蒼い月は銃声を奏でる (まどろみ)
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1話

思いつきと謎テンションのまま書いた。


リン……と鈴のような音に気づいて、ゆっくりと閉じていた瞼を開けた。

椅子に腰掛けて本を読んでいる内に眠ってしまったのか、膝の上に開きっぱなしになった本のページが窓から入る風でパラパラと揺れていた。

窓から見える外は真っ暗で、電気をつけていないこの部屋じゃ月の光だけが頼りになっていて、長いこと眠っていたのだと気づかされたまま、月を見上げる。

そのまま眺めていると、再びリン……と音が鳴る。

寝ぼけたままの頭で何の音だろうと必死に脳内をフル回転させて、思い出したかのように私は肩にかけた黒いポシェットから音の正体であるスマホを取り出した。

電話の着信を知らせるように、電話のアイコンと共に相手の名前が画面一杯に映る。

 

「出た方が、いいのかな……?」

 

このまま無視を決め込みたいけれど、次に会った時に文句と一緒に銃弾が飛んできそうだ。

それだけは勘弁してほしいので通話ボタンを押して「もしもし…?」と呟くと、向こうから舌打ちが飛んできた。

 

『…おい、何回かけたと思ってる』

 

「………ごめんなさい。寝てたから、気づかなかった」

 

声だけでも凄く苛立っているのが分かる。

そんなに電話かけてきたのか…と思いながら、後で確認だけしておこうと頭の片隅に留めておく。

 

『チッ…ガキが』

 

通話相手を宥めているのか『落ち着いてください、アニキ』という小さな声も聞こえる。

それだけで、あの2人は今日も一緒に行動しているって事が分かる。

 

「…それで要件は何?私、時差ボケのせいでしんどいから…できれば仕事はしたくない」

 

『フン…。安心しろ、ベルトットが五月蠅かったからそっちには回さねぇよ』

 

仕事が回さないと言われた事に内心で安心しながらも、表情などには出さずに何も言わずに続きを待った。

 

『お前の事だ……世界を飛び回って仕事しながら、どうせ調べているんだろ?組織を裏切ったシェリーの居場所をな…』

 

まるで私ならそれぐらい当然とばかりの言い方に、僅かながら思うところはあるけれどそれには触れず「うん」と答えた。

 

「でも、隠れている場所までは知らない。それに……………」

 

一度言葉を止めてから、私は目を伏せて告げた。

 

「シェリーは私のものにしたいから」

 

電話の向こうからは沈黙が流れているだけで、相手がどんな事を考えているのかは分からない。

怒っていないことを祈りながら、反応を待つ。

でも、私が自分の物にしたい=相手を殺すというのはあっちも知ってるし…怒る事はないと思いたい。

 

『始末できるなら、何も言うことはないが……あいつを殺そうとしているのはお前だけじゃないと覚えておくんだな』

 

「………その時はジンに八つ当たりする」

 

誰が先に見つけて殺すかの勝負みたいになってる事に、むすっとしながら小声で呟くと、聞こえていたのか『その時は、ベルトットにでもしてろ』と標的を変えるように言われてしまった。

……その時が来たら、考える事にする。

 

「もう切っていい……?明日、朝早くから街を歩いて回る予定だから」

 

『勝手にしろ。ブルームーン』

 

それを最後にこっちが終了ボタンを押す前に、ブチッと通話が切られた。

通話終了の画面を見ながら、私は一息ついてからスマホの電源を落として何もない天井を見上げた。

 

ちゃんと私らしく話す事はできただろうか…そんな疑問が頭に浮かぶ。

 

「なんで、今になって思い出したんだろう…」

 

前世を思い出してここがコナン世界だと気づいた瞬間、ジンから電話がかかってくるなんて、タイミング悪すぎて変な事言わないかずっとドキドキしてた。

しかも、転生した姿が殺戮の天使というフリホラに登場するレイチェル・ガードナーで、黒の組織の一員でありコードネーム持ちって…10代前半の幼女に何させてるの組織の人達。

 

 

×××××

 

 

ブルームーンというのはジンをベースとしたカクテルで、ドライ・ジン、レモンジュース、クレーム・イヴェットからできる。

見た目がレイチェルなせいで、お酒関係なくそういうコードネームをつけられたんじゃないかって考えた事があったけれど、調べてみればそんな事なかった。

 

ただの偶然だった。疑ってごめんなさい。

 

