(アライメント)-善ー[カルマ値:150]

 

 種族レベル鬼人(オーガ)-5lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベルーバトラーー15lv

       シュラー15lv

       

 

 [種族レベル]+[職業レベル]ー計50レベル

  種族レベル取得総計20レベル

  職業レベル取得総計30レベル

 

 執事見習いという存在としてかつてのギルド、アインズ・ウール・ゴウン最年少のギルメンによって創造。セバスやペストーニャの指導のもと、日々精進している。実は彼に設定というものはほとんどなく、それはつまり、セバス同様、創造主の性格をより反映したものとなっている。もっといえば、彼のセバスに対する態度というのは、彼を創ったギルメンのたっち・み―に対する姿勢そのものだったりする。ほかの者たち同様。大墳墓、もとい、支配者である。アインズに対する忠誠心も非常にたかく、それを覆すような発言をする相手には本人も無意識的に拳を振るうという悪癖がある。が、それを受けているのは今のところ、執事助手だけだったりする。基本的に人懐っこく、あたりもいいため、わりと交友関係が広い。一般メイドたちからも可愛がられており、その様はユリ曰く「ダメな弟を見守る姉の心境」とのこと。そんな彼自身、例外1名をのぞいてナザリックの臣下、そのすべてに敬意を払い、よほどのことがない限り、呼び捨てなどは絶対にしない。

 

 

 

 グリス・ド・ノードン

              最も使命に燃えた男

 

 役職ースレイン法国特殊部隊所属

 

 住居ー法国内の兵舎

 

 職業(クラス)レベルーナイトー4lv

 

アインズが衝動的に殺した人その1、才能がそんなにあるわけではないのに、やたら使命感だけは高く、そのため、ほかの者たちからも敬遠されていた。どういう訳か、あのニグンに憧れていたところがあり、いつか陽光聖典に加わり、彼の元で働き、その身を盾にするという分不相応すぎる夢をもっていた。しかしながら、今回の件でアインズが陽光聖典たちを、ニグンを殺さずに使者としてスレイン法国に返す選択をしたのは、彼らとのあまりにも一方的な戦いがその理由だったりするので、彼は結果的にではあるが、その夢を果たしたということになる。

 

 

 

 ロッド・クタム・スバリウス

                最も家族を愛した男

 

 役職ースレイン法国特殊部隊所属

 

 住居ー法国内の自宅

 

 職業(クラス)レベルーナイトー6lv

       クレリックー2lv

 

 アインズが衝動的に殺した人その2、家族を養うため、部隊に参加している男。父は食堂を経営しており、母は六色聖典のいずれかの所属であった。妹に、ミーナ・クタㇺ・スバリウス、レナ・クタㇺ・スバリウスがいる。故国に対する疑念がうまれたのは、おそらく、自身もまだ幼いころに両親を亡くしたため、母は任務中に殉職、父はある事故に巻き込まれて亡くなってしまった。それから必死に働き、現在の地位を手に入れた努力家でもある。父の食堂は現在上の妹のミーナが切り盛りしており、中々評判はいいらしい。また、赤ん坊の時に両親を亡くしたレナにとって、兄と姉は、まさに親代わりであり、なにかあるたびに抱きついて甘えたという。別にそれが関係している訳ではないだろうけど。彼はミーナと実の兄妹でありながら、恋愛及び肉体の関係にあり、帝国に赴いた時、「3人兄妹」ではなく、「3人家族」として入るつもりであることを彼女と決めていた。

 

 

 

 ミラン・セクト・アレレク

               最も自分に正直に生きた男

 

 役職ースレイン法国特殊部隊所属

 

 住居ー法国内の兵舎

 

 職業(クラス)レベルーナイトー5lv

アインズが衝動的に殺した人その3、まさに自身の内からあふれる性欲にまかせて生きてきた男であり、彼のせいで人生を壊された女性はたくさんいる。なんでそこまで、女性が寄って来るかといえば、そこそこ整っていた容姿と以上の本心を一切表に出さないその狡猾な性格からか、それでも任務中にも発情していたのは、部隊内の何人か知っていたらしく。密かに「いつか罰があたる」なんて言われていた。本人は気にしなかった。「そんなもんただの迷信だ」と、そして、今回、罰があたった。といっても、彼の場合、無事生還できたとしても、翌日には死体になっていたはずなので、実はここらあたりが、彼の人生における終着点だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 最後に

 

 こんな、駄文、及び駄作に付き合っていただき感謝いたします。オリジナルキャラクターというのは、基本敬遠されるものですよね、皆さんアインズ様の活躍を読みたくてここに来ているわけですから。では、何故こんなにたくさんのオリキャラがいるかというと、原作を読んで、シャルティアやコキュートスを補佐するキャラクターを作れば、ナザリックはもっと盤石になり、アインズ様も安心できる!のでは、という非常に安直な理由です。え、その割に返って足を引っ張りそうなのが、ちらほらいるだろ?ええ、それは(汗)、まあ、置いといて、イブ・リムスや双腕などは、上記の理由で作らせてもらいました。では七罪真徒は何でか?というと、作者はセバスとデミウルゴスのあの関係、そりは合わないが、同じ主君の為、全身全霊でその役目に準じるという、あの関係性が大好きで、セバスには、部下としてプレアデスという姉妹チームがいますが、デミウルゴスには、特にネームドキャラとしてチームのような存在がいない。じゃあ、作ろう!そんな流れです。苦手な方はごめんなさい。

 

 せっかくので、次章予告をしたいと思います。

 

 次章「語られるは漆黒の英雄譚」

 

 主演 漆黒の戦士モモン

 ヒロイン 美姫ナーベ

 追加キャスト 戦鬼レヴィア

 

 テーマ「気づくは己が想い」

 

 では、あまり期待しないで、次の更新をまってくれればな、と思います。ではではー

 

       

 

 

 



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第2章 語られるは漆黒の英雄譚
第0話 出立


今回から新章入ります。でもごめんなさい。エ・ランテルにはまだ行きません。


 カルネ村の件から数週間がたった。ナザリック地下大墳墓第6階層コロッセオ、そこに鎧姿の支配者がいた。その手に握られているのはグレートソード、本来であれば、両手でもつよう作られているそれを二振り、片手づつ装備している事実がこの人物の常識はずれの筋力を証明していた。右手を横なぎにふれば、暴風が吹きすさび、左手を縦にふれば。大地が砕け、破片が周囲に飛び散る。

 (しまった!力を入れすぎた)

 瞬時に、まるで時間を巻き戻すように修復される床、そう、これがギルド拠点の特典というなのシステムではあるものの一日にできる量は限られている。

 (まあ、腕力は十分あることは分かったし、型を覚えることを優先しよう)

 こうして、訓練を再開する支配者。右の剣を斜めに振り下ろし、地面にあたる寸前で静止、何かがたたきつけられたように舞い上がる埃。右腕を半回転、そのまま反対の方向に再度振り回せば、空気を叩く音が響く。あらかじめあげておいた左腕を力の限り振り下ろす、今度はそれが床にいかないよう注意する盛大に地面を叩く音がする、それでも床は砕けない。今度は成功だ。なんとか3連撃、まあ簡単に決まるとは思えないけど。それに今のは上半身だけの動き、実戦ようにするためには、下半身、足さばきも加えたうえで、型を作る必要がある。そこからは、ひたすらに風が、大気が揺れているようであった。その姿を本日の世話係であった一般メイドのフィースは「なんと神々しい御姿でありましょう」と涙を流して眺めていた。

 

 

 アインズが行っていたのは戦士としての訓練であった。この世界に溶け込むのであれば、できる限りたくさんのアンダーカバーが必要となるだろうと考えての事であった。そして「人化の指輪」のさらなる実験も兼ねている。あれから気づいたことはほかにもあった。まずはその精神性、仮に以前の、「鈴木悟」の頃のアインズであれば、そもそも人を殺すことはできないであろうし、殺した事実に体がこわばり、恐怖と、自身を自身が拒絶するという何ともいえない負の感情で動けなくなってしまうだろう。しかし、実際にはそんなことなく。

 (今や、精神は完全にアンデッドということか)

 何だか笑ってしまう。どうしてかって?それは、以前は、まだこの姿が単なるアバターだったときは、どれだけ、アンデッドであることに徹しようとも、一線は越えられないでいた。ようは、どこまでも人の心をもったアンデッドであったのに、今ではまるでと思う。

 (あべこべだな)

 兜の下でつい笑みを浮かべてしまう。もう、あの頃には戻れまい。それでも、後悔はない。戻ったって、きっと自身の居場所なんてもうなくなっているだろう。そしてここでは、どうしようもない自分を必要としてくれる者達がいる。彼らにも報いるためにもできることはやらなくてはならない。アインズはふとグレートソードを2本とも、床に突き立てる。それで主が何をしたいのか、察したフィースは急いで予備の剣を持ってくる。それは、ちょうど、あの戦士長が扱っていたのと同じくらいのものであった。

 「ありがとう。そして悪いが、少し離れてくれるか? 危ないしな」

 「この程度の事、当たり前でございます。それに私どもは使用人、もっときつい言い方、いえ、命令風でもあなた様に従います」

 「? そうか? では、命じよう、とっとと、どこかへいけ!」

 「はい! 喜んで!」

 (ええぇ?何で喜んでの?この娘て、アレなの?)

 最初の優しく言うのと違い、明らかに目を輝かせ、満面の笑みを浮かべるメイドに彼は軽く、困惑と戸惑いを感じていた。

 それは単に、一般メイドたちがアインズにはぞんざいに扱ってもらったほうが、「支配されている」感を感じられていいというもので、決してそういう性癖というものではない。仮にほかの者、具体的には、イワトビペンギンなどが、同じことをいえば絶対零度の視線を向けていたことであろう。しかしまったく無関係というのも無理があるような気がしてくる。

 (考えても仕方ない)

 アインズはひとまずその事を置いといて剣を構える、あの時、みた戦士長のように。さながら、憧れのヒーローの必殺技の準備動作をまねる子供のように。

 (武技、六光連斬!)

 さすがに口にするのはまだためらわれるもの一気に剣を振り放つ、そして、斬撃が飛ぶもの、その太刀筋はどう見ても一本。

 (やっぱり、数度見ただけと、見よう見まねでは限界があるか)

 メイドは目を輝かせているもののアインズとしてはまだまだ未完成だと恥じ入るばかり。精々「飛翔烈破」と名付けるのが精々か、カッコ悪いのは分かっている。自分にそのてのセンスがないことは何より自分が分かっている。それでも嬉しいこともある。あの指輪を使った状態であれば、「人化」状態であれば、武技を修得できる可能性。いや、それだけではない。この世界は、ゲームではない。努力すれば、新たな技能を身につけることができることは、先日の実験や、シャルティアの成長ぶりをみても間違いなさそうだ。

 『モモンガお兄ちゃん!お昼だよ!愛情たっぷりの妹(が作ったご飯)を味わってね!』

 耳に届くのは、あらかじめ利き手に取り付けていた時計から鳴り響く録音音声、その声に、ひどい台詞だというのに、再び涙をながすメイド。

 「なんで、こんな台詞しかないんですか。ぶくぶく茶釜さん」

 《リアル》で声優をやっていたという。あの双子の創造主の顔を思い浮かべて、アインズは苦笑する。それを狙ったかのようなタイミングで新たな人物がコロッセオにやって来た。

 「アインズ様! お昼ご飯と報告書を持ってきました!」

 「ま、まってよ~お姉ちゃん!」

 この階層の守護者であり、先ほど聞こえた声の主の子供ともいえるエルフの姉弟。その手にはバスケットと何やら丸められた紙のようなものが握られている。

 「よく来てくれた。アウラ、マーレ、そうだな、昼にするとしようか」

 鎧を脱ぎ、本来、その手の知識が皆無のアインズがこの全身鎧を脱ぐのは、苦労するはずであるが、そこはさすが魔法の一品、指をならしてやるだけで、煙のように消える。そして出て来るのは鈴木悟が向こうの世界で最もしていたであろう格好、Yシャツにトラウザーズズボンであった。

 (しょうがないじゃないか。これくらいしか思いつかなかったからな)

 結局自分にはYGGDRASIL(ユグドラシル)しかなかった。それしか生きがいが、だからこそほかのことには無関心ともいえたし、まったく気を回す余裕も、お金もなかった。いや、金はあったんだろうけど、すべて課金に費やしたからなぁと、軽いため息、まあ、気にしてもしかたないと彼は気持ちを切り替えた。

 「今日のメニューは何かな?」

 そう問いかけられ、待ってました! と、言わんばかりに目を輝かせるアウラ。主に声を掛けられた事が嬉しいのか、あるいはこれから迎える時間を楽しみにしていたのかは本人にしか分からない事だ。

 「今日はアインズ様のため作らせた、特製のハンバーガーです! 付け合せはピクルス2本に皮つきフライドポテト。飲み物はコーラです!」

 「それは4人分あるのか?」

 その問いにさらに顔を得意げにして彼女は続ける。その顔は100点満点のテストを父親に見せる子供のものであった。

 「もちろん! お優しきアインズ様はそうおっしゃるだろうと、しっかり人数分お持ちしました!」

 「ふ、さすがだアウラ、よし、では」

 見れば、すでにフィースが屋外用のテーブルと椅子を3人分セッティングをしていた。本当に優秀なもの達ばかりだ。しかし気になる事もある。

 「フィースよ、何故お前の分の席がない?」

 「しかし、アインズ様、私は」

 確かに、使用人という立場上、主人と同じ席で食事を摂るなんて許される行為ではないし、もしもそれで、このメイドがペストーニャやアルベドに叱られる可能性もある訳だ。それでも、とアインズは彼女へと語りかける。

 「私はすべての者と対等にありたい」

 まあ、実際は負けているところだらけなのだが、と内心苦笑している事を彼は自覚しながら、彼は続ける。

 「それに、食事とは、みんなで食べたほうがおいしかろう」

 それは、数少ない安らげる記憶。母と共にした食卓を思い出してのもの。

 「ともに食べぬか?」

 主にそこまで言われてしまえば、さすがのフィースであっても、答えざるを得なかった。

 「畏まりました。アインズ様、お食事を共にさせて頂きます」

 承諾してくれた。自分はいいと思ってやってるけど、もしも、これが、パワハラとかになっていたらどうしようと、今更ながらに心配しだすアインズ。

 (大丈夫、だよな?)

 「!! 申し訳ございません。アインズ様!やはりご一緒はできません」

 何かに気付いたのか、先ほどの発言を撤回したうえで、深くあたまをさげ主に謝罪するメイドに彼は内心焦りだす。

 (ええ! どうしよう! ホントにパワハラだったのか?)

 「ちょっと! フィース! アインズ様に失礼でしょ!」

 声をあげるのは、アウラだ。マーレも無言であるもののその視線は静かに主の誘いを無下にした彼女に向けられている。それだけでかなりの重圧だろうに、それでも彼女はなんとか言葉を紡ぐ。

 「本当に申し訳ありません。椅子のほうを3人分しか用意していなかったもので」

 (ああ、そういうことか)

 確かにそれでは、結局は一人は立って食事をとることになるが、しかし、心優しい主がそれを許容するわけなく、かといって、自分が腰かけて、主が立つ(おそらくはこの方はそうする)というのもフィースにとって論外の選択肢である。結局、断るしか選択肢がないわけである。

 (たいしたことじゃないんだけど)

 彼女のこの態度だと、新たに椅子を用意する時間をもらうのも不敬と考えている可能性がある。ふと、そこで自分の体形、正確にはその大腿の太さと、そして次に双子の体形をみて、思いついた。

 「それでは、アウラかマーレ、まあ、二人共でもいいんだが、私の膝にのって食事にするか?」

 「「え」」

 一瞬呆けたような声をあげられ、アインズも気づいた。いくら見た目が子供でも肉体的接触は駄目かもと、なんとか表情は平淡にたもっているものも、今すぐ顔を覆いたくなっていた。

 (違う、違うんだ。俺は犯罪者でもその予備軍でもない)

 そう、けっして、少年少女のお尻の感触を太ももで味わうのが趣味という訳ではない。本当に親心からなんだ! と彼は必死に言い訳を続けていた。それが聞こえているのは彼だけであるけど。

 「あ、あの、僕はアインズ様のお膝に座りたいです」

 「マーレ! …………うう、あたしも座りたいです! アインズ様」

 (ほら、みなさん! この顔をごらんなさい)

 向けられるのは、恥ずかしそうに顔を赤らめながらもその言葉に甘えたいとう子供のものであった。アインズはもはや、幻聴、あるいは、幻覚水準のかつての仲間たちに胸をはって宣言する。「俺はこの子たちの親なんだ」と、自信を持って。

 「では、時間もおしい」

 アインズはフィースが用意してくれた椅子の内、一脚に腰をかけると、双子に手招きをしてやる。以外にも先に動いたのは、弟のマーレであった。歩くのと変わらない速度できた彼の脇に手をあてる。

 「んっ、アインズ様ぁ」

 (何で、そんなうるんだ瞳で俺を見つめる?どこか加減を間違えたかな?)

 持ち上げてやって、そのまま、自分の右足、その大腿に座らせてやる。やはり、この体の筋力は相当なもののようで、全然疲労感を感じない。こうなっては、もうアインズ自身動くことはできない。

 「どうした?アウラも来たらどうだ?」

 あくまで、優しく手を差し伸べてやる。

 「は、はいアインズ様」

 彼女はテーブルにくると、バスケットと紙を置いて、アインズに向かって両腕を開いてみせる。

 (ああ、そうか)

 先ほどマーレにしたのと同じように手を当てて、空いた左足のほうに動かしてやる。その間、アウラは顔を真っ赤にさせて、黙ったままであった。そのあと、向かいの席にフィースも座り、ようやく昼食の時間となるのであった。

 

 アウラが持ってきてくれたハンバーガーはアインズにとって、ひどく懐かしく、いや新鮮に思えるものであった。1口だけでも相当の大きさをほこるそれをかじれば、バンズの固くもふんわりとした食感が、レタスの歯ごたえとパティの肉厚とともにアインズの舌を魅了する。それを一度咀嚼、もう一度咀嚼と、味わいながら顎を動かし続けることで、のどに流し込む。続いてフライドポテトにかじりつく。程よい塩加減と芋の香ばしさがする。ピクルスを口にすれば、酢で柔らかくなったウリの固さがあっさりとした味とともに広がり、先に食べた肉汁と溶け合い、さらなる旨味となった。しめとばかりにコーラを飲めば炭酸特有の甘みがはじけるように、それまでのすべての味を吹き飛ばす。

 (ジャンクフードってやつだったっけ?)

 こんなにもおいしいものだとは、思わなかった。いや、食事自体はもう何度もとっているのだけど、そのどれもが、とてもおいしいと感じられる。

 (向こうでは簡単な携帯食だったからなぁ)

 あの世界では食事一食、食材一品でも相当の値段であった。よって、アインズは価格の安さをなによりも優先して、チューブ型の栄養食だったり、様々な栄養素をつめたというブロック食だとか、そういうものですましていた。別にそれでも生きるのには不便はなかったし、YGGDRASIL(ユグドラシル)さえあれば、それでよかったのだから。

 ふと辺りを見渡せば、アウラにマーレ、フィースも満足そうに食事をしている。それだけ、ナザリックの料理長の腕が確かということか。

そのまま右手でコーラの入ったカップを持ちながら、アウラが持ってきてくれた。報告書に目を通す。こういう時、似合う飲み物は、紅茶とコーヒーとどっちだろうか? と特に重要でもないことを考えながら、文字を追う。

 あれから、決まった事もたくさんある。

 二グレドには結局あそこからでてもらい、以前アインズがカルネ村を発見した部屋、そこにさらに遠隔視の鏡をいくつか運び込み、何体かのオーバーロードやエルダーリッチなどを配置して、カルネ村周辺の監視の役割をしてもらうことになり、彼女には室長としての新たな役割を与えた。

 この先、現地の調査が続けば、その範囲も広がるはず。ちなみに副室長としてヴィクティムにもついてもらっている。

 それから、カルネ村には復興支援として、ゴーレムを数体、派遣することになり、その指揮と姉妹の世話係、それに村人たちとの橋渡しとしてルプスレギナにいってもらうことになっていること。

 情報収集を主として、イブ・リムス単体の独立師団

 (ん?)

 少し表現が変だったように思う。まあ、彼女なら、よほどの相手でなければ遅れはとらない。こと、かくれんぼや鬼ごっこであれば。

 それとは、別にグリム・ローズを中心に七罪3人の部隊もできていること。あと決まっていないのは、と思考を続けるアインズ。

 

 「アインズ様、よろしいでしょうか?」

 声をかけてきたのはアウラであった。特に忙しい訳でもないし、自分は大切な子供からの呼びかけを無下にする親ではない。

 「何だ?アウラ?」

 かえしてやると、彼女は顔をやや赤くして、逡巡する様子をみせるが、意を決したように口を開く。

 「あの、大変失礼ではあるのですが。アインズ様と、ぶくぶく茶釜様は、恋人、だったのでしょうか?」

 「はあぁぁぁぁ!!!!」

 飲みかけの炭酸飲料を吐きかけるが、何とか抑える。そんな事をすれば、支配者の前に文明人として失格だ。

 (俺と茶釜さんが?何を言っているんだアウラは?)

 もはや恒例行事ともいえる。思考凍結、再開の末、必死に頭を回す。もしかして、アウラも色恋が気になる(そんな)年ごろか、

 「何故、そう思うか聞かせてくれるか?」

 「はい、アインズ様はアルベドの告白に答えていないと聞きまして」

 (あああああああああ!!!!…………それも広まっていたか)

 それに関しては仕方ない。なんせ墳墓の一大事であったらしいから。それよりも今は目の前の話題だ。

 「アルベドの想いに応えていないのは、今の状況を鑑みてのことだ。特に深い意味はない」

 「そうなんですか」

 その様子はなんだか納得していないようで、

 「ほかにも心当たりがあるのか?」

 「あの、先ほど茶釜さんの声が鳴ったその時計なんですが」

 彼女が指を指していたのは間違いなく、先ほど鳴った腕時計であった。これにはアインズも気まずくなる。まさか、聞かれるとは、よりによって、あんな台詞を。表情筋が動かないよう。必死に耐える。

 「これがどうしたのかな?」

 「それをいただいたのって、アインズ様だけではないんでしょうか?」

 「いや、それはないはずだが、」

 実際どうなんだろう? と彼はかつての記憶を掘り起こす。確かほかにも、もらったって言っていたメンバーがいたような、いなかったような、曖昧だな。アウラはそれでも何か、納得できるものを探すように言葉を続ける。

 「ですが、あのように、優しい声を納めたものをアインズ様に送っていたとしたら。やっぱり、アインズ様のことが好きだったのではないのでしょうか?」

 あんなものを優しいとはなんて優しい子であろうかと涙がでそうであった。

 「いや、それはないだろう」

 確かに仲はよかったし、それに気に入られていたのも確かなはず、しかし、それはあくまで、弟の友達、いや、同類としてのものだったはずだ。

 第一、彼女がそこまで自分にとって大切な相手であれば、YGGDRASIL(ユグドラシル)にこだわっていなかったはずだし、何より、彼女は当時、トップ近くの人気を誇る声優であったし、比べて自分はしがないサラリーマン。とても釣り合うはずがない。

 それにあれだと彼は考える。こういうのは期待してもろくなことにならないし、もっといえば、ありえないが、百万、いや、一億分の一の確率として彼女とそういう中であった場合。もれなく、あのぺロロンチーノ(エロゲバカ)が義弟となるわけだ。そうなる事実のほうが、遥かに耐えられない。

 間違いなく、断言できた。

 「私と彼女はそういう仲ではなかったさ」

 「そうですか」

 その言葉にアウラはようやく理解はしたもののどこか寂し気であった。

 「どうした? アウラ? まだ納得できないか?」

 「いえ、アインズ様はそうであっても、もし、ぶくぶく茶釜様がそうじゃなかったら」

 (この娘はどうしても俺と茶釜さんをくっつけたいのか!?)

 恋愛ものの少女漫画にはまってしまった娘とはこんなものだろうか。

 「もしも、そうであれば、ぶくぶく茶釜様はもうアインズ様と会えない、ですよね」

 「???? そうだが、それがどうかしたか?」

 その時アウラが見せたのは二度と家族に会えないとようやく理解した顔であった。

 「ぶくぶく茶釜様が、悲しまれているかなあと、泣いているかなあと、」

 何とか崩れそうな顔を保っているものであった。その頭に手を置いてやる。

 (本当、優しい子だ)

 そもそも、自分を捨てた相手、いや、親であるというのに、そんなに思いやれるなんて、そして、アインズもまた、考える。自分がこんなことになってしまったから。向こうの体は、いわば魂の抜け殻、死体同然。おそらくは過労死という結果であっさり、それこそ、紙くずをゴミ箱に投げ入れるように処理される事だろう。そうなったとき、それを知った時、ぶくぶく茶釜、彼女は泣いてくれるだろうか?それは彼女だけではなく、ほかのメンバーもどうだろうかと、連鎖的に思考にふけるが、

 (いくら考えてもしかたないか) 

 結局それが分かるのは当の本人達だけだ。もうどうしようもないし、戻るつもりもない。

 「アウラは優しい子だな、きっと茶釜さんも喜んでいるはずだ」

 「う、ううううアインズ様あああ」

 いつも元気な彼女にしては珍しく、取り乱していた。やっぱり、寂しいよな

 「ア、アインズ様、僕もなでてほしいです」

 いつの間にか、自分の頭を差し出すように傾けているマーレ

 「ははは、マーレは甘えん坊だな」

 もちろん、なでてやる。やらない理由がない。

 

 その光景をフィースは今日何度目になるか「何と尊き光景であるのでしょう」と涙をながし、ながめていた。

 

 

 

 

 

 玉座の間にて、アルベドはアインズに今回決まったことをまとめた報告書を渡していた。そこにあるのは、次の作戦に向けた、人員配置、無論アインズもその対象だ。彼らばかりに働かせるわけにはいかない、それが主の願い。その結果を見て、主は笑って下さった。

 「中々、面白いではないか。しかし、よかったのか?私が冒険者として城塞都市エ・ランテルに向かうというものは」

 「ええ、勿論でございます」

 実際それは、会議の場でも満場一致で開始5秒で決まったことであった。主は比較的、楽な仕事だと思っているのだろうが、自分たちの本当の狙いはそこではない。主はこの異変の前はあの世界を、かつていらっしゃっていた。ほかの至高の方々と共に駆けていた。一種の冒険者であったのだ。ならば、この世界でもそれになり、「楽園計画」は自分たちに任せて、のんびりセカンドライフを送ってくれればそれが一番だ。

 「それにしても、意外だな。てっきり、お前がついてくると言うと思ったのに」

 その言葉に心臓が高鳴る。それと同時にわきあがるは羞恥、確かに本音ではそうしたかったのだが、主とその願いを思えば、できる訳なく、そして、さらに自分よりもその件で暴れた人たちがいる為、このような結果になったのだ。できることなら。主には黙っていたい。

 「ふふ、それは、お誘いと受け取ってよろしいのでしょうか?」

 冗談半分、本音半分で返す、

 「い、いや!それには及ばない、今のは…………そう、純粋な驚きだ」

 その姿に不敬ながら、愛おしく、可愛らしいと感じる。主のこういった所も大好きだ。

 「私は今後を考えれば、ナザリックに残るのが最も得策かと」

 「うむ、そうだな、確かにそうだな、お前の能力と役職を考えれば、当然か、デミウルゴスに、ウィリニタスも残留組か」

 そう、義兄には自分の補佐として、悪魔たる階層守護者である彼には、例の『至宝』を用いた実験に新たなアイテムの開発、そして消費アイテムの量産体制を整えてもらう予定だ。

 (そういえば)

 主自身もなにかやっているらしいことを一般メイドたちのうわさで聞いた。本当に彼女たちの耳はどうなっているのか?正直言えば、気になるもののそれを知られることを主が良しとしなければ、それに従うまで、なにより嬉しい。そうやって、主には、生きていることの楽しさをもっと知ってほしいとさえ思う。

 「では、私が外に出ている間。ここのことは頼んだぞ、アルベド」

 「はい! あなた様の帰りをいつまでもお待ちしております。アインズ様」

 主は一瞬、のけぞったように見える。嬉しい、嬉しい、愛おしい、自分を女として見てくれている。

 

 

 「アインズ様、よろしいでしょうか?」

 不意に外から声が聞こえる。もう少し、主との2人だけの時間を過ごしたくあったが、仕方ない。この声の主は

 「ああ、構わないぞ、入れ」

 

 アインズに許可をもらい入ってきたのは、民族衣装に身を包んだ女性であった。

 黄色人種に近い肌よりやや黒い肌に、不釣り合いともいえなくもない、茶色交じりの黒髪は緩やかに流れていて、後ろで一つにまとめている。

 その瞳はアメジストを思わせるように輝いていた。彼女が着ているのはコイレクと呼ばれる衣装で、長い着丈と裾丈についている立ち襟は低いワンピース風ドレス。その上には丈の長いカムゾルをかぶせるように着込み、頭にはタキヤ・ボーリクと呼ばれる、とんがり帽子を被っている。

 が、それはすべて幻影でそうみせているだけ。彼女こそ、シャルティア・ブラッド・フォールンの前任者であった。イブ・リムスその人である。

 

 「アインズ様、ご機嫌麗しゅうございます」

 やはり、先輩というべきか、その佇まいはあの吸血鬼以上だと、私怨ぬきで思う。

 「ああ、お前も元気そうだな、イブ・リムス」

 「お疲れ様です。イブ・リムス様」

 彼女や義兄たち《始まりの3人》はもっと気さくに接してくれというけれど、とてもそんな恐ろしいことはできない。自分を始めとした階層守護者のほとんどが、なにかしらの敬称をつけて彼女たちに接する。呼び捨てにしているのは、シャルティアとアウラぐらいのものだったはず。そして、彼女はこちらに視線をやったと思うと、やや罰が悪そうに、頬をかき、謝罪した。

 「ああ、アルベド、さっきは悪かったね」

 「いえ、私はなにも気にしていませんとも、義兄のことも水にながしてくだされば、」

 後半の台詞を言った瞬間、冷気が溢れる。レベルでは自分や主が勝っているはずなのに、この威圧感はやはり凄まじいとしか言えない。

 「あいつは駄目だ、あの六目フクロウ、いつかぶっ殺してやる」

 静かなる殺害予告に真っ先に反応したのはやはりというべきか、必然なのか、愛する主であった。

 「あまり、不穏な事を口走るな、お前たちが殺し合う所など、私は見たくないぞ」

 「申し訳ございませんアインズ様、つい口が滑りました」

 「ははは、そういう時もあろう」

 どこまでも寛大な主は冗談だと片づけてくれるが、自分は分かっている。間違いなく、義兄と目の前のこの人物は本気で殺し合うだろう。それも突き詰めれば自分とあの吸血鬼を思ってのことだから、中々口を出しづらい。なんていっていられない。

 (本当、優秀な人たちですのに)

 この点だけでは自分たち以上のポンコツであることは、あのデミウルゴスも認めたことであった。その時のもう一人の前任者である彼の台詞が思い出される。

 

 『ごめ んね アル ベド ちゃん デミ ウル ゴス くん こいつら すこし いや かなり バカ なんだ 』

 

 恥ずかしいが、その通りであった。

 

 「さて、お前の用件はなんだ?」

 余計な思考をしていたせいで、愛おししい主の貴重な声を聴く機会を逃すわけにはいかない。

 「大したことではありません。出立前にシャルティア様、…………シャルティアにあっていただきたいのです」

 胸に痛みが走るが、彼女が頑張っているのも知っているので、感情に任せていい話ではない。

 「ふむ、それは構わないが、何故、わざわざ?」

 「あのバカ、失礼、シャルティアはアインズ様に激励をいただきたのです」

 「?? 分かった。後で彼女を尋ねるとしよう」

 「感謝いたします。アインズ様」

 

 その言葉とお辞儀と共に彼女は玉座の間をでるべく歩き出す。去り際に見せたその顔はわずかに微笑んでおり、「ごゆっくり」といっているようであり、やや頬が熱くなる。やはり、義兄にしてもあの人にしても自分やシャルティアに対するあたりはそんなに激しくなく、むしろ優しい部類だ。普段だって別に仲が悪いわけではないのに、どうして、あの時は、

 (人とは、難しいものです)

 そもそも、人ではないが、彼女はその部分に目を瞑る。

 

 

 (え、何! ウィリニタスとイブ・リムスって、仲が悪いの?)

 そりゃあ、これだけの大所帯となれば、多少のいざこざがあるのは仕方ない。しかし、先ほどイブ・リムスがみせた雰囲気は本物だ。であるならば、とアインズは決心する。

 (俺がなんとかしないとな、)

 さて、原因はなんだろなあ。と、のんびり熟考する支配者がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

  第9階層、使用人室の一室にて彼女たちは集まっていた。

 

 「あなたたち、しっかり、務めを果たすのですよ」

 ユリ・アルファはこれから外にでる予定の妹たちに語りかける。新たな人員配置の結果、3人が外に出ることになり、ナザリックに残るのも、1人は、また所属が変わるので、今を逃したらしばらく姉妹が揃うこともない。

 「ルプスレギナ、くれぐれも失礼のないように」

 まずは、次女である彼女に釘をさす。

 「ユリ姉、それじゃ、私が駄目な子みたいじゃないすか」

 「事実そうでしょう。間違ってもあの方たちにその言葉遣いをしないように」

 「まあ、努力は、してみるっすよ」

 これはあまり期待できないかもと、次に移る。

 「ナーベラル、あなたも大変だと思うけれどお願いね」

 「ええ、いつものように、仕事を果たすだけよユリ姉様」

 「ちょっとユリ姉、私のときと態度が明らかに違うっすよ~」

 猛抗議をしてくる次女は無視して、どちらかというと固い三女にはそこそこの信頼があった。名前の件も、その成長はとても喜ばしいことだ。

 「私は、ナーベラルが少し羨ましいわ」

 続いて口を開くのは、どちらかというと柔らかい三女であった。

 「?? ソリュシャン、あなたは何を言っているのかしら?」

 「あらぁ、だって、アインズ様のお付きだなんて、ナザリックの者としてこれ以上の喜びはあるのかしら?」

 「でも、その分、大変な務めであることは変わらないし、あなただって、シャルティア様の下につくのでしょう?」

 「うふふ、本当に無自覚なのね」

 「私にはあなたが何を言っているのかよくわからないわ」

 やれやれと思う。次女から話を聞いたり、このところの2人の様子から、仕えるべき、主に恋慕を抱いているというのは知っていた。正直不敬だと思うが、何分可愛い妹たちだ。正妻だったりするのは、無理かもしれないが、側室などであれば、その可能性はあるかもしれない。折を見て、誰か、信頼ができる親友あたりに話を聞いてもらおう。

 「そうね、ソリュシャンもシャルティア様のお付きとして、しっかりやるのよ」

 「はい、安心してくださいな、ユリ姉さん」

 この三女は、大丈夫だろう。それに、自分たちの上司であるセバスも同行するのだから。あとは七罪から一人と、

 (少し、不安ね)

 あの執事見習いも同行するらしい。あまり、先のことを考えても仕方ない。気を取り直して次だ。

 「エントマも、コキュートス様に失礼のないように、あと、恐怖公様のお部屋にみだりに出入りしないように」

 4女、あるいは5女で蟲を思わせるこの妹はよく、あそこにいっては、あの方の眷属を食べているようだが、今回その妹がいくのは、その方と大変仲がいい人物の下であるため、あまりそういった不安材料は減らしておきたい。

 「頑張って、我慢してみますぅ」

 してみる、ではなくて、そうしてほしいのだが、こちらもあまり期待はできないようだ。悪い子ではないというのに、

 「ユリ姉、もっと私たちを信頼してほしいっすよ」

 「シズ、ユリ姉様をお願いね」

 「…………(コクリ)、任された…………」

 握りこぶしに親指を立ててみせて答えるもう一人の4女、あるいは5女で機械を思わせる妹。

 「さあ、せっかくセバス様が用意してくれた時間を無駄にしないためにも、そうね、この前やったレシピでも見直すとしましょうか?」

 「それは、いいですわね」

 「うふふ、腕がなりますわ」

 「…………クオリティを上げる…………」

 「おいしいものたくさん作りましょおぉ」

 そう、以前あった実験の一環で、姉妹たちには、共通の趣味ができていた。

 

 「あ、ごめんっす。私はそろそろっす」

 なにやら、伝言(メッセージ)を受けていたらしい次女が謝って来る。

 「あら、もうなの?」

 「デミウルゴス様からの連絡っすね」

 それでは仕方ない。名残惜しいが、彼女はここまでだ。

 「くれぐれも、ね?」

 「しつこいっすよユリ姉~」

 

 

 

 

 

 同じころ、第9階層の通路を歩きながら、レヴィアノールはため息をついていた。先ほどのプレアデスたちのやり取りをみて、微笑ましいと思うと同時に羨ましいとさえ思った。まるでチームみたいだと、七罪真徒(自分たち)も同じようにできないか、声をかけたところ

 (あの連中ううううううう!!)

 今でも頭に残っているその際に言われた言葉に怒りがおさまることはない。

 

 『必要ありますか』

 『めんどい』

 『下らん』

 『興味ないなあ(笑)』

 『お断りしますわぁ(嘲笑)』

 『!!!!!!!!』

 

 いや、最後は何を言われたのか分からないが、あの時の様子から、決して好意的ではなかったのは、たしかである。あの時、ナザリック中から殺意を向けられた時に、共に立ち上がったのは何だったのか、これから自分がすることにやることを思えば、彼女の心は重くなるばかりであった。

 

 

 

 

  イブ・リムスの助言に従い、シャルティアの自室たる屍蝋玄室に向かうアインズ、シモベといえど、相手は、女性? 少女? であるため、その扉を軽くノックする。

 「シャルティア、私だ、今、いいか?」

 『ア、アインズ様?! いま、お通しいたしんす!』

 中からはなにやら、大量の物が動く音がしていたが、やがて、彼女のシモベであるヴァンパイア・ブライドが姿を現す

 「お待たせしました。アインズ様、シャルティア様の準備が終わりました」

 「何、そんなに時間はかかってないさ、では、失礼するとしようか」

 

 部屋に入ったアインズを出迎えたシャルティアは、

 (ほう、そういうことか)

 いつもの格好ではなく、シンプルなワンピース風ドレスにスラウチハットを被った姿であった。おそらくは変装の一環であることだろう。

 「申し訳ございんせん、アインズ様、少し時間が足りなく、このような姿で」

 確かに創造主にそうあれとされていた姿を変えるのは、いささか抵抗があるのだろう。それでも、それも自分のワガママの為だ。それに、

 「構わない、それに、無理に胸を強調しなくても、お前は十分美しいぞシャルティア」

 それがアインズの素直な感想であった。いつもは、あの物々しいドレスや、パッドのせいで、全体的に膨らんだ印象をもつ彼女であるが、それでもあのぺロロンチーノ(エロゲバカ)がその生涯をかけて、は言い過ぎかもしれないが、作った存在だ。その線は細く、美しく、言うなれば、薄幸の美少女といったところだろうか?

 「ア、アインズ様あ~!」

 途端彼女は泣き出してしまった。

 (あ! もしかして、これって、セクハラになるのか!)

 勿論違う、シャルティアはただ、うれしかったのだ。たとえ、胸がなくても美しいといってくれた主の優しさに、そしてなんとしてもこの御方の役に立つのだと。

 「あ、ありがとうございますううう!」

 「あああ! 分かったから落ち着け、シャルティア!」

 

 何とか落ち着いてもらい、話をする。

 「私が来たのは、何、ただお前と話がしたいからだ」

 「話、でありんすか?」

 「ああ、お前には、これからセバスたちと共に、王都に向かってもらう訳だからな」

 シャルティアを始めとしたもの達の役割は王都に赴いての情報収集、無論その途上、有益なものがみつかれば、その確保も視野にいれる予定だ。

 「大変な仕事になるのは目に見えているからな。労いをかけないとな」

 「ああ、いと優しきアインズ様、私の為に、そこまで、してくださるとは」

 「ははは、お前が努力しているのは、イブ・リムス達から聞いてはいるからな」

 ふと、アインズは床に落ちていた、紙を一枚拾い上げる。シャルティアは羞恥に顔を染めるが、アインズは気にしない。それは彼女の努力の結晶であることには違いないから。

 

 紙には、次のような内容。

 

 

  傷を負っている者、哀れ者の可能性あり、涙をながしてい者、哀れ者の可能性あり、いずれもアインズ様、あるいは、大口ゴリラ、デミウルゴスに確認をとる必要あり、

 

  下卑た笑いをしている者、愚か者の可能性あり、やたら、不快な高笑いをしている者、愚か者の可能性あり、確認をとったうえで、ナザリックへ連行すべし、

 

  愚か者共の有用性、情報源、褒美としての玩具、あるいは食料、あるいは資源および、素材とその活用は幅広いため、極力殺さずに生け捕りにすること、むろん愚か者だけである。

 

 

 その字はつたないまでもシャルティア自身が書いたであろう字、そして書かれている内容から、以前であれば、人間は玩具でしかないはずであったのに、ここまで明確に認識を変えている。まあ、やや怪しい部分もあるが、下卑た笑いに、不快な高笑いて、どこの悪役だ。それでも、

 (うん、この娘は大丈夫だな)

 これにはアインズも感服するしかない。そして感謝しなくてはならない。恐らくはここまで教育してくれたであろう彼らに。

 

 「シャルティアよ改めて頼むぞ」

 

「勿論でございます。アインズ様、このシャルティア・ブラッド・フォールン、必ずや御身のお役に」

 

 

 

 

 

 

 

   やがて、その日が来た。出立組の出発の日だ。十分に時間をかけ、準備を行い。最後の確認をアインズは行う。

 

 「さて、みんな伝言(メッセージ)用のスクロールは、しっかり、規定数もったか?」

 

 「「「「勿論でございます。アインズ様!」」」」

 

 「いいか、無駄遣いだとか、下らんことは考えるな!何かあれば、判断に迷うようなことがあれば、遠慮なく私や、ナザリックに残るアルベド、デミウルゴスに連絡をとれ!いいな!」

 

 「「「「かしこまりました! アインズ様!」」」」

 

 「最後に厳命する! 必ず生きて! ここに帰ってこい! 誰一人欠けることなく、必ずだ!」

 

 

 「「「「必ずや帰還いたしますアインズ様!」」」」

 

 

 「では、いくとしようか」

 

 「いってらっしゃいませ、アインズ様、お帰りを末永くお待ちしております」

 

 残留組を代表するのは当然のようにアルベドであった。

 

 

 

 

 

 

   カルネ村、すっかり広くなってしまった。その部屋に、赤毛のメイドがやって来た。

 

 エンリは目の前の女性の美しさに目を奪われていた。アルベドといい、あの方の周りは美女ぞろいだ。いや、もしかしたら。その辺りの基準からしてもう自分の常識が通用しないかもしれない。その女性は静かに綺麗に完璧なお辞儀をする。

 

 「はじめまして、エンリお嬢様、ネムお嬢様、アインズ様より、あなた方の世話係を拝命いたしました。ルプスレギナ・ベータと申します。これから、何なりとお命じ下さい」

 

 妹は「お嬢様」と呼ばれ、やや照れていたが、エンリはそれどころではなかった。世話係?何だろうそれは、

 

 「あ、あの、それはどうしてですか? ルプスレギナさん」

 「呼び捨てで構いません。その件につきましてはこちらをどうぞ」

 渡されたのはアインズからの手紙であった。その内容は、本来であれば、共に暮らすべきであるが、私にはほかにやることがあり、それが叶わない。代わりといっては何だが、世話係として、一人信頼のおける部下を送るから、何かあれば、その者に伝えてくれということであった。

 (いやいやいや、恐れおおいよお)

 自分はどこにでもいるただの村娘だ。それがいきなり、こんな貴族みたいな扱いは困る。まずはそこからなんとかしなくては、

 

 「あの、ルプスレギナさん?」

 「エンリお嬢様、呼び捨てで構わないと」

 「いえ、その、お嬢様はやめてくれませんか?」

 「それは、何故でございますか?」

 「何で? お姉ちゃん?」

 「ネムは少し静かにしていようか、私達はただの村娘です。とてもそう呼ばれるような人間ではありません。気軽にエンリと呼んでください」

 「それは、本当によろしいのでしょうか?」

 そういう彼女は、どこか耐えているように見えていた。それもそうだ、もしも、これで自分のワガママを通してしまえば、彼女はあのゴウンやアルベドに叱られるかもしれない。それでもお願いするしかない。

 

 「あの」

 「アインズ様が気に入られたのも納得…………すね」

 (え?) 

 突然空気が変わったような気がする。

 「分かったっす!じゃあ、エンちゃん、ネーちゃんと呼ばしてもらうっす!」

 事の展開に追いつけていない自分がいる。

 「ネーちゃんって、ちょっと変っすね。まあいいっすか、おいでっす! 親愛のハグっす!」

 そう言って腕を広げるルプスレギナに

 「わーい!」

 なんの躊躇いもなく、甘えん坊体質なのか、子供体質なのか、飛び込む妹、すぐに抱きしめられる。

 「!! いい抱き心地っす、シーちゃんや、もう一人のエンちゃんにも負けていないっすよ~」

 「えへへ、…………でも、お姉ちゃんのほうが気持ちいいかな?」

 「へえ~そうなんすか?」

 「こら! ネム!」

 遠回しに肉付きの事を指摘されたようで、恥ずかしくて頬がほてる。しかし、目前の2人にはもうどうでもいいのか、次の話題に移っている。もう、どうにでもなってください。とエンリは投げやりに思考を停止する。

 

 「ネーちゃん、ネーちゃん?」

 「なあに、ルぷス、レぎなさん?」

 少し長い名前をいうのは、まだ妹には少し難しいようだ。というか、エンリだって、中々、6文字の名前を持つ人物なんて会わない。

 

 「ハグって、大事っすよね~」

 「うん! 大事!」

 

 (やっぱり、そうっすよね~)

 彼女の頭に浮かぶのは、最近冷たい妹たちだ。彼女たちに今ネムにしているようなハグをすれば、

 

 『なにかしらルプスレギナ? ……殺すわよ?』

 『これは、セクハラですよ。ルプー姉さん』

 『…………ルプー、うざい…………』

 『やめてくださあぁい、訴えますよぉ』

 といった。あまりにもひどすぎる反応、嫌がられるのはまだいい。しかし中には冗談抜きの殺意を飛ばしてくる娘もいるのだ。

 

 (う~お姉ちゃん、寂しいっすよ~)

 

 こうして、姉妹と、人狼メイドの初顔合わせは過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

  (はあ……はあ…………)

 切れそうになる息の中、彼はどうして、と思う。何で、どうして、あんなにゴブリンとオーガがいるんだ。と、答える者のいない問いかけを続ける。

 

 「ンフィーレアさん!ここは私たちに任せて、逃げてください! ニニャ、君も一緒に行くんだ!」

 

 「でも、ぺテルさん達は!」

 「ぺテル! ルクルット! ダイン!」

 

 「いいから! 早く!」

 「逃げるのである!」

 「姉貴と再開するまで、お前死ねないだろ!」

 

 「みんな…………」

 

 その言葉に従い、走るも、敵は多くて、あっという間に追い詰められ、あの子の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 (エンリ)

 

 せめて、君にもう一度会いたかった。そして、オーガがその斧を振り上げて、ふと見えた。太陽に黒い点が、

 (え)

 

 それは点ではなかった。なぜなら、だんだん点は秒刻み大きくなりやがて人型のシルエットとなって。

 

 

 剣が振り下ろされた。縦に両断されるオーガ、そして、降り立ったのは。

 

 

 「大丈夫かな?助けにきた」

 

 

 漆黒の鎧に身を包む戦士であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 第2章にして、ようやく、この作品のテーマが固まりつつあります。

 「YGGDRASIL(ユグドラシル)しかなかったアインズ様がいかに生きる喜びを見出すか」
 「すべての生命を救済すべく楽園の建設」
 「何故か神様に祭り上げられるアインズ様」
  といったところでしょうか。
 なお、楽園計画の本拠地がカルネ村ということもあり、エンリ・エモットが必然的にもう一人の主人公ということになりますので、ちょくちょく、カルネ村の話も載せていく予定です。


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第1話 城塞都市 

 今回、時系列がややこしいことになっていますが、なんとか分かるように書いていると思います。「わかんねえよ!」という方は遠慮なく、言ってください。


 青年の名前はンフィーレア・バレアレと言う。この城塞都市エ・ランテル最高のポーション職人であり、薬師だ。

 今日も彼の作る薬を求めてたくさんの人々がこの店を訪れる。その中には、古くから付き合いのあるミスリル級冒険者チーム、「漆黒の剣」の姿もあった。そして、彼らの対応をするのは青年の妻であるエンリ・バレアレの仕事だ。その笑みがひそかにこの都市で話題になっていて、彼女の笑顔目的の客の存在などは、正直微妙な心境であるが、ありがたくもある。

 「エンリちゃん、今度お茶いかない?」

 人妻を堂々と口説くのは、漆黒の剣の野伏(レンジャー)である、ルクルット・ボルブ。本来であれば、夫である自分が殴り掛かるところであるのだろうが、彼は腕っぷしは強くない、それどころか、妻に腕相撲で勝てたためしもない。それに彼に関しては、

 「ルクルット!お前、また懲りずに」

 「人妻とは、中々マニアックであるな」

 「いやいや、問題しかないでしょう!」

 即座に彼の頭に落ちる拳と、まるで犯罪者を連行するかのように両腕を確保、そのまま引きずっていってしまう。

 「いつも、あいつが申し訳ありません」

 躊躇なく、拳を振り下ろし、そして自分に謝罪してくるのはこのチームのリーダーであり、戦士であるぺテル・モークだ。実直で、それでいて、人付き合いがうまく、その立場もあり、町の娘たちから熱い視線を受けている人物。そのことで、さっきのレンジャーがよく愚痴を言っていた、『俺が声かけてたのに、いつの間にかリーダーに熱を上げている』とのことだ。しかしそれも本人を前にすれば、仕方ないような気もする。ンフィーレア自身この男にほかの2人の存在があるから、ルクルットを出禁にしない訳である。それに他にも理由はある。

 「いや、いいんですよ。結構、人気なんですよ。皆さんのやり取り」

 ルクルットがエンリに声をかけて、ぺテルが雷をおとし、そして、残りの2人がそれを連れていく様は、それ自体が一種の喜劇であり、これを見れたものは、その日福があるというよく訳の分からない噂がたっていた。

 「それは、正直、私たちとしては恥を晒しているようなものですね」

 確かに、それもそうで、彼の顔も悩まし気であった。

 「あいつは、アレさえ、無ければ、優秀な奴なんですけどね」

 「それでしたら。知り合いをあたって、お見合いの場でも儲けましょうか?」

 いつの時代だって、男女の問題は起こるし、夫婦につがいといった。言葉と無縁でいることはできない。そういった相談というのも聞いてくれるところがあるし、冒険者に「私の運命の人を探してくれ!」と依頼をだした者もいるらしい。

 「そうですね、それも視野に入れてみますよ」

 こうして、常連は退店して、入れ替わるように来たのは、

 「来たよ!義兄さん、姉さん」

 「ああ、よく来てくれたね、ネムちゃん」

 「いらっしゃい、ネム」

 妻より赤い髪を2つ三つ編みでまとめた少女、妻の妹であるネム・エモットだ。彼女だけではない。

 「元気そうだなエンリ、ンフィーレア君」

 「ふふ、お邪魔するわね」

 「ご無沙汰しております。お義父さん、お義母さん」

 「父さん!母さんも!急にどうしたの?」

 自分にとって義理の、妻にとって大切な両親の来店に、エンリも喜んでいるようだ。その姿が見れるだけで最大の幸福というものを感じている自分がいる。きっと自分はこの都市一番の幸せ者だ。義父たちは、どうやら村のことで、冒険者組合に用事があって来たらしく。どうせなら、家族で娘夫婦にあってこいと、村長が取り計らってくれたという事。あの人もつくづくお人よしだ。

 「そういうことでしたら。今日はもう店じまいにしようか」

 「ンフィー、いいの?」

 妻は申し訳なさそうな顔をするが、自分にとっては、妻と、そして大事な家族と過ごす時間のほうが大切だ。

 「いいんだって、せっかくだからさ、何かおいしいものでも食べに行こ?」

 その提案に、妻は顔をやや赤くする。知っている。彼女は結構食いしん坊なのだ。そういったところがまた可愛いと感じる。こうして、家族5人、少しばかし高価な食堂でにぎやかな夕飯を済ませる。

 

 

 

 その後、義父たちを宿へと送り届け、妻も先に家に帰し、自分は一人、墓地へと向かう。そして目的の墓石を見つけた。

 

 リイジ―・バレアレ

 

 とある。

 

 (おばあちゃん)

 

 今の自分があるのは祖母がいてくれたからだ。幼いころに両親をなくした自分の面倒を見てくれて、薬師としての技術を教えてくれた人だ。あの人がいてくれたからこそ、ここまでこれた。手を合わせて黙とう。

 

 (ありがとう)

 

 耳をすませば、祖母の声が聞こえてくるようだ。

 

 ンフィーレア。

 

 と。

 

 ンフィーレアぁあ

 

 ん?

 

 『ンフィーレアぁあ』

 

 違う、気のせいではない。

 

 『ンフィーレアぁあああああ!!』

 

 確かに聞こえるのだ。自分を呼ぶ声が、ふと、足をつかまれる感触。反射的に視線をおとせば、

 

 

 

 

 

 ボロボロの死体であるはずの祖母が、自分の足をつかんでいた。

 

 『ンフィーレアぁあああああああああ!!!!!!』

 

 「うわぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 体に強い衝撃が走る。気づけば、自分の研究室、その手には、ペンが握られたままであった。どうやら眠っていたようだ。

 「ンフィーレア!」

 「ひぃい!」

 思わずあがる悲鳴、どうやら覚めたのは、祖母の呼びかけがあったからのようだ。

 

 「はやく来な!これはすごい!」

 どうやら祖母はなにかすごく興奮しているようであった。

 (どうしたんだろ?)

 疑問に感じながらも、自分もすぐに表へ向かう。そこで見たのは、やはり、異常に蒸気を発している祖母に、その様子にどこか怯えている様子をみせている赤毛の女性であった。そして、祖母の手にあるのは、

 (!!!!!)

 それを見た瞬間、ンフィーレアは自分でも驚くほどすばやく、身を乗り出していた。その様をみせられた赤毛の女性こと、冒険者ブリタは「ひぃ!」とさらに怯える。それ程の動きであった。それは真っ赤なポーションであった。

 「くくく、間違いない、これこそ、私たち、薬師や錬金術師が目指す理想の形、まさに、神の血とも呼ぶべき完成されたポーションだ!」

 「そうだね、おばあちゃん!これはすごいや!」

 喜びとも歓喜ともあるいは、狂気ともとれる笑みを浮かべる2人に、ブリタは軽く後悔をするのであったが、もう遅い。老婆の視線が彼女をとらえる。

 「おまえさん、これをどこで手に入れた?何、安心しな、別にこれを返さない訳でも、あんたを殺すわけでもないからね」

 そういった危惧がでる時点でもう相当危ないのではないのだろうか?もう片方の手に握られた万年筆は何に使うつもりだろうか?よく見れば、孫のほうも、いつの間にか縄を持っているし、これは正直に話すしかないようだ。

 (もう、何なのよ!)

 思えば、あの3人と関わったことが自分の運の尽きだったかもしれない。いや、自分は被害者だ。と認識を確かにして、ブリタは全てを話すのであった。

 

 

 ンフィーレアは冒険者組合に向かっていた。そろそろカルネ村にいって、薬草を採取しなければ、ならないのだ。その為の護衛、つまりは冒険者が必要であった。

 (モモンって言ってたっけ)

 先ほどブリタから聞いた話を整理していく、ちょうど昨日のことらしい。

 何でも、このエ・ランテルに新しい冒険者が来たというのだ。それも3人組、男1人に女2人という構成だったとか、そして彼らが宿にて、3人部屋を頼み、行こうとしたときに事件はおきた。彼らにちょっかいをかける先輩冒険者がいたのだ。これ自体は、この業界では、そんなに珍しくない光景だという。

 その際のやり取りは不明だけど、その男、漆黒の全身鎧を身に着けたモモンという新米冒険者はその相手を容赦なく殴り飛ばしたらしい。

 そして、吹っ飛んできたその男が彼女のポーション、必死にお金をためて購入したというなけなしのポーションを砕いたという。

 その時の彼女が絶叫をあげたであろうことは、話しているときの様子から自分も祖母も容易に想像できた。

 その後、ちょっかいをかけたであろう男たちが普段から酒などで散財しているのは、知っていたため。そのモモンに賠償を要求したところ、渡されたのがあの赤いポーションであったという事だ。頭に祖母から言われた言葉が再生される。

 『いいかい、ンフィーレア、必ずそのモモンに指名するんだよ。何、(カッパ―)であれば、問題ないさ』

 実際、その通りであるし、うまくいくとおもっていた。しかし、実際は。

 

 「申し訳ございません。その方たちならすでに依頼を受けて郊外に出ております」

 という無慈悲な宣告であった。

 「え?でもその人たちって、銅級なんですよね?」

 「ええ、そうなんですが、ちょうどその方たちに依頼をしたいという方々と一緒にいらっしゃり、そのまま受注手続きをおこないました」

 「そうなんですか」

 考えてみれば、そうかもしれない。何せ新米の冒険者が熟練の冒険者にひるまず、軽くいなしたとあれば、そこそこ話題になる。きっと自分達と同じように考えた人がほかにもいたのだろう。

 (どうしよう?)

 できれば、そのモモンに依頼を頼みたい、しかし、戻って来るのは早くても明日だという。しかし、それでは、予定に間に合わない。しばらく悩む様子の少年に新たな一団が近づく。

 

 「ンフィーレアさん?どうしたんですかこんな所で?」

 「あ、ぺテルさんに皆さんも」

 

 これまで何度か依頼を受けてもらった経験がある銀級冒険者チーム「漆黒の剣」であった。最初に声をかけてきたのは、リーダーである。ぺテル・モークだ。

 「何々?もしかしてエンリちゃんに振られた?」

 途端に顔が熱くなる。ルクルット・ボルブ、彼はそのての話になると、鋭く攻めてくる。

 「違いますよ。ルクルットさん、少し困ったことになっていまして」

 すかさずペテルの拳がルクルットに飛び、吹き飛ばす。軽く一発芸としてやっていけると少年は思った。

 「ふむ、そういう事なら、話してみるのである」

 「そうですよ、もしかしたら力になれるかもしれません」

 やや、老け顔であるダイン・ウッドワンダーに、自分と同じく、生まれながらの異能ータレントーをもつニニャが力になってくれると口を開く。彼らとは付き合いも長いし、今回は諦めることにしよう。

 (ごめん、おばあちゃん )

 「では、依頼を受けてもらえますか?」

 「それは、カルネ村での薬草採取ですか?」

 付き合いが長いと、それだけで助かる。話が短く、早くすむわけだから。

 「はい、そのとおりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しまった。あれはやり過ぎた」

 主が頭を抱えている。どうにかしなくてはならないのに、うまい方法が思いつかない。

 「申し訳ございません。アインズ様(モモンさん)

 本来であれば、そう呼ぶのは不敬であるが、今回は仕方ない。そして、結局自分は許しを乞うしかなかった。できることなら、命を絶って、

 (???)

 何故であろうか、何だかそれが、無性に嫌だと拒絶をしている自分がいる。どうしてだろうか?

 (そういうことね)

 きっと主が自分たちの命を大切にせよと命じたからだろう。つまりは、命令違反、そういうことだとナーベラル・ガンマは納得する。

 「何故お前が謝る必要がある? ナーベ」

 「そうよ、あれは、あの男が悪いわ」

 すかさず言葉を返してくる主に、今回、行動を共にすることになった。レヴィアノールこと、レヴィア。2人とも、その顔は見えないけど、自分を気遣ってくれているのは、よく分かる。その事実でますます自分が情けなく感じる。

 「しかし、私が目立ったばかりにアインズ様(モモンさん)にご迷惑を」

 ふと、主が、自分の頭に手を置く、ずるいと感じる。これをされると、熱が体にこもり、うまく動けなくなるのに。

 「いや、お前が美しく、綺麗な容姿であったというだけだ。気にするな」

 「か、畏まりました」

 そう、返すのがやっとである。そして、こんな時だというのに、どうしようもなく、喜ばしく感じている自分もいる。ホントに何なのだろうか?

 

 (もう気にしてもしょうがない)

 アインズもまた、先ほどあったできごとを思い出していた。自分の前にわざと足をだして、「あいさつはねえのか? 新入り?」といわれたところはまだよかった。アインズ自身、冒険者というものは、そういった側面もあるものだとあらかじめ知っていたからだ。

 しかし、その男がナーベラルに目を向け、「中々の美人じゃねえか?何だったら、一晩借りてやってもいいんだぜ?」といわれたところで、理性がとんだ。自分だってどう殴ってやったのか、覚えていない。そして、それで少し騒ぎになってしまったが、後悔はない。大切な子供であり、家族であり、宝であるNPC達をそういう目で見たという事実が許せなかった。

 「さて、気を取り直して、ひとまず私は町を一通り回る。どちらかはここに残って定時連絡を頼みたいのだが」

 「それでしたら。ナーベが同行するのがよろしいかと」

 「でしたら、私が残ります」

 うん、見事に意見が真っ二つだ。

 (うぅ、そんなに俺といるのが嫌なのか?)

 確かに、組織のトップと二人だけとあれば、その心労はとてつもないものになるはずだし、思えば、ナーベラルには、あの日のことを謝れていない。しかし、レヴィアノールはどうなんだ?変装前は半透明のアイガードを取り付けていて、多少は表情が読み取れていたのだが、いまは、鳥を思わせる被り物をしているため、何を考えているのかさっぱりだ。

 

 (ナーベラルゥぅぅ! あんたってこは!)

 レヴィアノールは内心絶叫をしていた。彼女が主に恋をしているというのは、もう墳墓中の密かな話題であり、気づいていないのはもう本人ぐらいではないかといわれている。

 ガセネタの可能性?

 あるわけない。何故なら、彼女は分かりやすいのだから。

 元々、ナーベラル・ガンマはあまり表情が豊かなほうではない。姉妹のことでわずかに微笑むのが精々で一般メイドたちはその時の顔を「レア」と評してあがめていた。

 しかし、それがここ最近では、主の話をする際にも顔を緩め、優しく微笑み、その頬を僅かに朱に染める。もう決まりといっても過言ではない。そしてだ、それに関連して命じられたある指令を果たすためにも可能な限り、この二人を一緒にしておきたい。

 

 「さて、どうしてそうしたほうがいいか聞かせてもらってもいいかな?」

 アインズは冷静に、崩れそうな表情筋をおさえて、何故目前の2人がそうした方がいいのか考えを聞く。

 

 「ナーベの美貌は人目につき、話題性になるかと、無論、先ほどのような愚か者もいますでしょうが、モモンさんがいれば、問題はないかと?」

 (気づけ! 気づくのよ! ナーベラル!あんただって、デート位したいでしょう?)

 「そうか。分かった」

 確かに、そうやって顔を売っていくのも一つの手かもしれない。

 「ナーベ、お前の意見はどうだ?」

 「はい、アインズ様(モモンさん)、レヴィアのあの能力を考えた次第であります」

 (あたしのスキルなんてどうでもいいのよ!)

 それもそうだ。七罪真徒たちには、それぞれ、強力なスキルがある。グリム・ローズなら拘束、ガデレッサなら破壊といった具合に、確か、レヴィアノールは、

 (「感情受信」だったはずだよな?)

 YGGDRASIL(ユグドラシル)時代は単にヘイト値を確認するだけのスキルだったのだが、この世界では、文字通り、他人の感情がある程度読めるらしい。無論、ナザリックの者たちには使用していないということであった。確かに実験と自分たちがどう思われているか調べるのはいいように思える。

 「……そうだな、確かにそうだ。今回はナーベの意見を採用するとしよう」

 そう言ってみせると、ナーベラルは確かに微笑んだ。自分の企画が通ると、うれしいのは社会人であったアインズには、すごく共感出来るものであった。

 (違うのよ、ナーベラル、あなたが喜ぶのはここじゃないのよ)

 「では、レヴィア、行くとしようか」

 「いえ、モモンさん……」

 途端に彼女を襲うのは、ナーベラルの冷気をも思わせる視線であり、彼女に選択肢等初めからなかったのだ。

 「……畏まりました」

 

 (ナーベラルのド安保ほおぉぉぉぉぉ!!!!)

 

 そうして、主と同僚が町へ繰り出し、一人残された彼女は盗聴されないよう。念のため、〈兎の耳〉(ラビッツ・イヤー)を発動させる、彼女の頭に兎の耳が現れ周囲の様子をさぐる。問題はなさそうだ。十分に注意をしてから伝言(メッセージ)を発動させる。

 

 「アルベド様、定時連絡でございます」

 『あら、あなたなのねナーベラル・ガンマ。では聞かせてもらいましょうか』

 

 それから、ここに至るまでのことを細かく連絡していく。

 

 『くふふ、そう、あなたの為に拳をね、やっぱり優しい御方ね』

 通話越しでも彼女が柔らかい笑みを、主を理解した上で浮かべているであろうことは、容易に想像できる。その様を思い、

 (やはり、アルベド様こそ正妃にふさわしい)

 そう確信していた。彼女が主を想い、涙をながしていたのは、有名な話である。そして、今も健気にあの方の為に尽くすその姿は正に良妻賢母というものではないだろうか?

 (?????)

 

 『あら? どうかしたのかしらナーベラル?』

 「いえ、何でもありません」

 『そう? 無理はしちゃ駄目よ? あなたに何かあれば、アインズ様が悲しまれるわ』

 「はい、おっしゃる通りでございます」

 

 そう、彼女がかの方の妃、それでいいではないか、なのに、どうして。

 (こんなに胸が痛むのかしら?)

 何にしてもそんなに問題はないはずだ。直に治まるだろうと、ナーベラルは、そのまま連絡を行うのであった。

 

 

 

 

 

   

 「ふう、すこし、失敗したかもしれないわね」

 アルベドは執務室にて、報告書を読んでいた。愛する主とは別に各地に散った部隊からのものであった。それを読んでいると、本当にこの世界が主の安らぎを、喜びを提供できるのか不安になってきたのだ。

 

 「アルベド、少しいいかな?」

 来たのは、現在、開発・生産を担当している階層守護者であった。

 「あら、デミウルゴス。どうしたのかしら?」

 この男が何の用もなく、来るわけがない。その行動すべてに何かしらの意味合いを含ませているのではと思わせる。

 「少し、意見をもらいたくてね、これを見てはくれるかい?」

 渡されたのは、書類であった。そこに書かれていることを10秒ほどで目を通す。もしも、これが事実であれば、

 「そうね、確かにこれは早急になんとかしなくてはいけないわね」

 「そうなんですよ、アインズ様が望まれる楽園でそのようなことが許されるはずがない」

 「これは確かなの?」

 「ええ、ルプスレギナからの報告でね」

 確かに彼女からの情報であれば、間違いないだろう。彼女はふざけているようにみえて、しっかり仕事をこなす優秀な娘だ。普段の言動が少しばかし行き過ぎているため、他の妹や姉であるユリ・アルファに誤解をうけているようだが、もっと行動を慎んだほうが本人の為になるだろうに、

 (不思議な娘なのよね、悪い娘ではないのだけれど)

 「分かったわ、材料は、例の世界樹からとれる魔石を使うとして、構想はできているのかしら?」

 「それなら、心配ご無用だ。第9階層の一室から資料が手に入りましてね、…………と、そんな顔をしないでください。アインズ様の許可はとってありますから」

 「当り前よ、あれらは本来、アインズ様の所有物なのですから」

 「当然ですよ」

 もしも主の意にそむくのであれば、遠慮なく、問い詰めるつもりである。

 「それで、何から始めるつもりかしら?」

 悪魔はかすかに笑う、この男もあの方の為に働けるのは嬉しいに違いないのは確かだからだ。

 「ひとまずは、食用として、《サツマジドリ》採卵用として《ロードアイランドレッド》などから始めるさ」

 その言葉はアルベド自身聞き覚えが全くないものであった。

 「さつまじどり?ろーどあいらんどれっど?それが、あなたがアインズ様から頂いたという資料の?」

 「ええ、まさしく、至高の方々が《リアル》で食されていたものだよ。どうやら《ニワトリ》というものの一種らしいね」

 その言葉を聞けば、反対はできない。しかし、これだけは聞いておかなければならない。

 「それは、この世界の環境への影響は?」

 「無論、それも併せて考えていきますよ」

 いくら楽園が主の望みでも、それを創るために、この世界を破壊しては意味がない。

 「まあ、あなたなら、問題ないのでしょうけど、前科があることを忘れないように頼むわ」

 「あれでしたら。不問でしょう」

 「ええ、でもこれからはやる前にすべてアインズ様に話してからにしてちょうだい」

 これ以上あの方の優しき御心に傷を負わせるわけにはいかない。それにこの男はほかにも何か企んでいるようだ。ナーベラルはともかく、レヴィアノールが冒険者組に選ばれたのは、この男の企みの一環であるように思える。

 「そんなに心配しなくても、あれは、成功すれば、あなたの為にもなりますから」

 「どうなのかしら?まあ、いいわ、私からはもう何もないわ」

 「ええ、では始めるとしましょうか?さしずめ、《牧場》といったところでしょうか?」

 

 

 

 町を一通り見て回り、アインズとレヴィアノールは一旦宿へもどり、そのまま一泊することにした。後は明日だ。何故か疲れ切ったようなレヴィアはすぐ眠ってしまい。ナーベラルは少しばかし、自身の血液が沸騰する感覚を味わっていた。仕える主をまえに、なんという様かと、

 「ああ、構わないさナーベ、彼女は私の実験に付き合って、消耗したのだろう」

 優しき主はそういってくれるが、それでも簡単にすましていい話ではない。

 「しかし、アインズ様(モモンさん)、これでは、臣下として」

 自身の唇に主の右手人差し指が優しく添えられ、途端に顔が熱くなってくる。

 「今は、同じ冒険者の仲間だ。言葉には気をつけろ」

 「も、申し訳ございません」

 「何、そんなに大したものでもないしな、それと、すまなかったな」

 主は何の脈絡もなく謝罪の言葉を吐いてくる。一体何のことだろうか?

 「あの、何のことでございましょうか?」

 「いや、何、あの日のことだ。その、私が1人で外出した」

 「あ」

 それで、理解した。主が謝っているのは、ナザリックが異変に巻き込まれて間もなく、主がすべての秘密をアルベドたちに話した時、その直前の自身とのやり取りのことか、と

 「しかし、あれは、別にアインズ様(モモンさん)が謝る必要はないのでは?」

 「いや、結局私はお前に嘘をついたわけだしな。これは、私なりのけじめだ」

 「いえ、必要ありません」

 確かに主は自身に少しばかし嘘をついたかもしれない。しかし、それが何だ。主はこうしてここにいる。それだけで自分は満足なんだと伝える。

 「そうか、いや、本当にありがとう。………はは、今回はお前が一緒でよかったかもしれないな」

 「……え……」

 それを言われた瞬間、またも、頬が熱くなり、心臓が高鳴る。

 (どういう意味なのかしら?)

 いや、特に深い意味はなく、きっと臣下としての褒め言葉なのだと、なかば無意識的に強引に結論をまとめ、平静を保つ。

 

 「さて、今日ももう遅い、ナーベも眠ったらどうだ? ベッドは3つある訳だしな」

 その言い方に疑問が湧き、問いかける。

 「アインズ様(モモンさん)は?」

 「私はすこし、やっておきたいことがあるしな、何、睡眠不要な体には違いないし、問題ないさ」

 それでも、先に寝るという選択肢はない。結局自分は定時連絡をしていただけだ。

 「それでしたら。私も何かお手伝いいたしましょうか?」

 「それには及ばない。本当に簡単な作業なんだ」

 そう言われても、なんだか、従いたくない自分がいた。以前であれば、素直に従っただろうに、あまりしつこく食い下がるのも不敬であると。

 「でしたら、せめて見届けるという栄誉を頂けないでしょうか?」

 「みてもつまらないと思うが?」

 「いえ、それでも」

 「そうか、では好きにするといい」

 「はい、ありがとうございます」

 主は備え付きの机の上に、時計のようものと、複数の魔石、工具らしきものを取り出して作業を始める。まるで、時計技師の仕事場だ。そして、許可に従い、近すぎず、遠すぎず。椅子を置いて、そこに座る。(主はきっとそうしろと命じるのは分かりきっていた) 

 

 朝日が昇るまで、机にかじりつく支配者と、それを愛おし気に見守る従者がいた。

 

 

 

 翌日、冒険者組合に向かうことにした。道行く彼らを周囲の人物は興味深げに観察する。まず6割がナーベラルの美貌に見とれてのもの、ついで3割がアインズの全身鎧、背中に背負われた2本のグレートソード、腰に下げられた予備らしき剣に、最後の1割が彼らが銅級の冒険者だということを示す首元のプレートを、

 「レヴィア、周りの視線はどうだ」

 アインズは周囲からの自分たちに対する印象をきく、主の問いに答える従者

 「ほとんどが、嫉妬でございます。『あんな美女を引き連れて俺たちに見せつけているのか?』『あんな武装使えるはずないのにどこのお坊ちゃんだ』といったところでしょうか? モモンさん?」

 (はあ、やっぱりそんなものか)

 まあ、確かにそれだけ、目立っているという訳ではあるが、あまり喜べる状況ではない。なんにしてもまずは、

 

 (仕事だな)

 

 目的の為にも、現地のお金を手に入れる為にも、ひとまずはそれである。これだけは、向こうと何ら変わらないなぁと兜の下で薄く笑みを浮かべていたら、

 

 「もし! そこのお嬢さん方! よろしいでしょうか?」

 

 「そこの全身鎧の兄さん、少しいいかい?」

 

 「「ん?」」

 

 「え」

 

 振り向くと、そこに居たのは、やたら、息を荒くしている若者と、それを諌めている男に、やや軽そうな雰囲気の男であった。

 

 

 (さすがです。アインズ様)

 ナーベラルは誇らしかった。ここに至る日まで、アルベドをはじめとした者達からこの世界での立ち振る舞いや、ある程度の自分たちの立ち位置を学んだわけだけど。それによれば、はじめは苦労するだろうというものであった。何分、この世界においては、かの方は全くの無名であるため、仕事を探すのも大変だろうから、あなたが支えてやりなさいということであった。正直、主ほどの人物が無名というのは、怒りがでて来るが、寛大な主はゆっくりと名をあげていけばいいとおっしゃった。ならば、自分もそれに従うまで、と思っていたところに、これだ。きっと主には、人を惹きつける何かがあるのは間違いないようだと、彼女は胸が暖かくなるのを自覚してた。偉大で、慈悲深い主に仕えていることを嬉しく感じる。彼女は無意識にもそれを思い浮かべて微笑む。その笑みは、夜空に輝く満月を思わせる。

 

 (今微笑んだ?よし!脈ありだぞアンドレ!)

 (んなわけないでしょう。トーケル坊ちゃん)

 アインズ達に声をかけた2人組の男達、正確には、田舎貴族の跡取りである。トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムとその従者であるアンドレである。彼らは、正確には彼は、家のしきたりである『成人の儀』に従い、小鬼(ゴブリン)など簡単なモンスターを討伐するためにこの町に来たわけである。そして、一応、護衛として冒険者を雇おうと話になり、出会ったのだ。漆黒の髪をたなびかせる美しき女性に、そして彼女は新米である銅級冒険者、これはもはや、運命だ。彼女には、自分の妻となってもらおう!そうだ、それがいい。ならば、告白だ!

 といったところで、従者アンドレは必死に止めた。まずは仕事の話をしましょうと、彼としても銅級が相手であれば、費用が安くすんでこの上ない。今回の旅費は領民の血税から出ているのだ。できることなら、あまり使わずに返却したい。それは坊ちゃんも理解しているはずだ。

 

 (このお坊ちゃん、本気なの?まあ、ご愁傷様と、いえ、あの方々に倣うなら、『ざまあ!!』と言ったところかしら?)

 レヴィアノールは少し驚きを感じていた。目の前に座るトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム(やたら、長い名前ね)がその頭の中で、ナーベラルと華やかな結婚式を挙げている光景が鮮明に見えたのだ。まあ、それ以上のことを考えなかった時点でまだ良識的ともいえるかもしれないが。何にしてもあのナーベラルが簡単になびくはずがない。

 

 (これは完全に、ナーベラル目当てだな。もう一人の従者は、まあ話ができそうだ)

 アインズもまたこの人物たちがどういう目的で接触してきたのか、大体の見当がついていた。それでも、初めての顧客だ。大切にしなければならない。そして、もう一人は

 (特にこれといった特徴がないな)

 それは本当にそうとしか言えなかった。おそらく、10人見ても「どこかでみた顔だな」と印象を抱く、そんな顔である。

 

 (ふ~ん、これは確かにいいネタになるかもな)

 リーダス・ベイロンは目前の人物たちが噂に聞いた通りで間違いないと確信していた。具体的な理由はない。野性的な勘だ。

 

 「さて、まずは自己紹介と挨拶からですね、私の名はモモン、見ての通り、新米の冒険者だ」

 胸元のプレートを指さしながら、淡々と事実だけを言う。アインズを見て、

 (ふん! しょせん、どこぞの世間知らずなお坊ちゃんだろうが!)

 (それは、あなたもですよ、トーケル坊ちゃん。頼みますから静かにしてください)

 (新米独特の怖れでもなけりゃ、驕りでもない。中々の人物だな)

 三者三葉の反応をする男たち。

 「こちらは、仲間で魔法詠唱者(マジックキャスター)であるナーベと、」

 そこで、ナーベラルは綺麗な礼をする。ここで自分が無様を晒せば、主の恥、

 (ああ、ナーベ、さんというのか)

 (坊ちゃん?トーケル坊ちゃん?)

 (中々の別嬪さんだな、あの《黄金》にも匹敵するんじゃないのか?)

 「同じく仲間で私と同じ戦士のレヴィアだ」

 続いて、レヴィアノールも頭を下げる。それもまた、完璧なものであったが、

 (ああ、ナーベさ~ん)

 (帰ってきてください! 坊ちゃん!)

 (何で鳥なんだ?)

 

 (分っていたといえ、興味ゼロというのも悲しいわね)

 「感情受信」、そしてその応用で相手の思考がある程度読めるというのは、昨日の実験である程度の把握した。主も使いどころには気をつけろとおっしゃった。あとは、間違っても、守護者統括や、階層守護者であるあの吸血鬼にこの事実を知られないようにしなければ、本当に無理難題を押し付けてくると、あのしたり顔が浮かび、思わず叫びたくなる。

 

 「では、こちらも名乗ろう! 私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、次期ビョルケンヘイム家伯爵であります!」

 

 そう名乗り、ナーベラルへと手を差し出すトーケル。彼女は呆けたような顔をしていた。

 

 (何故、アインズ様ではなくて、私なのかしら?)

 以前の彼女であれば、主を無視した時点でその相手を焼き殺していたであろうが、今は違う。彼女なりに目前の相手に対する扱いを考えあぐねていた。助けを求めるようにその視線がアインズへと向けられる。

 

 「すみません。彼女はあまり人(の扱いに)に慣れていないもので」

 助けない理由はない。事実その通りである訳であるし、そしてそれを見せられたトーケルは当然面白くない。そのことを知っているということは少なくとも、年単位での知り合いであるからだ。

 

 (くっ! どんな関係なんだ!)

 アインズに敵愾心むき出しにして、問い詰めようとしたところで、従者である男に肩をおさえるように止められる。

 (いい加減にしてください!今回の目的をお忘れですか?)

 ある意味、命を拾う選択をしたアンドレの胃は痛みっぱなしであった。せっかく、好条件の冒険者、安く済む新米であり、なおかつ冒険者特有の粗暴さを感じさせない紳士的な相手なのだ。もしも、こじれることがあれば、また一からやり直しをせねばならないが、この色ボケの主人のせいで、それも難しくなりそうなのだ。

 

 「申し訳ございません。私は彼の従者で野伏(レンジャー)のアンドレと申します」

 これ以上、話を止める訳にはいかないと、なかば強引に話を引き継ぐ、相手方の従者に

 「そうですか、それで、そちらのあなたは?」

 アインズもまた頷き返し、話のバトンを最後に一人に投げる。その様子にアンドレもまた安堵して、互いに確信する。

 ((彼は話ができる))

 

 「それじゃあ、最後は俺ですね、リーダス・ベイロン、吟遊詩人(バード)やっています。といっても、冒険者ではありませんが」

 それは、つまり、戦うのではなくて、歌う専門の詩人ということか、いや、以前の常識で考えれば、その役職の人間が戦場に立つこと自体おかしい話ではあるとアインズは内心笑う。

 「さて、それでは、あなた方の用件を聞きましょうか?」

 互いに目配せをして、アンドレが先に口を開く。

 「はい、私どもの用とは…………」

 

 ビョルケンハイム家の成人の儀、トーケルが簡単なモンスターを討伐するというものをやる為に、その護衛として、雇いたいという。少し変わったしきたりだなと、思いながらも初依頼としてはそう悪くないのではと思う。では、もう一人の用とはなんだろうか?みれば、目が輝いていた。どうしてだろうか?

 「いやいや、すいません。俺の用事はですね、それに同行させてもらえればいいんですよ」

 「「「「「???」」」」」

 その場の全員が言葉を失う。その反応は予想できていたのか、軽く苦笑しながら続ける。

 

 「まあ、そんな顔しますよね。要は詩のネタが欲しいんですよ」

 「ああ、そういうことですか。ですが、私なんかでいいのですか?」

 

 主はすぐに理解したらしい。どういう意味だろうか?

 

 「つまり、モモンさんを歌のモデルにしたいということですか」

 やはりというべきか主とすぐに打ち解けたらしいアンドレが引き継ぐ。それが少しばかし悔しい。ようは、主を主人公に「戦士」を題材にした詩を作るらしく、その為の取材として今回ついていきたいということであった。それを聞いて胸が震える。やはり、主は至高なる御方だと。

 

 (ん~、まあ、危なくなればいくらでも手は考えてあるし、それでいくか)

 

 アインズもまた。ほかに方法が思いつかず、それに応じることにした。

 

 かくして、モモン一行は、簡単な魔物を狩るため、トーケルの護衛を引き受け、リーダスも付き添うのであった。

 

 

 

 

  

 

 

 

   カルネ村では、復興がすすんでいた。アインズが貸し出したゴーレムたちの働きも大きいが、一番大きいのは、彼らの働きであろう。

 

 

  「エンリのお嬢!こっちはおわりましたぜ」

 

  今や、アインズの養女となった三つ編みの少女をそう呼ぶのは人ではない小鬼(ゴブリン)と呼ばれる亜人であった。しかし、それはこの世界で一般的に知られているゴブリンとは比較にならない程、鍛えられた体つきであった。

 

  「あ、ありがとうジュゲムさん。次は、あっちのほうを頼めるかな?」

 

 エンリは指を村の南の方向に向ける。あの辺りは、まだあらされた畑などが放置されていたはず。元の持ち主一家は先日の件で殺されてしまっていたから。

 

  「へい!かしこまりやした!いくぞ、手前ら!!」

  「「「へい!!」」」

 

 威勢のいい返事とともに、同じくゴブリンたちが彼につづく。なんでただの村娘たるエンリが彼らを従えているかというと別に彼らを腕力で負かした訳ではない。以前恩人であり、現在養父たるゴウンにもらった。角笛をしようしてのものだった。本来、身を護るようにと渡されたそれを単に、村の復興のために使っていいのか迷ったが、ルプスレギナの

 「アインズ様はそんなことでお怒りにならないっすよ、最悪、私がお叱りを受ければいい話っすからね」

 という、やや不安を感じさせる後押しで使うことにしたのだ。あと一つはもうしばらくとっておく事にしよう。と彼女は決めている。

 

 そうして呼び出されたゴブリンたちは、現れるや否や、エンリに忠誠を示し、つづいて何やらルプスレギナと少し話をした。その後、自分のことは「お嬢」あるいは「お嬢さん」、妹のことは「お嬢ちゃん」と呼ぶようになった。なにやら、違和感?言い知れぬ不安を感じるものの。19人いた彼らに自分が知っている御伽噺から名前をつけてやり、そして今に至る。

 

 「エンちゃん、少しいいっすか?」

 件の使用人だ。その片方の手を、しっかり握りしめて離れない妹がいる。あれから、よほど、打ち解けたのか、妹は頼んだお手伝い以外のときは、彼女にくっついている。助かるが、すこし寂しくも思う。

 「ルプスレギナさん、いつもネムがくっついて、ご迷惑ではありませんか?」

 その言葉に「ネムはいい子だもん!」と猛抗議してくる妹に、別段気にしたふうもなく。

 「迷惑なんてあるわけないっす。元より、それが私の仕事っす。それに、ネーちゃん、とってもいい子っよ」

 胸をはってみせる妹に、ほんとに微塵も疲れを感じていないという風の彼女にエンリも頼もしく思う反面、甘えたら駄目だと、思考内で自身の頬を両手で叩く。

 「あの、何か用ですか?」

 「もう少し、っすね。まあ、いいっす。まずはエンちゃん家にいくっす」

 家になにかあったかな?と疑問に思いながらも、彼女に従う。その途中村長夫婦に会った。

 

 「おや、エンリちゃん、ネムちゃんに、ルプスレギナさんじゃないか」

 「あらあら、今日も元気そうね」

 「あ、こんにちは村長さん、奥さん、ほら、ネムも」

 「こんにちは!」

 「今日も元気っすよ!」

 襲撃直後は悲痛な顔をうかべていたのに、ここ最近はすっかり、調子を取り戻したようだ。きっとそれもルプスレギナのおかげだろう。確か、初めは「ベータさん」だったはずなのに、彼女のその人懐っこさを、あるいは、ひまわりのような笑顔はすごいと思い。そして、そんな彼女の目が一瞬、鋭くなったように見えて、

 

 (あ、駄目なやつ)

 急いで、妹の耳をふさいでやる。不思議そうな顔をしている。

 

 「村長さん、復興はどうっすか?進んでいるっすか?」

 何のことない質問である。

 「いや、まあねえ、ゴウン様が貸して下さったゴーレムや、ジュゲムさんたちが居てくれているとはいえ、どうしてもまだ、人手が足りてなくてね」

 「それなら人手を増やすっす!村長さんもまだ若いんすから。ハッスルするっす!」

 「あはは、それもそうだな、さて、お前、今夜は付き合ってくれるか?」

 「あら、やだ、おまえさんたら」

 「「「あははははは」」」

 

 耳をふさいで正解だった。これは妹の教育によくない。彼女、ルプスレギナはたまにこういうことをしてくるので、その点だけは少し憂鬱だったりする。そういえば、彼女にも姉妹がいて、彼女自身はその2番目ということは聞いている。ということは、上に一人姉がいる訳であり、もしかしたら。

 (苦労してたのかな)

 と、たまに考えてしまい、そうであれば、まだ見ぬ彼女に同情してしまう時がある。

 

 ようやく、家につき、妹には大切な話をするからと、少しはずしてもらった。そして彼女はまず食糧庫を確認して、次に台所を所々確認して「やはりね」と挨拶をした時と同じような声を出したと思うと。こちらに振り向き、これまた彼女には珍しい顔と動作で聞いてきた。

 

 「エンリお嬢様、つかぬ事をお聞きしますが、この村ではどれくらいのお肉を食されているのですか?」

 突然の変貌ぶりにはまだ慣れないが、何とか答える。この村では、一日、一欠けらほど、肉が食べれればいい方だと、それも当然、何故なら、その調達をする人間が一人しかいないからだ。そして、とれるのは、精々、兎が3匹程度、それを村のみんなで分け合うのだから、配分としてはそれが妥当だ。しかし、まったく何も取れない日もあるので、これでも恵まれているほうだと思う。しかし、目前の彼女はそう思わないらしく。

 

 「お嬢様、失礼ながら申し上げます。その量では、十分ではございません。特に、ネムお嬢様などは、まだまだ育ち盛り、たくさん食べなくては、健やかに育つことはできません」

 「でも、ほかにお肉を手に入れる方法なんてないし、無理じゃないかと思うんですけど」

 

 町などに行けば、扱っている店もあるかもしれないが、それに回す資金なんてない。

 

 「私としては見過ごすことはできません。これらのこと、一度アインズ様に」

 「待ってください!」

 その名前がでた瞬間、思わず声をあげていた。あの人にまた頼るというのか、そのせいで、傷つけてしまったというのに。

 「これ以上あの方に、ゴウン様のお世話になる訳には、」

 迷惑をかける訳にいかない。甘える訳にいかない。言葉にせずとも伝わる少女の思いを目の当たりにして、

 

 (ふふ、やはり、アインズ様が認められた娘、といったところかしら?)

 

 だからこそ、この少女を説得するのが自分の役目だと認識を確かにする。

 

 「お嬢様、我が主の望みをご存知でしょうか?」

 エンリは、虚を突かれたように感じる。そういえば、あの方に恩を返すと誓いながらも、結局あの方が何を望まれているのかわからない。

 妾とか、ではないように思える。もちろん、それが望みであれば、喜んで受け入れるが、何より、アルベドという方がいらっしゃるわけでもあるし。何となくであるが、そういった好色家ではないような気がする。では、この村をできるだけ、発展させて農作物などを納めれば、いいのだろうか?いや、これも違うだろう。カルネ村は半数の村人が亡くなり、その生産力も落ちてしまっている。では、なんだろうか? 結局自分はあの方の為に何ができる?

 「ごめんなさい。分らないです」

 情けない気持ちであったが、ルプスレギナは全然咎める様子も見せず、優しく語りかける。

 

 「アインズ様が望まれるはすべての者が手をとりあえる世界を、《楽園》を創ることでございます」

 

 「楽園、?」

 

 「はい、その為には様々な材料が必要でございます。今回の話は、その一環だと思っていただければ」

 それを聞いた時、エンリの胸にあったのは、一種の納得する気持ちであった。何に対するものかは分からない。やはりあの方は優しい方であったとか、あるいは、アンデッドが人を助ける理由がわかったとか、あるいは、あれだけ強力なアイテムの数々の出所だったりとか、それは彼女自身分かっていなかった。それでも、それを聞けて、うれしく思ったかもしれない。そして、そうであるならば、自分はできることを必死にやるだけだ。

 (いつか)

 もっとかの御方のことを知りたいと思っている自分がいる。そして、真の意味で《親子》になれる日を目指してみたいと思っている自分もいる。

 

 「分かりました。協力できることはさせてもらいます。その話を進める方向でお願いします」

 

 「畏まりました。エンリお嬢様」

 

 

 

 

 こうして、本来の世界線と異なる。騒がしくも、活力にみちた「デミウルゴスの牧場」ができるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

   男はため息をついていた。もう10日以上も部屋にこもったままだ。別に彼のことはどうでもいいが、神官長に言われては、確認をしない訳にもいかない。

 

 

  「ニグン殿?」

 

 ドアを軽く、叩き、声をかけるも、返事はなし、

 

  「ニグン殿? 生きているなら返事をしてください」

 

 何度声をかけても、返事はない。

 

 (駄目か、…………ん?)

 

 鍵がかかっていない。もしや、

 

 「ニグン殿!」

 

 開けた扉の先には誰の姿もなかった。

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 今後、カルネ村には、ナザリックの者が尋ねるという話もやります。もちろん、ユリ・アルファも訪れる予定です。


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第2話 舞い降りる剣

 初期から呼んでくれている方々、新しくお気に入り登録してくださって方々ありがとうございます。


 

 郊外、草が風に揺られる平原をモモン達は歩いていた。その間、トーケルはずっとナーベラルに話しかけ続けていた。何とか、受け答えはしているものの、そのこめかみには青筋が走っている。

 

 「すいません。坊ちゃんが」

 

 謝って来るのは彼の従者であるアンドレ、さしずめ若社長の秘書といったところか、

 

 「いえいえ、それを言ったら、ナーベも無愛想なもので」

 

 ここは、可能な限り穏便に返す。ナーベラルもよくやってくれている。

 

 (何か、褒賞を考えないとな)

 

 本当に彼女の成長、いや、変化が喜ばしく感じる。それに比べれば、

 

 「そう、トーケルさ…………んは」

 多少、おかしな丁寧語も気にはならない。

 

 「ベイロンさん、この辺りでよろしいでしょうか?」

 

 ある程度歩いたところで、詩人である彼に確認をとる。

 

 「ええ、この辺で、そうですね。少し待っていて下さい」

 

 応えるなり、肩から下げたポーチから何やら取り出す。それは、まるで、泥を無理やり玉の形に仕上げたものであった。また、不思議なことに見た目こそ、下手をすれば、糞に見えなくもないのに、それは無臭であった。この世界にはまだ自分が知らないことだらけだ。いや、以前の世界もそのすべてを理解していた訳ではないが、

 

 「それは何ですか?」

 「これ?ああ、そうですね、一種の媚薬とでも思ってくれれば」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは当然というべきか、トーケルであった。

 

 「何!?、それがあれば、……いや駄目だ!それでは意味がない」

 

何やら葛藤しているらしく、そして一行の視線は従者のアンドレに向けられる。苦労しているんだな、と。そしてまだそんなに知り合って間もないのに、すっかり、そういった印象なんだと自分と主人の評価を知ったようなきがして、アンドレはため息をつく。 

 

 主人とその実家は貴族には珍しく、領民を思いやれる人物だというのに、色恋とは厄介なものだ。

 

 「いえ、お気になさらず。本当は優しい方なんですよお坊ちゃんは」

 アインズもまたそうなのではないかと、思う所があった。一つはアンドレの存在、ここまでの彼の振る舞いがひどい主人に振り回されているのでなく、真に主を案じてのものであるのは見て分っていた。それはアインズ自身思い当たるふしがある。大切なもの達が頭をよぎる。

 「それはあなたを見ていれば分かりますよ。アンドレさん」

 「そういっていただけると、助かります。ベイロンさんもすいません話を止めてしまって」

 「いえ、構いませんよ、それにお坊ちゃんは小鬼に興味があるんですか?」

 唐突な話題、これまでの会話でそうなる流れはなかったはずである。ということは、

 「亜人専用のモノということですか、」

 そういうことになる。そして彼の、自分たちの目的を考えれば、その用途は見えて来る。

 「そのとおりです。モモンさん、要は、一種のハニートラップという奴です」

 いやそれはどうだろうか、もしもそれであるならば、実際に騙し役として女性がいる訳であるが、今回に限っては、その対象もいないのだけど。

 「まあ、百聞は一見に如かずと言いますしね。まずはこれを」

 これまた突然手にもった球を地面に叩きつける吟遊詩人、瞬時に砕ける球とそこから草木が生い茂る泥を思わせる色合いの煙がでてくる。その匂いは、また強烈であった。その場の全員が顔をしかめ、鼻をおさえる。この時ばかりはアインズもまた。人間の身であったことを後悔した。しかし、だからといって、指輪を解除するわけにもいかない。そして、気づく、ナーベラルとレヴィアノールがそれぞれの得物に手をかけているのを、

 (あ、やば)

 「2人ともこれは、攻撃じゃない!」

 反射的に声をあげる。初依頼でその相手を殺害しては冒険者としての地位を築くのが難しくなる。即座に反応する二人に何とか胸を撫で下ろす。

 

 「すいません、急に大声をだしてしまって」

 とりあえずは、突発的な自分の行動を説明するのと、その謝罪だ。おかしな奴と思われるのもよくない。

 「いや、こちらこそ、いきなりしてしまって。ひとまずはここを離れましょう」

 本人としては少し驚かすつもりであったらしいが、それにしても強烈すぎた。そのまま彼の誘導に従い、10メートルほど離れる。そこから、煙を眺める。煙は広がり、ドーム状になっていた。

 「あれは、?」

 「はい、あの匂いに引き付けられ来るんですよ。小鬼がね」

 それはつまり、先ほど味わったあれが彼らにとって魅力的な雌のにおいということなのか?そして、それを分かっているように目前の男も微笑を浮かべる。

 「ええ、その通りなんですよ。といっても、いろいろな香水をそれっぽく混ぜたものなんですけどね」

 それでも十分すごい方なのではないかと思う。それと同時に疑問も

 「何故、吟遊詩人のあなたがそんなモノの?」

 作り方をしっているのか?と聞こうとしたところで、野伏であるアンドレが声をあげた。

 「来ましたぜ!数は、10といったところでしょうか?」

 まだ、1分ほどしかたっていないというのに、すごい効き目だ。しかし、やった当の本人は首を傾げている。何か問題でもあったのか?

 「おかしいですね。いつもだったら、もう少し時間をとるんですけどね、それに数も多い気がします」

 「今回はたまたま、小鬼が近くまで来ていたという事ではないですか?」

 あまり、深く考えても仕方ない気がする。そういうのは、あいつだけで勘弁してほしい。ともあれ、数は10、そして例の《成人の儀》とは、討伐することに意味があり、その数に特に縛りがないというのなら。

 「私たち3人で3匹づつ相手をしますので、ビョルケンハイムさんは1匹、お願いします。アンドレさんはその補助を」

 おそらくではあるが、この布陣が最も効率的で最適であると思う。しかし、トーケルとしては面白くない。小鬼ごとき軽やかに倒してみせると、この日の為に用意していた。まったく汚れのない剣を握りしめモモンに抗議する。

 「モモン殿!私も剣の指南を受け、鍛錬も人並み以上にこなしてきた身、多少の経験不足はなんとか気合で補ってみせます!」

 「坊ちゃん!」

 はやる気持ちが分からなくもない、彼の視線はひたむきにナーベラルへと向けられている。何とか振り向いてもらおうと必死のようだ。しかし、

 「ビョルケンハイムさん、実戦と、命の保証がされている訓練はまったく違います。彼らも、それこそ、生きる為に死に物狂いで襲ってくることでしょう」

 説得をしながらも、アインズの胸には痛みが広がっていた。本来であれば、自分も目前の彼と、いや、それ以下だというのに。こうしてたまに、なんともいえない罪悪感のようなものが溢れて来るのだ。人間だった頃を思い出してか、特に優れたものがない社会人であった時か、あるいは、単に遊びでやっていたゲ―ムで得た力で人を殺してのものかそれは分からない。不意に左腕をつかまれる。そちらを向けば、ナーベラルが微笑みを向けていた。その瞳は静かに安らかに、それでいて実直に訴えていた。

 『アインズ様は至高の御方、それは変わりません』

 レヴィアノールも同意するように首を縦に振っている。

 (本当、俺は幸せ者だよな)

 彼女たち(NPC)には感謝しなくては、そして叶うのなら、各々の望みも叶えてやらないといけないなと思うと同時に覚悟を決める。今の自分は戦士『モモン』であると、

 

 「そうですよ、モモンさんの言う通りです坊ちゃん。自分もいますんで、まずは1匹、確実に仕留めましょう」

 「くぅ、分かりました」

 従者である彼の助け船もあり、なんとか話はまとまる。

 

 

 小鬼たちは憤りを覚えていた。魅力的な雌のにおいに惹きつけられ、来てみれば何だ。何もないじゃないか。彼らの怒りはこちらへと呑気に歩いてくる3人の人間に向けられる。小鬼(ゴブリン)はあまり人間に対する認識が高くない。雌雄の区別すらついていないのではないのだろうか?それでもこの状況を仕掛けたのが、彼らであること位は理解した。

 

 「ブッコロシッテヤル!」

 1匹がそう叫び、そして彼らは相手を蹂躙してやると突撃を開始する。

 

 (来たか)

 さて、戦士としての実戦だ。なにもここまで遊んでいたわけではない。モモンは相手の動きに集中する。すべてを見るなんてできない。まずは先頭の1匹からだ。ありがたいことに、何とか今の動体視力でおえる程である。そして、相手が自身にとびかかり、手にもった棍棒を振り上げ、勢いよく振り下ろしたところで、その軌道を正確に読み取り、体を右に傾ける動作で交わす。相手は右利きであった。

 

 (!!!)

 叫んだゴブリンは驚愕していた。突然、でかい奴の雰囲気が変わったのだ。これはまずい相手ではないのか?と思ったところでもう遅い、自身の胸元に鉄塊を思わせる巨大な剣が叩き込まれ、横に真っ二つになり散る。

 

 (流石ですアインズ様)

 ナーベラルもまた自身の仕事に取り掛かる。主のみせた一撃を見て、止まったその一瞬を狙い、近くの1匹に目をつけ、即座にその首をはねてやる。あまりにも軽い、続けざまに体を回転させながら跳躍、そのまま2匹斬り伏せて着地。一連の動作はそれだけで、芸術品といえそうな優雅なものであった。そして仕事を終えた彼女の視線は主と今斬られた2匹目の小鬼に向けられる。もしかしたら、主の雄姿を1秒でも長く見ていたかったのかもしれない。

 

 (アインズ様は問題なし、ナーベラル、少し飛ばし過ぎじゃないの?)

 レヴィアノールもまた動き出していた。自身の筋力であれば可能だと1匹目は大雑把に殴り飛ばしてやる。片側の眼球が飛び出し、絶命する。そのまま走り抜け、恐れおののいている2匹目のその両目に躊躇なく、自身の左手人差し指、中指を差し込む。卵が砕けるような音がわずかに響く。

 「グギャアアアアアア!!」

 たまらず叫ぶ声を煩わしく思いながら、右手でもった鉈でその首を叩き斬る。ゴブリンの首を持った狂戦士の構図の完成だ。それをみて、逃げ出した3匹目を狙い無造作に鉈を投げる。後頭部に深く食い込みその命を奪った。

 

 アインズもまた、3匹目の頭蓋を砕き、おわるところであった。

 (ふう、なんとかなったな、コキュートスやアトラスに感謝しないとな)

 自身の訓練に付き合ってくれたものたちの顔が浮かぶ。

 「二人ともおつかれさん」

 今は対等な関係ということになっている。だからこそ、軽めの労いをかける。

 「いえ、当然のことです」

 「モモンさんも見事な剣さばきでございました」

 「ああ、ありがとう」

 

 トーケルもまた、何とか目の前のゴブリンを討伐しようと、全力を尽くしていた。しかし、必死なのは相手も同じ、気づけば仲間たちは全滅、残っているのは自分1匹という状況なのだ。ここで死ぬのは種の生存本能が許さない。睨み合う両者、先に動いたのは、トーケルであった。手にもった剣の間合いを取るため、全速力で走り出す。距離が3メートル程になった時、ゴブリンもまたアクションを起こした。次の瞬間、彼を襲ったのは痛みと僅かばかしの闇。

 (くっ!)

 「坊ちゃん?!」

 ゴブリンがやったのは、単純に土をかけるというものであったのだが、そんなもの想定も、予想すらできていないトーケルは顔を覆って止まってしまう。戦場でのそれは命とりとなるのに。そしてそれを狙ったかのよのようにゴブリンも攻撃に転じようとするが、その行動を牽制するように短剣が投げ込まれる。

 (!!!)

 投擲したのは当然、彼の従者たるアンドレであった。黙って主人がやられるところを見ているわけにはいかない。そしてそのおかげで体制を整える時間を手に入れ、

 「うおおおおおお!ナーベさあぁぁぁぁん!」

 生涯初、渾身の兜わりを決め、トーケルはゴブリンを討伐するのであった。

 

 数分後、

 

 「いやあ、ありがとうございました。何とか成人の儀も終了でございます」

 やや、微妙な笑みを浮かべながらも、アンドレはモモン達に感謝するのであった。その間も主人はナーベに言い寄ってるものだから。本来であれば、命を絶つという行為を和らげるという意味合いをもつ儀式をこんなに軽く終えてしまったことに対する。後ろめたさかもしれない。

 「いえいえ、こちらも依頼を達成できたようで、ベイロンさんも」

 「はい、今のでかなりいいのができそうですよ。欲を言えば、人喰い鬼(オーガ)を討伐するところも見たかったところですが」

 オーガはゴブリンを従えて群れをつくっていることもあるので、確かに遭遇する機会はあったかもしれない。それでも依頼は終了だ。とそこで、頭に声が響く、伝言(メッセージ)だ。アインズは2人に、ハンドサインを送り、(意味:相手の対応を頼む)ゴブリンの持ち物を調べると適当にその場を少し離れる。

 『アインズ様、私です只今よろしいでしょうか?』

 相手はあの統括の姉であった。

 「二グレドか?どうしたんだ?」

 彼女からの連絡ということはまず、一番に考えられるのはカルネ村に何かあったということだろうか?それとも、他の部隊に何かあった?考えたくはないが、アルベドが過労で倒れたという可能性もある。不吉な考えが頭をよぎり、次に聞こえたのは、予想外であり、しかしながらアインズが望むことでもあった。

 『付近に、人喰い鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)に襲われている人間の一団がおります』

 「ふむ?しかし、人のほうもそれなりに戦える一団なのであろう?」

 そもそもここは、そういう世界、自殺志願者でもない限り、冒険者なり、兵士なりが護衛についているはずだが、

 『はい、しかし、数がいささか多いようでして、オーガが15、ゴブリンが40、と言ったところでしょうか?』

 「なに!」

 計55、軽く、2レイド分と言ったところか。一体何故、それだけの相手が出てきているのか?

 (そういえば)

 リーダスが言っていた。いつもより、薬の効果が出るのが早いと、それと関係しているかもしれないが、今のところ考えても仕方がない。では、襲われているという人間たちはどうするか?

 (行くか)

 ここで行かない選択肢はない。おそらく彼女もそれが自分の望みだからと、伝えてきたのだろう。少しでも多くの人間を救済する。そして、うまくいけば、冒険者の名前に箔をつけることができる。彼女に礼をいい、その座標を詳しく聞く。そして当初の予定通り、ゴブリンたちの持ち物を調べ、ついでに討伐の証拠たる部位のそぎ落とし作業も行っておく。

 

 「すみません。みなさん時間をとらせてしまいましたね、帰りのルート何ですが」

 少し遠回りをするルートを提示する。理由としては、もしもうまくいくのであれば、更にモンスターを討伐したいと考えていると、それは可能であれば、依頼主たるトーケルにさらなる経験を積んでもらう狙いがあると、建前上そう説明する。そして、ナーベラルと少しでも長く共にいたい、トーケルもまた即決するのであった。アンドレと、だしにした彼女には内心、謝罪する。そして歩くこと、数分。その現場に出くわした。いや、正確には見下ろす形となった。自分たちが現在いるのが、やや高めの丘だったからだ。

 「あれは?モンスターの群れ?」

 誰が呟いたのかは気にならなかった。それだけ、見えた景色が凄まじいものであったから。見れば、モンスターの一団もかなりの痛手を負わされていた。すでにオーガが6匹、ゴブリンが15匹、倒れていたのだから。しかし、それでもまだ半分近く、いる。

 

 「いいから!早く!」

 「逃げるのである!」

 「姉貴と再開するまで、お前死ねないだろ!」

 

 見れば、戦士らしき男を中心に、3人がしんがりを務め、残りの2人が何とか包囲網を突破しようと走り出すが、すぐに回り込まれてしまったらしい振り上げられた斧が髪で目元が隠れた少年に襲い掛かる。逡巡している暇はない。

 「レヴィア!お前は残って皆の護衛を!ナーベ!後ろは任せた」

 いうなり、駆け出した。そのまま脚力、ふくらはぎの辺りに力をいれる。跳躍、空中で回転しながら、剣を抜き、今まさに、少年たちに襲い掛からんとしているオーガを両断して同時に着地する。

 

 「大丈夫かな?助けにきた」 

 まずは自分が味方だと伝え、そして振りぬいたもう一方の剣を反対にモンスターたちへ向ける。

 「さあ、次は私が相手だ。死にたい奴からかかってこい」

 途端、聞こえるのは嘲笑、何をしに来たんだこいつはと、それも無理もない。今のはたまたま、不意打ちがうまくいっただけだ。囲んでやればこいつも問題なく、追い詰められると、そしてそれを感じ取ったアインズは笑う。それも周りによく声が聞こえるように。握りこぶしに親指をたて、それで背後にいるであろう一団を指さしながら。

 「はははは、お前たちは勘違いをしているようだ。その程度であれば、私はもちろん、後ろの彼らにも勝てはしないさ、」

 事実、モンスター側が21匹も犠牲をだしたというのに、人のほうは、被害ゼロ、それだけ、彼らが優秀なチームということなのだろう。

 (協力者、候補だな)

 場違いにもそんなことを考えてしまう。これでは、一般人を装い、日常に溶け込み、有能な人材を探す。一企業の社長だなとさらに笑いが響く、それは戦士の余裕に見え、敵味方の区別なく、視線を集める。

 

 「フザケンナ!!!」

 「コロセ!コロセ!」

 

 殺意はすべてこちらに向けられていた。それでも不思議と恐怖を感じないのは、きっとこれまでやってきたことの結果を知っているのもあるが、

 

 「モモンさん、これからいかがいたしましょうか?」

 

 自分の背中を守るべく、同じく跳躍してきたであろう彼女がいるからだろう。

 

 「ナーベ、遠慮なく焼き殺せ、無論、()のお前の火力でな」

 「畏まりました」

 

 方針が定まったところで背中合わせの状態から一気に動き出す。

 

 アインズは目前の目標を見定める。数はオーガ3、ゴブリン8、あまり優美な型にこだわっている暇はないと走る足に力を入れる。

 

 相手はまだ動けていない。

 

 突然の速度変化に追いついていないようだ。そのまま右手のグレートソードを大きく振り回す。瞬時にとぶのはゴブリンの頭が3っつ。その勢いを殺さないまま、回転をするようにもう片方のグレートソードでさらに前に切り込む。オーガの上半身があらぬ方向に飛んでいく。丁度一回転、そこで一旦静止するがまだ止まる訳にいかない。

 

 倒れるように踏み込む足に加速をつけ、今度は走りながら、走路上にいたゴブリンを蹴り飛ばす。内臓が出たので問題ないはず。

 

 引きずるようにグレートソードを引いて、一気に振り上げる。更に2匹、ゴブリンをまるで蹴鞠を蹴りあげるように斬り飛ばす。最後に上げたそれを振り下ろす。はじめと同じように縦に両断されるオーガ、残りは3匹、その目にはすでに戦意はなく、目の前の存在を恐れている目であった。

 

 (試してみるか)

 アインズはグレートソードを2本、大地に突き立て、腰に備えた予備の剣へと手を伸ばし、反復練習と同じ構えをとる。狙いを定め、腰をおとす。そして、一気に振り放つ。

 

 「武技、『飛翔烈破』!!」

 

 放たれた斬撃が一瞬、景色そのものを斬ったように見えた。その境界線にいた2匹のゴブリンは4つの肉塊に成り果て、さらにオーガの腹に裂傷をあたえた。

 「グオオオオ!!」

 痛みに耐えきれず吠えるオーガ。

 (両断には至らずか)

 内心、やや肩を落としながらも、アインズは最後の1匹へと歩を進める。

 

 「…………すげえ」

 それは正に英雄の物語、ここまで、彼が相手を仕留めるため、振るうのはただの1回、完勝なんて言葉が陳腐に思えてくるほどの偉業。それは漆黒の剣から見ても驚くべき事実、自分たちは、まず馬車をすてて5人一組で動き、何とか4人がかりで1匹ずつオーガを討伐していったというのに、あの戦士は一撃でゴブリンと大差ないと言わんばかりに吹き飛ばしたのだ。驚愕するしかない。

 

 (ほう、こりゃあ、モノホンだな)

 

 リーダスもまた、古い書物で知った言葉を用いながら、目前の光景を少しでも言葉として紙に落とし込むため、扱いにくい左手でメモ用紙を持ち、利き手たる右手でペンを走らせる。

 

 瞬く間に10匹の亜人が斬り伏せられた。しかし、それだけではない。

 

 「グギャアア!!」

 そう、狩られるべき立場である彼らが呆けている暇はない。青い雷光が3匹のゴブリンを貫いた。〈雷 撃〉(ライトニング)、それが彼女、()()()が誇る最高の魔法である。彼女はそのまま、冷静に魔法を放ち続ける。右手をかざすオーガが2匹、続けて左手を反対の方向に向ける。ゴブリン4匹がその犠牲になり黒焦げになる。

 「ウ、ウウ」

 残った戦力が一気に半減したという事実が彼らの判断をさらに鈍らせる。そして、その機を逃さない者がもう一人、

 

 「ダイン!さっきのをまた頼む!」

 襲われていた一団のリーダーらしき戦士が叫び、目前のオーガへと突撃する。正直言えば、すでに体はボロボロだが、このチャンスを逃すわけにもいかなと、体に鞭をうつ。

 「任せるのである!」

 返事をしたのは、一行の中でもっとも体格がでかい男であった。その装いから森司祭(ドルイド)らしき人物は指示に従い、魔法を発動させる。すぐさま、地面から植物が生え、蛇ともミミズともとれるようにのたうち回り、4匹のゴブリンと2匹のオーガ達に巻き付く。〈植物の絡みつき〉(トワイン・プラント)

 そして拘束されたゴブリンの首を戦士は的確にはねていく。

 「テメエ!!」

 それを見て、これ以上仲間が減るのはまずいと本能的に察して、もはや手遅れにも近い状態である中、3匹のゴブリンが戦士に群がるが、その喉元の矢がささる。しんがりを務めた最後の人物が放ったものだ。彼はアンドレと同じく野伏(レンジャー)なのであろう。

 「女神に巡り会えたんだ。ここで死ねるかっての」

 その視線はナーベラルへと向けられていた。いまだ身動きをとれないオーガ達を追撃するように輝く魔法の矢が襲い掛かる。

 〈魔法の矢〉(マジック・アロー)

 今回の護衛対象と共に離脱予定であった、少年が戻ってきていたのだ。攻撃方法から魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思われる。そして、動きが止まったオーガの心臓辺りを正確に、的確に戦士の剣が貫く。残りはオーガが1に、ゴブリン3と、勝負はついた。

 「さて、どうする?まだやる気か?」

 再び、剣を突きつけ、問いかける。これは慈悲だ。ここで立ち去るのなら追いはしないという最終警告を受け、残った亜人たちは何も言わず逃げ出した。

 

 

 

 

 

 「改めて、お礼を言わせてください。皆さんがいなければ、私たちは死んでいたところです」

 その後、レヴィアノールが護衛していた一団も合流して、ひとまず部位はがしを行い……こういったところは現実世界なんだよなあ、としみじみ思う。聞けば、まだ銃ではなく、刀や剣で戦争をしていた時代には、殺した相手の首を証拠として、持ち帰ったというしそういうものかもしれない。それから馬車の回収、今回の狙いは完全に彼らであったらしく。ほとんど荒らされていなかった。すべての作業が終了したのちの相手からの第一声であった。先ほど共に戦った戦士のものである。

 「いえいえ、お気になさらずに、()として当然のことをしただけですから」

 その言葉に自身でも苦笑したくなるのを何とか抑えながら返す。

 「いや、本当に助かりました!すごいです!そんな言葉しか出ませんよ!」

 興奮したように魔法詠唱者の少年が先ほどのアインズの戦いぶりを称賛する。

 「そうだよなぁ、それに俺は今日、女神に出会ったんだしな」

 おそらくは渾身の笑顔を決めて、ナーベラルへと熱い視線をおくる野伏、それに対して、

 「アインズ様(モモンさん)が相手の注意をひきつけてくれたおかげです」

 あくまで主をたてる彼女と、

 「貴様!ナーベさんにやらしい目を向けるんじゃない!」

 少々、きつめに噛みつく若き次期伯爵。

 「いえ、本当に助かりました。僕からもお礼を言わせてください」

 やや、火花を散らす、かませ犬2匹(byレヴィア)はおいとくことにしたらしく、前髪で目元が隠れた少年が頭を下げる。始めに助けた少年でもあった。やや汚れた服、そのシミは何かの薬品のがかかったあとのように見える。つまり、

 (錬金術師か、何かしらの研究者ということか)

 そういった役職もどの世界にもいるものか、まあ、いつだって、技術革新というものはそういったもの達がおこしてきたものだ。自分はただ、そうやって出来上がったものに乗っかっていたにすぎない。彼もまた、計画に協力してもらう選択肢があるという事をアインズは認識する。我ながら、強欲だと思うが、しかしながら、協力者が多いにこしたこともない。

 (さて、どうしたものかな?)

 この後の展開を考えながら、アインズは効率的かつ、できることなら、自慢話にできそうな劇場公演を思わせる程位かっこいいスカウト方法を思案する。

 

 ンフィーレアもまた、目の前の人物たちが、自分の本命である者たちであったことを理解していた。なんとか、この人物たちを今回の依頼に同行してもらえないか、考えていた。それだけの稼ぎはあるわけだし、先ほどの件で分かった。やはりというべきか、最近、魔物たちの活発化が進んでいるらしいと、もしそうであるならば、あの辺境の村は危険だ。なんとしても、彼らにもついてきてほしい。そして何より、あのポーションの秘密を、その一端でも知ることができないだろうか?どうにか、視線を動かして、目についたのは、先ほどからルクルットと睨みあっている貴族らしき人物。その傍には従者らしき男も控えていた。もしかしたら、ここに事態の活路があるのではないか?

 

 「失礼ですが、そちらの方は、貴族?の方ですよね」

 その言葉にニニャが一瞬反応するが、すぐにいつもの調子にもどる。しまった、と思う。彼は貴族に思う所があるのを知っていたのに、少々配慮が欠けていたと、しかしここで話をとめる訳にはいかない。

 「はい、トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムと申します」

 やはり、貴族というのは長い名前が多いのだろうか、そして、彼らが、その家の変わったしきたりにしたがい、簡単なモンスター討伐へと来ていたこと。漆黒の戦士モモン一行はその護衛についていたこと。そして、最後の一人は単に同行していただけだという。そこで、彼は思いつく。賭けではあるが、決して悪くはないはず。

 「それでしたら」

 

 (この少年は何を考えているんだ?)

 アインズは少年の提案を受けるか、考えあぐねていた。要は、このまま自分たちに同行してはくれないかというもの、そしてそのまま薬草調達を手伝ってほしいというものであった。無論報酬は支払ってくれるらしいが、なんせ現在仕事を受けているのは、トーケルらの依頼だ。こういうときは、どれだけ、魅力的な話でも先に受けた依頼とその依頼主を優先しなくてはならない。それが、信頼を得るということなのだから。

 「ビョルケンハイムさん、私どもはあなたに従います」

 「モモンさん、それは」

 「今の私たちはあなたの護衛です。あなたの意思を優先させていただきます」

 トーケルもまた考える。この目の前の少年の誘いに乗るべきか否か、そして気付いた。目前の少年がかの有名な彼ではないかと、そして、まだ名前を聞いていない。

 「失礼ですが、あなたのお名前は?」

 

 それをいわれて、ンフィーレアもまた失敗をしたと、慌てて名のる。

 

 「すいません。僕はンフィーレア・バレアレ。エ・ランテルで薬師をやっています」

 

 (やはり、あのバレアレ氏か!)

 

 (ふむ、薬師だったか)

 

 トーケルは歓喜していた。バレアレといえば、王国でも屈指の薬師の一家だ。今回の件でつながりをもっておくのは悪くないかもしれない。と、

 

 アインズは自身の予想が外れて少しばかし肩を落としていたが、それでも協力者になってもらうという意思は変わらない。それから、時折ナザリックから送られてきてるアルベドからの報告書にその名はなかったはずと、記憶を掘り起こす。それも当然といえば、当然か、そもそも、エ・ランテルの担当者が自分たちだというのに、初日はレヴィアノールの実験や、あちこち見て回っただけで、聞きこみなどはしなかった。これなら、もっと力を入れるべきであったなと、軽く後悔する。ともあれ、トーケルの意思次第なのは変わらない。

 

 「分かりましたバレアレさん、その旅に同行させていただきます」

 「坊ちゃん!!」

 「心配するな、アンドレ、考えはある」

 トーケルは今回の旅でより多くのことを自分は経験すべきと主張し、アンドレもまた。それに従うのであった。

 

 改めて、互いに自己紹介を行い。その際に、生まれながらの異能(タレント)の存在を教えてもらい。まだまだこの世界には知らないことだらけだと思い知った。

 

 

 こうして、ンフィーレア・バレアレと「漆黒の剣」4名、トーケルとその従者アンドレにモモン一行3名、そしてその付き添いのリーダスと、合計11人と大所帯となって、カルネ村へと向かうのであった。その道中、アインズは今回はあくまでモモンとして訪れることに決めた。エモット姉妹はルプスレギナに任せて大丈夫だろう。カルネ村まではかなりの距離があるらしく、適当なところで、野営の準備に入ることになった。アインズ自身、その経験はないにも関わらず戸惑うことなく、作業を進めることができたのは、きっと彼のおかげなのだろうと心で感謝する。

 (ブルー・プラネットさん)

 

 すべての用意ができて焚火を囲んで食事にはいる。ルクルットとトーケルは何とかナーベラルの隣を陣取ろうとするも、彼女自身は主の隣に座るの望み、アインズも断る理由もなく、受け入れる。もう片方はなぜか見えないはずなのに鬼の形相をうかべているのだと分る。レヴィアノールが固いガードを敷いていた。とまあ、すこし騒がしくもようやく夕食に入るのであった。当然アインズも兜をとるわけだが、

 

 「その若さであの腕ですか」

 「く、ナーベちゃんに劣らずの美形かよ」

 「きっと、すごいタレント持ちなんでしょう」

 「黒髪、黒目ですか」

 

 (う~ん、昨日の登録の件もそうだが、この世界の人間はみんな眼科に行った方がいいんじゃないのか)

 ふと、臣下の二人を見てみれば、さも当然という態度だし、一体全体、この世界の顔面偏差値はどうなっているのやら。ちなみにレヴィアノールは少し被り物をいじったと思うと鳥の口の部分が開き、彼女の口元がかろうじて見えるようになる。

 「レヴィアちゃんはとらないの?」

 ルクルットが軽い調子で聞いてくる。ナーベ、モモンと美形続きなため、彼女の顔も気になったのだろう。

 「ごめんなさい。私、顔に傷がありまして、できれば」

 それ以上続ける必要はなかった。ペテルの放った拳がルクルットの顔面に突き刺さる。彼女はそういう設定だったはずだ。

 ともあれ、食事だ。しかし、

 (ま、まずい)

 どうしてもナザリックで食べていたものと比べてしまう。これは食にかんしては全力で彼らに頼ることになりそうだ。

 

 「ところで気になっていたんだけど、ナーベちゃんとモモンさんて、どんな関係、恋人だったりするの?」

 またもルクルットが突然話を切り出す。アインズは笑いながら、ナーベラルは多少動揺しながらも否定する。

 「ははは、違いますよ」

 「ち、違います!!」

 「そうですよ」

 ん?誰だ!肯定した奴。

 「レヴィア!」

 やや怒気を含めて叫んだというのに、彼女は本当に分らないという風に首をかしげている。

 「違いましたか?」

 本当に何を言っているんだこいつは?そんな設定はなかったはずだ。しかし、自分以上に取り乱したナーベラルはそれどころではないらしく。

 「な、何をいっているの!アルベド様という方が!」

 たまらず叫ぶ彼女の頭に手をおく、

 「な、アインズ様(モモンさん)?」

 「落ち着け、ナーベ、ルクルットさんもあまり詮索はやめていただきたい」

 「申し訳ございませんモモンさん、ルクルットもいい加減にしろ!」

 「レヴィア、お前も後で話がある」

 なんとか、その場はそれで納める。誤って情報が漏れてしまったが、まだ誤差の範囲内だ。今回の件は完全にレヴィアノールとの打ち合わせ不足だろう。後で詰めておかなければ、にしても

 (恋人、か)

 元の世界ではそんなものいなかったし、それはこの先も変わらないだろう。守るべき者達がいるのだ。先ほど、ナーベラルはアルベドの名をあげた。確かに彼女には感謝している部分もあるし、今の自分が最も近くに感じる相手ではあるのだろう。それでも、そういう関係になるつもりはない。アルベドには悪いが、彼女もまた自分が守るべき者の一人でしかない。

 

 (モモンさんには決まった相手がいるのか)

 トーケルは、それを聞いて、まだ自分の想いに望みがあるのだと、レヴィアノール曰く、悪あがきの決意をする。

 

 「それにしても皆さんの連携は見事でした。それに、冒険者とはこんなにも仲がいいものなんですか?」

 なんとか話題を変えようとアインズが切り出したのは、彼ら自身のことであった。ペテルもそれを汲んでくれたのか、話を続ける。

 「命を預けあっていますからね、普段から互いが何を考えているのか、分らないと危険ですからね。それで、いつのまにか、そうなっていますね」

 それをニニャが引き継ぐ、

 「それにチームの目標も、まあ、しっかりしたものがあるからじゃないでしょうか?」

 それはアインズにも思い当たるふしがあった。

 「…………そうでしょうね。皆の意思が一つの方向を向いていると全然違いますよね」

 「あれ?モモンさんもチームを組んでいたんですか?」

 

 「…………冒険者ではないですけどね」

 それから、アインズは語る。かつて自身を救ってくれた純白の騎士の存在を、そして、彼に案内され、4人の仲間に出会い、それから、更に3人加わり、様々な冒険をしたということを、ナーベラル達も聞き入っていた。まぎれもなく、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」始まりの9人の物語であるのだから。すべてを話終えて、ニニャがなだめるように言う。

 「いつの日か、 またその方々に匹敵する仲間ができますよ」

 その言葉に一瞬、苛立ちを募るもの。共にある彼女たちを思い出して、

 「そんな日は来ませんよ。…………でも、後悔もありません」

 言葉をつづけながら、ナーベラルの頭に手を置く、できることなら、レヴィアノールの頭にも手を置きたいところだが、位置的に難しい。

 「確かに、彼らに並ぶとは言えませんけど、それでも、自分には勿体ないくらいの者たちですよ」

 その顔は穏やかなものであり、もしもアルベドが見ていれば、涙をながす光景。こうして一行はそのまま一夜を和やかに過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 『ということでして、今回はモモンとその一行として、対応をしてほしいとのことです』

 「畏まりました。デミウルゴス様」

 伝言(メッセージ)を終了して、ルプスレギナは現在自身が仕えている姉妹の元へともどる。ベッドでは二人仲良く寝息を立てている。その微笑ましい光景に思わず頬がゆるむ。と、ネムの顔が苦痛にゆがみ始める。もしや、悪い夢でも見ているのかもしれない。彼女は優しく、その額に手を置いてやる。

 「安心してお眠りください。危険などありえませんから」

 表情が和らいだの確認して、一度外へと出る。外は星明かりでまったくの暗闇ということではなかった。彼女は一度両腕を広げるように伸びをした。本来であれば、その必要はないのだけれどなんとなく、というべきか、時折やりたくなるのだ。

 

 「久しぶりにナーちゃん、レイちゃんに会えるっすね」

 まだそんなに経っていない気もするが、それでも妹や同僚と再開できるのは喜ばしい。まあ、表向きは他人ということになるが、その事を姉妹にも秘密というのが少々心苦しく感じるものの。主が決めたのであれば、それに倣うまで。ナザリックからの出向者として、かの方の従者として、そしてあの姉妹の使用人として完璧なもてなしをしなくてはならない。例の実験も少しづつではあるが、進んでいる。さて、自分も寝るかと、エンリが自由に使ってくれと用意してくれたベッドに入り込む。おそらくは親の遺品だろうに、本当に優しい少女だ。もしも襲撃があれば、すぐに跳ね起きると認識を確認したところで彼女も眠りにつくのであった。

 

 

 

 男はひたすらに歩いていた。おぼつかない足取りでなんとかというところを、自分は許しをもらわなければならない。それまでの信仰心なんて捨ててやる。私は生きたいんだ!男はただ、歩き続ける。目的地があるように見えて、たださまよっているようにも見える旅路を進む。

 

 

 

 

 

 同時刻、エ・ランテルの裏通り、その一角で二人の男女がむかいあっていた。

 

 どうしてと思う。確かに依頼通り情報を持ってきたというのに、何なんだこの仕打ちは、目前には仲間たちの死体が転がっている。

 「んふふふー。後はお兄さんだけだねー」

 化け物、そう、こいつは人の皮を被った獣と変わらないと確信すると同時に恐怖から逃れたいと口を開く、何とか、

 「どうして、こんな事をするんだ?俺たちはちゃんと情報を売ったぞ?」

 彼女が欲したのはあの高名な薬師少年の行方であった。そしてこの時期であれば、辺境の村へと向かっているはずだと、望み通り、高すぎず、かといって舐められない金額で渡したというのに。女は薄く笑いながら続けた。

 「別に意味はないよ?そう、しいて言うのなら、八つ当たり?」

 この瞬間ばかりは例の少年に同情してしまう。こんな奴に目をつけられたのだから。

 

 「ん~これは待つしかありませんな~」

 先ほど男を刺殺した得物を手元でもてあそびながらこの女には珍しい発言をする。

 「すこ~しいい~やりすぎ~かな~」

 声をかけてきたのは今回、目的の為に手を組むことになったやつだ。正直そのしゃべり方はうっとおしく感じるものの殺そうとしたら、こちらもそれなりの犠牲を覚悟しなくてはならないと直感が告げて来る。

 (カジッちゃんに言われているからさ~)

 ここはしばらくおとなしくしているしかないとやや不満ながらも待つことにする、そして、その少年が手中に落ちた時を思い笑みがこぼれる。それを見せられたほとんどの者が恐怖するであろうその狂気に満ちてるともいえる笑顔を見せられた男は。

 (よく笑う娘だなああ)

 と、感想を抱くだけであった。

 

 

 城塞都市に静かにしかし確実に危機が迫っている。

 

 

 

 




 次回、噂ばかりが先行しすぎた彼女がでます。

 それと、話の都合上、原作よりも城塞都市からカルネ村への距離があるという事になっています。

 11/23誤字報告確認しました。ありがとうございます。

 11/24補足説明を追加します。トーケルとアンドレというのは原作ドラマCD「漆黒の英雄譚」に登場するキャラクターで、よろしければ、YouTubeなどで聞いてみてください。「オーバーロードドラマCD」で検索すると出てきます。


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第3話 流れた涙

 調子がよくて、連日投稿となります。


 翌朝、カルネ村へ向かって再び、歩を進める薬師少年一行。その道中、魔物の襲撃もなく、比較的緩やかな歩き旅であった。陣形としては先頭に漆黒の剣4人が先に行く形であり、次にンフィーレアが引いている馬車、そのすぐ後ろにトーケルとその従者アンドレ、更に非戦闘員であるリーダスがいて、最後尾、少し離れてモモン達といった具合だ。

 

 「もうすぐ、カルネ村らしいな。お前も久しぶりに姉に会えて嬉しいだろう」

 この距離であれば、聞かれることはないと確信して、ナーベラルへと話しかける。といっても今回は互いに他人という設定で会う訳だが、

 (????)

 どうしたのだろうか?返事がない。ふと彼女を見てみれば、片手で頭を押さえていた。もしかして体調でも崩したのか?

 「ナーベ?どうした?」

 「モモンさんが呼んでいるわよ。返事位したら?」

 レヴィアノールも気づいたらしく、同じく声をかけてくれる。それは、1割の怒りと9割の心配を混ぜ合わせた声音であった。それでようやく、気づいたらしい彼女は慌てたように声をあげる。

 「も、申し訳ございません」

 「いや気にするな、それよりも無理はしていないだろうな?」

 もう、ここはYGGDRASIL(ユグドラシル)ではない。なにか未知の状態異常、それこそ、感染症だったり、公害に彼女たちが侵されないとは言いきれない、しかしながら後者の可能性はさすがにないと思うが。彼女は額のあたりに触れていたなと、アインズもナーベラルの額に手を当てる。途端、籠手ごしでも彼女が熱くなるのが伝わってきた。

 「ナーベ、本当に大丈夫か?」

 「モモンさん、とりあえずはその手を放していただければ」

 レヴィアノールには何か心当たりがあるらしい。何だろうか?そこは彼女の言葉に従っておく。

 

 ナーベラル自身、困惑していた。一体自分はどうしてしまったというのだろうか、きっかけは分かっている。昨晩のやり取りだ。あの野伏の男が自分と主が恋人ではないかと聞いてきた。何故自分だったのかと、一緒にレヴィアノールもいたはずなのに、どうして自分がそう見えたのだろうか?と、

 そしてそれからだ。主を見ていると心臓の鼓動が鳴りやまない。これは一昨日の時よりも激しく脈打っていた。そしてこのありさまだ、優しき主に心配をかけるとは何事だろうか、気を引き締めなくてはならない。

 (…………)

 ふと隣を歩く主を見る。先日主が謝罪した出来事、死を望んだ主を止めたのはアルベドの告白だったという。そして、それを受けてここにいるということは、それに答えていないとはいえ、主にとって彼女の存在が大きいということなのだろう。彼女を応援している自分としては喜ばしい限りである。それと同時に、

 (???)

 まただ、この感覚、嬉しいはずなのに、悲しく感じている自分がいる。そして自分は何を思った?

 (アルベド様が……羨ましい?)

 主にそこまで思われて臣下冥利に尽きることを?それとも女として愛されていることを?

 (!!!)

 一瞬見えてしまった。優しく微笑んでくださっている主と、その傍らで赤子を抱いている自身の姿を、それではまるで。

 (不敬よ)

 自身はただの従者だ。そんなことを考えていいのは、アルベド様や、よくても階層守護者の方々だけだ。と、激しく否定する。きっと、その赤子もアルベドの子に違いないと、主の優しさに甘えてみた幻影だと己しか見えていない光景を必死にしかし表向きは平静に、取り消そうとするナーベラルであった。

 

 (これはもう少しかもしれないわね)

 あの軽そうな野伏には感謝しなくてならない。あとはどうやってきっかけを作ってやるか、レヴィアノールは覆面の下で思案するのであった。

 

 (どうやって先に進もうか?)

 ンフィーレアもまた後ろの人物たちからどうにかポーションのことを聞けないか、そのきっかけを探っていた。

まずは漆黒の剣同様にうちの商品を紹介して、お得意様になってもらうか、あるいは、正直に話して頼み込んでみるか。昨日からのやりとりで、モモンがそれなりにできた人物であることは間違いないはず。で、あるならば話はできるはずだ。しかしどうやって?自分は研究ばかりであまりこういったことは得意ではない。あの少女であれば、また違うのだろうが。

 (エンリ)

 そう、一時は死ぬかと思ったが、こうして、なんとかカルネ村へと無事向かう事ができそうであった。それに関しては本当に感謝しなくていけない。そのことは祖母にも話して、強引な手段に出ないよう説得しなければならない。普段は優しい人なのにポーションに関する事には人が変わるからなぁと、他人からしてみれば、「君も大差ない」といわれることを危惧する。そして、後ろを振り返る。昨日見た素顔もそうだが、モモンは自分なんか比較にならない程のものをもっている。その容姿に剣の腕、あのポーション、そして装備を見る限り、財力もかなりのものかもしれない。なんでそんな人物が冒険者をやっているのかわからないが、娯楽だとかではないと思う。もしそうであれば、わざわざ自分たちを助けに入りはしないだろう。

 (…………)

 そして考えてしまう。自分の想い人たるあの少女がこの人物に惚れてしまわないだろうか?そうなってしまってはまず勝ち目はない。それにエンリは、強くて、優しくて、可愛い人なのだ。惚れた者の贔屓目抜きに断言できることだ。モモンが彼女を気に入る可能性もある。ナーベの話が本当であれば、すでに将来を共にする女性がいるらしいが、複数の女性を伴侶にする方法がない訳でもない。せめて2人が大衆小説のように出会った瞬間、互いの胸が高鳴る。なんてことにはならないようにと願うしかしない。

 

 それから半日かけて日が傾きかけた頃、一行はカルネ村へとあと50メートルというところまでやって来たのだが、そこで各々に気付く。

 (あれ?)

 (ふむ、ルプスレギナにゴーレムたちはよくやってくれているようだ)

 

 見えたのは柵なんて口が裂けても言えないもの。エ・ランテルの外壁のような立派な壁が村を覆っていたのだ。その壁自体目視した限りでは木を用いて作られている為。至高と評することはできないが、それでも以前に比べれればだいぶ防衛機能が上がったといえる。その光景にしばし見とれながらさらに歩く。そして、

 「皆さん!戦闘用意を!」

 先頭を歩いていたペテルの声であった。即座に戦闘態勢に入る彼らと、

 「武装を解除してはくれませんかね?」

 現れたのは、ゴブリンであった。しかしながらペテルは違和感を覚えていた。これまで見てきたゴブリンと明らかに違い、鍛えられた体をもち、その眼差しも、昨日戦ったもの達と違い、戦士のものであったのだから。

 

 (彼らが報告書にあった)

 アインズは確信していた。このゴブリンたちはあの少女が例のアイテムを使用して召喚した者であると。そしてこの対応は正解だと内心評価していた。こちらは武装した者が半数近くいるのだから警戒して当たり前、だまし討ちの可能性も考えると、武器を取り上げる等も視野にいれるかと考えるが、行き過ぎても逆効果であるのもまた事実。今回はこんなものかとまるでお忍びで自社の小売店をチェックする社長だなと内心笑う。

 

 「そこのお三方などはやべえ雰囲気を感じますんでね」

 「私どもとしましてはそちらのビョルケンハイムさんに手出しをしなければ、何もしませんよ」

 「もちろん、こちらも戦わずにすむのであれば、それが一番ですからね」

 

 しかし、ンフィーレアはそれどころではなかった。いつの間にか変わってしまった。村の外観に、目の前のゴブリンたち、果たして彼女は無事なのだろうか?と、

 

 「もうすぐ、姐さんが来ると思うんで待っていてください」

 「姐さんて、誰だ!そいつがこの村を乗っ取ったのか!」

 

 「落ち着いてください。ンフィーレアさん。まだ不可解なこともありますから」

 ペテルの落ち着いた声に何とか感情をおさえて、彼らがいう姐さんなる人物がどんな奴か見定めてやろうと、集中する。やがて現れたのは、ゴブリンたちが声をあげる。

 

 「ルプスレギナの姐さん」

 

 ンフィーレア自身滅多に出くわさない程の美人であった。やや黒い肌に、猟犬を思わせる瞳は力強くも華麗さを感じさせ、三つ編みにされた赤い髪もまるで人形のもののような典麗さがあった。おそらく自分より年上なのであろうが、その顔は笑ったら。無邪気なものであると何となく思ってしまうと同時に強烈な既視感が湧き上がる。これだけの美人を最近どこかで見なかったか?と、そして気付く、その美しさを持つ人物がもう一人、ちょうど後ろにいることを、これは何かの偶然だろうか?

 「あなた達、その呼び方はやめるよう言ったはずですが」

 その声もそこらの詩人に負けず劣らずの綺麗なものであった。

 「すいやせん。しかし、俺たちにとっちゃ、姐さんは姐さんなので」

 「仕方ありませんね」

 次に彼女はひとしきり自分たちを見まわしたと思うと、自分に視線を向けてくる。ドキリとなりそうになるが、自分は彼女一筋だと湧いた煩悩を振り払う。

 (何だろう?)

 「ンフィーレア・バレアレ様、でよろしいでしょうか?」

 突然自身の名前を言われて驚くもなんとか取り乱さずに頷き返す。彼女はそこで一度、挨拶をするようにお辞儀をした。

 

 「お初にお目にかかります。あなた様のことはお嬢様から聞いております。それと、無礼をお許しください。現在、少しばかし警戒をつよめているものでしたので」

 

 自分にとっては聞き捨てならないことを彼女は言った。お嬢様?もしかして、

 「皆さまも初めまして。私は、お嬢様方に仕えていますルプスレギナ・ベータと申します。ここからは私が案内させていただきます」

 「待ってください!お嬢様というのは?」

 すぐにでもそれを確かめないといけないという思いがあったが、彼女は微笑むだけで

 「直にわかりますとも、こちらへどうぞ」

 と、言うだけであった。せめて、いつもの彼女とまた会いたいと思いながら、ンフィーレアはそれに続く。

 

 「ははは、お前の姉はしっかりと仕事をこなしているようだなナーベ」

 「ええ、そのようでございます」

 アインズは安心すると同時にこれなら、あの姉妹も平穏に暮らしていけるだろうと結論付ける。隣から、「いつも、あの姿勢でいてくれればいいのに」というナーベラルの嘆息交じりの言葉が不思議と気になった。

 

 村に通された一行はその光景に驚くばかりであった。ゴーレムが村人たちと共に、畑仕事をやっている姿はそれまでの自分たちの常識が崩れる感覚。そして、ゴブリンたちの指導の元、弓矢の訓練もしているらしく、いったい、少しばかしの時間に何があったのか気になることだらけだ。

 そしてその場は一旦解散となった。もうすぐ夕方だ。予定では、今日一泊して、明日、薬草採取、そして、そのまま帰還するとのことであった。つまりやることがなく、明日の朝まで各々自由時間になるのであった。 

 

 「そう、なんだね。そんなことがあったんだ」

 「うん」

 あれから、ンフィーレアはまっすぐに彼女の家へと、というかルプスレギナがそこまで案内してくれたのだから。これでもう確定した。お嬢様というのはエンリのことであったのだ。それから、想い人たる彼女と再開して、話を聞いたが、いろいろな情報があり過ぎる。法国の特殊部隊に襲われて、死にそうだった所をアインズ・ウール・ゴウンなる人物に助けられたということ、そして現在その人物の養子となっていること、ルプスレギナはかの方の部下で現在彼女と妹の世話係として来ていること、ゴーレムはゴウンから借りているものであること、ゴブリンたちはもらったアイテムで召喚した者達だと教えてもらい、その人物に感謝すると同時に警戒もしてしまう。その名前と聞いた限りの装いでは貴族の可能性もある。では、その人物がエンリの養父となったのは、いつか妾として、抱くためではないかと邪推してしまう。

 

 「悲しんでばかりもいられないしね、妹に、ゴウン様もいるのだから」

 彼女のその笑顔が少しばかし心に棘として刺さる。それだけ彼女にとって、アインズなる人物が大きな存在ということだ。しかし、行使した魔法を聞いていると、間違いなく英雄級であることは確かなわけであり。何かほかに情報がないだろうか?

 

 「それで、ゴウン様について、教えてもらってもいいかな?僕もあった時、お礼を言っておきたいしさ」

 それは偽りではないものの、それだけではない。もしも、その人物が自身の危惧する人物である場合、何とか彼女を救う方法を考えなくては、という思いのほうが強かった。

 

 「あ、そうだね、えっと、真っ赤なポーションで私を助けてくれて」

 「真っ赤なポーション?」

 「うん、といってもみたのは妹なんだけどね」

 それは今回自分達が求めている物ではないか、何故、ここでその話題がでる?

 「えっと、そのゴウン様はほかに誰かと一緒にいたりした?」

 それから彼女は思い出したらしく、笑う。その顔をみて、嬉しさと悔しさがこみ上げて来る。

 「そうそう!アルベド様って言ってね、すごく綺麗な人と一緒だったの!」

 どうやら、夫婦とか恋人ではないらしいが、とても優しい方だと語る彼女とは別にンフィーレアは驚愕していた。その名前も最近聞いたばかりであると、もしも、自分の感が正しければ、

 「もしかして、ルプスレギナさんて、姉妹とかいたりする?」

 「うん、確かそうだって言っていたよ」

 7人姉妹の2番目だという。すごいよねぇと感心しているようだが、それどころじゃない。ンフィーレアはその言葉で確信した。

 (ゴウン様というのは、……モモンさんだ)

 そしておそらくだが、ナーベとルプスレギナは姉妹なのだろう。外見こそ異なるものの、その美麗さはどこか似た雰囲気をもっていたように感じたのだ。少年はさらに混乱する。すなわち、アインズ・ウール・ゴウンとは、魔法詠唱者としても戦士としても、もはや、英雄なんて言葉では表せない程の人物であることを思い知ったようだ。そして次に彼を襲ったのは、猛烈な羞恥心、恩人たる人物に騙すような形で近づき、助けてもらったというのに、もしかしてと、彼の行いに下心があるのでは?と疑った罪悪感。

 「ごめん、エンリ、少し出て来るね」

 「うん?また後でね」

 

 少年は走り出す。お礼と謝罪と、そしてその人物の真意を聞くために、

 

 

 

アインズはナーベラルとともに、ひときわ目立つ木が生えている丘の上にいた。レヴィアノールはどこかにいってしまい、ルプスレギナもまた忙しいのかこちらを訪ねて来るという事をしない。アインズとしては少しばかし寂しくも思う。せっかく姉妹が再開したというのに、まあ、忙しいのであれば、仕方ない。

 「ナーベよ、今は自由時間だ。お前も姉を訪ねてはどうだ?」

 まあ、初対面ということになる訳だが、

 「いえ、私はここに、アインズ様(モモンさん)の近くに控えていたいので」

 「そうか、それなら別にいいのだが、私といると疲れないか?」

 「そのようなことはありません」

 そういうのであれば、これ以上言うことはない。そういう彼女の顔は心なしか微笑んでいるようで、アインズとしても娘のような存在と一緒にいれるこの状況は喜ばしく感じる。昨日の戦闘でもそうだが、彼はきっと主張が激しい人間であったのだろう。

 (弐式炎雷さん)

 村を見まわしてみれば、人間、亜人、そして魔物関係なく、ともに生きている光景、まだ身内ばかりではあるが、それはアインズが目指す「楽園」の形へとなりつつある。そして、その目をある一角に向ける。

 (あれは)

 見間違えるはずがない。実際は、実物よりも、映像や写真など、資料で見ることが多かった存在。詳しい品種は分からないが、間違いなく。

 (ニワトリ、だよな)

 簡単な柵の中を5羽ほどが元気に飛び回っている。

 (デミウルゴスのほうも順調そうだな)

 

 草を踏みしめる音が聞こえて来る。振り向いてみれば、走ってきているのはンフィーレアであった。何かあっただろうか?彼は立ち止まり、息を整えると、改めて、こちらに見てくる。何か決意を秘めた表情であった。

 

 「あの、モモンさんはアインズ・ウール・ゴウンさんなのでしょうか?」

 傍らにいたナーベラルは彼女にしては珍しく目を丸くしていた。アインズ自身は驚きよりも先に感心した。どうして、その結論に至ったのか、疑問が浮かぶ。

 「理由を聞いても?」

 そう返すこと自体が質問に対する肯定であるが、アインズは気にしない。そして、ンフィーレアもまた自身の見立て通りであったと、なんとか取り乱さずにそれまでのいきさつを説明する。ブリタという女性冒険者のことを、彼女からポーションの事を知ったということ。こればかりはアインズも驚いた。まさか、賠償として渡したアイテムから自分という存在にたどり着いたということが、そして、結果的とはいえ、城塞都市一の薬師一家とコネクションがとれたことに喜びを感じる。そして次に彼はお礼をいってきた。

 「あの、この村と、エンリを助けていただきありがとうございます。でも……」

 最後は何かを問いかけるようであった。

 「どうして、その、エンリ達の養父となってくれたのでしょうか?」

 何だか何かを必死に抑えているようで、

 (ああ、そういうことか)

 彼女の名前がよくその口から出ているところもみて間違いないのだろう。そして彼が何を危惧しているのかを

 

 「そうか、君はエンリのことを、ははは、安心したまえ、大人が子供を心配するのは当然のことだ。君が心配するようなことはないさ」

 

 ンフィーレアはそれを聞かされ、さらに羞恥に襲われていた。自分は彼女への想いといういわば、私情で動いていた。しかし、目前のこの人物は違った。まるで、そうするのが、当たり前だといってのけたのだ。男として敵わないと思ってしまう。ゴウンは続ける。

 

 「恋愛に関しては、まあ、自由にやってもらっていいさ、もちろん無理やりだとか、あの娘を泣かせるようなことをするならその限りではないがな」

 

 「も、もちろんです!」

 それは当然だ。自分だってエンリには笑っていてもらいたい。しかし、ひとまずは安心感も得られた。その言葉が出たという事は、少なくともこの人物は彼女をそういう目で見ていないということであり、そして何とか彼女への想いを認められたようだと。そして最後に聞いておきたいことも、

 「あの、失礼ですが、ルプスレギナさんとナーベさんは姉妹なんでしょうか?」

 再び、アインズを驚きが襲い掛かる。もちろんいい意味でだ。まさか、そこまでわかるとは、それに関しては情報をもらした覚えがない。

 「ふむ、その理由を聞いても?」

 先ほどと同じく聞いてみる。

 「えっと、その理由はなくて、しいてあげるなら、薬師としての直感でしょうか?」

 

 そう、彼、ンフィーレア・バレアレは熟練の薬師であり、多くの薬を調合してきた。それには当然、それなりの目と、神経が必要とされる。そして、多くの薬草、それこそ千差万別のものを見てきた経験を持つ彼自身の勘であった。それを聞いたアインズは

 

 「はっはっはっは!!」

 

 「アインズ様(モモンさん)?」

 

 「あの、ゴウンさん?」

 

 ナーベとンフィーレアは戸惑いを隠せなかった。アインズが突然笑いだしたのだから。兜でその顔は見えないが、

 「いや、失礼、しかし、君はすごいな、ナーベ、構わないか?」

 一応確認をとる。彼女は頷いていた。

 「ンフィーレア君、慧眼を持つ、君に少しばかしの特典をあげよう。彼女の本当の名前はナーベラル・ガンマ、先ほど君を案内したルプスレギナの妹にあたる者だ」

 特典とは情報であること、聞いた彼はそれでも驚いているようであった。それは同時に彼を試すことでもあった。もしもこれらのことを簡単に他人に話すようであれば、協力者としては、というか社会人として不適格ではある。が、彼に関しては大丈夫だという。勝手な安心感を抱いているのも確かであった。

 「ンフィーレア君、君が気付いた()()を知っているのは?」

 

 「僕だけです」

 やはりと、笑っている自分がいるのを自覚していた。

 「そうか、できれば、他言無用でお願いしたい」

 「はい、もちろんです」

 

 そこで話は終わった。今後は彼の恋路に少し注目だなとアインズは思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、レヴィアノールはルプスレギナと会っていた。彼女も妹の恋路が気になっているらしく。しつこく話を聞かせてほしいと頼まれた次第である。

 「にしし、それにしてもレイちゃん、設定はいいんすか?」

 その言葉に苛立ちを覚える。それは、彼女がこの場で話をしたいと言いだしたからだ。〈飛行〉(フライ)を使えないことをいいことに、

 「うるさいわね、聞きたくないの?ナーベラルの話」

 そういう彼女は先ほどまでの格好ではなかった。レオタードに似た扇情的な衣装を身にまとい、その両腕は服と同じく黒いオペラ・グローブが包んでいて、顔にはアイガードとサンバイザーを組み合わせた、まるで鳥のくちばしみたいな、兜とも呼べないものをかぶっていた。ルプスレギナよりは薄い肌色の体と、ナーベラルの髪よりさらに黒い髪、ナーベラルのそれが東洋人を思わせるものであるなら、彼女のそれは南米人を思わせる色合いであった。背中からは黒い羽が広がっており、ルプスレギナが魔法で浮いているのに対して、彼女はそれを用いて自力で飛んでいるようだ。そして、特筆すべきはその両足、膝までは女性特有の肌であるが、その先はまるで、樹木を思わせるような硬質なものであった。それも当然、それはいわば、鳥の足である訳なのだから。すなわち半鳥半女(ハーピィ)、それが彼女の種族であり、その容姿を総合的に例えるならカラスを擬人化したもの。それがレヴィアノール本来の姿であった。

 

 「冗談っすよ、それで、ナーちゃんはどうっすか?」

 本気だったろうに白々しいと感じながらもこれまでのいきさつを伝える。

 「まあ、前より自覚は生まれたんじゃない?あと少し、と言ったところね」

 「ふふ、それはよかったす、ちなみにアインズ様はどう思ってるんすかね?」

 さすがにかの主の心境を詮索するようなやり取りはまずいが、それでも目の前の女は聞かないとそれこそ、何をしてくるかわからない。

 「それなりに気に入られていると思うわよ、ま、あたしの勝手な推測だけど」

 「それで、十分すよ、そうすね、あとはソーちゃんすか」

 「あんたも物好きね、いえ、ただの姉馬鹿というべきかしら?」

 それを言われたルプスレギナは彼女にしては珍しく、照れたような表情を見せる。別に褒めたつもりもないのだが、

 (そういや)

 最初の晩、自分はこの世界で変質したらしいスキルに振り回されてその疲れで眠ってしまったわけだけど、主と彼女は朝まで起きていたらしい。

 (話すべきかしら)

 少々の迷い、しかし、それがよくなかった。

 「その顔、まだ何かあるんすね。詳しく話すっすよ」

 まあ、どのみち彼女の意見も必要だと、話すことにした。

 

 「それは、うう、ナーちゃん、よかったすね~」

 すべて話し終えた時、彼女は頬に手を添えて喜んでいた。2粒ほどの涙がそこを走っていた。

 「あんた、勘違いしてるんじゃないの?それも最悪の方向に」

 もしも、その通りであれば、昼間の彼女の態度が気にかかる。

 (まって)

 もしかしたら、だからこそ、主に向きあうことができなかったのだろうか、あの至高の主であれば、何があっても動じなさそうではある。しかし、彼女は違う、

 「ナーちゃん、初心っすからね」

 もしかしたら、自分よりは彼女に詳しい姉であるこの人物の意見が正しいかもしれない。

 「アルベド様に報告すべきかしら?」

 それは、もはやナザリックにおいて何よりも重要されるべき項目だ。

 「そうするっすよ!………………いやぁ、そうなると、ナーちゃん、アルベド様と✖姉妹ということになるんすね、うう、姉としては嬉しくも、寂しいっすよ」

 「本当に最低ねあんた、でもそうね、報告するとしましょうか」

 彼女はあることを見落としていたが、それに気づかない。

 

 後にこのことが原因で盛大なお叱りを受けることになるが、彼女たちはまだそれを知らない。ふと、下に目を向けてみれば、主と彼女が共にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は空いている家の一軒を借りて泊まる事になった。漆黒の剣やトーケルらもまた別の家へと案内されていた。護衛がその対象と離れるのはよくないが、ジュゲム、ゴブリンたちのまとめ役である彼に言わせれば自分たちが全力で警備を務めるというので、言葉に甘えておく。もう寝るかと思っていたところで、伝言(メッセージ)が来た。相手はアルベドであった。

 

 『申し訳ございませんアインズ様、一度ナザリックへお戻りできますでしょうか?』

 「どうしたんだ。お前らしくないな」

 『はい、一度、アインズ様に確認していただく必要がありまして、シャルティアからの報告でございます』

 

 ますます意味が分からない。そもそも、シャルティアは王都へと向かっていたはず。それがどうして?

 (一度戻るか)

 何とか一晩ですませないとなあと苦笑しながらアインズは返事をする。

 「分かった、一度戻るとしようか、その間はパンドラズ・アクターに私の代わりをさせるとしよう」

 『ありがとうございます。優しきアインズ様』

 

 伝言(メッセージ)を終了して、傍にいたナーベラルとレヴィアノールへと伝える。

 

 「という訳で、私は一度ナザリックへと戻ることになった。影武者としてパンドラズ・アクターが来るが、なんとか明日の朝までには戻るつもりであるから。あいつにはただ、この部屋で寝てもらってくれ、というか寝かしてくれ、頼む」

 あの痛々しい言動が自分のものだと思われるのは避けたいところであった。

 「「畏まりました」」

 

 こうしてアインズは何度目かになるか分からず。睡眠不要という体に感謝しながら〈転移門〉(ゲート)を開く。

 

 

 

 

  

 トーケルは夜の道をモモン達が宿泊している予定の家に向かっていた。そして、当然の如くというべきかでくわした。

 「貴様、こんな時間に何をしている?」

 「おまえこそ、何してんだよ」

 そう、恋敵、ルクルットであった。そして、二人の進行方向は見事に同じ。それを確認して、再び、互いを睨み合う。

 「貴様!ナーベさんにやらしいことをする目的だな!」

 「それはお前だろ!俺はナーベちゃんと話をしようと思ってな」

 「話?こんな時間にか」

 「じゃあ、お前はどうなんだよ」

 「私も話があってきた!そうに決まっている」

 唸り声を互いにあげ、牽制しあう。そして競い合うように目的地へと向かうのであった。

 

 

 

 「誰か来たわね」

 その事にいち早く気が付いたのはレヴィアノールであった。おそらくあのかませ犬たちであろう。そして呆れる。彼らの運の高さに。もしも主がいれば、彼らは殺されはしないまでもかなり痛めつけられたことであろう。

 「ナーベ、あなたに用事があるみたいだけど、どうする?」

 一応確認はとる。必要があれば、自分が出ていくつもりであった。

 「いいわ、私が出ましょう」

 まあ、確かに彼女であれば、間違っても強姦だとかにあうことはないと思い、レヴィアノールはナーベラルの意見を汲むことにした。

 

 

 

 結局2人で、宿泊先を訪ねることになり、それでもなんとか目的の彼女と共に夜道を歩くことができているだけでトーケルは幸福を感じていた。しかし、それで満足してはいけない。何としても話をしなくてならない。結局のところ、彼女とモモンがどういう関係であるか。聞かねばならない。従者であるアンドレからは、例え、男女の仲でなくても、彼女はモモンに尽くすであろうということであったが、それで諦められるほど、彼は達観していない。

 「あのナーベさん、あなたはモモンさんの恋人なのでしょうか?」

 「お前、いきなりすぎだろ」

 ルクルットなどには自分の行いが酷く愚かしくみえるのだろう。それでもほかのやり方を自分はしらない。

 

 「何度も言っているでしょう。違いますと」

 そう言われて喜んでいる自分がいる。

 「正直に言います。あなたが好きです。付き合ってはもらえないでしょうか?」

 口を放心したように開いたままのルクルットにそして、一世一代の告白をしたというのに、彼女は全然動じていないようであった。

 「申し訳ございませんが、その告白に応えることはできません」

 考える時間すらとってくれないのかという絶望と、それでも諦めきれない気持ちがあった。

 「それは、どうしてでしょうか」

 「私はアインズ様(モモンさん)に従うと、決めてますので」

 また、あの男の名だ。恋人ではない。では、何故そこまで、あいつにこだわるというのか。

 「あの、何で、そこまでモモンさんに」

 「あの方には返しきれない恩義がありますので」

 恩義とは何かわからないが、それが彼女の枷であるということだろうか。

 「では、モモンさんのいうことであれば聞くのですか?」

 「当然です」

 それは、トーケル自身、深く考えていった言葉ではなかった。

 

 「では、もしモモンさんが自分と結婚しろと言えば、してくれるのですか?」

 「それは、と…………」

 ナーベラルはそれ以上言わなかった。いや、言えなかったのだ。どういう訳か喉が動かなかったのである。この場は「当然」というべき場面であるべきだ。

 主の願いにそして、その為の方針であれば、自分は何でもするつもりである。この世界では、自分の美貌は相当なものらしく。それ自体は至高の方が、弐式炎雷様がそう創造してくださったのだから、当然のことである。しかしその方にはもう会うことは叶わない。それならば、最後まで自分たちを見捨てなかったモモンガ――アインズに従うのがせめて自分ができることなのだ。必要であれば、どこの馬の骨とでもくっついてみせよう。そう、言えば、いいのに言葉がでなかった。

 

 (くそ)

 トーケルもまた、自身の初恋が叶わないものであることを認めざるをえなかった。彼女、ナーベは泣いていた。

 その涙は自身がこれまで見てきたもので最高の輝きを放っていた。それはそれだけ、彼女がモモンのことを想っているということなのだろう。ここまでくれば、彼らの正体もある程度予想がつく、自分と同じくきっとどこか地方の貴族なのだろう。それが訳あって冒険者をしているといったところか、そして彼女は従者なのであろう。おそらくは、もう一人の女性もそうだろう。

 恩義とは、信じられないが、きっと彼女は捨て子なのかもしれない。それをモモンの家が拾ったということだろう。それならば、あの忠誠の高さも頷ける。無論そうなれば、恩人たるモモンに恋情を抱いていたとしてもおかしくない。

 次にアルベドとはモモンの婚約者か何かなのだろう。そしてあの高潔な男のことだ。きっと愛人さえ、とるつもりはないのだろう。それは、彼女の想いがどのような形でも叶わないということである。

 (私は彼女に笑っていてほしい)

 これは自分が身を引くしかない。見れば、ルクルットも自分と同じことを考えていたのか、初めて笑顔をみせてくれた。恋に敗れた者同士、仲良くやっていけるかもしれない。

 

 

 

 リーダスは与えられた自室で歌を書いていた。昨日みたモモンの戦いぶりは正に戦士、いや英雄の伝説、その序章として、きっと最適だ。これからおこることも考えれば、そのネタに困ることはないかもしれない。

 

 (期待させてもらうとしますかね、モモンさん)

 

 

 

 

 翌朝、アインズは何とか一晩で問題を解決して、パンドラズ・アクターと交代、何事もなかったかのように集合場所に集まっていた。昨晩のことを思い出す。

 

 もしかすると彼らとは戦うことになりそうだと少しばかし危機感をあげる。それと同時に調整していたあれがうまく使えてよかったともいえる達成感を味わい。最後に彼に言われた言葉がふと気になる。

 (俺は稀な存在、か)

 その言葉の意味自体は分かっているが、それでもなんとか諦められない自分がいるのもまた事実である。しばし考えこんでいると、

 「モモンさん!」

 話しかけてきたのは、トーケルであった。何か用だろうか?そういえば、昨晩、ルクルットと共に、ナーベラルを訪ねてきたという。中々、油断できない人物だ。

 「何でしょうか?ビョルケンハイムさん」

 思う所はすべて裏側に隠して、営業スマイルで問いかけるアインズ、兜越しじゃあ、意味がないけど。

 「ナーベさんのことなんですが」

 「ナーベが?何か失礼でもいたしましたか?」

 もはや、彼から出て来る話題はそれだけである。遂に彼女が何か粗相をしたのだろうかとやや不安になるも、言われたのは。

 「私は、私では、彼女を幸せにすることができません。だから、彼女のことは諦めようと思います」

 以外であった。あれだけ、熱をあげていたというのに、昨夜のことがその原因であるのだろうか?

 「私だけではなく、ルクルットさんもそうするとのことです」

 本当になにがあったのか?トーケルだけではなく、あの――まだ知り合って間もないはずだが、ルクルットも彼女へのアプローチをやめるというのである。

 「ですから、モモンさん、彼女のことをお願いします。とてもそう言える立場ではありませんが」

 「もとより、そのつもりですよ。彼女は大切な家族ですから」

 当然だ。彼女はかつての友たちが残した娘のようなものだ。決して危険に晒したりだとか、悲しませるような真似は絶対するつもりがないし、何があっても守るつもりだ。しかし、彼はどこか納得していないらしく。

 「その台詞が不安になりはしますが、分かりました」

 彼は何を心配しているというのか、話はそこで終わりらしく、彼は礼をすると戻っていった。

 

 「ナーベよ、昨日は大丈夫だったのか?」

 「ええ、問題なく」

 一応、確認をとるが、問題はなさそうだ。

 

 本日は当初の予定通り、森に入っての薬草調達であった。ンフィーレア・バレアレ、漆黒の剣、トーケル、アンドレ、リーダスにモモン一行と相変わらずの大所帯である。

 やや歩いて目的地についた。ンフィーレアの教え方は分かりやすく、それに従い、採取を続けていく。見れば、ルクルットとダインは競い合うように動き回っていた。

 「森司祭がこの分野において、最も力を発揮する職業なのである!」

 「上等だ!その間違った常識をぶっ壊してやるぜ!」

 「アンドレ!お前も野伏であるならば、あの2人に負けることは許さん!」

 「坊ちゃん!自分をまきこまないでください!」

 「ンフィーレアさんごめんなさい。うちのチームの者たちが」

 「いえ、別に大丈夫ですよ。かえって薬草が集まりそうです」

 

 その光景に懐かしいものを感じながらモモン達も作業を続ける。そこでふと野伏の二人が手を止める。

 

 「何か来るな」

 「この気配、尋常じゃない感じがしますね」

 

 それは相当なモンスターであるのだろうが、しかしながら、この場にはモモン達がいるのだから問題はないはず。しかし、心配そうにンフィーレアが口を開く、

 

 「モモンさん、それはもしかすると『森の賢王』だと思うのですが」

 森の賢王、その単語も聞き覚えはなく、もちろん報告書でも確認していない。この辺りを担当しているのは、あの双子である為、きっと現地人の呼び方なのだろう。

 「できれば、倒さずに追い払ってほしいんです」

 「それは、ああ、村のことですか」

 「はい、その通りです」

 確かルプスレギナ経由でエンリから教えてもらった情報だ。この辺りはそのモンスターの縄張りである為、結果的にほかのモンスターの脅威が薄れていたという。それを考えれば確かに討伐するのはよくないかもしれないが、しかし、

 「最悪の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「そ、そうですね」

 自分たちしか分からないやり取り、もしそうなった場合、ナザリックから人員を追加で派遣しようと決める。そして危険なことには、変わりないので、自分たち以外の面子にはここを離れてもらう。

 「では、モモンさんお気を付けて」

 

 「ええ、そちらこそ、また後で」

 

 

 彼らの姿が完全に見えなくなり、そして改めて、前方に注意を向けてみれば、徐々にではあるが、木が倒される音が聞こえて来る。同時に地響きも大きくなって来る。

 「さて、ナーベ、レヴィア、どうしようか?」

 「すべては、アインズ様(モモンさん)の望むがまま、という所ですが、そうですね。ここは名声を高める為、利用されてはどうでしょうか?」

 「私もナーベと同じ意見です」

 いい傾向である。ただ、自分のいうことに従うのではなくて、意見を述べることができるようになってきたなと思う。本来であれば、自分よりも優秀なもの達なのだから。そうした方がいいのは明白だ。かといって、それに甘えきりもよくはないが、今回に限ってはそれでいくとしよう。

 「そうだな、まずは話をするとしようか」

 その結果戦うことになれば、その時はその時だ。

 (どんなモンスターなんだ?)

 なんせ、賢王と呼ばれる存在だ。もしもその手のお約束に従うのであれば、類人猿系ではあるが、はたまた硬質な尻尾をもつという話から、もしかしたら混合獣(キメラ)の類かもしれない。そして、持っている知識も相当なもの、計画に関する助言をもらうのもいいかもなと、

 (まるで、ゲームだな)

 そう思い、笑ってしまうが、今は集中すべき時だ。そしてその時がきた。やがて、その存在が視界に入って来る。

 

 「うわわんん!助けてほしいでござる~!」

 

 一瞬、こけそうになった。見えたのはとてもそうとは思えない外見、しかし、現実離れした光景であるのも確かであり、

 (ジャンガリアンハムスター)

 身の丈を超える巨大なそれをみせられてさらには、自身の縄張りに入られたのに怒りを感じてきたのではなく、何かに追われているようで、その情けない姿と、特に賢そうに見えない容姿が、アインズに落胆を抱かせる。

 

 (完全に外れだ)

 

 ともあれ、話はできそうであると彼は次の行動に移るのであった。

 

 

 

 

 




 今回の話の裏であったことは、次の章で書きたいと思います。


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第4話 迫りくる危機

 調子がよくて、連日投稿2日目です。


 

 ひとまずは相手、もう畜生と呼んでやりたいが、アインズは落ち着いて声をかける。

 「どうしたんだ。一体、お前は『森の賢王』ではないのか?」

 「何と、某を知っているのでござるか?!」

 ああ、異名に関しての自覚はあるのか、意味は分かっているのだろうか?では、

 「お前の種族名はジャンガリアンハムスターというのではないか?」

 「?、外の者たちは某をそう呼ぶでござるか?」

 これに関しては仕方ないと思う。人が勝手につけた名称であるわけだし、それを知って当然と言うのは無理がある。

 「それにしてもお前は何から逃げていたんだ?」

 それで、自身のおかれた立場を思い出したらしい。

 「そうでござった! 助けてほしいでござる! このままでは某、皮をはがされてしまうでござるよ!」

 それは相当野蛮な相手だろうなあと、思っていたところで新たな気配がした。しかし、それはよく知るものであり、彼は内心で絶叫する。

 (ああああ! ――……そういうことか)

 そういえば、昨晩のやりとりで森の魔物を狩るかもしれないと報告があった。ある程度は自由にやってくれて構わないが、まさかその相手がこの珍獣であるとは。

 (バッティング、という奴だな)

 それは間違いなく、自分の身内たる存在であった。いつか、墳墓で見た時と同じく、軽やかに降り立った存在に後ろで控えていた2人がすぐさま跪く、今はほかに人もいないのでまあ、正しい判断といえると思う。

 

 「申し訳ございません! モモンさん!」

 ふむ、連絡は行き渡っているようだ。と、組織の出来上がりに満足する。

 「ああ、いや、特に気にする必要はないぞ、アウラ」

 実際そこまで大きな失敗ではないような気がする。精々、やんちゃな娘が近所の犬を泣かせてしまったという認識でしかなかった。

 「一体、これはどういうことだ?」

 説明を求めると、彼女は体を震わせながらも話してくれた。なんでもこの森にいたドライアードに楽園計画の協力者になってほしいと頼んだところ、その際の条件として、力を証明することになり、この辺りで強いといわれている。「森の賢王」の皮を持ってくることになったらしい。アウラとしてはほかの方法を取りたかったのだが、どうしても相手が納得しなかったという。それで、やむなく賢王を襲っていたという訳である。

 (何か事情でもあるのか?)

 確かに現地の者たちが見ただけでは自分たちの実力は分からないであろう。しかし、それでも楽園計画は魅力的なものであるはずだと思うのだが、アウラもそこを詳しく話してくれた。そして、封印されているという魔樹の存在を。その名をザイトルクワエという。

 (そうい事か)

 その存在は本能だけで生きており、そこに知性はないという。話ができないというのは致命的である。とても楽園でやっていけるとは思えないし、封印されているということであれば、結局のところ問題しかおこさない存在であったのだろう。そして、ドライアード達はその存在がある限り、この世界に安全なところはないと思っているらしい。

 「アウラよ、そのザイトルクワエとはどれ位のレベルであるか分かるか?」

 それを聞くと、彼女はやや首をかしげて、考え込みやがてあげる。

 「たぶん、80位かと、あたし一人でも何とか倒せると思います」

 ならば、それを依頼すればいいのにしなかった。つまり、

 「そのドライアードはアウラの事を信じていないということか」

 それも仕方ない気がする。どうやらこの世界はYGGDRASIL(ユグドラシル)程、高い存在というものがいない。レベル35のデスナイトとガゼフが大体同じくらいだと思えば、その存在の歪さが浮きだつ。そしてここで必要となるのは、見た目のインパクトであることを考えれば、自ずと答えは出る。

 (あいつだな)

 思えば仕事らしいことを頼めていない。異変以降、一度だけ会ったが、彼とも意思疎通ができて驚いたことを思い出す。

 「アウラ、一つ提案があるのだが」

 「アインズ様の言葉であれば」

 「いや、お前の意見も聞かせてほしい」

 とりあえずは思いついたことを話してみる。彼女の目は輝いていた。

 「さすがアインズ様です。あたし達一同を思ってくれて」

 そう言われて悪い気はしなかった。うまくいくかは分からないが、それでいくとしようとアインズは決めた。

 「ではアウラよ行動に移れ、アルベドには私から伝えておこう」

 「はい! アインズ様! 必ずやドライアードを楽園に組み込んで見せます!」

 「ああ、頼むぞ」

 こうして、話が終わり、アルベドへと伝言(メッセージ)をとばす。彼女もひどく感謝していた。そこまで喜ばれることだろうかと照れくさい気持ちになる。それから長らく無視していた賢王へと向き直る。今自分たちがしていた話を聞いていたらしいが、

 「某を追っていたエルフとお主らは知り合いでござったのか?」

 それを聞いてさらに気分が落ち込む。この時点でそこに結論を出せていないということは、やはり

 (ガセだな)

 いったい誰だと思う。よりによって賢王なんて名付けた奴は、知性の欠片も感じない。それでもまあ、あれだと彼は考える。利用する方向でいくかと、正直討伐したところで大した名声も得られそうにない。他にも理由を上げるとしたら、これだ。

 (モモンガさん、もしもこの子をいじめたら動物虐待で訴えるからね!!)

 (分っていますよ。餡ころもっちもちさん)

 ギルドでも随一の動物好きだった彼女の声が頭に響いているような気がするのだ。

 「さて、お前を追っていたのは私の部下だ。その意味が分かるな?」

 わざとドスの効いた声をだすよう心掛ける。彼女がそれを手伝ってくれた。そして効果があったらしく。賢王、いや、巨大なハムスターはその身をひっくり返し銀色の毛で覆われた腹を惜しげもなくさらけ出す。分かりやすい服従であった。

 「某、お主に降参するでござるから、命だけは助けてほしいでござる。某、仲間に会うまでは死ねないのでござる」

 もしも、この台詞を、肉食獣を、獅子や狼を連想させる魔物が言えば、様になるのだろうが、とてもそうはみえない。それでも、アインズに響く言葉があった。

 「仲間…………会うまで…………か」

 「アインズ様(モモンさん)?」

 ナーベラルが心配そうにみてくる。大丈夫だと手で伝えてやる。

 「お前は一人なのか?」

 ここは、匹と聞くべきであったかな? と思うが、それはどうでもいいことだと直ぐに思い直す。ハムスターはやや縮こまりながら答える。そこには貫録なんてない。只々、愛らしい仕草でしかなかった。

 「うう、某、生まれてこの方、ずっと一人でござった。できることなら仲間、同族に会いたいでござる」

 「そうか」

 お前も、一人なんだなと思ったところで、すぐさま取り消す。それは彼女たちに対して失礼だ。それでも、その境遇を聞いてしまえば、アインズとしてはもう放置もできない相手でもある。楽園に守護獣くらいいてもいいかもしれない。ハムスターだけど。

 「私に忠誠を誓うのであれば、汝の生を許そう」

 それを聞くやハムスターはすぐさま起き上がり、今度は身を屈めて来る。

 「某、忠誠を誓うでござる。殿に誓うでござる!!」

 次にハムスターはアインズにその体を押し付けるように体を動かしてきた。きっと自身の匂いを擦り付ける一種のマーキングというものだろう。となりから激しい歯ぎしりが聞こえたのは気のせいに違いない。

 「ああ、分ったから、離れろ。そうだなお前に新たな名を与えるとしようか」

 すこし考えてみる。と言ってもそんなに悩む内容でもない。

 (ハムスターなのだから、ハムを入れりゃなんでもいいだろ)

 「よし、お前は今日からハムスケと名乗るがいい」

 正直自信はないが、それでもハムスターは喜んでいた。

 「某、今日から森の賢王改め、ハムスケでござる!」

 (んん、いっきに阿保っぽくなってしまった改名だな。少し不安になってきたぞ)

 「ナーベよ、この獣の名はこれでいいのだろうか?」

 「アインズ様(モモンさん)が名付けられたのなら、個人的には愛らしさを感じます。おそらくはシズも納得するでしょう」

 何故そこで、あの無機質なメイドが出て来るのかは分からないが、問題はなさそうだ。このまま連れて帰るとしよう。

 (どうせ大した評価はもらえない)

 そう思っていたのだが。

 

 

 

 「何て立派な魔獣なんだ!」

 (はあぁ!!)

 ニニャの絶賛であった。その様子から別にふざけているとか、からかっているわけでもないらしい。

 「これ程の魔獣、私たちでは皆殺しにされていましたね」

 戦士として自分以上の経験を持つペテルがそういうのであれば、きっと間違いはないのだろう。

 「これ程とは、これはいい歌ができそうですよ」

 リーダスもそのペン裁きを見る限り、相当興奮しているようだ。しかし、どんな内容になるのか。

 「ナーベよ、お前はどう思う」

 先ほど同様不安になってきて彼女に意見を求める。彼女は微笑んで答えてくれた。

 「実際の強さはともかく、この瞳には力強さを感じますね」

 (はあああぁぁ!!!)

 どうみても、アインズには愛玩獣のそれも相当な部類で弱弱しいものに見えないというのに、やはり、この世界は以前の世界とは異なるということか。しかし、まさか彼女(NPC)もそうなのかと思ったところでそれも当然かと思う。そもそも彼女は、ただ、楽しければ、面白ければを追求したあのYGGDRASIL(ユグドラシル)の出身なのであるから、ある意味それもアインズ達《リアル》の人間のせいともいえる。

 (本当に悪いのは、運営、そして悪乗りした俺たちみたいなプレイヤーだよな)

 まあ、時がたてばそれも気にならなくなるだろう。

 

 「モモンさん! これは是非とも凱旋すべきです!」

 「…………がいせん?」

 

 いや、言葉の意味は分かっているが、どこか受け入れたくない自分もいる。仮に連れて帰って、嘲笑の対象にならないかという不安。それともうひとつそれをしてしまうということは、

 「モモンさん」

 不安そうなンフィーレアの顔、そう、こんな見た目でもあの村を守るための抑止力にはなっていたのだ。それでも

 (安心してくれ)

 軽く会釈をする形で伝える。通じたらしく、少年の顔に安堵が浮かぶ、人員を追加するとしようか

 (誰がいいかな、シズ? それともロドニウスか?)

 現在、墳墓にて待機となっている者たちの名前が浮かぶ二人とも銃の扱いに長けていたはずだ。それぞれの上司の評価も思い出す。シズ・デルタ、先ほどナーベラルがあげたメイドでやや人に化けるのは無理だが、今のカルネ村であれば受け入れ可能だろう。ユリ、ナーベラルについでプレアデスたちでは真面目組なのだとか、セバス情報である。ロドニウス、本来の種族を考えれば中々、活躍する機会がないが、デミウルゴス曰く、優秀な人材だとか、無理に懸念点をあげるとすれば、やや性格に難ありということであるが、まあ、今更である。それも彼をそう創った。かつての友たちが原因であるのだから。

 (深く考えても仕方ないな)

 

 「ルプスレギナさん、そういうことで、『森の賢王』は私がもらい受けることになってしまいまして」

 表向き、他人となっている彼女に報告と謝罪を行う。こういうのは、きちんとしなければならない。しかし、彼女は気にしたふうもなく。

 「構いません、いと優しき我が主であれば新たな方法を用意されるかと、それに、こう見えて私、結構腕に自信がありますので」

 あくまで微笑みを絶やさず笑ってみせる彼女。それは漆黒の剣とて、納得せざるをえないことであった。自分たちより強いであろうあのジュゲムたちが言っていたのだ。

 『姐さんは、俺たちなんか比べもんにならねえ位、強い御方だ。死にたくなかったら節度をもってくだせえ』

 と、その時はルクルットを指さしながら言っていたが。そして今現在、彼女と対峙して戦士の感が伝えて来る。彼女は強い、仮に熟練の暗殺者が殺意を隠して近づいても不意打ちすらできず、次の瞬間殺されているであろうことを。そして、その時でも彼女は優雅に笑っていることであろう「何か御用でしたか?」と、

 (これ程の人物を従えるとは、一体何者だろうか)

 ペテルはその人物に興味が出てきていた。そして、自分たちもそれに追いつこうと努力を続けたいとも思った。モモンの評価も得られている。「4人がかりでもオーガを8匹倒せるのは相当ですよ」あの人に言われると、なぜか嫌味に感じないのが不思議だ。

 (世界はこんなにも広いんですね)

 目前の人物に、そして今行動を共にしている者たちのことを改めて規格外であることを認識するペテルである。

 

 アインズも気にすることはやめた。現在この村には、彼女に、ゴーレム、ジュゲム率いるゴブリン達がいるし、常に、二グレドの班が警戒をしてくれている。昨夜の出来事もその賜物であったのだから。彼女たちの働きには感謝しなくては、もし余裕があれば、転移門(ゲート)を専門とした輸送部隊と、常にどこにでも派遣できる戦闘部隊を作ってもいいかもしれない。

 (ひとまず、アルベドかデミウルゴスだな)

 まずは彼に相談に乗ってもらうのがいい、いや、もしかしたらもうその方向で動いているかもしれない。今度、聞いてみよう。

 

 「エンリ、それじゃあ。またいつか来るからね」

 ンフィーレアも最後に想い人たる少女に言葉をかける。彼もまたわかりやすい性格であり、周囲のほとんどの者、アインズですらそれに気づいていて、そして成り行きを見守るものの。

 「うん、いつでも来てね。ンフィーは大事な()()だもん」

 悪意なく、善意のみで紡がれた言葉に僅かにひきつる少年と、笑い続ける少女。

 (これは、苦労しそうだな)

 それはアインズだけの結論ではないだろう。しかし、彼も人のことは言えない。

 

 養父と養子、血のつながりはなくとも、この点だけは似たもの親子であるようだ。

 

 こうして一行は少年に同情しながらも城塞都市への道を進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、カルネ村を訪れる者たちがいた。が、それは人ではなかった。ドライアード、木の妖精たちに、木がそのまま自立歩行しているようなトレントたちである。そしてそれを引き連れてきたのはオッドアイを持つエルフの少女であった。

 「初めまして、エンリ様!あたしはアウラ・ベラ・フィオーラ。アインズ様の臣下にして、ナザリック地下大墳墓第6階層守護者でございます」

 元気よく挨拶をしてくる少女にエンリは内心驚いていた。階層守護者、それはルプスレギナから聞いている。ゴウンはその墳墓の主であり、次に偉いのがあの時会ったアルベド、そしてその次が7人の階層守護者たちである。その彼女が引き連れてきたのは一般的にはモンスターであるが、恩人たるゴウンの考えを聞くのが先だ。

 「こちらこそ初めまして、エンリ・エモットといいます。こちらは妹のネム・エモットです」

 一度頭を下げる挨拶は大事だ。妹もしっかりやってくれている。

 「私のことは気軽にエンリと呼んでくだされば」

 「そう?じゃあ、エンリ、これからこの子達をお願いしたいんだけど、いいかな?」

 この人物はすぐに要望を聞いてくれた。案外柔らかい人物かもしれない。外見こそ、自分より年下に見えるが、エルフと人間では寿命の概念が大きく異なる。それに自分はただあの方に迷惑をかけた存在でしかないのだ。

 「あの、説明を求めても?」

 受け入れるつもりではあるが、それでもある程度の事情を知っておかなくてはならない。この場には村長にも来てもらっている。にわとりというものの話も彼は快く引き受けてくれた。ルプスレギナ曰く、まだ試作品の段階を出ないといっていたが、その肉はエンリ達が食してきたどれよりもやわらかく、弾力があるものであり、とてもおいしいものであった。たまごも工夫次第でいろんな料理にできて、村人たちに活力を与えてくれた。それもこれも、ゴウン様のおかげであるが、村長のおおらかさにも感謝しなくてはならない。

 「ああ、そうだね、…………」

 それから聞かされたのは仰天ものであるもののなんとか平静を保つ。何でも、トブの大森林の奥深くに封印された魔樹という存在がいて、彼女たちはその脅威に怯える生活をおくっていたようだ。ほかに移ろうにも、強いモンスターの縄張りでそれが叶わず。それを見かねたアウラがそれならばカルネ村へと来るよう言ってみたところ、その魔樹をどうにかしないと不安で仕方ないということであった。その魔樹はかつてあの竜王たちですら倒しきれなかった伝説の存在だと言うのだ。確かにこのエルフの少女を見る限り、それ以上強いとは思えないかもしれない。それでもエンリは確信していた。きっとゴウンであれば、その方たちに仕える者たちであれば、問題なく対処できる相手ではないだろうか、ルプスレギナの話からの勝手な空想になるかもしれないが、そうだと断言できる自分がいるのも確かである。そして、そのゴウンの指示に従い、彼女とは別の階層守護者が対応したところ、その姿にようやく彼女たちも安心したとのことで、ここまで来たということであった。

 「それで、いいかな?」

 もちろん自分としては断る選択肢はない。が、それでも確認は大事である。

 「村長さんは」

 「私としては反対はないさ、エンリちゃんさえよければ」

 (ちょっと!!)

 何故そんな大事なことを自分に投げて来るのか、自分はただの村娘だ。しかし、ここで投げ出すのはエンリにはできなかった。

 「分かりました。しかし、ただで入れるということはできません」

 その言葉に周りから様々な視線が飛んできて、心臓が止まりそうになるが、彼女とて譲れないところがあるのだ。

 「村に入っていただく以上、何かしらやってもらうことになると思いますが、あなた達は何ができますか?何でも構いませんので、教えてもらえますか?」

 そう、ただあの方の保護下に加わるというのはエンリにとって許せないことだ。たとえ、できることが少なくても何かしらの仕事につき、ゴウンの為に働くべきだ。と、その凛とした表情は言っていた。

 

 そして、それを聞いた者たちはそれぞれに思う事を胸に抱いている。

 (ルプスレギナの言う通りの娘みたいだね)

 (それでこそ、エンちゃんすよ)

 ナザリックの者たちは感銘を受けていた。

 (エンリちゃん、エモットさん、あなた達の娘は立派にやっているよ)

 (おねえちゃん、かっこいい)

 (流石です。お嬢)

 カルネ村の者たちもその姿に感動を覚えていた。

 (間違いないこの方は)

 そして、木々の代表である、ピ二スン・ポール・ペルリアもそれを受けて、確信した。一見ただの少女たるこの娘がこれから自分たちが仕えていくことになる偉大なる王の娘であると。

 「私たちは、果物を作ることができます」

 「そうですか、では農園を作り、そこで働いてもらうことになると思いますが、それでいいですか?」

 彼女は無理強いはしない、それが難しければ、村で受け入れることはできないまでも、新しい住処を探す用意をするつもりであった。

 「いえ、その条件で構いません」

 「分かりました。カルネ村はあなた方を受け入れます」

 なんとか話はまとまりそうだ。

 (また、デミウルゴス様に)

 そう、彼に相談に乗ってもらう必要がありそうだ。ゴウンからの信頼であれば、あのアルベドの次にあるという人物だ。農園造りにしてもいい考えをもらえるかもしれない。そして、同時に憂鬱にもなる。その人物はいくら言っても自分のことを「お嬢様」と呼ぶのをやめない。ルプスレギナは普段であれば、気楽に、あのアルベドでさえ、呼び捨てにしてくれるというのに。そしてこんな時だというのに、思い出してしまう。

 あれから彼女がきて、いきなり自分達に頭を下げたのだ。驚きそうになったが、何とかその理由も聞かせてもらえた。助けてもらったあの日に、一度自分たちのことをどうでもいいとゴウンに言い、そのあと、養子となったことであの態度の変わりようで怒られてしまったということ。

 不思議と怒りも悲しみもなく、ただ、微笑ましいと思うだけであった。そして当然とも思う。その時点であれば、自分たち姉妹と、あの方は何の関係もなく、ただ図々しい願いをしたものとそれを快く受けてくれたもの。それ以上でもそれ以下でもない。むしろゴウンの頭が固すぎるのでは少々失礼なことを考えてしまったのだから。

 それから別に自分たちは気にしていないと伝え、むしろ妹はなんで彼女が怒られるのかとゴウンに少しばかり文句を言いだしてしまい。さすがにまずいと頭を下げたが、彼女は許してくれた。それから付き合いが始まった。そして思う。アルベドの想いが届くといいな、と

 (もしかして)

 自分自身、アルベドに養母となってほしいなんて思っている部分もあるかもしれない。と内心で笑ってしまう。自分が思い出に浸っている間にも話は続いていた。

 

 「あんた達、分かっていると思うけど、この方はアインズ様の娘だから、――」

 

 「 ――はい、わかっています」

 

 (あれ?)

 少し気になることがあった。確かに養子ではあるが、その言い方では誤解を招くことにならないだろうか?

一人のドライアードがこちらに振り向く。

 「私はピ二スン・ポール・ペルリアと申します。これからよろしくお願いいたします。姫様」

 

 (えええええ?!!)

 

 待ってほしい。なんでそうなる。とエンリは内心穏やかではいられず。何とか助けを求め、周囲を見回すが、

 「そうっすよ~エンちゃんとネーちゃんはアインズ様の娘っすからね~」

 「ルプスレギナさん!!」

 「はは、エンリちゃん達も出世したなあ」

 「村長さん?!」

 「わ~い!お姫様だって。お姉ちゃん!」

 「ネムゥ!!」

 まるで自分だけがおかしいといわれているような気分だ。それだけ、周囲がその状況を受け入れているということなのだろう。

 (どうして)

 こうなるのだろうかと、少女は自分そっちのけで騒ぐ者たちを前にため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 (うぅ、この格好は正直つらい)

 あれから来た道を戻る形でエ・ランテルへと向かい、そして何とかたどり着いたところであるわけだが、

 (何で周りの者たちは畏怖の視線を向けて来る?)

 アインズは現在、新しく臣下?ペットにすることにしたハムスケにまたがる形でいた。これでは、メリーゴーランドに乗るおっさんだ。だというのに、羨望の眼差しを向けられるのがまた辛い。

 

 「すいません。みなさん」

 声をあげたのは今回、終始旅についてくるだけにとどめていた、リーダスであった。

 「どうしましたか?」

 返すのは一応、今回の依頼のすべての依頼主ということになっている、ンフィーレアである。

 「いえ、俺はこの後、用事があるんで、一足早く抜けさせていただきますよ」

 「あ、わかりました。でもいいんですか?僕はあなたにも」

 そこで、男はいいというように手をだしてきた。

 「俺は今回、ただ、一緒に歩いて、草取りやっただけですから」

 そしていうことはすべて言ったといわんばかりに彼は歩き出してしまった。それを止めることは誰にもできない。

 (いつか、歌を聞かせてもらいたいものだ)

 それはアインズの本音である。せっかく自分をモデルにしたというなら、気になってしまうというのが人情だ。というかあいつらが知れば、それこそ、ナザリックの全軍をもって手に入れようとするかもしれない。

 しかし、それはそうと

 (限界だ)

 「ンフィーレアさん、私は一度、ハムスケの魔獣登録を済ませようと思います」

 魔獣を町に連れ込む以上、組合のほうで手続きをする必要があるらしい。

 「そうですね、それでは一旦別れる事になりますね」

 「ええ、すみませんが、薬草の積み下ろしはそちらに任せることになりそうです」

 そこまでして、依頼達成という所をこっちの勝手な事情で抜けることになるのだ。謝罪くらいでは済まないかもしれないが。

 「構いませんよモモンさん、今回は私たちはほとんど何もしていなかったようなものですから」

 「謙遜をペテルさん。あなた方のチームワークは本当に素晴らしいものでありました」

 嫌味一ついわず、それどころか気遣ってくれる漆黒の剣には感謝しなくてならない。それと、もうひとつ確認しておかないといけない。

 「ビョルケンハイムさん、護衛なんですが」

 そう、これもまた解決しなくてはならない問題であった。トーケルがどうするかは分からないが、それ次第では考えを変えなくていけない。

 「いえ、モモンさん。私どもの依頼はすでに終了しているということで構いません」

 「それは、いいのですか?」

 確かにありがたいことではあるが、本当にいいのだろうか?確かに成人の儀は終了したし、薬草調達も終えた。だが、まだすべて終わったということではないのに。

 「私とアンドレはこの後、ンフィーレアさんの手伝いをしてそれからあなた方を待ちますよ報酬の支払いはその時にでも」

 「ええ、私共としましてはそれでいいんですが。本当によろしいんでしょうか?」

 「はい、今回のことでかなり貴重な体験をさせてもらえました。ありがとうございます」

 頭を下げてまでそういわれてしまっては、それを断るほうが失礼にあたる。そして、

 (すみません)

 一度、内心で謝り提案する。

 「それでしたら、せめて、ナーベを同行させますので、是非ともこき使ってやってください。ナーベ、お前も構わないな?」

 「はい、問題ありません」

 そもそも登録を行うだけで3人も行くというのは大げさだ。だからこそ一人、残すわけだが、ナーベラルを選んだのは、完全にアインズの私情であった。先ほどから浴び続ける視線。一番輝いていたのは彼女であったからだ。本人は心から称賛してくれているのだろうが、アインズとしては精神を削られる感覚しかしなかった。これならまだ視線が見えないだけ、レヴィアノールのほうがましといえる。

 「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。ナーベさんお願いしますね」

 「分かりました。ンフィーレアさん」

 話はまとまり、アインズ、レヴィアノール、ハムスケは一行を離れるのであった。

 

 

 

 

 

 正直、安堵した自分がいる。アインズ達と別れ、ンフィーレア達と彼の実家の薬屋に向かう途中、ナーベラルは考えていた。いい加減、自身の感情と向き合わねばならない。何故、あの方といると心臓が高鳴るのか。その理由を。

 (私はアインズ様に惹かれている?)

 その可能性は高い訳であり、だからこそ。うまく振舞えなくなるのだろう。

 (そんな訳ない)

 同時に強く否定したい気持ちもあった。それでは、今度こそあの方に見捨てられてしまうかもしれない。かといって、それではこれまでと同じく。否定と動揺の堂々巡りであり、話が進まない。それでは一体自分がどうしてこうなってしまったか考えるしかない。

 (……………)

 しばし考える。そして思い浮かぶのは、あの光景。

 (やっぱりあの時)

 そう、主が自分に謝ってきたあの出来事がすべての転換点であると思える。あの時からなのだ。「死にたくない」なんて、ナザリックのシモベ失格の事を思うようになってしまったのは、そしてそうなったのは、主の言葉、「お前たちの存在こそ大切なのだ」と、その言葉自体は別に自分だけを指してのものではないのは理解できる。しかし、それでも嬉しかった。そしてその前に言われた「悲しくなる」もだ。自分たちの命など、至高の方々のアインズの物であり惜しくなどなかったのに、それなのに、今は違う感情が胸を占める。

 (怖い)

 本当にそう思う。もしも自分が死ねば、主が悲しまれる。それもだが、もうその優しき主のそばにいられなくなることが何よりも恐ろしく感じる。そしてだ。それを、その気持ちを、その感情だと言うのであれば。

 「恋」だと、「愛」だと、いうのであればそれはいけない事だ。

 (認めてはいけない)

 そうだ、だからこそこれを、この気持ちを認可するわけにいかない。何故ならとその答えも出す。

 (アルベド様に申し訳が立たない)

 自分は彼女を後押しする立場にあるし、そうあろうと決めたのも単に彼女と主がお似合いだとかそういう軽い理由ではない。自分は見てきたでないか、主を想い涙をながす彼女を、そして、何とか主を支えたいのに、それができず嘆いている彼女を。せめて主の心に平穏が訪れることをひたすら祈っていた彼女を、今回の異変以降、己の気持ちを押しとどめて主の願いを最優先にしてきた彼女を。そう、それはそれだけアルベドがかの主、アインズを想っていて、愛しているということであり。その気持ちの重さを、覚悟を知っているからこそ自分は彼女こそ、ナザリック地下大墳墓、その支配者たるアインズ・ウール・ゴウンの正妃にふさわしいと、それに比べて自分は何だ?たった、一度だ。たった一度、主に優しき言葉をかけられ、暖かい御手を頭にのせてもらっただけで、その忠誠の形が変わるというのか?それではなんて、自分はなんと。

 (軽い存在ね)

 自傷するように結論づける。だからこそこの想いを決して認める訳にはいかない。きっと一時の気の迷いでしかない。

 

 そうして、なんとか己の気持ちを押しとどめようとするナーベラル・ガンマであるが、本来彼女は戦闘を専門として創造されてメイドなのだ。必然的ともいえるように彼女は察知する。

 (???)

 感じるのは明確な殺意。

 

 「みなさん、少し止まっていただけますか?」

 「ナーベさん?」

 一度一行を止めて、腰の剣を構え、バレアレ宅へと向ける。その光景に後ろで見ている者たちはただただ、困惑するばかり。

 「どうしたんですか?」

 「何か気になることでもあるか?」

 正直、この程度の殺気も読めないのは呆れるばかりであるが、それでも主が共に過ごした者達、もしも何かあれば、主が悲しまれる。それは自分にとって許容できるものではない。

 「ペテルさん、ルクルットさん、一応周囲の警戒を、トーケルさん、アンドレさんはンフィーレアさんを気にかけていてください」

 ひとまずは警戒態勢をとらせる。この中で一番非力なのはあの薬師少年だ。そして、主が今回、最も繋がりを持てたことに喜びを感じている人物でもある。ここは、なんとしても守らねばならない。陣形がこれでいいか不安はあるが、いつまでも相手も待っている訳ではない。

 (…………)

 しばし、瞑想をして、主に忠誠を誓う。

 (アインズ様)

 そして、行動をおこす。

 「隠れていないで出てきたら?身を潜めることも碌にできない下等生物(カトンボ)が」

 この相手であれば、煽ってやるのが一番に思えるため、わざと、以前であればいつも使っていた。言葉を使う。バレアレ宅の扉がひとりでに静かに開いてゆく。半分ほど開いたところで、自分と同じようなローブをまとった人物が出て来る。そこでようやく、他の面々も警戒する。

 「あ~れ~、ばれちゃった~?」

 現れたのは金髪にボブカットの女性であった。その瞳は値踏みするようにナーベラルへと向けられていた。

 「おねえさん、すごいね~私の潜伏を見破るなんてさ~」

 「別にたいしたことではないわ。あなた、殺気を抑えようともしていないもの」

 「ふ~ん、そうなんだ~。でさ~おねえさんさ~さっき私のことをなんて言ったのかな~?」

 このやりとり自体不毛だと思いながらナーベラルは遠慮なく言い放つ。

 「下等生物(カトンボ)、それ以外にあるかしら?」

 女の顔が一気に殺意に塗れて歪む。

 「ふんふ~ん、んじゃあ、死ね」

 両手にスティレットと呼ばれる武器を構えて突撃してくる女を迎撃するナーベラル。

 

 (絶対殺してやる!)

 クレマンティーヌは最初に自分を看破した女を必ず死体にしてやると、決めていた。その理由は別に侮辱されたからではない。女の目が気に入らなかった。それは満たされた者特有の輝きを放っていたのだ。きっと、この女には愛する男がいて、そして、愛されているのだろう。別に他意はない。ただ気に入らないだけだ。そしてその男も必ずこの町にいることだろう。ならば、この女を殺してやって、その死体で絶望の淵へと叩き込んでやる。できないはずがない。何故なら自分は

 (人外――英雄の領域に踏み込んだクレマンティーヌ様なんだよね~!)

 

 二人の戦いは拮抗していた、剣と刺突武器が激しく火花を散らす。しかし、残りの面々もそれに見とれている暇はなかった。

 「ペテル、来るぜ!」

 いうなり、ルクルットはンフィーレアへと弓を射かける。

 「え」

 それに一瞬、戸惑う薬師少年であったが、

 「ンフィーレアさん!」

 トーケルが飛び掛かる形で少年を押し、自身も地面に向けて飛び込む。そしてルクルットの放った矢は闇へと消えて、やがて、金属音を鳴らした。

 「ばれてえええ、いたかああ」

 現れたのは、まるで酒に酔っているように体を不気味に揺らしている痩せ型の男であった。ナーベが相手をしている女と同じように二刀流、彼の場合は、ブロンズソードを装備している。それで先ほど放たれた矢をはじいたのだろう。

 「総員戦闘態勢!」

 ペテルが叫ぶ。漆黒の剣は即座にンフィーレアを護れるように陣形を組み替える。

 「れんらくうううどおおおりいい、だった」

 それだけ言うと男もまた突撃してくる。その動きは錆びついた人形を無理やり動かしているみたいであった。

 (防げるか?)

 この男の底が見えない。しかし、後ろではナーベがたった一人であの化け物のような女とやり合っているのだ。自分たちだって銀級冒険者。それにここで、志半ばで死ぬつもりはない。あの人達に追いつきたいという目標があるのだ。

 「みんな!絶対生き残るぞ!」

 「当り前だ!」

 「やってやるのである」

 「僕にはやらなきゃいけないことがある!」

 漆黒の4振りたる剣たちが怪しき2振りを迎え撃つ。

 

 

 

 

 「これで登録終了か」

 もらった書類を見ながら、アインズは組合を後にする。これでハムスケをどこの町にでも入れることができる。

 「待たせたな」

 待ってくれていた二人?に言葉をかける。何もせずただ待つだけというのは辛いものだと彼も元の世界での経験でよく理解していた。

 「いえ、お気になさらず」

 「殿を待つのも某の仕事でござる」

 「そうか」

 ふと、周囲を見回してみる。

 「すげえ、何だよあの魔獣」

 「あんな魔獣を従えているのが銅級なわけねえぜ」

 「ねえ、あの人って、」

 「知ってる!兜の下はすごい男前だって!」

 ハムスケや自分を称賛する声、しかし、アインズはどうしても信じられない。もしかして、全員にドッキリでもされているのではないかと、阿保みたいなことをどうしても疑ってしまう。怖いという思いはあるが、彼は試すことにした。

 「レヴィア、周囲の視線」

 「畏まりました」

 相当な負担であるだろうに、その言葉一つでやってくれる彼女にも感謝しなくてはならない。

 「ほとんどが畏怖であると同時に羨望でございます。よろしければ、台詞も言いましょうか?」

 (あ、マジなんだ)

 「いや、それには及ばない」

 ともあれ、これで、バレアレ宅へ向かうことができるなと、意識しかけたところで、声をかけられた。優しい老婆の声であった。

 「お主は、もしや、孫の依頼を受けたというモモン殿か?」

 (ふむ、おかしいな?)

 自分たちがンフィーレアの依頼に合流したのはいわば偶然であったのに、何故この老婆は知っているのか?道中少年から聞いていたが、やはりあのンフィーレアの祖母ということか。只者ではない。

 単に、リイジ―・バレアレが最初の目的通り孫がやったと勝手に勘違いしている訳であるものの。互いがそれに気づくことはない。

 「ええ、そうです。あなたは?」

 (これで違ったら恥ずかしいな)

 「リイジー・バレアレ、ンフィーレアの祖母じゃよ」

 (ンフィーレア君の言う通りの人物らしいな)

 曰く、ポーションが絡まなければ、温厚な人物であると、できることなら少年ともどもスカウトをしたいものだと彼は思う。

 「ところで、その魔獣は?」

 ハムスケのことを尋ねられた。

 (まあ、気になるよな)

 例えば、町でライオンを放し飼いにしている奴がいれば、聞かない訳にはいかない。この例えは無理があるなと彼は内心で苦笑する。

 「森の賢王ですよ。先ほどねじ伏せましてね」

 「ハムスケでござる」

 「ほお~これがあの伝説の」

 (思っていたより広まっていたんだな~)

 本当、噂程、ろくなものはない。実態は言葉のやり取りさえ、理解が怪しいというのに。

 「これから、あなたのお宅に向かうのですが。よければ、ハムスケに乗っていかれませんか?その年では歩くのも大変でしょう」

 それは自然にでた言葉、アインズとてできることはしたい性分なのだ。いや、違う。以前の自分であれば、自分も疲れていると見向きもしなかっただろう。きっと、そうだろう。

 (あいつらのおかげだな)

 心に余裕があるとはこういうことなのだろう。

 「あまり、人を年寄り扱いするもんじゃない」

 拒絶されたが、不快感はない。

 (元気なご老人だ)

 人との触れ合いがこんなにも楽しく、暖かいものだったなと笑おうとした所で耳に轟音が響く。

 

 !!!!!!!!!!

 

 (何だ!)

 咄嗟的に音源と老人の間に体を差し込む。この人物になにかあれば、あの少年が悲しむ。それはアインズにとって不快なことだ。

 

 「な、なんじゃ?」

 「殿!」

 「モモンさん、あれを」

 

 レヴィアノールが指を指したところは建物の一角、3階ほどの窓であった。みれば火が燃えあがっている。そして先ほどの爆音、そこから考えられるもの。

 (爆弾)

 まさかと思う。この世界の技術ではまだ不可能。それがデミウルゴスを中心とした《研究・開発班》の結論だったはずだ。ならば、

 (魔法か?)

 いや、論点はそこではない。何でおこったのかだ。原因を追究しなくてはと、彼のように思ってしまう。

 (たっち・みーさん)

 見てみれば、倒れている人たちもいる。まずは介抱だと一歩踏み出した時に気が付く。

 「リイジーさん、下がってください」

 「?なんでだい?」

 「直にわかります」

 そして倒れている者たちは何とか自力で起きるが、様子がおかしい。

 「動死体(ゾンビ)!!」

 アインズはすぐさま飛び出し、今しがた起きあがった2体のゾンビの首を斬り飛ばす。しかし、ゾンビはそれだけではなく、周囲にも溢れているらしく。あちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 「嫌な予感がするな」

 まるで、隠すつもりもなく、見てくださいといわんばかりのこの犯行。

 (陽動?)

 もしそうであるならば、狙いは何だ?

 「リイジーさん失礼します」

 「なんじゃ?!」

 驚く老婆を抱え、一飛びでハムスケに乗り込む。レヴィアノールも既に控えている。

 (頼もしいやつだ)

 「ハムスケ!全速力だ!リイジーさん道案内を!」

 こうしてアインズは急ぎ、バレアレ宅へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カジット・デイル・バダンテールは笑っていた。今回の儀式が成功すれば、大望へと近づける。備えは万全、あの女は心配であるが、もし失敗してもこれがあれば、

 

 「ふははは、『終末の水鏡』といったなこれは」

 至宝の一つであるこれを用いれば、さらなる死を招くことができるであろうと彼は笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男もまたエ・ランテルへと向かっていた。あの方に許しをもらわねばならない。そして叶うのであれば、忠誠を誓うのだ。

 「アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 城塞都市を舞台に英雄譚が紡がれる。

 

 




 今作のピ二スンはweb版を意識して書いています。次回、第2章最終話予定です。

 11/26誤字報告確認しました。ありがとうございます。


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第2章最終話 私の想い

 今回、最終話ということでいつもより多めです。


 

 漆黒の剣と二刀の男の戦いは漆黒が押していた。それもそのはず、ペテルは男の底が見えないと評したが、実際のところ剣をぶつけてみて愕然とするような思いであった。その男はいわば、武器を振り回しているだけであり、これまで、死闘をこなしてきたペテルやダインにとっては、特に脅威ではなかった。しかし、楽にいくという訳ではなかった。振り下ろされた相手の剣を盾で殴りかかるように防ぐ。

 

 !!!!!

 

 金属音が鳴り響き、衝撃と共に左腕に痛みが走るが、別に動きに支障はない。反撃として、相手の喉めがけて、刺突を繰り出す。それを相手の男は、剣ごとバク転する形で回避する。どこか人形めいた動きに頬を汗が伝う。

 (なんて動きだ)

 これが男とペテルたちの経験値の差を埋めていた。まるで、曲芸士のような男の動きには、重心移動というものがなかったのだ。そして型のない剣裁きがかえって、軌道を読みにくくしていた。もしかしたら、男が持つタレントなのかもしれない。あるいは、独特の武技なのかもしれない。この世界で、未知の戦法、未知の動きを持つ相手を前にして、初めに疑うのはいつだってそれだ。だけど、ゆっくり時間をかけている余裕もない。自分たちの後ろに控えている。ンフィーレア達3人にも周囲からゾンビたちが集まってきている。その数10、一体どこから出てきたというのか。ナーベも、あの女に捕まってしまっている。間違いなく自分たちが足を引っ張っている。彼女はこちらにも気を付けてくれている。そして相手の女が厄介だ。彼女のそういったところを見抜くや否や、こちらへと攻撃を仕掛けようとするのだから。そして彼女もその対応に追われて、全力を出せていないようであった。

 (勝負に出るしかない)

 この男一人にいつまでも4人が捕まっている訳にはいかない。例え、刺し違えても状況を変えるべきだ。先ほどは全員で生還すると決めたのに、仲間たちに申し訳なく思ってしまう。

 (ルクルット)

 いつも見境なく、女性に声をかけているようで、引くときはしっかりしているのは知っている。やれば、できるのだから。私がいなくてもしっかり、やれよ。

 (ダイン)

 その朗らかさと、豊富な知識にはいつも助けられてきた。ダインの作ってくれた薬がチームの危機を救ってくれたこともあったな。これからも支えていってほしい。

 (ニニャ)

 その高い魔法適正がこのチームの中核だったと思う。いつかお姉さんと再会できるといいな。あと、君は隠していたつもりのようだが、もっとうまくやらないと、多分気づいていないのはルクルット位だろう。あいつは女性にしか目がいかないからな。

 (ありがとう)

 みんなでできた冒険、とても楽しいものだった。

 

 一気に間合いを詰めるため、走り出す。後ろから仲間たちの叫び声が聞こえるが無視して突っ込む。相手も驚いているようだ、すぐに先ほどと同じように後ろに回避しようとするが、

 (逃がすか!)

 そこで、上体を前に倒して、一気に加速。そして、その首狙い、これまでのすべてを出し切るように剣を振るう。利き手に加わるのは、まるで、斧を木に叩きつけたような感覚。反動で、腕が飛びそうになるし、できることなら、はやく楽になりたい。しかし、絶好の機会であることも確か、

 (うおおおお!!)

 戦士、ペテル・モーク渾身の一撃がその不気味な男の首を斬り飛ばす。それは、間違いなく快挙であるものの、疑問も残る。男は無抵抗で死んだのか?否、そんな訳がない。何故なら、その両手には既にブロンズソードはないのだから。

 

 そして、

 

 「ナーベさん!」

 

 ナーベラルとて、油断していた訳ではない。では、何故気づかなかったというと、いくつかの要素があった。まず正面で相手をしている。彼女からしても狂っていると評価せざるをえない女の対処で視野が狭まり。周囲の喧騒、爆発音、そして、悲鳴に、肉を食いちぎる音などに聴力をどうしても割いてしまい。ペテルたちやンフィーレア達にもいくつか気を割いて。そして、何より大きかったのは、その男が()()で投げたということが大きい。男は別に女を援護するつもりも、まして、一行を攻撃する意図も、いや、それさえ特段考えることもせずに、無造作に、ゴミ箱に向かって空き缶を投げて、そして、その行方すら確認せずに歩き出してしまう無責任な人間のように剣を放り捨てただけに過ぎなかった。それが、偶然にも彼女に襲い掛かったという訳だ。

 

 (!!!!)

 

 そして、誰も気づかない。迫りくるゾンビたちの内1匹が、他の個体より、ややその動きが速いということに。

 

 

 

 

 

 

 モモンはリイジ―の案内に従い、バレアレ宅へと急いでいた。途中、可能な限りで、ゾンビの首も斬って行く。それにしても数がすごく多い。ここまで来るのに、軽く300は超えていた。一体これだけの量をどうやって、用意したかということだ。使われている魔法は第3位階魔法〈不死者創造〉(クリエイト・アンデッド)であることは間違いない。だとしたら、

 (いや)

 この世界の人間は第3位階を使えれば、それだけで優秀な部類に入るという話を思い出して、今回の騒動の犯人達も現地人かと、落胆しようとしたところで、思い直す。それを知っている上で、罠として用いている可能性も考慮しなくてはならない。もしもプレイヤーが関わっていれば、

 (殺シテヤル)

 殺意が溢れてくるのを自覚していた。プレイヤーがこの世界で簡単に神のような存在となれるのは、既に話を聞いている。しかし、だからといって。欲望に任せて人を、世界を傷つけるというのであれば、それを止めるのは自分の責任とも言える。

 「はは」

 「モモンさん?」

 思わず笑みがこぼれる。レヴィアが心配そうに見てくるので、手をかざしてやる。おかしいと思ったのは、自分の精神性の異常さだ。自分は決して正義感が強い人間ではない。なのに、先ほどの思考に陥った理由を探ってみる。そして、すぐに答えがでた。やはり、アインズ・ウール・ゴウンの信念はそういうことか、と。

 そう、自分はただ、彼女たち(NPC)の故郷たるYGGDRASIL(ユグドラシル)の名を汚したくないのだ。その世界からこの世界に数多のプレイヤーが、NPC達が、アイテムが、拠点が流れたのだ。そしてそれを用いてこんな悲劇しか生まないのであれば、それはあの世界がこんなものかと思われる行為だ。それは自分にとっては最大限に不愉快に感じることであった。あそこは自分にとって、大事な思い出の地であり、彼らの生まれたところであるから。

 そして同時に安堵する。自分はそうではないと、確かに楽園を作りたいと言った。それは最初はあれ程の力を持ったものとしての責任感から出た言葉であった。元の世界では失敗した。だからと、だが、今は違う。あの時、ナーベラルと共にカルネ村を、そして、笑ってくれているあの姉妹や、何より、宝たるNPC達を見ているうちに見えたのだ。かつてのギルドの姿を、そう、自分は本当にそう望んでいるという事を。変な義務感に駆られた英雄ではなく、ただ、穏やかな世界を求める死の支配者(オーバーロード)なのだ。そして、その世界を実現するためにも、あの薬師少年に漆黒の剣、あの若き貴族、たくさんの人たちの手が必要なのだ。

 「もうすぐ、家じゃ」

 聞こえるのは、その少年の祖母の声、気づけば、無意識にゾンビを屠っていた。だいぶ考え込んでしまったようだ。

 

 現地についてみてみると、ゾンビの群れにローブを纏った男と戦っている漆黒の剣たちに、そして、胸元を抑えているトーケルとそれに寄り添うアンドレ、そして、刺突武器をふりまわしている女と戦っているナーベラルの姿があった。しかし、その場に

 「ンフィーレア?」

 リイジーの悲痛な声が響く、アインズは飛びだしていた。そのままグレートソードを引き抜き、大地に叩きつける。周囲の視線が集中する。特にナーベラルの顔は泣いているように見えた。

 

 「あらあら、お姉さんの恋人さん?アハハ!でもいいや~」

 女は昼寝に飽きた猫のようにその場を離脱した。もちろん逃がすつもりはないが、

 「いいのかなあ?ほっといたら~みんな死んじゃうよ?」

 そう、ゾンビの数が多いのも確かであり、そして、ペテルたちが相手をしている男も捕らえなけばならない。これを放置するわけにはいかない。

 「もう時間稼ぎもおしま~い。ねえねえ、お兄さんさぁ、あの子を助けたいなら、墓地に来なよ~二人仲良くあの世に送ってやるからさ」

 女はそれだけ言うと、闇に消えてしまった。しかし、それをすぐに追いかけるという訳にもいかなかった。

 「まずはここの制圧だな」

 

 

 

 

 ナーベラルは何度目になるか、自らの不甲斐なさを痛感していた。結局ンフィーレアは攫われてしまい、トーケルに怪我を負わせてしまったのだ。一体何度目の失敗だろうか?優しきこの御方に自分は迷惑しかかけていないのではないのだろうか?

 「ナーベ、話を聞かせてもらってもいいか?」

 主はそんな自分を気遣って、こんな時でも優しき言葉をかけてくれる。

 「畏まりました」

 

 

 アインズもまた先ほどあったことを思い出しながら、彼女の話を聞いていた。

 (んな阿保な方法を考えてくるとは)

 最初に襲ってきたのは2人、その内の1人に興味が湧く、()()()()()()があるにもかかわらず。ナーベラルと互角にやり合えるのは強者であることには違いないだろう。しかし、結局は現地人ということか、もしもプレイヤーであれば、彼女は殺されていたことであろう。安堵すると同時に自分の判断を誤ったと思う。これなら、レヴィアノールもつけてやればよかったと、そして自分がいないところでのナーベラルの振る舞いを細かく決めていなかったのもこの状況を生んでしまった原因であろう。今はナザリックはまだ表に出るべきではない。よって、現地人の、それもこんな街中で彼女が全力で活動するためには、現場責任者である自分に確認を取るべきであるのは確かであった。結局は自分の責任だ。それがアインズの見解。

 話は続く、もう一人の男はペテルが決死の突撃を行い、倒したという。しかし、その時に男が投げた剣をナーベを庇ったトーケルがうけ、その事に全員の意識が向いたときに、今度はゾンビの内1匹が突然爆走を始め、ンフィーレアをさらったという。そのゾンビの動きはとても死者のものではなかったという。つまり、

 (ゾンビに成りすます。武技、あるいはタレントか)

 仮死状態を自在に操れるものか、あるいは、生気を消すものか、まあ後者なのだろう。そして、そのタイミングで別の男、最初にアインズが見たローブの男も現れ戦闘になったという。それから数分後自分たちが到着したわけだ。それからあの女が離脱した後、その男を拘束しようとして、更に驚かされた。その男は腹を爆発させて、自殺したのだ。それも調べてすぐ分かった。あらかじめ、〈火球〉(ファイヤーボール)を仕込んだスクロールを懐に隠し持ち、それを躊躇いなく、発動させたということである。おそらく、今もあちこちで鳴り響いている爆発も同様の物を用いて行っているということだろう。つまり、

 (この騒動は計画されていた)

 ンフィーレアをどうするか、いや、彼のあのタレントを考えれば、きっとそうなのだろう。それにしても、先ほどの男。デミウルゴスが遭遇した奴といい、この世界では自決、自爆が常識なのだろうか?少年は自分の勘が正しければ殺されるということはないはず、何にしても救出にいかなければならない。が、

 

 「申、し訳ございませんアインズ様」

 目前の彼女は設定を忘れる程取り乱している。おそらくは自分の責任だと思っているのだろう。そんな訳ないのに、

 (部下のケアも上司の役目)

 一度、ここを離れることにしよう。

 「すみません。ペテルさん、5、いえ3分程時間をもらえませんか?」

 

 アインズの申し出をペテルは快く引き受けてくれた。代わりにレヴィアノール、ハムスケに残ってもらい、唯一の手掛かりである最初に倒れた男の死体を調べてもらうのと、トーケルの治療をしてもらう。

 

 

 路地裏に行き、その先で見つけた廃墟にナーベラルを連れ込んでやる。傍から見たら発情したカップルだなあと、場違いに思ってしまい、急いで取り消す。彼女たちをそういう目で見ることは許されない。

 

 「今だけは許そう、ナーベラル。落ち着いたか?」

 彼女は何とか頭を振っているが、とてもそうは見えなかった。少し待たせてやって伝言(メッセージ)を行う。二グレドにしてもアルベドにしても開口一番自分への謝罪であった。アインズとしては今回のことは完全に自分のミスだと思っている。このような形で襲撃を受けることもあるのだ。今回はたまたま、現地の人間だったからよかったものの、そうじゃなかったらと思うと、恐ろしくなる。それに、自分は明確に指示をだしたわけではない。これで彼女たちを叱るようであれば、それは勝手に期待を押し付けて、失敗したら裏切ったとわめく最悪の上司の部類だ。しかし、それを伝えたところで目前の彼女は納得しまい。まずは彼女を優しく抱きしめてやる。その行為に彼女は驚くものの、抵抗はしない。

 「ナーベラル。二つほど聞かせてくれ」

 「何でしょうか?」

 「お前はあの場の全員を護ろうとしてくれたんだな?」

 「……………はい」

 「それも、私が課した力の範囲内で」

 「……………はい」

 それで、さらに彼女は涙をながす。叱られるとでも思っているのか?腕に力をいれ、その頭に手を置いてやる、彼女にたいしてはもう一種の癖になってしまっているような気がする。

 

 「ナーベラル・ガンマ、お前のその優しさに感謝と敬意を」

 彼女は何を言われたかと分からないといった様子であった。だからこそ、続ける。

 「ンフィーレア・バレアレが攫われた時、残ったのも、あの女がいたからだろう。そして、お前はその場の者たちをそれ以上傷つけなかった。よくやった。十分すぎる結果だ」

 「しかし、私は」

 「完勝とは言えないが、お前の勝ちだ。そして、ありがとう。そんなお前、ナーベラル・ガンマこそ私の最大限の誇りだ」

 「あ、アイ、アインズ、様」

 

 ナーベラルもまた、主の慈悲深さに感謝すると同時にこんな時だというのに、幸福を感じている自分がいることを、できることなら、このまま身を任せてしまいそのまま時間が止まってしまってくれればと願っている自分がいることをどうしようもなく、感じていた。

 そのまま少しの間、漆黒の鎧をまといし支配者は黒髪の従者をだきしめていた。

 

 1分後、

 

 

 「お待たせいたしました」

 「いえ、気になさらずに、それと」

 ペテルの声はやや不安げであった。確かに、人目のつかない所に身内だけとなればその危惧がうまれるのも当然か。

 「安心してください。別に叱っていたわけではないので」

 アインズのその言葉と、ナーベラルの表情をみて、ようやく漆黒の剣たちも安心したらしい。彼らもまた自分たちのせいだと思っているのだ。その事が無性に喜ばしい。トーケルの治療もおえたらしい。

 「ペテルさん、男の正体は分かりましたか?」

 「はい、『ヘッドギア』の構成員かと」

 「ヘッドギア?」

 「こちらを」

 ペテルが示したのは首なし死体の肩甲骨のあたりであった。そこにあったのは刺繍、笑う頭蓋骨、その頭に歯車が食い込んでいるものであった。それがある者たちの名が先ほどのものだという。そして、彼らは、

 

 

 (勘弁してくれ)

 ヘッドギアの実態を聞いて、アインズが最初に抱いた正直な気持ちだ。何の目的もなく、破壊活動を続ける一団だとか、何だその頭のおかしい集団は、文字通り歯車が刺さって、壊れたのか?それとも、

 (何かあるのか)

 現在エ・ランテルで暴れているのはその連中で間違いないだろう。そして、少年の救出もしなくてはならない。墓地はうまくやれば、人目につかない。

 (名声とか、言っている場合じゃない)

 自分なりに方針が定まった瞬間、そうと決まればまずは

 「ンフィーレア」

 力なく、孫の名を呼び続ける老婆へと向き直る。彼女とは身長差があるため、視線を合わせるため、膝をつく

 「リイジーさん、これから私はあなたの孫を助けに行きます」

 「本当か?!」

 突然なりだす目覚まし時計を思わせるようにこちらへと向いてくる

 「ええ、ですが、私も慈善事業はするつもりがありません。代わりといっては何ですが、お孫さんを救出した暁には一つ頼みを聞いてもらえますか?」

 「当り前じゃ!一つといわずに、いくらでも!だから頼む!ンフィーレアを」

 そこまでいうのであれば、問題はない、それにそれだけ、この老婆にとってあの薬師少年が大切ということなのであろう。将来悪い詐欺に引っかからないか心配になってくる。

 「分かりました。では、行きます。ペテルさんたちは可能な限りで構いませんので、この町の人たちの救助をお願いします。ナーベ、レヴィア、ハムスケはその補佐を頼む」

 言っていて思い出す。今の自分は新米たる銅級、それが銀級であるかれらにまるで命令をするようでまずくはないかと、

 「モモンさん、御一人で行かれるつもりですか?」

 怒るわけでもなく、心配してくれている彼らの人徳がありがたい。

 

 「ご心配なく、協力者にあてがありますので」

 最後に彼女の顔を見ておく、その顔は、あの日躊躇いなく、自分の為死ぬといっていた顔ではあるが、あの時とは違うものも感じる。

 「ナーベ、ここは頼むぞ」

 「お任せを、アインズ様(モモンさん)

 

 

 

 

 

 彼らと別れ、一人、目的地へ向かう途中、ナザリックへと連絡をいれる。二グレドたちの働きで連中が墓地で何かやっているのは確かなようで、そしてアンデッドの軍勢もいるという。次につなげるのは、

 「私だ。アルベド」

 『アインズ様、兵の派遣でございますね』

 相変わらず話が早くて助かる。

 「ああ、そうだ、念のため、エ・ランテルのほうには、シズ・デルタと、シャドウ・デーモン、エイトエッジアサシンを数体派遣してくれ、こっちは人目につかないことを心がけるよう頼む」

 『畏まりました。その人選で間違いないかと』

 「あとは墓地のほうに、少しばかし軍隊を派遣するよう頼む」

 『はい、人選は?』

 「そちらに任せる。担当はコキュートスだったか?」

 『ええ、彼も喜ぶと思います』

 思えば、いつか表に出た時のための軍のデビュー戦になるということか。

 「さて、行動を起こすとしようか」

 

 

 

 「おいおいマジかよ」

 衛兵の一人が呟く、見えるのは千ともいえるアンデッドの群れ、そしてそれを一人でなぎ倒していく鎧の男、男が右腕を振ればアンデッドが吹き飛ばされる。左腕を振れば、アンデッド達が数体まとめて両断される。そして一度止まったと思ったら。足を交差するように踏み込み、同時に左右のグレートソードを振って進路上のアンデッド達を斬り飛ばしながら突進する。その様はまるで大地に雷が走るようであった。

 

 「すごい、本当にすごいぞ、漆黒の戦士、いや、英雄だ。俺たちは、伝説を見ているんだ」

 この場で最も立場が上の衛兵の言葉であった。そして誰もが頷いていた。

 

 

 アインズにとっては都合のいい事であった。現在、彼は人間だ。そしてアンデッド達は生に激しく反応する。それは自分を囮に使えるということである。町のほうではまだヘッドギアが暴れていることであろう。これ以上、面倒ごとを持ち込むつもりはない。門からだいぶ離れたところで、止まる。周りをみれば、まだ数百ばかりのアンデッドたち。すべてを相手にしている時間はない。不意に後ろの空間が歪む。

 「オマタセいたしました。アインズさま」

 「ああ、お前かヘラクレス」

 現れたのは硫黄色な昆虫であった。そのほかにもスケルトン系統の者たちが40人程来ていた。彼は目前の群れをみると、薙刀を取り出した。

 「ウゾウムゾウごときが、ワレラがあるじのミチヲはばむか」

 そして振り下ろされ、叩きつけられた大地を激風が吹きすさぶ。モーゼを思わせるように、アンデッドたちがいない道が開けられる。

 「アインズさま」

 「ああ、後は頼む」

 後は彼らに頼めば問題ないだろう。その道が再び塞がれる前に走破する。

 

 スケルトン達も剣を構える。この日の為に研鑽を積んできたのだ。そして、コキュートスの選抜の結果、この場に立つことを許されたもの達だ。その腕に力が入る。

 

 (我ら、偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様の剣たる誇り高きアンデッド。そこらの野良デッドとは違う所を見せてやれ!!)

 (((うおおお!!!)))

 

 こうして、戦力差にして、10倍以上。41対推定600近くの戦闘が始まるわけだが、アインズが心配をすることはなかった。

 

 

 

 クレマンティーヌは待っていた。後ろではカジットとその弟子たちが何やら儀式を行っていた。本来であれば、この時点で自分の仕事は終わり、あとは好きにすればいい訳だが、彼女はそれをせずにいた。

 「まったく、余計なことをしおって」

 後ろの方から苦言が聞こえて来るが、彼女は気にしない。先ほどは時間稼ぎのため、翻弄するような動きをとるように心掛けたが、今度はその必要はない。ンフィーレア・バレアレの価値を考えれば、あいつらは必ずくる。あの気にいらない瞳の女とそのつがいであろう全身鎧の男、2人とも血祭りにあげてやる。

 「安心してよ、カジッちゃん。たとえ誰がきても私が守るからさぁ~」

 カジットは白々しいと思いながらも、儀式に集中する。盟主からの紹介で雇うことになった。連中の助けもあり、あの町は確実に、濃厚な死の空気が広がりつつあることだろう。そして幸先いい事にあのイカレた戦士のおかげで当初の予定通りに進んでいる。あの至宝は一旦、盟主に届けるということで、例の下部組織の一員だという男に預けることになった。顔は思い出せない。それ程に特徴のない顔であった。

 (もうすぐよ)

 そう、これが、〈死の螺旋〉が成功すれば、自分の望みが、もう一度母に会えると、

 (これは?)

 聞こえたのは小石を踏みしめる音、目だけを動かして、見てみれば、やって来たのは法衣服をまとった。男であった。その顔には包帯がまかれており見えなかった。しかし、服には見覚えがあった。自分もその国の出身であったのだから。もう来たか、と内心舌打ちをして、

 「お主の出番ではないのか?」

 声をかけてみる。しかし、

 「ええ、知らなあ~い。カジッちゃんたちだけで頑張って~」

 半分は予想できていた言葉であった。この女はおそらく、次の獲物を決めていて、それはこの男ではないということか、

 (まったく)

 

 その男は目の前で儀式を行っている者たちを見て、結論を出す。これはたくさんの死者を出すものだと、そしてそれを真の神たるあの御方が許されるはずがない。と、手をかざし、宣言する。

 「我がタレントはあの方のために、行け!天使たちよ!」

 カジットとその弟子たちを炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)たちが襲い掛かる。

 

 

 

 アインズもまた、ようやくその場に到着した。何やら奥が騒がしいようだが、どうしたのだろう?やたら、見覚えがある天使たちもいるし。それより目の前の女に集中しなくてはならない。見間違えるはずがない、ナーベラルと互角にやりあった者だ。ハンデ込みだが、

 「あれぇ、お兄さんだけ?あのお姉さんは?」

 そう返しながらもクレマンティーヌなりに結論を出していた。おそらくはあの女を死地に連れてこないというこの男なりの思いやり、そんなもの、蟲の気概ほどしかないというのに、ますます腹が立ってくる。ならばこの男を殺してやって、次にあの女を殺すだけだ。

 「お前たちが騒動を起こしてくれたから、私しか来れなかった。それだけだ」

 アインズもまた、事実を淡々と紡ぐ、実際、ヘッドギアさえいなければ、ナーベラル達も連れてきたかったのが本音に決まっている。しかし、それ以上にエ・ランテルが攻撃を受けているのもまた事実。後ろにも気を使わないといけいないのは、結構神経が擦り切れる。女はその言葉を聞いていないように続ける。

 「ええ、でもさあ、優しいよねえ、あのお姉さんじゃ私に勝てないもんねえ?そんなに大事なんだあ?」

 その言葉をうけ、大事な臣下を馬鹿にするようなことを吐いたというのに、

 「ははははは」

 笑っていた。と、それを見せられて、初めて女の顔に困惑の顔が浮かぶが、すぐにいつもの表情に戻る。

 「何笑っているの?」

 その喋り方が先ほどと違うものであること、少しはこの女の調子が崩れたとわかり、アインズは続ける。

 「お前は本当に勝っていたといえるのか?」

 「あん?」

 アインズは頭に指を向け、数度、叩くことで挑発する。お前の頭は大丈夫か?と、そして続ける。

 「あれだけの襲撃をかけていながら、成果は少年一人拉致るのと、貴族1人を傷つけるのが精々だったのが?」

 事実そうであろう。ンフィーレアをさらったのは事実だが、結局できたのはそれだけだ。と言い放ってやる。それで完全に理性は飛んだらしく女はスティレットを取り出す。

 「へえ~そうなんだ~………死ね」

 言葉と共に突撃してくるアインズとて、早くすむのであれば、それが好都合である。

 

 (ふざけてんの?)

 全身鎧の男と戦ってすぐにその力量はわかった。大口叩くだけあり、ある程度動けるようだが、そんなもの所詮は訓練をある程度、おそらくは10年ほど、積んだものでしかない。英雄の力を持つ自分には遠く及ばない。それなのに、

 「やはり、本職の戦士というものは違うな」

 訳の分からないことばかり言っている。今、拮抗しているのだって、自分が手を抜いてやっているからだというのに。二人はそれぞれの武器で激しく火花を散らし、一度距離をとる。

 「お兄さんさあ、そんな腕で私とやるつもりだったの?確かにあのお姉さんより強いのは分かるけど~」

 確かにカタログ通りであった。しかし、期待以上ではなかったと、通信販売にクレームをつけるように文句をつける。そして、いい加減飽きてもきた。次で決めて、その死体をもって、あの女のところへいってやろうと。

 「ああ、そうだなそろそろ終わりにしようか」

 立場を弁えていないその言葉に苛立ちを募らせながらも、必殺の構えをとる。そして、可能な限りの武技を発動させる《疾風走破》《超回避》《能力向上》《能力超向上》

 そして、一気に体重をすべてかけて男へと接近する。少し驚いているようだが、もう遅い。その兜の隙間に刺突を浴びせてやる。頭を貫く、心地い音が響き、そしてあらかじめ仕込んでいた魔法を発動する。

 〈雷撃〉(ライトニング)

 周囲に漏れる程の雷が広がる。

 (まだ終わらないよ)

 続けてもう片方の手も同じように相手の残った目にさしてやり発動。

 〈火球〉(ファイヤーボール)

 今度は男を炎が包む。こうしてクレマンティーヌは勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 カジットは焦りを覚えていた。襲いかかってきた男が思いのほか強かったのだ。天使たちによって、弟子たちはすでに無力化されていた。

 (やむをえまい)

 自らの切り札をきることにする。上空から舞い降りる巨大な影、それは骨組みで造られたような存在であった。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 魔法に耐性をもつ最強の存在だ。これで勝負はきまった。相手は大方、いや、どの系統の魔法詠唱者でも関係ない。これを前にすれば、すべてが無力だ。

 「ふははは、言葉もでんか、法国の者よ」

 事実、ドラゴンは男の召喚した天使たちを一蹴した。勝負ありだ。

 

 「一つ間違いがある」

 「何じゃ、命乞いか?」

 

 もしそうであっても許すつもりは毛頭ない。これだけのことをしてくれたのだ。男は指をたて天に向ける。

 「今の私は法国の神官ではない、洗礼名もすでに捨てた」

 自分と似たような経歴を持つ男かと、特に興味も湧かないが、男は言葉を続ける。

 「今の私はただの罪人だ。あの御方の許しをいただくためにも、善行を、貴様を止めさせてもらうぞ」

 やっていることが、人道から外れているのは百も承知だ。それでもやめるなんて選択肢はない。

 「ふん、それがどうしたという」

 男は手を再び空にかざす。何をするつもりというのか?

 「いでよ!偉大なる大天使、慈悲深き、神の使者たる者よ!〈威光の主天使〉(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 それはまさしく奇跡の光景、本来あり得ないことをその男はしてみせた。それはカジットも感じたもののそれでも怖れを抱くという事はなかった。確かに想定外の天使の出現、しかし、ドラゴンには魔法耐性という絶対の盾がある。

 「貴様は馬鹿だな、そんなものわが竜の前では無力よ」

 ドラゴンは天使と男に向かって、その体を食いちぎってやろうと、顎を開く、男はただ、静かに、回復した病人が動き出すようにゆっくりと手を向ける。

 「放て!奇跡の一撃、〈善なる極撃〉(ホーリースマイト)!」

 召喚された天使はその言葉に従い、自身に向かってくるドラゴンを狙い、光を放つ、カジットは相手を哀れに感じた。次の瞬間には、男と天使は食い殺されることだと、しかし、期待は裏切られる。ドラゴンは光に包まれて消滅した。

 「馬鹿な!!」

 何故だ!魔法耐性はどうした?

 

 この現象を説明するのはいたって簡単だ。カジットは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のその能力に絶対の信頼を置いていたらしいが、あくまで、防げるのは第6位階以下の魔法までである。対して、天使が放ったのは、第7位階魔法、結果は明白なのであった。

 

 

 同じころ、クレマンティーヌはおそらく生涯初の恐怖を感じていた。両目を貫き、炎に包まれた。なのに、

 (どうして死なない!?)

 鎧の男は立ち続けたままであった。そのまま死んだ、いや、彼女の戦士としての勘が告げる目前の男は死んでいない、それどころか、おそらくは痛みも感じていない。しばらく、直立不動で立っていたと思うと、

 「はっはっはっはっは!!!!」

 「ひいぃ!」

 男は壊れたように笑いだしたのだ。彼女はこれも生涯初となる。思いのほか可愛らしい悲鳴をあげる。

 「そうか、そうだったのかぁ!!」

 何を喜んでいるのかわからず、腰が抜けてしまい、動けなくなるばかりであった。

 

 アインズは歓喜していた。「人化の指輪」自分はその特性を、まだ見落としていたと、そして、そのさらなる効果を知ったのだ。確かに眼球はつぶれ、一瞬痛みも感じたし、いまもその辺りに違和感があるのは確かだ。しかしそれだけである。問題なく見えている。最初は人に化けられるものであると思った。しかし、違う、実態は

 (人の皮を被ったアンデッドということか)

 そしてそれを自覚するたび、狂喜が止まらない。今の自分は恐ろしいアンデッド、ピッタリではないかアインズ・ウール・ゴウン。お前は既に人ではなくなり、戻ることは叶わないと、しかしかえって欣喜する。今の自分は子供の我儘のようなことをやろうとしているのだ。好都合だと、

 

 そして、正面の女を見据える。今回の件、引き渡すのは奥で謎の神官と戦っている老人だけでいいだろう。この女は利用する価値がありそうだ。

 

 「君には感謝しよう。お礼に面白いものを見せてやろう」

 アインズは兜だけ、器用に、魔法で取り外す。

 「!!!!」

 クレマンティーヌは絶叫した。兜の下からでたのは、刺突武器が両目に刺さり、醜く歪んだ顔、雷や炎に焼かれてただれ、血も大量にながれている、間違いなく絶命しなくてはいけないのに、笑っているのだ。そして、ことここに至ってようやくその可能性が頭をよぎる

 「人間じゃない」

 「ほう、よく分かったな」

 もしもハムスケであれば、この状態でも人間とはそういうものかと結論を出すに違いない。なら、もうこの姿も無意味、アインズは人化の指輪を解除、支配者としての姿に戻る。

 「死者の大魔法使い(エルダーリッチ)!!」

 「まあ、その辺りだろうな。さて、まだやるか?」

 女は完全に動けず、首を横に振るばかり、そこに、先ほどまでの狂戦士としての姿は見られない。

 「そうか、では、しばらくそこにいろ。逃げられると思うなよ?」

 アインズはそういって、ゆっくりと、王が玉座への絨毯を踏みしめるように歩き出す。もはや、クレマンティーヌは、彼女は彼女ではなかった。そこいるのは、恐怖に顔を青ざめる。少々、露出が激しい、女性でしかなかった。

 

 「お二方、少しばかし話をしませんか?」

 奥へと歩みを進みおえて、そこで対面していた2人に声をかける。おそらく片方は味方、とみてもいいか、いいや、油断はしてはいけない。第3勢力の可能性も考えないといけないと思考するアインズを驚かせる光景があった。

 「アインズ・ウール・ゴウン様あああ!!」

 なんと天使を召喚した方の男が突然、走って寄って来たかと思うと、顔の包帯をほどく、現れるのはひどくやつれた顔、そして躊躇いなく、土下座をしたのだ。これには、アインズも度肝を抜かれそうになるが、

 「お前、………誰だ?」

 間抜けにもそう言葉にするしかなかった。本当に覚えがない。男はめげることなく、言葉を続ける

 「私でございます。ニグンでございます」

 「はあぁ!お前がニグン・グリッド・ルーインだというのか?」

 さすがにそれを忘れる程、アインズも落ちぶれていない、しかし、目の前にいる男は以前の面影がまったくない。それ程までに変わり果てていたのだ。肌の色合いや、肉付きなどから、おそらく、何も食べていないのだろう。

 「今はただのニグンでございます。お許しくださいアインズ・ウール・ゴウン様」

 アインズはただただ困惑する。何を許せばいいというのか?そして

 (もしかして)

 あの時の演技込みの脅しが原因かと思って、猛烈な罪悪感に襲われる。自分としてはしっかり、使者としての役割を果たしてくれれば、それでよかったのだ。それなのに、ここまで変わってしまった彼をみて、

 (うわぁ、どうしよう)

 という思いが強くなっていた。そして思い出す。デミウルゴスとのやり取り、「必要があれば神を名乗る」その為には宗教団体が必要になるかもしれないし、

 (アルベド次第だな)

 この男の行為に自分以上に怒りを抱いていた。彼女を思い出すが、彼は今回、自分の手伝いをしてくれた。許してくれる可能性は十分にある。

 「ニグンよ、今回のお前の働き、感謝しよう。お前の処遇はおいおい決めるとしよう」

 「ありがとうございます。慈悲深き、神よ」

 ああ、すっかり、その方向なのか。この男はそれでよし、次は

 

 カジットもまた絶望を味わっていた。切り札たる竜が倒され、そして、その天使を召喚した神官とその主である神が立ちふさがったのだ。

 (あの姿、もしやスルシャーナ様?)

 そして溢れるのは怒り、なんで今なんだと?どうして、あの時来てくれなかったと、手元にあるのは、死の宝珠、その負のエネルギーは沢山あるが、既に意味はない。そして今、彼が望むはすべての死、

 (すべて、すべての者に死を)

 アインズがニグンとのやり取りに要した僅かな時間、それを用いて、召喚する。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)

 「行け!すべてを殺し尽くせ!!」

 2体のモンスターたちは、まるで誘われるように、ドラゴンが巨人を抱える形で都市へと飛んで行く。

 

 

 (まだ暴れるつもりか)

 アインズはその光景をみて、まずいと感じる巨人はともかく、ドラゴンは少々厄介だ。それにこれは自分のミス、自分が取り戻すべきだ。まずは、急いで伝言(メッセージ)をつなげる。

 「アルベド、すまない。治癒能力に長けた者、ルプスレギナがいいな、来るよう伝えてくれ」

 『かしこまりました。それと、そこにいる不愉快な女ですが』

 「ああ、今回はこの老人を突き出す。あれは利用できそうだ。詳しいことはあとで伝える。ひとまずは逃げないよう監視だけ頼む」

 『でしたら、姉にそう伝えます。アインズ様はこれから?』

 「決まっているだろう?」

 アインズはこれからの振る舞いを必死に頭の中で作っていき、再びその姿を戦士へと変えながら答える。

 「ドラゴン退治だ」

 

 

 エ・ランテルでは、冒険者たち、そしてアインズの命を受けた姿なき者たちがゾンビ、テロリストたちを相手に戦っていた。ヘッドギアは本当に異常な集団であった。相打ち上等の自爆戦法をとってくるのだ。それでも被害者が少ないのはナザリックから来たもの達の助けが大きいからだ。誰も気づきはしないが。しかし、ここで新たな脅威が迫る。

 

 空から突然巨人が降ってきたのだ。

 

 「くそ、俺はここで死ぬわけには、…………ぐわああああ!!!」

 それが、ミスリル級冒険者チーム「クラルグラ」のリーダーにして、最後の生き残りであった。イグヴァルジの最後の言葉であった。彼は巨人に踏み潰されたのだ。そして、彼らもここいた。

 

 「ペテル、流石にあれはまずいぜ!」

 漆黒の剣、そしてモモン一行からの協力者たちとトーケル、アンドレ、リイジ―達も運悪く、その場にいあわさてしまった。しかし、ここは逃げる訳に行かない。

 (守ってみせる)

 決意と共にナーベラルは剣を手にかけ、誰かに捕まれるのを感じた。しかし、何の不安も、不快さもなかった。

 「アインズ様(モモンさん)

 いつの間にか、隣に立っていたのだ。そして周囲の者たちもそれに気づき、声をあげる。

 「「「モモンさん!!」」」

 「孫は!」

 「大丈夫ですよ」

 そういうなり、モモンは傍らにいた少年を指し示す。その顔は少々困惑していた。目覚めてみれば、ここにいたのだ。当然といえる。しかし、それでも元気な姿に変わりない。

 「ンフィーレア!!」

 「おばあちゃん?」

 抱き合う孫と祖母をみて、アインズはよかったと思うと同時に気を引き締めていく。

 

 「すいません、あれはもらえますか?」

 グレートソードを高々と掲げ、巨人と飛び回るドラゴンへと向ける。

 「まさか、できるというのですか?」

 トーケルが信じられない者を見る目で見て来る。アインズはただ首を縦に振るのみ。臣下たちは当たり前という顔をしている。そして、誰もそれに答えることはできなかった。それを肯定と判断して、歩き出す。4歩程進んだところで走り出す。巨人は踏み潰すべく、片足をあげるが、アインズもその瞬間を狙っていた。上体を後ろに下げながら、ブレーキをかけ、投擲の形をとり、一気に右腕でグレートソードを投げる。それは巨人の額に突き刺さる。巨人はまるで自分以上の質量をぶつけられたように後ろにのけぞる。やがて倒れた巨人に素早く飛び乗り、その首をもう片方のグレートソードで両断する。

 「すごい」

 それは誰が発したか分からない。見ているのはモモンの関係者だけでなく、冒険者、衛兵、そしてエ・ランテルに住む無数の住人たちもいた。

 

 次に襲い掛かったのは、ドラゴンだ。急降下する形でアインズを踏み潰そうとするが、それをかわして、その巨体をまるで壁を走るように。その頭を目指す。そして先に戦った女が見せたように、その頭に二本のグレートソードを突き立て、

 (さて、どうだ)

 同じようにあらかじめ()()()()を使い仕込んだ魔法を発動させる。

 (借りるぞ、ナーベラル)

 

 〈二重最強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 

 輝かしい雷が散り、砕け散るドラゴン、そして、ゆっくりと、まるでパラシュートを使っているように降下する、モモンに誰もが見とれた。まさに英雄の降臨だ。

 

 そしてそれを見ていたナーベラル・ガンマもまた、というかようやく認めることができた。自分の気持ちというものを。そして、彼女は1つの決意をする。

 (アルベド様に申し上げなければ)

 その結果、殺されてしまっても仕方ない。すべては自分が悪いのだから。

 

 

 こうして、エ・ランテルの騒乱は収束していくのであった。

 

 

 

 

 

 その日の夜、アルベドは最早定位置とも言える。執務室にいた。城塞都市の件は一旦、保留ということで、関わったもの達も、そのほとんどが帰還していた。無論愛する主も。

 

 「アルベド様、ナーベラル・ガンマでございます。只今、よろしいでしょうか?」

 今回、主に付き添い、よく働いてくれたメイドの声だ。少し震えているようだが、

 (もしかして)

 「ええ、許可します」

 入ってきた彼女はやはり、どこかおかしい。その様子にアルベドは確信をもって、言葉を投げかける。

 

 「アインズ様の事ね?」

 途端、彼女は顔を真っ赤にさせて、うつむいてしまう。分かりやすい、本当に。

 「あの、何と申し上げれば」

 確実に自分に対して、罪悪感を感じていることだろう。だからこそ続ける。

 「別にいいわよ」 

 その言葉だけで済む話だ。彼女は困惑していた。当たり前だろう。 

 「好きになるのは、恋は、理屈じゃないでしょう?」

 「しかし、私は従者の身」

 「正直言うとね、私は嬉しいのよナーベラル」

 「????」

 そして、アルベドはナーベラルへと伝える。愛する主、アインズを一人で支える自信がないのだと。主は文字通り、すべてを背負ってしまうだろう。その御心を自分一人で支えるのは難しいかもしれない。だからこそ、本気で主を心から想ってくれる者が増えてくれることを、そしてそれを聞いていたナーベラルはその間、ひたすら涙を流していた。もしかしたら、彼女は泣き虫になってしまったかもしれないとアルベドは考える。といっても咎める気も毛頭ないのだが、そして最後に確認をとる。

 「ナーベラル、一つだけ言っておかないといけないわ、私はあの方の正妻の座、それだけは誰にも譲るつもりはない。あなたはそれでいいの?」

 そう、それだけはどうしても曲げられない。あの方の隣だけは、なんとしても。彼女は泣きながら、答えてくれた。

 「も、勿論でございます。ありがとうございます。優しき、アルベド様」

 「くふふ、それはあなたもよナーベラル」

 「とんでもございません!!」

 

 女たちは結束する。愛する男の為に、一方。

 

 

 

 

 「パンドラズ・アクター!!お前だろ!さっきからスペードを止めているのは!?」

 「はて?何のことでございましょうか、我が創造主?」

 「とぼけるな!!」

 「コキュートス様、クラブを出してくれますでしょうか?」

 「ソノ手二ハ乗ランゾエントマヨ、ダイアダ」

 「はい、上りでございます」

 「何!?」

 

 臣下たちと7並べに興じる支配者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「俺たち、昇格したな」

 始まりはルクルットの言葉、そう、あの騒動の功績で漆黒の剣は銀からミスリルへと昇格したのだ。それも当然かもしれない。あの騒動で「クラルグラ」を始め、多くの冒険者が死んだのだ。この昇格はその不足分を補うためかもしれない。

 「しかし、モモン殿達には敵わないである」

 ダインが続ける。そう、彼らは一晩の騒動で、銅から最高位のアダマンタイトへと昇格したのだ。これは住民たちからの嘆願が大きい、あの戦いぶりを見せられれば、仕方ないといえる。

 「でも、やっぱりすごいですよ」

 ニニャの称賛、彼、いや彼女は既にモモン達のファンなのだろう。

 「そうですね、おや、噂をすれば」

 

 見れば、その一行の片割れ、漆黒の戦士モモンと、その仲間ナーベがこちらへと歩いて来ていた。

 

 「みなさん、お元気そうで」

 「ええ、おかげさまで」

 

 あの騒動は確かに収束したが、結局とらえることができたのは、ンフィーレアをさらったもの達を数人程、あとの者たちはまるで煙のように消えてしまった。結局何だったのだろか?しかし、被害は実際にあるわけで、

 

 「モモンさんたちはこれから?」

 「ええ、依頼を探しに行くところですよ」

 

 といっても彼らがこなせない仕事はないだろう。ふと、そこでモモンの様子が変わる。

 

 「すいません少し用事を思い出しましたので、何かあれば、私達が泊っている宿へと」

 「ええ?わかりました」

 

 そして、二人は歩き出してしまう。その時、ふと聞こえた気がした。

 

 

 

 

 「そうか、コキュートスがやってくれたか」

 

 

 聞き覚えのない単語であるものの、その声は弾んでいた。そして、反対側の道にいた吟遊詩人が歌いだす。その歌は、おそらく彼がつくったはずなのに、歌っているのはまた別の人物であった。

 

 

 「これより()()()()()()()()()()()()()。とくと御拝聴あれ」

 

 

 

 第2章 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの、アインズ様(モモンさん)?」

 「どうしたナーベ?」

 以前の件でどうしても分からないことがあり、それを聞くことにした。

 「何故バレアレ家を、カルネ村に?」

 そう、これだ。ポーションなどの消費アイテムであれば、例の世界樹を利用すれば済む話なのに、どうして新たに研究を始めるのか?単に、あの一家を気に入ったのであれば、それはそれでいいのだが、主は笑っていた。

 「馬鹿をいうな、私とて、そこまで私情で動かん」

 「失礼しました!!」

 「構わん、………私はな、危惧しているんだよ」

 「危惧、でございますか?」

 そして主は語る。確かに世界樹が持つ魔力は相当なものであるが、果たして、それは本当に永遠に続くものであるのかと、こうして、資源が豊富な内に様々な手段を獲得するためだという。それを聞いて思う。やはりこの御方は偉大な人物なんだと。

 「流石です」

 「いや、ただの臆病者の思考だ」

 「そんなことはありません」

 「そうか、ありがとう」

 

 そして、ナーベラルは自身の胸に手をあてる。

 (私の想い)

 とても暖かい。

 (私は…………アインズ様が…………好き)

 さらに胸が熱くなるが、恐れはなにもなかった。そして、思う。手放したくない、と。

 自分は恵まれた存在だ。それを意識して、彼女はよりいっそう、主を支えていこうと決意する。

 

 

 




 ようやく、原作2巻分終了しました。またいろいろ挟みます。今回は幕間のほか、いつもより短めの外伝2本立てやる予定です。


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幕間その3 それぞれが目指す先

 今回も次の話のためのつなぎ回です。


 

 城塞都市エ・ランテルの被害は甚大なものであった。冒険者が死亡者347人に、重傷者650人と1000近い者たちがその職業を離れざるをえない状態となってしまった。

 

 そのほか、衛兵からの死亡者が約1265名、この事件のあと、退職したものが2041、とこちらの再編成もしなくていけない。住民の被害に関しては未だ調査中であった。これは先の職種についていたものについてはそのすべてが騒動の際の戦死ということであったが、こちらに関しては死因が多すぎるのだ。ゾンビに殺された者、数日前から行方不明であり、そして、ゾンビとして出てきた者。瓦礫に潰された者。爆発に巻き込まれて数人の死体が混ざり、正確な人数がわからないという者たち。更には、別の土地、あるいは、街などから運び込まれた死体も混ざっていて、それらすべてを洗い出すところからやる必要に駆られた。

 

 そして被害は人だけではない。破壊された住居に店舗と止む無く営業停止になった商人たち、住む場所をなくした人たちの仮の住居も用意しなくてはならない。金や物資の流失も大きい。この騒動を未然に防げなかったということで、有力な商人に、資産家達はほかの都市に移ってしまった。これもまずい、経済とは、人体を流れる血液のように、回す金と物資(モノ)があって成り立つのだ。それが外へとでることは、すなわちエ・ランテルという名の人が大量出血しているという事実。一番痛いのは、バレアレ薬品店がでていったことだ。話を聞いたところによると、カルネ村へと移るらしい。確かに、あの店の商品の原料はあの村の先の森から採れる薬草が使われているというので、合理的な判断といえばそうだ。しかし、そうなると、もうこの町であの薬を買うことはできない。その村からこの町へと、運ぶという輸送業を立ち上げるというのも一つの選択肢なのであろうが、採算がとれるようになるまでどれくらいかかるのやら。そしてその費用は誰が持つのか?

