〈凍結〉イナイレ×バンドリ 笑顔を護る英雄 (夜十喰)
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始まりの春

初めまして、夜十喰です。
イナイレとバンドリのクロスを書きたくなり書いてみました。
今回は、自分の推しである美咲とこころをメインに書いて行こうと思います。

活動報告でキャラを募集しています。皆様のアイデアをどうかお貸しください。


ピピピピッ!!ピピピピッ!!

 

「うーん、、うるせぇ、、、」

 

まだ意識のはっきりしない中、俺は、朝早くから頭に響く目覚ましの音に若干のイラつきを覚えながら目を覚ます。

部屋を出て、伸びをしながら階段を降りると、リビングの方から2人の女性の声が聞こえてくる。その声に、特に何も思わないままリビングのドアを開けると、、、

 

「やっと起きたのね。早く着替えて朝ご飯食べちゃいなさい。」

 

と、母が

 

「おはよう、お兄ちゃん。じゃあ、私美琴と広樹起こして来るから、先食べててね。」

 

と、妹の美咲が話しかけて来る。

 

「おはよう。母さん、美咲。」

 

これが俺、奥沢 咲真(おくさわ さくま)の1日の始まりである・・・

 

 

 

簡単に自己紹介しておこう。

俺の名は奥沢咲真。花咲川高校に通う高校生で、この春から3年生になった。家族構成は、父、母、俺、妹の美咲、美琴、弟の広樹の計6人家族。

妹の美咲はこの春から俺の通う花咲川に入学。高校1年生で俺の後輩となった。うん、制服姿超可愛い。

 

「お兄ちゃん? いきなり黙ってどうしたの?」

 

「いや、なんでもない。ちょっと考え事をな。」

 

「そうなんだ、、」

 

「それよりも美咲、学校にはもう慣れたか?」

 

「あーうん、まぁなんとかね。」

 

「ん?」

 

遠い目をしながら美咲が答える。どうした、、?

 

「それよりお兄ちゃんの方はどうなの?サッカー部。いい人入りそう?」

 

「まぁぼちぼちって感じだな。まともな奴が入ってくれると助かるんだがな、、、」

 

「そっか、頑張ってね。けど、前みたいに無理はしないでよ。絶対だからね!」

 

と、美咲は念を押して来る。

 

「わかってるよ。もう絶対心配させねぇから。」

 

、、、もう二度と、美咲が泣くところ見たくねぇからな、、。

心の中で俺は、自分に誓いを立てた。

 

 

美咲と話していると、あっという間に学校に着いた。

 

「じゃあまた後で。」

 

「おう。今日は部活あるから帰りは遅くなる。晩飯までには帰るから。」

 

「わかった。じゃあね、お兄ちゃん。」

 

美咲は手を振りながら自分の教室に向かっていった。

さて、俺も行くか。

 

俺は自分のクラスである3-Bの教室の自分の席に着く。すると、1人の女子が話しかけて来た。

 

「おはよう奥沢君」

 

「おう、おはよう和泉」

 

和泉 渚(いずみ なぎさ)、俺の所属するサッカー部のマネージャーで、淡い赤色のウェーブのかかった髪をした美少女である。1年の時からの付き合いで、学校でもよく話す仲だ。

 

「どうだった?入部届け。何枚あった?」

 

「今のところは3枚来てるよ。後、見学したいって子も何人か来てたよ。去年よりも多いね。」

 

「そっか、やっぱり全国行きってのはかなり大きいな。」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「あっ、じゃあね奥沢君。また後で。」

 

「おう。後でな。」

 

チャイムが鳴り、クラスメイトが慌ただしく席に着く。和泉も自分の席に戻っていった。

 

(今年で最後か、、あいつの所まで、絶対行ってやる。)

 

頭に1人の男の姿を浮かべながら、咲真は目指す場所を再度、心に刻んだ。




いかがだったでしょうか。
感想、評価、アドバイスなど、どんどんお願いします。


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集う仲間たち

第2話です。ここから皆さんに書いていただいたキャラを出していこうと思います。
まだまだキャラは募集中です。

それではどうぞ。


4限目の授業も終わり、俺は昼飯を食べようと席を立つ。あくびをしながら教室を出ていこうとすると、和泉に声をかけられる。

 

「あっ、待って!奥沢君! 屋上でしょ?一緒してもいい?」

 

「おう、別にかまわねぇぞ。行くか。」

 

「うん!」

 

そう言うと、俺と和泉は屋上に向かった。屋上は風の通りもよく、景色も綺麗で弁当を食べるには最高のコンディションだ。

フェンスにもたれかかりながら座ると、隣に和泉が座る。

 

「あれ?今日お弁当なんだ。珍しいね。」

 

「ああ、妹が作ってくれたんだよ。自分の分のついでにって。」

 

「そうなんだ、いい妹さんだね。」

 

「だろ。自慢の妹だ!」

 

美咲を褒められたことに、気分が高鳴りつつ、弁当を食べ始める。

すると、突然ガチャッと、屋上の扉が開き、人が入ってきた。

 

「やはりここにいたか、奥沢。」

 

「ん? なんだ日向か。どうした?」

 

日向 灯里(ひなた あかり)、この花咲川高校の生徒会長であり、俺の所属するサッカー部の副キャプテンをしている。常に冷静で、公明正大な性格で、サッカー部では的確な指示出しと、味方を最大限に活かす事ができる選手で「コート上の皇帝」という呼び名を持っている。

 

「やっほ〜!灯里ちゃん!どうしたの?」

 

「なんだ和泉も居たのか、ちょうどいい。お前たち2人に紹介したい子がいるんだが、いいだろうか?」

 

と、日向は申し訳なさそうな顔で俺たち2人に聞いてくる。

 

「別にかまわねぇよ。ってか、俺たちとお前の仲だろ?そんな堅苦しくしなくていいんだよ。」

 

「そうだよ!灯里ちゃん!」

 

少し硬くなっていた日向の表情が自然体に戻る。

 

「そうか、ありがとう。」

 

お礼を言うと、日向は本題に戻った。

 

「入りなさい。」

 

日向が屋上の扉に向かって声をかけると、扉が開き、中から小柄で可愛らしいどこか日向に似たおそらく1年生の女子生徒が入ってきた。

 

「紹介しよう。この子は私の妹の日向茜。今年入学した新入生で、サッカー部の入部希望者だ。」

 

「初めまして!ボクは日向 茜(ひなた あかね)!よろしくね!」

 

いかにも活発そうな見た目から、元気よく自己紹介がされる。

姉との違いに少し戸惑いつつ、咲真たちが言葉を返そうとすると、

 

「コラ、茜。目上の人には敬語を使えといつも言ってるだろ。」

 

「うぅ〜泣 ごめんなさい。お姉ちゃん。」

 

「謝る相手は私じゃないだろ。」

 

「ごめんなさい、先輩。」

 

「すまない、茜は敬語が苦手でね。許してやってほしい。」

 

「(へぇ〜、日向ってこういう顔もできんだな)」

 

普段見せない日向の姉としての顔に、咲真は驚きと共感を覚え、気にするなと姉妹に声をかけた。

 

「改めて、俺は奥沢咲真。君のお姉さんと同じ部活でキャプテンをしている。喋り方は自分のしやすいもので構わない。分からないことがあったら何でも聞いてくれ。で、こっちが・・」

 

「マネージャーの和泉渚だよ!よろしくね、茜ちゃん。私にも喋り方は自由でいいからね。」

 

「はい! よろしくです!先輩!」

 

「すまない。ありがとう。」

 

「それと先輩!私のことは茜って呼んでね!日向だとお姉ちゃんと被っちゃうし」

 

「わかった。これからよろしくな、茜」

 

「うん!よろしく!」

 

 

 

 

 

時は過ぎ、放課後・・・

 

「さて、それじゃあ部活に行くか〜」

 

「奥沢君!私も行くからちょっと待って!」

 

和泉と2人で教室を出て、靴箱の前で靴を履き替えていると、後ろから男女の声が咲真にかけられる。

 

「「キャプテン(咲真さん)!、和泉さん(渚さん)!」」

 

「「ん?」」

 

名前を呼ばれ、後ろを振り返ると、そこにはサッカー部の後輩、氷川 蒼夜(ひかわ そうや)彩瀬 七美(あやせ ななみ)が駆け足で、向かって来ていた。

 

「おぉ、氷川に彩瀬。お前らはいつも一緒にいるなー。」

 

「ほんと仲良しだよね。2人とも。」

 

「えへへ〜/// そう見えます?//」

 

「別に、こいつがいつも付いてくるだけですよ。」

 

ドスッ!!!

 

「イッテェ〜!!」

 

氷川の発言が気に入らなかったのか、彩瀬は氷川の足を思いっきり踏みつけた。痛そ〜、ドンマイ氷川。

 

「何すんだよっ!」

 

「フンッ! 知らない!」プイッ

 

そう言うと、彩瀬はそっぽを向いてしまった。

すると、俺も耳元で和泉が

 

「うふふっ、ほんと仲良いよね、あの2人。」

 

「そうかぁ?そんな風には見えないが、、」

 

「うん。七美ちゃん、すっごく楽しそうだもん。」

 

どうやら和泉には、俺にはわからない何かがわかっているらしい。凄いんだな、女子って、、、

 

とりあえず、そろそろグラウンドに向かうか。今から行けば、もうほとんどの奴らが集まってるだろう。

 

「おーい2人とも。そろそろ行くぞー。」

 

俺は未だに口論している2人に声をかける。

 

「分かりました!すぐ行きますっ。」

 

「はぁーい!」

 

2人はそれぞれ俺に返事をし、俺たちは4人でグラウンドに向かった。




募集したキャラの中から、
日向灯里(十六夜星夜さん)
日向茜(十六夜星夜さん)
氷川蒼夜(蒼夜啓夜さん)
彩瀬七美(蒼風啓夜さん)
の4名が、登場しました。まだまだキャラは増やしていくので、どしどしご応募ください!

次回で、花咲川高校サッカー部を全員出すつもりなので、更新が遅れるかもしれません。お許しください。

感想、評価お待ちしております。


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集う仲間たち その2

第3話です。すみません!前回サッカー部全員揃えると言ったのですが、長くなりそうだったので、3年と2年だけ出すことにしました。
1年はもう少し待ってください。


俺、和泉、氷川、彩瀬の4人でグラウンドに向かうと、そこにはすでにサッカー部の面々が集まっていた。すると、咲真たちに気づいた紫色の髪をした男が大きな声で挨拶をした。

 

「キャンプテン! お疲れ様です。」

 

その声に全員が反応に顔を俺に向ける。キャプテンになった頃はこの一斉に目線を向けられる感覚には慣れなかったが、人間ってのはつくづく慣れる生き物だと思う。

 

「おう、おつかれ。岩隈。っていっても疲れるのはこれからだけどな笑」

 

俺に真っ先に挨拶をした男、岩隈に一言返すと、今度は全員がもう一度俺に挨拶をしてきた。

 

「「「「「お疲れ様(です)!キャプテン(奥沢(さん))」」」」」

 

「全員揃ってるみたいだな。よしっ、じゃあ練習を始める前に顔合わせやるぞー。2、3年はこっちに並べー。1年はそっちだ。」

 

そう言うと、全員が俺の言った位置に動き出す。ものの数秒で整列が完了した。俺たち2、3年の正面には、新入部員たちが硬い表情のまま一列に整列している。

 

「よしっ、まずは俺からだな。俺はこのチームでキャプテンをやらしてもらっている3年の奥沢咲真だ。ポジションはMF、お前たちを活かす指示を出せるよう努めるので、よろしく頼む。趣味はギターをやっている。これから全国制覇を目指して本気でやって行く。たとえ周りについて行けなくても自分から諦めず、常に向上心と対抗意識を持って練習に臨んでほしい。」

 

パチパチパチッ!と、拍手が起こる。

 

俺の言葉を受け、新入部員たちの表情が少し凛々しくなる。全員がそれぞれ自分の覚悟を決めたようだ。こいつらのためにも、自分のためにも俺は全力で最善を尽くさねばならない。1人でそんなことを考えながらも、顔合わせは続いていく。俺は副キャプテンである日向に目線を送る。

 

「次は、日向。」

 

「ああ。」

 

日向は軽く返事をし、一歩前に出る。

 

「日向灯里、3年だ。生徒会長をしている。学校のことでわからない事があれば何でも聞いてくれ。ポジションはMFで主にディフェンスの際の指示を任されている。趣味はこれと言って無いが、強いて言うならば料理だろうか。私ももちろんやるからには優勝を目指す。しっかりついてきてくれ。」

 

日向の挨拶にも拍手が起こる。1人すげー奴いるし...いや、茜よ...流石に疲れるだろ。

 

「日向の次は、、水嶋」

 

「おう!任せろ!」

 

そう大きな声で返事をした群青色の髪にハチマキを巻いた男が前に出る。

 

「オッス、1年諸君!俺は水嶋 葵(みずしま あおい)!気軽に葵先輩って呼んでくれ!ポジションはFWで、体力にはかなり自身があるぞ!よろしく頼む!」

 

水嶋の手短でわかりやすい挨拶に拍手が送られる。

 

「よしっと、じゃあ次だな、河野」

 

「わかっている」

 

少し無愛想な返事をした、銀髪ロングの華奢な体格の女子が前に出る。

 

河野 鈴菜(かわの すずな)だ。」

 

・・・・・ん? それだけ!?

 

「ほ、他に何かないか?」

 

「他?」

 

こいつッ、口下手なのは知っているがこのタイミングでこれは、、、チームの連携に関わるかもしれん。

 

「ほ、ほらッ!鈴菜ちゃん!自分のポジションとか目標とかさ!新入部員との顔合わせなんだから、出来るだけ自分の事を知ってもらおうよ。いざという時の連携に関わってくるかもしれないしさ!ねッ?」

 

「成る程、確かに一理ある。」

 

ナイスだ!和泉!

和泉の言葉で河野はもう一度自己紹介をする。

 

「すまなかった。では改めて、私は河野鈴菜。ポジションはDF。守備もそうだが、ロングパスの制度にも自身がある。目標は当然、全国制覇だ。よろしく頼む。」

 

パチパチパチ!

 

良かったー、なんとかなったな。一時はどうなる事かと、、、

 

「それじゃあ、3年ラストは和泉だな」

 

「うん!任せて!」

 

そう言って和泉は元気よく一歩前に出る。

 

「このサッカー部のマネージャーをしています、和泉渚です!渚って呼んでね! 一生懸命みんなのサポートをしていくので、これからよろしくね!」

 

掌を後ろで組み、少し前傾姿勢になってそう告げる。

こいつ...あざといな、ワザとか?

 

これで、3年生全員が自己紹介を済ませ、次は2年生だ。

俺は2年生たちに顔を向け、2年の先頭にいる氷川に声をかける。

 

「よし、じゃあ2年最初は、、、氷川だな。頼む。」

 

「はい!」

 

大きな声で、2年のリーダーである氷川が返事をする。

 

 

「2年の氷川蒼夜だ!ポジションはDF、その中でもサイドバックをやっている。今年から2年のリーダーをやらせてもらっている。花咲川のサッカー部としての自覚を持ってこれから臨んで欲しい。これからよろしく。」

 

すると、俺が声をかける前に彩瀬が自分から自己紹介する。

 

「はいは〜い、じゃあ次は私ね。私は彩瀬七美、MFだよ〜。蒼夜とは幼馴染なんだ〜。蒼夜は時々キツイ言い方をする時があるけど、それだけ期待してるって事だから〜、あんまり落ち込み過ぎないようにね〜」

 

挨拶をする彩瀬にいきなり自分の事を説明された氷川がオイッ!と、ツッコミを入れる。あいつも大変だな、、、頑張れ。

 

「じゃあ、次は、、、」

 

「俺いきます。」

 

そう言って自分から手を挙げた紫色のセミロングの髪をした男子が前に出る。

 

「おっ、そんじゃ頼むぞ」

 

「はい! 俺は岩隈 凌平(いわくま りょうへい)、GKだ。趣味は乗馬、家が馬術の練習場をしているんだ。俺も先輩たちと同じように全国制覇を本気で狙っている。よろしくな!」

 

これで2年生も3人まで紹介が終わった。あとは、、、

 

「じゃあ次は、佐々木、お前だ。」

 

俺は気だるそうな黒が混じった茶髪の男子に声をかける。

 

「エェ〜、めんどくさいんスけど、、、やらなきゃダメっスか?」

 

「お前ももう先輩なんだ、少しはやる気を出したらどうだ?佐々木」

 

めんどくさいと言うセリフを吐く佐々木に対し、日向がそう返した。

そういや、当時1年だった佐々木を日向が連れてきたんだったな。それから何かと面倒を見てるし、佐々木も日向には強く出れないみたいだし。

 

「あぁ〜、えっと、あれだ、。俺は佐々木 正吾(ささき しょうご)。ポジションはFW。俺はそこまでサッカーには熱入ってないんで、テキトーに頼む。気軽に話しかけてくれて構わないぞ。」

 

自分なりにしっかりと自己紹介をした佐々木に、少し日向は満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「次は紅城だな。しっかり頼むぞ。」

 

俺は赤髪のウルフカットの男子に声をかける。

 

「うす‥‥」

 

紅城は手短にそう返す。大丈夫か、、、?

 

紅城 蓮斗(あかぎ れんと)‥‥ポジションはDF‥たまにMFもやる‥目標は…全国‥制覇‥‥よろしく…」

 

うん、、まぁ良しとしよう。ちゃんとポジションと目標は言ってるし、こいつは普段からあんまり話さないからな。

えーと、次で2年も最後だな。

 

咲真は2年生最後の1人に声をかける。

 

「よし!じゃあ6人目、2年ラストは猫神だな。最後は少しプレッシャーかもしれんが、気にせず自分の言いたい事を言ってくれ。」

 

「はぁーい!」

 

俺の言葉に対し、全くと言っていいほどプレッシャーを感じさせない返事をした、褐色肌をした青いショートボブの頭の上に猫耳の様な癖っ毛が特徴的な女子が前に出る。

 

「わたしは球沙、猫神 球沙(ねこがみ まりさ)だよ。ポジションはDFをやってて、好きなものは猫!夢は全人類を猫派にすること!家が猫カフェをやってるから興味がある人はいつでも遊びに来てね!サービスしちゃうよ〜!」

 

独特の雰囲気を出しながら猫神の自己紹介が終わる。

 

これで2、3年生全員の紹介が終わった。あとは、、、そうだ。

俺はベンチに座っている。灰色のオールバックに切れ長の目をした強面の男性に声をかける。

 

「監督〜。新入生に挨拶お願いします。」

 

「わかった」

 

手短にそう返すと、監督は1年たちの前に立った。1年全員が少し怯えた表情を見せる。

 

「監督の本郷 和成(ほんごう かずなり)だ。学校では日本史を担当している。好きなものはケーキ、お菓子など甘いもの全般だ。良いケーキ屋があったら教えてくれ。よろしく頼む。」

 

「「「「「・・・・!?!?!?」」」」」

 

「「「「ブフーッッッwww!!」」」」

 

いきなりの甘党発言に、1年は戸惑い、2、3年は吹き出してしまう。

 

「か、監督、、w やっぱりその顔でその挨拶はどうかと、、ww」

 

「そ、そうか? 俺としては親しみを持ってもらうために考えてやってみたのだが、、、」

 

俺がそう言うと、監督は少し落ち込んだ様にそう返した。

この人、、 毎年これなんだよなぁ、、w そう思いながら、俺は切り替えて1年生に向き合う。

 

「よし、じゃあ次は君たちに自己紹介してもらう。緊張はしなくていいから、自分の言いたい事をしっかり口に出してくれ。」

 

「「「「「は、はい!」」」」」

 

「よし、じゃあまずは、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。次回1年生を出して、花咲川サッカー部全員集合させたいと思います。

募集したキャラの中から新たに

水嶋葵(ステランさん)
河野鈴菜(清柳さん)
岩隈凌平(鳳凰院龍牙さん)
佐々木正吾(artisanさん)
紅城蓮斗(キリキリトさん)
猫神球沙(茨木翡翠さん)
の6人が登場しました。これで2、3年は全員です。

今回募集していただいて、出せなかったキャラもこの先、対戦校の中に出して行こうと思っているので、よろしくお願いします。
また、活動報告の方でライバルチームの募集も行なっております。ぜひご参加ください。


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集う仲間たち その3

第4話です。今回でやっと花咲川高校サッカー部が揃います。
長かった〜。下手くそな文で恐縮ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


「よし、じゃあまずは、、」

 

「はいはいッ!はーい!!ボクッ!ボクがやりまーす!」

 

俺が最初に挨拶をする1年を選ぼうとすると、自分からハイテンションで手をあげる人物がいた。茜だ。

 

「おっ、じゃあ最初は茜に頼むか。」

 

「「「「!?!?」」」」

 

「うん!任せて!」

 

「キャ..キャプテン...あの子知ってるんですか?」

 

俺がいきなり名前で呼んだ事に驚いたのか、氷川が不思議そうな表情で聞いてくる。よく見ると、数人がこっちを見て戸惑いの表情を見せている。失礼な...俺だって名前呼びくらいするぞ...。

 

「あぁ、今日の昼に会ってな。名前呼びの理由もすぐわかると思うぞ。」

 

俺の答えに、一同頭に?を浮かべている。

 

「ん?もう良いの?」

 

その様子を見ていた茜がそう聞いてくる。

 

「おう、待たせたな。じゃあよろしく。」

 

「はーい!初めましての人は初めまして!日向茜だy「ギロッ」じゃ無くて...日向茜です!」

 

怖ッ!日向のやつ睨みすぎじゃねぇか?

日向に睨まれ言葉を詰まらせながらも、茜は自己紹介を続ける。

 

「この学校にはお姉ちゃんが居て、一緒にサッカーをしたくて入学しました。夢はお姉ちゃんと一緒に全国制覇すること。ポジションはFWで、スピードなら誰にも負けない自信があります!ボクのスピードについてこれなくて、泣かないように気をつけてね?」

 

ブチッ!っと、FW陣やスピードタイプの選手の頭からそんな音が聞こえた。日向に関しては、片手を頭に置きながら「はぁー...」とため息を吐きながら俺たちに向き合い、、、

 

「すまない、みんな。私の妹が迷惑をかけた。今言った通り、茜は私の妹だ。こんな妹だが仲良くしてやってほしい。」

 

日向はそういうと、軽く頭を下げてそう答えた。みんなは気にするなという表情をしている。

 

「(茜の奴、何かやらかすかもと思ったがまさかいきなり宣戦布告とは、これは中々面白いことになりそうだな。)」

 

俺は茜の発言に、チームの対抗意識が上がってくれることを願いながら俺は茜に声をかける。

 

「おう、中々いい宣戦布告(あいさつ)だったと思うぞ。お前らもこいつに舐められないよう、しっかり練習しろよ。」

 

「「「「「はい(もちろん)(ああ)!!!」」」」」

 

 

 

「よし、じゃあ次は...」

 

俺は和泉から入部届けを受け取り、次の1年生の名前を確認する。

 

「みな...せ...、みずせ..かな? 水瀬!」

 

「ふぇッ...は..はい!」

 

俺が呼んだ名前に反応したのは毛先がはねた水色のロングストレートに、狼の耳のような癖っ毛をした小柄だか胸の大きな女子だった。

 

「よし、じゃあ頼む。」

 

「は、はい!初めまして、わ、私は1年の水瀬 泡華(みずせ ほうか)です! え、えーっと...ポ、ポジションはMFです。と、得意なことはドリブルで、シュートも打てます!よ、よろしくお願いしましゅ!」

 

「(あっ、噛んだ、、、)」

 

「〜〜〜///」

 

勢いよく噛んだことが恥ずかしかったのか、水瀬は顔を耳まで真っ赤にして下を向いてしまった。うん、なんだろうこの養護欲を掻き立てられる感じは、小動物を相手してるみたいだ。

 

「お、おう。ありがとな。」

 

そういうと水瀬は下を向いたまま列に戻っていった。戻った先で茜に肩をポンポンと叩かれている。

 

「次は、片桐!」

 

「おッ!やっとオレの番か!」

 

そう言って前に出てきたのは、外ハネの髪型を、後ろで1束に括っていて、前髪の一部に特徴的な流星模様のあるボーイッシュな小柄な女子だった。

 

「オレは片桐 華蓮(かたぎり かれん)!ポジションはFWで、スピードにはかなり自信があるっす!さっき言ってた茜ってやつよりもぜってぇオレの方が速いんで、子供扱いして舐めてもらっちゃ困るっすよ!よろしくっす!」

 

「な、何だと〜!絶対ボクの方が速いもん!絶対!」

 

「いいや、オレだね!オレの方が速い!」

 

「何を〜!」

 

「何だよ〜!」

 

バチバチバチッ!!!

 

いきなりのライバル登場に、茜は戸惑いつつもかなり対抗意識を燃やしている。まぁああいう喧嘩なら止めるよりもそのままにしておいた方がお互い成長できるだろう。それよりも、、、

 

「ゴホンッ!!」

 

「「ッ!!」」

 

日向の咳払いに反応して2人の睨み合いが止まる。

やっぱりこうなったか、、、

 

「悪いが今はその話は後にしてくれ。まだ全員終わってないんだからな。」

 

「「はい、すみません」」

 

2人は同時に頭を下げる。なんだ、意外と息ぴったりじゃないか。これならいいコンビになるかもしれないな。

 

「よし、じゃあ続けるぞ。次の奴ー」

 

「は、はい。」

 

次に前に出たのは左目が隠れるようなウェーブのかかったクリーム色の髪に、紫色の垂れ目のこれまた小柄で胸の大きな女子だった。

 

「は、初めまして…い、岩隈 沙路(いわくま しゃろ)…です。DF…です…。よ、よろしく……お願い…します…。」

 

オドオドしながらもしっかりとした声でその子は自己紹介をする。

ん?岩隈?岩隈ってことは、、、

 

「なぁ岩隈、この子って……」

 

「あっ、はい。シャロン..じゃ無かった。沙路は俺の妹です。」

 

へぇ〜、岩隈にも妹がいたのかぁ〜、知らなかった。今度妹について語り合ってみよう、、、。

 

「お…お兄ちゃん……」

 

岩隈妹がオドオドと不安そうな表情で自分の兄を見つめている。それに気づいた岩隈が、颯爽と近寄り頭に手を置きポンポンッと撫で始めた。

 

「おぉ〜、よく頑張った。大丈夫、ちゃんと出来てたぞ〜。」

 

「う、うん!よかった……」

 

どうやらあいつも妹には弱いらしいな。

っと、また話しが逸れてしまった。次が最後だな。

 

「よし、最後にえっと〜、黒騎。」

 

俺がそう呼ぶと、、、

 

「チッ!めんどくせぇ〜、、、」

 

ほぉ〜、いきなり舌打ちとは...これは中々問題のありそうな奴が来ましたな。紫色の髪を後ろで1束に括っていて、見た目はあまり問題なさそうだが、態度がどうもな〜。

 

「そう言わずにさ、なっ?」

 

「ハァ〜、仕方ねぇ。やってやるよ」

 

そういうと、黒騎はポケットに手を突っ込んだまま俺たちに向き合い、、

 

「俺様は黒騎 秀斗(くろき しゅうと)だ!よぉく覚えておけ!」

 

短く、簡潔に、それでいて偉そうに、この短い挨拶だけでこいつの性格、考えが手に取るようにわかった。どうやら態度以上の問題児らしいな。

 

「おい!1年のくせに、なんだその口の利き方は!」

 

その態度が頭にきたのか、氷川が黒騎に一喝する。

 

「知るかよっ」

 

「こいつッ!」

 

氷川に一喝されながらも、黒騎は態度を変えようとはしない。これはちょっとまずいな、、、そう思い、俺は氷川を止めに入る。

 

「まぁ待て、落ち着け氷川」

 

「ッ!キャプテン!こんな態度許していいんですか⁉︎」

 

だいぶ熱くなってるな氷川のやつ、、、

 

「とにかく落ち着け。お前らしくないぞ。」

 

「ッ⁉︎ すみません、冷静じゃ無かったです。」

 

「まぁ、俺たちの為に怒ってくれたんだろ? わかってるよ、サンキューな。」

 

そう言って俺は氷川の頭を軽く叩く。

氷川は少し落ち着いたのか、いつもクールな表情に戻りつつあった。

 

「よし!これで15人。全員の自己紹介が終わったな、じゃあ早速練習に移ろうと思う。」

 

俺の発言に全員が注目する。

おっ、みんなやる気満々って顔だな。

 

「早速だが、新入部員を能力を把握する為に今から紅白戦をやろうと思う。チームは俺を抜いた1チーム7人で行ってもらう。俺は外からお前たちのプレーをしっかり見させてもらうからな。もちろん必殺技も有りだ。ただ、危険なプレーはご法度だからな。よし、じゃあチーム分けを発表するぞ!」

 

紅チーム

日向(キャプテン)、河野、猫神、紅城、彩瀬、片桐、茜

 

白チーム

氷川(キャプテン)、水嶋、岩隈、佐々木、黒騎、沙路、水瀬

 

「チーム分けはこうだ。それぞれのチームキャプテンは日向と氷川に任せる。白チームはキーパーがいる分攻撃に参加できるのは6人までだ。岩隈はゴールの前から動かないこと。特に負けた時のペナルティも無いが、全員真剣にやる事。いいな?」

 

「「「「「はい!!!」」」」」

 

「よし!じゃあ早速始めるぞ!」

 

こうして、俺たち新生花咲川高校サッカー部の始めての練習がスタートした。

 




本日はここまでです。ようやく全員揃いました。
次回は早速試合です。(紅白戦ですが)

今回初登場のキャラ
片桐華蓮(がったさん)
水瀬泡華(清柳さん)
岩隈沙路(鳳凰院龍牙さん)
黒騎秀斗(伝説の凡才さん)
以上4名が初登場しました。キャラ募集にご応募くださった皆様、ありがとうございます。

※ライバル校のキャラが不足しているので、どうぞ御協力下さい。活動報告の方で募集しております。1人何キャラでも構いません。


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紅白戦 前編

紅白戦スタートです!長くなってしまったので、前編・後編に分けさせてもらいました(紅白戦でこの長さはやばい)。初の試合シーンなので、分かりにくい部分も多いと思いますが、よろしくお願いします。


チーム分けから数十分が経った。この間に両チーム共ポジションと作戦を練っている。今回キャプテンに任命した日向と氷川は、どちらも的確な指示と状況判断のできる司令塔タイプだ。入ったばかりの新入部員をどう使うか、見ものだな。

 

「よし!じゃあそろそろ始めるぞ〜。両チーム整列してくれ〜」

 

俺の掛け声で両チームがセンターラインに集まってくる。

 

「これからルールを説明する。試合時間は半分の45分、必殺技有り、今回は紅チームにキーパーがいない為フリーやコーナーでゴールを直接狙うのは禁止とする。これは両チーム共通だ。ルールは以上、何か質問は?」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

俺の質問に誰も手をあげる様子は無い。大丈夫そうだな、、、よし。

 

「じゃあ、試合を開始する。キャプテンは前に出て来てくれ。ボールを持つ方を決める。」

 

そういうと、日向と氷川が前に出る。

 

「コインで決めるぞ。数字が表、マークが裏だ。好きな方を選んでくれ。」

 

「どうぞ先輩、お先に選んでください。」

 

「そうか?では、私は表だ」

 

「じゃあ俺は裏で」

 

お互い裏か表か決めたところで、俺はコインを高く弾いた。キィン!っと一瞬音を立ててコインが空中に放り出される。そのままコインは何回も回転し、俺の手の甲に落ちる。俺はコインにコインが乗ってない方の手を被せる。一呼吸置いたのち、手を退ける。

 

コインは数字、表だ。

 

「表。じゃあボールは紅チームからだな。」

 

そう言って俺は日向にボールを渡す。

 

「じゃあ始めるぞ。お互いポジションについてくれ。」

 

その一言で、全員が自分のポジションに移動する。

数秒後、俺は全員がポジションに着いたのを確認してからホイッスルを鳴らす。

 

ピーーーッ!!

 

というホイッスルの音で、試合が開始される。

 

茜から片桐へボールが渡され、それを片桐が彩瀬に回す。すると同時に、茜と片桐が猛スピードで敵陣に切り込んでいく。いやッ、2人ともまじで速いな。

 

「いっくよ〜!!」

 

「行くぜーー!!」

 

2人はあっという間にゴール前に到達、彩瀬はドリブルで持ち込み、2人に向けてパスを出す。

 

「任せるよ〜、華蓮ちゃん!」

 

「おう!!」

 

彩瀬からのパスを受け取ったのは片桐、ゴール前まで一気に駆け上がり、そして、、

 

「いっくぜぇ〜!ライトニングジャベリンッ!!」

 

踏んで浮かせたボールを蹴ることでボールが雷の槍となってゴールに向かう。

 

「よっしゃ〜!これで決まりだ〜!」

 

すでにゴールを確信した片桐だったが、その確信も一瞬にして砕かれることになった。

 

「甘いッ!グレートバリアリーフ!」

 

岩隈が横に手を振ると周りが一瞬にして美しい海の中へと変化し、水の抵抗で威力が弱まったボールが岩隈の手に吸い込まれ、軽々とキャッチされる。

 

「嘘ッ!オレのシュートが、、、」

 

「スピードは大したもんだが、パワーが足りねぇぞ!」

 

そう言って、岩隈は大きくボールを蹴り、そのボールを氷川がトラップし、そのままドリブルで上がっていく。

 

「行かせないよ〜!蒼夜!」

 

「っ!七美!」

 

攻める氷川の前に彩瀬が立ち塞がる。氷川がドリブルで抜こうとするが、彩瀬はまるで氷川の動きが分かっているかの様な動きで、全くスキが無い。

 

「くそッ!流石七美だな、俺の動きがこうも読まれるなんて。」

 

「んふふ〜、伊達に幼馴染やってないからね〜!蒼夜のことならなんでも分かるよ〜。」

 

「あ〜、そうかい! だったら、、、」

 

そう言うと、氷川は前を向いたままヒールキックで後ろにパスを出す。

すると、そこには氷川の陰で隠れて見えなかった水瀬が居た。

 

「ナイスパスです!氷川先輩!」

 

「えっ⁉︎ いつの間に⁉︎」

 

氷川からパスを受け取った水瀬が、そのまま上がっていく。

 

「…行かせん」

 

すぐさま紅城が水瀬を止めにかかる。が、、、

 

「立ち塞がるものは、全員抜きます!」

 

自己紹介の時からは考えられない強気な雰囲気を出す水瀬。アイツ...あんな感じだったか?

 

「泡沫の...舞ッ!!」

 

突如、水瀬の周りに大量の泡が現れ、水瀬はその上を跳ねるように移動して紅城を抜き去った。

 

「佐々木先輩!」

 

「あいよっと」

 

水瀬はそのまま佐々木にパスを出す。紅チームにはキーパーがいない為ゴールはガラ空きだ。

 

「まずは先制点だな」

 

佐々木はシュートの体勢に入る。

 

「猫神!右サイドを塞げ! 河野!正面に回り込め!」

 

日向の指示がコートに響きわたり、すぐさま2人が日向の指示通りに動き出す。

猫神は右サイドに入り、その反対の左サイドには日向が入る。なるほど、キーパーがいない分コースを制限するための動きか...流石だな。

 

「っ⁉︎ ヒートブラスターー!!」

 

佐々木は一瞬戸惑いを見せるもそのままシュートを放つ。高速回転によって燃えたボールを打ち出し、地面を削りながらゴールに向かう。

 

「河野ッ!」

 

「分かっている」

 

コースを制限したため、佐々木が放ったシュートは河野の正面に来る。

 

「スプラッシュ..カット!」

 

河野の足から青い衝撃波の様なものが放たれ、衝撃波が地面に当たると、当たった箇所から凄まじい勢いで水しぶきが上がり、佐々木の必殺シュートを止める。

 

「ふぅー。」

 

「クソッ」

 

流石に正面だと、河野のディフェンスを破るのは難しかった様だな。紅チームにはキーパーがいないが、その代わり、普段からディフェンスの指示を任せている日向とチーム1のディフェンス能力を持つ河野、他にもDFを多めに入れてあるからな、、、さぁ、こっからが面白くなってくるぞ。

 

「流石だ!河野」

 

「あれだけコースを限定してもらったからな。あれで止められなければ、お前たちに顔向け出来ん。」

 

「猫神も良くやったな。」

 

「えっへへ〜」

 

「これからどうする?日向」

 

「あぁ、私と茜で攻めようと思う。」

 

「先輩と妹ちゃんでですか?」

 

猫神は少し不思議そうな表情で聞く。

 

「任せてくれ、必ず一点もぎ取ってこよう。」

 

「分かった、任せる。守備は私たちに任せてくれ。」

 

「あぁ、頼んだ!」

 

そう言うと、日向はドリブルで攻め上がり、センターラインに達した辺りで彩瀬のパスを出す。

 

「彩瀬!ゴールは私が決める。それまで頼めるか?」

 

「もちろん!この私に任せてよ、灯里先輩!」

 

彩瀬は最初と同様に華麗なドリブルで攻め上がり、2人抜いたところで日向にボールを戻す。

 

「凄まじいな、彩瀬。」

 

「これくらいお安い御用ですよ〜。先輩こそ、面白いもの見せてくださいね?」

 

「あぁ、勿論だ! 茜ッ!!」

 

日向は茜に声をかけ、茜は日向に近づいていく。

 

「どうしたの? お姉ちゃん」

 

「茜、あれをやるぞ。」

 

日向がそう言うと、茜の瞳が一気に輝き出す。

 

「えっ!ホント⁉︎ あれやるの! やった〜!」

 

「行くぞ、茜!」

 

「うん!ボクに任せてよ!お姉ちゃん!」

 

2人はどうやら何かを狙っている様だな、、、

それに気づいた氷川がDFに指示を出す。

 

「何か来る!2人を止めろ!」

 

氷川の指示に白チームのディフェンスが動くも一歩遅く、2人はすでにゴール前まで上がってきていた。

 

「行くぞ!」

 

「うん!」

 

ピィッ!!と、日向が口笛を吹くと、地面からペンギンが生える。日向がボールを蹴り上げると、それを追う様にペンギンたちが空を飛ぶ。蹴り上げたボールに合わせる様に茜が足に炎を纏わせながら、回転し、そのままボールと同じ高さになったところで、シュートを放つ。

 

「「皇帝ペンギン...Fッ!!」」

 

打ち出されたボールは、炎を纏ったペンギンとともに白チームのゴールに向かう。

 

「決めさせるか!グレートバリアリーフ!」

 

岩隈が始めと同様に辺りを海に変え、ボールを止めようとするも、シュートの威力は弱まることなく、岩隈の技を破りゴールに突き刺さる。

 

ピーーー!!!

 

紅 1-0 白

 

「やった〜!やったよ〜!お姉ちゃん!」

 

「あぁ、流石は茜だな。」

 

「えへへ〜〜///」

 

そう言って日向は茜の頭をヨシヨシと撫でる。

 

「すまん、氷川。決められた…」

 

「いや、俺も指示を出すのが遅れた。悪い。」

 

「それにしてもスゲェ必殺技だったな。」

 

「水嶋先輩…すみません」

 

「気にすんな」

 

氷川と岩隈、水嶋を中心に白チームが集まって作戦を話し合う。

 

「ど、どうするの…?お兄ちゃん‥‥」

 

「う〜ん、向こうは攻撃に参加できる人数が多いからな、出来るだけマークをつけてシュートを打つ奴を限定したいな。」

 

「そうだな、あれだけスピードのあるFWが2人もいるんだ、好きに動き回られたら対処しづらいな、、、」

 

岩隈の話を聞いて、氷川が対策を考える。

 

「やっぱりFW2人にマークをつけるべきだろう。岩隈、黒騎できるか?」

 

氷川はDFの2人に片桐と茜のマークにつくよう指示を出す。

 

「は、はい‥! が、頑張ります!」

 

岩隈がすぐに返事をする。が、、、

 

「なんで俺様がそんなまどろっこしいことしなきゃならねぇんだ」

 

黒騎は自分の役割に納得出来ないのか、反発的な態度を取る。

 

「おい!今の状況を理解してるのか!FW2人を止めなきゃこっちも攻めるに攻められないんだぞ!」

 

「・・・・」

 

「このッ!!」

 

氷川が怒りを露わにしながらも、黒騎は何処吹く風。

 

「氷川、今は喧嘩してる場合じゃない。」

 

水嶋が氷川を落ち着かせようとする。

 

「とりあえず、マークは岩隈妹と水瀬の2人に任せよう。黒騎は自分で判断して動いてくれ、好きにしていいがミスは自分の責任だと理解しろよ」

 

水嶋が1年3人にそう指示を出す。

 

「「は、はい!!」」

 

「ああ…」

 

「次に攻撃だが・・・・」

 

 

氷川は下を向いたまま苦虫を噛み潰した様な表情をしている。どうやらまだ完全には落ち着けていない様だ。すると、突然誰かに肩を叩かれる。顔を上げ横を見ると、そこには佐々木が居た。

 

「佐々木……」

 

「まぁ、あれだ。あんまり気にすんな。お前は真面目だからな、ああいうタイプが気に入らないのは分かる。が、それでわざわざお前が崩れてやる必要は無い。お前はお前のプレーをしろ。」

 

佐々木のアドバイスで、氷川は少し楽になったのか、肩に入っていた力が抜けた様だ。

 

「すまない、佐々木。ありがとう」

 

「別に…あの人ならそう言うと思っただけだ…。」

 

そう言って佐々木は、咲真の方を見る。

 

「ああ、そうだな」

 

フッと微笑みながら氷川は佐々木にそう返す。どうやら完全にいつもの氷川に戻った様だった。

 

「よし!まずは一点取り返す。手を貸してくれ佐々木。」

 

「めんどくさいが、まぁ手伝ってやるよ」

 

そう言って2人は軽くこぶしを合わせる。

 

「(どうやら大丈夫そうだな。こっからが楽しみだ)」

 

咲真は2人を見てそう思うのだった。

 

「うーん、やっぱり厄介なのは河野だよなー。」

 

「水嶋さん!」

 

「ん?」

 

攻め方を考える水嶋に氷川が声をかける。

 

「攻撃の指示、俺に任せてくれませんか?」

 

いつもの表情に戻った氷川を見て、水嶋は安心した顔を見せる。

 

「分かった。このチームのキャプテンはお前だ、好きにしろ。俺たちはお前の指示通りに動く。」

 

「ありがとうございます!」

 

そう言って氷川は紅チームの方を向く。

 

「さぁ、反撃開始しましょう。」




本日はここまでです。読んでいただきありがとうございます!
初の試合シーンで詰め込みすぎた様な気がしますが、自分の書きたいことをしっかり書きました。今後、読みやすい様に少しずつ改善していこうと思います。


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紅白戦 後編

後半戦スタートです。蒼夜君の活躍にご期待下さい。(主人公が空気になりかけているのは目を瞑ってね……)


ピーッ!!という笛の音と同時に白ボールから試合が再開される。

 

「(さて、紅チームの守備をどう崩す?氷川....)」

 

氷川がボールを持ったままドリブルで上がっていく。その後ろでは、岩隈妹と水瀬が片桐と茜にマンツーマンでマークについている。

 

「(よし、FWの2人は抑えてある。後は、日向先輩たちの守備を崩すだけだが、、、)」

 

氷川は、ドリブルをしながらも敵味方の位置を完璧に把握し、それに合わせて立ち回る。

 

「随分と忙しないな、氷川」

 

そんな氷川の前に日向が立ち塞がる。

 

「そうですね、、、こっちにはかなりの問題児がいますので。」

 

軽く話をしながらも日向と氷川の高レベルな攻防が繰り広げられる。

氷川が抜こうとすれば、日向がそれに合わせて動き、日向がボールを奪おうとすれば、氷川がボールを捌きキープする。

そんな攻防が数十秒に渡り繰り広げられる。

 

「(よし、だいぶ引きつけた。後は‥‥)」

 

氷川はもう一度自らが決めた作戦を思い返す。

 

 

 

試合再開数分前-----

 

 

「で、作戦はどうするんだ?」

 

水嶋が氷川に尋ねる。

 

「そんな難しいことじゃないですよ。ただその場から引き離すだけです。」

 

氷川は簡潔にそう答える。

 

「引き離すって河野をか?しかしあいつはそう簡単にゴールの前から動かないと思うが....」

 

水嶋の意見に、佐々木や他の選手も同意する。

 

「ええ、河野先輩をゴールから引き離すのは難しいと思います。」

 

「?だったら...」

 

氷川の発言に更に疑問が深まった水嶋が氷川に質問しようとすると、、、

 

「だから、引き離すのは河野先輩じゃありません。河野先輩に完璧な守備をさせている外枠、日向先輩と猫神を河野先輩から引き離します・・・・・」

 

 

 

時は戻り----

 

 

 

「(なるほど、自分が日向を引きつけて河野から引き離す...か。簡単に言うが日向は守備もかなりのレベルだ、あいつをあそこまで引きつけられるのも氷川の実力があってこそだな。)」

 

水嶋は氷川から作戦を聞き、初めはそう上手く行くかと疑問を抱いたものの、作戦を完璧に実行する氷川を見て、改めて氷川の実力を再確認する。それは、氷川と付き合いの長い佐々木も同じで、、、

 

「あいつ、やっぱスゲェな。」

 

佐々木も、改めて氷川という選手の凄さを目の当たりにしたような感想を述べる。

 

「まぁ、めんどいがアイツが頑張ってる分こっちもある程度は働かないとな。」

 

そう言って佐々木は、日向とは反対側にいる猫神にマークをつける。

 

「うぇ⁉︎ 佐々木っち⁉︎」

 

「悪いな、めんどいからあんまり動かないでくれよ。」

 

そう言いながらも佐々木はキッチリと猫神のマークに着く。

 

それを横目で見ていた氷川が、、、

 

「(よし、これで守備の両翼を封じた。後は、本体のみだ!)」

 

佐々木が猫神をマークした事を確認し、氷川は日向との勝負に決着をつけようと動き出す。

 

「残念ですが、日向先輩との勝負はここまでです。」

 

「ほう?なにか秘策でもあるのか?生半可な攻撃では私を抜くことはできんぞ!」

 

氷川の軽い挑発にも日向は全く動じることなく、今まで以上の圧力を氷川にかける。

 

「えぇ、分かってます。だから...全力で抜かせてもらう!」

 

そう言うと氷川は右足を前に突き出したまま横に回転する。

 

「ホワイト...ブレードッ!!」

 

回転するにつれ、氷川の周りには円の形をした氷塊が出来ていき、それが全方位に弾けることで日向を吹き飛ばす。

 

「くッ⁉︎」

 

「水嶋先輩!」

 

日向が怯んだのを見て、氷川はすぐさま水嶋にパスを出す。

 

「ナイスパス!氷川!」

 

氷川からパスを受け取った水嶋が紅チームのゴールに一直線に向かっていく。氷川はすぐさま日向のマークに着く。

 

「くッ⁉︎氷川」

 

「援護には行かせませんよ」

 

氷川からボールを受け取った水嶋がそのままゴールを狙う。

 

「行かせないぞ、水嶋」

 

「っ! 河野!」

 

ゴールを狙う白チームにまたしても河野が立ち塞がる。

 

「例え、2人の支援が無くてもお前1人くらい私だけで止めてやる。」

 

そう言って河野が必殺技の構えを取る。

 

「へッ! 誰が1人だって言ったよ!」

 

「何?」

 

「おら!こっちだ!」

 

水嶋が右にパスを出す。

 

そこには誰も居ない、それは河野もわかっていた。だが、、、

 

「ふッ!!」

 

そこには、日向にマークについているはずの氷川がいた。

 

「いつの間に...」

 

「もらった!!」

 

氷川はパスを受け取るとすぐにシュートの体制に入る。

白チーム全員がゴールを確信した。

 

しかし、、、

 

「舐めるなよ、氷川!!」

 

氷川の目の前には、氷川自身がマークを外し自由になっていた日向が居た。日向は氷川の前方を覆い、コースを塞ぐ。

 

氷川は完全にボールを蹴る体勢に入っているため今更ドリブルに変更出来ない。

 

止められた・・・

 

白チームの頭にその言葉がよぎる。

全員が焦燥と驚愕の表情を見せる。が、こんな状況でもいつもと変わらない表情を見せる男がいた。

 

「さぁ、お前の手も尽きたぞ。氷川」

 

「・・・・・」

 

氷川の表情に焦りは見られない。むしろ、少しイラついているように見える。

 

「あぁ、最悪だ。こいつだけには頼りたくなかった。」

 

「なんだと?」

 

日向は氷川の言ってることが一瞬理解できなかった。が、すぐに理解する。

 

「まさか⁉︎」

 

日向はすぐに顔を上に上げる。

 

「ミスんじゃねぇぞ!

 

 

 

黒騎ッ!!」

 

そう言って氷川は体勢を変えずにボールを上空に蹴りあげる。

 

そこには黒い炎を足に纏わせながら回転する黒騎の姿があった。

 

「誰がミスるか!俺様を誰だと思ってる!」

 

完全に不意を突かれた紅チームは誰も動くことが出来ない。

 

「くらえ!ダークトルネード!!」

 

黒騎が放ったシュートは一直線にゴールに向かう。そして・・・

 

ズドォォォン!!

 

そのまま凄まじい勢いでゴールに突き刺さる。

 

ピーーーッ!!!

 

紅 1-1 白

 

同点、白チームが点を決め勝負をイーブンに戻した。そして・・・

 

ピッ!ピッ!ピーーッ!!

 

試合終了。新生花咲川の最初の練習は1-1の同点で幕を閉じた。




読んでいただきありがとうございます。今回で紅白戦は終了です。いい感じにキャラを活躍されることが出来たでしょうか?w

評価、感想お待ちしております。
活動報告にて新たなるキャラ募集を行っております。ご応募お願いします。

※次回、遂にヒロインの登場(予定)です。


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笑顔のお姫様

遂にヒロインが登場です!バンドリにメインのクロスなのにバンドリのキャラを全然出せず申し訳ありませんでした!!ここから積極的に出していこうと思います。

※キャラ募集が集まらずに困っております。募集人数が少ない為1人2、3キャラでお願いしています、是非参加お願いします。


紅白戦が終了し、結果は引き分け。両チームとも素晴らしい試合をしたと思う。特に、今回キャプテンに任命された2人はそれぞれが味方をしっかりと活かしていたし、他の奴らも自分の力を出せた様だ。

 

「最後はやられたな、まさかあそこで黒騎を使ってくるとは」

 

日向が氷川に賞賛の言葉を送る。

 

「いえ、俺としてもあいつを使うのはあくまで最終手段だったんで、出来れば使いたくなかったです、、、」

 

氷川は何とも言えない表情で答える。どうやら氷川は本当に黒騎が気に入らないみたいだな。

 

「ハハハッ!お前がそこまで誰かを毛嫌いするのも珍しいな」

 

日向はそう言って、自分のチームの方へ戻っていった。これから数分間、各チームでの反省会を挟むと咲真から指示があったのだ。

 

氷川も自分のチームに戻り反省会を開始する。

 

「(今回は上手くいったが、正直危なかった。日向先輩が俺について来なければ、作戦は失敗だった。次、同じ状態になった時どうすべきか‥‥本番の試合ではもちろんキーパーもいる、もっとドリブルを強化すべきか‥‥パスをメインにするか‥‥それとも…………)」

 

氷川が思考の深くへ潜ろうとした時、不意に声をかけられる。

 

「お疲れ!氷川」

 

「っ⁉︎水嶋先輩」

 

「上手くいったな、今回の作戦」

 

「そうですね、ですが多分次は通用しないでしょう。また他の戦法を考えないと……」

 

そう言ってまた氷川がブツブツと考えごとを始めようとすると、、

 

「ヘッ、あんな細々した作戦なんて無くたって、俺様が1人居ればどうとでもなったぜ」

 

氷川を挑発するように黒騎が悪態を吐く。

 

「結局あんたの作戦もほとんど破られたじゃねぇか。最後に俺様が居たからなんとかなっただけだろ」

 

と、黒騎は更に続ける。

 

「偉そうに俺に説教しときながら自分は少し時間稼ぎしただけ、それなら最初からこの俺に任せておけば・・・・」

 

「おい、黒騎。いい加減にしろよ。」

 

黒騎の態度に我慢出来なくなったのか、岩隈が少しイラついた表情で黒騎に言葉をかける。

 

「なんだその言い草は!氷川が居なけりゃ俺たちは河野先輩のディフェンスを崩せずに負けるところだったんだぞ!それを!」

 

「たかが紅白戦だろ、テキトーにやって良い所をアピールさえすれば良いんだよ。」

 

「このやr「やめろ」ッ⁉︎」

 

今にも殴りかかりそうな岩隈を止めたのは、氷川だった。

 

「やめろ、岩隈。そいつの言ってる事も間違ってはない。」

 

「だが氷川ッ!」

 

「分かってる。だがお前が自分からバカみたいに熱くなってやる必要は無い」

 

「バカッ⁉︎」

 

氷川は岩隈にそういうと、佐々木の方に視線を送る。氷川はさっきの試合で佐々木に言われた様な事を岩隈に言ったのだ。

その視線に気づいた佐々木が、フッと少し笑う。

 

「お前の言う通り、俺は時間稼ぎをしただけだ。最後に決めたのはお前だしな。」

 

そう黒騎に言う氷川、黒騎は怒りを見せない氷川が気に入らないのか少しイラついている様に見える。

 

「だがな、断言してやる。お前1人じゃ河野先輩には勝てない。絶対だ。」

 

「なんだとッ?」

 

「お前にどれだけ技術があろうと、サッカーはチームスポーツだ。個人技にも限界がある。だから、、、」

 

一呼吸置いて氷川が黒騎に告げる。

 

「お前の個人技を、俺が使ってやる。」

 

「はあ?何意味不明な事言ってんだ?」

 

「お前が好きに動くなら、俺が動かしてやる。ドリブルもシュートも俺がお前を動かして使ってやるって言ってんだよ。」

 

氷川はそう言って、ニヤッと微笑んだ。

 

「やれるもんならやってみろ!言っとくが俺様は、チームプレイなんて緩いもんやるつもりはねぇ!」

 

黒騎は氷川の目論見を潰してやろうと、心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「うん、中々良い試合が出来たな。」

 

咲真は、外から紅白戦を見てウンウンと頷きながら手応えを感じていた。そんな咲真を見て和泉川が声をかける。

 

「どうしたの?奥沢君。」

 

「なんでも無い。これからが楽しみになってきただけだ。」

 

そう言って咲真は部員全員に声をかける。

 

「反省会はそこまで!全員集合!」

 

咲真の声に全員が反応し、駆け足で咲真の元へ全員が集まってくる。

 

「よし、まずは紅白戦お疲れ様。良いものを見せてもらった。キャプテンをやってもらった日向と氷川も良くやってくれたな。」

 

褒められた2人は少し恥ずかしそうに微笑む。

 

「これでチームメイトの特徴、プレースタイルが分かったと思う。これからそれを頭に入れて練習してくれ。」

 

「「「「「ああ(はい)(うっす)!!」」」」」

 

咲真が試合の感想と練習の心得の様なものを話し終わると、すでに空が茜色に染まっていた。

 

「よし!じゃあ、今日は軽くここまでにしよう。全員ストレッチ忘れるなよ!大会は遠い様ですぐそこだからな!怪我すんじゃねぇぞ!」

 

「「「「「はーい!!!」」」」」

 

本日は解散となり、それぞれが帰路に就く。

 

 

 

 

 

 

 

咲真も晩飯の時間が近くなり、急いで家に向かっている時だった。

 

「〜〜♪」

 

「ん?」

 

突然、前を通りかかった公園から女の子の歌声が聴こえてきた。

 

「らら〜ん♪ ららら〜♪」

 

よく見ると高校生くらいの少女がジャングルジムの上で回りながら歌っている。それはもう楽しそうに。

 

「っ!」

 

咲真は一瞬、見入ってしまった。いや、見惚れたと言った方がいいだろうか。夕焼けを反射する綺麗な金色の髪、小さく整った顔、小柄な体型、咲真の瞳に映る光景が一枚の写真の如く咲真の頭の中に記憶される。が、すぐに疑問が頭を下げてよぎった。

 

「何だ....あれ...」

 

咲真が困惑の表情で歌い続ける少女を見ていると、、、

 

「らら〜♪ら...あら?」

 

髪と同じ金色の瞳が咲真を見つめる。

少女が咲真に気付いた。

 

「(っ⁉︎ やばい、なんか分からんが関わるとやばい気がする⁉︎)」

 

直感でそう感じた咲真は、すぐさまその場を離れようとする。しかし、、、

 

「ねぇ!あなた!」

 

「オワッ⁉︎」

 

さっきまでジャングルジムの上にいた少女がいつのまにかすぐそばにいた。

 

「(嘘だろ...さっきまであそこに...)」

 

「ねぇ!」

 

「……何だ?」

 

逃げることを諦めた咲真は、少女との会話を試みる。

 

「貴方は誰?どうしてここにいるの?」キラキラッ

 

少女がキラキラと輝く瞳を向けて聞いてくる。

 

「えっ⁉︎ いや...その...」

 

突然の事に整理が追いつかない。

 

「(何なんだ⁉︎ 普通初対面でいきなりそこまで話しかけるか⁉︎)」

 

咲真は一旦落ち着こうと、目をそらす。すると、そらした先に少女の着ている制服が目に入る。

 

「それってうちの高校の....お前、花咲川の生徒なのか?」

 

「えぇ、そうよ!今年から花咲川に入ったの!」

 

咲真の質問に少女はすぐに答える。

 

「(今年からって事は1年か...)」

 

「ほら、ワタシは貴方の質問に答えたわ。次は貴方の番よ!」

 

「あ、ああ。」

 

咲真は諦めて自己紹介をする。

 

「お、俺は奥沢咲真。花咲川の3年でサッカー部のキャプテンをしている。えっとー、ここは家の帰り道で公園の前を通ったら歌が聞こえてきたから、何だと思って覗いたら君が歌っているのを見かけたんだ。」

 

咲真は素直に答えた。そして、質問を返す。

 

「君の方こそ何してたんだ?あんな所で」

 

「歌を歌っていたのよ!」

 

……うん、見てれば分かった。

 

「じゃなくて、何であんな所で歌ってたんだ?」

 

「楽しいと思ったからよ!」

 

……これは、あれだ…常人が理解出来ないタイプのやつだ……

 

そう思った咲真は質問を変える。

 

「じゃあ、君の名前は?」

 

少女はすぐに答えた。

 

「ワタシはこころ!弦巻こころよ!」

 

弦巻...こころ...。弦巻...?弦巻って確か....

 

「なぁ弦巻」

 

「こころで良いわ!」

 

「...じゃあ、こころ。弦巻ってのはお前の苗字だよな?」

 

「えぇ!そうよ!」

 

「じゃああの山の上に建っている弦巻邸って...」

 

そう言って山の上にある巨大な城の様な家を指差して聞く。

 

「ワタシの家よ?」

 

こころは当たり前のように答えた。

 

「(っ⁉︎ やっぱり、てことはこいつ...あの弦巻家のお嬢様⁉︎)」

 

「どうかしたの?咲真?」

 

こころはいきなり咲真を呼び捨てにして聞いてくる。いや、この際呼び捨てなど咲真にはどうでも良かったのだ。

 

「えっ⁉︎ い、いや、何でも無い。ちょっと驚いただけだ。」

 

「(弦巻のお嬢様は変わり者だって聞いたことはあったが、まさか本人を目の前にするなんてな、、、)」

 

そう考えているとこころに声をかけられる。

 

「ねぇ、咲真!」

 

「何だ?」

 

「咲真は笑顔になれるものって何かあるかしら?」

 

「笑顔になれるもの?」

 

「ええ、そうよ!ワタシは世界中を笑顔にするのが夢なの!だから、貴方が笑顔になれるものを知れば、他の誰かもそれで笑顔に出来るかも知れないもの!」

 

世界中を笑顔に……途方も無い夢だ。多分、その夢を叶えることは出来ないだろう。それほど世界は広い。この小さな島国の中でさえ、自分の力の無さを思い知らされた。ましてや世界なんてスケールがデカ過ぎる。でも………

 

「ジーーーー」

 

彼女は真っ直ぐに俺を見ている。自分の夢が笑われる事も恐れず、いや、笑われるとも思ってないのだろう。そんな彼女だからか、不思議と出来そうな気がしてくる。

 

「俺が笑顔になれるもの...か」

 

咲真は考える。自分が笑顔になるとき、一番近くにあったもの。それは何か、考える。

 

「…大切な人の笑顔…かな?」

 

「えっ?」

 

笑顔になれるものは笑顔。咲真の言葉にこころは少し驚きを覚える。

 

「大切な人が笑ってるとさ、こっちまで心が温かくなって、自然と笑顔になれるんだ。大切な人の笑顔が俺に笑顔をくれる。だから、俺を笑顔にしてくれるものは大切な人の笑顔なんだよ。」

 

父さん、母さん、美琴に広樹、そして美咲。それからサッカー部のみんな。咲真は頭の中で自分の大切な人達を思い浮かべる。

 

「笑顔が笑顔をくれる………」

 

こころが少し考えるような表情を見せる。

 

「どうした?」

 

「…だわ」

 

「ん?」

 

「とぉーっても、ステキだわ!!!」

 

「オワッ⁉︎」

 

こころの大声に驚きの声を上げる咲真。

 

「とってもステキね!咲真!」

 

「あ、ありがとう?」

 

真っ直ぐ褒められて咲真は少しむず痒くなる。

 

「あら?」

 

「ん?」

 

急にこころが上を見上げたのでつられて上を見ると、そこには大きな満月が浮かんでいた。

 

「いつの間にこんな時間に、、、」

 

「楽しい時間はあっという間ね!」

 

「フッ、そうだな」

 

自分でも楽しいと思っていた事に気付いた咲真が笑みをこぼす。

 

「今日はもう帰るわ!お話してくれてありがとう!」

 

「こっちこそ、楽しかったよ」

 

「それは良かったわ!じゃあ、またね!咲真!」

 

「またな、こころ」

 

そう言って2人は反対の方向に歩いていく。

咲真の後ろ姿が見えなくなった頃、こころはさっきの青年のことを思い返す。

 

「奥沢...咲真...」

 

その呟きは誰の耳にも入る事なく、満月の空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お兄ちゃん。晩御飯までに帰ってくるって言ったよね。」

 

「いや、その、ちょっと話をしていたと言うか何と言うか...」

 

「ふーん、妹との約束を破ってまでする話ってどんなの?」ニコッ

 

満面の笑みを浮かべながら美咲が聞いてくる。

目が笑ってない...後ろに般若が見える。

 

その夜、咲真の悲鳴が近所に響いたのはまた別の話。

 

 




本日はここまでです。だいぶ長くなってしまった、、、
そして遂にヒロインが登場しました〜。こころ可愛いよね〜。

評価、感想お待ちしております。


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お姫様、再び

サブタイを考えるのって難しいですね。他の作者さんってやっぱりすごいなぁ。
今回は日常回です。これからこんな感じを話を挟みつつ、サッカー要素を入れていきたいと思います。


あの紅白戦と嵐のようなお姫様との出会いから数日が経過した。あれから特に変わったことは起きていない。

そして今日も変わらない日常が始まる。はず、、、

 

 

 

昼休み、咲真はいつもどおり屋上で美咲が作った弁当を食べていた。隣には和泉もいる。

 

咲真は弁当を食べながら、試合のスタメンとそれに合わせたフォーメーションや作戦を考えていた。

 

「・・・・・」

 

「……ん、…沢君!」

 

「・・・・・」

 

「もう!奥沢君!!」

 

「っ⁉︎ ど、どうした?和泉」

 

急に声をかけられた咲真はビクッと体を震わせた。

 

「どうした?じゃないよ!さっきから話しかけても返事が無いし、お昼の時くらい気を抜いたら?せっかくの妹さんのお弁当も勿体無いよ?」

 

和泉の最もな指摘に、咲真は声を詰まらせる。

 

「そ、そうだな。悪い。」

 

「まぁ、キャプテンなんだし色々悩むのはわかるけど、そういう時こそ、このマネージャーの渚ちゃんを頼ってくれてもいいんだぞ!」

 

和泉はウインクをしながらそう言ってくる。あざとい....

 

「そうだなw 頼りになる自慢のマネージャーさんだからな」

 

そう言って咲真は軽く笑いながら無意識に和泉の頭を少し乱暴に撫でる。

 

「っ⁉︎///ちょ、ちょっと//奥沢君⁉︎///」

 

「わ、悪い⁉︎/// つい、いつもの癖で。」

 

「もう〜/// 癖って妹ちゃんに〜? 私って奥沢君から妹みたいに思われてるんだ//」ムスッ

 

顔を赤くしながら少し不機嫌になる和泉に咲真は慌てて弁解しようとするが、、、

 

「い、いや!妹って言うか何と言うか、ただ無意識に手が勝手にって言うか、、、」

 

「言い訳になって無いよ!」

 

「わ、悪い....」

 

「まぁ今回だけは勘弁してあげる。」

 

「えっ⁉︎ いいのか?」

 

「今回だけね!」

 

そう言いながらプイっと顔を逸らす和泉。逸らした後、咲真が撫でたところをさすりながら少し嬉しそうに顔を赤らめるのだが、咲真は気づかなかった。

 

 

 

 

「ふぅ〜、ご馳走さまっと。さて、そろそろ戻るか」

 

「そうだね、次移動教室だし」

 

弁当も食べ終わり、教室に戻ろうと咲真が立ち上がると、突如、咲真の背中に誰かがものすごい勢いで突っ込んだ。

 

ズドォォォン!!

 

「グフッ!!」

 

「お、奥沢君ッ⁉︎」

 

咲真はその衝撃に耐えきれず、正面から地面に倒れこんでしまう。全身を痛めつけられるのを感じながら、咲真は激突してきたものを確認する為に自らの背中に目を向ける。

 

「イッテテ〜、なんだ?」

 

するとそこには、、

 

「また会えたわね! 咲真!!」

 

満面の笑みで咲真を見つめる弦巻こころの姿があった。

 

「こ、こころ⁉︎」

 

「えぇ、そうよ!」

 

「何でここに?」

 

「楽しい事を探して屋上に来たら、貴方を見つけたの!だからワタシ、嬉しくなって気が付いたら貴方に抱きついていたの!」

 

「イヤイヤッ⁉︎ おかしいだろ⁉︎ 普通抱き着くか⁉︎ ってか、さっさと離れろ!動けないだろ!」

 

「それもそうね」

 

そう言ってこころは咲真の背中から離れる。咲真は腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ったく、無茶しやがって。」

 

「お、奥沢君?」

 

イマイチ状況を把握出来ていない和泉が、こんがらがる頭を何とか使って咲真に状況の説明を要求する。

 

「な、何?今これどういう状況?」

 

「ど、どういう状況と言われても、俺もいきなり過ぎて何から話せばいいのやら...」

 

咲真も混乱する頭で和泉に説明しようとするも、あまりに急な出来事に言葉が出てこない。すると、、、

 

「貴方は咲真のお友達かしら?」

 

「えっ⁉︎」

 

こころは混乱すら和泉に向かって質問をする。いきなり質問をされた和泉は言葉を詰まらせ動けなくなる。

 

「あー、こころ? こいつは俺と同じサッカー部のマネージャーの和泉渚だ。お前の言う通り、俺の友達。」

 

咲真が和泉の代わりに説明する。

 

「渚って言うのね!初めまして!ワタシは弦巻こころよ!よろしくね!渚!」

 

「えっ⁉︎ う、うん。よろしくね、弦巻さん」

 

「こころで良いわ!」

 

「じ、じゃあこころちゃん?」

 

「えぇ! 何かしら?」

 

少しずつ回復してきた頭を使って和泉はこころに質問をする。

 

「こころちゃんと奥沢君ってどういう関係なの?」

 

「ワタシと咲真は一緒に楽しい時間を過ごしたの!」

 

「た、楽しい時間??」

 

こころの答えに更に混乱する和泉、すかさず咲真が説明に入る。

 

「あ、あー和泉。えっと説明するとだな・・・・」

 

 

 

 

 

 

そう言って咲真はあの帰り道での出来事を和泉に話した。

 

「な、なるほど。世界を笑顔にするため、か。すごい夢だね、こころちゃん。」

 

俺の説明を聞いた和泉がこころの夢を聞いてそう答える。

 

「えぇ! ありがとう!」

 

「それにしても....」

 

そう言いながら、横目で咲真の方を見る和泉

 

「「大切な人の笑顔が笑顔をくれる」奥沢君って意外とロマンチックなんだねw」

 

「う、うるせぇ。ほっとけよ。」

 

「うふふっ!」

 

咲真の言葉に笑みが止まらない和泉、そんな和泉を見て、自分の言葉に少し後悔する咲真だった。

 

「私、こころちゃんの夢、応援するからね!」

 

「ありがとう、渚! それと咲真も!」

 

「俺も?」

 

「えぇ!咲真の話を聞いて思ったの!ワタシも誰かの笑顔を見るととーっても素敵な気分になって、ますます笑顔になれるの!だから、やっぱり笑顔が一番だって、そう思えたの!だから、ありがとう!」

 

そう言いながら、満面の笑みを咲真に向けるこころ。向けられた咲真は、少し目を逸らしながらこころに言葉を返す。

 

「別に、大したことじゃねぇよ。」

 

そこから、でも、と言葉を続ける。

 

「ちょっとでもお前の夢の足しなったのなら、それは良かったと思うよ。」

 

そう言いながら、咲真はまたしても無意識にこころの頭を撫でる。撫でられたこころは驚きなながらも、目を細め、少し気持ち良さそうな顔をする。

 

「奥沢君...またお兄ちゃんスキル出てるわよ」

 

「えっ⁉︎」

 

和泉に注意され、無意識のうちにまた頭を撫でていた事に気がついた咲真が、慌ててこころの頭から手を離す。

 

「わ、悪い! こころ!」

 

「あっ....」

 

こころは一瞬名残惜しそうな顔を見せるも、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

 

キーン、コーン、カーン、コーーン

 

 

突如、学校お馴染みのチャイムの音が校内に響き渡る。

 

「やばっ⁉︎ もう昼休み終わっちまう!早くしねぇと。」

 

「そうだね、次私たち移動教室だし、急がないと!」

 

慌てて教室へ戻ろうとする咲真たち

 

「ほらっ、こころも行くぞ!」

 

咲真は咄嗟にこころの手を取り、屋上を後にしようとする。

 

「っ! えぇ! 行きましょ!」

 

こころは手を掴まれた事に驚きつつも、すぐに咲真たちに続いていくのだった。




読んでいただきありがとうございます!

主人公のお兄ちゃんスキルが発動する回となりましたが、大丈夫ですかね?変じゃないですかね?

評価、感想お待ちしております


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兄と蒼と双子

今回はバンドリのあのキャラたちが登場です。サブタイで分かると思いますが。


「ん?あそこにいるのって...」

 

それは、咲真が夕飯の買い出しに駆り出されている時だった。商店街の肉屋に来ていた咲真は、少し離れたところにエメラルドグリーンの髪色をした女の子と一緒にいる氷川らしき人物を見かけた。

 

「氷川...だよな? 隣にいるのって...」

 

「おまたせ、咲真の兄ちゃん!豚バラと合挽き肉ね!」

 

「おっ、サンキューおっちゃん。これ、代金ね。」

 

「おお!いつもありがとな、こいつはサービスだ!兄弟たちに食わせてやんな!」

 

そう言って肉屋の店主は咲真にお店自慢のコロッケを袋いっぱいに詰めて渡す。

 

「こ、こんなに⁉︎ 流石に悪いって⁉︎」

 

「いいんだよ!兄ちゃんたちにはいつもご贔屓にしてもらってるからな!遠慮せずに持ってってくれ!」

 

咲真は断ろうとしたものの、店主の勢いに負けご厚意に甘える事にした。

 

「ありがとう、また来るよ。」

 

「おう!いつでも来い来い!」

 

咲真は店主から買った肉と貰ったコロッケを両手で抱えながら、店を後にする。

 

しばらく歩いた時、前からさっき見かけた氷川とエメラルドグリーンの髪の女性が並んで歩いてきた。すると、咲真に気がついた氷川が驚きつつも咲真に挨拶をする。

 

「あっ、キャプテン!どうも。買い物ですか?」

 

「おう、氷川。晩飯のな。」

 

「すごい荷物ですね、手伝いましょうか?」

 

咲真が手に抱える肉たちを見た氷川がそう聞いてくる。

 

「(流石氷川...できた奴だな...)」

 

咲真は心の中でそう思う。

 

「いや、大丈夫だ。それよりお前の方こそ何したんだ?そっちの子は...彼女か?」

 

「ち、違います!///」

 

氷川の隣に居た女性が顔を赤らめながら、否定する。冗談のつもりだったのに、まさかここまで反応するとは...

 

「紗夜、落ち着けって。キャプテンもあんまりからかわないで下さい」

 

「悪い悪いw」

 

隣の女性を落ち着かせる氷川、なんだか満更でも無いような表情見せるその子を見て、咲真は「なるほど...彩瀬と同じか...」と思った。

 

「紹介しますね、キャプテン。こいつは...」

 

「蒼夜君、大丈夫です。自分で出来ます。」

 

そう言って、その子は自分から咲真に自己紹介をする。

 

「初めまして。私は2年の氷川紗夜と申します。蒼夜君...氷川君とは従兄弟です。よろしくお願いします、奥沢先輩」

 

「ん?俺のこと知ってるのか?」

 

「もちろんです。氷川君が所属するサッカー部のキャプテン。去年の全国行きの立役者、うちの学校内では結構有名人ですよ?」

 

し、知らなかった...咲真は自分がそこまで有名になっているとも知らず、苦笑いをする。

 

「てことは、君も花咲川の?」

 

「はい。私は弓道部に所属しています。先輩の話は氷川君から常々聞いています。とても、素晴らしい先輩だと。」

 

彼女...氷川紗夜の口からそう告げられ、咲真は少し顔を赤くする。

 

「そっか...サンキューな、氷川」

 

「いえ、本当の事なので」

 

氷川は当たり前のように返す。

 

「あっ、そうだキャプテン!」

 

「ん?どうした?」

 

「俺のこと名前で呼んでください。」

 

氷川は咲真に名前で呼ぶことを要求する。咲真は突然の事に驚きつつ氷川に理由を問うと……

 

「だって、氷川だと紗夜と被りますし」

 

「そうですね。では、この際ですから私のことも名前で呼んで下さい。」

 

と、氷川に便乗してくる紗夜に、えぇ〜、と咲真は心の中で不満の声を漏らす。

 

「いや、別に良く無いか?」

 

「ダメですよ、こっちが分かりにくいですし」

 

「はい。名前の方が一発で分かって効率的だと思います。」

 

2人に言いくるめられ、咲真は渋々名前呼びを受諾する。

 

「分かった...蒼夜、紗夜。これでいいか?」

 

「「はい」」

 

2人は満足そうに返事をする。

 

「こうなったらサッカー部全員名前呼びにしたらどうですか?和泉先輩も喜ぶと思いますけど...」

 

「いやいや、それは流石に...ってか、なんで和泉が喜ぶんだ?」

 

蒼夜の言葉に疑問を抱いた咲真はそう聞き返す。

 

「はぁ...和泉先輩、苦労するな〜」

 

「(なんかよく分からんが、蒼夜に言われると無性にイラっとするぞ...)」

 

咲真がそう思った時、向こうの方から凄いスピードでこっちに向かってくる人が見えた。髪は紗夜と同じエメラルドグリーンで、顔も紗夜と瓜二つの女の子だった。咲真からは正面ですぐに気づいたが、蒼夜と紗夜は気づいていない。

 

「何だ?あれ」

 

咲真の言葉を聞いて、2人が後ろを2人が後ろを振り向き、迫る人の顔を見ると、2人の顔が驚きの表情に変わる。

 

「蒼く〜〜ん!おね〜ちゃ〜〜ん!」

 

「「日、日菜⁉︎」」

 

2人に日菜と呼ばれた少女はスピードを緩めることなく、2人に突っ込み、思いっきり抱きついた。

 

「こんな所で2人に会えるなんて、るんっ!て来たよ〜!」

 

2人に抱きついた少女はそう言うと目をキラキラと輝かせながら2人から離れる。すると、その後ろから咲真もよく知る人物が日菜と呼ばれた少女を追いかけてきた。

 

「待って〜、日菜〜」

 

「彩瀬?」

 

それは、サッカー部の後輩で蒼夜と幼馴染の彩瀬七美だった。

 

「あれ〜?咲真さん?こんな所で何してるんですか〜?」

 

七美はいつものようにマイペースに咲真に聞いてくる。

 

「いや、買い物の帰りに偶々蒼夜に会ってな。少し話をしてたんだ。」

 

「ん〜?蒼夜〜?咲真さんって〜いつから蒼夜のこと名前呼びするようになったんですか〜?」

 

口を滑らせた事に後悔する咲真、どう言ったかと考えていると、思わぬ人物から説明が入った。

 

「私と蒼夜君が頼んだのよ。同じ氷川でややこしいから、これからは名前で呼んで下さいって。」

 

「あれ?紗夜?」

 

咲真の代わりに彩瀬に説明したのは紗夜だった。

 

「ええそうよ。こんにちは、七美さん。」

 

紗夜が彩瀬に挨拶をする。どうやら彩瀬とも知り合いらしい。ってことは、さっき突っ込んできた紗夜にそっくりな子も...

