Fate/Apocrypha Revival in the Interstice (梨央)
しおりを挟む

プロローグ 観測、開始

『"座"にて、力強い声で呼びかける。

 

「応じよ、応じよ。一騎当千の英霊たち。

我が呼びかけに応じるならば。答えよ――」

 

再び裁定者が現れることはなく、大聖杯の管理者は旅立った。

人理の布はとっくに破れている。今さら穴が一つ増えた所で気付く者はいない。

 

集えるサーヴァントは14騎。依代たるマスターは0()()

 

当然だ。

我が問答に、只人の干渉は不要なり。

 

――想定通り7騎の"王"が揃ったか。

素晴らしい。これ以上の条件が整うことはもはやないだろう。

さあ、我が問いかけを。人類原初の地にて始めよう』

 

 

 

 

 

やあ!こんにちは。

私はシオン。シオン・エルトナム・ソカリス。

そしてここは魔術協会の三大部門の一つ、アトラス院。

巨人の穴倉、禁断の兵器庫、生きる奈落。

私はそこの次期院長なんだ。

私が就任するまでに残ってればだけどね、アハハハハッ!

 

キミは私のサーヴァント。

今の所は私がマスターだけど、もうすぐ契約は切らせてもらう。

大丈夫、令呪三画分の魔力を譲渡するし、

私の計算だとその後も大聖杯から魔力の供給を受けられるはずだから。

 

ん?私の姿が見えないって?

これは私の得意技で、思考を七つに分割すると同時に、キミの意識に直接……

ああもう!この説明を含めるのは合理的じゃない。中断(カット)中断(カット)

 

実は、今は何度目かの世界が滅びるかどうかの瀬戸際でね。

この些末な特異点もどきが剪定前に量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)への影響を及ぼすことだけは避けたいけど、

人手不足は魔術世界においても本当に深刻だ。

この件だけにウチの魔術師を派遣する訳にはいきそうもない。

私もこれが済み次第、次の仕事のために彷徨海(バルトアンデルス)に逃げ込まなくちゃならないからね。

 

だから、これは2017年のアトラス院としての精一杯の抵抗だ。

君が例えこれから赴く世界で何もなせなくても、それならそれでいい。

どうせこの地球は後少しで■■される。

これはこの事態のせいじゃないから安心していいよ。

 

本来はこの時代の人間の責任で解決すべきことを、

召喚したサーヴァントに全て押し付けるなんて前代未聞だよね。

聖杯戦争がルール通りに行われたことなんて一度もないけど、

それでも事態をただ見てるだけってのは非合理的だから仕方ない。

 

いいかい。キミに三つの大事なことを教えておくよ。

 

一つ、たぶん私のせいで忘れてしまうけど。君は人間じゃない、英霊だ。

お歴々のたっての希望で真名は伏せさせてもらったけど、

何、戦いになっても特に困ることはないだろう。

もともと君は戦場で武功を立てた英雄じゃないし、

なんたってアトラスの兵器の一つを貸し与えるんだからね!

 

二つ、敵は――恐らく"白"のランサーだ。

ああ、説明していなかったね。

これからキミが向かう場所には14騎のサーヴァントがいて、

それぞれ"白"と”青”の陣営に振り分けられている。

真名もある程度検討はついてるけど、ここで一人ひとり解説する時間はないな。

とにかく、これだけの大規模干渉を引き起こせるのは恐らく彼女だけだろう。

キミは15騎目のサーヴァントとしてこの事態を観測してほしい。

 

三つ、これはとても大事なことだからよく覚えておいてほしい。

キミは、キミの思うがままに行動しろ。

これも私の計算だが、敵を全て倒せば終わり、みたいに簡単な話ではなさそうだ。

さっきも言ったけど、どうにもならないならそれはそれでいい。

事態を解決してほしいわけじゃないからね。

ただ――何が起きているのかをヒトではない、英霊の眼で観測してほしい。

だから君を選んだんだ。

 

時間だね。

キミはこれから私が転送する城の中で目を覚ます。

そこで二人の王様に出会うはずだ。

 

大丈夫。

もちろん二人ともサーヴァントだけど、味方だよ。

……多分。

 

大丈夫だってば!私の計算を信用してくれ!

彼らの持つ情報と、私が話したことを元に当面の指針を立ててほしい。

ここから先、私から干渉したり支援することは不可能だ。

どういう結末になったとしても、この事態は英霊たちに託すしかない。

それがアトラスの、ううん、次期院長としての私の決定。

勝手なことばかり言ってごめん。

 

三画の令呪を束ねて我らが唯一の希望に道を示す!

()()()()()()()()()()()()()()




11/27 一部表現を修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
第1節 我が儚き栄光よ


――目を覚ます。

どれくらいの時間眠っていたのだろう。

ここは…城だろうか?

豪奢な家具の数々。煌びやかな照明。手入れのされた絨毯。

 

私は…自分の名前を思い出せない。

天蓋付きのベッドから起き出し、鏡台の前に立つ。

 

黒く短い髪。

地味な灰色のブラウスを纏った、濃い緑の瞳の少女が、私を見つめている。

これが…私。

明らかに城の雰囲気には合っていない。

 

これまでのことを思い出そうとする。

あれは…確かアトラス院とか言う、砂漠の遺跡の中で――。

 

そうだ、思い出したことがある。

私は人間じゃない。英霊…とかいう存在らしい。

人類史に刻まれたモノ。過去・現在・未来。あらゆる時代の英雄、英傑。

自分がそんな崇高な存在とは思えないが…

頭の中にある知識も、私は英霊だと肯定している。

起きた気配に気付いたのか、コンコンとノックの音がした。

 

「お嬢ちゃん、まだ寝てるかい?」

 

快活そうな青年の声がする。

一瞬迷ったが、私は扉を開けた。

白の混じった黒髪に、優しそうな印象を受ける青の瞳。

水色のマントを纏った白鎧の騎士が立っていた。

ああ…英霊とはきっとこの人のような存在を言うのだろう。

 

「おっ良かった。起きてたみたいだな。朝飯作ったから一緒に食おうぜ。腹減ってるだろ」

「私は……」

 

いらない、と言おうとしたが、察せられたのか答える前に青年に腕を引っ張られた。

 

「遠慮しなくていいって!飯は皆で食べた方が上手いしな!」

 

青年に連れられるままに、城を進んでいく。

ふと窓に目を遣った所で信じられないことに気付く。

 

「この城…空を…」

「おっ。気付いたか!」

 

ふふん、と青年は得意気に続ける。

 

「こいつは俺の宝具の一つでな。機動聖都って言うんだ。カッコいいだろー?」

 

青年は目をキラキラさせて訴えてくる。

勢いに押され頷くと、子供のように喜んだ。

 

「だよなー!自分で言うのも何だけど、俺も超気に入ってるんだ!この城!

東欧の王も褒めてくれて…おっと」

 

青年は口に手をやり、手で部屋に入るよう促した。

食堂…だろうか。

 

「続きはその王の前でな。超カッコいい人だぜ!」

 

「戻ったか、聖騎士よ」

 

赤ワインを傾けながら、先程話に出た"王"と思しき男に声をかけられる。

銀の長髪に金色の瞳。黒の貴族服を纏った大柄な男。堂々たる風貌。

きっといずこの名の知れた王なのだろう。

彼の座っている上座と食堂の入り口は相当離れているにも関わらず、

思わず自身の立ち振る舞いにも気を付けねばならないような気がした。

 

「楽にせよ。まあ座れ。そなたの城なのだからな。そこの娘もだ」

 

勧められるままに、青年に向かい合って座る。

だだっ広いテーブルに、強面の王と、聖騎士と呼ばれた青年と、私。

ひどく場違いな気がする。とても居心地が悪い。

 

「それで、娘よ。どこまで事態を把握している?」

「私、は――」

 

王と青年に、私は知り得る限りの情報を話した。

英霊であること。真名もクラスも不明。

誰とも知らない"白"のランサーを敵と認識させられたこと。

事態の解決ではなく、観測を目的にアトラス院から送り出されたこと。

私の話の全てを、王と青年は黙って聞いていた。

 

「ふむ。砂漠の魔術棟か―」

 

王は目を細め、私を見つめる。

 

「良かろう。余がそなたの槍となろう。聖騎士もそれで構わぬか?」

「御意に!少女を助ける騎士、うーんカッコいいぜ!さすがは王!」

「聖騎士よ、貴様も王なのだからもっとそれらしく振る舞ってもよいのだぞ?

ここに座っている余の立場がないではないか」

 

王は苦笑いし、青年は慌ててフォローする。

 

「良いのです。東国の王。俺はもし次があるならば仕えるべき主に騎士として侍ると誓った身。

願いが叶った以上、俺は王を信じるのみです」

「そうか。まあ良い。―さて、では改めて自己紹介をしよう」

 

王は立ち上がり、自らの真名を私に告げる。

 

「我が名はヴラド三世。ヴラド二世が息子。”青”のランサーと定義された者である」

「そして俺はシャルルマーニュ!”青”のセイバーだ!シャルルって呼んでくれ!」

 

その名前なら与えられた知識から知っている。

ルーマニアと、フランク王国の王。

統べた時代も国も違うが、二人からは確かな王者の風格を感じる。

シオンの言う二人の王とは、きっと彼らのことだったのだろう。

続けて名乗ろうとして、名乗る名前を持ち合わせていないことに気付く。

 

「構わぬよ。そなたは…そうだな。『フリーダ』と名乗るが良い」

 

フリーダ。

不思議と自分に馴染む響きだ。

 

「ありがとうございます。王…ヴラド三世。ではそのようにお呼びください」

「よろしくな、フリーダ!あ、それと、一応これは返しておくぜ」

 

シャルルはそう言って、懐から拳銃を取り出す。

拳銃…と自分は認識したが、知識として与えられたそれとはいささか異なるような気がした。

見た目は焦げ茶色で、口径も小さい普通の銃に見えるが、

得体のしれない魔力をともなっているからだ。

明らかに近代に生産されたものではないと自分の知識が告げている。

 

「フリーダが俺の庭園に倒れていたときに持っていたものだ。

敵対するサーヴァントだった場合を考えて預かっていたが、その必要はなさそうだしな」

 

渡された銃の重みがずしりと手に響く。

これが、私の武器…?

 

「銃使いか。そなたはアーチャー、あるいはアサシンのクラスなのではないかね?」

 

弓兵、暗殺者。

どちらのクラスも、私の頭にある知識からはズレている気がする。

 

「まあそなたの真名もクラスも、今後の課題でよかろう。まずは当面の軍略を練ろうではないか」




次話投稿予定:20日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2節 護国の鬼将

目の前に用意された朝食を取りながら、二人の王の話を自分の中でまとめ情報の形にする。

 

それにしても…。

生ハム、オムレツ、パン、サラダ、チーズ、赤ワイン、カフェオレ、レモネード。

軍議とはまったく関係ない話題だが…正直美味しい…。

素直に感想を口にすると、シャルルは嬉しそうだった。

 

こほん。

シャルルの宝具である機動都市、『我が儚き栄光よ』(シャルル・パトリキウス)は、

現在モロッコのマラケシュ上空1500mを飛行中。

 

ヴラド三世はエジプトのカイロで、シャルルはアレクサンドリアでそれぞれ召喚された。

単独行動スキルを持たない彼らだが、

宝具の常時展開を行ないながらも現界を続けられていることから、

魔力供給は大聖杯によって潤沢に行われているものと推定できる。

これはシオンの情報に基づく推測であるが、私を含む他のサーヴァントも同様ではないか。

 

召喚された目的は、与えられた知識にある一般的な聖杯戦争と同じ。

すなわち、他のサーヴァントと戦って最後まで勝ち残り、

万能の願望機――大聖杯を手に入れること。

しかし、本来英霊を現世に留めるために必須であるマスターが二人には存在しなかった。

 

以前にマスターを得て聖杯戦争を戦った記録がある二人は、これを最大の異常と認識する。

会敵後も戦闘には至らず、話し合いの末にシャルルがヴラドに領地として機能する聖都を提供し、

ヴラドは当面の間"青"の陣営の頭首として行動することで合意する。

 

その後、アトラス山脈付近を飛行中に謎のサーヴァントが聖都庭園に出現する。

――私のことだ。

気を失っていた私をシャルルは迷わず保護した上でヴラドに相談。

ヴラドはかつての経験から私を事態打開のためのキーパーソンではないかと推測し、

私の保護を陣営頭首として追認。敵対した場合に備え念のため武装解除させる。

 

今のところ他に接触したサーヴァントはいないものの、

これらの使い魔と思しき反応が大陸内には多数確認されている。

どれが"白"のランサーなのか。他のサーヴァントの真名は目下不明。

シオンは事態の把握から私を召喚するまでの短時間で

真名に見当がつけられたそうだから、追加調査を待つ。

 

残された都市の状態と聖杯に与えられた知識から、現在は2017年8月で間違いない。

ただし、奇妙なことにこの大陸に人間は一人も存在しない。

最悪、この世界そのものがテクスチャのみ緻密に再現された贋作の可能性を排除しない。

 

機動聖都の機能の一部である無人偵察によってわかったことがある。

大陸を囲む海は、どうやら()()()()()

地中海、太平洋、大西洋、インド洋いずれの方面においても通信は途絶。

さらには、スエズ運河を挟んで地続きになっているはずのアラビア半島も、

ジブラルタル海峡を臨んだ先にあるイベリア半島も、

地中海のシチリア島やサルデーニャ島などの島しょ地域も存在しないようだ。

マダガスカル島のみ確認できるが、これの理由については情報不足のため推定困難。

 

結論。

この世界はアフリカ大陸とマダガスカル島のみで完結している。

切り離されている、隔絶していると言ってもいいのではないか。

 

「すっげー!フリーダって頭良いんだな!俺たちの思ってこと上手くまとめてくれたぜ」

「もしやそなた、探偵のサーヴァントなのではないか?

有名なのがキャスターやルーラーにいると聞いたことがあるが…」

 

裁定者。

なぜか…その単語を聞くと、ひどく頭痛がする。

 

「ふむ、違うか。では、話の続きだが――」

 

二人は大聖杯によって招かれた"青"の陣営のサーヴァントである。

もっとも、この二つの陣営の定義はひどく曖昧だ。

自分がどちらの陣営に振り分けられたかは認識しているものの、

陣営そのものに意味があるかすらわからない。

そもそもなぜ通常7騎で執り行われる聖杯戦争に倍の14騎もいるのだろう。

 

「それについては、余に幾ばくかの心当たりがある」

 

曰く、聖杯戦争ではなく、聖杯大戦。

大聖杯の持つカウンター機能によって、

大聖杯に何らかの危険が迫った状態で聖杯戦争が行われんとしたときには、

もう7騎が追加で召喚されることがあると言う。

 

「そして余は――聖杯大戦を戦ったことがある」

 

聞いていない情報だったのか、シャルルが呆気に取られる。

 

「マジかよ王様、そいつはさすがに…カッコよすぎるぜ…!」

「そなたの語彙力は何とかならぬのか…」

 

ヴラド三世は2000年前後にルーマニアにて行われた聖杯大戦において、

"黒"の陣営のランサーとして、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアによって召喚された。

彼は第二次世界大戦中にナチス軍と手を組んで、

大聖杯を極東から簒奪した黒幕であるユグドミレニア一族の頭首である。

大戦はヴラドの故国で行われたこともあり、

抜群の知名度補正とスキル:護国の鬼将による地脈の占有によって、

神話の大英雄に引けを取らぬ強さを発揮し、黒の陣営の圧勝で終わる――はずだった。

 

最優のはずのセイバーの早期脱落。アサシンの不在。

そしてマスターであるダーニックの勝利を焦った末の裏切り。

禁断の第2宝具を強要されて発動したヴラドは無銘の吸血鬼に成り果てる。

破壊的な力で戦場の全てを蹂躙し大聖杯に肉薄するも、

ルーラー権限で強化された両陣営のサーヴァントに袋叩きにされ、

最後は()()()()()()()()()によって浄化され早々に退場した。

 

結局のところ、その大戦において大聖杯は起動したものの、

陣営に属さないホムンクルスによって世界の裏側へと持ち出され、

二度と起動することはなかった。

 

正確には。

一度だけ大聖杯に残ったダーニックの残留思念によってクラッキングされ起動しかかった。

そのときは異なる世界から来訪したマスターと再現された大戦のサーヴァントたち、

そして大聖杯の管理者となっていたホムンクルスによって阻まれたそうだ。

ヴラド三世もその際自らの意志で顕現し、かつてのマスターに引導を渡したと言う。

 

「王よ、では世界の裏側にある大聖杯が三度目の危機に瀕している可能性は?」

「それはわからぬが…。少なくとも此度においても召喚されたのは余だけであろうな。

かつての勇者たちの気配は感じぬ。何度も戦って霊基に染み付いたゆえわかるのだよ」

「これは俺の直感だけど…大聖杯そのものが危険な訳じゃないと思うんだよね。

俺は召喚されたとき、勝ち残ったらカルナック神殿に来いって言われたからさ」

「待ってください、シャルル。言われたって、誰に?」

「さあ…そう言えば深く考えてなかった!あっはっは!」

「――余は大戦においてそなたの麾下である十二勇士の一人を従えたが、

なるほどさすが彼が仕えただけの王であると確信したぞ、シャルル」

 

声とは大聖杯そのものの意志なのだろうか?

かつての聖杯大戦の話を聞いた限りでは、違うような気がする。

大聖杯に介入して、任意の英霊を呼び寄せることができたなら…。

 

まだ、情報が不足している。

機動聖都の探査機が使えない以上、別の"眼"が必要だ。

 

「王よ、大聖杯の二度目の危機の際にはかつて敵同士だったサーヴァントも、

手を取り合って共通の敵に立ち向かったとおっしゃいましたね」

「うむ。そなたが考えることは余もわかる。

他の英霊どもを味方につけよう、と言いたいのであろう?」

「さっすがワラキア公!どっちにしろ三人で残り十二人と戦うのはきびしーしなー」

「だがフリーダ。それは少々難題かもしれぬぞ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3節 決意

慎重とも言えるヴラドの態度に違和感を覚え、私は恐る恐る真意を問うてみる。

 

「それは…どういう意味でしょうか?」

「単純に戦力の問題だ。余は傲岸にも異国の王の城を自らの領土と定めた上でここに在るが。

それでも前回のように全力で戦う力はない。城を離れ地上に降りれば尚更であろうよ」

 

驚いた。

この英霊はこれだけの王気を放ちながらも全力ではないと言う。

母国で知名度補正のかかった状態なら果たしてどれほど強かったのか想像もつかない。

 

「加えて二度目の危機の際は、あらかじめ素性の知れた者同士が再現されたのも大きい。

サーヴァントの真名の秘匿が原則なのは、それがそのまま弱点の露呈に繋がるからに他ならぬ。

未知の相手をいきなり味方につけるのは、倒すことよりも遥かに難しいのだよ、フリーダ」

 

確かに。ヴラドの言葉は至極もっともだと思う。

それでもやはり、三騎のままで状況の観測を続けるには限界がある。

 

「まったく。城を得ても攻めに出られぬなど。英霊になど成り果てた割には余も無様よな」

「ワラキア公よ。俺は自ら聖都を差し出すと決めたのです。どうかお気になさらず。

攻めるだけが戦でないのは、王の戦いが証明しているではありませんか。

そしてフリーダ。誰と戦うにしても頭数に俺を忘れないでくれよ!」

 

もちろんだ。

シャルル…セイバーの力はどんな敵と戦うにしろ不可欠だ。

それなら、やはりここは正攻法で行くべきだろう。

二人でも倒せそうな相手を見定め、選び、必要ならこちらの力を示した上で、引き入れる。

 

「キャスターやアサシンなど、御しやすい相手から狙うべきです。

懐まで攻め込んでしまえば白兵戦に優れるお二人の敵ではないでしょうし、

もし勧誘できれば別の"眼"を持つ斥候として状況をより有利に変えられるはずです」

「道理だな。ではシャルル、誰か充てはあるか?」

「そこで俺に聞きますか!うーん……。あー!ここ、このセネガルって国のあたり。

キャスターかどうかはわかんねえけど、ここに超ローマな気配を感じるぜ。

たぶん俺と同じ地域の英雄だし、どうせ仲間にするなら知り合いからの方が王道だろ!

先輩、いやネロ陛下だったら感動なんだけどなー!あははは!」

「まあ、ひとまずはそのサーヴァントを狙うとしよう。フリーダもそれで良いな?」

 

最悪の場合は一人で十四騎を相手にしなければならないかもしれなかった。

実際には違った。最初から頼りになる二騎が味方として加わっている。

どんな相手でも、この二人を軸に味方を増やせれば来たる"白"のランサーとも――。

 

「フリーダ?フリーダ!」

「はっ?王よ。いかがされましたか?」

「いや、良い。マスター契約を結んだ訳ではないが、

事態を打開することができるイレギュラーがいるとすればやはりそなたなのだろう。

ならば我らはサーヴァントの使命を果たすのみ。そうであろう、シャルル?」

「御意に!なあフリーダ、一人で気負うなよ。俺たちのことも信頼してくれ!」

「キャスターの居所と思われるセネガルまでは時間がかかる。

フリーダよ、守りは我らに任せ、しばし部屋で休むが良い。

それと、そなたにばかり喋らせてしまったからな。この果物を持っていけ」

「……ありがとうございます」

 

テーブルに並べてある瓶の一つを渡される。

瓶に入っているのは…ライムの輪切りだろうか。

サーヴァントに食事は必要ないとは言え、この優しさは心に沁みる。

 

ヴラドは、きっと気遣いのできる王なのだろう。

シャルルも、少々いい加減なところはあるが清廉な騎士には違いない。

 

「それにしても。そなたの格好はその、やはり、少々みすぼらしいな」

 

……急に言われては私も返す言葉がない。哀れむようなヴラドの視線が痛い。

自分は女なのだから、もっと服装に気を配るべきだということか。

しかし、英霊が服にこだわるなど…。

 

「城に住む者は身分に関係なく気品ある服装を心がけねばならぬのだよ。

そうさな、暇ができたら余が参謀役にふさわしきドレスでも仕立ててやろう」

「王自らが…ですか?」

「疑問か?余はこう見えても裁縫が得意でな。

何、採寸などせずともそなたに合うものを見繕ってみせよう」

 

どうやらヴラドは気遣いだけでなく気配りもできる王のようだ。

最初に出会ったサーヴァントが彼らで良かった、と心から思う。

 

「あっ抜け駆けとかずるいぞフリーダ!王よ、俺にも何かー!」

「――シャルル。真のカッコ良い王にしか見えぬ服に興味はあるか?

ちょうど余が着られなくなったサイズのものが手元にあるのだが…」

 

ヴラドはくっくっと笑っているが、シャルルは目を輝かせてきょろきょろしている。

今のやり取りは聞かなかったことにして、ヴラドの言う通り部屋で少し休もう。

 

食堂を出て、回廊を歩きながら考える。

 

英雄。英霊。サーヴァント…か。

彼らと自分は同じ存在のはずなのだが、やはり実感が湧かない。

かと言って、自分が人間ではないこともわかっている。

 

部屋に戻り、ヴラドにもらった果物の瓶を開け、一口食べてみる。

酸っぱいが、程よい甘みも感じる。

もしやこれも料理と同じくシャルルが作ったのだろうか…?

だとすれば、性格の割に器用な男だ。

 

もう一つ。シャルルから受け取った銃を改めて観察する。

生前に習ったり使ってた記憶はないが…不思議とどこをどうすればいいかはわかった。

間違いなくこれは私の武器だ。

敵が現れても、これで一時の応戦はできる。…と思いたい。

 

そうだ。私の真名。

聖杯に与えられた知識から、銃使いの女性で自分に当てはまりそうな英霊を探す。

 

――だめだ。

アーチャー、アサシン、キャスター、ルーラー。

クラスから考えてみても、やはり自分の真名には思い至らない。

 

私は現代より未来の人物で、聖杯の知識にも含まれていないとすれば?

いや、だとしたら王にも哀れまれたこの近代風の地味な服装に説明がつかない。

 

自分は一体、誰なのだろう?

そして何のために、ここにいるのだろう?

 

ベッドに腰かけて、思索を続けていたとき。

砲声らしき音と共に、城が大きく揺れた。

今さら気付いたが、乗り物とは本来揺れるものだ。

今まで全く揺れを感じなかったのは、聖都の技術によるものだったのだろう。

だがもちろん今のは風で揺れたのではない。明らかに何者かの攻撃を受けている。

 

敵対するサーヴァント…!

まだセネガル領には入っていないはずなのに。

聖都の地図機能で確認する。

現在の位置はサハラ砂漠…モーリタニア付近のようだ。

となれば、目標にしていたキャスターではない可能性が高い。

1500mの高度を砲撃できるとなれば、敵は対城宝具を持っていると考えるべきだが…。

 

『王よ、俺が出ます。王はフリーダの保護を』

『ならん。そなたに何かあれば機動聖都そのものが危うくなる。

あやつは余が抑えよう。その隙にセネガルへ向かい、必ずそなたの知己を倒すか、引き入れよ』

 

緊迫した会話を交わす二人。

シャルルはいつの間にか私の部屋に移動していた。

 

『フリーダよ。そなたもサーヴァントなら、シャルルの危ういときには助けてやれ』

 

ヴラドの言葉は私にも向けられた。

はい、と答え、手に持った銃を握りしめる。

いざとなれば、これで自分はシャルルの援護をしなければならない。

 

私にできるだろうか。

いや、やらなければならない。

私は、私の思うままに振る舞えと教えられたのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4節a もう眼を見れない

窓を見遣る。ヴラドは地上降下装置で降りていったようだ。

砂漠の中。遠目に大砲のようなものが複数見える…やはり対城宝具の類だろうか?

となるとあちらの敵はアーチャーか、ライダーか。とにかく彼の武運を祈ろう。

 

私たちが離れる前に、聖都の高度を引き上げて魔術迷彩と自動防衛機構を発動させる。

これで当面の拠点の安全は確保できたはずだとシャルルは言う。

 

シャルルと私は降下装置でキャスターの工房付近を目指す。

戦闘が目的ではない。まずは話し合い、協力の要請。

相手がどう出るかで、都度対処を考えよう。大丈夫だ。ここまでは間違えていない。

 

見えてきた。

大きな十字架。時計台に続く螺旋階段。貝をモチーフにしたと思われるオレンジと青の外壁。

荘厳で洗練された現代建築の教会だが、付近に渦巻いてる魔力は明らかに現代の物ではない。

ここが、キャスターの工房――。

 

「俺は教会ってのはもっとこう…堅っ苦しいイメージがあったけど、カッコいいなー!

何より美しい!ロマネスクもいいものだが、現代の建築も素晴らしい!アリだ!」

 

敵地にいると言うのにシャルルも感嘆の声を漏らす。

 

「ふーん。英霊サマの眼にもそう言う風に映るんだ?」

 

教会の扉が開き、工房の主と思しき人物が歩み出てくる。

ツリ目の赤色の瞳の少女が、いかにもな気の強そうな目つきでこちらを睨んでいる…。

司教冠(ミトラ)を被り、白の司祭服(ストラ)を纏っているということはキリスト教の聖職者(クレリック)だろうか?

 

「これは失礼をした。俺は"青"のセイバー。ここにいる可憐な少女フリーダと、

今ここにはいないがもう一人"青"のランサーと三人で同盟を組み、事態の観測に当たっている。

この工房のキャスター殿とお見受けする。まずは、俺の話を聞いてくれないか?」

 

シャルルは丁重に頭を下げる。

騎士の礼、というやつだろうか。

私もシャルルに倣い頭を下げた。

 

「その通り、私は"白"のキャスターよ。でも話は良いわ。長くなりそうだし」

 

あっさりと断られる。

 

「残念だけど。私は主の奇蹟を再現するだとか言うふざけた聖杯に興味はないの。

もちろんくだらない戦闘も勘弁。敵対するつもりもないし、私はそのうち適当に退去するから。

魔術要員が欲しいなら他を当たりなさい。じゃそう言うことで」

 

一方的に告げて、扉を閉めようとするキャスター。

シャルルは慌てて引き留める。

 

「ま、待ってくれ。あなたが鋭い観察眼をお持ちだと言うのはよくわかった。

こちらとしてはお互いの情報の共有だけでも…」

「しつこいわね。わかったから中に入りなさい。外は暑くてたまらないの。

まったくもう…ローマの涼しさが恋しいったらないわ」

 

ローマ、と口にした。

やはりこのキャスターはシャルルと同じ地域の英霊…。

 

拘束術式や呪詛が仕掛けられていないことを確認し、中に入る。

す、涼しい……。外とは比べられないほどに快適だ。

そして内装も見事だった。

大理石の聖具や調度品。開いたままの聖書が置かれた講壇。よく手入れのされた椅子。

棚には信徒たちのものと思われる聖書がずらりと並んでいる。

 

「言っておくけど。これは私が作ったわけじゃないわよ。

残ってた主の家の中から直感で決めたの。

ま、結界用に少しいじらせてもらったけど、ほとんどそのままで機能してるわ。

現代の信仰も捨てたものじゃないわね」

 

シャルルと私は並んで教会の長椅子に腰かける。

講壇に立ち、説教でも始めるかのように構えるキャスター。

 

「それで?迷える仔羊たち。情報と言っても何を共有したいのかしら?

私から提供できるのはどのサーヴァントがどこにいるのかぐらいだけど」

「凄いな。アサシンでもないのに気配探知の術を持っているのか」

「当たり前でしょ。私を誰だと思っているの?信仰心のある所全ては主の御庭なんだから」

「そうだな。直接の協力をもらえないのは残念だが、その情報だけでも非常にありがたい。

見返りに与えられるのは聖都の自立式防御の一部と、俺の真名ぐらいだが、それでいいだろうか」

「構わないわよ。あなたたちがどこの英霊サマか知らないけど、端から戦う気はないんだし。

ひ弱そうなあなたはともかく、そこの騎士サマなら面白い話の一つや二つあるでしょう。

帰ったらあなたの英雄譚を調べてせいぜい笑わせてもらうから。はい、これ」

 

キャスターが司教杖(バクルス)を振るうと、一枚の羊皮紙と羽ペンが現れ、手元に投げられる。

受け取って広げてみると、大陸の地図の至る所に陣営とクラス名が書いてあった。

サーヴァントのある程度の特徴も書かれている。

 

「もしサーヴァントが移動しても私が生きてる限り情報は更新されるわ。

羽ペンは自動筆記の機能も付けたから。さ、もういいでしょ。置くもの置いて二度と来ないでね」

「ありがとう。キャスター殿の協力に感謝して、我が真名を預けよう。

俺の真名()は、シャルルマーニュ。御伽噺の聖騎士(パラディン)さ」

 

カラン、と音が教会に響いた。

キャスターが持っていた司教杖を落としたようだ。

足元まで転がってきた杖をシャルルが拾い、キャスターに渡そうとする。

一方のキャスターはシャルルを見つめたまま固まっている。

 

「やっぱり(カール)の知り合いだったか?悪いな、そっちの記憶は曖昧で。

防御機構は先程教会に配備した。操作は自動だが、あなたなら多分改造もできるだろう」

カール(シャルル)……大帝(マーニュ)……」

 

搾りだすようにして、シャルルのもう一つの名前を告げるキャスター。

…様子が変だ。

シャルルを凝視していたかと思えば、急に背けた顔を赤らめて、あれではまるで――。

 

「悪い。その名前で呼ばれるのは好きじゃないんだ。シャルルでいい。俺は――」

「主よ、御身の奇蹟に深く感謝を捧げます。

カロリス(カール)、さあ私をどこへでもお連れください。私があなたの敵全てを焼き払いましょう」

「待ってくれ。あなたは勘違いしているようだが、俺はシャルルであってカールじゃないんだ」

「いいえ。あなたは先程確かにカール(シャルル)と名乗りました。

私の記憶にあるお姿とは少々違いますが、なるほど確かに大帝の風格を感じます。

ヒトならざる英霊としての再臨では、こういうこともあるのでしょう」

 

“白”のキャスターは。いや、女教皇は。

ミトラを脱ぎ、燃えるような橙色の長い髪をなびかせ、己が真名を告げた。

 

「私はレオ三世。ハドリアヌス一世に続く者、第九十六代ローマ教皇。

そしてカロリス、あなたに皇帝の位を授けた者です」

 

よもやお忘れですか、と続ける彼女の言葉は恐らくシャルルには届いていない。

私は、状況をそう分析していた。




次話投稿予定:21日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4節? 戴冠前夜

自分で言うのも何だけど、私は頑張ったと思う。

 

貧しい家に育ったけど、いついかなるときも主を信じ、奇蹟を信じた。

聖職者として大成できたのも。女に生まれながらあり得ない教皇になれたのも。

きっと私が凄く頑張って、それを主が認めてくださったからだ。

 

もちろん男装技術とかも頑張って覚えたのよ。

もともと私は中性的な顔立ちだったし。

何?

まあ、主の御言葉より目の前に銀貨の落ちる音を喜ぶ愚か者には案外バレないものよ。

 

私はね、もちろん頑張ったから教皇になれたんだと思うけど。

もしかしたら、生まれつき不思議なことができたのも影響したかもしれない。

聖杯に与えられた知識によれば、私の持っていた力は――魔術。

 

偉大なるソロモン王が地上に降ろした神の奇蹟。

でも当時はそんな大仰なものだなんて思ってもいなかった。

西暦以前からある時計塔とか言うアングリアの魔術組織も、

教皇領ではきっとそこまで機能していなかったのね。

教皇が魔術師だって私が死んでからも気付かなかったんだから。

 

火はローマの臣民にとっても身近な存在だったし、

風を操れるからって、いつでも涼しいぐらいの利点しかないと思ってた。

炎属性なのに暑がりなのか、って?

疑うなら一度サン=ピエトロ大聖堂に行ってごらんなさい。本当に暑いから。

火と風の二重属性、って言うのでしょう。魔術師としてはわりと珍しいらしいわね。

 

教皇が女だって全くバレなかった訳じゃないのよ。

よりによってビザンツ帝国(東ローマ帝国)にバレたときなんか。

連中は私のことをよく思わない司教どもを焚き付けて、

あろうことか暗殺者を雇い、私を殺そうとした。

 

慰問で教皇領外れの宿場を訪れていたときのことよ。

教皇様の部屋だからって、すごく大きな部屋を与えられて。

今思えば、暗殺者にとっては楽な仕事だったのかもね。

居場所はわかってて。目立つ服を着てて。神のお膝元で罪を犯す人間などいないって信じ切って。

まともな警護すらついていなかったんだから。

 

風の異変に気付いて身体を起こそうとしたときはもう手遅れだった。

振り下ろされる刃を見て、私はここで死ぬんだと思った。

 

燃えた。

周囲が、全て。

炎に包まれた。

 

暗殺者は三人組だった。確か一人は女だったわね。

なんでわかるか、って?悲鳴が耳に焼き付いているからよ。

身体の燃える熱さなんて私にはわからない。

 

炎使いはね、自分の熱さが自分ではわからないの。

 

激痛と、憎悪と、怨念と、色々なものの混ざった叫び。

私はどうすることもできなくて、燃える部屋の中でがたがたと震えてた。

 

ここ笑うところよ?

民衆に傅かれる側の教皇サマが暗殺者を見事返り討ちにしたっていうのに、

自分は一歩も動けなくなっちゃったんだからね。

結局私は、教皇になれて得意になってただけの小娘に過ぎなかったのかもしれない。

せっかく生き残れたのに、このまま自分の炎で燃え尽きるんだと思った。

 

そんなときに手を、取られたの。

 

「私はフランク王カロリス。娘、ここは危険だ。さあ立て。外へ出よう」

 

私の司祭平服(スータン)を見て教会の者だと気付いたんでしょう。

 

「失礼、侍祭殿だったか。まあ話は後だ」

 

外れだ。

あなたがフランクの王なら、私だってカトリックの王なんだから。

そんなことを思いながら、男に抱えられ、私は崩れる宿場を出た。

 

他の宿泊客もほとんどこの王が助け出し、私の部屋で最後だったらしい。

王の仕事じゃないでしょうに。本当にバカな王さま。

でもそんなバカみたいな正義感と理想に生きていたから、

西ヨーロッパの統一なんて偉業を為せたんでしょうね。

 

私は自分が教皇であることを明かし、暗殺者を火だるまにしたことも話した。

彼は教皇が女であることに特に驚かなかったのは…なんででしょうね。

大物だったからじゃない?むしろ教会に貸しを作れて内心喜んでたかもよ?

 

彼は全て自分がやったことにすると言い、宿場の主人に火事の見舞金も払った。

そして私の力が魔術と呼ばれるものであることと、

彼の臣下にも魔術師がいることを教えてくれた。

私は彼の国に一時的に保護されて、彼の麾下の魔術師から魔術回路を制御する術を学んだ。

 

結局あれは生命の危機に自動で発動した魔術回路の暴走、と言うことになるらしいわ。

彼の臣下の魔術師のおかげで、二度とそれを起こすことはなかった。

私は私のまま、教皇を続けられた。

 

教皇領に帰ってしばらく経ったクリスマスの頃。

再び彼がローマを訪れると聞いて直接出迎えに行ったの。

 

教皇直々の出迎えに、事情を知らない臣下たちはびっくり仰天だったけど。

私は気にせず彼を大聖堂に案内した。

そう、さっき暑いってこき下ろしたサン=ピエトロ大聖堂よ。

 

たぶん彼は私が何をする気なのか薄々気付いてたけど、受け入れた。

もちろんそれが自分にとって今後有利に働くとわかってたからだろうし。

私も教皇として、教皇領の保護の要求と、私の方が優位だって示すためにやったんだから。

 

なーんて。きっとこれは極東の言葉で言うタテマエってやつね。

こればっかりは、エイレーネーに感謝しないといけないわ。

 

私は、私にできる最大のお礼がしたかった。

私を、私の炎から救ってくれてありがとう。

 

「フランク王カロリス。汝を神の御名を以て、教皇レオ三世がローマ皇帝と認める。

崇高なるパトリキウス。偉大にして平和なるローマ帝国のエンペラトール。冠を受けよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4節b 聖なるかな、今こそ大火の粛清を

「困ったな。俺はシャルルであってカールとは厳密には違うんだが…」

 

シャルルは…私の見た限りでは口に出すほど困っているようには見えない。

態度を急変させたキャスター、レオ三世を前にどう振る舞うか迷っているだけだ。

彼女の真名を聞いてもなお、シャルルは自分がシャルルであることを選ぶだろう。

ならば…。言葉を選びながら、私はシャルルに提案をする。

 

「協力してくれると言うんですから、このまま彼女を連れて行けばいいのでは?」

「元よりそのつもりです。さあカロリス、行きましょう」

「うーん、弱った。そうくるよなー!」

 

頭をぽりぽりと掻くシャルル。

 

「キャスター、レオ…と呼ぶよ。君の協力は願ってもいないことでめちゃくちゃ嬉しいが、

俺のことはシャルルと呼んでほしい。カロリスの名は、俺には過ぎたものだ」

「ご謙遜を、カロリス。ではカールとお呼びしましょうか。

カールしてないカール様。ふふっ。これはこれで面白いですね」

 

あどけない少女のように微笑むレオにつられて笑いそうになるが、シャルルの表情は硬かった。

 

「なあ…レオ。もう俺のことは好きに呼んでくれていい。

だから生前に関係なく、キャスターとして、一人の英霊として力を貸してくれないか?」

「いいえ、カール。私が私であるのと同様に、ごく当たり前のこととして。

あなたは偉大なるカール大帝で、私はそれを助ける者です。

なぜそうまでしてご自身を否定されるのですか?」

「否定とかそういうんじゃないんだけどなあー」

 

両者の認識は、どこか致命的にズレている。

このまま連れて行くのは、悪手か。

 

「教皇よ。サーヴァントは過去を生きた人間その人ではありません。

あなたには実感が湧かないかもしれませんが、

シャルルには騎士として生きた全盛期と、王としての全盛期が別個に存在するのです。

このような英霊は決して珍しいものではないと聞きます」

「つまり私の目の前にいるカールは偽者って言いたいの?」

 

途端にレオの眼が曇る。いけない。地雷を踏んだか。

 

「そうではなく。同一人物でも別の霊基として定義されうると……」

「偽者、影武者、僭称者。このシャルルを名乗るカールはそう言う存在だと言いたいのね――」

 

まずい。私の話を聞いてもいない。いや、聞こえていないのか?

工房の魔力の流れが変わったのを、嫌でも知覚させられる。

 

交渉決裂。

大人しくさせるか、最悪ここで倒さなくてはいけなくなったようだ。

キャスターの地図が使えなくなるのは痛いが……。

自分の交渉術の未熟を痛感し、服の下の拳銃に手を伸ばそうとする。

 

「待てフリーダ。俺に任せてくれ」

 

シャルルに手で制される。

何か考えがあるのかもしれないので、頷いた。

 

「レオ。訂正しよう。俺は確かに、カールだ。

あんたを助け、あんたに助けられたカールの見た目そのものではないかもしれないが、

俺の霊基はカール大帝と同じなんだ。フリーダが言っただろ。

騎士として、王として、別の側面で定義されると」

「つまり…あなたはカールなの?」

 

レオは今にも泣きだしそうな顔でシャルルに問いかける。

感情の起伏の激しい女だ。

よくこれで教皇が務まったものだと、どこか冷めた目で見ている自分がいる。

 

「ああ。カールだ。だから落ち着いて俺ともう一度話を……」

「嘘よ!!!」

 

キャスターはついに激昂し、司教壇に火の手が上がる。

 

「嘘。嘘。嘘。信じない!あの人に私の知らない側面があったなんて。

カールはカールなの。シャルルなんて知らない。私の、私だけの、ローマの皇帝!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

認識のズレはこれが原因だったか。

 

彼女はカールに恋をしていたんだ。

教会としても、教皇としても、決して許されない絶対の禁忌。

されど女なら当然抱く、自分を助けてくれた者に対する憧憬。

恋慕、と言ってもいい。

抑えようとして抑えられるものではない。

それでも彼女は必死で抑え、戴冠式で清算したつもりだったのだろう。

 

愛は、破滅ではなく変化をこそ恐れる。

カールの似姿をとりシャルルを名乗るカール。

急激な変化を受け入れられないのも、恋する少女のまま止まった彼女にはそれが当然なのだ。

 

「だいたい何?聖杯大戦って。私は聖杯なんか興味ない。サーヴァントなんて知らない。

私の魔術の才能なんか、他の英霊たちに比べれば劣るに決まってる。

マスターもいないのに、私に何をしろって言うの?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

キャスターは叫び、杖を掲げる。

杖の先には、尋常ではない魔力量の火種が……。

 

「もういい。燃えちゃえ。さよなら、偽者のカール。きっと私の召喚は間違いだった。

フリーダだっけ、あなたには関係ないのに巻き込んでごめんね。

今からでも逃げなさい。私はもう止まらないから」

 

まずい。シャルル共々宝具を発動させて自爆する気だ。

冗談じゃない。敵の正体もわからないうちにセイバーを失う訳にはいかない。

 

"主よ、この身を捧げます。これこそは暴君によって着せられし汚名の炎。

聖都を七夜焼き尽くした焔。我を薪に。愛しい人のため燃え上がれ"

 

キャスターは詠唱に夢中で防御術式の類は展開していない。

今ならまだ、彼女を倒せば止められる。

私は銃を彼女の霊核に狙いを定め、撃とうと――

 

「『聖なるかな、今こそ大火の粛清を(カロルス・パトリキウス・オークラス)――』」

 

騎士が駆けた。

魔力の放出か。

分析すらままならない速さで、シャルルはレオの向ける杖の先に飛び込んだ。

 

肉を抉る音。

教皇の杖は、聖騎士の身体を貫いて、宝具を発動させることなく停止した。

 

「レオ。もう一度頼む。フリーダに力を貸してやってくれないか?」

 

呆然とするレオ。

既に杖から手を放していたが、刺さった杖が自然に抜けることはない。

聖騎士は振り向き、私に声をかけた。

 

「悪い、フリーダ。俺は先に帰る」

 

なんで、と絞りだすのがやっとだった私にシャルルは答える。

 

「なんで、って……。なあ。少女を助ける騎士ってのは、カッコいいもんだろ?」

 

カールみたいにさ、とレオにも笑いかけるのを見た。

聖騎士は教皇への献身を遂げて退去する。

遺されたのは二人の少女。愛する男の似姿を殺した者。同盟の一角を失った者。

 

私はこれを後に、"青"のサーヴァント一人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:22日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4節c 極刑王

サハラ砂漠、モーリタニア。

 

『――どんな人間も私は恐れまい。だが、悪魔(ドラクル)だけは別だ。』

 

どこまでも砂の続く平原に、新兵(イェニチェリ)だったものたちが並んでいる。

所詮は使い潰しの利く、使い魔代わりの雑兵だ。

ただ敵に倒されたならまた呼び出せばいい。

だが――。

 

この景色をかつて()は見たことがある。

トゥルゴヴィシュテの城塞。死と血と腐臭の林。

騙し討ち同然に、あの忌々しい杭に打たれた同胞たちの変わり果てた姿!

 

俺は今回の聖杯大戦において、"白"の陣営のアーチャーと定義された。

輝かしい栄光に満ちた、偉大なる征服者(ファーティフ)三重の防壁(コスタンティニエ)を破った男。

それが俺だ。俺のはずなんだ。

 

俺にとってワラキアという国は征服した国々の一つでしかない。

それでも、俺の霊基には染み付いて消えぬモノがある。

決して認めたくはないが。あの光景にはただただ、怯え、恐れている。

これだけの示威を、恐怖を、俺と同じ人間が一体どうすれば与えられるのだ。

 

杭の群れの奥に悪魔(ドラクル)が立っていた。

血に塗れた串刺し公(カズィクル・ベイ)

ただ殺すのではなく、俺への見せしめとして。二万の捕虜を殺戮した男。

 

「――ほう」

 

男が口を開く。

生前の戦場ではついに勝てなかったあの悪魔が、俺に話しかける。

 

「我が杭を見てまだ立っている者がいると思えば、貴様とはな。蛮族の王よ」

 

あいつは、俺をよく知っている。

 

「だが喜べ。余は慈悲深い。英雄たる者の務めならば、過去の遺恨は全て水に流そう。

"白"のアーチャー、テュルクの王よ。貴様もこの事態の異常は理解しているだろう?

ならば余に与せ」

 

な…に…?

この男は、一体何を言っている?

 

「余の臣下の城を攻撃した罪科は、我が杭によって贖われた。

我らはまだ見ぬ敵に備えるため、一騎でも多くの英霊の力を結集せねばならぬ」

 

ふざけるな。

俺の聖杯大戦はまだ始まったばかりだと言うのに、

貴様によって兵を皆殺しにされただけでなく、降伏しろだと?

 

恐怖に屈しそうなのを必死で打ち消しながら。

俺は必死で抗う。短刀(ヤタガン)を振り上げ、叫ぶ。

悪魔の言いなりになどなるものか。

 

「ヴラド・ツェペシュ!俺は貴様だけじゃない。全てのサーヴァントどもを殺して、

聖杯大戦に勝利する!そしてカルナックの大聖杯を手に入れるんだ!」

 

だが。

悪魔は動揺の色すら見せず、首をかしげ、大げさにため息をついてみせた。

 

「失望したぞ、皇帝(スルタン)よ。貴様ともあろう者が小事に拘泥し大局が見えておらなんだとはな」

 

「何……?」

 

「余と戦いたいと言うのなら止めはせぬ。ただし余に誓うがいい。

万が一、貴様が余を討ち果たしたならば。ここより南にいる聖騎士と娘を訪ねると。

貴様の恐怖の具現たる余が理解させられぬことでも、彼らに会えばきっと理解しよう。

彼らの話を聞くまで、彼らに手を出すことは許さぬ。

これはサーヴァントとしてではなく。一人の人間として、王としての約定である」

 

「いいだろう!誓ってやる!

俺は貴様を殺し、貴様の仲間も殺して、必ずや聖杯を手に入れる!」

 

"青"のランサーの眼が赤く光った。

がくん、と首に違和感が走る。

奴め、本当に強制(ギアス)を……?

 

だが今は後だ。

俺は、目の前の奴を……!