 

 出血ばかりに目を奪われる訳にはいかない。傷を負ったら必ず黴菌が入るもの、治安の悪化も懸念される。というか、既に悪化していた。恐喝に詐欺などのものから、誘拐、性的暴行、殺人など、騒動以前より確実に犯罪率が上昇していた。先に述べたこともあり、エ・ランテルは、いわゆる裏家業の人間たちの格好の稼ぎ場になる()()()()あった。

 

 悪い事ばかりではなかった。立派な消毒薬(抑止力)が現れた。そう、先の騒動にて、活躍した。漆黒の英雄モモンとその一行だ。数千のアンデッドを屠り、通常、ミスリル級の冒険者たちが対策をしてようやく対処できるであろう。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)を1分足らずで倒したという全身鎧の戦士モモン。そのどちらも目撃証言があり、その信憑性が伺える。

 そして、彼のチームには若くして第3位階魔法を使いこなし、その端麗さから「美姫」と呼ばれる魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベ、その戦いぶりから助けられた者たちからも恐れられ、「戦鬼」と評される戦士レヴィア、長らくトブの大森林に君臨しながらも、モモンに敗れ、忠誠を誓い、その智謀で一行に助言を与えているという「森の賢王」現在はハムスケという名らしい。

 と、正に英雄とその仲間たちと呼ぶにふさわしい面々だ。彼ら、特にモモンの評判は高い。先に述べた桁外れの実力もそうだが、まずはその容姿、なんと、それだけの力を持ちながら、その年齢は20代半ば、これはもう一人の戦士も同じらしい。しかし、別に珍しい話ではない。あの「青の薔薇」をまとめる女性もそれくらいであったはずだ。そしてその顔は非常に整っており、冒険者組合にて、登録の際にその顔を直視した受付嬢が卒倒した程だという。舞踏会にいっても置物でしかなかった自分とは大違いだ。そしてその性格も優しく穏やかであるという。子供を抱き上げて朗らかに笑っている光景や、足を痛めた老人を背負い、運ぶ様子が見られたという。これだけの人物なのだ。彼を、彼らを利用しない手はない。

 

 今回の彼らの昇格、冒険者として新米である銅級から最高位であるアダマンタイト、それはその功績、住民の願いを聞き届けるという形であったが、それは表向きである。実際のところはかなりの打算が絡んでいる。一つは治安維持、その男は非常に人が良く、おかげで魅力的な(旨い)人材、資材(細胞)をを食らおうと集まった悪人(黴菌)どもを追い払う(駆除する)ことができた。

 

 次に城塞都市の評判を取り返さなけらばならない。間違いない、数々の冒険者を見てきたが、彼らは必ずかの13英雄に並ぶ者たちへと成り上がることだろう。その伝説の始まりの地をこの都市にするのだ。そして、そのまま英雄ゆかりの地とするのだ。

 

 その為に、彼らをなんとかここに縛りつけることができないか思案する。

 

 男を縛る3つの要素がある。すなわち、権力、金、そして女だ。

 

しかしながら、モモンに関してはそのすべてが通用しなかった。

 

 まずは権力、この人物の正体はどこかの貴族であり、何かしらの目的があって、冒険者としてこの町に来たという噂がある。今のところそれに関しては分からないが、しかし見えてくるものもある。何故冒険者なのか?単に英雄になりたいから?いや、おそらく何か私的な目的があり、その為に冒険者となったのだろう。根拠はある。この職業は腕と信頼さえあれば、誰でものし上がれる。いや、冒険者に限った話ではないか。

 

 話をもどそう。

 

 次に考察するのは、上位の冒険者となったうえで何を求めているか、という事。貴族とのつながりか?普通では手に入らない何かを探しているのか?いくら考えても仕方ない。ここで重要なのは彼らはいわば、大きな目的の途上というところだ。こういうタイプは得てして権力に執着がない。事実、この男も下手をしたら、家庭を築いてそれで満足するだろう。ほかにも根拠はある。一応、本当に特別な処置として、貴族爵位をもらえるよう王に掛け合ってみるとそれらしく言ってみたところ。言われたのだ。

 『興味ありませんよ』

 正直、腹が立ったが、ここで彼らとの縁をなくす訳にはいかない。

 

 そして、金も駄目そうだ。その装備が物語っているのだ。そして彼らはとんでもない高級ポーションを持っているという話もあるのだ。とても無理そうだ。

 

 最後の女という手段も難しい。まずはその周り、ナーベの美貌は評判であり、そしてあのレヴィアもその素顔は傷があるらしいものの口元などの形から整っていると言われている。それだけの美女が近くにいるのは厳しい、が、諦める理由にならない。冒険者組合長に依頼をして、それとなく高級娼館に連れていくよう頼み込んだのだ。「琥珀の蜂蜜」「天空の満月亭」「紫の秘薬館」かなり上位に入る娼館だ。無論、相手をする女には排卵誘発剤を飲ませて。

 「子は鎹」という言葉がある。文字通り子供の存在がその人物の楔となる。もしも、女の内の誰かがモモンの子を身籠ることがあれば、彼はこの都市を多少、否、その性格から気にかけなければならなくなる。そして、この話は何も無理矢理ということではない。先に述べたとおり、彼はすべてが理想的な人物なのだ。この計画をこっそり組合長とは別に娼館の女たちに流したところ、喜んで薬を飲んだのだ。うまくやれば、英雄の伴侶となれる。彼女たちにとっても絶好の機会なのだ。笑いが止まらない。いい流れだと、だと、いうのに。

 

 駄目だったらしい。

 

 何とその男は女たちを前にしても色めき立つことも、変化も見られず。むしろ、女たちから非難を浴びることになった。私たちを貶めて楽しいかと?もしや、モモンは特殊な性癖、あるいは同性愛者なのか?と疑問をもったが、彼女たちが怒りながら教えてきた。彼には婚約者がおり、それはあのナーベ以上の美貌を持つ人物だという。いや、これに関してはあまり意味がない。要はモモンとは、そこまで高潔な男ということであった。

 

 やる事なす事すべてがうまくいかないが、諦めるという選択肢はない。何としても、と、言うときに、新たな人物が現れた。

 

 その名をアインズ・ウール・ゴウン。

  

 その者の使者が来るという手紙が、エ・ランテル都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの元へと届いたのだ。本来、存在しない者たちの手により、傷を負った城塞都市にこれまた存在しないはずの人物が尋ねて来る。

 

 

 

 

 

 

  大 墳 墓(カルネ村)からの使い

 

 

 見たことない服装だなと、パナソレイは思う。自分は一応、貴族であり、この都市王国、帝国、法国の境界線たるエ・ランテルを王から任せられる程の人物だという自負がある。日々、色々な知識を集める事も怠っていないつもりであるが、その人物の洋装は本当に、心当たりすらなかった。

 しかし、それも仕方ない話だ。この男が着ているのは、いわゆるガウチョスタイルと呼ばれるものであり、どちらかといえば、中世ヨーロッパを思わせるこの世界では縁がなく、かつてアインズがいた世界のそれも既にすたれた文化の産物であった為、最早異星人といっても過言ではないの隔絶がある。

 

「きみが、あいんず・うーる・ごうんの?」

「はい、かの御方の使いたる。ロドニウスと申します」

「ぷひー、かるねむらで、おせわになっている。というかたが、このまちになんのようかな?」

「…………」

 

 男は黙ったと思うと、パナソレイの瞳をじっと見つめて来る。その瞳の虹彩はひどく不安定に揺れているように見える。まるで、死にかけの魚だ。なんだろう、何を考えている。

 

「やめませんか?」

 

 唐突な提案、一体を何をというのか?

「なんのことかね?」

「あなた、普通に喋れますよね?」

(!!!!)

 そう、自分はいつも、その豚のような外見に似合う、鼻息で会話をするのだが、無論無意味ということはない。これで相手を油断させて、交渉を有利に進めるという意味があるのだが。何故それを、

 

「なんのことかなー」

 ここは、一度誤魔化しをいれてみる。ブラフの可能性もあるのだ。

(さて、どうかな?)

 しかし、ここで男の眼光に歪な靄がかかる。その靄はまるで、自分を飲み込まんとしているようで、

(!! 今のは?)

 一瞬、自分が何か得体の知れない、否、まるで深い底に引き込まれる感覚を味わったのだ。

 

「やめませんか?」

 まるで先ほどのやりとりをもう一度、そう、まるで時間が1分だけ、巻き戻ったように錯覚する。

 

(何者なんだ?)

 諦めることにしよう。少なくてもこの人物は人を外見で判断するという輩ではないということか。

「……さて、失礼した。それでは話を聞くとしましょうか」

「では、まずはこちらを」

 初めて自分の変貌を見た相手はひどく驚き、その様をみるのが一つの楽しみであるというのに。この男はまるで気にする様子がないのだ。そして男はまるで、小石を拾う感覚で、ゴブリン2匹分ほどの大きさの袋をテーブルに置く。その質量と無造作に置かれることで、軽く揺れた。それだけの衝撃を受けたのだ。

 

「これは?」

「端的に申し上げます。この度、被害を受けたエ・ランテルに対する我が寛大なる主からの見舞金でございます。復興支援として役立ててほしいということです」

 

 袋に触れて、驚愕する。それ程の金額であったのだ。一体どうしてそれだけの財を渡すというのか?

 

「この金額は、正直助かりますが、一体何故?」

 

 そうだ、そのゴウンなる人物とこの都市は関係ない、それどころか、そんな名前の貴族や商人など聞いたこともない。

 

「我が主はつい最近、この辺りに渡って来た。旅の魔法詠唱者でございます」

 男はまるで、パナソレイの思考を読んでいるかのように言葉を続ける。

「魔法詠唱者?」

 冒険者などでもその職についているものがいるので、ある程度の認識はある。しかし、それはどういう人物なのか?

「そして、この見舞金には3つの意味があります」

 男は指を3本立て、彼に示す。確かに、いきなり大金を渡されても、その理由が分かっていなければ恐ろしいというものだ。男はまず薬指を曲げる。

「1つ、都市長に対する挨拶だと思っていただければと」

 男はさらっと恐ろしいことを言ってのける。挨拶?それはどういう意味か、この国でそんな理由で大金を受け取るというのは非常に危険だ。間違いなく探りをいれられるし、最悪、取り上げられ、ゴウンの元へとあの馬鹿どもが向かう可能性もある。

(そのゴウンという男、常識、いや、この国の現状を知らないのか)

 それも当然か、むしろ漏れるようではそれこそ国は終わりだ。

 続いて折られるのは中指、

「2つ、賠償金でございます」

 賠償? 一体何に対しての?

「バレアレ家のことでございます」

 あの薬師一家のことか?男は語る。バレアレ家をカルネ村に移るよう頼み込んだのはそのゴウンなる人物という。何ということか、その理由も男は語る。その主は一種の研究者であり、ポーションに関する知識を買い、バレアレ家を引き抜いたという。

(あの婆あ)

 いったい、いくら積まれたの言うのだ? いや、きっと彼女のことだ。研究によりいい環境に釣られたに違いない。大変な時だというのに、男はそのまま続ける。

「そして、最後に情報を売って欲しいのです」

「情報?」

「モモンとその一行についてのことを我が主はご所望でございます」

(いったい、どうして?)

 しかし、バレアレのこともあるのだ。また引き抜きでもされたらたまらん。彼の存在は城塞都市の、ひいては王国の為に必要なのだ。なんとかごまかす方法を考えねばならない。いや、そもそもそんなに自分も知っていることがないのだ。

「すいません。モモン君に関しては私も噂の域をでない程度の情報しかもってなくてね」

「それで構いませんので売っては頂けないでしょうか?」

 

 パナソレイは考える。これだけの財力をもつ魔法詠唱者とどう付き合うべきか、このやり取りが間違いなく重要な局面だ。薬師の件はまだ何とかほかで補填ができるだろう。挨拶というのは、彼は貴族爵位が欲しいのか?あるいは、ほかに狙いがあるというのか?そして、モモンのことを知りたがっているということは、彼とは無関係の人物ということか、あれだけの力を持つ戦士、そしてこれだけの金貨を簡単に出すことができる魔法詠唱者。

(一体どうなっているのだ?)

 しかし、それらをうまく利用してやれば、王国を救うこともできるかもしれない。

(何とか国王に)

 かなり用心に用心を重ねて、接触をしなければならない。いや、

(それこそ、今回の件が使える)

 そう今、目の前の男も言っていたではないか。見舞金と、この城塞都市の重要性はあいつらが認めていることでもある。それなら、とパナソレイは国の為には何が一番か思考を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

  新生教団設立

 

 

 

(勘弁してほしい)

 玉座の間で執務をおえ、次の案件までの間にエ・ランテルでのことを思い出して、内心ため息をつく。あれからあの都市は復興をしなくてはならないが、カルネ村のように表だった支援を行う訳にはいかない。それに、いずれ、もらう、最悪ぶんどる予定の村と違い、あの都市は王国にとっての重要な地だ。先ほど、受けた伝言(メッセージ)からどうやら、彼はうまくやってくれたらしい。今回の見舞金、都市長に言った3つなんて建前以外のなにものでもない。あれにはいくつかの意味合いはあるが、それはすべて計画の為だ。アルベド、デミウルゴスと打ち合わせを行ったうえで彼を送ったのだ。

 

 意味はいくつかあるが、最大の狙いはモモンとアインズが別人であると一般の認識として植え付けるのが狙いだったりする。これもまた、追々とその意味は出てくることだろう。それぞれの設定も完璧に出来上がっている。魔法の研究をしているアインズと、ある()()()()を探しているモモンという設定であったはずだ。

 そして、パンドラズ・アクターが用意した。予備のシナリオと準備は、いや、どれだけやってもこれで、十分と言えるわけないのだが。

 

 そして、ため息をついた理由はモモンとして活動している時のことだ。あれから依頼がひっきりなしであったが、当然、都市に関わるものがほとんどであった。まずは治安維持、盗賊やワーカーと呼ばれる者たちの討伐依頼であったり、子供の誘拐を専門とした組織とやりあったりもした。個人的にはヘッドギアの連中をとらえたかったが、彼らが出てくることはなかった。

 次に自分を迎えたのは接待の数々であった。これ自体は社会人であるアインズにも経験がないわけではないので、別に問題は、あった。連れていかれたのは大人の店であった。しかも明らかにやる雰囲気を出していたのだ。なんとか事なきを得たものの、ナーベラルの物悲し気な顔と、レヴィアノールの覆面越しでも分かる侮蔑の顔が辛かった。あの時、体が反応しなかったのはいくつかの理由があった。

 

 まずはいくら見た目が人といえ、アンデッドなのに変わりないこと。あれから改めて調べて分かった。あの指輪でしていたのは、アインズの骨の体、それに服を着せるのと大差ないように、筋肉、皮膚、臓器、各感覚器官がくっついただけに過ぎなかったのだ。指輪の呼び方も変えねばならない。さしずめ、

 「擬態(びと)の指輪」

 といったところか、結局のところ、性欲というものが喪失しているのは変わらない。

 

 2つ目は今の自分の目的を考えれば、そんなことをしている余裕はないということ、笑ってしまう。自分はこんなに使命感や責任感があったほうか?と。

 

 そしておそらくこれが一番でかい、ふと傍らで自分の補佐をしてくれた女性をみる。その視線に気づいたのか、優しい笑みを浮かべる。

 

「アインズ様、いかがされましたか?」

 

 彼女たちには悪いが無意識に比べてしまったのだ。髪の質感に、肌の色合い、瞳の輝き、そして向けられる表情なのだろう。確かに、高級娼館という事もあり、魅力的であるのは認めるところであったが、どうしても客に向けられる視線であった。彼女の顔は本当に自分を、愛、思ってくれているものなのだから。

 

(いかんな)

 気をつけないといけない。彼女はそういう対象ではない。衝動的に襲うなんてことをすれば、それこそ、友たちに顔向けできない。そして直前のやりとりを思い出して湧いてきたのは怒り、浮かぶのは赤毛のメイドに黒髪の鳥女、

(何考えてんだ、あいつら)

 どこをどう勘違いしたらその結論に至るというのか、自分はそんなに節操がないと思われているのか、それは目の前にいる彼女や、あの騒動でよく働いてくれた彼女に失礼だ。何より、いつも完璧な彼女がその時ばかしはやや悲しみ暮れる顔を見せたのだ。

『あなた様のお望みでしたら私は何も言いません』

 と、あれを思うとやらかした2人にはかなり腹を立てた。しかし、それ以外では役割をこなしているのも確かなので、せめてもの情けとして各々の上司にその罰を任せることにしたのである。

 

「何でもないさ、アルベド」

「そうですか、先ほど義兄から連絡がありました」

 

 この後やることは新たな方針だ。

 

「そうか、しかしお前はいいのか?あれには私以上に憤っていたと記憶しているが?」

「いえ、アインズ様がそうされるというのであれば私は従うまででございます」

 それでは意味がない。彼女自身は無理をしていないのか?と疑問が湧く。 

「それと、改めて、惚れ直しました。愛しきアインズ様」

 余りにも唐突な事に彼は、はあ? と内心思う。

「急にどうした?」

 いったい彼女は何を言っているというのか?

「いえ、アインズ様の威光にあの愚か者は更生し、そして、()()()を思ってくださるその御優しさを目の当たりにすれば、当然のことでございます」

「そうか、それがお前の認識だというのであれば、私は何も言わないさ、では迎えるとしようか」

 

 

 

 そうして、玉座に座る支配者に跪く男女が二人、しかしその顔は対照的で男は既に歓喜の涙を流し、女は恐怖に顔を青ざめているのであった。

 

 クレマンティーヌは既に諦めていた。同時にこれまでの自分がどれ程思い上がっていたのか認識を改めざるをえない。自分は英雄の領域に踏み込んだ化け物、互角にやり合えるのは、王国戦士長を始めとした5人だけと思っていたが、自分を殺せる存在なんてここにたくさんいた。ここに連れてこられた時、あの死の支配者(オーバーロード)が自分にかけた言葉が鮮明に再生される

 

『これから君には洗礼を浴びてもらおう《ボスラッシュ》という言葉を知っているかな?』

 

 聞いたこともない言葉とともに、文字通りの地獄が始まった。両足を斬られ、体が地面に叩きつけられた。体の真ん中に大きな穴を開けられた。植物にからめとられて全身の骨を折られもした。熱波を浴びせられ、気道を焼かれ、声がでなくなりもした。臓器を引っ張り出されて、それを自分の口に入れられもした。そして何より恐ろしかったのはそれだけされて、()()()()()()()事だ。ある程度の怪我で、一度回復、それも疲労すらなくすとんでもないものであった。それでもいくら歪みまくった精神でも確実に摩耗した。半殺しと再生、回復と暴力。もう殺してくれと涙をそれまで流さなかった分をすべて出し切るほど懇願したというのに、その願いは聞き届けられることはなかった。そしてそれを休むことなく

 

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、繰り返して

 

 ようやく終わった時にはまだ半日しかたっていないという事実を自然と受け入れる事ができた、ように思う。ここまでくると、自分のそれまでが酷く生温く感じてしまう。親や兄にされたこと、弱かったころにされたこと、そのすべてが、これから自分はどうなるのだろうか。

 

「さて、君たち2人についてだが」

 

 支配者の言葉が続く、隣の男はその一言一言を、まるで神の声を聴くかのように耳を傾けている。いや、この男にとってはそうなのだろう。しかし自分は違う。その単語、一つ一つが小さな針となり、心臓に刺されてゆく感覚を味わう。

 

「新たに教団を立ち上げてもらおうと思う」

「おお!」

 男は目前の支配者が口を開くたび、むせび泣いている。本当にこの男は壊れたのかもしれない。

 

 

 

 アインズもまたデミウルゴスとのやり取りを思い出しながら続ける。この設立の狙いとしては表裏といったところか、どっちに転がってもいい訳だ。表の理由と目的はいつか神を名乗る必要が迫られた時の保険、裏向きの理由と目的としては敵対的なプレイヤーを釣るための罠、つまりは餌なのだ。この2人にある程度練度の高いアイテム、装備なりを渡して囮となってもらう訳だ。アルベドやナーベラルの確認はとったとはいえ、それですべてをチャラにする訳にもいかない。ある程度は危険な目にあってもらおう。

 

「そしてその名だが」

 

 これはあの武人のアイデアだったなとアインズはその名を告げる

 

「『魔導神教団』とでもしようか、無論、仮名ではあるが」

「おお、なんと素晴らしい。まさにアインズ・ウール・ゴウン様に相応しい」

 

 臣下たちとしてはなんとしても自分の名を入れたいらしいが、それをするわけにはいかない。もし、入るとしたらこの先の展開次第だな。

 

「そして、ニグン・ルーインよ、お前はその教団で改めて神官として働け」

 この男に関しては実は危ない罠があったのだが、デミウルゴスの進言で取り除くことに成功している。流石だ。

「何という栄誉、必ずやこの世界最大のモノとしましょう。アインズ・ウール・ゴウン様!!」

「次にクレマンティーヌ」

「はい」

 

 返事はしなくては、今支配者の傍らに控えている悪魔の女もかなりやばいのだ。

 

「お前は少し有名らしいな?」

「はい、秘宝を盗んできた身ですので」

 

(あれがね)

 ここで言っているのは無論、『4つの至宝』ではない。ンフィーレアに取り付けてあったマジックアイテムであった。現地の人間が造ったとされるものだが、装備した者の自我を奪い、ただの道具とするそれにアインズは末恐ろしいものを感じた。これが法国産だとすれば、あの国はそれだけ追い詰められているというのだろうか。だからといって、昨晩のことや、カルネ村の件を許すという訳ではないが。

 

 アインズは空間に手をいれると、仮面を取り出す。以前、アンデッドであることを隠す為につけたのとは、また違う仮面、やや藍色に赤い瞳が笑っている。それを彼女に放り投げる。そこはさすがと言うべきか、片手で受け取ってみせた。

「クレマンティーヌは死んだということにする。以降、お前はその仮面で顔を隠せ、そしてそうだな」

 

 渡したそれを見て思いついたことをそのまま言葉にする。

 

「これからは『ヤルダバオト』と名乗れ」

 

 

 

 

  墳墓に響く

 

 

 シズは第9階層の通路を自室へと歩いていた。その手にはプラスチック製のケースが握られていた。可愛らしいデザイン、モデルはすべて実物の写真が使われている。それを見て、彼女にしては大変珍しく微笑む。

 

「…………可愛い」

 

 タイトルは「砂ネズミの日々」それは例の変質した一室から出てきた品であった。主はそれらのものの閲覧を認めてくれ、モノによれば、褒美として賜りもする。なんと寛大なことか、そして彼女は今回の城塞都市側の援軍として出向、多くのゾンビにテロリストの眉間を打ち抜いた。もちろん証拠が残らないよう工夫もした。その結果としてこれをもらうことにしたのだ。

 現在、ナザリックは変わりつつある。自分が今回もらったものは「でぃーぶいでぃー」と呼ばれるもので、専用の設備が必要らしいが、それも主が用意してくださった。というか、デミウルゴスが造ったのだ。主の話によれば、《リアル》では「でんき」なる魔力で動いていたらしいが、それをあの階層守護者がこの世界ように調整したものだという。まあ、彼女にはあまり興味がない話ではあるが、

 その映像の中身は一度視聴しているので、知っていた。

 

 砂ネズミとは非常に繁殖能力がたかく、一つのケージに雄雌1匹ずつぶち込んでやれば、それこそ、ネズミ算式に増えていくのだ。そして彼女が見たのはそうして増えていく様、ただそれだけの映像資料であり、アインズもそんなしょうもないものでいいのかと心配したが、彼女にとってはそれが一番だ。もこもこした毛玉がどんどん増える様子は。総じて「かわいい」と感じられ、彼女にとってはそれこそ永遠に見続けられる光景だ。これからは休み時間の暇つぶしの一つだ。

 

『ああああああああ!!』

 

 聞こえて来るのは次姉の絶叫、また何かしたのだろうか?彼女たち姉妹にとってはよくあることなのだ。

 

 部屋に入れば、いつも通りの光景、何やら厳重に鎖がまかれている棺桶、激しく暴れている。そして周囲にはわずかに焦げる臭い。

 

「ユリ姉、勘弁してほしいっす~!!」

 

 棺桶が叫ぶ、そしてその前に仁王立ちしていた長姉は冷たく言い放つ。その手には銀の十字架が握られていた。

 

「駄目です。反省なさいルプスレギナ。あなたのやったことはアインズ様に対して最大の不敬です。ナーベラルまで巻き込んで」

「姉としての気遣いっすよ~!!」

「ただ、ふざけただけでしょう?」

 三姉の名が出てきたが、一体なにをやったのだろう?確か、長姉の首をもって逃げたり、()の札に何やら落書きをして叱られたこともあったはず。聞きたい気持ちはあるが、話しかけられる雰囲気ではない。

 部屋を見回してみれば、その姉は椅子に座り、何やら顔を両手で覆っていた。見えているところは熟れた果実のように真っ赤だ。

 

「…………ナーベラル、ルプー今度は何をしたの?」

 彼女のその台詞が姉妹たちにおける次姉の評価であった。しかし、姉は何も答えてくれなかった。

 

 

 

 ナーベラルは顔とは別にその頭は真っ白であった。ルプスレギナとレヴィアノールがアルベドに報告したことを確認された時は、一瞬蒸発するかと思ったのだ。それこそアルベドを差し置いてできるはずがない。前々からどうしようもない人だとは思っていたが、ここまでとは、同僚も同僚だ。いくら寝ていたとはいえ、どうしてそんな勘違いをしたというのだろうか?とても主と褥を共にするなんてそんな余裕、なかったはずだ。

(!!!!)

 考えて、さらに熱くなる。現在、主は例の指輪を所持しているため、しようと思えば、お世継ぎを作ることもそういったことも可能だ。

(資料を探した方が)

 自分は戦闘を専門として造られた存在だ。その手の知識は皆無だし、やり方だって知らない。それでも、主に求められた時を考えれば、

(!!!!!!)

 頭が爆発したように感じる。違う、主の命令は関係ない。自分がそれを強く望んでいると自覚したからだ。駄目だ、しばらくは何も考えない方がいいかもしれない。ここで、妹が話しかけていることに気付くができればほっといてほしい。しかし、

 

「…………ナーベラル、ナーベラル、ナーベラル」

 

 妹は中々行ってくれない。仕方ない。

 

「何かしらシズ?」

「…………アインズ様と何かあった?」

「!!!」

 この妹にも言われるとは思っていなかったので、再び、顔が熱を帯びる。それを見て、

「…………ずるい」

 この妹にしては、いや、自分さえ初めて見たかもしれない。頬を不満げに膨らませていた。

「…………私も、アインズ様とお出かけ、したい」

 そう言い、更に頬を膨らませる妹をみて、ナーベラルは

「ふふ」

 笑っていた。そう、主が率いる冒険者組はナザリックとしては主に心穏やかに過ごしてほしいという願いも込められていた。確かにそう見られてもおかしくない。妹の頭に手を置いてやり優しく撫でてやる。いつも主がしてくれるみたいに、

「…………??? ――」

 さっきの顔をみて、この妹がかの方に抱いている感情が解ったような気がする。自分はアルベドやシャルティアに近いものであったが、この娘の場合はアウラやマーレに近いようで、親に甘えたい子供のものなんだろうと確信が生まれている。

「そうね、アインズ様にお願い、してみましょうか」

 確か今回の働きと、あの女を再利用することにより、主は何か褒美を考えていてくれと言った。女に関しては自分を気遣う必要はないのに、どこまでも優しく、愛おしい御方だ。そんな主と、目前の妹と一緒に時を過ごすというのもいいかもしれない。

 

 優しく微笑む姉と不思議そうな顔をしている妹のとなりでは棺桶が暴れ続けていた。

 

 

 

 

 同じころ、第7階層にてヴェルフガノンは絶句していた。無理もない。目の前に

 

「ぎゃああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 何故か裸吊りになっている同僚がいるのだから。彼女を吊っているのは縄ではなく、茨であるが、

「レヴィ、何やらかしたんだ? 知ってるか、フェリ」

 同僚たる鎌を背負った少女に声をかける。

「いい加減な報告をやったとしか、聞いていない、これから寝る。話しかけるなめんどい」

 不機嫌であった。いや彼女に関しては仕方ないが、

「ガデは知らないよな?」

「?????」

「ああ、よく分かった」

 そこで現在、彼女を折檻している男へと聞いてみる。そして教えてもらい、珍しいと感じた。彼女は用心深い性格でそんなミスかと驚いた。

 

「やあああああ!! 食い込んでるうう!」

「ヴェルフガノン彼女は何をいっているのでしょうか」

 それは仕方ないことだ。肺呼吸の人間にエラ呼吸の感覚が分からないものに近い。

「まあ、ほどほどにしてやってくれよリーダー」

「それはどれほどでしょうか」

 考えて答える。

「レヴィが死なない程度」

「成程参考にしましょう」

「ベルううううううううううう!!!!」

「死ぬなよ、レヴィ」

 

 話は終わりだと彼はその場を立ち去る、せっかく休暇をもらえたのだ。親友の顔も見ておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  吸血鬼はご満悦

 

 シャルティアは自室のベッドにて横になり転がっていた。時折、足をパタパタと動かす様は正に恋する乙女だ。

「ふへへへへへ」

 

 今回の件で主から貰ったものやされたことを思うと、顔の緩みが止まらない。その手には大事そうに〈下  級  治  療  薬〉(マイナー・ヒーリング・ポーション)が握られている。

 

 しばらく転がり続けていたが、やがてそれをやめ、起きあがる。

 

「アルベド、勝ち誇るのも今の内でありんすよ」

 

 そして彼女は上機嫌に歩く。行き先は第10階層、最古図書館(アッシュールバニパル)だ。この調子で頑張ってもっと、主に知らしめるのだ。シャルティア・ブラッドフォールンの魅力を。

 

 

 

 

  悪魔は振り向かない

 

「よろしいでしょうか?デミウルゴス様」

 ようやく、グリム・ローズの折檻が終わり、彼女は直属の上司を訪ねていた。

「どうしましか、レヴィアノール」

「いえ、今回の件で一つお伺いを立てたいことが」

「言ってみなさい」

「今回、冒険者として私が一緒に行く意味、ありましたでしょうか?」

 自分の役割はナーベラル・ガンマに気持ちを自覚させ、よりいっそうの忠誠を主に誓ってもらうのが目的の1つだった、しかし、あの様子を見ると、別に自分がいる必要性がなかったようにも感じるのだ。そして、

「レヴィアノール、君は私の命令を見事に果たしました。胸をはりなさい」

「お褒めの言葉ありがとうございます。デミウルゴス様」

(本当にそう思ってんならこっち向きなさいよ!!)

 悪魔は明後日の方向を向いたまま、振り返ることをしなかった。

 かの悪魔でも乙女の恋心というものは見通せないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  剣たちの新たな旅路

 

「なあ、ペテル。提案があるんだけどよ」

 いつも夕食をとっている酒場でのこと、声をあげたのはルクルットである。というか、このチームの場合、大体彼が話の口火を切ることが多い。

「何ですかルクルット、新しい軟派の方法ですか」

 彼の話はそれが多い、いかにして女性の気を引くか、ということだ。

 「また新たな自爆芸であるか」

 それはほかの面々も思っていたらしく、ダインに続いて、

「いっそ、そのまま玉砕しちゃってくださいよ」

 ニニャも辛らつに言い放つ。彼の軽いところに一番腹を立てているのは案外彼女かもしれない。

 

「ちげーよ。みんなそろって、俺をそんな目で見ていたのかよ?」

 ほかにどんな見方をすればいいのかと、全員の顔が言っていたらしい。彼は肩を落とす。

「あのよ、今回、俺たち、死んでいたと思うのよ、ナーベちゃんや」

「モモンさん達がいなければ、ですか」

 引き継いだのはニニャ、確かにそうだ。今は復興で忙しくいつまでもあの騒動を引きずるわけにいかないが、その通りでもある。あの夜自分たちが生き残れたのは彼らと、モモン達と行動を共にしていたからだ。でなければ、あの刺突武器の女や、重心移動のない男、大量のゾンビたちに殺されていたことであろう。

「それでよ、せっかく生き残ったんだ。俺たちもやってみねえか」

「何をですか?」

 彼は一瞬、ニニャに視線を向けると、決めたらしく言葉にする。

「ニニャの姉貴探し」

「ルクルット!!」

「本気なのである?」

「え」

 それはこの場の誰もが知っている事情、彼女の姉は過去に悪い貴族に目をつけられ、連れ去られたという話だ。そして、以降、彼女の目的には姉の捜索があるのだが、彼女はそれをチームでやる事をよしとしない。巻き込みたくない。という思いがあるのだろう。

「ルクルット、本気なのですか?」

 そうだ、それをするということはもしかしたら、貴族を敵にするかもしれない。彼女もそれを心配して、それなのに、

「ああ、俺もいい加減なことは言わねえ」

「どうしてですか?」

 問いかけるのは当然彼女だ。それに対して彼は軽く言い放つ

「モモンさんの真似かもな」

「「「はあ?」」」

 そして、ルクルットなりに語る。モモンという人物はまるで人を助けるのが当たり前だとしている。そしてあの時、ゴブリンとオーガの群れに襲われた礼をまともにしていないと、というか、モモンが受け取らなかったのだ。

『別に大したことではない』

と、彼は言ったのだ。その代わりという訳ではないが、自分たちも人の為に動いてみないか、ということであった。

「そうですね、私は賛成です」

 自分たちの目的は別にあるが、もう理想の形で叶えることもできない。ならば、その方向で動くのもいいかもしれない。ダインも黙って頷いていた。

 

「でも、いいんですか?」

 それでも彼女は戸惑う、本当に助けを借りていいのか、と。

「当り前だろ」

「気にする必要ありません」

「それが仲間である」

 

 その言葉に彼女もようやく決意をしたのか、了承してくれた。彼女の姉の捜索、情報がいる。その為にも目指すは、

 

「「「「王都!」」」」

 

 声が揃いあい、笑い合う剣たちの新たなる旅路の始まりであった。

 

 

「ところで、ニニャ」

「何ですか?」

「お前の姉貴って美人?」

「…………」

 

 また、拳を振るわなくてはならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ???

 

 

 

 城塞都市での仕事は終了、次の仕事の為に、準備をしなくてはならない。魔法のスクロール、ゾンビ用の死体は数が少ない。どこかの墓地をあさる必要がありそうだ。人員の調達は別の班の仕事だ。そこで目に付く、目の前に倒れている男、息遣いが見られず、死体に見えるが、

「起きろ、馬鹿」

 横っ腹を蹴り飛ばしてやる。

「いてえ、何で蹴るし」

「仕事中だ馬鹿」

 ようやくなじんだ左手で次の指示が書かれた紙を持つ。

 

『カガミヲ届けよ、送り先は紙に描かれた盗人』

 こんなお粗末な暗号、よく思いつくなと呆れてしまう。何やら、でかい事をするみたいだが。その計画の名は

「…………ゲヘナ…………?」

 

 




 ここで、次章予告をします。

 モモン達が動いている裏で彼女たちも動いていた。そして、アインズが知るのは、この世界の秘密。彼の覚悟と決意が定まる第3章

 「王都への道のり、麗しき吸血鬼御一行」

 いつも通り、あまり過剰な期待はしないでお待ちください。

 その前に、外伝2本やります。


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外伝その1彼女たち(NPC)の奮闘

 外伝1本目、時系列はあの辺です。


 ナザリックが飛ばされた未知の世界、アインズは臣下たちに報いる為、動いていた訳だが、何も彼だけではない。主の御心を知った臣下たちはただ、彼の言葉に盲目的に従うだけではない。

 

 

 ナザリック地下大墳墓第6階層、密林にセバスは来ていた。本来燕尾服で訪れる場所ではない。もしも現実であれば、その湿気等が服を痛めてしまうだろ。しかし、彼の服は魔法の一品そんな心配はないのだ。

 

 『セバス、聞こえているかしら?』

 

 頭に伝言(メッセージ)が響く、その相手は守護者統括であった。

 

 「聞こえていますアルベド様」

 『今回、あなたがやる事は分かっているわね』

 「もちろんでございます。アインズ様の為、その一環でございますね」

 『ええそうよ、まあ、あなたなら心配はないわね』

 「それは過剰評価でございます」

 執事でありながら、主の心の傷を見抜けなのかったのだ。本来であれば、その立場を引くべきなのだ。しかし、統括に言わせれば、それは皆同じだということ、自分やそれ以上の頭脳を持つ、デミウルゴス、パンドラズ・アクターがあの時、主に言われるまで、まったく気づかなかったというのだから。それを言われてセバスもまた、気を引き締める。今回やるのは一種の訓練であった。胸元のネクタイを締め直す。

 (我らを見捨てなかった慈悲深きアインズ様)

 主自身はそんな事ないといっていたが、自分は自信をもって宣言できる。主観もあるが、他者の評価も加えてだ。あの方も主は「優しい人」と仰るのを確かに聞いたのだから。

 (私の拳はその方のため、振るう)

 主が目指すのは楽園、その為にも。

 

 セバスは密林を歩き出す。

 

 

 

 

 「セバス様、大丈夫でしょうか?」

 今回の催しのため、あらかじめ主に許可はとり用意した第9階層の一室だ。そこでアルベドに声をかけたのは爬虫類を思わせる瞳を持つ第7階層直属である彼女であった。

 「あなただって分っているでしょう」

 「そうでございますね」

 ラスカレイド、今回、アルベドと共に、この試験の監督として参加することになり、ここにいる。本当であれば、ほかの者たちも来る予定であったが、思いのほか時間をあわせるのが難しく。それならばと、まずは不安の少ないもの達から順にやる事になったのだ。

 

 今回の訓練、それは「人間に対する対応」というものであった。今回は、特に難易度が低いものを設定してあり、参加するのは出立する可能性があるもの達を中心に、希望者も募っている。

 さて、彼はどうだろうか?

 

 

 

 セバスは密林歩き続ける。今回やる事はすごくシンプルだ。指定のポイントまで歩くことだけだ。足を出すたびに草や枝が踏む音が周囲に響く、ほかの音は一切ない。一見異常であるものの、それはここがナザリックだからで済む話だ。ここにいるのは、すべてが主のシモベであるのだから。

 (???)

 ここで、セバスはさらに不自然な光景に出くわす。本来であれば、ありえない光景。

 「うう」

 足をくじいたらしく、その場に座ったまま動かない老婆。

 

 「どうかしましたか」

 

 

 

 

 「ほら、やっぱりね」

 「ええ、その通りでしたね」

 アルベドとラスカレイドは互いに苦笑する。課題はただ一つ、遭遇した人物にどう関わるかだ。指定したルートには人間に扮したドッペルゲンガーたちが配置されている。彼女たちのトレースぶりは完璧で、対象を完全に再現している。サンプルとしてはカルネ村の者たちがいいということで、主の許可をとったうえで、隠密能力に特化した者たちが調べた。

 そして今回のケースはただ怪我をした人物がその対象だ。つまり、ただ声をかけるだけでいいのである。流石はナザリックでも相当、人間に甘いセバスだと二人は笑う。

 

 『御親切にありがとうございます』

 『いえいえ、困っていたら助けるのが当り前ですから』

 『それにしてもいい体をしているんですのね』

 『鍛えてますので、ご婦人こそお綺麗でございます』

 『あら、お上手だこと』

 

 なんだろうか、何だか無性に悲しくなってきた。彼女たちには想い人がいる訳だが、彼らは2人とも、それどころではないと答えてくれない。そして、今見せられているのは、老人同士のラブロマンス。

 

 「私たち、何を見ているのかしらね」

 「はい、アルベド様」

 乙女たちは嘆息するしかなかった。

 

 (モモンガ様)

 (デミウルゴス様)

 

 

 その部屋に二人の人物が来たが、乙女たちはしばらく気づかない

 

 

 

 今回の訓練の参加者は多種多様な人物だ、既に王都組に決まっているソリュシャンもまたその1人であった。彼女もまた、密林の中を歩いていた。本来、地形が歪んでいる地帯を歩いているはずなのにその姿勢は僅かなブレもない。

 

 「ソリュシャンね、姉のあなたから見て、どうかしら?」

 先ほどの醜態はなかったものとして、統括は戦闘メイド副長へと問いかける。彼女は少しばかし顎に手をあて、考え込み。やがて答える。

 「そうですね、性格や趣味は決して褒められるものではありませんが、公私の切り替えはしっかりしており、妹たちの中で一番安心できる娘です」

 それは前評判通りであり、個人的に仲の良いシャルティアの下についてもらい彼女の補佐をしてもらうことが期待されている。長女からの最大の評価をもらえていると知り、アルベドは好奇心に駆られた。

 「それなら、一番不安な娘は?」

 「ルプスレギナです」

 即答である。が、それは先ほどとは違い、すぐに納得できるものではなかった。アルベドから見た戦闘メイドの次女はしっかりと仕事をこなす人物であり、かつ姉のフォローや、妹たちのことも気にかけているという認識である。それは彼も同じらしく。

 「彼女はよくやってますよ。少し、厳しすぎはしないかな?」

 「デミウルゴス様、お願いいたします。あの娘を甘やかさないでください。……本当に、ルプスときたら」

 一応、上の立場たる者が居る前での私語、それだけ思う所があるということだろう。

 「何があったのかしら?参考程に聞かせてくれるかしら?」

 途端彼女はいつもの表情を崩した。そして現れるのは悲愁に染まった顔、

 「あの娘ったら、私の頭を突然奪って逃げだしたんです!意味もなく」

 「ああ、成程、そういうことですか」

 呆れたようにデミウルゴスが言葉を返す。彼女の種族はデュラハン、はやい話が首の取り外しができるのだ。何の前触れもなく、視界が思い通りにならなくなるのは恐怖を感じるだろう。それでも、

 「それはあの娘なりのスキンシップではないのかしら?」

 アルベドには何となくではあるが、姉に甘える妹のそれに聞こえたのだ。自分だって、姉に悪戯をしたくなる時はある。

 「アルベド様、お言葉ですが、本当に、恐ろしいものですよ?」

 「ごめんなさいユリ。ええ、そうね」

 

 姉と統括がそんな話をしているとは知らない、ソリュシャンもまた遭遇していた。先ほど同様、今度は足を痛めた老人であった。年を感じさせるようにその頭に毛は皆無であった。

 

 「あら、いかがされましたか?おじいさん?」

 

 「ソリュシャンも大丈夫そうね」

 「はい、そのようで」

 監察室にて、アルベドとラスカレイドが先ほど同様に繰り返す。今回も特に問題なく終わりそうだ。

 

 

 『パフパフ』

 

 「あら?」

 「おや?」

 「はあ?」

 「え?」

 その単語を聞いた反応は4人それぞれであった。不思議そうに顔をかしげているアルベドに、興味深いといわんばかりに老人を観察しだすデミウルゴス、彼はいつだって主の為になるかと疑ってかかる癖があるかもしれない。明らかに侮蔑を抱え、激昂した様子のラスカレイドと、赤面するユリがどこか対照的だ。会話は続く。

 

 『なんと立派なパイオツなんじゃ、頼む。パフパフさせてくれ』

 立てない程の怪我を負っているはずなのに勢いよく、元気に立ち上がる老人

 (サンプル、間違えたかしら?)

 「ラスカレイド、一応、あの老人を選んだ者、それに関わっている者たちをリストアップして頂戴」

 「畏まりました。アルベド様」

 デミウルゴス等はカルネ村にこんな元気な老人がいたのかと、感心しているそうだが、これは明らかに問題だ。と、同時に、姉からの一番高い期待を背負った彼女がどう返すのかと。

 

 『ごめんなさい、おじいさん。私の胸はあの方の物と決まっていますので』

 『うむむ、残念じゃ、そいつが羨ましいわい。さぞ、いい男なのじゃろう』

 『ええ、とっても素敵な方です』

 

 そういう彼女の顔はいつになく、輝いていた。落ち着かないのは従者たる彼女たち二人だ。ソリュシャンが言う「あの方」が誰なのか知っているからだ。そして、恐る恐る統括の様子を伺う。

 「くふふ、アインズ様ったら罪深い御方」

 そして、何とか叫びたいのをこらえる。一体彼女たちは何を見たというのだろうか?

 「ふむ、拒絶を受ければ、即座にやめる常識は持ち合わせているようだし、生気に満ちあふれているように感じるよ。興味深いご老人だ」

 デミウルゴスはこんな時でも観察と分析を続けていた。

 

 「待たせましたね、?、何ですか、この空気は、アルベド?」

 「???、ユリにラスカレイドも何を怯えているんだい?」

 「デミウルゴスはいつも通りですね」

 

 今回、審査組である。ウィリニタスとイブ・リムスはその光景に首をかしげる。これで全員のはずだ。

 

 その後、ルプスレギナ、ナーベラルと続き、シズとエントマの番となった。ユリの評価では「良い子である」とそれだけである。2人とも仕事はこなし、エントマに関しては職務中の飲食がたびたび見られるが、それでも大事な時にはしっかりやっているので、深く追求する必要もないだろうがこの場の面々の結論だ。

 

 今回、彼女たちがあたるのは、

 

 『お母さん、どこ?』

 そう、迷子の対応だ。見てみれば、シズは重火器を、エントマは符術を用いて、子供の不安に追い詰められて余裕のない心を和らげようとしている。その方法はともかく、いきなり襲い掛かったり、無視してどこか行ってしまうよりはずっといい。しかし気になる点も見受けられる。

 

 『…………お姉さんに任せる』

 

 『お姉ちゃんに任せなさいぃ』

 

 「二人とも、やたら、姉であることを強調しますね」

 ウィリニタスが言葉にして、全員の視線がユリへと向けられる。彼女は顔を覆って、赤面していた。

 

 「あの子たちったら、申し訳ございません」

 一応、下に末妹たる彼女がいるとはいえ、普段は揃って妹扱いである彼女たちにはそういった欲求があるかもしれない。特に問題もないだろうと、ユリ以外の面々は結論付ける。

 

 さて、次の訓練対象者は

 

 「エドワードね、彼はどうなのかしら?」

 一応、今回の審査組責任者としてアルベドはユリへと、問いかける。この中で最も彼と接する機会があるのは彼女なのだから。

 「はい、彼は」

 彼女の評価は「悪くはないが、不安要素も抱えている」というものであった。戦闘に関しては、プレアデスたちに引けを取らない。彼に関しては前衛職である為、ストライカーである自分も戦場で背中を任せることはできるということである。では不安要素とは何かというと、どうにも、そのほかのことが苦手らしく。掃除等はどうにも時間がかかってしまうようであるということ。しかし、彼女の様子を見る限りそれだけではないようで、一応、他の者の意見も聞くことにする。

 「そうだね、彼は幼い所があるというか、アインズ様にすごくなついていられる様子かな」

 そう言葉にするのはウィリニタス、彼は普段、第8階層にて、ナザリック最強の()()()の管理をしている。ないとは思うが、もしも彼らが主に反旗を翻した時、彼のスキルが非常に有効なのだ。かといって、彼の仕事はそれだけというわけではなくて、よく第9階層にも赴いており、たまに会うことがあり、その際のやり取りからの印象を述べたのだ。

 「そうですね、私もたまに逢いますけど彼のアインズ様の慕いっぷりは、正に激しいの一言、お声をかけていただいたと、15分程捕まったことがありますし」

 辟易とした様子で、ラスカレイドも告げる。かの方への想いなら、自分が一番だと、自負しているアルベドであるが、それを聞くと、不安になる。かの方は魅力的である。しかし、

 「安心しなよアルベド」

 聞こえたのはイブ・リムスのものであった。それで、自分の思考を読まれたと羞恥に駆られる。

 「お恥ずかしいところを」

 「あいつはあれだ、主人が大好きな犬っころだよ」

 その言葉は彼に対してどうかと思うが、確かにその表現が一番あうような気がする。

 

 見れば、彼もまた老人を背負って目的地へと向かっていた。問題なさそうだ。

 

 『大丈夫ですよ!優しきアインズ様のこと、きっとおばあさんの足も治してくれます』

 これは少しばかしの修正措置が必要になりそうだ。

 

 (でも、やっぱり気になるわね)

 

 アルベドが知る由もないのだが、つまり、彼を創った至高の41人最年少であった若者はたっち・み―はもちろんだが、モモンガのことも本人が引くほど慕っていたということである。

 

 

 セバス、プレアデス、エドワードと終わり、続いて七罪真徒たちの番であった。参加するのは、既に残留組に決まっている、審査員の彼女と彼を除いた5人である。

 その一番手は、

 

 「ベル、失礼ヴェルフガノンですか」

 彼に関する評価も悪くはないとアルベドは自分の記憶と最新の報告書の内容をすり合わせる。今回、彼にはソリュシャン同様シャルティアの班に加わってもらう予定だ。それは彼のスキルを期待してのものだったりする。そして彼自身に関して、言えば。あまり話は合わないかもと思っている。

 彼には自分には到底理解できない趣味があり、デミウルゴス、シャルティア等は「あれこそ正に芸術」と評していた気がする。それでも彼を重要な役割につけるのはそれだけ優秀な者であるということでもある。

 

 現に今も、

 

 『嬢ちゃん、迷ったってんなら、おじさんが一緒にいってあげよう』

 

 気さくに、かといって余り踏み込み過ぎずに子供の対応をしている。彼には冗談をたしなむ癖もあるようだ。実年齢はともかく、その外見年齢は23から24、おじさんというには、若すぎやしないだろうか?

 

 (趣味趣向のことを言えば、あの娘もなわけだし)

 これはセバスにかかっているかもしれない。無論、あの吸血鬼がこのままだとは、思えないが。

 

 その後、グリム・ローズ、レヴィアノール、ガデレッサと訓練を続け、何とか及第点をだしていた。ハプニングがあったとすれば、ガデレッサを前にした子供がさらに泣き出してしまい、訓練自体が中止になったこと位か、その時の彼の背中からは哀愁が漂っており、悪いことをしたと多少は罪悪感を抱いてしまう。

 

 そして、最後はフェリアネスである。

 

 「ラスカレイド、あなたの意見を聞かせてもらえる?」

 「勿論でございます。アルベド様」

 

 統括という立場にありながら、彼女のことはほとんど知らない。というか接点がないのだ。ほかの者たちは多少、話をする機会があるのだが、彼女とはそれがなかったのだ。

 (なんだか、いつも気怠そうにしているのよね)

 それが、彼女の設定なのか、本来のものかは分らない。

 

 『そう、歩けないの。…………めんどいけどしゃあない、担いであげるよ』

 

 やや言葉遣いや、まるで俵を抱えるような老人の扱いは少々不安になるが、大きな問題はないようであった。

 (深く考えても仕方ないわね)

 現在、ナザリックの者すべてが主の為にと奮闘しているのだ。その後、一応、エルフの双子も訓練をこなし、ある意味大本命たる人物で締めとなる。その結果はイブ・リムスが涙を流すほどのものであり、アルベドもまた、彼女への認識を改めなくてはと思う程であった。こうして訓練は終了を迎える。その結果は全員が問題なし、これなら主の為に役立てると彼女たちは自信をもって確信できた。

 「みんな、お疲れ様。これからもアインズ様の為に各員精進するとしましょう」

 

 彼女たちは主のため、今後も邁進する。

 

 

 第10階層、最古図書館(アッシュールバニパル)

 

 その一室で本を広げ、紙にペンを走らせる骸骨がいた。言うまでもなくアインズである。彼はこうして、誰もいない時を狙い、ここに訪れては、色々と勉強をしていくのだ。政治、経済、人、というか知的生命体の歴史であったり、支配者としての振る舞いであったり、一番力を入れているのは、心理学だったりする。

 彼だって今のままではいけなとこうしているけれど、あまりそれを彼女たちはに見せるのは、よくないと思っている。一企業のトップが必死に頭を悩ませている光景を見せられて喜ぶ社員がいるだろうか?否、不安を感じるだけだろう。この組織はこの先、大丈夫だろうかと。なので、現在ここにいるのは彼と、もう一人。

 この図書館の司書長たるティトゥス・アンナエウス・セクンドウスの姿もある。確かにあまり見られるのもよくないが、一人で知識を蓄えるのもまた無理があると判断したアインズが彼に頼んだのだ。

 「ティトゥス、少し訪ねたいのだが」

 「何なりとアインズ様」

 彼が聞いたのはいわば経済の流れに関することであった。この認識と解釈であっているかと、司書長に確認を取りたかったのだ。

 「…………この問題はこういう捉え方であっているだろうか?」

 「はい、問題ありません。流石は至高のまとめ役たるアインズ様でございます」

 「いや、お前の教え方がいいのだろう」

 「お褒めにあずかり、光栄でございます」

 実際、彼の教え方は上手く、ほとんどその手の知識が皆無なアインズでも理解できるよう。一つ一つ丁寧に根気よく説明してくれたのだ。

 「いや、本当にありがとう。それとすまないな、こんなみっともない姿を見せてしまって」

 本を読んですぐにすべてを理解するなんて、とてもアインズには難しいものであるし、何度も同じところを見直したり、言葉の意味を調べもした。その姿は彼らにしてみればいいものとは言えないだろう。しかし、彼は気にした風もなく答える。

 

 「いえ、アインズ様が尽力されるところを近くで見届けさせて頂けて嬉しく思うばかりです」

 

 

 楽園の為、支配者と臣下たちは変わろうとしている。

 

 

 




 
 ここで補足説明、アルベドは別に嫉妬等の黒い感情がまったくない訳ではありません。ただ、アインズ様を想ってくれている人が増えるのは喜ばしいというのは本当です。そんな複雑な心境なのと、上記の感情を決して当人たちの前で出さないだけなのです。いい女というのは、こういう人ではないかという作者なりの解釈です。

 よければ、同時投稿の2本目もどうぞ。


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外伝その2優雅なる食事会

 本日2本目です。いつもより短めです。


 

 

 

 それは、アインズの一言から始まった。玉座の間、絶対の支配者たる。彼の前には6人の女性がいた。彼女たちの名はプレアデス、本来7人姉妹であるものの、とある事情により、末妹のみ所属が違うため、普段はその6人を指してのものであった。

 「さて、プレアデスたちよ、よく来てくれた突然の呼び出しに応じてくれて感謝しよう」

 「それには及びません。ナザリックの者であれば、アインズ様の呼びかけには何をおいても従います」

 主の言葉に返すのは長女たるユリ・アルファ。彼女はそれがまるで生き物が無意識に生命維持の為呼吸をするのとなんら変わらないと言ってみせ、臣下としての礼をする。残りの5人もそれにあわせる。その姿は寸分の狂いもなく揃い、一瞬、6人が1人に見える程、揃った礼であった。これはアインズ自身も感嘆したくなるが、それをしたところで、彼女たちは「当り前」だと言うのだろう。あまりそういったことに時間をとるのも建設的ではない。

 

 「さて、今回お前たちを呼び出した理由だが」

 

 

 

 15分後、食堂にて頭を抱えているのは、この中では当然ともいうべきかユリであった。主から頼まれたことの意味を考えて、そして答えが何も出なかったのだ。

 「アインズ様はどういった意図であのようなことを」

 「ユリ姉、深く考えても仕方ないっすよ」

 それも彼女たちにしてみればありふれた光景、長女が止まれば、次女が進むことを促す。というもの。普段の態度には大いに思う所があるが、確かに今はあまり考えて時間をとられるほうが問題である。

 

 「そうね、それじゃあ始めましょうか。みんなもいいかしら」

 「問題ないですわ」

 「いつでも始められるます。ユリ姉様」

 「…………全力を尽くす…………」

 「やりましょおぉ」

 

 たとえ、至高の方々にそうあれと創造された能力にないことを求められても彼女たちにやらないという選択肢はないのである。

 

 しかしながら、

 

 

 「ねえ、何でこうなったのかしら?」

 結果を前にして、嘆くユリ。その前には、黒い物体が皿に乗っている。それは自重を支えきれないのかその身を揺らしていた。その様は、まるでかの方のようだと、不敬ながら考えてしまう。

 「…………分析不可能、分量の間違いはなかったはず…………」

 その物体を指でつつきながらシズが答える。行儀が悪いからやめるように言い、改めて考えてみる。そう、妹の言う通り、料理長に借りたレシピを完璧に再現してみせたはずだ。それが、どうして、

 (やっぱりスキルがないとダメなのかしら)

 自分がほんの少しその関連を持っているだけで、自分たちはそういったことを想定した能力は皆無なのだ。まあ、それをいったら、今のナザリックでできるものが皆無な訳であるけれど。

 

 「ナーベラル、あなた達の方は」

 気分を変える為にもほかの姉妹へと声をかける。確か、こっちは3女同士のグループであったはずだ。

 

 「申し訳ございません。ユリ姉様」

 「ごめんなさい、ユリ姉さん」

 

 悲痛な顔をしているナーベラルに、特に気にした様子が見られないソリュシャンと、同じ3女でもこの二人は本当に対照的だ。その前には自分とシズが用意したのと同じように。まるで、心臓を燃やしたような肉の物体が転がっていた。確かこの二人が作ろうとしていたのは、

 

 「ええと、一応聞くけど、それは」

 「ええ、『ハンバーグ』になる予定のものでしたわ、姉さんたちのほうこそ、そこでシズがいじっているのが『オムレツ』、ですか」

 「こら!シズったらやめなさい――ええ、そうなのよ」

 「ユリ姉様でも駄目なのですね」

 これはもう一つのグループも駄目そうだと思ったところで、厨房の奥が爆発した。包丁や皿が飛んでくる。それを無言で、傷もぶつけることもせずに受け取る。この墳墓にあるものは、すべて主がここを維持する為にやってきたことの象徴であり、たとえ道具の一つでも欠けることは避けたいところであった。

 「ルプスレギナ、エントマ、これはどういうことかしら?話を聞かせて頂戴」

 残りの三人もその瞬間に背筋を正すほど、低い声音。長女が本気で怒った時の声だと分っているからだ。今の怒りは調理をしていた2人に向けられているが、自分たちだって、普段完璧ではない。理不尽なことで叱りはしない優しい姉だというのは理解している。それでも、たとえ9割9分9厘の保証があったとしても1厘の不安材料があればその限りではない。ひとまずは、説教を受けている2人に憐憫の視線を投げかけて、長女の代わりにこの場を提供してくれた料理長に頭を下げる。

 さて、何故あの爆発を起こしたということであるが、ルプスレギナとエントマの2人は、揚げ物に挑戦していたようで、その際の火力をあげるため、符術を用いておこったものであるということであった。呆れるばかりで声もあげられないユリは代わりに殴ることにした。

 

 ひとまずはできた料理を並べてみて、ますます情けなくなってしまう。最後の2人がつくったのもまた黒い塊でしかなかった。

 「ちなみにそれは?」

 「『唐揚げ』っすよ!」

 「ですわぁ」

 材料はコカトリスの肉だという。当然YGGDASIL(ユグドラシル)時代の名残である。この世界の情報はまだわからないが、これからの予定の一つに主やほかの至高なる方々がかつて暮らしていたという《リアル》の物を再現する予定もあるそうな。もしもそうなれば、使う材料もまた変わるのだろう。しかし、今は目の前のことに目をむけなければならない。

 

 「どうしましょうか。明日だというのに」

 主に頼まれたのは、食事会を行うので、そこで提供する料理を自分たちにも作ってほしいというものであった。その催しでは可能な限りの参加者を募るということであったので、確かに料理長とその配下だけでは厳しいものがあるだろう。

 それでも疑問に感じる。どうして自分たちであったのだろうか?少なくともあの場に、守護者統括のアルベドや、デミウルゴスもいたわけであるし、セバスも今回のことはある程度の事情を聞かされているらしい。彼からも上手くやるよう言葉をかけてもらっている。だからこそ、奮闘している訳だが、どうにもというか、まったく上手くいかない。

 できた料理を口にしても、素材のおいしさなんてすべてなくなっていてただ、炭を食べている感触しかない。このままではいけない。

 

 その後、彼女たちはなんとか形にすべく再び厨房へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 「ふ~ん、ユリたちがね~、て、何でプレアデスたちなの?」

 第6階層、アンフィテアトルムにて今回のことを聞いたアウラが発した声であった。

 「そこはアインズ様の考えられるところだから、というのはまずいでありんしょうし」

 そう、以前のままであれば、主がそう言ったのだからそれに従っていればいいというものであったが、それが原因で主がここを去ろうとしたのも確かなのだ。

 「そ、そうですよね。でも、本当に何ででしょうね?」

 マーレもまた考えるが、どうしても分からない。親睦を深めるための食事会、それ自体は以前、デミウルゴスが主に献上した品が影響しているというのはまず間違いないように思われる。では次だ。

 「単にアインズ様が食事をおとりになりたいということであれば、それこそ個人的に命じればいいはず、それを食事会という形にしたのか。ということでありんすが」

 「それこそ、あれじゃないの?」

 姉と吸血鬼は続ける。かの主はすごく寛大でお優しい方だ。自分たちの思いや忠誠を汲んでくれたのではないだろうか、ということであった。

 「で、でも。アインズ様がそれだけで今回のことをやるなんて」

 そう、それだけとはどうしても思えない。

 「マーレ、じゃあ、ほかに何かある?」

 「それは分からないけど」

 「まあ、マーレの言いたいことも解りんすけど」

 そう、主は自分達が思っているような支配者ではないと言ったが、至高の方々がいなくなったことに関してはその方自身、本当に不敬であるが、そうでも言わないと、本当に主がきえてしまいそうなのだ。

 (それは嫌だ)

 多大な恩義があり、見守ってもらい、文字通りあの異変まで自分たちを必死に護っていたのだ。できることなら、生涯仕えていって、その上で、甘えたいのだ。だからこそ考える。主が今回の催しに何を狙っているのかを、

 

 この3人がここまで、アインズのことを考えるのも当然理由がある。彼は確かに凡人であるが、それでも曲りなりにも社会人をやってきて、様々な友との語らいである程度の経験、一種の勘とも言うべきモノを持っているのも確かなのだというのが、あの悪魔の見解であった。それは単にこれまでの積み重ねだけで言っているのではない。

 彼なりの根拠があるという。それが、今回の主の采配だというのだ。

 

 「ええと、改めて確認するけど、その時、生き残っていた愚か者共って、24人だって話だよね」

 ということで、彼女たちもまたその時の話を思い出しながらあの悪魔の言葉とあわせて考えていく。

 「そうでありんすね。そしてアインズ様はその者どもを3つに分けた。マーレ」

 吸血鬼が自分へと話を振ってきた。自分だってその時の話を忘れるつもりはない。大好きな主が謎の激痛に襲われた原因であろう。あのクズがまとめていた一団なのだから。

 「はい、ガゼフさんに引き渡した8人、自由にした8人、そして、デミウルゴスさんに捉えるよう命じた8人です」

 「そうそう、あの戦士長っていう男ね」

 マーレとしてはガゼフのことは正直、気に入らない。自分たちはずっと主に仕えてそれでも中々笑ってくれるということはないというのに。その人物はすぐに主と打ち解けあった様子で笑い合っていたのだ。そして主自身の言葉も聞いている。

 『本当に素晴らしい男だ。できることなら協力者、楽園にて建設予定の兵団をまとめる立場になってもらいたいものだ。と、これはコキュートスに悪いな』

 『オ気ニナサラズ、ソレハ人間ノ軍隊ノ話デアリマショウ』

 『はっはっは、お前もその辺りを理解してきたか、嬉しく思うぞ。私は』

 『全テハ、我ガ友ト彼ラノオカゲデゴザイマス』

 

 彼は無意識に杖を握る手に力をいれていた。どうしようもない嫉妬、ガゼフに対して湧いてきそうな殺意をなんとか抑えようとする。それは、結局のところ、父親にくっついていたい年ごろの子供の感情であった。例えるなら、同僚と飲みにいくというその足に必死にしがみついて、連れていってほしいと懇願するもの。しかし、そこは大人の付き合いというもの。仕事の一環ともあり、謝られながら置いていかれてしまい。そして父親を連れ去るその相手に抱く感情にしては少々、過激な気もするが。

 

 「で、何でアインズ様がそんな面倒なことをしたかっていう話だけど」

 「アウラ、その言い方は、まずいんでありんせん?」

 「あ、今のなし!!」

 姉たちの声が聞こえてマーレもすぐに頭を切り替え、決意する。もしも、この先、主に甘えられる機会があれば勇気をだして行動に移していこうと。

 「まあ、チビ助の気持ちもねえ、アインズ様であれば全員ナザリックに連れて帰ることもできた。それこそ」

 その先は誰も何も言わなかった。そうなった時、彼らを待ち受けるのはナザリックのものであれば誰もが知る事なのだから。

 「はい、でもそうしなかったのは」

 ここから先はその悪魔込みの話になる。まずは主の願い「楽園」、そこを目指すために必要なのは情報、だからこそ生き残った連中の一部を()()したのだろう。では、ほかの者たちの用途は?

 「ええと、デミウルゴスが言うには、まず戦士長に引き渡した8人」

 「でもさぁ、流石はアインズ様って感じだよね!」

 姉が話を止めて主を褒めたたえる。その理由も知っている。件の戦士長がその場に来ていたのはほんの偶然に過ぎなかったという。それを見通してみせたというのだから。やはりあの主はすごい。

 (ウィリニタスさんの話だったよね)

 その時に戦士長の初期対応と連絡役として文字通り飛び回った人物だ。

 

 「ええ、ああ、愛しきわが君、あなたはすべてを見通しているというのでしょうか?」

 シャルティアもまた手を組み、天井、空を見上げ、呟いていた。彼女なりに主のため色々やっているようだが、何だか変な影響を受けているのではないだろうかと、心配になってくる。

 

 「と、話を戻そうか。その8人の意味だけど」

 「うん、えっと、『布石』なんだって話だよね」

 「そう、それはおそらく」

 「法国に返した8人も同様ということでありんしたね」

 そう、まずはアインズ・ウール・ゴウンの名をこの世界に、少しずつ広める。その為に彼らの存在が必要であるということ、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持つ者が。主ほどの人物であれば、一気に攻め落として占領したのちに楽園へと組み込んでやれば、それでいいように思うが、ここで彼の話を思い出す。

 『人間というのは急激な変化についていけないのですよ』

 やっぱりと思ってしまう。主やかつての方々、そして今回の件で主が笑ってくださったもの達のような人間がいるのも確かであるものの大半の人間というのはくだらない生き物だ。中には主の優しさに付け込もうとする者たちもでるかもしれない。その時は、

 (殺します)

 今のところはまだ大丈夫そうであるが、主の願いは知っているし、理解もするけど自分にとって最優先するのは主の心の平穏だ。

 

 「それで、そうやって少しずつアインズ様の名を広げる予定なんだってね」

 あくまで予定だ。アインズだって知っている。結局、思い通りになる事なんてほとんどない。なら、どう転んでもいいように、可能な限りの策を用意するだけだ。別に大したことではないよう思えるが、彼女たちにしてみれば、それこそ、幾百、幾千の未来を主が見ているのかと、忠誠に力が入る。当の本人が聞けば、「大げさすぎる」と悲鳴をあげるのだが、

 

 「ようやく話を本筋に戻せそうね」

 「うん、ええと、それだけのことをするアインズ様が」

 「何の考えもなく、プレアデスの皆さんを指名するはずがない」

 「まあ、時間はまだあるし、ゆっくりと考えんしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルプスレギナは調理室にて鍋の様子を確認していた。始めの頃はただの黒い液体であった。料理がようやく形になりつつあったのだ。あれから苦労した。作る料理、その数々が失敗したのだ。失敗作はちょうど通りかかった執事助手と執事見習いに処理してもらっている。

 

 そこで見回してみる。ナーベラルとソリュシャンはそろって、仕上げをやっている。なんだかんだでこの2人は仲がいい。

 「2人ともどうっすか~?私の方は何とかなりそうっす~」

 「あら、そうなの?ルプー姉さんのことだから。あとひと悶着はおこしてくれると期待していたのに」

 「それは期待に添えれず悪いっすね~」

 「ソリュシャン、あまり不穏なことを言わないで頂戴。ルプスレギナもユリ姉様の負担になるようなことは控えてくれるかしら?」

 冗談だと理解して、軽口な3女と、割と本気で殺意交じりの釘をさしてくる3女、本当にその性格は正反対だ。それでも自分は知っている。

 「2人とも今回は頑張っるすよ」

 「ええ、勿論ですわ」

 「急にどうしたの?ユリ姉様に殴られ過ぎて、遂に壊れたの?」

 正直、その発想はひどいなぁと、内心少々傷つくはずもなく。ルプスレギナは恋する妹達に激励を送り、その場を後にする。

 「男心を捕まえるには胃袋からって言うっすからね~」

 

 

 「エンちゃん~どうっすか~」

 「ルプスレギナ姉様ぁ、はい順調ですぅ」

 今、エントマが見ているのは蓋をしたフライパン、そう彼女が今しているのは蒸しの作業であった。その湯気は最初は毒気を思わせるようなものであったのに、今はしっかりと調理中のそれであった。その香りを姉妹一効く嗅覚で捉えて安心する。これなら、十分提供できそうだと。

 「これなら、アインズ様もお喜びになるっすよ~」

 その言葉を聞いた途端、彼女の触覚が直立したように反応する。

 「褒めてぇ、もらえるでしょうかぁ?」

 「きっと、すよ」

 「頑張りますぅ」

 ルプスレギナは姉妹たちの感情はある程度把握しているつもりであった。だからこそ、目前の妹や、その娘とよく喧嘩をするもう一人のこともよく解っている。

 (まあ、二人ともまだまだお子様っすからね~)

 決して口には出さない。もしそうすれば、次に飛んでくるのは弾丸と札だ。まだ自分は死ぬつもりはない。

 

 「シーちゃん~お姉ちゃんが来たっすよ~」

 シズは膝の上で腕を組む形で屈み、稼働中のオーブンの中を見つめていた。その目がコンマ0.1秒だけ自分の方へ向けたと思えば、すぐに視線は戻り。

 「…………ルプー、邪魔…………」

 たった一言の拒絶であった。

 (うう、エンちゃん、ソーちゃんもたまに酷い時はあるんすけど)

 自分はどうやら、ナーベラルとシズには嫌われてこそいないものの厄介者扱いのようだ。おかしい。自分は姉として彼女達に優しく接しているというのに。

 「悲しいこと言わないでほしいっすよ~」

 「…………私の方は問題ない…………」

 とりつく島もないとはこのことだなと、諦めてその場を後にしようとしたところで、

 「…………どうして?…………」

 聞こえたのは、疑問の声であった。

 「何すか?」

 「…………どうして、ルプーが姉なの?…………私のほうがよっぽど、お姉さんらしい…………」

 (あちゃ~そこまで言われるっすか~)

 確かに至高の方々がそうあれと創ったのだからだ。と言えばそれで済む話であるが、それでは彼女は納得しまい。少なくともこの場で返す最適な言葉達がある。

 「シズ、2つ、教えてあげるわ」

 「…………!?…………」

 明らかに動揺している妹に言葉を続ける。

 「少なくともね、本当の姉は『らしい』なんて言葉使わないわよ。それと、あまり順序にこだわりもしないわね」

 少なくとも自分の姉はたとえ、末妹として創られたとしてもああなのだろうと確信がある。そのまま、その場を後にする。

 

 「ユリ姉~来たっすよ~」

 ここまでくると、全員訪ねたくなるのがルプスレギナという人物だ。

 「ルプス、あなたこそ大丈夫なのでしょうね?」

 「大丈夫すっよ。ちゃんと()()してるっすから」

 指し示すように自分の鼻を叩いてやれば、姉はそれで納得したらしい。

 「そう、ならいいけど」

 「ところで、ユリ姉、何してるんすか?」

 「見ればわかるでしょ。生地をこねているのよ」

 「さっきから、サンドバッグみたいに殴っているそれがっすか?」

 まあ、姉のことだ心配はいらないだろう。

 「ふう、それにしても本当によかったわ、これで何とかアインズ様の期待に応えられそうね」

 今回のことで最も気をもんだのは間違いなくこの姉だろう。最も痛い目にあったのは自分であるが、

 「ぼ、私たちはあの方にそれこそ死力を尽くして、仕えないといけませんから」

 「ユリ姉、今は2人っすよ」

 「そういえば、そうね」

 「大変すね~長女というものは、自分のことすら好きに呼べないんすから」

 「別にいいのよ、僕はあの娘たちをまとめる立場にあるのだから」

 本当、責任感の塊のような人だ。だからこそ、自分や妹たちも尊敬しているのだから。

 「そういえば、気になっていたんすけど~」

 だからこそ、好奇心がうずく、それは時として猫を殺すほど恐ろしいものであるが、狼である彼女には関係がない。

 「ユリ姉って、アインズ様のことをどう思ってんすか?」

 それを言われた姉は、しばし無言となり。

 「ルプス、また殴られたいのかしら?」

 脅された。

 (やっぱりユリ姉なんすよね~)

 ナザリックの女であれば、一部の例外や、それこそ子供を除いてかの方に惹かれるだろう。現に妹たちはそれにあてられたのだから。自分は不思議とそんな感情が湧かなかった。かの方は自分が仕える。最高の主、それ以上でもそれ以下でもない。デミウルゴスやコキュートスに近いかもしれない。そしてこの姉もおそらくは同じなのだろうが、もしもだ。仮定であるが、この姉がかの方に想いを抱いていたとしてもきっと表に出すことはないだろう。それは自分にさえだ。姉らしいと思う反面、不器用な人だとも思う。まあ、結局は予想の域をでないし、それを知るのは姉だけだ。ここで、厨房の空気が変わる。

 

 (そろそろね)

 もう、煮込み時間も終わりらしい。

 「んじゃ、行くっすね~」

 「ええ、頼んだわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言って、食事会は大成功であった。アインズ自身、その料理に舌鼓を打ち、何より味に五月蠅いというアウラが目を輝かせて口にしていることから決まりであった。

 

 現在玉座の間にて、かの支配者と守護者たちにその統括、そして彼女たちの姿があった。

 

 「さて、プレアデスの諸君よ、今回のことは実に大義であった」

 

 「もったいない言葉でございますアインズ様」

 代表でユリが答える。

 

 「さて、今回の目的だが」

 

 「アインズ様」

 そこで声をあげたのは、

 「シャルティア?どうした?」

 「その内容、私に言わせてもらってもいいでしょうか?」

 「「シャルティア!!」」

 叫んだのはアルベドにアウラであった。彼女が頓珍漢なことをぬかして主を落胆させないかと危惧しているのだ。しかし、アインズとしては挑戦させるべきと判断した。あまり無下にし続けて、誰も発言できなくなるのは最悪の展開だ。

 「分かった。では頼もう」

 「ありがとうございます。アインズ様」

 そして彼女は説明する。まずは1つ目、アインズが手に入れた「人化の指輪」、その味覚のテストを行いたかったという事。これはそのとおりであるし、ある程度は皆も想像できたことであるらしい。

 「そして2つ目、それはある可能性を模索する為でありんした」

 「ほう、なんだ?その可能性は?」

 教師になったような気分で問いかける。

 「新たな技能の習得の可能性、でございます」

 それを言われて、プレアデス自身も驚いたような顔をする。それも当然であろう。本来、どんなに頑張っても彼女たちは料理ができない。しかし、今回しっかりしたモノを提供してみせた。それが答えだ。

 「そして、これは最後に、私の予想になりんすが」

 「言ってみろ」

 「アインズ様が純粋に彼女たちの料理をお求めになったのではないかと」

 周囲から飛ぶのは疑問の視線、唯一分かっているのはアルベドとデミウルゴスくらいか、そして彼女は語る。かつて至高の方に「メイドは万能説」を唱えていた方がいらっしゃったという事を。そして、優しき主はその友の言葉を証明するために今回の件を企画したのだと

 

 「ふふふ、ははは。いいぞシャルティア、よく言ってくれた」

 アインズ自身の願望であったのも確かなのだ。実験を兼ねた今回の件、それではっきりとした。

 「ありがとう、シャルティアよ、さて、みんなも気づいたと思うが、私たちはこの世界で更に強くなれる可能性があることを見つけた。次は分かるな?」

 「はい、我々一同、アインズ様の為、計画のため、これからも尽力する所存でございます」

 「「「すべては御身が為!!」」」

 アルベドが言い、全員が引き継ぐ形であった。

 

 「ああ、ありがとう。それと改めてプレアデスよ」

 「はい」

 「今回の品々、すごく美味しかった。ありがとう」

 「アインズ様」

 最後の言葉の後半、それは間違いなく、支配者ではなく、アインズ個人の言葉であった。そしてそれをかけられた彼女たちの表情も様々であった。主に認められ、誇りを胸に抱く従者だったり、最愛の人に喜んでもらえたと幸福をかみしめている女性のもの、はたまた、父親に褒めてもらい。自慢げに胸をはる娘のものであったりとまるで6人で1つの個体と勘違いするほど優れたプレアデス達と言えど、各々が感情を持つ個なのだと証明するようであった。

 

 

 

 

 

 




 今作のプレアデスの関係及び、アインズ様への感情ですが、原作、公式アンソロジー、スピンオフ作品など読んだ上で、いろいろと追加した作者の勝手な解釈です。

 シャルティアの活躍は次章で楽しみにしていただければと。

 それと第3章は前の章より短めになる予定です。


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第3章 王都への道のり、麗しき吸血鬼御一行
前編 集うは捕食者たち


 話の都合で独自設定人物紹介は今章のおわりに載せる予定です。
 
 それと先に予告しておきます。今章の幕間はカルネ村を中心に書いていく予定です。

 もう一つ、思ったよりもクレマンティーヌに関するご指摘をいただきましたので彼女の話も同時にやっていきます。後、王国関連の話も入れたいと考えています。その為、更に劇中の時系列がややこしいものになると思いますが、何とか分かるよう書いていきます。


 

 

 「ははは、お前の姉はしっかりと仕事をこなしているようんだなナーベ」

 「ええ、そのようでございます」

 (できるのだから、いつもそうしてくれればいいのに、本当に解らない人)

 

 それはアインズがモモンとしてカルネ村を訪れていたのとほぼほぼ同時刻。

 

 

 

 「なんて、おいしい料理なのでしょう。流石はエ・ランテル最高の宿と言われるだけありますね」

 そう言って、料理を口にしているのは正に白銀とも言うべき少女であった。年の頃は13から14、まるで死体をおもわせるような白い肌は、この少女が生まれてこの方、太陽というものを浴びてこなかったのではないだろうかという程白く、最早それは人のモノではなく、真珠のモノではないかと言いたくなる程であった。彼女が周囲の目を引く理由はひとつだけではない。色素というものが不要だといっているような銀色の髪に、妖艶さを放つ赤い瞳はそれだけ見れば、この少女が実は成長の止まってしまった大人なのではと疑ってしまう。容姿だけではなく、食事をとる姿勢も綺麗なもので大方どこかの貴族令嬢だろうと周囲の者達は話し込んでいた。

 

 「シャルティア様、こちらの皿、お下げしますね」

 「ありがとう、ソリュシャン」

 そう言って、皿を下げるのは彼女のお付きのメイドなのだろう。縦ロールにまとめられた金髪に豊満な体つきとこちらも相当の美人である。それだけではない。通常、仕えている人物を名前で呼ぶということはありえないのだが、この女性は少女のことを名前で呼んでいる。それだけ彼女たちの信頼があるということか、

 

 「お嬢様、この後の予定でございますが」

 次に少女に声をかけたのは老齢の執事であった。しかしその体は服越しでも鍛えていると解るものであり、その眼光を見る限り、若いころは冒険者として名をはせたかもしれない。そして周囲の者たちは自然とその会話に聞き耳をたてる。この一行の目的を知ってどうしようというのか。

 「ええ、王都に行く予定でしたわね、お父様から頼まれたお使いですもの」

 どうやら、この貴族令嬢はどこかの地方から、来たらしい。周囲の者達の中にはすぐにその場を離れる者達も出てきた。大方、急いで少女の実家を調べ、何とか繋がりを持とうというのだろう。少女たちの装いを見る限り、そこまで位の高い貴族ではないが、それでもその美貌は確か、上手くやれば伴侶、あるいは妾として少女をもらう算段なのだろう。

 「シャルティア様あぁあぁあぁあぁあ!!!」

 そこへ、奇怪な叫び声をあげながら新たな人物が走って来た。年は少女の2つ3つ上といったところか、老執事と同じよ燕尾服を身にまとっているということは彼も執事なのだろう。主人を名前呼びしているのは、こちらは親しいというより、

 「エドワード君、お嬢様でしょう?」

 「だあ!すみません。セバス様、あれ?では何でソリュシャン様はいいのですか?」

 使用人としては未熟なのだろう。

 「別に構いませんよ、セバス。何でしたらあなたもそう呼んでくれていいのよ?」

 少女は気にした風も見せず、むしろ老執事にも名前呼びを頼むあたり、人当たりも相当いい人物なのだろう。

 「お戯れを、お嬢様。エドワード君もお嬢様の優しさに感謝するのですよ」

 「勿論でございます!」

 両手で握り拳を作り、文字通り感謝を体で表現するその少年執事の姿に周囲から笑い声が響く、しかしそれは嘲るものではなく、純粋にそのにぎやかさを微笑ましく思ってのものであった。少女達はそれには気づかない様子で続ける。

 「ところでエドワード、どうしたのかしら?」

 それで思い出したのか、少年は突然、頭を下げる。

 「申し訳ございません!!シャルティア様!馬車の調達ができませんでした!」

 「あら、渡したお金はどうしたのかしら?」

 少女は特に咎めるつもりはなく、その言葉も純粋な疑問から出たようでである。少年はすぐさま、服の間から、金貨袋を取り出して少女へと差し出す。

 「なるほどね、そもそも空きの馬車が見つからなかったというところかしら?」

 迷いなく、そう言ってのける少女、少年がちょろまかしたという発想はないようだ。それはそれだけ彼らとの信頼関係があると同時に、この少女にはある程度の金銭勘定能力もあるらしいと推測がつく。ある程度、経験を積むと、手に硬貨を乗せただけで、その金額が正確に分かるという。少女にもその手の技能があるのかもしれない。

 「お嬢様、ここは」

 「大丈夫よ、セバス。急がないといけないのは確かだけど、王都まで行くのに、馬車は必須。ここは焦らずにゆっくり行くとしましょうか」

 

 周囲が静かにざわつき始める。何とか馬車を調達して、この一行と繋がりたいという下心が透けてみえるようであった。

 

 「お嬢さん方、よろしいですかい?」

 声をかけたのは少女たちと比べると、夜空に輝く月と路傍に生える雑草ほどの差がある小汚い男であった。

 

 

 ザックがその一行に声をかけたのは、無論、金のためということもあるが、少女を、あの世の中の汚れを全く知らないという無垢な瞳を壊してやりたいという欲求もでたからだ。彼は世界というものが平等ではないと知っている。だからこそこの少女が許せないのだろう。それにこちらにはあの戦士長と同等の力を持つ男がいるのだ。きっとうまくいくはずだと、彼は馬車の用意と仲間たちへの連絡へと走るのであった。

 

 

 シャルティア達もまた、宿を後にすべくその場を去ろうしたところで、

 「シャルティアさんと言ったかな」

 新たな男が声をかけてきた。その身なりと振舞い、そして姿勢を確認して、先ほど声をかけた男とはまた変わった印象を抱く。

 (ふむ、向こうから声をかけてくるとは、うまくいっているとみてよさそうね)

 自分たちの目的は王都を中心とした情報収集、その為にはうまく現地になじむ必要がある。だからこそ、演じていたのだ。親しみやすいお嬢様というものを。

 「はい、どちら様でしょうか?」

 言葉一つ一つに神経を使う。いずれ、主とナザリックが表に出た時、僅かばかりの懸念材料も残してはいけない。

 「私はバルド・ロフーレと言います。単刀直入に言います。あの男はよくないですよ」

 (ああ、そういうこと)

 先ほど、自分達に馬車の提供を申し出た男のことだ。自分だってあの男の狙いは分っているし、自分に向けられた劣情交じりの視線を受けただけで殺意が溢れもしたが、何とかそれを抑えた。ああいった輩は使えるのだ。文字通り、様々なことに。

 「心配してくれてありがとうございます。ですが、私はあの方の仕事に対する熱意を買ったのです」

 すべてがすべて嘘という訳ではない。男の熱意を気に入ったのは確かだ。それが後でどうなるか期待して。

 「そこまでいうのでしたら、私は何も言いませんよ。ですけどそうですね」

 男はまだ何かあるらしい。

 「でしたら、せめて傭兵を雇ってはどうでしょう?信頼できる者たちを紹介しますよ」

 (なるほどねえ)

 傍らに控えているセバスを眼球を僅かに動かし確認する。その顔は無表情ながらも喜んでいるのが長年の付き合いで分かった。ここまでくれば、男の目的も見えてくる。おそらく自分たちに恩を売りたいのだろう。そうすれば、追々、この男にとって利益となるだろう。しかし、それだけということではなく、純粋に自分たちを心配しているのも確かなのだろう。

 (協力者になりえる人材といったところ?)

 ここまでのやり取りや男から漂う香りで察することができた。この人物が食料関係に関わる商人なのだろう。主が目指す楽園の為には、悔しいが、自分たちだけでは力不足なのも確か、ここである程度繋がり持っていてもいいかもしれない。

 「必要ありません。でもお気持ちは嬉しいです。あなたは」

 先に名乗ったはずなのに、言いよどむその様子にバルドもまた。この少女がただの世間知らずではなく、高い教養を持つ人物だと思い知った。

 「商人をやっています食料を主に」

 「やはりそうなのですね、あなたの御厚意は忘れません。このことは必ずお父様に申し上げて、あなたのところの商品を勧めるとしましょう」

 「いえ、そこまで見抜かれるとは、お見逸れしました。はい御贔屓に願います。それと、今度、この街に来ることがあれば、私のところへいらっしゃってください。歓迎しますよ」

 「ええ、楽しみにさせていただくとしましょう」

 

 こうして白銀の少女とその一行は馬車へと向かう為に「黄金の輝き亭」を後にするのであった。

 

 

 日がすっかりしずみ、暗くなったエ・ランテルから王都への街道を馬車が揺れながら走行している。この世界の、いや、この国の人間であればそれがどれ程、危ないのか分かっている。もしも盗賊などに襲われても文句は言えない。

 (くだらない)

 人生である。それがザックのここまで生きてきた感想だ。この世界は強いやつが、奪えるやつがすべてだ。だからたとえ、組織内での地位が低くても自分にはこの生き方しかない。今、この中にいる奴らも奪われる側だ。

 (悪く思うなよ)

 しかたのない事なのだ。自分があの少女に憎しみに近い感情を抱いたことも、報告の結果彼らが目標になったこともすべては仕方のないことだ。

 (リリア)

 

 

 馬車の中には5人の人物が座っていた。別行動をしていた彼が合流したのだ。

 

 「さて、確認をするでありんす」

 声をあげるのはこの班の責任者であるシャルティア。その装いは先ほどの純白のドレス姿ではなく、いつもの彼女のものであった。ほかの者達もその言葉に耳を傾ける。

 「今回、私たちは『主人の頼みで王都を目指す一行』ということでありんした。その上で、私は()()()()貴族令嬢を演じることに力をいれんした。さて、あなたたちから見てどうでありんした?」

 ワガママなお嬢様と理想的なお嬢様、そのどちらを演じるかは正直迷ったが、彼の助言で決めたのだ。

 『人間とはより綺麗なものを汚したくなる生き物ですよ』

 その気持ちが分からないでもないが、自分の趣向は別にしてもこちらの方が、なにかと都合がいいだろうと自分なりの結論であった。思えば愛する主も英雄像を作る為、動いているのだから、きっとそれが一番、答えに近いのだろう。そして実際にそれを演じたわけであるが、

 「問題はなかったように思います。個人的には普段からそうして頂きたいと思う程でございます」

 (じじい)

 気になる発言はあったが、それ以外は特に問題がないようだ。ほかの面々も頭を振っている。ならば、話を進めてもいいだろう。

 「さて、そんな私たちをこれから襲おうと考えている者共は愚か者、哀れ者、どっちかえ?」

 「愚か者かと」

 「愚か者ですわ」

 「愚か者です!」

 「愚か者ですかね」

 これは全員一致であった。()()()()()()()()()貴族令嬢を襲って、あわよくば、身代金を要求しようとしているのだ。主に聞くまでもないような気がするが、一応、アルベドを中心とした者たちに話をする必要はありそうだ。だけど、その前に決めておきたいこともある。

 「では、先にこの後の展開を決めんしょう。と、その前にベル」

 「はい、シャルティア様」

 「ぬしの話を聞かせて頂戴、その愚か者たちの情報もありんしょう?」

 「畏まりました」

 こうして情報収集にあたっていたヴェルフガノンは語る。おそらくこれから自分たちを襲撃するつもりなのは「死を撒く剣団」、傭兵団でありながら、戦時以外は野盗をしている犯罪者集団であるということであった。そしてその中で気になる人物の情報も得られたという。

 その男の名はブレイン・アングラウス、あの戦士長ガゼフ・ストロノーフと同等の力を持つというのである。

 (使えるかもしれない)

 もしもその男があの戦士長と()()()()()の持ち主であれば、主の協力者として連れて帰るのもいいかもしれない。彼の報告は続く、現在その野盗達の根城を偵察する為に冒険者チームが動いていることで報告は終了した。

 「ベル、一応、聞きんすけど、スキルは」

 「まさか、勝手な使用はしませんよ」

 「そうでありんしょうね」

 彼のスキルの一つに「記憶(くらい)」というものがある。文字通り、対象の脳髄を食らうことで、その者の記憶をすべて奪うことができるのだ。実験も既に終了しており、カルネ村の件で捉えた1人を消費したという。強力であるもののその都度人間を殺めるのは主の御心を思えばあまり使用はしたくない。

 「さて、そのブレインなる人物は興味がありんす」

 シャルティアは話を続ける。ここは班を二つに分けることにした。

 「まず、私はこっち、セバスとソリュシャンはこのまま王都に向かってほしいでありんす。プランはKを使用しましょう」

 「『主人より使いとして来た従者』でございますね」

 「ええ、その方向で頼みんす」

 この設定であれば、執事とメイドだけで行動をしている理由づけになる。その内容もちゃんと詰めている。

 「ベルとエドワードは私とその野盗たち、ブレインという男の調査よ、プランは、Fね」

 「『さる方の使いたる戦士とそのシモベ達』でございますね」

 元々、こういった裏事情に関わる為に用意したアンダーカバーである。最も注意しないといけないのは、ナザリックに関する情報を渡さないこと。もしもの時は、少々本気を出せば大体のことは何とかなりそうではある。それでどうにかならなければ、また別の案でいくしかない。

 

 「ソリュシャン、伝言(メッセージ)

 「アルベド様でございますね」

 話が早くて助かる。主は遠慮なくスクロールを使うよう言ってくれたけど、それができる相手がいるのであれば、そうするのがいいに決まっている。

 その後、彼女越しに今回の作戦を伝え、そして協議の結果、半数をナザリックへと招待することになった。その人選はこちらに任せてくれるということであった。

 

 『最後にシャルティア』

 「何かしら?アルベド」

 わざわざ繋ぎ直してなんだというのだろうか、

 『気をつけなさいね、もしもあなた達になにかあれば、何よりアインズ様が悲しまれるわ』

 「分かっていんす。間違っても侮るなんてしんせんよ」

 

 それこそ言われなくたって理解している。プレイヤーの存在も危惧しなければいけないが、もしもいるのであれば、既に攻撃を仕掛けてきているのではないかと思うのも確かだ。何より言われてばっかりは面白くない。

 「アルベドこそ、覚悟していなさい」

 『何かしら?』

 「アインズ様の正妃の座」

 『あら、とっくに諦めたものだと』

 「ぬかすがいいでありんす」

 そのままいつものように小競り合いになりそうになったところで、セバスの静止でなんとか収まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「おらぁ!!出てこいや!」

 声を挙げたのはシャルティア達の見立て通り、例の野盗の一人であった。その様を眺めながらザックもまた。これから起きることをいつものように木の陰から見ていた。これから行われることも彼にとっては日常茶飯事でしかない。しかし、馬車の扉が開かれ感じたのは疑問であった。

 (誰だあいつら?)

 出てきたのはザックの知らない者たちであった。血のように真っ赤な鎧と仮面をを身に着けた最も小柄な人物に見たことない服と仮面をつけた男が二人、

 「みなさん、お初にお目にかかります」

 その声もまたザックが聞いていたものと違った。自分が狙う予定の少女は澄んだ声に年相応の朗らかさがあったのが、この女が発したのはまるでゴミがたまり正常に動かなくなった楽器が奏でるものを思い起こさせる。それを聞いた野盗たちも一瞬たじろぐ、

 「私はカーミラといいます。こちらシモベの酒呑童子」

 「始めまして、ドクズの皆さん!!」

 「同じくベルゼブブ」

 「よろしく、虫けらさん共」

 挨拶をしたと思えば、女は周囲を見回して意味不明な単語を口にした。

 「プレイヤーの存在はなし、と。では二人とも」

 「「は!」」

 「無力化しましょうか」

 一人が叫んだ。何訳の分からないことを抜かしているんだと、しかし、それはすぐに悲鳴に変わる。武器が砕けたのだ。それは、彼だけではない。その場にいた全員が瞬く間に己の獲物を壊され、地に伏せられてどこからか現れた縄にその身を縛られる。

 いつの間にか女の剣が自分を向いていた。

 「あとはあなただけですね」

 それはずっと奪い続けていた自分にきた当然の帰結、最後は自分も誰かにくわれる最後を迎えるのだと、思わず涙とともに呟いていた。

 「リリア」

 その瞬間、剣先が揺れたようだが、ザックはそれに気づくことはなく気を失う。

 

 (この男)

 武器を向けたシャルティアが動揺を受けたのはその一瞬の表情、本当に何故自分がここにいるかというのか分からないという顔であったのだ。そして、その顔には覚えがあった。

 (ぺロロンチーノ様)

 そう、かつて自分がしていたであろう。喪失した者特有の顔であった。大事な人がいなくなるのは辛いものだ。

 先ほどまではこの男をナザリックに送る予定であったが、少々情けをかけてもいいかもしれない。

 「ひとまず、この連中は全員縛って、そのまま、彼らのアジトに赴くとしましょう」

 「「畏まりました。カーミラ様」」

 

 セバスたちと別れ、シャルティア達は野盗たちのアジトを目指す。

 

 「カーミラ様」

 声をかけてきたのは、デミウルゴスの紹介で今回旅を共にすることになった男であった。

 「何かしら?」

 「少々、ご提案が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  平原を歩く二人の男女。一人は神官のようで、もう一人は仮面を身に着け、ローブで完全に体を覆っていたため、性別すら怪しいものであった。

 「さて、ヤルダバオトよ」

 「なに?ニグンちゃん」

 「これより我々がやるべきことは分かっているな」

 「分かっているというより、元々はニグンちゃんたちがやったんでしょ?」

 「ぐはあ!!」

 男はその言葉を聞くや否や、大地を転がり周り、やがて、土下座の形をとり、「お許しを、我が神よ」と繰り返して、3分ほど、ようやく落ち着いたのか、

 「さて、いくとしよう」

 「ニグンちゃんて、結構大物だよねぇ~」

 さて、先の件にてナザリックの者として、新たにその生を謳歌することになった2人、もとい魔導神教団の2人は、カルネ村の周辺、以前、法国の部隊が襲撃した跡地へと向かっていた。被害状況よりも、生き残りの村人たちの様子を見るためだ。

 「それにしてもだ、ヤルダバオト、お前も十分変わったと思うが」

 「まあ、しゃあないよ~あんな目にあえばね~体を中から食べられる恐怖、それにさ、熱した洋梨以上に痛いものをたくさん経験しちゃったからね~」

 しかし、不思議と恐怖を感じない。なんてそんな訳がない。もしかしたら、

 (私も壊れたのかもね~)

 そして、例え逃げようとしても、決して逃げられないとどこか理解している自分がいるのだ。命を絶っても、蘇生なんて簡単にしてくれそうだ。もう目をつけられた時点で諦めるしかない。誰が想像できようか、新米の冒険者かと思えば、強大な力を持った。

 (プレイヤー)

 隣の男が気づいているかは、分からないが、おそらくあの人物は故国の伝説である六大神と同じなのだろう。だからこそ、抵抗は無駄なのだ。ならば、

 (言われたことをやるしかないんですな~)

 何も悪い事ばかりでもなかった。例の回復術で本当に綺麗に体を治してもらったのだ。以前の拷問で自分の体は女としては完全に使い物にならなくなっていたが、それもすべて治してくれたのだ。まあ、あの神のごとき男のことだから特に深い訳はなく、単に「駒として最上」を求めた結果なのだろうが、

 (体は軽いんだよね~)

 傷とはあるだけで、本人の気をある程度割いてしまうものだ。それがなくなったという実感が彼女にそんなことを考えさせていた。

 そしてそれだけではない、現在彼女たちの装備はもう天地がひっくり返るほどのものであったのだから。第7位階以上の魔法が封じられたスクロールに神話級の武器の数々、そして自分にはあるマジックアイテムが渡され、そして提案をされたのだ。

 『クレマンティーヌよ、お前の技は面白いものである。それを生かしてはみないか?これを使って』

 そうして、渡されたのは投げナイフ用のダースケースであった。それをたすき掛けのように体につけている。話では、このケースのナイフはなくなることがないのだそうだ。代わりにナイフ自体の性能は低く、すぐに壊れてしまうが、確かに神たる男が言う戦法にあったものでもあり、というか断るという選択肢がないのだ。こうして、かつて狂戦士と呼ばれた女はそれ以上の存在たちと邂逅したためにその人生を大きく狂わせることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ロ・レンテ城、それはリ・エスティーゼ王国の王城である。その敷地内にある宮殿の廊下をこの国最強の戦士が歩いていた。顔こそその立場にふさわしく毅然としていたものの、その内心は激情に燃えていた。先ほどの貴族達たちの言葉がまだその脳を離れない。アインズ・ウール・ゴウン、自分にとって、正に恩人たる人物であった。その人物のおかげで村人たちの被害を抑え、法国の者達を抑えることができるのであった。だというのに、

 (得たいの知れない人物、か)

 これに関してはいくら憤ってもしかたがない。貴族達にとっては辺境の村人などどうでもいいのだ。彼らが大事なのは自らの地位と利益だけである。

 (しかし)

 それでも、あれほどの力を持ちながらも穏やかな人物が罵倒されるのは耐え難い。奴らは、法国から捉えた者達がいるというのに、そのゴウンなる人物も法国、あるいは帝国からの潜入者ではないかと疑うような発言をしたのだ。絶対にそれはないと断言できる。彼らは旅人と名乗っていたが、確かにこの辺りの情勢に疎いところがあったし、何より、あれ程の力を持つ人物であれば。それこそ、小細工ではなくて、正面から攻めて来るはずだ。かの御仁はやろうと思えば、その場で法国のものたちを皆殺しにできたはず、それをしなかったこそがかの人物という何よりの証明だ。

 「あら?戦士長様ではありませんか」

 よほど、考え込んでいたらしい。本来であれば極刑者だ。

 「これは失礼しました。ラナー様、クライムも務めに励んでいるようだな」

 目の前にいたのは、《黄金》と称されるこの国の第3王女たる少女とその騎士である純白の鎧を身に纏った若者であった。

 「いえ、お気になさらずに」

 王女は特に気にしてもいないようであり、若者の方は、軽く会釈をするのみであった。しかたのないことである。現在この国の状況がそうしてしまう。自分は国王直属、彼は第3王女の付き添い、もしもこれで、2人とも貴族であれば、問題はなかったのだろうか、実際は2人とも平民、とくに彼の事情は自分以上に複雑でそれがかえって、この少年の孤立を招いてしまっている。勿論、できることなら、もっと気にかけたいのだが、

 (子供か)

 ふと思い出すのは、あの時、現地の姉妹の頭を撫でていたかの御仁の姿。そして自分という人間のそれまでを見つめ直していた。王の剣となると決めてから、その手の話は受ける余裕がなかったのだ。気づけば、自分も年をとったと思う。もしも自分に才能なんてものなかったら、いや、それを考えるのは恩人たる王に対して不敬だと。しかし、それでも思ってしまう。

 「戦士長様?どうかされましたか?」

 王女が心配そうに声をかけてくる。

 「失礼を、ラナー様、つい考えてしまったのですよ」

 「何をですか?」

 彼女に聞かれたということであれば、文句はある程度抑えることができるかもしれない。

 「もしも、自分が妻をめとっていれば、クライムのような息子がいたかもしれないなと」

 それは彼の願望込みの言葉であった。ガゼフはどちらかといえば、息子が欲しいと思っている。そうすれば、剣を教えてやれるのだから。この世界、別に男女での力の差はないかもしれないが、それでも男が戦う場所に立つ機会が多いのも確か、

 「ふふ、そうなると戦士長様はいずれ、私の義父様(おとうさま)になるということでございますね」

 可愛らしく、冗談で返す王女に、

 「姫様、何を!?ストロノーフ様もご冗談はおやめください!」

 ここではじめて感情を顔にだして、慌てふためく若者と、その場は和やかに終わりを迎えた。

 

 その後、2人と別れ、ガゼフは改めて考えてしまう。叶うならばと、

 (国王様も望まれていること)

 しかし、同時に難しい、いや、不可能なことでもある。王女たちの問題だけではない。この国の危機が迫っているような気がするするのだ。いつものように戦士長としての勘である訳だけど。

 (ブレイン)

 かつて、自分と激闘を繰り広げた人物の名が浮かぶ。その男はあの大会の後から会ってはいない。しかし、今はできる限りの力が必要な時、できることなら。彼にも自分の陣営へと加わって欲しいのだ。

 (どこにいるんだ)

 

 

 

 

 「アインズ様、よろしいのでしょうか?」

 それはいつものように彼女の問いかけであった。

 「何だ、アルベド?」

 城塞都市の件からアインズがしていたのは、冒険者と支配者を行き来して、目的の為にやれることをやっていた。今は、執務室にて書類整理をしていた。当然のように彼女が補佐を申し出てくれ、特に断る理由もないのでそまま頼んだ次第だ。

 「あの女のことです。本当にあれで済ませてよろしかったのでしょうか?いと尊き御身に傷をつけたというのに」

 (ああ、そのことか)

 クレマンティーヌに関しては、墓地で対峙した時は利用する。本当にそれだけだったのだが、洗礼の際に彼女の体を調べたペストーニャからの報告であった。何でも彼女の体には魔法でその痕を隠しはしていたが、拷問を受けた形跡があったという。それを聞いた途端、彼女の人物像というものが見えてきたのだ。おそらくは大学教授だったという彼のおかげだ。

 (死獣天朱雀さん)

 そうなれば、彼女にもある程度の恩赦は必要になる。かといって、彼女がこれまでやったことをそのまますべて許すという訳にもいかない。よって、罰と償い、そして運が悪ければ、そこまでと、先の教団を立ち上げに参加させたのだ。

 (すっかりあれだな)

 一人の人間の人生を更生させようとは、もう自分は一般人ではいられまい。すでに骨だけど。

 「構わないさ、アルベド。彼女の能力が高いのもまた事実。うまくやってやれば、計画の為の兵の一人とすることも可能だろうさ」

 「それでしたら、よろしいのですが」

 「まだ何か心配なことがあるのか?」

 「いえ、あの者たちが何者かに捉えられるなんてことがあれば、アインズ様の身に危険が迫る可能性が」

 彼女が心配しているのは、彼らに持たせたアイテムや武器の数々、そこからナザリックが特定させる可能性もない訳ではないが。

 「いや、そんな心配はないだろう。仮にもこの世界では相当な部類の強者であるあの2人だ」

 もしも、それで、彼らが殺させるなんてことになれば、それこそ自分以外のプレイヤーの存在を証明することになるだろう。

 (法国の話も聞けなかったしな~)

 彼らが持っていた情報があまり多くなかったこともあり、あの国にプレイヤーの存在があるかどうかは今一つであったのだ。もしも、彼らを送ってきたというのが、プレイヤーであれば、

 (どうしたもんか)

 何とか、話し合いの席についてもらう方法を考えなくてはならない。が、

 (あまり欲をかいてもいいことはない)

 現在は王国の調査に他にも様々な準備も続いている。あまり広げすぎもよくないのは確かだ。

 「アルベドよあの2人が現地の者達に遅れをとると思うか?」

 その言葉で彼女も納得してくれたらしい。それ以上は言わず書類の整理を手伝ってくれた。

 

 

 

 

 

 街道を行くは冒険者たち、彼らが今回受けたのは、野盗たちの調査である。彼らに連れ去られと思しき、娘の親からの依頼であった。調べによれば、絡んでいるのはやはりというべきか、戦時中以外は問題しかおこさないあの一団であるということ、噂によれば、あの戦士長と互角にやり合える戦士がいるのだという。気を引き締めていかないといけないと向かったのに、

 

 

 「あなた方の目的はこの者達でしょう」

 出てきたのは、仮面をつけた3人組であった。深紅の鎧を身に着けた声から、かろうじて女性だと分かる人物と似たような恰好をしている2人の男性であった。その後ろには確かに行方不明であった女性たちがいて、更に件の傭兵団たちも縛られている。彼らが知る由もないが、その中にはザックの姿もあった。

 「あなた達は?」

 当然の疑問であった。少なくとも「死を撒く剣団」は70人弱の組織であったはずだ。それをたった3人で倒したというのか?

 (そんな訳がない)

 現にここにいるのは30程、つまり不意打ちで隙をつき、他の者たちは逃げていったに決まっている。そうあってくれと、願いながら問いかける。

 「確か、奴らはもっといたはずですけど、どうしたんですか?逃げられました?」

 「殺しました」

 心臓に剣を向けられたような感触、その言葉が偽りではないということであった。

 (まさか、あの男も?)

 「あ」

 ここで女性が思い出したように声をあげる。

 「1人、逃げられてしまったんでした」

 そんなもの、コップ一杯の水のたった一滴位のことでしかない。

 

 「では、後はあなた方にお願いしますね」

 それで、用事は澄んだと彼女たちは後ろを振り向いていってしまう。

 「待ってください!!」

 声を上げたのは、今回の調査団で一応紅一点となっているブリタであった。

 「何でしょうか?」

 「あの、報奨金があるのですが」

 そう、今回の依頼は金をもらって受けてしまっている。ここでただ彼女たちからただ手柄をもらう形になるのは、後々、まずいことになり兼ねない。ここは多少損をしても謝礼をすべきだ。しかし女性は、

 「興味ありません」

 まるで、他に大事なことがあるからと、その場を立ち去ろうとする。ブリタもまずいと思ったのか更に食い下がる。

 「でしたら、せめてこれを貰ってはくれないでしょうか?」

 彼女が取り出したのは、街で新米冒険者にもらったという真っ赤なポーションであった。確かに高価な品を渡すというのも一つの手だ。女性は面倒そうにそれを受け取り、

 「これは」

 しばし、黙ったと思うとブリタへと振り向いた。その動きにはそれまで見られなかった熱があるように見えた。

 「あなた、これはどうしたの?」

 何故それを聞くのか理由は分からない。それでも、ブリタには答えることしかできない。

 「これは、モモンという冒険者にもらったものです」

 「そう、そうなのね」

 それを聞いた彼女は心なしか嬉しそうにしていた。一体何だというのだろうか?

 「ふふ、分かりました。これはありがたく貰うとしましょう。それでは」

 今度こそ彼女たちは行ってしまった。

 「一体、何者なんだ?あの人たち」

 「さあ、分からねえよ。それよか」

 そう、女性たちに野盗たちを然るべき場所に連れていかないといかない。この人数をあの3人はどうやって運んだのか疑問が湧く。が、魔法がある世界だ。その手の使い手なのかもしれない。

 

 遠くから彼女たちの会話が聞こえてくるような気がした。

 

 

 「あの男、とんだ見込み違いでしたね、カーミラ様」

 「あなたのせいでしょう、ベルゼブブ」

 

 

 

 

 

 少年は走っていた。そして思うのは、ひたすらな恐怖、少し前にも似たようなことがあった。帝国の兵が攻めてきたのだ。その時、自分は()()にも見逃してもらったけど、少年の両親は殺されれてしまった。それからは同じように生き残った祖父の家で世話になっていたわけだけど、今度は別の者達の襲撃があったのだ。しかも、相手にはゴーレムを使役するすべをもっている者がいるらしくその手が祖父を叩き潰そうとしている。もうこれ以上家族を失いたくない。

 

 「おじいちゃん!!」

 

 「行け!天使よ」

 祖父の体をすくいあげるように救ったのは天使であった。ついで、ゴーレムの体に大量のナイフが飛び、それがゴーレムの体に接触したと思うと、盛大に爆ぜた。瞬時に砕け散る巨体に、唖然とする少年、

 

 「さあ、救済しようではないか!それこそ我が神の望みなり!!」

 「でもさぁ、これもニグンちゃんの尻ぬぐいでしょ」

 

 現れたのは包帯を顔にまいた神官に仮面を身に着けた人物であった。

 

 「ええい、黙れ、ヤルダバオト!!とっとと始めるぞ」

 「はいはい~と、僕?もう大丈夫だからね~」

 

 その仮面自体は不気味であるものの、かけられた声は優しく綺麗なものであった。そして彼が言った言葉、

 (か…………み?)

 何だか無性に記憶に焼き付く言葉であるように感じたのだ。

 

 

 

 男は瞑想を続けていた。力とは安定した精神をもって初めて発揮するのだ。追い詰められた時に力を発揮するというのは、無力な子供の夢物語でしかないから。

 

 男は強さを求めていた。その為に日ごろから、自分を強化する努力をしてきたのだ。剣の稽古に、暇ができれば、自分を強化できる可能性があるアイテムや装備を探して歩いた。

 

 男は高みを目指していた。いつか、またあの男と戦い、勝利を得る為に、

 

 その為に男は強さを得る為に手段を選ばなかった。野盗をしているこの一団にいるのも金払いがいいからだ。それだけだ。彼らの性欲処理に使われる女たちは哀れに思わない訳ではないが、ある程度のことは仕方ないで済ますしかない。自分には目的がある。ほかのことに割いている時間はないし、元々正義感がある方でもないのだ。

 

 (ガゼフ)

 いつかお前に勝利してみせると、日課の武器の手入れに入ろうとしたところで、現在の住居であるアジトが騒がしくなっているのに気付いた。遂に、正式な討伐隊でも来たのかもしれない。同時に好機だとも思える。強くなるためにはとにかく強者と戦うのが一番なのだ。相手に悪いが、自分の剣のため、錆となってもらおう。

 (さて、と)

 次に気になるのは今回、攻め込んできた相手がどれくらいの相手であるかということであった。この傭兵団崩れには戦争を生き抜いた古豪が何人かいる。すくなくともそいつらを相手にして、生き延びるくらいではないと、

 (困る)

 より強い相手が好ましいのだ。それだけ、濃厚な経験値となり、より自分の剣に磨きがかかるのだから。そしてその時は来た。

 

 「ブレインさん!敵です!」

 どうやら、それだけの相手ということなのだろう。興味が湧いてくる。

 「人数は?特徴、使う武器は?」

 「男女の二人組です。得物は」

 剣を振り回す女に、曲がった刃物を使う男なのだという。2人とも仮面を身に着けていて、そして男の方の装は見たことがないというものであるという。それは自分の記憶にはあてはまらない者たちであったが、この世界は広い。

 (俺の糧になってもらうぞ)

 いつか、あの男に届くため、彼はいつも通り、愛用の刀をもって戦場へと向かうのであった。その足取りは非常に軽く、まるで、行きつけの酒屋に行くのかと、聞きたくなるものであった。

 「行くか」




 第3章は、あと1、長くても2話で終わる予定です。


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後編 遭遇する絶望と飛沫なりし希望

 今回の話もご都合主義全開です。では、どうぞ。


 ブレインは通路を歩きながら、ある異常に気付いた。血の匂いがしないのだ。しかし、傭兵団が倒されているのも事実、ここで先ほどの男の話を思い出す。入ってきた2人は手に持った武器でこちらの得物を破壊して、その上で、無力化しているという。一体何をされているのか想像はつかないが、ある程度の予想を立てることもできる。

 (奴らは結局のところ武器で武器を砕いている)

 そう、それなら彼女たちからその手段を奪う、同じように壊してやってもいいし、腕を斬り飛ばしてやってもいい。

 (いや)

 その必要もない。自分には長年鍛えた必殺の剣があるのだから、それで、相手の首をはねてやれば済む話だ。

 

 

 やがて、その2人と遭遇して成程と思う、確かに纏っている雰囲気がこれまであって来たもの達と違うのだ。そしてその姿を見て、ある程度の予測もたてられた。まずは男の方、確かに身に着けている服には見覚えがない。しかし、それは仕方のないこと、男が着ているのはカジュアルスーツと呼ばれる。文字通り、異世界の産物。それでもそれが非常に機能的なものであることはブレインもこれまでの経験込みの勘で分かった。そして、その得物はカットラス、斬る事を重視した湾曲していて、短い刀身を持つ武器。

 (なるほどな)

 この男に対する興味は既に失せた。動きやすさを重視した格好に、狭い所で振るうことを想定した剣、おそらくこの男は不意打ちなどを得意とする暗殺者といったところか、僅かな隙をついて喉元に食らいつこうということだろうが、自分の武技をもってすれば、敵ではない。しかし、それでは得られるものもない。だとすれば、もう一人の女、深紅の鎧に装備はどこにでもありそうな剣、しかし女の足元をまるで蛇のように蠢く縄が目につき、彼女らがここまでどうやって、無血制圧をやってきたのか彼女の正体と共に想像がついた。

 (魔法戦士)

 あのアダマンタイト級冒険者チームのリーダーたる彼女と似た系統なのだろう。いや、多分魔法に比重を置いたタイプ。そうなれば、先ほどから感じていた異常の説明もつく。睡眠系の魔法で眠らせてあの自立している縄で縛ってきたということだろう。

 (期待はずれだな)

 結局は魔法詠唱者、自分が求めたのは純粋なる戦士なのだ。どうせ、剣だって、ただの保険かなにかだろう。はっきり言って、彼女たちとやって得られるものはない。しかし、それでも放置という選択肢はない。ブレイン・アングラウスという男が格下相手に背中を向けるなんてこれまで育ててきた己のプライドが許さない。

 (早く終わらせるか)

 

 「なあ、あんたらが侵入者か?」

 

 その言葉を受け、相手もその歩みを止め、縄たちも動きを止める。しかしそこから気をそらすわけにはいかない。それこそ、突然襲い掛かって来る可能性だってある訳だ。

 「ほかにありますか?」

 妙に耳に響く、変わった声音であるが、それは女性のものであった。見たところ、冒険者といったところだろう。

 「あんたらの目的は?あの女たちか?」

 「まあ、そんなところですね」

 それも簡単に予想できることであった。このアジトには団員の性欲処理用として、十数人程の女性たちがいる。娼館から雇ったとかではない。文字通り、ただの道具である。

 「なあ?悪いことは言わねえ。おとなしく帰っちゃくれねえか?」

 まずは、警告、ここで引き返すのであれば、命は助けてやると。しかし、女も男もまるで無関心な様子であった。これから起きることはすべて他人事、そう言った様子だ。

 「それでは、ここまで来た意味がありません。あなたこそ、通してはくれませんか?」

 (面倒だな)

 そう思いながら、ブレインは腰の刀に手をやり、さらに続ける。

 「こっちに来るってんなら命はもらうぜ」

 「そうですか」

 本当に自分たちの現状が分かっていないらしい。これは相当だと内心、嘲笑する。せめて名前は憶えておいてやろうと、問いかけていた。

 「あんた、名前は?」

 それで、女はまだ名乗っていないことを思い出したのか。右手の握り拳を左手のひらにやさしく叩きつける動作をする。「忘れていた」と表現してみせるのであった。

 「これは私としたことが、カーミラと言います。後ろにいるのはベルゼブブ」

 男が頭を下げる。女が主人ということか、とたいして今後必要ない情報を頭で整理する。そして一応こちらも名乗る。どうせ、彼女たちはここで死ぬのだから。

 「俺の名はブレイン・アングラウス、あんたらを殺す男の名だ」

 女はここで少し驚いたようなそぶりをみせる。自分で言うのもあれであるが、そこそこ名は広まっているように思える。

 「あなたがね、それで?どうするのでしょうか?」

 実はこの女、話を聞いていないのではないか、いや、自分にも原因はあるが、まったく先に進めない事に少しずつではあるが、苛立ちが募っていく感触がある。

 「死にたくなければ、帰れと言っている、警告はここまでだ。もしもこっちに来るのなら、斬る」

 そうして構えをとる。決めるのなら一瞬だ。

 「そう、それでは通してもらいましょうか」

 女はまるで、ブレインの存在をそこらの雑草と変わらない様子で歩いてい来る。そこには一切の恐れも恐怖もない。

 (ふざけているな、余裕というのか)

 それも次の瞬間には消し飛んでいるだろうと、武技の発動準備に入る。

 

 〈領域〉 半径3メートル以内の空気、音、気配。そのすべてが認識できる。極限まで高めた命中率と回避率。

 

 〈神閃〉 ただ、一点を狙った。一撃必殺の知覚不可の一振り。

 

 その二つを組み合わせた絶対の技、虎落笛、狙うは女の頸部。やがて、女の右足が領域に踏み込まれる。放たれる神速の斬撃、秒もいらない。女の首は飛んでいるだろう。

 (もらった!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村、薬草調達の為、訪れてた薬師少年とその護衛である冒険者チームをそれぞれの借り宿に案内したとゴブリンの1人であるウンライから連絡を受けたエンリは自室にて書物を読み漁っていた。天井には生活魔法の一種、永続光(コンティニュアル・ライト)が付与されたランタンが吊るされていて、暗くならないように、かといって、明るくなり過ぎないように室内を照らしている。そして彼女の顔には眼鏡がかけられていた。ルプスレギナは少し席をはずしており、妹は昼間来た一向、特にモモンという全身鎧の冒険者の来訪に大喜びをして、いつも以上に動き回り、疲れて眠ってしまっている。普段、ちゃんと自分の手伝いをしてくれているのは知っているので、叱ろうなんて思いもしない。

 「…………すごい、冒険者すごい」

 寝息だろう。なんだか笑ってしまう。

 「…………ゴウン様」

 寂しげに発せられてのは、現在養父たる人物の名であった。まだ知り合って、1月程だというのに、それどころか会ったのが、まだ1度だけだというのに、すごいなつきようだ。父が見たら泣いてしまうかもしれない。健やかに寝息を立てる妹を微笑ましく見たあと、再び書物に目を通す。その文字は彼女の知るものではない。しかし、レンズごしであれば、読むこともできるのだ。これらは当然、ゴウンから借りているものであった。脳裏で再生される鮮明な声。

 

 『お嬢様、こちら、頼まれていた品でございます』

 

 持ってきてくれたのは、デミウルゴスであった。彼はこれらが複製品であることからあまり丁寧に扱う必要はないと言ってくれたけど、できる訳ない。

 

 それと、その際に彼の腰から生えた尻尾を見て、彼が人間ではないこと、そしてあの時見た、アルベドの角が飾りではなく、本物であると知ったが、不思議と恐怖はなかった。なんせゴウンが人間ではなく、アンデッドであったのだ。それこそ、今更な話だ。それに、同じ人間であっても、襲撃してきた人たちがいる訳であるし、あまりそう言ったことに対するこだわりだとかはなくなってしまっているかもしれない。

 

 しかし悲しくはない。恩人たるゴウンに報いる為には、その方が都合が良いことが確かである。

 (ゴウン様)

 ときおり、あの時のことが思い出されて恐怖に駆られそうになるが、それであの方を頼るわけにいかない。自分はあの方にもらい過ぎている。少しでも返していかなくてはと、書物に目を通す。

 

 それは農業に関することであった。先日頂いた「にわとり」なるものの飼育方法であったり、また、この村で新しく栽培を始める予定の作物であったりした。人手に関しては、いくつかあてがあるということと、最悪、ゴーレムを増やすということであった。

 

 それでは意味がないと、言ったが、彼は笑って答えた。その分、生産量を上げれば、きっとゴウンの助けとなると、そう言われてしまえば、自分はもう何も言えない。

 (じゃがいも?らいむぎ?)

 それは当然ながら、自分が知らなものばかりではあるが、綺麗に描かれている挿絵などもあって、なんとか理解していく、というかここで諦めるという発想が彼女にとってありえないことなのである。

 

 30分後、ある程度、読み進めたところで、一旦、休憩にすることにした。頭が沸騰しそうである。気分転換にと渡された小説に目を通す。タイトルは「レ・ミゼラブル」かつて、罪を犯しながらも懸命に善行を行っていく男に、その人物に引き取られる少女の話と、なんだか今の自分たちの境遇に似ていると感じた。ゴウンが罪を犯したなんて、思いもしないが、それから考えてしまう。気になっているのは、先ほど大切な友人と一緒に迎えた冒険者たち、モモンという銅級の者達のことであった。特に気になったのが仲間であるナーベの美貌だ。それはどこか、ルプスレギナを思わせるようなものであり既視感を覚えた。それだけではない。一瞬、モモンを前にしたとき、感じたのだ。まるでゴウンを前にした時と似ていると、少し考えてしまう。ゴウンはやる事があり、その為、代わりにルプスレギナが来た訳だけど、ではゴウンの用事とはなんだろうか?そして、モモンという人物は銅級、エンリにもある程度の冒険者に関する知識はあった。銅とは新米たる証であり、つい最近冒険者になったばかりの者だという証でもある。つい最近知り合った、魔法詠唱者に、最近冒険者となった戦士とその一行。

 (まさか、ね)

 よもや同一人物の訳ではないだろうが、どうしてもその懸念が頭を離れない。しばらく考えて、答えを出すことができなかったエンリは、やれることをやろうと、再び書物に目を通し始める。やがて、戻ってきたルプスレギナが従者言葉で休むよう促すのは必然の流れなのかもしれない。

 

 

 

 

 「死を撒く剣団」、そのアジトと思しき洞窟の入口、2人程の見張りがついている。その手前の茂みの中に彼女たちは居た。

 「では、酒呑童子、この者達の監視、お願いしますよ」

 「お任せください。カーミラ様」

 さきに捉えた男たちはこのまま彼に任せることにして、シャルティアはもう一人の男をともなって、侵攻を開始する。

 「では行きましょうか、ベルゼブブ」

 「畏まりました」

 

 

 「何だてめえら!」

 以前から学習していた通りの愚か者像にあいすぎて、笑いたくなってなってしまうが、ここは真面目に取り組むべきところである。野盗の一人が剣を振り下げる。

 (なっていない)

 間違いなく、コキュートスの方がよほど的確な一撃を出せるとその攻撃を剣で受けとめる。驚くほど、軽い。そして瞬間的に力を入れ、へし折ってやる。男が悲鳴を上げる。正直、主や武人と比べると、本当に力任せのしょうもない技であるが、活用できるのも確かだ。そのタイミングであらかじめ用意していた指輪を起動、男は力なく倒れる。次に別の指輪に力をいれる。先ほどから追従していた縄の一本が男にまとわりつき、縛り上げると、まるで男を引きずるように、入口へと戻っていく。後は待機中の彼に任さればいい話だ。そう、後のブレインの考察、それはこの部分に関して言えば、正解だったのである。シャルティアが使用しているのは、こういった時の為にデミウルゴスに発注して作ってもらった。2つのマジックアイテム。睡眠を促すのと縄を無制限に操れるという大したものではないが、要は使い方に組み合わせだ。こうして、彼女達はゴミを拾う感覚、しかし集中はそらさず、アジトの奥を目指していく。彼女達は決して手を抜かないし、油断もしない。しかし、野盗たちはあまりにも弱すぎた。道を歩くとき、そこにいる無数の虫を気に掛ける者はどれ位いるだろうか?

 「ベルゼブブ」

 必然、無駄話というものをしたくなってしまうものだ。

 「何でしょう?」

 「あなたの作品を味わえないのは残念ね」

 「急に何です?」

 シャルティアが持ち出したのは彼の趣向である創作のことだ。あれは本当に素晴らしいものであり、自分好みのものも彼は作ってくれたのだ。しかし、

 「あの方の御心を思えば、仕方ないことです」

 「そうなのよね」

 そう、何をおいても主が優先される。それと同時に彼がしっかり設定を覚えているようで安心もした。この姿の時は決して、ナザリックの者たちを名で呼ぶことは許されない。

 「それを言ったら、カーミラ様こそ、悪い遊びをやめたじゃないですか」

 「ああ、そうね」

 自分は以前、創造主に創られたことを守り、それこそ溢れる性欲のままに好みの者を男女関係なく抱いていた訳だけど、

 「あの方の好みは一途な乙女という噂がありますし、できることなら綺麗な身で御寵愛を賜りたいのよ」

 「それは、…………もう手遅れなのでは?」

 「何か言いましたか?」

 「いえ、何も」

 大丈夫、自分は純潔なる身だと言い訳がましく内心言い募る。その点でいえば、あの女に負けていると言えるが、有利な点もある。自分の方が、その手の知識や経験、技巧は上だと断言できる。もしもベッドに誘っていただけるのなら、

 (至上の快楽へと誘ってみせましょう、愛しの君よ)

 その為にも、やれることはやらなければならない。

 「あなたは私の味方と見て、いいのですね」

 「ええ、自分はカーミラ様を推している立場だと思っていただければ」

 「あと、あの娘もね」

 「よく、受け入れましたね」

 無論、ソリュシャンのことだ。彼女が主に恋慕を抱いていると気づいたシャルティアは一足早く行動に出ていた。交渉を持ち掛けたのだ。もしも、正妃の座に自分が就く強力をするのであれば、愛人として認めると、

 「ええ、当然です。本来、あの方が望むのであれば」

 しかしそれは、建前に過ぎない。なんとなく予感があるのだ。主に恋慕を抱くもう一人、ナーベラル・ガンマ、彼女は早いうちにアルベドが協力者として取り込むだろうと、そういった大きな差を作らないための、勧誘であり正妻の座さえ、取れれば、主がどれだけほかの女を抱いても気にはならないだろう。いや、それにも限りは、そう、ナザリックの者に限ると思うが、もしも主が望むのであれば、墳墓の女たちは躊躇いなく股を開くべきだ。主のモノを受け入れる為に。

 「カーミラ様、その考えは正直引きます」

 言葉には出していないはずなのだが、

 「あなたも()()持っていたかしら?」

 「あいつじゃなくても、分かりますって」

 そんなに自分は分かりやすい性格なのか、これは注意しないとあとあと大失態を招くかもしれない。そうして、地味なそれでいて、野盗にしてみれば恐怖の侵攻劇はある男との邂逅で終わりを迎える。

 (ふむ)

 現れたのは、青い髪をもち、無精ひげを生やした男であった。シャルティアがまず興味を惹かれたのは、その腰の獲物、間違いない

 (刀)

 自分がよく知る階層守護者やその副官を務めているシモベが愛用している武器だ。そして、本当に僅かであるもののこれまでは違うと何かを感じ取った。

 (もしかして)

 何はともあれ、まずは動かないと始まらない訳だ。

 

 

 

 

 アジト内を激しい音が駆け巡る、最高速度で放たれた物体が、同等以上の硬度を持つ物体に激突した音であった。それはシャルティアにしてみれば、初めて得られた感触、しかし

 

 「馬鹿な」

 思わず口にしていた。いつもと奏でる音が違うだけで、すぐに違和感に気付いた。いつもこの技を放ったあと、聞くのは相手の首から血が噴き出す音なのだ。それが、こんな何かにぶつかったような音を出すなんて、それだけじゃない。いつもなら振り切っているはずの利き手がいまだ。動作の途上で止まっているのだ。これから導き出せる答えは、

 (そんな)

 自分が放った一撃は女が片手で止めていたのだ。それも手のひらなどではなく、人差し指と中指の二本を刀身にひっかける形で止めていた。それはつまり知覚不可の剣が見えていたということ。

 

 (確かに)

 シャルティアにしても驚きであった。まずいきなり男の雰囲気が変わったのだ。ついで、放たれた一撃は正確に自分の首を狙ってきた。それまでのように剣で受けるというのが、難しく、とっさに剣を捨てて受ける程であったのだ。

 「なるほど、これがあなたの武技というものですか」

 それは彼女にしては本当に珍しく、外部の人間を褒め称えるものであった。しかし、ブレインにとってはそれどころではない。必殺を止められ、言葉にしていないというのに武技という事を看破されたことを。ブラフだとかそういったものだと考える余地は既にない。

 「大方、知覚能力を上げるもの、それに《居合切り》というのかしら?それを元にした一撃特化の斬撃、その組み合わせといったところですか?」

 その解説がさらにブレインの自尊心を削りだす。一度受けただけで、自分が長年かけて編み出した技の構造を見破られるなんて、と彼の心には亀裂が入り始める。そしてシャルティアとて、これまで無駄話をしていただけではない。最初からすべて魔法で済ませばいいのに、それをせずに、相手の攻撃を受けてきたのは、経験を得るためだ。現地の人間の動きというものを、そして得られた記憶を参考にしても目前の男が只者ではないと知り、顔に出さずに歓喜する。もし、この男を連れ帰ることが成功すれば、主に自分の有用性を示せると。

 「ふふふ、あなたがかのストロノーフ戦士長と肩を並べる強者だというのは分かりました」

 そう言って、女は何を考えたのか、左手の籠手だけ取り外す。中から出て来るのは、白を通り越した真っ白な手、何をするというのか?

 「では、もっと見せてください。あなたの力というものを」

 この女は何を言っている?先ほど放ったのが、全身全霊自分の全力だ。それでも、

 (なめるな!!)

 まだ残っていたプライドに身を任せて、女に斬りかかる。様々な方向からの連撃、しかし女はそれをあろうことか、左手の小指、その爪先だけで受け切ってみせたのだ。

 (くそ!)

 ブレイン・アングラウスのすべてが無駄だと言われているようであった。そして、

 (ふむ、悪くないわ、あれを)

 先ほど、ヴェルフガノンから提案された方法を使うときであろう。

 「もっと本気をだしてください。戦士長とは大違いですよ」

 そう、煽ってやるのだ。彼らの過去もすでに彼が調べていたのだから。しかし、

 (な)

 そう、ブレインは衝撃を受けていた。ずっと彼に追いつく為に努力してきた。しかし、この女はなんと言った?

 (ガゼフの足元にも及ばない?)

 そこまでシャルティアは言っていないが、精神的に追い詰められたブレインにそれを判別する力はない。さらに女は続ける。

 「人とは、誰かの為に戦って力を発揮するといいます。愛する者、友との約束、護りたいと願う子など、あなたにはいませんか?そういった人は」

 シャルティアにしてはなんとかこの男の力を引き出したいというものであったが、それこそブレインのなけなしの自尊心にとどめをさした。彼は力を得る為にすべてを置いてきた男だ。そう、そのすべてを今、完全否定された。正確にはガゼフともう一度剣を交えるという約束があるが、それすら失くしてしまった。

 「うわあああああああ!!!」

 「!?!?」

 ブレインは絶叫をあげながらその場を逃げ出した。大粒の涙を流しながら、その様はあまりにも絵面が酷く、シャルティア、ヴェルフガノンは驚きのあまり、その場をしばらく動けなかった。

 

 そして、やがて、静寂が残された2人を包む。

 「ベルゼブブ」

 「申し訳ございません、それしか言葉にできません」

 「いえ、もういいです」

 シャルティアも疲れてしまったかもしれない。大の大人が大泣きしながら逃げる様はそれほどに酷い構図であるのだ。

 

 その後、残りの者達を制圧、女性たちは最低限の治癒を施したうえ、縄を編んで、魔法の絨毯のように整えてそこに乗ってもらい。エドワードと、合流。そのまま冒険者チームに引き渡して現在に至る。あの男にはどうやら逃げられてしまったようだが、特に気にすることはない。デミウルゴスにも確認をとった。

 『素顔を見られた訳ではないのでしょう?』

 顔はおろか、姿も、名前も、声も、あとは戦い方もすべて偽りである。もしも懸念材料をあげるとすれば、自分の左手を見せてしまったことだけど、それくらいは誤差の範囲内であるらしいということであった。

 そしてこれからの行動方針を決めようとしたときに、伝言(メッセージ)があったのだ。相手はあの女の姉であった。それによると、カルネ村に正体不明の数人が迫っているという。一応、グリム・ローズの班が向かっているが、念のため自分達にも向かってほしいというものであった。

 カルネ村、それは主が楽園計画の本拠地と決めたいわば聖地、それに

 (エンリ・エモットにネム・エモット)

 主が後見人を務めることにした姉妹がいる。愛しの主が娘と定めたのであれば、それは自分にとっても同様だ。行かない理由がない。

 (それにしても)

 アルベドは油断ならない。その姉妹と交流を得て、外壁を埋めようとしているのだから。あの姉妹に母と呼ばれるのは、 

 (私、シャルティア・ブラッドフォールンよ)

 こうして、カーミラとそのシモベから再び、吸血鬼一行へと姿を変え、現地に向かうのであった。

 

 

 

 さほど時間はかからなかった。そしてシャルティアたちを出迎えたのは、木に背中を預け眠る一人の少女であった。その体はつぎはぎだらけで、至る所に包帯がまかれ、背中から生えた可愛らしい悪魔の羽もボロボロであった。少女が身に着けているのは、ワンピースに頭には薄汚れたウエディングベールのようなものを被っている。そして少女の傍らには身の丈以上の大鎌が立てかけてあった。

 「フェリ、来たぞ」

 声をかけるのは、こちらの中で最も彼女と接点の多い、ヴェルフガノン。その声に反応するように少女の瞳が開けられる。そして立ち上がり、得物を肩に担ぎ、頭を下げる。

 「これは、シャルティア様、それにヴェルフガノンとエドワードか」

 その言葉を聞いて、隣の男が安堵するのが伝わってくる。彼女ほど、仕事時のオンオフが激しい人物はそうそういないであろう。

 「ええ、フェリアネス、ここにいるのはあなただけかえ?」

 「はい、今、リーダーとガデレッサが先行して様子を見てきています」

 まあ、その配置が合理的と言えば、合理的だ。やがて、周囲の木々が揺れだす。何か巨大な動物が歩いて来るようだが、彼女たちが怯えるということはない。やがて現れたのは、死体を担いだ巨漢であった。

 「ガデ、戻ったか。リーダーは?」

 彼はヴェルフガノンにそう問われると、担いでいた死体を地面に横たえる。

 「ああ、そう言うこと」

 それだけで、全員が理解した。グリム・ローズはいつもは本体が、人間の死体に寄生する形であの姿をとっているのだ。そしてその死体がここにあり、彼の象徴である。茨が見られないということは、

 「リーダー、こりゃ本気ですね」

 「そうね」

 それは、今回の相手がそれだけ驚異的な相手であるということだ。

 「分かりました。ひとまずは私が見てきんす。ぬしたちは念の為、迎撃の用意を」

 「「「畏まりました」」」

 「!!!!!!」

 

 こうしてシャルティアは1人、向かう。

 

 そして、見たのは、奇怪な一団であった。統一されていない。服装に、バラバラの武装。それは以前の世界でよく見られた光景でもある。

 

 「グリム・ローズ、いるんでありんしょう?」

 「korehasyaruthiasama(これはシャルティア様)」

 地面から茨が飛び出してきて、律義にお辞儀をする。そして彼らの存在に対して性急に結論を出すため、情報を聞かせてもらう。気になるのは、彼らの中に七罪真徒たちより強い者がいるのだ。一瞬、迷った。しかしながら不安を感じるのはそれだけでもないということもあり、彼女は。

 「撤退しんす。アインズ様に話をしましょう」

 悔しさのあまり歯噛みしてしまう。もしもこれで主に失望されてしまってら自分はどうなるというのか、こうして吸血鬼は冷静に状況を見て、墳墓へと帰還、このことをアルベドを始めとしたほかの者たちに報告、一応、集まれるものが集まり、協議をしたが、それでも答えはでず。主にも帰還してもらうことになったのだ。やがて、支配者がこの地を踏む。

 

 

 

 「成程、そういうことがあったのか」

 玉座の間、パンドラズ・アクターと入れ替わる形で帰還したアインズがシャルティアから報告を受けた第一声であった。今、この場にはセバスを除いた100レベルNPCが全員揃っている。そして彼女はその中でも戦闘能力で言えば、守護者最強、その彼女が感じた嫌な物とは、

 (まずは確認だな)

 すでに確認の為の魔法は様々な対策を講じたうえで、用意できてるという。これはいい傾向だと、その映像を見せてもらう。目についたのは13人の男女、そしてシャルティアが七罪よりも強いと評した人物にある老婆へと視線が移り、目を疑った。どうしてあれがここにある。そして見えたのはある意味、最悪の未来。

 

 「シャルティアよ来てくれるか?」

 震えそうな主の声を聴いて、彼女は内心、気が気でなかった。やはり、自分でなんとかすべきだったのだろうか?と。しかし彼女を迎えたのは主の優しき抱擁であった。

 「え」

 「よく、戻ってきてくれた。最悪、私はお前と戦わなくてはならない所であった」

 主が何か危惧しているのは分かるが、彼女にとってはそれどころではない。優しく、しかし、体が骨である為、いくらかは固いものがぶつかり、その部分すべてが熱を帯びる。もしも、もっと早く、性欲を抑える処置をしていなかったら下着を濡らしていたところであった。

 

 「アインズ様、説明を求めてもよろしいでしょうか?」

 アルベドは何とか嫉妬と殺意を抑えながら、主に問いかける。こんな時だというのに、顔が溶けている吸血鬼がひどく、妬ましく、恨めしい。

 

 「ああ、そうだな」

 こうして、アインズは自身の記憶から彼らが、正確にはその中心にいる老婆が身に着けている衣服について語る。

 その名は傾城傾国、本来耐性を持つ者でも魅了、洗脳してしまう恐ろしい世界級アイテムであると、それを聞いて、守護者たちもまた恐怖する。主に斬られるのはまだいい、それよりも恐ろしいのは、主への忠誠さえ塗り替えられてしまうという所であった。そして、アインズもまた考える。それだけのアイテム、見る限り、そのほかの者達の武装も、ある程度の練度があるものであった。そして、何故彼らがカルネ村へと向かっているのかという点。思い当たる節があるとすれば、

 (彼らが)

 法国からの使者達ということになる。

 (俺が行くしかないか)

 さて、対話か、戦闘かどっちだろうか?このまま彼らを放置していれば、確実にカルネ村に向かうだろう。そこで彼らがどうするかは分からないが、あの村には、見守ると決めた姉妹に、協力者になりえそうなもの達、自分を驚かしてくれた少年がいる。放置はできない。

 「分かった、今回は私が彼らの対応をするとしよう」

 「「アインズ様!!」」

 声を上げるのはアルベドに、シャルティア、彼女たちだけではない。ほかの階層守護者たちも自分を見つめている。それも不安げに、確かにそうだ。下手をすれば、自分がその洗脳を受けてしまうのだから。対策がない訳ではないが、もしも変質してしまっていたら。

 (いや)

 その懸念を表にだしてはいけない。そうすれば、彼女たちは間違いなく自分が行くと言うだろう。しかし、それはアインズの許せるところではないし、仮に自分が洗脳状態になった時は、

 (すまんな)

 きっと彼女たちは自分の望みである楽園を作るため、尽力するだろうし、その時自分が障害になるのであれば、きっと殺してくれると信じて。

 

 「厳命だ、今回は私が出る」

 「申し訳ございません、その言葉には頷きかねます」

 こんな時だというのに、笑いたくなる。彼女の瞳は何が何でもいう事を聞かないというものであったのだから。だからこそ、続ける。

 「何も策がない訳ではないし、何なら、この後、教えてやる。まずは承諾してはもらえないだろうか」

 彼女は少し考え込んだ様子を見せて、

 「それでしたら、せめて、現地にグリム・ローズを派遣することをお許しください」

 「ああ、あれを期待してか、分かった。それぐらいは許そう」

 「ありがとうございます」

 

 それから、アインズは一旦、自室に戻り、彼らとの開戦準備。もうそうなることが分かっているようである。アルベドが簡単な監視も兼ねて、傍にいる。アインズが取り出したのは、今日まで調整していた規格外のマジックアイテム。

 「アインズ様?それが」

 「ああ、今回の秘策だ」

 それはよくある腕時計であったが、アインズが取り出したのは文字盤が少し異常であった。本来、時計の文字盤というものは円形を12分割したうえで、1から12の数字を割り振るのだが、アインズが取り出したのはそれがさらに2分割されており、1から24まで刻まれていた。これはすなわち、2周することで、24時間を示す腕時計がこれの場合は1周で済むという訳である。それとは別に〈次元の移動〉(ディメンション・ムーブ)を仕込んだ指輪を用意する。それと念の為、パンドラズ・アクターに頼んだ物も装備して準備が終了した。

 

 「アインズ様、それは」

 そういえば、まだ名前を言っていなかったなと、アインズは告げる。調整していたその名は。

 「記憶巡りし時計(メモリアル・ダイアリー)といったところだな」

 

 

 

 

 

 カルネ村を目指して北上していたのは、アインズの見立て通り、法国の者達であった。彼らの名は漆黒聖典、その目的はアインズ・ウール・ゴウンを法国の秘宝である。傾城傾城(ケイ・セケ・コゥク)を用いて支配下に置くことであった。それは法国の最高執行機関の話し合いの末での決定であった。アインズ・ウール・ゴウンはプレイヤーの可能性がある。しかし、彼が自分たちの信じる神と同じとは限らない。闇の神官長はしつこく反対していたが、その存在が厄災を招く可能性がある以上、多少強引な手段に出ることとなったのである。そしてひとまずはカルネ村を目指し、彼との接触を図ることになったのであるが、

 

 「みなさん、初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウンと言います」

 目標の方から来てくれたのである。隊長の判断は早かった。

 「使え」

 すぐさま、その秘宝の使い手であるカイレは発動の構えをとる。そのチャイナドレスに描かれた竜が生きているように脈打ち始め、そして光と共にそのみすぼらしいローブをまとったアンデッドへと襲い掛かる。やがて、

 

 

 アインズにしたって、賭けであったのは確かであった。もしも、話し合いで済めばと思ったが、攻撃を仕掛けて来た。包まれた光の中をアインズは思考していた。いや思い出していた。自分の願いを、NPC達と穏やかに暮らすため、もう一度、あの光景を見るため、楽園を目指す。その思いがすり減ることはなかった。

 (この賭けは俺の勝ちだな)

 もしも、これで洗脳状態になれば、彼が自分を拘束して、そのまま墳墓へと連れ帰るつもりだったに違いないが、その必要もなさそうだ。そして腕時計をさする。これができたのは、世界樹から採れるデータクリスタルもだが、彼の力が大きい。

 (ありがとう、ヘロヘロさん)

 さて、あいつらは喜んでくれるかなとアインズは戦闘状態に入ろうと、その時計のダイアルをいじる。まずは、

 

 01:23

 

 勿論、手動ではなく、思念形式であるものだ。ここまでくると最早何でもありに聞こえてしまう。

 

 やがて、光がおさまり、自分の状態を見た彼らが驚愕に満ちた顔を見せたことで、アインズは言葉を紡ぐ。

 「私は話をしに来たのですが?やはりアンデッドというのは、信頼できませんか?」

 彼らはそれどころではなさそうであり、先ほどと同じ声が聞こえた。

 「もう一度だ」

 (駄目か)

 アインズはもう一つの指輪を起動させて、一気に老婆の眼前へと移動する。よりいっそう困惑する聖典たち。

 「セドラン!!」

 「分かっている!」

 巨盾万壁と呼ばれる第8席次が老婆を護らんとその前に立ちふさがり、盾を構えるが、アインズはそれに構わず、先ほどだした武装で、その男を老婆ごと貫く。

 「カイレ様!」

 

 「あれは!」

 支配者のいない玉座の間、そこではアルベドたちがアインズの戦いを見守っていた。声を上げたのは、撤退を決めたシャルティアであった。その気持ちも分かる。なんせ主が彼らを貫く為に使った武器は。

 「スポイト・ランス」

 そう、彼女に与えられた武器なのだ。どうして主がそれを?アルベドだけがその可能性に辿り付きそうになるももうしばらく、見ておくという選択を行った。

 (モモンガ様)

 

 (よし、シャルティア、やったぞ)

 アインズはその事に満足しながらも次の時刻に合わせる。

 

 05:15

 

 聖典の第2席次、時間乱流とよばれる者はアインズに斬りかかろうと飛び出すが、次の瞬間には消えていた。またかと思ったところで、下からたたき上げられる感触を味わい、気づけば、

 (は?)

 宙に舞っているのは、自分の体を離れている下半身であった。

 

 「オオ」

 次いで声をあげるはコキュートス、それもそのはず、アインズがすくい上げるように、相手に叩きつけたのは、白銀に輝くハルバート、まさしく。

 「断頭牙」

 

 (コキュートス、いい切れ味であった)

 アインズは手慣れたように、ダイアルをいじる。次は、

 

 18:00

 

 「クアイエッセ!!」

 「分かっていますよ!!」

 第3席次の呼びかけに苛立ちながら言葉を返すのは第5席次、「1人師団」彼は自慢の軍団を召喚しようとするが、不意に体の自由が効かなくなる。

 (何!)

 みれば、自分のほかにも第3、6、11席次の者達も動けないようであり、全員の体を植物がまとわりついていた。

 

 「ああ!」

 マーレは感激していた。主が手に持っているのは間違いなく、今、自分が持っている物と同じ物。

 「シャドウ・オブ・ユグドラシル」

 

 (マーレありがとう。次はアウラ、行こうか)

 ダイアルを合わせる。

 

 06:00

 

 アインズの手に、弓が現れる。

 

 「アインズ様!!」

 

 アウラは歓喜した。そして気付けば主と一緒に叫んでいた。

 

 「「天河の一射!!」」

 

 レイン・アローから放たれた、その一撃はクアイエッセを始めとした4人を飲み込み爆発した。それ程の衝撃があったのだ。

 

 (次はデミウルゴス、頼むぞ)

 ダイアルが示すは、

 

 07:07

 

 第4席次、神聖呪歌と呼ばれる彼女はここに来て、判断を誤ったと認識していた。法国でも指折りである部隊、しかし、既にその半数が死んでしまっている。だけど、それでも、

 (アンデッドを、認める訳にいかない)

 自分たちだって、生半可な覚悟でここにいない、自分の戦いをしようとしたところで、

 「すまない、もう少し減ってもらおう」

 一瞬であった。道具を出そうとした腕が、両方とも消えていた。

 

 「!!!!!!!!」

 

 吹き出す血と共に彼女は沈んでいく。

 

 「我らが主よ」

 デミウルゴスも珍しく、涙をながしていた。主の両手は変化しており、骨ではなく、青黒く光っていた。

 「悪魔の諸相:鋭利な断爪」

 

 残ったのは5人、

 「2人で突っ込むぞ!」

 「おう!!」

 第10席次、人間最強と第12席次、天上天下はアインズへと突っ込む。しかしまたも彼は消え、

 

 「行くぞ、セバス」

 ダイアルは既に設定されていた。

 

 09:19

 

 彼の両腕がまたも変わる。それは人間の腕に見えたが「人化の指輪」を使用した結果ではない。もしも、執事が見ていれば、彼も波を流しただろう。アインズはその右こぶしを遠慮なく、天下天下へとぶち込む。彼は、人間最強を巻き込む形で吹き飛び、断崖へと叩きつけられた。おそらく2人とも、もう立つことはない。

 

 漆黒聖典隊長は先ほどからアインズが見せていた動きに翻弄されながらも諦めることはなかった。しかし、この時点で、残っているのは自分を合わせて、3人だ。それに第7席次の少女に関しては既に戦意を失ってしまっている。それでもこの化け物を、人類の敵を見過ごすわけにいかないのだ。

 

 アインズもまたダイアルを回す。思い浮かべるのは自分に向けられた笑顔。

 (やろうか、アルベド)

 

 10:41

 

 またも彼の武装が変わる。その手に握られているのは、

 

 (モモンガ様、私は共にあります)

 

 アルベドが愛用しているバルディッシュであった。

 

 記憶巡りし時計(メモリアル・ダイアリー)

 

 それは、アインズが独自に作成した。ギルドマスター専用の装備、長針と短針の組み合わせで、自ギルド所属のNPCの装備や能力を一部、再現できるといったものである。が、無論そんな都合のいい設定ばかりでは存在が成り立たない。当然ながら、デメリットもある。このアイテムの使用中はアインズ本来の魔法やスキルは一切使用できない。様々な無効化スキルも使えなくなるので、もしも使いどころを間違えれば、危険な物でもある。しかし、アインズは何としてもこのアイテムを完成させたかった。これは、いわば彼の覚悟、彼女たち(NPC)と共にあり続けるという証であるのであった。

 

 法国で有数の槍使いたる隊長と、墳墓をまとめる今は斧使いの支配者がぶつかる。激しい打ち合いであったが、武器の相性、元の膂力、何より、思いの差がやがて、アインズの振るう斧が隊長の槍に傷をつけていく。

 (このままでは)

 (押し切るぞ)

 決着はすぐについた。隊長の槍が折られたのだ。彼は両膝をつき、しばらく動けないようであった。時間にして150秒程の戦いであったが、それは彼が今まで経験したどの戦よりも苛烈なものであったのだ。

 

 「これ程、力の差があるとは、これが、プレイヤー」

 その言葉にアインズはすぐにでも問いただしたい気持ちに駆られるが、早くこの場を納めたくもあった。これ以上、余計な客が来る前に。

 

 「仏の顔も3度まで」

 その言葉に生き残った者たちは唖然としていた。

 「カルネ村の件は、こちらにも非があるので無効としよう。あと2回、私は君たちと対談の機会を設けたいと考えている。次は紳士的に頼みたいものだ」

 その言葉を受け、最早壊滅状態であった、漆黒聖典には撤退するしか選択肢はないのであった。

 

 

 彼らが去り、アインズはそこで茂みの方向に視線を向ける。

 

 「いるのでしょう?出てきてはくれませんか」

 「ainnzusama(アインズ様)」

 地中で待機してくれている彼が、動こうか聞いてくるが、手をかざして否定する。多分相手は出てきてくれることだろう。

 

 「気づかれていたなんてね」

 現れたのは、白銀の鎧であった。その姿はまるでかつての友を思い出させるようである。

 「単刀直入に聞く。あなたは何者だ?」

 「君はプレイヤーなのかい?」

 質問を質問で返されてしまった。しかし、アインズは別に気にならなかった。先ほどの者たちに対する感情が強いのかもしれない。

 「ああ、そうだ。私はプレイヤーだ」

 「そうか、そうなんだね」

 その様子にこの人物は今まであって来たもの達と違うと感じて、対応に力を入れる。できるだけ、この世界のことを知る為に、

 「あなたは何者なんですか?私の事情に詳しい様ですが」

 その紳士的な態度に竜王たる男もある程度は態度を軟化させる。本来彼も穏やかな性格なのだ。

 「失礼、僕はツァインドルクス=ヴァイシオンと言います。すべてを話すことはできませんが」

 アインズとてそこまで高望みはしない。とりあえずは知りたいと思っていることを聞ければいいのだ。

 「大丈夫です。私はアインズ・ウール・ゴウンといいます、聞かせてくれますか?この世界と」

 「YGGDRASIL(ユグドラシル)との関係だろう?」

 その単語も知っているのかと、アインズは驚愕と共に期待を抱く、彼からの話であれば、信憑性はありそうだと。そこから聞いた話は驚くべきことであった。何と、100年周期でこの世界にプレイヤーやその関連が流れて来るという。有名なのは六大神、八欲王など、そしてこの世界には元々YGGDRASIL(ユグドラシル)の魔法はなかったが、それを八欲王たちが歪めてしまったということ、おそらく、そのプレイヤーのほとんどが既に死亡しているということなど、聞いて、アインズが初めにとった行動はツアー(親しい間柄での愛称)を驚かせた。

 「ヴァイシオン殿、申し訳ございません。俺の世界の人間が」

 頭を下げたのだ。それはツアーにとっては衝撃を通り越して、未知ともいうべき光景、

 「いえ、もう済んだことですので、でも、どうして?」

 何故頭を下げたのか聞いてみる。もしかして、先ほど話したプレイヤー達の中に友人でもいたのだろうか?

 「そうではありません」

 アインズはその言葉を否定して、語る。好き勝手やって、この世界を滅茶苦茶にした八欲王たちのことはどうでもよかった。しかし、それでYGGDRASIL(ユグドラシル)がくだらない世界だと思ってほしくないと訴えた。これにはツアーも思う所がある。要は、故郷を護りたいというごく当たり前の気持ち、

 「分かったよ、君の居た世界を憎むことはしない」

 「ありがとう。ヴァイシオン殿」

 「ツアー」

 「はい?」

 「長いからね、そう呼んでよ。僕と親しい人はみんなそう呼ぶ」

 「分かったよツアー。では私のことも気軽にアインズと呼んで欲しい」

 「そうさせてもらうよアインズ」

 そしてツアーはアインズへと問いかける。目的は何なのかと、もしもこれまでのプレイヤー同様、力のままに世界を蹂躙するのであれば、対策を講じる必要があるが、何故かその心配が杞憂であるとも感じているのも確かだ。そして、アインズもまた、この人物が短絡的ではなく、長い目で物事を判断できる人物だと信頼を抱き、計画のことを話す。

 (それは、初めてかもしれない)

 楽園計画を聞いたツアーの印象だ。すべての種族を統一して、悠久なる世界を作る。それは今まで誰も、どのプレイヤーも考えなかったことだ。最も近いところにいるのは、六大神であるが、結局彼らは、人類守護を掲げ、人類第一主義に走ってしまったことも確かである。

 「アインズ、僕は今すぐ君の協力者にはなれないし、その楽園の形によっては君を殺さないといけないかもしれない」

 「別にそこまで、望んじゃいないさ、今は私と彼女たち(NPC)を見ていてはくれないか?」

 「分かった。そうしよう」

 無意識にツアーは手を差し出していて、アインズもその手を握り返す。握手を交わしながら、アインズは考えていた。六大神とは何とか対話をしたいが、このままでは戦争になりそうだ。と、ツアーは既に全員死んだと言っているけど、蘇生だってある世界のようだし、そう簡単にくたばるとは思えないのだ。

 

 「最後に聞かせてほしい、アインズ」

 「何ですか?」

 「どうして君はそこまで高潔でいられる?」

 そう、あの世界から来たプレイヤーということは、ツアーはそこまで理解は深くなかったけど的確に核心をつく、そう元はネットゲームのトッププレイヤーたち、しかしそれは現実では反対に冷遇される立場であったり、居場所を作れなかった者たちなのでもある。そんな彼らが常識を逸脱した力を得て、この世界に飛ばされたとなれば、それまでの負の感情が爆発して、欲望のままに生きてもおかしくはないのだ。そして、それを聞いたアインズも考える。もしも、ナザリックごとではなく、自分1人だけ飛ばされたとしたら。いや、いくら考えても結局は空想の域を出ないものだ。そして答える。

 「彼らが私の中で生きている。それに彼女たち(NPC)がいますから」

 かつての友達たちの思い出、今ある臣下たちとの確かな絆、そして

 (俺も男だな)

 ただ、自分を愛しているといってくれた彼女にかっこいいところを見せたいだけという思いがあるのも確かであるのだ。無論、本人には絶対言わないけど。

 「分かった。それとごめん、もうひとつ聞かせてほしい。君は協力者としてプレイヤーを探すつもりかい?」

 「???、ええ、そのつもりですけど」

 プレイヤーであれば、力はもちろん、財力だったり、向こうの世界から持ってきた。物品の数々、計画の為にはいくらあっても足りないのだ。

 「1つだけ忠告をさせてほしい。君は稀な存在だ。それを決して忘れてはいけない」

 

 こうして、死の支配者と白銀の竜王の初めての邂逅は果たされた。アインズは僅かばかりであるが、希望もつかめたと感じていた。

 

 

 

 

 

 スレイン法国最高執行機関は荒れていた。切り札として送った漆黒聖典は壊滅、死んだ者たちにの中には蘇生が効かないものもおり、秘宝が返ってきたのが、不幸中の幸いであった。

 「これで証明されただろう?アインズ・ウール・ゴウンは、人類の敵だ」

 ドミニクは分かっていたことだと吐き捨てる。

 「違う!無礼を働いたのは我々だろう!!」

 叫ぶのは先の採決に最後まで反対の立場をとっていたマクシミリアンであった。

 「だから言っただろう!!初めから対話をしに行けばよかったと!」

 「黙れ!!そもそも王国の味方をする時点でただ、力を持った愚か者だということで決まっただろう」

 苛立たしげに彼を罵倒するのはレイモン、そうそれが彼らの出した結論でもあった。アインズ・ウール・ゴウンは、落ち目の王国を乗っ取るつもりであると。

 「違う!もしもかの方がそうであるならば、我々は既に死んでいるはずだ!」

 「しつこいぞマクシミリアン!!」

 

 (まずいね)

 その様を見ながら、ベレニスは思う。あれから、そう今は失踪したニグンが帰って来てから、ずっとこうだ。マクシミリアンが既にこの機関から孤立し始め、レイモンにドミニクも冷静さを欠いてしまっている。以前のような団結は見る影もない。すべては奴が原因だ。

 (アインズ・ウール・ゴウン)

 彼女は考える。何とかその存在を抹消して、そして再び、法国を一つにしなくてはと。

 (あの子らに頼むとしようか)

 そう、何も腕利きは彼らだけではない。正攻法がうまくいかないのであれば、搦め手でかかるだけだ。

 

 

 

 

 

 シャルティアは、エドワード、ヴェルフガノンを伴って、王都へと歩みを進めていた。その足取りは軽く、顔はいつになく輝いていた。今回の件で主に褒められ、そして抱きしめてもらったのだ。

 (まだまだこれからでありんすよアルベド)

 恋敵へと宣戦布告を叩きつけ、彼女は上機嫌に行く。

 

 彼女たちが歩むのは()()()()()()()()進むのは、()()()()()()()()()である。

 

 

 第3章 完

 




 ようやく、出せました、とんでもアイテム。ある程度の伏線は前の章からあったと思いますが、どうでしょうか?


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幕間その4 悠久なる楽園計画

 今回は予告通り、カルネ村が舞台です。


 カルネ村、奇怪な運命に巻き込まれ、本来であれば、消滅していたこの村はある人物がある計画の地としたことで、大きくその姿を変えていた。そしてその渦の中心にいるのは間違いなく、彼女であった。

 

 エンリ・エモット

 

 村娘でありながら、いや、辺境の村娘であったからこそ、彼女は運命というものに殺されるところであった。しかし、時を同じくして数奇な運命に巻き込まれた男との出会いが彼女のそれまでの在り方を変えていく。

 

 

 彼女の朝は早い、正確な時間の概念がない世界ではあるけど、もしもそれがあるとしたら、彼女が起きているのはいつも午前5時にあたる時間だったりする。

 「おはようございます。お嬢様」 

 まるでそれを待ち構えていたかのようにかけられる声、目覚まし時計には豪華すぎる程、透き通ったものである。発してのは、少々、風変わりなメイド服を身に纏う従者である女性。

 

 「おはようございます。ルプスレギナさん」 

 そう、これも変化の一つと言えるだろう。彼女は別に資産家だとか、やり手の商人とかではないのだ。そんな彼女にメイドがついている。それはありえないことではあるのだけど、そのように感じているのはこの少女本人だけだったりする。

 

 そんな少女、エンリは挨拶を返しながらも、目前のメイドの不可思議ともいえる体力の謎を考えてしまう。一応、彼女にも今は亡き、両親の形見たるベッドを貸し出して、休んでもらっているはずなのだが、彼女は決して自分と妹より先に寝ることはない。だというのに、いつの間にか起きているのだ。睡眠時間が足りているか心配になる。

 

 「お嬢様?」

 彼女が従者言葉を使うときは冷やかしだとか、からかいではなく、真に自分達を考えている時だ。何だというのだろうか?

 「あの、何でしょうか?」

 彼女はすかさず自身の頬を指で示してみせる。思わず自分の頬をさすってみれば、濡れていた。

 「悪い夢でも見ましたか?」

 そう言われれば、見たと言えば、見たわけだけどそれを表に出すわけにいかない。彼女に、恩人たるあの人にこれ以上迷惑をかける訳にいかないのだ。

 「大丈夫です。きっと、ゴミでも入ったんです。結構あるんですよ、この辺りだと」

 それも嘘という訳ではないし、あくまでにこやかな表情を心掛けて問題はないと告げる。その言葉を受けて、ルプスレギナは、少々怪しむ視線を向けて来るが、やがて納得したのかその瞳の線がゆるむ。

 「分かったすよ。エンちゃんがそう言うなら、私は何もないっす」

 「ありがとうございます。ルプスレギナさん」

 「にしし、それにしてもエンちゃんの寝顔ぱねえっす。思わず襲いたくなる位っすよ」

 一瞬、顔が熱くなりかけるが、なんとかこらえる。エンリは別にその手の趣味がある訳ではないが、これ程の美人にそのようなことを言われて、動揺するなというのが、難しいように思う。

 「冗談はやめてください」

 「もちろんすよ。というかそんな事すれば、今度こそ殺されるっすからね」

 軽く、物騒なことを口走る彼女、そういえば、先日彼女たちの居住地である墳墓へと帰った際にキツイ処罰にあったと笑いながら話してくれたことがある。決して自分たちのせいではないと言ってくれるけど、それでも気になってしまうし、不安にもなる。

 「ルプスレギナさんの方こそ大丈夫なんですか?私たちの」

 

 そこで彼女は手を振ってみせる。本当に自分たちは関係ないと言ってくれているけど、それでもエンリにとっても他人事ではない。今ではエンリにとって彼女も、大切な家族だという認識なのだから。

 「大丈夫っすよ、本当に私のドジっすから」

 「何をしたんですか?」

 「一言で言うなら、大人のあれっすね」

 それを言われては、それ以上聞くことができなくなる。好奇心はうずくがそんな簡単に踏み込んでもいけない話題だと理解しているのだから。でも、1点だけ、気になるというか最早確信でもあるのだが、

 「もしかして、それって」

 「そうっすよ、アインズ様絡みっす!」

 「本当に何をしたんですか?」

 問いながらも、考えてしまう。あまり妹に聞かせられない事情、養父たるあの方の寝こみを襲ったのだろうか?

 

 「違うっすよ。エンちゃんもムッツリすね~」

 あっさり否定されてしまい、更にまるで、今の思考を読まれてようで、頬が熱くなる。彼女は続ける。その瞳はいつも見る、駄目なやつであった。

 「もしかして、エンちゃん、私にお母さんになって欲しいんすか?それなら頑張ってアインズ様とハッスルさせてもらうっすよ?」

 「違います!!」

 

 まだ妹が寝ていることを急いで確認する。どうやら、今の会話は聞かれていなかったらしい。安堵すると同時に疑問が湧いてくる。そもそもあの方は骨だけの身なのだ。どうやって目前の彼女はあの方と子供を作るつもりだろうか?

 

 (もうやめよう)

 これに関してはあまり考えない方がいいだろう。それよりもやらなくてはならないことは沢山あるのだから。

 

 (それに)

 今日はその墳墓からこの村を訪れるという予定の方が何人かいる。その約束をたがえるなんてことは絶対したくない。

 

 こうして、彼女の慌ただしい一日が始まるのであった。

 

 

 

 

  賜りしは暖かなる施し

 

 

 軽く身支度を済ませた彼女がまずやるのは朝食作りである、その為の食材を取りに行こうと、新しく作られた食材管理倉庫へと行こうとして扉を出た彼女を出迎えるのは、

 「光の巫女たるエンリ様!!」

 「エンリ様あああ!!!」

 「巫女様ああああ!!!」

 

 法衣服をまとった者達の土下座込みのあいさつであった。

 

 (また変な呼び名が増えてる)

 彼らのことも既にルプスレギナから聞いている。何でも新しい宗教団体であるそうな、正直、何の為の組織であるかはいまいち分からないが、それでもあの方がそうしようと決めたこと、そして彼らが、各地で困っている人々を助けているのは知っている為、何も言うつもりはない。唯一、立ったままでいる仮面をつけた女性に声をかける。

 「ヤルダバオトさん、こういったことはやめてもらえませんか?」

 「私もそういってんだけどね~ごめんね~エンリちゃん~」

 「貴様!! ヤルダバオト!」

 彼女の言葉に真っ先に反応したのは、土下座軍団の先頭にいた男、この一団のまとめ役である人物、ニグン・ルーインであった。

 「エンリ様だろうが!!」

 「うっさいニグンちゃん。そのエンリちゃんがやめてほしいってさ~」

 「黙れ!!」

 それはもう、飽きる程、何度も見た光景。団体のトップ2人による小競り合い、やがて

 

 「テメエら!! お嬢になに群がってやがる!!」

 新たにその場に来たのはジュゲム率いるゴブリン軍団であった。どういう訳か彼らは仲が悪い。なんでも親衛隊の座だとか、そんな訳の分からないものの為に争っているのだとか。

 

 (ああ、もう)

 何だか騒がしくなってしまったが、やる事は変わらない。

 「朝食を用意しますので、ルプスレギナさん、ヤルダバオトさん。お手伝い、お願いできますか?」

 「もちろんっすよ~ヤーちゃんもやるっすよね~?」

 「そんな目で見ないでもやりますよ~」

 

 今朝はパンにシチューの予定だ。火花を散らしている人たちは放置して、倉庫へと向かう。扉を開けると同時に冷気が彼女たちを襲った。

 

 「冷えるっすね~」

 ルプスレギナの言う通りである。この倉庫にはゴウンの部下であるあの男が実験込みで作成したというマジックアイテムが取り付けてある。その効果でこの空間全体が〈保  存〉(ブリザーベイション)が常に発動している状態だと言う。正直、自分には理解が追いつかない。

 「デミウルゴス様の事を考えても仕方ないっすよ。あの人、墳墓一の知恵者なんすから」

 「ああ、あの悪魔ね」

 ヤルダバオトは何か思い出したように、肩を震わせているが、何を思い出しているんだろう?

 

 朝食のメニュー、最初は自分と妹に、ルプスレギナ、あとは最近この村に移った友人宅の5人分の予定であったが、ゴブリン軍団と魔導神教団の人たちが来ているので、彼らの分も用意しなくてはならない。パンもできることなら一から焼きたかったが、とても時間がない。あらかじめ用意してあるものを加熱して出すとしよう。

 

 倉庫を見回して、必要な食材を取り出していく。野菜、まだ墳墓から提供された品ばかりであるが、いつかここも村でつくったもので埋めようと、村長を始め、村の人々全員の目標である。勿論、エンリの目標でもある。なんでもあの方がもといた国の物らしい。

 

 「ルプスレギナさん、今日はどのお肉を使いましょうか?」

 天井から吊るされる形で固定されている鶏やウサギを見て、彼女へと問いかける。ルプスレギナはこの手の目利きに優れているところがあるのだ。

 「たぶんこれが一番の最適解っす!ヤーちゃんはどう思うすか?」

 ルプスレギナに声をかけられた途端、仮面の女性が一瞬震えたように見えた。幻覚だろうか? 彼女はやや声をおぼつかせながらも返す。

 「ちょっと、こっちに振るのやめてくれませんか。ルプスレギナさん」

 

 困った様子を見せる彼女にルプスレギナはあくまで笑顔で続ける。心なしかそれは従者としての彼女のものであるような気がした。

 「頼んだ呼び方と違うっすよ。ヤーちゃん?」

 「………ルプスちゃん」

 ヤルダバオトが諦めたようにそう呼ぶと、彼女の瞳はまたいつものように戻っていた。

 「そうっす! そうっす! いい感じっすよ!」

 その様子を見て、エンリは仲がいいのだろうと――いや、ルプスレギナのことだ、また何かしたのではないかと心配になってくる。

 「ヤルダバオトさん?」

 「何?エンリちゃん」

 「ルプスレギナさんが何かご迷惑をおかけしたんじゃ」

 「あ!エンちゃん酷いっす!私がいつ迷惑をかけたというんすか!」

 彼女は心外だと訴えてくる。確かに大きなことはしてないが、普段やっていることを見ていると、まったくその行動に問題がないとも言えず、むしろトラブルメーカーだと言える人物だというのが、ここ最近ようやく分かった。それで、ヤルダバオトに何かしたのであれば、一応彼女の主人ということになっている自分が頭を下げるべきだ。

 

 「いやあ、あれは私が悪いし、エンリちゃんが気にする事じゃないよ」

 彼女は仮面越しでも苦笑しているとわかる声音で言ってくれたが、エンリとしては納得するわけにいかない。

 

 「ですけど」

 「でも、ありがとね」

 「え?」

 そう言われてしまえば、もうそれは彼女の問題だ。自分がこれ以上踏み込む訳にいかない。それでもほっておくという選択肢を選べる訳がない。

 

 「何かあったら、言ってください。私の方からもきつくルプスレギナさんに言っておきますので」

 「エンちゃん酷いっすよ~!」

 両手を顔に当て、わざわざ泣き真似までするメイドのことは一旦視界から外し、ヤルダバオトへと笑いかける。

 「ま、本当になにかあればね~」

 

 その言葉は確かにクレマンティーヌの心に響いていた。彼女をそれまで狂戦士としていたのは、壮絶な過去が原因であり、肉親からの仕打ち、体を壊される拷問に、幼い心には負担が大きすぎる体験等々、そしてそういったことから精神の安定を図る為にも彼女は狂ってしまったと言える。

 しかし、そんな彼女にも転機が訪れた。それは城塞都市での件で、ある支配者と遭遇したこと、彼が大切にしている者を傷つけたということと、本人にもある程度の傷を負わせたということで、世の闇を知り尽くした人間だと自負していた彼女を更なる闇へと誘っていった。

 そしてそこで受けた更に恐ろしい出来事が彼女の壊れてた感性を修正するのに一役かった訳だ。そんな彼女が今、恐れている人物はまず、アインズ・ウール・ゴウンである。今でも、夢に出て来るのだ。あの、酷く焼けただれた顔で大笑いしている光景が。

 次に恐ろしく感じているのは意外なことに目前のルプスレギナ・ベータであった。何故なら、その出来事の際にずっと自分についていたのが彼女であるからだ。許して欲しいと嘆願したときに見せた氷のような笑顔もまた忘れることができない。そして言われた。

 

 『大切な妹を泣かされて、簡単に許す姉がいるのかしら?』

 

 あの時は恐怖しか感じることができなかったが、今彼女に胸にあるのは、一種の寂しさ、そしてかすかながらの羨望であった。

 確かに恐ろしくはあった。しかし、それは結局、それだけ目前の人物があの時戦った、気に入らない瞳の女――名をナーベラルと言うらしい――を大事に思っているということなのだから。もしも、自分が涙を流してもあの人は、あの人たちは少しも気にしないだろうし、むしろ何をしているのかと叱責することだろう。

 だからこそ、エンリ・エモットの打算なしの心配が嬉しかったのかもしれない。話ではあの方の養子ということらしい。この少女とその妹を護る為だったら、これまで培った技術が役に立つかもしれないと、生涯初のことを考えるクレマンティーヌであった。

 

 そして、そんなヤルダバオトが恐れるルプスレギナが何を考えているかというと。

 (ルプスちゃんて、響き、新鮮でいいっすね~)

 特に深く何かを考えているわけではないのである。彼女にとって、確かに先の件は許せないものであるが、既に済んだことでもあるのだ。それに今は監視期間であるものの、既に彼女はナザリックの一兵卒というのが、ルプスレギナの認識である。次に抱くのは親近感、彼女がしてきたことを聞いて、何となく気が合うのではと思い。いろいろ動いている次第であった。

 

 

 必要な食材をそろえ、家の厨房に向かう。必然、その光景も見えてしまう。

 

 「テメエらのようなヒョロガリ共にお嬢の護衛が務まるか!」

 「筋力しか取り柄のない。低脳なゴブリン風情が何を言う!」

 (まだやってる)

 見れば、力比べをしているらしく、周囲からもそれぞれの大将を応援する声が聞こえる。

 「ジュゲム隊長!」

 「やっちまえ! ジュゲム」

 

 「ファイトです! 団長殿!!」

 「ニグン様!!」

 

 「ニグンちゃんてさ~」

 初めに口を開いたのはヤルダバオトであった。

 「前々から思ってたけど、馬鹿だよね~」

 「そうっすね~。ありゃ、阿保っすね~」

 「そんな事」

 

 しかし、それを否定はできなかった。筋力しかないと言っている相手に力比べを挑んだのが、そのニグン本人らしいのは、周囲の様子や、倉庫の中で聞いていた喧噪から察してしまったのだから。あまりにも失礼過ぎて、本人に合わせる顔がなくなってしまい、彼女は2人を促して、厨房へと向かうのであった。

 調理を開始して、20分弱、人数にして、40人以上の分を用意しなくてならない訳だけど、ある程度料理に慣れている者が3人でやっているのが大きい。瞬く間にシチューが出来上がり、パンが焼きあがっていく。その匂いにつられたのか、

 「お姉ちゃん、おはよう~」

 目元を擦りながら、寝室から出て来る妹。それにそれぞれ挨拶を返す。

 「おはよう、ネム」

 「おはようっす!ネーちゃん」

 「おはよう~ネムちゃん」

 最後の声に反応するように覚醒した妹はその人物に喜びの声を上げる。

 

 「ヤルダバオトさんが来てる!!」

 飛びつこうとするのがすぐに分かったので、軽く牽制しなくてはならない。

 「ネム! 今は調理中」

 「は~い」

 渋々、顔を洗いに洗面所へと向かっていく妹を見送り、再び彼女に謝る。

 「すいません。妹が」

 「別に気にする必要ないけどね~」

 

 クレマンティーヌにとっては本当に気にならないことであった。これまで自分に向けられていた視線というのは、嘲るもの、嘲笑するもの、見下すもの、何の感情も込められていないもの、恐怖に染まったもの、憎悪を燃やすものといった負の感情ばかりであった。だからこそ、ネムが向けて来る純粋な親愛、尊敬してくれるものがありがたかった。以前、どうして自分にそれだけなつくのか聞いてみたことがある。返ってきたのは実に子供らしい答えであった。

 

 『剣がすごい! 仮面がかっこいい! 目が綺麗!!』

 

 特に最後の言葉が心に沁みたような感じがする。自分の目を見てそんな風に言ってくれたものなんて肉親ですら、いや、一人だけいたが、既にこの世にはいない。

 歪んだクレマンティーヌを修正したのは、ナザリックの過剰すぎる対応、しかし、そんなものただのきっかけでしかない。真に彼女を救ったのは、優しさという強さを持つエンリと、無邪気に人を好ける純粋さを持ったネムという姉妹なのである。だからこそ、彼女は思ってしまう。彼女たち姉妹を護る為に死ぬのも存外、悪くないと。

 

 顔を洗い終わって戻ってきた妹に姉はお使いを頼む。

 「ンフィーとリイジ―さんを呼んできてくれる?」

 「うん分かった! 行ってくるね!」

 「ダメそうだったら私を呼びなよ~」

 「は~い!」

 元気よく手を振りながら、玄関から出ていく妹に仮面の女性は呑気に提案する。以前、どうしても研究が手放せないと出てきてくれなかったリイジーを力づくで引っ張りだしたのも彼女であるのだから。

 

 料理はほぼ出来上がり、あとは人数分に取り分けるだけ。しかし、ここからが最大の難所と言える。

 「2人ともお肉の配分、慎重にお願いしますね」

 そう、これが、結構重要だったりとする。魔導神教団とゴブリン軍団、彼らは本当に些細なことで争う。自分たちに回された肉の量を互いに比べ、少しでも多かった方の一団が、揃って勝ち誇ったような顔をするのだ。真にエンリが必要としているのは我々だと、それでまた争うのだから呆れて声も出ない。

 「ねえ、ルプスちゃん」

 「なんすかヤ―ちゃん?」

  二人がこそこそと何かを囁きあうように言葉を交わす。嫌な予感しかしない。

 「ニグンちゃんの皿にさ……」

 「いいっすね!」

 

 「お二方?」

 間違いなく、力ではエンリよりずっと上の2人がその言葉に肩を震わせ、反応する。一見ただの村娘である少女にそれだけの圧力を感じたのだ。

 「食べ物で遊ばない」

 「「はい」」

 エンリはため息を突きたくなる。先ほどはルプスレギナがヤルダバオトに何かしたのではないかと心配したが、もしかしたら、トラブルメーカーが一人、増えただけかもしれない。それに、気になる事もある。

 「どうして、ニグンさんのお皿に?」

 それを聞いた二人、正確には1人は仮面で顔は見えないのだが、笑ったのだと確信できるほどにその声は弾んでいた。

 「だって~ニグンちゃん」

 「いいリアクションしれくれるっすもん、やっちゃうすよ~」

 彼を不憫に感じてしまう。そんなに悪い人ではないというのに。ともあれ、盛り付けも終わりそうだ。

 

 外に出てみれば、

 「はん! テメエなんざこの程度なんだよ!」

 「ぐぐ、私に力を! アインズ・ウール・ゴウン様! 光の巫女たるエンリ様!!」

 

 「お!逆エビ固めっすか」

 まだ彼らはやっていた。調理には30分程時間をかけたはずなのだが、その間ずっとこんな事をしていたというのだろうか?何だか呆れるやら、悲しいやらで頭を抱えたくなるが、ここでうずくまるなんてできる訳ない。

 

 「みなさん?」

 その声に双方の団体がようやく騒ぎをやめ、速やかにテーブルのセッティングをするのであった。

 

 やがて、出来上がった朝食の場に、妹と薬師一家の2人も合流するのであった。

 朝食、しかし、エンリにとってそれは単に食事の時間ではない。

 「ヤルダバオトさん?教団の方は」

 そう、この機会にいろいろ話を聞かなくてはならない。例えば彼女たちは普段、あちらこちらへと飛び回っており、こうやって朝食を共にする機会は珍しいのだ。ここ最近はこの村より、南東方向の竜王国辺りに行っていたらしい。

 

 「そうだね~」

 流石に食事の時は仮面を外している彼女は語ってくれた。あの国は近隣にビーストマンの国があり、彼らと戦争状態であると、人間の危機ではあるのだが、エンリが考えていたのは、別のことであった。

 (そのビーストマンの国、食料が足りてないのかな?それとも)

 その戦争の根本が何なのかどうにか推察しようとしていた。確かに人間としては冷血な思考であるが、彼女は自分の力というものを分かっている。無制限にすべて救えるなんて思ってはいない。だからこそ、その状況を変える方法を考えなくてはならない、と頭を回す。なんとか平和裏に解決できる方法を求めて。

 

 「……そんな所だね~。また何人か拾ってくるかもだけど~」

 「ありがとうございます。難民、孤児に関しては可能な限り受け入れていくつもりですので遠慮なくお願いします」

 「おっけ~。分かったよ~」

 そう、教団の働きでこの村の人口は少しずつではあるものの確実に増えていた。各地で住むことろをなくしたという人達、親を亡くした子供といった具合に、そういった人たちを回復したのち、村の労働力となる条件で受け入れていっているのだ。無論、元から住んでいる村人たち全員の合意はとってあるし、みんな笑って快諾してくれたゴウン様に少しでも恩を返すんだと。

 そして、彼らの中にも薄々とゴウンとその墳墓の正体を察している者が出てきているらしいが、不思議と態度が変わることはなかった。疑問に感じて聞いたところ。

 

 『エンリちゃんがあの方を信頼するといのであれば、それに従うだけだよ』

 

 どうして自分なんかをそこまで信頼してくれるのだろうか?何度も言っているが、自分はただ、図々しい願いをして、結果的にあの方の心に傷をつけた愚か者だというのに。

 そして、そうやって受け入れてきた人たちの住居に関しては空いた家に入ってもらっているが、それでも足りなくなってきてしまい。

 「ジュゲムさん、工事のほうは」

 ゴブリン軍団とゴウンから預かっているゴーレム達の共同で新しい家を建てたり、村の生活県内を拡張する工事など行っている。

 「へい!お嬢、報告しやす」

 話によれば、そのどちらも滞りなく進んでいるということ、もしも懸念をあげるとすれば、新しく移り住んできたものたちと元々、この村の習慣にずれがあるとのこと。心苦しいが、そこも修正してもらわなければならない。その件であれば、村長が協力を名乗り出てきてくれた。本当にありがたい。

 「しかし、よろしいんですかい?」

 ジュゲムが何か危惧しているようである。特に問題はなかったように思えるが。

 「何がでしょうか?」

 「いえ、お嬢の護衛の方は」

 そのことだったら、本当に自分を気遣う必要はないというのに、

 「だから言っているだろう!エンリ様の護衛ということでしたら、我が教団から選りすぐりを選抜いたしますとも!」

 もう、条件反射というレベルでニグンが返してきて、再び、ジュゲムと火花を散らし始めた。

 「いえ、大丈夫ですから」

 「しかし!お嬢に何かあれば」

 「私は神へと顔向けができない!」

 2人とも何が何でも引き下がるつもりはないらしい。だからこそ、

 (ごめんなさい)

 

 「ルプスレギナさんがいるので、必要ないんです」

 少々、きつめに言い放つ。衝撃を受けたように崩れる2人に、誇らしげに胸をはってみせるメイドがそこにいた。

 「ンフィー、リイジーさん、いいかな?」

 次に声をかけるのは、薬師である友人とその祖母だ。彼らは、なんでも新しいポーション作りに取り組んでいるのだとか、

 「エンリ!ええっと。そうだね」

 少し驚いた様子で彼は話をしてくれるが正直エンリには理解が追い付かない話でもあった。それでも研究が順調である事らしいことはなんとか分かった。

 

 「そうなんだね、うん!頑張ってね!」

 彼らのやっていることは文字通り専門職、一夜漬けで追いつけるものではない。だからこそ声をかけることしかできないのだが、

 「!!!、頑張るよ!エンリ!」

 「やれやれ、我が孫ながら、青いね」

 なんだか高揚しているみたいな友人にそれを笑って見守っている祖母と、

 (仲がいいんだろうな~)

  

 そんな家族のやり取りを羨ましく感じるエンリであった。

 

 

 

 

  墳墓からの客人Ⅰ+農園視察

 

 その客人たちを前にして、ルプスレギナは思う。珍しい組み合わせだと、

 

 「よく来てくれました。イブ・リムス様、それにシズさん」

 「ああ、エンリも元気そうで何よりだよ」

 「…………遊びに来た」

 そう、吸血鬼の前任者に自分の妹だ。彼女たちが行動を共にするというのが、意外だ。いやもしかすると。

 (シーちゃん、可愛いものに目がないっすからね)

 彼女が普段見せているのは、幻術でそうみせているだけで、本来、かなり幼い容姿であることはナザリックの者であれば周知のことである。なんとかその姿を見たくて、くっついているのかもしれない。

 

 「わ~い!! シズお姉ちゃんだ!」

 年で言えば、わりかし近くに感じるからか、ネムはシズやエントマのことを気にいっているらしい。普段、あの子は墳墓の関係者は、姉に倣ってさん付けか、様づけがこの2人などは「お姉ちゃん」呼びだ。そして、妹たちもそんなネムのことは気に入っているらしく。

 「…………うん、ネムに会いに来た」

 躊躇なく、抱き上げて抱きしめている。その光景は微笑ましく、可愛らしいものである。

 「~! 私も混ざりたいっす!」

 そんな妹をネムごと抱きしめようとすれば、冷たい視線が飛んでくる。

 

 「…………ルプーは来なくていい」

 両膝、両手をついて、崩れおちてしまう。どうしてだ! 姉離れにはまだ早いだろう、我が妹よ。エンリとイブもその光景を見ていたが、不意に片方の様子が変わる。

 

 「イブ・リムスさん?」

 彼女は少し謝るとその場を離れ、やがて怒声が聞こえた。

 

 「テメエ、それが物を頼む態度かよ!!」

 体がこわばりそうになるが、なんとか抑える。

 「まだ引きずってやがるのか! もう済んだ話だろうが!!」彼女は舌打ちをして、拳を握りしめる。「しっかり根に持ってんじゃねえか!」

 どうやら、伝言(メッセージ)で誰かと話をしているらしい。そういった魔法の存在もルプスレギナが教えてくれた。やがて、通話が終了したのか罰の悪そうな顔をした彼女が戻ってきた。

 「悪い、これから一度戻らないといけなくなってね」

 「いえ、お気になさらずに」

 実際気にすることではないし、もしも用事があるというのであれば、そちらを優先して当然だ。彼女は最後まで謝った後、その場を去っていった。その後ろ姿を見送りながら、メイド姉妹が言葉を交わす。

 

 「あの様子だと」

 「…………ウィリニタス様」

 「間違いないっすね~」

 それは先ほどの伝言(メッセージ)の相手ということだろうか?

 ウィリニタス、その人物のことも一応聞いている。アルベドには姉がおり、その夫にあたる人だと言う。彼女が言うには、とても穏やかで優しい人だとの事。

 

 (どんな人なのかな?)

 その顔をルプスレギナに見られたらしい。彼女は笑いながら答えた。

 「エンちゃん、一度会ってるすよ」

 「そうなんですか?」

 

 それはいつだろうか?何とか思い出したいが、その事に時間を取られるのもよくない。深く考えるのはやめて、ひとまずは自分と妹、そしてメイド姉妹2人を連れて、目的地へと向かう。

 

 「これは姫様方、それに皆さんも」

 迎えたのは、ドライアードであり、現在ここの管理者となっているピ二スンであった。現在彼女とその仲間たちが運営している農園は、現在のカルネ村の20分の1の面積を誇り、30本近い木が育てられている。今はリンゴしかないが、その内、他のものにも挑戦する予定であるようだ。それらの話を聞かせてもらいながら、頂いた果物の甘さに心が洗われるようであった。

 

 「それでピ二スンさんたちのほうは何も問題ないかな?」

 「問題など、姫様に満足していただける品をこれからも追求するだけでございます」

 呼び方に関してはもう諦めることにした。予感がするのだ、それもとっても嫌な部類の。この先、自分の呼び名がさらに増えそうな気がしているのだ。もちろん、外れるのであれば、それに越したことはないのだが。

 

 「そう言われてしまうと、正直困るのですけど」

 そう、自分に尽くすというのは方向性が違うが、あの方の恩義に報いるため、働いている仲間なのだ。なのに、彼女はまるでそうするのが当たり前という態度、何も不満だとかをだけを聞いているのではない。より効率的な生産活動をしてもらう為にも、何とか意見が欲しいのだ。

 

 「でしたら、これがあれば、もっとうまくできる!という事はありませんか?」

 だからこそ、聞き方を変える。不満ではなく、要望、それもそれで自分が喜ぶんだと、口の動かし方や声音の出し方を細かく操作して絞り出す。それを受けて、ようやく彼女は少し考えるそぶりをみせ、やがて思い当たることがあったのか頭を上げる。

 

 「それでしたら……」

 彼女の意見をまとめると、こうだ。どうにもこの辺りの大地は栄養が少ないらしい。しっかりそれらしい不満があるではないかと言いたくなるが、なんとか堪えてルプスレギナに相談を持ち掛ける。彼女はすぐにある考えに行き着いたらしく、得意げに言ってみせる。

 

 「だったら、マーレ様の出番すね!」

 その名は聞いたことがあるし、一度会ってもいる。あのアウラの双子の弟である人物だ。何故か女装しているけれど、そういえば、姉の方は男装をしているし、まさかゴウンの趣味ではあるまい。だとしたら、

 (あまり考えるのも失礼だよね)

 あのゴウンを始め、何かと訳ありなのは知っている。多少のことは目を瞑っていくべきだ。というか、その事よりも、隣の彼女の普段の言動をどうにかしたいという気持ちの方が強い。

 

 こうして、シズが話を通してくれるということなので、農園の視察は終了して、彼女も午後から仕事があるとのことなので、妹と惜しみながらも帰って行った。気づけば、もうすぐ太陽が、真上に昇る頃合いであった。

 

 

 

 

 

  墳墓からの客人Ⅱ+傅く悪魔と広がる縁

 

 一度、家に帰り3人で軽くお昼を済ませて、次の客人を迎える準備をする。といっても特別にやることはなく、埃がないか確認をするだけなのだが。掃除をしていると、外から土を蹴る、決して強くはない音が聞こえて来る。おそらくだが、妹とそんなに年が変わらない子が走って来ているのだろう。

 「エモットさん」

 聞こえたのは、まだ成長期を迎えていない、少年特有のやや高い声であった。誰なのか想像もつく、玄関を出れば、想定通りの人物。

 「お疲れ様、カイル君。お手紙かな?」

 「あ!カイル君だ~!」

 妹は一応、同じ年ごろの異性だというのに、躊躇いなく抱き着き、そして顔を赤くさせる少年の姿にあらあらとつい笑いたくなってしまう。

 「エンちゃん、その思考、おばさんそのものすっよ」

 「ルプスレギナさん!」

 一言彼女には文句を言って、少年へと向き直る。

 

 カイル・レミーネ。

 

 元々は近隣の村に住んでいたらしいが、法国の部隊、そして別の野盗たちの襲撃にあい、村が壊滅状態となってしまったので、祖父と共に最近、越してきた少年だ。現在はこの村に運ばれてくる荷物の受け取りだったり、手紙などの配達をしてくれている。

 今回、来たのもその関係だったらしく少年はエンリへと一通の手紙を差し出してくる。その送り主は

 

 トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム。

 

 やはりあの人であった。彼は以前、友人であるンフィーレアと共にこの村へと訪れた貴族の若者である。彼はその時に見たこの村の光景が忘れられないのか、時折手紙をくれるのだ。

 そして、彼の家が管理する土地、ビョルケンヘイム領とこのカルネ村で独自に金銭のやり取りがあった。今、この村で作っているもの。にわとりの肉や、卵、それにピ二スンたちがつくってくれるリンゴ等をその領地に売っているのだ。

 その価格も決してこちらを馬鹿にしたものではなく、むしろ相場に色をつけて買ってくれるのだ。ゴウンにも一度、ルプスレギナ経由で確認をしたが、問題なく、好きにやってくれということであった。ビョルケンヘイムにしてもこの村で作っているものは美味しく、領民たちも喜んでいるとのことであった。

 だとすれば、エンリに断る理由がない。何故かゴウンがそのビョルケンヘイムを気に入っている様子なのが不思議であったけど、自分の知らない所で知り合っていたのだろうか?

 「では、お手紙を渡しましたので」

 「うん、ありがとうねカイル君」

 「ばいば~い、カイル君」

 妹の言葉にやや顔を赤くしながらも少年は次の配達先へと向かっていく、それをエンリは微笑まし気に見送った。 

 

 そしてその人物もやって来た。

 「お嬢様方、御変りないようで、ルプスレギナもよくやってくれているようだね」

 「デミウルゴス様もお元気そうで」

 「こんにちは! デミウルゴス様」

 「はい、お褒めの言葉、ありがとうございますデミウルゴス様」

 そこにいるのは、トラブルメーカーではなくて、正真正銘墳墓の支配者たるあの方に仕える高貴なるメイドそのものである。

 本日3人目の来訪者、それは今朝ルプスレギナが話していた墳墓一の知恵者たるこの人物であった。彼の用事は早い話がこれからの村について、個人的な相談だったりする。自分の為に貴重な時間をかけてくれる彼には頭が上がらず、感謝の念が絶えない。

 エンリは自分のワガママに自分が合わせたと思っている。しかし、デミウルゴスが彼女の相談に乗ったのにはちゃんとした理由があったりする。いや、もしなくても彼は仕える主の養女たるこの少女の頼みを断るなんてことはありえないことである。

 こうして、少女と悪魔の打ち合わせもとい、勉強が始まった。どちらが教師でどちらが生徒だというのは、聞くこと自体野暮というものだろう。

 その内容は農作物のことであったり、その人手の確保、身寄りのない子供の受け入れ先、村の拡張の方向性、村の防衛に関する事、余剰分の食料を売り出す計画であったりと、少々どころかかなり専門的な内容に、ネムは椅子に座りながら船をこぎ始め、ルプスレギナは早々に思考を投げだして、怒られることが分かっていながら、姉妹に対する悪戯を考え始める。

 

 (流石ですエンリ様)

 デミウルゴスは彼女に助言を与え、手助けしながらも彼女を称賛していた。本来、エンリ・エモットとは少々の畑仕事しか知識のない少女であったのだ。それが、この期間でたくさんのことを覚えて、そして主の助けにならんとするその姿は、自分は決して見る事は叶わないが、変わろうと図書館にて奮闘している主自身の姿と重なるのだ。しかし、彼女も年若い少女に変わりなく、ある事に気付くも

 

 (これは、やはりアインズ様の前じゃないといけないようですね)

 きっと、この少女はかの主の前じゃないと、それを見せてはくれないだろう。それでもそれが彼女の強さである事には変わりなく、悪魔はよりいっそうエンリへの忠誠を胸に誓うのであった。

 

 

 

 

 

  墳墓からの客人Ⅲ+溢れたものは

 

 デミウルゴスの授業、もとい相談も終わり、時刻はすっかり夕方である。いつもであれば、夕食を作る時間であったのだが、それは必要なくなってしまった。何故なら、

 「ゴウン様!! アルベド様!!」

 「お久しぶりです。ゴウン様、アルベド様」

 「ああ、本当に久しぶりだな。エンリ、ネム」

 「くふふ、2人とも元気そうでなによりだわ」

  そう、あの騒動以来、久しぶりに恩人であるその方が連れの女性と共に来てくれたのだ。目的としては村の見回りであったり、今夜一緒に食事を摂ることになっている。骨だけの方がどうやって食事をとるのか気になるが、何でも専用のマジックアイテムがあるのだとか、やはり底知れない人物である。その人物がふと自分の顔を見たような気がした。

 「?ゴウン様?どうかしましたか?」

 「いや、少し話をしたいと思ってね」

 「???」

 しばらく、4人で歩いていた。ちなみにルプスレギナは休憩を貰ったということで、一旦、墳墓に帰っている。今頃は姉妹と時間を過ごしていることだろう。行先は養父たるこの方に任せてしまっているので、どこに行くのか分からない。

 が、そこは勝手知ったる村である。その足取りが共同墓地へと向かっていると分かって、心なしか足取りが重くなったように感じる。その入り口付近でゴウンは突然、隣を歩いていた女性へと声をかける。

 「アルベド、少しの間、ネムを頼めるか?」

 「勿論でございます。アインズ様」

 意味をすぐに理解するのは難しかった。それは妹も同じようで不思議そうに首をかしげていた。そんな妹に膝を下ろして、目線を合わせて、ゴウンは語る。

 「すまないな。君のお姉さんと大事な話があってね、少しだけアルベドと待っててはくれないかな?」

 優しく、決して高圧的にならないように言われ、妹も理解したのか。

 「うん」

 快諾した。その頭にゴウンは手をのせて軽く撫でてやる。妹は嬉しそうに笑っていた。

 「ありがとう。ネムは良い子だな」

 「えへへ」

 こうして、アルベドと妹には墓地の入り口付近に待機してもらって、自分は養父と2人、墓地を歩いている。ここではじめて違和感に気付いた。自分はこの方に両親の墓の場所は言っていない。それなのに、まるで分かっているようにそこに向かうのだ。

 

 

 「遅くなって申し訳ございませんでした。エモットさん」

 今、自分が見ているのは、仮面と籠手を外して、実の両親が眠る墓に手を合わせ、黙祷をするゴウンであった。いや、瞼はないのだから、目を閉じることができないのだろうけど、それでも感謝はある。

 この方がいなければ、自分はきっとそれまでと同じように生きるなんて選択肢取れなかっただろうし、そもそも生きてここに立つなんてこともなかった。だからこそ、この方が目指しているものの為、自分なりにできる事をしていく。それが自分の生き方なんだと改めて決意を抱いて、

 「ところでエンリ?」

 声を掛けられた。一体、話とは何だろうか?何か失敗をしたのだろうか?それとも、と他にもいくつか考えたがかけられたのはそのどれでもなかった。

 「無理をしていないか?」

 「えっと、急に何ですか?」

 唐突な話であった。無理?自分が?それこそありえない、今の自分は幸せ者だ。妹、ルプスレギナといった家族に、村長を始めとして気心知れた村のみんなに、ジュゲム達ゴブリン軍団に、ニグンにヤルダバオトと言った魔導神教団の人たち、ンフィーレアにリイジーといった昔から懇意にしてもらっている人たちに、ピ二スンにカイルと新たにこの村に移り住んで来た人たち。何よりアルベドや目前のゴウンといった、人ではないけど、人以上に人らしい人達に見守ってもらっているんだ。これで、何か不満を抱えているんだというのであれば、自分は酷い人間だ。

 

 「別に無理などしていませんよ。皆さんがいるのですから」

 しかし、目前の人物はそれで納得してくれないのか、更に言葉を続ける。

 「君は責任感が強い人なのだろう。だからこそ、弱音を吐かないのだろうな」

 「いえ、ですから、無理はしていないと」

 そこで、その方は自分の肩に優しく手を置いてくれた。骨だけであり、本来冷たいもののはずのその手は確かに暖かい熱を帯びており、安心感をくれるものであった。

 「今は、ご両親の前だ」

 「……いや……」

  何故、ここでその事をあげるのか?ここは父母の墓なのだから当たり前なのに………

 「それと……」

 「…………」

 それ以上言われると何故か自分が壊れそうな気がしていた。頼むからもう喋らないでほしいと、失礼ながら考えてしまった。

 「今、ここにいるのは、私と君の2人だけだ」

 「…………どうして?」

 いけないと思いながらも涙が流れて、言いたくないのに、口が勝手に言葉を吐いていた。

 「どうして!! お父さんとお母さんが殺されなくてはいけなかったんですか?!」

 そう、あの人たちは決して人の恨みをかうようなことも神が罰を与えることもしなかったはずだ。ただ、自分たちと、その生活を守るために頑張っていただけだ。それなのに、それなのにだ!

 「悪いことはしていないと! 私が証明できます! 何で、何で何で!?」

 そして気付けば、その方に握り拳を両手で叩きつけていた。いけない、この方は恩人だ。これは単なる八つ当たりだ。最低な行為だ。理性では、頭では分かっているはずなのに止められなかった。

 「何で?…………あんなことができるのですか?!あの人たちは……」

 突き放しても誰も責めないのに、その御方は自分を優しく抱きしめてくれ、そして言ってくれた。

 「時にはそうやって感情に任せてやらないと、心と体の均衡はいつか壊れてしまう。そうなった君を私は見たくないんだよ」

 「……ゴウン様あぁ!!」

 

 エンリはそれまで溜まっていた膿を全部、絞り出すように泣き叫んでいた。無理もない話だ。どれだけ、周囲から持ち上げられようと、彼女とて、まだ20年も生きていない少女である事に変わりないのだ。理不尽に奪われた大切な人たちのことを簡単に乗り切れるほど、彼女だって強くはない。

 しかし、それを表に出すことができなかったのは、妹を始めとした守らなくてはならない人達の存在が大きかったのだろう。

 

 アインズもまた安堵していた。始まりはルプスレギナからの報告であった。

 

 『お嬢様が夜な夜なお一人で、泣いているみたいなんです』

 

 それから、隠密能力に特化した者たちや彼の協力も得て、彼女が無理をしていると判断、こうやってこの場を設けたわけだ。思えば、彼女のその強さに自分も甘えていたかもしれない。

 (まったく、何が養父だ)

 これでは、後見人になった意味がないではないか、と自己嫌悪に駆られるが、そんなことをしてもこの少女はきっと自分のせいだと言うに違いない。

 (本当、強い子ですよ。あなた方の娘は)

 この世界では、死後の魂がどこに行くか、アインズには知りようもない事、それでもここにいるんだと信じて語りかける。

 (この娘も絶対幸せにしますから、俺が目指す楽園で)

 こうして、泣きじゃくる少女を支配者、ではなく、養父として流れる涙がとまるまで、なだめ続けるアインズの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すいません、お恥ずかしい所をお見せしましたね」

 「構わないさ、親子なのだから」

 どこまでも優しくしてくれるこの方には本当に感謝しかない。自分のせいでお召し物を汚してしまったというのに、魔法でどうにかなると笑っているのだ。

 (頑張らないと)

  だからこそ、この方の為、自分は尽くしていかないと何度目になるか分からずに決意を固める。そんなエンリにアインズが振ったのは、彼にしては攻めたものであった。

 「そうだな、いっそ恋人でも作ってみてはどうかな?」

 それはアインズなりに考えた結果である。新しく、共にあれる人物を作ってしまえば、いいのだ。別れとは出会いと同様のように、この世界もたくさんの人が溢れているのだから。そして、ここからだ。

 

 「例えば、ンフィーレア君なんか将来、有望そうだぞ」

 さりげなく、彼を応援してやるのだ。アインズは薬師であり、豊富な知識を持ち、鋭い慧眼を持ち、それでいて、それを鼻にかけない彼も気に入っているのだ。できることなら、恋のキューピットも悪くはないかもしれない。

 

 しかし、エンリにしてみれば、それこそ今やることではない。自分は恩を返さなければ、ならないのだ。色恋に現を抜かしている暇はない。

 「ンフィーは、…………違うと思うんですよね」

 

 その言葉にアインズは彼に内心、特大のエールを送っていた。積極的にアタックをしないと、この娘、気づきもしないと、更に手強い娘はアインズにとっても特大の爆弾を放ってくる。

 「ゴウン様こそ、アルベド様のこと、真面目に向き合ってあげてください」

 「いや、アルベドはな、いわば、友人の娘のようなもので」

 「血のつながりがある訳ではないんですよね?」

 「ウグ!! それは、そうだが」

 「アルベド様は本気でゴウン様を慕っています」

 何だこの流れは、今、自分は養子に自分の色恋を促されているのか?

 

 (まったく、何が養父だ)

 あまりにも情けないではないか。アインズはエンリに不用意にこの手の話を振ることを気を付けようと決心した。

 

 やがて、墓地の入り口へと近づいて、話し声が聞こえた。

 「いいわよ~ネム、もう一回お願いできるかしら?」

 「えへへ、大好き! お母さ~ん!」

 「くふふ、いい子ね」

 

 それまでの感情が一気にリセットされる感覚を味わうという非常に貴重な体験をさせてもらった。いくら、相手が合意していたとしてもだ、親を亡くした子供相手に何て遊びをしているんだと、アインズの怒気が高まる。

 

 エンリもこれはゴウンが本気で怒っていると、この先の展開が見えてしまい。彼女へ哀傷の意を送る。

 「アルベド、お前何してるんだ?」

 「あ、アインズ様、これは……」

 

 こうして少女の一日は終わりを迎えるのであった。

 

 「申し訳ございません! アインズ様~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  魔戦士が望むもの

 

 

 「さて、よく来てくれた。今は許そうクレマンティーヌ」

 

 その言葉と共に頭を上げることを許され、目前の支配者へと向き直る。突然、呼ばれるとは何だろうか?失敗でもしたのか?何か機嫌を損ねてしまったか?できることなら、はやく終わって欲しい。

 「お前の働きは聞いている。その上で話をしよう。私は奴隷を飼うつもりはない」

 何が言いたいのだろうか?このプレイヤーは?

 「働きには対価があって然るべきだ。給付金とは別にお前の願いを聞こうではないか、なんでもいいぞ?言ってみろ」

 この支配者はなんと言った?なんでも?

 「あの、それは」

 「無論、あまり褒められたものではないことでもいいぞ、復讐に、殺人なんてな」

 その瞬間、彼女の胸を占めたのは、肉親たちへの憎しみ、しかし、次に浮かんだのが、あの姉妹たちであった。

 (もう、いいか)

 思えば、そういった感情に支配されてきたからこそ、今までの人生だったのではないか?ならば、もう忘れてもいいだろう。次に浮かんだのは、姉妹の下の方、ネムに頼まれていたことだ。自分は危ないから、駄目だと言ったが、彼女も中々、引き下がる事をしなかった。

 

 『私も、ゴウン様やお姉ちゃんみたいに、戦いたい!』

 

 彼女は戦士向けではないが、そんな彼女だからこそ身に付けられる武器に戦い方というものがある。それを教えてやるのもいいかもしれない。勿論、養父たるこの支配者が許せば、だが。

 「それでしたら……」

 果たして、彼女の願いとは。

 

 

 

 

 

 (そんなことでよかったのか?というか、ネムも無邪気に見えていろいろ考えているんだな)

 それが、すべて終わったアインズの感想であった。別に彼女を試していた訳ではない。もしも、さっき、そういったことを望まれれば、その通りにするつもりであった。たとえ、派遣であっても、しっかり社員の気持ちを汲むのが、ホワイト企業の社長の在り方だ。

 (にしても)

 初めて会った時は、狂喜に満ちた顔をしていた彼女が、あんな表情ができるとは、人とは変わるものなのだと、いいや違う。

 (姉に妹、やっぱりすごいですよ。あなた方の娘たちは)

 そんな彼女を変えたであろう、姉妹の両親に敬意を払い、そしてその養父となれたことを誇りに感じ、彼女たちも必ず守っていくとアインズは静かに誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 




 良ければ、同時投稿の人物紹介もどうぞ。


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独自設定人物紹介その2

 はい、恒例お目汚しの人物紹介です。今回はあの人たちです。


 イブ・リムス  

         墳墓一の姉御肌

 

 役職ー元・ナザリック地下大墳墓階層守護者(現在は特に役職なし)

 

 住居ー第3階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―極善―[カルマ値:600]

 

 種族レベル―帰参者(レブナント)―10lv

        有翼吸血鬼(ウピール・ヴァンパイア)―10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベル―シャドウストーカー―10lv

       イリュージョニスト―10lv

       プリエステス―10lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計81レベル

  種族レベル取得総計44レベル

  職業レベル取得総計37レベル

 

 元、ナザリック地下大墳墓、第1、第2、第3階層の守護者をしていた人物。作中で語られている通り、普段の彼女は幻影でそうみせているだけ、しかし、そうしているのは肉体だけであり、服はしっかり身に付けている。つまり、一見グラマラスな美女であるが、正体は、ぶかぶかの大人用の服を着た、幼稚園児だということである。そんな彼女を作ったのは、弐式炎雷を含めた3人、さすがにその姿は問題だろうとほかのギルメンたちから非難を浴びたが、どうして、そんな幼いを通り越して、犯罪レベルの子ができたか、当人たちに追求しても互いに指を指し合い、「こいつのせいだ!」と言い合うため、真相は闇の中である。

 そんな彼女の幻術は、同じ墳墓の者でも中々見破れないものであるため、姿を変えて、作中の裏を暗躍していることだろう。すべては妹分、シャルティアが想いをよせるアインズの為に。さて、ここまで読んだ読者は薄々察していると思うが、彼女とウィリニタスはある一点で激しい対立をみせており、当の本人たちそっちのけで争うが、結局のところ、それは、「親馬鹿をこじらせた年長者同士の大人げない喧嘩」でしかない。本来の世界であれば、当のアインズが引くほどの正妃争いをみせるアルベド、シャルティアの両名が、この世界ではわりと淑女らしい性格なのは、案外、この親馬鹿たちの存在が大きいのかもしれない。

 

 

 

 

 レヴィアノール

          劣等感をあざ笑いし者

 

 役職―ナザリック地下大墳墓第7階層守護者直属

 

 住居―第7階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―邪悪―[カルマ値:-400]

 

 種族レベル―半鳥半女(ハーピィ)―10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベル―アーチャー―10lv

       レンジャー―10lv

       ウェザーロード―10lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計56レベル

  種族レベル取得総計14レベル

  職業レベル取得総計42レベル

 

 《嫉妬》の刻印を持つ、七罪真徒の一人、何かとおかしい七罪達の中では常識人だと自分で思っている。また、進んで、壮行会をやろうとするなど、わりと仲間意識も高いが、ほかの面々は相手にしていない。個人的に親しいのは、腐れ縁としてルプスレギナ、恋を応援しているということでナーベラル、意外なところでは、恐怖公とも仲がいいらしい。

 作中の雑な戦い方やクラスを見て分かる通り、彼女も本来、前衛職ではない。

 そんな彼女のスキル「感情受信」は感情を意図的に作るなんてことをしない相手ではない限り、防ぎようがない強力な物であるが、かといって、いい事ばかりとは限らない。

 余談になるが、冒険者組として、一緒になったナーベラルに対して、アルベド、シャルティアがどういった感情を抱いたのか気になったアインズがスキルを用いて、確認するよう頼んだところ、断れる訳なく、やってみたところ、盛大に吐いてしまった。彼女は何を見たのか?

 

 

 

 

 ヴェルフガノン

          イカレタ芸術作家

 

 役職―ナザリック地下大墳墓第7階層守護者直属

 

 住居―第7階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―極悪―[カルマ値:-550]

 

 種族レベル―食屍鬼(グール)―10lv

       吸血獣(チュパカブラ)―6lv

 

 職業(クラス)レベル―コック―10lv

       クラフター―10lv

       ソードダンサー―10lv

 

[種族レベル]+[職業レベル]―計46レベル

  種族レベル取得総計16レベル

  職業レベル取得総計30レベル 

 

 《暴食》の刻印を持つ、七罪真徒の一人、デミウルゴスと非常に仲がよく、彼の評価だと、自分と同じ位、頭がまわる人物であるということ、さらに意外と交友関係が広く、あの5大最悪達とも親しいらしく、仲がいい者からは「ベル」という愛称で呼ばれている。スキル構成をみても分かる通り、彼はどちらかというと遊び心重視のスキル構成となっている。

 さて、もう決して、本編で描かれる事のない彼の趣味であるが、それは、一言でいえば、「人間を生きたまま様々な物品に加工する」であり、何を言っているのか分からないと思うんで、過去の彼の作品を紹介していこう。

 

 十人十色

 

 デミウルゴスが絶賛した作品、壺から生えているのは、老若男女問わない10人の人間たちの頭、彼らの神経はつないであるので、針など刺してやれば、文字通り、10色の悲鳴をあげる素敵な一品。

 

 酒池肉林

 

 シャルティアがお気に入りであった一品、若く、豊満な肢体を持つ、女性を、ソファーや、ベッド等に加工したもの、さらに感度を上げてあるので、むき出しの胸部や秘部をさすってやれば、喘ぎ声が聞ける素敵機能付きな一品。

 

 上記の作品を作っているときでも彼が人間に抱く気持ちは標本採集における昆虫程度の認識でしかない。しかし、そんな彼でも人間の感情を操るということはできない模様で、加工する人間には必ず目隠しと耳栓をつけたとのこと、少々、やり取りを抜粋。

 

 「ねえ、これ、外して、いいでありんすか?(絶望に染まった顔が見たいでありんす!)」

 「構いませんけど、その瞬間死にますよ。それ」

 

 書いといてあれだが、本当にロクでもない趣味である。

 

 

 

 

 フェリアネス

         休暇を願い出る不届きもの

 

 役職ーナザリック地下大墳墓第7階層守護者直属

 

 住居―第7階層にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―中立~善―[カルマ値:50]

 

 種族レベル―夜の悪魔(リリス)―10lv

       動死体(ゾンビ)―8lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベル―スリーパー―10lv

       バラッド―10lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計49レベル

  種族レベル取得総計24レベル

  職業レベル取得総計25レベル 

 

 《怠惰》の刻印を持つ七罪真徒の一人、プライベート時にはいつも眠そうにしており、必ず会話に「めんどい」と入れるので、それを目安にするのがいいらしいとの事。実は今の所属に不満を抱いており、できることなら、シャルティアの配下になりたいと考えている。理由は、今の上司は考えていることがめんどい、まだ彼女の方が話が合いそう、といった。わりとナザリック地下大墳墓に所属する者とは思えない理由である。彼女が持つスキルの一つに「安眠詠歌」というものがあり、これは睡眠不要なアンデッドでも聞くため、骸骨状態でも眠りたいと思ったアインズが時折、利用している。本来の世界であれば、あの人物が悪用を考えそうだ。

 

 

 

 

  リーダス・ベイロン

               売れない貧乏詩人

 

 役職―吟遊詩人

 

 住居―王国内の仮屋

 

 職業(クラス)レベルークラフター―2lv

 

 アインズが冒険者としての初依頼であった人物、新米の冒険者を元に詩を書いては、歌い手に売って、そのお金で生活を送っている男性。モモンに声を掛けたのは、まさしく天性の勘であり、もしかすると、先見の明を持っているのかも言しれない。彼が作った歌は、エ・ランテル中に広まり、モデルとなった彼らの出生を考察する材料となっている。その内容には、主役であり、辺境の貴族である戦士モモン、彼に想いを抱きながらもそれを告げずに尽くす従者、ナーベ、その姉であり、妹の恋を応援しながらも、主君の為、鉈をふるう戦士レヴィア、そして、彼らを助ける賢王ハムスケといった配役である。この世界の個人情報は保護されないらしい。

 

 

 

 

  ガレット・ファラン

               千鳥足のテロリスト

 

 役職―ヘッドギア所属

 

 住居―???

 

 職業(クラス)レベル―ファイタ――???lv

      

 ヘッドギア所属の剣士、ペテルは彼の動きに重心移動がないと評していたが、実は彼には、「5秒置きに1秒間無重力状態になれる」というタレントがあり、それを応用したものであった。そんな彼も城塞都市の件にて、ペテルに敗れた。最後の瞬間、彼が何を思ったのかは誰にも分からない。

 

 

 

 

  カイル・レミーネ

              ひたむきに生きる運び屋

 

 役職―配達員

 

 住居―カルネ村に新しく造られた新居

 

 職業(クラス)レベル―ファーマー1lv

 

 元の村がニグンの部下により荒らされ、両親を亡くす。今度は野盗たちに襲われ、祖父を亡くしかけたところをニグンとヤルダバオト(クレマンティーヌ)に助けられ、そのままカルネ村へと移住した少年。祖父は若いころ、エ・ランテル所属の冒険者であり、白金級までいった人物であり、その昔話を聞くのが大好きであり、だからこそ、助けてくれたニグンにはやや過剰な感謝をしている。いろいろあったけど、今は、祖父と穏やかに暮らしている模様。なお、ルプスレギナの報告では、少しネムが気になっているらしいとの事。   

 

 

 

 

 

     最後に

 

 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。改めて見直すと、読みにくい文章で誰だよこれ書いたの、俺だよとなる訳で、おかしいところが見つかれば、その都度修正していきます。まあ、話は変わらないので、ここまで読んでくれた皆さんが読み返す必要、まったくないんですけどね~(笑)

 

 ではまずは、予告を、

 

 

 

 

 蜥蜴人の地に墳墓からの使者がやって来る。示されるは2択、降伏か、抗うか、やがて向かえるはナザリック地下大墳墓初の大規模戦闘、その指揮をとるのは、武人コキュートス、二度と敗戦はしないと誓う雄が一匹、しかし、蜥蜴たちも黙っていない。立ち上がるはザリュース・シャシャ、一族の未来を護る為、駆ける雄がここにも一匹、今、雄たちのドラマが描かれる。

 

 第4章「迫りくるは絶望の軍勢」

 

 いつもどおり、期待薄でお願いします。あと、この後にもうひとつ話をやります。本来なら、3章で書かなければいけない話を作者が忘れました。ごめんなさい(汗)よろしければ、このまま下にお進みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  おまけ ハムスケ危機一発

 

 

 「アインズ様、よろしいでしょうか?」

 「どうしたアウラ?」

 

 それは、漆黒聖典たちとの闘いに備えたアインズがその準備の為に自室へと向かうまでの僅かな時間、

 

 アウラは語る。もしかすると、森の魔物を狩るかもしれないと、不安に駆られる彼女の顔をみて、アインズはすぐに察した。この子は自分を気遣っていると。

 

 自分の目的はあらゆる種族が手を取り合える世界、その為に殺傷行為をやる事に躊躇いを感じているのだと、だからこそ言ってやる。

 

 「好きにしてもらっていいぞ」

 「ですが」

 

 実際、シャルティアたちの働きにも不満はなく、そもそもすべてを救うなんてとてもできるとは思っていない。自分だって、名を高める為にゴブリンやオーガを殺しているのだから。

 

 「もしも、それでアウラを責める者がいれば、私が対応するさ」

 「アインズ様にそこまでさせるには…………でも分かりました」

 

 こうして、妖精少女によるハムスター狩りが決行されるのであった。

 

 もしもこの時、ハムスケがモモン達のところに行かず、アウラが殺してしまってもアインズは仕方ないで済ましてしまい、新たな人員をトブの大森林に派遣したことであろう。     




 やっとテレビアニメ1期分終了、次回から、2期分及び、原作4巻の内容です。


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第4章 迫りくるは絶望の軍勢
第1話 ある雄の物語


 新章入ります。

 また今回の話は、書籍版よりもアニメ版を意識した作りになっています。

 また、ちょくちょく設定が変わっているところがあります。矛盾が起こらないように注意していますが、変だと思えば遠慮なく言ってください。

 


 

 風が吹いている。それはとても乾いたものであった。水分を含まない空気の波は浴びる者に喉の渇きを与え、嫌でも体の水分が減っていると警鐘を鳴らせる。

 

 それは、一度はアンデッドになり、身体機能をなくしたアインズにも分かることであった。しかし、それは問題にならない、むしろ新鮮な気持ちを抱かさせてくれる。

 

 何故なら、元の世界の空気はそういったものを通り越して瘴気を孕んだ空気であったのだから。それは吸うだけで肺を蝕んでいき、緩やかにしかし確実に死へと導くものであったのだから。それを踏まえてみると、この世界に転移してきてよかったと思えることでもある。

 

 やがて地響きが周囲に響き渡り、傍で控えていた女性の1人が声を上げる。

 「アインズ様(モモンさん)

 今は主と従者ではなく、対等な冒険者ということになっているナーベラル・ガンマの声である。

 「来たか」

 「そのようで、ハムスケも頑張ってくれているみたいです」

 

 現在彼らが立っているのは、大地が削られる過程で偶然できたであろう、断崖の上だ。地上との距離は約30メートルといったところか、そこから目前の光景見下ろしてみる。まず、目につくのは、こちらに向かって疾走する巨大な蜥蜴、そしてそれを追っているのは、可愛らしいジャンガリアンハムスター。

 

 ギガント・バジリスク

 

 それが、今回モモンとして受けた依頼の討伐対象であった。なんでも城塞都市の近郊の荒野に現れ、一応、エ・ランテルに来ることを警戒してのことである。

 

 石化の視線を持ち、その体液は浴びれば即死亡の猛毒であり、その存在1匹で街を滅ぼせる存在と聞き、久しぶりにそれっぽい仕事であると。決して表に出さずにここに来た訳であるが。

 

 (またハズレだ)

 

 まさか、ハムスケに追い立てられる程の強さしかもっていなかったとは、自分よりだいぶ小柄な相手に追い回されるその光景は、まるで、チワワに吠えられ、逃げる獅子に見えてしまい、アインズのバジリスクに対する夢とロマンを打ち砕くようであった。

 それだけ、あの珍獣が持つレベルがこの世界では高いという事の証明でもあるのだろうけど。

 

 (異名はともかく、強さは本物だったらしいな)

 

 ともかく、受けた仕事はこなさくてはならない。しかし、その前に試しておきたいことがあった。もう一人の女性、ナーベと同じような格好をしているが、大きな違いとしてその頭に被り物をしている者へと声を掛ける。

 「レヴィア、視線いけるか?」

 「問題はないかと」

 そう、一応あのモンスターがハムスケに対して、どんな感情を抱いているのか気になったのだ。彼女のスキルでそれも分かるというのであれば、何とか知りたいと思ってしまう。

 

 少々、耳に手を当てる動作をして。彼女はまるで、先ほどから吹いている風から、なんとか音を拾い、それを楽譜に落とすべくすましているように、ギガント・バジリスクの感情を読み取る。やがて覆面越しでも驚いたのが分かるような声音であった。

 「ただ、純粋な恐怖でございます」

 「台詞の再生」

 途端、彼女は素っ頓狂な声を上げる。

 「『うわあああん!怖いよおおおお!!助けてええええ!!お母ああああさああああんんん!!』かと?」

 

 一瞬、前に転びそうになるのを何とか堪える。そんな姿、とても支配者としても英雄としても相応しいものではないから。何とか、彼女へと再び問いかける。間違いであって欲しいと僅かながらの希求と共に、

 「今のはマジなのか?」

 「マジでございます」

 「……そうなのか……」

 聞くのではなかったと今更ながら後悔している部分があるのは確かであった。次に浮かぶのは疑問。何故、街のみんなもあのモンスターもハムスケをそこまで恐れるのか?どうみても可愛らしいものであるというのに。

 

 先日、ナーベラルへの褒賞としてやったあるイベントで、あの自動人形(オートマトン)メイドが珍獣に対して放った言葉も合わせてやっぱり気になってしまう。

 

 (感性のズレという奴かな)

 時間がたてば、気にならないと思っていたが、自分は意外と神経質だったらしい。どうしても気になってしまう。しかし、

 

 「殿おおお!!某が獲物をそちらへ追い詰めるでござるうううう!!」

 そんな非生産的なことを考えていても時とは進むものだ。獲物を追い込む一応、ペットである珍獣の声が聞こえる。

 

 その姿は言葉を喋れるという点を除いても、フリスビーをを追いかける犬のものに見えてしまう。しかし、両隣の彼女たちはそうは思わないようで。

 

 「流石、知能はともかく、力強い瞳を持つだけのことはありますねアインズ様(モモンさん)

 「ある程度とは言え、アウラ様から逃げ切った脚力もそこそこにあるかと」

 

 初対面時の印象で語るナーベラルと過去の出来事で判断するレヴィアノールと評価の仕方は分かれるが、どちらも社会人であったアインズにも何とか理解できるものであった。

 

 第一印象

 

 これが、意外と重要なのだ。もしも初対面で少しでもマイナスのイメージを持たれてしまうと、その後いくら交流をしても中々挽回は難しい。だからこそ、礼儀だとかマナーにうるさい世界であった訳であるのだから。

 

 そして過去の出来事もとい、その人物がやって来たことを顧みることも大事なのである。

 

 まあ、こっちもいい事ばかりではなく、例えば、過去に炎上案件を経験しているというものであれば、限りなく社会的な死に近づく、すなわち、信頼を得られず、仕事も獲得出来ずに、収入がなく、家賃が支払えずに住居を無くす。

 

 やがて突きつけられるのは、餓死するか犯罪者に身を落とすかの2者択一だ。

 

 (いかんな)

 

 いい加減、思考を切り替えるべきだ。どのみち、英雄モモンという人物像を作り上げる為にもしっかりと依頼をこなす。今はあのハムスターから逃げ惑う巨大トカゲを狩らなければならない。

 

 「いい機会だ」

 そう、人生とは一瞬一瞬が二度と訪れることのない貴重な出来事の連続だ。だからこそ、この機会を最大限に未来につなげる行動を考えていかないといけない。そう考えながら、アインズは左腕にはめた時計へ意識を集中する。長針と短針が自然に違和感なく、動き出す。

 

 やがて示す時刻は、

 

 21:04

 

 アインズの両手に収まるように銃が現れる。それを見て、第3者が見ても微笑んだと分かる程の喜色を顔に浮かべるナーベラル。先ほど、ハムスケのことで思い浮かべたあのメイドの武装だ。

 

 (いろいろと、やっておきたいしな)

 

 アインズは戦争に行ったことも、兎狩りに行ったことも、ましてサバイバルゲームの経験もないけど、なんとか日々の学習で身につけた知識を元に構えをとり、意識を集中させる。

 

 次の瞬間、アインズの周りの世界の時間が遅くなり、逆に彼の意識は加速した。単に集中力を上げた結果。彼の常識外れの能力値がそれを可能にするのだ。といってもこの状態を維持できるのは、彼の主観で100秒、現実における10秒程だ。

 

 だから集中する。無駄な情報も削っていくべきだ。狙うは、その足取りがスローモーションで再生されている2匹の魔物、その前を走っている方の左右に揺られている頭にある2つの眼球。

 

 弾丸の速度、目標の移動速度、空気の流れ、対象の動きの癖、それらをすべて瞬時に計算。と言っても無意識的に行い。銃の引き金を引く、

 

 乾いた音が響いた。

 

 すぐに射線をずらして、二射目を放つ。

 

 放たれた2つの弾丸は軌道にそって飛び、やがてその射線上にまるで当たりに来たように相手の目が来て、

 

 爆ぜた。血と眼球の破片が飛び散る。

 

 「シャアアア!!」

 モンスターは突然の痛みと失われた視界に驚いているようであったが、止まることはしない。もしも止まったら後ろから迫る珍獣の餌食になるのを本能的に際しているのだ。そして、何より彼はこの状況でも諦めていないのだろう。生きることを。だからこそ、討伐しないといけないのだが。

 

 「さて、私たちには問題はないだろうが、一応あいつの目は潰したから、これで石化を恐れる必要はなくなったわけだ」

 「流石でございます。アインズ様(モモンさん)

 「お見事の一言でございます」

 対等という立場を忘れ、敬語で感激したように手をあわせ、称賛してくる黒髪の従者に、感服したと静かに告げる被り物の従者。そこまで褒められるとは思っていなかってので、アインズ自身嬉しくもなるが、まだ仕事の途中。

 

 アインズは長針、短針、共に24のところに戻し、時計の効果を終了させて。次に腰に備えた予備の剣をもってその場を飛び降りる。

 

 降りたすぐ目の前には、暴れ狂うトカゲが迫っている。その首の下を狙い、構えをとり、

 

 「武技、『飛翔烈破……」

 

 振り放たれたアインズの剣から3本の斬撃が飛び、ギガント・バジリスクの胸をアスタリスクを描くように切り裂く、それはまるで3匹の猟犬が襲い掛かったようである。再び悲鳴を上げるバジリスク。

 

             「……3頭魔犬(ケルベロス)』」

 

 日々の鍛錬の成果がまた出てくれたと、満足すると同時に、次を見据えていく、いつかあの人物に追いつく為に。

 (いつかは、そこに)

 遅れて飛び降りて来た女性達を伴い、アインズは歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事、依頼を終え、一度ナザリックに帰還したアインズが向かうのは自分用の執務室である。エ・ランテルが攻撃されたあの一件から実に18日が経過した日であった。

 

 本日の世話係である一般メイド、デクリメントが扉を開き、中へと進んだ彼が聞いた言葉は。

 

 「お帰りなさいませ、あ な た」

  まるで愛する男性をずっと待ちわびたという表情、しかしそれは言葉に出さず、温かく迎える見慣れたドレス姿で黒髪、腰から羽を生やした自分の秘書を兼任してくる統括たる女性に、

 

 「お帰りなさい、パパ!!」

 その女性に酷似した容姿を持つ少女、年はネムと同じくらい、彼女が着ているのは女性が身に付けているドレスが純白なのに対して、金雀枝を思わせる黄色のドレス、その胸につけてあるブローチにはアングレサイトという宝石がはめられている。

 

 それは本来、かなり脆く壊れやすいもので、加工には苦労するはずだが、ゲームという名のチートの産物であるそれには関係がない話だ。

 

 ほかにも違いはある。女性は黒髪、少女のは、銀糸のような色合いである。瞳は金色に対して、アインズがかつてあの世界で見る機会があった映像資料で確認した汚染前の空を思い出させる青色。

 

 女性と同じように腰から羽が生えているが、少女のものはまるで悪魔とは思えない天使だと言っても間違いではないような白。

 

 そしてそのこめかみの辺りに羽飾りがつけてあった。カナリアの羽を3枚程使った簡単なものであるが、少女の銀髪にはよくあっていた。

 

 やや、パーツごとに色違いであったり、少女には角はないが、それは最初に自分に声を掛けた女性、ナザリック地下大墳墓守護者統括アルベドに非常に似ており、彼女の娘と第3者、あるいは初対面の者に紹介しても信じてもらえるだろう。

 

 そして、その瞳は自分に向けられている。それは父の帰りを待ちわびた娘そのものであった。

 

 「何をしている?」

 状況を理解しても、すぐにそれを認めたくないということはよくある。よってまずは質問を投げかけるのだ。アルベドとその少女は不思議そうな顔をしていた。まるで、自分が間違っていると言わんばかりに。

 

 「ペットを連れ、海外出張をしていた夫を迎える妻でございますが?」

 「そして父の帰りを待ちわびた娘です?」

 

 そうやって、浮かべた顔もそっくりであった。アルベドがしているのは、愛する男を待ちわびた顔、少女は無邪気に父親に甘えたいという顔であった。アインズは呆れたように声音を変える。

 

 「お遊びはここまでにしないか?統括殿?」

 少し怒った雰囲気に他人行儀な呼び方が効いたのか、途端に顔を崩し、それも一瞬でいつもの顔に戻るアルベド、しかし完全に立ち直ったという訳ではないようで、しょんぼりとした顔を浮かべ、言う。

 

 「家族ごっこはお気にめしませんでしたか」

 (また変なことを)

 

 先日のネムの件といい、彼女は子供が欲しいのだろうか?だったら、結婚をすればいい、別にそこまでは束縛はしないのだから。自分は社員の人生に口出しする社長ではない。

 (…………)

 同時に自己嫌悪に駆られる。それを激しく拒絶している自分がいるのも分かっているからだ。

 

 (俺も大概) 

 酷い、人間だと思ってしまう。彼女の想いに応えることはできないのに、彼女が自分から離れることは許せないとは、どこまで身勝手な人間なのだろうか?それから逃げたいという思いもあり、そばの少女にもきつめに言葉を放つ。

 

 「キトリ二タスも()()の馬鹿な遊びに付き合う必要はないぞ?」

 その言葉を受けた少女もまた表情を変えていた。先ほどまでの無邪気な顔はなく、静謐なものであった。その顔は仕事時に見せるアルベドのものと同様のものである。少女は改めて、アインズに向き合い、先ほどとは違った声を上げる。

 

 「気になさらないでください。私も姉様と遊ぶのは楽しいですから」

 

 そう少女は、キトリ二タスは返した。

 

 キトリ二タス。

 

 それが、今、アインズの目の前にいる少女の名だ。当然のごとく、NCPであるが、彼女には特殊な事情があった。

 

 (ダブラ・スマラグディナ!!)

 そう、あの男だ。アルベドに世界級アイテムを持たせていた事と言い、問題を起こし過ぎではないだろうか?彼女は彼がギルドに内緒で勝手に秘密裏に製作していた存在だ。その設定として、彼女はあの夫婦、ウィリニタスと二グレドの娘ということになっている。というか本当に親子らしく、3人が揃った瞬間を1度だけ見たが、微笑ましいものであったのだ。

 

 さて、そんな彼女だが、あの男、作るだけ作って、起動せずにYGGDRASIL(ユグドラシル)を引退しやがったのだ。それもその事を誰にも伝えずに、ゆえに彼女の存在を知っていた者は、かつてのギルメンたち、そして現在のNPC達あわせてほとんどいなかった。

 

 まず、ギルメンではその男以外に彼女を知る者はなく、NPC達で知っていたのはその少女の両親である2人だけだったのだ。事の始まりは、エ・ランテルの件から、2日がたった頃、統括補佐である彼から言われたのだ。

 

 『恐れながら、申し上げたいことがございます』

 

 彼の普段の働きは知っているので、望みがあるのであればと聞き、キトリ二タスの事を知ったのだ。そして巨大な罪悪感に襲われた後、彼にその場所、なんと第8階層の一画にそれはあった。

 

 揺り篭に眠るように待機していた彼女をみて、再度身を悶えさせて、何とかYGGDRASIL(ユグドラシル)時代と同じように起動を試みて、成功して今に至る。

 

 「そうか?しかし、お前にはしっかりと母がいるのだろう?離れて寂しくはないのか?」

 

 彼女は現在、統括補佐見習いという立場で働いてもらっている。それを決めたのは、ほかならぬアルベドを始めとしたNPCたちだ。しかし、アインズはそれでいいのかとどうしても思ってしまう。

 

 そんな主の心配を察して、キトリ二タスは笑顔で答えた。それはとても幼い少女がする顔ではなく、成熟した女性のものでその見た目とは大きな隔たりを感じさせる。

 

 「父も、母も、アインズ様の為に働くことはナザリックの誉れと褒めてくれますから」

 「そうなのか?それならいいのだが」

  少女は大人の笑みを浮かべながら続ける。それはうっかり漏らしたというより、先の展開を期待しての言い方であった。

 「姉様と遊ぶのが楽しいのも本当ですよ。今日は料理も作りましたし」

 「料理?」

 それで、初めて気づいた。部屋に漂う香りに、見れば、それはとてもこの部屋には不釣り合いな光景、ちゃぶ台が置かれている。

 

 その上にはほのかな湯気を出している料理、お椀に盛られた白米。見た限りでは、揚げ豆腐や斬った玉ねぎが具材の味噌汁。茹でられてたうえで、サイコロのように整えられた人参にジャガイモ、後はまるで木のミニチュアみたいなブロッコリーが添えられ、程よく焼かれたその身に、これまた、香ばしい匂いがするソースがかけられたハンバーグという組み合わせだ。

 

 「まさか」

 その問いに、キトリ二タスは再び、顔を大人のものから無邪気な子供のものにして満面の笑顔で返して来る。当然だと言わんばかりに。

 「はい、家族の食卓でございます――パパの為に、ママと一緒に作りました!!」

 

 遊びの延長でこんなものまで作るとは呆れるばかりである。が、

 (せっかく用意してくれたんだしな)

 「はあ、資源を無駄にするのも気が引ける。頂くとしようか、勿論一緒に」

  その言葉に少女は当たり前のこと、黙って成り行きを見守っていたアルベドもまた声を上げる。

 

 「はい!!」

 「喜んで、ご一緒させていただきます」

  アインズは左手人差し指にはめた、指輪を起動させて、人間に擬態する。そして、敷かれた座布団に胡坐をかく形で座る。2人も正座を崩した形で着席する。

 

 食事が始まる。その料理は確かにアインズを思って作られたもので、料理長が用意したものに比べれば、味はどうしても劣ってしまう。それでもその味はどこか、心に沁みるものがあるのも確かであった。

 

 (これが、家庭の味)

 長らく、味わうことのなかったもの、それを噛みしめながら、彼は疑問に思ったことをアルベドへと問いかける。

 「何で、これを選んだ?」

 彼女であれば、もっと難易度の高い料理も作れたろうに、どうしてそれにしたかという純粋な疑問であった。彼女は得意げに、可愛、訂正、輝かん顔で答える。

 

 「家族の食卓にハンバーグ定食はお約束でございます」

 そういうものか?という思いは置いといて、その情報源について尋ねる。

 「どこで、それを知った?」

 「頂いた資料からでございます」

 

 ある程度は予想できた言葉でもあった。例の変質した一室から出てきた物の一つだろう。そんなものまであるとは思わなかったが、

 

 (機会を見て、また整理しないとな)

 

 あの部屋に今でも溢れるように出て来る品々は計画の為の参考書だったり、褒賞に出来たりと色々助かるが、たまに、成人向けのものがでたりするので、そういったものは彼に燃やしてもらっている。階層守護者であるあの双子を始め、まだまだ情操教育が必要な子がたくさんいるのだ。不適切なものは焼却処分に決まっている。

 

 やがて、食事は終わり、キトリ二タスはどこから持ってきたのか、ワゴンを用意したと思うと、それに食器を並べ、ちゃぶ台の足をたたみ、座布団も重ね、それらを器用にまとめたと思うと、紐を用いて、自分の背中に固定した。その姿は甲羅を背負ったように見える。

 

 少女の身には重いように見えるが、そこは大墳墓に所属する者、まるで買い物袋を持つような感覚で動いてみせ、アインズへと向き直る。

 

 「片づけは私の方で行います。この後、第3階層に行く予定もありますし」

 

 話を聞けば、警備関係で見直しがあるとのことであった。それも仕方ない事だと言える。現在、計画を形にするために多くの者たちが動いているのだ。無論、職場の移動というものもしょっちゅう発生していることだろう。少女は頭を一度、下げると、ワゴンを引いて部屋を後にした。

 

 その様子を見届けたアルベドがまたも雰囲気を変えて、話しかける。先ほどとは非にならないくらいの喜色であった。

 

 「2()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「仕事を始めるぞ」

 「勿論でございます」

 そこは分かっているらしく、アインズはモモンとして活動していた時に手に入れたものを彼女へと渡すと同時に考えてしまう。

 (早まったかな)

 先日、彼女への褒賞として、特定の条件下で自分を昔の名で呼ぶことを許した訳なのだが、もう少し熟考するべきであったのではないか?と、それでも。

 

 (…………)

 

 彼女が喜んでいるのも確かであり、難しい問題であった。

 

 (いかんな、仕事だ)

 

 問題を先送りにして目前の問題へとアインズは思考を切り替える。彼女に渡したのは、冒険者組合にて、組合長に頼み込んで手に入れたこの世界の地図であるが、彼女の顔は曇っている。それも当然と言える。

 

 「すまないな、そんな大雑把ものしか手に入れられなくて」

 「とんでもございません!モモンガ様の不備ではないと承知しております」

 

 何度目になるか分からない認識、人間はこの世界では本当に弱い存在らしく、彼らがつくれる地図ではこの辺りが限界とも言えるのだろう。しかし、それでも得られた情報はある。まずは、彼女へと自分が知ったことを主観込みの見解で語っていく。

 

 「王国、帝国、法国の3つに関しては未だ調査中ということで、一旦おいておこう」

 「畏まりました」

 

 「まずは帝国の北東、ここには幾多の都市国家があり、それらが連合を作っている。亜人たちの都市もあるみたいだ」

 可能であれば、いつか交渉の相手としたい。楽園計画の為には人間だけでは駄目なのだから。

 

 「次に、帝国の南西、ここに竜王国が、とこれはアルベドも知っていることであったな」

 「はい、ニグン達の報告から聞いております」

 

 魔導神教団

 

 彼らの働きも大きいものであった。あの男、さらに新たな才能を開花させたのか、教団所属の者達にはナーベクラスの〈雷撃〉(ライトニング)が使える者が出てきているらしい。そんな彼らには、現在、不可知可状態のデス・ナイトが2体ついている。ネムがヤルダバオトのことをいたく気に入ったらしいのが、理由の一つだが、ほかにも、

 

 (俺も大概だな)

 最初は捨て駒だと見ていた彼らが死ぬのがどうにも嫌になってしまったらしい。どこまでも勝手な人間だと思う。

 

 思考を戻す。竜王国は現在、戦争中であり、その援助を法国が行っているらしいことを確認する。

 「何とか話はできないものか」

 

 思わず呟いていた。

 

 「モモンガ様のお気持ちは理解しますが、やはり法国は厳しいのでは?」

 「そうかもな」

 

 彼らにも理念があるのは理解する。それでも、その考えは今のナザリックが、アインズが目指しているものと違うのも確かなのだ。

 

 (宗教国家)

 

 「だとすれば、同じような理由で、聖王国も難しいかもしれないな」

 「はい、そうかと」

 

 法国の西、様々な亜人たちが勢力を争っているアベリオン丘陵を挟んであるローブル聖王国もまたアンデッドを嫌う宗教色の強い国だと言う。アルベドからの報告で、亜人やドラゴンたちと取引をしたという事実もあるので、法国程、難しくはないかもしれないが。

 

 (ま、先の話だな)

 

 今は王国が先である。

 

 「それとモモンガ様」

 

 アルベドから法国関連で気になる報告があったという。それはグリム・ローズの班からであるということ。

 

 「戦争中?エルフの国と?」

 「はい、そのようで」

 

 詳しい原因は現在、彼らが調べているとのことであった。それでも朗報と言える。余程の愚者、あるいは強者でもない限り、戦線を2つ同時に持とうなんて考えないだろう。そして、六大神の存在があるとは言え、法国が先のどちらでもないというのは、デミウルゴスを始めとした墳墓の知恵者達からの意見でも間違いはないようである。

 

 よって、彼らと戦うことになるのも大分先になりそうだ。無論、交渉で済めばそれが一番であるが。

 

 話を続ける。かつてこの地に降り立ったというプレイヤーたちの影が色濃く残る地へと。

 

 「海上都市に浮遊都市ですか」

 「ああ、そうだ」

 

 13英雄のリーダーが関連していると思わしき場所に、八欲王たちがつくり上げたと言われている首都である。

 

 「計画上、かなり準備を進めた上で行くことになりそうだが」

 

 もしもまだ彼らがいるのであれば、戦闘になることも視野に入れないといけない。信頼と無謀は別物なのだから。それもまだまだ先の話になることに変わりないけど。

 

 そして、アインズの本命を語る。

 

 アーグランド評議国

 

 あの夜出会ったツアーが評議委員をしている複数の亜人種で構成される国である。その括りに人間がいないことが残念であるけど、その一点を除けば、楽園の同盟国、相互協力を狙える国でもある。

 

 (ツアーか)

 

 あの時会った姿は単に鎧を遠隔操作しているものであるとはその時教えてもらっている。只者ではないと思っていたが、その正体がドラゴンだというのが驚きであった。

 

 「いつか、挨拶に行きたいものだ」

 「その時は私も御供いたします。――可能であれば妻として」

 

 いつもであれば、咎める軽口であったが、その時のアインズはだいぶ機嫌が良かったらしい。それ程までに彼との出会いが嬉しいものであったのかもしれない。

 

 「それもいいかもな」

 

 肯定していた。途端に顔を赤くさせる統括たる女性。まるで、破裂しそうな風船を抑えるように両手で顔を覆ってしまい、自分が言いだしたことなのに、必死に否定をする。

 

 「モモンガ様冗談です!今のは統括ジョークです!!」

 「分かっているさ」

 

 そして骨の身であっても、穏やかな気持ちだと分かる微笑を浮かべているだろう主を前にしてアルベドもまた赤面に思考の熱暴走を起こしながらも喜んでいる自分がいることを自覚していた。

 

 この世界に飛ばされた当初は本当に消えいりそうなものだったのが、ここ最近は、調子を取り戻しつつあるように思う。それこそ、自分は見る事しか叶わかった、あの頃のような。いい傾向だと思う。少々、寂しさと嫉妬に駆られそうになるが、この世界で新たな友を作ってくれるのは嬉しく思う。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオン

 

 彼には感謝をしなくてはならない。ドラゴンであるというのであれば、この先ずっと主と共にあってくれるだろうから、だからこそ、楽園計画は上手く進めていかないといけない。今は彼もまた、それを見極める立場をとっているのだから。

 

 その為にも、この後に控えていることも上手くやらないといけないが、彼の働きに掛かっていることも確かだ。

 

 「モモンガ様、最後によろしいでしょうか?」

 「どうした、改まって?」

 「蜥蜴人(リザードマン)の件、本当によろしかったのでしょうか?」

 「その事であれば、私は同意した。問題はない」

 

 彼女には本当に感謝をしなくてはならない。自分の凡人並みの脆い精神を心配してのものだから。だから穏やかに返すだけだ。信じていると。

 

 彼らに対して、ナザリックがとる方針としては彼らが抱えている問題、それを力のままに無条件に楽園に組み込んでも後々、綻びになる可能性。

 

 そして、この機会にやっておく事で、将来的に墳墓に得られる様々な利点を顧みての決断であった。何より、

 

 (時にはぶつかりあいも必要)

 

 それで得られるものもあると信じて。彼らは力を重視する傾向にあるというのも聞いたんだから。それを受けて、彼女も安心したのか、一礼をして部屋を後にしようとする。報告会は終了しているのだから当たり前だ。だけどこれだけは言っておきたい。

 

 「アルベド」

 「何でしょうか?」

 

 振り向いたその顔は慈しみにあふれたもの、もしも自分が崩れそうであれば、受け止めてくれるもの。彼女はいつもその表情で自分と接してくれている。その事にも感謝しながら告げる。

 

 「お前が作ってくれた味噌汁、おいしかったよ。またいつか頼む」

 

 彼女は笑顔で返してくれた。

 

 「はい、喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブの大森林、その湖の南側に彼ら、蜥蜴人(リザードマン)の集落がある。

 

 その集落の一つ、緑爪(グリーン・クロー)の村では、ある話題が上がっていた。少し前にこの地を訪れた雌のトードマンの事であった。

 

 彼女はこの辺りの歴史を調べる為に訪れた、因縁深い、あのトードマンたちとはまた別の出身であるという。彼女にいろいろとこの辺りの話や部族が分かれているということを話したのだ。どうしてそうしたかと言われれば、それだけに彼女が美人であったからだ、例え、違う種族であっても、それは人が時に人以外の物、芸術品等の美しさに心を奪われる感覚に近い。

 

 彼女は去ってしまったが、その話題は特に若い雄のリザードマン達の間で中々消えることはなく、その都度、同じく若い雌のリザードマンが冷たい視線を送っていた。

 

 そんな喧噪に加わることなく、1人のリザードマンが目的地の湖の一角を目指して、歩みを進めていた。

 

 彼の名は、ザリュース・シャシャ、2年ほど村の外へと旅に出て、その途上で部族の垣根をこえた友を得て、更に新たな知識を身に付けて帰還した、元旅人のリザードマンである。彼は愛用であり、一種のネームプレートのような存在でもあるマジックアイテム。凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を腰に添えて、旅の成果の一つ、その過程を確認する為に歩いているのだ。

 

 その途中、小屋によっていく。格子状の窓の中から顔を出したのは、いずれも蛇である4つの首であった。その瞳はいずれも彼にたいして、非常に友好的な、いや、家族、それも親に向けられたものであった。その様子から、元気そうだと判断して、彼はここまで持ってきた魚を与えてやる。

 

 「仲良く食べてくれよ?」

 与えた魚は2匹、それを4つの頭は器用に2頭ずつで、分けあって食べていた。

 

 (本当に器用だな)

 そして向けられる視線は、何か訴えているようであった。こんなにも上手に仲良く食べられるのだから、と言っているようである。

 (頑張らないとな)

  できることなら、魚を頭数そろえたいのが、彼の本心でもあるが、まだそこまでの領域には達していないのだ。

 

 美味しそうに魚を頬張るペットは一旦置いといて、彼は再び目的地へと向かう。

 

 

 その場所には、先客がいた。湖の一画を見下ろすのは、自分と似た体色を持つリザードマン、見覚えがあるどころを通り越した人物。というか身内である。

 

 「兄者」

 

 「お前か」

 そこは棒と網を用いて彼が製作した生け簀であり、その中を元気に魚が泳ぎまわっている。それこそ、彼が先の旅で手に入れたもの、養殖の技術である。手に入れた知識を元になんとか形にしたものだ。

 簡単な道のりではなかった。何度失敗したことだろうか?いろいろな餌を試した。魔物に荒らされたこともある。それでも挑戦を続けて、ようやくここまで仕上げたのだ。

 

 そして今では、稚魚から大ぶりなものまでに育てることがでるようになってきたのだ。

 

 さて、では、兄は何故ここに来ているのだろうか?純粋に遊び来たなんて思う訳がない。この人物は現在の部族をまとめる立場にあるのだ。

 そして、自分はあまり部族内での立場が高い訳ではない。別にそれを不満に思ったことはないが、その事を兄や義姉が気にしていることに関しては罰が悪いと感じてしまうものだ。

 

 よって、簡単にここに来れる訳はないのだ。だとしたら、

 

 (義姉者(あねじゃ)も言っていたし)

 

 

 「つまみ食いか」

 兄は尻尾を右に5㎝ずらす動作をした。それを確認して、少々の落胆を抱く、幼い時から一緒に育ってきたのだ。その癖は知っている。本人は自覚していないが、それは図星を突かれたものであったのだ。

 

 「そんな訳あるか。俺は族長として、ここの進捗状況を見に来たのだ」

 

 確かにその言い分も成り立つものではある。兄の協力あってのこの成果なのだから。

 

 しかし、口ではそう言っているが、先ほどから彼の尻尾は慌ただしく動いていた。食い気はやや高い方であったのだから。やがて、向こうもこちらの心情を察したのかややきつめの言葉が飛んできた。

 

 「兄をそんな目で見るとはどういうことだ」

 

 呆れながらもできるだけ表に出さないように言葉を続ける。

 

 「分かった。そういうことにしておこう。よく育っていれば貰ってもらおうと思ったのだが」

 「何?!」

 

 声を上げた途端に、自身の態度を自分に見せるのがまずいとすぐに姿勢を正すが、ザリュースにとってはもう威厳がある族長ではなく、昔からよく知っている兄のものであった。

 

 「さて、馬鹿なことばかり言っても仕方ない。今日来たのはいくつか用件があるからだ。いや、2つだな」

 「聞こう、族長シャースーリュー・シャシャ」

 「そう、畏まるな。これは族長としてではない、お前の兄としての提案だ。見合いを受ける気はないか?」

 

 またその話かと、うんざりする。しかしそのつもりはない。というか自分の場合は、それ以前の問題だ。

 

 「何度も話しているだろう兄者、俺は結婚なぞできんさ」

 

 言葉にしながら、旅人の証たる胸の焼印をなでる。それは自分の立場ではそれは叶うことはないという弟の意思表示であった。それを見たシャースルーは下らないと考えながら、諦めずに話を続ける。

 

 「それが何だという?お前に言い寄られて嫌がる雌などおらんよ」

 「話はそれだけか?なら、もう終わりだな」

 

 本当に、その気はないらしい。しかし妻からもしつこく言われていることである為、粘れる所まで粘ろうと話を続ける。

 

 「結婚はいいぞ。家に帰れば、優しい笑顔の家内に暖かい食事つきだ」

 「最近、義姉者(あねじゃ)が話を聞いてくれないと愚痴を聞いたばかりだが?」

 「むぅ」

 

 それは確かに弟に愚痴ったばかりのことでもあった。最近、特に覚えがないのだが、妻が必要以上に口を開いてくれないし、自分の言葉も入っていないようであった。

 

 (雌とは時に面倒な生き物だ)

 

 それは生物における永遠の問題の一つと言えるだろう。雌雄間の事というのは、どのような生き物であれ、どのような時代であれ、まして世界など関係なく起こりえる問題だとも言える。

 

 弟からの反論ですっかりその気が萎えてしまい、早々に次の話題に移ることにした。たぶん、いや確実に今夜妻に文句を言われてしまうだろうが、それは知ったことではなかった。

 

 「分かった、もういい――それと改めて感謝をしたいと思ってな」

 「何の事だ?」

 「この生け簀、もっと言えば、養殖場のことだな」

 「それは、兄者のおかげだろう」

 弟はそう言うが、自分がやったことなど、族長として、部族の者たちに命じただけだ。ただ、彼のやる事を黙って見届けるようにと、ここまでの成果をだしたのはその弟本人だ。

 

 さらに弟はその詳細な内容を部族のもの達へと伝えることもしてくれる。彼を煙たがるリザードマンがいるのは確かだ。しかし、それ以上に彼に一目置いているリザードマンがいることも揺るぎない事実なのだ。

 

 かつて、蜥蜴人(リザードマン)が歩んだ悲劇としか言えない、生きるための闘争劇を思えば、弟がやったことは正に偉業である。これまで、漁でとってくるしかなかった魚を自分たちで作るということができるのは、それまで、獲物を取り合うことしかできず、その為に、生きる為にほかの部族を争う必要がなくなり、もっとほかのことに力を入れられるという事でもある。これからの部族の繁栄に彼の働きが不可欠なものとなったのだ。身分など関係なく、褒めたたえたいと思うのが、兄貴というものだろう。

 

 (まったく兄者は大げさだ)

 

 ザリュースもまた、そんな兄に感謝していた。だからこそ、この養殖場をより完成度の高いものにして、部族の為に、何より、旅に出ることを許してくれた兄に報いると決めたところで、

 

 

 「族長!!」

 

 来たのは、比較的若いリザードマンであった。彼は自分も見ている。先ほど、旅のトードマンの事を話していた雄達の一匹だ。ひどく慌てているようだが、何があったというのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃

 

 

 

 大森林の湖付近には彼ら緑爪(グリーン・クロー)以外にも多数の蜥蜴人(リザードマン)の部族がいるのだ。

 

 その内の一つ、比較的彼らと仲がいい、鋭き尻尾(レイザ―・テール)

 

 その族長、キュクー・ズーズー。

 

 彼は身に付けている鎧の影響で、著しく知力を低下させているけれどそれでいてなお回る頭で、目前の光景について考えていた。

 

 (なにが、ねらい?)

 

 彼と彼がまとめる部族の前に広がるのは、木で作られた人形、木像の群れであった。それはすべてリザードマンの姿を模しており、それを驚くべきことに4本の刃物だけで作ってみせているのだ。その存在は、

 

 それは、2足歩行の昆虫のような姿をしていた。腕は4本あり、その手には似た創りの武器が握られている。その者は、尻尾を器用に動かし、一本の木を宙に投げ上げた。

 

 「ミテルガ、イイ」

 

 それだけ言うと、奴は落下してきた木を刃物で切り裂き始めた。瞬時に削られる木材、やがてその形はそこらに転がっているものと同じように2足歩行の蜥蜴人になっていく。

 それが地面に落ちる頃にはとても元が木とは思えない程、精巧な木像がそこにあった。その光景に部族の者たちは見とれていた。

 「コンナ、モノカ」

 その存在が放つ声は音であるかどうかも怪しいものであるが、一応、意味合いは聞き取れていた。そしてその存在が何をしたいのかというのも理解できてきた。分かりやすく自分の技量を見せつけるのが狙いだろう。

 そして彼の頭はその存在が次に何を言うのかも理解できていた。

 

 「ワタシノナハ、アトラス。――フンボカラノ、シシャダ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さき牙(スモール・ファング)、その部族もまた先の2部族とは友好的な関係を築いている。

 

 その族長、スーキュ・ジュジュもまたその人物と対面していた。

 

 「それで、何の御用でしょうか?」

 彼もまたどちらかというと穏やかなほうであり、可能であれば、無益な戦いはしたくないのだ。

 「キマッテいますとも」

  それは先の村に現れたのと同じように2足歩行の昆虫であった。その背には、薙刀や弓が背負われている。スーキュもまた飛び道具を武器にする身であったので、その武装にやや興味をひかれながらも直前の相手から意識を手放すことはしなかった。少しでも気を抜けば、背中の刃が自分の首を撥ねていると分かっているからだ。

 

 その者は冷たく言い放った。

 

 「コウフクカンこくですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 朱の瞳(レッド・アイ)

 

 蜥蜴人(リザードマン)達が迎えた困難をおぞましい方法で乗り越えた部族、族長代理を務めながらも、その評価は著しく低い、雌のリザードマン。

 

 クルシュ・ルール―

 

 彼女はある体質で日光に弱く、その身を護る為に雑草を短冊状にした服を身に付けていた。そんな彼女に可愛らしくも、凛とした声が響く。

 

 「初めまして、私はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータと言います」

 その姿は確かに、同性から見ても愛らしいといえるものであった、しかし、

 (???)

 彼女の一種の勘が告げるのだ。彼女は何か恐ろしい一面を隠していいるのだと。これから告げられるのは恐ろしいことであると。少女は愛らしい言葉で続ける。

 

 「今日は皆さんに提案があって来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 ウルピウス

 

 普段は第10階層にある図書館で司書として働いているオーバーロードである。そんな彼は今回、ナザリックからの使者として彼は竜牙(ドラゴン・タスク)の村に訪れていたのだが、

 

 (何やら様子が変ですね)

 

 まるで、誰かを待ちわびているようにその場のもの達は、蜥蜴たちは騒がしいのだ。武器を構えるもの、忙しくその場を走り回る者、等、それは様々であった。考えられることはあるが、ひとまずは

 

 「どうしましたか?」

 仕方なく、疑問を投げかければ、彼らは自分の姿に恐る恐るながら答えてくれた。

 「族長が眠っているみたいでして」

 これ程の騒ぎに起きないとはどんな人物だろうかと彼は場違いに考えていしまう。物凄く呑気な人物かあるいは、相当な馬鹿か、しかし彼らの生態は把握しており、その長がどのように決められるかも調査済みだ。決して、侮っていい相手ではない。

 (出てきますかね?) 

