古龍を描く狩人 (ムラムリ)
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クシャルダオラ 1

ゆっくりやっていきます。多分。


 絵を描く事が大好きだった。狩人になったのもそれが一番強い理由だった。

 色んな物を描いた。植物から、動物から。虫から竜まで。自然から人工まで。

 何故、自分は絵を描くのだろう。それを自身なりに問い詰めてみた事があった。結論としてそれは、生きていた証というものを自分なりに保存しておきたかったからだと思えた。

 狩人という職業は、生死の境界線を彷徨い続ける。狩人が負けた、即ち死んだ時は、装備さえ残っていればまだ良い方で、時には本当に何も見つからず、死んだかどうかすらも分からない時だってある。

 竜の方が負けた時は、翼を持つ竜ならその翼はぼろぼろになり、尻尾も時々切断されている。それが死体ならまだ良く、それが調査の為の捕獲だった場合、そこで動けないまま人に好き勝手される。また、あくまで捕獲して野に返される場合というのは限られていた。野に返される場合は、返されてもやっていける、人に害を為さないと見做されたときだけだった。

 命が無惨に失せる事の多い因果な職業だったが、それは必要不可欠なものでもあった。

 強大な自然に囲まれて人と言うか弱い種族が生き抜くには、自然を誰よりも観察し、知見を積み重ね、そして見つけた隙間から縄張りを広げていくしかなかったのだ。

 その最前線に立つのが狩人という職業だった。

 

 人の生きていた証というものは、町に居れば勝手に残されていく。しかし、虫、獣、竜などが生きていた証というものは、その自然に自ら潜り込まなければ見る事は叶わない。

 その男は、欲張りだった。捕獲、殺されて運ばれる力ない竜ではなく、正に生きている竜の姿を描きたいと思ったのだ。その為には努力など惜しまなかった。

 ある狩人からその男に対して言われた事がある。

「私達が竜から素材をはぎ取り、武器や防具に加工するのは、単純に強さを追い求めるからだけじゃない。竜への憧れ、敬意もあるのさ。憧れを追い抜いた、そして貴方の事を忘れません。そんな証さ。

 あんたの場合は、そんなものは無いね。強さはあるのに、それは追い求めて付いたものじゃない。別のものを追い求めて、それを満たす為に勝手についてきたものだ。

 とても珍しいよ」

 男の絵は、よく売れた。竜から取れる素材の値段、時にはそれ以上に。

 狩人としての実力もあるその男は、各地を渡り歩き、様々なものを様々な媒体に書き記していった。

 男が訪れた後の場所には、絵が必ずと言って良いほどに飾られていた。

 そして、同じく様々な絵、ラフだけから細部まで緻密に描きこまれた絵が、価値も付けられないままに無造作に残され、それはそこに住む人々に長く教材として、芸術として愛され続けた。

 

 死ぬ事も、狩人として致命的な怪我を負う事も、そしてまた狩人としては突出した結果を残す事もなく、ただただ絵を至る所に残していった男はそして今、新大陸に居た。

 そして男は絵を描いている最中に古龍の調査を命じられ、気が向かないものの龍結晶の地に足を付けていた。

 

*****

 

 古龍という存在には正直あまり男は触れて来なかった。

 格が違い過ぎる相手。それに挑むのは正に、力を追い求める者たちのみだけだった。もう少し言えば、男から見れば命知らずだった。

 見知らぬ竜が数多に居る新大陸。見た事のない植物から見た事のない竜まで、それは古龍でなくとも大量に生息していた。それを描くのに集中したくて溜まらなかった。しかし、この新大陸、人手が常に不足しているのは明らかであった。

 絵を描く事も役には立つ。描く為に物を観察するのに長けている男の絵は、知識を共有するのにうってつけなものだった。しかしそれよりも素材はすぐに空になり、脅威は至る所にあり続ける。

 竜が気まぐれに拠点の上空を飛ぶことは時々ある。そしてここにはバゼルギウスと名付けられた爆発する鱗を落としまくる迷惑極まりない竜が居て、稀に大変な騒ぎになったりする事もあった。

 空腹が加速したイビルジョーが来れば防壁など時間稼ぎにしかならず、夜にたたき起こされる事も何度かあった。

 古龍が気紛れに近辺を散歩するような事があればただそれだけでバリスタや大砲の準備に急ぎ、そしていつも何もせずにのんびり縄張りへと帰っていくのを見ればただただ疲労感に襲われる。

 また、紙の用途は、そもそも絵よりも記録すべき事柄に対して優先される。紙やインクは幾ら作ろうともすぐに学者の乱雑な字で埋まっていき、正直もっと大切に扱ってくれと言った事が何度かあった。

 ある夜に筆が乗らない絵を衝動的に破ってしまって、それ以降は言わなくなったが。

 

 調査、観察だけなら、という条件で男はそのクエストを引き受けた。

 実地に入れば、男の顔は絵描きから狩人のものへとすぐに変わる。体は入念に解され、実地に入る前に食した飯はしっかりと栄養となって全身を満たしている。

 腕に備わるスリンガーの弦に解れはなく、背に担いだ長剣は鞘も切り裂こうというほどに鋭い。ポーチの中には調査用のアイテムが多くあった。

 調査対象はクシャルダオラ。万一襲われたときの為に、閃光のスリンガー弾も多く持ってきている。

 硬質な地面、時々竜結晶、古龍が身に備えるエネルギーが存在するガラス質な結晶をパリ、パリ、と踏み砕く。

 ベースキャンプから斜面を滑り、まずは広場へと着いた。

 誰も、居ない。曇り空、風が優しく吹いていた。

 ひゅぅぅぅぅ。

 その風はここで感じる分には優しく、けれどはっきりとその主の存在を感じさせる。それは高台から吹いていた。

 高台を見上げて、男は呟く。

「気乗りしないな……」

 高台も見通しの良い場所だ。そこでクシャルダオラがそこ辺りを散歩しているというのは、ここに住むガジャフー達からの情報でも知られている。

 問題なのは、隠れながら観察する良い場所がないという事だ。クシャルダオラを観察できる場所は逆にクシャルダオラから見る事の出来る位置だとも言える。

 そもそも、この竜結晶の地には植物など身を隠せるものも多くなかった。

 隠身の装衣は持ってきていたが、その効果が続くのも僅かな時間だ。

 取り合えず、その近辺にあるベースキャンプ、クシャルダオラが追ってこれない位置から近い場所まで移動する事にした。逃げるだけなら何とでもなる。

 

 竜結晶の地でよく見かけるクシャルダオラの調査を今、また何故するのかと聞いたところ、そのクシャルダオラは前まで居た個体とは別の個体のようだから、という事だった。

 前の個体はどうなったのか、また今の個体は前の個体と比べて警戒を上げる程に強いのかそれとも弱いのか。

 それを見極めるのが今回の目的だった。

 もう一つのベースキャンプまで移動した後、そこから崖をよじ登って顔を少しだけ出す。

「……」

 古龍には積極的に関わろうとしては来なかったと言っても、見た事は勿論、防衛などに参加した事もある。

 あるとは言えどそれらは乏しい経験だったが、それでも分かる。

 あれは古龍の中でも強者だ。とびっきりの。

 その身を覆う金属の鱗は、普通のクシャルダオラよりも煌めいて見えた。体を巡る風は他の見てきたクシャルダオラと比べてそう強い訳でもなかったが、その流れに一切の淀みがないように見えた。

 自分なんかは、逆立ちしても敵わない存在だ。古龍を一人で討伐してしまう馬鹿げた狩人もこの新大陸には居たが、その狩人でも敵うかどうか。

 そのクシャルダオラが、自分の方を唐突に見た。

 体が硬直する。クシャルダオラの青い目がはっきりと自分を見て、けれど数秒見ただけで、興味無さげに視線を外した。

 強者の余裕、貫禄、といったものだった。敵としても見做されていない。

 ただ、悔しいとは思わなかった。当たり前だとは思った。そこまでの技量は、必ずしも狩人には必要はない。

 男は、けれどまた別の事を思った。

 古龍の絵を描きたいと、そう思ってしまった。

 その動機は、至って単純だった。男が持つそれは狩人としてはとても乏しいとは言え、狩人になったのだからゼロではないその欲望。強さへの欲望。

 種としての、そして個としての強さ両方を併せ持つ古龍から発せられるそのオーラとでも言うべきもの、そしてその振る舞いは、男の乏しいそれを突き動かしていた。

 傑作になる。

 そう、描く前から確信出来た。




主人公:
♂ハンター。長刀使い。
ハンターとしての技量:中の上。
絵を描くのが好きでハンターになった。

クシャルダオラ:
歴戦王個体(自分は挑んでない)


自分のモンハン歴:
MHWが初めてで、基本的にソロプレイ。というかPSPlus入ってなくて、歴戦王テオ倒せないレベル。この頃は起動もしてない。
そういう訳で、MHWの世界観でしかモンハンの小説は書けない(ジンオウガとか来てくださいな)。

後、絵は大学生の頃ゲーム制作の部活に居た時に模写をちょくちょくやってたくらい。模写自体は多少出来るけれど、ゼロから何かは全く描けない。


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クシャルダオラ 2

 崖を登り切ったからと言って、クシャルダオラが男の方を再度眺めてくる事は無かった。

 クシャルダオラが大きく欠伸をして長く息を吐いていくと、肌寒い風が男の体を舐めていった。

 しかし、そこからはお前の事は見ているぞ、そう告げられたような錯覚がした。ただの欠伸さえもが強者からの警告に思えた。

 ぞくぞくと体が震える。それは武者震いなどとうものは簡単に通り越して、単なる恐怖になっている事を男は自覚していた。

 ただ、そこに横暴さや尊大さは幾ら観察しようとも感じられなかった。基本的に古龍という種は、自らが持つ力が絶対的なものであるのを理解し、人間は勿論、竜種に対して人間が羽虫を見るような如くに視線を投げかけてくる。

 種としての力量差はまた、そう見られるのが正しかった。

 しかし。

 鋭く鍛えた、時に身の丈程もある牙を身に備え、討ち取ってきた竜の頑強な鱗を身に纏い、そして最大の武器である知恵と経験を以てその古龍という存在を打ち破る事もあるのが狩人だった。

 竜では決して為し得ないジャイアントキリングを果たす事もある存在。それが狩人であるという事を、目の前で佇む古龍は知っているように思えた。

 ごろごろ、と雷が鳴る音が聞こえた。その内雨が降るだろう。古龍の中でクシャルダオラは比較的生態が知られているとは言え、その強大な風を起こす力の源、その原理まではまだまだ理解されていない。この雨がクシャルダオラが起こすものなのか、そうでないのか、男には見当がつかなかった。また、それを為し得る力がこの古龍にはあるのではないかと疑うほどだった。

 天候さえもを操ると言ったら、それは流石にクシャルダオラの力を遥かに超すものだとしても。

 

 じっ、と男はクシャルダオラを暫しの間観察した。ただ座っているだけとは言え、そこには古龍らしからぬ穏やかさがあった。

 虫から動物、人間から竜種まで数多の生物を観察してきた。その生物がどのような感情を持っているのか、どのような性格であるのか、振る舞いを見れば多少なりとも分かると自負している。

 しかし、そこにはやはり尊大さは見当たらない。古龍であれば当然あるはずのものなのだが。

 意外さに、何度か瞬きをしたり、少しだけ角度を変えて見てみたりしたが、やはり相変わらず穏やかなままだった。自分が観察している事も意に介していない程に大らかで。

 だからこそ、なのだろうか? このクシャルダオラが他の個体より強いのは。

 そんな事も思うが、そう推測するには男は、古龍と向き合った経験は乏し過ぎた。尊大だから普通なのか、穏やかだからより強いのか、そう決めつける程浅はかな人間でもなかった。

 考えても自分には分からない。

 立ったまま男は、手帳とペンを取り出してその鋼の肉体をさらりと書き始めた。

 さっくりと、自分というフィルターを出来るだけ介さないように。体は多分、平均よりやや大きめ。その金属質な肉体はそう錆びついてはおらず、脱皮からそう時間は経っていない様子。翼や尻尾、角などに目立った外傷は……ここから見られる限り、左半分にはなし。

 濁りのない海のような色の目。

 さらりとスケッチする間も、出来る限りクシャルダオラからは目を離さなかった、いや、離せなかった。襲い掛かってくるような気配は微塵も感じられないとはいえ、男はクシャルダオラが視認している状態で目を離せるほど度胸のある狩人でもなかった。

 ラフな、けれど要点は抑えてあるスケッチが済むと、これでもう調査は終わりにしても良いという気持ちと、もっと描きたいという気持ちがせめぎ合う。

 理性がさっさと退散すべきだと告げても、男の欲求は僅かながら描く方へ傾き始めていた。

 クシャルダオラが竜巻を作り出し、人が空高くに持ち上げられる様を思い出した。叫び声を上げながら空高くへと消えていったその狩人は、数カ月後に離れた場所で木に突き刺さったまま骸骨になっているところを発見された。

 テオ・テスカトルがスーパーノヴァを引き起こした時を思い出した。逃げ遅れた狩人は、黒一色となってその場でぼろぼろと崩れた。

 ただ、古龍が狩人を屠る時、その目や態度は、常に嘲笑などと言ったものに満ち溢れていた。

 強者であることに驕り昂った目。殺意や敵意ではなく、単純に遊びとして人里を荒らしに来たような。

 偶に狩人が怒らせてしまった事もあるが、基本的にその時も黒い殺意や怒りの感情に満ち溢れていた。竜と狩人が時に互いに抱くような対等な、ある意味健全な殺意は全く感じなかった。

 思い出すだけで体に冷や汗が流れていた。

 ただ、そこからもう一度眼前に居るクシャルダオラを見て、やはり古龍とは思えない程の穏やかさを意外に思う。

 何度見直しても変わらない、平和な静けさがそこにあった。植物がたださわさわと揺れているような静けさ。

 そして、それを認識する度に描きたい欲望がより増していった。

 それに抗えるほど、理性だけで生きている人間でもなかった。

 手帳のページがぺら、とめくられる。

 ペンが先ほどよりも速く走り出した。

 

 その雄大な姿を収めるには手帳という小さなスペースでは狭すぎた。だから、男はまず頭だけを細かに描く事にした。

 怒りも、傲慢も無いその穏やかさは、最も目から感じられていた。

 透き通った海のような目。そこから海を想起すれば、普通のクシャルダオラなら暴風に見舞われ、ありとあらゆるものが吹き飛んでいくような嵐の海が思い浮かぶだろう。ただ、このクシャルダオラからは昼過ぎの暖かな日差しがただあるだけの、穏やかな、平和な海しか思い浮かばなかった。

 そのような穏やかさを正鵠に描き記したかった。溢れ出るような強さと共に。

 そして描き始めて、次第に熱中してしまえばそのクシャルダオラから目を離す時間も僅かながら増えていった。

 全身が鋼そのものに覆われるクシャルダオラの色は、ほぼその鋼一色だ。しかし、唯一その鋼で覆われていない頭の鼻から目元にかけてやや赤みを帯びている。それは古龍であれど、血の通った生き物であるという事は狩人や竜と変わらないという証明に男には見えた。

 鋼の色と一体化しており、他の古龍や竜に比べればそう象徴とまでは目立たない角は、けれどクシャルダオラにとって風を操る上で最も重要な器官だと言われている。破壊出来れば、このクシャルダオラの生み出す淀みない風も乱れるのだろうが、この新大陸でそれが出来るのは少なくとも人間には居ないと思えた。

 並みの古龍……古龍を並みと形容するのもおかしいが、このクシャルダオラを目にすれば今まで少ない経験ながらも見てきた古龍は並みの古龍と言わざるを得ない。その並みの古龍でも、その角に触れる事が出来るのは強いて言えば、この新大陸で発見された古龍を食らうという古龍、ネルギガンテ位だろう。

 口元から顎、喉にかけては分厚い筋肉がある事がその鋼越しにも分かる。並みの生物では致命的な威力を誇る風のブレスを吐く為に必要不可欠な強靭さを備えている。

 そして、その強さと対比すれば驚くほどに穏やかさを感じさせる青い目。その目がなければ、自分は描こうとは思えなかっただろう。その目が蹂躙に愉悦を覚えるような、そうでなくとも高圧的ならばここに留まって姿を描こうとは到底出来なかっただろう。

 描き記していくに連れて、しかし男は詳細に記されていくクシャルダオラの頭を目の前のクシャルダオラと比べて、破り捨てたくなる衝動に駆られていった。

 描き切れていない。描いたものは全くの別物と言って良いほどだった。

 その振る舞いから、ただ佇んでいるだけで滲み出ている絶対的強者として描けていない。

 これではただのクシャルダオラだ。並みの。

 男は深呼吸をした。目を閉じる事までは流石に出来なかったが、落ち着け、と自分に言い聞かせた。時間はあるんだ、描き直せばいい、気が済むまで。それが出来る。

 そう思い直して次のページに行こうとした時、不意にクシャルダオラが立ち上がった。男は即座に手帳とペンを仕舞い、身構えた。体がぱき、と僅かに音を立てて、思っている以上に長い時間身動きをしていなかった事を知った。

 クシャルダオラも身構えていた。男の方ではなく、男が高台を見上げていた時の、その下の広場を。

 男には背中を見せていた。距離があるとは言え、完全に相手にされていない事に安堵と、それからほんの僅かながらに悔しさを覚える。

 そしてすぐに、クシャルダオラとは別の強靭な翼の音が聞こえてきた。

 サァァ、と足元の砂がさらさらと風を起こし始めていた。



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クシャルダオラ 3

 高台の上空へと飛び出した黒い塊。一瞬にして姿が露になった。

「ゴオオオオッ!」

 肺の空気を全て吐き出したのではないかと思う程の咆哮は、遠く離れた男の体もびりびりと震わせた。そして男がその姿を見るのも束の間、棘で全身が覆われた古龍、ネルギガンテはクシャルダオラへと襲い掛かった。

 クシャルダオラはその鋼で覆われた巨体とは裏腹に運動能力は高い。細めのその尻尾も、人間の体に叩きつけられれば内臓を破裂させたり、首を飛ばしたりなども容易い。

 全身そのものを叩きつけたネルギガンテの攻撃を後ろへ軽く跳んで避けると、風のブレスを見舞った。

 ネルギガンテはそれを姿勢を低く、四肢で地面を掴むだけで耐えきり、またクシャルダオラに飛び掛かった。

 

 男がネルギガンテを見るのは、これが初めてだった。

 新大陸で初めて存在が知られ、積極的に古龍を食らうという性質から古龍と定められた。

 初めてそのネルギガンテを討伐した狩人からその特徴だけを簡素に記したような絵を見せて貰ったり、特徴を直接聞いていたが、絵などなくともそれがネルギガンテだとはすぐに分かった。

 ブレスは吐かない。風や炎、雷を操る事から姿を消したり翼も無いのに空に浮かんだりと、そう言った摩訶不思議な能力は一切持ち合わせていない。

 あるのは古龍の中でも類まれな破壊力を持つ肉体と、傷をつけても瞬時に再生するほどの回復能力。

 その特徴を正に体現している古龍だった。

 全身を叩きつけた竜結晶の地の硬質な地面は簡単に砕かれ、前足や尾を叩きつければ地響きが鳴り響いてくるようだ。

 頭から生えるディアブロスよりも太い角が頭突きで硬質な地面に突き刺されば、その地面を岩盤ごと抉り返して頭を持ち上げる。クシャルダオラが竜結晶の鋭い破片を風と共に多量に舞わせてネルギガンテへと突き刺していくが、その程度の攻撃など意に介す事など全くない。古龍の中でも強者であろうクシャルダオラは、その重い一撃一撃は軽やかに避けて全くの無傷だったが、また接近戦も避けていた。

 力量としては、クシャルダオラの方が上だ。それは断言出来る。ネルギガンテがド派手な動きをしていようとも、感じる迫力はクシャルダオラの方が上だった。

 しかし、そうだとしてもネルギガンテに肉体のみで戦う事は危険なのだろう。

 そして気付けば、ネルギガンテの全身から生える棘の全てがさっきよりも長くなっている事に気付いた。体が温まっている、とでも言うのだろうか? 体をぶつける毎にその棘は簡単に折れて散らばっていくが、遠目から見ても簡単に分かる程に早く生え変わっている。

 時々その棘を自分の肉体の勢いでクシャルダオラに飛ばす事もあるが、それは暴風の前には全くの無意味だった。

 ただ、そのクシャルダオラも積極的に攻勢には出なかった。風のブレスや竜巻を発生させてはいるが、その牙や四肢で直接攻撃しにはいかない。

 そこには慎重さがあった。

 自分の力に己惚れていない。ネルギガンテという相手の危険性を理解して、一瞬の隙も見せていない。

 そのネルギガンテと言えば、攻撃が一つも掠らない事に対して、けれど苛立ちを表には見せていなかった。強敵であると分かっていて、そして挑んでいる。派手な攻撃は全てが外れようとも一切休まる事はなく、疲れを見せる事も無かった。

 

 時間が経つに連れて、ネルギガンテの肉体が今度は黒く染まり始めたのに男は気付いた。

 いや、肉体そのものが黒くなっているのではない、全身の棘が黒く染まり、まるで金属のように光沢を持ち始めていた。

 そして体から剥がれる事も無くなり、全身が常に黒い棘で覆われる。

 ネルギガンテを初めて討伐したその狩人から聞いた事を思い出す。

「全身の棘が黒く染まって、嫌な予感はしていた。咆哮から空に飛んで、俺に全身を捩じりながら突っ込んできた。

 ……直撃を避けられただけでも奇跡だった。けれど、ほら」

 その狩人が腹を見せて、傷跡を見せた。何かに貫かれたような傷跡が幾つか残っていた。

「黒く、硬質化した棘が全て飛んで来たんだ。急所には刺さらなかったが、それも運が良かっただけだった」

 そこまで思い出し終えた直後、当のネルギガンテは死を宣告するかのように後ろ足で立ち上がって吼え、飛び上がった。

 体を捩じり、巨大な翼を広げ、前足を思いきり叩きつけられるように構えて。膨大な質量、全身から生える硬質な棘。突進に耐えられるだけの頑強な肉体。直撃したら、狩人の体など文字通りバラバラになってしまうだろう。

 ただ、その姿勢はクシャルダオラにとって格好の的だった。

 そのネルギガンテは一瞬にして強烈な竜巻に包み込まれた。ネルギガンテがどうにかして脱出しようと足掻き始めるも遅く、クシャルダオラはその間にゆっくりと地面に足を付けた。

 そして今度は、クシャルダオラが咆哮をする番だった。ネルギガンテという巨大な古龍すらも翻弄する竜巻は、脱出はおろか、着地させる事すらも許さない。

「ギャアアアッ!!」

 ネルギガンテが咆哮した時のように後ろ足で立ち上がり、そして着地と共に放たれる最大のブレス。

 ごうっ!