 

奴は手にした槍を手に不敵に笑っている。

俺は短刀を構え、飛び掛かった。

 

奴の宝具である杭は、杭そのものではなく、突き立てられた杭が本質なのだと言う。

俺の新兵(イェニチェリ)を容易く仕留められたということは、この辺り一帯は既に奴の領土なのかもしれない。

奴の杭が空から大量に俺目掛けて降ってくる。

だがそれがどうした。

俺は城壁用の巨砲とは別の、大砲を二門用意する。

 

轟音。

奴の杭と、俺の砲が撃ち合い、相殺される。

奴が無限に杭を再生するなら、俺はその全てを破壊するまでだ。

 

いける。

俺は奴に斬りかかり、奴は槍で受け止める。

 

「どうした悪魔(ドラクル)!貴様は串刺しばかりで槍の扱いには慣れていないのか!?」

 

今のところ俺の剣戟を防いではいるが、奴の槍は軽い。

このまま押し通って――

 

「『極刑王(カズィクル・ベイ)』」

 

激痛。

足が、動かない。

何本もの杭が突き刺さっている。

 

「曰く、三騎士のクラスは四騎での召喚より英霊本人の高潔な側面が現れやすいと言う。

それに期待した余が愚かであった。蛮族にそのような人格は存在しないのだと理解したぞ」

 

奴が槍から片手を離し、なぞるように手を動かす。

()()()()()()次々と杭が現れては、腕や胴、脚を突き破る。

 

「逆にもし貴様が騎兵のクラスで召喚されていれば、

貴様も貴様の軍勢ももう少しは歯ごたえがあっただろうに。残念でならぬ」

 

痛い。

思わずこみ上げた血の塊を吐く。

 

「さらばだ。アーチャー。また別の戦場で挑むがいい」

 

槍を高く掲げる。

奴は俺に止めを刺そうとする。

 

 

 

まだだ。

まだ終わらせない。

 

皇帝(スルタン)を舐めるな、ランサー」

 

届いた。

俺の短刀は、確かに奴の心臓を捉えた。

 

腕の拘束が不完全だったのは助かった。

皇帝特権、スキル取得、仕切り直し――。

利き腕だけ再生強化したのが上手くいった。

 

「ふん……。ようやくそれらしい顔を見せたか、アーチャー」

 

「俺の勝ちだ、ランサー。さっさと失せろ」

 

奴は黒い塵になって、消えた。

 

まずは一人。

あと何騎残っているのかは知らないが、俺はその全てを蹂躙し――。

 

いやその前に。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺はラクダを呼び寄せ、迷わず南を目指した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5節 砂塵の征服者

「何よそれ。ずるい。こんなの……私には返せないじゃない……」

 

教皇…"白"のキャスター、レオは座り込み、泣いていた。

 

泣きたいのは私の方だ。

シャルルを、セイバーを失ってしまった。

これではキャスターにセイバーが倒されたのと変わらない。

彼の助けになれと、ヴラドに命じられたのに。

 

私は聖杯大戦の異常を観測するために送り出されたのではなかったのか。

だからすんなりと二人の協力を得られ、

こうして三人目の協力を取り付けに来たのではなかったのか。

 

いや、違う。

二人が協力したのは、あくまで彼らが英雄として、王として振る舞ったからだ。

シオンはそれを観測し、計算した上で、彼らとは手を組めると分析し送り出した。

私がその状況を活かせなかったから、シャルルは死んだ。

 

それでも、まだ終わっていない。

ここで歩みを止めてはならない。

まずは一刻も早くヴラドと合流して、今後の作戦を考え直さねば。

 

そうだ、機動聖都。あれはもう使えないのだろうか。

彼が退去の間際に私に何かした様子はなかった。

彼が使ってたように操作盤をイメージする。

……だめだ。私では呼べない。

となると、北へは徒歩で向かうしかないか。

 

教会を出て行こうとする私は、レオに呼び止められた。

 

「ちょっと。どこへ行くの?」

 

わかりきったことを。

今は一人になってしまった同盟相手と合流するのだ。

 

「一人で行く気?砂漠を徒歩で?死ぬわよ」

 

何を、言っているのだ。

移動手段を持っていた男は、たった今あなたが殺したではないか。

 

「待ちなさい。今呼んでみるから。ふうん……、詠唱はいらないのね……」

 

レオが杖で地面を叩くと、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まさか。シャルルは私ではなくこのヒステリー女に与えたのか。聖都の制御権を。

 

「何してるの、行くわよ。フリーダだっけ、ほら乗って」

「冗談じゃ…ない…!」

 

思わず私は叫んでレオに銃を向けた。

 

「あなたのせいで!セイバーは死んだ!あなたが最初から協力していれば!

私の話を素直に聞いていれば!シャルルは死なずに済んだんだ!

あなたがくだらない恋心の果てに自爆しようとするから――」

「黙りなさい!」

 

レオに杖を突き付けられ、あまりの剣幕に思わず後ずさる。

 

「誰が殺したくて殺したと思うの?

彼はそう言う人なの。カールでも、シャルルでも同じだった。

彼は人のために自分の命だって投げ出せる。私のような愚かな小娘相手でもね」

 

レオは顔を真っ赤にして、続けた。

 

「そんな彼があなたを助けろと言ったのよ。あなたは私に彼の献身を裏切れと言うの?」

 

そんな…でたらめな理屈があって…。

いや…私も冷静じゃなかった。

彼女もサーヴァント、英霊である前に、自我(エゴ)を持った存在なのだ。

今さら自分の意地で拒否してどうなるものでもない。

銃を下ろし、謝罪する。

 

「申し訳ありません。では教皇よ、改めて私たちに協力をしてくれるのですね?」

「何度も言わせないで。私だって動揺してるんだから。

ここは引き払う。彼の城とやらに着いてから続きを聞きましょう。ん――」

 

教皇が扉に目を向ける。

…誰かいる。もしやヴラドが遊撃に成功して合流しに来たのだろうか。

扉を開けて入ってきたのは、アラブ風の装束を纏った黒髪の若い男だった。

 

「取り込み中邪魔するぜ。聖騎士と少女ってのはあんたらのことか?」

 

男はレオと私を交互に見比べる。

 

「少女ってのはいかにもみすぼらしくてひ弱そうなあんたのことだろうが…。

あんたが聖騎士か?聖騎士(パラディン)ってよりは聖職者(クレリック)みたいな恰好だが」

「じろじろ見ないでくれる?私は"白"のキャスターよ。

ねえ、もしかしてこいつがあなたの同盟相手のランサーってわけ?」

 

違う。

この男は……。

 

「ランサーだと?」

 

男は、愉快そうに笑う。

 

「"青"のランサーなら俺が殺した。俺は、"白"のアーチャーだ」

 

私は悟った。

失った仲間は、一人ではなかったのだと。

 

「そ。それで?わざわざおしゃべりに来たの?アーチャー」

 

レオが私を庇うようにアーチャーの前に立ちはだかる。

 

「ほざけキャスター。約束は果たした以上、貴様らを殺し尽くして、俺は聖杯を獲る」

「あら。どこの英霊サマだか知らないけど乱暴なこと。

あいにくだけど今の私は機嫌が悪いの。戦いたいなら容赦はしない」

 

先程のように魔力の流れが変わる。ここはまだキャスターの工房内だ。

いかに対魔力を持つ三騎士と言えどキャスターの有利には変わらないだろうが、

それ以前に、アーチャーは聞き逃せない単語を口にしていた。

 

「待ってください。約束って……?」

「あの野郎が言ってたんだよ。聖騎士と少女の二人と話すまで貴様らに手は出すな、って――」

 

がくん、とアーチャーが急に膝をつく。

何か呟いている……?

 

()()()()()()()()()()()()()

このままでは強制(ギアス)が成立していないから、俺はこいつらのことを――。

 

「ふふ。私の魔力に圧倒された?なら逃げるように立ち去りなさ――」

「聖騎士はどこだ?」

 

レオを無視して、アーチャーは私を睨みつける。

私が何と答えるか考えるより前に、レオが言った。

 

「セイバーのこと?それなら……」

 

レオは、気丈に一つの事実をアーチャーに告げる。

 

()()()()()()()()

 

「なんだと……?」

 

驚愕を露わにするアーチャー。

 

「あら。キャスターが最優のセイバーを倒したことがそんなに意外かしら?

そんなにセイバーと戦いたいならもう一人いるはずだから自力で探しなさいな」

 

レオの軽口も、アーチャーは恐らく聞いていない。

シャルルがいなければならなかった理由があるのだろうか?

 

「おい、本当にここにはお前ら二人だけか?」

「疑ってるの?見ればわかるでしょ」

「……そうかよ」

 

ふーっ、と長い溜め息をつき、一人ごちるアーチャー。

 

「あの野郎、まさか知ってたんじゃねえだろうな」

「何よ?まだ言い足りないことでもあるの?」

「もういい、萎えた。元から女を殺すのは趣味じゃねえ。

お前ら二人だけじゃ荒野の旅は不安だろ。俺が用心棒になってやるよ」




次話投稿予定:23日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6節 最初の別れ

私は一人、主のいなくなった聖都を歩く。

 

二騎を失い、二騎が加わった。

数だけで言えば、状況は最初と変わらないとも言える。

私は戦術家や軍師のサーヴァントでもないのだろう。

この状況に、信頼してくれた仲間を失って悲しい以外の感情を見い出せない。

 

もし、参謀のように振る舞えたとすれば。

戦争なのだから自軍に犠牲が出るのは当然だ。

単に今日のそれが私ではなかっただけに過ぎない。

そうでないと、私は毎日誰かを弔わなければならなくなる。

私の送り出された本来の役割と、それはきっと違う。

 

もっとも、通常の聖杯戦争で考えた場合。

ある意味事故とも言える展開だったキャスターはともかく。

アーチャーは自らの意志でヴラドを倒した。

私が彼の臣下なら、主の仇を討つべきなのだろう。

 

教会から聖都へ戻るまでの道すがらで。

シャルルとヴラドにした話を、もう一度二人にしたときのことを振り返る。

 

「わかってたさ。あの野郎が正しいことぐらい。

マスターのいない聖杯戦争なんて破綻してるって言いたいんだろ」

 

私の話を、黙って聞いていた二人。

アーチャーの最初の敵対的な態度はすっかり鳴りを潜め、

穏やかな顔をしていた、と思う。

 

協力の約束に、改めて彼は自分の真名を明かした。

"白"のアーチャー。メフメト二世。オスマン帝国の皇帝(スルタン)

アレクサンドロス大王(イスカンダル)の再来とも言われた男。砂塵の征服者。要塞聖都(コンスタンティノープル)を落とした名将。

彼もまた、紛れもない"王"だ。

 

ヴラドは空を移動する機動聖都を自らの領土と定めていた。

護国の鬼将の効果も大陸全土とまで行かなくても、付近の地上には及んでいただろう。

その状態の彼に宝具の真名解放ではなく、正面から戦いを挑んで打ち勝ったという。

メフメトの方も何らかのスキルを使用することで、戦況を拮抗させていたのかもしれないが。

 

「ふん。これが俺の撃った城か。近くに来てみると大したものだとは思うが、

やっぱり俺の宝具の敵じゃねえ」

「あらアーチャー。あなた城攻めの宝具を持っているの?

ならちょうど良かった。後で私が結界を張り直すから、

強度の確認に付き合ってちょうだい。実戦には慣れてないの」

 

へいへい、と空返事をするメフメト。

彼を完全に信用したわけじゃないが、彼が戦いを継続する気ならこんな申し出はしないだろう。

私たちが戦力不足なのには変わりない。

ならば真名を明かして協力的な態度を取る以上、前は敵だったとしても信じるしかない。

 

聖都の高度を地上からの直接視認が難しい距離に引き上げ、

レオに魔術迷彩や認識阻害をかけてもらう。

方針が決まったら呼ぶのでしばらく待機していてほしいと頼むと、

二人は了承し聖都の探索に行った。

 

私が最初に目を覚ました場所。

シャルルに保護された部屋に戻り、ベッドに体を投げ出して、とりとめもなく考える。

 

サーヴァントは、所詮霊魂だ。

もちろん私も例外ではなく、人間じゃない。

大聖杯に招かれて、ちょっと現身に顔を出しただけのよそ者だ。

仮に大聖杯が異常を来たしていたとしても、私が介入するのは正しいことなのだろうか。

 

シオンはこうも言っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

最初は私を含めた15騎を指すと思っていたが、これも実は違うんじゃないか。

元々14騎で行われる予定だったものに、変化が起きることを祈って投じられただけで、

私はシオンが求めた役割とはまったく違うことをしているのではないだろうか。

 

()()()()()()()()()()()()()

では観測の定義とは何だ。

字義通りに使い魔や偵察機を放ち、聖杯大戦の行く末をただただ傍観していればよいのか。

血気盛んなサーヴァントが勝ち残り、異常の来たした大聖杯を手に入れたとして。

いかにして願いが叶えられたかを見届ければ、それで私の役割は終わるのか。

 

いや、そもそもこの事態の原因は、本当にもう一人のランサーなのか?それとも大聖杯か?

 

……考えが散らかりすぎてまとまらない。

人生は、前に進むだけじゃない。満ち潮があり、引き潮がある。

私は、傍観者としてではなく。ヴラドの言うイレギュラーとして――

 

「フリーダ?フリーダ!」

 

すぐそばにレオが来ていたことに気付く。

ああ、そう言えばヴラドにもこんな風に呼びかけられたことがあったような……。

 

「大丈夫?顔真っ青よ。薬湯でも作ろっか?」

 

平気だと答え、何の用だったのか尋ねる。

 

「別に大したことじゃないんだけど。地上との昇降装置って元から六機だったかしら?

格納庫を見て回ってたとき、配置に微妙な違和感があって……」

 

昇降装置の数?

私だって使ったのは初めてだし、あのときはシャルルが用意したから総数はわからない。

 

「そ。まあ気にしなくてもいいでしょう。邪魔したわね。

何か必要があったらいつでも呼びなさい。私にできることは何でもするから」

 

教会での出来事からすれば、同一人物とは信じられない変わりようだ。

優しいのか、お節介なのか、厳粛な教皇のイメージとは違うが……。

彼女が聖職者たる所以、とでも形容すべきか。

あるいはもっと単純に、彼女も彼女なりに責任を感じているだけかもしれない。

 

レオは、魔術の才能は他の英霊に劣ると言っていたが、私の見立ては違う。

魔術に別段の知識がある訳ではないが、シャルルはあれでも高ランクの対魔力を持つセイバーだ。

宝具の真名解放級とは言え、霊核を一撃で消し飛ばす威力の大魔術を行使できる魔術師が、

果たして凡庸だと言えるだろうか。

 

……待てよ、ローマ教皇もある意味領土の統治者と言う意味では"王"か。

私は、アレも王だとは正直認めたくない。

 

 

 

待った。

何かが、引っかかる。

 

機動聖都には個室が無数にある。

敵かもしれない保護したばかりのサーヴァントにも部屋を与えるほどだ。

あの二人も、当然自室を持っていただろう。

 

王の使いそうな部屋。

聖都の広間を中心に歩き回り、目的の部屋をさほど苦労することなく見つけた。

 

机の上には飲みかけの赤ワインの瓶と洋裁道具が置かれている。

裁断済みの花柄の黒と白のクロス。刺繍用と思われる何色もの糸もある。

――間違いない。

 

「私はどうも記憶力が弱いようだ。部屋で日記をつけることにしよう。

これまでの経過を忘れないためにも、これからの事態に備えるためにも」

 

最初に二人の王と朝食を摂った広間。

レオとメフメトに呼びかけると、すぐに来てくれた。

 

「ようやくお声がけか。訓練用のゴーレムに穴を開けるのも飽きてきたから助かったぜ」

「それで?フリーダ。戦略を聞かせてもらおうかしら?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7節 使い魔たちの饗宴

機動聖都広間。

集めた二人を前に、これまでの情報を整理する。

 

レオの地図によって他のサーヴァントのある程度の位置がわかった。

 

"白"と"青"のアサシン、そして"青"のキャスターはジブチに。

"白"のライダーは南アフリカに。"青"のバーサーカーはケニアに。

そして敵と認識させられた"白"のランサーはタンザニアにそれぞれ留まっている。

彼らはレオが地図を作成してから動いた記録がないと言う。

 

"白"のセイバー、"青"のアーチャー、"青"のライダー、

そして"白"のバーサーカーは常に移動している。

中でも"白"のバーサーカーの移動速度は通常のサーヴァントのものではない。

地図の更新間隔を考慮に入れても、異常な速さで大陸各地に出現している。

 

「動いているサーヴァント以外にも警戒は必要よ。

そこの皇帝サマみたいに他にも対城宝具を持ったサーヴァントがいるかもしれないし。

この高度なら何らかの飛行手段がない限り侵入は難しいと思うけど、

念のため霊体用の結界を強固なものに張り直したわ」

 

本当はシャルル(カロリス)の城に手を加えたくはないんだけどね、と呟く。

 

「んで、キャスターの頼みで城の防御装置に俺の大砲を追加しておいた。

今度俺の城を攻撃してきた奴がいたら、そいつごと吹き飛ばしてやる」

 

あなたの城じゃないでしょ、とすかさず口を挟むレオ。

ふん、と鼻を鳴らし鋭い目つきで続けるメフメト。

 

「それでフリーダ、誰から狙う?目的通り、手っ取り早くもう一人のランサーか?」

 

それも考えた。

キャスターの地図には、彼女の使い魔から得られたサーヴァントの特徴も記載されている。

だが、"白"のランサーの項目には何も書かれていない。

 

「なあ、あんたの使い魔って何だ?教皇様に縁ある動物っつったら、ハトか?」

「違うわ。カモメよ。悪い?」

 

鳥の使い魔。

ゴーレムやホムンクルスなどの魔法生物ではなく、

野生動物を利用することにはメリットがある。

例えば、製造の過程を飛ばして現地調達も可能なこと。

簡単な暗示で使役できること。魔力量が微弱なため感知されにくいこと。

 

中でも空を飛べる鳥の場合は、地上の移動に制限がない。

にも関わらず何の情報も得られないと言うことは、

敵はよほど用心深く自身の痕跡を消しているか、

使い魔の目の届かない場所で身を潜めている可能性が高い。

 

「ねえ、あなた皇帝なんでしょ?兵士を召喚する宝具とかスキル、持ってないの?」

 

レオに話を振られた途端、ぴくりと眉を動かすメフメト。

もしかして、触れられたく話題なのか?

今、彼の頬を伝ったのは…汗…?

 

「持ってるが、使いたくない」

「ふーん。この期に及んで皇帝サマは最大の協力を拒むんだぁ?」

 

レオの意地悪そうな上目遣いに、メフメトはばつが悪そうに答える。

 

「……ちっ。しゃあねえな。ほらよ」

 

メフメトが指を鳴らすと、テーブルの上に虎模様の猫が現れた。

小さく鳴いて、レオと私の前にとことこ歩いてくる。

かわいー!と少女のように声を上げるレオ。

 

「俺の使い魔だ。見りゃわかるだろうが戦闘能力も諜報能力もない。

ただまあ、城に置いとけば運気ぐらいは上がるかもな」

「これもあなたの皇帝特権ってやつ?それとも、もしかして生前宮廷で飼ってたとかー?」

「……うるせえ。どっちでもいいだろ」

 

眠いのかテーブルの上で丸くなった猫を、レオは嬉しそうに撫でている。

確かに可愛い。私も撫でたい……。

 

いけない。脱線した。

いずれにせよ、何の情報もないまま本命に特攻するのは無謀だろう。

いっそのこと、()()()間諜を利用してみるか。

 

「この国で三人固まってる連中ね。私も同意見だわ。

"青"のキャスターがアサシン二人を支配下に置いたか、同盟を組んだ可能性も考えられるけど。

私だって同じキャスターよ?気配遮断の術を持つアサシンを二人も従えて。

何の秘匿もせずに居所をバラすような真似をするなんて、矛盾してると思わない?」

 

まったくその通りだと思う。

もしかしたら彼らもまた異常事態に気付き静観しているのかもしれない。

つまり、交渉の余地が残されていると言うことだ。

 

「ま、仮に何かの罠だとしても三人で組まないと動けない連中なんぞ、

俺の敵じゃねえから何とかなるだろう。特に異論はねえ。だがよ、フリーダ」

 

メフメトは、真剣な眼差しで続ける。

 

「俺たちは事態の観測のために戦う。それはいい。

その場合の()()()()は、もう一人のランサーを倒すことか?

それとも大聖杯を確保するまで続けることか?どうなんだ?」

 

勝利条件、か。私もずっと考えていた。

事態の観測とは、どこまで介入することを指すのか。

そして私は、それに対する明確な答えをまだ持っていない。

 

「現時点では何とも言えません。言えることがあるとすれば……。

私のマスターだった人は、もう一人のランサーを異常事態の原因と推測していました。

それで何かが変わっても、変わらなくても。私は、私を送り出した彼女の判断を信じて行動する。

そしてその準備のため。二人のアサシンとキャスターを戦力として引き込むために会いに行く。

勝利条件ではなく、当面の行動指針に過ぎないですが……これだけでは、だめですか?」

 

二人は無言で首を振る。

 

「はん。頭首さまの初めての仕事にしちゃ上出来だ。なあに、敵を倒すだけが戦いじゃねえよ。

大事なのは、何で戦ってるかわからない状態が一番危険だってことだ。

フリーダにちゃんと目的があるって言うなら、せいぜい用心棒の務めを果たしてやるよ」

「聖都を落としたノリでマレヴィラ(ベオグラード)にも攻め込んで、

大敗北を食らった皇帝サマが言うと説得力あるわねえ」

 

彼の使い魔の猫を撫でながら茶化すレオ。

メフメトは怒りのこもった眼で睨みつけているが、反論できないようだ。

 

最初に相対したときのような、今にも殺し合いに発展しそうな雰囲気ではなく。

過去の出来事を乗り越えた偉人、英雄、英霊同士のどこか穏やかな――。

 

()()か。

私は人間だった頃。どんな道を歩んだ結果、英霊に召されたのだろう?

 

サハラ砂漠を抜けてジブチへ辿り着くまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

広間を出て、窓から大陸の空と大地を眺める。

自分の真名や過去も思い出せれば、彼らと対等に立てるのだろうか。

 

思いを巡らせている間にも時間は過ぎていく。

夕暮れも、夜も、朝も。聖都は風を切って東へ進んだ。




次話投稿予定:24日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8節 訪問者は賑やかに

アフリカ大陸東海岸。ジブチ。紅海とアラビア海を結ぶアデン湾に面する小国。

この国の首都ジブチシティにある軍隊の基地らしき場所に、

3騎のサーヴァントの反応が確認された。私たちはそこに向かっている。

 

うち2騎は、"白"と"青"のアサシン。

もう1騎は、"青"のキャスター。

 

レオの使い魔から得られた情報によれば、

3騎とも明確な脅威たりうる宝具の展開などは確認できないが。

――油断は禁物だ。

 

降下装置を帰還させる前に。

前回の反省も込めて、予備の操作盤をレオにもう一つ作ってもらった。

ここでまた何があっても、機動聖都は使える。

何も起こらないように二人とも連れてきたわけだが、用心に越したことはない。

 

二人を両脇に、基地のゲートに立つ。

人避けの結界が張られているようだが、レオの教会で見たものほど強固ではないようだ。

むしろ、キャスターが張ったにしてはすごく弱いような……?

 

「同意見ね。素人レベルよ、これ。私たちなら気付かれずに入れそう。

どうせ誰も来ないとたかを括って、皆で引きこもってたりしてね?」

「先入観は危険だ、レオ。罠の可能性を忘れるな。

結界を壊さずに入れるならそれでいい。アサシンに会おうってのに隠密行動とは笑えるがな」

 

そうだ。相手はアサシンで、気配遮断の術を持っている。

私だってサーヴァントだから、ある程度戦えるとは思っているつもりだが。

いつどこから暗器の類が飛んでこないとも限らない。細心の注意を払って進み――

 

「おんや、これはたまげた。一度に三人もの客人とは!

町屋には人っ子一人おらんし、やはり(われ)は異国でおかしな芝居にでも招かれとったのか」

 

東洋風の装束を着た青年が、一人で喋り続けている。

レオもメフメトも、どう反応していいのかわからず固まっている。

……私も同じだ。何なのだ、彼は?

 

「ご客人、立ち話もなんだし、みんなで茶でも飲みながら話そうじゃないか。

いやー、煙草でもやろうと外に出た途端のことで、びっくりしたわ。きっと女たちも驚くぞ」

 

まさかの歓待である。

それにしても、女たちとは?

ここにいるはずのもう2騎のサーヴァントだろうか。

 

基地内の食堂と思わしき場所に、半ば無理やり連れていかれる。

案内された部屋の中には、確かにもう二人いた。

 

「ちょっとタクボク!ここには他の人を入れないでって言ってあるはずよね?」

 

短い金髪の白人女性が不満気に文句を垂れる。

彼女がもう一人のキャスターか。

タクボク…?

 

「いや、入ってきたのはこの人らの方だ。そこに(われ)がたまたま鉢合わせしたんでな。

見た所敵意はなさそうだし、まあ良いかと思って連れてきたが、まずかったか?」

「……………………」

 

もう一人の長い黒髪の東洋人女性は、こちらを一瞥したきりずっと黙っている。

彼女も青年に似た東洋の装束を着ているので、同じ地域の英霊かもしれない。

 

いろいろ予想外のことは起こったが、せっかく向こうから招き入れられたのだ。

私たちは、私たちのすべきことをしよう。

 

「突然押しかけた無礼をお許しください。私はフリーダ。

ここにいる"白"のキャスターとアーチャーと共に、

聖杯大戦における異常事態の観測のために動いている者です。

こちらには戦闘の意思はなく、真名を開示した上で協力する用意もあります。

よろしければ、そちらの事情も教えていただけないでしょうか?」

 

向こうの三人は顔を見合わせ、白人の女性が代表して話し始める。

 

「戦う気がないのはあたしたちも同じだし、構わないけどさ。

あなたたちの役に立つ情報はないと思うよ?」

 

彼女は"青"のキャスター。真名をアメリア・ブルーマー。

アメリカ合衆国の服飾デザイナーらしい。

らしい……と言うのは、私の聖杯に与えられた知識にはない人物だからだ。

ひいき目にも魔術師には見えないし、魔術師然とした魔力や雰囲気も感じない。

 

「帝国陸軍はいつか世界にも拠点を作るとか言っておったが本当だったな。

日本語の読める場所があって僥倖だ」

 

彼は"白"のアサシン。真名を石川啄木。

日本がかつて大日本帝国と称していた時代の詩人。

彼だけは聖杯の知識からも日本を代表する歌人として知覚できたが、

どう見ても暗殺者には見えない……。

 

「……(わたくし)は菅野スガ。隣の男と同じ、日の本の出身です」

 

つまり彼女が"青"のアサシン。

彼女も全く知らない人物だ。聖杯の知識にもない。

念のためレオとメフメトに目を遣ったが、首を振った。当たり前か……。

 

二人のアサシン。啄木とスガは同じ頃にジブチシティで召喚された。

啄木に至っては聖杯大戦のルールもどうやらよく理解していなかったらしい。

何となく二人で街をうろついている間に、もう一人のサーヴァントに出会った。

アメリアのことである。

 

「ここが(われ)の生きていた国や時代でないことぐらいはわかる。

なぜかは知らんが、生身の身体を得て(われ)は転生したらしい。

ここにいる美女が一緒とは言え、では何をすればよいかもわからん。

(われ)らはどことも知れん異国の無人の街をぶらついていた。

あれは確か服屋だった。そちらにいるメリケンの、これまた美女とお会いしたのだ」

 

"青"のキャスター、アメリアもまたジブチシティに召喚された。

彼女は二人とは違い聖杯に与えられた知識の活用方法も理解している。

そもそもサーヴァントは会話の意思疎通において本来困ることはない。

日本語しか読めないアサシン二人がおかしいのだ。

 

理解しているからこそ、彼女は早々に諦めた。

聖杯戦争だか聖杯大戦だか知らないが、生き残る術を持たないならどうしようもない。

聖杯にかける願いがない訳ではないが、彼女は固有の戦闘能力を持たないのだから。

このままいずれ他のサーヴァントによって討たれるぐらいなら、

せめて"座"に現代の服飾技術を持ち帰ろうと街を散策していたところ、二人に会ったという訳だ。

 

「あたしは別にどっちでもよかったけど。

タクボクが三人でいた方が安全とか言うから何となくついてっただけ。

ここに辿り着いたのも偶然。タクボクがここの文字なら読める、

きっとここは帝国の海外領土だろうって。

そんなわけないってあたしはちゃんと言ったんだけど。まあ、それからずっといるのよ」

 

期待してた戦力の補充にはなりそうもねえな、とメフメトが呟く。

同感ね、とレオも続く。

 

確かにその通りなのだが、私たちに気配を察知されるほどだ。

次にこの自衛隊基地へやってくるのが友好的なサーヴァントとは限らない。

ここよりは機動聖都の方が安全だろうし、

彼らを抱えることで酔狂なサーヴァントに狙われるリスクもないだろう。

ああ見えて、案外何かの役に立つかもしれないし。

共闘を提案しようと私が口を開く前に。スガが、やにわに立ち上がった。

 

「……あの。(わたくし)を連れて行っていただけませんか?実は――」

 

彼女が何か言いかけたかと思うと。

咳込み、吐血し、倒れ込んだ。




次話投稿予定:25日0時
FGOイベント楽しみですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9節 城塞の午後

機動聖都の一室にて。

 

すやすやと眠っているスガを、私は傍らで眺めていた。

思い出すのも正直ばかばかしいが、戻るまでのことを振り返る。

 

倒れ込んだスガに対し、彼女と一緒にいた二人は落ち着き払っていた。

啄木はいつものことだと言い、アメリアはしばらく寝かせれば大丈夫だと言う。

そんなわけないじゃないと一喝したレオの命令で、なし崩し的に連れてきてしまった。

……三人ともだ。

 

魔術的な治癒を施したレオによると。

スガの虚弱体質は天性のもので、根本的な治療はできないらしい。

世の中にはとんだデメリットスキルもあったものだと思う。

 

結果としてジブチでの件は、戦力の補充も有益な情報も得られなかったが。

こちらの損失も出さずに済んだと言える。

それに彼らの存在から確信できたことがある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

戦場の只中にいてまったく動かないなど、そもそもがあり得ないのだ。

 

考えてみれば当然のことを、色々な条件が積み重なった結果忘れていた。

レオの地図は正確だったし、更新間隔も改善されている。それでも穴熊を決め込んでいるのは。

自分の陣地で戦うためなどではなく、戦う気がないか、あるいは他に動けない理由でもあるのか。

 

ずっとここにいてもしょうがない。スガの部屋を出て聖都を歩いて回る。

それにしても。これでこの城には私を入れて6騎、か。

いきなり大所帯になったものだ。

 

聖杯戦争は、敗れたサーヴァントの魂を大聖杯に取り込む過程が欠かせない儀式だと聞く。

両陣営合わせてもその半数近くのサーヴァントを戦闘させずに囲い込んでいるのだから、

もし仮に敵の目的が聖杯戦争の続行にあるのなら、私はそれを妨害していることになる。

 

アサシン二人ともう一人のキャスターは、まあ非戦闘員のようなものだ。

他のサーヴァントからすれば、いつでも倒せる存在に変わりはない。

彼らを保護することで直ちに狙われることはないとしても。

私の行動方針は、果てして本当に正しいものだろうか?

 

「ねえ城主さん。初めて会ったときから思ってたんだけど」

 

回廊で声をかけられる。噂のもう一人のキャスター、アメリアだ。

私は、なぜかこの人は苦手に感じる。

それにしても今までどこにいたのか。私が聞く前に彼女はつかつかと近づいてくる。

 

「あなた、仮にもこの城の主なんでしょ?それってつまり女王みたいなものよね。

ならそのみすぼらしい恰好は何?まるでカンザスの野鼠みたい」

 

今日は何て日だ。

相手がワラキア公ならまだ許せるが、会ったばかりのキャスターにまでダメ出しされるとは。

もとい、私の服を用意してくれるはずだった人はもういないのだ。仕方ないだろう。

 

「あら。そうだったの。へえ、ふうん」

 

アメリアは私の身体をしげしげと眺めている。

いや、まさか体格を測っているのか?

どっちでもいい。視線に耐えられなくなって、もう行ってもいいか問う。

 

「何言ってるの。ヴラドと言う人が用意した(マテリアル)があるんでしょ。

なら続きはあたしがやる。案内して」

 

有無を言わさぬ雰囲気に、つい彼の部屋まで連れてきてしまった……。

そう言えば、彼女は自分でデザイナーの英霊だとか言っていたような気もする。

 

「いい布。裁ち目もキレイ。きっと領主さんは良い腕だったんでしょうね」

 

知らない。本人に聞かせてやれば喜ぶかもしれないが、あいにくと私はヴラドじゃない。

なぜだろう。一刻も早く彼女のもとを離れたがっている。嫌な予感がする。

 

「女はね、生まれたときから自由なの。自由でなければならない。

司祭様(レオ)みたいな服もお人形さんみたいで可愛いけど、自由ではないわ」

 

あなただってそうよ、とアメリアは続ける。

はぁ、と我ながら間抜けな返事を返す。

 

「まあ職業服と私服は別だし、それはいいでしょう。

あたしが言っているのは、領主にはそれにふさわしい服装があると言う話」

 

裁ちばさみを持つ彼女の姿が、どこかヴラドと重なって見える。

おかしい。彼が裁縫をする姿は見たことないのに。

裁断された布が身体のパーツごとに分けられていく。

 

「あなたたちはあたしのことを三流サーヴァントだと思っている。

否定はしない。戦争は嫌いだし、あたしは戦いにおいては全く役に立たないでしょう」

 

でもね、とアメリアは続ける。

 

「戦場だけが女の華じゃないのよ。見てなさい、これがあたしの宝具。

針よ踊れ!我が勢威に慄け勇士(フェミニズン・リリー)!」

 

洋裁道具の隣に、黄色いミシンが現れ、柔らかい光を放つ。

すると切り揃えられた生地が瞬く間に服の形をとっていく。

……すごい。

 

「シャネルやサン=ローランには負けるでしょうけど。さ、着てみなさい。

それにしても、結構生地が余ってるわね。もう少し何か作ろうかな」

 

アメリアの仕立てたドレスを手に取る。

これは、ただの服じゃない。

ランクは決して高くないが、魔力を感じる。れっきとした魔術礼装だ。

 

「アメリア、ここにいたのですね。フリーダ様にも、先程はご迷惑をおかけいたしました」

「あら、スガ。起きたの。そうだ。あなたのキモノも仕立て直してあげる。

さっき血で汚れちゃったでしょう」

 

言われた通りに着てみる。

心なしか、魔術に強くなった気がする。もしかして宝具の効果だろうか。

うんうん似合ってる、などとアメリアたちが口々に言っているのが聞こえる。

 

「ねえフリーダ。次の行動目標についてなんだけど……わっ!」

 

レオだ。私の変わりぶりに驚いたのか。

本物のお姫様みたい!とはしゃいでいる。

……やっぱり恥ずかしい。こんなの柄じゃない。

 

「驚いた、キャスター。あなたこんな宝具を持っていたのね」

「アメリアでいいですよ、司祭様。あなたにも何か作りましょうか?」

「レオよ。あと司祭じゃなくてこれでも教皇サマだから。

そうねえ、せっかくだからオフ用の私服でも頼もうかしら……」

 

きゃっきゃっと女の会話を楽しむレオたち。

まったく、英霊が何しに来たのやら。戦争にオフの日などあるものか。

この部屋の喧騒に気付いたのか、男性陣もやってきた。

 

「フリーダ……お前……」

「ふむ、この城は美人が多いと思っていたが。やはり(われ)の眼に狂いはなかったな。

(さなぎ)から烏揚羽(カラスアゲハ)が出てきよった」

 

愉快そうに笑っている啄木と、あっけに取られているメフメト。

やめてほしい……。男性に見られるのはもっと恥ずかしい。

えーい、もうやけだ!せっかく全員集まったんだから、この場で軍議にしてやる!




次話投稿予定:26日0時
感想評価お待ちしています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10節 武力介入

機動聖都、進入口。

眼下に広がる熱帯雨林を見下ろしながら、私は今度の作戦を反芻する。

 

正体不明の"白"のランサーに挑むには、残念ながら未だ戦力が不足していると言わざるを得ない。

そこで、だ。

現在戦う意思のある、つまり移動を続けている他のサーヴァントにアプローチを試みる。

今回はその中の2騎。”白”のセイバーと”青”のアーチャーを狙う。

 

レオの地図の最新情報によれば、移動中の2騎の進路はある地点にて交錯する。

現在地ジブチより南西のコンゴ民主共和国に広がる熱帯雨林である。

この機は逃さず利用したい。

すなわち、まず間違いなく行われるであろう2騎の戦闘へ介入を図る。

 

2騎の予想進路にあたる森林内の各所には、レオの使い魔によって既に罠が仕掛けられている。

後は私の合図でレオが遮蔽術式を起動し、メフメトの砲撃も加え両者の分断と弱体を行う。

その上で私とスガがセイバーに、メフメトとレオがアーチャーに接触する。

当然戦闘は避けられないだろうから、短期決戦で無力化した上で2騎の協力的態度を引き出す。

 

この際に思わぬ苦戦を強いられた場合や、

更なるサーヴァントの乱入など、

計算外の事態が起こったら直ちに離脱すること。

当然リスクを伴う作戦だが犠牲を前提にはしたくない。

一緒に前線に出る3人には徹底してもらう。

 

残る啄木とアメリアは機動聖都にて待機だ。

啄木にはステータス補助のある詩集を、アメリアには自動治癒の護布を作ってもらった。

……自分で役割を決めておいて何だが。

宝具を目の当たりにしたアメリアはともかく、啄木のは本当に効果があるのだろうか……。

 

「フリーダ様は(わたくし)がお守りします。……ただ、あまりあてにもしないでくださいね」

 

アメリアの手によって新調された黒の和服をまとったスガの言葉を思い返す。

私と同じ黒髪で、同じ色の黒い服を着ているので、啄木には姉妹のようだとからかわれた。

……顔立ちや瞳の色も違うのに。

護衛を申し出てくれたのはありがたい。

かなり緊張しているようだが、こうして隣で見た限りでは最初に会ったときより元気そうだ。

 

「スガ、あなた本当に戦えるの?それに武器は?」

「アメリア、心配には及びません。(わたくし)にはこれが」

 

彼女は両腕を交差させ、手指の間に装着した柄から何本もの刃を作り出して見せる。

黒鍵。

聖書のページで作られた概念武装。生前聖堂教会と親交のあった彼女の武器だ。

さすがアサシンのクラスを得ているだけのことはある。もう一人の暗殺者(タクボク)も見習ってほしい。

これで一人で戦うより状況も改善されたが、病弱スキルがある彼女に頼り切りはできない。

 

「んで、もう一人のアーチャーを俺とレオで抑えるってわけだ。

おもしれえ。ようやく聖杯大戦らしくなってきたじゃねえか!」

「あんたね、相手を倒すことが目的じゃないんだからね。本当にわかってるの?」

 

拳を突き合わせて猛るメフメトを、レオが諫める。

この二人の強さは折り紙付きだ。

例えアーチャーが相手でも、二人がかりなら大丈夫だろう。

 

「ねえ。直接戦わないあたしには関係ないかもだけど。

邪魔しに行く二人のサーヴァントの真名や能力はわかってるの?」

 

アメリアが不安そうな顔で私を見る。

もちろんだ。何の勝算もないまま挑む訳ではない。

こちらにはレオの使い魔によってもたらされた、ある程度の情報がある。

 

帯剣の風貌とその魔力量から、セイバーは恐らくアジア圏の魔剣使いだ。

軍勢を率いているアーチャーとの交戦を見据えて進軍していることから、

対軍級の宝具を所持していると予想される。

数の力に頼らず、対人攻撃手段に優れる私たち二人の奇襲なら、

戦闘経験では劣っても多少有利な状況を作れるはずだ。

繰り返すように、短時間無力化しさえすればよいのだから。

 

一方の対峙しているアーチャーは、ヨーロッパ圏の砲撃手と推測される。

黒犬の姿をした兵士の軍勢を無数に従えていることと、

巨大な錫杖を持っていることから、彼もまた"王"のサーヴァントの可能性がある。

対城、対都市宝具を持つメフメトとレオなら敵の使い魔に遅れは取らないだろうが、

アーチャー本人の能力は未知数だ。

計算外の要素を減らすためにも、可能ならセイバーを早めに対処して合流したい。

 

――こんなところだろうか。

奇策・妙策ではないが、堅実な策ではあると思う。

リスクが皆無な訳ではないが、戦力不足を打開するにはこれしかない。

何よりも、最高の収穫と喜びは冒険的な選択でしか得られないのだから。

 

レオの使い魔から送られる視覚情報を見ながら、合図するタイミングを見計らう。

現在2騎は予想通りの進路を進んでいる。間もなく会敵するだろう。

熱帯雨林には中途半端に伐採されて視界が開けている場所が何か所かあるが、

そこを馬に乗ったセイバーが通り掛かる。奇襲を仕掛けるには悪くないポイントだ。

 

セイバーの周囲に複数の微小な魔力反応が蠢いている。

アーチャーの軍勢が一斉に動き出したようだ。

敵もまた襲撃の気配をうかがっていたのだろう。チャンスだ。この隙に罠を――

 

「お待ちくださいフリーダ様。あれを……!」

 

スガに制され、目視で状況を確認する。

セイバーが馬上で剣を高く掲げていた。まさか、いきなり宝具を解放するつもりなのか。

 

瞬間、深い蒼の光芒が、セイバーの剣を中心に広がっていく。

まるで湖の中から放たれたようで、見ていると心奪われていく……。

 

『おいフリーダ!決行するのか、しないのか!』

 

メフメトに怒鳴られて覚醒する。動きが止まっていたのは私だけじゃないようだ。

今にもセイバーに襲い掛かろうとしていた黒犬たちの動きが完全に停止している。

セイバーの宝具の効果なのかは不明だが。チャンスには変わりない。

 

――決行だ。

 

『了解!ちゃんと合わせないよ、アーチャー!遮蔽術式、『籠の鴎、檻の鳩(ラルス・コルビス)』!』

『おうよ!さあ、俺の砲を食らって立てるか!『鉄壁要塞陥落(サフィー・トゥフ)』!!』

 

比較的近くに迫っていたセイバーとアーチャーの周囲を、炎の罠が取り囲む。

対象には聖都からの砲撃も加えられている。今だ!

 

"青"のアーチャーは、メフメトとレオに任せて。

私とスガは降下装置に飛び乗り、"白"のセイバーの元を目指した。




次話投稿予定:27日0時
パライソちゃんは可愛い


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11節a 偽・黒い銃身

熱帯雨林の炎上する罠の中で。剣士と銃士が向かい合う。

 

「問おう。黒衣の女よ。なぜ我らの戦いの邪魔をする?」

 

三度笠にアジア風の装束を纏った剣士。銀髪に緑の瞳の少女。

セイバーはこちらを真っ直ぐ見つめて、私に訊ねる。

……アメリアによれば、あれはアオザイと言うベトナムの正装だそうだが。

 

「――さあ、聞きたいなら答えますが。その前に剣を下ろしていただけますか?」

 

慎重に、相手を刺激しないように。言葉を選んで剣の英霊に返す。

ひりひりと、胸の奥がざわつく。

これがサーヴァントと戦場で対峙する感覚……。

 

「私が素直に応じると思っての放言か。その対価は高くつくぞ、女」

 

セイバーが周囲に剣を振るうと、罠を構成している炎が消える。

遮蔽術式本体は機能しているから混戦になる危険はないが、水の魔剣か。

これで真名にも見当がついた。私も銃を構える。

大丈夫だ。すでに戦う覚悟はできている。

 

「まずは貴様の驕傲のツケを払ってもらおう。

私は私の願いのため、聖杯大戦を、カルナックの杯を、――ッ!!」

 

セイバーの話を遮るように彼女に向かって暗器が飛んでいく。

……私はもう一人じゃない。

 

「闇打ちとはどこまでも卑怯な。姿を見せろ、外道!」

 

気配を遮断しているスガからの黒鍵の投擲を、難なく叩き落している。

ここまでは計算通り。何しろ相手は最優のセイバーだ。

近接戦闘ではこちらが圧倒的に不利なのはわかりきっている。

 

メフメトやレオ、そしてシャルルの残した機動聖都の訓練施設。

皆のおかげで、私は伏せられた記憶の一部、銃の銘を思い出した。

 

アトラス院の作り出した世界を滅ぼせる兵器の一つ。黒い銃身(ブラックバレル)

もちろん私が貸与されたのは本物ではない。それはアトラスの契約にも反する。

これはシオンが使っていた模造品、偽・黒い銃身(バレルレプリカ)だ。

 

この銃の概念武装としての真価は、弾丸ではなく銃身にある。

エーテルで編まれたものなら問答無用で傷をつけられる魔術世界においても埒外の武器。

サーヴァントの肉体も、魔力で構成された宝具でも例外はない。

生前に銃など扱った記憶のない私でも問題なく扱えるのは、

シオンが私を召喚する際に特殊な詠唱を追加したからだろう。

 

命中精度など私の力量による部分には改善の余地があるが、対象の戦意を削ぐだけなら問題ない。

スガが投擲と刺突で時間を稼いでくれているうちに。

彼女の動きは完璧だ。誤射の心配はない。

 

――眼を閉じて、私は狙うべき場所を絞る。

まずは両脚。それから腕の腱。

立て続けに4発射撃する。1発は回避されたが、両足と右腕の腱を切った。

 

「計算通りです。まだ続けますか?」

 

セイバーが剣を落とし、片膝を屈する。

スガがセイバーの背後に回り、黒鍵を首筋に当てる。降伏勧告だ。

私もセイバーの頭に狙いを定めたまま、ゆっくり歩み寄っていく。

 

「――油断を認めよう。だが、なぜトドメを刺さない?貴様は一体、何者だ?」

 

私は、私に与えられた名前を告げる。

 

「ご安心を。あなたを害するつもりは最初からありません。"白"のセイバー。

私はフリーダ。この聖杯大戦を観測し、今少しだけあなたの自由を奪う者です」

 

セイバーは長い溜息を吐き、呟いた。

 

「殺せず制圧したのにも理があるという訳か。――聞こう」

 

戦闘終了。

私の初めての計算は、どうやら解に辿り着けたようだ。

 

スガに刃を下ろさせる。話のわかる英霊で助かった。

私のつけられる傷は治癒不能のものではない。

時間が経てば回復するし、固有のスキルによっては反撃も可能だろう。

そうしないと言うことは、セイバーは己の立場を理解しているのだ。

 

私はできるだけ簡潔に、私たちの目的を告げる。

マスターなき召喚の意味、聖杯大戦の目的、元凶と思わしき"白"のランサーの存在。

私の話を、セイバーは黙って聞いていた。

協力の対価には傷の治療と真名の開帳、その他可能な限りの支援を約束することも話した。

 

「いいだろう、フリーダ。この場では剣を収めよう。

()()に言われては認めざるを得ん」

 

……二人?

一緒にいるスガのことでないのはわかっている。

なぜなら、彼女は私の護衛に徹して一言も喋っていないのだから。

 

「おや。初めて予想外のことが起きたという顔をしたな。

私は召喚されてからここに来るまで、もう一人サーヴァントに会っている」

 

迂闊だった。

2騎の経路のパターンの予測にばかり気を取られ、

他の()()()()()()()サーヴァントと接触した可能性を失念していた。

 

「南に"白"のライダーがいるのは知っているな。

私は聖杯戦争の趣旨に則って、出会った奴に戦いを挑んだ。

だが奴にはキズ一つ負わせられなかっただけでなく、奴は反撃の姿勢すら見せなかった。

北へ行けばわかるなどおかしなことばかり呟いていて、私はその場で奴を倒すことを諦めた。

奴のことは放っておいて、他のサーヴァントと戦おうと思ったんだ」

 

その結果私は奇襲によって敗れた訳だが、

と自嘲気味に呟くセイバーの言葉よりも気になることがあった。

"白"のライダーが北に行けと言っていた、だと?

 

私は2騎が別々の方角から北を目指していることに気付いて今回の作戦を立てた。

それが彼らの意志でなく、ライダーの誘導によるものだったなら、

ライダーは私たちの奇襲も予想していたと言うのか。そんな、まさか。

 

「気になるなら直接ライダーに質せばいい。

もっとも、お仲間が戦っているアーチャーをどうにかできたらの話だがな。

奴も素直に軍門に降るとは思わない方が――」

 

セイバーの後半の言葉は、雷鳴によってかき消された。

巨大な稲妻。

レオとメフメトがアーチャーと戦っている方角だ。

 

どうする、救援に行くか。

セイバーは手負いとは言え、スガ一人では逃げられてしまうかもしれない。

逃げられるだけならまだいいが、正面から戦ったらアサシンでは絶対に敵わない。

スガを信じるか、レオたちを信じるか……。

 

「遅い!指揮官の判断の遅れは軍の破滅を招くとなぜわからない?