そんなコードネーム持ちな私だけれど、他のコードネームを持った人の事は前世を思い出すまでは、ジンとウォッカとベルモットとシェリーぐらいしか顔を合わせた事がなかったから知らなかったし、名前聞いた事あるなって程度ではキャンティとコルン、ラムだけ。

スコッチやらライとかバーボンとかキールとか……ピスコ、アイリッシュ、キュラソーなんかは前世知識で知ってるだけ。

私の組織内での交流関係少なすぎる。

 

「……あっちの道を真っ直ぐ歩いていけばベルモットのお気に入りがいる毛利探偵事務所があって、こっちにいけば……」

 

地図アプリを見ながら米花町の探索をしながら、ふと頭に疑問が浮かぶ。

 

……今、原作でいうどの辺りなんだろう。

 

海外にいる事が多かったせいか、日本で起きた事なんて何も知らないし……誰も教えてくれなかった。

お菓子でも食べながら考えようと思って、近くのコンビニに入ってみると、なぜか銃を突きつけられた上に逃げられないように拘束された。

 

「金を出せ!でないと、このガキを撃つぞ!!」

 

どうしよう……犯罪組織のコードネーム持ちがコンビニ強盗に人質にされた。

字ずらだけみたら、意味が分からなくなる。

 

米花町が日本のヨハネスブルグっていうこと忘れてた…って思いながら、ずっと銃を突きつける覆面を被った強盗を見上げるも、私を見てはいない。

ならばと思って、何か打開する方法がないかと周りを見渡してみる。

レジにいる若い店員さんが私を心配していのか、焦った様子で強盗の用意した鞄に売上金を入れていくが、震えているせいか時々落としている。

ならば居合わせた客は…と思って商品棚に隠れている人影に目を向けているとサッカーボールが飛んできて、強盗の顔面にヒットした。

ポロリと強盗から落ちた拳銃と、その場で伸びた強盗を呆然と見ながら駆け寄ってくる足音に耳を傾ける。

 

「お姉さん、大丈夫だった!?」

 

駆け寄ってきたのは小学生の少年。

前世で死神なんて一部で言われてた見た目は子供、頭脳は大人な……私にとってのラスボスの工藤新一こと江戸川コナンだった。

 

………………今すぐ帰りたい。

 

 



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2話

何このスピード解決、早すぎじゃないかな……。

 

ぼんやりとそんな事を考えながら、私は立ち尽くしていた。

あの後、すぐに警察が来て強盗を連行して行き残された私やコンビニに偶然居合わせた人は事情徴収を受け、今やっと解放された所だった。

外に出歩いただけで事件に巻き込まれるなんて、こんなの死んだ目する日も近い……って、私はそもそも死んだような目をしているんだった。

 

そのままコンビニで何かを買う気分にもなれず、この後どうしようとぼーっとしていた。

気づいたらサッカーボールで強盗をノックアウトさせた小学生もいないし、目をつけられなかった事にとりあえず一安心。

ジン達みたいに真っ黒ファッションだったら、絶対に目をつけられていただろうし、何よりシェリー…灰原哀が江戸川コナンの近くにいなかったというのもあるかもしれない。

もしかして、まだシェリーが組織を抜けてそんなに時間経ってないのかな?

 

「……とりあえず、私も帰ろう」

 

変に外を彷徨かない方がいいのかもしれない。

家に帰って大人しく縫いぐるみを作ったり、銃の手入れをしよう。

うん、そうしよう。

でもその前に、やらないといけない事がある。

 

安売りスーパーにでも行って食材買わないと…帰っても空腹で過ごすことになる。

 

現在、自宅の冷蔵庫は空っぽ。

お昼は…事件が起きそうにない店を選ぶとして、晩ご飯は家で作るにしても、食材がないと意味がない。

帰る前に近くのスーパーで食材は確保するとして、問題はお昼ご飯をどこで済ませるか。

本当はお昼も家で食べるのが理想だけど、そしたら買い物の量が多くなるし、ジンの車を仕事する時みたいにタクシー代わりに使う事もできないし……。

とりあえず、シェリーが組織から逃げてそんなに時間が経ってないと仮定して、事件とかが起こりにくい飲食店………うーん…。

 

 

×××××

 

 