 

咲真がそう思いさっき蒼夜と紗夜に抱きついた少女に目線を送ろうとすると、、、

 

「ねぇ!貴方が蒼くんがいつも言ってるキャプテンさん?」

 

「おわッ⁉︎」

 

急に目の前に現れた少女に咲真は驚き仰け反る。

 

「(なんか前もこんなことあったような……)」

 

咲真は突然目の前に現れた彼女に、笑顔のお姫様を重ねる。

 

「こら!日菜!失礼でしょ!」

 

「え〜〜〜」

 

「妹がすみません、奥沢さん」

 

そう言って、頭を下げてくる紗夜。咲真は気にするなと声をかけ、紹介を求める。

 

「ほら、日菜。挨拶しなさい。」

 

「は〜い」

 

日菜と呼ばれた少女はそう言って、咲真に自己紹介をする。

 

「氷川日菜でーっす!おねーちゃんの双子の妹なんだ〜、よろしくね、先輩♪」

 

後ろで紗夜と蒼夜が、はぁ…と、ため息をついている。

 

「ああ...よろしく。えっとー...」

 

「私のことは2人みたいに名前でいいよ♪日菜って呼んでね♪そっちの方がるんってするし♪」

 

「るんっは、よく分からないが、よろしくな日菜。」

 

「うん♪」

 

「すみません...妹が...」

 

そう言ってもう一度謝ってくる紗夜、相当苦労しているようだな。

 

「所で、おねーちゃんたちは何してたの?」

 

「偶々、奥沢さんと会ったから少しお話してただけよ。」

 

「そうなんだ〜♪」

 

双子で会話を弾ませる2人。隣に居た俺たちも少し会話をする。

 

「蒼夜と彩瀬はあの2人とは昔から?」

 

「はい。従兄弟ってのもあって昔からよく親戚の家とかで遊んでました。七美も一緒に。」

 

「そうですよ〜、よく一緒にサッカーやったよね〜」

 

「そうだな」

 

「へぇ〜、じゃあ今はやってないのか?」

 

「「・・・・」」

 

「(あれ?なんかまずい事言ったか?)」

 

咲真は2人の空気が変わった事に気付き、慌てて話題を変える。

 

「わ、悪い。それにしてもあの2人、仲よさそうだな。」

 

「「・・・・」」

 

「(えっ⁉︎これもダメか⁉︎)」

 

「なんか悪い...」

 

咲真はどうすることも出来ず、素直に謝った。

 

「い、いえ⁉︎ キャプテンが謝ること無いですよ...ちょっとだけ問題があると言うか何というか....」

 

咲真はそれ以上何も聞かなかった。

 

「あっ、そうだ。」

 

そう言って、咲真はゴソゴソっと肉屋でサービスしてもらったコロッケを4つ取り出す。

 

「ほら、これやるよ」

 

いきなりコロッケを渡された4人は目をパチパチする。

 

「まぁ、お近づきの印って奴だ。遠慮せず食え。」

 

咲真がそう言うと、4人はコロッケを口に運ぶ。

 

「っ!美味い」

 

「ん〜、美味しい〜」

 

「うん♪るんってきた♪」

 

「ええ、美味しいです。」

 

「それは良かった」

 

咲真自慢のお店のコロッケは好評なようだ。さっきまでの少し重かった空気が和らいだ。

 

「(何があったのかは知らないが、少なくともこういう時くらいは気にせずに過ごしてほしいからな......)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロッケを食べ終わった後、すぐに解散となり4人と別れる事になった。

 

「じゃあ、また明日な。2人とも」

 

「はい!ありがとうございました」

 

「コロッケご馳走さま〜、咲真さん!」

 

「紗夜と日菜も、またな」

 

「はい。今日は楽しかったです。また」

 

「今度はもっと遊ぼうね〜キャプテンさん♪」

 

そう言って、それぞれの帰路に着く。

 

出会った新しい繋がり、それを大切にしようと決めながら家族が待つ家へ帰っていく咲真だった。




本日はここまでです。そいう事で氷川姉妹が登場しました。話し方これで合ってるかな?w
ちょっとグダってしまったような気がする...もっと精進せねば...


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それぞれの休日

今回は募集したキャラの中で、バンドリキャラとの関係があったキャラたちの日常を書いてみました。ちょっとした短編集みたいな感じで見ていただけたら嬉しいです。


これは、花咲川サッカー部員たちのある休日のお話。

それぞれが、音楽に魅せられた少女たちとの関わりのお話。

 

 

〜佐々木正吾side〜

 

時刻は午前10時を回った頃、本来ならばこの時間は、朝から部活に勤しみ汗だくになりながらボールを追っている時間だ。

 

だが本日は、月に数回あるか無いかの貴重な祝日。サッカー部の練習も休みとなり、俺、佐々木正吾は束の間の休息を自室のベッドの中で過ごし、本日はこのまま、食事、トイレ以外はベッドから出ないつもりでいたのだが…………

 

 

 

「起きなさい、正吾」

 

そう言って、俺のオアシスを無理矢理剥ぎ取る人物が現れた。

 

カーテンが開けられ、窓から朝日(もうそんな時間では無いが...)が照りつけ、俺の顔を忌々しくも照らす。

 

「うぐっ...⁉︎ 勘弁してくれよ...

 

 

 

 

友希那....」

 

俺の部屋に勝手に侵入し、あまつさえ俺からオアシスを奪った人物の名は、「湊 友希那」。灰色のロングストレートの髪に薄い黄金色のような色の瞳をした仏頂面の女の子、俺の幼馴染だ。

 

「いい加減起きなさい。何時だと思っているの?」

 

「俺の体内時計だと、深夜2時...」

 

「完全に狂ってるわよ、その体内時計...」

 

友希那は俺に呆れたような表情を見せる。

 

「とにかく、早く起きなさい。買い物に行くわよ。」

 

と、友希那は俺を残酷にも外に連れ出そうとする。

 

「いや...お前普段買い物とかしないだろ...というか、ならリサと行けよ...」

 

「リサは今日用事があると言っていたわ、だから貴方について来てもらうんじゃない」

 

「リサ」と言うのは俺のもう1人の幼馴染で、よく友希那と一緒にいる簡単に言えば、「女子力の塊」みたいな奴だ。

 

「そうかよ...じゃあ、バンドの練習は?」

 

「今日は休みよ、昨日電話で言ったじゃない」

 

そういやそうだったな、と俺は眠気を飛ばせていない頭で思い出す。

 

ちなみに、バンドと言うのは友希那がボーカルを務めるガールズバンドの事で、結成してから僅かではあるが、かなりの実力を誇るバンドらしい。そのため、練習もかなり厳しく、休みも少ないと聞くが、俺にとっては不運にも、今日がその休みらしい。

 

「久しぶりにお互いの休みが被ったのだから、さっさと支度しなさい。時間が勿体無いわ」

 

どうやら友希那は、何が何でも俺を買い物に付き合わせたいらしい...仕方ない、ずっと枕元にいられても困るし、付き合うか...

 

俺は睡眠を諦めて、友希那に付き合う事になった。

 

「(さらば....俺の楽園....)」

 

 

 

数分後……

 

 

 

「おまたせ。じゃあ行くか」

 

「ええ」

 

着替えた俺は、友希那と共に買い物に出発した。ダメだ...欠伸が止まらない...

 

「ふぁ〜〜あ、で、どこに行くんだ?」

 

「ペットショップで猫のおやつを買ってから、いつもの公園よ」

 

またか...と、俺は頭の中で声を漏らす。というのも、友希那に買い物に付き合わされる時、大抵音楽に関係あるものか、今回のような、ペットショップから公園というコースなのだ...

 

 

 

 

俺たちはペットショップで猫用のお菓子を買ってから、街のはずれにある公園に行き、公園のベンチに腰掛ける。

 

友希那が、先程買ったお菓子を袋から取り出すと、至る所から野良猫がぞろぞろと集まってくる。

 

「ムニャ〜」

 

「ミャーー」

 

「ニャニャ〜」

 

灰色の猫に真っ白な猫、三毛猫にトラ猫、様々な種類の猫がお菓子を求めて俺たちの足元に集まってくる。

 

集まって来た猫たちは、お菓子をねだるように友希那の足に顔をつけ、スリスリと擦り付ける。

 

「はぁう///」

 

猫の行動に、友希那は顔を真っ赤にし、いつもの仏頂面を崩し、なんとも言えない緩んだ表情に変わる。

 

「にゃーんちゃん。はい、お菓子よ」

 

「ムニャ〜〜!」

 

「はぁう///」

 

完全に猫にメロメロな友希那、我を忘れて猫たちと戯れる。

 

そんな彼女の横顔を見ながら、正吾はふと考える。

 

「(普段はあんなに猫好きなのを隠してるのに、俺の前だと御構い無しなんだよな〜、まぁ?こいつのこんな顔を見られるのは面白いけど...)」

 

彼女の自分にしか見せない顔を見て、正吾はあれだけ感じていた眠気を忘れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜岩隈凌平side〜

 

 

「あいつら! 一体どこ行ったんだ⁉︎」

 

俺、岩隈凌平は今、街中を駆け回っていた。

 

なぜ街中を駆け回っているのかと言うと、遡ること数日前……

 

 

 

「え? 遠くのカフェに行くからついて来て欲しい?」

 

学校の昼休み、俺が弁当を食べていると2人の女子にそう頼まれた。

 

「ええ、そうよ」

 

「うん、私たちだけだと…不安で…」

 

頼んできたのは、俺の幼馴染の白鷺千聖と同じく幼馴染の松原花音だった。

 

 

白鷺千聖、薄い黄色のロングストレートに紫色の瞳をした女の子で、元子役で若手女優という芸能人である。今は何やらアイドルになるとかならないとかいう噂を耳にする。

 

松原花音、長いフワフワの水色の髪でサイドテールの女の子。千聖よりも少し薄い紫色の瞳で、内気でオドオドとした、小動物を思わせる雰囲気を持っている。

 

 

「別に構わねえけど」

 

「ほんと?助かるわ」

 

「あ、ありがとう‥!凌平君‥!」

 

そう言ってお礼を言う千聖と花音、というのもこの2人、ちょっと遠出をすると必ず迷子になり、俺がそこまで迎えに行くというおきまりの流れが出来上がっているほどに、道に迷うのだ。

 

千聖は、電車の乗り継ぎが苦手で電車で移動する時は必ずと言っていいほど乗る電車を間違えるし、花音に至っては、極度の方向音痴に加え、目を離すとすぐフラ〜とどこかに行ってしまうという状態で、混ぜるな危険と言った感じなのだ。

 

「まぁ、2人で出かけたら十中八九迷うからな。お目付役が必要だろ」

 

「お目付役だなんて失礼ね、そこまで酷くはないでしょ...」

 

「とか言って、この前も電車を間違えて県を2つ超えたのはどこの誰だったっけか?」

 

「うぐっ」

 

俺の反論に言葉が出なくなる千聖。

 

「とにかく、ついて行ってやるから勝手にあちこち行くんじゃねえぞ」

 

「わ、分かったわ」

 

「う、うん…」

 

 

そうして冒頭に戻り………

 

「あいつら...あれほど勝手にどっかに行くなって行ってんのに...」

 

走りながら悪態を吐く凌平、3人でカフェのある街の駅まで来たのは良かったものの、凌平がカフェまでの道のりを確認している間に、2人は何処かへ消えてしまったのだ...

 

「くそっ、携帯にも繋がらないし...一体どこ行ったんだ?」

 

膝に手をつき、肩で息をしながら考える凌平。その時、凌平の携帯から着信が入る。名前を確認すると、そこには白鷺千聖の名前があった。

 

「っ⁉︎ もしもし、千聖か!今どこにいる!」

 

凌平は慌てて現在地を千聖に聞く。

 

『ごめんなさい、勝手に居なくなって...ちょっとトラブルが起きて...』

 

「分かった。とりあえずそっちに行くから、場所を教えてくれ!」

 

『わ、分かったわ。えっとここは…………』

 

 

 

千聖から場所を聞き、俺は急いで2人の元へ向かった。

 

俺が目的の場所に着くと、そこには千聖と花音がいた。そして、花音の腕の中には青い首輪を付けた泥だらけの仔犬が抱きかかえられていた。

 

「っ! 凌平!」

 

「り、凌平君!」

 

2人は俺を見つけるなり、焦った表情で俺に呼びかける。

 

「何があった?そこの仔犬は?」

 

俺は2人に状況の説明を求めた。

 

「駅に着いた時花音が見つけたの」

 

「う、うん。ドロドロで弱ってたからどうしたのかなって近づいたら急に走り出して...怪我してるみたいだったから慌てて追いかけて、捕まえた時にはここが何処だか分からなくなって...」

 

「私も迂闊だったわ...まさか仔犬を追いかけているうちに貴方とはぐれるなんて...」

 

2人は俺にそう説明する。

 

「とにかく無事で良かった」

 

「心配かけてごめんなさい...」

 

「ご、ごめんなさい...」

 

2人そう言って俺に誤った。最初は見つけた時にどう説教してやろうかと思ったが、この状況を見て怒るに怒れなくなり、俺は2人に注意だけして許すことにした。

 

「次からはちゃんと俺に報告すること。約束だからな」

 

そう言って俺は両手で2人の頭を撫でる。

 

「「・・・・//////」」

 

2人は顔を伏せたが、耳は真っ赤になっていた。

 

「よし!それじゃあ行くか」

 

そう言うと2人は驚いた表情を見せる。

 

「い、行くって...何処に...?」

 

花音がそう聞いてくる。

 

「何処って、飼い主を探しにだよ。お前らのことだから、見つけてやりたいんだろ?そいつの飼い主」

 

俺は仔犬を指差しながら2人に問う。2人は俺の言葉を聞いて、パァッと顔を明るくする。

 

「ええ!ありがとう、凌平!」

 

「ありがとう...!凌平君!」

 

そう言って俺たちは仔犬の飼い主を探し始めた。と言っても、仔犬がしていた首輪に住所が書いてあり、そこへ行くだけだったのだが、その住所は駅を1つ越えた先と、以外と離れていて、2人では行けないな...と、俺は思った。

 

 

 

 

首輪に書いてあった住所の家に着いた俺たちは、家の前で偶然にも仔犬の飼い主とその娘さんと出会い、仔犬は無事飼い主の元へ帰ることが出来た。

 

聞くと、この仔犬は一昨日窓を開けた隙に外に出てしまい、探したものの見つからなかったそうだ。だからあんなにボロボロで汚れていたのかと思った。

 

俺たち3人は飼い主からとても感謝された。何かお礼をと言われたが、時間も遅かったので、気持ちだけ貰って帰ることにした。

 

「良かったね...!飼い主が見つかって...!」

 

「そうね、ほんと良かったわ!」

 

2人は本当に嬉しそうに飼い主が見つかったことを喜んでいた。

 

「ったく、面倒かけやがって...」

 

「そんなこと言って、貴方はいつも私たちを助けてくれるじゃない」

 

「うん...!いつもありがとう...凌平君!」

 

俺は2人の言葉に少し顔を赤くする。2人は俺が照れることを分かっていたのか、俺の反応を面白がっている。

 

2人に少しイラっとした俺は反撃をする。

 

「今度もし勝手に居なくなったら、そのまま置いていくからな」

 

「「ええッ⁉︎」」

 

「ハハッ! ほら、行くぞ!」

 

そう言って俺は急に走り出す。2人は慌てて俺の後を追いかける。

 

「ちょっと⁉︎ 待って、凌平⁉︎」

 

「ま、待って〜⁉︎ 凌平く〜ん⁉︎」




読んでいただきありがとうございます!いかがだったでしょか?
今回は佐々木正吾(artisanさん)と岩隈凌平(鳳凰院龍牙さん)の2人にスポットを当てて書いてみました!お2人のキャラの魅力を引き出せたのなら良いのですが....


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世界を笑顔に

どうも夜十喰です。ここしばらく学校が休みで昼夜が逆転してしまい、学校が始まるまでに戻そうと躍起になっています.....。

まあそんなどうでもいい話は置いといて、今回遂にあのグループが5人登場します。5人の騒がしい絡みをしっかり書けるよう頑張ります。


「えっ.....バンドに入った?」

 

練習で帰りが遅くなり、1人遅めの晩飯を食べていた俺。話があると妹である美咲に言われ、晩飯を食べながら話を聞くことにしたのだが、美咲の口から出た言葉は、つい先日、ガールズバンドに入ったという報告だった。

 

「う、うん...なんか流れでそうなったと言うか、なんと言うか...」

 

美咲は心底落ち込んだ、と言うよりも、めんどくさそうにそう呟く。

 

「ていうかお前、ついこの間バイト始めたんだろ?部活にバイトにバンドって、大丈夫なのか?」

 

そうなのだ、美咲はこの間、高校に入ったからには自分のお金は自分で稼ぐ、とアルバイトを始めたのだ。初めはどうかと思った俺だったが、家族にずっと甘えるわけにはいかないと言われ、何も言えなくなり、無理をしない事を条件にアルバイトを許可した。

 

「そうなんだけど...そのバイトが原因といか発端というか...」

 

「どういう事だ?」

 

煮え切らない言い方をする美咲に、俺はハッキリ言いなさいという言葉をかけ、更に聞いた。

 

「えーっと、最初っから説明するとね……………

 

 

 

 

 

そう言って美咲は自分がガールズバンドに入った経緯を俺に話し出した。

 

なんでも、美咲は着ぐるみを着てビラ配りをするアルバイトをしていたそうなのだが、アルバイトをしているところに来た1人の女子高生にいきなりバンドに加入させられたらしい。

 

いきなりのことに戸惑いながらも必死に抵抗した美咲だったが、その女子高生はそのまま美咲を...というかこの場合、着ぐるみを着た美咲つまり相手は着ぐるみの中身が誰かも確認せずそのままバンドに採用してしまったという.....何とも意味不明で迷惑な話をだと思う...。

 

その後、美咲はバンドを断ろうとその女子高生の元へ行ったそうなのだが、その女子高生並びに、同じバンドに所属する子たちが美咲を着ぐるみの中の人だと認識せず、何故かその着ぐるみ…名前はミッシェルと言うらしいのだが、そのミッシェルの知り合いという認識を持たれたらしい。

 

上手く話が噛み合わず、流れるようにそのバンドに巻き込まれる美咲だったのだが、話を聞いていくうちに無謀ながらも、このバンドなら何故か出来そうな気がする。と、影響され、断るに断れなくなった美咲は渋々加入する事を決めたらしい。

 

 

…………という事なんだよね....」

 

何ともまあ...災難といか、何というか、妹よ...ドンマイ....

 

そう思いながら遠い目を美咲に向ける咲真、が、今の話を聞いて咲真はふと後輩のお嬢様を思い出した。

 

「なぁ美咲」

 

「ん?何?」

 

「もしかしてその女子高生って……」

 

プルルルルッ!プルルルルッ!

 

そう咲真が聞こうとした瞬間、美咲の携帯に着信が入る。

 

「ごめん、お兄ちゃん。ちょっと待って...」

 

そう言って美咲は電話をしに廊下へ出て行く。

 

「もしもし、ああ花音さん。はい、大丈夫です。何か…………」

 

電話をする美咲の声を聞きながら咲真は先ほどの話を思い返す。

 

「まさか、な……」

 

そう言って自分を納得させる咲真、食べ終わった食器を持って流し台へ運ぶ。

 

すると、電話を終えた美咲が後ろから咲真に声をかける。

 

「ごめんお兄ちゃん、さっきの話の続きって……」

 

「いや、気にしなくていいよ。それより何だったんだ?今の電話」

 

咲真は話を晒すように美咲に聞く。

 

「実は明日バンドの作戦会議が入って...」

 

「作戦会議ね...」

 

「あっ、そうだ!」

 

「どうした?」

 

「お兄ちゃん、一緒に来ない?」

 

「その作戦会議にか?」

 

「うん、お願い!私と花音さんだけじゃ収集がつかないの!」

 

そう言って必死に俺に頼んでくる美咲、どうやらその作戦会議とやらは一筋縄では行かないようだ。

 

「俺が行って大丈夫なのか?」

 

「多分大丈夫。それにほら!お兄ちゃんギター出来るし、教えに来たって言えば何とかなるよ!」

 

美咲の必死さが増して行く。明日は部活も休みだし丁度いいかと思い、俺は美咲について行くことにした。

 

「分かったよ。ついて行ってやる」

 

「ほんと⁉︎ ありがとう!お兄ちゃん!」

 

美咲は満面の笑みで俺にお礼を言う。...なんだこの可愛い生き物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、噂の女子高生の家の前に着いた俺と美咲、家の前に着いてすぐ...というかこの家が近づいてすぐ、俺は自分の考えが正しかったと理解した。

 

「やっぱりか....」

 

俺は額に手をつけながらそう呟く。

 

俺たちの前にそびえ立つ大きな屋敷は、弦巻邸。言わずもながら、俺の後輩でこの前知り合いになった、弦巻こころの家である。

 

ピンポーン!!

 

チャイムを鳴らしてすぐ、塀の門が開き、使用人らしき黒服の女性が俺たちを出迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました。奥沢様と奥沢様のお兄様ですね。どうぞ、お入りください。中でお嬢様がお待ちです。」

 

そう言って黒服の女性が俺たちを屋敷の中へ案内する。

 

「「お、お邪魔します」」

 

俺と美咲は、ぎこちない動きで屋敷の奥へと足を踏み入れる。

 

中に入ると、そこはまるで物語に登場するお城のようになっていた。高い天井、キラキラと輝く照明、赤い絨毯、白く光る大理石の壁や床、完全に場違いな空気を目の当たりにする俺だったのだが、黒服さんは、平然と歩いて行く。

 

少し歩くと、黒服さんが立ち止まり俺たちは扉の前に着いた。

 

「こちらでお嬢様がお待ちです。他の皆様もすでに到着されています。では...」

 

そう言って黒服さんが扉を開ける。

 

すると、突然……

 

 

「さ〜〜くまッ!!!」

 

「ゴハッ!!!」

 

俺の腹に何かが突撃してきた、いや、何かは分かっている。だが、あまりに突然の事に体勢を崩した俺は、そのまま後ろ向きに倒れる。

 

ドォォンッ!!

 

「ぐふッ!!」

 

本日2度目の衝撃に、俺は何とか意識を保ち、突撃してきた人物を見る。

 

「またか...こころ...」

 

「ウフフッ!ごめんなさい咲真、貴方が来たと聞いて居ても立っても居られなくなったの♪」

 

「大丈夫⁉︎ お兄ちゃん⁉︎」

 

心配して寄ってきた美咲が俺に声をかける。

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

笑って答えた俺は、ゆっくりと立ち上がり服に付いた埃を手でパンッパンッと払う。

 

「さぁ2人とも、入って入って♪ハロハピ会議を始めるわよ♪」

 

こころはそのまま部屋の中に入って行った。俺たちもこころについて行く。

 

部屋に入るとそこにはこころの他に3人の女の子たちが居た。

 

1人は紫色の髪にキリッと整った顔立ち、女子にしては高めの身長の女の子、1人は気弱そうなふわふわした水色の長い髪のサンドテールの女の子、そしてもう1人は……

 

「あれ⁉︎ みーくんと一緒にいるの、さっくん先輩⁉︎」

 

「あれ、はぐみ?お前もこのバンドのメンバーだったのか?」

 

オレンジ色の単発のいかにも活発そうな女の子、俺の行きつけの肉屋の娘、北沢はぐみだった。

 

「お兄ちゃん、はぐみのこと知ってるの?」

 

と、美咲が聞いてくる。

 

「ああ、よく行く肉屋さんのとこの子だよ。よくお店で見かけてな。」

 

「そうだったんだ」

 

「ていうかさっくん先輩、みーくんの兄ちゃんだったの⁉︎」

 

はぐみはとても驚いた表情で、俺と美咲に聞いてくる。

 

「そうだぞ」

 

「へぇ〜、そうだったんだ!」

 

俺とはぐみが話をしていると、紫色の髪の女の子が話に入ってくる。

 

「お話中すまない、少しいいだろうか?」

 

俺は話しかけてきた女の子の方を向き、話をする体勢をとる。

 

「おっと、まずは自己紹介だね。」

 

そういうと、彼女は胸に手を置き、ポーズを決めながら自己紹介をし始めた。

 

「ワタシは、瀬田薫。羽丘高校の2年生で、このバンドのギターを担当しているものだ。」

 

そう名乗った人物は、そう言った後、後ろにいる水色の髪の女の子にも話しかける。

 

「さあ花音、君も自己紹介したまえ。なあに心配いらないさ。いざとなれば、ワタシは仔猫ちゃんのために矛にでも盾にでもなろう。」

 

いきなりキザっぽい台詞を吐く瀬田に俺が少し戸惑っていると、花音と呼ばれた女の子がオドオドしながら俺に挨拶をしてくる。

 

「は、はじめまして…松原花音と言います…。え、えーっと…花咲川高校の2年生で、ドラム担当です…。よ、よろしくお願いします…」

 

彼女は少し涙目になりながら、しっかりを自己紹介をした。見る限り、どうやら相当人見知りらしいな。

 

初対面の2人の自己紹介を聞いた俺は、すかさず自分も自己紹介をすることにした。

 

「自己紹介ありがとう。えっと、いきなり男が入ってきて戸惑ったかもしれないが、俺は奥沢咲真。苗字を聞いてわかると思うが、隣にいる美咲の兄だ。花咲川の3年で、サッカー部のキャプテンをしている。今日は妹の付き添いとギターを少々かじっていて、今日はそれも教えに来た。よろしくな。瀬田、松原」

 

「ああ、よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

各々の自己紹介が終わったところで、こころが俺に話しかける。

 

「どうかしら、咲真♪これが、私が世界を笑顔にするために組んだバンド、『ハロー、ハッピーワールド!』よ♪」

 

こころはいつものように満面の笑みを俺に向けて、自信満々に言った。

 

「お前らしいな、とっても」

 

俺は笑いながらこころにそう答える。するとこころは満足そうに微笑み……

 

「それじゃあ、みんな♪ハロハピ会議を始めるわよ♪」

 

と、みんながやる気になったものの・・・

 

 

 

 

 

1時間後………

 

 

「な、何も決まらない...」

 

この1時間、机に向かい合っているが、何一つ決まらない。というのも、こころとはぐみは次々とライブでしたい事を上げて行くが、「動物たちと一緒のサーカスをやりたい」、「空中アクロバットをやりながらライブ」など、実現できそうなものは一つも出さず、瀬田に至っては、2人の意見に賛同した上で、仔猫ちゃんが…だとかシェイクスピアがどうとか、意味のわからない事ばかりでキリがない。

 

議題を書くために用意してあったホワイトボードには、デカデカと世界を笑顔に!と書いてある。が、その前にはまず、人前で演奏できるだけの技術を身につける必要があるのだが、練習をするにしても、スタジオの予約や各々の予定を合わせたりと、必要な事が一切書かれていない。

 

「いつもこんな感じなのか....?」

 

俺は諦めて、バンド内の常識人である美咲と松原に聞く。

 

「え、えーと…はい…こんな感じです…」

 

「うん、だいたいいつもこうやって時間だけが過ぎていく感じかな...」

 

どうやら、俺はとんでもないバンドと関わりを持ってしまったらしい・・・




本日はここまでです。いかがでしたでしょうか?
ハロハピの騒がしさを書くのって凄く難しいです...もっと上手く書けるように努力せねば...

※活動報告にて、新たなキャラ募集を行っております。ぜひ、参加して下さい。皆様の素晴らしいアイデアお待ちしております。


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第一歩

ハロハピ編って言えばいいのかな?w それの後半です。
楽しんでいただければ嬉しいです。


あの破茶滅茶な会議から約3週間が経過した。かなり時間はかかったものの、何とかスタジオの予約や各々の予定を合わせる事が出来た。

 

そして今日は、ハロー、ハッピーワールドの初ライブの日だ。

 

 

 

「美咲ー、準備できたかー?そろそろ行くぞー」

 

「ちょ、ちょっと待って⁉︎」

 

初ライブ当日の朝、俺たちは昨日準備しておいたライブに使う用意を持って家を出ようとしていた。といっても、美咲と言うよりミッシェルの準備は全て黒服さんたちに任せてあるので、俺たちが持っていくものといっても、たかが知れているのだが、美咲は朝から忙しない。

 

「えーっと、あれは準備したし、あれは薫さんに渡してあるし、あっちははぐみが持ってくるって言ってたし....それから〜、えっと〜…」

 

というのも、美咲はライブでのミッシェルの練習に加え、作曲や作詞、ライブハウスの予約やライブの演出など、かなり動き回っていた。俺も出来るところは手伝っていたのだが、それでも美咲の仕事量は計り知れないものとなっている。それでも美咲は弱音を吐くどころかきっちり最後までやり遂げてみせたのだ。

 

「そんなに心配しなくても、あれだけやったんだ。大丈夫さ、きっと」

 

そう言いながら、俺は美咲の頭をポンポンっと叩き落ち着かせる。

 

「う、うん///」

 

顔を赤くしながら、美咲は自分で落ち着こうと深呼吸をする。

 

「スゥー…ハァー…スゥー…ハァー…」

 

きっちり息を整え、美咲は自分に気合いを入れる。

 

「よし!じゃあお兄ちゃん、行こっか」

 

「おう」

 

そう言って俺たちは玄関のドアを開ける。

 

「咲真、美咲」

 

ドアを開けた瞬間、後ろから母さんに声をかけられる。母さんの横には美琴と広樹もいる。

 

「頑張ってね、後でみんなで見に行くから」

 

「がんばって!おねえちゃん!」

 

「にいちゃんも!がんばれ!」

 

家族からエールを受けた俺たちは、一度お互いに向き合い、すぐに母さんたちの方を向く。そして、同時に………

 

「「行ってきます!」」

 

 

 

 

 

 

美咲とライブハウスに向かっている途中のことだった。美咲の携帯に着信が入る。美咲はかけてきた相手の名前を見るなり慌てた様子で電話に出る。

 

「花音さん⁉︎ 一体どうしました⁉︎」

 

どうやら電話をかけてきたのは松原らしい、どうしたのかと思いながら、電話が終わるのを待つ。まぁそこまで慌てなくても、松原は内気だがしっかりしてるし問題なんて起きないだろ...

 

「えっ⁉︎ ライブハウスに行く途中に道に迷った⁉︎」

 

そう思っていた自分を思いっきり殴ってやりたい...どうやらかなり緊急事態のようだ...

 

「そ、それで今どこに⁉︎ えっ、○○市⁉︎真逆ですよ⁉︎」

 

どうやら松原はかなりの方向音痴らしいな...どうやったら目的地の真逆に行くんだ...

 

「どうしよう⁉︎ お兄ちゃん...」

 

「迎えに行くしかないだろ、美咲は先にライブハウスに行って準備を進めといてくれ、松原を拾って急いで合流する」

 

「わ、わかった。…花音さん!今そっちに兄が向かいますから!そこを動かn....えっ⁉︎ 大丈夫? 心配いらないってどういうことですか⁉︎」

 

何やら美咲が戸惑っているようだ。何があったのか...

 

「はい、わかりました。じゃあライブハウスで待ってます!」

 

そう言って美咲は通話を切る。

 

「どうしたんだ?」

 

「なんか、花音先輩の幼馴染の人が迎えに来て一緒にライブハウスまで来るって」

 

なるほど、どうやらひとまず安心できそうだ。

 

「よかった...じゃあ俺たちもライブハウスに向かうか」

 

「うん、そうだね」

 

 

 

 

 

〜ライブハウス〜

 

俺たちがライブハウスに到着してから1時間近くが経過した。俺と美咲、そして、俺たちよりも先にライブハウスに到着してたこころ、瀬田とはぐみの5人は、ライブの準備を終え、松原の到着を待っていた。

 

「かのちゃん先輩...大丈夫かな?」

 

はぐみが心配そうな表情で呟く。

 

「心配いらないさ。何かあれば花音の方から連絡が来るだろう。私たちは私たちのやるべきことをやろう」

 

瀬田はそう言ってはぐみに声をかける。瀬田に励まされ、はぐみは「うん!」と、いつもの天真爛漫な笑顔を見せる。

 

「そうね♪花音なら大丈夫よ♪」

 

こころもいつもと変わらない笑顔で、大丈夫だと確信しているようだ。

 

その言葉を聞いて、ハロハピの士気が更に上がる。

 

「(なんでこうもこいつの言うことは、こんなにも頼もしく感じるのだろう)」

 

俺はふとそんな事を思った。キャプテンをしているからわかる事なのだが、味方の士気を高めることはそれなりの力が必要だ。それをこころは簡単にやっている。これも、カリスマ性という奴なのか、それは分からないが、確かにこころの言葉には力があるのだ。

 

「こころの言う通りだな。お前たちはお前たちの出来ることをやる。松原が来たらすぐライブを始められるようにな」

 

「「「ええ(ああ)(うん)!!」」」

 

そう言って3人はライブ衣装に着替え室に入る。

 

 

「お兄ちゃん...」

 

後ろから、ミッシェルに着替え、頭だけを出した美咲が俺に声をかける。だが、その声はどこか不安そうだ。

 

その声を聞いただけで、美咲の心情がすぐ理解出来た。だから……

 

「大丈夫だ、この俺がついてる。それにお前にはもう同じ夢を持った仲間がいる。それだけで人なんてなんでも出来るんだよ。お前たちなら、世界を笑顔にだって出来るさ」

 

俺は「どうした?」とは聞かなかった。これまで時間をかけてやってきたこと、それがたった数分で終わってしまう。それはどんなことでも当たり前のことで、呆気なく終わってしまうものだ。それは、俺もよく知っている。

 

だからこそ、かけた時間はその数分をより輝かせ、自分を強くする事も俺は知っている。だから俺は、美咲が前を向ける言葉をかけた。こんな言葉一つで、美咲の気持ちが変わるのかは分からない。それでも、美咲が、こころが、ハロー、ハッピーワールドがかけた時間は誰かを笑顔にするのだと、そう思って欲しかったのだ。

 

「お兄ちゃん...」

 

「さ、あいつらの準備ももうすぐ終わるだろ。あいつらを頼むぞ、ミッシェル」

 

そう言って俺は美咲にミッシェルの頭を被せた。

 

「うん、そうだね。私、頑張るから...見ててね!」

 

顔が見えなくても、美咲がどんな顔をしてるかはすぐに分かった。だから俺も、同じ顔を美咲に向けて

 

「おう!しっかり見てるからな!」

 

俺がそう言った後、着替え室のカーテンが開き、まるで鼓笛隊のような衣装を着たこころが咲真に飛びついた。

 

「咲真〜!! 準備完了よ♪ どうかしら?」

 

クルっとその場で一回転してこころが聞いてくる。

 

「おう、前見た時も思ったけど、凄く似合ってると思うぞ」

 

そう言って俺は、無意識にこころの頭を撫でていた。

 

「……///」

 

こころは顔を赤くして一瞬顔を伏せたが、すぐに顔を上げいつもキラキラした笑顔を俺に向けた。

 

「ありがとう咲真///! ワタシ、頑張るわね♪」

 

「おう」

 

そう言って俺もこころに笑いかける。

 

「ねぇ、さっくん先輩!はぐみははぐみは?似合ってる?」

 

はぐみがハイテンションで聞いてくる。もうすぐ本番だってのに、はぐみは緊張するどころか、いつもより元気にも見える。

 

「おう、はぐみも似合ってるぞ」

 

「えへへ〜//」

 

「ああ、早く仔猫ちゃんたちにワタシの姿を見せたいものだ」

 

はぐみに続いて、瀬田もいつもの調子で出てくる。

 

「そういえば、キグルミの人はどこかしら?さっきまで居たのに」

 

そう言ってこころは美咲を探し始める。こころに乗っかり、瀬田とはぐみも探し始めた。この3人は未だにミッシェルが着ぐるみで美咲が入っているとは微塵も思っていない。仕方ない………

 

「あ、あー美咲ならまだ色々と準備してるぞ。出番ギリギリまでかかりそうだから、直接客席に行くってさ」

 

俺はそう誤魔化した。少し強引だったか…?

 

「そうなのね♪じゃあキグルミの人の分も頑張らないと!」

 

「そうだね、こころん!」

 

「ああ..ギリギリまで私たちのために...儚い....」

 

どうやら誤魔化せたみたいだな...

 

「お兄ちゃん、ありがと」

 

ミッシェルが小声で俺にお礼を言う。

 

 

 

 

ドンッ!!!

 

 

 

 

その時突然、控え室の扉が開いた。控え室にいた全員が扉の方を向く。

 

「ま、間に合った〜……はぁ…はぁ…」

 

そこには、膝に手をつきながら息を切らしている松原と……

 

「ったく、飛んだ災難だ……はぁ…はぁ…」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

松原と同じように肩で息をする岩隈兄弟がいた。

 

「岩隈とシャロン?」

 

「あれ、キャプテン⁉︎どうしてここに⁉︎」

 

「な、何で……?」

 

迷子の松原を連れてきたのは部活の後輩の岩隈兄弟だった。(ちなみに、シャロンって言うのは、岩隈沙路の愛称で、岩隈がそう呼んでいるのを聞いてから、サッカー部内でその呼び名が定着した。)

 

「松原の幼馴染ってお前らのことだったのか...」

 

俺は1人納得する。

 

「キャプテン、どうしてここに?」

 

「説明は後だ、まずは……」

 

松原の準備だ...と言う前に、ハロハピのみんなが花音の元へ駆け寄る。

 

「「「「花音(さん)(かのちゃん先輩)!!」」」」

 

「み、みんな…心配かけてごめんね……」

 

松原は少し涙目になりながらみんなに謝る。

 

「大丈夫だよ、かのちゃん先輩!」

 

「無事で良かったです」

 

「ああ、花音...本当に良かったよ」

 

「み、みんな…ありがとう…」

 

花音はメンバーの優しさについに涙を流した。

 

「さあ、花音♪ 笑顔よ!私たちはみんなを笑顔にするのだから、あなたが泣いてちゃ笑顔になれないわ♪」

 

「うん…そうだよね…私、頑張るよ!」

 

松原の表情が笑顔に変わる。そして、松原は急いで着替えを始めた。

 

 

 

「じゃあ俺たちは、客席に行くから。しっかりな」

 

俺は5人にエールを送る。

 

「「「「「ええ(ああ)(うん)(はい)!!」」」」」

 

5人の表情は、笑顔で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

客席に着いた俺は、岩隈とシャロンに事情を説明しながら、ライブのスタートを待っていた。

 

「まさか、お前たちが松原の幼馴染だったとはな」

 

「俺たちもびっくりしましたよ。花音がバンドを始めるって言うし、そのバンドにキャプテンの妹さんがいて、キャプテンも手伝ってるって言うし」

 

「ほ、ほんと...びっくりしました...」

 

そう言いながら話をしていると、照明が消え、ステージ内が真っ暗になる。

 

「いよいよだな」

 

俺たちはステージに目を向ける。

 

すると、照明が一気に点灯し、ステージを照らす。その照明の光の先には、5人の...いや、4人と1頭の世界を笑顔にする音楽隊がキラキラと輝きながら笑顔で立っていた...

 

「みんな〜〜!! 初めまして! 私たちは『ハロー、ハッピーワールド!』世界を笑顔にするバンドよ♪」

 

こころはいつものように満面の笑顔で……

 

「今日はここにいる仔猫ちゃんたちを笑顔にしよう」

 

瀬田はキザでかっこよく……

 

「はぐみたちの演奏、しっかり聞いてね!」

 

はぐみはいつも以上に元気良く……

 

「よ、よろしくお願いします……!」

 

松原はオドオドしながらもしっかりと……

 

「た、楽しんでいってね〜〜」

 

ミッシェル(美咲)は緊張しながらも精一杯……

 

「さぁ♪最高のライブを始めましょ♪」

 

世界を笑顔にするために……

 

「それじゃあ、まずは一曲目!『えがおのオーケストラ!』」

 

第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーライブ終了後ー

 

 

「咲真〜!!」

 

ライブが終わり、片付けも終えた後の帰り道、こころはいきなり俺に抱きついて来た。

 

「おわっと...たっく、危ないからやめろって、美咲も居るんだから」

 

そう、今俺の背中には美咲が眠っている。ライブの後、今までの疲れが出たのか、片付けが終わった後すぐに眠ってしまったのだ。俺は美咲を背負いつつ、こころを送るために弦巻邸に向かっていた。

 

「咲真はどうだったかしら、私たちのライブ」

 

突然こころが聞いてくる。

 

「ああ……」

 

俺はライブの光景を思い出す。

 

 

 

 

 

まるで、時間が止まったようだった。ハロー、ハッピーワールド!の演奏以外の音が、消えたようなそんな感覚になり、俺の目は、ステージに釘付けになった。こころと初めて会った時のように、目に映る光景が一枚の写真のようにくっきりと頭に記憶されるような感覚。

 

ハロー、ハッピーワールド!の初ライブは、本当に素晴らしいと思った。演奏の技術はまだまだ他と比べると稚拙だし、経験が足りない部分もいくつかあったが、それでも素晴らしいと思えるものだった。

 

その中でも、こころは一段と輝いていた。どんな時も笑顔で、楽しそうに歌う彼女を見て、俺は、キレイだと思った。

 

 

 

「最高だった」

 

俺は、口から出そうになる長い言葉を押し込み、簡潔にそう答えた。たくさん言葉を喋るとあの光景を忘れてしまいそうになると思ったから...

 

「ほんと⁉︎良かったわ♪」

 

こころはそれはもう嬉しそうに微笑む。

 

そんなこころの横顔を見て、俺は自分の頬が赤くなるのを自覚した。

 

「(こころには、そうやってずっと笑っていて欲しいな...)」

 

無意識にそう思った俺、こころの横顔を見ながら、その言葉が口から出そうになるのを必死に抑えていた。

 

「なぁ、こころ」

 

「何かしら?」

 

「お前の夢ってなんだ?」

 

俺はこころに聞いた。それが、

 

こころの夢、そのための第一歩がこのハロハピなのだと

 

こころの夢が、ハロハピの夢であり、原動力なのだと

 

こころを笑顔にする、こころの原点だと

 

俺は知っているから。

 

彼女たちを支えるために俺が掲げる夢になるもの...それを...

 

 

「ワタシの夢は

 

 

 

 

 

 

 

『世界を笑顔にすること』よ!!」

 

 

彼女と変わらないものにするために




いかがだったでしょうか。咲真の気持ちが少しずつ見えてくるように書いたつもりです。

評価、感想お待ちしております!

※活動報告にてキャラ募集中です。中々集まらず、絶賛困っております。どうかお願いします!何卒お願いします!


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羽丘高校

今回から練習試合回スタートです。多分3話くらいかかるかな...
それではお楽しみください


「相手をよく見ろ!次の動きを常に予測するんだ!」

 

「味方の位置は常に把握しろ。ボールを持ってない奴は、次の動きを考えて動け」

 

花咲川のグラウンドでは、咲真たちがいつも通り練習に精を出していた。いや、いつもよりも気合いが入っている。

 

というのも、もうすぐ日本一を決める夏の大会、インターハイの県予選がスタートするのである。この予選で優勝できなければ、日本一を決める本戦に進出出来ない。

 

花咲川は去年、咲真たちの活躍もあり全国に駒を進めた。つまり、去年の県予選の優勝校なのである。今年入った1年生たちもそのことはもちろん理解しているため、学校の名前に泥をつけないよう気合いが入っているのである。

 

「はぁーい、そこまで! 10分間休憩でーす!」

 

和泉の言葉で、全員が練習を中断し休憩に入る。

 

「ふぅー」

 

日に日に夏が近づき気温も上昇していく中で、厳しい練習が続く。それでも誰一人弱音は吐かない。と、思いきや……

 

「暑いー、まだ夏じゃないのに何でこんなに暑いんだよー。しんどい、帰りたい……」

 

「しっかりしろ、この時期からそんな弱音を吐いていては大会まで持たんぞ」

 

弱気発言をする佐々木に、日向が喝を入れる。

 

「日向先輩の言う通りだぞ、佐々木。大会までやる事はいっぱいあるんだから」

 

日向に便乗し、蒼夜も佐々木に言葉をかける。

 

「にゃはは〜、佐々木っちはだらしないな〜」

 

「そんなんじゃ佐々木先輩のポジション、オレが圧倒言う間に奪っちまうッスよ!」

 

さらに、こんな中でもいつもと変わらず元気な猫神と片桐が佐々木に追い打ちをかける。

 

「うるせぇ〜、人には向き不向きがあるんだよ。冬になれば俺はキビキビ動く」

 

「そんなこと言って〜、冬になったらなったで寒い〜って言って動かないよね〜佐々木は」

 

言い訳もすぐに彩瀬によって論破され、佐々木はうぐっと声を詰まらせる。

 

「とにかく、大会はもうすぐなんだしっかりしてくれよな、次期エースストライカーさん」

 

咲真も皆に乗っかり佐々木に声をかける。勘弁してくださいよ〜と、漏らしながらトホホといった表情を見せる佐々木。

 

そんな佐々木を見て、皆が笑っていると監督である本郷が皆に集まれと呼びかける。

 

「休憩中にすまないが全員集まってくれ」

 

本郷の呼びかけに気づいた咲真が、「集合!」と声をかける。すると、全員が駆け足で本郷の元に集まっていく。

 

「お前たちに報告がある」

 

監督が全員の整列を確認してから報告の内容を話し始める

 

「急ではあるが、今週の土曜日に練習試合が入った」

 

「練習試合ですか?」

 

「ああそうだ。大会が近づいているからな、そろそろやりたいと思っていたのだが、何分うちは去年の優勝校だからな手の内を見せまいと中々試合を組んでくれるところが見つからなかったのだが、なんとか一校相手をしてくれるところを見つけた。羽丘高校だ」

 

「っ⁉︎ 羽丘…」

 

羽丘高校と言う言葉を聞いて、2、3年生の雰囲気が少し変わった。変わった雰囲気を感じた1年生はどうしたことかと首を傾げる。

 

「お姉ちゃん、羽丘高校ってどんなチームなの?」

 

茜が姉である日向に説明を求める。日向はすぐに茜の質問に答える。

 

「ああ、羽丘高校は去年私たちが県予選の決勝で戦ったチームだ」

 

日向の言葉に、1年生たちの表情が驚きの表情に変わる。

 

「決勝で戦ったって事は...前は勝ったんですよね...?」

 

水瀬がオドオドしながら咲真たちに尋ねる。

 

「ああ、去年は勝ったがギリギリだった。かなり強敵だ、できれば大会でも最後まで当たりたくない相手だな」

 

全国へ行った先輩たちにそこまで言わせる相手に水瀬は息を飲む。すると……

 

「ハッ、そんなん関係ねえだろ。どっちみち倒すんだから」

 

羽丘の強さを聞いて、黒騎はいつものように強気な発言をする。

 

「そうだな、どっちみち倒さないと先に進めないんだ。それにそんな相手と練習試合ができるってことは、更にレベルアップするチャンスってことだ。全員気合い入れてやるぞ!」

 

咲真の言葉に全員の表情が勇ましいものになり、全員に気合いが入る。

 

「「「「「おお!!」」」」」

 

全員の声を聞いて、監督はうんうんと何かを確かめたように頷いた。そして続けて全員に話かける。

 

「では、早速だが練習試合のスタメンを発表する」

 

監督の言葉に緊張が走る一同。

 

「では奥沢、頼む」

 

「はい」

 

監督に任された咲真は、以前から監督と話し合っていたスタメンを発表する。

 

「まずはFW、水嶋と佐々木」

 

「おう!」

 

「うす」

 

呼ばれた2人はお互いいつも通りに返事をする。

 

「続いてMF、彩瀬、日向、俺、そして水瀬」

 

「は〜い」

 

「ああ」

 

「っ⁉︎ は、はい...!」

 

彩瀬と日向は変わらずだが、1年で名前を呼ばれた水瀬は驚きながら返事をした。

 

「DF、氷川、紅城、河野、猫神」

 

「はい!」

 

「はい…」

 

「うむ」

 

「はぁい!」

 

呼ばれた4人はそれぞれ返事をする。

 

「最後にGK、岩隈」

 

「はい!」

 

最後に呼ばれた岩隈も気合いの入った返事をする。

 

「チッ…」

 

「あー、スタメンは無理か〜」

 

呼ばれなかった水瀬以外の1年4人は肩を落とす。そんな4人に声をかける咲真。

 

「今回スタメンに呼ばれなかったやつも、練習試合ではどんどん交代して行くから、準備を怠るなよ」

 

「「「「っ!」」」」

 

咲真の言葉に全員がはい!と気合いの入った返事をする。

 

「今回呼ばれた奴も、2、3年だからと言って油断しないように能力の高い奴がスタメンになる。そのことに学年も立場も関係ない。そのことをしっかり頭に入れといてくれ」

 

咲真の言葉に全員の表情が硬くなる。咲真の言葉はそれだけ全員の心の中に強く根付いた。だが、それは咲真自身も同じで、キャプテンだからと言って油断などしなかった。

 

「よし!じゃあ試合に向けて今言ったメンバーでフォーメーションの確認をしながら練習を始めるぞ!」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

咲真たちは練習を再開した。先程よりも更に気合いの入った練習が続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜練習試合当日〜

 

土曜日の朝、俺たち花咲川サッカー部は羽丘高校に来ていた。

 

元々距離はそこまで離れていないため、全員が遅れることなく校門の前に集まっていた。

 

「よし、行くぞ」

 

咲真の掛け声に続いて校門を潜ろうとした時、突然……

 

「凌平さ〜〜ん♡!!」

 

「ぐはッ!!」

 

突如現れた女の子が、岩隈に抱きついた。抱きつかれた岩隈は、そのまま後ろに倒れた。

 

「イッテテ〜、なんだ?」

 

頭をさすりながら起き上がる岩隈、抱きついて来た女の子の顔を確認する、綺麗な水色の瞳に左目が隠れるように伸びた銀髪ロングヘアーの女の子は岩隈の顔を見るなり嬉しそうに微笑んだ。

 

「お久しぶりです!凌平さん!」

 

氷麗(つらら)⁉︎」

 

「はい!」

 

どうやら岩隈の知り合いらしい、こいつ、松原といいどれだけの女の子と知り合いなんだ…?

 

全員が岩隈と氷麗と呼ばれた女の子との絡みに唖然としていると、学校の方から、長身で、男にしては長めの髪を後ろで結んだ男が駆け足で咲真たちの方に向かって来た。

 

「ったく、いきなり走ったと思ったら何他校の人たちに迷惑かけてんだ。さっさと離れろ、仰木」

 

その男に首根っこを掴まれ、岩隈から引き離された女子は少し不満そうな表情で後から来た男に声をかける。

 

「もう〜、何するんですかキャプテン」

 

「こんなところでいきなり抱きつく奴があるか。花咲川の皆さんが戸惑ってるだろ」

 

男に注意された女の子がはぁーいと返事をすると、2人は俺たちの方を向く。

 

「うちの部員がいきなりすまなかった。俺は暁 恭平(あかつき きょうへい)。羽丘高校サッカー部のキャプテンだ。よろしく」

 

キャプテンの暁に続いて岩隈に抱きついた女の子が挨拶をする。

 

「初めまして皆さん。私は仰木 氷麗(おおぎ つらら)といいます。以後お見知り置きを」

 

そう言って挨拶をした仰木という女の子は岩隈に向かって首を傾かせながら微笑む。それに対し岩隈は引きつった笑顔を見せる。

 

先に挨拶をした2人に対し、咲真はすぐに自分から名乗った。

 

「花咲川サッカー部キャプテンの奥沢咲真だ。今日はよろしく頼む。」

 

そう言って右手を前に出す咲真。出された手の意味を理解した暁も同じように右手を前に出す。

 

「久しぶりだな、暁。またお前と試合ができて嬉しいよ」

 

「こっちこそ、待ちわびたよ。去年のリベンジができるこの日を」

 

ガシッと握手を交わす両チームのキャプテン、その目の先にはバチバチッと火花が散っていた。

 

「さぁ、時間がもったいない。早速更衣室に案内しよう。仰木、女子を女子用の更衣室に案内してくれ」

 

「わかりました」

 

俺たちは男女に分かれて、2人についていく。

 

そして、早速ユニフォームに着替えた俺たちは、グラウンドに足を運んだ。




今回はここまでです。試合スタートは次回からになります。

今回初登場キャラ
暁恭平(artisanさん)
仰木氷麗(鳳凰院龍牙さん)
の2人が登場しました。
次回で羽丘高校のメンバーは全員登場させます。(詳しいメンバー紹介は分けてやるかも)

※キャラ募集はまだまだ行なっております。というか、集まっておりません。参加お願いします。


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羽丘イレブン

どうも夜十です。いよいよ練習試合開始と行きたかったのですが、今回は羽丘高校のメンバー紹介回となりました。11人全員を登場させるので、流石に必要だと思いまして...
それではどうぞ!


俺たちがグランドに行くと、既に羽丘高校のメンバーはアップを始めていた。すると、俺たちの到着に気がついた暁が俺たちの方に向かってかけてくる。

 

「アップはあっちのコートで頼む。アップが済んだら声をかけてくれ」

 

「ああ、わかった」

 

そう言って俺たちはアップを始めるためにコートに入る。

コートに入ってすぐにアップを開始する俺たち。その中で、俺、蒼夜、日向の3人はアップをしながら相手選手の観察をする。

 

「見た感じは特に目立つ感じでは無いですね。」

 

「そうだな、やはり警戒するべきはキャプテンの暁だろう。去年の決勝も2年生ながら県予選のベストキーパーに選ばれていたしな。」

 

そう、暁は去年2年生ながらGKとしてレギュラーで出場し、俺たちと当たるまで、4試合を1失点に抑えている。しかも、その4試合の中には県内トップの攻撃力を有するチームがいたが、1点しか失点していないのだ。

 

「まぁあいつを破るには、うちのFWに頑張ってもらうしか無いわな。どれだけ俺らがサポート出来るかも鍵になってくるし」

 

「そうですね...それと...」

 

蒼夜はそう言って暁から目線を外し、隣にいた明るいボリュームのある茶髪に少し強面の男に目を向ける。

 

「桐ヶ谷か..」

 

「はい...あの人のシュートも要警戒ですね」

 

桐ヶ谷 悠哉(きりがや ゆうや)、羽丘高校のエースストライカーで高い身長と強烈なシュートが武器の選手だ。

 

「あいつを抑えることも、試合の流れを引き寄せることに繋がりそうだな」

 

日向は、桐ヶ谷の止め方を既に考え始める。守備に関しては、こいつの指示は誰よりも的確だ、任せるしか無いな。

 

「どうやら去年見たことない奴が結構いるな。良い1年が入ったようだ。」

 

「全員真面目そうで羨ましいです...」

 

蒼夜はそう言って、不機嫌になりながらアップをする黒騎を見つめる。

 

「アハハハ...」

 

こいつどれだけ黒騎のこと嫌いなんだよ...と思いながら、俺は苦笑いをこぼした。

 

3人で話し合っていると、暁が近づいて来た。

 

「どうだ、問題はないか?」

 

「ああ、大丈夫、こっちは準備おっけいだ」

 

「わかった。じゃあ早速h...」

 

暁が言いかけ時、その背中からいきなり目を輝かせた女の子が現れた。

 

「貴方達が去年キャプテンたちに勝ったチームか〜!」

 

いきなりの登場に、蒼夜と日向はビクッと驚く。俺はこころの影響かあまり驚かなかった。

 

「綺良星...話の腰を折るなよ...」

 

「アハハッ!ごめんなさい、キャプテン!」

 

高いテンションで暁に謝る綺羅星と呼ばれた彼女、未だにキラキラとした目を俺に向けてくる。

 

「な、何か?」

 

「あっ、ごめんなさい!ちょっと気になっちゃって〜」

 

エヘエヘと、頭の後ろを撫でる彼女。

 

「自己紹介がまだでしたね、私は2年の綺良星 輝奈(きらぼし てるな)だよ!よろしくお願いしますね!」

 

金髪ポニーテールの彼女、綺良星輝奈は元気よく俺たちにそう名乗った。

 

「お、おう。よろしく」

 

「またしてもうちの部員がすまない...」

 

暁がまた申し訳なさそうに謝る。

 

「あっそうだ、この際だからお互いに顔合わせと行きませんか?これから多分長い付き合いになりそうですし」

 

蒼夜がそう暁に提案する。暁はうーんと少し考えて、蒼夜の提案に賛成した。

 

「そうだな、時間はまだあるしお前たちとは今後とも研鑽したいからな」

 

そう言って暁は集合とチームメイトに声をかける。それに続いて俺も皆に集合を呼びかける。

 

全員が集まったところで、両校の顔合わせが始まる。

 

「まずは俺たちだな。俺はさっきも言ったがこのチームのキャプテンの暁恭平だ。よろしく」

 

先陣を切ってもう一度挨拶をする暁、それに続いて隣にいた先ほど3人で話していた桐ヶ谷が挨拶する。

 

「3年の桐ヶ谷悠哉だ。よろしく」

 

そう言って桐ヶ谷は隣に目を向たのだが.....

 

「スピー……スピー……スヤスヤ…」

 

「「「「「寝てるッ⁉︎」」」」」

 

そこには、器用に立ったまま眠る腰まで伸びたボサボサの淡いオレンジ色の髪の女子がいた。

 

「おい夢原!起きろ!失礼だろ!」

 

そう言って眠る彼女を起こそうとする暁。その声に気がついたのか、彼女がピクッと反応を示した。

 

「うゅ?…ああ…夢原(ゆめはら)……(うつつ)…3年…お休み……スピー……」

 

「「「「「また寝た⁉︎」」」」」

 

簡単に挨拶をして、彼女はまたしても眠りに落ちてしまった。

 

「すまない...こういう奴なんだ...」

 

顔に手をつけながら、謝る暁。

 

「(こいつもだいぶ苦労してるんだな...)」

 

そう思う咲真だった。

 

「では次は私ですね。先ほども申し上げました通り、私は2年の仰木氷麗です。よろしくお願いします」

 

先ほど俺たちを迎えてくれた仰木ももう一度俺たちに挨拶をする。

 

「じゃあ次は私ね〜!さっき3人には言ったけど、私は綺良星輝奈!よろしくね」

 

綺良星も先ほど居なかったメンバーのためにもう一度挨拶をする。

 

「私か...」

 

綺良星に続いて、赤い瞳に白髪のロングストレートで腰にカーディガンを巻いている女子が挨拶を始める。

 

美鷹(みたか)...(うらら)...それだけ...」

 

手短に話す彼女、そんな彼女の挨拶を聞いて、隣にいた金髪ポニテの外国人の女子が話し出す。

 

「もう、ウララン!そんなんじゃ失礼だよ!」

 

彼女の言われ、美鷹は顔を横にズラす。

 

「も〜、あっごめんね!彼女根は優しいから、許してあげてね」

 

外国人の彼女が、謝ってくる。

 

「紹介が遅れました。私はローズ・エルスター、日本人とフランス人のハーフです。私、日本のアニメが大好きです!よろしくお願いします!」

 

まるで手本のような挨拶をする彼女に暁も安心したような表情を見せる。

 

「お初にお目にかかります皆様。拙者、大和 小次郎(やまと こじろう)と申します。以後お見知り置きを」

 

まるで時代劇の侍のような口調する青紫の髪と目をした少年に咲真たちが微妙な表情をする。

 

「次は俺だねー」

 

続いて青白い肌に柔らかな目つきが特徴的な黒のウルフカットの少年が挨拶を始める。

 

「俺は1年の撮摩 零(さつま れい)です。どうぞよろしく」

 

「私の番ですね」

 

そう言ったのは、黒のポニーテールに紫色の瞳をした女子だった。

 

「わたしは闇雲 亜夜(やみくも あや)と言います。占いが趣味です。よろしくお願いします」

 

そう言って軽くお辞儀をする闇雲、見たところ真面目で常識人だな...

 

「最後は俺だな」

 

最後にボサボサの茶髪の男子が挨拶を始める。

 

葛城 宗輔(かつらぎ そうすけ)だ。好きに呼んでくれ」

 

これまた相手に対してタメ口と問題がありそうな奴が出てきた。

 

「問題児ばかりですまない。これが今日お前たちと戦う、羽丘高校のレギュラーだ。よろしく」

 

暁は申し訳なさそうにしながらもその表情は自信に満ちていた。それは、このチームはお前たちに勝つと、語っている顔だった。

 

暁たちに続いて、咲真たちも挨拶を始めた。黒騎が問題発言をしそうになり、蒼夜が止まるという一悶着はあったが、無事お互いの顔合わせが終了した。

 

「よし、顔合わせも終わったことだし、早速始めよう」

 

 

暁の掛け声で、両校の全員がコートの中に入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コート中央、センターラインに花咲川高校と羽丘高校の選手が整列する。全員が並んだことを確認した審判をする羽丘高校のコーチが試合開始を宣言する。

 

「これより、羽丘高校対花咲川高校の練習試合を始めます。一同、礼!」

 

「「「「「「「「お願いします!!」」」」」」」」

 

両校の選手が同時に挨拶をし、それぞれの持ち場についていく。

 

全員がポジションに着いたのを確認して、審判が笛を鳴らす。

 

ピーーーッ!!

 

羽丘ボールで試合がスタートした。

 

 

 

 

 




本日はここまでです。試合に行けず申し訳ありませんでした!
次からは試合開始です。

今回初登場は
闇雲亜夜(茨木翡翠さん)
撮摩零(覇王龍さん)
葛城宗輔(artisanさん)
綺良星輝奈(蒼風啓夜さん)
大和小次郎(鳳凰院龍牙さん)
桐ヶ谷悠哉(黒き太刀風の二刀流霧夜さん)
美鷹麗(自分)
夢原現(自分)
ローズ・エルスター(artisanさん)
以上の9人です。
ステキなキャラをありがとうございます。

※活動報告にてキャラ募集を行っております。参加お願いします!


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練習試合-前半-

お待たせしました、練習試合開始です。
今までよりだいぶ長くなってしまいました。
キャラが多いので分かりにくい部分も多いと思いますが、よろしくお願いします。


試合開始と同時に羽丘が一気に攻めてくる。FWの葛城からMFの綺良星へパスが出され、そのまま上がっていく。

 

その時、ふと咲真は違和感を感じた。

 

「(なんだ...この違和感は...)」

 

その違和感は、綺良星のパスを桐ヶ谷が受け取った時にすぐにハッキリとした。

 

羽丘のエースストライカーであるはずの桐ヶ谷が、フォーメーションの中盤、つまりMFになっていたからである。

 

「(あいつッ! 前はFWだったのにどうなってる...)」

 

咲真はなぜポジションを変更したのか考えながらも桐ヶ谷のマークにつく。

 

「随分と奇怪なことしてくれるな」

 

咲真は桐ヶ谷と睨み合いながら、話しかける。

 

「奇怪?まさか、チームが強くなるために必要だからそうしてる。ただそれだけだ。それに...」

 

その瞬間、桐ヶ谷は加速し咲真を抜こうとする。咲真はスピードの変化に惑わされることなく桐ヶ谷の行く手を阻む。が、桐ヶ谷は落ち着いた表情で咲真を左へ躱す。

 

「くっ」

 

一瞬悔しさな声を出す咲真。だが、次の瞬間、口角が上がりニヤっと笑う。

 

「っ!!」

 

咲真を躱してすぐ、桐ヶ谷の表情が驚きに変わる。

 

躱した先には、すでに彩瀬が待ち構えていたのだ。

 

「止めるよ〜」

 

 

「(なるほど、わざと抜かせたか...)」

 

桐ヶ谷は咲真の思惑を瞬時に読み解き、自分が相手の策に乗せられたと理解する。

 

そして、既に抜かれた咲真も桐ヶ谷の後ろからボールを奪おうと足を伸ばしていた。

 

前方から彩瀬、後方から咲真と、近距離で挟み撃ちにされる桐ヶ谷、だが、その表情に一切の動揺は無かった。

 

次の瞬間……

 

 

 

 

 

 

「何っ⁉︎」

 

「嘘ッ⁉︎」

 

驚愕の声をあげたのは咲真と彩瀬の方だった。

 

桐ヶ谷は不完全な体勢だったにもかかわらず、咄嗟に跳躍し2人を躱したのだ。

 

2人が桐ヶ谷のプレーに目を奪われていると

 

「悠哉先輩!」

 

FWの1年生、撮摩から声がかかる。桐ヶ谷はそのまま空中で撮摩にパスを出した。

 

「ナイスパスでっす!」

 

パスを受け取って撮摩がその花咲川のゴールに向かって攻め上がる。だが……

 

「行っかせないよー」

 

「止める……」

 

すぐに花咲川のDF2人が撮摩を止めにかかる。

 

2対1、1年の撮摩に対し2年の猫神、紅城の2人で行く手を阻む。

 

2人の力なら止められると思った咲真だが、突然桐ヶ谷から声をかけられる。

 

「俺がポジションを変えたことを不思議がってたな...」

 

「それがなんだ...」

 

かけられた声に少し驚きながら、咲真は聞き返した。

 

「そんなに難しい事じゃない、ただ、俺1人の力より...」

 

桐ヶ谷は言葉を溜める。桐ヶ谷が言葉を溜めている時、1人でディフェンス2人に向かっていた撮摩の背後から2人のプレイヤーが飛び出した。

 

そこにいたのは、撮摩と同じく1年でFWの葛城と闇雲の2人だった。

 

「あの1年3人の力の方が、俺よりFWとして上だっただけだ」

 

 

「うぇッ⁉︎」

 

「っ!」

 

突如現れた2人に猫神と紅城の2人は驚愕する。その隙に……

 

「闇雲ッ!」

 

「葛城さん!」

 

「撮摩…!!」

 

3人は目にも留まらぬ連携で2人を抜き去った。

 

そのまま3人でボールを持ったまま上がっていく。

 

「行かせんぞ」

 

花咲川のトップDFの河野が瞬時に動き、現在ボールを保持している撮摩の前に立ち塞がる。いや、立ち塞がったのだが…

 

「なんだと‥‥」

 

撮摩は既にボールを保持していなかった。

 

「っ!!」

 

河野は咄嗟に上を見上げた、するとそこにはボールを持った闇雲が既にシュートの体勢に入っていた。

 

「ふっ!!」

 

闇雲の背中に黒いコウモリのような影が集まり、1つの塊となっていく。塊となった黒い影はコウモリの羽の形になり、闇雲はそのまま空中でシュートを放つ。

 

「ダークウィング」

 

黒い影を纏った強烈なシュートがゴールを襲う。

 

滞る事なく流れるように放たれたシュートにGKの岩隈の反応が遅れてしまう。

 

「くそっ!!」

 

岩隈の反応も虚しく、闇雲が放ったシュートは花咲川の守るゴールに突き刺さった。

 

ピーーーーーッ!!!

 

花咲川 0ー1 羽丘

 

咲真たちはあっという間に先制点を奪われてしまった。

 

 

 

 

「くそッ!!」

 

岩隈は悔しそうにした唇を噛み、拳を強く握る。

 

「すみません、止められませんでした」

 

「いや、私たちもすっかりやられてしまった。流石は羽丘といったところだろう。」

 

謝る岩隈に対し、河野が切り替えるよう言う。するとそこへ日向がやってきて2人に話しかける。

 

「河野、岩隈」

 

「すまない日向、完全にしてやられた...」

 

「すみません...」

 

謝る2人に対し日向は、気にするな、切り替えだ。と声をかける。そして、すぐに作戦を立てるため、3人で話し合う。

 

 

 

 

その様子を見ていた咲真は、守備を日向たちに任せて、点を取る算段をつける。FWの水嶋と佐々木に指示を出した咲真は、続いて水瀬の元へ行く。

 

「水瀬」

 

「はい、何でしょうか」

 

水瀬は普段オドオドとしているが、試合になると人格が変わったように強気になる。そこに目を付けた咲真が水瀬に指示を出す。

 

「試合が再開したら、左サイドからそのまま上がってくれ。お前の突破力でサイドから崩すぞ」

 

「分かりました。それとキャプテン」

 

「ん?」

 

咲真の指示に頷いた水瀬は、咲真を止めこう言った。

 

「別に私が決めても一向に構いませんよね?」

 

ニヤっと可愛らしく笑う水瀬に、咲真は笑い返す。

 

「おう、任せる」

 

 

 

 

 

ピーーーッ!!

 

笛の音と共に花咲川ボールで試合が再開される。

 

「行くぞ!」

 

ボールを持った咲真が、羽丘陣営に切り込んでいく。

 

「通しません!」

 

咲真の前に先ほどゴールを決めた闇雲が現れ、咲真からボールを奪おうとするが、咲真は目線を変える事なく左へボールを流す。

 

するとそこには彩瀬が走ってきていて、彩瀬の足にドンピシャでパスが通る。

 

「えっ⁉︎」

 

驚く闇雲を抜いた咲真は、すぐに彩瀬からボールを受け取り、ワンツーで闇雲を抜き去った。

 

そのままボールを持ち込む咲真、羽丘の大和がスライディングでボールを奪おうとするが、咲真はヒールリフトでボールを上げ華麗に躱す。

 

「お見事」

 

大和の口から称賛の声が自然と漏れる。

 

大和を抜いた咲真はボールが地面に着いたと同時に、左サイドに切り込んでいた水瀬にパスを出す。

 

咲真からのパスを受け取った水瀬はそのままドリブルで上がっていく。

 

颯爽と敵陣内に切り込んで行く水瀬、羽丘は急いで守備を固めるが、既に水瀬はゴールの横まで迫っていた。

 

水瀬はすかさずセンタリングを上げる。

 

「よっしゃー!」

 

その水瀬のセンタリングに合わせたのは、花咲川のエースストライカー、水嶋葵だった。

 

一度胸トラップでボールの勢いを殺し、水嶋はシュートを打つ体勢に入る。

 

「いくぜ!」

 

水嶋が回転しながら跳躍すると、周りに激流が渦を巻く。

 

「アクアトルネェェェド!!」

 

水嶋の右足から放たれたシュートはそのまま羽丘のゴールに襲いかかる。だが……

 

「簡単に決められると思うなよ」

 

GKの暁は水嶋の必殺シュートに眉一つ動かさず、パンチングの構えを取る。

 

「ッ! ザバーニーヤ!!」

 

暁の強烈な一発がシュートの急所を突き、ボールをそのまま弾き返した。

 

「っ!! 止められたっ....」

 

弾き返されたボールは桐ヶ谷が捕球する。

 

「………………」

 

水嶋の必殺シュートが跳ね返されたのを見て、佐々木は何かを考え込むように表情を曇らせる。

 

ボールを持った桐ヶ谷はすぐに前線にパスを出し、そのパスを葛城が受け取る。

 

一瞬にして形勢が逆転した。羽丘のカウンターに咲真たちは急いで自陣に戻る。だが、既に葛城はゴールまで20メートルほどにまで迫ってきていた。

 

「今度は俺が決める.......」

 

そう言って葛城が攻めていくと…

 

「今度こそ行かさないぞ」

 

河野が立ち塞がる。

河野は先ほど点を決められた時よりもボールから離れた位置で守備をする。これは、視野を広げ、先ほどの連携をする相手を目の範囲に入れるために日向と話し決めた動きだった。

 

「さっきは至近距離で背後の2人を見逃したが、今度はそうはいかん。それに、カウンターのお陰でお前は今実質孤立している。今度こそ止めるぞ」

 

そう、羽丘のカウンターこそが自らの連携を崩す鍵になったのだ。河野は広がった視野で周りに敵の増援がいないか確認しながら、葛城と一対一で睨み合う。その時……

 

「誰が1人で勝てないと言った...」

 

葛城がボソっと呟いた。

 

「なんだと」

 

次の瞬間、葛城の右足に紫色のエネルギーが蓄積していく。

 

「抜かせてもらう...」

 

葛城が右足を振ると蓄積された紫色のエネルギーが光線となって河野に放たれた。

 

「ディスターブ・レイ」

 

「かはっ!!!」

 

紫色の光線を浴びた河野は後ろへ吹き飛ばされる。

 

「点を取る....」

 

河野を吹き飛ばし、そのままゴールを目指そうとした葛城。だが、突如、撮摩からの声が聞こえる。

 

「葛城ッ! 右だッ!!!」

 

その声に瞬時に反応し、右を向いた葛城。

 

目線の先には、いつのまにか紅城がすぐそこにまで迫っていた。

 

「……ボルケイノカット」

 

紅城の足から赤く光る衝撃波が放たれた、それが地面に触れたところからマグマが吹き出し、今度は葛城を吹き飛ばした。

 

「グッ!!」

 

「俺たちのディフェンスは…そう簡単に何度も抜けない……」

 

紅城はそう言い残し、すぐさま前線にパスを出す。

 

紅城から日向、日向から彩瀬へとダイレクトでパスを繋ぐ花咲川。勢いそのままに、再び羽丘のゴールへと向かっていく。

 

「通しませんよ」

 

ドリブルで上がる彩瀬の前に仰木が行く手を阻む。

 

「おっいいね〜、やっぱりそうこなくっちゃ」

 

彩瀬は嬉しそうな表情で仰木を突破しようとする。

 

左右に振りながら距離を詰めてくる彩瀬に対し、仰木は冷静に動きを見極めようとする。

 

「(かなりのドリブル力ですね...気を抜けば一瞬で抜かれてしまいます。ですが……)」

 

仰木は彩瀬の動きを完全に読み、彩瀬が突破しようとしている方に瞬時に動いた。

 

「(悠哉先輩に比べれば、動きが読みやすい)」

 

完全に動きを読まれた彩瀬、絶対絶命の状況で彼女の表情は……

 

 

 

 

“笑顔”だった。

 

「やっぱり君なら、私の動きを読んでくるよね〜」

 

彩瀬は流れるような華麗なドリブルで仰木の逆を突き躱した。

 

「っ⁉︎ フェイントッ⁉︎」

 

「信じてたよ〜、君の実力〜」

 

すれ違いざまにそう言った彩瀬は、大きく左にパスを出す。

 

そのパスを受け取ったのは、先ほど同様左サイドに切り込んでいた水瀬だった。

 

「彩瀬先輩、ナイスパスです」

 

彩瀬からのパスを受け取った水瀬は先ほどと同じ様に左から上がっていく。

 

そんな彼女を見て、GKの暁が

 

「エルスター!美鷹!プレッシャーをかけろ!センタリングを上げさせるな!」

 

空中の勝負では、男である佐々木と水嶋に軍配があがると考えた暁がDFの2人にそう指示を出す。

 

この時暁は、もしセンタリングを上げられても2人のプレッシャーによって乱れたボールなら十分なシュートを打たないと考えていた。

 

水瀬の前に2人のDFが立ち塞がり、水瀬にプレッシャーをかける。

 

だが、試合になった水瀬は臆することなくスピードを緩めないまま2人に突っ込んで行った。

 

「立ち塞がる者は、全員抜きますッ!!」

 

水瀬の周りから大量の泡がばら撒かれる。

 

「泡沫の…舞ッ!!」

 

ばら撒かれた泡の上を跳ねるように移動する水瀬。羽丘のDF2人を抜き去った。

 

「くっ…」

 

「ワオッ!!」

 

ボールを上げずにそのまま自分で突っ込んで来た水瀬に、暁は驚きつつもすぐに冷静にとめにかかる。

 

完全に自分で決めにかかろうとする水瀬、暁はゴールを決めさせまいと水瀬のシュートコースを塞ぐ。

 

水瀬はそのままボールを上に蹴り上げ、跳躍しようとする。が、次の瞬間、ゴール前で水瀬のクロスを待っていたはずの佐々木が先に跳躍し、水瀬のボールを奪った。

 

「何っ⁉︎」

 

味方のボールを奪うというプレーに暁は動揺を隠せない。

 

それは水瀬も同じなようで、目をパッチリと見開いている。

 

「悪いな水瀬、この人から点を取るにはこれくらい奇抜なプレーしねえとな」

 

そう言って今度は佐々木がシュートの体勢に入る。

 

「(あれをやるしかねえか〜、あれやった後すげー疲れるからやなんだけど...)」

 

こころの中で弱気発言をする佐々木、仕方ないか...と腹をくくり必殺シュートを放つ。

 

ボールが業火で燃え、燃えたボールに佐々木が6連続で蹴りを入れる。すると、炎の勢いが更に増し、それを佐々木がもう一度蹴ってシュートする。

 

「戦士ノ...心火!!」

 

放たれた強烈なシュートが、暁の守るゴールへ襲いかかる。

 

「弾き返す! ザバーニーヤ!!」

 

再び拳を振るう暁。しかし、急所捉えたはずのシュートは威力を弱めることなく暁の拳を弾き、ゴールへ突き刺さった。

 

「くっ!!」

 

ピーーーーーッ!!!