貴様には知りたいことがあるんだろう。ならば迅速に仲間の救援へ向かえ!

私に一度でも膝を衝かせたなら、勝者の役目を果たすがいい!私は逃げも隠れもしない!」

 

セイバーに怒鳴りつけられたことで、もう一度覚悟を決める。

ここは彼女の騎士道精神と、スガの病弱が発動しないことを信じよう。

 

アーチャーを囲った地点とここはそう離れていない。

私は全力で走った。




次話投稿予定:28日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11節? 凍土の記憶

長い長い、夢を見ているようだった。

 

北極海に巨大な隕石が落ちた。

津波でいくつもの街が消えた。数千の臣民が死んだ。好機と乗じた貴族どもが叛乱を起こした。

それだけで済んでいたらどんなに良かっただろう。

余も、ロシアも、運命が変わってしまった。

 

知識人どもに言わせれば、この星は氷河期に突入したそうだ。

ロシア以外の国は大寒波によって悉く消滅した。

構わぬ。余のロシアさえ残ればそれで良い。

 

地球の気温は下がり続けている。寒さをものともしない魔獣まで現れた。

モスクワはマイナス50度を超える日がほとんどになった。

宮殿にいる余も寒い。凍えるようだ。余の臣民たちは耐えられるだろうか。

 

モスクワでマイナス80度を超えるようになった。魔獣の数も確実に増えている。

対策を命じていた最後の学者の一人が、宮殿を出た途端に吹雪にさらわれて死んだ。

あまりに遅すぎた。遅すぎたのだ。皇帝(ツァーリ)は、間違えた。

 

マイナス100度を超える日が当たり前になった。

人間よりも魔獣の数が多くなった。とっくに人間の活動できる場所はなくなっていた。

余は最後の王命として、細々と生き残っていた魔術師を招聘し、知恵を絞らせた。

 

魔術師の一人が言った。

獣の皮を何枚厚着しても無駄なら、獣になって毛皮を手に入れればいいと。

平時の余であれば、ふざけたことを、とその場で殴り殺しただろう。

 

神の愛はもはや届かぬ。それで臣民が助かるなら。余はその提案を受け入れた。

まずは余自身が獣になり、次に魔術師たち、最後に臣民たちを獣を変えた。

余は獣の王となり、世界の皇帝(ツァーリ)となって永遠に支配した。

 

()()

違う!違う!違う!

()()()()()()()()()()

余はイヴァン四世。ロシア・ツァーリの王。獣の王などではない。断じてだ!

 

ならば、これは一体誰の記憶だ?

アナスタシア。マカリー。母上。ドミトリー。ニコライ。誰でもいい。

余が余であると認めてくれ。余は、イヴァンはここにいると見つけてくれ。

 

――ここ、は。

書庫か。見覚えがある。ここは余が作らせた書庫の一つだ。

智慧と秘術の蔵。神のため、人のため、祈りのために。必要な知識を集めた場所。

 

おかしな夢を見ていた。まったく、余はどうかしている。

己が腕と脚を見遣る。()()()()()()。当たり前だ。当たり前なのだ。

いやしくも獣の王になった、などと。貴族どもに聞かれたら狂ったと思われよう。

 

外に出る。暑いな。ここはロシアではないようだ。

だが、この書庫は紛れもなく余のもの。

知識人どもが、一度の喪失を防ぐために分散が必要だとか言っていたのを思い出す。

きっとここもその一つなのであろう。

 

そうだ。余は”青”の陣営のアーチャーとして、聖杯大戦に招かれたのであった。

参謀(マスター)はおらぬのか。そういうこともあろう。大した問題ではない。

余はサーヴァントとして勝ち残り、カルナックの杯を得なければならぬ。

 

余はさっそく拠点にすべき街を目指して、一歩踏み出す。

……待て。

なぜ余は、徒歩で戦地を駆けられると思ったのか。

余の歩幅は、こんなに狭きものだったか。

 

馬を調達し、南へ行軍する。

理由など始めからない。皇帝の遠征は南からと決まっている。

海の見える港町に辿り着き、余はそこで見知った顔を見つけた。

 

「佯狂者ニコライ。そなたも召喚されていたか。余に正しき道を示してくれ。

余は領土を広げ、”白”の陣営のサーヴァントどもを粛清しなければならぬ」

 

()()()()()()()()()()()()()ニコライは答えた。

 

「……誰と勘違いしとるのかは知らんが、わしはその”白”のライダーぞ。

じゃがな、わしは()の遊興に付き合う気はない。そも(うぬ)じゃわしは倒せん。

この街にはわしの他に誰もおらぬ。戦う相手を探しているなら、北を目指すといい。

そうそう、北東の山には凄いのがおるぞぉ。わしはあれほど大きい――」

「敵は北にいるのだな。教導、感謝である。また会おう。我が友ニコライ」

「汝、わしの話をまったく聞いておらんな?」

 

ニコライはやがて、得心したかのように笑い、こう言った。

 

「なるほど。汝が奴に呼ばれた”王”の一人と言う訳か。

だが奴め。()()()()()()()とは、あれで真理に至れると思っているならなお片腹痛い」

 

ニコライは何やら余にはわからぬ話をしている。

きっと余の知らぬ(ものいみ)か祈祷の呪文なのだろう。

彼の敬虔さには、余も恐れ入るほどである。

 

余が巡礼に出ようとすると、ニコライは引き留めて付け加えた。

敵は、ここより北西の熱帯雨林にいる。

そこへは大陸西側の平原を進むより、東側の山岳地帯を抜けた方が消耗も少ないと。

 

さすがニコライである。

余の黒犬(オプリチニキ)の運用まで把握しているとは、恐ろしく慧眼な男だ。

彼が神の信徒でなければ我が軍の懐刀にしていたところよ。

余は行軍と休息を繰り返し、その度に黒犬も増やし、軍勢は肥大した。

 

黒犬からの報告を受ける。

敵である"白"のサーヴァントの詳細位置を捕捉した。

余の陣よりわずか南西の地に単騎でいるらしい。

 

血潮が滾る。

初陣の相手はセイバーか。

天上に至るため、余は余の敵全てを踏み砕こう。

 

奴を黒犬に包囲させた。

もう逃げ場はない。

後は一斉に襲わせたところで、奴に余の王権たる雷槌を――

 

周囲が、燃える。

黒犬からの反応も途絶した。

何だ。一体何が起こって……。

 

何者が、ソラから余の前に降ってくる。

正教会のものとは違う司祭服を着た女と。それを抱えた、小柄な男。

いや、あれは。テュルクの衣に、金の王冠。……カザンに連なる者!

 

許せぬ、許せぬ、許せぬ、許さぬ!

余の慟哭は、余の聖戦は、余の巡礼は。

何者も阻んではならぬ!ならぬのだ!

 

余は王杖を闖入者へと向ける。

余に刃向かった罰だ。悪夢のように殺してやる。

恐怖(グローズヌイ)の名を己が身に刻むがいい。

神雷よ、迸れ。粛清の時は来た!

 

巨大な稲妻が新たな敵に落ち、静寂が広がった。




次話投稿予定:29日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11節b 巡礼の果て

「フリーダの奴!なーにが敵は俺と同じ砲手、だ。

雷を撃つアーチャーがいてたまるかっつーの!」

 

"青"のアーチャーの追撃を躱しながら、メフメトが愚痴る。

錫杖から放たれた巨雷はなんとか凌いだが、魔術盾に一度に魔力を使いすぎた。

もう一度は防げない。その前に何とか抑えこまないと。

 

皇帝(ツァーリ)の行軍を阻む、愚か者(カザーニ)どもがぁぁぁ!」

 

こちらから仕掛けた以上文句を言っても仕方ないが。

この通り、"青"のアーチャーは最初から交渉の余地などなかった。

彼の連れていた軍勢はあっという間に制圧できたが、

彼の武器はフリーダが予想した黒犬と大砲以外にもあったようだ。

……あの錫杖で操れる雷。桁違いの自然兵器。当たれば消し飛ぶのは間違いない。

 

「向こうはあんたのこと知ってるみたいだけど、知り合いなわけ?」

「知らねえよ!それよりちゃんと俺を守れ!」

 

アーチャーの砲塔が向きを変え、彼の周囲に展開されたメフメトの複製砲台を破壊する。

メフメトの砲台が機動力と応用力に優れる大砲なら、敵のそれは巨大な砲塔だ。

ただ1基だけでこちらの砲撃は全て相殺されてしまう。

 

こちらも風の魔法陣で迎撃するが、もう大きいものは作れない。

ダメだ。砲撃は防げても雷には砕かれてしまう。

それにしても。雷は本来神の御業。雷神(ユピテル)でもあるまいに。

あの英霊はこれだけの雷を神性もなしに扱えるのか。

 

砲撃の止んだ隙にメフメトがアーチャー本人に斬りかかるが、

王杖に防がれ、逆に強烈な蹴りを食らって吹き飛ばされる。

 

「ぐおおっ!」

「アーチャーっ!」

 

援護の火弾を飛ばすが、命中直前に雷によって阻まれる。

敵を過小評価していた。二人がかりでも一太刀浴びせるのがやっととは。

これは少々分が悪いか……?

 

遮蔽術式の違和感を感じ取って後ろに目を遣ると、見飽きた顔が駆け寄ってきた。

 

「キャスター!アーチャー!無事ですか!?」

 

フリーダだ。息は荒いが、服も身体もかすり傷一つついていない。

向こうのセイバーはどうした。まさか、無傷で倒したとでも言うのだろうか。

 

「懐柔に成功しました。今はアサシンが。それよりそちらの状況を!」

 

――まったく。始めはシャルル(カロリス)の隣で震えていたくせに。

相手のセイバーが弱かったのか。いや、違うな。彼女もそれだけ戦いの中で成長していたんだ。

 

「ご覧の通りよ!敵はあなたの計算より強かったようね!

まるでバーサーカーみたいに暴れ回ってて、私たちでも相手にならない。

私としては戦略的撤退を進言するけど、頭首サマのご判断は?」

 

フリーダは数秒敵を見た後、何かに気付いたかのように話し出す。

 

「それです!敵はイヴァン雷帝!苛烈にして敬虔な、()()()()

相反属性(アンビヴァレンツ)、矛盾精神の塊。キャスター、あなたなら彼を説得できる!」

「はぁ?!説得って、冗談でしょ!あの大男に私のありがたーい説教を聞かせろって言うの?」

「大正解です!私とアーチャーで彼の動きを止めます。その間に、()()()()の準備を!」

 

待って待って待って!

無理、無理、無理!絶対に無理!

ああ、聞いてもいない。二人して行ってしまった。

 

「アーチャー、私が脚を狙います!あなたは彼の気を逸らしてください!」

「おう!にしても一端の顔になったな、フリーダ!」

「おのれ、小癪な逆賊どもが。まとめて灰にしてくれるわぁ!」

 

二人は、私の準備のために戦っている。

――やるしか、ないか。

深呼吸してから。裾の下で、アメリアにもらったお守りのハンカチを握りしめる。

戦闘で急速に失われた魔力が、ほんの少しだけ戻ってくる。

 

"小さき者、悩む者、迷える者。

私を見、私を聞き、私を求めよ。

私はあなたを助ける者。私はあなたを導く者"

 

フリーダが銃を構え、アーチャーの両脚を撃ち抜く。

地に倒れ伏しても、彼は叫びながら杖を振り回し、雷撃が飛び交う。

メフメトがその中の私への流れ弾を撃ち落とす。

 

"愛は悪を覆い、罪は洗われ、苦しみは歓びに変わる。

憎しみは消え、暴力は潰え、調和の鐘が鳴り響く。

救いをここに。主の御名の元に、教皇レオ三世が告げる"

 

「――世界に光を与えたまえ(ウルビ・エト・オルビ)

 

浄化の光が、狂える皇帝を包み込む。

混沌は秩序を取り戻し、暴君は在りし日の姿を取り戻す。

 

「余は、一体何を……。こんな筈は……こんな筈では……」

 

安全は確保され、フリーダがイヴァンの元に歩み寄る。

 

「落ち着かれましたか、"青"のアーチャー。

私はフリーダ。聖杯大戦の観測のため、英霊たちの力を集めている者です。

よろしければ、少しお話を――」

 

はぁ、はぁ………。

やれやれだ。ともあれ、これで当初の目的は果たした。

あとは戦後処理だ。帰還の準備を始め――

 

耳をつんざくような音と共に結界が破られる。

何かが空から降ってきた。二枚の車輪のついた()?いや、糸巻きか?

よく見ると、樽には人の顔がついていた。

 

まさか、あいつが、"白"のバーサーカー!

化け物は、人語とは思えない叫びを発しながら、車輪に装着した機銃をフリーダに向けている。

 

更なるサーヴァントの乱入時は、直ちに離脱じゃなかったのかしら。

交渉に気を取られてた?それとも連戦で疲れてた?

まあ、どっちでもいいか。やっぱりまだまだ甘いわね、フリーダ。

 

私は迷わず射線上に飛び出し、撃たれた。

二人が私を呼ぶ声が聞こえる。

 

いっ、たぁ…………。

治癒は……だめだ。もう間に合わないし、魔力切れだ。

とっくに大聖杯からの供給はオーバーしてた。せめて痛覚だけでも遮断しておこう。

 

フリーダが必死に私を揺すって何か言っている。

メフメトは怒り狂ってバーサーカーに突撃している。

 

フリーダに聖都の機動権を託す。

シャルルにもらったように。

操作方法を手取り足取り教える必要は、ないわよね?

 

こみ上がってきたものを咳込む。私の白の教皇服が真っ赤になっていた。

あーあ。やっぱり別のをアメリアに作ってもらえばよかったかな。

 

このままじゃせっかく仲間も増えたのに全滅だ。

それだけは、シャルルにフリーダを託された私が許さない。

キャスターらしく、最期まで足掻いてやる。

 

現界可能なギリギリまで霊核を削って、無理やり魔力を捻り出す。

教皇を撃ったんだから。煉獄で裁きを受けてもらわないと。

 

賊を連れて、聖都からも離れてどこか遠くへ。大規模転移。()()()()()()()()

そうだ、南東にマダガスカルとか言う島があった。

"青"のライダーが根城にしていたようだが、さっき地図を確認したときは誰もいなかった。

しばらく怪物を封じるにはちょうどいい。あわよくば自滅に巻き込めれば最高だ。

 

意識が薄らいでゆく。私は最後の魔術を司教杖(バクルス)に託す。

 

ねえ、シャルル。

私も、あなたみたいにカッコよかったかな?

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

数時間後。教皇は、名を忘れた少女への慈愛を示して退去した。

私はこれを、"白"のサーヴァント一人目の脱落と定義する。




予約投稿ズレていました
次話投稿予定:1日0時

誤字をまとめて修正する予定なので(改)がつきますが
内容に変更はありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11節c 代償

私は正しい選択をしていると信じていた。

イヴァン雷帝は確かに計算外の能力を持っていたが、銘を取り戻した私の銃の敵ではない。

メフメトと私で動きを止め、レオの洗礼詠唱で混沌に振られていた属性を切り替える。

とっさの思い付きにしては、上手くいったはずだ。

 

「落ち着かれましたか、"青"のアーチャー。

私はフリーダ。聖杯大戦の観測のため、英霊たちの力を集めている者です。

よろしければ、少しお話を――」

 

これでいい。私は戦闘意識を解除して、イヴァンとの交渉に全力を注ぐ。

幸いにも、今の彼はすっかり消沈している。こちらの話にも耳を傾けてくれそうだ。

もう、最初のような失敗は繰り返さない。私は迷わない。

 

そう思っていたのに。それは空から現れた。

狂気に囚われた人の顔のついている、巨大な車輪を持った樽?ドラム缶?

アメリアのミシンについていたボビンにも似ている。

"白"のバーサーカーは上空から遮蔽術式を貫通して、私たちの近くに着陸する。

 

何か叫びながら、狂乱の怪物は私に車輪の銃口を向ける。

思考が、追い付いていなかった。考察すべきは敵の風貌ではなかった。

もっと早く一時散開か撤退の指示を出さなければならなかったのに。私は、また間違えていた。

 

瞬く間に銃弾が装填され、私目掛けて掃射される。

ここまでか。

私の役目も存外に呆気なく終わって――

 

「そんなわけないでしょ、バカね」

 

私を庇うように飛び出したレオが、撃たれた。

吹き出す血をものともせず、彼女はバーサーカーの弾丸を浴び続けている。

メフメトは怒り狂って、バーサーカーに突撃していった。

 

弾幕が止む。私は錯乱し、必死に声をかけながらレオを揺すった。

護布の治癒は効いていないのか。それとも足りないのか。私では彼女の治療はできない。

一刻も早く聖都へ帰還し、彼女の手当てをしなければ。早く、早く、早く!

 

レオが私に手を差し出す。思わず握るとイメージが送られてきた。

これは、機動聖都へのアクセス権?

今なら思いのままにシャルルの城を操れる自信があった。

 

いやいやいや。そんなことはどうでもいい。

まずは彼女を――

 

「いーい?よく聞きなさい、フリーダ。

私は怪物(バーサーカー)を連れて、できるだけ遠くへ逃げる。

南東に無人の島があるでしょ。一時的にそこに閉じ込めるぐらいならできると思うから。

その間に何とかしなさい。後は、任せたわよ」

 

レオの姿が薄らいでいく。

まさか、魔力の代わりに自身の霊核を……。

 

「頭首サマなんだから、そんな顔をしない。

せっかくのドレスが台無しよ?あなたは、あなたらしくあればいいの」

 

ものすごく痛いはずなのに。息も絶え絶えに、私を励ます。

もう喋らなくていい。すぐにあなたを助ける。だから……!

 

「それじゃあね、フリーダ。私の可愛いマスター(イレギュラー)さん。

シャルルのこと、ごめんなさい。でも、これで借りは返せた、わよね?」

 

レオは杖を振るい、メフメトと戦っていたバーサーカーともどもどこかへ消えた。

今度は私が絶叫する番だった。

 

 

 

 

 

機動聖都の庭園で、私はメフメトの使い魔の猫を撫でる。

 

行われるはずだった戦闘への介入は成功し、

"白"のセイバーと"青"のアーチャーが陣営に加わった。

戦果だけを見れば上々だと言えるだろう。その代わり――。

 

庭園に一羽の白い鳥が飛んできた。レオのカモメだ。

地図を見る。マダガスカル島に先程まで確認されていた2騎の反応が、1騎になった。

更新もこれで終わり。使い魔は、最後の己が役目を果たしに来たわけだ。

 

暗示は切れているだろうに、カモメは飛んでいこうとしない。

おまえの主はもういないんだよ、と話しかけると、心なしか悲しそうな顔をした気がする。

カモメはやがて、庭園の木陰で眠り始めた。別に構わないが、ここに留まる気のようだ。

 

「ここにいましたか、フリーダ」

 

呼ばれて振り向くと、"白"のセイバーが立っていた。

真名は、私の推測通り。黎利(レ・ロイ)

黎朝の開祖。明軍への叛乱者。そして、湖の精霊に水の魔剣を賜ったベトナムの英雄。

彼女もまた、大聖杯に招かれた"王"の一人だ。

 

「事情は概ね理解しました。改めて誓いましょう。

お互いにサーヴァントなので、正式なマスター契約を結べるわけではありませんが。

これより私はあなたの剣だ。あなたの戦いに騎士として仕えます」

 

結局彼女は約束通りスガとその場に留まり、作戦終了後は一緒に帰還してきた。

レオを失って動揺している私の話も、彼女はちゃんと聞いてくれた。

最初から話せばわかる英霊だったのだ。

――奇襲など、初めからしなければよかった。

 

「フリーダ。仲間を失い悲しみにくれる気持ちもわかります。

ですがあなたはこの城の主だ。

ここで足を止めてはいけない。どうか皆に次の指示を」

 

……そう、だ。まったくその通りだ。

私は最初にシャルルにもらって持ち歩いてたライムの瓶を取り出し、一口だけ食べる。

以前より酸っぱく、塩辛い気がした。きっと、気のせいだ。

 

 

 

 

 

城にいるサーヴァントたちを広間に集め、次の行動目標を伝える。

 

一つ目は、南に逗留している"白"のライダーのもとを訪れること。

(ロイ)とイヴァンの話では、彼には戦闘の意思がないようだから、

私と護衛のスガだけで向かうつもりだったが、念のため啄木とアメリアにも同行してもらう。

魔術式を貫通でき、空を飛べるバーサーカーがいると思い知った以上、

もはや機動聖都も絶対安全な拠点ではなくなってしまったからだ。

 

二つ目は、その"白"のバーサーカーを迅速に排除すること。

以前から彼の機動性を脅威と認識していたのに、放置していたツケが回った。

恐らく敵はレオの魔術によってしばらくは拘束されているものと思われるが。

いつまで持つかはわからない。今この間にも脱出して再び暴れ始めるかもしれない。

そうなってからでは命を賭して時間を稼いでくれたレオの遺志が無駄になる。

私たちの持つ全戦力を投じて、バーサーカーには退去願う。

レオの仇の指揮はメフメトに託す。ロイが前衛、イヴァンが後衛だ。

 

本来の目的である"白"のランサーがどんどん後回しになっているのは痛いが、やむを得ない。

目前の脅威を一通り排除してからでも遅くはないはずだ。

――だが、本当にこれで正しいか?自分はまた間違えていないか?

もう私は自分の計算に自信が持てない。

 

機動聖都はひとまず南西のモザンビークを目指す。そこからは別行動だ。

マダガスカル島へ向かう昇降機には自律航行機能と通信機能をつけた。

啄木はどうやらこの手の改良は得意らしい。ジブチの基地で同様のものを見たからだと言う。

彼が初めて役に立った。暗殺者のスキルではないと思うのに変わりはないが。

 

私たちは南アフリカへ向かう。ロイとイヴァンによれば"白"のライダーはケープタウンにいる。

これは最後に更新された"地図"で見た情報とも一致する。

彼に会えば、私の知らない視点からの情報を得られることだろう。

 

今は、それに賭けるしかない。




予定より早いですが、1日1話を目標にします
次話投稿予定:1日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12節 旧大陸を征く

機動聖都の庭園。手が空くと、つい私はここに来てしまう。

シャルルの意匠のつまった庭。使い魔たちの休息地。平穏の楽園。

 

私の膝にはメフメトの猫。木にはレオの従えていた最後のカモメ。

池にはロイの亀。一番多いのはイヴァンの黒犬。

状況は全く好転していないのに。動物たちを見ていると不思議と心が安らぐ。

 

機械的な呼び出し音。別動隊からだ。別れてからまだ一日も経ってないのに。

こちら聖都、と我ながら覇気の無さを隠さずに応答する。

 

「あー、テストテスト。こちら"ロードス"。

マダガスカル島へ向けてモザンビーク海峡を順調に飛行中。どうぞ!」

「こちら聖都。ケープタウンへ向けドラケンスバーグ山脈付近を飛行中。

特に連絡事項はありません。通信終わります」

 

待て待て待て、とメフメトの焦った声が聞こえる。

何がロードスだ。改造しただけの昇降装置に勝手に名前までつけて。

通信機を持たせたのは失敗だった。念話で十分じゃないか。最新式装備を好む英霊はこれだから。

 

「いいじゃねーか!島に着くまでこっちは暇なんだ。話し相手になってくれよ。

あーあ。タクボクに頼んでチェスでも積んでもらえばよかったぜ」

「そちらには皇帝が3人も揃ってるんですから、己の王道でも議論されてはいかがですか?」

「え、嫌だよ。議論なんて柄じゃねえし。そもそも王道は比べられるものじゃねえからな」

 

オスマントルコ。黎朝ベトナム。ロシア・ツァーリ。

領土も、時代も、国民性も、何から何まで違うものを比べることはできないか。

確かにそうかもしれない。まあ、それはそれとして。

陛下の様子はよくわかったから、残りの二人は何をしているのか聞いてみた。

 

ロイは装置の隅で目をつぶって正座している。

瞑想と言うらしい。精神修練の一環だそうだ。

落ち着きの無いメフメトにぴったりじゃないか。私は真似を勧めたが拒否された。

 

イヴァンはなんとずっと寝ている。

大聖杯から十分な供給を受けられるとは言え、あの雷撃や砲塔は魔力効率が悪い。

万全の状態でバーサーカーと戦うためにはこれが一番だと言っていたらしい。

……庭園に来るたびに犬が増えているのはそういう訳か。

 

我が夢路に這い出よ黒犬(チョールヌイ・オプリチニキ)

史実のイヴァン四世が専横貴族に対抗するため非常大権と共に導入した親衛隊。

黒衣と黒馬の兵団。ツァーリの手足として役割を果たし、民衆に大いに恐れられたと言う。

サーヴァント・イヴァン雷帝は、

この逸話を自身が寝ている間に無尽蔵の兵士を召喚する対人宝具へと昇華させた。

 

そう聞くと、血も涙もない無貌の兵士のような姿を想像したが……。

こうして間近で見ていると、殺戮猟兵(オプリチニキ)とは名ばかりの普通の犬だ。

 

コンゴ盆地で敵対したときは確かに獰猛な軍用犬と言う印象を受けたが、

庭園にいるそれはシェパードやドーベルマンとは違う。

どちらかと言えばテリアやラブラドールのようなかわいらしい犬ばかり。

そのうちに1匹がメフメトの猫とじゃれ合って遊び始める。

 

史実の親衛隊はもちろん人間だったから、使い魔も人型のものとばかり思っていたが。

日本語の"雷帝"に由来する雷を扱える能力と言い、

逸話として昇華されたものならなんでもいいのかもしれない。

"座"とやらもいい加減なものだと思う。

あるいは、それこそが英雄を英霊たらしめる信仰の力の本質なのか。

 

人間でないと言えば、あの"白"のバーサーカー。

機械の身体に人の顔のついた怪物。私はあれの真名に心当たりがある。

 

聖杯に与えられた知識によれば。

20世紀、第二次世界大戦最中のイギリスで、あの形状をした戦略兵器が研究されていた。

対城壁用の自走式爆弾。その名をパンジャンドラム。

ノルマンディー上陸作戦に際し、ナチスの築いた大西洋の壁(アトランティクワール)を破壊するための奇策。

構造的な欠陥が多く、実際に使用されることはなかったそうだから。

敵の正体は恐らくその開発者。海軍将校にして小説家。ネビル・シュート。

 

なぜ彼が自身の開発した兵器と融合した姿で、

高ランクの狂化を伴うバーサーカーとして召喚されたのかは不明だが、正直どうでもいい。

浄化を通り越して変容した精神すら治療できるレオの洗礼詠唱なら、

もしかしたら狂化を解除することもできたかもしれないが。

そのレオは彼に殺されてしまった。それだけで彼は報復に値する。もはや和解はあり得ない。

この手で討ち果たせないのは残念だが、最大戦力を投入した以上彼らが必ずや――

 

「フリーダ?フリーダ!」

 

生返事がバレたのか、大きな声で話しかけられる。

いや、私は本当に聞いていなかったのか?

前にもこう言うことがあった気がするが、思い出せない。

 

「おいおい、しっかりしてくれ。それでな、俺はベリーニの奴にこう言ったんだ。

『俺はこんなにブサイクじゃない、なんだこのウシみたいな鼻は、描き直せ。

あともっとヒゲを豪華にしろ。それから手にはバラを持たせて……』」

 

メフメトの話を遮って、二人の声が聞こえてくる。

 

「あああーっ!アーチャー!うるさいです。

ただでさえ狭いんだから、もう少し小さい声でしゃべってください」

「む……。戦いの時間か。いかんな。余はどれくらい寝ていた?」

「いえ、あなたの方ではなく。到着はまだまだですから、ずっと寝ててくださって結構です。

あとこの際だから言いますが、イビキは控えめでお願いします。正直ゾウといるみたいです」

「ゾウ……?ああ、マーマント(マンモス)のことか。余を形容するに相応しき獣の名である」

「……本当に秩序は取り戻されたんですかね」

 

賑やかなことだ。名の知れた王が3人も集まって私のために戦ってくれているのだから。

私と喋るだけで気が紛れるなら、甘んじて協力すべきなのだろう。

……こんなとき、レオならどんな話をするのだろうか。

 

「おや、フリーダ殿。(われ)の通信機が見当たらないと思ったら、

汝が持ち出しておったのだな。見つかってよかったわ」

 

庭園に啄木が姿を見せる。別に持ち出したつもりはないのだが……。

私の城の設備をどこで使おうが、私の勝手ではないか。

何にせよちょうどいい。スルタンの話し相手は任せた。

 

「こちら聖都"啄木"。通信を交代した。西国の皇帝よ。予では不足かな?送れ」

「おっ!そういや、あんたは極東の詩人だったな。せっかくだから俺の歌でも――」

 

聖都の回廊を歩く。

自然と足がレオの部屋に向かっていた。




次話投稿予定:1日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13節 自由の翼

機動聖都。教皇の部屋。

さすがに室内はきれいに整頓されている。

机の上には聖書と、木彫りのロザリオと、二枚貝のオブジェ。

 

セネガルで最初にレオが工房にしていた"貝の教会"を思い出す。

彼女もデザインが気に入っていると言っていた。懐かしんで似せたものを作ったのかもしれない。

英霊の形見というのも変かもしれないが、置物は持っていくことにした。

 

そのまま何となくレオのベッドで横になっていると、

開けたままにしていた扉の外から話しかけられる。

 

「なんと、フリーダ殿とは。ここは法王殿の部屋ではなかったか?

どうもお疲れの様子だ。(われ)が茶でも淹れよう。さぁさぁ」

 

またも啄木か。メフメトとの話は適当に切り上げたのだと言う。

私はもう少しここにいたい。断ろうとしたが、結局連れ出されてしまった。

 

広間にはアメリアとスガがいた。おしゃべりでもしていたのだろう。

啄木がスガに声をかけて、二人は厨房へ行った。

 

「城主さん、教皇様のことは……」

 

隣のアメリアが私の気持ちを慮ったのか、声をかけてくれる。

大丈夫だから何も言わなくていいと答え、席に座る。

アメリアは黙ってじっと私を見ていた。

 

「お待たせしたな、フリーダ殿。アメリアも予の茶を飲むのは久しぶりではないか?」

「うぇっ。あなたの茶って真緑の日本茶(グリーンティー)でしょ。あたしはあんまり好きじゃないんだけど……」

「まあそう言わずに、アメリア。茶請けは(わたくし)が用意しました。

この男が陸軍の基地からくすねてきたものですが、せっかくなので日の本の味をご賞味ください。

この身に食事は不要と存じておりますが、それもあまりに味気ないというものです」

 

目の前に緑色の茶と茶色の直方体を出される。

ようかんと言う菓子らしい。聖杯の知識にはなかった。

 

茶を一口飲んでみる。に、苦い……。

とっさに切り分けられた分のようかんを食べる。あ、甘い……。

極東の味付けは、こんなにも極端なのか。

隣のアメリアを見ると、何とも言えない表情をしていた。

 

向かい合う啄木とスガは、これぞ故国の味と言わんばかりに満足気だ。

なんだか、自分たちとのギャップにおかしくなって少しだけ笑ってしまう。

 

「さて、フリーダ殿」

 

啄木が改まって口を開く。

 

「我々は非戦闘員だ。あ、そこの病弱(エセ)女丈夫は別だが。

そんな我らでもよければ、主殿についての話を聞いていただきたい」

 

スガは啄木のことを睨みつけているが、本人は全く気にしていなさそうだ。

私の話?

 

「昨今の戦闘の折に、出陣中の方々の部屋を掃除させてもらった。

アメリアが自分たちだけ何もせずじっとしてはいられないと言うのでな。

予はそれをほんの少しだけ手伝わされた。そのときに、主殿の部屋でこれを見つけた」

 

啄木が一冊の本を机の上に出す。

それは、私の日記――!

 

「ごめんなさい、城主さん。悪いとは思ったけど、つい読んでしまったの。

あなた、自分の本当の名前を覚えていないんですって?」

 

ヴラドに与えられたフリーダの名前で通していたから、言ってなかったかもしれない。

――別に、いいじゃないか。武器は思い出せたし、何より私が困っていないんだから。

現時点での緊急の課題ではない、と思う。

 

「日記というのは恐ろしいものよな。

本人は日々のことを書き留めているだけのつもりでも、それ自体に意味が生じることがある。

予も生前書いていたものを死の間際に燃やすよう女房に言いつけたのだが、節子め。

予の女遊びを相当恨んでいたと見える。予の親友の言語学者だけでなく帝国中にバラしおった」

 

世界中では、とスガが口にした。

最低、とアメリアも本人に聞こえるように呟く。

 

勝手に読まれたことは別に怒ってない。

もともと人に読ませることを想定して現在の状況を書いたものだ。

啄木のように、読まれて困るような恥ずかしいことは何一つ書いていないと断言できる。

 

「本題に入ろう。アメリアは主殿が己の名前を覚えていないことを気にしたようだが。

予は別のところに着目した。日記の文体だ。

これが戦の記録だと言うのは予でもわかる。だがそれにしては不必要な情景描写が多すぎる。

単刀直入に言おう。主殿は、予のご同業なのではないか?」

 

私が、盗み見野郎と同じ職業の英霊?

いや、待ってほしい。啄木は日本語しか読めないのではなかったか。

私はそんな言語で書いてる覚えはない。

そう訊ねたら、アメリアに聖杯の知識の使い方を教わった、としれっと言ってのける。

 

「正直あたしも同意見。自分でも上手く言えないんだけど……。

サーヴァントに言語の壁はないから、無意識な行動にこそヒントは出るの。

あなたの日記は英語じゃないし、もちろん日本語でもない。これは()()()()で書かれている。

聖杯の知識にも含まれる程度に著名なドイツ語圏の作家。それがあたしたちの推測」

 

情報量に思考が追い付かない。

私が考えもしなかった視点から、次々と。

私の真名に関する情報が広げられていく。

 

「そこの浮気男に倣うのは悔しいけど。筋は通さないとね。

勝手に読んだお詫びと言うほどでもないけど、あたしも秘密を一つ打ち明ける。

あたしは、デザイナーなんかじゃない。ただの新聞記者。

私が"座"に召し上げられた功績なんて、服と節約を広めただけのちっぽけなもの。

みんなは驚いてくれたけど、あの宝具だって後付けに過ぎないの」

 

淡々と話すアメリアの言葉が、ほとんど耳に入ってこない。

スガも私も、二人の話を黙って聞いていた。

 

「我らのしたことが褒められたものではないのは理解している。

それでも法王殿が名誉を遂げられてから、主殿は危なげで仕方がなかった。

……一人で泣いている少女を、放ってはおけなかったのだ。

我らが推測できる情報はここまでだ。後はフリーダ殿自身が取り戻してほしい。

それから、我らの余計なお節介を許してくれとも言わん。

だから、この先も主殿は主殿の思うままに振る舞ってほしい。

それが、ジブチで主殿に同行を決めた我ら3人の変わらない願いだ」

 

――キミは、キミの思うがままに行動しろ。

――あなたは、あなたらしくあればいいの。

 

3人だけじゃないぜ、と通信機から声がする。

 

「フリーダの様子がおかしいって話をしたら、タクボクも同意見でな。

こうして一芝居打ったってわけだ。水くさいぞー、フリーダ!

悲しいとき、悔しいときは思いっ切り吐き出しちまえよ!俺たち、今は仲間だろ?」

「私たちはあなたに敗北したから、渋々従っているのではありません。

あなたの行動目標が正しいと理解したから、進んでその力になろうと思ったのです」

皇帝(ツァーリ)でも間違えることはある。ゆえに完璧な人間など存在せぬ。

余は余を見つけてくれた聖者のため、そして導きを示した汝のため杖を振るうのみ」

 

言葉が出ない。

比較的長く行動を共にしているメフメトはともかく、なぜそこまで私を信用できる?

 

「言わねばわからぬか?汝が我らと同じ英霊であり、人間だからだ。

例え名を失っていても、その魂の在り方は決して変わらぬ。

これは他の英霊どもも同じであろう。彼らもまた、汝の中に光を見たのだ」

 

私が、英霊だから?

 

――良かろう。余がそなたの槍となろう。

――少女を助ける騎士ってのは、カッコいいもんだろ?

 

「バーサーカーを倒したらすぐ戻るからな!

レオの分もヴラドの野郎の分も、みんなでお前の話をしようじゃないか。

俺たちが力を貸したのは、一体どんな奴だったのかもっと教えてくれよ」

「"白"のニコライに会ったなら、よろしく伝えてくれ。

それでは戦場まで余は再び暫しの眠りにつくとしよう……zzz」

「あーっ!良い雰囲気だったのに。これだから象男は……」

 

静かに肩を震わせる私を、アメリアは静かに抱きしめてくれた。




次話投稿予定:2日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14節 樽の中の英雄

南アフリカ、ケープタウン。

大陸有数の商都。ヨーロッパとアジアの中継地。数多の国からの差別と抑圧を越えた街。

もちろん今は無人だが、美しい街並みは人間の繁栄の在り方の一端を見せてくれる。

 

ここに、"白"のライダーがいるはずだ。

 

聖都の昇降装置で街はずれに降りていく途中。広間での激励を思い出す。

私はシオンに送り出されて以来、本当はずっと孤独だと思っていたが。

まるで違った。真名を覚えていなくても、彼らは私を一人の英霊として尊重してくれた。

 

大切な仲間、レオを失ってとてつもなく悲しい気持ちに変わりはない。

だが、人間は必ず死ぬものだ。それは霊魂であるサーヴァントも同じ。いつか消える定め。

究極的には二度目の死のために私たちはここに再定義されたとも言える。

だからこそ。私は私の役目を、聖杯大戦の観測を、何があっても続けなければならない。

そうでないと、私は私を信じてくれた英霊たちに不誠実になってしまう。

 

それにしても、ドイツ語圏の英霊か。

改めて自分の正体についてゆっくり考えてみたいが、まずは目前の謎を解いてからにしよう。

 

近くにサーヴァントの気配を感じるが、どうも()()

この街のどこにいるのか探すところから始めなければ――

 

「何じゃ、(うぬ)ら。犬みたいにぞろぞろ集まってきよってからに。

せっかくの天気だと言うのに陽が当たらんじゃろうが。

もしや汝らも遊興の参加者か。だがあいにくとわしに乗る気はない。戦いたいなら他を当たれ」

 

()()()()()()()()()()

海にほど近い市の中心部、シーポイント地区の高級住宅街の路上。

あからさまに怪しげな樽が転がっていたので、恐る恐る近づいてみたらこれだ。

立ち去らないことに苛立ったのか、やがて中から人が出てきた。

 

「む、む、む……!」

 

ぼろ布を纏った白髪に白髭の老人が、私たちを凝視している。

何から突っ込めばよいかもわからず、4人で固まってしまった。

 

「ほう、ほう、ほーう。

7騎に属さぬエクストラクラスのサーヴァント。わしの同類。雄弁家。そして、おや」

 

ライダーはスガに目を止め、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「汝はどことなくネサレテに似ておるな。どうじゃ、わしと今夜?」

 

当然のようにスガの身体を触ろうとするライダー。

私はあわてて止めようとするが、スガがキレる方が先だった。

 

「――ッ!」

 

彼女は瞬時に後ずさって腕を振り、黒鍵を3本別々の方向からライダーへ向けて投擲する。

だが黒鍵はライダーに刺さることなく、()()()

 

「ろ、老人虐待じゃあああ!」

 

おどけてみせるライダーの反応よりも気になったことがある。

なぜ、黒鍵で傷を受けない?飛び道具に対する何らかの加護か?

 

「んー。それは違うぞ。黒蝶の少女よ」

 

口に出していないのに。

このジジイ、まさか私の心を……!

 

「それも違う。わしは人の心を読んでいるのではない。見ているのだ」

 

意味が、わからない。

いや、わかるような気もする。この感覚は、一体……。

 

「さて、先ほどの話は撤回しよう。少しだけ興味が湧いた。

汝ら、わしに聞きたいことがあってこの街へ来たのだろう?いいとも、答えてやろう。

わしが飽きるまでだかな。クカカカカ」

 

念のためスガの方をちらりと見ると、いかにも嫌そうに頷いた。

 

「わ、私はフリーダ。聖杯大戦の異常の観測のため、英霊たちの力を集めている者。

ここにいるのは両陣営のアサシンと、"青"のキャスター。他にも3騎。

"白"のライダーよ。私たちに戦闘の意思はなく、真名を開示した上で協力する用意が……」

「あー、あー。前口上はいらん。聞きたいことだけ話せ」

 

最後まで話す前に遮られてしまった。

 

「では……。なぜ"白"のセイバーと"青"のアーチャーを戦闘させるよう仕向けたのですか?」

「仕向けたとは人聞きの悪い。わしはあの狂える哀れな皇帝に引導を渡しただけじゃ。

どうせセイバーが勝ったのだろう?言わなくてもわかる。本当に()は趣味が悪い」

 

……セイバーが勝った?奴?

 

「お言葉ですが、ライダー。私たちは彼らの戦闘に介入し、2騎とも我らの陣営に加わりました」

 

初めてライダーが驚いた顔を見せる。

この反応を見るに、私たちの奇襲までは予想していなかったのか?

なら北へ行けばわかると言ったのは、別の意図があったのか?

 

「なんと!つまりあの暴君は暴君のまま少女の手下になったと言うのか」

 

どうせ黙っていても見透かされてしまうなら、話してしまおう。

 

「正確には……"青"のアーチャー、イヴァン雷帝は、

秩序、混沌ランダムに属性を変化させるスキルを有していました。

召喚時の事故か何らかの原因で、混沌側に固定されていたものと思われます。

私の仲間が治療を施した結果、秩序側に再固定し、彼は一緒に戦うことに同意してくれたのです」

 

嘘は言っていない。

その治療を施した仲間はもういないが……。

 

「そうか。それは惜しい人材を亡くしたのう。彼女なら奴も治せたかもしれんと思うたが……」

 

やはり、ライダーに隠し事はできないようだ。

口にしていないことまで知られてしまう。

 

「よし。イレギュラーのサーヴァントよ。汝が只者ではないことはようわかった。

汝にはわしがもう少し助言をしてやってもいいだろう。

わしの名は、ディオゲネスじゃ。キリキアの方ではないぞ。汝なら当然知っていよう?

さあ次は汝の番だ。教えてくれ。汝は、誰だ?」

 

ディオゲネス。古代ギリシャの哲学者。犬儒派(キュニコス)の体現者。

哲学者……哲学者……。何か、あと少しで……。

 

「私は、フリーダ――」

 

ヴラドに与えられた名前を、ディオゲネスは即座に否定する。

 

()()

 

眼光鋭く、彼は続けた。

 

「その名前は聞いた。当世風に言えばペンネームというやつだろう。

イスカンダル(アレキサンダー)ヘウレーカ(アルキメデス)フリュネ(ネサレテ)

賢いやつはみんな持っておる。異名。通名。俗名。だがそれらではない。

わしが知りたいのは、汝の真名だ。汝の口から聞きたい。

真名を開示した上で協力する用意があるのだろう。

フリーダ(平和)を名乗る者よ。汝は、誰なのだ?」

 

よもや覚えていないとは言うまい?と言った彼は、

恐らく私が答えられないことを知っていて、聞いている。

私は黙って、立ち尽くしていた。

 

私……は……。




次話投稿予定:3日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15節a 大賢者は笑う

「クカカカ!タクボク殿、不貞を記した日記を妻に読ませるとは、

汝もなかなかあくどいのう!」

「いやいや。名高き賢者殿に言われては予も肩身が狭い!

まこと、世界とは面白きものよなあ!」

 

ケープタウン街中の、ディオゲネスと会った場所からほど近いパブ。

バーカウンターで私を真ん中に。

左側に啄木とディオゲネスが、右側にスガとアメリアが座っている。

 

「――それでな、わしはわしの願いを叶えるとか抜かすやつに言ってやったんじゃ。

『ならそこを退け。日陰になってしまう』とな」

「はっはっは!いかな大王と言えど、賢者殿に言われては返す言葉もなかろうて!」

 

……ビールを飲みながら談笑中だ。

何が禁欲主義だ。アテナイの犬め。海魔でも食べてあたればいいんだ。

だが不思議とディオゲネスを悪人とは思えない。不快感や不潔感は感じるが。

所業は世俗に塗れたものなのに、いったいなぜだろう……。

 

「ほんっと、これだから男って嫌なのよねぇ!ねぇ、スガ。あなたもそう思わない?」

「アメリア、飲みすぎです。それに酒くさ…うっぷ」

「いいのよいいのよ!男どもも飲んでるんだから!ほらあなたももっと飲みなさい!」

(わたくし)は酒精には弱くて、ひぃぃ!」

 

右側も悲惨だ。

アメリアが絡み酒だったとは。スガに無理やりウィスキーを飲ませている。

サーヴァントも、酔うのだな。

これは、現代の言葉でアルコールハラスメントと言うのではないだろうか。

女性の解放とは絶対にこう言う意味ではない気がする。

 

アプフェルショーレ(アップルサイダー)を飲みながら、ディオゲネスの問いを反芻する。

――私は、フリーダ(自由)だ。ではフリーダとは、誰だ。

 

ドイツ語圏の作家。裁定者に因縁。銃使い。いやこれは後付だったか。

ディオゲネス、ソクラテス、アルキメデス……。

古代ギリシャの哲学者や数学者たちの名前。

私の生きた時代とはまったく関係ないはずなのに、妙に頭に引っかかって離れない。

あと少しで思い出せそうなのに、最後のパーツが足りない。

 

樽の中の英雄(ディオゲネス・クラブ)は楽しまれているかな。フリーダよ」

 

そんな店名ではなかったはずだと訂正する気すら失せる。

ライダーは、む、と私のグラスを見て咎める。

 

「なんだ、汝は酒はやらんのか?見た目通りの少女という訳でもないだろうに」

「サーヴァントに年齢は関係ありませんし、飲みません。

あなたたちと言う悪例を見るまでもなく。私の霊基が酒は害悪だと告げているのです。

日に一杯飲むだけでも私の魂は谷底へ落ちるでしょう。だから私にはこれで十分です」

 

林檎水の瓶を突き付けて黙らせる。

ディオゲネスは無言でこちらを見ていた。

 

シオン、私を送り出したマスター。なぜ私の真名を隠す必要があったのか。

戦場で武功を立てた英雄ではないから。彼女の上が私の力を借りることに渋ったから。

本当にそれだけか。私は、名前を名乗ることすら恥と思われるような反英霊なのか。

 

「コリントスの賢者よ。どうやらあなたは私の真名に心当たりがおありのようですね。

私は私を呼んだマスターの意向で思い出せません。知っているなら教えていただけませんか?」

 

向かう先のない苛立ちを、ディオゲネスにぶつける。

彼は首をかしげて答えた。

 

「いいや?本当に知らんぞ。ただ名も知らぬ相手とは問答をしたくないだけじゃ。

さっきも言った通り助言ぐらいならしてもいいが、それには対価をもらわねばな。例えば……」

 

ディオゲネスは私の身体を舐めるように見てくる。

私は意図を察し、銃を彼の頭部に向けた。

 

「おお怖い怖い。だがな、フリーダよ。

先程の女の刃が示した通り、わしは武器では倒せんぞ。わしは()()()も引いておらんしな」

 

スガが振り返ってこちらを見る。

 

「さあ、試してみなければわかりませんよ?酔い覚ましだと思っていかがですか?」

 

銃を下ろさない私に、ディオゲネスは肩をすくめて両手を挙げる。

 

「まあ落ち着け。言葉にしていないことから妄想を膨らませるのは汝の欠点よ。

対価に汝がほしいなどと、わしは言っておらんのを忘れるな」

 

人の心を暴く老害が何を言うか。

 

「対価は……そうさな。こう言うのはどうか。知っての通りわしは犬儒派(キュニコス)の哲学者。

犬のディオゲネス。よって対価に求めるのも"犬"だ。()()()()をわしの前に連れてこい」

 

はっ……?犬……?

犬なら、イヴァンの使い魔の黒犬が庭園の庭にたくさんいるが。

 

「痴れ者。犬の英霊と言ったじゃろうが。犬の使い魔ではない。

無論、そのようなものがこの大陸にいることを知った上で言っている。

わしはぜひそいつとも話をしてみたいのだが、そいつは動く気がないようなのでな」

 

地図はあるか、と聞かれたのでレオのものを出す。

もうずっと更新はされていないが……。

ここじゃ、とケニアとタンザニアの国境あたりを指さす。

 

大陸の最高峰。キリマンジャロ。"青"のバーサーカーの場所?

