とある科学の力学支配(オーバーフロー) (甘党もどき)
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序章 Overflow_One-year-ago
序章-1


『学園都市』。

 

総面積は東京都の3分の1を占め、総人口230万人、その8割を学生が占め、東京西部に位置する巨大な教育機関であると同時に、学生を中心として『超能力』の開発を行う最先端科学の研究機関。

 

また、情報の漏洩を防ぐため周囲を壁で囲み、交通の遮断及び衛星による監視が行われている箱庭の様な街の中にある高級和菓子屋のショーウィンドウの前で学園都市に8人しか居ない超能力者(レベル5)の第8位、霧嶺冬璃(きりみねとうり)は――

 

「………たい焼き、それともどら焼きにするか?」

 

甘味(好物)の狭間で迷っていた。

 

 

 

 

4月、寒さが和らぎ過ごしやすい気温になってきた学園都市。

先程の店でたい焼きを10個程買い込んだ霧嶺は公園のベンチで既にたい焼きを半分ほど食べていた。

 

「んまい…」

 

そんな彼の貴重なリラックスタイムも直ぐに終わることになる。

遮ったのは携帯の着信音。

突然鳴ったそれにも、彼はまるで分かっていたかのような動きで携帯を耳に当てる。

 

「……」

 

彼は喋らない。というより喋れない。何せ電話に出たにも関わらず先程と同じようにたい焼きを食べ続けているのだから。

 

『……』

 

電話の相手も喋らない。いや、電話に出たのが本当に目的の人物かどうかが分からないために喋り出せない。

数十秒ほどの沈黙を破ったのは、たい焼きを1個食べ終えた霧嶺だった。

 

「んだよ、電話してきたなら何か話しやがれ」

 

『は、はぁぁぁーー!?そっちが何も言わないからでしょうが!!違う奴が出てたらどうしろってのよ!!』

 

聞こえてきたのは女。霧嶺自身相手がどんな人物かは知らないものの聞きなれた声である、だいぶキレているようだ。

 

「知るか、たい焼き食ってんだ、察しろ」

 

『なっ…ふざけてんの!?せめて何か言いなさいよね!!』

 

「で、何の用だ」

 

キレる相手も無視して、勝手に話を進めようとする霧嶺。しかし、相手もそこまで突っかかるような時間の無駄になる事はしない。

 

『仕事よ』

 

「内容は?」

 

『第七学区にある先端磁気研究所の地下にあるデータベースの破壊。今日はセキュリティシステムのメンテナンスが午後8時40分から午後9時00までの20分間で片付けて』

 

「ふぅん……研究所、ねぇ……一体何の研究をしてたのやら」

 

『私も詳しくは聞かされてないけど裏で色々と研究してたらしいわ』

 

「んな事は言われなくても分かる。研究所なんて何処も裏ばっかりだからな…んで気になる点としては時間の短さの方だがな」

 

『仕方ないでしょ、向こうがセキュリティ突破に掛ける時間は無いって言うもんだからさ。あ、後何としてでもデータベースは破壊すること、そして速やかに離脱すること、20分以内にね』

 

「そりゃつまり、交戦する可能性が大きいって事だろうが……ま、グチグチ言っても仕方ねぇか」

 

『問題ないわね?報酬はいつも通り振り込んどくから』

 

「へーへー、ごくろーさんでした」

 

電話が切れると同時、彼はいつ食べきったのか先程までたい焼きが沢山入っていた紙袋を近くにあった清掃ロボットに向けて投げ、第七学区へと向かった。

 

途中でさっきの和菓子屋に寄ってから。

 

 

 

 

「時間通り…か」

第七学区、先端磁気研究所前で霧嶺は携帯で時間を確認する。

現在時刻は午後8時38分。セキュリティシステムのメンテナンスまで残り2分と言ったところ。

 

(さて、警備室は3階だったな…で1階入口を入ってすぐの所に地下用のエレベーターがある…セキュリティシステムのダウンに合わせて止まるみてぇだが、まあ関係ねぇな)

 

と思考している間に残り時間は1分を切っていた

 

(んじゃとっとと仕事終わらせますかね)

 

手っ取り早く済ませたい為、時間になると同時に中へ入れるよう入口の目の前まで進む。

 

残り10秒…9…8…7…6…5…

 

(鬼が出るか蛇が出るか……)

 

 

4…3…2…1…

 

…0

 

バコン!という音と共に入口の扉を破壊して中に入る。

そして入口付近に設置されたエレベーターの前に立つ。

しかし、セキュリティシステムのメンテナンスと同時に施設内のほとんどが機能を停止しているため本来は動かないが、

 

(さて、と……)

 

彼が手を触れた瞬間にエレベーターのドアが開き、彼は当然の様に乗り込む。目指すは一つ下の階、とはいえエレベーターは動いたが機能が戻ったわけでは無いのでボタンは押さず再びエレベーターに手を触れる。

するとエレベーターは降下して地下一階に楽々と辿り着く。

 

「ここからが本番だな」

 

不敵な笑みを浮かべて中から出ていく。目標であるデータベースは同じ階の最奥。

 

少し歩いてから、彼はふとある物に気づいた。

 

「………人形?」

 

そう、人形である。

間違いなく、いる(・・)。恐らくこの研究所から依頼された暗部組織の人間。自分達の研究がどんな物かを理解し、セキュリティシステムが切れてしまうタイミングで狙われるのを恐れたのだろう。

 

「にしても……」

 

こうもあからさまに置いてあると逆に警戒心が削がれてしまう。

もしかしたらこの人形に注意を引きつけるための罠かもしれないが。

 

「まぁ、んなモン関係――」

 

ねぇ、と言おうとした瞬間、視界の外から火花が入り込んできた。厳密に言えば人形に向かって。嫌な予感がしたがもう遅い、火花が人形を貫通し――

 

人形が爆発した。

 

 

 

 

「研究所の防衛だぁ?」

 

麦野沈利はワゴン車の中で不満そうな声を上げた。半袖コートを着てストッキングに隠されたスラリとした脚を組みながら顔までも不満さを物語っている。

 

「何から守れってのよ」

 

『さあね、ただ研究所のセキュリティシステムのメンテナンス中は丸腰だから守って欲しいってだけだそうよ』

 

「つまり来るかも分からない侵入者(インベーダー)何かのために駆り出されるって事かよ」

 

「それって超必要なんですか?」

 

そこにふわふわニットのワンピースを着た12歳くらいの小柄な少女、絹旗最愛が混ざる。

 

「結局そんな意味があるかも分からない防衛の為に動くとか、全くやる気が出ないって訳よ」

 

そう口を挟んだのは、この中で唯一の金髪碧眼で美脚が自慢(自称)の外国人美少女、フレンダ。

とまあ、ここまで愚痴を言われると流石の電話相手も我慢出来ないわけで、

 

『あーーもう!本当いっつもいっつもケチばっかり付けて来て!そんな仕事を持ち出されるこっちの身にもなりなさいよ!』

 

キレた。日頃のストレスその他諸々のせいで溜まっていたイライラが爆発した。

 

『いいから!とっとと仕事しなさい!報酬も悪くないんだから、しっかりやること!』

 

と言いながら電話相手の女が一方的に切った。

そしてその行為に我慢出来ない人物が1人。

 

「あの女、私らを何だと思ってやがんだ!あぁ!?」

 

麦野である。実は今日、彼女の立ち寄った全てのコンビニ、スーパーで好物のシャケ弁だけが何故か綺麗に売り切れていたが故に彼女も相当イライラしていたらしい。

 

「大丈夫だよ、むぎの。私はそんなむぎのを応援してる」

 

と、横から声を掛けた脱力系の少女、滝壺理后。ピンクのジャージに身を包み椅子に手足をだらんと投げ出し顔だけを動かしながら。

そこでフレンダが唐突に、

 

「あっ、じゃあじゃあ!先にターゲットを撃破したらギャラの半分っていうはどう?」

 

「それは構いませんが、そもそも超来るかも分からないターゲットを狙うんですか?」

 

「う…そ、それはまあ何とかなるって訳よ。結局、ターゲットが来たらの話だし」

 

「そこは好きにしなさい。ま、あんたじゃドジ踏んで泣きながら帰ってくるのが目に見えてるけど」

 

「ひどいよ麦野ー…」

 

よよよ、と隣の麦野に涙目で抱きつこうとするフレンダを、その顔面を押さえて阻止する麦野。

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんなふれんだを応援してる」

 

滝壺は相変わらずであった。

 

 

 

 

フレンダは歓喜していた。

 

(やったやった!これも結局日頃の行いって訳よ!)

 

撃破ボーナスに心を踊らせながらも一応は死体の確認も抜かりなく行っておこうと爆発した人形の置き場に再度目をやると、

 

「確かに考えてみりゃ当然の事だよなぁ……ここを防衛する為に呼ばれてんなら当然俺なんかより先に施設に入ってるはず。ったく何でそんな簡単な事を忘れちまうかね」

 

ターゲットである霧嶺冬璃(侵入者)無傷(・・)で突っ立っていた。

 

「あれ……?」

 

フレンダは自分の目を疑ってしまった。何せ死んだはずの、否、死んでいなければならないはずのターゲットが生きているのだから。しかも無傷で。人形に仕込んだ爆弾が目の前で爆発したにも関わらず。

 

すかさず彼女は予め施設内に張り巡らせておいた導火線をツールで点火する。そして先程と同じように導火線の上に置いた人形(爆弾)を再度貫く。

 

刹那、連続で爆発が起き――

 

「はぁ、ったく随分と派手に演出してくれるじゃねぇか。テンション上がっちまうぜ」

 

煙の中から霧嶺がまたもや無傷で歩いて出てきていた。

 

(嘘っ!?)

 

「…そこか」

 

(バレた!?何で!?)

 

別にフレンダが大きな音を発生させた訳では無い。ましてや彼女はツールで点火したあと即座に別の機材の後ろに移っていたためツールの元を辿られた訳でもない。

 

しかし霧嶺は迷いなく、自分を狙ってきた相手(フレンダ)に近づく。

 

「楽しませてくれんだろうなぁ?」

 

 

 

 

フレンダは焦っていた。それはもう今までで1番と言ってもいいほどに。

何せ自分の持つあらゆる爆弾を以てしても撃破対象が全くの無傷なのだから。

 

(な、なななな何なのアイツ!?どうして無傷な訳!?)

 

普段の仕事なら今使った爆弾の半分にも満たない数で終わっているのだから焦るのも無理はない。

通常の爆弾はもちろん効かず。リモコン式の時間差爆発でも無傷。死角であろう場所から飛ばした小型ミサイルも効果なし。陶器爆弾に至っては、破片が体に当たる直前で止まりフレンダのいる方向へ飛ばされる始末。

 

(ていうか結局、どんな能力な訳?)

 

彼女が焦っているもう1つの理由と言えば相手の能力が分からないこと。

爆弾を防ぐだけならまだしも、陶器の破片が無理やり方向転換させられるなどやっている事が多すぎて余計に予想が難しい。

 

(もしかして、超能力者(レベル5)級……?)

 

だとしたら不味い。恐らく自分だけではどうにもならない。自分の命と撃破ボーナス、その2つを天秤に掛けて迷い続ける程彼女は愚かではない。

彼女はポケットから携帯を取り出して、組織のリーダーである麦野に連絡を入れた。

 

 

 

 

暗部組織『アイテム』のリーダー、麦野沈利は今さっき着信音が鳴った携帯を開き、数秒見て直ぐに閉じた。

 

「フレンダが超どうかしましたか?」

 

「失敗だとよ。ま、予想はしてたけど。まさかの無傷ってのには驚いたわね」

 

「なんと、生きているならまだしも超無傷ですか。厄介そうですね」

 

最初からフレンダが失敗する体で話を進める彼女たちだが決してフレンダの実力を認めていない訳では無い。いつもならやる時はしっかりやれるというくらいの認識は持っているのだ。

そのフレンダが相手で無傷となると、

 

「恐らくは大能力者(レベル4)以上。最悪超能力者ということも超有り得ますね」

 

「かもねー。ま、それはそれで面白そうだけどにゃーん」

 

「フレンダが超野垂れ死ぬ前に合流しましょうか、行きますよ滝壺さん」

 

この会話の間ずっとぼけーっとしていた滝壺を現実に引き戻す。一応話は聞いていたらしい。

 

「うん…南南西から信号が来てる…」

 

彼女らはフレンダのいるであろう同フロアの前方へ姿を消した。

 

 

 

 

霧嶺冬璃は現在、少しだけ不機嫌である。

というのも、楽しめると思い追い詰めていたが相手がしてくるのは爆発の一辺倒(とはいえ爆発にもいろいろあったが)、そして今はその爆発すらない。

 

(逃げたか?いや、どの道奥にはデータベースしか無いから行き止まり。壁をぶち抜くにしても俺が気づくはず。ならまだいるか)

 

つまらない。それが率直な感想だった。恐らく相手にはもう打つ手はない、楽しかった鬼ごっこもとうとうただの的当てになりつつある。

 

(後10分か…遊びすぎたな。今何もしてこねぇなら、本当に手は無さそうだな。余計な手間は掛けずにとっととデータベース破壊するか)

 

今までの様にゆっくり近づくのでは無く、少し早歩きにして真っ直ぐ歩く。恐らく、さっきまでの相手(金髪爆弾魔)は10メートルほど先の機材の裏にいるはず。手を出してくれば撃破、何も無ければ無視。というスタンスで距離を縮める。

 

(にしても、無駄に入り組んでやがるな。わざわざ機材の配置をバラバラにしてやがる。簡単には辿り着かせねーよってか)

 

地下の面倒な構造に悪態を吐きながら機材との距離を無くした。そして1歩前に出て視線をズラす――

 

「あ…」

 

金髪爆弾魔と目が合った。涙目になっている。そして、

 

「Miji cavaino capri citreva sgichovire Sgicacci slano happa fumifumi?!」

 

「はッ!?」

 

動揺してしまった。というより動揺させられた。発せられた言葉が意味不明すぎる、何故なら――

 

「こんな言語、ねぇっつの!!」

 

人形を投げつけられる。恐らく中には爆弾が入っているだろう。しかしここで爆発すれば金髪自身も巻き添えを喰らうはずだが、どうやら準備はしていたらしい。金髪は機材から取った金属板を盾にしている。

直後、壁を貫通してきた白い光線が人形を貫き爆発した。

 

「ッ!」

 

後ろに飛び退け、直ぐに体勢を立て直した霧嶺は光線の発生源。どろどろに溶解し穴の空いた金属の壁から出てきた3人組に意識を向ける。

 

(今の攻撃は恐らく1番手前の女。この威力から察するに超能力者級だな、後ろの2人は知らんが)

 

手前の女が口を開く。

 

「あんたが侵入者(インベーダー)ってことでいいのかにゃーん?」

 

「………」

 

「沈黙は肯定と見なすわ。ま、この状況じゃ何言っても無駄だけど」

 

「麦野ぉ〜」

 

涙目で麦野という(らしい)女に縋り付く金髪。元々の狙いは金髪女ではない為態々そこを狙う必要もない。

 

「はあ……面倒くせぇな…」

 

「じゃ、とっとと死ぬ事ね」

 

言葉と共に4本の光線が襲いかかるも、霧嶺は後ろに跳んで避ける。

 

(どんなモンなのかが正確にわからない以上無闇に()で防ぐのはリスクがある。防げない訳じゃ無いだろうが、出来るだけ解析はしたいとこだな。ましてや超能力者級の攻撃となると、当たって痛いじゃ済まねぇだろうな。んじゃ、こっちも仕掛けるか)

 

そして、霧嶺は近くにあった機材に触れる。すると、メキメキと言う音を鳴らして床から離れた機材は音速を超える速度で麦野達の方へと飛んでいく。

 

「へぇ…」

 

麦野は声を漏らし、白い球体を盾のように広げるだけ、それだけで触れた機材はボロボロと崩れる。

 

(なるほど、打ち出すしか能がないって訳でも無さそうだな)

 

ならば、と辺りの機材を3つ飛ばす。1つは麦野、もう1つは絹旗、最後のは滝壺へとそれぞれ飛ばされる。

しかし、麦野は先程と同様に消し飛ばし、絹旗は叩き落とし、滝壺に飛んで行った機材はフレンダ(・・・・)が小型ミサイルで撃ち落とした。

ここまで4手、しかしこの4手で分かったことがあった。

 

(あのジャージ女は、攻撃手段がない)

 

ジャージ女の能力は分からない。しかし、滝壺(彼女)に飛ばした機材をフレンダ(金髪)が撃ち落とした事で簡単に分かった。

であればすべき事は当然、

 

(1番警戒すんのは、ジャージ女だな。手前の…麦野とか言ったな…あいつは恐らく出来てあれだけ。攻撃力はあるが然程脅威じゃねぇ。せめてジャージ女の能力が分かれば苦労はしねーんだけどな)

 

今までの攻防から相手の戦力を出来る限り分析していく。

 

(ニットの女は身体能力の強化ってよりは体の周りに鎧みてぇなのを纏うタイプだな、身体能力だけじゃ金属は壊せねぇ。金髪は…さっきの通りか、どうでもいいな)

 

これを本人が聞いたら泣き出すような程中々酷な評価をしているが、そんな事を一々気にする気も無ければ必要も無い。

重要なのは戦力の分析と対策。だが、それもほぼ完了している。

 

(ジャージの奴は常に警戒、で、手前のビーム女をメインに相手取る形だな)

 

「はッ、面白くなってきやがったな」

 

状況は理解した、戦力は分析し、すべき事はもう構築されている。

そこまで考えて、霧嶺は無意識に口角が釣り上がった。

 

――さあ、反撃だ。

 

直後、轟音と共に麦野沈利(第4位)霧嶺冬璃(第8位)が衝突した。



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序章-2

どうも第1話のUA数が思ったより多くてビックリしている甘党もどきです。

今回は霧嶺とアイテムの戦闘がメインです。
ただ書いてて思ったんですが、やっぱり戦闘描写って難しいですね。
動きの細かい表現とかが特に。
後、原作を読み直しながらやっぱり鎌池さんって凄いなって思いました。ユーモアを感じますよね。
アニメは昨日暗部編に突入しましたね、こっちでは一体何時になるのやら…

そんなこんなで第2話、どうぞ。



 

麦野沈利を中心として、いくつもの光の筋が四方八方から霧嶺に襲いかかる。

原子崩し(メルトダウナー)』、正式名称は『粒機波形高速砲』。状況に応じて『粒子』と『波形』の双方の性質を持つ電子を『曖昧な状態』で固定し強制的に操る事で電子が『留まる』性質を持ち、擬似的な壁になる。恐るべき威力で叩きつけられるソレの前には研究所内の分厚い金属製の壁も、機材も薄っぺらい紙切れの様にまるで意味を成さない。

しかし、その光線を霧嶺は軽々と避ける。息を切らすことなく前後左右に移動し、時折跳びながら光線を敢えて(・・・)ギリギリで避けつつ、その性質を少しずつ解析していく。

 

(恐らく、打ち出してるのは何かしらの質量体。どれか、までは分からねぇが兎に角素粒子の類か。光学的なレーザーじゃないのはよく分かった。)

 

なら、と霧嶺は思考を続ける。

 

(案の定、余り相性は良くないか。久々にダイレクトに消せない(・・・・)タイプだな。まぁ、一応膜でも防げるし、何なら『停止線』でも何とかなりそうだな、そう考えると楽か)

 

「オイオイ、1人で乗り込んで来たってのに避けるしか脳のない貧弱野郎でしたってか?少しは私を楽しませろっ!」

 

もう一度麦野は光線を放つ。数は3本。先程よりも1つ少ない、ならばもう1本は、

 

(避けた先か────ッ!)

 

反応が遅れる、その一瞬の遅れが命取りになるのは戦闘中ならば当然の事。

光線は霧嶺の胸辺りに迫る。無慈悲にも心臓を貫く軌道で体に当たり――

 

光線が不自然な軌道で真上に逸れた。

 

「ッ……へぇ、面白いことするじゃない」

 

やられっ放しでは、つまらない。霧嶺も辺りに散らばる瓦礫と化した機材やらパイプやらを麦野に向けて音速以上の速度で打ち出す。

しかし光線の元となる球体を盾の様に展開し飛ばした物は全て消滅する。

 

(あればっかりはよく分からねぇが、まぁあれ自体は気にしなくてもいいな………後は、あのジャージ女がいつ動くかだな)

 

霧嶺はもう一度携帯を開く、

 

メンテナンス終了まで残り5分。

 

 

 

チッ、と麦野は舌打ちした。

依頼された仕事の終了時間の目安は大体後5分といった所だろうか。それは恐らく向こうも同じ、にも関わらず何かしら特別な行動を起こす訳でもない。舐められているのだろうか、確かに自分の『原子崩し』を無理やり逸らした時点でかなりの実力を持っているはず。だがそんな事は関係ない、まるで超能力者第四位である自分をコケにされているようで腹が立つ。

そして何より、

 

(あの野郎、ずっと滝壺を警戒してやがる。こうなると滝壺が『使えない』わね、まぁそれなら…)

 

「こうすればいいんだけどにゃーん?」

 

裂けるような笑みを浮かべながら『原子崩し』を既に瓦礫と化した機材、そして辺りのコード類目掛けて放つ。

漏れだしたアルコールやショートした電気回路に引火し爆発が起きる。

 

「フレンダァ!」

 

「了解っ」

 

フレンダが声に反応して小型ミサイルを投げつけ、さらに爆煙が増す。

恐らく、今しかタイミングは無い。

 

「滝壺、今のうちに使っときなさい」

 

麦野の後ろにずっと待機していた滝壺に声を掛ける。

 

「うん」

 

滝壺はジャージのポケットから白い粉末が入った透明なケースを取り出す。

そして白い粉末を手の甲にほんの少し出し、舐めた。

彼女の目に光が宿る。

先程までの緩い雰囲気を一変させ、背筋を伸ばし目を見開いて佇む。

 

それと同時、煙が不自然に晴れる。中から傷一つ負っていない状態で歩いて出てきた。

 

「残念だったわね、警戒するならもっとバレないようにするべきじゃないかしら?」

 

嘲笑うように麦野は言う。

 

 

残り時間は4分。

 

 

 

やられたな、と素直に霧嶺は思った。

1番警戒していた、はずだった。だがそれを逆に利用された。

『分からないモノ』というのは時に恐ろしい、分からないからこそ対策を講じれない、故に行動が制限される、そこを突かれてしまった。

その証拠に、先程の麦野の言葉。

『警戒するならもっとバレないようにするべき』

全くもってその通りである。今回ばかりはヘマをした、恐らくあの麦野の言葉は霧嶺が最も避けようとしていた事態が起きた事を指しているのだろう。それはつまり、ジャージの少女に動きがあったということ。

 

今一度状況を確認すべく霧嶺は相対する少女達をそれぞれ見やる。

そしてジャージの少女を見た時、

 

ゾクリ、と霧嶺の背筋が凍りついた。

 

「な、ん────ッ」

 

彼女はただ目を見開いて霧嶺を見ているだけ、それだけの行動で何故か嫌な予感がする。

 

「超隙ありです」

 

動揺した霧嶺の横からニットの少女、絹旗が容赦無く襲いかかる。『窒素装甲』と呼ばれる、体から数センチの範囲で窒素を身に纏い、華奢な体からは想像出来ないような破壊力を生み出す拳を、霧嶺は難なく左手で受け止める。

 

「なるほど、」

 

今までの戦闘を見ていた彼女は狼狽える事などしない。

 

「やっぱり、何かで体を超覆っていますね。だから攻撃が通りにくくなってます」

 

「通りにくい?ハッ、笑わせんな。意味を成さないの間違いだろぉが」

 

突如、絹旗の体が後方へと勢いよく飛んでいく。

霧嶺が殴った訳でも、絹旗自信が離脱を試みた訳でもない。だが、絹旗の体は先程飛ばしていた機材よろしく音速を超えて壁に突っ込む。

 

「なるほど、超厄介ですね」

 

無傷の絹旗は直ぐに立ち上がり、またも霧嶺へ突撃していく。

機材を軽々と破壊する拳を叩き込みながら、時折膝蹴りを絡めて霧嶺を攻めあげる。

霧嶺が攻撃を弾いて後ろに跳び退くタイミングに合わせて麦野の光線がまたも襲いかかる。

 

「あぁ、クソッ」

 

苛立ちを込めた声を上げながら光線弾く。

そして再度絹旗が肉弾戦を仕掛ける、絹旗に当たらないよう霧嶺が跳んだ瞬間にだけ光線を打ち出す麦野。

 

そして、霧嶺が絹旗をまたも飛ばし、同時に麦野の光線を逸らす。

刹那、霧嶺の姿が背景に溶け込む様に『消えた』。

 

なに!?とアイテムの3人は愕然とする。

それもそうだろう、今まで殺しに掛かっていた相手が目の前からいきなり姿を消したのだから。

 

「しかし、超どういうことでしょうか。光学操作系の能力などで無ければこうも姿を消すことは超出来ないはずです。しかし、私たちの攻撃を超防いで居ましたから、ただの光学操作系では無いようですね」

 

「も、もう何がどうなってるのか分からないって訳よ」

 

状況を明確に把握しようとする絹旗の意見を聞き、1人理解が追いつかず頭を抱えているフレンダは無視して麦野は考える。

 

「まぁ、それを踏まえてもいきなり消えたから空間移動能力者(テレポーター)って訳でも無さそうね。…滝壺」

 

そして、先程から背筋を伸ばしたままの滝壺に声を掛ける。今度は指示ではなく、質問。この状況をひっくり返せるかどうかの確認。

 

滝壺の能力、能力追跡(AIMストーカー)は一度記憶したAIM拡散力場の持ち主を徹底的に追跡するもの。たとえ地球の裏だろうが太陽系の外側だろうがとこにいても補足できる。

故に相手の姿が見えなくても、滝壺理后は動じない。

 

「大丈夫、対象のAIM拡散力場は記憶した」

 

既に、捉えているのだから。

 

 

 

(ったく、流石に遊びすぎたな)

 

麦野達の前から突如としてその姿を消した霧嶺はまだ室内に居た。それどころか移動自体していなかった。

そんな彼が何処に居るのかというと、

 

先程まで自分がいた場所から数メートル上の空中(・・)に立っていた。

 

その原因は彼の能力にある。

超能力者第八位、『力学支配(オーバーフロー)』。あらゆるエネルギーの観測、増減、操作、変換を自在に行う事が出来る能力。

彼は普段体の表面にエネルギーの薄い膜を作り盾としているため、先程の攻撃もこれで防ぐ事が出来た。

 

しかし、彼は今までの戦闘では全くと言っていいほど力をまともに使っていない。

そもそも、彼が能力をちゃんと使っていればこの研究所を丸ごと吹き飛ばすなどは造作もないが、仕事を持ってきた電話の女曰く、『研究所の破壊は最小限に』との事なので派手に使う訳には行かなかった。

相手は大分派手にしていたが。

もう一つの理由はジャージの少女の存在。もし彼女が解析系統の能力だった場合、能力を見せつけ過ぎるともしかしたら自分でも気づかないような穴を突かれていたかもしれない。

 

だか、時間も無いのでそうは行かなくなった。

ついで程度に彼は思い出す。

 

(あの麦野ってやつ、ありゃ第四位か。資料を見たのが随分前だったから忘れてたな。『原子崩し(メルトダウナー)』。確か電子を曖昧な状態で操る、とか言うやつだったか?超能力者相手なんざそうそう無いからついつい楽しくなっちまった)

 

だが、と霧嶺は思考を切り替える。

 

(そのせいで仕事をミスりましたなんて笑えねーからな。時間がやばい、そろそろ終わらせるか)

 

このままバレずに彼女らの頭上を抜ければデータベースまでは楽に行ける。そう思い足を踏み出した瞬間、

 

下から霧嶺目掛けて(・・・・)光線が放たれた。

 

「嘘だろッ!?」

 

横に跳び退ける。まぐれかと思ったがどうやらそうでもないらしい。麦野はしっかりとこちらを見据えている。そしてその後ろではジャージの少女が何やら指示を出している。

 

(なるほど、やっぱ感知系統(そっち)だったか!)

 

どうやらジャージの少女には霧嶺の居場所が分かるらしい。姿を捉えているのか、何かしらの手掛かりで追っているのかは分からない。だが、彼女には霧嶺の居場所が筒抜けだった。

またも光線が霧嶺に襲いかかる。

 

これはまずい、と霧嶺は焦る。

時間が無いにも関わらず、相手はこちらを常に狙える状態。

 

(ありゃ、どこに居てもバレるだろうな)

 

ならば今更姿を消す必要はない。そう感じた霧嶺は光の動きを元に戻して姿を現す。

 

「消えるだけじゃなくて、空に立ってるだなんて随分と芸達者じゃない」

 

「そいつはどーも。そっちも随分と変わった事をするんだな。はぁ、全く無駄に警戒しすぎる位なら真っ先に沈めとくべきだったな」

 

「後悔先に立たずって奴ね。さて、そっちはそろそろ時間がやばいんじゃないかにゃーん?」

 

またもや麦野は嘲笑う。

対する霧嶺は携帯を見る。

 

「そうだな、あと2分もねぇ。状況は最悪だな」

 

「へぇ…これから愉快な死体(オブジェ)になる事と、どっちの方が最悪かしらねッ!」

 

4本の光線が霧嶺に放たれる。だが、もう霧嶺は遊ぶ事などしない。

相性の問題で光線を完全に消すとこは出来ない、しかし先程の様に無理やり逸らす事など簡単に出来る。

 

光線を全て真上に逸らしてから、霧嶺は口を開く。

 

「まぁそんな訳だからよ、とっとと沈んでろクソ野郎」

 

霧嶺は高速で麦野の後ろに移動すると、真っ先に滝壺を電気ショックで沈める。

 

「ッ────テメェ!」

 

麦野は咄嗟に振り返る、続けて絹旗とフレンダも霧嶺に視線を向けた。

だが、それはこの場では命取りとなってしまう。

 

霧嶺は足元に何かを投げつけた。それは、

 

「スタングレネードッ!?」

 

自分もよく使う物のため真っ先にフレンダが反応した。しかし、体は追いつかない。耳栓も、ベレー帽で視界を塞ぐことも最早間に合わない。

麦野の能力で作った盾でも音と光を防ぐ事は叶わない。

 

刹那、ただのスタングレネードとは思えないほど眩い光と、ビリビリと空気を震わす轟音。

そして、

 

「特大サービスだ」

 

嘲笑うような呟き。

彼女達が知覚できたのはそこまでだった。

 

 

 

バガンッッ!!という甲高い轟音と共に起きる爆発。

軽く腕を振るうだけでデータベースはただの瓦礫と化す。こうして霧嶺冬璃は仕事内容の1つ、データベースの破壊を残り時間1分程になってやっと完了させた。

しかし仕事はまだ終わっていない、何せ離脱する事までが条件なのだから。

最初の内こそ入ってきた場所から離脱すればいいだろうなどと思っていたが、この状況下ではそうも行かない。能力を使っても間に合うかどうかは分からない上に、可能性は低いがさっきの4人の内誰かしらが動けるようになっているかもしれない。

動ける可能性があるとすれば、あのニットの少女だろう。彼女の能力は目に見えない鎧の様なものを纏うタイプ、ならばグレネードの光はまだしも音ならば多少は軽減出来るだろう。

 

(元々外部のモンより強力な学園都市製のスタングレネード。とはいえ、あのタイプの大能力者(レベル4)クラス相手だとどうしても足りなくなる)

 

そう、彼女の能力、恐らく身に纏っているという認識は間違っていない。ならば、いくら学園都市製とはいえただのスタングレネードではかなりダメージが軽くなる。

 

だがその光と音が通常の数十倍になればどうだろうか、

 

何を身に纏っていようが、あの一瞬での演算は不可能。彼女の耳にも轟音が響き渡るはずだ。

 

しかし念には念を。彼は必要も無いのにわざわざ危険性の高い方へ進む事はしない。

 

そこで霧嶺は研究所の構造を思い出す。地下の他の場所は真上も施設があるものの、データベースのあるこの場所は少し出っ張る様な構造のため真上は研究所と柵の間となっている。

そこから彼の行動は単純だった。光エネルギーを収束させて、真上に放つ。いわばただのレーザー、だがそれだけで研究所地下の天井は貫かれ地上への穴が空く。そして、

 

「んじゃ、これで────」

 

彼の体は、地上250メートルの地点に移動し、

 

「お仕事終わりってな」

 

霧嶺は空中を歩いて帰った。

 

 

 

翌日、霧嶺冬璃は自宅であるマンションの一室のソファで寛ぎながら携帯を耳に当てていた。相手は昨日と同じ電話の女。

 

『ったくアンタは、なんでわざわざ穴開けて帰って来るかな』

 

「え、何、俺怒られてんの?」

 

『呆れてんのよ。事後処理って結構面倒なのよ?』

 

「別にお前がする訳じゃねーだろ。ンなもん施設防衛してた側にでも押し付けりゃいいだろーが」

 

『そんな簡単に出来るわけないでしょう、バカにしてんの?』

 

(なんか罵倒されたんだが)

 

などと、自分のした事をサラリと棚に上げる霧嶺。

 

「っつか、それなら第四位の流れ弾で開きましたーとか言えば行けんだろ」

 

さも当然の様に責任転嫁していく第8位。それでいいのか。

そしてそんな提案が通るはずも、

 

『は?何言って…………ありね』

 

あった。

 

『そういう事で今回の事は不問にしてあげるわ』

 

「何で上から目線なんだよ」

 

『じゃあ、また仕事が入った時に連絡するわ』

 

「はいはい……ったく超能力者と戦うこっちの苦労も考えろっての」

 

通話を切り、携帯をポケットに仕舞う。

ソファから立ち上がり、玄関に向かいながら今日する事を考える。

 

「いつもの喫茶店にするか」

 

そうして霧嶺はマンションを後にする。平日の昼時なら、お気に入りの喫茶店も空いているだろうと。

 

 

 

 

第三学区にある高層ビルの一角。暗部組織『アイテム』の隠れ家の1つである、VIP用の個室サロン。流石はいわゆる上流階級と呼ばれる人たちが、ステータスとして会員証を欲しがるような施設。まさに最高級といった感じだ。

備え付けられたソファの上で、麦野沈利はパソコンの前に張り付いていた。

それを隣でB級映画のパンフレットを読んでいたニットワンピの少女、絹旗最愛と、同じく隣でサバ缶(プレミアム)を食べていた金髪ベレー帽の少女、フレンダが見ていた。

 

「麦野、さっきから一体何を超検索しているんですか?」

 

「出会い系?…んぎゃっ!」

 

とりあえず変なことを抜かすフレンダを殴り飛ばしておく。

 

「昨日のアイツよ、気になったから調べてみたの」

 

「あぁ、あのビックリ人間ですか」

 

ビックリ人間、あながち間違いではないのかもしれない。金属の塊を飛ばし、光線を弾き、姿を消し、宙に浮き、電気を出す。一体何人の能力者を必要とするのか分からない程芸達者だったのだから。

 

「そ、それでいろいろ該当しそうな能力を調べてたんだけど」

 

「見つかりましたか?」

 

「えぇ、見てみなさい結構面白いから」

 

そう言われ麦野の横からパソコンの画面を覗き込む絹旗、そして愕然とする。

 

「超能力者の第八位、『力学支配(オーバーフロー)』ですか」

 

「おーばーふろー?」

 

麦野渾身のパンチ(ノールック)から復活したフレンダがふらふらとよろめきながら聞き返す。

 

「なんでも、あらゆるエネルギーを操るそうですよ」

 

「えねるぎー?」

 

まだ頭が回っていないのか、アホみたいに聞き返すフレンダに、今度は麦野が答える。

 

「そうよ、運動、位置、電気、音、光、そしてそれ以外の様々なエネルギーを自在にコントロール出来る。昨日の姿を消すのとか、空中に立ってたのも恐らく能力の応用なんでしょ」

 

「じ、じゃあ、昨日私が失敗したのも仕方ないって訳よ!」

 

「いえ、それはあまり超関係ないかと。結局あれはフレンダが浮かれていたのが超原因なので」

 

「うぐっ……」

 

1人で勝手にダメージを受けたフレンダを無視して、絹旗は横のソファで手足をだらんと投げ出している滝壺理后の方を見た。

 

「相手が超能力者だったということは、滝壺さん結構なダメージを超受けたって事ですよね、大丈夫でしたか?」

 

そう、彼女は昨日の戦闘において麦野達3人と違い唯一電撃による直接的なダメージを受けたのだ。

 

「うん、気絶させる分だけの威力に加減されてたみたい」

 

「超意外です。何だかんだで超容赦しないタイプかと思いましたが…ハッ、まさか────!?」

 

とか言って1人で戦慄している絹旗も無視して、麦野は呟く。

 

「コケにしてくれやがって、今度戦う時は確実に潰してやるわ」

 

ぼーっとしていた滝壺の耳にも、その呟きはハッキリと聞こえた。

 

 

 

ここは第七学区にある、学生に人気の喫茶店。

霧嶺冬璃お気に入りの店の一つだ。食事のメインとなる様なメニューが無い代わり、お茶からコーヒー、洋菓子から和菓子まで様々なドリンク、お菓子を取り揃えているため彼もよく利用している。

 

そこでいつも通り、抹茶ラテと羊羹(5皿目)と共に過ごす、スイーツ男子(自称)霧嶺冬璃のティータイムはあっさりと終わりを迎えた。

原因はポケットの携帯電話、開くと画面には非通知の3文字。ついついため息を吐いてしまった霧嶺だが、すぐに通話モードに切り替え首と肩で携帯を挟む。

そして今日はちゃんと応答する。

 

「はいはいもしもし?」

 

『仕事よ』

 

「はぁ……早くね?」

 

『そうでも無いでしょう?どうせ今日も夜なんだから』

 

それもそうか、と霧嶺は続ける。

 

「全く、忙しくて本当に退屈しないなクソッタレ」

 

今日も彼は、学園都市の闇の中に生きている。

 

 

 