 

 ひとまずはその人物のことを考えみる。それでも仕事を忘れることはないが。

 

 

 

 

 

 

  

 そして、ザリュースもまたその人物にあっていた。それはローブを纏った骸骨であった。

 

 「みなさん初めまして、私はナザリック地下大墳墓からやって来ました。アウレリウスと言います」

 兄や、ほかのもの達がその言葉に耳を傾けていた。自分もだ。

 「突然でありますが、あなた方に降伏を勧めに来ました。我らが偉大なる主はあなた方を欲しています。――そうですね。3日後にまた来ます。返事をいただくのは『2番目』ということになりますが、なにとぞいいお返事をいただけることを期待しています」

 

 (降伏、それにナザリック地下大墳墓?)

  聞きなれない単語であったものの、それは蜥蜴人(リザードマン)が迎えた新たな危機であることは確かであった。

 

 

 それは、ある雄の物語。

 

 これより語られるのは、ザリュース・シャシャの10日足らずの、しかし一生分の濃密さを孕んだ人生の転換点である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 彼らだけの話だけではなく、ナザリックの話であったり、カルネ村の話であったり、エ・ランテルの話なども間に書ければと思っています。


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第2話 動き出す者たち

 
 調子がよくて連日投稿となります。


 

 

 結果から言って、蜥蜴人達に墳墓からの使者たちが告げたのは、無条件降伏からの隷属であった。

 

 当然の如く、彼らは話あう。どう対処すべきだろうかと、それは無論、ザリュースが所属する緑爪(グリーン・クロー)も同様であった。

 

 彼らが集会所として使用するその部屋に多くのリザードマン達が集まっていた。族長であるシャースーリューはもちろんのこと、戦士頭、狩猟頭、祭司頭に、族長を補佐する為に選ばれた老人の集まりである長老会、そして幅広い知識を持つということで、旅人であるザリュースもその場に出席していた。

 

 長老たちは渋い顔をしていたが、リザードマンの至宝とされるフロスト・ペインを持つ彼の言葉は価値があると戦士頭が推し、養殖の技術とそれを獲得するに至った旅の知識は必要だと、狩猟頭、祭司頭が推す形で彼のこの会議の出席が決まったのだ。

 

 「では、早速議論を始めようか」

 

 族長たる彼の言葉で会議が始まった。

 

 その場でまず話題にあがるのは、先に来た骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)らしき男が告げてきた言葉だ。

 

 なんでも彼が言う、墳墓の主はすべての種族を統一すべく、行動をおこしているという。そして、その先駆けとして、自分たちにはその下につけという。もしも隷属するのであれば、可能な限りの幸福を約束し、もしも従わないのであれば、絶望を見ることになるとのことであった。

 

 「さて、どう思う?」

 

 族長は各頭や長老会、そして弟であるザリュースに問いかけてきた。

 

 「戦うべきだ!」

 

 声を上げるのは戦士頭、それも別に勢いで言っているわけではないと彼は続ける。

 

 「皆も見たはずだ!!今回来たのは薄汚れたローブを纏った、ただの骸骨ではないか!!」

 

 彼は続ける。そんな相手を束ねる相手であれば、大したことはないと、攻めて来るとしても精々、100体足らずのスケルトンだろうと、彼は勇んで続ける。

 

 「落ち着きなよ」

 

 それを宥めたのは狩猟頭であった。彼はおどけるように続ける。

 

 「俺は逃げるべきだと思うね。何故かと言われれば、勘としか言えないけど」

 「何だそれは!ふざけているのか!?」

 

 しかし、リザードマンにとっては危険な地で仕事をやってきた彼の言葉は無視できないものでもある。

 

 「わしは降伏すべきだと思う。逆らっても勝てまいて」

 

 力なく、そう言うのは祭司頭。彼は続ける。巧妙に隠してはいたが、昼間来たあの骸骨は相当な位階の魔法の使い手だろうと、そしてそんな彼が所属するどこぞの組織なり、部族なり、種族なりがこの村をひいては自分たちを狙ってきたのだと、恐らくはどう転んでも彼らの都合のいいようになっているだろうと。

 

 「選択肢は3つか、抗うか、逃げるか、降伏するか――いや、実質2つだな」

 

 要は、戦うか、戦わないかの違いでしかないのだから。

 

 シャースーリューは少し考えるように首をかしげてみせると、長老会へと意見を求めるが、彼らの意見もまたバラバラであった。共通しているのは、戦うという選択肢がないということだけだ。

 

 (逃げるべきか?)

 

 戦士頭が言ったように、戦うのも。狩猟頭が言ったように逃げるのも。祭司頭が言ったように降伏するのも。

 

 そのどれもが正しい意見に聞こえてしまう。それも仕方のない事だと言える。彼らがこれ程の事態に直面するのは正に初めてのことであるのだから。

 

 彼らの歴史にまったくそういったことがない訳ではなかった。現族長、シャースーリュー・シャシャの祖父の世代に、湖の北にいるトードマンの部族との戦争があったのだ。大敗こそしたものの、それ自体は貴重な経験であるはずだが、残念なことに彼らがその歴史を後世に伝える手段を持ち合わせていなかったのだ。

 

 そして、シャースーリュー自身も気づいていた。自分ではこの事態に対する的確な判断ができないと、自分は族長ではあるが、それは古くからの決まりに従い、力で勝ち取ったものでしかない。あまりにも自分の世界観は狭い。しかし、この場にはその広い世界を見てきた雄がいる。

 

 (すまんな、弟よ)

 

 これから一族が向かえる展開次第では、彼は罪人にもなりえる。そんな危険な道を歩くことを今から彼に自分は付きつけようとしているのだ。

 

 「ザリュースよ、旅人のお前はどう思う」

 

 彼の言葉に他の者たちも注目しているらしく、途端に騒ぎがおさまる。

 

 ザリュースもまた、兄から、弟としてではなく、1人のリザードマン、それも貴重な体験をしてきた旅人としての意見を求められ、それまで考えていたことを頭の中で整理する。

 

 仮に奴らに降伏したとして、本当に幸福があるとは限らないし、文字通りリザードマンは奴隷になるかもしれないのだ。自分が始めたことと言い、この部族が何とか以前とは違う軌道に乗り始めているのも確かである。

 

 彼が思い出すのは、かつてあった部族間での争い、食料不足によって引き起こされたものである。そして次に彼が思い出すのは、先の使者が放った言葉、『2番目』という言葉だ。

 

 (降伏勧告を受けたのは自分たちだけではない?)

 

 だとすれば、ほかに受けた者たちは――いや、考える必要もないだろう。

 

 「族長シャースーリュー・シャシャ、俺の見解を伝える」

 

 考えがまとまったと弟は言葉を返してくる。ならば、自分はそれを聞くだけだ。

 

 「聞こう。――ほかの者たちも構わないな?」

 

 一部しぶりながらも、全員が頭を縦に振る。それを確認した上で、弟に先を続けるよう促す。

 

 そして、元旅人のリザードマンは語る。今回、使者が来たのは自分たちの所だけではなく、この湖の辺りに住んでいるすべてのリザードマン達が対象になっているであろうこと、もし、自分たちだけ逃げる選択をとっても同じような選択をした彼らと新たな住処を巡って争いになる可能性があることを。

 

 「だからこそ俺は戦うべきだと思う」

 「よく言ったザリュース!!それでこそ、フロスト・ペインの持ち主だ!!」

 

 感激したように声を上げる戦士頭を置いて、シャースーリューもまた続ける。弟の言わんとしていることを。

 

 「部族間での同盟か」

 「そうだ、族長」

 

 ザリュースの見解はこうだ。恐らく彼ら、墳墓のもの達は順番にこちらの答えを聞いて回りその対応をしようとしている。それは同時に、戦うとしたら、1部族ずつ相手にしていくつもりだと、その計算を狂わせるのだ。その流れで話は決まり、次に同盟相手に関する問題であった。

 

 この辺りに住んでいるリザードマンの部族は5つ、その内の2つは、かつての戦いで同陣営であった為、問題なく、今回もいけるだろうと結論がまとまり、残りの2部族に関してはどうするという話になった。正確にはその内の1つはかつての戦でできた因縁を抱えているのだ。

 

 元々、この辺りにリザードマンの部族は7ついたのだが、食糧問題で戦争になり、先に上げた2つの部族と自分たち、そして2つの部族が争い、結果、その2つの部族が消滅したのだ。そして彼らの生き残りを受け入れているのが、その1つの部族である。

 

 しかし、ザリュースには何とかできるかもしれないという希望的観測もあった。

 

 「兄者」

 

 会議の場で私的な呼び方をするのは咎められるべきだが、シャースーリューもまた弟が何を狙っているのか、予想がついていた。

 

 (あの雄ならあるいは)

 

 かつて弟が旅の途中で出会い、しばらく行動をしたというリザードマンのことだろう。それに、戦うと決めた以上、1秒でもその時間は友好的に活用すべきだ。よって、彼の意を汲み族長として命じる。

 

 「ザリュース――此度の件における2部族への使者をお前へと命じる」

 「分かった。族長」

 

 こうして会議の場は収束を迎えた。

 

 

 

 「ザリュースよ生きて戻って来いよ」

 

 使者として旅立ちの準備、彼のペットである多頭水蛇(ヒュドラ)、4つの頭を持つ、4足歩行の獣である。名をロロロと言う――に乗って出発するところであった。今回の旅は間違いがあれば、生きて戻ることも困難なものだ。それでも、何とか成功させてもらうしかない。

 

 蜥蜴人(リザードマン)の未来の為に

 

 「勿論だ、ようやく養殖が軌道に乗り始めたんだ」

 「まったく、……しかし、本当にいいのか?」

 「兄者もその方向で行くのだと決めたのだろう?」

 

 そう、力を合わせて戦うというのはあくまで狙いの1つだ。これからやる試みには、他にも、それこそ非道な狙いがある。それでも彼は止まらない。少しでも未来に希望を残す為に。

 

 

 

 

 

 

 

  

 ナザリック地下大墳墓

 

 その第10階層にある図書館に彼女の姿はあった。優雅に椅子に座り、手にもった本を読む姿は。勤勉な令嬢そのものであり、時折、しおりを挟んで本を閉じ、傍らにあるテーブルにのった羊皮紙にペンで何やら書き込み、その都度頭を悩ませている姿はそれだけで絵になるような優雅さがあった。

 

 (ノブレス・オブリージュねえ)

 

 高貴さは(義務)を強制する。財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うという意味なのだが、彼女は考えてみる。今の王国にどれくらい、そう言った貴族がいるのか。

 

 結論はほとんどいないというものであった。自分の勝手な解釈ではない。現在、王都で自分の代わりに動いてくれている執事とメイドからの報告でもあったものを合わせ、そして自分より頭が回る者たちの意見を聞いた上での答えである。

 

 気まぐれに民をいじめる者。気に入った女をおもちゃ感覚で連れ去り、弄ぶもの。自分たちの収入を守りたいがためにあの悪魔が珍しく褒めた政策を無に帰すもの。愚かな事ここに極まれりとよく言ったものだと自分でさえ思ってしまうのだから。

 

 その過程で気になる組織の情報も手に入れたが、もしも連中とやりあうのであれば、主にも確認をしないといけないが、今はその時でもないと彼女は分かっていた。

 

 できる事なら、自分もすぐにまた王都へと出発したい、しかし愛しの主が命じたのだ。今回のことは何かと今後の参考になるはずだから、それを見届けてから行けと。よって、自分と班員である2人はもうしばらく、ここに残ることになっているのだが、かといって何もしないなんてできる訳がない。こうして可能な限り、主の計画の為にできる事をしている次第だ。

 

 彼女は情報が記載された羊皮紙を眺め、次に資料として用意した本を開いて――と、それを繰り返しして、彼女なりに次の方針を固めつつあった。それは、目的とも目標とも言えるもの。彼女が指をさすりながら示した部分に記載されているのはある家名。

 

 アインドラ

 

 それはある貴族の名前であるが、注目すべきはその家から2人の冒険者が生まれているということ。それもこの世界では最高峰のアダマンタイト級だ。正直、レベルにして20から30、自分たちの足元にも及ばないがそこは目を瞑るべきである。ここで見るべきは彼らの功績だ。主が演じている漆黒の戦士と同じく、自らが信じるものの為に戦っていたり、または冒険譚をつづっているのだ。つまり、彼らには、それだけの何か、あるいは精神の持ち主なのであろう。そしてそんな者たちを2人も排出したその家は、貴族の中でも良識的な部類に入るかもしれない。何とか接触できないだろうか?

 

 (イブかデミウルゴスね)

 

 相談相手の候補である者たちの顔を思い浮かべ、彼女は糖分補給と喉の渇きを満たすため、紅茶を用意すべく、その場を立ち上がる。本来であれば、シモベに任せればいい事なのだが、彼女はそれをしない。それは、自分で用意したいから。それだけ、彼女の紅茶に対するこだわりの深さが見て取れるというものである。

 

 

 

 

 

 トブの大森林には、アウラが建造した木造のロッジハウスがある。この建物の目的は複数だ。この森の監視だったり、ナザリック地下大墳墓への窓口だったり、緊急時の避難先、あるいは敵対勢力を吊る為の罠であったりと、実に様々な用途に向けて作られている。場合によっては、破棄することも視野に入れているためか、あえて立派に作られている。そう、まるでこの小屋の持ち主がここをいたく気に入っているのだと言わんばかりに。

 

 そんな何重にも思惑が絡んだロッジハウスには、現在異形のもの達が集まっていた。まるでこれから晩餐会でもするかのように一つのテーブルを囲む形で席についている。そして、そんな彼らから少し離れた所、一応、生活の為の設備は整っているのか、キッチンがあり、そこではこの集まりの中では唯一、人に見えなくもない和服を纏った少女が何やら蠢いている黒い物体を材料に料理を作っているようであった。

 

 そしてこの集まりの責任者で今回の作戦の全指揮権を与えられた。墳墓の守護者たる武人、コキュートスは口を開く。

 

 「彼等ヘノ邂逅ハ終了シタ――コレカラドウナルト思ウ?」

 

 それは、配下たちにこの後の展開を考えてみろという遠回しな命令であった。彼らもまた常に先に進まんとしているのだ。ただ、言われたことをやるだけではない。自らが考え、何が主の為になるのかと。

 

 「ワタシハ――タタカウコトニ」

 

 そうなると最初に言葉を返したのは、武人によく似た姿を持つ赤銅色の昆虫であった。彼は語る。自分と対峙した。まるで骨を被ったようなリザードマンの瞳にはそれだけの輝きがあったのだと、語る。できることなら、自ら刀を交えたいと思うと口にする。見れば、他にも彼の言葉に頷く者たちがいた。

 

 (戦カ)

 

 「ジブンハソウならないと、オモッテいます」

 

 次いで声を上げたのは、やはり似通った姿を持つ硫黄色の昆虫であった。彼が言うには、彼らが逃げることも視野に入れるべきだという。もしもそうなれば、追撃の計画を立てる必要がある。その意見に同意する者何人かいた。今回の作戦の肝はいかに別の勢力を楽園へと組み込むべきかということもあるのだから。

 

 以前、アウラが森のドライアード達を楽園に組み込んだ際は何とか話し合いと偉大なる主の提案で動いた彼のおかげで穏便に済んだが、それは彼女たちが20人足らずであったことも大きいのだ。対して、今回の蜥蜴たちはその10倍を優に超える人数がいるのだ。その為、少々敵対的ともとれる方法にしたのだ。

 

 国とは、組織とは、いや、それ以前に知的生命体が集まれば確かにできることは増えてくる。しかし、個体1人1人に意思があるのを忘れてはいけない。例えば、人間の群れがあったとして、どこに住むか決めるとする。このとき、いや、必ずその意見は割れるだろう。ここでは山に住むべきだと主張する山派とできるだけ海の傍に住むべきだという海派に分かれたとしよう。

 

 山派の言い分はこうだ。山であれば木々を利用して、高所に居住地を作れるし、木の実や獣の肉がとれると。

 

 海派の言い分はこうだ。海であれば簡単に水や潮が手にはいり、イカダ等を利用すれば行動範囲が広がると。

 

 彼らがいか程の生存技術を有しているかはここでは特に問題としないが、どちらにの言い分にもある程度の利点があるというのが重要なのだ。それは決して好みや感情で選んだものではなく、彼らなりに考えた結果。そしてそのどちらを選べば、正解というのは、実のところないのである。

 

 結局どっちを選んだとしても相応のリスクは待ち構えているだろう。山であれば、危険な生物の可能性。海であれば、波の心配など。

 

 そう言った時に遺恨が残らないように群れの長を決めるのだ。そしてそんな群れがほかの群れに吸収されるというのもいろいろと思う所があるには違いない――だから。

 

 だからこそ、ある程度は彼らにも選択肢というものを与えてやる。そうやって、自分で決めたという認識を持たせることが重要なのだ。それはその後の交渉でも上手く使える札となりえる。

 

 コキュートスもまた考える。彼らがどういう決断をするのかを、それも今回は5つの部族を同時に相手にしているのだ。それぞれの対応を考えておかないといけない。いや、あるいは、

 

 (彼ラガ団結スルト言ウ可能性)

 

 それは友を始めとしたあの者たちが調べてくれたことからかなり低い可能性であることは確かだ。過去の遺恨を乗り越えるというのは、中々難しいものだ。自分だってかつて墳墓に攻め込んだ者たちを許せと主が仰れば、従いはするが、その気持ちを抑えるのは苦労するだろう。

 

 それでもその可能性を捨てていい理由にはならない。ひとまずは先ほど、先に発言した部下であるアトラスが『1番目』の村に返事を聞きに行く予定だ。それまではできる限りの準備をしなくてはならない。実は今回、もしも彼らとの戦闘になるのであれば使える兵に縛りがあるのだ。それはほかならぬ主の命令であったけど、彼は仕方のない事だと納得している。自分は一度敗戦をしたのだから、そんな将に栄光あるナザリックの軍団すべてを任せるというのは不安を感じて当たり前だ。

 

 (今ハ考エルシカアルマイ)

 

 更に、彼らに対する情報収集ということであれば、力を借りれるが、対応に関しての相談は御法度とされてしまっている。自分は主に試されているのだ。ならば、やるしかない。

 

 「コレカラ、各展開二備エテ計画ヲ立テル」

 

 ひとまずは3つ、戦闘になった際の戦略。彼らが逃げた際の追撃、からの捕縛案。最後にもしもこちらの申し出を受けて無抵抗で下った時に対する対応などを蟲の王たる武人は部下である虫たちと話し合い、形を決めていく。そんな彼の手元にあるのは、その主が中心になって解決した先日の一件、そこで暴れたという「ヘッドギア」に関する報告書であった。

 

 リザードマン達と同じく彼らの話し合いも白熱するものであった。気になる点があれば、全員で納得できる答えを探す。それはアインズが望んだ光景でもある、話あい、その精度をあげるのだ。そして、彼らもまた普段訓練にあわせて、武人の親友たる悪魔から軍事に関する講義を聞いているのだ。ゆえに熱が入るのも当然と言える。自分の考えが偉大なる墳墓の方針として採用されることは間違いなく栄誉であるのだから。

 

 

 

 やがてキッチンで作業をしていたメイドの少女が一行に声をかける。その手に持ったお盆にはチョコレートを思わせる黒色のクッキーが盛られた皿に、各種飲み物が入ったボトルが3種類ほど、それぞれにテープが貼ってあり、『リンゴ』『オレンジ』『グレープ』とある。それから簡易的なプラスチック製のカップが重ねる形で乗っていた。

 

 「コキュートス様、皆さまも少し会議を中断にしておやつにしませんか?」

 

 時間を見れば、既に1.5時間ばかりが経過しており、それほど夢中になっていのかと思うと同時にそれも悪くないと武人はしばし休憩時間を設けることにした。

 

 「ソウシヨウカ」

 

 部下たちも根をつめていたみたいで、その声で全員の姿勢がだらしなく崩れるが今はそれも許してしかるべき。自分はグレープジュースをもらい、そのクッキーと共に頂く。それは、なぜか自分の口によくあう味わいであり周りを見れば、部下たちも顔こそ変わらないが、触覚などの動作で喜んでいるのが伺える。そんな素敵なお菓子を用意してくれた事に感謝しながらも、その材料が気になり少女に尋ねる。

 

 エントマはそれを問われて、材料を確保する為に自分が赴いた場所とそこで悲鳴を上げ、自分に必死の抗議をあげた男性を思い浮かべながら答えた。

 

 「恐怖公様に協力してもらいました」

 

 あの盟友が何をしたのかは想像つかないが、その言葉を聞くとともに、彼は軽食の時間を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロロロに乗って揺られる事半日ばかり、この時点であの使者が来るまでの期間は3日を切っている。

 

 ザリュースは何とかはやる気持ちを抑えながらも何とか目的の村に辿りつくのであった。

 

 竜牙(ドラゴン・タスク)

 

 かつての戦争で結果的に自分たちが壊滅寸前へと追い込んだ2つの部族。黄色の斑(イエロー・スペクトル)鋭剣(シャープ・エッジ)、この生き残りを受け入れた種族である。そして彼から聞いた通りであれば彼らが最も重視するのは武力、剣の技でなければ、投石の上手さでもなく、純粋な力を求める種族である。

 

 そして、そんな彼らが自分に向ける視線は、試すようなものであったり、憎しみを込めたものであったり、また彼だけではなく、その腰にある武器に視線を送っているリザードマンもいた。その目は大事な人物の形見を見る目である。それもしかたのない事だ。

 

 睨んでいるのは、鋭剣(シャープ・エッジ)の生き残りであろう若いリザードマン、いや、その容姿から当時はまだ子供だったかもしれない。そして、ザリュースが持つフロスト・ペイン、その前に所有者は先の戦争で自分と兄が倒した――その族長であるのだから。

 

 (生きる為に)

 

 そう、自分の部族を守るための仕方のないことであったのだ。もしもあの戦争で負けていれば、自分が彼の立場になっていたかもしれない。だからこそ、後悔はなく、――をすることが間違いなのだ。そして目的の人物を探す。これだけの騒ぎであれば、いくら戦闘狂で、それ以外にはあまり興味を示さないあいつでも出てくることだろう。

 

 「よう!!来たなザリュース!」

 

 目的の人物であった。それは右腕だけが異様に膨らんでおり、それも筋肉で――ほかの部分も鍛えられたものだと分かるものである彼ら武力を何よりも重んじる竜牙(ドラゴン・タスク)をまとめあげる者であり、かつて共に大陸を駆け回った悪友。

 

 ゼンベル・ググーであった。

 

 彼との出会いは旅にでて4ヶ月程たった頃である。その時立ち寄った亜人の村でのことだ。酒が周り少々騒ぎを起こした現地の者たちを止めようとした時に、同じタイミングで飛び出したのが彼だ。その後は、酒を飲み交わし、互いの事を話し合い、友情を築いたのだ。自分は生きるための技術を求めて旅にでた訳だが、彼は新たな戦い方を求めて旅に出たという。自分は養殖の技術を手にいれたが、彼が手に入れたのは様々な武術の知識であった。

 

 そして旅が終わって、それぞれの村に帰っても何かと交流を続けていたのだ。

 

 彼はそばにおいてある巨大な壺を叩いてみせた。それについても知っている。自分がもつ魔法の剣と同じく、リザードマン4秘宝と称されるアイテムの一つだ。名を酒の大壺。まるで泉のように無限に酒が湧いてくるというものである。彼は大事な話をする時は必ず酒の席だと決めているのだ。あまり時間がないが、それでも拒否しようものなら、返って時間をロスしてしまう為、その席につくのであった。

 

 「……なるほどな~、そういう事か」

 

 盃を片手にこれまであったことを話して彼が発したその発言に疑問を覚えてしまう。周りを見れば、この村にも自分たち同様、墳墓からの使者が来たという事は間違いないらしいのだが。

 

 「(まさか)お前は聞いていないのか?」

 

 彼は悪びれる様子も見せず笑って答えた。

 

 「悪い。そんときゃ、寝ててよ」

 

 予想できたことでもあるので、特に驚きも落胆もなかった。むしろ彼らしいとあの旅を思い出してそれまで一族の為と懲り固まっていた気がほぐされてさえいたのだから。

 

 「分かった。そしてお前たちはどうするつもりだ?」

 「戦うに決まってんだろうが」

 

 それも予想できた答えであった。だから先にこちらを訪ねた訳だ。

 

 「大体よお、上から目線で自分たちの下につけっていうのが、気にくわねえ!」

 

 そう、彼らは一方的に告げてきたのも確かであるのだ。それ以外の選択肢などある訳がないと言わんばかりに。

 

 「それにあれだ。隷属ってことはあの」

 「ああ、彼らのことだな」

 

 そこで話題にあがるのはかつて旅で訪れた様々な土地、いろんな種族に世話になって渡り歩いたわけだが、そんな旅路の一つ、アゼルリシア山脈。そこで世話になった種族の名は土堀獣人(クアゴア)。そこで過ごしたのは5日程であったが、世話になった。彼らはキノコの栽培技術を有していて、振舞われたその品はとても美味しく、ゼンベルは酒の肴にあうと食べ過ぎて腹を下し、1日中寝込んだのは2人の間では笑い話だ。

 

 しかし、楽しい事ばかりではなかった。彼らは一種の労働奴隷であったのだ。その飼い主は霜の竜の王という正に強大な存在、当時はおろか、今でも勝てはしないだろう存在が相手ではザリュース達にはどうしようもない話であった。そんな彼らが旅人である自分たちを受け入れることができたのは、単にその飼い主の気まぐれであったという。そして彼らの顔には一種の諦めがあったのだ。

 

 もしもあの降伏を無条件に受け入れてしまえば、自分たちだって同じような顔をすることになるかもしれない。だからこそ抗うのだ。そして彼に同盟の話を持ち掛けるが、これも分かっていた答えが返ってくる。

 

 「ザリュース、いくらダチのおめえの頼みでもこればかりは俺の一存じゃあ、決められねえことだ」

 「だろうな」

 

 ゼンベルは語る。現在この部族の状況を、先の戦いから逃げてきた者たちは今でもザリュースたち、勝利した部族たちを恨んでいるという。そんな中でいきなりの同盟はいくら自分が族長権限で命じたとしても難しいだろうと。

 

 「いや、それでもなんとか俺に従いはするだろうがよ」

 「ああ、分かっているさ」

 

 確かに生き残りである部族の者たちはゼンベル、族長の言葉であれば、同盟に参加するだろうが、精神的なしこりは残ったままだ。これから自分たちが挑むのはこの湖に住む蜥蜴人(リザードマン)。その歴史で初のことになるし、間違いなく自分たちの歴史は変わるできごとだろう。だからこそ、僅かな不安も残したくない。

 

 彼は少し酒を飲みながら空を眺めていたが、やがて自分に振り返る。

 

 「いっちょやるか」

 

 彼の考えもザリュースには、よく分かるものであった。彼はあまり頭を使うことが得意とはいえず、とりあえず筋力があればそれですべて済むと言わんばかしの方法をとってくるのだ。

 

 「私闘だな」

 「おうよ」

 

 

 しばらくして、その場は設けられた。旅人たるザリュースと生き残りの部族から代表で出て来る者の決闘。それはゼンベルを始め、村のリザードマンすべてが注目していた。

 

 そして彼の前に立った人物を見て、少し驚いた。それはこの村に入った時に、自分の持つ魔法武器をにらんでいた若いリザードマンであったのだから。彼は木に石製の鏃を結び付けた簡素な槍をもって、ザリュースと対峙、全身に殺意をぶつける様に睨みつけ、口を開く。

 

 「俺はソーリス・セセ、かつてお前らに敗れた鋭剣(シャープ・エッジ)の生き残りだ」

 「そうか、俺はザリュース・シャシャ。かつてお前たちの族長を討った者だ」

 

 その言葉にさらに反応するように、彼は憎悪の炎を燃やしていた。

 

 「俺が勝ったら、先代のそれを返してもらうぞ」

 「勝てたらな」

 

 その言葉を合図にするように、ソーリスは突っ込む。その槍が狙うのはザリュースの足だ。それは彼なり戦い方にそったものであった。何より重要なのは相手との間合いを図ったり、時には腕を振るうより立派な武器になり、何より生きていくことに必要不可欠な足を先に潰してしまえば、後はどうとでも調理ができる。それは決して褒められた戦い方ではないし、嘲笑の対象にもなりえる。しかし、彼にはその方法しかなかったのだ。

 

 本来、鋭剣(シャープ・エッジ)は剣の技に優れた一族であり、当然、幼き日のソーリスも先代たちに憧れ、剣を手に訓練にいそしんだ。しかし、彼には才能がなかったのだ。いや、正確には槍の方がその適正があったということなのだけど、剣に重きをおいた部族ではそんなの言い訳でしかない。

 

 しかし、槍に重きを置けば、人並み、否、蜥蜴並以上の力が得られるのも確かであり、何より先代が言ってくれたのだ。

 

 『どのような戦い方でもお前がこの部族の戦士であることに変わりはない』

 

 思わず泣いてしまった。そしてその言葉に報いる為に、彼は彼の戦い方を磨いてきたのだ。それから間もなく、食糧難がやってきた。

 

 そして、その戦争で先代は目前の雄とその兄に討たれたのだ。生きる為の戦いであったことは理解できるし、あの後、行き場を無くした自分たちを受け入れてくれた竜牙(ドラゴン・タスク)にも感謝している。

 

 けど、それでも簡単に同盟を受け入れられる程、彼は達観していなかった。

 

 ゆえに挑むのだが、

 

 (当たらない)

 

 やはり歴戦の戦士なのか、旅人としての経験がなせる技なのかザリュースには自分の振るう槍はまったく当たらなかった。彼は自分の攻撃をかわしながらも、かつて先代の振るった至宝であるその武器で自分を叩きつけてくる。その姿勢がさらに自分を苛立たせた。

 

 (使わないつもりか!?)

 

 自分は知っているのだその武器の真の技を。それをしなくても自分に勝てると言いたいのか?この雄は!

 

 そして、その雄も自分のその考えを読んだのか。返してきた。

 

 「使わないまでも。時期に決着はつくさ」

 「何を――!!」

 

 そう、奴の言う通りであった。それはソーリス自身のミスが招いた事態であった。彼はかつて先代が見せていたその派手な技に目を奪われるあまり、フロスト・ペインの基礎的な効果を忘れていたのだ。

 

 彼の体は動かなくなってくる。その肌には霜が生えており、熱が逃げているのだということが嫌でも分からせるものであった。そう、追加冷気ダメージのことである。

 

 ザリュースの言葉通り、決着はついた。彼はいまだ納得できていない様子の若い雄に声を掛ける。

 

 「お前たちの族長はもっと強かったぞ」

 「!!!」

 

 その言葉に、彼は悔しさのあまり泣き崩れていた。分かっているのだ。今の自分でも未だ、先代に遠く及ばないと。奴は続けた。

 

 「それでもお前の槍さばきは見事であった――だからこそ、共に戦いたい。今度の相手は恐らく。俺たちすべてがまとまっても勝てないかもしれない相手だ」

 

 それも自分なりの直感で分かっていた事だ。同盟しか戦える手段が残されていないという事を。

 

 「いつか」

 「?」

 

 恩人で族長たるゼンベルがこの場を設けてくれたのだ。そこで負けた以上、奴の申し出は受けなければならない。しかし、これだけは宣言しておきたかったのだ。

 

 「あんたに必ず勝つ」

 「ああ、楽しみに待っていよう」

 

 周囲のリザードマン達が歓声をあげる。それ程までにザリュースとソーリスが見せた戦いが見事であったのだ。ゼンベルもまた、右腕がうずくのを何とか抑えながら。友の勝利を見届けていた。

 

 

 

 

 

 「んで?次は最後の部族ってか?あっという間だなあ」

 

 それから、ザリュースは次の目的地に向かうため、ゼンベルと共にロロロに乗って移動をしていた。彼以外の者達はすでに兄がまつ地へと向かってくれている。

 

 「元々、交渉する必要があったのがお前の所とあわせて2つだけだからな」

 

 次の目的は何かと謎が多い、朱の瞳(レッド・アイ)の村だ。同盟は勿論だが、もしも彼らが逃げるのであれば、最悪、戦うことも視野に入れなくてならない。もしも1つの部族だけが何の傷を負わないとなるとそれは後々の蜥蜴人の繁栄に大きく関わってくるのだから。

 

 (どうなるか)

 

 「そういや~ザリュースよ~」

 

 すでに待つことだけに飽きた様子でため息をついていた。悪友が声を掛けて来る。

 

 「何だ?」

 「おめえ、結婚はしないのか?」

 「急にどうした?」

 

 そう、この雄からその話が出るとは思わなかった。だからこそ、予感ができてしまうのだが、嫌な予感が。彼は気怠そうに答えてくれた。

 

 「いや~おめえの兄ちゃんから頼まれてよ~」

 「やはりか」

 

 まったく、あの人は何が何でも自分に番を持たせたいらしい。困ったものだと思ってしまう。自分はできるはずがないのだから。

 

 「ん?」

 「今度はどうした?」

 「あれって鳥だよな?」

 

 彼が示して方向に目を向ければ、人のような頭を持った鳥が飛んでいた。それはザリュースにも見覚えがないものであった。それでも翼を用いて空を羽ばたいているその様子を見る限りは鳥で間違いないはずだ。それに今はそんな些細なことを気にしている暇はない。

 

 「ああ、そうだろう」

 

 だからこそ、適当に言葉を返すザリュースである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルでは復興事業が進んでいた。その工事の音、レンガ等が出す音であるが、――は最高の宿である「黄金の輝き亭」にいても聞こえて来る。しかし、彼にはそれに対して、苦情を言うつもりは全然なかった。その喧噪や、騒音はこの町を立て直す為に必要なことであり、彼とその仲間たちも現在その支援に協力しているのだから。

 

 いつものように支度を整えたところで、頭に声が響く。伝言(メッセージ)相手は彼だ。

 

 『アインズ様、只今よろしいでしょうか?』

 「ああ、お前かウィリニタス。どうした?」

 『報告します。アインズ様の見立て通り、動き出した者たちがいます』

 

 (俺の見立て通りってなんだよ)

 

 そもそもそれを立てたのは、デミウルゴスや彼であるというのに。何だか自分は見通して当たり前という認識なのだ。自分は彼らにその可能性を問われ、十分あり得ると答えただけなのに。

 

 (あれか?上司を立てる部下って奴?)

 

 それは、確かにありがたい存在であるのだろう。自分の功績を上司に譲る部下というのは、あの世界であれば、引っ張りだこであったろう。だが、それを素直に喜ぶことはできない。アインズとしてはしっかりと自分の働きを認めてもらいたいという考えもある。しかし、

 

 (2人ともあれだからな~)

 

 まずはデミウルゴス、彼は特に過労であるはずなのに、不満はおろか、褒賞さえ求めようとしない。それでは、ブラック企業と変わらないではないかと何とか彼の望みを聞いてみたところ、返ってきたのは。

 

 『それでしたら、開発の方に時間を割いてもよろしいでしょうか?』

 

 と言った。思いっきし、仕事の話を振られたのだ。いや、もしかしてと思う所もないわけではなかった。

 

 (デミウルゴスって、意外と工作好き?)

 

 彼が生き生きと、かつてアインズが生きていた世界の物品を再現しているのもまた有名な話だ。このままだと新幹線や、ジャンボジェット等も作ってしまうかもしれない。

 

 ウィリニタスに関してはもう諦めている部分もある。彼にその手の話をすると、返ってくるのは。

 

 『不敬ながら申し上げます。義妹の想いに応えて頂きたくあります』

 

 の、1点張りだ。一応、娘であるあの少女のこともあるし、しばらくは何もしなくてもいいかもしれない。結局は問題の先送りだけど。

 

 「分かった。引き続き観測を頼む」

 『畏まりました』

 

 それで通話は終了した。今回、彼にはリザードマン達側の観測を頼んである。彼の妻である室長が率いる《観測班》の助けを借りる形でだ。コキュートスを信頼していない訳ではない。これから起きることは間違いなくナザリック地下大墳墓にとっても貴重な経験であり、必ずこの先のことで役立つと確信があるのだ。そんな事の記録を詳細に取らないというのは愚者の選択である。よって命じた訳だ。観測班自体はコキュートスにも自由に使っていいと伝えてある。彼がどう活用するかも楽しみだったりする。

 

 (集いし蜥蜴人か)

 

 どうやら、相手の陣営には相当、頭が切れる人物がいるようだ。今回、彼らの対応を全面的に任せることにした。コキュートス率いる《軍事班》がどんな対応をするか気になる。残念ながら、自分の方はモモンとしての依頼を多数受けているため、それを見る事は叶わない。映像として残すよう伝えてあるので、後から見る事はできるのだが、こういったものはリアルタイムで直接見るのが一番なことに変わりはない。

 

 パンドラズ・アクターに影武者を頼むという選択肢がない訳でもないが、それはあまりしていい事ではない。例え、偽りであっても、英雄を作ると決めたのであれば、可能な限り自分がやるべきである。

 

 「さて、行こうか」

 

 

 漆黒の戦士モモンとその一行は宿を出るのであった。

 

 そして、現在アインズは復興工事に参加していた。

 

 (まさかこんな事をすることになろうとは)

 

 破壊された建物は多く、新しく作るためにはそれだけの人でいるのだ。アインズもまた、冒険者組合からの依頼で参加しているという訳だ。本来であれば、アダマンタイト級が受ける仕事ではないが、復興が中々、進んでいないという事実と何よりアインズ自身が望んで参加しているのだ。一刻も早くこの街には元通りになってもらいたいのである。それは自分達の計画の関係もある。

 

 そうした思惑なり、打算なりを抱えて参加しているのだ。しかし、彼に専門的な作業ができる訳ではないく、何をしているかというと、その資材運びだったりする。

 

 「殿!!ここがポイントDでござるか?」

 

 周りを見まして上で、そう問いかけてくるハムスケ、彼女にしては成長したと言えるだろう。しかし残念ながら不正解である。アインズがもらった地図ではまだ先であった。工事をしているポイントはアルファベット――正し発音のみで、その記号自体はアインズの見たこともないものである。――で区切られており、彼が頼まれた資材は集合住宅、いわゆるアパートやマンションを建てる為の材料らしい。

 

 「違う、ここはLだ。もう少し歩くぞ」

 「承知したでござるよ!!」

 

 現在、彼女の背中にも大量の資材が載せられ、それを縄で固定しているのだ。その様は、彼にある光景を思い出させた。

 

 (まんまトラックだな)

 

 そんな彼の姿はいつもの全身鎧姿である。正直、機能的にいかがなものかと思ってしまうが、組合長に頼まれたのだ。

 

 『モモン君がそうやって動いてくれることで、この都市所属の冒険者達の気も引き締まる』

 

 その意味合いは何となく察したものの、アインズとしてはどうにも居心地が悪い。気分は職場にコスプレで通っているような気持ちだ。しかし、そこは英雄像を作る為になんとか耐える。

 

 「あ、モモン様だ!!」

 「モモン様~!!」

 

 そんな彼らを見つけたのか子供が2人程、駆け寄ってきた。遅れて母親らしき女性が頭を下げながら、声を上げる。

 

 「こら!あんた達!――すいませんモモンさん、うちの子たちが」

 「構いませんよ、しかし今は重いものをもってますので、君たちもそれ以上近づいては駄目だぞ」

 「「うん!!」」

 

 聞き分けのいい子たちである。そして彼はその親子に軽く別れを告げ、荷物を抱えて目的地へと向かうのだが、その所々で声を掛けられるだ。

 

 「モモンさんじゃないか、調子はどうですか?」

 「モモンの旦那!今夜は家の酒屋によってくれよ!」

 「モモン様!!この手紙を受け取ってもらえませんか?」

 「モモン様だ~またあれやって欲しい~」

 

 英雄像を作る。その取り組み自体は成功しているみたいだが、少しばかし人気過ぎではないだろうかと、アインズは考える。あの夜自分がやったことは相当なことであったらしい。それも合わせてのことだろうけど、

 

 (人に注目されるというのは意外と神経を使うな)

 

 なんだろうか?街中の人々が自分の行いを監視しているように感じるのだ。バジリスクの件と言い、自分はかなりマイナス思考なのかもしれない。気分を変える為にも、他のことを考えてみる。例えば、

 

 (ナーベラル達は上手くやっているかな)

 

 現在、別行動中である黒髪の従者たちのことだ。しかし、彼女たちは優秀なのだ特に心配をする必要もないだろう。 

 

 

 同じころ、ナーベラルはレヴィアノールと共に、炊き出しに参加していた。あの事件で家を無くした人たちも多く、そう言った人たちは食事を作ることができない為、代わりにそれをやっているということである。幸い、料理に関しては自分も同僚も何とか時間を作ってはその鍛錬をこなしているのだ。余程、酷い材料ではない限り、食べられるものにできる。

 

 (ふふ)

 

 そして思わず思い出して、笑ってしまう。先日、主に願いしばしの時を共に過ごした時のことだ。あの時程、真面目に料理を習得してよかったと思えたことはないだろう。

 

 「ナーベ?そっちはどう?」

 

 同僚の呼び声だ自分たちが今作っているのは簡易的なスープであった。しかし、それも片栗粉のような粉を混ぜてあり、それが十分なとろみを生み、食した者の腹にたまるよう工夫してある。そして目の前にはその配給を待つ人々の列。

 

 「ええ、問題ないわ。配りましょうか」

 

 こうして、作った料理をあらかじめ用意してもらった食器によそって配るのだが――

 

 (ねえ、ナーベ)

 (何かしらレヴィア?)

 (少し人が多くない?)

 (そういえば、そうね)

 

 彼女たちには自覚がないが、モモンの仲間ということでその評価は高く、そして今回振舞われる料理のことはエ・ランテル中に広まっており、それを食べようと、被災者ではないもの達までその列に並んでいるのだから。それでも彼女たちはそれを特に疑問に思うことなく、食事を配り続ける。

 

 ナーベラルはそこで気づいた。1人の少女が自分を見ていることに、自分に何か用なのだろうか?

 

 「あの、モモン様の仲間のナーベさん、ですよね?」

 「ええ、そうですけど」

 

 少女は意を決したように問いかける。それは年ごろの少女が抱くいたって自然な好奇心からくるものであった。

 

 「あの、モモン様と恋人って本当なんですか?」

 

 そのやりとりに、周囲の者たち、特に若い男たちが聞き耳を立てる。そして、問われたナーベラルは――優しく微笑んでいた。彼女にとってはそれこそ、もう何度も受けた質問だ。だからこそ、何度でも同じように答える。

 

 「違いますよ――でも、大切な御方です」

 

 その表情に少女は顔を輝かせ、周囲の男たちはモモンへの嫉妬で絶叫をあげていた。

 

 (ま、よくはなっているわよね)

 

 以前に比べればではあるが、レヴィアノールもまたその光景に一種の安心感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱の瞳(レッド・アイ)族、その族長がかつて使用していた小屋でクルシュ・ルールーは2匹のリザードマンと対峙していた。それぞれ、緑爪(グリーン・クロー)竜牙(ドラゴン・タスク)からの使者だという。その用件も分かっている。先の使者の件であろう。やはり、彼らのところにもきたのだ。片方の人物は先ほどから自分の体をにらんでいるようだが、それも仕方ないといえる。

 

 アルビノ

 

 それはほかのリザードマンに比べて、肉体的に劣る存在であるのだから。そんな者が族長代理をしているのはひどく滑稽であろう。もう一人の人物はまるで興味がないように眠たそうにしている。これからやることを分かっているのだろうか?

 

 (まずは私が動かないと)

 

 覚悟を決めて、話しかける。

 

 「話とは何でしょうか?」

 

 しかし、返された言葉は、彼女が予想もしなかった言葉であった。

 

 「結婚してくれ」

 

 (え?)

 

 気づけば、彼女は絶叫していた。生涯初の体験に理性なんて吹き飛んでしまったのだ。

 

 「――はぁあああ!?」

 

 やがて、その叫びに反応するように覚醒したもう一人が発言したリザードマンにその巨大な右腕で軽くはたいた。

 

 「おい」

 

 

 それは、ザリュース・シャシャだけではなく、クルシュ・ルールーにとっても転換点であったのだ。

 

 

 

 

 




 第4章、少しかかるかもしれませんが、お付き合いお願いします。

 作者のグダグダなプロットではあと3~4話の予定です。

 12/19誤字報告ありがとうございます。今回、原作キャラの名前を間違えるという最悪なミスをしました。報告、本当にありがとうございました。


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第3話 (いくさ)への兆し

 
今回、まずは謝罪させてください。第4章にて原作キャラの名前を間違えるという。創作以前に人としてアウトな事をしまして、しかも、指摘されるまで気づかないという愚行をしました。不愉快に思われた読者の皆様、本当にごめんなさい。
 
 最初期から読んでくださっている方々は覚えているかもしれませんが、作者は序章でもやらかしています。

 誤字、脱字やそういった原作情報等の間違いはないよう注意と確認はしていますが、それでも出た時はご指摘お願いします。本当は出さないのが一番なんですが、本当、商業で書いている人たちの凄さがよく分かります。

 では最新話どうぞ。

 それと、今作のザリュースとゼンベルはかつて、この世界のあちこちに行ったということになっています。

 


 ザリュースとゼンベルはロロロにのって、最後の目的地である朱の瞳(レッド・アイ)の村を目指していた。その途中はやる事がなく風にあたりながら寛ぐ、というのは彼の性格上できる事ではない。彼は考えていた。もしも戦争になるとすれば、どうすればいいのかを。

 

 (勝てるのか?)

 

 まずは敵の戦力が未知数だ。兵の数、武装、使用する可能性のある魔法など、何より、彼らの本拠地が分かっていないというのが痛い。それが分かっていないと攻撃の仕様がないし、必然的に「1番目」の村を拠点にした防衛戦をしいられることであろう。

 

 それはとてもまずい事態になる。旅の途中、彼はアベリオン丘陵にも赴いたことがあり、そこで亜人たちの紛争地域を駆け抜けた経験もある。運悪く食料がなくなり、不慮の事故にあい、友と共に死ぬことを覚悟した時にある亜人の部族に拾われたのだ。兵として戦うことを条件に。

 

 彼らにしても自分と友を利用するだけのつもりであったのは、目に見えていた。だからこそ、友好的――必死に下手に出て、彼らをおだてて、隙を見ては、戦術というものを盗んでいき、拾われて10日目にまだ残りたいと駄々をこねる友をなだめ、脱走したのだ。

 

 その時の経験と得た知識だと、一方的な守るだけの戦いは非常にまずい。こちらの()()()()()が分かっているというのが問題なのだ。

 

 単なる消耗戦となれば、物資の量や、兵員の人数差がそのまま戦況に響いてくることだろう。せめて、相手陣営の戦力。それを調べることが出来れば、いいが、果たしてその機会(チャンス)は来るだろうか。

 

 ほかにも問題は数えきれない程あるが、一番の問題はどうやって戦士たちの士気を維持するかだ。これに関しては自分自身も怪しいものだ。確かに一族存亡の危機とあれば、皆奮い立つだろうが、それも永遠にという訳にはいかない。

 

 (どうにか)

 

 なんとか、短期決戦に持ち込む方法を考えなくてはならない。が、まずは目の前の問題からだ。

 

 それはすなわちどれだけの戦力を敵にぶつけることが出来るかだ。すでに自分の所と合わせて、4部族が集まっている。その連合が初めに戦うことになるのが、今から向かう部族である可能性もある。それで貴重な戦力を削るのはできる限り避けたいが、かといって彼らだけを好き勝手に動いてもらう訳にもいかない。

 

 (やはり一番は連合に組み込む事か)

 

 たとえ、それがどれだけ困難なことでも成し遂げなければならない。隣で寝ている友人は――本人には申し訳ないがあまり役に立たないだろう。自分がどうにかするしかないのである。

 

 (もうそろそろだな)

 

 見れば、自分が得た知識通りの湿地帯にその部族の村が見えてきたのだ。

 

 

 

 「俺は緑爪(グリーン・クロー)族の使いとして来たザリュース・シャシャ、こっちは」

 

 まだ眠そうにしているその背に軽く尻尾をぶつけ、挨拶を促してやる。そうでもしないと、この暴れる事しか頭にない友は動きそうにないのだから。

 

 それで、ようやく眠気が覚めたのか、ゼンベルもまた面倒そうに挨拶を始める。

 

 「竜牙(ドラゴン・タスク)を代表してきた~――ゼンベルだ」

 

 まるで、昨日食した夕食の献立を聞かれ、しばし考え今この瞬間に思い出したというような名のりであった。もしもある骸骨の支配者がその様を見れば、常識がなっていないと、嘆いたことであろう。

 

ザリュースもまた頭を抱えたくなるが、今回に限ってはむしろこっちの方がいいかもしれない。自分達は決して友好的な使者ではないのだから。間違っても侮られる訳にはいかないのだ。

 

 「……そうか」

 

 自分たちを迎えたのは、その装いからこの部族の祭司頭のようであった。返されたその言葉も歓迎するものではなく、その視線も鬱陶しい気なものであり、それがそのまま彼らの認識なのであろう。面倒なのが来たと。

 

 「よく来たとは言えんが、ついてこい、族長の代わりが貴様たちに会うそうだ」

 (代わり?) 

 

 気になる言い方であったが、それを問い詰めている時間もない。彼の案内に従い、その人物が待つ小屋へと案内され、

 

 そして

 

 (な……)

 

 ザリュースはある衝撃に襲われていた。彼と暴れん坊の友を迎えたのは1人の雌のリザードマンであったが、それは彼が今まで見たこともない雌であった。蜥蜴人とは黒、茶、緑といずれも暗い色合いの鱗をもつ種族であるが、その雌の鱗は真っ白であったのだ。それは彼自身見たことがない雪に酷似した色合い。そして自分たちに向けられたであろうその瞳は赤く、それも彼がこれまで出会ったことのない雌の、否蜥蜴人の特徴であった。

 

 (……んて綺麗な雌だ)

 

 もしも、彼の兄であるシャースーリューがこの事実を知ったら、嘆き悲しむだろう。今まで自分が振って、見事に断り続けた見合いは何であるかと、お前は唯、好みにうるさいだけではなかっと。

 

 次に彼の視線が捉えるのはその雌の体に描かれた赤と黒の紋様。それを書く為にその肢体にふれたであろうどこかの蜥蜴人に軽く嫉妬と殺意を覚えながらも。その意味合いを読み取り、更なる衝撃に襲われていた。

 

 その意味は成人、多種の魔法の習熟、未婚という3つだが、彼は確かにそのすべての意味を読み取れたが、最後の1つにすっかり集中力を奪われていた。

 

 (未婚?これだけ美しい雌が?)

 

 それは彼にとってはありえないことであるが、しかし、彼女の事情を知っている者たちにすれば、当然のことであった。肉体機能が数段劣る雌なんかに自らの子を望むものはいまい。それだけ彼女の体質は忌み嫌われるものであった。しかし、その体質がかなり珍しいことも確かであり、その為、いくら旅人として広い知識と様々な視点を持つ彼でもその事情を知らないのは、いや、故郷を離れている期間があったからこそ、仕方のないことかもしれない。

 

 そんな複雑な事情を知らず、ただ、他の雌より少し違う彼女の特徴なのだといや、むしろ魅力であると半ば無意識的に、気に入った雌を自分の者にしたいという本能的とも理性的とも言える雄の性に従い結論付ける。

 

 次に抱くのは危機感、これだけの魅力を持った雌がこの瞬間まで未婚なのは一種の奇跡なのではないかと。今は、そう今日は独身であるが、明日には、番になってしまっているのではないかという危惧。そうして焦る彼の心に本来の目的はすっかり消えてしまっていた。

 

 「話とは何でしょうか?」

 

 その雌が自分に語りかけてくる。自分の耳に澄んだ音が響いたようだ。それは、惚れた者特有の過大解釈、もとい過剰評価であるものの今、この場で言葉を交わしているのは2人だけ、熱暴走ともいえるザリュースの沸騰し続ける心を止められるものはその隣で器用に胡坐を掻きながら船をこいで、あとほんの一押しで自分より強い者に会うという夢に旅立ちそうな友を含めていなかった。

 

 結果、彼は決意する。場違いだとも、状況が分かっていない阿呆だともこの先言われることは気にしていない。

 

 (最大の戦いだ)

 

 それは先の私闘でソーリスにも見せなかった彼の覚悟、それは彼に対して相当失礼なことであるが、それだけの実力差があったということであるし、それだけザリュースが目前の人物に惚れこんだとも言える。なんとしてもこの雌と生きるんだという決意と共にその言葉を口にする。

 

 「結婚してくれ」

 

 それを受けた目前の雌は一瞬、呆けたと思うと次には絶叫を上げていた。

 

 「――はぁあああ!?」

 

 自分は何か段取りを間違えたのだろうかと、間違いしかないその行動を顧みることもしないザリュースに冷静さを取り戻させたのは、友からの軽い一撃だった。

 

 「おい」

 

 ゼンベルもまた、今の状況を彼の筋肉でできているであろう脳で何とか理解しようとしていた。自分たちは部族間の連合にこの部族にも参加してもらうため、ここに来たはずである。正直、自分では役に立たないと早々に見切りをつけ、せめて、相手方がなめた態度をとるのであれば、それを諌める汚れ役位は引き受けようと思ってこの場に来ていたのだが、

 

 (どうなってんだよ、これ?)

 

 今彼の目に映っているのはなぜか全身を真っ赤にさせて、尻尾を振りまくっている相手のリザードマン。そして、自分がはたいたことで、ある程度落ち着いた様子の友と彼のキャパシティを遥かに超える事態が繰り広げられていた。

 

 (おい、ザリュース、何だこれはよお)

 

 未だ、慌てふためている目前の雌は一旦無視して、隣の友に小声で話しかける。

 

 (あ、いや、すまん)

 

 それはそこそこの付き合いになる自分でも初めて見る姿であった。それは、意外だと思うと同時に祝福したいという気持ちも自然と溢れてくる。彼もまた狂戦士と呼ばれながらも友思いの雄に違いはないのだから。

 

 (惚れたのか)

 (ああ、一目惚れというやつだな)

 (そうか)

 

 これであいつも安心するだろうとゼンベルはそこで、まだ頭を抱えている雌へと向き直り、言うのであった。

 

 「そういう事らしい。白いの、ダチを頼むぜ」

 

 そこで頭を下げる、友人を幸せにしてくれと懇願するものであり、もしもこの場がしっかりとそれらしい雰囲気であれば、その姿に涙をながす者がでるかもしれない程の姿。しかし、

 

 「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 クルシュにとってはそれどころではない。何だ、この雄たちは?いきなりの求愛に、それを受けて自分に向けられる願い、まるでこの見合いもどきがうまくいくのかと思っているのか?だとしたら、この雄共は相当な愚か者共であり無礼者だ。

 

 「失礼、まだ自己紹介が済んでいないではないですか」

 

 そう、まず第一に互いの名すら知らないのだ。彼らを案内してきた祭司頭は自分に対していい感情は抱いていないで、教えてもくれなかったのだ。それを受けて、ようやく彼らは名乗りだす。

 

 「こちらこそ、失礼した。俺はザリュース・シャシャ」

 

 (ふ~ん、結構かっこいい名前じゃない――て、私は何を考えているのかしら?!)

 

 思わず自分の考えに自分で突っ込むという非生産的なことをしてしまい。取り乱しそうになるのをなんとか抑える。どうにも胸の高鳴りがまだ収まっていなかったらしい。

 

 「俺はゼンベル・ググーだ」

 「そうですか」

 

 二人目の雄の名のりでなんとか頭を切り替えることに成功した。彼には粗暴さしか感じないからかもしれない。ここで改めて、自分も名乗る。

 

 「私はこの朱の瞳(レッド・アイ)族、族長代理をしています。クルシュ・ルールーと言います」

 「綺麗な名前だな」

 「な!」

 

 そう言われてしまい、再び自分の心が揺れているのを感じていた。

 

 (何をいっているの~!この雄!!)

 

 「そうか?変じゃねえか?」

 

 (あなたは黙っていなさい――違うでしょ!本当に私はどうしたの?!)

 

 何とか抑えているが、戸惑いは増すばかり、今の思考はなんなのか、ゼンベルと名乗ったリザードマンの言葉がうっとおしく感じたのだ。どうして?ザリュースと名乗る雄の言葉を否定するような事を言ったから?

 

 自分は彼から言われた言葉を護りたかった?

 

 どうして?

 

 (う~)

 

 それ以上考えるのは危険だと判断して目前の雄たちを睨みつける。彼女もまた、忌み嫌われながらも族長代理を勤めてきたのだ。いつまでも心臓が鳴らす警鐘、――何に対するかは一切分からないけど。――に振り回されている訳ではないのである。

 

 (よし)

 

 彼女は誰に言うことなく、身を固めるように冷静さを取り戻し。目前の雄たちに話しかける。

 

 「改めて、話とは?」

 「求愛に来た、それだけだ」

 「~!!!」

 「そういう事らしいぜ」

 

 本当に何だ?この雄たちは?

 

 (まさか、本当に私なんかに求愛?)

 

 直球で言われたからこそ、心に響くものがあるのだろう。彼女は彼女自身は無意識であるが、その雄の言葉に従ってもいいのではないかと思い始めていた。

 

 「違うでしょ!!」

 

 そこで、尻尾を後ろの床に叩きつける。2、3度ほど、彼らも驚いたように目を丸くする。それは彼女自身の為の行動であるといえるし、すっかり状況を見落としている雄たちに対する警告でもあった。

 

 「あなたがたが来たのは、――使者に関する事ですよね?」

 

 彼女にしてみれば、必死に作り上げた声音であったが、それはザリュースにとっては愛おしい雌があげるソプラノの歌声にしか聞こえていない。しかし、後半の言葉でようやく自分たちの本来の目的を思い出したのも確かなのであり、間抜けな声を上げていた。

 

 「「あ」」

 

 2人揃って。

 

 

 それからようやく話の本題に進むことができた。彼女の種族は彼らから逃げるという選択肢、避難をするつもりだという事をザリュース達に伝えた。それは確かに堅実な選択であろうが、彼はそれを許すわけにいかない。すでに自分の策が動いているのだ。そこには一片の慈悲もあってはならない。

 

 「もしそうするなら、俺たちはあなた達に戦いを挑むことになるだろう」

 

 ザリュースの言葉にクルシュはもまた彼らの考えを理解した。要は、戦争をすることにより、リザードマンの人口そのものを減らすのが、彼らの、彼の狙いであるのであろう。

 

 住処の問題もそうだが、食料の問題もあるのだ。とても現状の人数を賄うことは確かに難しいものである。何故なら、自分たちは狩猟、漁猟等、自然にあるものをとってくるという姿勢だったのだから。その狩場を変えると口では簡単に言えるが、それは獲物のよく通る道であったり、罠の的確な設置場所だったりする。

  

 そういったそれまでに積み上げてきた経験すべてを破棄する行為だ。改めて、それらを組み立てるまで、何人が餓死することか。

 

 それを踏まえると彼の策と言うのは理にかなっているのだ。たとえ、いくらかの犠牲をだしても種を先へとつなげるその行為自体は、決してだれも絶賛なんてしない。むしろ罵倒を投げ掛けられることだろう。それでもこの雄は成し遂げると初対面であるはずなのに、なぜか確信している自分がいた。それだけの覚悟をこの雄が背負っているということなのだろう。

 

 (すごい、雄なのね)

 

 いきなりの求愛行動はともかく、それなりの人物であったらしい。そう、たとえ、非道な方法でも彼は目指す先へと向かうことだろう。

 

 「私たちは――かつて仲間を食らって生き残りました」

 

 気づけば、口を開いていたのだ。突然の言葉に当然のように要領を得ない雄たち。

 

 「すいません、突然こんな話をしてしまって」

 「かつての食料難か」

 

 彼は本当に頭が回る。その言葉でようやく得心した様子を見せる隣の雄とは大違いだ。

 

 「話したくないのなら、これ以上聞かない。でも」

 

 その先は言われなくても分かった。自分の好きにすればいいということであるが、決して問い詰める訳ではなく、かといって、まったく興味がないという訳でもなく。あくまでこちらに話の流れを委ねてくれているのだと胸が震える。そして、どうして自分があんなことを言ったのかも納得した。

 

 (――聞いて欲しかったのかもしれない……私の罪を)

 

 かつて自分たちがやったことも相当なことだ。それこそ、これから彼らがやろうとしていることと同じくらいに。それでもこの雄であれば、きっと嫌悪することなく、聞いてくれると期待していた自分がどこか心にいたかもしれない。

 

 そしてその通りであった。

 

 「ありがとうございます。では、聞いてください。ある一族の過去を」

 

 その言葉とともに彼女は語る。

 

 かつての食糧難、それは、戦争に突入した旧5部族だけではなく、彼女たち朱の瞳(レッド・アイ)も向かえたものであった。

 

 ではその時彼女たちはどうやってそれを乗り越えたのか?

 

 彼女は語る。当時の族長であった彼が用意したという。それも決まって、部族の決まりをやぶり追放者が出た時に、新鮮な肉をだ。ザリュースとさすがにゼンベルもそれの出所を察するが、悲痛に染まった様子でそれを語るクルシュを見れば、特にそれが酷いことではないと考えていた。

 

 彼女は続ける。

 

 2人のように自分たちもその出所が分かっていたが、それでも口にしたという。生きる為に。それでも部族内に不満は溜まっていき、自分を筆頭に反乱を起こしたことを。その際に族長とその周囲の者たちを殺して、そして皮肉にもそのおかげで人口が減り、食料不足が解消されたこと。自分がこの立場になったのはそれからだと伝えて、話を終えるつもりであった。

 

 「笑っていたんです」

 

 頬をしずくが伝うのを直に感じていた。今日、初めて会った者たちの前だというのに、自分はそれだけ、彼を信じているというのだろうか?いや、そんなはずはないはずだと、クルシュは感情を抑えながらも、流れる涙は止められずに語っていた。

 

 「あの時の、あの人の顔を見ると、私たちが反乱を起こすことまで見越して、あんな事をしたのではないかと思うんです!族長は最後まで一族を見捨てなかった!その場の感情と衝動で動いた私たちよりもずっと!!……」

 

 「……正しかったのではないかと」

 

 そこで話は終わった。項垂れる彼女を見て、ザリュースはただ。

 

 「それが、正しいかどうかは分からない」

 

 自分の考えを彼女に伝えるだけだ。

 

 クルシュは一瞬、体が震えるのを感じたが、それでもこの雄の言葉は聞かないとという思いでなんとか踏みとどめる。先程は自分の身の上話を聞いてもらったのだ。今度は、自分が聞く番だと。

 

 「それでも、俺たちは歩いていくしかない――たとえ、どれだけ辛い道であろうとな」

 

 その言葉は決して、自分を宥めるものではなかったけど、かといって咎めるものでもなく、ただその時のクルシュ達の行動もまた生きる為の必死の決断であったと認めてくれるものであった。

 

 そしてザリュースもまたそんな彼女の姿に感銘を受けていた。先ほどの話で聞かされた内容には彼女のある体質についてもあった。何らかの才を発揮する――彼女の場合は祭司に関する才能であったと――しかし、肉体的には他のリザードマンに劣るというものであるという、それで理解できた。ここに案内した者の気になる言葉の意味が。

 

 (敬遠されていると、いう事か)

 

 いや、もっと酷いものであるかもしれない。しかし、自分には関係ない。弱い事の証であってもその雪のように白い肌は美しいと思えるものであるのだから。

 

 そして、改めて思う。何としてもこの雌とこの先の未来を生きて行きたいと。その為にも。

 

 (なんとしても勝たんとな)

 

 まだ、この部族との交渉が終わった訳ではないが、どうしてもその事を見越してしまい、焦っているのだと自覚させられる。

 

 「失礼しました。では話を続けましょうか」

 

 彼女の声で何とかはやる気持ちを抑えて、ザリュースもまた話に臨む。結局のところ、彼女たちがどういう方針で行くかは決まっていないのだから。

 

 「私たちの部族は……」

 

 先ほどのような即決ではないが、やはり迷っている様子であった。彼女達にしてみれば、どちらを選択しても襲われることに変わりはないのだから。ただ、その相手が違うだけということである。

 

 しかし、ザリュースにとっては、できる事ならいや必ず、同盟に加わって欲しいと思っている。もしも謎の軍勢と戦う前に4部族と朱の瞳(レッド・アイ)で争うことになれば、ただでさえ低いであろう勝率が更に下がるのだから。

 

 彼女が何に躊躇いを感じているのか考えなければならない。

 

 答えなんて一つしかないだろう。

 

 自分がやろうとしていることに対する躊躇だ。

 

 「あの、その――どれくらいを考えていますか?」

 

 何のことかと聞き返すのは酷を通り越して鬼畜の所業であろう。

 

 「口減らしか」

 「はい」

 

 そう、この先の戦いを乗り越えたとして生き残るリザードマン達のことを聞いてきたのだ。それを受けたザリュースは考える。仮定として、新しく移り住む土地に食料となるものがどれくらいあるのか、それを取れるようになるまでの時間、それまでに必要な非常食にそれを運べる人手と賄える人数。

 

 それらすべてを計算にいれて、やがて答える。

 

 「各部族ごとに戦士階級10、狩猟20、祭司3、雄70、雌100、子供若干名を予定している」

 「……それ以外は?」

 「――場合によっては死んでもらう」

 「そうですか」

 

 彼女は考えこむように視線を下に落としてしまう。それも無理のないこと、その選択次第でこの部族が消滅する可能性すらあるのだから。

 

 (俺は)

 

 勝手な願いだと分かっている。リザードマンという種族にとって最大の危機であるとも、そんな時にこんな事を考えるのは酷く自分勝手であり、これから向かえる展開次第では、自分は罪人にさえなりえる。そんな者と一緒になれと言うのもあんまりであるし、彼女の自由を奪う行為だ。

 

 それでも、

 

 (彼女と生きたい)

 

 そう強く願っているのだ。その為にも、この先の戦に勝つことを考えなくてはいけない。その第一歩はこの交渉を成功させることだ。そして必要なのは自分勝手な言葉ではなく、未来への希望だ。

 

 「一つだけ言いたい。俺たちは死ぬためではない。生きる為に戦うのだ。」

 

 そう、口減らしにしたって何も一族の未来を悲観したものではない。もしも、この戦争に勝つことが出来ればすべては笑い話になるだけだと、伝える。

 

 それを受けて、クルシュもまた決意をする。逃げるという選択肢をとれば、彼らと、使者が言っていた謎の軍勢、その2つを相手にするのだから。ならば、リスクを少しでも減らすという族長代理としての合理的な判断でもあったし、

 

 (族長)

 

 かつて自分たちの為に笑って死んでいった彼に対しての罪滅ぼしでもあったかもしれないし、そこで一瞬、視線を目の前の雄へと向ける。

 

 (………)

 

 彼のその真っ直ぐなところに信じてもいいのではないかと、族長代理ではなく、一人のクルシュに思う所があったのかもしれない。

 

 (私ったら、何を)

 

 「分かりました。私たちもあなた方に協力しましょう。今は未曽有の危機であることも事実、一人でも多くのリザードマンが生き残れる道を共に模索しましょう」

 

 深々と頭を下げる彼女をみて、ザリュースは安堵していた。できる事なら彼女と戦うという未来を向かえることはしたくなかったのだ。

 

 「了解した。こちらも礼を言う」

 

 隣で再び、船をこぎ始めていた友の頭を抑えるように降ろさせて礼をする。そして、

 

 「それとすまない……」

 「何でしょうか?」

 

 彼女は何でもないというように返して来る。それは少なからず、彼の心に裂傷を与える。一世一代の求婚を何とも思われていないというのは、こちらに非があったとしても悲しいものである。

 

 「先ほどの答えを聞かせて欲しい」

 

 それでも愚かな雄はそう聞いてしまう。

 

 (なあぁ!!)

 

 クルシュは必死に平静を保っていた。始めは不意打ちということもあり取り乱してしまったが、彼女はその境遇と生い立ちから自分の人生というものに達観していたのだ。誰とも深く関わることなく、生きていくのだと。だからこそ、弱みを見せないように、握られないように彼女は静かな雌を演じることに徹していた。

 

 それが、この雄の言葉で少しずつであるが、その心が変わりつつあるのも確かであった。彼女自身は無意識であるけど。何とか言葉を返すのでいっぱいであった。

 

 「今はそれどころではないでしょう――もしも、この先の戦いに生き残ることが出来れば、考えますから」

 「そうか、それで十分だ」

 

 肩を落としたように沈鬱するが、それも一瞬のことで、すぐに立ち直す彼を見て、彼女は確実に好感を上げ始めていた。

 

 (勝たないといけないわね)

 

 

 こうして、彼らの歴史において初の全部族連合が出来上がるのであった。

 

 彼らは抗う決意をする。その為に過去の遺恨を乗り越えて。それは、かの支配者が望んだことか、はたまた予想外であったかは、彼らは知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 エンリはその日の仕事をそこそこに切り上げて、その人物を迎えていた。自分の記憶が正しければ、彼女の姉妹に会うのは、これで3()()()のはずだ。妹がなついた先の2人とはまた違った雰囲気を持っている人物であった。

 

 (やっぱりというか)

 

 あの人の周りは美人揃いだ。これでその誰にも手を出すという事はしていないのだから、その高潔さが伝わってくる。そういったところが彼女を始め、想いを寄せられる理由の一つではないだろうか?

 

 (ゴウン様って大概)

 

 普段、陽気に振る舞い、今は隣で妹とともに居る。赤毛のメイドである彼女が言っていたのだ。妹たちの内2人がかの主に想いを寄せていると、できる事なら妾でもいいから何とかしたいと。愚痴を吐くように口にしていたのを偶然とも事故とも言えるような状況で聞いてしまった。自分はその事に関しては特に養父たるあの人を責めようとは思っていない。それだけの人物なのだ。それどころか、妹なんかは

 

 『それじゃあ、お母さんいっぱいできるの?』

 

 なんて無邪気に聞いてきたのだから。その辺りの複雑さもいつかは教えてやらないといけないが、今はまだいいだろう。その2()()()()()()()()()()があまりその手の事情に触れるのはよくない。一つだけ言えるのは、自分たちに遠慮をする必要はなく、たとえその想いすべてに何らかの形で答えても嫌悪なんて微塵もないことだ。

 

 (もしかして)

 

 将来、義弟や義妹ができる事があるかもしれない。そう考えて、期待と不安がない交ぜになりそうになって改めて、目前の人物へと思考がいく。

 

 いつも傍にいてくれる彼女が暖かな日光を思わせる人物であるならば、目前の人物はどこか夜のとばりを思わせる静かな印象を感じた。

 

 (この人は)

 

 知っているのだろか?彼女が言っていた事を、いや、愚問だ。恐らくは彼女も把握しているのだろう。

 

 (ルプスレギナさんとはまた違うけど)

 

 その美しさには目を見張る者がある。ここまでくると、いつか彼女の姉妹全員と会ってみたいと好奇心が溢れていた。

 

 彼女の姉妹に関しても聞いている。まず彼女自身は次女、その上に長女がいて、すぐ下に3女が2人、双子だろうか?その下にこれまた4女が2人、連続しているのもまた驚きである。そして末妹にあたる人が最後に続いて、7姉妹だという。

 

 妹が『おねえちゃん』となついたのは下の双子であり、彼女たちはルプスレギナ曰く違うということである。それなら、必然的に残りの3人の内2人が養父に想いを寄せているという事になる。できる事があれば、協力をしなくてはならない。

 

 それは、純粋に女性としての想いを成就させて欲しいと彼女の優しからくる考えであった。

 

 「初めましてお嬢様方、ルプスレギナの姉、ユリ・アルファと申します」

 

 頭を下げるメイドに慌てて、それまでの考えを切り捨て、自分も頭を下げる。

 

 「こちらこそ、いつもお世話になっています。私はエンリ…」

 「存じ上げております。エンリ様、ネム様」

 

 それも当然のことであった。もうあの人の養父となって少し経つのだ。自分たちの名前くらいは周知されていることであろう。そして、この先の会話をどうつなげばいいのか少し戸惑ってしまい、彼女が陽気な声を上げる。

 

 「エンちゃんもユリ姉も固いっすよ。もっと肩の力を抜くっす!」

 

 その言葉はエンリにとってはありがたいものであったが、目前の人物は違ったらしい。その整った顔に掛けられた眼鏡が一瞬光ったと思うと。

 

 彼女は消えていた。

 

 (へ?)

 

 そして、次の瞬間には彼女は自分の妹の腹にその拳を叩きつけていた。

 

 「ええええ!?」

 

 思わず叫んでいた。殴られた彼女は、エンリの目算でも30メートルは吹き飛んでいたのだから無理もないことだろう。妹は突然右手の温もりが消えたことに戸惑っているようであった。そして殴った彼女は自分たちに向き直ると、頭を下げてきた。

 

 「申し訳ございません。お嬢様方、愚妹がとんだ無礼をおかけしました」

 

 彼女が何を謝っているのか何とか考えて、ようやく思い至る。

 

 「あの、言葉遣いのことでしたら、私がそうするようお願いしたんです」

 

 そう、そのことであれば、自分が頼んだことで彼女には何の非もない。吹き飛んだ彼女を見れば、ようやくその姿を見つけた妹が親鳥へと殺到する雛鳥のように飛んで行っている。それならば、未だ腹部を抑えている彼女のことは任せてもいいかもしれない。それを確認して改めて、向き直るが、目前の彼女は納得していない様子で答える。

 

 「例え、そうであっても従者として認められるものではありません」

 「ですから、私はそういった扱いを受けるような者ではありませんから」

 

 それはどこまでいっても変わることも、曲げるつもりもない少女の認識だ。彼女にとって、今の立場は自分たちの後見人となることを決めたあの人の好意を受けているだけなのだから。

 

 「お嬢様、ご自身を貶めるような発言はおやめください」

 

 それはユリの個人的になるが、譲れない思いでもあった。彼女の存在が主の心の支えになっているのもまた確かであるし、悲しいことであるが、自分たちでは主に従い、尽くす事しかできないが、彼女とその妹はまた違った角度から主へと寄り添うことが出来ているのもまた事実。

 

 彼女たち姉妹は、自分にとっては単なる主の養子ではなく、仕えるべき者たちであり恩義がある人物なのだ。だからこそ、許せない部分がある。

 

 (ルプスレギナ…!!)

 

 妹がここまで愚かしい存在であったと落胆を通り越して陰鬱な気分である。元よりそんなに期待もしていなかったが、よもや大切な恩人にもまでこのような口を聞くとは何たることか。

 

 「ですけど」

 「いえ、お嬢様方は私どもにとっても大切な方々でございますし」

 「でも、私は」

 

 養子たる少女と眼鏡をかけた鉄拳メイドの謙遜とも譲り合いとも言える奇妙なやり取りは、吹き飛ばされた赤毛の従者と少女の妹が戻ってくるまで、続けられた。

 

 「さっきから何漫才をしてんすか?エンちゃん、ユリ姉」

 

 再び、ユリの眼鏡が光りそうになったが、それより先にルプスレギナは少女の後ろにピッタリとくっつくように寄り添う。もしも、感情のまま動けば、戦士として熟練の彼女でも主君たる少女を巻き込みかねないとその拳を納めるが、その目は妹を睨みつけていた。

 

 その視線を受けたルプスレギナは涙ながらに少女にすがりついていたが、それが演技であることはエンリには一目瞭然であった。

 

 「うう、こんなバイオレンスな姉をもって私は不幸者っすよ~エンちゃん~」 

 

 その言葉に顔を赤らめながらも反論する姉メイド、しかし、その視線には確かに殺意が混じっているのをエンリは感じていた。

 

 「あなたね、少しは自分の行動を顧みることはできないのかしら?」

 「だって、エンちゃんがいいって、言ってんすよ。ユリ姉こそ少し古すぎじゃないっすかね~」

 

 その言葉に思い当たるふしがあるのか半歩後ずさるように彼女は後ろへと下がる。

 

 「そうじゃないすか~。そうやって、距離を置くのはすでに古いメイド像なんすよ。時代はフレンドリーなメイドっすよ!!」

 

 そう言って、後ろから仕えている少女を抱きしめるメイドの姿は怒りを覚える所であるというのに、どこかそれを羨ましくも感じている自分がいるのも確かであり、彼女は何も言えなくなってしまい。その姿が更に次女を調子に乗らせていた。

 

 「ルプスレギナさん」

 

 そんな彼女の頭に軽く手刀を下ろす形でその行動を諌めつつ。少女は目前のメイドへと憐憫の表情を向ける。それは慈悲に溢れたものであり、ユリの心に安心感を与えるものであった。

 

 「その、苦労されているんですね」

 

 それはエンリにとっても確信できることであった。普段の彼女を嫌というほど、見せられているからこそ、その姉である彼女がいかに大変な目にあっているかということを想像できてしまったのだ。

 

 それはともすれば、憐れむ目でもあるのだが、ユリには関係のないこと、むしろ彼女にとって、少女が見せた笑顔は文字通り天使のものであった。気づけば、膝をついて顔を覆って涙を流していたのだから。

 

 「お嬢様!!……そうなんです!ルプスたっらいつもいつも!!」

 「ちょっとユリ姉!?エンちゃんも何すかその顔は?!」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの養子であるエンリ・エモット、そして同じ人物に仕えし戦闘メイド達の長女たるユリ・アルファ、一見、共通項目が見つからないこの2人であるがもしもあるとすれば、この1点だろう。

 

 2人ともいわゆる始めっ子、姉妹と呼べる存在が下にいない者同士通じ合うものがあるのだろう。

 

 「ちょっと~何で2人ともそんな目で見てくるんすか~」

 

 向けられる視線に抗議を上げるルプスレギナと、

 

 (もしかして)

 

 そう、ネム・エモットだけがその可能性にたどり着いていた。彼女にとって赤毛のメイドというのは憧れの対象だ。美人で、明るくて、仕事ができる人、それでいてにこやかに笑っている時もあれば、身に纏う雰囲気が変わり時々、見かける姿も凛々しくて大好きだ。

 

 そんな彼女が大好きだからこそくっついていた訳だし、見てきた訳だ。だからこそ気づいてしまうのだ。彼女が姉を前にした時の姿はそれまで自分が見てきたどれでもないような気がするのだ。それは同じく大好きで彼女の妹にあたるあの『おねえちゃん』達や、そんな彼女よりも上位の立場にある墳墓の者たちを前にしたもの等とはまた違ったものである。

 

 彼女は7人姉妹の次女、それは人数的にも姉と呼ばれる位置であるのだろうが、同時に妹であることも確か。

 

 妹であれば、姉に甘えたいのも一つの必然だ。

 

 一見ふざけているようで、それが彼女にとっての姉に甘えるという行為なのだろう。自分だってまだ、時々姉に抱き着いて寝ているのだから。それを思うとなんだかおかしくなってしまうネムである。

 

 

 (できる人なのに)

 

 そしてエンリは彼女でこの2人の関係性というのもある程度把握していた。いや、正確にはユリがルプスレギナに抱いている感情であろうか、自分から見ても普段の彼女はできる人物なのだ。ただ、その言動に問題があるのは否めないけど、そして目前の姉であるこの人物がその事を解っていないはずがないのだ。

 

 つまり理解してるからこそ、普段からしっかりしてほしいというものであるのだろう。それ自体は自分の勘であるけれど、今日始めて会うこの人物が姉妹に向ける感情としてはかなり強い信頼ありきのものの気がしているのだ。これも予想に過ぎないけど、ほかの姉妹であれば、信頼と同時に多少心配している部分があるはずなのだ。それが次女である彼女には、不安はあるが、かといって彼女自身に対してのものではない。

 

 彼女が何かやらかすことは危惧しているが、彼女自身が何かに巻き込まれるという危機感は抱いてすらいないというもの。

 

 例えばこれがほかの姉妹であれば、不安はないけどそれとは別に本人を心配する気持ちが混ざっているものであるのだろうと予想ではあるというのにどこか結論付けている自分がいるのも確かだ。

 

 一つ言えるのは、彼女たち姉妹は自分たちなんかよりもずっと仲が、いや、そこはやっぱり自分たち姉妹の方が仲がいいと言い切りたいと思っている部分がある。

 

 いつまでも馬鹿なことばかりしている訳にいかず。エンリはユリへと目配せをする。話を先に進めようと。彼女もその意味を理解してくれたみたいですぐに姿勢を始めに見せたあの完璧な挨拶をした時のもののように整える。

 

 「では、お嬢様。今日私が来た用件でございますが」

 

 (たぶん)

 

 この人も自分に対して、その固い言葉遣いを改めることはないのだろうなと諦めが既にその胸によぎっていた。

 

 その後、4人で自宅に戻り、いつもの部屋で話を聞くことになったのだが、

 

 

 (やっぱりルプスレギナさんのお姉さんなんだ)

 

 初めに抱いた感想がそれだ。理由は単純、彼女は今日、我が家に来たばかりだというのに、一言断りをいれたのち、まるで食材や食器の場所をあらかじめ把握しているかのように、簡単な食事と飲み物を用意してくれたのだ。その味も絶品で、妹なんか静かに、けど、必死に彼女が用意してくれたものを口に運んでいるのだから。

 

 「料理とかって、やっぱりユリさんがルプスレギナさん達に?」

 

 ふと湧いた疑問だ。彼女たち姉妹にも親はいるのだろうが、何となくであるが、自分たちと似た何かを感じたかもしれない。それを自覚して、自己嫌悪に駆られる。その考えは相手方に非常に失礼だ。

 

 「そうっすよ~ユリ姉がいろいろ私たちに仕込んでくれたんすよ~メイドとしての立ち振る舞いとかもすね~」

 

 呑気そうに普段通りの様子で答えるルプスレギナにユリはすぐさま反応していたが、その言葉を否定するものであった。

 

 「何を言っているの?ルプスレギナ、私たちは…」

 

 そこで彼女は姉の肩を叩いてみせた。それは誰の目から見ても仲が良い姉妹のやり取りであった。

 

 (何なのかしら?ルプス?)

 (いいじゃないっすか~そういうことにしておけば)

 

 それは次女なりに長女を立てた行動であった。本来であれば、彼女たち戦闘メイド姉妹はそれぞれの創造主に創られた通りのスペックを始めから持っており、それに従ってこれまで動いて来たのだ。もしも例外を上げるとしたら。今、目前で主の養子姉妹が口にしている料理であるがそれだって、姉妹全員で取り組んだことであり、ユリがほかの姉妹に教えて回るなんてことはなかった。殴ったことはあるかもしれないが。

 

 しかし、それを説明するとしたら話は長くなるし、彼女の心では受け止めきれず破裂してしまうかもしれない。そうなってしまうのは自分たちの本意ではないし、何より主が嘆き悲しむことは分かりきっているではないか。そういう訳である程度は新たな設定を追加しているのだけど。ユリとしては今の話は特に必要ないような気もするのだ。

 

 結局それ以外の案が浮かばず彼女は妹の突発的な提案を受け入れる。それを見た彼女の顔は確かに微笑んでいた。普段どれどけ殴られてたり、時には銀を使って焼かれることがあっても。――但し本人の自業自得である――姉のことは大事であるし、そんな姉にいろいろ教わっているというのも案外間違いではないのだから。

 

 軽く軽食がおわり。彼女が来た用件を伝えられる。それは、この先、墳墓が戦争をすることになるかもしれないという話であった。

 

 「それは、楽園というものの為ですか?」

 「はい」

 「そうですか」

 

 それを聞いて、支配者たるアンデッドの養子たる少女は考える。それは正しい事なのだろかと。

 

 (いや)

 

 すぐに受け入れることも納得することも感情的には難しいかもしれない。それでも自分がそれに口をだしていいはずがない。きっとあの人なりの考えがあってのことであるだろうし、優しい方でもあるのだ。間違ってもそれで破った相手を奴隷になどはしないだろう。

 

 思えば、初めてあの人と出会った襲撃の件が既にそれではないか。あの時攻め込んできた時の者たちにしたって、狙いがあったのだ。それこそ、自分たちの命なんて大したものではないと。国としての方針であったのだというのだから。

 

 それは王国にしたってそうだ。あの時の戦士長の何か辛そうな顔。その意味を知ったのは、養父が信頼している人物の授業で知って、そして恥ずかしさで顔が熱くなった。自分の持っている世界観がどれだけ狭いか思い知らされたのだから。

 

 国家

 

 人がそれこそ100万単位で集まって作る一種の生命体。その末端である人1人の命なんて軽いものであることだろう。だからこそ、自分たちは他の国に狙われ、故国からは半ば見捨てられたようなものなのだから。そう考えれば、

 

 「分かりました。元より私たちは一度死んだも同然の身でございます。恩人かつ養父たるあの方がそうするというのであれば、私は()としてそれに従うまでです。もしもどなたかいらっしゃるのであれば、受け入れていきます」

 

 それが少女の出した答えだ。自分はあの人に恩を返さないといけないのだ。もしもそれが原因で故国から剣を突き付けられようとも後悔はない。

 

 そしてその光景を見せられたユリもまた感銘を受けていた。彼女自身は別に優れたところはなく、むしろ平凡な方であろう。しかし、その時の彼女が見せた姿は不敬ながら主と重なってしまい、そして内心涙を流していたのだから。

 

 (本当に立派でございます。エンリお嬢様)

 

 「畏まりました。アインズ様にはそのようにお伝えします」

 「はい、お願いします。ユリさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 用事を終えた戦闘メイドは墳墓への道すがら、見送りに来てくれた妹に声をかける、この場には自分たちしかいない。少女が気をまわしてくれたのだ。本当に優しい御方だと忠誠に力が入る。

 

 「ルプスレギナ、分かっていると思うけど」

 「何かしら?ユリ姉さん」

 

 言葉遣いや態度に関しては本人もいいと寛大にもおっしゃてくれているので一応納得はするが、これだけは言っておかないといけない。

 

 「必ずお嬢様達をお守りしなさい。あの方々の命はあなたや、そう僕たちよりも重いものとして考えておきなさい」

 

 動き出したナザリックには敵が多すぎる。主の方針にて仮想敵として認定されたのは、犯罪者。特に『ヘッドギア』を中心とした。破壊や殺戮、あるいは弱いものから搾取する事しかできない者たちが第1位だ。

 

 次に警戒をするという意味でスレイン法国、そしてその影響を強く受けているであろうということでローブル聖王国と続く。

 

 そしてそれらの一種の目に見えている敵よりももっと警戒をしなくてはならない者たちとしてプレイヤー達の存在もあるのだ。そんな彼らが主への交渉の札としてあの姉妹を狙う可能性も十分あり得る。今はまだその気配はないというのが、二グレド率いる《観測斑》の意見。いや、一つだけ前例があった。

 

 (傾城傾国)

 

 主自身が対処した彼らのことだ。その時用いていた世界級アイテムも問題だ。やはり、この村の人員を増やした方がいいのではないだろうか?と目前の妹を見るまでは思っていた。

 

 「安心してよ、ユリ姉さん」

 

 一瞬、全身が震えた。それは姉の自分でも中々見る事がない冷酷な彼女の一面。本来、ルプスレギナとは弱者は弄んで殺したいという。墳墓の中では悪質な部類に入る者だ。その彼女がこんな顔をするのは、それだけのことだとも言える。

 

 「私にとっても大切な方々に変わりないし、お嬢様方は勿論、村の人々に危害を加えようなんてする者達は……」

 

 彼女はそこで一度瞳を閉じて、再び開ける。映るのは獲物を狩る猟犬の眼そのもの。浮かべた笑みは犬歯が怪しい光を放っていた。

 

 「……みんな私が殺すわ。それこそ私のすべてを使って」

 

 その様を見せられてユリも先ほどの考えをすべて放棄する。この妹であれば、相手がプレイヤーでない限り、遅れをとることはないだろうと。確かに普段は叱責ばかりしているが、エンリの予想通りとも言うべきか。長女が最も信頼しているのは何気に次女だったりするのだ。本人は無意識的かつ絶対認めないだろうけど。

 

 「分かったわ。あなたがそう言うのであれば、私はそれを信じましょう。お嬢様達をお願いね」

 「ええ、任せて頂戴。姉さん」

 

 その言葉を受けてユリは墳墓へと帰還するのであった。

 

 

 確実にではあるが、その時は近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 


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第4話 整えられし盤上

 予定ですと、今回戦争準備

       次回戦争

       最終回

       という流れです。


 

 そして約束の日が来た。

 

 ナザリックが指定した1番目の村、鋭き尻尾(レイザ―・テール)の元へと向かうのは第5階層守護者である武人の右腕たる彼であった。

 

 歩く速度を緩めることなく、確実に目的地へと向かいながらも彼は考えていた。彼らがどんな答えを返して来るのかを。

 

 彼にとってはこれからやることは偉大なる支配者であるあの方のご意向もあるが、何より自身が仕えている方がその存在意義を証明する為の催しでもあるのだ。どのような答えであっても事前の打ち合わせ通りに進めるだけだ。

 

 (ヤツラハ――ドウスルノカ)

 

 まず浮かべるのはこちらの勧告を受けいれてきた場合。その場合であれば、直ちに彼らの統治が自身が仕えし守護者の手によって行われる予定である。もしもそうなってくれれば、多少は手間を省くことが出来るというもの。しかし、これまで訓練を積んでいた軍隊の成果を見る事ができないのも確かであり、正直悩ましい限りだ。

 

 今回の件でナザリック側が得る利点の一つが正にそれなのだから。

 

 経験

 

 それに勝るものはないというのが、至高のまとめ役であり、絶対の支配者たるあの方の言葉だ。この機会に200人単位の戦闘を試みるのが狙いの一つである。

 

 (イヤ――アルイハ)

 

 もしも彼らが逃げるという選択肢を取った場合でも少々形は違うがその運用訓練はできるのだ。逃げた相手の探知、からの追撃、捕縛とその手のことも腐るほどやってきたし、叩き込んできた。あのメイドの少女の働きは大きく、兵たるスケルトン達の一部はすっかり彼女に怯えてしまっている。

 

 (~~♪~~)

 

 苦笑していた。そんな恐れられている彼女であるが、主に対しては外見相応の態度だったりするのがまた可愛らしく、微笑ましく感じてしまうのであった。

 

 そう思ってしまうのは彼の設定にそう定められた訳ではなく、彼の創造主が《リアル》では子供を溺愛する家庭の持ち主だったことが強く影響していたのかもしれない。

 

 さて、そんな彼女であるが、不満げに言ってきたのだ。愚痴を吐けるというのは主が望まれていることでもあるので聞いたのだが。その内容は彼女の()が姉の1人と共に主と時間を過ごされたというものであり、その事をすごく羨んでいる様子で。

 

 仕事の愚痴と言うより、親に構ってもらえない不満げな子供の駄々みたいなものであったのだ。

 

 この一件がうまく収まれば、優しき主のことだ。何か褒賞を述べるよう伝えてくるのは分かりきっている。ならば彼女にもそういった機会を与えてくれるよう自分は進言するとしよう。

 

 『アノこに、キデモあるの?』

 

 そんな声が耳に聞こえた。いや、空耳なのは分かっているし、それは長年の付き合いから導き出される確信めいた予感であるのだろう。そして自分は答えることだろう。違うと。

 

 彼女に感謝しているというのは本当だ。訓練の教官役に、時折作ってくれたお茶菓子は素晴らしくおいしいものであった。一度だけ、友人であるあの人物に睨まれた理由は結局分からないままであるが。

 

 それらのことも踏まえた上での行動であり。決して他意や下心などはない。

 

 『お前の望みは、何かないのか?』

 

 またも聞こえる。聞いたはずがないのに再生される台詞。それはそれだけ、かの方が寛大であるということだ。何かあるたびに主は自分たちにそう聞くのだ。こうやって主の為に尽くすことが最大の褒美だというのに。

 

 (ワタシノ――ノゾミカ)

 

 そこで腰に添えられている刀の柄頭を指で軽く小突いてみせる正直、自分には主へと仕えているという事実とこの得物を振るう機会がもらえているだけで満足なのだ。いや、

 

 (モシモダ――ユルサレルノデアレバ)

 

 先に彼らに見せたように像を作るというのは彼の趣味であるのだ。彼はある事情から刀しか扱うことができないが、それを悔やんだことはない。日々鍛錬に力を入れ、一つの技を作り上げ。その技を用いて敵を屠る。それだけのことが彼にとっては既に満たされた人生であるのもまた事実である。が、それを用いて何の変哲もないものを形あるもの、それも精工なものに仕上げるのも楽しいと思ってしまうのだから。

 

 アインズにはしては喜べる事でもある。彼らNPCが仕事(彼らにしてみれば、至高の褒美)以外に私的な趣味をもってくれるのは嬉しい事なのだ。

 

 そして彼が望みたいと思うのは主自身の彫像を製作したいというもの。彼らにとって主の為に何かなすというのは本能レベルで刷り込まれたことであり、そこだけはそう簡単に捻じ曲がることはない。本人にしてみればたまった物ではないだろうけど。それだけ彼らにとって主に抱いている恩義が大きいという事である。

 

 そうなるとどうしても考えてしまう。

 

 一体、どういった素材で作るのがいいのかと。

 

 (アルジ二――フサワシキモノヲ)

 

 そう、そこらのただの木材では支配者たるあの方の御威光を再現することはできないだろう。できることなら、もっと材質にこだわりたいところであるが。

 

 (………)

 

 正直、思いつかない。いや、一つだけ心当たりがないわけでもないが、そう簡単な話でもない為。諦めるように思考を切り替える。気づけば目的地はもうすぐである。何にしても先の話、まずは彼らの返答を聞かなければならない。

 

 

 

 

 

 ザリュースもまたその存在を確認していた。周りには一応、何人かのリザードマン達もいる。兄を始めとした連合の責任者たちには、村の中で待機してもらっている。ないと思うが、相手がいきなり攻撃を仕掛けてくる可能性も捨てきれないから。

 

 それからクルシュや他の族長たちからの言葉で使者として来たのが、ローブを纏った骸骨だけではないと目前の存在を確認することで知ったが。

 

 (まずいな)

 

 自分が見た相手であれば、まだ何とか勝算はあったのだが、今目の前に見えるこの相手は少々まずい、自分一人では間違いなく殺される。ゼンベルに兄、それとほかの部族から選抜して、10人、それ位が揃ってようやく戦えるといったところか。

 

 次に考えるのは、この先の戦いにこの蟻とも蟷螂とも呼べないような者が出てくるかということ、その見た目は威圧感に溢れていた。その顔には3本の角が額の2か所と顎の辺りから伸びており、彼が知る事はないがその様相は鬼の面のようであった。

 

 その腰に軽く布を用いて巻きつける形で収まっている4本の剣らしき物、いや

 

 (あれが、刀)

 

 旅の途上、その話を耳にする機会があったのだ。南方から伝わるという武器――それは凄まじい切れ味を誇ると言われており、その話をしてくれた者の話によれば、自分が持つ至宝の剣など比較にもならないとか。

 

 当然、その使い手も相当な手練れのはずだ。最近該当する者が年端もいかない少女(見た目)に泣かされるという事件があったが、それは彼の知らないことだ。

 

 「?――キデンハ?」

 

 まだ距離にして30メートル、しかし相手にしてみれば十分会話の為の距離はあるようで声と判別するのが怪しい音が聞こえて来る。

 

 「すまない、俺の名はザリュース・シャシャ。緑爪(グリーン・クロー)の元旅人だ」

 「ソノナハ――ソウカ」

 

 自分が一言答えただけで、相手は何か理解したようである。名前よりも部族名に反応したようである。次いで、発せられるは明確な殺気、そして周囲の気温が上がっていくのが、肌を通して感じられる。吸い込む空気は熱く喉が痛みを訴える、水分が足りないと。

 

 「ツマリダ――コウフクカンコクヲ」

 「そうだ。俺たちはお前たちの下につくつもりはさらさらない」

 「アラガウ――トイウコトカ」

 「そうだ」

 「ドウナルカ――ワカッテイルノカ?」

 「ああ、後悔はない」

 「ソウカ」

 

 確認と了承が交互に交わされ少々の沈黙が過ぎる。相手はやや面食らっていたようだが、やがてその無機質な瞳をザリュース達に向ける。その視線に数人の者達が体を震わせ、自分自身もその場を逃げ出したい気持ちに駆られるが、それは絶対にしてはいけないし、何よりあの雌に合わせる顔がたたない。

 

 「オマエタチノイシハ――ワカッタ」

 

 そこで、彼は手を出そうとして引っ込める動作をした。まるで何かをやろうとしてその直前になって、致命的なことに気付いたという風である。

 

 「ヨッカダ――ココニセメイルトシヨウ」

 「わざわざ教えてくれるとはな」

 

 勿論騙し討ちをする可能性もあるが、それを考えるのはまた後でいいだろう。このやり取りから少しでも相手方の情報を得なくてはならない。

 

 「ソレトワタシダガ――コタビノタタカイニハ――サンカシナイ」

 (!!!)

 

 その言葉が本当であれば、ありがたいと思ってしまい、情けない気持ちが襲ってくる。

 

 「ああ、そうなのか」

 

 彼は言うことは言ったと踵を返し再び、森の奥へと向かって歩いていた。後一歩でまた森の闇に消えるというところでこちらを振り返り。

 

 「ソノセンタクヲ――コウカイスルナヨ――トカゲタチヨ」

 

 警告とも忠告とも受け取れる言葉を残して行った。

 

 

 期限は4日、ここにリザードマン5部族連合とナザリック地下大墳墓の戦争までの明確なカウントダウンが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 1日目(同日)

 

 

 「ソウカ」

 

 部下の報告を受けた武人が発したのは特に驚きも落胆もない淡白な一言であった。いや、そうなることも彼らが話し合いの上で見越していたということでもある。

 

 「デハ、改メテ。策ヲ講ジルトシヨウカ」

 

 当初は主より授かった軍勢を5つに分けていた。対応もそれぞれ違ってくることであるからそれでよかったのだが、相手は団結して1つの勢力となった。ならばこちらも総力を結集するのもまた必然と言える。

 

 彼らもまた話し合う。まず話題に挙がるのは彼らの戦い方とぶつけるこちらの兵士たちの特徴。

 

 「スケルトンハ…」

 「ナグラレルことによわい」

 

 アトラスの言葉を引き継ぐ形でヘラクレスが告げる。そう、今回の戦争にて主戦力として運用することになるスケルトン達、彼らは刺突や斬撃といった刃物の攻撃には、ある程度耐えることができるが如何せん打撃に弱い。そして調査の結果、リザードマンが主に武器として使うのは石と木を用いてメイスを再現したような武器なのだ。馬鹿正直に集団同士をぶつける戦法をとれば間違いなくこちらが不利だ。

 

 「コキューとすさま」

 「嗚呼、ヤハリ」

 

 前もって話をしていたあの戦法を使うべきだろう。それでいくらかのリザードマン達を削ることができればある程度の主導権をとることができるだろう。その方法は決して褒められるものではないかもしれないが。

 

 「デハ、仕込ヲスルトシヨウ」

 

 

 

 

 「そうか、そうなったか」

 

 もはや、別宅の気分が出てきてしまい。返って自分が恐ろしくなる部屋、「黄金の輝き亭」にて借りている一室でアインズはその事を伝えてくれた者に礼を言い、伝言(メッセージ)を終了する。

 

 「どうなるかな」

 

 それは臣下たる武人に期待すると同時に敵方にいるであろう、蜥蜴の勇者を警戒してのものであった。今回、余程のことがない限り彼に一任することが決まっており、もしも不安だとか、迷うようなことがあれば、自分とデミウルゴスが対応することになっている。

 

 「コキュートス様」

 

 静かに、それは言葉にするつもりはなく、思わず口に出ていたという感じだ。

 

 「お前も気になるか?ナーベ」

 「すみません!……ですが、はい。そうです」

 

 彼女とかの武人は創造主同士の関係もあってか、個人的に親しい間柄だと言う。別に社内恋愛であれば、自分は咎めるつもりはないが、そういった関係ではなくどちらかと言うと兄妹みたいなものであるらしい。

 

 (あの2人も)

 

 それを思い出すと嫌でも頬が緩んでしまう。それは過去を思ってのものであるが、以前と違い、悲しくなるものではないのだから。

 

 

 (アインズ様)

 

 ナーベラルもまた、そうして微笑む主の姿に安心感と共に自分の心が満たされているのを感じていた。主が心穏やかにいてくれるのは自分の願いだ。そして次に兄とも言える上位者たる守護者である武人のことを考える。あの方であれば、主の期待通りの働きをしてくれることだろう。妹の1人も一緒に動いているはずであるからきっと助けになってくれると確信して。

 

 「上手くやってくれるかな?」

 「コキュートス様でしたら、間違いないかと」

 「随分、信頼しているな」

 「アインズ様(モモンさん)もご存知かと」

 「そうだな」

 

 そう、彼がやっていることも確かに確認している。まさか、

 

 (元はただのPOPアンデッド達なのにな)

 

 システムに作り出されるだけの存在であるはずなのに、彼らにも意思があり、個性があるのだ。訓練等見せてもらうと、本当に誤差の範囲であるがその結果に差異があるのだ。そして下の者たちは自分に対して詫びてくるが、別に気にすることはないと思っている。むしろ、それが分かったことが大きいのだ。

 

 仮に彼らが完璧な存在だと自負して何の対策も講じずにリザードマン達と戦えば、恐らく負けることだろう。

 

 しかし、今の彼らであればその心配も減るというもの。それでも彼を完全に信用することはアインズ個人としても墳墓の支配者としても何より組織の長としての責任感が許さなかった。

 

 (頼むぞ、コキュートス)

 

 できることなら、彼にナザリックの全戦力の指揮権を任せたいのだ。それは別に責任の転嫁だとかと重責から逃れたいというものではなく、組織にとって必要なことであるからだ。

 

 そもそもそういった意思決定権が一か所に集中しているのもよくないのだ。例えば、その地位に固執していたり、部下を信頼できていない者。文字通り一人で組織を率いて言うものなどはその選択を愚かと思うだろうが。

 

 アインズにしてみれば、それこそ恐ろしいものであると思っている。結局それは自分が何ともなく、やっていくことが前提となる。だからこそ、上記の者たちは自分の身の安全を最優先とするのだろう。

 

 しかしというか、やっぱりというか、アインズにはその選択をすること自体ができないのだ。それは彼女たちを盾にする行為でもあるからだ。大切な者たちを危険に晒すくらいであれば、自分が死地に向かうほうがずっといいに決まっている。彼がそう考えることができるのは、一度死ぬ覚悟を決めた事も大きいのだろう。

 

 (アルベド)

 

 次に考えるのは彼女を始めとした今の自分の立ちどころを決めた者たちのことだ。自分のこんな勝手な思いを汲んでこの配置にしたのかと、改めて彼女たちの優秀さを思い知らされたような気分に、

 

 (そんな訳ないか)

 

 なることはなかった。それも考えればすぐ分かることである。彼女たちは自分にはただ、玉座に座っているだけでもいいと言うのであるだろう。そして冒険者モモンとしてこの世界に繰り出して来て、かつての事を思い出してどうして自分がこの配置になったのか解ったのだから。

 

 (まったく)

 

 怒りはなかった。そして今では感謝さえしている。確かにゲームみたいなという訳にいかないが、この世界にもまた未知はあり、それを知るのが楽しいと思っているのだから。

 

 そしてもう1つ

 

 (デミウルゴスの見立て通りだな)

 

 思いのほか、この世界というのは厄介ごとが溢れているらしい。あの世界であれば、そうなる事さえ、彼らの思惑通りなのだろうが。そうなると、今の戦士としての身分は存分に利用できる。

 

 単純なトラブルであればモモンとして、裏の複雑な事情であればアインズとして介入すればいいことだと結論付けて、彼は体を休めようと鎧を外す。そこで気になったことをナーベラルへと問いかける。

 

 「レヴィアは」

 「ハムスケの所かと」

 「またか」

 「余程、あの毛並みが気にいったのかと」

 「まあ、構わないが」

 

 一室に男1人と、女1人と2人ではどっちが世間体に響くだろうか。いやこの世界であればあまり気にする必要はないかもしれない。それよりも以外に感じるのが。

 

 (レヴィアノールは動物好きか)

 

 彼女たちの意外なところが知れるのはいい事だと。やけに顔が紅い従者とそれぞれのベッドに潜り込み就寝するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 2日目(開戦まで残り2日)

 

 

 「その情報は確かなのか」

 

 彼らが攻めてくるであろう。「1番目」の村、その集会所で開かれた対策会議におけるシャースーリューの一言であった。

 

 「間違いないですね」

 

 答えるのは、元狩猟斑である経験を生かして、使者が消えた森へと偵察を行っていた。小さき牙(スモールファング)の族長であるスーキュであった。

 

 「敵は5千弱でしたね」

 「その中に使者としてここに来た者たちは」

 「見る限りでは確認できませんでしたね」

 「なんだよ、白けるぜ」

 「ぜんべる、ことば、つつしむ」

 

 相変わらずの戦闘狂発言をキュクーが諌めて、話を続ける。曰く、その構成はアンデッドの軍勢であるという。骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の群れだという。その武装も確認してあり、剣に盾といった単純なものであるという。

 

 「だったらよ、こっちから攻撃を仕掛けようじゃねえか」

 

 その提案をするのはやはり彼であった。

 

 「ちまちまじゃなくてよ、一気にやっちまえばいい話だろ?数にしたって、1人あたり3~4匹倒しゃあ、いいんだろ?ならすぐに決戦はできるぜ?」

 

 その言葉を受けたクルシュが自分の方へと呆れたと言わんばかりの視線を投げかけてくる。

 

 「彼っていつもこうなの?」

 「すまん、決して悪い奴ではないんだが」

 「それって、いい奴という意味にならないわよ?」

 「……そうだな」

 

 そう返すことしかできなくなり、思考を切り替える意味でも相手の軍に関する情報とそれらが嘘である可能性を話し合っていく。

 

 「そうですよね、素直に私たちに手の内を晒す理由がない」

 「あれじゃねえか?そんなことしなくても俺たちに勝てるっていう余裕ってやつじゃあねえか?」

 「確かにな――だが、弟よ」

 「ああ、侮られている方が、俺たちにとっては都合がいい」

 

 そうだ、もしも彼らが自分たちを警戒しているのであれば、昨日来た者を始めとした者たちも参戦してくるはずなのだ。

 

 「そういえば、クルシュ達の所には」

 「ええ、服を着た少女が来たわ」

 

 彼女がそう表現するのは、単に、リザードマン達とそしてナザリック地下大墳墓という存在を作った者たちもとい人間達の認識の差か、文化の差なのかは定かではない。

 

 「その者は」

 「私からは何ともいえない。でも昨日あなたが相対した者と同じかそれ以上の強者であることは確かよ」

 「そうか、情けない事だが。ありがたいとも思ってしまうな」

 

 それだけの力量差が相手に油断を生んでいるのだとしたら、そこにしか勝機はないのだから。

 

 「兄者、キュクーさん」

 「分かっている」

 「へんせい」

 

 兄はもちろんだが、至宝の呪いによって、知能が低下しているはずの彼も話が早い、現状分かっている敵の軍勢は2種類だ。こちらもそれに合わせていくしかない。

 

 「若い雄を中心とした主力部隊と老人、雌で構成する予備隊と言ったところか」

 「スケルトンには主力をぶつけ、ゾンビには予備隊が相手をする」

 「それが、いちばん」

 「まどろっこしいな~。それに面倒だぜ」

 「あなたは黙っていたらどうかしら?」

 「ゼンベル。お前だってこの編成の意味が分かっているだろう?」

 「そりゃ、そうだけどよ」

 

 スケルトンとゾンビではどちらが俊敏な動きができるかは、一種の常識でもある。そしてこちらが用意する2つの部隊の運動能力を考えれば自然とそうなる。

 

 数での潰し合い、冷酷でもあるかもしれないが、そこに戦士達1人1人を気に掛ける余裕はない。いかに敵の軍勢とその戦力の削りあいを繰り広げるか。自分が考えるのはそこだ。

 

 「スーキュさん、敵の本拠地は」

 「すいません、そこまでは」

 「いえ、十分です。兄者」

 「やむを得まいか」

 「ザリュース?あなた何を考えているの?」

 

 彼女の視線が突き刺さる。

 

 「念のためだ。避難の計画も立てる」

 「それは、――私に話したあれなのね」

 「そうだ」

 

 戦況次第では途中で逃げることも視野に入れなくてはならない。現状の勝利条件はその軍勢を打ち破ることであるが、その先はどうなるか分からない。なら、初めから逃げの一択をとればよかったではないかと言うものがいるかもしれないが、今の5部族すべての人口がほかの生活圏に移るのはやはり無理がある。ここで文字通り囮として死ぬ者と、逃げて生き延びる者を決めなくてはならない。勿論秘密裏に。

 

 「1つ聞かせて頂戴」

 「何だ?」

 「その避難民の中に、あなたはいる予定なの?」

 

 ザリュースというリザードマンは生き残るべきか否か、それをほかの者たちに投げかければ。間違いなく生き残るべきというリザードマンが多数を占めることであるだろう。至宝を持つ強者に対する敬意からか。養殖を始めとした旅で得た知識を期待してのものか。渋い顔をするのは一部の老人だけであろう。

 

 それだけ、すべてのリザードマン達が今の状況を理解している訳だし。彼がこの種族にとって必要な存在であると認識しているのだけど。

 

 しかし、彼には、それを選ぶということはできない。自分はいわば戦争の引き金を引いたものだ。逃げるという選択肢にしたって、自分が悲観的になっているだけで動いてみればうまくいく可能性だってあるかもしれないのだ。降伏するのだって同じだ。そういった分岐する時間軸において、自分は抗うと決め、そしてそれに全部族のリザードマンを巻き込んでいるのだ。自分は殿として残るべきだ。

 

 それを己の中で覚悟として固めて彼女へと答える。

 

 「俺は残るつもりだ」

 「そう」

 

 ほんの少しであるが、寂しげに発せられたその声に喜んでいる自分がいる。惚れた雌に心配されて喜ばない雄はいないだろう。彼女は次いで目を細めて睨んできた。それは間違いなく軽蔑するものである。

 

 「あなたって、本当。最低ね」

 「すまない」

 

 彼女の怒りは最もである。それを理解しているからこそ、自分もまた何も言い返せないでいた。

 

 (何なのかしら?この胸のざわつきは)

 

 クルシュもまたザリュースのその返答に自身が憤っているのを感じて、そして困惑していた。怒りの矛先は彼であることは間違いない。勝手な雄であると思う。無責任に求愛してきたと思ったら。今度は自分は死ぬつもりであると告げて来る。すべては、この先次第であるけれど、それでも体温が上がるのを抑えることはできそうにない。

 

 (まったく、そこは最悪2人だけでとか)

 

 その考えはすぐに捨て去る。それは1人のリザードマンとして許されるものだ。今の自分たちは生憎私情よりも全体の事を優先しないといけない立場である。そして次に湧くのは羞恥心であった。自分は天涯孤独に生きるのだとどこか達観していたはずなのに。

 

 (よっぽど嬉しかったのねクルシュ。そうよね、あなたを綺麗だなんて言ったのは彼が初めてだもの)

 

 あれから何かあるたびに彼は自分へのアプローチも欠かさない。軟弱の証でしかないこの体を比喩表現まで使って褒めてくれたり。彼の兄と義姉に紹介もされた。まだ肯定的な返事をしていないというのに、なんと気の早い雄であろうかと愚かしく思うと同時に、それを強く拒絶できない自分もいた。

 

 彼らにしたって、自分の体の事を特に聞くわけでも、嫌悪の目で見る事もしなかった。義姉に至ってはすっかり自分の姉気どりであり、食事も一緒に取ることになってしまっている。何度も確認するが、自分と彼はまだそんな仲ではない。ここまで迫られるのにも驚きを感じている。

 

 そこまでされてしまい、自分の心はどうやら変質してしまっているらしい。彼と出会ってまだ片手で数える程しか日はたっていないというのに。

 

 「私たち、族長やザリュースはどうしましょうか?」

 

 傷心している自分を誤魔化すように――それをする必要がいる相手もいないというのに――次の話に進める。ここまで決まったのは当日の陣形に、戦場に仕掛ける予定の罠に、この村の周りの防衛に関することであった。幸いにも自分の村の技術がそのまま使えそうなので、それを利用することになっている。

 

 そして自分たちはどう動くかということであった。自惚れではない。ここにいる者たちは相当な手練れが揃っているのだ。

 

 「決まってんだろ!俺も戦線に加わるんだよ!」

 

 真っ先に声を上げるのはやはり彼であった。その言葉通りに大暴れしている様が目に浮かぶようであった。

 

 「待て、ゼンベル。お前という奴は」

 

 諌めるのはシャースーリューであった。彼もまたこの暴れん坊の扱いには慣れてしまっているようであった。

 

 「しかし、貴重な戦力を遊ばせる余裕なんてありませんよ」

 

 暴れん坊の意見に全面的ではないもののある程度の肯定をみせる狩猟斑上がりの族長に。

 

 「むずかしい。ざりゅーすはどうおもう?」

 

 彼へとその疑問を投げかけるは骨でできた鎧を身に包む族長。

 

 「そうだな」

 

 そう考えこむ彼を気にかけながら、クルシュもまた考えるが、中々難しい問題であった。

 

 「温存か投入か」

 

 彼にとっては彼自身、今回の戦争に勝つための駒でしかないのだろう。それを考えるたびに怒りと悲しみが混じったような感情が胸を締め付けているようであった。

 

 (本当にかってな雄)

 

 

 

 

 

 

 

 アウラとマーレの二人は第6階層にていつもの自室でテーブルの上に置かれた盤上を睨んでいた。それは丁度、今回の主戦場となるであろう。湿地帯の地形を簡単に書いたものであり、そしてその上に転がっているのは、骸骨やゾンビ、そしリザードマン達を模した木製の人形、それもかなり小さいものであり、ちょうどチェスの駒と言う言葉がしっくりくる品であった。

 

 今回の勉強の為にと今はデータクリスタルの管理者をしてくれている元階層守護者が用意してくれたものであるが、いまいち使い方が分らずにいた。

 

 「えっと、マーレ、これどうするの?」

 「僕もよく分かんないや」

 

 この2人の現在の仕事は一言で言えば、建設工事というおよそその見た目に似つかわしくないものであった。トブの大森林に関してはハムスケがいた南部でひと段落として、ナザリック地下大墳墓の隠蔽工作、そして偽の墳墓作りも終わり、主が次に二人に命じたのは迷宮の製作であった。大森林に1つとあと何か所か予定しているらしいが、その詳細な目的については聞かされていない。しかし、単に自分たちに仕事を与えるという単調な理由でないことは分かる。 

 

 だけどそれも今は一時中断、主から見届けるよう言われている以上。あの武人の仕事ぶりを見届けると同時に自分たちもその技を学ぶのだ。その為に道具を用意したわけであるけど。

 

 「悩んでも仕方ないよ。こういったことは」

 「デミウルゴスさん?」

 「そういう事」

 

 分からないことを延々と考え続けるのはよくない。何でもすぐに聞くのもよくないと言われていたが、今回自分たちは、この道具の使い方を考えて30分この場から動かなかったのだ。それで分からないのだから、もうこれはどうしようもないと、姉は弟を連れてその場を出るのであった。

 

 

 15分後

 

 

 そこには彼から使い方を教わり、今度は別のことで頭を悩ませている双子がいた。

 

 「今度コキュートスがやる事になる戦いだっけ?こっちの主な戦力がこれで」

 「二グレドさん達の調査で分かっているリザードマンの皆さんの戦力がこれだけという話だよね。お姉ちゃん」

 

 観測班が得た彼らの情報はナザリックの者であれば、正規の手続きをした上で閲覧ができるし、印刷もできる。ただ、その扱いに関してはしっかりと注意するとのことであった。外部への流出は勿論、同じ墳墓の者でも他言は禁止である。

 

 アウラはこれから弟と将棋の対局をするのかと思われる程に並べられたその駒たちを見て一言。

 

 「確かにさ、こうやってみると今回の戦いが大きいものだってあたしでも分かるよ?でもさ……」

 「どうしてコキュートスさん達が出ることが駄目なのかな?」

 

 さすが、弟。自分の疑問を引き継いでくれた。

 

 「そうなんだよね~」

 

 今回、ナザリック側から出るのは、動死体(ゾンビ)2200 骸骨(スケルトン)2200 獣の動死体(アンデッド・ビースト)300 骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)150 骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)100

 

 総戦力4950

 

 それが、今回主が彼に許した兵の数である。もらった資料を読む限り甘めに見積もっても相手との戦力差は3倍、しかしそれは数の話であって、質はどうかと言うと。

 

 「~~!!~~?駄目だ。どうやってもこれで蜥蜴達に勝つ構図が見えない」

 

 少々頭を悩ましての結果がこれだ。

 

 「マ~レ~、あんた分かる?」

 「えっと、スケルトンさん達に相手の進軍を防いでもらってそれから……」

 

 やっぱり普段から本を読んでいると頭の働きが変わるのか握り拳を作り、その人差し指第2関節を口元にあててなにやら考えこんでいるようである。

 

 (あたしも負けてられない)

 

 姉としてのプライドや主への忠誠でなんとか再び考えてみる。もしもこの軍勢を闇雲にぶつけることをしても蜥蜴の軍勢には敗れる気がするのだ。それ自体はなんの根拠もない勘みたいなものであるけど。

 

 (だって~さ~、骸骨だよ?)

 

 彼らの主へ対する忠誠は知っているしこの世界であればそこそこのレベルであることも確か。しかしながらそれでも打たれ弱いことは確かであり、よりによって今回の相手が主に使う武器が打撃武器であるという。これが、斬撃を放つ剣であったり、あるい槍などであれば、少しは戦えそうなものであるが。

 

 (なら弓を中心にした陣形?)

 

 それもあまり良くないだろう。今回の編成においてその兵種が配備されている数は少ない。いくら戦力差が大きいといえ、千を超える相手を150体が放つ矢だけで全滅させるのは厳しいものがある。

 

 (騎兵とアニマルゾンビで)

 

 最初にゾンビとスケルトン達をぶつけてその脇から突っ込ませて相手を攪乱、そのまま乱戦に持ち込む。

 

 (微妙)

 

 上手くいくかもしれないが、結局そうなったところで骨がまき散らかされる未来しか見えない。彼女は考える。どうして主がこれだけの()()で戦う事を武人に命じたのか。

 

 (アインズ様のことだもん)

 

 そこには何らかの意図があり、そして先ほど話を聞きに行った悪魔に守護者統括、何より命じられた本人さえ分かっているようなのだ。

 

 弟と2人、頭を悩ませるアウラであった。

 

 

 

 3日目(開戦前日)

 

 この日アインズは最近にしては珍しく墳墓へと帰還していた。最近は時間の流れが速く感じられる。気づけば、明日開戦だというのだから。

 

 (不謹慎だな)

 

 手に持ったカードの絵柄を見ながらそんな事を考えていた。

 

 戦争、それは常人であれば、嫌悪するものであり忌避するもの。そして無関心であるものだ。例えば、遠いどこかの国がそういった事になっていても関心を寄せる外国の者はどれ位いるだろうか?

 

 彼らもまた日々生活を送るための費用を稼いでいるのだから。それがあると知っても何かしようと思う者はほとんどいないかもしれない。精々、

 

 「自分たちの国に飛び火することがありませんように」

 

 と、祈るくらいだろう。それを責めることができる者はすべてを投げうって行動できる者だけであり、ほとんどそれを悪い意見と言うことはないだろうし、言うものもいないであろう。

 

 だが、当事者にしてみればたまったものではないこともまた確かなのである。自分自身にそう言った経験はないが、戦いに巻き込まれた者達がどういった顔をするかは養子であるあの姉妹などから想像がついてしまうのだ。

 

 これから自分が主導でそういった事をやろうとしているのに、あるのは武人に対する期待感であったのだから。

 

 (これも支配者としての重責か)

 

 もしもこのことが原因でナザリックが責められることになれば、自分は必ず矢面に立たなければならない。逃げることは許されるものではない。それとそんな勝手な事に付き合ってくれている彼女たちや姉妹に対して感謝を忘れることがないようにと自分自身を戒める。

 

 「アインズ様?いかがしましたか」

 「何でもないさ。では勝負と行こうか」

 「望むところでございます」

 

 現実に引き戻されるように、向かいあって正面の椅子に座っていたデミウルゴスに言葉を返したのち、互いの手札をテーブルに広げる。

 

 「私はスリーカードだな」

 「私はワンペア……お見事でございます」

 「ああ、ありがとう」

 

 そう、その日の墳墓での仕事、武人との最終確認は既に終わっており、たまには息抜きも必要かといつものようにトランプをやろうと思い、その相手は丁度その場に居た彼に頼む事にしたのだ。

 

 今、2人がやっているのは簡単なポーカーであった。賭け事は一切なしのシンプルな運ゲーとしてだ。そして現在アインズの4連勝であるのだが、

 

 (何かおかしい)

 

 どこか違和感を感じるのであった。

 

 次いで5連戦目。互いに札が配られ――札を混ぜているのは自分自身であり、決して意図的な何かを仕組んでいる訳ではない――改めて自分の札を確認する。

 

 ハートの1 2 3 4と続き、5枚目はスペードの1であった。現状はワンペアだ。札の交換は一度だけ認められている。

 

 (勝負に出るか)

 

 「デミウルゴス、お前はどうする?」

 「では2枚だけ捨てさせて頂きます」

 

 彼は言葉通りに手札をテーブルに置き、同数枚山札から引く。その顔は何の変化もなく、感情があるのかさえ怪しく感じさせるものであった。

 

 「アインズ様」 

 

 その言葉を受けて、自分も札を一枚捨てる。捨てたのはスペードの1、もしこれで狙いの札がこなければよくてワンペア、最悪ノーペアだ。出たのは、

 

 (よし)

 

 ハートの5。これは余程ツキがあるのだろう。

 

 「では勝負だ。私はストレートフラッシュだ」

 「私はノーペアでございます」

 

 これで5連勝。なのだが、

 

 (何か符に落ちん)

 

 こんなにも自分は運があったほうだろうかと疑ってしまう。

 

 「デミウルゴス」

 「アインズ様、このような児戯でも圧倒的な強さを持つとは流石でございます」

 (こいつ)

 

 確信した。彼はイカサマをしている。それも非常に珍しい人を勝たせるものだ。口で咎めるのは簡単であるが、こうなってくると何とか別の方法で彼の鼻をあかしたくなる。

 

 (やってやろうじゃないかデミウルゴス)

 

 こうなったら何が何でも負けてやる。そうと決まれば、

 

 「もうひと勝負と行こうか」

 「お付き合い致しますとも」

 

 6戦目、アインズは無造作に3枚の札を交換した。何故かフォーカードが出来上がっていた。デミウルゴスはスリーカードである。

 

 「流石でございます」

 「次だ」

 

 7戦目、アインズは考えに考えてそのまま出すことにした。デミウルゴスにも勝手な真似はさせていない。自分の札は、ワンペア。できることならノーペアが良かったが、これなら。

 

 「どうだ。私はワンペアだ」

 「ノーペアでございます」

 

 (何故だ嗚呼!!)

 

 「もう一回だ」

 「勿論でございます。いくらでも」

 

 アインズは次で勝負を決めるつもりであった。いや、7勝している者が思うこととしてはかなり滑稽であるが、彼もまた本気であった。

 

 (こいつで勝負だ)

 

 彼はすべての札を交換することにした。それは非常に愚かな選択であるが、今の彼はむしろその極みを目指しているとも言える。

 

 (どうだ)

 

 狙うのは絵柄も数字もバラバラな割と出そうで、何気に中々出ることがないその組み合わせを年末に行われる宝くじの当たりを必死に願う者のように懇願していた。彼がここまで何かに縋るということも悲しい事にこれが初めてだったりする。

 

 (こい)

 

 引いた札を裏返し確認する。

 

 「これはすごいな」

 (おかしいだろおおおお!!!)

 

 出たのは1 10 11 12 13 それもすべてスペードの札。

 

 ロイヤルストレートフラッシュ、それも最高の形で現れたそれにはデミウルゴスも流石に驚いたのか僅かにその頬に汗が走ったように見えた。

 

 「私の負けだ。デミウルゴス」

 「勝っているのはアインズ様では?」

 「いや、お前はすごいよ」

 「???」

 

 これらのことがかの悪魔の狙い通りであるのか、それとも単にマイナス思考に陥りやすい支配者の急上昇した運がなせるものかは、誰にも分からないことである。

 

 「ところでデミウルゴス」

 「はい、アインズ様」

 「コキュートスはどう思う?」

 「我が友でしたら問題はないかと」

 「そうか」

 

 確かに彼が提示した戦術には驚くものもあったし、それをできるようにしたのがまたすごいと素直に感心してしまう。何より嬉しかったのは彼が過去の出来事からそれを思いついたことであるだろう。

 

 (できることなら)

 

 それを見届けたいが、生憎明日も復興工事に参加しなくてはならない。そうでなくても可能な限り冒険者組合にはいかなくてはならない。

 

 (まいったな)

 

 どうにも組合の一部の人たちからの話が長いのだ。このまま城塞都市に住んでみないかというものであったり、見合いの話を勧められたり、それも相手はあの街を拠点にしている有力な家であったり商人の家の娘であったりするのだ。

 

 (何が何でも)

 

 モモンをあそこに縛りつけたいらしい。それはこれからの事を思えば非常に避けたい自体である。そう考えれば、

 

 (……ベイロンさん)

 

 彼が作った個人情報保護法をガン無視した(うた)の内容に助けられる部分もある。何故かアルベドがモモンの婚約者ということになっているのだ。つまりその手の話にはすべてそれで断りをいれることが出来るということであるが、素直に喜ぶこともできない。

 

 (やっぱり)

 

 あの時のやり取りがまずかったのかと頭を抱えてしまう。悔やんでもしかたのないことであるが、これからは情報の取扱いに関しても注意を促していかないといけない。

 

 「とにかく、明日は私の方も別に動かないといけないからな――改めて頼むぞデミウルゴス」

 「勿論でございます――しかしよろしいのですか?」

 

 彼が何を危惧、いや自分に遠慮していることであろうことは既に指の動かし方と同じ位の認識である。だから答える。

 

 「玉座の間であれば気にする必要はない。あそこならば色々と都合がつくだろう」

 「申し訳ございません。私があれを完成させていれば」

 「気にする必要はないさ、それだってのんびりで構わないからな」

 「寛大な言葉、ありがとうございます」

 

 明日行われることは非常に貴重なものである。大墳墓に居るもので、手をあけることができる者たちは皆、あそこに来るよう命令している。そこで彼らの戦いを鑑賞させる予定であるのだ。その際の双方の戦術――間違っても単なる殴り合いで終わることがないだろう――の解説役をデミウルゴスに頼んでいる。これを機会に集団戦闘の心得を少しでも身に付けて欲しいものだ。

 

 不参加が決まっているのは自分が率いている《冒険者組》にグリム・ローズ班、万が一にも明日の戦いを第3者に見せることがないよう警戒にあたる《観測班》にその手伝いをすることになっている元階層守護者2人と当事者である《軍事班》達だ。それ以外の者達は全員ここに来ることであろう。普段であれば入ることが許されないも者達も来るため、かなりの大所帯となる事は容易に想像できる。

 

 (状況が許せば)

 

 もっと違う形で墳墓の者達が集まる場を設けたいと願う支配者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4日目(開戦当日)

 

 その雄は自分の認識が甘いものであることを。旅人として得た知識がまだまだ浅いものだということを身をもって知らされた。

 

 こちらだってできる限りのことはしたし、まったく無駄ではなかったそれでも。

 

 相手がこちらを侮ってくれていると思っていたが、それは間違いであった。自分たちこそが相手を侮っていたのだと思い知った。

 

 そのせいで大切な者に一生ものの傷を負わせてしまった。今は悔やむよりも走らなくてならない。

 

 「―――!」

 

 彼の声が硝煙広がる戦場にこだまする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、いよいよ開戦です。


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第5話 策と意地のぶつけあい

 新年あけましておめでとうございます。

 今年もこの作品をよろしくお願いいたします。

 では最新話どうぞ。


 4日目(開戦当日)

 

 

 その日の朝はやけに周囲が静まりかえっていたように思える。いつもの癖でつい養殖場の様子を確認しようとしてここにそんなものはないと気づき、苦笑してしまう。彼は4日と言った、その日を合わせてのものかどうかは確認していないが、少なくとも今日か明日攻めて来るはずである。

 

 戦の準備は出来ている。罠も可能な限り設置したしその時間帯にも注意した。戦士達もゼンベルを含めて体調をしっかり整えている。義姉を始めとした雌リザードマン達の働きが大きい。もしも決戦の日に腹痛で寝込むなんてあれば、勝敗の前に名誉が終わる。そうならず万全の状態で戦争に臨める事を彼女たちに感謝しなくてならない。

 

 「~~~」

 

 不意に鳴き声が聞こえる。そちらに目を向ければ、こちらを見ているのは4つの頭に8つの瞳。

 

 「ああ、おはようロロロ」

 「~~~」

 

 甘えるように寄せられる頭を撫でてやる。その度に可愛げに鳴き声を上げるのだからやっているこっちも何だか幸せな気分になってくる。

 

 「おはよう。ザリュース」

 「クルシュか、おはよう」

 

 朝日がその白い肌に反射して彼女がより美しく見えてしまい、死ぬかもしれない戦いを控えた前だという時なのに見とれてしまう。

 

 「???、どうしたの、私の顔に何かついているからしら?」

 

 そう声をかけられるまで自分は彼女の事を見ていたらしい。恥ずかしいだとか、みっともないという感情は微塵もなかった。本来であれば、多少の照れはあってもいいと思うのだけど。それがないということはそれだけ彼が成熟した大人の雄ということか。はたまたそれ程までに彼女に惚れこみ、駄目になってしまったかのどちらかだろう。素直にその雄は雌へと愛の言葉を紡ぐ。

 

 「いや、……本当に綺麗だと思ってな」

 「!!!、――~~~」

 

 世辞ではなく、打算もなく、純粋な思いから生まれたその言葉はクルシュを赤面させるには十二分すぎる程の威力があったらしく、彼女は顔を抑えて痙攣する。恥ずかしくて仕方がないと言った様子である。

 

 それを見たザリュースはなおの事、彼女への想いを確かな物だと認識を改めていた。全身を赤くして彼女自身はみっともないと思っているその顔を必死に隠そうとするその動作は自分の贔屓目だと自覚した上で言うのであれば愛らしく、とても可愛いと思ってしまうから。

 

 「あなたね、雌なら誰にでもそんな事を言っているのかしら?」

 「まさか、クルシュだけだ」

 「~~~……分かったわよ。そういう事にしてあげるわ」

 

 クルシュが彼に抱く疑念としては極めて自然なことであった。手慣れているのだ、雌の口説き方が、まさかほかの蜥蜴にも同じように普段から接しているのではないかと――それは彼を軽薄な雄だと怒りを感じてからか、あるいはそうであった場合ほんの少し寂しいと思ってしまうのかは分からない。――けれど、だからこそ。どうしても疑ってしまう。いや、気になったのだろう。

 

 そして彼女がその話をしたのは彼の義姉であった。この村について2日目の晩だったと思う。こういった話は同性の方が相談しやすいというのは、ある程度の知能を持った生物であれば、人間であろうと亜人であろうとあるいはそれ以外の者達でも変わらないかもしれない。――無性や両性はどうか知らないけど。

 

 そして彼女の話でも彼が以前は全くそういった素振りはなく、むしろ淡白すぎる程であったという。それがああなったのは部族間連合の話を持ち掛ける為にあの粗暴な雄や自分の所へと交渉の旅へと赴き、そして帰って来てからだという。

 

 そしてその時に教えてもらった。彼が実は結構雌のリザードマン達から人気があるという事を、それも当然と言えば、そうかもしれない。至宝の持ち主、剣の腕前、元旅人として持つ豊富な知識に合わせてあの実直な性格だ。彼に言い寄られて嫌がる未婚の雌は確かにいなさそうである。不意に思い出す。

 

 『クルシュちゃんさえ良ければ、義弟に貰われて頂戴。あの人はホント役立たずでね』

 

 その時に言われた彼女の台詞だ。彼女なりに彼を心配しているらしい。ここで言うあの人とは彼の兄であるシャースーリューのことである。そしてこの一言で夫婦の力関係が理解できてしまう。そして更に羞恥が襲い掛かるが、何とか抑えて。先ほどの彼の返答等も合わせて彼が軽率な雄ではないと納得するのであった。

 

 「ねえ、来るかしら?」

 「どうだろうな」

 

 簡潔に略したとも言うべきか何がとは互いに分かっているから。

 

 「勝てるかしら?」

 「やるしかないさ」

 「そうね」

 

 不安を感じるなと言うほうが無理がある。種族の繁栄を護るための戦い。負ければ、最悪死、よくても隷属化だ。そんな震える彼女とまたそんな雌を何とか支えたいが、肉体的接触はまだ早いと変に紳士ぶりを発揮している主人を見て、ロロロはただ。

 

 「~~~」

 「何だロロロ」

 「くすぐったいわ」

 

 甘えるように彼らに頭を擦り付ける。その生物にとってザリュースは勿論、その主人が何とか想いを遂げようとしている雌は勝手かもしれないが両親のようなものなのだ。ロロロには親がいない、いやある事情から捨てられてのだ。幼い体でこの世界を生きるということは難しく。生まれたばかりのその生物は餌も碌に取れず衰弱していき、やがて本人も眠るようにそこで息絶えるはずであった。

 

 それを救ったのは旅の途中であったザリュースである。彼は弱った足手まといにしかならないロロロを拾ってくれたのだ。それから彼の旅に同行、連れていってもらいそしてそのまま今に至る訳である。余談であるが、何故かこの生物はあまりゼンベルには懐かない。一度彼が力比べだと手加減なしに投げ飛ばしたのが原因かもしれない。

 

 そんなロロロにとって彼は恩人、いや親という認識である。そしてその生物はまだ精神的にはまだまだ子供の部類だ。正直、ザリュースやクルシュが何を深刻そうな顔をしているのかよく分からないけれど、彼らの為にできる事があれば全力でやるのだ。

 

 「ザリュース!!」

 

 ロロロは身を震わせながらも彼らの話に耳を傾ける。やはりこの雄は苦手だ。どうしてもあの痛い思いでが体に刻まれているようである。

 

 その時、ロロロは静かにだが泣き叫び、ザリュースも彼にしては珍しく本気でゼンベルに怒り、流石の戦闘狂も悪かったと反省して、以降ロロロには気を(彼なりに)使って接してくるのであるが、それでも怖いものは怖い。

 

 「来たのか」

 「ああ、またあいつだ」

 

 その会話の意味はロロロには理解できないが、それでもこれから何か大変なことが始まるというのは何となく察することができた。

 

 そう、わざわざというか、ご丁寧に彼が来たのである。いつ攻めるのかと正確な時刻を伝えに。

 

 

 

 

 

 

 

 「シズ、メモとペンは持ったわね」

 「…………うん」

 

 ユリは妹を連れ、第9階層の通路を玉座の間へと向かっていた。今回の戦争、その観戦とデミウルゴス、アルベドの講義を受ける為である。

 

 「いい?分からない所があれば、しっかり聞くのよ」

 「…………分かってる」

 

 その言葉を受けて、自分もまた少しであるが、興奮状態であり冷静さを欠いていると気づく。それだけ今回のことが大きいのもあるが、自分自身緊張していたのだろう。

 

 「そうね、その手の話であればあなたの方が詳しいものね」

 

 この妹は墳墓中の罠や仕掛けに関する知識をすべて持っており、もしも意図的な侵入者などがあれば、真っ先に彼女に伝わるようになっているのだ。

 

 戦とは群と群の戦いだ。全体を見る必要がある訳で、普段から墳墓全体を監視しているようなものであるシズ、シーゼット二イチ二ハチはそれに対してある程度のアドバンテージがある訳であり、それに彼女は銃兵である。ただむやみやたらに前に突っ込む事しかできない自分と違い、彼女は後方支援を引き受けることが多く。状況を見る目であれば、やはり自分より上手だ。何より大きいのは彼女を創造した博士の趣味であるのか、何かとミリタリー知識を持っているのと言うのもある。最も今回の戦争で戦車だとか、彼女が使うような銃が出ることはないだろうが。

 

 「もしかしたら、私があなたに色々聞くかもしれないわね」

 「…………沢山、答える」

 

 質素であるが、姉である自分には彼女が嬉しそうにその言葉を口にしているのが伝わってくる。彼女にしてみても普段の扱いからか一時であっても立場が逆転するのは気分が良いのかもしれない。ふとそんな彼女が口を開く。

 

 「…………ソリュシャン」

 

 その言葉で自分もその人物に気付く。距離にして1000メートルと常識的な建物であればありえない距離、しかし、ここはそんな既存の概念を糞だと笑い飛ばす者たちが作った所であるのだ。そして、そんな距離で彼女が姉に気付いたのも先ほどの自分の考えが正しいものであると証明するようである。向こうもこちらに気付いたらしく、軽く手を振りながら歩いてくる。

 

 「戻ってきていたのね」

 「ええ、セバス様の計らいで」

 「…………予想通り」

 「そうなのね」

 

 それもまたある程度は想像できることであった。この妹は上位者たる執事の彼と共に王都に居たはずだ。それがここにいる理由であるが、彼曰く今回の件は勉強になる事は間違いないのだからと妹に戻るよう指示を出したという。では彼自身はどうするかというと、流石に王都に誰もいないというのはまずいということで残る事にしたとのこと。確かに妹たちがやっている事を考えれば無人と言うのはまずい事態になりかねない。

 

 その判断は合理的であるし、最適解とも言える。しかし、それだけではなく、

 

 「本当に久しぶりね、セバス様にご迷惑は?無理はしていない?」

 「姉さん、その質問を同時にするのね」

 「…………矛盾してる?」

 

 自分が何か粗相をしていないかと疑う発言と共に心配もする姉の姿がどこかおかしくて、でも嬉しくて、ソリュシャンは改めて老執事に感謝をする。こうして姉妹と会う機会もできたのだから。そして気になった。

 

 「ナーベラルとエントマは仕方ないとして、ルプーは?」

 「あの子なら、お嬢様達の所よ」

 

 話を聞けば、あまり大事でもない限りあの村を離れることはできないということで、観戦自体は例のマジックアイテムで何とかなる為、せめてそこで見る事になっているという。先の上司にしてもそうなったはずだ。

 

 (余程気に入ったのね、姉さん)

 

 少々、寂しく思ってしまう所は何気に自分もあの人の妹なのだと思い知ってしまうようであり、もう1人の姉にもそれを見透かされたらしく、この人にしては珍しく意地悪な顔を見せる。

 

 「あら、お姉ちゃんを取られて寂しいのかしら?」

 「まさか、シズだってそうは思わないでしょう?」

 「…………むしろ、静かで有難い」

 

 この妹であれば、本当にそう思っていそうだ。まあ、それも普段の行いが原因であるのは明らかであるし、仕方ないと済ませるしかないだろうし、何よりあの人はそんなことをいちいち気にしたりしない。それと、聞いておきたいこともある。

 

 「そういえば、どうだったのあれは」

 

 姉妹間であれば、それで通じるらしく彼女は頬を緩め、答える。

 

 「…………楽しかった」

 

 それは姉妹では一番親しい間柄である彼女に主と共に過ごした時を思い出しての表情であり、基本的に無口無表情である彼女にしては外見相応のものであり、それが無性に腹立たしく感じてしまう。自分でもどうしてそう思ってしまうかは理解している。だからその頬を左右に引っ張ってやりながら、文句を言ってやる。

 

 「羨ましい事ね、それでいて。とても憎たらしい顔をするわね」

 「…………楽しかった」

 

 顔が歪んでいると言うのに、変わらない声音でそう返されてしまうのが、更に癪にさわる。

 

 「まったく、あなたも頼んでみたら良いじゃない」

 

 呆れたように提案をしてくる姉に少しばかしの驚きが湧き上がる。真面目を文字通り普段の姿勢で表現したようなこの人物からその手の話がでるとは思っていなかったのだ。

 

 「あら、良いの?ユリ姉さん」

 「あなたとセバス様の働きは知っているし、シャルティア様も喜んでいたわよ」

 「そうなの」

 

 自分達は王都に着いたのち、用意していた資金でそこそこの屋敷を借り、そこで設定に倣って、情報収集に努めた。執事とメイドだけであれだけの物件を借りるのは疑われもしたが、金さえ渡せばそれも引っ込むことだ。一応、主かその娘が遅れて来るという事にしてあるので、ある程度の時間は稼げるはずである。

 

 さて、そうした土台を作った上で表向きは王都で扱われている魔法を調べるという事で様々な情報を墳墓に流している。冒険者、貴族、王族、買える情報は勿論、些細な噂であっても余す事なく連絡をしている。それらを見た上で吸血鬼は何か思いついたらしく、この件が終われば、それに従って動くことになるだろう。それを正当な働きだと、主にそう願うのは決して不敬ではないと姉が言ってくれたようで、思わず口にしてしまう。

 

 「そうね、私もアインズ様にそう頼んでみましょうか」

 「ええ、そうするといいわ――それと一つ頼まれてくれない?」

 

 姉のことはよく知っているし、次に彼女が何を口にするかも既に分かっている。

 

 「エントマも一緒に誘うわよ」

 「あなたは本当に優秀ね」

 「姉さんの妹ですから」

 

 その件でその妹が少々拗ねていることも解っているからこそ、ソリュシャンはそう返すのであった。

 

 

 

 デミウルゴスは玉座の間にて、その時を待ちながら、準備を進めていた。一昔前に流行った映画館で使われていたような大型スクリーンを思わせるような一見タダの紙であるが、それが彼が以前主がカルネ村を発見した際に使用した鏡を改良したものである。

 

 「楽 しそ うだ ね デミ ウル ゴス 君」

 「これは、プラネリア様」

 

 一度頭を下げるのは当然のことであった。それだけの相手であるのだから、例えレベルが自分より低かろうと関係ない。

 

 そんな彼の前にいるのは一言で言えば、かかしを思わせる格好をした人物である。畑仕事にいそしむ農民が着ているような服を身に付け、その頭にはこれまた穴だらけに綻びだらけの麦わら帽子を被っている。そして服から出ている手足を見る限り彼もまた人間ではないという事がよく分かる。靴など履いていない素足は植物のそれも樹木の根であり、同じように両手にはまるでタコのように触手を連想させるように10本の指が垂れ下がっており、それらもすべて木の根のようである。

 

 その頭も異形であり、木製の球が乗っているようなその顔面には二つの穴が空いており、その中から蛍が放つような弱弱しい光が彼の眼光である事を主張しているようであった。

 

 「コ キュー トス 君 なら 大丈 夫 だと 思う よ ?」

 「勿論ですとも」

 

 彼らは共にかの武人から相談を受けていたのだ、勿論現在ではなく、この事が決まる前だ。その時に力になれることはしたし、参考になる資料も教えてある。そして予めデミウルゴスが主と共に確認したその内容は彼がただ武器を振るう武人ではなく、確実に兵を束ねる武将へと変わりつつあることの証明であり、彼はその事がたまらなく嬉しく感じていた。主の役に立つということは勿論、近い将来彼が然るべき立場に立ってくれることであろうと、まるで今日もまた日が沈むのだと認識しているかのようにそう光景が見えているかのようであった。

 

 

 

 

 「本当に来たぜ」

 

 それはゼンベルの言葉であった。そう、先に来た彼の言葉通り、アンデッドの軍勢が動き出したのだ。自分たちから見て、左にスケルトンの群れが、そして右には遅れる形でゾンビたちが動き出している。そのどちらもが湿地帯を抜けて、この村に押し寄せるようであった。そしてそれをそのまま放置することはできない。

 

 「聞け、すべてのリザードマン達よ」

 

 兄の声が聞こえる。振り返れば、この決戦の為に揃った全部族のリザードマンがいる。雄も雌も戦士も老人も戦える者たちはすべてがその瞳に覚悟を背負っている。

 

 「くそう」

 

 友の不満そうな声は当然のことであるだろう。結局自分たちは可能な限り戦況を見極めた上で参戦することとなった。それが最適な答えだと信じて。

 

 「確かに敵は多い、しかし我らには5部族すべての祖霊の加護がある。――」

 

 そして次にクルシュが話を始める。これは予め決めていた取り決めの通りであった。彼女が簡単な儀式を行い。再び、兄が言葉を紡ぎ、そしてそれに答えるように雄たけびを上げるリザードマン達。

 

 「我らに敗北は?」

 「「「ある訳がない!」」」

 

 「では、行くとしよう。祖霊に勝利を捧げよう――出陣!」

 「うおおぉ!!」

 

 リザードマン達は駆けだす。戦いに勝つために。

 

 

 その約600秒前

 

 例のロッジハウスにてコキュートスもまたその時を迎えていた。先ほど、彼が帰還して、そして約束の時が来たのだ。できるだけの事はすべてやったし、後は成り行きを見守るだけだ。今回の指揮は基本的にスケルトンの1体がとる事となっており、後は問題があると判断した時にこちらから指示を出すだけだ。

 

 (………)

 

 正直不安を感じるなという方が無理に決まっている。主に友は今回の策を褒めてくれたが、それでも怖れを除くことはできなかった。

 

 (私ハ)

 

 きっとまだ怖いのだろう。また敗戦を喫して、それで主に落胆されてしまうのが、自分の誇りが、自分の存在意義がなくなってしまうのではないかと。気づけば利き手が震えている。

 

 (何ト)

 

 臆病なことであろうか、そして情けない。かつてであれば、このような気持ちは微塵も感じなかったはずである。自分はこれほどまでに小さい存在であったかとその外見に似つかわしくないことを考えてしまい、僅か、本当に僅かであるが次の行動に移る事を躊躇う彼の耳に聞こえるのは。

 

 「コキュートス様」

 

 メイドである少女の声であった。そちらを向けば、普段の彼女と自分とではかなりの体格差がある為、自然と見下ろす形となってしまう。その瞳は擬態で作られた偽りのものであるけれど、それでもそこにあるのは女性特有の包み込むような優しさを感じられるものであった。

 

 「アインズ様に、デミウルゴス様、それに――私も保証致しますから。例え敗北しても貴方様だけの責任には決して致しません」

 「エントマ――ソウダナ」

 

 その言葉に救われると同時に覚悟を決める。後は動き出したこの流れに任せるしかない。テーブルに積まれたスクロールの山、その頂上の一枚を手にして空中に放り投げ、伝言(メッセージ)を起動する。瞬時に炎に包まれて灰となる紙と共に彼はただ、その言葉を口にする。

 

 「総員、進軍セヨ」

 

 

 

 今、ここに戦争は始まった。

 

 

 

 

 湿地を駆ける両軍、空からその様子を見下ろしてみれば、その構成が非常に似ていると分かる。どちらの陣営も軍を二つに分け、前へと進んでいる。リザードマン側から見て、左、そこを走るのは、戦士階級に雄のリザードマン達である。彼らの狙いはただ一つ、前方に迫っているスケルトンの群れである。

 

 ソーリスもまたその中にいた。その手には彼の得物である槍が握られている。彼はザリュースへとリベンジをする為にもここで多くのスケルトンを屠るつもりでいた。要はサンドバックだ。多くの経験を得る為に。自分の腕前であれば、負ける要素はない。いつも通り槍を振るうだけだ。

 

 前方のスケルトン達に見れば、その動きは骨特有のぎこちないものであり、自分たちが体当たりを仕掛ければ、簡単に崩すことができるだろう。まもなくだ。

 

 5 

 

 4

 

 3

 

 会敵まで、

 

 2

 

 1

 

 そして激突、彼は自慢の槍をその首に向けて突き出すが、次に聞こえるのは鈍い打撃音。

 

 (何!?)

 

 彼が驚くのも無理のないことであった。同様に周囲からも蜥蜴たちの戸惑いの声が聞こえてくるようであった。みれば、どこもかしこも似たような光景。リザードマン達が振るったその打撃武器を驚くことにスケルトン達は防いで見せたのであった。

 

 (たかが)

 

 初撃を逃しただけだと彼は槍を振るうが、その攻撃もすべて相手のスケルトンは盾や奇怪な身のこなしで交わしていく。

 

 (どうなっている!!)

 

 不意に首に痛みが走り、焼かれたように激痛が来て、異物感で脳が揺れそうになる。さわってみれば、それは矢であった。

 

 (???)

 

 そして上を見上げれば、降り注ぐ大量の矢、流石に表現が大げさすぎる精々100本と言ったところだろう。それでもこの乱戦の状況で降り注ぐのは非常にまずい状態であることに違いない。

 

 (味方ごと?)

 

 それが更に彼の判断を遅らせた。腹部に首と同様の、いやそれ以上の熱が溢れてくる。見れば、槍が刺さって、それも相当深く入ったのか、血も滝のように流れている。そしてその槍の出所を探ろうと朦朧とする意識の中、視線を彷徨わせてようやくそれを見つけ、彼は衝撃と共に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 「ねえ、あれってありなの!!」

 

 同時刻、玉座の間にてその様子を観戦していたアウラの発した言葉である。

 

 「確かに、少し小細工に見えんすね」

 

 シャルティアもまた普段は喧嘩ばかりしている彼女に同意していた。それ程にまでに驚いているとも言える。

 

 「別に問題はないさ。でしょう、アルベド」

 「そうね、スケルトンの特性を生かしているとも言えるし、彼らがあそこまで動けるのも驚きね」

 「そこも彼の働きでしょう」

 

 デミウルゴスとアルベドはその戦術に及第点を与え、そして彼は解説を始める。それが主から受けた命令であるからだ。

 

 その光景は確かに奇抜であった。スケルトン達の隊列、その配置と彼らの装備が微妙に異なるのだ。まずは最前列の者たち、ソーリス達とぶつかった者たちだ。彼らの装備は両手に普通のものよりも小さいサイズの盾が握られており、ひたすら目前の蜥蜴たちの攻撃を防いでいた。ボクシングという競技において、スパーリング練習における的役だと言えば伝わるだろうか。次にその後ろの者たち、彼らが装備しているのは、単なる槍であったが、その使い方だ。前で盾を務めている仲間の体の間を縫うように、リザードマン達へと攻撃を仕掛けていたのだ。

 

 スケルトンまたは骸骨

 

 彼らの身体的特徴を上げるとしたら、骨だけであるが故に体面積が生きている人間に比べてかなり狭いということだ。ではこれを利用してできる手は何があるか、武人の答えがこれだ。

 

 「要は前方のスケルトンが敵の攻撃を防ぎ、後方のスケルトン達がその隙間から槍で相手を貫く。と言った所かな」

 「そ――そうか、そうなんですね」

 

 弟は何か分かったらしい。というか、悔しい。自分もようやくその答えにたどり着いたのだから。できる事なら、もっと早く気づきたかった。例えば、人間で同じことをしようとしても上手くいかないだろう。もしも今の彼らと同じ間隔でその手段を実行すれば、間違いなく前の味方を貫くことになるのだから。彼らの戦法は肋骨と骨盤、生きている者であればそこに腹や内蔵があるところ、その空白の部分を利用して行っているのだから。

 

 「成程ねえ、それにスケルトンであれば、間違って刺しても」

 「同士討ちの危険性もほとんどない――くふふ、シャルティアも賢くなってきたじゃない」

 「直に追い抜いてみせんすよ」

 

 吸血鬼と統括のやり取りも最もである。スケルトン達は刺突に対してある程度の耐性がある。流石に背骨を砕くような攻撃をしてしまえば、その限りではないが。それでも有効な手段に変わりはない。

 

 「あのさ、この戦法をとったのって、やっぱり」

 「ああアウラ、そうですよ。彼らが相手だからさ」

 「やっぱり?」

 「ええ」

 

 そう、打撃武器を主体とするリザードマンが相手であるからこそ、それを防ぎつつ反撃できるこの形になったのだろう。そしてそれを後押しするのが、弓兵たちが放つ攻撃だ。味方にあたる事は心配せずに矢を放つことが出来るというのも戦術的な意味では大きいと言える。

 

 「これで、最初の軍配はコキュートスに上がったと言えるね」

 

 双方の兵の消耗は蜥蜴たちの方が速いようであった。このままぶつかり合うのであれば、直に決着はつくことだろう。無論、彼らがこのまま終わるとも楽観視はできないが。

 

 「それにしても、あのスケルトン達…すごいね」

 

 思わず口に出た言葉であった。特に最前列の者たち、その攻撃の受け流しっぷりは玄人の者である。それを聞いた戦闘メイドの一人が彼に質問を投げかける。

 

 「デミウルゴス様、彼らの」

 「ええユリ、鍛えたのはエントマだそうですよ」

 「そうですか」

 

 その言葉を受けて、個人的に親しい彼女が喜んでいるのがよく分かる。妹の働きがこの結果を生み出す要因の1つとなっているのが余程嬉しいのだろう。

 

 

 盾役のスケルトン達は必死に相手の攻撃に耐えて、防いでいた。一撃でも貰えば自分たちの体は簡単に崩れてしまうからだ。

 

 (へ!!こんなちんけな攻撃、エントマ様のしごきに比べりゃ、どうってことないぜ!!)

 

 

 「くそ!!」

 

 そう叫んだのは兄であった。

 

 「スーキュさん、これは」

 「やられましね、見事に」

 

 今繰り広げられているこの光景に彼もまた自分が騙されたと知ったのである。以前の偵察の時と今、彼らの装備が異なるのだ。彼らが剣と盾という簡素な装備であったから、真正面から突っ込む事にしたのだが、というか、即興で戦術を叩き込めるほど、リザードマンは優秀な部族ではないのだ。だからこそ、シンプルに突撃を選んだ訳であるが、むしろそうなる事を。そう考える事を敵に誘導されていたとも言える。

 

 (敵は俺たちを侮ってはいない)

 

 それは、ぶつかりあっている敵方のスケルトン達を見てもそう言えることであった。彼がただのスケルトンではないと今になって思い知ったのだから。そのただの眼窩でしかない空洞に自分たちと同じ覚悟があるように感じたのだから。

 

 

 

 初めは墳墓側の優勢であった。そしてそれをさらに確かなものにする為、馬に乗ったスケルトン達が駆ける。当然、その馬も骨。骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)達だ。彼らは、大きく戦場を迂回する形で、今正に削られている戦士階級を中心としたリザードマン達を包囲するつもりであった。

 

 その先頭を行くこの部隊の隊長は疾風を連想させる速さで進みながらもその大地に注意をしていた。

 

 (罠の可能性)

 

 武人の左腕である人物から言われているのだ。《観測班》の報告でも彼らがこの湿地に何か仕掛けたらしいことは把握している。

 

 本来であれば、詳しく調べたいところであったが、あまり下手に動いて相手にそれを知られては本末転倒であり、このような形となってしまった。

 

 正直この形は後手に回っているようで非常に不安を感じるが、上からも命令も最もと言えば最もと言える判断である為。それに従い、自分たちは動くしかないのだ。

 

 そして前方30メートルの地点に、木箱を埋めたようなものの密集地を見つけた。それはさながら、月面のクレーターのようである。

 

 (あれか)

 

 恐らくは馬の足があれに嵌り転倒することを狙っているのだろう。そしてその地帯は上手く馬を走らせれば、回避できるものでもあった。

 

 (総員、俺に続け!罠をよけつつ蜥蜴どもを狩る!)

 (((了解!!)))

 

 そして、瞬時に判断したその抜け道を、ミシンが正確に布に糸を縫い付けるように駆け抜ける。それ自体が誘われていることだと気づかずに。

 

 (!!!)

 

 馬が転倒した。自分の体も投げ出された。それだけのことなのに、疑問が湧いてしまう。どうして?と。次いで聞こえる騒音を聞けば自分の後に続いた者たちが同様の目にあっているのが容易に想像できる。これは非常にまずいと急いで体勢を整えようと起きあがったところで彼の意識は耳の内側から膨らむように炸裂した破砕音と共に途絶えた。

 

 

 「ヤハリ」

 

 そう簡単にいかないかとコキュートスはその光景を見ていた。そして次に考えるのは哀悼の意であった。彼らはよくやってくれている。もしもこれを不備だと言うのであれば、責任は自分にあるのだ。

 

 「ニジュウのわな……デゴザいますか」

 「ソノヨウダナ」

 

 部下の言葉を受けて改めてあったことを冷静に分析する。彼らがかかったのは、これまた単純な罠であった。木箱の間を張るように糸が張られていたのだ。そして馬たちはそれに足を引っかけてしまったと言える。それなりの高速で動いている者がわずかでもその体勢を崩してしまえば、後は引っ張られるように転倒してしまうのは仕方ないことだと言える。そしてその隙をつかれ、蜥蜴たちのスリングを用いた投石を浴びて頭を砕かれ、湿地に沈んだのだから。

 

 では何故彼らは気づかなかった?もっと言えば自分たちはその存在に気付けなかった?

 

 それは先に騎兵部隊の隊長が考えていたことでもあるが、これに関しては蜥蜴たちの執念勝ちと言えるだろう。

 

 自分たちが見られているという可能性に気付いたのは当然とも言うべきかザリュースであった。彼はその事を蜥蜴たちのまとめ役となった兄に進言、それを考慮した上で、これらの罠はなんと現実でいう深夜0時から2時の辺りに設置されたのだ。なんの明かりもなく、自分達の身体能力と目だけを頼りにだ。

 

 一見、馬鹿馬鹿しく、非効率にも程がある工事であったが。彼らは成し遂げたのだ。そして《観測班》が使っている道具に現地の明かりまではどうすることもできず。それ以前にその時間帯は可能な限り休むように主から言われていたことも大きい。よって、彼らの観察が疎かになってしまっていたのも仕方のないことであり、アインズだってそれを責めようとは微塵も思わない。

 

 では次の問題。

 

 

 「どうして、彼らはこの罠に気付けなかったのか。分かる者はいるかね?」

 

 デミウルゴスはこの状況も利用する。少しでも墳墓を強くする為に。その言葉を受けて、集まっていたもの達は考えたり、近くの者達と話あったりもしているそれでも発言となると中々難しいらしい。

 

 大勢の者たちが注目する場での失敗や失言を恐れるのは人間と大差ないかもしれない。正直腹立たしく感じもするが、だからと言って、認めないというのはまたそれはそれで危険である。

 

 「単に糸が見えなかったのではありんせん?」

 

 こういった時に真っ先に発言をしてくれる者はありがたい。以前であれば、彼女は思うがままにそう振舞っているのであろうが、今は彼女なりに考えての発言であることだろう。話を先に進める為の言葉とも言える。

 

 「そうだね、それも一つの要因であったのは確かだろうね、だけど」

 「まだあるの?~~え~~と」

 

 アウラもまた考える。糸は細くて確かに目視での発見は難しい、自分だったら絶対気づくという自信はあるが、かといってそれだけではないことは目前の彼を見ても明らかである。では何でであるかと、彼女なりに考えてみる。

 

 (まずはおさらい)

 

 これは以前行われた食事会の前に弟と同僚の3人でやった話あいの時と同様、初めから事の成り行きを思い出す。

 

 騎兵隊はリザードマン達を背後あるいはその横っ腹から急襲する為に進軍していた。そして、その途上にある罠の密集地に気付く。

 

 (ん?)

 

 そもそもどうして彼らは、いや正確にはそれらを束ねる隊長はその事に気付いた?答えはすぐに出る。

 

 (だって、あんな雑な仕掛け方だよ?)

 

 単純に木箱を湿地に埋める。それは自分もモニター越しであるが確認した。特に葉っぱなどで覆う訳でもなく、剥き出しの状態であるのだ。見ただけですぐに分ってしまう代物だ。

 

 (あたしだったら)

 

 もっと上手い方法で埋めてやると思うと同時に一つの事に気付いた。

 

 (もしかすると)

 

 そう、それだけ簡単に見つけることができる罠だからこそ、彼はそれを避けていくことを考えた。そうすれば、最速で相手の後ろに回る事が出来るから。そうすれば、更に戦況を有利に進めることが出来るというもの。そう、そう考えるのは自然なことであり、間違ったことではないのだ。

 

 (つまり?)

 

 そんな目立つ罠の存在そのものが罠であったという事だろうか?木箱を避けて通る道に掛かるように糸が設置してあったというのであれば、その考えに説得力が出てくるというもの。

 

 (よし!)

 

 横目で弟を見れば、まだ考えているようだ。ここ最近は弟に出し抜かれてばかりであった。主に対する事でもそれ以外でも。この考えが間違っている可能性も多いにあるし、恥は掻くだろうし、何より。

 

 (シャルティア)

 

 確信がある。彼女は指を指して大笑いすると、絶対それで揉める事になるだろうけど。ここで引き下がる訳にはいかない。

 

 「デミウルゴス!!」

 「何か分かったようだね、ではアウラ。説明したまえ」

 

 元気よく手をあげる外見年齢7、8歳の少女とそれに笑顔で指名する眼鏡にスーツの男性と完全にその光景は小学校の授業風景であった。

 

 アウラは彼女なりにまとめた事を彼と周囲の者達に話す。すべてを話し終え、その瞳がやや不安げにデミウルゴスを見つめる。

 

 「……という訳だと思うんだけど。どうかな?」

 

 一時の沈黙、それは彼女の精神を圧迫するには十分であった。そして彼は微笑み。

 

 「正解です。頑張りましたねアウラ」

 

 とだけまずは言葉にする。それは彼なりの教育方針。褒めて伸ばす。もしも不備であったり、修正が必要な所があれば、後でそれを指摘して次につなげればいいのだ。

 

 「チビにしては頭を使いんしたね」

 「うっさい、あんただけには言われたくない」

 「お姉ちゃん。すごいよ」

 「ありがとうマーレ」

 

 吸血鬼の軽口に言い返して、弟からの称賛に思わず飛び跳ねそうになって彼女は喜ぶ。

 

 その様子を満足げに眺めながらデミウルゴスは改めて説明を行う。要は、最初の罠を見破ることが前提の文字通り2重の罠であるということ、これの優れた点として、相手が木箱に気付かなくてもそのままそれが罠として機能をはたすという事。仮に糸のことに感づいて迂回したとしてもそれだけの時間が稼げる訳であり、何よりそれに気づいてしまったからこそ、心に疑念を抱いてしまうこと。

 

 『もしかしたら、ここにも何かあるかもしれない』

 

 と、一瞬でも思わせることができる非常に有効的な物であると説明をする。たとえ一瞬の躊躇いでも戦場ではそれが命とりになりかねないのだ。そしてそれを考えたであろう相手に警戒と同時に尊敬の念を抱き、改めて彼らを楽園計画に組み込みたいと誰にも見せることなく、彼の精神内で怪しく微笑むのであった。

 

 (今はナザリック側がやや有利、頼みましたよ友よ)

 

 

 そう、デミウルゴスの言う通り。現在のナザリック側の戦死者(?)はスケルトンに騎兵を合わせて300体ほど、対してリザードマン側の戦死者は200を超えている。単純にその数で比較するのであれば、蜥蜴達が勝っていると言える。

 

 しかし、元々の戦力差を考慮するのであれば、総戦力約5000と1400。それを踏まえると100の差なんて何でもないと言えてしまうし、実際にその割合で答えるのであれば、6%減った墳墓に14.3%程倒れた蜥蜴たちとその優位性がどちらにあるのか明確に答えをだしている。

 

 何より戦争はまだ始まったばかりである。これらのことはまだ開始から10分も立たずに行われて攻防であるのだから。それ程までに戦場で回る時計というのは濃密であり、またゆっくりしているとも言える。

 

 現在激闘が続くのは、蜥蜴たちから見て、戦場の左側、そして今もう片方の戦いも始まろうとしていた。そう、ゾンビの群れにそれに対抗する雌と老リザードマンの部隊である。

 

 その中にはある雌のリザードマンもいた。彼女は緑爪(グリーン・クロー)の所属であり、あのシャシャ兄弟と幼少の頃より付き合っていた知り合いであり、親しい間柄であり、そして未婚であった。

 

 彼女の方が2つほどシャースーリューより高かった為、姉貴分として彼らと付き合ってきた訳であるし、また彼の妻である友人からもザリュースとの結婚を何気に進められていた。彼女自身にとってのザリュース・シャシャとは弟分であり、確かに大切な存在である訳だし、もしも彼がこのまま独身を貫くようであればいっそ、自分がもらってやるのもいいかもしれないと思いもした。

 

 そんな時にこんなことがあり、そして彼は自身の惚れたという雌を連れてきたのだ。正直妬けてしまう気持ちがまったくない訳ではないが。それでも彼がようやく自分の幸せに目を向けてくれたのは嬉しく思う訳であり、この戦争が終わればちゃんとした祝言を上げるつもりである。

 

 (本当に変わった奴だよアンタは)

 

 その為にもこの戦、生き残らなくてはならない。

 

 

 そして、ある年老いたリザードマンにしてもそれは同様の思いであった。彼もまた幼い頃からのその兄弟を見守ってきた者であり、その兄が族長の座についた時などには大いに祝ってやったものだ。彼もまたザリュースの事を気にかけており、何とかできないかと頭を悩まさせていた。

 

 だからこそ、クルシュ・ルールーには感謝しているのだ。彼女の体質が一般的に忌避されるものだろうが、関係ない。彼女のおかげであの雄はさらに己の殻を破ったように思えるのだ。

 

 (ようやく、あの腕白小僧も家庭を持つか)

 

 その子供を見るまでは死ねないと彼もまた駆ける。生き残る為に。

 

 

 そんな彼女たちが相手にするのはゾンビ、スケルトンに比べれば遅く、立ち回り方さえ間違いなければ、決して手強くはない相手だ。左翼の方では戦士階級に雄たちが苦戦をしているらしい。ならば、できるだけ早くあいつらを倒して、その加勢に加わる必要がある。

 

 左翼での激突から遅れて約1分、彼女たちも目前の敵とぶつかる寸前まで来る。そこで彼女は前方の敵を見据える。

 

 (???)

 

 不思議に感じたのは一部のゾンビたちが大きく腕を振りかぶっていたからだ。まさか、投石だろうか?死体モドキたちが投げたのは一見、ただの棒のようなものであった。

 

 (あれは?)

 

 そしてそれが自分たちの足元に着地――ここは湿地であるため、正確には着水と言うのだろうか――するや否や爆ぜる。その爆発に巻き込まれて、多くのリザードマン達が肉片となり吹き飛んだ。

 

 確かに彼女たちにも意地や覚悟はあったかもしれない。しかし、それはナザリック地下大墳墓に所属するものであっても同様であるという事を忘れてはいけない。

 

 まだまだ、戦争は始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 




 思ったより長くなってしまいました。もしかしたら、後1話伸びるかもしれません。そうなったらすいませんが、お付き合いお願いします。


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第6話 激闘の果てに

 まず、一つ説明をエントマの口調ですが、コキュートスに対してもあの間延びした口調ですが、(コミック版参照)今作では完全に姉妹間での私語という事にしています。


 

 その光景は衝撃的であり、誰もが驚きの声を上げる。

 

 「何だあれは!?」

 

 リザードマン達の指揮官であるシャースーリューは思わずそう叫んでしまう。それは何を指してのものだろうか。爆発した物体に対して?それともそれをやった奴らの動きに対してだろうかとザリュースは考えてみる。

 

 (いかんいかん)

 

 注目すべきはそこではないし、ゆっくりと考察をしている時間もないのだから。

 

 「スーキュさん!!」

 「ええ、まずは私と」

 「ようやく俺の出番だぜ!!」

 

 右翼の部隊が受けた攻撃が辛うじて炎によるものだというのは分かっている。ここで温存戦力の投入と未だに混乱している前線部隊に指示を出すため、2人の族長が飛び出していく。

 

 「皆さん!落ち着いて行動をして下さい!」

 

 スーキュは得意のスリングショットでゾンビの頭2、3吹き飛ばしながら撤退の指示を出す。それでようやく落ち着きを取り戻し始めた数匹が中心に後退を始める。今相手にしているのは単なるゾンビではなく、道具を扱う、厄介な相手であると。現在進行形で爆発する何かを投げ込まれ、数を減らされているのもあるが。

 

 (まずいですね)

 

 その顔には戦争前の勢いだとか覚悟がすっかりなくなってしまい、恐怖に染まっている者が増えていた。残念ながら彼女達はもう戦うことができないだろう。

 

 もしも、これが魔法だとかあるいは単なるアンデッドに対する恐怖であれば、クルシュ等が使える。〈獅子ごとき心〉(ライオンズ・ハート)等でなんとかなるのであるが、今彼女たちが抱いているのはいわゆる未知に対する恐怖。そして心に植え付けられたのは目の前で同族が無残に飛散する光景。たとえ魔法をかけてもそのおぞましい記憶を追い出すのは困難なことであろう。それは何も直接攻撃を受けた者だけの話ではなく、

 

 (おい、……)

 (勝てるのか、俺たち)

 

 左翼で戦っている者たちで比較的中央寄りの者たちや後方でスリングを構えているリザードマン達までがその光景に戸惑いが胸に広がっているようである。このままでは、そう彼自身も確かに恐怖している訳であるが。

 

 (何とかしないと)

 

 一度起きた負の感情の波と言うのは止まることを知らずにやがて蜥蜴たちを飲み込むはずであった。

 

 「行くぜえ!!」

 

 何事にも、いかなる種族でも例外というものが存在する。こんな時だというのに嬉々としてゾンビたちに突っ込む一匹の雄がいた。その名はゼンベル・ググー、最も武を重んじる部族の族長を務める生まれながらの戦闘狂(バーサーカー)である。

 

 その雄にゾンビたちも多少であるが、驚きを感じていた。この策はいわば、今回の最大の切り札であったのだ。何発かぶち込んでやって、それで蜥蜴たちが戦意を喪失してくれればそれでよかったのだが、この雄の存在がそれを台無しにしそうである。その指揮を執るゾンビの判断は速かった。

 

 (者共、あの者を集中攻撃だ)

 (((委細承知)))

 

 自分たちだってかの方に恩を返したいのだ。その為に彼らは左右非対称の姿を持つ蜥蜴へとその武器を投げ込む。その数は5、しかし。

 

 「アイアン・スキン!アイアン・ナチュラル・ウェポン!レジスタンス・マッシブ!!」

 

 爆発が、爆炎が間違いなくその雄を飲み込んだというのに、その雄は何もないと言わんがばかりに突撃を慣行している。

 

 「俺には効かねえぜ!!」

 

 その言葉と共に彼はゾンビの群れへと襲い掛かる。こうなると彼らが今度は不利である。先ほどから仕掛けていた攻撃では間違いなく同士討ちを起こしてしまうし。何よりそうした攻撃というのは、とても褒められたものではない。プライドの話ではない。純粋な戦術での話だ。

 

 (何だ?この雄は?)

 

 その姿に徐々にであるが、彼の部族から参加している者を始め、再び奮起し始める。それでもなお押しているのはゾンビ軍団であったが。

 

 さて、先の発言にてゼンベルは己は無敵だと言ってのけたが、しっかりとした理由はきちんとある。まずは彼が使用したアイアンの名を冠するスキル。それは己の体を文字通り鋼鉄の如き強度を上げるものである。ウェポンと呼ばれた方は、本来であれば、肉体でも武器に使う部分、牙だとか腕にしか作用しないが、それを使ったのは彼の野生とも戦士ともあるいはそれまでの経験が呼び起こした勘からであった。出し惜しみをできる相手ではないと。

 

 次に抵抗する屈強な肉体(レジスタンス・マッシブ)について、それは彼の職業、モンクが持つ技の一つである。一瞬だけ気を全身から放射することで、魔法に対してある程度、損傷を減らすというものであった。つまり彼はこの攻撃は魔法によるものであると、見抜いて、いや勘付いていたと言うべきか。

 

 最後に彼の精神性と普段から鍛えられていたその肉体を持って、先の攻撃に耐えたのであり、何も無傷という訳ではない。現に彼自身はその体が悲鳴を上げているのを直接聞いているのであるから。それでも彼は止まらない。ここで倒れればリザードマンの敗北が濃厚になるから?まさか、そこまで彼は思慮深くはない。ただ、

 

 (暴れ足りねえ)

 

 そう、彼は本能のままにその拳を振るうのである。しかし、それは彼の部族では最も重要視されることである。

 

 

 その様を見せられてクルシュも多少は彼の評価を変える、なんてことはなく。

 

 「ねえ、ザリュース」

 「何だ。クルシュ?」

 「彼っていつもああなの?」

 

 何度もした質問であるが、彼は苦笑交じりに答える。

 

 「頼りになる奴だろう」

 「ええ、それは分かったわ――それと一つ疑問が解けたわ」

 

 彼の左手は指が2本欠けており、どうしてかと疑問に思っていたが、流石にそれを真正面から聞くなんてことはたとえ、粗暴な相手でもできない為、分からずじまいであったが。あの姿を見ればその理由も簡単に察することが出来るというものだ。

 

 「本当に戦闘狂なのね」

 「それを言うとあいつは喜ぶぞ」

 「呆れるばかりね」

 

 しかし、それでも-200の印象が何とか-185まで上がりはしたのである。

 

 

 

 

 

 

 その光景は身をもってその威力を味わった蜥蜴たちだけではなく、それを見ていたもの達をも吃驚させていた。それは彼らが見せた動きでもなく、その扱った道具に関してでもない。彼らを襲ったのは強烈とも言える。既視感。

 

 「…………ヘッドギア」

 

 彼らと直接交戦したシズが一同を代表するように声を上げる。そう、ゾンビにスクロールを使用した簡易爆弾とそのやり方は先日の件で城塞都市を破壊しつくしたテロリストたちのやり方に非常に酷似していた。そういった言い方をするにも理由はある。件の奴らは単にその両方の要素を別々にそれでいて、同時に使用していたが、今自分たちが見ているのはその複合系とも言える光景。ゾンビ自身がそれをやっているのだ。

 

 「ねえ、これって」

 

 アウラが不満げな声を上げたのは無理もないことである。敵の戦法を真似るというのは、いかがなものかと。それも主の心を壊しかねないことをした連中のものである。その怒りはそれをするよう指示した武人に向けられているとも言えるし、それを許容した自分にも向けられているものとも言えよう。周囲には彼女に同調するように義憤の視線を送って来る者たちがいるが、デミウルゴスはそれを気にする事はなかった。

 

 その感情自体は主を思ってのものであるし、理解できる部分もあると知っているから。だからこそ、その説明を行うのが、自分の役割だとも言える。ちなみにこのことを事前に知っていたのは他には統括補佐である彼であったり、先ほど言葉を交わした管理者である彼、後は。

 

 (パンドラズ・アクターも把握していたはずですよね)

 

 アルベドには伝わってこそいなかったものの、そこは彼女のこと、すべてを理解しているようであった。それは自分ではなく、主に対する信頼であろう。

 

 (お熱いことで)

 

 彼が企んでいる事の一つに、非常に不敬であるが、それを承知したうえで行っていることがある。それは友人に言った事もあるが、自分自身かの方のお世継ぎを見たいという気持ちもあったかもしれない。

 

 「問題はないさ、その説明もこれからするよ」

 

 思考を切り替えるようにその言葉を口にして、彼は続ける。

 

 「確かに皆さんが思っているように、感情的には褒められたものではないでしょう。しかし、それを差し引いてもこの策が今回の戦争で有効なものであることも事実。アインズ様も認められましたからね」

 「でもさ、……」

 「そうですね、確かに耐え難いものでしょう。かといってすべてを感情に任せるのもまた危険だという事は貴方も分かるでしょう」

 「うん、分かったよ。アインズ様が良いっていうならさ」

 

 もしもこれで、後から間違いだと分かれば自分の命はないでしょうねと内心笑いながら話を続ける。プライドを優先して物事を進めれば必ずどこかで躓いてしまうと、この機会に墳墓に所属する者たちに認識させると同時に。

 

 「アインズ様は今回の戦争に限りこの策を使用することをコキュートスに認めました。その理由を、そうですね」

 

 そこで指を3本立てる動作をする。

 

 「3つ、考えてみましょうか」

 

 実際はもっとある訳だけど、細かいことであったりする為。絶対に理解して欲しい所を考えてもらうため、悪魔はそう告げる。

 

 「あの」

 

 最初に手を上げたのはマーレであった。どんな回答をするか楽しみである。

 

 「マーレ、では君の考えを聞きましょうか?」

 

 そして指名された少年はやや肩を震わせながらも口を動かす。

 

 「もしかしてですけど、その、あれをアインズ様のせいだと思われない為ですか?」

 「正解です。そして、君はやはり優しい子だ」

 「い、いえ」

 

 嬉しく思うのは当然だ。なんせ、あの武人も最初にそれを懸念事項としてあげたのだから。その時に聞いた主の優しき声はしばらく耳から離れることはないだろう。

 

 『そうか、それが初めにくるか、……ありがとうコキュートス、私を思ってくれて』

 

 「そういう事でありんすか」

 「え?人間てそんなに馬鹿なの?」

 

 その姉と吸血鬼、それに他の者たちもマーレの回答の意味を理解してきたらしい。間違いなく、良い傾向である。例えば、以前のシャルティアであればこの時点でも首を傾げてクエスチョンマークを頭に浮かべていたに違いないのだから。

 

 「デミウルゴス、何か失礼な事を考えていんせん?」

 「いや、何でもないさ」

 

 あまり賢くなりすぎるのも考えものであるかもしれない。

 

 話を進める。要は、テロリストとナザリックが同一の組織であると思われることを防ぐ為に、今回の件、もっと言えば、そう言った事情に詳しくないリザードマン相手だからこそ、認められたとも言える。

 

 「確かにそう勘違いする愚か者もいるかもしれませんが、同時に狡猾な人間がいることも注意しなくてはいけませんからね」

 「一番は法国かしら」

 「でしょうね」

 

 アルベドの言葉に同意しながらもデミウルゴスは話を続ける。情報操作などの危険性について、そしてそれをやる可能性がある国々や組織について、無論スレイン法国もその一つである。

 

 なんせ、戦士長1人を殺す為に平気でえげつない行為に手を出すような国である。かの国が聞けば、「お前たちだって変わらんだろう!」と抗議の声を上げることであるが、今の自分たちは可能な限りそういったことはやらないし、限界まで救えるものは救うと決めているのだ。

 

 (すべては我らが主の為)

 

 「じゃあ、イブ達が出ているのって」

 「そうですよ」

 「兄さん達には周囲の警戒をお願いしているの」

 「ウィリニタスにイブ・リムスだったら安心だね」

 「そうだね。お姉ちゃん」

 

 万が一にもこの戦争を覗こうなんて考え、動く者達には死んでもらうつもりである。これに関しては主も好きにしていいと仰って下さった。向こうもそのつもりで来ているのだとこっちは認識している。魔法による盗聴に盗み見に対しても対策は出来ている。そこで頭に響く声が聞こえる。

 

 『デミウルゴス、ちょっといいかい?』

 

 一応、皆に断りを入れて、その伝言(メッセージ)に答える。

 

 「イブ・リムス様、いかがしましたか?」

 『こっちなんだけどね、今はウィリニタスとの共闘で2人程始末している』

 

 2人で行動しているのは、万が一にもプレイヤーを警戒してのことであろう。相手がそうであった場合何とか彼女であれば、1発攻撃を当てられると言った所だからだ。

 

 (それよりも、問題は) 

 

 本当に隙がない者たちだ。一体どこからの差し金であるか、それは今回追求しないことになっている。メインは悪魔で友がやっている戦争だ。

 

 『それで、1人放置をすることになったことを報告しとこうと思ってね』

 「そうですか、彼ですね?」

 『ああ。そうだよ』

 「分かりました。引き続きよろしくお願いいたします」

 『任された。じゃ、あの馬鹿を頼むよ』

 「はい、お任せください」 

 

 

 

 

 

 

 伝言(メッセージ)を終了して、彼女は近くの木の枝にとまっているフクロウへと声をかける。

 

 「報告は終わった。次にいくよ」

 『ええ、分かっていますとも』

 

 民族衣装を身に纏った女性とフクロウはその場を立ち去る。その場には真っ赤な血だまりだけが残されていた。それもやがて乾くものであり、間もなくそこには誰もいなかったような地面があるだけとなった。

 

 

 

 

 

 (来ていたとは)

 

 これは尚更、友の働きに掛かっているとも言える。しかし、それを気にしても仕方ないので次に話を進める。

 

 「では、1つ目はナザリックとヘッドギアが同一視されることを防ぐ為でした。2つ目が分かる人はいるかな?何もアウラたちだけではありません。気づけば誰でも発言をしてください」

 

 「…………」

 

 無言で挙手したのは戦闘メイド姉妹の一人であった。これも主が望まれている光景に近づいているとまたも喜ばしく思うも、それは表に出さず、その人物を指名する。

 

 「では、シズ」

 「…………この作戦はそんなに沢山の回数、使えるものではないという事です」

 「正解です。よくやりましたね、シズ・デルタ」

 「…………お褒めに頂きありがとうございます」

 

 傍にいたユリがその頭を撫でてやり、彼女は無表情ながらも付き合いが長い者であれば、得意気になっていると分る顔をみせる。

 

 デミウルゴスは純粋に驚いていた。まさか、こんなに早くそれに気づいてくれるとは。この事に関してはいつまでもYGGDRASIL(ユグドラシル)時代の考え方のままではこの答えが出ることはなかったのだから。

 

 それはデミウルゴスの優秀さから導き出されたある一つの考え方だ。彼は職務の間を縫ってはこの世界のことを調べて回り、自分たちが生まれた世界との違いに気付きつつあったのだ。それも当然と言えば、当然のことと言える。遊ぶ為だけに創られた世界と生き物が生きて歴史を歩んだこの世界では違う所だらけなのだ。よって、変わっているところも彼はその検証に努めていた。勿論戦闘に関しても意識改革が必要なところがあったのだ。

 

 以前の世界であれば、魔法や職種、それにスキルの組み合わせやぶつけ方のみ追求すればよかったのだ。それはあの世界の魔力や資源がある意味無限大であったから。そうなると彼はどうしても気になってしまう。確かに主の言う通りあの世界は一種の理想であったのだ。しかしそれでも失敗して消滅することとなったその理由がどうしても気になる。が、

 

 (私が気にする事ではないですね)

 

 思考がそれてしまったが、要はそれありきで組み立てられていた以前の世界と明確に資源や魔力に残量があるこの世界ではもっとうまくやる方法を考えなくてはならない。それは戦闘においても同様である。以前の世界というのは、ある程度の法則があり、生物はみなそれに従っていたが、この世界では文字通り、それぞれの生物に意思や思考があるというのを理解しないといけない。

 

 それは結局の所、システムによってある程度の行動しかできないゲーム上のキャラクターと現実に生きる生物との違いであるが、彼はそこまで見抜くことはできなかった。例えば、地球が球状であるという話にしたって、初めにそれを実証してみせた者がいて、それを共有して初めて常識という名の認識になった。一から世界のすべてを理解するいう事が無理な話なのだ。少なくともアインズが話すまではいくら墳墓一の頭脳を持つ悪魔でもそれを知ることはないだろう。

 

 「今のシズの意見だが、どういう意味か分かるかな?」

 「デミウルゴス様、よろしいでしょうか?」

 「では、頼みましょうかソリュシャン」

 「ありがとうございます。では」

 

 彼女は説明を始める。今回の作戦がうまくいったのは、一種の不意打ちであったからだと言う。彼女は一度周囲の者達に意見を求める。

 

 「そもそも、ゾンビってどういったモンスターでしょうか?」

 

 「鈍い」

 「とろい」

 「噛みつくし、引っ掻く」

 

 ある程度の意見を貰ったところで彼女は話を進める。

 

 「はい、そしてそれは彼らと相対していたリザードマン達も知っていたことでございます。そしてコキュートス様はそこをついたのではないかと」

 「いいですよ、続けてください」

 「ありがとうございます。そして実際に使う所をリザードマン達にも見られてしまっているため、再びあれ程の成果を上げるのは難しいと思います。ですので、アインズ様は今回限りとしたのかと思います」

 「ありがとうございますソリュシャン、十分すぎる説明です」

 

 ゾンビとは本来、動きが鈍いモンスターだ。だからこそ、彼らは近づく必要があり、そこをあの簡易爆弾で攻撃したという訳であり、それが成功した結果が先の光景だ。

 

 「流石に2度も同じ手に引っ掛かる訳ないもんね」

 「そう、アウラの言う通りだよ。では、これに関してはもう説明はいいかな?」

 

 首を傾げる者もいなければ、クエスチョンマークを浮かべている者もいないようである。もしも理解できていないのに、言い出せないなんてあれば、後で個人授業でもやろうかと思っていたが、その心配もなさそうである。

 

 「では、最後の理由だが」

 「私から良いでしょうか?」

 

 挙手したのは親友の一人であったが、

 

 「ヴェルフガノン、君が答えてはあまり意味がありませんからね、よって却下だ」

 「酷いな」

 「信頼の証ですよ」

 

 彼であれば、既に分かっているであろうからここは控えてもらわないといけない。あのパンドラズ・アクターでさえ、自重して何もしていないというのに、明らかに答えたくて仕方がないという雰囲気であるけど。

 

 「それでしたら、自分が答えたいです!!」

 

 次に手を挙げたのは燕尾服を着た奇抜な髪色の少年であった。この子供であれば、自分の中での条件は満たしていると言える。

 

 「では、頼もうかなエドワード」

 「純粋に物資の残量を気にかけてかと」

 「詳しく説明を求めても?」

 「あのスクロールの使い方は間違っているし、本来の魔法の性能を引き出すものではありません!!よって物資の無駄遣いです!違いますでしょうか?」

 「いや、十分だ」

 

 これに関しては説明は不要そうであった。しっかりと魔法として使用するのであれば、火球(ファイヤーボール)はもっと射程が長いはずである。それをどうして彼らはああいう使い方をしていたのかは自分でも少々理解に苦しむことがあるが、今回に関しては、

 

 「ねえ、ちょっと待ってよ」

 

 疑問の声を上げたのはアウラであった。

 

 「どうしたのかな?」

 「思ったんだけど、これってスケルトン達が相手にしているリザードマン達にぶつけた方が良かったんじゃないの?」

 「確かにそれが理想的な構図であるのは私も認めるさ、しかし、先ほどソリュシャンが説明したようにこれはゾンビに対する印象を利用したものであるから多少のズレはしかたないさ」

 「じゃあ、次の質問、何で貴重なスクロールをあんな使い方をするのさ、ゾンビたちがああ動けるんだったらちゃんとした使い方の方が、もっといいんじゃないのかな?」

 「それに関しては恐らくコキュートス自身が設けた保険といった所かな?」

 「保険?」

 「しばらくは戦況を見てみるとしよう」

 

 戦場の状況と言えば、以前墳墓側が優勢と言った様子であった。変則的なスケルトン達のファランクス陣形、そしてゾンビたちが放つ簡易爆弾にリザードマン達は後退しながらの戦うことを余儀なくされるのであった。

 

 その様を後方から静かに見ている一体のスケルトンが居た。今回の作戦において戦場での指揮をコキュートスより任されたスケルトンであった。

 

 (コキュートス様の指示通りに事は進んでいる。ここで畳みかけるとしよう)

 

 彼は自分の後方に待機していた部隊に進軍するよう指示を出す。やがて、彼の足元を無数の獣、それも死体が無理やり動いているような者たちが駆け抜ける。

 

 

 「ソウカ、順調カ」

 

 コキュートスはロッジハウスにて、その様子と部下からもらった報告書を手にそう呟いていた。一応、これで攻めきれなかった時に用意している保険の方も出来上がりつつあるという。すべては彼らの働きの賜物である。

 

 「感謝シナクテハ」

 「お言葉ですが、コキュートス様の尽力あってこそかと」

 

 テーブルに作りたての菓子が盛られた皿を置きながらエントマはそう返す。

 

 「私ハ特二大シタ事ハシテイナイ」

 「過剰な謙遜はあまり良くはありませんよ」

 「謙遜ナド」

 「少なくとも私では今回の様な計略を練るという事はできませんでした」

 「ソウカ?御前デアレバソレ位出来ソウナ物ダト思ウガ?」

 「お褒めの言葉ありがとうございます」

 

 どこまでも下手に出るその少女に武人は今更ながらに支えられていたのだと思い知る。開戦の時にかけられた言葉もそうであるが、時間を忘れて会議に没頭していた時などは適度に休憩を勧めてくれ、差し入れてくれた品の数々に、こちらが望めばどのような飲み物も用意してくれた。

 

 それだけではない、このハウスが常に新築のように綺麗なのは、すべて彼女が掃除をしているからだ。それもこちらに僅かの負担をかけない為に、静かに、それでいて綺麗に素早くこなす仕事は見事である。彼女は大したことはしていないと言うかもしれないが、そういった細かい気配りが自分たちが万全の状態でこの戦に臨める要因であることは会議に参加したものであれば、誰もが肯定するだろう。

 

 (コレガ女性ノ(ちから)ト言ウモノカ)

 

 主がこの世界にとどまる事を決めた時のこともそうであるが、女性というものは時に信じられない力を発揮するようである。それは単純に目に見えるものではないが、それでも自分はそれを垣間見た気がする。

 

 「本当二有難ウ、エントマヨ」

 

 まだその途中だというのに、それでもそれだけは口にしておきたかった。

 

 「私はコキュートス様の部下です故、当然の事でございます」

 

 その言葉に少しではあるが、まるでアイスピックを心臓に刺したような痛みが走る。どうしてだろうか?

 

 (今ハ気二スル事デハアルマイ)

 

 調べるにしたって、相談するにしたって、これが済めばいつでもできることであると彼は再び戦場へと意識を集中させる。

 

 

 そう、ナザリックから派遣された軍隊は蜥蜴たちの息の根を止める為に更に攻勢に出る。次に出るのはアンデッド・ビーストの軍勢である。

 

 (我ら、獣隊!!彼らの首を掻いてやろうぞ!!)

 (((おお!!)))

 

 彼らの動きは正に疾風迅雷という言葉が似合うものであった。唯でさえ、スケルトンとゾンビたちによって疲労している蜥蜴たちはその動きに翻弄される。一匹の狼型が一人のリザードマンの右太ももを引き裂く、足に力が入らなくなり膝をついたその頭を熊型が叩き潰した。彼らも日々研鑽していたのである。

 

 そして彼らはそのまま村に攻め込もうと深く相手陣営へと踏み込む。村を占拠してやれば、今回の戦争は自分たちの勝利だと、ようやくあの御方に恩が返せると気持ちがはやったのかもしれない。

 

 突然地面から何かを叩きつけられ、この部隊のまとめ役であった狼型の体は真っ二つになった。

 

 (隊長!!)

 (俺に構わず進めえ!!)

 

 現れたのは、円錐形をした泥の形の塊が2つ、リザードマン達の切り札の一つである湿地の精霊(スワンプ・エレメンタル)達であった。しかし、アンデッド・ビーストたちとて引き下がる事は出来ない。何とか連携で抑えようとする。

 

 (隊長の仇!!)

 

 しかし、次の瞬間にはそう勇んでいた蛇型の頭は消えていた。その光景とそして新たに現れたのは2匹のリザードマン。片方はまるでトカゲの骸骨のようであり、二人とも身の丈位の得物を構えていた。やがて口を開く。

 

 「シャースーリュー・シャシャ」

 「きゅくー・ずーずー」

 「ここからは我らが相手をしよう」

 

 

 

 「兄者め、勝手に押し付けやがって」

 

 リザードマン達が追い詰められているのは事実であった。徐々に各戦線が崩壊しているのだ。そして中央突破を図ってきた。獣の死体たちの機動力は放置すれば、この村が占拠されるのも時間の問題であると告げていた。よって、こちらも出し惜しみができなくなり、精霊に族長が2人出ることになったのだ。

 

 「ザリュース……」

 

 その言葉に何とか我を取り戻す。惚れた雌にこんな声を出させるとは何たることであろうかと情けなくなってしまう。ここで自分が立ち止まることは許されない。うずくまる事もだ。彼にはこの戦がすでに負け戦になってきているとどうしても察してしまうのであった。敵の本拠地を叩くどころか、その第1陣でさえ、この有様だ。だが、

 

 (俺が辞めるなんて言ってはならない)

 

 少なくとも自分が戦場に踊り出るまでは決して停戦なんて考えてはいけない。でないと、先に死んだ者たちに顔向けができないのだから。

 

 「兄は強い、それにキュクーさんだって相当な使い手だ」

 「ええ、そうね」

 

 今は、信じるしかない。兄と友と族長達を。

 

 そしてザリュースが信じたように4人の族長たちが加わったリザードマン達は少しずつであるが、巻き返しを図っていた。シャースーリューを中心とした3人が前衛を担当して、スケルトン達を吹き飛ばしていた。

 

 「相変わらずだな、シャースーリュー」

 「お前もなゼンベル」

 「そのきずで、うごけるの。しょうじき、おどろき」

 

 キュクーが言う通りである。ゼンベルの体にはあちこち火傷の跡があるし、切り傷も酷いものだ。彼はあれから、右翼と左翼、その両方のフォローに走ったのだから当然と言えば、当然と言えるが。

 

 (できることなら下がってもらいたいが)

 

 しかし、状況がそれを許さない。現在、何とか動ける者たちを中心に精霊を盾にする形で防衛線を張っているのだ。

 

 (蜥蜴たちの長とみた!その首頂こう!!)

 

 自分を狙って突撃を図ってきた一体のスケルトンが放った横なぎをシャースーリューは身を屈めるだけで交わし、次に尻尾を振りまわして、ぶつけてやる。即座に崩れるスケルトン。

 

 (もらったあ!!)

 

 その隙をついて、飛び掛かった2匹の狼型のアンデッド・ビーストをかれは振り返ることなく、剣を振る。切り裂かれる狼たち、彼が放った攻撃は正確にその首を狩り飛ばしていた。

 

 「未熟者共が」

 

 一連の流れが彼の実力の高さを証明するようであった。

 

 「皆さん、無事ですか?!」

 「すーきゅ」

 「おう、おめえも生きていたか」

 「勝手に殺さないでください」

 

 スーキュは元狩猟斑としての経験を生かして、得意の投石と各部族の狩猟班で構成されるスリング隊を指揮しながら、撤退戦に努めていた。

 

 そして、彼は観察眼にも優れている。危険な土地を歩くうえで最も必要とされるのは視力とそれに合わせて危機に対する察知能力であったのだから。そんな彼が見る限りではいくらあのゾンビたちでもどこまでもあの不可思議な攻撃をするということは出来ないと見抜く。要は、腕力で投げているか、道具を用いて石を飛ばしているかの違いだ。上手く立ち回ればあの攻撃をかわすことができる。

 

 「ゾンビたちは決して近づけないように!!またあれをもらったら、今度こそ戦線は崩壊しますよ!」

 「「「おう!!」」」

 

 「せんしかいきゅうは、かならず、さんにんでまとまって。こうどうする」

 「「「分かったぜ!!」」」

 

 キュクーもまた優れた族長である。彼は本来であれば、その至宝の力、いや呪いによって知能が低下しているはずなのに、彼もまた相手の戦術というもの理解していたのだ。先ほど、シャースーリューに斬りかかった1体は恐らくはぐれてしまったのだろう。こういった戦場であれば、よくある話だ。彼もまた、先の旧5部族の戦争において、常に前線に立ち続けた雄なのである為、慣れっこだ。

 

 彼自身の目でみるならばスケルトン達の戦い方と言うのは、決してその隊列を崩さずに、こちらを1人ずつ確実にその陣形に引き込み、殺しているのである。そうであるならば、可能な限りこちらも固まるしか防ぐ手段はない訳である。

 

 そしてなにより。

 

 「おらああ!!バケモンどもお!俺はまだピンピンしているぜ!!」

 

 その一言がリザードマン達に戦う気概を抱かさせる。

 

 危機というものはピンチではあるが、同時にチャンスであるのだ。本来であれば、個体個体で暴れることしかできなかった蜥蜴たちが明確に戦略というものを身に付け始めたのだ。

 

 これも一種の戦争による効果というものであろう。互いに死力を尽くしているからこそ、互いに成長しているというものであろう。文字通り命を削って。

 

 やがて、リザードマン達は精霊を盾にスリング部隊がその外周を囲み、そしてその内側に戦士階級に雄、雌、老人の括り関係なく、固まった陣形を見せていた。そして近づくスケルトンとゾンビたちにはスリングによる投石を浴びせ。飛んでくる矢には雄たちが必死にその身を盾にして、素早く行動するアンデッド・ビーストや生き残りのスケルトン・ライダーには戦士階級達が必死に食らいつき、その間に雌たちが負傷したリザードマン達を治療すると必死に戦線を回していた。それは奇しくもくさび形陣形に非常に酷似していた。

 

 当初開戦したときは村と激突地点の距離は500メートル程だったのが、この時点で100メートルまでおされている事実。そして残存兵力にしたって、正確な数はもう数える余裕はないが、戦えているのは700人ほど、つまり半数近くの者達が死ぬなり大けがするなりで戦線離脱を余儀なくされてしまっているのだ。対して相手の方はまだ3000近い兵隊がいるようであった。あの爆撃が大きく響いたらしい。それらの情報がリザードマン達が追い詰められている事の証明であった。

 

 それでも彼らは諦めない。負けを認めない。

 

 (まだ、俺たちは戦える!!)

 

 土壇場で編み出したこの陣形で少しづつでも敵を削り取ってやると戦意を燃やしていた。あの謎の攻撃もその間隔は分かっており、そこまで近づくことを狩猟斑が許さない。

 

 (まだ行ける!!)

 

 そう、そう思う事もかの武人は想定していたと言える。

 

 

 

 その光景を見ていた。コキュートスはスクロールを一つとり、伝言(メッセージ)を発動させる。

 

 「ゾンビ達二魔法ヲ正シク使用サセヨ」

 

 そして、追加の命令を出す。これで、この戦争を終わりにすると。

 

 「予備部隊ノ投入ヲ命ジル」

 

 

 

 (畏まりました。コキュートス様)

 

 さて、今回の戦争でその指揮を任される事になったこのスケルトンは一体何者であろうか?それはシンプルな答え。要は訓練において、1位の成績をとったいわば骨の中の骨と言える存在でそして、彼が率いるのは訓練において上位200の成績を修めた者達で構成される精鋭部隊である。

 

 彼らの役割は村の占拠、あるいは戦線で戦っている蜥蜴たちを抑え、そして改めて降伏を迫る事が武人から命じられていることである。

 

 (直に決着はつく)

 

 

 同じく、連絡を受けたゾンビたちもまたスクロールを正しく使用する。やる事は簡単だ。単にそれを放り投げて命じるだけでいいのだから。

 

 (((火球(ファイヤーボール))))

 

 スクロールから蜥蜴たちに向かって、無数の火球が襲い掛かるそれは精霊を1つ消滅させて、陣形の右翼寄りだった者たちを吹き飛ばした。彼らの動揺は激しいものであったが、何より大きいのは。遂に白眼をむき、気絶したある雄の存在であった。

 

 「ゼンベル!!」

 

 クルシュは一瞬身を震わせる。驚いたのだ、初めてかもしれない。彼がここまで悲痛な叫び声をあげるのを聞いたのは、そして倒れたその雄へと視線を送る。

 

 (死ぬんじゃないわよ戦闘狂)

 

 彼自身はどうでもいいと思ってしまう部分がどうしても少しあるが、それで隣の雄が悲しむのは見てられない。

 

 ゾンビたちは正確に火球を打ち込んでいた。何も蜥蜴たちを殺す必要はないのだ。その直前、それもかなり際どい辺りに。生み出される激風が蜥蜴たちの陣形をまるで童話の狼が子豚たちの家を壊すかのように吹き飛ばしていく。

 

 (ここまでなのか)

 

 シャースーリューがそう思うのも無理はない。このタイミングでまた新しい敵が出現したのだ。それはスケルトンの群れであったが、先ほどまで戦っていたもの達と明らかに身に纏う雰囲気が異なり、綺麗な横陣形と丸盾に投げ槍、背中に背負っている弓に矢筒、そして腰には必ず2本の剣とその装備も豊富であり、それはつまりそれだけ彼らが信頼されているという事でもある。

 

 彼自身の心も折れかけていた。

 

 

 

 そしてコキュートスはその様子を確認して、何とか主からの期待に応えられる事と、

 (………)

 傍らで補佐を務めてくれた少女の言葉に報いることが出来るとどこかで安堵していた。そう、油断した。

 

 

 

 

 動き出したのは獣であった。4つの足を持ち、4つの頭を持つ、捨てられる原因となった奇形である姿を持つ多頭水蛇(ヒュドラ)である。ロロロであった。

 「ロロロ、お前何をしている!?」

 そう、ザリュースが命じた訳ではなかったし。

 

 

 

 「ココデ、アレガ動クカ」

 コキュートスもまた驚きを感じていた。ここまでの調査ではあの生物は単なるペットいう話であったはずである。それが自分の意思で出てきたのである。

 

 

 自分たちに迫る獣に精鋭部隊とその指揮官のスケルトンも気づいていた。

 (ただの愛玩獣という話では?)

 そして理解する。あの獣なりに主人を護ろうと必死なのだと、

 (健気なことだ)

 しかし、だからと言って、引き下がる訳にはいかないのである。自分たちだって恩を返さないといけない支配者がいるのだ。

 

 (譲れないのだよ)

 彼はすぐに判断するこの部隊であれば、投げ槍であの獣を止めることが出来ると。

 

 (総員、あの獣に向けて槍を投射準備)

 (((了解)))

 

 彼らは慌てるでもなく、その手に持った得物を構える。それはオリンピック選手が参考にしたいという事は容易に想像できるくらいに整った体勢であった。そして15秒後、彼は全員がその用意が出来ていると確信をもって、言葉にしていた。

 

 (投射)

 

 放たれるのは200の槍、それが雨のようにロロロへと襲い掛かる。体に突き刺さり、血が噴き出す。そしてその頭もすべて貫かれることであろうと、思っていた。

 

 (な)

 

 ロロロは外側の2つの首を内側の首を覆うように動かして護ったのだ。無論その首たちは両目を失い、力なく垂れ下がり、生きていたしても死んだ方がマシだと思ってしまう位には重症である。そして残された目には未だ闘志が燃えているようである。

 

 (んだこの獣は?)

 

 その光景はそれ程に異常だと感じてしまう行為であった。人であれば、躊躇いなく片手を切り落とすものに等しい。

 

 そしてロロロは吠え、倒れかかるように精鋭部隊へと突っ込んだ。その勢いは凄まじく、70体ほどのスケルトン達が吹き飛ばされた。

 

 「~~~!!」

 

 判断が遅れてしまったが、まだ取り返しは効くはずだと。彼は指示を出そうとするが、それより先に耳に響く声があった。

 

 「――氷結爆散(アイシー・バースト)!!」

 

 (これは、コキュートス様の?)

 

 一瞬そう、勘違いしてしまうほどの冷気が視界を覆った。

 

 

 

 ザリュースは後悔していた。ここに来てだ。それは勝手な思いであるとも自覚しているし、間違ってもそれで誰かに当たることは許されない。それでも涙を流さずにはいられなかった。

 

 (無茶をして)

 

 ロロロがその身に大量の槍を受けたことを、それでいて、なおの事、ロロロが走り続けていることを。

 

 それだけではない。目を向ければ、黒焦げになりながらも戦い続け、そして遂に倒れた生涯の友。

 

 すべては自分が不甲斐なさが生んだ結果だ。相手は自分たちを侮っているとどこかで思っていたのかもしれない。いや、実際そうだと思い、それに倣い今回の作戦を立てたのだから。しかし、違ったのだ。

 

 (俺だったのか)

 

 そう、侮っていたのは他でもない自分自身だったとことここに至ってようやく思い知ったのである。しかし、だからと言って、自分がここでただうずくまることは許されない。

 

 (いや)

 

 自分はただ、その責務から逃げ出したいのかとも思ってしまい、自傷の笑みを浮かべる。それはかつてある人物が浮かべた表情に非常に酷似していた。

 

 「ザリュース!!」

 

 呼び止める彼女の声が聞こえていないように、彼は走り出す。それは何もその場から逃げようと思ってのものではない。今はただ、駆けるしかないのだ。

 

 「ロロロ!!」

 

 彼は間違いなく、過去最速の走りを見せ、未だもみくちゃにになっているロロロとスケルトン達へと到達した。

 

 そして至宝であるその剣を振るう。

 

 「――氷結爆散(アイシー・バースト)!!」

 

 

 

 (何を考えている?)

 

 そんな時でも司令官たるスケルトンは冷静に思考をしていた。本来であれば、自分たちには冷気というものは効かないのである。しかし、それでも視界が悪い事に違いはない。

 

 (あの蜥蜴)

 (自滅したぜ)

 

 後方からは部下たちのそんな話し声が聞こえてくる。確かにそう考えるのが自然だ。彼の狙いは自分たちを巻き込んだ相打ち狙いの攻撃、それは彼を見ても、そう結論づけることが出来るというもの。彼自信は冷気ダメージを防ぐ何かしらの対策をしているようにはみえなかったし、調査の結果でもこの世界のリザードマン、少なくとも今、自分たちが相手をしている者たちに関してはそういった耐性はなかったはずである。

 

 それでも油断はできないと指示を出そうとしたところで視界が急に晴れた。やや悪い天気、うす暗い雲が空を覆っているのを確認した。そして気付く、自分の首だけがここに来ていると。

 

 つまり頭を斬り飛ばされたという事である。

 

 (へっ?)

 (うわあ!!)

 

 次いで聞こえてくるのは間抜けにもそんなことを口走ってしまっている部下たちの声であった。

 

 彼はひたすらに駆けた。それができるのは至宝の力あってこそであった。

 

 フロスト・ペイン

 

 その効果の1つに装備をする者に冷気に対する守りの力を与えることである。

 

 そしてかつてソーリスが目を輝かせて見ていた光景を生み出す技。

 

 氷結爆散(アイシー・バースト)

 

 一日3回しか使用できないが、その威力は絶大。そして現在彼が見せたようにこういった使い方もできるのだ。

 

 (冷気を煙幕として利用した?)

 

 ようやくその答えに行き着くと同時に湿地へと落下して、司令官であったスケルトンはその意識を溺れる感覚と共に手放した。

 

 ザリュースはひたすらに駆ける。

 

 その得物を振るい、瞬く間にスケルトン達の首を狩り飛ばしていき、時には体当たりで、また時にはその尻尾を用いて、文字通り全力でスケルトン達を屠って行く。彼らだってやられてばかりではないけれど、何せ状況が悪い。

 

 (おい!!俺だ!)

 (やべえ、味方の頭を砕いちまったよ)

 

 「氷結爆散(アイシー・バースト)!」

 

 冷気に覆われたその暗い視界の中、闇雲に武器を振るえば、同士討ちになるのは必然の流れ、指揮官が先にやられたのも間違いなく、大きな要因だ。やがて、その場には一人の雄が立つだけとなった。彼は倒れて動かない獣へとその手を当てていた。そして、その姿に魅せられた者たちがいた。

 

 「まだ俺たちはやれる!!」

 

 蜥蜴たちは再び闘志を燃やす。自分たちも倒れるまで戦い続けると。

 

 

 

 そしてここにもその雄の戦いに魅せられた者がいた。

 

 

 「見事ダ」

 

 精鋭部隊をたった一人で全滅させた雄に敬意を払うと同時にこれ以上の戦闘継続は危険だと判断する。

 

 「私ハ」

 

 結局攻め切ることができなかったと、主や友への罪悪感が溢れてくる。それは彼らだけではなく、

 

 「エントマヨ、スマナイ」

 

 その謝罪と共に彼女の頭に手を置く、体格差がそうさせたかもしれない。

 

 「コキュートス様が全力を尽くしていたのは私も分かっていますから」

 

 少女はその手を両手でとると、優しく抱き締めるように握ってくれた。その温もりが武人に安心感とその胸に暖かな何かを生んでいた。

 

 「マズハ、撤退ノ指示ヲ出ス」

 

 

 

 

 「あいつら帰っていくぞ?」

 

 それはリザードマンの一人が発した言葉であった。数では勝っているはずなのに何故か相手が退いていくのだ。

 

 「勝ったのか?」

 

 それはそう思いたいという願望から出たのであろう。しかし、そうではないと理解している者たちもいた。

 

 「見逃されたと、言った所か」

 「彼らの狙いを考えれば」

 「とうぜん、かもしれない」

 

 どうにか最後まで立つことができた3人の族長たちはそれぞれの意見を交わす。自分たちは決して勝利した訳ではないと、その考えが正しいものであると証明するように。声が響く。

 

 (今日はここまでとしましょうか。明日、改めて攻め入るとしましょう)

 

 どこからか聞こえたその声が再びリザードマン達を憂鬱な気分にさせる。多くの者が死に、怪我を覆い、そして、

 

 「族長!やっぱり」

 「人数があわないんだな」

 「はい」

 

 どうやら200近い同族がどこかへと消えてしまったらしい。

 

 「くそ!!」

 

 彼のその叫びは何に憤っているものであるかは誰にも分からない。見れば、アルビノである彼女は弟の所へと向かっているようだ。

 

 (弟よ、すまない。そして、ありがとう)

 

 間違いなく、弟が後から来たもの達を全滅させたことが相手にそう判断させる材料であったのだろう。そしてその考えは次へと移る。

 

 (ロロロ、ゼンベル)

 

 彼らの働きがなければ、自分たちはとっくに敗北していたのである。それを何とか痛み分けに近い状態に持ってこれた。しかし、

 

 (明日か)

 

 相手は恐らく、今日と同じ兵力を難なく用意することであろう。だが、こちらは。

 

 (降伏すべきか)

 

 そう思ってしまう程にリザードマン達の戦力は減っていると言えた。

 

 

 

 

 「ちょっと!!」

 「あの、これは?」

 「ふむ、負けていた訳ではないでありんしょうし」

 

 文句を上げるのは当然と言うべきかアウラであり、マーレやシャルティアにしても疑問の声を上げながらも友の選択に不満があるようであった。しかし、

 

 「これでいいんですよ。コキュートスの判断は正しいと言えますね」

 「そうね、私たちは何も彼らを絶滅させたい訳ではないのですから」

 「………あ」

 「そうか」

 「成程」

 

 本当に嬉しく思う。アルベドと思わず目線を合わせて笑ってしまる。今のやり取りだけでその意味合いを理解したのであれば、十分な成長と言えるだろう。このまま不毛な潰し合いをしたのでは、彼らの旨味がなくなってしまうのだから。友もそこを理解した上で指示を出したのだろう。

 

 そして彼の攻撃を後一歩の所で壊したであろう張本人である獣と魔法の武器を持っていた雄のリザードマンへと興味が湧く。

 

 (間違いなく、アインズ様が欲する人材でしょうね)

 

 熾烈な戦争の果てに笑みを浮かべる悪魔であった。

 

 

 




 お付き合いありがとうございました。

 次回、今度こそ最終話です。


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第4章最終話 その雄の生き様

 活動報告に上げましたが、今回、かなりの量です。まさかの3万越えです。大変かもしれませんが、なにとぞお付き合いお願いします。


 「そうか、そうであったか」

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層玉座の間にてかの支配者が最初に発言した言葉であった。切りのいい所で復興工事の手伝いが終わり、次の仕事を探して組合に向かう途中、冒険者チーム「漆黒の剣」たちと軽く会話をしている時にデミウルゴスからの伝言(メッセージ)を受け取り、一度墳墓へと帰還することになったのだ。

 

 (彼女に感謝だな)

 

 モモン一行としてのことであれば、レヴィアノールがハムスケと共に城塞都市に残ることを申し出てくれたのだ。自分とナーベラルがいないことであれば、上手くやってくれるという事であった。気になると言えば、

 

 (何で、ナーベラルまで?)

 

 その時の彼女はやけに彼女も一緒に連れて行くように進言してきたのだ。別に変な意味はないという事で、

 

 『ナーベラル・ガンマは本来、戦闘メイドであり、すなわち使用人でございますので可能な限りアインズ様の近くに控えているべきかと』

 

 少し考えてみれば、幾らでも反論できる内容であったが、その時の彼女の謎の気迫と言葉の迫力に押される形でその提案を受け入れて、ここまで来たのだ。しかし思えば。

 

 (そういう事か)

 

 彼女たちプレアデスたちの仲の良さは墳墓では有名だ。きっとそこに配慮してくれたのであろう。彼女だって七罪真徒というグループがあるというのに、優しい人物である。

 

 (そういえば)

 

 その七罪たちはあまり仲が良いという訳ではないらしい。先ほどの彼女に言わせれば、筆頭たるグリム・ローズがいないと本当に殺し合いになるとのことであった。何だかその光景を怖いもの見たさで見たいと思っている自分もいる。部下の状況を把握するのは組織の長として当たり前のことであり、その情報は酒の席で彼女を半ば酔わせる形で聞いたものである。しかし、ここでアインズは一つの疑問にぶつかる。

 

 (あれ?)

 

 酒の席で部下からまるで無理やり個人的な話を聞くというのはあれではないか、

 

 (これって、セクハラにアルハラになるのか?)

 

 その時はこれ以上にない最高のアイデアに思えたのが、途端に不安になってくる。しかも自分は男で彼女が女という点が更にまずい。もしかしたら彼女があまりアルコールをとる事を良しとしない性分であったなら、もう最悪だ。

 

 (うわあああ)

 

 自分で自分のした行為が愚かしくそれでいて醜悪に見えてきてしまい。アインズはそれを表に出さないように必死にこらえて早3秒。

 

 (うん!大丈夫だ。もう忘れよう)

 

 そもそも、その時の席だって一応彼女に断りをいれ、誘ったのだ。それにその場にはナーベラルやハムスケもいた訳であり、決して無理やり参加させていた訳ではないと彼はその手のあまり褒められたものではない思考技術にも磨きをかけていた。

 

 「それで、一度撤退をして。今に至るという訳だな」

 「その通りでございます。アインズ様」

 

 答えたのは珍しくアルベドではなく、デミウルゴスであった。それにもしっかりとした理由がある。今回の事に関しては彼が彼女より深く関わっていたからである。それも当然といえば、当然である。こと軍事に関してはデミウルゴスの方が上手(うわて)であったこと、本人に言わせれば、ウィリニタスの方がずっとその手に知識については豊富であるという。

 

 (そうだよな~設定とはいえジェネラル持ちな訳だし)

 

 思い出すのは嫌になるが、かつて墳墓に攻め込んだプレイヤーたちを破った第8階層の通称「ナザリック最強の者達」の指揮をとっていたのは彼であるのだから。といっても当時はまだ単なるゲームであった為、その下につく者達の各種ステータスアップ位でしかなかったであろう事は何より自分が分かっている。ここで、これ以上この事に触れたくないと思い忘却する。

 

 勿論それだけではない。守護者統括であるアルベドと防衛の際の指揮権を任せられているデミウルゴス、自然と彼女たちの得意分野も微妙に違ってくるのだ。

 

 まずはアルベド、彼女にはどちらかというと、円滑な組織運営の方が向いておりもしも現実であれば間違いなく一流企業の社長秘書なんてやっているだろう。それにあの美貌だ、必ずや愛人となりいつの間にか本妻になっているなんて事もあるかもしれない。そう、本来であれば、

 

 (俺なんかと釣り合うはずがないんだよな)

 

 そう考えるということは、やはり彼女の事をどこか女性として意識している部分もあるという事であるが、彼はそれに気付かず、過去へと思いをはせる。

 

 自分は結局平の社員であり、あのまま働いていても幹部どころか一つのグループの班長だってなれるか分かったものでは……いや、学歴を考えればほぼ有り得ない訳であり、結局そういった役職に立つ人間というのは仕事以外の時間も仕事の為に割いていたに違いないのだろうから……生きる為に。それを考えると、奇妙な運命だと自惚れでも思ってしまう。

 

 (俺が、執着していたYGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 あの頃の自分にとっては文字通りの唯一の生きがい、いや生きる理由ですらあった。だからこそ、何とかギルドを維持しようと最早娯楽などなく、単なる作業のようなプレイを続ける程のものであった。だが、それだって結局は自分の自己満足でしかなかった。それでも彼女たちにとっては文字通り自分たちの存在が、命がかかっていた訳であり、だからこその自分への忠誠なのだろう。

 

 (違うだろ、鈴木悟)

 

 駆られるのは自己嫌悪。当然だ、それだけではないというのはこれまでのみんなの働きを見ていれば分かることではないか、本来であれば、下等だと見下す存在である人間と共存する道を目指す為にそれぞれに働きをみせているではないか。それに、

 

 (結構、良いものだな)

 

 彼女たちと過ごす何気ない時間が大切なものになりつつあるのも確かだ。友人の子供たちという印象であったのが、少しずつであるが、友人に大切な子供というものに変わりつつあるのだ。それは彼らの残留思念がなせるのものだろうか?時折、彼らの力に助けられるのだから。

 

 この時、アインズは一つの勘違いを起こしていた。確かにこの異変がおきたとき、彼はその特異性、要は複雑な立場からほかの者達の思念が混ざったのは確かである。しかし、結局のところ残留である。残りカスのようなものだ。それは時間の経過と共に薄れていくのである。つまり彼が聞いている友たちの声というのは、本人による自己解釈の一種だったりする。それも決して間違いとは言えないだろう。

 

 『この時、この人であればこうするであろう』

 

 と、想像がつく程にはアインズはかつてのギルメンたちと交流を深めていた訳であるし。

 

 彼らの力を借りているという認識にしても本人がそう無意識に自己暗示をしてなしてきたことであり、結果的に事の精度を上げ、まったく間違いとも言えないけど、本人の力量であることも確かなのである。では、そんな彼が出す謎だらけなスペックの高さはどこから来るのか?

 

 本人は友人たちの力の賜物だというが、彼は、正確に言えば、アインズではなく鈴木悟という人物が持つ一つの優位性が働いたと言える。目的の為であれば、どのような苦行でもできるのは、先のYGGDRASIL(ユグドラシル)の件で証明されている。

 

 そんな人間が疲れ知らずのオーバーロードとなったのだ。そして彼自身の目的と社会人として備えた責任感に彼女たち(NPC)の為に自ら命を絶とうとした覚悟が混ざりあい、武技の件からも分かる通り確実に彼という人間(面倒なのでこう表記する)は至高の存在へと昇りつめているのである。

 

 それが分かるこそ、アルベドはその愛情を深め、デミウルゴスは忠義に励み、アウラやマーレは親として慕い、その他の者たちもそれぞれの形で彼に尽くすのである。それを分かっていないのは当の本人だけだ。

 

 いい加減思いふけるのをやめた彼は次へと思考を切り替える。

 

 それに比べると防衛、つまり、ある程度戦闘に関する事を担当するデミウルゴスの方が適任と言え、何より彼とコキュートスの仲がそれを後押ししたのだ。何事も友人を介することで気が楽になるというもの。それがマイナスになる時もあるが、少なくとも彼らについては問題はないと判断した訳である。

 

 以上が現在彼が、彼女の代わりをしている理由である。アルベドにも確認をとったところ。

 

 『お気になると言うのであれば、褒賞を求めてもよろしいのですか?』

 

 なんて言うので問題なしとなった訳だ。最近はそうやって見せる彼女の悪戯気な顔が可愛く見えてしまう時もあるのだ。微笑ましく、

 

 (いや待て)

 

 自分は彼女に挑発交じりのことをされて喜んでいるというのか?それではまるで、

 

 (Ⅿじゃないか)

 

 自分ではSだと思っている。いじるのといじられるのとでは前者の方が言いに決まっている。

 

 (いつか絶対SMプレイを――て、違うだろおおお!!)

 

 もうやめよう。これ以上この事を考えては何か大切なものを失くしてしまいそうだ。と彼は逃げるように思考を切り替える。

 

 「成程な。それでコキュートスよいつまで頭を下げている?」

 

 改めて目前の光景を見る。跪き、深く頭を下げたままの武人にその後ろには彼の部下として、双腕に戦闘メイドの少女が同じように跪き、さらに後ろに何体かの蟲系モンスター達が並んでいるものだ。言わずもがな彼らがこの先、墳墓がこの世界に進出した時にナザリックの表向きの武力になる予定の《軍事班》だ。

 

 支配者より言葉をかけられたコキュートスはその言葉でようやく面を上げる。その顔は一見普段と変わらないものであるが、その内心は荒れに荒れていた。せっかく勝てそうであったところを自分の油断で撤退せざるを得ないものになってしまったからだ。自分は2度もこの方の期待を裏切ったのだ。

 

 (私ガ命ヲ絶テト)

 

 もしもかの主がそう命じればそれに従うつもりであるし、覚悟はとうに決まっている。だというのに、

 

 (何故ダロウカ?)

 

 みっともないだろうが、何とかそれを回避したいと思ってしまっている自分がいるのも確かだ。まだ自分は諦めきれないのだろうか?何を?ふと思い浮かべるのは後ろで控えてくれている少女であった。それが更に彼を困惑させる。

 

 (???)

 

 そうだろう。もしも、部下たちの働きに感謝するのであれば、もっとも付き合いのある2人が真っ先に浮かぶはずである。あれから、あの異変から彼らにも随分と助けられた。右腕にはスケルトン達への剣術指南、これには統括補佐から太鼓判を貰っている。彼に言わせれば、以前は力任せに乱暴に剣を振り回していたのが、しっかり形になっているという。流石に戦士長に一騎打ちで勝つのは厳しいが、それでも十分な戦力上昇であるという。

 

 次に左腕の彼には弓の扱いに、それらのスケルトン達への指南、何より戦術について教えて貰った。それらの知識を元に、自分でもその手の資料や、何よりこの世界での情報などを照らし合わせて先の戦略を練ったのだ。友がその内容を称賛してくれたのは輝かしい思い出である。

 

 (…………)

 

 こんな時だというのに、穏やかな気分になってくる。そしてその傍ら口にした彼女の菓子の味が思い出される。あの黒いクッキーはあの時の新作だという。何故その話が出て来るかって?それはそれ以前から彼女の手作り菓子をいただく機会があり、何もあの時が初めてではないのだから。

 

 先の技能習得の実験において、彼女もまたある程度の調理技術を修め、以降、自分たちによく作ってくれるのだ。そのどれもが、しっかりとした味付けであり、彼女は決して失敗作を出すことがなかった。それは能力の高さもあるのだろうが、何より誠実さを感じられるものであり、その時の彼女の優し気な様相とあわさって間違いなく忙しい合間の安らぎになっていたのだから。

 

 (甘美トハ嗚呼云ウ物デアルノダロウ)

 

 そしてそれがもう口にできないことを自分は残念に思ったというのか?こんな時だというのに?

 

 (軟弱ナ事ダ)

 

 今、考えるべきはそんな自分に尽くしてくれた部下や彼女の評価が下がらないようにすることだと彼もまた覚悟を決め、口を開く。

 

 「コノ度ハ飛ンダ失態ヲ犯シ申シ訳ナク思ッテオリマス」

 「失態?お前は何を言っているんだ?」

 「アインズ様ヨリ頂イタ兵デ勝利ヲ治メル事ガ出来マセンデシタ」

 

 実際、主の期待に最大限に答えるのは昨日の一戦ですべてを終わらせることであった。しかし、自分はそれが出来なかった。だからこその釈明だというのに、主はまるで分からないという風に首を傾げ、その顎に手を当てると別の者の名前を呼んだ。

 

 「ウィリニタスよ。少しいいか?」

 「はい、何なりと」

 

 応えて一歩前にでるのは、玉座の左後方に控えていた統括補佐だ。その両隣には吸血鬼の前任者に樹木の賢人の姿もある。そして間違いなく今回のことであれば、自分よりもずっと適任とも言えたこの人物を呼んで主はどうするのであろうか?

 

 「お前であれば、今回の件、どうしていた?私の許した戦力でどのようにするんだ?」

 

 それは一つの仮定という名の問いかけであった。自分も気になってしまう。なんせかつての戦いで彼らの指揮をとっていた者がどういった戦術を展開するのであろうかを。統括補佐である男は少し考えるそぶりをみせると主へと視線を送り返答する。

 

 「私個人の考えになりますし、もしかするとアインズ様を不快にさせてしまうかもしれません」

 「構わん、今はお前のその意見を求めているのだからな」

 

 一見、省略してもいいのではないかと思うやり取りであるが、統括補佐が支配者へととった確認は必要なことである。例え、主が許したといえ、その内容で苦しむ事になるのであれば、尊敬できる先人といえ、刃を向けざるを得ないのだから。

 

 「畏まりました。私であれば、持久戦に持ち込みますね」

 「ほう?」

 

 自分の立場ゆえ口にはできないが、確かに先のやり取りは必要だったらしいと武人は思う。ただ悪戯に戦を長引かせるなど、主の御心を考えれば、出来るはずがないのだから。主自身はその言葉に興味を持ったらしく先を促す。いや、この表現は不適切であろう。自分もまた気になるのだから。

 

 「それは、どういった内容になるんだ?」

 「はい、その前に今回アインズ様がお使いになるよう指示された兵達でありますが、はっきり言って個々の戦闘能力ではあのリザードマン達に勝利を治めるのは相当至難であることだと私は仮定しております」

 「ふむ?それは確かなのかコキュートス?」

 

 いきなり話を振られてしまい、慌てふためき、しかしそれは表に出さず何とか答える。

 

 「ハイ、彼ラハ強イ」

 

 そして武人は語る。今回の戦争では兵力差3倍超過であったが、では、単純にスケルトン3体とリザードマン1体では、互角の勝負が出来るかというとやはり難しいであろうと。

 

 「成程成程、それはよく分かった。ではウィリニタスよ話を続けてくれ」

 「畏まりました。では、今回の件でナザリックが彼らに勝っているのは先ほどコキュートス様が上げた通り動かせる兵の数でございます。それを踏まえた上で説明をさせていただきます」

 「続けろ」

 「はい、妻……失礼しました。二グレド達の働きにより彼らの拠点の在り方というのは把握しております。そうでしたね?コキュートス様」

 「ハイ」

 

 確かに《観測班》からの報告でそれについても詳細な情報を手に入れていた。

 

 「無論、彼らがどこに食料を集めているかも分かっておりました」

 「ほう」

 「???」

 

 何故その話がでるのか、武人は一瞬戸惑うが、しかし次には彼が言う事が何となくであるが見えて来た。

 

 「その食糧庫に火をかけます。それでしたらスクロールで済みますしね」

 「それで、次はどうするんだ?」

 「彼らが如何様にして食料を集めているかも把握していましたので、それをさせません」

 

 スケルトン達の動きを考えれば、木材を使ったバリケードに障害物などの製作は可能であるし、弓兵に騎兵、動物ゾンビたちを使えばそうやって狭めた道での一方的な戦闘も可能であるという。さらに言えば、彼らは陸上での行動はそれ程得意ではないという。

 

 確かに彼女たちの働きであれば、そう言った事を調べる事も容易であろう。そう思うと同時に情けなくなってしまう。なんせ、自分は単に相手の拠点に戦場の様子。それと彼ら自身の事を調べるに留めていたのであるから。あの少女は自分は全力を尽くしていたと言ってくれたが、

 

 (何ガ全力ナモノカ)

 

 出来る事はまだあったではないかと後悔の念がおしよせてくる。それは同時に少女への申し訳なさでもあった。

 

 (私ハ)

 

 助けられて、支えられて、だというに彼女には何一つ返せていないではないかと無力さを恨めしく思うが、その間にも話は続いている。それを聞き逃すことは絶対にしてはいけないことだ。

 

 「つまり兵糧攻めか」

 「その通りでございます」

 

 そして彼は続ける。食料の供給を止め、リザードマン達が疲れ果てるのを待つのだという。

 

 「そして、そうですね――」

 

 そこで語る彼の顔に明らかな嗜虐が浮かぶ、いや一見いつも墳墓の者達に見せる優し気な顔であるが、少なくとも武人はそれが見えたような気がしたのだ。主はどうか分からないが。

 

 「必要があれば、彼らが飲み水の調達の場としている湖に毒を放ち、その上でそこまでの道を開けますね。それか、頃合いを見て魚を放り込んでやりましょう」

 「それは?」

 「当然、毒入りでございます」

 「それは、また面白い事を考えるな」

 

 (何ト)

 

 恐ろしいことを考える人であろうか、と武人は思わずにはいられない。彼は、ウィリニタスは戦う前に彼らの心を殺そうというのだ。

 

 「しかし、それでは私が求める楽園に組み込んでやっても意味がなくはないか?」

 

 そうだ。その方法では勝利を手にする事ができても主のご意向に答えることはできていないと、今の立場を忘れて半ば希望交じりにそう思ってしまう。自分のやり方は間違ってはいなかったと思いたかったのかもしれない。

 

 「それでしたらご安心くださいませ、そうやって、追い詰めた上でアインズ様が描かれる素晴らしき楽園、その恩恵を享受させればよろしいのです――例えば」

 

 彼らの主食は魚であるという。そして彼らが独自にやっている養殖の技術をナザリックの援助で大幅にその質を底上げするのだという。その上で彼は語る。例えば、一日の魚の摂取量が依然と比較にならない程、上がれば彼らはどう考えるのかと?言い方からして何やら健康の為の栄養の取り方に聞こえるが要は単純に食事の話だ。

 

 食。

 

 それはすべての生命が生まれながらに宿命づけられる問題だ。そして、彼らが食料難でかつて同族同士の戦争に入ったという情報もすでに墳墓の者達の働きで得られているものである。そこを攻めてそして彼らを屈服させた後、今度はそこを別の方向から存分に攻めてやるのだという。

 

 例えば、10日間食事も水も与えずに衰弱した生物、それも多少の知性がある者に今度は大量の食事を与えてやり、それをさもこちらの優しさであるように振舞うのだ。それは一種の茶番であるものの空腹に追い詰められ、正常な思考が難しい状態であれば、

 

 「そうなれば、彼らがアインズ様へと跪くのは必然の流れかと思います。個々の精神状態や肉体に関してましてもこの墳墓で扱う魔法で十分ケアが出来るかと。補足を行いますと今回の件、アインズ様がお決めになられたのは使用する人材でございます故、物資に関しては特に問題はないかと、それを分かっているからこそ、コキュートス様もそうされたのでございましょう?」

 「ソウダ、ソコハ私モ抑エテイル」

 

 これは事前に主と友であるあの悪魔などに確認をとっていたことだ。だからこそ、スケルトン達の装備が充実していたり、ゾンビたちがスクロールを持つことができるという訳である。

 

 (ソレニシテモダ)

 

 自分でさえ、少々おぞましく感じる策をこの男は言ってみせたというのに、主は何の動揺もしていないようである。これは確かにデミウルゴスの言う通り、かの方は正に至高の支配者という事であるのだろう。とコキュートスは時を忘れて、1秒ほど、アインズへの尊敬の念を抱くのであった。

 

 さて、武人は自らの主をそう評したのであるが、当の本人はどうかというと。

 

 (うわああ、結構エグイ事を考える奴だなあ)

 

 先ほどは友人のようなものに思えていると考えていたのに、この手のひら返しである。それを表に出さないだけずっと立派なものではあると思うが、彼もまた少々その内容にドン引きしていたのは確かである。もっと言えば、どれだけ至高の存在になろうと、それもまたアインズのどうしようもないしかし、アルベドに言わせれば愛すべき欠点であったりする。

 

 (いかんいかん)

 

 そもそも創ったのは自分たちではないかと思考を切り替える。

 

 (にしたって)

 

 彼の製作にはあのたっち・みーも関わっているはずなのに、どうしてこんな性格になってしまったというのだろうか?

 

 (創ったといえばだ)

 

 そこで、視線だけを一見、木のお化けに見える現魔石管理者へと向ける。あれの製作にはかつて自分も参加したが、未だに戸惑うばかりである。

 

 「どう され まし た。 アイ ンズ 様?」

 「いや、何でもないさ」

 

 (何でああなったんだ?)

 

 思い出そうにももうずぅっと昔のことの様で中々でてこない。要は共同制作の賜物というべきであろうか、複数人で作った為に彼を始めとした3人はやはりほかのNPC達とは身に纏う雰囲気が異なるようである。

 

 (それでも)

 

 彼らも大切な存在に違いないし、先ほど統括補佐が言った内容にしても確かにやり方は非道的であるが、すべてが間違っているとも言えないだろう。今のアインズではその言い訳をうまく言う事はできそうにないが、思う事もある。恐ろしく感じはするが、それも自分の目的へと向かうための彼なりの考えであるし、アルベドが言うように墳墓に所属するものであれば、誰であろうと穏やかに接するという。(現在、例外が1名いる模様)

 

 そして非常に興味深く、それでいて笑えない笑い話を思い出す。シズ・デルタ、先日の件でも分かったが彼女はあの年(あくまでナザリック基準)の少女らしく可愛いものが好きであるという。それ自体は確かに可愛らしいものであり、娘が欲しいと思う父親の願望を叶えた存在であるといえる。

 

 (俺は幸せ者だな)

 

 少しばかりの優越感に浸りながらアインズは比較的浅い所にある新しい方の記憶を掘り起こす。そんな彼女にとってはフクロウというものも十分可愛いものの部類に入るらしく、ある時、人形めいた戦闘メイドは統括補佐である宝石製の片目を持つ者に頼み込んだという。あの姿になって欲しいと。

 

 そしてそれを快く引き受けて鳥へと姿を変える男。その姿に自らの欲求を抑えきれずにまるで年ごろの少女が親からもらったぬいぐるみにするように飛びつき、力の限り抱きしめるメイドである少女と。

 

 ここまではよくある話であるだろうが、問題はここからだ。

 

 周囲に響くは、鈍い破砕音に、生々しく何かがつぶれる音であったという。そして少女の腕の中には力なく項垂れるフクロウ、その目は虚ろであったとか。

 

 なんとかその話が平和的に解決したのは今話をしている彼の姿からも分かるが、この一連の出来事には興味深い要素がある。彼は別に姿を変えても基本的な性能は変わらないはずである。そして双方のレベルは46に74と本来であれば、少女がフクロウを鯖折りにする事なぞ不可能であるはずなのだ。つまり……

 

 (俺たち自身も変質してきている?)

 

 ここでこれまでの事を回想していく、まずはニグン率いる陽光聖典たちとの戦闘だ。あの時は確かに魔法による攻撃を自分は防いでいたといえる。いや、むしろ。

 

 (そこはYGGDRASIL(ユグドラシル)の法則通りというべきか)

 

 つまり階位魔法同士によるぶつかり合いであれば、以前の法則がそのまま働くということであろうか?では、次に考えるのはクレマンティーヌとの戦いだ。あの時、彼女の渾身の攻撃を自分は受け、痛みも感じもした。仕込んであったのは、魔法であったというのに、陽光聖典たちと何が違うのというのか、そして先ほどの話の共通点、それは、

 

 (物理法則、あるいは肉体的な話になるというのか?)

 

 考えてみれば、あの時、思い出すのは正直恥ずかしいが、アルベドに自殺を止められた時もそうであった。自分たちの能力値を考えれば、あり得ないことが起きてみせたのだ。そう考えると自然と浮かぶこともある。

 

 (ツアーが言っていた)

 

 この世界には元々別の魔法があるはずであったが、それをかの八欲王があるアイテムを用いて歪めたという話。

 

 (この世界自体が何かしら欠損を抱えてしまっているということか?)

 

 世界にとって、大事な法則そのものが乱れてしまい、自分たちもその影響を受けている。だとしたら、これまで以上に行動に気をつけないといけないのも確かである。が、

 

 (今は目の前のことからだな)

 

 これまでなんとかなってきたこともあり、深く考えてそれで現在やっている事が疎かになってしまうのは問題であるとアインズはいい加減思考を切り替える。

 

 コキュートスもまた、彼がどのように話を締めるのか気になっていた。というか彼の話で自分がまだまだ未熟であることを思い知ったのだから。例え褒められた策でなくても目的を達成するためには、主に恩を返すためには、それこそ出来る事がほかにもあったのではないかと思うのだ。

 

 「以上が私の考えでございます。その上で言わせてもらいますが、やはりコキュートス様には尊敬の意を示したいと思っております」

 「ほう?」

 (何故)

 

 どうしてそんなことが言えるのか?自分は勝利出来ていないというのに、彼は続ける。

 

 「私であれば、そういった方法しか思い浮かびませんでした。アインズ様のお力とナザリックの設備を活用させて頂けるのであれば、それでも十分な成果を出すことが出来たでしょうが。問題が多いのも事実でございます、それに比べまして、正面からの戦闘で彼らの心を屈服させかけたコキュートス様は流石、墳墓の武人ということでございます」

 「そうだな、ウィリニタスよ。お前の言う通りだ。もっと言えば、コキュートスが私に対して罪悪感を抱いているのであれば、それは私の責任でもある」

 「それでしたら、私にもある程度の責任はあるかと思います」

 

 「アインズ様!!デミウルゴスモ何ヲ言ッテイル?!」

 

 本当に主に友はどうしたというのか、勝利を治めることが出来なかったのは己の責任だ。それをこの方たちが庇うのであれば、それは認めてはいけないことだ。

 

 「ア……」

 

 言いかけた所で主が手をかざして静止するよう示す、それならば、自分はそれに従わないといけない。その様子を確認したアインズは改めて口を開く。

 

 「そもそも、今回の件、私がコキュートスに制限をかけたのは、それは私自身の落ち目でもあると言える。なんせ私は彼の事を信頼出来ていなかったのだからな」

 「ソレハ当然ノ事デゴザイマス」

 

 何度でもいうが、自分はかつて墳墓へと攻め込んだ者達相手に大敗を喫しているのだ。そんな自分を信用してくれる主が寛大であるのだ。

 

 「いや、初めからすべての軍勢をお前に任せていれば、今頃はリザードマン達をナザリックの支配下に置くこともできたであろう。――それにだ、お前は何か勘違いをしていないかコキュートス?」

 「???」

 「勝利も何も、まだ戦争は終わっていないのだろう?それに、デミウルゴスからの報告で捕虜を捉えてあることも聞いている。その上で聞こう、お前は明日からの展開をどう考えている?」

 

 まだ任せて貰えているんだと思いたい気持ちを何とか抑えつけて武人は自分なりの考えを口にする。

 

 「人質交渉モ視野二入レマシテ、再度ノ降伏勧告ヲ考エテオリマス」

 

 勝利を治める事はできなかったが、それでも十分に墳墓の力を示すことはできたと判断をする。もしもこのまま潰し合いを続けるのはそれこそ、生産的とは言えないからだ。彼らの安全保障なども兼ねて無条件の降伏を迫るつもりであると主へと伝える。

 

 「そうか、……はは」

 (アインズ様?)

 「はっはっはっはっはっはっは!!!!」

 

 それは墳墓中の者達が思わず注目する光景であった。かの主が自分たちの忠義に答えて支配者像を意識した高笑いでもあると言えるし、主自身が心から喜ばれている光景でもあるように不敬ながら感じ入ってしまうのであった。

 

 「素晴らしいぞ、コキュートスよ。そもそもだ、まだことは途中だ。それをお前がどうとか考える必要はまったくない――ほかの者達もそれは分かっているな」

 「「「勿論でございますアインズ様!!」」」

 

 そう、戦争とはあくまで外交の一環である。つまり手段であって、目的ではないのだ。今回のことで言えば、自分たちはリザードマン達をその支配下に入れたいのであって、なにも彼らを殲滅したいのではないだ。目前の武人がかつてであれば、その力のままに相手と戦うことしかしなかってであろう存在が凄い変わりようではないか。

 

 それは嬉しさと同時に頼もしさからくるものでもあった。この武人であれば、墳墓の戦力の指揮をすべて任せてもきっと自分の期待以上の成果をだしてくれるだろという。失敗したとしても彼一人の責任にするつもりはないが。

 

 「だとすると、最後に攻撃を予告したのもその一環か」

 「ソノ通リデゴザイマス」

 

 要は心理戦だ。向こうはこちらの襲撃に備えて、その精神をすり減らすことであるだろう。そして当のタイミングで再び降伏を迫る。生物とは、時に知性があるものであれば欲求として楽な道に転がりたいというものがある。それを考えれば、彼の判断は正しいものであるのだろう。だからこそ、支配者は武人に笑いかけるのだ。

 

 「では、引き続き頼むぞコキュートス」

 

 コキュートス自身も主の優しさに感謝せざるを得ない。仮に今回の戦いがもっと酷い結果で終わったとしてもこの方は何かしらの理由を上げて自分を擁護したのであるだろう。そして今になってようやくかの方の狙いが分かったのだ。この御方は自分が失敗してもいいように、わざと制限をおかけになったのだろうと、そうすれば、すべては主がそう望んだからと言えてしまうのは先ほどのやり取りが証明している。

 

 (何処マデモ)

 

 優しい方である。だからこそ、自分はその期待に答えていかないといけない。それとこんな時だというのに、どこか安堵している自分がいることにも多少の戸惑いを覚えている。それは後ろに控えている少女を意識すると更に大きくなるようでそれが武人の心を揺さぶるが、それらを飲み込んで彼は主へと答える。この場に必要な言葉はこれだけだ。

 

 「オ任セ下サイ、絶対ナル支配者タルアインズ・ウール・ゴウン様、全テハ御身ガ望マレルママニ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、一見して痛み分け。しかしその実態は……その勝敗は明確についているのは、当事者たちであれば、嫌でも痛感するものである。先の戦いで戦場となった広場に最も近い、彼らの集落、全部族が過去の垣根を乗り越えて終結した村。そこは今、重い空気に支配されていた。哀傷、哀惜、哀悼とそれはすべて死んだ者たちを、そして未だに行方不明である者たちを思ってのものであった。

 

 「どうしたものか」

 

 集会所もとい会議の場には前は6人であったのが、今はその半数しかいない。では、残りの3人は死んだのか?と聞くのはあまりにも無神経と言える。知性を、いや、この言い方はよくない。心を明確な形でもつ生物が止まるのは何もその命の有無だけではない。蜥蜴たちの中心といえる6人ではあるが、死んだ者はおらず、一応全員命があるといえば、あるのだが……

 

 「ゼンベルはまだ……」

 

 今は他にも話し合うべきことがあるはずなのに、まるでそれから目をそらしたいがために出たその弱弱しい声にこの場に居合わせていたスーキュはため息をつきたくなるのを何とか堪える。いや、出来る事なら自分だってもうすべてを投げだしてしまいたいと思っているのだ。あの時、自分があの攻撃、突然ゾンビたちの攻撃の射程が伸びて不意を突かれたというに、自分たちが無事であったのは、本当に運が良かったとしか言えないからだ。

 

 「目覚めていないみたいですね」

 

 そう言った心の葛藤は出さず、できる限り普段通りの声音で返す。

 

 「そうか」

 「それよりも明日に関しての話をしなくてはいけません」

 「すーきゅの、いうとおり」

 

 こんな時でも冷静なこの人物には助けられる。思えば、かつての戦争でも彼が後方で指揮をとっていたと思い出す。

 

 「明日改めて、彼らは攻めて来ると言いました。それに対して私たちが出来る事は限られています」

 

 時間であれば、十分と言えないいが、まだある。戦争が始まったのは現実でいう午前10時頃であり、そして1時間足らずで終わったのだから。終わってみれば時が過ぎるのが遅く感じてしまうが、それはそれだけ濃密な時間を過ごしたとも言えることである。

 

 そして現在はまだ午後1時頃と言える時間帯である。よって、あがくのだ。それがどれだけみっともないものでも。しかし、

 

 「まず、再び戦うというのは」

 「むずかしい、とおもう」

 「無理だろう」

 「そうですよね」

 

 これからの種族の運命を左右する場というのに参加者全員がこれでは祖霊に顔向けができないなあと思いながらもそれが出来ない理由を確認していく。

 

 そもそも、先の戦いにしたって相手側が準備の為に時間をくれたのが大きいのだ。それを最大限に利用して設置したのがあの糸と木箱の罠なのである。それだけではない。

 

 「今度は前情報が全くありませんからね」

 

 前は自分が中心に相手の軍隊を調べて、それに合わせた戦い方をしたのであるが、

 

 (いえ、これに関してはどっちみち意味がないかもしれません)

 

 そうすることさえ、相手の罠の一環であったのだ。むしろ下手に情報を集めようとしない方がいいかもしれない。しかし、それでは何も分からない状態の戦闘となりはっきり言って今日ほど戦えるなんて事はないだろう。

 

 「では、避難する方向で行きますか?」

 「それも、むりかもしれない」

 「できる訳がない」

 

 今は仕方なく、自分が進行をしているが、こうもいう事すべてを一言で否定されるのは中々神経に響きそうである。それを何とかそれを堪えてその理由を問いかける。感情論で物を言うのは赤ん坊でもできるのだ。しっかりとした理論を自分は聞きたいのだ。

 

 「どうしてそう思うんですか?」

 「弟が――ザリュースが言っていたであろう。自分たちは見られていると」

 「あれは、あくまでそういう可能性があると……」

 「弟の言葉が信頼できないと?そう言うのか?」

 

 向けられるのは明確な殺意、もしも彼が傷心でなければ間違いなく殴られていたことであるだろう。それを諌めるのはあまりにもたどたどしく、下手をすれば、子供の言葉だと思われがちなそれでいて冷静な言葉であるり、それを受けて、彼も頭が冷えたらしい。

 

 「しゃーすーりゅー、おちつく」

 「すまない、キュクー、スーキュ」

 「いえ、私の方こそ失礼しました」

 

 面倒な人物である。今の彼は部族間連合の代表だというのに、同時にどうしようもない兄貴なのだと思い知るようであった。自分も余裕がないのかもしれない。少し考えれば分かることではないか、先の戦いにおいてスケルトン達が見せた戦術、あれは間違いなく自分たちがよく使う武器を考えて用意された防御策ではないか、その可能性を指摘した彼の弟の言う可能性も考慮しなくてはならない。

 

 「そうなりますと、逃げるなんて選択肢をとれば」

 「かえって、きけん。かも、しれない」

 

 そう、敵は不思議に紳士的なところを見せているのだ。開戦までの日にちであったり、当日だって先にあの赤い昆虫のような者が来て、攻めて来る時間帯を伝えて来たのだ。そしてそれを違えたりは決してしなかった。そんな相手に砂をかけるような事をすれば、元より戦力差が開いている状態だというのに、どうなるか想像もつかない。

 

 「では、素直に降伏しますか?」

 「うけいれてもらえるなら」

 「どうだろうな……」

 

 これも難しいかもしれない。自分たちは最初に降伏するよう言われた時に抗う道を選んだのだ。それが一回の戦闘で身の程を知ったので、今度は降伏しますだ。そんな相手を信じるものはいるだろうか?少なくとも自分が相手側の立場であれば、身勝手なものだと思うだろう。最も、あんな乱暴な事をする機会なんて一生ないだろうけど。

 

 「だったら、どうすればいいと言うのですか?」

 

 やや体を震わしながら出た言葉に答える者はいなかった。それはそうだろう。戦う事も逃げる事もかといって、無様に(こうべ)を垂れることさえできないのだ。

 

 彼らは答えのでない。かといって、投げ出すこともできない。生き地獄のような沈黙の時をしばし過ごすのであった。

 

 

 

 

 そんな会議に参加すべきであるのに、そうしないリザードマンが1人ここに居た。それはこの村に移る際に新しく作った小屋の前であった。それは一般的な四方を壁で囲んだものではなく、一面だけが大きく開けられており、まるで獣が住み着いた洞穴を思わせる作りであった。

 

 そこに横たわる一匹の獣、言うまでもなくロロロであるが、その体は重体であった。あちこちが拳大の刺し傷だらけであり、何より大きいのは外側の2本の頭は完全に両の目を潰れてしまっており、もう何も見る事は叶わいだろう。それでも首は生きているようであり、時折、首を寄せてくるのである。

 

 「すまない、ロロロ、本当に」

 

 ほかに気の利いた言葉が思いつかず、ザリュースはそう返すしかできなかった。あれから、まだそんなに経っていないというのがどうにも信じられない。まだ、自分もどこか夢心地のようである。いや、単に。

 

 (認めたくないのだな)

 

 あれは唯の夢であって欲しいと自分が思っているのだろう。なんと身勝手なことか、以前彼女に見せた気概というのはどこかへと行ってしまったのか、あるいは。

 

 (あの時)

 

 目前の獣が死にもの狂いで止めた敵軍の増援を戦いで出し切ってしまったのかもしれない。それだけではない。最適だと信じていた選択の数々、そのすべてが結果的にこの最悪な状況へとリザードマン達を追い詰めているのだ。

 

 (俺は……)

 

 ここに来て、怖くなってしまったのか?いや、それはない。ザリュース・シャシャというリザードマンもまた非凡である人物であり、同時に相当な数の修羅場を駆け抜けて来たのだ。そんな彼が今更、自己保身でこんな思いをするはずがない。繋がりというのは大きいものであり、上記の場を共に駆け抜けた友に大切な家族が死に目にあったことがその精神を追い詰めているのである。

 

 そして、その後姿を無力感に苛まれながら見つめる雌が一人、クルシュである。彼女もまた、何とか彼の力になりたいと思っていたが、その方法が何一つ思いつかないのだ

 

 (私って、とことん無知なのね)

 

 しかし、それも仕方のないことである。長年、その体質から誰からも気にかけてもらえず、必要以上に言葉を交わす事もなかった為に彼女には対人ならぬ対蜥蜴経験が圧倒的に不足しているのである。

 

 それと同時に彼女の胸にあるのはふたつの感情であった。どちらも何かしらに対する憤りであり彼女はそれを正しく認識していた。一つは何もできない自分への怒りであり、もう一つは今もなお眠り続けているであろう戦闘狂に彼の目の前にいる獣に対するどうしようもない程に膨れあがっているであろう嫉妬だ。一見関係がないように見えて、このふたつは今も項垂れている彼へ対する自分の想いの丈が生んでいるというもの。つまり、

 

 (私にとっても彼は)

 

 もう、かけがえのない存在であるのだろう。そう認めてしまうと体が頭が熱くなってくる。どうしようもなくあの雄が愛おしい。そんな思いが自分の体を内側から破って彼へと襲い掛かりそうである。そしてそれを自覚すると腹立たしく思ってしまう。

 

 (私もまた、無力なのね)

 

 愛する雄があんな状況であるというに、自分は何もできないのだ。今ほど、これまでの事が悔やまれる事はない、あの時、あるいはあの頃、少しでも何かしらでも何かやっていれば。何かできたかもしれないと思わずにいられない。

 

 そんな彼女の横を一人のリザードマンが通り過ぎた。

 

 (???)

 

 また一人、一人と増えてゆき、やがて無数のリザードマン達が彼女の隣を通り過ぎ、その者達は彼を囲むように立ち並ぶ。

 

 「あの……」

 

 思わずそんな声しか出せず、いつもの勢いはどこに行ったのかと自分で自分に突っ込みたくなってしまう。彼らがどういった目的でここに来たのかは察することができる。この戦争の発端である彼に文句を言いに来たのであろう。その気持ちも分かるが、だからといって、唯でさえ傷ついている彼にこれ以上の痛みを与えないで欲しいと彼女は切に願いながらも何とか静止しようと駆けだすが、次に彼女の耳に聞こえたのは罵倒の類ではなかった。

 

 「ザリュース!お前こんな所に居たのか。族長が心配していたぞ」

 「え」

 

 間抜けにもそんな声を上げてしまう。それもそうだろう。てっきり恨み言かと思えば、そのリザードマンから出たのは、彼を心配する声であったのだ。それだけではない。

 

 「お!あんたがフロスト・ペインの持ち主で有名なザリュースさんか」

 「ちゃんと飯は食ってるのか?随分やつれたように見えるが」

 「先の戦い、見事であった」

 「これがロロロね、うふふ、とっても可愛いじゃない」

 「おい、あっちで白いのが心配そうにしているよ、あなたの雌じゃないのか?」

 

 「まだ違います!!」

 

 最後の言葉を否定して、(しかし、完全に否定するのはどこか嫌であった)彼女もその輪に加わる。その無数の視線はすべてが彼に対して尊敬であったり、気遣うものであった。彼自身困惑しているのであろう。その顔は完全に状況に振り回されているものであった。

 

 それは実際その通りであり、ザリュース自身も何故自分にこんな視線が、いや、もっと言えば、

 

 (どうして?)