「いらっしゃいませー」という店員の声を聞きながら、店の奥の方の席に行き、できるだけ顔を見られないように入り口に背中を向ける形で座る。

コトンと置かれたお冷やのグラスに手をつけながら、メニュー表で顔を半分程隠すようにしながら何を食べようかと思考する。

店員の女性は私が注文を決めるのを待っているのか、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべていたが、別の席から「梓ちゃーん。食後のコーヒーを持ってきてー」と声が上がると「はーい!」と返事しながら私から離れて行った。

あれこれと悩んだ挙げ句、私が比較的安全だろうと思って来たのは毛利探偵事務所の真下である喫茶ポアロだった。

ここで事件が起きる事なんて滅多になかったはずだし、今ならバーボンもいないはず………というか見当たらないから、きっと大丈夫。

 

メニューに並ぶ料理から何を食べるか決めると、視界の隅にこの店のエプロンがチラついた。

店員の梓さんが戻ってきたのだろうと思って「あの、注文を……」と顔を上げて、私は自分の考えが甘かったのだと思い知らされた。

 

……私の目の前に、ポアロのエプロンを付けた安室透と名乗っているバーボンの姿があった。

なんとなく、私の表情が更に死んだ気がする。

実際になっていたのか「僕の顔に何か?」と問いかけられたので、フルフルと首を振って否定してメニュー表の写真を指差しながら「………カラスミパスタをお願いします」と注文して視線をテーブルに落として、水で喉を潤す。

 

私の大ざっぱな推測は外れてた…これじゃ探偵になんてなれない。

そもそもなる気なんて、なかったけれど。

 

でも、さっきまで居なかったのに短時間の間にどうやって………もしかして従業員しか入れない部屋にいたのかも。

確かにメニュー表にオススメ商品はハムサンドってあったけれど、勝手にバーボンが来る前からあるやつって思ってたし…。

どうしよう……今まで会わなかったコードネーム持ちに会うとは思わなかったから、どうしたらいいのか分からない。

でもお互い一応今日初めて顔を合わせた者同士だし、私が変に慌てる必要ないんじゃ……?

知らない人、何の関係もありませんのフリしなきゃ。

 

内心でモヤモヤと考えている内に料理ができていたのか「お待たせしました。カラスミパスタです」と目の前にコトンとパスタのお皿が置かれる。

食欲を誘われる匂いにつられるまま、フォークを手に取り黙々と食べていく。

その間、ずっと視線を感じるので恐る恐る視線の先を見てみるとバーボンがずっと私を見ていた。

 

「なに……??」

 

「いえ、気にしないでください。……ただ、本当にあなたが日本に来ていたのだと分かって、驚いているだけですから」

 

すっと細められたバーボンの目には、何の表情も宿さずにパスタを食べる手を止めた私の姿が映る。

おかしい……会った事なんてないはずなのに、どうして彼は私が組織の人間なんだと分かっているような事を口にしているんだろう。

もしかしたら、私がボロを出す為のフェイクという可能性もある。

ならばと私は首を傾げた。

 

「私、あなたの事知らない…。でも、知り合いだったらごめんなさい。私はあなたの事を何も覚えてない……」

 

「いえ、知らなくて当然だと思いますよ。僕が一方的に知っているだけですから」

 

笑っているのに、目は笑っていない。

そんなバーボンを見て、私は思いついたかのように「あっ……」と声を上げてスマホを片手にバーボンを見上げた。

 

「店員さん、もしかしてロリコンかストーカーなの……?」

 

そんな事を言われると思わなかったのか「えっ?」と間抜けな声を出したバーボンを無視して、私はスマホを握りしめた。

バレないように画面を操作していると「変な誤解しないでください」なんて言って、バーボンは子供の戯れ言と聞き流そうと笑顔を貼り付けていたけれど……今あなたの持っているトレイから聞こえてはいけない音がしたよ。

 

「分かっててシラを切ろうとしても無駄ですよ……」

 

そのまま声には出さずバーボンに口パクで『ブルームーン』とコードネームを出され少しばかり動揺する。

会ったばかりの組織の探り屋を甘く見てた事に反省しながら、やっと見つけたベルモットの電話番号をタップしてスマホを耳に当てる。

しばらくコール音が続き、遅れてから『どうかしたの?』とどこか楽しげなベルモットの声が聞こえた。

 

「……ブルームーンカクテルの写真、バーボンウイスキーの前に置いた?」

 

遠回しに『私の写真をバーボンに見せた?』と聞いてみると、『あら、可愛い娘を自慢しちゃ駄目なの?』とからかいながらも肯定しているような返答が返ってきた。

 