いかがでしたか?
今回はメインが戦闘、時々能力の話を入れながらになりました。
まだまだぎこちない部分があったかもしれませんね。
私は、理系ですが物理専攻ではないのでひたすらネットでエネルギーについて調べながら書いてました笑。
後、霧嶺をスイーツ男子にしたのは私が和菓子とか大好きだからです、いいですよね和菓子。

実は霧嶺の簡単なプロフィールを何処に書くか迷ってるんですよね。後書きにサラサラっと書くか、それとも序章の最後に入れるか。そこまで細かいことを書くわけでは無いので多分無くても困りはしないと思いますけどね。良ければ感想でどちらがいいか教えてください。

では次回第3話もお楽しみに。


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組織

どうも、大学のレポートがあるのについつい小説に走っちゃう甘党もどきです。

UA数とお気に入り数が少しずつ増えてきて、結構モチベーションが上がったりしてます。
嬉しい限りです。

第2話が昨日の夜で、今回は結構早い投稿になりました。意外と書けてしまうものですね。

さて、正直前書きで書くことを思いつかないので、後書きの方に労力を回してそろそろ本編に。

それでは第3話、どうぞ。


 

気温30度。

7月初めにも関わらず、かなりの猛暑日となった今日。

そんな暑い日も霧嶺冬璃は相変わらず街を歩いている。

そんな彼は汗ひとつかいていない、理由は簡単。周りの人が暑さに打ちひしがれる中、彼は1人超能力者(レベル5)としての能力を存分に使って暑さを完璧に凌いでいた。

 

「あー…暑い」

 

嘘だ。能力で都合よく熱だけを消しているので夏の生暖かい風も、彼にとってはむしろ心地が良い。1人だけ春を体感しているようなものなのだから。

なぜ彼がわざわざ能力を使ってまでこの暑さの中を歩いているのか、原因は昨日の夜、いつもの電話の女から告げられた言葉にあった。

 

 

 

『そうそう、あなた明日から暗部組織の方に所属してもらうから。あ、でも別に個人で仕事が回ってこない訳じゃないから安心して』

 

『は?』

 

 

 

いきなり電話が掛かり、何かと思えば仕事ではなく突然の組織入り。

その後所属する組織についてのデータを受け取り構成員を調べてみた。

組織の名は『アイテム』。構成員の名前は、フレンダ=セイヴェルン、絹旗最愛、滝壺理后。

そしてその3人を纏めるリーダー、麦野沈利。

そう、つい3ヶ月前に研究所の地下で戦った女子4人組のことだった。

 

(アレがアイテムだったとはね……)

 

メンバーの名前しか分からなかったため、彼は独自のルートでそれぞれの能力等について調べあげた。中でも一際目を引いたのが、

 

「滝壺理后、能力は『能力追跡(AIMストーカー)』ね……記憶したAIM拡散力場を何処までも追跡する、か。だからあの時……」

 

3ヶ月前の戦闘中に、完璧と言えるほど身を隠していた霧嶺に対し麦野が正確に射撃してきた光景を思い出す。

あれは恐らく、というより間違いなく滝壺理后が麦野沈利の照準をサポートしていたからだろう。麦野沈利の能力、『原子崩し(メルトダウナー)』、脅威的な威力の代わりに照準を合わせるのに時間が掛かるというデメリットがある。

現に麦野は、光線3本を囮にして霧嶺を誘導し、わざわざ移動先に置くように残りの光線を放ってきた。わざとかもしれないが、そうせざるを得ないという方が可能性がある。

加えて麦野には相手を感知する能力はない。だからこそそのサポートとして滝壺がいるのだろう、実に連携の取れた布陣だ。

 

「威力だけ見りゃ麦野が圧倒的だが、脅威として考えると滝壺か。AIM拡散力場を追う時点で逃げ場はねぇし、本当に追う『だけ』なのかも気になるしな」

 

長考している間に目的地である第七学区のファミレスが見えてきた。

昼時より少し前、比較的空いている時間帯のこの店に先程の4人の少女は集まっているらしい。

 

仕方がない、と霧嶺は腹を括る。

超能力者だろうが上からのお達しには拒否権などない、今更どうこう言える訳が無いのだ。

意を決して、店に入る。

 

 

 

暗部組織『アイテム』、4人の少女達で構成されるその組織は現在第七学区のファミレスでたむろしていた。

 

「そういえば今日、アイテム(ウチ)に新入りが超来るんですよね」

 

フード付きの半袖パーカーの少女、絹旗最愛はC級映画のパンフレットを読みながら斜め前でシャケ弁を食べている麦野沈利に聞く。

 

「そうそう、昨日いきなり言われてさー」

 

「一体超どんな人なんでしょうか」

 

「聞いたところによると、男らしいわよ」

 

「男ですか…これは身の危険を超感じますね」

 

「結局、絹旗のお子様ボディじゃ誰も欲情しないって訳────」

 

絹旗の目の前に座りサバ缶をフォークでつついていた少女、フレンダが絹旗をバカにしようとした瞬間、目の前の絹旗がフレンダの頭をアイアンクローしていた。

 

「超何か言いましたか?フレンダ」

 

「何も…っていたたたたたたたた、わ、割れ、割れるからぁっ」

 

ミシミシ、と凡そ人の頭からは鳴ってはいけないような音を響かせながらフレンダは、絹旗の腕を叩いてギブアップする。

 

「全く、そんなだからフレンダはいつまでも超フレンダなんですよ」

 

「ちょ、それどういう意味……」

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんな超ふれんだなふれんだを応援してる」

 

「だからどういう意味!?」

 

他の3人がファミレスで好き勝手やっているなか、何もせずただ手足を投げ出していた少女、滝壺理后がフレンダを慰め(?)る。

 

「……北北西から信号がきてる……」

 

フレンダに慰めになるかどうかも分からない言葉を掛けると、いつも通りの脱力系に戻る滝壺。

よよよ、と涙目になりながらサバ缶を再びつつくフレンダ。

そんな2人を他所に、麦野は続ける。

 

「もうすぐ時間だと思うわ」

 

時間とは、恐らく新入り到着の事だろう。

そして、彼女達の視界に人影が映り、

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

3ヶ月前に聞いた声と同じものが聞こえた。

 

 

 

ファミレスに入り、店員に待ち合わせの旨を伝えると、霧嶺は焦ることなく店内を見回しかつて見た顔を探す。

 

「お、いたいた」

 

どうやら窓側のソファ席らしい。かつて見た4人組を見つける。迷うことなく霧嶺は席に近づき、

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

声を聞き、霧嶺を見た少女達は愕然とした表情を見せる。

 

「お前……!」

 

奥側の席に座っていた少女、麦野が感情を露わにして霧嶺を睨む。

対する霧嶺は、

 

「そう邪険にすんなよ、これから一緒に仕事していく仲だろーが」

 

「……へぇ、なるほどね。ならそういう事にしといてあげるわ」

 

「そりゃどーも。さて、自己紹介はいるか?」

 

「簡単なものならね、わざわざ能力やら何やらを事細かに言い合う必要は無いでしょ霧嶺冬璃(オーバーフロー)?」

 

その一言で彼女達が自分の事を多少なりとも調べあげた事を理解した霧嶺も同じように返答する。

 

「そうだな麦野沈利(メルトダウナー)。じゃ名前だけ、霧嶺冬璃だ」

 

続いて絹旗とフレンダが名前を言う。麦野は恐らく今の会話で要らないと判断したのだろう。そして最後、

 

「滝壺理后、よろしくね」

 

滝壺理后、あの能力追跡(AIMストーカー)だ。手足を投げ出して、無気力な目で霧嶺を見つめながら淡々と自己紹介をする。

この少女が脅威的な能力持っているとは、などと珍しくそんな事を思う霧嶺も、ついつい滝壺を見つめ返してしまった。

 

「おや、霧嶺的には滝壺さんが超タイプでしたか?まさかの超一目惚れ?」

 

「会って早々狙うなんて、結局霧嶺も中身はケダモノって訳よ」

 

会って早々いきなり呼び捨てな事には何も思わない霧嶺だが、言われた内容については別である。

いきなり一目惚れとケダモノ判定されるなどあってたまるか。

 

「な訳ねぇだろ。能力についても調べてあるから気になっただけだ」

 

「またまたー、それがその内恋に超発展しちゃうんですってば」

 

「このクソガキ……」

 

巫山戯た事を抜かす絹旗を前にギリギリと拳を握る霧嶺。しかし、ここで手を出したら何故か負けた気がしそうなので我慢する。霧嶺冬璃はしっかり我慢の出来るジェントルマンなのだ。

 

「結局ー、超能力者(レベル5)は性欲も超能力者(レベル5)級って訳よ」

 

何故かフレンダ(コイツ)は殴ってもいい様な気がする。そんな直感を頼りにフレンダの頭頂部に拳骨を食らわす。

 

「んぎゃっ!?」

 

「やっぱりフレンダはどうあっても超フレンダなんですね…超ご愁傷様です」

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんな可哀想なふれんだを応援してる」

 

涙目の金髪少女を2人の少女が慰めている、何ともシュールな光景の出来上がりである。

そんな惨状を作り出した張本人、霧嶺はとりあえず座ろうと思いスペースの空いていた絹旗の隣に腰掛ける。

 

「ハッ!?まさか、本当の狙いは超私!?」

 

「それこそ1番ねーな、第二次性徴期超えてから出直せ小学生」

 

「超殺す!」

 

煽りに煽りで返したら勝手にキレた絹旗を能力で無視する。

丁度昼時に差し掛かったので店員を呼び、カルボナーラを頼んでおいた。

絹旗はまだキレている、年齢はまだ許せるが体型は許せない、大きいだけが全てではないというのは彼女の持論。

 

 

 

頼んだカルボナーラが運ばれ、フォークに巻きながら食べているとファミレスにも関わらずコンビニのシャケ弁を食べていた麦野が口を開く。

 

「私ら『アイテム』の存在意義は上層部や極秘集団の暴走を防ぐこと、よく覚えておきなさい」

 

「りょーかい」

 

「そうそう、早速今日も仕事あるから」

 

「そいつはご苦労な事で」

 

「アンタも来るのよ」

 

「分かってるっつの」

 

「今日は武装して廃ビルに立て込んで学園都市に反逆しようと企ててる武装無能力集団(スキルアウト)の排除。私らの管轄から少しズレるけど、簡単なゴミ処理ね」

 

スキルアウトを当然の様にゴミ扱いする麦野に見えないよう、少しばかり怪訝な表情をする霧嶺。

麦野は続ける。

 

「今回のメインは拠点の壊滅。武器やらその他の設備やらを破壊すればオッケーね。まああまりに抵抗してくるなら殺しちゃってもいいみたいだけど」

 

「なるほど、拠点は1つか?」

 

「2つよ、だから私達も二手に別れて動く。フレンダは私と。霧嶺、アンタは残りの2人と行きなさい」

 

「いいのかよ」

 

不満がある訳では無い。これはただの確認なのだから。

 

無能力者(レベル0)相手だと滝壺は能力を使えないし、戦力的には五分よ。フレンダじゃアンタの監視なんて出来なさそうだしね」

 

「酷くない!?」

 

珍しく上がるフレンダの抗議の声。しかし、麦野には届かない。

 

「監視って、ンな堂々と言っていいのかよ」

 

「別に、監視って言ってもあんたがどんな奴なのか見るだけだし。頼んだわ絹旗」

 

「超任せてください。滝壺さんが襲われないように超見張ります」

 

「まじでスクラップにしてやろうかこのクソガキ……」

 

初対面という訳では無いが、初めてまともに話した相手に対する発言ではないだろう。

この短時間でそれにも慣れた霧嶺はすぐに握り拳を解いて、カルボナーラの最後のひと口を頬張る。

 

「簡単に言えば、施設破壊を最優先に邪魔をするなら排除って事でいいんだな?」

 

「その認識で間違ってないわ。ま、何なら廃ビルごと潰しても問題無いしね」

 

「了解。今から行くのか?」

 

「ええ、善は急げって言うでしょ?」

 

流石に善とは呼べない気がする。しかし早めに終わらせる方が楽なのは確か、席を立ち店を後にする麦野達に続いて霧嶺も店を出る、はずだった。

テーブルに残された伝票を見るまでは。

 

恐らく、新入りのお前が払えということなのだろう。霧嶺のカルボナーラだけでなく彼女達のドリンクバーもあるのだが。

全く、と霧嶺はため息を吐く。

金額に対してではない、そもそも超能力者である彼は学園都市からかなりの額の奨学金を貰っているし仕事で稼いだ分もある。だがそうではない。

霧嶺は握りつぶす様に伝票を持ち、素直にレジに持っていった。

 

 

 

ファミレスを後にし、麦野とフレンダと別れ武装無能力集団の拠点の1つである廃ビルの近くに来た霧嶺。

隣には半袖パーカーの小柄な少女、絹旗最愛。

移動中も何度か揶揄ってきたが、もう慣れてしまった霧嶺はずっと軽くあしらっていた。

 

「どうやら麦野達も目的地に超到着したようです。時間になったらタイミングで超乗り込むよう指示がありました」

 

「そーかい、なら素直に時間を待つとするかね」

 

「そのようですね」

 

そんな霧嶺でもまだ慣れていないものがある。それは、

 

(さっきからずっと見られてんなァ……)

 

霧嶺の後ろでファミレスを出た時からずっと彼を見つめている滝壺理后。

今回は無能力者(レベル0)が相手のため戦力には数えられていないものの、大能力者(レベル4)能力追跡(AIMストーカー)のいう強力な能力を持っている。

そんな滝壺が何故霧嶺をずっと見ているのかは、彼女しか知らない。

本当に自分を見ているのか気になった霧嶺は、試しに左右に動いて見たが彼女が霧嶺から視線を逸らすことは無かった。

 

(やりづれぇ……)

 

自分に挑んでくる能力者(バカ共)に囲まれたりする事はあっても、他人にこうも凝視される経験はほとんどない為、少しばかり居心地の悪さを感じる。

 

「時間ですね、超乗り込むとしましょう」

 

「あ、あぁ……」

 

滝壺の視線に戸惑いながら絹旗に続いて廃ビルに入っていく。

 

 

 

廃ビル突入の数分前。

霧嶺達と同じく、ビルの近くで待機していた麦野とフレンダ。

 

「結局、麦野はアレで良かった訳?」

 

「どういう事よ」

 

「霧嶺のこと、1回は殺し合ってる訳でしょ?」

 

「さぁ?別にいいんじゃない?私らが何と言おうと上は考えを変える気はないんでしょう」

 

「それはそうだけど…」

 

「別に私はあの時の事をそこまで気にしてないし、いい戦力が手に入ったと思えば得した気分じゃない」

 

「麦野がいいならいいけど」

 

「ほーら、置いてくぞフレンダ」

 

どこか不安そうな表情を見せるフレンダ、しかし麦野は時間が来たためそれを無視してビルに入ろうとする。

 

「あっ、待ってよ麦野ー」

 

これから仕事なのだから、余計な事を考えてはいけない。

フレンダも小走りで着いていく。

 

 

 

結局武装無能力集団(スキルアウト)の拠点潰しは10分足らずで終わった。

武装していれば確かにその辺の能力者相手でも戦えるだろう。しかし大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)が相手となれば、能力者対策を万全にしていない限りは話が変わってくる。

 

「…シケてたな…」

 

「まあ、超同感ですね」

 

「『アイテム』ってのはいっつもこんなつまんねぇ仕事してんのか?」

 

「いえ、他にもいろいろと超やってますよ。今日が特別超退屈だっただけです」

 

「なーるほどね、それなら安心した」

 

「というかやっぱり超すごい能力ですね、『力学支配(オーバーフロー)』」

 

「あ?なんだいきなり、俺については調べたんじゃねぇのかよ」

 

「載っていたのは超概要だけでした、詳細については超分からないようになっていましたし」

 

「そうだろうな、俺についての研究資料は最低限しか載せられてないみたいだし」

 

「以前の戦闘時も姿を消したり空中に立ったりで驚きましたが、まさかビームも出せるとは超思いませんでした。エネルギーだけでそこまで超可能になるんですか?」

 

「まあな、一口にエネルギーつっても色々種類があるからな。光エネルギーを操作すれば勝手に光子も操作出来るようになる、そこに熱エネルギーも収束すればレーザーの完成って訳だ」

 

「なるほど、超便利そうですね」

 

「否定はしねぇな」

 

霧嶺は背後にいる滝壺に目をやる。実は配備に入ってからも終始霧嶺の事をずっと見つめていたため、物凄くやりづらさを感じていた。

一応霧嶺は隣の絹旗に聞いてみる。

 

「(俺ずっと見られてんだけど、何あれ)」

 

「(超知りませんよ、実は昔会ってるとかじゃないんですか)」

 

「(な訳あるか、叩き潰すぞ発展途上)」

 

「(また言いましたね!今度こそ超殺す!)」

 

結局聞いたところでまともな答えが帰って来なかったので、絹旗の頭を押さえながら滝壺(本人)に直接聞いてみる。

 

「お前さっきからずっと見てるみたいだが、俺になんか用かよ」

 

「ううん、少し気になっただけ」

 

「何がだよ」

 

「大丈夫」

 

だから何がだよ、と霧嶺は呆れた。

恐らく彼女自身何となく見ていただけかもしれない、と勝手に結論づけて息を吐く。

 

「で、これからどうすんだよ」

 

絹旗の頭からは手を離して聞く。

 

「とりあえず麦野からはアジトで集合しろと超言われています。なので超案内してあげます」

 

「アジトねぇ……」

 

「今日案内するのは1つだけです。そこで他のアジトについても超説明されるはずですから、残りは自分で行くか私達が使う時に一緒に来ることを超オススメします」

 

「はいはい、りょーかい。んじゃ早速案内してくれ」

 

「超了解です」

 

絹旗の返事を皮切りに、彼女の後を追う霧嶺、そしてその後ろで霧嶺を見つめながら着いてくる滝壺。

未だ慣れない視線は浴び続けている。

 

(悪くねぇ…)

 

話を聞かされた時こそ嫌気がさしていたが、一緒に行動してみると意外と退屈はしなかった。

 

(いいねぇ、面白くなりそうだ)

 




第3話、いかがでしたか?

霧嶺、アイテムに所属&軽く初仕事回でした。

アイテム各メンバーの口調、こんな感じで大丈夫でしたかね。麦野とフレンダが結構心配なんですよね。禁書原作と超電磁砲を時折読みながら確認してました。

この章はあまり長引かせるつもりは無いので、次回は主人公霧嶺の簡単なプロフィール。それと一緒かその次の話でアイテムでの日常的な話にして序章完結にしようかと。
まだ構想の段階ですが笑

というわけで、第3話も読んで頂きありがとうございました。
感想、お気に入り、評価をして頂ければ幸いです。




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幕間-裏側の日常

どうも、大学が一限からあると電車の中で憂鬱になってる甘党もどきです。

今回は幕間として『アイテム』メンバーとの日常パートです。
ヒロインはフレンダ(誤解)。

主人公の簡単なプロフィールは最後の部分に入れています。

では序章ラスト、どうぞ。


 

霧嶺冬璃が暗部組織『アイテム』に所属して早3ヶ月、霧嶺自身大分『アイテム』での生活に慣れてきた。

それは他の『アイテム』メンバーも同じようで、

 

「霧嶺ー、シャケ弁買ってきてー」

 

「私はサバ缶って訳よ」

 

「映画のパンフレットを超お願いします」

 

「……ぐーすかぴー……」

 

これである。目を開けて寝ている滝壺以外のメンバーは霧嶺がまだまだ新入りなのをいい事に度々パシリとして扱われている。

とはいえ霧嶺も丁度和菓子を買いに行こうとしていたため、ついでならば断ることもしない。決して彼がパシリであることを受け入れている訳ではない、決して。

 

「はいはい……」

 

彼女達の態度に呆れて息を吐きながら、アジトを出る。

十数分後には既に霧嶺はレジ袋を2つと紙袋を1つ持ち、脇に映画のパンフレットを挟んで帰ってきた。遅くなると特に麦野が不機嫌になる為、霧嶺はわざわざ能力を巧みに使用して買い物を済ませる。

しかし1度高速移動だけで買い物を行い、ぐちゃぐちゃになったシャケ弁を出したら麦野が大分キレたので早急かつ丁重に。

 

「今日もシャケ弁は崩れてないわね、許す」

 

「おぉ、ちゃんと最新の物を持ってくるとは、超許します」

 

とりあえず2人からは許しを得た。あと一人は、

 

「これサバ缶じゃなくてツナ缶なんだけど!」

 

不満だだ漏らしである。それも当然、霧嶺はわざとツナ缶を買ってきたのだから。

 

「あぁ、魚ならなんでもいいかと思ったわ」

 

「いい訳無いんだけど!?」

 

「後はフレンダだったから、かな?」

 

「私の扱い酷くない!?」

 

何故だかフレンダに顎で使われるのは気に食わない霧嶺だった。

 

「……ぐーすかぴー……」

 

これだけ騒いでも起きない滝壺は一体何者なのだろうか。

 

 

 

『今日服を買いに行くから、付き合いなさい』

 

それは突然だった。アジトとしている個室サロンのソファで寝ていた霧嶺を見下ろす形で、麦野は告げてきた。

 

現在彼がいるのは第七学区にあるショッピングモール、セブンスミスト。

 

「しっかし意外だな」

 

「何がよ」

 

麦野と並んでセブンスミストの中を歩いている霧嶺、端から見ればまるでカップルのようだが全くもって違う。

お互いの関係性も、感情も恋愛からは程遠い。

 

「いんや、お前はもっと高級な所で買うもんだと」

 

「気分よ気分、大量に買うならこっちね」

 

「そうかよ……」

 

呼ばれた理由は概ね彼の予想通りだった。せっかく男手があるのだから確かに使わない手はないだろう。

理解していても納得はしていないが。

 

「まずはここね」

 

そう言いながら麦野が足を止めたのは、まさかのランジェリーショップ。

まだ霧嶺は焦らない。

 

「そうかよ、んじゃちゃっちゃと選んでこい」

 

超能力者(レベル5)の第八位、ランジェリーショップ如きでは焦らない。

そう思っていた、

 

次の言葉を聞くまでは。

 

「何言ってるの、アンタが選ぶのよ」

 

「………は?」

 

「まさか荷物持ちだけだと思っちゃったかにゃーん?」

 

「いやお前、何言ってんだよまじで」

 

「4月、アンタにコケにされた事をこれでチャラにしてやるって言ってんのよ、むしろ感謝しなさい」

 

「それお前が勝手に根に持ってるだけだろーがよ」

 

「これでアンタの戸惑う顔が見れると思うと清々するわ」

 

「無視かよ」

 

麦野は霧嶺の反抗を完全無視しながら店に入ってしまう。別に麦野を無視して外で待ってもいいのだが、それはそれで麦野がまた五月蝿くなるだろう。仕方が無いので霧嶺は腹を括って店に入る、そして後悔する、

 

(棚が微妙に低い…)

 

自分の背を。

霧嶺の身長よりも低い陳列棚、丁度霧嶺の顔が出てしまうくらいには低い。

だからこそ時折チラチラと店内の女性達に見られているという事実を自分でも理解してしまう。

 

(早くしやがれ麦野………)

 

最初こそ霧嶺にどっちがいいかを聞きに来た癖に、それを聞いていなかったのか無視したのか、ひたすら2つの商品で迷っている麦野に忌々しそうな視線を向ける。選ぶ意味はあったのだろうか。

わざと迷って霧嶺へ嫌がらせしているのではないかと思うくらいには長い。

 

「よし決めたわ」

 

「そうか、ならとっとと買って来やがれ」

 

「…まあ、もう大分憂さ晴らしは済んだし、いっか。先に出てていいわよ」

 

その言葉を聞いた瞬間の霧嶺の行動は早かった。

麦野が言い終える前には早歩きで店の外に出ていた。

 

この後も麦野のショッピングは続き、結局霧嶺は20を超える数の紙袋を持ってアジトに帰った。

 

 

 

「水着を買いに行くって訳よ!」

 

「あ?」

 

麦野に連れていかれたショッピング(拷問)から2日後、アジトで行きつけの店の羊羹(数量限定)を楽しんでいた霧嶺に、今度はフレンダが大声で宣言した。

 

「水着を買いに行くって訳よ!」

 

2回言った。大事な事なのだろうか。

 

「そうか、行ってら」

 

塩対応の霧嶺、むくれるフレンダ。

 

「じゃなくて!霧嶺も一緒に来るって訳!」

 

「誰が行くか。麦野でも誘ってろ」

 

「麦野はシャケ弁買いに行ってるからいないって訳よ」

 

「絹旗は」

 

「映画見に行ってるって訳」

 

「滝壺」

 

「目の前で寝てるじゃん」

 

「残念、1人で行ってこい」

 

「だーかーらー、霧嶺しか残ってないって訳よ」

 

「見りゃわかんだろ、今は和菓子タイムだ」

 

「後一口分しか残ってないって訳よ」

 

「………冷蔵庫に第2、第3の羊羹がな…」

 

「他の羊羹は昨日既に食べてるのは調査済みって訳なんだけど。結局、霧嶺は私と一緒に行くしか選択肢はない訳よ」

 

「ふざけんな、誰が行くか。ましてや水着、そもそももう季節外れだろーが」

 

「学園都市のプールなら年中やってる訳よ」

 

しまったもう打つ手がない。素直にそう思った霧嶺は流石に折れる。

そういえば最近はフレンダに塩対応ばっかりだったため、少しは優しくしてやろうというジェントルマンな霧嶺だ。

 

「ハァ……仕方ねぇな。つーか水着のセンスなんざ俺に求めんじゃねーぞ」

 

「そんなこと言って結局、実はセンスも超能力者(レベル5)級って訳なんでしょ」

 

「だから何なんだよ超能力者(レベル5)級って。いいから早くしろ、置いてくからな」

 

「え、今って私が主役じゃないの!?」

 

フレンダは慌てていつものベレー帽を被り霧嶺を追いかける。

せっかくのメインなのに何故かリード出来ない事に不満を持つフレンダだった。

 

「またここか……」

 

2日前と同じセブンスミスト、この季節なのに水着も売ってるのはやはり学園都市ならではといったところか。

 

「ふっ、結局セクシーな水着を来た私の脚線美で霧嶺も悩殺されるって訳よ」

 

「水着関係ねぇじゃねーか」

 

「じゃあ早速。この水着どう?」

 

先ず持ってきたのはパレオ付きの黒いビキニ。霧嶺はてっきり派手な色を持ってくると思っていたため少し驚く、しかし意外とギャップが合って悪くない気がする。

 

「あぁ、いいんじゃねーの?」

 

「じゃあこれは?」

 

次に見せてきたのはどう見てもスク水だろ、という物。

何故最初に選んだものとこんなに違いが出るのか。

 

「お前バカなの?」

 

本気で思ったことを言ってしまった。

だがフレンダは止まらない。

 

「じゃあじゃあ、これは?」

 

赤のスリングショットだった。

 

「お前バカだろ」

 

自問自答でフレンダを罵倒してしまった。だが霧嶺は悪くない、全ては途中からアホな行動をしだしたフレンダが悪い。

 

「試着してくる!」

 

1人テンションの上がっているフレンダは、霧嶺の罵倒を気にせず試着室へ飛び込んだ。

ハァ、と霧嶺は頭を抱える。次出てきた時はまだしも、その次、その次となれば頭痛モノになるのは間違いない。

霧嶺の口からは最早ため息しか出なかった。

 

結局、フレンダは1番最初に手に取ったパレオ付きのビキニを買った。

というのも霧嶺がスク水とスリングショットを見せた時に真顔になっていた上に、スリングショットに至っては『絶壁が調子乗るな』の始末。

流石にショックを受けたフレンダは素直に諦めたのだ。

散々な言われようだったが今の彼女はそんなこと無かったかのように、

 

「これでプール楽しめるって訳よ!」

 

いい笑顔を浮かべていた。

 

(ハァ…ったく随分と嬉しそうなこって)

 

そういう霧嶺も実は笑顔になっていたのだが、それは本人も気づいていなかった。

 

 

 

二度あることは三度ある。

 

「霧嶺、超映画を見に行きましょう」

 

2日前にも見たような光景が目の前に広がっている。

だが霧嶺は動じない。

 

「断る」

 

この一言である。とはいえフレンダの時のようにただ面倒臭いだけではない、ちゃんとした理由があるのだ。

 

「何故ですか!?」

 

「お前の見る映画なんぞ一緒に見てられるかよ。あんなC級(残念)映画のどこがいいのか俺には分かんねェ」

 

「なっ、バカにしているんですかバカにしているんですね超殺す!」

 

「ンなことで一々殺されてたまるかっての。つーか、今日は麦野もフレンダもいるしなんなら滝壺でもいいじゃねーか」

 

「それは超ダメです。麦野とフレンダが霧嶺と出掛けたというのに、私は行ってないだなんて超納得いきません!」

 

「滝壺もだけどな」

 

「滝壺さんはいいんです」

 

「ちなみに聞くが、何を見に行くつもりなんだ?」

 

霧嶺は知っている。目の前の少女、絹旗最愛はハリウッド超大作などには興味がなく、所謂B級やC級といったマイナーな映画を好む。さらに言えば、制作段階からC級の匂いがプンプンするものでは無く、本気でハリウッドに挑んだが結果的にC級となった天然モノが好みなのだ。

 

「これです!」

 

見せてきた映画のパンフレットには『ヒトデvsナマコ』の文字。間違いなく映画のタイトルなのだろう。この時点でもう残念な気しかしない。

 

「…………」

 

最早掛ける言葉も見つからない。顔を顰めるでもなく、ただただ微妙な表情を見せる。

 

「いや、これどう見てもダメなやつだろ。なんだよヒトデvsナマコって、何でこいつらを戦わせようと思ったんだよ。てかそもそもこいつらって戦うのかよ……」

 

「というわけで超行きますよ」

 

腕を引っ張られ霧嶺はされるがままに映画館へと連行された。

 

 

「…………………」

 

結果的に言えば、少なくとも霧嶺にとって『ヒトデvsナマコ(アノ映画)』は最悪だった。

終始ヒトデとナマコがべちゃべちゃ絡み合う図が続いただけだった。最早誰得なのかすら分からない。そもそも映画館はスッカスカで霧嶺と絹旗以外で見ていた客など1人もいなかった。

ならば、と霧嶺は自分を誘った絹旗を見やる。

 

「うーん……やはり超ハズレでしたか」

 

(ぶっ潰してやろォかこのクソガキ……)

 

自分ですら納得出来ない作品を他人に見せるな、素直にそう思ってしまう。

結局、二人共どこか不満顔でアジトに戻った。

 

 

 

絹旗と見たC級(クソ)映画から2日後。きんつばを食べていた霧嶺は目の前で座っている少女、滝壺理后を見る。

 

「どうしたの、きりみね」

 

「別に、なんでもねーよ。ここ最近、1日置きに他の3人から連れ出されたからな、お前も何かあるんじゃねーかと思ってよ。ま、お前は外に行くようなタイプでもないか」

 

「私も行くよ?」

 

「………そ、そうか」

 

霧嶺にとっては意外な発言だった。普段からただボーッとしているだけなのでほとんど外に出ることはないと思っていた。

 

「うん。だから今日はきりみねと一緒にジャージを買いに行く」

 

「はぁ、ジャージねェ。今着てるのじゃダメなのか?」

 

「少し小さくなっちゃったから」

 

どこが、とは言わない。だが霧嶺には分かってしまった。彼女の胸の辺り、確かに大分形がハッキリしている。4月に戦っていた時はそんな印象は受けなかったが、どうやらサイズが合わなくなったのは本当らしい。

 

「じゃあ、行くか……」

 

「うん」

 

付き合いたてのカップルみたいにぎこちない会話をして、霧嶺冬璃はここ最近で潜り慣れた玄関をまた出ていった。

 

 

「お前はセブンスミストじゃねーのな」

 

「うん。ここのジャージがお気に入りなの」

 

前の3人に比べると大分会話は少ないが、一々それを気にする2人ではない。

 

 

滝壺の買い物は直ぐに終わった。というのも、彼女はただサイズが合わなくなっただけで別にデザインの違う物を買いに来た訳では無いのだ。ただ同じものを5着くらい買ったが。

合計で大体50000円、麦野の時よりも数が少ないから安いのは当然だがジャージ1着1万と考えるとそれなりに良いものなのかもしれない。

まあ本人が『最高』と言っていたので金額を気にする必要は無いのだろう。

 

「もういいのか?」

 

他の3人に散々連れ回されたせいか、少しだけ、本当に少しだけ物足りなさを感じてしまう。

 

「うん、満足」

 

「そうか。なら帰るぞ」

 

「きりみね」

 

「あ?」

 

「ありがとう」

 

「………おう」

 

初めてまともに会話した彼女は、掴みづらかった。

 

 

 

 

 

 

-プロフィール-

 

霧嶺冬璃(きりみねとうり)

性別:男

身長:178

体重:67

出身地:日本

所属:科学サイド

強度:超能力者(レベル5)

能力:力学支配(オーバーフロー)

 

学園都市に住む少年。髪色はダークグレー。服装に強いこだわりはないが、それなりにオシャレで比較的楽な格好で過ごすことが多い。

超能力者(レベル5)の第八位で、エネルギーを自在にあやつる力学支配(オーバーフロー)という能力を有している。

第七学区にあるマンションに住んでいる。好物はスイーツ。特に洋菓子よりも和菓子。

普段は落ち着いた雰囲気だが時折口が悪い。意外と感情豊かな場面も見られる。

『研究所時代からの知り合いがヒョロヒョロのもやしで引いた』らしく、それなりに筋肉質な体をしている。

現在、暗部組織『アイテム』に所属。




いかがでしたか?