 バキバキバキバキと龍結晶が弾け飛び、まるで地震のような揺れが確固として男にまで届く。距離があろうとも思わず足を踏ん張ってしまう程の風圧がまた届いてくる。

 そしてネルギガンテはその自力では脱出が敵わなかった竜巻の中から一気に弾き飛ばされ、まるでボールが弾むかのように全身を打ち付けながら、弾みながら転がっていく。

 そして高台から落ち、姿が消える。続いてずん、とその巨体が地面に激突した音が聞こえて来たのを最後にクシャルダオラは竜巻を収めた。

 高台の下を確認する事もなく、止めを刺しに行く事もなく。

 座って落ち着くと、一度だけ男の方を見てきた。

 まだ居たのかと言うかのように瞬きを何度かすると、顔を前に戻して欠伸をした。

「……帰ろう」

 見ているだけでも酷く疲れていた。

 古龍同士の争いなど初めて見たが、呼吸をする事すら忘れていた。結果としてはクシャルダオラの圧勝だったが、戦闘のスケールが今まで見てきた縄張り争いなどとは全くの別物だった。

 一撃一撃が全てか弱い人間の肉体では致死級だった。

 ネルギガンテはスタミナという言葉を知らないかのように、常に全力で攻め続けた。クシャルダオラはそのネルギガンテに対し、一瞬の隙を逃すことなく何もさせない程の竜巻を作り出し、そこに強烈な攻撃を叩きこんだ。

 しかもクシャルダオラは本気ではなかった。

 男にはどうも、あのクシャルダオラに狩人が勝てるとは思えなかった。勝てる狩人がきっとどこかには居るのだろうとも思いながらも。

 

 迂回して歩いていき、高台の下へと辿り着く。丁度、足を引きずりながら縄張りへと戻っていくネルギガンテが見えた。

 ……死んでいなかったのか。

 落ちた場所にはきっと口から吐いたであろう血が少々、それから棘がばらばらと落ちていて、数本持ち帰る事にした。

 黒い棘を二本持って叩き合わせてみると、カァン、と金属を打ち合わせるような音がした。

 先端に指をなぞらせると、血が滲む程に鋭かった。

 

*****

 

 アステラに戻り、スケッチを渡してから、見てきた事をそのまま報告する。

 ネルギガンテを意に介さない程に強い事。しかし、性質は古龍らしからぬほどの温厚である事。

 学者達が間近で古龍を観察するチャンスか? と期待する声を上げていたりもしたが、流石にそれは危ないと忠告する。

「……温厚ってどの位だったんじゃ」

 男は少し悩んでから言った。

「襲い掛かって来たネルギガンテを身動きの出来ない程の竜巻で包み込んで、全力のブレスをぶちこむ位には」

 そう言うと黙った。

 それからスケッチをじーっと見て、もう一度男の方に顔を戻す。

「けれど、絵からも伝わってくるな。なんか、迫力とか、そういうものがな」

「古龍を描いた事自体余り無いんですけどね……」

 頭を掻きながら言うと、いや、と言われた。

「あんたの描く絵はいつも忠実じゃ。今回もそうならば、これは紛れもなく強い個体じゃ。断言して良い」

「……ありがとうございます」

「あ、そうそう、報酬を忘れていたな」

 古龍とは言え、観察してくるだけの任務だと、そこまでの金額ではなかった。

「……」

 まあ、良い経験が出来たと取っておこう。




モンハンは真面目に二次創作をしようとしたらにとても難しい原作だと思ってる。
理由は単純で、常識的に考えて人間があんなデカいモンスターに勝てる訳無いでしょ! っていうね。
ゲームで一撃貰う=現実に考えたら死
そこを小説でゲームのシステムそのまんま流用してやろうとすると一気におかしくなるぞ。
ネルギガンテの破棘滅尽旋・天をまともに食らった! キャンプ送り! 復活!
なぁにそれ。
その問題を解決する為に話を見てみると色々と策はあるけれど、今回、自分はそもそも狩人とモンスターの戦闘シーンを余り書かない事で回避してる。



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クシャルダオラ 4

狩人の最大の武器は鍛えた武器ではなく、多種多様なモンスターと戦ってきた経験だっていう文章を見た事が何度かあるけど、経験をどこで積み重ねるんだっていう事を良く思う。
敗北=死の世界で、更に模擬練習とかも出来ないのにリオレウスやらといきなり対峙して勝てるかねって。
あ、いや、パーティプレイ抜け落ちてた。初心者は最初ベテランにくっついてりゃ良いんだ。MHWだってそうだったじゃないか(ベテランの方がくっついてるだけだったけど)。そこからゆっくりとでも実戦慣れしていけばいいんだな。
一番最初の狩人は知らんが。


 帰宅し、冷め切らない興奮のままにクシャルダオラの姿を描き続け、辺りが暗くなってきたのに気付いて筆を置いた。

 自分の三脚の隣には今、何も無い。新大陸にやって来た丁度の時は、そこには男が連れているオトモ、アイルー用に作られた三脚があった。

 そのオトモは陸珊瑚の台地を訪れるなり「……惚れたニャ」と言って以来、アステラに帰ってくる事は稀になっていた。あっちでも猫の手を借りたいというほどに人手不足なのは同じなようで、時々顔を合わせると忙しい事に不満気な愚痴を、けれどそう心からは思っていない様子で喋る。もうエリアの隅々まで記憶してしまうほどに歩き回った後でも、ふとした事で新しい発見があるのだとか。最近だといつもレイギエナに対しては遊ばれてばかりのパオウルムーが、そのレイギエナに一泡吹かせたところを見たとか言っていた。その後いつもよりこっぴどくやられるのも。

 

 絵は丁度キリのいい場所だった。下地はある程度出来、もう鮮度のある記憶はそう必要なかった。

 背を伸ばし、日が暮れないうちに食事をする。

 肉を食い千切り、蒸された穀物を頬張り、少しの酒を口に入れる頃には、疲労がどっと湧いてきていた。

 モンスターと戦った時以上だった。

 どうやら、自分が思っていた以上に緊張していたらしい。鋼の鎧を身に纏い、風を思うがままに操るクシャルダオラ。古龍を積極的に捕食する性質を持ち、破壊の限りを尽くす事から滅尽龍とも呼ばれるネルギガンテ。

 古龍と人間では生物としての格が違うのだ。だからだろうか、複数人ならまだしも、たった一人であれらと渡り合える狩人というものが、特に今日に至っては想像すらも出来なかった。

 どうやって近付くと言うのだろう。何をしたらあの強靭な肉体から血を吹かせられるのだろう。全ての動作が確殺になり得るという中、一方的に攻撃を与え続け、倒してしまうなんて、現実に有り得るのだろうか?

 実際にある、と言われても、その狩人を目の前にしたとしても、きっと実際に見せられるまでは信じられないだろう。

 

 体を洗う前にインナーを脱ぐと、塩の結晶がぽろぽろと剥がれ落ちて、それほどに汗を掻いていた、緊張していたのだと分かる。

 絵への意欲は早々ない程に湧き上がっていたが、けれど男は狩人であり、狩人として果たすべき責任があった。

 危機が迫れば幾ら疲れていようともそれに立ち向かわなければいけない。資源が不足すれば、時に竜の巣に忍び込んでまでそれを調達しに行かなければいけない。それが最優先だった。

 そんな時ほど、狩人を辞めたいなあと良く思う。そしてまた、狩人でなければそんな命のやり取りを見る事など出来なかったのだとも思う。

 また、新大陸では編纂者という、モンスターだけではなく新大陸全ての事柄を記録する為の狩人の相棒の仕組みがあった。

 ただ、男が新大陸に来たとき、狩人から編纂者になろうとは思わなかった。絵が得意でも、全てが生きた証を描きたいが為に狩人になったとしても。

 編纂者では自分の欲望は満たせなかった。武器も持たず、自衛の手段も大して持たずに狩人にくっついて物事を記録するだけでは、この新大陸のより深くまで足を運べない。命の営みに顔を突っ込めない。

 それがすぐに分かった。

 そして男には編纂者という相棒も居なかった。男が狩人になった目的そのものが、編纂者としての役割を担っていた。

 体を洗い終えて自室に戻ると、リセットされた鼻に絵の具の匂いがツンと流れてくる。しかしもう体に慣れ親しんでもいるその匂いはすぐに気にならなくなる。

 絵筆を一回手に取るものの、体の疲労は重めにある事を感じてすぐに置き、ベッドに倒れた。

「あー……」

 今日の出来事を、自分はきっと忘れる事など無いだろう。

 体感した格の違い。巨大な力同士のぶつかり合い。古龍の身に宿る莫大なエネルギー。その一つ一つが体に直接刻まれたかのように鮮明に思い出せた。

 ……また、あのクシャルダオラを見に行けるだろうか?

 あの姿をまた拝めるだろうか。その姿に思いを馳せている内に、気付いたら朝だった。

 

*****

 

 起きても体には疲労がまだ纏わりついていた。

 それでもストレッチを入念にし、愛刀と防具の手入れをし、外に出て飯をしっかりと食べる。食べていると、鍛冶師の一人から声を掛けられた。

「鉱石が足りないんですけど、お願いできますか?」

「いいけど、何を?」

「鉄鉱石とか、マカライト鉱石とか、そういうどこでも手に入るのが軒並み少なくなってきちゃっていて。

 どこでも手に入る素材だから取り合えず色んな人に頼んでいるんですけど、それでもまだまだ十分には集まらなくて。取り合えず、とにかく沢山欲しいんです」

「分かった。引き受けよう」

 疲れているのには変わりないし、調査とかの神経を使うクエストより採集の方が気分だった。そう思いながら報酬金を聞くと、やはり低めだった。

 疲れているから引き受けるけど。足りないならちょっと色を付けても良いんじゃないか?

 その言葉は心の中にしまっておいた。

 

 食べたものがしっかりとエネルギーとなって体を満たし始めた頃に男は古代樹の森に足を運んだ。ポーチには気持ち程度の回復薬や解毒薬やら。

 ところどころにある鉱脈にツルハシを打ち付け、カァン、カァン、と音を響かせる。荷が重くなってくれば一旦ベースキャンプに取った鉱石を置いて行き、また、カァン、カァンと音を響かせる。

 バコッ。

「あっ」

 時々、ライトクリスタルなどの希少な鉱石が見つかるが、残念ながら今回の目当てではない。

「欲しい素材に限って欲しい時に中々手に入らないんだよなあ」

 ポーチにしまいながら、そう呟いた。寄ってきたジャグラスやらを軽くあしらい、場所を変える。

 途中、どすどすと気配を隠そうともしない強い足音が聞こえてきて、身を潜めた。歩いてきたのは案の定というか、アンジャナフ。イビルジョーでなくて良かったと思いながらやり過ごす。

 凶暴なのには変わりはないにせよ、常に腹を空かせてどこからともなくうろついて何でもかんでも動くものを口に入れて回るイビルジョーより、時々夕日を見ながらぼーっとしている姿を見せるアンジャナフの方がよっぽど可愛げがあった。凶暴なのに変わりはないにせよ。

 足音が完全に聞こえなくなってから身を出すと、同時に身を出してきたトビカガチと目が合った。

「お、泣き虫」

 古代樹のトビカガチやドスジャグラス、大蟻塚のボルボロス、陸珊瑚のパオウルムー。やられてばっかりのモンスターは何だかんだで見てると多少可愛そうになってくる。ハンターを見止めてもトビカガチは威嚇すらしてこないでさっとどこかへと走り去っていった。

 ドスジャグラスとも違って子分も居らず、古代樹の巨大などのモンスターにも敵わず肩身を狭そうにしているのはいつ見ても同じだった。

 

 それからも淡々と歩き回って、目に付くところの鉱脈は大体掘り尽くす頃になっても指定された量の鉱石は集まりきらなかった。

 やっぱり割の良い依頼じゃないな……。そう思いながらも、足りない鉱石を集めようと、まだ訪れていないエリアへと行こうと思ったとき、遠く高くから羽音が聞こえた。

 古代樹の頂上付近から飛び立つリオレウスとリオレイア。……最近、子作りでピリピリしているから第二層より上には余り行くなと言われていたが。

 物惜しげに何度もその縄張りを見つめ返すリオレウスとリオレイアの口と足先には卵が丁寧に咥えられていた。

 ――今までなら、それを嫌な予感として捉えていただろう。

 子育てをしていたリオ夫婦がその場を明け渡すなど、それを上回る脅威が来た以外にない。そして、イビルジョーの痕跡も今まで見つけなかった事から、それは古龍しかあり得ない。

 鉱石を全てベースキャンプに置き、念の為にアイテムを揃える。

 そして、古代樹の森を好んで訪れる古龍は現状確認されている限りだとクシャルダオラ、ただ一種だった。

 ――今、男が感じているのは嫌な予感よりも、再びあのクシャルダオラを観察出来るという喜びだった。

 暗い色をした雲が古代樹の背後から、ゆっくりとやって来ていた。

 



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クシャルダオラ 5

今日は代休だったので書いた。9~10月の激務の代休も全て無くなった。


 幸いにも男が今身に着けている装備は昨日と同じ、風圧耐性が多少なりとも付いている装備だった。

 まともに食らわなければ数撃は耐えられる防御力の防具。討伐が目的ではなく調査が目的だったその防具には攻撃の為の珠――狩人の特定の力を強化できるもの――は余り付いておらず、防御や回避の為の珠が多く付いていた。

 ベースキャンプでポーチの中身もしっかりと充実させ、スリンガーに閃光弾をセットする。あのクシャルダオラだろうとは思いながらも、装備は入念に整えた。いざとなれば、逃げられるように。

 まともに戦おうとは微塵たりとも思っていなかった。

 黒い雲がじわじわと古代樹に迫ってくる前に、肉をくるくると回しながら焼いて食べた。

 今だ、と思って一口齧ると、中が生焼けだったのでもう少し焼いた。

 今度は焼き過ぎて焦げた。

「……」

 溜息を吐いて、念の為に太刀の調子を再度確認してから立ち上がる。

 ストレッチを軽くやり直してベースキャンプから出た。

 

 どす、どす、とアンジャナフが逃げていく足音が聞こえ、陰が自分を覆ったかと思えばプケプケが空を飛んで逃げていくのが見える。

 アステラの皆はこの古代樹を包む雰囲気に気付いているだろうか? リオ夫婦が逃げ去っていった事を誰も発見していなかったら、多分雨が来るな、位にしか思っていないだろう。かと言って今さら戻って伝えるのも時間が掛かる。

 ただ、クシャルダオラが来るだろうと伝えるより、そのクシャルダオラがどのような個体なのか、多分、昨日見たあの個体だから大丈夫だろうとは思いながらも、はっきり確認しておく方が重要だった。

 救難信号の用意もしてある。

 男は古代樹の上層へと足を運んだ。クシャルダオラがこの古代樹の森で好んで訪れる場所は、海に面した広場、それから古代樹の頂上付近、いつもならリオ夫婦の縄張りである高台、その二つだった。

 海に面した広場に来るのならば流石にアステラの皆も気付くだろう。ならば、自分が行くべき場所は高台の方だった。

 モンスター達がここで命の営みを行うに連れて出来た道や地面を踏みしめ、上層へと登っていく。途中樹の幹に張り付いていた光蟲を取り、ポーチに突っ込んだ。

 中層へと辿り着き、上層へと更に足を伸ばす。ぽつ、ぽつと雨の音がし始めていた。

 クシャルダオラが雨を呼んでいるのか、雨と共にクシャルダオラがやって来るのか、それは定かではないが、クシャルダオラがやってくる時は悪天候の時が多かった。

 たたたた、と駆ける音がしたかと思えば、クルルヤックがリオ夫婦のものと思われる卵を抱えて男には目もくれずに走り去っていったのが見えた。

「……長生き出来ないな、あいつ」

 さぞ旨いのだろうが。

 

*****

 

 クシャルダオラが来るよりも先に、高台へと着いた。

 卵は幾つか残されており、触れてみると温もりがまだあった。

 リオ夫婦が戻って来る気配は無く、飛び去るときに何度も高台を振り返るその姿を思い出す。

 少しだけ、寂しい感覚が体をなぞった。しかし、感傷に浸る前に雨足が強くなってきたのに気付き、急いで物陰に身を隠した。

 そこからそんなに時間が経たない内に、自然に吹く風とは違う強い風の音が耳に入って来た。

 その風を起こす主がクシャルダオラだからと分かっているからか、強い圧を感じる。体は相変わらず緊張しているが、昨日のように滅入る気分ではなかった。

 あのクシャルダオラが温厚だからだと分かっていたから、そしてまた、男が居る位置は高台の西、草木を掻き分けた先にテトルーが作ったらしき蔦の道が縦横無尽に続く場所だった。

 そこに居れば、草木の先から高台の先に居る生き物の様子も安全に見る事が出来たし、気付かれる心配も無かった。気付かれたとしても、大型のモンスターが追って来れない場所だ、逃げるのも容易い。

 

 一際大きな影が一瞬過ぎ去り、男が上空を見上げた。クシャルダオラが鋼の翼を大きく広げて滑空してきていた。

 高台の前で旋回し、派手に音を立てながら着地する。

 ザザァッ、と泥をまき散らしながら滑り、止まってからゆっくりと高台の方を向き直した。

 ……男は唖然としていた。

 そのクシャルダオラは、昨日龍結晶の地で見たクシャルダオラとは別の個体だった。

 強いていうならば、普通のクシャルダオラだった。体を覆う鋼の煌めきも、特別感じたような威圧感も、古龍らしからぬ温厚さもそこには無かった。

 古龍に"普通の"と言う言葉を付ける事自体おかしいと思ったが、それはあのクシャルダオラを見た後ではあって然るべき言葉だった。

 クシャルダオラは一度そこで座り、息を吐いてから、枯れ枝で作られた柔らかな囲いの上に卵が残っているのに気付いた。

 立ち上がるとその前へ歩いて行き、前足を持ち上げ、振り下ろした。

 ぐしゃ、と音がした。ぐりぐりと囲いそのものも壊し、卵の殻も粉々に砕いて行く。

 ……気が立っている。

 こいつをアステラに近付けるのは危険過ぎる。

 止めなければ、俺が。

 ……いや、何を思っているんだ、俺は? あのクシャルダオラに会って危機感が麻痺している。古龍を討伐する任務になぞ、複数人でも一度も就いた事が無いだろうが。それなのにいきなりクシャルダオラに俺一人で、オトモも居ない状況で挑むと? 馬鹿げてる、無駄死にするだけだ。

 気付けば握りしめていた両手を開くと、手汗がてかてかとしていた。拭って、一度深呼吸をした。

 クシャルダオラはずん、ずん、と飽き足りないように前足をそれから何度か叩きつけると、汚いものを拭うように地面に前足を別の場所で擦り付け、また前を向き直して座り直した。

 ただ、項垂れるように頭を下げたり、尻尾で地面を叩いたりとどこか落ち着きがない。

 そんな様子を見ている内に一つの仮説が浮かび上がった。

 ……あのクシャルダオラ、龍結晶の地に前居た個体なのでは?

 強い同種に追い出されて、ここに来ているのでは?

 考えてみれば妥当性があった。龍結晶の地は、古龍にとってエネルギーの満ち溢れた居心地の良い空間だと言う。ネルギガンテという厄介な敵が居ようとも、狩人が良く訪れようとも、そこを縄張りにする古龍は後を絶たない。

 そこを追い出されれば、あれ位気が立っていても納得がいった。

 確証は全く無いが、十分に有り得る。

 ただ、そんな事が分かろうとも今の危機感を打開するには何の役にも立たなかった。

 

 暫くするとクシャルダオラは不意に立ち上がり、アステラの方を見た。

 じっと、見定めるように。

「やめろよやめろよ……」

 小声で男はそう何度も呟いた。ばくばくと心臓が鳴り響いていた。

 アステラの皆はここにクシャルダオラが来ている事に気付いていないのか? 誰も今日は俺以外古代樹の森を訪れていないのか?

 やめてくれよそんな事。

 ただ、そんな願いは叶わなかった。クシャルダオラの目は嗜虐的に笑っているように見えた。鬱憤を晴らす為のおもちゃを見つけたような。

 立ち上がり、折り畳んでいた翼を広げると軽く走って飛び上がる。後ろを見ても、どこを見ても、それを止めようとする狩人はどこにも居ない。自分を除いて。

「ああくそ」

 ここで俺が出なければアステラは酷い目に遭う。

 狩人としての役目が古龍と面と戦った事の無い男を奮い立たせた。

 高台から離陸したと同時に男は高台に躍り出て、叫んだ。

「おい!」

 クシャルダオラが振り向いた、それと同時に左腕をクシャルダオラに真直ぐに向けた。

 ぽんっ、と気合の無い音と共に飛んだ閃光弾――絶命するときに強い光を放つ虫を詰め、飛びやすくした弾――はクシャルダオラの顔面にぶつかり、文字通りの閃光を放った。

「ギャウウ!?」

 クシャルダオラが落ちていく、それに続いて男は高台から飛び降りた。

 スリンガーでまた、木の太い枝を掴み、勢いをある程度殺しつつその枝を軸に一回転、再び宙に体が飛び上がると共に、平衡感覚をも失い足掻いているクシャルダオラの位置をしっかりと確認。頂点に達したと同時に太刀を抜き、落下しながらその脳天に目掛けて太刀を振り下ろした。

 しかし、クシャルダオラは寸前で殺気を感じたのか頭をずらし、結果、太刀は地面を深く裂いただけに留まった。

「くそ……大変な事になっちまったなあ!?」

 男は救難信号を宙へと撃ちあげながら、立ち上がったクシャルダオラに向けて刃を向けた。




龍結晶の地に居るクシャルダオラが歴戦個体だって1で言ったけど、正しくは歴戦王個体の設定でした。1のあとがきも直した。
後、歴戦テオは倒したことあるけど、歴戦王テオが倒せなかった。ギリギリまで追い詰めたまでは行けたけど。

古代樹の高台にあるダム、あれ、壊される度にリオ夫婦が作り直してるのかな。ビーバーみたいに。というかなんであんなところにダムがあるんだ、雨水だけじゃなくて木が吸い上げた水でも漏れ出してるんかね。



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クシャルダオラ 6

日間51位になっておりました。ありがとうございます。
クシャルダオラ編は取り合えず終わるまではそこそこ早く投稿する予定なのでお付き合いして頂けたら幸いです。


 為すべき事は、倒す事じゃない。数分間、救援が来るまで耐える事だ。

 数分間、三分、五分? それとも十分? 悪い事は考えない事にした。スリンガーに弾を装填し直し、口に手を当てながら、未だに視界の開けず体を暴れさせているクシャルダオラに向かって毒けむり玉を投げつける。

「ゲフッ、ゴブッ」

 僅かながら動きが鈍る。そして太刀をその頭に向けて叩きつけようとして、けれど無作為に暴れるその巨体に掠めただけに留まった。

 位置を掴んだクシャルダオラが前足を叩きつけるのに合わせて体を引き、太刀も腰だめに引く。ズンッ、と泥が飛び散る、同時にその鋼に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。

 ガィンッ!