「……………………そう」

 

ベルモットのせいでもあったのかと思いながら通話を切って、残りのパスタを黙々と口に入れている間もバーボンの視線を感じたけれど、女性客に呼ばれるとその視線も消える。

今日は朝から良くないことばかり起こっているなと思いながら、最後の一口を食べると、伝票を持ってレジに真っ直ぐ早歩きで行く。

今なら女性店員の梓さんの方がレジに近いし、バーボンは客に捕まってるし……いける。

 

なんて思ってたのに、バーボンが従業員らしくすぐにレジに来るから、執念みたいなのを感じた。

正直、怖い。

 

私を探ろうとしても子供だから無駄だと思うよと教えてあげたい反面、子供だから何か情報が掴みやすいと思っているかもしれない…って考えてしまうと、大人って大変だな……って考えてしまったせいか、一瞬だけバーボンに哀れみの視線を向けてしまったので、慌てて目を伏せた。

けど、バッチリ見られていたのか「失礼な事考えてません?」と声がしたので「いいえ……」と形だけ否定しておいた。

本当は凄く考えてる…なんて言えば、ゴリラよろしく林檎のように私の頭を潰しにくるかもしれない。

……流石に、人前ではやらないと思うけれど。

 

代金を渡してお釣りを受け取ると、用はないとばかりに扉に向かうと去り際に「また来てくださいね」と声をかけられて、振り向く。

客がいる手前、営業スマイルを浮かべているけれどその奥で絶対に『もう来ないでください』と言ってそうなバーボンに「ばいばい」と手を軽く振りながら、今度は彼がいない時にハムサンドを食べに来ようと決めた。

 

 

 

 

スーパーで買った今日の晩御飯の食材と朝食のパンの入ったレジ袋を片手で持ちながら家の鍵を開けて玄関に入った瞬間、帰ってきたという安心感からか靴を脱いだ後にその場に座り込んで瞳を閉じた。

 

どうして今日1日だけで、小さな名探偵とトリプルフェイスの人に会わなきゃいけないんだろう。

私は何か神様を怒らせるような事をやって…………た。

犯罪組織の人間だから、悪い事いっぱいしてた。

だからって、このエンカウト率は酷いと思う。

………バーボンに至っては、私のせいでもあるけれど。

 

フラフラとした足取りでリビングまで荷物を持ってくると、朝出かける時にテーブルに置きっぱなしにしていた裁縫道具が視界に入った。

乱雑に散らばった布も床に放置したままで、今となっては何を作る準備をしていたのか思い出せない。

服だった気もするし、縫いぐるみだった気もするし…ただの刺繍だった気もする。

 

……とりあえず、思い出すまで適当に何か作ろう。



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3話

暗い夜道を、1人の男が息を切らせながら走っていた。

時々後ろを振り返り、怯えたような目をしながらも足を止める事はしない。

まるで強い猛獣から逃げる仔羊みたいだと思いながら、再び男が後ろを確認したタイミングで私は身を潜めていた建物の影から、走る男の進行先を拒むように前に出た。

 

「………こ、子供??」

 

私に気づくと、予想していなかったであろう光景に男が止めてはいけない足を止めた。

今にも消えそうな街灯の明かりでは、私が手に持っているものまでは見えなかったのだろう。

ゆっくりと腕を上げて、私は男に銃を構えた。

雲の隙間から顔を出した月光が銃を鈍く反射させると同時に、男の顔から表情が消えた。

前方には銃を構えた私、後方からはたくさんの足音。

彼に逃げ場はなくなっていた。

 

怖い思いをしてしまうぐらいならば、感じる暇もないぐらい楽にしてあげよう。

撃鉄を起こして指を引き金に。

私の目の前にいるのは、天使でも生贄でも人ですらない………人形。

 

「大丈夫………私が後で、ちゃんと直してあげるから」

 

私のそんな言葉は、もう壊れた人形の耳には聞こえていなかった。

 

 

 

×××××

 

 

何か夢を見ていた気がしたけれど、目覚めると同時に忘れてしまっていた。

思い出そうと必死になるだけ無駄……とばかり朝食のパンをかじりながら、テレビで流れるニュースを眺める。

読み上げられる殆どの事件は米花町で起きたものばかり。

家の中に居ても、決して安全とはいえないのが米花クオリティー。

米花の住人のメンタルはオリハルコンか何かでできてる…と思う。

探偵達とエンカウントしてしまってから、だいたい………何日か何週間か経った気がするけれど、私の中で時間経過の概念がだいぶ怪しくなってきている。

あれ…………私、いつからここに居たっけ。

 