なんかヒロインが2人くらいいたような笑。
というわけでこれで序章は終了です。
次回からは原作のストーリーに沿わせていきます。

今回は幕間パートということなので後書きも短みにしておこうかと。
では次回もお楽しみに。


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一章 妹達 Railgun(Sister's_Noise)
量産型能力者(レディオノイズ)


どうも、相変わらずレポートに追われている甘党もどきです。

UA数が4000を超えお気に入り数も200を超えました。
さらに評価バーの色がいきなり橙に。
さらにさらに週間ランキングで120位に。
まだまだな結果かも知れませんが、自分にとっては大きな1歩です。
皆さん本当にありがとうございます。
これからも精進して行きます。

さて、今回から新章です。まだまだぎこちない文ですが楽しんで頂けると幸いです。
では第4話どうぞ。


8月、つまり霧嶺冬璃が『アイテム』に所属してから1年以上が経ったということになる。

 

今は仕事終わり、先程『アイテム』で内部から外部へと機密データを運び出そうとしていた組織を壊滅させてきた所だ。

今日はアジトではなく自宅に直接帰ろうと何となく思い、近道となる裏路地を歩いていた。

そう、歩いていた(・・)のだ。彼は今、足を止めてしまっている。

 

目の前で検査着を着た茶髪の少女が座り込んでいれば足も止まってしまうのも無理はない。

 

「何だお前……」

 

少女は答えない。言葉が理解できない訳でも、聞こえていない訳でもなくただ声を出すほど気力が残っていないらしい。現に霧嶺の言葉には視線をほんの少し動かす程度の反応はしている。

 

「まじかよ……」

 

自宅に帰って和菓子タイムを楽しもうも思っていた霧嶺だったが、そうもいかなさそうな事に頭を抱える。

誰にでも手を差し伸べる聖人君子のつもりはないが、敵対している訳でもなく、目の前にいるのなら多少手を貸すくらいには人間をやっているつもりだ。

何よりこのまま放っておいて死なれたら寝覚めが悪い。

 

「仕方ねぇか」

 

少女を負担のないよう抱き抱える。フレンダによくやるような肩に担ぐ感じではなく、膝と背中に手を回す所謂お姫様抱っこなのだが霧嶺はそれの意味をよく知らない。

少女を抱き抱え、出来るだけ早く運んでやるのがいいだろう、と霧嶺は能力を使用しビルより少し高い位置の空中に立つ。

そのままさらに能力を使用して自分が知る限り最も腕の良い医者のいる病院へと急ぐ。

 

速さ(早さ)の意味を間違えてはいないだろうか。

 

ちなみに、やはりと言うべきか一瞬で高度が変化した事と高速移動により、病院についた頃には少女は気を失っていた。

 

 

 

「全く、怪我人ならまだしも、病人ならもっと丁寧に扱って欲しいんだね?」

 

そう言って少女の寝ている病院から出てきたカエル顔の医者。この初老の男性が霧嶺の知る限り最も腕の良い医者だ。『患者に必要な物なら何でも揃える』をモットーとし、死んでいなければあらゆる手を駆使し患者をほぼ確実に治す超凄腕で、通称『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』。

 

「急いでたんだよ。で、アイツは?」

 

アイツ、と言うのは霧嶺が先程運んできた少女のことだ。

 

「彼女のことならとりあえずは大丈夫なんだね?今は点滴を打って寝ている所だよ。尤も、意識はまだ戻っていないけどね?」

 

「そうかよ……」

 

意識が戻らないのには霧嶺のせいもあるのだろう、医者はわざとらしく霧嶺を見てくる。だが別に怒っている訳ではなく、どちらかと言えば呆れているようだ。

 

「しかし、君がここに来るだけでも珍しいのに、あんな子一体どこで見つけて来たんだい?」

 

「路地裏で倒れてたんだよ。目の前に居たら見捨てる訳にも行かねーだろ」

 

「君にも人並みの感性があって安心したんだね?」

 

「お前は俺を何だと思ってやがんだ」

 

そこで霧嶺が最近買い替えたスマホからメールを受信した音が鳴る差し出し人は麦野沈利。恐らく仕事の連絡だろう。

 

「俺はもう行く。アイツに何かあったら連絡しろ」

 

「それは構わないよ。そうだ、君の方は最近どうなんだい?」

 

そう言って去ろうとする霧嶺に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は問いかける。

 

「……別に、至って健康体だよ」

 

「僕が一体何年医者をやっていると思っているんだい?そんな程度のことは見て直ぐに分かるんだね?僕が聞いているのは目では見えない部分、つまり君の()のことなんだね?忘れてはいないだろう、君は昔────」

 

「分かってる。ンなこと俺が1番分かってる。昔の事も忘れてねぇ。無理な能力使用なんざしてる訳ねーだろ」

 

そう言って霧嶺は足早に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の前から姿を消した。

 

「分かっていても、君はいざという時に止まらないから僕は心配なんだけどね?」

 

その呟きは聞かせるべき相手には届いていない。

 

 

 

「遅い」

 

「悪い悪い」

 

結局冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と話していたせいで集合には遅れてしまった。

いつものファミレスに着いた時には自分以外の『アイテム』メンバーは既に集合し、好き勝手に寛いでいた。

 

「で、また仕事なんだろ?」

 

「そうそう。今度はコンピュータウイルスをバラ撒いてるクソ野郎を始末しろだってさ」

 

どうやらあの少女を助けても助けなくても和菓子タイムには入れなかったらしい。

 

「また似たような……」

 

「文句言わない。とりあえず、とっとと殺れば早く終われるんだし、早いとこ済ませちゃいましょ」

 

「そういえば霧嶺は超どこか行っていたんですか?珍しく遅れていましたが」

 

「もしかして彼女って訳?」

 

「な訳ねーだろ。寝てただけだよ」

 

さらりと嘘をつく。こんな場面で少女を病院に送り届けてました、などど言ったら余計に面倒な事になるため真実は伏せておく。

 

「きりみね」

 

「あ?」

 

「どうかしたの?」

 

「どうもしてねーよ」

 

滝壺にまで言われてしまった。しかもガッツリ目を見て、そんなに自分は分かりやすいのだろうか。

 

「ほら、早く行くわよ」

 

麦野の後を追って店の外に停まったワゴン車に乗り込む。

 

 

 

黒いワゴン車の中、運転席の後ろに取り付けられたモニタには『SOUNDONLY』の文字。つまりいつもの『電話相手』から仕事の詳細を聞いている『アイテム』の面々。なのだが、

 

『何でもそのウイルスは、感染したコンピュータのデータをコピーしてからコンピュータのメモリとかプログラムそのものを破壊するらしいわ』

 

「確かにウイルスは超大したものみたいですが…それだけで『アイテム(私たち)』が超呼ばれますか?」

 

「そうそう、結局そんなものは私たちじゃなくてもいいって訳よ」

 

『コイツらと来たら……いちいちイチャモン付けて……』

 

納得いっていないのが2人ほど。『電話相手』もキレかけている。仕方なく霧嶺はフォローに回る。

 

「要はウイルスの性能じゃなく、ウイルスの使用目的だろ?ウイルスがそこら辺の誰かに使われるならわざわざ『アイテム』を使う必要は無い。つまり────」

 

「連中はそのウイルスを学園都市の重要なデータに対して使おうとしてるって事でしょ?統括理事会のの誰かの情報か、もしくは学園都市の秘密とかね」

 

『そうそう、そういうこと』

 

どうやら麦野も分かっていたようだ、『電話相手』も落ち着いたのか少しは上機嫌な声に変わった。

 

しかし不満を持つのが2人ほど。

 

「なるほど。というかそうなら最初から超言ってくださいよ分りづらい」

 

「そうそう、結局大事なことを言わないと意味無いって訳よ」

 

『この………』

 

何故一々煽るのか。しかし自分でも煽ることはあるので責めたりは出来ないが、霧嶺はつい呆れたように息を吐いてしまう。

滝壺は文句も言わずじっと聞いているのに、と思い目の前の少女を見ると。

 

「……ぐーすかぴー……」

 

寝てた。確かに滝壺は能力者相手でないと能力を存分に生かせないから、恐らく研究者か無能力者(レベル0)を相手にするであろう仕事ではあまり興味が湧かないのも分からなくはないが。せめて話くらいは聞くべきだと思う。

 

『ま、そういう事だからちゃっちゃと終わらせて来ちゃってね』

 

それだけ告げると『電話相手』は一方的に通話を切った。

 

「で、そのウイルスをバラ撒いてる野郎はどこかに引き篭もってると……」

 

「大まかな場所は既に割れてるわ。後は少ない候補を虱潰しにしていくだけ」

 

「それなら大分超楽ですね」

 

大分なのか超なのかよく分からなくなるような絹旗の言葉を聞きながら『SOUNDONLY』から地図に赤い点がいくつか散らばった図に切り替わったモニタを見る。

 

「どうする?バラけて調べるか?」

 

「そうね、また二手に分かれてやりましょ。一人一人にするといざって時に心配だし。絹旗と滝壺は私と来なさい、フレンダは霧嶺と」

 

「はいはーい」

 

「超了解です」

 

「わかった」

 

「んじゃとっととやるか。行くぞフレンダ」

 

「ちょっ、待つって訳よ!」

 

近い方の目標から先に潰すため、霧嶺はフレンダを連れて一足先にワゴン車を出た。

 

 

 

「さーって、まずはこっちか」

 

携帯の画面に映し出された先程と同じ地図を見ながら歩く霧嶺。

隣にはフレンダがいる。

 

「で結局さ、何で霧嶺はさっき遅れて来た訳?いっつも時間通りなのに」

 

「寝てたって言っただろ。寝不足なんだよ」

 

「そう言う割には元気そうだけど」

 

「お前それ以上追求すんならアイアンクローだからな」

 

「何で!?」

 

「ほら、着いたぞ」

 

「……うわぁ……なんかいかにもって場所な訳よ…」

 

フレンダの言うことも尤もである。何せそこにはコンテナが規則正しく置かれ、コンテナ自体も大分綺麗な状態を保っているのだ。

 

「確かにな。ここに居てくれりゃ楽なんだが……そういやウイルスの入ったデータとそれを作ってる奴の始末でいいんだよな?」

 

「そうそう、わざわざ製作者も殺す必要があるのか微妙な訳だけど」

 

「また作られてこっちが動かされるよかマシだろ」

 

「どうやってこの中から探す訳?数すっごく多いけど」

 

そう、コンテナが片手で数えられる数なら探すことに苦労はないのだが、それが100や200となれば話は別だ。

ならば、と霧嶺は迷わない。

 

「そりゃお前……」

 

言いながら彼の周りに10以上の光の球体が生み出される。

 

「こうすんだよ」

 

刹那、無数の光がコンテナを薙ぎ払うように伸びる。

ほんの数秒。たったそれだけの時間でほとんどのコンテナは貫かれ、中には真っ二つになってしまったモノもある。

 

「相変わらず凄い破壊力な訳よ。麦野程じゃないけど」

 

「うるせぇ」

 

そもそもあちらは破壊力にステータスを全振りしているのだからどうしようもない。こちらは光エネルギーだけに留めることで扱いやすさも重視されているのだ。

すると1つのコンテナの中から、学生服を着た少し小太りの男が悲鳴を上げながら出てきた。

 

「おーおー、こりゃまた」

 

「いかにもな奴って訳よ」

 

いかにもな場所にいかにもな人間がいかにもなリアクションで出てきたため、絹旗がこの前勧めてきた映画を思い出た2人だったが、直ぐにその記憶を振り払いコンテナから出てきた男に近づく。

 

「な、何だお前達!ぼ、ボクのじゃまをするのか!もうすぐで学園都市をめちゃくちゃに出来る所なのに」

 

「って、人の仕事増やした豚野郎が言ってるぜフレンダ」

 

「結局、当たりを引いたからとっとと終わらせるって訳よ」

 

そう言ってスカートの中から小型ミサイルを3つほど出したフレンダは、標的の男に向けて発射する。

 

「ヒィィィッ!?がッ────!」

 

「おい、終わってねーんだけど」

 

「そ、それはアイツが動いたのが行けないって訳……じゃなくてこれは霧嶺への華麗なパスって訳よ!」

 

「無理しすぎだろそれは……ほいっと」

 

フレンダの適当すぎる言い訳に呆れながら、霧嶺はレーザーを放つ。

先程のように細くして数を多くするのではなく、1つだけのかなり大きな光線。

 

「ぁっ────」

 

逃げようと向けていた背から光線を当てられた男は、学生服の破片を残して消滅した。

 

「んじゃ、後はデータか」

 

「そっちは私がやって来るって訳よ」

 

そっちは、と言った時点で先程のをただのミスにしてしまったフレンダだが、本人はそれに気付かず男の出てきたコンテナに入った。

フレンダが出てきた直後、そのコンテナだけが大爆発を起こした。

 

「火力だけならお前もそれなりだとは思うけどな」

 

「火力以外はダメみたいな言い方しないでって訳よ!」

 

「事実だろ」

 

「だうー……」

 

「…ほら帰るぞ。麦野達にはもう連絡してあっから」

 

「はーい……」

 

ショックを受けているフレンダを連れて歩く。

さすがに申し訳なく思ったので、この前フレンダの読んでいた雑誌を覗き見た時に書いてあったことを真似して頭をポンポンしてみる。

その後は嘘みたいに機嫌が良くなったていたので成功なのだと思う。

 

 

 

結局『上』への報告やら何やらで帰宅できたのは夜遅くになってしまった。

霧嶺はシャワーを浴びてから和菓子タイム、ではなく今日助けた少女について少し調べようとパソコンを広げる。一応横には和菓子が置いてあるが。

 

「抱き抱えた時に分かったが、微弱ながら電気エネルギーを感じたな」

 

もともと霧嶺は能力の関係で、エネルギーに対する感受性が高い為、通常よりも数値が違っていたりすると直ぐに分かってしまう。

その為、少女の体内に少しばかり電気エネルギーが残留していたことに気が付いた。

 

「体内に電気となると、一応は電撃使い(エレクトロマスター)って事になるか……となると後は何らかの実験との関連性だが……」

 

呟きながらさり気なくハッキングで研究資料などを調べていく霧嶺。軽く犯罪行為である。

と、ふと目に止まった資料があった。

それは、

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画……超能力者(レベル5)第三位、超電磁砲(レールガン)のDNAマップからクローンを製造…っておいおい、相変わらずこの街の裏側は随分と頭のネジぶっ飛んでるな……だが、結局は超電磁砲(オリジナル)の1%にも満たなかったため失敗か……」

 

超電磁砲(オリジナル)の1%。確かにその程度では実験は成功とは言えないだろう、それ故の欠陥電気(レディオノイズ)

 

「しかし、失敗に欠陥ね……随分と愛着の湧くフレーズなことで」

 

霧嶺は念の為書庫(バンク)にアクセスし、超能力者(レベル5)第三位、超電磁砲(レールガン)について調べる。超電磁砲(レールガン)書庫(バンク)にそれなりのデータが載ってる数少ない超能力者(レベル5)の為、顔写真程度なら簡単に見つけられた。

 

「確かによく似てるな……」

 

だがあの少女とは少しだけ違う。こちらの方が活気に満ち溢れている感じがするのだ。

 

「つまり、アイツは紛れもなくクローンだと……」

 

突然テーブルに置いていたスマホが鳴り響いた。画面を見ると発信者はあのカエル顔の医者。

霧嶺は迷わず通話モードにしてスマホを耳に当てる。

 

「なんだ」

 

『あぁ、良かった。まだ起きていたんだね?医者としては感心出来ないけども。そうそう、さっきあの子が目を覚ましたよ。いろいろと話すこともあるから明日の朝に来るといいんだね?』

 

「分かった」

 

どうやら件の少女が目を覚ましたらしい。この時間から病院に行くのは確かに不適切だろう。言われた通り明日まで素直に待つことにした。

 

 

 

翌日、言われたとおり病院にやって来た霧嶺はとりあえず先に冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がいる診察室を訪ねた。

スライド式のドアの前で2回ノックをすると、『どうぞ』と声が聞こえたのでそのまま入る。

 

「全く、診察していたらどうするつもりだったんだい?」

 

「だから人の居ねぇタイミングで来たんだろうが。…で、アイツは?」

 

「あぁ、彼女は昨日言った通り目を覚ましたんだね?今すぐにでも会わせてあげたい所だけど、言っておかなきゃいけないことがあるんだね?」

 

「アイツがクローンって事か?」

 

「何だ、知っていたのかい?」

 

「調べたんだよ。俺としては医者であるはずのアンタがそれを知ってるって事実にビックリだけどな」

 

「僕は患者に必要な物なら何でも揃えるんだよ?その為に必要なデータはどんな手段を使ってでも入手するさ」

 

「そりゃゴクローさん」

 

「でもそこまで知ってるなら話が早いんだね?彼女は今は培養機に入っているから、案内しよう」

 

「ありがとさん」

 

そう言って診察室を出る冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の後を着いていく。

 

「しかし、君が良い方向へ変わっていて僕は嬉しいんだね?昔の君からは想像も出来ないんだね?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は霧嶺の左手に掛かっているビニール袋を見ながら感心の声を漏らす。

 

「誰目線なんだよ」

 

「もちろん、担当医としてなんだね?」

 

「はいはい、そーですか」

 

「さて、この部屋なんだね?僕は戻っているから、終わったらまた来て欲しいんだね?」

 

そう言って他の病室よりもドアの大きい部屋の前で止まる。

つまりこの先にあの少女が居るということになる。

 

「りょーかい」

 

霧嶺はゆっくりとドアを開けて、中へと入る。

 

 

 

入って早々、霧嶺は言葉を失った。

目の前の培養機に入っている少女が全裸だったのだ。

いや、培養機の中は液体で満たされているのだから当然といえば当然だろうし、あの医者だってそれを理解していると思って言わなかったのだろう。

 

だが霧嶺は失念していたのだ。実験の事やクローンの事でいろいろと考え込んでしまったせいで完全に忘れていた。

 

「あなたがミサカを助けてくださってのですね、とミサカは念の為確認を取ります」

 

だから霧嶺はその問いに直ぐに答えることは出来なかった。

 

「どうかされましたか?とミサカは問いかけます」

 

「いや、何でもない。培養機にいるっての知らなくてな、見舞い用に少し果物とか買ってきたんだが、無駄になっちまったな」

 

「大丈夫です、とミサカは無駄になってしまったお土産を哀れみます」

 

「で、お前は一体何なんだよ」

 

「ミサカはミサカです、とミサカは至極当然のことを言います」

 

「そうじゃなくて、お前がどんな奴なのかって聞いてるんだが?」

 

「────ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は19999号です、とミサカは懇切丁寧に教えます」

 

 




いかがでしたか?
というわけで今回からは妹達編。

まだまだ地の文と台詞文がぎこちないですかね。
感想、お気に入り、評価よろしくお願いします。感想などは優しい言葉で書いて頂けると心が和らぎます笑
ご指摘やご質問などもして頂いて構いません。

前書きでも言いましたが、UAやお気に入り、評価など本当にありがとうございます。
これからもご清覧よろしくお願いします。

では次回もお楽しみに。


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絶対能力進化(レベル6シフト)

どうも、甘党もどきです。

昨日買っていなかった超電磁砲と一方通行を買おうと思い本屋に行ったのはいいものの、一方通行だけは何故か全然置いてなくって結局9巻しか買えなかったんですよね。ショック。
ただ超電磁砲は全部買えたので12〜14まで一気に読んじゃいました。
フレンダと佐天さんのところはなかなか来るものがありましたね。

それと先日初めて誤字報告を受けまして。やっぱり間違いって自分じゃ気づきにくいこともあるんだなーって思いました。なので今回は結構念入りに確認してたので少し遅くなってしまいました。それでも誤字等がありましたらまた報告お願いします。

というわけで第5話どうぞ。


「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は19999号です、とミサカは懇切丁寧に教えます」

 

目の前の少女はそう言った。19999号、確か超電磁砲(レールガン)のクローンは全部で2万体。つまり彼女は最後の1つ手前ということになる。

 

「19999号ね……てかお前は何であそこに居たんだよ」

 

「研究所の外に興味が出たのでこっそり出てきたのですが、研修前で未調整のせいか体が動かなくなったのですてへぺろ、とミサカはお茶目にアピールします」

 

培養機の中でそんなぎこちないポージングをされても、正直反応に困ってしまう。

 

「なるほどね。で、確か量産型能力者(レディオノイズ)計画は失敗に終わったんじゃなかったか?」

 

「はい、そちらの実験は失敗しています、とミサカはあなたの豊富な知識に感心します」

 

「なら何で研修なんかするんだ?」

 

「それについては詳しく話すことが出来ません、とミサカはしっかり機密情報を守ります」

 

機密情報とか言っている時点で半分程守れていないようなものなのだが、彼女はそんな事を一々気にすることは無い。

 

「そうかよ、ならこっちで勝手に調べるわ」

 

「それはご自由にどうぞ、とミサカは心の広いお姉さんを演じます」

 

「演じるのかよ」

 

時間にしてはそれほど長くはない、大体10分くらいで必要な会話を済ませ、霧嶺はお土産の入ったビニール袋を近くのテーブルに置いて病室を出ようとする。

 

「あの」

 

「あ?」

 

「ありがとうございました、とミサカはもう一度お礼を言います」

 

「気にすんな、好きでした事だ」

 

どうやら自分は、自分が思っている以上に感謝され慣れていないらしい。

 

 

 

「もういいのかい?」

 

診察室に戻って早々冥土帰し(ヘブンキャンセラー)にそう聞かれた。

恐らくもう少し掛かるとでも思っていたのだろう。

 

「構わねぇよ、機密情報までは聞き出せねーからな。後は自分で調べる」

 

「何を調べるのかは知らないけど、くれぐれも気をつけるんだね?君はまだ僕の患者なんだ、無理はしないでくれよ?」

 

「はいはい、分かってるっての」

 

お前は何度同じ事を言うのか、と心の中で突っ込んでから霧嶺は病院を後にする。

 

 

 

アジトに戻ってきた霧嶺は、和菓子タイムに勤しんでいた。

いつもほど楽しさは感じていないが。

 

(あのクローンが言ってた『研修』の意味、つまり量産型能力者(レディオノイズ)ではない別の計画があるってことか。んで、アイツはそれに起用されている、と……)

 

先程病院で面会したクローンの少女との会話を思い出しながら検索する資料を絞る。

 

(確か妹達(シスターズ)は元々軍用クローンのはず、てことは何かの戦闘訓練の可能性もあるか……)

 

気づいたら羊羹を15個ほど食べ終わってしまった。確か冷蔵庫にはもうストックが無い、仕方なく買いに行こうかと思いソファから立ち上がる。

 

「霧嶺、超どこか行くつもりですか?」

 

後ろから絹旗に声を掛けられた。

振り返って顔を見てみると、何故か凄く不思議そうな表情だった。

 

「あ?あぁ、羊羹切れたから買いに行こうと思ってな」

 

「これから超仕事ですけど」

 

「え…?あ、そうだっけか」

 

そう言えば、と霧嶺は先程まで麦野が何か言っていた事を思い出す。

 

(あれ仕事の話だったのか……全く聞いてなかった)

 

「そういうことなので、超早く行きましょう。麦野達はもう出ましたから」

 

「あぁ」

 

一応ジャケットの中にある拳銃の調子を確かめてから、絹旗に着いてアジトを出る。

 

 

霧嶺は『アイテム』がよく使うキャンピングカーの中にいた。

彼の周りには当然他の『アイテム』のメンバー。

今回は『電話相手』ではなく、事前に仕事の情報を貰っていた麦野が仕事内容について他のメンバーに報告する。

 

「簡単に言えば、機密の奪取。まーた内部のモノを外部に持ってこうとしてる奴がいるって事ね」

 

「またかよ、飽きねーもんだな」

 

「ま、仕方ないわね。それなりの金にはなるんでしょ」

 

「運んでいる人達は超始末してもいいんでしょうか」

 

「別にいいんじゃない?余計に仕事増やされても面倒だし」

 

確かにその通りだ、自分たちにとって邪魔()なのだからわざわざ容赦する必要は無い。こういう仕事はすぐに始末さてしまう方が早く終わるというものだ。

 

「結局、やること単純だから早く終わりそうな訳よ」

 

「そう言ってヘマすんのがお前だけどな」

 

「酷い!」

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんなふれんだを応援してる。」

 

結局フレンダは、どうあってもいじられてしまうらしい。

 

 

 

第十一学区の路地裏に、黒いスーツの男はいた。

その周りにも同じ格好の男が15人程いる。彼らは現在、学園都市上層部に関わる情報と学園都市の科学技術、その2つの入った20個ほどのメモリースティックをジュラルミンケースに入れて運んでいた。

 

「おい、トラックの準備はどうなってる」

 

「もうすぐ到着します」

 

「よし、到着次第ケースを運び出すぞ」

 

ここ第十一学区は物資の搬入が盛んな学区で、玄関口としては学園都市の中で最も大きい。

その為、搬入を済ませて再度外部に出るトラックに偽装してケースを運び出そうとしているのだ。

 

待つこと数分、路地裏の先にトラックが止まった。

間違いなく偽装した運搬用のトラックだ。

多少の焦りと共にトラックに走り出した男だったが、足を止めてしまった。

 

ゴバァ!!という轟音と共に、トラックが吹き飛ばされたからだ。

 

トラックはボールの用にゴロゴロと転がされてしまう。

トラックに当たった衝撃の余波でスーツの男達も纏めて路地裏の奥に吹き飛ばされてしまった。

 

「クソつまらねぇ偽装工作ゴクローさん。まあ。全部無意味だったがな」

 

霧嶺冬璃が路地裏へと足を踏み入れる。

その顔には、つまらない一発芸を見せられたような表情が浮かんでいた。

 

「くっ……逃げるぞ!」

 

こんな芸当を軽々と行えるとなれば、相手は恐らく超能力者(レベル5)

学園都市の超能力者(レベル5)、彼らはたった1人で軍隊と渡り合えるほどの力を持っている。そんな化け物に挑む勇気も力も、彼らには存在しない。

逃げる、と言っても全員ではない。

それこそ後ろの超能力者(化け物)が追ってきてしまう。だからこそ何人かを囮にする以外に選択肢はない。

ケースを持っている男とリーダー格の男、その他10名程が霧嶺冬璃に背を向けて走り出す。

囮となったのは5人、だが一々気にしている暇はない。

 

「意外と人数いるんだな。それと、無意味って言ったはずなんだけどな」

 

ゴキィ!!という鈍い音と悲鳴を上げながら先頭を走っていた男が倒れた。

 

音のした方を注意深く見てみると、そこには4人の少女が立っている。

先頭にはフード付きパーカーを着た少女が拳を振り切っていた。

 

「あなた達の行動は超筒抜けですので、潔く超諦めてください」

 

「結局、もう打つ手無しって訳よ」

 

「ケースの方は壊さないようにねー、後処理が面倒だから。霧嶺もよ」

 

「超了解です」

 

「分かってるって」

 

「く……このっ!」

 

男は懐から拳銃を取り出して、目の前のフードの少女に向けて発砲する。

発砲音は3発。それだけで目の前の少女は体に風穴が空き、息絶えるはずだった。

 

甲高い音を響かせながら、少女の手前で弾丸が潰れていなければ。

無残に潰れた弾丸はそのままコロコロと地面に落ちた。

 

チッ、と男は舌打ちした。

念の為後方を確認してみると、

 

囮となった5人の男は血塗れで地に伏せ、先程の少年がこちらにゆっくりと歩いて来ていた。

 

「この期に及んで抵抗するとは見上げた根性だが……テメェに一々無駄な時間取られる訳にはいかねーんだよ」

 

さらに周りを見てみれば、他の男達も金髪の少女や茶髪ロングの少女に沈められていた。

 

後頭部に蹴りを入れられる。持っていたケースが腕から飛び出てしまった。

先程後ろから近づいて来ていた少年が直ぐに目の前に回り込み、ケースを持ってから男を壁に叩きつける。

 

「ほれ、滝壺パス」

 

目の前の少年は後ろにいたジャージの少女にケースを投げ渡す。

そこで彼の意識は途絶えてしまった。

 

 

結局、今回の仕事もまたあっさりと終わってしまった。

もしかしたら仕事よりも移動の方が長かったのでは、と思うくらいに。

暇を持て余した『アイテム』は麦野以外が駄弁っている。

麦野は積み上げられたビンのケースに寄りかかって通話をしている。大方いつもの『電話相手』と仕事についての話だろう。

 

「でもさー、結局水着って人に見せつけるのが目的な訳だから、誰もいないプライベートプールじゃ高いヤツ買った意味がないっていうか」

 

確か麦野がプライベートプールを借りたままとか言っていたはずだ。

フレンダの言う通り、個人で借りたプールとなれば身内以外は水着を見ないのは当たり前だ。

 

「でも市民プールや海水浴場は混んでて、泳ぐスペースが超ありませんが」

 

「んー、確かにそれもあるのよねー。滝壺はどう思う?」

 

「……浮いて漂うスペースがあればどっちでもいいよ?」

 

「そ、そお……」

 

滝壺はプールや水着にそこまで興味は無いようだ。浮いて漂うというのがプールの楽しみ方か、と言われると何とも言えないが。

 

「それに、水着を見せる相手というならウチには霧嶺が超いるじゃないですか」

 

「確かに!結局、霧嶺的にはどんな水着が好みな訳?」

 

『アイテム』の中で唯一の男の意見、2人としてはやはり気になるようだ。

 

「はぁ?別にそいつに似合ってりゃ何でもいいんじゃねーの?いくら金かけて高いヤツ買っても、似合ってなけりゃ意味ねーだろ」

 

「くぅ……確かに。結局似合ってないと見せても残念な結果になる訳よ」

 

「ちなみに、お前はどんな水着を買ったんだよ」

 

「ふっふっふ。去年を思い出せば分かるって訳よ」

 

「お前、まさか────!」

 

霧嶺は戦慄した。去年の悪夢が甦ってくる。

 

「あの赤のスリングショットって訳よ!」

 

「お前バカだろ!なんで去年却下したヤツ選ぶんだよ」

 

「そうですよフレンダ。フレンダのスタイルであんなセクシーな水着を超着こなせるわけないでしょう」

 

「2人共甘いって訳よ。私の成長力なら1年もあれば余裕って訳」

 

「そ、んな……」

 

絹旗は何故か絶望している。絹旗はどう見てもアレだが、確かにフレンダは前に比べて少し膨らみが……と考えた所で霧嶺は頭を振る。

別に霧嶺が変態と言うわけではない、たまたま目に入ってくるので仕方がないのだ。

 

「きりみね」

 

と後ろの滝壺が服を引っ張ってくる。霧嶺が振り向くと。

 

「競泳水着は、どう?」

 

どう、というのは似合うかどうかなのか、いきなりの質問に対して霧嶺は少し適当に、

 

「え、あー、いいんじゃねーの?」

 

「わかった」

 

すると滝壺はまた後ろに下がる。一体何がわかったのか霧嶺には全く分からなかったが、いつもの様に気にしないことにする。

 

と一見、仲睦まじい友達同士の会話だが、周りの状況はほぼ真逆。

周りには血に塗れ倒れた男達。絹旗は男の頭を壁に押さえつけているし、フレンダは体格差がかなりある男を地面に組み伏せている。霧嶺に至ってはその周囲にボロボロの男達、壁に減り込んでいるものもいる。

ただ一人、滝壺だけはジュラルミンケースを抱き抱えているだけだが。

 

「はーい、お仕事中に駄弁らない。新しい仕事が来たわよ」

 

通話を終えた麦野が手を叩きながら全員に声を掛ける。

 

「不明瞭な依頼だけどギャラは悪くないしやる事も単純かな」

 

「やる事って?」

 

単純な疑問を投げかけたフレンダ。それに対し麦野はニヤつきながら告げる。

 

「謎の侵略者(インベーダー)からの施設防衛戦」

 

 

 

霧嶺冬璃はまたも自宅のパソコンに張り付いていた。

結局先程麦野が言っていた仕事は3日後の事らしい。いつもはその日その日の依頼が多いため少しばかり怪しく思えたが、今までもいくつか似たようなパターンもあったのでとりあえずは保留にしておく。

今彼が最も重視すべき問題は、

 

「クローンが現在何に使われているのか。訓練なのか実験なのかは知らねーが、何らかの活動が行われているのは事実」

 

霧嶺は相変わらず研究所のデータにハッキングして、様々な資料を読み漁る。

 

「キーワードは、クローンってくらいか?他に何か……いや、超電磁砲(レールガン)ってのも案外キーワードになるかもな」

 

とうとう霧嶺は、恐らくビンゴと思われる資料に辿り着いた。

実験名は、

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画……?『絶対能力者(レベル6)』って確か、『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』とか何とかってやつか」

 

少しずつ内容を読み進める。そして予想外の文章を目にする。

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画で開発されたクローン技術を流用し、超能力者(レベル5)第三位超電磁砲(レールガン)のクローン2万体を用意。特定のシナリオ通りに戦闘を進める事で超能力者(レベル5)のその先、『絶対能力者(レベル6)』へ進化(シフト)する」

 

これだけでは終わらない、霧嶺は目を疑った。

 

「具体的には……2万通りの戦場を用意し、2万体の『妹達(シスターズ)』を殺害することで『絶対能力者(レベル6)』への進化(シフト)を達成する」

 

それだけでも十分狂気に満ちた内容だった。2万体のクローンを殺害、つまりあの少女と同じ顔をした少女が2万体死ぬということ。

さらにもう1つ、霧嶺にとって無視できない言葉が出てきた。

それは実験の対象者の項目。

何せ、

 

「実験、対象は────」

 

その人物とは、

 

「学園都市の超能力者(レベル5)第一位────」

 

研究所時代の知り合いだったのだから。

 

一方通行(アクセラレータ)

 

その瞬間、霧嶺は自宅であるマンションを文字通り飛び出していた。

行き先はあのカエル医者のいる病院。

 

 

 

夜の病院。診療時間などとうに過ぎ、カエル顔の医者、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はカルテを纏めていた。

 

轟音と共に診察室のドアが勢いよく開け放たれる。

飛び込むように入ってきたのはよく知る少年。

 

「全く、もう少しマナーというのをだね────」

 

「アイツは……アイツはどこにいる」

 

最早冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の言葉など聞く耳を持たず、霧嶺は真剣な表情で問いかける。

 

「あぁ、彼女の事かい?それならお昼頃に保護者を名乗る研究員が来たから、一緒に帰って行ったんだね?」

 

「な、に……」

 

しまった、と霧嶺は後悔した。

もう少し早く気づいていれば、先に彼女に確認が取れたのかもしれない。

 

(いや……それでどうする?確認をとって俺は、一体どうするつもりだったんだ……?)

 

霧嶺の思考が一瞬停止する。

疑問、そして困惑。何故彼は家を飛び出したのか。

 

(確かに実験については色々と思う所がある。でも違う、実験を止めようだとか、妹達を助けようだとかそんなに大層なモンじゃねぇ)

 

そして思い出す。

 

(そうか、俺はアイツへの……)

 

「それで、彼女がどうかしたのかい?」

 

突然押しかけたにも関わらず、勝手に1人で思考している霧嶺を冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が問いによって引き戻す。

 

「いや、何でもない。引き取られたなら問題はねぇ」

 

「やっぱり一応君にも連絡しておくべきだったかな?」

 

「そうだな、そういうことくらいは連絡してくれても良かっただろぉが。まあいい、用は済んだ」

 

「次からは、もっと穏便に来て欲しいんだね」

 

「気が向いたらな」

 

そのまま開けっ放しのドアから霧嶺は出ていった。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は呆れたように息を吐くしかできなかった。

 

 

 

霧嶺冬璃は夜の第七学区の公園にいた。公園のベンチに座り絶対能力進化(レベル6シフト)について考え込んでいた。その手に普段ほとんど飲むことはない、ブラックコーヒーを持って。

 

絶対能力者(レベル6)、絶対的な力……無敵か……」

 

資料の内容を口に出しながら反復する。

 

「無敵……敵が無くなる、か……お前、もしかして……」

 

資料の内容と同時に、一方通行(あの知り合い)について推測する。

彼が何を求めてこの実験に参加しているのか、実験の先に何を見るのか。

 

一方通行(アクセラレータ)、ベクトル変換……反射、それに無敵……可能性は高い、か」

 

きっと幼い頃に一緒に居たからなのだろう、何となくではあるが一方通行(アクセラレータ)の行動が少しだけ理解出来る。

でもそれは、

 

「上手くいかないと思うぞ、一方通行(アクセラレータ)

 

ハァ、と霧嶺は息を吐く。

きっとこれは彼がケジメを付けなければいけない問題かもしれないからだ。

 

「ったく、あの時の負債(・・)をまさかここで払うことになるなんてな……」

 

ふと手の中を見てみるといつの間にか缶コーヒーを握りつぶしていた、幸いもう飲み干していたので零れることはなかった。

潰れた缶をゴミ箱に投げ入れ、マンションに帰る。

きっと明日も仕事が入るだろう。

 

 




いかかでしたか?
とうとう主人公が実験について知ってしまいましたね。

負債って何なのかーとか、一方通行との関係性はーとかはまた後々に。
そして今回は戦闘ではなく蹂躙。描写はほとんど出していませんけどね。
施設防衛戦ということで、直ぐにわかった人もいるかと思いますが、恐らく次回はそこです。

ということで、第5話ありがとうございました。
また次回お楽しみに。


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8月19日

どうも甘党もどきです。
読んで頂きありがとうございます。

とある3期の5話を見たんですけど、結構端折られていましたね。
ピンセットと博士のくだりとかかなり。
後ラストシーンでフレンダがすっごく可哀想に思っちゃいました。
あの後を知ってると余計に心が痛くなります。あんなに可愛いのに、内田真礼なのに。

今日は文字数がいつもより少なめになってます。
内容的にキリがいいかなと思ったので。
それでは第6話どうぞ


 

霧嶺冬璃が絶対能力進化(レベル6シフト)計画を知ってから3日、つまり麦野が先日言っていた製薬会社からの依頼の日だ。

 

現在『アイテム』の5人は下部組織が運転するキャンピングカーに乗り込んでいた。

いつも通り『SOUNDONLY』の文字を見ながら、『電話相手』から仕事内容を聞いているところだ。

 

発電能力者(エレクトロマスター)ねぇ……」

 

『その可能性が高いって話ね。通信回線を使ったテロと電気的なセキュリティに引っかからない所からそう推測されてるみたい』

 

謎の侵略者(インベーダー)、目的は不明。分かっているのは能力だけ。

 

『てゆーか依頼主はどうも犯人が特定できてるっぽいんだけどねー』

 

その言葉を聞いた途端、全員の顔に不満が出る。

 

「目星がついているならなぜこちらから超襲撃しないのでしょう。不意を討った方が超楽勝だと思うのですが」

 

「確かにそうだな。情報はしっかり開示してくれないと困る」

 

『「手出しはターゲットが施設内に侵入した時のみ、襲撃者の素性は詮索しない事」ってのが依頼主のオーダーよ』

 

「はあ?何それ、結局意味分かんないんだけど」

 

「流石に納得できないな、オーダーそのものが怪しすぎるぞ」

 

各々が思ったことををぶちまける。確かに暗部の仕事とは時に不明瞭な依頼も入ってくることはある。しかし今回のものは格別。

まるで侵略者(インベーダー)を擁護しているみたいだ。

 

『こいつらときたら!私だってやりたくて受けたわけじゃないわよ!…それにね、この手の依頼には相手にも色々事情があるんだっつーの!』

 

一々不満を漏らすメンバーに『電話相手』がキレてしまった。納得出来ていないのは向こうも同じようだ。

 

結局のところ、不明瞭な点は無理やり納得するしかなかった。

ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと仕事しろーっ!と『電話相手』は一方的に通話を切ってしまった。

 

その後は簡単な作戦会議の時間だ。

防衛する施設は2基。問題は、

 

「どう戦力を分けるか、だな」

 

「そうね、片方に集中しすぎるともう片方を狙われた時に穴になるわ。となると私と滝壺、霧嶺は遊撃隊として動くとしましょ。どうせ侵略者(インベーダー)は1人みたいだし、それなら出た方に戦力を集中できるでしょ」

 

「わかった」

 

「りょーかい」

 

編成は決定した。

絹旗とフレンダが最初に防衛する施設に待機。そして侵略者(インベーダー)が現れた方に本命である、麦野と滝壺、霧嶺が赴く。

 

「とりあえずアンタらは侵略者(インベーダー)が出たら直ぐに連絡。私らが到着するまでは足止めに徹すること。いいわね?」

 

絹旗とフレンダはしっかりと頷く。

それと、と麦野は付け加える。

 

「ギャラは侵入者をツブしたメンバーが半分持ってくことにしましょ」

 

これには全員が頷く。

だが霧嶺にはフレンダが何かを思いついたような顔をしているのが見えた。

大体想像がついてしまうので、同時に嫌な予感がした。

 

「フレンダ……お前まさか1人で倒せばがっぽり、とか思ってるだろ」

 

「うぇ!?い、いやぜ、全然そんなこと思ってない訳よ」

 

ひゅーひゅー、と態とらしく口笛を吹いているあたり図星だろう。

麦野と絹旗も頭を抱えている。

 

「とりあえず連絡はしろよ。お前、いっつもツメが甘いんだからな」

 

「うぅ……」

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんなツメの甘いふれんだを応援してる」

 

結局フレンダ撃沈の最後の一撃は滝壺が決めてしまった。

 

 

 

フレンダは防衛対象となっている施設の片割れ、病理解析研究所で寝転がっていた。

もう片方には、絹旗、麦野、滝壺、霧嶺が待機している。

というのも結局フレンダが撃破ボーナスを欲しがったため、とりあえず彼女を1人で置いておこう、という話になったのだ。

相手が弱ければフレンダ1人で対象が可能で、たとえそれが不可能だったとしても向こう側に連絡を入れれば直ぐに麦野、滝壺、霧嶺が来てくれることになっている。

しかし、

 

「来るかどうかも分からない相手を待つだけってのも、結局退屈なのよねぇ」

 

ため息を吐きながら周りに沢山置いてある人形の1つを手に取り、いじる。

 

「電気的なセキュリティは全て無効化して侵入。所員と警備員(アンチスキル)は警報を誤作動させて遠ざけた後に機材を破壊……手口から侵入経路は絞ってみたけど、施設はここを含めた2基。結局ギャラ半分持ってくのはツブしたメンバーなんだから何とかこっちに……」

 

そこでフレンダの言葉は切れる。

 

下の方から何者かの足音が聞こえたからだ。

 

絞った侵入経路の内の1つからの足音。つまり今回の標的(ターゲット)である侵略者(インベーダー)ということになる。

 

(キタキタキタぁ〜~!結局、日頃の行いな訳よ!)