 

花咲川 1ー1 羽丘

 

咲真たちは同点に追いついた。

 

 

 

 

花咲川のメンバーに歓喜の声が広がる。

 

「よくやったな!佐々木!」

 

「佐々木っちやる〜」

 

「流石だね〜、佐々木〜」

 

「よくやった……」

 

2年生達に囲まれながら頭をわちゃわちゃっと撫でられる佐々木。

 

「やめろ....あの技使った後はダルさがMaxになるんだよ.....」

 

その表情は決めたという爽快感よりも疲労感が強く残っていた。

 

「う〜、ダルい...しんどい....」

 

「佐々木はこれ以上無理そうだな」

 

佐々木の状態を見て、咲真はそう判断する。ベンチに目を向けると既に和泉の指示か、茜が準備を始めていた。

 

「流石和泉だな。よく見てる」

 

日向は和泉の観察力を賞賛する。

 

「佐々木はここで交代だな」

 

咲真は審判に選手交代を申し出る。

 

佐々木 out ⇔ in 茜

 

「よ〜っし!ボクに任せて!」

 

茜は試合に出れたことが嬉しいのかいつもよりテンションが高い。

 

「よし!佐々木なき今こそ踏ん張り時だ、気合い入れていくぞ!」

 

「「「「「おう!!!!」」」」」

 

「いや....俺生きてますから....勝手に亡き者にしないで.....」

 

 

 

ピーーーッ!!

 

試合再開、羽丘が攻めてくる。が、守護神の暁が破られたためか、特に1年の顔に少し焦りが見える。動きが硬い。

 

「注意力が散漫だ」

 

その隙を見逃す日向ではなく、相手からボールを奪った。

 

「お姉ちゃんッ! こっち!」

 

日向がボールを奪ったのを見て、茜が自慢のスピードで一気に前線に駆け上がる。

 

「茜!!」

 

日向はそのまま茜にロングパス、ボールはブレることなく茜の足に吸い込まれるように落ちていった。

 

「さっすがお姉ちゃん!ナイスパス!いっくよ〜〜!!」

 

ボールを持った茜は、トップスピードで羽丘コート内に切り込む。

 

未だ動揺しているのか、羽丘の守備は茜についていけてなかった。暁が、「次だ。切り替えろ!」と声を出すが中々上手くいかない。

 

既に茜はペナルティエリア近くまで来ていた。このままシュートに持っていくつもりの茜だったが、茜の前に立つ選手が1人。

 

「む〜……むにゃむにゃ…………」

 

試合中にもかかわらず、船を漕いでいる夢原だった。

 

「(なんであの人寝てるの⁉︎)」

 

ウトウトしている夢原を見て驚きを隠せない茜、だが、チャンスだと切り替えて気にせずゴールに向かう。

 

すると…………

 

 

 

 

 

 

 

「えっ⁉︎」

 

茜のボールが夢原に奪われていた。

 

茜は何が起こったのか理解できずに硬直する。それを見ていた花咲川のメンバーも茜がボールを奪われた事に驚きを隠せない。

 

しかし、そんな驚きもつかの間夢原から前線にパスが出される。

 

「ふッ!!」

 

そのパスを蒼夜がカット、そのままボールをキープして自分で上がっていく。

 

「(よし、このまま持ち込んで追加点を取る!)」

 

そう考える蒼夜だったが

 

「むにゃむにゃ………」

 

その先にはまたしても夢原が立っていた。

 

「(何をしたのか知らないが、俺に小細工は効かないぞ)」

 

蒼夜が抜こうとした瞬間、蒼夜の目には確かに映った。

 

閉じられていたはずの目が少しだけ開き、中から紅の瞳が現れたのを...

 

「眠いけど〜……やる事はやらないとね〜〜…………」

 

次の瞬間、夢原は今まで眠っていたとは思えない動きで蒼夜からボールを奪った。

 

「(っ⁉︎ この人、小細工なんてしていない、ただ普通にボールを奪っただけだ。この人...見かけによらずとんでもない力を持ってる!)」

 

夢原のプレーに圧倒される蒼夜、そのまま夢原は流れるような動きで、桐ヶ谷にパスを出した。

 

「私は寝るから……後よろしくね〜………悠哉〜…」

 

「ああ、任せろ」

 

夢原からのパスを受け取った桐ヶ谷がそのままゴールまで一直線に向かっていく

 

桐ヶ谷はそのまま次々と花咲川の選手を抜いていく。

 

気づけば、ゴール前は猫神1人になっていた。

 

「行かせないよ!」

 

「悪いが通してもらう」

 

桐ヶ谷がそういったとき、前に光り輝く宝石が現れる。その宝石はどんどん光を増していき、次第に猫神の視界は真っ白になってしまう。

 

「にゃッ⁉︎」

 

「アクティブグロー...シャイン」

 

猫神が目を眩ませている間に、桐ヶ谷はゴール前まで進む。

 

ゴール前は誰もいない。岩隈と桐ヶ谷の一対一だ。

 

「今度こそ止める!」

 

桐ヶ谷の周りに大量の水が現れ、その全てがボールへと集まりボールが大きな渦に包まれる。渦に包まれたボールを桐ヶ谷が力いっぱい打ち出す。

 

「ターミナル・メイルストローム」

 

打ち出されたボールは螺旋を描きながら凄まじい勢いで岩隈に向かっていく。

 

「ッ⁉︎ 止めてやる! グレートバリアリーフ!!」

 

岩隈も必殺技で止めようとするもシュートの勢いが強く、岩隈の必殺技はいとも簡単に破られてしまった。

 

ピーーーーーーッ!!!

 

花咲川 1ー2 羽丘

 

咲真たちは羽丘に追加点を許してしまった。そして………

 

 

ピーーッ!ピーーーッ!

 

 

俺たちが1点ビハインドで前半が終了した。




本日はここまでです。読んでいただきありがとうございます!

※キャラ募集はまだまだ行っております。ぜひ参加して下さい。


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練習試合-後半其の壱-

後半が終わらなかった〜〜!!
すみません!試合の展開を考えながら、自分の書きたいシーンを書いていたら思いの外長くなってしまい、これ以上書くとグダグダの話が出来てしまいそうだったので、キリの良いところで今回は終わらせました。決着は次回となります。


1点ビハインドで前半が終了し、咲真たちはハーフタイム中にもう一度作戦を立てていた。咲真、日向、蒼夜を中心にそれぞれのポジションから見た羽丘の選手一人一人の動き、特徴を全員に共有しつつ打開策を考える。

 

「で、どうだったんだ氷川、あの夢原って奴は」

 

日向が前半終盤に茜と氷川からボールを奪った夢原について蒼夜に問う。

 

「はい、かなりの実力者だと思います。一対一だと勝てるかどうか...」

 

「蒼夜がそこまで言うなんて、相当だね〜」

 

隣にいた彩瀬が改めて夢原という選手の脅威をその身に感じる。

 

「ほんと凄かったんだよ⁉︎ 寝てると思ったらイキナリ動きが変わるし、ボクどうやって取られたのかわからなかったもん!!」

 

その身をもって夢原のプレーに触れた茜も警戒の色を強める。

 

「さて、どうしたものか....」

 

全員に暗いムードが漂ってきた時、パンパンッと手を叩く音がベンチに響く。

 

「お前ら暗いぞ、まだ負けたわけじゃないんだからそんな顔するなっての」

 

そう言って咲真は、茜の頬を摘み強制的に笑顔を作る。

 

「いひゃい、いひゃい!! なにふるんへふか〜!!」

 

そんな茜の表情を見て、誰かがプッwと吹き出す。それを皮切りに、花咲川ベンチに笑いが連鎖して起こる。

 

「むぅ〜〜〜!!!」

 

笑われたことが恥ずかしかったのか、茜は摘まれた頬と同じくらい顔を赤くしながら膨れっ面を咲真に向ける。

 

「悪かった、悪かった」

 

さっきまでの重たい空気は何処へやら。咲真の行動と茜の反応に全員の顔に余裕が見え始める。

 

「よし、まずは1点取り返す!勝ちに行くぞ!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

咲真の言葉に気合が入る。そして、監督の本郷から後半の作戦が伝えられる。

 

「後半からはメンバーを入れ替えていく。フォーメーションが変わるのは、相手にとっても厄介だが同時に自分たちにもそれなりの対応力が求められる。だが、お前たちなら大丈夫だ。思う存分力を発揮してこい」

 

「「「「「「はいッ!!」」」」」

 

 

花咲川は後半の頭から選手を交代……MFの水瀬に変わってFWの片桐が入る。

 

これで花咲川のフォーメーションは3-3-4に変わり、攻撃の枚数が増えた事により、先ほどよりの攻撃よりになる。

 

 

 

ピーーーーーーッ!!

 

 

花咲川ボールで後半が開始される。

 

「いっくぜ〜!!」

 

ボールを受け取った片桐がいきなりトップスピードで敵陣深くへ切り込んでいく。

 

だが、片桐のスピードに反応した羽丘のディフェンスがすぐに行く手を阻む。

 

「ここを通りたくば、拙者を抜いて見せよ」

 

「通さないよ!」

 

片桐に反応したのは大和と綺良星の2人だった。2人はそのまま片桐からボールを奪おうと片桐に詰め寄る。

 

が、ディフェンス2人に詰め寄られる片桐はスピードを落とさないまま右にボールを蹴る。蹴られたボールは凄いスピードで抜けていく。

 

パスカットをしようと足を伸ばす仰木だったが、スピードにより足がボールに触れることは無かった。

 

この弾丸パスはそのままサイドラインを割るかに思えた。が、次の瞬間、凄まじいスピードでボールの先へ回り、弾丸パスを受けた人物がいた。

 

「さっすが華蓮ちゃん! ナイス弾丸パス!」

 

それは、片桐と常日頃からスピード争いをしている、茜だった。

 

「これぐらいのスピードについてこれなきゃ、オレのライバルって認められねえからな!」

 

片桐も茜が弾丸パスを受けると分かっていたようだ。

 

「まっ、チームNo. 1のスピードのボクにかかればこれくらいのパス余裕だよ!」

 

「ざけんなッ!No. 1はオレだ!」

 

「ボクだよッ!」

 

試合中にもかかわらずいつものように意地の張り合いをする片桐と茜。そんな2人に咲真はやれやれ...と声をかける。

 

「お前ら、それぐらいにしとかないと日向に説教されるぞ」

 

咲真の言葉に2人がビクッと震え、錆びた機械人形のような動きで味方コートの方を向くと、鬼の形相をした日向が2人を睨んでいた。

 

「「ヒッ!!」」

 

2人はよっぽど恐ろしかったのか、すぐに前を向き震えた声で

 

「よ、よし...!こ、このまま..い、行くよ...! 華蓮ちゃん...!」

 

「お、おう...! や、やってやろうぜ...!茜...!」

 

と、意地の張り合いを辞め、互いにスピードの乗ったパスを出しながら攻め上がっていく。

 

勢いそのままに、敵チームのゴール前まで来た2人、このままシュートを打とうとしたが、突如、美鷹が2人の前に立ち塞がる。

 

「忠告...簡単に抜けると思わないで...」

 

2人に冷たい視線を送る美鷹、2人は日向とはまた違った悪寒を感じ、方向転換をしようとしたが……

 

地面に手をついた美鷹が、透き通るような赤い目を2人に向け必殺技を放つ。

 

「アイス...エイジッ!!」

 

美鷹の地面についた手を中心に地面が凍てつき、気温が氷点下にまで下がる。

 

「ナニッ⁉︎」

 

「冷たッ!」

 

一瞬にして2人の足が凍りつき、動きを封じられ、ボールを奪われる。

 

「ナイスー、ウララン♪」

 

「ローズ...攻めるよ....」

 

「OK!いっくよー!」

 

そう言って美鷹はエルスターと共にドリブルで上がっていく。

 

「行かせんぞ」

 

日向がボールを奪おうと2人の前に立ち塞がる。

 

「邪魔...押し通る...」

 

美鷹と日向による攻防が繰り広げられる。美鷹が振り解こうとするが、日向がピッタリとマークに着いて離れない。

 

「....ハァ」

 

すると突然、美鷹の動きが止まりため息をついた。

 

「(なんだ...ため息..?)」

 

いきなりため息をついた美鷹に日向は少し困惑しながらも警戒を強める。

 

「流石です...やっぱり貴女に勝つのは....私1人では無理....まだまだ実力が足りない....」

 

どうやら美鷹は日向を抜くことが出来ない自分に呆れため息を吐いたようだ。

 

そして、ポツリと呟いた瞬間、美鷹は持っていたボールを後ろにいたローズへと戻す。

 

「勝ちたかった....『コート上の皇帝』と呼ばれる貴女に....でも....私1人じゃ無理....だから....今回はみんなで勝つことにする......」

 

そう言い残して美鷹は自分のポジションへ戻っていった。

 

その言葉を聞いて日向は……

 

「今回は....か、言ってくれるじゃないか。俄然負けたくなくなったな」

 

今度は勝つという美鷹の宣言を聞き、静かに闘志を燃え上がらせていた。

 

 

 

美鷹からボールを受け取ったエルスターは綺良星にパスを出し、下がらずにその場に留まった。

 

エルスターからパスを受け取った綺良星は、前線の選手に指示を出しながらボールをキープしている。

 

「おっと、司令塔は自由にしたらダメだよね〜」

 

そこへ彩瀬が現れる。

 

「私からしたら貴女が一番自由にしたらダメだと思うよ?」

 

「そうなことないよ〜」

 

互いに軽口を挟みながら、様子を伺う。集中力を切らさないように神経を使いながら、チャンスを伺う両者。その均衡を破ったのは、彩瀬だった。

 

「フッ!!」

 

彩瀬はゆったりした動きから一瞬で素早い動きへと緩急をつけボールを奪いにいく。

 

そんな彩瀬の動きになんとか食らいつく綺良星、なんとかボールをキープし続ける。その時だった……

 

 

 

背後から現れた片桐が綺良星の持つボールを奪いにかかる。

彩瀬に夢中になっていたため、片桐が迫っていることに気がつかなかった。完全に不意をつかれた綺良星は片桐を間一髪で躱すも気が逸れた隙に彩瀬にボールを奪われる。

 

「しまった!」

 

「へへ〜、いただき〜!ナイスアシスト〜華蓮ちゃん!」

 

「オッス!」

 

綺良星からボールを奪った彩瀬はそのままドリブルで駆け上がる。ゴール前は現在、夢原と美鷹の2人のみ彩瀬は警戒しつつ一気に攻める。

 

「水嶋先輩〜!」

 

「おう!任せろ!」

 

彩瀬から水嶋へとボールが渡る。ボールを受け取った水嶋が猛々しく攻め上がる。

 

「通さない....」

 

美鷹がまたしても必殺技で止めようとする。

 

「アイスエイジ.....!」

 

先ほど同様、地面が凍てつき水嶋の動きを止める。

 

水嶋は足が凍てつく前に後ろへバックパスを出す。そのパスの先には日向が既に待っていた。

 

「っ....⁉︎」

 

「みんなで勝つ...と言ったな、悪いがそちらも負ける気は無い!」

 

日向はピィッ!と口笛を吹く。すると地面からペンギンが生え、日向がボールを蹴り上げるとペンギンがボールに続いて空を飛ぶ。

 

「茜ッ!」

 

「まっかせて! お姉ちゃん!」

 

蹴り上げたボールに合わせる様に茜が足に炎を纏わせながら、回転し、そのままボールと同じ高さになったところで、シュートを放つ。

 

「「皇帝ペンギンF!!」」

 

紅白戦で岩隈からゴールを奪った日向姉妹の必殺シュートが凄まじい威力で羽丘ゴールに向かっていく。

 

「止めるッ!」

 

暁の両腕が光り輝く槍に変化する。

変化した腕を前に突き出し、シュートにぶつける。

 

「ロンギヌスッ!!」

 

輝く槍に貫かれたボールが暁の手に収まる。日向姉妹の必殺シュートが完璧に止められた。

 

「何ッ⁉︎」

 

「ウソッ⁉︎」

 

2人の渾身のシュートを完璧に止めてみせた暁はボールをそのまま思いっきり投げ前線に送る。

 

「悠哉!」

 

暁からボールを受け取った桐ヶ谷が再びドリブルで攻め上がる。

 

「行かせねえぞ」

 

攻める桐ヶ谷の前に立つ咲真、前線からいつのまにか戻って来ていた咲真に少し驚く桐ヶ谷だったが、すぐに切り替え綺良星にパスを出す。

 

桐ヶ谷からのパスを受け取った綺良星、その前にはまたしても彩瀬が立ち塞がる。

 

「また止めるよ〜」

 

再び緩急をつけた動きで綺良星を翻弄する彩瀬、だが………

 

「そう何度もやられっぱなしには行かないよね!」

 

綺良星がそう言ってボールを蹴るとボールが星の形となって綺良星を乗せたまま彩瀬を抜き去った。

 

「スターライド!」

 

「うぇッ⁉︎」

 

彩瀬を抜いた後、綺良星はボールを闇雲へと送る。

ボールを受け取った闇雲はそのまま他のFW2人とともにゴールに攻め立てる。

 

「もう一度決めますよ、撮摩さん!葛城さん!」

 

「「おう!」」

 

そう言って3人は前半と同様に目にも留まらぬ連携で花咲川のディフェンスを外し、ゴール前まで抜けた。

 

「来い!」

 

ボールを持つのは、前半先制点を決めた闇雲だ。

 

「ダークウィング」

 

再び影を纏った強烈なシュートがゴールに迫る。

 

「グレートバリアリーフ!」

 

今度は相手に惑わされる事なくシュートをとめにかかる岩隈。しかし、シュートの勢いを完全に殺すことは出来ずボールを弾いてしまう。

 

「⁉︎」

 

「くっ!」

 

シュートを弾かれた事、シュートを完全に止められなかった事に闇雲と岩隈が同時に顔をしかめる。

 

弾かれたボールをなんとか蒼夜がキープする。だが、キープしたのもつかの間、蒼夜に大和が迫って来ていた。

 

「備中青江……」

 

迫る大和の右手には鞘に納められた鍔の無い五尺余りの刀が握られている。

 

「物干し竿ッ!」

 

その刀を左手で抜刀し、袈裟斬りで蒼夜を吹き飛ばした。

 

「グハッ!!」

 

大和はボールを奪ってすぐ前にパスを出す。

 

「撮摩殿ッ!」

 

大和からのパスを受けたり、今度は撮摩がシュートを撃つ体勢に入る。

 

撮摩の持つボールが真空の膜に包まれ、空中に浮き上がり、それをボレーシュートする撮摩。

 

「ゼロフォース!」

 

ボールは不安定な軌道を描きながら凄まじい威力でゴールに迫る。

 

「ッ⁉︎」

 

変化するボールに岩隈が集中力を研ぎ澄ます。その時、ボールと岩隈の間に入る人影が岩隈の眼に映る。

 

「…止める」

 

その人影は紅城だった。

 

「ボルケイノ…カット」

 

紅城は撮摩のシュートに自らのブロック技をぶつけ、シュートを弾き返した。

 

「なッ⁉︎」

 

シュートを弾き返された事に驚く撮摩、ボールはそのままサイドラインを切る。

 

「ナイスディフェンス、紅城」

 

「助かった、サンキュー」

 

咲真と岩隈が紅城にそれぞれ言葉をかける。紅城はぶっきらぼうにいえ…とだけ答える。するとここで…

 

「花咲川、選手交代です」

 

と、審判が宣言する。ベンチを見るとシャロンがサイドラインの前に立っていた。

 

「どうやら…交代は俺みたいですね……」

 

紅城はいつも通り喋りながらも少し残念そうに呟く。

 

「後…任せます」

 

そう言って勝負を仲間に託す紅城、その言葉に全員がおう!と大きな声で返す。

 

紅城 IN ⇔ OUT 岩隈

 

紅城に変わって入ってきたシャロン、その顔は誰が見ても緊張してるのが分かるくらい強張っていた。

 

「が、がが...が...頑張り...ます」

 

その様子を見た咲真が兄である岩隈に声をかける。

 

「岩隈....シャロンのやつ緊張で産まれたての子鹿みたいになってるぞ。なんとかしろ」

 

「わ、分かりました」

 

岩隈はシャロンの元へ行き、少し屈んで目線をシャロンに合わせる。

 

「お、お兄…ちゃん…」

 

「大丈夫だ、シャロン。怖がる事なんて無い、シャロンの近くにはいつだって仲間がいる。それに、後ろには俺がいる。俺たちの力になってくれ、シャロン」

 

励ましの言葉をかけ、シャロンの頭を優しく撫でる岩隈。岩隈の言葉と頭ナデナデによってシャロンの表情から恐怖が消えたようだ。

 

「うん…私、頑張る…!」

 

 

 

 

花咲川のスローイングから試合が再開される。点差は変わらず1点、後半も折り返しが近づいてくる。

 

猫神がスローイングしたボールを河野がとり、前へパスを出す。

 

河野からパスを受け取ったのは、咲真だ。そのままセンターラインを超え一気に攻め上がる。

 

「行かせないぞ、奥沢」

 

「桐ヶ谷....」

 

咲真の前に桐ヶ谷が立ち塞がる。

 

「随分と大人しいな、去年の決勝の方がプレーに覇気が入っていたように見えたが?」

 

桐ヶ谷が咲真を挑発するように話しかける。咲真は話を聞きながらもパスを出すルートを探すが、他のメンバーには羽丘がぴったりとマークをつけていた。そのため、咲真も中々パスを出すことができない。

 

「そうか?じゃあ1年で俺はそこまで大人になったって事だな」

 

桐ヶ谷の挑発を軽口で返す咲真。だが、桐ヶ谷は更に咲真に言葉をかける。

 

「お前はまだ、実力の半分も出していないだろう。練習試合だからと舐めているのか?」

 

少し声を低くして聞いてくる桐ヶ谷、咲真は若干の怒気を含んだその言葉に、咲真は顔を少し伏せてから返す。

 

「まさか、お前たち相手に舐めるわけないだろ。俺はいつだって本気だよ....本気で日本の頂に立つつもりだからな」

 

ただ...と咲真は続ける。

 

「俺はこのチームが好きだからな。頂に立つ時はこいつらと一緒に立ちたい。だからこそ、俺は自分を後回しにしてもこいつらを強くしたい。頂に立った時、誰かが下から見上げてちゃダメだ。自分は何も出来なかったと後悔するよりも、同じ目線で喜び合いたい。だから、全員で同じ高さに立つ。そのためにも悪いがお前たちには俺たちの血肉になってもらう」

 

咲真の言葉に強い信念を感じる桐ヶ谷、その信念は鋭い刃となって桐ヶ谷に突きつけられる。

 

「っ⁉︎」

 

鋭い刃を突きつけられ、桐ヶ谷に悪寒が走る。

 

「あっ、勘違いするなよ。自分を後回しにしても...とか言ったが、自分の成長を止める訳じゃない。俺も、もっと強くなるぞ!」

 

そう言って咲真は持っていたボールを桐ヶ谷に向けて思いっきり蹴った。蹴られたボールは真っ直ぐ桐ヶ谷の胸の辺りに飛んでいく。

 

突然の事に驚く桐ヶ谷、すぐにボールをトラップしようと勢いを殺す体勢を取ろうとするが……

 

ボールは桐ヶ谷の胸の前で止まった。と、思いきや、ボールはそのまま高速で桐ヶ谷の周りを飛び回り始める。

 

「っ⁉︎」

 

ボールの軌道を捉えきれない桐ヶ谷、するとボールはそのまま桐ヶ谷の後ろへ飛んで行く。その先には、いつのまにか咲真がいた。

 

「バンブルボール」

 

そう言って咲真が指をパチンと鳴らすと、宙に浮いていたボールが重力の影響で咲真の足にストンと落ちる。

 

「俺は勝つ!勝って勝って勝ち続けて、アイツとの勝負に決着をつける!」

 

咲真が呼んだアイツとは、桐ヶ谷には分からなかった。だが、その言葉には先ほどとは違う信念、いや、執念と呼ぶべきものがあった。

 

桐ヶ谷を抜いた咲真はそのまま敵陣内へ単独で切り込んでいく。羽丘のディフェンスを躱しながら、ゴールへ迫る。そして……

 

「フッ!!」

 

ボールを踏み回転をかけてボールを上げる。十分に上がったボールを咲真はオーバーヘッドでシュートする。

 

「ブレイブ...ショット!!」

 

咲真が蹴ったボールは青いエネルギーに包まれ、凄まじい威力とスピードで羽丘ゴールに襲いかかる。

 

「ロンギヌス!!」

 

咲真の必殺シュートを自身の渾身の技で止めようとする暁、両手を槍にしてボールに突き刺すように手を伸ばす。

 

「ウオオオォォォォォッ!!」

 

暁は全力で咲真のシュートを止めようとするも、徐々に押し込まれていき、咲真のシュートが暁のロンギヌスの破りゴールへ突き刺さった。

 

 

ピーーーッ!!

 

 

花咲川 2 ー 2 羽丘

 

 

咲真の必殺シュートで、花咲川は再び追いついた。

 

「流石です!キャプテン!」

 

「ナイスシュート〜!咲真さ〜ん!」

 

「やったな、奥沢」

 

蒼夜、彩瀬、日向を中心に咲真に全員が声をかけてくる。咲真は全員とハイタッチをする。

 

「おう、サンキューな。さぁ、試合はここからだ!逆転して勝つぞ!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

 

 

 

 

一方羽丘サイドでは......

 

「すまない、また止められなかった」

 

「ドンマイですキャプテン!」

 

「私のミス...止められなかった....」

 

「ウラランもそんなに落ち込まないの!すぐ取り返すよ!」

 

各々が声を掛け合い、勝つために話し合う中、桐ヶ谷だけだ花咲川メンバーに囲まれる咲真を見ていた。

 

「どうした?悠哉.....ッ⁉︎」

 

暁がそんな桐ヶ谷に声をかけ、顔を覗き込むと暁は驚愕する。

 

いつも滅多に表情を変えない桐ヶ谷の顔が、笑っていた。

 

その顔を見た羽丘メンバー全員が暁と同じように驚く。

 

ギラギラと目を輝かせ、まるで獲物を見つけた肉食動物のような表情で咲真を見つめる。どうしたのかと、暁が聞くと……

 

「あれだ...! あの殺気のような執念、去年と同じ....俺が勝ちたかった奥沢咲真だ....!」

 

その言葉を聞いて、暁の脳裏には去年の県大会の光景が映っていた。

 

 

 

 

 

 

県大会の決勝、勝てば全国行きが決まる。スコアは1ー1、延長後半、コートには両チーム合わせ22人がいる。しかし、そのほとんどが、決勝までの試合と決勝の激戦で疲労が蓄積し体力は限界...立っているのもやっとだった。だが、コートの中央、センターライン付近で激しい攻防をする2人の選手がいた…………

 

 

花咲川の奥沢咲真と羽丘の桐ヶ谷悠哉だ。

 

 

2人はとうに限界を超えていながらも、これまでのどの試合よりも白熱した勝負をしていた。

2人は、限界にもかかわらず楽しそうに笑っていた。

 

互いの武器をぶつけ合い、肉を裂き、骨を砕く、野獣のような2人の戦いに、観客も同じコートに立つ他の選手たちも魅了されていた。その戦いが長く続いて欲しい、誰もがそう願った。だが……

 

勝負は奥沢咲真の勝利という結末を迎えた。

 

桐ヶ谷を抜いた咲真が、敵陣を両断するように走り抜けシュートを放った。そのシュートは、ネットを揺らし、花咲川の歓喜と羽丘の悲哀を同時に起こした。

 

 

 

 

 

 

そして時は戻り、現在……

 

 

桐ヶ谷悠哉の表情はその時と同じものになっていた。

 

「勝つ…! アイツに…奥沢咲真に……!」

 

「そうだな」

 

咲真に眼光を向ける桐ヶ谷、そんな彼に暁が声をかける。

 

「勝とう、ただし1人でじゃない。俺たち11人でだ!」

 

暁の言葉に桐ヶ谷を含めた羽丘イレブン全員が奮い立つ。

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

 

 

激闘の後半戦……残り15分




読んでいただきありがとうございます。
後半戦を終了できず申し訳ありません。次こそ終わらせます。

サブタイに前半、後半ってつけるのやめよう.....


評価、感想、アドバイスお待ちしております


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練習試合-後半其の弐-

お待たせしました、練習試合終了です( ̄^ ̄)ゞ
あー、やっと書けた〜。時間が無いよ〜


試合再開、羽丘選手たちがパスを小刻みに回しながら上っていく。

 

対する花咲川の選手たちは、終盤にもかかわらず焦る事なく隙を伺う。

 

フィールド内の空気が張り詰め、両チームの集中力は益々研ぎ澄まされていく。

 

今ボールを所持しているのは桐ヶ谷だ。彼はボールを保持したまま立ち止まり、下を向いたまま何もしない。

花咲川のディフェンス陣は桐ヶ谷の不可解な行動に、警戒を強める。

 

「(パスルートを探しているのか...それとも、他のメンバーが何かするのを待っているのか....どちらにせよ、ここで奪えば問題ない!)」

 

桐ヶ谷の動きに警戒しつつ、蒼夜が桐ヶ谷のボールを奪いにかかる。

 

蒼夜が近づいて行くが、桐ヶ谷は動く気配を見せない。

蒼夜と桐ヶ谷の距離が1mにまで近づく……

 

その時、下を向いていた桐ヶ谷の顔が上がったも思いきや、蒼夜の視界にはボールも桐ヶ谷も映っていなかった。

 

「はぁッ⁉︎」

 

桐ヶ谷はこれまでとは比べ物にならないほどの動きで、いとも簡単に蒼夜を抜き去る。

 

「ッ! シャロン!彩瀬!私に続け!ここで奴を止めなければマズイ!」

 

これまでと違った桐ヶ谷の雰囲気を感じ取った日向が2人に指示を出し、3人がかりで桐ヶ谷を止めにかかる。しかし……

 

 

「ッ!」

 

「嘘ッ!」

 

「そ、そんな…!」

 

 

桐ヶ谷は3人をあっという間に交わしてしまった。そのプレーに日向たちは驚愕する。

 

驚愕する3人を置き去りにし、獣の様な雰囲気を纏った桐ヶ谷がそのままゴールへ一直線に向かう。

 

「ここを通すな、絶対止めるぞ!」

 

「はい!」

 

河野と猫神が、攻める桐ヶ谷を遮る様にゴールの前に立つ。それでも動きを止めない桐ヶ谷に、2人は必殺技の構えを取る。

 

2人が完全に必殺技の体勢に入った瞬間だった。桐ヶ谷は顔も目線も負ける事なく右へパスを出した。

 

そこには、まるで待っていたかの様に仰木の姿があった。

 

「しまっ……⁉︎」

 

「嘘でしょッ⁉︎」

 

予想外のパスに驚きを隠せない2人、そんな2人に桐ヶ谷は嘲笑うかの様な表情を向けていた。

 

完全にやられた…桐ヶ谷は、自らの獣の様な雰囲気もこれまで以上のプレーも、全て囮に使ったのだ。

 

完全に裏をかかれ花咲川のゴール前はガラ空きになった。

 

「さぁ、凍てつきなさい」

 

仰木はそう言うと、シュートの体勢に入る。

 

「ノーザン...インパクトッ!」

 

仰木の放ったシュートは氷塊となって凄まじい勢いでゴールへ向かう。

 

その瞬間だった……何故か守備につくため下がっていた花咲川のFW3人が、自身のゴールのある方向からUターンし羽丘ゴールの方へ一斉に駆け出した。

 

「「「「「ッ⁉︎」」」」」

 

その行動に驚きを隠せない羽丘イレブン。だが、そんな事をしている間にも、仰木の放ったシュートは既にキーパーの岩隈の前にまで迫ってきている。

 

「(何のつもりか知らないですが、これで決めれば問題ありません!凌平さんには悪いですが、これで終わりですッ!)」

 

シュートを打った仰木が心の中でそう話す。すると……

 

「悪いな氷麗、お前のシュートは絶対決めさせない」

 

岩隈が仰木に対しそう告げた。

 

「っ⁉︎ 何を....」

 

「行くぞォォ!」

 

岩隈は両手を広げながら自らボールへ飛びつく。

 

「ハイビーストファングッ!」

 

上下からボールを挟み込み仰木の放ったシュートは岩隈の手の中に収められる。新たな必殺技でシュートを止めた岩隈

 

「行っけぇぇぇ!カウンターだ!」

 

シュートを止めた瞬間、岩隈が思いきりボールを投げ飛ばす。そのボールはセンターライン手前まで飛んでいき、日向がそのボールをトラップ、すかさず前線にボールを出す。羽丘のゴール前には先ほどUターンしたFWの3人が既にすぐそこにまで迫ってきている。

 

ピンチから一転、最大のチャンスを迎える花咲川、ボールを受け取った3人が勢いそのままにどんどん攻め上がって行く。しかし……

 

「……スリープ・インフェクション」

 

突如、3人は急激な眠気に襲われる。

 

「な…に……」

 

「何が…起こって……」

 

「何で…急に眠たく……」

 

3人の動きが一瞬にして鈍くなり、遂には膝をついてしまう。ボールはそのまま転がり誰かがボールを止める。3人が重い瞼を必死にあげながらボールを止めた人物を見ると、そこには大きな欠伸をしながら3人を半目で見降ろす夢原の姿があった。

 

「ふぅ……スリープ…インフェクション……私の眠気を…移す…技……ふぁ〜あ…眠い……」

 

どうやら3人は夢原の技を受けたらしい、押せ押せムードだった花咲川の空気が一瞬にして打ち砕かれた。

 

「…ローズ」

 

夢原はそのまますぐにエルスターにパスを出す。

 

「私は…寝るから……後…よろしく………スピー……」

 

そう言ってすぐに眠りに落ちた夢原、パスを受け取ったエルスターはアハハ…と苦笑いを浮かべる。

 

未だに眠気が覚めない3人を尻目にエルスターはドリブルで上がって行く。

 

FW3人をまとめて止められた花咲川は必死にボールを取り戻そうとするも、焦りからか動きが固くなりボールを奪えない。

 

「フラワーエボリューション」

 

更に追い討ちをかけるかける様に、エルスターが必殺技を使い咲真たちを突破する。咲真たちの周りに大量の花弁が舞い上がり、視界を遮る。その隙にエルスターは咲真たちを抜き去る。

 

ペースは完全に羽丘がにぎっている。

エルスターから大和、大和から葛城へとボールが回る。

 

「決める....」

 

葛城はボールを上げ、回転しながらボールの周りを回りボールに紫色のエネルギーを溜めていく。

 

「吹き飛べ....!!」

 

エネルギーの溜まったボールを両脚で踏みつけるように蹴る。

 

「デスゾーンα!!」

 

葛城が放ったシュートが花咲川ゴールに襲いかかる。

 

「決めさせるか、ハイビーストファング!」

 

先ほどと同じようにシュートを両手で挟み込むようにして掴む岩隈。しかし、シュートの威力が強く両手の中で未だに暴れる。

 

「グッ!! ハァァァァ!!!」

 

暴れるボールを抑えようと更に力を込める岩隈、次第にボールの勢いは弱まり岩隈の手の中に収まる。

 

「ふぅ」

 

羽丘の猛攻を間一髪のところで止めた。そのまま岩隈は前線にボールを送ろうとしたが、見ると夢原の技の影響かFWの動きがまだ完全に戻っていない。特に茜は動きが鈍くなっている。

 

それを見た岩隈が咲真に目線を送ると、咲真はジェスチャーで選手交代いの為に一度コートからボールを出すよう指示を出す。

 

岩隈は指示どうりにボールを外へ出し、花咲川は最後の選手交代をする。

 

 

茜 OUT ⇔ IN 黒騎

 

 

「ったく、やっと俺様の出番かよ…」

 

黒騎は悪態を吐きながらコートに入ってくる。

 

咲真は黒騎をDFのポジションに就かせ、FWが2人になった代わりに蒼夜をMFの位置まで上げた。

 

ポジションを変更した蒼夜は早速黒騎に指示を出そうと声をかける。

 

「黒騎、分かっていると思うがFWの3人を好きに動かす訳には行かない。お前は葛城にマークをついてくれ」

 

「・・・・・」

 

が、黒騎は蒼夜に返事をするどころか聞いていないフリをする。

 

「おい、聞いてるのか?」

 

「一々うるさいんだよ、俺に命令すんじゃねえ」

 

試合に出してもらえなくてイライラしているのかいつも以上に好戦的な態度をとる黒騎、蒼夜はそれを見て、…勝手にしろと言い残し自分のポジションに向かっていく。

 

「ああ、勝手にしてやるよ。チームプレーなんてもんは必要ないってこと、この場の全員に教えてやるよ」

 

嘲笑うように放った呟きは誰にも聞かれずに、消えていった。

 

 

 

羽丘のスローイングで試合が再開される。綺良星が投げたボールは仰木に渡り、そのまま仰木が前線にいる闇雲にパスを出したが……

 

「甘えんだよ!」

 

ここまで試合に出ず、体力が有り余っている黒騎はいきなりキレキレの動きで相手のパスをカットした。

 

「俺様がさっさと決めて、試合を終わらしてやるよ」

 

カットしたボールを自ら持ち込む黒騎、試合時間も残りわずかと迫っている為体力の残りを考えずに全力疾走で敵陣に切り込んでいく。

 

「退きやがれ!」

 

誰にもパスを出すことなく1人で攻め上がる黒騎、そんなを黒騎を見て花咲川も羽丘も顔をしかめる。

 

「あいつッ!また1人で勝手に…!」

 

蒼夜がそう愚痴をこぼす。必死に黒騎を追いかけて抑えようとするが、疲労と体力の差で黒騎に追いつけない。

 

そして、遂に黒騎はたった1人で羽丘のゴール前まで攻め上がっていた。

 

「これで終わりだ!くたばりやがれ!」

 

そう言って勢いそのままに黒騎はシュートを放つ。

 

「ダークトルネード!」

 

黒い炎を纏ったボールがゴールに向かって飛んでいく。向かってくるシュートの威力を見て、暁の目つきが鋭くなる。

 

「ロンギヌス」

 

黒騎が放った渾身のシュートを暁はいとも簡単に止めてしまった。

 

「チッ!」

 

自分のシュートが止められたのを見て、黒騎は舌打ちをする。そんな黒騎に暁は声をかける。

 

「プレーは中々大したもんだ。だが、自分勝手なプレイほど止めやすいものは無いぞ。サッカーは11人でやるんだ、チームプレーが基本だぞ」

 

黒騎に対し、説教じみた助言をする暁。その言葉を聞いた黒騎は更に機嫌が悪くなる。

 

「うるせえんだよ…どいつもこいつもチームプレーって……いくら協力したってなぁ、圧倒的な力って奴には勝てねえんだよ!だから、俺は誰に何を言われようとチームプレーなんて下らねえもんやるつもりはねぇ!!」

 

怒りのままに言葉を吐く黒騎、それを聞いた蒼夜は初めて黒騎の本音を聞いた気がした。

 

「(何かあるとは思ってたが、あの怒りよう...どうやら根付いたものはだいぶ深いみたいだな)」

 

黒騎の言葉を正面から聞いた暁は、そうか...と短く吐き、黒騎を見つめまた声をかける。

 

「そうか、まぁ敵が言う言葉でも無かったな。だが、これだけは言っておくぞ、そのプレーはチームに敗北を味あわせることはあっても、勝利をもたらすことは無い。今、この時のようにな」

 

暁の言葉に黒騎を含め、花咲川のメンバーが皆疑問を浮かべる。すると、暁は持っていたボールを自分の直ぐ右へ転がした。その先には……

 

 

 

 

いつのまにか、桐ヶ谷が立っていた。

 

「「「「「ッ⁉︎」」」」」

 

何故そんな所にいるのか全員の頭の中がそのことでいっぱいになる。

 

そんなことは御構い無しに、暁が更に黒騎に話しかける。

 

「本来DFであるお前の行動によりチームのフォーメーションは崩れ、守備には大きな穴が空いたぞ」

 

その言葉を聞いて、まさかッと言った表情を見せる日向と蒼夜

 

「全員戻れェェッ!あそこからシュートを打つ気だッ!!」

 

日向の声に全員が驚愕する。ゴールからゴールへの超ロングシュート、そんなことがあり得るのかと思いつつも日向の指示通りすぐに自陣へ戻って行く。が……

 

「もう遅い」

 

そう言うと、桐ヶ谷の持つボールが再び激流の渦に包まれ、包まれたボールを力の限り蹴る。

 

「ターミナル・メイルストロームッ!」

 

放たれた超ロングシュートが螺旋を描きながらゴールまで一直線に向かって行く。

 

日向たちはそのシュートの前に回り込み威力を削ごうとする。

 

「(どれだけ強烈なシュートだろうとあれだけ距離が離れていれば、シュートの威力も格段に下がる、ゴールへ行くまでに更にその威力を落とす)」

 

日向はそう考えて、少しでもシュートの威力を落とそうと体で壁になる。それに続いて守備に間に合ったメンバーも日向と同じように壁になる。が……

 

 

 

シュートの威力が1回目の時よりも格段に上がっていた。

 

「なんだとッ⁉︎」

 

「悪いがこの技は距離がひらけば開く程、威力が上がる」

 

桐ヶ谷の言葉に再び驚愕する花咲川のメンバー、体を張ったプレーも虚しく桐ヶ谷の放ったシュートによって吹き飛ばされてしまう。

 

「グハッ!」

 

「「「「うわぁぁぁ!」」」」

 

次々とシュートに吹き飛ばされる花咲川メンバー。だが、最後列で待っていた河野とシャロンがゴール前で壁を築く。

 

「ここで少しでも稼ぐ、やるぞシャロン」

 

「は、はい!」

 

2人は同時に飛び出し、それぞれの必殺技を放つ。

 

「スプラッシュ…」

 

「スピニング…」

 

「「カット!」」

 

同時に放たれた2人の必殺技が桐ヶ谷の必殺シュートにぶつかる。必殺技の衝突に辺りに衝撃と轟音が響く。

 

「グッ…!」

 

「キャッ…!」

 

それでも止まらない桐ヶ谷の必殺シュートは2人の必殺技を貫き、ゴールへ襲い掛かる。

 

「決めさせるか!」

 

シュートの阻止は、花咲川最後の砦に託された。岩隈はすべての力を振り絞りシュートに食らいつく。

 

「ハイビースト…ファングッ!!」

 

矛と盾のぶつかり合い、桐ヶ谷のシュートの威力は河野とシャロンの2人の決死のディフェンスにより威力がかなり削れているものの、岩隈の盾を真っ向から貫こうとする。

 

「グラァァァ!」

 

岩隈は雄叫びを上げて最後の力を込める。だが、その力も虚しく桐ヶ谷の矛が岩隈の盾を貫いた。

 

「クソッ!!」

 

最後の砦が破られ、桐ヶ谷のシュートがゴールに刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった……

 

 

 

 

 

「ウラァァァッ!!」

 

桐ヶ谷のシュートがゴールラインを割る直前、ボールを右足で蹴り返す者が現れた。

 

咲真だ。

 

 

「グラァァァァ! 決めさせるかーッ!」

 

咲真の右足と桐ヶ谷のシュートがぶつかり押し合う。咲真が叫びながら力を振り絞る。

 

すると、次第にボールの勢いが弱まり咲真の脚力と相殺するようにボールが止まり地面に落ちる。

 

最大威力で放たれた桐ヶ谷の全霊を込めたシュートを咲真たちは全員で止めた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

咲真は肩で息をしながら、足元のボールを見ている。

 

 

 

 

「そんな…」

 

「悠哉さんのあのシュートが止められるなんて……」

 

最強の攻撃を止められた羽丘の選手たちが落胆の表情を見せる。

 

「下を向くなッ!お前たち!まだ終わってないぞ!」

 

落胆する選手たちに暁から激が飛ぶ。

 

「「「「「!!」」」」」

 

暁の言葉に羽丘の全員が顔を上げる。消えかかっていた闘志が再び息を吹き返した。ただ……

 

それは花咲川も同じ、最大のピンチを乗り越えた花咲川のメンバーの目にも同じ闘志が宿っている。

 

「ここで決着をつけるぞ! 蒼夜ッ!」

 

咲真から蒼夜へボールが渡る。蒼夜がボールを受け取ってすぐ、綺良星と仰木の2人がボールを奪いにかかる。

 

蒼夜は周りを見渡すが、既に羽丘の選手たちがマークについていてパスを出せない。

 

「……」

 

蒼夜の動きが止まる。

 

それを見た2人が一気に詰め寄りボールに足を伸ばす。

 

その瞬間、蒼夜はある方向にパスを出した。パスの先には黒騎が居た。

 

「っ!」

 

蒼夜からのパスをトラップした黒騎は目を見開き蒼夜を見る。

 

「お前の事は気に入らないが、今は体力のあるお前に任せる事にした。好きにしろ、お前がやりたいように」

 

驚きのあまりか、黒騎の動きが止まっている。何故ここで俺に渡すのか、何故あれだけ嫌っていた俺に任せたのか、黒騎の頭が疑問でいっぱいになる。黒騎が動けずにいたその時……

 

「行けッ!」

 

「っ!」

 

蒼夜の一言で黒騎が相手のコートへ攻め上がる。先ほど同様、体力が余ったいる黒騎を羽丘のディフェンスは止めることが出来ない。

 

一瞬にしてゴール前まで上がってきた黒騎。目の前には先ほど自分のシュートを簡単に止めた暁が待ち構えている。

 

「何度来ても同じだ!」

 

黒騎は怯むそぶりを見せない。それよりも黒騎の表情は先ほどよりもイラついているようにも見える。

 

「あーッ、クソッ!」

 

黒騎はそのままシュートの体勢に入る。

 

「ダーク…トルネード!」

 

再び黒い炎を纏ったボールを打ち出す。

 

「同じだと言っているだろ!」

 

暁は同じ間違いを繰り返す黒騎に怒りを向けつつ必殺技を放とうとする。

 

が、ボールはゴールを外れ明後日の方向に飛んでいく。

 

何をしているのか理解出来ない暁は、ボールの飛んで行った方向に目を向ける。するとそこには……

 

 

 

氷川蒼夜の姿があった。

 

「何だとッ⁉︎」

 

黒騎は自らのシュートを蒼夜に向けて打ったのだ。それは、決して反抗の意ではなく、勝つための手段として黒騎は蒼夜に協力をしたのだ。

 

蒼夜は飛んできたボールを右から左へ薙ぎ払うように2回蹴り、ボールに回転をかける。すると、ボールを中心に吹雪の竜巻が起こる。竜巻の中心あるボールを蒼夜はボレーでシュートする。

 

「ハリケーンブリザードッ!!」

 

黒騎のダークトルネードと蒼夜のハリケーンブリザードのシュートチェイン。2つの技が繋がったシュートは全てを飲み込むように凄まじい威力でゴールへ向かう。

 

「止める!」

 

暁は凄まじいシュートの前に一歩も引くことなく立ち塞がる。

 

「ロンギヌスッ!!」

 

輝く必殺の槍となった両手でシュートを貫く暁。が、黒騎と蒼夜のシュートの威力は暁のロンギヌスを上回り暁の必殺の槍を砕き、ゴールに突き刺さった。

 

 

ピィーーーーーッ!!

 

 

花咲川 3 ー 2 羽丘

 

長い均衡の末、花咲川が勝ち越した。そして……

 

 

 

ピッ!ピッ!ピィーーーーー!!

 

 

試合終了、激闘の練習試合を制したのは花咲川だった。




読んでいただきありがとうございました。
ここしばらく更新速度が落ちてきていますが、引き続き咲真たち花咲川サッカー部を応援してください。後、ついでに自分も応援してくれると嬉しいです。

評価、感想、アドバイスお待ちしております。


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ライバル

気づけばこんな時間になってしまいましたー。
遅くなりましたが、楽しんでいただければ嬉しいです。


試合終了の笛がコートに響く。最終スコア3ー2、勝利を手にしたのは花咲川高校。

 

練習試合とは思えないほどの激しい試合に、選手達は皆疲労している。特に全員がフルで出場していた羽丘のメンバーたちは、疲労と敗北が混ざり合いそのほとんどが地面に座り込んでしまっていた。

 

咲真たち花咲川のメンバーもそのほとんどが肩で息をし、膝に手をついている。

 

 

その中で一切体を崩す事なくその場に立ち、互いを見つめ合う人物がいた。

 

それは....奥沢咲真と桐ヶ谷悠哉の2人だった。

 

片やキャプテンとして、片やチームのエースとして、チームを支えた2人が近づき言葉を交わす。

 

「負けた…やはり強いな、お前は」

 

「強いのは俺じゃ無い、本当に強いのはこのチームだよ」

 

「ハハッ、そうだな…お前が日本一にするチームだからな」

 

互いに軽く笑いながら話す両者、その姿はさっきまでとまるで違う普通の友達のようだった。

 

すると桐ヶ谷は突然話を変える。

 

「あの時…」

 

桐ヶ谷の言うあの時とはいつを指すのか、咲真はすぐに理解した。

 

「お前と戦った数分間がそれまでのサッカー人生の中で一番楽しかった。たった数分が何時間にも感じて、周りのことは何も覚えてない。覚えているのは、ボールの動きと俺の前に立つお前の事だけ。お前に負けた後、気づけば風呂の中にいた。ただ何も考えずに天井を見ていて、その時初めてお前との勝負が終わったと理解した」

 

桐ヶ谷は悔しそうにそしてどこか懐かしそうに呟く。

 

「今日、あの時と同じくらいの勝負が出来ると思っていた。だが、どうやら決定的な差が出来てしまったようだな」

 

咲真に負けた事、そして自分があの時と変わっていなかった事に、桐ヶ谷は咲真との差を改めて実感していた。

 

そんな桐ヶ谷に今度は咲真があの時の話をする。

 

「俺もさ、お前と同じだった。お前とボール以外を見ずに、お前とボールだけを追っていた。でも、聞こえたんだ...仲間の声が、応援してくれている家族の声が、ハッキリと」

 

桐ヶ谷と自分の違いをそう説明する咲真、更に言葉を続ける。

 

「多分、あの時も今も、俺とお前に差なんてほとんどなかったんだ。ただ、そこから背中を押してくれる人たちがお前より多かったんだと思う」

 

咲真の言葉に桐ヶ谷はそうかも知れないと、思った。自分はあの時、自分と咲真だけの世界にいた。他の誰も入れない2人だけの空間、それを自分で作っていたと理解する桐ヶ谷。だが咲真は、その世界を仲間も家族も全員入れていたのだと、その差があの時の勝敗を分けたのかも知れないと思った。

 

「それなら、俺は一生お前に勝てないな...」

 

自分を笑うように微笑みながらそう呟いた桐ヶ谷。自分がもっと人と理解し合えれいたのなら、自分を心の底から応援してくれる誰かの存在があったなら...と。

 

そんな桐ヶ谷を見て、咲真は……

 

「アホか」

 

一言、たった一言、しかもなんともシンプルな罵倒なことか、流石の桐ヶ谷も目を見開いている。

 

「一生勝てないなんて、あるわけ無いだろ。今までなかったんなら、こっから作ればいいんだよ。今日お前はそれが出来てたじゃねえか」

 

「っ!」

 

咲真の放った言葉が、桐ヶ谷の心にストンッと落ちた。

 

「お前を信じた仲間をお前も信じた。それがお前自身進んでる証拠じゃねえか」

 

その言葉を聞いた桐ヶ谷は、先ほどまでやっていた試合の光景を思い出した。

 

そこには、何度も仲間と協力し最後に全てを託される自分がいた。

 

それに気づいた桐ヶ谷は突然……

 

「ハハハハハッ!」

 

笑い出した。

 

「ほんと…俺は何にも見えてなかったんだな」

 

そう言って桐ヶ谷は咲真に近づき、拳を前に突き出した。

 

「大会で勝つ。お前に...お前たちに...このチームで」

 

咲真はふっと笑うと、同じように拳を前に出す。

 

「返り討ちにしてやるよ」

 

コツンッと拳の合わさる音が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲真と桐ヶ谷が話し合っている中、ベンチの近くでは、両チームの交流が行われていた。

 

 

 

「警告....次は勝つから...」

 

「負けるつもりなど毛頭無い」

 

美鷹と日向がお互い睨み合いながら言葉を交わす。

 

「もう〜!ウララン顔が怖いよ〜、そんなんじゃ友達になってもらえないよ!」

 

2人の重い空気に耐えかねたエルスターが間に割って入る。

 

「ローズ....別に友達なって欲しい訳じゃないから....」

 

エルスターの発言に呆れるように返す美鷹。

 

「そうだな」

 

日向は美鷹に同意するように呟き、美鷹を見て言う。

 

「私は彼女に負けたくない、彼女も私に負けたくない。これは友達と言う関係では無い」

 

そう言って日向は、美鷹の前に手を出す。

 

「ライバル...と言うものだな」

 

日向の言葉に美鷹は微笑み、ガシッと握手を交わした。

 

 

 

 

「「…………」」

 

花咲川の1年FW...片桐、茜の2人が見つめる先には……

 

「スー……スー……スー……」

 

試合が終わってすぐ、ベンチに横になって眠る夢原が居た。

 

試合には勝ったが、夢原を一度も正面から抜くことが出来なかったFWの2人は夢原と話をしようと思ったのだが、肝心の夢原はあいも変わらず眠っている。

 

「これは寝てるのを起こすわけにも行かねえし...」

 

片桐が諦めるかと考えていると……

 

「ボク、聞いてくる」

 

茜が果敢にも夢原を起こそうとする。

 

「ちょっと茜⁉︎」

 

「だって悔しいんだもん!ボクだってもっと強くなりたい!」

 

茜は何も出来なかった事がよっぽど悔しかったのか、自然に声が大きくなっている。すると……

 

「うんうん…貪欲なのは…いい事だよ〜」

 

「「うわッ⁉︎」」

 

先ほどまでベンチで寝ていたはずの夢原が、唐突に目の前に現れた。

 

「欲は出して行かないとね〜……私も…睡眠…よくは…だい…じ…に………スピー……」

 

「「寝るな!!」」

 

マイペースに何度も起きて寝てを繰り返す夢原に、2人はたまらずツッコミを入れる。

 

「……ハッ!! これは失礼〜……」

 

2人のツッコミで夢原が目を覚ました。

 

「それで…私に何か…用……?」

 

夢原はツッコミに疲れている2人に聞く。

 

「あ、あの! 夢原さんは…」

 

「現でいいよ〜……」

 

「えッ⁉︎ じ、じゃあ...現さんは、どうしてあれだけ凄い実力があるのに、いつも寝てばっかりなんですか?」

 

「おい!失礼だろ茜!」

 

何のひねりも無くストレートに聞く茜に、片桐は注意する。

だが、夢原はそんな事気にせず説明し始める。

 

「寝てるのは…欲に忠実なだけだよ〜……私は何よりも〜…寝る事が好きだからね〜」

 

そんな事で...と思う2人に夢原は続けて言う。

 

「そんな事でも〜……人って…自分が一番好きな事をしている時が……一番力が出せると思わない……?」

 

「「!!」」

 

夢原の言葉に、2人は目からウロコが落ちる。それだけ夢原の言葉は2人の心を突き動かした。

 

「2人の…好きな事って…………何?」

 

「ボクの…」

 

「オレの…」

 

2人は考える。自分が一番好きな事、自分が一番力が出せるもの。

 

2人はすぐに答えを出した。

 

「「決まってる(よ)!!」」

 

2人は同時に顔を上げ、口を揃えて言う。

 

「「サッカーだ(よ)!!」」

 

「うんうん……」

 

2人の表情は夢原に話しかける前よりも明るくなっていた。

 

「現さん!ありがとう!ボクなんかやる気が湧いてきたよ!」

 

「オレもオレも!ありがとな、現さん!」

 

「・・・・」

 

「現さん?」

 

「……スピー」

 

「「また寝てる⁉︎」」

 

どこまでもマイペースな夢原に終始振り回される2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

1人隅っこで立っている黒騎、そんな黒騎に話しかける男が居た。羽丘のキャプテン、暁だ。

 

「隣いいか?」

 

暁が聞くが黒騎は何も答えない。それを許可したと解釈した暁は黒騎の隣に行くと、黒騎に話しかける。

 

「先ほど君に言った事だが…少し訂正しよう。君は本来チームプレーに向いている。だからこそ、自分勝手なあのプレーはやめた方が良い」

 

「うるせえんだよ、わざわざまた説教しにきたのか。随分とお優しいんだな、負けたチームの主将さんは」

 

イラつく黒騎はわざと暁を怒らせるような事を言う。だが、暁は黒騎の煽りに顔色を変える事なく続ける。

 

「お前がそこまでチームプレーを頑なに否定するのは過去に何かあったからか?」

 

「ッ!」

 

図星を突かれた黒騎は、暁の胸ぐらを掴む。

 

「図星のようだな」

 

胸ぐらを掴まれながらも暁の声色は変わらない。

 

「その闘争心を他にぶつかるべきだ。君には十分な実力と技術もある。それに、君を理解しようとしてくれる強い味方もいる」

 

そう言って暁は、咲真たちに目を向ける。

 

「知るかよ」

 

黒騎はそう吐き捨て、暁から手を離す。そのままその場を離れていった。

 

「あいつはもっと強くなる、こんな所で埋もれるのは惜しいくらいに」

 

暁は黒騎のシュートを止めた時のことを思い出し、掌を見る。それは衝撃を思い出したかのように震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜羽丘高校校門前〜

 

 

花咲高校の校門前で、両校の選手たちが向かい合っていた。

 

「今日はいい練習試合ができた。ありがとう、暁」

 

「こっちこそ、この試合で俺たちもかなり成長できた」

 

そう言って2人は握手を交わす。

 

ニッと2人は同時に笑うと……

 

「「次は、県予選で」」

 

その言葉を最後にお互いに背を向け、帰路につく両校、県予選での負けたら終わりの真剣勝負を約束するのだった。




読んでいただきありがとうございました。
次回からまた日常回が続きます。主にバンドリキャラ達との関わりやイベントストーリーに沿った話が書ければいいなと思います。


評価、感想、アドバイスよろしくお願いします。


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朝とパン屋

タイトルで分かると思いますが、本日はあのキャラが初登場します。
自分もかなり好きなキャラなので、うまく書ける様に頑張ります。


それではどうぞ〜


土曜日の午前6時、俺は朝から走り込みの為にこの時間から家を出る。靴紐もきつく結び、邪魔にならないようBluetoothのイアホンを付けて音楽を流す。玄関の扉を開けると、昼とは全く違う冷えた空気が肌を刺す。軽く準備運動をしてから、早速ランニングを始める。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

大会も近くなり日に日に興奮が高まってくる中、まだまだ足りなりものが多いと、少し前に始めたこの早朝ランニング、今では平日休日関係無く行なっている。冷たい空気と少しずつ身体を照らしてくる太陽を感じながら、まだ人気の少ない街の中を走るのは中々楽しい。

 

両耳のイアホンからは、ハローハッピーワールドの曲が流れている。あまりランニングには向いてないが、こころの楽しそうな声とハロハピの演奏は俺にとってこれ以上無いほどのBGMなのだ。俺はこの時に聞くハロハピの音楽が好きでランニングを続けているのかも知れない。それほどに気に入っている。

 

 

それともう一つ、俺がこのランニングを気に入っている理由がある。それは……

 

「ハッ…ハッ……ふぅ、クンクン……良い匂いだ」

 

俺はある店の前で立ち止まり、そこから匂う香ばしい小麦の匂いに舌鼓を打つ。その店の看板には、「山吹ベーカリー」と書かれてある。すると……

 

カランッカランッ!

 

店の扉が開き中からエプロンをした1人の女の子が出てくる。茶色の髪のポニーテールに青い瞳をした美少女と呼ぶべき顔立ちをしたその女の子は、店の扉にかけてあったcloseと書かれたプレートを裏返しopenに変える。

 

「よしっ!……あっ!おはようございます。いつも早いですね、奥沢先輩!」

 

すると俺に気づいた女の子は、俺を見るなり笑顔になって挨拶をしてくれる。なんだこの出来た娘は……可愛いかよ……

 

「おう、おはようさん山吹」

 

そんな事を思いながら、俺はその女の子、山吹沙綾に挨拶を返す。

山吹沙綾、花咲川の1年生で俺の後輩。そして、このお店の看板娘である。

 

「はい!どうぞ入ってください、今パンが焼きあがりましたから」

 

山吹はそう言って扉を開け、俺を店の中へ案内する。

 

俺がランニングを気に入っている理由、それはこの店「山吹ベーカリー」の焼きたてのパンが食べられるからである。

 

 

 

 

店の中へ入ってすぐ、俺の鼻には香ばしいパンの良い匂いがこれでもかを入ってくる。店を見渡すと、多種多様なパンが綺麗に並べられている。

 

すると、店の奥から1人の男性が出てくる。

 

「おや?奥沢君じゃないか、いつもありがとうね」

 

この人は山吹ベーカリーの店長、つまり山吹の親父さんだ。

 

「いえ、ここのパンは本当に美味しいですからね。もうこれが目的でランニングをしていると言っても過言じゃないですよ」

 

「それは嬉しいな、ゆっくり見ていくと良い。私は中に戻るから沙綾、接客は頼むな」

 

「わかった、任せて」

 

そう言って親父さんはそそくさと店の奥へ入っていった。どうしたのだろうか、いつもなら開店したてはそこまでお客さんも来ないからゆっくりするはずなのに……

 

俺はそう思い、山吹に聞いた。

 

「何かあったのか?」

 

「えっ⁉︎」

 

突然質問をされた山吹は驚きながら、何で分かったのかといった表現をしている。

 

「いや、親父さんいつもより余裕が無いように見えたからな。開店したてはまだそこまで忙しくはないからどうしたのかと思って」

 

俺が疑問に思った理由を話すと、山吹は眉を下げ申し訳なさそうに笑う。

 

「アハハ〜、すごいなぁ奥沢先輩は...何でもお見通しか〜」

 

乾いた笑い声をする山吹に、俺はもう一度何かあったのかと聞いた。すると山吹はゆっくりと俺に話してくれた。

 

「実は...ここしばらくお母さんの体調が良くなくて、休んでもらってるんです。その分お父さんの仕事が増えてしまって....」

 

「なるほどな...」

 

前に聞いた話だが、山吹のお袋さんは元々身体が弱く体調を崩す事が多いらしい。そのため、山吹もこうやって休日も店の手伝いをして、平日も学校が終わるとすぐに帰って店の手伝いをしているらしい。

 

話して行くうちに、山吹の顔が不安の色に染まっていく。

 

「………」

 

それを見かねた俺は山吹の頭に手を置き、頭を撫でた。

 

「うぇッ⁉︎/// 奥沢先輩ッ⁉︎///」

 

急に撫でられた事に驚きながら、慌て出す山吹、俺はそんな事御構い無しに山吹の頭を撫で続ける。

 

「そんな顔するなよ山吹。お前がそんな顔してたら、お袋さんも、元気になれるもんもなれねえぞ」

 

「先輩...」

 

山吹は少し泣きそうな目で俺を見てくる。俺はそんな山吹を放って置けなかった。そして、ある案を思いついた。

 

「そうだ、山吹」

 

「な、何ですか?///」

 

「俺をここでバイトととして雇ってくれないか?」

 

「ええーッ!!」

 

俺の頼みに山吹は大きな声で驚き出した。その声に反応した山吹の親父さんがドタドタと慌てて戻ってくる。

 

「ど、どうした⁉︎ 沙綾!」

 

 

 

俺は戻って来た親父さんに、さっき山吹に言った事と同じ事を親父さんにも言った。

 

すると、親父さんはうーんと頭を悩ませている。

 

「私たち的にはありがたいのだけれど...本当にいいのかい?確か奥沢君って部活のキャプテンじゃ無かったっけ?」

 

「はい、そうですよ」

 

「大会も近いだろうし、3年生だから進路とかも考えなきゃいけないのに大丈夫なのかい?」

 

親父さんは、自分たちの状況が厳しいにもかかわらず真剣に俺の心配をしてくれている。

 

「確かに忙しいのも事実ですけど、自分は今までバイトしてなくてそろそろ自分でお金を稼がないとって思ってたんですよ。それに、無理はしてませんよ。無理をすれば心配する妹がいるので....」

 

俺の話を聞いて、悩んでいた親父さんは顔を上げる。

 

「分かった...ならお願いしよう。うちで働いてくれるかい、奥沢君」

 

そう言って親父さんは真っ直ぐな目を俺に向けてくる。俺はそれに答えるように目線を合わせる。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

俺より答えに、親父さんはうんうんと頷いた。すると、隣にいた山吹が俺に声をかけて来た。

 

「奥沢先輩....ほんとにいいんですか?」

 

「ああ、俺が決めた事だ。これからよろしくな山吹」

 

そう言って俺はもう一度山吹の頭を撫でた。

 

「は、はい///」

 

その光景を親父さんは微笑ましい目で見ていた。

 

 

 

 

 

ランニングの後だった事もあり、本日はパンを買って帰る事になった。バイトは後日開始という事らしい。

 

俺は店の前で山吹と話をしていた。

 

「改めてこれからよろしくな、山吹」

 

「……」

 

「山吹?」

 

「あ、あのッ!///」

 

山吹がいきなり顔を赤くして声を張る。そして、少し弱々しく俺に聞いて来た。

 

「わ、私のこと名前で呼んでくれませんか?///」

 

顔を真っ赤にしながら上目遣いで聞いてくる山吹。こんな事をされて断れる男などいるのだろうか...いや、いないだろ....

 

「わ、分かった。沙綾...?」

 

俺はこれでいいかと確かめる様に山吹...沙綾に聞いた。

 

「は、はい!/// よろしくお願いしますね咲真先輩!///」

 

「ッ!//」

 

いきなり笑顔で名前を呼ばれ、俺も頬を赤くなるのを自覚した。

 

「じゃ、じゃあまたな」

 

「は、はい!また!」

 

そう言って俺は沙綾と別れて家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ、お兄ちゃんバイト始めたの?」

 

家に帰った俺は、美咲にバイトを始めた事と始めた経緯を話した。

 

「確かにあそこのパンは美味しいし心配だけど、私はお兄ちゃんが無理する方が....嫌」

 

美咲は少し顔を暗くする。本気で俺の心配をしてくれているのだろう、俺も美咲には心配をかけたくない。

 

「大丈夫だ。親父さんにも言われて極力シフトは入れない様にしているし、無理はしないって約束する」

 

「まぁそれなら良いけど....」

 

渋々だが美咲も納得してくれた様だ。

 

正直言うと、美咲に強く言われると俺は断れない。前に俺は無茶をして大怪我をした時がある。その時見た美咲の心配する泣き顔は今もはっきり覚えている。あの時は怪我をした時よりも美咲のその顔の方が俺には辛かった。だから……

 

「美咲を悲しませることは絶対しない。約束するよ」

 

そう言って俺は、気づけば美咲の頭を撫でていた。それに気づいた時、今日は良く頭を撫でる日だなと心の中で思った。




おかしい....この小説のヒロインはこころのはずなのに....

というわけで、山吹沙綾が登場しました。
沙綾って可愛いですよね〜。とりあえず、沙綾にはサブヒロイン的な立ち位置についてもらうつもりです。
もしかしたら今後もサブヒロインは増えるかも?笑

読んでいただきありがとうございました〜!


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バイトと出会いと約束

今回は前回の続きのような感じです。
そして、今回も初登場のバンドリキャラが数人いますので、どうぞ楽しんで行って下さい。

それではどうぞ〜


あの朝の面接?から数日後、俺は山吹ベーカリーでのバイトを開始した。仕事は主に、接客、レジ、パンの補充と言ったシンプルなもので、沙綾が丁寧に教えてくれたこともあり、大体のことはすぐに覚えることが出来た。

 

そして、今俺は沙綾と共にレジで会計をやっている。

 

「カレーパンが一点、メロンパンが一点、チョココロネが二点、合計四点でお会計450円になります」

 

「いつもありがとうございます」

 

「こっちこそ、いつも美味しいパンをありがとね」

 

今パンを買ったお客さんはお店の常連さんらしい、沙綾とも話が弾んでいるようだ。

 

「それより...またお母さん体調崩されたんですってね。大丈夫なの?」

 

どうやらこの常連さんは、沙綾のお袋さんの体の事を知っているらしく、心配そうに沙綾に聞いている。

 

すると、沙綾は一瞬顔を伏せたが、すぐに顔を上げいつもの笑顔で

 

「大丈夫です。頼りになるバイトさんも入りましたから!」

 

そう言って沙綾は俺の方を向く。俺は沙綾に、そうだな...と返し、常連さんの方向く。

 

「俺が出来ることは少ないかもしれませんが、このお店の力になれるよう全力を尽くしますよ」

 

自信たっぷりに言った俺の言葉に、常連さんは「そうかい...そうかい...」と何度も頷いた。

すると突然……

 

「良かったね〜、沙綾ちゃん。こんな頼りになりそうな彼氏さんで」

 

いきなり爆弾発言をしてくる常連さん、その言葉を聞いた沙綾は耳まで真っ赤にしながら慌てて否定する。

 

「ち、違います!/// 咲真先輩はか、彼氏じゃ無くて、ただの学校の先輩ですから!///」

 

沙綾がどれだけ否定しても、常連さんは微笑ましそうにするだけ。

 

「照れなくてもいいのよ〜!で、いつ結婚するの?」

 

懲りずに再び爆弾を投下してくる常連さん、遂に沙綾の顔は隅々まで真っ赤に染まってしまう。

 

「け、結婚⁉︎/// だから違うんですって〜!///」

 

必死に否定する沙綾、そろそろ限界だろうと思い俺は助けを出す。

 

「あんまりうちの先輩をからかわないで下さいよ」

 

俺の指摘に、常連さんは、あらあらととぼけた態度を取る。それを聞いた沙綾も、えっ⁉︎と驚き目を見開いている。

 

「あら?気づかれちゃったかしらw ごめんなさいね〜沙綾ちゃん」

 

「えっ、え〜〜〜⁉︎///」

 

沙綾はからかわれていた事を知ると今度は別の羞恥で顔を赤くした。常連さんはそのまま店を後にして、自分の家へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後....

 

「〜〜〜!!//////」

 

俺の隣には、あの常連さんの時と同じくらい顔を赤くした沙綾がレジに突っ伏していた。

 

というのも、あれから俺たちがレジに2人でいると毎回壮年のお客さんから、「可愛らしいお嫁さんね〜」だとか、「新婚さんね〜初々しいわ」などとからかいの言葉をかけられ、その度に沙綾が真っ赤な顔で否定するというお決まりの流れが出来てしまった。

 

俺は最初から冗談だと分かっていたため、そこまで被害は無いが、沙綾は肉体的だけじゃ無く、精神的にもダメージを受けたようだ。

 

「大丈夫か?」

 

現在、お客さんもいない事もあり俺は沙綾に声をかける。

 

「はい...//」

 

沙綾はまだ若干顔を赤らめながらも、顔を上げて答える。

 

「無理そうならお前も親父さんの方へ行ったらどうだ?あらかた仕事は覚えたし、分からなかったら聞きに行くぞ?」

 

「だ、大丈夫です」

 

沙綾は自分の両頬をパシンッ!と叩き、気持ちを引き締める。

 

「よしッ!これで平気です。もう何を言われても大丈夫ですから」

 

自分ではそう言う沙綾だが、実際のところは次も結果は変わらないだろう。俺はレジの時は極力沙綾の隣に立たない様にしようと決めた。

 

カランッカランッ!