 弾かれた訳じゃない、けれどその鋼の甲殻は人の身では何度も切り裂き続けなければ破れないものだ。

 クシャルダオラが後ろに飛び退き、目をしっかりと開けた。閃光の効果は切れ、残るは毒けむりで僅かに身に纏っている風が乱れているだけだった。

「ギャルルルルッ!!」

 咆哮と共に得意の風ブレスが飛んできた。横に転がって避け、その間に距離を詰めたクシャルダオラが口を大きく開けて思いきり噛みつきに来る。今度は前に転がってその首の下へと避けた。

 隙だらけの胴を走りざまに太刀で薙ぐが、ガリリッと表面を僅かに削るだけで傷にもなっていない。

 距離を取ってクシャルダオラと向き直し、ひと呼吸。

 くそ、まだ一分も経っていないよな? 閃光玉当てた後はもう、救難信号出すだけで良かったか?

 ふた呼吸、意識を集中し直す。集中が大切なのはどの武器でも共通するが、太刀はより一層、それが重要な武器だった。集中すればするほど、太刀筋は鋭さを増す。達人が扱う太刀の、ブレの一切無い一閃はモンスターの甲殻を紙のように切り裂くとも聞いていた。

 男はそれほどの実力者では全く無かったが、そうなれるようには努力をし続けている。

 ぐ、と太刀を握り直す。クシャルダオラが目の前の小物を早く片付けようと身に強く風を纏い始める。

 クシャルダオラが軽く後ろに身を引いた。風のブレス、横に転がり、しかし続けざまに放たれた二度目のブレスが直撃した。

 連続して放たれたそのブレスの威力は控えめだったが、男は巨大なハンマーに叩かれたように転がり、けれど受け身を取って前を向き直す。走って来たクシャルダオラ、完全には避けられなかった。前足で蹴り飛ばされてまた転がった。

「がはっ、ごぼおっ」

 それでも受け身を取り直すが、全身が痛む。顔面が泥に塗れている。胃液が吐き出された、口の中が酸っぱい、もしかすると血も吐いているだろう。クシャルダオラは咆哮し、動けない男に向かって極大のブレスを吐こうとしている。

 ……辛いな。

 そう思いながら太刀を仕舞い、顔の土を拭う。ブレスが男を襲う直前にスリンガーで手近な枝を掴んだ。同時に体が引っ張られ、直後にブレスがそこを通り過ぎていった。

 ごうっ!!

 ばきばきと背後の大木が何本もへし折られていく。クシャルダオラが避けた男を目で追い、宙づりのまま噛み砕きに強く跳んでくる。

 ポーチをまさぐりながら男は地面に落ちた。クシャルダオラは枝だけを噛み砕き、その間に男は取り出した秘薬を口に入れて噛み砕いた。

 飲み込み、圧し潰そうとしてくるクシャルダオラから逃げる。体がどくんと音を立て、慣れてしまった激しい不快感と痛みと共に、千切れた筋繊維が、痛めた内臓が急速に治癒されていくのが分かる。

 歯を食いしばり、その感覚を無視しながら太刀を抜き、握り直す。前足の引っ掻きをギリギリで避け、剥き出しの頭に叩きつけようとして、しかしその身に纏う風が男の姿勢を崩させた。

 風は強くなっていた。多少は風圧耐性がついているこの防具を上回る風だった。

 よろけたところの追撃に噛みつきが来る。躱しきれずにポーチが破れた。バラバラと中の物が大量に散らばる。

「くそ」と男は悪態を吐きながら、足元に転がった毒けむり玉と閃光弾を踏み砕いた。

 クシャルダオラは怯みながらも、男を叩き伏せようとし、ガリリッと爪が不快な音を立てる。

 爪で鎧が引っ掛かれた。それだけで抉られたような深い傷跡が残る。次喰らったら鎧が切り裂かれるだろう。追撃を横に躱し、落ちた物の中から秘薬だけを回収した。

 泥まみれなそれをそのまま口に含め、無暗矢鱈に暴れるクシャルダオラの隙を伺う。あらぬところにブレスが飛んでいき、毒で涎をぼたぼたと垂らしているが風は更に荒く強くなりつつあった。

 男は集中を高め、風が吹き荒れる中しっかりと足を地面につけた。

 狙うは皮翼。

 尾が目の前をぶおんと過ぎていく。背を向けていた。前に静かに歩み太刀を高く構えた。

 紙のように揺れるその鋼の翼が目の前にあった。びちゃびちゃと体に水滴と泥が当たる中、小さく息を吐き、振り下ろした。

 どっ、と音がした。

 

 何故かは分からなかったが、世界が目まぐるしく回っていた。手から零れた太刀が見えた。雨が降りしきる鈍色の空が見えた。泥水が顔を濡らした。尾で薙ぎ払ったクシャルダオラが見えた。

 体が為すがままに転がっていくのを感じるその刹那、あのネルギガンテを思い出した。全力のブレスで弾き飛ばされたネルギガンテもこんな風に転がっていったのだろうか。

 ただ、自分がこの後迎えるのは、住処に帰る事じゃない。クシャルダオラに殺される事だ。

 ……救援が間に合わなければ。

 大木にぶつかって体は止まった。

「がひゅっ、こひゅっ」

 血が吐き出された。先ほどよりも大量に。骨が幾つか折れたらしい、呼吸する度に体が痛む。口に含んでいた秘薬は吐き出してしまったらしい、どこにも無かった。

 目を開けたクシャルダオラは、男が動けないのを見ると男を殺す前に散らばっているポーチの中にあった物を何度も踏みつけ、見せつけるようにぐりぐりと壊した。その後に太刀を見つけるとそれも壊そうとして、男の視界に翼竜が見えた。

 ゼノ・ジーヴァを討伐した第五期団の男、マハワがその翼竜と共にやってきていた。

 クシャルダオラが気付くよりも前にマハワは背負っていた双剣、トビカガチの素材から作られたカガチノツメを手に取り、飛び降りた。

 クシャルダオラが気付いた時には、体に捩じりを入れて頭に双剣を叩きつけていた。

 ギャルギャルギャルッ!

 そのまま、体の線に沿って凄まじい勢いで、回転しながら尻尾までを何度も切り裂いた。

「ガッ!?」

 クシャルダオラが体を震わした。弱点の雷属性を帯びたその双剣で一瞬にして幾多にも切り刻まれ、体が言う事を聞かない様子だった。

 その隙にマハワが男の元にやってきた。

「大丈夫か?」

「……そうでもない」

「……動けるか?」

「動くよ、そうじゃなきゃただの的だ」

「分かった、これ、一つ飲んどけ」

 回復薬グレートを渡され、少しだけ飲む。骨が折れた状態でそれを飲むのはかなり良くない事だった。最悪変な形で骨がくっつき、後で折り直さなければいけない事さえもある。

 ただ、動けない状態でそれを言っている暇も無かった。

 体勢を立て直したクシャルダオラが男とマハワを睨みつけ、咆哮した。男よりもマハワの方が数倍手ごわいと感じ取ったのだろう、いきなり体を引いてブレスを吐こうとしてきた。

 男がスリンガーで戦線離脱しようとし、マハワがそれを確認してから双剣を抜いた瞬間、クシャルダオラを黒い影が襲った。

 ドズンッ、といきなり空から襲ってきたのはネルギガンテだった。

 ブレスは不発に終わり、唐突に始まった古龍同士の争いに一旦マハワも引く。

「ギャウウッ!?」

「ゴアアアアッ!!」

 すぐに狩人など見えなくなった二匹の隙を見て、マハワは太刀を回収してきてくれた。それから言った。

「なあ。昨日、強いクシャルダオラにコテンパンにされたとか言ってなかったっけ?」

「……そのはずだ」

 あのブレスを喰らって、土の地面ならともかく、硬質な龍結晶の地面に高くから墜落して、そして一日が経ったかどうかの時間だ。

 たったそれだけの時間で快復したというのか? あのネルギガンテは。

 地面に組み敷こうとしたネルギガンテからどうにか脱出したクシャルダオラは、空に一旦逃げようとした。しかし、風を纏い、飛んだその瞬間だった。

 ベリベリベリッとその片方の皮翼が一気に破れ始め、バランスを失った。

「俺の一撃は、当たっていたのか……」

「クリティカルだ」

 その隙を逃すネルギガンテではなかった。

 飛び掛かると、クシャルダオラはその重みに耐えきれずに地面に張り付けられた。片方の前足を抑えられ、必死に抵抗するも、ネルギガンテの膂力には敵わなかった。

 ネルギガンテとクシャルダオラが次第に密着していき、クシャルダオラは何も出来なくなっていく。その身に纏う風も、ネルギガンテを払う程には強くなかった。

 ネルギガンテが口を開け、クシャルダオラがそれでも必死に首を逸らそうとして、しかしそれは無駄な努力に終わる。

 ネルギガンテの牙は、クシャルダオラの首を捉えた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そのクシャルダオラの悲鳴は、疳高く、今までの何よりも遠くまで響いた。同時にネルギガンテが思いきり首を振り、みき、みし、と音を立てていく。

 死の間際になろうとも、ネルギガンテはクシャルダオラに一切の抵抗を許さなかった。

 ぼき、と音が鳴る。

 クシャルダオラはその瞬間、事切れた。

 辺りは唐突に静かになり、雨の音だけがさらさらと聞こえていた。ネルギガンテはクシャルダオラがもう動かない事を確認すると、大きく息を吸い、天高く吼えた。

「ガアアアアアアアッ!」

 その次の瞬間には、また大きく口を開けて、がつがつとクシャルダオラを食べ始めていた。

 ご馳走にありつくネルギガンテの姿は遠目から見ても中々に嬉しそうで、ネルギガンテがそれを食い千切る度に、クシャルダオラの骸がびくびくと動いていた。




マハワ:
♂。MHWの主人公。
名前の由来は、うん、まあ物凄く単純で、
マ(M)ハ(H)ワ(W)
ハイ、そうです。


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クシャルダオラ 7

 縦斬り、突き、斬り下がり。移動切りからローリングを挟んで縦切り、そして爆弾樽の火口を突きで切り裂き、樽を点火させる。シューッと火花が弾ける音がする。タイミングを読み、爆発する寸前に身を引き、見切り斬り。

 集中してきたところで気刃斬り、気刃大回転斬り。一度納刀し、直後にまた縦斬りから大樽に向けて斬り下がり、距離を調整して最後に気刃兜割り。

 腰を低く構え、切っ先を鋭く大樽に向けて、一気に突き出す。ずん、と深くまで突き刺さったそれを切り裂きながら引き抜き、同時に大樽を踏み台にし、高く跳び、空中から一気に叩き割る。

 一瞬遅れて大樽は真っ二つにぱっかりと割れた。

「ふーっ……」

 あれから一週間が経った。男の体はもう殆ど骨折する前と変わらない。

 骨折している場所はまだ痛むが、それも僅かだ。

 とことこと歩いてきたアイルーが聞いた。

「ヒノキ。もう、動いて大丈夫ニャ?」

 男、ヒノキは答えた。

「大体な」

「じゃあ、ボクも明日にはあっちに戻るニャ」

「おう、そうか。すまんな、看病なんかしてもらって」

 アイルーは別に恥ずかしがったりすることなく答えた。

「いつも主人を放ってブラブラしてるから、流石にこういう時くらいニャ役に立ちますニャ」

「あー、まー、うん。それでカシワ。今日の朝お前、どっか行ってただろ。どっかで何か描いていたのか?」

「そうニャ、ちょっと散歩に古代樹のテトルーのところまで行ってたんだけどニャ、リオ夫婦が戻ってきてたんだニャ。さらりとその様子書いてきたニャ」

 ヒノキが写実的に物事を描くのならば、アイルーのカシワはそこまで細部に拘らずに特徴がより強調されたような独特な絵を良く描いた。

 かと言ってそれが下手だとか見辛いとかそういう事は全くなく、良い味を出していると、特に子供に人気な絵だった。

 アイルーの体躯からしたら大きめな手帳を背中から降ろすと、リオレウスがリオレイアの子を丁寧に舐めている絵があった。

 遠くからリオレイアがケストドンを掴んで飛んでくるのが見える。

 和やかな絵だった。

「子供、生まれてたのか」

「ニャ、まだまだ頂上付近には近づかない方が良さそうニャ」

「そうだなー……」

 別に頂上まで行かなければ採れない素材も無いし、そう困る事は無いだろう。多少、採り辛くなる素材はあるが。

 

 クシャルダオラの肉体はネルギガンテが去った後には見るも無残な姿になっており、素材も精々龍鱗が数える程度に取れただけだったとか。

 雨風が過ぎ去り、ネルギガンテはクシャルダオラの肉体を何度か食べに来た後は、古代樹の森も平穏が戻り、モンスター達も戻って来た。

 あれから七日間、古代樹の森で古龍を除けば生態系の頂点に立つリオ夫婦も戻ってきて、空は快晴。

 ヒノキの体も殆ど治り、明日からはまた任務を受け始めるだろう。

 ただ、一つ問題があった。

 クシャルダオラによって切り裂かれ、そして尾の一撃をまともに食らったその上鎧は、脱いだ時にばらりと壊れてしまった。

「鎧、もう少し頑丈なものが欲しいなー……」

 予備の鎧は、当然着ていた鎧よりも耐久性は劣る。

 ただ、問題となるのは、新大陸という環境で実際に狩猟の対象となるような迷惑だったり有害だったりするモンスターはそう多くない事だった。

 バゼルギウスやイビルジョーなどは拠点の近くに居るだけで狩猟対象になったりするが、それ以外のモンスターが実際に狩猟すべきとなる事までは大して無い。

 ただ通りすがった程度では凶暴で知られるディアブロスでも攻撃してくる事は無い程に、新大陸のモンスターは他の場所で暮らすモンスターよりも温厚だった。ちょっかいを出せば普通に襲い掛かって来るが、そうでもしない限り、積極的に人に害を為すモンスターは少ない。

 それは逆にモンスターの素材が余り手に入らないという事でもあった。

「イビルジョーの素材、ある程度ヒノキ持ってなかったニャ?」

「……胴の防具なら太刀にも合うし、防御力もあるだろうけど、……あんまり好きじゃない」

「そうかニャ」

「何かな、特に胴や頭、腰辺りの装備は、身に着けるとそのモンスターを身に纏うような感覚が強いんだよな。イビルジョーにはなりたくない」

「そうなるとバゼルギウスもニャ?」

「まあ、そうだな、そうなるな。それにバゼルギウスの胴の防具は太刀に似合わない」

「面倒なご主人ニャ」

「こだわるところはこだわりたいしな。

 ただ、とは言えなー……」

 参った、と空をぼうっと見上げるヒノキを見て、カシワはため息を吐いた。

 

 カシワに引っ張られて依頼一覧を見ると、瘴気の谷に新しく住み着いたオドガロンが厄介で困っているという依頼があり、受ける事にした。

「前に居たオドガロンはフィールドマスターが出会い頭に肥やし玉投げまくっている内に流石に嫌になったのか消えていたんだけどニャ、この頃強い個体が新しく住み着いて危険なんだニャ。ヴァルハザクにも積極的に攻撃を仕掛けるほどニャ。肥やし玉もひょいひょい避けるし、もう肥やし玉の在庫も少ないんだニャ」

「……誰か他に引き受ける人は居ないかな?」

 強い個体のようだ。予備の防具で挑むには心許ない。

 多少呼び掛けてみると、マハワが応えてくれた。

「今回、俺はライトボウガンで行くよ。ゼノ・ジーヴァから作られた素材がつい最近出来上がってな、色々試してみたんだがガンナー向けなんだ」

 ゼノ・ジーヴァから作られた防具……。その姿も見た事が無いが、どのようなものなのだろう?

「そうすると、マハワは援護か?」

「いや、どちらでも? ある程度何でも使えるからな」

 そのある程度何でも使えるの精度が、俺が長年使い続けている太刀の腕と同等かそれ以上だからこいつはヤバいんだとヒノキは思い直した。

「分かった。まあ、やり易いようにやろうか」

「そうだな」

 

*****

 

 そう言って研究基地で合流した時のマハワの姿は、何というのだろうか……色自体はそう派手ではないのだが、多分ゼノ・ジーヴァの何かの膜を加工したものが取り付けられていて、マハワが動く度に淡い水色のそれがゆらゆらと動くのがとても派手だった。まるで、古龍そのもののようだった。

 古龍を単独で討伐してしまう人間を、人間と呼んで良いのだろうか? と思った。

「そういえば、編纂者の相棒は?」

「この前イビルジョーに襲われたにも関わらず、古代樹で植生調査続けてるよ。無謀というか肝が太いというか……」

 多分、無謀と言った方が近いだろうという言葉は仕舞っておいた。編纂者として成果は沢山出している方なのだが、トラブルメーカーである事も確かだった。

 

 裂傷を負った時は肥やし玉を当てる事に専念する、ヒノキは練気を溜める事に専念し、隙が出来次第兜割りを叩きこむ。

 そんなような簡単な打ち合わせをしてはた迷惑なオドガロンを討伐しに瘴気の谷へと足を踏み入れた。

 相変わらず空気の悪い場所だが、古龍が訪れている時のような静けさや、ところどころにあの騒々しい爆鱗が落ちていたりなどはしない。平穏な時間だな……と思ったら早速ラドバルキンに噛みついているオドガロンを見つけた。

 ラドバルキンがそれを何とか振り解くと体を回転させて一気に体の骨を周囲に振り飛ばし、オドガロンはそれをひょいと避けて、また噛みついて行く。

 その真上、落ちそうな石柱があり、マハワが早速ライトボウガンを取り出してその石柱に一発、バンッと音を立てて弾を当てた。

 オドガロンが気付き、同時に石柱が落ちてくる。咄嗟に避けたオドガロンに、ヒノキが初撃を叩き込んだ。

 ラドバルキンは石柱をモロに食らって気絶した。

 オドガロンの咆哮を引いて回避し、攻撃動作に移る前にもう一撃、強い個体のその表皮はやや硬く、切り裂くまでは至らない。

 そして途端に猛攻が始まった。

 トビカガチよりも激しく、隙もなく、そして惨爪竜の名が示す通りの多段の爪で切り裂きに掛かってくる。

 素早い一撃一撃を一つでもまともに食らってしまったら、肉体は悲惨に切り刻まれる。その一つ一つを的確に躱し、最後の最も勢いの乗った一撃を横に避けて同時に刃を薙ぐ。

 クシャルダオラの時のようにまで刃が通らない感覚はしない。向き直そうとしたオドガロンが今度は射撃を喰らう。しかし、追撃が来る前にヒノキから距離を取り、鬱陶しさからか今度はマハワに狙いを定めた。

 右に左に、ヒノキが見た事のあるオドガロンよりも数段早く跳びながら、距離を詰めていく。マハワの狙いも流石にぶれ、しかしマハワはボウガンの持ち方を変えてオドガロンに距離を詰められるのを何故か許した。

 走った勢いも乗った爪の一撃、寸前で躱したマハワは、ボウガンでその鼻を思いきり殴りつけ、思わず「ギャインッ!」とオドガロンは悲鳴を上げて逃げていった。

「……相変わらず凄い事するな」

「オドガロンは目が悪い代わりに鼻が鋭いからな、そこを狙ってやるといいぞ」

 ボウガンの先についたオドガロンの鼻血を拭い取り、太刀も砥石で研ぎ直してから臭いを覚えた導虫を追っていった。

 

 瘴気の谷の谷底。ヴァルハザクと共生する瘴気は今は薄く、この付近には今は居ないようだった。ドスギルオスとギルオスの群れが居る場所を確認し、刺激を与えないように通り過ぎて、瘴気の谷でも珍しくハチが居る場所に来た時、マハワが唐突に構えた。

 巨大な何かが走って来る音……四つ足、巨体。オドガロンしかあり得ないその足音が遅れて聞こえてきた。

 真正面に姿を見せ、マハワがトリガーを引いた時にはもう跳躍して壁にその鋭い爪を生かして張り付き、そこから飛び掛かって来る。

 後ろ? 突進の勢いには負ける。横? 尻尾の薙ぎ払いが来る。 前! 跳んでオドガロンの真下を掻い潜る。双剣や片手剣ならその瞬間に腹を掻っ捌く事も出来たのだろう、ただ太刀の長さではそう器用には出来なかった。しかしやはりと言うべきか、マハワは違った。ローリングの真っただ中、完全なタイミングで散弾を腹にほぼゼロ距離から撃ち込んだ。

「ギャインッ!」

 二度目の悲鳴、オドガロンは痛みでのたうち回り、しかし追撃は跳んで避けた。体勢を立て直すと威嚇するように咆哮をしたが、直後に襲い掛かって来る事は無く、グルル……と間合いを見計らい始めた。腹からはぽたぽたと血が垂れていたが、少量だ。如何に急所に当てようともそれ一発で倒れてくれるほどモンスターはヤワな存在ではない。

 マハワがトリガーを引く。ヘビィボウガンに比べれば軽い音が、しかし連続的に放たれる。ただ、距離が遠い、大したダメージにはならない。

 鬱陶しく思われているだけだが、ヒノキが太刀で攻め込みに行く。鼻への突き、軽くしか当たらなかったが嫌がるようにバックステップで逃げた。そして、マハワの射線にヒノキが重なる位置から再び攻めて来た。

 後ろで軽く舌打ちが聞こえた。不快というよりかは手強さに感心しているような舌打ち。猛攻をいなし、太刀の一撃を入れる。躱され、掠っただけ。ここは新大陸だ、狩人と戦う経験はほぼ無いはずだがそうは思えない程に戦い慣れていた。

 後ろからはマハワが回り込む足音が聞こえるが、オドガロンもそれに合わせて位置を変えてくる。

 ヒノキが中心となっていた。自分が倒れるにせよ戦うにせよ、戦況は一気に傾くだろう。そう思ったときだった。

 オドガロンが飛び掛かってきて、躱そうとしたが直前で横にステップし、ヒノキを追い越した。狙いはマハワか? と思った瞬間更に急旋回し、ヒノキに狙いを付け直す。

 振り向いただけのヒノキにオドガロンが飛び掛かった。

 マハワより弱いとオドガロンに対して思われていたのだろう、それは正しいがヒノキも弱者ではない。古龍に及ばないとは言え、竜を十を超える年月の間狩り続け、今もこうして立ち続けている狩人だった。