レオの話によれば、3つの異なる種類の魔力源によって拘束されているようで、

原因は不明なものの、大戦の趨勢に影響はないと思われるので後回しにすると決めた。

バーサーカーが犬の英霊?いやいや、犬の英霊って。

戦馬や人形でも"座"に召されるとは聞いたことがあるが、犬とは……。

 

「嫌なら別に構わん。真名を思い出せぬままでもわしの知ったことではないしな。

"白"のランサーにも、今なら勝てるかもしれんぞ?」

 

本当に、このジジイは。

心を読み取れるのはスキルか宝具か。どっちでもいいが最悪の気分だ。心理戦もできない。

 

そうだ。"白"のランサー。

ケニアはタンザニアの隣国だ。タンザニアはいまだ底知れぬランサーの領域。

目的は別にあるとは言え、危険すぎる。

 

「案ずるな。この地図には詳しい場所までは書かれていないようじゃが、ランサーはここにいる。

仮に汝が近くを通っても、向こうから手を出してくることはない」

 

ディオゲネスは羽ペンを手に、

タンザニアからウガンダとケニアに跨るヴィクトリア湖に印を付ける。

なぜ、知っている。シャルルの探査機でも、レオの使い魔でも調べられなかったのに。

 

「知りたいか?それも教えてやってもいいぞ。汝が条件を満たせばな」

 

啄木とアメリアに聞いても無駄だろう。

二人ともすっかり酔って眠ってしまっている。

スガは、私の判断に全面的に従うと言った。

 

どうする。この酔っ払いの言うことを信じるか。

放っておいて合流次第、場所を突き止めたランサーの打倒を先にするか。

 

ここは一つ、賭けてみよう。

 

「――わかりました、樽の賢者よ。バーサーカーを所望ならそれに従います」

 

ディオゲネスはふんと鼻を鳴らし、グラスのワインを一息に飲み干す。

 

「決断が遅いわ。前にも誰かに言われなかったか?それではまた大切なものを失うぞ」

 

この……っ……!

怒りが頂点に達した私は再び銃を向けるが、銃身をディオゲネスに掴まれてしまう。

 

「逸るな、小娘。良いか、まだ汝には足りないものがある。それをよく見極めろ。

わしはこの街を出る。彼の山の近くにはセレンゲティという平原があるが。

そこの大木の地下に雷帝の書庫がある。詳しい場所は本人に聞け。わしはそこで待っている」

 

待て。こちらの話は終わっていない。

だいたい、最大時速500キロの機動聖都ですら何時間もかかる距離だ。

ライダーはどうやって移動するつもりなのか。

そもそも、自分で会いに行けばいいではないか。なぜ私に連れてこさせようとする。

 

「わしの心配より己の行く末を考えた方がいいぞ、()()()()()()()()()()

 

空になったグラスを置いて、ディオゲネスはさっさと出て行った。

啄木とアメリアの寝息が、妙に大きく聞こえた。




次話投稿予定:4日0時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15節? それは渚のような

私は、それなりに幸福な人生だったと思う。

 

二度の世界大戦を祖国のために戦えたし、生き残った。

本もたくさん売れた。二人の娘も美しく成長した。

第六大陸で優雅な余生を過ごした。ああ、カーレースと言うのは実に面白いものだ。

 

良い、人生だった。

私は永遠の眠りについた。

 

――と思っていたが。

私は、どうやら死んでからも世界に役目を与えられたらしい。

英霊の座とか言ったか。私のような小説家に務まるとは思えないが、特に断る理由もなかった。

 

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向ける色は、"白"』

 

自信に満ちた誰かの声が聞こえる。

もう出番とは。この前死んだと思ったばかりなのに。

 

『降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する』

 

現代は……2017年か。

なんだ、まだたった50年ちょっとしか経っていないじゃないか。

悠久の時を経た英雄たちよりも私のような人間を選ぶとは、物好きなマスターもいたものだ。

 

『――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 

"座"は時空を超越する存在だ。

私はここで、先達たる偉大な文豪たちの魂を知覚できた。

シェイクスピア。デュマ。アンデルセン。

 

『誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者』

 

彼らは皆キャスターの霊基を与えられたそうだ。

きっと私もそうなのだろう。

私の文章(センテンス)が他の英霊を強化すると言うのも、それはそれで面白そうだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――』

 

――え?

 

『汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』

 

私が鉄の身体になっていく。私が、私でなくなっていく。

やめろ。嫌だ。やめてくれ。これは、私が望んで作ったものではない。

あまりに高慢ちきで無能な、偉大なお偉方(パンジャンドラム)を皮肉っただけなんだ。

まさか、本当に作るとは思っていなかったんだ――!

 

「あは。あはは。あははははっ!

何その姿。自分で選んだ()が言うのもなんだけど。

やっぱり人間は愚かだ。2000年も本質は何も変わっちゃいない。

笑っちゃうよ!これが僕の守らなきゃいけない世界なんて!」

 

あ。

ガ。

ぐ……オ……。

 

「さあ、()()()()()()!お前は自由だ!

自由への越境者(パイド・パイパー)!お前の描いた世界の終末はもうすぐそこだ!

笑いながら敵を殺せ!お前は"王"の敵となり、存分に暴れ回れ!」

 

理知的な、されど狂気に満ちた青年の笑顔。

それが、私の理性の及んだ最後の記録だった。

 

 

 

 

 

街を壊した。

山を燃やした。

川を抉った。

 

足りない。足りナイ。タりない。

もっとだ。もっト。魔力の心配ハない。

 

殺せ。殺せ。殺せ。

いや、殺ス相手がいない。この国には人間ガイない。これでは殺せない。

 

サーヴァントを殺そう。

片端から大陸中ノ国をまわって、サーヴァントを殺そう。そうシヨう。

 

 

 

 

 

どこだ。どコだ。ドこダ!

いない。いナい。イなイ!

 

広すギる。この大陸はアマりに広すぎる。第六大陸の比でハない。

ワたシの機動力(ロケットモーター)をもっても、英霊ひトり見つケらレない。

 

どこかの森の空を飛んでいるとき。

現在地ヨり南に。

わタしの物ではない炎を感知する。

 

キヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒッ!

誰かイる。それも複数ダ。ちょウドいい。

殺す!殺ス!殺すゥゥゥ!

 

 

 

 

 

上空から目標目掛けて着陸する。

何か当たったような気がするが、気のせいだ。

少女と大男。小娘と小男。4人モいル。殺シ甲斐があリソうだ。

誰でもいい。まずはあの少女からだァァァ!

 

もはやヒトのものではなくなった叫び声をあげて、少女に機銃を乱射する。

弾丸は少女ではなく、射線に飛び出した小娘に当たった。

 

チっ。

小娘は少女に介抱されている。

大男は茫然と突っ立っている。

小男が憎悪の表情でワたシ目掛けて突っ込んでくる。

 

顔を狙って小男の刀が振り下ろされる。

ムダだ。

私ノ顔は、モハや顔ではナい。

 

反撃に小男目掛けて掃射するが、大砲によって阻まれてしまう。

次に小男はわタしの車輪を破壊してバランスを崩そうとする。

 

ムダだ。ムダだ。ムダだ!

 

とある紳士の決戦兵器(パンジャンドラム)は、もハや我が身そノモのとナった。

ただ狂イ果てルマで、霊基砕ケルまで踊るノみ。

車輪を無クシた程度で、ワたシは止められない。

 

体内の爆薬を、斬りかかる小男と同時に爆破させようとしたところで。

 

一瞬にして景色が変わる。

ここは、巨大ナ城壁?

わタしの傍には、さっき撃ち損じた小娘しかいない。

まさかこイツがやったのか、この、ワたシの邪魔を――!

 

「うまく……いったみたいね……。ライダーは、やっぱりいないか……。

なら悪いけど、この壁、使わせてもらうわよ……!」

 

小娘が一人呟いている。

風を纏って、城壁を乗り越えて逃げていく。

 

バカめ。

パンジャンドラムが何ノタめに開発さレたノか知ラナいのか。

()()()()()()()

 

小娘の逃げた方向にある壁を爆破しながら、どこまでも追いかける。

まずはあの娘を始末してから、さっきの連中を追いかけて、皆殺しにしてやる。

 

 

 

 

 

おかしい。

壁は確かに壊れていくのに、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

わたしの体が重い。

壁の破片が、どんどん私の車輪に付着していく。

私はついにその場から動けなくなってしまった。

 

血まみれの娘が私を見下ろしている。

 

「さあ、ポンコツ兵器さん。お祈りの時間よ。

教皇サマが助けてあげる。上手くいけばあなたは自由。失敗しても道連れ。

悔い改めなさい。私を――」

 

娘が何か言おうとしていたが。

 

私は壁の破片のまとわり付いた部分をすべて爆破する。

 

娘を蜂の巣にすると、ようやく動かなくなった。

どこまでもしぶとい奴だった。

 

まずは一人。

次は本土へと戻り、残りの英雄どもを――

 

()()()()

なぜだ。

エンジンの噴射ができない。城壁の破片は全て爆破したのに。

何度も何度も自身の身体を爆破する。結果は変わらなかった。

 

「言ったでしょ、失敗しても道連れだって。

――許しはここに。"地平にあまねく平穏を(パーチェム・イン・テリス)"」

 

娘が消えかけの身体で笑っている。

やがて娘は自らを薪に、わたしも城壁も燃やし尽くした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15節b 四人目の皇帝

機動聖都・別動隊。

三人の皇帝を乗せた特別昇降装置は、マダガスカル島を目前に迫っていた。

 

「"ロードス"、応答せよ。こちら聖都。ツァーリは起きていますか?どうぞ」

「む……。余に用向きか。何事だ、フリーダ」

 

フリーダとイヴァンが何やら話しているようだが、今はこちらが先だ。

 

「ロイ、どうだ?敵の場所は突き止められそうか?」

「幸いにもこの島は亀が多いと聞きます。暗示さえ届けば偵察に支障はありません」

 

ロイが水がめに張った水の紋様に向けて何やら唱えている。

新兵(イェニチェリ)を再展開してもよかったが…使い魔持ちの英霊がいて助かった。

 

「スルタンよ。海岸に石の防塁を作るのは異国での慣例なのか?

キタイ(中国)の者が作り上げたと言う壁は余でも知っているが、

このような小さき島にもあるとは……」

 

もう終わっていたのか。大した話ではなかったらしい。

外を見下ろしているイヴァンが俺を呼んでいる。壁だと?

 

……それにしても、図体の割には顔のパーツの小さい男だと思う。

あの目。寝てるのだか起きてるのだかわからない。もちろん今は起きてるわけだが。

 

彼に倣って見下ろすと、それはすぐに見つけられた。

島全体を外敵から守っているがごとき、"壁"。

高さは3mもないが、明らかにこの時代の建築物でないことはわかる。

この島は"青"のライダーが拠点にしていた場所だったから。つまりあれも、宝具か。

 

ムルンダバと言う都市の砂浜、海岸と都市の境目付近。

見える範囲だけでも何十キロと"壁"は延々と続いていた。

 

「"白"のアーチャー。サーヴァントの反応を探知できました。

敵は1騎。"白"のバーサーカーはここより北東におよそ400キロの地点にいます」

「よし、乗り込むぞ。念のため装置の高度を上げておこう。

なあに、機動聖都ほどじゃないが、タクボクの腕は確かだ。すぐに着く。

各自戦闘の準備をしておけ」

 

奴はこの国の首都、アンタナナリボにいる。

レオを殺した怪物。車輪の化け物。もはやヒトですらなくなったもの。

俺は、冷静さを取り戻すために慣れないトゥトゥン(タバコ)に火を点ける。

 

……俺の時代にはなかったものだが。不味い。不味いのに妙なクセがある。

後世の皇帝(スルタン)が禁止したと言うのもわかる気がする。畜生め。

 

ロイに分けてもらった水で消し、深呼吸をする。

俺がイラついてどうする。これはレオの敵討ちじゃない。ましてや聖杯大戦でもない。

フリーダの観測に必要なための手順。仲間を殺した凶暴な敵の排除だ。

そして俺はその指揮官。今回は強い仲間もいる。とっとと終わらせようじゃないか。

 

島の壁は一層だけではないようだ。

首都に近づくごとに、二層目、三層目、四層目と次々に壁が現れる。

ライダーは、よほど用心深い性格だったのだろう。

 

……待て。壁に、穴?

壁は、よく見ると至るところが破壊されている。

まるで、逃げる誰かを一直線に壊しながら進んだかのような……。

 

これだけの痕跡。なぜ間近に見るまで気付かなかった?

フリーダほどの観察眼はないので、上手く形容できないが。

壁は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな気がする。

地上を進んでいれば、間違いなく俺たちにも何らかの負荷がかかっていただろう。

 

「見えたぞ、スルタン。あそこだ。

西方教会の聖者がこの島を選んだ理由、余は理解したぞ」

 

ああ、俺にもわかるよ。レオ。

お前は自分を囮にして俺たちを逃がし、ライダー本人に倒させるか、

ライダーの陣地を利用してこの島に閉じ込めようとしたんだろう。

 

アンタナナリボの都市に被せられた東洋風の城。

レオはここに逃げ込んで、火を放って自爆した。

炎くすぶる瓦礫となった城の下に、奴がいる。

それなりの損傷を受けたはずだ。トドメを刺してやる。

 

ロイと二人で装置を飛び降りる。

イヴァンは装置から砲塔と雷撃で支援してもらう。

 

ロイの魔剣による水の放出で火はあっという間に消せた。

用心深く城に近づいていくと、耳障りな機械音がする。……奴だ。

 

俺の砲で破片を軽く吹き飛ばすまでもなく、奴は自分から姿を現した。

しかし、レオめ。死にかけのくせにここまで暴れやがって。

どっちがバーサーカーなんだか、とか言ったら怒られるな。

 

敵はまだ火炎によるダメージが抜け切れていないようだ。

手筈通りに、俺たちはバーサーカーに斬りかかる。

 

奴の弱点が本体についた顔じゃないのは前回でわかった。

本命は本体を支える二つの()()だ。

当然奴は自分の身体を爆破して抵抗してくるだろうが。

ロイは水の加護で相殺できるとして、俺はまあ、己の幸運を信じるしかないな。

 

ロイが右側の車輪を手際良く切断する。

敵は気持ち悪い叫び声を上げて抵抗しようとしているが、機銃さえ防げば大したこともない。

次は俺が左だ。さっさと斬り落として……。

 

「ぐ。ガ。オオオオオオッ!」

 

()()()()()()()()()()()()

 

バカな。

本体についてたのは顔だけじゃなかったのか。と言うか生やしたのか。

 

「こんの……。デカ物が……!」

 

振りほどいて抜け出そうとするが。

こいつ、バーサーカーなだけあって力はめちゃくちゃ強い。

 

……仕方ない。こうなった場合のことももちろん考えていた。

俺は刀を逆手に持ち替え、左の車輪も斬り落とす。

当然爆炎のダメージを至近距離で受ける。

めちゃめちゃ痛いが、耐えられないほどじゃない。

 

「イヴァン、脚を奪った!できるのかは知らねえが、奴が再生する前に!やれ!」

「しかしアーチャー!あなたがまだそこに!」

「この野郎に掴まれてすぐには出られねえんだよ!気にするな。俺はしぶとい。

さあ皇帝(ツァーリ)!ご自慢の雷、どでかいやつを頼むぜ。奴の本体を消し飛ばせ!」

 

ロイが俺を掴んでいる奴の腕を斬り落とそうとするが、

がっちり掴まれていて簡単に外せそうにはない。

良いから行けと目で合図をすると、理解して離れていった。

 

……こいつは機械だ。完全に壊すなら、あの二人の力を合わせるのが一番だ。

大量の水を浴びせられる。魔剣の水だ。豪華なシャワーだと思えば案外悪くない。

あとはイヴァンの雷で、完全にぶっ壊してやる。

 

「ギ。が。グオオアアアアっ!!」

 

うるせえ。てめえが俺も巻き込む気なのはわかってんだよ。

なあ……レオ。お前も、こんな気分だったのか?

そいつは思ってたより、()()()。よく、耐えられたな。すげえよ。まじで。

そんなことを思いながら、落ちるべき雷を待つ。

 

皇帝(スルタン)め。貴様……。

いや、良い。貴様の矜持、皇帝(ツァーリ)がしかと見届けた。

聖者殿への手向けだ。イヴァン四世の名の下に裁きを下そう。

煉獄へ堕ちるがいい、バーサーカー。雷槌よ。処断のときだ!」

 

装置から稲光が見える。

いよいよのようだ。

ここでくたばりはしない。もちろん策はある。

 

皇帝特権、スキル取得、戦闘続行――!

 

あばよ、バーサーカー。

次はもう少しまともな状態でまみえたいもんだな。

 

巨雷が俺と奴の本体を飲み込み、

バーサーカーの断末魔と俺の咆哮が城跡に響いた。

 

 

 

 

 

ぐ、あ、おおおおおっ!これは、あいつの蹴りよりも遥かに痛えな……。

だが、少し休めば、大丈夫のはずだ……。

 

あ、ロイの近くに、誰か来た……。まさか、城壁の主、いよいよのご登場ってか……?

悪いな、ロイ。そいつとの話は、任せた。最悪、俺のことは放って逃げろ……。

 

 

 

 

 

「"青"のライダー……あなたは……。いや、貴様は……!」

「ほう。朕の城をこうも丁寧に破壊して回るとは。

もっとも、これをやったのはそなたらではなさそうだが。

話ぐらいは聞かせてくれるのだろう?越南(ユエナン)の皇帝よ」

 

小柄な剣士の少女と。イヴァンにも比肩する騎兵の大男。

どちらも()()

四人目の皇帝は、ロイの瞳に宿る意志を見極めるべく堂々と立っていた。

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

狂乱の兵器は三人の皇帝によって破壊された。

私はこれを後に、"白"のサーヴァント二人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:6日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16節a 彼岸

ケープタウンを出てから半日近く。

機動聖都はようやく大陸の最高峰、キリマンジャロに到着した。

――結局、最大級の警戒をしていたのにタンザニア領でのランサーの襲撃はなかった。

ここまでは何もかも"白"のライダーの言う通りだったという訳だ。

 

私のことを、か弱きディオニュソスとライダーは言った。

なぜディオゲネスは、私をギリシャの酒神で例えたのか?

私はどちらかと言えば、太陽神アポローンのような……

いや、なぜ全く背景の違う二柱の神で己を例えようとしたのだろう。

ひどい、頭痛がする。本当に、後少しで思い出せそうなのに――。

 

「ほーう。異国の名峰とはさてどのようなものかと思うておったが。

一面富士のお鉢のような雪景色とはなあ」

「そうねえ。ここは赤道に近いのに、あれだけの氷河が残っているなんて。

よほど標高が高いのね。絵本で見たマウントレーニアみたい」

 

啄木とアメリアの二人は呑気なものだ。観光登山に行く訳ではないのに。

……あれ?確かキリマンジャロの氷河は、年々後退しているのではなかったか。

 

久々に聖都の地図機能を起動する。間違いない。

キリマンジャロの頂上付近には名前のついている複数の氷河があるが。

私たちの目前に広がっている山肌がまったく見えないほど大規模なものではない。

 

聖都の偵察機で、"青"のバーサーカーの大体の居場所はわかっている。

キボ峰からやや南東にあるこの山最大の氷河。

もっとも今は境界線が明瞭ではないが、レブマン氷河付近にいるはずだ。

 

『我の無様な姿を笑いに来たか。人間ども』

 

()()はすぐ見つかった。

体長3メートルは優に超えているであろう、真っ白い獣。

3種類の異なる魔力源で編まれた鎖によって拘束されている、"犬"の英霊。

いや、犬なんかじゃない。あれは、巨大な()だ――。

 

真名は考えるまでもない。

ラグナロクの怪物。大地を揺らすもの。破壊の化身。

 

フェンリル。

 

確かに彼ほど神話に名高き存在なら、"座"に召されていてもおかしくはないが。

それほどの存在が、なぜこのような姿で……。

いや、考えるのは後だ。ディオゲネスの言う英霊とは彼のことに違いない。

 

私はドレスの裾を上げ、恭しく礼をした。

 

「滅相もありません。黄昏の笛(ギャラルホルン)の操演者、"青"のバーサーカーよ。

私の名前はフリーダ。聖杯大戦の観測者。そしてあなたの力を必要とする者です。

どうか、その拘束を外す手伝いをさせていただけませんか?」

 

どうやらスガたちには、彼の声は聞こえないらしい。

鎖に繋がれたフェンリルは答えた。

 

『我の声を解するのは貴様だけのようだな。人間の娘。

だが我は人間どもの力など要らぬ。

それに、我がこの状態では何も出来ぬと思っているなら大間違いだぞ』

 

フェンリルは氷塊を口から後方の斜面に向かって吐き出す。

爆発音と振動。

啄木とアメリアが悲鳴を上げる。スガは一見動じてなさそうだが、足が竦んでいる。

 

『このように。ここからなら貴様らを殺すのは実に容易い。

これでわかっただろう。我は人間を助けることなどない。

理解したなら疾く失せろ。我の機嫌がこれ以上悪くならぬうちにな』

 

正直、私だって物凄く怖い。

下手なことをすれば彼は躊躇なく私を殺すだろう。

それでも、解に至るためにはどうしても彼をここから連れ出さなければならないのだ。

 

まずはあの鎖を調べなければ。と、その前に危険なので三人を背後の岩陰に隠れさせる。

 

深々と頭を下げたまま、彼の状態をよく観察する。

拘束箇所は口と、右前脚と、左後ろ脚。……伝承にある通りだ。

 

アースガルズの神々は、災いをもたらすとされた彼を排除するために三種類の鎖を作らせた。

レージング。ドローミ。スレイプニール。

前二種類の鎖は難なく破られたと言うが、神話では三本同時に縛られた訳ではない。

つまりあれも逸話再現系の宝具なのだろう。しかし、己が力を縛る宝具とは……。

 

手始めに後ろ脚の鎖から直接調べようと、ゆっくりと近付いていく。

フェンリルは一歩近づいた途端に鋭く睨み付け、氷塊を飛ばしてくる。

 

私は、自分に直撃しそうなものだけ砕き、残りの余波は受けることにした。

アメリアのドレスは丈夫だ。この程度では破けないし、ケガもしない。

そう自分に言い聞かせながら進んだが、尖った氷の破片が頬を掠った。

ぽたり、と雪原に血が垂れる。

 

――大したケガじゃない。私は構わず鎖を手に取る。

当然ながらただの鎖ではないようだ。神代クラスの魔力で編まれている。

これではどれがスレイプニールなのだかもわからない。

私は試しに鎖の繋ぎ目部分を撃ってみたが、びくともしなかった。

 

偽・黒い銃身(バレルレプリカ)が効かないと言うことは。

構成材質は私たち英霊と同じランクのオドによるエーテルではなく、

マナによる神代の真エーテルで作られた宝具……。

 

『何をしている、人間。

貴様らの武器で壊せるはずがないだろう。それは忌々しき神々どもの作った神具。

――全く。ようやく我は自由を得たと思ったら、人間風情の膂力でこうも容易く縛られるとはな』

「誓って御身の不利益になることはいたしません。

どうか、今しばらく眼前に姿を晒す無礼をお許しください」

 

人間に縛られた、と言うことは。彼は最初からこの状態で召喚されたわけではなく。

他のサーヴァントによって拘束されたことになる。

だが、この鎖は本人が神具だと言った。ならば、一体誰によって……?

 

鎖そのものではなく、鎖の繋がれた先にある枷に着目してみる。

鎖同様の、三か所それぞれ異なる魔力源を有している。

撃ってみたが、やはりレプリカは効かなかった。やはりこれも真エーテル……。

 

ふと、思いついたことを試してみる。

頬から流れ出ている私の血を一滴、枷に塗り付けてみる。

枷は淡く発光し、吸収していった。

 

神話(エッダ)に曰く、レージングは神々の革で。ドローミは神々の筋で。

スレイプニールはこの世から失われた六つの素材でできていた。

私たちとは異なるランクの三種類の魔力源で編まれた神具。

サーヴァントの血肉も、格が劣るとは言えある程度固まった魔力だ。

もしそれで上書きできるなら、枷も……。

 

いや、いや。だめだ。私は、なんて恐ろしいことを考えていたんだ。

やはりライダーには連れてくることは無理だったと言おう。

それか、直接ここへ連れてこさせよう。そっちの方がいい。それなら条件も満たされ――

 

「はっはっは。人身御供と言う奴か。

どこの国であろうと斯様な因習は存在するのだなぁ」

 

啄木だ。私とすれ違った先で、枷に手を触れて何かを確かめている。

隠れていろと言ったのに。なぜ出てきた。殺されたいのか。

フェンリルがこちらを厳しい目つきで睨んでいる。

 

「タクボク、顔はやめてね。あたしは最期の瞬間まで美しく、自由でいたいから」

 

アメリアまで。何を、何を言っている。

 

「――承知した。予はこれでも暗殺者。的は違えんよ」

 

背を向けて跪いているアメリアの心臓に、啄木が銃を向けている。銃……?

はっとして、私はホルダーを見る。

レプリカの代わりに、重しのついた本が入れられていた。

 

「じゃあね、城主さま。あなたのドレス、本当によく似合ってるわよ」

 

銃声。

アメリアは倒れ伏し、彼女の魔力が枷に吸収されていく。

そん……な……。

 

平然とした顔で別の枷のところへ歩いていく啄木。

 

『ふ、ふざけるな、人間。自分が何をしているのかわかっているのか。やめろ。今すぐに!!』

 

フェンリルが怒鳴り、氷塊を飛ばす。

当たらない。いや、避けているのか?外しているのか?

 

「次は(わたくし)のはずです!それを寄越しなさい!」

 

スガが啄木から銃を奪おうとする。

スガまで、何を。何を言っているのだ。

私は、仲間が殺し合うのを黙って見ているしかできなかった。

 

「気が変わった。やはり汝は我らの中では唯一の力を持っている。

英霊の身ながらの汝の病弱も、その力も。きっと何か意味があって定められたもの。

ならば、その力の使い所は、今ではない」

 

スガを突き飛ばして、啄木は私の銃を自らのこめかみに当てて叫ぶ。

 

「白狼よ!罪深き神話の獣よ!我らの献身は主殿へのものにて、汝への献身にあらず。

これなるは、人間どものただの()()()()である!

ゆえに!貴様の意向など知ったことではない!

もっとも、予では貴様が何を言ってるか仔細にはわからんが!何となくの直感である!

さあ、その身を我らの血で染め、自由を手にするがいい!」

 

これから死のうとしているとは思えない穏やかな顔で。主殿よ、と続ける。

 

「苦しまずに逝けるなど、アメリアの国はまこと良い物を発明してくれたものだ。

生前の死の間際の予は、重い病にてそれこそ地獄の責め苦を受けてるが如き有様だったからな。

これは()()()()()と言うのだろう?

いやはや、格好良い!格好良い主殿を見て、正直予も使ってみたかったのだ!

我らは先に待っている。スガ共々、達者でな。実に楽しき旅であった。では、さらば!」

 

二度目の銃声。二つ目の枷に、啄木の魔力が注がれる。

私は取り憑かれたかのように、落ちている私の銃を拾い、最後の枷に歩いて行った。

 

スガが何か叫んでいるが、聞こえない。

それに、もういい。

仲間を犠牲にしてまで果たさねばならない使命など。糞くらえだ。

 

シオン。我が元マスター。あなたの託した役目は、ここに終わった。

聖杯大戦も、"白"のランサーも、大聖杯も、何もかもがどうでもいい。

これから先どうなろうと、私の知ったことではない。

自由になったバーサーカーが聖杯を獲るのも、それはそれで皮肉ではないか。

私は撃鉄を起こし、私の胸に押し当てて――

 

破壊音。

と、ほぼ同時に、私は何かに突き飛ばされる。

そのまま私の意識は暗転して行った。

ああ、雪と言うのは。知識で知っているよりも、こうして踏みしめているよりも。

冷たく、塩辛い……。

 

***

フリーダ記録。

極東の大詩人と合衆国の雄弁家は、二人の同胞と言の葉の通じぬ怪物に未来を繋ぎ退去した。

私はこれを、"白"のサーヴァント三人目、"青"のサーヴァント二人目の脱落と定義する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16節? 氷焔の記憶

我は、生まれたときから怪物だった。

 

父なる火神ロキ。

母なる巨人アングルボザ。

 

神話の敵役。大いなる力と意思。神々の黄昏(ラグナロク)の演者。

それが、我だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

光神バルドルの幻が如き、一つの可能性を見た。

()()()()()()()()にて、忌々しき神々どもが一人残らず滅んだ。

いや、惰弱な雪神スカディだけが生き残ったのだったか。

我は神々を殺した炎の巨人王(スルト)氷の領域(ニヴルヘイム)の権能をも奪われた。

 

いや、まさかな。

我はスルトなど言う巨人と面識はない。

後の人間どもが都合の良いように解釈し記した神話(エッダ)でも、

我らが関わりを持つことはなかったはずだ。

 

ならば、きっとこれは我が"座"とやらで見た、戯れの如き夢の一つなのだろう。

 

夢と言えば。

 

我は、月神マーニに招かれて、月へ行ったことがある。

おかしなことだ、と我ながら思う。

月は我が弟マーナガルムの領域。そして我はニヴルヘイムの主だ。

いかに兄弟とは言え、我らは互いに不可侵でなければならない。

もっとも、ムーンセルとやらは我らの事情など知ったことではないのだろう。

 

我は、人間の女を己のマスターとしてあてがわれた。

無害そうな見た目に反して、詐欺師ギュルヴィのように怜悧で。

豊穣神フレイヤのように策謀に長けているのに、

空神グーナのように己は優秀でなければならないと言う強迫観念に囚われていた。

これが、人間らしい人間と言うことになるのだろうか。

我は、どのような姿であっても英霊と言う存在で、

この女なくしては己を定義できないらしい。

 

月の聖杯戦争とやらで、我は我の思うままに他のサーヴァントどもを食らった。

女の言葉が我にはわかるのに、我の言葉は女には通じないようだった。

本当に少しだけ、僅かばかり、残念だったと思う。

いかに知略に長けていても、意思を交わせなくては意味がない。

兵の思惑がわからぬ将など。ヴァルハラであれば真っ先に死んでいる。

 

だが。女は比較的幸運だった。

もちろん我と言う強力なサーヴァントを引き当てたこともだが。

己より弱い存在を利用すると言う女の采配は人間にしては悪くないもので、

我らは順調に勝ち上がった。

 

第三階層。忘却の庭とか言ったか。

そこの敵は我と同じ。いや、我とは格の劣る怪物だった。

時間の巻き戻し。マスター狙いの無限の投擲。記憶を奪う固有結界。

下らん。それがどうした。我の敵ではない。

 

だが女は、何を血迷ったか。

せっかく登ってきたのにあれには勝てない、諦めて降りると言い出した。

我は吠えた。あんなもの、我の敵ではないと、なぜ戦わない、と。

意思の交わせぬ戦いとは、本当につまらないものだと心の底から思った。

 

第一階層へと戻り、女は己より劣る男の手駒として千年の時を過ごした。

そう言えば、我らの戦場は、我が気付く前より狂っていたそうだ。

いや、気付いていたとしても関係はなかっただろう。

女は、とっくに戦意を無くしていたのだから。

 

我は因果を逆転させるとか言う槍使いの女に敗れた。

女は采配を誤り、自らを我に捕食させるも、我も負けた。

疲れた。もう我は誰かの召喚に応じることはないと思った。

 

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向ける色は、"青"』

 

"座"にて、我は再び誰かの声を聞いた。

今度は男だった。自信に満ちた、癇に障る声だ。

 

『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。

汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――』

 

どうせ今度も、我の言葉はマスターには届かぬのだろう。

一体なぜ、我は"座"などに召されてしまったのだろうか。

 

「あれぇ?君、()は?これじゃ強化できないじゃん」

 

我を呼び出した男が、馴れ馴れしく我に問う。

知るか。神々の戒めなど、無い方が貴様にとっても良いのではないのか。

実際、月でマスターだった女は、我の拘束を解くたび苦しそうにしていた。

 

「それじゃ困るんだよ。

あくまで君は二番手とは言え、今より強くなってもらわないと、()には勝てないからね」

 

何を、言っている。

と言うか、やはり我の言葉はこの男にも通じないようだ。

我はまた、無意味な戦いで、無意味に死ぬ運命(サガ)なのか。

 

「仕方ない。ちょっと待っててよ」

 

男は己の片腕を地下に突き刺し、苦悶に満ちた表情を浮かべている。

やがて男は、信じられないものを取り出した。

我を縛る、忌々しき鎖。我の宝具。『三つの鎖(スリー・シアザーズ)』。

なぜ貴様がそれを。男は当然のように我を縛ろうとした。

我は暴れた。力の限り抵抗した。だが、男は信じられぬほどに剛力だった。

 

憎き神々どもと、我を殺したヴィーザル以外で、我を力で御したのは男が初めてだろう。

我は無様にも、我自身の鎖によって封じられ、男はいつの間にか立ち去っていた。

怒りのあまり叫んだ。何日も吠え続けた。辺りはニヴルヘイムもかくやの氷原となった。

 

だが、それだけだ。我の反抗は、無意味に終わったようだ。

本当に、我は何のために呼ばれたのだろう。考えるのもバカバカしい。

この聖杯戦争が終わるまで、あるいは誰かに倒されるまで、意識を眠らせることにした。

 

 

 

 

 

気配を感じる。人間どもだ。

いや、確かこの大陸には人間はいないはずだから、サーヴァントか。

女が三人と、男が一人だった。

 

やがて女の一人が我の前に傅き、我を助けると言い出した。

もう疲れた。抵抗する気力も失せた。好きにすればいい。

だがそれではあまりにも威厳に欠けるので、形だけでも追い払おうとした。

 

女は気にせず我の回りを調べ上げ、

鎖の解放にはサーヴァントの魂が必要だと気付いたようだ。

だから言ったのだ。我を助けることなどできぬ。

我を助けることとはすなわち、貴様らの誰かが死ぬことと同義なのだから。

 

女は逡巡し、諦めて立ち去ろうとしたが、

隠れていた女の仲間の男が、唐突に別の仲間の女を撃ち殺した。

 

女の魂が我の鎖を一つ外す。バカな!あり得ん。

なぜ、会ったばかりのサーヴァントのために殉じることができる。

この大陸には、気の狂った人間しかいないのか。

 

男はやがて自らも撃ち殺し、二つ目の鎖を外す。

残った二人の女のうち、我の回りを調べていた女の方が、

倒れた男の腕から銃を拾い、ふらふらと三つ目の枷に近付いていく。

もう一人の女は止めようと何か叫んでいるが、女の耳には届いていないようだ。

 

我はようやく、我を助けようとした女が我の言葉を理解していたことを思い出す。

 

我は、我の三本目の鎖を無意識に食い千切っていた。

我の霊基が、幾許か減った気がする。構うものか。

我の咬合力で噛み切れると言うことは、これはスレイプニールではなかったらしい。

こんな所で己が幸運を使うとは、我もつくづく皮肉な存在だ。

 

我は鎖が全て外れていることにも気付かず、死のうとしている愚かな女に体当たりする。

これが我の運命なら、我は今度こそ徹底的に抗おうと誓った。




次話投稿予定:7日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16節b 恐慌招く還湖の剣

私の祖国は、いつの時代も中国にその地位を脅かされていました。

秦、漢、唐、宋、元、そして明。

私の時代の彼の国の皇帝は、朱棣(チューディー)と言う男でした。

永楽帝、と言った方が通りは良いのでしょうか。

 

"座"に召されてから、理解できたことがあります。

我ら英霊は、霊長の歴史があったからこそ生まれたモノ。

私の国から見れば彼は侵略軍の頭領でしたが、

彼の国から見れば私は叛乱軍の首魁だったように。

人類史と言う織物の上では、我らは等しく皇帝であり、一人の人間だったのです。

 

それゆえに、悲しくもあります。

どれだけ私が未来の時代で聖杯戦争に招かれ戦おうとも、

聖杯に願おうとも、私の祖国の運命は変わりません。

仮に今回の大聖杯を手に入れたとしても、

私のかつての戦いや歴史をなかったことにはきっとできないのでしょう。

流された同胞の血は、決して戻ることはないのです。

 

私は今回の聖杯大戦において、"白"の陣営のセイバーと定義され、

南アフリカのキンバリーと言う街に召喚されました。

マスターはいませんでした。

私はただ、カルナックの杯と言う大聖杯の招きに応じただけですから。

 

これは今回の大戦における最大の異常だったそうですね。

私はどうも、これまでの聖杯戦争に関する記録が曖昧なのです。

どこかの国で眼鏡をかけた少女をマスターとして、

あの"白"のバーサーカーとも戦ったような気はします。

彼の弱点が車軸だと知っていたのも、以前に戦ったことがあったからかもしれません。

 

私はキンバリーから一人西へ行軍し、美しい花畑に辿り着きました。

我が故国、昇竜(ハノイ)の地にも見事な蓮の池がありますが、

それとは全く趣きの異なる、どこまでも続くオレンジ色の絨毯。

この地のカメに聞いたことですが、この花園は一年に一度、今の時期しか見られないそうです。

まさに刹那の絶景。これを見られただけでも、私はこの地に召喚された意義を見出します。

 

無論、サーヴァントの本分を忘れた訳ではありません。

更に南のケープタウンと言う街で、ようやく私は敵のサーヴァントを見つけました。

彼は"白"のライダーでした。

今思えば、このときも私は異常に気付く機会が与えられていました。

"白"と"青"と言う二つの陣営に振り分けられて戦うはずなのに、

私たちは皆がみんな大陸中バラバラに召喚されていたのですから。

少しでも立ち止まって考えていれば、目的もなく彷徨わずに済んだのかもしれません。

 

結局私は彼にまともに戦ってもらえず、彼の言うままに北西の熱帯雨林を目指しました。

その後は知っての通りです。

私はフリーダと"青"のアサシンの奇襲に敗れ、彼女たちに同行を決めました。

 

負けたから渋々従っているのではない、と言ったのはもちろん本心です。

フリーダの理念が正しいことも理解しています。

そもそもサーヴァントに国籍は関係ありません。

過去にどんな遺恨があろうとも、大戦の異常の観測という大義のためならば、

どんな仇敵とでも手を取り合って戦うべきなのでしょう。

 

――それでも。それでも!

私は、目の前の男だけは、どうしても。

己の感情を律することができませんでした。

 

 

 

 

 

「ほう。朕の城をこうも丁寧に破壊して回るとは。

もっとも、これをやったのはそなたらではなさそうだが。

話ぐらいは聞かせてくれるのだろう?越南(ユエナン)の皇帝よ」

 

私の身長の倍はあろうかと言う大男。

威風堂々たる風貌。流しの付いた大冠。豪奢な装束。

 

私は、彼を知っている。

もちろん生前の面識はない。だが私の霊基が告げている。

中原の覇者。支配欲の権化。不老不死の探究者。

 

秦の始皇帝。趙政(チャオチュン)

 

私の国の人間なら誰でも知っている。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私は、私は、私は!

所詮、八つ当たりにすぎない。そんなことはわかっている。

それでも、私はサーヴァントである前に。自我(エゴ)を持った人間(こうてい)だ!

 

これは聖杯大戦。

彼が敵として立ちはだかるなら、私にはそれを撃滅する権利がある。

我ら別動隊の行動目標は"白"のバーサーカーの討伐。

それが既に果たされた以上、私は新たな敵を事前に排除するだけだ。

 

皇帝(スルタン)は負傷した。

皇帝(ツァーリ)は遠く離れた昇降装置だ。

今なら私は、この男と対等に戦える。

 

「ああ、貴様の骸にいくらでも聞かせてやるとも。"青"のライダー。始皇帝!

我は"白"のセイバー、黎利!黎朝が祖。貴様の後継の支配から故国を奪還せし平定王(ビンディンウォン)なり。

ここに縁は結ばれた。いざ尋常に仕合わん!」

 

始皇帝は私の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

 

「朕と戦いたいと言うならそれも構わんが。

そなたは、大戦の異常を観測するとか言う少女の陣営に加わったのではなかったのか?

今ここで朕と戦うことに、どんな意味がある?」

 

この男は、我らの事情を知っている。

私と戦う気など、端からないのだ。

それに私は、この男よりも英霊としての格は遥かに劣る。

 

当然だ。

敵は()()という存在そのものの始祖。

一方の私は、同じ皇帝でも小国に一時君臨しただけの王に過ぎない。

 

だが、それが何だと言う。

その程度の差、乗り越えられずして何が英雄か。

黎太祖(レ・タイト)の名に懸けて、私は必ず奴を倒す。

 

「意味など初めからない。あるとすれば、ここで我らが出会ったことこそが意味だ!

さあ、弓を構えろ、ライダー。貴様は私が討つ!」

 

始皇帝は豪快に笑い、答えた。

 

「面白い!越南の皇帝、龍昇る都の主、湖の剣士よ。

貴様がそうまでして朕の前に立ち塞がると言うなら、朕はそれに応えよう。

"青"のライダー、趙政。推して参る!」

 

彼は弩を天に向け、六本の矢を放つ。

……宝具か!

 

矢はやがて無数に分裂し、兵士の形となった。

歩兵、騎兵、弓兵、槍兵……。

将軍や楽士の姿も見える。これが奴の軍勢、兵馬俑か。

 

笑止!

我が剣は、湖の精霊に授けられしもの。

すなわち、敵軍の戦意を奪う魔剣なり。

 

馬型の人形に跨った始皇帝が、私目掛けて駆けてくる。

大陸の覇者よ。覇軍の主よ。我が永劫の敵よ。

湖水の煌めきを、その目に焼き付けるがいい。

 

「束ねるは水龍の息吹。湖の魔剣よ。今再び、その輝きを解き放て!

恐慌招く還湖の剣(タン・キエム)――!!」

 

降り下ろされた蒼の光芒が、兵馬俑の全てを飲み込み、彼方に消し去る。

 

これで残るは奴だけ。

後は私の剣で、馬ごと斬り捨てようと構えたが。

光の彼方から飛来した巨大な矢が、私を抉る。

 

「か……はっ……」

 

いつの間にかライダーは、弩から大弓に持ち替えていた。

あれは、神魚を滅ぼしたという、伝説の……。

そうか……私は……最初から……。

 

始皇帝のどこか憐れむような顔が、心底憎たらしいが。

まったく……奴には……敵わないな……。

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

皇帝だった少女は、大陸最強の伝説に己が雄姿を刻んで退去した。

私はこれを後に、"白"のサーヴァント四人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:8日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16節? 千年の記憶

朕は、どうしても死にたくなかった。

 

幾度も暗殺されかかったから。然り。

後継者に不安があったから。然り。

唯一手に入れていないものだったから。それも然り。

 

だが、本当にそれだけの理由だったのか。

いや、違う。朕は、死と言う概念を超えてみたかっただけなのだ。

不老不死の探究はいつからか、

永遠の支配のためという手段から、それ自体が目的になっていた。

 

勧められたものは何でも試した。

 

ある男は不死の妙薬だと言って、朕に怪しげなものを飲ませた。

医官の一人が後になって、それは水銀と言う毒だと教えた。

朕はその男と、飲む前に教えなかった医官を殺した。

 

別の男には練丹術を司ると言う神仙の捜索を命じた。

男は大金を要求してきたので、朕は望むままに与え、男は東へ旅立った。

しかし一度だけ、においのきつい変な草を送って寄越しただけで、

ついに仙人その人を連れ帰ってくることはなかった。

朕は見せしめに、男の一族郎党を殺した。

 

さらに別の女は、不老の珍味だと言って妙な肉片を朕に献上した。

今思い返せば、妲己の如き妖しげな雰囲気を宿した女だった。

それを食べた朕は、確かに歳を取らなくなった。

朕は褒美だと言って、秘密を守るために女を殺そうとしたが、

女はいつの間にかその姿を消していた。

代わりに朕は、朕は天子の象徴たる光を失ったと書き記した不遜な史家を殺した。

 

もう名前も忘れたが、かつて朕を殺そうとした一人の女がいた。

燕の国の白い着物を着ていて、眼光鋭き風貌だったのは覚えている。

女は周到に計画を練り、朕にさまざまな手土産を持って謁見し、

一瞬の隙を衝いて、毒を塗った刃で朕を斬り付けた。

 

朕はそれ以降、再び年を取るようになった。

なぜかは、今だにわからぬ。

朕は大した傷を負わず、毒は癒えたのに。刺客は皆殺しにしたのに。

側近どもの中には、朕は再びかつての姿に戻ったと喜んだ者もいた。

 

結局朕は、再び不死を手に入れることなく、諸国の巡遊中に死んだ。

そして朕があれだけ心血を注いで作り上げた国は、あっという間に滅びた。

 

――だが。

英霊などと言う身に成り果ててから、思うことがある。

全てはこれで良かったのではないか、と。

 

確かに朕の国が続くことなく滅びたのは、とても悲しいことだと思う。

だが朕には、確かに中国と言う国の未来を築いた自負がある。

例え国の名前が変わっても、いくつの国に分かれようとも、一時異国に支配されんとも。

朕が中原に興した理想と文明の火が失われることはないのだから。

 

もし仮に、朕があのまま支配し続けたならば。

朕の国はどうなっていたであろう。

朕の国は、発展を続けただろうか。朕の人民は、より幸せになっただろうか。

 

朕には、いくつもの預言があった。

唾棄すべきもの、承服しがたきものも、もちろんたくさんあったが。

一つだけ、強烈な印象を朕に残したものがある。

 

真の意味で朕が不老不死を手に入れ、千年帝国を成就させたとき。

朕の国は()()()()を免れ得ぬだろう、と。

 

それがどう言う意味なのかも、未だによくわからぬ。

預言とは往々にして難解なものだ。必ず意味や答えがある訳でもなかろう。

ただ、決して良い意味ではないと言う直感がある。

 

朕は紛れもなく暴君だ。否定はせぬ。

朕を罵る者もいよう。嘲る者もいよう。

嫌う者もいよう。殺したいと思う者もたくさんいよう。

――構わぬ。全て、全て認めよう。

生前ならいざ知らず、朕は既に英霊だ。人類史と言う織物を眺めるだけの霊魂だ。

 

ゆえに。もし願いを叶える杯なるものが実在するならば。

朕が問うてみたいことは一つだけだ。

 

第二の生を望む者もいよう。

かつての朕のように、不老不死を望む者もいよう。

あるいは、朕のように不老不死を手に入れながらも手放し、その返還を望む者もいるやもしれぬ。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

朕は、真の不老不死と言うものが本当に存在するのか。

朕は、ただそれだけを知りたい。

それを求める刻限は過ぎ去った。朕は、智慧のみを得たいのだ。

 

どうやら朕は強い。世界の王の中でも、朕の知名度は引けを取らぬと言う。

ならば欲深き魔術師どもが、己が願いを叶えるための手駒にしようとするも術なきことだろう。

実際、朕は新大陸の聖杯戦争で呼ばれかけたような気がする。

本当に呼ばれたのかもしれぬが、"座"は召喚の度に記憶を調節するのだったな。

よって定かな記録ではない。朕が覚えていないだけで、他にも呼ばれたかもしれぬ。

 

今回の聖杯大戦とやらもそうだ。

朕は"青"のライダーの霊基を与えられ、カルナックの大聖杯とやらを賞品に呼ばれた。

ここは旧大陸と海を隔てた島の、アンタナナリボと言う都市だった。

 

――朕は、かつての手痛い経験から。

正直に言おう。朕は大聖杯とやらの存在も疑っている。

 

なぜなら、聖杯の知識と朕の置かれている状況とでは、説明がつかないことが多い。

聖杯大戦。"白"と"青"の陣営に分かれて戦う。それは良い。

では、なぜ朕の周囲には友軍たる"青"のサーヴァントどもがおらぬ?