 

フレンダは顔を嬉々として起き上がる。

すぐさまいつものベレー帽を被り、移動しながら最初のツールを発火させる。

 

 

御坂美琴は絶対能力進化(レベル6シフト)計画に関わっている研究所の1つにいた。

目的はただ1つ、絶対能力進化(レベル6シフト)計画を止めること。

既に実験に関係している研究所の殆どはサイバー攻撃と直接的な殴り込みで、2基を残して他は破壊してある。

 

(あれから3日……どれくらいのペースで実験をしているのか調べる気も起きないけど。あれから1度も実験は行われていない、そう信じるしかない!)

 

それはただの願望でしかない。

ただそれは現状彼女にとって1番の望みであった。

 

今晩中に全部終わらせる、そう思いながら美琴は奥にあるデータベースに向かって全力で走り出す。

 

(このまま何事も無く終わればいいんだけど────)

 

しかし、彼女はすぐ足を止めることとなる。

 

天井が何かによって焼き切れ、瓦礫として美琴の頭上から落ちてきたからだ。

 

瓦礫と化した天井の金属が全て落ちる。

すぐに粉塵が晴れる。

御坂美琴が瓦礫の中心に立っていた。正確には、彼女を避けるような形で瓦礫が落ちていた。

彼女に傷は1つもない。

磁力によって落ちてきた瓦礫を自分から離す事によって無傷でいられたのだ。

 

「やっぱそんなに甘くはない、か……」

 

 

フレンダはその様子を機材の影からしっかりと見ていた。

瓦礫が全て外れ相手に傷1つついていない理由は、相手からバチバチと漏れだしている電気によって大体理解できた。

 

(発電能力者(エレクトロマスター)って情報は確かみたいね……)

 

そう考えながら修正テープのように、いつも使っているツールを機材に貼り付けていく。

貼り終えたツールに針のようなものを当てる。

 

(本来はドアや壁なんかを焼き切るツールなんだけど、)

 

直後、針が当てられた所から発火しツールに沿って伝達されていく。

 

(こんな使い方もあるって訳よ!!)

 

火花の線は侵略者(インベーダー)の方へと向かうが、相手には簡単に避けられてしまう。

だが目的はそっちではない。

火花の行く先は、人形。

ただの人形なら、焼き切れてボロボロになるだけだ。

しかし置いてある人形はただの人形ではない。

 

中に爆弾が仕込んであるのだから。

 

ドゴン!!という轟音と共に火花に貫かれた人形が爆発する。

 

侵略者(インベーダー)は避けたらしいが、これだけでは終わらない。

研究所内に張り巡らされたツールに点火していく。到達先はもちろん爆弾を仕込んだ人形達。

侵略者(インベーダー)は瓦礫と化した金属を磁力で操り盾にするつもりらしい、

 

(それも計算通りな訳よ)

 

金属の隙間には時限式の爆弾が仕込んである。

侵略者(インベーダー)は金属の盾を放り投げ、無数の爆弾が爆発する。

回避こそされたものの、相手は大分ダメージを負っているようだ。

 

(結局、こっからが楽しいって訳よ)

 

戦い(狩り)はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

霧嶺冬璃は現在、脳神経応用分析所にいた。

隣には滝壺、前には麦野と絹旗の2人。

『アイテム』のもう1人、フレンダはもう片方の病理解析研究所に待機しているはずだ。

フレンダの目が金に染まっていたので元々この施設を防衛予定の絹旗と遊撃隊の麦野、滝壺そして霧嶺もこちら側で待機しているのだ。

 

「嫌な予感がする」

 

と霧嶺はため息と共に言葉を吐き出す。

 

「超同感です」

 

それに絹旗が苦笑いで同意する。

 

「まあ仕方ないわね」

 

まあでも、と麦野は付け加える。

 

「あいつも一応は暗部の人間なんだし、それなりにやれるでしょ」

 

意外だった。いつもはフレンダに対して辛辣な麦野だが、その実力にはそれなりの信頼を寄せているらしい。

そこで彼らの会話は途切れた。

 

霧嶺のスマホに着信が入ったからだ。

 

差出人は大体分かってはいるが、一応確認しておく。

当然の如く相手はフレンダ、どうやらもう片方の研究所に侵略者(インベーダー)が現れたらしい。

 

「なんだって?」

 

隣の滝壺が聞いてくる。

本人も恐らく分かってはいるのだろうが。

 

「向こうに現れたらしい、多分今は交戦中だろうな。ってか何で俺に?」

 

「さあね、まあ連絡を入れただけマシなんじゃない?じゃあ向こうに移動しましょ。絹旗、こっちは頼んだわ。さっき言った事も含めてね」

 

「超了解しました。そちらも超気をつけてください」

 

絹旗を除いた3人は直ぐに研究所を出て移動用のワゴンに乗り込む。

行き先はフレンダのいる病理解析研究所。

 

 

 

病理解析研究所で御坂美琴(インベーダー)と交戦していたフレンダは、

ピンチに陥っていた。

具体的に言うと、気体爆薬というハッタリを掛けたのは良いものの相手の地雷を踏んだらしく今は首を絞められている。

 

(確かにこれなら衝撃なく相手を倒せ……って流石にヤバい!?)

 

相手が背中に密着しているのをいい事に、呻き声を上げながら背負投げをする。

 

(わ、悪くない考えだったけど……し、所詮は素人結局完全にはって訳よ)

 

咳をして目に涙を浮かべながら心の中で見栄を張るフレンダだったが、視界の端に何かが映った。

それはいつもツールの点火に使っている針。背負い投げをした際スカートからいくつか飛び出してしまった内の1つ。

その針が、

床に張り巡らせたツールの1つに落ちようとしていた。

 

(え?ちょっ…!)

 

フレンダはちょうどツールを踏むように立っていた。

ツールはドアや壁を簡単に焼き切る威力を持っている。

つまり、

このまま行けば自慢の脚線美を持つ脚どころか下半身が丸ごと吹き飛ぶだろう。

 

にょわ!?と変な声を上げながら全力でジャンプする。

ツールが点火されたのはそれとほぼ同時だった。

 

ゴロゴロと転がってから機材に頭をぶつけて止まる。頭をぶつけるのもかなり痛いがそれでも下半身を吹き飛ばされるよりも大分マシだろう。

 

「ててて……あっぶねーあぶねー。全く自慢の脚線美だってのに……」

 

そこでフレンダは気づく、

今まで気体爆薬というハッタリを掛けていたにも関わらず、ツールが点火した事で自分からバラしてしまったことに。

 

「あ」

 

目の前では超能力者(レベル5)級の発電能力者(エレクトロマスター)が腕に電気を纏いながら立っていた。

 

「あーそっかそっか。結局、私も随分初歩的なハッタリに引っかかってた訳か……はは、結局だって。感染し(うつっ)ちゃったかしら。あははははは」

 

「ははははは……」

 

目の前の侵略者(インベーダー)はどう見ても腕に電撃を溜めているようにしか見えない。

これはまずい、とフレンダは何とかこの状況を打開する策を考える。

そして出た結論は、

 

「てへっ」

 

誤魔化す事だった。

結果、

 

ぎゃんっ!という悲鳴が研究所内に響き渡った。

 

 

 

「あが……ぐぬ……」

 

結局電撃を浴びせられたフレンダは、痺れる体を何とか動かして逃げようとしていた。

だが電撃を放った張本人ははそうもいかないらしい。

 

「電撃に手心を加えたのは、別に死なせたら寝覚めが悪い、とかじゃないわよ。計画について知ってること洗いざらい吐きなさい」

 

フレンダは機材を背にするように追い詰められてしまった。

侵略者(インベーダー)は手を前に構えて、いつでも電撃を放てるように準備しながら聞いてくる。

 

「この計画を手動している面子は?アンタ達を雇ったのは誰?」

 

(いや、私らも間に仲介人がいるし)

 

「アンタみたいなのが他にもいるわけ?能力者ならその能力は?」

 

(はっ、そんなの教える訳…)

 

そこでフレンダの思考は切れる。

 

ガガガ!という音を立てて、後ろの近くの機材が炭と化したからだ。

そして目の前の侵略者(インベーダー)は告げる。

 

「黒焦げになりたくなかったら、3秒以内に答えなさい」

 

(わーっ、言う言う!麦野達なら能力バレても負けたりしない訳よねっ!)

 

淡々とカウントは迫る。

命が惜しいフレンダは仕方なく、本当に仕方なく麦野達の情報を教えるつもりだった。

 

電撃によって舌が痺れて声が出せない、という今の状況がなければ。

 

だがそんな事に構わず、カウントはゼロになった。

 

「そう、仲間は売れないって事ね」

 

(違うのっ!電撃で体が…!)

 

「そういうの、嫌いじゃないけどね……」

 

そこで御坂美琴は壁の方から何か(・・)を感じて視線を動かす。

直後、

 

ビュオ!と壁を貫いて来た光線が彼女に迫る。

 

美琴は何とか後ろに避けたが、近くにあった機材は一瞬で灰になってしまった。

光線が貫いてきた壁を見ると、

溶けて大きく穴が空いた部分から3人、目の前の金髪の仲間だろう人物が入ってきた。

 

「あーんまり静かだから殺られちゃったのかと思ったけど、」

 

女が2人に男が1人。

 

「危機一髪だったみたいね、フレンダ」

 

状況はさらに悪化した。




いかがでしたか?

今回は特にそうなんですけど、超電磁砲からの引用セリフが多くなっちゃいました。
なので所々変えてる部分も作りました。それでも同じような部分があると思います。
次回はまたガッツリ戦闘描写になるかと思います。
感想、お気に入りよろしくお願いします。

ではまた次回。


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超電磁砲(レールガン)

どうも、大学に行くまでの電車が憂鬱な甘党もどきです。

今回は戦闘メイン。
みこっちゃんが結構やられちゃうかも?
みこっちゃんファンの方ごめんなさい。
やっぱり戦闘描写って難しい。かなり悪戦苦闘しました。
それでもまだまだこの程度。悩みです。

では第7話どうぞ。


「危機一髪だったみたいね、フレンダ」

 

(む、麦野ぉ~!助かったぁ~)

 

フレンダは満身創痍の状態であったが、安心したような表情を見せている辺り何とか間に合ったようだ。

しかし、

 

「まったく、私らが到着するまでは足止めに徹しろって言っておいたのに、深追いした挙句返り討ちにあって捕まっちゃうなんて」

 

麦野は厳しかった。

フレンダはだんだん項垂れていく。

 

「撃破ボーナスに目が眩んだからってほんとに何やってんだか」

 

麦野は容赦しない。

フレンダもどんどん沈んでいく。

 

「ギャラの分配考え直さなきゃね~」

 

フレンダは完全に沈んでしまった。

それを見ていた残りの2人は、

 

「ま、予想通りではあったな」

 

「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんなふれんだを応援してる」

 

いつも通りだった。

彼らの会話はそこで切れることになる。

 

ドラム缶くらいの機材が麦野に向けて飛んできたからだ。

 

すぐに気づいた麦野は、能力を盾のように展開して防ぐ。

盾に触れた瞬間、機材はボロボロと崩れていった。

 

「で、あれが噂の侵略者(インベーダー)ね」

 

麦野はフレンダに確認しながら、再度能力を使用する。

今度は盾としてではなく、脅威的な破壊力を持つ矛として放つ。

 

放たれた光線が侵略者(インベーダー)のいる場所へ着弾する。

ゴバァ!という轟音と共に爆発が起きる。

 

だが御坂美琴は磁力で壁を登り、光線を回避する。

爆風に飲まれそうになったものの何とか凌いだ。

そして磁力で機材を持ち上げそのまま投げ飛ばす。

数は4つ、細かな狙いを定める訳でもなくただ飛ばす。

 

チッ、と霧嶺は舌打ちしてから彼の隣にいたフレンダの襟首を引っ張って後ろに投げる。

にょわ!と間の抜けた声が聞こえたが気にしない。

飛んできた機材を防ぐため演算を行う。隣にいる麦野も『原子崩し《メルトダウナー》』を盾にしている。

 

「随分と器用だな」

 

「そうね」

 

軽く会話をしながら2人の超能力者(レベル5)は機材を軽々と防ぐ。

麦野は能力でまたも機材を崩し、霧嶺に至っては機材が彼の目の前で停止している。

霧嶺はさらに演算を行って、飛んできた速度より遥かに速く機材を飛ばす。

 

甲高い音を立てて壁に突き刺さるが、美琴は壁から壁へとジャンプするとこで回避する。

 

麦野は感心したように、

 

「壁に張り付いて逃げ回るなんて、まるでクモみたい」

 

(あん?あの顔、どっかで……)

 

霧嶺は煙の無い状態でハッキリと侵略者(インベーダー)の顔が見えたことで、記憶を刺激される。

 

(まさか、超電磁砲(レールガン)?)

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画を調べ、クローンを本人の写真と見比べた時に知った顔。

常盤台の超電磁砲(レールガン)、御坂美琴がそこにはいた。

 

(何が目的かは知んねーが、まさか学園都市の闇(こっち側)に関わって来るとはな)

 

どうでもいいか、と霧嶺は今の思考を捨てる。

自身のDNAマップを悪用されて哀れに思ったことはあったが所詮はその程度。今はただのターゲットだ。

隣の麦野がポケットから白い粉末の入ったケースを取り出して後ろの滝壺に投げ渡す。

 

「滝壺、使っときなさい」

 

受け取った滝壺は機材の後ろへと隠れた、フレンダもついでに隠れていった。

さて、と霧嶺は御坂美琴を見据える。

すでに麦野は美琴と交戦している。

麦野の光線が美琴を襲い、光線を避けながら電撃を放つ美琴。

しかし放った電撃は麦野に当たることなくその軌道を逸らされる。

サボる訳にはいかない、と霧嶺は演算を行ってから体を動かす。

 

 

(かわした!?いや、電撃を強制的にねじ曲げてる?)

 

放たれる光線を何とか避け、やっと放った電撃はなぜか当たらない。

相手が回避に移ったようには見えず、放った電撃の軌道に違和感を感じる。

ならば、と美琴はもう一度磁力で機材を投げ飛ばす、

はずだった。

 

突然目の前に霧嶺が現れなければ。

 

「なっ!?」

 

目の前の男はそのまま美琴に蹴りを入れてくる。

美琴は何とか反応出来たものの、回避までには至らず腕を交差させてガードするのが精一杯だった。

 

(まさか、空間移動能力者(テレポーター)!?)

 

いや違う、と美琴はすぐにその考えを放棄する。

なぜなら空間移動能力者(テレポーター)は、

 

一瞬で移動することが可能でも、空中に留まる(・・・・・・)事は不可能だからだ。

 

(何なの、アイツ)

 

あのビーム女といい、美琴を蹴り飛ばした男といい能力がどういうものなのか分からない。

1度対峙した一方通行(アクセラレータ)とは違う原理の分からない能力。

いや、と美琴は心の中で否定する。

 

(女の方は少しだけ分かってきた。でも……)

 

男の方が分からない。

何の能力なのか、どんな原理なのか。

まるで美琴の電撃を打ち消すあの男のような。

 

(だったら!)

 

自分で確かめる、とすぐさま電撃を男に放つ。

超能力者(レベル5)から放たれる殺人級のそれは真っ直ぐに霧嶺へと向かっていく。

機材を受け止める、一瞬で移動する、空中に留まる、これらの要素から男はもしかしたら電撃への対抗策が無いのではないか。

だから先程まであの女が戦っていた。

当たっていればあの男はこの一撃で落ちる。

そして美琴の想像通り電撃は直撃した、

しかし、

それだけだった。

 

(う、そ……)

 

男には何も変化がない。

むしろ変化があったのは電撃の方だ。

まるでロウソクが燃え尽きるかのように電撃は跡形もなく消えてしまった。

何が起きたのか理解が出来ない。ビーム女のようにねじ曲げた訳ではない。一方通行(アクセラレータ)のように反射した訳ではない。

電撃が消えた(・・・)

これではまるで、

 

(アイツみたいじゃない)

 

気に食わない、と美琴は歯ぎしりする。

もしかしたらあのツンツン頭の少年以上かもしれない。

ツンツン頭の少年は必ず右手を使うし、何より彼は空中に立つなど出来ないはずだ。

ならば美琴を蹴り飛ばした男は何なのか。

 

ゾクリ、と考え事をしていた美琴の背筋が凍る。

嫌な予感がする、と美琴はそこで気づく。

ジャージの女が見つめている。

それだけで美琴は気味が悪くなる。

 

(何か分からないけど、アイツからは危険な匂いがする!)

 

そして、

 

「始まったか」

 

また目の前に現れた男に今度は膝蹴りをもらう、だが今度は反応出来なかった。

つまり、

男の膝がそのまま美琴の腹に入った。

 

「ぐ、ッ」

 

蹴られたままの速度で美琴は壁へと飛ばされる。

プロ野球選手が投げたボールの様な速度で壁に突撃するも、ギリギリで磁力を反発させる。

それでも停止までには至らなかった。

 

ガン!という鈍い音と同時に背中に痛みが走る。

 

「い、ッぁ…」

 

磁力でかなり減速したにも関わらずかなりの痛みが襲ってくる。

磁力最大の緊急回避など比べ物にもならない程の痛み。

 

(まずい……)

 

痛みに悶えている暇など恐らく存在しない、彼らはそんな隙を与えてはくれないだろう。

だからこそ壁に大きく空いた穴を見つけられたのは幸いだった。

ビーム女の攻撃で空いたであろう大穴、どこに繋がっているかは分からない。

それでも、と美琴は迷わない。

 

近くのパイプに電撃を放ち、パイプから煙が吹き出す。

ハッタリを掛けられた時を思い出し、可能性に掛けた策が成功した。

その隙に美琴は大穴から飛び出す。

逃げることはしない、目的は研究所のデータベース。それさえ破壊できれば美琴の勝ちなのだから。

 

 

チッ、と麦野は舌打ちした。

 

「私の空けた穴から逃げたわね」

 

「みたいだな、滝壺」

 

「大丈夫、ターゲットのAIM拡散力場は記憶した」

 

 

広い研究所内を美琴は磁力を駆使して走り回っていた。

ランダムに走り回ることで、追っ手を近づけにくくすることも忘れない。

 

(あんなのを3人も相手にするのは分が悪い。追ってきた奴だけ各個撃破して……)

 

そこで美琴の思考は途切れてしまう。

 

ガクン、と美琴の足から力が抜け、体のバランスが崩れたからだ。

 

(マズッ!?能力を使いすぎた。力がもう……)

 

美琴の体が前のめりに倒れそうになった瞬間、

 

ゴッ!という爆発音と共に白い光線が美琴の真後ろを抜ける。

 

「ランダムに迂回してるのにどうやって……まさか当てずっぽう?」

 

いや、と美琴は天井に張り付く。

美琴を掠めるように第2第3の光線が壁を貫いてくる。

それを見れば光線が当てずっぽうではなく、確実に美琴のいる場所を狙っているのが分かる。

それをハッキリと理解した美琴は、再び走り出す。

 

 

「かわされた、検索対象は消えていない」

 

チッ、と麦野は舌打ちしながら、

 

「天井に跳んだのかしら、立体的に動き回るってのも面倒ね~」

 

フレンダ、と麦野は呼ぶ。

オッケー、とフレンダはすぐにツールを点火させる。

十数秒すれば施設内のどこかで爆発が起きるだろう。

 

「どうすんだよ、いくら滝壺で探知出来ても当たらねーんじゃ意味ないだろ」

 

「分かってるわよ、てかアンタもちゃんと参加しなさい」

 

「つっても今は手を出す必要ねーだろ、お前らで事足りるんだからな」

 

1人で目を輝かせたいるフレンダを尻目に不満顔で麦野に抗議する。

確かに滝壺と麦野のコンビは強い、お互いに能力の相性が良いのだ。

麦野の破壊力に滝壺の追跡力。

滝壺が見つけ麦野が撃破する、完璧ともいえる布陣だ。

だが、と霧嶺は文句を付ける。

 

「俺だって足りてねーんだよ、ちったぁ俺にもやらせろ」

 

「それじゃ今度は私がつまらないじゃない」

 

正直な所、霧嶺冬璃は満足していない。相手は超能力者(レベル5)第三位、常盤台の超電磁砲(レールガン)御坂美琴。

学園都市に8人しか居ない超能力者(レベル5)、霧嶺冬璃もその一端ではあるものの超能力者(レベル5)同士の戦闘というのはあまり無い。

母数が少ないから当然ではあるのだろうが。

だからこそ貴重な体験を無駄にしたくはない。きっと他の3人に超電磁砲(レールガン)の事を話せば対策は直ぐに練って、倒すことが出来る。

 

(それじゃあつまんねぇ)

 

同じ超能力者(レベル5)、それを聞いた麦野が黙っているだろうか。

そんなことは有り得ない。むしろ麦野はもっと攻撃的になるだろう。

それは困る、と霧嶺は心の中で呟く。

超電磁砲(レールガン)の実力はどんな物なのか、先程の戦闘では一方的に蹴り飛ばしていたので向こうの手の内はあまり見ていない。

あわよくば代名詞たる超電磁砲(レールガン)を見せて貰おうか、などと考えている霧嶺の思考は途切れる。

 

能力追跡(AIMストーカー)を使用している滝壺が息を切らしている姿が目に入ったからだ。

滝壺理后の能力、能力追跡(AIMストーカー)は使用に限度がある。

それは『体晶』によって意図的に暴走させる事で発動する無理筋の力。当然、使用する本人への負担は重い。

故に滝壺は能力を長時間使用する事ができない。

 

「ターゲット、20メートル北西に移動」

 

「なかなか当たらないわね……」

 

そう言う麦野もチラチラと滝壺を見ている。

恐らく彼女も滝壺の限界に気づいているのだろう。

隣のフレンダも滝壺を心配している。

 

「20メートル北西か……」

 

そう呟いた霧嶺はレーザーを面として展開し放つ。

いつものレーザーが針で刺すイメージならば、これはナイフで切るようなイメージ。

放たれたレーザーが施設内を縦に両断する。

相手が立体的に動いているのなら、と霧嶺が機転を効かせた策だ。

 

「どうだ、滝壺」

 

上手く行けばターゲットは真っ二つになっているだろう。

しかし滝壺理后は首を横に振る。

 

「ターゲットはさらに10メートル北西に移動」

 

チッ、と霧嶺は舌打ちした。だが彼のレーザーでも施設の壁くらいならば簡単に貫けることは分かった。

それだけでも彼にとっては大きな収穫だ。

 

隣では相変わらず麦野が『原子崩し《メルトダウナー》』を放っている。

はずなのだが、

 

「私の『原子崩し《メルトダウナー》』を曲げた……?」

 

などといいながら急に笑いだした。

まさか、と霧嶺は予想する。

麦野は相手が超電磁砲(レールガン)だと分かってしまったのだろう。

確かに電子の状態を操る麦野の攻撃を、電子の流れを操る美琴が曲げられても何らおかしくはない。

 

そこで滝壺理后が倒れた。

ドサッ、と音を立てて膝から崩れ落ちたのだ。

その滝壺に駆け寄ったフレンダも何故か体を動かせないでいた。電撃の影響が残っていたのだろうか。

 

「霧嶺」

 

そこで横から声が掛かる。

名前を呼んだのは麦野。霧嶺が聞き返す間もなく麦野は続ける。

 

「滝壺とフレンダを連れて離脱しなさい」

 

「お前……やっぱりか」

 

「やっぱり、てことはアンタも気づいてたのね」

 

「途中からだけどな」

 

間違いない、と霧嶺は確信する。

 

麦野沈利は超電磁砲(レールガン)に気づいている。

その上で麦野は言っている。

まだやれる!とフレンダは抗議するも、

 

「あなたもあのクモ女から受けたダメージが残っているでしょう。それにこの先戦闘が激化した時に私と霧嶺だけじゃカバーしきれないかもしれない。かと言って2人だけを離脱させても、そっちを狙われたら意味ないしね」

 

だから、と麦野は続ける。

 

「あなた達がここに居るのは危険よ、後詰めは絹旗に任せて退きなさい」

 

「ごめんね、足引っ張って」

 

「別に責めてやしないわよ。相手は虫の息だし、むしろよくやってくれたわ」

 

珍しく本気でしょぼくれるフレンダを、ベレー帽に手を置きながら麦野は慰める。

だがあんな理由を付け足しても霧嶺には分かる、麦野はただ超電磁砲(レールガン)と一対一で戦いたいだけなのだろう。

仕方ない、と霧嶺は息を吐く。

 

「分かった。今回は(・・・)退いてやるよ」

 

「ええ、感謝するわ」

 

そのまま麦野は『原子崩し《メルトダウナー》』で空いた大穴に入っていった。

 

「むぎの」

 

「なんか優しかったね」

 

珍しく優しさを見せた麦野に驚愕の視線を向けていた2人を脇に抱き抱える。

 

「そらとっとと絹旗と合流すんぞ」

 

そしてそのまま能力を使って施設内を駆けていく。

 

フレンダが悲鳴を上げていたのは聞かなかったことにしよう。

 

 

 

施設の外に止まっていたキャンピングカーを見つける。

その周りには下部組織の連中が待機していた。

 

「お前らは麦野が出てくるまで待機してろ」

 

『アイテム』に所属して1年程、他のメンバーよりも新参ではあるが既に1年以上いるのだ、それなりに地位も上がる。

超能力者(レベル5)というのもあるのだろうが、『アイテム』において霧嶺冬璃とは麦野の一つ下といった立ち位置にいる。

そのため今のように麦野が居ない場合は基本的に霧嶺が指示を出す事が多い。

 

キャンピングカーに2人を乗せてから自分も乗り込み、運転手である下部組織の1人に絹旗と合流する旨を伝え。Sプロセッサ社へ向かうよう指示する。

 

「きりみね」

 

「あ?」

 

霧嶺の目の前に座る滝壺が声を掛ける。

 

「きりみねは離脱しなくても良かったのに」

 

「いいんだよ、今回はな。……それよりお前はそんな能力の使い方で本当に大丈夫なのかよ、さすがに見てて不安になるぞ」

 

ただ単純な心配。『体晶』による暴走を利用しての能力使用。

それがどれ程の負担を掛けるのか、滝壺の様子を見ていれば簡単に分かってしまう。

 

「大丈夫……私の居場所、ここだけだから」

 

そっか、と隣で聞いていたフレンダが声を漏らす。

 

「いつか他にも滝壺の居場所が出来るといいね」

 

「そうだな」

 

2人が呟いた瞬間、霧嶺には滝壺が笑ったような気がした。普段あまり表情を変えないので、確信は出来ないが。

そこでふと、霧嶺は異変に気づく。

 

フレンダが固まっている。

と思ったら、

 

「ああーーッ!」

 

突然大声を上げだした。思わず能力を使いそうになるくらいの音量を上げた彼女を怪訝そうに見る。フレンダの隣にいる滝壺も流石にビックリしている。

 

そしてフレンダは問題発言をした。

 

「爆弾、回収すんの忘れてた……」

 

 

Sプロセッサ社で絹旗と合流した霧嶺達は、一旦麦野からの指示を受けようと絹旗が麦野へと電話を掛けていた。

その近くではフレンダがソワソワしながら通話終了を待っている。

大方爆弾の回収についてだろう。

 

「……は?超そのまま伝えていいんですか?超了解です。私達だけで進めていいそうです」

 

絹旗は携帯を仕舞いながら受けた指示を伝達する。

そこに先程からずっとソワソワし続けているフレンダが恐る恐るといった雰囲気で絹旗に尋ねる。

 

「麦野…その…怒ってる感じしなかった?……爆弾とか……」

 

最後の方につれて言葉が弱くなっていく。そんなに怖いのなら聞かなければいいのに、などと思ってしまうが当人からしたらそんな訳にはいかないのだろう。

 

「いえ、テンションは超高かったですが」

 

よかったー、とフレンダは大きく息を吐く。

しかし、絹旗の話はまだ終わっていない。

 

「ただフレンダに超伝言が」

 

「ん?なになにー?」

 

既に救われたと言わんばかりにいつもの調子でフレンダは耳を傾ける。

そして、

 

「『オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね』だそうです」

 

だうー、と訳の分からない声を発する。ここにフレンダの判決は下された。

 




いかがでしたか?

戦闘描写はまだまだ苦手です。
そのうち修正を入れるつもりではいます。
マンガと小説で戦闘描写の勉強はしているつもりなんですけどね、慣れない。
もしかしたら今回は戦闘感があまり感じられなかったかもしれないですね。これから精進していきます。
よければ感想、お気に入りよろしくお願いします。

ではまた次回。


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繰り返す真実

どうも甘党もどきです。

更新が大分遅くなってしまいました。申し訳ございません。
大学の試験やら何やらでなかなか手をつけられない状況が続いてました。

ということで、お待たせ致しました。
第8話どうぞ


8月20日。

御坂美琴はSプロセッサ社脳神経応用分析所。美琴が昨日襲撃しデータベースを破壊した病理解析研究所とは別の、潰し損ねた一基。

 

「……のはずなんだけど」

 

ビルの上で双眼鏡を覗いていた美琴は、研究所の違和感を感じ取った。

警備ロボットをハッキングして研究所に近づく。

 

人の出入りがないだけならば美琴はそこまで違和感を感じなかっただろう。

しかし電撃使い(エレクトロマスター)、しかも最高位の超能力者(レベル5)である美琴は別の要因を見つけられる。

 

「電気機器がひとつも稼働していない……!?」

 

罠の可能性は大いにある。それも危惧しながらも美琴は研究所の施設の中へと足を踏み入れた。

 

 

「やっぱり、誰もいない。データも全て消去済み?どういうこと……?」

 

無人の研究所、消去されたデータ。目の前の不可解な現実に疑問を抱く。

何があったのか、それを知るべく美琴は持っている端末でニュースを調べる。

1つの記事を見つけた、見出しにはこう書いてあった。

 

────『Sプロセッサ社破綻』。

 

そこには第七学区に本社を構えるSプロセッサ社が8月20日、つまり今日経営破綻、そして同学区内の水穂機構の業務撤退についてが書かれてあった。

美琴の考え得る可能性は2つ。昨日の攻防戦で継続を諦めた、もしくは一基のみでは継続が不可能のどちらかだろう。

 

(分からないけど奴らを撤退まで追い込んだんだ)

 

そしてそれはもう1つの現実を表す。

つまり絶対能力進化(レベル6シフト)計画の中止。美琴の望んでいた未来、彼女のクローンである『妹達(シスターズ)』の虐殺が止まるということ。

 

(やった……やった!)

 

それは美琴にとって光だった。提供したDNAマップによって生み出され、非人道的な実験に利用されるクローンを作る切っ掛けを作ってしまったことへの贖罪。

やるべき事など山程残っている。

それでも、と美琴は希望を見出す。

 

「『妹達(あの子達)』はもう……死ななくても……」

 

研究所を出た美琴の足取りは、ほんの数日前よりも軽かった。

 

「これで…….」

 

もう実験は行われない、『妹達(シスターズ)』はこれ以上犠牲にならない。

それだけで今は前に進める。

そしていつもの公園を通り掛かった時、聞き慣れた声が耳に入る。

 

「あれーッ!?おっかしいなぁ……もしかしなくても故障ですかぁ?俺の二千円札を返してーっ!?」

 

見慣れたツンツン頭の少年が自販機の前で叫び声を上げていた。

確かあの自販機はお金をすぐに呑み込んでしまうはずだ、美琴も経験はある。

大方彼もその被害者となってしまったのだろう。

彼相手にはいつも喧嘩腰になってしまう、だがそれは美琴(自分)打ち負かした(・・・・・・)彼がいけないと勝手に思っている。

しかし今の美琴は機嫌がいい。

こういう時くらい、と美琴は微笑む。

そして迷うことなく駆け寄る。

 

「ちょろっとー」

 

いつもの美琴らしく元気に声を掛ける。

彼はきっと何も知らない。それでも構わない。今だけはこの気持ちに付き合ってもらおう。

 

「買わないんだったらどくどく。こちとら一刻も早く水分補給しないとやってらんないんだから」

 

彼を両手で押して自販機の前から退かす。

そして、

 

「…あ!…あー、えっと……何だコイツ」

 

電撃が炸裂した。

 

 

 

相変わらず『アイテム』のアジトである第三学区の個室サロンで霧嶺冬璃はパソコンを睨んでいた。

調べているのは絶対能力進化(レベル6シフト)計画について。御坂美琴が襲った研究所は全て絶対能力進化(レベル6シフト)計画に関わりのある研究所で、彼女は実験を止めるために潰して回っていた。

 

「なるほどねぇ……熱心なことで」

 

学園都市内にある、絶対能力進化(レベル6シフト)計画と関係している研究所は20を超えている。それをほぼ全て1人で潰した、という事実に霧嶺は関心する。

 

「あれ?麦野は?」

 

個室サロンには麦野沈利が居なかった。『アイテム』のリーダーである彼女が。

 

「そういえば超見かけませんね。霧嶺、何か超知りませんか?」

 

「調整だとよ。ま、流石のアイツも超電磁砲(レールガン)相手じゃキツかったんだろ」

 

超電磁砲(レールガン)ってもしかして昨日の……?」

 

「少し気になったから調べてみたんだよ。そしたらほら」

 

信じきっていなさそうなフレンダに霧嶺はパソコンの画面に出た顔写真を見せる。

写真は書庫(バンク)に載っている御坂美琴のもの。

 

「ほんとだ……ま、まあ超能力者(レベル5)級だとは思ってた訳だけど……」

 

「それなのに深追いしたのか……」

 

「まあフレンダなら超有り得る話ですね。結果、麦野が帰ってきたら超オシオキルートですし」

 

「う……」

 

調子に乗り出した途端に霧嶺と絹旗からダブルパンチを貰い、フレンダけ撃沈した。

霧嶺はそこでパソコンで新たに検索を掛ける。

内容は絶対能力進化(レベル6シフト)計画の現状について。

ニュース記事には業務撤退と書いてあった。

しかし霧嶺冬璃はその内容が正しいとは思わない。

確かに襲撃された研究所は業務撤退を行っている、しかしだからといって実験が中止になったとは結論づけられない。

学園都市内であの非人道的な実験を行っていれば気づかれる可能性だってあるが、それは他のクローンを使って隠蔽しているのだろう。

ならば実験自体を見られていたら?そんなことは有り得ない、と思うかもしれない。見た人間は秘密裏に消されているかもしれない。

だが学園都市は違う。

 

そもそもの話、学園都市は衛星による監視が着いているのだ。衛星ならば学園都市全体を常に捉える事が可能なのだ。

その監視があってなお、なぜ実験が表に出されていないのか。

霧嶺が考えられる可能性は1つしかない。

 

(統括理事会がグルか……)

 

霧嶺にとって気になることはもう1つ。いや霧嶺はどちらかといえばこの問題の方が気になっていた。

それは、

 

(『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が大破、ね……)

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』。学園都市が誇る世界最高のスーパーコンピュータ。別名『超高度並列演算処理器(アブソリュートシミュレータ)』。

表向きでは学園都市内の天気予報を完全にするためのもの。その主目的は学園都市における様々な研究の予測演算だ。

しかし、

 

(7月28日に正体不明の高熱源体がおりひめ1号を直撃。それにより大破、残骸(レムナント)の一部は回収済みか。こりゃまた随分な問題を抱えてんなー)

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が大破し予測演算が不可能となりながらも実験が続いているということは、予測演算の必要が無くなったということだろう。

霧嶺はそう結論づけてパソコンを閉じる。

今日『アイテム』はオフだ。

リーダーがいないということもあるがそもそも仕事がない。

彼らとて四六時中働いている訳ではないのだ。

 

「あれ、霧嶺超どこか行くんですか?それなら私甘い物が超食べたいです」

 

「私サバ缶!」

 

「バーカ、今日はこのまま帰んだよ。そうでなくとも誰が買ってくるかアホ。自分で行きやがれ、特にフレンダ」

 

「なんで!?」

 

「お前はヘマしただろーが。こりゃ麦野にオシオキ追加をお願いするしかねーのかな?」

 

「や、やだやだ!それだけは嫌って訳よ!!」

 

「じゃ、我慢することだな」

 

本日2回目の撃沈をしたフレンダを尻目に、霧嶺はアジトを出る。

御坂美琴(レールガン)はこの事を知っているのだろうか。

空は赤く染まりかけ、完全下校時刻に迫っている。

明日にするか、と霧嶺はそのまま自宅に向かった。

 

 

 

8月21日。霧嶺冬璃は学園都市の第七学区を歩いていた。

霧嶺冬璃は普段この時間に街を歩き回ることなどしない。行きつけのカフェや和菓子屋に寄る程度だ。

霧嶺がそんな珍しい事をしている理由は1つ。

御坂美琴と話をするためだ。

霧嶺は美琴にた対して特別思い入れが強いということはない。

せいぜいDNAマップを悪用されて哀れだ、という程度。

だがそんな美琴だからこそ霧嶺は彼女と絶対能力進化(レベル6シフト)計画について話してみたいと思っていた。

だが、

 

(見つからねぇ……)

 

意外と。いや実験に加担している研究所を潰すくらいなのだから当然とも言えるくらいに美琴はアクティブだと霧嶺は思い知らされた。

どうしたものか、と霧嶺は頭を抱える。

御坂美琴の能力を考えれば、実験の現状については簡単に知ることができる。だからこそ霧嶺は美琴が既に実験が継続中である事を知っていると思っていた。

しかし、考えてみれば御坂美琴が行動を起こしていたのはほとんど完全下校時刻を過ぎてからではなかっただろうか。

そう考えると昼頃から今まで歩き回っていたのが馬鹿らしくなる。

時刻は午後3時20分。仕方なく霧嶺は近くのカフェで時間を潰す事にした。

 

 

 

失敗した、と霧嶺冬璃は再び頭を抱えた。

完全下校時刻が近くなれば御坂美琴は行動を起こす。そう考えていたからこそ完全下校時刻の少し前には店を出てもう一度探し回るつもりでいた。

だが、霧嶺冬璃は誘惑に負けてしまった。

立ち寄ったカフェでは夏限定の和菓子セールが行われていたのだ。

超能力者(レベル5)第八位、霧嶺冬璃は和菓子の誘惑に割と簡単に負けてしまったのだ。

だが、

 

(美味かった)

 

後悔は、ない。

 

 

霧嶺が気づいた頃には店を入ってから3時間以上が経過していた。時刻は午後6時40分。

御坂美琴が第七学区内にいるのならその気になれば能力を使って、最も電気エネルギーを保有しているものを追えばいいだけなのだ。

だが、もし美琴が学区外にいる場合、距離にも寄るが霧嶺でも見つけるのは困難になるだろう。

学園都市の終電終バスは基本的に6時30分。完全下校時刻に合わせて設定されているためそれ以降は大体の学生が学区を跨ぐ移動方法が徒歩になる。

御坂美琴が電車もしくはバスを既に利用していると霧嶺冬璃にとっては都合が悪いのだ。

だが、霧嶺冬璃はその可能性を捨てることになる。

 

完全下校時刻を過ぎたばかりだからだろうか、多くの学生が行き交う中、御坂美琴がそこにいた。

だが1人ではなかった、傍らにツンツン頭の少年がいる。

ツンツン頭の少年、上条当麻と会話している間、御坂美琴は空に浮かぶ飛行船を見ていた。

飛行船に取り付けられたモニターには明日、8月22日の天気予報が映し出されている。

後方で御坂美琴を見ていた霧嶺はその意図が理解できた。

 

(間違いねぇ……)

 

御坂美琴は実験が継続している事を知っている、霧嶺は確信した。

だからこそ、ツンツン頭の少年と別れ1人歩みを進めた美琴の後をを霧嶺は着いて行った。

 

霧嶺冬璃が美琴を追ってしばらくすると、美琴はバスに乗り込んだ。

恐らくは終バス。これを逃せば他の学区への移動が面倒になるだろう。

だが霧嶺はバスに乗らない。同じバスに乗り込み、同じバス停で降りれば御坂美琴の警戒心は跳ね上がり、話をする所ではなくなってしまう。

霧嶺は発進したバスの後ろ姿を見てから、バスの路線図を確認する。

 

(やっぱりな……第二十三学区、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)情報送受信センター。間違いなくアイツはそこに向かっている)

 

御坂美琴の目的地は判明した

目的地が分かれば追う必要などない。目的地で待っていればいいだけだ。

ならば、と霧嶺冬璃は躊躇うことなく能力を使う。

 

(やっと、ご対面ってな)

 

 

 

御坂美琴は第二十三学区の樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)情報送受信センターに来ていた。

美琴は絶対能力進化(レベル6シフト)計画が現在も進行中である事を知ってしまった。

実験の引き継ぎ先は全部で183施設。今までの数を遥かに超えていた。

ここまで来ると美琴が直接潰しにいくことは不可能だ。そんなことをしている間に実験は終了し。2万体の『妹達(シスターズ)』、その全てが死ぬことになる。

 

(それだけは絶対に許さない)

 

だからこそ美琴は樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)をハッキングし、嘘の予言を吐かせる、という大きな一手に出ると決めた。

誰にも止めさせない、そう決意した美琴は迷わない。

フェンスには近寄るなという清掃員の忠告も無視して、警備ロボットをハッキングしてから施設内を目指し能力を使い壁を走る。

 

(こんな小細工いつかはバレるだろうけど……その前に計画を破綻に追い込んでみせる!)