 

俺がそう考えていると、店の扉が開き1人の女の子が来店した。

 

「やっほ〜、沙綾〜」

 

「いらっしゃい、モカ」

 

灰色とクリーム色を混ぜた様な髪色のショートヘアーをした見た目からしてマイペースそうな女の子は、どうやら沙綾の知り合いらしい。

 

「いや〜、やっぱりここのパンが無いと、モカちゃんは生きていけないよ〜」

 

「またまた〜、大袈裟だなぁ〜もう」

 

会話を弾ませる沙綾とモカと呼ばれた女の子、少し話した後、沙綾は俺の方へ来て、モカと呼ばれた女の子に俺を紹介する。

 

「紹介するね、モカ。この人はうちの学校の先輩で、今日からここでバイトをしてもらってる奥沢咲真さん。で、咲真さん、彼女は友達の青葉モカ、私と同じ歳の常連さんなんです」

 

沙綾の紹介のおかげで俺と青葉モカはお互いの情報を少しだけゲットする。

 

「おお〜、どうもこんにちは〜。改めて〜モカちゃんの名前は青葉モカで〜す。よろしくお願いします、奥沢先輩」

 

「こっちこそよろしく、青葉。さっき沙綾から聞いたと思うが、奥沢咲真だ。3年だが、気にせず接してくれ。よろしくな」

 

青葉のマイペースな挨拶につられそうになったが、お互いにもう一度自分で自己紹介した俺と青葉、挨拶が終わると早速青葉はパン選びを始める。

 

「今日は〜、ど・れ・に・し・よ・う・か・な〜」

 

これまたマイペースにパンを選び始める青葉。数分後、レジへ来た青葉の手元には、これでもかと積み上げられたパンの山があった。

 

「はぁ⁉︎ どんだけだよ!!」

 

あまりの光景に自然とツッコミが漏れた俺。そんなこと気にせず、青葉はレジに大量のパンを置いた。

 

「お願いしま〜す!」

 

パンが待ちきれないのか、声が弾んでいる青葉。俺は状況に驚きながら、会計を始める。

 

 

 

「……計25点で…お会計3750円になります…」

 

「ポイント払いで〜」

 

俺が若干引きながら会計を終わらせ、代金を言うと、青葉は財布からこの店のポイントカードを取り出して、俺に手渡す。

 

更に驚いたことに、ポイントカードの中には同じものがもう1セット買えるだけのポイントが入っていた。どれだけ来てんだよ.....

 

「いつもありがとね、モカ。今日はこれから練習?」

 

パンが大量に入った袋を両手に抱える青葉に、沙綾がそんな質問をする。

 

「そだよ〜、練習の前はここのパンを食べないと力が入らないからね〜」

 

「練習?」

 

沙綾の言う練習がなんの事か分からなかった俺は、沙綾と青葉に聞き返した。

 

「はい。実はモカちゃん...悪の組織と戦うために必殺技の練習をしているのです」

 

「いや、冗談だろ」

 

青葉のあまりのボケに、すぐにツッコミが出た。

 

「もう〜、つれないな〜先輩」

 

青葉はノリに乗らなかった俺に不満そうな顔を向ける。

俺はそんなこと御構い無しに、もう一度青葉に聞いた。

 

「で、本当は何の練習なんだ?」

 

「バンドですよ〜こう見えてあたし〜バンドでギターやってるんで〜」

 

確かに意外な事実ではあったが、ここ最近奇天烈バンドに振り回される事もあったため、思ったよりも驚かない自分に、短期間での成長を感じる俺。

 

「へぇ〜」

 

「あれ?あんまり驚かないんですね〜、てっきり腰を抜かすと思ってたのに〜」

 

「流石にそこまで驚かないだろ...」

 

青葉の掴み所のない発言に俺が手を焼いていると、時計を見た青葉が

 

「あっ、そろそろライブハウスに行かないと。他のメンバーがモカちゃんロスで死んじゃう〜」

 

「随分と限定的な死因だな...」

 

青葉はそう言うと店の扉を開け、扉をくぐったところで俺たちに振り向き。

 

「またね〜、沙綾〜、奥沢先輩〜」

 

そう言って彼女はそそくさとバンドメンバーが待つライブハウスへかけて行った。

 

「なんか...こころとはまた違う変な奴だったな」

 

「アハハ....ああ見えてモカって結構しっかりしてるんですよ?」

 

「そうなのか?」

 

掴み所のない少女にこれからも手を焼きそうだと思う俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

青葉が店を後にしてから数時間がたち、外も夕焼け色に染まってきた。この時間は夕飯の買い出しもあってか、商店街の人通りは多くなっている。

沙綾と俺は、2人で接客とレジ打ちを分担して行いながら、次々と仕事を捌いて行った。

 

「沙綾〜、ちょっと来てくれ〜」

 

奥から親父さんの呼ぶ声が聞こえ、沙綾は店の奥へ向かう。

 

「はーい。先輩ごめんなさい、ちょっとの間1人で任せていいですか?」

 

「おう、行ってこい」

 

俺がそう言うと、沙綾は店の奥へ入っていった。

 

1人になった俺だが、幸いにも現在お客さんも少なく沙綾がいないうちに出来るだけ仕事を進めておこうと、動く。その時……

 

カランカランッ!

 

と、扉の開いた音が聞こえた。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

俺が言いながら扉の方を見ると、そこにはギターケースを背負った猫耳の様な髪型をした茶髪の少女と同じくギターケースを背負った茶色でロングストレートの髪の少女、短い黒髪で俺を見るなり茶髪ロングの少女の後ろに隠れた少女、そして金髪ツインテールの少女の4人組の女の子たちが来店した。

 

「あれ⁉︎さーやじゃないッ⁉︎」

 

「さーや、いつのまにか男になったの?」

 

「ええッ⁉︎ この男の人がさーやちゃんなの⁉︎」

 

「んなわけねえだろッ!! どっからどう見てもバイトの人だろうがッ!!」

 

いきなり騒がしいな〜....と、俺はこころの中で思った。思わず口に出そうになったが、なんとか我慢する。

今の会話だけで、金髪ツインテールの子が苦労していることがわかった。というか、茶髪ロングの子よ...なんとも自由な発想だな...

 

俺はこころの中でツッコミを入れ、勇気を持って4人組の少女たちに声をかけた。

 

「いらっしゃい、君たちは沙綾の友達?」

 

俺の質問に、猫耳ヘアーの女の子が元気よく答えた。

 

「はい!私たちはさーやの友達です!」

 

「そっか」

 

「ところで、あなたは誰ですか?」

 

「ああ、俺は……」

 

俺が自己紹介しようとしたところで、作業を終え、騒ぎを聞きつけた沙綾が奥から帰ってきた。

 

「咲真さんどうしました?随分と賑やかですけど....」

 

「あっ!さーや!!」

 

「えっ⁉︎ 香澄⁉︎」

 

香澄と呼ばれた猫耳ヘアーの少女は沙綾を見るなりすぐに飛びついた。

 

「もう、危ないよ」

 

注意する沙綾だったが、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

「ごめんごめん。ところでさーや、この人って?」

 

香澄と呼ばれた少女の質問に、沙綾が答えようとするが、俺がそれを止め自分から名乗った。

 

「俺は奥沢咲真、今日からここでバイトさせてもらってる花咲川の高校3年生だ。よろしくな」

 

「先輩だったんですか⁉︎」

 

俺の自己紹介に香澄と呼ばれた少女が食いついてきて顔を近づけてきた。あの瞳はなぜかキラキラと輝いていて、こころから向けられる視線と同じ様なものを感じた。

 

「こら香澄!失礼だろッ!」

 

俺に顔を近づける少女を金髪ツインテールの少女が引き剥がす。

 

そして、4人組の少女は俺に自己紹介する。

 

まずは猫耳ヘアーの少女が元気よく俺に自己紹介する。

 

「はいはーい!私、戸山香澄です!花咲川の1年生、キラキラドキドキ出来ることが好きです!よろしくお願いします、奥沢先輩!」

 

続いて茶髪ロングのおっとりした少女

 

「初めまして、花園たえです。みんなからは『おたえ』って呼ばれてます。好きなものはギターとうさぎ。よろしくね先輩」

 

続いて黒髪ショートの臆病そうな少女

 

「は、はじめまして。牛込りみです。え、えーっと好きなものはこのお店のチョココロネです。よく買いに来ると思うので、よろしくお願いします」

 

最後に金髪ツインテールの女の子なのだが……

 

「…………」

 

女の子は、恥ずかしそうにしながら目を伏せる。すると……

 

「有咲〜、早くしないと〜」

 

戸山が有咲と呼んだ少女を急かす。

 

「ちょ、待てって!まだ心の準備がッ⁉︎」

 

戸山に背中を押され、顔を赤くしながら慌てる少女。

 

「あ〜もう!分かった!やればいいんだろ!やれば!」

 

少女は吹っ切った様に自己紹介を始める。

 

「市ヶ谷有咲です。えっと...その....よ、よろしくッ!」

 

シンプルな自己紹介に、俺は吹き出すのを抑えられなかった。

 

「プッ...アハハッ! そんなに難しいなら無理にしなくても良かったのに」

 

俺に笑われた事に、市ヶ谷有咲は顔を赤らめる。

 

「よろしくな、戸山、花園、牛込、市ヶ谷」

 

俺の返しにはいっ!と元気よく答える戸山と花園、牛込と市ヶ谷も自分の出せる声で返事をする。

 

自己紹介が終わると、戸山が沙綾に話しかける。

 

「ねぇ沙綾。一緒にバンドやろう?」

 

戸山がいきなり沙綾を勧誘している。勧誘されている沙綾はどこか辛そうな表情をして、顔を伏せる。

 

沙綾の気持ちを察した俺は、話題をそらす。

 

「なぁ戸山、お前たちもバンドやってるのか?」

 

「……!!」

 

俺の質問に戸山はすぐに食いついて来た。俺が話題をそらした事に気づき、沙綾は顔を上げる。

 

「そうなんです!あっ!もしかして先輩も⁉︎」

 

「い、いや...俺じゃなくて妹がやってるんだ」

 

「へぇ〜そうなんですか!」

 

どうやら俺も思惑どおり戸山から話をそらす事に成功した。そのかわり俺がハイテンションの質問責めにあう。

 

 

 

 

「また学校でね〜、沙綾〜!奥沢先輩〜!」

 

店の外で戸山が大きく手を振って帰っていく。個性的な4人組が来店してから数分がたち、4人は帰って行った。

店の中にはお客さんはおらず、俺と沙綾の2人だけ、すると突然沙綾が喋りかけてくる。

 

「さっきはありがとうございました」

 

さっきとは戸山の話をそらした事を言ってるのだろう。俺は気にするなと声をかける。

 

沙綾の顔は先程から暗いままだ。俺はそんな顔を見ていられず、自然と沙綾の頭に手を伸ばしていた。

 

「……ッ⁉︎///」

 

沙綾は顔を赤くし目を見開ながら、俺の顔を見る。

 

「何があったのかは聞かないが、1人で抱え込むなよ。お前を心配してくれる人は沢山いるんだ。誰も迷惑だなんて思わないから」

 

俺の言葉に沙綾の目が少し潤む。だが、まだ我慢している様で涙が落ちることは無かった。

 

俺は少しでも沙綾に甘えて欲しかった。彼女は全部自分で何とかしようとする。それが悪い事では無い。だが、人は溜めたものは吐き出さないといずれ破裂して壊れてしまう。

そんな思いを彼女にはして欲しくなかった。だから俺は、勝手な約束をする事にした。

 

沙綾の前に小指を立てて言った。

 

「じゃあ約束だ。誰にも言えないくらい心配かけたく無いなら、俺に言うこと。俺はそれまで何も言わないし、聞かない。沙綾が自分から言うまで俺は何もしない」

 

俺の言葉に理解が及ばない沙綾。そんな沙綾に俺は続ける。

 

「俺は沙綾が自分から言ってくれる事を信じる事にした。信じて待つ事にした。沙綾が自分で言ってくれるまで俺はずっと信じる。沙綾は信じる俺を裏切ったりしないよな?」

 

「っ⁉︎」

 

俺は勝手に沙綾を信じる事で、沙綾が俺を裏切れない様にした。これは勝手で無茶な約束だ、沙綾の優しさにつけ込んだ行為だと自覚している。だけど、これぐらいしないと沙綾は自分から言ってはくれないと思った。

 

「ズルいな〜…咲真先輩は……」

 

たとえズルくても卑怯でも、俺は沙綾を放って置けなかった。

 

「大人ってのはズルいもんなんだよ」

 

「じゃあいつか...聞いてくれますか?」

 

沙綾は少し震える声で俺にお願いしてくる。

 

「おう、待ってる」

 

俺はすぐに答えた。

 

 

 

こうして、俺の人生初バイトが幕を閉じた。




本日はここまでです。読んでいただきありがとうございました。

キャラの説明の時によく思うんですけど、髪色ってどう表現したらいいんですかね...ハロハピやパスパレのメンバーは分かりやすいんですが、今回の話で言うとモカの髪色はなんで言うのか分からなかったんですよね笑笑
知っている人がいたら、教えていただけると有難いです。
(ついでに他のメンバーの髪色も教えていただけるとなお嬉しいです)


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文化せよ

どうも夜十です。
今回から文化祭+ポピパ結成を2〜3回に分けて書いて行こうと思います。
最近メインヒロインのこころより、沙綾の方がヒロインしている気がしますがお許し下さい。(こういう場合ってタグを追加した方が良いのか?)

※今回の話で、咲真のクラスメイトが数人登場します。基本は学校行事の話とかにのみ登場するので、そこまで気にしていただかなくても構いません。(ちょっとした説明は後書きの方に書いてあります。)


「よーし、じゃあ文化祭の出し物を決めるぞ〜」

 

教壇に立ったクラス委員長の東丘が、友達同士のお喋りで騒がしい3-Bの全員に声をかける。

 

その声に反応したクラスメイトたちは、その場で顔を委員長である東丘の方へ向け、話を聞く体勢を取る。

 

「俺たち3年はこれが最後の文化祭だ。思いっきり盛り上げて、忘れる事の無い文化祭にするぞ!」

 

テンションが高くなっている事が手に取るようにわかる東丘。クラスのみんなも東丘の最後の文化祭と言う言葉で、やる気が出たのか、おおッ!と口を揃えて返事をする。

 

 

 

「みんなやる気だね!やっぱり最後の文化祭だからかな?」

 

俺の席の机に腰掛けて座る和泉が、顔を横に倒し俺の顔を覗き込む様にして聞いてくる。

 

「だろうな。大学でも学祭みたいなのはあるけど、卒業したら就職する奴もいるだろうし、3年間で出来た友達との最後の文化祭だからな」

 

そうだね...と和泉はどこか寂しげに返す。....どうした?和泉らしく無いな...。

 

俺と和泉が話している間にも、委員長の仕切りの元、それぞれがやりたい事を黒板に書き出していく。

 

「劇」「お化け屋敷」「映画」「メイド喫茶」などお馴染みの物から、「サバゲー」「料理対決」「逃○中」など変わり種も出ている。いやいや、サバゲーって...ピンポイントすぎるだろ....

 

そう思っているうちに、話し合いは進んでいく。

 

「ここは断然メイド喫茶だろ! 和泉のメイド姿が見れるんだぞ!」

 

話し合いの中で、クラス一のお調子者の西田がそんな意見を出す。

 

「えっ⁉︎ 私ッ⁉︎ 無理無理、無理だって〜⁉︎」

 

いきなり名前を出された和泉は立ち上がり、慌てて否定する。

和泉はそのルックスと誰にでも優しい性格から、男子からの人気が高い。俺もよく和泉を紹介してくれと他のクラスの奴にせがまれる事がある。

 

すると、和泉のメイド姿を意地でも見たい男子は、話の矛先を俺に向けてきた。

 

「なぁ奥沢! お前も見たいよな! 和泉のメイド姿!」

 

「えっ…」

 

突然話を振られた俺は、言葉を詰まらせる。

 

「お、奥沢君⁉︎ ……奥沢君も見たいの?///」

 

顔を赤らめながら、俺に聞いてくる和泉。俺はどう答えるべきかと言い淀んでいる。すると、西田を筆頭に男子たちから執念が篭った視線が送られてくる。.....そんなに見たいのかよ、メイド姿。

 

そんな視線を浴びながらどう答えたものかと考える。正直言うと、俺も和泉のメイド姿は見てみたい。が、これは言っても良いのか分からない。ただでさえ和泉は顔を赤くしながら聞いてきてるのだ、メイド姿で人前に出るのは、相当難しいと思う。

 

どうしたものかと考えていると、話を聞いていた女子たちが話に入ってきた。

 

「ちょっと〜、やめときなって。渚が困ってんじゃん」

 

話に入ってきたのは、普段から和泉とよく一緒にいる北見だった。

 

「なにを〜! これは男のロマンだ!女子は入ってくんじゃねぇ!」

 

西田の言葉を聞いて、北見は呆れてものが言えないようだ。はぁ...とため息をついた後、鋭い目つきで西田を睨む。

 

「あのね〜、何意味不明な理論立ててんのよ。女子は入ってくるな?あんたのロマンを叶えてやるのは女子でしょうが!女子だけ恥ずかしいおもいさせて、あんた達男子が喜んでもこっちは何も嬉しくないのよ!」

 

と、北見は一呼吸置いて...

 

「それから奥沢!」

 

「ハッ、ハイッ!!」

 

急に名前を呼ばれた俺は、北見の迫力に、背筋をピンッ!と伸ばして返事をした。

 

「あんたもさっさと否定しなさいよ。あんだけ一緒にいて、渚がどうして欲しいかくらい分からないわけ?」

 

「も、申し訳ありませんでした...」

 

北見の正論パンチが炸裂し、西田は何も言い返せず床に沈んだ。巻き添えを食らった俺も、北見の空気に押し込まれ、背筋を伸ばしたまま動けなくなった。

北見の男らしい説教に、クラスメイト達からパチパチパチ...と静かな拍手が送られる。

 

「と、とりあえず...メイド喫茶はやめとこうか...」

 

緊迫した空気の中、東丘はなんとか声を出し言葉にした。委員長の意見に男子たちが全員異議無ーし...と弱々しく答えた。

 

 

「........私は別に....奥沢君が見たいって言うなら.....///」

 

座りながら呟いた和泉の声は小さく、咲真の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

それから数十分、意見は出るもののこれといったものが決まらない。周りを見ると、飽きてスマホをいじり始めているものも数人いる。すると、しびれを切らしたのか西田がもう一度立ち上がり……

 

「このままじゃラチがあかねえ!やっぱりメイド喫茶だろ!それしかない!」

 

西田の発言に、北見がまた呆れたといった顔で否定しようとする。

 

「あんたね、さっきも言ったけどメイド喫..「いいんじゃない?」茶って...ええッ⁉︎」

 

北見の言葉を遮り、西田の意見に同意したのは、クラスの女子の中でトップの成績を誇る優等生の南川だった。

 

「ちょっと⁉︎ アンタまで何言ってるのよ!」

 

南川の同意を聞いて、慌てて詰め寄る北見。南川はそんな北見を見て慌てて否定する。

 

「違う違うッ!! 良いっていうのは喫茶店の方で、メイドの事じゃないよ〜⁉︎」

 

どうやら南川が西田に同意したのは、メイド喫茶の喫茶の部分だけだったらしく、味方がいたと思った西田も肩を落としている。

 

「このままじゃ決まらないし、喫茶店なら定番だしアイデア次第で色んなことが出来るんじゃないかと思ったの」

 

南川からの提案に、再び異議無ーし...と声が揃う。

 

 

「じゃあどんな喫茶店にするか決めようか」

 

東丘の言葉に、ハイハイハーイ!とまたしても西田が懲りずに手をあげる。

 

「ちょっと、もうメイドなんて言わないでよね」

 

北見が釘をさすと、西田が大声で否定する。

 

「違えよ! 俺がやるのは...奥沢ッ!!」

 

と、いきなり俺を指差してくる西田に俺は何だよ...と視線を送る。

 

「お前最近...和泉だけじゃなく、可愛い1年にまで手ェ出しやがって!モテる奴はゼッテェ許さねえ!」

 

「何のことだよッ⁉︎」

 

いきなりのデタラメ発言に慌てる咲真、何のことかと西田を問いただそうとする。

 

「とぼけんじゃねえ!俺は知ってるんだぞ、お前!この前体育館の渡り廊下で金髪の1年生に抱きつかれてたじゃねえか!」

 

西田のカミングアウトに、クラス全体が衝撃を受ける。

 

が、当の本人はそれ以上に衝撃を受けていた。

 

「(あれか〜〜!! こころがいきなり抱きついてきた時の....見られてたのか〜ッ!!)」

 

頭を抱える咲真、すると突如、強烈な寒気に襲われる。

 

「奥沢君……?」

 

「ッ!!!」

 

見ると、和泉が満面の笑みで俺を見ていた。ただ、目は全く笑っていない。咲真は慌てて言い訳をする。

 

「ち、違ッ!あれはこころが……」

 

咲真が言い訳をしようとしたところで、

 

「それだけじゃねえ!」

 

西田が更に咲真に追い打ちをかける。

 

「先週の土曜日、お前はパン屋の前で1年生っぽい子と楽しそうに話してたよな! しかも最後には頭ポンポンまでしてよ〜!!」

 

またしても飛び出したカミングアウト、クラス全体が再び衝撃を受け、男子からの憎悪に満ちた視線が咲真に突き刺さる。

 

「(何でアイツ俺のバイト終わりを見てんだよ! 終わったの結構夜遅かっただろ!)」

 

咲真は再び心の中でツッコミを入れるが、時すでに遅し、咲真の目の前には、満面の笑みで絶対零度のオーラを纏った和泉が咲真を見下ろしていた。

 

「ま、待て和泉! それはバイトの帰りだっただけで、特に他意はない!頭を撫でたのも、妹にやるみたいに自然に出たというか...」

 

「へぇ〜...うんうん...それでそれで?」

 

和泉の雰囲気は変わる気配が無い。終わった...と心の中で嘆く咲真に、救いの手が差し伸べられた。

 

「盛り上がってるとこ悪いが、いいか?」

 

この話し合いを仕切っていた東丘が咲真たちに声をかける。

 

「で、結局西田の案ってなんなんだ?」

 

東丘の話題転換に感謝する咲真。話を振られた西田は、待ってましたと言わんばかりに話し出す。

 

「その2つの話を聞いてだなー1つ思ったわけよ。リア充は屠るべし!奥沢には、罰として女装をして文化祭を過ごしてもらう!」

 

「はぁッ⁉︎」

 

いきなりの女装案に開いた口が塞がらない咲真。無理だと抵抗しようとしたが、リア充撲滅を願う男子たちによって抵抗虚しく、咲真の文化祭期間限定女装が確定した。

 

「なんで俺が....」

 

うなだれる咲真に、委員長の東丘が肩をポンッと叩く。

 

「ドンマイ♪」

 

いい笑顔で言われた咲真は、お前もそっち側か〜!と嘆くのだった。

 

 

 

その後、話し合いの結果、3-Bの出し物は赤ずきんや白雪姫、三匹の子豚など童話の登場人物の格好でする喫茶店「メルヘン喫茶」という事に決まった。その中で咲真だけが、性別を逆転させたお姫様の格好をさせられることに決まった。男子たちは、咲真への報復が出来たことと、可愛い姫さま衣装の女子たちを見れるとあって、賛成していた。

 

「じゃあ、3-B! 最後の文化祭、全力でやるぞー!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

盛り上がるクラスの中で、咲真だけが心の底から嫌そうに突っ伏していた。




本日はここまでです。読んでいただきありがとうございました。

下記は、今回登場した咲真のクラスメイトの詳細です。

東丘…3-Bのクラス委員。真面目でしっかりとした性格だが、喧嘩がかなり強い。

西田…クラス一のお調子者もの。テキトーな発言をしては、よくみんなから叱られる。

北見…和泉と仲のいいしっかりとしたお姉さんタイプの女子。口から飛び出す正論パンチは威力絶大。

南川…クラストップの成績を誇る優等生の女子。分け隔てなく誰にでも優しく接する。


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優しい少女の本音

どうも夜十です。

私ごとですが先日、本小説のお気に入りが25件となりました!初心者の自分の小説を気に入って下さった皆様。並びに、いつも読んでくださっている皆様。ありがとうございます!これからも皆様に楽しんでいただける小説を書けるよう頑張っていくので、よろしくお願いします!

※タグを追加しました。ヒロインがブレそうですが、頑張ります。

長くなりましたが、本編をお楽しみ下さい。


文化祭の出し物会議から数日が経過した。あれから準備は着々と進み、俺を辱めようと男子たちはやる気になっている。

俺は何とか抵抗しようと、キッチンに回ろうとしたり、和泉に助けを求めたりしたものの、全て結果は同じだった...。和泉に関しては、あれ以来男子たちと同じくらい俺の女装にやる気を出しまくっている。俺用の化粧やウィッグ、衣装などはどうやら和泉が率先して揃えているらしい....。

 

 

「終わった....俺はもう終わりだ....」

 

「しっかりして下さい....咲真先輩」

 

現在俺はバイト中...なのだが、女装をさせられる事、加えてそれを2日間続けなければならない事に、俺はうなだれレジに顔を伏せる。

 

そんな俺を見て、苦笑いを浮かべながら大丈夫ですかと、声をかけてくれる沙綾。ほんと....ええ子や....。

 

 

 

あの約束以来、沙綾はちょっとした事なら俺に相談してくれるようになった。弟がやんちゃすぎて手に負えないだとか、妹と一緒に料理をする時何を作るべきかなど、悩みとまではいかないものの、誰かに聞くという行為を自分からするようになったのは、俺としても嬉しい。

 

ただ、相変わらず相談するのは自分じゃ無い誰かの事で、沙綾自身の事は話してくれない。待つといった以上、待つしか無いのだが、ここ最近沙綾の顔がどこか曇っているように見える。

 

「沙綾のクラスは文化祭、何するんだ?」

 

俺は、会話の中で曇っている原因を探ろうと沙綾に話しかける。

 

「うちも咲真先輩のクラスと同じ喫茶店ですよ。売るのはうちのパンですけど」

 

その手があったか....確かにここのパンならかなりの売り上げが見込めるだろう。それに、文化祭には色んな学校の奴も来るだろうし、店の宣伝が出来て一石二鳥という訳だ。

 

「なるほどな。パンなら提供しやすいし、売り上げが伸びればこの店の宣伝にも繋がるって訳か....意外と策士だな、沙綾って」

 

「あはは...別にそんなんじゃ無いですよ。成り行きというか、香澄に...流されたというか......」

 

戸山の名前を出した途端、さっきよりも沙綾の表情に曇りの色が濃くなった。

 

「(原因は戸山か....)」

 

明らかな変化を見逃す俺ではなく、沙綾の曇りの原因が戸山との関係にあるのだと悟った。以前、戸山と初めてあった時も沙綾は戸山にバンドに誘われて表情を暗くしていたし、おそらくそれが原因だろう。

 

 

聞いたところによると、戸山たち4人は文化祭でライブをやるらしい。学校の至る所に自分たちでポスターを貼っていたのを偶々見かけた時に教えてもらった。

バンド名は「Poppin'Party」通称「ポピパ」、なんとも彼女たちらしいポップで賑やかそうな名前だ。意外にも名前を考えたのは、市ヶ谷らしい。彼女は普段こういう事はしないタイプだと思っていたが、どうやら彼女にとって戸山たちはそれほど大切な友達なのだろう。

これは市ヶ谷から聞いた話なのだが、どうやらこの名前は沙綾が関わっているらしい。市ヶ谷が悩んでいることに気づいた沙綾が自分から声をかけに来てくれたと、市ヶ谷は話してくれた。

 

 

「(自分から関わったんだから、気にくわないって事は無いだろう。それにしても...自分の事そっちのけで悩む市ヶ谷に声をかけたのは、誰かに優しい彼女らしい行動とも言えるな)」

 

俺は表情を曇らせる沙綾の横顔を見ながらそう思う。

 

 

カランカランッ!

 

 

その時、店の扉が開き誰かが入ってきた。いらっしゃいませと、挨拶しながら入ってきたお客さんを見ると、そこにはどこか浮かない顔をした戸山がいた。

 

「香澄.....」

 

「沙綾.....」

 

2人は気まずそうに互いの名前を呼んだ。いつもハイテンションな戸山も、なんだか元気が無いように見える。

 

「「…………」」

 

2人はそれから一言も話さず、動かない。

 

見かねた俺は、2人に提案する。

 

「戸山は話があるみたいだぞ、沙綾。部屋で話してこいよ」

 

「えっ...でも、店番もあるし...」

 

「俺1人で大丈夫だから。それにお前、このままその暗い顔でお客さんの相手するつもりか?」

 

「...っ」

 

俺がそう言うと、少し体をビクッとさせる沙綾。自分が今どんな顔をしているのか、彼女は分かっていなかったようだ。

 

「わかりました...すみません...少しだけお願いします....。じゃあ上がって...香澄」

 

「う、うん」

 

2人はそのまま店の奥へ行き、沙綾の部屋へと向かっていった。

 

 

 

「……」

 

少し心配になった俺は、2人が行った店の奥へ目線を向ける。すると、奥から親父さんが出てきた。

 

「あれ?奥沢君1人かい?」

 

「ああ、沙綾ならちょっと戸山と話をしに行きましたよ。なんか元気なさそうだったので、そっちに行けって言いました。勝手な事してすみません」

 

話を聞いた親父さんは、そうか...と少し肩を落とした。

その様子を見た俺は、ずっと気になっていた事を親父さんに聞いた。

 

「沙綾っていつもあんなに頑張ってるんですか?」

 

俺の質問に、最初は目をパチクリさせた親父さんだったが、すぐにさっきと同じような表情に戻った。

 

「ああ...本当に頑張ってくれてるよ。特にあの時以来...妻が体を崩す事が増えてきていたから、余計にね...。いつも朝から学校に行くまで、学校が終わってからもすぐに帰ってきてずっと手伝ってくれて、助かってはいるんだけど...どこかあの子を苦しめているんじゃ無いかって思うんだ」

 

「あの時って....聞いてもいいですか?」

 

聞くと、親父さんはすぐに答えてくれた。

 

「ああ、君になら知っておいてほしい」

 

 

 

 

 

そう言って、親父さんは昔の話を俺に聞かせてくれた。昔といっても1、2年前の事らしい.....

 

沙綾が中学生だった頃、バンドを組んでドラムをしていた事

友達とよく家で練習していた事

毎日楽しそうに笑っていた事

 

どれもこれも沙綾にとって大切な時間だったと、親父さんは嬉しそうに教えてくれた。

 

ただ....そんな楽しい時間も沙綾を苦しめることになったらしい。

 

初めてのライブの時、沙綾のお袋さんが倒れたらしい....。命に別状は無かったものの、その事が、沙綾の心に深く根付いてしまった。

 

 

自分が楽しく過ごしている間に、お袋さんに無理をさせた。

自分が楽しく過ごしていた所為で、お袋さんが倒れた。

自分が....自分が....

 

 

彼女はそれ以来、バンドを辞めて空いた時間は店の手伝いを以前よりもするようになったらしい。自分が悪いと、自分が楽しまなければと、そう思うようになったらしい。

 

 

俺はその話を聞いて、沙綾を苦しめているものが何かわかったような気がした。

 

彼女は...彼女を苦しめているのは....自分の“本音”なのだ。

 

いつも自分より誰かに優しい彼女は、自分の本音を自分の本音で覆い隠している。自分のための本音(やりたい)より、誰かのための本音(無理をさせたくない)を優先する。

 

それが....山吹沙綾を苦しめる、山吹沙綾の本音なのだ。

 

 

カランカランッ!!!

 

 

俺が親父さんから話を聞いていると、店の扉が開き、花園、市ヶ谷、牛込の3人が入ってきた。

 

「あ、あのッ! 香澄来てませんか⁉︎」

 

少し慌てた様子で尋ねてくる市ヶ谷。

 

「さっき来て、沙綾と部屋に行ったぞ」

 

「やっぱり....」

 

俺が答えると、市ヶ谷たちは予想通りといった反応を見せる。

気になった俺は3人に聞く。

 

「何かあったのか?」

 

「実はさっき、楽器屋で山吹さんとバンドを組んでたって人と会って....」

 

なるほど...それを聞いた戸山が突っ走って沙綾に会いに来たってわけか....

 

「だいたい分かった。とりあえず、2人が降りてくるまで待とう。話はそれからだな」

 

俺がそう言うと、親父さんが俺たちに声をかける。

 

「みんな上がっていきなさい。奥沢君も、今日はもう上がりでいい」

 

親父の言葉に、俺は驚いてどういうことかと質問しようとすると...

 

「沙綾の事、君に任せてもいいかな?」

 

俺の肩に手を置き、真っ直ぐな目で俺に聞いてくる。その目はどこまでも真っ直ぐで、でもどこか寂しそうだった。本当なら自分がどうにかしないといけないのは親父さんが1番分かっている。それでも親父さんは俺を頼りにしてくれている。俺はそれに答えなければならないと思った。

 

「....分かりました。やるだけの事はやります」

 

俺がそう答えると、満足そうな表情で頷く親父さん。そんな親父さんを尻目に俺は3人を連れて店の奥へと入って行った。

 

 

 

 

俺たち4人が沙綾の家のキッチンに入った時、二階から突然大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

 

『そんなわけないじゃん!』

 

突然の声に驚く俺たち、今の声は間違いなく沙綾の声だ。

 

『香澄にはわかんないよ!私、みんなに迷惑かけてまでバンドできない!』

 

沙綾の口から初めて聞いた彼女の本音は、上から痛々しく響いてきた。

 

『みんな香澄と同じこと言ってくれたんだよ!私が大変なら、力になるって!手伝うって!私のこと心配して、練習時間減らそうって!』

 

沙綾が秘めていた本音、自分よりも誰かを心配する優しい彼女の本音。

 

『みんな、自分のことより、私のことばっか!それで楽しいの?私だけ楽しんでいいの?いいわけないじゃん!』

 

誰かに優しい彼女は、自分に優しいものを拒む。それが友達でも...自分でも....

 

『私の代わりに誰かが損して……だからやめたのに……今更できるわけないじゃん……』

 

涙交じりの言葉が、弱々しく聞こえてくる。

 

『できるよ……』

 

それを否定する小さな戸山の声が続いて聞こえる。

 

『できない!』

 

『できる!なんでもひとりで決めちゃうのずるい!一緒に考えさせてよ……』

 

優しさを拒む沙綾に戸山は何度もぶつかる。

 

『『…………』』

 

それ以降、2人の声は途切れた。

 

 

 

 

 

それからすぐ、2人は二階から降りてきた。

 

「おつかれ」

 

2人に声をかける市ヶ谷。

 

「えっ、なんでみんないるの?」

 

「こいつら全員、お前を追ってきたんだと。ったく、1人で突っ走るのは控えた方がいいぞ」

 

市ヶ谷たちがいることに驚く戸山。そんな戸山に俺は、説明とちょっとした説教をする。

 

「つーか、下まで聞こえてたぞ」

 

「うん…いきなりでビックリしたよ…」

 

口論を聞かれた2人は、すっかり元気をなくしている。いつもの明るい笑顔は、すでに2人には無かった。

 

「……じゃあ、そろそろ帰るか」

 

「えっ、で、でも……」

 

市ヶ谷は、このままじゃなにも進まないと判断して帰ることをせんたくしたようだ。戸山はまだ煮え切らないようだか.....

 

「こんな状態で話なんてできないでしょ」

 

市ヶ谷の提案はもっともだ。このまま話しても多分解決なんてしない。

俺がそう思っていると、市ヶ谷が続けて話す。

 

「まあ、私はどうでもいいけど……新しいメンバーが入るなら、知らない人より山吹さんのほうが私は楽かな」

 

市ヶ谷の言葉に、沙綾は少し驚いているように見える。すると、続いて.....

 

「私も、沙綾ちゃんとできたら、すっごく嬉しい」

 

「……携帯に曲のデータ送った。聞いてみて」

 

牛込と花園も沙綾に入ってきて欲しいと思っているようだ。だが.....

 

「だから、無理だってば……」

 

それでも沙綾は優しさを拒む。

 

「待ってる。待ってるから」

 

戸山のその言葉を最後に、4人は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

4人が帰って数分後、店の中には俺と沙綾の2人だけ....

 

重い空気が流れる中、俺は沙綾に何も言葉をかけなかった。沙綾自身が優しさを拒んでる今、どんな言葉も沙綾には優しさとして捉えられるから。

 

すると突然、沙綾のほうから俺に話しかけてきた。

 

「先輩....私...どうしたらいいのかな...?」

 

沙綾の声は、弱々しく今にも涙がこぼれそうだった。俺は優しさを拒む沙綾に、優しく微笑んだ。今は、今だけは、彼女が拒むものが無くなったと、そう思ったから。

 

「沙綾はどうしたいんだ?」

 

そう言って俺は、優しく沙綾を抱きしめた。理由はわからないけど、こうするべきだと思った。

 

「私は...わ..たし..は...」

 

俺の胸の中で沙綾は、遂に今まで溜めていた涙をこぼした。

 

「やりたい...香澄たちと..! 一緒に...バンドやりたい!」

 

「そっか…」

 

初めて直接聞いた沙綾の本音。俺はそのまま腕に力を込めた。

 

「でも...お母さんに無理させたくない...!! また倒れたら...私だけが楽しんで....お母さんが無理して....そんなのもう...嫌!!!」

 

「そっか…」

 

沙綾はそのまま、俺の胸の中で泣き続けた。

 

沙綾にとって、どれもも本音なのだ。

戸山たちとバンドをやりたい、お袋さんを無理させたくない、自分だけが楽しんでいいわけない、そう彼女は自分に言い聞かせてきた。

 

そんな頑張り屋で誰にでも優しい彼女に、俺は精一杯の優しさを込めて、強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい/// 服、濡らしちゃって...///」

 

泣き止んだ沙綾は、抱きしめられたことに顔を赤くし、すぐに離れて謝る。

 

「気にすんな、無理をするなって言ったのは俺の方だしな。それよりも、お前の気持ちが聞けて良かったよ」

 

俺はそう言って沙綾の頭に手を伸ばす。

 

「……///」

 

沙綾は顔を赤らめながら、俺に撫で続けられる。その表情は、恥ずかしそうで、どこか嬉しそうだった。

 

「1つ言っておくぞ」

 

俺はそんな沙綾に向けて言葉をかける。彼女がこの先、どうするかは彼女が決めることで彼女の道を選択する権利なんて俺には無い。でも、少しでも彼女が本当の笑顔を出来るようになればとそう思ったから。

 

「お前のためって言うのは、すげぇ嬉しいことなんだよ。みんな、お前のために何かしたいってのは、お前だから...山吹沙綾だからなんだ。お前がいつも、優しさをくれるからみんなもお前に返したいって思うんだ。誰も無理なんてしてない。お前のために、自分がしたいからやってるんだ」

 

俺の言葉を、沙綾は真っ直ぐな目を向けて聞く。

 

「自分が....したいから....」

 

「そう。結局自分のためなんだよ。自分がお前に...沙綾のためにしたいってそう思うんだよ」

 

沙綾はまだ悩んでいるようだ。無理もないだろう、今までずっと我慢してきたんだ。1人で悩んでたんだ。そう簡単に割り切れるわけがない。

 

「すぐにとは言わないさ。焦らなくていい、今日は一歩踏み出せたんだ。大丈夫、お前なら出来るよ。それまで俺がいてやる。怯んだら背中を押してやる。倒れそうだった支えてやる。だから、ゆっくりでいい。ゆっくり自分のための本音を大きくしていけばいい」

 

沙綾は目から再び涙が溢れる。

 

「いいの....かな? 自分のためでも...」

 

「おう」

 

「いいの....かな? やりたいことをしても...」

 

「おう」

 

沙綾はそう言ってから、何も言わなくなった。

この先は彼女が決めることだ。俺の支えはこれ以上先には行けない。

 

 

でも、大丈夫だろう。沙綾ならきっと、自分で決められる。自分のやりたいことを、自分の本音を.....だから、それまでは、彼女を支えよう。俺は、改めてそう決めた。




読んでいただきありがとうございました!

もう沙綾がヒロインでいい気がしてきました....こころをデレさせるのって難しいんですよね....
でも、ヒロインはこころ!これは揺るがない!きっと!

評価、感想、アドバイス、お待ちしております。


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#女装シンデレラ

最近こころよりも沙綾がメインになりつつある事に悩んでいる夜十です。
更新が少し遅れました、すみません。
自分ごとですが、リアルでバイトを始めました。そのため、小説の投稿頻度が今までよりも遅くなる可能性があります。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、これからもこの小説をよろしくお願いします。


遂にやってきた花咲川高校文化祭。校舎は華やかな装飾に包まれ、いたるところで盛り上がりを見せている。そして、咲真たち3年B組はというと……

 

 

 

「3-Bで、メルヘン喫茶やってまーす!ぜひ来てくださーい!」

 

大きな手持ち看板持った和泉が、大きな声で客呼びをしている。

現在和泉は、白雪姫の格好をしている。落ち着きのある鮮やかな色のドレスが、和泉の清楚な雰囲気を引き立てている。

 

「なあ、あの人可愛くね…?」

 

「うわっ...まじ可愛いじゃん...!!」

 

「.....///」

 

ドレスによって引き上げられた和泉の魅力に、和泉の前を通り過ぎる男たちは皆頰を赤らめながら、和泉に目を向けている。

 

和泉はその視線に気づいているのかいないのか、視線を向ける男たち一人一人に微笑みを返している。

 

「「「ズキューーン♡♡♡」」」

 

和泉に微笑みを向けられた男子たちはこぞってお店に入ってくる。現在、和泉のこの客引きもあってか、店内は男性のお客さんで溢れかえっている。

 

すると和泉は突然教室の前に立てかけられているメルヘン喫茶と書かれた看板の方に目をやる。

 

「ちょっとー、いつまで隠れてるつもり?」

 

和泉は、看板に向けて話しかけ始めた。傍目から見れば、和泉の行動は違和感しか無いのだが……

 

「勘弁してくれって....まじ無理だから....」

 

そこには、姿は見えないが確かに奥沢咲真がいた。

 

「もう!似合ってるって言ってるのに〜、クラスのみんなも絶賛だったじゃん!」

 

和泉はそう言いながら、咲真の腕を引っ張る。咲真は精一杯抵抗しながら、看板の裏から出ようとしない。

 

「ざけんな!あんなよいしょに引っかかってたまるか!」

 

「ほんとのことだって〜!男子たちだって顔赤くしてたじゃん!」

 

必死に引き摺り出そうとする和泉と、意地でも抵抗する咲真。2人の終わらない戦いが続いていたその時....

 

 

「あれ?和泉先輩?」

 

「どうかしたんですか〜?」

 

「???」

 

蒼夜、彩瀬、紗夜の3人が、和泉の前に現れた。

 

「あっ、蒼夜くんと七美ちゃん!それからそっちの子は、氷川紗夜ちゃんだよね?」

 

和泉は看板からはみ出している手を引っ張りながら3人の方を向く。

 

「はい。はじめまして、いつも蒼夜君と七美さんがお世話になってます。」

 

看板からはみ出した腕を引っ張る白雪姫という異様な光景を見つつも、紗夜はそのまま和泉に挨拶を返す。

 

「こちらこそはじめまして!サッカー部マネージャーの和泉渚です!よろしくね、紗夜ちゃん!」

 

「はい、よろしくお願いします....ところで先程から何をなさっているのですか?」

 

見かねた紗夜が、気になっていたことを代表して聞く。蒼夜と彩瀬も、よくぞ聞いてくれたと言った表情をしている。

 

「あっ、それはね〜、この頑固なうちの看板娘を引っ張り出そうとしてるの?」

 

「「「看板娘??」」」

 

和泉の答えに首を傾げる3人、その3人を尻目に和泉は、ああもう!と引っ張る手に更に力を込める。

 

「いい加減に出て来なさい!」

 

「っ⁉︎」

 

グイッと予想外の力で引っ張られた咲真は、体勢を崩し遂に看板の後ろから姿を現した。

 

 

看板の後ろからいきなり現れた、金髪のカールのかかったロングヘアーに、水色がかった白のドレスを見に纏った誰が見ても美人と答える容姿をした長身の女性が出てきた。

 

 

「おい!また美人が出てきたぞ!」

 

「今度は優雅で可憐だ....///」

 

「……///」

 

2人目の美人の登場に周りも更にざわざわし出す。が、視線を向けられている本人はそれはもう誰が見てもわかるくらい沈んだ表情をしている。

 

「「「………」」」

 

どうやら目の前にいた3人も、いきなりのことで言葉を失っているようだ。なんとか切り替えた蒼夜が、和泉に説明を求める。

 

「あ、あの...和泉先輩、そちらの方って?」

 

蒼夜は金髪美人の方へ、手を向けながら和泉に聞いた。どうやら誰か本当に分かっていないようだ。

 

「あれ、分からない?.....フッフッフッ〜、こちらの金髪の美人さんは、何を隠そう我らがキャプテン、奥沢君だよ♪」

 

和泉が今日一の笑顔を3人に向けながら、楽しそうにそう答えた。答えを聞いた3人は状況理解が追いつけていないのか、固まっている。

 

「「「・・・・・」」」

 

無言のまま5秒ほど静止した3人は、次の瞬間、驚愕の声を上げる。

 

「「「ええェェェ〜〜!! キャプテン(咲真さん/奥沢さん)⁉︎⁉︎」」」

 

「.....おう」

 

目を見開き口を大きく開けながら驚く3人に、見た目よりもやや低い声で答える咲真。その声を聞いて、3人は本当に咲真だと改めて認識する。

 

「どうどう?すっごく似合ってると思わない?」ドヤッ

 

和泉がドヤ顔をしながら、高いテンションで3人に聞く。3人は未だに完全に理解できていないようで、少し受け答えに詰まりがある。

 

「え、えーっと...ほ、ほんとに、キャプテン...なん..ですか?」

 

「そうだよ......」

 

明らかに沈んだ声で返す咲真。それに追い打ちをかけるように彩瀬が....

 

「咲真さん....すっごいキレイ!!! 本物のお姫様見たい!!」

 

「だよねだよね♪さっきからそう言ってるのに、全然信じてくれないんだよ〜!」

 

キラキラと輝いた目を向ける彩瀬、それに同意する和泉の2人に挟まれ、咲真は身動きが取れなくなる。

 

「その格好...メルヘン喫茶ということは、お二人は白雪姫とシンデレラですか?」

 

少し遠目から分析していた紗夜が、咲真や和泉の格好と、お店の名前からそう結論を出した。

 

「紗夜ちゃんだいせいかーい!そう、紗夜ちゃんの言う通り、私が白雪姫で、奥沢君がシンデレラだよ♪」

 

クルッとその場で一回転し、ドレスを見せる和泉。

隣では咲真が肩を落としている。

 

「はぁ....最悪だ....」

 

「に、似合ってますよ、キャプテン」

 

落ち込む咲真に、励ましの声をかける蒼夜だったが、その言葉は、咲真には皮肉にしか聞こえていなかった。すると……

 

 

 

「あ、あの!」

 

突如、花咲川の1年生らしき女子3人組が咲真に声をかけてきた。

咲真が受け答えに困っていると、和泉が代わりに対応し始める。

 

「どうしたの?」

 

和泉が聞くと、3人のうちの1人が口を開く。

 

「よ、良かったら、一緒に写真撮ってくれませんか?」

 

「っ⁉︎」

 

その要望に、咲真は驚き、恥ずかしさのあまり無理だと断ろうとしたが、咲真の言葉を遮るように、和泉が先に答えた。

 

「もちろんいいよ!」

 

「はぁ⁉︎」

 

咲真が何勝手に、と言った反応を見せる。すると和泉は咲真の方を向いて、ニヤニヤしながら言った。

 

「別に写真くらい良いよね〜? 奥沢()()?」

 

和泉はしてやったりといった表情で咲真を見る。

 

すると、咲真が一瞬漏らした声を聞いた3人組の女子たちは、可憐なシンデレラから発せられた、女子にしては低い声に目を見開いている。

 

「えっ...今の声、男の人⁉︎」

 

「嘘ッ⁉︎ こんなにキレイなのに⁉︎」

 

「ぐっ...女としてのプライドが....」

 

三者三様な反応を見せる3人組、そんな彼女たちを見て、和泉はあちゃ〜バレちゃったか〜と、イタズラが失敗した時のような反応を見せる。

 

「悪いな...と言うことなんだ、俺は男だから写真とかは……」

 

咲真が正体がバレたことにかこつけて、写真を断ろうとした時

 

「いえ、全然!むしろオッケーです!!」

 

「是非お願いします!!」

 

「是非是非!!」

 

先程よりも幾分かテンションが上がったように見える3人。キラキラ輝く目で咲真を見ながら、咲真に詰め寄る。

 

「あっ、.....むぅ」

 

咲真が詰め寄られるのを見た和泉は、頬を膨らませながら、咲真をみる。

 

3人に言い寄られた咲真は、3人のテンションに断るのを諦めて写真を承諾した。

 

「わ、分かった....」

 

「「「やった〜!!」」」

 

それから咲真は、和泉から痛い視線を送られながら、女子3人と写真を撮った。

 

「「「ありがとうございましたー!!」」」

 

写真を撮った3人は、満足そうにその場を去っていった。残された咲真は、いつもとは違う緊張で、心身ともに疲労している。

 

「はぁ...」

 

「良かったね、奥沢さん。女の子たちからモテモテで」

 

その言葉に悪寒を感じた咲真が振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべながら和泉の姿があった。

 

「い、和泉さん?な、何か怒ってらっしゃいます?」

 

咲真は、笑顔を向けているが明らかに怒っていると思われる和泉にオドオドしながら聞く。

 

「怒ってる?なんで?私笑ってるよ〜、怒ってるわけないじゃない」

 

言葉を紡げば紡ぐほど怒気を高める和泉に、完全に怯んだ咲真は何も言えなくなり、そのまま和泉にお店の中まで連れていかれた。

 

「まだ完全に女の子になりきれていないみたいだから、ちょっとレクチャーしてあげるよ」

 

「ちょっ、和泉⁉︎なんでそんな怒ってんだ⁉︎待って、とにかく話を…はな……し……を………」

 

 

「「「・・・」」」

 

そんな光景を見ていた、蒼夜、彩瀬、紗夜の3人は...

 

「絶対和泉先輩を怒らせないようにしよう.....」

 

「「そうだね〜/ですね........」」

 

そう心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れた……」

 

中庭のベンチで、可憐な格好とは真逆のダラけた格好で座るシンデレラがいた。俺だ……

 

あれから俺は、和泉に、知り合いの前以外では声を高くして出来るだけ男だとバレないように、と念を押され、慣れない女子っぽい行動を心がけていた。

 

何故だか分からないが、俺が歩いていると色んな人、特に男から熱のこもった視線を送られ、女子には何度も写真を撮って欲しいとせがまれた。まあそれは何とか対応していたものの、1番辛かったのはサッカー部の奴らに見られた事だった。今まで出会った奴らは全員、最初は俺だと気付いておらず、女子を相手にするように接していたが、いざ俺だとバラすと、全員が同じように驚愕し、男子メンバーからは大爆笑、女子メンバーからは何故か悔しそうな声が漏れた。

 

そして今現在、俺は休憩しようと中庭のベンチに座っているわけなのだが、どこも変わらず視線を感じる。

 

「これが明日も続くとなると...先が思いやられるな...」

 

俺がそう思いながら空を見上げていると、右の頬に冷たく固い感触が現れた。

 

俺が感触のする方を見ると、そこには、缶ジュースを俺の右頬に当てながら俺を見つめる、佐々木正吾の姿があった。

 

「佐々木……」

 

「随分お疲れっすね、キャプテン」

 

佐々木はそう言うと、俺に缶ジュースを渡し、俺の隣に腰かけた。

 

「よく俺だってわかったな。他の誰も分からなかったのに」

 

お礼を言いながら缶ジュースを受け取った俺は、佐々木にそう聞いた。すると、佐々木は……

 

「氷川たちに聞きました。それにまぁ噂になってますからね。『凄い美人な女装した先輩がいる』って、SNSの方でも話題ですよ、『まるで本物、女装シンデレラ』って....」

 

「なんだよそれ.....」

 

佐々木から告げられた事実に、俺は頭を抱えた。

 

「大変っすね」

 

「人ごとだな....」

 

「人ごとなんで。いいじゃないですか、好評なんだし」

 

「女装を好評されても嬉しくねえんだよ....」

 

貰ったジュースを飲みながら、佐々木と会話のキャッチボールをする。今まで気を張っていた分、佐々木との会話は楽で、俺は意外と助かっていた。

 

「お前はこんなとこで何やってるんだ?1人で」

 

「ああ...知り合いが来るんですけど、案内しろってうるさくて....仕方なくここで来るの待ってるんですよ」

 

佐々木と会話をしながら、時間が過ぎるのを待っていると……

 

「正吾」

 

佐々木の名前が呼ばれ、声のした方を向くとそこには灰色のロングストレートの髪に薄い黄金色のような色の瞳をした女の子がいた。

 

「やっと来たか、友希那」

 

友希那と呼ばれた女の子は、正吾を見つけるなりすぐに近づき…………佐々木の耳を思いっきり引っ張った。

 

「『やっと来たか』じゃないわよ。校門のところで待ってるって言ってたわよね。なのに、いきなり場所を変えるし、来たら知らない女といるし、どう言うことかハッキリ聞かせてもらおうかしら」

 

「痛い痛いッ!場所を変えたのは悪かった、人混みが凄くて無理だったんだ」

 

佐々木の耳を思いっきり引っ張る少女、佐々木は何度も弁解するが、耳から指が離れることは無い。すると……

 

 

「ちょっと友希那ッ⁉︎ やめなって、こんなに人がいるんだから〜」

 

友希那と呼ばれた少女が来たのと同じ方向から、茶色のロングウェーブの髪に、黒い猫目のギャルっぽい見た目の少女が駆け足でやってきた。

 

「リサ、邪魔しないでちょうだい」

 

「だから〜、ストップだってば!」

 

リサと呼ばれた茶髪の少女が佐々木の耳を引っ張る少女を必死に止める。が、中々話さない少女に手を焼く茶髪の少女、突然振り向き、後ろの方へ声をかけた。

 

「手伝ってよ〜!悠哉さん」

 

彼女の口から出た悠哉という名前に、俺はまさか...と思い、彼女が呼んだ方を向くと……

 

「はぁ…仕方ないな…」

 

そこには案の定、羽丘サッカー部のエース、桐ヶ谷悠哉の姿があった。

 

「湊、そこまでにしておけ」

 

桐ヶ谷に止められ、渋々佐々木の耳から手を離した友希那らしい少女。

 

痛みから解放された佐々木は、引っ張られた耳をさする。

 

「で、正直に答えて、そこの女は誰?」

 

佐々木の耳から離れた指を、今度は俺に向けてくる友希那と呼ばれた女子。

 

「確かに、それはアタシも気になる」

 

リサと呼ばれた茶髪女子も、同じく俺に目線を向けてくる。

 

「ん?どこかで見たような....」

 

俺の顔を見た桐ヶ谷が、少し気づいたような反応を見せる。

 

どうしたものかと思っていた俺だったが、佐々木は何のためらいもなく俺の正体をバラした。

 

「そこの人は女じゃ無い。うちのサッカー部のキャプテンの奥沢先輩だ」

 

「「「!?」」」

 

佐々木の暴露に、驚く3人。俺は今日何度も見たその光景に、すでに慣れてしまっていた。

 

「奥沢...なのか?」

 

意外にも、かなり驚いているように見える桐ヶ谷。そんな桐ヶ谷に俺は、肯定の言葉をかける。

 

「ああ、そうだよ」

 

「「!?」」

 

見た目とは違う低い声に、再び驚く女子2人。それを聞いた桐ヶ谷は、そうか...と一言だけ言って、全体を見るように俺に目線を向ける。

 

「なんだよ.....」

 

「いや、お前にそんな趣味があったとは知らなかった」

 

「違うわ!クラスの奴らに強要されたんだよッ!」

 

真顔でそう言った桐ヶ谷に、たまらずツッコミを入れる俺。

すると、佐々木が俺に女子2人のことを紹介してくれた。

 

「紹介しますね。こっちの灰色の髪の仏頂面が湊友希那。で、こっちのギャルっぽい見た目の方が今井リサ、俺の幼馴染です」

 

佐々木の紹介に不満そうな視線を送る女子2人。そんな2人に、俺は自己紹介を返す。

 

「あー、俺は奥沢咲真。3年でサッカー部のキャプテンをしている。正真正銘の男だから。この格好は、ほんと気にしないでくれ。マジで気にしないでくれ。むしろ忘れてくれ」

 

俺の紹介を聞いた今井が、俺を見て呟いた。

 

「ほんとに男の人だったんだ〜。綺麗だから全然わからなかった」

 

その言葉を聞いた俺は、更に落ち込む。

 

「やめてくれ....」

 

「わぁ⁉︎ ごめんなさい、つい!」

 

俺の落ち込む様子を見て、慌てて謝る今井。俺は気にしないでくれ....と返す。

俺は話を変えようと、桐ヶ谷と今井たちとの関係を聞くことにした。

 

「で、なんでお前が佐々木の幼馴染たちといるんだよ」

 

「俺がリサと付き合ってるからだ」

 

なんのためらいもなく答える桐ヶ谷。あまりに自然に答えたため、俺が理解するのに数秒かかった。

 

「はあッ⁉︎」

 

「ちょっ⁉︎///」

 

俺と同時に、いきなり関係を暴露された今井も驚いている。こいつ....彼女いたのかよ....。

 

「なんでためらいもなく話すの⁉︎///」

 

いきなり暴露されたことが恥ずかしかったのか、今井は顔を真っ赤にしながら桐ヶ谷に詰め寄る。

 

「ん?事実だろ?隠す必要なんてあるのか?」

 

当の本人は、何食わぬ顔で平然と答えた。

 

「そうだけど〜///」

 

「佐々木は知ってたのか?」

 

顔を赤くする今井を尻目に、俺は佐々木に聞いた。

 

「俺も知ったのは練習試合の後です。なんでも結構前から顔見知りだったみたいで、去年の冬に桐ヶ谷さんの方から告白したみたいですよ」

 

「へぇ〜、あいつ恋愛とかあんま興味ないと思ってたけど、意外と青春してるんだねー」

 

顔を赤くしながら言い寄る今井、それを表情を変えずに淡々と返す桐ヶ谷、そんな2人を見て、俺はなんだかお似合いだなと思った。

 

 

「正吾、そろそろ....」

 

「ああ、そろそろ行くか....正直めんどいけど...」

 

湊の声をキッカケに、佐々木たちが移動を返ししようとする。

 

「あっ、その前に、ここの5人で写真撮ろうよ〜☆」

 

佐々木たちが移動しようとした時、今井が突然そんなことを言い出した。

俺は、これ以上写真は遠慮したいと思い、カメラマンを申し出たのだが……

 

「ダメですよ☆主役は先輩なんですから〜」

 

と、今井はカメラマンを通りかかった生徒に頼み、俺を真ん中にほかのメンバーを整列された。

 

「ほらッ、みんな笑って☆」

 

今井がそういうも、彼女以外の3人は表情を変えることなくシャッターが切られる。俺は、その光景を横目で見て苦笑いを浮かべた瞬間を撮られた。

 

今井はカメラマンをしてくれた生徒にお礼を言って写真を確認する。

 

「もう〜、みんな笑顔って言ったのに〜!」

 

みんな注意しながらも、彼女はしょうがないか〜、といつものことだと言った顔をする。

 

「そうだ、奥沢先輩!」

 

写真を確認した今井は、俺の方へ来る。

 

「どうした?」

 

「これ、アタシのSNSのアカウントのIDです!あとで今の写真載せるので、確認してください!」

 

そう言って今井は、IDの書かれた紙を俺に手渡す。

 

「わかった。サンキューな」

 

「はい!」

 

今井がそう言った後、佐々木たちは4人で文化祭を回るためにここを後にする。

 

「ではキャプテン、また」

 

「失礼するわ」

 

「またねー♪ 奥沢先輩♪」

 

3人がそう言って歩いていく。俺の前には、桐ヶ谷だけが残って立っている。

 

「お前は行かないのか?」

 

「行くさ。その前に....」

 

そう言って桐ヶ谷は、拳を俺に突き出してくる。

 

「前にもやったが、もう一度な」

 

「ふっ、そうだな」

 

俺も同じく拳を突き出し、コツンとぶつけた。

 

「ふっ」

 

桐ヶ谷は満足そうに微笑み、駆け足で佐々木たちの方へ向かった。

 

 

 

 

「ふぅー」

 

俺は4人が去った後、もう一度ベンチに座り一息ついた。

そして、今井からもらったIDで、アカウントを検索してみると、既に先ほどの写真が載せられていた。

 

「仕事早いなー」

 

そう言いながら、載せられた写真を見ると、満面の笑みを浮かべる今井と苦笑いを浮かべる俺、サイドに仏頂面で立つ佐々木、湊、桐ヶ谷の3人が写ったなんとも言えないものだったが、どこか暖かさを感じるものだった。

 

「笑顔が下手な奴ばっかだな.....ん?」

 

写真を見ていた俺は、写真と一緒に載せられていたタグが目についた。

 

 

そこには、「#女装シンデレラ」と書かれていた。

 

 

「あのギャルめ.....」




本日はここまでです。長くなってしまったので、ポピパ結成は次に持ち越しました。

リサと桐ヶ谷を出したのは、ちょっとした伏線みたいなものと思っていただければいいです。関係があるよって知っといてもらいたかっただけなので......


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揃う5つ星

お待たせしました!やっとポピパ集結です!

それでは早速ですが、お楽しみください。


羞恥との戦いが続く文化祭も、既に2日目の半分が終了した。あいも変わらず俺はシンデレラの格好で文化祭を過ごしている。

 

俺は現在絶賛ウエイトレス中、ようやくドレスとヒールにも少しずつ慣れ始めて来た。面倒なことに、1日目ではそこそこだったお客さんの数も、2日目はあのSNSの影響か、現時点で既に1日目の3倍以上に伸びている。いや、間違いなくあのSNSが原因だろう。明らかにこの辺りじゃない学校の人たちが、教室に溢れている。

 

俺はなんとか注文をさばきつつ、写真撮影に答えたり、握手をしたりと、なんだか芸能人になったような気分だ。あれだけ遠慮していた写真も今では気にしなくなった。どうやら、俺と写真を撮った女子たちのほとんどが、SNSにその写真をアップしているらしい。ご丁寧にも、その投稿には『#女装シンデレラ』とつけられていて、某有名SNS、○witterでは『#女装シンデレラ』がトレンドに入ったらしい。

 

その影響もあり、俺たちのクラスは現在売り上げで1位と途中経過で発表があった。そのため、うちのクラスは勢いそのままにお客さんを次々とさばいていく。

 

「咲ちゃん!4番テーブル、ケーキセット2つ上がったよ」

 

「分かった」

 

「咲ちゃん!6番テーブルのお客さんが写真撮りたいってー!」

 

「.....すぐ行く」

 

「咲ちゃ〜ん、1番テーブルの片付けと10番テーブルさんにお冷出して〜!」

 

「.......お前ら、マジで覚えとけよ.....」

 

次々に俺に仕事を与えてくるクラスメイト、その口からはこぞって「咲ちゃん」と言う名前が発せられる。

「咲ちゃん」と言うのは、女装している時の俺の名前らしい。どっかの馬鹿が面白半分で呼び、それが定着してしまった。それからと言うもの、クラスの奴らは俺に仕事を頼む時必ずと言っていいほど、この名前を最初につけてくる。俺はそんなクラスメイトたちに、苛立ちを向けながら、それが表に出ないように必死に自分を制御する。

 

 

 

 

「お疲れ、奥沢。今日は朝から動いてもらったから、後は自由にしてくれていいぞ」

 

お昼のピークが過ぎ、客足も少しずつ減って来た頃、委員長の東丘から今日は上がりだと告げられる。

 

「やっとかよ.....って事は、この格好もここで終わりだよな!!」

 

自分の仕事が終わった事で、この格好ともおさらばだと喜ぶ俺。だったのだが……

 

「ダメだよ〜、話題のシンデレラさんの魔法が解けるのは、文化祭が終わるまでだからね♪」

 

衣装を脱ごうとした俺の肩を、和泉がいい笑顔で掴む。

 

「い、和泉さん...?もう仕事が終わったのに、女装している必要は....」

 

「今や話題沸騰中のお姫様にはまだ大事な仕事が残ってるよ♪」

 

「.......というと?」

 

「お店のせ・ん・で・ん☆」

 

そう言って和泉は、いい笑顔で俺に店のビラを手渡した。

 

和泉の圧に負け、渋々ビラを受け取った俺は、とある教室を目指しつつ、昨日行けなかったところを中心に、文化祭を回っていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ....やっと着いた....」

 

途中、何度も足止めをくらいつつも何とか俺は、目的の教室の前まで来ることが出来た。

俺の目の前にあるのは、1年C組の教室。こころと美咲が在籍しているクラスだ。

 

昨日は初日ということもあり、バタバタしていて行けなかったので、今日こそは行くと決めていたのだが.....

 

「来たのはいいものの....この格好じゃ入りずれ〜」

 

 

美咲たちの教室の前には、デカデカと『笑顔になれるマジックショー!!』と書かれた看板がかかっている。看板に書いてある文字を見てわかる通り、発案者はこころらしい。俺はそれを聞いた時、最初はこころがまた1人で突っ走ったと思っていたのだが、美咲によると、最初の頃は、こころの勢いについて行けてなかったクラスの子たちも、こころの持ち前のカリスマ性....なのかは分からないが、それに当てられ、クラス一丸となって準備したらしい。

 

 

「どうしたもんか....」

 

ガラガラッ!!

 

俺が教室に入るのを戸惑っていると、突然目の前の扉が開き、中から1人の女子生徒が出て来た。

 

「っ!」

 

「わッ⁉︎」

 

突然扉が開いたことと、開けた先に人が居たことに、それぞれ驚いた俺と女子生徒。その女子生徒は、何を隠そう我が妹、美咲だった。

 

「……」

 

俺はいきなりの美咲の登場に驚きどう反応するべきか迷っていると

 

「あのー、マジックショーなら今準備中なんですけど....?」

 

どうやら美咲は俺だと気付いていない。それもそのはず、美咲には俺が文化祭で女装をしていることは伝えていないのだ。こんな兄の姿は見せられないと、美咲に合わないようにして来たのだ。ここへ来たのも、頑張る美咲とこころを一目見たかっただけで、面と向かって会うつもりなど無かった。

 

「(まさか速攻で出くわすなんて.....)」

 

俺が心の中で後悔していると……

 

「あ、あのー……」

 

美咲が俺の顔を覗き込むように見ながら、声を出さない俺を疑わしそうに見つめる。

 

「(どうしたもんか....ここはもう素直にバラすべきだよなー.....)」

 

美咲の痛い視線を浴びながら、もうバラすしかないと、声を出そうとしたその時……

 

「み〜さきッ♪」

 

「うわッ⁉︎ ちょっとこころ!!」

 

美咲の背中に、こころが思いっきり抱きついた。その衝撃で足をよろけさせる美咲だったが、日頃からミッシェルの格好で飛びつくこころやはぐみを受け止めているだけあって、倒れることなくこころの衝撃を耐えた。

 

「何をしているのかしら?」

 

いきなり飛びついたことに悪びれもなく美咲に質問するこころ。美咲は慣れたように、やれやれといった表情をした後、説明を始めた。

 

「教室の前に立ってる人が居たからマジックショーは準備中ですって説明してただけだよ、この人に」

 

そう言って俺に手を向けた美咲。こころは美咲の手の向く方、つまり女装した俺を見て、目を大きく開かせる。

 

「あら?」

 

こころにも分からないか〜、と少し落ち込む俺だったが、次の瞬間……

 

「咲真じゃない♪来てくれたのね!」

 

こころは、俺の予想と逆の反応を見せた。

 

「「えっ⁉︎」」

 

俺は自分の正体をこころが一発で当てたことに、美咲は目の前にいる女の人の正体が自分の兄だという事に、同時に驚く。

 

「2人ともどうしたの?何を驚いているのかしら?」

 

こころは驚く俺と美咲を不思議そうな目で見つめる。すると、驚きながらも美咲が、目をぱっちりと開きながら、質問してくる。

 

「お、お兄ちゃんなの?」

 

「お、おう。こんな格好だけどな....」

 

シンデレラの格好をした女性から、毎日耳にしている声を聞いた美咲は、目の前にいるのが本当に自分の兄だと理解した。

 

 

それから俺は、美咲とこころに女装させられている経緯を説明した。説明中こころは、いつものように元気に俺の話に相槌を打ってくる。一方美咲は、どこか不満そうな顔をしたまま、何も言わずに説明をただ聞くだけだった。

 

「というわけなんだ」

 

一通り説明を終えると、こころはそうだったのね〜! と、ちゃんと理解したのかは分からないが、反応を示してくれた。

 

「・・・・」

 

しかし美咲は、やはりどこか浮かない顔をしている。

 

「どうしたんだ美咲?」

 

気になった俺は、すぐに美咲から浮かない顔をする理由を聞こうとした。すると美咲は、ボソボソっと小さな声でつぶやき始めた。

 

「…………しい」

 

「ん?なんだって?」

 

「なんか悔しい」

 

「えッ?」

 

悔しいと言う予想もしていなかった答えに、俺は再び戸惑ってしまった。

 

「どういうことだ?」

 

「だって、こころはすぐお兄ちゃんだって気付いたのに....いつも一緒にいる私が気づかなかったなんて....なんか悔しいの!お兄ちゃんのこと、私が1番わかってるつもりだったから....」

 

美咲の口から出たのは、なんとも可愛らしく、兄としてはなんとも嬉しい答えだった。その答えに俺は思わず吹き出してしまう。

 

「アハハッ!!」

 

「ちょっと!! なんでそこで笑うの!」

 

いきなり笑われたことに、怒りながら顔を赤くする美咲。そんな美咲に、なんとも言えない気持ちになった俺は、愛でるように美咲の頭を撫でる。

 

「ありがとな、美咲。そこまで俺のこと思ってくれて....ほんとにいつもいつも感謝してるよ」

 

微笑みながら美咲にそう告げた俺、美咲はさっきよりも顔を赤らめながら少し下を向く。

 

「その返しは....ずるい...///」

 

 

 

そのまま俺が美咲の頭を撫で続けていると……

 

「美咲ばかりずるいわ!アタシも撫でて!咲真」

 

珍しく頬を膨らませたこころが、自分も撫でて欲しいと俺に頭を出してくる。

 

「はいはい...」

 

俺はそんなこころを見て、しょうがないなぁ〜と思いつつ美咲を撫でているのとは逆の手で、こころの頭を撫でる。

 

撫でられたこころは、目を細め、気持ち良さそうな表情で俺に撫でられる。

 

このなでなでタイムは、美咲たちと同じクラスの子が、2人を呼びにくるまで続いた。頭から手が離れた2人は、少し物足りなさそうな表情をしたものの、すぐにいつもの笑顔に戻り、俺の手を引きながら自分たちの教室へ戻っていった。

 

「さあ咲真♪アタシたちがビックリドッキリな世界へ招待するわ♪」

 

「行こ、お兄ちゃん!」

 

 

 

2人に引っ張られた先で、俺はきらびやかな驚きの世界を見た。こころが中心となって次々と行われたマジックは、初心者とは思えないほどの出来で、俺を含め、俺と同じくショー見ていた観客たちはみんな、次々起こる摩訶不思議な光景に驚き、感動した。

 

 

ショーの幕が降りた後、俺はこころたちに感想を述べ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

2日間に及んだ文化祭もいよいよ大詰め、模擬店の営業も終了し、残すは有志によるダンスやバンド演奏などのパフォーマンスのみとなった。

 

俺はそれを見るために体育館に向かっていた。向かう途中、体育館前の渡り廊下で、戸山たちPoppin’Partyの4人と出会った。その顔は、どこか暗いように見える。俺は気になって声をかけることにした。

 

「お前たち、何やってるんだ?」

 

「ッ!! 咲真先…ぱ…い……?」

 

声で俺だと気づいた戸山たちは、勢いよく振り向いた。振り向いたのだが....