 

 自分は皆を巻き込んでとんでもない負け戦に突き合わせたというのに、

 

 「皆、怒っていないのか?」

 

 それは出来る事なら憎悪をぶつけて欲しいという願望であったかもしれない。これは別に彼に性癖がどうというものではない。時には罰を下してもらった方が罪の意識が軽くなるという時もあるのだ。それを聞いたリザードマン達はそろって呆れたように息を吐き、その内の一人が返す。

 

 「お前、何言ってんだ?」

 「いや、俺はとんでもないことを」

 「馬鹿言ってんじゃねえ」

 

 また別の雄がその言葉を口にしていた。彼は続ける。

 

 「確かによ、お前が発起人であるのは確かかもしれねええ、でもな、俺たちだって覚悟を決めて決戦に挑んだんだ。そうだろう、皆?」

 

 彼はそこで周りに同意を求めるように両手を広げて視線を斜め上へと向けた。

 

 「そうだそうだ」

 「僕もそうです」

 「わたしだって」

 「あたいもよ」

 

 それを確認して、少し満足したように鼻をならすと彼は再びザリュースへと向き直る。

 

 「それによ、お前の最後の頑張りがなければ、俺たちはこの時を過ごせていない。お前のお陰で俺たちは生きていられるんだ」

 「だが、奴らは明日にも攻めて来ると、――今度こそ俺たちは負けるかも……いや、負けるんだぞ?」

 

 それは彼自身が導き出した一つの諦めであったのだろう。だというのに、蜥蜴たちの顔は変わることがなかった。

 

 「それでもよ、少なくとも今日一日こうやって笑うことが出来たんだ。それは他でもねえ、お前のお陰だ」

 「そうですよ。それにまだ負けるなんて決まってはいない」

 「ザリュースに、族長たち、それに祭司たちのあれ、何だっけ?」

 「湿地の精霊(スワンプ・エレメンタル)よ馬鹿、それもあるし」

 「今や、俺たちは5部族、いや、かつての生き残りもあわせりゃ7部族連合だ!」

 「最悪、他の土地に逃げるのもいいかもしれない」

 「そこに先住民族がいたら?」

 「住処をかけて戦争を吹っ掛ける」

 「うわ、最低な発想だ」

 「でも悪くないよな」

 「今の俺たちならトードマン達にも勝てそうだよな~」

 「「「それだよな!!」」」

 

 「…………」

 

 まるで、これから壮大な演奏会をやるかのような、あるいは酒を片手に持って、花見会をやろうと言っているように和気あいあいと言葉を交わし合うリザードマン達の姿が彼にはまぶしかった。

 

 彼らにとって、先の戦いでのザリュースの働きは知っているし、何よりロロロの存在が大きいのだ。あれ程傷ついてその上であの獣は主人の為に戦ったのだ。そうなれば、獣にも敬意が生まれるし、その思いに応えて駆けた彼への評価だって上がるのだ。だからこそ、少なくともここに集まったリザードマン達に彼を憎むなんて考えはなく、むしろそう思うことこそ恥ずべきことであると彼らは一つの結論を出していた。

 

 それに悪い事ばかりではないのも確かだ。先の戦いは散々たるものであったが、同時に蜥蜴たちが更なる高みへと昇ったとその身をもって分かることもこの謎の暖かさの要因だったりする。

 

 「お前1人で戦っているんじゃねえんだ!何でもかんでも抱え込むんじゃねえよ」

 「……俺は……」

 

 そこで視線を動かして、一人の雌に止まる。自分が惚れた雌だ。彼女は母性を感じさせるような顔をみせて笑って言ってくれる。

 

 「そうよザリュース、貴方は1人じゃない。私たちがいるわ。最後まで出来る事をやりましょう」

 「クルシュ、俺は……いや、考えても仕方ないな。ありがとう」

 

 ようやく、笑顔を見せたザリュースであるが、その顔はどこかぎこちなく、薄気味悪い何かを感じてしまうクルシュであり、思わず問わずにいられないものであった。

 

 「ねえ、ザリュース」

 

 あなた、何考えているの?と聞こうとしたところで新たな声がそれを遮る。それも自分にとってはあまりいい印象がない声だ。それでも喜ばしいものである。

 

 「おう、ザリュース!!」

 「ゼンベル!目が覚めたのか?」

 

 まだ両脇にほかのリザードマンがいて彼を支える形であったが、何とか動けるようであった。

 

 「おうよ!親友の俺がいなくて泣いていたんじゃあねえか!」

 「まさか……そんなはずがないだろ……」

 

 そう言いながらも彼の頬を大粒の涙が流れていた。それを見て、先ほどの悪寒は何かの勘違いであったのかと彼女は思ってしまうのであった。

 

 

 

 

 時間とは、あっという間なものである。この日、アトラスは墳墓からの使者としての役割を受けた5人の中で唯一3度目の役割をこなす事になり、三度その村を訪れていた。そんな彼を向かえるのは蜥蜴たちであった。その目には未だ戦意が消えていないようであった。

 

 (コレハ)

 

 もしかしたら、もう一度、彼らと戦う事になるかもしれないと、その予想を打ち破ったのはある雄の叫び声であった。

 

 「使者殿!話がしたい!!」

 「キデンハ――ザリュースデアッタカ――ナニヨウダ?」

 「そちらの大将との一騎打ちを所望する」

 「ナニ?」

 「ザリュース!あなた、何を言っているの!?」

 

 蜥蜴たちの群れからひときわ目立つ白い声からして雌のリザードマンが彼へと問い詰めていた。それでも彼は取り乱すことなく、その話を聞く。

 

 「ドウイウ――ツモリダ?」

 

 詰め寄っている雌は何とか手でいなしつつ、彼は続ける。

 

 「そちらに俺たちの同族がいるだろ。200程」

 「ソノ――トオリダ」

 「その上で提案をする。そちらにとっても悪い話ではないはずだ」

 

 ザリュースは語る。その決闘でかけるのは自分たちの自由。蜥蜴たちはざわめきだす自分たちが誇る勇者は何を言いだすのかと。話は続く、リザードマン達を代表するのは当然、ザリュース本人であり、もしも彼が勝てば、今後自分たちには関わらないというものであり、負ければ、全リザードマンが無条件に墳墓の支配下に入るということであった。ただ、そのどちらにしても先の戦いで自分たちが捉えた捕虜を解放して欲しいというものである。

 

 (ナント――ナント)

 

 彼の胸を占めるのは、一種の失望であった。何ておこがましい雄であろうかと、それまでの印象がすべて壊れるようである。

 

 しかし、同時に狡猾な人物であるかとも思った。それを証明するように彼の言葉が耳に届く。

 

 「決して悪い話ではないはずだ。俺たちを欲しているあなた方の主にとっても」

 (コノ――オスハ!)

 

 自分たちの主の願いを見抜いたというのか?で、あるならば、おとなしく降伏すればいいというのに。しかし、主を思えば、その話を受けるのもどうかと彼は迷いを抱える。

 

 『畏まりました。その話、我らが主にお伝えします』

 「!!!――ウィリニタスサマ」

 

 いつの間にか自分の右肩に見慣れたフクロウ姿の統括補佐が居たのだ。その突然の出現に目前の蜥蜴たちも驚いているようであった。しかし、彼にしてみれば、即決しかねる話であった。

 

 (ソレハ)

 (当然、アインズ様も承認済みです)

 (サヨウ――デスカ)

 

 絶対なる支配者たるあの御方の名前がでるのであれば、自分はそれに従うまでだ。改めて、目前の雄へと向かい丁度昨日と同様に伝える。その時刻を。

 

 

 

 「ザリュース、何を考えているの!!」

 

 クルシュは問いかけずにいられなかった。彼の提案は身勝手なものであるが、何より許せないのは彼がその決闘で死ぬつもりだと確信したからだ。

 

 「あなた、死ぬつもりなの?」

 「そうかもな」

 

 肯定するように返されるその言葉自体も酷く恨めしいものに聞こえてしまう。

 

 「あの求愛はどうするのよ?」

 「勝手であるが、取り消させてくれ」

 

 あれだけ熱心に言い寄ってきたといういのに、それさえあっさりと捨てられるんだと彼女は彼へのこれまでの不満も重なり怒気が爆発する。 

 

 「最低よ、あなた――本当に最低よ!!」

 「クルシュ……」

 

 思わずその胸倉をつかみ、彼女は涙と共に彼へとおそらくこの戦争が始まって以来、彼が初めて浴びるであろう罵倒を喚き散らす。

 

 「勝手に求愛してきて!!散々、人の心を揺さぶって!!今度は死ぬからなかったことにしてくれ?本当に勝手よ!自分勝手だわ!」

 「そうだな」

 「私の心はあなたに縛りつけられているというのに!こんなにも縛り付けておいてこれなの!ねえ、答えなさいザリュース・シャシャ!!」

 「すまない……だが」

 「???」

 「惚れた雌には生きて欲しい」

 「!!!」

 

 もう声にならない声をあげ、彼女は泣き叫んだ。それはどうにもならない運命を嘆いてのものか、あるいはその運命そのものを憎んであげたものであるかは、その場に居たリザードマン達には判断の仕様がなかった。

 

 

 

 30分後

 

 

 

 第5階層、大 白 球(スノーボールアース)にてコキュートスもまた新たに命じられたことを遂行するべくその手の得物を研いでいた。主の意向で受ける事になった一騎打ち、そのナザリックの代表として自分が出ることになったのだ。

 

 (久方ブリデアルナ)

 

 こうして、主の為に武器を振るうのはと彼は感慨深げに冷気を吐く、やがて今の彼にとって最も安らぎを与えてくれる声が聞こえてきた。

 

 「コキュートス様」

 「エントマカ」

 

 彼女の声を聴くだけで、どんな時でもどのようなものでも不安が消えていくようであり、結局それは分からずじまいであるが、自分がやる事に変わりはない。

 

 「こちらをお持ちしました」

 

 差し出しされたお盆にのったそれはいつもの様に彼女御手製の菓子であり、それを受け取り武人はただ一言、言葉を返す。

 

 「感謝スル」

 「頑張ってくださいませ」

 

 

 同時刻

 

 執務室にて、アインズはある資料をまとめていた。それにはナザリックに所属する者であれば、たとえPOPモンスターであっても細かくのっている名簿と言えば、良いだろうか。そして現在彼が手にしているその名簿にはあちらこちらの名前の前に黒い点がうってある。意味合いとはしては「死亡、あるいは消滅」である。

 

 「………はあ」

 「モモンガ様」

 

 彼の哀感を帯びたため息に反応するのはその立場から当然と言うべきか、あるいはその想いから当然と言うべきなのかアルベドであった。

 

 「大丈夫だ、アルベド。戦う以上、私たちの側にも多少の被害はでるものだ」

 「ええ、ですが、それでモモンガ様が御心を痛めるのは」

 「アルベド」

 

 思わず胸が高鳴り、頬が熱を帯び、体から蒸気が出そうになる程。彼女にとってその声は優しく、それでいて凛々しいものであった。

 

 「お前が私を想ってくれているのは知っているしありがたいとも思っているさ。だがな、だからこそ、私はこの痛みを背負わなくてはならない」

 

 それは少し前に上げた彼がSMのどちらかというしょうもない話ではなく、アインズが決めている一つの覚悟の形だ。世界を相手に動いていくのだ。自分たちだけ傷つきたくないというのは、あまりにもご都合主義というものであるし、その死を忘れることは彼らの働きに対して最低の行いだ。だからこそ、自分は彼らをいつまでもその心に留めていなくてはならなし、いちいちそれで歩みを止めることも決してしてはいけないと。

 

 (だが、そうなると)

 

 NPC達が同様の目にあっても自分はそういった決断をし続けていかないとその胸に陰鬱という名の(もや)がかかったよう感じる。それは組織の長としては間違ったものではない、しかし個人としてはどうしても受け入れられるものではない。

 

 (モモンガ様)

 

 その様を見たアルベドは彼女で葛藤していた。まず来るのは自己嫌悪であった。

 

 (本当に、私は酷い女ね)

 

 何度も確認していることであるが、自分は既に真の臣下なんて名乗ることはできない立場である。目前で苦しむ御方を見れば、あの時、その願いの通りに。

 

 (違うわ、何を弱気になっているのアルベド)

 

 その考えはすぐに振り払う。これに関しては間違っていないと自分は言い切らないといけない。

 

 それは他の者たちからの言葉でも判断できることであった。特にマーレからの感謝は凄いものであり、あの涙目交じりのお礼を見てしまえば、ワガママを通す形でもあの御方を引き留めてよかったと思える。

 

 彼だけではない。墳墓には他にも主を親のように慕っている者たちが何人かいる。それは仕える者の感情としては不適切かもしれないが、彼女はそれを咎めようとは思わないし、むしろありがたく感じているのだ。

 

 (でも……やっぱり)

 

 自分の想いを伝えたのは失敗であったのかと心配になる。間違いなく自分が主へと抱いている気持ちが主自身の重荷の一つになっているのは時折、見せる姿から明らかではないか。それでもこの気の迷いを出せば、この方はもっと悩むことであろう。自分が悪い事なのに。そしてここからが、嫌悪の本当の正体だ。

 

 (欲しい)

 

 そう、ここまで主を苦しめているにも関わらず、それでも願わずにはいられないのだ。この御方の子供を産みたいと、それは例の現地産マジックアイテムの存在を知っている事が拍車をかけているとも言える。

 

 主が子供好きであることはナーベラルからの報告でも分かっている。モモンとして活動している時に例え見ず知らずの家庭の子供であっても抱き上げたり、肩車をしている姿を何度も見ていると、それは単に主が英雄像を作る為に仕方なく……という訳ではなく心から望んでやっていることはその時に見せる笑顔から本心から望んでやっていることは間違いの可能性の方が低いというのが、彼女の話だ。それを聞いた双子が面白くなさそうな様子を見せたのも思わず笑ってしまいそうなものである。要はヤキモチだ。

 

 (いい加減、立ち直りなさいアルベド。私がこれでは、この御方に安らぎは訪れないわ)

 

 その回想が彼女を奮起させる。その考え方は一歩間違えれば傲慢と言われかねないものであるけど、それだけ彼女が自らの主を愛しているという彼女なりの覚悟である。決して、この御方から離れず最後まで共にあり、尽くしていくと。そして、それだけ想っているからこそ、自分が何をすべきか、自然と分かるのだ。

 

 「モモンガ様」

 

 彼もまた、その時に彼女見せる笑顔に多少、心が軽くなると同時に今すぐ抱きしめたいというどこからか湧いてくる衝動を何とか抑えながらその言葉に返答する。それだけで精一杯だったりするのだ。

 

 「何だ?」

 「例え、私たちの内誰かが、この先、命を落とすことになってもそれをモモンガ様が重荷に感じる必要はありません――申し訳ございません、言い方が悪かったですね。そうならないようこれからも私たちは尽力しますし、今回のことで散った者たちにしても決してアインズ様を憎むことはなく、そうしてその存在を貴方様が気にかけてくれるだけで彼らは十分満足しているはずですし、幸せ者なんですよ――少なくともそこまでモモンガ様、いえアインズ様に思って頂いている彼らが私は羨ましく思います」

 「アルベド……」

 

 その言葉は個人としてのモモンガ、支配者としてのアインズ。その両方に向けられたものである。

 

 何度目だろうか、彼女の言葉に救われるのは、そして湧き上がるのは欲求であった。そんな彼女の唇に口づけを交わして、そのまま体を重ねて、それから激しく彼女の体をまさぐりたいと、彼女のその美しい体を貪りたいと、生存本能が生み出す雄が雌へと抱く自然的とも言える欲望が生まれてしまい。決して拒まれることもないだろうと思わずそれに従いそうになって右手を伸ばしかけて、何とか抑える。

 

 (駄目だ、駄目だ駄目だ)

 

 次に浮かぶのは自傷であり疑問であった。自分には性欲なんてものはないはずであるのは以前の接待の件でも分かっているではないか、それが何だこの衝動は?どこから湧いてくると言うんだ。と醜い自分を意識してしまうようである。

 

 (いい加減、立ち直れよアインズ・ウール・ゴウン!今のお前は絶対の支配者なんだ!)

 「ありがとう、その言葉が私を支えてくれている。それに、そうだな――ザリュース・シャシャか」

 「はい、今回コキュートスが戦う相手でございますね」

 

 話題を変えるという意味合いもあるが、純粋にアインズはかの蜥蜴たちの勇者のことが気になっていたのだ。

 

 「その男?雄だが、何もこちらの戦力が分かっていない愚者という訳ではないのだろう?」

 「はい、それは(にい)、……ウィリニタスからの報告でもそう聞いております」

 「別にそれくらいは気にする必要はないのだが、そうか、あいつがそう評するのであれば、間違いはないだろう」

 

 かつて、統括補佐は戦士長、ガゼフ・ストロノーフと邂逅しており、その時にかの男の美徳を知った。そしてそれと同じ物を今回の件、ザリュース・シャシャにも感じたという。

 

 (自らの命を投げうってみんなの未来を護るか)

 

 自分たちの目的を見抜いて彼が一騎打ちという方法をとったのであれば、相当な人物である。これであれば、最小限の犠牲で戦いを決することが出来るのだから。だが、その内容を考えれば、本人の命は保証されるものではなく、だからこそ彼への敬意が生まれそうであった。

 

 それはかつての自分が下した判断よりもずっと立派だと言える。自分はただ、許しが欲しくて、逃げたくて、ああいった行動に出たのだ。そうなれば、自然と思ってしまう。

 

 (そんな彼こそ、協力者になってもらいたい)

 

 押し付けがましい勝手な願いであると、分かるが。それでもそれだけの人物である訳であるし、だからこそ気になるのだ。かの武人がそれをどうするのか。彼に任せている以上、どのような結果になっても自分は受け入れていくべきである。が、それでも期待せずにはいられないのだ。

 

 (お前がどうするのか、楽しみにしようコキュートス)

 

 

 やがてその時を向かえる。

 

 その広場に集まるのは、2種類の者達、リザードマン達とそして、蟲やどちらかというと昆虫に近い容姿を持つ者たちであった。

 

 そして一方、蜥蜴たちの中から現れたのは、1人の雄。ザリュース・シャシャであった。その手には彼の切り札にしてリザードマン達の至宝であるフロスト・ペインが握られており、その背には一本の槍が背負ってある。

 

 彼は一度立ち止まるとそこで周囲を見回す。どの視線も自分を気遣ってのものであった。それがとてもありがたく、そして。

 

 (覚悟を決める)

 

 ことが出来るというものである。見回してみれば、知った顔もいくらかある。戦士頭に狩猟頭はどうやら無事だったらしい。しかし、いない者たちもいる。

 

 (ソーリス)

 

 あの若者も先の戦いで戦死したのは、確認済みである。残念な気持ちもある。いつか、彼ともっと戦いについて語りあいたいと思っていたのだから。今、自分が持っている槍は彼の遺品だったりする。ほかの者達に聞いても自分であれば、彼も文句はないであろうという事であった。

 

 (兄者……)

 

 連合代表として、この戦いを見届けに来たのであろう。そして彼に頭を下げる。それは必要なことであった。

 

 (世話になった)

 

 勝つ可能性が限りなく低いため、そう思うのもまた仕方ないと言えよう。自分は下手をすれば、死ににここに来たのである。それから辺りを見まわすが、最後に見ておきたい顔を見る事は出来なかった。

 

 (クルシュは……いないか)

 

 仕方ない、自分は彼女に対してひどい事をしたのだから。友の姿が見えないのはまだ全回復ではないのだろう。彼もいい加減覚悟を決め、正面を見据える。

 

 

 そして蟲たちの中から出て来るのは、彼らの主人にして大墳墓の階層守護者が一人、コキュートスである。彼の武装というのも、酷くシンプルでありその一つの手に握られている刀が一振りだけだ。勿論ただの刀ではない。

 

 斬神刀皇

 

 かつて彼の創造主も使っていた。彼が持つ武器の中では最大の切れ味を誇る業物である。

 

 彼らは互いの陣営の者達が見守る中、湿地帯の中央へと歩みを進め、対峙する。ザリュースはどこからか来る恐怖感で取り乱したくなるのを何とか抑える。以前会った使者とは桁違いの何かを感じているのだ。

 

 「貴様ガ、ワタシノ相手トイウコトカ」

 「ああ、そうだ。俺の名は」

 「少し待ってもらおうじゃねえか」

 

 名のりを途中で遮って、現れたのは異様に右腕で巨大な雄のリザードマンであった。

 

 「何ノツモリダ」

 「ゼンベル、今はお前のおふざけに付き合う暇は」

 「まあ、聞けや」

 

 戦闘狂の話によれば、自分たちと武人の間には圧倒的な実力差があるのだから。今更自分一人が増えた所でそんなに変わりはないだろうと。

 

 (確カニ)

 

 武人としてはどちらでも全力で刃を振るうのは変わらないので、別にどちらでも良くその申し出を受けることにした。

 

 「改めて名乗ろう。ザリュース・シャシャ」

 「ゼンベル・ググー」

 

 「我ガ名ハコキュートス、偉大ナル御方ニ仕エシ者ナリ」

 

 (この上にもいるというのか)

 

 その言葉に戦慄を覚えながらもザリュースとゼンベルの2人は武人へと挑まんが為に、駆ける。まずはザリュースがその右肩を狙い、至宝たる魔法の(つるぎ)を振るうが、

 

 「遅イ」

 

 武人はその攻撃を刀で受け止めてみせるのであった。

 

 「おらああ!!」

 

 続くようにゼンベルが突き出す拳も同じようにその刃の腹で受けてみせるのであった。

 

 (やはり)

 

 この人物はこの武器だけで戦うつもりであるのだ。それならば、友と目配せをする。

 

 (やるぞ、ゼンベル)

 (おおう、ダチよ)

 

 それはつまり、先ほどのやり取りが演技であるという訳ではないが、この僅かな時間で何かを思いついたという事でもある。一体彼らは、

 

 (何ヲ狙ッテイル)

 

 武人もまた考えていた。彼らがその動きで何をしようとしているのかを、

 

 「よそ見してんじゃねえ!!」

 「不意ヲ撃チタイナラ声ハ控エルベキダ」

 

 右足を狙ったであろう、その拳を刀で受け切る。彼にとってはそんなに難しいものではなかった。確かに目前の雄たちはリザードマン達でも強い方であるのだろう。しかし、それ以上に武人の身体能力が高いのも確かな事実であり、そんな彼にとって、彼らの動きというのはすべてが見えているのである。どれだけ動きで翻弄しようとしても無駄だ。と彼はザリュースに対しての評価を下げつつあった。

 

 彼の動きはどこかぎこちなく、指揮官スケルトンが率いる部隊との戦いで見せた気概というものはどうにも感じなかったのだ。

 

 (ヤハリ、コノ雄ハ)

 

 この場に死にに来たのであろうか、だとすれば。

 

 (尊敬ハシヨウ)

 

 その命を持って一族を比較的安全な方向へと進めたのであるのだから。それでも失望を抑えることが出来ないのは、どこか期待をしていたのだろう。この雄であれば、この状況でも何かをしてくれるのではないかと。

 

 「うおお!!」

 「遅イ」

 

 だが、実際はひたすらにその武器を振るうだけであり、自分の首を狙ったであろうその横なぎを受けるも何も感じることができずいい加減終わりにすべく、それをはじき、彼は容赦なくその相手が死なない程度に切り裂く。

 

 「く!!」

 

 軽く胸元を斬られたザリュースはその場に仰向けに倒れてしまう。斬られたという認識すらなかった。気づけば血が噴き出していたのだ。

 

 「次はおれだああ!!」

 「ダカラ……」

 

 何度もそう思っており、そして何度か忠告したのに。それでも馬鹿正直に叫びながらつっこむその雄にいい加減武人も堪えきれず。

 

 「声ヲ控エロト言ッテイル!!」

 

 彼にしては珍しい怒声。本来コキュートスとは冷静に状況を見極める目と思考を持っている守護者である。それも当然、なんせ、彼は正に多種多様な武器を使うのだ。その全てをその感性がなせる技というのはいささか無理がある。そして、その彼が一瞬とは言え、激高するほどに彼らが愚かなことをしていたとも言える。その代償は大きい。

 

 「ぐわあああ!!」

 

 巨大な右腕を失ったゼンベルは狂乱気味に叫びながらその場に倒れてしまう。確かに重症であるものの、治療さえすれば、

 

 (死ニハシマイ)

 

 その腕に少し違和感を感じたが、それよりも目の前の雄である。彼の返り血を浴びたのかその雄もまた真っ赤であった。

 

 「一人減ッタ。ドウスル」

 

 勝ち目はないのだと、早く諦めて欲しいと、いや諦めろと彼は刀を突きつける。しかし、その雄は、ザリュースは、息を切らしながらもその提案を拒否するのであった。

 

 「まだ、諦めきれないのでな」

 

 そして、彼はここでその剣を一度空に掲げる様に構え、そして振り下ろした。

 

 「氷結爆散(アイシー・バースト)!!」

 

 彼を中心に広がる冷気に防がれる視界。しかし、それでも武人の氷のように冷たい冷静さは失われることはなかった。

 

 (マタカ)

 

 これは自分も見ているのだ。単に不意打ちの精度を上げるのであれば、もうその意味もない、そのカラクリを十二分に理解しているのだから。そして、その武器を持った影が飛び込んでくるのが見えて、彼は刀を振るう。

 

 「同ジ手ヲ二度モクライハシナイ」

 

 しかし、見えたのは違う光景であった。

 

 「へへ、やっぱりおめえ、良い奴だぜ」

 「ナニ?!」

 

 フロスト・ペインを持って突撃を仕掛けてきたのは、先ほど倒した雄であったのだ。失ったはずの腕にはしっかりと糸が縛ってあった。

 

 (止血)

 

 それをすれば、確かに出血を抑え、動くことはできるであろう。だが、片手でどうやって?いや、これこそ先の違和感の正体。

 

 (予メ、結ンデイタ)

 

 そう、戦う前から緩んだ状態で糸をつけておけば、後はさほど苦労しないで縛ることはできるであろう。だが、どうして、まるでそれでは。

 

 (斬ラレル事ヲ望ンデイタ?)

 

 そうだろう。まるで、腕を切断させるのを狙っていたかのように。その答えが出る前に次の攻撃が来た。いや、正確には自分が刀を振るうのとほぼ同じタイミングであった。流石にそれを刀で受けることはできずに空いた方の手の指を使い挟む形で止めようとするが、その感触はまるで油を触ったように、上手く力が入らず滑るようであった。

 

 (ナ)

 

 それは、大量に血がついた槍の先端、それを構えるのはザリュース・シャシャ

 

 「…………」

 

 それはほんの6秒間の出来事であったが、当人たちや当事者たちにしてみれば、悠久に等しき時間であった。武人は彼らの狙いを知ると同時に彼の目が死んでいないことに驚きを感じていた。

 

 (ソウイウ事カ)

 

 すべてはこの一撃の為であった。わざと愚者のように振舞っていたのも、そしてゼンベルが片手を斬らせた事もすべてが、

 

 何故腕を斬らせたのか?大量の血液を獲得するためと、それで彼は終わったものだと自分に思わせる為であった。いや、それだけではなく、彼らの体格を似せる狙いもあったのかもしれない。先ほど飛び込んできた雄を勘違いしたのは、右腕を半分失ったゼンベルがザリュースに近い体格であったのも大きい。

 

 別にそこまで似ている必要はない。どちらかと言えば近いという認識でいいのだ。それを誤魔化す為の冷気による煙幕、彼ら自身がそれをどうやって防いだのは考えれば分かりそうであるが、もうすべては遅い。やがて、手をすり抜け槍が自分へと到達する。

 

 ゼンベルもまたその瞬間を待ちわびていた。彼はある程度であれば、魔法攻撃を防ぐ術を先の戦いで身に付けたのだ。

 

 (苦労したぜ)

 

 腕は痛むし、体は冷たくなっているが、それでもこの状況に持ってくることが出来たのだ。それには、目前の武人にも感謝をしなくてはならない。

 

 彼はその力量差から自分たちを殺さずに屈服させるつもりであったのだ。それは彼も戦死の本能で分かっていたことであり、その驕りが今回の勝負所であった。

 

 だが、それは結局の所、この人物の優しさという所であるのだろう。無意味な殺害はよしとしないと、集団戦闘であれば、仕方ないが、こうやった決闘であれば、それも選択肢の一つであるのだ。

 

 それは戦争前に自分が立会いをしたあの1戦からも言えること。その上でその選択をした武人に感謝もするが、今自分が叫ぶことはそれではない。

 

 「いけえええ!!ザリュースううう!!」

 

 クルシュもその光景を見ていた。見つかりたくなくて、隠れていたのだ。そして気付けば泣いていた。別に彼は死ぬつもりはなかったのだ。いや、正確にはその可能性を考慮していたのだろうが、別に諦めた訳ではないのだ。こんな時でも生きることに一生懸命であった。

 

 (本当に凄い雄ね)

 

 自分はとんでもない人物に惚れられ、そして惚れてしまったらしい。彼女はただ、彼の勝利を願い、腹の底から咆哮する。

 

 「勝ちなさい!!ザリュース・シャシャ!!」

 

 二人の言葉を受け、その雄はひたすらにただ、目の前にある岩を体すべてを使って押し出すように槍を押し込む。狙うのは、唯一点、心臓があると思わしき場所だ。どのような生物であっても生きている限り、そこに活路があるはずである。と信じて彼はあらん限りの力を込める。

 

 「うおおおおお!!」

 

 その光景に魅せれているのは、何も現地の者達だけではない。かの支配者もまたその雄に畏敬の念を抱いていた。

 

 (これは)

 

 あの雄は死にに来たのではない。こんな時でも勝利を、勝つことを目指していたというのだ。その瞳は強者へと挑む雄の目であり、正に彼の生き様だ。

 

 (本当に俺とは大違いだな)

 

 そして次の光景を見て、胸が激しく苦しみそうになるのを何とか抑え、傍らにいた悪魔へと問いかける。

 

 「デミウルゴス、これは」

 「はい、アインズ様。私なりに調べてあることがありますが、こちらに関してはまだ何とも言えない状態でして」

 「そうか、いや、分かっただけいいさ、気長にやればいい」

 「お気遣いの言葉、ありがとうございます」

 (そうだよな、俺が気づいていて、こいつが気づかないはずがない)

 

 それでも、武人の勝利を信じて疑わないのは、彼の身体の頑丈さを信じてのものだと支配者は結論付ける。

 

 

 「コキュートス様!!」

 

 意外にも声を上げたのは、その少女であった。

 

 「エントまさん?」

 「いえ、失礼しました」

 

 直ぐにいつもの調子にもどるメイドであったが、ヘラクレスにもその気持ちは理解できる。何せ、あの雄が見せた迫力はそれ程のものであったし、信じられない光景であるが、それでも主人たる武人の勝利を疑う事はなかった。

 

 そう、確かに槍は武人の胸へと届き、僅か、本当に僅かであるが傷をつける事に成功したのだ。食い込んだところから、人とは違う色合いの体液が溢れだす。しかしそれだけだ。それ以上槍を進める事は出来なかった。

 

 「此処マデカ」

 「く」

 

 その言葉で緊張の線が緩んだように崩れてしまうザリュース、ここまでのことでその体力を使いきってしまっているのだ。それも無理のない事であり、決して誰も責めはしないだろう。そして武人もまた考えていた。こんな時だというのに、とんでもないことを。

 

 (モシモ)

 

 自分が、墳墓の階層守護者コキュートスではなく、唯のコキュートスであれば、この戦い、自分は彼らに負けを認めていたと。それだけのものを感じたのだし、同時に自分はまだまだ未熟な存在だと思い知ったからだ。

 

 今回勝てたのだって、自らの創造主がくださった力の賜物であり、自分は何もできていないのだから。胸の傷は痛むが、こんなもの主の御心に比べれば何ともない。そして自分の役割というものも把握しているつもりであった。

 

 「俺たちの負けだ……殺せ」

 

 それは彼なりのけじめであるのだろうが、自分がそれを許す訳にはいかないのだ。

 

 「ソレハ出来ナイ」

 「何故だ?憐れみのつもりか」

 「違ウ、ソレハ私ノ判断デ決メラレル事デハナイ」

 

 既に彼らは主の所有物のようなものであるし、それは別にしてもこの雄には生きて貰わないといけない。

 

 「だが、俺は」

 「逃ゲルナ」

 「な……にを?」

 「御前ハ敗レタ、コレカラハ我ラガ主ノ支配下デ見苦シク足掻イテ見セロ」

 「……俺は」

 

 「そうよ!お願いザリュース!」

 「クルシュ」

 「生きなさい!逃げるな!」

 

 それは、彼女の本心でもあったし、そして雄がどうしても諦めきれない思いでもあった。

 

 彼女と共に。

 

 (俺は)

 

 敗北して、それで死ぬことも許されず、だというのに、それを受けいれてしまいたいとみっともなくも思ってしまい。彼は力なく項垂れながらもその言葉を受け入れるしかなかった。

 

 「分かった。俺たちはあなた方の支配下に下ろう」

 

 多くの者達の命を奪い、それぞれの胸に様々な変化をもたらした戦争はここに終結したのである。

 

 

 その夜、武人は主から呼び出しに応じ、執務室に来ていた。その部屋には自分と主の2人だけであり、何の話であろうかと、彼は不安を感じたが、それは杞憂であった。

 

 「よくやってくれたコキュートス。今回の事に私は非常に満足している」

 「ソレハ」

 

 あまりの嬉しさに上手い言葉が出なかった。

 

 「その上でお前に聞いておきたいことがある。私は、アインズ・ウール・ゴウンはお前という刀を振るうに足る主人であろうか?」

 「マサカ……」

 

 そんな事を気にしているというのか我が主は、その優しさには底がないのではないか?敗れた自分を信じてくれて、それでも至上の結果を出すことが出来ない不甲斐ない自分を使うに足るか、だって?そんなもの決まっている。

 

 「私コソ、貴方様ト言ウ至高ノ御方ガ手ニスルニハ、余リ二モ(ナマク)ラデゴザイマス」

 「別にそう聞いている訳ではないが……まあ、いい。それはそうとお前の能力は今回のことで十分に証明されたと言える。改めて、ナザリック地下大墳墓に所属するすべての軍勢の指揮をお前に預ける。頼まれてくれるな?」

 「勿論デゴザイマス」

 

 そう答えるしかない。まだまだ、自分には未熟な所だらけであるが、それでも前に進むしかないと覚悟を固める武人であった。

 

 それから、自室に戻った彼はエントマの治療を受けていた。いや、傷やダメージ自体は既にポーション等で治療済みであるが、どうしても彼女はそれでは納得しないのだ。槍を受けた部分を濡れた手ぬぐいで拭いてくれている。

 

 「大丈夫ですか?コキュートス様」

 「イヤ、傷デアレバモウ」

 「単に肉体だけの話ではありません。私はコキュートス様の御心が心配なのです」

 「…………」

 

 言葉が出なかった。そう、この少女はそれを心配してくれたのであり、それが無性に嬉しい。そして思い出すのはあの対話の後、彼へと抱き着いた雌のリザードマンである。

 

 (嗚呼)

 

 ようやく、自分の心の変化が分かったようである。コキュートスは、エントマへと手を伸ばすと、その体を自分の胸へと押し付けるように動かした。彼女は少々、驚きながらも決して拒絶はしなかった。

 

 「コキュートス様?あの、……何でしょうか?」

 

 抱きしめたいと思いそうしたが、どうしても体格差がそうさせるのか、客観的に見れば、大人が子供を胸に抱いている構図であった。それでも接触しているところから暖かなものを感じて、彼は答えをだす。これが、

 

 (愛オシイト言ウモノカ)

 

 だが、これを表に出す訳にはいかない。何故なら、主だって、アルベドにシャルティア、それに妹のように感じている彼女の想いに応えていないのだから、それは単に主自身の問題であることもあるが、墳墓の方針が関係していることも確かであろう。だからこそ、自分だってそうすべきであるが、もうしばらくはこうしていたいと心から思うコキュートスであった。

 

 

 

 

 その者達は後悔していた。何だあれは?と、その姿はまるでカエルが人のように立った種族。そう、かつてリザードマン達に勝利した歴史を持つトードマンである。

 

 事は数日前、墳墓の使者だという、骸骨が来て、自分たちに降伏しろと言うのだ。何を馬鹿な事を言っているんだと笑って出来るのならやってみろといったのだ。

 

 その結果がこれだ、飛んでくるのは、無数の槍に矢、それに雷であったり炎であったりするのだ。何だあのスケルトンは?何だあのゾンビ達は?それは自分たちが知っているそのどれにも当てはまらなく、彼らは絶望の声を上げる。

 

 「ひいいい!!」

 

 彼らには大型のモンスターや魔獣を操る技術があるのだ。一匹の魔獣が彼らへと向かう。それは4本脚の像のような魔獣であった。その巨体を生かして彼らを潰す算段であったのだろうが、彼らはあり得ない動きを見せた。

 

 (連結の陣!!)

 (((了解!!)))

 

 彼らは素早く縦にまるで梯子を作るように組み合わさった。まるで、組体操の様であり、5体で1柱その高さは10メートル程。そしてそれが5本出来上がり、その者達は全員が膝を折りながら魔獣に向けて倒れる。丁度その柱の先端が魔獣へとぶつかる、しかし崩れはしない頂上のスケルトンが盾を構えているからだ。そして彼らは、

 

 (一斉の、で)

 (((どっせい!!)))

 

 曲げられた膝を一斉に伸ばす。その動きが生み出す弾力に弾かれ、巨体がトードマン達に叩きつけられる。

 

 「うわああ!!」

 

 本当に何なんだ!こいつらは?その未知とも言える光景が不気味な恐怖を生み出していく。

 

 

 

 迫りくるは絶望の軍勢

 

 

 第4章 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルシュは歩きながらあれからの事を思い出していた。彼が負けを認めて、部族連合はそのまま彼ら、正式名称はナザリック地下大墳墓というらしい――の支配下に入る事になった。その際に相手方に捉えてあった同族達は解放してもらい、偉大なる御方という方の意向でそのままあの村がほとんどのリザードマン達の新たな住居となることになった。

 

 そう言った言い方をするのには当然理由があり、例外たるリザードマンもいるのだ。その数人は人質としてある村へと移住してもらうよう命令が来たのだ。正直、陸上で生きるのは不安があるが、逆らえる立場でない為従っているのだ。そう、彼女もその一員であった。

 

 しかし、同時に嬉しく思ってしまう部分もある。それは、

 

 「何だ?俺の顔に何かついているのか?」

 「別に何もないわよザリュース」

 

 彼が一緒であるという事と、

 

 「~~~」

 「ロロロ、お前は相変わらずだな」

 「大丈夫よ。あなたをのけ者にはしないわ」

 

 この獣も一緒であった。先の戦いでロロロが見せた姿に敵方も感銘を受けたのか、一度、赤い髪を持った人間の女性、当然墳墓の者であるという人物が来て、魔法――それも自分たちが知らないものを唱えたと思うとロロロは何事もなかったかのように体の傷がすべてなくなっていたのだ。やや複雑な気持ちはあるが、それでもいい事に変わりはない。しかし、それでもしばらくは体を休めてもらう為に自分たちは自らの足で歩いているのだ。

 

 そう、いきさつはともかく新しい土地に愛する雄と愛らしいペットと共に移り住む。それは人間に限らず雌にとっては一つの憧れであり、胸が躍る状況と言える。だからこそ、不満も生まれる。

 

 「おい、村はまだかよ」

 「もう少し頑張れよ、ゼンベル」

 「あなたには耐えるという概念はないのかしら?」

 

 本当に粗暴な雄だ。同時に思う。何でこいつも一緒なんだと、彼さえいなければ完璧であったのにとわりと本気で思ってしまう。

 

 「俺だって重症なんだぜ?全身火傷に右腕がどっかいっちまった」

 「それだって治してもらったのでしょう?」

 「そうだけどよ」

 

 今回の戦争、彼は死ぬことこそなかったが、中々の大けがであった。だというのに、彼女に彼を労わる気持ちはこれぽっちも出てこなかった。簡単に治してもらったものもあるが、最初の印象がよほど悪かったのであろう。いつか漆黒の戦士が思いふけったように、第1印象とはかなり大事な要素であるようだ。

 

 「おい、ロロロ、お前からも何か」

 「~~~」

 「何で離れるんだよ!!」

 「やめなさいよ、ロロロが怖がっているじゃない」

 「待てや!何で俺よりクルシュに懐いてやがんだ?」

 「怖かったわね~ロロロ~もう安心よ~」

 「~~~」

 「おいおい、俺の方が付き合いはあるはずだぜ?なあ、ロロロ」

 「~~~」

 「そっぽ向くんじゃねえよ!!おい、ザリュースお前からも何とか言ってくれよ」

 「はは、無理じゃないか?」

 「そりゃあ、ねえだろ!!」

 

 騒ぎながらも目的地を目指す者たち、やがてそこに辿り着いた彼らを向かえたのは、3人の人物であった。

 

 三つ編みにした髪を片方に流している少女と、一度自分たちも会っている赤毛の女性、そしてローブを纏い、仮面を身に付けた性別が分からない3人目だ。中央に立った少女が口を開いた。

 

 「ザリュース・シャシャさん、クルシュ・ルール―さん、ゼンベル・ググーさん、それにロロロ……さんですね」

 「ああ、そうだ」

 

 こちらを代表するのは彼だ。これは一つの確定事項のようなものであった。それを受けて、少女は笑顔をうかべ、両手を開く動きをする。まるで、その胸に飛び込んでこいと言っているようであった。

 

 「私はあの方の養子であります、エンリ・エモットと言います。ようこそカルネ村に。私たちはあなた方を歓迎します」

 「ああ、いや、はい、よろしく頼みます」

 

 普段使いなれていないであろう言葉を必死に使う彼の姿がどこか可笑しくて、それでいて愛おしくて、彼女は内心微笑む。これからどうなるか、分からないが、それでも彼とあの獣と、ついでに粗暴な暴れん坊がいれば、何とかなりそうだとクルシュは不安を抱くことはなかった。

 

 クルシュ・ルール―、彼女はその体質から天涯孤独であるはずであったが、奇怪な運命に巻き込まれ、そして数々の出来事を乗り越えて、家族というものを手に入れた。

 

 以上が、ある雄と雌の物語の結末である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




 原作4巻分終了、いつもの様にいろいろ挟みます。

 それと、活動報告などの欄も活用していこうと思っていますので、良ければ覗いてみてください。時には皆さまのご意見を求める時もあると思います。


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幕間その5 変わりだす物語

 今回、登場するオリキャラですが、ある有名作品の影響をもろに受けています。これってパロディタグをつけるべきでしょうか?良ければご意見お願いします。


 ナザリック地下大墳墓とリザードマンたち5部族連合の戦争は墳墓側の勝利で幕を閉じた。一見すると本来の世界線と変わらないように感じるが、明確な違いも生まれてきている。

 

 一つは彼らの待遇であろう。戦後、デミウルゴスとザリュースの共同で、大規模な養殖場の建設が行われた。それはリザードマン達の集落は勿論であるが、計画の中心であるあの地もそうなのである。

 

 「ザリュースさん、調子はどうでしょうか?」

 

 カルネ村、新しく作られたその施設にて、少女はその蜥蜴へと声をかける。簡単に見えて、常人では絶対できない事でもある。理由は簡単、少女が元々所属していた国……おっと、失礼まだ所属であり別に独立したわけでも捨てられた訳でもない。いやその言い方でも少女は苦い顔をすることであろう。あの出来事から特に国から何か連絡がある訳ではなかったからだ。

 

 賠償金だとか、見舞金が欲しいのではない。ただ、大丈夫だったかと言葉をかけて貰えればそれでだいぶ救われるというのに。それすらないとは、いよいよ自分たちはあの国にとって特に興味もないのだと、少女は無自覚に思い始めて、自分で気づかずに人間不信になりつつあった。だが、その対象は専ら貴族であり、自分と同じ村人であったり、他所の国からの難民を受け入れる器はある。無論、それは少女の強さでもあるのだろうけど養父を中心とした人たちに囲まれているのもある。

 

 と、話がそれてしまった。王国では亜人というものは、如何様なものでも薄汚い、あるいは野蛮で恐ろしい存在という認識である。その事を踏まえれば、やはり少女はというよりこの村が既に異常であるが、それも今更というものだろう。

 

 「あ、いえ、はいエンリさん」

 

 声をかけられた蜥蜴人の雄が言い直したのにも理由がある。それは少女の隣に控えていた仮面をつけた女性(最近知った)の存在だ。その表情は見えないはずなのに自分の少女に対する接し方を監視しているように感じたのだ。

 

 (この女性は何者なんだ?)

 

 クレマンティーヌにしてみれば、今や仕えるべき主人である少女があまり舐められないようにと、心掛けていた次第である。

 

 (意外と馬鹿って多いからね~)

 

 少女は自分の事を大した存在ではないというし、別に整った言葉を使う必要はないと言ってくれる。それ自体は少女の優しさであり、美徳だし彼女だって誇りに思っていることだ。

 

 (変なの)

 

 誇りに思っている?以前の自分であれば、絶対に思う事もなかったのに。それ程までに自分は壊れてしまったというのだろうか?

 

 (ま、いいや)

 

 深く考えても仕方あるまい。しかしながら、世の中には少女の謙虚さを自分の偉大さだと勘違いするやからというものは存在する訳であるし、そうでなくともこの少女が下に見られるというのは我慢ならない。

 

 (私って優しいよね~)

 

 そう、これは相手の為でもあるのだ。間違ってもこの少女を下に見て、舐めた態度をとったり、どうにかしようとすれば、地獄なんて生温いと言えるほどの体験をすることになるのだから。それは経験者としてはあまりお勧めできないのだから。

 

 (エンリちゃん、美人になってきたからさ~)

 

 それは、あの神の如きプレイヤーが進めている計画の恩恵で食生活がだいぶ改善されたのもあるが、身に纏う雰囲気が変わってきているのだ。それも当然かもしれない。エンリは日々、アインズへと恩を返す為に知識を蓄え、村に住む人々、新しく移り住む人々すべてとこうしてやり取りをしているのだ。彼女もまた上に立つ者の器を磨きつつあるのだ。クレマンティーヌの見立てでも断言できる。例えば、城塞都市などに行けば、間違いなくナンパの類に会うだろうと。

 

 (頑張んなよ~少年~)

 

 この村でもエンリのことはある程度話題になっているが、それでも誰も行動に出ようとしないのは、薬師少年のことがあるからであろうからだ。何と暖かい村だろうか、たった一人の少年の恋をそこまで応援してくれるなんて……なんて、残念ながらそれは精々2割程と言った所、では残りの8割は何であるか、それは間違いなく、彼女の養父という存在の壁である。

 

 (中途半端な奴は認めなさそうだし~)

 

 仮にあのプレイヤーがこの少女の恋人だと認めてくれそうなのは、何気にあの少年が一番近いようでもある。

 

 さて、仮面の女性がそんな事を考えているとは想像もつかないザリュースはエンリへと聞かれたことの返答をする。

 

 「はい、とっても良く、すくすく育っています」

 「そうですか、それでしたら」

 「十分食べれるものになるのも時間の問題かと」

 「よろしくお願いします」

 

 それは自然的に言えば、あり得ない程の成長速度であるが、なんせ関わっているのが彼だ。疑問を持っても仕方がないかもしれない。それを聞いた少女は蜥蜴へと頭を下げる。魚というのは、食肉とはまた違った栄養素をもっており、未だ元気がない者を中心にとってもらえればきっと元気になるだろうし、いい商品にもなりえるだろうと。

 

 (あれ?)

 

 まるで、商売を前提にものを考えているようで、自分が少し嫌になりかけて、声をかけられる。

 

 「別にそれくらいいいんじゃないの~?」

 「ヤルダバオトさん」

 

 それは別に間違いではないだろうとクレマンティーヌは言う。最近、赤毛のメイド事ルプスレギナから教えて貰ったのだが、楽園計画とはどうやらいくつかの分岐点があるらしく、とりあえず自分が抑えておけと言われたのは2つだ。

 

 1つ、楽園を中心とした世界作り(もう、世界征服って素直に言えばいいのでは?)

 

 2つ、楽園はあくまで一つの拠点として国家間の連携を強めるものである(でも、その中心に立つというのでは1と大して変わらないのでは?)

 

 

 正直、違いがよく分からないが、なんにしても言えることは、今この村で生産している品を何らかの形で広めることは間違いないのであり、エンリがそう考えるのは間違いではないはずだ。間違っても無償で配るなんて考えてはいけない。

 

 人とは堕落する生き物だ。もしも何もしないで、生命が保証されるなんて分かれば、それこそ漬け込んでくるものは居るだろうし、ならばすべてよこせと恥ずかしげもなく言うものもいることであろう。だから売るという認識でいいのだ。

 

 「エンリちゃんが優しいのは私も保証するからさ~」

 

 どこまでも呑気な彼女の言葉に少女は一度両目を閉じて、しばし何かを熟考したと思うともう一度目を開け、お礼を言う。気遣ってくれてと。

 

 「……ありがとうございます」

 「どういたしまして~」

 

 そのやり取りはこの2人の信頼関係が垣間見えるものであり、ザリュースもしばし和やかな気分を味わい、やがて思い出したように話を切り出す。考えてみれば、こうして少女と会話をする機会は中々ない。伝えておきたいことだっていくつかあるのだ。感謝だったり、新しいことの報告であったりと。彼は、生け簀の中に入ると、手際よく一匹の淡水魚?を掴み取る。それは、まるで、黒い蛇のような姿をもった魚だ。

 

 「これ、こちらなんて特に美味しいと村の人たちからも聞いています」

 「これは、確か〈うなぎ〉でしたっけ?」

 「はい、そうです」

 

 それを聞いてエンリも思い出す。それもあの人物が新たに開発した品物の一つらしい。なんていうかあの人には出来ない事がないのではないかと思ってしまう。それにしても、

 

 (………)

 

 一見蠢いていて、気持ち悪いと思ってしまうはずなのに、無性に食欲をそそられ、そして空腹感を感じてしまう。はたと気づき、急いで(けど、周りに気付かれずに慎重にゆっくりと)口元に指をあてる形で確認する。唾液が垂れていないだろうかと、不安になったのだ。

 

 「エンリさん?」

 「エンリちゃん?」

 「何でもないです。すみません」

 

 どうやら、心配は杞憂であったようだが、2人には変わった行動だと思われてしまったらしい。羞恥に顔を赤くしながら、そう伝えながら思う。本当に何なんだろう?あの魚は?それだけの魅力を持った品という事であろうか?少女自身はそんな事ないと否定するだろうが、彼女に恋をする少年の言う通りというべきかエンリは意外と食いしん坊だったりするという事である。

 

 「そういえば、ルプスレギナさんは?」

 

 蜥蜴の彼は素直に気になったことを聞いた。普段であれば、仮面の女性と一緒に赤毛の女性がこの少女についていることが多いと言うのに。

 

 「ルプスレギナさんでしたら、他に仕事があるという事みたいでして」

 「その間は私が任される事になっているんだよ~」

 「そうなんですか」

 

 それは同時にクレマンティーヌの墳墓内での評価が上がっているとも言える。それもあのメイドのお陰であるのだろう、彼女は少し前に言われたことを思い出す。それは信頼と警告が混ざったものであった。

 

 『エンちゃん達の事は頼むっす!――何かあれば殺すから、くれぐれもよろしくお願いね』

 (言われなくとも分かっていますよ~)

 

 自分にとってもこの少女とその妹は大切な人たちだ。それこそ、自分の命なんて惜しくないくらい。

 

 (そういや~)

 

 この件である神官がすごい勢いで頼み込んできたのだ。土下座の形で、変わってくれと、確かにあの男にとっても姉妹は特別な御方であるらしいが、

 

 (気持ち悪い)

 

 つい、そんな風に思ってしまい。無視して来たのだ。本人は必死だったのだろうが、年ごろの娘とその幼い妹に何かしたいと欲求を抱えた変質者のそれに見えてしまったらしい。もう気にしても仕方がない事だ。

 

 「お姉ちゃ~ん!ヤルダバオトさ~ん!ザリュースさ~ん!」

 「~~~」

 

 元気でいて、間違いなく自分には天使と同等以上の価値があるといえる声が耳に届き、そちらを向けば、頭が少ない多頭水蛇(ヒュドラ)とその背に乗って、可愛らしくこちらに手を振ってくるネムがいた。

 

 その光景を見て、エンリはため息をつくとザリュースへと軽く謝罪をする。

 

 「すみません、妹が勝手に」

 「いえ、ロロロもネムさんを気に入ったみたいですので」

 

 この村に来た初日の事を思い出す。目前の少女が言ってくれたように、この村の人々は自分たちの事を歓迎してくれたのだ。隷属というのは、何のことだろうか思うくらいの待遇であった。

 

 例えば、自分たちが元々水場を生活の拠点としていたのを考慮してか、この村にはまるでクモの巣を連想させるように人一人分の幅の水路が張ってあったのだ。それ自体は以前までなかったものであるのは、真新しい様子から間違いはないだろうし、現在、ロロロの背に乗っている少女を始めとした子供たちには良い遊び場になっているらしい。水源などはどうしているのかと疑問はなんだか気にしない方が良いような気がして聞かずにいる。

 

 そして、ロロロというのは子供にとっては未知の存在であるらしいが、同時に非常に興味深いものでもあったらしく、初日から人気であった。流石にその日はまだ病み上がりという事で遠慮しもらったが、次の日からはこうして仕事の合間に暇ができた子たちがロロロに乗っているのだ。もしも嫌であれば、しっかりと主張することは分かっているし、時折、少女の頬を舌で撫で、そして笑いながら頭を撫で返されている様子を見ても仲良しになったのは間違いないだろう。同時に内心ため息をつく。

 

 (……ゼンベル)

 

 友である彼は対照的に徹底的に子供たちから避けられているのだ。今、はしゃいでいる少女にしたって、どうにも体を震わせて友へと接すのだ。幼さゆえの本能が訴えているかもしれない。こいつは危険だと、しかし実際まだ小さかった頃のロロロにやったことの前科もある故、どうしようもないと思っている。

 

 代わりといっては何だがこの村にはゴブリン達も住んでいるらしく、彼らと飲み仲間となっているため、問題はなさそうであるし自分ももう気にするのはやめにした。

 

 「クルシュさんは元気でしょうか?」

 

 少女の優しさというのは、ザリュースにも伝わっていた。現在同棲中(流石に友も空気をよみ、別の住居をもらっている)の彼女の体質を伝えたところ、彼女用にとある品を用意してくれたのだ。それは人で言うローブのようなもので以前の草を使ったものとは大違いであり、とてもゆったりとして、機能性に優れたものであり、それを着た彼女は更に魅力が上がったように感じる品だ。少女自身は仲介してその品を貰っただけだと言うけれど、それでも感謝せずにいられない。

 

 「はい、とても」

 「それはよかったです」

 

 そう言って、笑う少女の顔はやはり眩しくて、実は村娘というのは仮の姿で、慈愛の女神が化けたものではないかと思いそうになる。が、それは決して違うと戦士としての勘が告げる。でも、不思議な気分だ。それを知ると、なおの事、少女への尊敬が高まるのであるから。

 

 (俺たちは元気にやれている)

 

 名目上、自分たちはリザードマン達が裏切らない為の人質――の割には間違った人選ではないかと思わないでもないけど――であるのでこの村から出るには正規の手続きとやらを通して――これって、人質の扱いであってるのか?――許可を貰う必要があるのである。故に兄たちがどうしているのかは、手紙のやり取り――やはり人質としてはどこかおかしい気がする――でしかお互いの事を知る術がないのだ。それでも兄ならどこか大丈夫だと思ってしまう彼であった。

 

 お気づきかと思われるが、本来の世界線であれば、この3人が出会うという事自体ありえないのである。

 

 エンリ・エモット、クレマンティーヌ、ザリュース・シャシャ。

 

 本来であれば、この3人全員がアインズと邂逅するもその結末はまったく違ったものであり、このやり取りこそ物語が変わりつつあるという前兆である。

 

 

 

 

 

 ある神官の災難

 

 「おのれ、ゴブリンどもがぁ」

 

 そうやって、思わず握りこぶしを作り、歯ぎしりしながら呟くのは当然と言うべきかニグンであった。彼が抱いている不満、それは唯一つ、奴らの存在だ。自分より力があるのは認めよう。悔しい事に力勝負で勝てたことがないのだ。魔法を使えば、まだやれるかもしれないが、低能な小鬼風情にあの御方の英知の結晶たるものを使うのは無礼であるし、何より彼の神官としてのプライドが許さない。そう言って、毎度負けてしまう事が今やエンリの従者コンビとして定着している女性2人が呆れる要因であるのだけど、彼は気付かない。

 

 では、何故そこまで彼らのことを彼は気に入らないのだろうか?いや、それは実際しょうもないものであろう。何となくではあるが、被っている気がするのだ。何がって?それは彼自身上手く説明できないけど、それでも不満は不満だ。

 

 (どうすれば、よいものか)

 

 それでも彼は自分が優しい方だと思っている。別に奴らを殺したいとかではなく、単に自分たちの立場を弁えて欲しいというのが自分の考えであるからだ。

 

 (やはり)

 

 地味……とこれはあの方に失礼だ。素晴らしき活動を続けていくしかあるまい、現在彼の率いる教団は各地で住むところを失くした者たちをこの村へと連れてきている。それはあの方の願いであるというし、それに合わせた村の工事も同時進行で進み、噂ではもうすぐエ・ランテルの30/1と同じ規模になるとか、ならないとか。

 

 自分たちの役割は新たな住民を連れて帰ることであるが、その者たちの教育はどうしているかというと。彼はそこで、両手を握り何かを祈るように神への信仰を再認識していた。

 

 (ああ、素晴らしき神よ、従属神たちよ)

 

 思い浮かべてるのは、犬の頭を持つ女性だ。この村の村長と共に新しく移り住む者たちの指導を行っているとのこと、他にもあの赤毛のメイドの姉や爬虫類を思わせる瞳を持つ女性も参加しているらしい。そういった者たちも含めて彼にとっては崇拝すべき神に等しい存在だ。

 

 そしてそんな風に狂信的な姿を見せるニグンであるが、意外にもNPC達からの評価は高い。働きもあるであろうが、一番は正にその崇拝の姿勢だ。彼らだって完璧な存在ではない。いくら主が望まれていると、そう分かっていてもどうしても思わずにいられないことがある。それは、主こそ全ての頂点に立って欲しいというものである。

 

 だが、当の本人が望んでいるのは穏やかな世界の建設であり、それ自体は望まれている事ではない。それは分かっているのだ。だからこそ、こうして主を神だと信仰を掲げるニグンの姿は彼らにとっては心地いいものであり、見ているだけで溜飲が下がるというもの。その点に関してはルプスレギナも結構評価していたりする。

 

 「お、あんたか?ニグンと言うのは?」

 

 突然、後ろから声をかけられて振り向けば、居たのは生物としては非常に珍しく左右非対称の姿を持つ人物であった。

 

 (確か)

 

 最近、この村に来たリザードマン、それもあのゴブリンたちに通じるものをどこか感じる粗暴な奴だ。間違っても巫女たるあの方に馴れ馴れしく近づいて欲しくはない存在だ。

 

 「ああ、そうだ。あなたはゼンベルさんでしたっけ?」

 「おう、そうだ!」

 

 何の用事だろうか?出来る事ならあまり関わり合いになりたくない、話をするだけでこちらの知能指数まで下がりそうだと、クレマンティーヌが聞けば「そんな大差ないよね?」と言いそうなことを考えながら、かといって無下にする訳でもなくそれを表に出さずに会話に応じる。最も明らかに嫌そうな顔を見せたとしてもこの蜥蜴は気にするどころか、気づくかどうかも怪しいものであるが。

 

 「一体何でしょうか?」

 「いやよぉ、聞いたんだけどよ。おめえさん、強いっちゅう話だってな」

 「ほう」

 

 誰であっても自分の事を高く見られるのは心地いいものであり、それはニグンだって例外ではない。その言葉に気を良くして聞いてやろうかと表に出さずにお高くとまりながらもそうしようと思う彼である。

 

 「一体それは誰から?」

 「ライマツにノブラって奴からだ」

 「何?」

 

 憎きゴブリンどもではないか、奴らが自分を貶めるような事を言う事はともかく能力面を評価するとは意外である。が、

 

 (ふふん、良い所もあるではないか)

 

 あっさりとその事を受け入れ、顔に出さずとも上機嫌になるニグンである。

 

 「それでよぉ、ちょいと教えて欲しいことがあるんだよ」

 「何でも聞くがいい」

 

 すっかり調子に乗り喋り方にそれが出た彼が次の瞬間感じたのは顔面を思いっきり殴られる痛み、次いで浮遊感であった。自分が突然あの蜥蜴に殴られたのは明らかである。

 

 (なにいいい!?)

 

 一体どうしてと思えば、直ぐにその答えが分かった。聞こえてくるのは不満げな声とそれに応じる声。

 

 「おい、話が違うじゃねえか。不意打ちも避けれるって」

 「悪い悪い、そりゃヤルダバオトの姐さんの話だったぜ」

 「何だよ、それを早く言えよ」

 (あいつらああ!!)

 

 確信したわざと間違えたのだと、そんなに気に入らないのであれば徹底的にやってやろうと、彼は薄れゆく意識の中、決意を新たにしていた。

 

 気を失い倒れたニグンを放置して残ったゼンベル達はどこかへ行ってしまい。やがて、彼を発見した教団の者達が絶叫、誰の仕業か瞬時に判断し、あまりにも低次元な争いを始めるのは間もなくであった。

 

 

 

 

 新たなる方針

 

 ナザリック地下大墳墓第9階層執務室にて、支配者がこれからについての話をしていた。

 

 「では、これからの世界での立ち振る舞いであるが……」

 

 彼が語るのは、以前、城塞都市で後手に回ってしまった話である。といってもそれを警戒しても仕方ないので肝心なのはそれからどうするかというものであるが、アインズだって全てを見通せるわけではない。たらればを考えて何もできなくなる方がずっと愚かしいと思っている。しかし、それだけではこれまでと変わらないのも確かなのだ。

 

 「そうだな、まずはこれを渡そう」

 

 そう言って、彼がこの部屋に集まった者達に配ったのは水晶であり、受け取った者達はそれを大切そうに胸に抱き、その光景にアインズは少々戸惑う。仕事用の備品を渡しただけでどうしてそうも嬉しそうにするのだと。それに集まった3人の内、1人が答える。

 

 「たとえ、どのような物でもアインズ様から賜りしは大切な品という事でありんす」

 「そ、そうか?ほかの2人もそうなのか?」

 

 階層守護者である彼女からの答えに確認を取るため、戦闘メイドである2人にも同じように問いかける支配者。吸血鬼と同様に微笑んで返答をする彼女たちの姿がある。

 

 「勿論でございます」

 「私もソリュシャンと同じく」

 「そう言うものか……いや、それよりだ。ここに集まった面々の意味合いは分かるな?ナーベラル」

 「はい、皆、この世界にて偽りの身分を持つ者でございます」

 「そうだ、そうなんだが……」

 「アインズ様?」

 

 彼が気になったのはそうであれば、ここに居なくてはならないのにいない者たちがいることである。いや、それに関してはその班長であるシャルティアが来ているのでさほど、問題はないしむしろ良い傾向と言えよう。

 

 (少し寂しくも思うけど)

 

 わざわざ全員が集まる必要が皆無なのだ。だったら、次の仕事に向けて英気を養う事も大切であると言える。

 

 一方、彼女たちの方でもアインズに聞こえない程に話をしていた。

 

 (ベルとエドワードは)

 (空気を読んでくれたみたいです)

 (以外ね、ベルはともかくエドワードがこういった気を回せるなんて)

 (彼が引きずって連れていくのを私、見かけました)

 (ああ、やっぱりそうなの)

 

 この場に集まった女性3人にはもう1つの共通点があり、それが大いに関係している訳であるけど、それにアインズは気付かない。いい加減、話を進めるべく彼は再び話を始める。これは自分が率いている〈冒険者組〉とシャルティア率いる〈王都班〉にとって重要なことである為、最悪自分と彼女の2人でも出来る話であるからだ。

 

 「今配ったものであるが、これは以前私が陽光聖典と戦った時に手に入れたものを参考に複製したものになる」

 

 この言い方は少し間違っているなと思う。あの時、自分がしたのは一回の攻撃だけで、後は戦士長の部隊がやってくれたことであるというのに。今は気にすることではあるまい。

 

 「それと城塞都市の一件、その前にすまないなナーベラル」

 「いえ、私に気を遣う必要はございません」

 

 本当に優しい方だと彼女は思う。それは既に済んでいるというのに、主は何かとその話をするたび、自分に謝ってくれるのだ。

 

 そして主は続ける。以前、自分が今は墳墓の兵隊たる彼女相手に本気を出さなかったばかりに遅れをとってしまった事を。今回渡された水晶はその対策といったものらしい。

 

 「これから、更に私たちの計画は大変なものになると思う。だからこそだ、これから必要を感じればお前たちの判断で本気で事に対処しろ、それも出来る限りない事を祈るが」

 

 実際、これは難しい問題であろう。この世界にプレイヤーがいて、自分たちを見ている可能性を考えればこちらの素性がばれる危険性を犯すのは本当に限界の所を見極めないといけないからだ。

 

 「まあ、もしもそれで失敗しても特に咎めるつもりはないが……」

 

 それは心の声がうっかり漏れたといった感じであった。現に彼はその言葉に自分で気づいていない様子であるからだ。そして彼女たちはその想いを深める。どこまでも優しく、どこまでも気高く、そして最高に輝いている最愛のお方だと。

 

 「と、話が止まってしまったな。もしも本気を出した際にその力は何処からかと問われれば、その品を渡してやれ、適当に第9位階魔法を封じてある」

 「成程、それでしたら、全てをその魔法のせいだと言えるという事でありんすね」

 「そうだ、かなり苦しい言い訳になりそうだが……」

 「そんな事はありんせん」

 

 それはシャルティアの私見でも間違いないことであり、この世界の魔法水準は驚くほど低く、無知というのは結構利用できる物だ。伝説級の魔法であればそれだけで現地の者達は納得しそうではある。

 

 「そしてこの水晶の出所であるが」

 「アウラ様たちが建設した」

 「そうだ、話が早くて助かる」

 

 これは単に彼女たちのスペックが上がっているとも言えるが、それ以上に信頼関係がなせる技であろう。その事に満足しながらもアインズは続ける。

 

 「トブの大森林内にある遺跡、《ラビュリントス》から手に入れたという事にする」

 「承知いたしんした」

 「「畏まりました」」

 

 それが、墳墓の新たなる方針の一つであった。

 

 

 悪魔はご満悦

 

 第9階層の一室を管理している者はその光景に非常に満足していた。自分が求めているのはこういった光景であると、それは一人の悪魔の姿、その部屋はいわば酒を提供するバーであり、その悪魔、もとい男はカウンター席に座り、静かにグラスを傾けながら、時折口をつけ、少しずつ飲んでゆく。それは正に静かな酒の似合う男であり、仕事のやりがいを感じ取ることが出来るというもの。

 

 「デミウルゴス様、何か嬉しいことでもありましたか?」

 

 聞くのは、客の気分を害する時もあるが、どうしても聞きたいという欲求を抑えることが出来なかった事とそれをしてもこの人物であれば機嫌を損ねることはないという確信からだ。そしてそれが正しい認識であるというかのように悪魔は穏やかに答える。それはクレマンティーヌが見ればそれだけで卒倒しそうなほど普段の彼が主へと敵対した者に見せる顔と隔たりがあった。

 

 「そうだね、多すぎてとても一言では言い表せないよ」

 「それでしたら、お一つずつ聞かせて貰っても?」

 「聞いてくれるのかいピッキー?」

 「勿論ですとも」

 

 そして、彼は上機嫌に、それでいてハメを外し過ぎるという事もなく、話を始める。

 

 「まずは、コキュートスかな」

 「先の戦の件ですか?」

 「そうだね」

 

 自分も玉座の間にて観戦をしたのだから、その時の高揚は少しすれば、直ぐに再燃しそうだ。まさか墳墓でも下に入る部類、いや、非戦闘員の自分がそう言うのは失礼に当たる。そんな彼らがあれ程の戦いを見せてくれるとは思いもしなかったからだ。

 

 悪魔は語る。かの武人であれば、ナザリック地下大墳墓に所属するすべての軍勢を有効に運用し、主の計画に貢献してくれると、そこで気になった。軍備を勧めるという事は?

 

 「どこか、人間の国と戦うおつもりですか?」

 「必要があればね、出来る事ならそうせずに事を進めるのがアインズ様の為であるのだけど」

 

 多くの意思を、一つの決定に従わせる為には明確な目に見える結果が必要な時もある。国王を暗殺して国を乗っ取る。これであれば、あまり血を流さずに済みそうだが、それでも褒められた手段ではあるまいし、もしもプレイヤーがその点をついて墳墓は悪であるという情報を発信される可能性はあると思っていないといけないし、何より心優しき主がそのようなそしりを受けるのは我慢ならないことである。

 

 「話がそれてしまったね、後はシャルティアもかな」

 「それは、確かに私も分かります」

 

 彼女の成長も素晴らしいものであるという。以前であれば、自分を絶対の存在だと信じて疑わずに尊大な態度であったのがかなり軟化しているらしくて、彼女のシモベであるヴァンパイア・ブライド達も以前に比べてだいぶ明るい顔をするようになったという。

 

 それも当然かもしれない。以前であれば、少しでも機嫌を損ねればよくて折檻、悪くて殺される訳であったのだから。少しの間違いも許されない。それは精神にかなりの負担となっていたはずである。それだけではない。

 

 彼女はその性癖から時折、彼女たちと肉体的な交わりをする時もあったそうであるが、それだって仕事の一環でしかなく、とても愛情だとかはない本当に欲求を満たすための行為でしかなかった。それも最近の彼女はやらなくなり、むしろ彼女たちに一度頭を下げたと言う。驚きであるが、事実だ。

 

 以上のことから明確に彼女が変わっていることであると悪魔は嬉し気に語る。ついでと言っては何だが、それまで恐る恐るシャルティアに接していたヴァンパイア・ブライドたちであるが、今や彼女たちも心から彼女に尽くし、中には自ら再び抱かれる事を望むもの達が出てきているが、当の本人がそれをよしとしないのは何とも皮肉な話である。

 

 「あのシャルティア様がですか」

 「本当に驚きだろう?あのシャルティアがだよ」

 

 そこで部屋の外から話声が聞こえてくる。どうやらここに向かっているらしい。

 

 『何をするんですかヴェルフガノン!アインズ様からのお呼びだって言うのに!!』

 『読めよ、空気。だからお前は馬鹿なんだよ』

 『な!――やっぱり自分、ヴェルフガノンは嫌いです!』

 『はいはい、好きに言いなよ』

 

 やがて扉が開き、入ってきたのは、白髪にスーツの青年と奇抜な髪色に燕尾服を纏った少年だ。

 

 「ベル、それにエドワードも一緒か、珍しいことだ」

 「ああ、デミ。ま、ちょっとな」

 

 そう返す男に襟首を捕まれていた少年は軽く暴れるように逃れ、そこで一度姿勢を正した。それまでの自分の姿をなかったように悪魔へと挨拶をする。

 

 「これはデミウルゴス様、見苦しい所をお見せしました!ピッキー様も御勤めご苦労様です!」

 「君はいつも元気だね、エドワード」

 「それは勿論でございます!」

 

 外見相応なやり取りであると結論づけ、ヴェルフガノンはピッキーへと注文をする。ここはそういうところだ。何も喋りに来た訳ではないのだから。

 

 「ピッキー、注文良いか?」

 「勿論ですとも」

 「俺はブラッディ・マリー、あいつには……オレンジジュースを頼む」

 「畏まりました」

 

 酒以外の飲料を提供するのは正直思う所もあるが、彼の判断も正しい。燕尾服を着た少年もまた成長途中の体に違いなく、アルコールの類を飲ませる訳にいかないのだから。

 

 彼は棚からウォッカとトマトジュース、それにオレンジジュースが入った瓶を取り出し、先に柑橘類のものをグラスに注ぎ、ストローをさしてやって、少年へと提供する。それを受け取った少年はやや不満げな顔をみせていた。

 

 「自分だって、もう大人なんですから」

 「そう言っている内はまだ子供ってことだ」

 「そうだね、ベルの言う通りだ。それにアインズ様が悲しまれるよ」

 「……分かりました」

 

 主のというより父親の名は強いらしく、少年はせめてものの抵抗としてストローを介さずに直接グラスを口に運ぶ形で飲み始める。それを大人のやり方だと思っているのなら残念ながら関係がない事である。大人だってストローを使って飲む時はあるのだ。

 

 それを微笑ましく思いながら、次にカクテルの用意をする。ロック・グラスを食器棚から取り出して氷を3個程入れてやる。次にウォッカをグラスの6/1程注いでやり、トマトジュースをグラスの余白が5/1程残るように入れてやる後者の方が量が多いため、必然的にその飲み物は真っ赤になる。最後にそれをバースプーンで軽くかき混ぜてやり、白髪の青年へと提供する。

 

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 

 グラスを受け取った彼もまた、デミウルゴスと同じように静かに飲み始める。酒の楽しみ方を解っている男だ。

 

 (そう、俺が見たいのはこういう光景なんだよ)

 

 満足気な彼は話の続きだったことを思い出し、デミウルゴスへと話の先をあくまでそれとなく促す。それを受けた彼もまた何か思い出しかたのように、新しく来た男へと問いかける。

 

 「そういえば、ベル、シャルティアのあのアイデアだけど君の入れ知恵かい?」

 

 それを聞かれた男は肩をすくめてみせた。まるで自分が関わっていなくて残念だと言わんばかりに。

 

 「まさか、俺はシャルティア様に穴がないか確認を頼まれただけで、間違いなくあの方が御自分で考えになった事だ」

 「そうですか、良い事です」

 「嬉しそうだな、デミ」

 「当たり前ですよ」

 

 今はまだ半ば休暇のようなものであるが、直に《王都班》は行動に出ることであろう。その活動方針と言うべきか目標として彼女が主へと提案したある策は様々な利点を生み出せるものであり、主は勿論、この親友たる悪魔も喜んでいたはずだ。

 

 「ですけど、同時に危険が沢山あることも確かです。シャルティアを補佐してくれるかな?ベル」

 「もっちもっち、分かっているって」

 「エドワードも頼みましたよ」

 「お任せください、デミウルゴス様!」

 

 そこで悪魔は一度グラスに残った酒をすべて飲み終え、それをテーブルに置くと感慨深げな顔をしてみせる。すぐに次の分を頼む訳ではなく、今しがた飲んだ分の味をかみしめているのだろう。それもピッキーが求める光景だ。

 

 「嬉しいことだらけさ……しかし、一番はやはりアインズ様の事かな」

 「アインズ様ですか!?」

 

 その話題に真っ先に反応するのは精神年齢が一番低く、なおかつ主を親だと時に本気で勘違いしていそうな少年であった。それを受けて薄く笑い、悪魔は続ける。

 

 「かの方が望まれる楽園もそうですけど、これまでの采配を見てもあの御方は慈悲に溢れた方であると改めて認識させられるよ、それとベル」

 「何だ?」

 「例のアレはどうかな?」

 「まったく進んでいない訳ではないけど、それ以上に進捗が遅いのも確かだな。正にカタツムリの歩みが如くって所か」

 「構いませんよ、それこそ気長にやるとしましょう。時間はいくらでもある訳ですし」

 「お二方、何の話をされているんですか?」

 

 その会話の意味を理解できていない少年をよそに彼らは怪しげに続ける。

 

 悪魔達の企みは目下進行中である。

 

 

 

 竜王の微笑み

 

 アインズが同盟国(まだ自分の国がある訳ではないけど)として最も期待をかけているともあるいは目をつけているとも言えるある国、その国は複数の選ばれた者たちの話あいで管理をしてるいわゆる議会制というものがとられており、その評議員である人物が普段どこに住んでいるかなんて国民でも知っている者は、ほとんどいないと言った所。

 

 そんなどこにあるかも定かではないその人物の自室は一言で言うなら、神殿の内部を思わせる作りと言っても過言ではあるまい。

 

 天井には満点の星空が広がる空、しかしそれは精巧に描かれた絵であることを理解するのに10秒はかかりそうな出来であり、その空間を支える為に配置された柱の数々、そのどれもが劣化なんて言葉は被害妄想の一種だと言わんばかりに白く輝いていて、それは床にしても同様で、魔法なのか、人力なのかは定かではないけれどいずれも一流の仕事であると言えることは確かである。

 

 何より目を引くのはその人物が体を預けている品であろう。それはまるで口を開いた貝殻を思わせるものであり、貝殻の部分にはあちらこちらに宝石が埋め込まれており、それだけで美術館を名乗っても良さそうな程の豊富な種類がある。

 

 そしてその人物が実際に身を休めている貝で言えば内臓の部分、それはマットレスと言うのには余りにも乖離した品であり、その人物が体重の掛け具合に合わせて特に力が入る部分は沈むと何とも機能的な品である。

 

 これは生物全般の話になるが、どうしても体の使い方、もっと言えば負荷もまた別々であり、それを考慮せずに雑魚寝なんてすれば、問題はないんだろうが、徐々にその体は歪んでしまうもの。つまりその点を考慮したこの品はその健康を末永く見据えたものであり、この人物がそれ程重要な立場であることを示す極上の一品であるという事である。

 

 それ程の神聖さを感じさせるものであるこの部屋。それはつまりこの人物の趣味なのか、あるいは国を纏める立場の者の威厳を守るためなのかそれは分からない。

 

 そんな絢爛豪華とも言うべき部屋でくつろぐ人物、正確には竜である人物ツァインドルクス=ヴァイシオンは静かにであるが、見てきたものへと記憶の糸を手繰り寄せる。

 

 「なんて言うか凄い光景だったな」

 

 それは別に誰に対して言った言葉ではなく、読んだ小説の感想を一言で表現してみたといった感じであった。実際彼が見たのはそれだけの光景であったのだ。

 

 「スケルトンにゾンビがああいった事が出来るとは」

 

 純粋な驚きだ。自分のそれまでの認識であれば、あの魔物たちが自分が見た動きが出来ること自体驚きであるのだ。それだけではない。

 

 「アンデッドのする目じゃない」

 

 目と言っても、スケルトン達はいわば眼窩という名の空洞であったり、ゾンビ達にしたって、生気を全く感じさせないものであるが、それでも彼は感じたのだ。彼らの瞳。

 

 「あれは、戦士の目だ」

 

 それだけの忠誠を捧げるだけの何かがあの夜出会った。彼にあるのということだろうか?それだけではない、後半に見たあの火球攻撃。それは被害を減らすものであった。やり方としては間違っていないと思う。圧倒的な力を見せつけて敵の戦意をそぐやり方。では、初めからそうすれば良かったのではないかというと彼だって違うと断言できる。

 

 「話あいですべてが済むのであれば、僕たちだってね……」

 「僕たち?何だい辛気臭い事を口にして」

 

 突然の来訪者、それに気づかない程、自分は思考にふけっていたということだろうか?いや、それだけではない。自分の独り言を聞かれていたのではないか?

 

 「いつからそこに?」

 「なんていうか――という所じゃな」

 「始めからじゃないか……それなら声をかけてくれても良かったんじゃないかな」

 「気づかないお前さんがボケたんじゃないのかい?」

 

 それは痛い所を突かれてしまったと、ツアーは思う。彼は(ドラゴン)であり、その知覚能力はこの世界では上位、それも3……5本指に入ると言っても自惚れではないだろう。そんな彼が気づかないということはそれだけ意識がそれていたという事だろう。

 

 「そうかもしれない」

 「あっさり認めるんじゃな」

 

 呆れたように息をはくのは人間の老婆であった。が、ここに居る時点で彼女が彼と同様この世界ではかなりの水準を誇る人物であることは言うまでもない。

 

 彼女の名前はリグリット・ベルスー・カウラウ

 

 この世界におけるおとぎ話13英雄の一人にして、正に生ける伝説であるのだ。そんな彼女はしようとすれば、自分の知覚能力をかいくぐって近づくこともできるというもの。

 

 「言っとくが、わしは何もしとらんよ」

 「それは痛い、とてもね」

 

 それはそれだけ自分が呆けていたという事であり、疲れて来ているのかもしれないと思ってしまう。

 

 (やっぱり、彼らかな)

 

 湧き上がるのは怒り、憎悪、自分たちドラゴンの黄金時代が終わる事になった出来事。八人の余りにも強く、それでいて身勝手な者たちを思い出してだ。彼らとの闘いで自分の仲間は殆んどが殺されてしまった。別にこれが種族同士の生存競争の結果だとすれば、まだ自分は受け入れることが出来たかもしれない。

 

 強いものが弱いものを淘汰する。それは自然界では当然のことであり、知性の有無はあまり関係がないかもしれない事だ。そんな中で自分たちと交渉する形で最弱たる種族の繁栄を護った文字通り神と称される者達もいた。しかし、彼らは違った。

 

 (愚かしいとは彼らにこそ、相応しい言葉かもしれないね)

 

 最後まで自分たちの信念に基づいて死んだであろう者たちと違い、彼らは自分たちとの戦争の後、よりにもよって同士討ちという形で滅んだという。理由もその名称に相応しいもので、「互いの物を欲して」だ。彼らは本当に好き勝手に暴れて回り、この世界を(けが)すだけ汚して挙句の果てがそれだ。

 

 本当に勝手な者たちであると思う。だからこそ、彼が輝いて見えるかもしれない。

 

 (アインズ)

 

 「何だいにやけて、気持ち悪いね」

 

 その表情を見られたのか、目前の老婆は嘆息していた。自分の顔というのは、中々変わる事がないというのに、それだけ自分の感情が動いていたのか、あるいはそれだけの付き合いが彼女とあるという事か。

 

 「良い事があってね、聞いてくれるかな?」

 「聞こうじゃないか。友人の話ならのぉ」

 「ありがとう」

 

 そして、竜王は語る。ある夜出会った存在について、それは100年越しの繰り返しであるものの、同時に彼にはそれまでの者達と違った何かを感じたという事を。

 

 「それは……リーダーと同じ側であったと?」

 「そうだね、その可能性は凄く高いと思うよ。彼はこの世界を破壊しようなんて望んではいない。むしろこの世界を新たな方向に導く……上手い言葉が思いつかないよ」

 

 そこまで言葉にして、彼は自分の心が落ち着いていることを自覚した。

 

 「それにね、彼はリーダーとも違うと言った感じかな?」

 「それは、どう言った意味じゃい?」

 

 そういう老婆の目は少しだけであるが、敵意を含んでいるようであった。それも仕方ない。先ほどから話に上げている人物はかつて共に大陸を旅した仲間であり、既にこの世に居ないといっても大切な友に違いないのだから。そんな相手よりも知り合ったばかりの彼の方が良いなんて思っていなくても思われる言動をした自分が悪い。

 

 「そんな目で見ないでくれよ、そうだね……リーダーは正に英雄たらん人物だった」

 「そんなもん、私ら全員の見解だよ。何を賢人ぶってんのかねぇ」

 

 いちいち自分の発言に彼女が噛みつくのにも心当たりがある。それは自分が腰かけている家具の淵においてある鎧、それは彼と初めて会った際にも身に付けて……という言い方は正しくない。遠隔操作をしていたものだ。

 

 それはこの老婆達と共に旅をする際にも使用していたのだが、当時彼女たちに一つの嘘をついた。自分の正体を隠して、さも鎧をまとった人物であるように振舞ったのだ。だからこそ、それが分かった時には彼女たちはものすごく憤慨したもので、今でもこうして時折話のタネとして突かれるのだ。

 

 (そろそろ許してくれないかな)

 「それに対して、アインズは何と言うか……神に等しき王と言った感じかな?」

 「何を詩人ぶってんだい、このドラゴンは」

 

 返ってくるのは辛辣な感想であったが、それが彼が素直に感じたことである。遠い昔に共に旅をした彼とは違うけれど、彼にもそれだけのものが見えたような気がするのだ。

 

 「少なくとも彼が目指す世界であれば、彼女も笑っていられるかもしれないね」

 「ああ、あの泣き虫かい」

 

 次に話題に挙がるのは、ある少女の話であった。この老婆は確かに長い時間を生きているが、それは彼女自身の意思もあってのことである。しかし、その少女は違った。望みもしないのに、その力を発現させてしまい孤独になり、当時の姿のまま現代まで彷徨っている。そんな悲しき少女であった。それでも現在は仲間と呼べる者達がいたはずである。

 

 「確かに、すべての種族を統一するとなればのぉ」

 「だろう?夢はあるだろう?」

 「お前さんはどうするつもりじゃ」

 「出来る事をやるだけさ」

 

 かつての敗北が、彼に自分たちこそ至上であるという認識をなくしていた。そして彼はかの支配者が掲げる計画に惹かれつつあり、そして以前に比べてずっと生気を取り戻しているように老婆は感じるのであった。

 

 

 

 飽くなき膨らむは冒険への夢

 

 王都の首都、国名と同名のその都市は広く、道を行き交うのも商人、冒険者あるいはワーカー、それに比較的生活が何とかなっている市民と人種は様々である。

 

 そんな中、周囲の視線を集める一人の女性が歩いていた。たなびく金色の髪を縦ロールと呼ばれる髪型にして、その頭には青いバラが髪飾りのようについている。エメラルドグリーンに輝く瞳とまだ、20前後であろう若さが放つ美しさはその手の技術がない人間でも思ってしまう。

 

 太陽のようだと。

 

 確かに美人であろうが、彼女が注目を集める理由はそれだけではない。その背に背負われている彼女の身の丈と変わらない大きさの剣、それは知る人であれば、知る一品。ある事情で生存した彼らが追い求める剣の一振りであり、それを持つという事はそれだけの実力、あるいは実績、それとも財力?を持つだけの人物であり、何よりその首元に光るプレートの輝きがその身分を証明していた。

 

 アダマンタイト級。

 

 それは、この世界では数える程しかいない。この国であれば、――2……最近3番目のチームが生まれた――正に3本指の存在であり、彼女はその1つのチームのリーダーである。それだけではない。何と驚くべきことに彼女は同時に貴族でもあるのだ。

 

 お嬢様であり、有数の実力者、言うなれば規格外の存在が彼女だ。そんな彼女は名を、

 

 「ふふふ、そこまでかラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ」

 

 突然、彼女は右手で自分の顔を覆うとそう喋る、心なしかその体は震えているようであった。

 

 「や、やめなさい!闇のラキュース」

 

 今度は最初に上げた静かな声とうって変わって叫び声であった。まるで1人の体に2人の人間が入っているのではないかと思うやり取りを彼女は続ける。

 

 「言ったであろう。私はいつでもお前を見ていると」

 「見ている?」

 「そうだ、そして隙さえあれば……」

 「私の体を奪うつもりなのね」

 「ほう、察しが良いな、では貰うとしよう。お前は消えろ!光のラキュース!」

 「そうはさせない!あなたを抑える事が出来るのは私だけ、負けない!闇のラキュース!」

 

 「ど、どうなってんだ?」

 

 その光景を見た、通りすがりの男性が発した一言である。無理もない。その女性は体を揺らしながら必死に何かに耐えているようであった。

 

 「私、聞いたことがあります!」

 

 それは同じく、その場に居合わせた若い女性であった。彼女は話始める。そしてその場の誰もがその話に耳を傾ける。何でも、彼女が持つ剣、それは呪われており、それにより、彼女の精神は2つに分かれてしまったという。それは普段自分たちが、見ている優しき勇敢な彼女ともう片方は悪魔の眷属であり、もしも後者がその体を乗っとることがあれば、間違いなく、世界に災いを振りまくであろうことを。

 

 「「「な、何だって!!」」」

 「本当らしいです。そして」

 

 彼女は続ける。では、その剣を手放せばいいのではないかと?しかし、その武器が持つ力が大きいのも確かであり、彼女は友である王女の為にも更なる高みを目指しており、上記のことであれば彼女自身が負けなければいいというのだ。

 

 それを聞いた者たちは揃って涙を流していた。なんて気高い人物であろうかと、そんな彼女の為に自分たちは何が出来るであろうかと、決まっている。そんなもの。

 

 「頑張れ!ラキュースさん!」

 「ラキュース様!」

 

 腹の底から声を出す。声援、自分たちにはそれしかできない。けれど、それでも何もせずにはいられないのだ。

 

 その言葉を受けて、しばらく痙攣していた彼女であるが、やがてそれも収まり、高らかに拳を掲げてみせるのであった。

 

 「「「うおおおお!!!」」」

 

 彼女はその場に居た者達に軽く礼を言うと、その場を後にする。その足取りは少々早く、皆察する。自分たちを危険な目にあわせない為であると。何とどこまでも英雄たらん人物であろうか、とそれぞれに思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (またやってしまったああ!!)

 

 路地裏に入り、周囲を見回して無人であることを確認して彼女は頭を抱えていた。時折やりたくなってしまい、気づいた時にはこれである。

 

 (やっぱり)

 

 見られたのが不味かったのだろうか?確か自分が把握しているだけでも戦士である彼女と魔法詠唱者である彼女に見られてしまっている。先ほど、女性が話していた話は元を辿れば、その行為を誤魔化す為に彼女たちに話した適当な作り話である。

 

 (なんて)

 

 今更言える訳がない。いつの間にか広くその話が広まっているというのに。たぶん戦士である彼女だ。彼女はその外見から多くの者達、特に男性から恐れられているが、根っからの仲間思いであるのだ。では、自分がこの悪癖をやめるべきであるが、できない。その理由も分かっている。自分は不満を抱えているのだ。

 

 (冒険がしたい)

 

 そう、それは子供が世界の広さを夢見るような純粋な願いであった。彼女が冒険者になったのは、同じく冒険者である叔父の冒険譚を聞いて憧れてなったからだ。しかしながら、

 

 (冒険者って、思ったより)

 

 夢がない職業であった。そのほとんどがモンスター退治、これなら傭兵とその名前を変えた方が良いのではないかと思ってしまう。それでも、辞めないのは、仲間たちがいるし、友の力になれるし、何より楽しいのだ。この時間が、唯、それでも思わずにいられない。

 

 (心躍る冒険がやりたいわ)

 

 そう願う彼女の望みは間もなく叶う時が来るのであった。

 

 

 

 

 

 ある貴族の決意

 

 その男は自室の机にて書類と睨めっこをしていた。そして盛大に舌打ちをする。余りにもこの国の現状が良くないのだ。王派閥に貴族派閥、そして新勢力にその他の有象無象、そのどれもが、興味を持つのは自分の権力を上げる事。その為に平気でとんでもない事をやる連中である。

 

 「八本指に、ヘッドギアか」

 

 現在、王国で活動をしている組織である。そのやり方は違うものであるが、彼らを支援している貴族もいるらしいので、その暴走に歯止めが聞かない。誰が奴らに手を貸しているのか、自分のお抱えの者達を使って調査しているが、中々その足取りはつかめない。

 

 そしてそんな時に大変な行事が決定してしまった。奴らの事だ絶対何か仕掛けて来るに違いない。何とか自分もそれに同行する事に決まったが、同時に不味い事にもなっている。

 

 「馬鹿どもが!!」

 

 思わず握りこぶしを机に叩きつけてしまう。王国内の事だからと、決まってしまったそれは、彼にとって余りにも愚かしいものであった。

 

 「このままでは」

 

 貴族共の中には自分でも王になれるのでは?と行動を起こしている者もいるとか、いないとか、このままでは確実にこの国は終わる。しかし、自分の信頼のおける者たちは他の事に手を取られてしまい。新たに戦力を手に入れる為には雇うしかないが、中々希望の人材というものはいないのである。

 

 (1組目は彼らで決まりとして……後は、都市国家連合の冒険者チームか、あるいは帝国のワーカーか)

 

 ワーカーと聞けば、汚い職種であるという見方もあるが、男はそう思わない。彼らにも信頼できる者と、どうしようもない屑野郎はいるのだ。そして自分であれば、有能な人材を見つけ出せるはずである。

 

 そこで扉を叩く音が聞こえる。それは余りにも小さく弱弱しい音であり、それは訪れた人物が幼い子供であると自分に伝えてくるようであった。

 

 「入りなさい」

 

 その相手が分かっていれば、もう少し柔らかい対応をしたいものであるが、子供の未来を考えれば出来る限りやらない方が良いのも確かである。

 

 入って来たのは、年端もいかない少年、いや、彼の息子である。

 

 「り~た~ん!……ゴホン!どうしたのかな?我が息子よ」

 

 彼は咳払いをすると改めて息子の来訪の理由を尋ねる。少年は胸に分厚い本や筆記用具を握りしめていた。

 

 「ぱぱにべんきょうをおそわりにきました」

 「何と!いや、まだりーたんがするには早いのでは……」

 

 実際息子はまだ5つであり、出来る事なら子供らしく過ごして欲しいと我が子を思う親心とできるならもうしばらく我が子と戯れていたいという父親の欲求からくるものであった。そんな父である男の心配そうな声に少年は決意を固めるように声を振り絞る。

 

 「ぼくもぱぱみたいな、りっぱなとうしゅになるんです!」

 「おお!!素晴らしいぞ!我が息子よ!お前は我が誇りだ!りーたん!」

 

 何ていい子であろうか、こんな幼い時から父の背中を追いかけようと必死なのである。これは何としても力になってやらないといけない。同時に決意を固める。

 

 (何が何でもこの国を守らなくは)

 

 それが愛する息子の未来を護る事に繋がるであろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回りだすは歪なる歯車達

 

 

 その部屋には年代ものであろう四角形のテーブルがおいてあり、それを囲むように設置してあるソファーには4人の人物達が座っており、いや、正確には1人はその場に立って、先ほどから自分の前に座る人物に何事かと叫んでいるようであった。

 

 「だからよぉ!何で男を攫わなくちゃならねえんだよぉ!」

 

 そう叫ぶ男の肌は人が持つ普通の色合いではなく、まるで死者を思わせる灰色である。その髪もまた生気を失くしたように真っ白であり、何より深い目のくまがさらに男を生者ではないと言っているようである。その腰には左右に2振りづつのナイフが取り付けてあり、彼が何かしらの戦闘要員であることは明らかであった。

 

 「いつまで言っているのですか?パルマ」

 

 うんざりしたように言葉を返すのは頭にフードを被り、さらにぺストマスク――口元のみを覆う型だ――をつけているため、その表情は目を除き、伺うことができない男だ。背中には弓に矢筒、そして腰に手のひら大の壺をくくりつけている。

 

 その男は心底うんざりしていた。そして同時に思う。彼は寝ている時と起きている時でその振舞に落差があり過ぎると。

 

 「もう済んだ話でしょう?終わった話でもありますし」

 「納得いかねえんだよ!!攫うならよお、男より女だろ?な?」

 「ンフィーレア・バレアレ君は整った顔立ちをしている」

 「ああ?!」

 

 彼は続ける。それは、目前の男の性欲の強さを指摘したものであった。

 

 「別に男でも女でも()はある訳ですし、固くなったものを入れるのであれば、変わらないでしょう?」

 「ビゴス……てめえ!!」

 「うるさいぞ、お前ら」

 

 流石に煩わしく思ったのか新しく声をかけたのは、左目に眼帯をつけた男である。その人物はどうやら隻腕のようであり、左腕の部分はなく、服の袖が垂れ下がっているようであった。その為というか分からないが男は右手に杖を常に持ち歩いているようで、傍らにそれらしき木製の品がある。

 

 「私は被害者なのですが……」

 「アキーニさんよぉ、あんたはどう考えているんだ?」

 

 首を力なく下げるマスクの男に、話を振って来るくまの男に隻腕の彼は言い放つ。

 

 「おめえが、男好きか女好きかはどうでもいいんだよ」

 「よかねえよ!!おい!フェイからも何か言ってくれや!」

 

 そう言って、残りの一人に声をかけるが、

 

 「…………」

 

 言葉が返ってくることはなかった。それを見た隻腕の男性は呆れたように説明する。

 

 「フェイジョンがお前のくだらねえ話に付き合うはずがないだろ」

 

 そう呼ばれた男、いや、その体格やまだ幼さが残った顔からまだ少年、年は16から18位か?であろうその人物は右ほおにまるで薔薇を意識したであろう絵が描かれている。それは刺繍の類ではないことは、僅かに塗料が薄くなっている箇所からも明らかであり、この少年自身が定期的に自分で描きこんでいるのか、あるいはそれをしてくれる者がいるのかは定かではない。

 

 少年は先ほどから植木鉢を手に持っており、その視線はそこに向いている。その先にあるのは、育ちかけの何かしらの植物の芽であった。少年がその体勢であるのは、この騒ぎが始まる前からであったので、余程のことだ。まるでこれ以外には全く興味がないと言わんばかりに。

 

 「け、つまらねえ!とにかくよぉ!攫うならよぉ女!それも瑞々しい少女が良いんだよぉ!15、16が食べ盛りって言うんだよぉ!」

 「本当に五月蠅い人ですね」

 

  

 そこで扉、この部屋には一つしかないそれが開かれ、新たな人物達が入ってくる。その人数は2人。

 

 「騒がしいな、何やってんだ?」

 「何だ?何か壊れたか?」

 

 先に声をかけた男は常に苛立ちを抱えた表情をしており、首にはネックレスをいくつか……3つほどかけている。両手の指には余すことなく指輪がはめられていて、さながら成金のような印象を抱く男であった。

 

 後から声をかけた男はまるで防火コートのようなものを身に纏っていたが、それに防火性があるかと言えば、無いだろう。なんせ男の顔は上半分を覆うような火傷跡があるのであるから、更にその両手も何度も火に包まれたのか、包帯を巻きつけてある。

 

 先に声をかけてたのは隻腕の男性であった。

 

 「お前らか、先の仕事は」

 「いつも通り殺しただけだ。跡形もなく、唯の肉塊にな……」

 

 金属品の男はくだらないと言いたげに返した。彼のタレントと魔法にそのアイテムの数々であれば、そんなに難しいものではないはずだ。それに対して、火傷跡の男は喜ぶように言ってみせる。

 

 「こっちもいつも通りだ。壊して、燃やしてやったぜ!」

 「そうか」

 

 それを受けた男性は改めて思う。自分たちは既に壊れた存在であると。

 

 「とりあえずご苦労、リブロ、フランベ」

 「で、何の話をしてたんだよ?」

 

 話に加わるつもりはないらしく、金属品の男はすぐに空いた席に座り、対照的に火傷跡の男は問いを投げ掛ける。答えたのはマスクの男であった。

 

 「パルマは少年趣味の変態野郎という話です」

 「おい!!」

 「あっはっはっは!!終わってんな!もうとことん終わってるぜ」

 「何だったらよぉ、てめえを掘ってやってもいいんだぜ?フランベ!」

 「お、やるかい?次の瞬間テメエは消し飛んでいるだろうがな!」

 

 そう言って、互いにナイフを手を広げるように構える両者を止めたのは新たなる人物であった。

 

 「揃っているな」

 

 静かな声であった、無機質でありその声はとても人がはっするものではなかった。小競り合いを起こすことにした二人に。やはりというか声をかけたのは隻腕の男性であった。

 

 「ムール」

 

 そう呼ばれた男は目に異常を抱えているのか、常に充血を起こしているように真っ赤な瞳を持つ人物であり、何より目を引くのは、その両手の指であった。リブロと呼ばれた人物とまた違った異質さ、というより違和感を感じるものであり、それはこの男の指がつくりものであると主張していた。

 

 その男性はその場に集まった者たちを一通り見まわして、思いだしたように呟く。

 

 「ガレットとラプールは、死んだんだったな」

 「何であいつら死んだんだっけ?」

 「さあ」

 「どうでも良いですね」

 

 いなくなった奴の事を気にしても仕方ないと彼もまた思考を次へと切り替える。何も会食をする為に集まったという訳ではないのだから。

 

 「国王が城塞都市に向かう事が決まった。復興に勤しむ連中の陣中見舞と言った所か。第3王女も一緒らしい」

 「「「「「「!!!!」」」」」」

 

 それまで、男の言葉に耳を傾ける事もしなかった金属品の男に植木鉢の少年までがその言葉に反応する。

 

 「マジか、マジなんだな隊長」

 「ああ」

 「エ・ランテルをぶっ壊したかいがあるぜ!!」

 

 興奮気味なのは、火傷跡の男である。彼は先の城塞都市の件にも参加していたはずである。マスクの男が思いだしたように問いかける。

 

 「確か、最初の爆撃だけやって撤退したって話でしたっけ?」

 「ああ、そう言う手筈だったろ?残った連中は何を考えていたんだ?」

 「分かりませんね」

 「……死にたかった」

 

 答えたのはそれまで無言を貫いていた植木鉢の少年であった。

 

 「みんな死にたかった。だから残った」

 「かもしれねえな」

 

 隻腕の男性もまたそれに答えながら、前の大規模作戦での事を思い出す。ズーラーノーンのあの男は己の願いの為に自分達が動いていたと思っていたらしいが、それは勘違いだ。こちらにも狙いはある。普段、警戒が強い王城を離れてくれるというのはありがたいを通りこして感謝さえしてしまう。

 

 「それでムール隊長、護衛の方は?」

 

 その言葉にほかの5人も赤目の男性に注目する。彼らは自分達の実力を嫌というほど、分かっている。例えば戦士長なんて出て来るのであれば、もうどうしようもない。

 

 「それであれば、問題はない。戦士長はつかないという事だ」

 「馬鹿だ!マジで馬鹿だぜ!あいつら!」

 

 喜ぶように声を上げるのはくまの男であった。そうであれば、十分にそれを成し遂げられる可能性はあるのである。改めて隊長と呼ばれた男性は続ける。

 

 「今、この国は揺れている。そんな時に国王、そして庶民から人気がある第3王女の両名が死ねばどうなると思う?」

 

 その問いかけに対して答えるものはいなかった。その顔も狂喜に染まるもの、一切変化がないもの、憎悪を燃やすものと様々であったが、共通する望みは唯一つ。

 

 王国に崩壊を。

 

 今、歯車が回りだす。

 

 

 確実にその物語は変わりつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ありがとうございました。

 良ければ同時投稿の人物紹介もどうぞ。


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独自設定人物紹介その3

 3回目となる紹介です。と、いっても今回は少なめかと。


 プラネリア

        無限なる管理者

 

 役職ー元・ナザリック地下大墳墓階層守護者。現、魔石(データクリスタル)管理者

 

 住居ー特に決められていない(第4~6階層間を自由に行き来する権利を与えられた為)

 

 属性(アライメント)―中立―[カルマ値:0]

 

 種族レベル―星食らい(アース・イーター)―10lv

       木人(トレント)―5lv

       緑の濃霧(グリーン・ノア)―10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベル―プラント・ロード―10lv

        プラネット・ロード―10lv

        ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計69レベル

  種族レベル取得総計39レベル

  職業レベル取得総計30レベル

 

 元、ナザリック地下大墳墓、第4、第5、第6階層守護者をしていて、異変前は第4階層にて終わる事のない釣りを楽しんでいた。(そもそも獲物がいないのだから)その後はその種族特性を生かして、世界樹から生り続ける魔石の管理を担当している。というか、そうでもしないと墳墓自体が魔石まみれに成程の量があるため。

 

 この魔石の使用は墳墓に所属するものであれば、誰でも認められており簡単な台帳記入のみで必要な分を貰うことができる。その使用用途は主に料理だとか、必然と言えばそうかもしれない。プレアデスによる技能取得実験以降墳墓では料理を修得しようと励んでいる者たち、主に一般メイドなどが増えており、自ら作りあげたものをいつか主に食してもらおうと奮闘しているとのこと。

 

 

 

 

 アトラス

       武人の部下たる武人

 

 役職―ナザリック地下大墳墓第5階層守護者直属

 

 住居―第5階層内にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―善―[カルマ値:200]

 

 種族レベル―昆虫の剣士(インセクト・セイバー)―10lv

       蟲の兵隊(ヴァーミンソルジャー)―10lv

       ほか

 

 職業(クラス)レベル―カタナマスター―10lv

       など

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計47レベル

  種族レベル取得総計37レベル

  職業レベル取得総計10レベル

 

 コキュートスの右腕として創られて存在であり、武人の部下コンビと言えば、「堅物と腹黒」だと主張していたギルメンにより堅物枠のポジションにある人物。主人たる武人や同僚が多様な武器を扱えるというなか、彼は刀しか扱うことができない。なんて言い方をすれば、悪いように聞こえるけど、それだけ刃物の扱いと剣により立ち合いに特化しており、アインズに剣士として戦い方を指南したのも彼であったりする。

 

 ちなみに、彼が使者としての1回目に村に赴いた際にやったあることが原因で子供の健康を祈って木で人形を作るという変な文化がリザードマン達にできてしまっている。

 

 

 

 

 ヘラクレス

        腹黒軍師

 

 役職―ナザリック地下大墳墓第5階層守護者直属

 

 住居―第5階層内にて与えられた自室

 

 属性(アライメント)―凶悪―[カルマ値:-200]

 

 種族レベル―昆虫の弓兵(インセクト・アーチャー)―10lv

       昆虫の槍兵(インセクト・ランサー)―10lv

       蟲の指揮官(ヴァーミンコマンダー)―10lv

       など

 

 職業(クラス)レベル―ウェポン・ブレイカー―8lv

       ほか

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計48レベル

  種族取得総計30レベル

  職業取得総計18レベル

 

 コキュートスの左腕、そして腹黒枠で作られた存在。趣味は将棋、チェス、囲碁などボードゲームに人間観察もとい、知的生命体観察が趣味という軍師キャラにありがちな性格である。一方で落語をたしなむなど、ユーモラスの精神も持ち合わせている模様。

 

 彼もまたカルマ値マイナスよりのもの特有の凶悪さをもっているはずであるが、今のところそれが表に出る機会はそんなにない。

 

 さらに、主人と最近同僚として一緒に働くことになったメイド少女の関係性、もっと言えば、主人の心の変化にいち早く気づき、武人がかの支配者に抱いている理想と同じく、いつかコキュートスの子供に仕えるのも面白かもと考え、デミウルゴスに相談している模様。

 

 

 

 

 ソーリス・セセ

          剣士志望だった槍使い

 

 役職―戦士

 

 住居―竜牙(ドラゴン・タスク)族の家屋の1つ

 

 属性(アライメント)―中立―[カルマ値:50]

 

 種族レベル―蜥蜴人(リザードマン)―1lv

 

 職業(クラス)レベル―ファイター―5lv

       ランスマスター―6lv

 

 [種族レベル]+[職業レベル]―計12レベル

  種族レベル取得総計1レベル

  職業レベル取得総計11レベル

 

 かつてリザードマンが7部族だった頃の名残をもつ人物。ザリュースとの決闘で敗れた後、自身なりに訓練にいそしんでいたが、その直後の戦争で戦死という結末を迎える。敗因を上げるとすれば一般的なスケルトンであると侮っていたという事であろうか。

 

 

 

 

 

   最後に

 

 ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。まずは恒例(まだ4回目だけど)の次章予告から、

 

 

 

 

  本来であれば、漆黒聖典たちとの事故とも言える接触で一時とはいえ、墳墓から出ることができなかったシャルティア、本来であれば、クレマンティーヌに殺されてしまっている漆黒の剣たち。本来であれば、そこまで被害が出ることがなかった城塞都市。徐々にであるが、少しずつ運命というものは変わりつつある。

 

 そして、物語の舞台はいよいよ王国へと移る。楽園を作るべく奮闘するナザリック、それぞれの目的で動く者たち、変化は更なる変化を生み出し加速する。

 

 第5章「王国の落日~前編~偽りの姫君」

 

 そしてアインズは出会う。この国の歪みを抱えた少女と、

 

 

 

 

 

 

 いつも通りと言いますか、あまり過度な期待はしないで次の更新をお待ちいただければと思います。

 

 ここで少しこの作品の予定を書いていきます。ここまで読んでくれた皆さまは分かると思いますが、次の話、原作5巻、6巻の中身はこれまで以上に作者の独自展開が続くと思います。それでも原作を読んだ人であれば、

 

 「あ、ここあのシーンを意識してるな」

 

 と思ってもらえるところを書いていくつもりであります。また、作者はどうにも一方的な展開というものが苦手(書くのが)みたいでして、もしかしたら。

 

 「こんなのオーバーロードじゃねえ!!」

 

 と思われるシーンが増えるかもしれません。それでも構わないという方はお付き合いお願いします。

 

 

 これからですが、5章、6章合わせて、5つのpartで構成していくつもりでして、その予告などは活動報告などでやっていくつもりです。

 

 また、この章の間に幕間、独自人物紹介+予告に加えて、外伝を3本書くつもりであります。これも時期をみて、活動報告で予告を上げていきます。

 

 以上になります。下手をすると原作既存巻に追いつくのに1年以上かかるかもしれませんが、良ければ読んでみて、それで「面白い!」と思ってくだされば、幸いです。

 

 

   

  

 

 

 

 

 

 




 ありがとうございます。次回から新章入ります。


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第5章 王国の落日~前編~偽りの姫君
第0話 来客


 今回から新章入ります。といっても今回の話はいわゆるプロローグみたいなものです。


 澄み切った青空、天には太陽が光と共にすべての命へとその日生きる為の活力を与える様に輝いている。それは間違いなく晴れ、それも雲もほとんどない清々しいものである。

 

 その中を飛行する全身鎧がいる。別に妙にデザインが凝った風船という訳でもなければ、フライングヒューマノイドというものでもない。この世界には魔法というものが存在している訳であるのだから。

 

 さて、その全身鎧、片手に羊皮紙をもって周囲を見回す。その様子は何かを探しているようであった。

 

 (この辺りだって聞いたんだけどな)

 

 これが単なる遊覧飛行であれば別に何も問題はない。だが、この鎧には明確な目的地があるのである。未知の場所に向かう時、最低でもその位置を知っていないと話にならないし、まさか北に50歩東に200歩進めば着くことができると馬鹿げたことをいう訳にもいかない。ある程度の情報は必要になるし、その精度で無事に目的地に辿りつけるか重要なところだ。勿論本人のセンスも問われる。それに関して言えば、この人物は大丈夫といえる自信があった。なんせ大陸中を駆け巡る経験をしたからだ。

 

 (方向感覚くらいはね)

 

 それくらいは抑えておかないとこの世界で生きるのは困難であろう。だからこそ、動物だったり魔物だったりは生まれた時にまずは我が子の能力の、その辺りを見るものもいるとか、いないとか。

 

 (ひどい人もたまにいるけどね)

 

 その人物ことツアーは長い時を生きている。といってもそれは他の種族から見た感想であり、彼自身や当の種族にしてみれば特に変なことはない。そして生きていれば、様々な人物に出会う訳であるし、その中には壊滅的にセンスがない者もいた訳である。

 

 彼は自国ではそれなりの立場であり、当然外出と言えば、そういった仕事の話も多い訳である。もう何時になるか思い出すのも苦労するが……

 

 (……はあ)

 

 こう言った所をぼけて来たのだとあの友人にも言われてしまっているのだ。少しばかり記憶力を上げる訓練をした方が良いかもしれない。

 

 (脳トレって言ったかな?)

 

 それはこれから会う予定の彼ではなく、昔の話、また別の人物、比較的話ができる者から聞いた単語である。しかし、その内容は詳しく聞けていない。それもこれから聞くのもいいかもしれない。

 

 (と、いけないね)

 

 思考がそれてしまっている。その人物には一度自国に来てもらうことになったが、1週間たっても来ることがなく、何かあったと思えば、何と竜王国に行っていたという。その人物と話をしたのは王国領内での話だ。そこから自国は北西の方向であり、間違ったというその国は南東の方角、正反対の方向であったのだ。

 

 (僕も気を付けないとね)

 

 自分はああはなるまいと改めて彼は周囲を見回す。目的地に行くためにはある村を見つけるのが良いらしい。可能であれば、そこまでは何とか自分の力だけで。

 

 (あ)

 

 気配に気づく、同時に時間切れであると残念な気持ちになる。できる事なら自分で見つけて驚かせてやりたかったのだ。かと言ってこれを無下に断るのも心遣いに対してあまりにも失礼である。観念するように彼は振り向く。その先にいたのは、メイド服を身に纏った女性であった。黒髪を後ろでまとめ、その両手には棘が付いた禍々しい籠手のようなものをつけている。その人物が口を開く。

 

 「後ろから突然失礼します。ツァインドルクス=ヴァイシオン様でよろしいでしょうか?」

 「はい、あなたは」

 「私はアインズ様からの使者として参りました。ユリ・アルファと言います」

 

 彼女はそう言って軽く微笑む。軽くだ。それでも彼が見てきた様々な笑顔でもかなりの水準を誇ると断言できるものであった。下手に自尊心が高い者であれば、それだけで彼女が自分に気があるんだと愚かな勘違いをおこし、下手に独占欲が高いものであれば、何としても手に入れたいと無理を承知で挑もうと覚悟を決めさせてしまう程の価値がある笑顔であり、そして彼女はそれだけの美貌の持ち主であった。

 

 (彼女も、従属神という事か)

 

 かつてそう呼ばれる存在とも戦った記憶がある。彼女たちは自らの創造主であるプレイヤーこそ絶対であり、意図して反意を持つようにしなければ、その忠誠は絶対であるという事。しかし、それだって完璧な存在ではない事を自分は身をもって知っているではないか、尽くすべき存在の喪失。それによって、暴走した者達を見ている。

 

 (彼女たちも?)

 

 つい、そう思ってしまう。もしも彼に何かあれば、この目の前の女性を含めた者達もかつて見た者になる可能性を考えてすぐにやめる。そうであれば、そうならないように自分が尽くせばいいのだし、何より。

 

 (彼には生きて欲しい)

 

 まだ1回会っただけでそう言った感情が生まれるのは少しおかしいかもしれないが、偽りなき自分の気持ちでもあるし、もしかしたら無意識的にあの出来事を繰り返したくないと思っているのかもしれない。

 

 「わざわざありがとうございます。墳墓までの案内、お願いできますか?」

 「元より、そう命じられておりますので」

 「分かりました。では、お願いしますね」

 「畏まりました。私の後について来てください」

 

 彼女はそう言うなり、自分に背を向けて進みだす。どうやらこちらが不意を打つ可能性は一切考慮していないようで、それは同時に彼からの信頼の丈というものだろう。勿論それを裏切るつもりはさらさらないのだけど、少し進んだと思うと彼女はこちらを振り返る。

 

 「いかがしましたか?お体の調子が優れないのでしょうか?」

 

 これはいけない。自分が馬鹿な事を考えたが為の時間浪費、その時間を彼女はこちらに問題がないかと心配をかけてしまったらしい。同時に感心する。こちらを見ていなかったのに位置関係を把握していた彼女に、そして苦笑もする。

 

 「すいません。しかし、この体は遠隔操作しているだけですので、何の問題もありませんよ」

 

 しかし、それを聞いても彼女は何の動揺も見せず。不思議に思ってしまう。できれば、驚く反応が見たかったのだけど、すると彼女もまた少し苦笑して、返してくる。

 

 「ええ、存じ上げています。ですから、()()の具合を尋ねたのですが」

 「へ?」

 

 間抜けにもそんな声を上げてしまう。それでは、自分の方が思考がずれていたという事になる。彼女のこの対応は自分に恥をかかせたと怒る者もいるかもしれないが、彼はそれに該当しない方であり、むしろ自らの落ち度と考える癖がある。それは美徳と言えるだろう。ただし、相手が善人であったり常識人である場合に限るが、少なくともこの女性であれば問題もなさそうだ。

 

 (やっぱり)

 

 何とか、先ほどの訓練方法も聞いておいた方が良いかもしれないと彼は考え、彼女へと大丈夫だと伝える。改めて空を2人の影がある所を目指して進みだす。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層玉座にて、この墳墓の支配者はその時を待ちわびていた。蜥蜴人達との戦争から既に1月は経っている。本来であれば、直ぐに行動を起こしていないといけないのに、そうしていないのには理由がある。彼から出来れば、改めて話をしたいと連絡があり。それならと、ここへと招待する事にしたのだ。出来る事ならそのまま協力者になって欲しいという打算もあれば、個人的に長い付き合いをしていきたいという純粋な願いもあった。そういう事で、この場を設ける事にしたのだが。

 

 「なあ、アルベドよ」

 「何でしょうか?アインズ様」

 

 支配者ことアインズはいつもの様に傍らに控えている守護者統括である女性へと問いかける。

 

 「どうしてもこの形でないといけないか?」

 「どうしてもです」

 

 この女性、もといアルベドにしては珍しく彼へと反論する。普段、自分たちの支配者であり、最後まで自分たちを見捨てなかった恩人にして、そして最愛たるアインズに対する少しばかしの悪戯であったり、からかいであったり時には度を超してやり過ぎて怒られてしまう事もあるが、基本的に彼女は主の意思を優先するのが、本当に珍しく意見を譲らないのだ。

 

 「これは、友人を迎えるには不適切ではないだろうか?」

 

 実際そう思っているのが、本心だ。このまま玉座に座ったままこれから来る相手に対応するにはあまりにも礼儀知らずではないか。例えば、友人が来たのにいつまでも居間から出てこない人間はどうであろうか、それでも気にしない間柄であったり、あるいは元からそういった付き合いである可能性もあるが、アインズはと言うよりこれは鈴木悟の名残であると言えよう。

 

 彼は日本という国の出身だ。いや、この言い方では誤解を招く。別に彼はそこからどこか別の国に渡った訳ではないのだから。そこは他の国と比べて異様に礼儀作法に五月蠅い国であった為、そう思ってしまい、考えてしまう訳だ。

 

 (モモンガ様のそういった所も愛おしく思います)

 

 アルベドはそんな主への自分の想いを深めると同時に言葉を返す。

 

 「お言葉ですが、アインズ様。御身自ら赴かれるというのは、私どもの立場がありませんので」

 「う」

 

 彼女の言葉も最もである。もしも今回の彼の来訪が、モモンガ個人を訪ねてというものであれば、何も問題はないであろう。しかし、今回は個人ではなく、支配者アインズとして迎える為、それは同時に自分が率いているこの墳墓の品格も彼に見られるというものである。

 

 (確かに俺だけ出るというのは、彼女たちを信頼していないという事になるし)

 

 同時に自分が率いている組織に自信がないのかと問われる行為でもあろう。それはあってはならない。

 

 「分かった、理解しよう。だが…」

 

 まだ、どこか納得できていない様子の主に彼女はとっておきの言葉を使う。

 

 「例えば、アインズ様が反対の立場であった際に、このような対応をされて不快に思いますか?」

 「まさか、相手方にも事情があるのだろう?」

 「そういう事でございます。もっと言えば、ヴァイシオン様がこの事で気分を害される方でございましょうか?」

 

 少し、考えてみる。あの夜出会った彼は、決して高圧的にならず、自分の言葉も大事にしてくれたし、何より。

 

 (俺の願いを理解してくれていた)

 

 思い違いなんかではない。兜という。自分とはまた違った形で無表情な彼であったが、自分たちの計画に興味を持っていてくれた人物である。

 

 「確かにな、ツアーはこんなことで怒る奴ではないと思う」

 「そうでございましょう。もっと言えば、私たちがその辺の適当な対応をするとでも?」

 「それこそ、まさかだな。その辺がどの辺を指しているのかは敢えて聞かないが」

 「はい、お任せください」

 

 これは彼女にとって、譲れない一線でもある。主と件の竜王の2人はこの先、世界の中心に立つ可能性が多いにある以上、墳墓が誇る水準で歓迎をしなくてはならない。それは生物として、いや知性を持つ種族としての性かもしれない。普段泥だらけの獣に誰が敬意を払うであろうか。

 

 (“おもてなし„って、言ったかしら)

 

 最近、目を通した資料にのっていた言葉だ。主がいた国の過去に一時期流行った言葉であるらしい。主には任せるよう言ってしまったが、自分も立場上この場に控えていないといけないし、それは他の階層守護者達にしても同様であり、王都で待機中の彼を除いた100レベルの者達は全員玉座の左右に控えている。その全員が直立不動である。

 

 (そうなると)

 

 必然的にメイド長である彼女にすべて託す形になってしまう。義兄に前任者達に七罪と言った者達には念のため周囲の警戒に当たって貰っている。仮にも大切な人物の来訪を何者かに襲撃されるようなことがあれば、墳墓の威信に関わるし、何より主が悲しまれるだろうから。それはとても許容できるものではない。それでも不安は感じなかった。それは、彼女たちに対する信頼からであろう。

 

 

 

 

 同時刻、玉座の間へと続く道に彼女たちも控えていた。そう、メイド長以下41人の一般メイド達である。その言葉で一括りにされている彼女たちであるが、当然その様子にも個人個人で違うものである。明らかに体を振るわせているもの。何とか緊張を抑えようと、かえって固まってしまっている者。緊張を和らげる為に笑おうとするも、おかしな表情になっている者とその空気は正直良くないと彼女も思っていた。

 

 (しかし)

 

 こればかりは仕方がないかもしれない。思えば、この墳墓に主の友人が訪ねて来て、その対応をするのは初めての事であるのだから。確かに過去にも至高の方々の内1人、親友である彼女の創造主である方の身内が来た事もあるが、それは至高の方々自らが対応したため、自分たちは客人を迎えるという経験をしたことがない。だからといって、適当にしていい訳がない。しかし、ここで下手な事を言うのはかえって逆効果であることをそれまでの積み重ねから彼女は確信していた。

 

 彼女はその場で手を2回程叩いてみせる。その音はこれからやる事の重大さに押しつぶされそうであった、無音である空間に響き。自然とメイドたちの視線が自分へと集中する。全員が自分を見ていることを確認して、彼女は喋り始める。

 

 「気を張るな。とは言いませんが、あまり張り過ぎるのも問題ですわん」

 

 その言葉で多少肩の力が抜ける者が出て来るが、とても十分とは言えない。そこで、彼女は次の方法に移る。

 

 「もっと自信を持ちなさい。貴方達は栄えあるナザリック地下大墳墓第の従者なのですからわん」

 「し、しかしながら、私たちは満足にこなせるのでしょうか?」

 

 そう口にするのは、シクススであった。彼女の不安も理解できる。かつて自分たちは最後まで残ってくれた主の御心を理解できずにあの方を追い詰めてしまったのだから。それから自分たちに出来る事をやってきているけれど、それでも恐怖というものは中々消えないものである。それでも彼女は続ける。大丈夫だと。

 

 「シクスス、あなたは最近、アルベド様から裁縫を習っているそうですね、わん」

 「それは」

 

 見れば、彼女と同様らしき者たちも気恥ずかしい様子を見せている。彼女は次に先の彼女に比べて髪とスカート丈が短いメイドの名を呼ぶ。

 

 「フォアイル」

 「は、はい!」

 

 活発そうな見た目に似合う元気な返事声が響く。

 

 「あなたは料理を、それもパンに集中して習得に励んでいるそうですね、わん」

 「どうして、それを?」

 

 確かに彼女からその話は聞いていない。しかしながら、自分には関係ないことだ。彼女は鼻を指し示しながら答える。

 

 「手を見れば分かります。それに私も鼻は効くほうですわん」

 

 周囲を見れば、やはり先ほどと同じように動揺しているメイドが数名いる。彼女同様に独自に料理を習っている者たちであろう。

 

 (彼らには感謝しなくてはいけませんね……わん)

 

 元々この墳墓で料理ができる者たちは限られている。そうなれば、彼女たちが教えを乞う相手も決まってくるのだ。下手をすれば、自分たちの仕事を取られるかもしれない。と、思うはずなのに。その手の苦情を聞かないのはそれが答えだ。彼女は次に眼鏡をかけたこれまでの2人に比べて物静かな雰囲気を纏ったメイドに声をかける。

 

 「リュミエール」

 「はい」

 

 突然の事にも動じないであろう声音であった。しかし、そんな彼女も次にメイド長である彼女の言葉には分かっていても肩の震えを止めることができなかった。

 

 「あなたはよく最古図書館(アッシュールバニパル)に赴いて主に領地運営等について勉強しているようですね。わん」

 「……はい」

 

 僅かばかり、返答に遅れた事が彼女も動揺している事を証明していた。ここでも彼女同様に挙動不審になっているメイドが複数人いる。そして、先ほどからの反応を合わせて、全員が自分の言葉に何かしら反応を示したことを確認した彼女は問いかける。

 

 「では、聞きましょう。それは命じられてやっていたことですか?わん」

 「ち、違います」

 

 答えたのはシクススであったが、全員、速度やふり幅に回数など違うが、首を振っている。

 

 「では、どうしてそれをしていたのですか?貴重な休憩時間を使ってまで、わん」

 

 これには、一般メイドたちも少しばかし沈黙してしまう。そして、自分たちは失敗をしてしまったのかと思ってしまう。つまり、主が下さった大切な時間に何をしていたのかとこのメイド長は咎めているのだと。

 

 (それでも)

 「少しでもお役に立てる手段を、アインズ様に恩を返す方法が欲しかったのです」

 

 そう、口にしていたのはやっぱりというかシクススであった。彼女の言葉にほかのメイドたちも首を縦に振っている。彼女たちは無意識かもしれないが以前、守護者統括に主の世話係の話を持って行った事も含めて何かと彼女がその中心であるのだろう。

 

 彼女たち待つ。どのようなお叱りでも受けねばならないと、しかし返ってきたのは。

 

 「そう、あなた方は任された事だけをするのではなく、それぞれに出来る事をやり、そして実際形にもなっているのでしょう」

 

 優しい声であった。

 

 メイド長は見ているのだ。最近、第9階層の装飾が変わっているのを。――無論、統括を通して主に許しを貰っての上でだろう――料理のレパートリーが増え、それもこの墳墓で働いているほかの者達、それも飲食ができる者たちに弁当を届けているのを。階層守護者である彼にも教えを乞い、その知識を確かにしていることも最後のものに関してはまだしっかりとした形になる事はないが、そう遠くない未来、主が望まれる世界になった時にその手の知識を蓄えた者が必要になるはずである。

 

 「改めて言いましょう、自信を持ちなさい。貴方達の頑張りは私が知っていますし、そして保証します。必ず成功すると。わん」

 「メイド長様――分かりました」

 

 その言葉と共にメイドたちの顔から緊張の色が消えているのを確認して、彼女は何とかなりそうだと安心する。

 

 (こちらは大丈夫です。どうかお任せを、アルベド様。わん)

 

 

 

 

 (あれが)

 

 その墳墓の入り口であろう。神殿ともあるいは遺跡とも文字通り王家の墓にも見える立派な建物であり、それは彼がいわゆる拠点ごとこの世界に来た方であるという事でもある。

 

 (本当……)

 

 何なんだろうかと思ってしまう。100年周期でこの世界に来る者達、そして彼らの出身は決まって同じ世界である。その答えもいつか分かる時が来るのであろうか?

 

 眼鏡をかけたメイドに付いて行く形で飛行をしていた彼を出迎えたのは、5人の女性であった。その装いや髪色にその型こそ違えど、前を行く彼女に似た雰囲気を感じる。

 

 「アルファさん、あの人達は?」

 「私の妹たちになります」

 (やっぱりそうなんだね)

 

 そしてその周りを警護するように並んでいるのは、デス・ナイトを始めとしたアンデッドの騎士に戦士達である。それが、自分を襲うためではなく、万が一にも何かあればというものであるのは、その視線や彼らの周囲への警戒の姿勢が物語っている。

 

 (少し)

 

 大袈裟ではないかと同時に内心苦笑する。彼も苦労していそうだと。これから会うのはこの世界では中々見れない美貌、そして圧倒的な強さを持つ軍勢、その全ての頂点に立つ者である。

 

 (それにしても……死の騎士(デス・ナイト)か)

 

 それはこの世界では相当な強敵という認識である。確か、カッツェ平野に発生するという話を聞くくらいである。アンデッドには非常に面白い(というのは不謹慎であるが)生態がこの世界にある。曰く、アンデッドはアンデッドを引き付けるというもの。低位の個体を集めていると、そこに高位の個体が生まれ、更に高位の個体が集まっていれば、更に高位の個体が生まれるというものである。彼ら相手に生まれる表現は間違っているかもしれないが、モンスターである以上、一応生物として捉えるべきであろう。

 

 この事実を呑気に捉えることが出来るのは彼が比類なき強者、ドラゴンだからだ。人間にしてみればとんでもない特性であり、だからこそ定期的に平野にスケルトン討伐の冒険者チームが行ったり、墓地にしても発生した場合は低位の内に間引くのが習慣となっている。確か、あの城塞都市もそうだったはず。

 

 (そう考えると)

 

 これまで転移して来たもの達はまだ良かった方かもしれないのだ。いや、良くはないのだが。彼らは純粋な欲求、それも物欲に性欲とそれこそ、人であればありきたりなもので動いていたのだから。これが知的好奇心を満たしたいとかいうものであれば、もっと恐ろしいことを考えたかもしれないし、少なくともそういった輩にとっては、アンデッドのその習性は非常に面白みがあるかもしれない。

 

 (今回の周期で飛んで来たのが彼らで本当に良かったかもしれない)

 

 彼ら以外に来た者がいないことを願い、出来る事なら100年以内に彼の言う楽園を建設しなくてはいけないと彼は考える。

 

 そう考えながら、彼は先を行くメイドについていきその地へと足をつけた。その瞬間を逃さず、頭を下げる5人のメイドたち。その挙動は一糸乱れることなく見事に揃っていた。

 

 「「「「「ようこそおいで下さいました。ツァインドルクス=ヴァイシオン様」」」」」

 

 それに合わせる形で、膝をつく死の騎士にその他の戦士達。よく精錬された動きだと彼には判断できるものであった。

 

 その後は、あまり時間をかける訳にもいかないという事で転移門で第9階層まで進むことになり、引き続き彼女の先導で進むことになり、彼は次に余りにも煌びやかな光景を目にする。

 

 (成程ね)

 

 やはり、プレイヤーの力、あるいはその財力というものは大きいらしく。竜王である自分ですら滅多にお目に掛からない調度品が道すがらでも目にする程あるのだ。そして、次に出迎えてくれたのは犬の頭を持つ人物と一見人間に見えないこともない先ほどとはまた違い、大分一般的な装いのメイドたちであった。

 

 「「「ようこそおいで下さいました。ツァインドルクス=ヴァイシオン様」」」

 

 その動きも自分がそれまで見てきた中では最も高い水準であると言えそうであり、そして気付く。彼女たちも人間ではないと。生憎自分の知識に該当しそうな種族がいない為、出来る事ならそれも彼から聞けることを期待しよう。

 

 「初めまして。私はメイド長であります、ペストーニャ・S・ワンコと申します。ここからは私が彼女に代わりましてご案内いたします」

 

 彼女の振る舞いに墳墓の者達は気付いているが、誰もそれを咎めようとはしない。至高の御方にそうあれとされてはいるが、やはり一般的に初対面の者に、それも外部の重要な人物相手に使うにはいささか失礼になりそうであると判断したのだ。

 

 (お許しください。餡ころもっちもち様……わん)

 

 かつていらっしゃったであろう。その方に謝罪の言葉を述べながら、彼女は続ける。確かに大変不敬であるが、このやり取りでいらっしゃった目前の人物を不快にさせる訳にいかないのだ。その為に多少の事は大目に見て欲しいと。

 

 「この先、玉座の間でございます。アインズ様はそこでヴァイシオン様をお待ちになっています」

 「分かりました。でも、その前に良いでしょうか?少し気になった事がありまして」

 「何でしょうか?」

 

 質問をすることを許してくれた目前の犬の頭を持つ女性に、彼は一応ここまで案内をしてくれたもう一人のメイドにも断りをいれて、口を開く。どうしても気になることであった。

 

 「今、ここにいますメイドの皆様と、この墳墓の入り口で私を迎えてくれた。アルファさんを含めたメイド方は何か違いがあるのでしょうか?身に付けているものが少々違うようですが」

 

 それは彼であるからこそ出た疑問であろう。もしも他の者であれば、彼女たちの美貌に目が行き、まったく気にする事がなかったであろうから。それだけではない。ドラゴンとは本来、宝に目ざとい所がある。決して光り物を好むあの黒い鳥とは違うけれど。断じて違うけれど。それでもその嗅覚がその違いを捉えたのだ。

 

 「畏まりました。では、お答えします。私とここにいる者たちは一般メイドと呼ばれる者たちであり。そしてヴァイシオン様が地上でお見かけした数人とそこのアルファは戦闘メイドと呼ばれる者たちでございます」

 

 一般?戦闘?その違いは何であろうか?そもそもメイドとは主人の身の回りの世話をする者たちであり、そういった事は別に元冒険者であったり、専属的な騎士を雇うものである。それくらいは自分も抑えている事だ。

 

 「疑問に思われる事も当然かと。詳しい説明を致します」

 

 顔には、というか表情には出ないはずであるが、その思考を読んだように彼女は説明を続ける。彼女がそれだけ優秀なのか、あるいは普段から仕えている主もまた一般的にそれがない人物からなのかは彼には判断の仕様がなかった。

 

 (間違っても僕が衰えている、という事でないことを祈ろう)

 

 彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 「一般メイドとは、ヴァイシオン様が思い浮かべた通り一般的な仕事をこなすメイドでございます。これに関しては外の世界の認識とあまり変わりません」

 「そうですか。では、戦闘メイドとは?」

 「その疑問には私がお答えします」

 

 もう一人の女性がそこで説明を変わる。

 

 「私どもは文字通り戦闘を主にしたメイドでありまして、主人の警護であったり、時には要人の暗殺なども請け負います。勿論、副として一般的なメイドの仕事もこなせますので、普段は彼女たちとそんなに大きな違いはありません」

 「そうなんですね。分かりました、ありがとうございます」

 (戦闘特化ね)

 

 主の身の回りの世話とその護衛、その両方をこなすということは並大抵のことではない。そこで思い当たる。説明をしてくれた彼女もそうであるが、地上(ここは地下の空間であるらしい)で会った彼女たちも武装めいた格好であったと。

 

 (従属神だからこそかな)

 

 もしもこれを真似ようとしたら。メイドとしての技術に戦闘技術、その両方がきっと中途半端になってしまうことであろう。少なくともそんな事をするよりはメイドと護衛用に別の人間、雇う者の趣向も反映されそうだが、そうした方が生産的に決まっている。

 

 (プレイヤーならではの文化といった所だね)

 

 その2つを同時に行う事ができる存在は確かに貴重であるし、効率的と言えるだろう。最もそれは単にこの墳墓を創った者達の〈メイド〉に対する一種の入れ込みであるのだが、彼がそれを知ることはない。

 

 「それでは、改めてアインズ様の元へとご案内致します」

 「はい、時間を設けてくださり、ありがとうございます」

 「いえ、お客様の要望に応えるのがメイドですから」

 

 そう答え、頭を下げる2人の女性。眼鏡をかけた女性はそこで犬頭の女性へと向き直り、言葉をかける。それは業務上のやり取りであり、淀みなく紡がれる言葉が時間を無駄にしまいという彼女たちの心意気を感じることができるものであった。

 

 「ではワンコ、後はお願いしますね」

 「はい、アルファもここまでありがとうございました」

 

 それから彼は改めてユリにお礼を言い、そしてペストーニャについて行く形で奥へと進む。その間、左右に立ち並んだメイドたちは微動だにしなかった。

 

 

 

 

 玉座の間、そこを前にして彼は何度目になるか分からない驚きを感じていた。その扉もそうであるが、左右に配置されて悪魔と女神を模した彫刻と、思わず彼に頼み込んで持ち帰る事が出来ればと思ってしまう程に。

 

 (いけないね)

 

 こういった物品も彼にとってはかつての友達との思い出の品に違いない。それを自分の衝動的に発生した気持ちでどうにかしていいはずがない。

 

 「では、私はここまでとなります。ヴァイシオン様、お手数でございますが、この先へとお進みくださいませ」

 「ありがとうございました。ワンコさん」

 「いえ」

 

 ここまで案内してくれた彼女にお礼を言い、彼は先へと進む。扉まである程度歩いたと思うと。一人でに開きだす。遅くはあるが、それはその見た目、重厚さに相応しい速度だと思う程であり、待たされるのは気にならなかった。

 

 やがて、奥へと案内され彼はあの夜出会ったプレイヤーと再会した。

 

 

 

 「よく来てくれた、ツアー。私だけこのような所から座ったままで申し訳ない」

 

 それが、彼の一言めであった。別に気にする事ではないし、むしろこの対応は正しい。人間もそうであるらしいが、自分たちドラゴンだってある程度、威厳を保つというのは大事であるし。もしも自分の経験則を言うのであれば、堅苦しいのは最初だけのはずだ。

 

 「気にする事ないよ、アインズ。いや、アインズ・ウール・ゴウン殿と呼ぶべきかな?」

 「やめてくれ。そんな事をする為に来たのではないのだろう」

 「そうだね。と、これは失礼しました。ツァインドルクス=ヴァイシオン、本日はお招きに頂き、誠に光栄でございます」

 

 そう言うなり、彼は軽く紳士風に挨拶をしてみせる。本来であれば、帽子が動作の一部になっているが生憎彼は鎧のみであり、まさか頭替わりの兜を外す訳にもいかず。両手が空の状態にで行う。それが正しいやり方かどうかはアインズには判断の仕様がない為、その行為をしてくれたという点で感謝するしかない。

 

 (礼儀作法って、複雑だからな。ん?)

 

 ここで少し不思議に思う。彼は竜であり、人間とは取引もしたこともあるが、同時に争いもした人物でもあるのだ。果たして今みせてくれた作法を誰に教わったのだろうか?

 

 (また別のプレイヤー?いや、あるいは又聞きの可能性もあるか)

 

 左右に控えている守護者たちを見れば、顔をしかめている訳でも、無理に殺意を押し殺して結果的に固い表情になっている訳でもなさそうなので、特に問題はなさそうであるので、今は気にする事ではあるまい。彼はその挨拶を受けて、次の行動に移る。彼女の要望であれば、既に果たしているはずである。

 

 「堅苦しいのはここまでにして、場所を移そうか。構わないな、アルベド」

 「勿論でございます」

 

 彼女の笑顔を見れば、支配者アインズとしての責務はここまでで良いらしい。ならば、ここからは個人的な話をしたい。そうでなくてもあまり玉座の間で自分だけ座っているというのは、どうにも我慢が出来ない。

 

 (俺も小市民だな)

 

 大勢の者達が立っている中、一人だけ堂々と座る度胸はこの先、どうしても手に入らないであろう。それでもいいやと思ってしまうのは問題か、それともいいのかは分からないけど。

 

 

 

 

 その後、一度その場は解散。各自、仕事に戻ってもらい。アインズはツアーと共に執務室へと向かう。その扉を開けるのは、ここまで付き添ってくれたアルベドだ。普段であれば、一般メイドの仕事であるが、今日は本当に大切な日だという事でNPCを代表する形だそうな。

 

 (やっぱり、大袈裟なんだよな)

 

 唯、友人が来ただけであり、別に評議国と同盟を結ぶ訳ではないというのに。もしもツアーがその国の王であり、王制であれば直ぐにでも話はまとまるであろうが、残念なことに代表達が話し合いでそれを決める国だ。勝手に話を決めるなんてできないし、今回の事で迷惑をかける訳にもいかないのだ。

 

 執務室に入った2人を満足げに見たアルベドは再び笑顔を作り、それは普段アインズが見ているものと違い、いわゆる外対応の為のものであった。それでも恐らく10人の男が向けられれば、間違いなくその全員が惚れるか、自分に気があると勘違いするか、そうでなくとも心臓が激しく鼓動するであろうことは容易に想像できる顔である。

 

 「ではお二方、ごゆっくりどうぞ。なにかあれば、遠慮なくお呼び下さいませ。私だけに限らず墳墓の者であれば、いつでも参上致しますし、お力添えいたしますので」

 

 閉められる扉を見送って、鎧の来客者は今は個人である支配者へ問いかける。先ほどもそうであるが、この人物は不思議に感じたことや、疑問を生んでしまうとすぐにそれを解決したい癖があるかもしれない。

 

 「アインズ。彼女は君の奥さんだったりするのかい?」

 (な!?)

 

 その言葉にないはずの心臓が高鳴り、取り乱しそうになるのを何とか抑えて表に出さないようにして、少し怒気を高めて言葉を返す。「親しき中にも礼儀あり」と言いたげに。

 

 「ツアー、どうしてそう思ったのかな?例え、友人でも言っていい冗談と悪い冗談があると俺は思うけど」

 「いや、悪かったよ。そういう事なんだね」

 「そうだ。彼女もかつての友から預かった存在だ。子供のようなものでもあるし、断じてそんな関係ではない」

 (そうなんだね、でも……)

 

 そう見えたし、何より2人にはそれこそ、自分が今まで見てきた恋人だとか、おしどり夫婦達と負けず劣らずの信頼関係が見えたような気がしたのだ。まあ、本人がそう言うのであれば、そこまでであるが。

 

 「さて、せっかくだ。いろいろ話をしたい」

 「そうだね。何から話をしようか」

 

 それから彼らはこれまでの事と、これからの事を改めて話しあう。その過程でアインズはある言葉を持ち出す。

 

 「ツアー、4大至宝というものは聞いた事があるか?」

 「至宝?」

 

 どうやら、本当にかの六大神が法国にのみ伝えた内容であるらしい。これから先の事を考えるのであれば、情報は共有しておきたいし、それにこれも一種の戦略だ。大切な、それも秘匿性の高いものを渡すことで、「あなたは自分にとってそれだけ大切な存在です」と訴える訳だ。中にはそれでも平気で裏切る奴もいるが、この人物に関しては大丈夫だという確信があり、むしろ有効な手段とも言える。

 

 「成程ね、世界級アイテム。それもYGGDRASIL(ユグドラシル)の」

 「そうだ。デミウルゴスの話を聞く限りではあと2つこの世界のどこかに転移してきているはずなんだ」

 「1つはアインズ達が手に入れて、そのまま使っているという話だったね。もう一つは」

 「恐らく、法国が手に入れたと見て間違いないと思う」

 「それは……あまり歓迎はできないかな」

 「そうなんだよな」

 

 至宝もといあの世界のアイテムってだけで、強力なのは自分たちが手に入れた世界樹で十分に証明されている。これはいわゆる生産系統のものであるが、もしかしたら破壊兵器のようなものであったり、所有者に無限の権限を許すなんておかしなものがあってもおかしくはない。

 

 (あの運営だぞ)

 

 確かにゲームを作って、運営していたことに感謝はしよう。しかし、これとそれは別だ。そして世界樹自体が非公式世界級アイテムであったことも大きい。そうであれば、他の至宝たちもあの簡単にゲームバランスを崩したであろう運営が管理用に作った存在である可能性がある。

 

 「後は、魔法とは何なんだろうな?」

 「唐突だね、どうしたのさ?」

 

 確かに何の脈絡もない話である。が、アインズとしてはどうしてもこの機会にやっておきたいことがある。

 

 「すまない。場所を変えないか?少しツアーに見てもらいたいものもあるし」

 「分かったよ」

 

 それから、移動して彼らは第6階層に移動していた。

 

 その場にはテーブルが置いてあり、その上には4本のポーション瓶が置いてある。

 

 「アインズ?これから何をするつもりだい?」

 「ちょっとした実験だ。何、直ぐに終わるさ」

 

 そう言うなり、彼は瓶を一つとると、その中身を躊躇いなく左腕にかける。

 

 「アインズ!何を!」

 

 ツアーが声を上げるのも無理はない。液体がかかったところから煙があがり、焦げる臭いが立ち込めてくるのだから。この世界ではアンデッドは生に関するものであれば問答無用で拒絶されてしまう。現に回復薬であるはずのそれは彼の体を蝕んでいた。しかし、アインズは何処までも冷静であった。

 

 (これもアンデッドとしての特性かな)

 

 確かに左腕に痛みはある。そしてゆっくりと焼かれるような熱も感じる。しかし、そこまで痛むものではなく、耐えるどころか気にかける必要性も感じない。これこそ死者の特性。

 

 (生きることそのものに執着がないと言うべきか)

 

 何にしても今は考えるべきことではない。そもそも薬にしたって、そこまで量はないのであるし煙もやがて収まり少し欠けた腕がそこに残った。

 

 「アンデッドはポーションでダメージを負う」

 「アインズ、あまりそういった事はよくないよ」

 

 きっと先ほど自分たちを部屋に送ってくれた彼女も悲しむであろうと咎める。友人であっても言うべきことは言わないといけない。しかし、彼はそれに意を返さない様子で続ける。

 

 「すまない。だが、聞いてほしい。次はこれだ」

 

 アインズはそう言って、指輪を起動させる。その光景に一瞬我が目を疑う。先程まで骸骨であった人物が急にその雰囲気を変えたのだ。それはどう見ても彼もよく知る人間の姿。

 

 「君は、アインズなのかい?」

 「そうだ。これもこの世界で手にいれたものでね」

 

 彼は続いて、どこからかナイフを取り出すと先程薬をかけた辺り、脈へとその刃物を振り下ろす。切れた所から血が噴水のように吹き出し、それが彼の身に纏うローブや周囲の土へと降り注ぐ。

 

 「アインズ!!」

 

 流石に怒鳴り声になっていた。彼は何を考えているというのか、流石にその行動は問題があると思う。だというのに、彼はどこまでも冷静に言ってみせる。

 

 「大丈夫だ。少し見て欲しい」

 

 彼は2本目のポーション瓶をとると、それを自ら切り裂いた部分にかける。瞬時に傷が塞がり、その場には何事もない人間の腕があった。

 

 「これなんだよ。俺が気になっているのは」

 「何がしたいんだい?アインズ」

 「まあ、聞いてくれ」

 

 彼は語る。今使用した指輪は、あくまで人間の体、肉体や臓器をアンデッドの体に纏っただけであり、自分は死者であるはずなのに、と。

 

 「そうか、ならポーションが効くのは」

 「おかしいはずなんだがな」

 

 では、今の彼は人間という事なのだろうか?いや、そもそも。

 

 「そのアイテムはどうしたんだい?こっちの世界で手にいれたって話だけど」

 「そうだな……」

 

 それも彼は説明してくれた。なんでも至宝を手に入れる際についでという形で手に入ったらしい。元の持ち主はその際のトラブルで自殺したという。ならば。

 

 「僕の知り合いに蘇生が出来る人がいるし、僕もその手のアイテムは持っているかもしれない。今すぐ、その死体を回収するべきだ」

 「そうなんだが……」

 「???」

 

 何でも城塞都市の一件から、その必要性を感じた彼は部下へと命じたらしい。だが。

 

 「消えていた?」

 「そうなんだ。消滅したとか、何か魔物に食われたという訳ではなく。誰かが持ち去ったらしい」

 

 では、そのアイテムは一体どこから出たというのか?少なくとも自分はそう言ったアイテムの存在は知らない。彼はこの事に関してはこれ以上考えるつもりはなさそうで、次の行動に出ていた。

 

 「分からないことを考えても時間の無駄だからな。次はこれだ」

 

 彼は呼び鈴のような物をならす。予め、決まっていたことなのだろう。まるで巨大なアンゴラウサギを思わせる魔獣がその場に来た。

 

 「スピアニードルと言ってな。すまない、少し痛むぞ」

 

 彼はそう言うなり、その獣の腹にナイフを差し込む。鳴き声を必死に抑える獣に斬り跡からは血が流れている。彼は何がしたいのか?とここまでくれば、流石に自分も次の展開が読めた。彼は3本目のポーションをその獣にかけてやる。先ほどと同様に傷は塞がっている。

 

 「このように魔物。というか、生物それも動物等であればそれも効くらしい。次に」

 

 彼は最後のポーションをその辺りに生えている雑草とも言うべきものにかける。液体がふれたところから枯れていくようであった。

 

 「一方で、植物に分類されるものは拒絶反応、いやそれを通りこして害になっているらしいな」

 

 確かにそれは不思議な話ではあるかもしれないが。そもそも回復薬はそれぞれの種族が独自に作っているので、細かい所で違うのかもしれない。

 

 「アインズ、君は本当に何がしたんだい?」

 「知りたいんだよ」

 「知りたい?」

 「そう、この世界のすべてを、な。いくらあっても足りないくらいだ」

 「それは、君が目指す楽園というものの為かい?」

 「そうだ」

 

 確かに世界の在り方を変える為には、知っておかないといけないこともあるし何とかそのカラクリを鮮明に解き明かす必要があるかもしれない。言われてみれば、自分たちも魔法というものを正しく認識していないかもしれない。

 

 「分かったよ。協力はするから、そういった事は控えてほしい。彼女が泣くよ?」

 

 その言葉に彼は少し罰が悪いという顔をする。次から彼が馬鹿げた事をしようとする時には彼女の名を出すのが良いかもしれない。その一連の行動が自分をこの姿勢にする為の演技であるかは分からないが、出来ることは協力するつもりである。

 

 (それに……至宝か)

 

 その存在の捜索も信頼できる者に頼む必要があるかもしれないと彼は思うのであった。

 

 「すまなかったな。お詫びという訳ではないが、部下たちが君の為に催しをしてくれるらしい。見てはいかないか?」

 「そうさせてもらうよ」

 

 それから彼はこの世界において墳墓初の来客としてのもてなしを存分に受けるのであった。

 

 

 




 ここまで読んでくださりありがとうございます。1/23 20:00前後に活動報告にて、part1及び、外伝1本目の予告を載せる予定であります。


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 part1 吸血鬼編
第1話 王都にて


今回からpart1始まります。


 リ・エスティーゼ王国、国名と同じ名を冠するこの首都は文字通り国家の中心であり、総人口90万人と言われる国の中心であれば、その規模は広大である。しかしながら、その道は碌に舗装されておらず、左右に広がる建物も古めかしいものである。それは古いものを大切にするという精神なのか、あるいはその整備もまともにできない程財政難であるのか、どう見るかは人によるだろう。

 

 それでもその都市が広いのは確かであり、道を行き交う人々に馬車。あちらこちらから聞こえる客引きの声と、賑わいはあるようであった。その目的も多種多様であり、仕事の為、私的な付き合い、観光等。仕事にしても、商品、あるいは代金等の引き渡しだったりする。

 

 時間帯は昼過ぎ、丁度昼食時なのか食堂であったり居酒屋などは特に客引きに力を入れているし、焼きたてのパンが底から7割程に詰まっているバケット片手に売り歩いている少女もいる。当然、その歩いている者たちは食事を摂りたいと、あるいは空腹を感じて来た者たちであろう。

 

 だからこそ、その男は浮いていたともいえる。表情は暗く、目も虚ろ気味で弱弱しい足取りで時折周囲を見回して、まるで何かに怯えているようであり、その挙動をとるたび、周囲の視線が険しくなることは特に気にならないようである。

 

 確かに、その人物は気にしていない、というより余裕がないと言った様子である。そしてその都度、腰にある剣らしき武器に手をかけるものだから、大衆としてはたまったものではない。いつこの人物が暴れだすか、それは獰猛な獣、それも空腹のものがいる檻の中にいるようなもので、気が滅入ってしまって仕方ない。という者達もいるようで、とても危険な状態であるとその場の誰もが考えていた。

 

 「おい、誰か衛兵を呼んでこいよ」

 

 それは、そんな大衆の中、その空気に耐えきれず出た言葉のようであった。言った本人にしても恐怖と警戒が出てしまったのだが、次の瞬間には後悔することになる。周囲の視線が自分へと向けられている。その目は揃って主張していた。なら、お前が行けよと。

 

 人とは基本的に安定していたい生き物である。よって、それが崩れる恐れがあるものには決して近づかないものである。その癖、完全に無視する事もできずに事の成り行きは気になるのか、野次馬を続けているのも何とも人らしく浅ましい光景であった。

 

 諦めた男が声をかけようとして、その前に動いた者たちがいた。

 

 「すみません。よろしいでしょうか?」

 

 声をかけたのは4人組の人間たちで、街中だといのに武装をしているようであった。しかし人々に不安はなくむしろ安心感を生んだ。彼らの首元から見える金属製のプレート、間違いようがない。ミスリル級の冒険者チームであると、それは決して英雄と呼ぶには不十分である。けれど、それでも上位の存在に違いはなく、この場は彼らに任せても大丈夫だとようやくその場を離れる者達が1人2人と出始める。

 

 声をかけたのは、年若い人物であった。金髪碧眼であり、それ自体はこの国ではよく見かけるものである。顔は若干整っているようで、その武装は腰に納めたブロードソードにラージシールドに身に纏っているのはバンデッド・アーマーであり、その職業は戦士であろうとそこまでその手の知識が無いもの。下手をすると、子供でさえ容易に想像できるものであった。

 

 その人物たちもといミスリル級冒険者チーム「漆黒の剣」。そして、そのリーダー、ペテル・モークが挙動不審なその男に声をかけたのは、別に人々の願いを汲んだからではない。いや、4割程はそれがあるのだろう。残りは何かと言うと、純粋にその男が心配であったのと、用事があるのと、何より一部の界隈で有名な人であったからだ。

 

 彼の後ろでは念のためほかの3人がいつでも戦闘ができるように静かにそれぞれの得物に指をかけていた。この男であれば、これくらいは気付くことであろう。しかし、男は少し彼の顔を見たと思うとすぐにその場を立ち去ろうとしてしまう。彼は声を上げてそれを止める。それは、ある危機感からであった。この人をほっておくのはよくない。それは周囲の人々ではなく、何よりその人自身の為にだ。

 

 「アングラウスさん! ……ですよね。あの有名な」

 

 その言葉にようやく男は反応を示す。しかしその顔は決して喜んでおらず、むしろ恥を更に晒してしまったという顔であった。それでもその足を止めることが出来たのは良かったとも言える。そこで男はようやく口を開く、その動きはぎこちなく、生気を感じることが出来ないものであった。

 

 「俺……に、何の用だ」

 

 その顔を見たペテルは衝撃を受けていた。いや、受けない方が無理があるだろう。今、目前にいる人物がかの戦士長とかつて激闘を繰り広げた者と同一人物であると誰が気づけようか、自分だって見つけたのはかなり危なげであった。彼が腰に差している南方由来と言われる武器の存在がなんとかその可能性に自分を導いてくれたのだ。

 

 「少し、お尋ねしたいことがありまして」

 「…………何だ?」

 

 そう、この男が心配なのもあったが、今の自分たちの目的の為にもこの人物には話を聞いておきたいことがある。その内容はとても立ち話では済みそうにない。だからこそ、次の行動に移る。

 

 「場所を変えませんか? 丁度、私たちもお昼にする予定でしたので」

 

 その言葉に男はしばし黙ったと思うとようやく返答する。15秒ほどの時間が重苦しく感じる。それだけ、目の前の人物が悲壮な顔をしているのだ。

 

 「分かった……最後に……飯を食うのもいいかもしれない」

 

 最後?彼は何を言っているのだろう。それでも何とか話の場を設けることができてよかったと思えるペテルであった。自分の後ろに控えている者達。特に性別を偽っている魔法詠唱者である彼女を思えば、尚更に。

 

 

 

 時間が時間である為、彼らが入った居酒屋も人でごったがえしており、何とか5人分の席を確保できたのは奇跡に近いであろう。現在彼らは円形の台に一本の足がついた型、要はよく見かける丸テーブルを囲む形で樽――木で作られた器に金属製の輪っか、箍がついている品――に腰を掛けていた。

 

 何でも最近客が暴れたと言う。その際に椅子を武器に冒険者相手に戦いを挑んだらしくいくつか破損。新しいものが届くにはまだ時間がかかるということで空いたばかりだという酒樽を席代わりにと進められたのだ。

 

 これが一流だと名乗る飲食店であれば、その瞬間に常連客等の信用を失う行為である。が、生憎とここはそう言った所ではなく、むしろそういった野暮もまた雰囲気の一つとしてたしなむところがあるようであった。勿論、ペテル達にしたって、ここまで来るのに野宿や、寝る為のベッドさえ軋んでいるような安宿に宿泊する機会が多かった為に。アングラウスと呼ばれた男にしたって、それまでの人生観から特にそこに拘る必要はなかった。

 

 現在、テーブルには彼らが頼んだ料理が並べられている。適度に焼かれた肉からは湯気が立ち、例え満腹であってもまた食欲をそそるであろう匂いを周囲にばらまいている。付け合わせのスープやパンにしてもそれは同様であり、先ほど弓を構えていた男が真っ先にかぶりつく。

 

 「久方ぶりにまともな食事にありつけたって、感じだな」

 「ルクルット、気持ちは分かるが。今は控えるべきである」

 

 よく言えば仕事に汗を流した人間の特権のようでもあるが、間違いなくその様は腹をすかせた動物のそれに見えてしまい。この集まりの中では最も年をとっているように見える男がその行動に軽く文句をつける。考えてみれば、これも自分たちにとってはいつもの光景であり、思わず笑いそうになる。が、今回ばかりは他にも人がいる為、そう言った行為はよくなく、直ちに話をするべきである。

 

 改めて丁度、自分の前に座った男を見る。彼は唯、黙々とスプーンでスープを口に運んだと思うと、傍らにあるパンを手にとり、一部を引きちぎり、それをスープに浸して口に放り込み、そして同じようにキャベツの葉も同様に食べ、咀嚼。それも10回程丹念に行ってだ。それを見てどこか安心している自分がいることをペテルは感じていた。

 

 最初に見かけた時は本当に死人だったよう――何かを諦めたような、それこそ生きる事に疲れた様子であったのが、今は目の前の食事に静かにであるが、それでも必死に食いついているようで僅かであるが生気が戻ったように思えるのだ。やはり、生きている限り、食とは無縁ではいられないと言った所であろうか。これなら何とか話は出来そうだと彼は判断して、言葉をかける。

 

 「では、改めて自己紹介を……」

 

 名を名乗り、次にチームのメンバー達の紹介。そして自分たちの目的を話して、本題に移る。

 

 「という訳で、詳しい話を聞かせてもらえないでしょうか?ブレイン・アングラウスさん」

 「…………」

 

 そう呼ばれた男、ブレインは考えていた。話すべきであるかどうか。それはこの場で御馳走になった食事の礼としても代金替わりにもなるはずである。それに彼らの話を聞けば、多少は協力するべきではないかと思うのだ。

 

 (…………)

 

 だと言うのに、何も話せない。いや、疑問を感じているのだ。果たして、ここで話をしてそれで自分はどうなるのだろうかと、考えてもみろ。今まで自分は自分が強くなることにしか興味がなく、それに準じて日々研鑽に明け暮れていたのだ。

 

 それが、たった一度の戦いで否定された。そして逃げ出して、走って、走った。少しでも止まると聞こえるのだ。あの時の女の声が、そして途端に手が震えだす。自分が磨いてきた技は子供の遊びでしかなく、苦労して手に入れた刀は単なる玩具(おもちゃ)であった。

 

 それを認識する度に何度これを手放そうとしたことか、しかしできなかったのだ。それ程までに愛着があった?いいや違うと断言できる。なんせこれだって強くなるための道具でしかなかったのだから。もしもこれ以上に優れた武器と、単に切れ味だとか、重量だけの話ではなく、自分の戦闘スタイルにあう物が見つかれば躊躇なく売り払ったであろう。では、何で捨てきれない?彼は少し考えて内心、自傷気味に笑う。

 

 (未練か)

 

 そう、かつて自分が手に入れて、入れたと思い込んでいた力に対するものからであろう。しかし、実際は自分の力なんて大したものではなかった。上には上がいる。あの男であれば、高みがあるのであれば、それを超えることを目指して頑張ればいいと言うに違いない。しかし、自分には。

 

 (無理なんだよ)

 

 そう、真の高みとは努力なんてものでは、いや、そもそも人では到達することすら不可能な領域であるのだ。現に自分はあの女に何もできなかったではないか、あの時は深く考えるなんて余裕はなかったが、今であれば間違いなく断言できる。彼女たちの正体は。

 

 (……化け物なんだ)

 

 そう、そう考えれば、納得できるのだ。女たちがどうして仮面を被っていたのか、顔だけに限らず体の露出を控えていた理由も、そして当時は気にならなかったが、女たちの声もおかしいものであった。あれは人が出せる音ではないとようやく気付いたのだ。

 

 これから自分はどうするべきであろうか?ここまで逃げるのに必死であったが、こうして落ち着いて誰かと話をした(厳密にはまだ会話は成立すらしていないけど)お陰で少しは冷静になれたらしい。そうなると次に自分がどうすべきか、どうしたいのか解って来るものだ。

 

 (死にたい)

 

 結局自分がやってきた事は何でもなく、そしてこれから何か別の事をやる気力もない。こうして誰かと話をする機会があるだけ(2度目であるが、まだ会話は成立していない)恵まれた方かもしれない。そして、そこまで考えて彼はようやく話に応じる。

 

 「人を探しているんだってな。……すまないが、俺では役に立てない。他をあたってくれ」

 それが、答えだ。そもそも自分と彼らの探し人に何の共通点があるというのであろうか?それすら自分は分かっていないのだ。それでは、協力以前に何も出来る事がないではないか。

 話はここまでだと立ち上がってそのまま去ろうとしたその腕を掴んだのは、それまで沈黙を守っていたこの中で最も若い人物であった。その職業では考えられない力にブレインも一瞬、不意を突かれた気分を味わう。その目はここでなんとしても何か掴もうと覚悟を決めたものであった。

 「何でもいいんです。何か知っている事を! 少しでもいいんです! 話しては頂けませんか?!」

 言葉遣い自体は丁寧であるものの拒絶は許さないという態度が出ていた。流石にまずいと感じたペテルは彼にしては珍しく、いや、しょっちゅうルクルットにかける声音で言葉を荒げる。

 「ニニャ!落ち着くんだ!」

 他の2人にしても彼のその行動に驚いているようであった。それだけの気迫があるということであるが、残念ながらブレインには通じないものでもある。

 「……俺が知っている事……なんて大したものじゃない」

 そういった事であれば、自分より優れた冒険者だったり、適した者達がいるであるはずだ、彼らに頼めばいい話である。

 

 しかし、ニニャは引き下がる事はなかった。

 「何でもいいんです。あなたは生き残りだという話ですよね?」

 「!!!」

 それは彼にとっても禁句であった。と同時に初情報でもある。彼はその言葉の意味合いを直ぐに理解した。

 (俺以外は……殺されたという事か)

 「その話であれば、俺が話せるのは……化け物の事だけだぞ?」

 「それでも構いませんので聞かせてください」

 「…………分かった」

 

 根負けしたようにブレインは再び席へと戻る。ちなみに彼らを見ている者たちは誰一人いなかった。重苦しい空気を察したという訳ではなく、この程度の騒ぎなど日常茶飯事なのだ。周囲を見回してみれば、他にも酒の飲み比べで騒いでいる者たち。若い店員を口説こうとして鉄拳制裁を食らっている男。何が可笑しいのかずっと笑っている陽気なおっさんと誰もが目の前の事に夢中で周りの様子に気付く様子はない。

 

 ようやくこの席も落ち着きを取り戻したようで、席についた5人、その内4人が1人へと注目する。その視線から逃げ出して楽になりたいという気持ちがあるが、何とかそれを抑えながら彼は語る。同時に彼らの事を考えてもいた。

 

 (元・銀級か)

 

 漆黒の剣、元は城塞都市にて冒険者チームをやっていたという。いや、この言い方では語弊を招く。別に彼らは冒険者家業をやめた訳ではないのだから。

 

 彼らには一つの目標があったという。それは伝説に語り継がれる4振りの剣「漆黒の剣」を集める為だったという。それを聞いて、気の毒に思った。彼は自分が強くなるための材料を常に欲していた。それこそ、永遠に潤いを得られずに乾ききったみたいに。そんな彼にとって、強者の情報とは訓練の時間を割いてでも手に入れる価値があるものであるから。

 

 そんな中で手にいれた情報でその剣の1振りを持っているある冒険者の事も当然彼は知っていた。それ自体は彼らも知っていたようで、特に深く考える必要もない。

 

 さて、そんな彼らであるが、ある事件を切っ掛けにそれまでの拠点を離れて、こうしてここまで来たというのだ。その内容を聞いて、流石の彼も驚いた。

 

 それは自分があいつ等に出会ってから2日後のことだったという。城塞都市を舞台にした大規模な襲撃にある冒険者の英雄譚、その序章であったという。だというのに、自分はその事を一切知らなかった。いや、知ることも知ろうとすることさえできなかったのだ。その時の自分は逃げることに必死であった為に。

 

 「……と、そいつは俺の剣を、小指で受けてみせた…………俺はそれだけの存在だったという事さ」

 

 (それが本当であれば)

 

 相当な事だとペテルは思う。そして、次に彼が考えるのは、自分達が出会って来た強者達のことであった。

 

 (モモンさん達に、ルプスレギナさん)

 

 もしも、彼らと目前の彼が言うその女性、戦ったら、どちらが強いであろうかと思わず考えてしまう。いや、それよりも考えなくてはいけないことは他にもある。

 

 (まさか)

 

 自分たちがカルネ村へと行っている裏でそのようなことがあったと言うのはどれだけ規格外の英雄たち、アダマンタイト級の活躍を聞いているはずの自分でも初めて聞くようなことであった。70人をたった3人で倒したという者達。発端は、目前の人物も所属していたある傭兵団である。彼らが性欲処理用にと何人かの女性を攫っているという事実と、何より戦時中以外は野盗をしているという点が問題視され、正式に討伐隊を組むことになり、その為の威力偵察で自分たちにこの話をしてくれた女性の冒険者。

 

 (ブリタさんて言ったな)

 

 彼女を含むチームが向かった際に彼女たちと邂逅したという。彼女たちの傍には救出対象の女性たち、そして件の傭兵団たちが役30人ほど縛られていたという。

 

 そして身元確認の後、彼女たちはそれぞれの居場所に戻ったという。その中にニニャの姉がいないか少し期待したが、残念ながらいなかった。更にその傭兵団のアジト跡を調べたところ、彼女たちが3人だけで事を成したという確証が得られたという。

 

 現場、というより戦場跡を見る限り、2人分の足跡が奥へとまるで、一本道を呑気に散歩するように歩いて、そして敵と接触する度、制圧したという事であるらしい。話を聞く限りでは、彼女たちは冒険者ではなく、かといってワーカーでもないというのが、偵察に赴いたチームの見解である。

 

 その時の本人たちから証言で1人逃げのびた人物がいるという話であり、組合長はそれは間違いなく今、目の前で話をしてくれている人物であると断言した。そして、それは実際正解であったのだ。そこは流石と言うべきところであるだろう。

 

 次に思い出すのはあれからの事であった。モモンとナーベの2人と話をした後、ルクルットからニニャの姉探しという新たな方針を提案され、その方向で動くことになった。そんな彼らがまず行ったのは、城塞都市での情報収集だ。あの町にも娼館というものはある訳であるし、そこに彼の姉がいる可能性も決してなくはないと必死に聞いて回った。が、それでも見つけることはできなかった。

 

 その時に例の人物たちに関わる事を聞き、そして詳細を知ったのだ。その後、組合長に街を出ていく旨を伝えた時は大変であった。どうして出ていくのかと、何が不満であるとしつこく聞いてきた。しかしながら、それも仕方のないことだと言える。

 

 未だエ・ランテルの復興は終わっておらず。冒険者にしても衛兵にしても非常時に動かせる戦力も心もとないという事で本当にしつこく食い下がって来た。それでも何とか誠心誠意自分たちの意思が曲がらないことを伝えると、彼は条件を出してきたのだ。その3人組を探してくれと。人探しをするのであれば、1人も2人も変わらないであろう。と、理由は聞くまでもなかった。何とかその人たちに城塞都市所属の冒険者になって貰いたいのだ。

 

 (欲深い……という事でしょうか?)

 

 その条件を飲むという事で、幾らかの支援金を貰った立場でこんな事を思うのは大変失礼であるが、どうしてもそう思ってしまう。原因も理解している。()()の存在を知っているからこそ尚更。

 

 (実際、モモンさん達がいれば)

 

 それで、全てが解決しそうであると考えてしまい。直ぐにそれを取り消す。彼らにだって目的はあるだろうし、自分たちの時間というものがあるはずである。そうなれば、少しでも彼らの負担を減らす為にも、その謎の強者達は見つけるべきである。

 

 それだけではない。自分たちなりに仮説を立てているのだ。それはあまりにも希望的観測で更に都合が良いように考えてしまっている事でもあるが、決して可能性は低くなく、勝算もあると見ている。それは、彼女たちの目的だ。その時の行動として、女性を救出して、その謝礼は一切受け取らなかったという。では、ここから何が導きだせるだろう?

 

 まずは、彼女たちの目的だ。金銭的なものではないというのは、報酬の話にまったく耳を傾けなかったという所から推察できる。そして、彼女たちの格好にも注目すべきだ。何でも全員が仮面を身に付けていたという。もっと言えば、その声もどこか不自然であったという。それも後で考えてみればという話であるが、それでも何とか考察の材料に成り得る。つまり、あまり表に出たくないという事であろう。

 

 最後に今回の件だ。攫われた女性たち。実は彼女たちの目的もそこにあったのではないか?これは本当に自分たちにとって都合が良い想像になるが、向こうにもこちらと似た事情があるのではないか?というものだ。その為、各地を回っているのではないかという仮説だ。もしもこれが正しければ、彼女たちだって様々な情報を持っているはずである。が、それでも。

 

 (まずは)

 彼女たちを見つけることからしなくてはならない。

 

 「確か、カーミラと名乗ったそうですね」

 「ああ、……連れはベルゼブブと言ったな」

 もう一人の人物についてもある程度の情報は把握していた。そこで彼から問いかけられる。

 

 「……なあ、……俺を捉えに来たのか? あんた達は」

 

 確かにここまでの話であれば、そう受け取られるのも当たり前である。だからこそ、ニニャに視線を向けながら、答える。

 

 「いえ、私たちの目的はあくまでその人物達の捜索と、そうですね。彼の姉探しです。そもそもアングラウスさん相手に今の私たちではとても」

 

 そう、その件であれば傭兵団の頭目に中心人物たちが揃ってお縄についている為、単なる雇われであった彼まで罪に問いただすつもりは組合にないらしい。というか、下手に敵対して更なる面倒事を招くのを恐れてのようであった。納得していない様子の者もいたが、そこは追求するところではない。

 

 「どうかな、…………今の俺なら…………あんたらでも倒せるかもしれないぜ?」

 

 それは挑発でもなく、冗談でもなさそうである。彼は本当に自分たちに負けると思っているのかもしれない。

 

 そう、少なくともブレインは本気でそう思っていた。今の自分は何も出来ないのであるのだから。怯えて、逃げて、みっともなく彷徨う事しかできないのだから。そして一応、彼らにも警告をしておこうと言葉にしていた。

 

 「……その女たちに接触するつもりみたいだが、…………やめておいた方が良い。……あれは化け物だ」

 

 それは、彼なりに絞り出した思いやりというものであるのだろが、否定する人物がいた。

 

 「わたしはそうは思いません」

 「…………どうして、そう思う?」

 

 そう、あいつ等は人外、人などという種族なんか何でもない強者である。そんな奴らにとって、人間というのは文字通りの虫か何かでしかないのだろう。だが、次にかけられた言葉が彼のそんな認識を揺さぶる。

 

 「だって、その人たちは捉えらえていた人たちを助けてくれたではないですか」

 「…………」

 

 思わず言葉が出ない。それ位衝撃的な事であったという事なのか?いや、恐らく自分は後ろめたいのであろう。確かに彼女たちの境遇は哀れに思ったりもしたが、それまでだ。それ以上に何かをしたという訳ではない。そしてあの時戦った。いや、遊ばれた女たちが彼女たちの救出をしたのは彼らの話からでも明らかではないか、そこで脳裏に声が響いた。それは過去に聞いたものである。

 

 『人とは、誰かの為に戦って力を発揮するといいます』

 

 あの時に女から言われた言葉である。それを何故今思い出すと言うのか?そして彼らの目的、貴族に無理やり連れ去られたという先ほど自分に反論してきた魔法詠唱者の姉を何とか見つけるというもの。常識で考えれば、それは絶対に不可能なことであり、その探し人が生きている可能性だってゼロに等しいはずである。それでも彼らの目は決して諦めるという選択肢がないようであり、あがき続ける覚悟を感じるものであった。

 

 「聞かせて欲しい」

 

 思わず口に出ていた。答えたのは、リーダーであるペテルだった。

 

 「何でしょうか?」

 「あんた達は、その……ニニャの姉さんを探すつもりなのか? それがどれだけ困難な事だと分かった上で?」

 「そのつもりですけど?」

 「どうして、そこまで出来るんだ? 教えてはくれないか?」

 思わず前のめりになっていた。それ程までに彼らの話を聞きたいと思っている自分がいるという事なのか?

 

 漆黒の剣達にしても突然の彼の変わりように少々驚くが、それでも返す言葉は変わらない。

 「仲間だからですよ」

 「そうそう、それ以外に理由はねえって」

 「うむ、それが真理である」

 「えっと、そういうことらしいです」

 照れくさそうに頬を掻くニニャの表情と変わらない様子の彼らの姿はブレインに一つの道しるべを示していた。

 

 (仲間、か)

 

 自分にはそんな存在はいないし、この先出来るかも怪しいものだ。いきなり志を変えたといったからって、急に世界が変わる訳ではないのだから。でも、それでも何か出来るのか探してみたいと思っている自分がいる。

 

 (俺は)

 

 一体どこで道を間違えたというのであろうか?元より自分だけの為に出来る事こそ、限界があったのだ。それをここに来て、ようやく認める事ができたようである。

 

 「ありがとう。俺から話せる事は以上だ。何か役に立ちそうか?」

 「はい、情報提供感謝します。お礼と言っては何ですが、この場の代金はこちらで払わせてもらいますので」

 「いや、それには及ばない」

 

 ブレインはそう言うなり、腰の袋から適当に硬貨を数枚テーブルに広げていく、それは手持ち分すべてだしたのではないかと一瞬思う程の量であり、料理の代金は勿論であるが、下手をすればお釣りが出そうである。その可能性に思い至ったペテルは慌てて彼を呼び留めようとする。

 

 「アングラウスさん!! これは余りにも多すぎます!」

 

 しかし男はそれに対して、軽く手を振ってみせるだけであった。そのまままるでまた明日会おうと友人に言うように軽やかにその店を後にするのであった。

 

 「おい、行っちまったぞ。どうするよペテル」

 「そうですね、しかし」

 

 今から追いかけていっても恐らく結果は変わらないであろう。彼はそう判断して、せめて貰ったお金をこの先有効に使うよう心掛けることにした。それよりも気になる事があった。

 

 (最後……笑っていた?)

 

 それこそ、初めに声をかけた時とさっき別れた時でその雰囲気は大きく違っていたのだ。自分たちとのやり取りで何か元気になる事でもあったのだろかと疑問を抱くが、何にしても今はそれどころではない。

 

 「今回は、彼に甘えておくとしましょう。では、食事を続けますか」

 

 リーダーのその言葉でひとまずこの件は片付いたという認識になり、再び賑やかな食事が再開されるのであった。

 

 

 店を出たブレインはこれからどうするか考えていた。無論、あの女達が自分を殺しに来る可能性だってまだゼロという訳ではない。それでも、その時はその時で腹を括れば良い。まずは、自分自身を見つめ直すことからしなくてはならない。しかし、いくらそうすると言っても自分だけでやってはそれこそ堂々巡りとなってしまうだろう。こういった時は客観的な意見が欲しいものだ。そして、ここは王都。で、あるならば。

 

 (……ガゼフ)

 

 正直、今の自分を生涯をかけて超えるつもりである男に見せるのは、恥を通り越して情けないものであるが、そうも言っていられない。彼は、古い記憶と、自らの勘に従って歩き出すのであった。

 

 

 

 それから、昼食を終えた漆黒の剣たちもまた歩き出していた。といっても特に目的地があるという訳ではない。

 

 「思ったよりも、難航しそうだな。ニニャの姉貴探し」

 「元より覚悟の上でしょう?」

 「そりゃ、そうだけどよ」

 

 文句を言うルクルットを窘めるペテル。しかし、確かに大変である。まず、情報が少ない、なんせその人物と直接会っていたニニャの証言であっても数年単位で過去であることであり、当時と比べて外見が変化している可能性だってある。勿論悪い意味である為、出来る事ならそうなって欲しくはない。次にその貴族を調べようにも、この国では到底不可能なことであり、もしもそれでもやる気であれば犯罪者になる必要がある。が、これは最後の手段にしたい。それまでは何とか他の方法を試していくしかない。

 

 (どうしたものでしょうか?)

 

 このままでは手詰まりであることも確かである。それを考えながらしばし、歩いていると、ルクルットが声を上げる。また美女でも見つけたのだろうか?

 

 「あれ、人が集まってんだけど、何かあったかよ?」

 

 見てみると確かにその通りであり、老若男女問わず見ただけでも30人以上が集まっているようであった。

 

 「王都ではこういった催しがあるもの何でしょうか?」

 「どうなのである? ルクルット」

 「何で俺に聞くんだよ! こっちも聞いた側だっていうのによ」

 

 本人はそう言うが、何となくこの男であればこういった事に詳しいとダインは勝手に思い込んでいたらしい。いや、それは自分もそうか。なんせ、この男。女性を口説く為の材料だと言わんばかりに、見晴らしの良い丘だとか、鉱石にアクセサリーといった物を扱っている店に雰囲気のある飲食店、それも高級所などその手の情報を集めていたのだ。

 

 「おいおい、ペテル。それはエ・ランテルでの話だぜ」

 

 何も言っていないのに、考えてことに対する返答。それが出来る程には自分たちの付き合いは長いものらしい。思わず笑ってしまう。それを見て、同じように笑う2人に更に納得がいかないという様子を見せるルクルットと大変な道のりの中、ほんの少しだけ和やかな時間を過ごすのであった。

 

 それから仲間内での軽口を終えた後、改めてその人だかりを調べる。というより、何の集まりであるか聞いてみることにした。純粋な好奇心もあれば、目的に近づく為に少しでも情報が欲しかったというのもある。

 

 「すみません。少しよろしいでしょうか?」

 

 適当に目についた老人に話しかける。出来るだけ不快感を与えないように気を付けたが、その必要はなかったらしい。気さくに返してくれた。

 

 「何じゃい?その装い、冒険者チーム。それもミスリル級とは中々の腕の様じゃのう。実を言えば、わしも昔はオリハルコンまで登り詰めた者でな……」

 「……はあ」

 

 後ろで、「本当かよ?」なんて言っている奴に軽く裏拳をくらわしてやって黙らせる。確かに老人の言葉が本当かどうか確かめる術はないし、ペテルが見た限り、目前の人物がそうであったかと問われれば微妙な所だ。根拠を上げるのであれば、その手のひらであろう。冒険者といっても色々な職業があるのは自分たちのチーム等も参考にすればよく分かる事だ。

 

 しかし、それでも共通点があるのだ。それは手の使い方。といってもそんな大仰なものではなく、単に使う頻度、あるいはその使い方だ。冒険者と言っても主な仕事はモンスター退治である。

 

 よって、一般の人々よりも常に持っているものがあった。そう武器だ、剣にしたって、弓に打撃武器、魔法を使う為のスタッフにしたってそうだ。戦闘中にうっかり滑らしてしまい。それで殺されたとなれば、死んだ後もしばらく笑いものになる事は決まりである。死者に対してあまりにも失礼ではないかと思われるかもしれないが、それは同時に間違ってもそんな事でくたばるなという教訓なのだろう。

 

 だからこそ、自分だって今まで一度も戦闘中に武器を落としたなんて事はい…………というのは、見栄になってしまうが、それでもそんな事にならないように常日頃注意をしているのは、確かである。さて、そこまでしていれば、利き手のひらというものは多少なりとも変質してしまうものである。マメができたり、少しばかし形が歪になったりとだ。

 

 そして、老人のそれをみれば、とてもそう言った痕跡は見られずむしろ綺麗なほうであり、この人物の正体にもある程度の目途はつきそうである。が、それでも例外はいる。モンクと言った格闘家に、それに魔法詠唱者にしたって、あのナーベのように無手である人物も珍しくない。

 

 (確か)

 

 この王都最強と名高いチームにもそっちのタイプの魔法詠唱者が居たはずである。ともあれ、どれだけ考えても答えは出ないし。今は話を聞くほうが優先である。その為にはたとえ、見栄から生まれた戯言であろうと聞き流す必要がある。

 

 「…………あの時の激闘と言ったらの~……と、ついつい自慢話が長引いてしまったわい。して、何の用かの?」

 

 とっくに聞き流していたらしい。「今、自慢て思いっきり言ったぜ」なんて言っている奴に再び裏拳をお見舞いする。ここでこの人物の機嫌を損ねるのはよくない。他の人に声をかけるのだって二度手間であるし、何とかお年寄り特有の長話を聞いてここまで来たのだ。何とかここで聞いておきたい。

 

 「あの、これは何の集まりでしょうか?」

 「ん? ああ、これか。これはの……」

 

 そして老人は語ってくれた。何でもこの集まりの先に一つの屋敷があるという。それ自体は別に何ともない普通の話であろうが、つまり普通ではない何かがあると言う。その屋敷はいわゆる賃貸式であり、当然借りるとすれば、どこかの貴族であろう。その話になって、ニニャの顔が曇ったので、ここで聞くのをやめる事も選択肢にいれるが、直ぐに首を振ってその必要はないと態度で示してくれたので、そのまま話を聞くことになった。

 

 普通であれば、貴族本人が借りているだろうと誰もが思うだろう。しかし、その屋敷に滞在しているのは老齢の執事に年若いメイドの2人だけであると言う。

 

 (確かに)

 変な話だと思う。

 

 どうして使用人だけで借りているのか?噂だと、何でも仕えている主人からの使いでこの街に来ているという事であった。というか、実際に本人達がそう言っているのだと言う。

 「それは、分かりましたが。それとこの集まりに何の関係があるのでしょうか?」

 「そうじゃそうじゃ、そこを言わんと何も分からんはなぁ」

 「大丈夫かよ。この爺さん?」

 3度目の裏拳が入った感触が利き手に少しばかしの痛みを訴える。流石に3回はやりすぎであったろうか。ともあれ、話の続きに耳を傾ける。

 

 「その主人の娘、つまりは貴族令嬢じゃな。それがその屋敷に来るという事で」

 「一目見ようと集まった野次馬ということですか」

 「そうじゃ」

 たかが、令嬢一人にこれだけの人物が集まると言うのは変な話である。が、それだけの理由があるのであろう。そこまで金をかけて何かをしている貴族の娘がどんなものであるかという興味、本来であれば平民が貴族に興味を持つだなんて、滅多にない事であり、むしろ関わりたくないというものであるが、それにも理由があるそうだ。

 

 「お! すげえ美人だぜ、あのメイド」

 

 真っ先に食らいついたのはやはりこの男であった。美女にはとことん目がないようである。それと同時に感心する。女性に対する一種の執念とあわせて二重の意味でだ。確かに遠目でも件の屋敷の前に2人の人物が立っているのだ。そこまで馬車が通る最低限の道は空いており、というよりその道を人で作っているのではないかというほど野次馬が集まっているのだ。

 

 そしてそれだけ集まった人々の外側に自分たちはいる。つまり、その2人まで相当距離があり、目視する限りでは自分には彼らの身に付けている服からそれぞれの役職を察することしかできないのだ。流石、チームの目に耳は伊達ではない。

 

 「本当美人、いや、女神だ! ナーベちゃんや、ルプスレギナちゃんに匹敵するぜ!」

 興奮したように声を上げる彼に、自分を含めた残りの者達は呆れたように、あるいは諦めたようにため息をつく。これに慣れていないと彼と付き合っていくのは難しいのである。ルクルットはそこで思い出したように微妙な顔をした仲間たちに声をかける。

 「ニニャの姉貴探しが終わったらよ、またカルネ村に行かねえ?」

 「ルプスレギナさんですか」

 「そうだよ。ルプスレギナちゃんだったらワンチャンありそうなんだよな」

 「無理ですって」

 「断られるのがオチである」

 辛辣な言葉を投げかけられたと言うのに彼はめげる事を知らないようである。さらに先ほどの老人も話に加わってくる。

 

 「ほう、そんなに美人なのか? その村に居るという娘も」

 「ああ、マジ美人。そういや、ルプスレギナちゃんもメイドだって話だったな」

 「そうですね」

 

 ふと、ペテルの中で少し違和感が働く。今、大衆の中心に立つ女性も、あの時出会った人物も。そして、今や英雄となった人物の仲間、いや、厳密には彼女も使用人であるらしい。確証はないが、その可能性は高いということであった。

 

 それらの人物全てに共通するもの。

 

 1つ、余りにも現実離れした美貌を持つ女性たち。

 

 2つ、彼女たちはいずれもある人物に仕えている。目前の女性であれば、どこかの貴族に。ナーベであれば、モモンに、そしてルプスレギナであれば、あの村に住む少女に、もっと言えば少し込み入った事情があるようであったが。流石に詮索することはできなかった。それには少女の両親がいなかった事が関係している。

 

 (不思議なものです)

 

 彼女たちのその美しさであれば、使用人よりもむしろそれに仕えられている立場、それこそ令嬢の方が似合いそうである。それ程なのだ。そしてそれだけではない。辛うじて金髪だと分かるあの女性はどうか分からないが、他の2人は、その実力もかなりの部類に入るのだ。天は2物も与えるとは、正に彼女たちのことではないだろうか?

 

 「いやー羨ましいぜ、あの美人メイドの主人」

 「まったくじゃ」

 ルクルットと老人はまだ盛り上がっているようである。

 「だって、そうだろ? 主人であれば」

 「あの美人を抱き放題という訳じゃな」

 

 確かにその認識は間違ってはいないだろう。お金を払っているのだ。それ位は雇い主の特権であろう。しかしそれは、男ならではの夢だ。生憎とこの場ではあまりそれは好ましくない。

 

 「ルクルット! ご老人もそこそこに」

 「たく、ペテルは固いなー」

 「こういう奴に限って、頭の中は煩悩まみれなんじゃ」

 

 何だか偉い風評被害を受けている気がする。と、そこで周囲の空気が変わる。見れば、誰も彼もがある一点に目を向けていた。それは王国ではよくみる馬車である。木製の車輪にまるで家が乗っているような型。それは買うにしても一時的に借りるにしてもそれなりに金額が掛かるものであり、財力がある家の者が乗っているという事であろう。

 

 御者を務めているのは、変わった色合いの髪を持つ少年であり、身に纏っている服が先ほど見た老人と同じものであることを見ると彼も使用人の一人であるのだろう。そうなれば、誰が乗っているのか予想もつく。

 「あれに乗っているって訳か」

 「そのようじゃの」

 すっかり意気投合した様子の2人が続ける。ここまで来れば、見ていくのも悪くはないかもしれないとペテルは考えるのであった。やがて、馬車は屋敷の前に到着する。

 

 



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第2話 令嬢再び

 今回の話に入る前に、初期から読まれてる方は分かると思いますが、この作品、文体がコロコロ変わっています。これは作者なりに色々書き方を試している事からこうなってしまいます。会話文と地文のつなげ方。文章の区切り方。空行の使い方など。

 作者なりに「読みやすい」小説を目指して書いています。もしも読みにくいと思ったら遠慮なく言ってください。

 では、最新話どうぞ。


 人々が注目する中。馬車から降りて来たのは、正に絶世とも言える美少女であった。本来であれば、ある程度小麦色になっているはずの肌は白く。その色合いはこの街では金が掛かっているロ・レンテ城、その外壁のようであり、つまり人とは思えない程の輝きを放っているという事である。

 

 その瞳も美しく、これが宝石であればきっとこの世のどの鉱石やその類の品よりも価値があるであろうと、その場の全員に錯覚させる程だ。

 

 

 身に纏っているのは純白のドレス、それも単に布をその形にしたものではなく「ジョップ」にしたって布が4枚程が重なっており、その一層一層に丁寧に薔薇やその葉をあしらった刺繍がある。

 それは一目見るだけで大小あわせて17くらいあるが、驚くことにその全てが全く違う形であるのだ。満開に開いたものが2つ並んでいるもの。つぼみの状態であるもの。それにしおらしく枯れてしまったものとその種類が豊富な事もあるが、それらを一つ一つ形作るにも相当な労力に時間がかかっているのは素人目でも明らかだ。

 「ローブ」にしてもレースが所々にふんだんに使われていて、袖の部分は少女の腕よりも若干太く、ゆったりとしてその様相は羽衣を纏った天女のそれにも見える。頭には花と羽が3種類ずつ違う飾りがつけられたピクチュアハットとこれもドレス同様に作りこまれた品であることだろう。

 

 そして、それは同時に少女の家の財力を十二分に示すものでもある。これだけの衣装だ、きっと貴族御用達の高級仕立屋に並んでいるものではなく、それ自体を単体で注文したものであるのだろう。そうなればきっと値段は馬鹿にならない訳であり、それが全てを物語っている。

 しかしながら、それでも恐ろしくなる。それは驚愕というものだろう。何故なら、それだけで美術品とも言えるそれらの品々でさえ、少女の付属品にしかならない。それだけの美をこの少女が誇るという事である。

 

 

 何よりこれ程の美麗さを誇りながらその年がまだ十代前半であるという事がさらに人々を驚かせる。この年でここまでであるのは、かの黄金の姫君と良い勝負ではないかと、そして人々は勝手に期待してしまう。きっとこの少女はいずれ、この国でも3本指に入る美女になると。

 その反応も人によって様々だ。少年は叶う事のない初恋を胸に抱き、少女は憧れの視線を彼女に向ける。若者、男であれば思わず胸が高鳴り、女であればその境遇の差、もっと言えば持っているものの差に嫉妬が僅かに芽生えているようである。

 成人、それに中年の男性であれば、人によってまちまちだ。欲情してしまい、肉体の変化を周囲に気付かれないようにする者。何故か涙を流している者。女性たちは揃って感嘆の声を上げ、中には自分も昔はああであったと見栄か、冗談か判断に困る事を言いだす者もいた。老人達に至っては、やたら色めき立っている一部を除き拝みだす始末。彼女を女神か何かと勘違いしているのかもしれない。

 

 

 それは彼らにしたって例外ではない。遠目でもその美しさ、先に見かけたメイドと比べると難しいものであるが、そこは衣装の差などから少女の方に軍配が上がる。その現実離れした一種の芸術、端整という文字を具現化したらああなるのではないかという姿に流石のルクルットも口を閉ざししばらく見とれてしまっていた。

 それはリーダーであるペテルもそうであるし、貴族という者を遺伝子レベルで嫌悪するニニャにしてもそうであった。

 (これ程の人がこの世に存在するなんて)

 そう、それしか頭にはなく。それ以外の事が一瞬消え去ってしまい。しまいには、自分の存在そのものも忘れそうれなり、何とかそうならないよう意識を取り戻す。

 「すげえ、美人。いや、まだ子供か」

 「すごいですね」

 「美の結晶と言うべき存在であるか」

  仲間たちにしてもそれぞれに少女へ対する印象を口にしていた。ダインは彼らしく言葉で飾り、ニニャは純粋な称賛を口にして、ルクルットの言葉は気にかかる。大人であれば彼女にも声をかけるつもりでいたのだろうか?

 (本当)

 その点であれば、たくましいと思う。みれば、令嬢はメイドと執事と何やら話し込んでいるようであった。周囲の視線は全く気にならないらしい。そこで、少女と目があったような気がした。

 (???)

 一体何であろうか?自分たちはどこにでもいるような冒険者のチーム、というのは少し無理があるか。ミスリル級となれば、その数も限られてくるのだから。いや、それよりも。

 (見えている?)

 彼女たちがいる所から、ここまで相当な距離があるはずである。自分たちの首元のプレートはおろか、そもそもこの人込みの中、その装いだって見るのは困難である。

 

 その少女は何を考えているのか、こちらの方向に完全に体を向けると歩いてくる。その先は人でできた壁であるが、そんなものはお構いなしといった様子である。いや、実際その通りであった。まるで、見えない腕がそうしているのか、はたまた少女の持つ独特な空気がそうするのか、人々が左右に分かれる。

 やがて、自分たちのところまで歩くにはしっかりと間が出来上がり、そこを少女と彼女に仕えているであろう3人の人物達が歩いて来る。後ろから追いかけている――あくまで優雅に歩いて――人達、特に老執事の顔は心なしか慌てているようであった。

 

 目前まで来た少女を見て、やはりこれは現実ではなくどこかで眠りこけた自分が見た夢ではないかと疑いたくなってしまう。至近距離で見た彼女、どこかの地方から来たであろう令嬢の規格外を通り越した美に呼吸さえ忘れそうに成程であった。

 

 少女が口を開く。

 

 

 

 約30分前

 

 その部屋には羊皮紙が溢れていた。それは、現在ここにいるドレスを着た少女とその目前に座るスーツを着た青年の2人が散らかしたくてそうした訳でも、単に物の整理整頓ができない。という訳でもなさそうだ。

 それは、それだけこの2人がそれらの整理に追われている。あるいは限界までとことん突き詰めているからであろう。少女が口を開く。

 「後、何分ほどでありんしょうか?」

 本来、それは貴族令嬢から出る言葉では決してないけど、現在は他に誰もいない為。階層守護者としての言葉遣いも許されてしかるべき、と主張しているようであった。

 

 それを聞いた青年にしてもあまり咎めるつもりはない。目の前にいるのは親友から頼まれてもいるが、同時に今の自分が仕えるべき主人であるのだから。

 「もう、25、6分と言った所ではないでしょうか?シャルティア様」

 そう、ここが唯の部屋ではないことは常に揺れている事と窓から見える外の景色が変わり続けている事からここが馬車の中であると証明していた。

 

 「あら、そうでありんすか」

 それを聞いた少女は、というより女性と言うべきか。幼いのは見た目だけであり、純粋に生きた年月で言えば墳墓の中でも上位に入るのだから。

 そんな女性ことシャルティアはそれだけ言葉を返す。しかしながら、何か不満を抱えているようであった。いや、それは彼女自身が分かっている事であった。

 

 部屋に男女が2人だけ、そんなの嫌でもそういう事を期待してしまうし、客観的に見てもそう思う者がいるであろう。だからこそ、この場にいるのが自分とかの主ではないことがどうしようもなく嫌なのだと。そこで、目の前に座る青年を見やる。彼もまた多くの資料に目を通している所であった。

 

 (この男)

 以前、彼とのやり取りで彼は自分の味方だと言っていたのを思い出す。それは主の計画と同時進行で墳墓にて行われているもう一つの戦い。そう、正妃争いだ。自分は主の役に立てているし、信頼されてもいるというのは、現在自分がこの場に居ることが何よりの証拠であろう。

 それにこれから行うのはいわば未知の領域への調査。もしかしなくても、主と同格の存在であるプレイヤーを警戒しなくてはいけないし、そうなると墳墓所属でも自分の実力は折り紙つきであると自惚れ抜きに言えることだ。その気になれば、この青年も10秒足らずで下せると簡単な事実のように言える。

 (本当に?)

 そう、ここまでの事を考えてしまうのは、彼を信用できていないという事であろう。実際、ここまで主からの信頼があると確信があるにも関わらず。正妃争いに関してはアルベド、あの統括に遅れてをとっている。所かさらに差をつけられているような気がするのだ。時折見かける主の視線が彼女に向けられているのを嫌でも解ってしまうのだ。

 

 それは、彼女の身体能力の高さに愛する主への想いゆえに気づく些細なものであるが、それが彼女自身は気に食わないと思う。意中の異性が別の同性とそんな空気であるのは、見ていて辛いものであるし止まっているはずの心臓が締め付けられるようである。このままでは、いずれ彼女に完全敗北してしまうであろう。それだけは認める訳にいかない。

 「どうすれば、彼女に勝てるでありんしょうか?」

 創造主たるぺロロンチーノにそうあれとされた言葉遣いをしながらも墳墓の者の名前を出す事はしない。一見矛盾しているようであるが、これにもちゃんとした理由があるのである。喋り方であれば、最悪令嬢のおかしな癖であると言い訳が立つが、人名に関してはその限りではない。この事は特にデミウルゴスから五月蠅く言われていた気がする。

 何でも、シナリオ――計画を潤滑に進める為に、各人が現地で振舞う役柄とそれに伴う偽りの過去に人生である――には、無数の展開が用意されており、例えばモモンとカーミラが敵対する展開。あるいはブラッドフォールン嬢とアインズ・ウール・ゴウンは親子であり、モモンが婿養子としてその家に入るもの。はたまた、その主自身と自分が演じているお嬢様は赤の他人であり、自分が主へと嫁ぐ展開もあるのだとか。

 どこをどうすれば、そうなるのか分からないし、何よりそれらを用意しているのは主自身が創造した彼であると言う。それを踏まえた上で自分の希望を述べるならば、出来る事ならそんな展開にはなって欲しくないといった物だ。そんなまがい物めいた張りぼてのような関係ではない、心からあの方に自分を求めて欲しいと思う。その為にも、何とかアルベドに勝つ、今は追いつく方法を考えなくてはならない。

 

 「そうですね。具体的な方針を示すよりも足元を確認することからしてみましょうか」

 「確認?」

 「はい、彼女とシャルティア様で最も違うのはまず、身体つき。つまりは体格でございますね……と、そんな目で睨まないでくれますか。身の危険を感じますので」

 「それは失礼しんした」

 殺意を抱いたのは本当である為、謝罪はする。だけどそうなるとやはりアルベドとのその差が酷く悩ましい。自分の外見は10代前半の少女であり、それは肉体にしてもそうであり、細くはあるが同時に女性としての凹凸はあまりにもない。しかしながら、だからと言ってまったく勝算がない訳でもない。かつて、ナザリック地下大墳墓とギルド、アインズ・ウール・ゴウンが全盛期であった頃の会話で聞いた事があるのだ。

 (ロリコンって言いんしたね)

 そう、かつての至高の方々にはそういった外見、あるいはその年の少女を妻としてめとる文化があるのだとか、ないのだとか。それに則れば、自分にも十分、女性としての魅力はあるはずであるし、何よりこのような姿に創造してもらったのが何よりの証ではないか。

 

 

 

 結局の所それは、アインズが何よりも恥ずべきであると考えていることの一つでもある。確かにその界隈でその手の趣味があるのは彼も理解していたし、別に毛嫌いするつもりもなかった。実際ギルメンにも、明らかに2桁にもなっていない少女キャラ相手に「オレの嫁!」なんて高らかに恥ずかし気もなく叫んでいた奴がいたのだから。

 

 しかし、ここに来て状況は変わってしまった。これらが許されていたのは、あくまで2次元上。つまりは、コンテンツであり、虚空であったから許されていたのだ。

 それが現実のものになってしまった今ではそうもいってられない。もしも、そんな趣向を持つ。あるいは向こうからこっちに持ち込んでいる、それをやっているプレイヤーなんていれば、彼は惜しげもなく消費アイテムの数々に経験値を削る魔法を使って殺すことであるだろう。

 

 それでも彼が迷う事があれば、そうなっていた2人の人物の関係性であろうか、仮に一方的に成人男性が幼女を性的に犯しているなんてなれば、分かりやすくその男を殺せばいい。しかし、もしもその少女が望んでその関係であれば?そもそもどうして年端もいかない少女がそんな感情を抱くのか?と、考えれば考える程、難しいものである。

 常識的に考えれば、それ自体が異常であると言うのは簡単だ。しかし、世の中そんな単純なものではないと言うのは彼自身が知っていることであった。故に、彼女が危惧しているよりも案外かの支配者はシャルティアの事も気に掛かっているのだが、それに彼女は気付かない。

 

 「かの方の好みを変える。というのは、流石にまずいでありんしょうしね」

 「それもありますが、そうそう変わるものではないかと私は思います」

 「そうでありんしょうね」

 投げやりな返答が、彼女の心境を現れているようであった。生きている者。特に知性を有するもののその手の趣向が変わりにくいのは有名な話である。それは生まれつきの(さが)か、あるいはその者の歩んだ道のりが関係しているのかは、それこそそれぞれであろう。これに関しては考えるだけ無駄のような気が彼女もしてきた。

 

 「ひとまずは認めましょう。肉体的美であれば、貴方様は彼女に大きく差があり、それは埋めようのないものであると、……あの?どうして傍らの剣に手をかけているのでしょうか?」

 彼が言うように、無意識的に傍に立てかけてある剣に手が伸びていた。彼が言葉をかけてくれなければ、そのまま衝動的に殺害していたのは明らかであり、無意識の動作であったという事だ。

 

 それを認識した彼女は特に慌てるでもなく手を引っ込めると彼に答える。

 「何でもありんせん。そうなると、後、出来る事は……」

 「はい、他の所で何とか差を詰めるしかないかと」

 そうであるならば、何ができるであろう?

 「そうね、なら何がありんしょう?」

 自分では思いつきそうにない為、ひとまず彼にその答えを任せてみる。曲がりなりにもあの悪魔と同等の知能を誇るのであれば、何か有効そうな手段を出してくれそうである、が。

 「…………」

 「何で急に黙るのでありんしょうか?そんなに私には女性的魅力がないと言いたいのでありんすか?」

 

 今度こそ彼女は剣をとり、鞘から取り出す。ドレスを纏った少女が西洋風味の剣を手に持つその姿は現実ではない、どこか演劇めいたものであった。それだけ非常識とも非現実的とも言える。そしてその光景を前にして、ようやく青年も自分の対応が不味かったと遅まきながら気づき、慌てて言葉を紡ぐ。

 「これは、失礼しました。余りにもシャルティア様の魅力が多すぎましてどれから言葉にするか、数秒程迷った次第でございます」

 本当なのか?と疑いながらも彼女は質問を続ける。もしもそれが事実であれば、直ぐにでも答える事が出来るであろうと。

 「なら、何から始めんしょうか?」

 「それならば、茶会などいかがでしょうか」

 「茶会?」

 「はい、シャルティア様は紅茶に並々ならぬ拘りを持つお方でございます。ので、かの方をその場に何とか着いてもらい、存分にシャルティア様の腕を振るってはいかがでございましょうか」

 確かにそれは、悪い考えではないように思える。と、同時にこの男をもっと試してみたくなる。ほかにどんな方法があるかと、先ほどの言葉は偽りではないと疑念から来るものであるのだろう。

 「悪くありんせん。では、他にどんな方法があるのか、聞かせてくれるでありんしょう?」

 「後は、……そうですね。芸術鑑賞などどうでしょうか?シャルティア様はその手の話にも造詣が深い方でございますので」

 「一応、聞きんすけどその作品はどこから来るんかえ?」

 まさか、あれを主に見せるなんてこいつは言わないであろうかと疑い半分で問いかける。が、それは杞憂に終わる。

 「安心してください。以前のものでもなくても私に、それと彼の力を借りればそこそこの物ができるかと」

 「それならいいでありんすが」

 確かに、彼の持つ技術であればその方向に応用することもできそうである。実際、彼はあれから自分の作品に人間を使う事を一切辞めたのだから。代わりに彼が手をつけているのは、一般的な家具作りであったはずだ。かの悪魔に言わせれば丁寧でいて、使い心地も快適な品々であるとか。

 (私も)

 頼んでみようか?そう思うのは、彼女の趣味による所が大きい。先ほど2人が話していたようにシャルティアは紅茶に少々の思い入れがある。それは茶葉の扱いや入れ方に飲み方の作法もあるが、それらを入れる器、ティーカップであったりそれを載せるソーサーに出来た飲料をかき混ぜるスプーン等、食器の類だ。それだって気分で変える事はあるし、入れる紅茶の趣旨にあったものを使う。

 そうなると、その数は必然と増え、いくら魔法があると言っても限度はあるし、それだけの品の数々である。しっかりとした棚を用意して、そこに美術品のように並べるのも見栄えがよくていいかもしれない。ともあれ、話を次に続けなくてはならない。

 

 「ええ、それは良さそうね。では、どうやってかの方にその席について頂きましょうかえ?教えてくれんしょう?」

 「…………」

 「何で黙るのかしら?」

 そう、彼が先ほどから上げているのは、催しの話であり、自分の魅力をいかに伝えるかではないではないか?こいつは話をそらそうとしているのでは?という疑念が彼女の中で固まりつつあった。つまりそれが意味合いすることは、

 「やっぱり私では魅力が……あの御方に相応しくないという事なのね」

 怒りよりも悲しさが勝っていた。この想いは本物であるし、その為であれば何でもできる。その覚悟もとうの昔に決めたている。ただ、その方法が分からないのだ。

 

 (まずい、流石に適当言い過ぎたか)

 別に全てが全て、その場の勢いで言った訳ではないがヴェルフガノンもその点に反省しながら、何とか策を講じようとする。しかし、難しいのだ。彼女には悪いが、少々分が悪い。その理由は分かっているが、それを言った所で彼女の宥めにならない。自分が思うにスタートがよくないのだ。アルベドの場合であれば、あの出来事が良くも悪くもいい効果を生んでいる。

 (吊り橋効果)

 とはまた違うかもしれないが、その時のやり取りが主と彼女が互いの認識を変えるのに一役かっているのもまた事実。

 対して彼女はどうであろうか?親友から聞いた話では、夜空の会談の前、異変直後の事だ。第6階層にて、一部を除いた守護者召集の時のことだ。彼女は己が創造主が残した手紙の内容を引っ提げ、主に言い寄ったという。

 

 (……)

 どうすれば、良いものか。何というか。

 (大分)

 印象が変わるのは仕方のない事ではないだろうか? と思ってしまう。方や涙の告白、方や欲情顔で迫る。彼は、決して表に出さず頭を抱える。

 (どうすりゃあ良いんだよ。マジで何も思いつかないぞ)

 だからといって、何もしない訳にいかない。親友の頼みもあるし、自分だっていつか主の子供に仕えるのであれば、その人数は多い方が良いに決まっている。落ち着いて考えてみれば、何もまったく彼女に勝機がない訳である。

 (あの話もあるしな)

 

 アインズ・ウール・ゴウンは絶対の支配者であり、自分たちが生涯どころか己が存在すべてをかけて仕えるべき存在であり、同時にプレイヤーという存在がいなければ何者にもなれない不完全だった自分たちを最後まで見捨てなかった大恩ある人物でもある。

 

 しかしながら、その御方は自分たちとの距離を縮めてくれてもいる。実に優しき御方だ。例えば時折、簡単なゲーム等は親友を始めとした数人が行っているし、自分もまたあの御方に指南していることがあるのだ。配下ごときが何かをあの方に教えるというのは、不敬であるかもしれない。それでも主は良しとしてくれるし、何より教えがいがある。

 (アインズ様って、呑み込みが早いんだよな)

 やはり、そこは至高の御方という事であろうか?

 

 それはアインズ自身の適正と言うべきであろうか、彼は元の世界では営業マンであった訳であり、準備した上での事にはめっぽう強い。その一方で、突発的なことにはまだ弱いようであるが、それもいずれ克服することであろう。さて、そんな彼は自作したマジックアイテムの件からも分かる通り、込み入った作業であればこなれているということであり、ヴェルフガノンが支配者に教えているのもそう言ったものであるということである。

 

 彼は記憶を掘り起こす。そうやって主と臣下たちの距離は近いものであり、その中にこんな話がある。自分は同僚であるあの少女から聞いたが、双子の階層守護者が主と一夜を共にしたというものである。

 (と、駄目だな)

 この言い方ではまるで、主が子供相手にそういった事をやる変質者ではないか。無論主が求めるのであれば、それもやむなしであるが、現在はむしろそう言った事を忌避している所があるのだ。要は、親子が一緒に同じベッドで眠るというよくある話だ。

 本題はここからだ。主がそれを許容したのは相手がその2人であったからであり、もしも目前の女性が同じことを頼めば、おそらくは拒否されてしまうだろう。彼女は悲しむかもしれないが、これは喜ぶべきことである。

 

 (つまり、あれだよな)

 かの支配者は双子の事は自身の子供のように思っているのであろう。そしてこの女性は、外見こそ先の2人と変わらないが、大人の女性として見ているという事実であるのだ。

 

 「大丈夫でございますシャルティア様。かの方は貴方様の事を大切に思っていますよ」

 その言葉にいつの間にか俯いていた彼女は顔を上げる。そして向けられるのは、並の人間であれば、それだけで心臓が止まりそうになる程、悲憤に染まったものである。その瞳が自分に対して言っていることもすんなりと理解できた。

 適当な事を言うな。

 それであろう。ここで怯めば今度こそその手に持った剣で自分の首は飛ぶことであろう。だからこそ、慎重に言葉を続ける。

 「かの方はあの時、貴方様を抱きしめたではありませんか」

 「あ」

 

 それを言われたシャルティアは思わず自分の頬を両手で覆っていた。その際に彼女の手から離れた武器は彼が素早く回収して、適当なところに放り込む。出来る事なら二度とその面見せるなと言いたげな動作であった。

 その間も彼女は思い出して、そして涙を流していた。そう、あの時だ。何か嫌な予感がして、主の元へと戻った時だ。あの時の幸福感は忘れようがない。

 

 「それに、シャルティア様が信頼されているのは現状を見ても十分に言えることでございます。もっと自信をもってください。今回の件だってお褒めの言葉を貰ったのでしょう?」

 それも事実である。あの時掛けられた愛しの主の言葉ももう忘れる事はないであろう。

 「そ、そうね。まだ、これからよね」

 「ええ、その通りかと」

 そうだ。まだまだ、決着はついた訳ではないしそもそも主が誰かを娶るとすれば、まだずっと先の話だ。ならば、今は目の前の事をやっていくだけである。今回、自分が達成すべきはある家との接触、それからあの場所の調査だ。

 (そうよ。まだ勝負はついていないわ)

 ひとまず何とか気を取り戻す吸血鬼である。

 

 (どうにかなった)

 その様子を見て、ヴェルフガノンもまた安堵していた。これから重大な仕事を控えているのに、そのプロジェクトリーダーがこれでは差し支える。自分にもある程度の原因があることは分かっているが、彼は都合よくそれから目を背けていた。

 (この方が比較的単純な方で)

 本当に思う。失礼を承知でだ。これが、例えば。

 (マーレ様だったらな)

 もっと大変であったろうと間違いなく言えるのだから。それだけではない。今の話では結局の所、シャルティア・ブラッドフォールンの魅力をアインズ・ウール・ゴウンに伝える具体的な方法は出来ていないのだから。自分ではそもそもそんな話は専門外と言える。

 (俺に仲介人なんて、無理なんだよ)

 そもそも自分の専門分野はあくまで情報収集に諜報活動としてのものだ。その為、持っている知識に自分の脳だってそういった事に特化していると言える。そこに感情なんてものは不要だ。邪魔にしかならない。思えば、彼女があたっていた件だって親友の目論見から外れていたというではないか。

 (だったら)

 何もせずに流れに任せるのが一番ではないだろうか?と彼は思う。しかし、親友が危惧していることも実際に起こる可能性はゼロではない。

 (まさか)

 正妃争いで、墳墓内での内戦なんてなれば、主は悲しまれるだろう。そうならないようにする為の策でもある。ひとまずは、あまり差が開き過ぎないように頭一つ飛び出た統括以外の面々にそれぞれついている訳である。それはこれから向かう所に一足早く戻った彼女も含まれている。

 (ああ)

 思わずため息が出そうだ。彼女に関しては現在、計画の中枢たるあの村にいる姉からも強く言われている。

 

 『ヴェルフガノンなら心配ないっす!下手したり、ソーちゃんが泣いたらぶっ殺すっすよ!』

 

 (簡単に言いやがって)

 どうして悪魔の眷属とでも言うべき自分が、んな恋のキューピッドみたいな事をしなくてはならないのだ。と彼は珍しく苛立ちを募らせていた。それだけ、この任務が大変なものであるという事であろう。

 「あら、そろそろみたいね」

 すっかり調子を取り戻して最早守護者ではなく、令嬢としての姿となった彼女の言葉だ。

 

 

 実際、馬車は間もなく目的地である屋敷前へと到着しそうである。そこで彼女たちは一度周囲を確認する。馬車が行き交うなんてさほど珍しい光景ではないらしく特に自分たちの事を見ている者はほとんどいない様子であった。

 (プレイヤーの影もなさそうね)

 こんな街中に潜むという考えはないのか、あるいはとっくに調べる事は済んだのか、それとも別の大陸に渡っているか、それは墳墓にて共有している情報からの推察だ。

 (海上都市、浮遊都市)

 主はいつかはそこにも行くつもりの様であるし、その時は何が何でも同行すべきだ。その為には一定の信頼は必要である。だからこそ、注意深く周囲を見回し、問題がないと判断する。

 

 「では、ベル」

 「畏まりました」

 彼女に声をかけられた彼は返事を返すと、次の瞬間には、扉を開き、この時になるとそこまで馬車は速く走れるためではなく、精々時速20キロメートルと言った所か、特に室内に変化はなく、そんな場所を見送りながら彼は躊躇いなく仰向けに倒れるように身を投げ出す。そのまま彼女の視線から消えた。

 次の瞬間には、扉だけが何事もなかったように閉まる。表向き、令嬢一行は、その本人と老執事にメイドに少年執事の4人という事になっているのだ。彼には存在しない存在として動いて貰っている。そういった人材がこちらは必要であるとの判断であるし、何より彼にはその方向が向いているし、何よりの理由はあれだ。

 (あの傷跡はね)

 流石に彼の顔の傷跡は理想的な貴族令嬢のイメージを傷つけかねないという判断からこうなったのだ。やろうと思えば、魔法なり、メイクでなんとか出来そうであるが、そんな事をするよりは裏方と動いてもらう方が有益であると会議で決まったことだ。

 (そろそろね)

 

 一応、現地には先にセバスとソリュシャンが居るはずである。ここでは一般的な、それも少々戦闘の心得があるメイドとなっている彼女だけが先に戻ることになったのは、念の為現地の様子を確認する為であった。それはどちらかと言うと、現地での自分たちの認識を確かめるといったところ結果、その存在がそれなりに話題になっているとあり、ならば少しばかし、盛大にしてやろうと今回のような形で王都に戻る事になったのだ。そしてその目論見は見事果たされたと言えるだろう。それから彼女は周囲に広がっている羊皮紙を丁寧に纏めるなどして時間を過ごすのであった。

 

 

 やがて、馬車がその場で停止したのを感じた彼女はそれこそどこにでもいるような令嬢のようにその場に降り立つ。周りからの視線は感じるが、その中に彼女が期待していたものはなかった。

 (これだけの騒ぎだから)

 今回の目的たる人物たち、あるいはその知り合いでも良かったのだが、その気配を感じることはできなかった。いや、そもそもその相手の特徴を知らないのにどうやって探すかと言う話であるが、その点に関しては心配はない。

 以前、野盗たち、そして期待外れで終わってしまったが、この世界ではかなりの水準にある男との戦いから得た経験からある程度の気配から自分の周囲に居る者たちの実力を測る術、究極的に言ってしまえば、一つの勘を獲得しており、それで見てみるとこの場に彼基準の者はいないようである。その事に少し肩を落としながらも彼女は歩き出す。

 

 「お待ちしておりました。シャルティア様」

 「お嬢様、お変わりないようで、セバスは嬉しく思います」

 この場での役柄に従って自分に頭を下げる2人に彼女もまた言葉を返す。間違っても素が出てはいけないと、気をつけながら。

 「ええ、出迎えありがとうソリュシャン。それにセバスもごめんなさい。長らく任せてしまって」

 「何を仰いますか、旦那様からのご要望に答えようとするお嬢様のお姿を見れば、私などがやっていることは些細なことでございますので」

 「そういうものなの?あら、そう言えばエドワードはどうしたのかしら?」

 

 ふと気になったことだ。彼は御者としてここまで自分と来たはずである。そして、馬車の役割は終わったのだから。一刻も早く馬車を既定の場所に返して、セバス達が借りた屋敷には馬小屋があるらしく、その場所も予め丁寧に見取り図を送って貰ったはずであるが、自分が馬車から降りて5分弱、少し遅すぎるではないだろうか?

 

 そして、目の前の老執事を見れば、何やら気まずそうにしている。その視線は自分の後方、馬車がある方向に向けられている。見れば、ソリュシャンも同様で、こちらはどこか呆れている様子だ。

 (???)

 好奇心と不思議に思って、振り向いてみれば、何故かその少年は馬と格闘しているではないか、その変わった色合いの髪に食いつく動物を何とか振りほどこうと、しかしあまり力を出し過ぎれば殺してしまうので、その辺りの加減に苦労している様子であった。

 

 「な、何で自分の髪を貪るんですか?!やめてください!」

 「~~~!」

 「やる気ですか?!しかし、あなたを殺すのは……運のいい奴です!」

 

 (あれはしばらく時間が掛かりそうね)

 同時に疑問が湧く、執事見習いである少年は確かにその手の能力は低い。それでも何とか日々切磋琢磨して、彼も成長しているのだ。これは別に場を和ませる為の芝居でもなければ、令嬢一行のイメージの一端のつもりでもない。

 (これもまた)

 どうしようもないことなのだろうか?と諦めるべきかもしれない。何も完全無欠な人物像を作る訳ではないのだから。そして再び、正面を向こうとして気づいた。

 (あら?あれは、確か)

 見えたのは、街中だというのに鎧を身に付け、武器を帯剣している者たち。彼らの事も情報共有で聞いていた。何より、主が気に入った人物たちである事もあり、彼女は衝動的に特に後先考えることなく歩き始めていた。

 

 (シャルティア?)

 執事見習いに気をとられたのが、セバスが彼女の行動に気付くことを遅らせた。そして、次に彼が胸に抱くのはどうしようもない不安であった。一体どこから来るのか分からない。しかし、ここで彼女を放置するのは危険だと彼は慌ててそれを追いかける。

 しかし、走ることは許されない。今の自分は一流たる家に長年仕える元アダマンタイト級冒険者だった執事という設定だ。そんな人物が慌てふためく様子を大衆に見せるのは先の事を考えればよくはない。

 そう言った彼の生真面目さがこの先起こることを止める事ができない最大の原因であったのは言うまでもない。

 

 (シャルティア様?セバス様?それに、あれは…………ああ、そういう事ね)

 ソリュシャンもまたそれに気付くが、その時には彼女は彼らの前に行ってしまっているし、今から止めるのはほぼ不可能であろうと彼女は判断する。かといって、何もしないのは問題であるし、ひとまず馬と格闘している少年は放置して、2人の元へと歩くのであった。

 

 

 

 「あなた方は確か、『漆黒の剣』の皆さまでしたね」

 シャルティアがその者達に声をかけたのは、興味からであった。最愛の主が気にいったのが、どういった人なのであるかという知的好奇心。話に聞く限り、あの男よりも弱いらしいが、それでもその連携は練度が高く。4人がかりでオーガを数匹狩っているという話であった。やがて、リーダーだと聞いていた男が自分に対して口を開く、少し動きがぎこちないようであるが、あるが何かあったのだろうか?

 「ええ、そうですけど?あなたは一体?」

 

 そこで、彼女は右腕を真っ直ぐ空に伸ばしてその場で優雅に一回転してみせる。その様は舞い散る桜吹雪のようにも、月夜に照らされた湖を泳ぐ白鳥のようにも見え、周囲の人々はそれに見とれた。本当に可憐な少女であると、それはシャルティアなりの演出でもあるが、同時に彼女本来の性格から来た行動でもあった。

 何かとエロゲキャラがベースになっている彼女であるけど、こういった大衆の場での振舞を心得ている所もあるらしい。そして、彼女の狙い通りというべきか、貴族令嬢の名は王都を中心に王国中へと広まる事となるが、今すべき話ではない。

 

 それを見せられた彼らもまたそれぞれに感想を抱いていた。

 (本当に、これは現実なのでしょうか?)

 ペテルはここが夢と現実の狭間であろうかと錯覚した。彼の人生観において、目の前の少女の美しさはそれ程であった。彼が過去にあった中にも彼女級の女性はいたが、それでもだ。それは身に付けているものの差もあったかもしれない。

 

 (マジで、女神以上。くそ、あと数年ありゃあよお)

 ルクルットは内心、心底悔しがっていた。本当に惜しいと思う。もしも、彼女があと4、5程年をとっていれば、どれだけ困難な道であろうと求愛をするつもりであったから。相手が貴族でも関係ない。いや、仮に彼女が実は化け物であっても自分は求愛の道を選んだであろう。

 しかし、この少女はまだ子供だ。であるならば、手を出すのは流石に不味いと諦めるしかないのである。普段仲間達からあれ程、窘められ、時には殴られる彼であるけど、最低限の良識と常識は持ち合わせているらしい。

 

 (これが、本物のお嬢様)

 ニニャは彼女の姿に目を奪われたのもあるが、それ以上に自分の胸に広がる感情に気付いていた。それは嫉妬、生まれが違うだけでこうも違うのかと、そしてこの少女は生まれてこの方苦労したことはあるのだろうかと疑ってしまう。

 それも無理はないことと言えるだろう。彼女が貴族にされた仕打ちいうものはそれだけのことであり、同時に思わずにいられない。自分と姉もその立場であれば、あんな不幸には合わずにすんだのではないかと。

 (違う)

 そこで、首を振る。あくまで周囲に気付かれないよに静かにだ。今の自分があるのは、拾ってくれたあの人もいるが、何より周りにいる仲間たちがいるからではないか。それを忘れてはいけないと、改めてその魔法詠唱者は気持ちを固める。

 (絶対見つけて見せる)

 生きているなんて確証はない。それでも諦める理由にはならない。何が何でも姉と再会してみせると。

 

 (何と、美しき少女であるか)

 ダインにはその言葉しか出なかった。単に少女の見た目だけではない。その振舞にひとつの神聖さを感じてしまったのだ。仕事柄、自分たちも貴族を見かける事はあったが、彼女はそのどれにも当てはまらないように感じた。

 彼は自身の持つ職業柄か、何かこれから大きい事がこの王都を中心に起こるのではないかと予感を覚えた。

 

 

 観衆向けのパフォーマンスを終えた少女は改めて、彼らに名乗る。

 

 「改めまして、初めまして、私はシャルティア・ブラッドフォールン。あなた方の事はお父様から伺っています」

 「そうなんですか?」

 何とかペテルはその紹介に疑問交じりに返すのがやっとだ。そのやり取りに周囲の者達は騒ぎだす。気づけば、一緒にいた老人も何かと喚いていた。

 「何じゃ?!知り合いだったのか!だったら、それを早く言わんかい?!」

 いや、自己紹介をしてきたという事は、自分たちも初対面であるのだが、それにしても。

 (彼女の御父上?)

 さて、そんな人物と自分たちは会っただろうか?そもそも自分たちはこの間まで銀級であり、冒険者の定番通り、モンスター退治しかしてこなかった者達だ。そんな者達を気にかける貴族は彼の経験上存在しない。

 それでも忘れている可能性も捨てきれない為、何とか思い出そうとするもやはりその記憶はない。思い当たるふしがあるとすれば、例の村での事だが、それでも当てずっぽうというのは失礼だと彼は考え、正直に少女に謝罪する。覚えてなくて申し訳ないと。

 「失礼ながら、貴方様の御父上とは、どなたの事でしょうか?」

 「へ?」

 一瞬、少女から間抜けな声が聞こえたような気がした。きっと空耳に違いない。

 

 

 その質問をされ、そして後ろを振り返るシャルティア。彼女が見たのは、顔を青ざめているセバスにどこか苦笑いしている様子のソリュシャンと、そして改めて、目前の彼らを見て、ようやく自らの失態を自覚した。

 

 (ぬわああ~~~!!やってしまったでありんすうううう~~~~!!)

 

 この時、貴族令嬢一行と彼ら冒険者チームには何も接点はないはずである。なのにこの有様だ。この瞬間、宝物殿の領域守護者でもある彼が用意した無数のシナリオ、その一部が確実に廃棄となった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 指針

 1週間以上間を開けてしまい申し訳ありませんでした。
 では、最新話どうぞ。


 時が止まったように感じたのは恐らくその少女だけであろう。あるまじき失態、この場を何とかしないとこれまでやって来た事のすべてがお釈迦だ。主からの信頼は勿論、計画に大きな支障が生じてしまう。

 (落ち着くでありんす)

 彼女は冷静になろうと必死に努める。幸い、それが挙動につながる事は何とか堪えたので、後は何とか上手く話をしなくてはならない。

 (どうするべき?)

 ここまでの彼とのやり取りを振り返る。今の自分は貴族令嬢、そして彼らはミスリル級の冒険者チーム。そして令嬢は自分の父親から彼らの話を聞いている。それが、先ほどのやり取りで自分が作ってしまった事実だ。では、彼らを知っている自分の父親は誰であるか?

 (ここで、アインズ様の名を)

 出すわけにはいかない。そんな事をすれば、いずれあの村に注目が集まることであろう。いつかナザリック地下大墳墓は一つの勢力としてこの世界の表舞台に出る予定ではあるが、まだその時ではない。そして、何より。

 (エンリ、ネム)

 愛する主が養子として見守っているあの姉妹が危険に晒されるかもしれない要素を生み出すべきではない。では、どう答えるべきか?自分たちはどこぞの地方から来たというのは確定事項であり、そこを下手に変えようとすれば、きっとほころぶし、これまでの設定が台無しだ。

 (それは不味いでありんす)

 いつか主がしてくれた話がある。それは、信頼というものについてだ。

 

 『いいか、信頼というものは得ることは大変である。それ故に失う時は一瞬だ』

 

 もし、ここで自分たちの事情が周知される。なんてなれば、二度とこの場に戻ることはできないし、墳墓の名に傷をつけてしまう。地方出身はやはりそのままの方が良い。

 (なら……)

 その父親の事をどうするかである。展開によれば、主と今の自分がそういう関係であると、もっと詳しくすれば養子であるという設定もある。それ自体は、別に嘘という訳ではないのだから。自分を生み出してくれた本来の創造主であるぺロロンチーノはあの世界を去ってしまい。残された自分は、というより墳墓の者達は主に護ってもらっていたのだから。

 (ああ、アインズ様)

 こんな時だというのにそれを考えれば主への想いは高まる。本来であれば、自分は既に肉体としての機能が死んでいる為、いくらあの方と体を重ねようと子を身籠る事はできない。しかし、それは以前の世界での話だ。

 この世界に転移してきて色々と変わってきていると言う。無論、至高の方々にそうあれとされた事柄が歪むのは正直我慢ならない。しかし、悪い事ばかりでもない。主が手に入れた品に自ら作りあげた品。そしてあの悪魔が次々と再現してみせている物を見れば、案外悪くないと不敬ながら思ってしまうのだ。

 それが良い事か悪い事かは上手く判断できない。それでもそうであれば、ある可能性が叶う事を期待せずにいられない。

 (デミウルゴスなら)

 彼なら自分の体に再び生殖機能を作ることが出来そうである。そうして、絶対にあの方の子を産みたいと彼女はまた時を忘れて、自らの下腹部を撫でる。

 (いつか……)

 全てが終わった時、その時を迎える事ができれば、自分の幸福はそこにあると思う。その為にもこの場を何とか乗り越えなければならない。知恵を絞れと頭を回す。

 「あの、どうかしましか?」

 (しまったあ!)

 時間をかけすぎてしまったらしい。実際、まだ20秒ほどしかたっていないが、それでも心配する者は心配する。それは優しさであるのであろうが、今は唯々恨めしい。

 

 (何か変な事を聞いてしまったのでしょうか?)

 目前の少女は腹部をさする動作をした。もしかしたら、余りにも失礼な質問を自分がしてしまったからかもしれない。そうだろう?向こうはこっちを覚えてくれていたと言うのにこちらは心当たりすらない。

 (我ながら、最低ですね)

 しかし、どうやって思い出そうにもどうしても出てこない。一体どこで、彼女の父親と会っていたというのか?そうやって、考えることができるのは彼の美徳だろう。加えて初対面の相手でも礼儀正しく接っしようとするその姿勢は見ていて好感が持てるもので、しつこく女性に言い寄るどこぞの野伏よりは彼の方がもてるという話も案外いつか少年が見た夢の中だけではないかもしれない。

 

 が、悲しいかな。そんな彼の優しさは今のシャルティアにとっては拷問に等しいものだ。なんせ、ある意味騙しているのはこちらであるのだから。例え理由があって、悪意があるものではなくてもどこからか罪悪感が溢れて来る。時間は唯過ぎていく。

 (どうすれば、どうすれば、どうすれば)

 彼女は必死に考える。この場を乗り越える方法を、しかし焦りは、更に焦りを産むだけである。

 (…………)

 何も思い浮かばない。いっその事、本当に体調を崩したという事にしてこの場を離れるか?いや、駄目だ。それでは、問題の先送りでしかない。

 (アインズ様)

 かの御方であれば、絶対にここで問題を解決しているはずである。では、自分もそれに倣うべきだ。しかし悲しいかな、考えても考えても良い方法が思い浮かばない。

 それもそのはず、今の彼女は焦っている。焦りは禁物だ。思考が正常に働かない。何とかしようとすれば、する程まるで糸が絡まるようにあるいは、泥に沈むように彼女の脳内は迷走する。

 (どうする?……どうするどうする?)

 答えは出ない。このままでは、それでも何にも出ない。遂に彼女は泣き出してしまう。帽子のお陰もあり何とか周囲には上手く隠しているが、それでもバレるのは時間の問題であろう。

 ここで、彼女は後ろに控えている者。今回に限っては、プライベートでも親しい彼女に助けを求める。

 (どうしんしょ~ソリュシャン~)

 

 それを見た彼女の胸にはある一つの感情が生まれていて、彼女自身もそれを自覚していた。母性本能というものであろう。

 (ああ、シャルティア様、可愛いですわ)

 実年齢で言えば、彼女は立派な淑女だ。それでも今自分に見せているその顔は年相応の少女のものであった。それが、彼女にある願いを(いだ)かせ、希望させる。

 (アインズ様)

 きっかけは、単なる褒め言葉。その時からこの想いは育ち始めた。かの主は大恩ある御方。だが、自分にはそれだけではなく、いつまでも傍にいたいと思える方でもある。それから彼女の認識も一部変わりつつあった。

 (赤ちゃん)

 自分にとってのそれは以前までであれば、唯食すものであった。だが、今は違う。心から欲しいと思えるのだ。それが、本来であれば許されないものでも、そして大変不敬であると承知の上でだ。

 (いつか、私も)

 それは、愛する御方の子を産みたいという女性が抱く自然な願いである。そして、彼女は思う。いつか許されるのであれば、かの方との子供を産みたい。それも女児(おんなのこ)が欲しいと。その為にもこの場は何とか乗り越えなければならない。

 「はい、この方々はかの有名な『漆黒の剣』の皆さまでありますから」

 彼女はわざと大げさに右腕を広げ、左手を胸に添え語り始める。それは、目前の彼らだけではなく、周囲に集まった人々に訴えているようであった。

 「有名?あの人たちがか?」

 群衆から聞こえた声だ。誰が発したかまでは分からないが、特に問題ではない。その言葉がきっかけになったかならずか、人々の視線は彼らに集まる。それを確認して内心微笑みながら彼女は続ける。

 「はい。そう、話は城塞都市エ・ランテルでの事でございます」

 「あれかいメイドさん?あの話かい?」

 またも群衆の中から1人の人物が、青年が問いかける。もしかしたら、彼女と話をしたいが為に出した。下心かもしれないが、今はそれでも構わない。話を繋げてくれるのであれば、むしろありがたい。

 「はい、その話でございます」

 彼女は高らかに続ける。それは、まるで政治家を選出する為にその候補者たちが行う演説のようであった。そのまま彼女は続ける。

 城塞都市を襲った一件、ズーラーノーンとヘッドギアによる襲撃、その詳細な目的は不明なれどその攻撃は苛烈なものであり、被害も大きい。現に今も復興の最中だ。

 「しかし、同時に英雄の誕生でもありました」

 「私知ってる! モモン様!」

 声を上げたのは少女だ。その目は輝いていて、それは純粋に英雄というものに対する憧れであろう。あと数年もすれば、それは恋というものに変わるかもしれない。

 「はい、そしてそのモモン様が旦那様に話してくれたのです。彼らのことを」

 「そうなんですか?」

 それを聞いたペテルの声であった。彼女は続ける。

 「旦那様がモモン様に依頼をした際の話でございます」

 その話に誰もが耳を傾ける。モモンの名は既にこの王都に広まっているらしい。それも当然といえば当然か。あの出来事からそれだけの時が立っているのだし、あの戦争から来客を迎えるまでの間も主は英雄として冒険者として、活動をしていたのだから。

 (本当にナーベラルが羨ましい)

 そして、その流れで主たちも独自に繋がりを持っている貴族もいるのだとか、あるいは何とか英雄モモンと繋がりを持とうと躍起になっている者達、これは単に貴族だけではなく、商人に戦争の間も動いていたもの達。

 (グリム・ローズ斑だったかしら)

 妹の一人がその班所属の少女と仲が良い。と言ってもあれを仲が良いと言うのは個人的には微妙に感じてしまう。

 (何にもせずに座って?……あれは寝ているのかしら?)

 眠っている少女とその近くで主から頂いた映像資料を見ている妹がいるその光景。まあ、仲が悪いのであればそもそも一緒にはいないだろう。

 ともかく、その少女が所属する班の働きによれば、モモンと接触を図ろうとしているのはこの国の人間だけではないらしい。帝国、法国、評議国、聖王国、竜王国に都市国家連合と数多の国々から動いている者たちがいるとのことであった。

 それは、同時にこの国がどれだけお粗末であるかを証明するようでもあると思ってしまう。身分の偽装に不法入国、後者に関してはこの世界にそうった概念があるかは疑問であるが、とにもかくにもそれらの事から見えてくる事実もある。

 (本当にどうしようもないのね)

 恐らく周辺国で一番、その辺りが酷いのは間違いなくこの国であろう。他国がアダマンタイト級冒険者、英雄たる主、正確には演じているモモンに対して何を狙っているのか?

 (デミウルゴス様の講義だと)

 基本的に冒険者とは、国家間の争いに介入はできない。本当に対モンスターの為と言った存在のようである。しかし、世の中何事も例外や抜け穴はある。その冒険者を辞めた場合は?その人物の次の生活の場はどうなる。実際、元冒険者が貴族やあるいは王族の下につくという話はあるらしい。

 それだけではない。

 (……神人)

 この世界で主の友人となってくれた……友竜と呼ぶべきだろうか?御方が教えてくれたことだ。何でもプレイヤーの血を受け継いだ一部の者が覚醒することがあるという。だが、そこは今はあまり気にする事ではない。

 要は子孫の話であろう。例えプレイヤーではなくても英雄級の力を持つ人物であれば、その子供もその素質を引き継ぐ可能性は十分にある。そうでなくとも他にも活用の方向性はあるかもしれない。結局の所、より高い戦力になりうる人物を引き抜こうと各陣営躍起になっているという事か?

 何はともあれ、それだけこの世界に名が広がっている人物であるモモンを今回は利用する。

 「その時にモモン様はこの方々の事を嬉々として聞かせてくれたとの事です」

 「「「おお―」」」

 彼女は続ける。精度の高さに手数の多さ、連携もさることながら何より良い雰囲気を持つチームであったと。

 

 (モモンさん)

 ペテルはこそばゆい感覚を味わっていた。自分たちはあの人に助けて貰っただけだというのに、自分たちのことをそんな風に話していたとは、思いもよらない。そして納得する。つまり、目前の令嬢もまた又聞きであったのだ。

 「そうでしたか。そういう事であれば、私たちが知らないのも無理はないです」

 「はい、ご納得いただけたようで」

 どうやら、その方向で彼は納得したようである。後ろに控えている3人を見ても、同じ結論に至ったようである。

 「モモンさん……」

 「立派な方である」

 「ねえねえ、君は何て名前なのかな~」

 特に最後の男。

 (ルクルット・ボルブて言ったかしら)

 どうやら、自分を口説くつもりのようらしい。何気に凄いと感心してしまう。

 (ナーベラルに、姉さんと、私で3人目ね)

 同じく3女である彼女はその時こそ無自覚であったものの、自分と同じ想い人が居たわけである為玉砕。次いであの姉にも一度声をかけて見たというのは本当に驚きだ。

 (ユリ姉さんだったら)

 きっと赤面して、衝動的に相手を殴る。その相手はきっと全身骨折の大怪我を負う事は想像に(かた)くない。次姉であるあの人も上手くかわしたとの事であった。姉の異性の好みは分からないが、正直目前の男が義兄になるのは何となく嫌だと思ってしまう。だが、今は感謝する。この後の展開を容易に想像できたからだ。

 「ルクルット!」

 「ぐべ!」

 彼が放ったのは拳による真下からの突き上げ、俗に言うアッパーカットだ。それは、ルクルットの顎を的確にとらえ、彼の脳に振動という攻撃を加え、そのまま肉体を上昇させた。

 「おお!」

 「なんて力だ!」

 「流石、モモン様が称えられる冒険者チームのリーダー。戦士としてここまでの力があるとは」

 周囲から湧き上がる歓声。目測で5メートル程、殴られた彼は飛んだのだから、それも当然と言えよう。やがて振って来た彼をダインが担ぐように上半身を、そしてニニャが器用に両足を受け止める。その様は担架無しで怪我人を運ぶ構図の様と言えば良いだろうか?

 「お前は、いつもいつも……と、失礼しました。それでしたら、また今度ゆっくりお話しを聞く機会を設けたいと希望してしまいます」

 ここで、彼は一度この場を離れるつもりなのだろう。理由は言わずもがな先程のやり取りが原因だ。周囲の者達や、自分たちは特に問題だと思わないけど、本人してみればその限りではない。きっと恥を晒したと思っているのだろう。だからこそ、野伏である彼には感謝してもしきれない。

 そう考えながら彼女も自然な返答をする。

 「はい、旦那様もお喜びになるかと」

 その旦那様がどんな人物か一切明かさないし、決して情報も渡さない。それは、隠すというよりもこの先どんな変更があっても対応できるようにする狙いがある為である。

 「では、これで失礼します」

 その言葉を最後に今度こそ彼らは行ってしまう。遠くから彼らの声が聞こえて来る。

 

 「ルクルットは目を覚ましました?」

 「まだである」

 「これ、いつか本当にペテルがルクルットを殺しちゃうんじゃないですか?」

 「……悩ましい事ですね」

 

 それを聞き流しながら、彼女は傍に居たシャルティアにセバス、ようやく馬を小屋に納める事が出来たのかいつの間にか来ていたエドワードに向けて微笑む。

 「私たちも一度、屋敷に入りましょうか」

 それから、集まった人々もそれぞれにやる事があるのか散って行く。その様を見送りながら、シャルティア達4人は移動した。

 

 2階建てであるその屋敷は正面の扉、両開き式のものであるそれを通ると、まず階段が姿を見せる。それは見た限り20から30数段と言った所で、その先は直角に枝分かれしている。丁度この階段を真上から見た時Tを描いている形となる。1階には今彼女たちが通った扉のほかに6枚程が壁の1面に2枚ずつあり、玄関から見上げることができる2階には向かって左右に2枚ずつの扉がある。屋敷の外観からきっとその扉の先も空間は続いているのだろうが、ここから、それも視覚だけでは知ることはできそうにない。

 

 「こちらでございます。シャルティア様」

 彼女は慣れているように右側の壁についている扉、それも右側の方へと初めてここを訪れる2人を案内する。それに続きながら気になった事を聞いてみる。

 「これだけの屋敷、それなりにするんではありんせんか?」

 墳墓に比べれば一段も二段も下がるが、それでもこの世界ではそれなりの水準であるはずだ。で、あるならばやはりお金もかかる訳であり、その資金源もある程度は気にしなくてはならない。

 「その点であれば、ご心配なく」

 自分の考えを読んだようにメイドが言葉を返してくる。そのまま、彼女は説明を続ける。そもそもある程度の資金源を用意したのは、あの男であるらしい。

 (デミウルゴスでありんすか)

 主からの命令で捉えた法国の者達の装備を元に例の世界樹から採れる魔石を材料にして、いくつか複製品を作成……この表現は正しくない。それよりも更に上質なものに仕上げ、それをこの街の質屋に売ったらしい。

 (流石というか、でも)

 気になる事もある。そのやり方ではその物品の出所をどう説明したのであろうかと?

 「それでしたら、パンドラズ・アクター様のシナリオを活用させてもらっています」

 「そうでありんすか」

 今回セバス達が使用した筋書きの内容はこうだ。彼らが仕えている地方貴族にはある趣味がある。それは、魔法収集である。なんてことはない。要はいろんな魔法。生活に使われるものから、英雄が使用したとされる伝説級のもの、はたまた特殊な事例で使用される珍しいものなど様々な魔法を収集するのが趣味である。

 ここまでは、シャルティア自身も把握していることであった。以前野盗達の襲撃を受ける前に話していたプランKとは、正にそれのことであるから。

 そうなれば、その先は自分の預かり知らない所。その時はひとまず彼女たちの立ち位置と偽の経歴を決める事に注力して、現地での詳しい振舞は特に決めていなかったのだから。

 彼女の説明は続く。確かに費用を抑えることを考えればそれにあった屋敷というものを選ぶこともできたはずである。では、どうしてそうしなかったかと言うと。

 「例え、仮初めの場でも()()()の御威光を示すためだということです」

 「そうね、それも当然でありんしょう」

 自分も納得を通り越して理解できる考えだ。いくら情報収集の為のアンダーカバーと言えど、侮れるのは我慢ならない。考えて見れば、主だって比類なき英雄像を作っているのだ。こっちだって多少は設定を盛ってもいいはずである。

 「分かりんした。では、その資金源、もとい武器に鎧はどこから来た事になっていんすの?」

 「はい、シグマ商会から宣伝を兼ねた試供品という事になっております」

 「ああ、成程」

 その言葉で彼女もすべて理解した。

 シグマ商会。

 それは、自分たちが使用する予定の筋書きの内の一つだったものだ。今でこそ自分たちはどこぞの地方貴族という事になっているらしいが、それは自分たちで明確にした事ではない。城塞都市で別行動であった彼の情報収集に王都までの道のりを調べている間。適当にあそこで過ごしている内に人々が勝手に決めつけた噂の(たぐい)に便乗する形で定着したものだ。

 もしもそうならずに自分たちの身分を聞かれた際には、帝国から来た商人の家系であるとする案もあったのだ。それがシグマ商会である。

 「結局使う事が無くなってしまったシナリオでありんすから、それは良いけど。どういった内容になっていんしょう?詳しく聞かせてもらいんす」

 「勿論でございます」

 どのように話が出来ているのか、メイドは詳細を話す。シグマ商会とは最近帝国に出来たものであり、その会長と自分たちの家の当主は昔から懇意の中であり、新商品である武具を宣伝も含めて広めるよう頼まれているという事。であった。

 「十分分かりんした。それならばある程度の時間は稼げんしょう」

 「はい、いざという時は商会の関係者を演じる者に、その物件もいつでも用意出来るという事でございます」

 「何処までも隙がないわね、あの男」

 万が一本当に商品を求められるようになれば、資金源の一つにする予定でもあるらしい。流石は墳墓一の知恵者と言った所か。現状を把握した彼女はそこでメイドに頭を下げる。謝罪と感謝が半々に混ざったものと言うべきか。

 「ソリュシャン、改めてさっきは助かりんした。ありがとう……そして迷惑をかけんした」

 「いえ、私の役目はシャルティア様の補佐でございますので、お気になさらないでください」

 「そう言ってもらえると助かりんす」

 「それよりも、その一応……」

 彼女が何を言わんとしているか分かっているからこそシャルティアの胸には憂鬱感が広がる。それでもやらない訳にはいかないので、ひとまずは応接室へと入るのであった。

 

 その部屋にはテーブルとそれを囲むようにソファーが配置されている。周囲を伺ってみれば、これまた花瓶に生けられている花に洒落た洋風人形と雰囲気は整えられているようであった。

 そのソファーの一つに腰かけた彼女は体を震わせながらも伝言(メッセージ)のスクロールを発動する。使えるものはいるが、今回の事は責任者であり、さらに失態をやらかした張本人でもある自分から連絡をするべきである。と、判断してのことであった。

 「デミウルゴス?」

 やや時間を置いた後、聞きなれた声が返ってくる。すぐに返事が無かった事に対する怒りはなく、むしろ止まったはずの心臓が締め付けられている感覚を味わってしまい。一刻も早く楽になりたいと気持ちの方が強かった。それに、彼も忙しい身だあまり時間を取らせるのも良くない。

 『直接とは珍しいねシャルティア。何かあったのかな?』

 「実は……」

 彼女はそこで、先ほどあったことを一通り話した。傍らに控えている3人に、恐らくどこからかこの状況を見ている彼もその時間は苦しいものであったろう。

 『成程、しかしそれくらいであれば、誤差の範囲と言えるだろう』

 「本当でありんすか?」

 それは懇願。何が何でもそうあって欲しいと心から願っている彼女の渇望そのものが籠った言葉であった。

 『ああ、大丈夫だともそれとこの後の君たちの予定であるけど、いっそ彼らも巻き込んでしまった方が良いかもしれませんね』

 「それは」

 悪魔の話は続く。今回の自分たちの目標、その第一歩として、あそこに調査に行くことになっている。そして表向き自分たちは余りにも無力な存在。自分はか弱い令嬢、ソリュシャンは多少護身術の心得がある位。エドワードはその辺りもまだ未熟。唯一その師匠であるセバスが戦えるという事になっている。というか、なってしまったと言うべきか。

 (人間たちって)

 彼らは噂が大好きなようである。それだけ日々が鬱屈としているのか、他に何も楽しみが無いのか判断に困る所である。故に立ち振る舞いには気をつけなくてはならない。今は良いが、誤って悪い方向の噂が流れてしまえば広まるのもあっという間であろう。だからこそ、メイドには感謝しなくてはならない。

 (ソリュシャンには、何か)

 個人的にも礼をしなければと思いながら悪魔の説明に耳を傾ける。

 『そこで、ひとまずの展開というよりは設定を固めてしまいましょうか』

 どうやら、自分が演じる令嬢と主が親子の路線で行くらしい。そして、次の行動に移る際に接触する者たちにもそれとなく察してもらえという事か。

 この後の流れとしてはその護衛として名指しの依頼をする予定である。その為の相場の3倍を見積もった資金はある訳である。といっても相手もまた忙しいであろうことは容易に想像できる為、今日はその事を冒険者組合に問い合わせて、都合が付けば明日にでも、そうでなくとも相手方の都合がつく時までこの屋敷を拠点に出来る事。当面は集まった情報の整理に王国の現状、それに合わせた楽園の方向性などを決める時間に費やされる事であろう。

 「ええ、では、その方向で」

 そこで話を終えようと、いやとっとと終わらせたかったのだ。失敗というものは早く忘れてしまいたいものだ。彼女は纏った服の一部、丁度胸の中央辺りを握り締める。その部分の裏地にはあるものが縫い合わせてある。そう、あの時冒険者から貰った下 級 治 療 薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)だ。

 馬鹿げた話だと思うかもしれないが、今の彼女にとってこれは一種のお守りであった。またいでいるとは言え愛する主から貰ったようなものであるから。漆黒聖典たちの事で一度墳墓に帰還した際に返却する事を主に申し出たが、優しき主はそうする必要はないと仰ってくれた。

 

 『それはお前の働きで得たものであろう。ならば、お前の物だ。わざわざ返す必要はない』

 

 (アインズ様)

 愛しき御方を思い浮かべながら彼女はこの時間が過ぎることを願う。しかし、時間は嫌に平等である。いつもであれば、あっという間な1秒1秒がやけに長く感じる。そして、彼が告げる言葉を聞いて衝撃に襲われる。

 『私の方はそれで良いですが、念の為、パンドラズ・アクターにも連絡をしてください。一応、彼も筋書きを用意している訳ですしね』

 「う、分かったでありんす」

 出来る事なら、もうこの事は忘れたいし、あまり触れたくもない。しかしそれでも業務連絡は大事だ。自分で用意したシナリオに現地での設定もあるにはあるが、それだって最初の分だけだ。後は現地での振舞に時間を取られたりしていたりしたので、そこから先は彼がいくつか用意して、事の状況次第でどれを使うか決める予定であった。それであれば、確かに彼にも伝えておくべきである。あるのだが、それでも躊躇してしまう。

 デミウルゴスとの通話を終えた彼女はその場を立つと、ソファーの後ろのスペースに移動して、その場で伸びをする。両手の指を絡めて、手のひらを天井に向けるように伸ばし、同時に足もつま先まで力を入れ、可能な限り足の筋肉を伸ばす。アンデッドであり、肉体機能が死んでいるはずの彼女であるはずけれど、その行為によって骨や関節が鳴る健康的な音も聞こえてくるようであった。それから彼女はその場を意味もなく3周ほど歩いて立ち止まり、少し俯いてその口に握った拳の人差し指をあてる様に何事か考える。それを30秒ほど続けると、再び伸びをして歩き回り考え込むとその繰り返したっぷり3順ほど行った。

 「えっと、あの、シャルティア様は先ほどから何をされているのでしょうか?」

 疑問の言葉を出したのは執事見習いである少年だ。それは当然とも言える。先ほどから一連の動作をひたすらに繰り返す。そこには何の生産性もなさそうであるし、合理的な理由も見つからない。いや、実際はないのだろう。それでも今の彼女には必要な過程であると、ほかの2人と1人は理解していた。

 「心の準備というものですよ。エドワード君」

 答えるのは、ここでも彼の指導役になっている老執事だ。その言葉に少年は目を輝かせて反応する。それは、初めてセミの抜け殻を見つけた虫好きの子供が見せるもののようであった。

 「準備でございますか?心の?」

 「そうです。今回の件、シャルティアなりに責任を感じているのですよ」

 そこで、少年は更に質問をする。彼なりに気になる事があるのだろう。それは悪い事ではない。とセバスも思いながら、その言葉に返事をする。

 「でしたら、直ちにパンドラズ・アクター様に連絡なさった方が良いのではないでしょうか?」

 「理性で理解できても、気持ちや心が追いつかない時もあるのです」

 「そうなのですか?」

 「そうなのです」

 そんなやり取りの傍で、ようやく決心がついたのか彼女は再び伝言(メッセージ)のスクロールを発動させる。上に放り投げられた羊皮紙の束、その一部に不自然に、しかし自然にも見えるように火が着いたと思うと瞬時に全体に燃え広がり、やがて炎の塊となって消滅する。

 この世界独特の、かといって慣れ親しんだ者にとっては何てはことはない光景。蛇口を捻って、水が出る光景に誰も特別凄いと思わないし、変に思う事はないであろう。それと同じだ。

 それでもシャルティアはその光景を逃さずに見届ける。その心境は断頭台に向かって歩く死刑囚と似たようなものであると言えば、良いだろうか?それだけ、彼女が今回の失態を重く見ている事であり、同時に相手に対する印象であろうか、これから話をするのは愛する主自身が創造した者、今の墳墓ではまた違った立ち位置に居る相手でもある。それに、いずれ主に想いを遂げるのであれば、多少は心象を良くしておかなければならない相手でもある。そういった打算を抜きにすれば、正直苦手な相手でもある。どうにもあのノリと言うべきか、抑揚が高いと言うべきか、あの言動には少しついていけなくなる時があるのだ。

 (でも)

 恐らく、それも愛する主がそうあれとした事を彼なりに忠実に再現した結果なのであろう。時間にして、コンマの世界。彼女は覚悟を決めて、言葉を口にする。

 「パンドラズ・アクター、少し良いでありんすか?」

 瞬時に頭にやけに上機嫌ともあるいはハイテンションとも言える声が聞こえてくる。

 『これは、シャルティア様!一体私に何の用でございましょうか!』

 (うわあーやっぱりきついわ)

 内心そう思いながらも何とか声に出さず。彼女はそれまでのいきさつと筋書きの方向性が定まった事。それに伴い、用意してくれたシナリオをいくつか廃棄処分になったことを伝えそして謝罪する。相手に見える訳ではないにのに、思わずその場で頭を下げる。

 「…………そういう事になって、本当にごめんなさい」

 『…………』

 しばし、沈黙が続いた。流石の彼も精神的なショックを受けているという事であろうか?それも仕方ないと場を見守っていたソリュシャンも思う。用意したとしてもほとんど使わずに引き出しに収まってしまうであろう仕事。予めそれを分かっていたとしてもやった事が無意味になってしまったと知る瞬間は残念なものである。

 (そうよね、いくらパンドラズ・アクター様でも)

 そう思ってしまうのは、彼女もまた無意識的にかの領域守護者には何の悩みの種もない。そんなお気楽な人物であると決めつけていたのだが、それには気づいていない。

 なにより主を思って、恩義を返す為にやってきたことが無為であったとなれば彼に限らず墳墓の者であれば悲しむだろう。

 

 やがて、彼女の耳に声は返ってくるが、どうにもいつもの調子ではないのは明らかであった。

 『いえ、問題など全くございません!シャルティア様……』

 「!、本当にごめんなさい!」

 再び、彼女は頭を下げる。

 『いえ、本当に気になどしていませんから』

 (絶対嘘!)

 それを確信して、彼女は謝り続け、そして彼は気にしていないと返す。1つのいたちごっこがしばらく続けられるのであった。それは、時間にして30分ほど続けられた。

 

 

 ようやく、報告会が終わり彼女はテーブルにもたれかかっていた。下手をすればその圧力で縫い合わせてある瓶が割れてしまい中身がこぼれそうであるが、そこは特別製なこの服。その周囲には十分緩衝材として働くように出来ているようであった。

 本来であれば、直ちに行動に移るべきであるが、彼女の気持ちもよく理解できる――自業自得ではあるのだけど――ので他の者たちはそれを咎める事はせずにそれぞれの仕事に取り掛かっていた。

 今この部屋にいるのは、疲れ切った令嬢にメイドの2人だけだ。執事たちはこの屋敷の掃除に周り、もっと言えば見習いに対する指導であろう。別行動の彼もまた、それまで集まった情報を元に更なる情報収集に行っている。どうしても執事とメイドでは限界もあるのだ。かといって、レベルが高く隠密行動に特化したシモベを送ればそれで良いという訳でもない。常にプレイヤーの存在は警戒しないといけないし、下手に藪をつついて蛇を出すなんてことはできない。彼女たちはあくまで多少戦える程度の力しかないという事になっている。その点、彼であれば上手く立ち回る事ができるであろうとシャルティア自身の判断でもあった。

 「シャルティア様、紅茶にお菓子の用意が出来ましたわ」

 未だ、動けない主人たる()()にメイドは声をかける。その手にはお盆があり、その上にカップに像の鼻を思わせる口から湯気を上げているティーポット。それに何やら三角形をしたものが乗っている皿があった。

 疲れている時には糖分補給が一番であると、例の一室から出てきた資料で見かけたのだ。自分たちの身体構造は人間たちと違う訳であるけど、それでも食事が楽しいのは変わらない。姉妹もまた結構食べるのが好きな者が多い方であり、種族特性上飲食の必要がない長姉が呆れている光景を思い出す。

 それに、彼女は紅茶が好みであり、というか五月蠅いので彼女好みのものを入れられるように予め姉に付き合ってもらって会得していた。その成果はあったようでその匂いにつられ、文字通り死体のようであった彼女は体を起こした。

 「あ、ありがとうソリュシャン」

 「いえ、こちらを召し上がった後、冒険者組合に行くとしましょうか」

 「ええ、そうね。私が行かないと駄目だものね」

 代理人を立てない理由としては、令嬢の存在をこの街に広げる狙いのほかに相手方の心象を考えてのことでもあった。以前からの調査で、もしも名指しの依頼をするのであれば、その依頼主が直接赴いた方が良い結果を得られているというものであった。主が協力者としたあの少年にしても直接依頼をしに行っているという事実も含めた結論だ。

 それにこういった事は早い方が良い。ふと窓を見てみると、外はまだ明るいが、それでも日が暮れるのも時間の問題であろう。テーブルに並べられた軽食を食べて、行くことにした彼女はその皿に乗ったものに興味を惹かれた。

 (何なのこれは、でも…………妙に惹きつけられるのよね)

 それは、小麦色をした羊皮紙のようなものであった。もっと言えば、小さな花束のようでもある。開いた口からは空に浮かぶ雲を連想させるものが顔を見せており、その横には切られた果物、色合いからしてある名称が思い浮かぶ。

 (いちご、それに〈ばなな〉だったかしら?)