 飛び掛かりを咄嗟に見切り、その胴体を深く切り裂いた。

 三度目の悲鳴、少なくない量の血がぼたぼたと流れ始め、怯んだところに更に強い一撃が入る。

 溜まらずオドガロンがまた逃げようとしたところに、マハワのトリガーが正確に引かれた。一、二、三、四発。頭、首、前足、後ろ足。それぞれに穿たれた弾丸がシューッと音を立て、一つ遅れて爆発する。

 オドガロンが倒れた。

「今だ!」

 マハワが叫んだ時には既にヒノキは構えに入っていた。

 腰を低く、切っ先を真直ぐにオドガロンの首へと向ける。一気に飛び出し、ざく、とその首に突き刺さる。

「ガッ……」

 そして、その首を踏み台にして高く跳躍。

 抜かれた太刀が高みから再び微塵もブレなく再び首へと落とされた。

 オドガロンは、もう足を動かす事も出来なかった。血が吹き出すように飛び出し、最期に一鳴きする事も許されず、その退化しつつある目からは光を失っていった。

「……ふぅ」

 気付けば一撃も貰っていなかった。それはやはりマハワのおかげだろう。

「良い援護だった」

 そういうと、マハワも返した。

「鋭い一撃だったよ」

 見とれるほどに、と付け加えて。

「……どうも」

 

*****

 

 運良く逆鱗も手に入った事で中々良い装備を作る事が出来た。

 鎧玉もふんだんに使い、堅牢さは前よりも随分と上がったように思えた。

 体にも馴染み、また十全に任務を受けられるな、と思った頃の事だった。

 マハワが意識不明の重体で運び込まれてきた。

 任務先は、龍結晶の地。クシャルダオラの調査が目的だった。

 

 絵は、まだ仕上げが出来ていなかった。




戦闘シーンは余り書かないとか言ってた癖に何故か結構書いてる。
未プレイの時もモンスターの造形は好きだったから、pixivの方で色々絵やら小説やら見てたのもあって、モンハン小説は書くに当たって多少影響受けてるものがある。
ティガレックスと組んで不正にクエストこなしてるシリーズ(失踪済み)とか、シャガルマガラとの百合シリーズとか、テオ・テスカトルとのホモシリーズとか。
(後者二つは性癖が結構深いけど、それを抜きにしても)描写がキレイだし、読んでて普通に面白かったし。


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クシャルダオラ 8

 マハワの武器、ライトボウガンは戻ってきていなかった。そしてまた、胴や腰回りのゼノ・ジーヴァの素材から作られた現状唯一無二の防具も、ひしゃげ、黒い棘が何本も突き刺さり、もう使い物にならなくなっていた。

 肉体は回復薬や秘薬で無理やり治した痕が沢山あったらしく、その影響か、マハワが寝ている場所のその近くに行くと時々唸り声が聞こえてきた。

 幸いにも、もう再起不可能という事は無いらしく、無理やり治して動かした体を正常にしていけばその内復帰できるだろうとの事だった。

 ただ、それは長くて数カ月、半年位掛かるかもしれないとの事だった。

 マハワの相棒、編纂者に何があったと聞いても、ボロボロの状態で逃げてきたところ、そこから応急処置、飛竜で逃げてきた事しか分からず、どうしてマハワ程の狩人がこんなボロボロな状態にまでされたのか、誰も分からなかった。

 傷は明らかにネルギガンテから受けたものだった。破壊された防具は明らかに純粋な暴力で破壊されており、それにはクシャルダオラのような暴風やテオ・テスカトルのような爆炎といった痕跡が一切が無かった。

 しかし、マハワはネルギガンテも一人で討伐した事のある狩人だった。ネルギガンテと遭ってしまったとしても、一方的に負けるなど考えづらかった。

 ……あの強いクシャルダオラのように、強いネルギガンテが龍結晶の地に来ているのだろうか?

 ヒノキはそう考えた。

 だとしたら、あのクシャルダオラはもうネルギガンテに捕食されてしまっているのか?

 体が少し、冷えた。

 調査は必須だったが、この新大陸でも有数の狩人であるマハワが倒れた今、行こうとする者は中々に居なかった。ヒノキだってそうだ。ヒノキ自身が考える限り、狩人としてマハワより優れている点など見当たらない。

 ただ、体がうずうずとしているのにも気付いていた。

 あのクシャルダオラは死んでしまったのだろうか。古龍を心配している部分が心のどこかに、しかし確固としてあるのに気付いていた。

 古龍を心配するという、それはなんと馬鹿げた事だろうと思う。ただ、死んで欲しくはないと思っている部分はあった。絵はまだ出来ていない。あの滲み出る迫力を、それに相反しているようでも裏付けているようでもあるあの穏やかな目を、描き切れていない。

 絵を完成させるには、やはりもう一度この目にあのクシャルダオラを焼きつけなければいけないと思っていた。ただのクシャルダオラではなく、今、龍結晶の地に居るクシャルダオラを。

 しかし、流石に今回ばかしはその欲求は理性に抑え込まれていた。死んでは元も子もない。マハワが意識不明でギリギリ生還した。何がどうなってそうなってしまったのかは分からないが、自分が下手を踏めば生還などは最期、夢物語になってしまう事は分かり切った事だった。

 

 自分程度の狩人が今の龍結晶の地には行くべきではない。

 そう結論付けたとしても、悶々としてしまうのは人の性というものだろう。そんな中、食事場の隅でぶちぶちと干し肉を千切って口の中で柔らかくしていると、隣に誰かが座ってきた。

 ソードマスターだった。

「行かぬか?」

 簡潔に、そう聞いてきた。

「……何故、俺を?」

「行きたそうにしていたからな。そんな顔をしていたのは、貴様だけだった」

「……。足手まといになるだけかもしれませんよ」

「必要なのは討伐ではない。あの場所で何が起きているのか、その調査のみだ」

 そう言って、ことり、と目の前に置かれたのは強走薬だった。テオ・テスカトルやネルギガンテと戦ってきた経験を持つソードマスターと言えども、今回は戦う事よりも逃げる事を優先するらしい。

「……」

 そうだとしても、干し肉の隣に置いた強走薬を受け取るか、簡単には決められなかった。

「それにだ。クシャルダオラと一対一で戦って負けたと言えど、貴様が実際足手まといにまでなるとは思わん。

 時間を稼ぐ事すら必要ない。見つからないように、ただ何が起きているかを観察しにいくだけだ」

 もし、見つかってしまったら。クシャルダオラならともかく、マハワをここまで追い詰めたネルギガンテと相対してしまったら。

「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。此奴には閃光が効く」

 準備を周到に行えば、逃げる事も適う。ならば、何故自分を連れていく? その質問を聞く前に、ソードマスターは答えた。

「それに、その強いクシャルダオラ、ネルギガンテを実際に見ているのはマハワ以外に貴様しか居らんのだ。また、……何とは言えぬが、嫌な予感がするのだ。」

 誰だってビンビンとそれは感じているだろう。

 ただ、ソードマスターの感じるそれはきっと、より真実に近いものに見えた。

 そして、また、聞いてきた。

「来るか?」

 ヒノキは目の前にある強走薬を見つめた。

 命が惜しくない訳ではない。理性は未だに欲望に勝っている。

 ただ、理性はまた、こうも言っていた。自分が行かなければいけないのだと。自分が行かなければ気付けない事があるのだと。

 ヒノキの手は強走薬にゆっくりと伸びた。兜を被ったままのソードマスターはただ、じっと見ていた。

 掴もうとする手が何度か躊躇する。

 ……。深呼吸をした。

「嫌というのならば、無理には連れて行かぬ」

 ヒノキは答えた。

「今のは、自分なりの覚悟ですよ」

 そして、ヒノキはその強走薬を掴んだ。

「よし」

 

*****

 

 マハワは翌日になっても起きる気配を見せず、何も分からないままに二人は龍結晶の地へと降りた。二十日振りくらいか、と訪れてみるとそう変わりは無いように見えたが、辺りを見回してみると一か所、確実に違う場所があった。

 どのクシャルダオラも好んで縄張りとする、高台の頂上で竜巻が立ち上っていた。

「まず高台へと行く前に、広場を調査するか。ネルギガンテが居なければ、の話だがな」

「分かりました」

 ヒノキがスリンガーに閃光弾を装填するのに比べて、ソードマスターは光蟲を直接掴んでいた。

 ……使うときはそのまま握り潰すのだろう。

 わさわさと手足をばたつかせる光蟲を握りしめるのがシュールだと思っている内に、すぐに広場へと着く。

 様々なモンスターが訪れる場所ではあるが、この前来た時のように静かなままだった。

「……」

 数分、じっと待ってみてみるが、特に何の変化も無く、恐る恐る広場へと体を出す。

 何も起こらない。高台の方を見たり、ネルギガンテの縄張りの方を見ても、特に何も誰も居ない。

「高台に行きますか?」

「そうだな」

 直接高台へと行ける崖に降りている蔦は使わない。この視界が開けている場所で長時間蔦にしがみついているのは危険に思えた。

 この前のように迂回して高台の近くへと辿り着く。やや暗がりの場所から崖とまでの高さではない絶壁を蔦を掴んで登っていく。

 恐る恐る顔を出すと、そこにはクシャルダオラではなく、ネルギガンテが居た。

 じっと頂上のクシャルダオラが居る方を見ていて、幸いにもヒノキとソードマスターには気付かなかった。

 頭をひっこめて、ソードマスターが小さな声で聞いてきた。

「あれは、この前貴様がここで見たネルギガンテで間違い無いか?」

 ヒノキは記憶を引っ張り出してきて、その記憶の中のネルギガンテと比較しようと試みた。

 ただ、ネルギガンテは傷がすぐに再生するという特性上、大きさ以外に外見では何も比較出来るものが無い事に気付いた。

 少しの仕草で分かる程、観察してきた訳でも無い。あのクシャルダオラのように、強者の風格というものも持っていない。

「……大きさは変わらないと思います。ただ、それ以上はじっくりと観察してみないと分からないです」

 戦っている姿でも見れば分かるのだが……と思った。

 そう言えば、何故ネルギガンテがここに堂々と居るのだろう?

 これでは、あのクシャルダオラがネルギガンテにこの場所を明け渡したように思える。

 それは、あり得ない。

 その事をソードマスターに話すと、三つ巴になったのでは、とソードマスターが答えた。

 ただ、そうなったとしても疑問は残る。三つ巴になったとして、ネルギガンテだけがああ健全に居るものだろうか。あのクシャルダオラならば、マハワもネルギガンテも両方相手取ってあしらってしまうようにも思える。

 それは流石に買い被りかもしれないが、とにかく、ネルギガンテがあの場所に堂々と居る事に対する納得のいく仮説は幾ら考えようとも思い浮かばなかった。

 ばりばりと豪快に、生える棘を毛繕いのように繕う音が聞こえてくる。その様子はほん僅かにアイルーの仕草に似ているとか言うが、見る為に顔を出す無謀はしなかった。

 もう暫くして飛び立った音が聞こえた。

 少しだけ時間を置いて戻って来ない事を確認してから高台に出ると、至る所の地面が抉れ、まるで耕されたようになっているのに気付いた。

「派手な戦闘があったのは確かなようだ」

 ソードマスターはそう呟く。クシャルダオラは生きているものの手痛い敗北を味わったのは、確実なようだった。

 所々にクシャルダオラの鱗が剥がれ落ちているのも見つかった。

 一枚を手に取りそれから頂上に目を向ける。

「……」

 その様子を見て、ソードマスターが口を開いた。

「流石に危険過ぎる」

「分かってますよ」

 兜越しでも心配そうに自分を見ているのが分かる。流石にそんな事はしない、と鱗をポーチへと仕舞う時、ふと、違和感に気付いた。

 ……頂上の方を見上げた。

 竜巻が、いつの間にか収まっている。

 いつから? 分からない。

「……それにしても、一体何があったんだろうな」

 じゃり、じゃり、とゆっくりと高台を歩くソードマスターが聞いてきた。

 どれだけ暴れたらこんなにまで硬質な地面が砕かれるのだろう。

 抉れていない場所の方が多いまであり得る。

「クシャルダオラの方がよっぽど格上だったのだろう?」

「はい。前、この場でネルギガンテとクシャルダオラが戦った時は、クシャルダオラは無傷でネルギガンテを撃退しました」

「それから二十日も経たない内に、そのクシャルダオラを追い抜くほどの何かを身に着けた、とは思えない」

 ソードマスターが広場の方に身を伏せて近付いた。

 ヒノキもそれに続くと、ネルギガンテがガストドンを数匹、前足と口に咥えて縄張りへと戻っていくのが見えた。

「流石に古龍だけを喰らって生きていける訳ではないか」

 ソードマスターは、そう呟いた。

 ふと、風を感じて後ろを振り向いた。

 クシャルダオラが、目の前に居た。

「うわ……」

 驚いて声を上げる寸前、前足で縫い留められる。

「貴様ッ」

 そしてソードマスターが太刀を抜く寸前、僅かに自分を縫い留めた前足に体重が掛かった。

 ソードマスターが動けなくなる。一体、いつの間にここまで近付いて来ていた? 自分はともかく、ソードマスターも気付けない程に静かに?

 まるで、暗殺者のようだ。

 ただ、前足で縫い留められようとも、相変わらず殺意というものや敵意すらも大して感じなかった。

 更に言えば、こんなになっても命の危険すらも強く感じていなかった。

 クシャルダオラはソードマスターが動けないままでいるのを確認すると、ヒノキをうつ伏せにひっくり返した。

「……?」

 ぶちっ、と音がしたのは、新調したばかりのポーチが引き千切られる音だった。

 ごろごろと転がっていく中身を軽く物色すると、回復薬グレートや秘薬を的確に選び出して、瓶ごと口に入れていく。

 抑えつけられながら、ばりばりと瓶ごと噛み砕いて行く様を眺めていると、地に着いているもう片方の前足が目に入る。傷だらけで、その鋼の鱗の下から血が流れた痕も幾つかあった。

 抑えつけられた直後は驚いて分からなかったが、多分全身傷だらけなのだろう。

 回復薬も、ハチミツも、回復薬グレートも、秘薬も、いにしえの秘薬さえも全て食い尽くされ、けれどクシャルダオラはヒノキを離さなかった。

 いや、敵ならば殺されるのが当然か……と何となく思ったが、クシャルダオラにとってソードマスターはともかく、自分などは敵としても見なされていなかった事も思い出す。

 クシャルダオラは、今度はソードマスターをじっと見ていた。

 傷だらけの前足はそのままで、それは単純に傷を癒すのには自分の持っているだけの回復薬では到底足りないという事だった。

 肉体の差からしても至極当然だが。

 だからと言ってソードマスターは、ヒノキが人質に取られているからと言って、またクシャルダオラが敵意を見せていないからと言って、そう簡単に頷く狩人ではなかった。

「ヒノキを離してからだ」

 ポーチから秘薬を取り出すものの、距離を取り、クシャルダオラに告げた。

 それを聞いてか、しかしクシャルダオラは特に何も表情を変えずにヒノキに対してもう少し体重を掛けた。

「うっ、ぐっ……」

 新調し、前よりも頑丈なはずの防具がみしみしと音を立てる。

 敵意は無い。殺意も無い。それは虫けらを踏み潰すときに何も感じないのと同じだったのかと、今更ながらヒノキは思った。

 いや……このクシャルダオラはそうじゃない、そう信じたいだけだったのか俺は?

「ヒノキッ」

 その一瞬、ソードマスターがヒノキへと意識を重みを向けた瞬間、クシャルダオラは動いた。大きく開いた口、ヒノキへと思わず一歩踏み出したソードマスター。

 そのソードマスターの腕ごとばっくりとクシャルダオラが口に入れた。

「うおおおおおあああっ!!」

 クシャルダオラが口を離したとき、無くなっているのが手にあった秘薬だけだったとしても、ソードマスターは尻餅をついて動けなくなっていた。

 ソードマスターすら、幼子のように扱われている。

 クシャルダオラはヒノキから前足を離した。動けないソードマスターに向き直り、前足を悠々と上げた。

 そのソードマスターの口に入れられなかった方の腕が、咄嗟にクシャルダオラの前へ出された。

 握られている光るそれは光蟲、ぐしゃりと握り潰されると同時に、閃光が辺りを覆った。

「逃げるぞっ」

 咄嗟に腕で視界を覆ったヒノキをソードマスターが掴んで持ち上げる。ぐい、と引っ張り上げられ、背から手帳も落ちた。

 拾う暇もなく腕を掴まれたままに逃げる間、ヒノキは一度だけ後ろを振り向いた。

 クシャルダオラは目を開いて、自分とソードマスターの方をじっと見ていた。光蟲の閃光も咄嗟に目を瞑って回避していたらしく、落ち着きは何も崩されていない。

 敵意も、殺意も、相変わらず無かった。

 そして、その前足には古いタイプのポーチが引っかけられていた。

 前を向き直すとソードマスターのポーチは千切られていて、当のソードマスターはそれに全く気付いていなかった。




「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。閃光弾と隠れ身の装衣も持っていく」
↓……ソードマスター、装衣使えないんだったな。
「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。閃光弾を持っていく」
↓……ソードマスター、スリンガーも使えないんだったな。
「ネルギガンテの生態も多少は分かっている。此奴には閃光が効く」
そういう訳で光蟲を生で握り潰して貰いました。

閃光が効くって言っても、ダイブをリセット出来る、目が一定時間効かなくなる程度だけど、まあ探索だけならかなり有用でしょう。


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クシャルダオラ 9

 ポーチごとアイテムを全て盗られ、帰るしかなかった。

 分かった事はそう多くない。

 あのクシャルダオラはソードマスターでさえ赤子の手を捻るように圧倒出来る。

 そしてクシャルダオラは何らかの理由で、ただのネルギガンテに敗北した。

「歴戦の個体、いや、歴戦王と呼ぶにふさわしい」

 ソードマスターは、憔悴しきった様子でそう話した。

 その風格は他の古龍と比べてしまえば明らかで、一度見てしまえば他の古龍が大した事の無い存在であるように思えてしまう。そしてタチの悪い事に狩人への知識も蓄えている。

 閃光も不意を突かなければ効いてくれないだろうし、効いたからと言って地に堕ちて的になってくれるようにも思えない。

 ただ、何故そのクシャルダオラが高台をネルギガンテに明け渡したのか、一番重要なその部分が何も分かっていない。

 考えれば、色々と有り得るような可能性のある事柄は湧いて出てくる。

 クシャルダオラが何らかのミスを冒し、ネルギガンテにそこを付け込まれた。古代樹のクシャルダオラを食べたネルギガンテは、一時的に強くなっていた。マハワとネルギガンテの利害が一時的に一致した。他の何かが乱入してきた。

 ただ、どれだけ仮説を立てようとも、確証に至れるような証拠は全くなかった。

 唯一幸いなのは、このアステラに害が及ぶ可能性はそう高くないだろうと言う事だった。

 ネルギガンテはクシャルダオラを捕食したがっているだけで、そこに狩人への関心は無い。

 その狙われている当のクシャルダオラは今、この新大陸に居る狩人、モンスター、古龍までを含めても誰も勝てないだろうが、しかし古龍らしからぬ程に何も見下さず、そして暴力的でもない。ソードマスターの片腕を食いちぎらなかった程に。

 クシャルダオラが敗北したとしても、それ以上の危険は潜んでいない。

 アステラの皆はそんな事で、危機感の無い和気藹々とした様子で推測をだらだらと羅列していた。

 そんな皆の話を上の空で聞きながら、相変わらずだったなあ、とヒノキはぼんやり空を眺めていた。

「踏み潰される直前だったというのに、落ち着いていますね。ソードマスターはもう横になってしまいましたよ」

 話しかけてきたのは、マハワの相棒の編纂者だった。

「マハワは大丈夫なのか?」

「まだ意識は戻りませんが、少しだけ、落ち着きました」

 少しだけ、と続けて呟いた編纂者の顔も、多少やつれていた。

「あんたまで倒れたら話にならん。少しは休め」

「はい、そうしようと思います。……ヒノキさんは、どうしてそんなに落ち着いているんです?」

 ああ、それは質問だったのか、と思い直した。

「ソードマスターがクシャルダオラの要求に応える事も、踏まれている俺に気を取られる事も何もしなかったとして、クシャルダオラは俺を殺したのかなって考えると、どうも考えが偏るんだ。

 そもそも古龍と向き合った事すら俺は少ないし、狩人や竜とは全く違う価値観で生きているであろうその古龍の考え何てたった数回会っただけで分かるとも己惚れていない、つもりなんだが。

 それでも、あいつは無駄な殺生を避けようとするんじゃないか、ソードマスターが俺を見捨てようとも俺は殺されなかったんじゃないか、そう強く思うんだ」

「ソードマスターはそんな事しませんよ」

「仮定の話だよ、万一にも有り得ない、頭の中だけの考えだ」

 編纂者それから黙り、手すりに体を寄せた。

 やはり、見るからに元気がない。

「早く寝た方が良い」

「…………ええ。そうしたいのですが、どうしても相棒があそこまで痛めつけられた理由を考えずにはいられなくて」

 結局、その元凶を突き止めるには手掛かりは少な過ぎた。考えたところで、何もかもが仮説の域を出ない。

「……起きたら分かるさ。そんな、すぐに対処しなければいけないような危機ではない」

「……ですよね」

 編纂者は、そういうと、手に持っていた木製のジョッキを置いて去っていった。中には少し飲み物が残っていて、あの食欲旺盛な編纂者が残すとは、相当に疲れているようだった。

 

*****

 

 また新しくポーチを作って貰い、ソードマスターも旧式のポーチではなく、新式のポーチを貰っていた。慣れるのに時間が掛かりそうな雰囲気だった。

 龍結晶の地への調査はマハワが目を覚ますまでは中止とされ、それまでは万一に備えて資源を蓄える。

 結局狩人各位に頼まれていた不足している資源の収集はそう進んでおらず、大砲の弾やバリスタの鉄の矢から様々な支給用のアイテムまで、色々な在庫が足りていない。

 皆がそれぞれしたい調査や研究を好き勝手に優先してやっていた結果だった。

「とにかく、鉱石から食料から、骨から薬草毒草、何かしらの役に立つものは全て持ってきな! 交易船で運んで来られる物も、金の都合上そう多くはない!」

 そんな事を言われて、ポーチが整い次第ヒノキもソードマスターも古代樹の森へと蹴り飛ばされた。

 

 ソードマスターほどに精神的に疲弊していないとは言え、ヒノキはぼーっとしていた。

 クシャルダオラに抑えつけられた時の感覚が今でも体に強く残っていた。

 この感覚は、憧れに近いのだろうと思う。それも、ただの憧れではない。自分などは絶対に辿り着けない領域に居る存在への敬意。如何に敵意が無くとも自ずと恐怖は抱いてしまう、けれどそれ以上に羨望、尊敬してしまうような風格があった。