 

 

御坂美琴はあっさりと施設内に侵入できた。

だが彼女は違和感を覚える。

 

(おかしい)

 

美琴は電撃使い(エレクトロマスター)であるため、電子ロックになっている施設へ侵入するという行為は難なくこなすことが出来る。

それでも、

 

(人の気配がない?)

 

その事実を理解するのは難しかった。

この施設は学園都市の頭脳である樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)と唯一交信できる最重要機密施設。

にも関わらず、セキュリティどころか人が誰もいないのだ。

 

(ハッキングなんて無理だってたかをくくってるの?)

 

そして御坂美琴は施設の心臓部、交信室に辿り着く。

当然その部屋も人は誰一人いない、

などということはなかった。

 

「よぉ、待ってたぜ御坂美琴」

 

霧嶺冬璃がそこにはいた。

交信室の椅子に腰掛け美琴の方へと向く。

御坂美琴は目の前の少年を知っていた。

 

「ア、ンタ……なんでここに……」

 

それでもその少年がここにいる理由が分からなかった。

特別中が良い訳では無い。むしろ2日前には殺し合いレベルの戦いをしていたのだから悪い方だと言える。

そんな相手が何故美琴の目の前にいるのか、

 

「お前と話がしてみたくてよ」

 

目の前の少年は美琴の心を見透かすように告げた。

だが美琴はそれどころではなかった。

焦り。それは目の前の少年について知ったからこそ現れる衝動だった。

施設襲撃の後、美琴が調べた事実を口にする。

 

「あらゆるエネルギーを操る超能力者(レベル5)の第八位……霧嶺冬璃」

 

「お、ちゃんと調べたんだな。優秀優秀」

 

美琴が捻り出した言葉も軽く返される。

さて、と霧嶺は仕切り直す。

 

「話がしてーんだけど、構わねぇよな?」

 

超能力者(レベル5)同士が戦闘となればかなりの被害がでる。

そうなれば樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)のハッキングなどしている場合ではなくなる。

御坂美琴は霧嶺の言葉に頷くしかなかった。

 

 

 

「で、第八位サマが何の用かしら?」

 

一旦落ち着くことで調子を取り戻した美琴は、できるだけいつも通りの口調で霧嶺に話しかける。

 

「だから話がしたいって言ってんだろーが。絶対能力進化(レベル6シフト)計画についてな」

 

美琴は驚愕した。何故それを知っているのか、表情だけで語れる程に分かりやすく。

 

「単純な事だよ」

 

霧嶺冬璃はいつも通りの口調で話す。

まるで当たり前の事を言っているかのように。

 

「この実験は俺にも責任があるってことだ」

 

理解、出来なかった。霧嶺冬璃は絶対能力進化(レベル6シフト)計画は自分の責任でもあると、そう言った。

 

「どういう、こと……?」

 

最早、一度取り戻した調子も崩れていた。

そうだな、と霧嶺はすこし間を置き、

 

「お前はDNAマップを提供し、『妹達(シスターズ)』生み出した責任。そして俺は────」

 

霧嶺冬璃はどこか遠い所を見るような目で続けた。

 

「────一方通行(アクセラレータ)を実験に加担させた責任だ」

 

「────」

 

御坂美琴は言葉を失った。

目の前の少年は一方通行(アクセラレータ)を実験に加担させたと言った。

まさか、と美琴は霧嶺冬璃を睨みつける。

 

「まさか、アンタが────!」

 

その先は言えなかった。

それよりも先に、

 

「まあ待てよ、別に俺は一方通行(アクセラレータ)に対して何か言ったわけじゃねーよ。むしろ真逆。俺はアイツに何も言わなかった、アイツが実験に加担した原因の一つにそれが含まれるかもしれねぇってだけだ」

 

「どういう意味よ、一方通行(アクセラレータ)のお友達とか言うんじゃないでしょうね」

 

「どうだろうな。俺はただ研究所でアイツと一緒に居たってだけだ。どちらかと言えば、腐れ縁だろうよ」

 

そういえば、と霧嶺はいきなり話題を変えた。

 

「オマエ、ここで何するつもりだったかは知らねぇが……そもそも、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が破壊されたことについては知ってんだろうな?」

 

「え────?」

 

「何だよ知らなかったのか?樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)は7月20日に正体不明の高熱源体が直撃したことにより大破したらしいぞ」

 

それは、美琴の希望を打ち砕く真実だった。

つまり、嘘の予言を吐かせることは出来ない。

そして現状、美琴の打つ手は、無い。

 

「で、そろそろ本題に移ってもいいか?」

 

それでも霧嶺は話を止めることはしない。

霧嶺にとって最優先事項は御坂美琴ではない。

話し合いを進めることだ。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画をどうするかについて」

 




ということで第8話でした。
うん、今回は平和でしたね。
そういえば最近、すっごく今更感ありますけどSAOに軽くハマってきてまして。まあ小説とかを読んでる、という訳ではなく基本は二次創作ですけどね。
まあそこまで詳しくないですけどね。アニメも途中しか見てないですし。
でもいつかは番外編的な感じでクロスさせたり、別で書いてみたいなーとか思ってます。
ちなみにシノンが好きです。

感想、お気に入り、評価お待ちしています。
では次回もお楽しみに。


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誰よりも近くにいた

どうも甘党もどきです。

更新のペースが安定してなくてすみません。
間が開き過ぎないように頑張ります。

では第9話どうぞ。


絶対能力進化(レベル6シフト)計画をどうするか?」

 

「そうだ。俺もオマエも少なからず実験に対して責任がある。最初は俺一人でやっちまおうかと思ったが、それじゃオマエが納得しねーだろ?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

霧嶺冬璃は御坂美琴の心を見透かしていた。

人とは追い詰められると意外と行動が単純になってしまう。霧嶺はきっとそこから予想したにすぎないのだろう。

美琴は霧嶺冬璃の目的が測れないでいた。

絶対能力進化(レベル6シフト)計画をどうするか、と目の前の少年は言った。

自分にも責任がある、とも言っていた。

それ故に美琴は一つの可能性を導き出した。

 

(コイツは、味方なの……?)

 

そして、霧嶺はその考えすらも分かっていたかのようにハッキリと告げる。

 

「あぁ、味方だとか思うなよ?俺はただ利害が一致するからオマエと話に来たってだけだからな」

 

「利害の一致……?」

 

「オマエは『妹達(シスターズ)』をこれ以上犠牲にしたくない、だから実験を止める。俺は一方通行(アクセラレータ)が実験に参加する原因の一つを作った可能性がある、だからその責任を取る。ほら、間違っちゃいねーだろ?」

 

その通りだ、と美琴は心の中で頷いた。

幼かった御坂美琴は筋ジストロフィーの患者を救うつもりで、自身のDNAマップを提供した。だがそれは美琴のクローンを作るために使われ、今もこうして実験の為に犠牲になっている。

美琴はそれを何としてでも止める、それが原因を作り出した美琴のせめてもの罪滅ぼしだと思っているからだ。

それならば霧嶺冬璃の言っていることも間違いではない。

しかし、ここで一つ問題が発生する。

美琴は霧嶺冬璃が言う『彼の責任』の意味が分からなかった。

一方通行(アクセラレータ)が実験に参加した原因の一つ、と霧嶺は間違いなくそう言った。

どういうことなのか、

美琴は聞かずにはいられなかった。

 

「アンタの責任って、何なのよ」

 

「ん?そうだなぁ、一言で言えば……孤独ってのが正しいかもな。俺はアイツから逃げたのさ」

 

逃げた。霧嶺のその言葉に嘘はない。

だが、それだけで、その一言だけで満足出来るほど美琴には余裕がない。

そうだな、と美琴の表情を見てから霧嶺は付け足す。

 

「信用も必要だ。いいぜ、昔話をしてやる」

 

そう宣言した霧嶺の目は未だに、どこか遠い所を見ていた。

 

 

 

学園都市に数多く存在する研究所、その一つに10歳くらいの少年は連れてこられた。

傍らには白衣を来た20代後半の男性。この研究所に所属する研究員だ。

顔立ちから彼らは親子のようには見えない。実際彼らは親子ではないのだから当然だろう。

少年の顔色はお世辞にも良いとは言えない。ストレスや不安、原因は様々だろうがとにかく、年頃の子供がする表情ではなかった。

さて、と隣にいる研究員が明るい口調で切り出す。

 

「今日から君にはここで生活してもらうよ。なに、悪いようにはしない。君にはこの街の頂点に立てる可能性があるのだから」

 

研究員は笑っていた。少年を安心させるように、少年に希望を持たせるように。

 

「……強く、なれるの?」

 

少年の声は暗いものだった。それでも視線は研究員に向けて上がっていた。

 

「ああ、なれるとも。それでまずは君に紹介しておきたい子がいるんだ」

 

その声に合わせるように、別の少年が通路の前から歩いてきた。

こちらも傍らに研究員を付けて。

 

「紹介しよう。彼は一方通行(アクセラレータ)。君もその内なるであろう超能力者(レベル5)の先輩、といった所かな」

 

少年が受けた印象は白。髪も肌も透き通るほどに白い。赤い瞳と灰色の服がより際立って見える。整った顔立ちだが中性的で女性と見間違えそうになるが、研究員の話によれば男らしい。少しだけ目付きが悪い。

 

一方通行(アクセラレータ)、紹介するよ。彼は霧嶺冬璃くん。君と同じ超能力者(レベル5)になる可能性を秘めた子だ。仲良くしてやってくれ」

 

こちらも顔立ちは整っており、一方通行(アクセラレータ)よりも男性よりな印象を受ける。だが、それと髪の色素は一方通行(アクセラレータ)ほど薄くなく、少し灰がかっているくらいしか印象は受けなかった。

 

「まだ来たばかりだからね、とりあえず検査を受けにいこうか」

 

そう言って研究員は霧嶺を別の部屋へと連れていった。

一方通行(アクセラレータ)はそれを横目で見ながら、研究所内の生活用スペースへ戻った。

 

 

検査は10分程で終了した。

身長や体重、血圧などを測り。その後に軽く脳をスキャンしたくらいだった。

霧嶺は別室で検査着から私服に着替えていた。

そこで部屋のドアがノックされ霧嶺の返事を待たずに開かれる。

 

「おっと着替え中だったか、すまないね」

 

別段研究員は驚くこともせず淡々と謝罪をした。

研究員はそのまま続けた。

 

「今日はこれて終わりだよ。せっかくだから一方通行(アクセラレータ)と話でもしてくるといい。これから当分は同じ研究所で暮らすんだ、仲良くしておきたまえ」

 

話を聞きながら着替えを終えた霧嶺は、研究員の言葉に頷くとその部屋を後にし生活スペースへ向かった。

 

 

一方通行(アクセラレータ)という少年は異質だった。

その名前。一方通行(アクセラレータ)というのは少年の本名ではない。彼にも元々は日本人らしい名前があった。

だが、能力の発現に伴いそれからはずっと能力名である一方通行(アクセラレータ)で呼称されている。

そして能力。彼はあらゆる向き(ベクトル)を操る能力を有している。そしてそれは普段自身を防御する反射膜として自動的に展開されている。

そのために発現した当時の彼は無意識の内に周りのモノを傷つけてしまっていた。

10歳程で周りから化け物と称され、恐れられてしまった一方通行(アクセラレータ)は孤独となった。

だが今日、一方通行(アクセラレータ)の『日常(いつも)』とは違うことが起こった。

霧嶺冬璃。新しく研究所に来た少年だ。

だが一方通行(アクセラレータ)はあまり期待していなかった。

何となくではない。それは彼の経験から来るものだった。

一方通行(アクセラレータ)の力は異質だ。周りを傷つけ、彼の周りからは人がいなくなる。

 

(どォせ、アイツも同じだ)

 

霧嶺冬璃もすぐに居なくなるのだろうと。だからこそ彼は期待しないようにした。

そこで一方通行(アクセラレータ)の思考は切れる。

 

部屋のドアが開き、霧嶺冬璃が入ってきたからだ。

霧嶺は部屋に入ると、一方通行(アクセラレータ)と向かい合うような形で床に座り込んだ。

 

「……」

 

「……」

 

どちらも話すことはなく、数分が経過した。

沈黙を破ったのは霧嶺だった。

 

「あ、あのさ……」

 

「あ?」

 

いきなり声を掛けられた一方通行(アクセラレータ)は反応出来たものの、つい目が鋭くなってしまった。

その目を見て霧嶺は少し怯えるが、そのまま続けた。

 

一方通行(アクセラレータ)って、本名なの?」

 

いきなりか、と一方通行(アクセラレータ)は心の中でため息を吐いた。

普通は軽く自己紹介でもしてからだろう。

もしかしたら目の前の少年は常識が欠けているのでは、と一方通行(アクセラレータ)は思った。

 

「違ェよ。能力名だ」

 

ぶっきらぼうに一方通行(アクセラレータ)は答えた。

別に会話がしたくないという訳ではないが、ついつい会話が途切れるような返答をしてしまった。

だが、意外なことに霧嶺冬璃は会話を続けてきた。

 

「どんな能力なの?」

 

「『向き(ベクトル)』変換」

 

「髪とか目の色も能力のせいなの?」

 

「そォだ」

 

最早会話というより面接試験のような質疑応答だった。

役は逆にすべきだろうが。

しかし、ここで霧嶺の質問は途切れた。

質問する内容が尽きてしまったのだろう。

ならば、と一方通行(アクセラレータ)は自分がされたように今度は質問し返す。

 

「オマエ、能力は?」

 

「え、えっと……エネルギーの増減……」

 

「能力名は?」

 

力学変遷(エナジーグラフ)……」

 

「オマエの髪は能力のせいか?」

 

「うん」

 

自分が受けた質問と同じものを聞いただけだが、今一方通行(アクセラレータ)が気になった情報は知ることが出来たので彼はそれなりに満足していた。

だが、霧嶺が予想外の質問を投げる。

 

一方通行(アクセラレータ)はなんでここにいるの?」

 

「────」

 

それは一方通行(アクセラレータ)にとってあまり思い出したくはない過去を思い出させる言葉だった。

目の前の少年が不安そうな視線を向けているのが見え、悪意は感じなかった。

それならいいか、と一方通行(アクセラレータ)は答える。

 

「能力で周りのヤツを傷つけちまうから、俺は独りの方がいいンだよ」

 

「寂しく、ないの?」

 

「……別に」

 

霧嶺から視線を外す。寂しくない、というのは一方通行(アクセラレータ)にとって嘘だった。

原因は自身の能力とはいえ、周りから恐怖の対象にされ遠ざけられる。とてもではないがそれは10前後の少年が経験するには重く、辛いものだ。

それでも一方通行(アクセラレータ)は取り繕う。

自分は独りでなければならない、そう心に言い聞かせる。

 

「そういうオマエはどォなンだよ」

 

研究所に来る、ということは超能力者(レベル5)になれるという

以外にも理由があるのだろう。

それを一方通行(アクセラレータ)は知りたかった。

 

「……能力の制御が出来てなくて、皆を傷つけて。でも制御さえ出来れば大丈夫で、超能力者(レベル5)にもなれるって」

 

一方通行(アクセラレータ)の予想通りだった。

能力によって他人を傷つけ、研究所(ここ)に来た。

 

「似てるな、俺と」

 

「うん……あのさ」

 

霧嶺冬璃は一方通行(アクセラレータ)にとって衝撃的な言葉を発した。

 

「友達になろうよ」

 

「……は?」

 

一方通行(アクセラレータ)は理解出来なかった。

今まで彼と関わって来た人間は、研究員を除いてその全てが一方通行(アクセラレータ)との繋がりを絶ってきていたのだから。

一方通行(アクセラレータ)は霧嶺を見据える。

目の前の少年は一方通行(アクセラレータ)に対して恐怖を抱いているイメージはなかった。初めて来た施設に少し不安があるようだが。

もしかしたら彼は一方通行(アクセラレータ)の希望になれるのではないか。

それでも期待はしない方がいいと、彼はまたぶっきらぼうに答える。

 

「……好きにしろ」

 

その日から、彼の周りは少し騒がしくなった。

 

 

 

霧嶺冬璃が研究所に来てから半年位が経った。

一方通行(アクセラレータ)にしては珍しく、1つの研究所に大分長く留まっている。

そして霧嶺と一方通行(アクセラレータ)の関係も変化があった。

悪い意味ではなく、良い意味で。

お互いが少しずつ心を開いていったのだ。

 

「はァ……」

 

検査が終わった一方通行(アクセラレータ)は研究所内の休憩スペースに設置された自動販売機で缶コーヒーを買う。

最近はブラックに挑戦しているようだ。

そして缶コーヒーを手にベンチに座りプルタブを開けたところで、

 

「検査終わりか?」

 

斜め後ろから声がした。

しかしベンチに座った一方通行(アクセラレータ)の後ろは壁なので普通ならばそんなことは有り得ないのだが、生憎その相手は普通ではなかった。

そしてそれに慣れてしまった一方通行(アクセラレータ)も普通ではなかった。

 

「そォいうオマエは何してンだ」

 

「いやー、俺も今さっき検査終わってよ。暇なんだよ」

 

上下逆さまになり壁に張り付くように胡座をかいて浮かびながら、霧嶺冬璃は一方通行(アクセラレータ)の手元を見る。

 

「お前それブラックじゃん。飲めんのかよ」

 

「当たり前だろォが、俺を誰だと思ってやがる」

 

そう言って一方通行(アクセラレータ)は真っ黒な液体を一口流し込む。

まずは苦味、そして鼻に抜けるコーヒーの香りの後にまた苦味。

一方通行(アクセラレータ)は未だにブラックコーヒーに慣れていなかった。

 

「お味は?」

 

「悪くねェ」

 

「本音は?」

 

「……苦ェ」

 

「飲めてねーじゃん」

 

「飲めてはいるだろ。つーかそれならオマエはどォなンだよ」

 

「無理無理。カフェオレみたいに甘い方が美味いね」

 

「糖尿になンぞ」

 

「んな頻繁に飲んでねーよ」

 

こんな会話をするくらいには彼ら2人の関係は親密なっていた。

2人の様子を見ている人間がいれば、間違いなく友人同士と言うことだろう。

 

「オマエ、実験の方はどうなンだよ」

 

「ん?あぁ、もう増減だけじゃなくて操作も出来るようになったし。明日から本格的にやるって」

 

「……そォか」

 

どんな実験か、など一方通行(アクセラレータ)はわざわざ聞くことなどしなかった。

彼もその内容については聞いていたからだ。

 

「俺の対となる超能力者(レベル5)か……」

 

「そうそう。『向き(ベクトル)』の対、つまり『(スカラー)』を操る能力者だって」

 

本当にそんなことが出来るのか、と一方通行(アクセラレータ)は半信半疑だった。

 

「でもよ、もし俺がそうなった場合って序列どうなるんだろーな。やっぱ俺が第一位?」

 

「ハッ。な訳ねェだろ、オマエは第二位に決まってる」

 

「は?」

 

「あ?」

 

しかし、霧嶺に対する一種の信頼のようなモノが芽生えていたのだろう。

霧嶺冬璃ならば出来るかもしれない、そう思っていた。

 

 

次の日、つまり霧嶺冬璃を対象とした実験が開始される日。

ガラス張りの部屋に設置されたベッドの上で、頭に機械を装着させた霧嶺にガラス越しに研究員が説明を始める。

 

「いいかい?君が目指すのはあらゆる『(スカラー)』を操る能力、『量子掌握(オーバーフロー)』だ」

 

量子掌握(オーバーフロー)』。現状における霧嶺冬璃の到達点。実験が成功すればあらゆる『(スカラー)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)になる予定のモノ。

研究員は霧嶺へ散々説明を繰り返し、念入りに実験内容を確認させる。

そして一言、

 

「君は『そこに在るモノ』を掴み取るんだ」

 

実験は開始された、霧嶺の頭に付けられた装置の電源が入り脳波を調節し、最適化するために電波が送り込まれる。

霧嶺冬璃はそれに合わせて演算を行い周囲を観測し、掴み取る。

そして、

 

バキン、と。頭の奥で何かが割れる音がした。

脳が割れ、間で火花が散るような刺激を感じた。

直後、霧嶺冬璃の周囲が歪む。

演算が狂い、制御が出来なくなる。

それが意味するのは、

暴走。

 

「がッ、ァァァァああああああああああああああッ!!」

 

霧嶺が頭に付けていた装置だけではない、ガラス越しにあったパネルやモニターからも電気が漏れ火花が散る。

研究員達はすぐに対処をしようとする。

 

「何が起きている!?まずい……実験を中止しろッ!」

 

「だめですッ!信号が送れません!」

 

「……一方通行(アクセラレータ)を呼べ!ヤツを抑えさせろ!」

 

研究員の1人が生活スペースにいるであろう一方通行(アクセラレータ)に通信しようとした瞬間。

 

ズバァ!という音と共に光と熱を伴った光線が研究員に襲いかかる。

そして、研究員は下半身だけを残してこの世から消滅した。

 

「なッ!?」

 

残った下半身はバランスを失いボトリと倒れる。その断面から赤が広がっていく。

 

最早一方通行(アクセラレータ)を使うことすら忘れ、恐怖から逃げ始める研究員が続出する。

それを許さないかのように、光線は研究員達の命を刈り取る。

だが、突然光線の雨は止んだ。

 

霧嶺冬璃が意識を失い倒れ込んだからだ。

その頭には先程まで付けられた装置はなく、彼の足物で粉々になっていた。

 

 

一方通行(アクセラレータ)は初めてと言っていいくらいの焦りを感じていた。

理由は施設内に鳴り響いた轟音。

この研究所にいる人間の中でそんな音を鳴らせるのは一方通行(アクセラレータ)ともう一人、現在実験を行っているはずの霧嶺冬璃だけだ。

一方通行(アクセラレータ)が生活スペースで寝転がっていた以上、原因は霧嶺冬璃以外に存在しなかった。

初めての友人と言える存在、いつの間にか心を開いていた存在。

その相手に何かが起こっている。

それだけで一方通行(アクセラレータ)が生活スペースから飛び出すには充分すぎる理由だった。

モニタールームに着いた一方通行(アクセラレータ)の目に入ってきたのは、

 

床一面に広がる赤い血、生き残り呆然としている研究員が一人。

そして、

力尽きたように倒れている霧嶺冬璃(トモダチ)だった。

 

「ッ!?」

 

何が起きたのか一方通行(アクセラレータ)はすぐに理解出来た。

 

────実験が失敗し、霧嶺冬璃が暴走した。

そんなことはすぐに分かってしまった。この惨状を見れば誰でも分かることだろう。

だが、一方通行(アクセラレータ)はそれを受け入れられないでいた。

 

「オイ……どォいうことだ……何で────」

 

その声は震えていた。一方通行(アクセラレータ)が人生の中で初めて出した声だろう。

辛うじて絞り出したような、今にも消えてしまいそうな心の叫び。

信じていた。だがそれと同時に嫌な予感もしていた。

そしてその嫌な予感は的中してしまった。

今まで霧嶺冬璃は一方通行(アクセラレータ)と一緒に居ても傷つくことはなかった。

それは霧嶺が何かをしたのか、一方通行(アクセラレータ)が無意識に反射を切っていたのかは分からない。

どちらにせよ、霧嶺は一方通行(アクセラレータ)と一緒に居られる唯一の存在だった。

そんな彼が、

 

「────何でそンな事になってやがる、霧嶺ェ!」

 

霧嶺冬璃は一方通行(アクセラレータ)の対となる、『(スカラー)』を操る能力者になるはずだった。

ある意味で、一方通行(アクセラレータ)を目指していたと言ってもいい。

それがどうだろうか、その彼はこうして傷つき倒れている。

だからこそ一方通行(アクセラレータ)は思う、

 

「俺が……俺がコイツと居たから────」

 

────霧嶺冬璃(コイツ)は傷ついたのでないか。

 

一方通行(アクセラレータ)の視界の中で何かが動いた。

 

霧嶺冬璃が意識を取り戻し立ち上がったのだ。

未だに足がフラフラと揺れ、意識が完全にはっきりとしている訳ではない。

それを見ていた、一人生き残ってしまった研究員は叫ぶ。

 

「何、故だ、何故なんだ!ふざけるな、この失敗作!」

 

死への恐怖から狂い、挙句の果てに出た言葉は罵倒。自身の研究を破綻に追い込んだことへの怒りを含んでいることだろう。

 

「一体お前の為にどれだけの費用を費し」

 

それ以降の言葉は聞けなかった。

 

霧嶺冬璃が明確な殺意を持って光線を放ったからだ。

人一人分程の光線に巻き込まれた研究員は跡形もなく消し飛ばされた。

そして、

霧嶺は一方通行(アクセラレータ)を尻目に壁に大きく空いた穴からおぼつかない足取りで出ていく。

 

彼は逃げるように一方通行(アクセラレータ)の前から立ち去った。

昨日までの『日常(いつも)』は、跡形もなく砕け散っていた。




ということで今回は過去話でした。
原作を元にさらにオリジナル要素を加えるのがすごく難しいなーって書いてて思いましたね。
初めて叫び声を入れた気がする。
感想、お気に入り、評価待ってます。
良ければ活動報告の方も見てくださいね。

ではまた次回。


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その声は聞こえなくて

皆さんお久しぶりです。

いやもう本当に申し訳ない。
前回の投稿から大分時間がたってしまいました。
言い訳をさせて貰うと、大学でレポートやらプレゼンの準備やらで忙しかったのと、なかなか満足のいくような書き方が出来なかったのが原因です。
最近になってレポートとかプレゼンとかの課題が増えて来てしまいまして。あまり執筆に長い時間を割けなかったんですよね。

できるだけ毎日執筆するようにはしていたのですがその時も上手く書けなくて。やっぱり創作活動って難しいですね。
書いていて楽しいのは事実なので頑張って続けますが。

まあ遅くなったのも事実なのでとりあえず10話どうぞ。


御坂美琴は言葉を失った。

妹達(シスターズ)』のことで頭が一杯になっていたにも関わらず、美琴にとって一方通行(アクセラレータ)と霧嶺の過去は衝撃的なモノだった。

いや、仮に『妹達(シスターズ)』の件が無かったとしても、同じリアクションをとっていただろう。

目を見開いているものの、一体自分がどこに焦点を当てているのか分からない。美琴はそれほどまでに動揺していた。

 

「で、満足したか?これで満足してくれねーとこっちも困るんだが」

 

霧嶺は美琴の様子を見ながら、怪訝な表情を浮かべる。

その一言で我に返った美琴は未だ動揺を抑えられないまま了承した。

 

「え、ええ……でもそれだけの事でアンタは私に手を貸すの?」

 

「それだけってのは酷い言い様だな。そうだな……俺にも責任の一旦はあるし、そのせいで作り物とはいえ命が大量に奪われんのは寝覚めが悪いんだよ。これでもまだ不満か?」

 

「それは、もう大丈夫だけど……」

 

「あ?……あぁ、そういうことか」

 

霧嶺は美琴の表情を見る。それだけで美琴の言わんとしていることを理解出来たらしい。

 

「問題ねーよ。覚悟は出来てる(・・・・・・・)

 

「そう……」

 

困惑。動揺が治まってきた美琴の心に入り込んだのはそれだった。

目の前の少年は、一方通行(かつての友人)を止める為に命を賭けている。

何故そこまでするのか。過去を知った美琴でも、それは受け入れ難いモノだった。

それでも御坂美琴は必要以上に口出しをするつもりはなかった。

元より美琴自身も似たような事をしているのだから。

つまり、結論として御坂美琴は霧嶺冬璃を受け入れたのだ。

 

「わかったわ。それでアンタはどうするつもりなの?」

 

「それは言うまでもねーだろ。そもそもこっちはこっちで勝手にやらせてもらう、そっちも好きにしてていい。極力そっちの邪魔をするつもりはねーから安心しろ。ただ、やる事くらいは決めておけよ」

 

「言われなくても分かってるわよ」

 

「そうか。用は済んだ、じゃあな超電磁砲(レールガン)

 

そう言って霧嶺冬璃は施設を後にした。

 

 

取り残された御坂美琴は今後の方針を考えていた。

超能力者(レベル5)第八位、霧嶺冬璃と手を組んだ。同盟と言う程大層なモノではないが、お互いの利害を考えた結果その結論に至ったに過ぎない。

そして霧嶺はこうも言っていた。

好きにしろ、ただしやる事くらいは決めておけ、と。

ならば、と美琴は決意する。

 

「やってやろうじゃない」

 

確かこのブロックに計画の引き継ぎ先が1つあったはずだ。そのことを思い出した美琴は施設を飛び出した。

 

 

 

美琴の行動に迷いはなかった。

絶対能力進化(レベル6シフト)計画を止める、美琴はただその一点の思いだけで動いている。

今まで散々研究所を潰して回っていた美琴に、迷いなどあるはずもなかった。

 

ドォン!という豪快な爆発音が鳴り響く。

 

「な、何だ……爆発?」

 

「……いえ、あれは……」

 

「ひィいいいいいいッ!!」

 

研究員達の悲鳴が聞こえる。

警備員(アンチスキル)に通報される可能性もあるが美琴は今更そんなことを気にとめない。

今までも美琴は派手に研究所を破壊し尽くしていたのだ、そもそも上層部が知らないはずがない。

つまり結局は美琴も踊らされているに過ぎないのだろう。

それでも、御坂美琴は止まらない。

御坂美琴は、立ち止まってはいけない。

機材も、資金も、欲も、野心も、美琴はその全てを跡形もなく潰す。

そうすれば、いつか────、

 

────『いつか』?

 

声が聞こえた。

とても聞き覚えのある声。

いや違う、と美琴の動きが止まる。

 

────そんな都合のいい日が訪れるとして、

 

それは、紛れもなく御坂美琴の声だった。

びくり、と美琴の体が震えた。

 

────その時までにあと何人『妹達(シスターズ)』が死ぬの?

 

美琴の願った希望(げんそう)が揺らいだ。

紛れもない自分自身に現実を叩きつけられた。

 

「うるさいッ!」

 

小さな子供が癇癪を起こすように、叫んだ。

 

「ならどうすればいいってのよ!?」

 

美琴の内にある思いは、霧嶺冬璃と手を組んだとしても変わらなかった。

霧嶺冬璃がいつ行動を起こすのかは分からない。

それが余計に美琴の心を焦らせた。

 

「計画を!今すぐに!中止に追い込む、どんな方法があるっていうのよッ!」

 

そこで美琴の目が、煙の向こうに見えるモニターの映像を捉えた。

どこにでもあるような路地裏、

だが、そこに映っていたのは異常そのものだった。

常盤台中学の制服を着た少女、暗視ゴーグルさえなければどちらか分からないほどに美琴に似ている。

紛れもなく、『妹達(シスターズ)』だった。つまり今、ちょうど実験が行われているということだ。

肩を真っ赤に染め上げた少女は、後ろに迫る真っ白な少年からがむしゃらに逃げる。

少女が死に物狂いで放った電撃も、少年に当たると跳ね返り少女の胸を貫いた。

そこでついに、少女は地面に転がってしまう。

 

「あっ……ああ……」

 

美琴の呼吸が止まる。

その口からはまともな言葉が出てこなかった。

結果などとうに見えていた。

やめて、と叫びたかった。

もう二度と見たくないと思った。

それでも御坂美琴は目を逸らすことができなかった。

 

白い少年の指が、穴が開き赤く染まった少女の肩に触れる。

少女の体が一瞬、びくりと震えた。

 

「やだ…やっ、やめ……」

 

少女の体が少し膨張したように見え、

美琴の心は砕け散った。

 

 

 

完全下校時刻をとうに過ぎ、大分暗くなった学園都市を霧嶺は歩いていた。

どうするか、と霧嶺は考えていた。

 

(アイツを止めるなら、実験が終わりに近づく前の方がいいよな……)

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画は一方通行(アクセラレータ)が二万体の『妹達(シスターズ)』を処理することで完了される。

つまりそれを終える前、特により早い段階ならば一方通行(アクセラレータ)はそこまで強くなっている訳ではないということだ。

 

(でもまぁ、強えーのに変わりはねーんだけどな)

 

一方通行(アクセラレータ)は学園都市の頂点に位置する超能力者(レベル5)、さらにはその第一位。

同じ超能力者(レベル5)とはいえ、最下位である霧嶺とは比べ物にならない。戦闘ともなれば霧嶺が瞬殺される可能性だってゼロではない。

 

「どうすっかな……」

 

霧嶺は最初から交渉によって解決するとは微塵も思っていなかった。

ここまで来て一方通行(アクセラレータ)が言葉で止まるということはありえないだろう。

そもそも、それで解決するのならこんな事態にはなっていない。

 

(ま、リスクは承知の上だがな……)

 

結局は、霧嶺冬璃に選択肢など残されていなかった。

学園都市の第一位、一方通行(アクセラレータ)と戦う。

霧嶺に出来ることといえば、それしかなかった。

しかし、そこには1つ問題がある。

 

現状、力学支配(霧嶺冬璃)では一方通行(アクセラレータ)に勝利することは不可能。

 

当然だな、と霧嶺は素直に肯定する。

霧嶺が真正面から挑んだとしても一方通行(アクセラレータ)には全く通用しないだろう。

そもそも、一方通行(アクセラレータ)は相手を真正面から叩き潰すことに特化した能力者なのだから。

彼の能力の真髄であるベクトル変換。そして、常に自動(オート)で発動する反射。

とてもではないが、まともに戦い合える相手ではないだろう。

 

(アイツの能力の隙を突くしかねーってことか……)

 

霧嶺は考える。

一方通行(アクセラレータ)に有効な攻撃とは?

それを知るにはどうすればいい?