 

「あれ?」

 

やはりシンデレラの格好のせいで俺だとは気づいていない。

 

「あれ?今咲真先輩の声がしたような……」

 

「もしかして天の声?咲真先輩って神様だったの?」

 

「なわけあるかぁ〜!」

 

またも的外れな発言をする花園に、市ヶ谷がツッコミを入れる。

 

そんな光景をいつも通りだと思い始めた自分に慣れを感じる俺だったが、すぐに切り替えて目の前にいるシンデレラが自分だと伝える。

 

「「「「ええーーー!!!」」」」

 

「あー、はいはい。お決まりをありがとう」

 

驚かれるのにも流石に慣れて来た俺は、4人の反応を軽く流して何があったのか聞いた。

 

 

聞いたところによると、どうやら沙綾のお袋さんが今朝倒れてしまい、沙綾はその付き添いで病院にいるらしい。そのこともあって、4人は中々集中が出来ていないようだ。

 

そんな4人に、俺は精一杯のエールを込めて、言葉をかける。

 

「今のお前たちにできることは、精一杯楽しんでライブを成功させることだ。それはもう沙綾に、沙綾の家族に届くくらい大きく、気持ちを込めて演奏して、歌って、お前たちの思いをぶつけることだ」

 

「思いを...ぶつける...」

 

「そうだ。お前たちの本気をぶつけてこい!沙綾の分まで!」

 

俺の言葉に、4人は覚悟を決めたように頷く。そして、先ほどとは打って変わった凛々しい表情で、体育館に向かっていった。

 

「先輩!私たち、頑張ります!沙綾に届くように!」

 

「おう、行ってこい!」

 

 

 

 

戸山たちが体育館に入ってすぐ、俺は時計を見て時間を確認する。現在の時刻から、戸山たちの出番まで7分ちょっと……

 

「よし…」

 

時間を確認した俺は、急いで学校の駐輪場へ向かった。走っている途中、邪魔なヒールを脱ぎ捨て、長いドレスのスカートを破き動きやすくする。

 

「(悪いな、和泉。ドレスは今度弁償するから)」

 

心の中で和泉に誤った俺は、駐輪場に停めてあった自分の自転車にまたがり、ペダルを漕ぐ。学校の校門を抜けて、目指すはそう……

 

 

沙綾のいる病院だ。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

全力の立ち漕ぎで、トップスピードで自転車を飛ばす。周りの目なんか気にならないくらい必死に漕ぎ続ける。

 

「(絶対間に合わせる!沙綾が決めたんだ、あれだけ悩んで、あれだけ頑張って、だから...絶対後悔させたくない!)」

 

 

そして……

 

全力で自転車を漕ぎ、病院まで残り3分の1にまで迫った所で、俺は彼女を見つけた。

 

「沙綾ッ!!」

 

大声で彼女の名前を呼ぶ。自分を苦しめていた本音に本音で打ち勝った少女。誰かに向け続けた優しさを、遂に少し自分に向けた少女。そんな彼女の名前を呼ぶ。

 

「えッ⁉︎ ど、どちら様?」

 

ここに来てもまだ俺の重しになるシンデレラの格好。だが、説明している暇などない。俺は急いで彼女に伝える。

 

「今はなんでもいい!急いで乗れ!君を仲間のところまで届ける。絶対に間に合わせる。だから、信じて乗れ!早く!」

 

そう言って俺は左手を沙綾に向けて突き出す。正直言って怪しすぎる。普通こんな誘い側に決まっている。俺も本当は分かっていた。でも...そんなこともわからなくなるくらい必死だった。

 

「わ、分かりました!お願いします!」

 

その必死が伝わったのか、沙綾は俺の手を取り、自転車の後ろへ腰を下ろす。

 

「飛ばすぞ!しっかり掴まってろ!」

 

「はい!」

 

沙綾はそういうと、俺の腰に手を回しギュッと抱きつく。その時俺の背中には柔らかい2つの感触があったのだが、そんなことすら俺にはどうでもよかった。

 

俺は、病院に向かう時よりも遥かに速い速度で学校へ引き返す。

時間は既に過ぎていて、戸山たちは演奏を始めているだろう。1つのグループが、ステージで演奏できる持ち時間は20分、既にそのうちの10分が経過している。最後の曲へ沙綾を間に合われるには最低でも後5分しか無い。

 

俺は来た道を戻る。全力で自転車を漕ぐ。太ももがちぎれそうになるほど全力で、息を忘れるくらい必死に。そして……

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

学校に着いたのは、最後の曲が始まる1分前だった。

 

「あ、ありが……」

 

「いいから…はぁ…早く行け!…はぁ…間に合わなくなるぞ……」

 

礼を遮って沙綾を体育館に向かわせる俺。沙綾はそんな俺に素早く頭を下げ、急いで体育館へ向かっていった。

 

 

沙綾が体育館に向かったのを見届けた俺は、壁にもたれかかり深々と腰を地面に降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「—————!!!」

 

 

体育館から微かに聞こえてくる歓声に、ライブの成功を確信した俺は、空を見上げながらフゥーっと深い息を吐いた。体は節々が悲鳴を上げていたが、心はこれでもかと言うくらい弾んでいる。

 

 

5人揃ったポピパを肉眼で見れなかったのが悔やまれるが、足が限界を迎えているため動くことが出来なかった。まぁ、これからも5人でバンドを続けて行くならいつか見れるだろう。

 

 

しばらく休んでいると、体育館の方からこちらに向かってくる人影が見えた。目を凝らして見ると、こちらに向かってきているのは、沙綾だった。

 

沙綾は、座る俺の前まで来て立ち止まり少し切らした息を整える。

 

「あ、あの!」

 

息を整えた沙綾は、まっすぐ俺を見てお礼を言う。

 

「ありがとうございました!貴方のお陰で、ライブに間に合いました」

 

沙綾の様子を見る限り、やはり俺だとは気づいていないようだ。

 

「あの、何かお礼がしたいのでお名前を教えていただけませんか?」

 

本気で気がついていない沙綾に、俺は笑いが抑えられなくなった。

 

「プッ、アハハハ!」

 

「えッ⁉︎ なんですかいきなり⁉︎」

 

沙綾はいきなり笑われたことに驚き、顔を赤くする。

 

「沙綾、俺だよ俺」

 

俺はそう言ってウィッグを外した。止めていた髪を解き、いつもの髪型に戻すと、いつもの奥沢咲真に戻った。

俺の顔を見た沙綾は、驚きのあまり目を見開き、口を半開きにしたまま固まっている。

 

「おーい、沙綾?」

 

俺は固まった沙綾の目線に手を振る。

数秒後、正気を取り戻した沙綾は、遅れて反応を示す。

 

「ええェェェーーー!!」

 

「おお……」

 

大声に耳を塞ぎ、聞き慣れた反応に驚く事なくただ落ち着くのを待つ。

 

 

「先輩だったんですか⁉︎」

 

「やっぱり気づいてなかったんだな」

 

「気づきませんよ!綺麗な人だなって思ってたんですから!」

 

詰め寄る沙綾に、おぉ…と頬を引きつりながら、隣へ座るように言う。

 

沙綾は俺の隣に座ると、少し嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとうございました。本当に色々」

 

「俺はただ相談に乗っただけだよ。決めたのは沙綾だ」

 

「それでも、先輩がいなかったら私多分どうにかなってたと思うんです。もっとみんなに迷惑とか心配かけてたと思うし.....」

 

こんな時でも誰かに優しい沙綾、人のことなんて関係ないと言おうとしたその時…

 

「でも…先輩になら迷惑かけても良いかなって思うんです。勝手ですけど、先輩なら受け止めてくれるって信じちゃってるんです」

 

甘えることを拒んできた沙綾が、初めて自分から甘えると言った。

 

「いくらでも迷惑かけてくれ。そんなんで受け止められなくなるほどヤワじゃ無いからな」

 

だから、そんな彼女が笑顔で居られるように、自分がやりたいことを出来るように、迷惑をかけられることを俺は望んだ。

 

 

 

「……」

 

その言葉を聞いた沙綾が、突然おれの肩に頭を乗せた。

 

「さ、沙綾?」

 

いきなりの事に驚いた俺。動揺して声が少し裏返る。

 

「ごめんなさい、少しだけ...このまま///」

 

沙綾は顔を少し赤らめながら、俺に甘えるように言う。断ることができない俺は、ポリポリと頬をかき沙綾が気の済むまで肩を貸すのだった。




ようやくポピパが5人揃いました〜!長々と書いてしまいましたが、いかがだったでしょうか?
咲真、カッコいいセリフを言っても見た目はシンデレラなんですよねww

※手書きですが咲真のキャラ絵を描いてみました。あらすじの所にあるので、どうぞご覧になってください。ここをこうした方が良いよなどあれば、遠慮なく言ってください。


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キャプとマネの1日

今回はマネージャーの和泉メイン回です!
今まで日常で絡めたことがなかったので、書いてみようと思いました。(バンドリのキャラも出ますよ〜)


夏になるにつれ、日差しが強くなって来たある日、俺は駅の前でとある人物と待ち合わせをしていた。照りつける日差しが俺の肌をジリジリと焼く。普段から日差しの元で激しい練習をしている俺でも、この暑さには全然慣れない。

 

「遅いな」

 

スマホの画面を見て時間を確認する。現在の時刻は10時15分、集合は10時ちょうどだったため、既に待ち合わせの相手は集合時間を15分オーバーしている。

 

まぁすぐに来るだろ...と、イアホンを耳につけ、音楽を聴きながら待とうとしたその時だった。急に視界が真っ暗になる。

 

「だーれだ?」

 

耳元で囁かれる声に驚くも、そのあざとい行動に若干呆れつつ、囁いてきた人物の質問に答える。

 

「……こんなあざとい行動をするのは、うちの可愛い可愛いマネージャーの和泉さんかな」

 

目を塞がれつつ、俺は後ろにいる待ち合わせしていた人物である和泉渚に声をかける。

 

「あざといなんて失礼だなー、彼女のいない非リアの奥沢君に少しでもリア充の気持ちを味わってもらおうと思ったのに」

 

「別にリア充の気持ちとか味わいたいわけじゃないから。それに、お前も俺と同じ非リアだろ」

 

未だに俺の視界は真っ暗なまま、俺は前を向きながら後ろにいる和泉と会話を交わす。

 

「私は非リアじゃないよ〜、毎日充実してるもん♪サッカー部のみんなと一緒に過ごせて」

 

「はいはい、そうですか」

 

「もう、テキトーだなぁ」

 

そんな他愛もない会話が続く。そろそろ手を退けて欲しいと俺は和泉に頼む。

 

「なぁ、そろそろ手離してくれないか?」

 

「ヤダ」

 

和泉は即答した。

 

「いや、なんでだよ」

 

「だって奥沢君...離したら怒るでしょ?15分も遅刻して...」

 

どうやら和泉は俺に怒られることを恐れて俺と正面から向き合わないようにしていたらしい。

 

「はぁ…別に怒ってないから」

 

「ホント?」

 

「ホントホント。それに、せっかく来たんだからずっとこのままってわけにも行かねえだろ?」

 

「……」

 

そう言うと、和泉は仕方なくと言った感じでゆっくりと俺の目から手を離す。真っ暗だった視界が、一気にひらけ目の前が真っ白になる。目を細め、明るさに目を慣らしていく。十分に慣れたところで、俺は振り返り、遅れて来た和泉の方を向く。

 

そこには、普段見ている制服やサッカー部のジャージ姿では無く、白いTシャツの上に淡い桃色のロングニットカーディガンを羽織り、デニムを履いた姿の和泉がいた。

 

「………」

 

俺はいつもと違う和泉の雰囲気に言葉を失う。

 

和泉は元々ルックス、スタイルともに良く、普段から華やかな印象だった。だが、今までは制服やジャージ姿しか見たことがなく、普段和泉を見ても言葉を失うほどでは無かった。が、私服姿の和泉は、いつもの華やかさに加え、服の効果もあってか、女子らしい魅力が増しているような気がする。

 

俺が無言のまま頭の中でそう思っていると……

 

「あ、あの...奥沢君?///そんなにジーッと見られると恥ずかしいんだけど///」

 

和泉が顔を赤らめ、体を横に反らしながらモジモジする。

 

「えッ⁉︎」

 

無意識に和泉をじっと見つめていたと気づいた俺は、おどろき慌てる。

 

すると、いきなり和泉の表情が一転し、落ち込んだような顔になる。

 

「それともやっぱり怒ってる....?そうだよね...」

 

和泉の瞳が少し潤んでるように見える。俺はそんな和泉を見て、慌てて否定しようとしたが、それではとってつけた風になると思い、一旦自分を落ち着けてから和泉に言葉をかける。

 

「違う違う。別に怒ってないから。ただ、いつもと雰囲気が違ったから驚いただけだよ。服、凄く似合ってて和泉ってこんなに可愛かったんだなって思っただけだから」

 

俺は、和泉の頭に手を置きながら、落ち着いた口調で思っていたことを正直に全部言った。最後の方は、凄く恥ずかしいことを言っていると自覚はあったが、この際は仕方ないと自分の言葉に若干後悔しつつ、和泉に話した。

 

「………ずるいよ///」

 

和泉は、顔を耳まで真っ赤に染めながら下を向いたまま呟いた。小さな呟きは、俺の耳の入ることは無かったが、和泉から落ち込んだ様子が無くなったのは見てわかった。

 

 

 

「よし、じゃあ行くか。時間も勿体無いし」

 

「そうだね、せっかく来たんだから楽しまないと」

 

そう言って俺たちは駅の近くにあるショッピングモールへ足を運ぶ。今日和泉と来たのは、先日の文化祭でシンデレラのドレスを破いた埋め合わせが目的だ。初めはドレスを買って和泉に渡すだけのつもりだったのだが、和泉の方から一緒に買い物に行って何か奢ってくれれば許すと言われ、特に何も言えない俺は、こうして和泉と買い物に行くことになったわけだ。

 

 

 

「買うものは決めてあるのか?」

 

「うん!ちょうど新しい服が欲しいなって思ってたんだ〜♪夏に向けて揃えないと♪」

 

「あんまり無茶はしないでくれよ....」

 

「え〜、どうしよっかな〜♪」

 

「(和泉の奴、面白がってるな...まぁ仕方ないか...幸いお金は結構持って来たし、今回は埋め合わせだからな)」

 

俺と和泉は、そんな会話をしながらショッピングモールを回っていく。途中、目に入ったお店に入っては、和泉が色々物色し、うーんと頭をひねっている。

 

「ねえねえ奥沢君。コレとこれ、どっちがいいと思う?」

 

そうやって和泉は、両手に2種類の服を持ち、自分の体に交互に重ねながら俺に聞いてくる。

 

「いや...俺に聞かなくても....自分の好きな方でいいんだぞ?最悪両方でも俺は別に構わないぞ?」

 

「私は奥沢君に聞いてるの!奥沢君が選んで!」

 

グイっと距離を詰めてくる和泉、身長差があるため和泉は精一杯背伸びして俺に顔を近づける。

 

「わ、分かった!! 分かったから離れろ、近い!!」

 

俺は慌てて和泉の両肩を掴み和泉を離す。

 

和泉を離した俺は、和泉が両手に持っている服を交互に見ながら和泉に似合いそうな方を考える。

和泉が右手に持っているのは、黒いチェック柄のシャツワンピース。軽く風通りの良い素材で夏でも動きやすく、和泉の淡い赤髪も映える。左手には、反対に白いコットンレースのブラウス。ふわふわとした少し透けたブラウスが涼しそうな印象で、大人っぽい雰囲気の中にも女子らしい可愛らしさが見て取れる。

 

「う〜〜ん……」

 

俺は顎に手を置き、頭を悩ませる。そのまま数分悩み、一方を指差す。

 

「こっちかな」

 

俺が指を指したのは、和泉の左手に持たれていた白のブラウスだ。

 

「こっち?オッケー、じゃあちょっと試着してくるね♪」

 

そう言って和泉は軽い足取りで試着室に入って行った。

 

和泉が試着するのを待っている間、俺は店内を物色していた。店内はレディースの服が8割を占め、メンズの服は残りの2割しかない。そのため必然的に女性客が多い。その中で男1人でウロウロするのは若干気が引けるが、和泉が絶賛着替え中の試着室の前にずっといる方がもっと気が引けるので気にしない。

 

 

店内をウロウロしていると、ショーケースに飾られているアクセサリー類が目に入った。

 

「ん?」

 

俺はその中の1つに目を引かれた俺は購入することを決め、店員さんを呼んでショーケースから出してもらった。パパッとアクセサリーだけ会計を済ませ、綺麗にラッピングしてもらいポケットに隠した。そのまま俺は、和泉の元へ戻って行った。

 

 

 

 

 

「じゃーん♪どうかな?」

 

俺が試着室の前に戻って来たのとほぼ同じくらいに、試着室のカーテンが開き、着替えを済ませた和泉がクルっとその場で一回転して俺に感想を求める。

 

実際のところ、俺が選んだブラウスはとてもよく似合っていた。元々履いていたデニムとも相性が良く、和泉の可愛らしさを引き立てつつ、少し大人っぽさも感じられる。

 

「おお〜、凄えよく似合っていると思うぞ」

 

「えへへ〜///そうかな?///」

 

俺の素直な感想に、和泉は照れくさそうに後頭部に手を置く。

 

「じゃあこれにしよっかな♪」

 

「ほんとにそれで良いのか?似合ってるけど、俺が選んだやつだし、自分で選んだ方が……」

 

「良いの!奥沢君が選んでくれたってことが重要だもん♪」

 

そう言って和泉は試着室のカーテンを閉める。どうやら譲る気はないらしい。仕方ないと思い俺は諦めて和泉が出てくるのを待つ。

 

 

 

 

 

 

「ふんふふんふーん♪」

 

和泉が試着室から出た後、俺たちは会計を済ませ店を後にした。店を出てからというもの、和泉は上機嫌で鼻歌を口ずさみながら買った服が入った袋を両腕で抱えている。

 

「えらく機嫌がいいな」

 

「そうかな?」

 

とぼける和泉だが、明らかに頬が緩んでいる。まぁ買った側としてはそこまで喜んでもらえるのはありがたいと思う。

 

 

 

「あれ〜?そこにいるのって奥沢先輩〜?」

 

和泉と歩いていると、突然後ろから声をかけられた。俺たちは振り返り声のした方を見ると、そこには、以前やまぶきベーカリーで会った青葉モカとその両脇には初めて見る女の子2人の計3人が立っていた。1人はショートの黒髪に一部に赤いメッシュをつけたきつそうな見た目の女の子で、もう1人はピンク色の髪を肩の辺りで2つに分けた髪型の女の子だった。

 

「おお、青葉か。偶然だな」

 

「こんな所で会うなんて〜、やっぱりアタシたち運命で結ばれてるんですな〜」

 

そう言って青葉はニヤニヤと、俺と和泉を交互に見ながら言ってくる。こいつ…完全に面白がってやがるな…

 

「奥沢君…」

 

「は、はい!!」

 

隣からこれ以上ないくらい冷たい声が聞こえてくる。俺はその声を聞いて、背筋を凍らせる。

 

「この子って〜奥沢君の知り合い?運命ってどういう事?明らかに歳下だよね?また歳下の女の子に色目使ったの?」

 

和泉が一定のトーンのまま、俺に質問を続ける。返答するスキがないほど次々に質問してくる和泉に、俺はなんとか話を聞いてもらおうとする。

 

「ち、違うから!こいつはバイト先の常連で、何回か会ったことがあるだけだから。青葉も誤解を招くような事言うなよ!」

 

和泉に詰め寄られながら必死に弁解する俺。この問題の元凶である青葉は、してやったりと言った表情でこちらを見ている。

 

すると、青葉の隣にいた女子のうち、黒髪に赤いメッシュをつけた方の女子が、見かねて青葉に問う。

 

「…ねぇモカ、これ何?どう言う状況?ちゃんと説明して欲しいんだけど」

 

「えっと〜、あそこにいる男の人とモカちゃんは〜それはもう親密な関係なんだよ〜。モカちゃんが欲しい物(パン)を得るために、それにあった見返り(パンの代金)をモカちゃんが払ってるのだよ」

 

この状況に追い打ちをかけるような言い方で、青葉は懲りずに口を開く。この期に及んでまだ問題をややこしくする青葉に、俺は少しイラつきを覚えた。

 

「ええ〜⁉︎」

 

青葉の言葉を聞いて、早速勘違いしたピンク色の髪の女の子の方が、顔を赤らめながら驚きの声を上げる。

 

「……」

 

それに対して赤いメッシュの方の女の子は、鋭い眼光を俺に向けてくる。

 

「そっか...奥沢君...君がそこまでだったなんて知らなかったよ...」

 

和泉は和泉で、冷たい視線を送りながら笑顔のままゆっくりと俺に近づいてくる。

 

「待て和泉!だから誤解なんだって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからなんとかショッピングモールのフードコートに移動した俺たちは、昼食を取りながら青葉以外の3人に事情を説明することにした。はじめの方は話を聞いてすらくれなかった和泉も、空腹には勝てず、俺が奢ることで話だけでも聞いてくれることになった。

 

俺と青葉の関係を、誤解を招かないように詳しく正確に3人に伝える。途中何度か青葉が割り込んできたが、やまぶきベーカリーのパンを青葉には二度と売らないと言ったら一瞬で大人しくなった。そんなの俺の一存で決められないのだが、青葉にはこれほどない薬だっただろう。

 

「な〜んだ〜、そうならそうと言ってくれればよかったのに」

 

「先輩がモカがいつも行ってるパン屋の店員さんで、モカがそこのお客ってことだったんですね」

 

「…モカ、なんであんなややこしい言い方したの?」

 

どうやら3人の誤解は解けたらしい。赤いメッシュの女の子は、先ほどまで俺に向けていた眼光を今度は青葉の方に向けている。

 

「いや〜、つい魔が差して〜」

 

そんなその場しのぎをする青葉に、彼女は眼光を強め

 

「次やったら許さないから」

 

「もうしません……」

 

友達に睨まれ、流石の青葉も懲りたらしい。シュンッと少し小さくなった。

 

 

 

「とりあえず、お互いに自己紹介しません?まだ名前も知らないし」

 

「そうだね、しよっか♪」

 

すっかり意気投合した様子の和泉とピンク髪の女の子は、互いに自己紹介しようと提案する。その提案に、赤メッシュの女の子の方が、えっ…と少し嫌そうな反応を見せるも、まあまあ〜と青葉に押され、渋々承諾する。

 

「はいはい!じゃあまずは私から!…コホン、上原ひまりです。羽丘高校の1年生で、そこにいる2人と一緒にAfterglowってバンドをやってます!趣味はコンビニスイーツの食べ比べです。よろしくお願いします」

 

「へぇ〜、3人はバンドをやってるのか...」

 

「はい!ほんとは他に2人メンバーがいて、合計5人でやってるんです!」

 

この辺りにはバンドをやってる女の子が多いんだなーと、改めて思う俺であった。

 

「じゃあ次はアタシね〜。奥沢先輩は知ってるけど、青葉モカで〜す。好きなものは、三度の飯よりパンです!よろしく〜」

 

「いや、パンも言ったら飯だろ……」

 

青葉のゆったりした自己紹介に、思わずツッコミを入れてしまう。

 

「さすがせんぱ〜い♪鋭いですね〜」

 

青葉は待ってましたと言わんばかりの反応を見せる。

 

「ほら、最後は蘭だよ〜」

 

「いいじゃん別に…自己紹介なんて……」

 

「そんなこと言わずに〜、せっかくなんだから〜」

 

そう言って青葉は、赤メッシュの蘭と呼ばれた女の子に自己紹介を催促する。

 

「わかった、わかったから。やればいいんでしょ…」

 

蘭と呼ばれた女の子は、渋々と言った感じで自己紹介を始める。

 

「……美竹蘭。さっきもひまりが言ってたけど、Afterglowってバンドやってて、ボーカルとギターやってます…よろしく」

 

あまり人と話すのに慣れていないのか、少しゆっくりと喋る美竹。青葉は良く出来ました〜と言って美竹の頭を撫でようとする。それを顔を赤くしながら弾く美竹、随分と仲が良いんだなと素直にそう思った。

 

「ひまりちゃんとモカちゃんと蘭ちゃんか...うん覚えた♪」

 

「えっと、じゃあ次は私ね。私は花咲川高校3年の和泉渚です。気軽に渚って呼んでね♪好きなものは抹茶味のスイーツ。隣にいる奥沢君とサッカー部に所属していて、そこのマネージャーをやってます。3人ともよろしくね♪」

 

和泉のなんとも完璧な自己紹介に、青葉たち3人は、はい!とそれぞれで返事をする。自己紹介を終えた和泉は、俺の方を向き期待のこもった視線を送ってくる。

 

「いや、そんなに期待されても何も無いから…」

 

「俺の名前は奥沢咲真。和泉と同じ花咲川の3年で、サッカー部のキャプテンをやっている。趣味はギターと料理かな、まぁよろしくな」

 

俺の簡単な自己紹介にも、3人はそれぞれ返事を返してくれる。

 

 

自己紹介を終えた俺たちは、そのまま昼食を食べながら軽い話をしていた。特に、和泉と上原の2人が会話に花を咲かせている。俺、美竹、青葉の3人は、そんな2人を横目に見ながら、音楽やギターの話をしていた。すると突然、和泉たちの方から上原の驚きの声が上がる。

 

「ええッ⁉︎ あの○witterのトレンドだった女装シンデレラって、奥沢先輩だったんですか〜〜⁉︎」

 

「ブフッ⁉︎」

 

それを聞いた俺は、思わず口に含んでいた水を勢いよく吹き出してしまった。

 

「おい和泉!何喋ってるんだよ!」

 

「ええ〜、ひまりちゃんが女装シンデレラに生で会いたかったっていうから、隣に本物がいるよって教えてあげただけだよ〜」

 

和泉は、なんの悪びれもなく言う。上原は今時の女子高生らしくSNSをやっているらしい、そこから女装シンデレラのことは知っていたようで、その正体にかなり驚いているようだ。スマホの写真と俺の顔を何度も往復して確認している。

 

「言われてみれば確かに....顔がそっくり」

 

「さっきからひまりは何の話をしてるの?」

 

俺たちが騒いでいると、美竹からそんなことを聞かれる。どうやら美竹はSNSをやってはいないようで、女装シンデレラと聞いてもピンときていないようだ。更にそれは、青葉の同じようで首を傾げている。

 

「これこれ!見て2人とも!」

 

上原は、俺のシンデレラの仮装の写真をスマホの画面に出し、2人に見せる。

 

「これってシンデレラ?文化祭か何かの写真?」

 

「キレイな人だね〜、本物みた〜い」

 

写真を見た2人は、それぞれ反応を見せる。俺は、誤魔化すのを諦めて、テーブルに突っ伏す。

 

「このシンデレラ、奥沢先輩なんだって!」

 

「「え……」」

 

ひまりの解答に、2人の動きが一瞬止まる。

 

「嘘...だってどっからどうみても女の人じゃ...」

 

「うんうん、モカちゃんも蘭に同意〜」

 

2人はどうやらまだ信じてはいないようだ。するとそこに和泉が入っていく。

 

「ほんとだよ。文化祭の出し物で、奥沢君が女装したのがそのシンデレラだよ♪」

 

そう言って和泉が今度は自分のスマホを3人に見せる。画面にはいつのまに撮っていたのか、俺が試着室に入り、シンデレラの格好で出てくる動画が再生されていた。

 

「ほ、ほんとだ…」

 

「これはびっくり〜」

 

2人はどうやら完全に信じたようだ。俺はもう終わりだ、とテーブルに顔をつけたまま出来るだけ動かないようにする。まさかここで黒歴史を蒸し返されるとは思っていなかった.....

 

 

「そうだ!」

 

いきなり上原が、大きな声を上げた。

 

「ひーちゃんどうしたの?お腹減った?」

 

「違うよ!今食べたばかりじゃん⁉︎」

 

モカのボケにツッコむ上原に、全員がどうしたのかと視線を送る。すると、上原はおもむろにスマホを俺たちに向け…

 

「せっかくだし、この5人で写真撮りませんか?」

 

そう提案してきた。いきなりの提案に、特に美竹が凄く嫌そうな顔をする。俺も正直遠慮したかったのだが……

 

「いいね〜♪撮ろっか、いいよね奥沢君?」

 

ガシッと俺の腕を掴み、逃げられないようにしてからいい笑顔で質問してくる和泉。俺は諦めるしかないと思い、渋々首を縦に振った。

 

「モカもほら!」

 

「しょうがないな〜」

 

そんなこと言いつつも、満更ではない様子で青葉も俺たちの方に寄ってくる。残すは美竹のみ。

 

「蘭も早く〜」

 

「ほら蘭!一回だけだから、お願い!」

 

「蘭ちゃんも一緒に撮ろ?」

 

俺以外の3人が、しつこく美竹を呼ぶ。結局最後は美竹が折れ、椅子から立ち上がり俺たちの方へ来る。

 

「一回だけだから……」

 

どこか嬉しそうにも見える美竹の表情に、俺はめんどくさい性格だなぁと、失礼ながらクスッと笑ってしまった。

 

 

 

「はぁ〜い!じゃあ撮りますよ〜」

 

5人が一箇所に固まると、上原はどこから出したのか、自撮り棒を取り出しスマホをセットする。

 

カシャッ

 

カメラのシャッター音が聞こえ、撮影が終わる。撮れた写真を見てみると、和泉と上原は笑顔でピースサイン、青葉と俺はそんな2人を見ながら微笑み、美竹はぎこちない表情で写った写真が撮れていた。

 

「うん!バッチリ!」

 

上原は満足そうだ。和泉が後で送ってねと、上原とアドレスを交換する。和泉の方から俺にも撮った写真が送られて来た。自分の方でも確認してみると、そこには思いの外楽しんでいる自分が写っていた。

 

「(ま、たまにはこういうのもありだよな...)」

 

 

 

 

 

 

 

 

写真を撮った後、俺たちは青葉たち3人と別れ、和泉と2人でショッピングモールを後にした。

 

すでに時間は19時近くになっており、西には鮮やかな夕日が出ていて、辺り一面を夕焼け色に染めている。

 

「わ〜!綺麗だね奥沢君!」

 

夕日をバックに、和泉が振り返りそう聞いてくる。

和泉は今日一日ずっとテンションが高かった。そんな和泉を見ていると、なんだかこっちまで心が弾んでくる。

 

「そうだな」

 

俺は簡潔にそう答えた。

 

「うーーん!」

 

夕日の暖かな光を浴びて、グーッと伸びをする和泉。そんな彼女を見て、俺はポケットにしまってあった箱を取り出した。

 

「和泉」

 

「ん?なに?」

 

俺の呼びかけに、和泉はすぐに振り返り首を傾げながらこっちを向く。

 

「はい、これ」

 

そんな和泉の前にポンッと持っていた箱を出す。

 

「え……」

 

突然のことに驚いて、目と口を開きにしながら動かなくなる。俺は動かない和泉の手を掴み、箱を握らせる。

 

 

「ほい」

 

「な、なに?これ…」

 

「プレゼント、ドレスのお詫びと日頃の感謝を込めて」

 

「……あ、開けてもいい?」

 

「おう」

 

和泉は箱の包みを丁寧に開け、中身を取り出す

 

「——ッ!これ…」

 

箱の中には、4枚ある銀色の花びらのうち、1枚だけ鮮やかなメタリックのピンクで染色された花のネックレスが入っていた。

 

「服を買った店で見つけたんだ。和泉に似合うと思って」

 

「……」

 

和泉はなにも言わなかった。気に入らなかったのかと思い、和泉に声をかける。

 

「い、和泉?」

 

「……つけてみてもいい?」

 

「お、おう」

 

和泉は首の後ろに手を回し、ネックレスをつける。

 

ネックレスは俺の思った通り、和泉にとてもよく似合っていた。

 

「どうかな?///」

 

「凄く似合ってると思うぞ」

 

顔を赤くしながら上目遣いで聞いてくる和泉に、俺はすぐに答えた。

 

「……そっか」

 

小さな声でそう呟いた和泉は、すぐに顔を上げ……

 

「ありがとう、奥沢君!///」

 

間違いなく今日1番の笑顔を俺に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——和泉家・渚の部屋——

 

 

 

あれから私は、奥沢君に家まで送ってもらいそこで解散となった。私は帰ってすぐに自分の部屋に入り、着替えもせずにそのままベッドにダイブした。

 

「……はぁ///」

 

私は、左手に握られている花のネックレスを見てため息を吐いた。このネックレスを見るたびに、1人の同級生の男の子を思い出してしまう。

 

「……バカ///」

 

自分の口からその男の子に対する罵倒が溢れた。それは、彼の鈍感さ、卑怯さ、女たらしさに対して出たものだった。

 

「もう〜〜〜////」

 

ベッドに何度も足を叩きつけ、恥ずかしさを誤魔化した。それくらいしないともう二度と彼の顔が見れないと思った。

 

私は、そんな鈍感で卑怯で女たらしな彼のことが……

 

 

 

 

 

 

 

『好き』で仕方なかったから......




というわけで、Afterglowより美竹蘭ちゃんと上原ひまりちゃんが初登場いたしました〜。
和泉がヒロインする回となりましたが、いかがだったでしょうか?

余談ですが、今回のイベントのAfterglowのみんなやばく無いですか?可愛すぎるでしょ!ガチャは爆死しましたが、曲も良いですし満足してます。今後もバンロリっ子増えるのかな?個人的には、さよひな、推しの美咲が見てみたいですね〜。皆さんはどうでしょうか?


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ココロハズム

1週間近く空いてしまい申し訳ありません。どうも、ヒロインぶれぶれ作者の夜十です。

今回は、お久しぶりのこころ回となります。

※ちなみに、この時点では、既にバンドリの5つのバンドが結成されております。ここからもしバンドリのキャラたちが登場した場合、活動をしていると思っておいていただいて構いません。


ポツンッ——————

 

「ん?雨か……」

 

学校を出てすぐ、顔に何か当たったと思い空を見上げると、灰色の空からパラパラ雨が降り始めた。幸い折り畳み傘を持っていたので、すぐにカバンから取り出してさす。すると、少しずつ雨は強くなり傘がパラッパラッと音を立て始める。

 

「今年も梅雨入りかね」

 

そんな小言を呟きながら、雨の中を歩く。そこまで強くはならなかったが、大会も近くなり、体調管理を怠ってはいけないと出来るだけ濡れないように進んでいく。

 

 

傘の中から見える外の景色は、水を弾きながら進む車と人のいない道路だけを写し、全体が白く霞んでいる。

 

「ん?」

 

そんな中、目の隅に微かに黄色が写った。見間違いかとも思ったが、次の瞬間、楽しそうな歌声が雨の音を抜け、俺の耳に入ってきた。

 

「————♪」

 

「っ⁉︎」

 

俺はその歌声に既視感があった。俺はすぐに歌声のした方を向く。雨のせいで見えにくかったが、そこには広場があり、その中心で、1人の女の子が雨の中、楽しそうに踊りながら歌っていた。

 

俺はその女の子元へ急いで向かう。そして、大きな声でその女の子の名前を呼んだ。

 

「こころ!」

 

雨の中、濡れながら歌っていたのは、我が妹のバンドメンバーの1人、天真爛漫で笑顔が似合うお嬢様、弦巻こころだった。

 

 

 

「あら?咲真じゃない♪こんなところでどうしたの?」

 

こころは俺に気づくなりそんなことを聞いてきた。俺は2人が傘に収まる位置まで近づき、これ以上こころが濡れないように傘をさした。

 

「それはこっちのセリフだ。何やってたんだ、雨の中傘もささずに」

 

「歌を歌っていたのよ♪」

 

このセリフにも既視感を覚えた俺は、そうかい....とツッコむのを諦めて、こころを見る。

 

こころの体は全身濡れていて体も服もビショビショ、髪も水が滴っている。それに加え、濡れた服が肌にくっつき、こころの下着と綺麗な肌が透けて見えていた。しかも、服が肌にくっついたせいでこころの見かけによらず豊満な胸のシルエットがはっきりわかるようになっている。はっきり言うと、エロい……

 

「っ⁉︎///ほらっ!これでとりあえず体を拭け」

 

そう言って俺は、カバンに入れていたタオルをこころに被せる。

 

「ありがとう咲真♪」

 

タオルを被りながら礼を言うこころ。肌に雫をつたわせながら髪を拭く姿は、何故か色っぽく俺は自分の顔が赤くなるのが分かった。

 

「(はぁ…ほんとこいつといると調子狂うな///)」

 

俺は傘をさしながら、こころが髪を拭き終わるのを待った。すると……

 

「くしゅんッ!!」

 

突然こころが可愛らしいくしゃみをした。雨にずっと打たれていたんだ、流石のこころも体が冷えたのだろう。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「へーきよ♪なんてことないわ♪」

 

こころはいつもと変わらない笑顔で言うが、心配した俺はすかさずこころの頬に手を当てる。雨に濡れたこころの頬は、冷たくなっていた。

 

「んなわけあるか。こんなに冷たくなってるじゃねえか」

 

「……////」

 

「ん?どうした?こころ」

 

「な、なんでもないわ////」

 

こころの頬が体温を帯びて赤くなっていく。先ほどまで冷たかった頬が少しずつ暖かくなって行くのを自分の手で感じる。

 

「とにかく、このままじゃ風邪引くぞ。そうだな....ここからだと弦巻邸は遠いし....仕方ない。こころ、一旦俺の家に来い。すぐそこだから」

 

「わかったわ♪アタシも咲真のお家に行ってみたいわ♪」

 

「じゃあ行くか」

 

「ええ♪」

 

そうして、俺はこころを我が家へ招いた。こころが雨に打たれながら歌っていた広場からは、目と鼻の先だったため5分もかからずに到着した。

 

 

「ここが咲真と美咲の家なのね〜」

 

俺の家を見たこころが見上げながらそう呟いた。雨が降っている中顔を上げたので、こころの顔は再び雨に打たれる。俺はすぐにこころの頭上に傘を持っていき、雨粒とこころの顔の経路とこころの視界を傘で断つ。

 

「ほら、また濡れるぞ。傘から出るな」

 

 

俺は持っていた鍵を取り出して、ガチャッと玄関の扉を開ける。玄関を開けた俺は、すぐにこころを家の中へ入れる。

玄関に入ったはいいものの、こころの服からは水が滴り玄関に水滴がポタポタと落ちる。

 

「悪いがちょっと待っててくれ。すぐに風呂沸かして、変えのタオル持ってくるから」

 

「分かったわ♪」

 

そう言って俺は、家の中へ入っていき風呂の準備をする。風呂の蓋を閉め、ピッとお湯はりのボタンを押した俺は、すぐに着ていた制服を脱ぎ、動きやすいシャツに着替える。着替えが終わってすぐに、大きめのバスタオルを持って玄関へと戻って行く。

玄関に戻ると、こころがキョロキョロも家の中を見渡していた。

 

「おまたせ、ある程度拭いてから上がってくれ。とりあえずちゃっちゃと風呂であったまって来い。風呂は突き当りを右へ行ってすぐのとこだから。服は洗濯機の中に全部まとめて入れておいてくれ」

 

「はーい♪」

 

俺はバスタオルを手渡し、こころに風呂に入るよう指示を出した。こころはコクリと頷くと、靴を脱ぎ、バスタオルで濡れた箇所を拭いて家へ上がり、風呂場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

こころが風呂に入った後、俺は濡れていたこころの制服を洗濯機に入れ、洗い始める。洗剤を入れ、スタートのボタンを押すと、ゴトゴトと音を立て、洗濯機が動き出す。

 

洗濯機を起動させた俺は、ひとまずこころが着るための着替えを用意する。着替えと言っても美咲の服を勝手に漁るわけにはいかないため、俺は自分の服を用意することにした。

 

「こころー、洗濯機の上に着替え置いとくぞ。俺の服だから大きいと思うが悪いが我慢してくれ」

 

俺はドア越しに、風呂に浸かっているこころに声をかける。

 

「大丈夫よー♪ありがとう咲真♪」

 

こころからのお礼を聞いた俺は、リビングに戻りこころが風呂から上がるのを待った。特にやることも無かったので、俺は紅茶を淹れながら待つことにした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふぅ、サッパリしたわ♪」

 

お風呂から上がったアタシは、咲真の用意してくれた着替えを着た。アタシとは身長も体格も全然違う咲真の服は、ぶかぶかで紐をしっかり締めないとスウェットはずり落ちてしまう。

 

「あら、……やっぱり咲真って大きいのね。さっきの手も、とても大きくて温かかったわ……///」

 

アタシは先ほど咲真に触れられた頬を自分で摩った。風呂に入った後でも、あの時の大きな手の感触と温もりは未だに残っている様な気がした。

 

その後アタシは、自分の着ている服をもう一度見た。いつもと違う服の匂いは、嫌な気持ちになるどころか、どこか心地いいようにも感じ、アタシは顔を鼻の上まで服に埋めた。

 

「スー…咲真の匂いだわ///」

 

アタシはそのまま数秒間、咲真の匂いを嗅いでいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「気持ちよかったわ♪ありがとう咲真♪」ホカホカ

 

待つこと10分、こころが風呂から上がってきた。風呂上がりのこころは、熱で赤らんだ頬に俺のTシャツとスエットをダボダボになりながら着ている。その姿は、先ほどまでの雨に濡れていたのとは別の色っぽさがあった。

 

「ど、どういたしまして。ちゃんと温まったか?」

 

「ええ、バッチリよ!!」

 

「そっか。紅茶淹れたから、飲むか?あったまるぞ」

 

「ありがとう♪いただくわ」

 

俺はテーブルにこころを座らせ、こころの前にカップに入れた紅茶を置いた。こころは紅茶を受け取ると、両手で掬うように持ち上げ、フゥーフゥーと冷ましながら紅茶を飲み始める。

俺はこころの向かい側に座り、同じく紅茶を飲みながらそんな可愛らしいこころの仕草を見ていた。

 

それから俺たちは、他愛ない会話をしながらこころの制服が乾くのを待った。

 

「今日は咲真以外誰もいないのね」

 

こころは少し寂しげなリビングを見渡しながらそう言った。

 

「美咲はテニス部のミーティングらしい。母さんたちはご近所さんたちと食事に行ってるはずだから、帰ってくるのはまだ先になると思う」

 

実際、夕方この家に人がいることは少ない。俺は部活が忙しいし、最近はバイトを始めたため帰るのが遅くなることが多いし、美咲も部活にバイトにバンドとかなり忙しく動き回っている様だし、母さんたちもこの時間は買い物に行ったり、広樹と美琴を公園まで遊びに連れて行ったりしているからである。

だが、別にそれが寂しいと思ったことはない。今でもちゃんと晩御飯はみんなで食べているし、休みの日は母さんの代わりに広樹たちとも遊びに出かけるからな。

 

「こころは雨の中なんで歌なんて歌ってたんだ?」

 

俺は話を変えた。別に気にはしないのだが、こころが気を使うと思ったからだ。

 

「ん?特に理由なんてないわ。歌いたくなったから歌ってたのよ♪」

 

彼女はなんの迷いもなくそう答えた。

 

「歌いたくなったから歌った....か。お前らしいな」

 

いかにもな解答に、俺はクスクスと笑ってしまった。そんな俺の様子をみて、彼女は続ける。

 

「だって、雨の日は晴れの日よりも少ないでしょう?なら、その貴重な日に何もしないなんて勿体ないと思わないかしら?」

 

初めて聞く言葉だった。雨というのは、人にとっては憂鬱なものだ。基本的に気分がどんよりするし、グラウンドで部活をしているものたちからしたら、迷惑でしかないのだから。

 

でも彼女は“勿体ない”と言った。雨の日が貴重だと、そう言ったのだ。

 

「お前らしくて、いい考え方だな」

 

こころらしい考えに、俺は微笑みながらそう答えた。

 

 

 

 

 

「ねぇ咲真。アタシ、咲真の部屋に行ってみたいわ♪」

 

紅茶を飲み終わり、洗濯が終わるのを待っていると、突然こころがそんなことを言い出した。

 

「えっ、どうしたんだ?突然……」

 

あまりに急なことに、俺は動揺し声が裏返った。

 

「せっかく咲真の家に来たんだもの、咲真がどんな部屋に住んでるのかみてみたいわ♪」

 

そう言うこころの瞳は、いつも以上にキラキラと輝いているように見えた。こうなったこころを止めることは絶対に出来ない、俺が彼女と出会ってこれまでで経験したことだ。

 

「わ、分かった分かった……」

 

俺はさっさと諦めた。

 

 

 

 

ガチャッと部屋のドアを開け、俺は自分の部屋に入った。隣にはもちろんこころがいる。

 

部屋の中は、青を基調とした配色で勉強机、本棚、ベッド、テレビが置かれたシンプルなものだった。

 

「ここが咲真の部屋なのね♪」

 

こころが輝いた瞳のまま部屋を見回す。

 

「そんなに見回しても面白いものなんて無いだろ?」

 

「そんな事ないわ。アタシは咲真がどんなお部屋に住んでいるのか知れてとっても嬉しいもの♪」

 

「…そうかい」

 

部屋に入ると、こころは楽しそうに見回しながら部屋の中を歩き回る。すると、こころがベッドのそばに立てかけられてあるものを見て止まった。

 

「これは……」

 

その視線の先には、ビンテージホワイトのストラトキャスター型のギターがあった。

 

「ああ、俺のギターだよ。そういや見せた事無かったな」

 

俺が趣味でギターをしていることは、ハロハピのメンバーは全員知っている。ハロハピ会議や練習の時も、何度か瀬田に教えるために弾いたこともある。だが、自前のギターをこころたちの前で弾いたことは、これまで無かった。

 

「アタシ、咲真がこのギターを弾くところ見てみたいわ♪」

 

また唐突にそんなことを言うこころ。俺はしょうがないなと思いながら、ギターを手に取り、ベッドに腰掛けた。

腰掛けた後、ポンポンとベッドを叩き、こころに隣に座るように促す。

 

こころが隣に座った後、俺はこころに曲のリクエストを聞いた。

 

「何か弾いてほしい曲はあるか?そこまで上手いわけじゃないから、難しいのは無理だが」

 

「だったら、アタシたちの曲が良いわ♪」

 

こころはすぐにそう答えた。

 

「分かった。じゃあ、俺が弾くから、こころが歌ってくれよ」

 

「良いわよ♪」

 

「それじゃあ行くぞ」

 

そう言って俺が弾き始めたのは、『えがおのオーケストラ』こころたちハロハピの最初の曲であり、俺にとっても大切な曲だ。

 

「〜〜♪」

 

俺のギターを聴きながら、こころは目を瞑り歌い出す。こころの透き通ったような歌声が、すぐ近くから聴こえてくる。俺はその歌声を堪能しながら、ギターを弾く。

 

「〜〜♪」

 

途中、チラッとこころの方を見た。そこには、目を瞑りながら楽しそうに歌うこころの姿があった。その姿を見た瞬間、俺はなんとも言えない気持ちになった。こころの歌声に心打たれた初めてのライブの時のような、そんな気持ちになった。ただ、前と違うのは、この歌声を俺だけが聞いていると言う独占感だった。

 

「(今この歌声は、俺だけが聞いてるんだよな...)」

 

こころを見ながらそう思った俺は、曲が終わるまで、こころから目線を外せなかった。

 

 

 

 

曲が終わると、こころがまたもキラキラ輝いた瞳を俺に向けてきた。

 

「サイッコーだったわ!咲真と一緒だと、いつもと違った楽しさがあってとっても楽しかったわ!」

 

こころは嬉しそうに感想を言い始めた。

 

「俺もだ。こんな近くでお前の歌を聴けて、凄え良かった」

 

俺もこころに返すように感想を伝える。俺の感想を聞いたこころは、嬉しそうに微笑んだ後、満足そうに笑った。

 

 

 

「さて、そろそろ洗濯も終わって乾いただろ。下に降りるか」

 

俺はギターを元あった場所に戻し、立ち上がった。それに続いてこころも、少し残念そうな表情をしたまま立ち上がった。

 

「楽しい時間はあっという間ね。————きゃッ!!」

 

立ち上がった時、こころは自分の履いていたスウェットの裾を踏んでしまい、バランスを崩した。

 

「ッ!こころッ!」

 

俺は咄嗟に動き、地面とこころの間に自分を入れ込んだ。

 

 

ドサッ!と言う鈍い音が部屋に響き、俺は背中に強い衝撃を受けた。

 

「ぐっ……!! こころ…大丈夫か?」

 

「へーきよ、咲真が守ってくれたもの。それより咲真こそへーきなの?」

 

俺はそんな衝撃など御構い無しに、すぐにこころが無事かどうかを確認するため、目を開けた。

 

「ああ…俺は全然なんとm……ッ!?」

 

開けた目に飛び込んできたのは、俺に覆い被さるこころの姿だった。顔と顔の距離が近いだけでなく。俺のぶかぶかの服を着ているせいで、こころの胸が今にも見えそうになっていた。

 

「咲真?」

 

俺を心配して覗き込んだことにより、更に胸元が見えそうになる。俺は咄嗟に目を閉じて顔を晒した。

 

「だ、大丈夫だから!///はやく退いてくれ、頼むから!!」

 

俺の反応に、こころは不思議そうに首を傾げる。胸元を必死に見ないようにする俺は、ただただこころが退いてくれるよう頼むしか出来なかった。

 

 

すると、次の瞬間…………

 

 

「ただいま、お兄ちゃん。今凄い音したけど、大丈夫?何かあっt…………」ガチャ

 

ドアを開け、美咲が俺の部屋に入って来た。

 

美咲の目には、ぶかぶかの服を着たこころが俺に覆い被さっている光景が飛び込んだ。

 

「あ………」

 

「あら?美咲じゃない♪」

 

俺はまずいと固まったのに対し、こころはいつもの調子で美咲に声をかけた。

 

「な、ななな、なな、なッ!!!////」

 

その光景を見た美咲は顔を真っ赤にし、プルプルと震え始めた。

 

「なにやってんの〜〜〜!!」

 

 

その日、辺り一帯に美咲の声が響いた。

 

 

———————————————————————

 

 

その後、制服が乾いたこころを俺はすぐに家へと送って行った。家に帰ってから、俺は何度も美咲に説明したが、「知らない!」と口を聞いてくれず、機嫌が戻るで1週間かかった。




想像してみてください、風呂上がりでダボダボの服を着たこころ、チョー可愛くないですか⁉︎
今回はその考えに後押しされて書いた話です。

読んでいただきありがとうございました。


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目指す資格

1週間空いてしまい申し訳ないです。゚(゚´ω`゚)゚。最近なにかと忙しく、更新ペースが日に日に落ちてきていますが、途中で終わらせる気は無いので、最後までどうぞお付き合いください。

日常回がだいぶ続いてきたので、残り数話で県予選に入ろうと思います。今回はそれに向けた話です。

それではどうぞ〜


6月も半分を切り、7月のはじめに行われるインターハイ出場をかけた県予選まで残り2週間近くに迫った。俺たちは予選に向け、日々激しい練習が行っていた。が、梅雨の影響かここしばらく朝から蛇口をひねったような強い雨が続いているため、俺たちは学校の教室に集まり、ミーティングを行っていた。

 

「知っての通り、IH(インターハイ)予選まで残り2週間まで迫った。俺たちが出場する東東京予選は強豪が多い、前回優勝したからといって油断してたら初戦敗退だってありえる。気を引き締めて臨むぞ」

 

俺の言葉に、全員の表情が引き締まる。去年スタメンとして試合に出ていた現3年全員と2年は蒼夜、彩瀬、佐々木の3人は、予選の激しさを肌で感じている。それ故に、一段と表情筋に力が入っているように見える。

 

 

「はいはーい!質問!」

 

重い空気が漂う中、そんな空気はぶった斬るような緊張感の無い声を上げながら手を挙げたのは、茜だった。

 

「なんだ?茜」

 

 

「県予選って、結局何回勝てば優勝なんですか?」

 

ガクッ!!

 

「あ、あれ…?」

 

茜の基礎中の基礎の質問に、ガクッと崩れる面々、日向に至っては額に手を置き、はぁ…とため息を吐いて呆れている。

 

「なんでそんな常識が分かんねえんだよ……」

 

そんな茜に悪態を吐く黒騎、茜はイラッと来たものの、知らないのは自分の落ち度だと黒騎を睨むだけで言い返すことは無かった。

 

「アハハ……そうだな、茜のためにももう一度おさらいしとくか」

 

俺は、黒板にわかりやすく絵を描きながら予選についてのおさらいを始める。

 

「基本的なことだが、IHは各都道府県予選を優勝した代表が全国へ駒を進め、その中から日本一を決める大会だ。全国は基本的に1つの県につき1校しか出場出来ない。だが、俺たちのいる東京都は、参加チームが多く予選にもかなりの期間を要してしまうため、東東京予選と西東京予選の2つに分けられ、それぞれで優勝した高校が全国に出場出来るようになっている」

 

俺は淡々と説明して行く。途中、チラッと茜の方を見たがどうやらついていけてるようだ。俺は説明を続ける。

 

「俺たちが出場するのは、この東東京予選だ。ここには、前に練習試合をした羽丘も含まれている。勝ち進めばいずれ当たるだろう」

 

羽丘と聞いて、全員の表情が少し変わる。各々がライバル意識を持っている相手だ、思うところがあるのだろう。かくいう俺も、羽丘の桐ヶ谷には負けたくないからな。

 

「さっきの茜の質問だが、優勝するには1回戦、2回戦、3回戦、準決勝、決勝の計5試合に勝たなきゃならない」

 

俺の答えに、質問の主である茜はうへ〜…といった顔をする。

 

すると、茜の前に座っていた水瀬が手を挙げる。

 

「あ、あの...せ、先輩たちって去年優勝したんですよね...シード枠とかには入っていないんですか?」

 

水瀬の最もな質問に、初出場となる1年生たちは確かに…といった表情をする。

 

「いい質問だな。これは毎年のことなんだが、予選ではシード枠が無いんだ。前回優勝した高校もベスト4に入った高校も、いずれも1回戦から参加しないといけないんだ」

 

俺の解説を聞いて、1年たちはなるほど...と小さく頷いた。

 

「まぁそのかわり、前回ベスト4のチームは、トーナメント表で四方に分けられて少なくとも準決勝までは当たらないようになってるんだけどね」

 

「そうだな。だが、ベスト4のチームが決して勝ち上がってくるとは限らないぞ。それほど東京のチームはどこも強いからな」

 

俺の説明に、和泉が補足を入れる。それを聞いた片桐が、手を挙げて俺たちに質問してくる。

 

「じゃあ先輩たち的に警戒してるチームってどこなんですか?」

 

「そうだな〜、去年ベスト4のチームももちろん警戒してるが、それ以外で言うと『繚乱(りょうらん)学園』だな」

 

「繚乱?繚乱って言うとあのバリバリのスポーツ高っすか?」

 

「ああ、あそこは日本の中でもかなりスポーツに力を入れてる学校だからな。去年は3回戦で羽丘と対戦して惜しくも敗退したが、それまでは何度も全国出場をしている強豪だ。攻撃力だけでいえば、県内トップだろう」

 

県内トップというワードに、片桐はビクッと体を震わせる。

 

「県内トップ……戦ってみたいです!」

 

片桐は怯むどころか、更に闘争心が燃え上がったようだ。目に炎が灯っている。

 

そんな片桐と反対に、ダルそうに机に突っ伏す人物が1人、佐々木だ。

 

「出来ればあいつらとはやりたくね〜、ガンガン攻めてくるからしんどいんだよなぁ………」

 

佐々木は、繚乱というチームに対しそんな愚痴をこぼす。

 

「にゃはは〜、佐々木っちはほんとへなちょこだな〜。ていうか佐々木っちって基本守備しないじゃん」

 

「だな……大変なのはむしろ俺たちなんだがな」

 

そんな佐々木に、猫神と紅城の2年DFの2人が鋭い指摘をする。2人の最もな指摘に、佐々木は反論すら出来なかった。

 

 

 

 

「あとは、言わずもながら羽丘だな。どこも一筋縄じゃいかないだろうが、あいつらを倒さなきゃ結局全国へは進めない」

 

羽丘という言葉を聞いて、それぞれが思い思いの相手を頭に浮かべる。以前練習試合を行った時、自分が「負けたくない」「超えたい」と思った相手、超えなければならない相手だ。

 

 

「負けるわけにはいかないな。個人としても、チームとしても」

 

日向は、自分に勝つと宣言した白い氷のようなDFに

 

 

「次こそ絶対抜いてみせる!二度とボクの前で居眠りなんてさせないよ!」

 

「オレもだ!眠気が覚めるくらいのプレーであの人を本気にさせてやる!」

 

日向と片桐は、自分たちの好きなことを思い出させてくれた、あの時はまるで敵わなかった眠り続けるDFに

 

 

それぞれの思いを乗せて言葉にする。

 

 

「…………」

 

黒騎もまた、自分に余計なお世話をしてきた羽丘の守護神、暁のことを頭に浮かべる。

 

『そのプレーはチームに敗北を味あわせることはあっても、勝利をもたらすことは無い』

 

『君は本来チームプレーに向いている』

 

あの練習試合で暁から言われた言葉。それが黒騎の頭の中にこべりついて離れなかった。自分はチームなんてどうでもいい、チームプレーなんてくだらない、頭の中でそう何度も復唱する。

たが、あの練習試合の最後、暁からゴールを奪うために蒼夜に協力したあの時....黒騎は、屈辱的にもある種の達成感を感じてしまった。自分だけでは超えられない高い壁を、仲間と協力して超えたという達成感。

 

「(違う...!あの時は仕方なくそうしただけだ!チームプレーなんてクソくらいだ!)」

 

自分の感じてしまった達成感を掻き消すように、自分の頭の中を言葉で埋め尽くす。

 

「(次は...俺の力だけであいつらを圧倒してやる!チームプレーなんてくだらないってこと...あいつらにも、ここにいる奴らにも、わからせてやる...!)」

 

 

 

 

ガラガラガラッ!!

 

 

その時、教室の扉が開き、監督の本郷が1枚の紙を持って入ってきた。

 

「全員揃っているな」

 

「監督、お疲れ様です」

 

「「「「お疲れ様です!」」」」

 

俺の挨拶に続いて、全員が同時に挨拶をする。俺は、監督に自分の立っていた席を譲り、近くの席に座った。

 

「みんな、ミーティングご苦労。話の途中に割って入ってしまい申し訳無い」

 

監督はそう一言俺たちに謝ってから、手に持っていた1枚の紙を俺に渡し、全員で見るよう指示を出した。

 

「早速本題に入る...IH東東京予選の組み合わせが発表された」

 

監督の言葉を聞いて、俺たちは紙に目を通す。そこには、50校近くある出場校の名前と会場、日時などが記されていた。

 

「ねぇねぇ!ボクたちは?どこと当たるの?」

 

「落ち着け茜。そんなに焦らなくても、私たちは前回の優勝校でベスト4に入っている。つまり、4つ角のいずれかに名前があるはずだ」

 

焦る茜を落ち着かせながら、日向が冷静に俺たちの入るグループと対戦校を確認する。

 

「…………おっ、あったな」

 

日向の言う通り、俺たち花咲川の名前はトーナメント表の1番右上に書かれていた。

 

「対戦校は……『光ヶ丘(ひかりがおか)』?」

 

「聞いたことない名前ですね」

 

『光ヶ丘』と言う名前を聞いて、俺や蒼夜が自分の記憶を辿る。が、何度思い返してみても、『光ヶ丘』と言うチームは聞いたことがない。

 

「和泉」

 

「やってるよ〜」

 

仕方なく俺は、和泉の名前を呼んだ。すると和泉は、すでに自分のノートパソコンを使って、『光ヶ丘』と言うチームの事を調べ始めていた。

 

「ふむふむ....なるほど」

 

「何かわかったか?」

 

調べ終えた和泉は、今得た情報を全員に説明する。

 

「調べてみたところ『光ヶ丘高校』は、今年サッカー部が出来たばかりの高校らしいよ。部員も全員1年生で、サッカー経験者もそこまで多くないみたい」

 

和泉が調べてくれたおかげで、対戦相手の概要を知ることが出来た。それにしても、今年出来たばかりの高校か...1年生だけってことは、春から必死にメンバーを集めたのだろう。サッカーに対する熱い情熱を感じるな。

 

「なんだ、ただの新米かよ。こりゃあ1回戦は楽勝だな」

 

創部1年目のチームと聞いて、黒騎が相手を馬鹿にしたような発言をする。そんな黒騎に対し、怒りを覚えた蒼夜が黒騎に突っかかる。

 

「おい黒騎!他校に対して失礼だろ!」

 

蒼夜に怒りをぶつけられても、黒騎はどこ吹く風、気にすることなく続ける。

 

「だってそうだろ?さっきキャプテンも言ってたじゃねえか、東東京予選は強豪が多いって。そんな中、ポッと出の高校なんて相手にならないって、あんたらも思ってんじゃないんですか?」

 

相手を煽るような発言を続ける黒騎に、蒼夜を始めとした上級生たちが、顔をしかめる。が、黒騎の言うように、東東京予選は創部1年目のチームが優勝できるほど甘いものではない。それは自分たちが1番分かっている。だから、蒼夜たちは黒騎に摑みかかることは出来ても、言い伏せることは出来なかった。

 

そんな中…………

 

 

 

 

「自惚れんなよ—————」

 

 

怒気を孕んだ低い声で黒騎に鋭い言葉をかけたのは、咲真だった。

 

 

「ッ⁉︎」

 

黒騎は、今まで感じたことのない咲真の雰囲気に圧倒され怯んだ。怯んだ黒騎を見下ろしながら、咲真は低い声で続ける。

 

「まともにチームプレーも出来ないお前が、誰かを見下せる立場なのか?入部してからこの3ヶ月で随分と偉くなったもんだな...学校の名前にすがってんじゃねえよ、1年坊主」

 

一変した咲真の気迫に、黒騎以外の1年生たちも完全に怯えてしまっている。

気迫を正面から受けている黒騎は、怯えてはいないものの、少し体が震えている。

 

「お前の言う通り、東東京予選は創部1年目のチームが勝ち進むには厳しいものだ。だがな....優勝を目指す資格っていうのは、どんなにチームにもあるんだよ」

 

咲真はそう言いながら、黒騎に近づいて行く。近づいてくる咲真に、黒騎は距離を取ろうとするも、引いた椅子に後ろの机が当たり手こずってしまう。

 

そんな黒騎の肩に、ポンッと手を置く咲真。

 

「だから、絶対に相手を見下したらダメだ。相手はきっと全力でかかってくる。だから、俺たちも全力で答える。それが本気で優勝を目指す相手に対する礼儀ってやつだ」

 

そう言って軽く微笑んだ咲真。その雰囲気は、先ほどまでと全く異なり、いつもの優しい彼に戻っていた。

 

「お前たちもだぞ。目指すは優勝、日本の頂点ただ1つだ!そのためにもまず目の前の一本、必ず取るぞ!」

 

咲真は振り返り、メンバー全員に声をかける。

 

咲真の言葉に奮い立ったメンバーは、大きな声で咲真に答える。

 

「「「「「おう!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、ここは光ヶ丘高校—————

 

 

「おーい!トーナメント表出たぞー!」

 

グラウンドに、灰色の髪と瞳をした見た目から優しそうな男子が入ってくる。その手には、折りたたまれた1枚の紙が握られている。

 

彼の名は桔梗(ききょう)遥希(はるき)。光ヶ丘高校サッカー部のキャプテンであり、サッカー部創立の立役者である。

 

 

「おお〜、遂に来たね〜!」

 

彼の言葉に真っ先に反応したのは、城戸(きど)好太郎(こうたろう)。黄緑色の髪と瞳をした端正な顔立ちに、飄々とした性格の男子だ。

 

そんな城戸を皮切りに、続々と桔梗の元へ光ヶ丘サッカー部のメンバーが集まってくる。

 

「それで、私たちの対戦相手はどこなんですか?」

 

全員が集まってすぐ、前髪に白いメッシュが入った黒髪のツインテールに、赤と青のオッドアイをした女子が桔梗を急かすように質問する。

 

「そんなに焦るなよ氷河。俺だってまだ見てないんだ」

 

氷河(ひょうが)火麟(かりん)。光ヶ丘の数少ない女子選手の中でも、チーム内トップのディフェンス力を誇る、光ヶ丘の守備の要の選手である。

 

焦る氷河に桔梗はそう言うと、全員が見える位置に対戦表の紙を置く。

 

「じゃあ、行くぞ……」

 

勢いよく紙を開く桔梗、メンバーは急いで自分たちの名前を探す。

 

「あったよ〜」

 

いち早く名前を見つけた城戸が、紙に指をさしながらのんびりした口調で全員に知らせる。

すぐに全員が城戸の指が示す場所を見る。するとそこには………

 

 

1回戦 第3試合 ○○会場

花咲川高校 対 光ヶ丘高校

 

 

と書かれていた。

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

グラウンドに長い長い沈黙が流れる。当然だ...創部1年目の記念すべき大会で、前回王者と当たることになったのだから。

 

「これって、かなり絶望的な感じだよな」

 

沈黙を破り、全員が感じていることを冷静にズバッと言い放ったのは、右側の前髪だけ長く伸びたボサボサの茶髪に、銅色の瞳をしたクールでキツそうな見た目の男子、四十住(あいずみ)(のぞむ)だった。

 

「なんでお前はそう追い打ちをかけるようなこと言うんだよ!」

 

そんな容赦ない言葉を言った四十住にツッコミを入れたのは、赤い瞳をした茶髪に右側の前髪に白いメッシュが入った青年、工藤(くどう)義隆(よしたか)だった。

 

 

「「「「「…………………」」」」」

 

四十住の言葉に、メンバーの空気が更に暗くなっていく。

 

 

「みんな!顔を上げろ!まだ試合は始まってすらないんだぞ!」

 

そんな中、漂う負けムードを払うように立ち上がり、大きな声でメンバーみんなを鼓舞するキャプテンの桔梗。彼の顔は、絶望どころか、メラメラと滾っているようにも見えた。

 

「こんな何もしてない時点で諦めるのか?まだ俺たちは、スタートラインに立っただけだ。まだ一歩も前には進んでない!じゃあどうするか……決まってる!進むしかない!前に!」

 

桔梗の力のこもった言葉を聞いて、次々と光ヶ丘サッカー部員たちが顔を上げる。

 

「この学校に入学してからここまで、必死にやってきた!最初はメンバーも集まらず、グラウンドの隅で練習するしかなかったけど、この3ヶ月で大会に出られるまでになったんだ!いきなり諦めてたまるか!ピンチはチャンスだ!花咲川は俺たちにとってもどの高校にとっても最大の壁だ!そんな壁に、まだ緊張も不安も残って、自分たちのプレーがしにくい初戦で当たるんだ、これほどチャンスな事は無い!」

 

桔梗の励ましに、遂に全員が重たかった腰を上げ、さっきまでとは全く違う凛々しい表情で、桔梗の前に整列する。

 

「未熟な俺たちが優勝するなんて、夢のまた夢なのかもしれない....だけど、夢を見る権利は誰にでもある!あとは、それを俺たちが現実にするんだ!さぁみんな!俺たちの雑草魂を見せてやろう!!」

 

最後の言葉とともに、拳を高く突き上げた桔梗。それにつられるように、光ヶ丘サッカー部の全員が、同じように拳を天に突き出した。

 

「「「「「おおーーー!!!」」」」」

 

 

 

運命のIH東東京予選まで、残り15日——————




読んでいただきありがとうございました!

本日の話で——
城戸好太郎(鳳凰院龍牙さん)
工藤義隆(artisanさん)
桔梗遥希(artisanさん)
四十住臨(artisanさん)
氷河火麟(茨木翡翠さん)
以上の光ヶ丘高校の5名が登場致しました。

県予選までもうすぐです。読者の皆様に、熱くなれるような試合が書けるように頑張ります。

※私ごとですが、この小説とは別に小説を書き始めました。そっちは続くか分かりませんが、是非目を通していただければ嬉しいです。


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あざとい先輩と優しい後輩

気がついたら2週間も経っていました....申し訳ないです。冬休みなのに、バイトとか諸々で時間が……、言い訳はここまでしてここから更新ペースを上げられるように頑張ります。
前にも言いましたが、途中で終わらせる気は無いので、気長に待っていただけると有難いです。


プルルルルッ!プルルルルッ!

 

「ん?」

 

風呂上がり、バスタオルで髪を拭きながらリビングへ向かうと、机の上で置いてあった俺のスマホから着信が来ていた。画面を開くと、そこには『山吹 沙綾』と言う文字と、パンの写真のアイコンが映っていた。俺は自分の部屋に向かいながら電話に出る。

 

「もしもし」

 

『あっ、先輩。突然すみません、今大丈夫ですか?」

 

「ああ、構わねえよ」

 

沙綾と電話をするのは何もこれが初めてでは無い。何度もバイトの事で電話をしたりしているし、文化祭以来、沙綾の方からよく相談の電話が来るようになっていた。

 

「どうした?また何か相談か?」

 

『いえ、今日は相談じゃなくて。先輩ってもうすぐ大会でしたよね?』

 

「おう、あとちょっとでな」

 

俺が沙綾の質問に答えると、数秒の沈黙が流れた。が、すぐに沙綾の方から反応があった。

 

『……お』

 

「お?」

 

『……応援…行っても良いですか?////』

 

小声で恥ずかしそうに聞いてくる沙綾。顔は見えなくても、顔を赤くしているのは声だけでも分かった。

 

「もちろん構わないぞ」

 

『ほんとですか!よかったぁ〜〜!」

 

弾んだ声と同時に安心した様な声がスマホを通して聞こえてくる。

 

「なんでそんなに緊張してたんだよ」

 

『だって...もし断られたらって思って....』

 

「別に断ったりしねえよ。俺だって、沙綾に応援してもらったら凄え嬉しいしな」

 

ホント…ズルイなぁ////

 

「ん?何か言ったか?」

 

『な、なんでもないですッ!』

 

突然大きな声を上げる沙綾に、俺は驚きつつどうしたのかと思う。

 

 

 

それから俺と沙綾は普通に電話しながら他愛のない話をしていると、沙綾が突然思い出した様に声を上げた。

 

『あっそうだ先輩』

 

「どうした?」

 

『明日の土曜日って練習ありますか?』

 

そんな事を聞いてくる沙綾に、なんだ?と頭を傾げつつ答える。

 

「ああ、明日なら朝から練習があるけど」

 

『それじゃあ明日、お昼頃に差し入れを持っていきますね!』

 

「差し入れ?」

 

『はい!うち自慢のパンを持っていきます。きっと今まで以上に力がでますよ!』

 

電話越しで元気よく言う沙綾、正直差し入れにパンか…と思ったが、練習終わりの腹ごしらえなら持ってこいだなと思い沙綾の申し入れを承諾した。

 

「そうだな。楽しみにしてるよ」

 

『はい!…では明日。お休みなさい、先輩!』

 

「おう、お休み」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、俺たちはいつもと変わらず朝から練習に励んでいた。現在の時刻は12時を少し回ったあたり、腹の減った部員たちの動きは朝よりも明らかに落ちてきている。

 

「よし、午前の練習はここまでにしよう。昼休憩だ」

 

俺の言葉を聞いて、部員たちの疲れが見えていた顔が一気に明るくなった。

 

その時、少し離れたところから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「咲真せんぱーい!!」

 

「ん?」

 

呼ばれた方を見ると、大きな紙袋を抱えた沙綾がこっちに向かって走って来ていた。

 

「お待たせしました!差し入れ、持ってきました!」

 

俺たちの下まで来た沙綾は、両手に抱えていた紙袋を俺に手渡した。その大きな紙袋の中には、大量のパンが入っていた。

 

「こんなにいっぱい....持ってくるの大変だっただろ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。このくらい」

 

俺が沙綾からパンを受け取ると匂いにつられ、他の部員たちがぞろぞろと集まってきた。

 

「おお〜、いい匂い〜」

 

「なんとも空いた腹を刺激する香りだな」

 

「沢山あるので、皆さんもいっぱい食べて下さいね♪」

 

沙綾の言葉を聞いて、みんなが一斉にパンに手を伸ばした。それぞれが手に取ったパンを頬張り、満足そうに舌鼓を打つ。

 

「ん〜♪美味しい〜!」

 

「ほんと美味いなッ!」

 

「……美味い」

 

山吹ベーカリーのパンはどうやらみんなの口にあったようで、次々とパンを口に運ぶ。かく言う俺も、いつも通りの美味しさに満足しながら腹を満たす。ただ、いつもとは少しだけ味が違うようにも感じた。いつも買っているから分かるほどの微々たる違いだったが、確かに違う....俺にはその味が、いつもより美味しく感じだ。

 

「…どうですか?」

 

俺が食べるを見て、沙綾が不安そうに覗き込んでくる。

 

「どうって...いつも通り凄え美味いぞ」

 

「ほんとですか!!」

 

不安そうな表情から一転、パァッと明るくなった彼女の表情は嬉しさに満ちているように見えた。

 

「ああ、けど....」

 

「けど?」

 

「なんかいつも店で買ってるのより美味い気がする」

 

「ッ!!///」

 

俺のその言葉を聞いて、沙綾の表情が今度は驚きに変わった。

 

「どうした?沙綾」

 

「い、いえッ!!なんでもないです////」

 

俺が顔を除くと、沙綾は真っ赤になりながらそう言った。熱でもあるのかと思ったが、見た感じ元気そうなのでこの暑さのせいだと自分の中でそう思うことにした。

 

 

 

「そういや、食っといてなんだが、こんな量のパンほんとにもらっちまっていいのか?」

 

パンを一つ食べ終えた後、俺は疑問に思っていた事を沙綾に聞いた。俺たちが差し入れにもらったパンは20個近くあった、それを無償でいただくのはあまりに申し訳ない気がしたからだ。

 

「は、はい!これは元々焦げたり形が崩れたりして商品として出せないものだったんです。いつもは家族のみんなで食べてるんですけど、今回は量が多くて、せっかくなら先輩たちに食べていただきたいなって」

 

「そっか、なら遠慮なくいただくよ」

 

「はい!」

 

そう言って俺は、再びパンを食べ始めた。すると、近くで俺と沙綾の会話を聞いていた、蒼夜と日向の2人がボソボソと何かを話し始める。

 

「……これ、商品にならないものですって」

 

蒼夜が沙綾の持ってきたパンを手で回しながら見る。

 

「それにしては随分と綺麗なものだがな」

 

蒼夜の言葉を聞いた日向は、パンを見てそう答えた。確かに、日向の言う通り、よく見るとこのパンには焦げ目も崩れも見当たらない、商品として店に並べられていても見分けがつかないほどだ。

 

「これってもしかしてあの子が手作りしたんじゃ……」

 

「言ってやるな、そこは乙女心と言うやつだろう」

 

2人は売り物にならないにしては綺麗すぎるパンと、咲真と楽しそうに会話する沙綾を見て、彼女の気持ちを理解した。

 

「はぁ…キャプテンも隅に置けないな〜」

 

「……」

 

そうこぼした蒼夜を見て、お前が言うかと思った日向だったが、それを言葉にすることは無かった。

そして日向はそのまま、もう1人の乙女へと視線を向ける。

 

「これはまた.....なんとも一筋縄ではいかなさそうだな」

 

日向の目線の先には和泉がいた。彼女は咲真と沙綾が楽しそうに話しているのを見て、どこか面白くないといった表情をしている。

 

「まぁ私たちはあまり余計なことをしない方がいいだろう」

 

「ですね」

 

2人はそう言うと、見たものを忘れるように遠い目をしながらその場を離れてパンを食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ練習を再開するぞ〜」

 

咲真の掛け声を聞いて、全員がそれぞれはいと返事をしてグラウンドへ戻っていく。満ちた腹を慣らす様にゆっくりアップを始める。

 

「……」

 

その様子を見ていた沙綾は、もうこれ以上ここにいるのは迷惑だと考えて、この場を後にしようとしていた。

 

「すみません、じゃあ私この辺りで……」

 

「ちょっと待って!」

 

静かに帰ろうとした沙綾の肩を掴んだのは、和泉だった。

 

「せっかくなんだし見て行ったら?」

 

「えっ...でも...」

 

「いいからいいから♪」

 

和泉は微笑みながら沙綾の両肩を掴むと、沙綾をベンチに座らせる。その隣に自分も腰掛けた和泉は、練習メニューの書いた紙を見ながら話を始めた。

 

「沙綾ちゃん...だったよね?」

 

「は、はい!」

 

沙綾は予想外の状況に緊張しているのか、声は少し上ずっている。

 

「あははッ!!そんなに緊張しなくて良いよ、私の事は渚先輩って呼んでね♪」

 

「はい、よろしくお願いします。渚先輩」

 

 

 

それから2人はこれと言った会話も無く咲真たちの練習を見ていた。というのも、練習が始まってから沙綾は瞬きも忘れて、汗を流しながらボールを追う咲真へと視線を送っているのだ。

 

「………」

 

そんな沙綾の横顔を見ていた和泉は気づいた。沙綾のその瞳に籠る熱が、()()()()()()()だと—————

 

「ねぇ...沙綾ちゃん」

 

和泉に声をかけられた沙綾は、ビクッと体を震わせる。

 

「っ…はい!」

 

驚く沙綾の耳元まで顔を近づけた和泉は、そこでそっと囁いた。

 

「奥沢君のこと…好き?」

 

 

 

 

 

「………っ!?!?/////なッ⁉︎な、な、なッ!?///」

 

少し間を開けて反応した沙綾は、顔を茹で上がったタコ以上に真っ赤にしながら、口を大きく開けて声を詰まらせる。

 

「アハハッ!!そこまであからさまな反応しなくても良いのに」

 

「〜〜っ⁉︎////」

 

相当恥ずかしかったのか、未だに顔を赤くしながら下を向いている沙綾。そんななんとも可愛らしい反応を見せる彼女に、和泉はそそるものを感じる。

 

「もう〜、可愛いな〜!沙綾ちゃんは!」

 

顔を伏せる沙綾の頭を少し乱暴に撫でる和泉。

 

「も、もう〜///やめて下さいよ〜」

 

口ではそう言いながらもどこか嬉しそうな沙綾、姉がいない自分にとって、姉という存在を和泉に感じていたのだ。

 

「…で、どうなの?」

 

撫でるのをやめた和泉は、改めて真っ直ぐに沙綾を見ながらもう一度質問した。

 

「…………はい、好きです////」

 

真っ直ぐな和泉に負けた沙綾は、小さくも決意のこもった声で答えを返した。

 

「そっか…」

 

沙綾の答えを聞いて短くそう返した和泉。そんな彼女に、今度は沙綾から質問を返した。

 

「渚先輩は...どうなんですか?///」

 

自分のことではないのに、恥ずかしさで顔を再び赤くした沙綾が和泉の気持ちを聞いた。その質問に対して和泉は…………

 

「好きだよ」

 

なんの迷いもなく答えた。

 

 

 

 

 

「「…………ぷっ!アハハハッ!!!」」

 

 

数秒の沈黙の後、2人は同時に吹き出した。

 

「あぁ〜ほんと...ひどい男だよね〜奥沢君って」

 

「そうですね!ほんとどうしようもない人です」

 

同じ人を好きになった2人の少女。本来ならこうして笑い合うことなどあり得ないだろう。それでも、2人は相手が彼を好きになった理由を知っている、魅力を共有できる、その気持ちが2人の中で大きかったということだろう。

 

「……私、容赦しないからね」

 

「私も、もう我慢しないって決めましたから」

 

そう言って微笑み合う2人、表情は笑顔だったものの目からはバチバチと火花が散っていた。

 

 

 

そんな様子を遠くから見ていた咲真が、ただならぬ悪寒を感じたのは言うまでも無いだろう。




何とか今年中に間に合いました〜
今年も残り数時間、読んでる頃には新年の人もいますかね〜
年末年明けにこんな素人の小説を読んでいただきありがとうございます。
皆さま、良い一年をお送り下さい。


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あたしの大切

今回はガルパのイベント『ハロー、マイハッピーワールド』に沿った話です。結構長くなってしまった………。
主に美咲視点で進んでいきます。視点の切り替えって難しいですね。全然上手くいかないや......。もっと精進せねば!