 例の村。そこでドライアード達が運営している農園で新たに生産が始まった果物の名前であったはずだ。もっと詳しい品種名というものがあるらしい。

 (それは~あれかしら)

 彼女なりに解釈する。同じスケルトンでも、スケルトンライダーだったり、スケルトンアーチャーが居るのと同じ理屈だろうかと、考える。出来るのであればその品種名も把握していた方が良いのであろうが、そこまでの自信はなかった。今は、空間に放り込んでいる大量の資料に報告書の山の中にその辺りのこともあるかもしれないがとても探す気にはなれなかった。

 それらが雲に乗っているようにも包まれているようにも見えた。

 「ソリュシャン、これは?」

 その問いにメイドは少しばかり顔を綻ばせて答える。自分の出した成果に興味を示してもらえることは嬉しい事であるし、少女が無意識にした表情。華やかな物を見て、目を輝かせている年ごろの少女のものを見て、再び母性が刺激されたかもしれない。

 「こちら、クレープというものでございます」

 「クレープ?」

 未知の言語、あるいは高等芸術というものを前にして、疑問を浮かべた顔。強張って、そのまま固まったその顔が更に彼女の欲求を刺激する。

 (ああ、やっぱり……娘が欲しいですわ)

 その父親は無論かの主を希望しながら、彼女は続ける。

 「はい、ご説明いたします」

 「お願いするわ」

 それは、〈リアル〉にて人々が嗜んでいたとされる品であるという事であった。と言っても主の話を聞く限りそれが主自身が生きていた時代にもあったかは不明であるという事。少なくとも主自身は口にした経験はないという。それを聞いたシャルティアは顔をひきつらせていた。それはきっと、罪悪感から来たものに違いない。

 「ア……お父様も口にした事の無いものを私が口にして良いのかしら?」

 確かにそれは危惧すべきことと言えば、間違いではない。聞けば、主は自分たちの存在を護る為にそれ以外の全てを犠牲にしていたという訳ではないか、以前の世界で1つのギルドを維持するというのはそれなりに労力も時間もとる事である。

 (…………)

 正直、恐ろしくあるが主がとっとと自分たちに見切りをつけてくれれば、そうすればあの方はまた別の何かを、あるいは繋がりを作れたかもしれない。真に主の幸福を願うのであれば、愛しているのであれば、それを受け入れるのも必要な事だ。

 (駄目ね、もう済んだ話だと言うのに)

 いくら考えても時間というもの巻き戻りはしない。あの時主が最後に言葉を交わしていたというのは、自らを創造してくださった御方だと聞いた時は不敬だと承知の上で残念に思ったものだ。

 (もしも)

 その御方もYGGDASIL(ユグドラシル)が終わる時までいてくれれば、主同様に今も一緒に居れたのではないかと、考えてしまう。だが、それもすぐに思考の彼方に消えていく。いくら考えても無駄な事は無駄でしかない。

 (ヘロヘロ様)

 もう会えない。それは悲しい事だ。それでも彼女もまた歩みを続けるつもりであった。己が到着点を見据えて。

 (貴方様に仕える事が出来ず、そして創造してくださった恩義を返す事も出来ず、そんなどうしようもない娘で申し訳ございません。ですが、見ていてください。私は必ずアインズ様の下で幸せを、女としての幸福を得て見せます)

 せめて、それが最後に出来る親孝行であると彼女は信じて、言葉を続ける。

 「ご安心を、既に旦那様にも振舞っていますから」

 「え?そうなの?私、その話知らない……」

 「当然でございましょう。その時、お嬢様は勉学に励んでいたご様子でしたので」

 「…………」

 言葉を受けて、令嬢は黙ってしまう。自分の預かり知らない所で、そんな事があったのかとショックを受けたようだ。このメイドは何処までも優秀であった。母親が娘に父親の為に料理を用意しようかという雰囲気で優しく語りかける。

 「いつか、シャルティア様ご自身で振舞ってもいいかもしれませんよ?」

 「そうね、それをしたら、せ…………お父様も喜んで下さるわよね?」

 「はい、娘の心遣いを邪険に思う父親はおりません」

 最後の言葉にやや不満そうな顔を見せるのは仕方ない。どころか、共感もできる。あの方は自分たちの事を子供の様に扱っている節も見られるのだ。そうではない、女として、庇護の対象ではなく、対等に見られたいのだ。

 その考えもまた、かなり不敬な考え方であるけど、恋は盲目と言うべきか、その点に関しては彼女も見落としていた。

 「なればこそ、参考の為にも頂くとしましょう。貴方の分は?」

 「お優しいお嬢様であれば、そう言うと思いましてこちらに」

 差し出した左手から、同じように菓子が乗った皿が出てくる。それは、浮上して姿を現した潜水艦のような光景であった。彼女の種族特性を活用すれば、この程度の手品どうってことはない。令嬢はそれを特に気にせず続ける。

 「そう、では一緒に頂くとしましょう。せっかくなのだから」

 「はい、喜んでそうさせて貰います」

 こうして席に着いた2人は、しばし甘美というものを味わうのであった。

  




 
 ありがとうございました。
 クロスオーバー作品の方は見て頂けたでしょうか?こちら、別の作品が原作でありますけど、同時にこの作品の外伝的な内容にもなっています。まだ見ていない!という方は良ければ覗いてみてください。


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第4話 目指すはカッツェ平野

 城塞都市エ・ランテルからそこへ向かうまでの道は、まず南に向かうのが通例となっている。そこは辛うじて通れる程に舗装がされているのだから、といっても現代のように親切にアスファルトがある訳ではなく、単に雑草がないというだけである。が、それでも人が通る分には十分でもあったりする。

 その道を進む訳であるが、あまり進みすぎるとそこは別の国、もっと言えば出発地点である街を保有する国と決して仲が良いとは言えない国との国境に差し掛かる為、考えなしに進むのも危険だ。

 これが、かつてある支配者が生きていた世界であれば、神経質な話になるのであろう。が、この世界の水準は高くなく、そもそも街に城、人が住むことを前提に作られた場所以外の手が加わっていない場所はモンスターだったり、亜人種等が縄張り争いに勤しんでいる為、正確な国境が出来るのはまだまだ先の様に思える。最もその時までこの世界の人間が生きているかどうかさえ怪しいものであるが。

 

 そんな道を走行する一団が居た。そう言った表現をするのは、その通りであるからだ。走っているのは、3頭の馬に1台の馬車であった。先頭を行くのはその内の一頭であり、それを操っているのは、金髪の若者、身に付けているのは帯鎧に剣と盾を装備している様子で戦士の様だ。

 その次に馬車が続く。その馬を操っているのは、一見奇抜な髪色をした燕尾服を纏った少年であり、その傍らで同じく燕尾服を着た老人が見守っている。それはまるで、孫に釣りを指導する祖父の構図にも見える。

 そんな馬車の上に引っ付くように控えている人物が2人。

 その外見は殆んど一緒で、双子の様である。服装は胸元を覆う鉄板を思わせる物がついていて、それは手や足にしても同様。甲と呼ばれるものであろう。それと半ズボンのような物を履いているのみで、後は露出部分が多い。それは別に観衆向けの視覚サービスという訳ではなく動きやすさを重視した結果なのであろう。

 髪型にしても少し変わっており、真上に伸ばした髪を縛ったそれは箒の先端にも見える。姿だけではなく、身に付けている物まで似てるこの2人を識別する方法があるとすれば、その髪を縛っている紐に所々に施された装飾の色合いであろう。片方は赤、もう一方は青と、磁石のS極とN極に代表されるような見事な対極だ。

 2人とも周囲を警戒しているようであるが、青い方はしきりに自分たちが立っている所、天井にあたる部分に耳をあてている。中の様子が気になっているのだろうか?

 馬車の後ろ側、丁度燕尾服を着た2人がいる所と対になっている場所に腰を掛けている人物が1人、これまで見てきた人物たちよりも大柄だ。そしてその身を包むのは深紅とも言える色合いの鎧であり、過去に殺したモンスターの返り血を浴びてこんな色になってしまったと説明を受けても納得できてしまいそうだ。そんな鎧越しでも分かる程に膨れ上がっている筋肉を見れば、先頭を行く若者と同じく戦士であると分かるが、それでも比較にならない程の強者であると素人目でも明らかだ。ほかにも自身の身長と同じくらいの刺突戦鎚を何の苦もなく担いでいる様子からも見てとれる。

 そんな外見では性を識別するのが困難な人物はこの一団の進行方向とは反対、後方へと警戒の視線を向けているようであった。この世界には馬より早く走れるモンスターに亜人なんて珍しくもない。金品目当てか、あるいは自分たちが狙いかは分からない。というよりそこまで考える必要はない。今、自分が成すべきことは万が一この馬車が狙われた際にその攻撃を防ぐ事である。一番してはいけないのは、不意打ちの一撃目で落とされてしまうことだ。それさえ防げば他の仲間達も気付くはずである。そう考えながらその人物は意識を集中していた。

 その視線の先、一行の最後尾を行くのは、残りの馬2頭であり、それぞれ乗っているのは背に弓矢一式を背負った野伏らしき人物にもう一方は装備を見る限り森司祭らしき人物である。

 

 そして、視点を馬車の中に移してみれば、そこに居るのは5人の人物であった。純白のドレスを着た少女、その隣には金髪のメイドらしき女性が座り、その対面に向かい合うように残りの3人も腰かけている。中央にいるのは青地に黄色で薔薇に茨が描かれた衣装を中心に身に付けた人物だ。その装いは社交ダンスにも参加できそうな煌びやかなものである。しかし実際の所は違うそれも立派な鎧、それも強力な魔法が付与されているもので、それを身に付けている女性もまた戦士なのである。

 その女性から見て、右側にいるのは赤いローブを纏って仮面を付けた人物だ。ここまでの者達と異なり露出している部分が殆んどなく、外見から得られる情報が非常に少ない人物でもある。その為というか、その姿は一見、てるてる坊主にも見えてしまう。その中身の性別は勿論、種族も人間であるかどうか非常に怪しい所である。

 そして、その反対に居るのは、こちらもローブを纏っているが、顔は出ている。茶色い短髪に年若い顔、そして手に握った杖から魔法詠唱者である事は容易に想像できる。

 「それで、ブラッドフォールン様。此度の目的ですけど、どうして……」

 口を開いたのは戦士である女性だ。その問いかけは目前の少女、今回の依頼、それもアダマンタイト級にミスリル級の2つを名指しでしてきた相当お金を持っているであろう依頼主だ。既にその内容は確認しているが、それでも疑問に思わずにはいられなかった。

 (カッツェ平野なんて)

 そこは特に珍しい何かがある所ではなかったはずだ。むしろ危険な地帯であり、貴族令嬢が、失礼であるが世間知らずのお嬢様が興味本位で調べようとするのであれば、少々咎めるつもりであったが、それよりも先に少女の手が動いたのだ。軽く手を挙げる動作であったが、従わなければならない。

 「私の事は気軽にシャルティア、と呼んでくださいアインドラ様」

 「それを言うのでしたら、私の事もラキュースで構いませんけど」

 ただ世間知らずな所を置いておけば、この少女は好感が持てると彼女は思う。自分もまた貴族の端くれである為、この類の人種と触れ合う機会も多かった訳であるが、彼女たちはまず、何より先にも己がプライドを優先する傾向があり、口を開けば自分の家がどれだけの財を保有しているのか、どれだけの地位にあるのかとそんな話ばかりで正直嫌になったものだ。

 それに比べると目前の少女はどこか惹きつけられる所がある。何と言うか、人懐っこい瞳をしているとラキュースは友人の顔を思い浮かべる。

 (どことなく、ラナーに雰囲気が似ているのよね)

 それだけではなく、自分なんか目でもない美貌などがそっくりである。それでも綺麗なのは友人の方だと内心思う。美しさで言えば、彼女と友人はどこか対極にあるものの様な気がする。友人が「黄金」であれば、この少女は「白銀」といった所だろうか?

 「では、シャルティア様。で宜しいのでしょうか?」

 「ふふ、勿論です。では、私もラキュース様と」

 何となく乗せられているような気分でもあるが、彼女はそう言った事を気にしない。ひとまず依頼主との距離を縮める事は出来ているらしい。むしろ向こうが自分たちに近づきたいという感じもするが、それはないとすぐに考える。

 (そうであっても、今回の目的に沿わない)

 「あの、改めて聞かせて貰っても良いでしょうか? シャルティア様、此度の詳しい事情を」

 「そうですね。何も言わないのは流石に問題がありますね」

 少女は言葉を続ける。

 

 

 

 事の始まりは突然であった。その日もラキュースとその仲間達、アダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」は依頼であったワイバーン討伐を終え、冒険者組合に戻った時の事である。

 「あ、丁度良かったです。青の薔薇の皆さま」

 これまた見知った顔の受付嬢が声を上げ、自分たちの所まで歩いてくる。彼女は正直、この人物が苦手であった。その理由もすぐに分かる事。

 「待った? 何ならこの後直ぐにでも」

 返事をするのは、双子忍者の片割れであるティアだ。その目は少し上気しており、それは今来た彼女にしてもそうであった。

 (あまり、そういったのはね)

 「仕事の話なんですよね?」

 「ええ、そうなんですが」

 その通りであれば、直ぐにでも話に進めば良いのに彼女はそれをせずに自分の顔を見つめてくる。その時間がやけに長く感じてしまう。やがて、彼女は諦めたように息を吐く、それは長年の恋が中々実らずに悩む乙女のものにも見えるが、自分は違うと断言できる。

 「残念です。アインドラ様は素質があると思いますのに」

 「ん、鬼リーダーもこっち側に来るべき。男よりずっと良い」

 (大きなお世話よ)

 仲間の1人であるティアは一言で言えば、同性愛者である。そして性行為を頻繁にやっているらしく、それは目前の受付嬢もそのようであった。別に他人の性癖をとやかく言うつもりはないが、巻き込むのは勘弁して欲しいと思う。以前、名刺のようなものを一方的に押し付けられる形で貰ってしまった事もある。それは、彼女たちのような趣向を持つ者たちが集まって夜な夜な行為にふけっている店の物だったらしい。直ぐに捨てたが、しつこい勧誘は中々やみそうにない。

 (それでも)

 まだ良い方かもしれないと思ってしまう。そうして、性欲と上手く付き合っているのだから。間違っても依頼先のお嬢さんを襲うなんてなれば、自分は彼女の首を斬らねばならなくなる。それを考えるともう一人不安な人物がいる。

 (…………)

 「何? 鬼ボス」

 無意識ににらんでしまったらしい。神官戦士として自分のそれは下手な素人であれば、卒倒してしまうが、彼女にその心配は無用だ。

 「ごめんなさい、ティナ。なんでもないわ」

 一応、謝りはするがそれでも不安は絶えない。

 (どうしてかしらね)

 この双子はかなり問題があるというか、仕事であれば間違いなくこなす優秀な者たち。かつて自分を暗殺しに来て、返り討ちにこそしたが、かなりの接戦であったのだ。以降仲間になったのであるが、2人とも好みが変わり過ぎているのだ。先ほどの彼女と違い、ティナはいわゆる少年趣味、下手をすると童子趣味とも言うべきものの持ち主である。まだ、そういった事が分かっていない年ごろの男の子相手にそう言った事をしようとするのであるからこっちの方が問題は大きいかもしれない。

 以前、彼女が何かしらの情報が記載された羊皮紙を読んでいて、気になって覗いてみたところ。それは6大貴族の1つに彼女好みの子供がいるというものであり、その誘拐計画(本人は断固としてそれを認めず、頑なに勧誘だと訴えた)の詳しい段どりであったのだ。彼女をぶん殴って羊皮紙を奪取。燃やしたのもここ最近の事だ。一応、友人経由でその貴族にそれとなくご子息の警護を強めるよう促したが、それで何ともなかったかどうか正確な判断は難しいものだ。

 「それで、今度は何処からの依頼でしょうか?」

 頭に浮かぶのは、ある種常連となっている貴族だったり商人たちの顔だ。この時期であれば、発生するあのモンスターの肉が欲しいのか、はたまた警護依頼かと彼女なりに予想するが、それは全て外れることになる。

 「ブラッドフォールン様からの御依頼となっています」

 「ブラッドフォールン? 聞いた事がない家だな」

 答えたのは仲間の1人であるイビルアイだ。纏ったローブに仮面がその姿を隠しているけど、彼女は女性であり、少し事情がありその姿は幼い少女のものである。

 そこで思い出す。彼女もまた、ティアに受付嬢と言った面々に言い寄られているようでその事に同情と仲間意識が芽生える。

 (いけないわ)

 思考を元に戻す。今はそれを考えている暇はない。そんな彼女はこの大陸における知識に精通しており、王国にいる貴族などもある程度は把握しており、そんな彼女が聞いた事がないというのは余程の事であろう。

 (ガガーラン、どう思う?)

 簡単な手に指の動きで後ろに控えている最後の1人に問いかける。意味合いは伝わったようで直ぐに答えが返って来る。

 (帝国じゃねえか? 可能性だって言うならあそこだろ)

 同じように手指の動きで返してくれる。その事に確かな信頼と確かな満足感があった。

 (シグナルサインって言ったかしら?)

 自分が冒険者を志すきっかけとなった人物である叔父。その人は冒険に返ってくる度に家によってくれた。それは同時に叔父と父の仲が良かったこともある。二人の関係は兄弟である。

 屋敷に来て、兄である父に楽し気に冒険の事を話してくれる叔父にそれを微笑んで聞いている父とそこにお茶とお菓子を持ってくる母、そして父の膝に乗せてもらいながらその話を聞いている今よりずっと小さかった自分がいる光景は彼女にとって幼少期における大切な思い出の一つだ。冒険者として各地を回っている叔父はたまに自分も知らない物を持って来てくれ、その上物によっては譲ってもくれたのだ。

 

 それは幼い少女にとっては正に未知のものであり、冒険者という職業に過剰な夢を見せてしまうには十分な品物の数々であった。この世界の常識に当てはまらない知識が書かれた本に、聖職書らしき物。見た事ない石板、表面に溝で線が描いているものに、円形上の皿のような物、これは中央に穴が空いており片面は虹色の光を放つ一品。

 

 その中に今しがた使った知識もあったのだ。これを覚えれば例え、第3者がいる中でも自分たちだけでやり取りが出来るのだ。覚えない手はないし、それに優越感もあった。

 (かっこいい……と、今はそれ所ではないわ)

 思い出に浸るのをここまでにして、彼女は考える。今回の依頼主である謎の家名を持つ者の正体に、その出所。戦士である彼女は帝国の名を上げた。

 (バハルス帝国、それに鮮血帝)

 かの偉業で有名な人物である。立場上仮想敵として考えなくてはいけない人物であるが、その手腕は確かなものであり、多くの貴族の首を撥ねた者でもある。ただ嫌ってではなく、無能だと判断した者や、彼に逆らった者に限ってであるらしい。しかし、そんな事実でも王国という国を良く知る自分は賢明な判断だと思ってしまう。

 (正直、私もね)

 たまに思う事があるのだ。貴族というものは果たして必要であるかと?それはこの国の問題を知っていれば尚更思ってしまう。以前、この国には奴隷売買があった。しかし、それを禁止した少女がいる。それは誇りに思える事だ。親友であるあの少女の功績であるのだから。

 他にも彼女は国の為に政策を提案しているが、残念なことに上手くいかない。彼女自身が根回し等が上手くないこともあるが、何よりの原因はその貴族たちであるのだ。

 (どうしてかしらね)

 自分には彼らが理解できなかった。父なんかは同じ貴族であるが、とても立派な方だと身内びいき抜きで言える。アインドラの領地はそこまで裕福ではなく父の位だってそこまで高いものではない。それでも領民は笑っているのを自分は見ているし、行事の度に彼らと笑い合って酒を飲む父の姿も中々記憶から消えそうにない。そんな父は誇りでもある。同時に罪悪感も溢れて来る。

 (流石に私が子供だったわ)

 両親に自身の夢を語った時、反対にあった。それも当然と言えば、当然か、純粋に自分の身を案じてくれていたのだから。しかし、当時の自分は何が何でも冒険者になりたくて半ば家を出る形で飛び出したのだ。

 そんな自分がやってこれたのは、戦士である彼女に今はチームにいないあの元気な老婆のお陰だ。

 (ガガーラン、正直あれが無ければね)

 そこで思い出す。とても憂鬱だ。

 「何だラキュース? 俺の顔にゴミでもついているのか?」

 「何でもないわ」

 つくづく自分が率いているチームは色物だと己もその中に含まれていると無自覚な彼女は受付嬢に言葉を返す。

 「その依頼内容は何でしょうか?」

 「警護依頼だそうです」

 それであれば、これまでこなしてきた事の範疇である。王国内の街道と言うのは整備が行き渡っていない。早い話、村から村に移動したり、時には町から町に移動するにも野盗を警戒しなくてはならない。

 

 アインズが生きていた世界では馬鹿馬鹿しい事かもしれないが、それが現実である。

 

 そして野盗達が狙うのは専ら貴族なのである。そして、一度捕まってしまえば、膨大な身代金を要求されることもあるが、それだけではない。野盗如きに捕まるのは家に泥を塗ってしまうことだと彼らは考えている。だからこそ、警備の人間を雇うのだ。

 「それは、どこまでの話なのかしら? それも聞いているの?」

 「いえ、そちらはまだ」

 「ふん! アダマンタイト級である私たちに依頼しようだって言うのに随分舐めた真似をしてくれるな」

 「イビルアイ……」

 「事実だろ?」

 彼女が言いたい事も分かる。自分たちはこの国では2つしかない最高位ランクの冒険者チームであるのだから。あまり、傲慢になり過ぎるのも良くないが下に見られることも防がなくてはならない。

 冒険者とは基本的に対モンスターにおける傭兵なのであって、間違っても貴族の私兵になるなんて事はあってはならないのだから。後ろから思い出したようにガガーランの声が聞こえて来る。

 「アダマンタイト級と言えばよ。新しい連中が居たよな」

 (そうだったわね)

 最近、忙しくその辺りの情報を集めるのが疎かになっていたらしい。現在、この国にはアダマンタイト級冒険者チームが3つあるのだ。

 1つ目は自分達。

 2つ目は叔父が率いているチーム。〈朱の雫〉だ。

 そして、3つ目が城塞都市エ・ランテルを拠点にしているチームだ。正確な名前はまだ決まっていないらしい。

 「モモンという戦士が率いている3人と1匹だって話らしいですね」

 言葉を返してくれたのは受付嬢であった。彼女たち冒険者組合はそう言った情報を可能な限り共有しているらしい。それも当然と言えるかもしれない。冒険者組合とは、冒険者たちを養っている存在であるが、同時に養われているとも言えるのだから。

 そして、アダマンタイト級と言えば英雄級であり、その有無はいざという時の戦力に直結するのであるから。

 「1匹? ……何だそりゃあ」

 ガガーランが疑問の声を上げる。確かに気になる言い方ではある。

 「何でも、森の賢王と呼ばれている魔獣を使役しているという話でございます」

 「魔獣を使役か、モモンというその男はそこそこ力はあるようだな」

 受付嬢の答えにどこまでも上から目線で評価を下すイビルアイ。彼女にも問題があるとしたら、この態度であろう。その事を再認識して、どこからか心臓が軋む音が聞こえてくるようにラキュースは感じていた。それを誤魔化す為にも話に加わる。忘れには他の事をやるのが一番である。

 「それにしても、詳しいですね」

 その選択を後悔する。言葉を受けた彼女の顔が輝いたのだから。具体的に何とは言えない。それでも悪寒が走るのを自覚している。

 彼女は頬に手を当てると息を吐き、頬を染めて呟くように喋る。

 「そのチームにですね、とても美しい方がいるとの事で」

 「本当? それは誰?」

 食いつくのは当然の如くティアであった。恐らく彼女たちにだけ通じる暗号の類なのであろう。

 「黒髪の女性で、名はナーベ。現地では〈美姫〉と呼ばれているそうです」

 「それは、何が何でもお近づきになりたい」

 盛り上がっている様子で、それ以上彼らに関する話は聞けそうにない。

 (新たなアダマンタイト級、英雄)

 彼女にとって、その言葉はとても特別な意味合いがあるものである。自分の目標はかの13英雄に並ぶこと、しかしまだ自分はそこまでの領域に行けているとは思わない。そこで、彼女は少し視線を下げる。見ようと思った人物が自分より背が低い為、どうしてもそうなってしまうのだ。

 (イビルアイ)

 自分たちがこのランクでいられるのは彼女の力が大きい。彼女抜きだと自分たちは精々オリハルコンと言った所ではないかと思っている。それに一人では、仮に叔父に一騎打ちを申し込んでも勝てる気がしない。

 (いつか、話をしてみたいわね)

 それよりも今は依頼の方だ。と、そこで、勝手に盛り上がっていた彼女たちは新たな展開に入ったらしい。

 「そう言えば、ブラッドフォールン嬢様とそのお付きの方も美しい方でした。……ああ、お姉さまと呼ばせて欲しいです」

 「リーダー、依頼受けよう」

 勢いよく振り返り、そう提案する彼女の頭に拳を落とす。そんな不純な動機で依頼を受けるなんて事はしてはいけないし、きっと叔父もそう言うに違いない。それに新情報も手に入ったのだから。

 (令嬢に、付き人ね)

 「すみません。その方はメイドでしたのでしょうか?」

 「はい、質素な服があの方が着ればドレスに代わるのですから……」

 「ええ、よく分かりました」

 未だ盛り上がっている2人は置いといて、彼女達はその場で軽く円を作る。チーム内会議だ。

 「どうするべきかしら? 今回の依頼」

 「私はどっちでも良い」

 最初にその席を放棄したのは、ティナであった。彼女にしてみれば、特に仕事の選り好みはしないのだから。

 「俺は受けて見るべき、というか興味があるな。あの嬢さんが夢中になる位の美貌を持つっていう依頼者達はよ」

 ガガーランは肯定であるようであった。別に依頼を受ける事を前提にしている訳ではないが、面倒でもあるしそれで良いかもしれない。

 「そうね、あの人……」

 言葉が濁ったのは、自分が彼女に持っている感情からくるものであった。

 (やっぱり、苦手だわ)

 「……が、あそこまでこう、喜んでいるのは」

 「素直に興奮していて、気持ち悪いと言えば良いだろう?」

 「イビルアイ!」

 本当に彼女は尊大だ。その言動が許されるだけの実力があるのも確かではあるけれど。それでも放置という訳に行かない。幸い彼女は未だ、ティアと盛り上がっているようで、ほっとけばそのまま寝室へと行きそうな勢いでもある。

 (いっそ、そのまま行って欲しいとも思ってしまうわ)

 そう願いもしてしまいながら、彼女は出来る限り話を変える努力をする。ひとまずはこの少女モドキの女性にも意見を求める。

 「あなた自身はどう考えているのかしら?」

 「そうだな……」

 その言葉を受けて彼女もまた考え込んでいるようであった。その間に自分の意見も固めて行く。

 (指名の依頼、相手は聞いた事もない名前の貴族令嬢)

 まずは先ほどのやり取りを思い出す。ガガーランは彼女たちが来たとしたら、帝国からであろうと言った。

 (あそこだけじゃないわ)

 そう、各国からこの国に様々な目的で潜入してきている者たちもいる。親友からの頼みで主にあの双子が中心になって、そういった輩とも殺し合っているのだ。では、今回の依頼主である彼女たちは何を考えて自分たちに依頼をしてきたのであろうか?

 (罠の可能性、騙し討ち)

 初めに来たのはそれだ。帝国が王国を支配しようとしているのは、近年の状況から明らかであった。流石にこの国の主要人である貴族に王族達も分かっているようだが、どうにも芳しくはないようだ。というよりそこまで重要に捉えていない者たちが多すぎるのだ。

 それが分かっているからこそ、自分たちは時にこの国の王女の剣となるのだ。本来であれば、それは冒険者としては規約違反になるが、何とか彼女とここの冒険者組合長が示し合わせての事になっている。つまり、本来であれば国同士の問題には対処しない冒険者組合でさえ、そうしないと不味いと気づいているのだ。

 (ラナー……)

 あの少女は優しすぎる。いつだってこの国の民を思っているのだ。その助けになるのであれば、自分の夢への道のりが多少遠ざかるのは苦でも何でもない。

 では、今回の相手もそうであるのか?自分たちの存在を嫌っている国があるのは知っているし、個人的にも恨みを買っているであろう心あたりも結構いる。例えば、思い浮かぶのはあの男だ。

 (顔に傷をつけたのはやりすぎだったかしら)

 しかし、それをしないとあの場で殺されていたのは自分たちでもあったので、多少は目を瞑って欲しいと思う。

 今回の件もそれに近い事ではないかと彼女は考える。

 (………………駄目ね)

 答えは出ない。現段階では情報が少なすぎる、そしてそういった事を決めつけて行動するのは非常に危険である。その詳しい内容さえ分かっていないのだから。

 (そうなると)

 結局の所、決め手は自分の気持ちである。やりたいか、やりたくないか。

 (…………)

 そう考えてみると惹かれるものがあるのは、確かだ。それは別に彼女が仲間である忍者の片割れみたいにその令嬢に興味があるという訳ではない。

 彼女が惹かれた要素。それは、知らない人物からの依頼というその事実そのものであった。

 (……何だか)

 浪漫があるではないかと彼女は思う。彼女もまた幼い頃に色々な物語を聞いて育った。その時から、彼女は少し変わった所があった。物語にも色々な種類があるが、それは大きく2つに分かれる。要は冒険譚か恋愛ものかの違いである。そして、男児であれば前者、女児であれば後者に興味を示すのが大体世の常である。が、何事も例外はある。彼女もまたそんな存在であった。叔父の存在もあるが、彼女が冒険者を志すのは一つの必然であったかもしれない。

 そして、そんな冒険譚において英雄の旅立ちにまったく接点がない人物からの頼みというのはよくある話ではないか。

 (そうよ、私は村娘)

 時を忘れて彼女は夢想する。何の取り柄もない平凡な村娘、そんな自分の元にある日、薄汚れた老人が現れる。

 (そして、言うのよ)

 世界を救うために聖剣をとれと、彼女は無意識に背負った剣の束に手をかけて力を入れる。始めは何を言っているのだと相手にしないが、余りにも老人がしつこいのでその誘いに従い、自分は大木へと向かう。それは、見た目こそ木であるが、内部は広大な空間。そしてその中央に立つ石製の台座に刺さっている一振りの剣。

 (それを抜いて、私の)

 冒険は始まる。そして仲間達との出会い、強敵たちとの死闘。その先で見つかる衝撃の事実。

 (そうよ、そうなのよ)

 普通であれば、というのも変であるが、その中に恋愛話の1つも混じっていても良さそうなのに、彼女の見ている物にそれが存在しないのは何ともらしいと言うべきか。彼女の夢想は続く。

 やがて、迎える最終決戦、敵は世界を壊そうとする魔王。そして、ここで老人の正体も明かされる。

 (まさかね)

 彼女は己しか見えていない話なのに驚きを感じていた。

 そう、老人の正体はこの世界の神であった。それが、魔王の仕業で力の大半を奪われていたのだ。その為に自分へと助けを求めた。何の取り柄もない村娘に?いいや違う。

 (私の心には)

 そう、彼女の胸にはあったのだ。それは身体的に優れた特徴だとか、特異な体質とかではない。

 (正義がある!)

 決して揺らぐことのないその心が彼女が聖剣に選ばれた理由であったのだ。そして、始める魔王との最終決戦。倒れる仲間達。自分も傷らだけで、今にも倒れそうだ。それでも諦める理由にはならない。

 (そうよ、そして私は決死の一撃を放つ!)

 彼女は思わず剣を抜き去り、天井へと向ける。それと同時に叫ぶ。

 

 「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 「ラキュース!? どうした!」

 (あ、……またやっちゃったわ……)

 掛けられた言葉と共に彼女はようやく現実へと帰還する。そして、彼女の体は急激に温度を上げる。強烈な羞恥心が襲ってくる。

 「ごめんなさい。大丈夫よ」

 「本当か?それは本当なんだな?」

 しつこく食い下がってくるガガーラン。それは自分を心配してのことであることは長年の付き合いから容易に理解できた。同時に罪悪感も溢れてくる。

 (ごめんなさい。ガガーラン)

 ある意味、自分は己のプライドもとい世間体を守るためにしょうもない嘘をついたのである。それが広がりに広がって八方塞がりであるのが現状だ。

 (落ち着いてみると)

 かなり穴だらけの話にも聞こえてくる。そんなものを彼女は信じているのだ。

 「やっぱりよお、アズスの旦那に一度話を」

 「大丈夫だから、本当に何でもないから」

 (お願いだから、それだけは勘弁して!)

 そんな事になれば、叔父であるあの人の事だ。本気でその呪いをどうにかしようとするに決まっている。ただの嘘であるというのに、そうなってしまえば、もう後戻りも出来なくなってしまう。何としてもそれだけは阻止しなくてはならない。

 「ふむ、呪いを持つ魔剣か、私の知識も所詮詰め込むでしかない。か、一度本格的にこちらで調べて……」

 少し俯き、仮面を人差し指で叩きながら思案する様子を見せるイビルアイ。彼女なりに出来る事をやろうとしてくれているみたいであるが、それは大きなお世話というものである。

 「必要ないから、大丈夫、私が抑えれば良いだけの話だから」

 (辞めて頂戴! いくら調べても出て来るはずがないんだから!)

 「しかし、本当に大丈夫なのか?」

 「ええ、本当よ。その心遣いだけで有り難いわ」

 それは、偽りではない。普段はあんなに態度が大きく、言動に問題がある彼女であるけど、こうして仲間である自分を気遣ってくれる優しさはあるのだ。それは、別に自分だけに限らずこのチームの者であれば、誰にでもだ。ティアなんかはその都度「だったら体で慰めて」なんて口にするが、それも大切な光景と言えばそうである。

 「そうか、……分かった。が、何かあれば直ぐに言うんだぞ」

 少し気落ちした様子の彼女の姿。それは仲間であるからこそ見られるものであり、仮面越しでもそうだと理解できる位にある付き合いから判断できるもの。それが、更にラキュースの罪悪感を深める。

 (~~~! 本当にごめんなさい!イビルアイ)

 「だったら、せめてボスの家に伝える」

 「おう、そうだな」

 「それ位はやるべきかもしれないな」

 (ティナ~!!)

 彼女の提案に他の2人も賛同する。確かに何かしら異常を抱えている様子の自分を見て、そう判断するのは間違いではない。むしろ正論だ。しかし、彼女はこれを認可する訳に行かない。

 「大丈夫だから!それこそ、お父様達に無駄な心配をかけてしまうじゃない」

 彼女のその言葉に聞いた3人は感銘を受けた。この女性は、自分たちのリーダーは何と言った?

 

 『無駄な心配をかけてしまう』

 

 魔剣による呪いは日々、彼女を蝕んでいる。だと言うのにそれを彼女は無駄だと言ってみせた。確かにその通りでもある。現状彼女の呪いを解く解決策は何も出ていない。そんな状態で彼女の両親に伝えた所で彼女の言う通り心労をかけるだけである。ならば、自分が堪えて見せると自分たちのチームリーダーは言って見せたのだ。

 (アズスの旦那が可愛がる訳だぜ)

 ガガーランは納得していた。彼女はたまに向こう見ずな所もあるが、それでもそれも強さというものであろうと。そして、決意をする。いつかその呪いが暴れる時があれば、彼女の意思を無視してでもその魔剣キリネイラムをぶち壊すと。

 (ふん、意地を張って、無茶をして…………)

 イビルアイはそこで、遠い過去を振り返る。自分は少しばかし曲がった人生を送ってしまったが、それでも今のこの時間は大切なもの。かけがえのないものだ。そんな空間の中心に立つ彼女の強さには感謝しなくてならない。ならばと彼女も1つの事を決める。

 時間があれば、他の魔剣の事も調べてみようと。そんな呪いがある剣だ。他の武器だって何かしらあるかもしれないし、その中に彼女が抱えている呪いを解くヒントが見つかるもしれない。

 (鬼ボスらしい。だからこそ、絶対)

 ティナもまた彼女の事を大切に思っている。最初は暗殺対象であった。仲間になったのだって隙をついて殺す機会を伺う為であった。それが、今では彼女の為に命を懸けるのも悪くないと思ってしまうくらいになっているのだから。自分でも驚きである。彼女は決心する。必ず彼女の命を、彼女だけではない。仲間の命を守って見せると。

 (もしも、このチームから死者が出るとしたら、それは私)

 

 「分かったぜ。ラキュースがそう言うなら、そうする」

 「そうだな」

 「そうしよう」

 (な、何とかなったかしら。でも、本当にみんなごめん!)

 「ええ、ありがとう。みんな」

 胸は締め付けられていて、胃が振動を繰り返している。そして止まる事のない罪悪感。だが、これを両親に知られるのは非常に不味い。

 (お母様なら、まだしも。お父様は…………完全にアウトね)

 ただでさえ、冒険者の件で大喧嘩したというのに。またあれを再燃させる訳にはいかない。彼女は思考を切り替える。ひとまずは目の前の依頼だ。

 「話を戻しましょう。それで、今回の依頼。私は受けてみたいと思っているわ。イビルアイは?」

 今の所、受けるが1票、保留が2票である。この場にいない彼女の意見は始めから無いものと見ている。

 「私も賛成だ。罠にしても私たちであれば、返り討ちに出来るはずだ」

 それで、結論は出た。5人中3人が今回の依頼に興味を持ったのだ。ならば受けてみようではないかと考えはまとまる。

 そうと決まればと彼女は正面を向くが、そこに受付嬢の姿はなかった。

 「あら?さっきの人は……」

 「鬼ボス。ティアもいない」

 双子である彼女の言葉でその場の全員が察する。そして、脱力する。別に彼女たちが何をしていようと構わない。しかし、仕事の話をするには、まだしばらく時間が掛かりそうであった。

 

 

 (あの後、ティアと彼女が出てきたのは2時間後だったしね)

 幸い、彼女の組合におけるその日の仕事は既に終了しており、つまり自分たちに依頼の事を伝える為に残ってくれていたのであり、それ自体は有難い事であるが、それでも素直に喜べない部分もある。

 2人ともやけに肌が光り輝いていて、恍惚として、それでいて満足した表情を浮かべていた。受付嬢の方は足取りも怪しいもので、それがどれだけ彼女たちが激しく動いていたのか物語っているようで気まずい思いもあった。生々しい事情というのは中々慣れないものである。 

 

 「今回の私どもの目的ですが、平野の秘密を調査する事にあります」

 「秘密…………ですか?」

 少女の言葉に疑問と同時に好奇心が出てきている。

 「聞けば、カッツェ平野には不思議な話があるではないですか。そう、霧です」

 「それは、…………確かにありますけど」

 彼女が何を言っているのかそれで理解出来た。今回の目的地である平野には不思議な現象がある。あの地帯には常に薄霧が広がっている。それ自体は無害であるが、アンデッド探知に引っ掛かる為、探知魔法が上手く作動しないのだ。

 その為、アンデッドによる奇襲が多々あるのだ。それは自分たちだって例外ではない。だからこそ、仲間の内3人には、馬車の外側で警戒に当たって貰っているのだ。

 「しかし、何も年中霧がある訳ではないし、アンデッド達が蔓延っている訳でもない。違いますか?」

 「ええ、その通りです。シャルティア様」

 そう、その霧が晴れる日が年に一度だけあるのだ。それは、王国と帝国の戦争の時だ。両国は、というより向こうの国は年々、理由を付けてはこちらに攻め込んで来るのだ。そして、それを黙って見過ごす訳にもいかないので、王国もまた領土全土から兵士を集めて迎え撃つのだ。

 その舞台がこれから向かう土地であるのだが、何も霧の中で戦う訳でないし、アンデッドの群れと三つ巴の激戦を繰り広げる訳でもない。

 (本当に不思議よね)

 その日だけは霧が晴れる。そして、アンデッド達もどこかへと消えてしまうのだ。だからこそ、睨みあう両軍は全力で戦う事が出来るというものである。

 では、その現象は自然現象であるのだろうか?少女の言葉は続き、耳に流れてくる。

 「私のお父様は、その現象に何かしらマジックアイテム、あるいは何かしら霧の原因となっているモンスターがいるのではないかと考えているようなのです」

 「そうなのですか……」

 そう返すことしか出来なかった。その間にもラキュースは己が胸にある感情が膨らんでいるのを自覚していた。

 「それで? それならどうして、娘のお前が来ているんだ? その男が直接来れば良い話じゃないか」

 疑問を投げかけたのは右に控えていたチームの魔法を担当している者だ。

 「イビルアイ!すみません仲間が」

 怒鳴りつけて頭を下げる。彼女はどうしてこうなのだろうと思ってしまう。いつだって、相手にはこの態度である。

 (もう少し、柔らかくなってくれないかしら)

 どこか、彼女は余裕がないように思える。残念であるが、自分は彼女の事を殆んど知らない。彼女の前任者であった。あのご老人は何か知っているようであったが、自分たちに話してくれなかったのだ。

 だと言うのに、目前の令嬢は何ら嫌な顔をせずに微笑んで見せるのだ。それは、別にこちらを馬鹿にしているものではなく、それもまた個性の1つだと認めてくれているものであった。それは、少女が発した言葉からもそれが伝わってくる。

 「元気な方ですね。青の薔薇のイビルアイ様と言いましたか」

 「そうだが? 質問に答えて貰おうか」

 薄く笑って口に手を当てている少女に、明らかに不機嫌な声を出す仲間。それを見てしまうと、どうしても彼女が子供に見えてしまう。

 「イビルアイ!いい加減になさい。シャルティア様もご不快な思いをさせてしまってのであれば謝ります」

 「構いませんよ。それにイビルアイ様が仰っている事も当然ですから」

 (うう……)

 とてつもなく情けなく思ってしまう。この少女の年は13から14と言った所。だと言うのに、何と大人びていることか。それに比べてチームの最強戦力はこの有様である。

 「なら、早く喋るんだな。私は時間を無駄にするのが、一番嫌いなんだ」

 (イビルアイ! あなたは!)

 「ええ、そうですね。では……」

 少女は語る。何でも彼女の父親は魔法の研究をしているらしく、今回の調査もその一環であるという事であった。しかし、その人物は多忙な方らしい。貴族であればそれなりに仕事があるのは納得である。他にもやっていることがあるらしく手が離せないらしい。よって、その代わりに彼女が来ることになったそうだ。

 「ですが、やはり危険です。あまりお勧めはできません」

 自分なりに彼女を思っての言葉であった。これから向かうのはかなり危険な地帯であり、冒険者にワーカーと踏み込んだ者たちが年間何十人と犠牲になっているところだ。そんな所に何の力も持たない彼女が行くのは余りにも無謀だ。

 「危険は承知の上です」

 続く彼女の言葉にはラキュースも諦めて、それどころか共感さえしてしまった。

 「それでも、お父様の役に立ちたいと考えてしまいます。それに何より、未知を探すって、何だかワクワクしませんか?」

 「それは、そうですね。私もそう思います」

 そう、先ほどから彼女の胸を占めているのは、高揚感であった。何に対する気持ちかは彼女自身が誰よりも分かっていた。

 

 (そうよね、これが私が求めていた冒険じゃない!?)

 流石に仕事中である為、それ以上暴走する事はなかった。だが、それでも、そう思わずにいられないラキュースであった。 

 

 一行は間もなく、霧の中へと進んで行く。その先で何が待ち受けているのかは誰にも分からない。

 



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第5話 彼女の起点

 揺れる馬車の中、彼女たちは話を続けていた。ラキュースとしては、依頼主の少女に親近感を大いに感じていたのだ。未知への好奇心に父親の為に何かしたいというその姿勢に好感があった。

 「確かにな、どこぞの奔放娘とは大違いだな」

 「ほんぽうむすめ?」

 仲間である魔法詠唱者の言葉に首を傾げる令嬢の姿は女性の自分から見ても可愛らしいものであり、つい妹が欲しいと瞬間思うが、それもすぐに引っ込む。次に出て来るのは気まずい気持ち。

 (う)

 イビルアイの言葉が胸に突き刺さる。確かに彼女の言う通り。自分は決して親孝行な娘とは言えない。もしも親の望み通りの人生を送っていれば、とっくの昔にどこかに嫁いでいたはずである。それをぶち壊して今の立場にあるのだから。

 「あの、それはどういう事でしょうか?」

 「ああ、ここにいる私たちのリーダーはな」

 そこで、彼女の頭に拳を落とす。筋力であれば、魔法重視の彼女と魔法と剣技を半々で修めている自分、当然こちらの方が力はある訳であり、真上から衝撃を受けた彼女は頭を抱える。その視線が自分に向けられると恨み言が聞こえて来た。

 「ラキュース……」

 「良いわ、自分で話すから」

 

 (何だろう)

 この場にいる1人、同じく魔法詠唱者であるニニャはその光景を見て意外に感じていた。今回の依頼、自分たちにも指名があった時は大変驚いたものだ。それだけではなく、アダマンタイト級である「蒼の薔薇」にも同様の依頼を出していたと知った時には心臓が口から飛び出してしまいそうであった。それでも受ける事にしたのは、依頼料もあるし、時間が許せばブラッドフォールン嬢からモモンの事を聞きたいとも思ったからだ。

 (この人が魔剣の所有者)

 今、隣に座っている女性。伝説と称えられる領域に足を踏み込みかけている階級の者達。そのリーダーである人物。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 そして、その彼女が持つ魔剣キリネイラム。自分たちの目標であった4つの剣の内が一振り。王都についた際に聞いた噂。呪いとそれによる彼女の苦悩も聞いている。そんな代物を手にした所で自分たちでは扱いきれないだろう。杖を握る手に力が入る。あの事件から自分たちだって研鑽は積んできたつもりだ。組合の決定とは言え、ミスリル級になったのだから。ペテルは使える武技が増えたし、ルクルットだって野伏として感覚は以前より鋭くなった。自分も使える魔法は増えたし、ダインは薬草に関する知識を深め、更に簡単なポーションであれば作れるようになった。といってもバレアレ薬品店が用意してくれる物には遠く及ばないのでもうしばらくお世話になる事だろう。

 (バレアレさんと言えば)

 あの事件の後、薬品店はカルネ村に移る事になったらしい。それは、本人たちから教えてもらった事でもある。常連だった客には皆同様に伝えて周り、お詫びだという事で次の買い物の際には1割引きをしてくれるという事であった。それは有り難いが、次の利用はまだ先になりそうである。

 今は、自分の姉を探す事が優先である。それに付き合ってくれている仲間達には感謝の念が絶えない。全てが終わった時。何らかの形で報いるべきだろう。

 何にしてもまずは目の前の依頼である。王都は広く、仕事をしながら姉の捜索というのは大変である。その資金を手に入れる為にもしっかりこなさなくてはならない。

 そこで改めて隣の人物達の事を見てみる。

 「思い切り殴りやがって、そんな事じゃ嫁の貰い手がないぞ」

 「大きなお世話です」

 仲間内で軽口を叩きあうその光景は自分たちとそんなに変わらないように見える。それが、ニニャの緊張をほぐしていった。どれだけ高みに登ろうと、人の本質は変わらないかも知れない。それからと思う。

 (アインドラさんに、ブラッドフォールンさん)

 彼女たちは貴族であるが、それでも自分から姉を奪ったあのクソとはどこか違うようであり、それを言うならばと以前共に行動した彼の事も思いだす。

 (ビョルケンヘイムさん)

 彼もまた、自分が見てきた貴族と違ったように見える。一時期ルクルットと競い合うようにナーベへと迫っていた様子であったが、それが一晩で何かあったのか仲間である彼ともどもその熱が冷めた時は驚いた。後にその理由もとい彼が何をしていたのか知ったリーダーの拳が飛んだのは言うまでもない。

 それでもと思う。貴族にも色々な人種があり、貴族という言葉だけで拒絶反応を示すのは控えていこうと考えを改めるには十分な材料であった。

 

 隣で1人の認識――それも自分に対するものが変わっている事など知る由もないラキュースは不思議そうに、そして間違いなく興味を持ってしまったであろう令嬢に自分の生い立ちを説明する。

 「私は、シャルティア様と同じく貴族の出でございます」

 「まあ」

 驚いたように口を開け、手を当てる姿に頬が熱くなる。それから話を続ける。言葉が出るたびに体が熱くなってくる。それは羞恥心からくるものだろう。

 叔父の冒険譚に憧れて家を出た事。それからの事と、今の状況に至るまで全てを気づけば話していた。

 「そうでございますか、ふふ。ラキュース様って、見た目に似合わずお転婆でございますね」

 「はい……仰る通りかと」

 それ以上の言葉を返せなかった。実際その通りである訳だから。

 「気にする事無いじゃないかラキュース、()()()は立派なんだから」

 「……イビルアイ」

 大げさに手を広げて笑いながら口を開く彼女の姿に僅かばかりであるが、怒りが込み上げて来る。そもそも話をする必要が出たのは彼女のせいだと言うのに。先ほどの拳に対する仕返しのつもりであるならば、それだって突き詰めれば彼女に原因がある。

 「はは」

 不意に左から笑いが聞こえた。それは思わず出てしまったという風であった。今回共に令嬢たちの護衛につくことになったミスリル級冒険者チーム「漆黒の剣」の魔法詠唱者であったはずである。

 「何だ?何が可笑しい?」

 真っ先に噛みつくのは当然と言うべきかイビルアイであった。その事で彼女は少々納得していなかったからだ。一番の理由は報酬であろう。驚くべき事に今回の依頼料は相場の3倍が払われるという事である。その内、1/3は前払いという事で既に受け取っており、今回の調査が終われば残りを受け取る事になっている。それだけ、少女の父親が力を入れているのか、あるいは単にその辺りの事を知らない世間知らずか、いや後者の方が可能性が高い。

 (そうよね、魔法の研究に没頭しているのであれば)

 彼女の家が王国所属の貴族と決まった訳ではない。ならばと更に思う。

 (ブラッドフォールン様は帝国の貴族)

 今の所、得られた情報から推察出来るのはそこまでである。王国だって、権力争いをしているのだ。帝国だって1枚岩ではないはずである。と、そうあって欲しいという希望もあるが。

 さて、そんな常識では考えられない依頼料であるが、イビルアイが気に入らないのは、その額が自分たちと彼らが全く一緒であるという事であった。ミスリルだって、立派な階級であるが、それでも王国に二桁どころか、5つもないランクのチームとしては思うところがあるのだろう。その事を話すと、目前の少女は「そう言う事なら」と簡単に料金を上乗せしてくれるのであるから。やはり底知れないと思う。

 そんな事情である為、彼女は不機嫌に言葉を返すのであろう。しかし、共に仕事にあたる中でそんな険悪な空気が良くないのは彼女だって分かっているはずである。

 「イビルアイ」

 「ふん」

 自分の言葉にそっぽを向く仲間の姿にただ情けなくなってしまう。

 (本当に)

 彼女は実年齢で言えば、自分よりずっと年配のはずである。それを言葉にして言うとまた怒るのであるが。

 「すみません。ニニャさんでしたね。どうしましたか?」

 そんな彼女の事は一旦置いといて、若者に声をかける。自分たちに振舞に何か可笑しな所があったろうか?彼は謝りながら答えてくれた。

 「いえ、仲が良いんだな。と」

 「それは、まあ、そうですね」

 否定は出来ない。曲がりなりにもここまでやって来た仲間であるのだから。悪ければとっくに解散しているはずである。彼は続ける。

 「それに、アインドラさんがそうやって困っている姿。失礼かもしれないですけど、ウチのリーダーと同じだなと」

 「ああ、ボルブさんの事ですか」

 それで思い出す。会うなり、求婚をしてきた男だ。直ぐに断りは入れたが、それからも事あるごとに口説いてくるのだ。そして、その都度彼に鉄拳を落としているのが、リーダーであるモークだ。彼にもどこか親近感を感じるのであった。

 「彼は、その凄いですね。いつもああなんですか?」

 「はい、お恥ずかしい話です」

 「そう言えば、イプシロンさんにも何か言っていませんでしたか?」

 そこで、この場にいる令嬢の付き人もとい、メイドである彼女にも話を振る。主人である少女に劣らずの美貌を持つ人物である。彼女も苦笑しながら答える。彼女に関してはティアも迫ったりしたりで、やはりというか申し訳ない気持ちが出てくる。

 「そうでございますね。ボルブ様はいささか節操が無いように思われるかと」

 「うう」

 その言葉を受けて、ニニャが肩を落とす。無理もない、仲間の不始末なのであるから。それどころか自分だってしょっちゅうそうなってしまうのだから。

 (思いだしたら頭が痛くなって来たわ)

 「それでも、まだ紳士的と呼べる所もございます」

 メイドの言葉は続く。それは、別にお世辞だとかと哀れみではなく、彼女なりの考えを口にしているようであった。

 「どうして、そう思うのでしょうか?」

 気になって出た言葉であった。彼女は微笑んで答える。それは、どんな人物にも素晴らしい一面があるのだと、そしてそれを探す努力をしましょうと訴えているようであった。

 「お嬢様の事を口説こうとしなかったからでございます」

 「それは、立場を考えれば妥当ではないかと」

 疑わしくそう返すのはよりによって、仲間であるニニャだ。しかし、ラキュースだってそう思ってしまう。単に相手が貴族であるから諦めたのではないか?それに比べれば、まだイプシロンの方が望みがありそうである。メイドと一口で言っても様々だ。友人である彼女に仕えているのは、もっと言えば王族に仕えているのはそれこそ貴族の家の出の者達だ。対して、貴族に仕えているメイドはどうかと言うと。同じように自分たちより下の階級の貴族から来た者であったり、あるいは一般人が混ざっていたりするものだ。最もここでいう一般のメイドに求められているのは、単に見た目であり、それが基準になっていることが多かったりするのであるが、その理由も自分は分かっているが、それ以上考えるのは嫌になった。

 (お父様はそんな方ではなかったというのに)

 またも彼女の中で疑問が生まれる。どうして、かと。父はそう言った用途でメイドを雇いはしなかったし、むしろ世の中を生きる術を教える為に使用人を雇っていた節目があったのだ。当時は不思議でたまらなかった。アインドラの家の使用人たちというのは、長年仕えてくれている庭師の老人を除くと頻繁に入れ替わりがあったのだ。それも地元の若者が中心にだ。

 本当に当時は不思議であった。どうして、そんな事をするのであろうかと。それ以上深く考える事はなかった。幼い自分からしてみれば、使用人であると同時に兄や姉のようにも感じていた人たちだ。その人たちがいなくなるたびに寂しさでベッドを濡らしたものだ。

 さて、その真意に気付けたのは皮肉にも家を出てからであった。王都の建築組合から依頼を受けた際に過去に家で仕えていた執事だった男性と再会したのだ。

 それから、話を聞かせてもらった。彼は農家の次男坊、残念ながら畑を継ぐという選択肢はなく、それならばと父が話を持ち掛けてくれたとの事であった。

 昼は自分の遊び相手であったり、屋敷の掃除や父の手伝いなどして、夜になるとその父から勉強を、それも彼は建築関係の知識を学び、それも十分と判断した父が紹介状を書いてくれたと言う。貴族の家で働いていた実績もあり、彼はそのまま就職する事が出来たという。

 それを聞いた時、父に対する尊敬の念が出ると同時に罪悪感が溢れた。それから、似たような者達。よく馬替わりになってくれた別の若者は王都でも上位に入る宿屋にて、料理人として働いていたり、自分の髪をよく櫛でといてくれた女性は魔術師組合本部で再会した時は本当に驚いた。元々、彼女は魔法に興味があったらしく、しかしその才能が無かった為に魔法詠唱者になる夢は諦めたという。そんな彼女に父が「何もそれだけが魔法に関わる道ではないだろう」と言い、同じようにしてくれたのだと言う。ここからが重要になるが、父は決して、そんな彼らに手を出すことはなかったという。彼らと言うのも理由があり、世の中には少年を抱くのが趣味の男も結構いるらしい。

 以前、受けた依頼での光景を思い出す。

 (世の中)

 本当にいろんな人がいるのだと思ってしまう。その人物のメイドの1人がその格好をした少年であると、当の本人が嬉々として語ってくれたのだ。正直、共感など出来るはずが無く、嫌悪感を抑えるので大変であったが。

 『少年が出すものはまた苦々しいと同時に味わい深くてね』

 その時は言葉の意味を理解しかねたが、後で分かった時には二度とあの野郎からの依頼は受けてやるもんかと思った程だ。

 だからこそ、父がどれだけ立派だったかと世界を知る度に認識していくのであった。

 

 「それだけではございませんよ」

 メイドの言葉に意識を切り替える。今はそんな事を考える必要はないのだから。

 「お嬢様にはまだ早いのだと気を遣ってくれたのだと私は思います」

 「何だったら、もっと気を回してそう言った事全般辞めて欲しいものです」

 ため息交じりにニニャが呟く。確かに年齢を考慮できるのであれば、そういった願望が生まれても仕方ない事だろう。

 (???)

 ここで、疑問が湧く。もっと言えば、知りたくなったと言うべきだろう。

 (もしもよ、もしも)

 ブラッドフォールンが、それなりの年齢であったならば、ボルブは貴族相手でもその姿勢で行くのだろうか?

 「あの、それって」

 堪らず聞いてしまった。それを受けた彼は少し考え込むと答える。それは、諦めのようにも見えた。

 「口説く……と思いますね。ルクルットの事ですから」

 「それは、凄いですね」

 それが感心してのものか、呆れてのものか判別がつかなかった。

 「ちょっと待て!だったら、少し変だろ!」

 少し怒り気味に声を上げたのは、イビルアイであった。彼女は今度は何に対して腹を立てているのであろうか?

 「どうしたのよ。急にそんな声を上げて」

 「そうだろう!ラキュースに、ティア、ティナも声を掛けられて、ガガーランはまだしもどうして私にはなかったんだ?!」

 「ああ……」

 彼女が何を言わんとしているのか、理解できた。自分は勿論であるが、あの双子だって小柄であるが、成人女性だと一目で判別できる者だ。

 しかし、彼女はそうは行かないローブを纏った姿にその声も怪しいもの。常識的に考えれば彼女を子供だと判断しても何の問題もないはずである。だが、それが彼女は気にくわないらしい。

 (本当に面倒な性格ね)

 そう思う位には彼女に振り回されているのである。何とかこの場を抑える方法を模索する。

 「大丈夫、最悪、私が抱く」

 その言葉にその場の全員が不意を突かれる。そちらを向けば、窓から覗いている逆さの頭が見える。

 「ティア、あなたには周囲の警戒を頼んだはずよ」

 「そっちならティナがやってくれている」

 「待て、私だってその趣味はないぞ」

 「残念」

 彼女のその手の勧誘にはうんざりしているが、今回ばかりは感謝する。そのおかげで多少空気は和らいだのだから。話に入ってきた忍者はその視線を令嬢へと向ける。

 「だく?それはどういった意味なのでしょうか?」

 彼女は先ほど同様に首を傾げていた。彼女の年齢であれば、それを知らなくて当然、むしろそうあって欲しいと思う。

 「シャルティア様が知るにはまだ早いです」

 「そうなの?それは残念」

 口をとがらせる彼女に仲間は言い寄る。それは、ともすれば男性が言うような言葉でもあった。

 「大丈夫。私がいつか教える」

 「ティア!!」

 すぐに釘を刺す。この無垢であろう少女に何をしようというのか、それだけは絶対に阻止しなくてならない。

 「鬼リーダーは固い。…………ねえ、貴方に聞きたい」

 その言葉を意にも返さず彼女は令嬢へと問いかける。

 「何でしょうか?」

 「好きな人とか、いるの?」

 直球であった。それは、彼女の職業から生まれた勘か、あるいはその独特の嗅覚から出た言葉であるかは分からない。が、一体それを聞いて、どうしようかと言うのか?その言葉を受けた少女はしばらく黙った。

 「…………」

 その沈黙が10秒、20秒と続く。その間、視線を左右に彷徨わせながらも少女の頬は染まって行き、その時点で答えが出たようなものであるが、それでも彼女は逡巡しているようであった。

 (何なのかしらね)

 その様は見ているだけでも胸やけしそうであった。それに何だか眩しくもあった。やがて、少女は意を決したように口を開く。

 「その、います」

 「それは誰!?」

 食いつくのはティアであった。まさかと思うが、その相手を殺そうという訳ではないだろう。いや、そう信じたいのだ。彼女だって仲間には変わりはないのだから。相手はそれ以上の関係を望んで来るけど。

 「もう辞めなさい。シャルティア様もすみません」

 「いえ、大した事ではございませんので」

 「誰!?」

 本当にしつこいと思う。一体彼女はどうしたというのであろうか?普段はここまでではないと言うのに。それだけの事をさせてしまう程のものを目前の少女が持っているという事であるという事だろうか?そんな暴走気味の彼女は言葉を出す。それは、勢いに任せて口にしたような感じであった。

 「もしかして、そのお父様とか?」

 「ティア……貴方、何を言っているの?」

 しかし、目前の令嬢の顔を見れば、その顔は固まっていた。

 (…………え?)

 まさかと思う。想い人が肉親という事があるのであろうか?

 「おい、それは正気なのか?」

 繰り返すように、それでいて軽蔑するように聞くのはイビルアイであった。確かに近親が相手であれば、その異常性を疑わざるを得ない。

 (だけど)

 それでも彼女は考える。本当にそうであるのかと?短い付き合いであるが、目前の令嬢は決して間違った事はしない人物であると断言できる自分も心のどこかにいる。

 「あの、何か事情があるのでは……?」

 「えっと、その」

 彼女は何も言えないといった様子であった。それが彼女に確信させる。これ以上踏み込むのは良くないと。そう判断した彼女の行動は速いものだ。

 「本当に失礼しました! ティア! イビルアイもこの話はここでおしまい。良いわね!」

 「え~」

 「気にはなるがな」

 それでも諦める様子がない彼女たちにいい加減実力行使で尚且つ物理的に黙らせようとした彼女を止めたのは令嬢の言葉であった。

 「いえ、お話します。そうですよね。気になりますよね。普通じゃありませんから」

 「お嬢様……」

 「大丈夫よ、ソリュシャン」

 不安げに言葉を上げるメイドに少女は手をかざして示して見せた。余程の事情が絡んでいるようで、聞いてしまっていいものかと思ってしまう。

 「じゃあ、話して貰えるんだな」

 不遜な口を開くのはやはりイビルアイであった。彼女には怖いものはないのだろうか?

 (うう、駄目よラキュース)

 そして、いくらそれが酷い事だと心で訴えても抗えない部分がある。自分もその複雑な事情を聞いてみたいと思っているらしい。これはいけない事だ。酷い事だと戒めようとしても難しい。

 (私、…………結構酷い人間ね)

 事情を知る人間が聞けば、「何を今更」と言いそうなことを彼女は悔やむ。その間にも少女の言葉は続いていた。

 「はい、…………私とお父様は正確には親子ではないのです」

 「ほう」 

 「ふむ」

 「えっと」

 その言葉にそれぞれの反応を見せる3人に対して、自分は何も言えなかった。それはつまりだ。彼女達の関係はそうなると確認の為に無意識に口が動いていた。

 「それは、養子という事でございましょうか?」

 「そうですね。そうなります」

 意を決したように彼女は言葉を紡ぐ。それでは彼女の出生はどうなるのか?という疑問が同時に起こる。

 「もっと、詳しく聞きたい」

 「勿論でございます。お話ししますとも」

 本来であれば、叱責しなければならないのにそれをしなかった。それは自分もこの先が知りたいと思っているからであろうと彼女は自傷する。己は何と醜い生き物であろうかと。それでも好奇心を抑え事が出来ずにいたのは確かである。

 「そうですね。では、あの方、お父様との出会いから話しましょうか」

 彼女は語る。令嬢シャルティア・ブラッドフォールンは元々、別の家の娘であったという。そこで本当の両親の元に生を受け、幼少期を過ごしたとの事であった。

 「あの方と出会ったのは、私が5つの頃でございますね」

 そこで、彼女は一度頭の帽子をとり、膝に持ってくる。露わになる銀髪は美しく、仲間の1人はすっかり見とれてしまっていた。動作を終え、落ち着いた様子の彼女は続ける。それは彼女にとって、大事な記憶なのだろう。

 「よくある話でございます。私の本当のお父様と、その方は大変仲が宜しかったみたいで、私の事を自慢したかったみたいなんです」

 それには納得できた。確かによくある話だ。自分だって、小さい頃はあちらこちらに連れまわされたものだ。父は余程自分が生まれた事が嬉しかったらしい。行く先々で見知らぬ大人に言葉をかけられるのは子供心には負担が大きく、いつも母の足にしがみついてその陰に隠れていたような気がする。

 

 それは、子供であれば誰もが経験するもの。単なる「人見知り」というものである。

 

 「そこで、初めてお見かけしたのですが、とても素敵な方だと幼心(おさなごころ)に思ったものです」

 5つでそこまで思うとは、このお嬢様は案外ませてたかもしれないと思う。そして、次の光景には思わず同性の自分でも見とれるものであった。

 彼女は自分の右手を頭、それも前頭葉があるであろう部分をさすると微笑む。その顔は静かであるけれども輝きを放っており、その行為は彼女自身が大切な記憶を掘り起こすための物であると時を忘れて見て、ようやく行き着いた答えだ。

 「その時に優しく頭を撫でてくださって、言ってくれたんです」

 その顔はまごう事なく恋する乙女のものであった。

 「『可愛いじゃないですか』って」

 それは、社交辞令の一環だった可能性も多いにある。そもそも友人の娘を悪く言うなんて常識人であれば出来るはずがないのだから。それでも、この少女には響いたのであろう。それが、彼女の恋の始まりだと言えば、どうしてその相手の養子になっているというのか?彼女の話は続く。

 「それから、しばらくして…………私の両親は亡くなってしまいまして」

 彼女の頬を涙が走る。それから彼女は俯いてしまい、顔を両手で覆ってしまった。その指の間から雨漏りをおこした天井のように雫が膝上の帽子へと降り注ぐ。見てしまえば、誰だって理解できる。それはきっと辛い過去に違いない。流石に罪悪感が出て来る。何で死んだのか?どうやって死んだのか?と聞くのは野暮であるし、それを聞きだそうとするのは相当性格がねじ曲がった輩に違いないのだから。

 (分かっているわね。イビルアイ、ティア)

 流石にないと思うが、それでも楽観的に構える訳にいかず。左右に居る仲間達を軽く睨みつける。もしも、ここで彼女の事情を根掘り葉掘り聞きだそうとするのであれば、例え仲間でも剣を抜く心づもりだ。

 (そんな目で睨むなよ、流石に私も空気は読める)

 (私は、泣かせたい訳ではない。気持ちよくなってほしい)

 流石に彼女たちもそれ以上追求する気はないらしく、ひとまずは胸を撫で下ろす。考えればその理由だっていくつも心当たりがあるではないか。モンスターに襲われたか、あるいは盗賊だったり、いくらでも出て来るものだ。詳しく聞く必要性は全くと言っていいほどないと彼女のは自分も含めて念を押す。

 

 「ごめんなさい。見苦しい所をお見せしましたね」

 「いえ、そんなことありませんよ」

 彼女のその生い立ちを聞くと、自分は本当に恵まれた存在であると再認識させられる。自分の両親は未だ健在で元気に領地運営をやっているのだから。たまに帰って来いという催促を鬱陶しいと思ってしまった事に後悔する。この件が終われば、久しぶりに実家に戻るのも良いかもしれないと彼女は考えながら、令嬢へと言葉をかける。もしもこれ以上話すのが辛いのであれば、終わっても構わないと、そこまで聞けば後の事は容易に想像できるのであるから。だが、少女は首を振ると言うのであった。

 「いえ、こんな中途半端に話を終えては皆様の疑問に答える事が出来ませんので」

 そして、彼女は続ける。その後、その人物に引き取られ、これまでの人生を生きて来たという。その人物は彼女の心の安定の為に必死に働いて回ったという。彼自身の趣味であるという魔法研究が再開できたのは、ここ最近の事だとか。

 (成程ね)

 それで、理解できた。その人物は恐らく貴族であるが、きっと自分の家と同じくそこまで位は高くないのであろう。そうなると、少女の着てる服に今回の依頼料などはどこから来たのかという疑問も同時に解決する。

 (やはり、彼女たちは帝国の貴族)

 そう考えてみると、納得できる部分も出て来る。あくまで自分の予想に過ぎないものであると認識して、彼女は思考する。

 王国での魔法の認識というものは驚くほどに低い。精々、子供だましであると考えている者、それも貴族が大半である。対して、帝国は話でしか聞いた事がないが、魔法の研究にも力を入れているらしく。彼女の養父となった人物もそうなのであろう。

 (あの男なら)

 かの「鮮血帝」は有能な人材であれば、平民でも取り立てるという事で有名だ。そうなれば、あの膨大な資金源も説明がつくというものだ。そうなれば、他の可能性だって浮上してくる。

 (その人物。本当に貴族なの?)

 目前の少女にその付き人であるメイドを見れば、この国であれば、別に珍しくも何ともないもの。貴族だと言えるのである。が、あの帝国となれば話はまた別だ。その人物の立場から疑わなくてはならない。が、それも今やるべきことではないだろう。

 (何にしてもこの依頼は果たさないといけないわね)

 例え、敵国である帝国の出身の可能性が高いとしても、この少女が養父である人物に向けている感謝と気持ちは本物である訳であるし、話を聞いてしまった以上。少しでも役に立ちたいと思ってしまうのが人情である。耳をすませば彼女の話はまとめに入っているようであった。

 「今は、()ですけど、いつか()になれたらなと思っています」

 「ふん!よくある話だ。別に泣ける話じゃないぞ」

 涙声でそんな言葉を吐いても何も説得力がないとラキュースは思う。流石の不遜王であるイビルアイも彼女の話には何か思う所があったという所か。

 「羨ましい。妬ましい。そこまで貴方に想われているその男が……正直殺してやりたい」

 「ティィアァ?」

 「冗談、何でもない」

 今の話を聞いての感想がそれでは、余りにも酷い。少し殺気交じりの言葉を向けてやれば、直ぐに悪い面は引っ込む。

 (ニニャさんと同じ様に考えてしまうわ)

 出来る事なら、仲間たちの言動がもっと落ち着いてくれないかと願わずにいられない。

 「お話ありがとうございました。力不足ではありますが、何か出来る事があれば私も協力させて頂きますので、遠慮なく言ってください」

 「それは……」

 実際、聞いた話はこれまで彼女が聞いたり、読んだりしたどの話よりも浪漫があるように感じたのだ。いや、そう考えること自体、令嬢に対して失礼に当たる訳であるが、それでも思ってしまう。

 (すごくロマンチックじゃない! …………いけない、いけないわ)

 悲劇にも親を亡くしてしまった絶世の美少女(なお、その理由は詳しく分かっていない)とそんな彼女を引き取った男性の恋物語、親子はいずれ夫婦となる。そんな話が彼女の頭の中では展開されていた。

 (いつもは冒険物で書いていたけど、今度恋愛物に挑戦するのも良いかもしれないわね)

 そう考えてしまうのは彼女の趣向に原因がある。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 彼女は冒険者になったいきさつからも分かる通り、しばしば非日常に憧れる節がある。それは、幼少の頃に経験したことが由来なのか、はたまた彼女が元々もっていた資質であるかはもう判断の仕様がない。そんな彼女の趣味が執筆活動と言うのはもう何かに定められた必然であろう。

 彼女は時折、自身の感性や叔父から聞いた冒険譚を元に独自の小説というものを書いているのだ。そして、人間形にした物は誰かに見て欲しいものである。王都には丁度そういった施設があり、彼女は自分の作品をそこに寄贈しているのである。その作品は何気に庶民の間で人気があり、特に年ごろの少年たちの間では有名だ。その本が切っ掛けで冒険者を目指す子供が出る位だ。

 さて、そんな彼女が今度は新たなジャンルに挑戦する訳であるが、それはまた別の話となる。

 

 「あの? 聞いても良いでしょうか?」

 「何でしょう? ニニャ様」

 令嬢に質問を投げかけたのは魔法詠唱者である若者だ。その事に何の事はないと笑いかける少女。それを確認して彼は聞く。

 「あの、それでは、ブラッドフォールン様って、未婚の方なんですか?」

 (!!!)

 彼女の中で雷が走ったような感覚が生まれる。確かにその話であれば、その人物自体は既婚者であるのかどうかは気になる所である。彼女は変わらず軽く微笑むを浮かべて答えるのであった。

 「ええ、お父様自体は未だ独身の御様子なんです。そうだったわよね。ソリュシャン?」

 「はい、私もそのように聞いております」

 それならば、少女の夢は最高の形で叶う事もあるかもしれないとラキュースは内心で歓喜している自分が居る事を自覚して、何とか抑えていた。

 「では、年齢の方を、とごめんなさい。流石にそこまでは駄目ですよね」

 続くニニャの質問。彼も直ぐに引っ込めた通り、不味いと思う。人とは年を気にする者もいるのだ。特に女性に顕著であるようだが、彼女にはそれがよく理解できていなかった。それはひとえに彼女が「若い」からだろう。人間出来る事なら、いつまでも若くいたいものである。

 (そう言えば、お母さまも最近五月蠅くなったなね)

 以前、といっても既に1年ほど過去になるが、その時に会った母は自分の姿を見るなり盛大にため息を吐いたのだ。娘を前にやる事としては、酷いではないだろうか?ともあれ、年齢とはそれだけ慎重に扱わなくてはならない代物なのである。よって、令嬢が答える義務はないのであるが、彼女は気にした様子もなく思案する顔をみせる。肉親相手でもその話をして良いのかと迷っているのか、はたまたと彼女は思い出す。

 (そうなのよね。お父様って、今年でいくつだったかしら?)

 肉親相手でも年というのは中々把握していないものである。理由を上げるならば、別に知らなくても問題がないから。それで、日常生活が送れなくなるなんてものはいないだろう。やがて、彼女は自分たちにその事を伝えてくれた。

 「確か、今年で26か27になったはずです」

 「それは、お若いですね」

 別に世辞という訳ではない。ニニャが言ったのは純粋に驚いた部分が大きい。それはラキュースにしても同じであった。思ったより若いと思ったのは事実だ。

 (ええと、つまり)

 彼女は考える。仮にその人物が27として、目前の少女が14だったならば年の差は13である。出会いは少女が5つの頃であり、その時その人物は18位であったはず。そこまで考えて、別に珍しい事ではないと結論を出す。

 

 かつてアインズがいた世界であれば、大人、つまり成人として扱われるのは20からが通例であったが。この世界ではまた別だ。正確な基準はなく、大体16から18であれば、もう大人に混じって働く者。あのエンリ・エモットでさえ、まだ20になっていない所からもそれがよく分かる。

 貴族の世界だともっと曖昧なもので、速いとそれこそ現在シャルティア・ブラッドフォールンが演じている貴族令嬢の年でもどこかの家に嫁ぐなんてこともある。最も体はまだ出来上がっていないので、子を作るのであればもう少し時期を見極めるものであろう。

 

 ラキュースの思考は続く。

 (それで、仮定として、彼女の本当の御両親が亡くなったのが8歳の時としましょう)

 そうなれば、引き取った男性の年齢は推定21。少女一人を養う為にどんな事をしていたのか想像するしかないが、それでも何かしらの優れていた人物であろう。

 (何者なのかしら?彼女の父親は)

 興味が湧いてくる。それは、恋とかではなく、むしろ子供の好奇心に近いものだ。そんな彼女が恋というものを実際に知るのはまだずっと先の様に思える。

 「じゃあ、私も質問。兄弟とか姉妹とかいるの?」

 またも、無神経な質問をしたのはティアだ。今の話を聞いた限りでは彼女とその養父の2人だけだと誰だって察する事が出来そうであることだが、その考えは令嬢の次の言葉で裏切られる。

 「ええ、いますよ」

 「その話詳しく」

 「ティナ!」

 反対の窓からまた別の頭が出て来る。本当に彼女達はここの危険性を理解しているのであろうか?その感情が顔に出たらしく。彼女は問題ないと言葉を返して来る。

 「外の様子だったら筋肉ダルマが見てくれている」

 『ああ!誰がダルマだって?!』

 ガガーランの言葉は最もである。彼女は確かに筋肉の塊であるが別にダルマという程ではない。ダルマと言うのは叔父が持って返った品の中にあった書物で確認した物の名前だ。何かしらの魔法を行使するための人形だろうか?だが、その顔は決して可愛らしいと言えるものではなく、仏頂面なのであり、「お前の顔はダルマだ」と言われてしまえば、誰だって不快に感じるだろう。

 (それとも)

 単にあの丸っこい(てい)の事を彼女に例えたのだろうか?いくら考えても正確な答えは出そうにない。

 「それって、その……貴方と似たような境遇で?」

 気まずく感じて、それでも流れが出来てしまった為。勇気をだして聞いてみたという声。再びニニャの声で思考を元に戻す。

 (確かに、気になるわよね)

 そう考える彼女に令嬢に対する遠慮だとか気遣いはすっかりなくなってしまっていた。かといって、彼女1人を責める事はできない。シャルティアが出す柔らかな雰囲気もそうであるが、何より自由奔放な彼女のチームメイト達の存在がとてつもなく大きい。朱に交われば赤くなるという奴である。

 令嬢はここまでと同様。特に怒る訳でも機嫌を損ねる訳でもなく話す。

 「ええ、ニニャ様のご想像の通りでございます」

 「そうなんですか」

 「よくある話だ! そうだ! そうに違いない!」

 「イビルアイ泣いている」

 「私が宥めてあげる」

 「いらん!」 

 騒ぐ面々の姿に纏める立場にあるラキュースは羞恥心を抱き、令嬢はその様子に笑って見せて、その姿を見たメイドは優し気に安心した表情を見せる。彼女たちの年齢も近い模様であるし、実際姉妹みたいなものだろう。彼女にだって姉のように慕っていた使用人がいたのであるから。

 「本当に、賑やかな方々でございますね。今回の旅が楽しくなりそうです」

 「そう言ってもらえると本当に助かります」

 ここまでの醜態を晒してしまったのだ。少なくとも彼女達の前ではアダマンタイト級の威厳というものはもうあってないようなものだ。

 「話の続きを聞きたい」

 (…………ティナ)

 もう怒鳴る気力もなくなっていた。ならば、その話の今後の糧にすれば良いだろう。主に創作の。そう彼女は考え、少女の言葉に耳を傾ける。

 「はい、あまり大きな声で言えませんが、その2人は……」

 「2人?どういう事」

 「はい、双子なんです。そう、丁度ティア様とティナ様のように」

 それは、興味が俄然湧いてくる。最も興味を示したのは犯罪者予備軍である忍者だ。

 「それって、男? 女? 年は?」

 どこまでも無神経で無礼な態度を少女は笑って流す。

 「ふふ、男女の双子で、年はそうですね。今年で7かなと」

 「ボス、その家に行こう」

 反射的に背中の剣を抜き去り、彼女の頭を狙ってそれでいて、周囲にはぶつけずに振りぬく。彼女はまるでモグラのように頭を天井の方向へと引っ込めてその一撃を回避した。

 「冗談が通じない鬼ボス」

 「貴方の場合、冗談では済まないでしょう?」

 思わずとってしまった行動。それが、目前の2人にどう思われるかなんて考える余裕はとてもなかった。そして、そんな彼女だからこそ、研ぎ澄まされた戦士の勘が彼女に告げた。その違和感は足元からする。

 (馬車の底に何かいる?)

 しかし、それはあり得ない事だと内心首を振る。そう言った存在の探知であれば、自分よりも忍者である彼女達の方が長けているはずである。

 (どういう事?)

 「あの、ラキュース様?」

 「おおーい、どうした? ラキュース?」

 突然、立ったまま固まってしまった彼女を心配してシャルティアとイビルアイは声を掛けるが、それは今の彼女には届いていなかった。

 (周囲に対する警戒)

 それであれば、仲間であるガガーランに同じく依頼を受けている「漆黒の剣」の面々があたっているはずである。

 (なら、この気配はいつから?)

 隣の彼女でさえ気づいていない様子。もしかしたら、自分が勝手に生み出した被害妄想、あるいは強迫観念の類かと思うが、それはないと首を振る。

 「ラキュース?本当にどうした?」

 珍しく不安げな様子を見せるイビルアイの言葉でさえ、今の彼女を連れ戻すには不十分であった。

 (これは、放置するのは危険ね)

 長い思考の果て、考えに考えて彼女はその結論に至った。恐らく正体不明の何かはこの馬車の床下に張り付いている。それはいつからなのか?

 (いえ、どうでも良いわね。今は)

 そう、今の自分がすべきことは目前の少女達を護る事である。そして、この気配の主が敵ではないという保証はどこにもないし、現段階では答えが出そうにない。

 (やるしかない)

 彼女は決意を固める。剣を構えると、その気配がする辺り、その中央をこれまでに(おの)が培って来たものを全て費やして定める。

 「ラキュース様、何を?」

 令嬢の疑問の言葉は相手にせず。彼女は剣を狙った場所に突き刺す。

 「チェストおお!!」

 その言葉もまた、彼女が幼少期に読み漁った書物から知った言葉であった。何かしらの呪文。それも必殺技ではなく普段の攻撃に使うと効果的なものらしい。その為、彼女は勝負をかける際、かと言って特大の技を放つ程ではない時はその言葉を叫ぶのだ。

 床を突き抜けた剣はそのまま床下に達し、そして、彼女の手に何かしら肉を絶った感触が伝わってくる。次にその場にいた全員の耳に奇怪とも言える鳴き声らしきものが響いた。

 「ぐぎゃああ!!」「ぐぎゃああ!!」

 それはまるで、2匹の獣が同時に出したように2重に聞こえて来た。しかし、その獣が1匹であるのはその後に聞こえて来る音――ある程度重量があるものが地面に叩きつけられる音。そして、転がっていく音を聞けば明らかであった。

 「な!モンスターがいたのか!?」

 「可笑しい。接近してくる奴はいなかったはず」

 驚いたように。今になって、リーダーが何に気付いたのか知ったティアとイビルアイは感嘆の声を上げる。流石は自分たちのまとめ役であると。

 「いや、それ所じゃない。おい!ガガーラン!」

 直ちに行動に出たのはイビルアイであった。外を見張っているはずの仲間に声を掛ける。

 「おい、モンスター、それも獣型の奴。悪霊犬(バーゲスト)かもしれないそっちから確認できるか!」

 『驚いたぜ、いきなり転がって来たんだからよ。追っかけて来る気配はねえぜ』

 外から聞こえて来る戦士の言葉にようやくその場の全員、警護依頼を受けた冒険者の者たちは警戒態勢を解く。

 「何とかなったかしら。???」

 そこで、目前の少女とメイド2人の表情がややひきつっているのに気付く。それはこの依頼中初めて見るものであった。一体どうしたというのか?

 (あ)

 ようやく思い当たる。彼女たちからしてみれば、自分はいきなり剣を振った。ただの変人ではないか。

 (やってしまったわね)

 だが、彼女は取り乱す事はなかった。あくまで優雅に振舞う事を意識して、それは貴族であり、冒険者であり、聖職者であり、戦士である彼女だからこそ出来る。彼女独特の振る舞いであった。

 「これは、お騒がせしました」

 「いえ、むしろ私はお礼を申し上げなくてはいけませんね」

 そう言う令嬢の顔は強張ったままであった。

 

 冒険はまだ続く。




 ここまで読んでくださりありがとうございます。それと今回は謝罪させてください。もしかしなくとも作者は小説を書くのが下手になっているみたいで、毎度文章が膨らんでしまうので、もうしばらくpart1は続きます。しかも、これで第5章の3/1ですから、終わるのはいつになるか作者自身分かっていないです。

 何とか早め早めに更新致しますので、何卒お付き合い願います。

 「もっとテンポよく話を進めろ!」という方は遠慮なく言ってください。短めにする努力はします。


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第6話 開始

 モンスターが張り付いていたというアクシデントはあったものの何とか解決したために、その後は何事もなく、一行は霧の中を進んでいた。

 「最悪、スケリトル・ドラゴン等が出る可能性も考えていましたが、その心配も必要なかったようです」

 その魔物を撃退した彼女の言葉に令嬢は再び首を傾げて見せる。

 「それは、強いモンスターなのでしょうか?」

 「何だ?そんな事も知らないのか?それでは先が思いやられるぞ」

 「イビルアイ」

 辛辣な口を開く魔法詠唱者を諌めて、ラキュースは依頼主である少女に説明をする。その恐ろしさと言うものを。

 

 「そうなのですか?」

 それが、令嬢の感想であった。顎に右手人差し指をあて、僅かに首を右方向に傾ける動作をする。まるで、飼い犬の粗相を聞いた、みたいな反応にラキュースは内心、複雑な気持ちに駆られる。確かに仲間の言う通り、あまりにも危機意識がないのはよくない。だからといって、それをこの場で叱責する気になれなかった。

 (出来る事なら)

 この少女にはこのままでいて欲しいとも思ってしまう。それは、少女が見せる純粋な様がそう考えさせるのだろう。

 「そういえば、そのドラゴンと言えば」

 令嬢が思い出したように話を始める。それはある英雄のことであった。

 「モモン様は、一撃で倒したという話がありましたね」

 「あれは確かに凄かったです」

 答えたのはその場に居合わせたニニャだ。やや上を向いた視線に呆けている表情はその時にあった事がどれだけ非常識で、それで常人には真似の出来ない偉業であったかを回想しているようであった。それを見て、ラキュースとイビルアイも興味を持つが、その内は全然違った。純粋な好奇心と燃え上がる対抗心と言った所。ちなみに、忍者の双子は鬼リーダー、または鬼ボスに睨まれて大人しく周囲の警戒に戻っている。馬車底にモンスターが潜んで居たのに気づけなかったのだ。文句は言えない立場なのである。

 「その時の事を詳しく聞いても良いでしょうか?」

 直接訪ねたのはラキュースであったが、その場の全員の視線が当事者である魔法詠唱者へと向けられている。それを受けて彼も話す気になったらしい。いや、あるいは話したくて仕方がないと言った様子であった。それを見て、先の令嬢とは違った親近感を抱く。

 (ニニャさんとは気が合うかもしれない)

 この先、機会があれば英雄譚に伝説と語りあう機会があっても良いかもしれないし、出来れば設けたいと希望する。ニニャは話始める。その時にあった事を、それも丁寧に彼らとの出会いから話してくれた。

 「もう駄目だと思ったんです」

 その時、彼らはオーガとゴブリンの群れに襲われていて、現在騎乗する形で周囲の警戒をしてくれている3人が殿となって逃げようとしたとの事であった。

 「でも、奴らは数が多く。わたしとその時一緒だったンフィーレアさんの前に1匹のオーガがいて、手に持った斧を振り下ろそうとしました」

 彼は話、というより語り上手であった。その時の緊迫感、正に命が消える所であったと聞いてる方にも伝わって来る。思わず自分も膝に置いた手を力強く握ってしまう。

 「その時です。空の太陽に異変がありました!と言っても角度的にそう見えただけなんですけどね」

 「案外、それもそうなる運命だったかもしれませんね」

 口を開け、僅かに頭を傾け硬直。頬を指で掻きながら苦笑して言う様子のニニャの話にこれまた上品に手を当ててそう返すのはイプシロンであった。それは非常に可憐であり、彼女もどこかの貴族の生まれかと思わせるには十分であった。

 (でも、これ以上聞くのは)

 流石に出来ないであろう。唯でさえ複雑な事情があるようであるし、何より先ほどの失態は大きい。だからといって、別に残念とは思わないし、仲間の事も怒るつもりもなかった。この依頼を終えれば、彼女たちとまた話せる機会は作れるはずである。それもこの先の自分たちの働き次第であるけど。

 「宙を舞って、そのオーガを縦に両断、それも一撃ですよ。その時の事と言ったら!」

 彼はその時の事を嬉々として語る。常識であれば、あり得ない光景。しかし、斬られた瞬間まで動いていたオーガの内臓、吹き出して、そして周囲に降り注ぐ大量の血液、何よりその時一瞬見えたオーガの心臓はその時、まだ脈打っていたという。それが、次の瞬間には止まった。それが彼のやった事がどれだけ逸脱しているかを物語っていたという。

 「その、よく見ていらっしゃるんですね」

 やや引き気味に令嬢がそう聞く。確かに幼い少女には生々しい話であろう。その事に気付かない様子で彼は続ける。

 「その時の事は、正に『舞い降りる剣』と言った感じですね」

 (!! 何、そのかっこいい響き!)

 胸に電流が走る。その言葉の響きに本能的な部分で惹かれていると自分でも分かっている。改めて、この一件が終わったら彼と話をしてみたいと思ってしまう。きっと彼とは気が合うだろうし、出来るならば自分の創作の為にアイデアを貰いたいと思う。

 (その時の話をもっと詳しく! と、抑えなきゃ)

 「話の続きを聞いても?」

 「あ、すみません。あまりにもその時の光景が印象に残っていたもので」

 先を促すメイドの言葉にようやく夢想状態から覚めたようで、彼は続ける。その後彼は1人でオーガを3匹、ゴブリンを8匹を瞬く間に倒していったという。

 

 (何だろうな。こいつ)

 イビルアイは話の中身よりもそれを話すニニャの方が気になってしまう。モモンという英雄の活躍に相当熱があるらしく、その姿はいつも見ているようであった。

 (そうか、こいつラキュースに似てんだ)

 少し考えて直ぐに答えは出た。この魔法詠唱者は自分たちのリーダーと同じ部類の人間であると、その瞳は恋焦がれての物ではない――男が男に惹かれているという状況は理解し難いが、世の中には色んな人間がいるのは自らが所属するチームを見れば、嫌でも解ってしまうもの。

 (同性愛者(ティア)少年趣味者(ティナ)初物食らい(ガガーラン)、か。)

 改めて思う。自分たちのリーダーは大変だなと、こんなにも厄介な面々を纏めているのであるから。

 (私がいないと駄目なんだからな。困ったものだ)

 その面々に、もっと言えば彼女の悩みにの種の1つが自分であるとは微塵も思わない彼女は内心で鼻を鳴らす。自分が居ないと成り立たない。どうしようもない連中であるなと。そして、彼女が次に考えるのは、話の人物であった。

 「それから、私たちはカルネ村へと赴き……」

 (モモン、アダマンタイト級冒険者)

 ニニャの話が続く中、彼女は彼女で今や、同格となった英雄の端くれである彼の事を考えていた。その名は王都にまで広まっているのは確かであった。あの依頼を受ける事になってから、少しであるが、時間があったのでいつも利用させてもらっている情報屋に、行きつけの酒場等でその情報を集めてみたのだ。

 (どんだけ、規格外なんだ……)

 彼女にしては珍しく内心でため息をつく。それだけ聞いた事が現実離れしていたからだ。特にギガント・バジリスク討伐などはその対策を十分にしなくてはならないと言うのに。それを殆んどせずに力押しで行ったというのであるからだ。

 (それでも、負けはしない)

 自分だって、普通ではない。と彼女はまだ見ぬ戦士に対抗心をこれでもかと燃やしていた。その人物、もっと言えば、それを演じているある人物は彼女のそれまでの生き方を、人生観を大きく変える宿命的とも運命的とも言える存在であるが、この時の彼女はその事を知る由もないのである。

 

 「あの森の賢王を手なずけてしまったんです!」

 「そうなんですか! ……それで、その後は?」

 すっかり、語り手のペース、あるいはその空気に触れてしまい、声がうわずっている様子のリーダーに彼女は再びため息をつき確信する。

 (やはり私がいないと駄目だな)

 そんな彼女たちを目前で見ている令嬢は静かに微笑んでいる。それは、何かを思い出してのものか、あるいはその様子を何かに重ねてのものかは誰にも分からない事であるし、その3人にしたって、それぞれに他の事に夢中になっている為、彼女の笑みに気付くことはなかった。

 

 「……それでですね」

 ニニャの話は続く。村での仕事を終え、城塞都市に戻った夜にその事件は起きたというのであるから。

 (ああ、ここからがそうなのね)

 ラキュースはすっかり夢中になってしまっており、その姿はよく言えば、生き生きとしている。しかし、悪く言えばその年齢にそぐわないと言ったもの。彼女自身ともう1人話をしているニニャは気付いていないであろうが他の3人の目にはしっかりと映っているのだ。例え、年を重ねても、体は成長しても彼女の心には純粋に世界を求める心があるのだと、それは本来であれば、子供が大人へと成長する過程で自然とあるいは意識して手放すものである。しかし、彼女にはその傾向が見られない。

 

 (それこそ、何かが違うと言うのでありんしょうか?)

 現在、その外見に相応しく世間知らずなお嬢様を演じているシャルティアはそう考えた。先ほどこの女性が見せた攻撃には驚かされた。あの双子ですら気付かずに潜んでいたはずの彼が感づかれたのであるから。

 (まあ、ベルだったら大丈夫よね)

 少し大変な目にあってしまっているが、それでも彼であれば問題はないだろうと彼女は思考を切り替える。

 今回依頼を頼むことになった「蒼の薔薇」と「漆黒の剣」の2チーム。目的地である平野の中心までまだ時間はかかるらしいのであれば、その間に少しでも出来る事を。今回に限っては彼女たちの事を見極めるべきだと判断する。現時点での自分なりの見解を含めた彼女たちの評価はまあまあと言った所であろうか、まず実力に関しては自分たちの足元にも及ばない。

 (例えば、そうね)

 階層守護者であるデミウルゴスが「蒼の薔薇」とぶつかったとすれば、20分もかけずにその殲滅が可能であろう。そして、それは同時にこの世界における力の基準を図るのに一役買ってくれる。

 (やっぱりというかね)

 この世界では以前の世界の常識に当てはめて考えるのであれば、レベルは20から30あれば英雄というものを名乗れる様である。それに、墳墓が接触したアダマンタイト級冒険者チームが彼女たちであり、王国での批評であれば――他の班が収集してくれた情報によればこの国一番であるという認識であるのだ。

 (警戒すべきは……)

 裏に隠れているであろうプレイヤー達、あるいはその知識を受け継いでいる者達。

 (考え過ぎね)

 すぐにその考えを取り消す。かの竜王も言っていたではないか、この世界に来たプレイヤーは様々であったが、その多くが現地人と衝突したと言う。いや、これに関して言えば、自分たちだって変わらないと笑う。なんせ、現在進行形で敵対してきている国があるのであるから。かと言って、譲歩する気は一切ない愛する主が目指す世界と彼らが掲げる主義主張が合わないと言うのもある。が、それ以上に自分たちだって我慢が出来ない事もある。

 (2度、よ。アインズ様は話をしたいと仰ったのよ!だと言うのに!)

 思わず演技をしているのだと忘れて、彼女はその顔を怒りで歪め、膝に置いた手を力強く握り占める。

 「お嬢様」

 それにいち早く気づいたメイドの声で我を取り戻す。本当に彼女には助けられてばかりである。

 (ありがとう。ソリュシャン)

 (いえ、シャルティア様のお気持ちは私もよく理解できますので)

 こそこそと、前の3人には聞かれない程度に声を交わす主従。しかし、そこまでする必要はなかったようである。

 「……一度自分たちとモモンさんは別行動をとる事になりまして……」

 「……成程、魔獣登録の為ですか、しかし凄い方ですね。聞けば聞く程、恐ろしい魔獣の瞳を『可愛らしいものでしょう』ですって! ねえ、イビルアイもそう思わない?」

 「ああ、そうだな」

 事細かく、それこそその場の全員それぞれがどのように動いていたのかと説明するニニャに自分たちの存在をすっかり忘れてしまった様子のラキュース。そして、興奮している様子の彼女をやや引きながら相手をしているイビルアイとこちらを気にかけている者は皆無であった。その事に感謝する一方で彼女は思案する。果たして、これは正しいのであろうかと。

 (一応、今回、私は彼女たちの護衛対象なのよね)

 その対象をほっぽいて話に夢中になっている彼女たちの姿はあまり褒められたものではないだろう。けれどとすぐに考えを改める。この馬車だって、2重の形で警護をしているのだし、なによりこの馬車がだしている速度はそこそこある。中途半端に襲いかかろうとすれば、轢かれてしまうのがオチである

 (さて、話を戻しましょうか)

 その声を聞いているのは自分だけだというのに、その言い回しに笑ってしまう。どうやら、長い活動期間で自分の思考回路は変質してしまったらしい。

 (ま、別に気にする事はないでしょ)

 それにこれは、いわゆる成長、あるいは進化というものであると結論を出し、改めて冒険者達の事を考える。戦闘力で言えば論外であるが、それも自分たちと比較した場合であり、件の計画の為であれば十分な戦力となるであろう。その為には何とかこちらの陣営に引き込む必要がある。

 彼女がそう考えるのにきちんと理由がある。というか、それしかない。現段階では王国に関してはどうやっても友好的に事を進めるビジョンがまるで見えないのだ。仮定として、主が表に姿をだすとしよう。当然ながらアダマンタイト級冒険者漆黒の戦士モモンとしてではない。偉大なる魔法詠唱者であり、自分たちの絶対なる支配者であり、何より慈悲深き御方アインズ・ウール・ゴウンとしてだ。

 そうして表に出て、素直に国王と話をさせて欲しいと言って、相手はそれを聞き入れてくれるか?答えは否だ。きっと一笑に付されるだけだ。

 (それにね)

 これは、自分の予想になるが、きっと彼ら、特に貴族と呼ばれる者達に至っては主の身に纏うアイテムの数々を何の恥ずかしげもなくよこせと言ってくるではないか?その理由も自分たちが貴族であり、主はそうではないからという1点のみでだ。自分の想像だというのに殺意が溢れて来る。それは、奴らの態度でもあるが、その思慮の浅さからくるものであった。奴らからしてみれば、ナザリック地下大墳墓の財宝など煌びやかな物だという認識でしかないだろう。しかし、主にとっては全く違うと自分たちは断言出来る。あれらは単なる財宝ではない。主があの世界で己が創造主を含めたかつての友達と過ごした日々の象徴であり、そして自分たちを見捨てず墳墓を維持しようとした主の頑張りそのものである。その価値を推し量ろうとしないのであれば、それは不愉快極まりない。

 

 シャルティアのこの主張には無理がある。それは、あくまで主観的な事であり、話してもらわないと全く接点のない第3者としては理解しようがない。と、言ってもかつてアインズが暮らしていた世界の常識であれば、他人の持ち物を恥ずかしげもなくよこせという事自体があり得ない事でもある。

 

 彼女は考える。本来であれば、それはデミウルゴスにアルベドの領分かもしれないが、かといって何もしないというのは、無理がある。そこで、彼女は墳墓の図書館にて読んだ資料――と言っても出所は例の部屋だったりする――内のある言葉を思い出す。

 (市民革命)

 それもまた、簡単な物語である。ある国は貧しかった。人々の口に入る食料は日々減るばかり、だと言うのに国王とその妻、つまりは王妃は贅沢な暮らしを改めることはなく、人々から変わらず税をとったという。怒りが爆発したのは必然と言えたかもしれない。暴動を起こした人々に敗れる形で王制は終わり、そして王たちは断頭台にて処刑されたという。

 (愚かな事ね)

 ナザリック地下大墳墓であれば、そんな事は絶対にあり得ないと言える自信がある。と、思考がそれてしまったと彼女は瞬きをする。ほんの少しでも良い。何かやるだけでも脳内は整理出来るという物である。確かにあの国であれば、民の不満は溜まっている可能性は大いにある。それは、現在目前で主の話をしてくれている魔法詠唱者を見れば尚更にそう思う。

 しかし、この手段はあまりとりたくないと彼女は考える。理由としては単純だ。そのやり方は最悪であるから。何がそうなのかと問われればそのものだと答えよう。

 彼女の記憶――異変が起きてから必死に主の役に立とうと貯めに貯めた知識から、もしかしたらと愛する殿方が求めてくれた時、それだけに限らず時間を共有する事があれば活用しようと読み漁った男女関係の心理学であったり、いざという時の為にある限定的な技術の物まで幅広くある。――に照らし合わせて説明するのであれば、革命という物を起こした時点で王国とは終わってしまう。よく、創作の世界では革命をドラマティックに描き、さも権力を悪と描き、それに立ち向かう市民こそ正義として描かれる節があるが、そうなること自体が問題があるのだ。

つまりは統治者に力がない事を証明してしまう事でもあるのだから。

 主の為であれば、それも悪くないと思ってしまうが、そうなると国の立て直しに相当時間が掛かるはずであるし、もっと言えば自分自身そうしたくないと思っている部分があるのだ。

 (本当、不思議よね)

 この国は知れば知るほど酷い所ばかりだ。彼が集めた情報を見てもそれがよく分かった。それでもと思ってしまうのは、全てが全てではないからだろう。

 (実際、アインズ様が気に入られた王国人はいるしね)

 もしも、そんな形で国を変えようとすれば、そう言った人々も巻き込まれてしまう。で、あればもっと穏便な方法を考えるべきである。

 彼女が次に目をつけるのは、王族のことであった。今の国王であるから、そうなのであれば、誰か、その後継者の内の誰かに接触して、協力を取り付けた上で自分たちの方で支援する。と言った方法の方がまだ現実味がありそうである。そうなると、と彼女はその有力候補者を絞る。

 (第1王子、第2王子、第3王女だったかしら)

 現在、国王の傍に居る者たちで2人の王子が後継の座を争っているとの事である。しかし、庶民から人気が高いのは第3王女であるということであった。最もそれも単に外見の話が8割を超えているらしいが。

 (駄目、情報が少なすぎる)

 その3名の内、誰かに協力者になってもらうのであれば、もっと自分の希望を言えば、かの竜王と同じく主と良好な関係を築ける人間が望ましい。優しき、いや気高き主はどんな相手でも嫌な顔をせずに同盟者、あるいは仕事相手という関係を築けるだろう。でも、と思う。

 (アインズ様の心からの笑顔、それをもっと)

 見たいと願ってしまう。その為にはやはりもっと情報を集めて精査するべきである。例えば、目前に居る冒険者。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラはその第3王女と個人的に親しい間柄であるという。ならば、どこかで時間を見つけて、はたまた今回の事が終わった後にでもその場を設けて良いかもしれないと別の事を考え始めた彼女の耳にやや硬質的な声が届く。

 「お嬢様」

 

 その言葉に英雄モモンの話で盛り上がっていたニニャ達も反応する。ラキュー等は少し残念に感じたがそれも仕方ないとすぐに気持ちを切り替える。話はいよいよモモンが銅級からアダマンタイト級までに一気に駆け上る事になった最大の要因である巨人と竜の話であったからだ。ここまで話を聞いていた彼女にモモンに対する負の感情、嫉妬等は全くなく、純粋に尊敬が膨らんでいく気持ちであった。それも彼女の良い所であり、強さかもしれない。

 人というのは、プライドが高い生き物であり、その件にしたって、既存のオリハルコンにミスリルといったランクの冒険者には、ぽっと出のモモン達を気に入らない者たちがいた。本来の世界線であれば、彼の足を引っ張ろうとして、結果的に身の破滅を招いてしまった者。その悲劇とも喜劇とも判断に困るものを再現する者こそいなかったが、それでも不満を抱えた者たちはいるものである。

 しかし、彼女にはそれが全くなかった。あのペテルでさえ、モモンの装備に多少嫉妬してしまったという事実からその異質さがよく分かる。それは結局の所、彼女が目指している先にあるのかもしれない。彼女もまた己が理想を叶える為に走り続けている身であり、他人の事を参考にすることはあれど、それを妬むなんて事はするだけ時間の無駄であると感覚的に理解していたと言うべきか、あるいは、それこそ彼女が生来持ち合わせている才能の類か、それとも資質であるかは誰にも正確な答えを出すことは出来ないであろう。何にしてもそう言った「常識」に縛られない強さもまた、英雄に必要な事かもしれない。

 

 彼女が振り向いた先、馬車に乗った全員が視線を集中させたのは、丁度先ほどティアが頭を出していた部分であった。

 (セバスさんと言ったわね)

 正直、外見の年齢ではない。何か幻術の類を使用していて、本当はもっと若いのではないかと疑ってしまう。それもそのはずだ。なんせ、その老執事は右手を馬車の天井にかけて、後は宙ぶらりんの状態であるから。下半身の方はここからでは死角になっていて見えないが、少なくともこの馬車に足をかける場所など、もっと言えばつま先だってかける余裕がある場所は無かったはずである。他にもある、とんでもない事を言えば決して姿勢は崩さずにその瞳を主である少女へと向けている。片手一本で自身の体重を難なく支えている事もそうであるが、この揺れる馬車において、安定した姿勢を保つことが出来るのは彼の筋力が相当であると証明していた。これなら、元アダマンタイト級冒険者という話も納得できるという物だ。

 「セバス、どうしましたか?そんな所にぶら下がっていては、はしたないでしょう。ラキュース様方の前だと言うのに」

 「それは、申し訳ございません、お嬢様。このセバス、そこまで配慮がまわらずに」

 「良いわ、それでどうしたのかしら?」

 そのやり取りに驚愕したものを感じる。この少女は何と言った?はしたない?だとしたら、とんでもない事である。その男がやってみせている事と同じことが出来る者はラキュースの記憶では存在しない。いや、希望的観測を上げれば、1人、心当たりがない訳でもない。

 (ルイセンベルグ様なら、あるいは)

 叔父のチームに所属する戦士の名だ。彼の強さもよく知っており、叔父曰く「朱の雫」の最強戦力であるという。そこで、自分の後ろ(現在自分は左を向いてしまっている為にこうなる)にいるであろう仲間の事を考える。

 (イビルアイと)

 どっちが強いのだろうかと場違いに考えてしまう。その間にもとんでもない主従達の会話は続く。

 「もうすぐ、目的地でございます」

 「あら、もうなの?残念、もっと皆様とお話したかったと言うのに」

 本当に残念そうな様子の令嬢にメイドが嗜める言葉をかける。

 「シャルティア様」

 「ええ、分かっていますよ」

 その言葉に返すと同時に彼女は少し頬を膨らませ、不満げな表情をして見せる。それは、見る者が見れば、間違いなく心臓に響くものだ。

 今、この馬車が向かっているのは、平野の中心地帯である。そこから先は、足を使っての調査となるそうだ。ここで、気になった事を令嬢へと尋ねる。

 「あの、霧の発生源を調べると言っても具体的な方法はどうされるのでしょうか?」

 そう、これである。いくら気合があったとしても、どうにもならない事はあるのである。例えば、トブの大森林にて特定の薬草を探す話になったとしよう。それだって、正しい知識を持った人物がいなければ難航するし、いつまでも時間をかける訳には行かないのだから。だからこそある程度の知識だったり前情報はないといけない訳であるけど、今回の場合それはどうなるのであろうかとラキュースは考える。目前の少女が、もしも自分たち、それもイビルアイの知識に期待しているのであれば、申し訳ない事にそれに応えることは出来ない。

 その事を伝えると、少女は笑って答えてくれる。その反応にイビルアイが反射的に噛みつこうとするので、なんとか頭を抑えて止めた。

 「それでしたら、ご安心を。皆さまに依頼したのはあくまで護衛でございますから。後はこちらが用意するのが礼儀と言うものでございます」

 本当に立派な少女だと思ってしまう。それは普段顔を合わせる他の貴族が酷いからであるか、あるいは自分よりも大分年下であるこの少女が行う振舞からかは微妙な所である。そして、次に彼女が考えたのは彼女をそう育てた人物の事だ。それが、養父であるか、あるいはそれ以前の肉親なのかは現時点では分からない。それにと思う。

 (確か、双子の妹さん、弟さん)

 何でも少女の実父と、その2人の実母は兄弟であった為、引き取られて養子となった後でも兄弟と名乗るのはあながち間違いではないと答えを出す。確か、従妹という関係性であったはずだ。

 少女は傍らに置いてあった、鞄に手を入れると、1つの道具を取り出して見せた。それは、砂時計のようなものであった。ようなと言うのは限りなくその形に近いからであり、細部は異なる。砂時計であれば、中央にむけて細走りになる構造であるが、少女が出したのはそんな事なく、単なる円柱状のガラスである。そしてその双方に木製らしき台座が取り付けてある。最もな違いを上げるとすれば、その内部。その中には片方の台座、少女の持ち方から、上になった部分からおもりがついており、それが糸につられる形で内部にぶら下がっている。そのおもりも形が凝っており、単なる球状ではなく、まるで翼を広げた鳥を思わせるような作りであった。

 「これは、今回の調査の為という事でお父様が用意してくれたアイテムでございます」

 (イビルアイ、あれ、見たことある?)

 (いいや、ないな)

 令嬢達には悪いが、例の仲間内で通じる会話で確認をとる。その間にも少女の説明は続く。それは使用と同時に周囲にあるマジックアイテムの探知を行うものであるという。

 「質問、良いか?」

 「何なりと」

 右手を無造作に上げ、イビルアイがそう問いかける。その光景自体が非常に珍しいものであるが、それよりも彼女の質問に意識を向けるべきである。

 「青の薔薇(私たち)だって、いくつかマジックアイテムを所有している。それが探知の阻害になりはしないのか?」

 「その点であれば、問題なく、このアイテムは特定範囲内、そうですね。最大で半径2㎞位だという事です」

 それは、広いのか、狭いのか判断に困る距離感であるとラキュースは感じた。目的地であるカッツェ平野は広大だ。その中で探知範囲が2㎞と言うのは、あまりにも乏しい。だからと言って、その範囲が狭いと言うのも無理があるように思える。

 「そして、このアイテムは魔力の量を細かく見る事が出来るらしく、今回は特に大きな魔力の流れを見る事になります」

 「確かに、この霧がアイテムの仕業であれば相当な力が働いているはずだからな」

 イビルアイの言う通りである。これだけの大地を覆う霧となれば、それだけの物、それこそ伝説にうたわれるレベルの物があってもおかしくないはずである。それは、同時に彼女の心は昂っていた。

 (本当にあるの?そんな強大なマジックアイテムが)

 彼女にとってそれは、金銭的な価値よりももっと別の所に価値があるもの。それを探すこと自体にあるのだ。

 「あの、私からも良いでしょうか?」

 続いて手を挙げるたのはニニャであった。

 「何でしょう?」

 「その、霧の原因がモンスターである可能性もあるって話でしたよね。その場合はどうなるんでしょうか?」

 (そうよ!その方向もあるじゃない!)

 一つの現象を生み出すモンスター、それはきっとすごい存在に違いないと彼女は半ば勝手に決めつけて、激闘を繰り広げる様子を想像し出す。それに全く気付かない様子で令嬢たちは話を続ける。

 「その場合は申し訳ございませんが、皆様にひたすら出て来るモンスターを狩って頂くことになります」

 「ほう、それは面白そうじゃないか?」

 その場で立って見せて、戦闘体勢をとるイビルアイ、彼女なりにやる気になってくれているようでその点は安心できた。令嬢は申し訳なさそうに続ける。

 「この事に関しましては本当に申し訳ございません。お父様はマジックアイテムの仕業であって欲しいと思っているみたいでして」

 「いや、その気持ちは私にもよく理解出来る事だ。暴れるモンスターと唯の道具ではどっちが良いかは明白だからな」

 気にする必要はないと言った様子でイビルアイが返す。ここで、気付いた。彼女の態度に変化があると、初めは自分たちの事を舐めていると憤慨していたのに、今では目前の少女を気遣う発言までしているではないか。

 (やっぱり、そうなのかしらね)

 少女の境遇を聞いてしまったからこそ、彼女なりに尽くしたいと言った所なのだろう。口や態度は悪いが、彼女は優しい人物なのだ。それは、彼女の前にこのチームにいた老婆からも言われた事だ。

 (何にしても楽しみね。一体)

 何が出るであろうか、と。この先は間違いなく未知の領域である。これから見るもの全てが自分にとっての財産となることであろうと。そう夢を膨らませながら彼女は改めて、装備を見直すのであった。

 

 

 

 現地といっても、特に変わったものはない。足元には草などが殆んどない赤茶けた大地が広がり……と言っても周囲には霧が立ち込めている為、それも遠くまでは見通せそうにない。

 「久々に来たけど、前より霧、深くなってね?」

 疑問の声をあげたのは、今回共に以来を受ける事になった「漆黒の剣」所属のルクルットである。

 「それは、ボルブさん達が前に来たのが、きっともっと端の方だったからと思いますが」

 その質問に答えのはラキュースであった。彼女のなりの見解である。聞けば、彼らがミスリル級になったのはここ最近の事。以前は銀級であったというのであれば、ここまで来る事はなかったはずである。

 カッツェ平野。

 この地の面白い所はそこにもある。最もこれを面白いなんて言えるのはラキュース位であろうが、この霧の深さは平野の中心部、つまり王国と帝国の国境付近に成るほど、深くなっていく傾向にあるのだ。といってもこの事を知っているのはかなり限られた人間になるが、それだけ王国のこの地に対する関心が薄いという事でもあり、非常に危うい状態でもあるのだけどと、彼女は肩を落とす。そんなラキュースにルクルットは笑って返して見せた。

 「そんな暗い顔をすんなよ!ミスリル級である俺が、ラキュースちゃんを護るからさ」

 そんな彼のうなじに食い込む蛇が一匹、いやそれは人の腕であった。

 「ルクルット?あまり私たちの恥を晒さないでくれますか?」

 彼らのチームリーダーであるペテルだ。その顔こそ笑っているが、こめかみに青筋が走っており、むき出しになっている歯もスマイルではなく、獲物を狙った獣のもののように白い光を放っている。正に彼は今、自分を口説こうとした男に牙を向けているのであり、それを知ったルクルットも必死に弁明をする。

 「いやさ、俺は野伏で、ラキュースちゃんは神官戦士じゃん。確かに殴り合いじゃ勝てないけどさ、索敵だったらまだ勝ちの目はありそうじゃん?」

 「あなたが何を言っているのか、私にはさっぱりですが、1つ言えるのは。彼女たち、方は私たちよりもずっと実力が上であり、心配をするなど失礼に当たるという事です」

 そう言いながら、彼は首にかけた手に力を入れる。骨に肉が圧迫される音に、呼吸がおかしくなっているであろう声をあげ、そして彼の顔は白くなっていくのであった。

 「あの、モークさん……」

 思わず声を掛けたのは別にルクルットの為ではない。これからやる事を考えれば、こんな事で戦力を1人減らすのは余程の愚策である。彼もそれに気付いたのか、あるいは始めからそうするつもりであったのか首を離した。途端に膝をつき、両手をついて激しく息をするルクルットとそれを見降ろすペテルの構図は歴戦の勇士でもある「青の薔薇」のメンバーに僅かなれど恐怖を抱かさせた。

 (おい、何だあれは?何の躊躇いもなく仲間の首を絞めたぞ。あの男)

 (あそこまで見事なのは私でも見たことはそんなにない……何者?)

 (へ、残念だよ。あれで童貞だったら食ってたんだが)

 (やっぱりガガーランは化け物、人間じゃない)

 それぞれに感想を言い合っているのを背中越しに聞きながらラキュースは一応、ペテルへと礼の言葉を言う。

 「ありがとうございます。それと、互いに苦労しますね」

 「ええ、全くです。最も私とあなたでは比べるのもおこがましいですが」

 それは、彼なりに気を遣った言葉であった。自分は野伏である彼の言動に注意をしていれば良いが、目前の彼女の場合、その対象が自分と比にならない位に多いようであるからだ。

 しかし、それはラキュースにとっては痛い所であった。実際、彼らとも行動を共にするのは今回が初だというのに、既にこちらの事情はバレてしまっているらしい。

 「いえ、本当にそちらと変わらないんですよ」

 強がりなのか、苦しまぎれなのか自分でも分かっていない言葉を返すので精いっぱいであった。

 (アインドラさん、苦労してそうですね)

 (中々に粒ぞろい、だからこそのアダマンタイト級であるか)

 ニニャ達もそれぞれに彼女に対する印象を内心で呟く。ニニャにしてみれば、馬車の中での一部始終を見ている訳であるし、その際の彼女たちのやり取り、もっと言えば彼女の姿はいつもルクルットの行動に振り回されているペテルのそれと重なって見えたのであるから。

 ダインにしてもそうだ。ここまで見てきた彼なりの推察であった。仲間内の空気の良さでは彼女たちに引けをとらないと言える。では、自分たちと彼女たちの違いは何であるか?それは、個の強さと呼ぶべきものだろうと彼は結論を出す。

 (もっと精進せねばなるまい)

 拾った命。自分たちは英雄のおこぼれをもらったようなものだ。だからこそ、その恩義に報いる為にも更なる高みを目指すべきであると、その為には仲間の1人、訳あり魔法詠唱者である彼女の姉を見つける事。その軍資金の為にもこの依頼を果たそうと。

 

 それぞれに思いを抱く冒険者達の耳に手を叩く心地よい音が2回響く、その方向を向けば今回の依頼主である令嬢一行が揃っていた。中央に立つ少女が口を開く。

 「では、改めてこれからの予定をお話しますね」

 例のアイテムは複数あるという事で、いくつかの班に分かれてこの一帯を調査することになった。

 「その班訳ですけど、どうしましょうか?」

 「そうですね……」

 話をするのは、各チームリーダーである2人だ。普通に考えるのであれば、チーム毎に動くべきである。急造のチーム程不安定なものはないのであるから。しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。あまり時間が取れないと言うのもあるが、令嬢達の護衛もしなくてはならない。

 「あの、その事なんですが」

 口を挟んだのはシャルティアであった。そして彼女は語る。今回の調査で、自分の後ろに控えている者達も存分にこき使ってくれと、その言葉を受けて全く同じ動作で頭を下げる姿を見て、その場の全員が感嘆の声を上げる。それ程までに揃った動きであったからだ。

 「しかし、それはよろしいのでしょうか?」

 「はい、構いません。セバスは元アダマンタイト級冒険者であり、現役である〈蒼の薔薇〉様と比べると数段劣ってしまいますが、十分戦力になるかと、エドワードはそのセバスに格闘技を習っています弟子でして、こちらもお役に立てることかと。ソリュシャンも簡単な護身術とナイフ術を覚えておりますので、間違っても皆さまの足を引っ張る事はないと思っております」

 「その、信頼されているんですね」

 「当然です」

 流れるように紡がれた令嬢の説明は、魔法詠唱の言葉にも吟遊詩人の唄にも聞こえ、思わずその声に耳を奪われ、何とかその事だけを確認したペテルに対するシャルティアの返事も毅然としてものであった。

 「分かりました。そういう事でしたら、セバスさん達も戦力として見させて頂きます」

 その言葉に甘える事にしたラキュースは改めてペテルと今回の人員の割り振りを検討するのであった。

 

 やがて、その分担が決まってようで、ラキュースがその配置を伝えていく。

 「まず、この場にはシャルティア様とイプシロンさん、ニニャさん、それと私が残ることになります。要は今回の拠点と言った所でしょうか?」

 「鬼ボス、質問。どうしてその面々?」

 「戦力のバランスを考えてと言った所ね、最悪、シャルティア様だけでも護らなくてはならないから」

 そう言われてしまえば、もう何も言う事はないとティナは手を引っ込める。実際、この場にはペテル達が乗って来た馬に馬車もあるのであるから、そしてラキュースは幼少期の教育でその両方を操る術があったし、イプシロンもそれは同様という事であった。

 「次に周囲の警戒には、ガガーラン、エドワード君にセバスさんの3人にあたってもらいます」

 「おいおい、俺は留守番かよ」

 「全力で全うして見せます!」

 「旦那様からお嬢様を任せてもらっています。故に私も加減はしません」

 それぞれの感想を聞いて、これなら何とかなりそうだとラキュースは思った。彼女たちには自分たちの班を囲む形で展開してもらい、モンスター、アンデッド等の接近に注意してもらう予定である。

 「次に調査ですが、これは2つに分けることになりました。まず、イビルアイとティナのコンビと」

 「その先は私から、自分とルクルット、ダイン、それにティアさんが同じ班になります」

 最後の班訳、今回の調査における要の人員はそのようになったらしい。

 「そうか。おい、ティナ! 私の足を引っ張るなよ!」

 「それは、こっちの台詞」

 「よっしゃ! ティアちゃんと一緒だぜ!」

 「ルクルット、お前も懲りないであるな」

 「何で、こっち?ねえ、ティナ変わって?」

 それぞれに言いたい事、思う所はあるであろうが、この場でその決定権を持つのはチームリーダーである2人であるし、それに文句を付ける事が出来るのは雇い主であるシャルティアだけだ。それぞれ己に納得させて調査が始まるのであった。

 

 (さて、始まったわね)

 既に外回りの班は散っており、この場には自分を含めて4人しかいない。

 シャルティアも内心で覚悟を決める。この先は本当に未知の空間だ。何があるか分かったものでは、ない。それに、霧の発生源と言うのはあくまで目的の1つでしかない。他にもやって置かないといけないことだらけだ。ひとまずは、と彼女は行動を起こす。

 (ソリュシャン、少しお願いね)

 (畏まりました。シャルティア様)

 彼女に少しばかり、彼女たちの相手もとい時間稼ぎをお願いして、シャルティアは歩き出す。と言ってもそんなに歩くわけではない。あまり離れすぎるとラキュースに気付かれてしまうのだから。だから、そこそこに距離を置いた位置に足を運ぶ。

 「来ているのでしょう?」

 そこで、彼女は独り言のように口を開く。声は直ぐに帰って来た。

 「はい、今、ここに」「はい、今、ここに」

 (本当)

 不思議な声だと思う。どういう体の造りをしていれば、こんな声を出せるのであろうかと。そんな彼女の前に現れたのは、1匹の獣であった。それは、先刻ラキュースが馬車からたたき出した存在であり、同時にイビルアイが犬だと言った存在でもあった。確かに一見したその獣は犬に見えるだろう。しかし、それも姿かたちの話になる。犬というものには体毛がある。しかし、その獣を覆っているのは、緑色にも黒色にも輝いている鱗であった。その足もどちらかと言うと鳥の足の様で、指も3本しかなく、硬質的なその様は同じ所属の彼女の足に非常に酷似している。

 尻尾は短く、まるで臀部から棘が生えているようであった。そしてその頭もまた特徴的であり、犬というよりはやはり鳥に近いようで、くちばしのような口、しかしその内側には牙が並んでいる。その頭は、正面から見た時、どこか作り物めいた印象を抱く感じで、その表面には目が3つある。左右に1つずつ、これは本来四足獣であれば、自然についている頭の位置だ。そして、額にその3倍はあるであろう巨大な複眼が一つあるのだ。

 それこそ、〈七罪真徒〉が1人、ヴェルフガノンが持つもう1つの姿である。

 

 改めて、シャルティアは言葉を続ける。これからが、本当の調査の始まりであると。

 



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第7話 攻防と思惑

 最近、更新が遅れ気味ですみません。


 霧の中を飛行する影があった。それは、真っ赤なローブを纏っている。言わずもがな、「蒼の薔薇」のイビルアイである。彼女は現在、付近の調査を行っている所である。その手には、依頼主である少女から預かった魔力探知のマジックアイテムが握られていて、少し移動をしたと思うと。そのアイテム、その器の中を凝視する。しかし、おもりが揺れるという事もその吉兆も見られない。

 「全然反応しないな」

 思わず出てしまう言葉、それは依頼主に対して失礼であると彼女の場合分かっているのかいないのかはともかく、それが素直な本音であった。話によれば、魔力量に応じてという話であったが、どうにも上手く働かない。彼女は空を見上げなら、器用に体を傾ける。その様相はまるで、空中で彼女だけに見えているベッドに寝転がっているようにも見える。

(疑う。というのは、最後だな)

 そもそもこれを作ったという男が本当に魔法に精通しているのかは、確証が得られていないのだから。リーダーであるラキュースは今回貰う破格の依頼料に、少女の装いからその財力の源であろうと推測しているらしいけど。

(別にそれだけが)

 財産を築く方法ではないだろうと、彼女は考える。そして彼女なりに思案する。その間、体は無意識に動き出し、彼女は後ろ向きにゆっくりと回りながら熟考する。

 探知が作動しない様子を見ると、少なくともこの辺りに原因となるマジックアイテムはないという事である。

(なら)

 場所を変えるか?その為にこうして調査に赴いているのだから。しかし、だからと言って当てずっぽうにあちこち飛び回れば良いという訳ではないし、そんな事は己がプライドが許さなかった。

(と、言ってもな)

 この平野には何度も来ているが、そんなアイテムの存在は知るどころか、聞きもしなかった。いや、これに関してはどうしようもない。なんせ、この霧の事をうっとおしいと思いはするが、その原因を調べるどころか、考えもしなかった。

 

 イビルアイがそう考えるのも無理はない。というより、この点に関しては責められる者はほぼ皆無と言えるだろう。例えば、川があったとして、その川上はどこから来ているか? なんて考えるものはどれ位いるであろうか?子供ならまだしも、大人であればやはり殆んどいないと思われる。そんな事よりもやらねばならない事。生きる為に働かなくてはならないからだ。

 そのこと自体はシャルティア自身も分かっている――デミウルゴス等からの講義等で理解していた為、別に彼女達に不満を抱くという事はないのである。

 

 彼女は思考を続ける。そこで、視線をある所へと向ける。

(……帝国)

 そう、毎年王国と戦争を繰り返している隣国だ。この平野は丁度中央辺り、と言ってもその線引きはかなりあいまいであるが、それを挿んだ向こう側にもこの平野は続いているのである。ならば、そっちに目的の物があるのではないかと彼女は疑う。

(駄目だな、結局は想像の域を出ない)

 勢い任せに行動してしまうのは非常に危険だ。ここで、自分が帝国の兵士とぶつかるなんて事になれば、巡り巡って、ラキュースの友人である王女に迷惑をかける事になってしまう。普段、大仰な態度が目立つ彼女であるが、その長年の経験から冷静に物事を考える能力はあるのである。普段は気を許した仲間の前だからこそとっている行動でもある。ひとまず、彼女は地上に降りて、そこで今、行動を共にしている仲間と合流することにした。降下を始めて、下を見てみれば、丁度向こうもあらかた見て回ったらしく、こちらを見上げていた。

「ティナ、そっちはどうだった?」

 降下しながら、彼女は問いかける。平淡な声が返ってくる。

「特に目ぼしい物はなし」

「そうか」

 自分は空からあたっており、彼女は地上から探索をしていた。目的の代物がどんな形であるかさえ、情報がなかったからだ。もしかしたら、地中に埋まっているかもしれないし、あるいは空に浮いている可能性も考慮してだ。それでも何の成果も得られなかった訳であるけど。

「こっちも駄目だった。この辺りにはないかもしれないな」

「かも、しれない。ひとまず場所を移す」

 ティナの提案は最もだ。見つからない所を延々と探し回るのはそれこそ、時間の無駄である。

「そうだな、次はどっちに行ったものだろうな?」

「とりあえず。勘に頼るしかない」

 内心ため息をつく。それは当てずっぽうと何ら変わらないが、今は他に選択肢もないし、自分も思いつきそうににない。彼女たちは次の目星を決めて、その方向へと進む。

「そういえば」

 不思議そうに口を開いたのはティナであった。

「モンスター、あまり出ない。アンデッドも」

「ああ、そう言われて見ればな」

 確かにその通りであった。今日はそんなにその類と遭遇しないのだ。今回の依頼でそれらしい存在に出会ったのは、ラキュースが馬車から追い出した奴位だ。ここで、その事も再認識する。

(霧の原因)

 それを発生させているモンスターの存在の可能性もあるという。が、今の所、それどころかいつも収入源となっているものにまで見ない。

「変だな」

「うん」

 2人して、それしか言葉が出ない。本当にそれ位しか言葉が出ないのである。本当に今日はなんだかおかしいと思う。だが、その理由は出ない。ならば悩んでいても仕方ないではないか。

「行くか」

「そうしよう」

 彼女たちは歩き出す。依頼をこなす為にも何か見つけなくてはならないと。

 

 

 

 同じ頃、彼女たちがいる所と正反対の方向に4人の男女が歩いていた。彼らもまた、調査の為に歩きまわっているのだ。

「なかなか難しいであるな」

 声を上げるのはダインだ。彼は付近の大地を見まわして、更に一言物悲し気に続ける。

「本当に、草の1つもないのである」

 森司祭である彼にしてみれば、それは本当に寂しい事なのであろう。そして、仕事中だと言うのにペテルは彼がその職業に就いた理由を思い出していた。彼もまた、村の出身であり、そこは丁度カルネと同じように近くにある森林地帯から多大な恩恵を受けていたと言う。それは、木の実であったり、薬草であったり、時には動物の肉に蜂蜜であったりと聞いている。

(蜂? でしたか)

 それは、自分も聞いた事がない代物であった。何でも昆虫の一種であるらしいとの事である。虫にだって、いろんな種類がある。子供位に大きいのもいれば、それを超えて、大人でも飲み込めてしまう種もいるのだ。そんな中で彼が言う蜂というのは、群体で生きるモンスターであるそうな。しかし、人を、というより他の生物にむやみやたら襲い掛かるという習性はないらしくそれは本当に珍しいと思ってしまう。

(だって、そうでしょう)

 モンスターは生きる為に人間を襲うし、人間だって生活の為に彼らを狩り殺す。今はミスリル級という事もあって、少しずつ貴族(ニニャは何とか耐えてくれている)に商人、武器職人等からの依頼も増えてきて、それをこなす日々であったが、銀級であった頃は自分たちもモンスター退治、ゴブリン狩りに勤しんでいたのだから。

 さて、そんな彼のいう群体生物は下手なことをしなければ、決して攻撃はしてこないという。そして彼らには花の蜜を集めて、それを自分たちの食用として加工する習性があるという。それが蜂蜜であるとの事であった。(あくまで、ダインの故郷での呼び名)それを、食用として採取していたのだという。

「ここで、大事なのは感謝の気持ちを忘れないことである」

 彼の言葉が蘇る。感謝とは決して、形だけのもの、手を合わせて礼を言えばそれでいいものではではないという。摂る量に、そして彼らがその生産源としている花の手入れ等もあるのだとか。

(要は)

 助け合いという事であろう。ちなみにそのモンスターは大人しいから弱いというのかと言えばそうではなく、何でも強力な毒をもっているという事であった。ちょっかいを掛けたトロールがそれで返り討ちにあったというのだ。と、話がすっかりそれてしまったが、そんな彼、要は森と共に生きてきた彼にとって、それはとても思い入れがあるものである。

「故に、森司祭となる事を決めたのである」

 そんな彼だからこそ、この平野に物悲しさを感じるのであろう。

「そうですね、ルクルット、探知アイテムの方はどうですか?」

 言葉を返しながら、別の仲間に確認をとる。もう片方の班は2人ともアダマンタイト級ということもあり、単独行動という手がとれるが、こっちはそうはいかない。アダマンタイトが1人に、後の3人は階級こそミスリルであるが、実際の実力はもっと劣っている。なんとか白金級位に届くか、届かないか。

(金は超えているはずなんですけど)

 それは、自信を持って言える。冒険者同士の戦闘訓練と言うのもあり、そこで金級チームを相手であれば、何とか全勝出来たのであるから。周囲はミスリル級なのだから当たり前という認識であったが、自分たちは事情を知っている為、そうはいかない。

 そんな正確な実力が不明瞭な3人なのだ。よって、こっちは必然的にまとまって動くことが前提となる。そして、その職業の内訳を見た時、唯一遠距離専門であるルクルットが貸し出されたアイテムを持ってるのも当然の判断と言えた。

「全然反応なし。ねえ、ティアちゃんさ、どう思うよ」

 本当に呆れるばかり、怒りはとうにどこかへと行ってしまったらしい。彼は少しでも機会があれば、こうして女性へと言い寄っている。今回の場合だと、この班でただ1人の最高位の冒険者であり、索敵にも適した忍者と言う職業へと就いている彼女へと意見を求めるのは間違いではない。だが、それだけではなく、下心があるのは緩んだ頬を見ても明らかであった。

 そんな彼に、問われた女性は唯言葉を返す。それは本当に静かで、嫌悪感もなければ、好感もないと言った感じである。

「特に何もない。と思う」

「俺の方でも何にも見えないしよ~」

 それも仕方のない事である。薄霧とは、言え、霧は霧だ。視界は悪く、おまけに現在自分たちが立っている周りには古い建築物の名残なのか、そういった壁だったり、瓦礫が積み重なっていたりするものがあちらこちらに広がっている。それ自体は彼らにとって、何の障害にもならない。自分とダインは目でしか周囲の状況を確認できないが、彼らは耳に鼻も合わせて、周囲を見ているのだから。

 それさえ邪魔しているのがあれば、やはりこの霧である。僅かなれど水は匂いや音を吸収してしまう。おまけに、唯の霧ではない。

(本当に何なんでしょうか?)

 どうして霧からアンデッド反応がするのかは、謎と言えばそうであるが。他にも気になる点はある。

(晴れる日がある)

 霧が晴れるというのは、魔法が存在しない世界。かつてアインズがいた世界であれば、唯の気象現象で説明がついた。しかし、この世界は違うのだ。それは、ペテル自身が知らない事さえたくさんある。特定の日だけに晴れるというのは、確かに変な話である。では、と彼は視点を変えてみる。

(帝国側にその原因があるのでは?)

 2か国の戦争は霧が晴れた日に行われるというではないか。では、この霧自体が帝国によるものではないか?ニニャの話で聞いたが、それは彼女も師匠から聞いたという話であるが。何でも帝国にはもう、何年も生きているという宮廷魔術師がいるという。ならばと思い、首を振る。

(考えすぎですね)

 仮に、この霧を起こせるだけの力が帝国にあるので、あれば、王国は既になくなっているはずであるし、そもそも帝国側もこの平野の存在に悩まされている。との事であったはずだ。根拠としては、この平野には王国と帝国、その両方の国からアンデッド掃除の為に、冒険者なり、軍隊なりが来るからだ。この霧は方向も距離もその両方の感覚を狂わせるらしく、過去に王国領内の平野にて、帝国のワーカーが迷い込んだり、その逆に王国の冒険者チームが向こう側に行ってしまい、現地の者達とトラブルを起こしたらしい。

「ルクルット、見えないのはモンスターに、目的の品、あるいはそれらしき物も全てですか?」

「ああ、本当に何も見えねえ、なあ! ティアちゃん」

「――……うん、何も感じない」

 ならば、この辺りには本当に何もないのだろうし、それに何もいないのであろう。そう、結論をまとめて次はどの方向に行くか、各々の意見を聞こうとした時であった。

「ペテル!」

 突然、走り出したダインが彼を突き飛ばす。ペテルは驚いた表情を浮かべるが、それも一瞬であった。その本人が今度は吹き飛ばされたのだから。いや、正確は、先程までペテルが立っているその近くにあった塀らしき物。それが、突然、破壊されたのだ。その破片、といっても、人の頭程あるものを4,5粒受けて飛ばされたのであった。

「ダイン! ルクルット! ティアさん!」

 これは襲撃だと即座に判断した班長の叫びに、残った2人も戦闘態勢をとる。転がった森司祭には、いち早く野伏が駆けつけていた。

「おいおい、どうなってんだよ? 確かに何の気配もなかったていうのによ」

「それは、私もびっくり」

 飛ばされた2人も直ぐに立ち上がり、それぞれの武器を構える。

「やれますか? ダイン」

「問題ないのである」

 無傷という訳ではない。それでも彼がそう答えるのであれば、戦力として数えるべきだと、ペテルは崩れた辺り、今は砂煙になっている所を凝視する。

(アンデッド対策が意味をなさない)

 これが、この霧の恐ろしい所であると、身を持って味わった。自分たちは油断はしていなかったし、索敵担当であった2人も常に警戒はしていはずである。で、あるならば。

(私のミスですね)

 わざわざ、視覚を遮る障害物が多い所に来たのであるから、可能な限り早く調査をすまして。この辺りを出るべきであったのだ。しかし、それを悔やんでも仕方がないというものである。今は、この場をどう切り抜けるべきかを考えるのが優先だ。

 

 4人の視線の先、煙の中から初めに現れたのは右足であった。それは、その場の全員よりも大きいものだ。そこから瞬時に攻撃を仕掛けて来たのは、大柄な、それでいた人型のモンスターであると、その場の全員が理解した。体とはしっかりと構造が決まっているのである。これは、手などを見れば分かると思うが、大体体格に合わせて部分部分は決まった大きさをしているものだ。それは、モンスターも同様で余程変わった種類ではない限り、極端な体格をした生物は、まずいないはずである。

 次に彼らがモンスターだと判断した根拠になるが、単純にその足が人間の物だとは思えなかったからだ。いや、そもそも生きているとさえ思わないだろう。

(間違いなくアンデッドの類ですね)

 それは、所々肉が欠けた右足であったのだ。薬指より足の甲にかけては白い骨が露出しているし、指もいくつかなくなっている。もっと言えば、肌の色も生者が持つ肌色ではなく、腐った色合いをしているのだ。こうなると、子供でも判別がつく。そう、ここで死んだ何者かがアンデッドへと成り果てのだと。

 次に踏み込まれた左足と共に、その全身が露わになる。それは、身長にして3メートル程であり、腐った体には鎖が巻き付いていて、そして何よりも目を引いたのはその手に持った得物であった。いや、得物と呼ぶには疑わしいものであったが。

「何だよ? ありゃあ?」

 一同を代表して声を上げたのはルクルットであった。その気持ちはよく理解できた。持っているものがガガーランのように見の丈もある刺突戦鎚であれば、納得もできたし、そうだと思えた。しかし、その死体とも呼ぶべきアンデッドが持っていたのは、木材であったのだ。本当に何の特徴もないもの。先程壁を破壊したのはそれを振り回したと見て間違いないだろう。その動きは重心が安定していないようで、常に肩を揺らしている。

(…………)

 それを見ていると、どうしても思い出してしまう。城塞都市での一件で自分たちが最初に相手をした不気味な男の事を。その男に手間取っていたが為にンフィーレアを攫われているのだから。

(大丈夫です)

 自分に言い聞かせる。あの頃から自分たちだって死に物狂いで鍛えて、腕を上げているのだ。それに、このアンデッドがそう言った動きをしているのは、別にわざとではなく、単に体の筋肉が衰えての結果なのだろう。

「ゾンビ・ウォリアーと言った所?」

 周囲にも確認を取るようにティアが口にする。確かに体格こそ人間離れしているようであるが、その他の点は特に変わった事がないように見えるのだ。腐った体を除けば、肩に抱えた支柱のようにも見える木材くらいしか特徴を上げる事が出来ないのだから。武装をしたゾンビはそう呼ばれる。何ともいい加減な判断基準であるが、そう言うものだ。

「戦闘態勢に入る! ティアさんは念の為、下がっていてください」

「分かった」

 本来であれば、愚策のようにも思えるが、これがこの班の取り決めであった。この中で最も速く動けるのはティアだ。そして、この地の特性を忘れてはならない。

 死を死を呼ぶ。アンデッドはアンデッドを呼ぶ。

 この世界における教訓だ。アンデッドが集まったところからより上位アンデッドが生まれると言うのは有名な話である。これは、魔法的なものもあるが、もう一つの考察がある。

 アンデッド同士は引き合うのでは? もっと言えばそれこそ、「死が死を呼ぶ」というものを冒険者組合なりに解釈したものだ。死んだ人間は正しく供養しないとゾンビなり、もしもそれに殺された者がいれば、その者も間違いなくゾンビになる。そうして、ゾンビ誕生という負のスパイラルが広がるのである。

 もう一つ理由を上げるならば、アンデッドの習性か。奴らは生者を憎む。というより引きつけれられるのだ。このゾンビの目的は自分たちを殺すことであるのは間違いないだろう。ならば、その後はどうする? 答えは分かりきっている。

(シャルティアさん達の所には行かせない!)

 呼び方に関しては最初はブラッドフォールンと呼んでいたが、本人がどうしてもそうしてくれと、しまいには追加料金を払って、仕事にする! なんて脅され方をされたので、そうなっている。最も、仲間の1人はその時の彼女の様子に大喜びであったが、誰とは言わない。綺麗な顔が不満という感情で歪む様は、どれだけ彼女が美しくてもまだ、少女であるのだと認識させられるようでそれが良かったらしい。

 そんなどうでも良い事に思考を割いている内に相手が動き出す。動くたびに水分の無くなった皮膚や肉片が撒き散らかす様は思わず顔を背けたくなる程酷いものであった。ペテルもまた駆けだす。まずは自分が囮となる。チームで、今は、この班で盾を装備している者の務めだ。そこで、彼は武技を発動させる。

「〈アイズ・イン・ザ・バック〉!」

 それは、視覚外からの攻撃を完璧に知覚する。という本来であれば、多数を相手にする時に使用するものであった。同時に、彼が修練の末に得た新たな武技でもある。

「おい! ペテル‼」

 後ろから聞こえるのはルクルットの叫び声。丁度、あの時と同じだ。しかし、あの時とは違うし、何もペテル自身考えなしに突っ込んでいる訳ではない。

 先手必勝。

 それが、ここまでの経験で彼が出した答えの一つだ。件の一戦でもそれが決め手になっているし、今回の場合。周囲の状況を考えれば、その結論に至るのは至極当然の流れであった。

 真っ先に近づく自分を標的と見なしたのかゾンビは担いだ木材を上に構え、振り下ろす。それでも彼はゾンビから目を離さない。頭を叩き潰そうとせまる鈍器には目もくれず走り続ける。

 次の瞬間には彼の真上で鈍い音がなった。彼が振り上げた盾と木材がぶつかった音だ。それから木材は浮かび、ゾンビは僅かに後ろにのけ反る。それだけ彼の力があったからなのか?いや、他にも理由はある。

「要塞」

 先程の現象、彼がゾンビの攻撃を防いだ際、その時を狙って発動した彼が最も得意とする武技だ。そして、その発動に最適な時を見定める事が出来たのは、先に発動した武技のおかげである。

 アイズ・イン・ザ・バッグ。

 本来、多対一を想定した武技であるけれど、その内容は先にも述べた通り“視覚外からの攻撃を完璧に知覚する”それならば、こういった使い方も出来るはずである。が、彼の考えだ。それとこの場の戦闘での意味合いはもう一つ。

 決して敵から目を離さない。それが、ペテル・モークの決めた戦い方だ。倒すと決めた相手を視界に収め、決着がつくまで追い続ける。間違っても視線を外すという事はしない。戦士にしたって、魔法詠唱者にしたって、何かしら攻撃をするのであれば、それにあった動作。武器を構えたり、魔法であれば、対象に手をかざす等があるはずである。次にその視線に注意をすれば、その相手であったり、目的も把握出来るはずである。だからと言って、こればかりでは駄目である。

(騙しの可能性)

 そう、それも抑えておかないとそこを突かれてしまえば、簡単に自分は終わってしまう。しかしながら、今回の相手にはその必要はなさそうであった。何故なら、その顔、既に眼球も瞼も削げ落ちているその顔には何の感情もないようであったから。

(本当に死んでいるみたいですね)

 そう考えてしまうのにも理由がある。これも以前の戦いの時だ。あの時も自分たちは依頼人の警護を受けていた。だと、いうのにそれを最後まで果たす事が出来なかった。あの不気味な男に、ナーベが戦っていた凶暴な瞳を持った女の存在もあった。だが、それ以上にあの男の存在が大きかった。本当に衝撃的であった。

(結局)

 あの男は何であったのか? と、結局答えは出ない。ゾンビに紛れていたというのに奴は襲われる事はなく、本当になじんでいたのだ。あの時に見せた動きもそうであるが、あの瞳は間違いなく生きた人間の物であった。一体どうやってあの芸当をしてみせたのか? が、今はそこまで深く考える必要はない。その時の男の顔は酷く記憶に残っている。

(それも、当然かもしれないですね)

 それだけ、あの時やった失態を苦々しく感じているという事である。あの時、自分たちがもっと強ければンフィーレアが攫われる事も、トーケルが怪我をする事も。そして、ナーベが泣くこともなかったはずであるから。だからこそ、彼は戦闘中でも思う。

(もっと強くなりたい)

 それは、英雄の存在というものを知ったからなのか、新たな目的の為か、いや全てであろう。少しでもあの人物に追いつきたい。彼女の姉を探す為には情報もそうであるが、結局力が必要になる。そんな気がしていたのかもしれない。

 そんな決意を新たにすると同時にペテルはゾンビへと迫っていた。当然だ。一直線に、脇目も振らずに走っているのであるから。間合いは3歩分。そこで、彼は右手に力を入れる。残り2歩、長頭に短頭へと力が入る。そして一歩、狙いを研ぎ澄ます。あの時と同じように、外側から内側にかけて剣を振るい、同時に叫ぶ。

「〈斬撃〉!」

 袈裟斬りとして放たれたその技はゾンビの左肩より内側の部分から食い込み、反対側、腰よりやや上の辺りまでを切り裂いた。何があったのか分からないまま、ゾンビは崩れ落ちた。

「ペテル、少し飛ばし過ぎだろう。一気に武技を3つも使いやがって……」

 文句を言うのはルクルットであった。勝負はついた。それも一撃で、相手がそれだけ弱い存在であるのか、はたまた自分たちのリーダーがそれ程強くなったのかは置いておくとしても文句は言っておきたかった。

「お前が引き付けて、俺とダインが仕掛けるのがいつもの流れだろうが、たく。ティアちゃんに良い所見せるチャンスだったてのによ~」

 それを聞いて、ダインは呆れていた。どんな時でもこの男はぶれないなと。そこはどうでも良かったが、自分もペテルへと言いたいことがあったため言葉をかける。それは、彼にしては珍しく僅かなれど怒気がこもった声音であった。

「ペテル、私からも言わせて欲しい。ルクルットの言う通り、確かに冷静さを欠いていたのである」

「ダイン、そうですね」

 先程、ゾンビを倒すのに彼は3つの武技を使用した。だが、それはタダという訳ではない。そもそも力仕事をすれば筋肉繊維は千切れるし、座ったまま仕事をすれば、肩は凝る。つまり動けば体に疲労が溜まるのは当たり前である。そして、武技というのは強力な半面、肉体への負担も決して軽くない。それをペテルは一度の戦闘に、それも力量不明、終わってみれば特に問題のなかった相手に対しての攻撃で3度も使っている。これが、最後の戦闘だと分かりきっていれば、何の問題もないであろうが。むしろ逆、これは最初の戦闘であり、これからだというのに。例えば、走りの話を上げてみよう。

 走る、と言ってもその中身は奥深いものだ。単に腕と足を動かせばいいというものではない。走る距離等によっても変わって来る。姿勢であったり、歩幅だったり、もっといえば足の接地面等。さて、その上で話をするのであれば、長距離を走るのに、開始早々飛ばす人間はいないであろう。2人がペテルに対して言っているのは、そういう事である。

 それは遅れてその場に来たティアにしても同じらしく咎めるような視線を向けている。そして、口を開いた。

「責任を感じる必要はない。むしろ私たちにある」

「そうそう、ティアちゃんの言う通りだってさ~」

「ええ、その通りですね……」

 敵の接近に気付けなかった事。不意打ちを許してしまった事が先程の一撃を出すに至ったのは自分もよく理解していた。だからこそ、彼は、頭を下げる。

(!!!)

 気づけたのは、至近距離でアンデッドを、動く死というものを肌で感じたからであろう。

(またですか)

 刹那の思考。人間追い詰められると脳が活性化すると言うが、正に現在のペテルがそうであった。そして、彼は思った。2度目だ。忍者に野伏がいるのに、彼女たちが気づかない。これが、この霧の厄介な所だというのか? 何にしてもそれ以上逡巡している暇はなかった。

「総員……」

 その場を離れるように言おうとしたが、それよりも先に鉄塊が霧を突き抜けて来る。その狙いは彼女であった。気付けば飛び出していた。無駄に走って、時間を浪費するのは許されない。踏み込んだ一歩目、その右足に、その腓腹筋に力を入れ、そして一気に飛ぶ。

 彼はまず、右手を突き出して、その際、ついいつもの癖で握り拳にしてしまいルクルットを吹き飛ばす。胸ではなく、顔面に刺さったのはきっと事故だ。と考えることにした。そのまま彼女を、女性にしては小柄なその体を抱きしめ、飛ぶ。

 その直後だ。彼らの居た位置をペテルが目視した鉄塊が通過した。その部分だけ霧が瞬間的にはれ、そして再び霧が覆うその様子はまるで、霧自体が生きているように見えた。何にしても彼が動かなければ2人の命が奪われていたのは明白である。

(間一髪ですね)

(私が、気付かなかった?)

(助け方おかしくね?)

 周囲に散って、ちなみにダインは少し離れていた事。一度、アンデッドの不意打ちを食らった経験か適切な距離をとっている。ペテルは抱きしめる腕に力を入れて、空中で体を半回転させながら落下した。背中から大地とぶつかった衝撃が走るが、耐えられない程ではない。そこで、彼はようやく腕を解く、もしもこれがあの男であれば、ここぞとばかりにもっと体をくっつけていたであろう。

「大丈夫ですか? ティアさん」

「うん、ありがとう」

 答える彼女の顔は心なしか赤いようで、仰向けの状態から素早く立ち上がり、そしてそれに真っ先に、というか敏感な男が声を上げる。

「またかよ‼ これで何度目だよ!」

「ルクルット?」

「こればかりは巡り合わせである」

 2人は何か言いたげであったが、今はそれどころではない。そしてその姿を確認して、ペテルは直ぐに叫んだ。

「ティアさん! 行ってください!」

 その判断は正しいと言えた。この場の面子だけでどうにか出来る相手ではないのだから。それは彼女だって理解していた。だからこそ、その指示に従う。一度ペテルへと視線を向ける。そこで彼女は懇願するような表情を浮かべ、かといって取り乱す訳でもなく、静かに彼へと訴えた。

「絶対、死ぬな。私は借りっぱなしは嫌」

「努力はしてみます」

 それだけ言うと彼女は今回の調査の拠点の方向へと走って消えた。霧で視界が悪いが、他にも方角を判断する材料はそこら辺にある。地形であったり、落ちている石だったりだ。そういった物を参考に彼女は正しき方向へと最短で進む。これならば、増援が来るの時間の問題であろう。

 それから、素早く3人も距離を取った。今相手は歩いている。それも先程のゾンビと同じようにふらついているようであるが、それもいつまでかは分からない。

 現れたのは、先ほど倒したゾンビの数倍はある体躯をもっていた。しかし、肉は完全になかった。残った骨も白色ではなく、すっかり黒ずんでいる。それは身に付けている防具にしてもそうであり、マントに至ってはボロボロであり、古いカーテンと何ら変わらないように見える。その武装は自分と同じように剣と盾という攻守バランスの取れた戦士にとってよくある形であるが、その武器は自分が今、装備しているものと比べ物にならない。

 右手に持っているのは刀身が地を這う蛇のようになっているフランベルジュという巨大な剣。先程、自分たちに襲い掛かったのはこれで間違いないだろう。

 左手に持っているのはその巨体をも覆う事ができそうな位広い面積を持つ四角形の盾、タワーシールド。

 その瞳はないはずであるのに自分たちを睨んでいるようである。それも憎悪を、それは、きっと生に対する死が持ち得る感情。そんな精神構造をしているモンスター、アンデッド。その中でも特に厄介な相手であるのは、対峙して分かった。遭遇するのは初めてだというのに。聞いた話とその時の自分なりの印象を重ねる。

「デス・ナイト、でしたか」

「やべえぜ、あん時の巨人とどっちがやべえよ? ダイン」

「判断が難しいである。1つ言えるのはどちらも相当やばいという事である」

「だな」

 それぞれの見解を語り合う余裕はあった。しかし、相手は待ってくれないらいしい。そこで天を仰いで、咆哮をあげる。鼓膜が破れそうだと錯覚する。次に振動が足に伝わってくる。先程まで歩いていたのが急に走り出したのだ。その事実と味わっている感覚が危険信号を彼に訴えていた。この相手に勝つ事は出来ない。逃げるべきであると、しかし、その選択肢はない。

「やりますよ‼」

「おう! ちっとはポイントを稼ぐとしますかね!」

「正念場である」

 通算にして、2戦目、今回の調査の内容を考えればまだ序の口だと言うのに。なんという運命か。嘆いている暇はない。今は、相手を見据えるだけだ。

 暴力の嵐が3人を飲み込む。

 

 

 

 彼らが最悪の相手と遭遇するその数刻前。

「では、今回の目的を確認するとしましょう」

「は」「は」

 シャルティアは合流した人物と話をしていた。現在は四足獣の姿をとっている部下の1人である。

「今回の最大の目的は例の場所の発見、その特定」

 ラキュース達に話した内容。この霧の発生源を調査する。それは別に嘘という訳ではない。それも目的の1つであることは確かだ。しかし、優先順位は最下位である。その理由は単純に難しいという事だ。ナザリック地下大墳墓に出来ないことがあると言うのは屈辱的であるが、冷静に状況と条件を見た時仕方がないという事になった。まず時間が足りない。人員も少ない。

「……」「……」

 そこで、自分を見つめている彼の視線に気付く。それはどこか不満気なもの。

「別にあなたの能力を疑っている訳ではありんせんよ」

「承知しておりますとも」「承知しておりますとも」

 もっと言えば、この世界というのは歴史がかなりある。それも主の友人たる竜王からの情報だ。そして、この霧があるのもかなり過去からだという。それだけの間、誰も気にかけなかった現象を調べようと言うのだ。主の言葉に則るのであれば、もっと時間をかけて少しずつ行っていくべきであるとの事でもある。その為、今回はその第一陣と言った所。もしも何か見つかれば幸運だと言う物だ。

「主にはまず、ラビュリントスの候補地を適当に見繕ってほしいでありんす。それは分かっていんしょう?」

「勿論でございます」「勿論でございます」

 今回、自分たちがこの地にやってきた目的の1つはそれだ。双子の階層守護者がトブの大森林にて建設した施設。それは、単にこの世界でのアンダーカバーを補完する舞台装置でもあるが、他にも用途はある。資材の倉庫であったり、転移魔法と組み合わせて罠にしてやってもいい。表に出て、本格的に他の勢力、それも国であったりプレイヤーがいる所と戦争をする際の砦にしても良い。

 とにかく、墳墓が増やすべき足場であるのは確かなのだ。その為、その下調べが彼の最初の仕事となる。

(確か)

 初めに造った施設は現在、目前の獣が本来仕えるべきである悪魔の管理下になり、早速いろいろやっているらしい。生き生きしているとはああいう事なのだろう。そして、彼から頼まれていたこともある。

「デミウルゴスからの依頼で、何体か天然のアンデッドが欲しいとの事でありんす。特に〈デス・ナイト〉は優先してくれ、との事ね」

「畏まりました」「畏まりました」

 どうやら、現地のアンデッドとナザリックのアンデッドの違いを詳細に調べたいらしく、その為のサンプルという事であった。無論、手荒な真似はしないだろうが。それは、シャルティア自身も気になる事であった。主が創った死の騎士とこの世界の法則に従う形で自然発生した死の騎士は何処まで同じであるか、あるいは似た所など一切ないかも知れない。

「専用のスクロールは持ちんした?」

 拘束用、運搬用、中にはいざと言う時の人員確保の為に用意した召喚系統も混じっていたはずである。

「はい、こちらに」「はい、こちらに」

 そう言う獣の前には羊皮紙の束をまとめたものが転がっている。それを普段、どこにしまっているのかは気になるが、あまり時間をかけるだけの事でもない。彼女は話を次に進める。

「では、今回の最大の目的、その2つの内1つは既に達成されたと見て、問題はないと私は考えていんす。主の意見を聞かせて頂戴?」

「私も問題は無いように思います。アインドラ様とシャルティア様は十分、打ち解けているように思えます……」「私も問題は無いように思います。アインドラ様とシャルティア様は十分、打ち解けているように思えます……」

 そう言う、彼の言葉は少し歯切れが悪いようで、あった。何だか触れたくないようにシャルティアは感じた。

(ああ、そういう事)

「1つ聞きんす。主、別に手を抜いていた訳でも。油断していた訳でもないのでしょう?」

「当然です!」「当然です!」

 いつも飄々としていて、比較的軽い雰囲気の彼にしては珍しい怒鳴り声であった。それだけ、彼にとっては悔しい事であったのだろう。

(ラキュース……)

 こうなると、何が何でも彼女をこちらの陣営に引き込みたいと考える。彼女は間違いなく英雄になる。そんな人物であれば、ナザリックの正当性を証明する文字通り看板と成り得るだろう。が、それはまだ先の話だ。他にもやっておかないことがあるのだ。

「では、最後にあの場所の調査ね」

 問いかける意味合いも込めて、あえて具体的な言葉は使わない。声は直ぐに帰って来る。

「至宝があった地の調査でございますね」「至宝があった地の調査でございますね」 

 そう、それが今回の最大の目的である。

 4大至宝。

 以前、デミウルゴスが主の心を傷つけかねないことをやって手に入れたマジックアイテム。それを含む強力なアイテム達の通称だ。そして、それがあった場所はこの世界でもどこか感性がずれていると表現するしかない違和感に溢れていたという。

 報告会の時は、それよりも彼が人間を殺めたという話に注目が行った為にしばらく議題に上がる事がなかったのだ。それだけ、あの男が失態を重く捉えていたという訳であるし、それは目前の獣を含めた彼らもそうであったのだろう。

 件のマジックアイテム。世界樹の種があった大森林のその場所はまるで、木が生きているように絡み合っており、それ自体が1つの建築物のようであった。との事だと聞いている。それならば、この平野にも同様のものがあるはずである。それを調査することで、この世界に起きている現象と自分たちがかつていた世界との関係性、他にも主や他の至高の方々いた世界との関係性も分かればと思う。

(もし、それで)

 世界を繋げる道などが出来れば、また、かつてのように至高の方々に自らの創造主たるぺロロンチーノに会えるかもしれないと思ってしまう。

(そうなれば、アインズ様も)

 きっと喜んでくれるに違いない。と、分からない先の事を考えても仕方ない。まずは、この平野のどこかにあるはずのその場所を探さなくてはならない。冒険者たちには上手く話をすれば、良い。それこそ、霧の原因がそこにあるかもしれないと、あどけない顔で言えば良いのだから。

「では、改めて命じんす。ヴェルフガノン、行動を開始するでありんす」

 十分確認は取れたと彼女は、手で指し示すように彼へと命じる。その光景は愛犬に芸をしこむ少女の構図にも見える。

「畏まりました。必ずや成果を上げて見せましょう」「畏まりました。必ずや成果を上げて見せましょう」

 そして、動き出す彼を見て。彼女は声をかける。

「ちょっと待つでありんす」

「?」「?」

 彼女は気になっていた。ある一つの事を確かめる為に、彼に手招きをしてみせる。彼は歩いて戻って来る。その姿はやはり犬の動きに見えた。

「何でしょうか?」「何でしょうか?」

 それは、好奇心からの行動であった。彼女は右手の甲を下に向ける形で出すと。一言口を開く。

「お手」

「ワン! ……は!」「ワン! ……は!」

 その手に前足をのせ、答える獣。それは条件反射のようであった。そして、それに気づいた彼は体を丸めるとしばらくその身を震わせる。まるで、醜態を晒したと羞恥に襲われているようであり、いや、実際そうなのだろう。そして、それをさせた本人は特にその事を悪いと思わずに呑気に考える。

(これも調べてみるべきね)

 肉体と精神の関係性という新たな発見に笑う。それは、彼女の外見通りと言うべきか、年ごろの少女が浮かべる自然な笑みであった。



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第8話 漆黒と蒼

 振るわれるのは己の体格よりも遥かに巨大な剣、その動きを辛うじてみる事が出来るのは、これまでの鍛錬の賜物であろう。しかし、それだけだ。武技を発動する間もなく、何とか自分の体の前に盾を入れるので精一杯であった。

 衝撃を感じることが出来たのは、幸運か不運かを考える余裕もない。味わうのは浮遊感、それは普段であれば不思議と高揚感が湧く状態であるが、今感じるは胃液が逆流するかのような気持ち悪さであった。やがて、背中に衝撃が走る。先ほど彼女を抱き留めた時とは比較にならなかった。それだけ、力の差があるという事であるとペテルは薄れゆく意識の中で思考を巡らしていた。しかも、まだ衝撃は残っているようで、再び空へと打ち上げられる。

 「ペテル!」

 仲間の声、それもまた彼に何とか力を与える。そのままバク転をするように、何とか空中で態勢を整えて両足で着地する。それでも受けた勢いは死なないようで、土を滑る。それを止めようとふくらはぎに力を入れる。何とか重心を前に倒そうとしてみる。

 (止まらない!)

 体が軋んでくるのが、いやでも伝わってくる。同時に体のあちこちから何かが千切れる音が脳に響く。それだけやって、ようやく止まる。が、彼はそこで膝をついてしまう。此処までの事でその体力の殆んどを使ってしまったらしい。

 (不味いですね)

 一撃、突撃して来て受けた初めの一撃でこれである。意識した瞬間、今度は吐き気を催し、口から赤い液体があふれる。どこか壊れてしまったのか?

 「うすのろ野郎! こっちを見やがれ!」

 ペテルのその様子に危険だと判断したルクルットは声を上げる。それはアンデッドに対しては何の意味もなさない行動であろう。彼らは音で世界を認識している訳ではないのだから。それでも叫ばずにはいられない。

 (他に方法が思いつかねえんだよ!)

 それと同時に彼も行動に移る。弓を構え、矢をつがえる。手慣れた動作。それこそ、何回もしたように、特に変わりばえのない。いや、それだけ積み重ねた物だと証明するように、彼は矢を放つ。放たれた矢は綺麗にデス・ナイトの顔に、デス・ナイト自身から見て左眼窩に吸い込まれる。乾いた音が響く、矢じりが骨を叩いたものだ。

 もしも、相手が人間であれば、即死であったろう。眼球を始点に脳を貫き、右側の後頭部まで達しているのだから。

 しかし、それも生きている相手であればであるからこそ、既に死んでいる上に眼球も脳みそもないデス・ナイトには唯、顔に水を掛けられた程度にしか感じなかった。それでも、された事に対する怒りは湧いてくるもの。その視線はペテルからルクルットへと向けられる。

 (よし‼)

 その事実に何とか安堵する。元より自分の矢でダメージを与えられるとは思っていない。デス・ナイトもそうであるが、アンデッド全般に刺突、斬撃は効果が薄い。それもそうだろうと野伏の彼は思う。

 (ぶった切ったり、ぶっさす肉があってこそだよな~)

 相手がいないのに、愚痴るように内心でこぼすルクルット。考えてみれば、それも当然なのだ。アンデッド達、特にスケルトン系統の連中がどうやって動いているかは分からない。けれど、あの姿そのものに意味があるらしく、砕いてしまえば動かなくなる。その状態が連中にとっての死である。既に死んでいる相手に対しての表現としては変だと思うが、他に言い方が無いのも確かであった。

 何にせよ、倒すのであれば鈍器で殴るか、打撃系統の武技を出すべきであるが、残念なことに彼に出来るのは弓兵として矢を放つことだけだ。だが、今はこれでいい。相手の注意をこちらに向ける事が出来たのであるから。

 「ダイン!」

 「任せるのである!」

 デス・ナイトを挟んで反対側にいたダインは既に大地に手をあて、魔法を発動させる準備に入っていた。野伏が声を上げる前から準備に入っていたらしく、すぐに魔法は発動する。デス・ナイトの足元から無数の植物が生え、その体に絡みつく。彼の得意魔法である植物の絡みつき(トワイン・プラント)である。が、それは以前とは違ったものであった。

以前、モモンが助けに入った戦闘で見せた時のものは対象の足首に巻き付くものであり、間違っても膝上まではいかないものであった。それは、発動したダインの優しさとかではなく、単にそこまでが限界であった。しかし今回発動したものはデス・ナイトの全身を覆うように。足元から始まり、肋骨にも複数本の蔓が浸食して、まるで喧嘩をする蛇を連想させるようである。首や腕に植物はのび螺旋を描く。そうして、奴の体のあちこちに彼が出した植物が絡みついていく。

 「?  ――――!!!!!」

 突如全身に襲いかかった違和感にデス・ナイトは一瞬戸惑ったようであった。そのまま首を左右に振った思うと、次の瞬間には咆哮をあげる。その声は大地を揺らし、相対する彼らの鼓膜を破りそうで――事実、本人達は本当に耳が裂けるのでは? と錯覚していたのだから。

 (くそ! 阿呆みたいに声を上げやがって!)

 ルクルットは両手で耳を抑えたいという衝動を何とか抑えながら、次の行動に出ていた。一射目と同様に矢を弓につがえる。しかし、その矢は先ほどのものと違い、羊皮紙が括り付けてあった。それも羊皮紙自体を器用に折りたたんだ状態であり、まるで矢文だ。

 彼の視線の先でデス・ナイトは暴れまわり、地面から根っこごと植物を引きちぎる。時間にして4秒弱。〈漆黒の剣〉達の練度とそのアンデッドの脅威を客観的に比較すれば、その時間を生み出せたのは大きいだろう。しかし、それでも余りにも短い。それ程の実力差があるという事だ。だが、彼らにしたってそれは分かっていた。何も永遠に足止めを出来ればなんて微塵も考えていない。

 ルクルットはつがえた2射目を放つ。今度は肋骨の辺り、正に蔓と骨が複雑に絡んで綺麗にほどくのが困難な辺りに命中した。デス・ナイトはそれを気にもかけない。それよりも植物を取り除こうと躍起になっているようであった。このままでは自分たちの目論見が無駄になってしまう。彼はすかさず叫んだ。

 「火球(ファイヤーボール)‼」

 矢にまかれていた羊皮紙が盛大に爆ぜた。

 「グオオォ―!!!!!」

 生まれた火は瞬く間にデス・ナイトを包み、更に奴に絡みついていた植物を燃料に炎となって更に燃え上がる。今度は苦し気に声を上げるアンデッドの様子にルクルットは胸を撫で下ろす。勿論、そうしたという彼のイメージであるけど。

 (これで、どれくらい稼げるかね)

 元より倒すなんて大それた事は考えていない。要は増援、自分たちとは比較にならない者達が来るまでの時間稼ぎである。身体能力では、とても勝てそうにないのは初めにリーダーであるペテルが受けた一撃で確信した。それならばと、次の手に出た訳である。

 「ダイン! このまま繰り返しで行くぜ!」

 「うむ……許せ、緑よ」

 森司祭である彼にはこの方法はやはり罪悪感を覚えるらしいが、今はそこにこだわっている余裕はない。火とは燃える物があれば、それだけ早く燃え広がるもの。それを利用しての策だ。そして、魔法詠唱者であるニニャがいれば、魔法で火をつけてもらう流れであったが、残念なことに今回はいない。よって、ルクルットが代わりに発火を行ったのだ。その方法もまた、あの晩の戦いでイカレタ連中がしていた事を参考にしたものである。

 そして彼は、ルクルットは目の前の光景で確信した。アンデッドは火に弱いと。後は、暴れ狂う奴を注意深く監視して、火が弱まれば先ほどのように植物と火矢の連撃を浴びせてやればいいだけだ。

 (それで、ラキュースちゃん達が来ればよ)

 こちらの勝ちである。危惧する事があるとすれば、他のアンデッドが寄って来る可能性と、ペテルの状態だ。出来る事なら介抱したいが、この存在から目をはなすのは危険だ。彼には悪いが、何とか自分でしてもらうしかない。そこまで彼が考えた時であった。

 苦しむデス・ナイトが自分を睨んだ。震えそうになる体に鞭打って睨み返してやった時には奴は消えていた。

 (は?)

 「ルクルット! 後ろである!」

 不可思議な現象に一瞬、思考も動作も全てが静止する所であった。そうならなかったのは必死の呼び声、仲間が発した信号のおかげである。力を抜いて、前に倒れる。受け身もとらずに大地へと強打される顔面と腹が鈍い痛みを訴える。しかしながらそれでも背中越し、ついさっきまで自分が立っていた所を過ぎ去る正に死の風とも呼ぶべきデス・ナイトの横なぎを避けれたのであれば、そうなっていたかもしれないという恐怖で直ぐに引っ込む。

 此処で動きを止めるのは自殺行為だ。と、それまでの経験で磨いてきた勘でそう判断した彼は体に力を入れ、右回りに転がる。それは、客観的に見れば、見苦しい光景であった。だが、彼には体裁を保っている余裕はなかったし、相手はどうやら自分たちに対して怒りを抱えているようである。

 次に彼の耳を叩いたのは雷が大地に落ちた音。いや、違う。あの野郎が自分を輪切りにすべく振るったフランベルジュが地をえぐった音である。周囲にばら撒かれるのは、土、それから小石とその一部は転がり続けるルクルットにも降り注いだ。

 (おかしいだろ!)

 剣で地面を叩いてもこんな事にはならない。つまり、それだけ非常識な力を持った相手という事になる。回避できたのは、ルクルットが野伏であり、そしてチームで最も身が軽く、素早く動けたからであろう。これが他の3人であれば、縦なり横なり真っ二つであったろう。

 回る視界の中彼は確かに見た。

 (火が消えてやがるぜ……!)

 如何様にして、消したのか不明であるが、そこにいたのは最初に対峙した時と何ら様子が変わらない様子のデス・ナイトであった。これでは、時間稼ぎ所か逃げようもないかもしれない。

 「く!」

 声を上げたのはダインだ。彼は再び拘束、もとい火種をつける為の魔法を発動すべく大地に手をあてる。しかし、それよりも奴の方が早かった。

 「!!??」

 デス・ナイトは声と判別するのも難しい雄たけびをあげ、行動に移っていた。それを見たルクルットは衝撃に襲われると同時に納得した。どうやって、火を消したのか。奴は、黒い風になると全力疾走の時とは比較にならない程の速度で動く。

 「あんなのありかよ!」

 起きあがると同時に彼は叫んだ。見れば、燃えていている場所があった。そこは、最初に拘束をした所である。そこでは、ダインの魔法によって出現した植物が未だに燃えている。体を変質させる事でそれらを振りほどき、更に自ら疾風となることで残りの火を消したのだ。何とも非常識な話である。

 「ダイン!」

 さっきとは反対に今度はルクルットが叫ぶ番であった。風となったデス・ナイトはダインの前で姿を騎士に戻すと左手に持ったタワーシールドで彼に殴りかかる。

 「ルクルット! ……」

 狙われた彼は唯ではやられまいと自分への指示と共に、手に持ったメイスを振るが。それまでであった。彼は自分の名の後に何か言うつもりであったらしいが、それも聞くことはなかった。

 まるで、城壁が突進してきたような突きにダインは何も出来ずに後ろへと吹き飛ばされてしまう。チームでは何気に一番力がある彼ではあるが、それもこの相手には通じない。

 彼は、声を出すことも出来ず。後方へ20メートル飛び、そこにあった。古い壁だったらしきものに背中から激突する。ゆっくりと座るようにその場に崩れた。そのまま気を失ってしまったらしく、身動き1つしない。

 「野郎!」

 ルクルットは吠え、3射目の用意をする。不意を狙うのであれば、静かにやるべきであった。しかし彼には出来なかった。見てしまったからだ。骸骨であり、表情などないはずの奴の顔が笑っているのを。それは、いつも見る仲間の笑いでもなければ、いつか見た。漆黒の戦士へと想いをはせる彼女がする美しいものでもなかった。

 あるのは喜悦。満足した喜び。

 楽しんでいるのだ。奴はこの状況を、仲間をいたぶる事を。それを理解してしまったのであれば、叫ばずにはいられなかった。激高と共に放った矢を奴は笑いながら躱してみせる。またも黒い風になったと思った次には左肩から腰の右辺りまで、自分の体に亀裂がはいり、大量の血を吹いていた。

 「……くそ……たっれ」

 彼はそれだけ言うと、仰向けに倒れてしまう。

 

 その光景を見て、そのデス・ナイトは少しではあるが、満足感を味わっていた。彼はこの平野で生まれた天然のデス・ナイト。ある悪魔が(ほっ)している個体であった。

 生まれた。と言っても彼自身にはその自覚はない。何故なら気付いた時にはそこにいたのであるから。これは、彼に限らず知的生命体全般に言える事だろう。自分が生まれた時の状況を鮮明に覚えている者はどれだけいるだろうか? 正確な日付に時刻を言えるものはいるだろうか? 否、いないだろう。

 そんな彼にとって生きた生命は刈り取る対象でしかない。特に人間はそうだ。奴は憎い存在である。

 (?)

 どうして、そんな感情が自分にあるかはどうでも良い事であった。疑問を抱いたのも一瞬であった。ここに生きた者たちが来ている。それも複数だ。先ほど受けた攻撃、火攻め自体は何ともなかったが、突然のことにうろたえてしまい。生者如きに恥を晒してしまった。それが彼には許せなかった。だからこそ、こいつらは簡単には殺さない。

 いたぶって、いたぶって、いたぶって。

 そうして、散々遊んだ後に惨たらしく殺してやろう。その後は先に逃げた小さい生者を追う事にしよう。その方向には他の者達もいるようで同じように殺してやる。そう決めて、デス・ナイトは先に目の前のルクルットからそうする事にした。こいつが自分に火をつけた奴である。その怒りは留まる事はない。

 彼はフランベルジュを構える。その肢体を細切れにしてやろうと考えて。やるなら足や腕の先端からやってやろう。きっと苦痛でよく鳴いてくれる事だ。と得物を振ろうとした所で察知する。

 (…………)

 初めに斬ろうとした奴が動き出したらしい。ならば、また斬ってやろうと。その方向に意識を集中させる。

 

 あれから、ペテルは持っていたポーションを飲むなどして、治療を行い終えたのだ。だが、それは完璧なものではない。千切れた筋肉繊維を繋ぎはしたが、疲労まではどうしようもなかった。ダメージとは単に肉体が負った損傷だけではない。その心にも負担をかけはするし、それまで動いてきた事、体にたまった疲れは簡単に取れるものではない。

 現に今だって彼の体は重い。傷が無くても先程受けた攻撃はそれだけ彼の脳や肉体にストレスという名のダメージを与えていたのだ。それでも彼は止まらない。それは、彼の責任が許さない。

 (ルクルット、ダイン)

 最初に不甲斐ない自分が攻撃を受けた為に彼らへの負担が大きくなってしまった。そのせいで彼らは大怪我を負ってしまった。それでも、彼らが生きていると信じる事が出来たのは同時に奴に対する特に嬉しさを含まない信頼からでもあった。

 (本当に悪趣味ですね)

 デス・ナイトの生態に関しては城塞都市の冒険者組合長に詳しく聞いている。現役の頃に戦った経験が何度もあるらしい。曰く、奴らは生をもてあそぶと。簡単に殺しはしないと。それは、死ぬよりも苦しい生き地獄であるが、今だけはそれに感謝せざるを得ない。だが、それも此処までだが。何とか時間を稼がなくてはならない。

 彼は走る足に力を入れる。

 「アイズ・イン・ザ・バッグ!」

 武技の発動。唯でさえ重い体が更に重くなる。が、出し惜しみが出来る相手ではないことは十二分に分かっている。

 (…………)

 歯ぎしりしながら彼は自己嫌悪する。最初のゾンビとの戦闘で武技を使い過ぎたのは愚策であった。彼らの言う通り自分が引き付けて彼らが迎え撃つ。それが負担が最も少なく済む最良の選択肢であったのだ。それをミスを取り返そうと躍起になって、必要以上に消耗してしまいその結果がこのざまだ。何と情けない事だろうか。

 (落ち着きましょう)

 そうやって熱くなるのが良くないのだ。冷静でなければならない。彼は冷静に行動に移る。視線を向けて見れば、相手は自分へと体を向けているが、それだけだ。別に構える事も警戒する姿勢も見せない。

 (事実ではありますね)

 互いの能力の差はこの5分足らずですっかり証明されてしまっている。奴であれば、自分がどう動こうと対応できるであろうし、それは何よりも自分自身が分かっている事であった。だからこそ、それを利用してやる。

 (…………)

 胃袋を締め付けられる感覚。これからやる事はそれだけ神経をとがらせる必要がある。少しでも間違えれば間違いなく自分たちは全滅だ。それだけは避けなくてはならないと彼は集中する。狙う間合いは自分の歩幅5歩分である。その時こそ最適な……いや、最低限生き残る為に用意された数少ない機会である。

 残り7歩。奴は動かない。それで良いのだと彼は体に力を入れる。これからやる事に自分の全てを乗せる為に。

 残り6歩。此処まで迫っても奴は何もしない。その顔はあざ笑っているようであった。「お前如きに何が出来るんだ?」と、確かにそうだろう。だが、それが何もしない理由にはならない。自分はミスリル級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダーなのだ。どれだけ絶望的な状況でも、自分が折れるなんて事はあってはならない。もしも、そんな時が来るのだとすれば、チームが最後の時である。出来るならない事を願いたい。だが、それは唯の楽観だ。この世界では人は弱い。こんな簡単に死にかけるのであるから。次の一歩が勝負である。

 残り5歩。ここで、彼は更に武技を発動させる。

 「能力向上!」

 「!?」

 突然、彼は加速する。それまで全力疾走であったが、それが武技によって更に速くなる。突然の変化にデス・ナイトは驚きを感じていた。それも当然と言えよう。この騎士は完全に彼らを舐めていたのであるから。隠し技があるなど考えもしない。現に火攻めだって、すぐに無効化してみせた。こいつらが何をしてきても無駄であると彼は決めつけていた。

 その僅かな時間。それを使ってペテルは一気に接近する。次に踏み込んだ左足で跳躍、着地点は何もしないデス・ナイトの膝。そこに右足をかけた瞬間に次の跳躍。一時的に相手の上まで飛ぶ。その体制で剣を振りかぶる。盾は左腕に装備したままである。

 「斬撃!」

 兜わりの形で一気に振り下ろす。狙いは相手の目だ。自分の筋力で頭を砕けるとは思わない。ならば狙うはそこしかあるまい。眼球のない彼らがどうやって、周りを認識しているのかは不明であるが、狙うと決めた相手に顔を向ける事は此処までの事で確認している。ならば、その可能性は十分にある。

 彼が放った攻撃はデス・ナイトの右目の辺りをほんの少しであるが、砕いた。その事が彼には許せなかった。反射で剣を振るが。その時にはペテルは盾を構えていた。

 (そう来ると思っていましたよ)

 「要塞!」

 弾き返す事は出来なかった。それも当然だ。どれだけタイミングを合わせた所で元の力が違い過ぎる。それでも彼が一方的に吹き飛ばされる事はなかった。宙に浮いたペテルに対してデス・ナイトが放ったのは上段からの振り下ろしであった。それを彼は武技を加えて迎撃した。受けたペテルは地面へと叩き付けられ、そして放ったデス・ナイトは後ろへとのけ反った。

 

 (???!!!)

 そのデス・ナイトは何度目かになる驚きを感じて、そして憎悪を募らせていた。何だ? この生者は? 無駄な抵抗をせずにとっとと自分に首を差し出せば良いのに。決めた。こいつは特に惨たらしく殺してやろう。その死体を先ほど逃げた小さい奴に見せてやれば、間違いなく自分は幸福を得られる。それは、アンデッドとしての彼の本能が告げている。ならば、と直ぐに体勢を立て直す。その時間1秒足らず。どれだけ、こいつが頑張っても結局は無駄だと内心笑う騎士。次の視界に映ったのは2つの棒切れ。

 (???)

 次に自分の視界の下、見えないところから声が聞こえた。

 「火球(ファイヤーボール)

 視界が真っ赤に染まる。同時に彼の体を炎が包み、高熱が全身を襲う。それ自体は彼に苦痛を与えはしない。だが、不快感は与えていた。

 「グオオォ!!」

 怒り、怒り、ただ純粋なる怒りがその咆哮をさらに甲高いものに変える。それを受けながら、ペテルは対峙していた。彼は地面に着地……落とされた後。素早く備え付けのスクロールを2つ宙に放り投げた後。その発動となる言葉を発して転がって来たのだ。

 第3位階魔法「火球/ファイヤーボール」。それを込めたスクロールのこの使用法。あえてスクロールを巻いたまま使用する事でそれ自体を爆発物として扱うこの方法は、元はかつてエ・ランテルを襲ったテロリスト達が見せた使用方法である。本来の魔法の発動とは違い、それを魔法に対する侮辱行為であると言う者もいた――主に魔術師組合の者達だ。しかしながら、使いようによっては相手の不意を突くことも出来るという事であり、その方法を真似たり、他のスクロールでも似たような事が出来ないかと試す者たちは増えて来ており、先にルクルットが見せた火矢もその応用だ。

 そう、彼ら「漆黒の剣」は何も仲間の姉探しで何もしていなかった訳ではない。日々研鑽を積み、常に高みを目指しているのだ。もう望んだ形で叶わないけれど、まだ諦めるつもりはない。それに、助けてもらった恩義を返したいし、出来るのであれば、彼らと肩を並べてみたいとも思っている。何より仲間の為を思えば、いくら力があっても足りない位だ。

 目指すべき目標があり、追い付きたいと願う人たちがいる。そして彼らには結束力があり、仲が良く、向上心に溢れている。数々の条件が重なり彼らは急激な成長をしているのである。

 それでも、デス・ナイトにはまだ遠く及ばない。事実、火に包まれた騎士は自分を包むそれには何の興味も示していないようでペテルを睨んでいた。一方の彼は、もう立っているのがやっとであった。初めに受けた横なぎを含めた攻撃の数々――直接受ける事こそなかったがそれでも負担は大きい――にこれまでの武技の乱用が負担となり、遅れて体を蝕んで来たのだ。それでも彼に諦めるなんて選択肢は存在しない。せめて、自分が囮となって1秒でも長く時間を稼ぐ。幸い、奴の狙いは自分に向けられているようであった。遂に向こうもこちらを殺すつもりになったのか走ってくる。迫る死を前に彼は、最後まで立っていた。自分が死ぬまでの時間が最後の稼ぎだ。

 (後は……)

 アインドラ達「蒼の薔薇」や、シャルティアの使用人達に託すしかあるまい。根拠は何もない。それなのに断言出来る事があった。

 (セバスさんに、イプシロンさん、エドワード君)

 シャルティアは自分たち程ではないと言っていたが、間違いなくその実力は自分たち以上であると、それこそいつかの依頼で出会った。あの赤毛のメイドと同じように。

 (彼らは何者何でしょうか?)

 結局、その答えにたどり着く事はなかった。それでもと、仕方あるまいと笑っている自分がいる。

 (ニニャ……すみません)

 どうやら、自分は此処までであるらしい。目前の騎士は自分を殺すつもり、それも散々にいたぶった後にそうする事は明白であった。だが、それこそ最後の希望だ。奴が自分に執着している間は他の者たちに目は行かないはずである。その時間の間に増援が来ることを切に願うしかあるまい。

 (ルクルット、ダイン、ここが正念場です)

 未だ気絶したまま。しかし、絶対死んではいないと言える仲間2人に激励を送る。彼女たちが来れば、助かるはずである。それを思って彼は微かに笑う。

 「グオオォ!!」

 その表情が気に入らなかったのだろう。迫る死の騎士は走りながら咆哮する。今度こそ鼓膜は敗れ、彼の耳から血が流れる。その痛みも感じていたが、気にもならなかった。むしろ、喜んでいたと思う。これなら、もっと長く時間を稼げるであろうと。それから彼は考えた。

 (ティアさん)

 浮かんだのは倒れている2人とは別に最後に顔を合わせた人物である。

 この時、別に彼は彼女に対して下心であったり、あるいはそれに準ずる感情から浮かべた訳ではなかった。それは彼の性格から来ていた。彼女との約束。口約束ではあるが、それを果たせないことに対する罪悪感。そして、前もって聞いていた彼女の性格を考慮して苦々しい気持ちに駆られたからである。

 きっと彼女は今回の事を気に病むに違いない。そう思うと例え、彼女に届くことがないと分かっていても彼は謝らずにはいられなかった。

 (本当にすみません。貴方に貸したままになりそうです)

 そう思うと同時に彼へと剣が振り下ろされた。

 

 

  

 「そうなんですか……カーミラ、ですか」

 「はい、と言っても私たちも話でしか聞いた事がないんですけどね」

 ラキュースは拠点となっている地点でニニャと情報交換をしていた。はっきり言って暇であったのだ。それは、不謹慎であるのは重々承知していた。それでも、そう思わずにいられなく、彼女は絶叫していた。

 (ああああああああ! 何で……)

 こんな配置にしてしまったのだろうかと思ってしまう。それは冒険を望むラキュースにとっては、正に愚の骨頂。しかし、冒険者チーム「蒼の薔薇」を率いている。アダマンタイト級、英雄見習いとも言えるラキュースには出来ない判断であった。今回の布陣は彼女が考える限り、最善のはずだ。

 ここ、拠点にいる自分とニニャ、それにイプシロン。いざとなれば蘇生が使える自分がこっちにいるべきであるし、メイドに残ってもらったのもいざという時は異性より同性の方が依頼主である令嬢シャルティアを連れて逃げるには精神的な支えにもなってくれるはずである。ニニャは予備要因であるが、魔法詠唱者を1人置くのは間違っていないはずである。

 周囲を警戒してもらっているガガーラン、セバス、エドワード。彼女たちは全員が共通して近接特化型の戦士だったり、格闘家だ。

 (それにね……)

 これは、個人の偏見になるかもしれないが、こういった部類はとても勘が鋭い。何かおかしな事に気付けば、迷いなく動いてくれる事であろう。と勝手に期待してしまっている。少なくともガガーランにはそれがあり、これまで助けられた事もある。

 そして、肝心の調査斑には「蒼の薔薇」が誇る懐刀にして、最強のイビルアイを投入している。それと、ニニャを除いた「漆黒の剣」彼女の言葉を信じるのであれば、彼らも十分な働きをしてくれるはずである。そして、元暗殺集団所属だった双子を1人ずつつけている。物探しにしたって、得物探しにしたって彼女たち程適任な者達はいないであろう。その振り分けであったが、流石にティアとイビルアイを一緒にするという決断は出来なかった。本人は「仕事はきっちりする」と言っていたが、過去に前科もあるし何よりイビルアイに睨まれてしまったのだ。

 『(分かっているな? ラキュース)』

 そう言う訳で彼女達はそうなったのだ。やや不安な所であったり、都合よく考えてしまっている所もあるが、それを差し引いてもと彼女は思った。

 (これ以上ない最高の布陣よね!!)

 

 それから調査に入ったものの拠点待機となった自分たちは基本的にやる事がない。依頼主であり、護衛対象であるシャルティアを護るのがその役目であるが、それだって周囲を警戒しているガガーラン達が漏らした相手であるの訳であり、彼女たちが出し抜かれる事は早々なかった。耳に轟音が響く。その場の4人がある方向を向く。それは、「漆黒の剣」中心の班が向かった方角から少しずれた辺りであった。

 「す、凄い音ですね……」

 そう声をあげたのはニニャであった。少し怯えた顔は称賛よりも恐怖を感じてしまったようだ。

 「ええ、ガガーランはチームの物理攻撃における主力ですから」

 「戦士とはこれ程の力を出せる物なのですか?」

 無邪気に手を合わせ、目を輝かせて聞いてくるのはシャルティアであった。その様子だと本当に自分の専門分野以外には無知であるらしい。いや、それも仕方ないと彼女は考える。

 (時間は有限ですもの)

 どれだけ、頑張ろうとその事柄に掛けられる時間は限られており、振り分けた時間が結果に関係してくるのだ。10年かけて剣を学んだ者と同じ時をかけて魔法を学んだ者。そして5年ずつ剣と魔法を学んだ者ではその知識や技術に偏りが出来るのは当たり前である。

 「ああ、でもあれはガガーランが特別なんだと思います」

 彼女は力なく答える。余り誇れる事でもないと判断したのであろう。それを受けてシャルティアは癖のように口に手をあてて微笑む。

 「まあ、そうなんですか。それにしてもラキュース様はお仲間を大切にされているのですね」

 「え、どうしてそう思われるんですか?」

 彼女には令嬢がそう言った理由が分からかった。だって、そうだろう。特別という言葉はそこまで印象がいい物ではなかったはずである。対して、シャルティアは朗らかに笑って答えてみせる。それは純粋な尊敬を込めた眼差しを向けながら放たれた。

 「だって、そうでしょう? お仲間が大事だからこそ『特別』なのでございましょう?」

 「あはは、仰る通りかと……」

 乾いた笑みをあげながらラキュースはそう言葉を返す。そして、内心で思っていた。眩しい、と。それは成長途中の子供が持つ無邪気差が残っているものであり、自分がとっくに無くしたものだと。そう考えると、自分はすっかり大人になってしまったのだと思うのであった。

 (私にもこんな時があったわ)

 最もそう思っているのは本人だけであり、彼女の両親等に言わせれば「まだまだ青い」と言われてしまうのであろうが、それはまた今度の話だ。

 

 現在、拠点待機の護衛対象含む4人はそれぞれに過ごしていた。依頼者側の2人はゆっくりとした時間を過ごし、依頼を受けた側の2人は引き続き情報交換をしていた。というか、それ位しかやる事がないのである。こんな場所だと言うのにシャルティアは何処からか持ってきたどう見ても高級品である椅子に腰かけて優雅にお茶を楽しんでいる。その傍らには、3人いる使用人の中で唯一残っているイプシロンが不動の姿勢で控えている。その立ち姿は微塵も揺らぐ様子が見られず。まるで、この大地に300年間育ち続けている大樹を思わせるようであった。

 (凄いわね、つくづく)

 王都でも彼女程のレベルのメイドは中々いない。彼女であればどの家でもやっていけるだろう。こちらの視線に気付いたのか彼女は口を開く。その声も美しいものであり、王国で彼女と同じ声を出せる者は何人いるだろうか? と考えさせられる。

 「アインドラ様? ニニャ様? やはり椅子を用意致しましょうか?」

 どうやら、気を遣わせてしまったらしく。彼女は手を振りながらそれに答える。ニニャも頭を上下に振る事でそれに同意していることを示していた。

 「いえ、私たちの方はお気にせず。職業柄慣れていますので」

 「そうですよ。それにそんな高……芸術品のようなものに自分が腰を掛ける訳にはいきませんので」

 「旦那様でしたら、お気になさらないと思いますが。……畏まりました。ですが必要であればいつでも声を掛けて下さいませ」

 その気遣いに感謝しながら頭を下げ、2人は先ほどの中断しかけた話を再開する。

 「えっと、ガガーランのせいで続きを聞きそびれてしまいましたね」

 「いえ、全然気にする必要はありませんよ」

 そして、ニニャの話に耳を傾ける。

 彼女からの情報。それは、件の城塞都市を襲った事件「漆黒の英雄」たるモモンと彼らの冒険の裏側でその近郊の森であったある事件の話であった。

 (正直信じられないわね)

 それが、感想だった。女性を攫って性処理の道具にしていた野盗集団。同じ女性として怒りが湧いてくる。その一団を壊滅させた仮面をつけた3人組の事である。別にその集団を壊滅させたこと自体は珍しいとは思わない。それ位であれば、出来る人物を知っているからそう考えてしまうのかもしれない。

 だが、それでも最初にそう思ってしまったのは、その集団にいたある人物の存在とその人物の敗北を聞いたからであろう。

 ブレイン・アングラウス。

 かの王国戦士長に次ぐ実力の持ち主であり、過去に自分たちの知り合いである老婆とも立ち合いをしたはずである。最も、その時は彼女が手を抜いたらしいので、ちゃんとしたものとは呼べないが。ラキュースから見たブレインという人物は余り、好きになれる人物ではなかった。彼は強くなる為にひたすらに努力をする人物であった。それ自体は好ましく感じるものである。が、その為にほかの事柄すべてに無関心なのは如何なものかと思ってしまう。現に話を聞いても彼は道具として使われていた女性たちを気にかける事もなかったという。

 (あの男は――!)

 もしも今度あったら、一発ぶん殴ってやろうと彼女は決めた。さて、そんな彼であるが、非常にプライドが高い人物であり、立ち合いであっても簡単に負けを認める事はなく、非常にしつこい人物。よく言えば、勝利にかける執念がすごい人物であるのだ。そんな人物が負けを認めた。それ所か何も出来なかったと憔悴しているというではないか?

 「相当、強い方々みたいですね」

 「はい、王都で何かそう言った話は……些細な噂話でも良いんです。何かありませんか?」

 「そう言われましてもね……」

 何でも、エ・ランテルの冒険者組合長は彼女たちに冒険者となって貰いたいらしい。それエ・ランテル所属の冒険者として。

 (…………)

 彼女は考える。もしも、その話を王都の冒険者組合長が知れば、間違いなく食いつくことであろう。有能な冒険者はいくらいても足りないのだ。それにあの人物はかなり狡猾でもある。

 (もしも)

 その事を知っていれば、とっくに動いている事であろう。施設部隊がいるようであるし。そして、ニニャへと謝罪する。

 「ごめんなさい。その人たちに関する話に噂も聞いた事がありませんね」

 「そうですか」

 落ち込む様子の彼に申し訳なく思ってしまう。「漆黒の剣」達の仕事の1つに彼女たちの捜索もあるらしい。

 (本当に大変ね。彼らも……いえ)

 そこで、彼女は決意する。気づいた事を聞こうと。一度出来てしまった好奇心というものは抑える事が出来そうにない。しかし、同時に覚悟も出来ていた。事情を知ったのであれば、全力でその力になろうと。

 「あの、ニニャさん。私からも良いでしょうか?」

 「……? 何でしょうか? 改まって?」

 不思議そうにしている()を見て、彼女は口を開く。

 「どうして、男性のふりをなさっているのでしょうか?」

 「!!!」

 その言葉に彼女は言葉を失ってしまい。その様子がラキュースに自身の直感が正しいものであると証明していた。

 シャルティア達との距離は確認した上での考慮した音量である為。聞かれる心配はない。現に先ほどと変わらない様子でお茶を楽しんでいる令嬢と微笑みながら控えているメイドとその組み合わせあは変わらない。

 「あの……どうして?」

 震える声でそい聞いてくる彼女にラキュースは答える。簡単な事であったと。

 「立ち振る舞いを見ていれば分かります。『漆黒の剣』は男所帯。私たちとは真逆のチーム。その中であなただけどこか浮いているようでしたから。それに……」

 言いかけてやめた。これも自分の勘でしかないが、恐らくリーダーであるモークと森司祭のウッドワンダーもその事実に気付いている事であろう。唯一、ボルブが気づいていないであろうと確信できたのは、彼女に対する彼の接し方からであった。気軽に肩を抱いたり等、あれは同性に対するものであるからだ。

 「そう、ですか」

 彼女は迷っているようであった。無理もないと理解できた。世の中、いろんな事情を抱えた者達がおり、それは自分のチームを見ても分かる事である。わざわざ、性別を偽るのにはそれだけの理由があるのだろうし、簡単に聞いて良い事ではない。何よりと思う。

 (彼女とは絶対友達になれる)

 ここまでの馬車の中で語り合った英雄譚の数々。自分たちは根本的に似た者同士であるのだ。間違いなくあの王女と同じくらいに親しい仲になれるはずであるし、これからも沢山話をしていきたいし、いつか合作なんかもやってみたいと願っているのだ。

 そこで、彼女は自分の右手を胸にあてると。真剣な眼でニニャを見据え、口を開く。

 「私を信じてはくれないでしょうか?」

 「…………」

 その姿を見て、いや見せられて彼女は考えていた。自分の目的、今はチーム全員の目標の1つ。

 (姉さん)

 過去に貴族に攫われた姉の捜索。自分から大切な肉親を奪ったのは糞みたいな貴族。そして、目前の彼女も貴族である。ならば、彼女も憎いといえば違う。

 (彼女は……他の貴族共とは…………違う)

 王都での彼女たちの評判は聞いているし、これまでの道中で彼女がどこかずれた存在であると知ったではないか。ずれている、と言っても彼女の場合はいい方向。それも自分にとっては好ましい方向である。

 (あれ?)

 自分は何と思った? 貴族相手に好ましい? いや、その理由だって分かっている。彼女との話は楽しいものであった。幼い頃から、魔法の師匠に拾われてから、時間がある時に読んだ様々な物語。英雄譚に冒険譚。それらを語り合うのは本当に楽しいもものであった。

 (ペテル達には悪いですけど……)

 あれ程自分の気持ちが高揚したのは幼少期以来かもしれないと思う。そんな彼女であれば、信じても良いかもしれないと彼女は決意を固める。

 「分かりました。では、話しますね。私の全てを」

 「お願いします」

 

 本来交わる事のなかった2色が交わり、新たな可能性を紡ぎ出す。

 



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第9話 見つけたものは

 更新遅れて本当に申し訳ございません。複数作品の同時執筆もそうですが、ここ最近リアルが忙しくて、中々時間を取れないのもあります。
 言い訳ばかりでありますが、これからもよろしくお願いします。では、最新話どうぞ。


 「…………そうなんですか」

 「はい…………以上になります」

 ニニャの話を聞き終えて、ラキュースの胸に生まれた感情は様々であり、彼女の心をかき乱す。燃えるような怒り。体中が火照ったように感じる羞恥心、それは「情けない」と思っているからであろう。そして、疑問を含んだ悲しみであった。それらが彼女を衝動的に動かそうとする。闇雲に背中の剣を振ろうとさせる。振ってしまえと頭の中で叫び続ける声が響く。それは、普段彼女が発症する病気の類ではない。

 (……)

 それを抑えるために右手で胸に手をあて、そのまま3秒時間を置く。目前の彼女は待ってくれている。その事に感謝する事を忘れないように次は目を閉じて深呼吸をする。霧の中にいる為、肺に入る空気は水分を多量に含んだものであり、その水分が、粒ほどではあるが、確かにある冷気が熱を冷まし彼女を落ち着かせる。

 (……)

 最初に彼女の脳裏に浮かぶのは両親たちの姿に治める領民の姿達。耳に聞こえて来るのは彼らの笑い声にそれが自らの幸福であると語る父の言葉。

 『よく聞きないラキュース。貴族とは、生まれついて恵まれている私たちには、それ相応の義務があるんだよ』

 その言葉と共に今度は別の熱が頬を熱くする。それは羞恥心からであろう。その言葉によれば、自分は正に義務を放棄した事になるのだから。

 (私だけじゃないわ! 叔父様だって)

 後ろめたい気持ちから逃れる為に、彼女は内心で責任転換という名の元に言い訳を募る。叔父であるあの人物にしたって、その義務を放棄して冒険者家業に移ったのだから。もっと言えば、自分がこの道に進むきっかけになったのはその冒険譚を聞いたからであり、今の自分がある最大の原因はあの人であると彼女は現在の年齢にそぐわない酷い言い逃れをする。

 そんな彼女が次に浮かべたのは友人である王国第3王女の姿。といっても彼女の姿が恋しくなったのではなく、彼女が行った政策を思い出しての事であった。

 奴隷売買の禁止。

 (違うわね)

 内心で頭を振り、考え直す。王国に置ける奴隷とはどういった経緯で生まれるものであるか? 彼女の政策によって既にないものを深く見ても仕方ないと思うが、それでもそうせずにはいられなかった。

 そもそも、奴隷という概念があったのは、それを専門に取り扱う商人がいたからであり、その商品の出所は様々であったという。犯罪を犯した者、身寄りのない子供、家族を養う為に自ら身を売る娘等。それで甘い汁を吸っていた連中にしても都合が良い者達が王国には溢れていた。そして、彼らは本当に紙くずのような金額でやり取りされる。安価で手に入る労働源に、性欲処理の道具等、それらの商品はお金だけは沢山持ち合わせている貴族たちには御用達であり、そしてそんないいお客様は商人たちにとっても素敵な顧客であったのだろう。

 そんな酷い制度があると、知ったのも家を出てからであった。

 本当に故郷にいた頃の自分は無知であったのだ。理由はそれだけではなく、母の顔を思い出す。

 (お母さまが話してくれた事ね)

 冒険者になって、仲間、主にガガーランの説得で謝りに帰って和解して、それから母に聞いた事がある話の1つであった。自分の家は、先々代、つまり自分にとっては曽祖父の代からその辺りに神経質であったらしく、間違ってもその手の商人が領地に入らないように注意していたという。具体的な方法はと言えば、やはり私設兵であるか。

 (あの人達がね)

 彼女の頭に浮かぶ幼少期の記憶。それは、昼間から仕事場である門の詰所で酒を飲んでいた当時から中年であった兵士たちの顔だ。確か今も現役だった気がする。

 当時は駄目な大人の代表だと子供心に馬鹿にしていたが、アインドラ領が他の領地に比べて比較的平和であったのは彼らの働きも大きかったからであった。信じられないが、彼らもまた相当な実力者、それも元冒険者として稼いで来た口であり、実戦慣れしていた者達であったのだ。

 そんな彼らがどうしてあそこに勤める事になったのかは分からない。なんにしてもはっきりしているのは、1つの事実。自分は恵まれていた存在であるという事であった。それも貴族として立派な両親の元に生まれたのであるから。

 それに引き換えて、今、話に聞いた貴族は何だ?

 彼女の話によれば、本当に気紛れで姉を連れ去ったのだという。その話が何年前になるか、それが彼女の政策の前後になるのか正確な所は分からない。

 いや、そこは関係ない。彼女が受けた仕打ちとはそれだけのものであり、しかもそれをしたのが、自分と同じ貴族と言うではないか、その事が物凄く情けない。

 再び深呼吸をして、ラキュースはニニャを確認すると頭を下げる。

 「本当に申し訳ございませんでした」

 彼女のその行動にニニャは驚く。どうして、彼女が頭を下げる必要がある? 悪いのは姉を奪った豚野郎であり、彼女に責任なんて1つもないはずである。

 ニニャは手を両手を振る形で取り乱して口を開く。

 「いえ、アインドラさんが謝る事ではありませんよ!」

 「ですけど」

 ラキュースにしたって、そう言って貰ったからと言って甘える訳にはいかない。彼女には、この依頼を終えた後の次の活動方針が既に固まっていたのであるから。

 先程浮かんだ王女の政策。それによって、確かに表立った奴隷のやり取りはなくなった。だが、それで全て解決した訳ではない。裏でその手の商いが続いているのは噂話で聞くし、あの組織の存在がある。

 (八本指)

 王国の影で非合法的な方法で富を得ている者たち、その中の1つにある娼館の話があり、奴隷売買の禁止に伴い、娼館というものの在り方も変わって来ている。

 以前までであれば、奴隷という事でそこで働く女性たちも道具という認識であり、それ以上の待遇なんてあり得ないという考え――改めて見ても反吐が出てしまうものであったが、それも徹底的に見直しが始まっている。しかし、それでも抜け穴というものを抜けている所はあるらしく、その事で友人も頭を悩ませていたはずである。それが、件の組織が運営していると噂のある娼館である。

 彼女の話を聞くまでは、その摘発も慎重にやるべきだと自分でも思っていた。理由を上げるのであれば、と彼女はこのやり取りが始まって3度目の羞恥を味わう。

 (本当に貴族って)

 必要がないのではないか? 皆が皆ああとは言わない。けれど、父のように誇り高い貴族と呼べる者と該当する者には2人しか会っていない。後は、有象無象の塊だ。奴らが大事なのは自らの名誉と財産であり、民などどうでも良いのかもしれない。件の娼館摘発に自分が足踏みしていたのも、その運営に一部の貴族が関わっていると知っていた事に件の組織も非常に厄介なものであり下手な事をすれば、友人や父に迷惑をかけてしまうとどこかで怯えていたのかもしれない。

 それを思うと本当に自分が情けなくなる。そこで行われている非道な事は自分もある程度知っている。ならば、脇目も振らずに乗り込めば良かったのだ。

 

 彼女が抱えた葛藤を責める事が出来る者がいたとすれば、それは彼女の両親だけであったろう。基本的に関わり合いになっていないのに、「何とかしろ!」というのは非常に無茶苦茶な話であるのだから。しかし、そんな事は彼女には関係なかった。

 ラキュースは決意する。この依頼を終えたら、然るべき準備を整えて、件の娼館をぶっ潰すと。

 「やはり、この問題は貴族の問題であり、私もまったく無関係とは言えません」一度頭を下げ、彼女は胸に右手を添えて続ける。「ニニャさんのお姉さんの件、私も全力で協力させてもらえませんか?」

 

 (アインドラさん)

 何も羞恥を味わっていたのは貴族である彼女だけではない。性別を偽り、姉を探していた彼女もまた自分の視野の狭さに己が無知を知った。

 貴族。

 それは、自分にとって憎むべき存在であった。しかし何もその全てがそうではなかった。目前の彼女のような貴族も確かにいるのだ。立場に血筋は関係ない、要はその人間の在り方であるのだ。

 (わたしも変わらなくちゃ)

 以前、モモン達と行動を共にした際、貴族という単語だけで嫌悪を出してしまった。もうああいった事もやめて行かなくてはならない。直ぐには難しいかもしれない、もう一種の生理反応のようなものだから。それでもと、彼女もまた決意をして、彼女の言葉に返す。

 「分かりました。でも、1つだけ条件を提示しても良いでしょうか?」

 「条件ですか?」

 ラキュースは身構える。どんな内容であってもそれは受け入れるべきである。しかし、彼女の心配は杞憂に終わる。

 「わたしと友達に、それからもっと話をしてくれますか? アインドラさんとは気が合いそうなんです」

 その言葉を受けた彼女は顔を輝かせる。彼女だってそれは同じであったから。

 「勿論です。でしたら、私の事は気軽にラキュースと呼んで頂けませんか?」

 「分かりました。……では、ラキュースさん……」

 微笑みあう2人、それから共通の話題。特に13英雄等の話でしばし盛り上がるのであった。その様子を遠目に見ていた貴族令嬢は静かに微笑んでいたのであった。

 

 「大変だぜラキュース!」

 その談笑に場に、もっと言えば見目麗しき花が咲き誇っているその場に最もそぐわない人物、「蒼の薔薇」所属戦士ガガーランの声が響いたのは、あれから10分後の事であった。来たのは彼女だけではなく、ティアも一緒であり、その事実がラキュース達の気持ちを切り替えさせた。

 「ガガーラン、何があったのかしら?」

 その質問は形式以外の何物でもないだろう。双子忍者の片割れ、それも彼らと行動を共にしていた側が一緒にいるのだ。その事は先ほど友人となった彼女も理解しており、その顔は不安に染まっている。仲間の言葉は続く。

 「デス・ナイトが出やがった」

 「!!!」

 余りの衝撃に言葉を出せずにいるニニャ、対照的にラキュースは冷静であり、両者のこの差はやはりくぐり抜けて来た修羅場の数といった所だろう。

 「そうなのね、モークさん達が相手をしているのね。相手は伝説級の存在、イビルアイ達を呼び戻して、それからセバスさん達にも戻って来て貰いましょう」

 その内心では第3者が知れば、苦笑しか出ない内容を人知れず垂れ流している彼女であるが、その判断は素早く的確であった。出し惜しみを出来る相手ではない。即座に全戦力を整え、依頼主である令嬢達へと向き直る。

 「シャルティア様、これより私たちはデス・ナイトを討伐しに行きます。時間は20分。それを超えて誰も戻ってこなければこの平野を脱出してくださることをここで約束して頂きたいのです」

 「それは……」

 言葉を受けた令嬢の顔は曇っていた。自分たちを見捨てて行けと言っているのに、もっと言えば、目的の物、あるいはそれに繋がる手掛かりすら見つかっていないと言うのに自分たちの心配をしてくれているのだ。本当に優しい少女である。だからこそ、ここは譲れないのだ。

 「もしも、安全を確保できれば、その時点で足の速い者。ティアかティナを送りますので、それも無く時間が立てば一刻も早くここを出て欲しいのです。シャルティア様の身の安全が第1ですから」

 「ラキュース様、分かりました。皆さまのご無事をここで祈っております」

 「はい、それと」彼女は令嬢の後ろに控えていた3人へと視線を移して続ける。「イプシロンさん、セバスさん、エドワード君。私が言えた事ではありませんけど、シャルティア様の事、よろしくお願いします」

 「はい、アインドラ様方もお気をつけて」

 言葉を返すのはメイドであった。その気遣いに感謝しながら、蒼の薔薇+1名の即席パーティーは問題が発生した地点へと向かう。意外な事にせの先頭を行くのは青色の忍者であり、その走りもいつも自分が見ているものより力が入ったものであった。

 (ティア、やっぱり責任を感じているのかしら?)

 走りながらラキュースはガガーランへと耳打ちをする。しかし、彼女はどこか笑った様子である。

 (いんや、これは面白い事になりそうだぜ)

 (ガガーラン?)

 ((わり)い、(わり)い。何でもねえよ)

 彼女には仲間のその言葉が少し許せなかった。今回共に依頼を受けた仲間でもある彼らの安否が不明な中で取るべき態度としては不適切ではないだろうか?

 何にしてもだ。急ぐべきであると一行は霧の中をひたすらに進む。

 

 

 

 死を覚悟した。確かにそのはずであったが、次の瞬間彼が聞いていたのは激しい金属音、それに顔面を打ち付ける強風。

 (え?)

 目を開けてみれば、のけ反った様子のデス・ナイトが移り、奴の視線は自分とは異なる方向へと向けられた。自らに向けられていたはずの殺意も散っているようであり、それにつられて自分もその方向に、右後ろの辺りに目を向ける。

 (あれは)

 そこにいたのは4足獣のような、どこか犬を思わせる姿を持ったモンスターであった。ただ、普通のモンスターと違い、その口に剣を咥えているようである。つまりは武装しているのであり、それで理解できた。先程自分が受けた現象はこいつが奴の武器をはじいたものであったと。

 (それに)

 視線を未だに気を失った状態の2人へと向ける。彼らから聞いている話、馬車の底に張り付いていたというモンスター。自分の視界にいるそれは、その特徴に当てはまるのであった。それもまるで、自分を助けたような気がするが、それはきっと気のせいに違いない。その理由がないのだ。むしろ、自分を殺したいとこのモンスターは思っているかもしれないと考えるべきである。攻撃をしたのはこちらであるから。

 デス・ナイトの方は今の一撃で完全に標的を変えたようで再び叫び声を上げる。邪魔が入った事に対する怒りであるのは火を見るよりも明らかであった。

 それに対して4足獣は剣を放ると、死の騎士に向かって駆けだす。互いの距離はそこまで離れておらず、むしろ近い、それに獣の足は速く、その動きはそれまで自分が見てきたどれよりも軽やかであり、瞬く間に両者の距離は縮まる。

 死の騎士はその様子に別段驚く様子もなく、無造作に剣を振るう。先程自分にしたものと同様、上段からの一撃であった。何とかその動きを自身の動体視力が捉えているが、それでもそこだけであり、もしも自分が再び狙われていたのであれば、何も出来ずに斬られていたであろう。

 「???!!!」

 動揺の声を上げるのは死の騎士であった。奴にとってはいつも通りに斬り捨てるつもりであったのだろう。しかし、相手はそれを簡単に、僅かに身を奴に向かって右側に傾ける形で躱してみせたのだ。その動きには一切の無駄がなく、つまり。

 (完全に見えている。という事ですか)

 自分のように目で追えるだけではなく、文字通り全身がその動きに対応できているという事であろう。そうなると、彼は先程まで死にかけていたという事を忘れ、1つの事を気にかける。

 (何なんでしょうか?)

 デス・ナイト。または、死の騎士とも呼ばれる存在。

 それは、強大な力を有しており、生者どころか、他のモンスターも奴にとっては蹂躙する対象でしかない。だからこそ、自分達は時間を稼ぐことに力を注いだ訳である。それも1分持ったかどうか怪しい所であるが。

 だというのに、この獣はそれ以上の力を持っているらしいと今の動きからでも読み取れそうであるのだ。その姿もよく見て見れば、それまで見た事が無いような姿であるではないか。

 全身を覆う鱗、鳥のような足に、何よりその目だ。無機質でありながら、どこか熱を持っているようであり、それがこの獣が唯のモンスターではないと自身の勘が訴えているようであった。

 (…………)

 この霧が蔓延る平野には自分が知らない事がまだまだあったらしい。いや、そもそも知っている事の方が少ないものであったけど。

 そんな彼の思考の横で、人外同士の戦いは続く。騎士の一撃を避けてみせた獣は大地に刺さったその剣を足場にするように騎士の肩へと乗ると、そこで一度真上へと飛んだ。騎士も慌てて剣を振るが、全ては獣の動きよりも遅れているものであった。翻弄されるように、まるで必死に蚊を叩き落そうと躍起になっているように上空へと剣を振り上げる。

 しかし、それこそ獣が騎士にとってはった罠であったのだ。ペテルがそれに気付いたのはその後の展開を見たからであったけど。

 真上に振り上げられ、天へと向けられた騎士の右腕、上腕骨に獣は噛みついた。

 「グガ!」

 慌てふためいた様子で獣を振り払おうとする騎士であるが、獣は離れない。そう、その獣が狙っていたのは、剣を振るう右手に噛みつく事であった。それによって、剣の間合いの外に逃れる事が出来る訳であるし、盾で叩き落そうにもそれをする為には自身の右腕をある程度傷つける必要に駆られる訳であるが、それは、騎士にとっては難しい問題であったらしく。腕を振るうだけであった。それでも、周囲には風が吹きすさび、その冷気がペテルから熱を奪っていき、生よりも死の方が近づいていると、彼の体が訴えるが、それよりも彼は目の前の戦いがどういった結末を迎えるかに興味を惹かれていた。

 「グオォ!」

 デス・ナイトは怒りを感じていた。何だ? このモンスターは? 自分は絶対的な強者であるはずなのだ。そうでなければならない。ひとまずは腕から払うのが先であると、騎士は腕を振り続けるが、次の瞬間にはそれまで感じた事のない衝撃を受けていた。噛みつかれた辺りから嫌な感触が広がって行くのだ。

 (???)

 見てみれば、自分の腕に亀裂が走っているではないか。それはつまり、と騎士は咆哮する。ありえない、絶対的な力を持つ自分の腕が、こんな訳の分からない下等生物にかみ砕かれるというのか?

 「グガァ!」

 断じて認めない。認められないと騎士は腕を振り続ける。それに対して、獣は更なる動きを見せる。自らの体を激しく動かせて、噛みついたデス・ナイトの腕を支点に回転を始める。

 

 それは、かつてアインズが過ごした世界における歴史、まだ外の世界でスポーツが出来た頃に大会種目にもなった事がある「大車輪」そのものであった。

 

 「グオオォォォォ!!!!」

 デス・ナイトは叫び続ける。ペテルも目を離すことが出来なかった。回転の中心、獣が噛みついている辺りからは硬質な音が鳴り続けた。それは、獣の牙が騎士の腕を、骨の身でもあるそれを削っている音であった。それを聞いているペテルは知らない事であるが、その音は高速切断機が鉄骨を切ろうとしているものに近く、火花も散り初めている。

 「グガアァァ!!」

 勢いこそ衰えているけど、騎士は叫び続ける。これから起こるであろうことを必死に否定しようとしているようであった。しかし、音は響き続け、その音質も初めは硬質的なものであったのが、だんだん柔らかくなっていく、その事に全く知識がないペテルでも分かった、その時が近いのであると。

 「グアァァ!」

 それは、死の騎士が始めて上げた怒りに憎しみ以外の感情による咆哮。そして、上空から降ってくるのは、その騎士がいたぶろうとしている四足獣にフランベルジュを持ったままの右腕、そう騎士の腕であり、それが体から離れている事実が起こった事を物語っていた。

 すなわちデス・ナイトの右腕の切断。それ自体に対する肉体的な痛みはない。しかし、そのプライド、絶対的な強者という自尊心は十分に傷つけられた事であろう。

 その瞳こそ眼球もない眼窩、暗いものであるが、獣に対して憎悪を燃やしているのは誰の目から見ても明らかであった。そして、そんな騎士を、常人であれば、その視線だけで震え上がりそうなものを受けても獣は何ともないように鼻を鳴らして見せる。ペテルには、「こんなモノか」と言っているように感じた。

 それは、騎士も同じようであり、何度目にもなる咆哮をあげ、獣に迫ろうとする。左手にもった盾で殴り殺すつもりであるらしい。

 それに対して獣がとった行動はペテルを驚かせるものであった。

 (あれは)

 いつの間にか、獣の足元には見覚えのある羊皮紙の束が転がっているではないか。

 (スクロール?)

 初めに攻撃を受けた時もそうであったが、このモンスターは道具を使う事が出来るらしい。彼がそう思ったのはそれだけ、この生物の技量があるという事であるからだ。

 例えば、オーガも道具を、棍棒などを使うが、それは唯もって振っている。単に腕の延長でしかない。しかし、この獣はどこか違うように感じたのであるのだ。先程の防御にしたって、巧みな剣裁きであったのはデス・ナイトの一撃を防げた事からも読み取れる。それにスクロールも使えるとなれば、もう唯の獣ではないのだろう。

 (本当に、何なんでしょうか?)

 この平野は正直謎だらけであり、これもその1つかと考えるペテルには視線を向ける事もせずに獣は次の行動に出ていた。2つのスクロールを器用に咥えて宙へ、前方へと放り投げる。如何様にして、発動したのかは不明であるがスクロールは灰となり、六芒星を思わせる魔法陣が描かれ、そして、その中央から鎖が飛び出し、死の騎士へと襲い掛かる。

 先にダインが仕掛けた植物よりも頑丈に絡みつく2本の鎖、それを振り払おうともがく騎士の姿は既に強者と呼ぶには無理があるようであり、それでも何とかその状態から脱出しようと躍起である。

 間髪入れずに獣は次の行動に出る。スクロールを3つ、宙へ、自身の真上へと放るとその口を大きく開く。勢いよくその中に吸い込まれていくスクロール。全てを飲み込んだ後、その獣はその味を噛みしめるように咀嚼する。それが、何の為の行動かは不明であったが、獣が騎士に対して放った攻撃でその答えも出る。

 十分にその羊皮紙を堪能した獣は騎士へと向き直ると、その口を再び開く。その様はまるで竜がブレスを放つようであった。

 放たれたのはペテルも見たことがない物であり、何とか似たものを上げるとすれば、普段から自分たちも世話になっている火 球(ファイアーボール)が最も近く、違いを上げるとすれば普段から使うそれが火を思わせる赤色なのに対して、獣が放ったのは水色である点だ。

 1発目はデス・ナイトの右膝にあたった。球状であったそれは、その瞬間、床に叩きつけられた卵が割れるように爆散する。その瞬間、霧の為唯でさえ低い気温が更に下がったように肌で感じ、その魔法がどういったものか理解できた。

 (氷ですか)

 氷結系統の魔法は話だけでなら聞いた事もあった為、その答えに行く着く。正確な名称は不明慣れどひとまずは、氷 球(アイスボール)といった所だろうか? デス・ナイトも凍る事こそなくともその動きは鈍くなっているようであった。それを確認した獣は更に魔法を放つ。

 2発目は肋骨に命中する。その体に更に霜がかかり、その体表に少しずつであるが、氷が張り着いているようであった。

 続く3発目は頭に命中する。流石に自身の体を襲う違和感に気付いたのか死の騎士は咆哮を上げようとするが、その口が既に凍り付いていた為に、くぐもった音が響くだけであったが、まだ騎士は負けを認めようとせずにもがいている。しかし、そんなことは初めから承知していたと言わんばかりに獣は攻撃の為の動作を続ける。

 再び宙へと舞う3つのスクロール、それを飲み込み咀嚼した後に再度、氷による砲撃を死の騎士へと放つ。

 4発目、5発目、6発目と放たれた魔法は全てデス・ナイトへとあたりその都度騎士を中心に冷気が広がる。それらは膨れ上がり、生じる風も強いものとなり、それを受けたペテルは思わず左手で顔を覆う。周囲へと広がった冷気は煙のように視界も防いでしまい、デス・ナイトは勿論の事、獣さえも見失ってしまう。

 (ルクルット、ダインは)

 これだけの冷気だ。仲間は無事であろうかと、自身も危ないと言うのに仲間の心配をするペテルであった。

 

 やがてあける視界、その中央にあったのは、先ほどまで死を撒き散らしていたデス・ナイトに奴を覆うように広がった氷の塊でありそれは一種の芸術作品のようであった。つまり、勝負はついた訳であり、敗北したのだ。あの伝説級の存在が。

 ペテルは唯、茫然とそれを見ている事しか出来なかった。本当に驚きの連続である。突然現れた死の騎士もそうであるが、それをいとも簡単に完封して見せた存在。

 視線を彷徨わせてその姿を確認する。先程砲撃を行ったその位置から動いていない様子で、その視線は相変わらず自分には向けられておらず、今や氷の彫像と化した騎士へと向けられている。その相手が完全に動かないことを確認すると、スクロールを咥えてその上に放り投げる。

 発動した魔法はそれまでのものとまた違ったものであった。

 描かれる魔法陣は初めに見た鎖を出したものよりひと回りもふた回りも大きく、巨大な3角形が描かれていて、3方にある点を中心にまた別に複雑な、辛うじて円形であると識別できる模様が描かれており、その中心から鎖が、合計3本その彫像に向かって伸びる。先のものと異なり、その鎖の先端には鋭くとがった鋲が取り付けてあり、それが3方向から騎士を囲むように氷へと突き刺さる。

 時を忘れてその光景に見とれるペテル、それだけに幻想的であり、不思議な光景であったのだ。彫像へと刺さった鎖は再び、魔法陣へと引き込まれる、まるで水に沈むようであった。それに伴い、持ち上がられる彫像もまたやがてその魔法陣へと吸い込まれて行き、氷が溶けて水になるように魔法陣へと消えて行った。それから何事もなかったように魔法陣も消滅して、そこには何もない空が広がる。まるで、初めから戦いなどなかったかのような静けさが周囲を包む。

 一瞬、ペテルもそう思いそうになるが、体に残った痛みに疲労がそうではないと思考を現実へと引き戻し、そして思い出す。何も戦いは終わっていない。自分は見届ける形になったが、あの獣だって決して味方ではない。大方魔物同士の縄張り争いといった所であるだろう。先程の魔法に、騎士の行方は気になるがまずはこれから起きるであろう戦いからだ。

 (と、言っても)

 既に満身創痍、休めたと言ってもほんのわずかな時間であり、武技も使えて後1回であり、杖代わりにしている剣にしたって持ち上げるのがやっとであるのだ。その状態でデス・ナイト以上の相手をする事になるのは正直厳しい。それでもやるしかないと、彼は獣の方へと視線を移す。

 (!!!)

 体に衝撃が走る。既に獣はこちらへと視線を向けているのである。その目はやはりどこか普通ではなくて、何を考えているのかは何も読み取れそうにない。

 (時間を稼ぐ)

 後、1回武技を使えるのだ。「能力向上」を使用して、それで出来る限りの時間を稼ぐ。それが自分の出来る事であろう。そうやって、彼女たちが来るまでの時間を稼げれば良いのであるとそう、覚悟を決めた彼の予想を大きく裏切る事が起きた。獣は今度は瓶を咥えて持ち上げるとペテルへと放り投げた。突然の事に彼は反応が遅れ、その瓶は彼の額へと命中する。鈍器で殴ったような痛みが彼を襲う。

 割れた――人体にぶつかる程度でそうなる程脆いその容器の中身は紫色の液体であり、それを浴びた彼が次に感じるのは安らぎであった。

 (???)

 毒か、あるいはその類の攻撃だと思っていたのであるがどうにも違うらしい。その感覚の正体は自分の体の傷が無くなっていた事であった。

 つまり――

 (ポーション――?)

 どういう訳か、その獣は自分の治療をしてくれたのである。どうして? と思う。自分たちは恨まれて攻撃を受ける事こそあっても助けられる理由は無いはずである。それから獣は何事もなかったように歩き出す。しばらく、それに見とれる。獣はやがて霧の中へ消えそうになった所で、一度止まり、こちらを振り返る。その仕草に何を言いたいのか何となくであるが、口にする。

 「ついてこい? そう言っているのですか?」

 その言葉が通じたかは分からないが、獣はまた歩き出す。それを肯定と捉えてペテルも剣をつきながら、何とか追いかける。確かに傷は塞がったが、それでも体に残った疲労は相当なものであり、杖をついて歩く老人のような動きがやっとであったのだ。

 獣はそんな彼の事情を察しているかのように時折、立ち止まり後ろを振り返ってペテルの様子を確認してその後、再び歩き出すとその繰り返しであった。その事に感謝しながらも、彼も何とかその後についてゆく。

 そのまま何分歩いたであろうか、かなりの距離を歩いたように感じる。やがて、獣は立ち止まり動かなくなった。その顔は再び自分へと向けられており、「ここまで来い」と言っているようであった。いや、実際そうなのであろう。何とかそこまで、重い足を引きずるように進み、その傍に近寄る。

 (これは)

 その先は急な坂であった。ここに落ちる事を危惧してこの獣は足を止めたのか? いや、それはないはずだ。あの騎士を相手に振舞える獣がそんな簡単な間違いを起こすとは思えない。では、一体何だというのか? きっと何か意味があるはずであると、ペテルは周囲を見ましてみる。そして、気づいた。

 (ここは、それに……あれは?)

 そこは言うなれば、すり鉢状の地形であり、自分はその淵に立っているのであった。そしてその中心、つまり最もその地で最も低い場所にあるそれを見つけて、彼は今日何度目かになる驚きを胸に抱く。今まで見た事もない物がそこにあったのである。そして、獣が此処まで自分を導いたのはあれを自分に見せる為だったのかと再びその姿を見ようとしたペテルであったが。

 (??? どこに行ったのでしょうか?)

 既に獣の姿はどこにもなかったのであった。

 

 

 

 デス・ナイトとの闘いで傷を負い、気を失ったルクルットであったが、彼はその間、何やら素敵な夢を見ていたようであり、気絶したと言うのに夢心地のように呟く。

 「ん~ラキュースちゃ~ん、ルプスレギナちゃ~ん」

 そんな彼の目を覚ましたのは頬を叩いた痛みであった。目覚めた彼は眠気眼で口を開く。

 「何だよ~ペテル? 今、良い所なのに~て、あれ? ティアちゃん?」

 目の前にいたのは、いつも自分を殴ってくる石頭のリーダーではなく、双子忍者の片割れであった。その目は何だか殺意が籠っているようであった。

 「あいつはどこ?」

 「へ?」

 「ティア、やめなさいったら」

 まるで、要領を得ていないと言った顔をした彼の首を絞めよとした彼女を止めたのはラキュースであった。

 (それにしても)

 彼女の知らせを受けて、今回の依頼に参加している残りの冒険者全員でこの場に来た訳であるが、少し状況が変であったのだ。確かに争った形跡はあったし、倒れている彼らも発見した。しかし、デス・ナイトとペテルの姿がないのであった。自分たちがここに来るまでに彼らが敗北、そして全滅したのであれば、死の騎士は自分たちの方へと向かってくるはずである。奴には生者をかぎ分ける能力があるのであるから。

 (だったら)

 今も戦闘が続いている?

 「それは……ないはずです」

 自分の思考を読んだようにそう答えるのはニニャであった。その顔は当然のように曇っていた。行方不明の彼とは自分よりも彼女の方が付き合いはある為、その言葉の通りであるのだろう。

 「ニニャさん」

 次に思いつくのは最悪の可能性。今も彼が死の騎士にいたぶられているという可能性。

 (十分あり得るわね)

 これは、王都の冒険者組合長から聞いた話である。かの騎士は気に入らない相手を殺さずに何時間でもいたぶった事があるというのだ。そして、彼の性格を考えれば目を付けられる可能性は十分ある訳である。

 「リーダー、急ごう」

 焦ったようにそう言うのはやはりティアであった。というか、彼女の様子はどこかおかしい。決して嬉しくもないが、彼女はいつも自分を呼ぶときは「鬼」をつけるのに、今はそれがない事が何よりの証拠であった。

 (やっぱり)

 責任を感じているのであろう。ペテル達の班で最も索敵に長けていたのは彼女である為、デス・ナイトの襲撃、もっと言えば、その前のゾンビウォリアーの攻撃を察知出来ずに後手に回ってしまった事に対しての罪悪感であろう。

 (おいおい、マジでそう思ってんのか? ラキュース)

 (どういう意味よ、ガガーラン?)

 またも自分の思考を読んだように耳打ちをしてくる仲間の戦士。その顔はどこか楽し気であるのだ。

 (いい機会だ。あいつも男の味を知るべきだぜ)

 彼女が何を言っているのかはいまいち理解に苦しむ所であったが、それよりもやる事がある。

 「ひとまず、ボルブさんとウッドワンダーさんの治療をしましょうか。話はそれから聞くとしましょう」

 手持ちのポーション等でそれを済まして、彼らからの話を聞き、ここで何があったか調べなくてはならない。

 「ルクルット、ダイン大丈夫ですか?」

 「いや、ラキュースちゃんが膝枕をな――ブベ!」

 阿保な事を言う仲間を杖でぶん殴ってニニャは比較的話が出来る方へと視線を向ける。

 「ダイン、一体何があったのですか?」

 「あいつは? あいつは無事なの?」

 彼らと途中まで行動を共にしていた彼女は余裕がない様子でダインへと迫っている。

 (何があったんでしょうか?)

 仲間の目から見て、ペテルはどちらかと言えば、女性受けが良い人物であった。そこまで悪くない顔立ちに剣の腕もあり、そしてあの人柄である。誰もが振り返るとは言わないけど、それでも、少なくともいつもナンパ等しているルクルットよりは評判がいい人物である。

 しかし、今仲間へとリーダーの安否を問いかけている人物は少し違ったはずである。

 (おい、ティアはどうしたんだ?)

 (分からない。でも、あんなティア、初めて見る)

 イビルアイ達もまた、彼女の変わりように戸惑っていた。戻ってきた彼女は残った3人の内、現在行方不明の彼を気にかけているようであった。

 それから、現場検証が始まる。話は初めにゾンビウォリアーの所から始まり、そこからデス・ナイトとの戦闘になったいきさつと、そこで不満気に声を上げたのはルクルットであった。彼は特にニニャへと力をいれるように愚痴る。

 「酷いんだぜ、ペテルの奴。ティアちゃんは優しく助けたって言うのに。俺の事は殴りやがったんだぜ」

 「それは、普段の行いが悪いからでは……」

 呆れたように声を上げる彼女と違って、ティアは少し頬を赤くさせて、それが他の「蒼の薔薇」の面々に興味を抱かせる。

 「その話詳しく聞かせてもらっていいか?」

 「ガガーラン……今はそれ所じゃ」

 「いや、詳細な情報は必要だろ。私もガガーランに賛成だ」

 「私も」

 こんな事をしている間にも彼は地獄を見ている可能性が高い訳であり、無駄な事をする時間などないはずであるが、他の者達はそこを聞かないと先に進むつもりはないらしい。

 (まったく)

 我が仲間ながら、何て奴らであると呆れたラキュースであったが、それよりも先に動いた者がいた。そう、何気に話題の中心となっているティア本人であった。彼女は突然あらぬ方向へと走り出したのであった。

 「ちょっとティア! どこに行くのよ!」

 そして彼女が向かう方向を見れば、そこには霧が立ち込めているだけである。否、人影が出てきたのであった。それは、今にも倒れそうに弱々しい歩きであった。

 「ペテル!」

 声を上げたのはニニャであった。剣を杖代わりにした状態で歩いて来たのは捜索予定の彼であったのだから、その驚きはラキュースにもよく理解出来るものだ。そして、彼が来ている事にいち早く気づいたのは仲間である「漆黒の剣」の面々ではなく、ティアであったのだ。その事実と最も付き合いが長い戦士の様子がようやくその可能性へとラキュースを導く。

 (え、そういう事なの?)

 こちらの姿を確認した事に体の力が抜けたのか、前に崩れ落ちた彼を受け止めたのは彼女であった。身長は彼女の方が低いため、その額に彼の胸が当たる形となって、そして彼女はそんな彼の背に腕を回し、彼も彼女へと体重を預けるのであった。

 「馬鹿、死んだらどうするつもりだった?」

 「すみません…………でも、何とか返してもらえそうです」

 その様は、まるで戦場から帰って来た夫を出迎える妻の様でもあり、その様子が他の面々に何があったのか知らせた。

 (ひゅ~う~! やっぱり面白い事になってやがるぜ)

 (助けて貰ったと言っていたが? いや、まさかな、だとしたらティアの奴、軽すぎだろ)

 (本当に意外、ティアが女以外にああするのは)

 面白がる戦士に呆れる魔法詠唱者(マジックキャスター)、珍しいと感嘆の声を上げる忍者と彼女たちの反応は様々であったが、何も驚いているのは彼女たちだけではない。

 (あんな顔)

 そう思ったのはニニャである。初めて見るのだ、あんなにも安堵した顔をするリーダーは、彼女は仲間たちへと意見を求める。

 (もしかすると、そうなのかもしれないであるな)

 ダインなりの予想だ。彼の事だ。きっと義務感であるのだろうけど、その感情だっていつかは変化するかもしれない。そう答える。

 (本当にいつもいつもよ~……でも、ま、いい加減あいつもそう言った相手を作るべきだな)

 文句を言いながらもこの変化は喜ばしいものだというルクルット、しかしそれを素直に信じる事はニニャには出来なかった。

 (本音は?)

 (とっとと既婚者になってくれれば、俺の勝率が上がる)

 (だと思いましたよ)

 そんないつも通りのやり取りをする彼らを傍目にラキュースもまた驚いていた。

 (え、嘘でしょ。あのティアよ?)

 あの女遊びが酷い仲間が、いつの間にか恋する乙女の様な仕草をするではないか。しかしと彼女は考える。

 (良い事じゃないの)

 そう、経緯はどうあれ仲間の幸せは祝福すべきである。と同時に彼女は次にこう考えた。

 (もしも、モークさんがティアを貰ってくれれば)

 そうなってくれれば、彼女のそう言った事もなりを潜めるかもしれない。いや、間違いなくそうなるだろうと確信があった。そうなれば、問題児が1人減るのだ。

 (違うわ、ラキュース。これは仲間を祝福しているのよ)

 自分で自分に言い訳をするラキュース。決してお荷物を押し付けようとしているのではない。彼女の幸福の為だと。そんな彼女の様子に気付いたのはそんな彼女を一番良く分かっている戦士であった。

 (何だ? 珍しくラキュースが悪い顔をしてるぜ)

 それから数分程彼らを見守った後、彼から詳しい話を聞く事になる冒険者達であった。

 

 



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第10話 遭遇

 「まあまあ、あれはあれは」

 それが、彼の発見したものを見た令嬢の第一声であった。

 

 

 

 あの後、彼から事の詳細を聞いた後、令嬢たちへの伝令としてティナに走ってもらい、その場へと全員で向かう事になったのである。

 「それにしてもあれだな、何だったんだろうな? そのモンスター」

 疑問を口にしたのはイビルアイであった。それは、彼女だけではなく話を聞いた者全員が持つ疑問でもあった。

 (そうよね)

 デス・ナイトとの遭遇後、その戦闘経緯を聞いてみれば、当然の帰結と言うべきか彼らは敗北していたという。双方の力量を鑑みれば仕方のない事。初めにモークが重いものを受けて、その後、ボルブとウッドワンダーが時間を稼ごうとしたもの1分程で沈黙。

 その後、モークが何とか攻撃を当てて、自身に注意を向けさせたと言う。

 「たくよ~。いつも思うけどな、ペテルは無茶しすぎだろ。具体的には、突っ込みすぎと言うかね」

 思い出したよにぼやくのはその彼から、というよりはチームメイトからの扱いも時々雑になりがちなルクルットであった。彼は続ける。

 「思えば、あん時もよ~そうだろ? ニニャ、ダイン」

 「それに関してはルクルットの言う事が正しいのである」

 「そうですね」

 「おい、何だよ? それだったら普段の俺の言う事がおかしいみてえじゃねえか」

 実際、そうなのではないか? という空気が散漫し始める。それは、自分たちにしてもそうであったし、依頼元の令嬢一行にしてもそうであった。令嬢と見習いであろう少年執事は何の事かと分からない表情を浮かべているが、メイドは苦笑しており、老執事は厳しい目を向けて来る。もしかすると、馬車内でのやりとり、彼女の言葉を聞かれたのかもしれない。

 「それは、城塞都市の一件での事ですよね」

 流石に彼を不憫に思ったらしく、そう口にしていた。話の先を促して、一刻も早くこの空気を払拭したいと考えたのかもしれない。

 「そうなりますね」

 「そうだぜ~」

 自分と、令嬢にメイド、それと仲間の魔法詠唱者は彼女からその話を聞いていたが、他の面々は知らない為、もっといえばそれを口にしている野伏の彼だって、馬車の中でそんな話があったなんて知らないだろう。その間、彼には後方で自分たちを追いかける形で乗馬して、周囲の警戒にあたってもらっていたのだから。

 改めて彼の口から語られる城塞都市の件、先ほど聞いたのは英雄の話が中心であったが、彼の話は正に彼らの話であった。その騒動の際に戦った相手の話になり、彼女もまたその単語を思い浮かべる。

 (ヘッドギアね)

 また連中かと思ってしまう。そして自分が持っている知識を掘り起こす。王国でその名が聞かれるようになったのは確か5年前からだったと思う。

 その名前だって連中がそう名乗っているのではなく、返り討ちにあった者の死体を調べた際に見つかった刺繍、それもその件に関わり死んだ者全員から見つかったそれから当時その担当者が名付けたのが広がったという認識である。

 自分たちも過去にその所属と思わしき者たちと戦闘をした経験はあるが、とにかく異常なのだ。使用する魔法は見た事も聞いた事もない物が出て来るし、その癖その痕跡は一切残らないという怪奇っぷり。世間の認識ではどこか壊れた集団だとあるが、その行動はかなり訓練されたもののようにも見える。

 (…………)

 ここからは自分の勝手な想像とも何ら変わらない憶測になるけど、その正体は帝国、あるいは法国の特殊部隊の一種ではないだろうか? というものだ。

 唯のイカレ集団にしてはその装備が豊富なのもあるし、大した装備ではないのにアダマンタイト級である自分たちに食い下がった輩もいる。というか、その戦い方だって徹底している。

 (なんて言うのかしらね)

 この世界における戦士というのは、正規兵、冒険者、ワーカー、犯罪者等、その多くが正面からの戦闘になることが多いというのに。連中の中にはそう言った事を避ける者が多いのだ。不意を突いての攻撃、そして当たろうが外れようが即離脱、そしてまたも不意打ち、それを繰り返す。そんな戦法を取る奴が多いのだ。まるで、初めから勝つつもりなどないように。

 (そうなのよね、そこが怖いというかなんというか)

 言うなれば卑屈なのだ。自分たちは弱い存在だと仮定して、その上で戦略を建てている所があるのだ。それにしたって、城塞都市でのやり方は自分でも驚いている所がある。

 まさか、自爆上等の手段をとるとは……それだけ、自分たちの痕跡を残すのを嫌がったのか? 否、そうであれば、すぐにその場を離脱すべきである。どうしてそうしなかったのか?

 (駄目ね……どれだけ考えても)

 自分の勝手な妄想とそんなに変わらない。そんな彼女の耳にルクルットの言葉が届く。

 「こいつ、絶対相打ち上等だったんだぜ」

 「俺は嫌いじゃないぜ、そういうの」

 自分も戦士である彼女の意見に全面的に同意であった。たとえ、自分の命が危なくても彼は状況を打開しようとしていたのであるから、それでもその場は敵方の方が上手であったらしいけど。彼が無事だったのは運どころかその相手の狙いが別にあり、そして彼と対峙したその者にもそれなりの覚悟があったのは明白であろう。じゃなければ、自分の首が飛ぶというのに、他の事をやってのけるなんて出来はしないだろうから。

 「そんな訳でよ~」彼は視線をペテルに寄り添っているティアへと向けると続ける。「こいつはそう言う奴だからよ~よろしくお願いするよ。ティアちゃん」

 「は?」

 一瞬何を言われたか分かっていない様子の忍者、もしかしたら本人さえ無意識なのもかもしれない。そんな彼女に野伏は軽率に言い放つ。

 「だからよ、ペテルの事。しっかり頼むぜ~こいつなら絶対浮気はしないから――グバぁ!」

 言葉を最後まで言う事が出来なかったのは、彼の顔を衝撃が襲ったから、そしてそれは素早く飛び上がったティアが放った膝蹴りでもあり、その顔は熟れた果物のように真っ赤であった。

 「違う。私は唯、借りを返すだけ」

 本人は必死に否定してみせているけど、その顔に行動、なにより先ほど見せられたあれを思い起こせば言っている事の説得性は皆無に等しいものであり、他の者たちも薄く笑っていて、特にメイドの苦笑顔と戦士の意地汚いと言われても仕方ない表情が目立っている。

 そして、苦笑しているのは当事者にされてしまったペテルも同様であり、彼自身はその事についてどう考えているのか気になった彼女は彼へと近づき、耳打ちをする。

 (あの、モークさん?)

 (どうしました? アインドラさん)

 そう言葉を返す彼はどこまでもいつも通りであり、その内心がどうなっているかは全く読めそうにない。

 (ティアの事はどう思っていますか?)

 彼女の言葉に彼は一瞬困惑した顔をするが、直ぐに元に戻して言葉を返す。

 (ああ、そういう事ですか……どう思うも何も尊敬できる方ですよ。彼女も、あなたも)

 その言葉に肩を落としている自分がいる。彼にとっては文字通りの意味なのであろう。先程のやり取りにしたって、ようやく体を休める事が出来るとそうした模様であるし、と彼女は思う。

 (これは、大変かもしれないわね)

 しかし、彼を良く知る「漆黒の剣」たちの反応を見れば、全くその気がない訳でもない訳だ。どうにか出来ないかと思った彼女を悪寒が襲う。気づけば、ティアが自分を睨んでいるではないか。

 「どうしたのティア? 何か気になることでもあった?」

 「……別に」

 彼女はそう言うが、自身へ向ける視線は冷たいままである。その瞳は自分たちのチームに加入する前、裏家業をやっていた頃の眼差しそのものであり、恐ろしさよりも嬉しさが込み上げてくる。試しに彼から離れてみれば、彼女からの殺意籠る視線は無くなり、彼の傍へと移動するその様にロマンチストでもある彼女の頭に1つの光景を見せる。

 雛鳥が待ちわびる巣に、つがいで餌を口に戻る雌鳥のようだ、と。

 (ふふふ、これは私も何かしなくてはね)

 例え、お節介と言われてもこの事情に介入してやろうと彼女は決意して、前へと進む。彼女と同様に一行も目的地へと向かう。その間、倒れたルクルットの事を誰も気にかけなかったことから彼の扱いがどれ程の物かというのがよく分かる。

 

 「と、話がそれてしまったな」

 口を開くのはイビルアイであった。今も倒れているであろう彼のおかげで脱線した話を本筋に戻す。

 「お前を助けたって言う。そのモンスターって、ここに来る途中でラキュースが叩いた奴だろ? どうしてそいつがお前を助けるんだ?」

 「そう、ですよね。そう思いますよね」

 彼自身も自信なさげである様子であり、その事に歩いている者たちはそれぞれに考えてみる。

 「そもそも、本当に助けるつもりだったのか?」

 疑うように口にするのはイビルアイ。

 「大体、モンスターが人間を助ける理由なんてないだろう。その時だってたまたま、そう、それこそ奴らの縄張り争いか何かだったんじゃないのか?」

 彼女の主張は最もである。王国の歴史を見ても、モンスターと人間が共生しているなんて話は聞かない。

 「うむ、確かにその通りである。が」

 不服そうにそう返すのはウッドワンダーであった。彼の故郷も少し特殊だったらしいことは聞いているが、それだって先に挙がった事柄と比べる事は出来そうにない。

 「だがよ、だとしたら、わざわざペテルを庇う形で入ってきたりはしねえだろ」

 反論するのはガガーラン。彼の事をファーストネームで呼んでいたり、現状彼の口からしか伝わっていない情報を疑いもしない辺り彼女もまた彼の事を気に入ったのだろう。そして、そんな彼女をティアが睨んでいて、その事に頬が緩む。きっと彼女はどうして自分がそう言った行動をしているのかさえ、分かっていないのだろう。その理解が更に自分の表情をだらしないものにしそうで、必死に抑えながらその言葉に賛同する。

 「そうよね。それに、治療までしてくれたって話じゃない」

 「で、ですよね。もしもそのつもりであったなら、ペテル達は此処にいませんよね」

 そう返すニニャであったが、軽く悲鳴を上げたと思うと黙り込んでしまう。原因は言うまでもない、自分たちは慣れているから良いが彼女の場合は仕方ないと言えよう。

 「そう、そしてそこからそのモンスターがとった行動。その意味合いは何だと思う?」

 「それこそ、罠の可能性が大きいと思う。一度、友好的に接するというのは私たちもやって来た手段」

 経験込みの意見を言うのはティナ。彼女たちの経歴を考えればそれも説得力が増してくる。仮にそうだったとした場合、危険ではある。

 「そうね、でも……」

 「そこに今回の目的に沿う物がある可能性を否定できませんからね」

 困った様に、口元に手をあててセバスがそう答える。今更ながら、彼の事をそう呼んでいるのはその単語しか名乗らなかった為、他に呼びようがないのだ。これは執事見習いの少年も同様であった。

 「そうですよね。結局はそこに行き着きますから……」

 そう、実際その通りであった。今回、自分たちがこの平野に赴いた理由を考えれば彼が見つけたというそれも確認しない訳にはいかない。本来であれば、自分たちだけでその判断をすべきであるかもしれないが、見つかった経緯が経緯である為。依頼主にも確認してもらおうという事で彼女たちにも来て貰っている。

 (そういえば)

 「シャルティア様から貸してもらっているマジックアイテムだけど、そっちの反応はどうなの?」

 「こっちは全く反応なかったぞ、不良品じゃないだろうな?」

 預かった品を振りながら口にするのはイビルアイ。こういった時には彼女が食いつくのが定まりつつあるようで、その態度にしたって依頼主に対する態度ではない。それに対して、依頼主の少女は何処までも立派であった。

 「お父様も完璧な御方ではありませんから。もしもそうであれば、申し訳ありません」

 「シャルティア様が謝ることではありません。その大変さは私も良く知っていますから」

 マジックアイテムの製造。言葉にしてみるととても簡単なものに見えるが、そうではない。ここだけの話になるが、幼少期のラキュースも何とか出来ないかと試みて、そしてどういう訳か小屋を爆発させてしまい、大目玉を食らった過去があるのだ。

 王国でも魔法の研究が全くない訳ではないが、それでも他国と比べれば間違いなく遅れているという事は何よりも魔法が飛び交う戦場を渡り歩いた事があるラキュースが解っている事であった。それだけあの国にとっての魔法の価値が低いという事の証明でもある。

 「こっちも反応はなかった」

 ティアの言葉に肩を落としてみせる令嬢の姿に申し訳なく思ってしまう。別に自分たちに落ち度はないし、そうであれば、目的の物――この霧の発生源が何か強力なマジックアイテムによるものだという少女の養父の願いを否定してみせたように感じてしまうからかもしれない。

 そうなると、この霧の原因はそれを発生させているモンスターという事に、と思いかけて彼女は直ぐにその考えを取り消す。

 (決めつけるには早い)

 そもそもその着眼点が間違っている可能性だって大いにある。原因は結局の所、依頼の大本であるブラッドフォールンの推測すら外れている可能性が高い。そうなると、この辺りの謎は分からずじまいである。否、それも早計という物であろう。彼が見つけたそこに答えはあるかもしれないではないかと、彼女は自身を鼓舞する。

 単純に冒険を楽しんでいる部分もあれば、貴族にしてはと言うのは失礼にあたるけど、想い人でもある養父の為にそこまでしようとする少女の頑張りに報いたいとも思っている部分があるかもしれない。しかし、それらを合わせてもこの感情が勝っていた。つまりは、好奇心である。そんな彼女を含めて、そして先ほど倒れた彼を除いた一行は先へと進むのであった。

 

 

 

 令嬢のひと言は笑っていた。それは、彼女にしてもそうであった。

 (何なの? あれ)

 一行の目の前、すり鉢状となった大地のその中心にあったのは、彼女もまるで知らないものであったから。

 「誰か知っている人はいる? 心当たりでもいいけど」

 「私だって初めてだぞ、あんなのは」

 「なし」

 「同じく」

 「俺もねえぜ」最後に答えたガガーランは肩をすくめて続ける。「そもそも、あの手合いであればお前が一番詳しいはずだろ? そうじゃなけりゃ俺たちにはお手上げだぜ」

 彼女の言う通りとも言うべきか、遺跡関係であればイビルアイに勝てる少ない分野でもある。それを踏まえた上で記憶を巡ってみるが、やはり見覚えはない。

 「モークさん達の方はどうですか、ニニャさんとか」

 彼女もその手の話に詳しい為、期待を込めて問いかけてみるが、返ってくる答えは好ましい物ではなかった。

 「すみません。わたしの方も特に覚えはないです」

 「そうですか」

 つまり、全く未発見の物となる訳である。いや、その可能性が上がっただけであり、必ずしもそう決まった訳ではない。それでもと彼女は胸の高鳴りを抑える事ができそうになかった。これこそ冒険の醍醐味ではないか? と。

 

 実際彼女たちが見つけたものはその世界では見られないものであった。

 上空、それも真上から見ればその形は正方形。土台となる1層目、その上に乗る2層目、3層目と続き、その上にあるのは神祠らしきものであり、その姿は形こそ角ばっているが、ウエディングケーキのようにも見える。更に、その前にはT字型の階段が取り付けられており、何より面白いのは各層への移動には全てそれを使わなければならないという構造であるという事であった。

 

 「では、これからの予定になりますが」

 ラキュースは心苦しい思い出あった。出来る事なら、令嬢にも冒険という物を楽しんで欲しい。しかし、それが出来る程の余裕があるのかは分からない。

 「やはり、私たち冒険者のみで調査に行った方が良いように思えます」

 「残念です……とても興味が惹かれると言いますのに」

 気落ちした様子で残念がる彼女を窘めるのはメイドであった。

 「アインドラ様の言う通りでございますお嬢様、ここは待機いたしましょう」

 「それでは、来た意味がありませんわ」

 なおも不満気に続ける少女に今度は老執事が口を開く。

 「お嬢様、恐らくアインドラ様が私たちをここに案内したのは確認の為でございましょう」

 「はい、その通りです」

 そこでラキュースはシャルティアへと話す。恐らくこれだけ大規模な物を隅々まで調べるにはそれこそ、もっと人数が必要になるし、時間だってかかってしまう。よって、今回自分たちが簡単な斥候をして調査を打ち切るべきであると。

 「そんな、まだ時間はあるのでしょう?」

 「これは、完全に私どもの都合になってしまい申し訳ないのですがここは平野の中でも特に帝国との国境が近い辺り、もっと言えばこの地の中心であります。ここから最も近い王国の都市となると」

 「エ・ランテルですか……」

 「その通りでございます。そしてそこまで戻る時間を考えると、猶予は後1、2時間が良い所なのです」

 そもそも此処までに来るのにも少し時間がかかってしまっているもある。それに対して、少女は納得しないように言葉を返す。

 「ならば、野営をすればよろしいではないですか」

 「本当に申し訳ございません。本当に難しい話なのです」

 今周囲に敵対存在、主にモンスター等はいないけどそれでも危険な事には変わりない。何せあのデス・ナイトが出たのが大きい。それは、正体不明の別のモンスターによって倒された。そして、そのモンスターは現在自分たちへと危害を加えて来る様子は見られない。だからと言って、安全とは言えない。それも仮想敵として見ておくべきであるし、アンデッドの特性もある。何よりもと彼女は続ける。

 「もしも、夜になってしまえば危険は更に上がります。もしもシャルティア様に何かあれば、ブラッドフォールン様に合わせる顔がありませんし、何より護衛依頼を受けたアダマンタイト級冒険者としても許容出来ることではありません」

 夜と言うのは危険しかない。城塞都市の周辺であれば、まだ良いが、この平野で野営と言うのは自殺行為に等しいと思っている。それにモンスターの中には夜に活発化する種類もいるし、何よりアンデッドの存在がその馬鹿げた行為すら許さない。

 「むうう」

 彼女の説得に令嬢はしばらく悩む様子を見せる。彼女だってラキュースが単に意地悪で言っているのではないという事は理解出来ている。今回の事は自分たち側の準備が余りにも疎かであったのは確かである。予め目星をつけていれば、時間を有効に使えたかもしれない。唯、平野の中心に向かい、そこで専門の道具を使えば、それで済む話。そう思っていたのであるが、その考え自体が甘いものであったらしい。 

 「分かりました。アインドラ様の指示に従いましょう。それで、具体的には?」

 諦めたように言葉を吐く少女にラキュースは答える。

 「先程と同様です。時間は、そうですね、1時間と設けます。それ以上たって、自分たちが戻らなければ直ちにエ・ランテルへと帰還してください」

 「分かりました。でも、かの有名な〈蒼の薔薇〉に〈漆黒の剣〉の皆さまですからきっと戻って来てくれますよね?」

 「それは、可能であれば必ず戻ります」

 絶対なんて事はないし、軽々しく言葉にするべきではない。もしもそれを守れなかった場合、この少女を悲しませてしまう。彼女のそんな葛藤を少女が気づけたかは分からないが、微笑んで言葉を返す。

 「ならば、お任せするとしましょう」

 そう言って令嬢とその使用人たちは拠点へと戻ることとなったのである。念の為、双子忍者についてもらう事になり、それから本格的に謎の遺跡としか呼びようのない場所の調査が始まるのであった。

 

 その坂は急ではあったが、それでも荒地になれた冒険者達にとっては梯子を降りる、あるいは階段を下るのとなんら変わりない。

 「にしてもよ~」

 口を開いたのはやや遅れる形でこの組に合流したルクルットであった。顔に浴びた衝撃はすっかり無くなっているようで、それが普段の彼の境遇を証明するようでもあった。

 「随分でかい建物だよな~」

 「確かに、それには同意する」

 言葉を返すのはティナであり、言葉にしながら彼女は坂を下り続ける。先にシャルティア達を戻らせたのはこれもある。自分たちは慣れているが、そこまで問題にはならないが、普段平地での生活しか送っていないであろう彼女たちにこの坂を下るのは大変であるし、服を破いてしまう可能性だった十二分にある。それこそ弁償は出来ないだろう。特に令嬢が纏っているドレスは間違いなく破格なものである。どれだけなのか具体的な数値を出せない程には。

 「それに、ここも大分広いですしね」

 周囲を見回しながらニニャが言う。よそ見をしていたためにバランスを崩してしまい、落ちそうになるがすんでの所でダインが片腕で抱きかかえる。

 「危なかったである」

 「はい、ありがとう。ダイン」

 そう言う彼女は何とか平静を保とうとしているようであった。そう、あくまで男性として振舞おうとしているその姿にラキュースは内心笑ってしまう。

 (ニニャさんったら、ふふ)

 自分の見立てが正しければモークとウッドワンダーはその事を知っているはずなのである。その事を彼女が知る日はいつになるだろうか? それは、きっと彼女の事情が解決した時であろう。

 (今は、目の前の事に集中しなくては)

 結局、今回の依頼で得られた成果という物はまだない。何とか上げるのであれば、新たなモンスターの存在か。

 (本当に何なのかしらね?)