そこで霧嶺は何かを思い付いたように顔を上げた。

 

「そーいや、一方通行(アイツ)の研究について調べた時に反射についての項目があったな……」

 

霧嶺はすぐに電子辞書くらいのサイズの端末を取り出して、一方通行(アクセラレータ)関連の資料を読み漁った。

目的の資料はすぐに見つかった。レポートの作成者は木原数多。

かつて一方通行(アクセラレータ)の能力開発を行っていた男。つまり、学園都市で最も優秀な能力開発研究者ということになる。

霧嶺はこれを無理矢理ハッキングすることで入手したためバレたら色々と問題が発生しそうなモノだが、この際そんなことは気にしないことにする。

紙の端に書かれた日付は何年も前のもので、データ名も窺うことができる。

超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)」の反射原理』

それを見た霧嶺は少しばかり笑みを零した。

『木原』の一員である時点でまともではないと思っていたが、公開する訳でもなくただ記録として残しておくだけのモノに律儀に表題を付けるあたり意外と真面目なのかもしれない。

 

内容は表題通り、一方通行(アクセラレータ)の反射について。

これだけ調べてやっと能力のごく一部、だが霧嶺にとってはそれだけでも十分だった。

元々勝算などない。ただ、完全な敗北を味わう確率が減ったに過ぎない。

 

(策は1つじゃねぇ……これで、一方的な虐殺(ワンサイドゲーム)にはならずに済みそうだな)

 

霧嶺はスマホの画面で時間を確認する。

現在時刻は午後8時00分。

今日行われる予定の、第10032次実験の開始は午後8時30分。

対抗策を持ったとしても、無傷で終えられるなど万に一つもないだろう。

それでも、霧嶺冬璃には止まるつもりなど欠片も無かった。

 

 

 

午後8時25分。

御坂妹は第十七学区にある列車の操車場に辿り着いた。

操車場に人気はない。

学園都市では終電が完全下校時刻になっており、操車場からもあっという間に人気がなくなる。当然作業用の電灯は消され、周囲に民家がある訳でもないので光もない。

そんな恐ろしい程の闇の中に、ソレは立っていた。

学園都市最強の超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)

 

 

「時刻は8時25分ってトコかァ。てことは、オマエが次の『実験』相手ってことで構わねェンだよな?」

 

裂けるような笑みの口から発せられる、悪魔の囁きのような声。

 

「はい、ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は10032号です

とミサカは返答します」

 

それに対して、これから命が奪われるというのに御坂妹は眉一つ動かさず冷静に応える。

それを見た一方通行(アクセラレータ)はのんびりとした調子で言った。

 

「オマエ達が何百何千何万と死のうが知ったこっちゃねェし、実験に付き合わせてる身としちゃァこンな事いうのも野暮だけどよォ。俺には自分の命を投げ打つなンざやっぱ理解できねェんだよなァ」

 

「それならミサカの方こそ、あなたが実験に参加しさらに『上』を求める事の意味が理解できません、とミサカは答えます。あたなは既に最強の超能力者(レベル5)なのですから、その必要性はないのでは?」

 

「最強ねェ……そりゃ確かにそォだ」

 

けどな、と一方通行(アクセラレータ)は先ほどと打って変わって随分と退屈そうに答えた。

 

「結局俺はまだその程度なンだよ(・・・・・・・・)。試しにケンカを売ってみよう、って程度の最強だ」

 

全然ダメだ、と一方通行(アクセラレータ)の顔が一転して愉快げな笑みを零す。

 

「俺が目指してンのはその先なンだよ。『戦おう』って気すら起きねェ程の絶対的な強さ。『無敵(レベル6)』が欲しいィんだよ」

 

触れるだけで簡単に相手を殺せる両手を大きく広げ、口を裂いて少年は笑う。

 

「もォいいか?そろそろ死ンじまえよ、出来損ないの乱造品」

 

嘲笑うかのような少年の言葉にも、御坂妹は相変わらず眉一つ動かさない。

それどころか、淡々と自分の命のカウントダウンを始める。

 

「午後8時29分、30秒、29秒、28秒────これより第10032次実験を────」

 

開始します、と御坂妹は言いきれなかった。

避けられない『実験』が始まるはずだった。

しかし、

御坂妹の視線の先。つまり一方通行(アクセラレータ)の背後にソレはいた。

 

「オイオイ、この場合『実験』てなァどォなっちまうンだ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は背中越しに人の気配を感じながら言う。

 

「こりゃァ、秘密を知った一般人は口を封じるとか言うお決まりのパターンか?全くよォ、関係ねェ一般人なンざ連れこンでンじゃ」

 

「久しぶりだな、一方通行(アクセラレータ)

 

「 」

 

背後から名を呼ばれ、

直後、一方通行(アクセラレータ)の背筋が凍りついた。

知ってる。

一方通行(アクセラレータ)はこの男を知ってる。いいや、知らないはずがない。忘れることなどできない記憶。

感じたことの無い重圧と全身から血の気が引いていく感覚を覚えながら振り向く。

 

霧嶺冬璃。超能力者(レベル5)第八位、そしてかつて友人だった男がそこにはいた。

お互いに唯一無二同士だった2人がここに再会を果たした。

お互いに望まない形で。

 

 

「オマエ……何でここにいやがる」

 

「何で、ねぇ……答える必要あるか?」

 

「ハッ。まさかクローン(人形)共に情でも湧いたってか?そォいや、欠陥品って辺りは同じだもンなァ。粗悪品同士傷の舐め合いか?悪ィが俺には理解できねェなァ」

 

「それこそまさかだろ。哀れには思うが、行動理由にまで格上げできるレベルじゃねーよアホ。それに俺の方こそ理解に苦しむぜ」

 

「あ?」

 

「オマエがやってんのは、ラスボス前に始まりの街でスライムをプチプチ潰してレベルアップしてんのと同じだ。俺には何が楽しいのか理解できねーよ。それとも、ガキのケツに欲情でもしたか?それはそれでやべーがな」

 

「OK。オマエが死にに来たってのは理解できた。まさか第八位如きが第一位サマに勝てるとか思ってるわけ?」

 

「どーかな。やってみなくちゃわかんねーだろ?本当に死ぬつもりなら真っ先に殴りかかってるさ」

 

学園都市の頂点。超能力者(レベル5)第一位(最強)第八位(最弱)が対峙する。

かつての友情など微塵もない。

あるのはただの殺伐とした雰囲気。

それは傍から見ていた御坂妹だけではなく、対峙している2人も感じていた。

 

2人の怪物が動き出す。

先手は霧嶺からだった。

いつもの様に、周囲に無数の光を収束させ、レーザーとして放つ。

それだけで人の命を簡単に奪える攻撃だが、一方通行(アクセラレータ)には通用しない。それどころか、当たった瞬間に光線が跳ね返ってきた。跳ね返された光線は霧嶺に直撃する前に、霧嶺自身が消すことで防ぐ。

反射。超能力者(レベル5)第一位、その能力であるベクトル変換のうちの一つ。皮膚に触れただけで全てを反射する膜。

 

「オイオイ、まさかそンなモンが通用するとでも思ってたのか?」

 

「いーや。思ってねーよ。核撃っても死なない野郎に、レーザーが効くわけねーってことぐらい理解してるさ」

 

ただの出力確認だよ、と霧嶺は吐き捨てながら超電磁砲(レールガン)を超える速度で一方通行(アクセラレータ)へ突撃する。

 

(あァ?何考えてやがンだコイツは)

 

反射という絶対的な防御を持っている一方通行(アクセラレータ)に真正面から突撃してくる霧嶺に対して怪訝な表情を浮かべるが、最強(アクセラレータ)はその場から動かない。どころか、身構えることすらしない。

 

(アイツの反射はアイツ自身を基準に反射させてる訳じゃない。触れたベクトルそのものをただ反対に変換してるだけ……つまり、タイミングさえ合えば!)

 

音速を超えた自身のエネルギーを全て左の拳に移し、一方通行(アクセラレータ)の顎を下から狙う。つまりアッパーカット。

あらゆる攻撃を反射する一方通行(アクセラレータ)を相手にして愚策としか言えないが、

霧嶺の拳は止まることなく吸いこまれ、

 

ゴッ!と。一方通行(アクセラレータ)の顎に思い一撃が突き刺さった。

 

「ごぶっ!?」

 

常に能力に頼りきりの華奢で軽い一方通行(アクセラレータ)は軽く10メートル以上も吹っ飛ばされた。

 

「あ、は?い、たい」

 

殴られるどころか、攻撃が通ったこと自体初めての一方通行(アクセラレータ)にとって、殴られた痛みというのも初めてのモノだった。

一方通行(アクセラレータ)は未だに立ち上がれていなかった。

痛みだけではない、殴られた、ダメージを受けたことに理解が追いついていなかったのだ。

やっと起き上がれたかと思えば、視界が揺れて上手く立つことができない。

これが、痛み。

揺れる視界の中で霧嶺を捉える。

殴った少年は倒れることもなく、しっかりと2本の足で立っていた。

 

「ぐっ……」

 

しかし霧嶺も無傷という訳では無かった。

反射が発動するタイミングで拳を寸止めの要領で戻す、そうすることで一方通行(アクセラレータ)の反射の性質上ベクトルが逆になり、一方通行(アクセラレータ)に向かって拳が勝手に当たる。あの少年の反射とはそういうモノなのだ。

しかしタイミングを合わせて一方通行(アクセラレータ)の反射を突破することは出来たものの、完璧では無かったようだ。

そもそも音速を超える拳を当てられて、一般人よりも軽いはずの一方通行(アクセラレータ)がたった10メートル程度しか吹き飛んでいない時点で完璧とは言えなかった。

その証拠に、使った左手は燃えるように熱く、手首から先は動かすこともままならない。確実に折れているだろう。

 

「でもまぁ、及第点ってとこか。流石に気絶まではいかなかったが……」

 

「面白ェよ、オマエ……」

 

今までのクローンとも、調子に乗ったバカ共とも、第三位(オリジナル)とも違う。

実験などどうでも良くなるくらいに最強の怪物は昂っていた。

怪物同士の戦いが始まり唖然としている御坂妹のことなどとうに忘れ、

 

「最っ高に面白ェぞォ!」

 

白い悪魔は、裂けるような狂笑を浮かべた。




どうでしたか?
今回はやっと、やっと一方さんとの戦闘。長かった。
実のところ、今回で一方通行との戦闘を終わらせる辺りまで書くつもりだったんですけどね、なんか書いてたら文字数が意外と行ってしまって結果的に次回に持ち越すことに。
というか戦闘も入ったばかりなのでメインは次回になるかも。
あと実は今回木原くんを出そうか迷ってました。というか原案では出てました。ただ余計に長くなるのでカット。結局主人公が自分で調べることに。
まあそういうのがいろいろあって遅くなったんですけどね。
ただの言い訳ですが。

今回更新が大分遅くなって本当に申し訳ありませんでした。
次回以降の更新はできるだけ遅れないように頑張ります。
感想や誤字報告、お気に入りも是非是非、じゃんじゃんお願いします!
ではまた次回。


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高らかな生命の意味

皆さんお久しぶりです、
甘党もどきです。

更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
元々大学が休みに入ったらやろうと思っていたのですが、大学が休みに入ってから家のことでドタバタしてましてなかなか執筆に割く時間が取れませんでした。
感想などの返信はしていたのですが、執筆はできるだけ一度に時間を掛けてやりたいタイプなのでなかなか取り掛かれませんでした。
先ずはその事で謝罪を。

前書きはこれくらいにして、それでは本編をどうぞ。


「おら、さっきまでの勢いはどォしたンだァ」

 

今度は一方通行(アクセラレータ)が音速を超えて霧嶺に肉薄する。

触れただけで命を奪える両手が突き出される。

チッ、と霧嶺は舌打ちして上に飛ぶ。

 

(さっきの戦法は……もう使えないか)

 

左手から熱を感じながら考える。手首は完全に折れ、肘の辺りまでヒビが入っているのだろう。。

一方通行(アクセラレータ)の反射を正面から突破する唯一の方法。

しかし、所詮は付け焼き刃。タイミングは完璧でないため、もう一発が打てるとは思えない。

リスクが大きすぎる。

ほぼ唯一とも言える反射の突破口を、霧嶺はあっさりと捨てた。

 

「オイオイ、まさかさっきので手札ゼロって訳じゃあねェよなァ?」

 

「当たり前だろーが。余裕かましてんじゃねぇよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は間違いなく最強だ。

下手をすれば、霧嶺冬璃は勝利どころかこれ以上一矢報いることすら不可能かもしれない。

それほどまでに一方通行(アクセラレータ)という少年には最強という言葉が相応しかった。

しかし、そんな最強(怪物)でもその体は他の人間と何ら変わりはない。

むしろ、能力を考慮しないならば一方通行(アクセラレータ)は一般人よりも体が弱いと言ってもいい。

全てを能力で解決し、免疫も体力も筋力も捨てた少年は生身においては最弱に近い。

それを考慮した上で、霧嶺が考えられた手札は2種類。

確証はない。

だが、選択肢など最早存在しない。

仕方ない、と霧嶺は心の中で息を吐いた。

 

左手からの鬱陶しい熱と痛みを、左手から熱を奪い冷やす。

加減を間違えれば凍傷になりかねないが、この程度でヘマをする超能力者(レベル5)ではない。

その間も一方通行(アクセラレータ)の追撃を飛んで躱してから、右手に電気を纏う。

一方通行(アクセラレータ)は嘲るように笑うともう一度突撃する。

霧嶺は電撃を一方通行(アクセラレータ)の周囲に放ち、逃げ回る。

 

「チッ。鬼ごっこも飽き飽きなンだよ」

 

霧嶺の行動の変化を尻目にさらなる追撃をしようとして、

別の異変に気がついた。

 

息切れを起こしている。それだけではない、何か鼻につく。異臭を感じ取った脳が警告を鳴らしている。

 

「酸素の電気分解……これだけ言えばわかんだろ?」

 

離れた場所から、今度は霧嶺が嘲るような笑みを浮かべる。

既に纏っていた電気は無くなっていた。。

 

「ハッ。なるほど、オゾンって訳か。確かに悪くねェ。だが、それじゃあァ────」

 

酸欠状態。

追い詰められているはずの一方通行(アクセラレータ)からは、それでも笑みが失われることはなかった。

 

「────もう俺の反射を突破することは出来ねェって言ってるようなモンだろォが!」

 

そう笑った一方通行(アクセラレータ)は、今までとは比べ物にならない速度で霧嶺に突っ込む。

 

「……ッ!」

 

ギリギリで反応することが出来た霧嶺は体を捻って何とか避ける。

もう一度、と演算を開始した瞬間、

 

一方通行(アクセラレータ)が砲弾のような速度で襲ってきた。

 

「くっ……!」

 

「やっぱりなァ……おかしいとは思ってたンだよ」

 

地面を転がる霧嶺に、一方通行(アクセラレータ)はゆったりと話しかける。

 

「そもそも、オゾンを使って本気で俺を酸欠にするなら休む暇なくずっと逃げながら電気を放ってりゃイイ。逃げ続けるだけならオマエでも不可能じゃねェしな。だがオマエはそれをしなかった」

 

つまり、と一方通行(アクセラレータ)は口を裂きながら言う。

 

「オマエは、エネルギーの変換と操作を同時に行うことが出来ねェってことだ」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と見なすぜェ」

 

「一々勘のいいやつだな。ムカつくぜ」

 

「弱点バレたってのに随分と余裕そうじゃねェか」

 

「ハッ。一つ看破したくらいでいい気になってんじゃねーよ」

 

「後悔すンぜ。さっきので俺を倒せなかった時点でほぼ負けみてェなモンじゃねェか?」

 

「言ってろ」

 

直後、霧嶺は光線を一方通行(アクセラレータ)に向けて容赦なく放った。

 

(あァ?)

 

一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情を浮かべる。

反射を突破された時は驚いた。オゾンを使って酸欠を狙ったのは感心した。

だが、それだけだった。結果一方通行(アクセラレータ)は倒れていない。

追い詰められる場面はあっても全体的に見れば一方通行(アクセラレータ)の方が優位に立っているのは火を見るより明らかだった。

 

しかし、一方通行(アクセラレータ)は分からなかった。

なぜ追い詰められているはずの少年は絶望せず、今もこうして攻撃を仕掛けているのか。

放たれた光線は簡単に反射されコンテナを貫通するだけ。

分からない。

効きもしない攻撃を続け。なぜ未だに立ち上がっているのか。

一方通行(アクセラレータ)には全く理解出来なかった。

そして、

 

コンテナから大量の小麦粉が撒き散らされた。

 

「ッ!?」

 

余計なことを考えていたせいだろう。

霧嶺の狙いが一方通行(アクセラレータ)自身ではないことに気が付かなかった。

それを見た霧嶺は、

 

「粉塵爆発。言わなくても分かるよな、バーカ」

 

最大限の嘲笑で一方通行(アクセラレータ)を見下した。

 

直後、操車場から音が消し飛ばされた。

大量に撒き散らされた小麦粉は一瞬にして空間そのものを大きな爆弾へ変えたのだ。

炎と熱が周囲に放出される。

一方通行(アクセラレータ)には爆発そのものは効くことは無い。

しかし爆発よって酸素が奪われ、さらに燃焼によって一酸化炭素が急激に増加するだろう。

 

「ま、核を打っても死なない野郎が完全にダウンするかは微妙だがな」

 

「そォだなァ」

 

煙の中から悪魔の声がした。

 

「だがまァ、核を打っても大丈夫ってキャッチコピーは流石にアウトかなァ?酸素ボンベでもありゃ別だがなァ」

 

予想していたにも関わらず、霧嶺は舌打ちした。

次で決まらなければ間違いなく、霧嶺冬璃は敗北する。

つまり、奥の手。

仕方ないか、と霧嶺は決断する。

 

(やるしかねぇ……リスクはデカいが、仕方ねーか)

 

「おら、さっきまでのリズムはどォしたンだよ」

 

一方通行(アクセラレータ)はポケットに手を突っ込みながら、

とん、と。

まるで靴を履く時のように、つま先で軽く地面を踏んだ。

 

ゴッ!!と。

直後、霧嶺の立っていた地面が、地雷を踏んだかのように爆発した。

地面を抉りとるような爆発は、その場にあった砂利も何もかもを吹き飛ばした。

唯一、

霧嶺冬璃だけは微動だにせず、突っ立っていた。

 

「まさか、効くとでも?」

 

「思ってねェよ」

 

一方通行(アクセラレータ)は足元にあった石を、超電磁砲(レールガン)を超える速度で蹴り飛ばした。

音速の3倍を遥かに超える速度で打ち出された小石は、数メートル進んだだけで消滅した。

しかし、衝撃波までは消えていない。音すらも破裂させるソレを、霧嶺は周囲のエネルギーをありったけ集めて相殺する。

衝撃同士が激突し、彼らの周囲を簡単に抉りとった。

 

「オイオイ、どーした第一位。こんなもんかよ」

 

「ハッ。調子乗ってンじゃねェぞ、三下ァ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は身を屈め、弾丸のような速度で地面を駆ける。

十数メートルあった両者の間を一瞬で縮め、一方通行(アクセラレータ)の必殺の腕が霧嶺に牙を剥く。

しかし、

霧嶺は距離を取るどころか、その場から動く素振りすら見せない。

死ぬ覚悟でも出来たのか?と一方通行(アクセラレータ)は狂気の笑みを浮かべながら、そのまま霧嶺に触れてゲームオーバー、

 

「あァ?」

 

のはずだった。

しかし、

一方通行(アクセラレータ)の体は、霧嶺の二メートル程手前で完全に停止していた。

一方通行(アクセラレータ)が自ら止まった訳ではない。体勢は変わらず、ただ停止しているのだけなのだ。

動こうにも、動けない。

 

「確かに、オマエはあらゆる『向き』を操る能力者だ。上限なんてないし、『向き』がある時点で全てオマエの武器って訳だ」

 

霧嶺は、展示物のように停止した一方通行(アクセラレータ)を眺めながらゆっくりと話す。

 

「動けねーだろ?そりゃそうだ、たとえどれだけ『向き』を操っても、オマエはその絶対値を弄ることは出来ねーんだからな」

 

「オ、マエ……」

 

「俺はエネルギーを操る超能力者(レベル5)だ。エネルギーのみの話になるが、俺はその絶対値も操作ができる。」

 

これが切り札。

一方通行(アクセラレータ)の能力、その穴を付くもう一つのやり方。

しかし、完璧ではない。『変換』を行っていないにしろ、変動するエネルギーを常に操作するというのは精密な演算を必要とする。

種類によるが、人間に内包されているエネルギーを操るのは霧嶺にとっても難しい。

そして距離が離れれば当然精度は落ちる。

つまり、今の状態を維持するためには、霧嶺はここから離れられない上に他の能力使用ができない。

何より、それを理解していない学園都市最強ではない。

 

「なるほどなァ……これがオマエの奥の手って訳か。確かに驚かされたぜ。確かに俺は『向き』を操れても『量』自体は操れねェ」

 

狂笑。

霧嶺の努力を認めながら、それを嘲るかのような笑み。

でもよォ、と。怪物は笑いながら呟く。

 

「まさか、俺が何も出来ねェとか思ってねェよなァ?」

 

確かに一方通行(アクセラレータ)は動くことが出来ない。

だが、それがどうした。

一方通行(アクセラレータ)にとって、『向き』を持つあらゆるモノが武器となる。

それは大気に流れる『風』の向きも同じ。

ゾクリ、と。霧嶺は背筋が凍った。

だが、もう遅い。

 

瞬間、霧嶺を砲弾のような突風が襲った。

自動車すら簡単に舞いあげる不可視の槍は、目の前の少年を軽々と吹き飛ばした。

 

「がッ…!?」

 

「ったくよォ。俺も甘く見られたモンだよなァ。そもそも、体の動き止められた程度で俺が完全に止まるとか思ってたのかァ?俺が動けねェなら、それ以外の『向き』を操っちまえばイイ。それだけの事だろォが。だがまァ、オマエは俺にここまでさせたって訳だ、よくやったと思うぜェ」

 

「ぐ……ぁ…」

 

「でもまァ、オマエは良くやった方だぜ。オマエが初だぜ、俺にダメージを負わせたっ上に焦らせたってのはよ。誇ってイイ」

 

今度は一方通行(アクセラレータ)が見下ろす側だった。

目の前に倒れ伏す少年。ある意味一方通行(アクセラレータ)の原点の一つと言っていい少年だ。

つまり、

 

(ここでコイツを殺せば……)

 

もう過去に囚われることも、余計なことを考える必要もない。

1歩踏み出し、軽く触れる。それだけで目の前の少年の命は終わる。

しかし、

一方通行(アクセラレータ)の体は動かなかった。

 

「クソッタレが……」

 

一方通行(アクセラレータ)が舌打ちした直後に聞こえたのは、背後からの砂利を強く踏みしめる音だった。

 

「……その人から、離れろ」

 

その言葉に、一方通行(アクセラレータ)は振り向いた。

 

「今すぐその人から離れろっつってんだ、このクソ野郎!」

 

上条当麻は、一方通行(アクセラレータ)を鋭く睨みつけていた。

一方通行(アクセラレータ)が第一位のバケモノと知っているはずなのに、その目からはそれら全てを無視するかのような印象を受ける。

 

(何だ、コイツ……?)

 

一方通行(アクセラレータ)には理解出来なかった。

何故この少年は、怯むことなく立っている?

 

(気に入らねェ)

 

「お、────ォおお!!」

 

上条はもう一度地面を強く踏みしめて、勢いよく駆け出す。

一方通行(アクセラレータ)は相変わずその場にただ立つだけ。

 

(あァ?まさかコイツ……)

 

一方通行(アクセラレータ)は、靴の裏で地面を軽く叩く。

 

ゴバァ!!と。破裂した地面から、砂利が散弾銃のような勢いで上条の全身を叩いた。

 

「ぎ…ッ!?」

 

「オイオイ、オマエ舐めてンのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)は地面を踏みつける。

一体、どう『向き(ベクトル)』を変換したのか。足元にあった鋼鉄のレールがバネでも入っているかのように直立した。

一方通行(アクセラレータ)はドアをノックする感覚でレールを裏拳で殴り飛ばす。

地面を転がり避ける上条に、2発3発とレールを容赦なく叩き込んでくる。

 

「ぐっ……!」

 

「ったく、どォせならもっと俺を楽しませろってンだよ!」

 

 

 

 

上条当麻を追いかけて御坂美琴は少し遅れて操車場に来ていた。

そこで目にしたのは、戦闘を行っている上条当麻と一方通行(アクセラレータ)。所々体に傷を作っている御坂妹。そして、その傍に倒れ伏す血塗れの霧嶺冬璃だった。

 

「ちょっと、アンタ大丈夫!?」

 

霧嶺は、答えない。

 

「まだ生きてはいます。ですがとても危険な状態です、とミサカは簡潔に述べます」

 

「アンタ、その傷は」

 

「これは戦闘の余波で受けたものです、とミサカは事実を伝えます」

 

「そう、良かった……」

 

「何故ですか、とミサカは問いかけます。ミサカはボタン1つで作れるのです。作り物の体に借り物の心。いくらでも替えがあります。そんな模造品に対して、替えの利かないお姉様や力学支配(オーバーフロー)、あの少年は何をしているのですか、とミサカは何度も問います」

 

御坂妹の言っていることは全て事実だ。

ボタン1つで自動生産でき、単価にして18万円。2万体いるうちのただの1体。

それに対して、美琴だけではない、霧嶺も上条も決して替えの利かない人間(オリジナル)

命に価値のない御坂妹と、1人の価値が大きい美琴達。

御坂妹には彼らが命を賭けて戦う理由が分からなかった。

 

「そんな作り物の1つの為に『実験』全体を中断させるなど」

 

御坂妹の言葉はそれ以上続かなかった。

美琴が御坂妹の頬を抓ったからだ。

 

「そんなこと関係ないわよ。私だけじゃない、コイツもアイツにとってもそんな事情は問題じゃない。たとえボタン1つで作れても、他に何体いても、アンタは1人しかいないでしょ!」

 

御坂妹には分からない。

欠ければ欠けた分だけ補充すれば何も問題はない。御坂妹とはそういう存在のはずだ。

 

「理屈なんでどうでもいいから、アンタは黙って見てなさい」

 

それでも、姉の威厳を思わせるその言葉は、少しだけ届いた気がした。

 

すると、血塗れになった霧嶺がモゾモゾと動いた。

 

「ぅ……れー、るがん?」

 

「ッ、アンタ大丈夫なの!?」

 

「いや、正直言うと、結構、やばい……」

 

「なら病院に」

 

「そうもいかねぇ……アイツは?」

 

アイツ、というのは先程駆けつけた上条当麻の事だった。

一方通行(アクセラレータ)に挑むということは、かなりの力を持った能力者なのだろうか。

 

「アイツは、無能力者(レベル0)よ」

 

だから、その言葉を聞いた瞬間霧嶺は全身が凍りついた。

無能力者(レベル0)

つまり最弱。

それが最強に挑んでいる。結果などとうに見えている。

でも、と美琴は首を横に振った。

 

「アイツなら、きっとやってくれる」

 

何故だか、霧嶺はその言葉を否定する気にはなれなかった。

そして、美琴の視線を追うように戦場に目を向けると、

 

上条当麻の右手が一方通行(アクセラレータ)の顔面に突き刺さっていた。

 

 

 

 

「ごぶぁ!?」

 

「負けたことがない、ね」

 

一直線に上条を捕らえようとする一方通行(アクセラレータ)を、蛇のように滑らかな動きで拳を叩き込む。

 

だから(・・・)テメェは弱いんだ。どんな相手も一撃で倒せる奴が、ケンカのやり方なんて知ってるわけねぇんだからな!」

 

「くっ、は……舐めてンじゃねェぞ、三下がァァァああああああッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は両手を大きく広げた。まるで、抱擁するようにゆっくりと。

 

直後、『向き(ベクトル)』を操られた『風』が一方通行(アクセラレータ)の頭上、その一点に集中した。

台風すらも超える突風は、少年を容易く投げ飛ばした。

そして現れるのは、眩い白光。

高電離気体(プラズマ)

一点に収束した光点は、周囲の空気を呑み込み一瞬で膨れ上がる。

夜の暗闇は、たった一つの光によって埋め尽くされた。

この瞬間、最強の少年は世界を手にした。

 

「う、そ」

 

美琴は既に言葉を失っていた。

馬鹿みたいに口をする開け、ただ呆然としていた。

あんなものが放たれれば、上条当麻は確実に死ぬ。

それだけは駄目だ、と美琴は右手にコインを構える。

 

「やめておけ」

 

それを静止したのは、満身創痍の霧嶺だった。

赤く腫れ上がった左手で、掴むことすらできず、ただ美琴の右手を上から押さえていた。

 

「でも、それじゃあアイツが!」

 

美琴の目には涙が滲んでいた。

しかし、

 

「いいから」

 

霧嶺にはもう、美琴の意見を聞くつもりなど欠片もなかった。

それでも美琴は、

 

「俺がやる」

 

反発する気にもなれなかった。

 

体はとうに限界を迎えている。左手は折れ、身体中から悲鳴が上がっている。

だが、脳だけは十分に動く。

それさえあれば学園都市第八位の力を存分に振るえるのだから。

 

(確証なんかねぇ。それでも俺には)

 

アイツ(一方通行)を止める義務がある。

直後、一方通行(アクセラレータ)の頭上にあった高電離気体(プラズマ)が溶けるように消えた。

 

(あァ?一体何が起こってやがる!計算式に狂いはねェ。そもそもこの動きは自然風じゃねェぞ!)

 

一方通行(アクセラレータ)は周囲を見渡す。

この不自然な風は街の隅々に及んでいる。とてもではないがそこら辺の風使いでは不可能。

そして、超能力者(レベル5)には風使いはいない。

焦る一方通行(アクセラレータ)は、1人の少年を見た。

 

(待て。確か風力ってのは、風の持つエネルギーのことも指すって話が……ッ!?)

 

そしてこの場にはエネルギーを自在に操る超能力者(レベル5)が居る。

 

「あの野郎……ッ!」

 

霧嶺冬璃。

一方通行(アクセラレータ)が最後の最後で手を下せなかった旧友。

死にかけの少年。

だが、彼は確実に一方通行(アクセラレータ)の敵だった。

一方通行(アクセラレータ)は座りながら能力を使う霧嶺を睨みつける。

そして、

がさり、と。一方通行(アクセラレータ)の背後から物音がした。

 

「…………ッ!」

 

体の至る所に血を滲ませ、両脚はがくがくと震えていた。

それでも、

少年は倒れなかった。

ボロボロの体を無理やり動かして、1歩ずつ一方通行(アクセラレータ)へと近づく。

体も、意識も既に限界が近づいていた。

それでも、少年は前へ進む。

自分のために、涙を流してくれる少女がいた。

自分のために、ボロボロの体を酷使した少年がいた。

たとえ、体にほとんど力が残っていなくても。

上条当麻は右手の拳を握る。

 

────行け、最弱。

 

声が聞こえた気がした。

一方通行(アクセラレータ)が弾丸のような速度で上条の懐へ飛び込んできた。

触れただけで人を殺す手が上条に襲いかかる。

残る力を全て注ぎ込んで、その手を払い除ける。

 

「歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)

 

瞬間、一方通行(アクセラレータ)の心臓が凍りついた。

必殺を封殺され、超至近距離で拳が見える。

 

(あァ……何やってンだ、俺)

 

「俺の最弱(さいきょう)は、ちっとばっか響くぞ」

 

直後。

上条の右手が一方通行(アクセラレータ)の顔面へ突き刺さった。

一方通行(アクセラレータ)の軽い体は、呆気なくゴロゴロと砂利の上を転がっていった。

 

 

その日、最強(一方通行)は、二人の最弱(上条と霧嶺)に敗北した。




いかがでしたか?

とりあえず妹達編は次で完結になります。

前書きでも書きましたが、本当に遅くなって申し訳ありませんでした。
ただマイペースに執筆、投稿するスタンスは変えることはないのでそこはご了承願います。
これからも多くの人に読んで頂き、楽しんで頂けるように願いながら、
今回はこの辺で筆を置くことにします。

感想、お気に入り、評価などお待ちしております。

ではまた。


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Dear_My_.

どうも、甘党もどきです。

今回は一応妹達(シスターズ)編は最後になります。
次の章に入る前にまた閑話を入れるつもりではあります。

それでは第12話、どうぞ。


 

霧嶺が目を開けると、そこは病院の一室だった。

病院特有の薬品の匂いで、霧嶺は完全に目を覚ました。

カーテンの隙間から光が差し込んでいるあたり、恐らくは朝方なのだろう。

全て終わった。

自分がここに居るということは、つまり、そういう事だろう。

 

頭の中で整理を行い体を起こす、その際にかなりの痛みが回ってきた。

麻酔はもう切れているのだろう。

身体中の痛み、特に左腕と腹部だ。

確認してみれば、左腕は固定され、腹部も湿布と包帯だらけである。

よくここまでボロボロになったな、と霧嶺は呆れた。

 

「目が覚めていたのですね、とミサカはあなたの回復の早さに驚きます」

 

ゆっくりと開いた病室のドアから、妹達(シスターズ)の1人が入ってくる。

 

「……オマエ」

 

傷は大丈夫なのか、と霧嶺は聞こうとしたがよく見れば目の前の妹達(シスターズ)には包帯すら巻かれていないことに気づく。

 

「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は19999号ですが、とミサカはあなたの誤解を解きます」

 

「そうかよ。アイツ、10032号の方は平気なのか?」

 

「問題ありません。あなたとあの人のお陰で軽傷です。今はあの人の病室へ行っています、とミサカは自分の心配をしろよという本音を隠します」

 

「隠せてねーぞ」

 

『あの人』、その言葉に霧嶺はツンツン頭の少年を思い出す。

大丈夫ならいい、と霧嶺は痛む体を動かしてベッドから立ち上がる。

 

「あなたはまだ万全ではありません。寝ていなければいけないのでは、とミサカは正論を口にします」

 

「喉が乾いたんだよ、内臓は問題ねーんだから好きなモン飲ませろ。それに足は無事なんだ、多少動き回っても平気だろ」

 

「手伝いますよ、とミサカは気遣い出来るアピールをします」

 

「ダダ漏れだぞ、オマエ」

 

とはいえ片腕が使えない霧嶺は、強がらずにミサカの気遣いを受け入れた。

 

 

 

霧嶺とミサカは病院内に設置された自販機の前にいた。

自販機が設置されている場所にはベンチがあり、2人はそこで休憩していた。

 

「ほらよ」

 

霧嶺は『ヤシの実サイダー』をベンチで座っているミサカに投げる。

 

「ありがとうございます、とミサカは炭酸飲料を投げるあなたに呆れながら感謝を述べます」

 

「うるせぇ」

 

そう言って霧嶺は買ったおしるこを片手にミサカの隣に座る。

 

「手伝いましょうか、とミサカは再度気遣い出来るアピールをします」

 

「いらねーよ」

 

霧嶺は器用に片手で缶を開ける。

実際の所は能力を使ったのだが。

 

「つまらないです、とミサカは頬を膨らませます」

 

「何してんだ、オマエ」

 

ミサカの不満を他所に、おしるこを口に流し込む。

 

「で、なんでオマエがここにいるわけ」

 

霧嶺はミサカが病室に入ってきた時からの疑問を投げかける。

 

「調整です、とミサカは簡単に答えます」

 

「調整?」

 

「はい、ミサカは元々が短命な体細胞クローンですから。そしてそこに様々な薬品を投与した為さらに短命になっています。それをある程度回復するための調整です、とミサカは事細かに説明します」

 

「なるほど、ホルモンバランスを整えて、細胞核の分裂速度の調整か」

 

「その通りです、やはりあなたはあの人よりも理解が早いのですね、とミサカは感心します」

 

「どっかの研究施設に移されんのか?」

 

「はい、しかし残った全ての『妹達(シスターズ)』を一つの施設へは移せないので、複数の施設になります。そして、この病院がその内のひとつになったのです」

 

「なるほどな、あのカエル医者も随分と挑戦的なモンだな」

 

霧嶺は飲み終えた缶を捨てて自販機に向き合う。

 

「まだ飲むのですか?」

 

「部屋に持って行くんだよ、それくらい構わねーだろ」

 

そう言いながらお金を入れた所で、商品の中に懐かしいものを見た。

 

「これは……」

 

「おや、そのブラックコーヒーが何か?」

 

「別に、ブラックは好きじゃねーって思っただけだ」

 

霧嶺は気を取り直しておしるこのボタンを押そうとして、

 

「あ!!見つけた!!」

 

いきなりの大声に先程見ていたブラックコーヒーのボタンを間違えて押してしまった。

 

「「あ」」

 

霧嶺とミサカの声が重なる。

ビビリという訳ではないが、いきなり大声を出されれば驚きもする。

 

「嫌いなものを飲むとは変わっていますね、とミサカは笑いを堪えます」

 

「黙ってろ」

 

ミサカの頭にチョップを入れながら、声のした方向を見る。

 

「探しましたよ霧嶺さん!起きたのはいい事ですが勝手に出歩くのは感心しません!さ、病室に戻りますよ」

 

恐らく霧嶺の担当をしている看護師だろう、かなり焦った表情で霧嶺の腕を掴んで引きずって行く。

それもそうだろう、ずっと寝ていた患者がいきなり部屋から居なくなるなど焦るのも無理はない。

 

「あとミサカさんも、あまり無理はしちゃダメよ」

 

「ミサカはこの人に無理やり、とミサカは泣き真似をします」

 

「おい……てかオマエ、引きずんな!俺は病人だろ!」

 

「ダメですよ、また勝手にどっか行かれたら困りますからね」

 

「ぷぷぷ、とミサカは引きずられるあなたを見ながら笑いを堪えます」

 

「オマエ、後で覚えとけよ」

 

 

 

看護師に引きずられベッドに突っ込まれた霧嶺は大人しく座っていた。

 

「私は少し席を外します、とミサカはお辞儀をします」

 

「おう」

 

そのままミサカは部屋を出ていく。

 

「やあ、調子はどうだい?」

 

そのミサカの入れ替わりるようにカエル顔の医者が入ってきた。

 

「問題ねーよ。痛みはあるがな」

 

「そりゃそうだ。外傷は少ないけど君の方が彼よりも酷いんだからね?」

 

ふざけた語尾上がりの口調にウンザリしながら、『彼』に思いを巡らせる。

 

「あのウニ頭か」

 

「まあ彼はウチの常連だからね?今更驚かないよ。それよりも僕は君が運ばれた事の方が驚きだね?一体何をしでかしたんだい?」

 

「関係ねーだろ」

 

「そうかい。分かってるとは思うけど左腕は骨折、と言ってもヒビの延長みたいなものだね?どちらかと言えば酷いのは体の方だね?全身打撲、肋骨にはヒビが入っていたよ。背骨は何とか無事だね?」

 

「そうかよ」

 