モヤモヤしている間にもニュースは次から次へと事件を上げていき、最後にはイベントの予告などをしていた。

……ちょっとだけ、聞いた事あるやつを見つけて思わず紅茶でむせ込んだりしたけれど。

でも、そっか…………。

 

「ベルツリー急行………」

 

思っていたより早かったなと思いながら、無意識に部屋の予約をしてしまった自分に絶句した。

えっと………予約してしまったのは仕方がないし、これも組織としての仕事なんだし、多分大丈夫。

現段階では年頃の子供らしく娯楽を楽しむようにしか見えないけれど、後からちゃんと目的あるやつになるから大丈夫なはず。

……だから、ジンから舌打ちなんて飛んでこない。

今脳裏に浮かんだ舌打ちのイメージは、列車に乗れない事に対して舌打ちして悔しがっているジンだから。

私が怒られる理由はないから。

あんな取引相手の行動を確認するために、ウォッカと仲良くジェットコースターに乗って遊んでたポエマーが怒ったって怖くなんて……………ないから。

 

外から聞こえる賑やかな声に脳裏で浮かぶものを打ち払いながら、食べ終えた朝食の食器を流し台へ片付けていく。

今日は特に予定もなかったはずだし、作りかけのぬいぐるみを仕上げよう。

テレビや外から聞こえる声をBGMにして、裁縫針に糸を通す。

布に一針入れてチクチク腕を繰り返し動かしながら、一つずつ前もって作っていた布のパーツを合わせていく。

フリルやレースといったものを足せば、一気に華やかに…それでいて愛らしさが出てくるけれど、それを求めるのは今作っているぬいぐるみのモチーフとなる人物には合いそうにないし、シンプルな物になってしまう。

それでもぬいぐるみ用ボタン目玉を見ていると、もう少し……という欲が出てくる。

それらの思いを封じて、玉止めした後にも何度か針を進めてから糸を切った。

 

溢れそうなほど入った綿でできたボディは、クッションにも負けない弾力。

仕上げとばかりに残った布と我慢できずに使ったレースを組み合わせて作った帽子とジャケットを着せて……。

 

「…できた」

 

誰がどう見ても、完璧なゴリラのぬいぐるみだ。

付け足したジャケットや帽子のレースもいい具合になって、シンプルでありながら可愛い。

ベルモットは前の事があって連絡しなくなったけれど、これを機にまた私から連絡してもいいかもしれない。

 

「そうだ………名前、つけてあげないと」

 

どんな名前がいいだろう。

やっぱり、元となった人の名前とかをつけるべき…?

 

「ゴリラの……ゴリラのとー君?」

 

なんかしっくりこない。

 

「ゴリラのれー君……ゴリラのアムロレイ………ゴリラのゼロ??」

 

せっかくなんだから、もっと可愛い名前をつけてあげたい…。

言葉遊び…なんか可愛い名前…。

うーん…と唸って何かないかなと考えいると、既に番組が変わっていたテレビに映ったマスコットキャラクターが目に入った。

その瞬間、脳裏に雷のように電流が走った感覚が来て目を見開いた。

可愛い名前…これしか、ない!

 

「ゴリラのボンボン…………!」

 

どこかで誰かが叫んだような気がして首を傾げたけれど、気のせいかと思いながら早速ベルモットにメールでゴリラのボンボンを紹介してあげた。

 

それにしても、外がだいぶ騒がしい。

立ち上がって窓から様子を窺うと、車の接触事故がすぐ目の前の道路で起きていた。

よく見れば歩道の方にも被害が出てるし、さっきの気のせいだと思っていた叫び声はこれのやつだと思う。

 

「…………ベルツリーの件が終わったら、すぐに米花から出よう」

 

元々、海外で諜報や暗殺なんて事をしていたんだし…いいよね?

早くベルツリー急行に乗る日にならないかな。

そろそろ物資補充の昼間の外出で誰かとまた会う予感が…………そんなの嫌だな。

できれば、私とは無関係な方向で探偵の日常が進んでくれないかな。

組織の人間と知られてストーキングされたくない。

ロリコンストーキングは赤い人とかジンとか、自称僕の瞳はアレキサンドライトの人だけで充分だから…。

 



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