それではどうぞ!!


()()弦巻さんと仲良いんだね』

 

クラスメイトから言われたその言葉に、あたしは動揺した。初めてこころを見たとき、あたしは関わりたくないと思った。あたしとあの子じゃ、住む世界も感性も全く違うと思っていた。そう思っていたはずなのに....

 

気づけばあたしは、こころといるのが....ハロハピのみんなといるのが、いつのまにか当たり前になっていて、その事に違和感なんて微塵も感じなくなっていた。

 

こころの事を異常だと、変人だと思っていたあの頃の自分は、どこへ行ったのだろう......

 

 

「はぁ……」

 

あの言葉を聞いてから、今日何度目のため息だろうか。あれからあたしは、残ってするはずだった羊毛フェルトに全く手をつけず、その事だけが頭の中をグルグルと回り続けていた。

 

「なんであたし....あんな態度とっちゃったんだろ....」

 

クラスメイトから話しかけられた時、あたしはあくまでこころと自分は学校で少し話すだけの関係だと言う態度を取ってしまった。

こころと同じような怪奇の視線を向けられるのが怖くて、あたしはハロハピよりも自分の評価を気にしてしまった。その事が自分の中で煮え切らなくて仕方がなかった。

 

「しかも、あんな事言っちゃうなんて……」

 

クラスメイトたちからこころの話題が出た時、同時にこころが発足したハロハピの話題も上がった。クラスメイトたちは実際に見たことないのにもかかわらず、()()弦巻こころのバンドというだけで毛嫌いし、悪評を言う彼女たちに、あたしは心のモヤモヤを感じ、ついその場の勢いで2週間後、まだ白紙同然にもかかわらず、ライブを行うとクラスメイトたちに宣言してしまったのだ。

 

「はぁ……どうしよう」

 

自分がその場の勢いで言ってしまった事に、自分で頭を悩ませる。以前のあたしなら、こんなことはあり得なかったのかもしれない。これもあの変人集団に影響された故なのだろうか。

 

「まぁ言っちゃったものは仕方ない。見てもいないのにあんな事言われるのも癪だし、こうなったらライブやるしかない」

 

頭を悩ませつつ、あたしはスマホでハロハピメンバーに召集をかける。

 

「『緊急招集!羽沢珈琲店に集まるべし』……と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜羽沢珈琲店〜

 

召集をかけた約30分後、5人がけのテーブルにハロハピのメンバーが全員集まった。突然の呼び出しにもかかわらず、全員が集合出来たのは、珍しい美咲の招集に、それぞれ思うところがあったのだろう。いや.....こころとはぐみに関してはそこまで深く考えていないのかもしれないが.....

 

「みんな、急に呼び出してごめん」

 

美咲からの急な呼び出しに、ハロハピのメンバーはそれぞれが自分の思った事を境なしに喋り出す。途中、美咲の要件をこころがミッシェルからの伝言だと勘違いしたせいで、はぐみと薫が全く違うところに話を持って行ってしまうというアクシデントに見舞われながらも、美咲は3人を落ち着かせ、手短に要件を伝える。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて。……コホン。みんな、よく聞いて」

 

「「「「…………」」」」

 

美咲の言葉を息を飲んで待つ4人。

 

「ライブ、やるから。2週間後!」

 

 

 

 

「ラ、ライブ……?」

 

私のいきなりの宣言に、花音さんが戸惑いの表情を見せる。

 

「いいわね、最高だわ!」

 

「「うん、最高!」」

 

心配する花音さんと違って、いつも通り3バカは何も考えずにただただ喜んでいる。

 

「ちょ、ちょっと待って3人とも!美咲ちゃん、場所とか、時間とかって………」

 

花音さんが慌てた様子で聞いてくる。まぁ無理も無い、これまで一度もあたしからライブをするなんて言ったことなんて無かったし、急に言われても準備や練習するにしても時間がない事も分かっている。それでも…………

 

「ごめん花音さん、まだ決まってないんだ。でも、2週間後のこの日、どうしてもライブ、やりたい」

 

それでも今回だけは、どうしても譲れなかった。

 

「あ……」

 

花音さんもあたしの中の決意を感じ取ってくれたのか、それ以上何も言わなかった。が、やはりまだ不安な様子だ。

 

「いいじゃない、花音。美咲がここまで言うのって珍しいわ。きっと何か考えがあるのよ。そうでしょ?美咲」

 

花音さんを不安をはらうと同時に、何か核心に迫るように聞いてくるこころ。ほんとこの子は…普段はあんなにはっちゃけてるのに、あたしたちのこういうちょっとした変化は絶対に見逃さないんだよね。

 

「ま、まあそんなとこかな。……とにかく、悪いけど協力してほしい。ライブをする場所はあたしが探してくるから」

 

その後、外もかなり暗くなってきたので今日は解散となった。とりあえず今日決まったことは、2週間後にライブを行うこと。そのライブにクラスメイトを呼ぶこと。そして、そのライブで新曲をやる事だった。

 

 

 

 

 

〜奥沢家〜

 

「はぁ……」

 

家に帰り、すぐに自分の部屋に戻ったあたしは、1日のため息量を大幅に更新するほどのため息を吐いていた。考えれば考えるだけため息が出てくる。時間が圧倒的に足りていない。ライブ会場にしても新曲にしても、2週間丸々なんてもちろん使えない。新曲作りは最低でも1週間、いや、6日で終わらせたい。それほどまでに、今は1日1日が惜しい。

 

「はぁ……」

 

またしても口からため息が漏れる。これもあの時、自分が口走ってしまったために起こしたことだ。そんな当人が真っ先に諦めるなんて絶対にダメだ。自分の心が、あの時の言葉から感じたモヤモヤと焦燥感に支配されるのを感じる。

 

「(ダメだ...全然進まない。このままじゃ……)」

 

 

「美咲?」

 

あたしが深く考え込んでいると、突然誰かがあたしの名前を呼びながら肩にポンを手を置いた。

 

「うあぁぁッ!!」

 

「オワッ!」

 

あまりに突然のことに、あたしは大きな声をあげて驚いてしまった。声の主もあたしがいきなり大声をあげたことに驚いたようで、あたし程までとはいかないものの、慌てたような声をあげた。

 

あたしはすぐに振り返り、声をかけた人物を見た。そこにいたのは…………

 

「な、なんだ...お兄ちゃんか....」

 

あたしの実の兄、奥沢咲真だった。

 

 

「びっくりした〜。もう、ノックくらいしてよ」

 

「したぞ?したのに反応が無いから寝てるのかと思ってな」

 

「そ、それはごめんなさい。で、何の用?」

 

「晩飯できたってさ。行こうぜ………ってそれは?」

 

お兄ちゃんの視線があたしの机の上にいく。そこには真っ白な新品同然のノートが置いてある。

 

「あっ、えーっと、これはその………」

 

あたしは答えに困った。悩んでいることをお兄ちゃんに打ち上げれば、必ず力になってくれるだろう。自分のことそっちのけで。お兄ちゃんはそういう人だ。

だからこそ、あたしは簡単に頼れなかった。大会がすぐそこに迫り、お兄ちゃんはこの頃凄く頑張っている。早朝からランニングをやって、夜遅くまで学校で練習して、帰ってきてからも筋トレをしたり、机に向かって戦術を練ったり、休む暇なく動いている。あたし的にはあまり無理はして欲しく無いけど、お兄ちゃんのサッカーに対する想いがどんなものか、あたしは知っている。だから簡単に止められないし、これ以上無理をして欲しく無い。

 

「な、なんでも無いから!気にしないでほんとに……」

 

だからあたしは笑った。心配させないように、これ以上お兄ちゃんをあたしのわがままに付き合わせないように。

 

「…………」

 

お兄ちゃんは何も言わない。

 

あたしの部屋に長い沈黙が流れる。

 

その重い空気に耐えられなくなったあたしは、下を向き、お兄ちゃんと顔を合わせないようにする。

 

 

 

「美咲」

 

突然この沈黙を破ったのはお兄ちゃんだった。名前を呼ばれたあたしは、ゆっくりと顔を上げる。顔を上げて目に入ったのは、あたしの顔のすぐそこまで近づけられていた、お兄ちゃんの手だった。しかもその手は、中指が折られ、戻らないように親指で抑えられている。いわゆる、デコピンの構えだった。

 

「へ?」

 

自然と口から気の抜けた声が漏れた。次の瞬間、中指が弾かれ、あたしの額にお兄ちゃんのデコピンがクリーンヒットした。

 

パチンッ!

 

「〜〜ッ!!」

 

高い音と同時にきた痛みに、あたしは少し仰け反り、自然とデコピンをされた額を両手で摩った。

 

「な、何するの!お兄ちゃん」

 

あたしは少し涙目になりながら、お兄ちゃんを睨みつけた。でも、お兄ちゃんはなんの悪びれもなく、あたしと同じか目線になるように屈み、今度はあたしの頭に手を置いた。

 

「バーカ。何一丁前に俺に気なんて使ってんだよ。下手な嘘付きやがって」

 

「ッ⁉︎」

 

やはりお兄ちゃんには簡単に気付かれていた。あたしが心配かけないようにしてること、お兄ちゃんに気を使って相談しないようにしてること。

 

「俺がお前の事で気付かないなんてあるわけ無いだろ?何年お前のお兄ちゃんやってると思ってんだ」

 

いつもそうだ。あたしがどれだけ隠しても、偽っても、お兄ちゃんにだけはすぐにバレる。

 

「自分が相談したらまた俺に無理させるとか思ってるんだろ?ったく、お前は」

 

「っ!!」

 

図星を突かれてドキッとした。お兄ちゃんはいつも鈍いくせに、あたしの事になると途端に鋭くなる。それがあたしにとって嬉しくて仕方ない事だった。

 

「いいか?美咲。『無理をする』ってのは、出来ないかもしれない事を頑張るって意味だ。『今自分に出来ないこと』つまり『無理』を頑張ってやるから『無理をする』ってことになるんだ」

 

「…………」

 

あたしは黙ってお兄ちゃんの話を聞いていた。あたしの考えなんて、お兄ちゃんには最初っから全部お見通しだっんだ。

 

「でもな、俺がお前の手助けをする事は『出来ないこと』じゃない『出来ること』なんだ。今自分に出来る事なんだよ。だから、それは無理をする事にはならない。むしろ、悩んでる妹をほっとく方が俺にとっては『出来ない事』だ。だから俺にとってはそっちの方が『無理をする』って事になるんだよ」

 

お兄ちゃんが言っているのはほんとに勝手な自分理論だった。こっちの気も知らないで、勝手な事を言う。でも、そんなお兄ちゃんだからだろうか。あたしも、自然と頼ってしまう。頭ではダメだとわかっていても、お兄ちゃんの助けを求めてしまう。その心配が嬉しいと思ってしまう。

 

「(やっぱりお兄ちゃんはズルいなぁ〜………そんな事言われたら、頼れなくなくなっちゃうじゃん…………)」

 

あたしは結局頼ってしまう自分に嫌気がさしながら、当の本人を前に、目をつぶって撫でられ続けるのだった。顔が妙に熱い気がしたが、まぁ多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからあたしたちは一旦晩御飯を食べるために部屋を出た。お母さんに「降りるのが遅かったけど何かあった?」と聞かれ、言葉に詰まったあたしだったが、お兄ちゃんが咄嗟に誤魔化した。お母さん達にも心配かけたくないというあたしの気持ちに気付いてくれたのか、お兄ちゃんはその後も、お母さんたちの前では何も聞きに来なかった。

 

それからお風呂に入ってパジャマに着替えたあたしとお兄ちゃんは、お兄ちゃんの部屋に行き、そこで今日あったことを全部話した。こころたちとの関係を誤魔化してしまったこと、クラスメイトたちの言葉に反応して予定の無いライブを口走ってしまったこと、そのライブで新曲を披露する事になったこと。

 

「…………」

 

あたしが話している間、お兄ちゃんは何も言わず、ただ黙ってあたしの話を聞いていた。

 

「と、まぁこんな感じで、あたしのわがままで結構無理な状況になってるんだよね……」

 

全部話しきったあたしは、心の重りが外れたような気分になった。一人で抱え込むことがこんなにも重くのしかかるなんて思いもしなかった。しかも、それが人に打ち明けるだけでここまで軽くなることも、あたしは初めて知った気がする。

 

「そっか…じゃあ美咲はそのクラスメイトたちに何を伝えたいんだ?」

 

話を聞いたお兄ちゃんが、そんな質問をしてきた。

 

「あたしが伝えたいこと?」

 

「そうそう。俺には歌作りのことはあんまり分かんねえけど、美咲が伝えたいことをそのまま歌にすればいいんじゃ無いか?」

 

「あたしが伝えたいこと…………」

 

あたしは考える。一体何を伝えたいのか、どうして心がモヤモヤしたのか、どう思って欲しいのか。

 

「あたしは、やってもいないことをできないとか、見てもいないのに、良くないとか……」

 

言葉にするのは難しい、それでもあたしが今思っていることを全部口に出す。

 

「実際に、自分の目で見てやってみないと、そもそもわかんないんじゃないかなーって」

 

ポツポツとあたしの中から言葉が溢れてくる。

 

「なんでこんな風に思ったのか、自分でもよくわかんないけどさ。そういう……自由な考えっていうのかな。それができないのはもったいないって思ったんだ。……だから、もっと色んな人に世界の広さを知ってもらいたいみたいな」

 

「…………」

 

「あ、あはは〜、そんなこと思ってたり、なんて……」

 

「……そっか」

 

あたしの考えを聞いて、お兄ちゃんがそう言ってふッと微笑んだ。

 

「だったら、しっかり作らねえとな。そんな、誰かの世界を広げられる歌ってやつを」

 

『誰かの世界を広げられる歌』その言葉を聞いた時、何かが胸にストンと落ちたような感覚があった。まるで辺りを覆う暗闇の中から一筋の光を見つけたような感覚。

 

「……あたし、わかった気がする」

 

「え?」

 

忘れてしまう前にこの気持ちを歌にしたい。そんな衝動に駆られたあたしは驚くお兄ちゃんを尻目に、部屋のドアに手をかけた。

 

「美咲?どうしたんだ?」

 

ドアに手をかけたのと同時にお兄ちゃんから声をかけられた。あたしは勢いよく振り返り、お兄ちゃんにこう言った。

 

「わかったかもしれない、あたしの伝えたいこと。歌にしたいこと、クラスの子たちに届けたいこと!」

 

あたしの言葉を聞いて、お兄ちゃんはただ「そっか」と微笑むだけだった。それでもその微笑みが、あたしのこの衝動が間違っていないものだと思える1番大きな核心だった。

 

「ここから先はあたし一人でやってみる。お兄ちゃんは自分の事だけやってて。絶対ライブ、成功させるから!」

 

そう言い残し、あたしは自分の部屋に戻った。戻ってすぐに机の前に座り、今さっき感じたことをノートに書き出して行く。

 

「(あたしが何を伝えたいのか、何をわかって欲しいのか、あたしの気持ちを全部込める)」

 

それともう一つ、あたしの中にあるモヤモヤ、クラスメイトたちと話した時に、こころたちとの関係をはぐらかしてしまったこと。それがずっとこころに絡みついて離れない。

 

だから、このライブを成功させれば分かると思った。

 

 

 

“あたしにとってハロハピがどういう存在なのか”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数日後、ライブ当日〜

 

あれから数日が経ち、ライブ当日。なんとかライブの会場を抑えることができたあたしたちは、ライブ会場の楽屋で出番を待っていた。

 

「わーーーい!ミッシェルーーー!」

 

「ぐぇっ!……は、はぐみちゃ〜ん!急に抱きついたらダメだよ〜!」

 

ミッシェルを着たあたしに、はぐみが思いっきり抱きついてきた。なんとかその衝撃に耐え、これ以上抱きつかれないように注意する。

 

「ふっ、いけない子だね、はぐみ。じゃあミッシェル、私と本番前のワルツをどうだい?」

 

「えーっと……ミ、ミッシェルは、ダンスは苦手なんだよ〜!ごめんね〜!」

 

はぐみが離れたと思ったら、今度は薫さんがまた訳の分からない事を言い出した。

それをなんとか躱し、本番に向けて気持ちを落ち着かせる。すると、隣ではこころと花音さんが何やら話している。

 

「うーん、美咲ったらライブの直前になると、いっつもいなくなっちゃうんだから……」

 

「こころちゃん、だから美咲ちゃんは……」

 

姿を消したあたしを探すこころと、こころになんとかあたしがミッシェルだと説明しようとする花音さん。ほんと花音さんには苦労させてばかりだなぁ…………。

 

心の中で花音さんに頑張れと念を送っていると、ガチャッと楽屋の扉が開き、誰かが入ってきた。

 

「おっ、なんか盛り上がってるな」

 

入ってきたのはお兄ちゃんだった。

 

「ッ!!さ〜くまッ!!」

 

こころはお兄ちゃんの顔を見るなり、驚くほどのスピードで移動し、一瞬でお兄ちゃんの元へ行った。あまりに突然のことに、さっきまでこころと話ていた花音さんは、目をパチクリさせている。

 

「おお、こころ。相変わらずいつも元気ハツラツだな」

 

「ええ、あたしはいつだって元気いっぱいよ♪」

 

「……そっか。悪いな、最近あんまり手伝えなくて」

 

「全然構わないわ。咲真も頑張っているんでしょ?だったら、あたしはそれを応援するわ♪」

 

「……サンキューな、こころ」

 

「それより咲真、美咲を見なかったかしら?もうすぐ本番なのに、またどこかへ行ってしまったの」

 

こころにそんな事を聞かれたお兄ちゃんは、苦笑いを浮かべながら一度こっちを見てきた。あたしはミッシェルの首をゆっくり横に振った。それを見たお兄ちゃんは、あたしの気持ちを理解してくれたようで…………

 

「あ、あ〜...美咲ならさっきそこで会ったぞ?なんか凄え忙しそうにしてたから、楽屋には行けないって言ってたな」

 

「そうなのね……」

 

お兄ちゃんの嘘を聞いて、こころは少しションボリした様子を見せる。あたしはそんなションボリするこころを見て、心のどこかで嬉しいと思っている自分がいるのに気がついた。

 

「でも、ライブは見守ってるって言ってたから、しっかり頼むぞ。こころ」

 

「ッ!ええ、もちろんよ♪ライブ会場にいるみんなを笑顔にして見せるわ!だから咲真も見ていてね?」

 

「おう。ちゃんと見てる」

 

そういうとこころは元気よく部屋を出て行く。それに続いて薫さん、はぐみ、花音さんも部屋を出てステージへ向かって行く。

 

「これで良かったのか?」

 

あたしもステージへ向かおうとした時、横に来たお兄ちゃんからそんな事を聞かれた。

 

「…うん。言うのはちゃんと自分の口から言いたいから」

 

「そっか」

 

お兄ちゃんはそれ以上何も聞いてこなかった。すると突然、あたしはポンッと背中を押された。

 

「じゃあ、あいつらのこと頼んだぞ。()()()()()

 

「うん。行ってきます」

 

あたしはミッシェルを着て、ライブステージへ駆けて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな〜〜!おまたせ〜!ハロー、ハッピーワールドよ♪今日はとことん楽しんで行ってね〜〜♪」

 

こころの掛け声とともに、ライブがスタートした。こころは相変わらずハチャメチャにステージの上を駆け回りながら歌い出す。

 

 

「ん〜〜〜!やっぱりライブって最高だわ!」

 

「(ここらは今日も相変わらず……すっごい楽しそう。あはは。見てるこっちが楽しくなっちゃう)」

 

 

「ステージを彩る花に、会場に咲き誇る笑顔の花……私は……自分を隠すことができない!」

 

「(薫さんも……うん、いつも通り。今日もキレッキレだ)」

 

 

「かのちゃん先輩!ここのリズム、一緒に〜!」

 

「う、うん!はぐみちゃん、良い感じだね!」

 

「(はぐみも花音さんも、一生懸命頑張ってる。あはは。自分達が一番ライブを楽しんでるかも)」

 

 

ライブが進み、お客さんたちからも楽しんでいる声が聞こえてくる。そんな声に耳を傾けていると、あたしの目に、あたしが呼んだクラスメイトたちがいるのが見えた。

 

「(——あ。あそこにいるのは……)」

 

「ねぇ、奥沢さんに呼ばれて来たけど……」

 

「……な、なんかすごいね……」

 

「弦巻さん、学校よりも勢いあるし……」

 

「(あはは。そうかも)」

 

 

 

そして、いよいよ次が最後の曲。あたしたちが誰かの世界を広げたいと思って作った曲。

 

「次が最後の曲よ。———はぐみ」

 

「この曲は、はぐみ達の仲間の一言から生まれた曲です」

 

本来なら、このまま最後の曲に行くはずだった。が、突如、こころの合図とともにMCが始まった。

 

「(あれ、こんなMC……予定してなかったけど……)」

 

戸惑うあたしを尻目に、MCはどんどん続いて行く。

 

「人は誰しも、気づかぬうちに自分の世界の広さを決めてしまう。だが、そう……この世は舞台、人はみな役者」

 

「わ、私達は、少しのきっかけで、考え方や行動を変えることができるんです。……私達がそうだったように」

 

「だから、みんなもっと、自分の可能性を信じて欲しい!きっかけから、目を背けないで欲しい!」

 

「———何もしなかったら、何も起こらない」

 

「そ、そういう……曲です」

 

「(みんな……)」

 

「それじゃあ最後の曲、『せかいのっびのびトレジャー!』」

 

こころの合図で、曲がスタートする。あたしたちがつくった世界を広げる歌。閉じこもっていた世界から抜け出せるように、自分の中の世界だけが全てじゃないと知ってもらえるような、そんな歌————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ライブは無事大成功を収めた。会場にいる全員が笑顔になって、クラスメイトの子たちも喜んでくれたみたいだった。

 

「んーーー!今日のライブも最高だったわね!」

 

楽屋でみんながそれぞれの感想を述べている。と言っても、「最高!」とか「楽しかった!」とかいつも言っているような事しか言ってないのだが、それが今はあたしにとって、その言葉が今までで一番身近に感じられた気がする。

 

そんな風に思っていると、ミッシェルに入っていることも忘れて、自然と口から言葉がこぼれた。

 

「みんな、ごめん。勝手にライブ決めて、すごく無茶言って……その……みんなに負担かけたけど……」

 

「ん?なんでミッシェルが謝るのかしら?」

 

ミッシェルがあたしだと気づいていないこころは、あいも変わらず理解してくれない。でも…………

 

「ううん、美咲ちゃんからみんなに伝言だよ。ライブ、勝手に決めちゃったけど、一緒に頑張ってくれてありがとうって」

 

あたしも、ミッシェルの中でなら、普段言えないことも言える気がするから。正面から言うのは恥ずかしい事も、スラスラっと言葉に出来てしまうから。

 

「あと、美咲ちゃん、ハロハピのこと、前よりずっと大切だって」

 

だからいつのまにか、自分の意思とは関係なく言葉が漏れてしまった。

 

「(……あれ、こんなこと、言うはずじゃ無かったのに……)」

 

「「———!」」

 

漏れた言葉を聞いて、薫さんとはぐみがより一層嬉しそうに目を輝かせる。

 

「美咲ちゃん……」

 

花音さんも嬉しそうに微笑みながらこっちを見つめている。

 

「ミッシェル、美咲の気持ち、伝えてくれてありがとう」

 

こころは意外にも、少し落ち着いた雰囲気でミッシェル(あたし)にお礼を言ってきた。

 

「でも、そんなのお礼をお礼を言われるようなことでもないわ」

 

当たり前だというような確信を持ったこころの言葉が、あたしの中に届いて行く。

 

「美咲が笑顔にしたい人がいたのなら、その人を笑顔にするために一生懸命に頑張るなんて、当然じゃない」

 

「“あたし達は、一人の力じゃなくて、みーんなで世界を笑顔にするんだから!“」

 

その言葉が、あたしとってとにかく嬉しかった。今までほどほどに一人で過ごしてきたあたしに、こんなに騒がしくて、面倒で、ハチャメチャで、ほっとけなくて、一緒にいるのが楽しくて、当たり前で、大切で…………そっか………

 

「(そっか……あたしの中で、ハロハピって思ってるより……ずっと大切だったんだ……!変われたのはきっと……)」

 

あたしはそう思いながら4人の顔を改めて見た。

 

「(大切なものがあるから………)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、あたしたちは解散となり、あたしはお兄ちゃんと合流して一緒に帰っていた。

あの後楽屋に来たクラスメイトたちから賛辞の言葉を貰った。みんなほんとに楽しそうで、誘った甲斐があったと思った。ほんとはあの子たちに自分がミッシェルだって伝えるつもりだっんだけど、あの笑顔を見ていたら自分がミッシェルかどうかなんて些細なことだなって思ったから。あの子たちが偏見なくハロハピを見てくれた、それで、ハロハピのステージを楽しんでくれたみたいだから、それでいいやって思えたから。

 

「なんか嬉しそうだな」

 

突然隣を歩いていたお兄ちゃんからそんな事を言われた。

 

「え?そうかな?」

 

「今まで以上に楽しそうな顔をなってるぞ」

 

「え⁉︎嘘⁉︎」

 

あたしは慌てて自分の顔に触れる。無意識のうちに顔がそんなになっていたなんて....恥ずかしい。

 

「でも…良かったよ。美咲が楽しそうで」

 

「え?」

 

「美咲に心配かけ続けた俺が言うのも何だけどさ、今日みたいな笑顔が見れて良かった」

 

「お兄ちゃん……」

 

「これもこころたちのおかげかね?」

 

「もう…台無しだよ……でも、そうだね、半分はそれかも」

 

「もう半分は?」

 

「半分は……」

 

あたしはそう言ってお兄ちゃんの顔を見た。理解していないお兄ちゃんの顔をキョトンとしていて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「なーいしょ♪」

 

 

 

今日はあたしにとって特別な日だ。あたしが、あたしの“大切なもの”に気づけた、そんな大切な日。今日をあたしはきっと忘れないだろう。いや、忘れたくても忘れられない。こころたちに会うたびにきっと……今日を思い出すから。




お待たせしました!次回からついにIH東東京予選編がスタート致します。読んでいただいている皆様を熱く出来るような、そんな試合に出来るよう精一杯頑張る所存です!

ではまた次の話で〜!読んでいただきありがとうございました!


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アプローチ

お待たせしました!今回からIH東東京予選編がスタートです!
皆さまから頂いたキャラたちの魅力を精一杯引き出せるような試合を書けるよう頑張ります!

今回は一回戦開始前までの話となります。長めになってしまいましたが、それではどうぞー!


「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

IH予選当日、早朝、冷えた空気を少しずつ温め始める日差しとともに、俺は走っていた。大会当日でも、日課は忘れない。むしろ休めと言われそうだが、大会が待ち遠しく、体を動かしていないとウズウズして仕方がなかったからだ。

 

「ハァ…ハァ……ふぅ……っし!」

 

家から走って来た俺は、いつものランニングコースを外れ、山の上にあるお寺へと続く階段をダッシュで駆け上がる。

 

 

 

お寺へと続く階段を勢いそのままに駆け上がり、二百段近くあった階段をものの7分程で登りきった。登りきった先には、古びた少し小さなお寺が建っている。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

俺は膝に手をつき、呼吸を整える。普段の練習で体力はあるものの、二百段近くある階段を駆け上がるのは、想像以上に足と体力にくる。

 

「ふぅ……」

 

数分使って息を整えた俺は、そのままお寺の前まで行き、目をつぶって手を合わせる。

 

「…………」

 

別に勝利を願っているのではない。勝負事において神頼みをするのは、俺はあまり好かない。俺は神様よりも自分の()()()()を信じているからだ。

 

じゃあ、何を願っているか、別段変わった事を願っているわけではない。

ただ………………

 

「(………っ)」

 

 

俺の瞼の裏に、去年の光景が映し出される。去年のIH、桐ヶ谷や暁たちを倒し、駒を進めた全国の舞台。誰もが憧れ、目指し、夢に見る最高の舞台。全国から集まったプレイヤーたちが、己の力の全てを出し切り、熱く激しい闘いを繰り広げる最もサッカーの熱い場所。

だが、俺の瞼の裏に映ったのはそんな華々しく、熱い光景ではなく、眩しすぎるくらいに俺を照らす蛍光灯の光と慌てた様子でその場を行き交う数人の白衣を着た人たち。更に、その蛍光灯の影になっていて見づらいが、大粒の涙を流しながら俺の名前を大声で呼ぶ悲痛に満ちた表情の美咲。そして、身体中がボロボロになり、満身創痍でベッドの上に仰向けになっている—————自分の姿だった。

 

 

 

「(もう二度と、美咲にあんな顔をさせないように。みんなを守れるように。特に何かしてくれって訳じゃないけど……どうか見守っていて下さい)」

 

咲真は心の中でそう言うと、顔を上げてゆっくりと目を開く。開いた彼の目には、燃えるような闘志と揺るぎない覚悟が宿っているように見えた。

 

「っし、そろそろ戻るか。今から帰ってシャワー浴びて飯食って、準備しますかね」

 

そう言うと咲真は、先ほど登って来た階段を降りて帰って行く。やれることは全てやった。後は、全力で試合に臨むのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜花咲川高校駐車場〜

 

朝8時ごろ、サッカー部の全員が花咲川高校の駐車場に集まっていた。全員が同じ白と黒を基調にし、背中に『花咲川高校 蹴球部』と書かれたジャージに身を包み、整列している。その前には、監督である本郷が立っており、その背後には大きめのワゴン車が停まっている。

 

「監督、全員揃いました」

 

咲真が全員の集合を確認し、問題無しと本郷に伝える。それを聞いた本郷は、一度深く頷き、言葉をかける。

 

「ああ。…よし、準備はいいな?お前たち。激励などは後にして、とりあえず会場に移動するぞ。くれぐれも車の中ではしゃぎすぎるなよ」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

全員が同時に返事をすると、次々にワゴン車へと乗車して行く。大きめの荷物を持った1年生たちが先に奥へ乗り込み、続いて、2年、3年と順番に乗車して行く。

全員が乗り込んだことを再度確認し、本郷がワゴン車を発進させる。

 

 

学校から試合会場までおよそ40分。ワゴン車の中では、一人一人がそれぞれのやり方で集中力を高めている。と、思いきや……………

 

「ぐぬぬ…………こっち!」

 

「……ニヤ」

 

「あーッ!またジョーカーだ〜!」

 

「へへへッ!!あめ〜な、茜!」

 

「うぅ〜〜……」

 

「だ、大丈夫だよ⁉︎茜ちゃん。まだチャンスはあるよ」

 

「う、うん……勝負はここからですよ」

 

茜、片桐、水瀬、シャロンの1年生女子4人は、車の中でトランプをしている。どうやら、茜が劣勢のようで、先に上がったであろう水瀬とシャロンの2人が、茜を慰めながら応援している。

 

「…………」

 

そんな緊張感の無い4人の声を聞いて、前の方に座っている日向が、イライラしているのか、目を閉じ、腕を組みながら、指をトントンと動かしている。

 

「これは少し説教が必要そうだな……」

 

そう言いながら目を開いた日向が、眉間にしわを寄せながら立ち上がろうとする。すると、日向の隣に座り、パンを口にしていた河野が、日向の腕を掴み、彼女を止める。

 

「まぁ落ち着け。いいじゃ無いか、緊張で硬くなるよりは....モグモグ」

 

「いや、確かにそうだが……」

 

「河野の言う通り、今はあのままでいいだろ」

 

すると、日向たちの一つ前の席に座っていた咲真が、背もたれから顔を出し、河野の意見に賛成する。

 

「奥沢まで……」

 

2人に止められ、日向は少しバツの悪そうな表情を見せる。

 

「そんな顔すんなって、大会の前であれだけ笑えるってのはいいことだぞ?まぁ試合になれば嫌でも身が引き締まるさ。それまでは自由にさせてやろうぜ?」

 

「はぁ…まぁお前がそこまで言うなら今回はそっとしておこう」

 

一つため息をついた日向だったが、咲真と河野の説得で席に座りなおした。

 

「それにしても、今年の1年は頼もしいな。茜と片桐はいいとして、水瀬とシャロンはもっとガチガチになると思ってたけど」

 

「どちらかと言うと、ああやって緊張を紛らわせてるようにも見えるがな....モグモグ」

 

日向が座ると、咲真たちはトランプに燃えている4人を見てそんなことを思った。

 

「まぁ頼もしいと言えば、あっちもそうだがな」

 

日向はそう言うと、4人とは違うところに目線を向ける。その目線の先には、蒼夜たち2年生がいるのだが…………

 

「スゥ……スゥ……」

 

2年の中の1人、佐々木が背もたれにもたれかかりながら、熟睡していた。

 

「これから試合だと言うのに、よくあれほど気持ち良さそうに眠れるものだな」

 

肝の座った佐々木を見て、日向はそんな感想を漏らす。

 

「まぁあいつはそこまでサッカーに熱を注いでるってわけじゃ無いからな〜。本人も、絶対に負けられないとかそう言う気負いを感じたことがないから緊張もしないって言ってたな」

 

「なんとも言い難い大物ぶりだな.....それに対して……」

 

眠る佐々木から視線を外すと、そんな彼とは対照的に、手元のタブレットを使い戦術を建てる蒼夜と彩瀬が映る。

 

 

 

「やっぱり相手の情報が無いのは厳しいな...戦術の建てようが無い」

 

「初出場とはいえ、不確定要素が多いのはこっちが不利だからね〜」

 

蒼夜と彩瀬は、対戦校である光ヶ丘の対策を建てるために2人で話し合っているのだが、相手の試合の情報が無いため、対策を建てようにも建てられない状態が続いていた。

 

「前半は相手の力量を見るためにも、キープ力の高いお前やキャプテンにボールを集めるのが妥当なところだな」

 

「おっ、蒼夜直々の任務だね〜。これは失敗出来ないな〜」

 

「失敗なんてしないだろ?お前なら」

 

ケロッと返した蒼夜の答えは、彩瀬への信頼そのものだった。真っ直ぐな目を向けられた彩瀬は、いつもの間延びした言葉遣いを忘れて、顔を赤らめる。

 

「えっ///ま、まぁたしかに、私ならそのくらい余裕だよ!うん!余裕余裕!///」

 

「ん?どうした?顔赤いけど、熱か?おいおい、しっかりしてくれよ、体調管理も器量の一つだぞ?」

 

急に慌てだした彩瀬を見て、何事かと首を傾げた蒼夜は、なんとも見当違いな発言をした。他人のそういう色恋沙汰には鋭い蒼夜だが、自分のことになると突然鈍くなる。そんな彼に好意を向ける彩瀬は、彼の発言にイラつきを覚え、ドンッという音と共に、彼の足を思いっきり踏みつけた。

 

「イッテェェ!!何すんだよ!」

 

「ふんだ!蒼夜なんか知〜らない。双子に挟み撃ちで刺されて死んじゃえばいいんだよ!」

 

「なんだその特定的な殺され方!」

 

そんな彼らの痴話喧嘩のようなやりとりを見て、後ろの席に座っていた猫神が、背もたれの上から顔を出して笑い出した。

 

「にゃはは〜!もう、氷川っちは相変わらずだな〜。ななみんが怒るのも無理ないよ〜。だよね?紅城っち」

 

猫神は、彩瀬の肩を持つ発言をすると、今度は通路を挟んだ反対側の席に座っていた赤城に話を振った。隣には花咲川の守護神である岩隈が座っていたのだが、猫神は明らかに彼の存在を無視するのだった。

 

「……氷川が悪いな。完全に」

 

赤城は首だけを動かし蒼夜たちの方を向くと、彩瀬側に立つ発言をした。

 

「おい猫神。なんで俺には聞かねえんだよ」

 

自分のことをスルーされた岩隈は、その理由を猫神に問う。

 

「だって岩隈っちも氷川っちと同じなんだもん。乙女心の分からない女ったらしの意見なんて参考にならないからね〜」

 

「なんだよそれ、わけわかんねえ.....」

 

猫神の言う通り、岩隈も複数の女性から好意を向けられている。しかも、その好意に本人は気がついていないのだ。いわば、岩隈は最初っから蒼夜と立場が同じなのだ。

 

「なんだよ、2人は七美の肩を持つのかよ....」

 

「「当然(だね〜)」」

 

息を揃えて自分の非を肯定された蒼夜は、短くため息を吐くと顔を伏せ、落ち込んだ様子を見せた。

加えて、流れ弾をくらった岩隈も蒼夜と同じように顔を伏せた。

 

それから眠る佐々木を除いた2年生4人は、少しいじけた様子を見せる蒼夜と岩隈の2人を無視して今日の試合について話を始めた。

 

 

 

そんなふざけ合いつつも、真面目に戦術について話し合う4人を見て、日向はどこか満足そうな表情を見せる。

 

「うんうん。やはりああではなくてはな」

 

「2年は氷川を中心にまとまっているからな。佐々木も氷川がいい具合に動かしているお陰で、口ではダルいと言いながらしっかり動いている。ほんと、氷川は優秀で助かる。....モグモグ」

 

2年をまとめている氷川を見て、彼の優秀さを改めて実感した河野も、日向と同じような表情をしながら、未だに口をモグモグさせていた。

 

「……なぁ河野?一体いくつパンを食べる気だ?」

 

先程から休むことなくパンを頬張る河野を見て、日向は胸焼けがするのか、少し気持ち悪そうにしながら河野に質問する。

 

「いやなに、以前奥沢のバイト先のパン屋の子が持ってきた差し入れのパンがとにかく美味しくてだな。すっかりハマってしまって。ここのパンなら10は軽くいけるな。モグモグ」

 

解説をしながらも、次々とパンを口に運ぶ河野。そんな彼女を見て、彼女にパンを売った本人である咲真も、少し引きつった表情を見せる。

 

「いや〜、前河野が来た時は驚いたが、まさかあれだけの量を買うとは思ってなかったな....。しかもそれを1日で全部食べたらしいし...」

 

「とてつもないな....」

 

河野の底なしの胃袋を見せつけられた咲真と日向の2人は、車の揺れも相まって、気持ち悪さが一気に来たようだ。後ろを向いていた咲真も顔を正面に向け、窓から遠くを見つめながら気持ち悪さを和らげる。

 

 

すると、咲真はふと隣を見た。そこには、我らが花咲川サッカー部のエースストライカーで部内一の熱血漢、水嶋葵がいた。いたのだが、その表情は、いつもの元気とやる気に満ちた表情ではなく、どこか不安で落ち着きのないように見えた。

 

「どうした?水嶋」

 

「あ、いや、なんでもないぞ」

 

俺のかけた言葉にも、少し遅れ反応する水嶋。明らかにいつもと違う彼の様子に、咲真は一つ心当たりがあった。

 

「緊張してるのか?」

 

「ッ⁉︎」

 

どうやら図星のようだ。

 

「い、いや〜。なんかな....大丈夫だってのはわかってるんだが....これが最後かも知れないって思うと...な」

 

らしくもない弱気な発言をする水嶋。普段熱い彼だからこそ、こういった場面で思うところがあるのだろう。1年の時から共に切磋琢磨して来た咲真、日向、河野、そして水嶋自身、彼にとって他の3人ははかけがえのない存在なのだ。それが、たった一度の敗北で終わってしまうかも知れない。過ぎるその考えが、彼の肩を小刻みに揺らす。

 

「……あはは、嫌になるな全く....俺ってこんなにも弱かったんだな」

 

そう言って苦笑いを浮かべる水嶋。すると咲真は、そんな彼にむかって慰めや励ましの言葉をかけると思いきや.....

 

「バカか?お前」

 

咲真の口から出たのは、シンプルな罵りだった。

 

「え?」

 

予想外の咲真の返答に、気の抜けた返信をして戸惑いを見せる水嶋。そんな水嶋を無視して、咲真は続ける。

 

「俺たちの関係がそんなもんで終わるわけねえだろ。ずっと切れねえよ。たとえこの先バラバラになってもな」

 

そう言って真っ直ぐに水嶋を見る咲真の目には、強い確信が込められていた。たとえ何があっても切れない繋がりが自分たちにはあると、そう彼は心から思っている。そしてそれは、他の2人も同じこと………

 

「全くだ。何を弱気になっている。お前らしくも無い」

 

「こんな濃い連中との繋がりがそう簡単に途切れるはずないだろう?」

 

突然背もたれから顔を乗り出した日向と河野が、咲真に続いて水嶋に言葉をかける。彼女たちの言葉にもまた、強い確信があった。

 

「……ぷッ!アハハハハッ!」

 

そんな3人の言葉を受けた水嶋は、数秒の沈黙の後、突然大声で笑いだした。

その声は車の中に響き渡り、1、2年生たちもその声に驚いて咲真たちの方に視線を向けている。

 

「ど、どうした?いきなり」

 

「いや〜、そうだよな。俺たちの関係がこんなとこで終わるわけないよな!すまんすまん、なんか弱気になってたわ。っし、気合い入れていこうぜ!」

 

どうやらいつもの調子を取り戻したようだ。この暑苦しすぎるぐらいが水嶋葵だろう。そうです思う咲真たち3年と何事かと首を傾げる1、2年生たちだった。

 

 

 

 

「よし到着だ。全員準備しろ」

 

車に揺られる事30分ほど、咲真たちは予算の会場であるスタジアムに到着した。

それぞれが自分の荷物を持って車から降りる。降りた先は、すでにいくつもの高校の選手でごった返しになっていた。

 

「うへ〜、凄い人〜。これが全員敵か〜!なんか燃えて来たかも!」

 

そんな凄まじい人だかりを見て、茜はますますやる気になったようだ。他の高校の選手たちを見て立ち止まり、目を爛々と輝かせている。

 

「ほら行くぞ茜。止まってないでさっさと動く」

 

「うぇ、はぁーいお姉ちゃん」

 

日向は立ち止まる茜の首根っこを掴み、他の選手たちに向けていた意識をこちらに向けさせる。日向に言われ、駆け足で咲真たちが向かった方へ急いで向かう。その途中で茜は、自分たちに向けられる数多くの視線に気がついた。

 

「ねぇお姉ちゃん、ボクたちなんか凄く見られてない?」

 

「それはそうだろう。私たちは去年の優勝校だ。どこも警戒しているはずだ」

 

日向の言う通り、咲真たちに向けられている視線は、単純な興味などとは違い、明らかに敵意が込められたものがそのほとんどを占めている。どの高校も自分たち以外が敵なのは変わらないが、前回王者である咲真たちに向けられる敵意は、他の高校に向けるものとは全く異なるものなのだ。その敵意を全方向から受けるプレッシャーは、計り知れないものになるだろう。

 

「お、お兄ちゃん....」

 

そのプレッシャーに完全に萎縮してしまったシャロンは、兄である岩隈の腕にしがみついて離れなくなってしまっている。

 

「大丈夫大丈夫」

 

そんなシャロンをなだめるように、頭を撫でる岩隈。撫でられたシャロンは、腕にしがみついたままだが、少し安心した様子に変わった。

 

だが、こういった経験の少ない1年生たちは、シャロンと同じように少し萎縮しているように見える。そんな彼女らを見て、咲真は奮い立たせるように全員に声をかける。

 

「なに辛気臭い顔してるんだよ。いいか?敵意を向けられることは怖いことじゃ無い。それだけ俺たちを警戒してるってことだ。俺たちには警戒するだけの価値があるって向こうから言ってくれてるんだよ。だから、向けられる敵意は全部俺たちを賞賛してるって思っちまえばいいんだよ」

 

咲真の口から出た勝手な自分理論。彼がよく口にするそんなポジティブ思考な考え方は、いつも自分勝手でついていけない部分もあるが、聞くと不思議とそう思ってしまう。

 

「ふっ、そうだな。自身を持て、お前たちは花咲川に相応しいプレイヤーだ。それは私たち先輩が保証する」

 

咲真に続いて日向も、1年生たちの気持ちを奮い立たせるような言葉をかける。キャプテンと副キャプテン、その2人からの言葉を聞いて、先ほどまでの緊張や不安感は何処へやら。彼女たちの目は、ギラギラと輝くやる気で満ち満ちていた。

 

「さ、もうすぐ開会式だ。さっさと行って準備しよう」

 

そう言ってスタジアムへ向かう咲真。その後ろには、闘志で満ちた彼の仲間たちが続いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分が経ち、開会式を終えた咲真たちは、自分たちの試合の前に、スタジアムの外でアップを行なっていた。

 

「ストレッチはいつもより念入りにやっておけよー。誰しも少なからず緊張して体は硬くなるからな。少しでもほぐしておけ」

 

咲真の指示通り、各々がいつもより念入りにストレッチをしている。すると、そんなストレッチをする咲真たちの元へ、駆け足で向かってくる人影が見えた。

 

「ん?」

 

咲真は目を細め、向かってくる人影をよく観察する。すると見えたのは、太陽のように明るい笑顔を向けながら、こちらに向かってくるこころだった。

 

「こころ⁉︎」

 

「さ〜くまッ!!」

 

もうおきまりの流れになりつつあるこころのダイビングハグに、咲真は驚きつつも慣れた様子でそれを受け止める。

 

「応援に来たわよ。咲真♪」

 

こころは咲真に抱きつくなり、いつものように明るい笑顔でそう言った。すると、こころが走ってきたのと同じ方向から、誰かが慌てた様子でこっちに走って来るのが見えた。

 

「んも〜〜、こころ...ハァ...速いって...ハァ....」

 

「美咲?」

 

走って来たのは、咲真の妹である美咲だった。

 

「こころちゃん!美咲ちゃん!待って〜〜!」

 

更にその後ろから、バテバテの花音が2人の後を追って来た。

 

「ん?花音?」

 

彼女の到着に反応したのは、彼女の幼馴染である岩隈だった。

 

「あっ、凌平君。応援に来たよ」

 

息を整えながら、岩隈に来た目的を伝える花音。そんな彼女を見て、岩隈は少し呆れた表情をしながらも、どこか嬉しそうに返すのだった。

 

「そっか。ありがとな。花音が応援してくれるなら百人力だ」

 

「えへへ///そうかな?…そうだといいな」

 

 

 

 

 

「美咲、こころ、来てくれたんだな」

 

「ええ、もちろんよ。だってこの大会は咲真にとって大切なものなんでしょ?だったら、それを応援しに来るのは当然だわ♪」

 

「まぁあたしは妹だし?お兄ちゃんの活躍はちゃんと肉眼で見ないとって思って」

 

「ほんとは薫とはぐみも連れて来たかったのだけど、2人とも今日は予定が入ってしまっていたの....だから、今日は2人の分まで咲真を応援するわ!」

 

「そっか、サンキューな」

 

そう言うと、自然と2人の頭を撫でる咲真。撫でられた2人は、頬を赤らめ、とても嬉しそうな表情を見せた。あたりにはほんわかした空気が流れ、周りにいた人たちはしょうがないな〜といった表情を彼らに向けている。

 

 

「…コホン」

 

「ッ⁉︎」

 

そんな彼らの空気を問答無用で切り捨てるように、一つ咳払いをしたのは、マネージャーで咲真に好意を向ける、和泉だった。

 

「奥沢君?楽しそうなのはいいけど、もうすぐ試合だよ?しっかりアップした方がいいんじゃないかな?」

 

優しい声色とは裏腹に、咲真になんとも言えないほどの冷たい視線を送る和泉。そんな彼女の視線に恐怖を感じた咲真は、彼女たちの頭からパッと手を引き、慌ててアップを再開した。

 

「そ、そうだな!!しっかりアップしねえとな!美咲、こころ、客席で見ててくれ、絶対勝つから」

 

「ええ、ちゃんと見てるわ!だから、笑顔で頑張ってね、咲真!」

 

「うん。頑張ってね、お兄ちゃん」

 

そう言うと、2人は花音を連れて3人で客席に向かっていった。彼女たちを見送った後、咲真たちはアップを再開し、万全の状態で初戦に臨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜スタジアム 花咲川高校控え室〜

 

 

試合開始まで残り数分に迫り、咲真たちは自分たちの控え室でユニフォームに着替え、最後の準備を行なっていた。

ある者は靴紐をきつく結び、ある者は自分の頬を叩き気合を入れ、またある者は目を瞑り集中力を高めている。

 

 

そして、ついに時間が来た。左腕に黄色のキャプテンマークをつけた咲真が立ち上がり振り返ると、全員がその場で咲真の方を向いていた。

 

「よし、そろそろ時間だ。全員準備はいいな?」

 

「「「「「おう(はい)(ああ)!」」」」」

 

 

全員の返事を聞いて、目を瞑りながらフッと笑みを浮かべた咲真。目を開き、もう一度全員の顔を見回す。

 

 

「いよいよだ。俺たちの目標はただ一つ、日本一になることだ!他のチーム全員を蹴落として、頂に立つのは俺たちだ!」

 

 

咲真の言葉に、全員の表情がより一層引き締まる。

 

 

「—————さぁ、夢への登山を始めよう」




読んでいただきありがとうございました!
1回戦に応援に来たのは、ハロハピからこころ、美咲、花音の3人でした。沙綾やポピパのメンバーも描きたかったのですが、思ったより長くなってしまったので、二回戦に持ち越しとなりました。
美咲とこころは全ての試合の応援に来てもらうつもりですが、他のキャラたちは変わり代わりで出していきたいと思います。

それでは、次回をお楽しみに〜!


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1回戦vs光ヶ丘 挑戦の幕開け

さぁ、いよいよ試合開始です!長らくお待たせいたしました。試合のシーンは基本的に三人称視点で進みます。たまに視点が切り替わるかもしれません。読みづらい部分もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。


そして今回から、前書きに対戦チームの選手情報を載せていきたいと思います。光ヶ丘は数話前に登場させましたが、分かりやすいように今回も載せます。

光ヶ丘高校

名前:桔梗 遥希(ききょう はるき)
性別:男
学年:1年
性格:友達思い。しかし、自分が負けている、と感じていると後髪を掻く癖がある。
容姿:灰色の髪の毛に灰色の目。
ポジション:DF
その他:光ヶ丘の主将。1年でありながら中々の実力を持っている。
ただし、自分が負けていると感じれば焦ってしまう。
友達思いで、メンバーが悩みを抱えていれば相談に乗る事もある。
〔キャラ考案:artisanさん〕

名前:工藤 義隆(くどう よしたか)
性別:男
学年:1年
性格:何事も楽しむ。少々熱血。
容姿:全体的に茶髪。しかし、右側の前髪だけ白髪のメッシュが入っている。目色は赤。
ポジション:GK
その他:サッカーが大好きな、光ヶ丘のゴールキーパー。
その心は熱く、サッカー以外でも前向きにやる。ただし、熱くなり過ぎる時がある。
中学3年から始めたので実力は申し分無いが、皆の気持ちに応えなければ、と思っている。
〔キャラ考案:artisanさん〕

名前:四十住 臨(あいずみ のぞむ)
性別:男
学年:1年
性格:冷徹。しかし、意外と熱い。
容姿:ボサボサの茶髪。しかし、右の前髪だけ長い。目は銅色。
ポジション:MF
その他:いつも冷静で居る少年。しかし、時には熱くなる事も。
戦況を見てどのように動くべきか、どの技を出すべきかを考える。
〔キャラ考案:artisanさん〕

名前:城戸 好太郎(きど こうたろう)
性別:男
学年:1年
性格:のんびり飄々としており、お気楽。
容姿:黄緑の髪で黄緑の瞳の端正な顔立ち。
ポジション:FW
その他:のんびりかつ飄々としており、お気楽な性格の選手だが、やるときはやる。
〔キャラ考案:鳳凰院龍牙さん〕

名前:氷河火麟(ひょうがかりん)
性別:女
学年:一年生
性格:心優しく努力家だが泣き虫なところがある。
容姿:前髪に白のメッシュ、黒髪のツインテール赤と青のオッドアイに胸は普通の痩せ型
ポジション:DF
その他:誰にでも優しく、サッカーがうまくなるために努力している。練習で技が失敗するとすぐ泣き出してしまうことが多い。
〔キャラ考案:茨木翡翠さん〕


長くなりましたが、それではどうぞお楽しみください!


フサフサと生い茂る緑色の人工芝の上、転がる白と黒のボールと、それを追いかけるそれぞれの統一されたユニフォームを着た両チームの選手たち。試合開始時刻が近づく中、両チームはピッチの上でアップを行なっている。

 

「…………」

 

「…………」

 

両チーム共に初戦ということもあり、口数は極端に少なく、ただ淡々とアップを済ませていく。客席にいる観客たちの熱い視線と期待が一斉に注がれたフィールドで、いつも通りのプレーをする方が圧倒的に難しい。それが、練習試合と本番の違いであり、ここに立つまで誰も練習出来ない難関の一つである。特に、今大会が初出場となる光ヶ丘のメンバーはこの熱く重々しいプレッシャーに、完全に萎縮してしまっていた。

 

「……うぅ、腹痛くなってきた」

 

「おい!もうすぐ試合開始だぞ!キャプテンがそんなんでどうするよ!」

 

そのプレッシャーによる腹痛を訴え出した光ヶ丘の主将である桔梗に、こちらも緊張や何やらで少しアガってしまっている工藤がうるさいくらいの声量で声をかける。

 

「少し落ち着け2人とも。キャプテンと元気だけが取り柄のお前がそんなんじゃ、他の奴らに示しが付かねえだろ」

 

「大丈夫大丈夫〜、気楽に行こうよ〜」

 

そんな2人を見て、やれやれと声をかけたのは、このプレッシャーの中でもいつも通りの冷静さを崩さない四十住とマイペースな城戸の2人だった。四十住は、うろたえる工藤を落ち着かせようとするどこか、なぜか煽るような言葉をかける。

 

「おい!元気だけが取り柄ってなんだよ!」

 

「事実だろ?」

 

真顔でそう言われた工藤は、ぐぬぬ…といった表情で歯ぎしりをしながら四十住を睨みつける。

 

「なにアガってんだよ。こんな状況、初めから理解してただろ?……ハァ、こんなもんでうろたえてちゃ、()()()は思いやられるな」

 

ため息混じりに呟いた四十住の言葉に、ピクっと反応する工藤。そして、その後ろで話を聞いていた桔梗も、同じような反応を見せる。

 

「お前ら、この先に行く気あるのか?」

 

それは、彼らの覚悟を問う質問だった。「俺は勝った先を見ている。お前たちはここで立ち止まったままなのか?」と2人に言っている。無論、四十住も目の前の(花咲川)を見ていないわけがない。だが、自分たちはそれを超えるのだと、勝って全国へ行くのだと、彼らにそう伝えているのだ。

 

「……そうだよな。ようやくここまでこぎつけたんだ!行くに決まってんだろ!」

 

ようやく今まで下を向いていた目線を真っ直ぐに向けた工藤は、自分の拳と掌をバチン!と合わせ、気合いのこもった返事を返す。

 

「アハハ〜、やっぱり工藤くんはそうじゃないとね!」

 

いつも通りに戻った工藤を見て、城戸が嬉しそうに笑う。そして工藤はおもむろに振り返る。するとそこには、さっきまで腹痛に顔を歪めていたのは何処へやら、凛々しく、真っ直ぐな男の表情をした、光ヶ丘のキャプテン、桔梗遥希の姿があった。

 

「やろう...俺たちは先へ進む!この試合に勝って、次も勝って、その次も勝って、優勝するんだ!ここがスタートラインだ。後ろは無い。ただ進むのみ!」

 

「「「おう!」」」

 

桔梗の言葉に、3人が力のこもった言葉を返す。

 

「何の話をしているんですか?…仲間外れにしないで下さい」

 

話し合う4人を見て、さっきまで念入りにアップをしていたチームの紅一点である氷河火麟が4人の元へ寄ってくる。

 

「みんなで力を合わせて優勝しようって話してたんだよ。氷河も一緒に頑張ろうぜ!」

 

「もちろんです。勝つ以外の選択肢など、学校に置いてきました」

 

工藤の勝とうという思いに、当たり前だと返す氷河。そんな話をしていると、ぞろぞろと光ヶ丘サッカー部のメンバーが全員5人の元へ集まってきた。その顔には、緊張も見えるが、それ以上のやる気と覚悟が見て取れる。そんな彼らの顔をもう一度見回した桔梗は、全員で円陣を組むように呼びかける。

 

「よし!やるぞみんな!」

 

円陣を組んだ光ヶ丘のメンバーは、それぞれの両隣のメンバーの服をガッチリと掴む。

 

「「「「「光ヶ丘〜!ファイ!オー!」」」」」

 

彼らにとって初めての公式戦。いよいよ待ちに待ったルーキー達の挑戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、花咲川ベンチ。咲真たちは、監督の本郷の前に整列し、フォーメーションの確認を行っていた。

 

「よし。では、フォーメーションとスターティングメンバーの最終確認を行う」

 

監督の言葉に、選手たちの表情はより一層引き締まったものになる。

 

「まずはFW。水嶋、佐々木、そして...日向茜」

 

「はい!」

 

「うっす」

 

「〜っ!! ハイ!!」

 

「次にMF。彩瀬、日向灯里、奥沢」

 

「は〜い」

 

「はい!」

 

「はい」

 

「DF。氷川、紅城、河野、猫神」

 

「はい!」

 

「…うす」

 

「はい」

 

「はいにゃ〜!」

 

「最後にGK。岩隈」

 

「はい!」

 

監督に名前を呼ばれたメンバーが、それぞれ返事をする。返事の仕方は各々だが、特に唯一1年でレギュラー入りとなった茜は、目を爛々と輝かせ、気合いに満ちた表情で大きく返事をした。

 

 

ちなみに、今回の咲真たちのフォーメーションはこう。(()は背番号)

 

FW:佐々木(9) 水嶋(10) 茜(11)

MF:彩瀬(6) 咲真(7)

MF:日向(8)

DF:猫神(5) 河野(2) 紅城(3) 氷川(4)

GK:岩隈(1)

 

ベンチ:水瀬(12) シャロン(13) 黒騎(14)

 

4-1-2-3のフォーメーション。佐々木、水嶋、茜のスリートップ。右サイドに咲真を置くことで、茜のスピードに合わせたパスを出し、そのスピードを最大限に活かし、先手を取るための布陣だ。中盤下、ボランチには、チームのディフェンスリーダーである日向を置き、DFの4人が日向の指示に柔軟に対応出来るような配置となっている。

そして、もっと重要な中盤をセントラルミッドフィルダーとして、ボールキープ力、前線への持ち込みがチームトップの咲真と彩瀬を置き、盤石な体制を整えている。

 

 

「以上だ。お前たち、いまこの場においては今までの失敗も、後悔も、全て忘れろ。頭に入れるのは勝利のイメージと、勝つという信念だけ。それ以外の雑念は全てピッチには必要ない。お前たちならば、どんな壁も、どんな逆境も超えられる」

 

監督の口から、激励の言葉がかけられる。普段は物静かな方の監督も、こういった場面では、とても心強い言葉を咲真たちにかける。そして、それは決した士気を高めるために用意した言葉じゃなく、今自分の心から出た素直な言葉だと、咲真たちも知っている。知っているからこそ、監督の言葉は彼らの支柱となり、彼らもそれに応えようとする。

 

「───お前たちは...強いよ」

 

「「「「「────っ!」」」」」

 

監督のその一言に、全員の表情から緊張と不安が消え、やる気がみなぎっていく。一種の誇らしさのようなものか、たったその一言で勇気が湧いてくる。

 

 

 

「よし!監督から心強い言葉ももらったし、後は俺たちが監督の言葉を証明するだけだ」

 

監督からの激励を受けた後、咲真たちはベンチの前で円陣を組んでいた。その輪の中には、マネージャーである和泉はもちろん。初めは拒んでいた黒騎も咲真たちが無理やり輪にいれ、本人も渋々入っている。

 

「俺たちは去年優勝した。でもそれ(優勝)がなんだ。それは“過去”のことだ。“過去”はもう消化した。“過去”は“今”になって俺たちの身体になってる」

 

そういうと咲真はぐるりと全員の顔を見回す。咲真が見たみんなの表情は、ニヤっという微笑みとともに、自信とやる気に満ちている。

 

「スゥー……」

 

咲真は目を閉じ、深く息を吸う。そしてゆっくりと目を開き────

 

「ゼッテェェ勝つぞォーー!!」

 

「「「「「オォ!!」」」」」

 

全員の声が1つに重なり、大きな音を生み出した。

 

 

いよいよ彼らの...王者の挑戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ試合が開始される時刻となった。コート中央には、両チームの選手たちが互いに向き合いながら整列している。

 

審判の試合開始の合図を待っている咲真の前に、正面から突然手が伸ばされて来た。

 

「今日は胸を借りるつもりで来ました。よろしくお願いします」

 

咲真が出された手の主を確認するとそこには、光らせた目で真っ直ぐ咲真を見つめながら、意を決したような面持ちの光ヶ丘のキャプテン、桔梗遥希がいた。

 

「ああ、よろしくな」

 

咲真は桔梗の気持ちに答えるように、自分も手を伸ばし桔梗の手を掴んだ。すると、桔梗は手に力を込め、握られていた咲真の手をさらに力強く握りしめた。

 

「っ!」

 

「負けません。たとえ相手が貴方達でも」

 

咲真は桔梗との握手で、強い覚悟と本気を肌で感じた。彼らは挑戦者として自分たちに全力で向かってくると、王者の首を本気で取りにくると、そんな彼の...彼らの覚悟を見た咲真は、今度は自分も桔梗の手を強く握り返した。

 

「ッ!!」

 

「その挑戦、正々堂々と受けてやる。俺達も俺達の全力と本気を持って、お前たちに勝つ」

 

桔梗はこの時、少しばかり怯んでしまった。近くで初めて感じた王者の気迫、それはまるで鋭い刃を向けられているような感覚....だが、桔梗はそれと同時に嬉しさも感じていた。咲真たちは、創部1年目のぽっと出の自分たちに、恐らくどのチームも警戒も期待もしていない自分たちに、本気を向けて来てくれていると。

 

 

 

「それでは、IH東東京予選1回戦第3試合、花咲川高校対光ヶ丘高校の試合を開始します」

 

そうこうしているうちに、審判から試合開始の宣言がなされた。両チームの表情が、より一層険しく、凛々しくなって行く。互いの目には、それぞれの正面に立つ選手の目が映っている。

 

「一同、礼ッ!」

 

「「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 

 

 

各々が自分のポジションにつき、試合開始の笛の音を今か今かと待ちわびている。先にボールを持つの光ヶ丘。緊張と不安でガチガチだったアップの時の姿が嘘のように、彼らは試合開始を今か今かと待ちわびている。

 

「(やっと...やっとだ!試合が出来る!みんなと一緒に戦える!)」

 

中でも桔梗は、待ちわびたこの時への喜びで誰よりも目を爛々と輝かせながら、心の底から湧き続けてくる闘志を咲真達に向けている。

 

 

そしてついに…………

 

 

ピーーーッ!!!

 

 

王者とルーキーによる戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「行くぞ!!」

 

試合開始と同時に光ヶ丘の選手たちは勢いよく駆け出した。パスでボールを小刻みに回しつつ、全員が常に走り続ける事で、マークから外れつつ少しつづ前線を上げて行く。

 

「全員止まるな!ボールを持ってない奴も常に動き続けるんだ!」

 

桔梗の指示がコート内に響く。光ヶ丘の選手たちは、それに応えるように動きを止める事なく攻め上がる。

 

「中々に厄介だな....」

 

彼らの動きを見て、日向がそう呟いた。一見ただ走り回っているように見えるが、彼らはディフェンスの視界ギリギリのあたりで動き回っている。これにより意識を僅かにそちらに向けらている。加えて、休む間も無く動き続けているため、日向たち自身も相手選手を追うために必要以上に走らされている。

 

これが彼らの編み出した作戦。常に動き回る事で、相手に的を絞らせないようにしつつ、翻弄する動きを繰り返す。かなりの体力が必要となる作戦だが、これこそが彼らが勝つために編み出した最善の策なのである。

 

「(ルーキーの俺たちが前年の王者に挑むのに、リスクを冒さずに勝てるわけがない。たとえ自分たちの体力を犠牲にしても、ここで向こうの体力と集中力を削ぐ!)」

 

桔梗たちは、その動きを繰り返し、着実に王者の背中までの距離を縮めて行く。

動き回る光ヶ丘の選手について行く花咲川の選手たちも、次第にかく汗の量が増えていく。

 

光ヶ丘の作戦はハマり、花咲川の選手たちの体力が1回戦の序盤とは思えないほど削られて行く。

自らの体力を減らしつつも、確実に敵の喉元に迫りつつある光ヶ丘。桔梗は、このまま相手の体力が尽きるまでこれを繰り返すつもりでいた。しかし………

 

「全員止まれ!向こうの動きに合わせる必要はない。相手の動きを予測してから動け!」

 

突如、花咲川の選手たちに指示が飛ぶ。その指示を一度聞いた花咲川の選手たちはピタっと走るのをやめ、指示通りに相手の動きを見つつ、自分たちのペースを守って動き始めた。

 

「っ!!」

 

相手の意図を読み解き瞬時にそれに合わせた指示を出す判断力に、桔梗は顔をしかめ、それを容易に行った人物を苦渋の表情で見つめる。その視線の先にいたのは、前回王者花咲川のキャプテン、奥沢咲真だった。

 

 

「俺に寄越せ!」

 

自分たちの作戦が読まれたと判断した四十住が、味方からパスをもらい、ひるむまいと上がっていく。だが、そんな彼の前に、咲真が立ち塞がった。

 

「悪いが通さねえぞ」

 

「っ!押し通る!」

 

四十住は咲真を抜くために何度もフェイントをかけるも、咲真はそれを瞬時に見極め、惑わされる事なく立ち塞がり続ける。

 

「くそ...」

 

抜けないことに少しずつ焦りが出てきた四十住は、そう呟きながら必死に咲真に食らいついていた。だが、そんな彼に別に位置から迫る影があった。

 

「四十住さん!右です!」

 

咲真と対峙する四十住の耳に、氷河の声が届く。四十住は氷河の声でとっさに動き、迫ってきていた人物の攻撃を交わした。

 

「クッ!」

 

「ありゃ〜、バレちった」

 

四十住に奇襲を仕掛けたのは、彩瀬だった。彩瀬は気配を消しつつ四十住に接近していたが、氷河の声によりあと少しのところでかわされてしまった。

 

だが、彩瀬の奇襲により、四十住は咲真と対峙していた時の集中を僅かに乱してしまった。それはほんの僅かなスキだったが、彼の前に立ち塞がっていた人物は、そんな僅かなスキをも見逃さなかった。

 

「っ⁉︎しまった!」

 

咲真はそのスキを突き、四十住からボールを奪った。

 

咲真はボールを持ったまま、勢いよく上がっていく。

 

「止める!」

 

「行かせない!」

 

そんな彼の前に、光ヶ丘のディフェンス2人が立ち塞がる。が、咲真はスピードを落とすこと無く突き進んでいき、流れるような動きで、ボールを連続でディフェンスの股を通し、2人を抜き去った。

 

「そんな……」

 

咲真の洗練された動きに驚きを隠せない光ヶ丘メンバー。咲真はそんな彼らを御構い無しに突破していく。

 

そして気がつけば、咲真はゴールの前まで迫っていた。

 

「絶対止めてやる!どっからでもかかってこい!」

 

工藤は、迫る咲真を前にもう一度気合いを入れ直して構える。だが次の瞬間、咲真は持っていたボールを天高く上げた。

 

「なにっ⁉︎」

 

すると、咲真の背後から高く上げられたボールを追う影が見える。

 

「っしゃァァ!行くぜェ!」

 

その人物は、花咲川のエースナンバーを背負うストライカー。水嶋葵だった。彼は、回転しながら激流を纏い、ボールと同じ位置まで到達する。

 

「アクアトルネーードッ!!」

 

水嶋の右足から放たれたシュートは、凄まじい勢いで工藤が守る光ヶ丘ゴールへ迫る。

 

突然のことに反応が遅れた工藤に、必殺技を出す暇なくボールが迫る。

 

「くそッ、ウオォォォーー!!」

 

工藤は必死にボールを止めようとするも、やはり必殺技無しでは水嶋のシュートの威力を弱めること出来ない。

 

「くそッ!!」

 

工藤の手が体ごと弾かれ、水嶋の放ったシュートがゴールに突き刺さる。

 

 

ピーーーーーッ!

 

花咲川 1ー0 光ヶ丘

 

 

水嶋のシュートで、咲真たちが先制点を挙げた。

 

「っしゃー!!」

 

水嶋がガッツポーズをする。大会での初得点、バスの中まで緊張していた彼にとって、これほど自信のつくことはないだろう。

 

「よくやったな水嶋ー!」

 

「流石っすね先輩」

 

「やってくれたな」

 

各々が水嶋のゴールに賞賛の声を送る。

 

「おうよ!次も決めてやるぜ!」

 

試合開始10分、いきなりエースのエンジンがかかった花咲川。このまま勢いそのままに勝ち上がれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

「工藤、大丈夫か⁉︎」

 

シュートに弾き飛ばされた工藤の元へ光ヶ丘高校の全員が駆け寄る。

 

「ああ、問題ない。それよりすまねぇ!決められちまった!」

 

「いや、お前の責任じゃない。ボールを奪われたのは俺だ...」

 

それぞれが自分のプレーを反省するように顔を伏せる。たった一度の失点が、彼らの心と体に大きなダメージを与えた。全員の表情が暗く沈んでいく。

 

「はい!反省はそこまで!」

 

パンッという手を叩く高い音ともに、キャプテンの桔梗から言葉が発せられる。

 

「いいか?今の失点は相手が凄かった!」

 

ドーンッという効果音がピッタリなくらい自信たっぷりに相手チームを賞賛する桔梗に、全員がポカーンといった顔を向ける。

 

「だから、すぐに切り替えよう。こっちがへこたれたら勝利なんて不可能だ!ここで諦めたらこの先なんて一生行けなくなる!」

 

桔梗の言葉に全員の顔が上がる。桔梗自身、失点には大きく動揺していた。ただ、それ以上にキャプテンとして、彼はみんなの士気を高める選択をしたのだ。

 

「さぁまだまだ試合は始まったばかり、こっから逆転するぞ!!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

桔梗の掛け声に、全員が声を揃えて返す。

 

 

「(それにしても……)」

 

桔梗はふと、咲真の方を見つめた。

 

「(流れは最初、確実に俺たちの方に来てたのに、あの人はたったワンプレー、いや、たった言葉一つで、試合の流れも、周りの空気も、主導権も全部ひっくり返してしまった。あれが....奥沢咲真)」

 

「おい、桔梗。どうした?」

 

急に黙り込んだ桔梗を心配した工藤が、彼に話しかけた。

 

「う、ううん⁉︎なんでもないよ。ただ、凄い人だなって思って」

 

工藤の質問に答えると、再び咲真の方に視線を向ける。すると工藤は、そんな桔梗の肩をポンッと叩いた。

 

「そうだな。でも...そんなあの人に勝ちたいんだろ?」

 

「……うん。勝ちたい。あの人に」

 

「よし!勝とうぜ!俺たちで!」

 

「おう!力貸してくれ!」

 

視線を前に向けたまま、互いに拳を合わせた2人。失点から始まった始めての大会。彼らの真価はここから露わになっていく。




読んでいただきありがとうございました〜!

いきなりですが……今回のイベントちょー良かった!!美咲可愛すぎませんか!?ガチャは爆死しましたけど、ストーリーがマジで良かったので満足してます。
というか、次のカバーの『Baby Sweet Berry Love』もちょー楽しみですね!

すみません、1人で盛り上がってしまいました。

評価、感想、アドバイス、どしどし送っていただけたら嬉しいです。


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見えない枷

今まで一番長くなりました。でも、熱いシーンが書けたと思います。
もしかしたらこの話がこの試合のピークかも....w

それではどうぞ!