 伝説とも謳われている存在を簡単に負かしてみせる存在。それが彼女を更なる思考を生み出し、記憶を泳がせる。

 (本当に最近おかしな……不思議な事ばかりよね……)

 言い換えたのは自分だけが見えている言葉とは言え、その対象に失礼であると思ったからだ。

 (本当に、ラナーも言っていたわね)

 様々な事が頭をよぎったからか、その事も鮮明に再生される。これが最も古いものでもある。友人である第3王女は現在、城塞都市の陣中見舞いへと行っており、もしも運が良ければ帰り道に会う事も出来るかもしれない。

 さて、そんな彼女が王国戦士長から聞いた……というより、頼み込んで聞かせて貰った話だという。彼女は時に無邪気な顔を見せる為、断れないのは分かる。いや、正確には王国の中心である貴族達も聞いている話でもある。

 (あの、ストロノーフ様が死を覚悟する程の策、それを正面から破って見せた魔法詠唱者(マジックキャスター)

 この話は現在自分の胸に留めている。約1名聞かせられない相手がいるからだ。大半の貴族連中はその人物を馬鹿にしているらしいが、自分はそうは思わない。魔法という物は奥が深い。そして、かの戦士長が瞠目する程のものだ。きっと凄まじいものに違いない。

 次にニニャ達から聞いた話、とてつもない強者達の話が思い出される。冒険者になって、1週間足らずで最高位まで登り詰めた漆黒の戦士、それにかの戦士長につぐ実力を持つ剣士を倒して見せた仮面の女戦士。そして自分が知る限りでは最強最悪の騎士をいともたやすく破って見せた獣。

 どれも此処最近の話であり、始めの戦士長の件から3ケ月と3週間程しかたっていないと言えば、その濃密さがよく分かる。

 彼女は考える。友人が愛する民が住まうこの国を、誇りにも思える両親が住むこの国を、何より自分の生まれ故郷たるこの国を何とか助ける方法を。この国は腐りかけている。それ自体はあの老婆の言葉であったが、そう考えてみれば、確かに危うい所もあるのは確かである。

 国力を落とすことしかしない組織に、民をないがしろにする貴族達。そして、毎年の戦争で間違いなく「国」として疲労してきているのだ。そんな折に更にこの国を痛める要因が増えてきている。

 (エ・ランテルの冒険者組合長の気持ちも解るかもしれないわね)

 かれは、「漆黒の剣」達にその仮面の戦士、カーミラとその一行の行方を追わせているという。その理由は冒険者となって貰う為である。しかしと彼女は考える。それだけの実力者を組合にとられてしまって良い物か? と。

 冒険者というのは基本的に国同士の戦いに参加等しないし、もっと言えば人同士の争いにだって参加しない。あくまで「対モンスター用の傭兵」なのである。と、口うるさく主張している組合員もいる。当然と言うべきか、そう言った事に五月蠅いのは長くその職に就いている老人であったりする。

 確かに彼の言いたいこともよく分かる。自分は冒険者になって数年であるけど、確かに最近の冒険者というものはその形態が変わりつつあるのだ。今、自分たちが受けている依頼もそうであるが、本来護衛と言うのは冒険者の仕事ではないというのだ。

 もっと言えば、自分たちが彼女の依頼でやっている事だって十分グレーゾーンなのである。が、それだって彼女が使える兵隊がいない事であり、もっと言えば、王国軍がだらしないのである。

 (大体、徴兵制なんてね)

 毎年の戦争の際に国内の若者を集めて、即席の軍隊を作るというやり方からして、問題があるように感じてしまう。普段からもっと専属の兵隊を育てればそれが一番のはずであるが、その為には幾らかの費用が必要となり、そしてその費用とは兵となる民を養う為でもあり、そうなると貴族たちは嫌がるのだ。そうなってくればと彼女は自分よりも先に坂を下って行く彼女に内心謝る。

 (ごめんなさいニニャさん)

 もしも、機会が許せばその人物達には王国の騎士となって貰う方向もあるかもしれない、と。

 

 「おい、ラキュース。良いか?」

 彼女の熟考を遮ったのはイビルアイの問いかけであった。飛行(フライ)が使える彼女は自分たちよりも少し高い位置で浮いている。

 「何かしら?」

 「この後、どうすんだ。1時間じゃ、大した調査なんて出来ないぞ」

 彼女の言葉通りであった。近づけば近づく程その建物は大きく、もしも十分な調査をしたいのであれば、それこそ国家単位の補助が必要になるであろう。その理由は言うまでもなく、ここが「カッツェ平野」であるの一言に尽きる。

 「そうね、だからこそ大まかに目的を絞って、そこを集中してやるわ。当然全戦力投入でね」

 「そうか、だとしたら」仮面を人差し指で数度叩いて彼女は続ける。「やはり、狙いはあそこになるのか?」

 「ええ、そうなると思うわ」

 「あの頂上ですか」

 話に入って来たのはペテルであった。この時には彼女たちは既に坂を下り終えて、くぼみだったり、飛び出た岩で凹凸が激しく、間違っても優しい道なんて呼ばない地面を歩いていた。

 「そうですね。何かあるとすれば、あそこでしょうから」

 「安直、でも他に目星を付ける要素が見つからないのも事実」

 批判しながらも仕方ないといった感じでティアが賛同する。彼女自身は無意識なのだろうが、その位置取りは常にペテルの傍であった。

 「ま、俺は何でも良いけどよ。んじゃ、あの正面の階段からそのまま行くという事で良いのか?」ガガーランがそう言う。

 「ええ、そうなるわね」

 そんな会話をしながら、緊張感を忘れない程に呑気な彼女たちの行進を止めたのは彼女たちの静止に野伏の声あった。

 「ちっとストップ。少し不味いぜ」

 「どうしましたか、ルクルット」

 そう問いかける彼の声はいつもの責め立てる物ではなく、チームリーダーとしてのものであり、普段の柔らかな彼独特の空気が全くない訳ではないけど、どこか凛々しくも感じるものであり、曲がりなりにもミスリル級を率いているんだと再認識させ、さらに彼女を見れば、少し頬を染めてその姿に見入っているものだからまた内心笑ってしまう。

 (いけない、いけない。気を引き締めなさいラキュース)

 何も変化しているのは彼だけではない。軽率な彼に、どこか物腰が弱くも見えてしまう彼女もその纏っている空気が変わっているのだから。それだけ、彼らが巻き込まれた城塞都市の件が大きいという事であろう。ランクであれば、自分たちが上なのだ。彼らに恥を晒す……これ以上醜態を見せる訳にもいかない。と、ラキュースは思い。その彼女に引っ張られるように「蒼の薔薇」の面々も臨戦態勢に入る。

 「あそこに誰かいんのよ。丁度一段目の前のとこ」

 それぞれ身近な岩に身を隠してその場を見れば、確かに2人程の人影が見える。向こうから気づかれなかったのはこの霧のせいなのだろう。

 「ティナ、ティア」

 「OK」

 「任せて欲しい」

 まずは隠密行動に最も長けたこの2人に任せるのが最善手である。指示を受けたティア達は素早く行動に移った。彼女たちは音も立てる事もなく、走る。この霧の中と言うのは彼女たちにとっては存分に利用できるものであり、スキルを使用する必要もなかった。彼女たちは真っ直ぐ進むのではなく、広がっている岩場に地面に所々あいているくぼみ等を使って、対象の視界から隠れて移動する。それは大きく蛇行する形であったが、彼女たちの足であれば直線を行くのと何ら変わらない。

 そして、自分たちの間合い、そこにあったくぼみに身を潜めて彼女たちは対象の様子を確認する。

 (いるのはあの2人だけの様)

 (周囲に別の人物がいる気配もなし)

 この時、最も危惧すべきは見張りをしているであろう2人もまた餌である可能性であれけど、その心配はなさそうだと次の行動に移る。と、そこで声を静かに上げたのはティナであった。

 (そうだ、生け捕りと暗殺。どっち?)

 鬼ボスである彼女はその点については何も言っていない。その辺りも含めて自分たちの判断に任せて貰っているということであろうか?

 (どうする?)

 (どうする?)

 全く同じ言葉を口にしあい、2秒程思案した彼女たちは方針が固まったのか行動に移る。目的の人物達は階段を背にしていた。その階段は両脇に高い塀が取り付けてあるものであり、彼女たちは素早く左右に散って、くないを両手に持つ。その塀はいわゆるブロックを積んだものであり、つまりブロックとブロックの間には隙間があり、彼女たちはその僅かな隙間に2本のくないに、両のつま先を差し込んで器用に塀を登って行く。2人が上りきるのは丁度であり、そこは双子だからなのか、あるいはそこも踏まえた2人の技術なのかは答えは簡単に出そうにない。

 登り切った彼女たちはお互いの存在を視覚により認識すると、頷きあって、一気に階段へと飛び降り、背後から迫り、2人同時に飛ぶ。そのまま相手の首に腕を回し、一気に絞め落とす。奇襲を受けた者達は抵抗らしい抵抗も出来ずにその場に崩れ落ちる。その瞬間まで同時であるのだから、見事として言いようがなかった。

 2人が選択したのは「生け捕り」であった。声を上げられる危険性がある為、話を聞く事は出来ない。それでもこの人物達は持ち物からある程度の推測が出来る者たちでもあった。相手が完全に気を失っているのを念入りに確認した後、待機している仲間達へと合図を送るのであった。

 

 「おいおい、こいつはよ~」

 ガガーランは厄介そうだと声を上げる。それも当然だろう。双子忍者によって気絶した者達。彼らは鎧を着ていた。それも揃った規格の物である。もしも冒険者なり、野盗であれば、同じ装備であってもバラツキがあって然るべきである。しかし、この2人にはそれが無く、というかその場の全員が見慣れた物でもある。毎年の戦争、そこでよく見る装備。

 「帝国の兵達であるか」

 ダインの言葉を否定する者はいない。すぐさま双方のリーダーへと視線が集中する。

 「おい、ペテル。これってよ」

 「鬼リーダー、この状況」

 「ええ」

 「そうね」

 隣国、それも戦争をしている国の正規兵がここに居る意味、それは1つしかない。

 「既に帝国がここに目を付けているのね」

 「そして、現在、奴さん共も調査中である可能性大ってこった」

 ガガーランがラキュースの言葉を引き継ぐ。正直、この手の事であれば、王国よりも帝国の方が遥かに上手である。そして、その目的は何であるか?

 「常識的に考えれば、財宝でしょうか?」

 「うん、間違っていないと思う」

 ニニャの言葉にティアが頷く。何をするにしてもお金はかかる物である。それをこうした遺跡から出てくる財宝で賄うと言うのは特段珍しい話ではない。

 「後は、シャルティアちゃんとこと似たような理由かね」

 依頼主の事を軽々しく名前で呼ぶルクルットにペテルは冷たい視線を向けるが、彼は意に返さないし、向けた彼にしても直ぐに引っ込む。その点であれば、本人がそうしてくれと願っているのだから。それに苦笑しながらラキュースは答える。

 「そうですね。この霧の発生源……そんなものがあるか不明ですが、もしもそんなものがあってそれを帝国が手に入れてしまえば」

 それは、被害妄想と何ら変わらないものでもあるが、同時に決してあり得ないとは言い切れない危惧でもあった。2国による戦争が出来るのは霧が晴れるからというのもある。つまり、この霧によって、両国の戦争は仕切られているとも言える。

 もしも、その主導権を帝国が握ってしまえば? どうなるかは明白であり、軽く見れるものではない。それでもとイビルアイが続ける。

 「流石に想像が飛躍しすぎだろ、と言いたい所だが、こんなものがあるのを私が知らなかった以上、全くないとも言い切れんから怖いな」

 「イビルアイがそう言うならよ、実際そうなんだろ。で、これからどうするよ? ラキュース」

 戦士の問いかけに、ラキュースは思考する。調査のつもりであったのに、大きな事になってしまったと、同時に令嬢たちを返した自分の判断が正しいものであると。

 (ブラッドフォールン様)

 令嬢の養父であるその人物が帝国の貴族だという確証はない。仮に違った場合、間違いなくあの男に目を付けられてしまうし、それは彼が帝国の貴族であっても変わらないかもしれない。何にしても言える事があるとすれば。

 (ブラッドフォールン様と帝国の動きは別物という事ね)

 そう結論づけて、一旦切り替える。今はその点はそんなに重要ではない。帝国が此処で何かをしているのは確かであるし、それを放置して撤退すれば、追々王国が苦しむ材料になるかもしれない。それは、巡り巡って友人を泣かせる事にも繋がるであろう。

 (やるしかないわね)

 依頼を受けた身としては、完全に失格であろう。令嬢たちの事情よりも自分たちの事情を優先するのであるから。

 (ごめんなさい。シャルティア様)

 この埋め合わせも何か考えておかないといけない。と彼女は決断する。

 「勝手ながら、ここから調査対象を変更。この遺跡ではなく、この遺跡にいるであろう帝国軍が何をしているのか、その調査をこれより始めます。内容によっては、その妨害も視野にいれ、その上で時間は1時間! 異論がある者は?」

 誰も何も言わなかった。この場にいる者たちはその辺りの事は周知であるのが。いくら、戦争が自分たちとは関係ない事とはいえ、王国が帝国に吸収されるとなれば、話は別なのである。全員が納得していると、そう確信した彼女は宣言する。

 「では、行くとしましょう。少しでも王国の平和が続くことを願って」

 「「「応!!」」」

 

 

 

 その部屋には異様な空気が立ち込めていた。あちらこちらに散らばっている死体は全て首が撥ねてある。こうでもしないと、アンデッドとなって襲い掛かって来ることをこの場にいる者たちは知っているからだ。散乱しているのはそれだけではない。何か古代語らしきもので書かれた文章を綴った物に、指輪に、ネックレスと装飾品の形をとったマジックアイテムの数々。それに謎の液体が入った瓶などもそうであった。そして、彼らの視線の先にそれらをあさっている者がいる。

 その目は輝いており、親から貰った数々の玩具に本をばら撒いてそれで無邪気に遊ぶ子供のようにも見えるが、実際そこにいるのはその場の誰よりも年老いていると誰が見ても分かる老人であった。顔に手に深くしわが刻まれており、その肌色も枯れ木を思わせるように黒色に近い物。それだけ、この人物が生きてきた証とも言えよう。

 伸びに伸びた髪に髭の白さ具合も老化がどれくらいのものであるか教えてくれていた。

 「何と、何と素晴らしい」

 不意に口を開く。その手には魔導書らしきものが握られている。それに返事をする者はいない。これがこの人物なのだと、単なる独り言であると理解しているからだ。

 「これだけの知識、道具、それがどうして突然、この平野は常に見てきたはずであるのだが……」

 語っている本人してみれば、とても大事な事なのであろうし、事実分かる者が聞けば、それは意味のある考察である。しかし、この場にいる者達――それも距離を置いて見ている者達にはどうしても老人の戯言と変わらないようにも聞こえてしまう。

 

 (ありゃま~すっかり夢中になってますよ)

 内心でそうごねたのはその老人とその周囲で彼の補佐をしている数名の弟子たちを見守っていた4人の内の1人である。その全員が黒い鎧を身に付けているが、武装に現在、目の前の者達の警護役としての立ち振る舞いに大きく個性が出ていた。

 自分よりもずっと長く生きているであろう人物がはしゃいでいる姿に感想を抱いた男は鎧越しでも平均よりも大きい体格の持ち主であると分かり、立派な顎髭に、まとめた後ろ髪と若者というよりおっさんという表現が似合いそうな人物であり、その肩にはグレートソードを担いでいる。

 そんな彼がいるのは、老人たちを囲んで北の方角であり、残りの3人が3方を囲んでいる。

 東に立っているのは、北に立った男よりも若い人物であった。短く切り揃えられた金髪に、腰にはグレートソード程ではないにしても剣が納めてある。その顔は苦笑していて、意外な物を見たという顔である。

 西に立っているのは、長い髪で顔を半分覆った女性であった。その手に握られているのは槍であり、それが彼女の得物であるのだろう。その目は笑っておらず、どちらかと言えば、鬱陶しいと言った感じであり、速くこの場を離れたいとも考えているようにも見える。

 南に立っているのは、最初の男よりもやや大きい体格を持つ人物であり、両手に盾が装備されている。その目は閉じられており、直利不動といった様子で周囲の状況を全く意にも返さないといった様子である。

 

 そんな彼らはまだ知らない。見張りであった兵がやられた事に、この場に向かっている者たちがいる事を。

 

 

 同じころ、その建物を見下ろす人物がいた。血を思わせるような真っ赤な鎧を身に纏い、奇妙な仮面を身に付けたその人物は口元に手をあてて笑ってみせ、そして誰に言うでもなく口を開く。その声は人とは思えない程、濁った声音であった。

 「シャルティア・ブラッドフォールンは馬車の中でお昼寝中。では、行くとしましょうか」

 

 その冒険の終わりは近づきつつある。

 



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第11話 帝国の騎士達①

 

 遺跡自体から、そこにいるであろう者達へとその調査対象が変わった彼女たちの行動は早かった。先行するのは、始めに兵たちを襲ったように忍者である2人、それに続いてラキュース、ガガーラン、ペテルといったある程度ぶつかり合いが出来る面々、その後を残りの者達がついてくる形である。

 

 一行は階段を上がる。これがまた長い、頂上であり、目的地である神祠はおろか、第1層部分にもまだ付きそうにない。道中、帝国の兵たちと出くわすが、先を行く彼女たちのおかげで殆んど戦闘になることはなかった。その技量もあるけど、相手が2人1組で動いているのも大きい。

 こういった時、余りないかもしれないけど、見回り等を2人以上の人数でやるのは常識的と言える。それは、王国、帝国共通の認識と言えよう。それだって教訓となった昔話があり、ラキュースも聞いていたものであった。

 (でもね、いくら何でも)

 事態は一刻を争うというのに、思わず笑ってしまいそうになる。それだけ酷い話なのだ。作り話ではないか? と疑いたくなる位に。

 こんな話であった。いつになるかはもう誰も知らない。ある領地を運営する貴族様がおりまして、その領地では作物を育てており、それを荒らす者がいました。それは草食性、あるいは雑食性の獣なのでした。毎晩、毎晩荒らされる事に嫌気がさした貴族様は見張りを雇う事にしました。

 その作物を育てる畑は貴族様の屋敷の裏側にあり、北を除いた3方が森であったり、藪だったりするのです。そこで貴族様は見張りを3人雇うとそれぞれの位置につかせるのでした。

 それを見た獣はとても賢かったのです。森の中に落とし穴を作ると、彼らを1人ずつ誘き出してその穴に落としてしまい、土で埋めてしまいました。それも1人ずつ、他の者たちはどうしていたかというと、自分の持ち場を離れる事は勿論、他を気にかける事もしなかったのです。その為に、3人とも落とし穴に嵌ってしまい、結局この日も作物を荒らされてしまうのでした。という話だ。これが笑い話で済んでいるのは、そこまでやられて死者が出なかったという事も多い。そこまで深い穴でもなく浴びた土も柔らかいものであったらしい。

 結局の所、貴族様にその雇われた者達の落ち度は1人でそれぞれ受け持っていたの一点に尽きる。これが2人であれば、1人が獣を追いかけて、もう1人は他に伝える事も出来たのではないか? という所から、見張り、見回りは2人以上の人数で行うという常識が生まれた訳である。というのが、一連の話である。

 (ぷぷぷ、駄目、いつ思い出しても酷いわ)

 だって、そうだろう? その貴族にしても見張りだった者達にしても余りにも間抜けではないか? むしろ、その理由を作る為に無理やりそういう話を作ったという話の方が納得がいくものだ。

 

 彼女はそう考えているが、その話はこの世界で実際にあった話であるのは確かであるし、つまりそういった醜態を晒した者達は過去にいるのだ。人とは賢い生き物ではない。失敗を積み重ねて先へと進む生き物である。

 

 彼女たちの働きもあり、もうすぐ第1層に辿り着く辺りで、口を開いたのはニニャであった。

 「それにしても、何だか死体が多いですね……」

 「そうだな、それもこれって帝国じゃねえよな」

 言葉を返すのはルクルットであり、彼の言う通りであった。階段に転がっている無数の死体。それも全て頭を落としてある。それ自体は間違いない対応である。それ自体は不道徳ととらわれるかもしれないが、この世界、もっと言えばこの霧の中で傷が少ない死体なんてあれば、それは一直線にアンデッド化であるから。

 その死体の群れは2つに大別出来た。1つは法衣服を纏っており、つまりはとラキュースは口を開き、ガガーランが相槌を打つ。

 「法国もここに目をつけていたのね」

 「らしいな、そんでこのもう一方の仏さん達と激しく争ったって所か?」

 「そうなりそうですね。それに彼らは」

 そう言うペテルの声は重々しいものであった。法国とやりあったであろうもう片方の集団、彼らは服装がバラバラであり、統一感がなかった。しかし、それでも判断がつくものもあった。うつ伏せに倒れた死体、その背中にある刺繍、それが見えてしまったから。

 「ヘッドギア、またなのね」

 あの連中もここに何かあったらしい。彼らがどうして争ったのかは分からないし、知りようもないし、それを調べる時間もない。今は進むだけである。

 そんな彼女たちの進行を止めたのは、前方から響いた音、肉を金属で叩いたものであった。

 「総員、構えて!」

 ラキュースの言葉に戦闘態勢をとった一行の前に先を行っていたはずの2人が降ってくる。先程のものは2人が何者かに押し出された音であったのだ。

 「2人とも大丈夫?」

 「問題ない」

 「同じく」

 そこは慣れた様子で着地してみせた2人は揃って険しい顔をしてみせる。

 「少し厄介」

 「うん、硬い」

 その言葉を肯定するように一行の前、霧の為におぼろげな先から新たな人物が階段を降りて来る。それは、両手に盾を装備という普通の兵士であれば考えられないような者であった。盾とは身を守るものであり、剣を持たなければ攻撃は出来ないし、防戦一方の戦闘になってしまう。けれど、彼女は知っている。それでも戦いを出来る騎士の名を帝国でも、有数の強者という者を。

 「‘不動’……少し厄介ね」

 それは、その騎士が持つ異名であった。バハルス帝国4騎士の1人であるナザミ・エネック。彼は防御に重きを置いた騎士であり、そういった意味合いであれば帝国最硬の騎士とも呼ばれている人物だ。防御戦特化と聞けば、容易い相手だと素人だったり、なまじ腕に自信がある者であれば、思ってしまうかもしれない。

 だが、そんな簡単な相手ではないとラキュースは断言出来る。あの騎士はその異名も示す通り、持久戦となれば何処までも耐えるであろう。そして、こちらが疲労した所をあの巨大な盾で殴りかかって来るであろう。それよりもと彼女は考える。

 (彼がここに居るって事は)

 他の4騎士もここに来ている可能性は大きい訳であり、そして彼らが動く程となれば…‥それは、放置出来るものではない。彼女は背中の魔剣を抜き、それを相手に向けながら口を開く。

 「帝国4騎士が1人、ナザミ・エネック殿とお見受けする。ここで一体何をされている?」

 それは、仕事時の彼女の口調であり、仲間である者達は特に驚きはしないが、「漆黒の剣」の彼らは少し驚いてみせ、ルクルットが声を上げる。

 「うひょー、ラキュースちゃんって、あんな声も出せるんだな」

 「ルクルット?」

 「分かっているって」

 リーダーからの視線で直ぐに彼も弓を構える。相手の返答次第であれば、ここで戦端が開かれるのであるから。人数にして9人、その戦意むき出しの視線を受けてなお、その騎士は何も喋ることもそれ以上動く事もなかった。

 「今一度問おう。あなた方帝国は此処で何をされている?」

 「………………」

 (だんまりかよ)

 (それも、仕方ないだろな)

 彼女の後ろでは戦士と魔法詠唱者が小声でやり取りをしていた。かの「最硬の騎士」はその性格に口もまた帝国最硬と名高いのであるから。

 「おい、ラキュース、ここは俺が受け持つぜ」

 「ガガーラン……」

 そう名乗り出た彼女の判断は正しいと言えるものであろう。相手はとにかく硬い相手であるのだ。ならばこちらもそれなりの膂力を持つ人材が当たるべきである。

 「……そうね、お願い出来るかしら?」

 「ああ!」

 言うなり、一気に彼女は階段を駆け上がる。そのまま手に持った戦鎚を構え、一気に横殴りの形で振りぬく。それに対して不動の騎士は唯無言でそれを右手側に持った盾で受け止める。今、この場における最強の矛と最硬の盾がぶつかり合い、凄まじく音を鳴り響かせる。それによって、この遺跡に来ているであろう帝国に知れ渡る事であろうが、もう気にする段階でもない。一刻も早く、この場を抜けて上層へと向かうべきであるが。

 「おい、どうすんだよ! 野郎、全然動かないぜ」

 野伏の言う通りであった。彼女の一撃を受けたと言うのに、全く何の動作も、後ずさる事は勿論、のけ反ることさえしないのだ。

 「へ! 帝国最硬ならそれ位なきゃあなああ!!」

 ガガーランは嬉しそうに再び武器を構え、連続で打ち込む。振りぬいた右から始まる打ち上げ、そしてそのまま下へと打ち落とし、最後に武器の頭で行う刺突ならぬ打突の3連撃、並の相手であれば一撃目ですら耐える事は出来ずに吹き飛ばされるものだ。

 (私なら、そうですね)

 その余りの光景に自分であれば、どうするかと場違いにもペテルは考えてしまう。何とか2撃目までは対応できるはずであるが、あの打突は受け切れまいと結論を出す。

 しかし、相手は並ではない。彼女渾身の連撃を受けても動くことはなく、その顔は初めて対峙した時同様静かに自分たちを見下ろしているのであった。

 「良いぜ! とことん付き合ってもらうぜ」

 そうして始まる壮絶な攻防。本来であれば、互いの攻撃を防御なり、躱すなり受けるものであるが、目の前で繰り広げられているのは、一方的に殴る戦士に、それをひたすらに受け続ける騎士の構図であった。

 「やはり時間がかかりそうだな」

 冷静にそう分析してみせるのはイビルアイ。彼女の言う通りだとラキュースも感じた。ならば、ここは彼女に任せて先に行くべきであるが、うんざりした様にボルブが口を開く。

 「どうんすんだよ。どうやってあそこを通り抜けるって?」

 彼の言う事も最もであった。そもそも、この階段自体幅が広いものではなく、平均的な体格の人間が4人、横に並べる程の間隔であった。そして、不動の騎士はその中央を、2人分の間隔を陣取るように仁王立ちをしているのだ。よって、左右に空いた1人分の隙間を抜ける必要がある、けれど。

 「いけると思うか?」

 「無理」

 「私たちみんなひき肉になる」

 野伏の問いかけに双子忍者が答える。そう、現在ガガーランが激しく戦鎚を振っており、言うなれば大質量が吹き荒れる嵐の様な状態であるのだ。それを掻い潜る必要がある訳である。

 ならば、彼女に攻撃を辞めさせて普通に抜ければいいのではないか? と、ここで提案する者がいれば、間違いなく軽蔑の眼差しをその場の全員から受ける事になったであろう。それを相手は許さないであろうし、かと言って、こちらが総攻撃を加えても倒しきるのには時間が掛かるであろうし、何より時間と体力を食ってしまう。それが分かっているからこそ、4騎士から初めに来たのが彼であるのだ。自分が倒れる事も視野に入れて。

 「大丈夫よ、策はあるから」

 そう、彼女たちはこれまでも沢山の困難を乗り越えてきたのである。こんな事態はまだ優しい方だと彼女は再び仲間に声を掛ける一時の別れであると。

 「ガガーラン、後はお願い! 先に行くわ!」

 「ああ!」

 そこで、男の顔に初めて変化が現れた。この状況でどうやって先に進むつもりであると? 彼女たちだってこの遺跡の構造、各階層を行く為にはこの階段を使わなくてはならないことは理解しているはずである。他の通り道など何もないのであるから。

 (飛行(フライ)

 騎士の脳裏に浮かぶ1つの単語、それは現在、仮面にローブ姿。間違いないだろう、「蒼の薔薇」どころか王国でも有数の魔法詠唱者、イビルアイであろう。その彼女に引っ張って行ってもらうつもりか? だとしたらそんな隙は自分が与えない。

 そう考える騎士と客観的にみれば、そんな彼を一方的に殴り続ける彼女の後ろでラキュースは自身の装備を発動させる。魔剣とは違った所に纏めてあったそれらが動き出す。

 「あれは……」

 見とれたのはニニャであった。黄金の剣、それも持ち手の部分となる所も刃となっている普通の武器、少なくとも手に持つ物ではないであろうそれが合計6本、彼女を中心に浮遊しているのだ。

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)

 それはラキュースが持つ武装の1つだ。本来であれば、離れた相手を攻撃する為の武器であるが、今回に限っては別の運用が目的だ。彼女は手をかざして言う。

 「射出」

 彼女の意思に従うように、6本の剣は戦闘中の彼女たちの所へと飛行して、そしてある形を作る。

 「!!!」

 「お、ようやく顔を変えてくれたようだな」

 その光景に騎士の仏頂面が崩れた。剣たちはまるで、2人を飛び越える為に、新たな階段となったのであるから。

 「さあ、行くわよ」

 言うなり、ラキュースは駆けだしそれに忍者たちも続く。

 「成程、そう言う事ですか」

 「芸達者であるな」

 「んじゃ、行きますか」

 「すごい」

 それぞれに感想を漏らして彼らもそれに続く。駆けだした彼女たちは剣製の即興階段を駆け上がり、戦闘中のガガーラン達を飛び越え、そして彼女たちよりも上段のほうへと飛び降りる。足が再び遺跡の階段へと設置した際に足裏から全身へとその衝撃が伝わり、一瞬動けなくなりそうになるニニャであったが、何とか堪えて一行へと続く。全員が渡り終えたのを確認した後、ラキュースは武器を回収するのであった。

 その様を宙に浮きながら、イビルアイも確認して、先へ進む。

 「けどなあ」

 彼女はどこか呆れたように言葉を漏らした。

 「ティア達がやったみたいに両端の塀に登るでも良かったんじゃないか? まあ済んだ事だが」

 そのまま彼女も先へと進むのであった。その下で彼女たちの攻防は続いている。

 

 

 何とか第1層の頂上部へと続く部分まで一行は登ってきた。そこで道は3方向に分かれている。正面の階段を進めば更に上層、左右の道に進めば第1層へと進めるのだろう。余裕があれば、そういった道草もとりたいものであったが、それどころではない。先へと進もうとした彼女たちであったが、空から無数の矢が降り注ぎ、上層へと続く階段へと殺到した。階段を打ち抜く事は出来ない為に、硬質的な音を鳴らし、それが警鐘であると察した彼女達の耳に新たな声が響く。

 「申し訳ありませんが、引き返してはもらえないでしょうか?」

 その声につられるように空を見まわたしてみれば、いつの間にか包囲をされていた。その数ざっと30、弓を構えている兵士が乗っているのは、鷲馬(ヒポグリフ)。鷲と馬を組み合わせたような姿をとっており、翼に頭、前足といった体の前半分は鷲の物で、臀部にそこから生える尻尾、それと後ろ足等は馬の物であるというモンスターだ。そして、自分たちに言葉を投げかけたのは、その中の1人、他の者たちと装備は異なり最初に会った騎士と似たような鎧を身に付けた年若い人物であった。

 「‘激風’。彼もいるのね」

 「こうなったら、もう‘雷光’に‘重爆’もいると見て間違いないだろう」

 ラキュースのため息交じりの言葉にそうイビルアイは続ける。自分たちにそう告げて来たのもまた帝国4騎士であるのだから。

 「ニンブル・アーク・ディル・アノック殿とお見受けします」

 「そういう貴方はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様ですか」

 互いに顔見知りという訳ではなかったが、それでも共通点が認識を深めていたのは言うまでもない。すなわち互いに貴族の出であるという事。最も、方や傭兵まがいの冒険者、方や国の為尽くしている騎士となるとその立場も全然違ってきて、とても同列に語る事は出来ない。少なくとも家の為になっているのは向こうのほうだろうとラキュースは思う。家族間の仲の良さであれば、負けるつもりはないけど。意を決した彼女は先ほど同様に尋ねる。

 「帝国は、此処で何をされている?」 

 「すみませんが、それにお答えする事は出来ません」

 冷たく言い放つ騎士。確かに国を挙げてやっている事であれば、それを簡単に部外者に言う訳にはいかないのだろう。それは理解できる。けれど、こちらだって簡単に引き下がる訳にはいかないのである。

 「ならば、進ませてもらいます。あなた方を放置する事は出来ませんが故」

 「第3王女様からのお使いでしょうか?」

 反対に騎士から聞かれた事に彼女は頭を振る。そこだけは否定しなくてはならない。

 「王女殿下は関係ありません。これは我々の独断による行動であります」

 「その言葉を素直に信じる訳にはいきませんが、成程、やはり英雄という人外の領域に踏み込みし者ですか……その鋭い嗅覚で、こちらの事情も察して頂きたいものですが」

 「そういう事はやはり何か知られたら不味い事をやっている。と見てよろしいか?」

 「そんな大した事でもないと言った所であなたは信じてくれますか?」 

 「信じないだろう」

 「そうでしょう」

 問答は続く、この時点で事が穏便に済むと思っている者は皆無であった。双方、引くつもりはなく階段上にいる冒険者達は武器を構えており、上空にいる帝国兵達にしてもいつでも戦闘が出来る態勢を整えていた。

 (おい、少し良いか?)

 (なんだよ、こんな時に)

 声を掛けたのは兵士の1人であり、同僚に声を掛けたようで、全く同じ装備に兜で顔は隠れている為に互いの表情は読み取れず、文字通り言葉のみのやり取りになってしまう。

 (いや、大した事じゃないんだけどよ、今日って就業3日目だよな)

 (? そうだが、それがどうした?)

 (だったら、早く終わってくれないかなと思っちまうわけよ)

 (ああ、そう言う事か、下んねえな)

 直ぐに彼の言わんとしている事に思い当たり鼻を鳴らす。帝国の正規兵の決まりとして変わったものがあったからだ。本来であれば、一日8時間前後、それも早朝から始まって夕方に終了するシフト、昼過ぎに始まり深夜前に終了するシフト、それと夕方から始まり早朝まで続く夜勤シフト等があるが、それだって全てではない騎士というものは国の為に尽くす仕事であり、何かあれば直ぐにでも動かないといけない為、定刻通りの仕事になることが珍しい程であるのだ。よって、帰ることも出来ずに職場である城であったり、こういった屋外で野宿したりする事が多いのだ。よって、1週間も帰れずじまいの騎士達が続出してしまい、流石にかの若き皇帝も不味いと思ったのか、新たな制度が始まったのである。

 鮮血帝と呼ばれるかの皇帝だって、血の通った人間であるという話であれば、多少は感動話になったであろうが、残念ながら単に、彼ら兵士を効率的に運用するという理由で導入された制度であるのだけど。

 それは、連続就業72時間を超えた場合、無条件でそこから先の24時間は休暇になるといったものである。それに照らし合わせてみれば、彼らもまたこの日で3日連続の勤務であり、その間家に帰っていないのである。

 確かにその通りであると声を掛けられた兵も思う。ここ最近は忙しい事だらけである。それでも頑張ってやれているのは、帝国が良い方向へと進んでいるからだと確信があるから。

 その兵たちは2人とも平民であり、かの皇帝がなした改革以前であれば、こうした役職に就くのだって困難であったはずである。皇帝が処刑した貴族の言い分に倣うのであれば、「平民如きが自分たちの頭の上を飛ぶのは間違っている」そんな阿呆な言い分が以前は通っていたのである。それも現在では改善されている。確かに時間を縛られるのは厳しいものであるけど、それに見合った給金を貰えているのだ。

 (早く帰ってやりたいよ)

 (そうだったな、お前の所は新婚? だったけっか)

 (そうなんだよ。あいつも分かっているからさ、終わったらすぐに戻ってやんねいとな~)

 嬉しそうにそう語る同僚に、聞いている方の兵は辟易として来るのを感じていた。人というものは不思議なもので、話ていて気持ちが良いのは自分の幸福であったり、あるいは自慢話だ。では、逆に聞いていてつまらない話は何かと言うと、やはり人の幸福話だとか自慢だったりするのである。よって、いい加減惚気を聞いているのが苦痛になってきた男は少し意地悪をしてみたくなった。

 (ああ、分かった。その嫁さんとあそこで構えている女戦士、どっちが美人よ?)

 男の目から見る限り、現在自分たちの指揮官となっている騎士と話をしている相手方の女性は間違いなく美人の部類、それも中々お目にかかれない程であるのは確かであり、もしもこいつが向こうの方が美人と言えば、迷いなくその嫁さんに話してやろうと思っての事であったが、その返答は期待を裏切るものであった。

 (勿論、俺の嫁だね、それは間違いねえ)

 (はっきり言うねえ面白くもねえ、よく見てみろよ、あんな別嬪、他にねえだろ。それでも言えるのかよ?)

 (ああ、断言できるね。何だったら詳しい理由も話してやれるぜ)

 (ほう、聞かせてもらおうかい)

 (良いか~、女ってのはな~)

 男は力説する。女性の美しさとは何も外見だけではないと、今や若妻となったその女性であるが、本当に男の為に尽くしてくれているという。

 (信じられるか? 帰りが遅くなったっていうのに。あいつは起きてたんだよ!)

 それは、彼らが結婚する前の同棲時代、と言っても先月の事であるけど、その日もまた居住区にモンスターが侵入したとの事でその討伐に後始末で遅くなってしまい、帰り着いたのは深夜間近だったという。

 (わざわざ、作り置きの料理を温め直してくれてよ~)

 寝ていても全然問題なかったのにと、彼女だって昼間は仕事(飲食店での給仕)をしているはずなのに、どうしてそこまでするのかと聞いてしまったという。

 (そしたらよ~珍しく怒ってさ、言うんだぜ)

 1人で食事を摂っても仕方ないと、あなたととるから美味しいのだと彼に言ったらしく、その時の事を懐かしむように語る男の話は続く。

 他にも家事は彼女の担当というか、断固として男にやらせないというのだ。曰く「家事は女の務めだから」と、聞かされている男からしてみれば、彼は別に手先が不器用という訳でもない。それでも、彼女は家事を全てやっているという。

 (俺は俺でお勤めに励めってさ。本当にいい奴だよ)

 (そうだな)

 そう、相槌を打ちながらも男は思っていた。おめえも十分良い奴だよと、世の中には女は男の言う事を聞いて当たり前という価値観の奴も少なからずいる訳であり、その点を考慮して見てみるとその兜の中はだらしない表情を浮かべているであろうこいつも立派なのであり、だからこそ、そこまで尽くしてくれるいい女に出会えたとも言えるかもしれない。

 (ああ、面白くねえ、んじゃ、とっとと終わることを祈って用意するとしますかね)

 既に話は終わっており、2人とも弓を構えていた。現在調査中であるこの遺跡に近づく者達がいた時点でこうする事は決定事項であったのだ。向こうにはどうやら隠密行動に長けた者がおり、その者達の働きによってこちら側が察知するのが遅れた。しかし、それでもこちらが上手だったと言える。初めに気付いたのは4騎士の1人であるエネックだ。

 (何ていうのかね~あれも、戦士の勘と言えるのかね)

 かの有名な不動の騎士は唯一言「襲撃者だ」とだけ言ったという。そして、そのまま出て行ってしまったのだ。その言葉で他の4騎士達も迎撃態勢に入ることになり、自分たちもまたこうしてアノックの下についているのである。

 そして現在、彼が向こうの代表と話をしているが、何も停戦交渉ではない。1つの時間稼ぎであるのだ。この間に自分たちは先ほど同様弓をつがえ、そして、彼女たちを狙い撃ちする算段であった。

 それだって、決まった仕掛け時というものがあり、丁度彼の話が終わった頃合いで合図があったのだ。後は不自然にならないように心掛けて弓をつがえる。それからそれを向こう側に見られないようにする必要がある為、可能な限り上体を後ろに傾けて、騎乗している鷲馬の影に隠れるようにする。次の合図と共に、再び体を出して矢を放つ。簡単な仕事である。

 (悪いけどな)

 狙うのは彼女たちの頭部、それで命中すれば間違いなく即死だろう。足などを撃つというのは、余りにも愚策である。この世界にはポーションと呼ばれるひとたび浴びればどんな傷だろうと立ちどころに治ってしまう存在、それ自体は高額であるが、相手はアダマンタイト級冒険者チームである為、その辺りの準備だってしてあるだろう。よって、中途半端な攻撃は意味がない。一撃で仕留めるつもりでかからないといけない。この仕事が無事に終われば、自分はどうしたものかと考えて、そこで思考が途切れた。

 (……???)

 一瞬全身を走ったのは痺れるような痛みであったが、そこまでだ。後は暗い視界が続くだけで、何の感触も得られたなかった。受けている風から自分が落下しているのだと辛うじて判断できた。

 最後の光景、それはさっき話をした男や他にも何人かが崩れ落ちる様であった。

 そう、彼らは先制攻撃を受けたのである。それも強力な魔法によって、30人いた騎兵の内、5人が墜落したのである。

 

 「無駄だラキュース、話にならん、ここは私が受け持つ。先に行け」

 イビルアイが放ったのは、第5位階魔法龍雷(ドラゴン・ライトニング)であり、放たれた雷は瞬く間に帝国兵達の命を奪ったのであり、帝国の者達がその事に気付くのに4秒程を必要とした。

 「イビルアイ……あなた、分かったわ。お願いね」

 「ああ」

 彼女の意思を汲み取り、ラキュース達は階段を駆け上がる。それをさせまいと一騎の鷲馬(ヒポグリフ)ライダーが動くが、その体に水晶製らしき槍が突き刺さる。第4位階魔法水晶騎士槍(クリスタルランス)

 「おい、私が相手をしてやろうと言うのに随分な態度だな」

 手をかざしてそう言う彼女の声は冷たいもので、それだけでニンブルを始めとして他の騎兵たちも気を引き締め直すこととなった。まさか、初発で6分の1を削られるとは思ってもいなかったのである。

 「総員、戦闘態勢」

 「遅いぞ」

 呆れたように彼女は次の魔法を発動させる。彼女の前に水晶製の短剣が5つ程出現して、それが打ち出される。彼女の魔法水晶の短剣(クリスタルダガー)である。その射線上にいた2頭の鷲馬、それも急所であろう眼球に命中して、その痛みに騎獣は悶え苦しみ、騎兵達は空へと投げ出された。

 「うわあああああ!」

 「落ちるうううう!」

 絶叫しながら落下する者達を他の兵たちが何とか救出した。それでも、彼女には十分な時間であったらしい。

 「悪いが、手加減はなしだ」

 その言葉と共に彼女は新たな魔法を発動させる。

 仲間を救助した2騎の鷲馬(ヒポグリフ)にその騎兵達を襲ったのは大量の砂。それらがまるで砂浜を打ち立てる波のように騎兵達を呑み込んで行く。

 「おい、何だよこれ!」

 「な、何も見えねえ、このままだとよぉ!」

 騒いでいた彼らであるが、それも直ぐに静かになる。それもその魔法の効果であった。

 第5位階魔法砂の領域・全域(サンドフィールド・オール)

 対象に砂をまとわりつかせて行動を阻害すると同時に盲目化、沈黙化、意識を散らせる等の副次効果も併せ持つ凶悪な範囲魔法にして、彼女のオリジナル魔法でもある。

 自身が行った魔法によって、4人者の人間が落下したことなど歯牙にもかけないで、彼女は前方を見据える。

 「さあ、次はどうするんだ?」

 事此処に至って、ニンブルもようやく理解できた。自分たちは狩る側ではない、狩られる側であると、それを目前の仮面を被った人物が知っているかどうかは分からない。いや、きっとそうであると認識さえしていないだろう。彼女にしてみれば、いつも通りの光景であろうから。

 (何とか持ちこたえたなくては)

 今回の事、自分は魔法に詳しくない為――と、そう言ってもそれは彼の主観であり、4騎士では魔法に対する知識量であれば、ある事情を抱えた彼女に次いであるのだけど――どういった事であるかは不明瞭、しかし、あの帝国主席宮廷魔術師であるあの人物があれだけ喜んでいるのだ。きっと何か、具体的に何かと言えないがあるのであろう。それと、皇帝陛下のその知恵と組み合わさればきっと帝国はもっと良い方向へと向かうはずである。その為であれば、例え、その為に王国が苦しむ事になろうと、自分は目を瞑らなくてはならない。

 誰しも守るべきものがあるのだ。自分であればと愛すべき兄弟たちの姿が浮かぶ。この立場につけるよう尽力してくれた兄に面倒見が良い姉、やや強気な所がある妹。そんな彼らの平穏な生活を護る為にもこれから自分は尽力しなくてはならない。

 (そうです。王国は何かと問題が多いですから)

 現在、帝国は毎年王国に対して戦争を仕掛けているが、それだって理由はきちんとある。国力を落とすのもそうであるが、最近になって問題が起きてきたのである。

 ライラの粉末と呼ばれる麻薬もまたその問題の1つである。この薬、副作用はないと触れ込みがあるがとんでもないその使用者がどうなったのかは自分も良く知っている。もしも、何も知らずに兄弟達がそれを口にしたらと思うと恐ろしくなる。だからこそ、それを許す訳にはいかないし、その供給源となっている王国を許す訳にはいかないのだ。

 (人を駄目にする薬を流行らして、国を潰すつもりなのでしょうか? 王国は)

 他にも理由があるとすれば、歴史にある。元々、王国と帝国は1つの国であったという。ならばと彼は考える。再び、2つの国を併合して我らが皇帝陛下がその統治をすれば、もっと世の中は良い方向に進むはずであると。身勝手な考えである事は百も承知だ。その戦争の為に、両国に多くの犠牲者をだしているし、何よりその副次効果いや、それこそ陛下の狙いである。生産量の低下で向こうの国の民は飢えているという話も聞く。

 (ですけど)

 それだって、いつかは幸福に変わるはずであると彼は自己催眠をかけるように脳内で言葉を紡ぎ続ける。

 (その為にも、いつか迎えるであろう全ての人々の幸せの為にも、この遺跡にあるであろう知識は帝国が手に入れる必要があるのです) 

 「総員、雁行の陣!」

 「「「了解!」」」

 「次は何を見せてくれるんだ?」

 今ここに騎兵達による決死の抵抗戦が幕を開ける。

 

 

 ラキュース達は第2層へと向けて階段を上り続けていた。

 「ガガーラン様に、イビルアイ様は大丈夫でしょうか?」

 心配そうに声を上げるのはニニャであった。確かに傍目に見れば、無謀ともとれる行動であったろう。だけどそうではないという確信が自分たちにはある。

 「大丈夫よ」

 「うん」

 「2人とも化け物、むしろ相手がご愁傷様といった所」

 「……そうなんですか」

 自分たちの返答に彼女は少し引き気味であるが、とりあえずは安心してもらえたようであるとラキュースは判断した。

 「来たぞ! 王国の冒険者共だ!」

 前方から声が響き、階段をせわしなく降りているであろう足音の数々が耳に届いて来る。

 「人数はどれ位?」

 「恐らく10人程」

 帝国最高戦力の4騎士を2人も見ているのだ。それ位の戦力はあっても何ら不思議ではない。それ所か情報さえ渡ってしまっているようであった。

 (本当に、シャルティア様達を戻して正解だったわね)

 彼女たちが自分の依頼主であると彼らに知られてしまう事だけは避けなくてはならない。帝国、それも血も涙もないであろう「鮮血帝」に目を付けられてしまうのは問題しか生まない。もしも、彼女を思うのであればここは何もせずに引き返すのが正しい判断であるのだろう。しかし、それは出来ない。

 「これより戦闘に入るわ! 何とか5分で片づけるわよ」

 「問題ない」

 「楽勝」

 くないを片手に頼もしい顔をみせる双子に、彼らもそれぞれに武器を構えながら続く。

 「いい機会です。実戦込みの訓練と行きましょうか」

 「こっちはさっきまでデス・ナイトとやりあっていたんだぜ! 帝国の兵なんざ目じゃねえ!」

 「それは……胸を張ることではないでしょう」

 「で、あるな」

 そう、ここで彼らが何をしようと、あるいは何を探しているかは分からない。けれど、それを放置する事は出来ないのだ。それによって、王国が帝国に遅れを取ることは分かっている為に。

 「今更ですけど、ごめんなさい。ニニャさん、モークさん達も」

 走っている為に、言葉だけになってしまうが、突然の謝罪に「漆黒の剣」の面々は不思議そうな顔をする。彼女は何を謝っているのか? と。そんな彼らに彼女は続ける。

 「今回の件は、完全に私共の…………もっと言えば、私の私情になります。ですので」

 隣国の軍隊とぶつかるとなれば、それはもう国家間の問題であり、冒険者が介入する事は本来許される事ではない。自分たちは王女でもある彼女の仲介等である程度は大目に見てもらえるかもしれない。しかし、彼らは事情が違うのである。今回の事で、彼らがお咎めを受け、そのプレートを没収、冒険者を辞めさせられるなんて事になった時にはそれを取りやめてもらうよう何とかしなくてはならない。

 それを抜きにしたって、今回の件で間違いなく彼らは帝国に目をつけられてしまう。それはもうどうしようもないだろうと申し訳なく思っている彼女の耳に笑った声が届く。

 「謝る事ありませんよラキュースさん、わたしにだって私情はありますから」

 「ニニャさん……」

 ラキュースを気遣うように彼女は続ける。確かに王国の貴族達、その多くはどうしようもない屑共でもある。しかし、何もそんな者たちばかりではない。

 「確かに、帝国が王国を併合すれば、それはそれで良い方向に進むでしょうね」

 帝国にて行われた政策、その話は彼女の耳にだって入っている。それらを行った鮮血帝、貴族達にしてみれば敵であるけど、国民からの支持は高いという。その事が、彼女にある可能性を幻として見せる。

 鮮血帝が王国を納めれば、もう、自分と似たような思いをする者達もいなくなるのではないか? それにかの皇帝陛下は能力さえあればどのような出の者でも取り立ててくれるという。自分には強力なタレントがあり、魔法適正も高い方である。自惚れ抜きで。

 ならば、かの皇帝、それも有名な宮廷魔術師殿に教えを乞う事が出来れば、自分の目的、姉を見つける道のりももっと容易い物になるかもしれない。

 (でも、違う)

 王国にだって現状を憂いて何とかしようと動いている者達は少なからずいるのだ。今、自分の前を走っている彼女に、その友人である王女殿下もそうである、というのだ。他にも平民出身の戦士長の存在が証明している。国王もまた、この国が抱えた問題を何とかしたいのである、と

 確かに相手方にも事情はあるであろう。だからといって、好き勝手にさせる訳にいかない。それが、彼女の出した結論であった。

 (とんでもない事になっちゃったな)

 内心でそう笑う。これまでのことを振り返ってである。英雄との出会いから始まって、最初は姉探しの旅。その資金を稼ぐ為に受けた令嬢の護衛依頼。そこで、新たな友人を見つけて、未知の遺跡を見つけたと思えば、その友人と共に隣国に喧嘩を売ろうとしているのだ。余りにも急展開過ぎる。まるで、自分が物語の主人公になったとさえ錯覚してしまう。

 「それでも、王国で生きている人達がいるんです。必死に今日を生きている人達もいるんです。だからこそ、彼らに好き勝手させる訳にはいかないんですよね? ラキュースさん」

 「ニニャさん…………」

 「それに、友人が困っていれば、助けるのが道理ですから。かの13英雄だってそうするでしょうし」

 「…………ありがとう」

 彼女の言葉にラキュースはそう返すことしか出来なかった。それでも胸にくるものがあったのは確かである。彼女の過去を鑑みれば、貴族に王族は不信の対象でしかないだろう。そんな彼女が自分の事を友人と言ってくれたのである。それが嬉しく感じる物であり、彼女の姉も絶対に取り返さないとと、彼女に決意を抱かさせる。

 「私どもの方も気にする必要はありませんよ」

 次に口を開いたのはペテルであった。残りの2人もそれに続く。

 「そうそう~こうなったら、乗り掛かった舟って奴だぜ」

 「うむ、そうである」

 彼らにしたって、全然気にする事ではなかった。大体対人の経験が皆無ではなく、それが帝国になるだけとそれだけであるのだ。

 「でも、本当に良いの?」

 不安げに声を上げるのはティアであり、その視線はペテルへと向けられている。その視線を受けて、彼はこんな時だというのに心が軽くなる。命の危機があるのは彼女たちも同様だというのに、その上で自分達を案じてくれているのだ。

 (その、優しさもまた)

 仲間の魔法詠唱者が憧れる英雄の条件であろうと彼なりに考える。今の目的は仲間の姉探し、それに今や王国ではその名を知らない者がいない程にまで登り詰めた英雄へと恩を返す事。それが終わったら、と彼は考える。

 その先はどうなると? そこで、目に映るのは自分へと気遣う彼女の姿。

 (いけませんね、これが煩悩と言うものでしょうか?)

 彼女が自分へとそういった感情を、好意を持ってくれているのは流石に自分でも分かっていた。ラキュースからの問いかけに、仲間達、もっと言えばルクルットの反応だ。あれなら誰だって気付くであろうと。

 好かれて悪い気はしない。けれど、中途半端な気持ちでそれに応えるのはいかがな物かと彼は考えていたのである。それでも、そんな彼女が危険な道を進むというのに、自分は引き返すという選択肢があり得ない事もまた確かであった。

 「良いも何も、ティアさん達だけにそんな危ない橋を渡らせるなんて出来ませんよ」

 笑いかけてそう言う彼の言葉を受けて、彼女は少し頬を赤らめて返す。

 「ありがとう。心配してくれて」

 その様子に他の者たちは顔をほころばせるのであった。ラキュースもまた彼らに感謝する。この先で何が待ち受けているか分からない以上、少しでも戦力が多いにこしたことはないのである。

 「皆さん、本当にありがとうございます。このお礼はいつか必ず」

 「なら、ラキュースちゃんとデートかな」

 その言葉に反射的に彼女は口を開いていた。

 「あ、それは無しの方向で」

 「速攻拒否された!?」

 これから戦うというに何処までもいつも通りの彼を置いて、森司祭が口を開く。

 「それならば、御馳走を所望するである」

 「ダイン……でもそうですね。それが良いかもしれないですね」

 固まりかけた彼らの望む報酬にラキュースは首を傾げる。

 「そんなものでよろしいのでしょうか?」

 「ええ、それが良いんです」

 それは、貴族では少し理解が難しい感覚。彼らが望むのは美味しいご飯を食べて、仲間と騒ぐ時と場なのである。

 「分かりました。ここを切り抜けたら必ず。ですから」

 「はい、必ず生きて帰りましょう」

 それは、1つの誓いでもあった。これから向かうであろう死地、その先でまた会おうという物。これは、先に令嬢に対して行ったものとはまた違ったものであるけど、自らが自らに送る激励のような物でもある。

 そんな覚悟を持って、彼女たちは帝国兵たちとぶつかるのであった。

 

 

 同時刻。

 この遺跡は広いのであり、第2層にも多数の帝国兵たちが居た。彼らもまた襲撃者の存在の連絡を受けて、正面階段に向かう途中であった。

 (たく、誰だよ。こんな忙しい時に来てくれたのはよ~)

 そう愚痴を吐く、彼がいるのは本来、この遺跡を調査する為に来ていた帝国有数の歴史学者達を警護する役割を与えられている20人からなる部隊であった。男が愚痴を吐くのもほぼ私情であった。というのも彼はこういった歴史的物件に触れるのが他人に知られていない密かな趣味であり、今回の調査にしてもその警護対象の学者は一度話をしてみたかった相手であるのだ。だからこそ、その調査が途中で中止になってしまい、その原因となったであろう、者達の事は許せないのである。

 そんな彼を含む一団が進む先、そこでその部隊のまとめ役である兵が止まるよう腕を上げる。

 「隊長?」

 不思議に思った部下の1人がそう尋ねる。それを受けて、隊長は前方を指し示す。

 (((???)))

 その先を見つめる一同。その先には、1人の人物が立っていた。見た感じであれば、血の様な色合いを持つ鎧を身に付けていて、その手には剣が握られている。そして、注目すべきはその者の周囲であろう。自分たちと同じ鎧を付けた者達が倒れているのであるから。

 (おいおい、正面の階段にいるって話じゃねえのかよ!?)

 「総員、戦闘態勢! 正面にいるあの者を捉えよ」

 文句も言う間も無く下される命令にその場の者達は剣を抜いた。それは、男も同様であった。

 

 自身に向かって、剣を手ににじり寄って来る者達を目にして、その人物は笑いかけるように、パーティー会場でダンスに誘うような口ぶりで言葉を発した。

 「折角ですからと思いまして、さて、あなた方はどうでしょうか?」

 その人物もまた剣を構え、彼らの戦いが始まるのであった。

 

 

 



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第12話 帝国の騎士達②

 
 今回の話につきまして、作者の勝手な解釈が混じっていまして、読む方によっては不快に思われるかもしれないので、初めに謝罪しておきます。申し訳ございません。

 では、最新話どうぞ。


 始まった戦闘であったが、それは余りにも一方的なものであった。まともな戦闘すら出来ないとはこの事ではないだろうかと男は思う。

 「さあさあ、お次はどなたが相手をしてくれるのでしょうか?」

 手を広げて、謎の仮面の騎士は言う。その体格に、どこかドレスにも見えてしまう鎧から女のように感じてしまうが、それはあくまで自分の思い込みの類だと、男は絶望的な状況から逃避するように考える。

 剣を握る手は震えており、それは足も同様であり、立っているという感触すら怪しいものであった。

 何とかこれまであった事を脳内で再生して、現状を把握してみる。自分たちは残り5人であったはず、自分も含めてだ。

 隊長からの指示の後、血気盛んな奴らからぶつかりに行ったのであった。帝国軍と一口で言ってもそこにいる兵種ならぬ人種は様々であるのだ。

 合法的に人を斬る事が出来るからと来た者。

 頭を使う仕事がまるで出来ずに送られてきた者。

 仕事を探していたら、ここに来てしまった者。

 自分の場合であれば、3番目が一番近いかもしれない。彼の家は帝国では裕福な方であり、そこそこお金持ちであり、商人という事もあり、資金運用も格段に優れた両親の元に3男坊として生を受けた。そこで、豊富に与えられた本によって、少年期だった頃の男は歴史にのめり込んでいったのである。

 家業は長男である兄が次ぎ、次兄は他の商会へと就職した。両親の意向とは関係なく、彼自身が決めた事のようであった。そして、3男坊である彼はどうしたかというと特にそういった行動は起こさなかったのである。仕事よりも知識をため込む事の方が重要であると考えていたからかもしれない。

 それは、働きもせずに部屋にこもって本を読み漁る時期は彼が18になるまで続いた。そこまで行くと親の目は厳しい物となる。当然だ。この世界の常識では14、15を超えたら何かしらの形で労働に就くのが一般的である。学院等に入って、勉学を修めるのであれば、この限りではないけど、彼の場合、それすらしなかった為にどういった目で見られるかは明白というものであった。

 男はいわば独学で歴史学を修めるという若者特有の無謀でそれでいて滑稽な夢を抱いていたと言える。しかし、それでもそんな彼の生活を支えているのは彼の両親であり、父親に引っ張られる形で仕事を探したら、帝国軍(ここ)に来てしまった。

 それが男のそれまでである。

 「おい、どうするよ?」

 口にはするが、別に誰に向けて話しかけてという訳ではなかった。現に残りの4人は男の両端に2人ずついたのであるから。

 返事はなく、代わりに歯による合唱が返ってくる。この中では自分が一番勇気があるという事だろうか? だとしても全然嬉しくない。そんなもの、こんな状況では、あんな相手の前では犬の餌にもならない。

 「おや、誰も来ないのですか?」仮面の騎士は首を傾げて見せて続ける。「では、こちらから行くとしましょうか」

 そう言って、歩いて来る。騎士が一歩踏み込んでくる度に体中を悪寒が走る。間違いなく殺されるという確信が逃げろと脳に訴えて来る。それでも、動けない。脊髄が訴えている。そんなことしても無駄だ。ここで大人しく斬られる。その選択しか有り得ないのだと。

 騎士が迫ってくる。互いの間隔は3歩分といった所。

 初めに斬りかかった連中は最初こそ威勢が良かった。騎士を取り囲んでそれこそ、一方的に相手を斬りつけていたはずである。囲んでいた為に、その中がどうなっているのかは分からなかった。それでも音は聞こえてきていたのである。金属が金属を叩く硬質的なものであり、そこからきっと相手に集中砲火ならぬ集中斬撃を与えているのであろうと、きっと鎧の上からお構いなく叩いているのであろうと推測した。それだけ野蛮な者たちなのだ。

 そんな音が急に止んで、そして彼らが後ずさり、その中で剣を掲げてみせる騎士の姿を見て、自分の認識が間違ったものであると思い知った。

 そう、連中が放っていた攻撃の数々はどれ1つ、その鎧さえ捉えていなかったのである。すべての攻撃をその手に持った剣一本で受け切っていたのであり、騎士が自身へと向けられた無数の斬撃をさばいていた音であるとその時知ったのである。と、同時に体が動かなくなった。人間、余りにも非常識な、いや、自身の想像以上のものを見るとそうなってしまうらしい。それから更に自分の頭は混乱する事になった。騎士を取り囲んでいた者達、初めに攻撃を仕掛けた10人が倒れたのである。その意識もなく、何をされたか見当もつかなかった。それを見た隊長が声を上げ、その時のやり取りが鮮明に再生される。

 「やはり、只者ではないか、……! ……! ……! ……! フォーメーション・イクス!」

 「「「「了解!」」」」

 隊長を始めとした5人が騎士を取り囲み、必殺の陣形とやらをしようとするが、結果は先の10人の二の舞であった。

 それがつい先程見た光景であった。

 騎士が迫ってくる。残り2歩。

 次に男の脳裏に浮かぶのは両親への謝罪であった。金も稼がずに好きな事にのめり込む。当時はそれがかっこいいものであると、自分は勘違いしていたらしい。

 (ごめん、父ちゃん、母ちゃん。2人の言う事が正しかったわ)

 もしも、生きて帰れるのであればあの頃の自分がどれだけ愚かであったかを詫びて、その上で親孝行をしたい。と、彼はそう願うが、もう叶わない願いであろう。もうそこまで死が迫っているのだから。

 騎士が迫ってくる。残り1歩。

 もう目の前まで来た騎士、特にその奇妙な仮面が男の心を更に追い詰める。その面に描かれている目がまた怖いのだ。眼球結膜にあたる部分は黒く、そして瞳孔に虹彩は赤く、闇の中にて光る獣の眼差しのようでもあった。

 「ひい」

 事ここに至っても男は決断が出来なかった。無謀に立ち向かう事も、無様に逃げ惑う事も。それでも、男の精神は追い詰められているのである。その精神的限界が達するのも時間の問題であり、その感覚が男に立ちくらみをさせ、吐き気を催す。

 相手の騎士は男がそんなに追い詰めれられているとは知らずに。呑気に、それこそ日課の散歩に繰り出す感覚で踏み出す。

 「うわあああああ!!」

 「!?」

 ついに限界を迎えた男は咆哮を上げる様に絶叫して、そのまま倒れた。その様はマネキンが倒れるように綺麗なものであった。全く受け身をとる様子は見られず、背中を盛大に強打したのに、倒れた男はうめき声1つ上げない。既に気を失っているのだ。

 「…………」

 ふと、左右を見てみれば男のそんな姿に触発されたのか、あるいは伝染したのか他の4人も気を失っているではないか。騎士はため息をついて見せる。何だろうこの者達はとその者は考える。

 「別に殺しはしませんのに、そんなに恐ろしかったのでしょうか?」

 そう、男たちはある勘違いを起こしていた。常時であれば、直ぐにその事に気付けたかもしれないが、事態は非常であった。騎士の後ろに倒れている者達、その者達は息をしている。もっと言えば、それは生命をつなぐ為に体が必死にやっているというものではなく、穏やかな吐息である。

 そう、彼らは別に死んだのではない。ただ、寝ているのだ。それでも男は殺されたと思い込んでいたのであろう。

 騎士もその考えに行き着いたらしく、再びため息をついて見せる。この世界でも強者であったり、逸脱した存在とはいる者である。今回は戦闘という事になったのでその方面の人材がないか、こうして回っていた訳であるけど、ここまで落胆の連続であった。

 (力任せに剣を振る者、子供がやるチャンバラの延長ね)

 これまで自分が相対した帝国の者達の4割程がそれであった。

 (後は、何というかね、ぱっとしない)

 彼らが弱いのか? いや、自分が強すぎるのである。そう認識を改めて、彼女はある人物の顔を思い出す。

 (!!!)

 自分の記憶だというのに、後ろにのけ反りそうになる。初めに出た映像が泣きながら走り去るものであったからだ。これが、例えば恋物語等で、想い人に一世一代の告白をしてそれでも断られてしまい、たまらず走り出す淑女であれば、きっと絵になるであろう。しかし、相手は無精髭を生やした外見年齢30代の男性だ。それが、鼻水まで垂らして泣きじゃくる姿は本人には悪いが、本当に酷い絵面だと、騎士は思う。

 (でも、腕は確かだったのよね)

 あれだけの醜態を晒した男であるが、それでもこの世界では上位に入る存在であったらしく、残念ながら彼を超える逸材というものには中々巡りあえない。現在、彼女たちが交戦しているであろう帝国4騎士ならば、少しは期待が出来るかもしれないが、彼らは既に帝国有数の人材であり、それをこちらの陣営に引き込むとなれば苦労する事であろう。ならばと騎士は考える。

 (もう一度あの男を見つけて)

 それで、首に縄でも縛りつけて引っ張ってしまった方が良いかもしれないと。確かに自分たちに比べれば弱くはあるが、鍛え方次第では十分に伸びしろがある。そして、成長させればかの計画の尖兵位にはなるであろう。

 (それが良いわね。でも、ひとまずは)

 この遺跡に集まっているであろう戦士達に、魔法詠唱者等、見て回る人材はまだまだ沢山いる。この機会を逃したら、次はないだろうと、タイムセールのチラシを片手にデパートの食品売り場を歩く主婦のような機敏ながらも軽い足取りで騎士は歩き出す。

 

 

 「くそ! 俺の給料上昇の為にも、てめえら贄になりやがれ!」

 その言葉と共に、袈裟斬りに振るわれる剣を自らの魔剣で受け止めながらラキュースは仕事口調を忘れて叫ぶ。

 「お断りよ! そんなもの、あなたの努力で何とかしなさいよ!」

 押し返して、生じた空白、動くのが速かったのは彼女であった。すぐさまここまでに来るのに使用した武装を発動させて、黄金の金塊にも見える6本の剣、それを器用に操り、面の部分で相手の男の頬を力いっぱいにひっぱたく。

 「痛え!」男は階段上段へと吹き飛びながらも男は彼女へと皮肉を飛ばす。「そんな剣の使い方があるかよ! やっぱり野蛮な冒険者だな! そんなんじゃ、嫁の貰い手がねえぞ!」

 「五月蠅い! 黙りなさい!」

 手をかざすラキュース。その表情は少し憤怒に染まっており、その感情を表現するかのように剣の群れ達は男へと殺到して、鎧の上から連続でその体を叩きつける。1発目は男の脇腹を叩き、2発目は左足の向こう脛、いわゆる「弁慶の泣き所」を捉え、その衝撃に男は「うおっ!」と悲鳴を上げる。3発目、4発目はそれぞれ右肩、左肩を順番に襲い、左右からの揺さぶりによって男の重心を崩しにかかる。そして、とどめと言わんばかりにその顔面を――兜をかぶっている為、その表情は見えないけど――強打して、男をノックダウンさせる。そのまま彼が起きあがる事はなかった。鎧を着ているといってもそれにだって限界はあるし、受けた衝撃を流せるものでもないのだ。最後の一撃によって男は脳震盪を起こしたのである。

 「ふう、何とか終わったわね。みんなはどう?」

 3人目の相手を見下ろして、それから周囲の状況、耳に聞こえる音で決着はついたと判断した彼女はそこで周囲の様子を伺いつつ仲間達に問いかける。

 「問題なし」

 「時間は3分30秒、目標を大きくクリアしている」

 見れば、彼女たちの足元には倒された兵士が4人ほど倒れており、それは彼らの方も同様であった。

 「こちらも何とか、足を引っ張る事にならなくてひと安心ですよ」

 リーダーであるペテルがそう言う。その後ろでは他の3人も特に問題のない顔をしている。彼らもまた、ここまでたくさんの困難を乗り越えてきたのであり、今更自分たちと同人数程度の兵士ではどうにもならないだろう。

 (流石、ニニャさんが居て、そしてモークさんが率いるチームね)

 彼らは現在の自分たちのランクは分不相応だと思っているかもしれないが、自分はそう思わない。彼らは間違いなくミスリル級であると。

 「では、時間も惜しいですし、先に進むとしましょう」

 「了解」

 「ええ」 

 彼女の言葉にティナとペテルが言葉で返して、他の者たちは頷く形で答える。それを確認してラキュースは再び階段を上り始め、その後に彼らも続く。目指すは神祠、未だ第2層にもつかないけど、そんなものは障害でも何でもなかった。

 彼女達は進み続ける。

 

 

 彼女達が上り続ける余りにもの距離があり過ぎる階段、初めに双子忍者によって気を失った兵たちが見張っていた入り口から第1層までの中間地点、そこでは以前、刺突戦鎚を振り回す戦士とそれを2枚の盾で巧みにさばく防御戦特化の騎士の戦いは続いていた。

 (ち、本当に硬いぜ)

 その戦士ことガガーランは攻撃を加えながらも内心でそう舌打ちをする。彼女たちを見送ってから体感時間にして2分半、自身が使える限りの攻撃を、連撃の型を叩き込んでいるが、全く変化が見られないのだ。まるで、ずっと岩を1人で叩いている感覚さえ覚える。それ程までにこの騎士の防御に関する技術が高いという事であろう。

 彼女は思考を続けながらも攻撃の手を休める事はない。もしも、少しでも途切れさせてしまえば、反撃が来ることは分かりきっているからだ。それに、相手の戦力が未知数という事が不味いと彼女は考える。いくら英雄の端くれであるアダマンタイト級といっても、5人であるし、協力者である彼らを加えても頭数は9人、自分1人がここで倒れる訳にはいかないのだ。

 それでも、疲労は溜まり、徐々にその動きには粗が出始める。そして、それを見逃すほど4騎士の名は軽くない。彼女の連撃の合間、その僅かな隙を縫うように不動と呼ばれし騎士は攻撃に転じる。放たれるのは、右手に持った盾による何の変哲もない殴打。それが、丁度彼から見て、左へとその巨大な得物を振り切り、隙だらけの彼女の胴体を捉える。

 彼女の体を衝撃が襲い、その威力が彼女の左足を現在立っている段から落としかけ、それによって左足が崩れ、その揺らぎは彼女の全体を襲う。何とか持ちこたえる彼女であったが、ぐらついた際に出来た更なる隙を騎士が見逃すはずもない。

 そこで、騎士は畳みかけるように彼女に殴打を連続で打ち込む。それは、右を打てば、それを引っ込め、入れ替わりに左を放ち、直ぐに引っ込め、また入れ替わりで右を打ち込むといった単調なものであるが、現在の状況と合わさって、非常に優位な攻撃である事に変わりはなかった。

 余りの攻撃にとうとう、左足が階段を離れ、右足のみの棒立ち状態となってしまった彼女は何とか耐える。

 (くそ! このままじゃあよお)

 猛襲を何とか堪えながら、彼女は状況が限りなく悪い事を肌身に感じていた。立ち位置からして悪いのだ。こちらは下段から相手を見上げる形、相手はその逆、上段からこちらを見下ろす形。これが既に悪い方向へと舵をきっているのだ。この階段はやや急であり、もし転げ落ちるなんてなれば、常人であれば即、死につながるであろう。自分であれば、何とか堪える事は出来るかもしれないが、それでも相当の衝撃を体に浴びてしまうのは明白であった。

 これも相手の作戦の内であるのだろう。本当にその異名は伊達ではない。こうして、彼は自分にとって優位な立ち位置を保持し続け、こうして戦いを有利に進めているのだから。

 (不味いぜ、そろそろ右足が限界だぜ)

 何とか左足を段へと戻そうともしているが、それさえ許さない程に騎士が放つ攻撃は激しいのである。遂に体の重心が完全に後ろへ傾きかけ、そしてそれを戦士としての視覚で判断した騎士は最後のたむけだと言わんばかりに右手にもっと盾でとどめの一撃を放つ。別に命をとる必要はない、ひとまずはここから叩き落せば良いのであるから。そう、考えていた彼の思考を彼女は裏切って見せる。

 「!!!」

 彼女は得物から手を放し、その攻撃を受けると、外側から空いた左手で突き出された騎士の右腕を掴み、力の限り自分の方へと引き寄せる。

 彼女自身が後ろへと倒れかけていたこと、そしてとどめを刺さんと少々体重を前に傾けていた事も手伝い、騎士も前へと倒れかけ、すかさず彼女はその背に右腕を回し、騎士の胴体へと抱き着く、それは別に親愛の抱擁という訳ではなく、どちらかといえば、地獄への道連れと行った所。そして、少しでも動けば互いの唇がぶつかりそうになるその距離で、彼女は騎士に言う。

 「どうせならよ、一緒に落ちようぜ。‘不動’?」

 ここで、騎士も彼女の狙いを知るが、もう遅い。2人は抱き合った形で階段を横向きに転がり落ちる。互いに付けた鎧が石製の階段にぶつかる度に当の本人達さえ耳を塞ぎたくなる音が鳴り響く。

 そう、彼女は自身の勝利の可能性を捨て、それならせめてとこの形へと切り替えたのである。転がりながらも何とかその先の展開をどうするかと彼女は考え、それは無表情ながらも騎士も同様であったらしい。

 彼女たちの戦いは今しばらく続きそうである。

 

 

 (……? 今の音は)

 下の方から聞こえて来る硬質的な音に一瞬気を取られるが、それも一瞬である。その隙をついて、突撃を仕掛けてきた鷲馬騎兵に彼女は無言で魔法を放つ。水晶製の短剣が騎兵を騎獣ごと貫く。それでも、後ろに下がるだけでなんとか墜落はしないよう耐えているようであった。

 「ほう、ガッツはあるみたいだな」

 (畜生……簡単に言いやがって)

 今、こうして自分と相棒が飛んでいるだけでもとてつもない幸運であると、かなりの奇跡であると攻撃を受けた騎兵は思っていた。この相手は化け物だとも。

 単純に使える魔法が多く、その魔法が強いという次元ではない。それ以上に戦いなれているのである。今の自分が仕掛けた不意打ちを迎撃してみせた件と言い、まるで自分がそうすると分かっているようであった。それが表情に出たらしく、老人とも子供ともとれる奇妙な声が返って来る。

 「挙動からな、大体の性格は分かるんだよ。そして、お前の場合、せっかちと言った所か? 焦っているとも言えるな。だから、私が視線を外しただけで、馬鹿正直に突撃してくれたんだろ? 的の方が寄ってくれるんだ。これ以上にありがたい事なんてないさ」

 まるで、赤子の手をひねるように簡単であると言われた気がして、感情が爆発した。痛む体を押して、再度の攻撃に入る。隊長である‘激風’の呼び声は彼には届いてなかった。

 敵である魔法詠唱者へと無謀とも呼べる突撃、相手もそれに受けてたってくれているようで真っ直ぐに見据えてくれる。だが、自分は唯突撃を仕掛けているのではない。

 (見せてやる。これまでの俺の全てを)

 彼は帝国軍でも上位に入る鷲馬(ヒポグリフ)ライダーであった。相棒とも呼べる騎獣にもこっそり名前を付けていたりする。そんな彼は空を駆けるのが好きであった。色んな空を相棒と共に飛ぶのが好きであった。無論、訓練だって人1倍以上やっており、それは、この部隊のまとめ役であるニンブルも知っていた事である。そんな彼にとっては、先ほどの奇襲は単なる攻撃手段の1つではなく、彼にとっては、必殺とも呼べるものであった。それを大した事もないと言われてしまい、冷静さを欠いてしまった。

 しかし、彼は根っこの所では冷静に次の戦術を描き、そして実行していた。魔法詠唱者へと迫っていたかれは、後0.5メートルという所で突然姿勢を崩したように落下する。その光景にイビルアイもまた注目していた。

 (ほう、何をするつもりだ?)

 彼女から見れば、目前まで迫った相手がいきなり消えたように感じていたのだ。しかし、それがいわゆる急降下によるものは直ぐに察しがつき、視線を下に落とす。

 (だよな、そう来るよな!)

 この世界には自分が乗っているモンスターに、現在相手にしている魔法詠唱者のように飛行の魔法の存在があり、それによって、ある程度の空中戦だってあるのだ。その為、それに関する定石というものもある。そして、この世界では、物体は下へと大地へと引っ張られる性質があるのだ。これを利用すれば、下方向のみであるが、その速度を急激に上げる事が出来るのである。それが、空中戦における1つの認識であれば視界から消えた相手を探して下方を向いてしまうのは必然とも言える行動である。

 (だからこそ、この技が生きるんだ!)

 騎兵はそこで、急上昇に入る。突然の逆行、それは生まれていた力の流れに逆らう事そのものであり、騎兵に騎獣と彼らに相当の負荷を、体を引きちぎるような感触を掛けるが、彼らには何ともない。それこそ彼らが何回もしてきたものであるからだ。急降下からの急上昇による旋回、その起動は空に三日月を描くようであった。

 別にそれ自体は珍しい技ではなく、帝国軍、それも彼がいる部隊であれば必須となる技術であるのだ。それでも、その事実を差し引いた上でも彼の見せた急速旋回が速い事に変わりはなく、そのまま騎兵は魔法詠唱者の背後を捉える。そこで、下を向いたまま相手は口を開く。

 「だから……」

 それさえ、お見通しであると、背後から伸びるように水晶製の槍を生成してみせる。が、それが肉を絶つ音は聞こえなかった。

 (???)

 初めて疑問を抱いた魔法詠唱者はそこで振り向いて見せる。その視線の先には槍が何もない空間に伸びているだけであり、空しい光景とも言えた。

 そう、それこそが、そこまでの過程こそ騎兵が狙っていた次の手であった。彼の旋回は敵の背後を取ることで終わっていなかったのである。

 そのまま相手の周りを縦に、惑星の周りを回る衛星のように、旋回を続けていたのである。そのまま彼は、相手の視界から外れ続ける。彼は確信した。この相手の正面をとって、その無防備な体に現在、手にしている槍で一撃を入れてやると、相手は自分が背後をとるものだとすっかり、その気であり、そして釣られて背後を確認した。

 まさに千載一遇の好機だと考えた彼の体に嫌な衝撃が走る。

 (? え? へ?)

 余りにも一瞬の出来事であった為に、もっと言えば、大技を出す為に極限まで摩耗していた彼の脳がその事実を認識するのに時間が掛かった。どういう訳か、自分の体は落下しており、そして視線の先には同じく墜落している相棒に、その傍らには何やら人の下半身らしきものがあって、それが彼が見た最後の光景であった。

 「……言っただろう。動きが見えていると」

 イビルアイは冷たく言い放つ。そして、その言葉は彼女が相手をしている部隊を率いているニンブルへと向けられていて、彼もその事は理解していた。

 そう、彼らの目には全てが映っていたのである。敵の魔法詠唱者がしたことは特に変哲もない事であった。ただ、自分の周囲に無数の剣、それも水晶製のものを出しただけであった。突撃を仕掛けた彼は、その内の一本に激突してしまったのであり、その結果が先の光景である。呆れた様な声が届いて来る。

 「ただ、速度で私の目を誤魔化すつもりだったらしいが、そんなものだって、ある程度の動きが読めていれば、意味はない。もっと言ってやろうか? 私に接近戦を挑もうと考えない方が良いぞ? まだ弓とか使って撃ってくれた方がまだお前たちにも勝機はあるんだが?」

 何処までもこちらを見下した言い方であるが、相手にはそれを言うだけの権利がある。実力は勿論、様々な戦法、もっと言えば、この世全ての生き物の動きを熟知したような立ち振る舞いであるのだ。

 (ですけど、それだっていつまでも続くわけではない)

 確かに自分たちが彼女? (全身ローブで身を覆っている為、正確な性別は定かではない)に比べて弱い存在である事はどうしようもない事実だ。この時点ではどうあがこうと勝ちの目はない。あれからも何とか食い下がっているが、1騎、また1騎と落とされてゆき、先に落とされた彼は24騎目の戦死者であった。つまり、自分を含めて残り6騎しかいない。 

 それでも、全く状況が悪い訳でもない。確かにあの魔法詠唱者が使用する数々の魔法は脅威であろう。しかし、何事にも対価というものはある。言い方は不適切かもしれないが、剣にしたって永遠に使えるものはない、使用する度に摩耗していき、その切れ味は落ちる。それは、魔法にしたって、同じだ。魔法というものは使用者の魔力を食らうのであるから、その法則から外れるのがスクロールであるけれど、今の所そう言った物を使っている様子はない。つまり、自分たちの戦闘で間違いなく魔力は減っているはずなのである。このまま戦闘を続ければ、間違いなく自分たちは全滅するであろう。しかし、それは同時に相手の力を削ぐことにもつながる。

 (覚悟を決めるしかなさそうですね)

 ここで、激風の名を持つ騎士は何が自分たち、すなわち帝国にとって最も大切であるかを考える。それは、少しでも時間を稼ぐ事である。例え、自分たちの命がここで尽きようとも。

 「総員、覚悟を決めなさい。ここで私たちは死にます」

 「ほう……?」

 「アノック様!?」

 「少しでもあの化け物をここで引き留めます――大丈夫ですよ。きっと優しき陛下の事。必ずや、蘇生処置をしてくれますとも」

 それは、気休めの為の嘘でしかない。それは彼の後ろに控えていた生き残りの騎兵5人全員が察した。しかし、同時にそれぞれに覚悟を抱かせる決め手にもなった。本来であれば、あり得ない光景であろう。人間、誰しも我が身が可愛いものである。それでも、ニンブルの言葉に従うのは彼らにだって自分の命より大切な者達がいるという事。そして、かの「鮮血帝」に対する信頼でもあった。

 帝国にはその階級ごとに生活する場が分けられており、帝国軍でも虎の子と評されている彼らの家族は当然、一等地に住んでいるのである。

 もし、ここで自分たちが死んだとしても家族の生活は保障してくれるであろうと。いう信頼であった。

 実際、彼らの考えた通り、帝国の皇帝はその通りにするであろう。それは、彼の性格にその改革の爪痕等も影響している。今代の皇帝はその政策で結果的に多くの貴族を敵に回す事になった。いかに恐怖と武力で従わせるというのも限界があるのものである。よって、彼はそれから行う事でどうしても得なくてはならないものがあった。

 それこそ、「民からの信頼」である。貴族時代の考えを取り払い、仕事が出来るのであればそれ相応の地位や対価与え、そして国内のあらゆる問題、それも平民に関連する項目を優先して解決する事で平民たちの信頼を勝ち取ってきたのである。生き残りの兵達全員が全員、平民出身という訳ではない。

 それでも彼らは覚悟を決める事が出来た。それだけ、ここが、この案件が帝国にとっても重要な物であると判断出来るからであった。

 (それに、アノック様の言う事も全く期待薄という訳ではない)

 多くの者達がその運用に携わっているという点では組織運営も国家運営もその本質は変わらない。実際、ここで倒れていった者達とは帝国でもエリートの部類に入るのだ。そんな彼らが全滅したとして、1から新たな人材を育てる所から始めるのか、あるいは蘇生させて、再運用するのとどちらが効率が良いか? アインズがかつていた世界であれば、命という概念の軽視であると問題になるかもしれないが、生憎とこの世界ではそういった考え方はごく少数である。

 蘇生をすると、その者は力が衰えるという現象もあるが、それを差し引いたって、経験がある事には変わりない。よって、激風の言葉通り生き返る事が出来る可能性は多いにあるのだ。それ所か、名誉賞という事で特別な報酬だって期待できると彼らも腹を決める。

 「そっちはそっちなりに覚悟はあるんだろう。けどな、こっちだって簡単には引き下がる事は出来ないからな」

 そんな彼らの姿をイビルアイは自分なりに認めて、改めて戦闘態勢に入る。彼らにとっては、初めから負け戦、決して生きて帰るなんて選択肢はあり得ない。そんな悪あがきともとれる戦いは後しばらく続くのであった。

 

 

 ラキュース達は第2層へと続く分岐点を越えて、第3層へと向かっていた。

 「意外ね、あの分岐点で待ち伏せがないだなんて」

 彼女はそう走りながら後ろに続いているであろう者達に言う。現在、彼女たちは全力で階段を駆け上がっている訳であるけど、冒険者というものは一般人に比べてずっと体力があるのである。実戦に比べれば本当に何ともないのであり、実際彼女たちにはその事で疲れている様子は見られない。

 「確かに、でも」「おかしい事じゃない」

 双子忍者がそれに、先にティアが口を開き、ティナが引き継いで意見を述べる。それに同意する声も上がる。

 「そうですね、彼らにしてみれば私たちがここにいる事こそ、想定外だったかもしれませんから」

 「それは、そうですよね。モークさんの言う通りかと」

 返しながらも彼女は自身の胸で何か引っかかって感触を感じていた。この遺跡もそうであるし、ここを調べている帝国にしても何かがおかしいと、まるで照らし合わせたように自分たちは彼らと遭遇したのであるから。

 (それに、結局)

 彼らの狙いが分かっていない。初めこそ自分たちと同じようにこの霧の発生源を探しているものかと思ったが、それ以外にも可能性は考慮しておくべきである。

 (そうね、まず、分かりやすいのは)

 こういった遺跡、それも未発見の物となればそこにある物も様々である。まずは、財宝の類。それが、最も多い事例であるかと彼女は考える。

 (…………)

 どうもお金の事を考えると自分の気分は悪い方へと向かう。過去の依頼であった事が原因なのかもしれないなと――思考を切り替えて、検証する。それならば、目的は一目瞭然、帝国の資金稼ぎであろう。それであるならば、やはり妨害をしなくてはならない。

 この世の中、大体の事はお金で解決出来るようにできているものである。つまり、極端な話、沢山の金があれば、それだけ出来る事に幅が広がるのである。それによって、帝国が更に発展をするにしても軍事費に回して、軍隊を強化するにしても、王国にとっては良い話ではない。

 (だとしても、どうしたものかしら)

 ひとまず、その考えは頭の隅に追いやり、他の可能性も考慮してみる。

 (強力なマジックアイテム、あるいは魔法が付与された武器に防具があるとか)

 それだって、十分にあり得る話であるが、結局財宝とそんなに変わらない。出来る限り、帝国に強力な武器を渡してしまう訳にはいかない。と中々、答えを出せない彼女の耳にこの旅で新たに得た友人の声が響く。

 「あの、1つ、気になる事があるんですけど」

 「どうしました。ニニャさん?」

 「確か、ここって」そこで、彼女は余りの状況の変わりように全員が忘れていたある事実を口にした。「ペテルが、例のモンスターに案内される形で見つかった場所でしたよね」

 その言葉に全員が言葉を失う。確かにその通りであった。では、そのモンスターは一体何が目的であったのだろうかと。

 「確かにそうね、でも、そのモンスターが私たちに友好的な理由はないですし」

 「うん、全くない」「鬼ボスが虐待したせい」

 「……2人とも?」

 ここぞばかりに普段の鬱憤を晴らすように自分を責め立てて来る2人をやや怒気を上げた声で鎮めながら、彼女なりに推測してみる。あの時の状況を見れば、自分の判断は間違ったものではない。そう認識した上で、思考を続ける。

 (モンスターと言っても色々いるもの)

 モンスターの中にも知性を有しているものも少ないけれどいるのだ。これまでの得た情報を整理しれみれば、ここまでに来る途中の馬車で自分が攻撃を加え、そしてモークを助けたそのモンスターは間違いなく知性があるだろうと結論づける。彼を助けた際にスクロールを使用していたという話も説得力を固める要因だ。

 では、そんなモンスターが自分たちをここに招いた理由は? それ程までの知性を有しているモンスターが自らの行動で――彼にこの場所を教えてその先、どうなるか分からないはずがないのであるから。

 (本当に何が? ――‼‼)

 彼女は強引に意識を切り替え、叫んだ。

 「全員、後ろに飛びなさい!」

 その言葉にその場の全員が反射的に反応して、彼女の言葉通りにした正に1秒後、目の前の階段が砕けた。石製であろう、それは余りにもあっけなく砕け散り、その破片が彼女たちへと降り注ぎ、その衝撃も余程強かったものだったらしく、その1点を起点に煙が立ち込めた。

 「な、なんだ!?」

 その突然の事にルクルットが間抜けな声を上げる。下方へと飛び降りるのは危険であるが、そこは何とか身のこなしに優れた者達、忍者に野伏が中心となって、一気に数段降りた先に着地する。

 「こんな事が出来るのは、彼女しかいないわね」

 ラキュースの言葉を肯定するかのように、その正体も露わになる。開けた視界におさまるのは、完全に1段が無くなり、その部分だけ段の高さが倍になってしまった。そんな所に刺さっているのは穂先であった。そして、煙が飛散して、その振るった相手の姿も出て来る。

 「おお! マジで――ぐへ!」

 つい、いつもの調子で声を上げそうになったお調子者をいつもの様に鉄拳で黙らせるリーダー、幾ら何でも今はそれ所ではないのだから。それでも、相手は、女性の好みに五月蠅いと自称している彼――その割には大分判定が甘いとペテル達は思っているけど――が声を上げそうになる程には美人であるのであった。

 (ですけど、何でしょうか?)

 出てきたのは流れるよう川を連想させるように長い金髪で顔を半分隠した女性であった。身に付けているのはこれまで2度も見てきた物と非常に似ており、それが女性の正体をペテル達に教えてくれる。その予想が正しいものであると証明するようにラキュースの言葉がその場に響いた。

 「帝国4騎士が御一人、‘重爆’レイナース・ロックブルズ殿とお見受けする」

 「そうですか、私の名は王国にも広く知られているみたいですわね」

 言葉をかけられた女性は平淡に答えてみせる。彼女自身にとって、その立場というものは特に大切なものではないらしい。そう、ペテルもそれを感じていたのである。それまで自分たちの前に立ちふさがった4騎士達、‘不動’にしても‘激風’にしても自分たちに対してある程度の敵意を向けてきていたのである。あの無表情な騎士でさえ、なのに彼女からはそういったものが感じられなかったのである。

 「あなた方が此処で何かをされているのは既に分かっています。そこを通してはもらえないでしょうか?」

 「出来る事なら、そうしたい所ですが。……――はあ、これも仕事の内ですわ……」

 やる気なさげに彼女は槍を構える。その姿勢もこれまでの4騎士達とは異なり、どこか嫌々やっているよう見えた。対するラキュースも魔剣を手に取り、再び口を開く。 

 「重ねて問おう。通してはくださらないか?」

 「では、こちらも重ねて返しましょう。あなた方を通さないのが私の仕事ですから、難しい話でございますわね」

 「そうか、ならば……」彼女は剣を構――柄を持った両手を自身の頭よりも上にあげ、刀身を下に向ける形――えて続ける。「何が何でも通してもらうとしよう。推して参る‼」

 最後の言葉を言い終えると同時に彼女は走り出す。初めに彼女が狙ったのは刺突であった。それをレイナースは後方へと飛び上がる形で躱し、直ぐさま槍を構えて、彼女へと突き出す。彼女はその突きを身を倒す形で躱し、そして剣を攻撃の為に近づいていた相手めがけて横なぎに振り払う。その攻撃は当たるはずであった――が。

 (な!)

 ペテルは思わず内心でそう叫ぶ。重爆と呼ばれし騎士はそこで後ろへと飛んで見せた。言葉にしてみると単純なことであるが、彼の目に映ったのは全く違っていたのである。

 上手く説明は出来ない。本来、あの騎士は自身の攻撃、槍の突き出しに引っ張られる形でラキュースが放った返しの横なぎに自らつっこむはずであったはずなのだ。しかし、その直前で肉体全体の動きを一度静止したように見えたのだ。

 (やはり)

 可憐な女性であっても帝国が誇る最強の騎士の1人であると、彼もまた気を引き締め直す。

 

 (成程、噂に聞いた通りなのね)

 ラキュースもまた、攻防を続けながら、彼女についての情報を洗い出していた。彼女は、その異名が示す通りというか4人いる騎士たちの中では最強の攻撃力を誇るという。それは、先ほどの攻撃で半ば証明されている。此処まで散々自分の足裏で叩いてきたのだ、この階段だってそれなりの強度を持つのは確かである。それを彼女は一撃であそこまで破壊してみせた。女性でありながら、此処までの力を出せる理由はどこにあるか? それは自分の攻撃、彼女の攻撃さえ利用した一撃を簡単に躱してみせた事である程度理解出来た。

 彼女はいわば、常人よりも()()()()()()()が強いのであろう。

 この世界にだってその手の医療がある訳であるし、何でも中央大陸の方でその研究が進んでいるとかいないとか、ラキュース個人としては非常に興味がある話であったが、なんせ場所が場所であり、その話があったのは亜人、それもミノタウロスの国からという事もあり、現状では難しいと諦めていたのである。故に、そこまで詳しい話は分からず。目前で槍を振るう彼女の事もそのように表現するのが精一杯であったのだ。

 要は、文字通り医療の分野の話になる訳である。

 この世界では魔法が発達したために、余りそういった技術がのびる事はなかった。それ所かアインズの元居た世界では当たり前であった事さえ、「野蛮な物である」と忌避されているのであった。しかし、ラキュースの思った通り、件の国にて突如現れた、おかしな人物の働きでその辺りの事も改善が静かに、しかし確実に進みだしており、ラキュースが聞いたのはその上で出てきた話の1つであった。

 その話になぞらえるのであれば、帝国4騎士の紅一点にして、最強の攻撃力を誇る彼女の強さの1つはその肉体構造にあった。

 人とは体を動かす際、脳より脊髄、神経を通り筋肉へと命令が届き、その体を動かしている。そして彼女の場合、それが常人よりも速いのである。

 極端な例を上げるとすれば、常人が「こう動く」と決めて、それを実行するまでに0.5秒かかるとしよう。実際はそんな適当な数字ではないはずであるが、今はそう言う事であると思って頂きたい。それに対して彼女は0.3秒で動けるのである。その差0.2秒、たかが、その程度と思われるかもしれないが、その僅かな差は全身運動をする際に、大きな差を生み出すのである。

 そして、速度とは威力に直結するのであり、彼女が振るう槍の重さが、正に重爆と呼ばれる程の威力を出せているのは正にそういった理由なのであるが、その事を現在戦っているラキュースは勿論の事、本人さえ正しく認識してはいない。

 

 言える事があるとすれば、1つだけ、正に肉体的スペックではラキュースが劣っている事はどうしようもない事実であり、そんな彼女を何とかしなければ、彼女たちの目的は達成できないというもの。

 

 霧の中、彼女たちの戦いは続く。 

 

 



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第13話 憎悪と報復と

 前回の話にて、結構指摘を頂きましたので、それを取り入れて話を作っています。それに合わせてタグも追加しています。それと、前回の話を読んで不愉快に思われた方にはここで謝罪をさせていただきます。申し訳ございません。

 「この作者、頭いってるんじゃねえの」と思われても仕方ない内容になっていますが、作者は至って真面目に執筆しています。
 
 今回の話も結構オリキャラは出てきます。結構、血生臭い表現も増えています。
 苦手な方はブラウザバックをお勧めします。

 では、最新話どうぞ。


 ラキュースの放った横なぎをあくまで華麗に躱してみせるレイナース。彼女はそのまま数段飛び越して階段上段へと降り立つ。

 彼女は次の一手に出る。自身の武装であるフローティング・ソーズを発動させて、相手へとけしかける。しかし、それさえも全て無駄な動き1つなく彼女は躱して見せ、その光景は妖精が舞っているようであると、吟遊詩人ならば言っていたかもしれない。

 それでも、ラキュースは剣群を操り、何とか彼女を第3層における分岐点、その脇へと押しやって、静かに宣言する。

 「ここは私が残ります。皆は先に行って、指揮はモークさん、お願いします」

 「でも……」「鬼リーダー、残るなら私たちの方がまだ適任」

 反論するのは双子の忍者たちであった。彼女達の言いたい事もラキュースにはよく分かっている。確かに自分の持ち得る技では、もっと言えば自分の剣速では、彼女には届かないであろう。それでもと彼女は言葉を続ける。

 「彼女は、速度だけではない。重さもあるのよ。あなた達では、軽くて却って危険よ」

 「それは」「そうかもしれないけど」

 それでも、言葉を続けようとした2人を諌めたのはペテルであった。

 「行きましょう。とにかく先に進むことが重要だと思いますので」

 2人が視線を動かしてみれば、他の3人も無言ながらその目で訴えていた。彼女の言う通りにするべきだと。

 「「分かった」」

 彼らの判断は決まり、即座に6人は上層へと、目的地である神祠を目指して駆け上がる。その様子を重爆と呼ばれし騎士は何もせずに見送っていた為に思わずラキュースは問いかける。

 「何故、私の仲間を見逃す?」

 騎士はどこまでも億劫そうに答えを返した。

 「別に、通すなとは言われていますが、全員を止めろとも言われていませんでしたので」

 どこかやる気なさげなそんな彼女の態度に内心、少し感謝しながらラキュースは再び剣を構え、そして突撃した。

 

 

 規則破りの冒険者とどこか冷めた騎士の戦いは第3層、その最上層部、バルコニーとも言えそうな所で続いていた。ラキュースは騎士へと狙いを定めて上段に下ろす。彼女はそれを体の芯を傾けるだけで躱してみせる、それに合わせて剣群の一振りを彼女の顔面目掛けて飛ばすも。

 「……!!!」

 騎士はそれを器用に槍を振って弾くように回避してみせる。その事で彼女の中の確信は固まりつつあった。

 (やっぱり、彼女は)

 重爆の異名を誇る騎士はこちらの手を()()()()対応が出来るという事であった。それではどれだけ剣を振っても、あるいはフェイントをやったとしても全て対応されてしまうという事であり、それは同時に自分の攻撃が全く当たらない事でもある。

 (本当に、彼女の性格に感謝しなくてはならないわね)

 その無駄な思考が彼女の命取りとなった。騎士が放つ正に‘重爆’の如き一撃が彼女の右足、その甲を捉えた。

 (!!!)

 鋭い衝撃、それでいて鈍く、足に杭を打ち込んだような痛みが一瞬走り、感覚が遠くなる。砕けこそしていないもの、人体に罅は入ったかもしれない。

 (なら)

 直ぐに備え付けのポーション瓶へと手を伸ばそうとして、それを遮るように矛先が人体をかすめる。

 「簡単にそう言った事はさせませんことよ」槍を振るいながらも彼女は呆れたように続ける。「どうでも良い事ですけど、どうして御一人で私を相手にしようとされたのかしら? よろしければ教えて貰いたいものですわ」

 レイナースの言葉は正論であった。そして、彼女自身が疑問に思っている事でもある。そもそも回復薬、あるいは回復術込みの戦闘というのは複数人、チーム単位でやる事が前提である。だって、そうだろう? それらの行為をするにしたって、隙は出来てしまうのだ。時間にして、8から10秒。しかし、それだけあれば戦士の世界では命を奪うのはたやすい事である。

 もっと言えば現在の状況は完全にレイナースへと傾いているのである。剣と槍では後者に分がある。というのは有名な話であり、その理由として上げられるのは間合いの差であろう。それと、騎士である彼女の技の幅の広さもある。

 一般的な槍の使い方としては、前に突き出す。この一点であるが、彼女の場合は振り回す事は勿論であるが、更にその動作中、巧みに持ち手を動かす事でその間合いさえ自在に操るのであるから、そして彼女自身の体質と相まって、この戦闘においては負けはないと言うのが騎士の見解である。彼女は続ける。

 「それに、分からない事は他にもありますわ。あなた方は冒険者、つまり、この行為は違反以外の何物でもない。違いまして?」

 「違わないな」

 ラキュースは喋り方が素になりそうであるのを何とか堪えながら答える。冒険者とは、あくまで対モンスター用の傭兵であり、それ以上でも以下でもない。ましてや、他国への攻撃なんて許されるものではない。

 「それでも……」

 彼女は痛む足を引きずりながら何とか続きを口にする。

 「間違っていたとしても、あなた方帝国を放置する訳にはいかない」

 「熱心な事ですわね……それならば、冒険者等ではなく、正規兵を目指せばよろしかったではないでしょうか?」

 彼女の言う事も最もであり、ラキュースは数秒黙りこくってしまう。そして、その顔めがけて騎士の槍は振るわれる。それを何とか、魔剣と剣群で防いで言葉を返す。

 「そうでしょう。それでも私はこの道を選んだ。きっと酷い人間なのでしょう」

 「そうですわね」

 騎士は知らない事であったが、彼女は英雄譚に冒険譚に憧れ冒険者となった。しかし、その一方で、国を想って涙を流す彼女の力にもなろうとしている。確かにそれ自体は欲深い事であり、とても褒められたものではない事は確かである。

 剣戟は続く。冒険者は剣と剣群、合わせて7本の剣を振るって何とか騎士へと攻撃を届かさせようとする。それでも、彼女にはどれ1つたりとも当たりはしなかった。対して、彼女が放つ攻撃は余りにも的確であり、僅かな動きの間に出来る隙、無防備になる所を狙って的確に迫ってくる。何とか剣群へと意識を集中して、それらも防いでいるが、それも完璧ではなく、その体には切り傷が増える一方であった。そんな状態だというのに状況は一切変わらない。ラキュースの方が消耗が激しいのであった。それもそのはず、そもそもそれまでの戦いで彼女は魔剣と武装である浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)の併用なんてやった事がなかったのだ。いわばぶっつけ本番も良い所であり、体の疲労速度だって、普段の比ではない。

 それでも、この戦法をとっているのはそれ位しないと彼女とは渡りあう事も出来ないと、それまでの戦闘の経験から分かっていたから。

 (本当に何なんでしょうか?)

 そんな必死の姿に騎士は疑問を感じる。今回の件、彼女達には何の得もない。それ所か、冒険者としての信用を完全に失うといっても良い事態である。そこまでして、自分たちの邪魔をしたとしても、王国が帝国に併合される時は変わらないであろう。

 (不思議ですわね)

 頭では余計な事を考えていても、目と体は確実に彼女を屠る為にその槍を振るう。既にこちら側は死者が出ているらしい。それならば、向こうの方も何人か殺しておかないと割に合わないと、あくまで仕事感覚で、売り上げのノルマを超えなくてはという感覚で彼女は思考する。

 そして、冒険者が振るった大ぶりの右振り、その隙をついて渾身の突きをそのがら空きな左肩へと放つ。

 彼女の顔は「しまった!」という顔をしていて、慌てふためくように周囲の金塊もよってくるが、もう遅い。

 (本当に不思議ですわ)

 それまでの戦闘で、彼女が単体ではそこまで強くない事、どちらかと言えば支援向きであると彼女なりに結論を出していた。更に、今自分としてみせているその戦い方だって慣れたものではないと既に理解していた。そして、そんな慣れない動きを続けていれば、隙が出来るのも必然と言えた。

 その一撃がラキュースの左肩を穿つ。その威力はすさまじく、彼女は後ろへと吹き飛ばされる。

 「ぐ!」

 そう叫ぶ、彼女の左肩は原型こそとどめているが、真っ赤であった。砕かれずに済んだのは装備のおかげであったとしか言えない程にその傷は深く、痛ましいものであった。

 「1つ言えるとすれば」騎士は倒れた冒険者へと歩み寄りながら続ける。「たった9人でどうにかしようと思ったのが何かの間違いだと思いますわ」

 そう、ここに来ている帝国軍には彼女は興味がないので全然知らないが、相当な腕前が立つ者が揃っているらしくて、何よりあの宮廷魔術師殿がいるのである。

 (…………)

 彼女はそこで息を吐いて見せる。彼女にとっては全てがどうでも良いのだ。王国が繁栄しようと、帝国が繁栄しようとどちらでも良い。彼女はそこで、鎧からハンカチをとって見せると、前髪で隠れた部分へと押し当てる。湿ったような音に、布に何かが付着するどんな人が聞いても不快感を持つであろう音。手を戻してみれば、その先に握られているハンカチには、黄色いシミが表面積8割程にまで、広がっていて、そこで彼女は此処まで見せた事のない顔をして、布を握りしめて見せる。

 「…………~!」 

 激昂した表情に歯ぎしりとそれまでの彼女が嘘であるような印象を抱かせるものであるが、それも一瞬の事であり、次の瞬間にはいつも彼女がしている何にも興味を示さない冷たいものに戻っていた。開いた手にあるハンカチも元の綺麗な物に戻っていた。それは、そういう品であるのだから。

 (そう、私の目的は……)

 そう思考していた彼女に弱弱しいものであるが、声が聞こえてきた。

 「…………か」

 見れば、まだ彼女は気を失っていなかったようであり、その事にレイナースは内心でうんざりとした。気を失ってくれれば、もっと楽に死ねた、いや、殺してやったと言うのにだ。先程の一撃もあるが、先に彼女の右足は死んでいるとみてもいい、それに此処までの戦闘での彼女の疲労具合と計算してみれば、その答えは彼女は立ち上がる事はないといったものであり、せめて最後の言葉は聞いてやるかと耳を澄ましてみる。

 「……聞いても……宜しいか?」

 「何でもどうぞ、せめてもの情けですわ」

 この問答の最後に彼女は死んでいる事であろう。ならば、それ位はしてやっても良いかと本当にその場の気分で騎士はそうする事を決めて、改めて彼女の言葉に耳を傾ける。

 「仮にだ…………帝国が王国を併合して……そうなったとして……ラナーは………………第3王女はどうなる?」

 「ああ、そう言う事ですか」

 騎士はそこで、目前にて倒れている人物、問題しか起こしていないその彼女がそんな事をするのか理解出来た気がした。別に共感も感慨もないけど。

 (と、なると彼女は不憫という事かしら?)

 王国と帝国が毎年行っている戦争。表向き、それは毎年膠着しており、後、数十年は続くであろうと見られている。しかし、実態は違う。

 (陛下も気合が入っていましたしね)

 それは、帝国側がそう見えるよう振舞っているからであり、それも合わせてかの皇帝の策の内である事は自分を含めて帝国の要人たちは知っている事実でもある。

 (あるいは?)

 彼女たちは自分たちがこの遺跡を調べている事に何か危惧を抱いているようであった。一体何なんであろうか? と彼女は考えようとして、直ぐに辞めた。今すべきはそこではない。彼女への返答であった。

 「そうですわね、そうなると仮定した場合、やはり打ち首――公開処刑ではないかと思いますわ」

 そう、どういった事情かは知らないけれど、皇帝は王国の王女、特に第3王女を毛嫌いしている所がある。容姿が愛らしい。多少は頭が回る。それ位しか、自分が知る事はない。それでも、あの「鮮血帝」がどうするかなんて火を見るより明らかというものであろう。

 故にそう返したのであるが、それが愚かな行為であると騎士は自覚していない。その頬を何かがかすめた。

 (???)

 それは左頬であり、あいた手を当てて、そのひらを見れば血がついていた。つまり、斬られたという事である。

 周囲を見れば、先ほども何度も弾いた金塊が浮遊していて、前から再び彼女の言葉が聞こえて来た。

 「ならば……なおの事…………あなた方を放置する訳にはいかない」

 動けない彼女はそう言って、剣群を再び騎士へとけしかける。その事に心底呆れながらもレイナースも今しばらく付き合う事にするのであった。

 

 

 

 そう、彼女の言う通り。「蒼の薔薇」の決断は早計だったとも言える。引き返すのが最も最善であるのは、一連の話を聞いた者であれば、誰もがそうだと答える事であろう。だが、それでも彼女達が、リーダーである彼女がそう言った判断をしたのは、いくつにも重なる事実と、そしてその時点で彼女が持っていた情報の数々が生み出した事故と言ってもいいものかもしれない結果であった。

 王国と帝国の戦争の事実に王国の実状、本来であればここに居るべきは王国正規軍であるべきであり、彼女たちではなかった。そうだろう? 国家同士のやり取りなんて、本来やるべき者達が他にいるべきであるから。しかしそれでもこうなった理由を無理やりにでも上げるとすれば、両国における、この平野に対する対応の違いもあったとも言える。

 カッツェ平野。

 この地では、アンデッドが発生し、周囲へと散らばる為に、どうしてもこの地でのアンデッド討伐は必須となり、その際、王国は冒険者を中心に、そして帝国は正規軍を中心にその討伐にあたっている事もこの状況を産んだ理由の1つであろう。

 何より大きな理由があるとすれば、彼女が冒険者という立場にありながら、国の要人と親しい間柄であったという事であろうか? 何にしても私的な理由に変わりはなく、そして取った行動の代償というものも大きくつくものである事には変わりはない。

 

 

 「……!!」

 イビルアイは脇腹を抑える。理由は単純、矢が刺さったからである。あれからの戦闘では残った鷲馬ライダー達の動きがまた一段と変わったものもあるが、理由は他にもあった。そこで、彼女は地上へと視線を移す。

 「命中……次へと移る」

 自分が彼らと空中戦をやっている間に敵方の増援が来たのであり、その数は20人程、そのほとんどが長弓を構えている事からその専門の部隊とも言えよう。

 「ふん! これ位何ともない。お前らも直ぐに片づけてやるさ」

 彼女自身は威勢よく言うもののその動きは明らかに鈍りつつあった。ニンブルの読みは間違ってはいないのであった。

 (やはり、あれだけの魔法を連発しているのですから)

 それは当然とも言えよう。此処まで来ると、彼女の強気な態度も彼女にとっては戦略の内であったと何とか推測する事も出来た。

 (何にしてもです)

 この状況に持っていけるまで、多くの部下の戦死した。あれからの戦闘、無論こちらは玉砕覚悟で挑んだのであるが、天は自分たちを選んだようであった。想定よりも増援が速かったのであり、それも帝国では随一の部隊であったのが大きい。確かに現在も空を飛び回り続ける魔法詠唱者は強い。しかし、それだって無限ではない。彼女がどうして、自分達を容赦なく殺しにかかる理由も理解していた。

 (そうですよ。貴方を始末すれば、他の方々もそのつもりでありましたから)

 だからこそ、互いに死力を尽くす。そこに綺麗ごと等存在せず、憎悪と憎悪をぶつけあいであり、それを抜きにしてもだ。自分も部下をやられているのであり、とても唯で返す事など出来ない。

 (償ってもらいますよ。死んで行った部下たちの為にも)

 優勢になったが故の心の隙、それが彼の命取りであり、すかさずイビルアイは雷を放つ。が。

 「アノック様!」

 部下の1人が急降下でニンブルを引っ張りそれを躱す。その様子に舌打ちをするイビルアイであったが、そんな暇は許されず、直ぐに移動する。数秒前まで彼女がいた空間を5本の矢が過ぎ去る。そう、今の彼女は飛び続ける必要に駆られていた。少しでも止まれば、矢が飛んでくる。かと言って、その射程範囲から離れようとすれば、鷲馬ライダーが決死の体当たりを仕掛けて来るので、それで少しでも時間が出来てしまえば、飛んでくる矢の餌食である。

 (ち! 想定よりも速い!)

 もっと言えば、先ほどの戦闘、24騎を落とした戦いにしたって、別に彼女は余裕という訳ではなかった。彼女自身の信条か、あるいは性格からそうなっているのかは定かではないが、彼女は戦闘時には決して弱音の類を吐くことがない。それが原因で傲慢な性格ととられがちであるが、彼女だって別に鬼ではない。今は関係ない事であるし、仲間を大勢殺された彼らにしてもどうでも良い事であるけど。

 彼女は何とか飛び回りながら、現在の戦況を把握してみる。相手は空を飛ぶ鷲馬ライダーが以前、6騎、それに地上で自分を狙う弓兵が20人、それに先ほどの挑発が効いているのか空を駆ける連中も現在は弓に攻撃手段を絞っている為に、自分は26の弓から逃げなくてはならない。

 (たく、悪い癖だな。全く)

 思わず奥歯を噛みしめる。過去にあった体験を思い出してだ。自分の経験則で言えば、弱みを見せるなんてろくな事がない。

 泣けば、助けを求めれば、人は優しくしてくれる? いいや、むしろそういった者達から奪われていくのだ。

 そんなもの、全く根拠がない都合の良い妄想の類と何ら変わらないではないか。ならば自分が強くなり、そしてそうあり続けるしか、こんな残酷な世界で生き残る方法なんてない。

 彼女の孤軍奮闘はもうしばらく、続くと思われたが、あっさりとその終焉を迎える。敵方の矢の群れを掻い潜り、低空へと避難した時、右足に何かが巻き付いた。

 (な……)

 一瞬生じた思考の空白、それは鎖であった。

 

 (彼らも来てくれましたか)

 その姿に安堵の息を吐くのはニンブルであった。新たにこの場に来たのは3人であるが、それでも信頼出来る程の強者達である。

 1人は、鎌と戦端に分銅がついた鎖が連結した武器を扱う者であり、相手の足に鎖を絡ませている相手でもあり、その口を開く、その声は年若い外見に反してしゃがれたものであった。

 「はいはいと、獲物は捕まりましたよ」

 まるで、既に捉えたと言われたようで、思わず彼女は反論してしまう。

 「これで捕まえたつもりか? 舐めるな!」

 次の瞬間には彼女は行動に移っていた。自身の右足、そのふくらはぎを中心に巻き付いたそこに躊躇なく雷を打ち込んで見せた。それは、彼女の足を吹き飛ばし、結果的に鎖も離れる。

 「おお、とんだ人物ですね」

 「確かに、てっきり己の身が傷つくのを絶対に嫌うタイプだったと思っておったが、そうでもないらしい」

 彼女の咄嗟の判断にそう称賛を送るのは槍の穂先、その途中に大ぶりな斧が取り付けてあるハルバードと呼ばれる武器を持った兵士であった。

 ここまでの2人であるが、その装備は他の兵士たちはとは明らかに違っていた。帝国軍指定の鎧――以前、ある村を襲った者達が偽装の為に変えていた姿に近いもの――ではなく、鎖鎌を武器に使う男の装備は現代で言う忍び装束そのものであり、もう一方の男が身に付けているものは殆んど革の服と言っても過言ではなく、心臓の位置を護るようにペクトラレのようにも見えるプレートがあり、彼がどちらかと言えば、近接格闘戦よりも機動戦に特化した仕様であると分かる者であった。

 そう、彼らは特殊な者達、元、冒険者の正規軍であった。これもかの「鮮血帝」の働きの1つと言えよう。現在、帝国では冒険者及び、その組合の立場というものは少しずつであるが狭いものへとなって来ていた。

 かの皇帝にしてみれば、いわゆる戦力の分散というものを嫌ったらしい結果であると帝国市民の間では噂になっているが、真相は定かではない。

 

 何度も確認するが、冒険者とはその名前とは裏腹に「対モンスター用の傭兵」という認識であり、それこそが存在意義でもあったが、ここ近年の帝国ではその仕事を正規軍が行うようになってしまった為に、その仕事は減りつつあった。ならば、今回の様に遺跡調査などもあるという話になるが、こちらも正規軍が請け負う事が増えつつあり、結局、冒険者に回ってくる仕事と言うのは贔屓にしている客からくる御指名依頼などが彼らの食い扶持となりつつあり、この平野におけるアンデッド退治にしたって、正規軍が行う事が増えつつあった。

 この事態に皇帝は新たな制度を投入する事にしたのであった。

 すなわち、冒険者達の正規兵雇用制度であった。それに合わせて、モンスター退治も正規軍が行う事になっているのは、ある法則性に彼が気づいたからだとも言えた。

 すなわち、人同士で訓練をするよりもモンスターを殺した方が、兵士の練度が上がるという事に、それはかの竜王が怒りを燃やしている彼らの働きの一環もあったが、もっと単純な話でもある。命の保証がある訓練よりも常に生死が分かれる緊迫感が帝国兵の練度を確実に上げているのであり、今回彼女達が相手をしている者達もそうやってのし上がって来た者達が多数であるのだ。

 

 「まあ、目的は達したしね」

 アインズが元いた世界であれば、間違いなく衣装遊び(コスプレ)の類だと言われる事が間違いない男がそう言う。その言葉にイビルアイは疑問を抱いた。

 「何?」

 あのまま力任せに引きずり下ろすつもりではなかったのかと? 実際、鎖の絡みつき具合は強くかといって、それを丁寧にほどく時間を相手がくれるとは思ってもいなかったのであり、ああした訳である。自身の体は少しばかし特殊である。この場におけるすべての戦闘が終了した際に切断面をくっつけておけば良いと。そういう判断であったのだ。

 (じゃあ……)

 何が狙いなんだと思った所で、自分より高い所にいる人影に気付いた。

 (な……)

 迷いは一瞬、しかしその一瞬が命とりである事に変わりはないのである。彼女の肩に衝撃が走り、次の瞬間には全身を叩く痛みに襲われた。何をされたのか理解に及ぶまで何とか彼女は3秒で答えを出す。

 そう、先ほど自分は空中から叩き落されたのであり、自分は今、第1層の最上層に倒れているのであろうと。

 (そうか、そう言う事だったか)

 初めに自分の足に鎖を絡ませたのは引きずり落とすのが目的ではなかった。()()()を作ることが目的であったのだ。

 (はは、ティア達といい勝負じゃないか)

 現実逃避気味に彼女は内心でそう笑う。自分をこんな目にあわせた奴はあの細い鎖をとんでもない速度で駆け上がり、そして飛び上がったという事になるのだから。

 何より驚いているのが、その人物がそれだけの高度から何事もなかったように降り立っている事であった。その目は怒りに染まっており、自分を見下ろしている。

 「よう、まだ生きてるみてえだな」

 「当り前だ。そう簡単に死んでたまるか」

 「ああ、そうこなくっちゃよ」

 魔法詠唱者に憎悪の視線を投げかけているのは、背に大剣を背負った男であった。先程彼女をそれで落としたのは明白であった。それは、ツーハンディッドソードと呼ばれるものであった。

 そう、彼こそ元冒険者であり、現帝国正規兵でもある3人目であった。彼には特殊なタレントがあり、それが高度から落下したにも関わらず全然無傷である理由である。彼はイビルアイへと問いかける。

 「おい、どういうつもりなんだ? 王国はよ?」

 彼らにしてみれば、遺跡調査中に突然襲撃を受けた立場である為、当然の態度であった。それに対して、イビルアイは正直に告げる。別に深い意味はなかった。単にその手の駆け引きが無意味だと思っての言動であった。

 「お前たちがここで見つけた物で何をしようとしているか気になってな。それで、無理矢理にで――」

 それ以上言葉にする事はできなかった。男が突然、彼女の頬を蹴り飛ばしたからである。初めから全て聞くつもりなどなかったように、いら立った声で続ける。

 「ああ、そうだよ! ここにある物を今年の戦争で使う予定だったんだよ!」

 「おい! アルス!」

 この時点で、倒れている彼女は帝国兵によって完全に包囲されており、近くに来ていた仲間であろう1人が彼を咎めた。それを聞いた彼女はこんな時だというのに頬を緩め、笑う。

 「はは、馬鹿、発見って奴か?」

 男が言ったのは間違いなく軍事機密であろうことはその手の話に疎くても、大体察する事が出来るというものである。そんな彼女の姿が更に癪にさわったのか男は彼女に蹴りをまたも入れる。その衝撃で彼女を覆っていたローブがはだけ、その下にある体が彼らの目に映る。

 「は、女だったか……けどな、敵である以上、容赦はしないぞ」

 「ああ、私だってそうする」

 「いちいち癪にさわる野郎……女だな。おい」男はそこで、彼女の胸倉を掴んで見せて、仮面を睨むと言葉を続ける。「ニーノ、ヴィレム、イスカ」

 「はあ?」

 イビルアイは思わずそう口にする。いきなりこの男は何を言いだすんだと、そんな彼女を無視するように男の言葉は続く。

 「セルメラ、ウッドロウ、スラッド、ガーメル、ルスーノ、ヨルダン、……」

 それからも男の言葉はしばらく、続き。やがて言い終えたらしく、男はイビルアイへと再度殺意に溢れた視線を向ける。

 「何なのか分かるか?」

 「さあな」

 彼女はあくまで、嫌味に返す。こんな状況で感傷的になっても仕方ないといった様子である。それを受けて、男は叫んだ。それは、彼女に向けられた怒りが集大成となったものであった。

 「てめえが! さっきまで! 羽虫みたいに! 殺した連中の名だ!」

 「ああ、そうなのか」

 彼女のその態度が更に男の憤怒というなの炎に油を注ぎ、業火となる。

 「だろうな、てめえにとっちゃ、どうでもいい奴らだよな。別にそこは否定しねえ、俺だって過去に沢山の奴を殺してきたが、全員の名前を覚えているって訳じゃあねえからな」けどな、と男は続ける。「この場では特に関係ない事でもある。てめえは唯じゃ殺さねえ、償いはさせる。てめえ自身が負う痛みでよ」

 男は仲間の1人、ハルバードを片手に持った男に目配せする。

 「おい」

 「やるのか? 相手は女なんだが?」

 「関係ねえ、それに少しでも情報を集めなきゃならない。一体誰の差し金であるかってな」

 「ま、仕方ねえな」了承した様子の男は倒れたままのイビルアイへと視線を移して言う。「そう言う事になる。悪く思うなよ。王国の冒険者さんよ」

 男はイビルアイの左腕を掴むと、その手首を左足で踏みつける、そして手に持ったハルバード、その槍先を器用に彼女の小指、その第1関節へと押し当て、斧の部分に足をかけた。それを確認した上で、男はイビルアイへと告げる。

 「なあ、知ってるか? 指ってのは、()()()()()()人体の他よりも負う痛みが相当だって話だぜ」

 「それが……どうした?」

 彼女はあくまで、その強気な態度を崩さない。この時すでに彼女の体は帝国兵の手により、抑えられており、いかに彼女であろうと、その脱出は難しいものであった。

 ならば、魔法はどうだろうか? と思考を続けて、彼女は再び笑う。

 (ふん、結構やる奴らだったな)

 何とか、その大半を落とした騎兵達であるが、自分もまた随分と魔力を使ってしまったらしい。後半における、弓兵達の集中砲火もまた、激しいものであった。

 (後は、数の利というものか)

 1人で20人近くを倒してきたのだ。別に後悔はない、仮に見逃したとして、その場合は、彼らは間違いなく彼女達へと矢を放ち、その命を取ろうとしたのであろうから。

 (なんでだろうな?)

 彼女はこんな時だというのに、今の状況が生まれた理由を探っていた。そしてすぐに答えは出た。

 (やっぱり、あいつだな)

 あの猪突猛進という言葉を体現した彼女がここで、帝国と出会ってしまったと言うのが大きいのだろう。彼女はあの王女と仲が良い。そして、帝国の皇帝はその彼女を嫌っていて、それから、例年の戦争、王国の貴族達はまだやれると思っているらしい。が。

 (あいつも言っていたしな)

 王都にある冒険者組合、その長の言葉であった。遅くても3年後、速ければ今年、王国は帝国に敗北することであろうという事。もしも、帝国の支配下になれば、以前のように冒険者としての活動を行う事は困難となることであろう。だからこそ、他の組合への移動を視野に入れておけという事であった。

 その言葉に彼女は怒りを燃やしたが、長はどこ吹く風といった様子であった。彼にとっては、どこでその仕事を、誰の下でやると言う拘りはないらしく。

 『この際だから言っておく。冒険者組合は国家のあり方に関与をするつもりはなく、仮に明日、王国が帝国になっていたとしても、その結果、死んだ者達がいたとしても特に何かするつもりはない。お前たちは以前から問題行動が目立っている。良いか? 次、何かやらかしたら確実に罰則を追ってもらう。以上だ』

 本来の指名依頼である、この依頼を受ける前に受けた話であった為に、もしも生きて帰ったとしても処罰は免れないことであろう。

 (あの馬鹿は)

 何とか王女を介せばどうにかなると思っているかもしれないが、あの長とも付き合いは長く、彼がそんなに甘い性格ではないと知っている。

 (どうなるだろうな)

 思わずその処罰の内容に思いをはせてしまう。プレートの剥奪? だとしたら、前代未聞であろう。英雄に近づいた自分たちがそうなった時、世間はどんな目で見てくるだろうか。一番気になるのはやっぱり、彼女の反応であろう。それとも、無期限の活動停止処分? これもそうなった時、どうなるか非常に気になる内容である。

 そして、彼女は再びその仮面の下で笑う。こうして、その時の事を思い浮かべているという事はなんだかんだで自分はあの場所が気に入っているのだ。ならばと彼女は男へと語りかける。

 「ああ、そうだな。やってみるといいさ」

 「そうかよ。分かったよ」男は今にも彼女の指を切断しようと構えている男へと目配せして、そして彼女へと言葉を投げかける。「んじゃ、拷問の始まりだ。最初の質問だ。お前たちにここの事を教えたのは誰だ?」

 「………………」

 「だんまりか、そうか、そう言う事でいいんだよな?」

 「………………」

 「やれ」

 支持を受けた男はかけた足へと力を入れ、そして、肉を絶つ音、しかし、そこまで大きくないものが周囲へと響き、次には彼女の指から大量の血が溢れ、そして彼女の絶叫が響いた。

 「がああああああ!!! ~~~!!」

 それは、彼女自身の心が弱いという事ではなく、いわば、肉体的本能が上げる悲鳴であった。

 彼女の孤独な戦いは続く。

 

 

 「おい、な、何があったんだ?」

 それが、目を覚ました相棒の言葉であった。それに対して、もう1人の兵士も声を返す。

 「分かんねえよ。気付けばそうなっていたんだもんな」

 その男2人、彼らが請け負っていたのは、この遺跡の正面階段、その入り口における見張りであった。が、いつの間にか気を失っていたらしい。

 「やべえな、最近忙しすぎて碌に眠れてなかったからか?」

 「かもしれねえな。不味いな、交代の時間はどうなっている?」

 そんなやり取りをする彼らの耳に大きく何かを叩きつけ続ける音が響く。

 「? 何だ? この音は?」

 それは、情報から断続的に響いて来るようであり、そしてだんだんと大きくもなってきている。

 「何か、転がってきている?」

 そこで、2人して階段の上方を見上げてみれば、それは直ぐに視界に収まった。何かが高速で転がり落ちてくる様であり、動転した男たちは素っ頓狂な声を張り上げる。

 「おわああああ!」

 「なんだあああ!」

 急いで、その場を離れようとするが、それよりも早く物体が転がってくるのが先であり、2人は左右に吹き飛ばされ、再び気を失った。

 転がってきた塊はその過程で2つへと割れ、それは人の形をしているものであった。

 「くそ、最初のとこまで転がり落ちるとはな」

 立ち上がった青紫色にも見える鎧を身に付けたガガーランがそう言う。

 「………………」

 一方で、黒い鎧を身に付けた不動と呼ばれた騎士は無言であった。

 「んで、どうするよ。まだやるか?」

 拳を構えて彼女はそう言う。武器は落下する際にどこかへと落としてしまって手元にはないが、それでも諦める理由にはならなかった。そんな彼女に対して、騎士は一度周囲を見回してみると、静かに言葉にする。

 「お前の負けだ」

 「ああ? 何を言ってやがる」

 思わずそう返してしまった彼女であったが、その耳に届く音を聞いて納得した、彼が言わんとしている事に。それはひづめが地面を蹴る音、それもかなりの数であった。

 (ち、そう言う事かよ)

 現れたのは騎兵達であった。それは、上層でラキュース達を出迎えた鷲馬ではなく、馬に乗った騎兵達であり、その数は15、彼らは素早く戦士である彼女を取り囲んで見せると、全員でその首に向けてランスを向けて見せると、その様は丁度真上から見た時、まるで、花を描いているように見事な足並みの揃いぶりであった。

 その部隊のまとめ役らしき兵士が彼女へと声をかける。それは、諌めるような声音であった。

 「王国冒険者チーム『蒼の薔薇』所属のガガーラン殿とお見受けする。直ちに降伏されたし」

 首に押し当てられたランスの穂先が彼女の鍛えに鍛えた肉体、その首の部分の皮膚を破り、少量の血を垂らし、滝のミニチュアを15本作ってみせ、それが同時に彼女への警告であった。ここで言葉に従わなければこのランスは更に食い込み、貴様の命を奪って見せると。

 (はあ、詰んでるって奴かね)

 「先に聞いておきてえ、俺はどうなる」

 「拷問を行いまして、情報を引き出したの後、牢屋にてその一生を終えて頂きます」

 答えた兵士の声は冷たいものであった。それが既に確定事項であると言いたげに、その言葉に彼女は得に背が冷たくなるなんて事はなかった。

 「おいおい、それじゃ、俺は此処までって事になるのか?」

 「そうなります。此処の件はどうしても王国へと持ち帰らせる訳にはいかないので」

 「そうかよ」

 ガガーランはこの状況から何とか逆転する方法はないかと考えてみる。しかし、何も思い浮かばなかった。既に自身の首へと死が迫っているのだ。小さな痛みがそれを訴えている。

 (はあ、此処までかね)

 彼女は覚悟を決め、少しでもあがこうとしたとこで、周囲に異変が起きた。突然、騎兵達が騎獣ごと崩れ落ちたのであり、それは先程まで戦闘を続けていた騎士にしても同じことであった。

 「おいおい、今度は何だよ……」

 そう言う、彼女の意識もそこで途絶えた。

 

 「これで、この場は問題なし、と状況は、どうするかね?」

 倒れた彼女たちの元へと新たに現れたのは2人であった。2人とも似たようなスーツを身に付けており、その顔には見た者10人中、10人が怯える事間違いなしであろう仮面を身に付けた男たちであった。

 「単に、相打ち、という事で宜しいのではないでしょうか?」

 怒ったように声を上げるのは、まるで鬼を思わせる仮面をつけた方であり、その声は少年のものであった。

 「何だよ? まだ怒っているのか? 酒呑童子よ」

 「当り前です」酒呑童子と呼ばれた少年? は男へと視線を向け、言葉を続ける。「まさか、此処までの戦闘になるなんて、ベルゼブブ、貴方はこうなる事が分かっていたのではないですか?」

 その視線は暗に男を責めていた。この人物はこういった事を喜んでも可笑しくなとも言っているようであり、男は肩をすくめてみせる。

 「んな訳ねえだろ。まさか、あの貴族剣士様が突っ込むとは思いもしなかったし、もっと言えば、先客がいた事にもびっくりだよ」

 「……どうでしょうかね」

 鬼面を付けた少年の言葉に流石にベルゼブブと呼ばれた男も何か思う所があったのか、問いかける。

 「前々から思っていたが、どうにも俺はお前に嫌われているらしいな」

 「そうですね。貴方は嫌いです。それに、あの方の事も少し苦手ではあります」

 「なんで、そうなんだろうな。あいつと、今も馬車で待機しているあの方はたまに喧嘩になるって、話題ではあるけど」

 別にそれ自体は問題ではないらしい。と男は話を締める。そして、と口を開く。

 「ひとまず、今回の仕事は何だ? 言ってみろ」

 「馬鹿にしているんですか?」

 「違う違う。半分はそうだが、もう半分は確認の為だ」

 (何ですか、その言い方は)

 やっぱり、自分はこの男が嫌いであると、鬼面を付けた少年は口を開く。

 「今回のこの出来事、それで命を落とす者をゼロにしろ。何が何でも、でしょう」

 「ああ、その通りだ」

 先に此処に来ている彼女からの連絡であった。確かに、この場にいる者達は弱く、計画の為と考えると首を傾げてしまいそうになるが、それでもこの世界における水準が高い事は確かなようであり、殺すには惜しいという事と。此処で、帝国を相手にするつもりは元からなかったと言うのもある。この国に関してはまだ情報が少ない。

 「と、なると」男は倒れたガガーランへと視線を向け、続ける。「あれは、また別の所に移さねえといけねえな」

 「なら、自分がやります。ベルゼブブにやらせると、分解されてしまいそうなので」

 「本当に信頼されてないな、それならもう辞めたって言ってるんだが」

 「信用出来ません」

 鬼面を付けた少年はそう冷たく言い放ち、戦士のとこへと歩いて見せると、事もなげに彼女を横抱きに抱え、次に空間に穴をあけたと思うと、その中へ彼女を移して、戻ってくる。

 「これで、適当な所で出すとしましょう」

 「そうだな、それが良い」

 それから、男は肩に背負った袋を地面に置き、その中から紫色の液体が入った瓶を手に取ると、それを倒れている帝国の騎士達へと振りまき、スクロールを1つ取り出して見せて、それを宙へと放り投げる。それは、瞬時に灰となった。

 「よしよし、これで良し、と」

 今使用したのは、いわば新作のスクロールであり、そこに込められている魔法は彼らを決まった時間、眠りにつかせて、決まった時刻に起こすというものである。彼らはこれで、問題ないだろう。

 「では、行くとしようか。せっかくだ。色々やっておきたいしな」

 「何ですか? その手に持った器具は」

 訝しむ声に男は笑いながら、それを少し振って答えてみせる。

 「何、ちょっとした工作器械だ」

 「そうですか」

 そのまま2人は正面の階段を上り初め、まるでしりとりをするように仕事の話を続ける。

 「んじゃ、ボロボロの死体を、そこそこの重体にして」

 「その近くにポーション瓶を置く」

 「んでもって、あのお転婆なお嬢様方に紳士の皆さんを回収っと」

 「ついでに、この遺跡にある物は全て自分たちが頂きます」

 「そうだな、それも重要だ」

 かの主の計画の為に、その為にここにある文献に、マジックアイテム、それらは全て、自分たちが頂く。それはどうしても曲げられない事でもあった。

 

 そう、これは誰が想定した事態でもなかった。偶然に偶然が重なり、引き起こされた事態。それがどこへ向かうかは誰にも予測が出来ない事でもあった。

 

 

 




 初め、コメディで行ければと思っていたのに、いつの間にかシリアスになってしまいました。それに合わせて、もうしばらく、この話は続くと思います。
 重ね重ね迷惑をおかけしますが、お付き合いの程、お願いします。


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第14話 真祖①

 ――分かって欲しい。これは、我が家の名誉の為でもある。

 ――すまない、私は君といられる程、強い人間ではないらしい。

 

(!!!)

 突如、聞こえたその声、正確には思い出したその光景に彼女は戦闘中だというのに歯噛みした。その目は普段の彼女を知っている者であれば、驚愕するであろう程には激情に染まっている。

(どうして)

 今、思い出す? と、彼女は苛立つ。

(こんな忌々しい記憶(もの)!)

 槍を振るい、自らを狙って獲物に群がる荒鷲の如く飛び回る金製の剣の模型にも見える塊をはじきながらも、彼女は過去へと思いをはせていた。いや、別にそうしようとしたのではなかった。一度解かれた記憶の扉は、まるで決壊したダムから流れる水が止まらないのと同じように次々と彼女にとっては忘れたい事を見せていく。

 レイナース・ロックブルズ。

 奇しくも彼女は現在戦闘中であるラキュースと同じく貴族令嬢であった。あったと言うのは過去形であるからであり、それは彼女の顔にあるある物が原因であった。

 幼少期から正義感が強かった彼女は、自身の家が管理する領地に発生するモンスターを率先して狩っていった。彼女の体質に槍使いとしてもいくらか適性があったらしく、その実力の向上はすさまじく、同時に彼女の名声も上がっていった。領民達からしてみれば、彼女は間違いなく正義の戦乙女であったのだから。

 

 もしも、と彼女は仮定してみる。あのモンスターと出会わなければ自分はどうなっていたのであろうと。

 

 そんな彼女の人生の転換点は自らも誇りに思っていたモンスター狩りでの事であった。当時、領民である少女を食らわんと襲ったモンスターとの戦闘での事であった。そいつ自体は彼女はいつも相手にしていたものに比べてそんなに強くなかった。しかし、死に際に放った魔法らしきものを受けてしまったのであった。彼女の脳裏に当時の状況が鮮明に再生される。

 初めは何ともなく、何でもないものかと思った。だが、その直後に自身に起きた事を知ることになったのである。

 安否を確かめる為に話しかけた少女の表情が凍っていた。初めはどこか怪我をしたのか、あるいはモンスターに襲われたという事実によって心に怪我を負ってしまったのかと思った。が、それも違うと直ぐに気づけた。少女は自分の顔に怯えているようであったからだ。当然の様に彼女は少女へと聞いた。

 ――私の顔がどうかしたの?

 返って来たのは怯えた声であった。少女は自らの頬を振るえる指で示しながら、今にも泣き出しそうな顔で答えてくれた。

 ――何か……出来ています……

 その言葉を受けて自分の顔に手をあてる。顔は毎朝顔を洗うなどで毎日触っていたため、その違和感もその瞬間に感じた。人肌特有の柔らかさではなく、まるで泥に触れたような不快感が肌越しに右手に伝わって来る。離してその手のひらを見てみれば、ついていたのは黄色く、辛うじて液体と呼べるようなものであった。

 そこで、自分自身が絶叫しなかったのは普段からの鍛錬のおかげだったと思う。

 彼女がモンスターから受けた死に際の魔法、いや、呪いであった。顔の半分は醜くなっていたらしく、とても鏡を見る勇気はなく、しばらくは見ないで生活していたように思える――他にもその呪いの効果なのか、それともそれ程までに歪んでしまった自身の顔が原因か分からないけれど、膿を分泌する性質もあったらしく、顔を拭く布が手放せなくなった。

 それ程までに酷い呪いであったが、自分自身は何とか堪える事が出来た。と、思う。それは、少女からの礼もあったし、自分自身の、両親が説いていた貴族の誇りにつながると信じていたから。しかし、家族にとっては違ったらしい。

 

 それから直ぐに彼女は家を追いやられる事になった。彼女の両親にしてみれば、顔の半分が醜くなってしまった娘など、悪い事の材料にしかならなかったらしい。彼女を追放すると、その呪いが原因で彼女は死んだと領民へと伝え、更に婚約も破棄してしまった。

 傷心した彼女はそれでも救いを求めて婚約者の元へと向かった。けれど、待っていたのは拒絶であった。その青年にしたって、恐ろしくなってしまった婚約者とは一緒に居られないと思ったのだろう。あるいは、彼もまた世間体を気にしたという事か。

 こうして、彼女はそれまでの全てを否定され、全てを失った。

 始めは途方に暮れたと思う。何も手につかなかった。そんな彼女が娼婦だとか、そう言った男たちの餌食にならずに済んだのは皮肉にもその呪いで歪んだ顔のおかげであった。

 持ち物は長年愛用して、もう体の一部とも呼べる槍一本。当然の様に彼女は冒険者として生計を立てていくこととなった。彼女は強く、1人でオリハルコンまで登り詰めた。常人であれば、そこで満足したかもしれないし、そうでなくとも達成感に幸福を覚えたかもしれない。しかし彼女には何とも思わなかった。そんな時だったとレイナースは思い出す。

 ――それ程の槍の腕前、見事だ。是非とも私の下で振るうつもりはないかな?

 それが、彼女にとっての「鮮血帝」との出会いであった。

 その時には彼女には以前の明るさというものはなく、また、積極的に人を助けるといった事もしなくなっていた。自分の事で精一杯であったから。

 始めは断った、以前であれば、呪いを受ける前の自分であれば名誉な事だと大喜びしていたかもしれないが、それも過去の話だ。

 それでも皇帝からの勧誘は止まなかった。それだけ自分の力が欲しかったらしい。その熱意? に根負けした彼女はいくつかの条件で帝国の騎士となるのであった。

 1つ目の条件、もしも命の危機に直面した際、仕えている皇帝よりも自身の身を優先しても良い事。

 2つ目の条件、顔に受けた呪いを解くマジックアイテム、あるいはその方法の捜索の協力。

 3つ目の条件、自分を捨てた家族と婚約者への復讐。

 皇帝からも条件を求められてた。仮に2つ目を皇帝側の協力で達成した際。改めて皇帝への、帝国騎士としての忠誠を誓ってもらうというものであった。別にそれ位は問題ない、それよりも呪いを解くほうが彼女にとっては重要であった為にそれを受け入れて騎士となった。

 既に自信を捨てた実家と婚約者に復讐は済んでいる。もう、終わった話である。そうであるというのに。

(おかしい、ですわね)

 どうして思い出す。飛び交う鉄塊をはじきながらも、彼女はその理由を探してみる。

(!!!)

 思わず、驚いてしまったのは、そんな金塊にも見える鉄塊の1つが自身の太ももを切り裂いたからであった。どういう訳であるか? 自分はこの剣群の動きを完全に捉えているというのに。視界の右上から2振りの鉄塊が迫る。彼女はそれを槍の穂先ではじき返す。

(!! またですの?)

 丁度はじいた瞬間、今度は左手首、脈の辺りに痛みを感じた。言うまでもなく、斬られたのであろう。それよりもだ。と彼女はそこである事に気付く。

(動きが変わってきている?)

 倒れたまま自分を襲っている6本の剣を操っている目前の冒険者。その目は自分に向けられてい――

(!!!)

 彼女はまたも衝撃を受けた。その彼女の様子が明らかに尋常ではなかったからだ。その左目は充血していて、血が流れている。そこまで、確認すれば、先ほどからの変化の理由も直ぐに思い当たる。

 本来、魔法が付与された装備、それも彼女が使うこの類はかなり特殊であり、使用者の魔力を消費して使うものである。彼女の物とは少し形が違うが、レイナースもまた、装備者の意図によって、自由自在に動くタイプの魔法装備は見てきている。その扱いで消費する魔力量も違ってくるという。決まった使い方であれば、定められた軌道を描くのであれば、そこまでの魔力消費は多くないという。正し、それを破り不規則に、それこそ無理矢理な軌道を描けば、その消費量は一気に上がるというのである。

 これは別に魔法だけに限った話ではない。体を動かすのであったって、緩やかな動作よりも激しい動作の方が疲労が早く溜まるという事であるし。

 そして、金塊の動きにも変化があった。それまで決まった軌道というものがあったのに、それが全くでたらめであるのだ。

(本当に)

 何なのかと彼女は舌打ちをしながらも、弾き続ける。それでも、少しずつではあるが確実にその身に裂傷が増えていくのであった。

 

(……ラナー)

 彼女もまた薄れゆく意識に、段々熱が無くなっていく体を何とか動かしながら騎士へと視線を向けながらその出会いを思い出していた。

 それは、まだ「蒼の薔薇」が結成されてそこまでたっていない時、チームメンバーだって、自分を含めて3人だった頃の事だ。

 国王からのお呼びがかかって城へと赴くことになった。叔父の事もあったし、それを抜きにしても自分たちは将来の有望株だと思われていたらしい。実際、現在は最高位の冒険者であるからそれは当たっていた訳だけど。

 そこで初めてあの少女と出会ったのだ。世間の汚れを全く知らないといった瞳に、その美しさに同性ながら初めは見とれてしまったものである。

 彼女との付き合いはそれからになる。本来の自分の爵位では、一国の王女と親しくするというのは周囲の貴族達の反感を買うものであるが、彼女自身の願いという事と、自分の特殊な立場のおかげで何とか親睦を深めていくことが出来た。

 彼女とそのお付きの若い騎士の3人で過ごす時間は楽しいものであった。特に少女の純粋さには冒険者として世間に出て、()()()()と見てきた自分にとっては正に癒しであった。

 ――ラキュース、この子、怪我してるわ。

 ある時の出来事だ。城の敷地内、そこ咲き誇る薔薇の庭園を案内されていた時の事であった。その庭園には少女が丹精込めて育てた薔薇もあるらしく、それを見せて貰いに向かう途中であった。通路でぐったりとした様子のその存在に少女が気づき、手に載せて自分へとかけた言葉である。

 神官戦士である自分は治癒系統の魔法も使用は出来るが、かといって軽々しくやる訳には行かなかった。

 組合の規約の1つにそれに関する事があった為だ。無償での治療行為というものは論理的には正しい行いであっても、許されないものでもある。

 自分なりに理解はしていたが、それでも完全に納得も出来そうになかった。それでも、積極的に規約破りをするつもりもなかったので、その旨を少女に伝えた所。

 ――ならば、お金を払えば良いのですね?

 そういって、城へと走りだそうとする彼女を慌てて抑えて、簡単な治癒魔法を使用して、その小鳥を治したのである。本当であれば、駄目であるが、その時限りだと伝えた上で。

 ――見てラキュース! あの子がまた飛んだわ! あんなに元気いっぱいに!

 だと言うのに、そんな事は一切耳に入っていない様子で元気になった小鳥を見て少女ははしゃいでいたのである。それは呆れながらも微笑ましい光景であった。

 あの少女はとても優しい少女である。国政に関しても彼女の進言で少しずつであるが、良い方向へと進んでいる。それでも、少女にとっては不満らしく時折涙を流していた。

 ――どうして? ねえどうしてなの?

 その都度、自分へと向けられた疑問の声である。少女は不思議がっていた。正しい事であるはずなのに、それが上手く通らない事に、自身の無力さを嘆いているようでもあり、その度にそんな事はないと若者と共に宥めたものである。

(そう、貴方は何1つ間違っていないわ)

 彼女の持ち出す話は少し難しいものであるけど、確かに王国へと利益をもたらすものであるのだ。民が日々を平穏に生きていけるよう願ってのものであるのだ。それが通らないのは彼女にも全く原因が無いとは言い切れなけど、結局はあの馬鹿どものせいである。自らの利益を最優先にするあいつらの。

 だからこそ、先ほどこの騎士が言った言葉を聞いた時、自分の中で何かが壊れたように思える。あれだけ、優しい少女を、あれだけ国を思える王女を自分は他に知らない。だと、言うのに帝国が王国を併合してしまえば、彼女は処刑されるという。それが無性に許せなかった。

(…………)

 いくら、自分がここであがいた所で無意味かもしれない。彼女1人をどうにかした所で、王国と帝国の兵力差はどうにもならない。

 それでも、と彼女は目前の騎士をその目に捉え続ける。その目にしたって、しっかり映っているのは右目だけであり、左目の方は視界がぼやけてきており、更に言うのであれば流れてきている血で真っ赤でもあった。

(……まず……いわね)

 意識は更に遠のいていくが、何とか少女と若者の顔を思い出して奮起する。彼女たちとは友人であるが、年齢で言えば自分が最年長である為、どこか妹に弟のようにも思っていたのかもしれない。それでも、彼女は魔法武器を振るうのを止めない。その6振りの剣はその速度を増し、更に不規則な軌道を描き、騎士への攻撃を当てつつあった。

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)

 その魔法武装には、重爆と呼ばれた彼女も推察した通り、決まった軌道というものが決まっており、その型は所有者であるラキュースも当然熟知していた事であり、それだけでも十分強力な武装のはずであるが、相手もまた桁違いの実力者なのである。

(ほ……ん……とう……に)

 天とは不公平だと彼女は思った。一見、やる気なさげな彼女がそれだけの才能に恵まれているという事実に嫉妬している自分がいるのを認めたからだ。

 彼女は速い。目で見てから反応できるのであり、そうなってしまうと不意打ちの類が全く意味をなさない。少しでも攻撃の軌道を読まれてしまえば、ほんの1割でもその情報が分かれば、足りない分を彼女はその身体能力で補う事が出来るのであるから。

 この武装で可能な攻撃の型は全て、試している、と思う。断言出来ないのは情けない事であるけど、まだ自分が見つけられていない型だってあるかもしれない。自分が把握している剣群の動き方は約60通り、しかし、その殆んどが既に彼女には効かないものとなっている。

 本当に、手強い相手だと、彼女は意識を失わないように自らの舌を少し強めにかみ、ほんの少しであるがその表面に傷を付ける。おかげで口内は血で溢れてしまうが、その不快感に痛みが今しばらく自分の意識を繋いでくれる。純粋な実力では4騎士最強も嘘ではないらしい。そんな彼女にとって、自分が必死に見つけた剣群の軌道なぞ、一度見てしまえば、体で覚えてしまうものであったらしい。

 ただでさえ攻撃を受けてくれないのに、戦闘を続ければ続ける程、自分にとっては不利になる要素しかない。ならばと、彼女がとった戦法は正に自殺行為でもある。

 確かに彼女の魔法装備でも一から軌道を描く。という事は可能であった。しかし、それは同時に彼女の体に相当な負担をかける行為でもあった。更に言うのであれば、そうやって死にもの狂いで作った軌道にしたってレイナースには一度しか効かない。彼女は一度見てしまえば、以降はそれに倣った的確な動作を体にさせればいいのであるから。

 ならば、と彼女はやるしかなかった。そう、すなわち先ほどから騎士を襲っている一撃に、連撃の型、それは全て彼女が即興で作りあげてゆく新たな軌道である。それが、急激に彼女の体力を奪っていっているのは誰よりも本人が分かっていた。それでも、彼女は止まらない。既に彼女がやっている行為は冒険者としても問題があり、その武装の運用にしたって、体は勿論、頭への負担も大きく。将来的に彼女の体に取り返しのつかない障害を残すかもしれない。

 それでも、彼女は止まらない。転がしたサイコロとは止まることを知らないと言わんばかりに。

 

 

「おい、1()4()()()の質問だ。誰からの差し金だ?」

 それまで行ってきた行為ですっかりその周辺は血だらけになっていたが、そんな事はまるで気にもならないように男は現在拷問中の彼女へと言葉を投げかける。対して、彼女は意識を荒くしながらも――

「…………」

 答える事はなかった。その姿も見慣れたものらしいのか、男は冷たく言う。

「やれ」

 その言葉に彼女の左手に武器を押し付けていた男は黙って、その足に力を入れる。これまでよりも、鈍い音が響き――

「~~~!!!」

 彼女は声にならない叫び声を上げる。それでも、それを見守る者達に彼女を哀れむ者は勿論、自分たちがやっている行為に罪悪感を抱く者達もいない。これは、正当な報復であると誰もが信じて疑っていないから。攻撃を仕掛けて来たのはあちらであり、もっと言うのであれば彼女達が自分たちに攻撃する事こそ間違っているのだ。それに、こいつは先ほどまで自分たちの仲間を散々殺して来たのである。ならば、彼女が受けているこれは当然の報いなのである、と。

 そこで、質問をしていた男はその作業中は彼女の視線に合わせる形で膝を折って中腰だったのを再び足を伸ばし直立して、彼女を見下ろして言う。

「正直、ここまで黙ってられるのは、すげえよ。それは認める」

 その言葉に彼の仲間らしき2人も頷き、この場に来ていた帝国兵達は面白くなさそうに舌打ちをする者達が続出した。

「それは、どういう事なんだ?」

 一同の不満を察して男にそう問いかけるのは、彼女が劣勢に追いやられるそのきっかけにもなった長弓部隊一の腕を誇る兵士であった。

「ああ、それはな」

 男は語る。

 しかしながら、疑問も沸く。彼らが元冒険者の帝国正規兵という変わった経歴を持っていたとしてもだ。こんな残忍な拷問を知っている理由にはならないはずである。

 と、言うのも冒険者組合はどこも神経質であり、そんなものが必要になりそうな犯罪めいた仕事は一切受けないようにしていると言うのもある。しかし、それ以上に男たちの経歴が更に複雑なものであるのが、その理由でもあるのが。

 忍び姿の鎖鎌使い、ヴェイガン・ガルメン。

 軽装のハルバード使い、デネット・イーブス。

 タレントにより、空を歩く大剣使いでもある男、アルス・タイラ。

 3人揃ってトライ・アスラ。

 それが、彼らのチーム名であり、そして、過去に名をはせたワーカーチームの名でもある。

 そう、彼らは初めはワーカーとして活動を始め、後に帝都の冒険者組合、その長に頭を下げられて冒険者へと転向、さらに皇帝の目に触れ、その申し出を受け、正規兵となった経緯を持つ者たちであり、彼らがこのやり方を知っていたのも、初期の仕事にその手の仕事が溢れていたからだとも言える。

 それは、単にそんな事態が帝国でたくさんあったとかそういう訳ではなく、その仕事の受けてが不足しがちな事も関係していた。いきなり仕事は捉えた人間の手足を切ってその情報を吐きださせる拷問ですと言われて出来る人間はどれ位いるであろうか。

(無理、だな。そんなおぞましい事)

 そう考えたのは長弓部隊に所属する1人であった。現在、この場には彼らに自分たちと総勢23と言った所。アノック達ライダー部隊はあの後、上層へと飛んで行ったのである。今も交戦中の他の部隊の援護がその目的であろう。

 そして、男は冷静になってきて吐き気が襲ってくるのを何とか堪えていた。この場に居る者達だって、本来はあんな酷い事が出来るのは勿論、見ている事さえできないはずである。それでも出来てしまうのは、彼女に殺されてしまった仲間達を思ってであろうし、その憎悪もあれば、一種の集団心理かもしれないと男は思考を続ける。もしも、ここで「もう、やめよう」なんて言えば、膨れ上がった憎悪の矛先は例え味方であっても、それを口にした者に向けられるであろう。

(それも、無理のない話ではある)

 帝国が王国に抱く印象はとことん悪い。例の薬の件もあれば、王国から帝国へと逃れてくる者達が毎年いるのであり、彼らが言うのだ。あそこは酷い所であると。

 現在は帝国でワーカーをやっている戦士の話が。曰く、王国ではどれだけ働いても生活は楽になることはなく、また畑にしたって相続権は長男が優先であり、次男以下になってしまうと他の職を探さなくてはならない。しかし、専門の学業を修めるといった余裕は当然の如くない。

 ならば、武器を振って兵士になるか、冒険者になるしかないが、兵士になったとしても平民出身というだけで、その賃金は低く。王国で正規兵というのは、もっぱら、貴族の出が多いのであり、平民、というだけでその立ち位置が良くならないのはかの戦士長の件からも証明されてしまっている。

 それならばと、彼はこの帝国に来たのであり、現在は帝国でも有数のワーカーチームを率いている。

(かぶと虫って、あだ名だったけな)

 その体格に鎧の形などから彼はそう呼ばれていたはずである。そんなことよりも自分たちにとっては王国を憎む理由は正にそこである。

 貴族の台頭。

 帝国は我らが「鮮血帝」の働きで大分マシになってきているが、あの王国は未だ貴族達にとって都合の良いように振り回されているとか、いないとか。

(やはり)

 今の国王は勿論、歴代の国王もとんだ無能であったらしいと男は内心で嘲笑う。貴族にも良心的なもの達がいる事は確かである。現に、先ほどアルスが叫んだ名前の中には貴族出身の者達も何人かおり、あのアノックだって貴族の出である。

(それでもな)

 王国の貴族共はその大半が救いのない屑共である事に変わりなく、一刻も早く帝国が王国を併合しなくてはならないと男は今しばらく続きそうになる拷問を何とか見届ける覚悟を決めるのであった。

 

そう、かつて帝国も王国と同じように腐敗貴族による不当な支配が続いていたのであり、その事実が彼らが王国を憎む理由であり、そんな王国を庇う行動を取る者達への敵意へと繋がっているのであるが、それも含めて「鮮血帝」の策なのかは真実を知る者はいない。

 

 アルスはその場にいる者達に聞こえるように、彼女のその胆力について説明をする。

「この手の事はよ、昔はよくやったものだが、大抵小指の先を落とした時点でそいつは泣き叫ぶもんだけどな」

 実際に指を切った経験はないけれど、それを聞いてその場の者達はその痛みが相当である事だけはなんとか察する。その上で言えば、この小柄な魔法詠唱者は確かに大したものだと言えよう。

 彼女の左手は既に手とは呼べず、赤黒い肉の塊にしか見えないものであり、その先は血だまりになっていて、その中に肉片がいくつか落ちている。現在も彼女の体は複数人の兵士たちによって取り押さえられていた。

 客観的に見れば、年端も行かない少女を複数人の男たちが抑えているという限りなく問題しかない構図ではあるが、本人達はそれ所ではない。

「てめえが、唯のいけ好かない女じゃないってのは本当らしい。そこは認めるよ」

「……そうか、それは光栄だな」

 ここで拷問が始まって初めて彼女は口を開いたのであるから、周囲の者達は警戒を強め、体を抑えている者達はその手に力を込める。

 「けどな、だからといって、やった事を許す事に繋がらないし、情報は必要だからな。次は右手だ」

「そうか……」

 簡素にそう返す女に彼は少々、苛立ちながらもデネットへと目配せをする。答えないのであれば、答えるまでこれを繰り返すだけであると。

(たく、本当に何なんだよ……)

 男は疑問でしょうがなかった。この人物がその外見に反して単なる自身の強さを奢っている者ではない事は理解出来ていた。それでも、納得が出来ない部分もあった。

(そこまでやる価値があるのかよ)

 あんな国にと男はこめかみに力が入るのを感じていた。彼女達が何者かの指示によって、この場に来たのはまず間違いない。冒険者にこんな事を平然とさせるそいつにも当然報いは受けて貰わないといけない。

「おい、てめえ」男は不思議に思った事を彼女へと聞く事にした。「何でそこまで出来る?」

「何だ……早く始めないのか」

「ああ、そうするよ。その前に教えろってんだ」

 その言葉を受けて、彼女は数秒思案した様子を見せると、やがて声が返ってくる。

「あの……馬鹿の……面倒は…………私が見ないと……いけないからな」

「あ? あの馬鹿?」

「私は……最年長だからな」

「そうかい、よく分かったよ。んじゃ、再開だ」

 そう言って、再び質問をしようとした彼に彼女の力ない笑い声が届き、それによって彼はまたも疑問を口にしていた。

「おい、何を笑ってやがる?」

「いや、礼を言わなくてはな、と」

 彼女は何を言っているのだろうか? 続く拷問に遂に理性が壊れた? その可能性は十分にある。そうやって心を壊した者だって過去に何人も見てきたのであるから。

「何のだ?」

 当然の様に男はそう返し、そして仮面をつけている為に、その表情を伺い知る事は出来ないが、それでも自分達に対して、何かしら感謝しているのはその声音から分かった。

「こんなに、時間を浪費してくれて……」

「「「???」」」

「何を言ってるんだ? こいつは?」

 その言葉にその場の者達全員が首を傾げ、1人が声を上げる。確かにその疑問は最もである。彼女の言う事は意味不明ではないか、自分たちは先ほどから彼女を痛める行為しかしていない。一体何を感謝すると?

(いや、待て?)

 アルスはそこで、此処までのことがどこかおかしいのではないかと初めて疑問を持った。彼女がやった事に対する怒りで目が曇っていたのかもしれない。

(大体、俺が叩き落した時から)

 彼女は無抵抗であった。それが、そもそもの前提としておかしいのではないか? 彼女が魔法詠唱者としては相当な腕前、それこそ宮廷魔術師殿には遠く及ばないかもしれないが、それでもその腕前が本物なのは機動力であれば現在の帝国軍で3本指にも入る、‘激風’が率いる部隊をほぼ壊滅させた事からも分かる。自分たちが勝利して、この状況に持ち込めたのは、その部隊が粘りに粘り、彼女の魔力を消費させたからであり、もっと言えばその部隊と現在彼女の拷問に立ち会っている長弓部隊の働きあってこそである。

(そう、それは間違いないはずなんだ)

 一度消費した魔力というものはそう、簡単に回復しないはずである。それを主目的としてアイテムがない訳でもないが、それだって使用する機会は与えていないし、時間経過による自然回復だってあり得ない。

 魔力とは体力に近いものであり、回復させるにはしっかりと体を休ませる必要がある。しかし、彼女の場合その時間は一切なかったはずであるし、それは事実であるはずだ。

(なのに、何だ? この違和感は)

 その答えは彼女の言葉で分かる事になるが、その時には全てが遅かった。

「…………的が集まってくれて」

「こいつ! 総員!」

 彼女の狙いをようやく理解して、叫ぶがその時には大量の血が噴水となり、それが何本も吹き上がり、同時に四肢がが何本か飛んだ。突然、空間、それも集まった兵士たちの間に水晶製の大剣に、ナイフ、バトルアックス等複数本の武器が出現したのであり、それにより数名の命は一瞬にして奪われた。男自身も腹を割かれ、そこから自身の臓器がこぼれる様を見る羽目になったのであるから。

(くそ! そう言う事かよ)

 彼女は別に魔力切れなんか起こして等いなかったのである。全て、この為、自分たちが彼女の周囲へと集まる事を狙った自らの身も切る覚悟で仕掛けられた罠であったのだ。

「苦労したよ、お前たちの位置を把握するのに……視界は限られているからな……」

 その言葉と共に彼女は空いた手、唯一動かせる右手の指を器用に鳴らす。それと同時に武器は暴れ回り、正に暴力の嵐が吹き荒れた。完全に不意を打たれた事と、この場にいる者の大半が長距離戦闘を視野に入れた身体づくりをしていたためにその攻撃に対応が出来ずに引きちぎられていった。男自身もその瞬間には右腕を失った。仲間の2人もまた、それぞに喉元を抉られたり、あるいは袈裟斬りにあって、果てていた。

(畜生)

 始めから彼女の術中であったのだ。多対一における、多の方のやり方として、射程を利用した集中砲火があり、先ほど彼女に行っていたのはそれであった。故に彼女はわざと捕まってみせたのである。

(くそったれが)

 せめて、その面を拝んでやろうと彼は左腕を必死に伸ばす。これまで顔を確認しようとしなかったのは、それも手段の1つとしてとってあったというのもある。手に足の指を全て切断した後、次は歯で拷問を行う予定であったからだ。

 飛び交う凶器の中、彼は何とかその仮面に手をかけて、それを外すことに成功した。そして、彼女の顔を確認して――

(……そういう事かよ)

 こんな事であれば、もっと早くそれを確かめるべきであったと今更ながらに男は後悔した。全ての答えが分かったからであった。どうして、彼女はそんな捨て身の戦法を取れたというのか。

 

 やがて、彼女が召喚した武器による蹂躙は終わり、彼女は左右で長さが違う足で苦労しながらも立ち上がり、水晶の剣2振り程、器用に操り、半分になった右足に持ってきて、そして更に水晶製の鎖を召喚して、それを巻きつける形で使用して足と剣を固定した。即席の義足と言った所だろう。次に片手で自らの破片を集め、それを備え付きの布に包んで、ゆっくりと小さな歩幅で歩き出した。その途中で文句を言うように言葉を発した。

「たく、切るならもっと丁寧にやってくれ。くっつけるのが大変じゃないか」それから彼女は取られた仮面を身に付け、さらにぼやいた。それは、普段の彼女らしからぬ悲し気なものであった。「ふん、拷問か、慣れていたとしても声は上がってしまうものだな」

 そのまま、彼女は足を引きずるようにその場を立ち去ろうとする。そんな彼女に後ろからそれこそ、虫の息といった感じで声がかかる。

「おい、待てよ」

「何だ? まだ生きていたのか?」

 彼女が驚くも無理はない。その言葉を口にした男、アルスは現在、上半身のみの状態であり、その状態で口を開くのは勿論、生命活動だってとっくに終わって良いはずであるのに。

「てめえ、文字通り、()()()だったて訳か」

 その言葉に彼女は多少思う所があったのか、後ろを振り返り、目だけで自分を見据えている男へと視線を移して自嘲気味に笑った。

「そうだな、私に似合いの言葉だろう?」

 そう、まるで仕立てたドレスを自慢する令嬢の様にも聞こえたそれに、男も笑って続けるが、その声は次第に小さなものになってきているのも確かであり、それは男の最後の言葉になるであろう事はお互いに理解している様子であった。

「驚きだよ、てめえの様な奴が……あんな…………屑共の、為に……戦って、いる、なんてな」

「さっきも言っただろう。私はあの馬鹿の面倒を見ないといけないんだ」

 言いたいことはそれだけかと彼女は行こうとしたが、男は更に続ける。

「てめえ、の為に…………忠告して、やるよ」

「??? 何だ?」

 この状況で自分に対して何を言うつもりであるか、多少気になった彼女は彼を見据えた。そして、男は残された左腕を必死に上げ、その手を、その指を動かして彼女を指さして言う。それは、憐れみと嘲りが半々に混じったものであった。

「てめえ、が、どれだけ……あの国に、尽くした…………としても、誰も、感謝なんざ……しないんだぜ、むしろ…………」そこで、事切れたように男の腕は地へと落ち、その口から血を噴き出した。「……………………」

 それが、男の最後であったらしい。そして、彼女は空を見上げて答えた。それ位はしてやっても良いかもしれないと思っての行動であった。

「そう、かもしれないな。いや、その通りだろうな……」それから彼女はもう一度彼の方へと視線を向けて、続ける。「じゃあな、若造」

 彼女は歩き出す。目指すは上層、自分の歩く道がどれ程血にまみれたものであったとしても、それが自分の立ち位置であると、認識を新たにして。

 

 

 仮面を付けた2人組は第1層へと繋がる階段を上がっていた。その道中、倒れている帝国の兵達の様子を確認しながらである。

「こいつは、問題ねえな。気を失っているだけだ」

「そうですか、それは良い事です」

 白髪の人物の言葉に少年はそう返す。人が死ぬのはどうにも辛いと感じる所がある。

「どうやら、初めはあの貴族剣士様も出来る限り穏便に済ませようとしたみたいだな」

「ならば、どうして、それがこんな戦闘になってしまったのでしょうか?」

 思わず聞いてしまった事に少年は後悔した。男がどんな言葉を返して来るか分かっていたからである。

「人間てっのは結局馬鹿でね、無理だと分かっていても、そうしてしまう事があるんだよ。今回の件について言えば、双方共に引き下がるつもりがなく、行くところまで行った結果って奴だろうな」

 それが、男、ベルゼブブの意見なのであろう。この遺跡にある物、それが王国と帝国、そのどっちに流れるかで、国の未来が変わるのである。本来、冒険者である彼女達にその資格はない。

「たく、大変だね、あのお嬢さん方も。ま、その方が都合は良いかもしれないけどよ」

「どういう意味ですか?」

 思わず言葉が冷たくなる。こんな状況をこの男は楽しんでいる素振りが時折見られるのであるから。

(やっぱり)

 彼は嫌いであるし、彼が普段仕えているあのスーツの人物もその下にいる彼らも自分は信用出来ないと彼は思った。あの者達の中で、信頼が出来るのは優しき巨漢だけであり、彼を含めた2人は人間をいたぶる趣味の持ち主であったし、2人は特に何かする訳ではないけど、人間というものを見下していた訳であるし、残りの2人に関して言えば、全くの無関心であったからだ。

 現在、自分たちの主が勧めている計画における人間の扱いというものは、かなりデリケートであると言えば良いだろうか? 今回の件だって、死んだ者達を蘇生させるのはあくまで、この事態が事故であるというのが自分たちの上位者達の判断でもあったからだ。それでも、瀕死の状態にするというものであるけど。

(なんとか)

 完全に治療をする訳にはいかないものかと思った所で男の声が返って来る。

「おい、何の為にポーション瓶を置いていっているのか分かっているのか?」

「分かっていますよ。自分たちの行動を此処で、双方の勢力に知られる訳にはいきませんから」

「そうそう、分かっているのであれば、良いんだがな」

 幾ら、自分たちが出来る事が多くてもそこに制限を駆けなくてはならない。例えば、死んだ人間を蘇生させたとして、その状況を当の本人達が受け入れらるかと言えば、どうなるかはかの上位者達でも予測がつかないと言う。

 ならば、瀕死の重体にしてやった方が、本人達がその事実そのものの認識をうやむやにして処理しまう可能性が高いという話であった。

(……)

 少年は普段、見せる振舞から大きくかけ離れているように舌打ちをした。それが分かっているのも、あそこで何が行われているか知っているからだ。その対象はどうしようもない屑だと判定された者達であるけど、それでも心苦しい事に変わりはないのである。

「すみません、話の趣旨がそれてしまいました……それで、先程の話なんですが」

「さっきの? ああ、あれか、それはな……」

 彼は語る。彼女達がやっている事は、確かに問題であり、もしかすると王国での立場を失くす物かもしれない。

「だからこそ、こちら側に引き込みやすいってな」

「悪趣味、悪知恵だけは素早く回るんですね」

「おい、その言い方はねえだろ」

「事実でしょう」

 しかし、不思議にも感じた。それは結局、この男が彼女たちの事をそれなりに評価しているという事でもあるから。

「やっぱり、叩き落とされた件が関係しているんですか? 忠犬」

「おい」そこで、男の空気が変わった。明らかに自分の発言に気分を害したようであった。「何でそれを知っている?」

「あの方が嬉々として話してくれましたよ」

 そう、現在上層にて帝国兵達を無力化しつつも神祠を目指している彼女からの情報であったはずである。

『本当に面白いものでありんした!』

 まるで、世の中の不思議を発見したと自慢げに語ってくれたものである、新たな研究内容にもなりえると、彼の方を見れば、片手で顔を覆っており、「まったく、カーミラ様は……」と、愚痴を吐いているようであった。その姿に少しだけであるが、先ほどまでの不満が軽くなったのを感じた。

「ああ、まあ、良いとっとと次に行くぞ。多くの帝国兵を救護して」

「‘死者など始めからいなかった’事にしなくてはなりませんからね」

 そのやり取りの間にも彼らは帝国兵達の介抱をしていく、その状況を見て、可能な限り、不自然にならないように細心の注意を払いながら。

 

 

 一方で、神祠の方でも状況は動いていた。ここがこの遺跡の最も大切な場所であるのは、外見から想像がつくことであった。そして、そこでは帝国の歴史に名を残す人物が今もその調査に没頭しており、そしてそれを護るように1人の騎士が無法者達へと名乗った。

「‘雷光’バジウッド・ペシュメルと名乗れば、話は通じるかね」

「そうですか、あなたが有名な」

 此処まで来た一行を代表して言葉を返すのはペテルであった。彼女から指揮を引き継いだ以上、自分がやれる事はしなくてはならない。

「とまあ、いきなりで悪いが、引き返しちゃくれないかね――こちらとしてもあまり殺傷沙汰にしたくはないんでな」

 そう言って、騎士は背に背負ったグレートソードを引き抜き、地面を叩きならす。その音は室内を反響して、雷鳴の様にも彼らには聞こえた。

(文字通りの警告ですか)

 彼の実力は帝国随一、それにその後ろに控えている人物も見て、彼は帝国がこの地にどれだけ力を入れているのか把握して戦慄した。

(ニニャ、あのご老人は)

(はい、わたしも噂でしか聞いた事はないんですけど)

 後ろでに彼女が伝えてくれる。現在、自分たちの視線の先で、この遺跡にある物をを物色しているらしき老人がそうであると。

 帝国主席宮廷魔術師にして、第6位階の魔法に使い手でもある間違いなく逸脱者とも呼ぶべき存在。

 フールーダ・パラダイン、その人物であった。

(これは)

 仮に戦闘になったとしても、自分たちに勝ちの目などないではないかと。それでも、何とかしなくてはならない。

「帝国は、ここで何をされているのですか?」

 此処まで何度も彼女がした質問をしてみるしかまずは思い付くことがなかった。騎士もそれに対して何でもないという風に返してくる。

「別に、大したもんじゃねえさ」

「その言葉を信じる事が出来るとでも? そうであるならば、見せて貰っても良いのではないでしょうか」

「それは出来ねえ話だ。此処での事は機密事項でな」

 互いに引くことがない言葉の応酬、騎士達にしたって、此処で冒険者達の要望を聞くわけにいかず、かといって、冒険者達にしたって黙って放置は出来る事ではなかった。その間にも帝国の宮廷魔術師はそのやり取り自身が起きていないように、目の前の文献をあさる事に夢中になっている様子であった。

 沈黙が続き、例え死ぬとしても剣を抜こうとした彼らを止めたのは新たな人物の声であった。

 

「面白そうな事をなさっていますね。私も混ぜてはくれませんか?」

 突然の声に、双方が声のした方へと視線を向けた。そこに立っていたのは鮮血のように真っ赤な鎧に仮面を付けた人物であった。

 王国、帝国、そして墳墓。ここに3勢力による会談が始まるのであった。

 

 

 

 



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第15話 真祖②

 今回、part1最終話です。それに伴い、いつもより文章は増えています。それと、原作と設定を変えている所も多々、あります。
 では、どうぞ。


 

「貴方は、まさか……」

 その姿に覚え――話で聞いただけであるけどあったペテルは口を開きかけ、それを肯定するように仮面の戦士は答えた。

「はい、カーミラと申します」

「貴方が!」

 その言葉に最も強く反応を示したのはニニャであった。無理もないと、「漆黒の剣」の面々は思う。彼女は城塞都市の冒険者組合、その長から捜索を頼まれていた人物であるが、自分たちも探し求めていた人物に違いはないのであるから。

「あ、あの」

 すっかり気が動転している様子の彼女の肩に手を置く形でペテルが落ち着かせる。その事に多少なりともティアは反応する素振りを見せる。

(ペテル……)

(気持ちは分かりますけど)

 今はそれ所ではないと彼は伝える。自分たちの勝手な憶測でしかないけれど、彼女と共に行動している者達にも何かしらの目的があり、その過程で自分たちの目指すもの、ニニャの姉の行方に関する情報もあるかもしれないという期待だってある。

(ですけど)

 よりによって、帝国との問題、それが起きている時にあるとは本当に運がないと彼は思った。

(彼女も?)

 この遺跡に何か目的があって来たのであろうか? 自分達はあの少女の依頼を果たす為にここに来たわけであるが、思いのほかここには何かがあるらしい。帝国に、王国でも有数の剣士を簡単に退けて見せた戦士とこの場に集まっているのであるから。

「申し訳ありません。貴方は一体どういった目的で?」

 帝国の者達はその姿に唖然とした様子であり、茫然としているみたいであった為という訳ではないが、彼は突然現れたその人物へと疑問を投げかける。

「あなた方に、それにそこの皆さまと同じですよ」

 カーミラはその問いかけに薄く笑っていると誰が聞いてもそう印象を抱く声音で答えてみせる。ようやく、その存在を認める事が出来たらしい騎士はため息をついてみせた。

「おいおい、また別のお客さんかよ。ついてないねえ、どうにも」

 その言葉に、後ろで控えていた騎士達も前に出てきて、さらにその奥でかの宮廷魔術師の手伝いをしていたらしき者達も彼女へと視線を向ける。それは、ペテル達にしてもそうであり、現状を気にしていないのはフールーダだけであり、彼にとっては自分の周囲で何が起きていようと何ら気にはならないらしい。それこそ、砲弾に矢が降りしきる戦場であっても、この人物にとっては蟻の縄張り争いと何ら変わらないのであろう。騎士はその事が分かっているようで再びため息をついて見せて、彼女へと話しかける。

「まあ、良い。あんたも此処にある物が目当てか? なら、悪いんだが引き返しちゃくれないかね。此処の事は機密事項なんでな」

 先に冒険者達にしたように彼女へも警告を飛ばす。

(本当に何なのかね、今日は)

 平民でありながら雷光の異名を持ち、個性的過ぎる4騎士達を束ねる役目に尽き、かの「鮮血帝」からその立場抜きに信頼を寄せられているバジウッド・ペシュメルは1人ごちた。

 事の始まりは、現在も皇帝陛下に逆らってい旧時代の生き残りとも言える貴族の1人が何やら平野にて、見つけた事から始まった。件の貴族はそこにある物で、陛下の暗殺なり、懐柔なり、あるいは洗脳等を視野に入れて企んでいたようだが、そんな事をする前に諜報部がその動きを察知したのであり、そしてこの遺跡の存在を知ることとなったのである。

(にしてもな)

 本当に旧時代の化石とも呼べる貴族達には馬鹿しかいないのかと彼は既に済んだ事であるというのに呆れた。今の皇帝に変わってから帝国は良い方向に進んでいる。しかし、それは平民や、以前は少数派であった良識的な貴族達に限った話である。

 それ以前の時代、自らの利益しか頭になかった貴族達にしてみれば、痛い話なのである。現在、帝国では貴族の在り方も変わっていれば、その意味合いすら変わって来ている。

 貴族。

 以前であれば、それは「選ばれた血筋」だという事であったらしい。と、言ってもそれがどういう事であるのかは彼だって未だに理解出来ていない。

 それが、今では「能力」がその基準となっている。別に、タレント持ちだとかそういう話ではない。仕事が出来るか、出来ないか、単純にそれだけである。それによって、平民ながら貴族と呼ばれる者、貴族であったというのに皇帝に無能と称され、平民になった者と更に複雑な事になっている。

(…………ちっ)

 思わず憂鬱な気持ちとなってしまう。確かに帝国は良い方向へと進んでいる。けれど、良い事ばかりでもなかったのである。

(あの方は気にもかけていないが)

 そこで、彼は一瞬、後ろを振り返りかけて再び視線を正面へと戻す。僅かな時間、映った老人は未だに床に散乱している物品を調べる事に夢中になっている。そんな彼も関わっているある機関が帝国にはある。

 帝国魔法学院。

 魔法と名がついているが、別にそれだけを学ぶ為の機関ではない。帝国が誇る教育機関であり、才能さえあればその者に援助さえするし、一定の試験に合格する。フールーダを始めとした帝国要人が保障すれば、奨学金だって出してもらえる制度さえあるのだ。

 これは、「才能はあるのにお金が無く、適切な教育を受ける事が出来ない」そんな若者やそうだったばかりに社会的地位が低い者達を救済する為に、前々皇帝が設立した機関でもある。

 思い出すのは既に3年も過去になる出来事、当時、その学院に天才と呼ばれる少女がいたのである。どこか人形めいた印象を抱く表情をしていて、それでも、なお気品めいた顔立ちをしていて、彼女を見た、妻に愛人たちが「ああいった娘が欲しい」という位には人目につく少女であった。

 彼女は同時に優秀でもあり、当時、学院での成績では次席を遠く突き放す形での主席、魔法の才能にも恵まれており、既に第3位階魔法も習得出来ており、ゆくゆくは次代の宮廷魔術師とも称されていた少女だ。

 しかし、その彼女が突然学院を自主退学してしまったのである。理由は、皇帝が行っている改革の一環であった。かの「鮮血帝」は無能と称した貴族達からはその爵位を剥奪していたが、少女の両親もその対象になってしまったらしく、彼女の家は貴族ではなくなってしまったという。別にそれであれば、まだ何の問題もないかと思われたが、その少女の両親、特に父親に問題があったらしく、詳しい経緯は知らないが、少女の家は多額の借金を背負っているという話であった。

(~~!! くそう)

 思い出してきたら、体中がかゆくなって来てしまった。その件で、妻たちから理不尽な暴力を受けたからである。彼女たちは少女の事をすごく気に入っていた。外見、という訳ではなく、勉学に励む姿に他者を手助けはするが、自分は決して助けを求めない。少女の信念として「自身の問題は、自身で解決する」と、言うものがあったらしく学院主席という肩書が無くとも彼女は有名人であったのだ。それだけではなく少女には――

(……はあ)

 過去の事であると言うのに彼はまたもため息をつく、どうしてそこまで自分がその少女に詳しいのはどうしてかというと、やはり妻たちのせいであった。

 彼には娼館上がりの妻と愛人が5人おり、彼女たちと共に暮らしている。どうして、そう言った形になっているかと言えば、帝国では重婚が認められていないの一言に尽きる。それでも、彼女達の仲は非常に良く、彼の事を「あたしらの共有財産」と言うほどに彼を愛しているのである。

 さて、そんな彼女達であるがと彼は回想を続ける。余程、その少女の事が気に入った彼女達は信じられない事に少女が普段、どういった生活を送っているのか――具体的にはどういった所に行っているかなどを詳細に調べ上げた上で、彼女と交流を図っていたのである。

(困ったもんだぜ)

 そんな事、当然、犯罪行為であろうに。実際アインズの居た世界では間違いなくストーキング行為の類であり、それで然るべき機関にお世話になっても文句は言えないのである。

 そんな彼女達の働きによって得た情報によれば、少女には双子の妹がいるらしく、彼女達も愛らしいものであるそうで、自分達も早く子供が欲しいとせがまれ、夜だって頑張っているが、どういう訳か子供には恵まれていない。

 そんな彼女が借金を返済する為に、その為に働く為、学院を辞めるという話の際に、彼女達が提案をしたのである。そんな少女を妹たちごと、自分達の家で引き取らないかと、確かに自分の稼ぎであればその借金は返済出来る物であるし、その問題のある父親にも言いたい事はあった、が。

 ――すみません、申し出はありがたい。ですが、私の問題ですので。

 その一言で断られてしまったのであり、当の本人がそう言うのであれば無理強いは出来ず、その事を妻たちに話した際に殴る、蹴る、の暴行を受けたのである。彼女達の怒りは理解していたので、その時はおとなしくサンドバッグに徹した。彼女達の事を養子として欲しかった。というのもあったのであろうが、彼女の不幸を嘆いてもいた事も確かであるのは長年の付き合いから分かっていた。

 「子は親を選べない」そんな言葉が示す通り、どれだけ器量に恵まれ、さらに人徳も備えた少女であったとしても親が愚かだった為に、本来エリート街道を歩く予定だった彼女はその道を外れる事となってしまった。

(ま、それでもな)

 彼女について、悩まずに済んでいるのは彼女が所属しているワーカーチーム。そのリーダーである男に一定の信頼があったからだ。彼はまたもため息をつく、その男の事は信頼しているが、出来る事ならワーカーではなく、正規兵になって貰いたいという気持ちがあったからだ。

 その男は二刀流の使い手であり、その実力だって折り紙付きである。自分たち(帝国4騎士)と同じ待遇は難しいかもしれないが、それでも男であればそれなりの地位に付けるはずである。

(ほんと、困ったもんだぜ)

 元は冒険者を目指していたと言うのに「お金を欲して」いたら、いつの間にかワーカーになっていたという突っ込み所しかない経歴の持ち主であるのだ。彼とは時折会っては、剣を交えて酒を飲みかわすが、その度にお互いに酔って、パートナーの自慢合戦になってしまうまでがお約束の流れである。

(ふん、何と言おうと、俺の嫁たちの方が美人だ! 胸だってある!)

 過去のやり取りだと言うのに、彼は内心で声を荒げる。

(と、いかんな)

 そこで、彼はいい加減にするべきだと思考を切り替える。王国の腐敗が、帝国にまで悪影響を及ぼしているのは帝国民であればだれもが知っている事であり、帝国だって全く問題がない訳ではない。未だに皇帝へと反逆を企てている旧貴族達に、反吐が出るような事で商売をしている連中にそう言った組織その存在もある。何にしてもこの遺跡にある物を自分達帝国が得るのは、絶対なのであり、その為には突如現れた謎の戦士に冒険者達には何が何でもお引き取り願うしかないのである。そう思い、彼は戦士へと警告を飛ばす訳であるが……

「そう言われて、引き返す訳には行きませんから。あなた方がここで見つけた物に関して、私から提案があって来たのです」

 戦士はその言葉をあっさりと否定してみせて、不遜な事を言って見せる。

「貴様、状況が分かっているのか?」

 その言葉に苛立ちながら、反応するのはバジウッドと共に、この場にいた帝国兵の1人であった。その強気な態度も当然であった。この場には4騎士の1人に、訓練を受けた兵士が20人控えているのであり、対して相手は1人、不思議な声をしているが、多分女性であると彼は決めつけ、言葉を続ける。

「バジウッド様も仰っているだろう。此処にある物は我が帝国が全て貰い受ける。それ以外の選択肢等ありはしないのだ」

「お、おい!」

 その言葉にまた別の兵士が突っかかり、そしてバジウッドは片手で頭を抱えた。戦士は仮面の口元らしきところに指をあてて笑った。

「クスクス、そういう事でございますか。別に私はその事については特に何も言っていませんが」

「あ……」

「「「この、大馬鹿野郎!!!」」」

 失言をした彼に他の兵士たちから罵倒が飛び、冒険者達もまた納得がいった様子の顔を見せた。

「そうでしたか、やはり此処に何かあるんですね。それも、強力な武器に成り得るものが」

「あ、ああ……ああああ」

「此処で何も言えないって事は」「肯定という事」

 ペテルの問いかけにその兵士はしどろもどろになってしまい、その様子を見た双子忍者達がそのように結論付けた。

「ん? んで、結局帝国が見つけた物ってなんなんだよ?」

 疑問を口にするのはルクルットであった。親切な帝国兵のお陰で彼らがここで何かを見つけたのは確からしかった。しかし、それが具体的にどういったものであるかは分かっていない。

「例えば、この平野の霧をどうにか出来るものだとか、であるな」

 ダインがそう口を開けば、帝国の兵達は互いに顔を見合わせ、不思議そうにしてみせる。

「何言ってんだ? こいつら」「そんな事出来る訳ないのにな」

 彼らにして見れば、この場に宮廷魔術師でも出来ない事はどうやっても出来ない事である。よって、この冒険者達は何を言っているのか? と、言っている訳であるが。

「たく、あんたらがそんな壮大な事を考えて此処に来ていたとはな」

 呆れたように声を上げるのはバジウッドだ。彼にしたって、彼ら冒険者達がどうしてここに来たのか疑問を感じていたのであり、それが解ったのである。

「たく、誰かね? そんな阿保な事を言ったのは」

 彼としては、愚痴交じりに発した言葉であったが、誰よりもその言葉に反応したのは最後にこの場に来た戦士であった。

「あ、阿保、で、ございますか」

「……カーミラさん?」

「いえ、何でもございませんよ」

 彼女が一瞬、狼狽えたように見えたペテルは声を掛けるが、彼女は何でもないと手を振って見せる。

「それで? あんたの言う提案ってのは何なんだ?」

 バジウッドがカーミラへと問いかける。この時点で彼自身、少々戦意を失っていた。先程の兵達の失態もあるが、それ以上に冒険者達が規約を破ってまで此処に来た理由が荒唐無稽なものであったというのもある。

「ええ、簡単な事でございます」

 その言葉を受けて、仮面の戦士は答える。この遺跡で見つかった、それらの品々を3等分した上で、帝国、王国、そして自分の3勢力で分け合うと言ったものであった。

「ふざけるな!」

 声を荒げるのは当然、帝国側であった。それも当然であろう。彼らにしてみれば、自分達が先にここを見つけてそして、その発掘作業を行っていたのであるから。それを、どうして後から来た者達。それも、憎き王国の連中に譲歩しなくてはならないのかと。

(一体、何の為に?)

 疑問を感じていたのはペテルだ。

(おい、ペテル)

(ええ)

 ルクルットの呼びかけに軽く首を傾ける形で応じて、彼らは考える。彼女が一体何を考えているのかを。

(あの、カーミラちゃんが……)

 どうして、自分達に気遣うような提案を持ちだして来るのかと。

(そうですね)

 いくら考えても思い当たる節はない。大体、自分達と彼女はこの場が初対面であるのだから。

「ええい、話にならん。此処は私が!」

 切羽詰まった様子で動き出したのは、先ほど失言をした騎士であった。少しでも自身の失態を取り戻したいと考えての事であったかもしれない。そのまま、カーミラへと突っ込むと、手に持った剣を左へと振りぬいた。金属音が室内に響く。彼女もまた黙って攻撃を受けるつもりはなかったらしく、同じく剣でその攻撃を受けていた。

「おやおや、どういうつもりなのでしょうか?」

「黙れ! 貴様らにやる物など1つもないのだ!」

 威勢は良いが、彼の剣は全く動くことがなく、それを受けている彼女もまた彫像のように動く事はなかった。

「馬鹿な! 私が力で押し切れないだと!」

 その言葉に、バジウッドの後ろで控えていた騎士達が驚愕を受けたような反応をしてみせるので、別にその騎士の自尊心が強いという訳ではなく、力強いと言うのは本当らしい。

(ねえ、ちょっと良い?)

(ティアさん?)

 この状況で、話しかけられ、体が強張る。彼女とは少し問題があったからであるが、その危惧は杞憂に終わった。

(あれが、モ……ペテル達が探しているという仮面の戦士?)

 ファミリーネームで呼びかけて、ファーストネームに言い直したのは彼女が無意識的にも彼と距離を縮めたいと考えたのかもしれない。

(ええ、そうですね。と、言っても自分たちも初めて見る訳なんですけど)

(そう)彼女は、一瞬怯えるような素振りを見せて続ける。(あれは、確かに強い……)

(分かるんですか?)

(勘、頼りにならないかもしれないけれど)

 表情こそ、変わらないものの落ち込んだ様にも見える彼女の姿にペテルは内心、苦笑した。彼女はきっとこの遺跡に向かう途中での出来事。死の騎士(デス・ナイト)から襲撃を受けた時の事をまだ気にしているのだろう。既に済んだ事であるし、特に気にする必要もないと彼は彼女へと告げる。

(いえ、ティアさんの勘は頼りになりますよ)

(ん……ありがとう)

 照れた様に見える彼女の顔に眩しく感じながらもペテルは説明をする。この話は、ニニャがアインドラに話をしていただけであり、彼女達にはまだ詳細に話していなかったのであったから。

(そう、あの男を……簡単に、か)

 それが、彼から事の説明を受けたティアの感想であった。その男の事は知っている。その強さもまた。

(なら)

 自分達が彼女の言葉に逆らうという選択肢は既にないようなものである。唯でさえ、こちらは戦力が万全ではないのだから。

 その間にも、状況は動いていた。カーミラへと斬りかかった騎士が突然倒れたのである。

「お、おい!」「貴様! 何をした!?」

 此処まで失態続きであっても仲間である事に変わりはなく、他の兵達もそれぞれの得物を構える。対して、カーミラはどこまでも呑気に答えてみせた。

「別に何もしていませんよ。眠ってもらっただけでございますから」

「眠った?」

 その言葉を素直に信じる訳にもいかず、3人程の兵士たちが倒れた彼へと仮面の戦士を警戒しながら近づく。その様子に彼女はどこか悲し気に言葉を紡ぐ。

「信用が無くて、悲しい事です」

 そして、後ろへと1歩飛んで見せた。それは、ウサギのように軽やかな動きであり、全身鎧を着た上でそれが出来る彼女の身体能力の高さを如実に示すものであり、その場の者達――約1名を除いて全員がそれに見とれた。

(聞いていた印象と)

 大分違うと、ペテルは思った。彼から聞いた限りでは冷たい人物だと思っていたが、そうでもないらしい。むしろその立ち振る舞いにはどこか気品があるように感じたのであり、そして、自分を見ている視線に気付く。それは先程から傍にいる彼女からのものであった。

(ティアさん? どうかしましか?)

(……別に)

 どこか面白くなさそうな顔をしている彼女をよそに帝国兵達は、先に攻撃を仕掛けた同僚の元へと到着した。はたして彼はと言えば。

「…………おお、これが、噂に聞く。帝国最高峰の料理なのか…………」

 戦士が言ったように本当に寝ているだけの様子であり、彼らは互いに顔を見合った。

「…………」「…………」「…………」

 そして、次の瞬間には示し合わせたように彼を足蹴にしだす。

「おら!」「とっとと」「起きやがれ!」

 蹴られる度に痙攣する兵士の体。傍目に見れば酷い構図であるのは確かなのであるが、悲しい事にその男に同情は勿論の事、気にかける者もこの場にはいないのである。やがて、急に襲撃を受けたかのように慌てふためきながら男は目を覚ました。

「な、何だ! 敵襲か!」

「くそ、本当に寝ていただけだったのかよ!」

「ですから、そう言っているでしょうに」呆れた様にカーミラはそう言い、そして手を広げて続ける。「これで、分かって貰ったと思いますが、私は腕に自信があります。最悪、この場にいる皆さま全員を相手にしても構いませんよ?」

 冗談めいて軽く言っているが、それが警告である事はその場の全員が即座に理解した。

(彼女の目的は分かりません)

 それでも、その提案は自分たちにもある程度の益がある。というか、この場ではどうあがこうと自分達が勝者となることは難しいようである。そう判断したペテルは他の5人へと目配せをする。事の成り行きに任せるべきであると。

(賛成、ありゃ、間違いなくやべえよな)

(うむ、悔しいであるが)

(あはは、どうなってるんだろうな……)

 野伏独特の勘か、直ぐに同意するルクルットに、無力さを嘆くダインに半ば放心状態のニニャ。その気持ちはよく分かる。どうにもとんでもない事が立て続けにあっているのであるから。

(今のリーダーは貴方、なら私も従う)

(うん、ペテルがそう言うのであれば)

 現在、自分の指揮下となっている双子の忍者達もそれに同意してくれた。

(情けないですね)

 思わず舌打ちをしそうになり、それを堪える。彼女から任されたというのに、自分達は結局此処に何をしに来たのであろうか? 

(これでは)

 脳裏に浮かぶのは今や英雄となった彼らの顔だ。ルクルットが言ったように、もしも彼らが居なければ自分達はあの夜に死んでいた可能性の方がずっと高い。そんな彼らに恩を返したくて、少しでも追いつく為に研鑽を積んで来たと言うのに、ここ一番の局面で何も出来ない。

 そんな無力感に苛まれる彼の左腕に僅かであるが、熱が伝わる。そちらを見れば、今回の依頼で最も関係に変化があったように思えるティア(彼女)の顔が見えた。

(大丈夫)

(ティアさん)

 彼女は彼へと伝えた。それは、彼女なりの彼の評価でもあった。

(ペテルは強くなっている)

 確かに、助けられたかもしれない。それでも、伝説の存在を相手にして、生還してくれたのだ。それは誇るべき事であるし、認めるのは癪にさわるが、嬉しく思っている自分がどこかにいると自覚して彼女は続ける。

(今回は、相手が悪かった。少しずつで良い、もっと強くなれば、良い。私も手伝う)

(ありがとうございます)

 その言葉に安堵を覚えながら、彼はせめて自分が出来る事としてこれから起こることは詳細に記憶しなくてはと状況を見据える。その様子に彼女は微笑むと、名残惜しそうにその手を離す。そして彼らは気付かないそのやり取りを他の仲間達が薄く笑いながら確認して、そして祝福している事に。

 場違いにも冒険者達の方でラブロマンスが展開されているとは、梅雨も知ることがない帝国兵達はカーミラを見据え、そして攻撃を仕掛けた者とは別の兵士、先ほど暴行に参加していた1人が口を開く。

「成程、確かに口だけではないようだ。恐らく、バジウッド様よりも格上と見た」

「おい」

 さらりと上司を侮辱したが、気付いていないのか、あるいは気付いていてあえて言わなかった事にしたいのか、男は続ける。

「だがな、こちらにはもっと強い御方が控えているのだ」

「もっと? それは、そこにいます‘雷光’殿よりもですか?」 

「そうだ!」

「ああ、否定はしねえけどよ」

 頭痛がぶり返したように頭を抱えるバジウッド、事実は事実であるが、どこか頭が痛くなるのである。そんな彼をよそに兵達は次の行動に出ていた。先程からこちらの騒ぎなど目もくれずに遺跡から見つかった品々を手に取ってい――現在は、書物に目を通している様である老人を取り囲み。

(えええええ!!)

 内心で思わず絶叫するのはニニャであった。今回の依頼は多くの事があり過ぎた。生涯初の貴族の友人が出来たと思えば、仲間達が伝説とも謳われる死の騎士と戦い、そして全く未知とも呼べる遺跡の発見に、そこで隣国との遭遇。見てきたのはアダマンタイト級と帝国最強の騎士達の激闘、更には話でしか聞いた事のない宮廷魔術師に、自分達の目的の1つでもあった彼女の登場。ここまでのことで、彼女のキャパシティは限界に達していたが、ここで彼らの取った行動によって、それは振り切れ、彼女はふらついてしまう。それにいち早く気づいたのはペテルであり、彼女を支える。

(大丈夫ですか? ニニャ)

(はい、ありがとうございます)彼女は身を震わせると、彼へと訴えた。(あの、早く離してもらえませんか)

(ああ、そう言う事ですか)

 確かに、恋人や夫婦でもない男女がくっついているのは問題であると、彼は彼女から距離を置いた。その事で、自分に注がれていた殺意込みの視線を感じなくなって、ようやくニニャも安心できた。

 そんな彼女達の前で、その老人を囲んで彼らがやったのは土下座であった。そして、叫んでいた。

「フールーダ様ああ!」

「どうぞ、お力を御貸しくださいませ!」

「この愚か者共に鉄槌を!」

 彼らがやっているのは、懇願であった。帝国が誇る魔法詠唱者に敵を倒して欲しいと、それを見ている雷光と呼ばれし騎士はため息をついており、その光景にこんな時だと言うのにペテルは内心で笑ってしまった。

(帝国と言えど、人に違いはないのですね)

 

 世の中、完璧な組織等存在しない。いくら組織を大きくしても、人同士の繋がりを強固にしようとしても、大きくなる程に分裂の危険性だって高まる。それだけに人とは多種多様であるのだ。帝国軍にしたって、それは例外ではない。イビルアイに拷問を行う程に、王国への憎しみを募らさせている者達。カーミラと邂逅した血の気の多い者達に、仕方なく軍へと入った元ニート。4騎士にしたって、それは例外ではない。個人的に「鮮血帝」を気に入った平民出身の騎士、自身の目的を最優先にする女騎士に皇帝ではなく、あくまで帝国そのものに忠誠を誓っている無口な騎士等、そして、それが酷い方向に出てしまった結果でもある。

 そして、それだけの醜態を晒しながらも懇願し続ける彼らの願いは老人を動かす事に成功したらしい。

「まったく、騒がしいのお、ろくに調査も出来ないではないか」

 すっかり、目の前の作業に没頭していた彼にしてみれば、それを妨げる行為をする騎士達ですら煩わしいものである。だからといって、感情に任せて彼らを攻撃する事はしないようにと彼は自身を戒めた。

(耐えるのだ)

 ようやく、自らの悲願が、それこそ、無理矢理寿命を伸ばしてまで果たしたいとも思える望みが叶いそうなのである。

 その姿に、カーミラもまた剣を構える。これから起きるどのような事態にも対応出来るように。

 ここに、帝国最強の魔法詠唱者と、王国2番手の剣士を簡単に破って見せた不明な事だらけの戦士が対峙するのであった。

 

 第3層、そこでは1人の女性が、否、レイナースが以前戦闘を続けていた。その体には裂傷に、切り傷が増えつつあり、彼女自身の息も少しずつであるが、確実に限界へと向かっていた。

 彼女が相手をしているのは、その周囲を飛び交う6つの鉄塊、それは金塊にも見えるそんな剣であった。そして、それを操るのは、未だ地に伏せているラキュース。

(本当に、どうなっていますの)

 首元から生暖かい感触と、何かが流れ落ちる感触を味わいながらも彼女は驚いていた。彼女が此処までやるとは思っていなかったのである。そして、それに伴い、自分が何かに苛立っている感覚に困惑していた。

 本来であれば、その騎士と冒険者、その2人の実力は前者が多いに勝っている。それは間違いないものであった。しかし、ラキュースの自身の身さえ削る捨て身の戦法と、レイナースの性格、その生い立ち故に1部の例外を除いて殆んどの感情というものが抜け落ちてしまっている事に、彼女自身がそんな冒険者の姿に何か見てしまったからであるか、だんだんと調子が崩れてしまっている事がこの攻防が続いている理由であった。

 鉄塊の1つが、彼女の目を貫かんと迫る。それを彼女は穂先で難なく弾いて見せるが、それと同時に振るった腕に痛みが走る。彼女が槍を動かすタイミングで別の鉄塊が2つ、その右腕を叩いたのである。

(無茶をしますわね)

 彼女の身はその殆んどが強固な鎧に守られている。しかし、それだって無敵だと言える根拠にはならない。鎧越しであっても高速で鉄の塊がぶつかり続ければ、その中身である人体にも負担を与え続ける。そして、負担は疲労となって、彼女の体を重くして行き、そうなっていくと身を守る鎧でさえ、動きを制限する楔へと変貌していくのである。

(それに、私の)

 動きを読んでいると彼女は考えた。鉄塊の動きを読もうとしても、常に自身の死角に回りこんでいるのが2,3本あるのである。

 それこそが、ラキュースの策とも呼べない苦肉の選択であった。帝国4騎士最強と言っても間違いはないであろうレイナースの最大の武器はその身体能力の高さに、常人よりも反応が、選択が速いという事である。しかし、それだって完璧ではない。彼女は見てから判断できる。ならば、見えない所から攻撃を仕掛けるしかない。それでも彼女は直ぐに対応してしまうため、即座に次を考えなくてはならない。

 そうやって、彼女の体は、その頭は酷使されてゆき、確実に彼女の命を奪っていった。それでも、彼女は止まらない。理性さえ、飛んでしまっているのではないかとその場に他の者が居ればそう言っていたであろう。

 彼女の左目は完全に流れている血で隠れてしまい、その体も白くなってゆく、彼女の武装に1つにその色合いを示して物があるが、それさえ通り越して白くなっていく。それでも、彼女の瞳は、残された右目は正面で自らの武装をはじき続けている彼女へと向けられていた。そんな常軌を逸した彼女の様子にレイナースはようやく自分の胸にあふれて来る不快感の正体を知った。それは、同時に自分があの記憶を思い出す事になってしまった根本の原因でもあった。

(そう言う事ですのね)

 彼女の瞳は似ていたのだ。あの頃の自分がしていたものに、領民を護るのだと日々鍛錬をこなしていた自分に……

(ええ、そうですわ)

 自分だって、彼女の様に考えていた時期だってあった。守りたい者の為に、身を粉にする事が苦でもなかった時が、そうやって、日々モンスターを討伐していったのであるから。

(それでも)

 失う時は一瞬で全て失うものである。この時、彼女は思い出した。長らく記憶の奥底にしまっていた自分の思いに。

 ――大丈夫だ。どんな姿であろうとお前が私たちの家族に変わりはない。

 ――解けない呪い等無いはずだ。それだってこれからゆっくりと探して行こう。私達はこれから夫婦になるのだから。その時間だって十分にある。

(~~~!!!)

 歯ぎしりしてしまうそれは、彼女の願望であったから。呪いを受けてから、自分はそういった言葉をかけて欲しかった。でも、現実は違った。家から勘当され、婚約者もまた自分を拒絶した。それまでの働きだって無かったものになってしまった。

(そう、それが人の本質ですわ)

 そう、彼女は結論付けた。愛だとか、絆と言ういうものは唯のまやかしでしかないのだから。人間、誰だって自分が一番可愛いに決まっている。それならば、自分もそうあろうと今の地位にいるのであるから。そう、そのはずだと言うのに……

(どうして……)

 自分はこんなにも腹立たしいというのであろうかと、その間も自身の体を鉄塊達が打ち付ける。それにより、体の感覚は遠のいているが、そんなことさえ、現在の彼女にとってはどうでも良い事であった。それよりも、この感情の出所を探す方が彼女にとっては重要であった。そして、彼女は答えを出す。傷付きながらも負けを認めないラキュースの姿にかつての自分を重ねてしまった事は勿論であるが、その姿そのものに苛立ちを感じているのであると、彼女は甘い、あんな腐った国の為に、自らの現在の立場を危ういものにしかしないこんな事をしでかした。それでも、その目に後悔の念は一切なかった。それが、更に彼女を苛立たせる。

(本当に、何なんですの?)

 彼女が思っている通り、この遺跡で起きた戦闘に関しては誰も得る物がない。むしろ失うものばかりのこの状況にて、数少なく当事者達が得たものの1つがそれであった。

 過去が原因で感情というものが、他人に対しては何処までも冷めていた彼女の心に熱がこもりだしたことであろう。

(分かりましたわ)

 未だに自身の胸を渦巻いている激流を止める方法は分からない。触発されてしまったという事であろうか? それでも今、この場でやりたい事が見つかったのは確かである。それは、彼女には何が何でも負けたくないといったもの。子供が起こした癇癪の様なものであるが、それが最もやりたい事である事は確かであった。

 彼女は槍を振るう。必ず、勝利をその手にすると誓って。

 

 

 遺跡、正面にある長い階段。そこを切れかけれている呼吸を整えながらイビルアイは登り続ける。

(たく)

 ある程度、登ったと見て、彼女は足を止める。先程、第2層の分岐点らしき所を通過した所である。そこで、彼女は階段に腰を下ろすと、右足、先ほどの戦闘で千切れてしまった――自分でそうした部分を見る。

 その途中で、乱雑に包帯が巻かれており、その外側から支える様に剣が固定されている。

「もう良い頃だろ」

 誰に言うまでもなく、自分自身の確認の為に、彼女はその剣を固定していた鎖を解き、右足を地面へと下ろしてみる。途端激しい痛みが右足、ふくらはぎを中心に込み上げて来る。

(く、!!)

 苦痛は感じるが、直ぐにそれも引っ込む。そして、彼女は笑った。

「は、痛みは感じるんだからな」

 先程の戦闘で殺した帝国兵達を思い出してのもの、彼女はある事情により、通常のポーションを使用する事が出来ない。その代わりと言っては何だろうけど、自然治癒能力がそこらの人間よりは高いのであり、それを利用して右足を繋げた訳である。治療とも呼べない行為ではあるけど。

「さて、と」

 未だ、その動きはおかしいものであるけど、右足はまた動くようになったと彼女は歩を進める事を再開する。飛行(フライ)を使わないのは、魔力温存が一番の理由であった。

(ラキュース達は)

 無事であろうか? と彼女は思うように動かない体に鞭を入れながら考えていた。彼女達、というより最年少ながらチームを引っ張る彼女は本当に危なっかしいと思う。

(あの時だって――いや? あれはガガーランのせいか)

 法国とやりあった時の事を思い出しての物であった。そのとき、奴らは亜人の村を襲撃しており、そこに自分達が乱入して撃退したという話であった。

 法国は人類守護を掲げる国家であり、その為の政策の一環であった。すなわち、将来的に人類の敵に成り得る亜人の殲滅も視野に入れており、その為に襲撃を仕掛けていたという。その村には亜人ではあるが、人と変わらないように老若男女様々な者がおり、勿論子供だっている。

 戦士である彼女には無差別に殺すやり方が気にくわなかったらしい。彼女が戦端を開くきっかけとなってしまい、その過程で起きた戦闘には勝利したが、無論、王都の冒険者組合の長には大目玉を食らった。

(あいつは、優しいからな)

 彼女とこの手の話を始めると喧嘩になってしまうので口にした事はないが、イビルアイ自身は法国のやり方にある程度の理解があった。あの国の働きが無ければ、人間なんて弱い種族、他の種族の支配下、良くて奴隷、悪くて食料である。そこで、彼女はまた笑う。それは自傷気味であった。

(人間なんて、か)

 そこで、自身の左手、先ほど戦った連中のせいで指を全部無くしてしまったその手を見る。先程の自分の思考、まるで、自分は人間ではないかようなものでないか?

(いや)

 その通りであるなと彼女は再び笑う。実際、その通りであるのだから。

「…………」

 歩き出した彼女は次に思い出すのは、先ほどの兵に言われた言葉であった。

「その通りだろうな」

 自分の目から見ても、あの国は腐敗貴族達は酷いものである。そして、奴らにしてみれば自分達以外の者達は自分達の益を守る為の道具でしかないのだから。民は、勿論、冒険者達にしたって、それこそアダマンタイト級であっても変わらない。

(……ちっ)

 思わず、舌打ちしてしまうのは、そういった輩にラキュースに向けて、明らかに劣情を催した視線を向けてくる者達が居た事を思い出してだ。彼女の貴族としての位は低く、幾ら冒険者として名をはせていたとしても連中には関係がない事であり、むしろ抱いてもらえる事に感謝しろと言いたげであるのだ。

(あんな連中こそ、ガガーランが食うべきだ)

 自分達のリーダーはその体ばかり大人になって行くばかりで自分がそう言った目で見られているという事は知らない。それと、戦士であり、同時に初物が大好きな彼女にその事を伝えてやった時も喧嘩になったと思う。

『俺だって、誰でも良いって訳じゃないんだぜ』

(どうだかな)

 彼女のその手の趣味もとい、性癖は悪い意味で有名であり、王都に住んでいる若者たちの初体験の4割は彼女が相手をしているという話まであるのだから。

(まったく、本当に理解に苦しむ)

 「蒼の薔薇」の中では、慕われるよりも恐れられる事が多い彼女であるが、それでも慕うものはいるようであり、信じられない事に定期的に彼女と寝ている若者もいるのだというそれも1人、2人の話ではないらしい。

(と、今は、あいつの事だ)

 余りに強烈すぎる仲間のおかげで思考がそれかかった為にそれを修正する。それよりもリーダーである彼女の方が心配であった。先はまだ長い。

(たく、本当にあいつは)

 そこで、彼女は今度は自分の右手を開いて見てみる。

 自分は、既に人を辞めてから長い時を生きている。年齢、というものが、単純にこの世に生きた年数の言うのであれば、自分はこのチームに入るきっかけとなったあの老婆とそんなに変わらない。それだけ長い時間を生きていれば、いろんな事柄が灰色になっていくものである。

(ふん)

 思い出すも馬鹿馬鹿しい記憶、自分の体の成長がこの段階で止まることとなってしまったあの事件、そうなる以前、その頃の本当に子供だった自分、その時に抱いていた夢。それは、よく言えば誰もが見る物。悪く言えば、特に目を引く要素がない物。

 ――わたしもいつか、お父さん達みたいに。

(幸せな家庭を作る……か、馬鹿馬鹿しい)

 こんな体になってしまえば、それはもう叶えることが出来ない。自分の体では、もう子供を産むなんて事は出来ないのであるし、こんな醜い化け物を愛してくれる者など皆無であろう。

(子供、か)

 人間もまた知性を有する前に動物なのである。そして、動物であれば、本能的にその使命を背負っているものである。「種を繋ぐこと」その認識が生み出す欲求「自らの子供が欲しい」「自分の血を次代に繋ぎたい」それは、以前人間であった彼女にだって当然あった欲求であった。

(例えば、娘などいれば)

 そこで、リーダーである彼女の顔が浮かび、イビルアイは頭を振った。

(何を考えている、私は?)

 これでは、自分が彼女の事をそのように見ているようではないかと。

 (落ち着け、傷心して柄にもない事を考えてしまったな)

 思いのほか先ほどの忠告が心に染みているらしいと彼女は階段を登り続ける。

 

 

「お、こりゃあまた派手にやったねえ」

 どこか喜色を込めてそう笑う男に嫌悪感を抱きながら酒呑童子は問いかける。

「どこがそんなに楽しいのですか?」

 彼らは現在、遺跡、その第1層最上層へと来ていた。そこで、見た死体の数にその凄惨さ――四肢に、内臓が撒かれているその状況に、現在名を偽っている少年の心が痛んだ。

(どうして……)

 此処まで殺し合う事が出来るのであろうかと、かつて、自分達を創造してくださったあの方達はとても仲が良かったというのに。

 少年がそんな葛藤を抱いている事を察しているのか、はたまた気付いてすらいないのか、男は答える。仮面越しであっても、その表情は笑っていると分かるものであった。

「いやあ、これの何が面白いかって、これを1人でやったってんだからな」

「分かるのですか?」

 男は仮面の下、鼻の辺りを示して答える。

「あいつには敵わないが、俺だって鼻は効く。血の匂いにな」

「そうですか」

 彼の種族を考えればそれも当然かもしれない。かつて、彼と戦って干物になった者などもいたのであるから。

「それにな」

「今度は何ですか?」

「この匂い、やったのは女だな……」

 その言葉に少年は軽蔑を込めて言い放つ。

「発情期ですか、駄犬」

「お、前なあ」

 何か文句を言いたげであった彼を無視して少年は作業に取り掛かる。この場に散らばっている死体も上手く取り繕う必要があるから。

(嫌われたものだねえ)

 自分を無視して作業に取り掛かる少年を見て、青年はため息をつく。自分はそうでもないのに、相手から一方的に嫌われているというのは、どこかもどかしい気分でもある。

(それよりもだ)

 確かに、凄まじい光景であり、そして、それをやった本人は女性、それも状況から考えてあのチームの誰か、内1人は回収している為、その候補は4人に絞られる訳である。ちなみに、性別を偽っている彼女に関しては少々力不足であると判断して除外だ。

(さて、誰かな)

 ここまで彼がその本人を特定したいと考えていたのにも理由があった。自身の直感であるけど、その匂いはどこかかの方に似たものを感じたのだ。永らく孤独感にさいなまれていたもの、あるいは大きな後悔を抱えた者。どうしようもない道を進み続けている。そんなものだ。

(こいつは)

 現在、親友であり上位者である彼の計画における良い材料になりえそうだと彼は仮面の下で笑いながら少年の元へと手伝う為に歩み寄る。

 

 

 彼女は槍を振るう。もう、容赦をするつもりはない。それまでと違う硬質的な音が響き、鉄塊の1つは遠くへと飛ばされ、大地へと叩きつけられ、そしてそれが浮くことはなかった。

(そうですわよね)

 始めからそうすれば良かったと彼女は飛びあがる。相手が使用している武装、それにだって、操作範囲が存在しているのである。ならば、初めから遠くへと弾き飛ばす方向で戦闘を続けるべきであった。

(直ぐに終わらせて差し上げますわ)

 彼女は次に、自身から距離を置いている鉄塊に狙いを付けると、一気に跳躍で距離を詰める。そして、手に持った槍を振るった。金属音が響き、2つ目の鉄塊もまた霧の中へと姿を消した。戻ってくる様子はない。

 その調子で彼女は鉄塊を狙う形で跳躍と幅跳びを繰り返す。ここで、ラキュースも彼女の狙いに気付き、懸命に残りの剣群を動かす。しかし、レイナースはそれを逃さない。

 彼女の心に生まれた闘志、それが戦況をひっくり返した。先程までラキュースが押せていたのは、レイナースが、その女騎士が受け身であった事も大きい。彼女は剣群を防ぎながら、ラキュースの体力が切れるのを待っていたのであるから。それをつい先ほど変更した。一刻も早く決着を付けるべく、彼女は積極的に剣群を叩き落しにかかるのであった。

(ここですわ)

 3つ目の鉄塊を明後日の方向へと吹き飛ばし、それと同時に左足を痛みが襲う。今、戦闘不能となった鉄塊の犠牲を無駄にせんと言わんばかりに別の鉄塊が仕掛けたものであった。この時点で彼女の体もまた限界を迎えつつあった。が、彼女自身にはそれに気づくことはなかった。いや、それさえも彼女の強さの1つかもしれない。今の彼女は止まることはないであろうから。その目的を達するまで、は。

 剣群の数は残り3つ。

 レイナースはそこで、一度、彼女から距離を取る。別にこの場を離脱するつもりでそうした訳ではなかった。逃がすまいと剣群がそれを追う、そして彼女はそれを正面から見据える。

(そう、あなたはそうせざるをえないですわ)

 彼女の目的は自分を少しでもこの場に留める事、もっと言えば大傷を負わせるなりして、少しでも動けない時間を稼いで置くことであろう。

(意味がありません。あなただって分かっているでしょう)

 ポーションに、回復魔法、この世界には金こそ掛かるが、瞬時に体の疲れなり傷をとる方法だってあるのである。ここでの戦闘は全くの無意味にだってなりえる。

(それでも、動いてしまうのですから)

 人間とは哀れな生き物である。と彼女はラキュースの行動原理を結論づけ鉄塊をはじきにかかる。打ち上げられように振るった槍の穂先は4つ目の鉄塊をはじくはずであった。

(またですの……)

 彼女は内心でそう愚痴った。自身が振るった穂先、その軌道にそうように鉄塊が急に軌道を変えたのである。そう、何も状況はレイナースばかりに味方をしている訳ではなかった。武器が減っているのはそうであるが、ラキュースの負担も減っているのであるから。それによって、出来た芸当であったが。

(無意味ですわ)

 正面から見ている彼女にはそんなもの問題ではなかった。視界にとらえてさえいれば、対応は出来るのであるから。その動きにやや遅れはしたが、それでもはじく事には成功した。

(この調子で)

 残りの2つも同様にはじくと彼女は槍を振るった。それらは全て命中して全ての鉄塊はその動きを止めた。これで、ラキュースに攻撃手段は残されていない。

(ようやく)

 終わると、終えられると彼女は地面に降り立ち、槍を握る手に力を込める。

 (寂しがる必要はありませんわ)

 直に、大切な王女もそちらに行くであろうと彼女はラキュースが倒れていた方向を見て、驚愕した。

(そんな、ありえませんわ)

 彼女は立っていたのである。それも、両手で使う事を前提とした両手剣を構えて、彼女は今度こそ思考を停止した。ありえない事であるのだ。彼女の左腕は既に使い物にならないのであるから。それでも、彼女は立っている。

(考えても仕方ありませんわね)

 僅か2秒で彼女は思考を再開する。今、彼女がどうして立てているのかは問題ではない。一刻も早く、その息の根を止める事である。

 彼女は駆けだすが、同時に彼女もまたある言葉を口にしていた。

「…………超技」

(彼女は何を?)

 しかし、それを放置するのは危険であると彼女は走る足に力を入れようとするが、その足が急に砕けた。

(な!?)

 いや、正確には左足の力が抜けてしまったのである。彼女の集中が一時的にでも切れてしまったからであるか、あるいは此処までの戦闘で受けた疲労が原因であるかは定かではない。しかし、それによって生じた時間は間違いなく、ラキュースへと与えられたものであった。彼女の言葉は続く。

「……暗黒(ダーク)…………(ブレード)……」

(不味いですわ!)

 何とか足に鞭を打って、彼女は走行を再開する。彼女との距離はそこまでない。それでも間に合うかは微妙な所であった。先程、距離を取ったことが完全に裏目に出ていた。その間にも彼女の言葉は続いていた。

「…………弩級(メガ)…………」

 彼女との距離はあと3歩分であった。いつものレイナースであれば、そんな距離、あってないようなものである。しかし、今回は違った。足取りが重く、今度は右足が沈む。

(こんな時に!)

 彼女の敗因を上げるとすれば、少しばかし遅かったという事であろうか。そんな彼女の視界内でラキュースは必殺を静かに叫んだ。

「……衝撃波(インパクト)

 同時に真一文字に、それも数字を描くように真っ直ぐ振り下ろされる彼女の魔剣と、それによって発生した漆黒の風にも見える爆発がレイナースを襲った。本来の威力であれば、彼女の命を奪ったかもしれない。しかし、ラキュースは既に限界を迎えており、必然、その威力も落ちていた。それでも、彼女を、帝国有数の騎士を吹き飛ばすには十分であり、彼女は10メートル程、後方へと飛ばされ、そして地面に激突した。その途中、足が中途半端地面へと接触した為に嫌な音が体内からした。

 

(…………私は? 此処は?)

 レイナースの意識が目覚めたのはそれから30秒後の事であった。即座に直前の事を思い出して彼女は重い体、その上半身を何とか起こしてみせる。立てそうにはなかった。

 (これは、両方とも折れていますわね)

 常人であれば、その凄まじい痛みにのたうちまわる所であるが、幼少期から槍を振るい、そして、モンスターと死闘を演じていた彼女にとっては別段珍しいものではなかった。むしろ、懐かしく感じるものでもあった。

(ポーションは…………持っている訳ありませんわ)

 自分はここ最近では苦戦する事さえなかった。だからこそ、無駄な荷物は減らしていくべきであると、その手の回復薬も持ってはいない。今回の件で言えば、他にも帝国騎士達が大勢いる為にその必要性さえ感じなかったのであるが、それが良くなかった。

(はあ)

 自分をこんなにしてくれた彼女の方を見れば、既に力尽きたらしくうつ伏せに、いや、無造作に前に倒れたようで、あり動きもしなかった。ここからは死角になっていて伺えないが、その顔からは未だに血が流れているようであり、それが床に血だまりを作っていて、左肩を見れば、そこはどす黒く染まっており、それが彼女の左腕がもう動くことはないと示しているようであった。

(本当に…………)

 彼女のこの底なしの力は何処から出て来るのであろうか? 

(久しぶりですわね)

 負けるのはと彼女は空を見上げる。未だに霧に包まれていて、天候を伺う術すらないけど、何故か晴れやかな気分にもなっていた。

 レイナース。彼女だって、無敗という訳ではない。討伐出来ずに逃がしてしまったモンスターだって過去にいる。最も、そうやって、生き延びたモンスターは彼女に怖れをなして領地から逃げ出していた訳だが。そして、勘当されてからの彼女は負ける戦いをしないように努めた。

 よって、勝利する事が難しいと判断すれば、即座に撤退していたのである。今回、彼女から逃げなかったのは勝てると見込んでいたからであり、これは、彼女が久方ぶりに負う正式な負けであり、彼女はそれを噛みしめていた。そして、彼女の方を見て、ささやかな激励を送る。

「あなたの勝ちですわ、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」

 その言葉を最後に彼女は再び体を傾けて意識を手放すのであった。体に負った疲労は大きく。もうしばらく寝ていたいと思っての事だったかもしれない。そして、その寝顔はどこか憑き物が落ちた様にも見え、朗らかに笑っているようでもあった。

 

 

「こ、これは」

 イビルアイがその場に到着したのは、レイナースが眠りについてから40秒後の事だ。彼女は、そこで倒れている2人の人物を見ていた。本来であれば、神祠を目指すべきであったと言うのに彼女がここに来ていたのは、階段を上る途中で、小規模であるが、魔力の爆発を感じたのと、そして音が聞こえたような気がしたからであり、まるで光に惹かれる虫のように此処へと来たわけである。

「はは、そうか。そうなんだな……」

 20秒程その光景に唖然とした彼女は此処で何があったのか全てを理解した。自分達のリーダーが単独で帝国4騎士の1人を撃退したのであると、戦士の方は知りようがないし、自分だって逃がしてしまっている。それにと、彼女は1人続ける。

「相手は、‘重爆’か。はは、ははは」

 そこで彼女は本日、それもこの遺跡に入って何度目になるか分からない笑いを上げる。しかし、それまでのものと違い、それは喜びに満ちたものであった。

 イビルアイの主観で言えば、ラキュースが重爆と呼ばれし騎士と一騎打ちでぶつかった際の勝率は1対9、ラキュースが1である。それも身内びいきがその大部分を占めるのであった。

 この世界では、戦闘と言っても大きく2種類に分かれる。1つは、武器を手に取って体と技を磨く者。これが大多数に思える。

 次に、自分のように魔法に重きをおいて、知と力を磨く者。これは、人数自体は少なく、1つの冒険チーム、平均で4,5人の所に1人いれば、良いという認識からもその人口の少なさから伺える。

 さて、そんな中、ラキュースはそのどちらでもない神官戦士というものである。早い話が、彼女は戦士であり同時に魔法詠唱者でもあるのだ。響きはかっこいいかもしれない。しかし、世の中そんなに上手くはない。武器を振るう事に力を入れている者と、魔法を同時に習得しようとする者。その鍛錬の時間が同じであれば、どうなるのかは誰だって想像がつくだろう?

 彼女は色々な事が出来るかもしれない。しかし、同時に器用貧乏でもあるのに違いはなく、そんな彼女が1人で、純粋な戦士であるレイナースに勝利できたのは本当に快挙と言えることであろう。

 イビルアイはおぼつかない足取りで倒れている彼女の方へと歩み寄る。その途中、まだ相手の騎士が生きている事に気付いたが、手を出す気力も、そうするつもりもなかった。もしもここで、彼女を殺してしまえば、彼女の功績を汚してしまう。

(最低、だな……私は)

 先程までは、そんな事は何の価値もないと、殺し合いをしていたというのに。今は、唯、彼女が為したことが嬉しいらしい。そのまま、彼女の元へと寄って、うつ伏せ気味の彼女の体を回してやって、空へと体を向けてやる。そして、彼女の頭を自身に膝へと移してやる。

 顔を見れば、その傷は痛々しいものであるが、生きてさえいれば治療の目途などいくらでも立つのであるから。彼女は唯一自由に動かすことが出来る右手で彼女の頭を撫でてやる。その光景は、子の頑張りを称える母親のようであった。

「まったく、私がいないと本当に駄目なんだからな…………強くなったな、ラキュース」

 そのまま、彼女もまたしばらくその場で体を休める事にするのであった。

 

 

 神祠での状況も最終局面へと変化していた。と、言ってもそれは誰もが予想が出来ない事態へとだが。

「おおおお!! 何と! 何と!」

 やや戸惑っている様子のカーミラの前で、取り乱す老人が1人。その光景を見て、帝国騎士の1人が呟いた。

「ど、どうなってんだ?」

 それは、帝国、王国関係なく、その場にいた者達全員が抱いた思いの代弁であった。

(おい、ペテル)

(……ええ)

 ルクルットの呼びかけに彼は苦笑しながら言葉を返す。あれからの出来事であるが、対峙した両名は何か話をして、それからカーミラが何かしたと思うと、次の瞬間には老人がひれ伏していたのである。

(魔法?)

 それで、何かしたのだろうか? 考えてみるが、彼女達の様子を見るとそうでもないらしい。何故なら彼女たちのやり取りが少し可笑しいからであった。

「是非! 私めを弟子にしてくださいませ! 何でも致します! 舐めろと言われればあなたの靴裏でも舐めてみせましょうぞ!」

「い、いえ、そこまでする必要はありませんよ」

 カーミラ自身もそんな老人の反応に引き気味であったのだから。

「ふ、フールーダ様?」

 困惑する帝国兵達をしり目に、老人の暴走は続く。

「ひ、必要とあらば、この遺跡にあるものは全て差し上げましょうぞ! それに、彼らの首が欲しいとあらば」

「「「フールーダ様!?」」」

 今度こそ、兵士達は悲鳴を上げた。宮廷魔術師殿は何を言った? 自分達の首さえも差し出すと言いかけているのだ。

「おい!」兵士の1人が老人の手伝いをしていた者に掴みかかる。「どうなってんだ! あの魔法キチじじい。本当にイカレたんじゃねえのか?」

「貴様! フールーダ様に対してなんて事を言うんだ!」

 その言葉に反応するように別の兵士がつかみかかるが、男は怒鳴り散らすことを辞めなかった。

「だって、そうだろう! 何であそこまで成り下がってしまったと言うんだ!」

 そのやり取りがきっかけであるかどうかは分からないが、あちらこちらで帝国兵達は小競り合いを初めてしまう。フールーダに対して、肯定的な者と否定的な者で別れているようであった。そして、バジウッドはその光景に頭を痛めるのであった。

「ああ、結局こうなっちまうのか」

 彼はどこかで予感していたのだ、謎の戦士が現れた時から、それはかの戦士長に、はたまた聖王国の騎士団長と同じように戦士としての勘だったのかもしれない。

(こうなってしまうと)

 魔法に疎い自分でも分かる。かの宮廷魔術師がああなってしまうという事は、対峙している仮面の戦士の強さは本物である事。それも武力でも魔法でも勝てそうにはない。

(さて、どうしたもんかね)

 この状況で出来る事は、もう、あの戦士の言う通りにするしかない訳であるけど、その上で何とかこちらに側に利益が出るように話を持って行かなくてはならない。

「カーミラと言ったな? あんたの要求、受け入れるとしよう」

「バジウッド殿?!」

 最早何を言っても騒ぐ兵達を手で制して、雷光の騎士は決断を下す。

「その上で、いくつか要求もあるんだが、聞いてはくれるのかい?」

 挑発するように言うのはそれが彼の性格であったからだ、どうせ無理強いをするのであれば使いなれていない敬語よりも自分らしい言葉を選んだ方が良いと判断したのである。

「勿論、元より無理を言っているのはこちらですから」

「ならば!」

 戦士の言葉に噛みつこうとするフールーダへとバジウッドは指を指した。直ぐに彼が信頼している兵士達数名が彼を取り押さえる。いつもで、あれば、彼の魔法により木端微塵になってしまう所ではあるが、今の彼であればその心配はなかった。その頭の中は魔法の事でいっぱいであろうから。

「すいませんが、フールーダ様は少し落ち着いて下さいますかね……よし、お前ら」

「は!」

「は、離せ! 老人は労わらんか!」

「すいませんね、こっちが騒がしくて」

 騒ぐ大魔法詠唱者を無視して騎士は戦士へと謝罪交じりの言葉をかける。戦士もまた、気にしていないという風に返してみせた。

「いえいえ、では、そちらの要求を聞かせてはくれませんか?」

(さて、と)

 ここからが勝負であると、彼はひとまずこの場を平和的に治める為に、口を開く。

「まず1つ、今回、そちらの冒険者さん達の襲撃で、こっちはかなりの死者を出している。その蘇生を頼みたい」

「ほう?」

「力がある奴らだ。灰になったりはしないはずだぜ」

「どうして、それを望むのでしょうか?」

 戦士がそれを疑問に思うのも当然かもしれなかった。てっきり、金品の類を要求されると思っていたのかもしれない。それに対して騎士は答えた。

「大事な戦力なんでね、帝国にとっては」

 そう、今回、この遺跡の調査に来ている者達は帝国軍でも優秀であったり、将来を期待されている者達であるのだ。彼らの死地は決してここではない。それがバジウッドの考えであった。

「成程、それでしたらご安心を、今回の件で死者等出ませんから」

「はあ、俺の心の中なんざお見通しってことですかい」

「いえいえ、そういう訳ではありません」戦士は一度笑うと、再び口を開く。「それにしても優しいのですね。バジウッド殿は」

「いえ、そんな事はありませんよ。では、次の要求を言っても?」

 おだてて、話を終わらすつもりであったのであればそうはさせまいと彼はついつい調子に乗ってしまいそうになっている自分を戒める。褒められて気分を害する者はいないのである。

「ええ、どうぞ」

 戦士は何の問題もないと言った様子で返してくる。どのような要求であっても、問題ないと言いたげであり、それが彼にある可能性を示唆させた。

(どうやら)

 仮にこの戦士が所属するであろう組織、あるいは団体とやりあっても帝国に勝ちの目は薄いかもしれない。宮廷魔術師をしのぐ魔力の持ち主にして、そして戦士としての実力も自分なんかでは話にならない。仮に騙し討ちを狙ったとしても、次の瞬間に死んでいるのは自分であろうと。

(なら)

 本命となる要求はこれしかないと彼は続けた。

「あんたの所と、帝国での同盟を結んで欲しい。駄目か?」

「な!」

「え」

「ふふふ」

 信じられないと言った顔をしたのは帝国兵の1人であり、軽く驚いて見せたのはペテルであった。そして、当の本人は涼し気に笑うだけであった。

「それは、それは、どうしてそう思うのでしょうか?」

 戦士は面白げに騎士へと問いかける。この場に来ているのは自分1人だけであると言うのに、彼の言い草からはまるで自分がどこかの所属であるようであったからだ。

「簡単だ、あんたの最初の答え」

「先ほどのが?」

 バジウッドは自分なりの考えを口にしていた。それが間違っていたらだとかは彼は考慮していない。

「あんたは言ったな、この遺跡の事で死者は出ないと」

「ええ」

「だが、こっちは死人の報告を受けているんだ。なら、あんたのお仲間がそう言った事をしてくれていると判断するのが自然だろう?」

「クスクス、ええ、その通りでございますね」

 確かにその通りであるとカーミラは認めた。しかしと、彼女は少し温度を下げた声をかける。その言葉に帝国兵達の数人は背筋が伸び、何人かはしりもちをついてしまった。

「ですが、それと私がどこかに所属している根拠にはなりませんでしょう」

「ええ、仰る通りです。ですから、ここからは単に俺の予想になるんですがね」

「ふふふ、聞くとしましょう」

 そして騎士は口を開く、その答え如何によっては、自分達の命運は此処までであると理解した上で。

「何となくですがね、あんたも誰かに仕えているといった感じがする。それじゃ不十分か?」

「…………」

 戦士はしばし無言となった。もしかしたら、選択肢を間違えたかもしれない。それでも、バジウッドに後悔はなかった。実際、その戦士と自分は似ていると感じたのも確かであるから。誰か、仕えるべき方がいて、そしてその方は最高の人物であると信じている。そういった空気を感じたのだ。

(さて、どうなるかね)

 少しの間、緊張により、胃袋が収縮する感覚を味わっていた彼の耳に届いてきたのは笑い声であった。

「ふふふふふ」戦士はしばらく笑ったと思うと彼はと視線を戻して続ける。「良いでしょう。といっても、直ぐに実行に移すことは出来ませんが」

「いや、そこまで高望みはしねえさ」

「代わりに約束しましょう。我が主は近々、貴方様方の主の元へと挨拶に向かうと」

「それは本当ですか!」

 食いついたのは魔法ではなく、拳を振るって兵士たちをどかしたフールーダであった。

「その方もまた!?」

 何か期待するようなその眼差しに戦士は引き気味ながらも答える。

「ええ、私など話にならない方ですよ」

「おお! ついに! 我が悲願がああああ!!」

 すっかり、その気になってしまったらしい宮廷魔術師は1人騒ぎ続け、その様を苦々しい面持ちで帝国兵達は見ていた。

「フールーダ様……」

「あの人、俺たちを売ろうとしたよな……」

 そう愚痴りたくなる気持ちに共感しながら、バジウッドは話を締めくくる。

「なら、この場での取引は成立だ。しっかりと、分配するからよ、早いとこ、此処を出ちゃくれないかね」

 その言葉に当事者の戦士は勿論の事、すっかり傍観者となっていた冒険者達も頷くのであった。これ以上出来る事はない。無理に此処に残っても血を見るだけであると。

(何でしょうか?)

 ペテルは疑問に感じる。今回も結局、全く関係のない部外者に助けられてしまった形である。彼女の申し出により、自分達もまたこの遺跡で見つかったものを貰う事が出来るのであるから。

(もっと、強くならねば)

 今回の旅、自分が出来た事は殆んどなかった。確かにランクはミスリル級に上がったし実力だって、伸びているかもしれない。それでも、まだまだ足りないのだと彼は改めて精進していく決意を固めるのであった。

(ですけど)

 今回の事は、冒険者組合長に伝えるべきであろう。彼女が何らかの所属であり、そこが将来的に帝国と同盟を結ぶ可能性が出来てしまい、結果的に彼女を冒険者として取り入れる事は難しくなってしまったと。

 こうして、各々の思惑に思わぬアクシデントを生んだ平野の調査は幕を閉じるのであった。

 

 

 part1 終了。

 

 

 

 

 

 

 揺れる馬車の中、彼女は目を覚ました。その視界は左右で偏りがあるようであった。

「あれ、此処は」

「目が覚めたか、ラキュース」

「イビルアイ、それにシャルティア様?」

「ふふ、おはようございます。ラキュース様」

 ようやく覚醒した彼女はそこで、周囲の様子を伺う。そこは今回の依頼で見知った光景、自分の他には4人、それも行きと同じ面子であった。

「よかったです。ラキュースさん……」

「ええ、本当ですわ。アインドラ様」

「ニニャさん、イプシロンさんも」

 そこで、彼女は現在の状況がどういったものであるか、思い出そうとする。が、何も出てこなかった。いや、全くという訳ではないけど。

(駄目ね、彼女と戦っていた記憶、その途中から綺麗さっぱりだわ)

 自分達がここに居るという事は遺跡での一件は解決したという事であるが、どうにも気持ち悪いものでもあった。彼女のそんな疑問を解消するように、令嬢は無邪気に微笑みながら口を開いた。

「それにしても、凄いですね。ラキュース様方は」

「はい?」

 令嬢は話してくれた。あれから、自分達は遺跡から未知のマジックアイテムにスクロールを発掘してきたのであると、しかしそれは彼女の記憶と一致しなかった。

「あの」

(ラキュース)

 イビルアイがハンドサインで話しかけ、彼女もそれに応じる。

(何?)

(詳しい事は後で話す。今は話を合わせておけ)

(……分かったわ)

 確かに、遺跡で実際にあったことをこの少女に知られる訳には行かない為に、仲間の支持に従うのであった。

 

 そのまま、一行は城塞都市へと向かっていた。時間の関係上、ここで1泊する予定であったからであるが。

「何かしら、何だか外が騒がしいわね」

 そう、街の人々が何事かと落ち着きがないようであったのだ。

(確か)

 今日は、国王と友人でもある王女がこの街に来ているはずであるのだ。その関係だろうか? そんな彼女の耳に飛び込んできたのは衝撃的な事実であった。

「大変だ! 国王一行が襲われたって話だぜ!」

「「「「「!!!」」」」」

 叫んでいるのは通りへと走って来た男であったが、その言葉にその場の全員が反応を示す。それは、そこにいた者達も同様の様であり、男へと注目が集まる。

「死人も沢山出ているって話だぜ!」

 男はまるで、場を賑やかすように新たな情報を口にした。

(ラナー……)

 今すぐにでも友の安否を確認したい、しかしそれは出来ないと彼女は今度こそ自分を戒めるのであった。彼女からの話によれば、頼れる者達が護衛としてついているという事なのでそれを信じるしかない。

 

 

 それから数日後、彼女達はある場所へと向かっていた。それは、王都の冒険者組合である。シャルティアからの依頼は達成したという事であった。結局平野の秘密は分からずじまいであったが、令嬢はそれでも構わないと言ってくれたのだ。

「さて、言いたいことはあるか? お前ら」

 その言葉に肩がすくむ。現在、彼女達がいるのは、組合の中でも特に煌びやかな装飾が施された執務室であり、その部屋の主を前にしているのであった。

「何もありません」

 ラキュースの言葉に他の4人も首を振って同意する。

「そうか」

 彼女が話をしているのは、40代ほどの男であった。右目を走るようにある3本の切り傷が目立つ人物。彼こそ、王都の冒険者組合長であるジャック・カルロスであった。彼は舌打ちをしてみせて、話を続ける。

「法国、評議国、件のテロリストに続いて帝国と。本当に問題しか起こさんな、お前たちは」

「はい、返す言葉もありません」

 実際その通りである為、彼女は項垂れる。ここで下手なことを言っても悪化するだけであると、経験から分かっているようであった。

「今回、お前たちが持ち帰った遺跡の品、だったか? 確かに強力な物があるのは事実だよ。第10位階の魔法のスクロールの存在も確認できている」

「それは、本当なのか?」

 思わず口を開いてしまったイビルアイであったが、彼に睨まれて直ぐに口を閉じた。彼女であっても、この人物は苦手であるらしい。

「だが、それとこれとは話は別だ。罰則は受けてもらう。これより〈蒼の薔薇〉は冒険者としての活動を無期限停止処分とする」

「それは」 

「勿論、例外だって設けてある。そこは後で資料を渡すから確認する事。以上だ」

 話は終わりだと彼は机に並べてあった資料に目を通し始める。しかし、ラキュースは聞かずにいられなかった。

「あの」

「何だ?」

「その、その処分はいつまで続くのでしょうか?」

 言われた事を受け止めきれないのか彼女は彼へとそう問いかけた。対して、カルロスは呆れたように返答した。

「さあな、明日かもしれんし、100年後かもしれないな」

「そんな~~!」

 組合に、彼女の絶叫が木魂するのであった。

 

 

 組合から出た彼女たちは目的もなく、街を歩いていた。

「うう」

「まあ、プレート剥奪よりは遥かに寛大な処置だろ」

 未だ落ち込んだ様子のリーダーに励ますようにそう言うのはイビルアイであり、彼女が視線を回せば他の3人達も頷いている。

「そうね、悪い事ばかりじゃないものね」

 せめてもの救いは「漆黒の剣」の面々がその手の処罰を食らわなかったという事であろう。彼らは自分達が無理やり巻き込んだという事になっているらしい。彼らは納得しなかったが、実際そんなものであるし、それで納得してもらっている。

(それにしても)

 イビルアイから、事の顛末を全て聞かせて貰った時は驚いた。まさか、彼女から聞いていた存在があそこに現れるとは。

(本当に不思議な事ばかりね)

 あの遺跡もそうであれば、その存在とどうにも自分達は何か大きな流れに巻き込まれているようである。

「なあ、ラキュース?」

「何かしらイビルアイ?」

 彼女は一度、黙ったと思うと意を決したように聞いてきた。

「その、左目は大丈夫なのか?」

「ああ、その事……ええ、少しかすんではいるけど、問題はないわよ」

「そうか、それなら良いのだが」

 本人がそう言うのであれば、これ以上、この手の話題を振る必要はないと彼女も無理やり自身を納得させるのであった。

(なら、良いんだがな……)

 彼女の治療は済んだはずであり、残っている傷などないはずなのだ。それでも、どうしても不安になってしまう。彼女の左目、その虹彩は以前よりも薄くなっているような気がするのであった。

 

 

「たく、本当に困ったものだ」

 彼女たちを見送った後、カルロスは改めて息を吐いた。どうにも問題ばかりであると、そんな彼に耳にドアを叩く音が届いた。

「どうぞ」

「それじゃ、失礼しますよ~」

 軽い口調で入室して来たのは良く知った顔であった。

「お前か、リーダス」

「はいはい、そうですよ。カルロスさん、そっちは順調かい?」

「ボチボチと言った所だな」

 彼らはたわいもない話を続ける。王国の現状だとか、仕入れる予定の魔法に、各地の冒険者組合の動きなど。時折、受付嬢が運んでくれる茶に菓子を口に運びながら。

(どっちにしてもな)

 幾ら、彼女達が頑張った所でこの国が向かえる未来は変わらないのだから。

 

 そう、王国を舞台にした物語はまだ始まったばかりなのである。




 此処まで読んでくださりありがとうございます。
 予告は、4/3、20時から21時の間にて活動報告に載せる予定です。


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 part2 英雄編
第16話 城塞都市での日々①


 今回から新章入ります。また、活動報告でも上げましたが、この先、作者の悪ノリだったり独自設定が更に増えます。
 苦手と言う方はブラウザバックをお勧めします。
 それでも構わないという方だけ、下へお進みください。
 では、最新話どうぞ。


 城塞都市エ・ランテル。ヘッドギア、ズーラーノーンが起こした事件により、深い傷を負ったこの街であるが、それも既に2カ月前の話であり、そうなってくると、復興と言うものも大分進んでいるものである。

 壊された建物の修理はその殆んどが終わり、その事件で命を落とした人々の弔いも既に済んでいる。

 

 そんな中、人々も次へと進む為に、起こった悲劇を過去のものにする為、それぞれの勤めに励んでいた。

 通りを見れば、例の事件で店舗と住居を兼ねていた家を破壊されてしまったという男が路上販売をしている。広げられた布には男自慢の商品が所狭しと並べられていた。

「へい、らっしゃいらっしゃい! 安いよ!」

 威勢のいい声に、手を叩く音もどこか道行く人々を惹きつけていく。それは、男が長年の経験で得た一種の技術とも言えるものであり、その効果により、その日も売り上げは上々といった所で、不機嫌な声が男の耳に届いた。

「まだ、やっているんですか……」

「お前さんかい、暇だね」

 呆れたと言わんばかりの声に嫌味で男は返す。

「どうして、此処で商売をしているんですか?」

「俺の店がぶっ壊れたからだよ!」

「それなら、もうすっかり元通りになっているではないですか」

 そう、文句を言いに来た青年は都市長の3人いる秘書の1人であり、建物の修復が終わっているにも関わらず路上販売を続けている男に苦言を言いに来たのである。

 路上販売。

 一見して活気があるように見えるが、その一方で通路を狭めたりとか、景観を損なう等、悪い点だってしっかりあったりするのだ。

(……ああ)

 青年は胃が痛くなってくるのを感じて来た。彼は単に文句を言いに来たのではない。正式に、今日! 男に此処から撤収してもらう為に来たのであり、その働き次第により、給金を下げると言われて来ているのだ。

「とにかく、都市長から言われているのです。ここで販売する事を認めていたのは非常時における特別処置……」

 青年は続けた。彼の家兼店舗にしたって、既にこの都市で優秀に入る部類の者達の働きで既に綺麗になっているのであるから。これ以上、ここで販売を続ける事を都市としては認める訳にはいかないと。

「ふんふん、言いたい事は分かった」

「でしたら」

 自分の言葉を理解して、そして納得してくれたのかという青年の期待を男は見事に裏切って見せた。

「嫌だね、俺は此処で商売をしていたいんだ!」

「子供じゃないんですから」

「うるせえ!」

 青年は頭を抱えた。男はわざわざ舌を出す形で挑発してくる。いい年こいたおっさんがするには余りにも酷い構図である。

「大体よお」そこで、彼は手を広げて言ってみせる。「俺だけじゃねえだろよ」

(うう)

 確かに男の言う通りであり、彼は気力が下がっていくのを感じて、更に胃が痛くなってきたと感じた。その通りでは男のように路上販売をしている者達で溢れており、その数は青年が見る限りでも40程の出店だ。売っている者も食材だったり、アクセサリー、はたまたマジックアイテムにポーション等、その種類も豊富であり、値段にしたってばらつきがあったりする為、此処を利用する客も多く。現に彼らの周りではそんな客と店主のやり取りが夏場、森にて聞こえる蝉の鳴き声のように響き続けていた。

「今なら、これもつけて銀貨5枚!」

「もうちょい、値段を下げてはくんないか?」

「ええい、3枚で持ってけ!」

「よっしゃあ! 買いだぜ!」

 値下げ交渉に成功したらしい客が天に向かって握り拳を掲げる。その隣ではまた別の客と店主が話をしている。

 「普段、働き詰めの旦那様を応援する為、これら等どうでしょうか?」

 店主らしき、40代前半らしき女性は、客である20代の若妻らしき人物へとそう語りかけた。その前に広がっているのは、何かしらの食材、肉の塊であったり、香辛料らしきもの、それに丸っこい果物等が並んでいる。それを見て、何を考えたのか客の女性は少し頬を赤くしてみせる。その様子に商機ありと見た店主は続けた。

「最近、ご無沙汰でしょう?」

 とんでもない事を言った店主であるが、その意味を正しく捉える事が出来るのは大人であり、丁度そこを通りかかった親子、10歳程の少女が母親に「ママ、ごぶさたて、なあに?」と聞けば、母親は「その内分かることよ」と華麗に躱して見せた。

 そして、客の女性は更に顔を真っ赤にさせるが、それで決意が固まったのか小さく答えた。

「……それを、お願いします」

「毎度あり~♪」

 それらのやり取りを見た2人は再び顔を見合わせる。別に赤面する程、彼らは初心だとか無知ではない。男が口を開く。

「お前の、その話ってのはな、あいつ等にも言ってくれねえとおかしいよな」

「……く」

 全くもって正論であるが、かと言って、自分1人でこれだけの相手をするとなると肩が折れるのは必須であると、青年が項垂れた時、店主の1人が声を上げた。

「これは、モモン様方ではないですか!」

 その声に、思わずその場の者達全員がそちらへと視線を移せば、漆黒の全身鎧を身に纏った戦士に、絶世とも言うべき黒髪の女性、鳥を思わせる被り物をした人物に、そしてそんな彼らよりもひと際、大きく目を引く存在である四足の獣。

 そう、この都市所属のアダマンタイト級冒険者チーム、モモンとその一行であった。

 彼らの事をどう呼ぶかは実は定まっていない。「漆黒」とも呼ぶ者もいれば、「黒風の一派」と呼ぶ者達もいる。後者に関しては、正に彼らのあり方がそう呼ばせるに至ったものと思われる。

 彼らは冒険者組合にて、登録をして一週間足らずでアダマンタイト級にまで登り詰めたのである。更にその容姿も性格の良さも一級。とあり、神が遣わしたのではないかと勝手に予想を立てる者達もいる。

 本人達は自分達をどう呼んでくれても構わないと言うので呼び方が定着する事はまだ先の話になりそうである。

「やあやあ、モモン様方も来てくださいましたか」

 彼らは良い客にもなりえるのであり、早速と言わんばかりに店主の1人が声をかける。それに、負けじと他の店主たちも声をかけるが、それだけにとどまず、客として来た者達等も英雄へと殺到するのであった。

(…………)

 その人気ぶりを見た、市長秘書である青年はそこにこの場の打開策を見出したらしく、彼もまた英雄へと歩み寄る。

「すみません、通してください」

 人波を何とかかきながら彼は、その前へと何とか出る。モモン達は現在、話かけて来た者達の対応に追われている様であり、かつて賢王と呼ばれていた獣へは子供たちが殺到しており、その体に顔を押し付けたり、登ったりしている。

「殿~何だか、こそばゆいでござる~」

 獣は自身の待遇に不満があると、主人へと訴えかける。それに対して、モモンは何処までも朗らかとも言える印象を抱く声音で返す。

「子供たちの遊び場になるのであれば、それに徹していろ。別に、悪戯をされている訳ではないだろう?」

「しかし、某の体をこうも好きにされるのは……痛! 誰か毛を抜いたでござるな!?」

 好奇心旺盛な子供と言うのは加減を知らないものである。どういったものか気になり手に取ってみて、そして力の限り引っ張ったのであろう。獣は痛みを訴えるが、英雄は笑って返すだけであった。

「お前であれば、そんなに痛みもないだろう。子供のやる事だ、許してやれ」

「酷いでござる~」

 戦士がそう言ったのは、別に子供を甘やかしているという訳ではない。見れば、やった本人は母親から叱られており、そして父親が英雄へと頭を下げている。そう、やった子供はしっかりと報いを受けているのであり、それを英雄は分かっているのであろう。そんな英雄であればと期待を込めて青年は話しかける。

「あの、モモン様、よろしいでしょうか?」

「どうかしましたか?」

 自分の声には余程力がなかったらしい。それによっていらぬ心配をかけてしまった事を恥じながら青年は続ける。

「実は……」

 

「そうですか」

「……そうなんです」

 難しい問題であると言うのがモモンの第1印象であった。彼の話を聞けば、確かにそれは間違いではない。しかしと、そこで彼は周囲を見回す。

(ここが……)

 あの事件から出来たこの路上販売群は、この都市の人々にとっても重要な物になりつつあるように感じてもいる。

(それに……)

 自分は元はしがないサラリーマンでしかなく、そう言った話となるとやはり専門外である事は確かなのであり、下手に変な事を言う訳にはいかなかった。目前の青年を見れば、その瞳は懇願している、が。

「すみません。都市の事については、私が口出しする訳にいかないので」

「そうですよね。すみません、変な事を言ってしまって」

「いえ……」

 こればかりは現地の人間に任せるべきであると、モモンはそれ以上言葉を言う事はなかった。肩を落として去っていく青年に少しばかし同情して見送るのであった。

 

 モモン達は、もといアインズ達はリザードマンと行った戦争の間も、その後も城塞都市にて冒険者として依頼をこなす日々を過ごしていた。資金を稼ぐことは勿論であったが、冒険者モモンとしての立場を固めていくことも必要であったからだ。

(そう考えてみれば)

 先程の青年には悪い事をしてしまったが、その目論見は上手く行っている様であると彼は感じた。冒険者というのは、結局対モンスターの傭兵である。それが、市長秘書である彼に助けを求められるという事は、そう言うことでもある。

(でも、なあ)

 かと言って、口出しする訳にはいかなかった。自分達が最高位の冒険者であるのは、権力に金が欲しいのではないのから。いや、金はいくらあっても足りない。ナザリックの維持は勿論、自分の思い付きのようなもので始めてしまった計画を進める為にも、その資金はやはり欲しいものである。

(何とかならんかな)

 この都市で活動する際の自分達の拠点は「黄金の輝き亭」この都市最高の宿屋であり、確かにその水準は高いものである。あくまで、この国であればの話になるが。

 しかし、その宿代だって馬鹿にならない訳であるし、そこに払う位であれば、その分を統括である彼女に渡してしまいたいのが正直な所である。

(そう、アルベドならば……)

 彼女であれば、自分よりもずっとその効率的な運用をしてくれると思った所で、思わず自身の頭を殴ってしまった。

アインズ様(モモンさん)?」

 いきなりの奇行に当然のようにかけられる声、彼女の行動は何一つ間違っておらず、アインズは内心焦りながらも平静を保ちつつ言葉を返す。

「何でもない。ナーベ、レヴィアも武器をしまえ」

「はい、そう言うのであれば」

「畏まりました」

 現在は、チームメイトという事になっている女性たちにそう返して、モモンは落ち着かせる。黒髪の従者が見せた顔は、自身を不甲斐なく思うものであったし、顔を隠している彼女に関しては予期せぬ攻撃だと判断したらしい。ちなみに、珍獣はこちらの様子に気付かず、宙を舞っている蝶に目がいっているようであった。

(いかん、俺は何をしているんだ……)

 衝動的にとってしまった行動を反省する。それでも、先ほどの行動に出てしまったのは仕方のない事かもしれない。資金云々で考えた時に、ふと思ってしまった。

 まるで、家庭を支える為に遠くまで出稼ぎに出て、そしてその給金を妻に送る夫のようだと。

(ふざけるなよ、モモンガ? それは考えてはいけない事だ)

 幾ら、彼女がそう言ってくれても自分が彼女にした事は変わらないし、もっと言えば彼らを一度は見捨てようとした事に変わりはないのであるから。間違っても彼女と、それからと彼は同じく自分へと想いを寄せてくれる階層守護者の顔を浮かべる。

(シャルティアだって、そうだ)

 例え、現役の頃はその言動のせいでギルド1のダメ人間候補の烙印を押されていた彼、そんな彼でも親友であった男の娘であり、決して手を出すなんてしてはいけない。

(本当に)

 彼は、どういうつもりであの手紙を書いたというのであろうか? と、そこで彼は思考を切り替えた。いくら考えても、当人しか知り得ない事であるのだから。

「と、次に頼まれていた仕事だな」

「確か、劇の出演依頼でしたね」

 この面子で動く時、基本的に口を開くのは自分とナーベの2人だ。ハムスケは考える事が苦手であるようだし、レヴィアは必要以上に口を開かないのである。

(ま、頼んだ仕事は完璧にこなしてくれるしな)

 彼女は以前、自分がナーベラルを抱いたとか阿保みたいな事をアルベドに報告したという前科があるが、それを除けば普通に優秀であった。そこは、墳墓一の知恵者であるあの悪魔直属と言った所か。

 そんな訳で、冒険者としては、非常に微妙な内容を、社長が社長秘書と、あるいは売れっ子のモデルがマネージャーとそうするように、彼女と軽い打ち合わせをしながら彼らは進むのであった。

 

 城塞都市は広い。その中には様々な施設があるのだ。無論、市民のいこいの場という事で公園と言った物もある。そう言っても、適当に場所を確保して整地しただけの簡単なものであるが、それでも動きたいさかりの子供たちには十分であった。鬼ごっこで、元気よく駆け回る子達に、地面に3重で円を描いてそこに石を放って遊ぶ子達もいる。簡易的な的あてなのだろう。その傍らではその母親たちが世間話に花を咲かせている。これは、アインズの居た世界でも見れたかと言えば、そうでもない。大気汚染によって、外出自体が難しいあの世界ではこんな光景は、過去の記録内の物でしかなかった。だからこそ、彼はこの世界を何としてもいい方向へと持っていきたいと考えるのだろう。

 そんな公園には、これまた簡単な舞台だってあるやや、窪んだそこにステージがあり、そこだけは立派に舗装、それも建物に使われているであろう石製のものが施されており、そこに向かって正面には3方向に向けて階段上のこれまた簡単な客席が用意されており、そこは満席であった。この日、行われる劇にかの英雄が出演するとなればそれも当然と言えよう。

 そして、舞台上では劇が進行している。

「おお、何と美しき娘であるか! これならば、グ様も喜んで下さるだろう!」

 流暢にその言葉を使っているのは、驚くべき事にオーガであり、その横にはトロールの姿に、その足元にはゴブリンが3匹程もいる。モンスターがいるというのに観客が慌てふためく様子はまるでない。

 オーガは片手に握った女性、黒髪をたなびかせ、身に纏うのは仕立てられたそこそこに値段が張りそうなドレスである彼女を再度見ると、叫ぶ。

「決まりだ! この娘をグ様へと捧げる生贄としよう!」

「そうだ!」

「それが良い!」

 オーガの提案に、ゴブリン達が追従する。ここで、舞台の裾に新たな男が現れ、手に持った台本を読み上げる。

「さあ、大変だ! 彼女はモンスター達に捕まってしまった! このままでは、‘東の巨人’その胃袋が彼女の墓場になりそうだ!」

 観客たちがどよめく、何という事だ。彼らはあの娘を食らうつもりであると、そこで掴まれた女性が声を上げる。体を圧迫されているのか、その声はか細いものであった。

「お願いです……離して下さい。私は父の為にも薬草を探さねばならないのです……」

 それに対して、モンスター達は大笑いしてみせた。何を言っているのだ? この娘は? と言いたげであった。

「何を馬鹿な事を言っているのだ? 感謝すべきであろう。偉大なるグ様の食事となれるのだから!」

 再び大声を上げながら下品な笑いをするモンスター達。

「うう、お父様……」

 ついに女性は涙を流してしまう。その涙は頬を伝わり、オーガの右手に落ちるが、モンスターにしてみれば自然に浴びる雨水と変わらないのであろう。

「可哀そう」

 客席から声が漏れた、それは少女のものであった。それを聞いたナレーション役らしき男は続けた。

「さあ、彼女の運命や如何に?! このまま食われてしまうのか?!」

「違う!」

 その言葉を否定してみせたのは客席にいた少年であった。その言葉に近くにいた父親らしき人物は急いで少年を止めようとする。つまり、少年の行動は勝手なものであったのであるが、このナレーションは優秀であった。

「おお、何が違うと言うのだ!」

 台本を見ずに言葉をかける男、完全にアドリブという事であった。そして、男の期待通りの言葉を少年は言って見せた。

「きっと英雄が助けてくれるんだ!」

「そうだ、きっとそうなんだ!」

「おねえちゃんを助けてあげて!」

 少年の言葉に続けと他の子どもたちも声を上げる。

(良いね、良いね~やっぱり劇はこうでなくっちゃ)

 彼は喜びに我を忘れそうになる自分を何とか抑えながら、耳に手をあてる動作をする。何か聞こえて来たといった感じである。

「おっと! どうやら近くに騎士様がいるようだ! その名はモモンガ!」男は、手を広げて続けた。「さあ、みんなで呼ぼう! 騎士の名を!」

「「「モモンガあああ!!」」」

 突如、舞台が煙に包まれる。それは、魔法によるものであった。そして、ステージへと1人の人物が降り立ち、その衝撃で煙を吹き飛ばした。それは、漆黒の鎧で全身を覆った人物であった。

「さて、私の名を呼ばれた気がしたが?」

 そこで、彼は自分を見ているモンスターに、捕らわれた女性の方へと向き直る。そして、そこに自身が助かる唯一の道を見出した女性は必死に声を張り上げた。

「お願いです! 私を助けて下さい!」 

「あ? 何だこいつは?」

 必死に訴える女性に、どこか不思議そうなモンスター達を見比べて、騎士は状況を理解したのか、話しかける。

「そのお嬢さんをどうするつもりなのか?」

「決まっている! グ様への生贄よ!」

「お嬢さんは嫌がっているようだが?」

「そんな事関係あるか!」

「そうか」

 そこで、騎士は背中に治めたグレートソードを引き抜いた。その様子をモンスター達は嘲笑う。脆弱な人間が自分達をどうにか出来るのかと。そして、互いに目配せすると3匹のゴブリンに、トロールがそれぞれの得物を手にとって、騎士を睨む。

「俺たちに勝てると思っているのか? たかが人間如きが?」

「やってみなければ分かるまい」

「はん、馬鹿な人間様だぜ! やっちまえ!」

 その言葉と共に、女性をつかんだままのオーガを除いたモンスター達が騎士に襲い掛かる。初めに殴りかかったのは棍棒を武器にしたトロールであった。

「おおらよっと!」

 その攻撃を騎士は後ろに飛ぶことで躱してみせる。そこを狙ったように、ゴブリン達が矢を放った。

「馬鹿め!」「死ぬが良い!」

 迫る矢を騎士はグレートソードの一振りで防いで見せた。そして――

「成程、それがお前たちの力か」

 騎士の動きが変わった。急に、その動きが素早いものとなると、彼はまずトロールへと肉薄して、剣を横に振った。次には、トロールだったものは2つの肉塊に成り果てていた。しかし、そこからは血が流れる事もなければ、死体特有の生臭さもない。そう、それが誰も彼もがモンスター達に対して驚かない理由である。つまり、作り物であるのだ。それもよく出来た。

「何?」「馬鹿な?」

 一瞬で、形勢を逆転されたゴブリン達の首も騎士が振るった一撃でその首は宙へと舞った。その圧倒的な光景に囚われていた女性にオーガは勿論、観客たちも見とれた。

「な、何なんだ? 貴様は……」

「何、唯の通りすがりだ」

 そこで、その騎士が自分達よりもずっと強いのだと理解したオーガは女性を握る手に力を入れる。それにより、女性は苦痛の表情を浮かべた。

「動くな! この女がどうなっても良いのか?!」

「卑怯者!」という声が客席から響くがオーガはその事は歯牙にもかけない。それに対して、騎士は静かに相手を見据え、口を開いた。

「生贄とやらにするのではなかったのか?」

「黙れ! 今は生き残る事が先決よ!」

「そうか」

 騎士はそれだけ言うと、飛んだ。オーガが女性を握りつぶす間も無かった。その顔面にはグレートソードが深々と突き立てられていた。それによって、女性の拘束は解かれ、彼女は落下する。それを騎士は軽やかに受け止めてみせた。その光景に、客席からは少年達の喝采に、少女達を中心とした女性陣による黄色い声援が飛ぶ。

「大丈夫ですか?」

「はい、危ない所を助けて頂きありがとうございます」そこで、女性は一度自分についたらしき誇りを払って騎士へと向き直る。「本当にありがとうございました。私はナーベラルと言います」彼女はそこで、逡巡する様子を見せ、意を決したように口を開く。「あの、図々しいと思いますが、何卒お力を貸してはくれないでしょうか?」

「それは……」騎士もまた迷った様子を見せ、それから少し考えたと思うと返事をする。「分かりました。では、私の方も、故あって彷徨っているモモンガと言います」

「モモンガ様は、騎士でございますよね?」

「ええ……そうなります」

 どこか歯切れが悪い言い方にナーベラルは疑問を感じながらも彼へと説明をする。そこで、ナレーションが口を開いた。

「何と! 彼女は一国の第3王女様であらせられたのです!」

「「「何だって!!」」」

 そのやり取り自体はまるで、聞こえていないように彼女は騎士へと説明を続ける。現国王である、父が不治の病にかかってしまい、城に仕えている魔女の話によれば、この森にその病を治す薬草があるとの事でそれを探しに来たという事であった。

「しかし、一国の姫君が無茶をしますね」

 苦笑気味にそう言う騎士に、彼女はやや頬を赤らめながら返した。

「王位を継ぐのは第1王女である姉さまですから、私はあまり関係ないのです。それよりもお父様の容体が心配で」

「そうですか、ですが」

 騎士は王女へと告げた。そう言う事であれば、国家が正式にその薬草を取りに来るのではないかと、この森には様々なモンスターがおり、彼女が生きていられるのは自分が通りかかった。その1点に尽きるのであると。それは、彼女も理解していたようであり、恥ずかし気に答えた。

「その、とても待ちきれませんでしたので」

「成程、ははは、貴方は父親思いなのですね」

 要はそう言う事であった。確かに、その魔女の言葉通りに国の方でも薬草探しの為の準備が進められていたという。しかし、彼女はそれを待つことが出来ずに1人でここまで来てしまったという。

「恥ずかしい話でしょう」

「いいえ、そんな事はありませんよ」

 確かに彼女の行動は無謀だ。しかし、それは一途に父を思っての行動。そこに好感を覚えた騎士は彼女の手助けをすると決めるのであった。

 

 それから、2人の薬草探しの旅は続いた。その過程で、東の巨人と揉めたり、西の魔蛇と知恵比べをしたり、はたまた南の賢王と交流を図ったりと。

「あの、モモンガ様?」

 知恵比べで勝利した報酬として、目的の薬草があるとされる地を教えてもらい、そこへと向かう途中の事であった。休息とばかりに、倒れた樹木に腰かけ、そしてナーベラルが口を開いたのだ。

「何でしょうか?」

「あの……」

「王女様は、失礼と承知の上で騎士へと尋ねるのでした」

 そう、ナレーションの言葉通りであった。彼女は気になっていたのだ。どうして、こんなにも立派な鎧をつけた人物が唯の旅人であるかという疑問。

「王女様の疑問はもっともでした」

 ナレーションの説明は続く。これだけの武装を個人で用意するのは困難であるし、もしも可能だとすれば、それは資産家であるか、あるいはと、そこで彼女の台詞が読み上げられる。

「もしかして、モモンガ様は……」

「ええ、王女様のお考えの通りですよ。――私は、かつて騎士でした」

「そして、騎士モモンガは語るのでした」

 此処までのことで、騎士に王女に対する一定の信頼が出来ていたようで、彼は語った。己がかつて国に仕えていたという事を。しかし、その国は謎の病の流行で滅んでしまったという。モモンガが無事であったのは、その時に丁度、仕事で国外を1月程出ていたからだという。

「まさか、その病と言うのは……」

「ええ、恐らく貴方の父君を襲っているものと同じでしょう」

「ごめんなさい!」

 一連の話を聞いた王女が初めにしたのは騎士に対して頭を下げる事であった。それに騎士は戸惑うばかりであった。

「どうして、貴方が謝るのですか?」

「だって、だって、私は」

 そこで、彼女はまたも泣き出してしまう。その顔を見られるのが嫌なのか彼女は顔を覆いながら彼へと告げた。

「私、自分の事ばかりで! 貴方の事をまるで、分かっていなかった」

「…………」

「そう、王女様が考えた通りでした。彼、騎士モモンガは死に場所を求めて、この森に来たのでした」

 状況が分かっていない様子の観客へと彼らの心情を解説する。

 仕えたいた国を一瞬で失ったモモンガは半ば自暴自棄になり、この森へと来た。それは、自身の故国を滅ぼした原因であろう病を治せる薬草の話を聞いたからもしれない。例え、それを手に入れた所で彼が居た国はどうしようもない。

「そんな、そんな、あなたが、モモンガ様が思いつめていたというに。私は、自分の事ばかり」

 恥じる様子で、彼に協力を求めた事はおろか初めに助けを求めた事さえ後悔しそうな彼女の方にモモンガは優しく手を置いた。

「私の事は、今は良いのです。それよりも、急ぎましょう」

「そう、王女の父君を襲っている病は、広がるのが速い病でもあるのです」

 つまり、急がねばナーベラルの国だってモモンガがいた国と同じようになってしまうとナレーションが言い、そしてその内容に観客達は息を飲む。

 ひとしきり泣いた彼女と彼は、再び歩き出すのであった。

 それから、彼らの旅はクライマックスを迎えた。薬草があると言われていた巨大樹、そして、そこに住み着いていた魔樹との闘い。勿論、作り物であるが、その動きは並のモンスターではなく、騎士との死闘は観客に迫力を感じさせた。

 そして、激闘の末に騎士は勝利し、薬草を手に入れる事が出来たのであった。

「良かったです。これで、貴方の国は救われる。それでは」

 目的を達し、そして森から出た騎士は自分の役目は此処までであると、彼女へと別れを告げようとする。が、ナーベラルはどこか納得がいかないようであった。

「待ってください。モモンガ様はこれからどうするのですか?」

「私は、既に帰る場所などありませんから。ですから……」

「死ぬと言うのですか?」

「…………」

 王女の言葉に騎士は言葉を返せずにいる。それを肯定と見た彼女は畳みかける。

「あなたは生きています! 例え、国が無く、――失礼しました。」彼女は一度頭を下げた。今の言い方では余りにも失礼であるからだ。それからと彼女は続ける。「でも、あなたが、モモンガ様が命を粗末にして良い理由にはなりません!」

「それは」 

「それが、王女様の考えでもありました」

 ナレーションの声が響き、観客が舞台へと視線を集中させる。彼女の説得は続く。

「命を大切になさってください! きっと、モモンガ様の大切な方々だってそう言うに決まっています!」

「!! それは」

 その言葉に騎士は迷った。かつて国を守る為に共に駆けた同僚たち、忠誠を誓った国王にそして――

「姫様は、許されるだろうか?」

 思わず口にしてしまったのは、騎士にとっても娘の様な存在であった少女だ。その子は幼くして死んでしまった。それも9つという年で。

「騎士モモンガは迷いました。このまま王女の言葉に従って良いものかと……」

 ナレーションを務める男の言葉に続くようにモモンガは言った。

「だが、そうだとして、私はどうすれば……」

 そう、仮に彼女の言葉に従うとしても彼には行くあてなどないのであるから。それを受けて、ナーベラルは一度胸に手を置き、深呼吸をした。それから、意を決したように騎士へと言い放った。

「ならば、私に仕えなさい! 貴方が生きる理由、それを共に探してあげましょう」

 それは、それまで王女としてはどこか未熟だった彼女の成長を見れるものであった。この薬草探しの旅は彼女にとっても大きな経験となっていたようである。それを見せられて騎士は、唯。

「はは」 

「彼は笑うと、空を見上げ、そして兜を取るのでした」

 その言葉通りに騎士はしてみせて、そして現れる素顔に客席が湧く。主に、未婚の女性たちが中心の様であった。

「そう言うのであれば、分かりました。このモモンガ、これからは王女ナーベラル、貴方に仕えるとしましょう」

「では、忠誠の儀ですね」

 彼女はそう言うなり、右手を差し出し、そして騎士は跪いてその甲へと口づけをする。それが、この辺りにおける習慣でもあった。そして、男は声を張り上げる。此処が終幕であるのだから。

「こうして、唯、彷徨う騎士であったモモンガは、新たな主君を得て、その後も後世に語り継がれる程の武功を残していくのでした」

 鳴り響く拍手の嵐と歓声に劇は幕を閉じたのである。

 

「いやあ、それにしても助かりました。モモンさん達が協力してくれて良い劇になりましたよ」

 舞台裏、と言っても客席から死角になっているだけで、設備らしいものは何もない所で先ほどナレーションを務めた男が発した言葉であった。

「いえ、こちらも結構楽しませてもらいましたよ」

「はい、アインズ様(モモンさん)の言う通りかと」

 今回の依頼におけるアインズ達の役目及び、演じるのは騎士に姫君であった。

(それにしてもな)

 まさか、墳墓で使用している名前を使う事になるとは思ってもいなかったと彼は息を吐いた。流石に本名そのままでは不味いという事で、目前にいる男が用意してくれた役名がそうだと知った時には思わず取り乱しそうになるのを何とか抑えたものである。あまり見苦しい所は見せる訳に行かないのであるから。

「にしても、本当に名演技でしたよ~」

 続いて口を開いたのは、今回の劇でナーベラルが着用したドレスを仕立ててくれた女性であった。彼女はその辺りの役割だという。

「それを言うのであれば、あなたが用意してくれたドレスも見事でしたよ」

 今回の話は王女様が単身、森に入っている所から始まったのである。王女だからと言って、余りにも豪華なものを用意すれば、場違い感が強まるし、かと言って、庶民の服を用意すれば王女としての威厳が駆けてしまう。特に後者はラストシーンにおける舞台装置でもある為、極端にどちらかによったものでは駄目であったのだ。その点、彼女が用意したのは、正にその中間をついた品であったという事である。

 それは一目見れば「庶民にしては良い服」という印象が、それを纏った者の立場が分かれば、確かに「王族がお忍びで街に行くための服」に変わるのであるから驚きである。

(これも、1つの)魔法だなとモモンは彼女を褒めたたえた。しかし、それを言われた本人は微妙な顔をしている。(???)