そして、戦った後はどうなるのだ。聖杯を得られるのは1騎だけではなかったのか。

 

そもそもの前提として、マスターはどこだ。

朕がすでに人ならざる身なのはわかっている。

その朕を現世に呼び戻し、繋ぎ止めるはずの依代は不要になったとでも言うのか。

だとすれば、逆説的に神仙の錬丹術は既に成就しているとも言えるが。

朕の問いに対して、聖杯の知識はいずれも答えを持っていないようだ。

 

知りたいことがあるとき、朕はどうすべきか。

決まっている。調べに行けば良いのだ。

 

朕は空飛ぶ愛馬に跨り、大陸中を駆けた。

戦うことに全く疑問を持たないサーヴァントどももいたが、

そうでないものも多かったようだ。

朕が調べた範囲だけでも、戦わずに戦場を離脱するサーヴァントが増え始めた。

どうやら、英霊どもの誰かが先頭に立って仲間を集めているらしい。

そやつの見てくれは年端も行かぬ少女だと言うから、実に面白い。

 

その娘の陣営に加わっても良かったが、朕はもう少し独自に調べたいことがあった。

()()()()()()

カルナックの杯と名乗るからには、その名前のついた都市にあるのだろう。

そこは、エジプトと言う国のテーベと言う街にあると調べた。

 

カルナックは、この時代では都市の名ではなく遺跡の名前だった。

外観はぼろぼろに崩れ去っているのに、周囲には強固な結界が張られている。

中に入ることは叶わなかったが、なるほど確かに膨大な魔力を感じた。

これが、大聖杯なのか。にしては言い表せぬ違和感があるが……。

 

感じると言えば、朕が最初に呼ばれた街に築いた朕の拠点。

即ち朕の当代における阿房宮(あぼうきゅう)!……と言うには狭すぎるか。

咸陽(シェンヤン)城……を名乗るにも小さい。

街の愛称から取って、塔那(タナ)城とでも呼ぶか。朕が今そう決めた。

 

まあ、その朕の城と、周囲の長城が攻撃を受けているようだ。

所詮は急造の城だ。別に捨て置いても良かったが、様子を見に行くことにした。

 

朕の城も長城も徹底的に破壊されていた。むう、少しばかり落ち込むぞ。

壊したのは、どうやらあの妙ちくりんな姿をしたバーサーカーのようだ。

 

朕の城跡で、バーサーカーと三騎のサーヴァントが戦っている。

バーサーカーが斃れた。複数でかかれば、まあ当然であろうな。

……む。あのセイバーが纏っているのは、越南(ユエナン)の装束。

そうか、彼の国の王も呼ばれていたのだな。ここは一つ、話しかけてみるとしよう。

 

 

 

 

 

そして朕は、玄武が如き輝きを見た。

儚く、健気で、それゆえに美しき光だった。




完結してから書くつもりでしたが、念のために。
サーヴァント・始皇帝の描写は、英霊伝承荊軻と人智統合真国の事前情報から想像したものです。
実装時の姿とあまりに乖離していた場合は改稿するかもしれませんが、
物語の本筋には影響ありません。

……3章告知よりもアビーちゃんピックアップが先になるとは思ってなかった。

次話投稿予定:9日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17節a 一握の砂

――目を覚ます。

 

雪の冷たさを感じない。むしろ暖かい。

ここは、機動聖都の、庭園?

そうだ、私は……。

 

『ようやく気が付いたか、人間』

 

獣の声が頭の中に聞こえる。フェンリルだ。

口と後ろ脚を拘束していた鎖は完全になくなっているが、

前脚には途中で切れた鎖が残っている。

まさか、自分で噛み千切ったのか。

確かに神話では、スレイプニール以外の鎖は容易く抜け出したと言うが。

 

いや、そんなことよりも。

辺りを見回す。バーサーカーの他には誰もいない。

イヴァンの黒犬の一匹が勇敢にも唸ってみせたが、

フェンリルに一睨みされてすぐに黙った。

 

『覚えていないのか。貴様の仲間二人は我の贄となった。

貴様も後に続こうとしたようだが、我が止めた。

これ以上、悪辣な運命に翻弄されるのは御免だからな』

 

そう……だった……。

啄木とアメリアは、私に黙って、私の銃を奪い……。

 

スガは。

スガはどこだ。

 

『もう一人の人間なら、貴様と一緒に我が連れてきてやった。

すっかり放心していて、貴様らの拠点を聞き出すのにも一苦労だったぞ。

それより、目を覚ましたなら早くこの城を動かせ。

我に求めることがあって、我を訪ねたのだろう。

ただ一度のみ協力を認めてやる。さっさと済ませろ』

 

その……通りだな。厳密には彼は犬ではなく狼だが。

本人が指定したのだから文句は言わせない。

これで、あの老害の条件は満たしたはずだ。

 

私は聖都の進路を北西に決める。

タンザニア、セレンゲティ国立公園内の、大木の地下。イヴァンに場所は聞いてある。

雷帝の書庫がロシアから遠く離れた地にあるのは驚くべきことなのかもしれないが、

短期間に色々なことが起こりすぎた。特に思うこともない。

 

"青"のバーサーカー、フェンリルは、目を瞑って草むらに横たわっている。

今さらだが、なぜ私は彼の言葉がわかるのだろう。

私にはそのようなスキルがあるのか。あるいは北欧神話に縁のある英霊なのか。

色々考えを巡らせていると、彼は急に目を開き告げた。

 

『人間。考え事は我の目の届かぬ所でしろ。うるさくて敵わん』

 

私が言葉に出さずとも、彼は私の心を読めるようだ。

……ディオゲネスと一緒だな。

 

詫びの言葉を口にし、自室に戻ることにした。

一応彼にも部屋が必要か訊ねたが、この庭でいいと一蹴された。

 

 

 

 

 

自室にて、私は啄木に銃とすり替えられた本を手に取る。

表紙には、『一握の砂(いちあくのすな)』と書かれている。

かすかだが魔力を感じる。効果の程はわからないが、

彼が退去してからも残っていると言うことは、宝具なのだろうか。

 

ぱらぱらとページをめくってみる。

故郷を想った歌。貧困に苦しんだ歌。かつて暮らした開拓地を懐かしんだ歌。

どうも雑多な歌集のようだ。

 

"何処やらに 若き女の 死ぬごとき 悩ましさあり 春の(みぞれ)降る"

 

日本人のメンタリズムはよくわからないが。

何と言うか。雄大な自然の情景を詠ったと言うよりは、

彼の心情をそのまま吐露したかのような――。

 

"「さばかりの 事に死ぬるや」「さばかりの 事に生くるや」()()せ問答"

 

早すぎる息子の死を悲しんだ歌も多い。

彼なりの生死観の考察、と言う訳か。

 

"一度でも 我に頭を 下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと"

"どんよりと くもれる空を 見てゐしに 人を殺したく なりにけるかな"

 

思わず吹き出しそうになる。

彼が暗殺者のクラスを与えられた理由が、ようやくわかった気がする。

 

極東の詩人。夭折の歌人。庶民派の代弁者。

借金魔。女たらし。それでいて彼は、人間をよく観察していたのだ。

 

"こそこその 話がやがて 高くなり ピストル鳴りて 人生終る"

 

私はそこでぱたりと本を閉じた。

笑えない。銃がカッコいいなど、大嘘つきめ。

 

私はベッドの上で、私の銃を眺める。

偽・黒い銃身(バレルレプリカ)。サーヴァント・フリーダの武装。

 

武器は、人を傷つけるためのものだ。それを否定することはできない。

私がどんな英霊だったとしても、生前どんな逸話があろうとも。

私はこれをシオンから貸与され、これでサーヴァントを傷つけてきた。

自分の身を守るため。あるいは、怒りや仲間を失った激情に駆られて。

 

レオに向けた。ディオゲネスに向けた。訓練ではメフメトにも向けた。

実際にロイを撃った。アメリアと啄木を自害に追い込んだ。

 

人を殺してはいけない、と言うのは所詮は大多数が共有する()()()だ。

霊長における絶対不変の()()ではない。

魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争において。

血気盛んなサーヴァントたちを前にして、博愛や道徳を説いても無駄なように。

 

聖杯大戦と言う圧倒的な力と力のぶつかり合いの前では。

勝利を目的にしても、傍観を目的にしても、観測を目的にしても。

ある程度の()がなければ、いずれの目的も果たせない。

 

啄木やアメリアには、そう言う意味での力はなかった。

大砲や魔剣相手に、万年筆や裁ちばさみで立ち向かうことはできない。

それを理解しているアメリアは早々に闘争を放棄したし、啄木やスガ共々基地に籠った。

スガには黒鍵があるが、それだけでは到底勝ち抜けないだろう。

 

だから二人は死んでも良かったのか。

力がないから、贄に差し出したことに後悔はないと言えるのか。

違う。違う。違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

彼らの死は、単純な死ではない。()()だ。

それが善いか悪いかではなく。聖杯大戦の異常の観測と言う大義のために。

もっと言えば、私の目標を正しいと理解して彼ら自身が決断したことだ。

 

その時点で、彼らの決断は。聖杯大戦の戦闘による結果ではなく、

善悪の彼岸(エンザイツ・フォン・グット・アン・ブレズ)を越えた所に――

 

ベッドから飛び起きた。

稲妻を落とされたようだった。

私は、私の真名とクラスを思い出した。

 

私は、フリーダ(自由)だ。

私の名は、()()()()()()()()()()だ。

 

ドイツの哲学者。ザーレの狂人。友と訣別し、神を見切り、世界に絶望した。

ゆえに()()()()()()への復讐者(アヴェンジャー)。それが私。

 

ああ、ヴラドはなんて私にふさわしい名前を与えてくれていたのだろう。

そのままじゃないか。まさか知っていたわけでもあるまいに。いや、知っていたのか?

 

なぜ、私は今まで忘れていたのか。

なぜ、私は思い出せなかったのか。

なぜ、シオンは私の真名を封じる必要があったのか。

 

それらは全て些末なことだ。明々白々な事実だ。

今なら、私は哲学者としてディオゲネスと対等に立てる。

もはや"白"のランサーなど脅威ではない。智慧が泉のように湧いてくる。

 

聖杯大戦の異常の()()ではなく()()

確かに、私なら適任だろう。シオン、我が元マスターよ。

 

寄り道はした。たくさんの犠牲も出した。それでも、私はここに一つの解に至った。

さあ、次の問題に挑むとしようじゃないか。

セレンゲティの書庫で、ディオゲネスが待っている。

 

獲物は放たれた。

突破口はすぐそこだ!

笑いが、笑いが止まらない。

 

いつの間にか部屋の入り口で、スガが怯えた目で私を見ていた。




次話投稿予定:10日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17節b 歩き出す運命

手元の通信機から、呼び出し音が鳴っている。

しまった。気を失っていたようだ。周囲には誰もいない。

と言うか、俺はこんなにボロボロなのに。よく無事だったな、通信機。

 

(わり)い、フリーダ。バーサーカーの野郎は倒したから安心しろ。ただちょっと俺は――」

 

フリーダではない女の声に遮られる。

 

「ああ、スルタン陛下!大変です、フリーダ様が、フリーダ様が……!」

 

フリーダの護衛のアサシンか。ひどく慌てている。

どうした。何があったと言うのだ。

 

「それが、フリーダ様はずっと笑ってて、石川とアメリアは撃たれて、城の庭には狼が……」

「待て待て。何を言ってるのかさっぱりわからん。落ち着いて最初から話してくれ」

 

"青"のアサシン。管野スガ。俺は、彼女がどう言う人物なのかよく知らない。

いつもアメリアと一緒にいて、彼女の話に相槌を打っている。タクボクと同じ国の出身。

それからフリーダの護衛を買って出るほどには腕に自信がある。そのぐらいだ。

 

そのスガが、城での様子からは考えられないほど動揺している。

彼女の話は、確かに驚く内容だった。

 

 

 

 

 

南アフリカで出会った"白"のライダーは、助言の対価に"犬"の英霊を連れてくることを要求した。

"犬"の英霊とは"青"のバーサーカーのことで、キリマンジャロと言う山にいる。

そこにバーサーカーは宝具で拘束されていて、それを壊すためにタクボクとアメリアは自害した。

 

自由になったバーサーカーだがフリーダとしか意思疎通できず、今は城の庭園にいる。

そのフリーダが、急に気が触れたかのように城中に響く大声で笑い始めた。

やかましいので何とかしろと言わんばかりにバーサーカーはスガの部屋に現れたので、

フリーダの部屋に様子を見に行くと、彼女は銃を振り回しながら笑っていた。

動転したスガがとりあえず当て身で眠らせたが、

他に頼れる人もいないので俺に通信を入れてきた。

 

うーん。自分で口に出して確認したつもりなんだが、半分も理解できない。

どこかサーヴァントとしての生に刹那的だった啄木はともかく、

アメリアまでもが見知らぬサーヴァントのために自害を選ぶとは。

 

もしかして、フリーダは三人目のバーサーカーだったのか?

こんなときレオがいてくれれば、フリーダを診てもらうこともできたんだが……。

と言うか俺だってすげぇ痛い。アメリアにもらった護布の自動治癒だけじゃ足りねえ。

 

「なあ、フリーダは今は寝てるんだろ?聖都は大丈夫なのか?

宝具だからいきなり落っこちたりとかはしねぇと思うけどよ」

「その心配はありません。フリーダ様は様子がおかしくなる前に、

次はイヴァン陛下の書庫に向かうとおっしゃっていましたので。

城は今もそこに向かっているものと思われます」

 

イヴァンの書庫だと?そんなものが、この大陸にあったのか。

そう言えば、島に着く前に二人が通信で何か話していたのを思い出す。

 

……待て、そもそもイヴァンはどこだ。

ロイもいない。俺が気を失う前に見たもう一人のライダーらしき奴も――

 

「ようやくお目覚めか。(トゥルク)の王よ。砲を武器にしている割には、そなたは火薬に弱いのだな」

 

さっきのライダー!

隣にはイヴァンもいる。あれは……何の顔だ……相変わらず表情の読めない……。

 

「ここにいる俄罗斯(ロシア)の王にそちらの事情は聞いた。

越南の王の代わりは朕が成ろう。将は変わらずそなただ。さあ指示を寄越せ」

 

待て。ロイは。ロイはどこだ。

 

「越南の皇帝は、そなたらのセイバーとしてではなく、一人の剣士として朕に挑んだ。

朕の弓術には及ばなかったが、朕の軍勢を蹴散らす獅子奮迅の見事な活躍であった」

 

ロイが、この男と一騎討ちを?

 

「ツァーリ……。まさかてめぇ。仲間が一人で戦うのを黙って見てたのか?」

 

俺は、静かな怒りをもう一人の仲間に向ける。

イヴァンが何か口を開こうとする前に、ライダーが続けた。

 

「それも違う。朕には彼の王と戦う意思はなかったが、彼の王の意思は固かった。

そなたは負傷していたし、ロシアの王は遠く離れていて迂闊な手出しはできなかった。

彼の王は今なら仲間の力を借りずに、朕と一人で戦えると思ったのであろうよ」

 

ライダーは続けて言った。

 

「朕は"青"のライダー。真名を、趙政。

秦の始皇帝と言った方が通りは良いかも知れぬが、まあ好きに呼べ。

狄の王よ。そなたにも英霊として、一度出会えばどうしても戦わなければならぬ相手が、

因果として一人や二人いるのではないか?彼の王にとって、朕がそうであったようにな」

 

串刺し公の顔が脳裏によぎる。

確かに、あいつのせいで俺は、今回の聖杯大戦を……。

 

「……スルタンよ。余を罰したいと言うなら、それでもいい。

だが余には、彼の皇帝の輝きを邪魔することはどうしてもできなかったのだ。

此度の大戦のサーヴァントはもう一人のランサーを除けば出揃った。

今は、そちらを優先すべきではないかと思う」

 

わかってるさ。ああ、わかってるとも。

くそ。大男どもが寄ってたかって、俺が矮躯(チビ)なのを強調しやがって。

バーカバーカ!

 

「まだ聞いてるか、スガ!」

 

俺が怒鳴ると、はい、と泣きそうな声で返事される。

 

「俺たちも今からすぐに書庫に向かう。俺の直感では、”白”のライダーが鍵だ。

そいつなら多分フリーダを治せる、というか診てやれる。今それができるのは奴だけだ。

だから着くまでフリーダを眠らせたままで、バーサーカーも刺激しないように。

合流するまで持ち堪えてくれ。できるか、スガ?」

 

御意に、とか細い声で答える。

できるできないではなく、やらなければならないのだが。

ここで彼女を追い詰めても仕方ない。

 

ロイを失ったことは、まだ言わない方がいいだろう。

それにしても、あの昇降装置では移動に時間がかかる。

セレンゲティまでは2000キロ。昇降装置の時速は聖都より劣る。間に合うか……?

 

「足の心配なら不要だぞ。朕を誰と心得る」

 

そうだ。こいつは、騎兵(ライダー)だったな。

 

呵々(カカ)!なあに。先程、俄罗斯の王と話したときに装置も改造しておいた。

内地には二刻もあれば着くであろうよ。

皇帝特権とは実に便利な()()()よ。狄の王よ、そなたもそう思わぬか?」

 

ああ、そうだな。俺も何度も助けられた。

 

俺たちは装置に乗り込み、狂った少女、いや、()()()()の救援に向かった。

この言い方は、ちょっとお前っぽかったかもな。なあ、レオ?

 

瓦礫の炎が、未だにゆらゆらと煙を上げていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18節a 聖杯談論

「いい加減に起きんか、フリーダ。いつまでも老人を待たせるな」

 

固い地面から身体を起こす。節々が痛い。ここは……?

土と紙のにおい。窓もないのに、幻想的な明かりが差し込む空間。

びっしりと詰まった本棚が、部屋のずっと奥まで並んでいる。

 

「雷帝の失われた書庫へようこそ。ゲルマニアの後輩よ」

 

ディオゲネス……!

埃の積もった閲覧台。ジョッキを傾けながら、気だるげに椅子に腰かけて、私を見ている。

とっさにホルダーに手を伸ばすが空だった。私の銃が、無い?

 

「安心せい。汝の銃ならわしが預かっておる。汝のお仲間に渡されてな。

何とかに刃物と言うことわざもある。どれだけ怖がられたことだか察せようぞ。

さて、それよりも。せっかく来たのだ。始めるとしよう」

 

ディオゲネスは立ち上がって続けた。

 

「我が名はディオゲネス。"白"のライダー。

犬儒派(キュニコス)の体現者にして、アテナイの賢者なり。

問おう、イレギュラーのサーヴァント。我が知恵を求め、尋ねし者よ。汝は何者なるや?」

 

決まっている。その答えは既に得た。

 

「我が真名は、フリードリヒ・ニーチェ!

ふざけた呪いを押し付けられた、世界を憎悪せしアヴェンジャー!

ああ、神は死んだ!神を嘲る者どもと死んだ!我はそれらすべてを嗤わんと――」

 

ライダーはすぐに遮った。

 

「もう良い。己に足りないものを見極めろとは言ったが、

()()()()()()()()などとは言っておらん。愚か者め」

 

違う!私は自由(フリーダ)だ!これが本来のサーヴァント・ニーチェの姿だ!

私はなおも叫ぶが、それを上回るディオゲネスの大声に封じられる。

 

「もう良いと言った。それ以上くだらん演説を垂れ流すなら、その細首、捩じ切るぞ」

 

……………………。

 

「ふん、大根役者が。狂人を演るならせめて仮面(ペルソナ)でも付けんか。

()()()()()()()()()。そんな体ではメナンドロスにも失笑を買おう。

護衛の女を騙した程度で、わしをも騙せると本気で思ったのか」

 

――ああ、そうだ。

名前を取り戻したところで、私にはわからなかったんだから。

 

私は、ニーチェだ。だがそれが、何だと言う。

私はただの哲学者。アメリアや啄木と同じ非戦闘員だ。英雄なんかじゃない。

シオンも言っていたことだし、最初からわかってた。私の名に意味などないと。

それでも皆は私に期待していた。だが私にはそれに答えるだけの名なんてなかった。

ならどうすればよかったのだ!いっその事、狂ったふりでもするしかないじゃないか!

 

「汝の名に意味を見出すのは汝ではない。落ち着いたなら続けよう。

黒蝶の少女。アヴェンジャーよ。汝がこの地に招かれた目的は何だ?」

 

――最初から変わっていない。

()()()()()()()。第三の陣営として勝利するでもなく、事態の解決でもなく、観測。

それがサーヴァント・ニーチェを呼び出した、シオンの意思だ。

 

「マスターの意思とな。汝の名を奪われたのもか?」

 

……そうだ。

 

「良かろう。ではその目的を果たすため、汝は如何せんとした?」

 

私の旅は、機動聖都に送られたところから始まった。

 

二人の王に出会い、三人目の王を求め、二人の王を失った。

三人目と四人目の王と力を合わせ、さらに三人の協力者を得た。

五人目と六人目の王を制し、自らの陣営に加えた。

 

三人目の王を失った。王を殺した狂戦士を排除した。

五人目の王を失った。七人目の王が加わったらしい。

もう一人の狂戦士が協力者になった。代わりに二人の同盟者を失った。

 

そして私は今、それらを語り聞かせるまでもなく。

全てを見通しているであろう賢者の前に立っている。

 

「悪くない分析だ。さすがは超人(ユーバーメンシュ)。だがいくつか間違えているぞ。

一つ。三人目は王ではない。二つ。わしは全てを知っている訳ではない」

 

……だから何だ。どうでもいい。些末なことじゃないか。

 

「どうして汝はそう悲観的なのか……。まあ良い。さて次だ。

汝はわしの問いに答え、見事、己が真名を取り戻した。

汝の名を讃えよう。フリーダ(ニーチェ)。哀れで、か弱きディオニュソス。

認めよう。汝はわしと談論を交わすにふさわしき賢者だと。

それで汝は、これからどうするつもりなのだ?」

 

それは……。

戦力は整った。目前にあった脅威も排除できた。敵の具体的な場所も把握済みだ。

今こそ"白"のランサーを打倒するべきだろう。それで異常は解決し、私の役目も終わる。

 

「はて。なぜそう言い切れる?汝も疑問に思ったことが一度や二度あるはずだが。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とな」

 

――確かに、そうだ。"白"のランサーは。レオが地図を作ってから、

詳細な位置こそこちらに掴ませなかったものの。

このタンザニア領から一歩たりとも動いていない。

 

同盟を組んだサーヴァントたちと話したことがある。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

つまり、ランサーにも戦う気はない?そもそも、大戦の異常とはなんだったか……?

 

「たまにはわしが答えよう。大戦の異常とは、この地に人間が一人もいないことだ。

我らは等しく霊魂だ。亡霊だ。とうにこの世の住人ではない。

そしてサーヴァントは、マスターという依代をなくしては成り立たぬ存在だ。

無論、土地の断末魔だの、霊長(アラヤ)の抑止力だの、()()()などの例外もあろう。

だがしかし、我らは全員がそうなのか?もちろん、否だとも。

我らは大聖杯とやらの魔力を常に受けていなければ、こうして話をすることもできぬ。

そんな我らが、どうしてその大聖杯を手に入れるために殺し合わねばならぬ?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何も反論できない。その通りだと、私も思った。

 

「続けよう。では、その原因はランサーにあるのか?

それも否だ。確かに()()は、それだけの力を持っている。

その気になれば、わしらをまとめて滅ぼすことも容易かろう。

だが黒幕はランサーではない。この大戦の調停役たる裁定者(ルーラー)。すなわち()だ。

そして彼女は、恐らくわし同様にある程度理解した上で、湖に身を隠すことを決めた」

 

ランサーはヴィクトリア湖にいると、ライダーが言っていたのを思い出す。

裁定者の奴とは、一体、誰だ?

 

「少し補足するならば、汝のマスターが敵を見誤ったわけでもないぞ。

奴が己が正体を掴ませないため、ランサーをトロイアの木馬としたのだからな。

全てが奴の目論見通りにいっていれば、

彼女がこの大戦最大の脅威となったであろうこともまた明白だ。

さて……少しだけ話を戻そう。汝の最初の同盟者の一人は、()()()()()()()の参加者だったな。

その王に聞いたことはあるか。前回の戦いにおいても、これだけの"王"が集ったのかと」

 

いいや……。前回の"王"は両陣営合わせても二人だけ。

"黒"側にヴラド。"赤"側にアッシリアの女帝、セミラミス。

 

「聖杯戦争の認識については改めて共有するまでもなかろうが。

大戦と名前が変わったと言え、中身は変わらん。

何騎いたとしても、最終的には一人のサーヴァントを勝者として選ばねばならぬからだ。

ではここで新たな問いだ。"王"とは如何なる存在か?」

 

私は王じゃない。だがこうしてここに立っている私なら、その問いにも答えられる。

フランク王国。ワラキア公国。ローマ教皇領。オスマン帝国。

黎朝ベトナム。ロシア・ツァーリ。まだ会っていないが、秦……。

 

私は生前、王らしい王に出会わなかった。

プロイセン公(ヴィルヘルム一世)は……確かに皇帝だったかもしれないが。

時代が違いすぎる。この地で会った彼らとは方向性も違う。

 

王とは、誰よりも賢く、諸人を導く力を持った者のことだ。

英雄に王が多いのも頷ける。彼らは皆が皆、私にはないものを持っている。

ゆえに、強い。彼らを讃える歴史が彼らを強化するように。

彼らはいつ如何なる時代に召喚されても、彼らの偉業が霞むことはない。

 

征服王(イスカンダル)みたいなことを言いよるな、汝は。

だが、然り。王とは強き者の代名詞。王権神授を認めぬわしでもそれは認めよう。

そして、ここからはわしの推測だが。

もしそうであるならば、前回の大戦の勝者は、

実際はどうであれ、あらかじめ決まっていたのではないか?」

 

確かに。元々は7騎で行う予定だった()()()()だ。

大した触媒も用意されず、"黒"の陣営にはポンコツ騎士や詩人や人造人間など、

およそ戦闘向きとは思えない英霊ばかりが集ったと言うじゃないか。

もし"大戦"が"戦争"のままだったら、間違いなくヴラドが勝利していただろう。

 

実際、"大戦"となってもなお、ヴラドの力は圧倒的だった。

もちろん彼が最大の知名度補正を発揮できる戦場だったからだが、

それは彼が普通の英雄ではなく、王だったからに他ならない。

彼は"赤"側の神話の英雄相手にも、一歩も引けを取らなかったと言う。

知名度補正のないこの大陸でも、彼はメフメトの軍勢を蹴散らすだけの力があった。

 

"王"とは、それだけ強大な存在なのだ。

 

「だんだんわかってきたようじゃな。

そんな"王"が7騎も揃い、()の目論見通り争っていたらどうなると思う?」

 

実際にはそうならないよう私たちが介入したのだから、想像するしかないが。

規格外の力のぶつかり合いにただ畏怖し、観測などとてもできなかっただろう。

 

だが、私が介入する以前より戦わないことを決めてた者はいた。

シャルルを含む王も、啄木を始めそれ以外のサーヴァントたちもだ。

……なぜだ?

 

「そこが()の甘さよ。

サーヴァントはチェスの駒ではない。ヒトはそう思った通りには動いてくれぬ」

 

それとこの事態と、どんな関係が?

 

「それを説明するためにも。別の視点から実践的な問いを投げるとしよう。

以前、汝はわしがどうやってここまで移動するつもりか聞いたことがあったな。

その答えは、こうじゃ」

 

ディオゲネスがどこからかランプのようなものを取り出す。

それが目に入った瞬間、私の意識は何度目かの暗転をしていった。




次話投稿予定:13日6時

誤字を修正

11/14
フリーダの銃の矛盾に気付いたので修正
預かっていた対象をフリーダの仲間→ディオゲネスに変更

3章来るかな…!
来なかった…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18節b 曙光

気が付くと、草原のような場所に立っていた。

風が心地よい。花の香りもする。気持ちのいい青空だ。

やがて、頭の中にディオゲネスの声が響く。

 

『再び樽の中の英雄(ディオゲネス・クラブ)へようこそ。それでは、第一の問いを始めよう。

もっとも、汝はそこで見て、考えを巡らせるだけでよい。今回からはヒントも与える』

 

私の目の前に、緑色の髪をした軽鎧の偉丈夫が現れた。

 

『男の名は()()()()()。叙事詩『イーリアス』の主人公。

前回の聖杯大戦における"赤"のライダー。そして"赤"側屈指の大英雄だ』

 

アキレウスは軽く準備運動をしたかと思うと、瞬時にどこかへ駆けていった。

 

『彼が追いかけているのは()()()()()()()()()()()()。ブリタニアの小説家。

前回の聖杯大戦における"赤"のキャスター。そして"赤"側屈指のトラブルメーカー。

さて、問いを始める前のちょっとした()()()()()()()()()じゃ。

汝は神話の英雄と、現代の作家。どちらの脚力が上だと思う?』

 

……バカにしているのか。相手は韋駄天が如き俊足のアキレウス。

いかなサーヴァントとは言え、彼に俊敏性で敵うものはいないだろう。

 

『そうさな。至極その通りであろう。

では実際にそうなのか。他のサーヴァントにも答えを聞いてみよう』

 

私の隣に、三人の新たなサーヴァントが現れる。

 

「シェイクスピアとアキレウスのどちらがより速いかだと?

……それは、何か別の意味のある問いかけなのではないか?

逆にむしろ、私はアキレウスより速い英霊を知らない。

悔しいが、私でも奴には追い付けないだろうからな」

 

緑の髪に獣の耳が特徴的な少女が答えた。

 

「どちらが速いかなどは関係ない。アキレウス!

私は地の果て、星の果てまでも追いかけて奴をむぐぐぐ」

 

銀髪の美少女が怒りを露わにして叫ぼうとするが、隣にいた青年に口を塞がれる。

 

「オジさんもアタランテの言う通りだと思うねえ。

そりゃあ、単純な脚力でアイツに敵う奴はいねえだろうよ。

それにアイツのことだ。多少シェイクスピアの旦那が策を持っていたとしても、

英雄としてのなんとかで追い付いて見せるんじゃないかねえ?」

 

マントを纏った茶髪の青年は続けてこう答えた。

 

脚力に関する問いなら、ここにいるサーヴァントたちとも私の答えは一致するだろう。

だが、彼らも賢い。問題の先の意図まで考えようとしている。

やがて、彼らの姿は薄れて見えなくなった。

 

『さすがはギリシャの戦士たち。では本題の問いだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この場合重要になるのは、シェイクスピアがどこにいるかだろう。

アキレウスは視界に入る戦場すべてが間合いだと言う。

極端な話、この地球上にいさえすれば、どこにいてもアキレウスが追い付けないはずはない。

 

「樽の賢者よ。フリーダ(ニーチェ)が答えましょう。

アキレウスは、シェイクスピアには決して追いつけません」

 

一呼吸置いて、ディオゲネスが返事を寄こす。

 

『正解だ。だが、なぜそう思った?

汝は、地球上にいさえすれば追い付けないはずはないと考えていたではないか』

「おっしゃる通りです。この宝具……いや、()()()()内に両者が確実に存在するなら、

アキレウスは必ず追いつけるでしょう。ですが私はシェイクスピアの姿を見ていないし、

彼がここに確実に存在すると言う根拠も示されていません。

つまりこの問いに実数解は存在しないのです。ゆえに私は先程のように答えました」

 

ライダーが感嘆の声を漏らす。褒められているのか、バカにしているのか。

 

『そうか。いや、そうか!汝であれば、このような小手調べは不要だったな。

大変な失礼をした。この不肖ディオゲネス。

同輩との問答など久しぶりなので、迂闊にも少し浮かれていたかもしれん。

本当はもういくつか用意していた問いもあるのだが、それはまたの機会にしよう。

では二番目の問いだ』

 

私の目の前に、三人の人物が現れた。

 

黒髪に緑に瞳の少女。私にそっくりな……いや。

()()()。エリザベート・ニーチェ。

 

金髪に青の瞳の女性。忘れるはずもない。

()()()()()()()()()。コージマ・ワーグナー。

 

茶髪に黒い瞳の女性。愛くるしい顔立ち。

誰よりも私を理解したフリの上手かった()()()()。ルイーズ・フォン・サロメ。

 

三人とも、()()()()()()()

ああ、そんな目で見ないでほしい。私は英霊なんだから……私は……もう……。

 

『さすがにこれは堪えたかの?なればこそ、意味はある。

さあ、フリーダよ。己が背後を振り向くがいい。それが問いの始まりの合図だ』

 

言われるがままに振り返ると、拳銃が置いてあった。

私の宝具の銃身(バレル)ではない。私の生前にもあった、ドイツの拳銃。

ワルサーだかコルトだか。名前までは知らない。もとより銃に名など……。

 

「お姉様。私はお姉様を利用しました。お姉様の忠告をことごとく無視し、

お姉様の理想を踏みにじり、ナチの連中に格好の喧伝材料を与えてしまいました。

お姉様が私を許さないと言うのなら、どうかその銃で私を撃ってくださいまし」

 

エリザベートが言った。いやだ……やめて……。

 

フリーダ(フリッツ)。あたしも人のことは言えないけど。

リッヒはあなたが思ってるほど、あなたのこと嫌いじゃなかったと思うわ。

ただ、少し道を踏み外してしまっただけ。

彼を嫌いになっても、彼の音楽は好きだったでしょう、あなた」

 

コージマが言った。わかってる……そんなこと……そんなことは……。

 

「何を悩んでいるの?悩むことなんてないじゃない、ねえ?

孤高な、誰にも理解されない賢者の知恵を恣意的に選んで大儲けした妹。

金の無い指揮者を見限って不倫した挙句、差別主義者の作曲家と結婚した毒婦。

精神的に弱ってるあなたの元に近付いて、良い気にさせた上でさらに壊してやった悪女。

武器はあなたの手にあるのよ。アヴェンジャー。あなたが復讐(ころ)したい相手は、誰?」

 

ルイーズの蠱惑的な高笑いが、私の心を抉る。

殺せ、殺せと頭の中に響く。全員を殺せ、と誰かの声が響く。

違う……私はフリーダ(ニーチェ)だ……いや……私は……!

 

ふらふらと、銃を私のこめかみに突き付ける。

無理だ。私には、誰も殺せやない。

だって、私の理想なんて。私の知恵なんて。誰もわかってくれないんだから。

エリザも、ガスト君も、ショーペンハウアー先生も、ブルクハルト教授ですらも。

 

私は一人。一人ぼっち。英霊なんかになったって、ずっと……。

苦しむぐらいなら、名前なんて、思い出せないままで良かった……。

 

引き金を引いた。空砲だ。弾は、入っていなかった。

私の懐の本が、宙に浮かび、ぱらぱらとページがめくれて行く。

 

『一握の砂』は、あるページで止まった。

手書きのメモも添えられている。

 

"いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと 握れば指の あひだより落つ"

 

『追伸、主殿へ。

これを読んでいると言うことは予はもうこの世に云々など言うことは省略だ。

言いたいことだけ言って終わる。名も知れぬご同業、フリーダ殿よ。

予の拙作を引用するまでもなく。この世は我々が窓から眺め考えるよりも。

ずっと広く、深く、複雑で、融通のきくものだと、予は信じている。

だから頑張ってくれなどとは言わぬ。いくら予でもそれは無責任だからな。

ゆえにこう言おう。何度言ったかはわからぬが、主殿は主殿の思うままに。啄木』

 

私を惑わせた三人の(こいびと)たちは、いつの間にかいなくなっていた。

ディオゲネスの声も聞こえない。

目の前のランプの火種は、今にも消えそうだった。




3章来なかった……。

11/14 誤字を修正

次話投稿予定:14日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18節c 地へと駆ける

「あああーっ!くそっ!」

 

機動聖都。皇帝(スルタン)の部屋。

俺は暇つぶしに続けていた、加工中の宝石のピアスを放り投げる。

七組目だ。こんなに作ってどうする。口説く女もいないのに。

 

始皇帝の改造した昇降装置で、マダガスカルから本隊に追い着いたのが一時間前。

気絶したフリーダを、スガたちが雷帝の書庫に連れていったのが二時間前。

かなりの時間が経った。一体ライダーと何を話しているのか、気になって仕方がない。

 

"白"のライダーは、自分の要求した"青"のバーサーカーを見るとひどく驚いていたらしい。

自分で呼び出しておいて驚くとは、どう言うことだ。

終わったら知らせるから、適当に時間を潰していろとフリーダ以外は締め出されたそうだ。

 

スガにはもう会ったが、とても別れて以降の話を聞けそうな様子ではなかった。

代わりと言ったら何だが、バーサーカーの面を拝みにいくとするか。

 

俺は外からそーっと、聖都庭園の様子を眺める。

俺の猫が、一際デカい狼の近くに寝転んでじゃれている。狼は目を細めて猫を眺めている。

イヴァンの黒犬たちもフェンリルの側で待機中だ。

まさか"犬"の英霊って、あいつのことなのか。完全に庭園のボス気取りじゃないか。

 

『なんだ、人間。ここは我の領域。用がないなら疾く失せよ』

 

狼が俺に向かって何か言った気がする。確実に歓迎の雰囲気でないことはわかる。

 

『ふん。やはり貴様もか。結局、我の言葉を解するのが老いぼれと狂った娘だけとはな』

 

皇帝特権は万能ではない。よって、生前に全く素養のないスキルは取得できない。

ハトゥン先生に動物会話の術も習っておくべきだったか。

いや、いくらあの爺さんでもそんなことはできなかっただろうな……。

 

庭園を後にして、あてもなく聖都の回廊を歩く。

――トプカプ宮殿(サライ・ジェディード)を思い出すな。

色んな国の人間がいて、色んな国の言語が飛び交い、色んな国の文化を教えてくれる。

まあ、今のここは成り行きでそうなってるだけで。

基本的にはこの城を作った大帝の意匠なんだろうが……。

 

広間で、始皇帝がスガにお茶を用意させている。

何か話しかけているようだが、聞き取れない。

俺も混ざろうかと思ったが、やめた。

敵が急に味方になるなど、よくあることだ。

だから奴を信用していない訳じゃない。それでもあいつはロイを……。

 

そうだ、ロイの部屋。この城はとにかく部屋が多い。

退去したサーヴァントの部屋もわざわざ残しているほどだ。

彼女が持ち込んだ物は少ないだろうが、

戦況を有利にする戦利品や、遺品の類があれば回収しておくべきだろう。

城主サマ代理の大局的判断ってヤツだ。俺が今そう決めた。

 

――驚くほど、物がなかった。机の上に分厚い本が一冊あっただけだ。

あいつも一応、女の子のはずなんだが。

別にそういうのを期待していたわけじゃないが、拍子抜けだ。

 

本の中身は普通の史書のようだが、こちらは重要ではなかった。

ぱらぱらとめくってみると、いくつもの押し花が出てきた。

悪くない趣味だ。俺も花は好きだからな。バラとか。

彼女の故国の花、例えばハス以外にも、この地で摘んだと思しき花もあった。

デイジー、プロテア、ショウブ、エリカ……おっ、ユリもあるな。

 

これがロイがこの地に召喚された証、か。

黄色のデイジーの挟まれたページには、無骨な象牙飾りと豪華なしおりもついていた。

しおりには何かが漢字で書かれていて、読めはしないが意味はわかる。

 

"歴史は勝者のもの"

 

――そうだな。確かに、そうかもしれねえ。

これが本来の聖杯大戦なら、こんな風に陣営の仲間と語らうことも……。

 

俺はおもむろに、スガに押し付けられた貝を取り出す。

フリーダが持っていたものだ。銃と一緒に取り上げたスガにはこれも武器に見えたらしい。

書庫でライダーに銃を預けるまで気付かなったほどだ。狂ったフリーダはよほど怖かったんだろう。

これは夜行貝だ。確かに薄く研げば刃物の代わりにはなるだろうが、武器としては弱すぎる。

 

象牙と、貝か。こいつは良い組み合わせかもしれねえな。

俺は自室に戻り、城主サマの帰還を待つ間に、ちょっとした贈り物を作り上げる。

フリーダは、女としては全く好みじゃねえ。見た目が十年経っても評価は変わらないだろう。

どっちかって言うと、庇護対象か、守るべき民草か……。

 

仕上げにかかった頃、獣の遠吠えを聞いた。

バーサーカーだ。そう言えばあいつの真名、なんだったっけ。

……鳴き止まない。どうやら、フリーダのしつけの問題ではなさそうだ。

 

庭園にはいなかった。なら広間か。

イヴァンと始皇帝……政が、バーサーカーを前に何やら話し合っている。

おろおろしていたスガが、俺を見つけて駆け寄ってくる。

 

「ああ、メフメト陛下。ご覧の通り先程からフェンリル殿のご様子が……」

 

フェンリルって言うのか、こいつ。その名は確か、ノルドの獣だったか。

狼は時折遠吠えをあげながら、低い声で唸っている。

こちらに対する敵意ではなさそうだが、強い警戒心を露わにしている。

 

『ええぃ!貴様ら、それでも国を戴く皇帝か!

奴だ、我を縛った()の気配だ!なぜ事態を理解できぬ!

何か良からぬことが起きようとしている。貴様らが動かぬなら、我が……!』

 

フェンリルは何かを思いついたかのように、ワンと一言鳴いた。

イヴァンの黒犬の一匹と、俺の猫が広間に入ってくる。

こいつ、いつの間に俺たちの使い魔を手懐けやがって――

 

"これなら通じるか、人間ども。そこな雷帝の書庫に危機が迫っている。

我は約定を果たすため、哀れな娘の救援に行く。手伝う気があるなら我に続け"

 

フェンリルはテーブルを一息に飛び越えて、猛然と外へ駆けて行った。

()()だと?まさか、もう一人のランサーの襲撃か?

 

「……余の杖、余の書庫の危機とは、すなわち余の危機に等しいな。

いかなる賊が相手でも、恐れはせぬ。我らも出陣だ、スルタン」

「副官はそなただと聞いている。太祖の代わりだ。朕はそなたの指示に従おう」

「行きましょう、陛下!ライダーはともかく、今のフリーダ様では危険です!」

 

そうだな。誰が相手でも、迷っている暇はない。

せっかくフリーダがまとめてくれたのに、ここで何かあったらまた殺し合いに逆戻りだ。

いや、聖杯大戦としてはそれで正しいんだろうし、今の状態は間違っているんだろうが。

 

「よし、四人なら一基でも乗れるな。

ちょうど政の改造した装置があるから、すぐに追い着ける。皆で乗り込むぞ!」

 

それでも、この状況が変わるのは嫌だ。

ヴラドの野郎に言われたからでも、フリーダの用心棒を買って出たからでもない。

()()()()()()()()()()。なら俺らは勝利して、歴史を作らなければならない。

 

進入口から見下ろす。だだっ広い平原に、一際目立つ大木があった。

あれの地下に、イヴァンの書庫があるのか。

にわかには信じがたいが、今重要なのはそこではないな。

 

フェンリルの姿は……見えない。

まさか、飛び降りたのか。この高さを。獣って(すげ)え。

 

こちらの戦力は十分のはずだ。

フリーダと"白"のライダーを除いても、都合5騎のサーヴァントが揃っている。

得体の知れないランサーが相手でも、普通なら戦えると思う。

 

だが、なぜだ。妙に嫌な予感がする。

くそっ、あのポンコツ兵器の爆発を受けてからどうも調子が狂う。

ダメージが残ってるわけではないのに。

 

俺は曲がりなりにもフリーダに別動隊を任された副将だ。

知名度補正がなくても、新兵(イェニチェリ)を呼ばなくても。

俺は歴史に名だたるスルタンだ。そのはずなのに。

 

どうして俺の心はざわつくんだ。

一体何者が、フェンリルに警戒を促すほどの脅威を発せられると言うのだ。

 

もう大木は目の前だ。さすがに近くに待機していただけあってすぐに着いた。

早くフリーダたちを保護しなければ、手遅れになる。そんな気がした。




次話投稿予定:14日6時

11/14 フリーダの銃に関する矛盾を修正
スガがフリーダを眠らせた後、スガ視点で武器になりそうなものは回収
書庫でディオゲネスに銃は預けるが、
貝は武器じゃないと気付いて渡さなかったと言うことにします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19節 始原の双竜

居心地の良い草原だと思ってた場所が、悪夢の中のように思えてくる。

これがディオゲネスの宝具。哲学者のための思考空間。固有結界(リアリティ・マーブル)

樽の中の英雄(ディオゲネス・クラブ)』。……正直、拷問を受けている気分だ。

 

「第二の問いは、ちと難解だったかの。

もっとも、第一の問いと違って明確な答えはない。わしは汝の選択を尊重しよう。

さあフリーダ(ニーチェ)よ。準備ができたなら最後の問いを始めよう」

 

いつの間にか、ディオゲネスが目の前に現れていた。

もうたくさんだ。いっそのこと、"座"に帰ってしまいたい……。

 

「まあ、そう言うな。失われたものを取り戻したいのだろう。

第一の問いでは実在と観念を問うた。第二の問いでは汝の()()()()を問うた。

だが汝にはまだ、足りないものがある。それが何だかわかるか?」

 

真名とクラスは、仲間の犠牲と嫌な記憶を引き換えに手に入った。

私はこれ以上、何を差し出せばいいのだ……。

 

「本当は理解している癖に、わしに言わせる気か?

クカカカ。汝もそれなりに問答の何たるかがわかってきたようじゃないか。

……そら」

 

ディオゲネスが何か投げて寄越す。

これは、私の銃……。

 

「最後に問うのは、汝の切り札たる宝具だ。

無論、サーヴァント・ニーチェは汝のマスターによって強力な武装を貸与されておる。

偽りの黒い銃身(ブラックバレル)。世界を滅ぼしうると言うアトラスの兵器。霊体に対しては究極の銃の複製品(レプリカ)

以前、わしは汝にその攻撃も受けぬと言ったが、半分はハッタリじゃった。

わしはスキルによって大抵の攻撃を無効化できるが、汝の銃はあまりに恐ろしい。

汝が怒れるままに撃っていたら、わしはハデスの元に召されていたかもしれん。

その証に、ほれ」

 

ディオゲネスが己の手を広げて見せる。手のひらに痣のようなものがある。

彼がケープタウンのパブを出ていくとき、銃身を掴まれたのを思い出した。

 

「もっとも。それだけではやはり他の英霊との差は埋められぬじゃろう。

汝は賢いかも知れんが、戦士ではない。まして生前にそれを使いこなしたわけでもない。

そして、汝に紐付けられた最高の伝承たる宝具は、未だその真髄を見せておらぬ。

汝は最初その銃の銘すらも忘れていたが、城での戦闘訓練によって思い出したそうではないか。

そこでわしはこう仮説を立ててみた。汝のマスターは、汝の素性全てを奪い送り出したものの、

本当に何もできないまま死なれては困る。そこで誰でも使える武器を貸与し、

汝に迫った危険に応じて武器の練度も上がるようにしたのではないか、とな。

まあ、それを暴くためにも、わしの用意していた問いの一つが使えそうじゃ」

 

ディオゲネスは傍らの樽の蓋を開ける。

草原に霧が立ち込め、辺りは雷雨になった。

得体の知れない雄叫びが聞こえてくる。

 

「わしの乗騎を紹介しよう。アピロとオフィスと言う。

この空間では死にはしないが、舐めてかかると火傷はするぞ。せいぜい気を付けい」

 

赤とオレンジの鱗の、全長5メートルはあろうかと言う竜。()()()()()

あれは、幻想種の頂点。竜種(ドラゴン)じゃないか。よく見ると片方は冠を被っている。

翼はないようだが、魔力量の桁が違う。あの爪、あの脚。考えただけで身震いする。

哲学者とはデタラメな職業だと我が事ながら思うが、それにしたってデタラメすぎる。

 

「樽の賢者よ!それで!彼の竜を、私にどうしろと――」

 

私が抗議しようとしたところで、一頭の吐息(ブレス)が私の立っていた場所に直撃する。

燃え広がる炎と、くすぶる煙のにおい。間一髪で避けられたから良いものの。

――死にはしないと言うのも、嘘なんじゃないだろうな。

 

脚力を強化して逃げ回るが、草原には隠れる場所など無い。

煉獄と化した草原の中央で、ジジイはジョッキを片手に私が走り回る様を眺めている。

やはり、酒場で撃ち殺しておくべきだった。

 

「わしは何も倒せとは言っておらんぞ。事態を収拾したいなら知恵を絞れ。

そうさな、ただ一言で二頭の竜を大人しくさせる命令。それがこの問いの答えだ。

さて問おう、ゲルマニアの賢者よ。その命令とは、如何なるものか?」

 

はあ、はあ、ぜえ、ぜえ…………。

アメリアのドレスは、本当に丈夫なようだ。

煤けてはきたが、吐息がかすっても燃えない。素晴らしい才能だと今になって思う。

 

「きゃ……あっ……!」

 

余計なことを考えているうちに。一頭の前脚に蹴られ、私の身体は宙を舞う。

もう一頭の竜の吐息を避けて着地したところで、ドレスは空中戦には向いてないと思った。

戦闘用のスーツでも作ってもらえばよかった。

 

王冠の竜が尾で薙ぎ払おうとする。すかさず脚に魔力を込めて跳躍し、

私は背の鱗の隙間を狙い数発射撃するが、まるで効いていない。

魔法の命令とやらを考えるためにも、時間稼ぎが必要だ。

 

竜の弱点。ある程度大人しくさせるには、どこを撃つべきだろう。

倒す必要はないとは言え。考えるのに数十秒はほしい。

 

今さらだが。この銃身(バレル)は、()()()()撃てないのだろうか?