〜スタジアム 観客席〜

 

「見てみて美咲!咲真たちが点を決めたわ!」

 

花咲川高校の先制に、こころのテンションはいつも以上にヒートアップしていた。初めてサッカーの試合を生で観戦して、興奮が冷めやらないのだろう。こころは隣にいる美咲の手を握り、ブルンブルンと上下に力いっぱいに振り回す。

 

「分かった!分かったから!見てたから!そんなに振り回さないで!」

 

こころに手を引っ張られつつも、美咲も咲真たちのゴールが嬉しいのか声色が高くなっている。

 

「でもやっぱり凄いね...咲真さん。言葉だけでみんなの不安をいっぺんに払っちゃうなんて」

 

騒ぐ2人を横目に見て微笑ましそうにしていた花音が、改めて目の当たりにした奥沢咲真という存在にそんな感想を漏らした。花音も既に咲真のことはハロハピ会議や弦巻家での練習の時から知っていたが、それはあくまで美咲の兄としての彼を知っていただけで、サッカー部のキャプテンとしての彼を知らなかった。だから花音は、初めてみる咲真の1人のサッカープレイヤーとしての姿に、少し別人とも思えるような雰囲気を感じていた。

 

「お兄ちゃんの言う事って、いっつも自分勝手なことばっかりなんですよね。自分と他人の考えなんて違って当たり前なのに」

 

「美咲ちゃん?」

 

すると突然、美咲が花音にそんな話を始めた。こころの手をなんとかほどいた美咲は、首を傾げる花音の隣に腰を下ろし、花音が漏らした感想を聞いて、妹として知っている兄の事を語る。

 

「それなのに、お兄ちゃんが言うと不思議と力がもらえるんです。ダメだってわかってても、結局頼っちゃったりして....」

 

アハハ...と苦笑いを浮かべる美咲。しかしその顔は、とても幸せそうだった。

 

「まぁ何が言いたいかですけど、お兄ちゃんの言葉には人を動かす力があるんです。なんのひねりも、偽りも無い真っ直ぐな言葉だから、相手も自然に信じちゃうんですよ」

 

「あ...」

 

美咲の言葉を聞いた花音が、なにかを思いついたように小さく声を漏らした。そのままゆっくりと美咲から視線をずらし、観客席から身を乗り出して咲真に大きく手を振りながら応援するこころにその視線を向ける。それに続くように、美咲もまた同じくこころに視線を向ける。

 

「似てますよね。こころとお兄ちゃんって」

 

人の心を動かすなんて決して簡単なことでは無いけれど、それを平然とやってのけるお嬢様に、2人の視線が向けられる。花音が試合中の咲真を見て感じたものは、いつも自分がこころから感じているものと似ている、そう花音は思った。

初めてこころと出会った時、ドラムを辞めようと思っていたはずの自分の気持ちを簡単に変えてしまったこころと、たった言葉一つで試合の流れも、周りの空気も、味方の焦りの表情もひっくり返した咲真。理由や状況が違っても、2人は簡単に人に前を向かせられる。美咲の言葉に、花音はなんの迷いもなく答えた。

 

「そうだね。私もそんな気がするよ」

 

そう言って2人は一度向かい合うと、アハハと短く笑って再びこころの方へ目を向ける。こころはいつも以上に輝いているように見える笑顔で、咲真を応援していた。

 

「さくまーー!頑張ってーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さくまーー!頑張ってーーー!!』

 

「ん?」

 

コート内まで届いたこころの応援が咲真の耳に入る。1回戦とはいえ、多くの人の応援の声が四方八方から飛び交う中、咲真の耳と目は、こころの声とその笑顔で自分たちを応援してくれているこころを一瞬で捉えた。

 

「おう!サンキューこころ!」

 

大きく手を振るこころに、咲真も笑顔で右手を振って応える。咲真の振り返された手を見て、こころのテンションはますますアップようで、美咲と花音の手を引っ張り、応援するよう急かしているのが遠目からでもわかるほどだった。

 

 

そんなこころたちの様子を確認した咲真は、まるで人が変わったかのように、今まで笑顔だった表情を真剣な表情へと変え、自分たちの今対峙している相手をしっかりその真剣な眼差しで見据える。その先には、先ほどの失点を感じさせぬほど、たくましく引き締まった表情をする光ヶ丘のメンバーたちがいた。

 

「向こうもかなりいい顔になってきたな。ここからが勝負といったところか」

 

彼らの引き締まった表情を見た日向が、咲真の隣に並びそんな事を言った。

 

「ああ、そうだな」

 

咲真は日向に簡単にそう返すと、口角を上げニヤっと笑う。

 

「やっぱり試合はこうじゃないとな。やるぞ日向。容赦も油断も無しだ」

 

そう言う咲真の瞳には、羽丘との練習試合で見せたような執念のようなものが込められていた。

 

「ああ、もちろんだ」

 

日向はそう言うと、自分のポジションへ戻って行く。戻るときに一瞬見えた日向の顔には、僅かながらに笑顔が見えた。

 

 

 

 

 

ピーーーーーッ!!

 

 

 

日向が自分のポジションに戻ってすぐに、試合が再開された。光ヶ丘は先ほど同様、ペースの速いパスを回しながら全員で上がって行く。ただ、先ほどと明らかに違うのは、試合開始直後と比べて選手たちの走っている時間が短くなった事だ。先ほどとは違い、それぞれのペースを保ったまま攻める光ヶ丘。

 

「さて、次はどう来る?何か別の作戦でもあるのか?」

 

彼らの様子をじっくり観察する蒼夜。彼の頭の中では、先ほどまでの作戦を辞めたのか、何か別の作戦を準備していたのか、と思考が繰り返されていた。

 

 

 

 

しかしそこから光ヶ丘は、時間をゆっくりと使い。試合時間はすでに30分を回っていた。

 

「あれから随分経つが、目立った動きはないか...不気味といえば不気味だな」

 

動きのない光ヶ丘に蒼夜さらに警戒の色を強める。

 

現在ボールはセンターラインから5メートルほど離れた位置にあり、それぞれが光ヶ丘の動きを警戒しながら相手の動きを見つつ、ボールを奪うタイミングを見計らう。

 

「(やっぱりそう簡単に奪いに来ない。俺たちの動きを警戒してる。俺たちを下に見てる連中ならすぐに奪いに来るのに....この人たちはやっぱり俺たちに“本気”を向けて来てくれている)」

 

花咲川の警戒する動きを見て、桔梗は咲真たちが自分たちに対して本気で相手をしてくれているという事実に、僅かばかりの感謝を向けていた。

 

 

今までして来た練習試合でも、対戦相手は自分たちを見下し、ただ力の差を見せつけるようなプレーをするだけで、自分たちを“敵”だと認識していない。そんな相手について行くのがやっとな自分たちにも呆れるが、それ以上に舐められるているのが気に入らなかった。確かに自分たちは出来たばかりの部だし、1年生しかいない。それでも、サッカーというものに憧れたのは同じだ。だから、今回の大会は初出場という事以上に、そんな自分たちを見下す連中を見返したいと思い臨んだ。その結果、初戦でいきなり前回王者と当たる事になってしまったわけだけど。本当はまた見下されると思っていた。舐められ、手を抜かれ、“敵”として見てもらえない。そういう思いが、心の奥底にこべりついていた。でも、実際に対峙してみてわかった。試合開始から僅か十数分でも、彼らが本気だという事、自分たちを他の高校と同じように“敵”として認識している事に。

 

「(こんなに嬉しいことはない。前回王者に本気を向けてもらえるなんてとっても名誉なことだ。本来感謝を向けるような関係じゃないけれど。この本気に俺たちも応えたい!だから──────)」

 

 

味方からのパスを受け、ボールを持った桔梗が大きく息を吸った。

 

「こっちも全力で勝ちに行くぞォ!!」

 

突如桔梗が大きな声でそう叫んだ。何事かと疑問に思う咲真たちだったが、次の瞬間、光ヶ丘の選手たちが一斉に走り出した。

 

「なに⁉︎」

 

突然のことに慌てる花咲川メンバー、その一瞬の硬直の隙をつき、光ヶ丘の選手たちは一斉にゴールへと駆け上がっていく。

 

「頼むぞみんな!」

 

桔梗が前線に向けて大きくパスを出す。

 

「まっかせて〜」

 

桔梗からのパスを胸でトラップし受け取ったのは10番を背負うストライカー城戸好太郎。ボールの勢いを完全に殺す見事なトラップで、流れるようにドリブルで上がっていく。

 

「行かせないよー!」

 

そんな城戸の前に猫神が行く手を阻む。

 

「王者相手に手を温存するなんて失礼だよね〜、僕も全力で行かせてもらうよ〜」

 

桔梗は地面についた右足に力を込める。すると突然、周り一帯が暗くなり、城戸の足が地面につくたび、そこを中心に小さく波紋が広がる。

 

「まぼろしドリブル!」

 

次の瞬間、城戸の体が2つに分身し、彼の通った後に彼の残像が現れては消えていく。

 

「えぇ⁉︎」

 

突然の摩訶不思議な光景に驚く猫神、そんな彼女を尻目に、城戸は自身の必殺技で彼女を抜き去った。

 

「城戸!」

 

猫神を抜いてすぐ、城戸は隣から自分の名前を呼ぶ声に聞き、声のした方へパスを出した。

 

「ほい!」

 

「ナイスパス城戸!」

 

城戸からボールを受け取ったのは、前線まで上がってきていた四十住だった。

 

「このまま2人手間一気に行くぞ!」

 

「おう〜!」

 

城戸と四十住の2人は、交互にパスを出し合いながら上がっていく。そして、遂にゴール前までたどり着いた。

 

「頼んだぞ城戸!」

 

左サイドから上がっていた四十住が、城戸に向けて低めにクロスを出す。ボールが城戸の足元へ来たその時、すでに城戸の足は大きく振りかぶられていた。

 

「いくよ〜!グレネードショット!!」

 

ボールが青いエネルギーに包まれ、城戸の右足から強烈なシュートが放たれる。青いエネルギーを纏ったボールは、そのまま一直線に花咲川ゴールへ向かう。

 

「「「いっけぇぇぇ!!」」」

 

城戸のシュートに、光ヶ丘の選手たちが気合のこもった声を上げる。ボールはその声に応えるように勢いよくゴールへ向かっていく。

 

「悪いがそう簡単に点はやれねえぞ!」

 

だが、ゴールの前には花咲川の守護神、岩隈がすでに万全の状態で構えていた。

 

「グレートバリアリーフ!」

 

岩隈が手を横に払うと、辺り一帯が透き通るような綺麗な海に沈み、水の抵抗力によってシュートの威力がどんどん下がり、ボールが岩隈の右手に収まった。

 

「くそ〜、固いな〜」

 

シュート止められたことに、城戸はわかりづらいが悔しそうな表情を見せる。

 

「次だ!切り替えていくぞ!」

 

城戸の後方から大きな声でそう叫んだのは桔梗だ。味方の士気が下がらぬよう必死に声を大にしている。

 

ボールを持った岩隈が、ボールを持つ手を大きく振りかぶり、思いっきり投げ飛ばす。

 

「ナイスセーブだ岩隈。よし、全員上がれ!」

 

岩隈からのロングスローを受け取ったのは日向。日向はトラップしてボールを保持すると、すぐさまドリブルで上がっていく。

 

「ッ⁉︎みんな戻れ!」

 

花咲川のカウンターに、普段クールな四十住から焦りの声が漏れる。慌てて指示を出す。光ヶ丘の選手たちは、今度は先ほどまで全力で走っていた方と逆方向に全力で走っていく。

 

「茜!」

 

日向から茜へパスが出され、ドンピシャのタイミングでパスが通る。

 

「さっすがお姉ちゃん!ナイスパス!」

 

茜はそのままトップスピードで右サイドから上がっていく。そんな茜に必死についていこうと走る光ヶ丘のディフェンスたち。だが、体力以前に、茜のスピードには誰もついて行けていなかった。

 

そのまま茜はペナルティエリアの真横まで到達していた。すでに中には水嶋と佐々木のFW2人がゴール前まで走ってきている。

 

「まずい!10番と9番だ!」

 

そんな2人にいち早く気づいたキーパーの工藤が大声で叫ぶ。その声に慌てて2人のマークに着くDF。だが、一歩足りず茜がクロスを上げた瞬間、佐々木がマークを押しのけ前に出た。

 

「佐々木先輩!お願いします!」

 

「はいよ」

 

ボールはそのまま佐々木のもとへ吸い込まれる。すると…………

 

「まだだ!」

 

佐々木の横へ、必死に戻ってきた桔梗が並んだ。

 

「嘘⁉︎」

 

「桔梗!」

 

桔梗追いついた事に驚く茜の声と間に合った事に歓喜する工藤。桔梗は必死に飛びつきボールをクリアしようとする。が…………

 

「え....」

 

ボールは桔梗の頭の前をスンと通り過ぎた。佐々木に並んでいた桔梗が届かなかったという事は、佐々木にもボールは届かないという事だ。桔梗は慌てて首を佐々木の方へ向けるも、たしかに佐々木にもボールは届いていなかった。

 

「なんちゃって♪」

 

桔梗と佐々木の前をボールが通り過ぎた時、茜は小さくそう呟いた。その呟きは誰の耳にも聞こえる事は無かったが、茜の顔はしてやったりと言った表情で染まる。

 

「なにを…………ッ⁉︎」

 

慌ててボールが通り過ぎた先へ目線を送った工藤。その先に映った光景に驚愕の表情を見せる。

 

茜が放ったクロスの先には、すでに彩瀬が完璧なタイミングで走り抜けてきていた。

 

「来た来た〜!」

 

走り抜けてきた彩瀬を見て、工藤は理解する。先ほど11番()クロスは、最初から逆サイドを走ってきていた6番(彩瀬)に向けて放たれたものだと。

 

だが、時すでに遅し。彩瀬の正面にはDFは誰もおらず、完全にキーパーと一対一となっている。

 

「アハッ!佐々木より先に決めちゃうよ〜」

 

そう言うと、彩瀬はボールを上に蹴り上げ、右手の指で輪っかを作ると、ピーッ!と口笛を吹く。すると、どこからともなく赤、橙、黄、黄緑、水色、青、紫の七色のペンギンが現れ、ボールへ突き刺さり吸収される。七色のペンギンを吸収したボールは、彩瀬の足元へ七色の輝きを放ちながら落ちてくる。

 

「皇帝ペンギン...7(セブン)ッ!!」

 

七色に輝くボールを蹴ると、シュートとともに、先ほどの七色のペンギンたちがボールから放たれ、ボールとともに凄まじい勢いでゴールへ襲いかかる。

 

「今度こそ止めてやる!」

 

自身に迫るシュートを前に、先ほどとは違い万全の体勢で構える工藤。すると、工藤の両拳が焔に包まれる。

 

「喰らえェ!マッハデストロイ!!」

 

焔を纏った拳で、工藤は何度もボールにパンチを叩き込む。怒涛のラッシュ。工藤は後ずさりながらも、必死にパンチを放ち続ける。

 

「オオォォォォ!!───ッ!!クソがッ!!」

 

だが、工藤の必死の頑張りも虚しく、工藤のパンチは彩瀬の放ったシュートの威力に弾かれてしまった。そのまま光ヶ丘のゴールへ七色のシュートが突き刺さる。

 

 

ピーーーーーッ!

 

花咲川 2ー0 光ヶ丘

 

 

試合開始から35分、カウンターから日向姉妹が繋ぎ、最後は彩瀬が確実に決め、花咲川に追加点が入った。

 

「やったな!七美」

 

決めた七美の元へ真っ先に来たのは、彼女の幼馴染である蒼夜だった。蒼夜は七美が自分より先に点を挙げた事に内心悔しさを覚えながらも、流石のプレーに素直にお褒めの言葉をかける。

 

「えへへ〜。ブイッ!」

 

蒼夜に褒められた彩瀬は、右手でVサインを作り、いい笑顔で返した。

 

 

 

『『『ウオォォォォーーーー!!』』』

 

花咲川の追加点に、観客席から怒涛の歓声が響き渡る。一回戦とはいえ、前回王者の試合だ。この会場の客席にはそれなりの量の観客がおり、コートにもかなり大きな歓声が聞こえてくる。

 

 

「………っ」

 

「「「「……………」」」」

 

明らかに相手側に傾く空気に、光ヶ丘のメンバーは圧倒されていく。

 

「だ、大丈夫!まだまだこっからだ!」

 

桔梗が必死に呼びかけるも、その顔には拭いきれていない不安と焦りが見て取れる。それは他のメンバーも同じ。2点を失ったという事実は、彼らの体以上に心に深く突き刺さった。

 

 

 

ピーーーーーッ!

 

 

桔梗たちの不安が完全に拭えないまま試合が再開される。しかし、明らかに動きが鈍い。

 

「もらった」

 

そんな隙を見過ごしてもらえるはずもなく、簡単に奪われてしまった。

 

「まずい!戻れ!」

 

桔梗が声を張り上げるも、光ヶ丘の動きはバラバラ。全員が自分しか見えておらず、連携もまともに機能していない。

 

「なんか急に楽になったな」

 

前線でボールを受け取った佐々木が、そんな言葉を呟いた。先ほどまであった彼らの圧が急に消えたからだ。佐々木はそんなこと御構い無しにどんどん上がっていく。途中、光ヶ丘のディフェンスが立ち塞がるも、軽く交わしてしまう。

 

佐々木を止められない事に、更に焦る光ヶ丘。すでに彼らの視界には、ボールしか映っていない。

 

「落ち着けみんな!そっちじゃない!逆サイドから上がってきてるぞ!」

 

ゴールの前から必死に声を上げ呼びかける工藤。しかし、焦りからその声は届いていない。いや、届いていないというよりも…………

 

『いいぞー!さっすが前回王者!』

 

『10点決めちまえ!』

 

『そんな奴ら捻り潰しちまえ!!』

 

観客のそんな心無い言葉で、工藤の声はかき消されてしまっているのだ。工藤や桔梗の叫び声よりも、選手たちの耳には観客たちのそういった声が届いてしまう。

 

「…………」

 

観客たちの言葉を聞いた咲真は、一瞬だけ顔を伏せた。が、すぐに前を向き直し、佐々木に続いて上がっていく。

 

 

 

「(なんだこれ...足が思うように動かない。息苦しい....口が震える...)」

 

ボールを追いながら、桔梗は心の中で身体が言うことを聞かないのを自覚した。まだ前半、最初から飛ばしたとはいえ必死にしてきた体力づくりのお陰でまだ体力切れには遠いはず。なのに、そんな思いとは裏腹に、どんどん身体が動かしづらくなっていく。

 

「(ダメだ...負ける。やっとここまで来たのに...せっかく...みんなで頑張ったのに...)」

 

桔梗の心が次々に湧き出てくる焦りで沈んでいく。踠けば踠くほど深く、更に深くへと沈んでいく。

 

「(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!!)」

 

 

『初出場で王者を倒すとか、夢見てんじゃねえよ!』

 

『寝言は寝て言えってな!あはははッ!」

 

そんな彼に容赦なく追い討ちをかけるように、桔梗の耳に入ってくる鋭利な言葉と笑い声。その中で特に大きく、胸くそ悪い言葉が聞こえてくるのは、彼らの後方。工藤が守る光ヶ丘ゴールの裏の客席からだ。そこには、柄の悪い連中がうようよと溢れていた。

その時桔梗は実感した。この声、空気、環境、それら全てが自分たちの重りになっているのだと。どれだけ必死に見て見ぬ振りをしても、どれだけ必死に平気と取り繕っても、その重りは少しずつ自分たちに巻きつき、少しずつ重くなって行く。

 

「ハァ…ハァ……────」

 

そしてついに、桔梗の足は動かなくなってしまった。

 

彼の足は...心は...完全に見えない枷によって自由を奪われてしまった。

 

それは桔梗だけではない。他の光ヶ丘のメンバーも次々と足を止めて行く。

 

「っ!お前ら何やってんだ!負けたいのか!」

 

戦意を喪失し始めた仲間たちを見て、四十住が怒りを含んだ声で怒鳴るように叫ぶ。しかし、誰も動こうとはしない。いや、動かないのだ。頭では分かっている。でも、観客の声と絶対に敵わないと自分で認識してしまった事に、身体は言うことを聞いてくれなくなっていた。

 

「………佐々木」

 

「どうしたんですか?キャプテン」

 

そんな彼らを横目で見た咲真は、現在ボールを持っている佐々木に突然話しかけた。

 

「悪いんだが、ボールくれ」

 

突然の申し出に驚く佐々木だったが、咲真の目を見て、一瞬で判断した。

 

「分かりました。どうぞ、お好きなように」

 

佐々木は咲真にパスを出すと、咲真から離れて行く。佐々木はここから先、全部を彼に任せる事にしたのだ。

 

「悪いな。助かる」

 

一言礼を言った咲真は、更に足に力を入れ、力いっぱい地面を蹴る。咲真はそのまま、動きを止めた光ヶ丘の選手たちを尻目にゴールへ一直線に向かって行く。

 

「っ⁉︎おい!お前ら何やってるんだ!止めろ!」

 

「まだ終わってないんだぞ!ここで諦めるのか!」

 

四十住が必死に叫ぶも、彼らの閉じた心には響かない。キーパーの工藤も四十住同様全員の戦意を取り戻すために声を上げるも、焼け石に水。完全に止まってしまった足は、ピクリとも動いてくれない。

 

『ザマァ無いぜ!とっとと帰りやがれ!』

 

『サッカーにコールドが無いからって30-0とかやめてくれよなww』

 

『サンドバッグはサンドバッグらしくやられてろ!』

 

もはや彼らへの罵倒はとどまることを知らない。この罵倒を言っているのは観客席にいる観客の中でも一部だが、後ろから聞こえる鋭利な言葉は、桔梗たちに他のどんな声よりも大きく、そしてハッキリと聞こえてしまっている。

 

そして、その間に咲真がペナルティエリア内へ侵入。すでに闘う気力が消失してしまっているディフェンス陣は、咲真が目の前を通り過ぎるのを目で追うことしか出来ない。

 

「っ⁉︎工藤!7番(咲真)が来てるぞ!ここで決められたら終わりだ!死んでも止めろ!!」

 

ここでキャプテンのシュートを止めるという空前の灯火とも言えるような最後のチャンスに、四十住は喉が潰れんばかりの声で工藤にかろうじて繋がっている糸を切れさせぬよう必死に託す。

 

「オォ!手足がぶっ飛んでも止めてやらァ!!」

 

気合いを入れ直す工藤。その目の前では、咲真が既にシュートの体勢に入っていた。

 

「……!」

 

咲真はボールを踏みつけることで、ボールを上げバックスピンをかける。するとボールが青いエネルギーに包まれ、咲真はそれをオーバーヘッドの要領でシュートする。

 

「ブレイブ..ショット!!」

 

青いエネルギーを纏ったボールは、桁違いの威力でゴールへ向かう。

 

「っ⁉︎」

 

あまりの威力に工藤は一瞬怯むも、両足をしっかりと地面につけ、気合いで耐える。

 

「決めさせてたまるかー!!」

 

工藤は先ほどと同様に、拳に焔を纏わせ、パンチの構えを取る。しかし、突如シュートの起動がずれ、なぜかボールはゴールの頭上を越えていった。

 

「なっ⁉︎どうなってる!」

 

工藤は慌ててボールを目で追う。すると、ボールは凄まじい威力そのままに、ゴール裏の観客席へと真っ直ぐ向かって行っていた。

 

『お、おい…こっちに向かって来てないか……?』

 

『ま、まじだ!ヤベえぞォォ!』

 

『『『ウワァァァーーー!!』』』

 

あまりに突然で、予想だにもしてないかった事に、シュートの先にいる観客たちは、みっともない叫び声を上げる。

 

 

ドオォォォォン!!

 

 

咲真の放ったシュートは観客席の壁に激突し、壁に深くめり込んでしまっていた。スタジアムにとてつもない轟音が響き渡り、スタジアムを僅かに揺らす。

 

「「「………………」」」

 

スタジアム内が、とてつもない静寂に支配され、その場にいる誰もが事を起こした張本人である咲真に視線を送っている。その時…………

 

 

ピッ!ピーーーーッ!

 

 

前半終了を告げる笛の音が、静寂に包まれたスタジアムに盛大に響き渡る。

 

 

 

「悪い、ミスった」

 

 

 

咲真は、チームメイト側の方へ振り返ると右手を上げて、何の悪びれも無くケロッとした態度でたった一言謝った。

 

咲真の一言に、その場にいた全員が口をあんぐりと開け、目を見開いている。

 

「悪い悪い。次は決めるから」

 

しかし当の本人は平然とした態度で、自分のポジションへ戻って行く。だが、彼の勝手さに当てられたメンバーは、誰一人としてその場を動かずにいた。

 

「ん?どうした?」

 

何の反省も悪びれもない咲真の態度に、怒りで真っ先に我を取り戻したのは、チームの規律にして厳格な副キャプテン、日向灯里だった。

 

「『どうした?』……じゃ無いだろ!何やってるんだ貴様ァァ!!」

 

ゴツンという鈍い音を立てて、日向は咲真の頭を思いっきり殴った。

 

「イッテェな!何すんだ!」

 

「それはこっちのセリフだ!観客席に向かってシュートを打つとはどう言った了見だァ!」

 

普段の冷静沈着な日向とは思えないほどに声を荒げ、自身の怒りを咲真にぶつける日向。それを見た周りのメンバーは、うんうんと頷き、日向の反応が正しい事を示している。また、日向の怒った姿を目の前で見た茜は、久しくみる姉のガチギレの姿に、体を震わせ怯えている。

 

「だからミスったんだって!さっき謝っただろ」

 

「お前があんなミスするわけないだろ!それが分からないほど浅い関係では無いぞ!!」

 

「そうかいありがとな!俺だってお前が見抜くくらいわかってよ!」

 

「それはどうもッ!!」

 

今にも掴みかかりそうな勢いで互いに意見を述べる両者。ヒートアップしすぎて、次第に何に怒っているのか論点がずれ始める。

 

「落ち着いて下さい2人とも!このままじゃ何も進みませんよ!一度深呼吸して落ち着いて下さい」

 

そんな2人の間に割って入ったのは、2年生リーダーの蒼夜だった。彼に止められた両者は、言われたようにゆっくりと深呼吸をする。

 

「落ち着きましたか?」

 

「まぁ....さっきよりは」

 

「おお、サンキューな蒼夜」

 

「いえいえ」

 

蒼夜のおかげで落ち着きを取り戻した両者。

 

「はぁ...言いたいことはあるが、まぁ今回はいい。私もムカついていたからな。しかし、もう2度とするなよ」

 

日向は咲真の行動に対して疑問に思った事がいくつもあったが、それも大体は理解出来ていたため、それ以上何も言うことは無かった。

 

 

 

 

 

「なんだったんだ...一体...」

 

未だに状況が理解出来ておらず、目をパチクリさせる光ヶ丘の選手たち。特に桔梗は、咲真の方を見て、呆然と立ち尽くしている。

 

「…………」

 

すると、そんな彼に近づいてく人物がいた。その人物は、桔梗のすぐそばまで来ると、彼の胸ぐらを強く掴み、自分の顔の近くへ彼の彼を引き寄せた。

 

「……おい、さっきのはどういうつもりだったんだ?」

 

「四十住.....」

 

桔梗の胸ぐらを掴んだ人物は、キーパーの工藤以外で、唯一最後まで戦意を喪失しなかった四十住臨だった。

 

「テメェ言ったよな?先へ進むって...勝ちたいって...なのになんだ!さっきのザマは…!」

 

四十住の声は、だんだんと低くなり、その威圧感を増して行く。

 

「相手への歓声に萎縮して、こっちへの罵声に心を折られて?テメェそれでもキャプテンかよッ!」

 

「ちょっ、落ち着きなって〜。顔が怖いよ?四十住...」

 

「そうです。冷静になって下さい...貴方らしくありませんよ....」

 

怒れる彼を止めに入った城戸と氷河。しかし…………

 

「テメェらは黙ってろ!今は俺がこいつと話したんだ。ビビって動けなくなったテメェらにとやかく言われる筋合いはねえ!」

 

四十住の口から出た正論に、城戸と氷河、そして工藤以外のメンバー全員が下を向き、何もいえなくなる。

 

「なぁ桔梗。テメェはキャプテンだろうが、どれだけ自分が苦しくても、キツくても、チームのために最後まで戦うのがキャプテンじゃねえのか!テメェが真っ先に諦めて、逃げて、それで俺たちは何をどうやって信じれば良いんだ!これまでテメェは何のためにここまでやって来たんだッ!!」

 

桔梗の胸ぐらを掴む力が次第に強く強くなって行く。よくみると、小刻みに震えているのがわかる。

 

この時桔梗はようやく理解した。未熟で、不完全で、弱い自分が何に支えられてここまで来たのかを。何のためにここまで来たのかを。

 

「(俺は...何やってたんだ。ここへ来たのは俺たちを見下した奴らを見返すため?違うだろ...俺らの存在を知らしめるため?違うだろッ!)」

 

桔梗は、自身の爪が手のひらに刺さり、今にも血が出そうなくらいの力で拳を握りこむ。

 

「(俺がここまでやって来たのは...)」

 

 

「…………からだ

 

 

「あ?聞こえねえよ」

 

 

()()()と本気で日本一になりたかったからだッ!!」

 

 

今の今まで忘れていた、自分がここに来た理由。自分の声で自分の気持ちを口にした桔梗の目には、先ほどの怯えは微塵もなく、揺るぎない闘志と覚悟が目の奥でメラメラと燃え上がっていた。

 

「わかってんじゃねえかよ...」

 

一言そう呟いた四十住は、掴んでいた手を離した。

 

桔梗は一度深く深呼吸をすると、メンバー全員の顔が見える位置に立った。

 

「……ごめん!」

 

次の瞬間、桔梗は綺麗に90度に体を折り曲げ、全員に対して謝罪をした。突然のキャプテンの謝罪に驚くメンバー。

 

「点を決められた時、本当なら俺が真っ先に声をかけるべきだった。1人でパニクった時も、もっとみんなを頼るべきだった!」

 

桔梗は謝罪とともに自身の後悔を打ち明けた。もっとこうするべきだった。あの時こうしていればよかった。もう後悔しても遅いけれど、次に同じ間違いをしないように、次こそキャプテンとしてみんなの役に立てられるように。

 

「ほんと頼りなくて、小心者で、ダメダメな俺だけど....最後まで戦ってほしい!俺に力を貸してほしい!」

 

それが、彼の気持ち、彼の思いの全てだった。

 

「…………」

 

頭を下げ続ける桔梗。そんな彼に、仲間たちから声がかけられる。

 

「顔あげてよ桔梗〜。気持ちはちゃんと伝わったよ〜。あとごめんね〜、負担かけすぎちゃったね。僕ももっと頑張るから、一緒にやろうよ〜」

 

「はい。キャプテンの思い心に響きました。それと、すみませんでした。私も、あの時完全に諦めてしまいました。だけど、私ももっと皆さんと戦いたいです」

 

「城戸....氷河....」

 

一度諦めた2人だからこそ、再び前を向いた桔梗に、自分たちより先に進む桔梗に引っ張られた。もうその顔に、不安も怯えも微塵も感じない。

 

「それで良い。一連托生、それでこそ俺たちだろ?キャプテン」

 

「四十住...」

 

「そうだぜ!お前が言ったんだ。ここはスタートラインだって。だったらどこまででも一緒に走ってやるよ!」

 

「工藤...」

 

桔梗の目に、キラリと輝くものが一瞬見えた。だが、桔梗はすぐに腕で擦りそれを拭った。

 

「ありがとうみんな...よしッ!後半、絶対逆転するぞーー!!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

ハーフタイムが終了し、それぞれのポジションについた両チーム。互いに向かい合い、後半開始の合図を待つ。

 

そんな中、日向は目の前に立つ光ヶ丘メンバーの顔を見て、咲真にこう話しかけた。

 

「お前のせいで、随分厄介な事になったではないか....」

 

日向の目には、揺るぎない闘志と覚悟をその瞳に宿した、光ヶ丘メンバー全員の姿がそこにはあった。

 

「ああ、これは楽しくなりそうだ」

 

「よく言う、相手のレベルを底上げしたのはお前だろう」

 

「そんなこと言って、お前も嬉しそうな顔してるじゃねえか」

 

咲真の言う通り、日向の表情には、僅かながらに笑みが浮かんでいた。

 

「この3年で、お前が移ったのかもな」

 

「人を病原菌みたいに言いやがって...クハハッ」

 

「フハハッ」

 

他愛もない会話に、2人は同時に笑みをこぼした。そして笑い終わると、同時に前を向く。

 

「やるぞ、日向」

 

「ああ、勝つぞ奥沢」

 

 

そして遂に、それぞれの熱い思いを秘めた後半戦がスタートする。




いやー、言葉を選ばない観客って嫌ですね〜。自分で書いてて少しイラっとしました。


突然話は変わりますが、ガルパで星4の数が少しずつ、でも着実に増えていく中、推しの美咲が全く当たりません.....呪い?
だから思うんですよね、キャラの誕生日にそのキャラだけが当たるガチャとか実装されませんかね...

いきなり話を変えた挙句、関係ない話で申し訳無いです。読んでいただきありがとうございます!
評価、感想、お待ちしております。


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THE 草

今回は、光ヶ丘サイドを中心に話が進んでいきます。
せっかくキャラ募集したので、彼らにもどんどん活躍してもらいます!


ピーーーーーッ!!

 

 

後半開始の笛とともに、両チームの選手が一斉に走り出す。

 

まずはボールを持っていた花咲川が咲真にボールを回し、両サイドから佐々木、茜が上がっていく。対する光ヶ丘もそんな彼らの攻めに対抗するように守備を両サイドに固め、2人にボールが回らないようガッチリとマークにつく。

 

「(真ん中は空いたがCB(センターバック)に正面から突っ込んでもシュートの威力を削られるのがオチだな...せっかく佐々木と茜が上がってるからサイドを使いたいけど、向こうも本調子になったみたいだし、隙はそう簡単に見せてくれねえな)」

 

咲真はゆっくりとドリブルをしながら上がって行く。周りに目を配りつつ、思考することもサボらない。頭では作戦を立てながら、いつどこから来られてもいいように、神経を研ぎ澄ませて行く。

 

「(2点リードのこの状況、本来なら守りに徹するのが定石...でも、それは俺たちのサッカーじゃないよな。攻め続けてこその俺たちだよな)」

 

今の咲真に...いや、花咲川のメンバー全員の頭の中には、攻めという選択肢しか無かった。何点差で勝っていようが、攻めることをやめない。相手と本気のプレーで対話する。それが、彼らのプレーのスタンスだからだ。

 

「(ここから守りを崩すなら、攻撃の枚数は多い方が良い。なら、ここで俺が取るべき選択は....)」

 

フィールド全体に神経を張り巡られながらドリブルをしていた咲真は、ふと立ち止まった。咲真の行動に疑問の色を隠せない光ヶ丘。しかし、意図を考える暇もなく、咲真は持っていたボールをかかとで蹴り、後ろにパスを出した。

 

「任せる。蒼夜」

 

「了解です」

 

咲真からのパスを受け取ったのは、攻守ともに高いレベルを兼ね備えた攻撃的サイドバック、氷川蒼夜だった。

 

「ボールは蒼夜に任せて俺たちも上がるぞ。日向、彩瀬」

 

「ああ」

 

「は〜い」

 

蒼夜にボールを預けた咲真は、日向、彩瀬とともに前線へ上がっていった。これにより花咲川の攻撃枚数が増え、光ヶ丘はマークを分散せざるを得なくなった。

 

「クッ!!みんな惑わされるな!!相手の動きをよく見て予測するんだ」

 

桔梗の指示で光ヶ丘の選手たちは蒼夜からのパスを警戒し、ボールから距離を取り、他の選手たちにマークにつく。

 

「クスッ」

 

「!?」

 

しかし、咲真のマークについていた四十住は、マークされてうまく身動きが取れない状態にもかかわらず、クスッと軽く笑った咲真に疑問を抱いた。

 

「いいのか?そんなにボールから離れて」

 

咲真は不意に四十住に話しかけた。

 

「今ボールを持ってるのは、うちの()()()()サイドバックだぞ?」

 

「ッ⁉︎」

 

咲真にそう言われ、四十住は驚愕の表情で咲真の方に向いていた顔を蒼夜の方へ向けた。そして同時に気づいた。蒼夜から距離を取っていたために、彼の正面には大きなスペースが空いてしまっていることに。

 

「まずい...パスじゃない!そのまま持ち込む気だ!」

 

必死に声を張り、味方全員に相手の意図を伝える。四十住の声を聞いて、光ヶ丘メンバーは驚きの声を上げ、対応しようとするも、とっさに動きを切り替えられず、出だしが遅れてしまう。

 

「もう遅い」

 

そう言うと、蒼夜は空いたスペースをぶった斬るようにまっすぐドリブルで突破していく。対応が遅れた光ヶ丘は急いで蒼夜からボールを奪おうと近づくも、一歩遅く、蒼夜はそんな彼らの間を1人で突破して行く。

 

「行かせない!」

 

そんな彼の前に、光ヶ丘のディフェンスの1人が行く手を阻む。しかし、それでも蒼夜はドリブルスピードを落とす事なくディフェンダーに真っ直ぐ向かっていく。

 

「悪いがそんな硬い動きじゃ俺は止められないよ」

 

蒼夜はそういうと、利き足である左足の裏でボールを軽く引き、軽くジャンプしてボールに触れている足を入れ替え、右足をボールに乗せたまま、そこを軸足としてクルッと一回転し、相手を抜き去った。

これは、サッカーにおけるドリブルテクニックの一つであるルーレットと呼ばれるテクニック。蒼夜は必殺技を使わずに、軽々とディフェンスを抜いた。

 

「マジかよ⁉︎」

 

蒼夜の動きに驚きを隠せず声を上げるディフェンダー。その間にも、すでに蒼夜はゴール前まで迫っている。

 

「これで3点目だ!」

 

そう言って蒼夜は、ボールを右から左に薙ぎ払うように2回蹴り、回転をかける。すると、ボールを中心に吹雪の竜巻が発生。蒼夜はその竜巻の中のボールをボレーでシュートする。

 

「ハリケーンブリザーード!!」

 

吹雪の竜巻を纏ったボールが、光ヶ丘ゴールへ真っ直ぐ向かっていく。すでに2点を失っている光ヶ丘は、ここでもう一度点を落とすと勝利が絶望的となる。

 

「来やがれ!意地でも止めてやるよ!」

 

キーパーの工藤は、自らの頬をパチンと挟むように両手で持って叩き、気合いを入れる。

 

すると、そんな工藤と迫るシュートの間に割って入る人影が.....

 

「これ以上決めさせるか!」

 

「俺たちで止めよう四十住!」

 

それは、マークを自ら離し、シュートを防ぎに走ってきた四十住とキャプテンの桔梗だった。

 

「目には目を...吹雪には吹雪だ!スノーストーム!」

 

四十住がそう叫ぶと、彼を中心に轟々と凄まじい勢いで吹き荒れる吹雪が発生し、迫るシュートにぶつかる。

 

「行くぞ!ディープミスト!!」

 

そんな四十住に加勢するように、桔梗は自らの周りに濃い霧を発生させ、四十住と同じくシュートの威力を削ぐ。

 

「「おおおぉぉぉーーー!!」」

 

2人の決死のシュートブロックにより、蒼夜の放ったシュートの威力がみるみるうちに減っていく。

 

「グッ!!…ハァァァァ!!」

「トマレェェェェ!!」

 

シュートはシュルルルーという音と共に、かかっていた回転が弱くなり、完全に止まると、桔梗と四十住の前にポンッと落ちた。

 

「っし!」

「っしゃーー!」

 

地面についたボールを見下ろすと、手を強く握りしめ、力強くガッツポーズをする2人。

 

「凄え..あいつらマジで凄えよ!」

 

そんな様子を後ろから見ていた工藤はふとそんなことを口ずさんでいた。味方のプレーを賞賛する言葉をこぼした工藤、しかし、それと同時に思うことが一つあった。

 

「(あいつらはあんだけ頑張ってんのに...俺はまだ何もしてねぇ...)」

 

工藤は、自分がみんなの足を引っ張っているのではないかという懸念に心の中で頭を抱えていた。前半で2失点、もしかしたらもう1点決められていたかもしれない。自分が止められないばかりに、桔梗たちに負担をかけてしまっているのではないか。さっきのシュートも、2人がいなければ決められていたかもしれない。

 

「(何弱気になったんだ俺!今はそんな場合じゃねえだろ!しっかりしろ。せっかくみんな自分を取り戻したんだ。ここで俺が沈んでどうすんだ!)」

 

工藤は、自分の考えを無理矢理忘れようと頭を大きく横に振る。

 

「攻めろお前らーー!意地でも一点もぎ取ってこーーい!」

 

工藤は弱気な自分を自ら押さえつけるように大きな声でチームを鼓舞する。必死に声を荒げ、誤魔化すように叫ぶ。

工藤は自分でもわかっていた。この試合で自分は今何の役にも立っていないこと。簡単に2点を失い、チームをピンチに追いやったこと。でも、自分はゴールを奪う事は出来ない。だから、彼には声を出す事しか出来なかった。声を出して、仲間を信じる。それが、無力な彼にとって今一番できる事だった。

 

 

 

「みんな攻めるぞ!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

花咲川のシュートを2人がかりで止めた光ヶ丘。反撃開始言わんばかりに、桔梗がボールを持って上がっていく。

 

「でもどうする?止めたは良いが、ゴールへたどり着くことすら難しいぞ」

 

四十住が、作戦を建てるため桔梗の隣へ近づいてきた。花咲川は、攻撃と守備のバランスがいい取れたチーム。守る事と同じくらい攻めるのも難しい。

 

「それでもやるしかない。何度も何度も攻めるんだ!踏まれても、風に吹かれても、雨にさらされても、何度でも!それが、俺たち弱者の戦い方、唯一の武器、諦めない雑草魂だ!」

 

四十住は桔梗の力強い言葉を聞いて目を見開いた。そこには今まで見たことが無いくらい頼もしい彼の横顔があった。その横顔を見て四十住は思った。今まで自分たちは全員が横一線になって互いを支え合いながらここまで来た。そこにキャプテンやエース、司令塔という立場なんて無かった。でも今の桔梗は、キャプテンとして、横一線の自分たちの背中を一斉に押し上げてくれている。そう思った。

 

「(こいつがここまでキャプテンらしくなるなんてな...)ああそうだな!やるぞ!何回でも何十回でも!何百回でも!」

 

「おう!」

 

「キャプテン!四十住さん!」

 

そんな2人の元へやって来たのは、チームの紅一点にして攻守ともに出来るサイドバックの氷河火麟だった。

 

「氷河?」

 

「どうした」

 

疑問の表情を浮かべる2人に、氷河は凛々しい表情でこう言った。

 

「シュート...私に打たせてくれませんか?」

 

「「!!」」

 

突然の申し出に驚く2人。だが、氷河の覚悟を決めた表情を見て、すぐに答えを出した。

 

「わかった。任せる!」

 

「俺たちが絶対お前まで繋ぐから、頼んだぞ!」

 

「はい!」

 

作戦が決まった桔梗たちは、散会しパスを繋ぎながら上がっていく。

 

桔梗から四十住へ、四十住がドリブルで上がり相手を引きつけたところで桔梗に戻す。桔梗は空いたスペースから一気に攻め込み、花咲川の懐へどんどん迫っていく。

 

「行かせないよ〜」

 

そんな彼の前に、彩瀬が行く手を阻む。彩瀬のオールラウンダーさは事前の下調べとこの試合で把握していた桔梗は、彩瀬が前に来た瞬間、ポーンっとゆるくボールを上へ上げた。

 

「っ⁉︎」

 

突然の事に足が止まる彩瀬。しかし、すぐに持ち直し跳躍しようと少し屈む。すると突然、あたりが暗くなり、彼女の周りに無数の青白い人魂が出現し、ゆらゆら〜っと燃えながら空中に浮かんでいる。

 

「────えっ」

 

人魂を見た瞬間、彩瀬の顔がサァーっと一気に青ざめていく。

 

「幽風ダッシュ!!」

 

この人魂は、桔梗のドリブル技『幽風ダッシュ』本来は相手の周りに人魂を出現させ、相手を惑わせている間に抜くという技だが...

 

「・・・き...きゃあーーー!!オバケェェ!」

 

どうやら彩瀬には効果抜群だったようだ。

 

彩瀬は人魂を見るなり、地面にしゃがみこみ頭を抑えてしまう。

 

「彩瀬⁉︎」

 

いつもの彼女とは全く違う様子に、咲真を始めとする花咲川メンバーが驚きの声を上げる。

 

「あー、七美って怪談とか心霊とかマジでダメだからなー……」

 

1人、彼女の幼馴染である蒼夜だけ、彼女が極度のオバケ嫌いだという事を知っていたようで、やれやれと言った表情で彩瀬を見ている。

 

「な、なんかよく分からないけどチャンスだ!頼んだぞ、城戸!」

 

桔梗は彩瀬がかなり怯えている事に尾を引かれつつも、チャンスだと思いFWの城戸へパスを出す。

 

「は〜いよっと」

 

パスを受け取った城戸が、花咲川のゴールへ迫る。

 

「行かせんぞ」

 

だが、すぐに河野が行く手を阻み、シュートモーションに入られまいと距離を詰めボールを奪いにかかる。

 

「うおっと!」

 

城戸は迫る河野の足をなんとか躱す。しかし、すぐに次が来る。

 

「やばっ!ほっ...おっ...よっ!と」

 

城戸は寸出のところで躱しながら、一度だけ視線を右に晒した。

 

「(右ッ!)」

 

しかし、河野は城戸の視線を見逃さなかった。視線を逸らした先に別の選手がいた方を確認し、河野は城戸の右側を塞ぐように体勢をとる。

 

「流石の反応、よく見てますね〜。……でも」

 

城戸は、左足のインサイドでボールを右に蹴ろうとする。それに合わせて、河野は城戸の右側に足を出す。しかし、ボールを蹴るはずの城戸の左足は空を切り、その左足を元に戻すと同時にアウトサイドで左にパスを出した。

 

「なに⁉︎」

 

「僕ってそんなに素直じゃ無いんですよ〜」

 

城戸がパスを出した先には、氷河が走ってきていた。

 

「城戸さん、ナイスパスです!」

 

「頼むよ〜氷河ちゃん」

 

そして氷河は、そのまま必殺技の体勢に入る。

 

「はあぁぁ!」

 

氷河が気合の入った声を上げると、彼女の背後に炎を纏い黒い毛に覆われた大きな熊が現れた。

 

「行きます!ブラックベアフレイムッ!!」

 

そのままボールを強く蹴り出すと、シュートを追うように巨大な熊が飛び出しボールへと吸収される。熊を吸収したボールは爆発するように燃えながらゴールを襲う。

 

「(───っ!!これはッ!)」

 

キーパーである岩隈は、氷河の放ったシュートの威力に、一瞬動揺を見せる。しかし次の瞬間には、その顔にはニヤッとした笑みが浮かぶ。

 

「凄えな...俺も負けてられねえ!」

 

岩隈は飛んでくるシュートに飛びつくように前方に跳躍し、両手を上下に構える。

 

「ハイビーストファングッ!!」

 

そして、飛んできたシュートを両手で挟み込むようにガッチリと押さえ込み、氷河渾身のシュートをキャッチした。

 

「そんな⁉︎」

 

「中々いいシュートだったが、そう簡単にゴールは割らせないぜ!」

 

岩隈はすぐにボールを投げ、紅城へボールを渡す。紅城はすぐさま前方に大きくパスを出し、そのパスに茜が合わせカウンターを狙う。

 

そんな中、氷河は1人花咲川の前で動かずにいた。シュートを止められた事も勿論だが、それ以上に、自分を信じてくれた仲間の期待を裏切ってしまったのが、彼女の心に大きなダメージを与えたのだった。

 

「ど、どうしよ...せっかく皆さんが繋いでくれたのに...私...」

 

仲間の頑張りを絶ってしまった罪悪感に苛まれる氷河。飲まれたまま動けずにいたその時だった……

 

 

「まだだァァ!!!」

 

 

グラウンドに今日一番の大声が響き渡った。

 

その声を聞いた氷河はすぐに振り返る。するとそこには、全力疾走でボールに必死に喰らい付こうとしている桔梗の姿があった。

 

「何度でも...何度でもだ!」

 

桔梗は全力疾走のまま力強く踏み込み、大きく跳躍。そして、紅城から出された茜へのパスを、なんと彼は頭でクリアしてみせた。

 

「っ⁉︎」

 

「嘘ッ⁉︎」

 

自分たちのパスをクリアされた事に驚きを隠せない紅城と茜。その驚愕の表情は前半と違い、演技ではなく本気で驚いていた。

 

「ナイスだ桔梗!」

 

桔梗が必死にクリアしたセカンドボールを、四十住がきっちりカバーし、再び攻め上がる。

 

「氷河ッ!」

 

「っ⁉︎」

 

突然四十住に名前を呼ばれた事にビクッと肩を震わせる氷河。そんな彼女に向けて、四十住は再びパスを出した。

 

「『何度でも』だ!」

 

「ッ!!! はいッ!!」

 

四十住から大きく弧を描くように出されたパスは、一直線に氷河の元へと落ちていく。

 

「(皆さんはまだ私を信じてくれている...この信頼に応えたい!まだこの技は未完成だけど...賭けるしかない!今私の持てる全力を!私を信じてくれるみんなのためにッ!)」

 

氷河はボールを受け取ってすぐ、先ほどと同様にいや、さっき以上の雄叫びとも言えるような声を上げる。

 

「ハアアァァァーー!!」

 

すると、彼女の背後にさっきと同じ炎に包まれた巨大な熊が彼女の背後に現れる。

 

「さっきと同じか?悪いがそれじゃ俺の技を破ることなんて出来ねえぞ!」

 

再び同じシュートを打とうとする氷河に対し、岩隈も必殺技の構えを取る。

 

「さっきと同じじゃありません!さっきより...倍強い!」

 

彼女がそう叫ぶと、炎に包まれた巨大熊の隣に、もう一つの大きな影が現れた。

 

「なんだあれ⁉︎」

 

突如現れた二体目の影に驚きを隠せない一同、その影は次第に白く変わっていく。

 

そこには、炎を纏う巨大熊と対をなすような、氷を纏いその純白の毛を風に揺らす、巨大な白熊が現れた。

 

「っ⁉︎ 二体目の熊⁉︎」

 

「………」

 

突如現れた氷を纏った白熊に、光ヶ丘のメンバーですら驚いている。どうやら今氷河が打とうとしている技は、今まで見たことが無いようだ。桔梗は氷河がこの技を隠していた事に驚く。一方四十住は、氷河が出した白熊を見て、少し考えるような仕草を見てた。

 

「……!!くっ...行っけェェ!」

 

氷河はボールを打ち出す際、少しボールと足の間にズレを感じたが、それを押さえつけるように、力の限り足を振り抜いた。

 

放たれたボールに先ほどの技同様、炎を纏った熊がボールに吸収され、続いて氷を纏った白熊が、同じようにボールに吸収される。すると、2匹のエネルギーを吸収したボールの周りに、激しい炎と氷が回転させながら、さっきとは比べものにならない威力でゴールに向かって飛んでいく。

 

「さっきとはまるで違う...!それでも止めてやる!」

 

岩隈は、予想外のシュートの威力に驚きつつも、シュートを止める体勢をとる。しかし次の瞬間……

 

 

シュパァァンッ!

 

 

という弾けるような音と共に、ボールに吸収されていた2匹のエネルギーがボールから弾き出されてしまった。そのまま氷河の放ったシュートはゴールを大きく外れ、コート外へ飛んで行ってしまった。失敗だ。氷河の未完成の技への賭けは失敗に終わった。

 

「そんなッ⁉︎」

 

氷河の表情が、さっきよりも深く沈み込んでしまう。2度のチャンスをものに出来なかっただけじゃ無い。あの時、パスを受けた瞬間冷静になっていれば、もう少しドリブルでゴールへ近づくことも、他へパスを出すことも出来た。そう言った後悔が、次々と頭に流れ込んでくる。その後悔は、次第に氷河の目を濡らしていく。

 

「(ダメだ!泣いちゃダメだ!……私のミスだ。取り戻さないと……ぐすっ……どうして…涙が止まってくれない)」

 

氷河は周りから必死に涙を隠す。しかし、拭えど拭えど涙は次々と溢れてくる。

 

そんな彼女の元へ、桔梗や四十住、城戸たちが近づいてくる。

 

「氷河……」

 

桔梗が声をかける。氷河は一瞬ビクッと肩を震わせた後、目を腕でこすり、桔梗たちの方を向く。

 

「ご、ごめんなさいキャプテン…みんな……!せっかくのチャンス……また決められな──────

「すっげえな!なんだよさっきのシュート!いつのまにあんなの練習してたんだ!?」

 

──────ふぇ……?」

 

氷河はチャンスを無駄にしたことを責められると思っていた。でも、実際に桔梗がかけてきた言葉は、失敗を責める言葉でも、決められなかった自分に対しての怒りの言葉でも無く、氷河の失敗したシュートに対する賞賛の言葉だった。

 

予想の斜め上を行く言葉に、氷河はあまりに間の抜けた返事をしてしまった。

 

「あ、あの...怒ってないんですか?せっかくのチャンスを無駄にしたのに....」

 

「何言ってんだ。さっき言っただろ?『何度でも』って、一度や二度の失敗なんて俺らにとっちゃいつものことだ。俺らにミスの大きいも小さいもない!何度もミスを繰り返して、何度も挑戦する。それが俺たちの戦い方だろ?」

 

その言葉は、氷河の心に大きく響き渡った。後悔が消えたわけじゃない。それでも、自分のした事が間違いでは無かったと、桔梗は断言してくれた。それが彼女にとってなによりも心強いものだった。

 

「……そうですね。何度でも成功するまで……」

 

「そうだ。諦めんのはまだ早いぜ!」

 

「キャプテン…みんな……ごめんなさい!次こそ決めてみせます!」

 

「おう!そのいきだ!」

 

また1人、光ヶ丘に瞳に覚悟を宿した選手が増えた。それは四十住から桔梗へ、桔梗から城戸、そして氷河へ、次々と伝染していく。

 

 

 

「氷河、さっきのシュートなんだが……」

 

次の作戦を決めるために、桔梗たちが話し合っていると、四十住が突然氷河に先ほど失敗した必殺技について、提案を出した。耳と口を近づけて、ゴニョゴニョと四十住が説明をしていく。

 

「っ!それなら行けるかもしれません!やってみましょう!」

 

四十住の提案を聞いて、氷河の表情に再びやる気が漲った。

 

「ああ、それなら行ける、絶対行ける!よぉ〜っし!今度こそ一点取ろう!もう一度お前まで繋ぐ!頼むぞ氷河!」

 

「はい!次こそ決めてみせます!」

 

フィールドプレーヤー全員が、相手ゴールを真っ直ぐに見つめる。

 

 

後半も半分を切った。ここから試合は更に加速する。

 

「行くぞみんな!」

 

「「「「「おう!!」」」」」




あれ?今回全然咲真出番無くね……?ま、まぁキャラ多いしこんな日もありますよね!うん!

読んでいただきありがとうございます。


突然ではありますが、ここで少し大切なお知らせとお願いがあります。

現在、自分の活動報告に投稿していただいた花咲川高校サッカー部のメンバーのキャラ情報が、数名のアカウントの削除、停止、変更などにより消えてしまい、キャラの詳細や必殺技が分からない状態となっております。このままでは、消えたキャラの出番が大きく減少する可能性がございます。
そこで、下記のキャラを送って下さった方々には申し訳ございませんが、もう一度自分の活動報告、またはメッセージなどでキャラ情報、必殺技を送っていただけないでしょうか。

現在詳細がわからなくなっているキャラは、『水嶋葵』『紅城蓮斗』の計2名です。

もしこのままキャラ情報が不明の場合、必殺技を既存のもののみとするか、私自身が考えたものへ変更になる場合があります。

これは、キャラ情報を別に写していなかった自分のミスです。申し訳ございませんが何卒協力をよろしくお願いします。


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チャレンジャーズ

お待たせしました。2週間以上空いてしまい申し訳ないです!

今回と合わせて光ヶ丘戦、残り2話となります。本当は4話くらいで終わりたかったのですが、ペンというか指がノってしまったので、決着は次回となります!

それではどうぞお楽しみ下さい。


後半も残り時間の半分を切った。2点をリードされている光ヶ丘は、ここで追加点を取られると勝利が絶望的になる。

 

「みんな!ここが正念場だ!まずは1点、死ぬ気で取りに行くぞ!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

一層気合の入った声が響き渡る。今の光ヶ丘には誰一人下を向いている者などいなかった。皆が目の前の勝利に向かってただ真っ直ぐに前だけを見ていた。

 

 

花咲川のゴールキックから試合が再開される。岩隈はボールを力いっぱいに蹴り出す。放たれたボールは大きく弧を描きながらセンターラインの近くへ落ちていく。

 

「ほいっと」

 

岩隈からのボールを受け取ったのは彩瀬。彩瀬はボールを持つとすぐに前方を走っていた咲真にパスを出す。

 

「咲真さ〜ん!」

 

「ナイス彩瀬」

 

ボールを持った咲真は、一直線にゴールへ向かって行く。しかし、すぐに光ヶ丘の選手たちがその前方を塞ぎ、ボールを奪いにかかる。

 

「行かせませんよ」

 

咲真の前に立ち塞がった桔梗は、他のディフェンス陣と連携し、咲真の前方を塞ぎつつ、わざと隙を見せパスコースを誘導する動きを見せる。もちろん誘導するという事はその先にはもちろん味方が控えているという事、そう言った連携も完璧にとれているようだった。

 

「動きがより一段と良くなってるな……連携も見事にとれている」

 

咲真は自分たちとの試合で急激な成長を見せる光ヶ丘に、感嘆の声を漏らしつつ、ボールを奪われないよう一旦距離を取った。

 

咲真が少し下がったことに、桔梗は一切表情を変えなかった。その目はボールをただ一点に見つめている。

 

「ならこっちもそれ以上で迎え撃たせてもらおうか」

 

咲真が開けた距離を一気に詰めにかかる。すぐに桔梗も反応し、咲真の動きに合わせて味方と連携を取りながら数人でボールを奪いに行く。

 

「クハハ、いいぜかかってこい!」

 

咲真はまず向かってきた1人目を左右に振り、それによって空いた足の間にボールを通し抜き去る。

 

「1人」

 

すかさず2人目が咲真が抜いた隙を突いてボールを奪おうとスライディングで迫る。

それを()()()()咲真はすぐさまボールより一歩前に出て、流れるようにかかとを使ってボールを上げるテクニック、ヒールリフトを使って2人目も難なく抜いた。

 

「2人」

 

「やっぱり貴方は凄い!でも、ここで止める!」

 

最後に咲真に立ち塞がった3人目、桔梗は周り一帯に濃い霧を発生させる。

 

「ディープミスト!!」

 

これは桔梗が先ほど蒼夜のシュートを止めた時に使用したディフェンス技。霧によって咲真の視界が奪われている隙に桔梗はボールを奪おうと咲真の足元へ足を伸ばす。

 

「もらった─────って...うそ⁉︎なんで...」

 

ボールを奪おうとしていた桔梗の顔が驚きに満ちる。桔梗が伸ばした足の先には、既にボールが無かったのだ。確かに自分が技を発動させた時はボールは咲真が持っていた。しかし、なぜか今は咲真の足元にボールは無い。ならパスを出したのでは無いか、いや、それは無かった。なぜなら桔梗が技を発動した時も、その後も、咲真はパスを出す様子を見せなかったからだ。

 

「一体、ボールはどこへ行ったんだ……」

 

桔梗が無くなったボールを探している間に、あたり一帯を覆っていた濃い霧が徐々に晴れて行く。

 

「えっ⁉︎」

 

そして、両者の視界が完全に晴れた時、ボールの在り処を見た桔梗は再び驚愕した。

なんとボールは、咲真の頭上付近で、フワフワと重力を無視して浮いていたのだ。

 

「これで3人だ」パチンッ

 

咲真がパチンッと指を鳴らすと、浮いていたボールが突然動き出し、凄いスピードで桔梗の周りを飛び回り始めた。

 

「バンブルボール」

 

「えッ?えッ?」

 

自身の周りを高速で飛び回るボールを、桔梗は捕捉することが出来ずボールは桔梗の背後へと飛んで行った。ボールが飛んで行った先には、既に咲真が回り込んでおり、飛び回っていたボールがストンと落ち、咲真の足に収まった。

 

「悪いがそう簡単に奪われてやるわけには行かないからな。さぁ、追加点を貰おうか。頼むぞ佐々木!」

 

ボールを持った咲真は、すぐに前線へパスを出した。ボールは前線へ走る佐々木の元へ一直線に向かっていく……と思われたが、ボールは佐々木の頭上を越え、佐々木の2メートルほど先へ飛んで行く。パスミスだ。

 

「っ!ミスキックだ!取れ!」

 

突然訪れたチャンスに、光ヶ丘が食らいつく。ボールが勢いで転がると判断した光ヶ丘のDFが、佐々木の前方でボールが転がってくるの待ち構える。

 

「(おかしい...あの人がこんなミスするなんて....)」

 

しかし、ここで桔梗はふと得体の知れない違和感を覚えた。さっきまで洗練されたテクニックで自分たちを苦しめていた咲真がパスミスなんてするのか。疑念が桔梗の頭をよぎる。

 

疑念を抱く桔梗を尻目に、ボールはそのまま佐々木の前へ落ちた。そしてその瞬間、桔梗の疑念が正しかった事が証明された。

 

佐々木の2メートルほど先へ落ちたボールは、強力なバック回転により、光ヶ丘DFが待ち構えていた前方へ転がる事なく、自らボールを追う佐々木の足元へドンピシャで吸い込まれていった。

 

「うへ〜、やっぱあの人のパス気持ちわり〜」

 

佐々木はバック回転で自分の足元へ収まったパスを受け、口から素直な感想が出た。初めからパスが来ると分かってた佐々木ですら、目の前に突然飛んで来て、自分の足に自ら収まったボールを見て、対戦相手に同情するのだった。

 

「ほんとあの人が味方で良かったって思うわ……」

 

後ろからのパスを振り向く事なく受け取った佐々木は、スピードを全く落とす事なくドリブルを始めることが出来た。それにより、前方に待ち構えていたDFをいとも簡単に突破した。

 

「嘘だろ⁉︎」

 

「マジかよ⁉︎ありえねえだろ⁉︎」

 

目の前で起こった事に驚きを隠せない光ヶ丘メンバー。そして理解する。咲真がこれを狙ってわざと前方へパスを出した事、佐々木もそれを分かっていた上で完全にパスが来ると信じていた事、技術だけじゃない、メンバー同士の信頼関係も自分たちよりも遥か先へ進んでいると。

 

「凄え……!!これが前回王者……花咲川」

 

桔梗は自分の体が震えているのを自覚した。しかしそれは決して恐怖や怯えなどではなく、自身のすぐ目の前にある強者の存在に心身ともに奮い立っていたのだ。

 

その間にも、佐々木はすでにゴール前まで迫っていた。すでにゴール前にはキーパーの工藤以外誰もいない。完全にフリーだった。

 

「ここで終わりにさせてもらう」

 

佐々木はそう一言言うと、右足でボールに強力な回転をかける。すると突然ボールから炎が上がり、メラメラと燃え始める。

 

「ヒートブラスター」

 

佐々木は燃えるボールを右足でボレーでシュートすると、炎が地面を抉りながらゴールへ襲いかかる。

 

「絶対に決めさせてたまるか!」

 

気合の入った声と同時に、工藤の拳が焔に包まれる。

 

「今度こそ...俺が止めてやる!マッハ...デストロイッ!!」

 

飛んで来たボールに向かって、工藤は渾身の連続パンチを叩き込む。

 

炎と焔のぶつかり合い。佐々木の静かに燃える炎と工藤の熱く激しく燃える焔がせめぎ合う。

 

「オオォォォ─────ッ⁉︎クソッ!!」

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

2つの炎のぶつかり合いは、工藤の焔を佐々木の炎が簡単に飲み込んだことで決着した。工藤の必殺技が破られ、桔梗たちもその表情を焦りと驚愕の表情へ変えた。

 

「(また止められないのかよ....俺は...何のためにここにいるんだよ...)」

 

工藤の拳を弾いたボールが、そのままゴールラインを割る………

 

「させないよォォ〜〜!!」

 

かに思われた。しかし、ボールがゴールラインを割る寸前で、FWの位置からいつのまにかここまで下がって来ていた光ヶ丘のエース、城戸がボールに食らいつくようにジャンピングヘッドで飛び込み、ボールを外へ弾き飛ばした。

 

「ッ!城戸!」

 

溢れボールをすかさず桔梗がキープする。

 

「凄えよ城戸!ナイスガッツ!ナイスクリア!」

 

「っへへ〜!」

 

城戸の気迫の入ったプレーで、光ヶ丘の闘志に更に燃料が加えられた。下がっていた選手たちが一気に上がって行く。

 

「……悪い城戸、助かった」

 

「どういたしました〜〜」

 

他の選手たちが攻め上がっている間に、工藤は地面に座り込んでいる城戸に手を伸ばし、城戸を引っ張り起こす。

 

「……悪い。俺のせいで、俺が何にも出来ないせいで....俺は一体何しに来たんだ....」

 

工藤は今の自分の無力さを自身で痛感し、闘志もすでに風前の灯火となっている。その顔は不安と後悔で染まっている。

 

「えいや〜!」ドスッ

 

「ゴフゥッ!!」

 

突然、城戸は工藤の腹に向かって思いっきりパンチを叩き込んだ。

 

「ぉ...お前...ぃきなりなにすんだよ...」

 

工藤は全く予想だにしていなかったため、完全に無防備になっていた腹にパンチを叩き込まれ、腹を抑えたまま膝をついて震えている。

 

「それはこっちのセリフ〜。もぉ〜、な〜に言ってるの!らしくないよ〜!」

 

城戸はしゃがみ込み、いつもの調子で工藤に声をかける。

 

「誰のせいだ〜とか、誰かが弱いから〜とか、僕たちにはそんなの関係ないでしょ?四十住がよく言ってるけど、僕たちは一連托生〜!1人のミスは全員のミス。誰かが決めた1点はみんなの1点だよ」

 

「……でも、それでも俺がしっかりしないと。ちゃんとしないとゴールを守れない。みんな凄え頑張ってんのに、俺はあいつらの足を引っ張るだけでほんとなにも出来てない.....」

 

工藤の口から溢れて止まらない弱音。それを聞いた城戸はケロッとした様子で工藤に尋ねる。

 

「どうして工藤は人の頑張りだけを評価するの?」

 

「え…?」

 

城戸の質問に言葉を詰まらせる工藤。そんな工藤を見て、城戸はニパっと口角を上げて続ける。

 

「僕から見たら皆んな同じくらい頑張ってるよ〜、工藤だって手を抜いてシュートを止めようとなんてしてないでしょ?」

 

「そうだが「それに……」」

 

「誰も工藤が足手まといなんてこれっぽっちも思ってないよ〜?逆に感謝してるくらいさ〜」

 

「感謝?」

 

「そうだよ〜。2点目を決められて戦意が無くなった時、お客さんの野次で心が折れそうになった時、支えてくれたのは四十住と……工藤でしょ?」

 

「…………」

 

「あれ、凄く心強かったんだよ〜?まだ頑張れるって思ったんだ〜。だからね、僕は...ううん、僕たちは、工藤に凄く感謝してるんだよ。工藤がこのチームに居てくれて良かった〜ってさ」

 

「ッ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()」その言葉が、今の工藤にとってなによりも嬉しかった。チームの足を引っ張って、助けられてばかりの自分が、大切なこのチームに必要とされている事を彼は今、ようやく実感したのだった。

 

「それにね、キーパーだからって無理に1人でなんとかしようとしなくていいんだよ〜。僕たちは1人1人の力はまだまだ弱っちいけど、集まればどんな壁も敵もぶっ倒せるよ」

 

「集まればどんな壁も敵も……」

 

「そうだよ〜。1人で出来ないことは、皆んなで束になってやるんだよ。そうすれば、1人でやるときよりも断然、力も成功率も上がるよ〜!」

 

そう言うと城戸は、今まさに前線で必死に戦っているチームメイトたちに視線を送る。続いて工藤も、そんな彼らの方へ視線を向けた。その視線の先には、プレーも気迫も、今までと比べのものにならない程研ぎ澄まされ、頼もしくなった仲間の背中があった。

 

「まぁ見てなよ。これから皆んながそれを証明してくれるからさ」

 

 

 

 

 

 

「行くぞォ!」

 

「「おお(はい)!!」」

 

城戸のガッツを見せたプレーを見て、更に奮い立った桔梗たち。アドレナリンがドバドバ出ている体は、彼らの疲れを忘れさせ、より一層磨きのかかったプレーを体現させている。

 

「行かせないよ〜!」

 

すぐさま彩瀬が桔梗の前を塞ぎ、ボールを奪おうと足を伸ばす。

 

「四十住!」

 

桔梗はドリブルスピードを落とさずに、自分の横を走っていた四十住にパスを出す。しかし、勢いの乗った体勢から放たれたパスは、今までのとは全く異なるスピードで飛んでいき、四十住の前方を通過するかに思えた。しかし………

 

「ああ!」

 

四十住は桔梗から出された無茶振りとも思えるパスを、いとも簡単に受けてみせた。

 

「行くぞ、氷河!」

 

今度は四十住が、すぐさまゴール前まで走り込んでいた氷河にパスを出す。

 

「はい!」

 

パスを受け取った氷河は、すぐに振り向き先ほど同様にシュートの体勢に入る。

 

「ハアァァーー!!」

 

氷河の雄叫びと共に、再び背後に炎に包まれた巨大な黒い熊が現れる。

 

「またさっきのか?そんな不安定なシュート、簡単に止めてやるぞ!」

 

岩隈は先ほど氷河が必殺シュートを失敗したのを見て、今度も失敗する。もし成功しても止められると思っていた。実際、氷河が放とうとしているシュートは1人では制御が仕切れない。そう、1()()()()………

 

「いいや、同じじゃねえよ。さっきよりも更に強い!」

 

「なんだと⁉︎」

 

突如聞こえた声と共に、氷河の隣に並び立つ人物が現れた。四十住だ。

 

「何をする気だ⁉︎」

 

現れた四十住に驚きを隠せない岩隈。そんな彼を尻目に、氷河の隣に並び立った四十住は、彼女を真似る様に大きく雄叫びをあげる。

 

「こうするんだ!ハアァァーー!!」

 

四十住が雄叫びをあげると、その背後に先ほど氷河の背後に現れた氷に包まれた巨大な白熊が現れた。

 

2人はボールを高く上げ、回転しながら跳躍する。すると2人の背後にいた2匹の熊がボールに吸い込まれる様に入っていき、ボールを中心に炎と氷がまとわりつく様に回転し始めた。

 

「俺たちは一連托生。1人で無理な事は……」

 

「2人でなら...出来るッ!!」

 

そして2人は回転の勢いを利用し、同時にボールを蹴る。ボールは炎と氷を纏いながら、今まで放ったシュートを遥かに凌駕する威力でゴールへ襲いかかる。

 

「「ツインズベアトルネードッ!!!」」

 

彼らはこの絶体絶命な土壇場で、氷河が編み出した未完成な必殺技を見事に完成させてみせた。

 

「止めてやるよ!ハイビーストファング!!」

 

氷河と四十住が放ったシュートを、岩隈は両手で挟み込む様にして止める。しかし、シュートの威力が強く、ボールは手の中で大きく暴れ出す。

 

「グッ、グラァァーー!─────ッ⁉︎なんて威力だ!クソッ!」

 

そして、岩隈の両手を弾き飛ばし、2人の放ったシュートは花咲川ゴールに深々と突き刺さった。

 

 

 

ピーーーーーーッ!!

 

 

花咲川 2ー1 光ヶ丘

 

 

「………………」

 

試合終了が迫る中、遂に光ヶ丘が1点を決め、ルーキーが前回王者に一矢報いた。

 

「……ッシャァァーー!!」

「やったァァーー!」

 

「「「「「うおぉぉーー!!」」」」」

 

光ヶ丘サイドに歓喜の声が響き渡る。まだ1点を返しただけで、以前自分たちが負けていることに変わりはない。しかし、今の彼らにとってこの1点は、何物にも変えられないほど貴重で、重い1点となった。点を決めた氷河と四十住に、メンバーたちが飛びかかり喜びを分かち合う。

 

「ほらね、やってくれたでしょ〜?」

 

そんな彼らを遠目に見ていた城戸が、ゴール前で立ち尽くしている工藤にそう声をかけた。

 

工藤は、スタジアムにある電光掲示板に映っている『1』という数字をただ見つめていた。

 

「「「工藤(さん)!!」」」

 

そんな彼に、桔梗、四十住、氷河の3人が声をかけた。工藤は自分の呼んだ3人の方をゆっくりと向くと、そこには、グッ!という効果音が似合いすぎるほどに大きくサムズアップする3人がいた。

 

「─────!!」

 

それを見た瞬間、工藤の顔つきがこれまでと比べものにならない程力強くなったのが、近くにいた城戸にはわかった。

 

 

 

 

喜ぶ彼らの様子を遠目から見ていた花咲川メンバーは、彼らの成長を見て感嘆の声を漏らした。

 

「まじか…まさかここまでなんてな」

 

「奥沢、貴様...全くもって面倒ごとばかり増やしおって....」

 

彼らのこの試合で確実に、そして格段に成長を見せている。今の彼らのポテンシャルは、試合開始前とは比べものにならない程レベルアップしている。

そんな彼らの成長を1番感じているのは、彼ら自身では無く、そんな彼らと今まさに対峙している、花咲川メンバーだった。

 

「で、どうするつもりだ?まさかこのままやられっぱなしという訳では無いだろ?」

 

「ああ、もちろん。そう簡単にやられてやんねえよ。おーい、河野ー」

 

そう言うと、咲真はディフェンスラインにいた河野に声をかける。咲真の声に気がついた河野が、駆け足で2人の元へ走ってきた。

 

「なんだ奥沢」

 

「さっきのシュート、止められそうか?」

 

「そうだな...私1人では難しいかもしれん」

 

「なら、お前たちが隠れて練習してたあの技ならどうだ?」

 

咲真はニヤッとした笑みを浮かべながら河野に尋ねた。

 

「っ!気づいていたのか?」

 

「まあな」

 

「おい、なんの話をしているんだ?」

 

「……あの技なら問題なく止められると思う。しかし、まだ安定性に欠けているのだが」

 

「なあに、それならこの試合で完璧にすれば良い。あいつらみたいにな」

 

そう言うと咲真はおもむろに光ヶ丘の選手たちの方を向いた。

 

「そうだな...分かったやってみよう」

 

「よし、そうと決まれば...」

 

咲真はベンチの方を向くと、ベンチにいる監督とマネージャーの和泉に向かって選手交代のジャスチャーをした。それを見ていた和泉は、すぐに咲真の糸に気づき、ベンチで座っていたシャロンに声をかけ交代の準備をさせる。

 

それを見ていた咲真は茜を呼んだ。

 

「おーい、茜ー」

 

「はーい!なんですか?」

 

「交代だ」

 

「ええーーーッ⁉︎そんなぁ〜〜」

 

交代を宣言された茜は、ガクッと肩を落とした。

 

「まぁそう落ち込むなって」

 

「ああ、素晴らしい活躍だったぞ」

 

落ち込む茜に、咲真と日向が声をかける。

 

「キャプテン...お姉ちゃん...」

 

「なあに、これで終わりでは無い。必ず勝って2回戦に進む。私たちを信じろ」

 

日向は茜の頭を撫で、信じろとそう伝える。日向を言葉を聞いた茜は、パアッと笑顔になり大きく頷いた。

 

「うん!ボク信じるよ!」

 

 

ピーーッ!!

 

茜 OUT ⇔ IN シャロン

 

花咲川の選手交代、FWの茜に変わりDFのシャロンが入る。それにより、FWの枚数が2枚になり、DFが5枚になった。

 

「が、頑張りますッ!!」

 

「おう、頼むぞ」

 

咲真はシャロンの肩にポンと手を置いてそう言うと、光ヶ丘の選手たちの方へ振り向いた。

 

「よし、じゃあ決着をつけるとしますか」



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挑戦者は挑戦者を越えて行く

いよいよ光ヶ丘戦決着となります。やっと一回戦が終わります...このままだと県予選が終わるのにどれだけかかる事やら...

急ぎめで書いたのでちょっと雑になった部分もあるかもしれません、すみません(´;ω;`)


ピーーーーッ!!