 疑問に思った彼に、彼女はため息をついて言う。

「モモンさん、私の腕を褒めて貰えるのは嬉しいですが」

「そうそう、こういう時は他に言う人がいるでしょう?」

 彼女に同意だと言わんばかりに声を上げたのは、先ほどの劇にて、モンスター――正確にはその形に加工したという特殊なゴーレムだ――を操作していた男性だ。

(そう、これもあるんだよ)

 この世界がYGGDRASIL(ユグドラシル)の影響を強く受けている事は確かである。これまで見てきた位階魔法の殆んどがそれであったらから。しかし、それだけではなかった。

(現地の人間が独自に魔法を開発しているケースか)

 しかし、これだって変な話ではないとアインズは考える。以前、ツアーと会った際に聞いた話によれば、この世界の法則が乱れ始めたのは500年前からであり、それから今の位階魔法が広まりつつあるという。

 それだけの年月があれば、人間に限らず独自にその魔法体形を整えている者がいても不思議ではない。今回の例に限って言えば、自分が騎士として屠ったモンスターの姿をしたゴーレムは、担当の男性が創ったオリジナル魔法であるという。元々は防衛の為にと用意したゴーレム達を演劇で活用する事になるとは男も思っていなかったらしい。

(そう、そうなんだよな)

 あのンフィーレア・バレアレの件がいい例ではないかとアインズは思った。彼には祖母と共に例の世界樹とは別の方向からポーションの生成を任せているが、その成果も順調に上がっているようであり、先日見た紫色のポーションと、その効果がアインズが知っているものよりまだ劣るとはいえ、上がっている事に思わず喜んだものだ。

(彼にはもっと頑張ってもらわないとな)

 その研究にしたって、機材に材料を整える為の資金が必要なのであり、その為にも依頼を受ける日々を過ごしているのであるから。

 そして、この世界には多くの人に、亜人、異形種等がいる。そんな中には彼のように研究熱心な奴がいたってなんら不思議ではない。現在、デミウルゴスにシャルティアと2人がそれぞれ調べている件もそうであるが、この世界には定期的にユグドラシルからの物が転移して来ているようである。定期的と言っても100年周期であるらしいけど。

(それが)

 計画の為になるのであれば、それはまだ良い。しかしと、彼は危惧する。脳裏に浮かぶのは親しかった彼の顔だ。

(技術の開発は軍事が優先される、か)

 言った本人にしてみれば、2番目が最も優先されるべきであると、そう言いたかったのであるが、今彼が警戒しているのは別の事であった。

(まあ、余り深く考えても仕方あるまい)

 分からない事に時間をかけるのであれば、分かっている所に時間をかけるべきである。そんな彼の耳に劇団関係者の声が聞こえる。

「服だけ褒めても駄目なんですから」

「そうだ。モモンさんには言うべき人がいるでしょう」

「ああ、それは」

(えっと、何を)

 言えば良いのかと分かりかねている様子のモモンに、彼女達は困惑した表情をして、そして告げた。

「だから、ナーベさんの事ですよ」

「ああ、そういう事ですか……」

 その言葉でようやくアインズは彼らが何を言いたいのか理解出来た。ドレスは確かに凄いものであったが、それを着ていたのは演技をしたナーベラルであるのだから、その彼女がどうであったかと言えという事か。

(おかしい……)

 別に彼女と恋人という設定はなく、そう言った関係である事は否定して来ている。もっと言えば、あの歌の件もあるので、自分達がそういう風に見られると言うのはおかしい話であるはずであるが。

 アインズがその言葉を受けて、ナーベラルの方を見れば、彼女は彼を静かに見ていた。それは、どこか期待をしているようにも彼には見えた。

(実際)

 途中、急にアドリブ等が入り、自分の演技をするので精一杯であったが、王女を演じていた彼女は普段と印象が違うというのは確かであった。普段は後ろでまとめている髪を下ろしていたのもあり、メイドではなく、それこそどこかの姫君だと思えてきた。個人的な事を言うのであれば、彼女は洋装よりも和服の方が似合いそうだという気持ちもあったが、それは、彼女を創った彼に関連してかもしれない。

「そうだな、綺麗、だったぞ。ナーベ」

 結局、その手の経験が不足している彼にはその言葉がやっとであったが、それでも、その言葉はナーベラルの胸を温かくしていた。

(アインズ様)

「はい、お褒めくださりありがとうございます」

 そう言う彼女の顔は喜びに溢れており、モモンへと文句を言っていた2人もその光景にひとまずは満足するのであった。

「けどさ~」

 続いて声を上げたのは、劇にてモンスター達の声をあてた男性であった。ゴーレムを召喚して、それを操作出来るとしても動きだけであり、声まではどうしようもない。よって、別に台詞を読み上げていた人物がいた訳であるのだ。

(まさか、こっちにも)

 その手の仕事があるとは思いもしなかった。双子を創った彼女がこっちに来ても就職場所に困る事はないだろう。そんな彼が続けた。

「ラストのシーンもだけどよ~もちっと、恋愛色強めに出来なかったのか?」

「馬鹿言うな。この演目は全年齢対象なんだ。そんな事出来るか」

 意見を切り捨てたのはナレーションを務めた男であった。しかし、言いだした彼は諦めきれないのか話を続ける。

「最後も忠誠の儀とかじゃなくて、思いっきり抱き合ってからのキッスじゃ駄目だったのかよ?」

「何を言っているんですか!」

 赤面しながら、その言葉を否定するのはナーベラルであった。

(出来る訳ない)

 口づけ、あるいはキス。

 元が日本人であるアインズを始め、そしてその集まりでもあったギルドの影響か、NPC達にとっても重要な物だという認識である。例えば、あのシャルティアにしても過去に自身の眷属を抱くことはあっても、それだけは1度もしなかったという事実から言える。

 ナーベラル個人が把握している範囲で言えば、アインズがそれをしたのは、アルベドの額にした1回限りでありまだその唇を、骨ではるが、重ねた者は墳墓ではいない。ちなみに、先ほどの演技でやった分に関しては彼女は無かった事にしている。あれは、仕事の一環であると無理やりに己を納得さ――

(~~~)

 必死に考えないようにする。正直、愛する御方が手の甲とはいえ、その唇をつけてくれたのだ。女としては嬉しさに恥ずかしさで思考そのものが溶けてしまいそうである。

(落ち着きなさい。ナーベラル・ガンマ)

 そして、彼女は考える。やはり、アインズがそう言った事をいつかするのであれば、自分よりもアルベドが最初に相手にするべきであると。自分の想いというものはここ最近、芽生えたものであるが、統括である彼女はそれこそ、長い時を想っていたのである。

「そうですよ。子供達の教育に良くない」

「そうだ、モモンさんの言う通りだ」

 主の声であり、ナレーションであった男がそれに同意する。

「そ、そうです」

 彼女も同意の声を上げる。それから、と彼女は考えた。

(本当に)

 思ってもいなかったと、誰かを愛する事がこんなにも苦しい事であると言うのは、以前行われた戦争、それ自体は計画の一環という事であり、そしてこちらからも少なからず犠牲者を出してしまっている。その時の主の姿は本当に悲しんでいる様子であり、自分は何も出来ず、無力である事を恨めしく思ったものだ。

 今のナーベラルにとって、アインズの喜びも悲しも彼女自身の物でもあると言えた。彼が笑えば胸が温かくなるし、彼が悲しめば途端に調子が崩れるのであるから。だからこそ、彼女は願う。自身の想いが主へと伝わる日は勿論であるが、それ程までにアインズを愛していたアルベドの想いが報われて欲しいとも。

 

 城塞都市エ・ランテル。その復興は確かに進んでいた。

 



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第17話 城塞都市での日々②

 依頼主であった劇団と別れ、モモンとナーベの2人は、レヴィア達と合流していた。出演の依頼自体はモモン達2人にあったものであり、その間、残りの2人? には、別の仕事をしてもらっていたのである。

「そちらも問題なく済んだようだな」 

「はい、特に何もなく」

 簡素な返答であったが、彼女への信頼はある為、別に不快に感じる事はなかった。 「某も劇に出たかったでござる~」

 文句を言うのはハムスケである。彼女もまた演劇というものに興味があったらしいが、アインズとしては勘弁して欲しいと思ってしまい、つい、冷たく言ってしまう。 

「無理を言うな」

 この珍獣にそこまで複雑な事は出来そうにないし、何よりその外見がよくない。

(うん、やっぱり)

 森の賢王と呼ばれるのは、霊長類、あるいは狼とか、猪等が似合う。と、彼は思った。元の世界では、ユグドラシルしか生きがいは無かったが、ギルドメンバーには、映画等好む者もおり、聞いた話だと、山の神様が取る姿というのは猪か、あるいは鹿が多かったという。

(アニメーション映画って言ったな……)

 彼が元いた世界は、環境汚染によりそう言った映像を取る場所1つ確保するのも大変であるのだ。よって、専門の人間が一から絵を描く2次元作品の方が普及していったのは必然とも言える。

 別にそれ自体は関係ないのだろうけど、先ほど自分達が出た劇にしたってハムスケの代わりを務めたのは、変則ゴーレム使いである彼が用意したものであり、その外見はジャンガリアンハムスターではなく、イノシシを思わせる姿をしていた。そしてその声も、無論あてたのはあの男だ。

(凄いよな~)

 思わず感心してしまった。あの劇団、所属しているのは現在6人であり、慢性的な人手不足でもある為、それぞれがいろんな役割を兼ねる事も多々あるという。例えば、ナーベラルが着用したドレスなど衣装を担当している彼女やナレーションを務めた、団長でもある彼が普段は役者として舞台に立つという。今回のように、冒険者を雇って、やってもらう事もあるらしく、そうなってしまうとと、彼は嘆息してしまう。

(そうなってくるとな~)

 この世界では、冒険者とは体のいい何でも屋でもある様であり、ますます彼がその職業に抱いていた夢を砕くようであった。

(これじゃ、派遣と変わらんな……)

 何で、こんな仕事をする者達をそう呼ぶようになったのか一度本気で調べてみようかとさえ思ってしまう。

 考えが脱線してしまった。と彼は劇団の事を思い浮かべる。そんな中で彼は、1人でモンスター達の声あてをしているというのであるから。

 先ほどの劇、ナーベが演じた王女を捉えたモンスター達、その1匹1匹がまるで生きている別個体だと思わせるように違うものであったから。ゴブリンであれば、やや甲高い声、オーがであれば常に相手を威圧するような声であったりとだ。

 更に凄い事にそれをとおしてやっていたのであるから。かつて、ギルドメンバーである彼女からその手の話は聞いていた。普通であれば、その演技を音声として録音しておくのだという。そして、それを編集してアニメとするのだ。

 しかし、劇となるとそうはいかないようで、というか、この世界ではまだそう言った技術、あるいは魔法さえ出来ていないようであった。その為、そうするしかないのである。

(役者というものだな)

 そんな彼が演じた森、あるいは南の賢王もまた威厳に満ちており、始めは敵対しそうになったが、王女の国へと思いを訴えた事で理解してくれたのである。あのシーンを演じている時は思わず、これが劇である事を忘れかける程、良いものであり、それは観客にも伝わっていたようであったのだから。

 最初は、金額でつられてしまい受けた依頼であったが自分も楽しんでいたらしいと彼は、その兜の中で笑みを浮かべる。

「それで、レヴィア達の方はどうだったか?」

「どう、と言いますと?」

 どうにも冷たいとアインズは思ってしまう。あるいは、自分が浮かれてしまっているのかとも考える。彼女にやってもらっていたのはいわゆる護衛依頼。自分達が初めに受けた依頼。

(ははは)

 思わず笑ってしまう。それは既に1月以上も前になると言うのに、ふとした時に思い出すのであった。それだけ印象に残った依頼、あるいは波乱だらけであった旅ともいえる。

(そう、そうだよな)

 始めは貴族と吟遊詩人からの警護と取材に、そして襲われていた彼らとの出会い。それから、この世界で初めて人と、あの姉妹と出会った村に行き、ハムスケとの遭遇。

(…………)

 そして、彼らとの戦いに彼との邂逅、これは依頼とは関係がない事ではあるが、それでもアインズ個人の記憶として強く残っていた。その後、都市での一件とわずか1週間足らずだと言うのにいろんな事がありすぎた。そのおかげでいろんな人とも知り合えた訳でもある。

(モークさん達は……街を出たって話だったな)

 戦争の際、一度墳墓に戻る前にしたやり取りの後、彼らは王都へと向かったらしく、その事で組合長が愚痴を言っていた。というより聞かされた。

『モーク君達には、期待していたというのに……何がいけなかったんだと思う。モモン君?』

 そんな言葉が再生される。彼としては、彼らにここに残って、そしてそのまま高位の冒険者を目指して欲しかったらしい。それでも、彼らの選択を尊重するあたり、この人物も人が良いのだろう。

(ま、せめて)

 自分達はこの街で活動を続けていくつもりで行こうと彼は思った。それだって、いつまでもという保証は出来ないけど。

 それからと彼はその依頼で知り合った人たちの事を頭に浮かべる。

(ビョルケンヘイムさん)

 あの貴族の若者とはあの後も手紙などで交流をしているし、カルネ村で出来た作物を買ってもらったりしている。一度、エイトエッジアサシンに頼んで、彼の領地の様子を見に行って――ここで彼は内心で別にこれはやましい事ではないと内心で肯定――貰ったが、そこは確かに裕福ではないけど、領民と領主である彼の家が一丸となって日々を懸命に生きている素晴らしい所であったという。

(そう)

 この世界に来て、否、戦士として活動を始めてそれなりに時間は立っていた。そうなれば嫌でもこの国の貴族がどういったものであるか見えてしまうから。

 平民を見下す者。唯、自身の地位を威張り散らす者。

 そう言った者達が殆んどであった。自分達はそう言った対象になることはなかったが、それはアダマンタイト級という地位に、例の噂が関係しているかもしれない。

(そういえば、シャルティア達の方)

 現在、王都にいるであろう彼女達もある貴族の家と接触する為に行動をしているはずである。その家が計画を進める為の協力者になりうる可能性があるということであった。特に心配はなく、どういった結果が帰ってくるかという期待だけである。

(後は……)

 あの騒動の後、丸っきり姿を見なくなってしまった彼を思い出す。

(…………)

 彼と別れた後、もっと言えば自分達が離れた後、ンフィーレア達は襲撃にあったという。

(まさか、な)

 きっと偶然であると彼は意識を会話へと戻した。

「そうだな、相手方に失礼などなかったか? まあ、心配はないが」

「当然、そう言った事などありえませんから」

「そうだよな」

(不味いな)

 これ以上、話を繋げるすべを彼は知らなかった。これでは、余りにも事務的なやり取りである。かと言って、仕事終わりに「楽しかったか?」なんて聞くのは余りにも常識外れではないかと彼はしばし迷走するのであった。

 

(???)

 主であり、現在は仲間と言う事になっている彼のその様子にレヴィアノールは頭に疑問符を浮かべた。この方は一体何を危惧しているというのであろうかと。

(特に問題なんて)

 無かったはずだ。依頼はしっかりこなしたし、唯、それらしきものがあったとすればと彼女のこめかみが力む。

 (悪かったわね!)

 依頼主達が自分とハムスケが来たことに、もっと言えばモモンとナーベが来なかった事を露骨にがっかりしたという事位だろうか。確かにこの2人は、このチームでも人気が高い。比べて、自分とあの珍獣はどちらかと言えば恐れられているといった印象の方が強い。

(おかしいわね……)

 別に変な事はしていないというのに、あのハムスケよりも自身が怖がられているようである事を彼女は疑問に感じる。

 しかし、その理由は彼女の戦い方の、敵への一切の容赦のなさが原因であるのは言うまでもない。

 

 一行はそのまま、宿へと向かう。時刻は既に夕刻であるし、この面子は食事をする必要がないからである。

「おや、モモンさん達じゃあないか」

「これは、カインさん、それにテンカ君も」

「こんばんは~モモンさま~」

 鉢合わせたのは、ここで知り合った人達であった。かの戦士長にも負けない肉体美を誇る男性に、男の子にしては長い髪を後ろで三つ編みに――その様相まるで蠍の尾のようにした子供であった。

 テンカと呼ばれた子供はアインズへと近づくと両手を上げ、更に彼へと期待を込めた眼差しを向けてくる。

「分かっているって」

 それを受けた彼は子供の脇腹へと手を当て、そして持ち上げてやる。

「わ~い、たか~い、たか~い!」

「たく、すみませんね。甘えん坊で」

「いえいえ」

 謝ってくる男性に特に気にしていないと返して、アインズはしばし子供を持ち上げ続ける。別に珍しい光景でもない。英雄モモン、彼にこうして持ち上げて貰えば、その子は強く育つと噂は立ってしまっているし、そうで無くとも穏やかな人柄である彼は子供達にも慕われており、テンカのようにねだる子は沢山いるのであり、そしてそれをアインズが拒む理由は無かった。

 子供が見せる無邪気な笑顔と言うものは心を温かくしてくれるものであり、彼は自身の計画を何が何でも形にしなくてはと決意を新たにするのであった。

(アウラ達にもな)

 アルベドがこっそりと教えてくれたのである。自分がこうしている事に双子の階層守護者を始めとした墳墓でも年少に当たる者達が不満げに思っている事を。それだって、支配者としての自分の前では一切そういった素振りを見せないことを。だからこそ、機会があれば彼女達も同様に存分に可愛がってやろうと彼は思うのであった。

(……アインズ様)

 何も嬉しい思いをしているのは彼だけではない。ナーベラルもまた愛する主が心から平穏である事を、兜の下のその表情は微笑んでいるであろう事が分かるからであった。

(いつか……~~~!)

 この光景を見ると、自分はいつもそうであった。つい、それを思い浮かべてしまい、悶えてしまう。それを主は勿論、他の者達に知られる訳にはいかないので、何とか抑える。

(ちょいちょい、ナーベ)

(?)

 小声で呼びかけて来たのはレヴィアノールであり、手招きをしている。一体何であろうか? と彼女は半歩近づく。

(何かしら?)

 その問いかけに彼女は思い出したような口ぶりで問い返した。

(モモンさんとはどうなの?)

(何が?)

(夜の寝室よ! あたしが気を使ってやっているんだから!)

(あ、ああ、その事ね)

 言い淀むナーベラルにレヴィアノールはまさかと詰め寄る。

(何もないなんて言わないわよね?)

 違うと否定して欲しくて、そう言ったのに彼女は頬を赤らめ、気まずげにしているだけであり、それが自身の落胆が本当であるとレヴィアノールに知らせた。

(ちょっと!)彼女は、ナーベラルの肩を掴み、可能な限りの声で叫ぶ。いや、それは叫ぶとも呼べない小さな声音であった。(あんた、何もしていない訳?!)

(出来る訳ないでしょ!)

 同じく、小声でありながらそれでも無理だと訴えるナーベラル、彼女だって同僚が気を使ってくれている事は素直に有難いと思っている。現在、彼女達は宿屋にて3人部屋を取っている。これは、単にその方が都合が良いからであった。主に墳墓との連絡であったりと、打ち合わせであったりと、周囲の者達の中にはそれこそ、邪推する者もいたが、主は気にするなとおっしゃっているので極力考えないようにはしている。さて、その為、ここで過ごす内は3人同室で寝る事になる訳であるが、自身の恋心を知っている彼女が気を利かせてくれて、毎晩ハムスケと一緒に馬小屋で寝てくれているのである。

(確かに感謝しているわ、貴方は熱いのを苦手にしているのを知っているから)

 そう、第7階層の所属でありながら彼女は熱気が苦手というのだ。その為、普段は冷気を纏う等の類の装備をしているのである。それが、彼女本来の物か、あるいは彼女を創った創造主がそうあれと定めた事なのかは本人さえ確かめようがない。

(ほんとよ! あいつ、熱いったらありゃしなんだから)開いた手を何かを握りつぶすように震わせながら、彼女の愚痴は更に続く。(この前も! いきなり寝返りをして来たんだから!)

(でも、貴方だったら特に問題もないと思うのだけど)

(ええ、そうよ! 別に潰される訳じゃないわよ! それでもね!)

 大質量の物体が、いきなり体の上に乗る感触は不愉快であると彼女はナーベラルへと訴えた。

(本当に感謝はしているわ、でも)

 だからと言って、ナーベラルだって彼女の期待通りに事を進めるなんてつもりは毛頭なかった。そう言った事であれば統括である彼女が優先されるべきであるし、愛する主と同じ部屋で2人だけ、という状況で、自分は十分満足しているのだから。

(あんたね~本当に欲が無いわね……)

(そういう問題じゃないわ)

(じゃあ、聞くけどさ、一緒に寝たりとかは?)

 途端に顔が熱くなってくる。同じ部屋で寝るだけでも心臓が破裂しそうであるのに、そんな事になれば自分は原型を留める事が出来なくなり溶けてしまいそうな自信さえあった。

(出来る訳ないじゃない!)

 それを聞いたレヴィアノールは心底がっかりしたと言いたげに頭を下げる。自身がやっている事が何の成果も生まないとあれば、それも無理はない話である。それを見せられたナーベラルだって、その胸に罪悪感が溢れてくるが、それは次の彼女の言葉で消えてしまった。

(別にね)彼女は愚痴るように言葉を続ける。(やれとか、子供を作れとか言っている訳じゃないのよ?)

 それは、冗談抜きにしても最低な言葉であるとナーベラルは感じた。何を言いだしたんだ? この同僚はとその目は冷たいものになっていくが、彼女はその事に気付かずに話を続ける。

(同じベッドで寝るくらい簡単でしょ)

(貴方ね……)

 言うだけであるなら確かに簡単であろう。それと、本当にそれだけが目的であってもだ。しかし、自分はそうはいかないのだから。

(例えば)そこで、彼女は自身ののど元に手を当てた。(こんな誘い方なんてどうかしら)そこで、彼女は声真似をしてみせる。スキルの関係で、他人の言葉を再生する機会が多い彼女ならではの提案の仕方であり。

(!!!)

 思わず、それを聞いた彼女は我が耳を疑った。声とは、2種類ある。他者が聞く己の声と、己自身が聞く己の声だ。これには明確な違いがあり、「君ってこんな声を出すんだ」と、必死に真似てみても、それが伝わるのは第3者であり、決して本人には伝わらず、むしろトラブルの種にさえなってしまいがちだ。

 しかし、レヴィアノールが発したのは、正にナーベラル自身が普段聞いている己の声であった。一体、どうしてそんな声が出せるのか、あるいは彼女自身しか聞いていないであろうその声音を知ったのかは定かではないが、とにかくその声真似は優れており、ナーベラルに自分自身がそう言っているようにも錯覚させた。

(そう、こんな感じかしら)彼女は服をはだけるような仕草をしながら、甘い言葉を続ける。(モモンさん、私、寂しいのです。貴方様で暖めてくれ――!!!)

 彼女がそれ以上何かを言う事は出来なかった。それより先に、ナーベラルの拳が飛び、覆面越しでも的確に彼女の顔面を捉えたからであった。

(貴方ね……なんて事言うの?!)

 彼女にしてみれば、本当に自分が愛する主にそんな淫らな事をしながら、迫っているようにも感じてしまい、思わず手が動いてしまったのである。

(痛いわね、ユリにも負けないんじゃないの?)

(そう、それはありがとう)

(なんでそこで喜ぶのかしら)

 ナーベラルにとって、長女は自慢であり、憧れでもあるので似ているといったニュアンスの事を言われて悪い気はしないのであった。これが次女であれば渋面しただろうが。

(ルプスレギナも)

 彼女もどうして、こんなだろうとナーベラルは内心で嘆いていた。思い出すのは、先日の事であった。彼女達戦闘メイド姉妹は、仲が良く、少し特殊な環境下にいる末妹を除いた6人は定期的に集まり報告会という名の茶会を開くのである。それだって、それを理解してくれている主が取り計らってくれているものであるけど。

 さて、そんな茶会で一番新しい記憶。そこで、久々にあった。次女が発した言葉が問題であった。

『ナーちゃん~避妊はしてるっすか~?』

 その言葉は正にいきなり投下された爆弾であった。別にやましい事はないと言うのに、反射的に顔が火照ってしまい、それを見られたのよが更に良くなかった。

『う、嘘よねナーベラル……』

 自分の事を信頼してくれている長女の顔に罪悪感を感じてしまい。

『あら、そうなの?』

 そう聞いてくる、同じく三女の瞳は間違いなく殺意がこもっていた。その気持ちは分かるものでもあった。逆の立場であれば、自分だってそうなってしまっただろうから。

『…………ひにん?』『何ですか? それはぁ』

 まだ、その手の知識が浅い妹たちの姿に心が痛むと同時に次女へと怒りがこみ上げてきた。子供の前でなんて事を言っているのであると。その時は必死に否定して、何とか場を収め、そして当然の如く長女の鉄拳が飛んだ。誰に向けてかは言うまでもないだろう。

(本当になんなの)

 次女と言い、この同僚と言い、時折何を考えているか分からなくなる時がある。彼女達が以前やらかした事は忘れたくても中々忘れる事が出来ない。その件で、彼女達は必要以上に痛めつけられているはずであるのに。全く効いていないようにも見えるのであった。

(特にルプスよ)

 またも、頬が熱くなる。褒賞として過ごした際に、彼女は妹へと入れ知恵をしてくれたのだ。それで、またも羞恥を味わう事になってしまったのであるから。その時の事は既に解決はしている。

 それだと言うのに、彼女がその件で何か言ってくることをやめる事はない。本当に何なんであろうか? もしかすると、彼女には学習能力というものが欠如しているのではないか?

(別にその必要は無いわ)

(本当に、欲が無いわね)

 そういう彼女の事もなんだか煩わしく思ってしまい、ナーベラルは機会があれば、死体を纏っている彼に告げ口をしてやろうと決めた。

(そうね、なら)

 ナーベラルがそんな事を考えているとは知りもしないレヴィアノールは背負っていた鞄に手を入れる。

(確か、この辺りに)

 それは、先の仕事の依頼主から貰った品であったはずだ。目当ての物を掴んだという感触を平に感じて、握る手に力を入れる。

(あったあった、これよこれよ)

 それから彼女はそれをナーベラルへと放った。それを何の問題もなく彼女は受け取って見せる。それは、望遠鏡のようであった。

(これは?)

(先の依頼主がくれたわ)

 彼女は説明をする。今回の依頼主が、別の人物から貰い受けた品であるらしい。

(どうやら、デミウルゴス様の推察通りみたいね)

(それに、ヴァイシオン様が教えてくれた通りでもあるという事ね)

 ま、その事に関して今は別にどうでも良いと彼女は続けた。

(この世界でも、天体観測ってあるみたいだし、今夜辺り誘って見ればいいじゃない)

(レヴィア、あなた)

(そりゃ、計画を進める為にそれぞれの仕事を全力でやるのは大事よ。それは私も分かっているわ)それは彼女自身の考えであった。主が望む世界を作る為に努めるのは当たり前である。それでもと彼女は続けた。(でもさ、たまには良いんじゃないの? あんただって、アインズ様との時間はもっと欲しいでしょう?)

(それは……)

 一瞬躊躇ってしまうが、それでも確かにそれは自身が望んでいる事でもあったために、彼女はその品を懐にしまい、そして彼女へと礼を言うのであった。

(ありがとう、レヴィア)

(別に、良いから)

 

 自分の後ろで、彼女達がそんなやり取りをしているとは知らないアインズは子供を抱き上げながら、カインと話をしていた。

「本当に、モモンさんは子供に慕われているね」

「いえ、そんな事はありませんよ」

 子供達にしてみれば、自分は単純に凄い存在に見えるであろうとアインズは思った。子供というのは、視野が狭いし、まだ世界観が小さい為に力強いという部分が目に映りやすいのであろうと。

「しかし、都市の復興は大分終わって来ましたね」

「ええ、本当ですね」

 それは、素人目でも分かる事であった。壊された建物は修復が進み、泣いていた子供達の顔にも笑顔が浮かぶようになったのだから。

「やはり、子供には笑っていて欲しいものです」

「子は国の宝ってな、そんな所かい? モモンさん」

「ええ、そうだと私も思っています」

 子供というのは育てば働き手となり、その国の経済を回す重要な立ち位置となるのであり、そう考えればその考えは最もであるとアインズは思う。

(あの世界はな)

 元の世界では、子供は子供でも、富裕層の子供達だけがその対象であり、後は使い捨て上等、それこそ調子の崩れた機械時計パーツでしかなかったのだから。自分の母親に、彼の両親がそうであったように……

 そこで、アインズは抱いた子供の頭に手をのせてやる。今の彼は、肉体を纏った人間である為、ガントレット越しに髪の感触がより鮮明に伝わってくる。彼に撫でられる形となった子供は笑った。

「モモンさま~♪」

「ああ、良い子だな。しっかりと、カインさんの手伝いをするんだぞ」

「うん!」 

 子供を可愛がりながらアインズは考えた。

(俺が、目指すべき楽園)

 1つ、それは、努力が報われる世界でなければならない。彼が元いた世界では、どれだけ働いても給料が上がらないなんて会社が殆んどであったから。

(働きには相応の見返りがあるべきだ)

 その世界では、例えば、会社の売り上げが上がったとしてもそれが社員にいきわたるなんて事はなく、給料だって据え置きというものであった。それでは、何をモチベーションに次の仕事に取り掛かれば良い? 

 彼らは言った。「働かせて貰えるだけで、有難いと思え」実際、一度会社を辞めるなんて、あれば、そういった経歴がついてしまえば、ほぼ再就職は難しい世界であったのだから。

(そんな、世界を実現する為には)

 あの世界がああなってしまったのは、環境汚染に、資源の枯渇もその原因であった。ならば、それだって、それこそ数千年単位で見積もって行っていくべきであろう。この世界にはまだ資源が豊富にあるし、彼らの存在もある。

(つくづく)

 この体に感謝すべきだなとアインズは再び笑う。肉体的疲労を感じないというのは、本当に有難い。目的の為にこの体は酷使するつもりであったから。

(教育、それも考えていかないとな)

 あの世界では、教育費が高騰して、更に義務教育まで撤廃されてしまった為に、それこそ生まれた家庭でその子供の未来は決まってしまうようなものであった。それをあの男は「二極化されすぎている」と評していたのを思い出す。

(教育にだって、沢山のお金が掛かる)

 その施設を用意するのは勿論であるが、人材だって確保しなければならない。何にしても、まだ先の話ではあるけど。

「カインさんは仕事の方は?」 

「へへ、今日はもうおしまいですさ」

 彼らは本当の親子ではない。別の村で暮らしていたらしいが、モンスターの襲撃にあい、少年の両親は殺されてしまい、村も半壊状態になってしまったという。

(にしても)

 カルネ村の件と言い、この国は民というものを大切に出来ていないらしい。いや、これに関してはアインズにだって偉そうな事を言えた義理ではない。

 初めにその光景を見たときに、どうすれば自分達の計画に利益を生むことが出来るかと考えてしまったのであるから。

(それにだ)

 自分やシャルティア達、いわゆる表の「立場」を固めている班と違い、完全に裏で動いてもらっている彼らの働きで知った事であるが、この国の総人口は900万人位であると言う。そして、カルネ村の人口、それも件の襲撃を受ける前のもの、エンリから聞いた限りでは120人程であったと言う。そして、この国に存在するであろう他の村もその人数であれば、と彼は思考を続ける。

 例えば、TVのニュースでどこぞで火事があったとして、それにより5人程の死者が出たとしよう。何人の人間がその事に興味を示すだろうか? それを知った彼らにしたって、生活を守る為に必死にその日の仕事をしている可能性がある訳であろうし、気に掛ける者等、その被害者の親族ではない限り、耳を傾ける事さえしないかもしれない。というか、アインズはそうしているだろうと自信さえあった。

(特に珍しい事ではない……という事か)

 そう考えれば、この世界もあの世界もそんなに変わらないかもしれない。

「そうですか、では、この後飲みにでも行きませんか?」

 仕事終わりに飲む酒というものは上手いものである。ナザリックの水準に比べてしまうと、どうしても劣ってしまうが、それでも体に染みるのは確かであり、そうやってコミュニケーションをとるというのもあの世界とそんなに大差はないように思われる。そんな訳で、飲みに誘ってみたが、男は申し訳ないと言った顔をして頭をかくのであった。

「すいませんね、明日も早いんで今日はもう、寝たい所なんですさ」 

「そうですか、それは残念です」

「はい、そう言う事で、おい! 帰るぞ」

 その言葉にアインズに抱き上げられていた子供は不満げに頬を膨らます。

「もっと、モモンさまといっしょにいたい」

「明日も仕事なんだ、お前の好物を作ってやるから」

 その言葉に子供は目を輝かせ、それを確認したアインズはゆっくりと下ろしてやった。抵抗する事は全くなく、その子は父親代わりである男の後ろにくっつくのであった。

「それじゃ、俺たちはこれで」

「はい、また今度」

 その言葉で彼らと別れを済まし、モモン達は宿への歩みを再開した。

「レヴィアは、またハムスケの所で寝るのか?」

「はい、あの毛並みは控えめに言って最高でございますので、モモンさんがお許しになれば」

(そんなに良いのか)

「いや、そういう事であれば、好きにしてくれていいさ」

「ありがとうございます」

「ええ~」2人のやり取りに此処まで無言でいた珍獣が不満の声を上げる。「レヴィア殿は寝相が悪いから嫌でござる~」

(そうなのか!?)

 部下の意外な一面を知ったようで以外に感じる彼の後ろで、肉を蹴る鈍い音が響いた。

「どうかしたか?」

「いえ、何もありません」

 振り向いて聞く彼に、レヴィアノールは何でもないと言ってみせる。そして、主の視線が前を向いたのを確認してハムスケへと詰め寄った。

(空気を読みなさいよ! この肉饅頭!)

(酷いでござる~)

 なおも涙を流して、抗議をする獣に彼女は耳打ちをする。

(あんたの好きな果物をもらってきてあげるから)

 その言葉にハムスケの髭がしっかりと伸びた。彼女の言葉に反応したようであった。先ほどとは180度違う態度で獣は己が希望を伝える。

(それならば、某、‘ふじりんご’それも、‘みついり’とやらが良いでござる!)

 それを聞いたレヴィアノールは片手を顔に当てた、といっても覆面の上から手を当てる形になる。

(ああ、もう、舌だけは肥えちゃってさ!)

 よりによって生産が難しい部類を頼まれてしまい、それによって、自分がする事が増えるからであった。

(駄目でござるか?)

(分かったわよ)彼女はそこで、視線をハムスケから夕刻で赤くなった空へと向ける。(また、借りが出来ちゃうじゃない……今度は何をさせられるのやら、はあ)

 

「ん? これは、モモンさん達ではないですか」

 宿にて一行を迎えたのは、ここで働いている青年であった。

「はい、今日の依頼も終えた所です」

「モモンさん達であれば、失敗なんて事があり得ないのでしょうね」

「はは、そうかもしれませんね」

 そう返しながらもアインズは不味いと思っていた。

(いやいや、それはないだろ~)

 失敗が無いというのは最上の信頼であろう。しかし、それは成功し続けている内だ。もしも、いつかモモンとして大きな失態をやらかしてしまえばと、彼は現在は存在している胃が締め付けられる感触を味わった。

(いかん、失敗したかもしれない)

 英雄像を作るという自分達の狙い、それは順調であるし、完成してきたと言ってもいいかもしれない。しかし、それは同時にこれからも完璧な仕事ぶりを求められる事であり、その重圧が彼を襲う。

(~~~、大丈夫だ。策はいくらでもあるのだから)

 それこそ、英雄モモンに関するシナリオも沢山用意してあるのだから。脳裏に浮かぶのは、自身の息子とも呼べる存在であり、埴輪のような顔をしており、そして後ろにいる彼女と同じ種族でもある彼だ。

(ああ、あいつもなんだよな~)

 確かに彼を創ったのは自分であるが、あの言動は心臓に痛む。それに何が辛いって、あのハイテンションぶりをを見た他の者達(NPC)が明らかに引いているのを何度も見かけてしまっているし、よりによって、一連の行動を「アインズ様御自らご創造された存在であるからこそ、ある程度の不遜な態度も許される」という認識であるのが、何よりも痛かった。

「夕飯はどうされますか? いつものようにお部屋にお持ちしましょうか?」

「はい、それでお願いします」

 食事1つにしたって、十分この世界を考察する材料になり得る。よって、可能な限り墳墓へと送っているのだ。現地と墳墓で生産しているものの違いは勿論であるが、他にも改善点が無いか調べて貰っている所でもあった。

 単に、自分達の基準を広めれば良いという話ではない為、行っている事でもあった。

「あ、そう言えば、先ほどアインザック様がお見えになりまたよ」

「そうですか……」

「明日一に組合に来て欲しいという事でしたよ」

(またかよ)

「けっ」

 そんな声を上げたのは、被り物をした彼女であり、心なしか殺気も溢れており、それを生存本能で感じ取った青年は短く悲鳴を上げる。

「ひい!!」

「レヴィア」

「失礼しました」

 直ぐに咎めるアインズに、彼女も直ぐに抑えてくれたので何とかなったが、彼にも彼女の気持ちは分からないものでもなかった。他にもナーベラルは明らかに気落ちした表情をしていたりするのだから。

 冒険者組合長、プルトン・アインザック。その名が出ること自体は別に問題ではない。彼が、アインズ達に接触を求めて来ることが問題であった。

 別に意地悪をされているとか、口うるさい説教をされるとかではない。

(今度は何だ?)

 彼からの呼び出し、それで一番あったのが、高級娼館への誘いであった。彼曰く「これも大人の嗜み」であると、確かにその考えは理解は出来る。かといって、自分が喜んでやるかと言われれば、また別問題である。彼女達の反応だって当然である。

(でも、あれだな)

 レヴィアノールはその辺りに関してかなり潔癖らしい。と、彼は部下の一面が見えた事を嬉しく思う。実際は、主関係であること限定で彼女はそう言った態度をとっているのであるが、そこに気付くことはなかった。

 ナーベラルにしてもそうだ。仮に親代わりである人物のそう言った話は聞きたくないに違いない、あのエロゲーマーでさえ、肉親に関する事では神経質になったのであるから。これだって、単に彼女が愛する方に他の女性が近づくのが悲しいと言った事であるのだが、対人経験がほぼゲーム内でしかなかったアインズには知りようもない事である。

「分かりました。明日の朝一ですね」

「はい、そうなります」

 例え、どんな話であってもそれを蹴るという選択肢は社会人であったアインズには出来ない選択肢であった。相手はこの都市の冒険者組合の長であるし、その繋がりが今後の計画に利用できる可能性がほんの僅かでもあるし、それを抜きにしたって、今の自分は「英雄」であるのだから、それも気分屋ではなく、誠実に人と向き合う理想的な人物であるのだから。彼から呼び出しを受けた時点で決まっている事でもあった。

「では、部屋に戻るとしようか、レヴィア、ハムスケ、明日もまた頼むぞ」

「畏まりました」

「お休みでござる~」

 獣と被り物をした彼女はそこで馬小屋へと向かう為、モモン達と別れた。ちなみに、ハムスケはこの建物自体に入ることが叶わない為、先ほどの彼らのやり取りを開けたドアを通して外から覗いていた訳であり、その体に酔っ払いがぶつかり、「なんだ? 突然壁が現れたぜ~」なんて、事を言って去っていた訳であるが、獣がその事を気にする事はなかった。

 

「では、ナーベ、私たちも部屋に戻るとしようか」

「はい、アインズ様(モモンさん)

 そう言って、階段を上る2人をここで食事をとっていた者達はうらやまし気に見ていて、男性陣はモモンへと、女性陣はナーベへと嫉妬の視線を送るのであった。

 

「今日も問題なく進んだな」

「はい、劇の方はお客様にも喜んで頂けたみたいで良かったです」

「ああ」

 仮部屋に戻った2人は、本日の事を軽く見直し、そして反省会をしていた。これは、アインズの提案であった。こうする事で1つ1つの仕事にメリハリが生まれるものであると彼の経験論から来たものでもあった。

 それから、余剰分の金貨に夕食として持ってきて貰ったものを墳墓へと送り、同時に定期連絡も済ませる。それが終わった頃にはすっかり時刻は遅くなっていた。

「さて、もう寝るとするか」

 そう言うなり、彼は指を鳴らす。瞬時に鎧は消え去り、調べて貰っていたこの世界でもそこそこ水準が高い服を纏った人間である彼の姿があらわになる。ナーベラルも同様に服を変える。茶色いローブに、その下に着ていた服。どちらかと言えば機能性を重視して、冒険者として活動する為に選んだ革ズボンにシャツも瞬時に変わる。

(ふう、落ち着け、別にやましい事ではない)

 そうして、彼女を纏ったのはワンピース型の寝巻であった。上半身は長袖であり、下半身は足首まですっぽりと覆うスカートになっていると作業着にも似た服装であり、出ているのはその端整な顔立ちと文字通り手と足だけであるというのに、どこか艶麗にも感じるのであった。

(はあ……)

 今更に彼はため息を付く。この状況を彼女の創造主でもある彼に知られれば、自分の命はないかもしれない。

(しかしな~1人部屋を3つ用意してもらうより、この部屋1部屋の方が安いって、どういう事だよ! いや、仕組みは分かるけどさ~)待てよ、と彼は新たな可能性を模索する。(ん? 今、レヴィアは馬小屋で寝泊まりしているわけだから2人部屋にしてもらえば費用だって今よりは安く済むのでは? ……待て! それは駄目だアインズ!)

 彼女がいつこの部屋に戻りたいと言っても良いように此処は確保しておくべきである。もしも此処で、部屋を変える事があれば、暗に彼女に戻ってくるなと言っているようなものではないか、それはアインズが考える理想の上司像からかけ離れたものであった。

(ああ、もう、とっとと寝よう)

 確かに肉体的疲労はないのであるが、精神的な疲労は存在するのである。それを解消する為にも睡眠は必要であるとベッドに入ろうとした彼を呼び止めたのは彼女であった。

アインズ様(モモンさん)、よろしいでしょうか?」

「どうした? 珍しいなナーベ」

 アインズの知る限り、黒髪の従者が何かを言ってくるという事は珍しいことであった。基本的に彼女は自分の指示に従い、あるいは自身からも意見を言ってくれるのである。しかし、それだって仕事時の話であり、こうした場面、プライベートとも言える時に彼女が何かを言うという事はなかったのである。その為、彼としては、珍しく思いながらも、理想の上司と部下の関係を築く為、あるいは親子の親睦を深める為にもと彼女に先を言うよう促すのであった。

「その、良ければなんですが、星見などしませんか?」

「星見?」

「はい、このせ、空にアインズ様(モモンさん)が感動していたという話を聞きまして」

「ああ、あの時の事か」

 思わず、無い、否、現在は動いている心臓が高鳴る。自分が自殺しようとした事、彼女が涙を流して説得をしてくれたこと、それからと彼はそこで思考を一旦放棄した。それ以上思い出すと、床を転げそうになってしまったからだ。

「そうだな、この世界の星空はとても綺麗だ」

「はい、ですので」

 そう言いつつ彼女が取り出したのは筒のようなものであった。

「それは、どうした?」

「はい……」

 彼女の説明を聞いて、その出所を聞いたアインズは少し呆れると同時にそれを渡したというレヴィアノールへと、あの時以来にほんの、本当にほんの少しであるが怒気を抱くのであった。

(まったく、報連相も出来ないのか……)

 しかし、その手の事は既に分かっていた事であるし、彼女自身が特に報告をすべきことではないと判断したのも別に間違ったものでもない。これに似た物を以前も使った事があったからだ。

「成程な、そうなるとすれば、この世界にも」

 天文学等が広がる時代も来るかもしれないと彼は新たな可能性を発見すると共に、彼女の申し出を受け入れる事にするのであった。

 念のため、宿屋主に屋根に上ることの許可をもらい、アインズとナーベラルの2人は、そこに腰を下ろしていた。

「やはり、何度見てもこの空は綺麗だな、ブルー・プラネットさんにも見せてあげたかったよ」

「きっとお喜びになるかと」

「ああ」

 喜んでいる様子の主の姿が何よりも彼女にとっては心地いいものであった。

「あの、こちらは使わないのでしょうか?」

 ナーベラルが差し出したそれを見て、アインズは首を軽く振った。

「いいさ、私は星にそこまで詳しくはない。この満天の星空を見れるだけで充分だ」

「そうですか」

 何だか、これを渡してくれた彼女に悪い気はするが、主がそう言うのであればと彼女はそれを懐にしまう。と、そこで彼女は鼻に違和感を感じた。

(???)

 そして、気づけばくしゃみをしていた。

「大丈夫か? ナーベ、冷えるからな」

「いえ、失礼しました」

 これは、おかしい話であると彼女は頬を赤くしながら、考えた。本来であれば、自分がそういった不随意運動をするはずがないのである。

(やっぱり)

 この世界に来て、自分達も変わっているようであると、そんな彼女をぬくもりが包んだ。

「アインズ様? あ」

「今は、良いさ。周囲に人もいないようであるし」

 思わず本名を呼んでしまい、慌てて口を塞ぐ彼女を可愛らしく感じながらアインズは笑った。この近辺に人が潜んでいる可能性はなく、もし聞かれたとしても完璧な言い訳を用意していたのであるから。

「しかし、アインズ様(モモンさん)、これは?」

「何、唯のブランケットだ」

 彼はそう言うが、彼女にとっては、愛する方からかけて貰えたという事実と合わせて身も心も暖まるのであった。そして、彼女は脳裏にこの状況を進めてくれた彼女の言葉を思い出し。

「あの、少し体を寄せても良いでしょうか?」

 そう、主へと己が望みを伝えるのであった。それを聞いたアインズは少し不思議に思いながらも承諾する。余りにもおかしなことを言わない限り、彼は臣下達の願いを聞くつもりであるのだから。

「別に構わないぞ」

 返答を貰い、ナーベラルは少し逡巡した後、意を決したように彼へと体を傾けるのであった。

「……では」

 そうして、アインズの右肩へとナーベラルは頭をのせる。

(少し、距離が近いかな? いや、これ位は普通なのか?)

 そう、彼女の行動の理由を図りかねている彼の隣で、彼女は今日何度目になるか分からない幸福を感じて、同じ立場である彼女達に謝罪をして、触れた所から感じる熱を愛おしく思うのであった。

(私、アインズ様が好きです。愛しております)

 こうして、城塞都市の夜は過ぎていくのであった。



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第18話 王都からの使者

 今回、まずは謝罪を、過去の話である。第1章第3話「王国戦士長とナザリック」を話の都合ですこし書き換えてあります。
 といっても、いわゆる整合性を取る為である為、話が変わる訳ではありません。
 では、最新話をどうぞ。


 翌朝、アインズ達は聞いた通りに城塞都市の冒険者組合へと来ていた。現在彼ら、当然の如くハムスケだけは外で待機させて、この組合の応接室、それも特に人の目を引くことに力を入れた所へと通されており、そして彼を中心に並んで座る前にその男も席についていた。

 若くはない、しかしその体は引き締まっており、その男も昔は冒険者であったのだと無言ながら主張しているようであった。それも当然と言える。この人物の役職は冒険者組合長。つまり、この都市に所属する全ての冒険者達を束ねる役目にあるのであるから。これが、唯の人の良いおじさん、それも荒事が苦手な者だったりすれば、城塞都市の治安は一気に悪化する事であろう。

 モモン達に、彼らと親睦を深めた「漆黒の剣」を見ていると勘違いされがちであるが、本来、冒険者とは荒くれ者の方が多いのである。「欲しいものはすべて、力で奪いとれ!」なんて言葉がこの職業の真理であると高らかに宣言した者も過去にいた程である。そんな彼らの頂点に立つ者が貧弱では話にならないのである。

(しかし、本当に()()だけは、屈強だな……)

 アインズが遠いところを見るようにそう思ってしまうのにも理由があっての事だ。彼とはこれまで何度も会って話をして、そして一連の評価でもあった。組合長が口を開く。

「よく来てくれた、モモン君、それにナーベ君にレヴィア君も」

「ええ」「はい」「……(コクリ)」

 アインズ達もそれぞれに返答をする。レヴィアノールに至っては首を縦に振るだけであったが、そうしたい気持ちも分かるし、戦士としての彼女がそうでもあるという設定でもある為、特に何か言おうとは思わなかった。組合長も別にそれを問題だとは思わないようであり、その顔は笑みさえ浮かんでいた。

「では、早速だが、今日は大事な話があってね」

「帰るぞ、ナーベ、レヴィア」

 その言葉を聞くや否や、アインズは立ち上がり、そして左右にいた彼女達もそれに倣った。そのまま、彼らはこの部屋を出ようと歩き出す。その足に、組合長は飛び込んだ。そこに冒険者達の頂点という威厳はまるでなかった。

「待つんだ! モモン君!」

 掴まれた右足に尋常なる重み、もっと言えば執念めいたものを感じながらアインズは言葉を返す。それは、普段の彼らしからぬ冷たいものであった。

「何ですか?」

「今回は本当に大事な話なんだ!」

「そう言って、前回も娼館に連れていかれたのですが?」

 そう、それこそ彼らの行動の理由であった。速い話がこの両者に信頼というものは既にない。過去に何度もあったのである。大事な話があると言い、そしてアインズを娼館へと連れて行く。そんな訳で彼らは組合長のこの話の持ち出し方を警戒していたのである。そして、予想通りでもあったのでそのまま帰る事にしたのだ。なんだったら今日は自分達で昼食を用意してもいいかもしれないと既に呼び出されたこと自体を無かった事にして。

 

 しかし、組合長、プルトン・アインザックは引き下がる訳にはいかなかった。確かに、彼がこれまでやってきたことは許されるものではないと彼自身も分かっている。

(だが、ね)

 それでも、彼はそれをやらざるを得ない。漆黒の英雄モモン。彼の存在は規格外すぎる。そんな彼は間違いなく伝説となりうる存在である。そして、そんな彼らはいずれ、この都市を離れてしまう。そんな予感が彼を始めとした城塞都市中心の者達の間であった。

 それは、正しいとも言えた。実際、アインズにしたって一生この都市に留まるつもりはないのであるから。戦士モモンとはあくまで、アインズ・ウール・ゴウンとして動くことが難しい時に、使用するアンダーカバーの1つでしかないのであるから。

 計画が進み、王国に対する働きかけが終了すれば、次は帝国であったり、はたまた都市国家連合へと、文字通り冒険者として向かうつもりであるのだから。

 そして、彼の真実は知らずともその真意の一部を見抜いたアインザック達が取った行動は要はゴマすりとも言えるものであった。

 何かある度に便宜を図ったり、アインズ達が現在泊まっている宿、その部屋にしたって、実は最高位のものだったりして、彼らが優先的にそこに入れるようにしたりしたのだ。

 しかし、アインズにしてみればこれは有難迷惑以外のなにものでもなかった。そもそも、寝泊まりする場所にこだわり等なかったし、それこそ都市外にテントでも張ってそこを拠点にしてもよかったかもしれない。その方が、資金を稼ぐという点では効率が良いはずであるし、何より自分達の事情を鑑みればその方が情報の秘匿性だって高める事が出来たはずである。それをせずに、組合側からの要望に応えたのも彼なりに考えての事であった。

 例えばの話をしよう。年収2000億円、すこし極端すぎるがそれくらいを稼いでいる男がいたとしよう。それだけを聞けば、きっと有能であり、そして魅力的な人物であると誰もが言ってくれるだろう。否、世の中そんなに甘くはない。これで、普段は人里離れた山奥、その洞窟に住んでいるとなればその印象はマイナスになってしまう。その評価は「すごくお金は稼ぐんだけど、なんだか変な人物」と言った物になるであろう。

 つまりそういう事であるのだ。アインズの考えは、彼が作ろうとしている英雄像は正に理想であるべきだ。その為に追求できる所はすべきであるし、僅かの隙も見せる訳にはいかない。よって、最高級の宿である「黄金の輝き亭」にて寝泊まりをしているのである。

 

 彼の事情等知る由もないアインザック達は、それでも成果が出ないとすればと次の手段に出たのである。すなわち英雄の子を残してもらう事である。この世界では、子供が親の才能を引き継ぐという性質がそれこそアインズが元いた世界よりもよく出ていたのである。そして、モモンの子であれば間違いなくそれこそ、最低でもたやすくミスリル級まで登り詰める事が出来るであろうからと彼らは考えた。

 その為に、一時期はこの都市に住む女性たちの内、誰かを彼にあてがって彼に永住してもらう方向性だってあった訳だ。しかし、件の騒動の後、都市に流れた噂にてその方法を断念せざるを得なくなってしまった。唯でさえ「美姫」の存在があり、娼婦にしたって、未婚の女性たちにしても話に乗せるのは大変であったというのに、その彼女と同等、あるいは以上の美貌を誇る婚約者がいるというではないか。これにより、彼がこの街で家庭を築くという可能性は完全に潰えてしまった。しかし、それで諦めるアインザック達ではない。この都市は王国にとって重要な意味合いを持つ。よって、少しでも戦力は必要なのである。次に彼らがとったのが、アインズがずっと辟易としていた娼館への誘いであった。何とか彼の子を得られないものかと必死であったのだ。しかし、それが原因でアインズ達の信頼を失ってしまったとあればどうしようもないけど。

 

 それでも、彼はまだ最悪の事態まではいっていないと言えた。モモンにそこまでする理由が「子供を残して欲しい」というものであることを悟らせていないからであった。彼には予感があった。もしも、それを知られてしまえば、即座にモモンはこの都市を離れてしまうであろうと。やっている事の時点で人間性を疑われても仕方ないのであるが……実際、アインズがそれを知れば、直ぐに離れる事はしなくとも信頼はしなくなるであろうから、現在の彼にとって、子供とは自由に自身の人生を生きるべきであり、そしてそれを周りがそれを手助けする。そんなありふれた世界が彼にとって目指すべき場所であったから。それに対して、アインザック達がやろうとしているのは、下手をすれば子供を道具にしか思っていないとそうもとれる内容である。

 いや、彼らにしたって、仮にモモンの子供が出来たとすれば、可能な限りの望みを叶えるつもりであるのだろう。それでも、そんな思惑ありきで子を作るつもり等はアインズにはないのである。

(ああ、彼は何で此処まで……)

 高潔なのであろうかと、今なおモモンの足にしがみつきながらアインザックは内心でため息をつく。スケリトル・ドラゴンにネクロスオーム・ジャイアントを1分足らずで倒せる実力を、下手をすれば彼一人でこの都市だって壊滅状態にする事だって出来るであろう。それだけの力を持ちながら、それを鼻にかける事がなくむしろ穏やかな人柄であり、何より誠実であるのだ。ここまで完璧な人間を彼は今まで見た事がなかった。

 そう、プルトン・アインザックはその立場上、これまで何人もの冒険者を見てきたのだ。現役だった頃を含めればもっと沢山の冒険者達を見てきた。

 その経験で言うならば、力強い冒険者というものは少なからず野心であったり人1倍の欲望を持っていたりするものである。より旨い飯を、更なる知識を、ものすごい美人を妻にする為、あるいは娼館で遊び通すために、あるいは、それさえ関係なくひたすらに己の限界を伸ばしていたものもいる。

 それから名声に権力を欲した者達もいた。最も後者に関しては貴族たちの働き掛けもあり、叶うものは自分の知る限りいない。前者に関しては得た者は数少ないけれど、いるにはいるし、同じように頑張っていた者達もたくさん見てきている。

(あいつもだったな……)

 あの夜の騒動で全滅したチームとそのリーダーであった男を思い出し、そして思考を切り替える。冒険者とは良くも悪くも欲望に忠実であるのだ。だと、いうのに、モモンという人物にはそれが見られない。おまけにあれだけの美女を連れていながら、全く手を出してさえいないというのだから驚きものである。

 実は、彼らには悪いと思いながらもアインザックは自らの施設兵、それも隠密行動に特化した者を派遣して、夜の彼らの様子を何日か見て貰った事だあるのであるが、本当に一緒に寝ているだけであったらしい。それらしき行為は一切されていないかっと言うし、宿の掃除婦に聞いても痕跡らしきものは一切なかったという。

 無論、この隠密の行動を当然の如くレヴィアノールが察知し、戦士としての得物である鉈でその首をはね落とすべきであるとアインズに進言して、そして彼が「それ位は許してやれ」と返したというやり取りをアインザックは知らない。

 アインズにしてみれば、それ位してくることはある程度警戒していた訳であるし、自分以外のぷれいやーが探りを入れてくる可能性だって考慮していた訳である。しかし、その実態が性行為の有無だったとは夢にも思わなかったであろうが。

(もしや、いや、そんな訳はないか)

 もしかしたら、彼には性欲、食欲、下手をすれば睡眠欲だって無いのかもしれないと一瞬頭をよぎるが、馬鹿な考えであると直ぐに取り消す。彼が人であるのは確かである。その素顔にしたって、この街の者達が何度も確認しているし、食事をとる所だって見ている。性行為云々はデリケートな話でもあるのだ。

(これは、また別の方向性、そうだ!)

 婚約者がいるというのであれば、何とかその彼女の方にこの都市に来てもらう方向でこれからはやっていくべきかもしれないと彼は考える。この都市には魅力だって沢山あるのであるから。先日、モモン達が依頼を受けた「劇団スバル」もその1つだ。そうと、決まれば早速、施設兵達に情報を集めさせようと決める彼であったが、今はまた別の話である。組合長という威厳なんてものは捨て去り、彼は英雄へと懇願した。

「本当に今回は大事な話なんだ! 頼む! 私を信じてくれ!」

「ですけどね……」

 彼の言葉に英雄は未だに信じられないと言った様子であった。それは、それまでの自らの行いが招いた結果であるのだけど。

(く、こうなれば)

 出来る事なら、しっかり話をすべき時に明かす事であったが、この状況が続くのは良くない。アインザック自身、自分がやっている事がみっともないものであると分かっているからだ。

「国王絡みの話なんだ!」

 リ・エスティーゼ王国、国王、その名を王都から遠く離れたこの地で軽々しく口にするのは憚られることであろう。しかし、四の五の言っていられないのだ。

「…………それは、どういう事でしょうか?」

 そして、彼の思惑通りと言うべきか英雄はその言葉に反応してみせる。彼の知る限り、この生きた伝説は力強い、紳士的、だけではなく、恐ろしく頭も回る人物であるのだ。そして、彼の事今の自分の単語で何か重要な事があると察してくれたらしい。いや、そうでなくては自分が困るのであるが。

 

(どうやら)

 今回はいつもと違うらしいと組合長の言葉で判断したアインズは無言でナーベラル達を見やる。それを受けて、2人も頭を一回縦に振る。そして、帰りかけた足をもどして最初についていた席へと戻る。その様子にアインザックも安心して元の席へと戻った。その際に、服についた埃を落とすことを忘れずに。

 もしも、これでまたも娼館へと連れていかれる事があれば、この人物は本格的に信用できない人物になるであろうと思うアインズを前に組合長は話を始める。

「本来であれば、順を追って話をするべきであるのだが……」

 彼の話を要約するとこうであった。午後から、この組合に王都からある人物が来る予定であるという。そして、その人物の目的がアインズ達であるというのだ。

「それは、また唐突ですね」

 それが、アインズの素直な感想であった。彼の常識、もっと言えば、元の世界のものであるけど、そういったアポイントメント等はもっと早く取り付けるべきである。それこそ1月等見積もって、現在自分が演じている「戦士モモン」はそれなりの地位にあると思う。冒険者として最高位は勿論であるが、普段から心がけているおかげで、その人望に人気もある。いうなれば、ハリウッド級のトップスターと言っても過言ではないかと。

(ん~自分で思っておいてなんだけど)

 痛々しいと彼は思った。例えとしてそれを上げたけど、それだって、元の世界の歴史の中で見れる存在であり、少なくともあの世界にハリウッドなるものは存在していなかったはずである。と、ここで彼は思考を切り替えた。要は、それだけ自分達と話をしたいというのであれば、しっかりと前置きをするべきではないか? と、実際、貴族との面会は過去に何回かあったがいずれも最低でも三日前にそういう連絡があったはずである。

(と、いうことは)

 今回、訪ねてくる人物はこれまで会ってきた貴族よりも位が高い人物。

(あるいは……)

 先ほどの組合長の鬼気迫る表情。あれは自分達も中々見る事がない彼の顔であった。国王という単語が出てきたこともあり、何か緊急の案件なのかもしれない。それであるならば仕方ないとアインズは考えた。人間とは完璧ではない。いや、それは人に限らず生命と称されるもの全ての共通項目でもある。例えば、思いがけない事故だったりと、突然前触れもなく事件に巻き込まれるなんて事もありうる。ちなみに、あの世界にいたアインズ自身にそういった経験があるかと問われれば、ないと答えるしかないのであるけど。

「ああ、本当にすまないと思っている」そう思っているのは本当らしく、彼は一度アインズ達に頭を下げた。「しかし、重大な話でもあると、それだけは本当だ」

「ええ、そうでしょうね……分かりました」

 何にしてもだとアインズは考えた。この国の中枢に近づけるのであれば好都合であるし、同時にそのような話を持ち掛けられるという事は、それなりに「モモン」に対する信頼も出来て来ているのであろうと。それは、非常に都合が良いとも言える。

 現在、計画による王国の扱いであるが、その方向性は大きく2つある。

 1つ、王国を楽園の支配下に置く。

(ああ、分かっているさ)

 自分で自分に言い聞かせる。この言葉は余りにもおかしいとアインズ自身分かっているのだ。なんだその凶暴な楽園は? と、この言葉を聞いたものであればだれでもそう思うであろう。しかし、これが現実なのである。

(確かにな~)

 可能な限り、臣下達の願いは聞き届けていきたいと思っている支配者であるが、こればかりはどうしようもないと思った。

(これの何が不味いって、俺がようやくあいつらを出し抜けたらと思ったら)

 これだもんな~と頭を抱える。基本的にNPC達は無欲である。というのは、アインズの主観でしかない。彼らは至高の恩方である自分に仕えることこそ至上の褒美と考えているのである。が、それだって以前の話である。何とか意識改革を加えていって、その辺りを修正している所でもあった。

 そのかいあってか、彼らが何を思い、何を望んでいるのかと調べる材料にもなっていった。それだけではなく、それこそデミウルゴスを始めとした者達の本当の望みを知るべく、ある時間を最大限に使用して、ありとあらゆる手段で調べてみた所。彼らの願いとは、「アインズ様が全ての頂点に立つ」という事を知ってしまったのである。

 アインズ個人としては、別にその必要性はないようにも思える。しかし、デミウルゴスには以前「必要があれば神と名乗ろうと」と言ってしまっているのもまた事実。

(それが、あいつらの願いであれば、俺はそれを全力でこなすだけだ)

 それでも、アインズとしては2つ目の方で何とか進めたいと思っている。

 2つ、王国にて協力者を取り付けて、楽園と同盟を結んでもらう。

 これだって、簡単な事ではない。王国の在り方を決める事が出来るのはそれこそ、上層部にいる者達だろう。それに、もう1つ問題があった。

(俺って、アンデッドなんだよな~)

 この国では人間しか見かけない。もっと言えば、亜人種に居場所はないようであるのだ。それも当然と言えるかもしれない。この国の隣国であるスレイン法国は積極的に亜人を殺しているという話であるし、帝国にしても妖精(エルフ)を始めとして、亜人種は奴隷として扱われているようでもあるのだ。

(本当、よくやってくれているよ)

 現在、その手の調査をしてくれているのは2つのグループ、いや、正確には1班に1人だ。元、ナザリック地下大墳墓の守護者にして、幻術によりありとあらゆる姿を作る事が出来るイブ・リムス。それと、デミウルゴス直属部隊「七罪真徒」3人からなる班。

 彼女達の働きには本当に感謝しなくてはならない。出来る事であれば、もっと人員を増やしたい所でもあるが、慎重に事を進める事を考えた場合、やはりそう多くも出来ないのである。

(確か……)

 イブ・リムスは現在、帝国に、そしてグリム・ローズ達はエルフの国で調査を続けているはずであった。デミウルゴスに言わせれば、「アインズ様のご命令とあらば、直ぐにでも動かすことが出来ます」という事であった。だからと言って、それをするつもりはアインズには毛頭ない。それをしてしまえば、それこそ最悪なトップであると思っているから。

(可能な限りは自分達でどうにかしないとな)

 さて、彼女達の働きのおかげで知ることが出来た訳であるが、この国は完全に人間主体の国家であり、亜人が入り込む隙なんて微塵もない。そして、自分が作りたいと願っている楽園は全種族を統一したものである予定……

(その為には)

 その辺りを理解してくれる人物か、もしくはそれこそデミウルゴスにアルベドと同じ位、頭が回る者を協力者として引き込むべきである。それも、この国での立場が高い者。出来ることなら、国王の立場に近い者……となればと浮かぶ。

(王子に、王女か)

 その辺りの情報はある。誰誰がいるという情報は、しかしそれ以上は無いのが現状でもある。この国はある程度後に回しても問題がないと会議でも決まったことでもあったから。

(好機では、あるかもしれない)

「では、それまでこの部屋に居ればよろしいのでしょうか?」

「ああ、すまないが、しばらく外出は控えて欲しい」

 組合長のその言葉に倣うのであれば、その会合自体を秘匿したいという事であろう。自分達はあくまで組合長に呼ばれていったと、周囲は、少なくともこの都市の人々はそう思うであろうから。

「分かりました。待機であれば、そこまで苦ではありませんから」

「本当に助かるよ、モモン君には感謝しぱなっしだな」

「なら、もう娼館へと連れて行くのはやめて頂きたのですが……」

「モモン君、遊べるのは若い時だけなんだよ?」

(これは、まだ続きそうだな)

 それから、アインズとアインザックはたわいもない話を続けるのであった。

 

 それから30分後。アインザックは他にも仕事があるという事で部屋を出て行った為に、ここにいるのはアインズに従者2人だけであった。

「さて、今回の話だが……2人はどう思う?」

 ひとまずは、彼女達に意見を求める事にするのであった。いかなる時でも、考えを言い合う事は大事な事なのである。

「そうですね」

 先に口を開いたのはナーベラルであった。というか、こういった時に先に意見を言うのは彼女であるのが常であった。

アインズ様(モモンさん)に会いに来るという人物次第で変わると思いますが、少なくともこの国からの信頼は高まってきていると思います。後は話の内容によりますけど、上手く事を運べば更に私達に有利になるかと」

「レヴィア」

「はい、私も基本的にナーベと変わりません。唯……」

「唯?」

 何か感じたらしく、彼女は言い淀み、そしてアインズもまたその先を促すのであった。

「先程の組合長の様子と言い、何か、厄介ごとの気配がします」

「そうか。そうだ、先の彼の様子はどうであった?」

 ここで、アインズは組合長が自分達にどういった感情を向けていたのかとレヴィアノールへと尋ねる。彼女のスキルは本当に便利であり、それを活用してこなした依頼もいくつかあるのであるから。

「はい、懇願でございましたね」

「懇願か」

「彼にとっても、それ程大事な話だったのでしょう」しかしと、彼女は続ける。「モモンさんの意思を無視してやっている事は目に余ります。一度鉄槌を落とすべきでは?」

「いや、その必要はない」

 アインズがそう言えば、彼女は短く「そうですか」と返すだけであり、一応は納得した模様でもある、が。何か不満を、それこそ本人も気づいていない内にたまっているのではアインズは危惧した。

「組合長にも事情があるのだろう。何、私が断り続ければ良いだけの話だ」

「しかし、それでは……」

「すまないな、お前が不快に思っているのは知っているし、それも私を思っての事であろう?」

「はい、それしかありませんので」

「それだけで、私は満足しているのだよ」

 そう言葉を返してやる。感謝は大事であるから。アインズとしては彼女の気遣いは素直に嬉しいものであったから。

(それだけじゃ、ないんですけどね)

 彼女は内心でごちた。確かに、主が望まないのにそれを進めてくる組合長には怒りの念だってある。しかし、それ以上にその度に悲しそうにする同僚の顔を見るのが辛いものであった。

(別に、ナーベラルだけじゃないわね)

 主を愛する女全員が、この事には多少心を痛めているようであった。それでも、主が決めた事であると、何とか耐えているのもである。

(あの男)

 主の方針から外れる事でもある為、今は見逃しているが、いつか絶対痛い目にあわせてやると彼女は心に誓うのであった。

 

「では、後はその人物が来るのを待つばかりか……暇だな」

 思わずアインズはそう呟いてしまった。現在、時刻は午前10時前後、この事に関しても元の世界とそんなに変わらなかった。そう、時間に関する概念である。この世界にもそれらしきものはあるのであった。しかし、それは別に一般に普及しているという訳でもなく、エンリ達村の者達は太陽の位置で大体の時間を把握するという。この部屋には時計が置いてあり、それは少なくとも組合長はそれで時間を把握しているという事でもある。

(その基準はどうしているのか? あるいは?)

 それもまた、と。アインズは彼とのやり取りを思い出していた。その可能性もありうると。次に彼は外で待機しているであろう珍獣がいる方向へと視線を向けた。

アインズ様(モモンさん)?」

「いや、何でもないさナーベ」

 そう、あの珍獣はその辺りが酷かったと思い出していたのだ。あの森に住んでいた頃。ハムスケは何となくとしか時間を把握していなかったのである。「明るい時と暗い時があるでござる!」その一言が珍獣が時間をどういう風に捉えていたか如実に示してくれた。

(やはり、あいつには過ぎた呼び名だったな)

「さて、その人物が来るのは午後2時頃だという話だ。そして、私達はこの部屋を出る事を叶わない。どうして、時間を過ごしたものだろうか?」

 約4時間、何か仕事をしていれば、あるいは睡眠をとっていれば、それはあっという間に過ぎるものであろう。しかし、唯、待つとなるとそうでもない。なんだか長く感じるのであり、同時に仕事人間であったアインズにはそれがどこか無駄なようにも思えてしまうのだ。

 その思考そのものが未だに彼があの世界に囚われているという事でもあるけど、それだっていずれ溶けてなくなるものでもある。

(そうだな)

「せっかく時間があるんだ。少し話をしよう」

「話? ですか」

 今更何を話すというのであろうかという視線をナーベラルが向けてくる。それも当然であろう、今更する話もそんなにないと彼女は考えていた。

「何、簡単な事だよ。それぞれの事をもっと知りたいと思ってな」

「それは……」

 アインズの提案は、もっと踏み込んだ話をしたいと言った物であった。決してやましい気持ちがある訳ではない。せっかく時間が出来たのである。

(それにな)

 この2人は、ナザリックでもまた特殊なグループの所属である。片や、絶世の美女姉妹の1人、片や、あの悪魔直属部隊所属。アインズとしては、仕事だけではなく、普段の彼女達の事も知りたいと思ってのことであった。自分の前では見せない一面があるのは確実であろうから。

「そうだな、例えば、ナーベの方はどうだ? 何か不満があったりしないのか?」

 あくまで、現在の立場に則って話を振る。盗聴の危険性は常に考えておかないといけないのである。

「不満など……」

 その言葉を受けて、ナーベラルも言葉に気を付けながら姉妹たちの事を伝える。彼女が知る限りでは、姉妹で主に不満を抱いている者等いないのであるから。

「そうですね、あの人はそれこそ、アインズ様(モモンさん)に気にかけて貰えるだけで十分だと笑っていましたらから」

(ユリか)

 確かに彼女であれば、それ位言ってのけそうだ。そして、もっと言うのであれば、彼女は手強いとアインズは考えた。

(妹達の前でも姿勢を崩すことはしないか)

 流石、学校の先生を、とても責任ある立場についていた彼女が創ったNPCであると。ナーベラルの話は続いた。

「あの人も……いつも笑っております。彼女にはストレスだとか、苦痛という概念は無いと思います」

(ルプスレギナか)

 先ほどは、その口ぶりに身内を語ることの喜びさえ感じたと言うのにそれが、一転して冷たくなったのであるから、直ぐに誰の事か理解出来た。

(あいつは)

「レヴィアも以前の事は反省しているんだよな?」

「はい、それは勿論でございます」

 淡白な声。それだけ聞けば、反省等皆無のようにも思えてしまうが、彼女に関しては彼が徹底的に痛めつけたという話でもあるので、それ以上の追及はしないでおいた。

「ナーベもすまなかったな」

「いえ、アインズ様(モモンさん)が謝る事では」

 彼女と立ってしまった話を思い出して、済んだ事であると言うのに、思わず彼は謝ってしまう。いくら誤解とは言え、そんな噂が墳墓に立ってしまった事で少なからず彼女は嫌な思いをしているであろうと容易に想像が出来るからだ。

「そうです、悪いのは私でございますから」

(本当にそう思っているのか?)

 彼女の態度はどこか投げやりのようにも聞こえたのである。話題を変えようと、アインズは彼女へと同様に話を振ってみる。

「レヴィアの方はどうだ?」

「どうも、こうも、不満などあるはずがありませんから」

(やっぱり、あいつの部下だな~)

 どうにも固いと感じた。これでは、何も情報が得られないではないかとアインズは別の方向性で行ってみる事にした。

「お前たちは普段はどんな風に過ごしているんだ?」

 少し際どい言葉であるが、彼女もアインズの意図は読み取ってくれたみたいで、何とか話をする。

「まず、彼は私に厳しいです。何かある度に鞭を振るうように暴力を振るって来ます」

(グリム・ローズか)

 訴えるように彼女はそう言った。その事だってアインズは知っている。あれから、デミウルゴスから彼女達がそれぞれどういった罰を受けたのか聞いていたから。そして、彼女の場合は――

(考えるのはよした方が良い)

「良く分かった。他の者達はどうだ?」

 アインズのその言葉にレヴィアノールは心底困ったといった風に頭をかしげて見せる。どう話したら良い物かと考えているようであった。

「以前も話しましたけど、私どもはあまり仲がよろしくないので……」

「ああ、それは聞いている。お前の主観でも構わない、話してはくれないだろうか?」

「畏まりました」

(困ったわね)

 彼女は本当に弱ったと思った。そう聞かれても彼らとは、それこそ全員がそろう事など滅多にないのであるから。

「まず、あいつは何を考えているかさっぱりです」

「そうか」

(ガデレッサか、確かにあれは、何を考えているのだろうな)

 彼女の言葉にアインズは心の中で同意した。「七罪」の一人であるあの巨漢は、基本的に無口、否、声自体はしょっちゅう出しているが、どうにも聞き取れない為に、そういった印象を抱いても仕方ないものであるのだから。

「あいつらは、生意気ですし……」

「そうか、子供らしくて良いじゃないか」

「それは、そうですけど」

(フェリアネス、それにロドニウスか)

 被害を訴える彼女には悪いけれど、アインズはそう思った。子供はわがままを言ってなんぼだ。少なくともその2人が自分の前でレヴィアノールが言うような態度を取った事はないのであるから。

(少し、寂しくもあるな)

 それは、結局の所、自分とNPCの関係が主従だけであると思ってしまうものであった。

「でも」

 彼女は続けた。そんな彼女達にしたって、本心ではもっと主に甘えたいのだという。本人達は決して認めはしないだろうとも。

「そうか」

「はい、ですから、機会があれば甘やかして欲しいと個人的にお願い申し上げます」

 そう言って、彼女は頭を下げた。それで、気づいたようにナーベラルも頭を下げた。

「ナーベ?」

アインズ様(モモンさん)、それでしたら、あの子達の事も同様にお願いしたいと思います。勿論、アインズ様(モモンさん)がお許しになればですが」

「ああ、分かっているさ」

 

 そうして、彼らはしばらくの間を和やかに過ごすのであった。

 

 

 

 約4時間後。

 

「やあ、待たせてしまって悪かったね、モモン君」

「いえ、そして、そちらが?」

「ああ、そうだよ」

 戻ってきた組合長ともう1人がアインズ達の前に座っていた。その人物が貴族であるという事は身に着けている服から明らかであった。金髪をオールバックの形にしていて、切れ長の瞳は碧色であった。何より目を引くのはその肌の白さであった。それもどこか不健康に見えてしまい、実際の年齢はその外見よりも若いからかもしれない。

(なんというか)

 何だか蛇を思わせるとアインズは感じた。その目付も鋭く、獲物を狙う爬虫類のものだと。

(ラスカレイドにも負けていないな)

 レヴィアノールと同じ所属である彼女の瞳もまた、鋭いものである。しかし、彼女の場合はその中に艶美さが見てとれるものでもあるが。

 そこで、男は一度立ち上がりアインズ達に頭を下げた。それに慌てて、下げ返す。その行動に虚を突かれたというのはあった。貴族というものはプライドが高く、対等に見えてその実、自分達が上であるとどこかしら態度に出るものであった。それも、全ての貴族がそうではないけれど、余りにもその手の者達が多かったのだ。

 対して、この人物はいきなり頭を下げたのである。その行為は礼儀作法という点でみれば、当たり前の事であろう。しかし、それは互いが対等の立場こその話である。彼は貴族、それも王国では相当高い地位にいる者。対してアインズ達が演じているモモン達は噂で地方貴族では、とも言われているが、その確証はないし、何よりアインズ達自身がそれを肯定している訳でもない。

 よって、アインズ達冒険者としては最高位のアダマンタイト級であったとしても、その階級は庶民となんら変わらないのである。

 なのにこの男は頭を下げた。それは、この人物の徳というものであるか、あるいは、今回の話がそれだけ厄介なものであるかと思わず考えてしまうが、それよりも先にやるべき事は決まっている。礼儀には礼儀で返すべきである。

 互いに頭を下げあい、そして男は名乗った。

「お初にお目にかかります。アダマンタイト級冒険者であるモモン殿に、そしてその御仲間の皆様方。私の名はエリアス・ブラント・デイル・レエブン。六大貴族が一人であります」

(六大貴族だと!)

「六大貴族だと!」

 心で留めておくつもりであったと言うのに彼のその言葉を聞いてアインズは思わず驚きを口にしていた。それを聞いて、最も嬉しそうな顔を見せたのはアインザックであったのだ。彼にしてみれば、始めてであるのだ。欠点がない完璧な英雄が見せる動揺というものを。

「流石のモモン君も驚くか」

「ええ、それは勿論ですよ」

 すでにやってしまった事でもある為、アインズは素直に認める。下手に言い訳をすれば、それこそ自分達の品位を下げかねない。

 六大貴族。

 それは、王国における最高位の貴族の呼び名でもある。王国とは、基本的に貴族社会であり、その土地は基本的にどこかの貴族の持ち物であったりするのだ。

(確か)

 彼らが集めてくれた情報を何とか整理する。王国の土地、その3割を国王が統治しており、次に3割をその大貴族たちが、最後に残りの4割を他の貴族たちが所有しているという話であったはずだ。それだけではない。彼らは財力であったり、軍事力等、何かしらの分野で王を凌ぐ者達もいる。そんな、彼らは間違いなく王国において、国王に次いで権力を持っていると言っても過言ではないのであるから。

「そうですか、かの英雄に知って頂いているとは、光栄ですよ」

「いえ、こちらこそ……失礼、それで話とは何でしょうか?」

 一度自身を落ち着けるように息を吐いて、アインズは目前の人物を見据える。間違いなく好機であるのだから。この人物を起点に、この国のもっと深い所を知る好機であると。

 

(彼が、確かに)

 そして、モモンを前にしてレエブン候もこの人物であればと希望を胸に抱く。噂に、事前調査である程度、彼の事は調べてはいたが、実物を目の前にすると、本当に違うと感じた。

(しかし、彼には)

 申し訳ないとも思ってしまう。自分がこれからする提案とはいわば、王国の恥をさらすことでもあり、彼らをこの国の醜い権力争いに巻き込んでしまうのであるから。

「ええ、では、順番に話すとしましょう」

 そうして、レエブン候は語る。今回、アインズ達に頼みたいという事を。

「成程、陣中見舞いですか」

「はい、この都市は王国にとって大切な場所ですから」

 彼のいう事も最もであるとアインズは考えた。城塞都市エ・ランテル。この都市は、いわば王国、帝国、法国の3国の国境を結んだ辺りにあり、それは同時に此処が王国にとっては、防衛拠点でもあり、戦争の際に、ここで敵を引き留めないと国内を荒らされてしまうであろうから。

 だからこそ、この都市には力が入れられている。軍事にしたって、物流にしたってだ。しかし、それが揺らいでしまう事件が起きた。アインズ達も解決に協力した件の襲撃である。その復興自体は終わっているが、しかし住民達の、被害者の心の傷は治りきっていないとも言えた。そして、最悪なのが、帝国に法国がそういった部分に付け込んでこないとも言えない事である。

(確かに、その可能性だって)

 実際、その2国からこの街に入り込んでいた者はいた訳であるらしく、そう言った戦いも水面下で行われているらしい。つまり、この都市は揺れているのだ。住民と言えど、人である事に変わりない。人々は不安であるのだ。このまま王国にいて良いのか? と。

「だからこそ、国王自らがこの地に赴く必要があるという事ですか」

「そうだ、モモン君は理解が早くて助かるよ」

「そうです、そしてその行事には第3王女様も参加する予定なのです」

「成程、かの有名な『黄金』の姫君ですか」

 それも有効的な手段と言える。話に出てきた王女は美しく、そして聡明で優しく、それでいて年相応の愛らしさも備えた人物であり、庶民にも人気があったはずである。そんな彼女と国王がそろって、この都市に来れば住民達は安心する事が出来るであろう。「王様たちは自分達の事を見てくれているんだ」と。

 そこで、組合長が冗談交じりに言葉にする。少しでもこの場の空気を和ませようと思ったらしい。

「モモン君であれば、王女殿下を娶る、なんて事も出来るかもしれないな」

 しかし、それは間違った選択であり、尚且つ最悪の一手でもあった。返ってくるのは、普段の彼らしからぬ冷たい、それも静かな声であった。まるで、事務的なものであり、感情というものが抜け落ちたような声音にアインザックは自身の心臓を掴まれる感触さえ味わう。

「冗談でもそう言った言葉は控えて欲しいものです」

「す、すまないね」

「確か、王女殿下は10代後半だったはずでしたよね?」

「はい、その通りです」

 すっかり、言葉を出せない様子である組合長に変わり、大貴族が答える。

(冗談じゃない)

 そうだとすれば、やはりふざけた考えであるとアインズは感じた。その年であれば、まだ子供と言っても変わりはない。自分は少女に手を出す趣味は無いのは勿論であるが、その手の考えに嫌悪感を抱いてもいたのであった。

 この世界では、どうにも成人男性が若い少女を愛人にしたりだとか、娶るというのは別に珍しい話ではないらしい。別に両者が合意しているのであれば、問題はないのであろうが。絶対そうではないと何故か確信出来ている部分もあった。

(にしても、国王に第3王女か)

 色々と思う所はあれど、これが絶対的な好機である事に違いはないと彼は結論付けた。

 

 

 

 

 



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第19話 交渉もまた戦なりて

「……成程、そういう事なのですか、……しかし、良いのですか? そのような事を私達に話してしまって?」

 レエブン候から、今回の依頼の内容を聞いたアインズはそう言葉を返しながらも相手の真意がどこにあるか考えていた。

「ええ、モモン殿達の協力を得るために、多少は国の恥を晒す事も必要と考えてです」

「そうなんですね」

(成程、そういう事か、しかしこれは)

 成功と呼んで良いのか、あるいは失態とすべきか彼は少し迷った。今日、自分達に会いに来たという貴族、それも唯の貴族ではなく、この国で王の次に力を持つ大貴族の1人である彼からされたのは、依頼であった。それ自体は別に珍しい事ではない。アインズ達は、冒険者モモンとしていくつもの仕事をこなしてきているし、その依頼主に貴族だって沢山いた。

 ある時は、晩餐会の為に獰猛な獣の肉が欲しいという依頼だってあった。それを振舞う事で自身の財力を誇るのが狙いであったらしい。無論、それだって無事に終えている

 しかし、今回の依頼は今までのように簡単な物ではなかったのだ。レヴィアノールが言ったように厄介ごとであったらしい。

 アインズは思案する。まず考えるべきは、その話を自分達に持ち込まれた意味合いについてだ。レエブン候の話は正に王国の内部事情であった。何でも、貴族たちには六大貴族を中心に2つの派閥があるらしく、それが今回の行事においての障害になるという話であった。それは、王派閥と貴族派閥であるという。これが、単に考え方の相違だとか、王国をどうしていくかという方向性で割れているというのであれば、どれ程良かっただろうか。派閥が割れているのは、単に権力争いの一環であるというのであるから。

 貴族派閥が狙っているのは、国王の力を落として、自分達主体の国にしたい。王派閥はそれを防ぎたい。それだって別に国王への忠誠という訳ではなく、自分達の取り分を守りたいと言ったものであるのだから。

(唯、何だろうな?)

 侯爵は何か言い淀んでもいたように感じた。実際はもっと複雑なのか、口にしなかっただけで他にもそう言ったグループがあるのかもしれない。

 そこまで深く考えても仕方ないとアインズは貴族たちの問題に目を向ける。

 今回の城塞都市陣中見舞い。これは、王派閥にしてみれば何が何でも成功させたいものである。それは、貴族派閥にとっては、真逆の意味合いであるという事でもある。

「しかし、侯爵の杞憂では?」

 目前の人物をアインズなりに試す意味合いも兼ねて、そんな質問をする。それは、この人物の立ち位置もまた複雑であるのだから。

 レエブン候。彼は、表向き貴族派閥の所属であるが、その実王派閥の影の盟主であり、この国が崩壊しないよう努めている陰の功労者であるという事であった。その事実は現在、共にいる組合長が保証するというし、なんであれば都市長に魔術師組合長に確認を取ってもらっても良いとの事であった。

 つまり――と、アインズは考える。彼ら、この都市の重役についている者達は国王からの信頼が厚いのであろうと。

(それも、当然か)

 それだけ、この地が王国にとって大事な所であるという事でもある。しかし、その事実を正しく認識できている貴族は少ないというのが、組合長の見解であった。それは確かに理解出来てしまう。モモンとして様々な貴族と会ってきているが、この都市を防衛拠点として見ている者は少なく、王国の一領土でしかないという見方である者が殆んどであったように思える。それよりも自身の家の力をいかに強くするかという点にしか興味がないようであったから。

「ええ、モモン殿が言うようにそれで済んでくれれば良いのですが」

「レエブン候は、何かあるとお考えなのですか」

「はい、本当に恥ずかしい話になりますが」

 それも、王国の事情によるものであった。リ・エスティーゼ王国は、広い国土を持つが、その内生活圏というものは狭く。ひとたび都市を出れば、例え国内であっても危険と隣合わせであるという。野盗、モンスター等。それらの対処などに冒険者を雇う。あるいは、正式に軍隊で警備にあたるという案もあったらしいが、それもうまくいっていないという。

 貴族たちの反対が激しいとの事であった。元々、その仕事が彼らのものであるからだ。その代わりに彼らは通行人から通行料金を貰うという仕組みであったが……

(聞けば、聞くほど酷い話だな)

 実際は、料金だけ取り、仕事を雑にしている貴族が殆んどであるという。

「そうですね、私が知る限り……」レエブン候は、息を整えて続ける。それは、少しでも落ちたであろう心証を回復しようとしているようであった。「その勤めをしっかりと果たしているのは、ウロヴァ―ナ辺境伯に、アインドラ男爵ですね」

「そうですか、確か辺境伯と言うのは、貴方と同じく」

「はい、六大貴族の一角でございます」

「それに、アインドラ男爵と言うのは……」

 どこか、期待するように聞くアインズにレエブン候は、頷く形で肯定して続ける。

「はい、かの‘蒼の薔薇’、それに‘朱の雫’と深い繋がりがある家でございます」

 王国には、現在アインズ達を含めて3つのアダマンタイト級冒険者チームが存在する。その内の2つが今レエブン候が上げたチーム達だ。そして、驚くべきことにその双方のチームのリーダーの親族であるというのが、その男爵であるという。

(まあ)

 そのこと自体は、以前から知ってはいた。その為、シャルティア達が何とかその家に接触出来ないかと試みているはずである。

(と、今考えるべきはそこではないな)

 この国にいる貴族は沢山いる。それでも、総人口の何割かであるけど。それだけの数の家があって、先の仕事をこなしているのがそれだけであるというのは、問題があるとその手の話に詳しくないアインズでも分かる。

(まあ、あくまでレエブン候の主観だしな)

 例えば、ビョルケンヘイム等もしっかりとこなしている家であろうし、他にも彼が知らないだけでしっかりしている家はあるかもしれない。それ以上に酷い貴族たちが目立つわけであるが。

「しかし、本当にあるんですか? 国王の命を奪おうだなんて?」

「確証はありません。しかし、その手の者達の存在をモモン殿もご存知でしょう?」

「ええ、以前、この都市に攻撃を仕掛けた者達等ですね」

 レエブン候の話を総括すると、そう言う事であった。国内の治安というのは酷く、おまけに己が権力を強める事しか頭にない貴族達。そして、大きく2つに割れている派閥。

 そこから彼が導き出したのは、この行事の最中に国王と王女が命を狙われるというものであった。

(ま、確かにな)

 貴族たちの話で彼らが国王を廃してでも更なる権力を欲しているのは良く分かった。そうなればレエブン候が危惧している事もよく理解出来る。

 今回の陣中見舞い。何が一番不味いと言えば、国王が居城を離れる事だ。そして、街道を進んで、この都市を目指す事になるのであろうが、例えばだ。

 王都から城塞都市へ向かう途中で、そこで()()にもそういった事故なり事件に巻き込まれてしまい、命を落としてしまったとしたら?

「もしも、レエブン候が考えているようにそうなったとして、王位はどうなるのでしょうか?」

 それは、余りにも不謹慎な話であるし、アインズにしては珍しい失態であったが、それだってレエブン候達にしてみれば現実になりかねると分かっているので、咎める事はしなかった。

「何人か候補がおります。ですが……そうですね」候は握りこぶしを顎にあて、少しアインズから視線を外して考えたのち、答える。「第1王子であるバルブロ様が継ぐ事になるかと」

 現在、次期国王候補と称されているのはレエブン候が上げた1人を合わせて3人であるという。その弟である第2王子、そして、第1王女を娶った六大貴族現最年少である人物であるという。

「レエブン候自身は、誰を推しているのでしょうか?」

「申し訳ありませんが、個人的な事になってしまいますので」

(そう、簡単に教えてはくれないか)

 それを知る事が出来れば、王国の事情というものを図る事が出来たかもしれないと。ちなみに第1王子が即座になるであろう理由は六大貴族の半数が彼を推しているとの事で、その中には辺境伯もいるのだとか。

「ですが、国王の警護という事であれば、件の戦士長がいるでしょう」

「そう、なのですが」

「まだ、あるんですか?」

 軽く驚くアインズを前にレエブン候は恥じ入るように、説明をした。今回の陣中見舞い、その道中を行くのは戦士長とその精兵達ではなく、王派閥の貴族家、各家から出る若者たちで構成される近衛隊であるという。

「成程、文字通りの権力闘争という事ですか……」

「はい、そうなります」

 このやり取りが始まって、何度目になるかレエブン候は肩を落とす。確かにモモンの言う通りであるのだ。派閥間による争い、彼にはこれは言っていないが、現在は貴族派閥がその力を強めている。それもこれも、この都市が襲撃にあった事が大きい。この都市は国王の直轄領であり、その被害は国王の責任でもあるという考えが貴族たちに広まっているからである。確かにそれは間違ってはいない。だからこそ、この陣中見舞いが決まった訳であるのだから。これに関しては王派閥の力添えもあった。彼らにしてみれば、国王の力がある程度なければ、意味が無いものであるから。

(だが、くそ……)

 王派閥にしても、自分達の力を誇示したかったらしい。戦士長が共に行くことに猛反発してきたのであり、その代わりにモモンに説明した近衛隊が出る事になった。確かに、剣を学んでおり、少なくとも自分よりは役に立つであろう。

(しかし、な)

 これが、自分自身の恐れであるならば、どれだけ良い事かとレエブン候は思う。とても、彼らだけで国王たちを送り届けるという事が出来そうにないのであるから。貴族派閥にしてみれば、失敗さえしてくれればなんていう空気が漂っている訳であるし、本当にこの都市の重要性を理解していない馬鹿が多すぎるのである。

 もしも、この都市を帝国、あるいは法国に奪われるなんて事になれば王国が滅ぶのも時間の問題であるのだから。

(特に、彼だな)

 ボウロロープ候、貴族派閥の筆頭にして、王国で最も広大な土地を持つ六大貴族の1人、彼は軍事にも長けており、直属の精鋭兵団を持つ人物であり、単純な指揮能力であれば戦士長をも超える人物。それだけではない、彼の娘は第1王子に嫁いでおり、よってその彼が王位を継げば、彼は女王の父として王国の政策に色々と口出しをする事が出来る立場になれるであろう。よって、攻撃を仕掛けてくる者達がいれば、その彼の差し金である可能性が高い。それだって、直接的な繋がりは全く見せる事なく。

 仮に、国王が死んでしまい、そのようになったとして、王国が取る政策はどうなるか?

(恐らく……)

 この国を戦争国家にしてしまうだろう。毎年の帝国との戦争は激化するばかりで、年々王国を苦しめている。だが、彼にはその事実は見えていない。彼にとっては軍拡が一番であるらしいのだから。ボウロロープ候は帝国相手に勝てる自身があるらしい。確かに彼の手腕であれば、帝国相手に良い所まではいけるかもしれない。

(それでも)

 勝てはしないだろうとレエブン候自身は考えている。そもそも、軍事力が違いすぎるのあるから。帝国と王国ではその方法だって異なる。いうなれば、質と量の違いであると言えば良いだろうか? どちらがどちらというのはわざわざ言葉にするまでもないように思える。

(考えれば、考える程)

 彼は頭が痛いと思っている。この国は周辺国からとにかく嫌われているのであるから。現在、信頼のおける部下、元冒険者だった者達をその偵察にとあてているのだ。連絡手段だって用意してある。

(費用は馬鹿にならないが)

 魔法のスクロールはそれだけで高級品だ。特に、連絡に使っているものは特に。しかし、これが無いと仕事にならないのであるから涙を呑んで出費するしかないのである。

(にしても、本当に不思議だ)

 何度それを使っても、その感触に、突然頭に声が響くそれになれることはないだろう。その魔法は多様したが為に偽情報によって滅んだ国の歴史がある為に、使用はしないというものがこの国の一般常識である。が、彼にはそれを守っている余裕などあるはずがなく、使用していた。その代わりと言っては何だが、暗号を用いる方法などを加えて、情報の信憑性を高める等の工夫はしてはいた。

 そして、現在帝国にて情報を集めてきている者から連絡をここへ向かう道中、馬車の中で聞いたのであるが、現在、帝国はカッツェ平野に何やら力を入れているようである。何を探しているかは気にはなっていたが、それは別に問題とするべきではなかった。それよりも問題であったのは、帝国が冒険者をも兵として取り入れ始めた方が重要であるのだから。

 一般的に、兵よりも冒険者の方が実践慣れはしている。よって、この事実だけでも帝国軍の戦力が上がるのは、間違いがない。それを抜きにしたって、帝国軍の水準は高い。

 対して、ボウロロープ候の精鋭は現在5000程であり、それ以外の王国軍というのは、徴兵した平民でしかないのであるから。普段から、兵士を育てている帝国とは大違いであるのだ。

「戦士長を、ストロノーフ殿を外して、安全に国王と第3王女をここに連れてくる事が出来るのですか?」

 モモンのその言葉が彼を思考の海から引き揚げる。色々と悩ましい事ばかりであるが、まずは目の前の事からだとレエブン候は気持ちを切り替える。その行事の参加者、ともすれば死と隣合わせであるその旅に行くのは、現時点で決まっているのは、リ・エスティーゼ王国、国王ランポッサⅢ世。第3王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。その王女付きの兵士が1人。近衛隊が15人程、これに関しては増える可能性もあり。そして、自分である。

 近衛隊が王派閥の代表として行くのであれば、自分は貴族派閥の代表と言う事に表向きはなっている。派閥間の争いだってそうだ。あくまで王派閥は国王と王家が続くことを()()()いるし、貴族派閥だって、国王の負担を()()()ためにもっと貴族が前面に出るべきであると主張している。

 連中はそれで、国王の目をごまかしているつもりかもしれないが、実際はランポッサだって彼らが心から国に尽くすつもりはなく、自らの権威を守りたいと、それが第1であるという事は感づかれているというのに。無論、国王だって、この事態を何とかしたいと考えてはいる。それは、彼にしたってそうであるのだ。しかし、現状は複雑だ。六大貴族の力が王国にとって大切なものである事は変わりないわけであるし、急な変革を起こすには、そんな神業めいた事をするには、力が圧倒的に不足している。

(そう考えると)

 一瞬、身が震える。あの少女にはこの事態などお見通しであろう。そして、彼女なりに何かやっているようであり、それは一見、国を憂いての行動にも――少なくとも平民達にはそう見えているからこそ、現王族で一番の人気を誇っているのであろう。

 しかし――

(駄目だ、私には、あの方が)

 もう化け物にしか見えないのであるから。きっと、政策を打ち出しているのも民を思っての事でもあるけど、他にも隠れた目的があるに違いないのであるから。それこそ、己の目的の為に。

(何とかせねば)

 彼女が何を考えているのかは分からないし、自分のためだけに生きているというのであれば、別に咎めるつもりもない。究極的な事を言えば、自分だってそうであるのだから。

(リーたん……)

 彼は、現在英雄へと向けている硬い表情とは裏腹に柔らかい響きを口にする。無論、それは彼だけにしか聞こえていない。否、唯一聞き取れる可能性がある人物が1人いるが、ケースが特殊である為、それが出来たかは定かではない。

 彼、エリアス・ブラント・デイル・レエブンだってかつては王位を狙った事だってある。そうだろう? この国の現状を見せられて、そして王家の醜態ぶりを見てしまえば、何より男であれば頂点を目指すものである。その為に彼はありとあらゆるものを犠牲にしてきた。それは、愛情だって例外ではない、妻とだって、様々な打算ありきでくっついた政略結婚であるのだから。彼女の家にもたらす利益を彼女自身も理解しているからこそ、成立したと言っても良い。

 そんな彼の転機は第1子の誕生であった。子供にしたって、自身の目的の為、そして得た地位を永遠に自身の家の物にする為の道具位にしか考えていなかった。

 しかし――

(――……ふ)

 目を閉じれば今でもその時の事を思い出す。妻の腕の中で、静かに寝ている生まれたばかりの我が子を。身じろぎさえ、弱弱しいものであり、その目も口も、耳に鼻さえも簡単に取れてしまいそうな位に小さかった。

 ――良ければ、抱いてあげてください。

 その出産に立ち会った助産師の言葉であった。その言葉と共に渡された命は……

(ふしぎな物だな)

 生まれたばかりの赤子なんて体重は殆んどないはずであり、別にそれを受け取ったからって急に腕が疲れるなんてないはずなのだ。だというのに。体は震え、血の気が引いて、体が冷えたように感じた。この不可思議な現象は何であったのか?

 微弱な熱を発するそれを無くしそうだと、普段の自分であれば湧き上がるはずもない恐怖。それは、その命を落としてしまわないかという危惧から来ていた。それ程までに軽かったのだ。だと、言うのに。同時に重いものでもあった。

 そして――

(あれは、もう忘れることさえ出来ないな)

 そのタイミングで目を覚ましたらしく、黒い瞳、本当に何の穢れもなく、唯無垢なもの。生まれ落ちたばかりで何も、そう抱いている自分が父親だとそんな事さえ知る由もない瞳。それを向けられて、彼は自分の中で何かが氷解していくと自覚した。

 彼が変わったのはそれからである。妻へと子供を産んでくれた事へのお礼を伝え、この時に彼女が見せた顔も一生忘れる事が出来ないであろう。レエブン候の変貌ぶりには彼を良く知る者達も驚きこそしたが、それも直ぐに引っ込んだ。王位を狙う敵が減った事に対する喜びか、子供が生まれたのであるからそれも当然であると考えてかはそれぞれであったろうが。

 それだけ、彼にとっては大きな事であったのだ。息子を設けて、父親になるという事は。そして現在の彼にとっての人生の目標も変わっている。王位を狙うといった野望ではなく、息子に今の地位に領地を継がせる事。残してやるという。それこそ、ありきたりな父親の願いとなっているのであるから。

 それを実現する為にも今しばらく王国には現状を維持してもらう必要があるから。それは、それで野望と言えるかもしれない。以前に比べて大分微笑ましいものとなっているのは間違いない訳であるが。

(その為にも)

 何としても彼らにも同行してもらう必要があるのである。目を付けたもう1組とは既に話がついており、現地へと向かってもらっている。前評判通り、出費は痛いものであったが、それだけ実力だって伴った者達でもある。名目上は自身の護衛と言う事にしてもらっている。近衛隊はあくまで王派閥、対して貴族派閥は自分1人だけ、そして基本的に戦う術の持たない男であるのだから。そんな自分が自腹で人を雇うのは許される事であろう。例え、他国の人間であってもだ。かといって、数を揃えても仕方がない。信頼できる少数に頼みたいのであり、その彼らと目前のモモン達へと目を付けたのであるから。そして彼には確信がった。この人物はこの言葉を口にすれば、間違いなく首を縦に振ってくれるであろうと。

「正直に言います。難しいと私は考えています……」

「それは」英雄は、考え込むように下を向き、次に左右に控えている女性達へと目配せをして、レエブン候へと再び視線を向ける。「仮にも、王国の重要人がそのような言葉を口にしてよろしいのですか?」

 モモンの言葉は正論以外の何物でもなかった。彼が口にした言葉は余りにも情けないものであるから。本来であれば、城に勤めている人間だけで何とかするべき案件であろう。だと言うのに、それをせずにこうして部外者であるはずのモモン達を巻き込もうとしているのであるから。

「良いはずがありません。それでも、必要があると私の判断であります」

「そうですか」

(そこまで、一体何を……)

 この人物は恐れているのであろうかとアインズは感じた。仮にも国内での移動の話だけだと言うのに。野盗の類であれば、話に聞いた近衛隊とやらでどうにかなりそうだとも思うが。確かに好機でもあるが、かと言って露骨に喜ぶ姿を見せる訳にいなかないと彼は意地悪な質問をレエブン候へとぶつける。あわよくば、更なる情報を得られることを願って、元、社会人である彼は理解しているのだ。例え仕事相手であっても、それはイコール味方だとか、友人という訳ではないのだから。

「冒険者というものは、あくまで対モンスターの傭兵という話ではありませんか?」

 そして、彼は続ける。その依頼を受けるという事は、少なからず人同士の戦闘に巻き込まれる可能性だってあるのではないか? と、これは本当に意地が悪い質問とも言えた。別に対人戦闘なんて、この都市を舞台に何度も経験しているというのに、それらだって、事情があり、それを組合長に都市長が理解していたケースであったり、あるいは、その本人達から求められた場合だったりだ。

「モモン君、今は」

「組合長、これに関しては説明をして頂けなければ、私どもも依頼を受けかねます」

 彼の言葉に、左右に控えたナーベ達も軽く頭を下げる形で同意する。それに対して、レエブン候はしばし黙ってしまう。その様子にアインズは確信を持って更に尋ねる。

「敵は、何も野盗だとかの話におさまらないと言った所ですか」

「はい、本当にどうしようもない話でして……」

「先ほどの話が関係しているのですか?」

「はい、そうなります」

 尋問と何ら変わらない様子でアインズは質問を続ける。此処までくれば、レエブン候だってある程度の話はすべきであるのだから。

「モモン殿がご存知かは、存じませんが……」

 そうして彼は白状するように説明を続ける。国内の街道警備がざるであるのは、先ほど話した通りであったが、どうにも、国内でモンスターの群れが見られるようになったらしいと言うのである。それも、直接、各都市を襲ったりする訳でもない為に、各貴族たちは事態をそこまで重く見ていないという事であった。

(ん~確かに)

 聞き覚えがあるもないのも、それだって自分は遭遇している。そう、彼らとの出会いだ。あの時に出てきたモンスターの群れだって尋常ではなかった。数が多かったのであるから。

(結局、何だったんだろうな? あれは)

 唯の偶然であったのか、何かの前触れであるのかは分からない事であった。それでも、レエブン候から聞くことが出来た情報に整合性、あるいは信憑性が生まれた訳であるし、貴族たちの怠慢という事実もそれに拍車をかける。

「成程、確かにそれでしたら、警戒をしても仕方ないと言った所ですか」

「はい、ですので何としてもモモン殿方にも参加して頂きたいのですよ」

(これは、成功と言えるのだろうか……)

 此処まで、貴族が王国の内部事情を話してくれたのは、モモンの人柄を信じての事であろう。確かに、アインズは演じる「英雄」は今、聞いた話を軽々しく他言したりしないだろうし、その話を聞いてしまえばどうにか力になりたいとも思うだろう。

(モモンを……)

 この国に取り込みたいという考えはあるかもしれない。それ程までに規格外らしいのであるから。計画の今後の事を考えれば、重石となってしまうかもしれない。それでも、この依頼を受ければ、この国のもっと深い所を見れる事も確かなのである。

「いくつか、聞いてもよろしいでしょうか?」

「勿論ですとも、それで依頼を受けて頂けるのであれば」

 アインズは質問を投げかけただけであるというのに、レエブン候はあたかもその見返りとばかりに彼らがそうしてくれるであろうと振舞う。それもまた一つの戦略と言える。情報だって無償ではない。それは、アインズ自身も承知している事だ。かつてのギルメンにも似たような事を言っていた人物がいたから。最も、その攻防は彼にとっては無意味なものでもある。既に気持ちは決まっていたのであるから。

「はい、依頼を受ける事にします」彼は、一度胸に手を置いて見せる。自身の存在を相手にアピールする動作でもあった。「参加者は、私、モモンに」それから、彼は両隣に控えた彼女達へと軽く目配せする。主の意向をそれだけで理解した彼女達も頷いて肯定する。自分達はどこまでも一緒に行くと。

アインズ様(モモンさん)がお決めになった事であれば」

「私どもに異論はありません」

(ありがたいな)

 それは、部下としては正に理想であろう。だからこそ、彼女達にはそれなりの褒美だって振舞う義務が発生しているのだとより良き支配者としてあろうとするアインズは決めて、言葉を続ける。

「ナーベ、レヴィア、それにハムスケの全員で受けます。それで満足でしょうか?」

 英雄のその言葉にレエブン候は一瞬、顔が綻びかけそうになるのを何とか抑える。結果としては最高の類であるのだから。彼らはその実力の高さ、教養の高さ故に個人で依頼を受ける事も多いという事で評判であった。それも、本来であれば、複数人でやる事が前提となっている依頼でもそうであったという。それを完璧に、それも迅速に完了して見せるのであるから、彼らの評判が上がっていくのは当然とも言えた。

「はい、ありがとうございます。報酬は上乗せさせてもらいますので」

「その必要はありませんよ、適正価格でお受けしますとも」

(狙い通り、此処まで来ると彼には悪いな。すまないね、汚い大人で)

(やられた、素の俺であれば、間違いなくその申し出を受けていた。だって、そうだろう! 上乗せだぞ! 普通だったら受けちゃうって! けどな~英雄がそんながめつい所を見せる訳にはいかないか)

 そう、確かにこれもレエブン候の思惑の内と言えた。彼にしてみれば、この一連のやり取りにさほどリスクはなく、むしろアインズ、否、モモンという人物を図る事が出来るのであるから。情人であれば、即答は無くとも迷う所であったろう。普段よりも多くの褒賞を得られる機会が目の前に転がってきたのであるから。

 しかし、モモンはそれを秒も思考する事なく、突っぱねて見せた。それが、彼の本質であろうから。更に言うのであれば、このやり取りのせいでアインズは依頼料に関する交渉が出来なくなってしまった。一度終えた話、それもお金に関する事を後から色々文句をつけるのは、間違いなく人徳を損なう行為でもある。アインズ自身にしたって、そんな人間に仕事を頼みたいとは思わない。

 彼らのやり取りと言うのはそういう事である。少しでも自身の方へと利益をもたらす戦いでもある。それは、単純に金品だとか目に見えるものだけではない。互いが持っている情報であったり、印象、そして好感度さえ入る。

 アインズにしてみれば、少しでも王国の情報、それも特定の地位がある人物しか知り得ないものを欲すると同時に可能な限りの金品を得たいというもの。全ては計画の為であるし、彼自身は無意識であるが、それによって自身へと感謝を向けてくれる彼女の顔が見たいというのもある。

 一方、レエブン候の狙いと言えば、彼らに依頼を受けてもらう事は勿論であるが、こちらも可能な限り彼らをこの国の中へと取り込む事にある。

 冒険者とは先にモモンが上げたように対モンスターの傭兵であるけど、それでも国が抱えるべき重要な戦力に違いは無いのであるから。この世界というものは、もっと言えば王国は揉め事が多く、それは国同士の関係しかり、国内の治安問題しかりであり、勿論モンスターに関する問題だってあるのであるから。

 そして、彼らに関する噂はレエブン候だって把握していた。どこから来た旅人の類であり、資金を稼ぐために冒険者となったのであろうと。また、地方の貴族の出身ともいう噂が流れているようであったが、少なくとも王国の貴族ではないはずである。彼は、この国を何とかしようとそれこそ、王国の人材、その全てに出来るだけ目を向けうようにしており、彼ほどの人物を自分が見過ごすとはとても思えなかった。もしも、その噂が本当であれば、また別の国の出身であるはずと、彼はある人物の顔を浮かべる。今回、各方面から物言いにあり、結局共に来ることが叶わなかった人物。きっと国王が誰よりも来ることを望んだであろう戦士長の顔だ。

 そして、目前の人物、今は兜に覆われて伺う事が出来ないその顔を。これも人づてに聞いた事であるが、彼は黒髪黒目であったという。それは、南方から来た人物である可能性が高いという事でもあった。

 戦士長である彼もその血を受け継いでいるというのは有名な話でもあり、この推測は恐らく正しいであろうとレエブン候は考えた。

 この世界では人間というのは弱く、その為、自分が生まれた国を離れるなんて事は滅多にない。その為、この世界がどうなっているかなんて、どういった作りをしているかなんて、そこを知っている者は皆無と言っても差し支えない。だからこそ、その話にしたって、どこまでが真実であるのかは頭脳に長けた彼であってもどうしようもない。いや、これに関しては頭の作りは関係ないか。

 だから、モモンはこの国の南、どの辺りからは分からないが、他所から来た可能性が高いという事が重要であった。もし、それが本当であれば、彼らがこの国に留まる理由がない。別にそれは、何者にも縛る事が出来ない彼らの自由であるが、かといってみすみす英雄クラスの人材を外へと放りだす訳にもいかない。何とかモモン達にこの国に留まりたいと思って貰う、あるいはそれだけの何かを彼らへと与える事も視野に入れなくてはならないのであるから。

(国王陛下は、その辺りをよく理解しておられる)

 一番、手っ取り早いのは彼らに爵位を与え、貴族となってもらう事だ。これだけ聞けば、待遇でどうにか堕落させようとする策に見えるが、別に貴族とは遊んでばかりではないのだから。そうなれば、領地を与えれる訳であるし、そして領地には必ず領民がいるのであり、彼らの面倒を見ると同時にその土地の運営もしなくてはならないのであるから。そして、そうなった時、モモンという人物はそれを投げ出す事なく、こなすであろう。それ程までに彼の人間性というものは高いのであるから。

(はあ……)

 それが、出来れば良いのであるが、当然他の貴族達は反発するであろう。新たに貴族が増えるという事は自分達の資産が減る事であるし、同時に収入だって減るものであるから。そんな事を彼らが許容するはずがないのであるから。

(確かに)

 以前、その事で国王は帝国が羨ましいと言っていた事を思い出して彼もまたそれに共感した。王国というのは、大貴族を含めた貴族達と国王の話し合いで国の在り方というものを決めていく、たいして向こうは全てが皇帝の一存で決まるというのであるから。それであれば、物事はもっとスムーズに進むであろうと誰でも分かってしまうから。

「モモン殿の高潔さには感服致します」

「ありがとうございます」

 念には、念をと彼はアインズへと礼を言う。そして、その言葉をアインズは肯定してまったのであるから、この時点でレエブン候がそれ以上の報酬を支払う必要は無くなった。貴族と言えど、無限に財産がある訳ではない。安く済むのであれば、それにこした事はないのである。

「それで、一体何を聞きたいと言うのでしょうか?」

 だからこそ、せめて彼の要望に応えんとレエブン候は質問を促す。この時の彼であれば、妻へと言った愛の言葉さえ頼まれれば素直に教えていたかもしれない。最も、モモンがそんな非常識でセクハラじみた事を聞くはずがないのであるが。

「はい、まずは……」

 アインズも出来る限りの情報収集に努める事にした。と、いっても依頼と全く関係ない事を聞くことは出来ない。機密事項というものに触れてしまうのは避けるべきであるし、先ほどからの空気は正にそうであるから。ここで突拍子もないことを聞いて、モモンがアホだと思われる訳にはいかない。

 よって、最初に彼が聞いたのはその移動に参加する人員であった。間違った質問でない。むしろ抑えておかないといけない部分でもある。これを現地で確認すれば良いと思えば、それだけ仕事に対して遅れが生じてしまう。準備にしても、心構えにしても。

「依頼を受ける事は決まりましたので、それ位は教えて頂いても良いと思うのですが」

「分かりました。モモン殿達に隠しても仕方ありませんからね」

 そうして、彼の口から語られる。その内訳を聞いて、アインズが興味を持ったのは、自分達と同じように彼から依頼を受けた者達がいるとの事であるという事を。

「それは、その者達の事も詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」

「彼らに関してはすべて明かす訳にはいきませんが」

「構いませんよ、立場としては私どもと同じでしょうから」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 そうであるならば、彼らの許しが必要になるであろうから。と、言う事で、最低限の事を教えてもらう事になった。

「一言で言うならば、帝国の‘ワーカー’ですよ。男女4人組の」

「ワーカーですか?」

「モモン君は知らなかったかな」

「いえ、話に聞いた事はありますが、いまいち、冒険者との違いが分からなくて」

 そう言って、首をかしげて見せるアインズ、実際その通りであった。その2つは、共に依頼を受けて仕事をこなしている以上、派遣には違いないようにしか見えないのであるから。その姿は彼にしては珍しいものであり、レエブン候は英雄の意外な姿にやや心を砕き、アインザックはそんな人間味ある彼であれば、何とか篭絡する事が出来るはずであると、邪気を孕んだ企みを脳内で展開して、そしてナーベラルもまた、主のそう言った姿も愛らしいと僅かに頬を染めた。

「良い機会だ。モモン君達にもしっかりとその辺りを教えるとしよう」

 普段、余りにも完璧すぎる彼に自分が何かを教えるというのは珍しい為、上機嫌気味に話をしてくれた。

 ワーカー。または、請負人とも言うそれは、一言で言えば、冒険者のドロップアウト組との事であった。本来冒険者が受ける仕事というのは、組合が厳しく精査するのであるが、その中に市民の安全を脅かすものであったりだとか、あるいは犯罪だったり、生態系を壊すような仕事を受け付けないというものがある。

 それらをこなすのがワーカーと言えば、そう呼ばれる者達がどんな人物であるか説明がつくというものである。つまり、お金を得る為であれば、なんでもこなす者達でもあるという事である。危険性は勿論、あるし死傷する確率だって冒険者の比ではないはずである。それに、そんな者達を尊敬する者等いるだろうか? 一般的な良識を持つ者であれば、嘲笑の対象になり得る訳である。

「成程、名誉とは、どこまでも離れた人たちでもあるんですね」

「そうなんだよ」

 困ったように組合長がそう返す。冒険者組合としては、そう言った者達は出来る事なら無くしたいと思うであろう。組合には少なくとも「人々を脅威から守る」という信念があるからだ。それに対して、ワーカーと言うのはお金の為であれば、なんでもするという人種であるのだから。その内容がどんなものであってもだ。

「しかし、それ相応のメリットもあるという事なんですね……」

「ええ、少なくとも同ランクの冒険者よりは稼いでいるでしょうね」

 アインズの言葉にそう返したのはレエブン候であった。彼も別にワーカーへと仕事を頼むのはこれが初めてではないのだから。その事にアインザックは渋い顔をしているけど。

(確かに、仲介人を飛ばすのであれば、その分の費用が浮くからな)

 ワーカーと呼ばれる彼らには組合のような存在はない。よって、自分達で直接仕事を探さなくてはならない。組合が仕事を用意してくれる冒険者に比べれば高難度であるのは確かであり、少なくとも社畜であったアインズには出来ないと思ってしまうものであった。

「それも、結局は」

「腕次第という事になりそうですね」

 思わずつぶやいてしまった言葉をナーベラルが繋げてくれる。単純な戦闘であれば、現在のアインズ達にも出来ない事ではない。かといって、今更英雄路線を変更するつもりはないけど。

 さて、そんな訳で仕事を探すワーカー達であるけど、仲介人がいないと言うだけで、その手数料は浮くわけであるし、依頼人にしても正式な所に回せない以上、どうしてもお金を積むざるを得ない。本来であれば、だれもしないであろう仕事であるから。後は、当人たちのやり取りになるが、勿論トラブルが皆無なんて事はないだろうし。

(マジで、金銭トラブルで死体が出るなんて事もあるのかな)

 以前の世界であれば、それはどうやっても2次元の中での事だった為に、どこか遠くを見るような感覚でそんな想像をしてしまうアインズであった。

「しかし、よろしいのでしょうか? 帝国って、確か」

 毎年、王国と戦争をしていたはずであるとアインズはレエブン候へと問いかける。それに対して、大貴族は笑って答えた。危惧する事は何もないと言わんばかりに。

「‘腕’を信用しての事ですし、それは‘口’も含まれていますから」

「成程、これは失礼しました」

 例え、戦争をしていると言っても、それだけで国民全員が相手国に対して敵意を抱く訳ではないのだから。それに、目前の人物は国王からも信頼が厚いというではないか。そんな彼が目を付けたと言う事は信頼出来る者達であろう。

(協力者になり得る人たちかもしれない)

 もし、上手く関係を築く事が出来れば、帝国の内部事情を知る事が出来るかもしれないと彼は考えるのであった。

 

 

 



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第20話 既に始まっている

「分かりました。でしたら、次の質問をよろしいでしょうか?」

「はい、良いですとも」

 その旅に同行する面子の事は概ね分かった。一番に興味を抱いたのは自分達と同じであるワーカー達であるが、次点に来るのは王女付きの兵士という若者の事であった。その話をするレエブン候の様子から、彼にもまた並々ならぬ事情があると察する事が出来たから。

(クライム……君と言ったか……)

 レエブン候の評価であれば、現在王都に勤めている兵士の中では上位の実力に入る人物であるという。それも、努力のみでそこまで至ったのだとか。それだけで、好感は持てるものであるし、彼の事情にもよるが、少なくとも現状彼は恵まれている立場ではないらしい。

(そう言った相手であれば)

 引き抜く事も、あるいはこちらに協力させる事も可能であると、アインズは本来の外見に似合う思考を展開しながら次の質問を大貴族へと伝えた。

「王都から、城塞都市までどのように来るおつもりなのでしょうか?」

 そう、この問題である。王国というのは、広い。その辺りの事をシャルティア達が調べてくれた為、大体の時間は分かる。普通に馬車を用いるのであれば、大体7日前後であるという。つまり、既に決まった事であるけれど、それだけの時間、アインズ達は拘束されるようなものでもある。その間を他の事に当てれればという思いが油断すると湧いてきそうで、それを抑えて答えを持つ。

「そうですね……」

 レエブン候の説明はアインズが知っていた事を復習するような内容であった。やはり、大体の時間はそうであるらしい。

「時間は把握しました。こちらに問題はありません。それで?」

 彼は聞いた。どのような道筋で城塞都市まで来るつもりであるのかと。此処で彼は、以前、彼女に渡した地図の内容を思い出す。王都を中心にそれを囲むように大都市があり、そしてこの都市はそこから少し離れた位置であったはずである。そして、判明している街道を伝うのであれば、その道のりの途中に小都市と大都市が1つずつあったはずである。

 大都市の名は、エ・ぺスペル。その名からして、六大貴族が一角が治める都市である可能性が高い。

(と、違うな)

 今、考えるべきはそこではない。街道を進むのか、あるいは別に道を考えているのか、今レエブン候から聞くべきはその点であるのだから。

「そうですね……」レエブン候はしばし考えたと思うと頭を下げた。「申し訳ありませんモモン殿、そちらの方はまだ話す訳にはいかないのです」

「そうですか」

 言葉の間に挟んだ沈黙が答えであったようなものだ。

(この時点では決まっていないのか、あるいは……)

 これに関しても彼には考えであったり、用意があるのかもしれない。が、これ以上聞くことは出来ないであろうとも思い。彼は此処までにすることにした。

「分かりました。疑問は全て、解消しました」アインズは、再び胸に手を置き、全身に軽く力を入れる。それだけで、雰囲気が変わるものであるから不思議である。「改めまして、そのご依頼、お受けします」

「ありがとうございます。今は、その言葉しか出ませんよ」

 感謝を述べる大貴族に、組合長も満足げな表情を浮かべている普段、アインズに対して過剰ともとれる接待を行い、信頼を失った男ではあるけど、彼なりにこの都市を思っているのだ。3国に囲まれたこの都市がこれからも上手くやっていくためには王国の元が一番であるのは確かであるから。

「では、集合に関して何ですが……」

 レエブン候の話はどういった流れであるかという最初の部分の説明に入る。アインズ達には、明日にも送迎してくれる者達が来るという。

「それは、馬車で行くよりも早く行けるという事ですか?」

「はい、その辺りに特化した者達ですので」

 何でも、飛行魔法に加速魔法を組み合わせたり、使い分けたりする魔法詠唱者達であり、彼もそれを利用してこの都市に来たというのである。持ち運べる荷物に限りが出たり、その費用だって馬鹿にはならないそうであるけど、その仕事ぶりは一流であり、一週間前後かかる城塞都市と王都の間を、なんと1日程で運ぶことが出来るそうなのである。

「それは、今から楽しみですよ」

 思わず言ってしまったその言葉はアインズの本心でもあった。この世界独特の飛行というものもあるが、本来の世界でも飛行機に乗ることさえなかったのであるから。それならば、彼はこの世界で既に何度も浮遊している事実があるが、自分で浮くのと、何かに乗って空を飛ぶのは別問題なのかもしれない。

「ええ、本当に凄いものですよ……揺れが激しいのですけどね」

 そう言って、思い出したのか一度口を押えて――まるで何か吐き出すのを堪えているようであった――ため息を付いた。

「しかし、不安な事もあります。その場合、ハムスケはどうしましょうか?」

 そう、自分に今も左右に控えている彼女達であれば、そんなに難しくもないであろうが、あの珍獣をどうするのかという不安はどうしても出てくる。

 これが、アインズを始めとした墳墓の者であれば特に問題は無かったはずである。表向き飛行(フライ)が使えるという事にもなっているナーベラルがハムスケを抱えて飛んだ事があるくらいであるから。

 しかし、それとこの世界での、それも現地での話となるとまた別である。あの巨体を、大荷物を飛行で運ぶとなれば、それこそドラゴンを連れて来るしかないのでは? と、アインズは思う訳であった。それに対してレエブン候は笑いながら返す。それは、仕事を頼む者達への信頼込みの物であった。

「大丈夫ですとも、問題なく運んでくれます」

「そうですか、なら、問題はなさそうですね」

 こうして、アインズ達の次なる目的が決まった。英雄モモンとして、王都から城塞都市へと向かう国王一行、正確にはその付き添いである大貴族の護衛である。

 仕事の話が終わるや、レエブン候は直ぐに王都へと帰る事になった。他にもやっておかないといけない事が沢山ある訳であるのだから。

「では、モモン殿。明日また会うとしましょう」

「はい、レエブン候」

 あれから、何の事はない会話に時間を使ってしまい、気づけば夕刻であった。それだけの時間を、もっと言えば今日一日目前の人物を拘束していた訳でもあるし、それも当然報酬へと加えるつもりであった。

「ナーベさんに、レヴィアさん、それとハムスケ様も明日以降はよろしくお願いします」

「はい」「問題なく」「任せるでござる~」

 貴族からかけられた言葉にそれぞれに応じるモモンの仲間たち。

 現在、彼らがいるのは組合の裏口から出た場所であった。そこは日も殆んどささず、その為に陰気な臭い、こぼれた酒であったり、崩れた食べ物であったり、はたまたごくごく自然な老廃物であったりと、それでも定期的に組合の職員が掃除をしている為、そこまで不快になると言ったものでもない。

 それと、ここであれば、余りひと目につかないというのも大きい。現在、自分は必要以上に他人に見られる訳にはいかないのであるから。

(そう、とにかくこれからだ)

 大変になるのはとレエブン候は内心で呟いた。国王が都市外に出るとなれば、本来ならばもっとたくさんの護衛がついて叱るべきであろう。だと言うのに、貴族たちは自分達の権力を守る為に、その為に相手陣営の足を引っ張ろうと互いに健闘違いな方向への努力をしてしまい、その結果がこれであるのだから。本当に情けないの一言しか出てこない。

 それにとレエブン候は思考を続けた。彼らには話していないが、どうにもきな臭い噂の類だってあるのだから。此処最近、王派閥の貴族が行方不明になったり、あるいは殺害されているなんて事件も耳にしている。王派閥達は貴族派閥が何かしているのではないかと勘繰っている。それも当然の流れと言えるが、レエブン候にはその心当たりはない。わざわざ、貴族間のトラブルを増やそうだなんて今の彼には微塵も考え付かない。そんなやり方を取ったしても、非難を浴びるだけで現状は何も解決しないのであるから。

 いなくなった貴族たちには共通点があった。それだって、元オリハルコン級であった彼らの働きあってこそ分かったものであったけど。居なくなった者達はどうにかこうにかこの行事へと介入するつもりであったらしい。その為に、それぞれに独自の情報網――この場合は王城に働きに出ている娘であったり、息子から聞く――で国王一行がどの道を行くか調べていたらしい。大方、道中で関りを持つ、祭りをなす等して、国王との繋がりが強いのであると、民へと主張する算段であったのだろう。

 それに関しては本当に無駄な努力と言えた。何故なら、それも含めてすべてレエブン候が国王から一任されており、そして彼はその計画の事を誰にも話していないし、話題にすらするつもりはなかった。彼としては、迅速にそれでいて、効果的に終えたいと言った気持ちがある。こんな時世だ、国王が王城を離れるというのは不味いのである。

(ち、本当に)

 舌打ちをしたくなる気持ちを抑える。それだけに事態は厄介な方向へと転がっているのである。やはり、自分の勘は、王位を目指して表裏で様々な事をなしてきた頃からの磨かれていた己が勘が鳴らす警鐘は間違いないであるだと改めて思った。アダマンタイト級冒険者チーム3人に1人、そして実力であればミスリル級にも匹敵すると言われているワーカーチーム4人、そして近衛隊30弱、それだけの人員で何が何でも国王たちを守り、その上で陣中見舞いも成功させなくてはならない。骨が折れる程に大変なのは目に見えているが、それでもやるしかない。全ては愛する我が子の為に。

 そうした不安材料が既に目に見えて来ているのだ。これで、馬鹿正直に街道を使うものがいるであろうか? 少なくともレエブン候はそうするつもりはなかった。これも国の恥であるが、王国内というのは治安がひたすら悪い、それ所かそこに商機を見出している者さえいるのであるから、その改善だってもっと時間がかかるかもしれない。

 無論、街道を外れるというのが一種の愚策である事には変わりはない。最短の道を外れるのであるから、時間はかかるであろうし、その分人員への負担だって大きいものになる。特に国王だ。年にして60、普段の歩行すら杖が必要なレベルで足を悪くしているのであるから。

(その為にも)

 現在も動いてくれているであろう部下達の働きが重要になってくる。モモン達には1週間前後だと話してあるが、どうにかしてそれを5日で済ますつもりであるのである。その算段だって用意が出来ている。

(普段の行いというか、若気の至りと言った所か)

 元は、野望の為に用意していたものであったが、それが国王達を守る為に使う事になるとは、なんとも皮肉な話である。それこそ、伝手を使って、十年以上前から集めていたものでもある。

「では、私はこれで失礼しますよ」

「はい、と、言ってもまた直ぐに会う事になるでしょうけど」

 英雄と軽く挨拶を交わして、レエブン候は道を歩き出す。その際にローブを纏い、顔を隠すことを忘れずれに、今の彼は組合長の施設兵の1人と言う事になっている。自分の動向も可能な限り隠していかないといけない。

(既に)

 戦いは始まっているのであるから、この行事が決定した時からと彼は考える。それだけ、国王と言うのはこの国の重心であるのだから。

(しかしな)

 歩きながら、不安にも思っていた。自らの部下達、それこそ目をかけ鍛えて貰い、今日まで働いてくれている者達。当然ながら、魔法を使用して、定期的に連絡を取っているのであるが……

(大丈夫だろうか?)

 数日前から連絡がこない者達がいるのである。それだって別に初めてという事でもないので慌てるなんて事はないが、それでも不安で胸は曇るばかりなのである。

 

 

 そう、彼の危惧する通り、既に戦いは始まっていたのである。

 

 全身を流れたのは涙に血、それらが体に痕を残している。それだけの惨状でありながら、青年は動くことが出来なかった。全身を締め付けているのは縄であり、それが動きを拘束しているのであるから。

(まる……で、よく――出来た人形だな)

 少しもでも気を抜けば、意識が落ちてしまいそうな状況下。そう思わないと心が砕けそうであったから、現在自分は椅子に座った形であり、その周囲にしたって、無機質なものだ。石製だと思しき壁に床が広がるだけであり、それだって長年放置されていた事を証明するように色あせているのであり、何より生活しているという痕跡が全く見られない部屋であった。

(地下なのは間違いない)

 かすかであるけど、時折上方から音がするのだ。何かを引きずっているように断続的に、それでいてするような音が。

「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」

 耳に届くのは自分よりも幼い子供の声であった。そして、力の入らない目は嫌でもそれを捉える。

(ほんと、何なんだよ)

 このガキはと思ってしまう。膝を抱えるように屈み、こちらの様子を伺っているのは、本当に幼いとしか言いようがない子供であった。年は、12から13と言った所、その年であれば働く子供がいても別におかしい話ではない。しかし、これは異常だと青年は思った。

「どうして」頬に何やら絵が描かれている子供は首を傾げる。それは、どこから見ても幼さが見える動作であった。「教えてくれないの?」

 そう言う子供の足元に転がっているのは、何かしらの器具、それも片手で使用できるものであったが間違いなくその使用方法は誤ったものであると誰が見ても判断出来た。何故なら……赤く染まっているのであるから。それはどこから来たかなんて考えてはいけない。そうしてしまったら……

「どうして?」

 子供はしばらくその言葉を続ける。それに対して、青年は無言を貫いた。答える事など出来るはずがないし、こんな目に合わせる相手を外見で判別するつもりもなかった。しばらく、押し問答は続いたが、やがて子供の声は涙声になっていった。

「どうして? ひっく、意地悪するの? ひっく、教えてくれないの?」

 意地悪なんて生ぬるい行為を受けているのは自分だと言うのに、その姿に罪悪感が浮かぶ程、その姿はやはり何処にでもいる子供のものだった。だが、それを思うと同時にますます気味が悪いとも思ってしまう。ちぐはぐと言うべきと言うべきか、適当な言葉が思いつかなかった。

 泣き続ける子供を複雑な心情で眺める事10秒ほど、青年の耳に新たな音が聞こえてきた。それは、規則正しく床を何かで叩く音であり、それはこの部屋唯一の扉の向こう側から聞こえている様であり、そして徐々に大きくなってきている。

(あいつだな……)

 直ぐに思い当たる。自分がこんな状況に陥った直接的な原因である人物であったはずであった。やがて、扉が開き、1人の男が老人のような足取りで入って来た。片腕しかないその体に杖をついたその姿に子供は少し涙を引っ込めながら呼びかけた。

「にいにい」

「どうした? フェイジョン」

 名を呼ばれた子供は縛られた青年を指差す。「この人、何も教えてくれない」

 杖をついた男は子供の足元を見て、それから青年の有り様を確認して、再び問いかける。

「言ったようにしてくれたのか」

「うん、足の爪は全部はがしたよ」

 軽く、重々しい事を口にした。それを聞いた男も別に動揺する様子は見せず、それから青年へと視線を向ける。

「だんまりか、ちと問題だな」

 子供の言い方では誤解が生じるものであったが、男は理解していたし、信用していた。頼んでいたのは、捕まえた青年の拷問であったから。やり方は至ってシンプル。質問をして、答えなければ足の爪をはがす。それを繰り返すだけだ。そして、子供はその通りにしてくれて、出来る事をやり尽くしてしまったと言った所。

 それだけの事をされたと言うのに、嘘さえ吐こうとしない青年にやや尊敬の念を抱きながら男は近づく。歩くたびに鈍痛が男を襲うが、それ自体は慣れたものであった。距離にして5メートル程、それを20秒ほどかけて距離を詰めると、腰を落として青年の顔を覗き込むように、視線を向ける。男は左目を眼帯で覆っていた為に、向けられる視線は右目からのみであったが、それだけでも青年の心臓を圧迫するには十分であった。

(ロックマイア―さん……)

 青年は思わず、師匠である人物の名を思い浮かべていた。彼にその人物は仕えている貴族の目的の為、各地で行動をしていたが、その折に目前の人物に目をつけられてしまったのであった。と、いってもそれに気付いた時には全てが終わっていたのだ。

(何をされたんだ)

 そう、気づけば自分は倒れていて、体は動かそうとしても動かず、あの男が見下ろしていたのであるから。それまでされた仕打ちでもはや自力で指一本動かす事も難しい様子の青年に男は語りかける。

「あそこで、何をやっていた? やましい事が無ければ答えられるはずだが?」

「…………」

「肯定、と。ま、無理な話か」

 そもそも、この青年がいたのは国内でも普段、人が寄り付くことがない所であった。散歩だとか、散策だとかで来る人間はまずいないようなそこにいて、それで何かをしている様子であった青年を捉える事にしたのはそう言った理由からであった。本当に何も知らない、そう、天然の一言で済ませる事が出来る民間人であれば別にどうこうするつもりもなかったが、この青年は間違いなく何か隠しているというのが男の考えであった。

(情報はあれ以来、入ってこないしよ)

 国王が陣中見舞いで城塞都市を訪れる。伝えられたのはそれだけであり、具体的な日数についてはまだ分かっていない。と、いうか急にその話を聞かなくなったというのも大きい。それまで、噂なりが王都でも聞こえていたというのに、それさえも止んで、協力者もとい雇い主からの連絡もないとなれば、こうして自分達で動くしかないのである。

(たく、本当に使えねえ)

 この国の貴族、その殆んどが無能である事は今に始まった事ではないけれど、それでもと男は一度舌打ちをする。彼らは時に実利よりも自らの名誉を優先する事もある。それによって生じる不都合などにはいくらでも目をつむって。

「何か分かったか?」

 その言葉に青年は肩が震えた。この部屋に居るのは、自分に杖をついた眼帯の男、それとむごい仕打ちをしてくれた子供の3人であり、その声はその誰の物でもなかったからだ。

(まただ……)

 その声にも聞き覚えはあった。どうにもこの2人よりも立場が上であるらしく、と、今はそこではない。その人物はとにかく気配なくいきなり現れる事が多いのであった。今だってドアが開いた様子どころか、音だって聞こえなかったと言うのに。

 視線を動かしてみれば、いた。

(いつの間に)

 青年がそう思うのも無理はない。彼の記憶では、自身の右方向には何もなかったはずである。だというのに、椅子とそこに座っている人物が突然現れたのであるから。

「隊長」「隊長~」

 その姿に残りの2人が短く声をかける。それから、隊長と呼ばれた男は視線を青年に向け、彼の状態を確かめてそれから子供の足元に転がる血まみれの道具に無理矢理はがされた為に死んでしまったとも言える青年の体の1部だったものを見て、軽く息を吐いた。

「進んでいないか」

「ああ、奴さん、全然喋ってくれなくてな」

「どうしよう? 隊長」

「そうだな」

 これからどうやって、国王達に関する事を集めるか、それを思案し始める彼らの脳に不意に音が響く。

「連絡か、フェイジョン」

「うん」

 それを受けた男は子供へと目配せする。すぐに子供は転がっていた道具の中からスクロールを取り出すと、それを宙へと放り投げる。

「――」

 子供が口にしたのは青年にとっては聞き覚えがないものであった。それと同時に燃え広がるスクロール。

(なんだ? 何の魔法だ?)

 

 そんな青年を置いて、3人は伝言の魔法を使用した。それは、アインズ達ナザリックが使用しているものと似て異なる魔法であった。

 伝言(メッセージ)の多様で滅んだ国があるというのは有名な話であり、それを繰り返さない為の保険が施されたものであるのだ。先に子供が発言したのは、その起動と暗号を兼ねたものであり、もしも此処で間違った言葉を言えば、その一帯を巻き込む程の爆発が起きる代物でもある。では、そんな大切な言葉を現状敵である青年の前で言っても良かったのか? と、言えばそれも問題はないのである。それは、この世界の人間でも滅多に口にする事がない単語だったり、発音を組み合わせた特殊なものであったから。

 日本語ではなく、英語、ドイツ語、スペイン語等を合わせて3等分したと言えば良いだろうか? とにかく始めた聞いた者が混乱してしまう位には難解な言葉でもあると言った所か。

『アキ―二? 繋がりましたか?』

 その言葉は杖をついた男に向けられたものであったが、青年を除い全員の頭に届く声でもあった。

(ほんと、便利だよな)

 男はそう思いながら応じる。と、言っても別に口を動かす訳ではなく、軽く念じるように脳内に言葉を浮かべるだけで良いのだから。そう思っても仕方ない。

「ビゴスか、ああ、繋がってる。ついでに言えば、フェイジョンと隊長も一緒にいる」

『そうですか、それは都合が良いです』

 これは何か新しい事が分かったのであろうと、伝言を受けた男は椅子に座った人物と一度目をあわせる。彼は一度瞬きをした。続けろという事だ。

「何か分かったのか?」

『そうですね、今回の件、ウロヴァ―ナ辺境伯は関わっていないようです』

 出てくるのは六大貴族の名前であった。それも、年配でありながら未だに領主としての手腕が衰えていないとされている人物であった。

「それは、本当か?」

 続いて言葉をかける(と、言ってもそう通話しているだけであり、実際に口を動かしている訳でも声を出している訳でもない)のは隊長だ。

『はい、ここ3日、領地にある家から出る様子は見られません』やや、間があいて言葉が続く。こちらに意見を求めたいと言った口調だった。『何ですかね? 木の棒らしきもので球状の物を叩いて、転がしていますよ』

「貴族の嗜みなんざ知るかよ」無駄な事に僅かでも時間を割いたことに文句を言い、杖をついた男も確認とばかりに言葉を返す。「確か、国王の件が決まったのが2週間前だったよな?」

『ええ、そうと記憶しています』

 国王に、大貴族、その他の貴族達は定期的に王城にて会議を行っている。陣中見舞いもまた、その場で決まった事であるから。そこまでは、何とか知る事が出来た。その為に何人か殺めてはいるが、それを気に病む性格であれば、こんなところにいはしない。

 ならば、次に調べるべきは大貴族達であった。必ず誰かが、その行事に深く関わっているはずであるから。そこで、また別の声が聞こえてくる。

『あ~、あ~。繋がっているか~』

「フランベか、そっちはどうだ」

 それは、また別の事を調べている同僚の声であった。こちらの声を聞くや、向こうも間違いではないと判断したらしく、声が帰ってくる。

『アキ―二か、ああ、こっちも分かったぜ!』

 煩わしいと思ってしまう。この人物は過去にあった事が原因で、少し心が壊れてしまっており、その為に普段からテンションが高いのであるから。

(いや、それは)

 此処にいる奴全員がそうであるかと男は結論付ける。少なくとも一般的な普通の人生を生きてはいないのであるから。

「お前の担当はぺスペア候だったな」

 その貴族が治める領地は丁度、王都と城塞都市の間にある為、その貴族が今回の行事を取り仕切ってもおかしくはないのであるが、返ってきた言葉は男の期待を裏切るものであった。

『そいつも、深くは関わっていないだとさ』

「どうやって、調べた?」

 再び隊長が聞く。先に連絡をよこした男と違い、こいつは過剰にやりすぎる所がある為、聞かない訳にはいかなった。

『適当な奴を捕まえて、吐かせただけだぜ?』

 その答えが出るという事は少なくともその相手を燃やしているのは確かであり、その為に事後処理というものをしなくてはならない。

『相変わらず』言葉を発したのは先に連絡をした男であり、その声には呆れたと言っており、男も軽く同意する。『悪趣味ですね、そんなに焼死体にこだわる訳があるのですか?』

『良いぜ~、人体ってよ~燃やすと独特の匂いを発するんだ。それによ~』彼は嬉々として続けた。まるで子供が捕まえた虫を自慢するように無邪気にも聞こえてきそうであり、そこは気を付けるべきだと男は自身を律した。『自分が丸焼けになるのを見せながら、聞くとさ、答えてくれんだぜ? まあ、嘘の可能性も否定できねえけどよ~』

 つまり、足元から焼いていったと男は解釈した。その方法では正確な情報を得られるかは、難しいものだ。それを言ったら、自分が子供にやらせていた事もそんなに変わらないけれど。

 もしも最上の拷問というものを求めるのであれば、それは2人以上同時に行うことである。1人だけ行ったとしても嘘を言って、その場を逃れようとする者が出る事だってあるのだ。

(ま、だったらな)

 男は捉えた青年へと視線を移す。こいつは当たりであると、絶対に何か知っているはずである。そうでなければ、あんな所にいた説明がつかない。

『アキ―二、こっちも良いか?』

「今度はお前か、パルマ」

 続けざまに連絡をくれたのは、現在2人で動いている者達の片割れであった。

「人数不足は辛いな」

 思わずそれを口にしてしまった。青年は不思議な顔をしている。当然だ、ここまで無言だった者が久々に発した言葉がそれであるから。それは、隊長と呼ばれた人物も感じていた事のようで、ため息をついていた。

「それは承知している」

『パルマ、あなた達の方はどうでしたか?』

 此処にいる男たちが止まったしまったので、代わりに最初に連絡をした人物が代わりに問いかける。奇妙な光景にも見えるが、これが先に使用した魔法の効果であり、より発達した伝言とも言えた。

 イメージを言葉にするのであれば、人の意識と意識と繋ぐ回線をその都度、生成していると言えば良いだろうか?

 初めに子供がしたのは、そこに入る為の準備、もっと言えば、先に言葉をかけた男がしたのはその呼びかけとも言えるもの。

 もっと簡単に言えば、彼らは特定の建物を借りていて、それぞれが鍵を持っているようなもの。勿論、魔法対策もされているようで、彼らが言葉を交わしている所に正規以外の方法で入ろうとすれば、即座に反撃魔法が作動する仕組みでもある。

(随分進んだもんだな)

 これらを提供した人物の国で開発されている新たな魔法であるという事であった。彼にその国が自分達に協力してくれている理由だって分かっている。

(ほんと、嫌われてんな)

 この国はと思う。まあ、それを言うのであれば自分もそうであるけどと考えている男の耳に報告が続く。

『今、街道で適当な貴族を捕まえて、て、おい!』

『『「「「???」」」』』

 突然の怒声に聞き手である5人が疑問を抱いた所で、次に聞こえてきたのは轟音であった。同時に何かがつぶれる音、何か質量が大きい物が何かをつぶしたのであろう。

(また、リブロか)

 心で嘆息しながらもそれだけで彼らの報告を聞く必要は無くなってしまった。大方、貴族を殺したのであろうけど、彼も此処に所属するだけあって、冷静な所もあるのだ。そんな彼が、何の脈絡もなく殺すはずがない。

 つまり――

「特に進展はなし、と」

『悪い、そう言う事になるな、ムール』

「まあ、死んだ奴に関しては今は置いておくとしようか」

 それから隊長は続けた。現在、分かっている事は余りにも少なすぎると、せいぜいその行事に戦士長が参加しないものくらいだ。

「隊長、やはり王派閥だけじゃ、限界があるんじゃないか?」

 杖をついた男は隊長へとそう問いかける。現在、話を聞くためにそうしているのはその派閥の者達に限っていたからだ。

「そうかもしれんな、しかし、クライアントの意見を無視する訳にはいかない」

 それに対して、苦々しいと言った感じで返す。彼らにもある程度の資金を融通してもらっている以上、余り刺激するような事をする訳にもいかないのであるから。

『阿保らしいですね』

『どいつもこいつも馬鹿なんだよ!』

 それは、彼らの偽りなき、貴族達への評価であった。王位を取る為であれば、自分達のような薄汚れた者達に金を回す者。貴族の誇りとやらを証明する為に、最大戦力であるはずの戦士長を外すと言った選択を取る彼らへの。

「そうだな」

 椅子に座った男はしばし天井を見上げ、思考した。現在自分達が知っている情報を洗う必要があってとの事であった。

 先に調べて貰い、結果無関係という事が判明した2人は王派閥の大貴族であり、片方は次期国王候補の1人であったはずであり、その2人が違うというのであれば、他を当たるしかないし、部下が捉えた青年の雇い主もそこにいるはずである。

(彼らはないな)

 貴族派閥筆頭である彼と、そして王派閥の中心である金持ちの2人。前者に関しては『黙認』と言った形で協力してくれている。正し、第1王子には手を出さないと言った条件付きであった。これを破れば、自分達は少なくとも5000の兵士を相手にする事になる。

 後者に関しては、別のクライアントが話をつけてくれるということであった。何よりも財力に重きを置く男であるのだから。どういった手を使うか見当はつくと言った所である。

(と、なると)

 後は、貴族派閥所属の2人であるが、その内1人はあり得ないと答えは出ていた。その男の評判は酷い、六大貴族、現当主達の中では最も無能であり、周りの足を引っ張る事で自身の評価を守る男であるというのであるから。

(ならば)

 あの男だろうか? しかしと男は疑問符を浮かべる。その男もまた評判は悪い。2つの派閥を行き来して、おいしい汁を吸っているという話であるのだから。

(だがな)

 そこが引っかかるのであった。そんな評判を持ちながら、その人物の会議での発言力は強いものである。それだけ、その男の能力が高い事の証明でもあるし、もしかするとと男はある可能性に辿り着く。

(悪評はわざと流している?)

 人とは、嫌な生き物であり、良い事よりも悪い事の方が広まりやすいのである。そこを利用して、世間に対する自身の印象を操作する事も出来るのではないか? そこで、男は再び青年を見る。彼は状況が分かっていないと言った様子だ。先にやらかした部下とそれに返す自身の言葉だけでは何の事かさっぱりであろう。

(ま、進んでいるだけマシと思うべきか)

 とにかく、地道にやっていくしかないのである。人員も時間も限られており、恐らく向こうの方が資金だって上だ。それでもやるしかないのである。

「ご苦労、一度連絡を終了する、他に言っておきたい事はあるか?」

『特にありませんよ』

『ないぜ~』

『こっちもなしだ』

「そうか」男は、部下達を鼓舞する意味合いも兼ねて言葉を続ける。「俺たちの今回の目的、それは国王と王女の首だ、耳だとか指だけ用意しても殺したという証明にはならない」

『了解』

『了解だぜ!』

『おっけー』

 その言葉に問題はなさそうであると男は続ける。「その上で各々肝に銘じておけ、国王と王女の死、それは前提であり、決してそこが俺達の終着点ではない事を、その先こそ、俺達が目指す場所である事を」

 彼のその言葉に、その場に居合わせた2人は勿論、伝言越しに聞いている3人に、その内1人の傍で聞いているであろう1人も心に刻むように聞き入る。先に杖をついた男が言ったように、普通の人生を歩んでいれば、こんな事をする事なんてなかっただろう。それでも、此処にいるのであるから、仕事は果たさんと、言いたげに。

「以上だ」

 男のその言葉を最後に全員の脳内を共有しているという奇妙な感覚は終了した。男は立ち上がると、扉の方へとあるく、その際に杖をついた男へとこれからの指示をしながら。

「俺は一度、城塞都市へと戻る。その間の事はお前に任せるアキ―二」

「了解、こりゃ、手分けして探さないとならねえな」

 その言葉を受けて、先ほどから無言であった子供が目の前で両の手を握り締めて見せる。自分も役に立って見せるという意思表示であるのだろう。

「念のため、エ・ぺスペルに1人残して他の者達で調査を続けろ」

「了解、ま、言わなくてもあいつらは動いていると思うがな」

 男を見送った後、彼は青年の方へと向き直る。その瞳は既に興味がないと言った所であった。

「方針が固まったし、いつまでも時間を割く訳にはいかないからな」

「絶対言うものか」

 初めて聞いた青年の言葉に彼は面食らったようであったが、それも直ぐに引っ込み、次に彼が浮かべたのは微笑であった。

「マジで忠誠の塊だな。そうだな、俺の負けだよ」

 青年は息を飲んだ。そう言う男の左腕、ぶら下がっている袖が膨らみ始めたからである。そして、次の瞬間には彼は意識を失った。

 

 

 その日の夜、アインズはいつもの宿部屋にいた。外は既に暗く、それは室内も同様であり、明かりは机に乗ったランタンとそこに込められた光源魔法だけである。

「さて、周囲の様子は問題なしと」

 念のため、周囲の警戒をしてから伝言(メッセージ)を起動させる。ちなみに、レヴィアはいつもようにハムスケと馬小屋へと向かい。

(そんなに良いのか……今度、俺も試してみようかな)

 ナーベラルもまた、既に就寝している。本人は臣下が主より先に寝る等あり得ないと当然のように抗議してきた訳であるが、今回の話は出来る事ならアインズ個人でしたいものだと伝えると、納得してくれたのである。それでも、念の為に墳墓からエイトエッジアサシンを呼んで欲しいとしつこく懇願してきたのであるが、それも仕方ないと思うしかない。

(一応、俺もトップな訳だしな)

 ナザリック地下大墳墓の支配者にして、今はなき、上位ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドマスターであるのだから。その警護に彼女が神経的になるのも当たり前である。そして、自分はそれを蹴ったのであるから、この件で彼女がアルベド達に叱られるなんて事はないようにしなくてはならない。

「デミウルゴス、すまないなこんな時間に」

『これは、アインズ様。いえ、貴方様の為でしたら、時間ごときいくらでも割きますよ』

「助かるよ」

(ん? 少し待て)

 現在、時刻は23:30程であり、アインズが知る限りと言うべきか、理想とするべき生活では既に就寝する時間のはずである。

(あいつ、今日は夜勤か?)

 無論、墳墓に所属する者すべてがそうではない。交代制で夜間働く者達だっているし、それも定期的に昼の時間帯と取り換えてもらっている。その辺りは統括である彼女の役割であり、以前自分も夜に回して欲しいと、あくまで彼らと対等である為に頼んだ所「アインズ様に無理をさせる訳にはいきません!」と取り合ってもくれなかった事さえある。

 と、彼は感じたのは墳墓で随一の知恵を持つ階層守護者の1人である悪魔がしっかりと夜寝ているのかという疑惑であった。

(いや、大丈夫だ。きっと今日は夜勤だったんだ。そうだ、そうに違いない)

 そもそも、部下のシフトを把握していないというだけでもトップとしてはあるまじき事ではあるけど、自分はそこまでスペックは高くないと何とかごまかしながら、彼へと今日あった事を伝えた。

『成程、国王の警護ですか。でしたら、こちらからも何名か派遣した方がよろしいでしょうか?』

「いや、それには及ばない。今回の件は、私達だけで何とかするつもりだ」

 実際この世界であれば、トップクラスの実力を持っているという事になっているので、可能な限りそうしたいというのが、半分、そしてもう半分の確認の為に彼へと連絡をとったのであるから。

「デミウルゴス、王国の内部調査はどの程度進んでいる?」

『そうですね、やはり都市部を中心になっているかと』

 王都、城塞都市と後、複数の小都市、現在ナザリックが手に入れている情報はそれ位であるという。別に彼らを責めるつもりはないし、もしも責められるとしたら、それはアインズにも言える事である。それだけ、王国領土が広いという事もあるし、墳墓にいる人員だって無限ではないのだ。計画遂行、墳墓の管理運営、さらに軍拡に生産と様々な事を同時に行っている為に、それぞれに分配出来る人員にも限りだ出来てしまう。

 現在、墳墓外で動いているのがアインズ自身が率いている冒険者組を合わせて、4組という事実からもそれは言える事であった。単なるポップモンスターに任せると言った選択には彼には出来なかった。今では、彼らも自らの臣下であり、家族という考えだったからだ。だからこそ、信頼に実力がある少数精鋭で外部の調査にあたっているのであるから。

『そうですか、申し訳ございません。私どもが至らぬばかりに』

「いや、お前たちはよくやっているよ」

 他にも危惧しておくべきことがある。それは、現地人の事だ。レベルであれば、確かに自分達の優位はそうそう揺らがないであろう。しかし、だからこそ、油断をしてはいけないのである。

(シャルティアが……)

 彼女の性格を考えれば、あの時突っ込むことだってあったかもしれない。その可能性を、彼女と戦う事になっていたかもしれないと思うたびに彼女の決断を称えている。本当にありがとうと。

「現地の人間が世界級アイテムを持っている可能性がゼロではないし、王国は()()()()()

『そうですね、私どもと似た者達がいる可能性も大いにあるとアインズ様はお考えですか、流石でございます』

「いや、お前であれば容易に想像できたことでもあるだろう」

 そう、王国内は本当に隙だらけであり、やろうと思えば、その領内に自分達がやっているように施設を作ったりだとかも出来る可能性があるのである。

 では、次に危惧すべきは何かと言えば、モモンとその仲間達がぷれいやーとそれに仕えているNPCであるという事を決して知られないと言った事である。

 あくまでモモンとして、今回の依頼をこなす。上記の事情に、多少ではあるが、アインズのなけなしのプライドも入っている。

 自分が受けた仕事位、自分達でこなさなければ墳墓の主として示しがつかないのであるから。

『畏まりました。そう言う事であれば、私どもが介入する必要はないと言う事ですね、アルベドにはアインズ様が直接お伝えになりますか?』

「あいつもまだ起きているのか?」

 守護者統括となれば、忙しいのは分かる。それでも、しっかりと体と心を休める習慣をつけて欲しいと思いながらそう返して、その声音から主の気遣いを有難く感じながらデミウルゴスは笑って答えた。

『いえ、彼女は就寝中です。何でしたら、起こしましょうか?』

「いや、その必要はない明日、お前の方から伝えてくれ」

『畏まりました』

「では、私達も寝るとしようか、お前も睡眠はとっているんだろうな?」

『勿論ですとも』

 流れるように紡がれる彼の言葉に「本当かよ」と思いながらも締めの言葉を口にする。「では、良き夢をデミウルゴス」

『アインズ様もごゆくっりとお休み下さいませ』

 その言葉で伝言を終了したアインズはベッドへと歩き、その途中眠っている従者の頭に手を置いてやる。

「いつも、ありがとうな」

 その言葉に彼女の寝顔が少しほころんだように見えて、それにまた胸が温かくなって、彼は今度こそ眠りにつくのであった。明日から始まる依頼をどのようにこなしていくか、彼なりに構想を練りながら。

 

 戦いは既に始まっているのであるから。

 

 



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第21話 空の旅

 しばらく間をおいてすみませんでした。では、最新話どうぞ。


 翌朝、アインズ達は予めレエブン候から伝えられていた場所へと向かっていた。今回の依頼を受ける間、彼らは長期の休暇を取っているという事になるらしい。それが、組合長の心配りであった。と、同時に防衛の一種でもあるのだろう。

(そこまで、神経質になるか……いや、それも当然か)

 これから自分達が行うのはこの国のトップの護衛だ。どこに敵がいるか分からないのであるから。

(まるで映画だな)

 これから仕事だというのに、アインズは顔が緩むのを抑えられる自信が無かった。その為、兜に感謝した。

 ナザリック地下大墳墓には様々な施設がそろっている。全て、かつてのギルメン達が残してくれたものである。同時に、彼らの理想でもあったのだろう。現実では実現が難しいからこそ、仮想世界にそれを求めた結果があれらだろうと彼は物悲しく感じながら回想を続ける。

 特に第9階層がその割合が顕著であり、カラオケボックスだとか、プールにトレーニングルームであったりと、中には全く墳墓の雰囲気にあわない和室なんてものもあったのであるから。一体誰の趣味だと彼は嘆息する。そんな彼がそれらの存在を知らなかった事も無理はない。

 余裕が無かったのだ。当時、唯のプレイヤーでしかなかったアインズにはそれらを、墳墓を維持するためお金を稼ぐのでいっぱいであった為に墳墓の事細かな所まで知りようがなかった。それが、以前の少女の件に繋がったりする訳だ。

 そんな施設の中には当然の如く、映画館というものもあった。それもかなり再現したもので、その部屋に入った時に最初に来訪者を迎えるのはエントランス。天井には円形に切り抜かれた箇所がいくつかあり、その中にそうようにフラフープのような電灯が3重にはめられていて、外側の2つは白く、中央の1つは青く光り幻想的な雰囲気を演出する。

 そして、部屋を見渡せばわざわざ受付が再現されてあったり、その前には客を並ばせる為のガイドポール群が並んでおり、その前にはベンチが30人分程用意されている。そこから少し離れた辺りには売店があり、飲み物は勿論、アウラ辺りであればすっぽり中に入ってしまいそうではと思う位に大きいポップコーンマシーンが置いてあった。

 壁を見れば、それこそ多種に渡る映画のポスターが貼ってある。

 そして、売店の反対側に通路が続き、そこに進めば扉が左右に3つずつ続く場所につながり、それぞれが上映室へとつながっているのだ。そこにしたって、再現率は高く。成人男性50人は寝転ぶことが出来そうな大型スクリーンに、その前に並んだ折り畳み式の椅子と見事に映画館を再現したものである。

 そして、どういう訳かあの時からの出来事からその手のものも墳墓に増えつつあったし、元からギルメン達が持ち込んでいたものもある。

(………………)

 これは、かなりアウトな部類だとアインズは思った。確か、映画にも著作権というものはしっかりある訳であり、基本的に「個人で楽しむ」以外の使用は禁止行為であったはずだ。

(誰なんだ?)

 つい、思ってしまう。と、同時にそれをやった人物が主張したい事も何となくであるが、察した。もう誰かは分からないが、そのギルメンはかなりの映画オタクであり、彼――ギルドには女性もいるが、彼女達の線は薄いとアインズは思った――はこう言いたいのだろう。

『俺は、映画館というものを再現した上で映画を楽しんでいるんだ! 文句を言われる筋合いはねえ!』

 それを抜きにしたって、こっちの世界に文句を言いに来る人間はいないであろう。よって、アインズはこの施設も有効的に活用している。

 そんな支配者の努力のかいあってか、墳墓に所属する者達の休日の過ごし方にこの映画館を含めた施設で遊ぶというものも少しずつであるが広まっているらしい。

 その事自体は喜ばしいことであるし、それにより彼らの好みを知る事も出来るのであるから。

 アルベドを始めとして、大人の女性陣と言うべきか、そんな彼女達にはやはり恋愛映画が人気らしいし、アウラは動物が出てくるものが好きらしい。コキュートスは時代劇があうとか、その外見通りの好みであるから。

 驚きであるのが、デミウルゴスがコメディ映画を好むと言った所だろうか? 彼には推理映画とかが似合いそうだと思って、アインズは考え直す。

(そうだよな、あいつの事だ)

 彼の事だ、直ぐに犯人が分かってしまい楽しめないのであろう。あんな顔で、真顔でコメディを見ているとそんな場面を想像してしまうとつい笑ってしまそうになるけど。

(と、いかん)

 いい加減思考を切り替えるべきであると、アインズは気を引き締める。これからやる事次第で、自分達の計画に大きく変更が起きるかもしれないし、英雄モモンという立場を更に盤石にする為にも、集中しなくてはならない。重要な取引を前にして、夕飯の献立を考える人間がいるか? いないであろう。いるとすれば、相当呑気な者かあるいは余裕がある者だ。そして、アインズはそのどちらでもない。

アインズ様(モモンさん)、間もなく言われていた場所です」

 今も、自分の隣を歩いているナーベラルの言葉にアインズも視線を前へと向ける。

(まさか、またここに来ることになるとは……)

 思わずそう愚痴りたくなってしまう。レエブン候から指示されたのは、あの夜、彼が1人で向かった墓地であるのだから。確かにここであれば、あまりひと目につくこともあるまいし、衛兵にも話は通してあるらしい。彼らは短く「どうぞ」とだけ言って、アインズ達を通してくれた。

 

 そこからしばらく歩く。城塞都市の4分の1を占めているというだけあり、やはりこの墓地は広い。と、同時にあの夜の激闘が脳内で再生される。

「ナーベ、大丈夫か?」

 そう聞いてしまったのは、あの時の出来事を思い出してしまったからだろう。思わず口にしてしまった事に彼は後悔すると同時に自身の配慮の少なさに苛立つ。彼女は彼女であの時の出来事を乗り越えようとしている事だろう。だというのに、自分はそれを軽々しく口に出してしまった。それも大事な事かもしれないが、それによって、彼女が辛い記憶を思い出す方がはるかに問題であった。その思いが彼にひときわ大きい舌打ちを、それこそ彼自身は気付かずにしてしまう。

 それを聞いて身を震わせる者はこの場にはいない。それだけの信頼があるというのもあれば、さほどそういった事に敏感ではないと言ったものもいるからだ。ナーベラルは当然の如く、前者であり主の心遣いをありがたく感じていた。

 既に済んだ事であるし、彼女だってもうあの夜戦った女戦士の事は許している。と、いうか主の養子である少女、妹の方が彼女を大変気に入ったとなれば、自分がどうこう言うつもりはないのであるから。だからこそ、彼女は朗らかに笑って、それこそ数多もの男性を虜にしてしまいそうな魅惑的なものを浮かべて主へと返す。

「問題は何もありません。アインズ様(モモンさん)のお心遣いが嬉しく思います」

「そう、か。なら、良いのだがな」

 そのやり取りにレヴィアノールは覆面の下で微笑み、そしてハムスケはよく分からないが良い事があったのだろうと結論をだして、呑気に空を見上げるのであった。

 

 アインズ達が目的の場所――かつて、モモンとして決戦の場に赴いた所――に到着すれば、彼らの姿も見えた。人数は8人程、外見年齢は若く、体格はバラバラであるものの、全員が引き締まった肉体の持ち主であった。その内の1人、身長も体格も丁度平均位の男が話しかける。

「モモンさんにその御仲間とお見受けします。間違いないでしょうか?」

 その言葉がある意味彼らの立場を証明しているとも言えた。自惚れと言われてしまえば、それまでであるが、この都市に住んでいる者でアインズ達を知らない者はほぼ皆無と言える。都市所属の唯一、そして王国では3つしかいないとされるアダマンタイト級という肩書もそうであるが、元より目立つ風貌が揃っているのだ。その名の由来となったモモンの鎧、やはり異名の理由となったであろうナーベの美貌、特に関係はないけれど、レヴィアが被っている覆面だってそうであるし、ハムスケの存在も大きい。これで自分達を知らないとなれば、外から来た者である可能性が高い。

 彼らにしたって、その辺りを理解しているのであろうし、彼もその部分を加味して初めに問いかけるような言い方を選んだのであろう。この都市であれば、アインズのような全身鎧はいないが、なんせ王国は広い。

(レエブン候の話だと)

 仕事の話が終わってから行ったたわいもない世間話――そんなものはないと社会人だったモモンガが言う。そう、こういった普段の会話からもビジネスチャンスを見出すのが一流のサラリーマンというものであるのだ。残念ながら彼は違ったが――によれば、「朱の雫」のリーダーも自分と――あくまで演じているモモンに雰囲気が似ていたという。その手の話だって、元の世界で、それこそネットの中で腐るほど目にしてきた訳であるから驚きも糞もない。

 その点を鑑みれば、漆黒の全身鎧をしているだけでモモンと断定して行動に移すのは非常に危ない、別に命を失う訳ではないけど、それでも間違いを起こせば、それだけで「仕事が出来ない奴」という最悪の印象を相手に与えてしまい、自身の首を絞めてしまう。そこはアインズとしても理解出来た。

(……レヴィア)

(嘘はございません)

 それでも、彼らには悪いと思いながらも彼は使える札を切る。後ろに控えている彼女は人が人に、もっと大雑把に言えば知的生命体――この時、僅かでもあれば、成立する――が知的生命体に向ける感情を読み解くことが出来る。

 この感情というのが、また複雑であり、例えば恐怖の感情だって、一種類ではない。相手が分かっているからこそ、抱いてしまうという事もあれば、それが分からずに怖いと思ってしまうという事もあるのだ。

(だと、すると)

 子供の存在というものは本当に有難いとアインズは場違いに思ってしまう。脳裏に浮かぶのは墳墓でも年少に入る者達に、養父として見守っている姉妹の存在、それも妹の方である。

 未知を前にした時、恐れたり、警戒したりするのは大人に多い傾向であるように思える。それは、無鉄砲に突っ込めば痛い目にあう可能性が大きいとそれまでの人生で学んだからであり、決して間違いではない。もしも、学習するなんて概念がなければ、人間なんてとっとくに絶滅している。

(興味本位で火口に集団ダイブした……あったとしたら、まじでどうしようもない種族だよな……)

 自分で適当に作った話だというのに、呆れてしまう。絶対にないと彼は思った。そんな話があれば、生態系の存在すら怪しいものであるから。

(うわ、馬鹿馬鹿しい)

 そんな事を思ってしまった事自体が人生の損失の思える位酷い空想であったと彼は思考を一つ前に戻す。それに比べて、子供というのは好奇心が旺盛であり、もっと言えば怖いもの知らずである。

 カルネ村には、時間を見つけては遊びに行っている。計画の中枢であるし、何かと思い入れが出来てしまった為、何が何でも墳墓側に引き込みたいと自分でも無意識に思っているらしい。

(にしてもあれだな……)

 現状、自分の正体がアンデッドあるというのを知っているのはあの姉妹に、神官と魔戦士、それにゴブリン達に薬師の少年、思いのほか多いと思ってしまうが、それでもカルネ村という単位で見た時、一握りであるはずだというのに、最近ではその村人達でさえ、自分の正体に感づいている様であるのだ。

 一度、村の婦人に「例え、人でなくとも」なんて言われたときにはない心臓が高鳴った。確かに彼らの心情だって理解出来る。

 その時点で、村に行っている援助としてスケルトンやゴーレムを貸し出しており、更にドライアード、リザードマン、トードマンと人外を村に入れるよう遠回しに強制しているようなものであるのだから。

 その上、自分は彼らの前で一度も仮面を外したことがない。そうなれば、その正体が人外であろうと考えるのは当然の流れだ。

(だとしてもだ。おかしい話ではないか?)

 だったら、どうしてあんなに朗らかな顔が出来るというのであろうかと彼は考える。確かに、村の現状であれば自分にすがるしかないというのも確かであるし、というか自分達がそういう風に誘導さえしている。

(う~ん、ま、問題があればルプスレギナ辺りから報告があるだろ)

 丸投げではない。信頼しているからこそだと、自分に言い訳をしながら彼はそこまでの思考を一度消去して、養子の事、特にネムの事を考え始めた。

 

 彼、アインズ・ウール・ゴウンは自覚していないが、つまりはそう言う事であった。カルネ村を始め、近隣から移ってきた新たな住民達というのは、普段の彼と接する機会が多かった。一度は、準備の甘さに、想定以上の襲撃によって、被害を被った人達であるけど、腐っても辺境で暮らしてきた人々でもあり、その辺りはたくましい。

 そんな彼らだってそうやって接する内に、あるいは養子となった少女を見ているだけで、おのずと彼の正体に察しが行くというもの。

 それでも彼らが騒いだり恐れたりしないのは、やはり普段の彼の行いが行いだからだろうし、それだけ、エンリという少女が信頼されているという事でもある。

 彼は自身の新たな黒歴史としてしまいそうであるが、かつてネムの前で無様な姿をさらした事があり、それは村に行くたびに増えてしまってもいる。本人にそのつもりはなくとも。

 その姿が、その人間臭さとも言うべき点が村人たちを安心させている要素と言えるのであろう。彼は正にアンデッドらしからぬアンデッドであるのだから。

 この事実を知らないのは本人だけであり、墳墓でも彼が信頼を寄せている悪魔にしてみれば、やはり至高の主であると実感するのと同時に、村人たちに対する評価も上がっていくものであり、彼らも忠誠を誓う主の所有物であるのだと、防衛意識を高めるのであった。

 

 そうやって、人知れず周囲の評価を上げてしまい、もっと言えば自分で自分の仕事のハードルを上げてしまっているとはつゆ知らず、アインズは姉妹との交流の事を鮮明に思い出そうとして、止めた。順調に思考が脱線していると思って、それよりも目の前の事に集中しなくてはならない。

 

 レヴィアノールの能力であれば、その細かい部分も知ることが出来るのであり、彼女はその応用で相手が嘘を言っているかどうかと読み解くことが出来るのだ。

 それに倣うのであれば、今回の相手は違うらしい。わざとこちらを試すような事をしているのではなく、本当に自分達の事を知らないのであるらしい。そうと分かれば返す言葉も自然に口から出ていた。それも決して高圧的にならず、普段のモモンらしさを意識して語りかける。

「ええ、間違いないですとも。あなた方が?」

 アインズのその言葉に男の顔にも喜色が浮かぶ、といってもそれは爽やかな笑みとはとても呼べないものであったけど。

「はい、レエブン候様から話は伺っております」男は振り向いて、仲間達に呼びかける。先にアインズにかけた言葉と違い、荒々しいものだった。「野郎ども! 仕事の時間だ!」

 途端に野太い声が周囲に響いた。

「「「しゃあ!!」」」

 その言葉と共にそれぞれに短く動作をして見せる。ある者は胸の前で握り拳を手のひらにぶつけ、ある者は利き腕らしき方を谷折りにして、力を籠める。

 その様子は一環して、暑苦しく感じてしまうものであり、アインズ達はほんの少しであるけど、茫然とした。

(なんて言うか、思いっきり体育会系のノリだな……)

 かつての世界でもその手合いの者達を見てきた経験があった為に浮かんだ感想であった。それから、1秒ほどで彼は答えを出す。それも当然かと、彼らはいわば運送業者であるのだから。

「ははは、お願いしますね」

「はい、お任せください」

 何とか平静でいたかったが、それでも苦笑を抑える事は出来なかった。それ自体は慣れた光景であるのか、男も気にする様子は見せずに準備に入るのであった。

 

 男が手を上げれば、墓地の周囲から箒が飛んでくる。それよりも目につくのは、それに追従する形で飛んできた半透明の板であった。

「あれに乗るという事ですか?」

「はい、そうなります」

 男は説明する。第1位階魔法、浮遊版(フローティング・ボード)。主に術者であったり、現在アインズ達の目の前に広がっているように外の物の後ろに追従するようについてくると言う。何よりの特徴はこの板は重力を完全に遮断するという特徴があるらしい。

 よって、主に運搬等の用途に使われる事が多いという。アインズもまた、先の復興工事の際に何度か見かけている。

 男たちは2つのグループに分かれた。先に口を開いた男を含めた3人は、そのまま板付きの箒を3本をアインズ達の前にもって来る。1人が1人を運ぶ計算であるらしい。残りの5人はそれぞれの箒を操りながら、ハムスケに縄を結び付けている。ハムスケにしてもおとなしくしている。その顔は不満げであるが。そこで、男は一度、彼らに声をかける。

「レディなんだ、丁重に扱ってやれよ」

「おう!」「分かっているとも」

「レディ……ですか?」

 思わず、アインズはそう言ってしまい、その言葉に男が不思議そうな顔をする。聞いていた話と、実際現場に出てみれば、その通りにいかないという顔であった。

「えっと? こちらの賢王様、性別は雌と聞いていたのですが……違いましたか?」

「いえ、その通りであっていますよ、すみません。邪魔をしてしまって」

 何とか、そう言葉を返すが、それでもハムスケの性別に関する事になると、戸惑いを抑えられそうになかった。

(う~ん、そうなんだよな~)

 普段の言動を見ていれば、とてもそんなイメージはつかないし、墳墓に所属する者にしても、珍獣に対してそういった扱いをしている者は皆無であり、どちらかと言えばアインズのペットという印象を持っていると言うのが彼の認識だ。

(ナーベ、レヴィア)

 自分だけの認識ではないと、そう思い、後ろの彼女達にも意見を求めれば、彼女達はアインズが期待した答えを返してくれた。それが、彼を気遣ったものであるかどうかはどうでも良い事であった。

(私どもも)(同意でございます)

 実際に彼女達もそう思ってしまったのであるから。

 ナーベラルとしては、アインズの予想通りと言うべきか、ハムスケの事は主のペットと言うものであり、レヴィアノールにしてみれば、ここ最近の事もあり、世話が焼ける獣という認識であった。

(アインズ様の愛玩獣、それ以外にあるのかしら?)

(レディ、ねえ……)

 ハムスケに対するその場の認識を改めて確認したアインズ達は男の指示に従って、それぞれ板に乗るのであった。

 

「よし、モモンさん達は乗ったな。賢王様の方はどうだい?」

「こっちも終わってるぜ、いつでも行けるさ」

 男の言葉にハムスケに縄を取り付けていた5人の内1人が、言葉を返す。その獣はというと、主であり、普段は乗せている事も多いアインズへと不満の視線を向けていた。訴えかけているようでもあった。確かに獣の現状を見れば、余り気分が良い物ではないだろう。体中、正確には足の付け根であったり、体の中心を縄などで固定されるのは窮屈だと感じても何ら変ではない。

 それでも、耐えてもらわなければならない。それも仕事の一環であるのだから。

(ハムスケ、少しの間だ)

(う~殿~)

 強行軍になる事を考えれば、この獣は残していくのも一つの選択肢かもしれない。それでも、大貴族の話を聞く限りであれば、少しでも戦力は多い方が良いのも確かなのであるので、やはりこの獣も連れていく訳であるのだ。

(まるで……)

 本当にペット関連の話をしているようだとアインズは思った。彼自身はその経験はないが、かつてのギルメン、数少ない女性メンバーであった彼女から聞いた話が頭に浮かんだ。

 ペット。

 それ自体を買うのは、そこまで難しい事ではない。それでも、30万だとか、下手をすれば100万を優にこしてしまうのであるから、その当時のアインズ達では、年収は200万を超せばそれで十分でもあるという事を彼は知ってはいたが。

 

「よし、そんじゃ行きますよ……野郎ども!」

 男の言葉と共に、彼らは飛んだ。そして、箒へと着地した。少なくとも垂直距離、3メートルは飛んだ為にやはりこの世界の人間の身体能力は高いのであると思い知らされた。

「それにしても、あれですね。てっきり、跨るものかと思っていたのですが」

 アインズはそう聞いた。これも、かつての友から聞いていた事が関係していた。空を飛ぶ魔女、あるいは魔法使いであれば、箒に跨るというものがお約束であると。彼のその言葉に男も慣れたように苦笑いしながら返答する。

「よく言われんですけどね、こっちの方が俺達にあってんですよ」

 彼はそう言いながら、かかとを支点に右足のつま先を上げて、ほうきを叩く動作を数回する。箒に跨るというよりは、直接乗っていると言った様子であり、乗った姿はスケボーを操る若者のようにも見える。

「そうですか、くれぐれも落下する事がないようにお願いしますね」

 失礼を承知でもそう言わざるを得なかった。単に彼らの心配だけではなく、文字通りこれからの道のりは彼らに任せる事になるのであるから。

「はい、そこは心配なく」

 そして、一行は出発する。目的地は王都であり、しばし空の旅に興じるのであった。

 

 アインズは風を感じていた。現在、自分達は空を飛んでいると、あるいは運ばれていると言えば良いだろうか?

(成程、レエブン候から聞いた通りであるな)

 確かに彼らの運転は早い、飛行(フライ)の他にもいくつかの魔法を重ねて発動しているようであるが、それが何であるかはアインズに心当たりはなかったし、聞き覚えもなかった。

 自慢ではないが、彼はユグドラシルの魔法であればギルド一の知識を持っている。所詮、ゲームの知識でしかないけど、それでも現役時代はその知識が攻略に役立ったことだってあるし、それが彼の数少ない自慢であるから。

 そんな自分が知らないとなれば、とアインズはこれからの活動方針になりそうなものを見つけた。

(俺自身が、新たな魔法を作ってみる……というのも面白いかもしれない)

 現在はその暇はないけれど、それでもいつかはと彼も思うのであった。後ろを振り返ってみればハムスケを吊った5人組も問題なくついて来ていた。彼らはこちら以上に魔法の重ね掛けを行っている様であり、それが獣の重量を証明しているようであった。

 

「それにしても、本当に速いんですね」

「それだけが俺たちの売りですから」

 大貴族から言われたように、確かに速く、それから凄く揺れている物であったが、アインズ達には関係がない話であった。確かに、現在は人間の身であるけれど、彼は高速移動には慣れていた。それ所か、新鮮な気持ちさえ味わっていた。

(こうして見ると)

 本当にこの世界は自然に恵まれていると実感した。彼の視力ではそよ風に揺れる草に、日の光を反射している川まで輝いて見えた。元の世界では、開発によって得られる利益に、目先の欲望に駆られた結果があれだ。

(頑張らないとな)

 別に、アインズにそれをする義務はないけれど、それでも彼は思わずにはいられなかった。知っていて、それから目をそらすのは罪だと言わんばかりに。

(その為にも……)

 何とか、計画を遂行しなければと彼は改めて決意を新たにする。それだって何度目になるか分からないけれど。

 高速で流れる景色に、しばし心を洗われる感触を覚えながら彼は風に揺られ続ける。

 

 城塞都市から王都までは、本当にあっという間であった。それも当然と言える。通常の方法だと、馬車に乗って街道を進む事になる訳であるけど、それだって直線ではない。途中、蛇行したりするし、何よりも治安が悪い為に、どうしても警戒しながら進む必要に駆られる。例えば、何か物音がすれば一度停止して、その音源を調べたり等、アインズが元いた世界――正確にはそうなる前の世界の常識に当てはめると非常に阿保らしく感じてしまうが、それが現実だ。

 警戒を怠った為にモンスターに野盗に襲われて、行方不明となったケースが過去にあった為に、それだって被害にあった人物が平民であれば、貴族達がその調査に横やりを入れる事も多々ある為に、王国国内と言えど安心出来る要素は皆無であり、結局己で用心をして、進むしかない。

(これじゃ、国の意味がないな)

 アインズは素直にそう思った。例えるならば、国道に熊が出没して、そしてドライバーを襲って食っている。そんな荒唐無稽な想像が彼の頭に広がる。政治だとか、国営に関しては日々の勉強によって多少は知識が溜まりつつあっても、それでも素人とそんなに大差がある訳でもない彼の頭ではその辺りが限界であった。

 実際、そんな事があったとすれば、国の中心、この国の場合であれば国王達になるのであるが、しかるべき対応、そして処置をしなくてはならない。

 これが、元の世界であれば間違いなく炎上案件であろう。

(いや、その前に口を塞がれるのがオチか)

 それよりもと、彼は思考を、あるいは物の見方を変える。文句を言うというのであればと必ず思い出してしまう存在。クレーマーだ。

 商品に不備があったりすれば、必ずと言っていいほどその会社に不満をぶつけてくるものであり、アインズ、もとい鈴木悟も何度か対応した事があるが、厄介以外の何者でもなかった。こちらに不備がある為に、強く出る事が出来ずに、かといって下手な対応は一切できない。それだけで、心臓を締め付けられる程に、精神的に消耗するというのに、相手の口から出てくるのは否定の言葉ばかり、しまいにはこちらの、対応している個人の人格否定まで始める者までいたのであるから。

(いかんな、つい悪い事を思い出してしまう)

 と、同時に墳墓ではそう言った事で心に傷を負うものが出ないように細心の注意を払わなければならないと彼はこの事も機会があれば統括を始めとした臣下達と話をするべきと脳内に用意している予定帳に記入していく。

 

 彼の思考こそずれはしたが、地上を行くのはそれだけ時間がかかるのであるが、現在彼らが進んでいるのは空であるのだから。地形というものに囚われず、最短距離を一直線に行け、何より障害らしい存在が全く無いのも大きい。

 よって、朝一で出発して5時間程、太陽は真上に上りつつあり、それが今の時刻をアインズへと教えてくれる。

「本当にあっという間だな」

「はい、いっその事……」

 彼の言葉にナーベラルは彼女なりの考えを口にする。国王と第3王女もこれで運んでもらえば良いのではないかと。その気持ちは……そう考えてしまう思いは理解出来た。それでもと、彼は息を吐きながら言葉を返す。

「確かに、効率を考えれば、それが一番なのだろう。しかし、それは出来なかったんだろう」

「はい、すみませんでした。軽率な事を口にしてしまって」

「いや、気にする事はない。私だって、そう思ってしまったのだから。それと、その様子であれば、どうして出来ないのかと、その理由だって思い当っているのだろう? 良ければ、聞かせてはくれないか?」

「畏まりました」

 彼女の様子に満足しながら、同時に自分が考えた事が間違いではないかと確認の為にアインズはそう言って、そしてナーベラルも説明を始める。

 まずは、現在自分達を運んでいる彼らの事だ。彼らの腕は確かであるのは、既に証明されているようなものであった。此処までの距離を、馬車で1週間程かけて行く距離を数時間で進むことが出来ているのであるから。此処までの間、何も無言ではなかった。彼らとも話をしており、現在王国でこの手の仕事をしているのは彼らだけであると言うのは聞いていた。

 それ程までに彼らの魔法技術が特殊と言うのが一番の理由であった。それだけ、魔法と言うものは奥が深いのである。と、同時に彼らの専売特許という事になる。

 そんな彼らは誰の仕事でも引き受けるという訳でないという。

『仕事する相手は選ばなくちゃなんないですから』

 彼らのまとめ役である男の言葉であった。これは、別に彼らが傲慢だとか、仕事に対して中途半端な姿勢という訳ではない模様であり、そもそも彼らの存在自体が王国では特に広まっているという訳ではないらしい。

(確かにな)

 もしも、彼らの存在が広く認知される事になれば、きっと引く手数多であろう。何故なら、この手の仕事をやっているのは今の所、彼らだけであるから。飛行に運送自体は、魔術師組合でも行っているようであるが、それでも彼らほどの速度は出せないようであるし、重量にしたって彼ら程の物は無理なようであり、ハムスケを運んでこの速度を出せるのは自分達だけであると、彼らは言っており、それも事実なのだろう。

 そんな彼らを自分の専属にしてしまいたいと考えている貴族もいるようであり、断れば何かと嫌がらせをしてくると愚痴をこぼすように話してくれた。

 これらの話を聞くことが出来たのはアインズが元営業マンであった事も大きい。彼は、仕事先との友好的な関係を速やかに築く術に長けていたのであるから。それは、同時に彼が以前の世界で得た数少ない財産にして武器とも言えた。

 何より、彼らは全員が平民の出と言うのが、何よりの問題であった。それだけで貴族達から見下される対象であり……

(いかんいかん、これは良くない方向だ)

 いい加減、貴族と言うだけで全てが悪いという見方もやめるべきであると彼は自身の思考を咎めた。レエブン候を始めとした数人の貴族に後ろ盾となってもらう事で、彼らは王国内での仕事が出来るようであったのだから。

 もっと言えば、それがナーベラルが挙げた今回の例、彼らが国王を運ぶという選択肢をレエブン候が取れなかった理由の1つだと。

 実際、王国貴族にとってそんな事になれば、自分達のプライドに関わるようであり、やはり難しいのであろう。

「そうだな、分かったつもりでいたが、やはり平民と貴族と言うものは難しいようだな」

「はい、そのようで、彼らも苦労しているみたいですね」

 貴族の意識の高さ――それも一部の者達であるけど――は筋金入りのようであり、とことん平民を見下している者も多く、それは冒険者であっても例外ではないらしく、もっと言えば、モモンとその一行もたまにそう言った目で見る者と会ったりするのだ。

(アインズ様には言えないわね)

 彼女はそこで、以前あった事を思い出す。アダマンタイト級冒険者チームとして、様々な依頼を受ける訳であるが、中には屑と言っても問題がないような人種だっている。

 ある依頼を受けた時であった。その時の依頼内容はよくある、モンスター狩りであり、それ自体は問題なく済んだ。しかし、この後のやり取りが問題であった。

 主のいない所で、依頼主は自分とレヴィアノールへと提案を持ちかけてきたのである。

 ――金であれば、いくらでも払おう。私の所で働くつもりはないかい。

 そう言う、貴族の視線は自分達の体へと向けられており、どういった目的、目当てであるか直ぐに察するが出来、怒りを通り越して呆れてしまった。

 彼がそう言った提案をしてきたのも例の噂が原因であったらしい。

 モモンは、何かしらの事情があり、遠方の地から来た貴族と言う事になっている。そして、自分はそんな彼の家に拾ってもらった。元浮浪児という事になっている。つまり、この国の認識では自分は平民と言う事になるのだ。レヴィアノールに関しては、そう言った話はなかったはずであるが、何故か自分の姉と言う事になっている為に、似たような経歴の持ち主だと思われてしまったらしい。

 よって、貴族は自分達をそう言った目で見てきたのである。その時は、彼女が丁重に断ってくれ、そして組合へとその旨を伝えてくれたので、以来、その男から依頼が来ることはない。それも、主の預かり知らない所で彼女がしてくれたのであるから。その点は感謝しなくてはならない。

 主に知られる訳がいかないというのもいくつか理由があった。もしも、そんな事があったとなれば主は悲しむであろうし、それと可能性は無いと思うが、それで主の付き添いが変更になるかもしれないとやや自身の私情を含んでナーベラルはそう考えるのであった。

(彼女には、何かお礼を……その必要はないわね)

 考えかけて、直ぐに破棄する。そんな事を言おうものなら彼女から言われる事は分かり切っているのだから。

『だったら、アインズ様と少しでも関係を進めなさいよ!』

 間違いなく、彼女はそう言うのであろうと、簡単に想像がつく。いい加減、忘れたいと彼女は話を進める。ちなみにレヴィアノールは静かに座って、一言も発していない。それが、彼女の主や世間に抱かれているイメージでもある為に、主も自分も何か言うつもりはない。唯でさえ覆面によって表情が隠れているというのに、無言である事で何を考えているのかはまるで分からない。

「それと、国王様のお体の具合もあるのではないかと」

「そうだな、ご老体だという話だしな」

 彼女がそこまで考え付いた事を――それこそ、我が子の成長のようだと――嬉しく思いながらアインズも身に吹きすさぶ風を鎧越しに感じながら、そうなのだろうと確信を持つ。

 確かに速度はあるが、非常に揺れが強く、40代と思われるレエブン候ですら、吐きそうになっていたのだ。老体である国王を乗せる事は難しかったのであろう。

「さて、他にも理由があるとすればそれは何だろうな?」

「そうですね……」

 それから、アインズとナーベラルはしばし話を続ける。その間にも一行は目的地へと進んでいた。

 

 あれから20分ほどが経過していた。そこで、アインズは眼下へと視線を向ける。その先には、城塞都市と同じくらいの規模の町が広がっていた。

「あれは……」

 疑問に感じてそういう彼の言葉に男は直ぐに答える。

「はい、エ・ぺスペルになりますね」

「そうですか、あれが」

 王都と城塞都市の間にある大都市にして、六大貴族の一角が治めているその地も遠めに見た限りではエ・ランテルと何ら変わらない様子であり、多少の興味は惹かれど、今はそれ所ではない為にアインズは思考を切り替える。

 

 それから更に時刻は進む。アインズ達がいるのは、王都の外壁の辺りであり、男の呼びかけによって、彼らは降下体勢に入り始めていた。

「すみません、モモンさん。俺たちの仕事はここまでなんです」

「いえ、謝る必要はありませんよ」

 アインズにしても理解は出来ていた。今回の仕事は割と機密事項が多く。よって、このまま彼らに目的地に運んでもらうのは危険であるから。

 降りる予定の場所を見れば、馬車が2台にこちらを見上げているまた別の人物たちがいる。やや前髪が長く、それによって顔の半分が隠れている男性に、双子らしき女性。それぞれ、髪を左右にまとめている2人であった。

 やがて、地面に到達したアインズ達は板を折り、ハムスケを運んでくれた者達も彼女を固定した縄をほどきにかかる。

 その間にまとめ役である男は男性へと歩み寄り、懐から書類をだすと、手渡す。

「では、こちらのほうにサインをお願いしますよ」

「はい、ここまでお疲れ様でした。この先は自分どもが担当致しますので」

(後、何回)

 こういったやり取りが続くのだろうかと、アインズは考えた。こうやって、たらい回しのように自分達は目的地まで行くことになるのであろうから。

「では、モモンさん、機会があれば、また俺達の所を頼ってください」

「はい、ここまでありがとうございました」

 挨拶を終えて、彼らは再び箒に乗って、飛び出す。それをその場にいた者達で見送った後、アインズは新たな人物達へと向き直り、挨拶を交わす。

「では、ここからは」

 問いかけるようなアインズの言葉を引き継ぐ形で男性が答える。

「はい、自分達に任せてもらいます」

 彼らの指示に従い、アインズ達は馬車へと乗り込む、その馬車にしたって特殊なものであり、窓等は一切なく、言うなれば外から中の様子を伺う事は出来ないものであった。

(完全に護送車だな)

 別に自分がそう言った対象という訳ではないけれど、それでも心情は複雑なものであった。それでも、特に何も言わないのは、その必要性を理解していたからだ。どこから情報が漏れるかは分からない。よって、多少は神経質になっても仕方がないと。

 アインズ達3人とハムスケ1匹に分かれて馬車に乗り込む。

 

 アインズ達が案内された馬車の中には、普通のものと違い、毛布が敷かれており、天井には手のひら大のシャンデリアが設置されていた。まるで、ホテルの一室を思わせるようにカーテン等もあり、それを見たアインズは嫌な予感を覚えつつ、男性へと問いかける。

「あの、これは……」

「すみません、仕事柄、そう言ったお客様が多くて、モモンさん達は違うと聞いておりますので、お気を悪くされたら、申し訳ございません」

「いえ、その必要はありませんよ……ちなみにハムスケの方は?」

「あちらは、物資運搬用でして、簡易的なシーツを引かせてもらっています」

「そうですか、分かりました。では、お願いしますね」

 双子らしき女性の片割れがアインズ達に重ねた箱を差し出す。それをレヴィアノールが無言で受け取る。無愛想なものであるが、相手の女性も仕事柄慣れていると言った様子で特に気にしていないようで言葉を続ける。

「こちら、お弁当になります。良ければ、馬車の中でどうぞ」

「ありがとうございます。そう言う事であれば、有難く頂かせてもらいます」

 断る理由もなく、アインズはそう返す。確かに時刻は昼を過ぎているというのに、食事らしい食事はとれなかったであるから。

(ま、飲食不要だけどね)

 それでも、食事をとるという行為が大切な事に変わりはないので彼が断わるという選択肢は元からないのだ。

 

 



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第22話 王都の実情~彼らとの出会い

 揺れる馬車の中、窓などない為に、外の様子は全く分からない。故に、アインズ達も静かに過ごすしか選択肢はなかった。

(何か話をするべきだろうか?)

 そう思いながらも適当な話題が見つからない。話のネタであれば、ここまでの道のりで全て話してしまったからだ。先ほど、貰った弁当は有難く頂き、ゴミはまとめて隅に置いてある。味は、一流の職人が手掛けたとあって、味は確かであった。最も、墳墓の事を抜きにすればになってしまうけど。

 周囲に視線を回してみれば、従者である彼女達も静かに待機している。レヴィアノールの方は覆面を被っている為に何を考えているかは分からない。彼女に関してはいつもの事である為に、あまり気にはしない。

(と、言ってもな)

 どうしても以前の失態を思い出してしまう。彼女とカルネ村にて姉妹の世話係を務めているメイドがやらかした事、過ぎた事であるというのに頭に浮かんでしまうのはそれだけ、その時の事が印象強く残っているからであろう。

(いや、大丈夫だ)

 自身に言い聞かせるようにアインズは思考を切り替える。恐らくは、メイドの方に問題があったのであろうと、彼女は以前の件でもやった事があるのであるから。

(ルプスレギナって、意外とな……)

 普段の言動、と言ってもアインズが見ているのは従者としての彼女であるけど、それを見る限りでは彼女は仕事が出来る人間であるのは間違いない、以前カルネ村に赴いた時の対応など見てもそれは、間違いないし、アルベド等と話をすることがあるが、そこでも彼女の働きぶりは好評だ。

(それは間違いない……しかしな……)

 どうにも普段は違うらしく、決して自分が見る事は叶わない。が、それ自体は彼女達なりの気遣いであるのだから何か言うなんて事は自分の我儘である。

 そんな彼女は普段はもっと砕けた(あくまで彼なりに言葉を取り繕った表現)性格であるらしく、ナーベラルやシズの彼女に対する態度に時折見え隠れしたりするのだ。

(なんだかな~)

 失望とまではいかないまでも、気落ちしてしまう。例えるならば、仕事が出来るキャリアウーマン、新入社員の憧れの的である彼女が実は酒癖が酷いという一面を知ってしまったような気分である。

(違う……)

 今自分が考えるべきはそこではないとアインズは今回の目的を改めて整理する事にした。御者の話によれば、目的地に着くまでまだしばらくかかるらしい。それも一直線ではなく、あちらこちらをわざと遠回りする道を選んでいるのであるからそれも当然だ。

(神経質、だが、それも当然か)

 内装は高級ホテルのような馬車であるが、その外装は薄汚れて、というよりそういう風に装飾されていたのであるから。

 何も知らない人間が見れば、物資を運搬しているようにしか見えないであろう。よって、今しばらく時間はかかる訳であるし、何もやらない訳にはいかない。

(暇……と、いうか、なんだかむずがゆい感じがする)

 長時間何もしないで、唯待っているというのは辛いものである。仕事人間だったが故の悲しい性質と言うべきか、非生産的に思えてしまうのであるから。

(さて、今回の目的は、と)彼は右膝に右肘をあて、その手で傾けた頭を支えながら物思いにふける。その様子に黒髪の従者が場違いに胸を高鳴らせているとは知らずに。

 アインズは考える。今回の目的、モモンとしては依頼を完璧にこなす。国王と第3王女を護って城塞都市へと送り届ける。

 そして、アインズとしては多くの人脈を築く事にある。

(本命は、第3王女かな)

 国王がかなりの年齢である事はこれまで得てきた情報で間違いはない。話し合いを設ける場さえ難しい上に、それ程の年齢となれば、考え方を改めるという事は難しいであろう。

(違うからな)

 誰に言う訳でもなく、彼は首を振る。別に国王を老害だとか言うつもりは、ない。敬意を抱いている戦士長が忠誠を誓う相手であるのだから。立派な人物である事は間違いはないのだろう。

 しかし、決して味方ではないのだから。

 現在、アインズが進めている計画。思えば、その戦士長と出会った村の件の後で決めて、宣言した事であるというのに、その進捗は未だに芳しくない。別にそれで彼女達を責めるつもりはないし、元からそんなに簡単に事が進むとアインズも思ってはいない。

(そう、これはゲームだとか、漫画ではないのだから)

 此処までの事は、綱渡りような場面も多く、僅かなミスさえ許されないのであるから。それこそ、何年でもかかると見積もってかかるべきであるのだから。

 だからこそ、今回の事は千載一遇の好機とも言える。そして、国王ではなく王女に狙いをつけるのも合理的に考えての事であった。

 墳墓が主導で形作る楽園、そこに王国を組み込むとして、最も理想的な形は何か? 国王を暗殺して、墳墓所属のドッペルゲンガーとすり替える――あの悪魔が冗談交じりに言った案は当然の如く却下であった。その方法であれば速やかに目的を達する事は出来るであろうが、同時に危険も多い。

 次に友好的に接して、という方法であるが、これも難しい。自分達が目指しているのは、ありとあらゆる種族が共存する世界であるが、この国には人間以外の亜人というのが殆んどいない。その認識を変えていくのにはやはり時間がかかる。ならば、現、国王よりは王女の方がまだ話が通るのではないか? という考えが彼の頭に広がり……

(違うからな、決して俺は変質者ではない)

 幼い少女をかどわかす成人男性の絵に見えてしまい、思わず首を振りそうになる。決して自分はそうではないと。

(その王女様次第になるが、ひとまずはその彼女と付き添いであるというクライム君と上手く関係を作る。それが一番目、次に……ワーカーと言ったな)

 帝国の事も彼女の働きで少しづつであるが、情報は入って来ている。それでも、現地の人物に直接話を聞くこともまた大切であるから。何とか話が出来ないか、あるいはその機会を設ける事ができないかと彼は思案する。

 

(アインズ様……)

 恐らくは依頼の事に計画に事と数多くの事に頭を悩ましているであろう主の姿にナーベラルは胸が痛む感触を味わっていた。主は何かと1人で抱え込みがちである。かといって、今の自分では何も出来ないのも確かであった。悔しいが、自分は主にそこまでの信頼はされていない。

(いえ、これでは不敬に当たる)

 主からの信頼はある。それでも、現状をもどかしく感じてしまう。こういったとき、統括である彼女であったり、墳墓一の智謀を誇る彼であれば、主は遠慮なく話を持ち掛けるであろう。それが、悔しくもある。

(適材適所というものね)

 その言葉で自分を宥めながら彼女はせめて己が出来る事をやろうと開いた右手を見ながら心に決める。今回の依頼、同僚の勘だと嫌な感じがするのであるというのであれば、最大限に警戒してしかるべきであると。

 

 それからアインズ達は、2度3度馬車を乗り換えて次なる目的地、最もそこまでは聞いていなかったが、付いた時には既に外は暗く、星さえ輝いている。

 アインズ達が通されたのは、裏路地であり、扉をくぐれば迎えたのは若い男性。着ているのは黒ズボンに、白シャツの上から黒いベスト――正確にはアインズにそう見えているだけであり、別の服なのであろう――を着ており、その顔にしても涼し気であり、それだけで仕事が出来る人物であると初対面の相手であっても思わせる雰囲気を持った青年であった。

「ようこそおいでくださいました。アダマンタイト級冒険者チーム、モモン様とその連れの方々とお見受けします」

「はい、その通りです」

 アインズの言葉に青年は薄く微笑むと彼らを中へと招き入れる。

 

 そこは、見るからに普通の宿屋ではなかった。と、いうのも店員にしても客にしても全くその姿が見られなかったからだ。これは、アインズの、というより冒険者モモンとしての経験上、おかしな話である。宿にだって、ランクがあり、懐事情によって泊まる宿を選ぶわけであり、モモンも数多くの宿に泊まってきたが、そのどこにしても共通点はあった。

 そして、それはここにしても同様である。扉をくぐった来訪者を始めに迎えるのは食堂のような場であるのは変わりがない。しかし、そこに人が全くいないというのは不自然に思えてしまう。いや、必ず誰かがこの場にいるという認識の方がおかしいのであるが、ともアインズは考えた。

「あの、こちらの宿なんですが」

 その言葉に青年はやはり笑いながら、それも決して相手を不快にさせる者ではなく、ご婦人であれば年甲斐もなく黄色い声を上げさせそうになるそんな爽やかな笑みを浮かべながらアインズに答えを返す。

「ええ、こちら会員制となっていますので」

「成程、そう言う事ですか」

 この宿自体、知っている人間が少ないと言う事であるのだろう。そして、青年の説明は続く。その途中、折りたたんだ羊皮紙をアインズに手渡しながら。

 今夜は、この宿で休息して、明日の朝一に指定の場所に来てほしいという事であった。受け取ったそれを広げて確認して、アインズはその場所を、もっと言えば現在地の確認を行った。

「はあ、ここは王都でも外周に位置するところなんですか」

「ええ、そうなりますね」

 集合場所は、郊外であるらしく。指定の時間に来て欲しいという事であった。

(全く手が込んでいると言うか)

 青年が聞いているのは、自分達の宿に関する事だけであるらしく、それ以上の事は聞いていないという。

「それも、仕事の内ですから」そこで、青年の目つきが鋭くなる。「流石に犯罪となればまた話は変わってきますけど」

「ええ……それも当然でしょうね」話を変えるべく、アインズは気になった事を聞いてみる事にした。「しかし、こんな所では収入も不安定ではないでしょうか?」

 実際、こうして泊まる客が少なくてはいくら金額を高くしてもそんなに儲からないはずである。失礼だと分かっていても疑問に好奇心から思わず口にしてしまったアインズに青年は特に気にした風もなく答えを返す。

「ご心配なく、こっちは副業でして」

 滅多に開くことが無いのだという。それならば、埃など酷いものであるはずであるが、アインズが見る限りではその影もなく、むしろ新築のような輝きさえ放っている。

(それって……)アインズは更なる好奇心で聞いてしまう。「あの、今日はどのように過ごされていたのでしょうか? よろしければ、教えてもらえますか」

「ええ、構いませんよ」

 青年の今日は、朝から夕方まで、本業である酒場で働き、そして1時間前にこちらに来たというのである。

(それが、本当であれば)

 つまり、この青年は1時間足らずでこの建物を掃除したという事である。それも、話を聞く限りでは自分達を泊める為だけだと言うのに。

(それ位)

 珍しくナーベラルは対抗心を燃やしていた。彼女もまた墳墓所属のメイドであるから。彼女は先ほど見た光景を思い出す。この建物は、見た限りでは3階建て、部屋の数はその規模から12部屋程、6室ずつ2階と3階にあり、1階が今現在自分達が見ている食堂にも酒屋にも見える場所なのであろう。その全てを、それこそ外壁も含めて掃除を行う。時間は60分足らず……

(問題なくこなせるわ)

 自分達姉妹の内誰か1人、誰もが担当しても完璧に、否、この男以上の仕事をこなせるとナーベラルは自信を持って答える事が出来ると口に出来ない事を惜しく思うのであった。

 

 一行は、そのまま宿で一泊するのであった。ハムスケは一階で寝る事になり、アインズ達もそれぞれに部屋を貰ってその晩を明かすことにするのであった。

(思えば、移動だけで一日費やしてしまったな――しかし、本来の時間を思えば、十分か)

 

 

 

 翌日、アインズ達は再び目的地を目指して歩いていた。時刻は、朝の4時ほどであり、周囲を見れば霧がまだ街を覆っており、人の数も数える程しかない。

「こうして見ると、王都も城塞都市もそんなに大差はないように思えてしまうな」

 街を歩きながら彼はそう言う。実際、見た限りでは特にめぼしいものがないように見えたからであった。

(が、それも当然か)

アインズ様(モモンさん)、それも仕方ないのことではないでしょうか」

「王国の内情を聞いた後だとな」

 貴族達にしてみれば、自分の住むところ以外は特に気にならないのであるから。特に金をかけようとも思わないのだろう。結果がこれだ。

「――あ」

「と、気をつけなくては駄目だぞ。ナーベ」

「はい、ありがとうございます」

 彼女にしては珍しいとアインズは思った。足元、崩れた個所につま先をひっかけ、彼女は前に倒れかけたのであり、その腕をとっさに彼が掴んだのである。

 この舗装されていない道しかり、長年使い回していると分かる建築物等、素人目に見ても、以前の世界で見てきたものと比べてもどうしても劣ってしまうと思うのが彼の素直な感想であった。

(この世界には保険という概念はなさそう。が、それも仕方なし、これから考えていけば良いさ)

 どうせ、ずっと先の事になると、それも彼らに意見を求めた上での事になりそうであるが、と彼らは進む足に力を入れる。

 

 しばらく歩いて、彼らが着いたのは王都、その南にある門であった。以前、アルベドに見せた地図にアインズ自身の記憶に当てはめるのであれば、この先は街道へとつながっており、エ・ぺスペルとの前に小規模な都市があり、そこへと繋がっているはずである。アインズは衛兵へと声をかける。無言で渡る人間等、時代だとか、文化水準以前の問題であるから。

「すみません、よろしいでしょうか……」

「ん? 見ない顔だな」彼に声をかけられた衛兵は少しアインズ達を、正確には彼の傍に控えていたナーベラルの美貌に目を奪われ、3秒ほどして思い出したように問いかける。「ああ、モモン様にその御仲間の皆様ですか」

「はい、そうなります」

「そうですか、お噂はかねがね」

 アインズは僅かなれど新鮮な気持ちを味わっていた。隣で待機していたレヴィアノールは男の態度に不満を覚えたらしく、威嚇する為に前に出ようとするので、それを手で遮る。

(レヴィア、気にする事はない。これが当たり前なのだ)

(モモンさんがそう言うのであれば、全ては貴方様のご意向に……)

 主の頼みもあり、直ぐに引き下がる彼女であったが、抱いた不満は本物である。これまで、英雄としての主を始めて前にした時の人間の反応というのは、見ていて心地が良い物、それこそ本来の自身の在り方であるNPCとしての喜びに近いものであったから。それが、この衛兵はまるで驚く様子も見せない。感覚としては、TVドラマ(無論、彼女はその存在を知るはずがない)5本以上出演して、平日の夕方、正に家族が勢ぞろいするお茶の間の時間(勿論、彼女はこういった事に関する知識も一切ない)。その時間帯に流れる番組、そのレギュラーを3つ程持っている大物(今更ながら、アインズもその手に知識があるか定かではない)が目の前に出てきたというのに「へ~」の一言で済まされるような感覚であるのだ。やはり、思う所は出てしまうのだ。

(ま、気持ちは分からなくもない)

 そして、アインズもまた彼女の、もっと言えば彼女達の本来の性質を再認識させられたようであり、やや気力が萎えながらもこれが普通の認識なのだとどこか安堵している自分がいる事を感じていた。

(そもそも……)

 この世界の基準が変わっているのである。確かに、自分があの夜やった事は凄まじい事であるのだろう。それは理解出来る。しかし、国中を、アインズは城塞都市での評判しか知らないが、噂が一人歩きしだしているようにも感じていた為に、目前の人物の反応には感謝してしまう。

 初めから出来るサラリーマンとして見られるのと、特に何の興味もない新人サラリーマン。どちらに見られるのが良いかと言えば、アインズとしては迷いなく後者であった。

「にしても、どうしたんですか? 確か、ホームは城塞都市でしたよね?」

「ええ、少し、こちらの方に出稼ぎをと思いましてね」

 不思議そうに聞いてくる衛兵に彼はそう答えを返す。彼の様子からして、レエブン候は此処まで手を回してはいない。あるいは、元から全く話が入っていないかのどちらかだろう。だとしたら、不要に大貴族の名を出す訳にはいかない。

「アダマンタイト級ともあろう人が、なんともまあ大変ですね」

 アインズの言葉に衛兵は感心したように言葉を返す。彼がそう考えたのは、やはり例の噂が影響しているとも言えるし、その都市には2つのアダマンタイト級がいる為に特に珍しく感じる事もないのである。

「はい、お金はいくらあっても足りませんから……」

 アインズもまた出来る限り、誠意を持った人間を演じるように言葉を返す。理想的な英雄像を演じる上で、あまりがめつい所を、もっと言えばお金で何でもやる奴だと思われないように気を付けながら。それでも、本音が混じっているのも事実であった。

 計画は勿論、彼の元の環境が彼にそう考えさせてしまうのであろうから。

(英雄、と言っても。苦労する時は苦労するよな)

 全身鎧に兜と、モモンの表情は見えないけれど、それでも苦笑しているという位は察する事が出来るというものだ。

「にしても、よく組合長がお許しになりましたね」

「それは、まあ、何とか誠心誠意お願いしましたから」

「あの組合長がですか……?」

 いくら英雄と称される人物の言葉であってもそこは疑わしく思ってしまう衛兵であり、アインズもまた冷や汗をかきながら、何とか話を繋げる。

(そんなに評判が悪いのか? 組合長というものは)

「ええ、それは……大変でしたよ」

 ここは話をあわせるのが一番であるとアインズは含みを持った返答を行う。それを受けた衛兵は「やっぱり」と言いたげに顔をしかめるのであった。

「そうでしょう。組合長がモモン様程の御方を黙って見送るはずがありませんから」

「その言い方ですと、何かと詳しいご様子。後学の為にもお教え頂けますか」

 興味半分、怖いもの見たさ半分でアインズはそう聞く。衛兵は少し首を傾げながらも答えてくれた。別に城塞都市の冒険者組合長だけがおかしい話ではないという。有望な冒険者というものはそれだけでその都市に永住する事を望まれるという事であった。

「あの、そもそも」

 アインズは一瞬、支配者としての計算だとか、営業マンとしての技術とか、あるいは理想の英雄像というものを忘れて彼は聞いてしまう。冒険者組合というものは繋がりがないのかと。

「ああ、確かモモン様は王国に来て半年たっていないんでしたっけ?」

「ええ、そうなります」

「なら、仕方ないですね。といっても俺も王国での事情しか知りませんけど」

 そして衛兵は説明してくれる。

「本来なら、組合の人間が教えるべきなんでしょうが、あのせこい連中が教えるとも思えませんからね」

「ははは、そうですか」

 冒険者組合。

 それ自体に統括する本拠地というものは無いらしい。

「それは、組合長達が独自で定期的に集まっているという話もないのですか?」

「噂にも上がりませんね」

(だとすれば)

 アインズは面白いと思う。冒険者組合、その立ち上げの歴史も大いに気になる。現在、王国だけにとどまらず、各地にある冒険者組合というものはそれぞれが独自の機関でもあると言えるのだ。

 巨大な会社が複数の子会社を囲っているのではなく、商店街等に発生する自治会に感覚としては近いかもしれない。

「成程、彼の私に対する異常な態度の原因が晴れた気分ですよ」

「それなら、良かったってもんですよ」衛兵は、一度、周囲を確認してアインズへと顔の距離を近づける。彼がそう言った趣味の持ち主ではなく、単に周囲を気にしていたのは分かりきった事であった。「良いですか? モモン様も一人の人間なんですから、嫌になったらいつやめても良いんですからね」

「ははは、お気遣いありがとうございます」

 その言葉は確かにアインズの心に響いた。此処までの道のりで彼は、支配者だとか、英雄を演じる為に己を鼓舞し続けていた。無論、臣下である彼女達もそこは理解しているし、その上で従ってくれているのであるから。そこは感謝すべきであるし、それ以上の事を求めてはいけないとアインズ自身が律している。

 それでも彼が唯の凡人である事実は簡単に覆りはしない。営業マンとしてのスキルもユグドラシルの魔法の知識も長い時間を経て形にしたものであるから。

 それを目の前の衛兵は知らない。アインズではなくモモンを気遣ったものであるのは理解している。それが無性に嬉しい。

(嫌になったら――か)

 残念ながら自分にそうする権利はないだろう。この世界に飛ばされて来て、沢山の間違いを起こして来たのであるから。墳墓を見捨てようとした事、かつての友達を裏切るに等しい計画、姉妹に対してついた嘘、その3つが筆頭であるけど、他にも沢山ある。それは、既にアインズ個人でどうにか出来るものではない。

 もしも出来る事があるとすれば、計画を進める。それ以外にない。

(それに、人間――か)

 その言葉をおかしく思ってしまう。アインズは疲れ知らずのアンデッド。精神的な疲労はともかく、肉体的な疲労とはもう一生縁がない存在である。それがありがたくもあれば、どこか寂しくも感じる。

「しかし、そんな事では、何か問題が起きる可能性も否定できないではないでしょうか?」

 衛兵の説明に疑問を投じたのはナーベラルであった。彼女が受けた印象がそれであるのだから。

 彼女は思う。それでは、冒険者としての本分――別に傭兵という名前にしても問題はないのではと思ってしまうその職業の第一は、人々を危険から守る事である。しかし、聞いた話だと各組合は、それぞれのホームとなっている都市を護るので精一杯のようであるから。更に言うのであれば、各組合は更に強い人材を求めて動いているという事であった。

「そうですね~今の所は特にそう言った事は聞きはしませんけどね」

「確かに、ナーベの言う事も全くあり得ないとは言えないな」

 あるいは、それがこの世界における限界かもしれないともアインズは考える。自分達は大貴族のおかげもあり、ほぼ時間をかけずにここに来ることが出来た訳であるが、実際の所、城塞都市と王都の距離は離れており、王国全土とあれば、かかる時間も相当なのであり、とてもではない組合同士の連携というものは難しい。よって、それぞれが個別に頑張っていくしかないのである。

(あの男は、だからあんな事を)ナーベラルは先日、組合長プルトン・アインザックから言われたいくつかの言葉を思い出す。(…………)

 同時に、胸の辺りが痛みだす。それは、怒りによるものかあるいは悲しみによるものかさえ自分では分かっていない。それでも間違いなく言えるのは、自分はあの男が嫌いであるという事は分かっていた。

 衛兵からの話を聞いて、あの人物が主が演じる英雄に何を求めて、そして何を狙っていたのか、これまでの過剰な対応がその為の布石であったと、彼女は気付いたのであるから。その事もあり、ますます組合長への嫌悪というものを強めていた。

 彼が城塞都市を思っているのは理解出来る。しかし、だからと言って、主の自由を侵害しようとしているのは許せるものではない。

(いえ、違うわね)これもまた私情からなのであると、彼女は思い直す。(私は、唯)

 愛する主に、他の女が近づくのが許せないのであろうと、同時に自己嫌悪する。自分はかなり欲深い人物であったらしい、と。

 主に想いを寄せているのは、墳墓では4人、それだって自分が把握しているだけであり、他にもいるかもしれない。

(例えば……)

 尊敬の対象である戦闘メイド姉妹の長女だ。彼女はいつも微笑を浮かべて、自分達へと接し、余程の事がない限りは怒りの感情さえ顔に出る事はない。それは、姉として頼もしいしかっこいいとさえ思い、いつか自分も彼女の様になりたいと思えるのだ。

(だって、そうよね……)

 今度は気分が落ち込んでしまうのを感じた。異変後、此処まであった事を見直してみれば、自分は大きな失敗こそしていない(それだって、主がそう仰ってくれるからこそであり、実際は不安だらけである)が、何かと取り乱しがちである。事、主の事に限って……

(!!!!)

 自分の頬が、頭が、熱くなってくるのを感じて、それを引っ込めようと必死に己を律する。と、同時に自身の未熟さを思い知る。恐らく、これのせいで自分の恋心なんてものは筒抜けであったのだろう。

(アルベド様が全て知っていたのも納得ね、我ながら不甲斐ない)

 そんな自分に比べれば、長女である彼女はどのような感情も表に出すことがないのであるから。

 彼女は勘違いしていた。その姉にしたって、弱音を吐いたり、感情が漏れる時はあるのだ。上司であり上位者である統括を始めとした墳墓で重要な位置に立つ者達に、仕える存在となった姉妹の前などで、結構晒したりしたりはしているが、彼女はその事を知らない。

 ナーベラルは思う。そんな彼女だからこそ、仮に主に恋慕の念を抱いていたとしても、決して表に出すことはしないであろうと、その理由だって彼女であれば、その言葉さえ簡単に想像出来た。

『私はメイド、従者であるのですから。仕える事が出来る。という事実こそ至上の幸福なのですから』

(ですよね、ユリ姉様)

 以前、機会があり、姉にその辺りをそれとなく聞く事があり、彼女は否定した。そして、本来であれば、自分に同じく主へと恋慕を抱く3女の在り方は不適切なものであるという事を忘れないようにと釘を刺されたのであるから。それでも、もしかしたらと思わずにはいられない。

(ルプスはあり得ないわね)

 これは自信を持って言えた。彼女が主に抱いているのは純粋な尊敬、それ以上でもそれ以下でもない。

『そうっすよね~アインズ様は、すごいっすよ! 私が思いつかない事を次々に考案して、迷いなく実行する胆力の持ち主。まじすげええ!! 尊敬するっすよ!』

 以前の集まりで腹を抱えて爆笑交じりに彼女が発した言葉であった。一体、何がおかしいのであろうかとその時は思った。せめて、アルコールに酔っていたとなれば、まだ救いがあったし、そうあって欲しかったが、残念な事にしらふの状態で発した言葉である。当然の如く、長女の拳は飛んだのであった。不適切な言葉遣いとあれば、その場にいた姉妹全員が納得したのであるから。

(シズに、エントマも違うのよね)

 この2人に関しては、早い段階で違うと結論が出ている。あの娘達が主に求めているのは(当然の如く、表に出る事はない)父性であるのだから。

(エントマと言えば)

 どうやら、彼女に関しては別の相手がいるのではないかという噂が浮上している様であった。その相手は、普段あまり接っする機会はないが、内心では兄のように感じている階層守護者である彼であるのだから。

(あの娘自身にはその素振りは見えないのよね)

 現状では、どうなるか分からないけれど、もしも2人がそうなる事があれば、姉として祝福してやりたいという思いはあった。

(他に……)

 主にそう言った感情を抱いている者はいたであろうか? 一般メイド達は違う様であった。何というか、上手く言葉には出来ないけれど、違うような感じがした。

 ナーベラルは明確に言葉にする事が出来なかったが、彼女達が主たるアインズへと抱いているのは、憧れに近い。例えるならば、人気アイドルのファンをやっている女子高生、主婦のようなものが近いのだろう。

 それ以上考えても仕方ないと彼女は思考を前に進める。そんな臣下にも現地にも思われている主、その主が演じている英雄をあの男は何が何でも城塞都市の所属としておきたいらしい。

『良いかなモモン君? 間違っても向こうの組合に行ってはいけないからね』その後、小声であるけど確かに聞こえた。『あの糞野郎の事だ。卑怯な手を使ってモモン君を引き込みかねない』

 それに関してはお前も変わらないだろうとナーベラルは思う。その言葉自体は常人よりも身体能力が高い墳墓所属である自分達には聞こえていた。

 よって、この都市の組合には間違っても行かないという方向で既に決まっていたのであるから。

「ああ、それが良いですよ。あいつも良い噂聞きませんから」

「その、だいぶフレンドリーなんですね……」

 どうやら主たちもその事について会話をしていたらしい。冒険者組合、それも王都にある。その長となれば、それなりの地位にあるはずであり、そんな相手に対して言う言葉としてはいささか問題があるように感じ、主もそう感じたからこそ、可能な限り穏便な言い方にしているのであろう。それは、相手も分かっているようであり、それでも粗暴な言い方は止めない。

(気持ちは分かるかもしれない)

 その事自体に怒りよりも共感が出てしまうのはそれだけ彼女がアインザックを嫌っているという事でもあるからかもしれない。

「あの、聞いても良いでしょうか? その悪い噂というものを」

「ナーベ」思わずアインズは声を上げてしまった。しかし、それは怒鳴るようなものではなく、静かにたしなめるようなものであった。「失礼しました。ですが……」

 そう言い淀むアインズに衛兵はどこか生き生きとした様子で語りかける。それは悪魔の誘いの様でもあった。

「モモンさん、ここは奥さんの言う通りにした方が良いですって」

「何ですか! それは!」

 今度はナーベラルが声を上げる。顔は一瞬で真っ赤になり、それを隠そうとして覆った手も次第に赤身を帯びて行くのであるから。それを見たここまで無言であったレヴィアノールが誰が見ても頭を抱えていると分かる仕草をするのであるから、事態が不味いという事は確かであるようだ。

「あれ、違いましたか? 噂じゃそう聞いていたんですけど……」

「いえ、違いますよ」

 アインズも頭が痛くなるのを感じながら何とかそう返す。やはり、おかしな噂が一人歩きしているようだと再認識して、それから話を聞く事に決めた。余り、人の悪い噂を集めるのは褒められたものではないし、アインズは神というものを信じてはいないけれど、それでもそう言った事ばかりしていれば、いつか報いを受けるのではないかと思ってしまう所もあった。それもこれも彼の生い立ちが大いに関係しているのであろう。

(だが、情報は集めておくべきか)

 悪評もまた情報であるのだから、もしもこの事が後で問題を起こすのであれば、向こうが持ち掛けてきた事であると、説明すれば良いだろうと。

「そうですね、確かにナーベが正しいのも確か、貴方さえ良ければ教えて頂けますか」

「勿論ですよ。ま、眉唾ものですけど」

 衛兵は語る。王都冒険者組合、その人物に纏わる噂を聞かせてくれた。

「そうですか、そうなんですか」

「はい、それが本当だとすれば、とんだ金の亡者でしょう」いや、それよりもと衛兵は続ける。「どちらかと言えば、犯罪者の類ですかね」

 確かに、とアインズも思う。その組合長は、冒険者に仕事の紹介をしている裏で、ワーカーの仲介人も務めているという話であったのだから。

 彼は、手を兜の顎の辺りにつけて、思案する。(表では正規の仕事、裏では犯罪紛い、まんまドラマだな)

 少なくともアインザックはそう言った事はしないであろうと、その部分に関しては信頼できると思いながら。

 その話の真実は今は分からけれど、胸に留めておくべきではあると。

「それにしても、本当にあなたは不思議な方ですね」

 アインズはそう聞いた。それは、このやり取りが始まってからずっとかといって、そこまで重要でもなかった為にそこまで意識もしていなかった事であるが、いい加減気になってしまったらしい。それに対して、衛兵は丁寧に取り繕いながら、それでいて気楽な口調で返す。彼は彼で英雄という人物を気にいったようであった。

「え、何がでしょうか?」

「いえ、普段は英雄ともてはやされることばかりですから」

 嫌味になるだろうと思いながらもアインズはそう言葉にする。実際、これまでを振り返ってもモモンと初対面の人物が取る行動というのは先の一言であったのであるから。

(新人時代はそんな事は一切なかったというのに)

 少々心がすさむのを感じてしまう。世の中とは世知辛いものであると、誰もが知っている。それでいて、目をそむけたくなる事実であるのだと認識させられているように。

 だからこそ、英雄としてではなく、一人の冒険者として接してくれる衛兵の姿勢が有難かったのかもしれない。

「ああ、モモンさんには悪いですけど、仕事柄、様々な人と関わりますので」

「成程、私以外のアダマンタイト級や、王族、大貴族等を見る機会も多いという事ですか」(ん? という事はだ)アインズは更に興味が湧き、聞く。「その中には、ナーベ程の美貌を誇る方もいるという事ですか?」

 それは、別に下心だとかその手の感情から来た物ではなかった。これは、誰も知ることがない事実であるけど、アインズの心というのは、その大部分が統括である彼女に向いているのである。本人さえ自覚はしていないけれど。

 アインズが関心を持ったのは彼がナーベラルへと欲情めいた視線を送ってこない事が理由であった。これに関しては彼が己の激情を抑える事が多かった事とも言える。

 彼女の美貌というのは、この世界の水準に当てはめるのであれば、やはり相当高いのであり、彼女と初めて会った者は必ずと言って良いほどに見とれたりするものであったが、彼にはそれがなかった。そして、その顔を見る限り、彼の年齢は21と言った所、それなのにまるでこの仕事を長年務めているような貫録を出しているが、それもこの世界であれば、当然なのだろうと結論付けて。

「そうですね、ナーベさんは確かに美人ですよ。でも」衛兵はアインズに気遣うように言葉を続ける。「‘黄金’の姫君に『蒼薔薇』のリーダー等見てしまうとですね」

「そうなんですか……」

 アインズとしては好奇心が高まるのを感じていた。基本的に墳墓に所属するNPCというのは、ゲームという名の手が込んだ作り物であるのは確かであるのだから。その容姿が整っているのは当たり前と言えば、当たり前だ。そうではなくて、天然もの――それが正しい表現かは分からないが――としてあるのであれば、やはり興味は湧くというものであった。

 何度でも言うが、彼に下心というものはない。どちらかと言えば、珍しいもの見たさという気持ちが強い。

「そうそう、蒼薔薇のリーダーと言えば、蘇生魔法の使い手だって評判ですから」

「それは、本当ですか?」

 衛兵の言葉に、先ほどよりも強くアインズは食いついた。自分が知らない魔法の存在がその要因となったのかもしれない。

「はい、実際それで生き返った方もいるみたいでして……でして」

 やや言い淀む衛兵に、アインズは何かあるのかと先を促す。

「その言い方、やはり、何か問題もあるという事ですか」

「いえ、誰でも蘇生が出来るという訳ではないようでして」

 その対象によっては、灰になってしまう事もあると言う。その事で、彼女が理不尽な怒りを浴びる事も珍しくはないと言う。

(そうか、やはり……)

 ゲームでしかなかった、あの世界の法則はこんな所でも影響を及ぼしているらしいとその言葉で確信を持つ。YGGDRSIL(ユグドラシル)では、レベルダウンのペナルティ込みで復活出来る訳であるが、そのレベルが一定以下になってしまえば、そのキャラクターは消滅してしまうのであった。

 そして、この世界の人間にもその法則が当てはまるというのである。これは、もう間違いようのない事実でありるようだ。

 それに、とアインズは更に考える。この世界では人を蘇生させることに特に論理的な問題はないようであった。というか、命に対する価値観さえ元の世界と違う様であったから。

(それに倣うのであれば)

 姉妹の本当の両親を生き返らせるという選択肢も新たに生まれると思うのも束の間、それは無理である可能性の方が高いと結論を出す。もしも、この世界がユグドラシルの法則に従っているというのであれば、個々人の強さもそれにある程度左右されると言うのであれば、カルネ村に住む人々のレベルはそこまで高くはなく、蘇生に耐えられるかどうか怪しい。

(逃げるな、モモンガ。これはお前に課された宿命だ)

「それは、苦労していそうですね。一度、お話してみたいものですよ」

「きっとモモンさんなら、アインドラさんと気が合うと思いますよ」

 先ほどからのやり取りで確信した事がもう1つ。この衛兵もまた、かなりやり手の営業マンであるらしい。はじめは敬称であったのが、だいぶ友好的な距離感で話しているのであるから。それも、必死に抑えていたものが漏れ出したといった感じであったから。恐らくは、ここを通る殆んどの人物と友好的な関係を築けているのであろう。

 

 そのやり取りを後ろで控えていた2人と1匹、ナーベラルは先ほど受けてしまった衝撃が激しくて未だ体を熱くしているようであるし、レヴィアノールはその姿に呆れていて、ハムスケに至ってはとっくに船をこいでいるのであるから。そんな状態だというのに主人であるアインズが動くとなれば、即座に目を覚ますのであるから見事なものである。

「と、大分引き留めてしまったな。それじゃ、頑張って来てくださいな。‘漆黒の戦士’事、モモンさん」

「はい、ありがとうございます」

 僅かな時間であるけど、それでも親交を深めるには十分であったらしい。衛兵に見遅れてアインズ達は郊外へと繰り出すのであった。

 

 外を出て、アインズは後ろを振り返った。見上げる程に巨大な外壁が見えた。

「こうして、見ると。大きいと改めて実感させられるな」

「そうですか?」

「ふふ、ナーベにしてみれば、肩透かしといった所か」

 実際、墳墓に比べれば大したものではないと言えてしまう。立派な一見だけであり、よく見てみれば、ところどころヒビが入っていたり、苔が生えていたりと、長らく放置されているのがよく分かるのであるから。

「さて、余り時間をかける訳にはいかないからな」

 一行は、外壁にそう形で歩き出す。レエブン候から指示された集合場所はそこであったから。50歩程歩いて、彼はこの世界に来て自作したマジックアイテムである腕時計を確認する。

 時刻は、6:43を指している。

(一応、余裕を持って到着はしているな)

 目的地までは、残り7分と言った所であり、レエブン候から指示された時刻は7:00であったのだから。

(10分前行動は社会人として当たり前。その認識はこの世界ではどうなっているんだろうな?)

 それは、彼の元の世界で覚えた常識であった。集合場所に予定の時刻より早めに来るのは当たり前であるが、かと言って、早すぎても駄目であった。そうすると、「お前は時間の管理も碌に出来ないのか」とレッテル貼りをされてしまうのであるから。

 それを考えると、10分が丁度いい塩梅なのである。

 

(よし、着いたな。と)

 指定されたのは、外壁沿いの草原であった。周囲を見れば、ベンチ代わりに出来そうな岩が数個転がっており、草の長さも様々であり、靴の高さと同じ位のところもあれば、膝程までにのびている地帯もある。遠くをみれば、木々が続き、森が広がりその先はトンネルの先を思わせるように暗い空間が広がり、何があるかは見通せないようであった。

 街道から外れた辺り、言うなれば王都から東南東の方角であった。アインズは更に視線を動かす。そして、ここに先客がいる事に気付いた。

(あれが、恐らくは)

 レエブン候が自分達とは別に雇ったというワーカー達なのであろう。その本人に護衛対象である王族達や近衛隊らしき影は無く、それ自体は別に疑問に思う事もなかった。

(別々の時間を指定していると、言う事か)

 今回、自分達は雇われている身なので、別に不満を言うつもりはなかった。それよりもと、彼は先客たちを見る。その装いから男女の4人組であるようであり、髪の色は金色が3人、紫色が1人と言った具合であり、それが現段階で得られる情報であった。

(少しでも話をしておくべきか)

 彼らとは1週間程、飲食、睡眠等供にするのであり、共に仕事にあたる仲間であるのだから。少しでも話をしておくべきである。と、彼は傍に控えた者達へと声をかける。

「では、行くかナーベ、レヴィア、ハムスケ」

「はい、アインズ様(モモンさん)」「かしこまりました」「分かったでござる~」

 

 こうして、アインズは彼らと元の物語とは違った邂逅を果たすのであった。

 

 

 



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第23話 集結 出発 襲撃

 アインズ達は現在、その場に唯一来ているであろう人物達へと歩を進める。向こうも気づいたらしく、一人の男がこちらへと歩き出し、彼の後に続くように残りの3人も続いた。それでアインズは確信した。

(彼が、向こうのリーダーと言った所か)

 こちらも自分が先頭に立ち、その後ろから2人が続き、最後尾に珍獣がついて来ている。それを軽く振り向き、1秒足らずで確認して再びアインズは正面を見据える。

 

 先頭をいるのは男性であった。金髪の一部は赤く、それが天然のものであるか、彼が意図的にそうしているのかは判別がつかない。しかし、後者の可能性の方が高いとアインズは考える。

(これは、少し意外ではあるな)

 この世界では、奇抜な外見にする事が多いらしい。それこそ以前の世界であれば、そこで培った常識に当てはめればあり得ないと思う事だが、それが事実だ。

 例えば、彼はその立場故に様々な冒険者とも、特に城塞都市所属の者が多いけれど――話をする機会が多いが、その時にも何人か見て来ているのである。髪を意図的に桃色に染めていたり、あるいは少々、露出した腕に色とりどりの花を描いている者等。

 これがアインズの元いた世界であれば、間違いなく即座に首が飛ぶ材料になり得たであろう。しかし、ここでは違う。それもそうだろうとアインズは思う。

 それはこの世界独自の価値観と言うべきか、処世術とも言うべきものかもしれない。

 冒険者にワーカーとは、基本的に安定しているとは言えない。組合の仲介があるかないかの違いではあるが、仕事を得るというのは、その第一歩さえ難しいものである。その為、目を引く要素を足しておくのは当然だ。それが、先に思い浮かべた者達にも当てはまるであるから。

 そして、その男の装いは軽装であり、両腰に一振りずつ収められた剣を見て、この人物は2刀流なのであろうかと思わせる。

(先入観、決めつけは危険だ)

 それで、致命的な間違いを起こす可能性もあれば、相手方に不愉快な思いをさせるかもしれない。それでこの先の仕事に支障をきたす為にはいかない為、それ以上アインズは彼に関して考える事をやめ、他の者達に視線を向ける。

 彼の右後ろに見えるのは、紫色の髪を左右別々にまとめた形、俗にいうツインテールという髪型にした女性であった。肩越しに矢筈が密集しているのが見えるので、彼女は矢筒を背中に担いでおり、同時に彼女の戦闘スタイルもおおよその見当がつくというものであった。

 他にも彼女には目がつく所と言えば、身体的特徴があげられる。ややとがった耳はアインズもよく見るあの子達と似た特徴であった。

(森妖精、エルフというものか……)

 この世界がいわゆる魔法とファンタジーの世界であるのは、既に何度も実感してはいるが、現地で実際に会うのはこれが初めてになる。

 それも当然と言えた。リ・エスティーゼ王国は基本的に人の国であり、そこに他の種族が入り込む余地などないから。それだって、別に王国が優れているからではない。この点で言えば、むしろ王国は守られているといっても良いだろう。

 この国は地形には恵まれているのであるから。東には帝国、竜王国等が広がり、亜人種と戦争をしていたり、あるいは一定の種族を力づくで隷属化していたり、この時のアインズが知るはずがないのであるが、帝国では亜人種、極端な言い方をすれば、人間種以外の種族の地位は低く、鉱石取引がある種族を除いて奴隷制度によって、人間に使われているという事実がある。

 これだけ聞けば、酷い話に見えるが同時に仕方ない話とも言える。形こそ違えど、それが帝国における人類守護の一つの形とも言えるからだ。

 鮮血帝の異名を持つ、皇帝は法国と密接に繋がりがある訳ではないけれど、それでもこの世界における人間の立ち位置というものを把握していた。そして、友好的に関係を築くという発想は彼にはない。彼に言わせるならば、そうした所が隙となり、亜人に国を乗っ取られる。そのきっかけにさえ、なりかねないのであるから。それでも、彼は人類守護者ではない。全ては帝国の繁栄を願っての事である。

 他にも、ビーストマンと戦争中である竜王国がある為に、東から王国領土に亜人が入りこむという事は滅多にない。あったとしても、法国が誇る「火滅聖典」暗殺、ゲリラ戦、カウンターテロを得意とする部隊に、「水明聖典」情報収集に、更にそれらの印象操作に、隠蔽工作を得意とする部隊等が人知れずに狩り殺しているのであるから。

 

 そして南にはその法国があり、積極的に亜人が入り込む余地というものを排除している。法国自体は王国を嫌ってはいるが、それと人類守護はまた別なのである。よって、必死に亜人を討伐しているのであるから。南西には、その流れを強く含む聖王国があり、そして北西には評議国がある。この国自体は、別に人間に対して思うところなどないのであるが、それでも文化水準は高く、むやみやたらに人間に危害を加えようともしないのであり、それが国の方針でもあった。それでも、全ての国民がそれに従う訳ではなく、王国に密入国した上で人間の拉致等を企てた亜人の組織と王国のアダマンタイト級冒険者チームがぶつかったのはまた別の話である。

 

 そう言った事情も手伝い、王国というものは、その内情の酷さに比べれば恵まれている国なのであり、法国も当初はそこに期待をかけていたのである。その豊かな環境が人類を守護する勇者を育ててくれるであろうと。しかし、王国は腐ってしまった。それが法国の結論であり、彼らの行動指針である。

 

(それにしても、やっぱり)

 お約束なのかとアインズは思った。その女性の身体的特徴としては、凹凸が少ない体形をしているという事であった。モデル体型と言えば、通じるであろうか? それは、彼が元いた世界、エルフというものが伝承の存在でしかなかった時にも森妖精というものはそう言ったものであると資料を見た記憶があったから。

 彼が彼女にしばし視線を奪われたのは、初めて見るという種族もあれば、彼女の姿にある光景を思い浮かべてしまったからだ。

(アウラも成長すれば)

 いつか、彼女のようになるのであろうと。ゲームだった頃と違い、この世界は現実であるのだから。あの少女だって肉体的に成長するであろうと、娘の将来を案じる父親のような心境であった。

(と、いかん、次だ次だ)

 いい加減、未来への期待を振り払い、次の人物へと目を向ける。その男性は彼らの中では最も肩幅が広く、腰に吊るしたモーニングスターを見ても、このチーム一番の力の持ち主だという事が分かる。刈り上げられた髪に、もみあげから顎にかけて、顔の下半分を走るように生えた髭は清潔に整えられており、武骨な見た目とは裏腹に物腰が柔らかい人物のようだと印象を受ける。

(戦士、なのかな?)