何発撃っても再装填は必要ないし、ただ引き金を引くだけで良い武器。

確かに、誰でも扱える夢のような武器だ。だから私のような非力な者でもすぐに使えた。

 

――ああ、そうか。練度を上げるとは、そう言う意味か。

銃身(バレル)から、()()に必要な知識が流れ込んでくる。

思えば、訓練施設でのときもこうだった。

あのときは特に疑問を持たなかったが、いきなり銘を思い出すなんて。

シオンのようにはいかないだろうが、今の私なら真似事ぐらいはできそうだ。

 

再び脚に魔力を込める。

もしかして、走り回されたのもこう言う意図があってのことだったのだろうか?

まあ、いいか。冒険的な選択も、たまには悪くない。

 

私は王冠を被っていない方の竜の足元に走り込み、先ほどのお返しとばかりに()()()()()

軽い。軽すぎる。なぜだ。質量はどうなっている。まったく論理的じゃない。

まるでサッカーボールでも蹴ったかのように、竜が空へと上がっていく。

 

仮にもアトラスの兵器の紛い物が、弾丸しか撃てない訳がないじゃないか。

真価は銃身の方にあると気付いてはいたのだから、ヒントはあったのかな。

まったく、哲学者とは本当に、デタラメな職業だ……。

 

「『贋作銃身・極大光束(バレルレプリカ・フルトランス)』――!!」

 

やけくそで叫んだが、どうやら正解だったようだ。

銃身から白い光芒が放たれて、竜たちをひるませる。

ディオゲネスが私に何を言わせたかったのかも、これで何となく理解した。

 

「樽の賢者よ!フリーダ(ニーチェ)が答えましょう!」

 

ディオゲネスは、まっすぐに私を見つめて言った。

 

「応さ。命令権を一時的に汝に委譲した。さあ、答えを告げてみせよ」

 

地面に降りてきた竜と、王冠の竜。

今なら、私は彼らに言うことを聞かせられる。

 

「竜たちよ、()()()()()()()()()()!!」

 

竜たちが目を開き、私の言われた通りに互いの尾に噛みついた。

二頭の竜は、そのまま円環を作り、ディオゲネスと私の周囲を回り始める。

固有結界は崩れ、炎に煤けた私の傷も浄化されていく。

 

死と再生。破壊と創造。無と無限。それが意味するものは数多い。

そして恐らくは、根源の渦へ繋がり得る一端でもある。

古代エジプトに始まり、ギリシャ、北欧、アナトリア、中国……。

その概念は、世界中に伝播していった。

 

始原の双竜(ウロボロス)』。

なるほど、確かに騎兵の宝具にふさわしい。

竜たちは樽の中へ帰っていった。固有結界は消え、私たちも最初の書庫に帰り着く。

 

「見事じゃったぞ。黒蝶の賢者よ。だが宝具の名は、恐らくあれではないな。

いや、無論あれでも発動し得るのだろうが、サーヴァント・ニーチェの宝具名ではない。

まあ、それはこの場でゆっくり探せばよかろう。そのためにこの書庫を選んだのじゃからな。

あの暴君め、遺すなと命じたわしの本すら蒐集するとは。王とはこれだから底知れぬ」

 

ジョッキを閲覧台に置き、本の群れへと歩いて行った。

やがてディオゲネスは書架から三冊の本を選んで持ってくる。

 

『支配の倫理』

これは失われたはずのディオゲネスの著書。

何万ターラー払っても惜しくないような本が、この書庫にはあるらしい。

 

『人間的な、あまりに人間的な』

これは私の本だ。雷帝とは生きた時代が違うのに納本されていると言うことは。

彼の英雄王の蔵のように、ここは彼が有用と判断した本は死後も蒐集される神秘なのだろうか。

 

『ソクラテスの弁明』

これは有名すぎる。探せばこの大陸の本屋にだってあるだろう。

ディオゲネスと同じ時代の、大哲学者プラトンを代表する著書。

 

――まさか。

 

「然り。この第二次聖杯大戦の調停役のルーラー。()()()()

わしより優秀なくせに、わしを()()()()に選びおった青二才。

その若造が此度の黒幕と――」

 

背後で、ディオゲネスが激しく咳き込むのが聞こえた。

とっさに振り返ると、今まで全く気付かなかった侵入者と目が合った。

 

理知的なのに、どこか狂気に満ちた瞳。

黒髪に、一枚布(キトン)を纏った青年。

青年は、ディオゲネスの胸を背後から素手で貫いていた。




次話投稿予定:15日6時

11/14 フリーダの銃に関する矛盾を修正
第三の問いの前に返却されました
これで整合性は取れたはず……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20節 黒蝶の帰還

「言ったはずだよなぁ?爺さん。あんたは黙って見てるだけでいいって。

それなのにさぁ、若い女のサーヴァント連れ込んで、何様のつもり?」

 

腕を引き抜き、支えを失ったディオゲネスが地面に倒れ伏す。

青年……プラトンは私の方を見もしないで、続けた。

 

「こっちはただでさえ思い通りにいかなくてイラついてるってのにさぁ。

"王"どもは戦わないし。"敵"もバカばっかり。頼みの綱のランサーは優雅に沐浴中と来た!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――狂ってる。

私に言われたくはないだろうが、バーサーカー的な意味ではなく。

魂レベルで狂っている。何をどうすれば、大哲学者が、ああも成り果てるのだ。

 

ディオゲネスを助けたいが、下手なことをすれば私も殺されるだろう。

手元に銃があるのに、彼へ向けることができない。

プラトンは何か愚痴りながらディオゲネスを蹴り続け、

蹴られているディオゲネスは、息も絶え絶えにプラトンに話しかける。

 

「わしの方こそ、言ったはずじゃぞ。汝の役目は、既に果たされていると。

本当は、理解しているのだろう?なぜ、"大戦"にこだわる……?」

「なぜ、だって?」

 

青年は血まみれの両腕を振り上げ、叫ぶ。

 

「決まってる!僕の役目は、まだ終わってなんかいないからだ!

時間もないのに、どうしてあんたは、いつも僕の邪魔ばっかりするんだ、よ!」

 

プラトンが一際強く蹴りを入れ、ディオゲネスが呻き声を漏らす。

もう見ていられず、思わず彼を庇うため間に入ろうと駆け寄る。

 

「何だ、アテナイの学堂でもない、"王"でもない余り物が。どけ」

 

腹を殴られる。物凄い力で吹き飛ばされて、背後の書架に激突する。ばらばらと本が落ちる。

どこかの骨が折れた気がする。立とうとしたが立てず、よろけて棚に寄り掛かる。

猛烈な痛みが体中に広がる。一発食らっただけで、こんなに……。

 

こいつ。英霊に見た目の年齢は関係ないとは言え、女性の腹をグーで、ぐっ、ごほっ。

――血だ。軽口を叩く余裕もない。もう一発食らえば、望み通り"座"に帰れそうだ。

 

「はっ。その娘こそ、貴様の計算外のイレギュラーのサーヴァントだと言うに。

女子相手にいきなり拳とは、ずいぶんな歓迎じゃのう」

「あぁ、こいつがそうだったのか。なら、爺さんと一緒にここで殺しておくかね」

 

プラトンがポキポキと首を鳴らしながら私の方へ歩いてくる。

ディオゲネスめ、せっかく助けようとしたのに、余計なことを。

 

……このままじゃ、本当に殺される。

恐怖に耐えて、ホルダーに手を伸ばしたところで、爆音と共に天井が破られる。

 

書庫の入口って、あんな所にあったんだ。

スガには眠らされたまま連れてこられたので、気付かなかった。

飛び込み、着地し、プラトンの腕に噛みつこうとしたフェンリルが、

プラトンに蹴飛ばされて私の近くに吹き飛んでくる。

 

「バーサーカー、私を、助けに来てくれたのですか?」

『うるさい黙れ。貴様はそこで気絶でもしていろ。奴は、我が殺す』

 

穴の開いた天井から、次々と仲間たちが入ってくる。

スガ。メフメト。イヴァン。残る一人は、知らない顔だ。

つまり彼が、"青"のライダー……。

 

「おや、役立たずで愉快な"王"とその侍従の皆々様、ついにお揃いのようで?」

 

複数の英霊に囲まれたと言うのに、何が面白いのか、プラトンは笑っている。

 

「どこの英霊かは存じませんが、多勢に無勢ですよ。フリーダ様から離れなさい」

 

スガが黒鍵を構えて、今にも投擲しようとしている。

 

「暗殺者もどきに用は無い。お前の方こそ失せろ」

 

プラトンが指を鳴らすと、風の刃がスガを吹き飛ばす。

私の見えないところで、スガの悲鳴と、別の書架が崩れる音がした。

 

「てめぇ!本当に殺されたいようだな!」

「余の書庫を荒らすだけでは飽き足らぬか、汚物めが」

 

メフメトとイヴァンがプラトンに殺気を向けている。

もう一人のライダーも無言で弓を引き絞っている。

 

「わーお。血気盛んなのはいいことだ。

だけどさぁ、聖杯大戦の本分を忘れてもらっちゃ、困るなぁ?」

 

プラトンが布をめくり肩を見せると、いくつもの赤い紋様が見えた。

――あれは、令呪?

 

「ルーラー、プラトンの名において、

この領域に集った全サーヴァントに二画の令呪を重ねて命じる!

()()()()()()()そして、()()()()()()()()()()()()

 

メフメトたちが一斉に膝を衝く。フェンリルでさえも唸り声をあげ、抗おうとしている。

私には、何も起こらない。なぜかはわからないが、チャンスだ、今なら彼を――

 

「あっはははは!いいねぇ!"王"をも黙らせる!やっぱり令呪は最高だ!

イレギュラーだっけ?お前を殺すのはやめだ。爺さんの代わりにお前が見届けろ。

さぁ、聖杯大戦を続けようじゃないか!兵器や狼じゃ話にならなかったが、今度は別だ。

()()()()()()()を用意してやった。情けない王ども、名誉を回復するチャンスだと思え?」

 

不愉快な笑い声をあげながら、

プラトンは動けないメフメトたちの前を悠々と通って書庫の外へ出て行く。

 

「待ちやがれ!く……そ……」

「貴様……朕に令呪を……使ったな……」

 

スガは無事だろうか。ここからでは見えない。無事だと信じよう。

ディオゲネスは肩で息をしている。さすが老害、しぶとい。

イヴァンは……彼も令呪に抗おうとしている。目に力を入れて踏ん張っているのがわかる。

 

これだけの強制力とは。いずれにしても、すぐに動けるのは私しかいないようだ。

ルーラーを追いかけて、私は外へ出る。眩しい。草原の強い日差しに思わず目が眩む。

辺りを見回すが、もうプラトンの姿はどこにもなかった。

 

代わりに、見知った顔を見つけた。

白の司教冠(ミトラ)司祭服(ストラ)。橙色の長く美しい髪。私が一番頼りにしていたキャスター。

――レオ。

 

レオはけたけたと笑い、杖をこちらに向けた。

炎の光弾が飛んでくる。目に光がない。服もボロボロだ。

わかってた。もうレオはいない。これはシャドウサーヴァントと言うやつだろう。

 

単調な攻撃を避けて、レオの紛い物の頭を撃ち抜く。

そいつは血も出さずに、さらさらと紫色の塵になって消えていった。

ああ、地獄はまだ終わっていなかったのだ。

 

何十、何百もの人影が草原の向こうからこちらに歩いてくるのが見えた。

知っている顔もあるが、知らない顔の方が多い。

戦車に乗っている者や、空を飛んでいる者もいる。

これが、ランサーの軍勢か。悪趣味だ。悪趣味にすぎる。

 

気付いたときには。アオザイと三度笠の少女。ロイの紛い物が、私に剣を振り上げていた。

……もう無理だ。こんなの、私にはどうしようもない。諦めよう。

何もなせなくてもいいと、シオンだって言っていたではないか。私はもう十分に働いた。

 

 

 

 

 

杭が、ロイの紛い物を刺し砕く。

 

 

 

 

 

つくづく、私は仲間に恵まれているようだ。

弱気な考えを振り払い、目に見える範囲の紛い物を撃ち殺す。

急いで書庫に駆け戻って、仲間を起こして回った。

 

「なんだ……ありゃ……。あんなの、アリかよ……」

「アナスタシア……アナスタシアではないか……!」

「おい待て!イヴァン!」

 

無限とも思える軍勢に囲まれ、声も出ない仲間たち。

メフメトの制止も聞かずに、イヴァンが白髪の少女の下に歩いて行こうとする。

私はイヴァンを氷漬けにしようとしているサーヴァントを撃った。

 

「余は……余は一体……これは……」

「お気を確かに持ってください!敵のランサーは、我々の精神にも干渉できるようです」

 

それでも。()()は続行だ。行動目標は何も変わっちゃいない。

"白"のバーサーカーは排除した。"白"のライダーの助言も受けた。

ルーラーの言いなりになるのは癪だが、次は"白"のランサーだ。

 

「それでこそ超人(ユーバーメンシュ)

いや、絹の国(セリカン)の王の前では()()と言った方が良いか?

本当は誰よりも怖いくせに、皆を導くために勇気と知恵を振り絞らんとする。

ヒトの身には、いや()()()()()いささか重い業だが、それでもわしは汝を讃えよう」

 

"青"のライダー、始皇帝も私を見ている。

喋らなくていい。犬みたいに生き汚い変態め。もう黙って休め。

ディオゲネスは私の手に先程の三冊の本を押し付け、割れた樽に話しかける。

 

「アピロ、オフィスや。今一度力を貸してくれ。

――さて、この辺りの敵はわしが引き受けよう。

敵の軍勢はシャドウサーヴァントではない。あれは()()()だ。

今は使えんようだが、そのうち宝具を使えるようになる。そうなる前に本体を叩け。

場所は教えたな?ヴィクトリア湖はそう遠くない、汝の城ならすぐに追い着けよう。

では、後は頼んだぞ、ゲルマニアの賢者よ」

 

宝具任せか。なるほど、自身が負傷した今は正しい選択だろう。

 

「請け負いました。樽の賢者よ、ご武運を。

……あなたに会えて、よかったです」

 

これだけの敵数だ。誰かが囮になって時間を稼がなければならない。

断腸の思いで、私は昇降装置を呼び寄せる。

城へと上昇する途中。接近してくる英霊兵を撃ち落としながら。

草原で二頭の竜が敵を焼いていく姿を、少なくなってしまった仲間と見つめていた。

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

数時間後。樽の賢者は、新たな敵を後進に示して退去した。

私はこれを、"白"のサーヴァント五人目の脱落と定義する。




間が空きました

次話投稿予定:17日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21節 地獄へは密やかに

機動聖都の広間。ここにはずいぶん久しぶりに戻ってきた気がする。

シャルルが作ってくれたライムも残り少なくなった。

私は一人で齧りながら、無人偵察機による報告をまとめる。

 

"白"のランサーはディオゲネスの情報通り、現在地・タンザニアのエンデュレンから、

500キロほど離れたヴィクトリア湖の湖上にいる。

 

ヴィクトリア湖は、この大陸最大の湖だ。

タンザニアだけでなく、ケニア、ウガンダの三国に跨り、

水系の恩恵を受ける国はそれ以上に多い。古代エジプト文明を支えたナイル川の源流でもある。

 

複数の島々を含み広大だが、その水深は平均40メートルと浅く、漁業資源に富んでいる。

一方で気候上嵐が発生しやすく、水中には寄生虫も多く、港はいつも水草で覆われているらしい。

あまり綺麗な所ではなさそうだと、聖杯の知識からも予想してはいたが。

 

現在の湖は、全域が異質なモノで汚染されていた。私をその汚染源を"泥"だと認識した。

何か呪術的な、英霊の身でも魔力障壁なしに触れてはいけないものだと。

それが何なのかは自分でもよくわからない。仲間たちも知らないと言う。

採取と分析を試みたが、ランサーの謎の対空火器によって、

湖面近くを飛んでいた偵察機そのものが撃墜されてしまった。

 

制御権は私にあるとは言え、偵察機の数にも限りがある。

そして使い捨てる偵察機の新造に割く余力はない。泥の正体については後回しにせざるを得ない。

健在だったならロイの亀を放てたかもしれないが、

無駄だろうな。生物の使い魔では取り込まれてしまうだろう。

 

そのランサーは、全長10メートルほどの緑色の巨大な獅子の姿で水上に浮かんでいた。

ランサーの真名については……いや、そもそもあれを槍兵と言っていいものか。

 

ディオゲネスは、ランサーのことを()()と呼んでいた。

そしてランサーには聖杯大戦を戦う気がなく、自ら湖に身を隠していたとも。

レオの地図や使い魔に反応しなかったのもそのためだと言う。

つまり今の姿はランサー本来のものではなく、プラトンによって変質させられた?

 

――砲声が鳴り止まない。つい、考えが散らかってしまう。敵の真名を考えようとしていたのに。

外には英霊兵(ヘルトクリーガー)がうじゃうじゃいる。まるで夏のフリーゲ(コバエ)のようだ。

この場に啄木がいたら、私と一文字違いだとからかってきただろう。

 

英霊兵は"泥"から際限なく生まれ、一直線にこちらに向かってくる。

この大陸に人間はいないのだから、他に襲う相手もいないのだろうが。

そしてその泥は今もなお増殖し、湖の水位を上昇させて大地を浸食しつつある。

 

これがランサーの能力によるものか、泥が元々持つ性質なのかは私にも判別できない。

英霊兵一体一体は私でも倒せるぐらい弱いのが幸いだが、通常攻撃だけでも油断はできない。

ディオゲネスは、いずれあれが宝具を使うようになるとも――

 

城が大きく揺れた。近くにあった窓を開けて見下ろす。

空飛ぶ獣に跨ったピンク色の髪の英霊兵が、聖都の進入口付近に突撃を仕掛けているようだ。

他の仲間だけに迎撃を任せるわけにもいかないか。

 

私は銃身(バレル)を構え、ゆっくり息を吐いて、撃つ。

当たった。英霊兵は回転しながら落ちて行き、塵になって消えた。

この長距離で当てられるなんて、以前では考えられない。

 

"青"のライダー、始皇帝に教わった技術のおかげだ。

弓術も砲術も、似たようなものだと彼は言った。それは暴論じゃないかと思ったが、

彼の言う通りにするだけで命中精度が格段に向上したのだから、事実なのかもしれない。

 

元の考えに戻ろう。こちらの戦力は私を含めずに5騎。

敵はようやく姿を現したランサーと、無尽蔵の英霊兵。

数の暴力は恐ろしい。一騎当千のサーヴァントでも、一度に相手できる英霊兵には限りがある。

 

泥を全て蒸発させるのは、私たちの宝具全てを合わせても不可能だ。

拡散を押し止めるぐらいならできるかもしれないが、根本的な解決にはならない。

ディオゲネスの言っていた通り、ランサー本体を何とかするしかないだろう。

 

敵は水上にいる。彼の始皇帝の宝具なら、水に縁のある英霊とは相性が良いはずだ。

メフメトには砲撃で援護してもらう。イヴァンの雷撃も味方なら頼もしい。

 

フェンリルには手薄になる聖都を守ってもらおう。スガも同様だ。

英霊兵には今のところ、知性や指揮系統のようなものは確認されていないが、

ランサーの直接指令を受ける可能性がある以上、話は別だ。

本体を叩いてる間に、管制塔を一斉に狙われてはたまらない。

 

……こんなところだろうか。私は軍師じゃないから、思いつくのはどうしても無難な策になる。

他の仲間に意見を求めたいところだが、

城にいる全員が遊撃に駆り出されていて、皆で集まれる時間はなかなか取れない。

 

再び窓に目を遣る。獅子耳の少女が空を飛び回り、緑色の髪の青年が戦車を引いて……。

いや、あれは。問答で出てきた。()()()()()()()()()()だ。

アタランテはちょっと色調が違う気もするが、そこは重要な点ではない。

 

それにしても。"白"のバーサーカー以外に空を飛べる英霊がこんなにいるとは、正直驚きだ。

私の時代、陸と海は既に制覇され尽くしていたが。

それでもまだ、人間が空を飛ぶにはもう一段階の技術進歩(ブレイクスルー)が必要だった。

ならば、私の死後に飛行機を完成させたと言う、ライト兄弟もきっと英霊だのだろう。

それもあらゆる難行を不可能のまま可能にする、星の開拓者を持つような……。

 

彼らもこの英霊兵の群れの中にいるのだろうか。いたとしたら嫌だな。すごく嫌だ。

英霊兵は英霊ではない。宝具を使う可能性があっても、贋作だと断じることができる。

それでも、私は彼らに向けて引き金を引くたび、魂が欠けていく感覚がある。

 

空を飛ぶためには、そのための過程がある。

まず立ち上がらなければならないし、歩き、走り、登り、踊る方法を学ばなければならない。

その過程を飛ばして、飛ぶことなどできない。

 

聖杯大戦の観測も同じだ。

観測するためには、戦力を集めなければならない。

戦力を集めるためには、戦わなければならない。

戦うためには、相手を傷つける覚悟を決めなければならない。

 

わかってる。わかってはいるけど。私は、生まれながらの戦士じゃない。哲学者だ。

だから、どんなに素晴らしい武器を持っていても、その性能を完全に引き出すことはできない。

これなら、狂ったふりをしていた頃のが、いくらか楽だったかのように思えてしまう。

 

「何だ、フリーダ。ずっとここにいたのか?」

 

メフメトが広間に入ってきた。自分だって、ずっと戦っていたくせに。

 

「それはお互い様だ。頭首サマには頭首サマの仕事、皇帝サマには皇帝サマの仕事ってやつだ。

それより、まだ聞いてなかったが、真名を取り戻したんだろ?せっかくだから教えてくれよ」

 

私の独特な呼び方に、レオの姿がチラつく。

書庫を出てすぐに、私が倒した英霊兵もレオの姿だった……。

 

「……私は、フリードリヒ・ニーチェ。しがない哲学者です。

ヴラド公が与えてくれた名前は、ほぼ真名そのままでした。

フリードリヒの女性系はフリーデリケ。愛称ならフリーダですからね」

 

ヴラドの名を出すと一瞬表情が曇ったが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。

 

「そうか、フリーダは、ニーチェって言うのか。

ニーチェ、ニーチェなあ……。俺の知識によれば、格言の多い英霊らしいな。

神は死んだ!とか、深淵を覗いているとき――」

「書いた本人の前で言わないでください。恥ずかしいです。

もともとそう言う意味で書いたわけじゃないですし……」

 

私が顔を赤くするのを見て、メフメトは楽しそうに笑った。

 

「ぷっ。フリーダのそんな顔、初めて見たぜ。

可笑しいよな。状況は相変わらずクソなままなのによ。

なあ、ヴラドが付けた名前ってのはシャクだが、これからもフリーダって呼んでいいか?

真名と同じだって言うし、俺にはそっちのが馴染んでる気がするんだ」

「それは……好きにしてください。私には大して差異は感じられないので」

「そんなことはない」

 

メフメトはいつになく真剣な眼差しで続けた。

 

「真名は何よりも重要だ。もちろん戦略的な秘匿の意味だけじゃなくてだ。

前にも言っただろ。サーヴァントの真名は、サーヴァントの在り方そのものだと。

例えば俺はメフメトだ。ムラト二世の子。メフメト二世。

メフメトと言う名は、イスラーム圏ではごく一般的な名だ。

何よりも預言者(ナビー)の名だからな。讃えられるべき人、と言う意味もある。

そんな風に聞くと、だんだん俺がカッコよく見えてくるだろ?

もちろん俺は元からカッコいいんだけどな!」

 

ふふん、と胸を張るメフメト。私より背低いくせに、なんだか生意気だな。

でもちょっとだけ、確かにカッコよく見えた。

カッコよさ、か。シャルルも、似たようなことを言っていた……。

 

フリーダ。フリードリヒ・ニーチェ。

自由を名乗る少女。黒蝶のドレスを纏った城主代行。英霊たちの力を集める者。

しかしてその正体は、ちょっと強い武器を持たされただけの、ただの哲学者。

 

名のある英雄でなくてガッカリされるかと思っていたが。

私の勘違いだったようで、本当に良かったと思う。

 

そう言えば。私が真名を思い出し、狂ったふりをしてスガに眠らされたとき。

ああ、今思い出しても恥ずかしい……。

大根役者だとディオゲネスになじられたのが胸に刺さる。そんなに私は演技が下手か。

 

いや違う、そうじゃなくて。

レオの部屋から持ち出した貝のオブジェが手元からなくなっている。

この先何が起こるかわからないし、今のうちに探しておこうか。

 

「あ、フリーダ。待てよ、探し物はこいつだろ?」

 

メフメトが手元からネックレスとピアスを取り出す。

レオが持ってた貝と、もう一つは、象牙……?

 

「こっちはロイが持ってた奴だ。

退去してからも消えてないってことは、この地で手に入れて大事にしてたものなんだろう。

両方とも城主サマが持っておくべきだと思ったが、このままではデカいし戦いの障害になる。

そこで女心がわかり、気配りもできるスルタン様が、

戦闘中でも動きを邪魔しないアクセサリーに仕立ててやったわけだ!

これはまた俺の株が上がってしまうな?」

 

"王"と言う者は、意外な趣味の一つや二つ、皆持っているのだろうか。

シャルルは料理。ヴラドは裁縫。メフメトは金細工……。

 

『スルタンよ。休息はもう十分であろう。複数の賊が接近中だ。余を手伝ってくれ』

『おうよツァーリ!今行くぜ!』

 

「ってな訳で、また後でなフリーダ。突入方針が決まったら呼んでくれよ」

 

お礼を言いそびれてしまった。

メフメトが出て行き、広間に一人残される。もうすぐ夜だ。

英霊兵の攻撃も止んでくれるとありがたいが、そう上手い話もないだろうな。

ずっと作戦を考えていて、正直疲れた。城主の仕事とは大変だ。休めるうちに、休んでおこう。

 

あまり効果はないかもしれないが、念のため高度を5000メートルに引き上げてから。

自室に戻り、ベッドに横になる。1時間ほど休もう。

サイドテーブルにはもらったばかりのアクセサリーを置き、

枕の代わりにはディオゲネスに押し付けられた本を並べた。

今の私には、枕より本の硬さの方が心地良い……。




次話投稿予定:18日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21節? 偶像の黄昏

「"怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せねばならない。

お前が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくお前を覗き返すのだ"」

 

誰かが、私の本を朗読している。『善悪の彼岸』の一節だ。

私は……そうだ、短時間休息を取ろうと、ベッドに横になったんだった。

 

そこで初めて、空間の異常に気付く。()()()()()()()()()()()

雷帝の書庫とは違う、宮殿図書館のような神秘的な場所。

煌びやかな天窓に、広々とした閲覧台。無数の書架。

 

「あら、城主サマもようやくお目覚め?

いるのよねぇ。ちょっとだけ寝ようって言って、そのまま朝まで寝ちゃう人」

 

そんな……!まさか。()()()。しかも英霊兵じゃない。本物だ。

レオだけじゃない。さっき私の本を読み上げていたのはディオゲネスだし、

近くの椅子に腰かけて分厚い史書を読みふけっているのはロイだ。

退去したはずのサーヴァントたち。これは、一体……?

 

「そうさな。その質問に答えるのは、わしでもいささか難しい。

ゲルマニアの賢者よ、こう言えば理解できるかの?ここは、()()()()()()

 

ここは、私の夢……?

 

「応とも。そしてわしらは、汝がこの旅で出会ったわしら本人ではない。

わしらの姿をしているが、汝の無意識によって定義された()()()()()のようなものだ。

ゆえに汝が知らぬことはわしらも知らぬし、逆も然りと言えるわけじゃな。

今はそのように思っておればよい」

 

()か……。まあ、そういうこともあるのかもしれないな。

実際このところ、辛いことが起きすぎた。休息の中で、このような幻覚を見ることも……。

 

「さて、刹那の一時とは言え、こうして出会えたのも何かの縁だ。

言い残したこと、聞き残したことがあればこの間に済ませようぞ。

誰からにする?美しい娘たちよ」

 

ディオゲネスが、レオとロイの二人を見遣る。

 

「そうね。じゃあ城主サマが()()()()()()()()()私から言うわ」

 

教皇が口を開く。レオは、もしかして……。

 

「別れは済ませたつもりだったけど。フリーダは優しすぎるのよねぇ。

自分でも言ってたはずよ。私たちは既に死を経験している。

サーヴァントは人間じゃない。現世に少し顔を出しただけの霊魂。いつか消える定めだって。

なのに、どうしてそんなに悲しむの?」

 

それは、レオが私にとって、大切な仲間だったから……。

 

「私も同じよ、フリーダ。だから、あなたにはあの場で折れてほしくなかった。

そのためなら、シャルル(カロリス)みたいに自分を投げ出すのも怖くなかったの。

そこのおじいさんが言うように、私たちはあなたの中にいる幻影よ。本人じゃない。

だからあなたが期待してることしか言えない。でもあえて、こう言うわ。

私の可愛いマスター(イレギュラー)さん。どうか最後まで、諦めないでね」

 

レオが、天使のように微笑む。

ぱたりと本を閉じたロイが、私に話しかけてくる。

 

「では私も。フリーダ、あなたはこの城の主として十分に役目を果たしています。

生前の振る舞いがどうであれ、今のあなたは立派な英霊(にんげん)だ。

"王"をまとめるのにふさわしい器を持っている。

私はあなたの騎士としてバーサーカーを倒し、最後は私の意思でライダーにも挑みました。

軽率な行動だったかもしれませんが、後悔はしていません。

いえ、最後まであなたに仕えられなかったのは、申し訳ないですが……」

 

ロイらしいな。負けず嫌いで、素直じゃなくて、それでいてどこか……。

 

「ええと、とにかくです。軍の頭なら自分にもっと自信を持ちなさい、フリーダ。

そして敵を決して侮らないように。ランサーだけが敵ではないのでしょう。

そもそも敵とは何なのか、あなたの役割が終わるまで気を抜かずに。

直接の助力は叶わなくとも、私はあなたの役割が果たされることを祈っています」

 

クカカカと笑い、ディオゲネスも続けた。

 

「ずいぶん仲間に愛されているな、汝は。

だが、大事なことだからもう一度言っておくぞ。わしらはわしら本人ではない。

どんな言葉をかけられようと、所詮は気休めでしかないのを忘れるな。

つまりこれは汝による、汝自身に対する問いかけとも言える。

そして、汝がわしの姿を借りて問うのは書庫での()()()()()だ。

さて、黒蝶の賢者よ。あのときわしが何を問うたのか覚えているか?」

 

第二の問い……。

そこで私は銃を渡されて、私と所縁のある女性たちと向き合った。

その中で誰に復讐したいのかを聞かれ、選べず、自分自身を殺そうとした……。

 

「そうとも。わしが問うたのは汝の()()()()よ。

汝は真名とクラスを取り戻し、復讐者(アヴェンジャー)・ニーチェと名乗った。

アヴェンジャー。裁定者たるルーラーの対極に位置するエクストラクラス。

通常の聖杯戦争であれば、()のカウンターとしてはこれ以上無い適役なのじゃろうが。

汝は真名だけでなく、己のクラスも覚えていなかった。わしにはこれが解せん」

 

何度でも言うが、これはわしではなく汝自身の中にある疑問じゃぞ、と重ねた。

 

「アヴェンジャーには忘却補正がある。

その名が示す通り、復讐する対象を決して忘れないための()()()()()()じゃ。

多少記憶を操作されようと、憎悪の対象を忘れることなど普通はあり得ぬ。

だが、最初に世界そのものを憎んでいると言ってみせたり、

ならばと、汝が恨んでいそうな人間を集めて問うたときも、汝は選べなかった。

言動と行動がまったく一貫しておらん。なぜじゃ?」

 

確かに私は、シオンによって真名やクラスだけでなく武器の詳細すらも隠されて、

ただ大戦の観測と言う役割だけを与えられて送り出されたが。

それは、今重要なことなのだろうか?

 

「そうじゃな。ランサーと言う目前の脅威がある以上、()()さして重要ではない。

だがこれは汝と言う不安定な霊基を確立するためにも、必ず取り戻さなくてはならぬ要素だ。

問いの中で汝は、選べないと銃を投げ捨てるのではなく、汝自身に向けてみせたな。

なあ、小娘よ。汝が復讐したい相手とは、本当は誰なのだ?」

 

ディオゲネスが言いたい続きは、何となくわかる。

彼は私の中にいるのだから。

つまり私の復讐対象は、()()()だと……。

 

「おじいさん。あまりフリーダを追い詰めないであげて。

フリーダは、ああ見えて意外と繊細なのよ。ドレスを着せられただけで真っ赤になるぐらいね」

 

レオが私をからかう。

私の中にいる、偶像に過ぎないはずなのに。

仲間の姿で、仲間の声で語られるだけで、私の心はこんなにも揺さぶられ……。

 

「あなたが寝入ってから、ずいぶんと時間が経ちました。

皆、あなたの帰還を待っています。

そろそろ夢から醒めて歩き出してください。我らが主、フリーダ(ニーチェ)

 

私は、この先が地獄だとわかっていても戻らないといけないのか。

この穏やかな夢を抜けて……。

 

「いいや?どうしても戻りたくないと言うなら、別にそれでもよかろうて。

汝が望むのなら、そのまま息を止めて自害すればよい。

汝は汝のマスターにも言われたのだからな。

これから向かう先で何もなせなくてもいい、と。

だが、その選択を汝が受け入れられるかは別の話じゃろうなあ」

 

本当に。この老害は。

夢であっても、本人でなくても、私の心を抉って離さない。

 

別れも告げずに、私はレオたちに背を向けて、天井の光へ向けて飛んでいく。

ああ、私にも自由の翼はあったんだ。

飛ぶための回り道をしていただけで……。

 

「それでこそ。それでこそ超人(ユーバーメンシュ)。今こそわしは真に汝を認めよう。

ゲルマニアの賢者。ザーレの哲人。黒蝶の少女よ。

届かぬ理想、叶えられぬ夢だと、誰でもない汝が理解しているのに。

それでも汝は美しい。そして汝の手元には、汝を導く品々がある。

怪物と闘え。深淵に落ちるな。征け、偶像の黄昏(グッツェンデメルング)を越えて」




次話投稿予定:19日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22節 黎明

「フリーダ様?フリーダ様!」

 

起きてください、と私を揺する女性の声がする。

ベッドの傍らにスガがいた。

 

「うなされていましたが、大丈夫ですか?もうじき夜も明けてしまいますよ。

お休みになる前にフリーダ様に城を上げていただいたので、

夜の間は英霊兵どもも散発的な攻撃に留まり、特に問題はありませんでしたが。

それよりも今後のことを……。あら、フリーダ様、お顔が濡れて……」

 

スガが、私の頬を拭いてくれる。

やはりあれは、夢だったんだ……。

 

「私は、大丈夫です。それより、皆さんを集めましょう。

私一人だけ休息に時間をかけてしまったことを謝って、今後の方針を伝えなければなりません」

 

 

 

 

 

聖都広間に移動した。間の良いことに、この1時間ほどは攻撃も止んでいる。

書庫での敗走以来、防御装置に任せきりにせず、ずっと誰かが戦ってくれていたので、

こうして全員で集まれるのは久しぶりだ。

 

「おはようございます、皆さん。何よりも、まずは謝罪をさせてください。

皆さんに戦ってもらってる間に、私だけが長時間休んでしまい、申し訳ありません」

 

私は立ち上がって、仲間たちに頭を下げる。

 

「面を上げよ、フリーダ。我らが聞きたいのは汝の懺悔ではない。

休息の時間が終わったと言うことは、次は戦いの時間だ。そうであろう?」

 

他の仲間たちも頷く。

はい、と私もイヴァンに力強く答える。

 

「おっしゃる通りです。要件は他でもありません。今回の作戦をお伝えします。

ある程度は事前に伝えた通りではありますが、行動目標の理解は何よりも重要です」

 

敵の脅威は、大きく分けて三つ。

優先すべき順に、"白"のランサー、"泥"、そして英霊兵。

 

今回はこれまでとは軍勢の規模が違う。間違いなく総力戦になるだろう。

こちらの全戦力を効率的に投入するためにも、作戦段階を分ける。

 

まずは、英霊兵の陽動。

と言っても、遮蔽術式はもう使えない。そこで、フェンリルとスガ、私の3騎が囮になる。

幸いにも英霊兵はゾンビのように、私たちサーヴァントを見つけたら一直線に向かってくる。

動きは非常に読みやすい。ある程度引き付けたところを、フェンリルと私の宝具で仕留める。

 

「あれ。フリーダたちは聖都に残って支援じゃなかったのか?」

「最初はそのつもりでしたが。それでも敵はランサーです。私だって戦います。

軍の指揮官が後方にいては、前線で戦っている皆さんに示しがつかないでしょう」

「そ、そうか。なんか、本物の将校と話してるみたいだぜ。お前も変わったな。

ま、普通の参謀は前線には出ねえけど。聖杯大戦だし、何しろお前は自由(フリーダ)だもんな!」

 

ふっと笑い、話を続ける。

 

次に、"泥"越えだ。

最新の無人偵察機による報告によれば、ランサーは非常にゆっくりとした速度ではあるが、

それでも数時間前より確実に湖岸に近付いている。

もちろん泥による陸地の浸食も進んでいるが、今のところはランサーの移動の方が早い。

主力となる王たちは昇降装置に分乗してもらい、最短距離で空からランサーに接近する。

そして、無人偵察機と昇降装置の残基もデコイとして全て投入だ。

囮から零れた英霊兵と、ランサー本体から放たれる攻撃は各自で対処してもらいつつ、

無人の聖都からも自動防御と自立砲撃で最大限の支援を行う。

 

「……昇降装置は何基残っているのだ?」

「お答えします。ツァーリ、6基です。

その内の1基は啄木が長距離の移動用に改造した大型の物なので、これは囮に使います。

残りの5基にも十分な広さと移動速度があるので、御身の戦闘には支障ないかと思います」

「昇降装置は戦場の移動だけでなく、地上へ降りるための戦馬でもある。

使うのは我ら3騎が乗る分と最低限でよい。1基ずつは確実に残しておけ」

「……御意に」

 

無人偵察機や昇降装置の新造に魔力は必要ないが、城の資材組み換えのために時間がかかる。

総力戦とは言え、限りある移動・偵察手段の使い所には気を付けろと言うことなのだろう。

私も少し焦っていたかもしれない。ここはツァーリの言う通りにしよう。

 

最後に、ランサー本体の討伐だ。

始皇帝、ツァーリ、スルタンの宝具を組み合わせて、周囲の"泥"ごと霊核を消し飛ばす。

相手がどんなに巨大な怪物でも、対城級以上の宝具が3種。普通の敵ならオーバーキルだ。

それに……計算に入れたくない要素ではあるが、プラトンの令呪は今も有効だ。

"ランサーの打倒"と言う目的がはっきりしている以上、

通常よりも威力の高い状態で宝具を使えると推測できる。

彼らは皆、単騎でも世界を救える力を持っている大英雄だ。

楽観している訳ではないが、彼らの全力の王威がどれほどなのか楽しみですらある。

 

「小さき城主よ。敵のランサーの真名はわかったのか?」

「畏れながら始皇帝陛下。実は未だわからないのです。獅子の怪物の伝承は世界中に存在します。キマイラ、ミルメコレオ、グリフォン、セクメト、ウガル、白虎など……。

ですがランサーの風貌は、どの逸話のそれとも一致しません。

そして樽の賢者の言葉と合わせて考えると、あれはランサー本来の姿ではない可能性が高く、

例えランサーの真名がわかったとしても、弱点の把握には繋がらないと判断しました」

「……成程、それも道理である」

 

他に、確認しておきたいことはありますか、と仲間たちの顔を見る。

特に声を上げる者はいなかった。

 

「作戦は夜が明けたら決行します。それでは皆さん、戦闘準備を」

 

 

 

 

 

英霊たちは各々の持ち場に戻り、広間に残っているのは私だけだ。

ルーラーを除けば、"青"と"白"のサーヴァント14騎はこれで全て明らかになった。

第二次聖杯大戦も、いよいよ大詰めなのかもしれない。

 

『人間。気が早いかもしれないが、訊ねておきたいことがある』

 

フェンリルだ。王たちの席には決して近付かず、私の話もずっと広間の入口で聞いていた。

話が終わった途端に姿を見せなくなったと思ったら、戻ってきたのか。

 

「私に答えられることであれば、なんなりと」

 

彼は、ただ一度のみ協力を認めると言っていたが。

ディオゲネスに門前払いされた後も、私の危機に駆け付け、今もこうして留まってくれている。

例え種族が違っても、英霊同士手を取り合うことはできるのだと、私は正直嬉しい。

 

『勘違いするなよ、人間。我に約定を違える気はない。

我を縛った奴に報復するまでは、貴様らといた方が我にとっても都合が良いだけだ。

我は我の理由で、貴様ら英霊どもを利用する。

……まあいい。訊ねたいことは別だ。怪物を倒した後、貴様はどうする?』

 

それは……。ランサーを倒せば、マスターの意向は一応果たされたことになるが。

シオンも言っていた通り、今回は敵を全て倒せば終わりと言う簡単な話ではない。

ルーラー、プラトンの存在が良い例だった。

 

そして、大聖杯。

これまで会った英霊たちの話では、カルナックの杯を求め集った"王"は6騎。

そして始皇帝は、実際にカルナック神殿を訪れてその存在を確認している。

つまり大聖杯は世界の裏側などではなく、確かにこの大陸に顕現し、

今も私たちサーヴァントに魔力を供給し続けている。

 

ランサーを倒したら、もう一度プラトンに会わなければならないだろう。

そして大聖杯を確保するか、破壊するか、そこから先はまだわからないが。

大戦の観測を終わらせるために、()()()()()()()()()()()()

きっとそれが、私の最後の役目だ。

 

『そうか。貴様も奴に会うのなら、我の協力はそこまでだな。

話は変わるが、人間。貴様は我が愚弟、ヨルムンガンドを知っているか?』

 

彼の方から話を振ってくるとは、珍しい。

もちろん知っている。ヨルムンガンド。フェンリルの兄弟の怪物。

北欧世界の第二層。巨人領域ヨトゥンヘイムで育てられた大蛇。世界を呑む蛇。

 

大神オーディンによって脅威とみなされ、フェンリル同様に神々と敵対した。

人間領域ミズガルズをも呑み込み、世界の大洋を一周し、己の頭をくわえて眠りについた。

始原の双竜(ウロボロス)の伝承の派生の一つとも言えるだろう。

 

神話(エッダ)によれば、ヨルムンガンドは神々の黄昏(ラグナロク)において。

雷神トールと死闘を繰り広げ、悉く打ち砕く雷神の槌(ミョルニル)によって頭を三度砕かれ死んだ。

だがヨルムンガンドも死の間際、トールに毒息を吹き掛け相討ちしたと言う。

 

まさに神話の終焉にふさわしい戦いだったのだろう。

一哲学者である私には、想像するしかできない世界の終末。

だが、今それは関係あるのだろうか。私たちが対峙しているのは獅子だ。蛇ではない。

 

『そんなことはわかっている。よく聞け、人間の娘。

英雄とは、確かに只人を超えた力を持つ者を指すのだろう。

そしてそれと対峙する我ら()()()も、英雄と戦うために力を与えられている。

敵の正体を知らぬままでも対峙すると言ったな。それはいい。将の判断としては正しい。

だがゆめ忘れるな。敵を知らぬまま戦いを挑む危険を、貴様は真には理解していない。

例えばの話だ。敵がもし()()()()()()だったら、果たして貴様のその細腕で絞め殺せるか?』

 

ネメアの獅子。ギリシャの大英雄ヘラクレスに与えられた十二の試練の一つ。

人理を否定し、人間の作る武器を無効化する毛皮を持つと言う神獣。

先程は触れなかったが、()()()()()()()()。だが。まさか。それでは全ての前提が……。

 

『例えばの話だと言った。敵の毛皮は世界樹(ユグドラシル)の如き不快な色をしている。

ネメアの獅子もそんな色をしていると言う逸話を我は知らぬからな。

それに、あれはランサー本来の姿ではないと、貴様が自分で言ったのだぞ?

……ふん。将たる貴様がそれでは、ランサーどころか奴にはとても勝てぬだろうな』

 

動揺している私に呆れたのか、フェンリルはさっさと出て行ってしまった。

敵の、正体。

ロイに油断するなと言われたのに。私はまた、間違えているのか……?




次話投稿予定:20日18時

一か月じゃ完結しなかった…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23節a 箱庭の決戦

タンザニア、ヴィクトリア湖畔の都市、ムワンザ。

漁業で栄えるタンザニア第二の都市は、プラトンの姦計によって得体の知れない"泥"に侵され、

無人となった街をランサーの眷属の英霊兵がうろつくこの世の地獄になっていた。

 

3人の王の乗る装置には、始皇帝による改造で通信設備もつけてもらった。

私たち機動部隊とも、魔術的探知なしに常時連絡が取れるのはありがたい。

以前は念話で良いと馬鹿にしたが、敵に精神干渉手段がある以上、私も考えを改めなければ。

 

私たちが乗ってきた分の昇降装置は、魔術迷彩を施して今いるビルの屋上に隠した。

これで、こちらが戦ってる間に破壊される可能性は減っただろうが、

イヴァンの助言通りに近くに予備を残しておいて正解だったかもしれない。

聖都に帰還させてもよかったが、緊急脱出のカードは切れるようにしておきたいからだ。

 

敵のランサーは、現在地から北に15分ほどの、ウケレウェ島付近の湖上を南下している。

周囲の小島はほぼ泥に呑み込まれてしまったようだ。

このまま何もしなくても、彼女は泥を足場に陸へも進むだろう。

そうなったら作戦が続行できない。フェンリルの言う通り、私は楽観的過ぎたかもしれない。

 

だが、仮にそうだとしても。ここで諦める訳にはいかない。

それこそ城主として、英霊として、これまで戦ってきた責任の放棄に他ならないからだ。

ランサーを必ずここで倒し、聖杯大戦の観測を続行する。

 

メフメトに作ってもらったネックレスとピアスに手を当てる。

この地で出会った、大事な仲間たちの思い出……。

私は無神論者じゃない。だからと言って、急に神のお告げが聞けるようになったわけでもない。

 

私が信じるのはもっと直接的な、永劫回帰に繋がる存在の加護だ。

それを"神"と呼ぶのかもしれないし、あるいはそれが"座"なのかもしれない。

時空の概念を超える彼の場所にて。もしこの旅の出来事を忘れたとしても……。

私は、今のこの暖かさだけは、己が霊基に刻んで忘れないようにしようと強く思った。

 

もうじき、メフメトたちからの突入合図があるはずだ。

今のところ周囲の英霊兵は、私たちに気付くことなく周囲をただ徘徊している。

数はそんなに多くなさそうだが、増援はどんどん来るに違いない。手早く片付けてしまおう。

 

『フリーダ、準備は良いか?こっちはいつでも行けるぜ』

 

思った通り、メフメトだ。イヴァンと始皇帝も頷くのが聞こえた。

 

『わかりました。それでは第一段階、陽動始めます。偉大なる王たちよ、私に勝利を!』

 

フェンリル、スガと目配せし、私は屋上から()()()()()

着地はフェンリルだ。鞍もないのに、横乗り(サイドサドル)でも問題ない。

彼にはライダーのクラス適性でもあるのだろうか。なんて、余計なことを考えたら怒られるな。

 

「偉人の姿を騙る亡者どもよ!私が相手だ!

自我無き者など、このフリーダ(ニーチェ)の敵ではないと知れ!

いざ、虚無の螺旋(リンゲ)を断ち切らん!我が銃身(バレル)を恐れぬ者はかかってこい!」

 

――決まった。

フェンリルがこちらを睨んでいる。スガが呆気に取られて私を見ている。構わない。

意思疎通のできない敵が相手でも、口上は大事だ。こんなこともあろうかと前から考えていた。

 

ふふっ。思わず笑みが零れる。カッコよさとは、なんて大事で素敵な言葉だろう!

きっと今の私はカッコいいな。感想を誰かに聞いてみたいところだが、その前に。

さあ、王の勝利の凱旋のため。道路掃除と行こうじゃないか!