「ああそれと、彼はまだ起きてないんだね?恐らく受けた傷はそれ程でもないんだけどね?たぶん相当傷、というか痛みに耐性がないんだね?」

 

何があったか分かってんじゃねーか、という言葉を抑えて霧嶺は窓の外を眺める。

 

「それじゃあ僕はもう行くんだね?患者は君だけじゃないんだ」

 

「わかってるよ、早く行け」

 

「いいのかい?彼は────」

 

「いい、いらねーよそんな気遣い」

 

「そうかい。ああそうだ、君の担当の子。新人だからあまり困らせないで欲しいんだね?さっきなんてパニック状態だったんだからね?」

 

「はいはい」

 

「それじゃあ、安静にしているんだね?」

 

「ああ────ちょっと待て」

 

「うん?何かあったかい?」

 

呼び止めたカエル顔に向かって先程買ったコーヒーを投げる。

 

「俺はブラックなんて眠気覚まし程度にしか飲まねーからな」

 

「……友達思いなんだね?」

 

「そんなんじゃねーよ。アイツはただの腐れ縁だっての」

 

 

 

医者が出ていった後、仮眠を取っていた霧嶺は30分程して目を覚ました。

そこで右腕が不自然に伸びていることに気がつく。さらに言えば何か柔らかいものを触っている感覚。

顔を右に動かすと、

 

「あ、目が覚めましたか、とミサカは軽く挨拶をします」

 

ミサカが座りながら、霧嶺の右手を自身の胸に当てていた。

 

「何してんだオマエ」

 

霧嶺は別段麻酔が効いている訳でもないので、手の平から柔らかい感触がダイレクトに伝わる。

 

「生体電気を介して、あなたの脳波と心拍数を計測しています、とミサカは10032号の真似をします」

 

「残念ながら、俺はその程度じゃ動じないからな」

 

「それはつまらないですね、とミサカはそれでも続けます」

 

「やっぱオマエ変だわ」

 

と霧嶺は呆れながら体を起こす。

そこで病院のドアが開く音がした。

 

「起きてるー?」

 

「おいビリビリ、寝てたらどうす」

 

入ってきたのは御坂美琴とあのツンツン頭の少年だった。

しかし、入ってきた2人は固まっている。

主に霧嶺の右手を見ながら。

 

「?」

 

「ちょ、あ、アンタ、それ何してっ」

 

「…………」

 

顔を赤くして戸惑う美琴と、同じく顔を赤くしながら顔を逸らすツンツン頭。

 

「あ、お姉様」

 

「どうしたんだオマエら」

 

「あ、アンタっ、う、腕っ」

 

そう言われて自身の右手を見る霧嶺。

特に変なところは無いはずだ、

ミサカの胸に手の平が当たっている以外は。

なるほど、と霧嶺は美琴の言っている意味を理解して美琴を見る。

 

「な、何よ」

 

「ガキだな」

 

「っっっっ!?」

 

羞恥に塗れた美琴の体から電気が漏れだした。

それもそうだろう、クローンということは自分と全く同じ体、つまり自分の胸を触られているのと同じなのだから。

 

 

 

病院にも関わらず電撃を放とうとした美琴を鎮めるのに5分ほど費やし、上条との自己紹介も済ませ、霧嶺達は向かい合った。

ミサカは説得して、席を外させた。

 

「そ、それで、あんた……」

 

「なんだよ、まだ怒ってんのか?安心しろって、胸触るくらい大したことないだろ」

 

「あるわ!」

 

「ま、まあまあ」

 

「ふぅ……それであんた、もう平気なの?」

 

「まあ一応はな、左腕は当分使えねーが」

 

まあ俺は、と霧嶺はツンツン頭の少年、上条当麻を見る。

 

「オマエの事が気になるがな」

 

う、と上条当麻は目をそらす。

 

「てことでオマエは少し席外せ」

 

「……分かったわよ」

 

不機嫌そうにしながらも美琴は言う通り病室を出ていく。

さてと、と霧嶺は体勢を変える。

 

「で、オマエは何なんだ?」

 

「何なんだと申しますと」

 

「正確にはオマエの右手か」

 

「………」

 

「言いたくないならいい────」

 

その言葉に上条は安堵、

 

「────とでも言うと思ったか」

 

出来なかった。

 

「まあ安心しろよ、幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

「何でそれを」

 

「深い部分に色々と関わってるからな。まあ安心しろ、無駄なことは好きじゃない」

 

それはつまり、口外する気は無いという事だと、上条でも理解できた。

 

「まあ俺も助けられたわけだしな、恩を仇で返すのもこっちとしても後味が悪いからな」

 

「そ、そうか、ありがとな」

 

「おい、もういいぞ」

 

ドアの近くにいるであろう美琴に向けて呼びかける。

予想通り近くに居たようで、美琴はすぐに入ってきた。

 

「聞いてないから」

 

「分かってるよ」

 

「あ、そうだ。はいこれ、お見舞いのクッキー」

 

「へー。まあ俺は和菓子の方が好きだがな」

 

「アンタも文句か!」

 

も、という事は上条も何か言ったのだろう。

一瞬だけ上条に目を向けると、バツが悪そうに目をそらされた。

 

「別にそんなんじゃねーよ。菓子は全般好きだから安心しろ」

 

「……ありがとう」

 

「あ?」

 

「アンタもあの子達を助けてくれたでしょ」

 

「……俺はただ一方通行(アクセラレータ)を止めようとしたに過ぎねーよ」

 

「それでもよ、結果的にあの子達は救われた」

 

それに、と美琴は付け加える。

 

「アンタ、前にもあの子達を助けてくれたんだって?」

 

(あのカエル野郎、余計な事言いやがって)

 

予想以上に口の軽いカエル顔の医者に霧嶺は顔を顰めた。

 

「ただの気まぐれだよ」

 

「まあ最終的にはコイツが全部持ってっちゃったけどね」

 

「黙ってろ」

 

そのまま霧嶺はベッドに寝転がった。

 

「ったく、話は終わりだろ?俺は寝るぞ」

 

「はいはい。ほら行くわよ」

 

「あ、ああ」

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)は霧嶺達が別室での話を終えた頃に目を覚ました。

 

「おや、目が覚めたんだね?」

 

耳につく語尾上がりの声に振り向く。

丁度カエル顔の医者がカルテを持って病室に入ってきていた。

 

「何の用だ」

 

「患者の様子を確かめるのも僕の仕事だからね?」

 

チッ、と一方通行(アクセラレータ)は舌打ちした。

 

「起きたばかりで悪いけど君の状態を教えておくよ。とはいえ、顔を殴られた影響で軽く脳震盪が起きているという程度だけどね?ただ、君は随分とそういうものに慣れていないそうだからかなりのダメージになっているみたいだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は何も言わない。

しかし医者の言葉で、昨日のことを思い出していた。

つまり、

自分は負けた、あの2人の少年に。そして、実験は恐らく中止だろう。

負けた、という事実は胸糞悪いが、実験が中止という事には何も思うところは無い。

むしろ、心のどこかで安堵している自分がいる。

 

(そういう事かよ、つまり俺は)

 

誰かに止めて欲しかったのだ。

馬鹿げた事をしている自分を、あのクソみたいな実験を。

 

「ああそれと」

 

カエル顔のその言葉に一方通行(アクセラレータ)は顔を上げた。

 

「これを預かっているんだね?まあ本来ならダメと言いたい所だけど、君の状態は酷いわけではないし今回は特別なんだね?」

 

そう言って、カエル顔の医者は白衣のポケットから霧嶺から預かったコーヒーの缶を一方通行(アクセラレータ)に手渡す。

 

「これは……」

 

それは、研究所にいた頃毎日のように一方通行(アクセラレータ)が飲んでいた銘柄の缶コーヒーだった。

 

「何か思うところでもあるのかい?」

 

「……別に」

 

「いい友達なんだね?」

 

「ンな高尚なモンじゃねェよ」

 

その言葉に、カエル顔の医者が聞き返すまでもなく。

 

「アイツとは、ただの腐れ縁だ」

 

と、言葉とは裏腹に綻んだ表情で学園都市最強の能力者は吐き捨てた。

その言葉を聞き。そうかい、とカエル顔の医者はそれだけ零して病室を後にした。

 

 

 

「全く、最近の子は随分とひねくれているんだね?」

 

病室を出た医者は、ため息を吐きながらそう呟くと次の病室へ足を運んだ。

 

 

 

霧嶺が入院してから5日が経過するとギプスは外れ、左腕に関しては安静にしていれば問題ないとの事。

この圧倒的な回復力は十中八九あのカエル顔の医者のおかげだろう。

そう思うとあの医者の技術は卓越している。

何かヤバい薬でも使われているのか、と不安になることもあったがそもそも学園都市の時点で普通ではないので早々に霧嶺は諦めた。

退院について聞くと、

もう動けるなら構わない、とカエル顔の医者は快くとはいかないが了承してくれた。

退院後のことを考えながら、霧嶺は重要な事を思い出した。

 

「仕事……」

 

今回の件は『アイテム』の人間には誰一人として教えていない。

つまり霧嶺は5日間仕事を無断でサボっているのである。

 

「はぁ……やべーな……」

 

絶対怒ってる、と確信しながら恐る恐るスマホの通知を見る。

 

案の定、

300件程来ていた。

主に麦野沈利から。

 

他の3人からも数件来ていたが、麦野は圧倒的な数を誇っていた。

スパムかよ、と霧嶺は心の中で若干引きながら呟いた。

とはいえ、麦野も他の3人も送ってきた内容は似たようなものだった。

何があった、とか。

サボるな、とか。

最終的に麦野のメールが殺害予告のようになっていたのには少々肝を冷やしたが。

 

「はぁ……どうすっかなぁ」

 

霧嶺はベッドの上で頭を抱えた。

麦野以外は何とか出来るが、麦野は恐らく不可能だろう。

お詫びどころか、こちらの話を聞き入れることすらしない気がする。

とりあえず患者衣から私服に着替えて病院を出る。

そして決意する。

 

もう考えるのはやめよう、と。

 

 

 

病院を出た霧嶺は、『アイテム』の隠れ家の中で最も使用頻度が高い第三学区の個室サロンに来ていた。

念の為お詫び用の和菓子を持って。

仕方ない、と霧嶺は意を決していつもの部屋に入る。

 

中にはいつも通り『アイテム』の面々が好き放題していた。

そして、

 

「きーりーみーねぇ」

 

ゾッ、と一瞬で背筋が凍った。

麦野は霧嶺を認識した途端、というかその前から既に機嫌が悪かった所に霧嶺が来たという方が正しいだろう。

どちらにしても、麦野が本気で怒っていることには変わりない。

 

「あ、えっと……よ、よお」

 

ピキッ、と麦野が持っていたグラスにヒビが入った。

 

ダメだこりゃ、と霧嶺は考えることを放棄した。

やはり今の麦野には何を言っても意味が無い。

心の中でそう断定した霧嶺はとりあえず素直に謝ることにした。

 

「いや、その、悪かった……」

 

麦野の鋭い眼光は緩む兆しを見せない。

能力は使っていないはずなのに、体を貫かれている気分になる。

 

「私は別に超サボったことに関してはあまり気にしてはいませんが、超何があったんですか?」

 

「そうそう、結局仕事に来なかった理由が知りたい訳よ」

 

「まあ簡単に言うと……入院してた」

 

「はあ……超入院ですか」

 

「なになに?戦闘でもあった訳?」

 

「まあそんなとこだ、軽く第一位と喧嘩してきた」

 

「うわー超無謀」

 

「霧嶺って実はアホだった訳?」

 

「そんなんじゃねーよ。まあそんな訳だ、今回の件はこれで終わりってことにしてくれ」

 

ほらお詫びだ、と霧嶺は持っていたビニールをフレンダに渡す。

それとほぼ同時に麦野が、舌打ちした。

だが射殺すような眼光は無くなったので、納得はしたのだろう。

 

「ってこれ、サバ缶ないんだけど」

 

「当たり前だろ。逆に何で入ってると思った」

 

「え、これ私にじゃないの?」

 

「お前ら全員分だよ、アホ」

 

「なんで退院早々辛辣な訳!?」

 

何とか平和的に解決できたので、霧嶺は既に満足だった。

後日、『アイテム』全員で行った焼肉を全額支払うことになった以外は。

 

 

 

霧嶺の退院から2日。

学園都市第一位の少年、一方通行(アクセラレータ)も退院の許可が降りた。

病院を出る前にコーヒーでも買うか、と自販機に寄ると、あの缶コーヒー(・・・・・・・)が目に入った。

一方通行(アクセラレータ)にとって、1つの思い出の品となるもの。

一方通行(アクセラレータ)と彼との思い出。

気づけば彼は、目に入っただけのそれを迷わず買っていた。

 

「クソッタレが」

 

舌打ちをして、悪態をつきながらも、気づけば表情は緩んでいた。

らしくねェな、と一方通行(アクセラレータ)は心の中で吐き捨てる。

缶コーヒーを手の中で弄びながら、学園都市最強は歩き出す。

いつもは鬱陶しく感じるような日差しも、今だけは何故か心地よかった。

 

 




これにて妹達編は終了となります。
この後は軽く閑話を挟んでから次の章、という感じにするつもりです。

とりあえず次の章は少し飛ぶことになりますが恐らく大覇星祭編になると思います。
というのも、原作やその他外伝を含めてもストーリー的に暗部が関わるようなものが少ないんですよね。
あるとすればとある科学の一方通行の方になるますかね。
まあそこは多少気分が入ることになりますが。
感想、評価よろしくお願いします。
あと良ければ活動報告の方もよろしくお願いします。

ではまた。


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幕間-お肉と幼女と超能力者

お久しぶりです、甘党もどきです。

約2ヶ月ぶりの投稿になります。
いやもう本当に、遅くなってしまって申し訳ない。
だと言うのにいつも間にかUA数が40000を超え、お気に入りも1000件を超えていました。
本当にありがとうございます。

今回の話、本当はもっと早く投稿出来れば良かったんですけどね、
中々上手く進められず、といった感じです。
それなのにいざ書き終えると何故か文字数がいつも通りに…

では早速、幕間をどうぞ。


『アイテム』のメンバーは、いつも通り第三学区の個室サロンに集まっていた。

いつもならそれぞれが好き勝手しながら過ごしているはずなのだが、今日は違った。

何故か全員がソファに向き合う形で座っている。

『何の会議だこれ』と霧嶺は不可解そうな表情を浮かべる。

麦野がわざとらしい咳払いをして、他4人の視線が集まる。

 

「とりあえず、今日の夜霧嶺の奢りで焼肉行くんだけど、どこがいいかしら?」

 

「…………は?」

 

「何よ」

 

「俺の奢りってどういう事だよ」

 

霧嶺が抗議の声を上げれば、何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの視線が全員から注がれる。

麦野が呆れた調子でため息を吐く。

 

「この前サボったこと、まさか手土産程度でチャラになると思ってるのかにゃーん?」

 

「ああ、なるほど……」

 

霧嶺にも事情はあるのだが、口答えするだけ無駄だと言われなくても分かった。

眉間を押さえながら霧嶺はため息をつく。

こればかりは自業自得だ、どうしようもない。

 

「分かった分かった。分かりましたよー」

 

「じゃあ改めて店を決めましょう」

 

「折角なら良いモノを食べたいです」

 

「でも食べ放題とかも良いって訳よ」

 

「私はどっちでもいいよ?」

 

霧嶺は話し合いに参加する気はなかった。

いい店を知っている訳でもなければ、他人に奢る店をわざわざ自分から率先して選ぶのも気が乗らない。

不味いのは勘弁だが、それなりの店を選ぶだろうという予想くらいはできる。

しかし気づけば『量にしか目がいかないとは舌も超フレンダですね』『は、はぁーー!?絹旗みたいなお子ちゃまには良いお肉の区別なんてつかないって訳よ!!』という喧嘩が始まっていた。

 

「アホかよ」

 

と当人達には聞こえないくらいの音量で呟いた霧嶺は、冷蔵庫から水ようかんを取り出してきて和菓子タイムをスタートさせる。

ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるフレンダと絹旗の声を遮断しつつ冷たいようかんを頬張る。

 

 

和菓子タイムを満喫していた霧嶺は、ふと話し合いの進捗に目をやると、

 

何故かフレンダと絹旗が取っ組み合いを始めていた。

 

訂正。

アホではなく馬鹿らしい。

霧嶺は既に6個目のようかんへ突入しているので、少なくとも5分は経っている。

にも関わらず、何一つとして話が進んでいない。

というかヒートアップし過ぎた2人には周りの事など見えていないらしい。

現に麦野も頭を抱えているし、ただでさえ感情の起伏が少ない滝壺の顔からも心なしか感情が失われている気がする。

 

「いい加減にしろ」

 

と。

霧嶺は2人の頭へ能力を使用したチョップを叩き込む。

ドスッ、と頭から鈍い音を出しながら2人は撃沈した。

そこまで強くはなかったのか、一瞬で復帰した2人は霧嶺を睨みつける。

 

「超邪魔しないでください!」

 

「そうそう!これは私たちの戦いな訳!」

 

「別にどっちかにしなきゃいけない訳でもねーだろ」

 

「そうそう。どうせ払うのは霧嶺なんだから。むしろ単品で食べまくればいいのよ」

 

霧嶺にとって聞き捨てならない麦野の言葉に、2人は『その手があったか』と顔を合わせる。

もう霧嶺は諦めた。

そしてふと今の光景を前に、

 

(こうしてりゃあそこら辺の仲良しグループにも見えなくもないな)

 

どう取り繕った所で、暗部の人間である事には変わりない。

人は殺すし、手など真っ赤に染まっているだろう。

それでも、今この瞬間だけはそんな殺伐とした雰囲気などどこにも見えない。

彼女達が暗部に身を置いた経緯は知らないが、これだけ見ればどこにでもいる学生と見間違えるかもしれない。

 

そこまで考えた所で頭を振る。

当てられたかな、と先日出会ったツンツン頭の無能力者(レベル0)を思い出す。

もしも自分が彼のような人間だったなら?

一方通行(アクセラレータ)があんな風にならずに済んだ?

妹達(シスターズ)を犠牲にすることは無かった?

こんな事を考える時点で、思っていた以上に追い込まれているのは明白だった。

 

「きりみね?」

 

横にいた滝壺からの声で、体が一気に冷えた気がした。

血の気が引き、思考が一気にクリアになる。

 

「大丈夫?」

 

滝壺はいつもと違う霧嶺を心配して声を掛けただけなのだが、霧嶺は目を見開いていた。

これを鳩が豆鉄砲を食らった、と言うのだろう。

 

「あぁ、大丈夫。で、話は進んだのか?」

 

すぐに滝壺から目をそらす。

何故かは分からない。

彼女に顔を見られたくなかったのかもしれない。

またはその逆も。

全てを見透かされてしまいそうな気がした。

 

「?もう決まったよ」

 

『何言ってるの?』と言外に語る表情に、霧嶺はため息をつくしかなかった。

 

 

 

いろいろあったが、今夜はお高い焼肉である。

結局行くことになった焼肉屋は、意外にも滝壺提案の店だった。

統括理事会の人間も御用達の店で、質の良い肉を置いていながら食べ放題メニューも完備しているらしい。

所謂VIP向けなので当然高額でもある。

 

「へぇ……結構いい店じゃない」

 

感心するように麦野は呟く。

店の佇まいこら高級感が溢れている。

とても気軽に行くような店ではないだろう。

 

「確かに、奢らせるにはこの上ない店だな」

 

ため息混じりに霧嶺は返しを入れる。

滝壺も意外といい性格をしているのかもしれない。

いろいろと思う所はあるがとりあえずガラス張りのドアを開ける。

レジには真面目そうな大学生店員が霧嶺達に反応して『いらっしゃいませ』『何名様でしょうか』とマニュアル通りの対応を完璧にこなす。

VIP御用達でも完全予約制ではないらしい。

 

「門前払いされる方が気が楽だな」

 

「何言ってんのよ。とっとと行くわよ」

 

「はいはい」

 

結局何も問題なく席に案内された。

普通なら喜ぶべきなのだろうが、霧嶺はやっぱり気が乗らないでいた。

原因は『今日は超ツイてる日ですね』『結局お肉は人のお金で食べてこそって訳よ』と、後ろで騒いでいる2人にあるに決まってる。

 

(もう1発殴ってやろうか)

 

と、こめかみをこっそりとピクピクさせながら席に座る。

テーブルはよくある網がはめ込まれているタイプで、真上に排気用のダクトがある。

こういう部分は外部と大差ない。

 

「さてと最初は何を食べようかしら」

 

「カルビ!」

 

「いやいや超ハラミで」

 

「私は何でもいいよ?」

 

相変わらず団結力があるのかないのか分からないが、各自が好き勝手にタブレット端末で肉を注文する。

『勝手にしろ』と言っていた霧嶺も、せっかくなので色々と頼むことにした。

 

 

食事を初めて10分。大体皿が3回回収された頃。

特上カルビを頬張っていた絹旗が、そういえば、とテーブルに身を乗り出す

 

「根本的な疑問なんですが、そもそも霧嶺はなんで仕事を超サボったんですか?」

 

「そんなに気になることかよ」

 

「超気になります。だって霧嶺、何だかんだで仕事はちゃんとやってるじゃないですか」

 

「……野暮用だよ」

 

と、適当に霧嶺が答えると絹旗はあからさまに『超納得いきません』と言いたげな顔をする。

 

「何だよ」

 

「ちゃんと答えてくださいよ」

 

「ふっ……やっぱり絹旗はお子様な訳よ」

 

絹旗の隣に座ってサラダを食べていたフレンダがやれやれといった調子で呟いた。

 

「超どういうことですか」

 

「何の連絡もなしにサボり……これはもう、女しかないって訳よ!!」

 

フレンダがドヤ顔を晒した辺りで、両隣に座っている絹旗と麦野が同時にため息をつく。

 

「フレンダ……あんたはそっち方面にしか回路が繋がってないのかしら」

 

「そうですよフレンダ。大体霧嶺に女なんて超出来るわけないです。どうせ年齢=彼女いない歴の童貞ですよ」

 

絹旗が食事の席に相応しくなさそうな単語を吐いたところで、霧嶺が口を出す。

 

「失礼なクソガキだな。居たことくらいはある」

 

「「「え゙」」」

 

淡々と事実を述べただけの霧嶺に、前3人が硬直する。

 

「……何だよ」

 

「いや……いやいやいや超嘘ですって」

 

「そ、そそそうそう。だってほら、霧嶺はヘタレで一生童貞だって……」

 

「お前のその情報はどこから来てんだ。変な電波受信してんじゃねぇ」

 

「ふーん。でも居たのは驚きね」

 

「そうか?」

 

別に霧嶺は世のモテない男子に喧嘩を売っている訳では無い。

断じて。

 

「ええ。あんたはそういうの興味ないと思ってた」

 

「ゼロじゃねぇだけだ。まあ他の奴よりも薄いのは認める」

 

と、隣から何故か悪寒を感じた。

振り返ると、

 

滝壺が霧嶺を見つめていた。

ホラーかよ、と心の中で呟いていると、

 

「今は」

 

「は?」

 

滝壺が突然呟く。

 

「いるの?」

 

意外な事に滝壺もそういう類の話には興味があるらしい。

やはり女子は恋バナが好きなのだろう。

 

「いねぇけど」

 

「そうなんだ」

 

そう返答して、滝壺はちまちまと肉を食べ始めた。

それで、と目の前の麦野は一呼吸置いて、

 

「上手くはぐらかしたつもりかしら?」

 

覚えてたか、と霧嶺は肩をすくめる。

 

「別に、軽く第一位と喧嘩しただけだ。てかこの前も話しただろ」

 

「無謀、というかただの馬鹿ね。死にたかったの?」

 

「ンな訳あるかよ。単なる意見の衝突だよ」

 

「そう。ま、精々死なないようにはしておきなさいよ」

 

はいはいと、霧嶺は適当に返事をしながら丁寧に焼いた肉を食べようとして、

 

何故か完璧な状態に焼かれていたはずの肉が何処にもなかった。

というか先程まで機能停止していたはずの目の前2人と隣の1人が食べていた。

 

「おい」

 

「超なんですか」

 

「どうした訳?」

 

霧嶺は大きく息を吐いて隣の滝壺を見る。

 

「お前は何故?」

 

「そこにお肉があったから」

 

「あぁ、そう……」

 

意味が分からん、と諦めて新しく肉を焼き始める。

『超隙あり!』とか『頂きって訳よ!』と狙われた肉は、これまた丁寧に炭に変えて差し上げた。

『こういうのも悪くないな』と思いつつ、

通称『霧嶺のお金で焼肉を食べに行こうの会』は霧嶺が10万近くの金額を平気な顔をしながらカードで支払って終了した。

 

 

 

9月10日、口座から10万円が飛んでから大体2週間が経った頃。

今日はちゃんとした休みなので、霧嶺が家で和菓子を堪能していたが突然の着信音によってそれも呆気なく終わりを告げた。

画面を見れば『カエル医者』の文字が。

 

「なんだ」

 

『大方僕の番号を登録しているみたいだけど、普通ならもう一言くらい挟むものじゃないかな?』

 

「知るか。お前は雑談の為に電話かけて来るような人間じゃねぇだろ。まあ要がないなら切るが」

 

『まあまあ、これは君にとっても需要な話だと思うんだね?』

 

興味を持った霧嶺はカエル顔の医者の言葉に耳を傾ける。

簡潔に言うとね、とカエル顔の医者は一言置いてから、

 

一方通行(アクセラレータ)が大怪我をしたんだね』

 

「…………は?」

 

思わず気の抜けた声が出る。

普通に考えてみれば、あの一方通行(アクセラレータ)が怪我をするというのはありえない。

幻想殺し(イマジンブレイカー)の存在によってその考えも100%では無くなったが、それでも大怪我という程の怪我を負うことはまずない。

態々カエル顔の医者が電話してくるということはかなり酷いのだろう、上条にまた殴られたという訳でもないらしい。

 

「どういうことだ」

 

『そのまんまの意味なんだね。詳しいことは資料も交えて話をするとしよう』

 

要するに『今から病院に来い』ということらしい。

医者は霧嶺と一方通行(アクセラレータ)の間にあった出来事を多少なりとも察しているはずだが。

 

「まさか俺と一方通行(アクセラレータ)を会わせる気じゃねぇだろうな」

 

『もちろん、そのつもりなんだね?』

 

「ふざけてンのか。今更そんなこと────」

 

『それでも、来てもらうよ。僕は患者の為なら何でもするし、必要なものは何でも用意するのがポリシーなんだね?そして今の一方通行(アクセラレータ)には君も必要だと思っただけなんだね?』

 

霧嶺は言葉を失った。

この医者はこういう奴だったな、と大きく息を吐く。

軽く舌打ちしてから、

 

「分かった。今から行くから待ってろ」

 

『ありがとう。到着したらまず診察室の方に来てくれ』

 

じゃあまた後で、という言葉を聞いてから電話を切る。

軽く息を吐いてから、霧嶺は家を出た。

 

 

気づけば10分程かかるはずの道を6分程で歩き、霧嶺は予定よりも早く病院に着いてしまった。

思わず大きく息を吐き捨てながら入口に向かう。

 

「意外と早かったですね、とミサカは待たされたお詫びを貰えなさそうな事を残念に思いつつ挨拶します」

 

入口には妹達(シスターズ)が1人立っていた。

霧嶺に関わって来るということは、大方19999号(霧嶺曰くミサカ)だろう。

 

「何でオマエが居るんだよ」

 

「貴方が来ると聞いたのでその付き添いに、とミサカは簡潔に答えます。というかミサカの本音は無視なのですね、とミサカは間接的に何か奢れとアピールします」

 

「そうかよ。奢るのは後だ、先にカエルの所に行くぞ」

 

「分かりました、とミサカは我慢出来る子アピールをします」

 

「いいから行くぞ」

 

病院内に入ってから受付をスルーして、ミサカを連れたままカエル顔の医者がいつも居る診察室へ足を運ぶ。

診察室のドア前に立ってから、念の為の合図としてノックを4回行い、『どうぞ』と聞こえてから中に入る。

 

「やあ、よく来てくれたね?」

 

「まあ、お前の性格はよく分かってる。あれで引かねぇなら諦めるしかないだろ」

 

「それは良かったんだね。それじゃあ早速話を始めようか」

 

そう言いながら医者はレントゲン写真やらカルテやらを取り出す。

簡単に出せる場所に置いてある辺り霧嶺が来る時間も分かっていたのだろう。

 

「とりあえずこれを見てくれ」

 

見せられたのは脳のレントゲン写真。

霧嶺は医学に長けている訳ではないので詳しいことは分からないが、ある一部分だけは理解出来た。

 

「見れば分かると思うけれど、前頭葉に弾丸の破片が突き刺さって傷になってしまっているんだね。これによって彼は言語能力と計算能力、この2つには影響が出るんだね?」

 

「それは……」

 

それはつまり、超能力自体に支障が出るということ。

一方通行(アクセラレータ)の様に高度な計算が必要な能力ならば尚更だろう。

 

「でも僕は患者の為なら何だって用意する質だからね。ミサカネットワークを利用して代理演算を行う為に、ネットワークと一方通行(アクセラレータ)の脳波の波長を合わせる変換器を作って何とかその2つを回復させたんだね?」

 

本当に目の前の医者は何者なのか疑いたくなってしまう。

とてもではないが医学の範疇を超えているだろう。

それでも目の前のカエル顔は飄々とした調子で語る。

 

「詳しい経緯は直接会って聞いた方がいいだろう。ミサカ君、病室まで案内してあげてくれるかな?僕はこれから診察だからね?」

 

「お任せください、とミサカは頼れるお姉さんを演じます」

 

では行きましょう、と今度はミサカに連れられながら診察室を後にした。

 

 

 

第七学区にある病院のとある病室、学園都市第一位の超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)は隣から聞こえる甲高い声に嫌気がさしていた。

 

「ねーねーお腹空いたのー!ってミサカはミサカは空腹を耐えながら抗議してみたり!!」

 

「うるせェ……勝手に食ってきやがれ」

 

一方通行(アクセラレータ)のよく知る妹達(シスターズ)と同じ顔ながら、彼女らと違い10歳前後の体、そして感情的な少女。

検体番号(シリアルナンバー)20001号、通称打ち止め(ラストオーダー)

彼女の見た目年齢相応の騒ぎ様に一方通行(アクセラレータ)は耳を痛めていた。

 

「だってミサカはお金持ってないから何も買えないじゃん!ってミサカはミサカは当然の事を言ってみたり!せめて飲み物でも買いに行こうよー、ってミサカはミサカはジタバタさせて猛抗議してみたり!」

 

「うるせェって言ってンだろォがァァァ!!ちったァ大人しくしてられねェのかクソガキ!」

 

「だったらミサカの要求を飲むのだー!ってミサカはミサカはあなたのお腹にどーん!」

 

と、勢いよくダイブしてきた小さな体は確かな威力を持って一方通行(アクセラレータ)の腹、さらに言えば鳩尾をゴスッ、という音とともに的確に沈みこんだ。

 

「ッ!?!?このクソガキィ!いい加減にしやがれ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は腹の痛みになんとか耐えながら打ち止め(ラストオーダー)を掴みあげる。

そのまま彼女の頬を抓りながら、

 

「いいかクソガキ、俺は怪我人だって言ってンだろォが。あの医者に言われた通り黙って大人しくしてろ」

 

「い、痛い痛い!ってミサカはミサカは痛みからの解放を懇願してみたり!」

 

「チィッ、分かったらいい加減に────」

 

瞬間、病室のドアがゆっくりと開かれた。

そこには診察室から真っ直ぐ向かってきた霧嶺とミサカ19999号。

2人は中の様子を確認して、

 

「………」

 

「ぶふぉっ、とミサカはネットワークでも見た光景に敢えて態とらしく吹き出します」

 

霧嶺は無言、ミサカは思い切り吹き出していた。

というか後者は確信犯だった。

 

「オマエ……」

 

意図せず打ち止め(ラストオーダー)を解放した一方通行(アクセラレータ)は、霧嶺を見て硬直していた。

何故ここにいるのか、その思いだけが頭の中を巡る。

それに対し霧嶺は重い口を開き、

 

「……まあその、あのカエル野郎に言われたからな……」

 

「そォかよ……」

 

この空気を良くも悪くも取り払ったのは痛む頬を真っ赤に染めた打ち止め(ラストオーダー)だった。

 

「あ!あなたはもう1人のヒーローさん!ってミサカはミサカは驚きの視線を向けてみたり」

 

「何だこのガキ?」

 

「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は20001で、コードは『打ち止め(ラストオーダー)』なの、ってミサカはミサカは簡潔に自己紹介をしてみたり」

 

目の前の幼女がクローンだということはよく分かったが、彼女がここにいる事が霧嶺にとっては疑問だった。

その中である一つの可能性に気づく。

 

「大怪我したって聞いたが……そういう事か」

 

「ンだよ、文句でもあンのか」

 

「ねーよ、驚いただけだ。まさかオマエが妹達(シスターズ)を助けるとはな」

 

「コイツらにだって命があンだろ。俺はもう傷つけねェって決めたからな」

 

もしかしたら、あの時も本当は止めて欲しかったのかもしれない。

だからこそ、霧嶺は思う。

 

変わってないな、と。

ぶっきらぼうで口も目付きも悪い癖に、その裏に妙な優しさを備えていた少年のままだ、と。

 

「そうか。……なあ一方通行(アクセラレータ)、俺は」

 

「分かってる。今更どォにも出来ねェだろ」

 

『分かってる』と霧嶺は反射的に答える。

 

「戻れないってのはよく理解してる。戻る気もねぇ。だからここが再スタート(・・・・・)だ」

 

そう言って霧嶺は右手を上げる。

別に挨拶のつもりではない。

 

「ハッ、そォかよ。……悪くはねェな」

 

つられるように一方通行(アクセラレータ)も右手を上げ、

パチッ、と軽く。まるで将棋の駒を置くような軽さで、互いの掌を合わせた。

昔のように、

いつも通りに。

その柔らかい2人の表情は、傍に居た2人の少女しか知らない。




罰ゲームと一方通行&打ち止め回でした。

今回はどちらかというと後半がメインのつもりで書きました。
次回からは大覇星祭編に入るつもりです。
前回の後書きとか活動報告の方で大覇星祭編か残骸編で迷っていましたが、とりあえずは大覇星祭の方にします。
所々超電磁砲や一方通行の要素も盛り込めればなと思っています。

それと、先日エンドゲームを見てきた時の感想を活動報告の方に書きました。
ネタバレと、感動の余り語彙力を失っているので注意しつつ、興味のある人は是非り

感想、評価の方も良ければ是非お願いします。
他の活動報告ももし良ければ。

ではまた。


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2章 喧騒の裏で(Next_LEVEL6)
舞台裏の交渉


えー、大変お久しぶりです。甘党もどきです。
生きてます。

半年以上小説の更新をしていませんでした、本当に申し訳ありません。
忙しかったのもありますが、他に小説のアイデアが浮かんだり地の文が上手く書けなかったりでかなり苦労してました。
そんな中で書いた13話です、どうぞ。


大覇星祭。

9月19日から25日までの7日間に渡って学園都市で開催される行事で、所謂運動会のようなものだ。街に存在する学校が合同で行う体育祭で、総人口230万人弱の内の約8割ほぼ全員が参加するのだから、そのスケールは一般的なのものに比べれば相当な規模になる。

さらには開催期間中は参加者の父兄達が多く入り、その様子もテレビ局によって全世界に配信される。

学園都市が一般公開される数少ない特別な日であり、一般的な競技内容がSF映画に出てくるような超能力を使用して行われるのだ、学園都市外部の人からすれば相当な刺激と魅力があるようだ。

 

今日は8月14日、つまり大覇星祭まで残り5日である。

大覇星祭の運営委員の生徒達が交通整理の計画や会場準備などに奔走している姿を、霧嶺冬璃は第七学区にある行きつけの和菓子カフェで眺めていた。

 

「大覇星祭……もうそんな時期か」

 

そう呟きながら、抹茶がまぶされたティラミスを口に放り込む。

霧嶺のお気に入りの一つである,(寛容な)霧嶺からすれば、半和菓子判定なのだが、以前『抹茶掛かっててもティラミスってことは結局洋菓子な訳よ』と霧嶺に言い放った人物は脳を揺らされていた。

濃厚な味を堪能し、グラスに入った苦い液体で口をリセットしてからもう一口食べようとした時、

 

「きぃーりぃーみぃーねぇーさぁん♡」

 

肩をつつかれながら掛けられた甘い呼び声に今の今まで安らぎを手に入れていたはずの表情が歪んだ。近頃はあまり聞かなくなっていたからなのか、この先も聞くことは無いだろうと高を括っていたらしい。出来ることなら無視し続けたい霧嶺ではあるが、

 

「無視しないでくださいよぉ。きーりーみーねーさーん?」

 

後ろでいつまでも騒がれるのもそれはそれで困る。

仕方なく振り返れば、そこには常盤台中学の制服に身を包んだ少女がいた。

 

「こんな所で会うなんて運命力強すぎですよねぇ」

 

霧嶺と同じく学園都市に8人しかいない超能力者(レベル5)の第五位、食蜂操祈が態とらしく笑いながら立っていた。

彼女は蜂蜜色の長い髪、『中学生とは思えない』スタイルをここぞとばかりにアピールしている。それが意図的かそうでないかは置いておいて、だ。

それに対して、霧嶺は依然顔を歪ませてながら質問をした。

 

「何でここに居んだよオマエ」

 

「だからぁ、これは私と霧嶺さんの運命力が共鳴してぇ」

 

「……オマエってロマンチストだったのか」

 

「そういう訳じゃないけどぉ。そういうの感じないかしらぁ?」

 

「知るか。用がねぇならさっさと帰れよ、俺は今スイートタイムだ」

 

別に霧嶺は食蜂を嫌っているという訳ではない。嫌いではないが何となくこの少女には苦手意識がある。

どことなくペースを乱される感覚が、どこぞのピンク色のジャージを着た少女に近い気がする。

 

「ひどぉい☆せっかく霧嶺さんとお話できると思ってたのにぃ」

 

そう愚痴を零しながら食蜂は霧嶺の目の前の席に座っては店員を呼び、紅茶と霧嶺と同じ抹茶ティラミスを頼む。

それを見た霧嶺はもう一度表情を歪ませる。

 

「オマエなぁ……」

 

「何ですかぁ?」

 

ニヤニヤと、食蜂は霧嶺に対して柔らかな笑顔を向ける。

 

「好きにしろ」

 

大きく息を吐いてから、真っ黒な液体を口に流し込む。

甘いものを食べている時に限ってはブラックも悪くないと結論づけて、空になったグラスを一瞥してから店員にお代わりを頼む。

 

「で、何の用だ」

 

「別に大した用は無いわぁ。『お願い』も無いし」

 

「マジで何なんだよオマエ」

 

霧嶺は頭を抱えて項垂れる。

やはりというか目の前の少女の相手は中々面倒臭い。

 

「あ、でも色々と聞きたいかも。例えば妹達(シスターズ)の事とかぁ?」

 

「上条の事とか?」

 

どこから得たのか分からない情報を聞いて思い出した最近知り合ったツンツン頭の少年の名前を出すと、食蜂の動きが止まる。

 

「どういうことかしらぁ?」

 

「ハッ、図星かよ。オマエって案外自分のことに関しては弱いのな」

 

「……本当。どうやって知ったのかしら?」

 

「偶然だ。ちょっとした戦友ってやつだな」

 

「ふぅん?まあいいわぁ、それについてはまた今度聞くし」

 

そういえば、と食蜂は一呼吸置いて、

 

「大覇星祭の宣誓を超能力者(レベル5)にやらせるみたいな話が上がってるって噂を聞いたわぁ」

 

「何だそりゃ。ンなモン何が面白いんだよ。どいつもこいつも頭のネジがぶっ飛んでる集団だぞ。学園都市の醜態を世に晒す羽目になんだろ」

 

それ以前に第三位の御坂美琴ならばまだしも、他は誰も受けようとしないだろう。超能力者(レベル5)とは、ある意味で人格破綻者の集まりでもある。一般人にはとても見せられるものではない気がする。

そうでなくても霧嶺の知る限りでは、超能力者(レベル5)の一部は学園都市の闇に足を突っ込んでいる筈だ、表に出るべきではないのが普通だろう。

 

「さぁ?運営委員会の考えてる事なんてそこまで興味力湧かないしぃ、デモンストレーションのついで見たいな感じじゃなぁい?」

 

「まぁ仮にその話が本当だとしても俺は受けないがな。そもそも参加者でもねぇ奴にやらせるモンじゃないしな」

 

「まあ私もやるつもりは無いけど。どぉせ御坂さん辺りがやるだろうしぃ」

 

「御坂……?あぁオリジナルか」

 

「……本当、最近会えないと思ったら急に私の周囲について詳しくなってるのね。もしかして外堀から埋めようとしてる?まあ霧嶺さんなら、私の事を任せてもいいけどぉ♡あ、それとも体目当てかしらぁ?もう霧嶺さんたら、意外と大胆なんだゾ☆」

 

「おーおー。とうとう能力が暴走でもしたか?それならそのアホみてぇな発言も頷ける」

 

「もぉーーっ!その反応は酷くなぁい!?」

 

と、珍しく声色を強くして食蜂は抗議する。

ここで身を乗り出したりしない辺り、流石はお嬢様といったところか。

そして精神操作系能力者の頂点に立ち、年相応ではないスタイルを持ちながらも頬を赤く染めているのは、心はまだまだ年相応ということなのだろう。

 

「恥ずかしがるならやらなきゃいいだろ。それにそういうのは愛しのヒーロー様に向けるモンだろ。オマエだって言ってたじゃねぇか……あー、何だっけな。彼は私の王子様だー、とか何とか」

 

「何なのその微妙な覚え方はぁ……まあ間違ってはないけど。確かに彼には大きな恩があるし。でも貴方にだってそれなりに感謝はしてるのよぉ」

 

「やめろ。っつーかそうだとしてもオマエはアレだ。他はまだしも中身が危険過ぎる。気が気じゃねぇ」

 

「はぁ……本当貴方ってなんというか、面倒ねぇ。でも他はまだしもってことは、そういう事に興味あるってことかしらぁ?」

 

「はいはい。ならそういう事にしとけ。他に用がねぇなら俺は行くぞ」

 

「あら。なら今度会う時はもっと面白い話をしましょう」

 

「………気が向いたらな」

 

そう言って霧嶺は席を立つ。

二人分の代金をテーブルに置いたのは、霧嶺なりの優しさだろう。

霧嶺とすれ違いで同じ常盤台中学の制服を着た縦ロールの少女が通りかかる。彼女は食蜂の隣にすらりと立つ。

 

「女王、今のは……?」

 

「ふふ。そうねぇ……特別なお友達(・・・)って所かしらぁ?」

 

 

 

 

その日、大覇星祭運営委員は混乱していた。

発足してからあまり長い付き合いではないが、それでも委員会のメンバー全員が心の中に同じ思いを抱くくらいに。

 

「本当に例の案が通ってしまったのか……」

 

「全世界に配信されるのだからデモンストレーションも兼ねてやらせろと上層部が……」

 

「隠しても隠しきれない人格破綻者の集まりだぞ!」

 

と、手元の資料とホワイトボードの写真を見ながら苦言を漏らす。

それを坊主頭の委員会格である少年が鎮める。

 

「やめるんだ。方針が決まった以上我々はそれに従う他ない」

 

そして彼はホワイトボードを背に眼鏡を光らせ、

 

「それが我々に課せられた任務なのだから」

 

ここに大覇星祭運営委員の大いなる戦いが始まった────ッ!