 身に着けているのは鎧に、その上から法服を思わせるサーコートを被っており、そこには聖印らしきものが描かれており、同じ聖印を首から下げている所も見ても、聖職者では? とも思うが、それ以上に鈍器が目を引いてしまう。

 最後に、こちらからは他の者達の陰に遮られて、全身は見えない。それ程に身長が低いという事であるのだろう。手に持った杖にその装い、厚手の服にゆったりとしたローブ等から魔法詠唱者なのだろうと確信を持つ。以前、共に仕事をする機会があった彼らの仲間と言い、魔法詠唱者というものは似たような外見になりがちらしい。

(あ)

 思わず、声に出てしまったのは(正し、聞こえているのは本人だけである)いくつか理由があった。一つはその顔立ちがどこか浮いているように見えてしまったからだ。肩の辺りで切り揃えた髪はどこか端麗さを感じさせる。無教養である自分がそう思ってしまう位であるから、と彼は一つの仮説を建てる。

(貴族の出身、別に珍しい訳ではないだろう)

 自分達だって噂といえ、そういう事になっているのであるから。それよりも目を引くのは、その女性、いや彼の感性に従うのであれば、少女と呼びたくなりそうな程に彼女は若いのであった。それは、現在養子となっている姉妹の姉とそんなに変わらない年齢であろう。

 それだけの少女がワーカーをやっているという事実。

(事情があるのだろう……な)

 先日のやり取りで、組合長からワーカーというものを聞いている。そして、エンリと同じくらいの年齢の少女がそこにいるという事が、彼にこの世界の過酷さ、それこそ元の世界とそんなに変わらないものなのだろうと思わせた。

 互いに、腕2本分の距離まで歩きより、始めに口を開いたのはアインズであった。

「初めまして、あなた方も?」

 問いかけるように聞くのは、間違ってもこちらからレエブン候の名を出さない為である。彼らがたまたまここに来ていた無関係な一般人である可能性もゼロではないのだから。先頭を歩いて来た男は口角を上げ、返してくる。

「ええ、私どもは知人の誘いで、この辺りに出たと言われるモンスター討伐に来たのですよ」

(そうくるか、そうだよな……)

 アインズとしては、間違いなく目前の人物たちがレエブン候が別に依頼を出したワーカー達だと思っているし、それは向こうにしても同じであろう。彼の事だ。彼らにも自分達に教えてくれたようにある程度の情報を渡してくれているはずである。「君たちとは別に、冒険者にも声をかけている」最低限のこちらの情報、人数構成等も含めて教えてくれているはずである。

 だからこそ、このやり取りは不毛かもしれない。無駄かもしれない。それでも、不用意に情報を言う事があってはならないのだから。彼らが本当にレエブン候から依頼を受けた者達であるという確証をアインズは持っていないし、彼らにしたって、自分達を直ぐに信じるという訳にはいかない。ならば、やる事は一つしかない。

「その知人というのは、貴族の方でしょうか? 丁度、そこにいらっしゃるお嬢さんのような」

 アインズは、最後に視界に映った少女を手で指し示しながらそう言う。彼女がそうかどうかは分からないが、別にそこが問題ではない。彼に指定された少女は特にその表情は変わる事がなかった。

「ええ、そうですね。確かに貴族でしたよ」

(よし、次は)

「その方は、他にもモンスター討伐に誘われた方がいましたよね?」

 今度は、アインズが問いかける番であった。自分達をこの場に呼んだのは貴族という共通認識、次に確認すべきは依頼の中心である彼らの存在、もしも彼らがそうなのであれば、間違いなく返答してくれるはずであった。そして期待通りと言うべきか、男は言葉を返してくれる。

「ええ、私どももそう聞いています。確か、お偉い方だとか」

 この言葉でアインズは彼らで間違いないと確信を持つ。貴族よりも偉い存在となれば、数も限られてくる。貴族自体にも位はあるらしいけれど、そんなもの外部の人間には関係がないのであるから。そして、この男はその辺りには詳しくない。アインズは確信に触れる事にした。出来る事なら、彼の口からその名前を言って欲しかったが、その為にはもうしばらく問答を繰り返す事になりそうであり、それは時間の無駄である。それを言うなら、これまでのやり取りもそうかもしれないが、とアインズは言う。

「その方、というのは、王国でも数少ない貴族であらせられる」

「ええ、あなたが思い浮かべている通りの方かと」

 途中で男もアインズの言葉に重ねてくる。その目はこちらへと笑みを向けており、2人は示し合わせたように言葉を続けた。

「「エリアス・ブラント・デイル・レエブン候ですね」」

 そして、2人は少し笑った。余りにも阿保らしいと思ってしまったからだ。これまでの事が。その笑いを抑えて先に口を開いたのはアインズであった。

「いや、あなた方でしたか。レエブン候が言っていたワーカーというのは」

「いえ、こちらも聞いてはいたのですが、まさかアダマンタイト級とは思いもしませんでしたよ」

 そう言う彼に、後ろに控えている彼の仲間たちの視線はアインズの首元に向けられており、顔に出すことはなくとも驚いているというのは本当らしい。何にしても彼らが仕事仲間である事は分かったのであるから。と、アインズは自己紹介を行う。

「では、改めまして」アインズは、胸に手を当てて続ける。それは、余裕に溢れた社会人のものに見えれば、どこまでも謙虚な英雄のようも見えるものであった。「アダマンタイト級冒険者モモンと言います。見ての通りの戦士になります」次に彼は、後ろに控えていた彼女達に声をかける。こういう時は本人にさせるのが一番であるから。

 彼に挨拶を促された彼女達も前へと一歩踏み出して、それぞれに自己紹介を行う。

「私はアインズ様(モモンさん)と同じチームのナーベと言います。魔法詠唱者をしています」

「同じくレヴィア。モモンさんと同じく戦士を務めています」

「ハムスケでござる~。昔は『賢王』と呼ばれていたでござる~」

 少々微笑みを浮かべながら声をかけるナーベラル、そんな彼女とは対照的に感情がこもっていないような声で挨拶をするレヴィアノール。右前足を上げながら、朗らかに経歴まで教えてくれるハムスケと個性に溢れた挨拶であった。

 それを受けて男も後ろに控えている仲間達に目配せして、自らが口火を切る。

「ではこちらも、私は『フォーサイト』を率いています。ヘッケラン・タ―マイトと言います」そう名乗った男は以前、ツアーがアインズにして見せたように頭を下げて見せる。それを見ている仲間達、特に紫髪のエルフの女性に、神官とも戦士ともとれるたくましい体躯を持つ男性の顔が歪みそうになっているのを見た所、それだってアインズの視力があってこそ、僅かな筋肉の弛緩を見て取れたものであるけど。それを見れば、最初に名乗った人物がその言動通りの人物ではないらしい。続いて前に出てくるのはエルフの女性であった。

「次はあたしの番ね、イミーナ。野伏をしているわ」

 彼女は短く名前を言うだけであったが、それでアインズが不快に思うことはなかった。自分達は全員が名前しか言っていないのであるから。名を名乗った彼女は神官らしき男性に目配せをする。それを受けた男性が前に出る。

「私はロバ―デイク・ゴルトロン。はぐれ物の神官と言った所ですね」

 苦笑しながら挨拶を終えた彼と入れ替わる形で最後の少女が前に出てくる。

「――アルシェ・イーブ・リイル・フルト。魔法詠唱者をしている」

 短く簡素な言葉であり、他の者達に比べて、表情の変化が乏しい事から人形のような少女だとアインズは感じた。

 

 これが、アインズ達とフォーサイトと名乗ったワーカー達の初顔合わせであった。彼らの雇い主であるレエブン候がその場に来たのはそれから20分後であった。

 

「これは、モモン殿、それにヘッケランさんも来ていましたか」

 レエブン候の第一声はそれであった。あれから、アインズ達は今回の依頼における簡単な打ち合わせ……といっても互いが持つ情報の精査ぐらいしかやる事がなかったけど。

「レエブン候、それに……」アインズの視線は彼よりもその後ろから来た者達へと向けられらる。「成程、あれがあなたの秘策ですか」

「ええ、その1つになります」

 その光景に、その場の7人と1匹はしばし目を奪われた。否、1匹はよく分かっていない様子であったが。

「――八足馬(スレイプニール)

 静かな魔法詠唱者の言葉が一同を代表したものであった。貴族が乗ってきたものに、ざっと見渡すだけでも20頭近くいるその魔獣の存在はアインズも墳墓に所属する彼らからの報告で知っていた。馬よりも大分優れた八本の足を持つ獣であれば、速やかに移動できるであろう。レエブン候もまた、それに乗って来たのであるから。

 そして――

 彼と同時に来たのは、同じくスレイプニールに乗った騎士たちに3台の馬車であった。

「モモン殿、ヘッケランさん」

 レエブン候はその場に先に集まっていた者達へ1台の馬車の前に行くよう促す。雇われの身であるアインズ達に断るという選択肢はなく、従うのであった。

(モモンさん、この流れですと)

(ええ、タ―マイトさん、そうなのでしょう)

 あれからのやり取りで、アインズはヘッケランと名乗った男と多少は打ち解けていた。話してみれば、この人物は気さくであったのだから。初めに彼の仲間達が必死に苦笑いを抑えていた理由が分かったように思える。

(話しやすい性格で助かったよ)

 レエブン候の後に続きながら、アインズはそう考え、そしてこれからの立ち振る舞いを改めて脳内で描いていく。

 周囲にいる騎士達、真新しい鎧を身に着けているのは貴族の話にあった近衛隊であろう。

「では、モモン殿、ヘッケランさん、それに皆さんも」

 彼の指示に従い、アインズ達は1台の馬車の前へと並ぶ。そして、レエブン候は一人の騎士を呼びつける。

「クライム君、用意は出来た。頼めるかな」

 出てくるのは純白の鎧を身に着けた少年とも青年ともみてとれる人物であった。三白眼に太く吊り上がった眉、見えているのは頭部だけであるけど、それでも日に焼けたのだと分かる肌、短く切り揃えられた金髪と、何より目を引くのは周囲の視線に、その騎士自体が浮いているようにアインズには見えたからだ。

(成程、彼が)

 色々と、訳アリの人物であり、上手くやればこちらに引き込む事が出来る人物であるのだから。そして、馬車へと片足をかけ、扉を開く。中から現れたのは、一人の老人であったが、その人物の登場と同時に周囲に広がっていた騎士たちが一斉に跪く。その事から、いや、それを抜きにしても現れた人物がいかに大物であるか、アインズに、フォーサイトも周囲に倣って膝をつく、ナーベラル達にしてみれば、主以外の人物にそうするのはあまり心情的に良くはないが、それでも主の邪魔になる訳にはいかず、そうするのである。

 杖をつくその手は枯れ木のようであり、どこか憂いを帯びたその表情に髪も髭も白く、それがその人物が高齢であると伝えてくる。何より、その頭に乗せた王冠が全てを物語っていた。そう、彼こそがこの国、リ・エスティーゼ王国現国王であるランポッサⅢ世その人である。

 彼は、目の前に控えた装備に統一性がない一団を見て、一度レエブン候へと視線を向ける。そして、彼も頷く。それを確認して、再び正面を見据えた王は口を開く。厳かな空気がその場を支配する。

「此度の件、私と共に城塞都市へと向かってくれるという。アダマンタイト級冒険者モモンとはそなたの事か」

「はい、その通りでございます」

「うむ、そなたの活躍は聞いている。道中、よろしくお願い申し上げよう」

「はい、必ずや貴方と第3王女様をお守りしましょう」

 そのやり取りは、正に王と仕える騎士のやり取りであり、ヘッケランもまたその光景に彼が、モモンがかなりの修羅場を潜り抜けてきた人物であると確信を持った。

(あたし達には何もないのかしらね?)

 やや不満気にそう口にするのは、チームメイトであるエルフだ。今回の依頼、立場自体はモモン一行とフォーサイトは同じであると言える。しかし、というか、やはりアダマンタイト級ともなればどうしても自分達は見劣りしてしまうのであろう。

(ま、仕方ないって奴だろ)

 彼は別に気にする様子もなく、彼女にそう返す。依頼料さえもらえれば、それで良いのだから。

 

「まあ、この方があの有名な?」

 国王に続いて、馬車を降りて来たのは一人の少女であった。先にアインズが興味を示した騎士が身に纏っているのと色合いが似ている純白のドレスに、頭に乗ったティアラ、色素の薄い金髪はロングヘアーに整えてあり、宝石のような青い瞳とその美しさは確かに噂に聞いていた通りであるとアインズも認める。

(成程、確かに)

 かつてのギルメン達が作り上げたNPC。それにも匹敵するであろうと。

「ラナー様……」

 騎士が彼女の行動を諫めようと前に出てくるが、それよりも先に彼女は走り出す。ドレスを纏っていながら、その足取りは軽く、まるでダンスを踊るような軽やかさでアインズへと近づくと、興味深げに、好奇心旺盛な子供のような瞳を漆黒の戦士へと向ける。

「貴方がモモン様でしょうか?」

 問いかけに、アインズは失礼にならないようにそれでいて、英雄としての威厳が損なわれる事がないように注意しながら、返答を返す。

「はい、その通りです」

「まあ、本当にモモン様なのですね!」

 胸の前で手を合わせて、体を左右に振って、全体で喜びを示す王女に、騎士はどうすべきか戸惑っているようであるし、国王に貴族はやや気まずげにしている所から、彼女がどういった人物であるかアインズ達にフォーサイトは呆気にとられた。

「本当にあの英雄と会えるなんて、感激です! ラキュースにもいいお土産話が出来るわ! ねえクライムもそう思うわよね?」

「はい、アインドラ様も喜んでくれるかと」

 騎士は何とか彼女に合わせつつ、そしてアインズへと頭を下げる。

(苦労していそうだな)

 今まで得てきた情報を元にアインズなりに考えてみる。今回の行事、第3王女としては楽しみの方が勝っているのであろう。

 それも無理もない事である。話を聞けば、彼女は十代後半であり、そして滅多な事では王城を離れる事がないのだというのであるから。そして、城塞都市というのは、王都からの距離は離れており、彼女があの都市に行く機会というのは一生ないかもしれない。

(箱入り娘というやつかな)

 そんな彼女にとって、外に出れる機会というのは貴重であり、不謹慎だと分かっていても気持ちが舞い上がってしまうのであろう。

 次にそれとなく周囲を見てみれば、近衛隊と呼ばれた騎士達も苦笑していた。その様子は言いたげであった。「これだから世間知らずのお姫様は」と。それは、彼女の評判でもあった。第3王女はその容姿は美しく、国民想いで有名だという。しかし、(まつりごと)は苦手のようであると。世間の在り方というものを分かっていないからだという者もいる。

 アインズは何とか自分なりに王女へと友好的に接する為に、かといって、下手な事が出来ない為にしばらく膝をついたままであった。そんな彼に、純粋無垢という言葉が似合いそうな彼女は容赦なく言葉を投げかける。

「色々、お聞きしたい事がありますの! 婚約者というのは? 普段使われている武器のお手入れはどうなさっているのでしょうか? ナーベ様と禁断の関係があるという噂もお聞きになりましたわ。その辺りも詳しく!」

(ぶううぅぅ!!!)

 アインズは思わず、声を上げそうになるのを何とか抑える。その後ろではナーベラルもまた、誰が見ても明らかな位に顔を赤く染めている。

「ラナー、いい加減になさい。あまり人の詮索をするものではない」

 初対面の相手に踏み込みすぎる娘をたしなめるのは国王であった。唯でさえ弱弱しい立ち姿が更に震えているようであった。

「ですが、お父様だって気にはなりますでしょう? この国の防衛に関わることですから」

「ラナー――」

「ラナー様、その辺りに」

 娘の返答に呆れて何も言えない様子の国王に、そして困った顔を浮かべながら彼女をモモンから引き離そうとするレエブン候とクライムの姿に彼女はやや頬を膨らませ、文句を言う。

「せっかく、会えましたのに……」

「いえ、姫様、お話をする機会でしたらこの先もありますから」

 この先、城塞都市につくまでは行動を共にするのであるから。そう提案する戦士に王女でもある少女、その立場故に様々なしがらみを持ちながらも明るい少女は目を輝かせて彼へと詰め寄る。

「ええ、そうですわね! では、その時に先ほどの話を聞かせてくださいね!」

「いえ、それは……」

「駄目、でしょうか?」

 うるんだ瞳を向けられて、アインズは無い心臓が痛みを訴えて鼓動するのを感じた。別に悪い事はしていなし、間違った事もしていない。

(だと言うのに、何だろうな……)

 とてつもない罪悪感に襲われるのは何故だろうか? 目前の少女は今にも泣きそうな顔をしている。別に自分が何かした訳ではない。それでも譲れないものだってある。彼女はなんて言った? 

(ここまで、広がっているとはな)

 彼が作った(うた)は王城内でさえ、広まっているようであった。それだけ彼の腕がいいのであるのか、自分達という存在――モモンがこの国の話題であるか、という事は分からない。彼としては恥ずかしい事ではあるけど、後者である事を望んでいる。それだけ、計画が進むのであるから。

(その上な)

 今度は自分から、女性関係について話をしなくてはならないというのであるから。それは勘弁願いたい。

 しかし――

 周囲を見れば、彼女の付きである騎士に国王、その2人の瞳は申し訳なさと同時にどこか懇願していた。

 ――出来る事なら、この少女の願いを聞き届けて欲しい。

(大切にされているという事か)

 国王となれば、その責任は重大であり、自分の事を優先するなんて事は出来ない。彼の子供達、つまり目前の少女の兄に姉たちの内、結婚している者もいる事は既にレエブン候から聞いている。それだって、本人達が望んでそうなったとは限らない。いわゆる政略結婚というものならば、この世界にあるだろうとアインズは思っている。

(ああ)

 再び、無いはずの心臓が痛みだすようであった。余り、その辺りの話はしたくはない。それをしようとすると、どうしても頭に浮かんでしまうのだ。彼女の姿が……それでもと彼はしぶしぶと言った様子で王女の願いに答える。

「はい、王女様がお望みとあれば、何でもお話しましょう」

「ありがとうございます。その時を楽しみにしていますわ♪」

 戦士の言葉に王女は満足げに笑い、馬車へと戻った。そして、同じように国王も一度、彼の方へと向き、感謝を口にする。「モモン殿、感謝する。娘の願いを聞き届けてくれて」

 少々大袈裟ではないかとアインズは思った。自分が了承したのは少女の質問に答えるという事だけであるのだから。

(でも、何を聞かれるんだろうな?)

 背中が冷えるのを感じながら、アインズは何とか上手い話を考えなくてはと頭を回す。

 

 それから、出立の準備、最後の打ち合わせを行う事となった。レエブン候の説明によれば、先日、王都では陣中見舞い、そのオープニングパレードとも言うべきイベントは終了しているという。

「良いんですか? そんな事をしてしまって」

「ええ、ですが……」

 レエブン候は苦渋の顔を浮かべる。アインズもこれは間違った質問であったと反省した。国王が関わる行事となれば、完全に国民に秘密という訳にはいくまい。国民に税金の使い方を問われる政治家みたいなものだろう。

「すみません、おかしな事を聞いてしまって」

「良いんです。モモン殿のご指摘ももっともですから」

 そしてレエブン候は説明を続ける。先にアインズ達に見せた八足馬、戦士であるアインズ、レヴィアノール、ヘッケラン、そして野伏であるイミーナ等は、それに乗って一行の警護について欲しいとの事であった。

「タ―マイトさん達は乗れるのですか? その、スレイプニールに」

「はい、私……」ヘッケランは言いかけて阿保らしくなったのか頭をかく。「俺は問題ないですよ。仕事柄、御者をやる事もありますから」

「あたしも同じく問題ないわよ」

 イミーナが続く、彼女はワーカーになる前はよく馬に乗って、狩りをしていたという。「馬とスレイプニールは違うのではないか?」というアインズの言葉に「どっちも一緒でしょ」とそれこそ、軽く返してきて、それを見たヘッケランが頭を下げる。

「すみません、モモンさん、こいつ大雑把なんですよ」

「何よ、別にあたしは間違ってはいないでしょ」

「ええ、そうみたいですね」

「ちょっと、モモンさんもそう思っているの?」

 彼女本人は心外だと抗議をしてくるが、それでも先ほどの発言を聞けば、と戦士2人は苦笑しあう。

「私はハムスケに乗るとして、レヴィア、お前は大丈夫か?」

「問題などあるはずがありません。モモンさん」

「そうか」

 気になり聞いてみれば、いつものように声が返ってくる。彼女はNPCであり、基本的なスペックであればアインズよりずっと上だ。そして、そのやり取りを聞いたレエブン候は次の説明に移る。魔法詠唱者であるナーベラル、アルシェ、そして神官であるロバ―デイクには馬車に乗ってもらうという事であった。

「当然ですね」

「はい、こちらも問題ないですよ」

 基本的に魔法行使が主である彼女達に、回復系統の魔法が使える彼を温存するのは正しい判断である。

(ナーベ、大丈夫か?)

 アインズは彼女へと耳打ちをする。彼女は1人で見知らぬ者達と長時間過ごすのであるから。ある程度、話をしたとはいえ、まだ初対面も同然であるのだから。

(何を危惧しているのでしょうか?)

 ナーベラルのその言葉を聞いて、アインズは安心した。彼女は別に分かっていない訳ではない。今の彼女にしてみれば、何も問題などないのであろう。思い出してみれば、彼女一人で依頼をこなす時もあるのであるから。

 

 こうして形が決まりつつあるという時に、レエブン候は気まずげに2人の魔法詠唱者へと声をかける。

「ナーベ君、アルシェ君、少し良いかな?」

「何でしょうか?」

「――」

 営業スマイル全開で返答する従者と、無言で彼へと向き直る少女は対照的であった。そんな彼女達に貴族は白い肌に汗をかきながら続ける。

「いえ、すこしお願いしたい事がありまして」

 その場にいる全員が彼の言葉に耳を傾ける。片や、純粋な疑問から。片や、新たな金の出所を見つけたと言いたげに。

「そうですか」

「それは、また大変ですね」

 貴族の説明を聞いた各チームのリーダー達の感想であった。レエブン候がナーベラル達へと新たに依頼したいというのは、王女の世話係であるというのだ。

(確かに)

 言われてみればとアインズは思い出す。先ほどの顔合わせの場で、女性の姿が1つもなかったと。そして、1週間ばかりの旅で、王女の世話をする人物がいないというのは問題である。だからと言って、男にさせるのはもっと問題である。

「成程、成程、話は分かりましたよ」ヘッケランは理解出来ていると頷きながら、レエブン候へと歩み寄ると、その肩に腕を回し、彼に顔を寄せる――かつての仲間。彼女であれば、歓喜したであろう光景だ――そして耳打ちをするように語りかける。「レエブン候、あんたは良い目を持っていますよ。アルシェは美人だ。きっとメイド服だって似合うだろうさ」

「は?」

「レエブン候……」

 アインズの言葉に墳墓所属の者達の貴族を見る目が明らかに冷めてゆく、最もそれが見えているのは顔が出ているナーベラルだけであるが。

「いや、待て違うんだ!」

 レエブン候は即座に理解した。いきなり訳の分からない事を言い出したワーカーのリーダーの発言、それによって自分があらぬ疑いをかけられているのであると。そんな彼の胸元に人差し指をあて、字を書くようになぞりながらヘッケランは続けた。

「ですが、今回俺達が受けたのはあくまであなたに国王様方の護衛のみ、この上の仕事の追加でしたら」指を離して、その手の親指と人差し指で輪っかを作る。何を示しているかは一目瞭然であった。「報酬の上乗せをお願いしたいんですけどね」

「ぐ、それは」

 レエブン候としては、これ以上の出費は正直痛い。八足馬の事もあるが、この先にも用意してある物等の準備で蓄えというのは減って来ているのだ。この上更にお金が出るようなこととなれば、間違いなくこれからに影響を及ぼす。

(く、これだから)

 彼らに頼むのは嫌であった。しかし、他に選択肢がなかったのも大きい。当初、ワーカーを雇うと言ってもいくつかの候補があったのだ。その上で、彼らに頼んだのは実力もそうであるが、先ほど追加依頼をする事になった少女の存在もあった。独自の情報網で彼は、彼女が元貴族であるという事を知っていた。つまり、ある程度の教養があるという事であり、同時に保険をかける事にしたのであった。

 今回の行事、当初は当然王女の世話をするメイドを調達しようとした。しかし、集まらなかったのだ。王城勤めのメイドというのは普通は貴族の家の出であり、やはり多かれ少なかれプライドというものを持っている。と、同時に彼女達の実家だって、娘は大切であるらしい。

(くそ、どこまでも糞だな)

 2大派閥の争いは、王城でさえ時に戦場となるのであり、今回の裏側で起きている事を知っているのだ。近衛隊だってそうだ。実際に派遣されているの3男に4男とどう見ても、いざという時の保険子ばかりではないか。よって、王女の世話一つでも彼は苦労させられるのであった。

(やむを得ないな)

 それでも、何とかならないだろうかと思わずその中心である少女に視線を向ける。彼女はレエブン候のどこか乞うような視線を受けて、そして言った。

「――頂けるのであれば、欲しいです」

(ああ、神よ)そんなもの、この世界にはないと彼は諦めたように彼の要望を叶えるしかなかった。「分かりました。上乗せさせてもらいますとも」

「ありがとうございます」

 心地いい返事をもらう事ができ、彼は仲間へと目配せをする。そして、仲間達も微笑んで答えるのであった。

(そう言う事か)

 アインズは此処に来て理解した。全ては彼の戦術であったのだ。彼が初めに貴族に変な事を言ったのは、自分のペースに乗せる為であったのだ。

「何と鮮やかな手口、見事なものですね」

 レヴィアノールもまた自分と同じように今理解したのだろう。彼女にしては珍しく、現地の者を褒め称えのであった。しかし――

「ああ、確かにな。ところで、レヴィア、その鉈で何をする気だ?」

 いつの間にか、その手に、戦士としての彼女の得物が握られている事に多少の危機感を抱きながらそう聞く。彼女から返ってくるのは疑問を孕んだ口調であった。

「いえ、唯、私も交渉をと」

「その必要はない」

「かしこまりました」

 彼女としては、善意でそうしようとしてくれているのであるが、アインズとしてはやるつもりはなかった。英雄像としての事もあるが、レエブン候がどこか気の毒に思えてしまったからであった。

(にしても)

 どうして、ナーベラルに目を付けたのであろうか? 彼は不思議に思った。彼女の本職がメイドというのは自分達側しか知らない事実である。

(やはり、この人物)

 侮れないと警戒を高める。実際は、普段の彼らの様子からそうではないかと勝手な推測を言い出した者がおり、それを起点として広まった噂の産物をレエブン候が耳にしたという事であるのだけど。それでも、わりかし真実に到達しかけている辺り、人間とは侮れない生き物だ。

 

 そうして、話はまとまり一行は城塞都市へと向けて出発するのであった。

 

 

 その一団は3台の馬車とそれを取り囲むように走る騎兵達で構成されている。全て、スレイプニールで構成された王国の歴史でも類を見ない豪華な一団であった。

 そんな一団の中央に、アインズはいる。

 体が上下に揺れる感覚、それも当然だ。高速で移動している獣に乗っているのであるから。前にあるのは一台の馬車、それには近衛隊の中でも魔法行使に長けた者達が待機しているという。後ろに意識を向けてみれば、また別の馬車があり、その御者を務めているのは、先ほど見かけた若き騎士である。

「早いですね、スレイプニールというものは」

「そりゃそうでしょう。なんたって足が8本ありますから」

 アインズの言葉に近くを走っていたヘッケランがそう返し、同意だとアインズを乗せて疾走しているハムスケも魔獣たちに称賛を送る。

「こやつら、中々やるでござる~」

「ああ、そうだな」

 言葉を返しながら、アインズは確かにと思う。(これなら、ある程度の時間を短縮出来るというのも納得だな)一行が、進んでいるのは街道ではない。その道の北寄りの地帯を走っているのであり、地図で言うなれば王都と城塞都市、その2つを結んだ直線を進んでいるといった感じである。これも、レエブン候の計画の内であった。

「スレイプニールって、唯、速いだけじゃなく、様々な地形を進めるという利点もあるんですよ」

「ええ、そうみたいですね」

 親切に教えてくれるヘッケランにそう返答する。この魔獣は、足が多いだけではなく、その足さばきも見事であり、岩場であったり、泥であっても問題なく進めるというのであるから。更に、そんな魔獣たちが引く馬車も特別製であるらしく、荒れた地であっても問題なく車輪は回るのだという。

 その全てがレエブン候の準備であるというのであるから驚きである。

(これ、かなりお金かかっているよね)

 それを思い出すと。今度は自分がその痛みに襲われそうになり、話題を変える為にそばを走るヘッケランへと気になった事を聞く。

「それにしても、霧が濃いですね」

「ああ、言われてみれば確かにそうですね」

 そう、現在一行が走っている地帯はどういう訳か霧が深いのである。前を行く馬車も後ろに続く馬車も気を抜けばあっという間に見失いそうになる程であるのだから。

(この感触……どこかで)

 ヘッケランは記憶の片隅を掘り起こそうとしてみるが、どうしても出てこなかった。しかし、それでも覚えがあるのだ。この霧を知っていると。同時に、ここではありえないものでもあると。

(困ったもんだぜ)

 今回の依頼を受ける事にしたのは、報酬が法外だった事もあるが、割にあった仕事であると思ったのが一番であった。国王、王女と数日共に過ごして、城塞都市に向かうだけで得られる多額の報酬。しかし、どうやら自分達が思っているよりもこの依頼は厄介であるらしい。

「どうしますか? 一度レエブン候に聞いてみますか」

 ヘッケランの提案にアインズはそうするべきか一瞬迷う、が。

「いえ、その必要はないと思います」

 そして、彼はハムスケを促し、中央を走る馬車へと近づき、騎士へと声をかけた。

「クライム君、少し良いかな?」

「これは、モモン様、どうされましたか?」

 英雄とも評されているモモンの呼びかけにクライムは内心、緊張しながらも失礼がないようにと丁寧な言葉を意識しながら返答する。

「この辺りは霧が深いものなのか?」

「いえ、そんなはずは」

 彼も王城勤めの兵士である事に変わりはなく、地形について知ることはあまりない。それでも、これだけの深い霧があれば、何らかの噂を聞くものであるはずであるのだから。

(私が聞く訳ではないが)

 彼はその立場故に王城にて付き合いのある者はいない。よって、その手の話を聞くのは主君である王女だ。

「そうで――」

 彼はそれ以上言葉を口にする事は出来なかった。激しく馬車が揺れたからだ。

「な!」

 アインズも驚愕の声を上げる。一瞬であった。どこからか、空気を切る音が聞こえたと思えば、次の瞬間には中央の馬車を引くスレイプニール。2頭いる内の1頭、その片方の目に深々と矢が刺さっていたのであるから。

 

 出発して、3時間が経過しての事であった。

 



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第24話 霧の中の追撃戦①

 こんばんは、作倉延世です。本来であれば、活動報告で書くべきでしょうが。今日はこちらに書きます。最近、リアルが忙して、小説の更新速度が以前に比べて落ちる事を報告しておきます。
 本当に申し訳ございません。

 それと、今回の話から作者の独自設定。更に増えます。苦手な方はごめんなさい。
 では、最新話どうぞ。


「ブルるるる!!」

 目に矢を受けた魔獣が苦痛の声を上げる。アインズは一瞬戸惑う、どうしてと。この魔獣は、普通の馬ではない。強靭なスレイプニールだ。目に矢を受けた位でここまで取り乱すとは思えない。直ぐ傍にいたヘッケランへと視線を向ければ、彼は頷いて返してくる。

(ならば)

 何か他に理由があるのだと、魔獣を見据えようとするが、それよりも先に振動が彼を襲う。暴れ狂う魔獣を御者である騎士は既に操る事ができなくなり、馬車が彼の乗る騎獣へと突っ込んだのであった。

「殿~どうすれば良いでござるか~!?」

 揺れる視界、ハムスケの言葉を聞きながら何とか、アインズは暴走する魔獣を止めようと、その理由を探ろうと再び矢が刺さった辺りを見て、そして気付いた。魔獣の頭半分、正に射抜かれた目を中心に体が変色しているのだ。

(毒か、そういう事なのだな)

「ハムスケ、もっと速度を上げる事は出来ないか?」

「なんとかやってみるでござる~」

 アインズの指示にハムスケは答えようと走る足に力を入れるが、暴走馬車に追いつくのは難しいものであった。それも当然と言えば、当然だ。墳墓所属の者達からの冷遇に、普段の主からの扱いも何かと雑になりがちなハムスケであったが、アインズへの忠誠は高く、走るのしたって乗せている彼を気遣った走り方を心がけているのだ。それに対して、馬車を引いているスレイプニールはそれ所ではなかった。馬車や御者を重んじる余裕なんてとっくに消えてしまっている。急に視界が半分になった事、そこから緩やかに、否、あっという間に広がりつつある灼熱にも等しい痛みが脳を襲うのが。その恐怖が魔獣から理性というものを奪い、がむしゃらに走らせる。それをしたからといって、自身を襲う痛みをどうにか出来るはずはないのであるが、今の魔獣にはそれさえ考える余裕はない。

(頼む、止まってくれ!)

 クライムもまたのたうち回る手綱を何とかしようと握る手に、腕に力を入れるが、不規則に揺れる綱をどうにかする事は難しかった。

 これに関してもしょうがないと言えた。彼は努力家であり、剣の師もなく、才能もなかったというのに独学でその実力を伸ばし王城勤めの兵の中でも上位に食い込む程までに鍛え上げており、レエブン候の目測であれば、この一団における実力はモモン達、フォーサイトに次いであると見ている。正直、速攻で結成された近衛隊よりもずっと頼りにしているのだ。

 もう一度言っておくが、クライムは努力家だ。御者だって、外の世界に羨望にも似た憧れを持つ王女の為であったりする。そんな彼であっても、スレイプニールを扱うのはこれが初めてであった。否、別に彼だけではない。近衛隊の面々にしたって、そうだ。それだけこの魔獣が希少であり、そして高額であるという事でもある。彼らだって何とか操っているのだ。

 その証拠に、暴走する馬車に渾身の体当たりをくらい、何頭かの魔獣に乗った兵は空へと投げ出され、後続の魔獣に踏みつぶされ、金属が歪み、肉が圧迫され破裂する。そんな生理的にも聞くのを拒絶する音が周囲に響く。悲鳴が聞こえないのは上げる間もなく、死んでいくからだろう。

「まずい、悪い方向へと進んでいますね」

 ヘッケランがそう言う。彼が乗る魔獣は、驚くべきことにハムスケへと追従しており、それが彼の馬術の高さを証明していた。

「ええ、確かに」

 アインズも同意する。この一団は、3台ある馬車を中心に先頭、中央、後続に分かれている。アインズにヘッケランは中央の担当。レヴィアノールは、ナーベラル等が乗った馬車と共に後続であり、近衛隊でも多少は魔法行使が可能な者達が乗った馬車に、イミーナは先頭にいたはずである。

 国王、王女、そしてレエブン候が乗った馬車は先頭集団へと割込み、そして馬車と激突する。そこまでに出た被害は人も魔獣も決して少なくなく、その事によってある人物の胃が痛む事になるが今はそれ所ではない。

「ひいい!!」

 近衛隊所属の兵の1人が発した声であった。速度が出ている所で起きた事故。時速80キロで走る車がいたとして、そこから落ちてしまえばどうなるかは容易に想像できるというものであろう。更にアインズは思う。何より霧に包まれたこの状況が良くないと、視界が悪い中で先ほどから響いているこの音は更に人の恐怖心を駆り立てる。現在アンデッドという状況に何度目になるか分からず、感謝する。もしも、異変以前の精神性であれば、己だってきっとそうなってしまったと確実に言えたからだ。

(だが、そうなると……)

 それだけ攻撃を仕掛けて来た人物が相当な腕の持ち主でもあると考えられる。現在、自分達を覆っている霧は深く、距離にして10メートル先が見えるか見えないかだ。その上に、この一団の速度は相当ある。この世界の常識、事馬車での移動速度であれば、間違いなく通常の倍は出ているというのがレエブン候の話である。言うまでもなく、この一団を的とするのは至難の技である。

 それだと言うのに、謎の人物は正確にスレイプニールの目を射抜いたのであるから。そう考えるアインズの目の前では、暴走馬車と訳も分からず追突された先頭の馬車が豪快に倒れ、クライムに、先頭の馬車の御者を務めていた人物が勢いよく放り出される。横転した馬車は2周ほど転がって静止する。その間に、また1人近衛隊の者が巻き込まれたが、誰もが彼を気にかける余裕はない。スレイプニール達は突然起きた事に戸惑っているようであり、騎手達に次の判断を求めるように視線を向けてくるが、誰も何も言えずにいる。

 遅れる事1秒ほどしてアインズにヘッケランもその場に到着する。

(大丈夫か?)

 見れば、馬車は横転したままで沈黙している。あれだけ転がったのだ。中にいるであろう国王達だって平気ではあるまい。ひとまずはと、2人はそれぞれの騎獣から降りる。

(――)

 アインズは周囲に注意を向けてみるが、何も感じない。彼は己が持つスキルによって、アンデッド等の探知は出来るのであるが、それによればこの辺りにその類のモンスターの反応はない。以前の世界とこの世界ではいくつかの違いもあるが、このスキルに関しては問題なく使用出来たはずである。

(やはり……)

 当然ではあるが、人の仕業かとアインズは倒れた馬車へと歩く。客観的に見れば非情にも見えてしまうかもしれない。しかし、それは彼が冷静に振舞おうと努めているからであり、茫然としている近衛隊に比べれば大分マシだとヘッケランは思う。

(にしてもだ)

 余りにも頼りにならないと思ってしまう。訓練をしているとは聞いていたはずであるが……そんな彼の耳に聞きなれた声が届く。

「ヘッケラン! 国王にレエブン候は?」

 見れば、前方から彼女がスレイプニールに乗ったままこちらに来るのが見えた。この一団自身が前後に広がる形で展開していたので当たり前といえば、そうかもしれない。

「ああ、今確認する所だ」

 言いながら、彼は腰にそえたポーチの中を手探りで確認する。最悪死んでいなければ、ポーション瓶でどうにか出来るのであるから。

 1歩、それだけであるがその間にもアインズは思考を続ける。先ほどから違和感が頭を離れないのであった。

(なんだろうな? この感触)

 遠目でも分かる。スレイプニールを襲ったのは、唯の矢ではなく、強力な毒を塗られたものだったらしい。それも相当強力な。それは、酷く歪んだ魔獣の頭を見ても明らかであった。そのスレイプニールは既にこと切れているようであり、その暴走に付き合わされたもう一頭は腰を下ろして動く様子を見せない。足を痛めた様子であるらしく、そちらも確認する必要がある。少なくともこの攻撃のせいで、仕切り直す必要が出来てしまったのであるから。後続にいるナーベラル達が来るまで、まだ15秒はかかるであろうから。

 周囲にも気を付けておかなければならない。しかし、人の気配は感じない。

(それだけ、遠くから狙ったという事か――あ、そうか映画)

 ここでアインズは謎の既視感の正体に思い当たる。彼、アインズは墳墓の支配者として職務に励んでいるが、そればかりでは息が詰まる。これに関しては凡人だとか、天才だとかは関係がないと彼は思っている。否、きっとそうあって欲しいと自らが望んでいるのだ。

(もしも――)

 そうでない者がいれば、自分の心は折れてしまいそうである。ともあれと、そんな訳で彼は時折他の事をして、もっぱら娯楽等にも時間を費やしているのであるが、その内の1つに映画鑑賞というのもあった。

 この事は彼自身よりもNPC達の方が喜んでいるとも言えた。以前の彼であれば、それこそ仕事以外の趣味と言えばユグドラシルであったのだから。しかし、それは彼らにしてみれば至高である主が自分達を護る為にやっていた事であり、かつて共にいてくれた事自体は喜ばしく思うものも一方で心苦しく思っていたのも事実。

 その為にアインズが新たに始めた数々は彼自身だけではなく、彼女達にも心の安らぎを与えていた。

 そんな活動の最中に見たものの1つに、今と似た状況のものがあったのであった。

 それはいわゆるマフィアものであり、彼が思いだしたのはその中のこんなシーンであった。

 登場人物である狙撃手がターゲットの乗った車のタイヤを撃ち抜く。その車が先の馬車と同じように横転した。そして、中から出てきたターゲットである壮年の男性――舞台となった国の大臣か何かだった記憶があった――の眉間を2発目で撃ち抜き、そして暗殺を終えるといったものであった。

(いや、しかし)

 これは現実であり、あんなご都合主義全開のフィクションではない。それでもと、彼は2歩目を刻む足に力を入れる。

 そして――その先、倒れた馬車の扉が開かれてやっとの思いと言った様子で金髪の少女がはい出てくる。それと同時に彼女を狙った矢がアインズの視界に映るのは同時であった。

(冗談だろおぉー!)

 まさか本当にそうなるとは思わず。アインズは足に力を入れるが、それよりも先に王女へと矢が迫るのであった。

 

 

 その少女の誕生は誰もが喜んだ。どのような立場であれ、その子供が将来どういった道を歩むかなんてのは一瞬度外視してだ。最も喜んだのは少女の父親であった。彼にとっては何人目であっても、愛すべき我が子であるのだから。

 

 

 アインズが取り乱す事その約1分前。

 走行中の馬に乗ったその男、ぺストマスクをつけた人物は、先ほど放った矢が命中したのを確認していた。そこは、アインズ達が走っている地点よりもざっと1.5キロは離れた位置であり、彼らを包んでいる霧もこの付近にも発生している。そんな中で男が彼らの事を正確にその視界に捉える事が出来たのは、男が持つ武技によるものであった。

 男の瞳は、まるで蟻の巣をつついたように様々な点が蠢いていた。遠視眼。それが、男が得意とするいくつかの武技の1つの名前である。それによって、男の脳を少しずつであるが疲労がたまっていく。が、男は他にもマジックアイテム等を併用する事で、それを可能な限り遅延させていた。

 そんな彼が、アインズ達に目をつけたのは、別に何かに気付いたからではなかったからだ。

(気になりますでしょう?)

 この場にいるのは彼だけだというのに、男は内心で呟く。いや、それは乗っている馬に語りかけたものであったかもしれない。

 その一団はとにかく目立ったのだ。唯でさえ、高級品であるスレイプニールをあれだけの数を揃えているのもあるが、それよりも目についたのは漆黒の鎧を身に纏った戦士の存在であった。

(報告によれば……)

 その人物こそ、最近城塞都市にて新たに誕生したアダマンタイト級冒険者であるはずである。彼ではないが、その仲間である魔法詠唱者を仲間の1人が確認していたはずである。

 それだけの一団を気にならない者はいないだろう。もっと言えば、その移動の仕方も気になった。まるで、何かから逃げるように速いのである。ならば――

(何もしない訳がないでしょう)

 別にこれが初めてという訳ではなかった。男はこの場面に至るまでにも数度か同じように馬車なり移動中の者を見れば、攻撃を仕掛けていたのであるから。その結果は全てが振るわなかったが、それでも諦めるという選択肢はない。

 男は次を撃つべく、準備に取り掛かる。背中の矢筒から一本取り出して、その先端を腰に固定した壺へと突っ込み、中に広がる液体にたっぷりと浸し、取り出す。

 持ち上げた矢を確認して、それで十分と判断した後、再び弓につがえる。狙うは初めに狙い、そして現在倒れている馬車である。これに関しては男の勘というより、常識に則った判断であった。調査の結果、国王達が既に王都を離れている可能性が高い事は把握していた。

 丁度、昨日。王都にて国王達の出発式が行われたという事であったから。

(面倒な話ですね)

 武技によって、その先を見つめながら男は愚痴る。効率だけを考えるのであれば、その式典を襲ってしまえば良かったのだ。それであれば、自分達全員が王都に集まる事が出来るのであるから。だが出来なかった。それもクライアントからの依頼の一つであったのだ。

(街中で面倒ごとを起こすな……ですか)

 それも全ての都市という訳ではなく、いくつかの都市。そして、それらの共通点を上げるとすれば、王派閥所属の貴族の所有地であったり、あるいは国王の直轄領であれば、別に問題はないという事であった。

(こんな中途半端な注文、勘が良い人でしたら、とっくに見破られてしまいますよ)

 誰が黒幕であるかと、つくづく彼らの愚かしさに呆れながら、男は矢を放つ。それは、男が長年弓兵として培った勘によるものであった。このタイミングで放てば、誰かしらに命中するはずである。

(さて、誰が出て来ますかね)

 もしも、情報通りであれば、馬車に乗っているの人物。その予想がつくのは3人であった。国王、第3王女、そして大貴族の1人であるレエブン候のはずである。

 そして、男の予想通りと言うべきか馬車の扉が開かれ、そして手が出てくる。

(そう、それは決して間違いではない)

 横転した馬車。もしもそんなものに乗っていれば、その心は恐怖に染まっていることであろう。それは、頭脳の出来等関係はない。生存欲求に則った本能的なものである。

 次に考えるべきは出てくる人間の予想だ。これは、男の願望がかなり入っている。もしも、先に考えた今回の目標である2人に、付き添いらしき1人だったとして、始めに出てくるのは誰であろうか?

 彼は考える。まず、国王はあり得ない。彼は老体であり一人で這い上がるのはかなりの重労働であろう、他の2人が手助けをしてやれば難しくはないであろうが、その内の1人は彼の娘である第3王女だ。そして、国王は子供に対してかなり甘い人物であるのは、王国の内部事情に詳しい者であれば誰もが知っている事だ。それが、結果的に貴族たちの暴走を助長しているとは知らずに。

 では? と男は思考を次へと進める。ならば、レエブン候は? 

(あり得ませんね)

 答えは直ぐに出た。彼には生まれて数年になる息子がおり、その存在が出来てから性格は丸くなったという。

(よく分かりませんね)

 それまで、レエブン候も玉座を狙う貴族の一人でしかなかったはずだ。それが、一児の親となった途端にあの有り様である。きっと、()()()父性を発揮してくれるであろう。

(なら、答えは決まりですね)

 予想でしかないが、男は結論を出す。初めに第3王女が出てくる。そして次に国王、レエブン候はその手助けをした後に最後に出てくるはずである。ここまで自分の考えでしかないけど。

 だからこそ、次に馬車から出てきた人物を目にした時自身が幸福を感じていると自覚した。

(いけませんね、これはあくまで通過点なのですから)

 それでも、目標の人物たちに巡り合えたのは大きい。ならば、少しでも仕事を進める為に、このまま王女の命を貰う。死体の回収は後ほど適当な奴と合流した後、向かえば良いと考えて、そして王女を哀れに思うのであった。

(さようなら、ラナー王女様。貴方に罪はありませんし、私達はあなたに対して特に恨みもありません)一度息を吐く。霧の中出たために僅かばかりの熱がこもっていた。(しかし、このどうしようもない国を解体する為の贄となっていただきます)

 そして、自身が放った2射目がその首を貫くのを見届けるのであった。

 

 

 飛び出したのは若き騎士であった。彼は王女を抱きしめると、そのまま自分をクッション代わりに地面へと激突する。その光景に、アインズとヘッケランは見とれた。自分達でさえ、反応出来なかった。その攻撃。そして、気付いたその騎士は別に矢の存在に気付いた訳ではない。彼はひとえに王女を案じて、吹き飛ばされた後も、走ってきたのであった。故に、最悪の事態を未然に防ぐことが出来た訳である。

(ああ、俺は何をやっているんだ!)

 相手の分析を優先したいた為に起こった事態でもあった。ならば、やる事は1つである。一刻も早く、矢を放ってきた人物を捉える。あるいは早急に対処しなくてはならない。

「タ―マイトさん!」

「はい! モモンさん」

 2人は互いに顔を見合わせ、走り出す。その途中、アインズは騎士へと声をかける。

「クライム君、この場は頼むぞ」

 騎士は言葉を返す事が出来なかったが、それでもこちらの意図を察してくれたのか頷いてくれる。そして、2人はそれぞれの騎獣を呼び、それに飛び乗る。アインズはハムスケと過ごした時間の中でこの獣の扱いにある程度慣れてはいたが、まだそこまで時間がたっていないというのに、借り受けている魔獣を操ってみせるヘッケランの手際の良さに思わず称賛の声をかけたくなるが、それをアインズは堪えた。今はそれ所ではないのだから。

(まずは、目の前の相手からだ)

 1射目は完全に不意打ちであった為に、どこから飛んできたかなんて知りようもなかった。しかし、2射目は飛んできた方向をしっかりと確認している。

 2人は、その方向へと走り出すのであった。

 

 腕の中に温もりがある事に騎士は安堵した。先にアインズ達が思い浮かべた通り、別に彼は矢が飛んでくることを察知した訳ではない。無性に嫌なものを感じて、後はがむしゃらに体を動かしていたのである。

「ふふふ、クライムったら大胆なんですから♪」

「いえ! これは失礼しました」

 こんな状況だと言うのに主君たる姫君は明るい。それが彼女の取り柄であるのだから。その言葉に現在の自分達の状況を認識して、気恥ずかしい気持ちが2割、不敬であるという思いが7割の感情で彼は姫君を起こす。その事に少女が残念そうな表情を見せた気がしたが、それはきっと己が未熟な精神が見せた願望であろうと彼は結論付ける。

「大丈夫か? ラナー」

「ええ、クライムが助けてくれましたの」

 倒れた馬車から続いて頭を出すのはその主君の父親である国王だ。彼だって娘の安否は気になるというものであろう。

「クライム様、王女様に国王陛下もご無事でしょうか?」

 その場に新たな人物がやってきたスレイプニールに乗っているのは鳥を思わさせる被り物をした人物であった。

「レヴィア様、はい、こちらは大丈夫です」

 今回、共に旅をする者達。その中でもトップの実力を誇る。アダマンタイト級冒険者チームの1人である女性にそう言葉を返す。彼女もまた前方で異変があった事を察知して、騎獣を飛ばしてきたのであった。彼女は状況を確認して、そして周囲で何も出来ずにいた近衛隊の面々に顔を向けて、そして言う。

「何をやっている!? すぐに国王様方をお守りしないか!」彼女はクライムの元へとやってくると、聞いた。「矢が飛んできたのはあの方向なんですか?」 

 それは、彼女なりの推測であったらしい。

「はい、そうです」

 そう答えながらもクライムはこの女性の洞察力の高さに感服していた。彼女は何も当てずっぽうに方向を示した訳ではない。その視線は一瞬であるが、地面へと向けられていた。その先を見れば、先ほどその方向へと走っていた騎獣2匹の足跡が続いていたのであるから。

 それから、レヴィアの指示に従い。倒れた馬車を盾にする形で要人達には避難してもらい。矢が飛んでくることは勿論であるが、他にも襲撃を仕掛けてくる者がいないか、周囲の警戒に当たらせる。

 やがて、後続の部隊も到着して、馬車の修理が始まるのであった。

「では、これからどうしましょうか?」

 そう言葉を紡ぐのはレヴィアであった。モモンがいない時の指揮は彼女に任せているという事であった。フォーサイトにしてもリーダーであるヘッケラン、そして野伏であるイミーナの姿もその場になく、襲撃者の追跡にあたっているらしい。

「ひとまずは、馬車を修理をして先に進むしかありませんね」

 言葉を返すのは彼女達の雇い主であるレエブン候。そもそもそれしか選択肢はないのであるから。壊れた馬車もそうであるが、スレイプニールに、近衛隊にだって少なからず犠牲者が出てしまっている為に、どんなに急いでも再出発には10分以上かかるという事であった。

「1分、1秒を無駄には出来ませんからね」

 フォーサイトのメンバーであるゴルトロンがそう言う。彼の言う事も最もであった。たった2射であるけど、それでも攻撃を仕掛けて来た人物が何を目的にしているか、おおよその見当がついたのであるから。

(まさか、本当に)

 クライムは握る拳に力を入れる。今は近衛隊が作っている壁に、馬車の影と上手く周囲から身を隠している姫君。自身にとっては、恩人であり、そしてそれ以上に――

(駄目だ。それは許されない感情だ)

 煩悩とも渇望ともとれるその感情を押し殺して彼は怒りがこみ上げてくるのを感じていた。そんな彼女に国王を害そうとする者達がいるという事に。レエブン候の今回の策、個人的には少し神経質ではと思っていたのももう撤回しなくてはならない。

 本当にそういった人物、勢力が存在するという事であるのだから。何より、少なくとも攻撃を仕掛けて来た人物はこの霧の中、こちらの事が正確に見えているらしいのであるから。

 そんな相手に、姫君の存在を見られた。これによって起きる事は誰だって想像がつく。

 ――常に最悪を想定して動け、クライム。まあ、俺が出来ているかと言われれば微妙な所であるが。

(ですよね。ストロノーフ様)

 本来であれば、彼だってこの行事に参加してしかるべきである。自分なんかよりもずっと相応しいのであると言うのに。そんな彼がいないのも貴族たちが関係しているようである。かといって、自分が口出しする訳にはいかないし、下手をすれば姫君の立場さえ危ういものになってしまうから。

 そんな彼の言葉に従うのであれば、敵は矢を放ってきた人物だけではない。他にも仲間がいると見てかかるべきである。よって、ここに長居するのは危険であるのだから。

「今は、出来る事をするしかありませんね」

 思わずつぶやいてしまい、不味いと思って顔を上げる。自分は立場としては、この中では低い。それは、実力にしたって、そうだ。そんな自分の発言で場を濁す訳にはいかないから。

「ええ、クライム様の言う通りです。その人物に関してはモモンさん方に任せるのが一番でしょう」

「私もレヴィアの意見に賛成です」

 しかし、彼のそんな心配など本当に些細な事だと言わんばかりに話は進む。その事にクライムは胸をなでおろすのであった。

 

 

 少女は生まれながらに愛らしい容姿を持っていた。その娘は父親にとっては、3番目の娘になったが、いずれの娘たちも器量に恵まれていた。別にそれは関係はないが、父親は娘に愛情を注いだ。それは、貴族達にしてもそうであった。打算込みであったとは言え、少女が美しいのは事実であったのだから。

 そうして、少女は成長していくのであった。

 

(ついていませんね)

 馬を走らせながら男は毒づく。あの1射を躱されるとは夢にも思っていなかった。あの英雄たちでさえ反応出来なかったと言うのに。

(ま、それでも)

 事態を前向きに考えるべきだと男は懐からスクロールを取り出して、真上へと放り投げる。次いで男は言葉を発する。

「――」

 瞬時に紙は燃え広がり、そして消滅する。男は慣れた様子で言葉を続ける。

「こちらマジョラム。目的を発見しました」

 しばらくして、声が返ってくる。

『そうか、間違いの可能性は?』

 確かに言葉の通りでもある。あれが、本当に第3王女である保証はどこにもない。それでも男には確証があった。あれは、今回、城塞都市へと向かっている国王一行、その娘である少女であると。

「あれ程の美貌を持つ少女はそういませんよ」

『そうか、分かった。場所は?』

「はい、――」

 それから男は連絡を続けた。この辺りの地理であれば以前から手分けして調査していた為に、多少は詳しくなっており、そのおかげで男は正確な位置を伝える事が出来た。

『そうか、ご苦労。他の奴には俺から伝えておく』

「分かりました。私の方も一度戻ります」

 その言葉を最後に連絡を終了する。目的の人物たちは見つけた。彼らの目的地も分かっている。そこを考慮すれば、どの辺りを通るかもある程度は予測できるはずである。後は、適当な仲間と合流して挟撃の用意をと、考えた所で男は背筋が冷えるのを感じた。

(何ですか? これは?)

 まるで、心臓を直接手で握り締められたような感触を味わう。そして、男ははたと気付く。それが後方から追いかけている事に。

(まさか――)

 男は後ろを振り返る。その先は霧に包まれていて、見えない。そして、武技を発動させる。視界が急激に変化して、頭を謎の圧迫感が襲う。そして男はその姿を確認した。

(――追って来ていたとは)

 男がそう考えるのは当然であった。普段であれば、その発想はない。弓を放てば、追われるのは当然だ。しかし、現在この辺りは霧に包まれている。それも、自然なものではなく、人為的にその男が起こしているものであるから。

 男が所属する組織には複数のスポンサーがついている。それは、同時に王国がどれだけ周辺国から嫌われているかという事でもあった。その中の一つからの依頼でもあった。

(新型という話でしたね)

 本来であれば、男の持つ魔力でこれ程の効果を生み出すマジックアイテムを動かすなんて事は出来ない。何でも、新しく作られたアイテムの数々は、使用者の魔力を必要としないと言うらしい。もしもこれが実用化できれば、何やら世界が変わるという事だったらしいが、男にはどうでも良い事であった。そんな訳で他にも色々と持たされていた。

 

 霧は深く、相手方から自分の姿は見えていないはずである。だと、言うのに。漆黒の戦士に、その騎獣である賢王は迷いなくこちらを目指して来ているのであるから。その距離約950メートル。

(不味いですね)

 このまま何もしなければ、数分後に彼は追いつくだろう。そして、彼とぶつかった時。自分が無事に戻れる可能性は殆んどゼロに等しい。

 男は弓を構え、矢をつがえる。と、同時に霧の濃度を上げる。別に何か特別な動作に仕草をする必要はない。ただ、頭で思えば良いのだ。

 

「むむ、霧が深くなってきたでござる。殿」

「ああ、その様だな」

 周囲を見て、ハムスケがそう言い、アインズも言葉を返す。そして、背中に備えたグレートソードに手をかけ、そして振りぬく。袈裟気味に振られた得物が飛んできた矢をはじく。

 

(冗談でしょう?)

 男はそれを見て、驚愕していた。この霧の深さ、半径3メートルは視界が防がれている中で、あの戦士は自身が放った矢を躱して見せたのであるから。

(やはり、アダマンタイトという事ですか)

 

 男自身は気付いていないが、他にも理由はあった。それは、アインズが使用していたスキルに関係していた。絶望のオーラI。アインズの種族的特殊能力であり、そしてこの世界に来て、ある程度変質していたスキルでもあった。そのスキルは発動と同時に範囲内にいる相手に恐怖を与え、そして浴びた者はそれによって動作などにペナルティを受ける訳である。

 以前の世界のものであれば、範囲内にいる者達全員に無差別に効果を与えるというものであったが、この世界ではその対象も選ぶことが出来るらしい。ならば、それを利用して範囲探知に応用できないかと試した事もあったが、それは出来なかった。あくまでアインズが認識している相手に限るのであった。

 確かに霧のおかげでアインズはその男を見る事はできない。それでも、ある方法によって、男がどの辺りにいるかは何とか突き止めたのであるから。

 よって、男は自分では気付かずにその腕だって落ちているのだ。それが、アインズが男の放つ矢に反応出来た理由であった。

 

(ならば)

 男は、数度矢を放つ。例え、効かないと分かっていても何もせずにいるのが愚策である事は確かであったから。

 男が2射放てば、アインズはそれを横なぎではじいてみせる。男は続けて、矢を放つがアインズは持ち手で殴って叩き落す。

(手強い、しかし)

 矢を放ちながら、男は考える。どうして、漆黒の戦士はこちらを追って来れるのかと。男が試しに馬を右へと曲げれば、賢王もその方向に沿ってくるのであるから。

 男が考える間にもアインズ達と彼の距離は縮まってゆく。その距離約750メートル。

(不味い、非常に不味いですよ)

 相手がいかにしてこちらを追って来ているかは分からずじまい。かと言って、それを探っている時間はもうない。男は左腕、手のつなぎ目より体よりの部分に目を落とす。男たちの組織には多数の品が流れてくる。

(初めて使用する武装ですが、何とか使いこなしてみせましょう)

 

 アインズは矢をさばいていく。彼にとっては、特に難しい仕事ではなかった。

(よし、このまま)

 スキルを発動しつつ、襲ってくる矢をさばいて後は、ハムスケが相手へと追いつくのを待つばかりである。それだって、後5分かかるか、かからないかだ。

(このまま済んでくれれば)

 予防線として彼らと即興で用意した策を使用する必要もないようだと彼は油断した。

 再び、襲ってくる矢。正面から迫るそれをアインズは再び、グレートソードを外側に向けて振るう。そして、はじいた。

(何!)

 その瞬間、右目に痛みが走り、視界がかける。この感触には覚えがあった。城塞都市での戦い。大切な者を泣かせてくれたあの女から受けた攻撃もそうであった。

 あの時と似た状況だ。あの時は、戦士の動きをみる為にわざと手を抜いていた為に受けてしまったのであるが、今回は完全に別であった。最初にスレイプニールが矢を受けた時と同じであるのだ。

(しかし)

 この世界にはぷれいやーではなくとも手練れな人物が揃っているようである。あの女にしても、今、自分が追いかけている男にしても、どうしてこうも正確に兜の中の眼球を、僅かな隙間から狙うことが出来るものであると場違いにも思ってしまう。

 ゲームというシステムによって、得た自分の力と違い。彼女達のそれは、純粋な戦闘技術であるのだから。右目に攻撃を受けたアインズは後ろへと体勢が崩れる。しかし、走る事に夢中になっているハムスケはそれに気付かず、高速で走る獣、その進行方向と反対の方向へと体重をかけてしまった為に、落ちそうになるが何とかアインズはそれを堪え、そしてハムスケの頭へと拳を落とす。

「痛いでござる~!」

「まったく、さっきは出来ていたというのに」

 何とか体勢を整えてアインズはハムスケを減速させる。と、同時に先ほどまで発動させていたスキルを解除する。別に彼は諦めた訳ではない。先程、連絡があったのだ。何とか接近出来たのだと。

(後は、お願いしますね)

 こんな時の為にとレエブン候から貰っていた。アイテムに、作戦とそれを頭に思い浮かべながら。もっと知りたいという思いが溢れてくる。

(こっちの世界にも伝言(メッセージ)があるとは――いや、考えてみればそれも当たり前か)

 この世界は、あのゲームの影響を多大に受けているのであるから。頬を流れる血の感触に。左右で景色を捉えている器官が違うために、やや歪む視界をおかしく思いながら彼はハムスケへと新たな指示を出す。

「ハムスケ、後はタ―マイトさん達に任せて合流地点に向かうぞ」

「分かったでござる~」

 先ほど殴られた事は直ぐに忘れ、主の言葉に従い。獣は走り出すのであった。

 

 

 アインズが退いていくのを確認して、男はひとまずどうにかなったと思った。どういう訳か、体を縛っていた謎の感触も消えていたのであるから。

(これで、問題なく)しかし、自身に迫る危機が完全に去った訳ではないと男は長年の勘から察知して、そしてその方向を見て、その瞬間に見えた。自身へと向かっている人影、その人物は自分の目線よりも高い位置からこちらへと降下しているようであり、その手に握られているのは二振りのサーベルであり、それが自身へと振り下ろされると同時に、相手の声が聞こえてきた。

「〈双剣斬撃〉!」

 

(そういう事でしたか)

 その瞬間、男は先ほどの人物。アダマンタイト級冒険者であるモモンの本当の狙いを初めて知ったように感じた。あの人物は、英雄とも称されしあの人物はこともあろうに自身を囮としたのである。今、全てが分かった。先程から受けていた謎の感触はあの人物が放っていたのだ。

(英雄の貫禄というものでしょうか)

 全ては、この状況を作る為。自分へと他の者が接近する機会を作る為であったのだ。

 

 実際、その通りであった。ヘッケランが男へと追いついたのは不思議な話ではない。馬とスレイプニールではその走力に大きな違いがあるのであるから。魔獣の足を持ってすれば、特に難しい事ではない。

 そして、モモンがある方法を用いて、相手の注意を引き付けてくれていたのが大きい。その詳しい方法は聞いていないが、相手はアダマンタイト級冒険者。何か自分が知らない方法があるのだと、ヘッケランは考える。相手の探知に関しては、現在、共に追撃にあたっている彼女がやってくれた。何でも故郷に伝わる方法であるとの事であった。

 こっちに関しても詳しくは聞いていない。仲間であっても、不用意に話す訳にはいかないらしい。その事が少し寂しくも思うが、それよりも目の前に捉えた人物である。

(こいつが)

 この深い霧の中、正確無比な射撃を行ってきた人物であるのだ。そして、どういう訳か攻撃を仕掛けて来た。それだけで、敵と断定するには十分である。

 一番の最善は捉えて、話を聞く事。この人物が他の者と連絡をとっている可能性だってあるのだから。放つ武技は彼が誇る最強の技であり、下手をすれば殺してしまうかもしれない。それでも、死なないかもしれないと考えてヘッケランはその技を放つ事にしたのだ。

(あんたが)どういうつもりで矢を放ってきたのは分からない。それでも、その事で仲間である彼女は怒り心頭だ。(おとなしく捕まってもらうぜ)

 そして、二振りの斬撃が男を襲う。

 

 が。

 

 男だって、唯ではやられない。否、この状況であっても彼は諦める事をしない。男は身を空へと投げ出す。その事にヘッケランは驚きながらも武技を放つ。斬撃は男が乗っていた馬を切り裂き、そして鮮血が舞う。渾身の攻撃は確かに避けられた。だが、男の行為は自殺に等しいものであるとヘッケランは感じた。既に、馬の移動速度は速く。そんな中で、地面に落ちれば唯ではすまない。むしろこちらの手間が減って助かるとさえ、その男に感謝してしまう。

 しかし、そんな彼の期待を男は裏切って見せる。

浮遊板(フローティング・ボード)

 その瞬間、男の背中から板らしきものが飛び出し、男はそれに手をかける。

(おい、まじかよ)

 思わずヘッケランは悪態づいてしまう。男は、馬から板に乗り換えて再び霧の中へと消えてゆく。直ぐにも追いかける為に、僅かな時間で手懐けたスレイプニールを呼び出して男がやってみせたのと同じように手をかけ、素早く腰を下ろして追撃を再開する。

(たく、本当驚く事ばかりだ)

 現在、男が乗っている板。それに準ずる魔法だって自分は知っている。もっと言えば、自分達(フォーサイト)だってそれに送られてきたのであるから。

 そして、自身の常識に照らし合わせれば浮遊版という魔法は、その使用者の後を追いかけるように出来ているのであるが、男が使って見せたのは全くの別物であった。使用者自身が乗る浮遊版であったのだ。

 それが、男が自ら作ったオリジナル魔法であるか、あるいはそう言ったマジックアイテムであるかは分からない。が、それはどうでも良い話だ。

(今は、追いかける!)

 此処までの装備、ヘッケランの経験論で言うなれば、間違いなく背後に支援者がいるはずである。この世界で単独であそこまでの力をつけるのは難しい。何が何でも捕まえなくてはならない。

 彼もまた男を追って、騎獣を走らせる。

 

(危なかった。これがなければ、私は死んでいた)

 それが、男の素直な感想であった。現在使っている板にしたって、先方がくれた新型のマジックアイテムであり、正直胡散臭いとも思っていたが、その考えを破棄する必要がありそうだと男は現在、自分が立っている板への認識を改めるのであった。

(にしても、これは使いにくいですね)

 このアイテムは、体重のかけ具合によって、進行方向であったり、速度が変わるらしいのだ。男は飛行魔法を使ったことはないが、それでも自身が使用しているアイテムがその魔法と使い方が違うのは分かる。男は、速やかに撤退をする為に、霧を発生させていたアイテムの回収をしようと意識を飛ばす。

(!!!)

 右足のふくらはぎから熱が発生して、全身を駆け巡る。見てみれば、矢が深々と刺さっている。

(一体……)

 この霧の中、相手はどうやって自分を見つけているのかと男は姿勢をくずしながら思い、そして思案する。自分は此処で倒れる訳にはいかないのだから。

 

 王国の未来を左右する行事、遂行する者も、妨害する者もかける思いは等しく激しいものであった。

 

 

 

 

 



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第25話 霧の中の追撃戦②

 男は倒れそうになる。足の、それも立つという動作を行う筋肉をやられたのであるから当然だ。体が不思議な浮遊感を帯びそうになり、その前に男は新たな言葉を口にする。

「〈姿勢制御〉」

 途端に男の姿勢は先ほど同様に浮遊版に構えた物となる。それも、男の意思とは無関係に、それこそ糸でつった操り人形のような動きであった。

 それもまた、男が独自に編み出した武技の一つであった。と、いうのも男は弓兵であり、危惧すべきことの一つとして、否、男自身が弓兵に必要な要素だと思っていることに「いかなる時も、体勢を崩すことはあってはならない」というものがあるのだ。

 よって、男は決めていた。仕事を果たすまでは、意地でも地に膝をつくものかと意識を後方へと向け、そして見つけた。紫の髪を持った女性が、漆黒の戦士につい先ほど自分を仕留めかけた戦士と同じように八足馬を駆りこちらを追って来ている様子が。

(本当、どうやって?)

 その女性もまた、自分の後についてくるのであるから。自分であれば、常時発動している武技のおかげでこの深い霧の中、相手の姿を捉える事が出来る。しかし、そのアドバンテージは自分にしかないはずである。

(相手も)

 自分と同じ武技を持っている可能性を考慮してすぐに止めた。それだけはないと間違いなく言えるからだ。この武技の使用には目に見える変化があるらしく、些細な事であるけれども自分はそれを知っている。そして、見る限りでは視界にいるその女性の目には何ら変化は見られないのであるから。

(ならば、どうやって)

 そうしている内にもその女性は次の矢をつがえ、そして放つ。それは、男の肩を狙ったものであり、彼は上体をそらして難なく躱す。相手の視線に、殺気を見て取れば、そして互いの距離が20メートルはあるのだ。やってのけるのはそんなに難しくない。

 無論、彼の現状を思えば、僅かなミスが転落を招く為、彼は神経を集中させて、体を動かす。その度に、関節が開閉する度に、始めに受けた個所から痛みが広がるが、やっとの思いで手にした機会を無にする訳にはいかず彼は耐える。

(一つ、分かりましたよ)

 彼女がどうやって、自分を見ているかは分からない。それは、先ほどの彼らにしても同様であったが、今考えるべき問題はそこではない。最初に受けた矢、そして今放たれた矢。その両方に込められているのは、殺気であったのだから。

 殺意のない矢って何? て、思う者もいるだろが、それも男の経験則から来る考えであった。投射一矢一矢にしても、速度に精度、そして矢自体の揺れ具合から放った人物という者を、その人間性を見る事は出来る。これまで、男自身が渡ってきた戦場で数多もの矢に、その射撃主を見てきている。その経験も手伝い、今、自分を攻撃している女性が自分に対して、並々ならぬ殺意を抱いているのを察知した訳である。

(何を怒っているのでしょうね?)

 それでも男は彼女の感情が理解出来なかった。彼女の装いを見れば、その立場だって分かる。彼女はいわば、雇われの身、冒険者かワーカーのどちらかは分からないが、別に大きな問題ではない。彼女にとって、王族達は仕事上の護衛相手というだけであり、そこまで深い関係ではないはずだ。

 むしろ、王女を狙った一撃を身を挺して守ったあの少年にも見える騎士の方が該当しそうではある。そう考えながら、彼は霧の中の逃走を続ける。間違っても彼女達を連れて帰る、なんて事にはなってはならないから。

 

(絶対逃がさないわよ。この糞野郎!)

 イミーナは深い霧の中、その方向に追っている男がいると確信を持って騎獣を走らせていた。その胸には男に対する怒りが溢れていた。

 イミーナ。彼女は、唯のエルフでなく、ハーフエルフと呼ばれる種であり、要はエルフと他の種族の交配種であり、彼女の場合はエルフの父と人間の母の間に生まれた存在であった。

 そんな彼女であるが、彼女は母親の顔というものを知らない。物心ついた時には両親は別々の道を歩んでいたのであるから。しかし、彼女がそれを不幸に思ったり、あるいはそれが原因で寂しい思いをする事はなかった。良くも悪くも愉快な人物である父親の存在に、そんな彼の妹である叔母が彼女を実の娘のように可愛がってくれたからだ。それだって、単に甘やかすのではなく、幼少期のイミーナが間違った事をすれば叱り、新しい事が出来れば自分の事のように喜び、そして毎年彼女が生まれた日には盛大に祝ってくれたのである。

 人間、例え肉親がいなくとも、片親だけであったとしても、しっかりと愛情を注いでくれる人がいれば、真っ直ぐに育つものである。

 そんな、暖かな家庭で育った彼女がワーカーとなったのは、そんな彼女――あくまで、実父はおまけなのであった――叔母に少しでも恩を返す為である。

 これには帝国におけるエルフの社会的地位の低さも理由の一つであった。帝国ではエルフの地位は低く、その種族であるというだけで、まともな職に就くことは難しい。あったとしても、低賃金でこき使われるような職場だけだ。そして、イミーナはそんな所で働く気は毛頭なかった。よって、彼女はワーカーとなり現在に至るのである。

 そんな彼女を叔母は今でも気にかけている。彼女としては、姪に危ない事はして欲しくないのだ。生活にしたって、何とか自給自足と帝国郊外の森などでとれる木の実を装飾品として加工して売り出す等して、何とか生活は成り立っている。それでも、イミーナは納得しない。もっといい生活を送って欲しいと稼いだお金の大半を彼女へと送っているのであり、そして彼女も姪が稼いだお金を無駄にするのは気が引けると全て貯蓄に回しているとなんとも心温まる話である。

 そんなイミーナは、沢山の愛情を受けてきた彼女は仲間思いであり、現在のチームに所属している自分よりも年少の少女が抱えている問題なども何とかしたいとは考えているが、これに関しては少女本人が助けを必要としていない為に何も出来ないでいた。

 そのもどかしさがあったからとも言うべきか、今回の依頼において、少女とそんなに年が変わらない第3王女の護衛に関しては、彼女自身が意外に思う程に力が入っていたのである。そんな矢先に、先の襲撃だ。

 彼女もまた弓兵であり、マスクをつけた男同様に、その矢から相手の心情をある程度読むことが出来る。そして、知った。知ってしまったとも言うべきか、その男が年端もいかない王女を殺すつもりで矢を放ったという事を。

 その為に、彼女は男に対して猛烈に怒りを燃やしていたとも言える。

(許せる訳がないじゃない!)

 彼女は自分を大人として仮定している。自分で生きるお金を稼いでいるのであるから、当然だ。それに倣うのであれば、仲間の少女だって、大人になる訳であるが、彼女は少女の事をどこか子供扱いしていた。よって、王女の事もどこかそういう風に見ていたのだ。今日初めて会ったばかりの相手に考える事としては、おかしな事に思えるかもしれないが、彼女は至って冷静である。

 そんな彼女は、騎獣を走らせながら弓を構えている方とは逆の手を開いて見る。開かれた平からは、金粉のようなものが広がり、それがある方向へと綿毛のように飛んでいく。

(この方向で間違いないわね)

 それこそ、男が知りようもない彼女だけの切り札とも呼ぶべきマジックアイテムであった。と、いうのもそれは、彼女の父親が、もっと言えば彼女の故郷に住むエルフ達が作ったマジックアイテムであるのだから。

 彼女の父親は凄腕の狩人であった。が、それだけであった。本当に彼はそれしかなかったのである。そのほかはまるで駄目であった。家事も碌に出来ず、その為に、幼少期のイミーナでさえ「この人はこんなだから母に愛想をつかされたのだろう」と思った位である。

 その事を思い出して、彼女は顔をしかめる。本当にどうしようもない父親である。そんな彼であっても故郷の伝統を尊重する部分はあったらしく、そのおかげと言うべきか、謎の人物を追跡する事が出来るのであるから。

 羽妖精の鱗粉。

 それが彼女の使用しているアイテムの名であった。彼女の父親の説明によれば、それは対象者を追跡するには最も適したアイテムとも言える。それは、元は狩りを生業としていたエルフ達が獲物を確実に仕留める為に作り上げたのであるから、それも当然と言える。それは、追跡対象者の一部、身体的あるいは物質的なものを対象に発動させると、その対象者を追いかけるというアイテムである。

 例えるならば、犬の毛を対象にそのアイテムを使用すれば、即座に粉は犬を追いかけ始める。そんな所だ。更に言うのであれば、このアイテムはエルフの血が流れている者しか使用できないというものであり、それが見える者も同様であった。後は、レエブン候から提供された伝言の魔法との組み合わせで、彼女は男の位置を残りの者達に伝えていたのである。

(見た事ないものだったけど)

 あれのおかげでこの状況に持ち込む事が出来た。彼女は、素早く伝言を発動させて、現在、追撃にあたっている仲間である彼に大まかな情報を伝える。彼も勘は鋭い方であり、彼女が伝える僅かな言葉だけでその意図を理解して、魔獣を走らせる。

 そして彼女は次の矢を構える。何も彼女は男を追えているのは、アイテムの効果だけではない。長年積んできた経験が、狩人して研ぎ澄ました彼女の五感が捉える。空気中に、水分に交じって漂ってくるかすかな血の匂いを。

 

 男は自分を追いかけてくるエルフの女性に注意を向けつつ、毒矢の用意を始めていた。理屈は分からない。それでも、こちらが優位である事に変わりはないのであるから。

(確かにあなた方には私の位置が分かるようですね)

 しかし、だからと言ってこちらの攻撃を避けれるとは思わない。さっきのは、相手が悪かったのであるから。あれは、英雄と言う名の化け物だと男は結論付ける。何とか、時間を作って、彼らにも伝えなくてはならない。間違っても、英雄モモンを相手にするなと。その為にも、彼女を始末しようと弓を引き絞る。が、それよりも早く右から気配が近づく。

(またですか)

「おらぁ!」

 騎獣に乗ったまま突撃を仕掛けて来た戦士の一撃。男はとっさに腰を落とす。その頭上をサーベルが通過し、殺気を含んだ風は、男に当たりはしないまでも、そのフードの繊維を多少は痛めたように男は感じた。そして、男は続いて思う。追い詰められていると。先程までは、確かに自分が優位であった。それが、戦士の登場で一気に逆転してしまった。

 やはり八足馬は非常に厄介である。対して、自分が使用しているのは慣れない新型の浮遊版。体勢だって向こうは通常よりも大柄な魔獣に跨っているのに対して、自分は板に立っているだけである。何とか武技を連発して、転落はしないように努めるも、それだって限界がある。

 

(やった。このまま追い詰める!)

 攻撃は躱された。しかし、再び接近出来たのは大きい。

(愛してるぜ。イミーナ!)

 彼女がいかにして、目前の男の位置を知っているかは詳しい原理は知らない。だが、そんなもの関係ない。仲間である彼女を信じるだけだ。

 その信頼が、男の不意を突くことが出来たのであるから。見れば、相手は姿勢を保つので精一杯のようであり、不安定に揺れる振り子を思わせるように蛇行していたのであるから。

(よし、このまま)

 とどめを刺す。というのは、間違いである。可能ならば、生け捕りにして男の背後関係を探らねばならない。彼には確信がある。この男は単独犯ではないと、弓の腕も勿論であるが、ここまでの動きに迷いがない。他にも理由はある。男の装備だ。特に、スレイプニールを襲った毒はその手の話に詳しい彼女でさえ知らないものであった。それだけの物をたった1人の人間が用意出来るとは思えない。

 ヘッケランは手綱を揺らし、足で騎獣の腹を叩いてやる。それだけで、その獣は彼の意図を理解して、不規則に揺れる板を操っている男へと駆け出す。

(よしよし、良い子だ)

 ヘッケラン・タ―マイト。彼は、現在帝国で名を広げつつある。商人家計の4男として生を受けた。彼の父親はというよりその家は、平民の出でありながら商才に恵まれており、否、この言い方は彼らに失礼だろう。それだって、その家の者達が何世代もかけて磨き上げた信頼、人脈、そして話術等の集大成なのだから。

 そんな家に生まれた彼の幼少期は年の離れた兄のマンツーマン授業を受ける日々を過ごし、そして思春期、普通の若者であれば、学校に通い。ある支配者がいた世界であれば、働いている者達が殆んどである年頃に、彼は家の手伝い等をして過ごした。その際に、彼が任されるていたのは、御者が多かった。必然的に、彼は馬であったり、時には牛などと触れ合う機会が多く。その経験が僅かな時間で彼が自らが駆るスレイプニールと親しくなっている理由であった。

 そんな彼がワーカーとなったのは、いつか帝国騎士が呆れたように、単にお金を求めていたからというのが大きい。彼の家は、別にその道に進むことを反対はしなかった。むしろ彼の父親に至っては、それを新たな商機と見る事は出来ないかとさえ考える位だ。

 そんな父であっても、その道を進む事を決めた彼にこれだけはと伝えていた事がある。

 ――いかなる時も、そうお金を貰う以上は仕事だ。お前が何をやろうと俺は興味ないが、仕事をやる以上。半端な事はするなよ?

(分かっていますよ)

 今回の依頼、その報酬はこれまでのどの依頼よりも法外だ。ならば真摯に向き合って、必ず成功させなくてはならない。単なる旅行で終わるかと思いきや、予想外の襲撃。ならば、この人物を捕まえて今後の憂いを断つ。

(???)

 ヘッケランは首を傾げた。男が不意に左手を空にかざしたのであるから。何のつもりだろうか? 次に聞こえたのは小さな音。それも何か飛び出した。小さな空間で相当な力が加えられたと思える音であった。

(何だ?)

 音は直ぐに彼の耳へと届いた。次に聞こえるのは、石が水面を叩いたようなものであり、それが何度も、何度も聞こえ、ますます彼の思考を乱す。最初は右前方、次いで後方から聞こえて、そして。

「ぐは!」

 その言葉と共に空気が漏れていた。背中に何か刺さったようだ、それも高速で。肉体の本能か、異常を知らせるべく痛覚が訴えてくる。ある意味不意打ちでもあったその攻撃に彼は、前のめりに姿勢を崩し、そして落下した。仕方のない事だ。前方の敵に意識を集中していれば、後ろから刺されたのだ。それも、単に剣で斬りつけられたとかではない。走ったのは、鋭い痛み。異物が体に無理矢理入ってくる感触に、今なお攻撃を受けた個所にその異物があると、早く取り除いてくれと、脳へと懇願する。

 このまま落ちれば、怪我をするだろう。それは、まだ良い。今回はポーション(回復手段)にも力を入れているのであるから。それよりも、やってはいけないのは目前の男を逃す事だ。彼女が居れば、確かに男の位置を知る事は出来る。しかし、それだっていつまでも使える保証はないし、何より情けないと思ってしまう。女性に頼りきりというのは。

(は、こんな時に)

 自分は何を考えているのだろう? それは、世界の時間にして1秒未満、だが彼にとっては悠久の時間。考えて、そして思い出す。この男の2射目、この国の姫君を狙って放たれたその攻撃から姫を救って見せたあの騎士の事だ。

(へ、青いね)

 こんな時に彼は何を考えてしまっているのだろうか? もしもこれを今なお目前の男を追っている彼女がしれば、激しく彼を叱責する事であろう。

 あの時、見た彼の姿には迫力があった。同時に、彼が姫君に抱いている感情も分かったようである。

(愛する人か)

 それは、彼らの立ち位置にこの国の現状を考えれば、決して叶う事のない想いだ。それでも、騎士は、あの少年は彼女を護るであろう。命の限り。そう確信していた時、彼は笑っていた。それも声を上げるものではなく、静かに口角を上げる形で、それを一瞬だけ確認した逃亡中の男は頭に疑問符を浮かべる。こんな時に、彼はどうして笑っているのであろうか? と。

(なら、俺だって)

 このままやられてやるつもりはない。ここで何もしなければ、男はどこぞへと逃げてしまう。それをさせない為には足をつぶす必要がある。

 素人目に見ても明らかだ。男はあの板を使いこなせていない。落とすなら今が最後の機会だ。最初に男が駆る馬を潰すことが出来たのは漆黒の英雄のおかげだ。そして、男がふらついているのはその足に受けた彼女の矢のおかげだ。なら、次は己の番である。自分は相手に何も出来ていない。

 ヘッケランは武技を発動する。

「〈肉体向上〉」

 これによって、一時的に自身の身体能力を上げる。次に腰に添えたサーベルを一振り手にとり、男へと投擲する構えをとる。そして、叫ぶ。

「〈斬撃〉!」

 世界が逆さまになる中、彼が放った剣は男へと飛ぶ。これは、彼なりに見出した武技の応用だ。剣を振る事に特化した基礎的な武技、斬撃。そしてもう一つの武技によって、普段より上乗せされた彼の身体能力であれば、サーベルを先程まで、男に彼女がやっていたように飛ばすことは出来る。

(いけえええ!)

 自身の身に起きる事は忘れ、彼は願う。当たってくれと。そして、その願いは叶う。彼の視界の先で、彼の放ったサーベルは男の右膝を関節の内側から正確に捉えた。鈍い音が耳に届く。恐らく、男の骨を砕いたものだろう。

 そして、それで相手も限界を向かえたのか、板から崩れ落ちる。唯でさえ、不安定な飛行を続けていた所に、完全に片足を潰されたのであるから。それも当然と言える。

 勿論、ヘッケランは男が使用していた浮遊版の事は知らない。それが、両足によってコントロールしていることなんて知りようもない。それでも、彼の執念が逃げ回る男の足を潰したのも事実であった。

 

 

 カルネ村を3人の人物が歩いている。髪を結ってそれを片方に流している少女に、その妹らしきおさげの幼女。そして、彼女達を見守るようにその後ろから追従している仮面をつけた女性だ。

「ネム。今日はお願いね」

「うん!」

 少女の呼びかけに幼女が嬉しそうに返事をする。その様を見ながら、仮面の女性、ヤルダバオトもまた自らの胸が満たされている事を自覚していた。

(良かったね~ネムちゃん~)

 この姉妹は、体格が、体力が違う為に普段は別々の仕事をやっている。姉であるエンリはそれが当たり前の事だと思っているので、特に気にはしていないが、妹であるネムはまた別だ。最近は、あのば……支配者の養子という自覚が育ちつつあるようで、姉が受けている勉強を自分もやりたいと言いだしたり、長い単語を言えるように必死に頑張っている。それは、自分が褒賞として認めてもらった訓練にしてもそうだ。

 それだけ頑張っているネムであるが、やはり肉親と共に居たいという気持ちは強いらしい。そんな子供にとって、今日はとてもいい日だと人の機微に疎かったヤルダバオトですら分かる。

 この日、自分が仕えている姉妹達は共に畑の土を均す事になったのだ。と、いうのもその原因は自分と現在の所属先にある為、少々申し訳なく思ってしまう。

「ごめんね~エンリちゃん」

 思わず出た言葉に彼女の主である少女は目を丸くする。何を言われたかまるで分かっていない表情をしており、聞き返される。

「えっと、何を謝っているんですか? ヤルダバオトさん」

「だって、そうでしょう~私達がまた……」

 その先を言えなかったのは、それよりも先に少女が手をかざしてきたからだ。「それ以上言う必要はない」と。そして、その度に不思議に思う。この少女は2ヶ月程前まではそれこそ、どこにでもいる村娘であったと言うのに。時々、こうしてまるで、養父のような威厳が見えるのだ。

(ま、やる事は変わらないよね~)

 この姉妹は自分にとっては、恩人であり、狂気に支配されていた己が心の拠り所であるのだ。もしも、この姉妹が死ぬなんて事になれば、あるいは殺されるなんてあれば、自分はまた狂戦士に戻り、殺戮の限りを尽くす。

 そう考えるヤルダバオトにエンリは言葉を続ける。

「仕方ありませんよ。ヤルダバオトさんに、教団の皆さんが正しい事をしているのは分かっています」

 そう、彼女が謝ろうとしたのは、この村の人口がまた増えた事に対してだ。あれから、そうこの村にある意味、初めての亜人の客人達が来た後からも彼女達教団は各地で活動を続けており、その過程で住むところを無くした人たちをこの村へと連れ帰って来ているのであるから。

 よって、この村が消費する食糧の量と言うのも必然的に跳ね上がり、新たな畑を作る必要が駆られて今日の仕事だ。

 問題はそれだけではない。新たに人口が増える。それだけ見れば、確かに良いことだろう。それは、村の更なる発展に繋がり、ひいては養父であるアインズに恩を変える事が出来るのであるとエンリは考えており、実際その通りであるのだから。

 しかし、そう上手くはいかないのが世の常である。この村には決定的に違う点が出来てしまっている。それは、村の住民が人間だけではないという事。エンリが召喚したゴブリン達。あれから、労働力として墳墓より派遣されているスケルトンにゴーレムに下級悪魔。果ては、ドライアードにリザードマンと多くの人外とも呼ぶべき存在がこの村にいるのだ。

 墳墓からの派遣者達に関しては、アインズが召喚したモンスターという事になっているし、例の事件の生き残りである村人達も()()()()事だと納得している。

 しかし、新たに村に来た者達は違う。初めは怯えるし、恐怖だってする。それでも、村を出ようとしないのは他に行く場所もない為であり、そんな者達をエンリが追い出せるはずもない。

 それでも、時折トラブルは起きてしまう。モンスターによって、家族を殺された者がその時の記憶を思い出してしまい、興奮して暴れるなんてザラであるし、そうでなくてもこの村はおかしいと言葉にして意見する者だっている。

 その度に、エンリは率先して矢面に立ち彼らの説得であったり、介抱をしてやったりする。そんな彼女が怪我を負う事があるとすれば、その時に相手から受ける暴力であったりする訳であり、その度にヤルダバオトに現在はこの場にいないが、姉妹の従者であるルプスレギナ等は殺意を持って得物に手をかける。が、その都度エンリはその必要はないと彼女達に言っていた。

 人間とは簡単に変わることは出来ない。

 エンリが一番その事を理解していたからだとも言えるし、メンタルケアにしたってそれぞれのペースがある。それが彼女の意見であった。

 その為、その事で自分が怪我を負っても決して相手を責める事はしないでくれと墳墓の者達に伝えており、その事に彼女達がやや苦い思いをしており、更に養父たるアインズもその事を知っており何とかしたいと思っており、それが原因で壮大な親子喧嘩になるのはまだ先の話である。

「ヤルダバオトさん達は気にしないでご自分の務めを果たしてください」エンリはヤルダバオトに笑いかける。「それが、きっとゴウン様の為にもなりますから」

(養父思いだね~)

 これだけ健気に尽くそうとしている少女はそういない。これでは、今は死後の世界に旅立った彼女の実父は涙を流しているかもしれない。それに、少女の姿勢を邪推する者だって出るかもしれない。人間とはそういうものだ。

「分かったよ~エンリちゃんがそう言うなら、私はもう気にしないけど~」

「ふふ、胸のつかえがとれたと言うのでしたら良かったです」

 そのまま和やかに時間が流れると思ったのは、やはり自分はこの姉妹を気に入っているのだと己が心情を確認した彼女は次に自らに向けられた攻撃的な感情を察知した。と、いってもそれは殺意ではない。どちらかと言えば、闘志であった。

(また~)

 うんざりとしながらも彼女はその場で飛ぶ。そこを緑の物体が通過して、風をおこし、それが近くにいたエンリの前髪をかきあげ、起きた土埃のせいでネムは両目を抑える。その事に舌打ちをうちながらヤルダバオトは元の位置から2メートル程姉妹より離れた位置に着地する。

「あのさ~いい加減にしてくれない~」

 彼女にしては、珍しい声音であった。以前の彼女であれば、日常的に発していたが、この村に来てからはほぼ消えてしまっていた狂戦士としてのものだ。

 彼女の言葉に姉妹へと接近していたその人物も後ろへ飛ぶ。片方の腕が異様に膨らんだリザードマンであった。

「は、また躱しやがったか」

「ゼンベルさん」

 エンリが力なくそう言う。彼女も知って……知ってしまっているのだから。この人物がどういう人物であるか。彼は、この村に越して来たリザードマンであるが、一緒に来た親友であるという人物の話によれば、とにかく戦うという事に執着しているようなのであった。そして、この村には彼にとっては宝庫であったらしい。こうして、ヤルダバオトに殴りかかる事だって、既に二桁を超えているし、それはルプスレギナにしてもそうだ。また、ある時はゴーレムに突撃をかましてあろう事か、壊してしまった事さえある。その時は修理に来たデミウルゴスにエンリが必死に頭を下げ、そして彼も親友である彼にやらされる形で頭を下げた事があるのである。

 そんな社会的マナーが壊滅的になっていないリザードマンはヤルダバオトを見据えて言う。

「俺と戦え、ヤーダバート」

「ヤルダバオトだって言ってんでしょ~」

 どういう訳か彼は自分の名前をしっかり言えない。別に文字数が多いという訳でもないし、発音だって変わっているという事はないと言うのに。何より、彼よりずっと幼いネムですらしっかり言えるのが何よりの証拠である。

「そうだったか? いや、それよりも俺と戦え」

「いやだよ~」

 その男もとい雄の提案を彼女は蹴る。自分が武器を振るうのは姉妹を護る為であったり、仕事の時だけだ。こんな私闘に付き合う気は毛頭ない。それは、彼女も同様の様であり、彼女も何度かこうして挑戦状を叩きつけられる訳であるけど、その度に適当に理由をつけて逃げているのだ。

「何で、そんなに私とやりたいのさ~?」

「決まってんだろうが。お前が強い。それだけだ」

 話にならないと彼女は思った。何を言ってもこれであるのだから。もうどうしようもないかもしれない。

(馬鹿って、こんな奴なんだろうね~)

 果たして、今の上司とどっちが阿呆かと考え始めた所で新たな人物が現れる。

「貴様! 見ていたぞ!」早足、いやかけて来たのは顔に包帯を巻いた神官であった。「エンリ様とネム様に手を出そうとしたな!」

「ああ? んな訳ねえだろ?」

 ゼンベルにしてみれば、それこそ言いがかりであった。自分が興味があるのは、仮面の戦士であり、姉妹の事はどうでも良いのであるから。この雄はエンリ達の立場というものをしっかり理解出来ていなかった。彼にとって、そういう小難しい話は、親友にその妻に任せれば良い話であるのだから。それでも、彼が生きていられるのは、致命的な事をやっていないから。運は相当なのだろう。

「ニグンちゃん」

 彼女の声には喜色というものが一切ない。この人物の登場を全く祝福していない。むしろ厄介者が増えたという認識だ。そんな彼女に神官は指をさして支持を出す。

「ヤルダバオト! エンリ様方を連れて早くこの場を去れ! 貴様にも手を出させる訳にはいかないからな」

 客観的に見れば、女性を庇っている男性の構図。これで、その男性に何も思わないなんて女性はいないだろう。自分を心配してくれて、守ってくれるというのであるから。しかし、ヤルダバオトは分かっていた。この男はそんなんではないと。

「全ては、アインズ・ウール・ゴウン様の財産なのだ。あんな野蛮な輩に触れさせて良いはずがない」

(びっくり~全然嬉しくな~い)

 この神官はこういう生き物なのだとヤルダバオトは姉妹達を促して、その場を足早に立ち去る。その後ろで、鈍い音が聞こえたのは間もなくであった。

 

 ニグンの助け? もあって、何とか厄介な戦闘狂から逃げる事が出来た3人は新たなる畑の予定地である村のはずれを目指していた。その途中、工事中の様子であるゴーレムに、彼らに指示を出す。ローブを纏ったスケルトン、エルダーリッチの姿が目に入る。

「この村、また広くなるんだね~」

「はい、人は増えるばかりですから」

 移民が中心であるが、エンリの答えが全てであった。人が増えれば、食料もそうであるが、住むところだって増やさなければならない。よって、定期的に村の周辺の土地を均して、新しく塀を作ってと、その為にカルネ村というのは壁が多い村にもなりつつある。

 と、不意に空気が変わる。そして、ヤルダバオトが真っ先に気付いた。彼女が帰って来たのであると。

「エンちゃん~ネーちゃん~」

「ルプスレギナさん!」

 声を上げるのはネムであった。数歩先に音もなく現れた彼女に駆け出して、その胸に躊躇いなく飛び込み。彼女もそれを受け入れて抱きしめるのであった。

「ん~! 会いたかったすよ~」

「ルプスレギナさん、お帰りなさい」

「お帰り~ルプスちゃん~」

「只今っす! ヤーちゃん」

 彼女は最近、こうして村を離れる事が増えている。その為、その間の姉妹の警護役及び世話役はヤルダバオトが受け持っているのである。彼女が居なくなる理由については、詳しい事は知らないが、どうも墳墓でも相当高い地位の人物からの指令であるという事だけはヤルダバオトは把握していた。

「今回、少し時間がかかりましたね? 大丈夫なんですか」

 不安げに声を上げるのは、主君であるエンリだ。彼女は自分が無力だという事を嫌という程知っている。そして、目前の人物が関わっているのは、間違いなくそう言った力が必要とされる場だ。そんな少女にルプスレギナは軽く笑って返す。

「ほんとっすよ~あの人たち人使いが荒いんすから~」

 愚痴るように言うのは、彼女なりの気遣いであった。別に大したことではないと、特に心配するようなことではないと。しかし、彼女はこの言葉を直ぐに後悔する事になった。

「あら、ルプスレギナって、私達の事をそう思っていたのかしら?」

「うげ!――失礼しました、アルベド様。私は決してそのような事は思っていません」

 続いて聞こえた声に、反射的にルプスレギナとヤルダバオトは片膝をついて忠誠の姿勢を取る。ヤルダバオトがそうしたのは、本能的な恐怖からであった。

「アルベド様」「アルベド様だ!」

 姉妹は口々に喜ぶが、自分は違う。心臓が締め付けられ、呼吸が苦しくなってくる。新たに現れたのは、純白のドレスを纏った女性。それも同性から見ても、見ほれる程の美貌を持つ人物だ。人と違う点を上げるとすれば、腰から生えた翼に、額から伸びた角であるが、その程度で損なわれる美ではない。

(大丈夫。私はしっかりしている)

 どうしても噂等で聞いてしまっている。この人物は、以前自分が戦った戦士に扮したぷれいやーを心から愛していると、そんな人物が。偽りの姿だったとは言えその体に、愛する人物に傷を負わせた自分をどう思っているかなんて簡単に想像がつく。自分は、その人物に仕える事で生かされている。しかし、だからといって、この人物が納得出来るかどうかは別の問題である。

 それでも、彼女は一流の戦士であった。乱れる呼吸。震える肩。それを決して、姉妹達に悟らせはしないのであるから。それを見たアルベドはしばらく――2秒程、彼女を見ていたと思うと興味を無くしたようにルプスレギナへと視線を向ける。

 初めに間抜けな声を上げたと思えば、彼女は瞬時にその顔を変えた。愛する主の養子達に、姉妹である彼女達に見せている陽気な顔から冷徹な顔へと戻り、その声もいつも自分が聞いているものと変わらないものになっていたが、もう遅い。

「アインズ様じゃないけれど、貴方には失望するわ」

 その言葉に彼女は明らかに動揺して見せる。姉妹達にしても、不安な視線を自分へと向けている。それだって、彼女を思っての事であろうし、このまま話を終えれば間違いなく誤解を生んでしまう為にアルベドは続ける。

「安心して頂戴。失望と言っても、好意的な方だから」

「はあ、好意的ですか」

 メイドの顔は訳が分からないといった様子だ。これに少し優越感を覚えてしまう。

 アルベドは、ルプスレギナに嫉妬している部分がある。といっても、別に主絡みではない。彼女のコミュニケーション能力の高さと言うべきか、普段の彼女が主の養子である姉妹と行っているらしき触れ合いが羨ましくて仕方ない。先程だって自分が現れるまで、ネムが彼女の胸に抱かれていたのであるから。それが悔しくどうしようもない。

(私だって)

 出来る事ならそうしたい。エンリの頭を撫でてやりたいし、ネムを抱き上げたい。しかし、出来ない。理由はシンプル。彼女達が遠慮するからだ。以前主に怒られる要因になった疑似的な親子遊びでも、ネムは自分の事を「お母さん」と呼んでくれはしたが、それ以上近づいてくれることはなかった。子供の目から見ても、自分は近寄りがたい程の美を持っているらしい。

(どうにかしたいわね)

 彼女達とはいずれ、親子になるのであるから。こんなぎこちない親子は世界中探してもそういない。そう決意を新たにして、アルベドはルプスレギナに言葉をかける。

「本当よ。何と言うか、親しみが出来たといった所ね」

 それも、偽らざる本心であった。

 ルプスレギナ・ベータ。戦闘メイド姉妹の次女にして、墳墓でも凶悪な部類に入る者。同時に頼んだ仕事はいつも期待以上の成果を出してくれる彼女は当然の如く長女に次いで、信頼できる人物であり、自分達、つまり墳墓にとって大切な事は彼女に任せるというのが、自分に、眼鏡をかけた悪魔、主の息子であるドッペルゲンガー。それに、義兄に、管理者、前任者の総意であった。

 そんな彼女にも欠点があるというのは、安心できるものである。主を思うのであれば、完璧でなければならないという考えもあるが、それ自体が主を苦しめている可能性だってあるのだ。長女に関してはそう言った部分を見せられているし、3女の彼女達は主へと想いを寄せる者同士として、一種の信頼がある。そして、末の彼女達もどこか子供めいた部分があり、完璧な者というのは存在しないのだ。

「ま、理解はしてくれなくて良いわ。貴方はこれからもこき使ってあげるから」

「……畏まりました」

 結局、自身の評価は上がったのか、下がったのかと測りかねている彼女を置いといてアルベドはエンリ達へと改めて向きなおり、そして微笑みかける。

「くふふ、時間が出来たから会いに来ちゃったわ」

「そうですか、はい、私達は元気にやっています」

「わ~い! アルベド様と一緒だ!」

 両手を上げながら喜ぶ妹の嬉しそうな声を聞いて、エンリもまた涙腺が綻びそうになるのを必死に耐える。彼女とは出会ったのもあの事件の時であるが、今でもその出会いは忘れそうにない。そして、ゴウンと同じくこの人物にも甘えてしまいたいと心のどこかで思ってしまっているらしいと、自分の心に待ったをかける。このままでは、また取り乱してしまいそうだと彼女は話題を作るべく、彼女へとある事を聞く事にした。

「さっきの言葉ですと、ルプスレギナさんに何か頼まれているのって」

「ええ、私にデミウルゴスね。彼女、とっても便利よ。エンリも何かあればこき使って良いのよ?」

「それは、遠慮しておきます」

 彼女の働きには普段から助けられているのだ。これ以上、自分から何か頼むなんて事は出来ない。

「でも、何を頼んでいるんですか?」

 だから、質問を続ける。別に深い意味合いはなく、それこそ「今日の夕飯は何にしよう?」という軽い気持ちであったが、彼女の表情は一瞬曇ったように、見え、そして自分の顔を見つめてくる。

「アルベド様……? あの、すみませんでした。軽率な事を聞いてしまって」

「あ、いえ、別に気にしないで頂戴。何も教える事が出来ないのは確かだけどね」

 彼女に気を遣わせてしまったという事実で更に自分が嫌になる。

「アルベド様! これから畑を作りに行くところなんだよ!」

 妹は彼女に自分達のこれからの予定を伝え、先に自分が渡しておいた道具を自慢げに見せる。先端に獣の爪を思わせるように金属が加工された品であり、それで大地をならしていくのだ。いつも自分が使っている桑よりも小ぶりなそれでは、効率も落ちてしまうが、妹に使えるのがそれしかない事。そしてその体力では自分の4分の1程しか仕事は出来ないであろう。それでも、手伝ってくれることはありがたい。

「そうなの……なら、私も参加させてもらいましょうか」

「いえ、そういう訳には」

 彼女の提案は有難いが、これから自分達がやるのは土仕事であり、間違いなく汚れる。そんな事に彼女を参加させる訳にはいかない。そんな自分の葛藤なぞ知る由もない妹は無邪気に飛び跳ねる。

「本当?! うん! アルベド様と一緒にやりたい!」

「ネム……」

「くふふ、では行くとしましょうか」

 喜ぶ妹の姿に何も言えなくなってしまう辺り、自分はまだまだこの子に甘いのであろうと、エンリは諦めて歩き出していたアルベド達について行く。その途中聞こえた声は、自分の聞き間違いだと彼女は考えた。それは、彼女の憂いた声。

「やっぱり、信じられないわね……」

 

 

 全身を打ち付ける痛み、回転する世界に追いつくことのない思考。高速で走っていた騎獣から落ちたから当然だ。気付けば、大地が目の前にあり、何とか顔が激突するのを防ぐ。それが、人間の防衛本能だろうか? やはり目をやられるのは怖い。力の限り、首をのけぞる。おかげで顔面を強打する事はなかったが、腹まではどうしようもない。

「あが!」

 変な声が出てしまうと同時に吐き気が来て、次の瞬間には泥のようなものが口から出ていた。それは今朝、依頼が始まる前に食したパンのなれの果てであった。

 やがて、世界は正常になり見えるのは霧によって真っ白な空、その視界に騎獣の顔が映る。

「ひ~ん」

 思いのほか可愛らしい鳴き声であり、その声音から自身を心配してくれていると分かり、ヘッケランは面白くなり、手を伸ばしてその頭を撫でてやる。

(良い奴じゃねえか)

 自分達の付き合いは浅い。今朝から6時間も立ってはいない。それでも、彼は自分の指示通りに動いてくれ、そしてそのおかげでここまでこれた。

(この依頼が終われば)

 レエブン候と話をつけて、こいつを貰うのも良いかもしれないと考え、そして次に浮かんだのは彼女の顔であった。

(はは、イミーナにどやされるな)

 彼女を思い浮かべて、再び戦意を燃やす。まだ終わってはいない。1時間にも感じているが、実際自分が転落してから、まだ20秒程だろう。

 ヘッケランは全身の痛みに耐えながら、立ち上がる。見れば霧の先、かろうじて見える先にその男も倒れていた。右足は自分の投げた刃に、彼女の矢と完全に死んでいるようであり、そして落ち方がよくなかったらしい。弓はへし折れており、それは男の右腕にしてもそのようであり、絶対曲がるはずがない部分が曲がり、その先は力なく横たわっているだけであるのだから。

 これは、職業による差だとヘッケランは考えた。自分は、前線で殴り合いをする戦士。対して相手は、後方で一方的に攻撃をすることが出来る射手。どちらが、打たれ強いかなんて子供でも答える事が出来る。自分は打ち身で済んだが、相手は四肢を一つ失った。

 耳を澄ませば、蹄の音が2頭分、否、恐らく1頭分が聞こえてくる。彼女も此処へと近づいている様だ。

(さて)

 ポーション瓶を取り出して、自分に振りかける。それだけで、簡単な傷であれば消える。そして、何とか逃げようともがいている男へとヘッケランは歩を進めるのであった。決して、油断はしない。男はまだ生きているし、他にも何かしら武器を持っているらしいから。

 そして、彼は気付かない。男に集中する余り、自分を取り囲む霧が更に深くなっている事に。

 

 



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第26話 霧の中の追撃戦③

 一歩、また一歩ヘッケランはもがく男に近づく。互いの距離は歩幅にして7歩分。その間、彼は男から目をそらすことは一切しない。その男は顔に何かつけているようであり、その様は彼女を思い出させる。

(レヴィアさんみたいだな)

 そう思ったのは、印象が似ていたからだろう。どちらもまるで、彼女の場合は完全にそうなのであるが、鳥を連想させるのだ。他にも見るべき所はないかと、男を観察する。

 右足が使い物にならないのは間違いのない事実のようである。彼女が放った矢に、自身が投擲したサーベルが刺さっており完全に潰れていると再度確かめる。

(妙だな)

 そう思ってしまったのは、男が倒れたままであるから。耳を澄ませばかすかな呼吸音が聞こえ、その目だってこちらに向けられている。

 ヘッケランが疑問に思ったのは、男が自己治療を行わなかった事だ。此処までの攻防でこの人物が並大抵の者ではない事ははっきりしている。初めにこいつが行った射撃そのものが常識外れであるのだ。距離は勿論であるが、この深い霧の中、正確にスレイプニールの目を射抜き、そして姫を狙った一射。そんな芸当が出来る相手が、20秒という時間を無駄にするはずがないのだ。それ程に受けた傷が深いのか、あるいは元々ポーション等を持っていないのか、それとも別に何か狙っているのか……

(結局)

 先ほど己の背中を撃った攻撃の正体は分かっていない。ポーションを浴びても背中の痛みは消える事はない。撃ち込まれた異物が原因なのは分かりきった事であるし、それを知らないままというのは、この後の展開を予想すれば、好ましい事ではない。また襲われる可能性が多いにあるのであるから。

(何だ?)

 今も、彼は視線を男へと向けている。目を離してやられるなんて事になれば、それこそ彼女にどやされてしまう。

 また、一歩彼は男へと歩を進めて、そろそろだと腰に差したもう一振りのサーベルを抜き去り、男へと向けて言う。

「率直に答えて貰おうか。あんたの正体と目的、後は背後関係か?」

 ヘッケランの言葉を受けて、男は目を見開く。そして、そのまま20秒が経過して、呆れたように答える。

「貴方…………――馬鹿ですか?」

(――ぐ)

 ぐうの音も出ないとはこういう事だろうとヘッケランは感じた。同時に男が言う事も最もである。簡単に敵に情報を教える奴はこの世界にいない。いたとすれば、彼はそいつを信用しないから。かと言って、簡単に引き下がる訳にはいかない。彼はサーベルを向けながらまた一歩男へと歩み寄り言う。

「あんた程の人物が今の状況を理解していない。なんて事はないと思うが?」

 そう、優位なのはあくまでこちらなのであるから。打ち身とは言え、まだまだ戦えるこちらに対して、男は四肢を2つ失い、動く事さえままならない状態であるのだから。

「悪いことは言わない。正直に全てを話す事をお勧めするぜ」

「…………」

 そのまま沈黙が10秒程続いたと思えば、新たな人物がその場に来た。と、いうようり来たかという認識であった。

「ヘッケラン!」

「イミーナ」

 彼女は騎獣から降りると、弓を構え、いつでも矢を放てる姿勢を作り、その狙いをヘッケラン同様に動けない様子の男へと向けたまま近づく。その表情は険しいものであり、それだけで彼女がこの男に対して相当な怒りを燃やしていると分かる。

(たく、ま、仕方ないって奴だな)

 ヘッケラン個人の考えを言うのであれば、彼女のこの姿勢に気性は危険だと思っている。戦闘とは馬鹿正直に武器を振るって斬りあえば良い物ではない。限られた時間内、それこそ1秒未満の中で有効的な一手を決めて行動しなければ、敗北は必至である。

 しかし、彼女に関しては諦めている部分もあるし、そこが好ましいとも思ってしまう。目前の男に同情する所があるとすれば、よりによって、彼女の見ている前で子供に手をかけようとした所であろう。自分達のチームで、最年少であり色々と訳ありな少女を最も気にかけているのも彼女であるのだから。

(と、いけねえな)

 思わずそんな彼女の姿に見惚れてしまったとヘッケランは男へと視線を戻す。彼女が口を開いたのは、それと同時であった。

「あんた何者? どういうつもりで第3王女を狙ったのかしら?」

「イミーナ!」

 思わず彼は彼女を咎める。こういった場での戦い。情報戦とも呼ぶべき場で、彼女は真っ先に重要な情報を吐いてしまった。何か戦略があっての事であればいいが、彼女にはそんな計算はないと長年の付き合いから言えた。それに、男が放った矢が王女に当たりそうになったのは、偶然の可能性だって……

(いや、それはねえな)

 そう思うのは簡単だ。しかし、あんな偶然早々あるものか、あの一撃は間違いなく男が意図的に狙ったものであると戦士としての経験から確信を持って言える。それは、同時にこの男が殺しなれている人物でもあるという事でもあった。その点に関してヘッケランは特に何も言うつもりはなかった。自分達だって似たような仕事を受けてきた時だってある。無論、あの少女はそれを知らないが。

(間違いではなかったようですね)

 2人の人物に見下ろされている男は、体を激痛が走っているというのに、絶望的な状況だと言うのに、冷静にそう思考していた。己の目の精度は客観的に評価しているつもりであるが、それでも絶対という事はない。間違いであった場合。自分達は時間を無駄にする可能性だってあった訳だ。

 しかし、自身の足を撃ち抜いた女性が教えてくれたのだ。自分が放った矢が狙った少女は間違いなくこの国の王女であると。

(ひとまずは、私の勝ちですね)

 情報は既に仲間達に伝えてある。はっきり言えば、自分は彼らの中では下から数えた方が速い位の実力だ。移動を再開したであろう国王一行の方は彼らに任せて、自分は目前の2人を殺す事に集中すれば良い。

(ええ、貴方達の判断は正しいですよ。逆の立場であれば、私だってそうしたでしょうから)

 男もまたその経歴から多くの戦場を渡り歩き、また多くの戦士あるいは兵士と対峙した記憶がある。動けない相手であれば、可能な限り情報を引き出す。それが常識だ。それをせずに、殺してしまうというのは3流の思考だ。つまり、今自分を見下ろしている男性に女性は戦士としては1流である。

(確かに)

 あの貴族が目をかけるだけはあるとその点は認める。あれから、自分達のまとめ役である彼からの指示で件の貴族についても調べる事になったのであるが、驚くべく事実が発覚したのであるから。それだって、彼を知る人間を捉えて吐かせた情報であるけど。

(貴方には同情しますよ)

 自らの命が危ういというのに男は貴族に憐憫の情を向ける。この国が抱えている状況に対して、その貴族が行っていたのは国を思っての事であったのだから。それだって、自分達にしてみれば、邪魔以外の何ものでもない。出来る事なら、貴族派閥の長である彼か、あるいは地位よりも金に執着している彼が音頭を取ってくれていれば、もっと楽に事は進んだはずである。

 男は2人の様子を確認する。彼らは、どちらも自分へと視線を向けている。それ自体は間違いではない。何をしようとしても、その前に対処出来るようにする為。しかし、だからこそつける隙というのも生まれる。

(では、死んでもらいましょうか)

 己の怪我など歯牙にもかけず男は思考を続ける。

 

「たく、お前はそうやって直情的なんだからよ」

「うるさいわね。ヘッケランは許せるの? この糞野郎をさ?」

「いんや、全く」

 実際は、彼女ほどの怒りはなく、少し後ろに下がった辺りで見ているといった所が本音である。が、それを言ってしまえば彼女ともめる事になるのは目に見えているしまさか敵の前でそんな漫才めいた事をする訳にもいかないのでそう返しておく。

(さて、どうしたもんかね)

 選択肢としては、この男を縛って連れて帰るかここで殺す。その2択だ。どちらにもメリットデメリットはある。どちらを選んだ方が、この先上手くやれるかと考えて改めて男を見て、そして気付いたある違和感に。

(あれはどこにいった?)

 この男は魔法の品らしき板に乗っていたはずであり、それが周囲に見当たらない。勢いよく転落したとは言え、それがどこにも見えないというのはおかしい話である。あるいは、余りにも霧が深い為に、透明なそれを見落としている可能性だってあるが、何にしても警戒してしかるべきであるし、時間をかける訳にはいかなくなった。

「おい、あんたが乗っていたあれはどこにいった?」

 サーベルの切っ先を男ののどに向け、いつでもお前の首をはねる事は出来るぞと脅しをかけながら再度質問を投げ掛ける。

「…………」

 が、男は無言であった。その事に腹を立てたのは彼女であり、矢を引く手に力を入れながら男に言う。

「何もしゃべらないつもり? あんたをここで殺しても良いのよ?」

「別にそうしてくれても構いませんよ」

 彼女の言葉に男はそう返した。別に投げやりという訳ではなく、かといってぶっきらぼうという訳でもなく、まるで感情がこもっていない声音であり、それが余計に彼女の感情を逆なでした。

「あんたねえ!」

「イミーナ。落ち着け」

 怒りで体を震わせる彼女を宥めながら、ヘッケランは周囲を確認して気付いた。先程よりも霧が深くなっている事に。

(どうなっているんだ?)

 この霧は自然発生したもののはずである。しかし、これは余りにも不自然であると同時に男の目が一瞬不穏に光ったように見えて、彼は飛び出して彼女を突き飛ばした。

 次の瞬間彼の左肩と首の間から盛大に血が噴き出し、それを見た彼女は悲鳴を上げる。

「ヘッケラン!」

 呼ばれた彼は激痛の中、目を動かして男を見る。奴は再び左手をかざしており、その上にある物を今度はしっかり確認する事が出来た。

(あれは……)Y字型に伸びた突起物。その両端から伸びているものは、まるでトカゲが自ら切ったしっぽのように揺れている。(……スリングショット?)

 その武器の存在はヘッケランだって知識で知っていた。プライベートでも付き合いがある帝国騎士が教えてくれたのだ。かの鮮血帝は軍の増強としてこれの導入を検討していると。弓矢と異なる射撃武器。原理に構造自体はどちらも変わらないが、共通点だってある。

 それはどちらも使用に両手を使うという点だ。しかし、この男は今片腕が死んでいる。それは間違いない。折れたらしき腕は今も垂れ下がっているだけであるのだから。

(――があああ!)

 それ以上思考が続かなかった。今度は鎖骨の辺りが灼熱の痛みに襲われたからだ。そんな中、冷たい声が聞こえる。

「次弾装填」

 

 

 エンリは、鍬を振って土を均していた。新しい畑を作る第一歩はそこからなのであるから。畑とは、種を地面に撒いて水をかければ良いというものではない。

(しっかりほぐさないと駄目だもんね)

 良い食物を育てるには土からしっかりとしなくてはならない。作物は王国に税として納める分に、村に住む人々の食料でもあるのだから。そんな彼女傍では、妹であるネムも膝を曲げて、手に持った道具で地面をかいている。

 周囲を見回してみれば、ルプスレギナにヤルダバオト、他にも村の若い人たちにゴブリン達と教団からも数人が来てくれている。しかし、その中でも特に目を引くのは彼女であった。

(やっぱり、すごいなあ)

 それは、黒い全身鎧に身を包んだ女性。以前、初めて出会った時以来に見る姿であった。最初は悪いと思っていたが、彼女の働きのおかげで予定よりもずっと早く整地が進んでいるのも確かであり、本来であれば、今日も合わせて2日の予定のつもりが、半日で済んでしまったのであるから。

 エンリは知ることはないのであるが、それはアルベドなりに姉妹達と距離を詰めようと奮闘した結果であった。普段の彼女というより、戦闘時で彼女が扱うバルディッシュと今回使用している道具鍬。その2つは用途こそ違うもの、形自体は似ている為に彼女がその扱いを完璧に覚えるのもあっという間であった。よって、彼女は墳墓でも上位に入る腕力を存分に振るって大地を均したのである。

(これだけやれば)

 きっと、姉妹が自身に抱く感情だってもっと良い物になるであろうとやや黒い微笑みを兜の中で浮かべながら。それから、彼女もまた周囲の確認をする。村の開発というものは進んでいるし、それは設備に施設だけに限らず人材にしてもそうだ。元より墳墓にいる者達だけでは、主の望みにそう事は難しい。

 彼女の視線がゴブリン達に向けられれば、彼らは即座に頭を下げる。アルベド自身はそうする必要はないと思っているが、彼らにしてみれば仕えている少女が信頼しているという点だけでそうする必要性を感じさせるのだ。

(アインズ様の話だと、彼らも違うという事だったわね)

 以前の世界とこの世界には違いも多く、その確認もまた職務の一つであった。今頃、墳墓では彼の配下がその実験をしているはずである。

 次にアルベドが目を移すのは、教団の者達であった。

(…………気を付けなくてはならないわね)

 一瞬、憤怒に我を忘れそうになるのを抑える。この組織を率いているのは、いずれも主の言葉を聞かなかった者。主を傷つけた者達であるから。

 彼女の視線に気付いた教団所属の者達は即座に土下座をする。否、彼らにとっては、それが最高位の挨拶のつもりであるのだ。

(あれは、どうにかすべきかしらね)

 主も何度かそれを見ているが、自分の目から見て彼らのあの行為は主を戸惑わせているよう思えるし、なんだかあまり良い気もしないのだ。

(ま、焦る必要は無いわね。時間はいくらでもあるのだから)

 それから、彼女は村人達にも視線を向ける。その度に、彼らも頭を下げる。ちなみにカルネ村におけるアルベドの認識というのは、結構謎に包まれている。と、いうのも彼女がゴウンの恋人であれば、直ぐに話は終わったのであるが、当時のやり取りを見る限りそうではないらしい。では、彼女はいったい何者であるか? と、詮索をしたいと思いながらも何とか抑えているのが現状であった。

 エンリにしても、あまり墳墓の事を広めるのは良くないと積極的に話しはしないし、ネムにもそう伝えていたから。

「あの、アルベド様」

 呼ばれて、その方向を見れば、主の養子である少女が立っていて、その左右には赤毛のメイドと仮面の戦士が控えている。彼女は努めて平静に応じる。

「何かしらエンリ?」

 少女は少し迷うように、視線を左右に巡らし――アルベドとしては、遠慮をする必要はないと思っている。彼女の頼みであれば、自分は何でもするつもりである。やがて、少女は意を決したように口を動かす。

「良ければ、お茶にしませんか。アルベド様のおかげで今日の予定は殆んど終わりましたので」

「そう、それは良いわね」

 良い傾向であると、少女からそのような提案をされる事自体に喜びを感じる。

「ルプスレギナ」

「勿論、承知しております」

 アルベドが彼女の名を呼べば、メイドは一度頭を下げて準備に取り掛かる。その間、仮面の戦士が身に纏う雰囲気が幾分かとがる。

(当然ね)

 少女の護衛が減るのであるから。それも当然だ。ちなみに、妹の方は常に隠密能力に特化した僕が3人程で警護を行っている。万が一にも彼女達に何かあれば、主の心がどうなってしまうかは分からないし、自分もまた正気を保っていられる自信がない。

「ネムもお疲れ。他の皆さんにもお伝えしないと」

 それから、エンリは参加していた者達全員にその事を知らせて解散させた。それから、アインズから貰っていたアイテムの1つ、呼び鈴のような形をしたものを鳴らす。その音が周囲に広がって、ほどなくして下級悪魔が飛んで来る。その大きさはエンリの胸にも納まりそうな程小さく、人間の赤ん坊に小さな角と蝙蝠の羽がついたような姿をしており、羽を使って飛んでいる訳ではないらしく、風船のように宙に浮いている。

「エンリ様。お呼びでございましょうか?」

「はい、突然の呼び出しに応じてくれてありがとうございます」

 頭を下げるエンリに、アルベドの前という事もあり、下級悪魔は手足を振りながら返す。

「エンリ様、頭を上げてください。私が貴方様の希望に応えるのは当然の事ですから」

「それでも、お礼を言わせてください」

 少女は再度頭を下げる。彼女にとっては、過ぎた待遇であるのだ。今の状況は、かといって、臆したままでは恩義を返す事は出来ない。故に心を奮い立たせて彼らを使役しているが、その度に少女は心で念じる。

(私は、あの方を傷つけた罪人です)

 そう思う。間違っても今の自分の状態が自然なものであると慣れてしまわないように。

「本題に入りますね。実は……」

 エンリは下級悪魔に予定よりも早く整地が終わったので、予定を繰り越して明日から作業に入ってもらう事になる事を。

「畏まりました。では、ゴーレムC班を回しましょう。元よりその予定でしたので」

「そうですね。彼らが抜ける分を補う必要がありますよね……えっと、ジュゲムさんに相談しましょうか?」

「それが良いでしょう。ゴブリン達は最近、暇の様子ですから」

 その会話をネムは必死に理解しようと目を細めて姉と悪魔のやり取りを睨んでおり、その姿にアルベドは保護欲を掻き立てられる。そして、少女の姿に頼もしさを感じてもいた。

(恐ろしいわね)

 話を聞く限り。この少女は主と出会うまでは、本当に作物関連の知識しか持っていなかったと言う。それが、今の姿を見れば、上に立つ人物ではないか。これも、あの悪魔の教育の賜物であろう。出来る事なら自分がその役割をしたかったが、諸々の事情で断念せざるを得なかった。

 アルベドが少女の姿に感心している間も職務的なやり取りは続く。

「暇? ジュゲムさん達がですか?」

「はい、ここの所ナザリックからの出向者も増えてきていますので」

 その言葉でエンリは理解した。ゴブリン達のこの村での役割は、外部の警戒、村人たちの雄姿で結成された自警団の訓練、それから村の拡張に関する工事である。

「そうでしたか、しかしご迷惑ではないでしょうか?」

「エンリ様、決してそのような事はありません」

 下級悪魔はそう答える。この少女は村に人材を派遣する事で墳墓の方が大変ではないかと危惧しているのだ。しかし、実際の所、墳墓というのは暇な者が多い。

 何故なら、そのほとんどが墳墓の防衛戦力であるのだから。そして、それも効率的な方法をかの悪魔が考案して、出来る限り人材を余らせるようにしているらしい。その分の労力をまた別の所に回す事が出来るのであるから。

 そして、もっと言うのであれば、カルネ村への出向というのは墳墓所属の者達にとっては、一つの栄誉となりつつあった。だって、そうだろう? ここは、偉大なる主が進める計画の中心であり、主の養子である姉妹がいるのであるから。ここで働いている者達は墳墓に帰る事があれば、他の者達にそのことを自慢する位、というかこの下級悪魔もそうであり、その度に機嫌を崩す仲間と喧嘩になるのだ。

(違う違う。アルベド様の前で下手な事は出来ない)

 現在、墳墓所属の者達の管理等をしているのは、この統括を含めた3人が中心である。自分がこの立場になれたのは普段の働きが認められての事である。しかし、だからと言って気を抜いてはならない。もしも、自分の働きに不備があると思われれば、即座に墳墓に左遷されてしまう。そんな事になれば笑いものだ。それだけはなんとしても避けねばならない。

「私どもは、決して迷惑とは思っておりません。むしろ貴方様の為に働けることを誇りに思っているのです」

(どうして)

 そこまでしてくれるのだろうかとエンリは思ってしまう。自分はあの人に迷惑をかける事しか出来ていないと言うのに。

(駄目駄目、これは良くない事だ)

 彼女は無理やり思考を変える。自分がなすべきことは、あの方に少しでも恩義を返す事であり、他の事は考えるべきではない。

「分かりました。では、これからも皆さんの事は頼りにさせていただきます」

「はい、そう言っていただけるのであれば、至上の喜びでございます」

「話をもどしましょうか。ジュゲムさん達の事ですが」

「はい。実は……」

 下級悪魔はエンリへと説明を行う。カルネ村の防衛戦力と言うのは日々増えて来ている。しかし、これだって当たり前と言えば、当たり前の話であるのだ。村は広がり、住む人々も増える。守るべき場所だって膨らむ訳であり、その全てを自警団とゴブリン軍団でカバーするのだって限界がある。よって、墳墓からの出向者が増えている。しかし、それによるトラブルだって少なからずある。防衛だってただ、兵士を集めて立たせれば良いという者ではない。資源は限られているし、時間だって同様だ。

 何事にも効率的なやり方というものがある訳であり、その辺りを考えるのはやはりと言うべきかデミウルゴスが最高責任者だったりする。そして、結果としてゴブリン軍団の担当地区が減り、彼らは多少時間が浮いたという事であった。

 無論、そんな事で腐るゴブリン軍団ではない。ならば、空いた時間を有効的に活用しようと彼らは彼らで村の為、エンリの為に働いており、一番は自己研鑽であった。もっと強くなって、戦えるようになって、彼女を護るのだと。そして、それにある少年が巻き込まれてやや大変な目にあってもいるが、今はそこまで重要な話でもない。

「そうだったんですね。では、今日の夕方辺りでも話をするとしましょうか」

「畏まりました。では、ジュゲムには私の方から伝えておきます」

「はい、お願いしますね」

 頭を下げるエンリに再び下級悪魔は慌てて、その場での話は終了となり、悪魔は自分の仕事を行うべく、アルベドやお茶の準備中であるルプスレギナと言った墳墓における上位者に、同じく主の養子であるネムに一度礼をするとその場を飛び立つのであった。

「すみませんアルベド様。お時間を取らせてしまって」

「別に良いのよ。それにしても、立派よエンリ」

 その言葉をかけると同時に彼女は少女の頭へと手を伸ばして、優しくさする。一連の行動が余りにも自然であった為にエンリは拒む暇もなく彼女のなすがままとなってしまう。

(――!)

 エンリは目頭が熱くなるのを感じていた。頭に置かれた手というのはとても温かく、記憶が呼び覚まされるようであった。まだ、妹が生まれていない頃、同じように母にしてもらった時の事を思い出して……泣きそうになるのを必死に堪える。

(駄目だよ……甘えたら、これ以上この方々のご迷惑になる訳には)

 自分は一度養父である彼に情けない姿を見せてしまっている。あの時の養父の心遣いのおかげで両親の事はなんとか乗り越える事が出来たように思える。

(自信はないけど)

 それでも、日々が大変なのは変わらないのである。広がっていく村の管理に、新しく移り住んだ人々との関係作り、そのいずれもが10代後半の少女には荷が重いのも確かであるのだから。それでも、何とか懸命に日々を生きている。そんな少女にとって、アルベドがしてくれた行為というのは、安らぎを覚えるものであった。どうにか堕落してしまわないよに、それを意識しながらエンリは言葉を返す。

「そんな事はありませんよ。ゴウン様に、アルベド様、ナザリックの皆様方がいらっしゃるから出来る事なのであり、決して私が凄い訳ではありません」

「私はそう思わないわ、エンリ。さっきのやり取りだって私の目から見ても大したものだったわよ」

 彼女は謙遜する少女にそれこそ母親のように称賛の言葉を送り、傍らにいたネムも頷きながら同意する。

「アルベド様の言う通りだよお姉ちゃん! すごくかっこいい!」

「ネム……」

 ネムにしたって、そう思うのは嘘偽りのない本心であった。あれから、事件があった日からの姉というのは日に日にかっこよくなっているし、綺麗になっているようであるから。そんな姉の役に立ちたいと頑張っているが、中々身につかないものである。さっきの話だってゴブリン達の時間が空いているという事位しか分からなかったのだから。

 アルベドは次いで、姉妹から一定の距離を保っている彼女にも問いかける。

「貴方だってそう思うわよねヤルダバオト?」

 名を呼ばれるだけで、肩が一度上下に揺れるが、それを周りに気付かれないように抑えて彼女は自身が思いつく限り最高の称賛を少女へと贈る。

「はい、エンリ様の働きあってこそのカルネ村でございますから」

「ヤルダバオトさん」

「くふふ、聞いたエンリ? 貴方は立派なのよ。もっと自分に自信を持って頂戴」エンリを撫でる手を頭から頬へと移して、今にも泣き出しそうな……それだって表に出さない少女に笑いかける。「それにね、もっと私達を頼ってくれても良いのよ?」

「ですけど……私は」

 なおも顔を曇らせる少女にアルベドは自身の黒歴史を持ち出す。

「少し昔の話をしましょうか。覚えているかしら? 私達が初めてあった時の事」

「はい、あの時は本当にありがとうございました」

 そう言って、反射的に頭を下げようとするエンリをアルベドは頬にかけた手に力を入れる事で押し留める。よって、結果的に彼女の顔は歪んでしまい。それを見たネムは笑う。

「あははは! お姉ちゃん変な顔~!」

「ネ~ム~?」

 視線だけであるが、珍しく怒気を向けられてしまいネムは慌ててヤルダバオトの後ろへと隠れる。そのやり取りを微笑ましく思いながらアルベドは改めてエンリへと向き直る。

「もう、済んだ話なのだから頭を下げる必要はないわ。もう二度とこの件で頭を下げないで頂戴」

「はい……分かりました」

 エンリはアルベドが珍しく見せる迫力に押される形で了承する。彼女の顔を見れば、どこか余裕がないようであった。

「えっと、ね。大切な話はこれからなのよ」アルベドは意を決したように何とか口を動かす。まるで、本当は言いたくもないといった様子だ。「余り、気を悪くしないで頂戴ね」

 念には念を入れるように言葉を重ねる彼女の顔は青くなっていき、それだけで不安がエンリの胸を占めてくる。勿論、彼女を心配しての物だ。

(なんだろう?)

「あの、ね。あの時、正直私は貴方達の事には全く興味がなかったわ」

 それは正に彼女にとっては最大の賭けであった。この言葉で姉妹からの信頼を失う可能性だって十分にあるから。しかし、この後の話をする為にはどうしても必要な過程であるのだ。

(ああ、やっぱり言うべきじゃなかったかしら)

 もしも、これで姉妹に嫌われてしまえば、自分がこの村に来ることは叶わなくなるし、主の正妻の座だって危ない。しかし、それは自分の事情であるので、何とか顔に出さないように努める。しかし彼女は自分で思っている程完璧ではない。彼女自身は無自覚であったが、その顔の青さは深く、本来であればかくはずのない汗だって彼女の頬をはしっている。それを正面で、この場にいる者達で最も近くで見たエンリは思わず笑ってしまう。

「はい、それだって当然だと思います」

 エンリだってそれは分かっている。初対面の人間に家族と同等の思いを抱けなんて言われて出来るとは思っていないし、あの時の状況を考えれば彼女の言葉は間違ってはいない。

「アルベド様のお気持ちだって分かっているつもりであります。当時のナザリックの現状を思えば、アルベド様が私達姉妹に良い感情をお持ちではないというのも当然かと」

「ええ、ありがとう」アルベドは、震える口で何とか感謝を述べて言葉を続ける。大事なのはここからなのであるから。「だけど、アインズ様は貴方方を見守るとお決めになった。なら私だってそうあるべきだと考えたのよ」

「ふふふ、あの時の事は今でも印象に残っています。アルベド様は本当に綺麗な方でしたから」

「うう、余りその事を言わないで頂戴」

 アルベドにしてみれば、本当にあの時の事は辛い記憶であるらしい。彼女達の主であるゴウンと言うのは基本的に穏やかな人物であり、彼が彼女達を叱責するという事は滅多にない。そんな彼が彼女をあそこまで怒ったのはあの時が初めてであるという。最も、あれとはまた別にその光景を見ている訳であるが。

「それから、だったわね。貴方がこの村の代表として振舞うようになったのは」

「私自身はそのつもりはなかったんですけどね……」

 笑い話であるとエンリは苦笑して見せる。その姿にアルベドは何とか彼女の心を先ほどよりはほぐす事が出来たようであると次の話に移る為に、準備を進めていたメイドへと確認を取る。

「ルプスレギナ」

「はい、いつでもお茶を楽しんで頂ける用意は出来ております」

 彼女は笑って、手でテーブルを指し示す。人数分の席に、カップ。お茶にしたって、彼女がこの場の面子の為に厳選したであろう物が揃っているし、中央に置かれた皿には山のようにクッキーが盛られており、ネムなどは目を輝かせている。

「では、続きはお茶を飲みながら話すとしましょうか」

「はい、そうですね」

 少女にかけた手を名残惜しく離しながらアルベドは促すのであった。エンリにしても、元は自分が言いだした事である為にそれに従い、既に菓子を頬張っている妹の姿を視界におさめながら歩き出すのであった。

 

 

(なんて奴!)

 それを見た彼女は怒りのままに矢を放ち、それは男の胸を貫いた。間違いなく致命傷を与えたはずであると言うのに、男の目は自分を捉える。

(どうなっているのよ……)

 男は既に重傷のはずであるし、その体は激痛が走っているはずであると言うのに男の戦意はまるで消えない。

(ヘッケラン)

 男へと注意を向けながら、彼女は先ほど自分をかばった為に大けがを負ってしまった彼を案ずる。一瞬、眼球を動かすだけでその状態を確認する。

(!!!)

 途端に胸に広がるのは、怒り、悲しみ、そして憎悪であった。この男は自分が乗っていた浮遊版を予め空へと浮かしてあったらしい。彼が男を撃ち落としてから1分も立っていないというのに、よく思いつきそして行動に移せるものだ。いつの間にか深くなっていた霧の為に、それに気付く事が出来なかった。そして、自分達との会話で適当に時間を稼ぎ、狙いを定めて思いっきり振り落としたと言った所か。思えば、そのアイテムは男の意思である程度動かせるようであったから。

(く、あたしのせいね)

 自分が冷静さを欠いてしまった為に彼に大けがを負わせてしまい、その事が更に彼女を苛立たせる己の不甲斐なさを恨んで。そんな彼女の耳に男の声が聞こえる。

「思わず口に出してしまいました。そうする必要はまったくないと言うのに」

(もう限界ね)

 既にこちらの被害だって甚大である。当初はこの男を捉えるつもりであったが、このままでは返り討ちに合う可能性が出来てしまっている。直ちに方向転換してこの男を始末するべきであると彼女は次の矢をつがえる。それよりも先に男は口を開く。

浮遊版(フローティング・ボード)

 耳を疑った。そして、次には己が危惧する光景が広がる。彼の体に深く食い込んだ板が動き出し、そしてその度に彼の体から、板と体の接触面から血が流れ出し、彼女は再度悲鳴を上げる。

「あんたねえ! ふざけるのも大概にしなさいよ!」

 咆哮と共に、彼女は矢を放つ。今度の狙いは、男の顔であった。この距離であれば、間違いなく当たるはずだ。しかし、その矢じりが男の頬肉をえぐるよりも先に、男の体が後ろへと引っ張られる。同時に大量の血が噴き出す音が聞こえて、その音が更に彼女の思考を乱す。

(不味いわ。このままでは、ヘッケランが)

 彼の体から無理矢理抜けた板は男の方へと飛び、そして残った左手でそれに捕まり、引きずられる形で男は移動したのであり、それによって自分の攻撃を躱して見せたのだ。それでも、相手もまた万全ではないのは確かであるらしい。無理矢理地面を滑った為に、男もまた苦痛を味わっているはずであるのだ。その表情はまるで変わらないが。

 男は3秒程滑ったと思うと、再び地面へと体を投げ出す。それは、まるで体中に包帯をまいた重傷者をベッドへと乱雑に投げ捨てたようであり、男は一度地面へと倒れる。イミーナの推測通りと言うべきか、男も限界であったのだ。

(まだ、です。まだ倒れる訳には)

 何とか騙し討ちで1人倒したのであるから。あとは、この女性を何とかすれば治療の為の時間を稼ぐ事が出来るはずであると男は再びスリングショットを構える。

 その間、約7秒。勿論、イミーナだってこの時間を無駄にはしない彼女は大きく彼の方向へと飛び込む。

「ヘッケラン! 大丈夫! ごめんなさい。あたしのせいで」

 それは、これまでの彼女らしからぬ顔であった。負けん気が強い狩人ではなく、男性の身を案じる女性のものであった。

 彼女は素早く腰元の鞄からポーションを取り出すと、それを彼に特に傷が深い左胸部へと振りかける。しかし、傷は直ぐには塞がりはしない。それだけ大きな傷という事でもある。

「……イミーナ」

 声を出し、視線はこちらを向いておりその眼差しには意思が宿っているようであり、その事実を確認出来ただけで彼女は安堵の表情を浮かべる。

「もう限界よ、あいつは始末する。良いわね?」

「ああ、そうだな……」

 緊迫した面持ちで言う彼女に彼もまた頷いて答える。ヘッケランは此処に来て、男の事を見くびっていたと思い知らされたようであった。この男の武器は他にもあったのであり、その危険性を彼女に伝える必要があるのであるから。

「イミーナ、周囲に気を配れ、他にも」

「ヘッケラン?」

 次の瞬間、彼は彼女へと飛びつき押し倒す。その事に顔が火照りそうになるも一瞬で冷める。自分達の体のわずか傍を何かが高速で通り過ぎたからだ。

 自分達を狙ったであろうそれは、地面へと命中して大地に小さな穴を空ける。そして、彼は――普段であれば、夜を共に過ごす時の距離で今なお頬の赤らみが取れていない彼女へと囁きかけるように言う。

「イミーナ、今の気付いたか?」

「気付いたって……ああ、そうなのね」

「ああ、そうなんだよ」

 そう、今の攻撃全く予測出来なかった。これは、おかしい事であるはずだ。イミーナは、彼女は常時男へと視線を移すことをして決してその動きを見逃す事はしていなかった。そして、今の攻撃は男が居た方向と反対から来たのであった。

 そして2点目。

「全く音がしなかったわね」

「ああ、全くな」

 これもおかしい話であった。遠距離攻撃、弓にスリングショットを使用した物理的なものから魔法を使用したものまで使用すれば本来音が響くはずなのである。弓であれば、弦が空気を弾く音がする訳であるし、魔法にしたって例えば、仲間である少女も使える雷撃等は、放てば空気を焼く音がするのだ。この世界では珍しいが、広地にて射撃戦となった場合、別にこれだけではないが、戦場では僅かな音を聞き逃さない事も重要なのであり、チームで最も耳が良い彼女が聞こえなかったとなれば、もう決まったようなものだ。

「仕掛けは2つ。って、事ね」

「ああ、音を消すのと、弾道を変えているものだ」

 そう、男はもう自力では殆んど動く事が出来ない。かと言って、敵の増援が来ているとも思えない。ならば、先ほど自分達を襲ったのはあの男のスリングショットから放たれた弾丸で間違いないはずであると2人は考える。

「何とか、明かしたい所であるが、時間がねえ」

「ええ、そうね」

 追い詰めているのは、こちらであったと言うのにまたも場は膠着してしまった。個人的な要望、否、理想を言うのであれば、男が行ってくる謎の攻撃のカラクリは解いておきたい。分かっていない事があると言うのは嫌な予感がするからだ。しかし、それ以上に猶予がないのも確かであった。唯でさえあの男は厄介であると言うのに、謎の攻撃によって、こちらは肉体、物資共に消耗しっぱなしであり、これ以上長引けばこちらがやられてしまう。

(それだけは、回避しなくちゃな)

 依頼が始まって、まだ半日も立っていない。こんな所で自分達は終わるつもりはない。

「イミーナ、あいつはどうしている?」

 現在2人は地面に伏した状態であり、そしてヘッケランは男と反対の方向を向いていた為に聞いた事であった。不用意に動くのは、危険しかない。スリングショットの攻撃にしたって、さっき撃ったばかりであるので多少は時間があるはずである。

「さっき動いた位置から動いていないわね、あの板を使うにしたって、限界があるんでしょ」

 そう言う彼女の声はいつも戦闘中に聞いている相棒のものであり、ヘッケランは内心で笑う。こんな彼女が頼りになるのである。

「よし、合図をしたら、一気に奴に近づいて叩く。フォロー頼む」

「分かったわ」

 それから、彼は不意に彼女の頬に口を当てる。口先から熱が伝わってきて、胸が満たされる。勿論怒った彼女の声が返ってくる。その顔は真っ赤であり、怒っていると言っても全く説得力はない。

「あんた、馬鹿じゃないの? こんな時に?」

「こんな時だからな」

 再度彼女を抱きしめて、ヘッケランは意を決して動き出す。起き上がって、即座に反転、倒れた男へと駆け出す。どこから攻撃が来るか分からないし、回避に防御だって難しい。先程彼女をかばえたのは、本当に運が良かったからとしか言えない。

(ここで勝負をつける!)

 倒れた男との距離は、ヘッケランの歩幅にして10歩分。短いようで長い、彼の決死の突撃が始まり、その後ろをイミーナが続く。彼女は矢をいつでも撃てるように構えながら未だに赤いままの顔で毒づく。

「本当馬鹿なんだから……」

 思わず、先ほど口付けされた所に触れたいという欲求が生まれるがそれを抑えて、彼女も目標である男と、周囲へと注意を向ける。どこから攻撃が飛んでくるか分からないのであるから。今度は、彼を守ってみせるという決意と共に彼女も走る。



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第27話 少女たち

 この所、更新が大幅に遅れている事を謝罪します。もう謝ってばかりですね。本当にすみません。

 最新話どうぞ。


 ヘッケランは駆ける。全身は痛むし、左腕に関しては感覚が既にないようなものであった。ポーションを浴びたとは言え簡単に治る物ではないらしく、体全体が訴えてきていて脳も悲鳴を上げている。早く楽になってしまいたいと、それでも彼は止まらない。己がなすべく事をなす為に一歩踏み込む。

「ぐ!」

「ヘッケラン!」

 踏み出した右足、腓骨の辺りに衝撃が走り、思わず声を上げてしまう。痛みを堪え、そして力を入れる為に奥歯を食いしばる。後ろを走る彼女に自身の安全を示したくはあったが、その余裕もない。せめて、走力を上げようと上体を、体の重心を前に倒す。地面が近づいて、そうなる前に体が足を前に出す。いつもであれば、それだって無意識に行える動作であるはずなのに、意識して動かさなくてはならなかった。

(くそ、限界が近いか)

 背中に受けた攻撃、転倒時に全身を打った衝撃、更に体を抉った浮遊板。それらが積み重なってヘッケランの体力を奪ってゆく。しかしと彼は自身を奮起させる。相手だって限界が来ているはずなのだと己に言い聞かせて走る足に力を入れる。

(そうだ。俺だけじゃない)

 追撃戦の果てに転落したのは相手だって同じであるはずであるし、負ったダメージであれば向こうの方が大きいはずであるのだ。何よりこちらはボロボロと言え、まだ何とか走れる状態であるが相手は片腕片足が潰れていて、動くにしたって例のアイテムを使用した無理矢理めいたものであったから。

 しかし彼の心に余裕は全くなかった。非常に嫌な事実にも気付いたからであった。

(今の攻撃……やっぱり)

 音はしなかった。しかしこれまでの攻撃、最初に自分が背中に受けたもの等はその予兆があったのだ。何かが何かにぶつかる音と。それが全くしなくなった。否、相手がそうしたのであろう。

(嫌なもんだぜ)

 つまり、この無音を相手は自由にできるらしい。その事実が何よりも嫌であった。相手が攻撃の手段を選べるという事が厄介であるのだ。

 例えば、それを囮に使う事だって出来るのであるから。

(やめだ、やめ。不確定な事を考えても仕方がないってな)

 非生産な事が頭を占めて行動に支障をきたすとなれば、それこそ愚か者である。と、彼は突撃を続行する。残り7歩分、集中して2歩進んだ所で耳に音が届く。背中を撃たれた時に聞こえたものと同じ音、始めは右側、次いで左側と彼の鼓膜を叩いて来て同時にヘッケランを脱力させる。

(たく、やめてくれよ)

 つい先程までその事で頭を悩ませて、そして考えるのを止めた矢先にこれであるのだから。音にもある程度意識を向ける。此処までの戦闘である程度カラクリがどういったものであるか大体の推測はついている。この音は相手の男が放った弾丸が何かにぶつかっている音、それは間違いない。恐らくそれで弾道を変えているのであるから。

 先に背中を撃った攻撃もそうであるはずだ。あの時男は自分の前方を飛行していたのだから。あの状態で己の背後から弾を打ち込むとなれば、方法はそれしかないはずであるから。

(くそ、本当に嫌になるな)

 これは気にしても仕方ない。いくら警戒しようと躱せる確率の方が低い。ならば思考の片隅に追いやって、一刻も早く男に接近する事を優先するべきである。だと、言うのに……やはり身体機能の本能と言うべきか、聞こえてくる音に体が警戒してしまい、僅かであるが動きが鈍ってしまう。

 響いてくる音は右側から聞こえたのを最後に途切れてしまい、そして次の瞬間には左足、その太ももの辺りに強烈な痛みが広がる。

(ぐぅううう!!)

(ヘッケラン!) (本当に大丈夫なの!)

 彼女の声さえ小さく、それが己が限界を知らせているようであった。しかし、ここで倒れる訳にはいかない。この男は必ずここで仕留めなくてはならない。自分が倒れれば次に狙われるのは後ろを走る彼女だ。そして、彼女に穴を空けられるのは個人的にも許容出来ない。

(だけど、よ)

 今の攻撃で明らかになった事だってある。厄介な事に消音に関しては本当に男が自由自在に出来るようであった。危惧していた事が現実だった訳であり、こちらが劣勢である事を再認識させられるようであった。更に悪い事に遂に足の力が切れたらしく、今度こそ前へと倒れる。

(く、っそ、が)

 いくら力を入れようとしても足は言う事をきかず、地面が迫る。後ろから彼女の声が聞こえるが、それだってかろうじて女性の声と分かるだけであり、何を言っているかは聞き取れない。

 彼は必死に頭を回して、考える。この状況で出来る事を少しでも。相手との距離は自らの歩幅4歩分と言った所。そして、次に見るは己が状況。左腕は使えないものと見ておいた方が良い、相手は右腕が使い物になっていないのでその部分で言えば、五分と言える。そして、足に関しては両方ともやられてしまっている。骨は折れていないはずであるが、治療をしないとまともに動けそうにはない。

(使えるのは、右腕だけか)

 握られているのは、一振りのサーベル。彼は本来2刀流であるが、先の攻防で相手に一刀投げている為に手持ちはこの1本だけであった。武器の予備は用意していない。

 これに関しては冒険者、ワーカー問わず難しい問題であった。武器を使う職種、魔法詠唱者であれば、杖等が該当すると思うが、戦闘中に紛失あるいは破損するなんて事になれば、依頼どころか命の危機である。故に手入れはかかさないのであるし、簡単に武器を手放すなんて選択はしない。

 無論、対策の一つとして武器の予備を用意するというのもあるが、それは無謀でありそして愚か者の発想であるとの意見もあり、金銭にややうるさいフォーサイトもそれに倣っている。これにはメリットよりもデメリットの方が大きいのだ。

 1つ、武器のかさばり。いくら鍛えていたとしても、各々が使う武器もそれなりに重量があり、十分な荷物となってしまう。例えば、ヘッケラン・ターマイトであれば、サーベルを4本常に持ち歩くという事になるが、単純に体にかかる負担が2倍になってしまう。それに、彼が得意とするのは平地における殴り合いもとい斬りあいよりは、剣士としての足さばきに跳躍等を加えた2次元よりも3次元的な戦いであり、それを可能にする為に自らの重量を軽くする必要があった為に彼は余計な荷物を持たない事にしている。

 2つ目としてあるのは、これまた金銭的な事であった。予備を用意しても不要な重りにしかならないというのはあるが、更にそれを現地あるいはそれ以外の所で盗まれるといった心配もある。資金面であれば、十分過ぎるモモンに貴族にして最高位の冒険者であるラキュース等を見ていると忘れそうになるが、冒険者にワーカーと言うのは基本的に資金不足であり、慢性的な金欠であり、日々節制に努めざるを得ない。勿論、全ての者に該当する訳ではない。その日暮らしである事に開き直り、稼いだ分をその晩の飲みに費やす者だっている。フォーサイトは、ヘッケランはそうではない。

 彼らは彼らで大金を稼ぐ理由があり、日々の出費に神経をすり減らしている。

 そして、武器と言うのも高級品である事に変わりはない。もっとも、全くその手に関わる仕事をしない者にとってはまるで実感は湧かないものである。

 よって、彼が使える武器というのは元から装備している2振りのサーベルだけである。その片方がないと言うのは戦士としては失格である。しかしそれだって仕方がないと言える。貴重な攻撃手段であるサーベルを投擲したのはその時はそれが最善だと思っていた訳であり、結果的に戦況をこの状況に持ち込む事が出来た。少なくともヘッケラン自身はそう考えている。それに手を離れたとは言え、別にどこかに飛んでいった訳ではない。

(やるしかねえか)

 彼は出来る事を何とか見つけたように思う。しかし、それは賭けであるしどっちにしても最後の機会である。だが躊躇っている猶予もなければ、他にとれる選択肢もない。声すら出せそうにないが、どうにか振り絞る。

「〈斬撃〉!」

 彼は迫る大地に向けて得物を振るう。その一撃は地面を抉り、手から腕へと、腕から全身へとその衝撃を伝える。それは、満身創痍であった彼には負担が大きく思わず手から武器が離れてしまう。

 

(何を……いや、そういう事ですか)

 その様子を見せられていた男は彼の行動の意図を即座に理解する。両足ともに使えなくなってしまい、それでも自分へと歩を進める為に取った策と言った所だろう。地面を叩く事で、僅かであるが飛距離を延ばす。それによって、自身へとの距離を詰めてとどめを刺す算段であろう。

(ですけど)

 彼の目論見は外れたと見て良いはずである。その手から武器が消えており、それはあらぬ方向へと飛んで行ってしまっているから。勿論回収する時間を与えるはずがない。彼の後ろから続いている女性にしたって、問題はない。先に彼を完全に撃ち殺して、次に彼女を射殺する。左腕の装備の準備も出来ている。ここまで接近を許してしまった事もあり、余り無駄弾を撃つ余裕もない。装填にかかる時間と合わせて見れば、後1発が良い所だろう。

(今度こそ死んでもらいます)

 いい加減、こちらも体が辛い。一刻も早くこの場を治めて、次の行動に移らないとならない。それに、これはまだ過程であるのだから。

 男はヘッケランが無様に倒れた所に弾丸を打ち込むつもりで武器を構え、必要な準備を行う。しかし、彼の行動は男の予測を超える。

 

 ヘッケランにとっては、別にアクシデントという訳ではなかった。彼にとっては、右手に武器があろうがなかろうが、別に関係はない。彼は前に倒れながらも、右手をある所へと向けて必死に伸ばす。

(とどけ……届いてくれ)

 相手の男は自分の意図に気付いていないらしく、それがありがたい。自分が目地しているものまでの距離は後少しであるのだ。彼の執念とも言えるその意思が空に届いたのか、彼の手に臨んだ感触が広がる。

 

「そう、言う事でしたか」

「へ、俺は2刀流なんでな」

 互いの顔が見える距離、ヘッケランが手にしたのは先に男の膝裏へと命中したもう一振りのサーベルであった。此処までの激闘の影響か、男の右足は完全に破壊されておりどういう理屈かは分からないが、男の右足は膝を含めた下が180度回っており、丁度サーベルのグリップが空を向いていたのである。男がその可能性に至らなかったのは、自身の装備を制御するのに、思考の大半を奪われていたからだとも言える。

 男がヘッケランの行動驚いた一瞬、その時間を彼は最大限に生かす。握った右腕を一気に、残った体力を全て出す気合で振り上げる。

「〈斬撃〉!」

 吹き飛ぶは、右足に大量の血が噴水を連想させるように噴き出す。それが男の体力を更に奪い、彼の意識を朦朧とさせるが、それで諦めるという選択肢等男にはない。男もまた直ぐに己が武器であるスリングショットを放とうとした所で、腕に矢が刺さる。

「させないわよ、あんたの好きには」

 勿論、それが出来るのは彼女しかいない。イミーナだって此処まで唯黙って走ってきた訳ではない。そもそも、彼女が扱う弓という武器は一般的に広く知られている物と比べれば、扱いが繊細であり難しいのである。走りながらなんて、言うのは余り良くない。かと言って、不用意に放つことも出来なかった。次から次へと信じられない事をやってくる者が相手であったのであるし、恐怖だとかやけくそで矢を放つ事はやはり出来なかった。よって、彼女も最適な位置まで着くまでなんとか耐えていた訳である。

 結果論になってしまうが、それも手伝い男は彼女を後回しにしていたのであるから、功を奏したとも言えよう。

 そして、彼女は最適な位置を取ったと見て、容赦なく男へと攻撃を加える。

(仕方ないですね)

 男は痛む左腕を酷使して、自らのペストマスクを乱暴に引きはがす。

(たく、今度は何をするつもりだ?)

 本当にこの相手は次から次へと驚く事をしてくれる。ヘッケランは眼球を動かして周囲の様子を確認する。相変わらず霧は深く、視界は十分とは言えない。それでも得られる情報はある。浮遊版は男の後方に転がっている。それだって気をそらす訳にはいかない。あれが突然、飛んできてまたも体を切り裂かれてしまってはたまらない。本当に人生がそこで終わってしまうかもしれない。

 そんなヘッケランの警戒と共に、男の口元が露わになる。出て来たのは特に変わりのない人の顔であった。男がそれをつけていたのは、別にその顔に酷い怪我を負っているからでも、体内器官に何か異常をきたしていたからでもなかったようであり、男の口に咥えられていたのは、一本の筒、それもストロー程しかない小さなものであり、それは目前に迫っているヘッケランへと向けられている。

(何だ? あれは?)

 見た事がないものだった為に彼の思考も一瞬止まりかけるがそれよりも先に男の喉に矢が突き刺さり、男の口から筒が落ちる。

 男の喉元からは血が流れ、苦し気な息遣いが周囲へと響き、それを確認した彼女は握りこぶしを作り力の限り叫ぶ。

「やっちゃいな、ヘッケラン‼」

 男の口にあったものの正体は分からないが、それでもそれが呼吸を利用したものであることを直感で見抜いた彼女がとったのは、男の喉を射抜く事であった。鬼畜に思えるが、殺し合いの場ではそんな事は些細な事である。

 そして、彼女の激励を受けた彼も最後の一撃を男へと放つ。

「〈斬撃〉!」

 その一撃は男の胸部を袈裟に切り裂き、男の肺へと達した。今度こそ男の最後であった。

(まさか……私が……)

 初めに脱落するとは思わなかったと男は冷えてゆく体に遠のく思考の中、考えていた。頭に広がる無数の景色はどれも見覚えがあるものであり、直に聞き覚えもある声も聞こえてくる。

 ――神様はしっかりと見てくれている。

(これですか、最後に見るのが)

 その景色では、今よりもずっと幼い自分が老人に頭を撫でられていた。

 ――真面目に生きていれば、いつか幸せは来てくれるんだよ。

(いませんよ。神だなんて)

 記憶に残る言葉を否定しながら、男は覚める事のない眠りへと落ちてゆく。

 

 

 男の絶命を確認するまでもなかった。まるで、図ったように霧が晴れていくのであるから。

「本当にこいつが操作していたんだな」

「そうね、それよりも大丈夫なの」

 彼女の瞳には既に男は映っていない。それよりも気にかける相手がいるのであるから。その事が嬉しくて、彼女が愛おしくて、ヘッケランは少し笑う。それから、治療を行い、念の為という事で男の所持品等を調べる事にするのであった。

「これ、か。霧を発生させていたのは」

「ええ、それに本当に良い腕の持ち主だったのね」

 狩人の家系であり、帝国でも上位に入る弓の腕の持ち主である彼女がそう言うのであれば、そう言う事なのであろう。周囲に転がっていたのは金属製の球体のようなものであり、それが見る限りでも6つ程転がっていたのであるから。

 そして、男が使用していた弾丸の正体にも調べがついた。男が使用していた弾丸は一般的なものに比べて弾性があったのだ。つまり、良く跳ねるものであり、それと周囲に広がる球体と、それで全ての答えが出るというものであった。

 曲がる弾道の正体は跳弾であった。男はこの球体を自由に動かせていたらしく、放った弾丸は空に浮いていたこれらにぶつかり、自分達を狙っていたらしい。

 言葉にしてみれば、簡単に思えるが実際はかなり高度な技術が必要であると、これまで培ってきた経験で言える。

「まあ、何とかなったな」

「ええ、と、言っても」

 ひとまずは安心だと言うヘッケランにイミーナは曇った表情で答える。彼だって分かっている。敵はこいつだけではないと、間違いなく仲間がいるはずなのでありもっと言えば今回の件、関係者しか知らない国王一行の旅路に現れたという事はこいつらに情報を流した奴が、王国の裏切り者がいるはずなのであるから。しかし、話を聞こうにも既に男はこと切れており、所持品を見ても、何の検討もつきそうにないのであるから。

「ああ、仕方ねえ、運べるものを持てるだけ持って、行くとするか」

「それしかないわね」

 別に全く情報が手に入らなかった訳でもなかった。男の体を調べた際に少なくとも今回攻撃を仕掛けて来ている者達の正体は分かったのであるから。

「レエブン候、あの人すげえな」

「ええ、全くね」

 こいつらの事は依頼主である貴族から教えられていた。帝国ではその情報は噂でも聞かなかったから。

「王国って、結構訳ありらしいな」

「そうね、アルシェの為とは言え、厄介な事になって来たわね」

 今回の依頼を受ける事にしたのは、依頼料が破格であったから。彼らにとってはその1点が何よりも重要であり、話に出た少女の事情を考えれば最も賢い選択であったはずだ。

「そうだな……」

 ワーカーとしての依頼として護衛は過去に何度か行っている。今回のように長距離移動の警護であったり、または物資運搬中の傭兵としてだ。その道中戦う相手というのはモンスターであったり盗賊だったりであり、並の相手であれば、特に問題はなかった。自分達のチームには第3位階を使用できる魔法詠唱者がいるのであるから。

 それだけで、十分なアドバンテージとも言える。だからこそ、今回の依頼だって特に難しい事は無くむしろ美味しい仕事だと思って受けた訳である。更に今朝方、依頼主側の失敗で報酬が更に跳ね上がった。と、言ってもこれは追加の仕事を引き受けた彼女の分にするつもりであるのは、話し合うまでもなかった。当の本人には秘密であるが。

 しかし、実際に仕事を引き受けてみれば、半日もしない内に襲撃にあってしまい。戦ってみれば、そこらの盗賊、傭兵崩れよりも質が悪い相手であったから。かと言って……

「まさか、やめるなんて言わないわよね?」

 咎めるような彼女の言葉、その視線もまた憤りを含んだものであった。それに対して彼は笑って答える。陽気に呑気と言った様子で、その表情に先ほどまでの戦闘で受けた傷を全く気にならないようであった。

「それこそ、まさかだな。今回をこなせば、馬鹿にならない金が入る。向こう一カ月は遊んでいられるだけのな」

「それでも、あんたは依頼を受けそうね」

「当たり前だろ」

 彼にとっては、お金とはいくらあっても足りないもの。故に受けられるだけの依頼を受け続けて蓄えを稼いでいるのだ。別に将来に対して不安があるからだとか、巨万の富が欲しいとかではない。単に金が沢山欲しいだけなのだ。このヘッケランという男は。

(本当に変な奴よね)

 イミーナはそう思ってしまう。彼女としては、今回の依頼は最後まで参加するつもりである。と、いってもこれまでの依頼だって途中で止めた事などないけど。それも、この男の方針故であったが為に。

「受けた仕事は最後までこなせってな」

「あんたの親父さんの言葉だっけ?」

「そうそう」

 社会的な立場で言えば、完全に終わっているであろうドロップアウト組とも言えるワーカーでは変わった考えに思えるが、別に変なことでもないしっかりと仕事をこなすのは信頼に繋がるのであるから。そうやった地道な働きもあり、彼らフォーサイトは帝国でも上位に入るワーカーチームとなった訳であり、今回の依頼の話もあった訳だ。

 

 彼らが知る事などないし、レエブン候もまた彼らに言うつもりはなかったが、実の所彼が最終的に絞り込んでいたのは、彼らを含めた4つのワーカーチームであった。では、何が決め手になったのであろうか? 一番は女性メンバーの存在であった。先に頼んだ通り、姫君の世話を頼める人選という事であった。そうでなくとも、男だけのチームに頼むと言うのは、近衛隊との折り合いも考えればよろしくなかった。

 要はプライドの話に直結する。近衛隊としては、レエブン候自身が独自に護衛を雇うのは心情的によろしくなかった。彼らは彼らで自身の剣の腕に自信を持っていた訳であり、他にも一緒に同行者がいるとなれば、やはり己がプライドが許さない。

 ならば、とレエブン候が取ったのは少しでも彼らの不満を抑える事であった。その為に、比較的美人の部類に入る者達が所属するチームが選ばれたのである。無論、実力だって買っての事であるけれど。

 完全に余談となるが、この時の4つのチームの中に王国戦士長と並ぶ腕の持ち主もいたが、性格的に問題があるという事で候補から外されることとなったのである。

 

「それに、イミーナだって止めるつもりはないだろ?」

「当然よ。意味が分からないわね」

 彼女は心底理解が出来ないと言いたげに不満を漏らす。こいつらの発想があり得ないと、どこをどうしたら、姫を殺す事が国を崩壊させる事に繋がるのであると。それを聞かされた彼は、呆れながらも先に貴族から受けた説明に自分なりの推測を混ぜて話す。

「あれだろ、レエブン候も言っていたじゃねえか、この国の国民は貴族に対して不満を抱いているって」

 そして、あの姫君はそんな立場が弱い市民の為に政策を行っており、その容姿も相まって人気があると。そんな人物が貴族たちの不手際で死んだとなれば、それだけで国民たちの不満は数百倍にも膨らむであろうと、それを聞いた彼女は納得したように首を縦に振りながらも、文句を言う。

「ま、確かに綺麗ではあるけど、アルシェの方が可愛いわよ」

「お前な、どこで張り合っているんだよ」

 それは、彼女にとっては譲れない所であった。確かに黄金と呼ばれるだけの美貌を持っているのは分かるし、同等の精神を有しているというのも納得がいく。しかし、それであればあの少女だって負けてはいないのだ。それに彼女の事情を知れば、彼女がアルシェという少女がどれほど健気であるかは誰でも分かるというものだと思っている。

「話がそれたわね、とにかく頑張っている子を見捨てるなんてあたしには出来ない」

「ああ、お前だったらそう言うと思っていたさ」

 それから2人は荷物として持っていけそうなもの。この先調べる機会があるかもしれないもの、男が使用していたマジックアイテム等を回収して騎獣へと向かうのであった。

 2人が乗ってきたスレイプニール達は彼らの空気に当てられたらしく、身を寄せ合い互いの顔を愛おし気になめあっていた。どうやら雌雄であったらしい。

 

 

「あれからも色々な事があったわね、墳墓もこの村も」

 雑草が生えに生えた大地であったが、優秀なメイドの働きで何の違和感もなく設置されたテーブル。囲むように座っているのは、3人であり純白のドレスを纏った悪魔の女性。やや黄色い髪を縛って片方に流している少女に彼女の妹であるメイドと似た色合いの髪を持つ少女だ。その周りを、特に姉妹を囲むように更に2人の人物が直立不動で構えている。否、この表現は正しくない。仮面を付けた女性はその通りであるが、もう一人の人物。この場を整えた彼女は前に手を重ねていたのであるから、その姿は誰が見ても、一流のメイドそのものである。

 先の発言は目前に座るアルベドのものであり、それにエンリは答える。

「はい、驚きの連続でしたよ。急に亜人種の方が来られますし」

「毎度毎度、突然で申し訳ないわね。貴方には苦労を掛けてばかりだわ」

 そう言って、彼女は頭を下げようとしてエンリは慌ててそれを両手で制する。

「止めてください! アルベド様が私に頭を下げる必要は微塵もないのですから」

「そう?」

「そうです」

 ちなみにエンリの妹は会話を全く聞いていないが、別にその事を2人とも咎めるつもりはない。先程までやっていた仕事は大変であった訳であるし、疲れた体に、脳みそにメイドが用意してくれた御菓子はとてもきくのである。一心不乱に焼き菓子等を頬張っては、僅かな粉をこぼしてしまい。その度に控えているメイドが口元をぬぐったり、汚れが落ちた部分のゴミを掃除する。その手際も見事なものであり、会話を行っている2人が気を取られるなんて事もまるでないのだから。

「私は、本来であれば、あそこで死んでいたのです」

 エンリは語る。アルベドが自分達に対する態度で謝ってくるのはこれで2回目であるが、始めはそこまで深い話はしていない。自分達だって気にはしていないのであったから。しかし、今回は違った。彼女自身戸惑ってはいた。別に話そうと思っていた訳でも、かといって胸にしまっておくべきとも思っていなかったと言うのに。

(何でだろう?)

 少女自身理解はしていなかった。だからと言って、始めた話は止まりそうにない。少女の話にメイドに仮面の戦士も聞き入る。彼女達も彼女達で気になるのだ。重要な話である事に変わりはないのであるから。

「それを助けて頂いた。それだけでもとてつもない恩義であるのです。なのに私ときたら……」

「エンリ、その事であれば気にする必要は無いわ」

 アルベドは今にも泣きだしそうな少女を何とか宥め、そしてこれだけ空気が重くなってしまった事に気まずさを覚え、これだけの話をしているというのに。全く聞こえていない様子のネムを微笑ましく思い、そして彼女の気を引く程の菓子を用意してくれたルプスレギナに感謝の念を抱く。

 彼女としては、少女がそこまで思う必要はないと思っている。これは、主の事になるので勝手に言うわけにはいかないのであるが、何もアインズだって、全てが全て善意で動いている訳ではない。この世界における自分達の目的の為の打算だっていくらか含まれているし、あの時かの方が動いたのは、何より「自分がそうしたい」からであったから。

「余り暗い話ばかりしても仕方ないわね」これ以上空気が重くなる前にアルベドは無理やり話を変えていくことにした。「そうね、面白い者達だって来ているでしょ。例えば、あのドライアードとか」

「ああ、ピ二スンさんですか」

 そう言って苦笑するエンリを見て、アルベドは心底安堵した。その者達は少女の事を「姫様」と呼んでおり、彼女を困惑させているから。この事に関しては墳墓所属の者達は当然だと思っている。どころか、嬉しく思っている部分もあるのであるから。

「そうですね。ピニスンさん達が作る果物はとても美味しいですし……アルベド様も」

「ええ、頂いた事はあるけど、とても甘いわよね。あれ」

「はい! そうですよね!」

 先程までの曇った感情は何処かへ行ってしまったらしく、ドライアード産のフルーツを語る彼女の顔は生き生きとそれこそ年頃の娘がする顔であったから……?

(あら? 少しおかしいわよね。まあ、一般論だし、いわゆる世間のお話ですものね)

 彼女が墳墓で学んで人間の特徴としてはこの年頃の娘というのは多感な時期であり、彼女達が最も好むのは色恋の話題であり気になる人物を、自らの運命の相手を探し求めているものであると。

(まあ、一つ分かったわ。この娘、言うなれば「花より団子」といった所ね)

「それから、ゼンベルと言ったわね。あの雄」

「あ、ゼンベルさんですか」

 2人の会話でその人物の名が出た時、お菓子を食べるのに夢中であったネムの体が一度雷にうたれたように震え、ルプスレギナが声をかけ、ヤルダバオトは武器に手をかける。

「ネム様、いかがしましたか?」

「だ、大丈夫だよ! 何でもないよ」

 ネムは自らがおかしな行動をとってしまった為に従者達に余計な心配をかけてしまったと手を振って問題ないと訴える。メイドは主君である幼い少女の言葉にひとまずは己が心を納得させるが、それでもこの機会に統括に訴えておきたいと口を開く。

「ご歓談中の所、失礼致しますアルベド様」

「何かしらルプスレギナ? 大切な事なのでしょうね」

「勿論でございます。そのゼンベルと言うもの振る舞いはやや不適切かと、ネム様を始め、村のお子様方も怯えておりますし、彼は何かと問題を起こしがちであります。人質という話であれば、もっと適任な者がいるかと愚考する次第であります」

「成程、貴方の言いたい事は良く分かったわ。それでも、彼には関してはこの村に残ってもらうつもりよ」

「何故でしょうか? いくらアルベド様と言えど、納得がいく説明を求めたくあります」

 メイドのその姿に、アルベドは嬉しく思うと同時にやや鬱陶しいとも思ってしまう。以前であれば、自身の言う事であれば、誰も彼もが疑いもせずに実行していたのであるから。

(ま、良い傾向ではあるわね)

 主が求めている墳墓の形と言うのは、こういったものであるから。彼女の事だ。別に疑問に対して思考放棄した訳ではあるまい、彼女なりに考えての上であろう。確かにルプスレギナの意見だって分かる。少しでも不穏な要素は排除しておきたいと思うのは当然の事だろう。

「そうね、一番は彼の力を見込んでの事よ。貴方だって例の映像は見ているわよね」

「それは、はい。確かに確認していますが」

 暴れん坊にして、秩序の破壊者であるリザードマンであるが、彼がこの世界において強靭な戦士であるの確かであるから。

(確かに、それは納得出来るっすよ~)

 自分の意見が通らないと言うのは意外とストレスになるものであり、荒みそうになる己の思考を落ち着かせる為に普段わざとやっている態度を心がけながら彼女は暴れん坊について考える。

 以前の戦争の件、確かに彼の働きは大きいものであり彼が敵方の陣営にいなければ、もっと楽に武人は勝てたはずであるから。

「ですが、やはり許容し難くあります。ヤルダバオトも迷惑していると言いますし」

(ちょっとルプスちゃん!?)

 名を上げられた彼女は心で悲鳴を上げる。メイドは自らの意見を通す為に恐ろしい悪魔とのやり取りで自分をまきこんでくれたのであるから。

 そんな彼女にルプスレギナは一度ウインクを送って見せる。それは初対面の男であれば間違いなく心臓を撃ち抜く恋という名の弾丸であるが、彼女をよく知るヤルダバオトにとっては、悪魔の微笑み以外のなにものでもなかった。

(頼むっすヤーちゃん~)

(勘弁してよ~)

「そうなのヤルダバオト? 貴方の意見も聞かせてもらおうかしら」

(ひいいい!!)

 彼女の声を聞くだけで心臓が止まりそうである。赤毛のメイドとはあれから共に過ごす時間が増えていた為に、何とか慣れつつあり、同時に恐怖も薄れつつあった。それだけ、彼女は、ルプスレギナ・ベータという人物は身内と認定した者にはとことん友好的なのである。しかし、この人物は違う。下手に逆らうなんて事はできない。

「わ、たし、は、特に問題に思っておりません。ニグン等が庇ってくれますから」

「ああ、あの男ね」

 そう言う彼女の顔は冷たいものであり、その姿が更にヤルダバオトの心臓を締め付け、肺を圧迫する。が、それも一瞬であった。

「ふふ、聞いたルプスレギナ? 彼女は私の意見に賛成ですって」

「はい、そのようで」

(ヤーちゃんの裏切り者~)

(マジで勘弁して~)

(いけないわね、もう済んだ事であると言うのに)

 視線をぶつけて不満をぶつけまくる従者2人の横で彼女もまた反省する。この仮面の戦士にしたって、話に上がった神官にしたってかつて愛する主に刃を向けた者達であるから。主はその事を許したし、自分だってその時で納得している。それでも、油断をすると殺気が湧いてくるのだ。それを抑えるのはやはり苦労する。

「あの、アルベド様? 顔色が悪いですけど、どうかしましたか?」

 自身を心配してくれる少女の心遣いが有難い。同時に思う。この娘は本当に立派であると。

(くふふ、こうなって来ると)

 何が何でも、彼女に母と呼んで貰いたいと贅沢に願ってしまう。しかしそれは当人たちの問題に、それも繊細な部類になるのでじっくりと時間をかけて行っていくべきであると。環境を思えば、自分の方が彼女よりもずっと有利な立場であるのだから。

「別に何でもないわよ。エンリは、ゼンベルについてはどう思っている?」

「え、私ですか?」話題を振られたエンリは少し考える。その間、彼女の手に握られたカップからは湯気がゆるやかに伸びている。「そう、ですね。確かに問題人物ではありますけど、村の人達。特に男の人達に、ジュゲムさん達とも気が合っているみたいですから、出来るなら村にいて欲しいと思っています」

 姉の言葉にネムは一瞬拒絶反応を顔に出すが、それでも姉の言葉に従うべきであると口をつぐんで唸る。その様子にルプスレギナは心を浄化されたように感じる。

「くふふ、聞いたルプスレギナ? エンリも私の意見に賛成ですって」アルベドは勝ち誇ったように、一度手を口元に当て、メイドに挑発的な笑いを送り続ける。「それに、ゼンベルが本当に問題だけという訳でもないでしょ。子供達は仕方ないとしても、村人にゴブリン達とは友好的な関係を築けているみたいじゃない。無理にカルネ村を追いだす必要もないでしょ」

「分かりました。アルベド様がそこまで言うのであれば」そう言って、納得仕掛けるメイドであったが、まだ何かあるらしい。「で、あれば彼の問題行動に関しては、いえ、彼の管理に関しましては私に一任してはくれませんでしょうか?」

 自分の意見が通らないとなれば、せめてその権利だけは勝ち取らなくてはならない。もしも、あの雄がまた姉妹に手を出す、いや迷惑をかける事があれば、自らの手で制裁を加える為に。

「そうね、それ位は貴方に任せても良いかもしれないわね」

 アルベドもルプスレギナであれば、間違っても個人的な感情で動く事はないだろうと承諾する。

「ありがとうございますアルベド様。ご歓談を邪魔して申し訳ございませんでした。引き続き、至福の時間をお過ごしくださいませ」

「ええ、そうするわ。それで、エンリ。どこまで話したかしら」

「はい、この村に新しく来て下さった人達の事ですね」

「そうだったわね」

「あの、アルベド様」

 続いて誰の話題を出した者かと思案するアルベドへとエンリは声をかける。勿論、愛する主の養子である少女の言葉に彼女が嫌な顔をするはずがなく、笑顔で応える。望まれれば、何でもすると言わんばかりに。

「何かしら? エンリ」

 そう言って、自分に微笑みかけてくれるアルベドを見て、エンリはどこか気が楽になっていると間違いなく確信を持っていた。

(やっぱり、この方は)

 ゴウンとはまた違うが、この人物にもどこか親近感を覚えているらしい? いや、あるいは親愛の情が湧いて来ているのだろか? それがどういったものであるかは分からないが、急いで結論を出す必要もないように思える。それよりも、折角の機会。彼女と話が出来るのは本当に貴重であるのだから。この際に色々と話を聞いておきたい。主に彼女達を知りたいと。

「カルネ村の話も良いですが、墳墓の事も教えてはくれませんでしょうか? もっと、皆さんのことを知りたいと思いますので」

「そうね、それもそうね。折角なのだからね」

 少女の何気ない疑問がとても嬉しい。墳墓の事を知りたいと言うのは、かつて至高の方々が懸命にお作りになったナザリックを知りたいと言っているのと同義であるのだから。この少女であれば、ある程度の事を話しても問題にはならないはずである。本当に大事な事というのは分かっているし、間違っても口にするつもりはないから。

 2人は、菓子を口に運びお茶を楽しむ。いずれもこの世界で新たに作られたものであり、ナザリック産の物に比べれば、質はまだまだ遠く及ばないが、それでも美味しいものである。

「なら、何から。いえ、誰の事から話したものかしら」

 楽し気に思案するアルベドを前にエンリは片手で指を折りながら名前を挙げていく。

「えっと、ルプスレギナさんに、ユリさん、シズさん、エントマさん。それにアウラ様に、マーレ様、デミウルゴス様。後、ペストーニャさんに、イブ・リムス様とラスカレイドさんですね。私が会った事があるのは」次いで、少女は「あ」と短く声を上げる。忘れていたと思い出したらしい。「あとウィリニタス様、アルベド様のお兄様とも会っていた、みたいです?」

 疑問形なのは仕方がないと言えるだろう。当時、義兄は常時鳥の姿をとっていた訳であり、直接姉妹と言葉を交わした訳でもないから。唯、互いに顔を見ているのも確かなのでありそれを考えると思わず笑ってしまいそうになる。

「ふふ、そうね。シズにエントマとは仲良くして頂戴」

 先に名前を挙げた2人は、年齢で言えばこの少女とそんなに変わらないのであるから。彼女達には従者もあるが、同時に対等な友人として彼女と接して欲しいと思っていたから。

「はい、凄いですよね。あんなに若いのにしっかりして」

「うん! シズお姉ちゃんもエントマお姉ちゃんも凄くかっこいいんだよ!」

 突然、話に入って来たのはネムであり、その口はクリームで汚れている。余りにも彼女がお菓子を食べる為に、始めに用意していた分はとっくに消えてしまったらしく、ルプスレギナが新しく用意した物。主にケーキ等が原因であり、メイドは慣れた手つきでハンカチを取り出してネムの口元を拭いてやる。妹の醜態にエンリはやや顔を赤くして、アルベドは笑顔で語りかける。

「あらあらネムったら、余程彼女達の事が気にいったのね」

「うん!」

「そうね、貴方達姉妹と関りが深いのはプレアデスの面々ね。なら、そこから話をするとしましょうか」彼女はそこで、再び待機状態に戻ったメイドへと視線を向ける。「ルプスレギナ。誰から話すべきかしら」

「そうですね」統括から意見を求められて彼女は少し考え、やがて口を開く。「ならば、ナーベラル・ガンマがよろしいかと。現在、アインズ様の補佐を務めている2人の内、1人でもありますから」

 メイドの言葉にエンリは首を傾げる。自分達の養父が何かしているらしい事は知っているが、自分達は詳しい事を聞かされてはいないから。

「そうね、そうしましょうか。彼女はとっても優秀よ。私の見立てでは、そこにいるルプスレギナよりもずっとね」

「アルベド様……」

 やや嫌味がこもった評価にルプスレギナは微妙な表情を浮かべ、またエンリも苦笑しながらアルベドの話へと耳を傾けるのであった。

 

 

 ナーベラル・ガンマ及び、国王一行は荒れ地を進んでいた。一時は襲撃によって、止まらざるを得なかったが、何とか馬車の修理も終わり。再び、城塞都市への道を進むことが出来ていたから。

 そして、現在彼女もまたスレイプニールに跨っていた。それは彼女だけではなく、始めは馬車の中で待機となっていたフォーサイト所属の神官に魔法詠唱者も同様であった。

(こんなにも早いとは)

 騎獣を操りながら、彼女は呆れ気味にそう思う。この状態だって仕方ないと言える。当初、周りを固める予定であった主を含む4人中、3人が離れてしまっているから。そして、近衛隊の者達は頼りにならないとレエブン候の判断と懇願により、自分達もこうして外に出る事になってしまったのであるから。別にそれ自体は特に思う事はない。

(ふん、あのボンボン共に比べりゃ、まだゴルトロン達の方が頼りになりそうってね)

(レヴィア……貴方の言いたい事も分かるけど)

 彼女は先の攻撃の際に、何も出来ずに茫然としていた近衛隊の者達に対して不満を抱えているらしい。彼らのせいで致命的な事になりかねないと危惧して。

 

 そんな彼女達の後方を近衛隊所属である貴族としても剣士としても端くれである若者は続いていた。その胸を占めるは前方を走る彼女同様不満であった。

(くそ、こんなはずでは)

 彼自身の見立てでは、今回の件は楽に進むものであったはずだ。少なくとも父がそう言っていたのであるから。

(話が違う)

 だと言うのに、いきなりの襲撃。誰があんな事を予想できようか。あんな状況今までの人生で初めての事であった。初めての事であれば、多少動きが悪くても仕方ないはずだ。自分が動けなかったのは、理由があるのであり、どこの出身か怪しい冒険者に、犯罪者紛いのワーカー共が自分達に指図する事がどうしようもなく耐え難い。

(くそ、くそ、くそが!)

 

 そんな悪態をつく彼の後ろには2頭のスレイプニールが続いていて更にその後方、地面が不自然に波打っている事には未だ誰も気づいていない様子であった。



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第28話 大地凪ぐ牙(グランド・シャーク)

 近衛隊所属の若者は歯ぎしりする。今の状況に不満を持ってだ。どうして自分がこんな後方にいなくてはならないかと。

(ええい、私は伯爵家の出だぞ!?)

 彼の家は6大貴族が一角であるぺスペア侯爵の家と親しく現当主である彼を次の国王へと推薦する家であり、その縁もあり彼はこの行事に参加する事となった。彼は伯爵家の3男坊であり、確かに座学に剣術等王国でも高い水準の教養を受けてはいたが、それでも3男というだけで彼の立場というものは低いものであった。

 家を継ぐのは長男であり、次男は継承者である長男に何かあった時の為の予備、そして彼は更にその次男の予備であった。

 この事実が彼にとっては、何よりも耐え難い事であった。たかが、生まれた順番で自らの人生が決まってしまっているのであるから。

(ふざけるな。私はそんな物ではない)

 家督を継ぐ為、というより本当に自身の存在はあの家にとっては保険でしかないのだ。それでも、家を継げる可能性だってゼロではない為に親の望み通りの教育を受けてきた。このまま何もなく人生を歩めば、自分は城勤めの兵になる、させられる事であろう。

(そんな事、認められるはずがない)

 はっきり言って、兵の給付金というものは貴族当主としての収入に比べれば本当に少ない。実際の所、王国全体で見れば十分高給取りには入るが、そんな物貴族である彼に見ればはした金でしかない。何より財産が、屋敷が、土地が手に入らない事が我慢ならない。

 よって、彼だって何とかしようと彼なりに動いていたが、結果は振るわないものであった。そもそも、王国では「家督は長子、それも男児が継ぐ物」という考えが一般的であり、常識であり認識であったから。その為、彼がいくらコネを作ろうとしても、誰も相手にはしない。もしも、彼の兄たちに問題があれば多少はよかったかもしれないが、残念な事に彼の兄達――あくまで貴族としてだ――は非常に世渡りが上手い者達であり、どう頑張ってもその方向で彼が兄達に対抗する事は出来なかった。

(――確か)

 その事で以前声をかけてきた貴族の事を思い出す。彼も3男であり、家督を継げる見込みはほぼないと言う。そんな彼は自分に他にも似た境遇の者達を集めて新たな派閥を、貴族でも王でもない第3の派閥を作ろうと自分に持ち掛けて来たのだ。と、言ってもその説明をしたのはその貴族ではなく、彼の代理人という女性であったが。

(あの女は確かにやり手だろうな、それに……)

 かなりの好みであったと思い出す。彼女は年齢こそ女性としての適齢をいってはいるが、それを差し引いても魅力的な体の持ち主であった。何というか、人生を積んできた者特有の艶麗さを感じさせる相手であり、自分は若い女性よりも、彼女のような人間の方が好みであったし、彼女と床を共に出来る可能性があるというだけでその提案に乗りそうになってしまったが、何とか堪えた。

 あの手の女性というのは、非常にしたたかであり下手をすれば、自分が食われてしまうから。しかし、他に良案が出る訳でもなく、好転出来ている訳でもない。

 だからこそ今回の件だって重要であるのだ。何とか姫君の印象に残るように働けば、彼女に、人気だけはある世間知らずなお姫様に好感を抱いてもらえれば家督争いにおいて、有利な一手となるはずであるが、それも先の失敗で難しくなってしまった。

(まだだ、私は一兵士で人生を終えるつもりはない)

 限りない富を手に入れる為に出来る事はあるはずである。例えば、前を走っている者達。冒険者にワーカー達、彼は別に興味はないが、彼女達がかなりの美人ぞろいであるのは確かなようであり、何とか彼女達を取り込めないかと、自らが貰っている金銭等と相談を始める。

(兄上達にだって弱点はある)

 兄共はめっぽう女に弱く、特に長兄は若い娘を好んでいるのだ。ワーカー所属の魔法詠唱者等はそんな兄の好みに最高に合っているはずであるのだ。あの人物は少女趣味であるから。

 それだけではない。例の派閥の話だってこれが終わればもう一度検討しても良いかもしれない。当然、茨の道になるであろうがそれ位こなさなくては己が野望は叶うまい。

(大変だろうが、やってやる)

 上手く事を運んで家督を継ぐ、次いで王族と上手くコネクションを作り、6大貴族にも引けを取らない権力を手にして、最後にあの女性を自分の妻とする。その時までに彼女の手綱も上手く握らなくてはならない。荒唐無稽にも程がある計画を決意して、彼は違和感に気付いた。

(蹄の音がしない……?)

 自分は後ろから3番目であり、後から2人が続いているはずであるのだが。先程から全くその気配がしないのだ。道に迷った? いいや、それはあり得ない。あのおかしな霧は抜けており、視界は晴れている。あるいは、慣れない騎獣の操作をしくじって、転んだのだろうか? いずれにしても馬鹿な奴らであるし、自分が悲しむ必要も悼む必要もない。むしろ、今回の行事における活躍の場を争う相手が減った事を有難く思う。

「まったく、何をやっているんだか」

 先程、馬車が横転した所を何も出来ずに唯見送っていた事は棚に上げ、彼は嘲笑して後ろを振り返る。しかし、その顔は次の瞬間、青くなる。

「何だ? あれは?」

 彼の目に映ったのは、不自然な光景であった。見えるのは地面から生えた一本の腕、その手は満開になった花のように広げられており、まるで溺れかけた人間が助けを求めているようであった。問題はそこではない。その手が自分を追走しているようであったから。手の周囲は、まるで水のように波打っており、その非現実的な光景が更に彼を恐怖させる。

 現在、己はスレイプニールに跨って大地を駆けている。身に吹く風は心地よく、鎧で包んだ体を冷やしてくれる。むしろ冷え過ぎてしまい、温かい飲み物が欲しくなってしまう位に。それ程の速度で走っているのに、その手は全く同じ速度で自分を追いかけて来ているのだ。

「いや、それより、も。あの、手は……」

 それも酷く見覚えがあるものであった。見覚えのある防具に身を包まれたその手、それは現在の自分も同じものを身に着けているものであった。

 つまり――

「あれは、あれは……」

 その先を言う事は出来なかった。それを口にしてしまえば、認めてしまうように思ってしまうから。体中の血の気が引いてゆく、体が更に冷えてくる。何か得体のしれないものが自分の後ろにいるのだ。

「まずい、まずいまずい!」

 彼は急いで足でスレイプニールの腹を叩いてやり、速度を上げるように促す。しかし、それ以上速度が上がる事はなかった。

「何をやっている貴様! 働かなければ、食用にしてしまうぞ!」

 脅しをかけるが、それでも全く速度が変わる事はない。むしろ疲れが出ているようであった。それで、彼も遅まきながら気付、気付かされた。この騎獣は自分よりも先に後ろから来ている謎の存在に気付いていたのだ。その為に、必死に走っていたのだ。それでも、その存在は近づいて来ている。

「馬鹿な! スレイプニールより早く動ける存在なんてそういないはずだ!」

 その事実を認めたくなくて、あるいは助けを呼ぶように彼は声を荒げる。しかし、その声が前方に届く様子はない。再開した行軍において、彼がそれだけ後ろに配置されていたという事であり、それを決めたレエブン候に彼は恨み言を叫ぶが、それだってもう彼に届く事もない。

「ふざけるな! 私がここで終わって良いはずがない!」

 手綱を振り、必死に騎獣の腹を蹴り続けるが、状況は変わらない。やがて手は彼の隣を並走する。初めは不気味であったその手が違う意味に彼には見えてくる。まるで、自分を奈落へと引き込もうとしているようであり、彼は呼吸する事を忘れてしまう。

「!!!」

 そして、何かが地面から飛び出した。彼は最後に大きな音を耳にする。それは、自らが何かに押しつぶされ、人から唯の肉塊になるものであった。

 

 

「???」

 荒れ地を進む国王一行。その中心、国王、第3王女、大貴族が乗った馬車の後ろを走るレヴィアノールは一度後ろへと顔を向ける。

「どうかしたのレヴィア?」

 そんな彼女が気になり、隣を走っていたナーベラルは声をかける。

「ん~。何か後ろが騒がしいみたいなのよね」

「ちょっと不穏な事を言わないで頂戴。唯でさえ、アインズ様(モモンさん)がいないんだから」

「あ~ごめんなさい。気のせいだと良いんだけどね」

 現在、彼女達にフォーサイトの2人が国王達が乗る馬車の護衛を務めており、開始時同様その前方と後方に馬車が一台ずつついており、その周囲を近衛隊の者達が固めているのだ。

「まあ、モモンさん抜きでもしっかりしないとね。以前の事は悪いと思っているわ」

「別に貴方が謝る必要はないわ。あれは、私の不手際であるし」

 そう、主がいない所でもしっかり振舞う必要がある。そして、警護依頼となるとナーベラルは以前主のいない所で大きな失態を演じてしまっていたから。故にそれを知るレヴィアノールもそう言うのであり、ナーベラルは彼女の気遣いに感謝しながらも、問題ないと返す。

 もう、大きな失敗はしないと身構えているが、それでも何があるか分からない。

「余り先の事を考えても仕方ないわね、少しゴルトロンさん達と話してくるわ」

「はいはい、いってら~。こっちはあたしが見ておくから」

 手を振るレヴィアノールに軽く会釈をして、ナーベラルは前方へと進む。護衛対象である馬車を抜き去り、その際に御者である騎士に頭を下げ、相手も慌てて頭を下げ返してくるが、特に気にする必要はないと返して彼女は更に前に進み、体格の良い神官に、小柄な魔法詠唱者へと声をかける。威圧的にならないように笑顔を心掛けながら。

「ゴルトロンさん、フルトさん、少し良いですか?」

「これはナーベさん。どうしましたか?」

 言葉を返すのは神官の方であり、魔法詠唱者の方は軽く頭を下げるだけであった。必要以上に口を開かないタイプであるらしく、別にそれ自体を不愉快に思うことはなかった。姉妹や、墳墓に努める一般メイドにだって、そう言った娘はいる訳であったし、冒険者として活動をしている際にもそう言った手合いの相手を務めて来たから。この程度の事で腹を立てていては、とてもやってはいけないから。

「はい、この後の予定を確認したくて来ました」

「この後って、確か……」

 ロバ―デイクは予めレエブン候から受けた説明を思い出しながら言葉を続ける。現在、この一行が進んでいるのは、王都より南西の方向、大都市であるエ・レエブルとエ・ぺスペルの中間地帯を目指しているとも言える所であった。勿論、街道よりずれている為に道は悪いを通り越して酷いものであり、走る度に衝撃が臀部へと伝わり、今の所は問題ないがもうしばらくすれば、痛みで座るのも億劫になってしまうかもしれない。

 それに周囲を見回してみれば、小規模であるが森だって見える。そして、レエブン候の話によればこの先にやや複雑な地形が広がっていると言う。そこは、岩が転がり、土地の高低も激しく崖が多い所であり、普段は人が寄り付かないらしく、そこが一時期の休憩場所となる予定との事であった。

「そこで、モモンさんに、ヘッケラン達と合流予定との事でしたね」

「はい、そこまで後20分と言った所でしょうか?」

「私達は普段、この辺りに来ることがありませんのでそこまで詳しくもないですが。レエブン候の話ですとそのはずでしたね」

「そうでしたね、やはりこのスレイプニールというものは凄いのですね」

 改めてナーベラルはそう感じていた。彼女なりの素直な感想であった。実際、八足馬の足は速く。時間は出発してから、3時間と15分程しか立っていないというのに、既に距離はかなり進んでいる。

 それも当然と言えば、当然であった。レエブン候は元よりその速度で城塞都市を目指しているのであり、彼が考える計画に則るのであれば、王都からエ・ぺスペル付近までは2日で行くつもりであるのだから。

「ええ、本当ですよ。この一団に簡単に追いつける者もいなければ、襲える者もいませんよ」笑いながら続けるゴルトロンであったが、その顔は曇る。「常識的に考えれば、ですが」

「そう、ですね」

 彼が言いたい事が分かってしまう為にナーベラルも表情を暗くする。それだけの速度で走れるスレイプニールに攻撃をあてて来た者がいる為に、もう安全とは言えなくなってしまっているから。

「――ヘッケランとイミーナは負けない」

 そう言うのは、周囲を警戒している魔法詠唱者であった。彼女は小さな頭を常に回しており、注意深く辺りを伺っている様であり、その目には空を思わせる青色をした瞳は藍色に光っており、何かしらの技能を使っているようであった。

「アルシェさん。余り、無理は」

「――大丈夫」

 神官が心配するように声をかけるが、魔法詠唱者は一言だけ言葉を返す。が、直ぐに新たに言葉を紡ぐ。それは、彼女なりに譲れないものであるらしい。

「――ヘッケラン達も頑張っている。私だけ楽をする訳にはいかない」

「それだったら、何もしていない私の立場はどうなるんでしょうか?」

「――ロバーは回復係だから何もしないのは当然。むしろ怪我をしないように注意して欲しい」

「そうですか……」

 彼女の意思は固まっているようで、ありしばらく警戒を止める事はしないらしい。

「あの、フルトさんが使っているのって」

 ナーベラルは出来る限り失礼にならようにと心がけながら問いかける。その事であれば、特に気を遣わなくてはならないものである事を知っていたので。

「はい、タレントですよ」

 しかし、神官は軽く答える。その言葉を聞いた瞬間、ナーベラルは姿勢を崩しそうになるが何とか堪える。神経を尖らせていたと言うのにそれが全て無駄であったと言われたような気がして。

「あの……よろしいんですか? そんな簡単に言ってしまって」

 彼女にしては珍しく困ったような表情を浮かべて神官へと言葉を返す。

「別にモモンさん達のチームであれば、不用意に言ったりしないでしょう。ですよねアルシェさん?」

 彼は念の為に魔法詠唱者へと確認を取る。彼らは現在、横に並んだ状態で走っており左に彼が、中央にナーベがおり、彼女を挟む形で彼女がいるのであるから。実際、フォーサイト側から見てもモモン一行というのは、評価が高いのであり好感を持てるのだ。まだ出会って半日は立っていないが、ここまでのやり取りで信頼できるものであると彼なりに考えての事であった。現に、当人である彼女に確認をとっても、彼女は短く答えるのみであった。

「――別に問題はない」

 その言葉は冷たく聞こえ、初対面であったり彼女の事をよく知らない者が聞けば、少々思うところはあるかもしれない。しかし、彼には分かっている。簡素な答えであっても、それだけで彼女もまた彼らにある程度は心を開いているのだと。そもそも、彼女が本当に拒絶するとすれば、全く口を開かなくなるのであるから。

 人格面に大問題がある天才剣士等がいい例だ。

 その時の光景を脳裏に浮かべながら、ロバ―デイクはナーベラルへと彼女が持つタレントについての説明を行う。現在、双方のチームの前衛兼主力がいない状態であり、もしもこんな状況でモンスター等とぶつかれば、臨時でチームを組んで戦う事になるかもしれない。故に、共有できる事はしておいた方が良いのだ。

「成程、相手が使える魔法の位階を知る事が出来るというものですか」

 そう、感想を返しながらもナーベラルは内心で汗をかいていた。と、いうのもこの小柄な魔法詠唱者が使えるタレントというものが自分達に対してもかなり有効であるのだから。

 アルシェ・イーブ・リイル・フルト。そんな彼女が持つ生まれながらの異能(タレント)は、看破の魔眼と帝国(向こう)では呼ばれているらしい。

 この世界の生き物は例えどんなものであっても、魔力というものを持っているらしく。彼女の目はそれを探知する事が出来るらしく更に魔力系魔法詠唱者に限れば、どれ程の位階まで使用できるかまで分かると言うのである。

(聞けば、聞くほど恐ろしいわね)

 そして、次に生まれるのは主に対する尊敬の念であった。現在、自分達はその辺りの対策だってしっかりと編んでいたからだ。それだって、元を辿れば主の発案であるのだ。本来であれば、自分達と同じ存在に対するアイデアであったが、そのおかげで何とかバレずに済んでいるのも確かである。

 彼女は一応、その対策が生きているか確かめる為に魔法詠唱者へと声をかける。

「フルトさん。私の魔法力等も分かるのですか?」

(……)呼ばれた彼女は無言でナーベラルの方へと首を回す。別に気分を害するという事はない。自分のタレントの話となれば、必ずと言って良いほど起きる展開であったから慣れっこというものであり、彼女を見る。(――やはり、高い)

 それが、彼女の感想であった。この魔法詠唱者が持つ魔力は高く。同じ第3位階の使い手と言っても、自分よりもずっと高い素質の持ち主であるのは確かなようである。

「――はい。ナーベ様がお使いになれるのは第3位階までのようですが、きっともっと高い位階魔法を使えるようになるのも時間の問題ではないでしょうか」

「アルシェさん、それは本当ですか?」

 彼女の言葉に当人よりも食いついたのは神官であった。それだけ、今の発言というのは重いものであったから。

「――私は適当な事は口にしない」

「そうですか。やはり、モモンさん達は英雄なのですね。正真正銘の」

 彼らの驚きようにナーベラルは微妙に感じてしまう。この世界であれば、第3位階が使えればそれだけで英雄と称されるのであるから。ならばそれ以上が使えるとなれば、最早伝説級のお話となってしまうらしい。しかし、元からそれ以上の魔法が使える身となれば別に嬉しくも何も、それ所か何も思わないのであるから。

 手が動かせることを褒められて喜ぶ健康な人間がいるであろうか? それと似た感覚であった。

 何にしても彼女のタレントによって、自分達の正体が明かされるということはなさそうである。

 そして現在彼女が行っているのは、自身のタレントを応用した使い方であった。生物が持つ魔法力を見る事が出来るとなれば、こんな使い方も出来るらしい。

「しかし、それではフルトさんの負担が大きいのでは?」

「そうなんですよね」

 一通り、アルシェのタレントを知ったナーベラルがそう言えば、ロバ―デイクはため息を付く。タレントにしたって使用すれば消耗する訳であるし、今の彼女こそ特に問題は起きていないように見えるが、それでも不安な尽きない。

 彼らの案ずる視線を受けてなお、彼女は静かに答える。

「――大丈夫。後、2分ほど続けたら休憩に入るつもりである」

「なら、良いんですけどね」

 再び大きな息を吹く神官を横目に見ながら、ナーベラルは質問を続ける。

「どうして、そこまでされるんですか? 周囲の事であれば、私にレヴィアも見ておきますので」

 彼女なりにアルシェを心配しての事であった。本来身内以外であれば、特に気にもかけない彼女がそうするのはタレントしかり、位階魔法関連でこの魔法詠唱者を評価しての事だったからかもしれないし……

 そんな言葉をかけてくれる彼女。普段、自身の姉の様に振舞っている彼女には悪いが、そんな彼女よりもずっと美人なナーベの気遣い自体には感謝しつつもアルシェも譲れないとばかりに言葉を返す。

「――さっきも言った。ヘッケランとイミーナも戦っているのに、私だけ何もしないなんてあり得ない」

 そう言って、再び周囲を見る彼女であったが、不意に頭に熱を感じて不思議に思う。暖かなものが広がっているようであった。

(???)

 そして2人の方を向いて、疑問を口にする。

「――あの、ナーベ様?」

「何でしょうかフルトさん?」

 どうやら、彼女は無意識に行っているらしい。頭部に感じる感触をこそばゆく感じながら、彼女にしては珍しくやや顔を崩しながら言う。

「――どうして、私の頭に手を?」

「はい? あ!? ごめんなさい! つい」

 言われてようやくナーベラルも気付いた。どうやらいつの間にか彼女の頭に右手を置いてしまっていたらしい。それが出来る程には接近していたのであり、もっと言えばそんな事やっている所ではない。乗馬中に手を不用意に伸ばすのは危険な行為である。現代で言えば、車の片手運転を高速道路で走っている最中にやるようなものである。余程腕に自身がなければ出来ない芸当でもある。が、彼女に関して言うのであれば、特に問題もないかもしれない。

 それよりも彼女にとって問題であるのは……

「あっと、そうですね」

 今の行動をどう説明するかだ。アルシェは訝しげな視線を向けてくるし、神官も首を傾げている。当たり前だろう。今の自分がやったのはそれだけ非常識な事であるから。衝動的にやってしまったと言えばそうであるし、その理由だって思い当たる。物静かに少ない口数に、人形のような雰囲気を持つ少女を装飾品で片眼を隠した妹と重ねてしまったらしい。

(いけないわね。つい、いつもの癖で)

 彼女と会った時は頭を撫でてやるのが日課となっている。最近は他の妹にもやってあげている。彼女から聞いたらしく、自分達もそうして欲しいというのである。断る理由もないのでそうしてやっている。

 その事を姉の1人に言えば、不満だらけの答えが返って来たのであるから。

『何でナーちゃんばかり! 私だって甘やかしてあげていると言うのにっす!』

(貴方の場合は……ね。もう自業自得だと思うわよ)

 あの人物は思い浮かべれば確実に心が疲労してしまう。それだけ存在感だけはある人物なのだろう。

「故郷の方にフルトさんみたいな子がいますので、その時の癖でつい。気を悪くされたら、申し訳ございません」

 まさか、自分に妹がいるなんて情報を主の許しも得ずに出す訳にもいかないので、上手く誤魔化すようにそう言う。

「そうでしたか。ナーベさんにも妹のような娘がいらっしゃるんですね」

「――どこも似たようなもの」

 その答えを聞いて、2人は納得した様でありナーベラルは胸を撫でおろす。と、いうのも彼らにしても別に珍しい話でもなかったからだ。

 アインズが元いた世界であれば、血の繋がりが重視されるがこの世界ではその限りではない。アルシェにしても別に頭を撫でられるのは珍しい事ではなかったから。共にいる神官は勿論であるが、今は別行動中の戦士にしても、野伏にしても自分をそう言った風に扱ってくるのであるから。

 彼女自身は別に悪い気はしていない。それ所か、彼らの事を兄や姉のように思っているから。

 彼らの反応を見て、ナーベラルは早くこの話を変えてしまおうと更に話題を振る。

「皆様、とても仲が良いんですね。当たり前と言えばそうですけど」

 以前、一時期共に依頼をした彼らも言っていたではないか。命を預けあうのであるから、そうである事が当たり前であると。

「そうですね。ワーカーと言えど、生死を共にする仲には変わりはありませんから」

「――そう。でも」

 彼女は顔をしかめた。明らかな変化にナーベラルも思わず身構えてしまう。

「――違う奴もいる」

「アルシェさん、今はその話は良いでしょう」

「――失礼、今のは話は忘れて欲しい」

「はい、そう言う事にしておきます」

 口ではそう返しながらも、ナーベラルは今の話をしっかり記憶しておこうと、時間が取れればメモを取っておこうと心に決める。此処までのやり取りでこの小柄な魔法詠唱者が妹同様、優しい子である事ははっきりとした。フォーサイト(彼らの)の雰囲気から読み取れるし、仕事に対する姿勢だって真面目いっぺんとうであるから。先程自分が彼女の頭を撫でてしまったのは、やはり彼女を(シズ)と重ねてしまったからだと認めて。

 ならば、己の勘を信じる。それだけの少女が嫌悪した表情をする相手ということは、ゆくゆくは主の障害になりかねないのであるから。

「と、話が長引いてしまいましたね。フルトさん、くれぐれも無理はしないでください。貴方もいざという時の戦力なんですから」

「――勿論、私だって戦う」

「サポートに回復は私に任せてもらいましょう」

「ええ、その時はお願いしますね」

 主力陣が居ないとなっても、依頼を受けている以上全力で護衛対象を護らなくてはならない。いざという時の為に、更に打ち合わせをしている彼女達の耳に叫び声が聞こえる。

「大変よナーベ! 急いでレエブン候に確認を取って頂戴!」

 見れば、血相を変えている(覆面をしている為に本当にそうであるかは分からない)レヴィアノールがスレイプニールを速めて来た所であった。

 

 

 ナーベラルを見送った後、レヴィアノールは手綱を握りながら空を見上げていた。

(どうしたもんかしらね)

 彼女もまたこれからの事を彼女なりに思考していた。今回の件における自分達の目的。依頼を達成する事は勿論であるが、同時に新たなコネクションを作る。その最もはやはり王族達である。

(と、言ってもね)

 余り気乗りはしなかった。初めに見た印象。国王は人は良さそうであるが、その良さが返ってこの国を更に危機に陥らせているように自分は思ってしまったから。

(デミウルゴス様に意見を求めるべき? でも、それはしたくないわね~)

 やはり自分はあの人物が苦手であると改めて再認識させられる。これが、至高の御方にそうあれとされたのであれば、いくら創造主であっても恨み言を言いたくなってしまいそうである。

(ま、今は護衛の方に集中しなくてはね)

 考えを変えようにも王族達の事は中々頭を離れない。特に第3王女等もそうであった。無邪気であり、可憐であり――あくまで、この世界の水準に当てはめるのであればだ――更に頭も良いという噂である。

(でも、なんか阿保そうに見えるのよね~)

 彼女はとても口に出来ない事を考える。仮に、これを言葉にしてしまい。王国関係者、特に城に近い者等が聞けば、発言者は即座に首をはねられる。

 それでも、それがレヴィアノールが王女を見た素直な第1印象であった。世の中の事を本当に理解していないような箱入り娘。そういった事であれば、あの階層守護者と良い勝負かもしれないと。

(それだって、以前までの話だけどね)

 今の彼女は違うし、それは同僚である彼の話を聞いても間違いはないようである。そんな彼女達も王都に居たはずであるが、偶然会うなんて事はなかった。それだけ、あそこが広いという事であろう。

(後は、ワーカー達よね~)

 主は出来る事なら彼らとも親しくなり、帝国の実情を聞き出すつもりのようであった。一応、墳墓の方でも働きかけており、現在帝国には彼女が向かっており、情報を集めているはずであるが、どういった内容であるか知っているのは、限られた者達であり主だって全て聞いている訳ではないらしい。

(ん~~。あ、後、ナーベラルの事もどうにかしてあげないとね)

 そうしなければあいつが五月蠅いしと彼女は1分程更に頭を回して、そしてその耳にまた何か聞こえたように感じる。

(やっぱり、後ろが騒がしいわね)

 ナーベラルの方は何も感じないようであったけど、これも当然と言えば当然だ。彼女は素質のほぼ全てを魔法技能へと割り振っているのであり、身体能力であれば墳墓では平均よりやや下に入るほうであるから。種族特性にしたって、彼女は姿を自在に変えられるドッペルゲンガーであるというのに、作る事が出来る姿は現在取っている女性としての姿だけだと言うのであるから。

 それだって、以前までの話であり彼女自身が努力すれば更に色々な姿になれる可能性だってある。が、その時間は取れそうにないらしいし、彼女自身の望みを言えばあの姿を維持していたいと言っている。

(別に心配しなくても、アインズ様はありのままのあんたを愛してくれるわよ)

 彼女自身が口にした事はないが、それでも、付き合いのある自分は察してしまっている。彼女は本来の姿である埴輪顔を主に見られたくないらしい。言うなれば、化粧前の素顔を決して恋人に見せたくない女性のような心理なのだろう。

 それ自体は別に悪いと思わないし、主はそれこそ無限とも呼べる度量の持ち主だ。彼女だけに限らず、普段と違う姿を持つ彼女達だって、それを知ったとしても何の問題にすることはないだろう。

(ま、せっかくだし。どうにかそう言った場は設けてあげたいわよね)

 ひとまず考えるのをそこまでにして、彼女は手綱を上下に揺らして騎獣に後ろに下がるよう促す。獣は賢いらしく、彼女の意図に従って速度を緩やかに落とし始める、中央の馬車から離れてゆく。あまり褒められた行為ではないが、後方の様子は確認しておくべきであると判断しての事であった。

 下がりながら、彼女は近衛隊の者達に声をかけていく。

「ちょっと良い?」

 かけられた騎士は全身を振るわせ、その姿に彼女は一瞬憤りを感じる。

(何よ?)

 どうやら、自分は先の件で彼らに怖がられているようであった。別に自分は間違った事はしていないはずであるし、むしろ感謝して欲しい位だ。彼らが実践慣れしていないのは身に纏う空気に、鎧の真新しさから分かっていたから。

「な、何でしょうか? レヴィア殿」

「さっきから後ろの方で不可解な音がするんだけど、何か不審な事は?」

「え、特に何もないように思えますが……」

 目をあわせようとせず、しどろもどろな騎士に脳汁が沸騰しそうである事を自覚して、何とか爆発するのを抑えながら彼女は礼を言う。

「分かったわ、ありがとう。これからもよろしくお願いね」

 可能な限り笑顔を作り(無駄であると後に気付いた)激励を送る。こんなでも、今は国王達を護る為の仲間であるから。

「あ、はい……」

 それから彼女は更に後方へと騎獣の速度を落として向かう。現在、この一行は初めよりも馬車に騎士の間隔が広くとられている。先にやられた攻撃に、それによって引き起こされた2次災害を踏まえての事であった。

 後方を行く馬車。今は、唯の荷物置きとなっているその馬車の傍についたのはそれから25秒程であった。御者にも一応話を聞くが、やはり何も聞こえないと言う。

「一応、聞くけど。この後ろをスレイプニールは何機走っていたかしら?」

「は、一応5機が続いている予定であります」

「ありがとう。よく分かったわ」

 再び、礼を言って彼女は更に後ろへと下がる。そこで、異変に気付いた。

(おかしいわね)

 最後の馬車の後ろを走っているという騎士が誰1人いない様であったから。間隔としては、10メートルから20メートル程に広がっているはずであり、その辺りであれば最低1機はいるはずであるのに、いくら見渡して見ても誰もいない様子であったから。

(どうなっているのかしら?)

 まさか、はぐれたとは思わない。自分達を包んでいた霧であれば、殆んど晴れているしまさかそこまで無能でもないだろう。彼女は嫌な予感を覚えて、スレイプニールに指示を出そうとした所で騎獣の様子が変わる。急に加速を始めたのであり、突然の事に彼女は姿勢を崩しかける。

「ちょっと、どうしたの! 急に慌てて」

 首をさすって、落ち着かせようとするがまるで言う事を聞いてくれない。彼女を乗せたスレイプニールは速度を落としていた為に、温存出来ていた体力を全て出し切るように駆ける。その様子に彼女もようやく、その可能性に思い当たった。

「何か……いるのね?」

「ブルるるる」

 振動を言葉に置き換えたような声で鳴く騎獣の姿に彼女の懸念は確信へと変わる。既に新たな襲撃者がいるらしいのだ。ならば、この事を一刻早く中央を走る彼女達に知らせなくてはならない。走る事は騎獣に任せて、彼女は周囲を見るが、やはり誰もいないようであった。

(なら……)

 空かと思い見上げてみるが、やはり何もいないようであった。

(どこ? どこにいるのよ?)

 先は弓による狙撃であった。ならば、またかと思うが、その可能性は排除する。あれ程の腕を誇る者が他にいるとも簡単には思えない。いや、そうであって欲しいと。

(全く、本当にどうなっているのかしらね)

 内心で愚痴りながらも彼女は意識を前へと向ける。主がいないからこそ、自分達でどうにかしなくてはならないから。

 そして5秒程かけて、最後の馬車へと追いつき、彼女は声を上げる。

「速度を上げなさい! 後ろから何かが来ている!」

「はあ?」

 御者は思わずそう答えてしまう。それも仕方ないと言えば、仕方ないと言える。攻撃があれば、誰かが騒ぐはずであるから。だからこそ、急にそんな事言われても即答は出来なかった。

「いえ、しかし……」

 今の陣形を崩す方が問題ではないかと御者はレヴィアノールへと伝える。最初は密集していたが為に、酷い目にあったのであるから。そう伝えようとして、彼の視界は暗闇に覆われて何も言えなくなった。彼が最後に感じたのは、体中に何かが刺さったもの。それによって、激痛も襲ってくるが悲鳴を上げる間もなかった。

 

(ちょっと何よこれ……)

 その光景を見たレヴィアノールは困惑する。非現実的な事が唐突に起きたからだ。馬車より少々離れていたからこそ自分は巻き込まれずに済んだのだと言う事に気付かされる。本来の自分であれば別に問題はないかもしれないが、今の自分は一介の戦士であるのだから。

 それは、地面から突然飛び出して来た。そして、隣を走る馬車に飛び込み、破壊した。その破片が周囲へと飛んだ。そして御者は食われたようであり、飛んできた腕が頬をかすめた。彼に操られていたスレイプニール達は運よく逃れたらしく、突然自身に掛かる負荷が減った事に戸惑いながらも、己が勘が鳴らす危険信号に従い走る足に力を入れる。

 成人男性一人を一飲み出来る程の体躯も驚きであったが、それよりも更に驚かさせられたのは、それが非常に見覚えがあるものであったから。

(まさか)

 何でこんな所でこれを目にするのであろうか? と、彼女は本当に思った。それは、この世界であれば、そこまで知られていない存在。かといって、自分がそれを知ったのだって、墳墓にある資料で見たのであって、もっと言えばここで見る事は絶対に無いはずの生物であったから。

(鮫を見る羽目になるとはね)

 確か、前を行く同僚が休日に姉妹とその生物が主体となった映画を見たと言っていたのを思い出す。大方、あいつの趣味であろう。

 実物よりもずっと大きく見える鮫のような生物は御者を飲み込みながら、再び地面へと潜る。その際鮫が接触した部分の大地がまるで水のように波打ち、しぶきを上げる。一滴が彼女の被り物へとかかり、拭ってみればそれは泥のようであった。

(本当に何なのよ!)

 そう、鮫とは本来海。液体が溜まった所で生息する生き物であり、それが陸上にいるという事が更におかしいのである。しかし、そう言えるのは主がかつていらっしゃった世界での話であり、この世界であれば、それだって出来る方法がいくらでもある。

 唯、現状ではどうやってあるいはどうなっているか、まるで検討がつかないのも確かであった。

「ほら、あんた! 死にたくないなら必死に走りなさい!」

 全力で蹴ってしまえば、簡単に騎獣の内臓を破壊してしまう為に力加減に細心の注意を払いながら蹴ってやり、彼女は前へと進む。攻撃の予兆さえないのであるから、今はとにかく前へと進む事に意識を集中させる。一刻も早く、この事を彼女達に伝える為に。

 

 

(見つけた)

 その男は静かに歓喜していた。その手には、指には色とりどりの指輪がはめられており、地肌の方が面積が少なくなってしまっている。しかし、別に男が着飾る為につけている訳ではないようであった。その全てが光を放っており、それが示すは魔法の行使。他にも、男が付けている装飾品。首にかけられたネックレスに、腕に通したブレスレット、果ては体に巻き付けた鎖を思わせる物まで、その全てが輝いていた。

 これによって男は何かしらの魔法を使用しているようであった。そして、そんな彼の手に握られているのは千切れた腕、それも鎧を身に着けたものであった。

 それ自体は別に男の興味を引くものではない。それよりも、大事なのは手の甲の部分。そこに刻まれた獅子と荒鷲と蛇を組み合わせた姿のようなモンスターが描かれている。

 それには見覚えがあった。今回の一件の為だけに結成された部隊。彼らを出来ることなら活躍させてやりたいと、名声を高める為の工夫としてわざわざ一流の絵師に彼らの紋章を描かせていたらしいから。そのデザインだって協力者のおかげで頭に入っている。そして、この紋章を持つ者がここにいるという事は、彼から伝えられた情報に一切の誤りがないという事の証明でもあるから。

(ようやく、ようやくだ)

 その男は仲間達からは寡黙だと思われがちであるが、それは単に男自身が口を必要以上に動かさないようにしていたから。「口は禍の元」という言葉を男は知らないが、あまり物を言う事を好んでいないのも確かであった。しかし、だからと言って何も考えていない訳ではなく、その内心は喜びと狂気に溢れていた。

(ようやく、この時が来た。絶対に、だ)

 男は一度目を閉じる。それだけ、男にとっては千載一遇の好機であるのだ。男にとっては、ずっと待ち焦がれていた事でもある。

(絶対に、絶対に、絶対に絶対に)

 次いで男は自分の首に空いた左手を当てる。必要以上に伸びた爪が彼の肌を切り裂き、血を流すが彼はまるで気にしていないようであった。

(絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に)

 殺した騎士から奪った腕を握る手に力を入れる。肉が潰れる音、筋肉繊維が千切れる音がリズムよく響いていき、やがて破砕音もしてくる。骨が砕けているのは明白であった。そのまま5秒間が過ぎ、限界を迎えた腕がはじけ飛ぶ。それは、男自身の腕力で行った訳ではないのは、やや細い彼の腕から見て取れる事であった。

(殺す)

 それは、言葉にしてみれば3文字の言葉であるが、それこそ男の悲願であった。

(殺す! 殺す! 殺す殺す殺す! ころおぉすうぅ!!!!)

 王国の崩壊を願う者達、彼らの負の思いというものはレエブン候が考えるよりもずっと暗く深いようであった。



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第29話 大地凪ぐ牙(グランド・シャーク)

 レヴィアノールを乗せて必死に走るスレイプニール。命の危機を感じている騎獣は、背に乗せた彼女を気遣う余裕等なく、それこそ無我夢中に体を揺らしながら疾走する。下手すれば、簡単に転落してしまうであろうが特に問題はない。墳墓所属、従属神、そういった肩書こそ隠さなければならない事を差し引いても彼女は高い身体能力を有しており、それは彼女が本来前を走るナーベラル同様、魔法行使を中心とした能力構成でありながらでも。

 その力でこの世界の上位の戦士達と互角に、時には以上に渡り合う事が出来る程に。

 

 彼女は一度、飛び上がるとスレイプニールの上に降り立ち――常識で考えるのであれば、自殺行為に等しく、もしも近衛隊の誰かが同じ事をやろうとすれば、真っ逆さまに地面へと叩きつけられて、さながら坂を転がり落ちる樽のように後方へと流れていくだけであろう。

 が、彼女には何てことはない。高速で尚且つ、足場は高く立つという点で見れば十分な広さはない騎獣の背中、更に高速で流れてゆく荒れ地等見ても、常人であればそれを見ただけで体が震える光景を見ても彼女の心が揺れることはなかった。

 それでも不安定であることに違いはないので、彼女はすぐさま右膝を曲げ反対の膝を騎座へと落とし後ろを振り返る。その右手には既に戦士としての得物()が握られている。

(さて、と)

 現在の状況を改めて整理する。自分が乗っているスレイプニールに、さっき食われた馬車を引いていた2頭が疾走している。前方を見れば、次の騎士まではざっと見積もっても50メートルもある。

(遅れてんじゃないの?!)

 現状の理由の1つが見えると同時に、貴族選抜の近衛達に毒づく。何故、誰もこの状況に、鮫モドキ(陸上を泳いでくるという非常識な時点で彼女はそう決めている)の襲撃に気付かなったのか。

 これは非常に多くの事が重なった結果だとも言える。

 まず第一に近衛隊の者達がスレイプニールの扱いになれていなかったという点に、走っている大地の状態。彼らとて、乗馬の教養はある。しかしそれは綺麗に舗装された道の事でありこの荒れ地では、レエブン候が想定していたよりも体力の消耗が激しかったらしい。あいつらがそれを自覚していたかどうか分からないが、隊列は乱れて来ていたのである。

 だが、それだけではないとレヴィアノールは考える。

(あれが予想以上に)

 こちら全体の気力というものを下げてしまったらしいと。先に、狙撃を受け盛大に事故になってしまい、それが無意識的に恐怖を生み出し、必要以上に互いに離れるという選択を取らせてしまったらしい。では、そんな事して隊列が崩れる心配がないかと言えばそうでもない。

 あの鮫モドキが再び海中もとい地中に潜るのを確認した際に目に映ったが、目印は確かにある。そう、踏み荒らされた大地だ。蹄に車輪跡と、この辺りを走っているのは自分達だけであるし、スレイプニールにしても人間並み、否、下手をすればそれ以上の知性があるらしいので、どれだけ離れていたとしても隊列が崩れる心配はなかった。それが返って今の状況を招く一因となってしまったのは何とも言えないが。

 他にも理由はある。それは、鮫モドキの特異性だ。姿はともかく、あの生物? は地中を泳いでいるようであったのだ。つまり、奴にとってはここは陸ではなく海と仮定して考えてみるべきである。

(ややこしいわね~)

 自分達にとっては陸路、しかし相手は海中にいる。同じ地上にいるはずなのに何とも矛盾しているようにも思えるがそう捉えるのが一番の最適であるようにも思える。先程見た光景、馬車を破壊して御者を食い殺し、再び地面に潜った動きは地上ではなく、海上での光景に見えたから。

(音の性質って奴ね……あたしの専売特許なんだから!)

 墳墓がこの世界に飛ばされてからというもの、この世界の法則というものを調べる事も彼女の、というより彼女が所属する階層の役割である。トップが墳墓一の知恵者である彼なのだから当たり前と言えば、当たり前であった。

 その際に知った音の性質。これは、以前の世界に近いものであった。

 それも当然と言えば当然の話であった。彼女達が居たかつての世界YGGDRASIL(ユグドラシル)。そこは、元は人々を楽しませる為に、辛い現実から目をそらしてもらう為に、かつ多くの金銭を搾取する為に限りなく現実に近く、ユーザーにそう思わせるように作られていたのであるから。

 そして、彼女レヴィアノールは職業の関係上、嫌でもそういった自然現象に詳しいのである。

 音は空気の振動であり、それは水中であっても変わりはない。むしろ水中は地上よりも音は響きやすい。しかしそれだって水中に居ればの話になる。

 例えばの話をしよう。海上を行く船に乗っていたとして、魚を見る事が出来たとしても彼らが水を切る音を耳に入れるのは難しいであろう。

 そう、空気中は水中よりも音が伝わりにくい。

(後は、そうね。意識の問題になるかしら)

 次に彼女はそう考える。そもそも誰も思いつきもしなかったのだ。地中に敵がいると、そこよりは周囲からの敵襲を警戒するのが当たり前だ。それだって、先の攻撃も無関係ではないだろう。それだけではない。耳には絶えずスレイプニールが大地を踏み鳴らす音が聞こえてくる訳であり、そんな中であれを警戒しろというのが無理な話であろう。

(デミウルゴス様ならば)

 あの人物であればこれだって予め予知して見せたかもしれないと彼女は思い、首を振る。自分が考えるべきはそこではない。この状況を、あの正体不明の相手をどうするかだ。

(ああ、じれったいわね~!!)

 彼女は思わず鉈を握る手に力を入れる。身分偽装の一環で用意されたその武器であるが、彼女の圧力に耐えられないのか、圧迫されているように悲鳴を上げ始める。それでも、砕ける事がないのは彼女が理性的であるが故だろう。

 彼女がもどかしく思っているのは、全力を出せないのが原因であった。それも、主からの命令であるから。この世界では、自分達本来の実力というものは相当高いらしく、その気になれば階層守護者1人でこの辺りの国々を破壊する事だって出来るであろうという話だ。

 だが、それでは駄目なのだ。単純に力押しで世界を統一した所でそれが本当に主の求める世界になるかと言えば、やはり疑問が生まれてしまう。

 他にも理由はある。自分達と似た経歴を持つ者が他にもいない保証はないし、下手をすれば今の状況だって見ている者がいるかもしれない。

(流石に考えすぎだと思うんだけど?)

 しかし、以前主がカルネ村を見つけた際に使っていたアイテムの存在は知っているし、この世界で新たなアイテムを作れる可能性だって主がみずから実践してくれたのであるから。

(本当にお優しい方よね。アインズ様)

 かの主が作り、現在も装備しているあるアイテムは主がこれからも自分達と共にあると決意を示してくれるものであり、城塞都市での戦いにて最後に見せてくれたあの雷撃は今も前を行く彼女が得意とする魔法であったから。あの時の彼女の横顔は印象深かったのを思い出す。

 スケリトル・ドラゴンを砕き、大地へと舞い戻る主を眺める顔は羨望と尊敬と、ほんの少しの情愛が混じっていたようであり、同性でさえ見とれてしまうものであった。

 思えば、あの瞬間が彼女にとって転機であったのだろう。

(だからこそかもしれないわね)

 現在、上位者である彼が主にも内緒で静かに進めている計画。無論、直属である自分も参加させられており、その到達点を考えれば余り彼女に肩入れをしすぎるのもよくはないだろう。それでも、自分は彼女に幸福な時間を味わって欲しいと願ってしまう。

(感傷に浸っている場合じゃないわね)

 思考を一歩戻す。自分が本気を出せば、この辺り一帯を吹き飛ばすのは容易だ。しかし、それは出来ない。それが酷くむずがゆいのだ。そうしてしまった方が手っ取り早い訳であるし、と、そう考える彼女に6人分の声が響く。

 ――自身の立場を自覚なさい。

 ――しっかりしておくれやす~。

 ――阿呆が、浮くだけであれば風船と大差ないぞ? 貴様は。

 ――!!!!!!!!!

 ――馬鹿、くたばれ、鳥頭。

 ――頼むぜ~レヴィ~。

(ああ、もう分かっているわよ!)

 上手く立ち回ってみせると、その声に決して口が動かないように注意しながら怒鳴り散らす。

 

 ナザリック地下大墳墓というのは拠点であり、組織である。所属の者だって3桁半ばとその人数は凄まじい。その為に至高である主に忠誠を誓えど、多少のグループが出来てしまうのも自然な事であった。正に様々な意味合いで「華」がある第1~第3階層組、武闘派が集う第5階層組、陽気で無邪気でマイペースな者が多い第6階層組、横の繋がりが他よりも強く、全体的に和やかな雰囲気がある第9、10階層組。

 このグループには当然、例の彼らも含まれているが該当の階層が立ち入り禁止である為に詳しい事はよく分かっていない。あそこの事を詳しく知るのは、主にその直接の管理を任されている統括補佐位だろう。

 そして自分達第7階層組はトップがトップである為に、インテリ、つまり知識に重きを置く者達が集まっている。自分であれば、天候に気象に関する事に強いと言った具合に。各々が専門分野を持ち合わせているのである。無論、簡単に言葉に出来ない事なども。

 そんな第7階層におけるレヴィアノールの立場というものは現在、かなり悪いものである。理由は言うまでもなく、以前の失態だ。主とナーベラルが肉体的な関係を持ったと勘違いしてしまい、それを統括に報告。彼女から主へとその話が伝わり、自分達の勝手な妄想であったと判断されたのだ。

(あん時は失敗したわ~)

 その時、自分はナーベラルの様子がややおかしい所、彼女が主と一晩寝ずにいた事等でそう判断したのであるがあれだって致命的な間違いがあったと、全てが終わった後に気付いた。

 彼女が主と朝まで過ごした夜と、明らかに様子が変であった午前まで、丸1日の時間があるのだ。例えば初夜を迎えた新婦がいたとして、その恥ずかしさが1日遅れで来ることがあるだろうか?

 まず、ない。現実的に常識的に考えてそうであろう。その事も含めて、ある意味ナーベラルと似たような立場にある彼女からは特にきつく言われた。

 ――1度はあてらを想って自らの御命を絶とうとしたアインズ様がそんな軽率で、情欲に支配された事をするはずがありまへんがな。阿保でっしゃろ、あんさんら。

(うっさい五月蠅い五月蠅~い!! これもあれも、全部全部ぜーんぶルプスのせいよ!)

 そう、彼女が余計な事を口にしなければ自分は間違った事をせずに済んだのである。そして、彼女は意識を切り替える。彼らの鼻を明かす為にもここは上手く立ちまわらなくてはならない。

 実際、彼女がここまで思考するのに2秒程しかたっていない為に攻撃を受ける事もなく、彼女は地面に視線を向ける。

 一見、荒れ地と変わりはない。が、よく目を凝らして見てみれば不自然に波打っている部分が見られる。

(やるしかないわね)

 本気を出せば一撃で済ませる事が出来るだろう。しかし、それは出来ない。これは単に偽装工作だけではなく、この先の事を考えての事でもある。リザードマンとの戦争の件でも触れていた事であるが、単純な力押しではいつか限界が来るであろうし、この先の展開等を考えれば、自分達がユグドラシル基準のレベル100ぷれいやー並の者達と戦う事になるかもしれない。

 以前の常識であれば、レベル差が20以上離れている時点でどうあっても勝算はなく上手く負けるよう振舞うしかなかった。しかし、この世界であれば違うという話だ。

(まさかね)

 墳墓でもかなりの騒ぎになったらしい。かの武人が傷を負ったとの事であったから。対して、その偉業をやってのけた蜥蜴の戦士のレベルは精々20だと言う。

 本当に驚きであり信じられない事だ。だが、悪い事ばかりではない。

 それはつまり――

(あたしらの手で)

 100レベル相手を倒せる可能性が多いにあるのだ。その為には研鑽を積み、戦い方を身に付けなくてはならない。より効果的な物を。

 その方法だって主に上位者に聞いている。

(面倒で厄介だけどね)

 やらない訳にはいかない。まず、やるべきは相手の正体にこの攻撃の方法、そしてその攻略法を見極める事。彼女はそこで一度目を閉じる。

(ばりあぶる・たりすますん様)

 最早記憶でしか見る事が出来ない顔。その御方が墳墓に最後に訪れた事だってもうずっと昔のように思える。その方に仕える為に自分は生まれたようなものであるのに、長い事放置されたようなものだ。だからこそ、残ってくれたアインズには感謝と同時に恩を返さなくてはならない。そう、想いを新たにして彼女は地面を凝視する。その先では、未だに地面でありながら波打つ不可思議な現象が続いている。

 

 

 国王一行にその護衛が襲撃を仕掛けて来た者達と交戦を開始して5分程が経過した頃。

 

 その男は人一人が座っても余裕がある程に大きい枝に腰かけて石板らしき物を指で叩いていた。それは、間違いなくタイピングの動作であり、男の見る先には別に板が浮遊しており、そこには画像が映っており、地形図であったり、この世界におけるモンスターの画像が映されていたりする。

 合計2枚の板は同じアイテムのようであり、アインズが居た世界にあったノートパソコンに酷似したアイテムであった。

 映像は絶えず切り替わり、作業を続けながら男は鼻歌を機嫌よく歌う。

(まったく、クライアント様様だぜ~)

 今回の件に合わせて、男に彼が所属している所には様々な物が入るのであり、男が使用しているこれも当然そう言った物の一つであった。

「さてさて、レエブン候殿はぁ~と」

 国王達の城塞都市行軍。その段取りを取っているのは、6大貴族の1人である彼であった。

(やるね、俺達にムールの目まで欺いたんだからな)

 男なりの素直な賞賛であった。彼は2つの派閥を行き来して自らの欲望を叶えているだけの存在であると、専らの噂であり、同時に内心貴族達に不満をため込んでいる国民達からの評判も一番悪い。だからこそ、彼が関わっている可能性は一番低いと思っていた訳であり、結果的にそのせいで調査に時間が掛かってしまった。

(思い込み程、恐ろしいものはないってな、ほんと危ない)

 男は声を出さないように一度笑う。むき出しになる歯に必要以上に上がった口角とその笑顔からは子供を泣かせるには十分な凶悪さがにじみ出ていた。

(コウモリと思えば、とんだ忠犬と来たもんな)

 意外に思いながら、男は作業を続ける。映し出されれるのは、レエブン候がアインズ達に見せたのと同様のものであり、王都から城塞都市までの地形が描かれている。が、詳細に描かれているのは全体の4割以下であり、他は黒塗りであったり、電波が乱れたテレビ画面のような煩雑とした模様が広がるばかりであり、それがどれだけ王国の水準が低いかという事の証明のようでもあった。

 それでも、今回に限っては分かっている範囲で何とかなる為、あるいは男にとってその地図を完璧に埋める事はそこまで重要ではない為に余り気にした様子は見られない。

「今んとこ、確認出来ているのは~」

 男が石板に指を走らせる度にその地形図に線が引かれていき、王都から始まり、途中で成長途中の枝がそうなるように、手入れもされずに放置された髪の毛がそうなるように分かれてゆく。それは、国王達の進行ルートを予想したものであり、その計算も全てこの男が1人で行っている。以前、彼の同僚が愚痴ったように現在組織は人手が足りていないのである。

(無茶するもんだな)

 国王達が進んでいるのは、街道でもなく整地もされていない所を走っていたと言うのであるのだ。普通に考えれば馬鹿な考えである。が、あの男は抜け目なく準備をしていたらしい。

(確かに、スレイプニールであれば納得はいくな)

 もしも今回の件、レエブン候ではなく他の貴族が担当をしてくれていれば、事はもっと楽に進める事が出来た。少なくとも彼はそう思っている。

 この国の現状。それに貴族たちの習性を考えればどういった風にここを進んでいくか簡単に想像が出来る。

(大体の連中は国よりも、自分の懐の方が大切だからな)

 馬鹿正直に正規のルートを選び、あまつさえ少しでも出費を落とす為にあらゆる予算を削るであろう。

(さてさて、俺達が次に取るべき選択は、と)

 

 彼ら。王族達を狙って動き出した者達とて、愚かではなかった。必ず目的を達する為にあらゆる可能性を考慮して最善である行動を選択して来ているのであるから。

 何とか挟撃の算段をつけようと思考を回す彼の頭に声が響く。言わずもな伝言(メッセージ)である。

『おい、パルマ。今、大丈夫か?』

「ああ? お前かフランベ」

 相手は、同じ部隊所属である男であった。以前己の性的趣向を巡って本気で殺し合おうとした事もある奴だ。

『率直に結果だけ伝える。何とか()を手に入れる事は出来た』

「その言い方は語弊がねえか? 用意して貰えたと言うべきだろ?」

『どっちもいっしょだろうがよ。とんでもねえ物だぜ、これはよぉお!』

 通話越しでも男のテンションが上がっているのが伝わって来る。今回の件、自分達にとって最大の問題点は国王一行にあのチームが居る事である。

「《漆黒の戦士》モモンとその一行か」

 彼らの常軌を逸した活躍の数々は職業柄嫌でも耳に入ってくるのである。王国戦士長さえいなければそれで問題はないと思っていたが、そんな化け物達が向こうにいるという話ではないか。

『ビゴスからの報告だったな』

「正確には、アキ―二からの連絡だったがな」

『そんなに連中は強いのかよ?』

「フランベ。それは何の面白い冗談だ?」

 もしも、通話相手が本気でそう言ったのであれば本気で殺意を抱くところであった。それも、相手を思ってのものではない。無論相手は分かっているらしく、直ぐに笑った答えが返って来る。

『んな、怖い顔すんなよな~』

「今、俺の顔は見えてないはずだが?」

『簡単に脳裏に浮かぶっての! そん位凶悪な顔をしているぜ~お前はよ~』

「お前に言われたくない」

 好き好んでこんな顔に生まれた訳ではない。火傷跡が広く残るお前も相当だろうと渾身の皮肉を込めて返す。

『いやいや、モモン……か。確かにありゃあ、化け物だよなぁ』

 それから男は語る。彼は以前仕掛けた城塞都市での作戦中に遠目ながら件の英雄の誕生の瞬間というものを目撃しているのだ。自分は、目的であった少年の拉致後直ぐに戦線を離脱したために人伝でしかその事を知らない。

「そん時に奴さんがやったって言う芸当――かの王国戦士長でも出来ると思うか?」

『無理と答えておくぜ。そもそも戦士長は混戦が得意なタイプじゃねえだろ』

「まあ、ムールの見立てじゃそうなっているな」

 これは、自分達のまとめ役である男が独自に調べた戦士長の情報を元に話してくれたことであった。元々は1対1の闘技場で戦火をあげて国王の目に留まったのであるから。それから結成された戦士団の戦闘記録。

 無論この時代にそんな物がある訳ないので、関係者を募って()()してもらって収集したのである。

 それによれば、強力なモンスターの群れ、あるいは盗賊団に殺人グループ――一般人を殺すよう依頼を受けたワーカー達との戦闘等、ありとあらゆる状況が彼の頭に入っているのだ。

 それによれば、かの戦士長は決めた狙いを1つずつ的確に仕留めていくらしく、そして団員によるその補佐も見事なものであるという。

 例えばオーガ3匹が相手であれば、戦士長が狙いを付けた1匹以外の2匹を他の者達が全力でひきつける。その間に戦士長が素早く相手を仕留める。後は、戦士長が次の得物を決め、それに合わせて団員達も動くと言った具合であった。

『乱戦が苦手、て言うより。あまりやりたがられねえと言った印象を受けるな』

「実際そうなんだろ。戦士長の武技は下手すりゃ、味方事スパ! だからな」

 そこで一度男は自分の首元に手刀を当て、引き抜く動作をする。

『はっはっはっはっは!! 言えてるぜ!』

 自分がやった芸が受けた訳ではないが、それでもまるでネタが受けたような感触を味わい。少々満足しながらも男は話題を次に進める。

「戦士長っと言えばよ。最近取れていない情報があったろ」

『ああ、確か辺境に行ったって、話だろ』

 その時もまた愚かな貴族たちの手によって、戦士長達は行動が遅れたらしい。本当に呆れかえってしまう。相手も同じことに思い至ったらしく。問いかけるように言葉が響いてくる。

『俺には理解出来ない――貴族共ってのは、どんな事があっても“自分達の生活は守られる”なんて信じる事ができるのかね?』

「全く同意見だ。“鮮血帝”以前の帝国だってもうちっとマシだったんだがな……」

 そもそも貴族の生活が成り立っているのは、その下で働いている領民の存在があってこそだ。しかし、彼らはこれを当たり前のものだと思いすぎている。

(そんなだから、簡単に他国の奴が入れる事を許したり、国を飛び出す奴が後を絶たないってな)

 まあ、そのおかげで自分は定期的に楽しめるのであるが、と男は微笑みながら話題を変える事にした。これ以上馬鹿な奴らに時間を取られるのを無意識的に非生産的だと判断したらしい。

「にしても、ムールはマジで凄いな」

『ああ? 隊長が凄いのは今に始まったことじゃねえだろ』

 千里眼――かつて、上から供給された物資の中で見かけた文字。遠くの未来の出来事さえ、見抜く目という意味合いらしいが、あの人物は本当にそうではないかと思えてくる。

『ここはある意味隊長と、それからアキ―二のおかげでやっていけているようなもんだからな』

「俺もお前も、既に常人としてやっていくには無理だからな」

『はっはっはっ! ちと、人を焼きすぎたからなぁ』

「『殺しすぎた』って言わない辺り、お前らしいな」

 自分がこうなってしまった理由は分かっているが、他の奴に関しては知る所ではない。やりたいこととあっているからこそここにいるのであって、仲良しこよしという訳ではない。

(だとすりゃよ~)

 頭に浮かぶのは、最も若い。もとい幼い少年の事であった。先に死んでしまった2人も含めて、その少年が最も最後に加入したのであり、連れて来たのは先ほどから話題に出ている隻腕の彼であったから。

(アキ―二の趣味って訳じゃねえからな――ま、どうでもいいか)

『だがよ~』通話越しでも男が首を傾げたと分かる。『隊長のことでも分からねえ事はある。あの人って、結局どこの生まれなんだよ?』

「さあな、全く掴めねえ」

 これに関しては別に互いに故郷の話をした訳ではない。自分達はその職業柄、あちこちに赴くのであるが、その時の振る舞いで大体察すると言うものだ。具体的にどの辺りに詳しいのか、あるいは土地の歩き方に微妙な振舞等見れば、分かるのだ。

 自分達2人は外から来たが、隊長を除いた残りの4人はこの国の出身者である、らしい。らしいと言うのは確信が取れていないから。9割9分の確率であっても疑ってかかるのが自分達の在り方だ。

 そうやってある程度観察眼を磨けば、見えてくるのであるが隊長たる彼はいくら見てもまるで分からないのだ。疑問点は他にもあるが、そこは気にしてもしょうがない。本人が喋ってくれない限り知りようもないのだから。

「そうなると、リブロの野郎が一番気にはなるな」

『ああ! あいつの壊れっぷりは俺でも驚くほどだぜ! あいつ何があったんだよ! ってな!』

 放火魔に此処まで気に入られる程には彼も壊れている。

(そう、なんだよな)

 特に貴族に対して奴は容赦がない。そのおかげで殺さなくても良い奴まで殺してしまい、その尻ぬぐいを自分がしてきたのであるから。

「と、話が大分脱線したな。一番の厄介はモモン。これは間違いがない」

『おめえよ、確か“美姫”の顔も見てんだろ? どうなんだありゃあ?』

「お前は聞かなくても分かっているだろ? あの狂戦士と互角に渡りあったんだ」

『は! そりゃそうだな。あれとまともにやりあえるのは、両手の指より少ないんだからな――それよか、あいつはおめえ好みじゃなかったのかよ?』

 わざわざ挑発するように相手はそう言ってくる。確かに美人ではあるし、生身の女を相手に出来ない。その癖、性欲だけが先走っているような奴(以前、同僚たちからお前も大して変わらないと言われた)達にとっては、夢想の中で抱く相手だったりするらしい。

(空しい、やつだなぁ)

 そんなもの(絵空事)よりも現実の方がはるかに良いと言うのに……

「ふざけているのか? 俺の好みはもっと若い奴だと言っているだろう?」

『はっはっは! 違いねえ!』

「話を戻すぞ。そのモモン対策を()()に伝えた所。例の物資の支援を認めてもらったってことだったな」

『ああ! こいつは凄いぜ! お前もきっと気に入ると保証する』

「分かった分かった。じゃあ、次に国王どもに仕掛けるポイントを決めるとするか」

 男は再び画面に目を向け、キーボードを叩きながら会話を続ける。その途中、良い所を見つけたらしくまたも凶悪な笑みを浮かべ、その一点を指で指しながら言葉を続ける。

「場所としちゃあな~ここが良いはずだ」

 それから、相手にその場所を伝えてやる。自分達が使用している地図はいくつかの記号に番号を駆使して細かく刻まれているのであるから。時間は1秒とかからず返答が来る。

『何だここは?』

「廃村だよ、廃村」

『詳しいな? お前、この辺りは未開だろ?』

 その言葉を受けて、男はわざわざその場で自分の太ももを叩いて見せる。

「だから、足で調べたんだよ」

 それから男は説明を続けた。ここであれば、いろいろと物を試すに丁度いい事。更に……

「ここで、かの英雄殿に交渉を持ち掛けてみる」

『はあ? それは隊長からの命令か?』

「いやあ、俺がさっき決めた。ムールにはこの後伝えるが、まあいい返事がもらえるだろうよ」

『隊長にしちゃ、どっちでも良いんだろ? あいつは先しかみちゃいねえよ』

「だろうな……なら、話は決まりだ。お前、ここまでに来るのに後どれくらいかかる?」

『そうだな~。後10、11時間と言った所か? まあ、日をまたぐ前にはつけるだろうよ』

「そうか、なら俺は先に行っているぞ。他の奴にも連絡はするが、何人来れるだろな?」

 出来る事なら、現時点で動ける戦力全員をここに集めて奴らを迎え撃ちたい。しかし、中々連絡がとれないのであるのだ。男は愚痴るように吐く。

「アキ―二とフェイは仕方ねえとしても、ビゴスとリブロが連絡つかねえのが気にかかる」

『もうやられたんじゃねえのか?』

「相手を考えれば、それもありうるから怖いな。まあ、やれる事をやるだけだな――そんじゃ、次はざっと10.5時間後位か?」

『そうなるな。は! んじゃ、また後でな』

 その言葉を最後に伝言(メッセージ)を終了する。

「さてと、行動を起こしますか」男は手早くノートパソコンに酷似したアイテムをたたみ懐にいれ、そのまま飛び降りる。高度は7メートルを超えていたというのに、特に足を痛めた様子も見られず。男が手練れであると証明するには十分であった。「っと」

 

 

 地面の揺らぎは同じようでありよく見て見ればやはり所々ズレが生じている。

(成程、地中を泳いでいるという認識で良いのね)

 それを見たレヴィアノールはほんの少し安堵する。本当の人食いザメを相手にするよりは幾分か楽そうであると、海などは全てが同じ色合いである為に水面の微妙な変化を見抜くしかないが、ここは荒れ地であるのだ。不規則に生えた草に、散らばった石に砂利。そして奴の動きにより、周囲に飛び散るそれらがより鮮明に相手の動きを教えてくれる。

(今、あたしが乗っているこの子と前をいく2頭の計3頭)

 彼女は考え、見据える。その波の動きは自分を狙っているようであったから。

(単に後ろの奴から食っていったって事? いや、そんな単純ではないはずよ)

 不可解に思っている事がある。奴は、先ほど自分よりも前を走っていたはずの馬車を先に襲ったのであるから。どうして? と思うのは自然な事だ。

 単なる気まぐれ? いや、そんなはずはない。これは既に生死が掛かった戦闘であるのだ。そんな時に感性等に身を任せる者がいるだろうか? と、彼女の首筋を汗が流れる。

(いや、いるわね……シャルティア様に、コキュートス様、後……アウラ様もそうでしょうしね……)

 彼らに言わせれば戦闘中に無駄な事に思考を割く事こそが無意味だと言うのだ。

(後は……天性の勘と言ったかしらね。あたしには理解が出来ないわ)

 状況が状況だと言うのに彼女は呑気にため息を付きながら、思考回路の迷走を続ける。

(戦士職と、魔法職の違いよきっと。決して、あたしがあの方々を馬鹿にしている訳じゃないわよ!)

 思わず良い訳さえ考えてしまう。それだけ彼女がこの事態に対してまだ余裕を持っているのか、あるいは、それ以上に脳裏に浮かべた彼らを恐れているのかもしれない。彼女がそこから脱却出来たのは、次いで浮かべたのが彼であったからだろう。

 ――君の事は信頼しているよ。アインズ様の事をよろしくお願いするね。

(ぎゃあああ!!)

 悲鳴が頭を叩き、目の前の事に集中する。以前の失態の件、彼だけは最後まで自分を叱責しなかった。しかし、それが逆に恐ろしい。あの笑顔は本当に信頼から来るものだったのだろうか?

 頭を振って、目前に集中する。地面の揺らぎはそこまで迫っており、再び攻撃が来るまで5秒といった所。彼女は意を決して、一度騎獣の背も手を置いてやる。

(ごめんね、あたしはここでやられる訳にはいかないのよ)

 肌越しに伝わってくる。このスレイプニールはもう限界だ。もう逃げることは叶わないだろう。だからこそ、切り捨てる。

 彼女は屈んだ体勢から一気に直立の姿勢をとり、その際の運動エネルギーを全開で動かし空に身を投げる。体勢を崩すことなく、空中で回転する様は正にムーンサルトそのもの。回る視界の中、彼女は可能な限り地上の様子に気を配り、そして狙いをつけていた1頭の上に降り立つ。元は馬車を引いていた固体の為に()()()等を気にする必要はなかった。

 しかし彼女が安心する暇はなかった。

(なんなのよ! あれは!)

 驚くべきことに地面の揺らぎは先に狙っていたはずの個体。初めに自分が乗っていたスレイプニールを素通りして、真っ直ぐにこちらに向かってくるのであるから。

(どういうことよぉお!!)

 少なくとも自分が飛ぶところを相手は見ていないはずであるし、そういった視線も感じなかった。では? と、考える暇はなかった。

 派手に土砂が舞いそいつが姿を現す。彼女は着地したばかりだと言うのに、再び飛ぶ羽目になった。だが今度はちゃんとしたものではなく、とっさに取った行動。故に先に飛んだものと違い、唯倒れるような跳躍になってしまう。

 そのコンマ0.1秒後に飛び出した鮫モドキはスレイプニールに食らいつく。悲鳴を上げようとしても、上げられないようであった。

(何か、仕込んであるのかしら? やっぱり毒?)

 そう考えながらも彼女は必死に手を動かす。ここで素直に地面に激突すれば、次に狙われるのは自分の可能性が高い上に平地における機動力は完全に向こうに武がある。

 装備の一つであり、常に腰に巻いてあった縄をほどき取り出すとそれを反対側を走っていたもう1頭へと投擲する。輪っかを作る必要はない。空を切る縄の先端はまるで生きた蛇のように騎獣の首元へと締めすぎず、緩すぎず、丁度いい具合で絡みつく。同時にもう片方の先端も自身の左腕に巻き付ける。が、それでも自身の体が地面に接触する事態は避けられず、体に膨大な負荷がかかる。

(結構痛いわね……これ)

 そのまま彼女は3秒程引きずられ、その間に纏っていたローブは破れ飛び、服も左肩甲骨の辺りが引き裂かれ、肌が露わになる。

 いかなるアイテム、装備であっても地面。一種のオブジェクト判定を受ける可能性がある物には敵わないかもしれない。

 何とか彼女はその状態から脱する為に足に力を入れる。右足を極限まで曲げ力を入れ、地面を踏み抜く。再び体は浮かび上がり、一回転してスレイプニールへと降り立つ。その間にも鮫モドキはこちらに狙いを定めたらしく高速でこちらに開かれたアギトが迫りくる。

「いい加減になさいよ!」

 彼女はすかさず得物である鉈を手にとり、外回りに振りぬく。その一撃は鮫モドキの鼻頭に命中した。そして砕け散り、残りの体は再び地中へと沈んでいく。

 その瞬間、彼女はこいつの正体に一歩近づく事が出来た。散らばる破片は石の欠片たち。ならば――

(ゴーレムという事……なのね)

 そう、こいつは鮫を模したゴーレムであった。そう見てみれば、新たに見えてくる事もある。

(道理で、記憶と合わない訳だわ)

 鮫モドキには初めからおかしなこともあったのだ。まず、目がない。まるでひと昔、至高の方々がいらした世界の人々が思い描いた地底人のように。次に歯の形が違ったのであるから。 一本一本が、まるでつるはしの先端のように尖っていたのであるから。

(本当にそうだとするのであれば)

 何とか自身の知識に記憶と当てはめる。もしも、自分の見た通りゴーレムであれば、それを操っている術者がどこかにいるはずである。

(でも)

 可笑しいと感じてしまう。先程も上げたが、そういった視線は一切感じなかったのであるから。腐っても墳墓の所属であるのだから。生半可な事では、自分の知覚から逃れる事は出来ないはずである。

 彼女は鉈を手の上で回しながら、次の戦略を考える。

(ひとまずは、ナーベラル達と合流しなくてはね)

 この前を走っているのは彼女達だけではないが、はっきり言って役に立ちそうにない。攻撃を受けたというのに、30秒間以上もその場で棒立ちになる連中なんて当てにはならない。

 方針が決まったところで彼女は騎獣についた足に力を入れる。

「と、いう訳で協力お願いね♪ スレイプニールちゃん」

「ひ~ん!!」

 彼女は確信していた。この相手から逃げる為には限界以上の力を出してもらう必要があるのであるから。

 そんな無茶な要望に騎獣も悲鳴を上げながら答える。どっちにしても、ここを乗り切らなければ自分の命はないのであるから。

 

 

 そうして必死に走り、時には途中にいた近衛隊達を囮にして何とかここまで来たレヴィアノールから事態の重大さを聞いたナーベラルは顎に手を当て思案する。彼女自身は無意識かもしれないが、その動作はモモンガがいつもするものによく似た動作であった。

「そうなっているのね、じゃあ今も後ろの方で?」

「ええ、結構食われていると思うわ」

「――でも、おかしい」言葉を挟んで来たのはフォーサイト(ワーカー)所属の魔法詠唱者であった。「――それなら、悲鳴なり音がもっと聞こえてきても良いはず」

「そうですね。アルシェさんの言う通りかと」

 同じく所属の神官も少女の言葉に同意する。それは、ナーベラルとしても同感であった。自分もまた、周囲に気を配っていたはずだ。だというのに――

(今回の相手は妙なのが多いみたいね)

 少なくとも以前城塞都市で戦った連中とは違う様であると、あいつらはただただ力押しだったのに対して今度の相手はいろんな策を重ねて使用してくるのであるから。最初に一向に攻撃を当てて来た謎の射手の存在しかり、これまでの認識で挑むのは止めた方が良いかもしれない。

(アインズ様……)身の安全を思って、そしてこんな状況で心細くなってしまい我慢できずに愛する主を思い浮かべる。(いえ、きっとあの方の事)

 きっと無事であると。それにあの方はアルベドと約束したではないか、ナザリックの者達と永遠に共にある、と。

「とりあえず情報を集めたい。と言いたい所ではあるけれど、今は王族の警護が最優先事項よ。レエブン候の意見もあるけど、私としては離脱をしたいと思っているわ」

「ナーベがそう言うならあたしは構わないわよ」

「ありがとう。でも貴方はそのはしたない背中をどうにかしたら?」

「そんな暇ないのよ!」

 仲間内での冗談交じりのやり取りを終えてナーベラルは残りの2人へと意見を求める。この世界での事であれば、彼らの方がずっと先輩であるのだから。

「――別に問題はない」

「ええ、私どももナーベさん達の意見に賛成です」

 少女は人形のような表情ながら肯定してくれ、神官の方も笑って賛同してくれ迅速な行動に移れることに感謝する。

「ありがとうございます」

「いえ、ヘッケラン達がいない間の指揮は貴女方に任せるように言われていましたので」

「それでもお礼を言わせてください。クライムさんもそれで良いですね」

 現在ナーベラル達は国王達を乗せた馬車の右側を並走する位置におり、一連の話し合いは御者である彼の耳にも入っているはずである。

「はい、私は皆様……レエブン候の指示に従いますので」

「ありがとうございます」

 そう言うナーベラルの笑顔は輝いており、クライムもまた心拍数が上がりそうになるのを必死に抑える。

(私は姫様を護る為に全てを――この命を捧げる身。他の方に懸想等許されるはずがない)

 実の所、ナーベラルはこの騎士に好感を抱いていた。彼は、少し前の襲撃で身を挺して姫を護ったと言うのであるから。大切な人の為に力を発揮できる彼に尊敬の念を抱く勢いであった。

「では、改めまして」その場の全員の了承を得た彼女は騎獣を操り、馬車へと近づく。「と、いう訳でレエブン候様の意見を求めても良いでしょうか?」

 しかし、ここで彼女は失敗したかもしれないと感じた。だって、そうだ。目に映るのは――前のめりに体を傾け、頭を抱え、何やらブツブツと呟いている6大貴族であったのであるから。

「ああ、スレイプニールが……近衛隊が……」

 多大な出費により整えた騎獣に、後々問題になるであろう近衛隊からの犠牲者たち。それらの事後処理等により、既にストレスマッハな彼に更に重荷を背負わせようと言うのであるから。

(ああ、アインズ様。必ずやナーベラルは貴方様の元に帰ります。ですからどうか、お守りください)

 何とか士気をあげようと彼女はやけくそ気味に右拳を掲げて叫ぶ。

「と、とにかく! 皆で頑張ってこの場を切り抜けるわよ!」

「おお! あれ、これで良いのナーベ?」

「――おお―」

「頑張るとしましょうか」

「私も微力ながら」

 短いながらもここまでの付き合いでナーベの人となりを把握していた者達含めて、彼女のひと時の迷走に付き合うのであった。



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