バレルを構えて、近くの英霊兵に狙いを定め、突っ込む。

 

剣を掲げる者。槍を向ける者。弓を引き絞る者。遅い!遅い!遅い!

樽の賢者のドラゴンに比べれば、武器持つだけのゾンビなど文字通りフリーゲ(コバエ)だ。

対等な英霊の姿をしているから迷ってしまう。相手が虫だと思えば良い。つまり銃身(バレル)は殺虫剤だ。

 

私は次々に撃ち殺していく。至近距離に入った敵は、付き従うスガが始末してくれる。

私たちですらこうなんだから、フェンリルなら何も問題ないだろうが。一応目を遣ってみる。

氷の息吹が、彼の視界に入った敵を凍らせた。英霊兵の武器を牙で噛み砕くのも見えた。

 

()()()()の心配など不要だったな。私たちも続こう。

そのとき、遠くでカチャリ、とライフルを構える音が聞こえた。……隣の建物の屋上か!

しまっ――

 

告げる(セット)――!」

 

スガが投擲した黒鍵が、正確にライフルを構えた英霊兵に刺さり消滅させる。

……良い腕だ。その身の病弱さえなければ、本当に暗殺者として大成したかもしれない。

呑気なことを考えていたら、スガの背後にカットラスを振り上げる英霊兵が見えた。

 

「ありがとうございます。ですが油断大敵ですよ、フリーダ様!(わたくし)に構わず、敵の殲滅を!」

 

今度は私でも反応できた。敵も二人組だったのか。撃たれた英霊兵が、塵になって消える。

 

「バーサーカー!こちらはあらかた片付きました。このまま湖岸に向かいます!」

 

目に入った敵を倒しながら、王たちが戦っている湖岸に向け走る。

鼻を衝く異臭がする。"泥"が近いのか。泥と言うより、ヘドロみたいなにおいだ。

角を曲がった道路の中央に、短剣を持った英霊兵がいた。

 

『……クッ。フリーダ!伏せろ!『氷霜を越えて突き立て、氷の牙(ヴィダル・レーヴァティン)』!!』

 

あれは、短剣なんかじゃなかった。ロイと同じ、いや下手したらそれを上回る()()

英霊兵は手に持つ剣を肥大させ、巨大な剣となったそれを投げつけてきた。

太陽の魔剣と氷雪の魔槍が衝突し、周囲に衝撃波が広がる。

 

――あれはそのうち宝具を使えるようになる。そうなる前に本体を叩け。

 

建物の窓ガラスが割れ、私たちの近くに降り注ぐ。

スガを破片から遠ざけ、私は宝具の起動後で隙だらけの英霊兵を撃ち抜く。

別に。忘れてたわけじゃない。思ってたよりも難しい問題だと再認識しただけだ。

 

『貴様が微睡んでいる間に、少しはラグナロクらしくなったようだな!人間!』

「言われなくてもわかってます!それよりもフェンリル。今、私のことを名前で――」

『それ以上言ったら噛みつくぞ。目前の敵に集中しろ』

 

英霊兵の宝具はランクが本来よりも劣る。先程の破滅の黎明(グラム)を見てそう確信した。

本物の太陽の禍は、フェンリルの権能でも簡単に相殺できないはずだからだ。

私たちでもどうにかできるなら、王は大丈夫だ。まだ勝機は残されている。陽動は続ける。

 

もしかしたら、湖の"泥"に近付くごとに英霊兵も強化されるのか?

今の英霊兵からは、宝具を使えるようになったから出す、程度の思考しか読み取れなかった。

先程は不意を衝かれたが、それならよく観察すれば前兆や予備動作を見抜けるはずだ。

 

いずれにしても立ち止まって考えている暇はない。前進あるのみだ。

この先の森の小路を抜ければ、湖岸の砂浜だ。そこからなら直接、湖の遠景も臨める。

木立の中、木の上で魔力の流れが変わるのを感じた。……これか!

 

振り向きざまに射撃する。命中だ。ボウガンを構えた英霊兵が落下しながら塵になる。

計算通りだ。時間差攻撃でも来なければ、宝具相手でも対処可能だとよくわかった。

それに宝具なら、私の手にだって……!

 

森を抜けた。本来なら、一面小石の浜と土色の湖が広がっているのだろうが。

今のパシャ湖畔は、もはや陸と"泥"の境目すら判然としない。間近まで泥が迫っている。

ランサーの姿も見えた。遥か上を飛ぶ王の装置もだ。ここから先へは、徒歩ではきついな……。

 

『……乗れ。二人ともだ』

 

ありがたい。持つべきものは戦友だ。私はオオカミ全般への好感度が上がった。

神話(エッダ)に曰く、彼はラグナロクの決戦地ヴィーグリドを縦横無尽に駆けたと言う。

見よ、この光景。終末の湖を、白狼と人間どもが踏破せんとしているこの様を。

リッヒ。今、私は、あなたの描いた黄昏(デメルング)の中にいるぞ――!

 

『浮かれるな、バカ娘。腕を食い千切られたいのか。それよりも見ろ。王どもの攻撃が始まる』

 

3基の装置の内、1基が急速にランサー本体に接近している。一人目の王の宝具か。

怪物の足元から、新たな英霊兵が複数湧き出るのを視認する。一部はこちらにも向かってきた。

覇道の邪魔はさせない。ここからでも、今の私なら狙える。

 

「バーサーカー、アサシン。隙ができる間、私を守ってください。勝利へ手向ける嚆矢です。

箱庭の畜群どもよ、受け取るがいい。『贋作銃身・極大光束(バレルレプリカ・フルトランス)』――!!」

 

銃身(バレル)から放たれた光芒が、近寄って来た英霊兵数体を消し去る。

露払いは済んだ。これでメフメトたちも心置きなく――

 

「フリーダ様、危ないっ!」

『チッ。背後か……!』

 

飛んできた長剣が、私を突き飛ばしたスガの左腕を掠める。血飛沫が舞う。

フェンリルの氷塊が、剣を投げた金髪の英霊兵を砕く。スガはそのまま"泥"の湖へ落ちて行く。

スガ……!とっさに私も飛び降りた。上で何かフェンリルが叫んでいる。

 

自由落下の風を切りながら目を遣ると、湖に浮かぶ獅子に雷槌が落ちるのが見えた。




次話投稿予定:22日6時

朝投稿を心がけたいと思います
今日こそ3章来るかな…

一部表現を修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23節b 素晴らしき恩寵

――見るに耐えんな。

 

巨大な獅子が、黒く染まった湖の上を滑るように歩いている。

フリーダによれば、あれは"泥"に汚されているそうだ。

そしてその"泥"は、英霊兵なる有象無象の軍勢をも生み出している。

 

英霊としての自我も、意思も、最低限の誇りすらも奪われ。怪物の眷属とだけ定義された者ども。

空を飛ぶ黄金色の髪の英霊兵が、余にその腕を飛ばしてくる。

 

「羽虫めが」

 

あれは余の嫌う汚物だ。解放すべき魂だ。余は慈悲として、杖を向けて焼き払う。

 

余は書庫で出会った虫の一人を()()()()()()と呼んで、自らを殺させようとしたらしい。

その見てくれは、白髪の年若き少女だったそうだ。可笑しなことを、と思う。

余の最愛の帝后(ツァリーツァ)。余の愛の全てを注いだ者。余が人間(ヒト)だった頃の大切な記憶。

アナスタシア・ロマノヴァは、ロシア一番の()()()の髪の乙女だ。

 

間違えようはずがない、ないのに。不愉快だ。不愉快極まる。

敵は余の精神にも干渉できるそうだが。皇帝(ツァーリ)の心を暴くとは。怖れを知らぬにも程があろうよ。

西国の王の馬小屋、いや、聖堂で。余が神に祈りを捧げていたとき。

城の仕立屋を名乗るキャスターが弾いてくれたオルガンを思い出す。

こんな時にこそ、もう一度、聴きたかったものだ。音楽。余の心を癒す芸術。

 

……いかんな。礼拝の時間は終わったと言うのに。

戦場にあって、余はどうして昔のことばかりを考えてしまうのか。

余がこうして此処に立っているのも。

全ては聖者殿とフリーダの、あとディオゲネスなるニコライの教導があったからだ。

ツァーリの十字行は永劫に続く。終わらせぬ。終わらせてなるものか。

 

余は昇降装置の見晴らし台から、怪物と湖を眺める。

カザーニの王とキタイの王も余と同様に、装置の外部へ出て仁王立ちしていた。

余はアーチャーのクラスを得ているが、眼はあまり良くない。彼らの表情までは見えぬ。

些事に過ぎぬが。敵と味方さえわかれば良い。余の雷も砲も、狙いを外すことは無いからな。

 

『イヴァン、政。フリーダたちの陽動が始まった。英霊兵どもも、大半が街に向かってる。

ランサーの奴はまだ俺らに気付いてもいねえ。叩くなら今だ。誰から行く?』

 

カザーニの王の声がする。奴だけではなく、キタイの王も。余より旧き時代の王なのに。

威張らず、驕らず、かと言って卑下もせず。知識人の少女(フリーダ)のため力を貸している。

 

黎朝の王もそうだった。

一時はキタイの王への激情を律せらなかった未熟があったとは言え、

誰にも傷付けられぬ湖の輝きと、英霊としての確かな力を持っていたのにだ。

その気になれば大戦を継続するだけの力が、我らにはある。それでも。

我らは等しく皇帝で、英霊(にんげん)だ。霊長の未来のための抑止装置……。

 

混沌に堕ちていた余にも救いはあったのだから。

ここで、余が遅れを取るわけにはいかぬな。

 

『余が先陣を切ろう。スルタン、援護を頼む』

 

獅子(レフ)の怪物など何するものぞ。魔獣を名乗るならせめて巨象(マーマント)ほどの威容がなければ。

とはいえ余はまだ眠りにはつけぬ。余は余のためだけでなく。

今こそ聖者殿のため、余の杖のために。余の威光を見せつけねばならぬからだ。

 

昇降装置の高度を一度に下げて、ランサーの前に名乗りを上げる。

 

「"白"のランサー、叛逆者、名も無き怪物よ。イヴァン四世が手ずから戯れてやろう。

恐怖(グローズヌイ)の名をその身に刻め。来たれ、神の雷よ!」

 

歩みを止めない獅子目掛けて、裁きを下す。

小手調べと言え、手は休めぬ。狩りの鉄則だ。まずはその脚を消し去り――

 

()()()()()()()()()()()()

怪物の目が光り、余は激痛に膝を衝く。

 

奴め……余に何を……。己の胸に手を遣る。血だ。まさか、狙撃だと?眼から?

 

痛みが薄れ、笑みが零れる。面白い!そうこなくては、そうこなくてはな!

一方的な、貴族どもの狩り(アホータ)の真似事など、面白くも何ともないわ!

前言を撤回しよう。名も知れぬ獅子よ。貴様はツァーリの獲物にふさわしい!

 

スルタンめも砲撃を加えているが、あまり効いてはいなさそうだ。

余は立ち上がり、見晴らし台に宝具を展開する。

良い機会だ。彼の王に、余が本物の砲の使い方を教えてやろう。

 

()()()()のサーヴァント・イヴァン四世の切り札。

カザーニの砦を滅ぼした対城兵器。究極の大砲。要塞のための攻城塔(ブリーチング・タワー)

 

「皇帝の狩猟だ。湖の巨獣よ。ツァーリの王命を受けるが良い。

取って置きの雷火をくれてやる。鱈腹に食らえ!『我が末路に彷徨え火竜(グーライ・ゴロド)』!」

 

展開された砲塔が火を噴いた。まさに火竜の吐息の如く、砲弾の雨が敵の周囲を焼き尽くす。

装置の重量の均衡が崩れ、大きく揺れる。ふん、この程度。大したことはない。

これが皇帝(ツァーリ)の全力よ。聖なるかな!ああ、聖なるかな!

どうだ、見たか。余の威容を!天上の聖者殿、フリーダ、あとカザーニの王よ。

 

煙が立ち込める。周囲の英霊兵どころか、足元の"泥"をも多少は蒸発させられたようだ。

さて、獅子は――

 

湖を見下ろす余の眼前に、()()()()()()獅子が迫ってきた。

獅子は腕を振り下ろし、その爪が余を昇降装置から叩き落とす。

 

――は。確かに、獣が棲み処を跳び跳ねるは、世の摂理か。

余がおぞましき"泥"の湖へと落ちていく。余は、ツァーリは間違えたのか。

いいや。いいや。否だ!ツァーリは、間違えない!

 

脚に魔力障壁を張り、()()()()()()()()()()()()。途端、得体の知れない呪いが身を蝕む。

ぐっ……。余の対魔力では、長くは耐えられぬか……。

 

宝具を置いた装置は、その重量ゆえにすぐには動かせない。

別の昇降装置に余を拾わせようとするが、湖面に近付いた物は獅子の攻撃で破壊されてしまった。

 

『ツァーリ!大丈夫か、今行くぞ!』

 

スルタンが、勇敢にも己の装置で向かってくる。

スルタンの装置にも獅子が飛び掛かろうとするが、キタイの王が大弓で牽制している。

小男め。勇気と蛮勇は紙一重だと知れ。また蹴りを入れてくれようか。

 

「助けは不要。それよりも、余の杖に伝えよ。

敵は普段は鈍いが、危機が迫れば跳躍もできるとな」

 

余は致命傷を負った。帰還も絶望的だ。だが、余の宝具は健在だ。

ならば、余のすべきことは一つ!

 

再び砲塔が火を噴く。王杖を構え、直接雷の狙いも定める。

例え余が負けても、余の国は決して負けぬ。

この霊基、燃え尽きるまで。せめて獅子(かいぶつ)の片脚だけでも、貰い受ける。

 

何度目かの雷撃が、片方の翼に当たった。獅子が顔を歪める。

胴体には矢や砲を受けても平然としているのに。

もしや翼には魔力の供給が不十分なのか。なれば、好機だ。

 

余は眼球に力を篭める。見える。見えるぞ。奴の動き、余は見切った。

狙うは翼。ツァーリを地に立たせた罰だ。貴様も堕ちよ――!!

 

特大の雷を両翼に落とす。燃え上がり、湖面に堕ちた。痛みからか、獅子の叫びが聞こえる。

叛逆者どもの悲鳴は心地が良い。実に愉快だ。これで余も一矢を――

 

獅子が再び眼前に迫り、大顎を開け、余に噛み付く。

薄れゆく意識の中で、余は余がこの地に召喚された意味を理解する。

 

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。我が妻、ロマノフ家の末裔よ。雪国の皇女(ツァレーヴナ)よ。

確かに、そなたになら余は殺されてもよかったな。いや、実際に殺されたこともあったのか?

余は()()()()()としての力を見込まれ、()()()()()としてこの地に立ったのだった。

この霊基での巡礼は終わった。それでも、後に続く者がいる。フリーダ、余は……。

 

オルガンの音色が聞こえる。いつか仕立屋が弾いてくれた、彼女の国の讃美歌。

素晴らしき恩寵(アメージング・グレース)と言ったか。美しい。どうやら、礼拝の時間が来たようだ――。

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

聖なる暴君は、秩序を取り戻した果てに異形の怪物の翼を奪って退去した。

私はこれを後に、"青"のサーヴァント五人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:23日6時

3章来たけど遠いよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24節a 英雄すべての敵

『フリーダ!貴様は、本当に、バカか!何のための護衛だ!

この女は見事その役割を果たしてみせたのに、貴様はそれを犬死ににしようとしたのだぞ!』

 

自分だって犬、いや狼のくせに、よく喋る。うるさい。頭に響くじゃないか。

結局、後から飛び降りた私が、先に落ちたスガに追い付けるはずもなく。

着水前にフェンリルの加速によって私たちは回収されてしまったのだから。

私には甘んじて彼の説教を受ける義務があるが。

助けてくれたお礼を言う前に怒鳴られてしまうと、その機会も逸してしまうと言うものだ。

 

いや、そんなことよりも。スガの容態だ。

彼女の腕を手に取る。傷は……大丈夫。ちょっと掠っただけのようだ。

湖に落ちたのは剣の直撃を受けたからでなく、バランスを崩したからだったのだろう。

あの剣に不可逆の傷や人型特効の逸話などがなくて、本当に良かった。

 

「フリーダ様。なぜ(わたくし)を……。私はあなたの護衛です。

庇って死ねるなら本望。いつ死んでも良かった身なのに、どうして……」

「あなたは確かに私の護衛を買って出てくれました。とても嬉しかったです。

ですが、私は!あなたに私の代わりに死んでくれと頼んだ覚えはありませんし、

これからもありません!極東の暗殺者よ、生きて、私と共に戦ってください!

彼の山での別れのときに、啄木たちにもそう言われたでしょう!」

 

スガは何も言い返せないのか、目を逸らされてしまった。

フェンリルにも、噛み付かんばかりの眼光で睨まれている。

例えどんなに愚かだと思われようと、それが()()()()の判断だ。

彼の協力はルーラーの打倒までだ。彼もそう言ったのだから、私の方針には従ってもらう。

 

『フリーダ、聞こえるか』

 

メフメトの声だ。いつもよりトーンが低い。

英霊兵の襲撃に気を取られ、本命を疎かにしていた。

"白"のランサーはどうなったのだろう。湖面に目を向けつつ、私はすぐに応答する。

 

『イヴァンがやられた。奴は水の上を歩くだけじゃなかった。()を隠し持っていやがった。

その翼はイヴァンが奪ったが、再生されるかもしれない。どうする?』

 

淡々と。残酷に。私は、私の判断の誤りで仲間を死なせたことを告げられる。

湖を睨む。怪物は最初に見たときと変わらず。非常にゆっくりとこちらに近付いてくる。

 

怪物はここから見た限りでは健在のようだ。あれが、一度は空を飛んでみせたのか。

砲声と雷撃は遠目に見えていたが、そこまで戦況が深刻だとは思っていなかった。

確かにデコイも含めて周囲を飛ぶ装置の数が減っている。イヴァン共々、撃墜されたのだろう。

この状況で、彼が嘘をつくはずもないが。一騎の"王"を失ったのは事実のようだ。

 

『そうですか。わかりました』

 

緑の獅子。水に縁があり、()()()()。つまりあれはスフィンクスか、ラバルトゥか。

あるいは私も知らないアフリカの土着信仰の神か。いずれにせよ、対処手段は変わらない。

イヴァンが命懸けで証明してくれた敵の生命力。そして自己改造。"泥"の持つ生体変化。

 

間違いない。敵は何らかの神に連なる()()を持っている。

すなわち、()()()()()()()だ。――それなら、切り札はこちら側にある。

 

『畏れながら、始皇帝陛下。謹んで申し上げます。宝具の開封を、お願いできますか?』

 

まだだ。ここで引き下がる訳には行かない。怪物を倒すには、戦力の揃ってる今しかない。

フェンリルを除けば。始皇帝はここにいる英霊の中で、最も旧く、強い"王"だ。

そして唯一、彼だけが神性に対する特効宝具を所持している。この作戦の鍵と言っても良い。

 

『将はそなたなのだろう。兵たる朕に求めるなら、そう命じれば良い。

それとも今のは本当に頼んだだけか。あるいは、異なる意味も持つ問いかけか』

『御身の持つ神殺しの弓なら、ランサーをも殺せると私は推測しました。

異境と言えど、敵は神に連なる存在であると。陛下のお見立ては、異なりますか?』

 

皇帝の問いに、問いで返す。これが彼の国なら、私は頸を刎ねられただろう。

それでもいい。今の私は、シャルルから、ヴラドから陣営を託された城主代理。

例え私に()の器がなくても。参謀として、王の杖として。そう振る舞うと決めている!

 

聖杯大戦の観測のためにも。ランサーは必ず排除しなければならない敵だ。

そして相手がどんなに強大な怪物でも、あれはサーヴァントだ。必ず殺せる。

ならば私は城主として、一番確実性の高い策を選ぶ。その責任と義務がある。

 

『いいや。朕もそなたと似たようなことを考えていたところだ。

……つまり、小さき城主よ。そなたは朕に、慢心を捨てろと言うのだな』

 

始皇帝の言の葉の一つ一つが、私に圧をかける。王は、私にその覚悟を尋ねている。

私の計算は正しいのかと。私は解に至れるのかと。私の選択は間違っていないのかと。

すべて、すべて。決まっている。城主代理の答えは、とうに決まっている。

 

『はい。中国(シーナ)の偉大なる王。中原の覇者。"青"のライダー、始皇帝陛下よ。

大戦の観測者にして、"白"と"青"を繋ぐ者。機動聖都(パトリキウス)の主。フリーダ(ニーチェ)がここに願い請う。

御身の渾身の一射をもって、あれなる怪物に裁きを!』

 

私の心からの叫び。もう彼を持ち上げる言葉も無い。通信越しでも伝わるといいのだが。

 

『――良かろう。だがな、そなた。客将が朕しかおらぬ訳ではあるまいて?』

 

フェンリルが溜め息をつく。私の後ろに跨っているスガも、私のドレスの袖を引っ張っている。

振り向くと、眼で何か訴えていた。何だろう、その眼は。もしかして、怒ってるの……?

 

『そうだぞー、フリーダ!告白みたいな言い回ししやがって!』

『わ、私はそんなつもりでは……!』

 

咄嗟に訂正するが、怒りが収まらないのか、メフメトに畳みかけられる。

 

『学者だからってお前は大げさなんだよ!あのな、俺たちは()()()()()サーヴァントだ。

例えこの地に守るべき民草がいなくても。あれは英雄すべての敵だ。王が倒すべき怪物だ。

そんな大仰な頼み方しなくても。ここにいる皆、目的はお前と同じ!一人で背負うなバカ!』

 

呵々と、始皇帝が豪快に笑ってみせる。

 

『そう責めてやるな、狄の王よ。越南の王も、俄罗斯の王も。王の名に恥じぬ輝きを持っていた。

さて。ならば朕は始皇帝の名に誓って。小さき城主の期待に応える弓術を見せるとしようぞ』

 

ふん、とメフメトも鼻息を鳴らす。

 

『ライダーのくせに宝具が弓とはな。これはアーチャーの俺も負けちゃいられねえ。

しかし、戦場で長々と口上を垂れやがって。見ろよ、英霊兵どもも引いてやがるぜ』

 

違う。嘘だ。メフメトの砲撃は派手だから、視界の端にも見えていた。

私が方針を決めるために考え、喋っている間も。

フェンリルを含めて、彼らは皆、自分の戦いを続けていたんだ。

左腕を負傷したスガでさえ、フェンリルの氷礫を躱した敵に右手だけで黒鍵を投擲している。

私は、私は……。一人で何を迷って……。

 

『いいか野郎ども!城主サマがあんな調子だから、代わりに俺が言ってやる。

()()()()()だ。イヴァンの分も、今度こそ皆で怪物を仕留める!

バーサーカー、俺の声は聞こえるんだろ。陽動とフリーダは任せたぜ!』

『人間の指図など受けん。我は我の好きに動く。バカ娘ども!せいぜい振り落とされるなよ!』

 

フェンリルの叫びも、私以外には遠吠えに聞こえるのだろうか。

何がおかしいのか。ふふ、と思わず笑みが零れる。

またスガに狂ったと思われてしまうか。それでも、()()()()()()()仕方ない。

 

英雄たちと共に並び立って戦えるとは、なんて幸運なことなのだろう!

()()()は、怪物にも深淵にも負けない。私は一人じゃない。大勢の仲間がいる!

何を恐れる必要があろう!ここにいる私は辺境の哲学者じゃない!自由(フリーダ)だ!

 

敵のランサー。その真名すら掴めぬままに、1騎を失ってしまったが。

まだ敗北したと決まったわけじゃない。諦めていない。レオにもそう言われたじゃないか。

そう、レオにだ。胸に手を当てる。彼女の証は、今も確かに私の手元にある。

 

『言いたいことはスルタンに言われてしまいましたが!

その通り、これより作戦の()()()()を始めます!英霊たちよ、今一度、私に勝利を!』

 

陸地側から向かってくる数十体の英霊兵を指さす。

フェンリルが進路を変えた。混戦を防ぐために、叩ける敵は叩いておこう。

――全ては、王と我らの勝利のために。




次話投稿予定:24日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24節b 王が民を生かす

――あれは、主としては優しすぎるな。

 

巨狼に跨って湖畔から再び街へと。英霊兵を引き連れていく娘たちを眺め思う。

フリーダと言ったか。小さき城の主。西国の思想家。身の丈に合わぬ大命を背負いし者。

確かに、英霊に召されただけの器はある。度胸もある。だが、()()()()()優しすぎる。

 

どことなく。あの娘には、朕の一番の右腕だった李斯(リー・シー)の面影を見る。

賢く、ときに大胆で、とにかく優秀だった宰相。朕の公女を預けた男。秦国一の頭脳。

だが奴は朕の死後すぐに。奸臣に阿って失脚し、悲惨な最期を遂げた。

 

あれほど聡明だった男がなぜと、永劫の時の中で、"座"にて考えを巡らせたことがある。

本人に聞いてみたわけではないから、あくまで朕の推論でしかないが。朕はこう考えた。

老李(ラオ・リー)は、政を預かる者としては、妙に優しすぎるきらいがあったからではないか、と。

 

あの男はかつて朕の師であり、己の親友でもあった韓非(ハン・フェイ)と言う男を謀殺したことがある。

宮廷に策略はつきものだ。それ自体を朕が咎めたことはない。そう言うこともあろう。

だが老李は、朕が助言を求めるといつも。己の考えた政策ではなく、韓非の思想を説いた。

朕の政の中心には、今思えば、いつも彼の理想が息づいていたようにも思える。

男の思想は奴の死後に、己を殺した友の手によって遂げられることになったのだ。

 

老李が韓非と『韓非子』を大事にしていたのは、友を殺した罪悪感によるものか。

違う、と玉座に在った朕なら即座に答えただろう。老李はそこまで感傷的な男ではない。

だが、こうして英霊などとやらになってみると。違った視座から見えてくるものもある。

韓非のことだけではない。あの我が身を恐れぬ態度の諫言も。朕の愚息のことも。

老李は、本当は、心から……。

 

脚に炎を纏って宙を浮かぶ英霊兵がその槍を向けてくる。朕は弩を構え、撃ち落とす。

は。小さき城主よ。先程の皇帝への直訴、確かに朕の心に届いたぞ。

老李ほどの弁の才能はなかったが、及第点をくれてやる。

 

露西亜の王の戦いを見ていて理解した。あの獅子は、戦いに時間をかければかけるだけ強くなる。

なれば。朕は慢心を捨て、字義通り一撃の下に滅ぼさねばなるまい。

 

装置の高度を下げ、怪物へ急速に接近していく。英霊兵どもの迎撃は、兵馬俑の弓兵に任せた。

――大陸での、虎狩りを思い出すな。まあ、虎も獅子も似たようなものよ。

異境の神性、恐るるに足らず。我が弓は五徳の(しるべ)。神なるものも射ってみせよう。

 

「天子たる朕が中原の覇を示す。始め無くして終わり無く、されど終わり無くして始めは在る。

名も知れぬ獣よ。始皇の名を讃えるが良い。開闢の印は、我が矢にこそ在り――!」

 

朕は弩から大弓に持ち替え、渾身の一撃を放つ。極大の矢がソラを裂き、怪物の心臓を貫く。

秦王たる朕の切り札。()()()()。『在夢拍神(ゆめにありてかみをうつ)』。

海神の化身たる大魚を射殺した朕の弓術。騎兵(ライダー)の身でも衰えることなし。

 

朕の矢を受けて、獅子が湖面から朕を睨み付け、吠える。

悔しかろう。その翼は露西亜の王によって奪われた。もはや空を飛ぶことは叶わぬ。

只の矢や砲では傷付けられずとも、朕の宝具なら効果はあるようだ。これは幸先が善い。

 

獅子が己に刺さった矢を消し去る。矢傷が立ちどころに塞がっていく。

やはり一本だけでは仕留められぬか。あれが単なる治癒でなければ、時間の逆行か。

只の英霊、無名の神性、並の怪物ではないな。あれはもはや、朕がかつて口にした領域の……。

 

我が事ながら、神にも届く速さで継ぎ矢を放つ。矢は次々と、獅子の心臓を捉えていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

天子の負わせた傷の再生など、この朕が認めぬよ。

五度蘇るなら、六度殺す。六度還るなら、七度滅ぼす。それが朕の決めた法だ。

朕は遵い、()()()()()()()()。おっと、これは、朕を殺めんとした刺客の言葉だったな、呵々!

 

瑞西(スイス)の弓兵も言ったそうではないか。弓兵にとって矢は命。

朕もそう思う。百発百中の腕を持っていても、矢は何本あっても困ることなどない。

それに今の朕は騎兵だからな。これは弓術の稽古ではないのだから。誰に気を遣う必要がある?

 

獅子が朕の高さまで跳び上がり、その腕で周囲を薙ぎ払う。"泥"に朕の兵馬俑が落ちていく。

なんだ、翼がなくても跳べたのか?それとも、ここに至ってようやく命の危険を自覚したか?

最も、心臓に矢を受けているうちは、翼などとても生やせまい。精々無様に足掻くがいい。

 

朕は獅子の腕の攻撃を避けて、装置を乗騎に手足の如く動かす。

ぬるい。まったくぬるいわ。皇帝を舐めておる、怪物が。

露西亜の王が命を懸けて証明した轍、二度とは踏まぬ。

国も文化も違えど、それは王としての責任と矜持であるが故に!

 

獅子は朕を湖に落とすことは諦めたようだ。

湖面に着水し、こちらに熱線を吐いてくる。偵察機や昇降機を落としたと言う攻撃か。

だが、どこを狙っている?朕がお行儀良く、ただの的になるとでも思ったか?

 

怪物の吐息を意に介さず、朕は心臓を射抜き続ける。

これで十一。十二。十三か。むぅ、海神すらこのくらいで力尽きたと言うのに。

よもや、あれは不死なのか?そうであるなら、朕が求めた答えはあの怪物の内に――

 

頭から、獅子に口腔液の塊を浴びせられる。

――迂闊。

熱線は囮だったのか。おのれ、獣如きが、がッ……!

 

血を吐く。咳き込む。丈夫たる朕でも立っていられないほどの激痛が朕の身を襲う。

なんだ。これは。怪物め、朕に一体何を吐きかけた。

朕の魔力が急速に失われていく。この感覚、覚えがある。まさか、()()()()()()だと?

馬鹿な、あり得ん。朕はとっくに不死ではない、不死ではないのに。

 

「ぐあ……ぐおおおおおおおッ!」

 

朕の異常に気付いたのか、援護砲撃に徹していた狄の王が朕に近付こうとする。

 

「来る……な……!奴は……我らが思ってたより、遥かに危険なようだ……」

「でも、政!お前……お前まで……!」

 

精一杯の声を張り上げて、怒鳴る。

獅子はメフメトにも熱線を吐くが、今の所は砲で相殺している。

 

フリーダと我ら王が練った策は、いずれも獣の狩りとしては正道だった。

まずは脚を奪い、動きを封じた上で、霊核(しんぞう)にトドメを刺す。

だが、敵は我ら三騎いずれの通常攻撃もまともに通らぬ。

それゆえに宝具級の火力を投じて、一つ一つの段階を踏むしかなかった。

 

この場合は脚ではなく翼だったが、露西亜の王が果たしてくれた。

少なくとも、翼の再生に魔力を割くまでは、

空を飛びながらの質量攻撃による全滅は避けられたはずだ。

あとは余が霊核を砕くだけなのに。心臓にはどうも手応えがない。

 

眼が霞む。矢を持つ手が震える。朕は、こんなにも毒に弱かったか?

……笑わせる。爆笑だ。()()()()()()()

朕は、()は、秦王、始皇帝だ!

 

毒を食らわば何とやらだ。俺には()()()()がある。

例え死が不可避でも、希望の一つぐらいは見つけなければ。

小さき主のためにもなり、我ら大戦に招かれた"王"の、人理の英霊の末路にふさわしい。

 

獣の弱点が、心臓でなければどこか。

心当たりはある。あとは、見定めるためのスキルだ。

何でも良い。この際、千里眼で良かろう。始皇が告げる、朕に力を――!

 

ぐ、お。おのれ。本当に、毒ごときに、朕の身体は……。

だが、まだだ。見える。見えるぞ。矢も構えられる。

さあ、貴様の弱点、暴かせてもらう――!

 

顔と脚四本と尾を狙う。同時に六本。弓兵だったらもう少し余裕もあったかもしれないが。

奴は、()の矢だけを弾いた。

――朕は、ここに解を得たり!

 

「城の小さき主に、伝えよ……。敵は、頭部に潜んでいると……。

そなたは一度、城主の元まで退け……!朕が幾許かは稼いでみせる……」

「政!待て!話は……」

「良いから行けぇぇぇ!」

 

霊基の限界を超えている。それでも、まだ、朕にはやり残したことがある。

 

再び六本の矢を手に取る。

六、と言う数字は、朕のにとって感慨深い意味を持つ。

朕は六国を滅ぼして、五行を束ね、中国統一を果たしたのも六のつく年で……。

ぐ、ほっ……。

 

毒とは、真に無情よな。

まあ、毒に情があったらそれはそれで、難儀するのだろうが……。

 

六本の矢を、弩から怪物へ向けて放つ。

矢はやがて壁となり、怪物の周囲を取り囲むようにせり上がっていった。

 

「だから言ったのです。秦王よ。不老不死の千年帝国?悪も罪も無い国?

人間の善性の否定にも程がある。それでいて己は()()を求めるなど。

それこそが()()に他ならないと、お気付きになられましたかな?」

 

貴様は、燕の国の。――は。此度は、真の意味での朕の死神と言う訳か。

 

「侠客よ。朕は何度でも言うぞ。確かにそなたの言う通り。

人は必ず死ぬ。王も例外ではない。だが、その意思は必ず引き継がれる。

朕の国がそうでなかったとしても、人理の英霊たる今の朕は違う。

朕は()()()を遺した上で、()()の一端も理解できたのだからな。

これだけの巡遊の成果を得たのだ。朕は、もう十分だとも――」

 

 

 

 

 

***

フリーダ記録。

大陸最強の覇王は、未だ底の見えぬ怪物に無数の傷と一縷の希望を繋いで退去した。

私はこれを後に、"青"のサーヴァント五人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:25日6時

3章ついに来ましたね!とても楽しみです

25日一部内容を修正
六人目→五人目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25節a 絶望に薔薇は咲く

"泥"の湖を越えて、街へと狼が駆けていく。

後ろを追いかける英霊兵の絶対数も、確実に減っている。

怪物が王と戦っている間は、泥による生体増殖も十全には機能しないらしい。

 

――なら、勝機はこちらにある。

フェンリルの吹雪と、スガの黒鍵と、私の銃身(バレル)。武器は十分だ。

敵が宝具を使えるようになったとは言え、それだけだ。よく観察すれば事前に兆候を察知できる。

 

金髪の大柄な英霊兵が、グラディウスを片手に水の上を走ってくる。

やがて男は空へ跳び上がり、私たちに刃を向けて迫って来た。

 

()()()()()()

銃声と共に、英霊兵は落下しながら塵へ変わっていく。

 

射程内に入った敵は、私の方から積極的に仕留めていく。

軽いケガとは言え、病弱持ちのスガにはあまり無理をさせられない。

残りは約二十体と言ったところか。これ位ならまあ、何とかなるだろう。

フェンリルの氷の牙(レーヴァティン)と私の極大光束(フルトランス)を合わせれば良い。湖岸も近い。仕掛けるなら今だ。

 

「バーサーカー、止まってください!私が向かって左を片付けます。あなたは右を。

アサシンは零れた敵をお願いします。距離(シュトリヒ)良し、撃ちます――!」

 

フェンリルが急旋回し、近付いてくる英霊兵に向き直って、空中で制止する。

返事はしてくれないが、意思は伝わってるのだろう。

 

魔力の流れが変わったのを知覚する。

私たちが停止したことで、英霊兵たちも宝具を展開しようとしているのだ。

無論、打たせはしないが。

 

フェンリルが氷の息吹から巨大な槍を作り出す。『氷霜を越えて突き立て、氷の牙』(ヴィダル・レーヴァティン)

氷の領域ニブルヘイムの主である彼の持つ神造兵装。裏切りの杖。不定形の魔槍。

紛い物とは言え、投擲された破滅の黎明(グラム)を砕いただけのことはある。これが神話の武器。

 

私も負けてはいられない。銃身(バレル)を構え、宝具の発動待機に入る。

ふと、ディオゲネスの言葉を思い出す。私の宝具の真名は、極大光束(フルトランス)ではないのだった。

実際には何を叫んでも、魔力収斂の過程さえ正しければ発動する。やはり"座"はいい加減だ。

それなら、良い機会だ。ちょっとアレンジしてみよう。

 

斬撃(シュナイデン)!……普通か。

蹂躙せよ(パンツァー・フォー)!これでは奇をてらいすぎか。うーん……。

思考には数秒もかけてないはずなのだが、フェンリルに皮肉られる。

 

『おい、バカ娘。戦場で我と並び立つ栄誉だけでは足らぬなら、

貴様の分の敵と共に、貴様の身も()()()()()変えてやろうか?』

「その呼び方は止めてください。わかってます、わかってますよ。集中します」

 

はぁ。見せ場を理解しない獣はこれだから。何て思ったらまた怒られてしまうな。

敵の兵力の限度が見えたとは言え、油断は禁物だった。これが片付いたら王の援護に行こう。

 

射撃、開始(フォイアー・ロース)!!」

『突き立て、食らえ!我が息吹!』

 

銃身(バレル)の光芒と氷槍の光束が、二色の軌跡を描きながら直進する。

各々の宝具を発動される前に、英霊兵たちが飲み込まれていく。

 

……悪くはなかったが、読者(わたし)(ハーツ)には響かないな。

せっかく銃士になったんだ。

次があれば、リッヒの著作からトリスタン卿のセリフでも引用して――

 

「消えなさい!」

 

スガの叫びと共に、私の直上を暗器が飛んでいく。黒い外套に短剣、少女の姿をした英霊兵。

しまった、回避されていたか。と思ったときには、敵はもう黒鍵によって消滅しかけていた。

怨霊の反英雄だったのか?まったく気付かなかった。さすがは気配遮断持ちのアサシンだ。

 

『ふん。今ので最後のようだな』

「ええ、そのようですね。では、改めてスルタンたちと合流を――」

 

噂をすれば。スルタンの乗った昇降装置がこちらに向かってくる。

向こうも片付いたのか。なら、後は"泥"を……。

 

異変に気付く。

泥が、後退している?

ランサーのいる湖の向こうを見る。

 

ランサーのいた場所に、巨大な石の塔が見える。

塔の周囲には三層ほどの壁があり、泥を吸い上げては、崩れていく。

あれは、まるでピラミッドやジグラットのような、巨大な墳墓……。

 

『政がやった。ランサーもあの中だ。(すげ)えな、長城ってのはよ』

 

メフメトから通信が入る。()()と彼は言った。

"白"のバーサーカー討伐のときに、マダガスカル島に築かれていた始皇帝の宝具。

――『万里長城』か。

いや、真名はこの際どうでもいい。ランサーがあの中にとは、一体、なぜ?

 

『お前の読みが外れただけだ。フリーダ。奴は政の弓でも殺しきれなかった。

霊核は心臓ではないらしい。そこで、だ。一人生き残っちまった皇帝サマから提案がある』

 

そんな……。仮にそうだとしても、始皇帝の弓が通じないなんて。

あの怪物は間違いなく神性を持っている。始皇帝の弓は神殺しの弓。相性は抜群のはずだ。

なぜ、なぜ倒せない。私の計算は、また間違っていたのか。私は、また仲間を無駄死にに……。

 

「聞いちゃいねえか、まあいい。アサシン、たぶんお前とも関わりある話だ。よく聞けよ」

(わたくし)に……?」

 

"長城"で封じたとしても、永遠には無理だ。

閉じ込めただけ。倒したわけじゃない。いつかは壊され、外へ出てくる。

そうなったら、おしまいだ。そうでなくても、もう無理だ。私にはこれ以上の手札がない。

 

「アーラシュ・カマンガーって知ってるか?大昔の波斯(ペルシャ)の国の英雄の名だ。

お前は日本人だから知らないかもしれないが、世界一の弓の名手でな。

その矢は空に浮かぶ星をも穿ったらしい。信じられないが、俺も弓兵の端くれだ。尊敬するよ」

 

氷の牙(レーヴァティン)は神造兵装でも、神殺しの逸話はなかったはずだ。

残り全員の宝具を合わせても、王が倒せなかったなら無理だろう。

私は、どこかで間違えた。間違えてしまった。ここまで来たのに、私たちは全滅する。

 

「もう一人。ナポレオン・ボナパルトという男は知っているか?知ってる?そりゃ良い。

"座"でも有名、歴史書ではもっと有名な、俺より後の時代の()()()()の初代皇帝。

俺やイヴァンと同じ砲手だが、そいつは一兵卒から皇帝になった。それも(すげ)えよな」

 

メフメトが、ずっと一人で喋っている。

相槌を打つ者もいない。敗軍の将に、語るべき言葉などない。

――不可能だ。虚数解だ。一時的に膠着させただけの戦況を打開する策など、私にはない。

 

「その男が言ったそうだぜ。『吾輩の辞書に()()()は無い』ってな。

わかるだろ、フリーダ(ニーチェ)?お前の得意な格言(ヴィチゼ)ってやつだ」

 

――え?

 

「なあ、フリーダ。お前はちょっと、ネガティブすぎると思うぜ。

これは戦争だ。()()()()だ。思い通りにいかないことなんざ、たくさんある。

その度に一々将が折れてちゃ、国はあっという間に滅ぶってもんだ」

 

そんなこと、そんなことは――

 

「わかってない。レオのときから、ずっとだ。お前は心の中では泣いてばかり。

先に謝っておくぞ。俺はお前ほど口が達者じゃないから、上手く言えん。

それでもお前の優しさは、お前の長所だ。だから胸を張れ。お前はお前のままでいい」

 

その言葉も、聞き飽きた。私が私らしく振舞った結果、いつも誰かが死んだ。

どんなに悔やんでも、失った命は還らない。

これで大戦はランサーとプラトンの勝ちだ。大聖杯がどうなったかもわからないままに。

優しい言葉をかけられたって、状況は変わらない。

 

「変わるさ。変わるとも。なぜなら今の俺は兵士で、お前は城主だからだ。

お前さえ負けなければ、例え俺たちは()()()()負けない。

試合(ころしあい)には負けても、勝負には勝つ。大戦って、そう言うもんだろ?」

 

何を、何を言ってるか、よくわからない。

現実を、メフメトも受け入れられていないのか?

 

『おい、人間の王。まさか、貴様――』

「うお、もしかして、今俺に話しかけてるのか?そいつ。

ここに来てちょっとだけわかるような気がしてきたぜ。マジ多芸だな、俺。

……ま、そう言うことだ。成り行きだったが、今回の遠征も割と楽しかったぜ」

 

泥を吸い上げていた長城の一層目が、崩れ始める。

始皇帝が退去したのか。それとも長城の限界を超えたのか。

 

「さあな。まあ、壁がたくさん残ってるうちの方がウルバンの奴も喜ぶだろう。

フリーダ、よく見ててくれよ。これが俺の、アーチャー・メフメト二世の()()()()()だ」

 

装置の上に、巨大な大砲を召喚する。最初に、機動聖都からサハラ砂漠で見た物と同じ。

城攻めのための巨砲。三重の城壁(コンスタンティノープル)を破った大質量兵器。

だがそれは()()()()だ。それでは始皇帝の長城は壊せても、中のランサーまでは……。

 

「殺すのは無理だろうな。だが、奴の新しい弱点はわかってる。()()だ。

これも政が見つけてくれた。そして、俺が狙いやすいようにああ言う形で作ってくれた。

なら、俺はこの機会を無駄にはできねえよなぁ?」

 

大砲に魔力が充填されていく。

せっかく檻に閉じ込めたのに、怪物を解き放つのか。

仮初の黄昏を、その手で終わらせるのか。

 

「終わらせるんじゃないぞ、()()()()()んだ。

大戦の観測者よ。儚き民草の少女よ。用心棒サマからの置き土産だと思え。

諦めるな。何があってもだ。それがお前の、ここにいる意味だと俺は思う。

スルタンの王命だ。()()()()()()。民を生かすのは、いつだって王の役目だからな」

 

ただ生きてたって、死ぬのに?

どうせ死ぬなら、生きて、戦って死ねと?

 

「……そういうとこだぞ、フリーダ。まあいいさ、ここから先はお前が決めろ。

射線良し、射角良し、射高良し。砲弾装填完了。受け取れ、怪物。『鉄壁城塞陥落(サフィー・トゥフ)』!!」

 

メフメトが光の塵になって消えていく。砲弾とは、自分の霊核のことか。

カマンガーの真似事。詰まる所、特攻じゃないか。あれは弓兵なら誰でもできるのか?

だとしても、民には生きろだなんて言っておいて。私より背低いくせに、無責任な王様――。

 

砲が、光を放つ。長城を砕き、陵墓を貫き、獅子の頭を覗かせる。

その光は、豪奢を好んだ彼にしてはあまりに質素で、飾り気も無い単色の。

されど、スルタンの生き様にはふさわしい、薔薇色の光だった。

 

 

 

 

 

砂塵の征服者は、悲嘆に暮れる少女に可能性の橋を架けて退去した。

私はこれを、白のサーヴァント六人目の脱落と定義する。




次話投稿予定:26日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25節? 死出の道艸(上)

『須賀子さん、須賀子さん。起きなさい。千載一遇の機会が、あなたに与えられました。

万能の願望器。大聖杯を我らの手に。我らの汚名を、あなたの手で雪いでください』

 

秋水先生……!

 

(わたくし)は身を起こして、辺りを見回しました。

今私に聞こえた声は、確かに……。

でも、もう聞こえません。辺りにも、誰もいません。幻聴だったのでしょうか。

 

石造りの建物。雑多な、無人の市場。ここが日の本の国でないのは明らかでした。

幾星霜を経て。()()()なる国に、現身の身体を与えられ私は転生したようです。

 

あぁ、知識が。知恵が。私の頭の中に渦巻いていきます。

私は、"青"の陣営の暗殺者(アサシン)

気配を遮断する術を有し、斥候や暗殺を生業とするクラスだそうです。

 

こんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

私はついぞ、誰を暗殺することなど願わなかったのに。

私はむしろ、官憲によって処刑された側だと言うのに。

 

万能の願望器。大聖杯。カルナックの杯。それさえ手に入れれば。

秋水先生の、数多の同志の運命も変わるのでしょうか。

私自身の末路には、もう何の未練はありませんが。やれるだけのことはやりましょう――

 

「おんや、町屋には人っ子一人おらんと思うておったが。

汝のような美人が残っていたとは。もしや、貴殿も()()()()()という輩か?」

 

迂闊……!

私は黒鍵を構え、臨戦態勢を取りました。

軽薄そうな男ですが。()()を着ています。もしや、同郷の英霊でしょうか。

 

「待て待て。そうすぐに刃を向けてくれるな。実は予には事情がよくわからぬのだ。

ここが帝国領でないのはわかるが。なあ、我らはなぜこんな所におるのだ?」

 

聖杯戦争を、知らない英霊?

そんなことが……。そんなことも、あるのですね。

私は簡単に、聖杯戦争のルールを説明しました。

 

「ほーぉ。願いの叶う杯と来たか。予にはとんと興味の湧かぬ代物だなぁ……。

まあ、こうして招かれた以上、予には何か期待された役目があるのだろうが。

おっと、名乗りが遅れていたな。あいすまぬ。

予は石川啄木。日の本一の歌人。そして"白"の()()()()よ。汝の名も聞いてもよいか?」

 

啄木。私と生きた時代の同じ、帝国の人間。確か、『明星』でその名を目にした覚えがあります。

 

(わたくし)は"青"のアサシン。新聞記者をやっておりました。真名を、管野スガと――」

 

饒舌だった啄木が絶句しています。

と言うか、英霊同士の戦いにおいて、真名とは明かして良い情報だったのでしょうか。

確かに、私の方も知識が曖昧です。何か、意図的に欠けている部分があるようにすら感じます。

 

「汝、管野と言ったな。その名は『大逆事件』において、唯一人処刑されたる御夫人の名。

予は明瞭に覚えている。ああ。何たることか。第二の生を得て出会ったのが彼のお人とは……」

 

ちくり、ちくり、と。心に棘が刺さっていくようでした。

やはり、私はそのように認識されている存在のようです。

わかってはいたこととは言え、時の流れとは、こうも無情なのですね。

 

「予も物書きの端くれ。新聞記者をしていたこともある。詩吟だけじゃ食えぬからな。

予は汝らの唱える思想には興味なかったが、彼の事件には尋常でなく興味を抱いていた。

新聞に幾度となく寄稿もした。公判記録も全て読んだ。その結果、予が得た結論を言おう。

汝らは、官憲によって無政府主義者を鏖殺せんために在らぬ罪を着せられた、そうなのだろ――」

「もう、止めてください」

 

流暢に語る啄木を、私は止めました。今思えば、私は少し泣いていたかもしれません。

どんなに慰められようと、その言葉に何の価値があるのです?