 

 

 

食蜂操祈と偶然出会った日の翌日。大覇星祭は4日後に迫っていた。

霧嶺はといえば、いつも通り麦野からの招集が掛かったのでいつものファミレス、ではなく麦野が借りているプライベートプールに来ていた。

 

「なんで俺まで……」

 

「みんな行きたがってたから仕方ないよ」

 

しかし室内ながらベンチが並べられたプールサイドにいるのは、シンプルな水着とパーカーを着た霧嶺と遊びに来たはずなのに競泳水着をチョイスした滝壺の2人だけだった。

 

「っつーか、他の3人はどこ行きやがった」

 

「3人ともまだ着替えてるよ。フレンダは特に時間掛かるかも」

 

「トラブルでもあったのか?」

 

「ううん。きりみねには内緒」

 

「何だそれ」

 

「それが分からないきりみねは応援できない」

 

「?」

 

今のところ目の前の少女の言っていることがよく分からないということが分かった。

と、ため息を吐きつつ残りの3人を待つ。

 

「ねぇ」

 

「何だよ」

 

「きりみねはこれ、どう思う?」

 

どう、というのは水着の事だろうか。

とはいえ競泳水着相手では大した感想も出てこないのが普通だろう。

強いて言うならば、胸元が大分強調されている事くらいだ。

本人は意識していない、というより元々競泳水着はそういう目的で作られてはいないはずなので本来はそれほど目立つ事はないはずだが。

 

「 」

 

「どうしたの、きりみね?」

 

「いや、何でもねぇ。悪くねーよ」

 

逃げるようにベンチへ腰掛ける。やはり滝壺理后には苦手意識があるらしい。食蜂操祈とはまた違うベクトルではあるが。

 

「超お待たせしました。フレンダが水着を着るのに超苦戦してまして」

 

「そうかよ」

 

どうやら滝壺の言っていた通りだったらしい。

 

「ところで霧嶺、どうですか私の超ナイスな水着は」

 

と、自分の体をアピールしつつ、霧嶺に目線を向ける絹旗を見やる。

霧嶺自身変態になるつもりはないので、そこまでまじまじと見ることはしない。

全体を眺めた限りでは、水着のセンスは悪くないだろう。

ただ最初に見た相手が悪かった。

次いでに言えば、オフだからと気が抜けていた霧嶺が悪かった。

 

「水着は良いが、絶壁じゃァなー」

 

普段は表情筋を動かすことの無い滝壺ですら『あ』と言いながら口を開けるくらいには事件だった。

 

「ぜっぺき……?絶、壁?ふ、ふ、ふふ。ふふふふふふふふふふふ」

 

「あ?」

 

「相変わらず言ってはいけない事を易々と言いますね霧嶺は。超殺されたいンですかァ!?」

 

「……今のは、悪い」

 

流石に罪悪感を感じた霧嶺は、珍しく謝ってしまった。

残念ながらその程度で治まる怒りではないらしいが。

 

「超殺すッ!!!」

 

と、大能力者(レベル4)の癖に随分とIQの下がった突進をしてくる絹旗を片手で押さえる。

 

「何やってんのよアンタ達」

 

「む、麦野〜……置いてかないでよぉ」

 

「うっさいわね。そんな程度で恥ずかしがってんじゃないわよ。第一、その水着自分で選んだやつだろ」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「ほら。わかったらシャキッとしろ!ついでにに感想でも貰ってこい」

 

「ちょっ、押さないでっ!?」

 

と、麦野に背中を押されて無理やり霧嶺の目の前に立たされたフレンダ。

霧嶺と絹旗の視線がフレンダに注がれるも、本人は視線を逸らして息を飲む。

 

「ど、どうかな……」

 

そんな顔をされても困る、という表情で霧嶺は目を逸らす。

傍から見ている滝壺だけは『ふれんだ、頑張って』と言った雰囲気が漂ってくる。

 

「あー……まあいいんじゃねぇの」

 

その他3人が呆れたため息を吐いたことに霧嶺は気づかなかった。

だがフレンダは『ま、まあね!結局、私は何着ても似合っちゃう訳よ!』と上機嫌だったので結果オーライなのかもしれない。

 

 

 

 

霧嶺冬璃にとってプールというものは今まで大した興味を持つ対象ではなかった。

行く機会など無いし、あったとしても行くことはなかっただろう。

現に今回が初めてのプールなのだ。とはいえ今の所そこまで悪い気分ではない。

何より、

 

「うめェな」

 

そう。

この施設と提携している店舗のおかげなのか、和テイストのドリンクや和菓子が美味いのだ。それこそ普段霧嶺が好んで食べる店と並ぶ位には。

というか霧嶺行きつけの店がスポンサーについているらしい。

つまり霧嶺はプールに胃袋を捕まれ堕落しかけていた。

他のメンバーは、霧嶺と同じく椅子に腰掛けて休憩している麦野とフレンダ。スイムボードを使って泳ぐ絹旗。

そして、

 

「何やってんだ、アイツ」

 

水面から背中と後頭部だけを出し、プールにぷかぷかと漂っている姿。

そう、滝壺理后である。

彼女曰く『楽しいよ』との事であるが、流石の霧嶺にもその楽しみ方は理解し難いものだった。

そう思いながら1人呑気に欠伸を漏らしていると麦野の怒号が響いた。

流石に驚いた霧嶺は視線を右に向ける。プールに入っていた絹旗や滝壺も視線を動かしていた。

当の麦野はと言えば。

 

『って話が来てんだけど、どーする?』

 

「どーするじゃねぇだろ。私らの仕事で面割れて何のメリットがあるんだよ」

 

『そうかしら?悪くないと思うけど。表の顔は皆のアイドル、裏の顔は闇の狩人。アンタ顔だけはいいんだし♪』

 

あからさまに馬鹿にした雰囲気で電話の女は話す。

案の定、煽りに耐性のない麦野にはよく効いたらしい。

周りから見れば額に青筋を浮かべている姿しか見えないが。

と、それを傍らで聞いていたフレンダが、

 

「はいはーい!じゃあ私が代わりにやる!」

 

その言葉で麦野の中でプツリと何かが切れた。

フレンダの頭を掴み、

 

「お!ま!え!も!暗部の人間だろォがああああ!!」

 

自身の怒号をかき消す程の音を立てながらフレンダの頭をテーブルに叩きつける。

麦野が何に切れているのかを置いておき、流石の霧嶺でもその光景には若干引いた。

絹旗と滝壺も『またか』といった具合で直ぐに興味を逸らした。

それを見ていたウエイトレスは『お客様!?』と、ごくごく一般的な反応を見せてくれていた。

 

『はぁ……まあいいわ。じゃあそこの第八位さんに代わってくれるかしら?』

 

「意味ねぇだろ」

 

『いいから』

 

麦野は舌打ちしてから霧嶺にスマホを投げ渡す。

 

「何だ」

 

『大覇星祭の選手宣誓とか興味────』

 

「ない」

 

『もう少し考えてくれてもいいんじゃない?』

 

「逆にそんな面倒臭ぇことを俺がやると思うか?」

 

「だーかーら!私がやるって訳よ!」

 

何故か無性にイラッとした霧嶺は、後ろから顔を出したフレンダの顔面を反射的に掴んでプールに投げ込んでいた。

 

「なんでぇぇぇぇ!?!?」

 

「とりあえず俺はやらねぇ。他の奴に回すんだな」

 

『はぁ……アンタらって本当面白みないわー』

 

そう吐き捨てて、電話の女はプツリと呆気なく通話を切った。

スマホを麦野に返し、ベンチの上で寝ようかと思い立ち、目を閉じる。

次に感じたのは微睡みに落ちる感覚ではなく、

 

バシャリ、と顔面に掛けられた生温い水の温度だった。

顔の水を拭き取りながら目を開けると、

フレンダが勝ち誇った笑みでプールの中から見上げていた。

霧嶺は『そうか』と一言零してプールに触れる。

次の瞬間には、プールの水が一気にフレンダへ襲いかかった。

当然の如くフレンダは勢いに流され、その後ろにいた滝壺と絹旗も水の勢いに押された。

 

「ちょっと!今の威力は可笑しいでしょ!!」

 

「巻き込まれたんですが!!??」

 

「知るか!人の眠りを邪魔したことを後悔しやがれ!」

 

反撃に怒るフレンダと、巻き添いに怒る絹旗。そしてとりあえずムカついた霧嶺による世紀の水掛バトルが今始まる────!!

 

「アホなのかしら」

 

「うわー」

 

麦野は呆れて頭を抑え、

滝壺は呑気な声を上げながら心底心地よさそうに流され続けていた。

 

 




やっと大覇星祭編に入りました。
実は大分前に話自体は出来ていたんですけどね、何となく地の文の書き方が気に入らなくてずっと手直しをしていたんですよねー
ただ一方通行のアニメ化や超電磁砲Tの放送も相まって、ちゃんとしなきゃということで今回投稿に踏み切りました。
ちょうど超電磁砲Tと内容的には同じなので追いやすいとは思います。
またこれからも不定期ですが更新していくのでよろしくお願いします。

感想と評価も是非お願いします。


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大覇星祭

大変お久しぶりです。
甘党です、生きてます。
毎回の如く更新が亀の様なスピードで本当に申し訳ないです。
続きを読んで欲しいし書きたいという気持ちはかなり強いので打ち切ったりとかするつもりは無いのでご安心ください。

世間は色々大変ですが皆さんが無事であることを願ってます。

という訳で大覇星祭編2話目です。
楽しんでくれると嬉しいです。


 

大覇星祭の開会式は無事とは言いきれない終わり方をしたものの、特にそれを気にすることもなく競技は始められた。

学校に通っていない霧嶺にとっては大覇星祭の為に出ている屋台を歩いて見回る程度しか関係のないイベントだが。

 

そこで、

普段とは違う学園都市の姿の中に見慣れた店を見つけた。

霧嶺がいつも買い物をする和菓子屋の暖簾が上がっていたのだ。暖簾に引き寄せられ、気づけば屋台の前で足を止めていた。

 

「お!霧嶺君じゃないか」

 

屋台の中にいる男が霧嶺に気づき声を掛ける。

声に対して視線を動かすとそこには見慣れた顔があった。霧嶺行きつけの和菓子屋『(なごみ)』の店主、干生 和一(かんせい かずひと)だ。

 

「どーも」

 

「いらっしゃい!よく見つけたね、いつも通り地味な見た目だってのに」

 

「暖簾が相変わらずだからな」

 

霧嶺がそう言うと、『確かに』と干生は笑い声を上げる。

 

「店長〜、どうしまし……って霧嶺君!来てたんだ!」

 

「……まあ」

 

奥から出てきたのは祠堂庵那(しどうあんな)。学園都市内の大学に通う女子大生である。大覇星祭は基本的に中高生メインのイベントだが、期間中は大学も休みで、相も変わらずバイトをしている。

 

「あ、そうだ祠堂ちゃん。店から足りないもの持ってきてくれるかい?」

 

「わかりましたー!じゃあ、行こ?」

 

「は?」

 

「途中まででいいからさ!暇でしょ?」

 

「暇じゃねぇよ。待ち合わせがある」

 

「じゃあ途中までね!」

 

まるで人の話を聞いていないような返答。

そして強引に腕を引かれそのまま2人は出店周辺の雑踏を抜けていった。

 

 

 

 

「そういえばさ、霧嶺君は大覇星祭に出ないの?」

 

「出ない」

 

「なんで?実は高校生じゃなかったり?」

 

「どうかな」

 

『めんどくせぇ』と内心思いつつ言葉を返す。

どうやらそれがお気に召さなかったようで、

 

「素っ気ない男の子は嫌われちゃうぞー」

 

「余計なお世話だな」

 

ひどーい!!と隣で騒ぐ庵那を無視して歩く霧嶺の目に大型モニターの映像が映る。そこにはどこかで見たツンツン頭の少年とビリビリ少女がゴールテープを駆け抜けている姿があった。少年の方は半ば引き摺られていたが。

 

「何やってんだアイツら」

 

「知り合い?」

 

「……まあ少しな」

 

明後日の方に視線を飛ばしながら間を開けて返した。

返答をしてから何となく庵那が怒るような気がしたがそんなことはなく、意外と落ち着きながら

 

「霧嶺君って友達居たんだ」

 

と一言。

そして流れるように庵那の頭に霧嶺の手刀が落ちた。

 

「痛った!?女の子に暴力とか有り得ないんですけどぉ!」

 

「自業自得だろ」

 

スタスタと足早に歩いていく霧嶺を頭をさすりながら庵那が追いかける。

 

 

結局、『今度なんか奢ってくれないと許さないからね!』という庵那の言葉を適当に聞き流しながら2人は解散することになった。

そして霧嶺は『ある人物』との待ち合わせ場所に向かっていた。

そう『いた』のだ。ついさっきまでは。

そんな彼の目の前で、

 

上条当麻が全力でスライディング土下座を披露していた。

 

 

 

 

 

 

大覇星祭1日目。上条達1年7組の面々は何時になく高い団結力とやる気に満ち溢れていた。

担任である小萌の涙を見た彼らの心は皆で行く店を決める時よりも繋がっていた。

その勢いで棒倒し一回戦を勝ち抜いた彼らを、正確に言えばクラスの中でも随一のガタイを持つ青髪ピアスを悲劇が襲った。

 

それは偶然だった。

なんてことはない日常の一幕。大覇星祭期間だからこそあちらこちらで見ることのできる他校の女子生徒の姿にうつつを抜かし『うひょー!やっぱり体育着の裾から見える生脚は最高やわぁ』などと語っていた青髪。

 

その股間を────

 

ズドンと、棒倒し用の棒が思い切り直撃した。

たった一撃、されど一撃。たかだか棒1本によって青髪は人生で1度もした事のない表情を作りながら一瞬の内にダウンした。

まあ男にとってこの上ない弱点を突かれたのだから無理もないが。

そしてそれを隣で目撃していた上条当麻と土御門元春は思わず自分の股間を押さえた。何故かは分からないが。

 

「あ、青髪ィィィィッ!?」

 

「こ、これはやばい一撃だにゃー……」

 

大覇星祭の運営委員であろう女子生徒が必死に頭を下げている。

ギリギリでその姿を見た青髪は何とか笑顔を作ってそのまま気を失ったのだった。

ちなみにこの時の表情を見た上条と土御門は『苦しさと幸せを同時に表現したせいで絶妙に気持ち悪かった』と語る。

 

 

しかしこれによって問題が1つ発生した。

元々高位の能力者が居ない上条のクラスは棒倒しにおいてなかなか不利なクラスだった。

それを何とか青髪と土御門のガタイ、そして上条の喧嘩慣れからくる身体能力とクラスメイトの根性と執念で補っていたのだ。

つまるところ、青髪が抜けた穴は大きかった。ただでさえ2回戦の相手も能力者揃いだと言うのにこのままでは負け筋しか見えない。

小萌の為にという思い、そしてついでに上条は美琴との賭けがある。ここで敗北して小萌に悲しい思いを、そして美琴の1日奴隷になるなど上条のプライドが許さなかった。

 

ちょうどその時だった、

いつもの不幸ルートまっしぐらだった上条に珍しく希望が舞い降りたのは。

 

 

 

 

 

ついさっきまで土下座をしていた上条はやけに早口で霧嶺に経緯を説明していた。

 

「で、そこに俺が居たと」

 

「まあそういう訳でございます、はい……頼む霧嶺!アイツの代わりにこっそり出てくれ!」

 

「断る」

 

「頼む!」

 

「断る」

 

「たの────」

 

「断る」

 

「なんでだよ!?」

 

「逆になんで許可下りると思ったのか聞きてぇよ」

 

そう言うと上条は『やっぱだめかー』と頭を抱えて唸り始める。

それを後目に辺りを見渡すと、近くの広場にそびえ立つ時計が目に入る。

時間を確認すれば待ち合わせまではまだまだ時間があるようだ。

数秒の思考の後、霧嶺は

 

「────いや、いいぜ。出てやるよ」

 

と、先程までの拒絶が嘘のような手のひら返しを見せる。

 

「えっ!?なんで!?何故でごさいませうか!?」

 

「気にすんな」

 

霧嶺からすればかつての借りをこれでチャラに出来るなら儲けもの程度でしかないが、そもそも相手に貸しを作ったという認識がないのでその考えも結局は無意味である。

上条当麻がそういう男なのはよく理解している。

 

 

 

思いがけない承諾によってテンションが上がったのか、そこからはトントン拍子に話が進んで行った。

上条は霧嶺を保健室まで引き摺っては予備の体操着を持ち出して霧嶺に押し付ける。

その勢いに若干引きながら霧嶺はサッサと着替えて保健室を出る。

そして保健室を出る時に霧嶺が代理で出ている事をバレないようにする為の注意を上条が言い渡した。

 

一つ『能力は極力使わないこと』

一つ『能力を使う時はバレないようにすること』

一つ『髪色を変えて帽子を深く被ること』

一つ『声の高さを青髪に合わせること』

 

そして、

『似非関西弁を使う事』

と。

 

それを聞いた霧嶺は思わず頭を抱えた。

他の4つはまだどうにかなる。どれも霧嶺の能力で上手く切り抜けられる程度の項目だからだ。

しかし最後の『似非関西弁を使う事』に関してはそうはいかない。

もしこれが外国語を使えなどだったら何も問題はなかった。超能力者(レベル5)である霧嶺の頭脳にはその知識は無駄だと思うほどに入っている。

だが残念な事に霧嶺は関西弁などほとんど聞いたことが無いし、『似非関西弁』など以ての外だ。

一応上条からは青髪ピアスという少年の音声は聞かせて貰えたので声に関しては何も問題は無い。

が。

似非関西弁の方はどう考えても無理だろう。

とはいえここで『やっぱ無理』と言うのは霧嶺自身のプライド的に許せない。そういう訳で霧嶺は『任せろ』と随分な間を空けて返事をした。

 

 

 

吹寄制理はここ数分少しばかりイラついていた。

というのももうすぐ競技がスタートするからとクラスを集めていたのに、クラス内の問題児である三馬鹿が姿を表さないからだ。

いつも問題行動ばかり起こす3人が相も変わらず輪を乱すのではと考えると、実行委員としてもかなり腹立たしい。

とりあえずあの3人には拳を1発ずつ喰らわせようと考えていると、悩みの種である3人がやっと表れた。

のだが。

何となく青髪の様子に違和感を覚える。確か先程までは帽子なんて被っていなかったはずだ。

 

「青髪、どうかした?」

 

当の青髪(霧嶺)は声を掛けられると肩が一瞬跳ね上がり、目元から鼻までを隠すように帽子を深く被る。

 

「……何もないで」

 

「そ、そうだぞ吹寄!見ての通り青髪は元気だぞー」

 

「……そう。まあいいわ。じゃあ皆、これから入場だからしっかりするように!」

 

 

 

 

 

どうしてこうなった。と帽子を深く被りながら霧嶺は心の中で後悔していた。人数に対して広すぎるグラウンドを見渡すと能力が飛び交い、時折敵か味方か分からない人影が舞う。それを眺めながら『ああ、そういえば自業自得だったな』と自虐的に笑う。

グラウンド上では炎や水、風など多種多様な能力が飛び交う。今は別人を演じている霧嶺は飛んでくる攻撃に対して体を捻る。

本来なら避ける必要などどこにもないが、今回ばかりはそうもいかない。

人目がある所で下手に使えば誰にバレるか分かったものでは無い。『たかが競技に本気になるのもなァ』、と空を仰ぐ。

と、

 

「きり────青髪危ねぇ!」

 

 

 

 

「────あ?」

 

ここ数十分で飽きるほど聞いた声が聞こえた。

だがその声は今まで全くと言っていいほど聞いた覚えのない名前で、それが自分を呼んでいるということを理解するのに少し時間がかかった。

気づけば上条が声を放った原因であろう光弾が今まさに腹部へ吸い込まれる所だった。

 

ドン!!と光は真っ直ぐに着弾し、衝撃波で土煙が霧嶺の担当であった棒すらも包んでいた。

そして当の霧嶺は土煙の中でくの字に転がっていた。

上条が慌てて駆け寄ろうとした瞬間、まるで何も無かったかのように霧嶺は立ち上がった。

 

実際光弾は霧嶺に当たっていた。

エネルギーの膜は変わらず張っているままということもあり、野球ボール以上銃弾以下の速度であれば霧嶺が目で認識出来る時点で防御力を取り戻すことができる。

とはいえ霧嶺の防御力が回復したことで、光弾は防御膜に接触し弾けた。それにより吹き飛んだだけなので彼自身にダメージはほとんど無い。

そんな事を知ることもないが、元々色々な意味で心配していた上条は心の底から安堵していた。

 

「無事だったか!よかっ────」

 

「そうだよなァ。これは競技だ。手を抜くのも申し訳ねーよなァ!」

 

声は変わらず青髪ピアスと変わらない。しかし聞こえた言動があまりにも不穏だった。

似非関西弁をさらに物真似した、恐らく本場の人間が聞けば卒倒する言葉遣いなどどこかに放り投げられていた。

霧嶺の頭の中では最早いつかの借りをチャラにする事など記憶の奥底に仕舞われている。短時間の内に味わった屈辱やら鬱憤やらを吐き出す事しか考えていない。せいぜいその理由を上辺でも取り繕おうとしているくらいだ。

 

「舐めやがってこの────三下ァ!」

 

ドバァ!と瞬間的に音が吹き飛ぶ。

ついでか本命か、相手校の選手と棒もまるで台風でもあったかのように軽々とそこら中を転がった。自校の選手も何人か巻き込まれて目を回していたが。

その様子を上条は終始冷や汗とよく分からない汁のような物をダラダラと流しながら眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 

最終的に棒倒しは上条達の高校が勝利した。

競技として色々と問題がありそうな終わり方ではあった気はするが、勝ちは勝ちである。

ちなみに競技後に無事回復して戻ってきた青髪は何故か(・・・)女子にモテたので、『ボクにも春が来たんやなー』と今度は喜びの涙を流していたらしい。

 

 

現在は12時35分。ちょうど昼食を摂る人で街がごった返す頃だ。

つい1時間ほど前まで最早鬱憤晴らしともいえる棒倒しに参加していた霧嶺だが、街中に置かれた時計台に体重を乗せて立っていた。

そこに1人分の人影が近づく。

 

「お待たせしました、とミサカは既に貴方がいることに感心します」

 

「ああ、5分待った」

 

「む。そこは『今来た所だ』と言うべきです、とミサカは雑誌で得た知識をここぞとばかりに披露します」

 

常盤台中学の制服に身を包み、腰に手を当ててぷんぷんという擬音が似合いそうな風体を見せるのはミサカ19999号────霧嶺はミサカと呼んでいる────だ。

『じゃんけんで勝ったのでお出かけしましょう』という謎の進言により霧嶺は残りの半日を彼女に振り回されなければいけないらしい。

 

「行くぞ。腹減ってんだ」

 

「ミサカはやはり屋台を物色したいです、とミサカは己の欲望に忠実に従います」

 

そうかよ、と腕を引っ張るミサカに従い屋台が立ち並ぶ大通りに飛び出た。

たこ焼きや焼きそば、りんご飴といった『外』でもよく見られるであろう屋台に限らず、ケバブ風パインやら『本場!いちごおでん』などという内部の人間でも理解し難い屋台が散在しているのを見て目を逸らす。

安全志向の霧嶺は取り敢えず唐揚げにたこ焼きを1パックのつもりだったが、ミサカが左腕にくっついているからなのか『お、ラブラブだねぇ!』とどちらの屋台の店主からもおまけという形でもう1パック追加されたのだった。

 

 

霧嶺とミサカが公園に設置された席にたどり着く頃には焼きそばと芋餅が追加され、霧嶺の両手が塞がる程になっていた。

 

「随分オマケされたな」

 

「はい。驚きました。やはりカップル(・・・・)とはいい物ですね、カップル(・・・・)はとミサカは大事な部分を強調します。しかし焼きそばはオマケされませんでしたね、とミサカは少ししょんぼりします」

 

「まァ普通はオマケしねーからな。利益が無ぇ。ただお前何で睨まれてたんだ?あの女店主の知り合いか?」

 

ミサカの言っていることを半分程無視して霧嶺は少し前の光景を頭に浮かべる。

 

「いえ、初対面でしたよ。ただそうですね……気をつけなければ、とミサカは人生計画を見直します」

 

『やはり30代は大変なのでしょうか』などとブツブツ呟いているミサカを後目に霧嶺は手早くプラスチック容器の蓋を開けていく。

先程の競技もあってか、意外にも彼の腹は鳴き続けているのだ。

ほらよ、とミサカの分も渡して2人で食べ始めた。

 

 

 

 

 

「これが芋餅ですか。もちもちでありながらホクホクとした芋の食感を残し、甘辛いタレが絡まっていて美味しいです、とミサカは絶賛します」

 

「そーかい。そりゃ良かったな」

 

先に食べ終えた霧嶺は欠伸をしながらミサカの説明口調な言葉を適当に聞き流す。

 

「ご馳走様でした、とミサカはこっそり喉が乾いたアピールをします」

 

「お前なぁ……はァ、買ってくるから待ってろ。何がいい?」

 

ではヤシの実サイダーで、という言葉を背にしながら霧嶺は気だるそうな足取りで自販機へ向かっていった。

ミサカは実の所自販機まで着いて行こうと思っていたが、それを言う前に霧嶺が歩いて行ってしまったので手持ち無沙汰になってしまっていた。

『どうしたものか』と辺りをキョロキョロ見渡しているミサカの足元に、にゃーんという小さな声が聞こえた。

小さいながらもハッキリと聞こえた声の主は足元にいた。

ミサカはその小さな塊を拾い上げる。

 

「おやあなたは確か、『保留』でしたか」

 

別個体である10032号が付け、結局再考される機会もなく名前かどうかも怪しそうなネーミングとなってしまったとか。

 

「どうしたのですか?とミサカは首の下をこちょこちょこちょこちょ」

 

嫌がっているのかじゃれているのか、子猫は鳴きながらミサカの指をペシペシと弾いていた。

 

「あ、御坂さま!こんな所にいらっしゃたのですね!」

 

1分ほど弄り回していた所にいきなり声を掛けられた。

振り返れば常盤台の体操着に身を包んだ少女が不思議な物を見たような顔で立っていた。

 

「あら?御坂さん、なぜ制服をお召に────」

 

 

 

 

 

「体操服がない!?」

 

湾内絹保はウェーブの掛けられたライトブラウンの髪を大きく揺らした。

もう10分もしない内に競技が始まるというのに集合するどころか体操服ないという相手には驚くのも無理はないだろう。

 

「でしたら私の体操服をお貸ししますから、とにかくこちらに────!」

 

あれよあれよという間にミサカは腕を引かれて連れていかれてしまった。子猫は大事に片腕で抱きとめながら。

 

 

 

 

自販機へ向かってから5分程してからようやく霧嶺は戻ってきた。

随分と苛立ちを見せながらではあるが。

 

(クソッタレ。どーりで誰も並ばねぇ訳だ。ふざけやがってあのクソ自販機が)

 

霧嶺が利用した自販機は他の自販機や売店と違い誰も並んでいなかった。

これはいい、とその自販機にお金を────ただし財布に小銭が無かったので仕方なく万札を入れた。

入れたはいいが、自販機は入れる前と変わらずただ静かにその場で佇むだけだった。

簡単に言えば金を飲まれたのだ。万札にビビり散らしたのか、元からそういう目的で作られたのかは分からないがとにかく飲まれた。

結局能力で無理やり目的の飲み物を吐かせ、空気を震わせかけた警報も黙らせてなんとか戻ってきたということだ。

 

「あァ?」

 

しかし帰って来てみればどうだろう。

人にパシリをさせたにも関わらず、当のミサカは忽然と姿を消していた。

 

「どこ行きやがった、アイツ」

 

トイレにでも行ったか、と考えたが恐らくそれは無いだろう。

いくらミサカでも、平気な顔で人を振り回し、人の家に土足で上がるどころか靴の汚れを落とすためだけに人の家に上がりそうな彼女でも自発的に席を離れるなら食べ終えた容器くらいは片付けるはずだ。

しかしテーブルの上のプラスチックパック達は霧嶺が席を離れた時同様に食べ終えたままの状態を保っていた。

 

つまりミサカは自らの意思で姿を消した訳では無い。何らかの外的要因(トラブル)によって離れざるを得なくなったか、もしくは何者かに無理やり席から引き剥がされたか。

どちらにせよ、彼女が巻き込まれる可能性の高い要素は2つ。

常盤台の制服を着たミサカを御坂美琴(オリジナル)と勘違いした常盤台生徒によるもの。もしくは、クローンであるミサカの知っている人物によるもの。

前者ならば大した問題ではない。御坂美琴が現れるか、用事が済むだけで終わる。

では後者ならば?

 

「クソッタレが────!」

 

散乱していた容器を適当に袋へ詰め込み、ゴミ箱へ放り投げる。

出来れば前者に関わっていることを願いつつ、霧嶺は人混みを掻き分けて走り出した。

 

 

 

 

 

ミサカは常盤台生に紛れていた。

先程までとは違い制服ではなく体操服に身を包んでいるが。

 

「サイズきつくないですか?」

 

「運動には支障ありません」

 

むしろ胸部には余裕があります、とミサカは尻すぼみに言う。

ミサカは彼女のオリジナルである御坂美琴と全く同じ肉体である。つまり中学2年生相当の肉体で、一歳とはいえ年下の少女に負けたのだ。

決して何がとは言わないが。

 

少しばかりのジェラシーを感じながら、子猫を隣にいた泡浮万彬に半ば取り上げられた。

とはいえ、競技に猫を連れていく訳にもいかないので特に抵抗する必要もない。当の子猫は彼女の腕の中で暴れ回り、『お、落ち着いてくださいませ!』とどう見ても慣れない手つきで慌てている。

 

そしてあっという間に競技が開始された。

 

開始前に物陰で似た電磁波を感じたが、きっと気の所為だろう。

 

 

 

 

 

 

「何やってんだアイツ……」

 

結論だけ言えばミサカは見つかった。

ただし競技場の外に取り付けられた大型モニターの中にだが。

常盤台の体操服を着て、頭に紙風船を乗せて軽快に動き回っている。

確かバルーンハンターとかいう競技だったはずだ。頭に付けた紙風船を指定の玉で割り合うらしい。

ミサカはその競技に御坂美琴として参加していた。

事情を知らない人間からすればどこからどう見ても御坂美琴だ なのだ、常盤台の生徒が見間違えるのも無理はないだろう。

 

「ったく……ま、当のアイツがイイなら問題ねーか」

 

霧嶺はため息を吐きながら呟く。

割と本気で安心しているなんてことを認める気は無いし、誰に言う気もしないが。

 

とりあえず競技終了までどう時間を潰すかが一番の悩みになりそうだった。夜にはパレードもあるのでいちいち家に帰るのも面倒に感じる。

喫茶店にでも行くか、とまた人混みに紛れようと歩き出して────

 

どんっ、と。

看板の様な荷物を持った女性が霧嶺の背中にぶつかってきた。

振り返れば地味な作業服を着た18か9歳くらいの女性だった。金髪と青い瞳は地毛のようで、恐らく日本人ではないだろう。

当の女性はバツが悪そうに霧嶺に目を向けていた。

その彼女の後ろから、

 

「霧嶺────ッ!?」

 

「あァ?」

 

ツンツン頭の少年、上条当麻(トラブルの渦中)が焦った顔で迫ってきている。

何してる、という言葉は続かなかった。

ぶつかってきた女性が血相を変えて霧嶺に対峙していたからだ。その手には単語帳を持ち、口元には単語帳から引きちぎったであろう紙切れを咥えている。

 

そう認識した瞬間、

霧嶺の視界は光に包まれた────。

 

 




という訳で大覇星祭編2話でした。
通称ミサカ回とも言えるかも?
霧嶺は魔術と交差するのか否か、どうなるんでしょうね。

実は今回、作品の平均文字数をそれなりに上回っていたんですよね。なので今後はストーリーによっては文字数を増やしたりしようかなって考えてたりします。増えてもたぶん1万字前後だとは思いますが。
皆さんは1話の文字数ってどれくらいが読みやすいですか?感想などで教えていただけると参考になります。

就活やら何やらで忙しいのでまた遅い投稿になるかもしれませんが気長に待ってくれるとありがたいです。
次話もまた頑張って書きます。

というわけで、今回も読んでいただきありがとうございました。
また次回も読んでいただけることを祈ります。

ではまた次回に。


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