 ただの強者ではなく、まるで人格者のような振る舞い。

 抑えつけられて命を奪える状態にされても、体重を掛けられても、どうも殺されるとは信じ難かった。自分を、ソードマスターを、それから思い出してみれば襲ってきたネルギガンテまでもを、敵や玩具としてではなく一つの命として認めていたような気がした。

「……そう、思えるんだよなあ」

 自分が戦い、ネルギガンテに止めを刺されたクシャルダオラとは、何から何まで違う。ガキ大将と人格者。

 ぼーっとしながらもそこらに生えていたアオキノコを採集していると、咳き込むトビカガチと、それを追ってくるプケプケが見えた。

 まるで絶望したかのような顔をしてきたので、手に持っていたアオキノコを投げてやると驚いたようにしながらも疑いなく食べ、直後に体を宙返りさせて、自慢の尻尾を追ってきたプケプケの頭に叩きつけた。

 地面に頭が埋まる程の一撃、更に痺れるプケプケにもう一度、今度は全身を横に回転させてまた尻尾の強烈な一撃を叩きつけると、トビカガチは遠慮しがちに自分の方を一度見て、それから走り去って行った。

「あのなあ、狩人を信じてどうするんだよ」

 叩き飛ばされたプケプケも気絶から意識を取り戻すと、ヒノキを見て威嚇はしたものの、襲い掛かって来る事はせず走り去って行った。

 ひゅううう、と風の音が鳴る。さわさわと木々が揺れる音がする。穏やかな静けさ。

「……平和だなあ」

 古代樹の頂上では、リオ夫婦が今日も子育てに勤しんでいるだろう。神経を尖らせてはいるが、縄張りに入ったり、狩りを邪魔してこなければ襲って来ない。

 アンジャナフは相変わらず暴れん坊だが、狩人を積極的に襲おうとはして来ない。アンジャナフに関してはマハワが一回捕獲した個体らしいが、多分それが原因だろう。

 ただ、だからと言ってその前に躍り出ようとか、そんな事は思わないが。

 特産スジタケとサニーフラワーを手に取る。形は全く欠けておらず、中々に良い質のものだった。

 特産スジタケはともかく、サニーフラワーは何にどう使うのか正直分からない。香りから香水でも作るのか、それとも何か調味料にでもなるのか。

 まあ、いいか、とポーチにそれらを丁寧に仕舞うとまたのんびりと歩き始めた。

 

*****

 

 場所を変えて、釣り針を川に垂らして竿を手に持ち、またぼうっとしていると、色んな事を思い出してくる。

 新大陸に足を踏み入れようと、交易船に乗った時の事。嵐に揉まれながら、静かな期待感が体を巡っていた事。

 そして到着してみれば、資源が足りないやら崩れ落ちた資料に潰されている学者や、育てていた古代樹の苗が派手に天井を突き破って苦笑いする皆。鍛冶場からは金物の音が昼夜問わず鳴り響き、腰を据える前にこれが足りないから取ってきて、と大蟻塚に突き飛ばされた。

 いきなりリオレイアと鉢合わせたかと思えば別に威嚇される事もなく、無視される事もなく。

 ぼとぼとと何かが落ちてきたと思ったら、見た事の無い飛竜、バゼルギウスがドカンドカンと爆発と共にやってきた。

 訳分からないそのモンスターから逃げ惑いながらカシワと素材を集めて戻ると、そりゃ不幸だったねと簡単に言われた。

 陸珊瑚の台地へと足を踏み入れたらカシワがもう色んな場所へと一匹で突っ走ってしまい、マハワが俺のオトモもそんなものだったと寂し気に笑った。

 そのマハワのアイルーは良く他のアイルーやテトルー達と遠征に出かけていて、不幸な事にマハワが意識不明で戻って来る直前に新しく出たばっかりだった。

 それからの事もぼうっとしながら思い出して、段々と記憶が直前まで戻って来る。

「……狩人を信じてどうするんだよって、俺が言えた事じゃないよなあ」

 ヒノキは自分自身があのクシャルダオラを古龍を人格者のようなものとして見ている事を、もう否定出来そうに無かった。

 二度、相まみえて、体を抑えつけられて体重を掛けられて潰されそうになってまでされても、そこに恐怖などの負の感情を強く抱く事は無かった。

 思い出せば出すほど、敬意が浮かんでくる。

 ソードマスターがあのクシャルダオラを歴戦王、王と命名したのにも頷けた。

「また、見に行きたいなあ」

 口から自然と出ていたその言葉を、その感情を、もう抑える事は出来そうに無かった。

 釣り糸が引っ張られているのに気付いて咄嗟に思いっきり引っ張ると、ドスサシミウオが釣れた。

「こりゃ、一旦帰るしかないな」

 丸々と太っていて、とても美味そうだ。

 マハワが早めに起きればいいが。

 

 ドスサシミウオを両手で抱えて小走りでアステラ、拠点へと戻っていると、たたたた、と前から走って来る何かの音が聞こえた。

 一応身を潜めると、クルルヤックが卵を抱えて走って来るのが見えた。

 ふぅ、と息を吐き、辺りを軽く見回す。けれどもそう丹念に見回す事も無く、ヒノキの足跡にも気づかないままに木陰に隠れて、我慢出来ないようにクチバシで卵に穴を開けた。

 ズッ、ズッ、ジュルルッ、と勢い良く中身を啜る音がして、まあ放置して帰るかと思っていると次にリオレウスの、明らかに激怒している咆哮が聞こえてきた。

 小声でも、思わず呟いた。

「お前……」

 何してくれてるんだよ、お前。

 クルルヤックが咆哮の聞こえてくる方を見て、どこへ逃げるか数瞬迷った後にヒノキが来た方向へと足を向けた。

 そこでやっと、クルルヤックはヒノキの足跡に気付いた。

 クルルヤックと目が合った。卵を抱えているクルルヤック、魚を抱えているヒノキ。

 緊迫した状況だが、ちょっと笑ってしまいそうになった。

 地響きがした。リオレウスの咆哮がより近くから聞こえ、クルルヤックは隠れているヒノキを無視する事に決めてその先へと逃げようとして、また足が止まった。

 もう一度、地響きがした。

 クルルヤックが目の前を見上げた。

 イビルジョーが居た。唐突に、その巨体がクルルヤックに迫っていた。

 リオレウスもやってきて、見つけたぞ、とより強く咆哮をし、クルルヤックに炎を吐こうとして目の前のイビルジョーにも気付く。

 クルルヤックが後ろを向いて、その顔が一気に絶望に染まるのが分かった。

 ずん、ともう一歩、もう間近にまで迫ったイビルジョー。クルルヤックは前を見返した。

 イビルジョーはもう、大きな口を開けていた。

 すっぽりとクルルヤックの頭がその口の中に入る。

 ぶちっ。

 ぐしゃり、と卵が落ちて壊れた。




pixivの某モンハンマンガでクルペッコがイビルジョーにぶちっと食べられるシーンがありまして、それのオマージュだったりします(パクリって言わないで)。
来年秋の大型アプデはやるつもり。書けるモンスターが増えるぞい! それまでにこの作品完結してそうだけど。

MHWで気に入ってるモンスターは、バゼルギウス、トビカガチ、ネルギガンテだったり。この寒い時期、トビカガチの皮膜に包まれて穏やかな鼓動を感じながら眠りたい。


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クシャルダオラ 10

今回でクシャルダオラ編は終わり、って思ってたけど、今回で終わらそうとすると万文字行きそうだったので分けました。


 ばきゅっ、ぐちゃ、ごりゅ、ぎちゃっ、ぼり、ぼりりっ、ごきゅっ、ごきゅっ、ぐふぅ。

 クルルヤックの肉体は、ヒノキも、そしてリオレウスも呆然としている内にイビルジョーの胃袋に収まった。

 そして、落ちていた卵の殻もろとも、べろりと舐め取り、またごくりと喉を鳴らした。

 幸いにもイビルジョーはヒノキには気付いていなかった。目の前で動かないリオレウスを、次の食糧として見定めていた。

 そのリオレウスは、何故かすぐに逃げようとはしなかった。

 空の王者と言われても、リオレウスはただの竜種だ。その力は下手な古龍にも届くと言われるイビルジョーとは種族的な確固たる差がある。それが覆せるものだと思っているのか、……いや、覆さなければいけないものなのだろう。

 ヒノキ自身は目視まではしていないが、今、古代樹の頂上にはこのリオレウスの雛が居るはずだった。

 卵ならともかく、雛を連れて逃げる事は難しいのか、それともこの前来たクシャルダオラとは違い、イビルジョーはこの地の全てを喰らい尽くすまでここを去る事は無いと知っているのか。リオレウスは逃げる事は出来ないと判断したのだ。

 リオレウスは、すぅ、と息を吸った。

「ギアアアアッ!」

 距離が離れていても、耳を塞ぎたくなる程の音量。このリオレウスを狩らなかった理由としては、単純に人へ積極的に害を為す存在では無かった事に加えて、もう一つの理由があった。

 イビルジョーはその宣戦布告を無視するように、その巨体を一気に跳ね飛ばした。強酸性の唾液をぼたぼたと垂らしながら瞬時にリオレウスに肉薄するが、リオレウスはその跳躍よりも素早く身を翻した。ぐるんと背中が、棘の生えた太い尾が、イビルジョーの頭を横から思い切り叩きつける。

 リオレウスよりも遥かに重いイビルジョーが、その一撃で横へと逸れた。隣の茂みへとイビルジョーが突っ込み、ばきばきと音を鳴らす。

 このリオレウスは人へ害を為す存在ではなかった。それよりも単純に、強者だった。

 蒼火竜のように身体能力が取り分け優れている訳でも、吐く炎が強い訳でもない。また特殊な能力を身に着けている訳でもない。けれどもその一撃一撃は正確無比であり、その戦術眼は、戦闘に置ける勘は、明らかに並みのリオレウスより優れていた。

 即座に跳び蹴りで追撃し、何度もその猛毒の滴る爪で切り裂く。

「ゴオオオッ!」

 怒るように吼えながら跳ね起きたイビルジョーからさっと離れ、そしてヒノキは気付いた。

 イビルジョーの右目が潰れていた。血がだらだらと垂れ、吼えるイビルジョーがその違和感に何度か頭を振る。

 その尾の初撃で、棘がイビルジョーの右目を的確に突き刺していたのだ。

 しかし、リオレウスはそこへ追撃する事はなく、じり、じりとイビルジョーから慎重に距離を取って様子を観察していた。

 イビルジョーの胴体に付いた爪痕はリオレウスの巨体と鋭い爪であっても、深くは無かった。しかしながら、そこから血はだらだらと流れ続け、止まる気配がない。

 リオレウスの毒は出血性だ、体力を奪うのには適している。長期戦なら勝機はあるかもしれない。

 ただ、あるとは言えやはりそれは薄いとヒノキは思った。

 尻尾でも足でも翼でもその口に入ってしまえば、訪れるのは捕食と言う名の確固たる敗北だ。イビルジョーの攻撃は基本的に全て大振りでリオレウスにとっては躱しやすいだろうとはいえ、イビルジョーの肉体を深く傷つける手段を持たないまま、体力を奪っていく事は酷く困難な道でしかなかった。

 

 怒り震えるイビルジョーも、もう不用意に飛び掛かる事はせずに走ってリオレウスに噛みつきに行く。リオレウスは大き目に回避し、次いで振るわれた尻尾も避けてから今度は火球を放つ。

 ただ、殆ど効果は無いようにも見え、流石にリオレウスも今度はたじろいだ。

 ひたすらに食らおうとするイビルジョーと、それ対しとにかく慎重に立ち回るリオレウスを傍目に、ヒノキは少しだけ勿体なく思いながらもドスサシミウオを捨てて茂みの中をゆっくりと動いた。気付かれないように、取り合えずイビルジョーが来ているという事を伝えなくてはいけない。

 クシャルダオラの時とは違ってリオレウスが相手をしているし、イビルジョーは空を飛べないから、落とし格子が役に立つ。それでもイビルジョーの膂力では多少の時間しか稼げないが、大砲やバリスタを準備する程度の時間は稼げる。

 ただ、その油断はいけなかったのか、してなくても無駄だったのか、リオレウスがこっそりと動いたヒノキをすぐに見つけてしまった。

 目が合う。

 ……リオレウスは目が良かったな、そう言えば。

 イビルジョーが息を吸い、黒い靄のようなブレスをまき散らした。リオレウスが後ろに跳び、そこへイビルジョーが追撃する。自らに自分の吐いた龍属性のブレスが当たる事も能わず、宙に居るリオレウスにまた肉薄した。

 リオレウスは間一髪でその頭を踏んで噛みつかれる事を防いだ。そのまま背中を一直線に鉤爪で引っ掻く。

 イビルジョーという種族は、そう頭が良くない認識をされている。実際、それはその通りだろう。ただ、だからと言って馬鹿な訳じゃない。

 リオレウスを喰らう為に、片目を潰された怒りを晴らす為に、考えなしにリオレウスに向かって突っ込んだりはしていない。一回でも噛みついてしまえば勝利だ、それを満たす為にリオレウスの動きを読みつつある。

 イビルジョーが暴れてリオレウスを背中から引き剥がす。振り返り、またブレスを吐こうとしたイビルジョーから向かってやや右側から、その潰れた視界に潜り込み、火球をその開いた口に向けて放つ。

「ゴァッ!?」

 流石に怯んだイビルジョーに向けて、今度はリオレウスが飛び掛かった。その顎に向けて先程より勢いをつけ、全体重を掛けて両足で跳び蹴りをかまし、転ばせる。ごろり、とその巨体が腹を見せて転がった。すかさずその腹に圧し掛かり、何度か踏みつけて暴れられる前に飛び退いた。

 起き上がったイビルジョーの腹からは、何度も傷つけた背中よりも多く血が垂れていた。

 ……見とれている場合じゃない。

 ヒノキは止まっていた足を動かし始めて、前を向くとその先の木がいきなり飛んできた火球で焼け爆ぜた。

 リオレウスの吐いた火球、イビルジョーから見ると明後日の方向に飛んだそれに、イビルジョーが振り向いた。

「何してくれてんだあいつ!」

 イビルジョーも気付いてしまった。しかし、怒りの矛先であるリオレウスに向き直る。狩人など後で良いというように。

 閃光弾でも当ててやろうかとヒノキが思うも束の間、しかしリオレウスは唐突に逃げ出した。

 イビルジョーの噛みつきも空に飛んで躱し、残されたのはヒノキと逃げていったリオレウスに吼えるイビルジョー。

 狩人が居るならそれに任せれば良いとでも思ったのか、雛を逃がす為に時間を稼ごうとしたのか、どちらでも良いが、要するにヒノキはリオレウスに利用されたのだと自覚した。

 使えるものは何でも使えと、新大陸に来た皆は良く言うが、自分がモンスターに使われる側になるとは思いもしなかった。

 ……いや、クシャルダオラに使われていたな。

 そしてイビルジョーはヒノキに向き直る。

「ああ、くそ」

 怒りの矛先が完全にヒノキに向く。こやし弾は持ってきていなかった。閃光弾はあった。ただ、そんなものを装填している暇もなく、イビルジョーはヒノキに跳びかかって来た。横に跳んで避けて、太刀を抜こうとしたその時、ソードマスターが走って来たのが見えた。

 同じ太刀使いだが、純粋な腕前ではソードマスターの方が上だ。イビルジョーは唐突に増えた狩人達に向けてまたブレスを吐いたが、ソードマスターはその靄状のブレスの薄い部分をローリングで無理矢理突破し、同時に抜刀、イビルジョーの下顎を強く切りつけた。

 イビルジョーが怯む、が勢いをつけて再度突進してくる。そこを更に冷静に躱して、けれど引っ掛けられた。

 掠る程度の僅かな衝突だったが、体躯の差と突進の勢いで転んでしまう。

 そこへヒノキが、スリンガーを使って上空から太刀を突き刺した。

 やっぱり硬いな……。

 リオレウスの引っ掻きの痕もそう深くはない。剥ぎ取りナイフを抜き取り、何度も突き刺すがイビルジョーが暴れ始めるとしがみつくのに精一杯になる。

「脱出しろ!」

 ソードマスターが叫び、はっと顔を上げれば大木に向けて叩き潰す寸前、跳び、避けた。

 太刀はその背中に突き刺さったまま。

「……しまった」

 着地し、イビルジョーが背中を大木に叩きつけたその隙に復帰したソードマスターが切りかかるが、太刀は全く抜ける気配がない。

 そう深く刺さった訳でもないのに、と思いながら聞く。

「任せていいですか!? 応援を呼びに行きます!」

「任せろ!」

 古龍でも、そう強い個体でもないイビルジョーならば、ソードマスターが負ける事は無い。

 ヒノキは駆け出した。

 

 アステラまでそう距離は無く、幸いにも何とも会わなかった。イビルジョーの気配を感じているのか、かなり静かだった。

 落とし格子を潜り、アステラにたどり着き、叫ぶ。

「イビルジョーが来た! 応援を求む!」

 狩人の中で、イビルジョーに相対出来るのはそう多くなかった。更に今、素材を集めに各地に狩人が散らばっている。その中でアステラに残っている狩人では、総司令の孫、調査団のリーダーしか居なかった、しかしとても心強い。

 リーダーが物資を整える間に聞いてくる。

「ヒノキ、あんたの太刀は?」

「イビルジョーの背に突き刺さったままだ、やってしまった」

「替えはあるか?」

「……イビルジョーに通じるものは、残念ながら」

「なら鍛冶場に行け、良い試作品が出来たばかりだ」

 リーダーはニヤリと笑った。

「……分かった」

 なーんか、嫌な予感がする、とヒノキは思った。

 リーダーが物資を整え終わり、早速現場に助太刀しに行ったのに対して、ヒノキは鍛冶場へ向かう。

 そして手渡されたのは、オレンジに光る突起が数多に付いた太刀。柄は髑髏を模した形をしており、見た目からして危険な雰囲気を醸し出している。

「……これは?」

 何となく、何を使ったのか分かる。それでも聞くと、親方が自慢気に言った。

「バゼルギウスの爆鱗を応用した太刀だ。切り続けていればバゼルギウスの生み出す爆破の成分がモンスターの身に染み込み、ドカン! だ」

「えげつない……」

「それに相手はイビルジョーって言うじゃねえか、良い相手だぜ」

 まあ、好き嫌いは言ってられない。太刀でもシンプルなものを好んでいたヒノキには正直余り好めない武器だったが、それでも有難く受け取る。

「今回はあんたに譲るぜ、名付けて爆鱗刀バゼルバルガー! 大切に……いや、派手に扱ってくれよ!」

「……分かったよ」

 派手に、か。変な想像が思いつくが、流石にそれはしない方が良いだろうと思った。

 専用の鞘も貰い、それに刀を差して、背中に担ぐ。ぼんやりとした温かさ、それ以上にぞわぞわとする感覚。

 背中から落ちたりしたら、爆発起こしたりしないだろうな?

 そんな事を思いながらも、文句を言っている暇はない。ヒノキも物資を簡単に整え直すと、また古代樹へと走った。




出てるキャラの強さ基準
歴戦王クシャルダオラ >> ネルギガンテ ≒ マハワ(ゲーム本編主人公) > ただの古龍 >= ソードマスター >= イビルジョー ≒ ヒノキ、調査団リーダー、リオレウス

リオレウスは歴戦個体一歩手前の上位個体。ただ、それ以上強くなる見込みはそんなに無い。元々の能力が並みの個体が一生懸命頑張って辿り着ける最上位くらいを想定。
イビルジョーは普通の個体。でも噛みつかれたら狩人もモンスターも一発アウトなのは同じ。拘束攻撃じゃなくて防具ごと噛み砕かれて即死。

ヒノキの防具、武器に関しては大して何も決めてない。
武器は無属性太刀としか決めてない。
防具も何を装備しているとかは決めてない。胴は上位オドガロン防具になったけど。
強いてどういう装備を着ているかと考えると、古龍の装備はヒノキ自身が古龍を討伐した経験もほぼほぼ無い事から無いとして、無属性太刀に合う、上位個体から作られた、スキルは生存に重きを置いたシンプルな見た目の防具系統かなー、と。必ずしも新大陸のモンスターから作られた防具でもないとだろうけど、そもそも自分はMHWしかやっていない。

狩人よりモンスターの方を描きたい欲求が強いから、設定の深さがそっちに重くなってます。


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クシャルダオラ 11

 また落とし格子を潜って古代樹の森へと躍り出る。

 左は自分がやって来た大海原、右は古代樹が聳える深い森。その森の中へと走り、見えたのは逃げるイビルジョーと、一息吐くソードマスター、リーダーだった。

「特別強いわけじゃないが、硬いな」

「そうですね」

 携帯食料を食べると、シャッ、シャッ、と砥石で刀を研ぎ直してから納刀する。

「俺の刀は……刺さったままですか」

「筋肉に締められているのかな、余り深く刺さっているようには思えないがびくともしなかったよ」

「そうですか」

「まあ、無駄話をしていないでさっさと追おうか。全員剣士だが、三人も居ればそう手こずる事も無いだろう」

 

 すっかり痕跡を覚えた導虫を辿っていくと、古代樹の頂上へと続いているのが分かった。

 やはり、片目を潰された恨みは相当なものなのだろう。狩人に追われながらもリオレウスを喰らう事を優先しているように思えた。

「先生は、リオレウスがイビルジョーに勝てる事があると思いますか?」

「十分に有り得ると思うね」

 意外そうにリーダーがへぇ、と声を上げた。

「それは何故?」

「一人の人間が古龍をも討伐する時さえあるのだから、竜種が古龍種に勝るときだってあって良かろう」

「それは……」

 リーダーはそれに反論しようとして、上手く言葉が纏まらないようで詰まった。そこに、ソードマスターが加えて言った。

「人が竜を、そして古龍をも上回る事が出来るその最大の要因は、その相手を深く知る事、そしてそれに対して用意周到に準備する事だ。

 それが出来るのならば、竜であろうとも自身を大きく上回る相手に立ち向かえるだろう」

「……あのリオレウスは、それが出来ると?」

 リーダーの懐疑的な問いに、ソードマスターは答えた。

「分からない。ただ、出来ないとは言い切れない」

 ヒノキは、口を出さなかった。

 自分を、狩人をも利用したリオレウスがこの上で待ち構えているのならば、そしてそのソードマスターが言う用意、準備とやらをしているとしたら、狙っている事はただ一つだ。

 ただ……それを口に出すのは流石に憚られた。

 如何に格上の相手を倒す算段を付けているとは言え、そこまでの事を竜種が考えるのか、簡単に断定してはいけないように思えた。

 番のリオレイアと共に頂上へと降り立ったリオレウスが見えた。そして、リオレイアだけが残っていたであろう雛を咥え、また背に乗せて去っていく。

 その直後にイビルジョーの雄叫びが聞こえた。

 そして、ヒノキ達も入る事が禁じられた古代樹の頂上付近、リオレウスの縄張りへと足を踏み入れた。

 