私はもう死にました。同志も大勢死にました。私はその汚名を雪ぐために大聖杯を……。

 

ぐっ。こほっ。ごほごほっ。……喀血、か。人ならざる身になってまで、()()とは。

どこまでも、忌まわしき、我が身体……。私の意識は、そのまま暗転していきました。

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたのは、建物の中の寝台でした。

部屋の外で、啄木と見知らぬ女性が話している声が聞こえます。

 

「アメリア殿。つまり、スガの容態は完治はせぬと?」

「あたしは医者じゃないから、断言はできないけどさ。

生前病気持ちでも、サーヴァントは丈夫な肉体を持ってるから普通治っちゃうらしいよ。

だから彼女のあれは、持って生まれた呪いとか、固有のスキルなんじゃないかな」

「むう……。そうなると厄介だな。

ならば、とりあえずはこの帝国軍の基地を拠点に、他の救いの手が来るのを待つか」

「来るわけないって。これは聖杯大戦。殺し合いなの。

誰か来たとしても、それはあたしたちを殺しに来たんだから、絶対に入れないでよね?」

「ふむ。そう言う割には。メリケンの美女よ。

予が街で汝を見つけ、藁にも縋る思いで助力を乞うたときには快く診てくれたではないか」

「あれは……。必死さに中てられたと言うか……。とにかく!誰が来ても入れないで!

あたしの結界なんてすぐ破られるだろうけど、それでも死に方ぐらいは選びたいの」

 

何ということでしょう。私は石川だけでなく、異国のサーヴァントにまで助けられた、と。

これでは私だけが大戦を戦いたいなどと、言えるはずもありません。

全ては、因果かもしれません。寝台に戻り、来たるべき次の局面までせめてもの英気を……。

 

 

 

 

 

その機会は、存分に早く訪れました。

大戦の観測者を名乗る小柄な娘と、護衛の女牧師と、西方の王族らしき男。

彼女らは私たちの所在を突き止めた上で、協力関係を結びに来たのだそうです。

まったく、愚かな。この二人など、何の戦力にもなりません。壁にだってならないでしょう。

剽軽な同郷の男も。世話焼きな異国の女も。私には鬱陶しくてたまりませんでした。

 

「……あの。(わたくし)を連れて行っていただけませんか?実は――」

 

それでも、彼女らといれば、今よりはもう少し大聖杯に近付くことも叶うでしょう。

そのときになってから、邪魔者は始末すれば良いのです。私は暗殺者。

暗殺者に背後を預けるなど、その覚悟はできていて当然。と思っていたのに……。

 

『須賀子や。汝も気付いておろう。汝の其の身体では、帝の暗殺など、どだい不可能だと』

 

……寒村。私の、離縁した夫の声。連座を逃れた臆病者が、私に意見するか。

ああ、なんて気勢を上げられるはずもなく。彼の言う通り、我が身は惰弱に過ぎたのです。

利用してやろうと思った娘らの前で、私は無様にも血を撒き散らし……。

 

 

 

 

 

機動聖都、なる空飛ぶ城に迎えられ、結果的に彼女らと行動を共にすることは叶いました。

誤算があったとすれば、石川とアメリアも付いてきたことです。

なぜ、と尋ねるのも馬鹿らしく。どうせ、私が心配だったから、と言うに決まっています。

本当に、疎ましい。戦えぬ者が他人の心配をするなど、愚の極み。

 

 

 

 

 

「闇打ちとはどこまでも卑怯な。姿を見せろ、外道!」

 

観測者の娘(フリーダ)の護衛を申し出た後の、初陣にて。私は、私の考えの甘さを思い知りました。

私の黒鍵は、聖堂教会に教わった黒塗りの刃。魔力で編み出せる無尽の暗器。

気配を遮断した上で、全くの死角から投擲しているのに。

敵の笠の剣士は、難なく私の刃の全てを叩き落してみせたのです。

隙を見て刺突を試みても、刃ごと折られ。同じ女の身。その細腕から無双の怪力とは。

此れが英雄。此れが英霊。此れが異国の王の力。私はこの程度で、暗殺者を名乗って……。

 

 

 

 

 

「城主さん、教皇様のことは……」

 

石川に声をかけられて、炊事場に立ちました。私はお茶汲みもさせられるようです。

広間から聞こえてくる声は、アメリアとフリーダのもの。

私に魔術治療を施してくれた、女法王が死んだことは知っています。

 

彼女の治療を受けてからは、この身の調子も少しは良くなっていたのに。残念です。

ですが。私は正直、フリーダには失望しました。これで良く、英霊たちを纏められるものだと。

戦とは殺し合い。そうでなくても、人間は必ず死ぬものです。それは英霊の身でも同じこと。

同志の死を悼むのは結構なことです。ですが、歩みを止めて何になると言うのでしょう。

 

 

 

 

 

「先程の女の刃が示した通り、わしは武器では倒せんぞ。わしは()()()も引いておらんしな」

 

傍若無人にも私の身体に触れようとした老爺の戯言。

ですが、彼の御仁は、私が誰にも言わず秘してきた力に、きっと気付いている……。

 

 

 

 

 

「次は(わたくし)のはずです!それを寄越しなさい!」

 

千載一遇の好機。老爺の求めた獣の英霊を巡って、石川たちが同士討ちを始めました。

事前に岩陰で話し合った段取りでは、石川がフリーダから銃を奪って、アメリアを殺し、

私が石川を殺し、最期は私が自害する。……その前に、()()()()()()()()()

英霊三騎分の魔力。人身御供の柱のための勘定には問題ないはずです。

暗殺に慣れている王は無理でも、戦況判断のできない主の寝首を掻くのは容易い。

 

「気が変わった。やはり汝は我らの中では唯一の力を持っている。

英霊の身ながらの汝の病弱も、その力も。きっと何か意味があって定められたもの。

ならば、その力の使い所は、今ではない」

 

なのに!なのに!石川は私に銃を渡すことなく、自らの頭に突き付けて。

フリーダと獣に演説をぶち上げてから、死にました。

フリーダはふらふらと石川から銃を拾い、自らも死のうとしていました。

多少の手違いはあったものの、これで生き残るのは私一人。そのはずだったのに。

獣は自らの鎖を食い千切り、フリーダが自害するのを止めました。

 

 

 

 

 

「獲物は放たれた。突破口はすぐそこだ!

ああ、世界は破滅に満ちている!ふふ、ふふふ、あはははははッ!」

 

フリーダは、ついに狂ってしまいました。

仲間が連続で自害する様を見せられたのだから、無理もありませんが。

狂人となったなら、今さら始末する意味もありません。

新しい主が決まるまで捨て置こうと思いましたが、

獣が私に何とかしろと目で訴えてくるので、しばらく眠っていただきました。




次話投稿予定:27日18時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25節? 死出の道艸(下)

「ああ、スルタン陛下!大変です、フリーダ様が、フリーダ様が……!」

 

これでいいでしょう。我ながら、栗島もかくやの名演技と自賛します。

スルタンは直ちに合流を約束し、現状を維持しろと仰せでした。

やはり一国の王となれば、責任に慣れていない小娘とは違って決断が早いのですね。

これからは彼の決断に頼り、彼の下で大聖杯に近付く機会を待つとしましょう。

 

 

 

 

 

「よもや、本当に連れてくるとは……」

 

セレンゲティなる草原の、ひときわ目立つ大木の根元で。

老爺はビアジョッキを片手に涼んでいました。

……巨狼を見るなり、黙りこくってしまいましたが。

 

『貴様か。我を呼び付けた命知らずの人間と言うのは』

「呼び付けたとは人聞きの悪い。体良く追い払うのに名前を借用させてもらっただけじゃ。

まあ、良い。()()()()()()。来たのは汝ら二人だけか?フリーダがおらぬではないか」

『なッ……!』

 

獣の言語は、私にはよくわかりませんが。

獣に用が無かったのなら、石川とアメリアは犬死にだったのでしょうか。

……ほんの少し。彼らの名誉のために、老爺に抗弁をしようかと思いましたが、止めました。

 

「フリーダ様なら、フェンリル殿をお連れしてから様子がおかしくなられたので、

しばらくお休みになっていただきました。まだお目覚めになっていないだけです。

それから石川とアメリアは、フェンリル殿の枷を外すため、自ら進んで贄となりました」

 

私は、装置の床に縛り付けて寝かせているフリーダを指差しました。

 

「そうか。タクボク殿が……。大方の事情は察せたわい。

スィオネスの獣よ。汝も奴に振り回されていたのだな。わしは心から同情しよう」

『同情だと?貴様は一体、何のつもりだ?』

「さてな。いずれにせよ、これで条件は満たしたのだ。約束通りわしが助言をしてやろう。

フリーダと二人で話がしたい。終わったら城まで送ってやる。汝らは先に帰れ。む……」

 

装置からフリーダを抱え上げたディオゲネスが、彼女の武器はどこか、と訊ねました。

 

「お暴れになるといけないので、私が預かりました。こちらに」

 

私が懐から彼女の銃を取り出すと、老爺はひどく慌てていた。

 

「おおおお!余人が気安く持ち出すでない。()()したらどうするのだ……」

 

……妙ですね。彼は確か南の酒場で、フリーダに向けられた銃身をその手で掴んでみせたのに。

おっかなびっくりと言った様子で私から銃を受け取り、傍らの樽の中に閉まっていました。

 

 

 

 

 

「これ、そこな女官よ。すまぬが、茶を淹れてくれぬか」

 

スルタンに経緯を話し終え、老爺に渡しそびれたフリーダの持ち物を押し付けた帰りに。

聖都の回廊で、大男に声を掛けられました。彼が新しく陣営に加わった、"青"のライダー。

清国、いや、()()の王。支那の始皇帝。その名ぐらいなら、学の無い私でも知っています。

 

「……畏まりました」

 

茶ぐらい自分で用意しろ、と私は内心毒づきました。

彼の王からは、あの獣と同じ、神に連なるものの血を感じます。

英霊には多いと聞いていましたが、この城だけで二人。

石川。あなたの思った私の力とは、所詮その程度のちっぽけなものなのですよ。

 

「美味い。褒めて遣わそう」

「恐悦至極にございます」

 

思ってもいないことを。素人の淹れた茶が、二千年の皇帝のお眼鏡に適うものか。

支那の王を持て成そうと言っても、この城には中国茶など気の利いたものはありません。

あるのは石川が基地からくすねてきた緑茶と、列強の王が元々用意していた珈琲ぐらい。

迷った末に緑茶にしましたが、それでも秦王は美味しそうに飲んでみせました。

 

「……なあ、女官よ。これは朕の好奇心からの問いなのだが。

己の本心をひた隠しに生きると言うのは、疲れぬのか?」

 

秦王は、私の眼を真っ直ぐ見つめて言いました。

 

「何の……ことでしょうか。私めにはさっぱり。お答えしかねます」

 

私の汚れた心を見透かされているようで、頬に冷や汗が垂れました。

"王"と言う人間は、底知れぬ欲望で、自分以外の人間は等しく支配されるべきだと考えている。

私には、それが嫌でたまらないのです。権力の否定こそ、我が人生の命題……。

 

「……朕は、生涯で幾度となく暗殺されかかった故なぁ。

()()()()()とは矛盾した言葉と思うが、朕にはそれがわかるようになってしまった。

女官。いや、倭の国のアサシンよ。そなたからも感じるぞ。

そなたもかつて、王に類する天子の光を奪わんとしたことがあるのではないか?」

 

下手に誤魔化しても、見透かされるなら。

 

「陛下のご慧眼。恐れ入りました。確かに私めは暗殺者のクラスを得ております。

しかし陛下。私めが暗殺者だとお知りの上で、茶を用意させたのですか?」

 

皇帝の問いには答えず、私は逆に問いを投げました。

 

「応とも。我らは観測者の陣営に加わったサーヴァント。すなわち友軍の客将も同然である。

そなたがかつてどんな大望を抱いていたとしても、朕を殺す理由にはならぬからな。

それに、()()()()()()()()。そなたが何か盛ったとしても、茶一杯で朕は死なぬ」

 

実際美味かったしな、と秦王は残りを一口で飲み干されました。

――"王"とは、強大な権力だけでなく。強靭な五体と精神を持っているのですね。

この地で出会った異国の王は。スルタンのように日本人かと思うほどの矮躯か、

ツァーリのように大柄でも何を考えているかわからぬ御仁ばかりでしたから。

私には、秦王のただそこにいるだけで発せられる王威が、空恐ろしく思えてなりませんでした。

 

「左様でございましたか。敬服致しました、秦王……よ……」

 

こんな、ときに……っ。

私はとっさに後ろを振り向き、決して王には見せぬよう、布を口に当てて血を吐きました。

法王殿が退去されてから日も経っていないのに、この身はもう限界だと。

悔しくて、たまりませんでした。弱味を見せたくない相手に限って、どうして私はいつも。

悪感が収まったのを確かめてから、秦王に向き直りました。

 

「お見苦しい所を、大変失礼致しました。弁解の言葉もございません。

それでは私めはこれで……」

 

足早に立ち去ろうとしたところを、秦王に腕を掴まれました。

 

「待て、そこに座れ。朕が診てやろう。そも、臣下の礼など取らずとも良い。

我らは友軍の将だと言ったであろうが」

 

有無を言わさぬ態度に、一層の吐き気を覚えましたが、堪えました。

これだから、権力者は。人の心の弱みに付け入り、こちらの事情など勘案しない。

隣に座らされた私は、私の身の病弱が、法王の魔術治癒でも治せない呪いだと打ち明け、

仲間なら尚更、これ以上恥を晒したくないので下がらせてくれと訴えました。

 

「呪いと来たか。朕にはむしろ、そなたが英霊として成り立つにあたり欠かせぬ、

()()の要素の一つだと思えるがな」

 

秦王は私の身体には決して触れず、己の掌を頭から足先までかざしました。

 

「ふむ……。そなた、肺が弱いな。(シン)の気がある。

それから(ジャオ)の気だ。生前から、引き摺っているものがあるな?」

 

冗談じゃない。いかな大王と言え、掌だけで、心まで暴かれてたまるものですか。

立ち上がろうとしたところを、またも制されてしまいました。

 

「まあ、落ち着け。朕はそれを話せとは言うておらぬし、民の事情など興味もない。

英霊の身に効果があるかはわからぬが。良し、朕が生薬を見繕ってやろう。

湯で煎じて飲むがいい。どの位必要か?」

 

少しは言い返せねば、腹の虫が収まりそうになかったので。私は秦王に告げました。

 

「……では。いただける分を、すべて」

 

秦王は、まじまじと私の顔を見つめた後、豪快に笑いました。

やがて厨房に立ったかと思うと、数分もしない内に戻ってきました。

私に小分けにした袋をたくさんと、妙なにおいのする薬草の紙包みを寄こしました。

私は袋の一つを乱暴に開けて、水で流し込みました。酷い味です。征露丸のようです。

 

「おおお、湯で煎じろと言ったのに。豪快な女丈夫よ。だが処方は守らねばならんぞ。

それからな。その葉は、そなたが勝負所と思ったときに呑め。

朕にはすでに不要なものだが、きっとそなたの助けになろう」

 

もう、丁重な言葉遣いにも疲れました。

 

「陛下のご厚情、真に痛み入りますが。なぜこのような貴重な物を、フリーダ様ではなく私に?」

 

秦王はいつの間に自分で淹れたのか、二杯目の茶を飲みながら言いました。

 

「何、始皇の気紛れと言う奴よ。そなたの本質を見抜けたのなら、朕はそれで良い」

 

平然と言ってのける秦王には、皮肉の言葉も思いつきませんでした。

少しだけ、身体の調子が戻った気もしますが、きっと気のせいでしょう。

 

 

 

 

 

私には、大聖杯に託すだけの願いがありました。

その願いのためなら、誰をも踏みにじっても良いと思っていました。

フリーダの戦いに身を置いていても、その気持ちには変わりありません。

 

観測の大義?

英霊の義務?

人間の矜持?

 

くだらない。本当に。くだらない。

アメリア。石川。私には、そんなもの、なかったのですから。

私一人だけを遺して逝って、あなたたちは私に何を期待したのでしょうね?

 

 

 

 

 

皇帝(ツァーリ)が翼を折り、始皇帝が檻に入れ、皇帝(スルタン)が顔に穴を開けるだけで精一杯だった、

()()()()。"王"たちでも倒せなかった、異境の神性。

その()()とでも言うべき緑髪の少女の姿が、抉れた肉の断面から覗かせていました。

 

半神の血を引く巨狼に跨り、震える小娘の背中にしがみ付きながら、私は考えていました。

今この場でフリーダを殺すことが、どれだけ容易いかを。どんな結果をもたらすのかを。

私は秦王の葉を呑み、狼から降り立ち、薔薇の香る()()()()()に歩き出しました。

 

 

 

 

 

『須賀子さん。願いはもう、諦めてしまったのかい?』

 

秋水先生の声が聞こえます。

 

『いいえ、()()()。私はただ、この地で出会った友人に、

女は自由であれと教えられ、それを実践しただけですわ』




次話投稿予定:30日18時

あらすじの内容をプロローグに移しました
これで始皇帝が実は美少女とか実はヒナコとかだったらどうしようかなー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25節b 幽月霧散

薔薇の光芒が余韻を残して消えたとき。

私の背中にしがみ付いていたスガの重みが、急に軽くなった。

不審に思って振り返ると。彼女はフェンリルから降りて、()()()()()()()()

 

「アサシン、何を……しているのですか?」

「何、とは。この期に及んで一々説明せねば、フリーダ様には理解できないのですか?」

 

スガは私の方を見もせずに、"泥"の湖の上空を、まるで地上の道を歩くかのように進んでいく。

 

「ああ、フリーダ様にはこの()が見えないのですね。これも仙女の権能、というやつでしょう。

(わたくし)は今とても軽く、あらゆる常世の枷から解き放たれているのですよ」

 

何を言っているのかはよくわからないが、確かに彼女の纏う気配はこれまでと別人のようだ。

ケガをしてだらりとぶら下がっていた左腕が、あるべき位置に収まっている。

機動聖都では見たことのないほど、その足取りも自信に満ちたもので、

メフメトが穴を開けた墳墓の頂上部……怪物の頭部へ向かって歩いていく。

 

冷静に分析すれば、フェンリルや"白"のバーサーカーが空を飛べるのだから。

歴戦のサーヴァントなら、何らかの手段や逸話があれば可能なのだろうが。

彼女は近代の人物だ。空を飛ぶ逸話などあるはずが――

 

「私の逸話、ときましたか。では尋ねましょう、我が主、独逸(ドイツ)の賢き人よ。

()()()()()()()()()()()()()()()()?それとも、石川あたりから聞きましたか?」

 

――何も知らないし、聞いていない。本当だ。

ジブチの基地で彼女と一緒にいたアメリアも、啄木も。

『管野スガ』と言うアサシンの真名は知っていたが、その素性について話をすることはなかった。

 

「そうでしょうね。私は英霊なれど無名。私の武装も、フリーダ様は黒鍵しかご存知ない。

だからこその、誰も知らない切り札を。私は石川たちに期待されていたのです」

 

スガが懐から刃を取り出す。

黒鍵じゃない。あれは極東の、確か()()とか言う短刀の一種だ。

……まさか、それが彼女の宝具なのか。

 

「私の刀が神をも殺せると哀れな主に期待させぬ前に。申し上げておきましょう。

()()()()()()()()()()()()。王にできないことが、元より私などにできるはずがない」

 

大きな物音が眼下から聞こえる。

始皇帝の墓によって動きを止められていたが、脚部の辺りで崩壊が始まったのだ。

空を歩き出したスガにすっかり気を取られていたが、獅子の怪物は未だ健在だった。

メフメトが吹き飛ばした頭部断面も気味悪く脈動している。再生は時間の問題だろう。

 

今、私がすべきことは奇術を披露し始めた護衛と会話を楽しむことではない。

どうする、私も銃身(バレル)を構えて一か八か特攻するか。

それとも、フェンリルに氷の牙(レーヴァティン)を撃ち込んでもらうか。

 

「――愚かな。あなたは皇帝(スルタン)の最期の言葉から、それしか学べなかったのですか?」

 

……ッ!

久しぶりに頭にきた。この激情は、ディオゲネスに酒を勧められたとき以来だ。

 

「アサシン!何か策があるのなら私に話してください!いいえ、()()()()()!」

 

私の命令を無視して、スガは怪物の頭部周辺を飛び回っている。

 

『貴様、まさか裏切る気か?戦況の不利を悟って、自ら怪物の眷属に加わると?』

「裏切る、ですって?」

 

スガが蠱惑的な笑い声を上げる。と言うか今、フェンリルの言葉を?

唐突に、私とスガがまるで姉妹のようだと啄木に言われた日のことを思い出した。

彼女の今の見た目は、確かにどこか。天衣無縫な私の妹に、()()()に似ている……。

 

「笑止。化け物になど、なりたくてなる者がいましょうや?

最も。化け物に化け物になるのかと問われたとなれば、これはもう腹も捩れますが」

『貴様……!』

 

猛るフェンリルを、私は必死になだめる。

今すべきことは、絶対に味方同士で口論することではない。

策があるなら、共有しなければならない。敵の復活までは時間もないはずなのに。

 

「だから、それが愚かだと言っているのです。よく見なさい」

 

スガが刃先で頭部の一点を指し示す。

律動する肉塊の中に、全く動かない部分があることに気付いた。

ちょうど、人間一人分ほどのスペース。まさか、そこに怪物の()()が!

 

「バーサーカー、もう少し近付いてください」

 

彼は無言のまま、怪物の頭部へ向けて空を疾駆する。

彼の脚には、引力を反転させるための魔力障壁がある。

このような空を飛ぶ方法なしに、一体どうやってスガは宙に浮いていられるのだろう。

 

「――ふ。このような女子一人に歴史に名を残した"王"が翻弄されていたとは。

とんだ悲劇もあったものですね。いえ、むしろ喜劇でしょうか?」

 

気味の悪い赤色の肉壁の中に、確かにそれは埋もれていた。

目を閉じたままの緑色の髪の少女が、怪物の断面と融合している。

……深く考えるのは後だ。怪物の再生は既に始まっている。仕留めるなら今しかない。

 

「アサシン、よく見つけてくれました。さあ、その手で王の仇を」

「あら、フリーダ様。汚れ仕事は護衛任せですか?

アサシンのサーヴァントなら、幼子をその手にかけても構わぬと?」

「な……!」

 

何を、何を言いだすのだ。スガは。

その怪物は、正体がどんな姿であっても、仲間を何人も葬った()だ。

今この場で始末しないと、命懸けで手に入れたこの隙間が無駄になる。

 

「なれば、王の仇はフリーダ様が自らの手で討ち果たすべきでしょう。

あんなに楽しそうに英霊兵どもを撃ち殺していたのに、今さら何を迷うのです。

まさかフリーダ様は、子供の姿の英霊にはそれを向けられぬなどと仰いませんよね?

見た目に抵抗があるのなら、私が先に是の顔の肉を削ぎましょうか?」

 

スガが左手の黒鍵を、ランサーの頬に当てる。

少女は意識を奪われているのか、表情に全く変化が無い。

敵だったとしても、去り際に苦しみを与える拷問のような真似はしたくない。

 

「……わかりました。あなたの言うことも理解できます。下がりなさい、アサシン」

 

スガは、今度は大人しく横に引いた。相変わらずふわふわと宙に浮かんでいる。

私は銃身(バレル)を少女の顔に向け、迷い、胸に狙いを定めた。

手が震える。こんなこと今までなかったのに、余計なことを言うから……。

 

『もう良い、退けフリーダ。狂った女の世話はもう懲り懲りだ。

我がやる。そこの女もろとも、我が牙で滅してくれる』

 

無様な姿を見かねたのか、私を乗せたままで宝具の発動待機に入るフェンリル。

スガは何が面白いのか、大声で笑い出した。

……かつて私が彼女に演じてみせたのも、こんな歪な様だったのだろうか。

 

「ふふふ、あはははは!やはり、やはり仲間任せ!復讐者が聞いて呆れますね。

フリーダ様、あなたは荒事には向いておりません。()()()()()()優しすぎる。

よくそれで、城主が務まりました。よくそれで、今まで生き残れました。

……よくそれで、()()などと名乗れたものです。仲間の屍の上に、ただ座しているだけなのに」

 

違う。ちがう。私、わたしは、望んでここにいるわけじゃない……。

 

『女、最後の警告だ。我の宝具の巻き添えを食らいたくなければ離れろ』

「いいえ、離れません。それから白狼よ。残念ながらあなたの某の槍では、

例えこの状態にあるランサーでも殺すことは敵いません」

『……何だと?』

 

意外な内容だったのか、フェンリルの宝具の発動が止まる。

こうしている間にも、胎動は止まらない。周囲の肉は、少女を再び呑み込もうと蠢いている。

このままでは、私たちのいる場所も危うくなる。

 

「まあ、もっと言えば、フリーダ様の銃でも不可能なのですがね。

蓬莱の智慧で主の器を図るなど、慣れないことはするものではありませんでした。

悪いとは思っていますが特に反省はしていません。もう猫を被るのも疲れましたので。

"(くろがね)の窓に陽は陰り。(かそけ)き月に霧が散る"。――では、おさらばです」

 

スガは脇差を、声をかける間も無くランサーに振り下ろす。

吹き出すであろう血の惨劇から顔を背けた先に、

少女が放り投げられて、スガのように宙に浮かんだ。

 

「……え?え?」

 

戸惑う私に、当然のこととばかりにスガは続ける。

 

「――これこの通り。()()は叶いましたが、

核を失った彼の"泥"が見過ごしてくれるとは思えませんね。さて」

 

ランサーと怪物の断面は、完全に融合していると計算したのに。

少女が癒着していた部分だけ、綺麗に肉が削がれていた。

切除って、まさか本当に脇差一本で斬り出して見せたのか。

 

「霊草に与えられし天仙の力もこの時まで。次の核には私が収まりましょう。

我が暴言の数々は、主の銃弾を以て清算してくださいまし。

怪物の無敵の毛皮は獅子ではなく、そこな幼子に由来する力なれば。

もはや私に加護はなく。核に私が収まれば滅ぼせるも道理。さあ、一息にお願い致します。

今度こそ猶予はありませんよ?次は言の葉ではなく、フリーダ様に噛みついてしまいます」

 

穴の開いた部分から巨大な()が飛び出し、スガを捕らえようとしている。

 

「あ、アサシン、一刻も早くその領域から離脱を!一緒に逃げましょ――」

 

スガは大げさに溜め息をついてみせた。

 

「……どこまでも世話の焼ける。これは親愛、これは親愛、"()()()()()()()()"」

 

投擲された黒鍵の一本が、浮かんでいるランサーの足首に刺さる。

ランサーの少女はカッと目を見開いて叫んだ。

 

「痛ッ!あのバカ息子、母の湖になんてモノを……って、あれ?」

 

スガがにこりと微笑んで、腕に掴まれて断面の中に沈んでいった。

 

「そういう……こと……。わかったよ。『ここ』は『湖』。『あんた』は『雫』。

逆行開始。――『子よ、始祖の令に遵え(エンガイ・ンガジェンガ)』」

 

 

 

 

 

無名の暗殺者は、己が主の資質を問い直して退去した。

私はこれを、"青"のサーヴァント六人目の脱落と定義する。




26節から少し書き直すことにしました
続きは気長にお持ちください

中国異聞帯はオールスターでしたね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26節 虚無の螺旋

改稿のため一度取り下げました


機動聖都の庭園。私はここに戻ってきていた。

たくさんいた動物の使い魔たちも、もういない。

残っているのは、レオがこの地で従えたカモメただ一羽だけ。

 

――あれから何があったのか、よく覚えていない。

確かなのは、ヴィクトリア湖の戦いで仲間がほとんど退去したこと。

生き残ったのは、フェンリルと、私と、"白"のランサー。

 

「事情はすべて把握しておる。意識を奪われている間に、彼の地で起こったこともな。

あの子は、闘争を放棄して微睡んでいた(わらわ)を無理やり戦わせるために、

何処の世界にて手に入れたおぞましき"泥"を湖に放り込んだのじゃろう」

 

ベンチの隣に腰かけている、緑色の髪の()()はそう語った。

怪物の中にいた少女。母を名乗る不審者。それがなぜか今は、こんな姿になっている。

 

「む?娘よ、妾の姿が気に入らぬか?ならば……」

 

目の前で、ランサーは見る間に若返っていく。

 

「これでどう?文句ない?」

 

もう、何と言い表せば良いのかもわからない。

時間の逆行か。不老不死の応用か。あるいは私も知らない概念か。

哲学者から言葉を奪うなど、この英霊の存在はあまりに常識から外れすぎている。

 

「正確には、妾は英霊じゃないの。すべてのヒトに、妾の一部が刻まれているだけ。

母は強し、って()()あるでしょ?あるわよね。だから母は無敵。はい、論破」

 

まるで理解できない。どんな理屈だ。何が論破なのか。

 

格言(シュプリヒウォータ)。アフォリズム。医学の祖ヒポクラテスが記した処方箋(アフォリズモイ)に由来する、

現世の真実、常世の真理を短く表した言葉。金言、名言、箴言。訳語はいくらでも思い付く。

 

私はそれらが持つ人間の機微を正確、かつ簡潔に表せる性質に着目した。

著書の中でギリシャの先人たちの言葉を紹介し、自らもまた多くの言葉を残した。

 

「なんだ。ずっと黙ってる割には、ちゃんと考えてるのね。偉い偉い」

 

()()()()。これは私の生前より前に生まれた言葉だ。

ヴィクトル・ユーゴーの歌劇。哀れなる人々(レ・ミゼラブル)

より正確に引用すれば……。()()()()()()()()()()()となるだろうか。

 

この年齢不詳の英霊は、フランス語圏の人物なのか。

だがあの怪物の胴体を"泥"もろとも消し去り、元の平穏な湖に戻した宝具。

それに詠唱の前の、暗示や催眠とは決定的に異なる不可思議な呟き。

どちらもシオンの言っていた通り、土地への大規模干渉――神霊級の魔力量だった。

 

()()()()()()()()()()。そう思わせるだけの雰囲気が、彼女にはあった。

ディオゲネスの言っていた通り、彼女がその気になって敵対すれば私たちなど虫けらも同然だ。

……とてもじゃないが、ユーゴーや私に近い時代の英霊とは思えない。

 

「そんなに母の正体が気になる?気になっちゃう?なら教えてあげよっかなー!」

 

ランサーがころころと笑う。いつの間にか、見た目が少女から幼女に変わっていた。

 

「では娘の疑問に答えましょう。母の真名は……じゃじゃーん!()()()()()()()

先程も言った通り、妾は人類史に名を残した英霊ではないのです。残したのは、情報のみ。

遡ること十七万年八か月前に娘を産んだお陰で、最強の知名度補正を獲得できた()()()()

――そして、後の時代の子供たちは妾のことをこう呼びました。

現存する全人類に超々々々稀な確率で、女系遺伝子が残った母。ラッキー・マザーと」

 

よく喋るな。これがあの獅子の中にいたのか。

喋れるなら、もっと早く喋ってほしかった。

こうして対話が可能なら、不必要な犠牲を出さずに済んだのに。

 

「あれれ、内容はスルー?結構重要なこと言ったつもりだけど。まあ、いっか。

妾のことはそのまま母か、ラッキーを略してルーシーとでもお呼びなさい?」

 

ルーシー。魔性の女ルイーズを連想させる、私にとっては不吉な名だ。

真名の無い英霊なら、クラス名のランサーで良いだろう。

と言うか、そもそもなぜ彼女は槍兵のクラスを宛てがわれたのだろうか……。

 

「さて、勇敢なる子供たちのおかげで母は本来の姿を取り戻しました。

ですが我が愛娘。聖杯大戦の観測者よ。あなたの役割はまだ終わっていません。

バカ息子へのお仕置きタイムが残っています!さあカルナックへ、いざ大聖杯の元へ!」

 

――もういい。ふざけるな。バカバカしい。

私はベンチから立ち上がり、庭園の草むらに寝そべる。

無意味だ。全ては無意味だった。私には何も変えることができなかった。

 

大戦に集った14騎のサーヴァントも、ほとんどが退去した。

あれからフェンリルの姿だけは見ていないが、大戦の勝者は決まったようなものだ。

何を願うのかまでは知らないが、観測すべきことはなくなった。どうでもいい。

 

「……そうはいきません。アトラスの意思によって喚ばれた子。か弱きアヴェンジャー。

私と言う怪物が倒されたことによって、このテクスチャが人類史に及ぼしかねない、

当面の危機は去りましたが、まだあのバカ息子と言う脅威が残っています。

彼はこのままだと集めた"王"の魂で大惨事、いえ、()()()の聖杯大戦を始めかねない。

あなたはこの大戦を終わらせると一度は決めた。ならば、あの子を止めなければならない」

 

親が子供に言い聞かせるように、ランサーは私に話しかけてくる。

あいにくと、その心配なら無用だ。ついに切り損ねたが、私の切り札はまだ残ってる。

もう一人のランサーは()()()()()()()生きている。

――"王"の魂とやらは、7騎揃っていないのだから。

 

「母は無論、知っていますとも。ワラキアの息子のことでしょう。ですが娘よ。()()。甘すぎる。

ローマの娘のことを、ギリシャの息子が"王"と見なさなかったように、

あのバカ息子が自らを"王"と定義する可能性を、あなたは意識的に排除している」

 

だから何だ。それがどうした。不完全な英霊の魂で、不完全な大聖杯を起動して何になる。

あーあ。大戦の観測とは、本当に何だったのだろう?シオン、私はあなたを恨みそうだ。

寝返りを打ってランサーから目を背ける。横になったまま鬱屈とした不満を募らせる。

 

統一言語(ワード・オブ・バベル)を、このような形では使いたくありません。

もう一度言います。起きなさい、娘よ。母からのたっての願いです」

 

統一言語だと?本当に、彼女は私たち人類の祖なのか。そうだ、ここはアフリカ大陸だった。

なるほど、()()()()()()。知名度補正が二重にかかり、なおかつ得体の知れない"泥"。

"王"の倒すべき怪物。バケモノにふさわしい力。それら全てを、彼女は兼ね揃えていたのだな。

 

 

 

 

 

「立て、フリーダ。それでも城を預かった女か。このような所で虚無に墜ちることは余が許さぬ」

 

人類の母の重圧すら跳ね除けた私の身体が、男の気配によって強制的に立たされる。

 

「…………王よ」

 

"青"のランサー、ヴラド三世。呼んでいないのに。私の日記を読んで、戦況は把握していたはず。

結局あなたの力を借りたのは、雷帝の書庫で心が折れかかったときだけだ。

もちろん感謝はしている。

だけど、あなたがいてもいなくても、力の奔流に逆らうことはできない。結果は同じだった……。

 

「克己を説いた賢者が、仲間の献身を無に帰すと言うか。

夢見の忠告では足りぬとは、ほとほと手のかかる女よ。だが仕方あるまい。

民を生かすのが王の役目ならば、民を導くのもまた王の役目であるがゆえに」

 

何と言われようと、折れてしまったものは仕方ないじゃないか。

私はもう戦えない。いや、最初から。私は戦うために呼ばれたんじゃない……。

 

「ほう、悪魔(ドラクル)の前で泣き言とは、面白い。

では、余が真の悪夢をそなたに見せてやろう」

 

ヴラドの目が赤く光る。くっ……ああっ……。魅了(チャーム)か、強制(ギアス)か。

わからない。わからないが、また意識が闇に落ちていく。おのれ、悪魔……め……。

 

 

 

 

 

***

「ねーえ?ちょっとやりすぎなんじゃない?なんだか可哀そうになってきたんだけど……」

 

私の()()()に向かって、ランサーの少女が話しかけている。

ヴラドが私を草むらから抱え上げ、もう一つのベンチに横たえて、毛布をかけた。

私はそれを、空に浮かびながら眺めている。今の状態は、幽体離脱とでも呼称すべきだろうか。

 

「――母上よ、これで良いのです。フリーダは、余が力を貸すに足ると認めた器。

真名を知り、過去と向き合ってなお、己のため、今を生きるヒトのために足掻いている。

少々悲観的に過ぎるきらいはあるものの、この娘は間違いなく英霊だ。

ならば余も同じ英霊として、また黒の陣営の"王"として、その役割を果たすまで」

 

()の陣営……?

それは、前回の聖杯大戦で、"赤"と戦った陣営の名。今回は"白"と"青"だ。

前回も大戦の仕組みが成立していなかったとは言え、なぜ今になって……。

 

「さあ、聖都はこれより大聖杯の安置されているカルナック神殿へと向かう。

フリーダが目覚めるまでの間に、母上。御身も御身のなすべきことの見定めを」

「……そうね。さーて、妾には何ができるかなあー?」

 

二人は私と私の抜け殻を置いて、庭園を出て行く。

束の間に戻った私の意識も、草の海に沈んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27節a 反英雄的考察

――誰かが、ピアノを弾いている。

 

ここは……。

コンサートホールのような場所の座席の最前列に、私は座っていた。

立とうとしたが、動けない。脚が地面に縛り付けられているかのようだ。

 

ああ、そうだった。私は戻ってきたヴラドに叱られて、夢へ……。

これが、彼の言う悪夢の中なのだろうか?

私の席から少し離れた舞台の上で、黒髪の少女がピアノを弾いていた。

 

「あら、先生。お目覚め?」

 

演奏の手を止めないまま、少女は私に声をかけてきた。

見覚えのない横顔だ。

一瞬、妹のエリザかと思ったが、見間違えるはずもなかった。知らない子だ。

 

「あなたは、誰?」

 

私を"先生"と呼んだ少女に、名前を訊ねた。

 

「わたし?わたしは、そうねえ……」

 

少女は私の質問には答えず、ピアノを弾き続けた。

それにしてもこの曲……。聴き覚えがある。

リッヒの書斎で、楽譜を見た。彼がそれを何と評していたのか、だんだんと思い出してきた。

 

「……ええ、そうよ。『真夏の夜の夢(アイン・ゾマーナハツトラウム)』の"序曲"。

フライゲダンクにこき下ろされた、()()()()()()()メンデルスゾーンの代表曲。

ゴーレムおじさんが、あなたの悲劇を演出するには彼の文豪の作品を元にした戯曲が一番だって。

"夏の夜の夢"。今が夏だと思ってる、愚かな先生にぴったりだと思わない?」

 

自由思想(フライゲダンク)

リッヒの、()()()()()()()()()()()が使っていたペンネーム。なぜ、少女はそれを……。

 

「わたしはアンネ。アンネ・フランク。あなたの夢の案内人に選ばれた一人。

ニーツシェ。()()()()殺されたユダヤの民。脆い霊基で鋭い楔を打ち込む者」

 

ち、ちがう……違う!わたしは……私は……!

 

「さあ、最初の場面に移りましょう。第一幕、諧謔曲(スケルツォ)よ」

 

 

 

 

 

舞台の上のスクリーンに映像が映し出される。

映っているのは私と、妹のエリザ。背景は故郷ヴァイマールの我が家。

懐かしくも、恥ずべきものとして封じこめていた日々の記録。

 

夢として再演されるなら、きっとあの日だろう。

私の人生における、最大の過ちの日。

見たくない。見たくないのに。アンネの演奏と共に、映像が流れていく。

 

「私がナポレオンだった頃の話をするわね。

私は大陸軍(グランダルメ)を率いて、エジプトのギザと言う遺跡に行ったの。

遺跡には大きな獅子の像があって、その鼻を大砲でへし折ってやったのよ!」

「まあ、それは凄いですね、お姉様」

 

いつからかはわからない。この頃か、そもそも生まれたときからかもしれない。

とにかく私は、()()()()()。どうしようもなく、狂っていたのだ。

恋人ルイーズにフラれ、親友ワーグナーと訣別し、母が死に、自分の死期も悟った絶望の底。

 

自分をナポレオンやイスカンダル、あるいは覚者の化身だと思っていた。

誰かれ構わず恥ずかしい手紙を送り付けた。怖がった母は私を死ぬ前に精神病院に押し込めた。

唯一の弟子と呼べたガスト君でさえ、私のことを野犬を見るような目で見始めた。

 

当然エリザも、私の状態を良く知っていた。

私がもう長くないことを。私の話に耳を傾ける必要がないことを。

だがエリザは、姉の私から見てもしたたかな女だった。

 

「ところでお姉様。原稿は順調ですか?例のお姉様の新作、そろそろ出したいって出版社の方が」

「本?本なら昔、カエサル(わたし)が書いたガリア戦記の改稿版が……」

「そうそう、ショーペンハウアー先生も早く読みたいとおっしゃっていましたよ」

 

エリザはそう言う人なのだ。私の扱い方を、ずっと昔から妹は心得ていた。

大哲学者ショーペンハウアーが今さら私の本に興味を示すはずはない。

こうして傍観者の立場から見ている今なら、妹の話は嘘だと三秒で看破できる。

 

当時、私の本が全く売れなくても。妹は私の書くものには価値があると理解していた。

そう、理解していたのだ。

私本人をではなく、私の理想の内容をでもなく、私の原稿そのものの資産的価値を。

 

「……力への意志(ヴィル・ゾ・マット)を手直ししたものがあるわ。

私の書斎の机。カギのかかった引き出しの中。カギはペン立ての中」

「ありがとうございます、お姉様。私はしばらく出かけてきますので、ごゆっくり」

 

もう用は無いとばかりにさっさと部屋を出て、私の原稿を手に出かけていくエリザ。

病床の私は窓から眺めているだけだった。愚かだが、賢く、まさに()()()()()を体現した女。

我が最愛の妹よ。エリザベート・ニーチェ。

 

差別主義者フェルスターと結婚し、新ゲルマニアだとか言うくだらない理想郷(じごく)を南米に作った。

経営に失敗し破産した夫は自殺し、日々の生活費や私の治療費に困ったエリザは新たなパトロンを探していた。

そして私の原稿を手に出かけた先で、大金を払うと持ち掛けた支持者を見つけたのだ……。

 

「先生。あなたの犯した間違いとは何でしょうか?」

 

映像と演奏が止まり、アンネが私に話しかけてくる。

 

「私の間違いとは、妹がどう言う人物なのか知っていながら、私の原稿を渡したことです」

 

私は、私の言葉で、ゆっくりと単語を選びながら。

私の罪を述べた。

 

「では、その結果。わたしたちはどうなったでしょうか?」

「それ……は……」

 

口ごもる。知らないわけじゃない。無論、知っている。

私は死んでから、英霊になった。なってしまった。

"座"は時間の概念は無い。その後の世界で、何が起きたかも知っている。

 

「先生が言いたくないなら、わたしが直接お見せしましょう。

第二幕、葬送曲(タラマシュ)。さあ、よくご覧なさい。これが先生の望んだ世界」

 

 

 

 

 

どこかの国の大使館か、領事館だろうか。そこまではわからない。

空襲によって所々が破壊された、石造りの建物が見える。

周囲に集まった大勢の人々が、皆疲れ切った顔をして黙々と列に並んでいた。

 

「リトアニアのカウナスと言う街にあった日本総領事館です。

もちろんこの頃、先生はとっくに死んでいます」

 

場面が建物内部に移った。

列は領事室まで続き、並んだ人々は出国ビザをもらえるのを待っていた。

彼らの多くはユダヤ人だ。一家族につき一枚。それが数千人。

 

ナチスドイツによって占領されたポーランドと、ソビエト連邦に挟まれた東欧の国リトアニア。

この国にも開戦の足音が近づいていた。事態は一刻を争っていたのだ。

迫害を受ける側の彼らにとって、逃げる先の選択肢はそう多くはなかった。

 

「君か!この地獄を作り上げたのは!何てことを、何てことをしてくれたんだ!」

 

映像の中にいた領事が、私の椅子の隣に現れた。

名札にはスギハラ、と書かれている。

私は彼に腕を掴まれ、ホールの座席から立たされた。

 

殴られる、と思った。

それで私の罪が赦されるなら。殴られた方が良いと思った。

だが領事は私から手を放し、静かに語りかけてきた。

 

「君は、自分の行ないを悔いているかな?」

「贖罪の機会を求めるなら、聖杯に願えばいい」

 

別の外交官が続けて私に言った。名札にはメンデス、と書かれている。

無理だ。大聖杯の力でも、過去の改ざんはできない。

霊子記録固定帯は過ぎ去った。私では、彼らを助けられない。

 

「聖杯に頼らず自力での救済を願うなら、武器を取れ。()()()()それが叶う」

 

さらに別の外交官が私に言った。名札には(ホー)と書かれている。

私の近くにいるのは、彼ら三人だけじゃなかった。

何十人もの人が、私の近くに集まり、ホールの上を指差した。

 

総統、ゲッベルス、ヒムラー。名前も知らないナチの高官たちが十人ほど。それと――

 

「さあ、お姉様。今度こそ、私を殺してください。

お姉様、いえ、アヴェンジャー。あなたの復讐は、それで終わります。

お姉様の復讐(アヴェンジ)は、自らの罪業の清算。なれば鉄の裁きを。()()()()()を!」

 

外交官の一人から、私に拳銃が渡される。宝具の銃身(バレル)じゃない。

ディオゲネスの問答で渡されたのと同じ、ドイツの回転式拳銃。

これで、私は殺せばいいのか。ナチの高官だけでなく、愛する妹を。

殺せば、私は赦されるのか。それで私の旅は、終わるのか。

 

「ああ、あああ、ああああーーー!」

 

私は声にならない叫び声を上げて、舞台へ向けて発砲した。

今度は空砲じゃない。一人、また一人と高官たちは倒れて、消えた。

返り血を浴びる距離じゃないのに、私の手は赤黒く汚れ、自らの身体にも穴が空いたようだった。

 

「あらあ、フリーダ。まだ獲物が残ってるじゃない。

さあ、最後の一人を復讐(ころ)しなさい。あなたの愚かな妹を。

それとも、いつもみたいに。私がムチで命令してあげないとダメかしら?」

 

蠱惑的な声に振り返る。外交官たちはいなくなっていて、代わりに二人の女性がいた。

 

私をフった愛しの(ヒト)

私を理解したフリが最も上手かった女。

私と同じ作家とは思えない悪魔のような女。ルイーズ……。

 

フリーダ(フリッツ)。あなたは間違えた。あなたは自害するか、銃を捨てるべきだった。

なぜ中途半端に復讐(ころ)したの?どうしてあなたの妹は殺せないの?

彼女を殺さなければ、歴史の結末は変わらないのに。どうしてあなたはいつも()()()の?」

 

ワーグナーの妻、コージマが畳みかける。

親友の妻なのに、私を生涯に渡って悩ませ追い詰めた女。

……いや。なのに、じゃなくて、()()()、かもしれない。

 

三人の女の、殺せと言う声がホールに響いた。

 

私は書庫での問答と同じように、銃を自らのこめかみに押し当てる。

もう啄木の詩集はない。空砲じゃないのはさっき確かめた。これで私は夢から覚める。

もしかしたら本当に死ねるかもしれない。それでもいい。私のすべきことは終わってるんだから。

 

躊躇いなく、引き金を引いた。

ポン、と言う音がして、顔に柔らかいものが当たって落ちた。

足元に目を遣って、驚きに震えた。()()()()()だ。なんで、なんで……!

 

「――がっかり。ニーツシェ。あなたはまだ、自分のことを嫌いになれない。

なぜならその銃は、あなたの愛する人は殺せないから。傷付けることさえできないみたい。

それが英霊ニーチェの能力か、あなたに力を与えた人物によるものかはわからないけど。

でもね、先生。銃は本来、ただの武器。何かを効率よく殺し傷つけるためのもの。

どうやら先生を真に追い詰めるには、まだ一手足りないみたいだから。

次はわたしたちが死んだ場所を見てもらう。第三幕、夜想曲(ノクターン)

 

よく観察したら、アンネはピアノを弾いていなかった。

ただピアノの前に座って、話しかけているだけだ。

もっともそんなことは、映し出された地獄の前には、些細な違和感に過ぎなかった。




間が空きましたが、目途がついたので年末までには完結させたいですね

次話投稿予定:24日6時


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。