 

 

試合再開を告げる笛と同時に、1点を返された花咲川がボールを持って上がって行く。

FWの枚数を減らした花咲川だが、攻撃力にそこまで変化があった様に思えない。というのも、DFの枚数を増やしたため、守備に割く人数を減らすことが出来ているからである。

 

花咲川はいつも通りにまず咲真にボールを回し、敵陣内へ切り込んでいく。

そんな咲真の前に、先ほどゴールを奪った四十住が立ち塞がる。

 

「行かせませんよ!」

 

「おっ、さっきはやってくれたからな。こっちもこれ以上好きにさせてやらねえぞ」

 

咲真はそう言うと、フェイントを織り交ぜつつ四十住を抜こうとする。

 

「……っ」

 

四十住は、咲真のフェイントになんとか食らいつきながら、通さまいと必死に守る。何度裏をかかれても、足を踏ん張りすぐに前を塞ぐ。

 

その状態のまま、時間がゆっくりと過ぎて行く。

 

「(クソ、時間がッ!!…早く奪わねえと……!)」

 

膠着状態の中、四十住は過ぎて行く時間を気にせざるを得なかった。実際にこの膠着状態が続いた時間はわずか10秒程度だった。しかし、その10秒は四十住にとってすぎる時間はその何倍にも思えただろう。それほど負けている状態で迫る少ない残り時間は、選手に焦りを生み出し、冷静さを失わせる。

 

「どうした?注意力が散漫だぞ」

 

焦りを見せる四十住と対照的に、落ち着いた様子を見せる咲真。彼が四十住のそんな焦りを見逃すはずもなく、慌てて出した足を軽く躱し、右サイドに回り込んでいた日向にパスを出す。

 

「しまった⁉︎」

 

焦りによって視野が狭まり、日向が回り込んでいる事に気付かなかった四十住は、慌てた様子でボールを追おうとするも、彼の行く手を咲真がすぐに遮る。

 

「行かせねえよ」

 

「クソっ!」

 

そうこうしているうちにも、咲真からのパスを受け取った日向は、右サイドからドリブルで上がって行く。

すぐさま光ヶ丘ディフェンスが日向の前を塞ぎ、その隙に他のDFたちがゴール前を固めていく。

 

「悪いがここでボールを奪われるほど、私の経験は浅くは無いぞ」

 

しかし、やはり自力の差か、日向は光ヶ丘のディフェンスを連続で抜き去った。

 

「水嶋!」

 

日向からエースの水嶋へパスが出される。パスは光ヶ丘ディフェンスの間を抜け、吸い込まれる様に水嶋の足へと収まった。

 

「っしゃー!決めてやるぜ!」

 

ボールを受け取った水嶋は、回転しながら跳躍し、必殺技の体勢に入る。

激流を体に纏わせながら、回転の勢いをそのままボールに乗せてシュートを放つ。

 

「アクアトルネードッ!!」

 

先制点を奪った水嶋渾身の一発が、光ヶ丘ゴールへ向かう。

 

「ッ!今だ氷河、走るぞ!」

 

「はい!」

 

「何⁉︎」

 

水嶋がシュートを放った瞬間、ディフェンスラインにいた四十住と氷河が花咲川ゴールへ向かって全力で走り出した。

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

迫るシュートを目の前にして、光ヶ丘の守護神、工藤は構える。目を閉じ、ふぅと短い息を吐き、ただ静かに。それはまるで、先ほどまで荒々しく燃えていた炎が小さく、しかしより力強くなった様な、そんな雰囲気。

 

「(俺は...何を弱気になってたんだろな...バカなくせに一丁前に人の活躍ばっかに目がいって...ほんと...かっこ悪りぃ)」

 

そして、そのゆらゆらと小さく燃える炎が、心臓から血を伝って全身に巡るように。工藤の闘志がその強さを増して行く。

 

「工藤!!」

「工藤!」

「工藤〜!」

「工藤さん!」

 

「ッ!!」

 

味方の声援を聞いて、目をカッと開く工藤。右手を引き、パンチを放つ体勢をとる。そして、背を向けて走る四十住と氷河が目に入る。工藤は思った。今この大一番で、自分に目が向いていない事がこんなに心強いなんて。それは信頼、あいつなら止めるという確信に近い信頼。

 

「ああ...そうだ。俺はもう...2度折れネェ!!なぜなら俺は、あいつらに信じられているのだから!!」

 

引いた右手が燃え滾る業火に包まれる。その炎はまるで全身を巡っていた炎が全て右手に集まったように、轟々と力強く燃え上がっていた。

 

「フレイム...ボンバーァァァァ!!」

 

力の限り拳を突き出しボールにぶつける。拳がボールと接触した瞬間、ゴゴォォッと言う大きな爆発音と共に、辺りが爆炎に包まれる。そして、その爆炎の中からボールが向かっていた方向と逆方向へ凄まじい勢いで飛んで行った。

 

「「「「ッ!!」」」」

 

爆炎が消えると、そこには右拳を突き出した工藤が猛々しくその場に立っていた。

 

花咲川のエース、水嶋の必殺シュートを、工藤は新たに生み出した必殺技『フレイムボンバー』で完璧に防いでみせた。

 

「頼むぞォォォ!!」

 

工藤はシュートをようやく防いだ事に歓喜の声を上げるのを忘れ、信じる仲間たちに託した。いや、ほんとうは今にも飛んで喜びたかっただろう。ようやくみんなの役に立てた事が心の底から嬉しかった。だからこそ、工藤は勝ってみんなと、この最高の仲間たちと肩を組んで喜び合いたいと、そう願った。だから、彼の口からは出たのは喜びではなく、声援だった。

 

 

 

「工藤が止めたこのボール、絶対決めるぞ!氷河!」

 

「はい!必ず決めます!」

 

工藤が防いだボールは、センターラインを超えた辺りまで飛んで行き、四十住がボールを拾った。

 

ピンチから一転、最大のチャンスを手にした光ヶ丘。工藤が止めると信じていた四十住たちは、最高のスタートダッシュをする事に成功した。花咲川は中盤の選手も全員攻撃に参加していたため、守りが手薄になっている。

そして、あっという間にゴール前まで迫る四十住と氷河。2人の前には先ほどゴールを破ったGKの岩隈が待ち構えている。

 

「もう一度決めるぞ!これで同点だ!」

 

「今の私は誰にも止められません!」

 

四十住たちはボールを高く上げるとこれまでで1番大きな雄叫びをあげ、回転しながら跳躍する。

 

「「ハアァァァッ!!!」」

 

そして、2人の背後に先ほど同様、炎に包まれた巨大な黒熊と氷に包まれた巨大な白熊が現れ、大きく吠える。

 

「「ツインズベアトルネードォォ!!」」

 

2人の放った渾身のツインズベアトルネード、先ほどゴールを奪った自分たちの今出せる最強の必殺技に、光ヶ丘は全てを託す。

 

「「「「「イッケエェェェ!!」」」」」

 

炎と氷を纏ったボールが、一直線に岩隈の守るゴールへ襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

「あまり...調子に乗りすぎるなよ」

 

「「ッ!?」」

 

突如、光ヶ丘の最強シュートの前に、花咲川の3年生DF、河野鈴菜が立ち塞がった。その隣には、2年生の紅城、そして先ほど交代した1年生のシャロンこと岩隈沙路も河野と同じようにシュートコースを塞ぐように立っている。

 

「ぶっつけ本番に近いが、致し方なしか...やるぞ!紅城!シャロン!」

 

「……はい」

 

「は、はい...!」

 

そう言うと、3人はそれぞれ片足を引き、引いた足に河野は青色の、紅城は赤色の、そしてシャロンは水色のエネルギーを溜め始める。

 

「何をするきだ...⁉︎」

 

驚く四十住を尻目に、河野たちは迫るシュートに向けて同時に足を払うように振る。すると3人の足からそれぞれ足に溜まっていたエネルギーと同じ色の衝撃波が放たれ、空中で3本だった衝撃波が1つに集約され、1本の大きな白い輝きを放つ衝撃波に変わる。

 

「何だと⁉︎」

 

白い衝撃波が地面にぶつかると、そこから凄まじい白い輝きが溢れ出し、光の壁となって四十住たちが放ったシュートとぶつかる。

 

「「「プリズミックカット!!」」」

 

河野、紅城、シャロンの3人による合体ディフェンス技。ぶっつけ本番に近い状況で、3人は未完成だったこの技を完璧な状態にしてみせた。

 

「「オオォォォ!!」」

 

「「「ハアァァァァ!!!」」」

 

技の衝突による轟音と衝撃がコートに響き渡る。せめぎ合う両者。しかし、決着は無情にも簡単についてしまう。

 

凄まじい威力で放たれた光ヶ丘渾身のシュートは、光輝く壁に遮られ、次第にその威力がどんどん弱まって行く。そして遂に、完全に威力を失ったシュートは、河野たち3人の前にポトンと落ちてしまった。

 

「嘘だろッ⁉︎」

 

「そんな⁉︎」

 

落胆の表情を浮かべる四十住と氷河、そんな2人に向かって河野が言葉をかける。

 

「そこまで驚くな。私には、少なくともお前たちと2年の経験の差というものがある。もちろんこの差は才能というもので簡単に埋められてしまうのかもしれない。お前たちにその才能があるか無いか...決めるのは私では無いし、決める権利など誰にあるものでも無い。しかし、その才能がお前たちにあったとして、私程度には簡単に追いつけると思われているなら心外だ」

 

河野は強めの口調で目の前に立つ四十住たちに言葉をかける。しかし、その言葉に含まれているのは怒気などでは決してなく、サッカーに身を通して来た先輩としての助言の様なものだった。

 

「自分たちだけが挑戦者だと思っていたか?あいにくだが、私たちは自分たちを王者などとは思っていない。私たちはまだ頂に立ってはいないからな。私たちももちろん何度も挑戦するし、何十回と失敗して、ようやく一回成功させる。それを私たちはお前たちよりも2年多く繰り返してきたのだ。そう簡単に超えられては困る。だから悪いが、希望を見るのはここまでだ」

 

そういうと、河野は大きくパスを出した。河野から放たれたパスを、前線に上がっていた猫神が受け取る。

 

「頼むぞ、猫神」

 

「はいにゃっと!」

 

猫神は持ち前のしなやかなドリブルで、左サイドから上がって行く。

 

「とにゃ!キャプテン!」

 

「っし、ナイスだみんな」

 

猫神から咲真へパスが渡り、再び形勢逆転。ボールを持った咲真は一度その場で止まると、辺りを見渡す。

 

「さてと……」

 

咲真が前線を見ると、既にFWの2人がゴール前に走り込んでいた。

 

「よし、あそこだな」

 

咲真はパスコースを確認すると、その場から弧を描く様なパスを出す。咲真の右足から放たれたパスは、真っ直ぐ水嶋の方へ向かって行く。

 

「させねえ!」

 

しかし、すぐさま桔梗がパスコースへ回り込み、ボールを奪おうとボールへ足を伸ばす。しかし次の瞬間、ボールはグインと左にカーブし、そのまま左から走り込んでいた佐々木の足へとボールは収まった。

 

「またこのパスッ!!」

 

咲真の変幻自在なパスに、桔梗は苦虫を噛み潰した様な表情で自分から離れて行くボールをただ見つめることしか出来なかった。

 

「頼むぞ佐々木!」

 

「まあ、はい」

 

咲真からパスを受けた佐々木は、一気にゴール前まで持ち込む。

 

「(さて...ヒートブラスターなら水嶋先輩を止めたあの技は破れない...てことは、アレしかないか〜。ま、もうすぐ試合も終わるし、仕方ない....か)」

 

佐々木はダルそうにしながらも、ボールを胸の位置まで上げ、必殺技の体勢をとる。

 

すると突然、ボールが業火に包まれ、燃えたボールに佐々木が6連続で蹴りを入れる。すると、炎の勢いが更に増し、それを佐々木がもう一度蹴ってシュートする。

 

「戦士ノ心火」

 

佐々木から放たれたのは、あの羽丘の守護神である暁からゴールを奪った必殺技。荒々しく燃える業火となったボールが、工藤の待つゴールへ向かって凄まじい勢いで飛んで行く。

 

「来やがれ!炎勝負だぜ!」

 

工藤も佐々木の炎に対抗するように、右手を引き、その右手を燃え滾る業火で包み込む。

 

「食らいやがれ!フレイムボンバーァァァ!!」

 

業火に包まれた拳を突き出し、ボールへぶつける。炎と炎のぶつかり合い。互いの炎が相手の炎を飲み込もうと荒々しく揺れながら燃える。

 

「グオォォラァァ!!」

 

工藤は必死に拳を前へ前へと突き出す。しかし、次第に佐々木のシュートの威力に押され、体が後ずさりを始める。靴が地面に抉り込み、土を掻き分けながら必死にボールを止めようと踏ん張る。

 

「「「「「工藤ォォ!!」」」」

 

光ヶ丘の全員が必死に工藤に声援を送る。工藤もそれに答える様に力を振り絞る。しかし…………

 

「─────ッ⁉︎クソがッ!!」

 

工藤の踏ん張りも虚しく、佐々木の炎が工藤の炎を腕ごと飲み込み、ボールはそのまま工藤を吹き飛ばし、ゴールネットへ突き刺さっった。

 

 

ピーーーーッ!!

 

 

花咲川 3-1 光ヶ丘

 

 

試合を決定づける追加点が、花咲川に入った。そして─────

 

 

 

ピッピッピーーーーーーッ!!!

 

 

 

試合終了を告げる笛の音が、スタジアムに響き渡った。

 

 

 

 

 

「やったな奥沢!」

 

「いえーい、ビクトリーだね〜」

 

「いい試合でしたね、キャプテン」

 

初戦突破に沸く花咲川陣営。それぞれがハイタッチを交わしながら、整列のためにセンターラインへ向かって行く。

 

「ああ、そうだな。いい試合だった。でも満足なんてしてられない。次も勝つ。それだけだ」

 

「おう!そうだな!次も勝とうぜ!』

 

「もう〜、佐々木っち〜。しっかりしなよ〜整列だよ?」

 

「うるせぇ引っ張るな...技の反動で体が怠いんだよ....」

 

「河野先輩……一応上手く行きましたね」

 

「そうだな、しかしまだ安定性に欠ける。もっと制度を上げなければな」

 

「が、頑張ります!」

 

 

 

 

視点は変わり光ヶ丘サイド、前回王者に必死に食らいついた光が丘の選手たち。初戦とは思えないほどの疲労に体は言うことを聞かず、そのほとんどがグランドに腰を下ろしていた。その中でも桔梗は、足の間に顔を埋め、必死に顔を隠す様にしていた。

 

「負けちゃったね〜」

 

「はい...完敗でした」

 

そんな桔梗の元へ、城戸、氷河、四十住、工藤の4人を始めとして、次々とメンバーが集まってくる。

 

「すまねぇ、最後また止められなかった....っ....もっと早く...俺...が」

 

「いや、前回王者相手に最後まで全力で戦えたんだ....悔いはあっても...後悔っ...なんて...っ....あれ?何で...っ」

 

メンバーの目からは、次々と涙が溢れ出してきていた。普段クールな四十住でさえ、目元を赤くしながら必死に涙を抑えようとしている。

 

「みんな……」

 

涙を流すチームメイトに、桔梗は下を向きながら声をかけた。そして次の瞬間、彼は上を向くと勢いよく立ち上がり、こう言った。

 

「ちょーーーーー楽しかったなッ!!」

 

ニカッと歯を出して笑う桔梗。その目元は四十住たち同様真っ赤になっていたが、そのまま表情は誰が見ても清々しく、そして、その言葉が本心だと言うことが分かる。そんな表情だった。

 

そんな桔梗の顔を見た光ヶ丘メンバーは、全員が彼につられる様に、同じ顔をするのだった。

 

「さて、急ごう。整列だ」

 

そう言って彼らは駆け足でセンターラインに向かって行った。

 

 

「3対1で、花咲川高校の勝利です。一同、礼!」

 

「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

 

彼らは握手を交わす。そして咲真たちは感じた。握手をした手が試合開始前と明らかに違うと。

 

「完敗です。でも、貴方達と戦えて心から良かったって思います。俺たち自身とても成長出来ました。()()です」

 

桔梗の満足という言葉を聞いて、咲真は少し眉を動かし、そしてこう告げた。

 

「こんな事言うのは偉そうだとは思うけど、この試合でお前たちは確かに急激な成長をした。それはこうして対戦してその身で感じている俺たちが1番分かっている。でも、その成長は俺たちが既に味わって、超えてきたものだ。……だから、満足するな。もっと足掻け。もっと努力しろ」

 

「あ……」

 

咲真の言葉は、桔梗に重くのしかかった。()()()()、これはただの逃げだ。これ以上成長出来なくなった時に、あの時に成長しきったと思いたいという自分の願望。空が自然と言葉に出たのが、桔梗は少し、いやそれどころでは無く悔しかった。

 

「強くなるためにはまず満足しない事だ。自分の限界を自分で決めない事。そうすれば、君はもっとみんなを支えられるキャプテンになれると思うよ」

 

「ッ!」

 

桔梗は図星をつかれた様だった。実際にここまでついてきてくれたみんなを支えられる様になりたいと、そう思っていた。けど、どこかでまだ自分を信じきれていなかったのだと。咲真の言葉を聞いて、桔梗は理解し、そして咲真に、自分が今最も理想に近いと思う選手にそう言われたことが誇らしかったのだ。

 

「はい!これからも挑戦し続けます!貴方に勝つまで!そして、勝った後も!」

 

握手をする手にさらに力を込める桔梗。そんな彼に答える様に咲真もまた、手を強く握りしめるのだった。

 

「生意気な。かかって来やがれ、チャレンジャー君」




今回、オリジナル合体技を出してみました。ネーミングセンスは目を瞑って下さい(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

それと、最近になってようやく気がついたんですが、花咲川って原作だと花咲川女子学園なんですよね。でもこの小説だと花咲川高校になってるんです....それを最近になって気づくという自分の無知ぶりが嫌になります。まぁここから変えるというのも変(本音を言うとめんどい)なので、この小説では今後とも「花咲川高校」とさせていただきます!そこのところご了承頂けるとありがたいです。


そして、光ヶ丘戦決着です。次回は、1つ日常回というか試合間の話を書いたのち、二回戦に進みます。どうぞお楽しみー。


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反省と“次”

お、お久しぶりです....期間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。ここ最近学年が上がると同時になぜかモチベが急激に下がってしまい、中々筆が進まないという事が続いてしまいました。

ここから、なんとかペースを戻していこうと思っているので、引き続きよろしくお願いします!

それではどうぞ!


初戦を見事な快勝で終えた咲真たち花咲川は、つかの間の入念なクールダウンを終え、控え室へ戻って来ていた。前回王者といえど、初戦という事もあり、花咲川の選手たちは勝利の喜びに浸っている───────訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「で?何か申し開きはあるかな...奥沢くん?」

 

控え室の中には、勝利で熱くなった空気は微塵もなく、反対に氷点下とさえ思えるほど冷たく、そして何よりその場にいれば子供が泣いて逃げ出すような、そんな恐怖を感じさせる空気が流れていた。

 

「……いえ、特にございません」

 

そんな冷たく恐ろしい空気を流している根源は、控え室の中心で腕を組みながら仁王立ちをする花咲川のマネージャー、和泉渚だった。彼女の顔は笑顔で満ちていたが、その笑顔からは喜びや嬉しさというものは一切感じられず、ただただ冷たくそしてドス黒いオーラがその満面の笑みの間から滲み出出ていた。

 

そんな彼女の前には、花咲川の主将である咲真が身を竦めながら正座をしている。しかもその正座を組む足の下には、和泉がどこから出したか分からない足つぼマットが引かれており、和泉の醸し出すドス黒いオーラと相まって、咲真の心と身に同時にダメージを与えていた。

 

「うん、そうだよね。じゃあどうして自分がこんな目にあっているのか...分かってるよね?」

 

またしても和泉が、笑顔を向けたまま咲真に問う。

 

「え、えーっと....それに関しては心当たりが無いでも無いんですが...」

 

「ですが、何かな?」

 

「ですのでそのー...あれに関してはその場の勢いでやってしまったというか...つい頭にきてやってしまったというか...」

 

「私は別にやった理由を聞いてるんじゃ無いんだよ?自分が何をしてこんな目にあってるのか分かってるの?って聞いてるの」

 

また一段と和泉の雰囲気が重く黒いものになった。周りにいる他のメンバーたちも普段と一転した和泉の雰囲気に日向や河野といった落ち着きがある冷静な性格の2人でさえ、小さく肩を震わせている。加えて、水瀬やシャロンといった普段からおどおどしている事が多い2人と茜や片桐といった1年生たちは、お互いに体を寄せ合い完全に萎縮してしまっている。

 

「こ、ここ、、怖、、怖いです.....」

 

「怒った時のお姉ちゃんと同じくらい怖いよぉ....」

 

「オ、オレ....絶対和泉先輩には逆らわないようにしよう....」

 

「う、うん。華蓮ちゃんの言う通り...あ、あれは逆らっちゃ、ダメ」

 

咲真を笑顔で見下ろす和泉に、かつて無い恐怖を感じた1年生女子の4人。心の中で、もう2度と和泉を怒らせないようにしようと固く決意するのだった。

 

 

「ほら早く。言ってごらん?どうして自分がこんな目にあってるの?」

 

和泉は表情を一切変えず、次々と咲真に質問を投げかける。

 

「お、俺が観客席に向かってシュートを打ったから....?」

 

「……」ギロッ

 

「────はいッ‼︎自分が観客席に向かって故意にシュートを打ったからです!」

 

和泉に睨まれ、素直に白状した咲真。和泉は咲真の答えに満足した様子を微塵も見せる事なく、未だに笑顔のまま仁王立ちしている。

 

「うん、そうだよね。一スポーツ選手が観客に向かってシュートを打つ、しかも前回大会王者のキャプテンがそんな事するなんて...ほんと、何を考えていたのかな?あの時のキミは?」

 

それどころか、和泉の雰囲気はますます黒くなっていき、迫力が一段と増した。さらに、和泉はまたしてもどこからともなく5kgのダンベルを取り出し、咲真の太ももの上に乗せた。

 

「グァっ.....!!」

 

ダンベル追加の負荷により、咲真の足は足つぼマットにより深く刺さり、咲真に鈍痛を味あわせる。

 

「そういえば魔がさしたって言ってたっけ?確かにあの野次には私もムカついたけど、やっていい事と悪い事ってあるよね?何キミ、そんな事も分からなくなっちゃったのかな?ね?どうして?バカ沢君」

 

和泉の怒りはそれだけで収まらず、咲真の足に1つ、また1つと5kgのダンベルが追加されていく。

 

「グフッ!!......うぐっ!!......ぁぐ!!」

 

そして、咲真の足の上に乗るダンベルが合計25kgになったところで、和泉は一呼吸を置くように手を止めた。

 

「い、和泉?もうその辺りにしてはどうだ?流石にやり過ぎなような...」

 

和泉から容赦なく罰を浴びせられる咲真を見兼ねた日向が、和泉を止めようと2人の間に割って入る。自分が一言かければ和泉がいつもの落ち着きを取り戻すと思っていた日向だったが、そんな思いは無残にも打ち砕かれる事になった。

 

「灯里ちゃん....」

 

「あ、ああ」

 

自分の制止が効いたと思った日向が、安堵したその時だった。

 

「灯里ちゃんはこのバカ沢君がやらかしちゃった時怒ってたよね?なのにどうしてすぐに許したの?灯里ちゃんは副キャプテンだよね?副キャプテンならバカキャプテンが問題を起こした時は問答無用で叱るべきじゃないかな?なのにどうして気にするなって風にすぐに許したの?」

 

「……へ⁉︎」

 

「ねぇ、どうして?」

 

この時日向は、咲真がさっきまで浴びせ続けられた和泉の怒気をその身に正面から受け、体を大きく震わせた。冷たい視線を向けられた日向は、震える口に力を込め、なんとか声を発する。

 

「....い、いや確かに私は怒っていたが、あの時はすぐに切り替えなければ相手に付け入る隙を与えると判断してだな!」

 

「でもあの時ちょうど前半が終わったよね?ならハーフタイム中にいくらでも時間はあったと思うんだけど?私もあの時は何も言わなかったけど、灯里ちゃんならビシッと言ってくれると思ってたのに、後半になったらいきなり仲よさそうに拳合わせてたよね?最初の怒りはどこへ行ったのかな?」

 

「はい....申し訳ありませんでした」

 

しかし抵抗虚しく、和泉に完全に言い伏せられた日向。和泉の怒りを目の当たりにし、咲真同様完全に心が折れた日向は、シュンと肩をすぼめ咲真の隣に正座した。

 

その状態のまま、和泉の説教は小1時間ほど続いた。説教が終わる頃には咲真と日向はすっかり疲労困憊してしまっており、加えて長時間の正座により足が痺れ一歩も動けない状態になっていた。

マネージャーに説教されるキャプテンと副キャプテンという異様な光景を目の当たりにした他のメンバー達は、今日改めて、部内の逆らってはいけない人物を明確に理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ...まだ足に違和感が....」

 

ようやく和泉の長い説教と足の痛みと痺れから解放された咲真は、飲み物を買おうとスタジアムの入り口付近まで来ていた。スタジアムの入り口には大きなトーナメント表があり、ついでに次の対戦相手を確認してようと思った咲真は、自動販売機に行く前にトーナメント表の元まで足を運び、トーナメント表へ目を通す。

 

「ええーっと」

 

まず自分たちの名前を見つけようと、視線を上から下へと降下させて行く。

 

「あったあった。今やってる試合の勝った方が次の対戦相手か....ん」

 

自分たちの名前を見つけた咲真。次に当たる高校を確認した時、ふと視線を右にゆっくりずらすと、自分たちの名前の横の黒い線が、ピンクのマーカーペンでなぞられているのが目に入った。このピンクの線は、自分たちが次に進んだことを証明している。咲真たち、いや、今日この会場にいるもののほとんどが、このピンクの線を最後まで繋げる事を目標としているだろう。しかし、すでに数名の学校の名前の横には、ピンクの線は無く、ただ黒い線があるだけ。咲真はそれを数秒の間ただただ眺めていた。

 

「あれ?奥沢咲真さん?」

 

その時突然、横から自分の名前を呼ばれた咲真は、反射的に声がした方を向くと、そこには、つい1時間ほど前まで自分たちと試合をし、自分たちが負かした光ヶ丘高校のキャプテン、桔梗遥希が驚いた様子で咲真に指を指しながら立っていた。

 

「桔梗?」

 

「あ、自分の名前知っててくれたんですね」

 

「まあ、対戦相手の事だからな」

 

 

「「…………」」

 

 

2人の間に長い沈黙が流れる。方や勝者で方や敗者。気まずいとしか言いようのない雰囲気の中、その沈黙を破ったのは桔梗の方だった。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

突然桔梗が大きな声を上げた。

 

「あの時は、ありがとうございました!!」

 

そしてそのまま腰を90度に折り、ピシッとした綺麗な姿勢で頭を下げ、咲真にお礼の言葉を言った。

 

「ど、どうした?突然」

 

「いえ、ちゃんとお礼を言ってなかったなと思ったので....」

 

突然頭を下げられ何事かと思った咲真だったが、桔梗が自分に礼を言う理由がさっきまで自分が和泉に怒られていた内容の事だとすぐに理解した咲真は、驚きつつも「そうか…」と、一言言うと、桔梗は下げた頭をゆっくりと上げた。しかし、未だに視線は下を向いていた。

 

「俺...!あの時何も出来なくて...みんなが不安な時、ほんとは自分が一番しっかりしないといけなかったのに...真っ先に足が動かなくなって...」

 

下を向いている状態でも、咲真には今の桔梗がどんな顔をしているのか理解出来た。きっと悔しくて仕方がないだろう。何も出来なかった自分に、自分の弱さに、心底腹が立っていることだろう。その証拠に、握り込まれた桔梗の拳は、プルプルと小刻みに震えていた。

 

「だから……」

 

バッ!!と桔梗は下を向いていた顔を勢いよく前に向けた。その顔は清々しい笑顔に包まれていて、握り込まれていた拳も開かれていた。

 

「あの時貴方がやったプレー...不謹慎ですけど嬉しかったです。かなりスカッとしました」

 

「ああー...うん。それは良かった」

 

「あの後すぐにチームメイトに言われたんです。『テメェは何のためにここまでやって来たんだッ!!』って、そこで俺はようやく思い出しました。俺がここに来たのは勝つ事もそうですけど、それ以上に………俺は、あのチームでただサッカーがしたかったんだって!」

 

桔梗の顔にはすでに曇りの表情など微塵もなく、咲真の目の前にはただただサッカーが、自分のチームが大好きなサッカー少年がいた。

 

「だから……次は勝ちます!貴方達にも、他のどんなチームにも負けないくらい強くなって、みんなと全国に行きます!」

 

大声で、一切の迷いも躊躇も無くそう宣言した桔梗。その瞳は、真っ直ぐ咲真を見ていた。いや、少し違う。その瞳はすでにその先を見据えていた。

 

「クハハ!!いいなお前。そんな宣言をこんな目立つ場所でするなんて」

 

桔梗の宣言を聞いた咲真は、突然笑い出した。そう、今咲真と桔梗がいるのはスタジアムに入る入り口の真ん前。そこを通る人の数は多く、通行人のほとんどが、今の桔梗の大きな大発言を聞いて、チラチラと桔梗に目線を送っている。

 

「あ……」

 

その事にようやく気がついた桔梗は、顔を赤くしながら再び顔を伏せた。

 

「だったらいつでもかかって来い。相手になってやるよ。………ま、その前に」

 

咲真はそう言うと、一呼吸おき桔梗が顔を上げるのを待った。桔梗が顔を上げると、咲真は力のこもった瞳で桔梗を見据え、迫力のある声でこう言った。

 

「お前たちは強かったって、俺たちが勝ち続けて証明してやる」

 

「っ!!」

 

「お前たちの勝ちたかったって想いも全部、俺たちの背中に背負わせてくれ」

 

「はい!俺たちの分まで勝ってください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初戦を戦った両校のキャプテンが、密かに熱い約束を交わしていた頃、スタジアムの観客席では、和泉や日向といった他の花咲川サッカー部のメンバーが現在行われている試合を上から観戦していた。

 

「この試合で勝った方が次のみんなの対戦相手だね」

 

「ああ、どっちが勝っても私たちは私たちのサッカーをするだけだ」

 

 

そしてその瞬間───────

 

 

ピッ!ピッ!ピーーーーーッ!!

 

 

試合終了を告げる笛の音が、スタジアムに響き渡った。

 

「決まったな」

 

「決まりましたけど、これは……」

 

「ああ、なんかめんどくさそうな匂いがするな……」

 

試合の結果を見て、蒼夜や佐々木、他にも主に男子たちがやりにくそうと言った表情を浮かべた。

 

 

 

1回戦 第7試合 結果

椿原女学院 2 ー 0 ○○高校

 

 

 

この結果により、花咲川の2回戦の対戦相手が『椿原(つばきはら)女学院』に決定した。

 

「椿原女学院、有名なお嬢様学校だな」

 

「うん。偏差値もかなり高いし、文武両道でどのスポーツもそれなりに強い学校だね」

 

結果を見て、すぐに対戦相手の情報を洗い始める日向と和泉。

 

「確か部活一つ一つに個別のトレーニング用の施設があるって話。だから女子のみのチームだけどレベルは下手な男子チームより上だって言う人もかなり多いね。攻撃力・守備力はどこもこれといって特出すべきところは無いけど、やっかいなのは……」

 

「圧倒的分析力と多彩な戦術...か」

 

「うん。多分うちは特にかなり対策されてると思う。そこをどう崩すか、だね」

 

和泉の情報を元にこちらも対策を練ろうとする日向だったが、ふと椿原の1人の選手が彼女の目に止まった。

 

「ん?……なぁ和泉、あの選手なんだが」

 

「どれどれ?……えーっとあの子は情報が無いね...多分1年生じゃ無いかな。ちょっと待ってね。今選手名簿で見てみるから」

 

日向が気になったのは、赤みがかった茶色のロールアップの髪型に、黒い瞳をした小柄な選手だった。

 

「えっと、あったあった。名前は織田(おだ)絵凛(えりん)。今年入学した1年生で、家はあのこころちゃんの所の弦巻家に並ぶ財閥の娘さんだって。かなり凄いお嬢様だけど、どうかしたの?灯里ちゃん」

 

「いや、あの選手、試合中でも思ったのだが、相手が行動を起こす前に動き始めている気がしてだな。少し気になったんだ」

 

「うーん、そうだったかな?私はあまり分からなかったな。まぁでも、対戦相手も決まったし、さっさと奥沢君を拾って帰ろっか。学校に戻って作戦会議始めよっか」

 

「そうだな。そうしよう」

 

日向は自分が感じた違和感に後ろ髪を引かれつつ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の相手は椿原女学院か」

 

日向たちが撤収を始めたのと同じ時間、咲真もみんなと別のところから試合を観戦し、次の対戦相手の確認をしていた。

 

「さて、そろそろあいつらも撤収を始めてる頃だろう。戻るか」

 

咲真がその場を後にしようとしたその時だった

 

 

「あの!!待って下さい!!」

 

突然背後から声をかけられた。咲真はふと数十分前にも声をかけられたな、と思いながら振り返ると、そこには、初めて見る、黒い瞳に赤みがかった茶色のロールアップの髪型をし、ユニフォームを着た小柄な女の子が立っていた。

 

「君は……」

 

声をかけてきた女の子に見覚えが無かった咲真は、彼女が着ているユニフォームに目を通すと、胸の辺りに『椿原』と書かれているのが目に入った。

 

「椿原って、椿原女学院の事だよな?」

 

「あ、はい!そうです。申し遅れました。わたくし、織田絵凛と申します!花咲川のキャプテン、奥沢咲真()でございますね?」

 

「え、様⁉︎確かに奥沢咲真は俺だけど...」

 

名前をいきなり様付けで呼ばれた事に驚き、動揺を見せる咲真。更に織田は、間髪いれず、咲真に詰め寄る。

 

「あの!お願いがございます!」

 

「な、なんだ?」

 

グイッと身体を寄せてきた織田に、咲真が反応に困っていると、織田は咲真の目を真っ直ぐ見て───────

 

 

 

「わたくしと、結婚していただきたいのです!!」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁ!!!!?」

 

────────告白(プロポーズ)をしたのだった。




読んでいただきありがとうございました!!

すみません。前回で閑話を1話挟んで2回戦を開始すると言っていたのですが、今回があまり進まなかったので、試合開始は次の次くらいになりそうです。

それと、今回の話で最後に登場した織田絵凛ちゃんは自分のオリジナルキャラになります。新しいヒロインという訳ではなく、椿原女学院戦でのみの登場となるキャラになりますので、ご了承下さい。




そして、ここで少し報告があります。

私ごとですが、先日この小説の通算UAが10000を突破しましたーー!!ありがとうございます!
これも自分のキャラ募集に魅力的なキャラクターを送ってくださる方々、並びにいつも読んで下さっている皆様のおかげです。まだまだ下手で未熟者の自分ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!


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お嬢様のワガママ

お待たせしました...1ヶ月以上更新を止めてしまい申し訳ありませんでした。実はとある事情によりこの小説を消すかどうか迷いましたが、せっかくここまで続いたし、こんな初心者を応援してくれている方もいるので、今までよりもっと不定期になるかもしれませんが、続けて行こうと思います。(とある事情に関してはあとがきの方に書いてあります)

いきなり重めの話で申し訳ないです。それではどうぞ。


フゥー……よし。落ち着いて今目の前で起こった事を整理しよう。

 

 

えーっと、俺はさっきスタジアムの入り口近くで次の対戦相手が決まる試合を観ていた。そして、試合が終了し俺たちの2回戦の対戦相手が『椿原女学院』に決まった。その結果を見て、俺はその場を後にしようとした。そこまではいたって普通のことで、問題など無かった。けどその時、突然俺は1人の女の子に声をかけられた。俺に声をかけてきたその人物こそ、今まさに俺の目の前にいる織田絵凛と言う少女。彼女は俺に声かけ、一言二言交わしたのち、突然衝撃的な事を口にしたのだ。

 

 

「わたくしと、結婚していただきたいのです!!」

 

 

 

そして、今に至る─────────

 

 

 

 

 

 

「えーっと、悪い。もう一度言ってくれないか……?」

 

全くもって現状を理解できない俺は、自分の聞き間違いだと言う事を信じ、もう一度目の前の彼女が言った事を聞き返した。

 

「わたくしと、結婚していただきたいのです!!」

 

ハッキリと、さっきと一言一句違わずに聞こえた言葉に、俺は心の中で大きく溜息を吐いた。2度目を聞いても目の前で起こる現実を受け入れられない俺は、三度目の正直を……と、再び同じ返しを口にした。

 

「悪い。もう一度言ってくれ……」

 

「Please marry me!」

 

すると今度は、それは何とも流暢な英語の発音で、彼女は答えた。

 

「いやなんで英語⁉︎」

 

「もしかしたら日本語が通じていないのかと思いまして。あ、もしかしてフランス語かイタリア語の方が良かったでしょうか?」

 

「いや、どっちで言われても分かんねえから……日本語の段階で理解してるよ」

 

なんだこの独特の空気は……と、俺は彼女から醸し出される雰囲気について行けず、再び心の中で溜息を吐いた。

 

「まあとりあえず、ひとまず聞かせてくれ。なんでいきなり告白、しかもプロポーズなんてしてきたんだ?初対面だよな、俺たち」

 

「それはですね…………」

 

俺がそう聞くと、彼女は頬を赤らめ、その頬を両手で挟むように自分の手で触れる。そして、俺から少し目線を外した。

 

「一目惚れです」

 

「……はい?」

 

「ですから、わたくしは奥沢様に一目惚れしてしまったのです!」

 

体をクネクネさせ、彼女は恥ずかしそうにそう答えた。対する俺は、再び来た予想を超える解答に、少しばかり理解するのが遅れ、その隙を見逃すまいと、彼女は続けて言葉を発する。

 

「貴方様の初戦、拝見させていただきました。大変お見事でした!洗練された見事なプレー、どんな状況でも瞬時に対応した見事な采配、味方と完璧に息のあった見事なチームワーク。どのプレーにおいてもとてもお見事でした!そしてなによりカッコ良かったのです!」

 

すると、さっきまでモジモジと恥ずかしそうに喋っていた織田は突然俺に体を寄せ、グイッと顔を近づけて来た。俺は、織田が俺の好きになった所を真っ直ぐ言って来た事と、顔を近づけられた事が相まって、咄嗟に目を逸らしてしまった。おそらく俺の顔はかなり赤くなっているのだろう。今までこんなにも真っ直ぐに正面から好きだと言われた事も無いのだから、仕方ない。

 

「そ、そうか…ありがとう、で良いのか?この場合」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ちょ、ちょっと待ってッーーーーー!!!??なに、今の話⁉︎なんでお兄ちゃんがプ…プ…ププ、プロポーズされてるの!!!??)」

 

私は、聞こえた会話の内容に、自分の耳を疑った。

 

 

今私は、お兄ちゃんの初戦を観戦し、無事に勝利した事、お兄ちゃんに怪我が無かった事に安心してスタジアムを後にしようとしていた。一緒に応援に来ていたこころと花音さんが飲み物を買ってくると言ったので、一旦2人と別れて、入り口で2人を待っていた所だった。

その時偶々、視界の隅にお兄ちゃんを見つけた私は、嬉しさのあまりお兄ちゃんに声をかけようとしていた。でも、その時私より先にお兄ちゃんに声をかけた女の子がいた。私は何故か咄嗟にそばにあった柱の影に身を隠してしまった。私はこっそり聞き耳を立て、2人の会話を聞く事にした。そしてその時私の耳にハッキリと衝撃的な一言が入ってきた。『わたくしと、結婚していただきたいのです!!』と、それはまさにプロポーズの言葉だった。

 

「(なんでお兄ちゃんにプロポーズしてんのあの子!というか誰!!?あんな子私見たこと無いんだけど!お兄ちゃんの彼女?いやでも、そんな話聞いたこと無いし……なによりお兄ちゃんも驚いてるみたいだし)」

 

私は自分の動揺を全く制御出来なかった。それはそうだ。いきなり大好きな──ゴホンッ!!…大切なお兄ちゃんに彼女、それも今まさに婚約を迫っている人がいるなんて考えられなかったからだ。

 

「(と、とと、とにかく!お兄ちゃんに確認しないと。で、でもどうしよう……知らない女とはいえ、プ、プロポーズの邪魔するのはなんか忍びないし....かといってこのまま見てるのも嫌だし....)」

 

私が、自分の欲望と理性の間で葛藤しているその時だった。

 

「あら?美咲!なにをしているの?」

 

飲み物を買いに行っていたこころと花音さんが戻ってきた。

 

「こ、こころ!?花音さんも……」

 

「ど、どうしたの?美咲ちゃん。なにか慌ててるみたいだけど」

 

私の様子がいつもと違う事に気付いた花音さんが心配するように私に聞いてきた。

 

「そ、それが…………」

 

私が今の状況を2人に伝えようとしたまさにその時…………

 

「あ!咲真だわ!さ〜く〜まッ!!」

 

「あ、ちょっと待ってこころ!」

 

お兄ちゃんに気がついたこころが、私の制止も聞かずお兄ちゃんに向けて飛び出してしまった。こころはもの凄いスピードで飛び出し、あっという間にお兄ちゃんの元へ到着してしまった。どうするべきか一瞬悩んだ私は、こころをこのままにすると更にややこしい事になると思い、急いでこころの後を追った。突然走り出したこころとそれを追いかける私を見て、花音さんもかなり驚きながらも後をついてきてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ〜くまッ!!」

 

「うおッと⁉︎」

 

俺が織田からの突然のプロポーズに、答えを濁していたその時、俺の背中に強い衝撃が走った。いきなりの事に俺はたじろぎかけたが、なんとかその衝撃に耐えた。俺が振り向くと、そこにはいつものお日様の様な明るい笑顔をしたこころが俺に背中から抱きついていた。

 

「こころ⁉︎それに、美咲と松原も……」

 

更にこころの後ろからは、美咲と松原が慌てた様子で走ってきているのが見えた。

 

「咲真〜!なにをしているの?……あら?」

 

こころはどうやら俺と話をしていた織田には気付かずに俺に抱きついてきた様で、織田を見るなり目をパチクリとさせていた。対する織田も、驚いた様子でこころ同様目をパチクリさせていた。それはそうだろう。今まで話を、それも告白というビッグイベントを行っている最中に、相手にいきなり女の子が抱きついたのだから。

 

「こ、こころ。悪いんだが、今は取り込んでるというか...なんというか...とりあえず今は離れてくれないか!?」

 

「そうだよこころ!!なにがなんでも流石にこのタイミングでそれはまずいって!!!」

 

俺が慌ててこころに離すように促すと、美咲も焦った様子でこころを俺の体から剥がそうとする。まさにその瞬間だった──────

 

「絵凛じゃない!!久しぶりねー♪」

 

「「え?」」

 

こころはパッと顔を明るくし、自分の目の前に立つ織田に対しそんな事を口にした。どうやらこころは織田と面識があるようだ。その予想外の事実に、俺と美咲の口から間の抜けた声が漏れた。

 

「はい!お久しぶりでございますね、こころちゃん♪」

 

それはどうやら織田も同じなようで、こころを見て彼女もパァーっと顔を明るくした。そのまま2人は近づき、両手を互いに合わせてぴょんぴょん跳ねながら喜び合ってある。そんな可愛くほんわかした空気が流れる中、驚きから戻ってきた俺は、2人に改めて関係を聞くことにした。

 

「こ、こころ?お前、織田の事知ってるのか?」

 

「ええ!絵凛はあたしのずーっと小さい時からの友達だもの♪」

 

「へ、へぇ〜...こころにハロハピやバンド関係以外でこんなに仲の良い友達いたんだ...しかも、そんな昔から....」

 

こころに、自分たちの知らない友達がいたことに、美咲はなんとも煮え切らない表情を見せる。それは確かに俺も驚いた。元々こころはその自由で天真爛漫な性格と独特の感性を持ち、さらにあの弦巻家のお嬢様という事もあって、彼女の周りには知り合いと呼べる者たちは居ても、心の底から本音で語り合える友達という存在がいなかったと聞いた。今となっては美咲や松原と言ったハロハピのメンバーや、戸山たちポピパのメンバー、他にもバンド仲間たちが居るが、こころがハロハピを結成する前の事を、俺も美咲も、1番初めにメンバーになった松原でさえ知らない。

 

「美咲?どうしたの?」

 

少し表情を曇らせた美咲の元に、織田と話をしていたこころが戻ってきた。

 

「え?な、なんでもないよ⁉︎それより良いの?織田さんと話さなくて」

 

「ええ!だから美咲たちを呼びにきたのよ♪」

 

「え⁉︎どういう事?」

 

「絵凛に美咲たちを紹介したいの。私の1番大切な友達だって!」

 

「え⁉︎///」

 

1()()()()()()()、こころの口から出た言葉に、美咲は今まで曇らせていた顔を今度は真っ赤に染めた。

 

「ほら!花音と咲真もよ♪」

 

「ふぇ⁉︎私たちも⁉︎」

 

「もちろんよ!だって花音も咲真も、私にとって大切な人だもの!」

 

相変わらずこいつは...そんな恥ずかしくて正面から絶対に言えないような事をよくもまあそんな真っ直ぐ言えるもんだな。

 

俺たちはそのままこころに手を引っ張られ、織田の前に連れて並ばされる。

 

「絵凛、紹介するわね♪美咲、花音、それに咲真。私の世界で1番大切な友達よ!」

 

ドーン!という効果音が聞こえたかのような、そんな表情とポーズで堂々と、こころはそう言い放った。

 

「そっか...こころちゃんにも、そんなに大切な人達が出来たんですね」

 

「ええ!みーんな大切なお友達よ♪」

 

いつも以上にハイテンションなこころに、優しく微笑みかける織田。その微笑みは、まさにこころの幸せを心の底から喜んでいるようだった。

 

「もちろん絵凛も大切な友達よ♪」

 

「うん!ありがとうね、こころちゃん」

 

この2人のほのぼのとした雰囲気に、俺と美咲、花音は自然と口角が上がっていた。そして俺は、さっきまでしていた織田との話を完全に忘れていた。しかし、それを思い出したのは次の瞬間だった。

 

「あら?そういえば絵凛はどうして咲真と一緒にいたのかしら?」

 

「「!!」」

 

不意に溢れたこころの疑問に、俺は肩を震わせた。なぜか隣にいた美咲も同じような反応をしていたが、今はそれどころじゃない。俺は慌てて誤魔化そうと、こころに話しかけようとしたが───────

 

 

「ああそれはですね。わたくし、今まさに奥沢様にご結婚の申し込みをしていたのです!」

 

 

─────時すでに遅かった。

 

 

「え……」

 

「ふぇぇぇーー!!け、けけ、結婚⁉︎」

 

こころがなにやら声を漏らしたようだったが、その声は側にいた松原の声によって遮られた。まあそう言う反応になるだろう、突然、しかもこんなムードも無いサッカースタジアムで、しかも高校生の俺が、結婚の申し込みをされていた最中と知ったら誰でもこんな風に驚くだろう。

 

「はい!今まさにお返事をもらうところでしたの」

 

あいも変わらずなんの恥じらいも見せない織田に、俺はどう返したものかと頭を悩ませていると、俺の隣にいた美咲が一歩前に出て織田に質問を投げかけた。

 

「あの、ちょっと良いですか?」

 

「あら、貴方は美咲さんでしたね。はい、なんでもおっしゃってください」

 

「うちのお兄ちゃ……兄にいきなり結婚の申し込みなんて、にわかには信じられないんだけど、本気なんですか?」

 

いつもより少しだけ目を鋭くし、声色を低くした美咲が織田に尋ねる。その気持ちは本物なのかと。美咲のとった意外な行動に、俺はただ見つめることしか出来なかった。

 

「…………」

 

しかし、質問を投げかけられた織田は、美咲に目線を向けたままなぜかその場で動かなくなってしまった。

 

「ん?あのー……」

 

「貴方!」

 

「うわッ⁉︎」

 

すると突然、織田は美咲の両手を掴み、胸のあたりまで上げると、ギューっと力を込め、キラキラと輝いた瞳を美咲に向けた。

 

「貴方、奥沢様の妹様だったのですね!流石ご兄妹!確かにそっくりですわね!」

 

「え⁉︎あ、ありがとう...?///」

 

どうやら織田は、美咲が俺の妹だと言うことを知って、テンションが爆上がりしたようだ。楽しいことを見つけた時のこころみたいになっている。

 

「ああ!こんな可愛らしい妹様がいたなんて!しかもこころちゃんと同じ歳と言うことはわたくしとも同じ....失礼ですが美咲様!」

 

「様⁉︎えーっと、な、何?」

 

「もしよろしければ美咲様、こころちゃんだけで無く、わたくしともお友達になっていただけませんか?普段の奥沢様のこと、わたくしに教えてくださいまし!...あ、美咲様はお名前なのに奥沢様は苗字と言うのも変ですわね...咲真様?いえ!これはまだ早いですわ!///ですが、近いうちにそうならないとも限りませんし、今のうちに訓練を積んでおくと言うのも....は!ではそれだと奥沢様にもわたくしのことを絵凛と名前で呼んでいただく事に......キャーーー!とっても素敵です!そしてそのまま奥沢様とわたくしで式を....ああ!どうしましょうー!ウエディングドレスも着てみたいですし、白無垢も良いですわね〜!奥沢様はタキシードも羽織袴もどちらもお似合いになりそうですわ!あとそれから───────」

 

「織田さん⁉︎ちょ、ちょっと待って落ち着いて!話がどんどん膨れ上がって言ってるから!」

 

突然自分の妄想の世界に入ってしまった織田の肩を、美咲は慌てて強く揺らす。

 

「は!わたくしとした事が、取り乱してしまいましたわ」

 

「はぁ、もう分かったから...貴方がお兄ちゃんのこと本気なのは十分伝わったから...」

 

織田の口からマシンガンの如く発せられた、先走り過ぎている話の内容に、美咲は肩を落とした。かくいう俺も、織田の妄想に苦笑いが止まらない。

 

「あのさ、織田は本気で俺と...そのー....け、結婚したいって思ってくれてるんだよな...?」

 

「はい!もちろんです!」

 

「そっか....」

 

そこから、この場に沈黙が流れる。美咲も織田の本音と言うか、思いを聞いて、何も言えなくなってしまったらしい。松原は相変わらず混乱しているようで、目を回している。こころは……なぜか下を向いたまま何も言わない。

 

そんな沈黙の中で俺の頭の中で、考えが何重にも交錯する。今日が初対面とは言え、ここまで自分を好いてくれている彼女の気持ちを無下にも出来ない。しかも俺は高校3年、法律的に言えば今年で18だから結婚は出来る。でも、だから「はい。じゃあ結婚」って簡単な話なわけがない。それに俺は今、絶賛夢に向かって登っている最中だ。ここで織田との関係を選んで、どちらも中途半端になってしまったら、サッカー部のみんなにも、織田にも迷惑をかけてしまう。

 

「(……いや、違うな。これは俺に覚悟が足りないんだ。いくら悩んでも、それは逃げているだけ。俺にはここで織田の申し出を断って彼女を傷つける勇気も、彼女との結婚を選ぶ決断力も、彼女と自分の夢のどちらも背負う覚悟も無い。ほんと...自分でも最低で嫌になる)」

 

いくら頭の中で、自分の心の中で考えても、答えなんて出ない。俺は自分の不甲斐なさ、優柔不断さを痛感する。

 

 

「…………ダメよ

 

 

 

まさにその時だった。こころが小さく呟いた言葉が、沈黙の中でこの場にいた全員の耳に届いた。

 

「え……」

 

こころの呟きを聞いて、織田は驚き短く声を漏らす。それもそうだ。自身の告白(プロポーズ)を、申し込んだ相手(咲真)では無く、隣にいたこころが拒否したのだ。

 

「こころ…?」

 

「こころちゃん…?」

 

美咲と松原も、こころの呟きに意外だと言う表情を見せる。驚いたのは咲真も同じ。咲真自身は、てっきりこころはいつもの調子で「結婚!とーっても素敵ね!」的な事を言うとばかり思っていたからだ。しかし、実際にこころが言ったのは祝福とは真反対(拒否)の言葉だった。

 

「咲真が結婚なんて、そんなのダメよ....」

 

「こころ....」

 

再びこころが口を開く。この時の言葉で咲真は、こころは自分が結婚するのを拒んでいる事を理解した。

 

「こころちゃん...どうして貴方が反対するの?わたくし、こころちゃんなら祝福してくれると思ってましたのに...」

 

「それは...分からないけれど、兎に角....結婚なんて、咲真が誰かと結婚するなんて、そんなのダメよ....」

 

こころは苦しそうに自分の胸を押さえつけながら、絞り出すように言葉を並べる。

 

そんなこころの様子を見た時、咲真はなぜか胸が苦しくなるのを感じた。ただ、それがなんなのかは、今の咲真には理解など到底出来なかった。それでも、いつもとはまるで違う苦しそうなこころの顔を見て、気づけば咲真の手は、こころの頭に一直線に伸びていた。

 

「咲真……」

 

頭に手を置かれたこころは、すぐに咲真の方を向いた。その顔はまるで怯えているように不安の色に染まっていて、その時はただ、こころにこんな顔をして欲しく無いと、咲真はそう思った。

 

「ごめんな、こころ。俺が中途半端に答えに詰まったせいでお前にこんな顔させちゃったな」

 

「咲真のせいじゃないわ...だってこれは、私の勝手なワガママだもの...」

 

今の今までプロポーズをされていたのにもかかわらず、2人の世界を形成しつつある咲真とこころ。そんな2人の様子をやれやれと言った様子で見守る美咲と花音。そしてもう1人、ついさきほどまで咲真にプロポーズを迫っていた織田も、こころがいつもと違う様子である事に気がついた。

 

「(あんなこころちゃん、初めて見ました...いつも会うたびにお日様の様な笑顔で笑っているのに、奥沢様に対してだとあんな顔をするんですね....あ、もしかして…………)」

 

この時、織田の頭に1つの可能性がよぎった。

 

「(こころちゃんも奥沢様のこと.....)」

 

その頭をよぎった考えを口にすることは無かったが、織田は確信する。自身の友もまた、自分と同じ気持ちを同じ相手に抱いていると。しかし、彼女はまだ自分の気持ちに気付いていない。

 

「(そっか...でも、まだまだ気付いていない様子ですし、これは今のうちに手を打つべきですね)」

 

いくら友達とはいえ、譲る気は毛頭ない織田。彼女は2人の世界を展開しつつある2人を遮る様に、間に割って入った。

 

「はい。そこまでですよ。こころちゃん、奥沢様」

 

「「!?」」

 

織田に割って入られた2人は驚き、咲真は慌ててこころの頭から手を離した。その時のこころの顔は、なにやら名残惜しそうではあったが、その表情に気がついたのは織田だけだった。

 

「奥沢様。今は返事をいただける状況では無いですし、今日のところは失礼しますわ」

 

「そ、そっか...悪いな」

 

「いえ、謝らないで下さいませ。元はと言えばわたくしが奥沢様の事情も考えず勝手に申し上げたのがいけなかったのですわ。奥沢様も決めあぐねてらっしゃいますし、こういたしましょう」

 

織田はそう言うと、咲真をまっすぐ見つめこう言った。

 

「明日の試合でわたくしが勝ったら、わたくしと結婚を前提にお付き合いしてくださいまし」

 

「はぁ!!!?」

 

「「「!?」」」

 

再びの織田の突然の申し出に、驚きを隠せない咲真。もちろん近くにいたこころたち3人も、咲真同様驚き目を見開いている。

 

「では、それではまた明日!楽しみにしていますわ♪」

 

「ちょ、ちょっと待t─────」

 

そう言うと、織田は咲真の制止も聞かず颯爽とその場を離れてしまった。残されたのは呆然と立ち尽くす咲真たち4人。その後4人は、観客席から降りてきた和泉や日向たちに声をかけられるまで、その場に立ち尽くしていとか。

 

 

そして明日、なぜか咲真の将来のかかった運命の一戦が幕を上げる。




読んでいただきありがとうございましたー。

それでは少し話をさせていただきます。この小説を続けるか悩んだ事情というのは、少し前に起きた、大量アカウントロックの影響です。アカウントロックをされた中には、数多くのイナイレ読者参加型小説を書いていた作者様がおり、その中には自分のキャラ募集にキャラを送ってくれていた方も多くいました。そんな方々がアカウントを停止されたことにより、キャラ設定が消えてしまい今現在、主人公チームの花咲川高校のキャラ設定が4名以外消えてしまいました。

上記の理由によりこの小説を消すか続けるか悩みましたが、前書きに書いた通り続ける事にしたので、これからも未熟な自分ですが、応援していただけると有難いです。


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ココロユラグ

また約3ヶ月かかってようやく書けました...そしてまた試合に入らないかった...すみません。

中々話が進まず時間だけが過ぎていきますが、頑張って更新していきます!

今回はちょい重なこころ回です。それでは本編をどうぞ!


初対面の女性からプロポーズをされるという激動のIH初日を終えた咲真は、プロポーズを申し出た相手、織田絵凛が帰って行った後、思考が置いてけぼりになった頭のまま、なんとかチームメイトと合流し、帰りのバスの中へ乗り、花咲川高校に向けて帰路に着いていた。

 

あの後すぐ、咲真はこころや美咲たちとは別れ、美咲は弦巻家の高級車で先に家に帰った。咲真が帰り際に見た美咲の顔はなんとも困惑した様子で、こころに至ってはあれから口を開かず、不安そうな表情で高級車に乗車した。

 

「どうしたよ?なんかあったのか?奥沢」

 

ボーッと窓の外を眺める咲真を不思議に思った水嶋が尋ねるが、咲真は「何でもない....」と軽く返すだけで、それ以上何かを言うこともなかった。

 

「…………」

 

そんな彼を不思議そうに見つめる人物がもう1人。和泉だ。彼女はスタジアムで咲真と合流した時から彼の様子が気になっていたが、中々声をかけれずにいた。それはなぜかと言うと....

 

「(う〜ん、やっぱりやり過ぎちゃったかな〜...大会も始まったばかりなのに、奥沢君のモチベーション落としちゃったかな...)」

 

と、自分の足つぼ正座説教が原因ではないかという、この状況においてはズレた考えを巡らせてしまってあるからである。

 

その後、咲真たちを乗せたバスは何事もなく花咲川へ到着し、咲真たちは到着してすぐ部室でミーティングを始めた。和泉の集めた二回戦の対戦相手である椿原女学院の情報と一回戦を対戦ビデオを確認し、傾向と対策を練る。咲真もその時はしっかりと日向や蒼夜を中心に話し合っていたが、その表情はやはりどこか曇っている様に見えた。

 

「今日はこの辺りにしよう。全員、明日からにもしっかり備えてゆっくり休むように。くれぐれも無理な個人練習などしないようにな」

 

監督である本郷がそう言うと、全員で揃って返事をし、咲真の「ありがとうございました」という挨拶に続いて残りのメンバーが揃って挨拶をして今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合に負けたら結婚か...我ながら凄い事になったな」

 

街全体が夕焼け色に染まった帰り道、自転車にあえて乗らず、押しながらゆっくりと歩く咲真は、今日の出来事を振り返りながら、今日何度目か分からないため息をはいた。

 

今日初めてあった子からの突然の告白とプロポーズを受け、優柔不断な態度を取ってしまった事にイラつきを覚える咲真。帰りのバスの中で何度頭を悩ませても、どうするべきか答えは出なかった。いや、本当は答えは出ていた。でも、それを口にする勇気が今の咲真には無かったのだ。

 

「でもやっぱり....ここで覚悟決めないとな」

 

今日のような顔をこころにして欲しくない。同時に、初対面とはいえ、あそこまで積極的に自分に好意を向けてくれている織田の事を無下にしたくない。これも事実だ。だからこそ、答えを出さねばならない。例えそれで片方を傷つけても。

 

「・・・あ」

 

気づけば咲真は自分の家の前に着いていた。時間さえ忘れるほどの優柔不断さには心底呆れると、自分で思う咲真。

 

「もう着いたのか...仕方ない」

 

咲真は呆れたように一度息を吐くと、自転車をいつも止めているところに止め、玄関を開ける。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい!咲真」

 

「へ?こころ?」

 

玄関を開けると、出迎えたのは今日スタジアムで別れたはずのこころだった。思わぬ束の間の再会に、咲真は驚きのあまり玄関を開けたまま固まってしまう。

 

「あ!お兄ちゃん、おかえりなさい」

 

するとこころの後ろにあるリビングに続くドアが開き、中から出てきた美咲も、咲真を迎える。

 

「た、ただいま」

 

「咲真!今日は咲真の初戦突破のお祝いよ!早く上がって!」

 

「お、おい!そんな引っ張るなって」

 

こころはスタジアムで別れた時とは正反対に明るい笑顔で、咲真の手を引く。そんなこころの様子を眉を下げ、やれやれといった表情で見守る美咲。

 

咲真がリビングに入ると、机の上には寿司桶にはいった白いご飯と、大きな海苔、その周りには海鮮や卵焼き、納豆といった色とりどりの食材が別々の皿の上に乗せられて置かれていた。

 

「これって、手巻き寿司か?」

 

「あら、おかえりなさい。咲真」

 

「母さん、これ...」

 

「咲真の初戦突破と、こころちゃんが遊びに来てくれた記念にね」

 

「ほら咲真!早く食べましょう!」

 

「お兄ちゃん早く早く!」

 

「一緒に食べよう咲兄ちゃん!」

 

机の周りには、すでに咲真の母親、妹の美琴、弟の大樹が座っており、早く食べようと咲真を急かす。咲真はとなりにいる美咲に説明を求め、小声で尋ねる。

 

「美咲、これってどういう状況なんだ...?」

 

「えーっと...こころの元気が無かったから、私もなんとかしたいなって思って家に誘ってみたのは良かったんだけど、見ての通りお母さん達とこころが盛り上がっちゃって.....」

 

「お祭り騒ぎになったってわけか...」

 

咲真はその状況を頭の中でパッとイメージ出来たようで、ハハッと乾いた笑いをこぼす。

 

「うん...しかもお母さんが『せっかく遊びに来てくれたんだから泊まって行って』ってこころに...こころもかなり乗り気みたいで」

 

「それってマジか...でも着替えとかって大丈夫なのか?」

 

「それが...」

 

美咲は奥歯にものが挟まったような言い方なり、苦笑いを浮かべながら部屋の隅に置かれた黒いスーツケースを指差した。

 

「ん?あれって...」

 

「お兄ちゃんが帰ってくるちょっと前に誰かが玄関まで来たみたいで、確認したらあのスーツケースと手紙が一枚置いてあったの。で、手紙を確認したら『こころ様のお泊りセットをご用意しました』って書いてあって...」

 

「黒服の人たちか....」

 

「間違えなくてもそうだね...」

 

「お兄ちゃん?お姉ちゃん?どうしたの?」

 

黒服たちの行動力と得体の知れなさに再び苦笑いをこぼす咲真と美咲。そんな2人の様子を不思議に思った美琴が2人の元へ歩いていて首をかしげる。

 

「ごめんごめん、なんでも無いよ。そろそろ座って食べよ?お兄ちゃん」

 

「了解。よし、食べるか!」

 

誤魔化す様に話を切り替えた美咲に言われ、咲真も机の前に座る。咲真が座ると、その両隣に美咲とこころも腰を落とした。

 

「えーっとそれじゃあ、お兄ちゃんの初戦突破とこころがうちに遊びに来た記念?...の手巻き寿司パーティーを開催します」

 

「「「イエーーイ!!」」」

 

美咲の掛け声で始まった手巻き寿司パーティー。美琴と大樹はもちろん大喜びで楽しんでいる様子だが、一段と騒いでいるのはやはりというか、こころだった。彼女の持ち前の明るさにつられる様に、美琴も大樹も、母親でさえ、いつもとは一段と違う輝きを放つ笑顔になっている様に見える。咲真と美咲はその様子を見て三度苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ...腹いっぱいだな」

 

「ええ!とーっても美味しくて楽しかったわ!今度はハロハピのみんなで“手巻き寿司パーティー”やりましょう!」

 

「アハハ...そうだねー」

 

「で?どうしたんだこころ、突然話があるから部屋に行こうって」

 

晩飯を食べ終えた咲真たちは、こころに「話があるから後で部屋に行っていいかしら?」と言われ、風呂に入った後、3人は咲真の部屋へ移動した。咲真がそう聞くまでいつものように笑顔のこころだったが、その顔は少し寂しげなものへと変わった。

 

 

 

 

「ねぇ咲真...咲真は絵凛と結婚するの...?」

 

 

 

 

あまりに突然の事だった。

 

 

こころは普段と全く違う不安に染まった表情で真っ直ぐに咲真の目を見て問う。

 

「…………」

 

部屋の中が静寂に包まれる。美咲はバツの悪そうな顔をしながら咲真とこころに交互に視線を送っている。

 

「…………」

 

咲真はこころを、こころは咲真を、晒す事なくじっと見つめ合う。沈黙が数秒続いたのち、口を開いたのは咲真だった。

 

 

 

「────しないよ。俺は織田とは結婚しない」

 

「っ⁉︎」

 

 

結婚しない、たしかに咲真はそう言い切った。軽く微笑み、こころを安心させるような表情で。

 

対するこころは咲真の答えに驚いている。それは美咲も同様で、2人は咲真に視線を集中させる。

 

「ほ、本当にいいの?お兄ちゃん...」

 

「なんだ?美咲は俺に早く結婚して欲しいのか?」

 

「それは違う!けど....」

 

正直美咲は、咲真がこんなにすぐ答えを出すとは思っていなかった。自分の兄はいつも誰かに優しくて、自分より相手の事を考えてしまう。だから今回も、自分の気持ちより織田の勇気に答えるとまでは行かないが、少なくとも今日、明日はずっと悩むものだと思っていたからだ。

 

「……どうして?」

 

突然こころが口を開いた。そして、咲真にかけた言葉は疑問だった。

 

こころは咲真が織田と結婚する事を拒んだ。それはたしかに自分の意思だったが、なぜあれほど拒む気持ちが強かったのか、こころ自身も分からなかった。本来なら、友である織田が咲真に抱いた恋心を応援するつもりだったはずのに、咲真が織田と、()()()()()()()とそういう関係になる事が、嫌だった。だからこそあの時、こころは織田の告白に横槍を入れたのだ。

 

こころは、そんな自分が嫌だったのかもしれない。友の吉報を喜べず、あまつさえその邪魔をした自分が。だから彼女は、咲真の答えに疑問を持った。こんなにも自分の思い通りに動く事。咲真の、こころ自身の希望の答えが友である織田を傷つけてしまう事。その2つに、こころは疑問と罪悪感を抱いてしまった。

 

「ねぇ咲真、どうして?どうして断るの?私がダメって言ったから?」

 

こころの表情が、一層暗くなる。その瞳は、今にも涙が溢れそうなほど濡れていた。そんなこころの表情を見て、咲真は一度目を閉じると、1秒もかからずに目を開けて答える。

 

 

 

「違うよ」

 

「……え?」

 

 

咲真はこころの言葉を否定した。

 

 

「こころが拒んだからじゃない。俺は俺の意思で織田の告白を断る事を選んだんだ」

 

 

そう答えを出した咲真は、スタジアムから帰る時と打って変わって不安など感じさせない表情をしていた。

 

「じゃあ、どうして?」

 

咲真と反対にまだその顔に不安の色が消えないこころ。咲真はそんなこころに優しく微笑みかけながら答える。

 

「織田に告白されて俺さ、最初は凄く驚いて、困惑して、その後めちゃくちゃ悩んじゃったんだ。そりゃ結婚する時って経済面とか色々壁は多いけどさ。やっぱりまずは気持ちだと思うんだよ。『この人と結婚したい』、『この人を幸せにしたい』、そう思って初めて結婚をして、相手を本当に幸せに出来ると思うんだ」

 

「それじゃあお兄ちゃんは織田さんにはそう思えなかったってこと?」

 

「まあ突然過ぎたってのもあるけどな。...うん、多分そう」

 

咲真はそういうと、一度表情を暗くしてすぐこころに微笑みかけた。

 

「だからこころが拒んだとか、そんなのは関係ない。そんな顔すんなって」

 

咲真はポンポンとこころの頭の上に手を置き、軽く撫でる。

 

「…………」

 

こころはこれまで、自分の意見が通らなかった事が無かった。欲しいものはどんなものでも手に入ったし、言った事は大体その通りになった。今まではそれで良かった。結果的にみんなが笑顔になってくれたから。でも、今回は違う。自分の意見で、自分以外の誰か傷ついてしまう。その避けようのない事実が、こころの胸を締め付けていた。だからこころは、咲真も自分の言う事だから()()()()()()()()のだと思っていた。でも、それは全くの見当違いだった。彼には彼の考えと覚悟があって、そこに自分の存在などは入る余地など無かったのだ。

 

「分かったわ。ごめんなさい咲真。もう私は何も言わないわ」

 

こころの顔に、ようやく笑顔が戻った。でもそれはいつものように溌剌とした笑顔では無い。まだどこか心の奥にしこりが残っているようなそんな笑顔。

 

「……」

 

こころのその笑顔を見ていると、咲真は胸の奥が苦しくなるのがなんとなくだが分かった。そんな顔をして欲しく無い。これはスタジアムでこころの不安に染まった顔を見た時と同じ気持ちだった。でも、今の咲真にはこれ以上こころにかける言葉が見つからない。

 

 

「....コホン。2人ともそろそろ休も?お兄ちゃん明日も試合あるし、こころも応援、行くんでしょ?」

 

互いに言葉に詰まりかけたのを察した美咲が1つ咳払いをすると、2人にそう話しかけた。2人はそうだなと軽く頷くと、美咲はこころを連れて自分の部屋に戻っていった。

 

「じゃあお兄ちゃん、おやすみ。ゆっくり休んでね」

 

「おやすみ、咲真」

 

「おう、おやすみ」

 

ガチャンとドアが閉められ、自分の部屋に1人残った咲真は、仰向けにベッドに倒れ、目元を腕で隠しながら「はぁ...」と1つため息を吐いた。

 

「こころに不安な顔いっぱいさせちまった....」

 

腕で閉ざされた暗闇の中に、今日見たこころの暗い表情が次々と映し出される。

 

「くそ....」

 

そんなこころの顔を思い出し、咲真は下唇を強く噛み締めながら意識をゆっくりと手放して行った。

 

 

 

 

場所は変わってここは美咲の部屋。明かりの消えたカーテン越しに入る微かな月の光のみで照らされた部屋の中、同じベッドに背中合わせになって入っている美咲とこころ。時刻は0時を超えた頃、静寂に包まれた部屋の中で目を閉じる2人だったが、その静寂は突然破られた。

 

「ねぇ美咲?起きてるかしら?」

 

「…………」

 

こころが問いかけて数秒の間返事は無かった。が、その間を置いてすぐ返事は返ってきた。

 

「どうしたの?」

 

美咲の口調からは「やれやれ」と言った様子が強く感じられる。

 

「私って悪い子よね...」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「だって...凄く自分勝手な我儘を言ってしまったもの....」

 

美咲の背中越しに聞こえてきたのは、今まで彼女の口から聞いたことのないくらい弱々しい声だった。

 

「それは関係無いってお兄ちゃんが言ってたじゃん」

 

「でも...」

 

「ねぇこころ?こころはどうしてあの時、お兄ちゃんが結婚するのを拒んだの?」

 

「....分からないわ。でも、咲真が私の近くから居なくなるって思ったら、胸の奥が苦しくなって...とにかく嫌だって気持ちが溢れてきちゃったの...」

 

「別に結婚したからってお兄ちゃんが居なくなるわけじゃ無いけどね...」

 

「美咲...私ね?咲真の事を見てるといつも胸のあたりがポカポカするの。咲真が喜ぶと私も嬉しくなって、咲真が笑ってると私も笑顔になれるの。見ているだけじゃ無いわ。ただ咲真の事を考えるだけで幸せな気持ちになれるの」

 

「……」

 

背中越しに聞こえる友の告白を、美咲は何も言わずただ耳を傾ける。

 

「なのに咲真が絵凛と話している時、いつもは何も無いのに胸のあたりが初めてモヤモヤしたの。...いいえ、ごめんなさい。初めてじゃ無いわ。咲真が渚や紗綾と学校で楽しそうに話している時も、モヤモヤしたわ。美咲、これって一体なんなのかしら....こんな事を思うなんていけない事なのかしら....」

 

美咲はまるでこころの気持ちを全て悟っているかの様で、そこまで深く入り込もうとはしなかった。でも、彼女も彼女で普段見ることのない友達の暗い顔を見て、少しくらいは力になりたいとそう思った様で………

 

「いいんじゃない?それで」

 

「え?」

 

こころは美咲の解答が予想外だったのか、身体の向きを180度変え美咲の方へ振り向いた。こころが振り向くと、そこにはこちらを優しく微笑みながら見つめる美咲の顔がこころの目に入る。

 

「つまりこころはお兄ちゃんに側に居て欲しいんでしょ?じゃあそう言ったらいいじゃん。こころの気持ちなんだから、誰かに遠慮する必要なんて無いよ」

 

「でも....」

 

「それに」

 

美咲はこころの言葉を遮る様に続ける。

 

「その気持ちは持っていけないものなんかじゃ無い。誰しもが持ってる当たり前のものだよ。きっと」

 

「美咲も持ってるの....?」

 

「私⁉︎うーーんどうだろ....?私はあんまり考えた事は無いかな〜...」

 

こころの質問に遠い目をして答える美咲。ここで自分も咲真にこころとは同じでは無いが、限りなく近い感情を持っているなんて言えるはずもなかった。

 

「そう...」

 

「まあこれからどうするか決めるのはこころだから、私は特に何か言うつもりも無いけどね。でも、これだけは言っとく」

 

美咲はそう言うと、ベッドから少し出ていたこころの手を握り、彼女の目を真っ直ぐ見て言う。

 

「私はこころの味方だから。私はこころを応援してるよ」

 

「〜〜っ!!美咲ィィー!!」

 

「ちょッ⁉︎こころ!」

 

美咲の言葉があまりに嬉しかったのか、こころは突然美咲に抱きついた。みずから美咲の胸元に顔を押し付けたこころは今までの不安が晴れた様な、そんなスッキリとした、いつもの太陽の様な笑顔に戻っていた。

 

「(ありがとう...美咲!私、咲真の側に居たい。だから頑張るわ!この気持ちがなんなのかはまだよく分からないけど...咲真が笑顔じゃなくなった時、笑顔にするのは私でいられるように)」

 

「こころー!くすぐったいってー!!」




かなり空いてしまいましたが、いかがだったでしょうか?今回は咲真とこころが少し自分たちの気持ちに気付き始めるという感じでまとめてみました。
次回から、ようやく県予選2日目突入となります。今度は出来るだけ間を空けない様に頑張ります_:(´ཀ`」 ∠):


それから、ここで少し大事にお知らせをさせていただきます。
以前記載させていただきました通り、自分の活動報告にあったキャラ設定が突如起こった大量垢ロックにより8割方消えてしまったため、ほとんどのキャラの設定や必殺技が分からなくなってしまいました。なので、急ではありますが、追加メンバーを募集する事に決めました。

下のURLにそのキャラ募集のページがありますので、ぜひとも参加していただきたく思います。今回追加するのは1〜3名ほどのつもりです。倍率は高くなってしまう可能性はございますが、ふるってご応募ください。よろしくお願いします。

↓追加メンバー募集ページ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=221725&uid=255542


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