 雄叫びや戦闘音は頻繁に聞こえてくる訳ではない。あの頂上でリオレウスがイビルジョーに対して奮闘しているのならば、それは狩人と対峙したときのように派手に相手を攻め立てるものではなく、一撃も喰らわない事を前提とした慎重な戦いになる。

 イビルジョーもそれを分かっているだろう。

 ただ、何故リオレウスが子供を逃がしてまで頂上で戦おうとしたのか、その狙いまでは分かっていないだろう。

「……そうか、()()をする気でなければ、子供を逃がしてまで頂上で戦おうとはしないよな」

 つい、口に出ていた。

「それ、とは?」

「頂上には、ダムがありますよね。古代樹が吸い上げた水がたっぷりと溜まっている、リオ夫婦が堰き止めているダムが」

「そうだな」

「戦うと決めたとしても、態々子供を逃がしてまで頂上を決戦の場所としなくてもいいはずです。けれども、リオレウスはそれを選んだ。その理由は、俺にはたった一つしか思いつきませんでした」

「まさか――」

 そう、リーダーが言おうとしたところで、どどうどどう! と激しい水流の音が聞こえた。

 続いて聞こえて来たのは、イビルジョーの悲鳴、そしてリオレウスの雄叫び。

「……本当かよ」

 水流が収まり、頂上へと着くとそこには誰も居なかった。ダムが破壊され、溜まっていた水が一気に流された痕跡、リオレウスもリオレイアも、そしてその雛達も一匹すら居ない静かな空間。

 崖の下を見ると、足が折れ、骨が剥き出しになっているイビルジョーが横たわる姿が見えた。退化しつつあるようにも見える小さな前足は何の役にも立たず、出来る事はただ足掻くだけ。

 そのイビルジョーに対しリオレウスが、その背中から近付いていた。万一にでも噛みつかれないように慎重に首を捉えた。

 力を込めて足の爪を引くと同時にイビルジョーの首からどっと血が流れ出し、出来ていた水たまりが一気に赤く染まっていく。

 足掻いていたイビルジョーも次第に生気を失い、そして、事切れた。

 そしてまたリオレウスは咆哮を上げた。

 勝利を喜ぶ心からの咆哮で、何度も繰り返し叫んでいた。

 

*****

 

 リオレウスが戻って来る前に頂上から退散し、そしてそのリオレウスがイビルジョーの元から去った後にヒノキ達はイビルジョーの前に訪れた。

 太刀はそのまま、折れる事も曲がる事もなくイビルジョーの背中に突き刺さっていて、修理も破棄もする必要なく、強いて言えばべっとりと先端に付いた血を拭えばそれで元通りだった。

 新大陸に来る前から使い続けてきた愛刀だ、まだ使える事にほっとしながらも、この頃壊れそうになる事が多いな、とも思う。

 ソードマスターとリーダーがイビルジョーから持てる分だけの剥ぎ取りを終える。

「ヒノキも手伝え。まだまだ使える部分は沢山ある」

 装備にも防具にもそれ以外にも。そこ辺りの事はそう詳しくな無いが、食材としては多分役に立たないにしても、薬などには使えるかもしれない。

「分かりましたー」

 ヒノキも剥ぎ取るが、このイビルジョーは平均よりやや大きめで、三人が持って帰れる分だけを剥ぎ取っても、まだまだ素材は剥ぎ取れそうだった。

 しかし、一旦手に持てるだけの素材をアステラに置いてきて、もう一度イビルジョーの元へ戻って来た時、そこに居たのはリオ夫婦とその雛達だった。

 雛達はそれがイビルジョーであろうとも気にする事無く肉を啄んでいる。

 倒した当のリオレウスは剥ぎ取りの痕を見て少し不満気に辺りを見回しており、こりゃもう駄目だと退散する事にした。

 気付けば昼が過ぎ、もうそろそろ日が暮れてくる頃だった。

 

 アステラに戻る前に、あ、と気付いた事があってヒノキはソードマスターとリーダーから別れる。

「日が暮れる前に戻れよ」

「そんなに大した事じゃないのでー」

 置いてきたドスサシミウオ、今日はそんな暑い日でも無かったはずだし、あれからそう時間が経っている訳でもない。まだ大丈夫なはずだ。

 そう思って置いてきた場所まで小走りで行くと、何も残っていない。

 近くにはプケプケの足跡。

 気付けば、もう辺りにはイビルジョーが来た事による緊張感は何も残っていない。モンスター達もまた戻ってきているのだろう。

 変わったことと言えば、欲張りなクルルヤックが食べられた事だけ。

「……あいつめ」

 俺が釣って来たドスサシミウオを、あろう事か丸呑みしやがったな。

 せめて、ちゃんと味わったのか?

 ……。

 食べようと思っていたものが食べられないと分かると、手間を掛けてでも食べる為に手間を惜しまなくなるのはそこそこの人間にはあり得る事だろう。

 そんな事を思いながら、釣り竿を手にしてまた釣り場へと行くことにした。

「日が暮れる前に帰れるかなあ」

 そう思う事自体、もう暮れる前に帰れないと思っているようにものだったのだろう。

 

*****

 

 結局、辺りが暗闇に染まり始める頃になってもドスサシミウオどころかサシミウオも釣れずに帰る事となった。

 暗くなる前に帰ると言ってしまったし、心配させる事は避けなくてはいけない。

「はぁ……」

 あんまり良い事の無い日だったな。イビルジョーはやって来るし、釣ったドスサシミウオは奪われるし。

 全部イビルジョーのせいだ。もう死んでいるけれど。

 とぼとぼと歩いて帰るとき、ふと、上を見上げた。夕焼けが過ぎ、星空が見え始める紅から藍色へと、そして黒色へと変わりつつある空だ。

 夜が来るときのこの時間の空は、とても幻想めいた何かを感じさせた。この世界にはまだまだ沢山の、誰もが知らない何かが転がっていると言うような。

 その空を見ていると少しだけ何も釣れなかった寂しさも薄らいで、ヒノキは背を伸ばした。釣りで座りっぱなしだったその体がコキ、ポキ、と音を鳴らした。

 背中には、今日に限っては二本の太刀がある。新大陸に来る前から使っている愛刀と、今日、イビルジョーを切る予定だったバゼルバルガーがある。

 あんまり自分の背には馴染まないと思っていたが。

 意外とその僅かに感じる危険を伴う温かみも悪くない。少し、使ってみるか。

 それとまた、絵を描きたいという意欲も強く湧いてきているのも感じた。

 クシャルダオラの絵も、仕上げを残すだけだ。

 また間近で見る事も出来たし、完成も近い。

「今日中に仕上げられるかな……」

 いや、急ぐのもマズいか。そう思って、森から出て抜けると、視界の隅に何かが入った。

「…………」

 足が止まる。その方向を振り向きたくない。

 何だろうな。俺、気に入られたのかな。

 一旦、目を瞑る。()()が目に入ってももう緊張感を抱かない自分もあんまり良い気はしなかったし、視界の隅に入っただけでも()()があの個体なのだと分かってしまうのも良い気はしなかった。

 悪い気も余りしないが、とにかく、妙な気分だった。

 近くの石に腰かけて、()()が、歴戦王と呼ぶ事になったクシャルダオラが自分の所までやって来るのを待った。

 そのクシャルダオラはとんでもなく強いのだと見るだけでも分かるが、前にただのクシャルダオラがやって来た時のような緊張は感じられなかった。

 その証拠に、海に突き出した見晴らしが良い、アンジャナフが良く黄昏ている場所であり、そして今もそうしているアンジャナフも目視してやっと、クシャルダオラに気付いた様子が見えた。

 そしてすぐに逃げ始めた。

 その姿からは果てしない強さが滲み出ているのに、辺りに与える感覚はひたすらに穏やかだった。

 アステラからそう離れていないだろうが、目視しない限り誰も気付かないだろう。

「何の用ですか……?」

 自分の目の前で立ち止まったクシャルダオラに対して、ヒノキは問いかけた。

 そうすると、クシャルダオラは前足の爪に挟んでいたものをヒノキの前に置いた。それは、龍結晶の地に落としてきたヒノキの手帳だった。

 ぺら、ぺら、とその鋭い爪先で丁寧にページをめくり、そしてあるページで止まる。

 クシャルダオラ、目の前に居る個体のスケッチを描いてあるページだった。

 それからそのページを開いたまま丁寧に、破けないようにつまみ、ヒノキに渡してくる。その青い瞳は辺りが暗くなってこようともまるで光っているように目に留まり、そして自分に何かを期待するかのようにじっとその場に座った。

 そこまでされれば、クシャルダオラが何をして欲しいのか、嫌でも分かるものだ。

 絵というものを、自身が描かれたそれを気に入ったのだろう。モンスターに、それも強者の中でも頭一つ抜きん出ている古龍に自分の絵が好きだと言われるのは、流石に悪い気はしなかった。

 絵描きとして、今まで様々な人に褒められてきた身ではあるが、何というのだろう、胸の奥からじんわりと喜びが滲み出てきた。

 早速ペンを取り出して、開いた次のページに、その正面からの顔をさらさらと描いていく。その顔を首を上に強く傾けて見上げていると、親切な事に少し距離を取ってくれた。

 出来ればこんな小さな手帳にでなくて、あの完成間近の絵を持ってきたいけれどなあ。そんな事を思うが、クシャルダオラにはそんな事情は通じないだろう。

 もしも言葉が通じれば許してくれるのだろうが、クシャルダオラは自分の言葉に含んでいる感情を察しているくらいで、言葉の意味は多分理解していない。

 まず、どう収めるかを軽く描きながらも、色んな事が頭を巡った。

 傷はある程度癒えているとは言え、クシャルダオラの体にはまだその痕が残っていた。手帳を持っていなかった方の爪は欠けていて、角にも何者かの爪痕かがついている。

 ……やはり、傷を与えたのはネルギガンテなのだろうか。

 その傷痕には、純粋な暴力以外の何物も無かった。ただ……ネルギガンテがこのクシャルダオラに対してどうやって?

 クシャルダオラがヒノキの筆が止まっているのを見ると、不満そうに喉を鳴らす。ヒノキは気を直すように筆を進ませた。

「流石に暗いな……」

 もう、殆ど夜だった。

 軽く焚火をすると、その鋼の体が炎の明かりを揺らめくように反射させていて、また、明かりの為に全身の薄い傷も目立ってしまった。

 ただ、そんな事は気にしない様子で、クシャルダオラはヒノキの手元を時々見ながらもじっとしている。

 描きやすい姿勢になって、じっと絵を描いていくと段々と作業に没頭していった。

 

 正面からの顔が大体描き終わる頃に集中から頭が戻って来る。

 ペンは動かしながらも、また、思考が巡った。

 ……流石にクシャルダオラがここに居る事も、自分がその近くで座って絵を描いている事もアステラの皆には気付かれているだろう。

 ただ、集中していたから気付かなかっただけかもしれないが、アステラの方からは騒がしい雰囲気などは何も感じなかったし、そのような音も聞こえなかった。

 正直なところ、対策しようが何もかも無意味だろうというのが、もう三度も目にして感じる率直な見解だ。

 バリスタはともかく、大砲さえもが身に纏う風に阻まれるだろう。閃光も不意を突かない限りは的確に目を閉じて躱すだろうし、決まったとしても地に堕ちて無防備に身を晒してくれる気もしない。

 毒が効いたところで、そう弱まる気もしない。そして、如何に風圧耐性を持った装備で臨もうとも、狩人の最大の武器である知見をこのクシャルダオラは知っている。

 こんな古龍に勝てる狩人は、居るのだろうか?

 気性が古龍らしからぬ程に穏やかな事は、本当に幸いな事だったのだと思った。

 

 細部まで大体描き終えると、中々に良い絵が描けたと自分でも自負出来る程になった。

 前描いた絵と比べると、そう大きな違いは無いが、今回の絵にはびっちりと決まっている感覚がしていた。

 何度か見比べて、もう少しだけ手を加えて、それからまた見比べて、息を吐く。

 こんな強者を目の前にして、もう緊張感も余り抱かない。疲れは出ていたがそれは強者の前に居続けたものではなく、単純に集中して疲れたからだった。

 手帳をクシャルダオラの前に置いて、すっ、と渡すと、クシャルダオラは待ちくたびれたように、そしてそれ以上に楽しみにしているようにその自身が描かれた絵を見た。

 ただ、その瞬間だけは僅かに緊張した。気に入らなかったら自分はどうなるのだろう。

 会心の出来でもあったから、そんな気は掠める程度にしかしなかったが。

 じーっと、クシャルダオラはその絵に鼻先を付けようかという程に近くから長い時間、眺めていた。

 そして一回喉を鳴らすと、手帳を丁寧に閉じて爪に挟み、自分を見てきた。

 

 ――古龍の、心底からまっすぐとした正の感情というものを、初めて見た。

 

 素で嬉し気な表情。古龍が声を上げて笑ったり、悲しんで涙を流し喚いたり、そんな事をするのか自分は知らない。

 ただ、感情というものは他者を虐げる事以外にもはっきりとあるのだと、ヒノキは知った。

 その顔を見る事が出来ただけで、ヒノキは描いた甲斐があった、狩人になって良かった、新大陸に来て良かったと思った。

 立ち上がり、翼を広げ、全身が炎の明かりにゆらゆらとしながらも露になる。

 そしてふわりと、まるで重みを感じさせないように地から離れ、龍結晶の地へと飛び去って行くのを、ヒノキは姿が見えなくなるまでぼんやりと見続けた。

 見えなくなると背中から寝転がり「あー」と声を出した。

「あー……」

 ここから動きたくなかった。焚火から立ち上る煙が、もくもくと真っ暗になった空に浮かぶ星々を隠している。

 胸は温かく、幾らでも滲みだしてくるこの感嘆を、脱力して声に出す以外に解放する術をヒノキは見つけられそうになかった。

「あー……」

 遠くから、人が走って来る音が聞こえる。

 ぱち、ぱちと焚火が弾ける音が、次第に弱まってきていた。




クシャルダオラ編完結です。
ここまで読んでくださってありがとうございます(バゼルバルガーは最初は使う予定でしたが話を書き進めていると使わなくなってしまいました)。

次は多分、閑話としてカシワ視点からのキリン編になるかなー。
ただ、これからは一旦途中で止まっている一次創作の方を進めるのでキリン編は今すぐではなくて2~3月にスタートかなあ。
二次創作一番メインでやってるポケモン関連でも新しい話思いついてたりするから、もうちょっと遅れたりするかも。

↓もうちょっと詳しいキャラ紹介。一旦ヒノキと歴戦王クシャルダオラだけ。詳しくは設定とかで一話としてまとめて出すかも。

ヒノキ:
主人公。人間♂
人間性とか:
絵を描く為に狩人になった、狩人にしては珍しい動機を持つ人間。
狩りの腕は中の上。モンスターで例えるとイビルジョーと互角かちょっと下くらい。
絵を描く為に狩人になったけれど、狩人としての責任は優先する。ちょくちょくその時間を奪われる事に悩んだりするけど、やっぱり狩人でしか見れない世界が沢山あり過ぎるので狩人でいる。けれど新大陸に来てからは奪われ過ぎてやっぱり悩む。自室は画材で変な臭いがする。ヒノキが狩りにいかないときはその画材の臭いがする。
そう大して設定は考えてないけどモデルは多分、モンハンの世界でこうなりたかった自分。
装備とか:
武器は太刀オンリー。
好みは無属性太刀。想像にお任せください。これから新しくバゼルバルガーを使っていくかもしれない。
防具は生存重視。胴が上位オドガロン。古龍装備はなし。それ以外は想像にお任せください。
特技とか:
絵を描く事。色んなところで色んな絵を描いてきた。でも作者はMHWしかやってないので新大陸に来るまでは想像にお任せください。
それからモンスターも数多く絵を描く為に観察してきたので、モンスターの感情を読み取りやすい。

歴戦王クシャルダオラに気に入られる。
多分これからクシャルダオラが来る度にヒノキが飛んでいく事になる。

歴戦王クシャルダオラ:
クシャルダオラ 性別?(考えてない。多分♂)
ぼくのかんがえたさいきょーのれきせんおう(=ゲーム性を無視しました)

高齢だけど老衰間際と言うわけでもなく全く衰えはない。
身に纏う風、発生させる竜巻はほぼほぼノーモーションから飛んだ古龍を身動きさせないほどに強力で、そこから更にネルギガンテを一撃で撃退するほどのブレスを放つ。
狩人に対する知識も豊富で、閃光弾も放たれる前にそのモーションを狩人が見せたらもう目を閉じて回避してしまう。
更にタチの悪い事に風を利用した隠密性も高く、音を立てずに行動が可能。ソードマスターも気付けないほどに後ろから忍び寄ってヒノキを抑えつけたり。
性格は古龍にしてはとんでもなく温厚。自分を襲ってきたネルギガンテも殺せたのに殺さずに撃退するだけに留めるほど。
もし万一狩人を相手にするのならば、風圧耐性が無ければ一瞬で空高くまで持ち上げ、墜落死させ、風圧耐性があっても龍結晶の礫を無尽蔵に当て続けて身動きをさせないままブレスか肉体の一撃でバラバラにする。
新大陸最強。誰も勝てないと思いきや、何らかの理由で歴戦個体でもないネルギガンテに敗北している。
また、それに勝てるレベルの正真正銘の化け物狩人はどこかに居る。

ヒノキの落とした手帳を見て、自分の絵を気に入って、ヒノキのところへ押しかけ。
それからも時々新しい絵を描いて貰いに押しかけるようになる。


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キリン 1

 そこは新しいたいりく

 さまざまなかんきょうの中 たくさんの命があふれる いるだけで元気になってくるような そんなばしょ

 

 その新しいたいりくには 世にもめずらしい ちじょうへとサンゴが生えてくる そんなばしょがありました

 おかサンゴのだいち そうよばれるそのばしょには パオウルムーという 泣き虫な竜がいました

 

 パオウルムーは 飛竜です 

 この飛竜のいちばんのとくちょうは 首にありました

 ほかの飛竜とはちがい 首に空気をためられるようになっているのです

 それを利用して まるでふうせんのように ふわふわと空をとぶことができる竜なのです

 また 空気をためたじょうたいのパオウルムーはとてもきけんです

 おおきくなった そのパオウルムーの首はいがいとかたく たたきつけられると ただではすみません

 さらに そのためた空気を一気にはきだすことで かりうどをはじきとばすほどの きょうれつなくうきのブレスをはなつこともあります

 

 しかしながらパオウルムーは このおかサンゴのだいちでは ざんねんながら どうどうと空をとべることはありませんでした

 そんなパオウルムーをつよいひかりでおとしてしまう ツィツィヤックとよばれる 鳥竜が

 そんなパオウルムーにとびかかってかみつき ぶんぶんとふりまわしてなげとばしてしまう オドガロンとよばれる 牙竜が

 そんなパオウルムーよりもすばやく大きく さらにあらゆるものを氷づけにしてしまう レイギエナとよばれる飛竜が

 おかサンゴのだいちにはいました

 かたく大きい空気のふくろをたたきつけようとしても きょうれつなかぜをはなとうとも それらはみがるなかれらにはかんたんにかわされてしまい いつもかえりうちにされてしまいます

 よくはれた 春のあたたかいひざしがさしこむ アイルーであるぼくなんかは 気をぬけば 体を丸めてねむってしまいそうなそんなひも パオウルムーは ふと出会ったオドガロンに いいようにふりまわされて あそばれたあげくに ないていました

 ひかげでびくびくとしながら いっぴきで ないていました

 

 ヒノキはそこまで読んで、言った。

 カシワが絵本を完成させたと言って戻って来たと思えばこれだ。幼児向けの可愛い絵柄なのに中身はこれだ。

 残酷な、言ってしまえば現実に即したであろう生態系がそこに描かれている。

「……あのさ、ひどくね?」

「だって事実だものニャ」

「……」

「けどニャ、このパオウルムーはまだ幸せものニャ」

「まあ、そうだろうな」

 陸珊瑚の台地がどうなっているか、ヒノキが知らないはずも無い。そのパオウルムーの事はカシワが幸せ者だと言った理由まで知っていたし、実際そのパオウルムーは狩人の間でも狩らないようにお触れが出ていた。

 

 そんなパオウルムーは いつしか泣きつかれて ねむってしまいました

 けれど そんなパオウルムーをよく見ると そのからだにはきずは一つもありません

 オドガロンのきばは にくをたやすくひきちぎるほどに するどいのにもかかわらずです

 ぼくは このパオウルムーを 長いあいだ かんさつしてきました

 その長いあいだ このパオウルムーはなんどもいじめられてきましたが しかし きずがつくことは いちどもありませんでした

 

 泣き疲れた顔のパオウルムー。その隅に描かれている細い足は淡い水色をしていた。

 ヒノキは次のぺージを見た。

 

 パオウルムーは目をさますと じぶんにもたれかかって 体を丸めているそのそんざいに きづきました

 パオウルムーの首の 空気のふくろは ふくらんでいないときはとてもふわふわです

 それはききゅうにも使われるほどにがんじょうでもあればまた マフラーやぼうしにすれば とてもここちの良い いっきゅうひんになることまちがいなしの とてもすばらしいものでした

 そしてそれは 古龍をも時にすきになってしまうものだったのです

 

 そこには絵本に書かれた文章の通りに、パオウルムーに凭れ掛かって寝るキリンの姿があった。

 パオウルムーは心なしか緊張した顔をしていた。

 

*****

 

 今、陸珊瑚に居るパオウルムーは、どうしてか時々来るキリンに気に入られていた。

 単純にその首の空気袋が好きなのか、パオウルムーそのものを気に入っているのか、そこまではまだ不明だが、それを知っているモンスター達はそう強くパオウルムーに攻撃を仕掛ける事は無い。

 また、厄介な事にそのキリンは歴戦王と名付けられたクシャルダオラとまではいかなくとも、普通の古龍と比べれば強い力を持っていた。

 その身から発せられる雷は生える草木を黒焦げどころか粉々にする威力であり、雷耐性が如何についた装備であろうとも、それをまともに身に受けたら体がイカレてしまうと思えた。

 加えて陸珊瑚の台地と研究基地は繋がっており、飛竜などと比べれば人間と背丈がそこまで変わらないキリンならば研究基地に入れてしまう。

 柵などで封鎖しようともそのキリンの前では無力であろう事、そしてキリンが人間に対して怒ったら最期、研究基地は人的被害と共にもう再起不能なまでに破壊され尽くしてしまうというのは想像に難くなかった。

 パオウルムーを狩る事はそのキリンを怒らせ、最悪研究基地が破壊される事と同義だった。

 

 幸いなのは、パオウルムーもキリンも、進んで狩人や他の人間達に対してちょっかいを出してくる性質では無かった事だった。

 もしパオウルムーが攻撃的であっても、キリンに気に入られている以上迂闊に手は出せないし、またキリンがそのように危険だったならば、犠牲を覚悟してでも討伐に臨まなければいけなかった。

 

*****

 

 パオウルムーは きょうもきょうとてがんばります

 キリンという雷をあやつる ものすごい古龍に気に入られていても パオウルムーはじぶんがよわいことが いやでいやで たまりませんでした

 たてに よこに 前に 後ろに たくさんうごきまわりながら ねらったもくひょうにむけて せいかくにブレスをはきます

 ごうぅっ! とはかれたくうきは しかしながら すこしずれて なにもないばしょのすなを まきあげるだけでした

 しかし あきらめずにもういちど パオウルムーはいきを大きくすって 空へととびあがりました

 そんなすがたを キリンは まるでおやのように 見ていました




カシワの絵柄に関してはある絵師の作風をそのまんま想像してます。
パオウルムーとキリンに関してはこれもモデルが居ます。
そんなこんなな1.5章、多分クシャルダオラ編に比べれば短めですが、よろしくお願いします。

パオウルムー:
下位個体
キリン:
歴戦個体


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キリン 2

 陸珊瑚の台地を訪れ、そして惚れ、ヒノキと行動を別にすることを決めてから数週間。

 カシワは散歩にでも出かけるような足取りで、気軽に研究基地から外へと出た。

 

 獣人族であるアイルーのカシワの、その一番の特徴は背中に自分の背丈の半分程にもなる手帳を良く背負っている事だろう。

 しっかりと防水加工もされたその手帳の中には、数種類の色鉛筆も入っており、それと僅かな護身具がカシワが絵を描く為に出かけるいつもの装備だった。

 本格的に討伐や調査などに出かける時には、そんな大きな手帳は持っていけない。しかし、ヒノキと行動を共にするのならばヒノキがカシワの手帳も持ち歩いてくれるのでそう問題は無かったりする。

 

 人が通れないような狭い隙間や鬱蒼と植物が生い茂る、そんな道では全くない場所を小柄で柔軟なアイルーは道として使う。

 隙間をすらすらと通り抜け、時に蔦や植物のたわみを利用してひょいと飛んだり、ここに訪れてからそう長い時間が経ったわけでもないのに、もう知らない場所は無い、ここは自分の庭だと言うように台地を駆け巡る。その速さに対して体に木の葉や砂がこびりつく事は愚か、枝が体をなぞったり、足音を出す事すら無い。

 元々アイルーというのはそういう行動が得意な方だが、カシワはその中でもそう言った隠密行動というものに対しては優れた素質を持っていた。

 絵も独特だが分かりやすく、絵本として出版される事も時々あり、好き勝手に絵を残していくヒノキより実は金を稼いでいたりもした。

 ただ、その代わりに竜種と面と向かって対峙する度胸は余り無かった。

 そんな度胸が無かったからこそ、隠密行動が得意になったのかもしれない。

 

 この頃良く絵を描く為に訪れる場所は、高台の下の広場だった。

 この台地の捕食者の側に立つモンスターが良く訪れる場所であり、特にレイギエナやオドガロンと言った強者の側に立つモンスターが良く見られた。

 カシワが訪れてからじっと待っていると、まず訪れたのはツィツィヤック。

 クルルヤックと同じく鳥竜であり、体躯もそう大きくはなく身体的にも強くはない。ただ、そうであろうともツィツィヤックの前に積極的に顔を出す事は無い。

 目の上に伸びる触角から閃光玉より眩い光を出す事が可能であり、それを浴びてしまうと例え背中を向けていようともその閃光からは逃れられず、平衡感覚を失ってしまう。

 飛竜はバランスを失い地に落ち、狩人ならば一時的に前後不覚に陥る。

 相手取っていたならば、ツィツィヤックはその隙に勢いをつけて飛び蹴りをしてくる。狩人の中にはまともに食らい、骨折、下手をすると殺されそうになった狩人も居るほどだ。

 そんな、そう膂力の無い鳥竜ではあるが、飛竜すらも恐れる竜である。

 ツィツィヤックは広場に出てきて多少辺りを見回したが、身を潜めているカシワに気付く事は無く一度欠伸をするとまたどこかへと消えていった。

 特に何も、変わった様子は無かった。

 

 ただ、次に訪れたのはオドガロンだった。瘴気の谷を主な縄張りとする牙竜であるが、獲物を求めてか良くこの台地にも姿を現す。

 その全身は鱗ではなく血のように真っ赤に染まった筋肉質な皮膚で覆われている。

 初見であればそのおどろおどろしい見た目に何よりも驚かされるが、しかしそれよりも脅威なのはその四肢の先にある爪だ。オドガロンは別名を惨爪竜と言うのだが、その名の通り惨い傷を与える事の出来る鋭利な爪を一つの腕に十も持つ。

 汎用性に優れた上段の四の爪と、リーチと殺傷力に優れた六の隠し爪を使い分ける。六の爪の方が危険なのは確かだが、どちらを受けたにせよ一撃だけで致命傷になり得るのは変わらない。

 そんなオドガロンはクンクンと地面の匂いを嗅ぎ、何かを探し求めるように歩いていく。

 多分、先ほどここに来たツィツィヤックを追っているのだろう。オドガロンは瘴気の谷の環境に適応した為か、視覚がかなり退化している。見えない、というまででは無いようだが、少なくともツィツィヤックの閃光に怯まない程度には視力が無い。

 その代わり嗅覚が優れているのだが、茂みに隠れているカシワには幸いにも気付いていなかったようだった。

 カシワは体を起こし、そのオドガロンを追う事にした。あのオドガロンは討伐案件に入ろうとしている程に危険な個体だった。

 前に瘴気の谷に良く現れていたオドガロンは肥やし玉を投げつけられ過ぎて流石にどこかへ消えてしまったが、このオドガロンは肥やし玉を易々と避け、更に凶暴性や身体能力もオドガロンの中でも高い。

 瘴気の谷のモンスターもなりを潜め、調査や採集も強い狩人であっても躊躇うほどに危険な地帯と化している。

 この陸珊瑚の台地もオドガロンが訪れると、パオウルムーやレイギエナまでが身を潜めるようになる。

 レイギエナでさえも分が悪いと感じているのか、それとも単純に相手取りたくないのか、そこまでは分からないが。

 

 オドガロンはツィツィヤックが去っていた方向へと足を進めた。ツィツィヤックは追って来ているオドガロンに気付いていなかった様子だったし、そのまま気付かなかったままならば、出遭ってしまったらそれが最期、獲物とされるだろう。

 一番の武器である閃光が通じなくとも、オドガロンとツィツィヤックの種族としての差は歴然だ。怯ませられず、膂力も殺傷能力も何もかもが勝る点が無い。

 オドガロンが視界から消えると、カシワはその後を追い始めた。

 視界に入らない程の距離を保って、カシワは先へ進む。導虫に頼らなくとも痕跡を辿る事で後を追う事は可能だ。ヒノキならばもう少し距離を詰めて追うのだろうと思いながらも、慎重にカシワは足を進めた。凶暴で尚且つオドガロンの中でも強い部類に入るあの個体に見つかって、カシワは絶対に逃げ切れるとは断言出来なかった。

 並みの個体でも壁を掴み、飛竜とすら比べ物にならない程のアグレッシブさで襲い掛かって来るのだ。それが更に強い個体ならどうなるか。想像すると、茂みの中に逃げ込んだとしてもその爪で全ての植物を切り裂きながら牙を向けてくる、そんなオドガロンが頭の中に出てきてしまった。後ろからザクザクと音を立てながら追って来るオドガロンから逃げて、逃げて、蔦を掴んで崖の先に飛ぼうとしたその瞬間、追いついたオドガロンが跳躍し、その蔦を切り裂いて自分は下に落ちる。逃げる前にグルルル、と六本の隠し爪を出しながら鼻息を荒くして歩み寄って来るオドガロン。

 そこまで想起してしまって、ブルルッと体が震えた。

 いけないいけない、集中だ、集中。

 カシワはそう言い聞かせて、痕跡をまた追い始めた。

 ……ただ、どうしてか、体の震えは完全には止まらなかった。

 ……?

 

 途中、高所から折り返して低所から元の住処へと戻ろうとするツィツィヤックが見えた。

 足取りに急いだり焦ったりする様子は無く、まだ後ろからやって来ているオドガロンには気付いていない様子だ。

 そして少し後に、そのオドガロンがやって来るのが見えた。

 距離は大分縮まっている。そして、オドガロンもそれが分かっているのか、歩みを速めていた。

 追いつかれるのはもうすぐだ。カシワは高所から飛び降り、丁度居たラフィノスに一度着地、「ギャッ」と声を出されるが無視して静かに地面へ降りた。

 気付かれていないか……? 怒るラフィノスを無視して茂みに隠れ、先へ進みながら辺りに気を配る。

 進みながら、大丈夫な様子の事を確認した。そして考えると、そもそもラフィノスが良く居る場所をツィツィヤックもオドガロンも無視して進んでいた事に気付いた。

 ツィツィヤックは腹が減っている訳ではなく単純に散歩だったのだろうし、オドガロンもラフィノスなんかよりもっと良い獲物であるツィツィヤックを追う事を優先していたのだろう。

 気付いていたとしても無視する程度の事だったのだ。

 そして、ツィツィヤックの威嚇する声が聞こえた。

 ただ、それに対してオドガロンの咆哮は聞こえない。咆哮する程の敵として見做していないようにも思えた。カシワが急いで走ると、閃光が目の前を明るく照らした。直接目にしなくとも思わず目を瞑ってしまう程の光だ。

 どすんっ、と何かが落ちる音が聞こえた。

 一瞬足を止め、しかしまた走ってその先を覗き見ると、首をすっぱりと切られたツィツィヤックが見えた。

「アッ……カッ……」

 オドガロンは既にツィツィヤックの背後へと着地していた。閃光を完全に無視して飛び掛かり、その爪でツィツィヤックの首をざっくりと切ったのだ。

 首からどばどばと血を出して、ツィツィヤックが倒れ込む。びくんびくんと体を震わせるだけでもう、意識もなさそうだった。

 そしてオドガロンが振り返る。その視線の先はツィツィヤックではなく、別のものに向けられていた。

 どずんっ、と音を立てて落ちたのは、運悪く空を飛んでいたパオウルムーだった。

 何が起きたのかすら分からないように、足掻いている。

 そして唐突に訪れた新しい獲物にオドガロンは歩いていく。

 その光景を覗き見ながら何故か、カシワの体の震えは強くなっていた。

 ……オドガロン、じゃ、ない。これは。だったら、何だ?

 パオウルムーが目の前のオドガロンに気付き、オドガロンが仕留めに掛かろうとする、その僅かな時間と空間。

 その間に蒼い雷が落ちた。




ツィツィヤック: 下位個体
おにく。

オドガロン: 歴戦個体
ヒノキとマハワに討伐された個体。

要するに1章と期間がある程度ダブってます。


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キリン 3

 雷。

 新大陸で電気を操るモンスターは現在、二種しか確認されていない。

 一つは、体毛を震わせて強い静電気を発しながら戦う事で相手を強く痺れさせる、古代樹の森を主な住処とする牙竜種のトビカガチ。

 しかし、トビカガチは電気を発する事が出来るとは言えど、雷を落とす事までは出来ない。

 それはもう一つの古龍でなければ出来ない。

 カシワは、自分の震えの原因をそこで理解した。

 軽い動作で高所から降りて来た()()はココッ、と爪を軽く鳴らしながら着地した。

 ヂヂッ、ヂヂッ、と雷を帯びたその体が危険な音を鳴らしている。

 キリン。体躯は大概の飛竜種よりも小さい程度しか無いが、その身に帯びる雷は空から落ちるそれと同じ程に強力で殺人的だ。

 足を止めたオドガロンとやっと正気を取り戻したパオウルムーの間にゆっくりと入り、キリンはオドガロンの方を向いた。

 カシワからは、キリンがどのような顔をしてオドガロンを見ているのか、それは分からなかった。

 ただ、パオウルムーを守ろうとしている、それだけははっきりと分かった。

 何故、どうして古龍種がパオウルムーを守ろうとしているのか、カシワは疑問を抱くと共に強く興味が湧いた。

 しかし体の震えは止まらず、自分はキリンに対して距離を取っていようとも怯えている事は確かだった。

 キリンと対峙したオドガロンはけれど、即座に逃げる事はせずにヴルルル、と唸り声を上げた。

 コツ、コツ、とキリンが一歩、二歩とオドガロンに向けて歩みを進めた。ゆっくりと、そして同時にオドガロンの周囲に雷が降り注ぐ。静かでいて派手な威圧だった。雷が落ちた地面は例外なく黒く焦げている。

 ヴァルハザクにも跳び掛かったと言う凶暴性を持つオドガロンでも、流石にその威圧には耐えられずに後ろへと下がっていく。

 ひた、ひたと慎重に、距離を取りながら退いていく。しかし戦意は衰えていない。その顔の先はしっかりとキリンを捉えたままだ。

 後ろ足が引いて止まる。ぐっ、と僅かに溜めが出来た。前足がじゃり、と地面を掻いた。

 ジャキンッ、と隠し爪が前に出る音と共に、一撃、雷がオドガロンに当たった。

「ギャインッ」

 たった一発、キリンにとっては造作もないその一発だけで、オドガロンの戦意を喪わせるには十分だった。

 オドガロンは転がり、そして尻尾を撒いて、ただ屠ったツィツィヤックは忘れずに咥えて持ち去って行った。

 

 オドガロンが逃げ去ると、キリンから痺れるような緊張感がふっと失せた。

 雷が落ちなくなり、また体に帯びていた雷も消えた。

 キリンがパオウルムーの方を振り向く。体を起こしたパオウルムーは逃げる事はなくキリンが早足で近付いてくるのを待っていた。

 もう、緊張感はどこにも無い。キリンはパオウルムーを軽く蹴って仰向けに寝かせると、傷が無いか確かめるようにじろじろと全身を眺めた。

 傷が無い事を確かめると、今度はうつ伏せにさせてまた傷を確かめる。

 その丁寧振りはまるで保護者のようにも見えた。

 傷が無い事を確認すると、軽く顔を擦り、立ち上がらせる。そしてその顔が唐突に隠れていたカシワの方を向いた。

 ビグッ、と体が震えた。

 キリンに狩人が殺されたとか、そんな話は聞いていない。けれど、次の瞬間自分の頭上に雷が落ちてきても何らおかしくないのだと思うと、体がもう動かなかった。

 敵対するような素振りなど、何一つ取れない。何をすれば良いのかなど分からなかった。尻尾を撒いて逃げれば良いのかすら判断がつかなかった。

 ただ、そんなカシワを見て興味無さげにキリンは視線を外した。そして、パオウルムーを立ち上がらせると、一緒にどこかへと消えていった。

 固まったままのカシワが、背中を向けて小さくなっていくキリンを見てほっとしようとしたその瞬間、目の前に唐突に雷が落ちた。

 カシワは、キリンが見えなくなってからも暫くの間動く事が出来なかった。

「…………ニャァ……」

 そして、膝から崩れ落ちた。

 呼吸すら止まっていたようで、暫く息が激しかった。

 

*****

 

 何も実際にされた訳じゃない。ただ、狩りをした時よりよっぽど疲れた。

 隠密なんてそんな事やってられる程の余裕もなく、のろのろとした足取りで帰る。

 キリンが訪れた事をこの台地の生き物達が気付いたからか、いつの間にかどこもかしこも静かになっていた。

 ラフィノスも気付けば見当たらず、空を見上げれば暗雲がどこからかやって来ていた。

 ごろごろ、と雷が鳴り始める。

 

 見た事を研究基地の人にそのままに伝えると、色んな人達が話し始めた。

「これまで良く見られていたキリンも、こちらから手を出さなければ襲って来る事は無かったのは変わらないが、パオウルムーを守ろうとしたというそんな様子は今まで確認されていないんだ」

「そうニャんですか」

「かと言って、別個体と断じるのも尚早だ。その個体の模様や大きさ、何でも良いから覚えている事を教えてくれ」

「大きさは……そう大きくも小さくもニャかったようだったかニャ? 体の模様は、えっと……右側は胴から腰に掛けて紺の線が二股に分かれていたようニャ……あれ、ニャんでだろう、余り正確に思い出せないニャ……」

 絵を描いてきたから、そういう記憶には自信がある方だったが、何故かそこまで詳細に思い出せない。

 それを聞いて、話し合っていた一人は言った。

「何か、いつもの事を上書きしてしまうような事はあったか?」

 それはただ、警告されただけの事だった。

「……あったニャ。警告のように、目の前に雷を落とされたニャ」

「そりゃあ、覚えていないのも無理はない。当たったら、狩人でも無事じゃ居られないからね……」

 目の前に落とされた雷。思い出しただけでまた体がブルッと震えた。

 もしあれが当たっていたら。想像するだけで体がまた震える。

「今日はもう休んでおきなさい。この頃は特に急ぎの用も無いから」

「……ありがとうございますニャ。

 何か新しく思い出せたら伝えますニャ」

「分かった。助かるよ」

 カシワも、ヒノキと同じく古龍と対峙した経験は少なかった。それだけに、疲労も強かった。

 自分の寝床に戻り、荷物を降ろして体を丸める。

 目を瞑り、今日の事を再び思い出そうとしても、道中の事などやはりほどんど思い出せず、その代わりに目の前に雷が落ちた事をまた思い出して体が震える。

 あれだけの恐怖を体に刻まれた時は、カシワの経験ではそう多くはなかった。

 それでも、どういう事があったか、あのキリンはどのような姿形をしていたか必死に思い出そうとして、ふと、気付いた。

 あんな間近で、しかも自分だけで、古龍と対峙したというのは初めての経験だった。

 キリンは龍と言うよりかは獣のような見た目の姿形をしているが、その身に備わる力は紛れもなく古龍のものだ。ただの竜種で雷を発する者が居たとしても、それは体内から生み出すものや共生する生物の力を借りたりと、それぞれの体に備わるものに過ぎない。実際に雷を落としたり、天候までを操ったりとそんな事は出来やしない。

 青白い鱗に駆ける深い紺の模様。鋭く螺旋を描く角の根本から尻尾まで生える白い鬣は一本一本が尖り、はっきりと輪郭が見える程だった……ような気がする。

 雷の記憶に体を震わせながらも、キリンの姿を体の中で明確にしていこうと必死に記憶を辿る。

 ……確かに、古龍と言うのは惚れ惚れする程に心を奪われる存在だ。ただ、それには前提として人智を超えた力から来る圧倒的な強さ、恐怖がある。

 カシワは今日の経験だけで、古龍以外の全ての生物は古龍の気紛れで生かされているだけなのではないか、と思う程だった。

 

 暫くして、体が震える事も無くなってきて。

 一つの疑問が、そのまま頭の中に残り続けた。

 何故、キリンはパオウルムーを守ったのだろう?

 パオウルムー。この陸珊瑚の台地ではそう強くない飛竜だ。ツィツィヤックには閃光で落とされ、オドガロンには跳びつかれて引き摺り下ろされ、レイギエナには掴んで投げ飛ばされる。そんな、はっきり言えばこの場所の生態系では飛竜であってもかなり下に位置してしまう程に弱い種だ。

 確か、どこかではキリンに育てられた人間も居たんだっけニャ?

 そんな事を思うと、キリンは古龍の中では庇護欲とか、そんなものに駆られやすい種なのかもしれないと思う。

 調査のやりがいは今までに無い程にありそうだったが、同時に今まで生きて来た中でも屈指の危険を伴う。

 キリンの機嫌を損ねれば、それだけであの雷が今度こそ頭上へと落ちてくるだろう。

 震えがまた、体に強く走り始めた。しかし、ワクワクしている自分も居た。

 自分は臆病だ、それは分かっている。ただ、だからと言って安全な場所で引き籠って満足出来る程自分の好奇心が薄いものではない事も、カシワは理解していた。



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キリン 4

 翌日になるとカシワはすっかり元気を取り戻していた。ご飯を食べて、今日も調査に乗り出そうとする前に、人間達の話が聞こえて来た。

「パオウルムーを狩る事を禁止するって?」

「昨日な、調査に出かけていたアイルーが、オドガロンに襲われそうになっているパオウルムーをキリンが助けたというところを目撃した。

 下手に手を出すとキリンの怒りを買いかねん」

「……」

「この場所は陸珊瑚の台地と直に繋がっている。モンスター、それも特にキリンのような小柄で危険度の高く、ここへと簡単に入れてしまう古龍を怒らせてしまう危険性が分かるよな?」

「分かってますよ、俺にはキリンを討伐するほどの力量が無い事も自覚してます」

「なら良い」

「ただ、……それ、本当ですか?」

「見に行けばいいだろう。今日、台地に居るかどうかは分からんがな」

 カシワ自身に話が振られる事は無さそうで、準備をし始めた。

 

 調査へと繰り出して、やはり時々昨日の事を思い出す。思い出せば今でも体が震えるが、それも今となってはそう強くない。

 ……少なくとも、目にしたもの全てに雷を放とうとするような危険性は無い。警戒心はパオウルムーを守る為か、かなり強いが、だからと言ってパオウルムーに近付く者を全てを消し炭にしようとする程でもない。

 新大陸を訪れる古龍は基本的に、死期を感じ、死に場所を追い求めて来た古龍だと言う。ヴァルハザクやネルギガンテなど例外も多いが、あのキリンは死期を自らに感じているのだろうか?

 そこを調べるのも重要な事だった。

 

*****

 

 結局のところ、古龍渡りにゼノ・ジーヴァが関わっていた事は確定に限りなく近いとは言え、それがこの地に訪れる全ての古龍が死に場所を求めて来たという結論にはならない。

 龍結晶の地は、古龍種が好むようなエネルギーが満ち溢れているという。アイルーであるカシワでもその場所を訪れると体が湧き立つような何かを僅かながらに感じる。

 そんなエネルギーに満ち溢れているのならば、それを追い求めて来る古龍が若い個体でも何らおかしくは無いだろうという推測があった。

 そして、もう、ゼノ・ジーヴァは居ないのだ。マハワによって討伐され、地の底へと堕ちていった。

 その死骸は瓦礫に埋もれて研究も捗らず、結局ゼノ・ジーヴァがどのような形で古龍渡りに関わっていたのか、それは全て推測にしかならなかった。

 古龍を呼び寄せるようなフェロモンを出し、それから地脈を通じてエネルギーを蓄え、孵化を待ちわびていたのか。

 それとも地脈は元々あるもので、ゼノ・ジーヴァはそれを利用しているだけだったのか。

 もしくは、更に想像の拠らぬところの何かが全てに関わっているのか。

 全て、確定までには至らない。

 だからこそゼノ・ジーヴァが過去に生きていた時と、今現在を比較する必要がある。

 そうすれば、未だ謎に包まれているゼノ・ジーヴァという古龍の実態が少しでも明らかになるかもしれないのだ。

 

*****

 

 昨日よりも慎重に、カシワは陸珊瑚の台地を歩いた。

 キリンが居た時のしんとした静けさはもう今は無く、ユラユラが顔を出しているのが見えた。細い体とその先に付いている小さな顔は、相変わらず何を考えているのか分からないままにこちらを見て来る。

 昨日台地に出た時も、出た直後はこんな感じでいつもと変わらない雰囲気だったのだ。体の震えが止まらなかった時点で気付くべきだった。自分の感覚は正しかった。

 外へ出て暫く、自分の頭上を大きい影が通り過ぎていくのに気付いた。

 茂みに伏せて上を眺めると、案の定と言うか、この地の主であるレイギエナがやって来ていた。

 ここに気球を飛ばす為の障害となっていたレイギエナはマハワによって討伐されており、今ここを住処としているレイギエナは別の個体だ。

 気球に手を出すと狩人の討伐対象になる事を分かってそれを恐れているのか、それとも単純に興味が無いのか、それは多分後者だった。

 狩人、人という存在に大して興味を持っていない様子が見て取れた。

 気球に関しては時々観察するように見ている様子が見られるが、観察する以上の何か行動をして来た事も無く、大抵気球が去るよりも先にどこかへと飛んでいく。

 また、この一帯を強い縄張りとしている訳でも無いようで、様々なモンスターが台地を闊歩していても縄張り争いなどをする姿も今まで見られた事もなく、どこかに行ったまま十日以上ここに姿を見せない事も良くあった。

 久々に戻って来たかと思えば、寝床にしている高台には行かず、別のところへと進路を変えた。

 どこだろう?

 

 追ってみればそれはすぐに、昨日キリンが訪れた場所だと分かった。

 焼け焦げた痕はまだはっきりとその場所に残っている。カシワがひっそりと追いついた時には、その焼け焦げた痕をじっと眺め、レイギエナがまた空に飛ぼうと翼を広げたところだった。

 キリンがここを訪れると分かったならば、別の所へ行くだろうかと思ったが、そんな事はなく普通に高台へと飛んで行った。

 今は居ない事を知れているから、今は問題ないとでも思っているのだろうか。

 また追って行くが、そのまま高台まで飛んで行く姿が段々と小さくなっていく。

 ……流石に、パオウルムーはここには暫く来ないかニャあ?

 キリンに対しても向かっていく程に凶暴なオドガロンが今、ここを訪れる事がある。昨日実際に殺されかけていたし、そのオドガロンが来る以上そんなにここへ来させる事はしないだろう。

 本当に、何故パオウルムーを庇護しているのか、それだけが一番の疑問で、全く以て不明だが。

 追って行き、広場に着くとそこはまた誰も居なかった。昨日と同じようで、ただ絶対的に違うのは昨日までこの辺りに居たツィツィヤックはもう瘴気の谷の奥深くに、オドガロンの食料として仕舞い込まれている事だ。

 それに加えてパオウルムーもここに居るか怪しく、今日はここで様子を観察しようとも、退屈なだけで一日が終わりそうな予感がした。

 実際に昼になるまでじっと観察を続けても、強いて訪れたのはシャムオスに乗ったかなで族が一回、走り去って行っただけだった。

 

 レイギエナ、かニャあ……。

 一日中待ち続けて何の収穫も無いのは、この新大陸に来てからはほぼほぼ無かった。ただ、あのレイギエナに関しては生態調査も進んでいる個体だった。

 そう強く気乗りする訳でも無いが、他に気乗りするような事柄も今日は見当たらない。

 強さは中々。上位個体に属するが、歴戦個体と称するまでは届かない程。

 所見では、古代樹のリオレウスとそう大して変わらない強さだろうという事だった。

 そしてまた、リオレウスと同じように人に対して積極的に襲わない事も変わらない。ただ、この新大陸でしかまだ姿を見かけないという点で言えば、リオレウスと比較してしまうとレイギエナという種がどのような生態をしているのか分かられていない。

 それは長年の生態調査を以て明らかになってくるところだ。

 どれ程の知性を持ち、それは生命活動をする上でどのように生かされるのか。

 どのように子育てをするのか、その体の一つ一つはどのような働きをし、身から冷気を出す仕組みは他のモンスターとある程度共通しているのかしていないのか。

 体を覆う鱗の硬さ、風を掴みやすいその皮翼、そして全身を駆け巡る冷気のエネルギー、その生命がどのように武具として、道具として役に立つのか。

 それら全てはまだ始まったばかりだ。

 見知られている個体だと言われるとそう強くやる気が湧く訳でも無いが、それ以外に今日はやる事が無さそうだった。

 何も成果が無いよりはマシだ。それで飯を食っている事には変わりないのだし。

 念の為、茂みから出る前に、周りに誰も居ない事を確認する。

 ……誰も居ない。体の震えも無い。

 体を起こし、数時間ずっとじっとしていた体を解して広場へと出る。

 さささっ、と走り、高台へと続くその蔦に手足を駆けて一気に登っていく。その、途中だった。

 軽めの足音が上から聞こえて、体が止まる。

 さらさらと、砂に足を滑らせながら歩いてくるその足音は紛れもなくレイギエナだった。

 どうしてこんなタイミングで来るニャ!

 そんな事を心の中で思いながら、左右を見る。蔦、平らな壁、蔦、平らな壁。上下を見る。レイギエナがやってくる高台、硬質な地面と降りても隠れる場所が遠い広場。

 目の前。隠れられそうにはないそう奥に深みの無い蔦。

 隠れられない。

 じゃあ、どうする? カシワはそこで委縮してしまう程愚かではなかった。ただ、だからと言ってそこで取れる最良の選択肢がじっと身を潜めて見つからないようにする事よりも良い何かが見つかる訳でも無かった。

 どうしようかニャ……。

 見つかったとしても、逃げきれる自信はあった。ただ、それは絶対と言い切れるほどのものではなかった。見つかったらどちらへ逃げる?やや遠いがレイギエナが入れない袋小路へと繋がる方へか、広場を突っ切って茂みが多い方へか、それとも高低差の激しい複雑な地形へか。

 どれが一番良いか考えていると、唐突にレイギエナの足が止まった。

 ……?

 そして引き返して行く足音。小さくなっていく足音。

 ただ、助かったとは思えなかった。足音が小さくなっていくと同時に、蔦を掴むその前足が小さく震えているのにカシワは気付いた。

 後ろを振り向くのが怖かった。

 けれど、振り向かないのは、その原因が分からないままこれから行動する事になるのと同義だった。それは死の危険を放置するのと同じだった。

 カシワは振り向いた。

 空に、小さな点が見えた。黒い点だ。

 それは少なくとも古龍だった。段々と近付いて来ている。黒い翼と、白い角か何かが見えてくる。

 クシャルダオラではない。テオ・テスカトルでもない。ナナ・テスカトリでもない。ヴァルハザクでもない。他に翼を持つ古龍は、見た事が無くとも一つしか思い浮かばなかった。

 ネルギガンテ。目に触れたもの全てを、自分の身を厭わず破壊すると言う程の凶暴性と強靭な肉体を持つ古龍。ゼノ・ジーヴァすらも一人で討伐したそのマハワの腹に刻まれた、痛々しい傷が脳裏に蘇った。

 カシワは震える前足をぐ、と握りしめ直した。そして、高台へと一気に駆けのぼった。




ネルギガンテってゲーム上では古代樹の森と陸珊瑚の台地と瘴気の谷には姿現さないんだっけな。


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キリン 5

モンハンの資料集を買い、
ポケモンエロ小説コンテストに作品投げて、
この頃残業塗れになり、
SEKIROを買ってハマり(初フロム)、
今日までで多分中盤くらいまでクリアした。
そんなこんなで投稿が遅れますた。

投稿頻度はこれからもちょっと落ちると思う。
SEKIROはリズムゲーです。


 高台に体を乗り出して目の前を見ると、レイギエナがそくささと尻尾を撒いて逃げていくのが見えた。

 足跡はしっかりと残っている。ネルギガンテがどうしてここにやってきたかは分からないし、どういう生態をしているのかも見聞きしただけで実際に目にして知った物事は無いのだが、古龍を喰らう古龍にもし追われたとしたらレイギエナが助かる術はほぼほぼ無いような気がした。

 カシワはすぐに、狭い穴の先にあるキャンプ地に逃げようとして、数瞬戸惑った。

 そのネルギガンテという古龍には炎や風、雷といったような強烈な自然の力を我が物として操る事は無いと言う。その代わりにあるのは、それらの力を操る古龍を力づくで屠ってしまう程の膂力とそれらの力を簡単に耐え得る程の再生力。

 そして、目につくものを全て破壊するほどの凶暴性。

 自分の足跡や臭いを追って、この穴の先に居ると分かられたら、どうなるだろう?

 もっと遠くへ、見つかったとしても逃げる先を選べる場所を選んだ方が良いのではないのだろうか?

 考えている暇は余り無かった。

 ……。

 カシワは、レイギエナが逃げた方向とは別の方向へ、キャンプ地を無視して四つ足で走った。

 

 台地の入り組んだ地形に入る場所の直前で、ネルギガンテがどう動くかを見る事にした。

 黒と白の点だったそれはもうかなり大きくなっており、飛ぶ速さも相当なものだという事が窺えた。そして、ネルギガンテは高台の方にまでは来ず、低地の方へと足を降ろした。

 ラフィノスがばたばたと四方へと飛んで逃げていく。

 どん! と音が鳴ったかと思えばべきべきと陸珊瑚が折れて、ずずん……と煙が立ち上る。

 そして、

「ぃぎゃぁぁぁぁ……」

 悲鳴が聞こえた。

 ……人の声だニャ。

 それは、断末魔だった。狩人のお供として長い間過ごして来た身としては聞きなれているそれは、一度鳴ったらもう、聞こえる事は無かった。

 そう時間が経たない内に、またネルギガンテが飛んだ。何があるかと物色するように色んな場所をぐるぐると周り、そして先に危険を察知していたのか、それとも偶然からか、今は気球を畳んでいる調査拠点を見つけた。

 浮かせていたならばきっと、即座に攻撃されて今度こそあの三期団の船は粉々になっていただろう。

 近付いていき、しかし幸いな事にそう興味を示す事は無かったようで遠ざかっていく。

 ほっとするも束の間、今度はこっちへと近付いてきた。

 物陰に身を寄せる。高鳴りそうになる心臓を呼吸をして抑え、近付いてくるネルギガンテの動向を見た。

 高台までやってくる。ずんっ、と体の頑強さに任せて乱暴に着地すると、早速レイギエナの足跡に気付き、臭いを嗅いだ。しかしそれを追おうとはせず、今度はカシワの足跡に気付いた。

 同時に体を完全に隠す。そして、落ち着こうとしていた体がまた震えだす。

 ぶるぶると、体の芯から冷めていく感覚だ。

 ……ただ、気付く。

 体の震えは、キリンの時と同じくらいだ。

 古龍を喰らう古龍なのに? キリンがそれ程に強いのか、ネルギガンテが言われている程でもないのか、どちらだろう?

 頭の隅で考え始めたと同時にぶわっ、と強い音が聞こえて我に戻る。どうして危険極まりない古龍が近くに居るのに考え始めてしまったのか、それにまた体を冷やしながらも、こちらに来る様子が無い事に気付くと、恐る恐る顔を出した。

 ネルギガンテは畳んでいた翼を大きく広げ、飛び立つ姿勢へと入っていた。カシワの足跡も追う気にはならなかったようで、目の先は大空へと向いていた。

 ぐ、と体に力を溜め、そこから飛び立つまでの数瞬、隠れていた赤黒い腹の部分が見えた。鱗や鎧に覆われていない、古龍を屠る程の純粋な筋力の塊がそこにあった。

 限りなく僅かな時間だった。しかしながらそれは目にはっきりと残り、またカシワは畏怖さえも覚えた。その畏怖は例えそれが狩人を屠った後であろうとも、狩らなければいけなくなるであろう対象であろうとも、尊敬に近い程のものだった。

 あの古龍が、クシャルダオラやテオ・テスカトルを屠る所を見てみたいと思わせる程に。爆炎も嵐も意に介せずに純粋な暴力で打ち勝つその様を見てみたいと。

 どこかへと、きっと住処である龍結晶の地へと飛んで行く様を、気付けば呆然と眺めていた。

 

*****

 

 十分も掛からない滞在だったが、臆病なカシワを疲れさせるには多過ぎる時間だった。

 今日はもう帰ろうかニャあ……。そんな事を思いながらぽてぽてと歩いていると、レイギエナの足音が聞こえてきて咄嗟に隠れる。

 先ほどと比べればゆっくりとした足音だ。姿が見えてくると、カシワと同様に疲れ気味の様子だったのが見て取れた。

 空を眺めて、そこに誰も居ない事を念入りに確認するとどこかへと飛んで行った。

 ネルギガンテとは違い、この縄張り意識が薄いレイギエナがどこへ行くのかはまだ、誰も知らなかった。

 飛んで行く最中、一度下を見たのが見えた。

 そしてカシワは誰かが犠牲になった事を思い出した。

 

 走ってそこまで行くと、もう既に数人が訪れていた。

 遺体らしきものには布が掛けられており、見ない方が良いと言われた。

 精悍な体つきの、名前は憶えていないが多分二期団とか三期団とかの古参な方の狩人が話しかけて来た。

「この人の胴の装備、クシャルダオラの装備だったんだ。誰かから貰ったとか言っていたけど、それだけばっくりと食べられてしまっていた」

「…………」

 濃い血の臭い。思いきり叩きつけられて吹き飛ばされたのだろう、その近くの陸珊瑚が折れていた。

 動けなくなったところに逃げられず、断末魔からして……生きたまま装備ごと腹を食われた。

「ネルギガンテは一個体のみではない。

 それは分かっていたけれどね、新大陸でしかまだ確認されていない古龍がまたすぐにここに現れるとは思わなかったなあ。

 ここは古龍が狩り易い場所だ、それがネルギガンテ()には分かっている事なのかなあ」

 ネルギガンテ()、というその言葉の響きだけでもカシワの体が震えるには十分だった。

「まあ、頭がしっかり残っているだけでもまだマシだな」

「……そうだニャ」

「あ、そうそう。あのネルギガンテをカシワも見たか?」

「見たニャ」

「何か特徴みたいのはあったか?」

「……、ボク、ネルギガンテを見るのはそもそも初めてだったニャ」

「あ、そうか……。まあ、そうだよな。前に居たネルギガンテだって、殆どこっちの方には姿を現さなかったし。

 何年もここに居る俺だって数えるほどしか見た事ないしなあ」

「……ただ、凄い筋肉だったニャ」

「まあ、な。凄い存在感だよな。あれをマハワは一人で倒したんだろう? 正直俺なんかの、精々リオレウスとタメ張れるくらいの狩人じゃ、対峙してもこうなるのがオチだな……」

 その後、俺が四人居ても同じだろうと付け加えていた。




モンハンの資料集を買って、
あれ、ちょっと待って、研究基地ってあれごと気球で飛んでいたのかよ……。そうだったんだっけ……。動画見てたら背景に浮かんでたし、会話とか吹っ飛ばして気付いていなかったのか。あれ、でも、研究基地への移動は、三期団の団長帰っていないっていうし、あの研究基地ごと移動はしてないんだよな。じゃあ飛竜か。レイギエナ討伐されたし。
そして某設定に関して、……こんな設定なの!? これじゃあ、自分の思い描いている展開と食い違うよ!
……うるせー! 知らねー!!!!
おしまい。

P.S.
ネルギガンテの筋肉に埋もれたい。


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キリン 6

久々の更新。キリン編終わるまでは(展開で躓かない限りは)結構ハイペースでの投稿になると思う。



 朝っぱらから雷が降る天気を見上げる事となってしまえば、外に出る気力もなくなるというものだ。

 古龍と対等に戦える狩人など、滅多に居ない。好奇心旺盛であるカシワも、そのヒゲにピリピリとした空気の感触を覚えて、出る気を失っていた。

 ヒノキが居れば、出る気にもなるのだけどニャァ。

 ヒノキも、狩人の腕前としては並みより上の強さだが、それでも流石に古龍には敵わない。本人は、古龍と戦う事は出来るだけ避けたいなどとよく言っているが、けれど、全く歯が立たないレベルではない事は知っていた。

 一緒に出るならば、心強いのに。

 そんな事を思っていた時に、一つの事を思い出す。

 ……そういえば、あのパオウルムーは出ているのかニャ?

 心に波が立った。

 体がそわそわとする。ちょっと外を覗いてみれば、すぐに陸珊瑚に雷が落ちたであろう黒い焦げがぽつぽつと見つかる。けれど、パオウルムーの姿も、キリンの姿も覗くだけでは見つからなかった。

 キリンが来ている事は確かだ。

 けれど、パオウルムーはどうしているのだろう?

 先日のキリンとパオウルムーの事を良く思い出そうとしても、パオウルムーの表情は中々思い出せなかった。キリンは、パオウルムーを守っている。パオウルムーもそれを理解していたが、流石に古龍と常に居れば精神がやられそうな気がする。

 ……。

 その好奇心が、カシワを駆り立てていた。自制心と好奇心がせめぎ合っている。この好奇心に身を任せるようでは、きっといつか早死するだろうと思い直す。けれどこの機を逃していたらいつまでもあの二匹の関係は分からないままだ、こんな珍しい例他に無いぞと心が疼く。

 まあ、時間はたっぷりあるニャ。

 急がなくても良い。急がなくても良いのニャ。とにかく、それで良いのニャ。

 外に出なくとも、出来る事はあるのだしニャ。

 墜落した船をそのまま研究基地として使っているこの場所は、他の場所では見た事が無い。物資も乏しく、更に二十年もの間連絡も取れないままに新大陸を研究していたのだ。マハワの活躍によって今では交流が出来るようになったが、その二十年の間、この船で生活の大半を営んできた軌跡は正に独特であり、記録として残すべきものでもあった。

 この中で描いていないものも、まだまだあるのニャ。

 そう決めれば、外への危険な興味は多少は薄れた。多少は。

 

*****

 

 結局一日中雷雲は陸珊瑚の台地を覆い続け、その次の日。すっかり晴れて外に出ようとした時、またカシワは呼ばれた。

「……何かニャ?」

「ヒノキが大怪我を負った。クシャルダオラの尻尾の一撃をモロに受けたらしくて、防具ごと肋骨を何本かイカれたらしい」

「ニャッ!?」

「まあ、そういう訳でヒノキを一番知っているのはカシワ、君だ。

 一旦帰ってくれ」

「そういう事ニャら、すぐにでも行きますニャ」

 古龍と関わる事はヒノキも同様のはずだったけれど。一体何があったんだかニャ……。

 

 飛竜に乗ってアステラへと戻り、ヒノキとカシワの割り与えられた部屋へと歩く。

 やや広めの、二等の部屋だ。一等に住めるくらいの事はやっているのだが、ヒノキとカシワ自身が、画材の臭いが色んな場所に染み付くのは少々申し訳ないと、二等のままで過ごしている。

 中に入ると、横になったまま腕だけを動かして簡単なスケッチを軽く描き続けているヒノキが居た。

「おお、カシワ。久々だな」

「久々だニャァ。一体何があったんだニャ?」

「気の立ったクシャルダオラが俺の目の前にやってきて、俺が対処せざるを得なかった」

「そりゃあ、災難だったニャ。でも、それだけで済んだニャら、十分幸運だと思うニャ」

「そうだな……。マハワが来るのが後1分でも遅れてたら死んでいたけどな」

「ニャァ……」

 詳しく事を聞かせて貰うと、ネルギガンテが出て来た。

()()()クシャルダオラでなくとも、ああ組み伏せられちゃあ、もう抵抗は出来ないだろうな」

「普通の?」

「あ、ああ。そっちにはまだ伝わっていないのか。というか、多分今回の件は、ぶっちゃけるととばっちりなんだよな」

 話が見えてこない。

「まあ、あのクシャルダオラは多分、元々龍結晶の地の一部を縄張りにしていた個体だ。大半が食われちまってあんまり区別も付かないがな。

 そして、新しいクシャルダオラが龍結晶の地にやってきていたんだよ。その調査に俺が行った」

 そこまで聞けば、察せた。

「その新しいクシャルダオラの方が強かったのかニャ?」

「とーーーーーっても」

「……何を見たのニャ?」

「古龍を喰らうと言われているネルギガンテを無傷でぶちのめす姿」

「……ニャァ……」

「住処を追い出されたクシャルダオラがこっちにやってきて、イライラしててストレス解消を求めて運悪くアステラを見つけた、っていうな……」

「本当に災難だったニャ」

「まあ、助かったし、アステラが荒らされる事も無かったから別にもう良いんだけどさ。

 昨日の出来事を思い返して、結構思う事があるんだよな。俺しかクシャルダオラを止められない状況に居た。

 その時だ。俺の心境はどうだったんだろうな、って。

 直前にとんでもなく強いクシャルクシャルダオラを見たからと言って、一人で倒せるとまで己惚れては流石に思っていなかった。ただ、全く影響が無かったとも思えない。

 俺は、己惚れてはいないとは言え、恐怖心が多少薄れていたから、敵わないと分かりつつも、心のどこかでクシャルダオラを倒せるのではないか、と思っていたんじゃないか?

 それが無かったら、俺は自分の身の危険を冒してまでクシャルダオラを止めようと思わなかったんじゃないか?」

 カシワは、少し悩んでから言った。

「少なくとも、クシャルダオラの前に出る事にリスクはあると感じていて、それでもアステラを守ろうと前に出た、と分かっているニャら、それで十分だとボクは思うニャ」

「そういうモンかな……」

「それに、倒すつもりで出た訳ではニャいなら、時間稼ぎくらいで済ませようと思っていたのかニャ?」

「そうだな」

「それなら、尚更、十分ヒノキは身を弁えられていると思うニャ」

「……そうか。カシワがそう言うなら、そう思っておくか」

 ……少なくとも、クシャルダオラが人里を襲おうとしていて、止められるのが自分しかいないという状況で、身を挺してそれを止めようと動ける狩人は、そう多くは無いだろうに。

 そんな事を、カシワは思った。言いはしなかったけれど。

「何か、欲しいものはあるかニャ?」

「動かないで居ればもう後はじっとしているだけで治るからなー……」

 ヒノキの寝ている隣には、回復薬のビンがいくつも置いてあった。骨が下手に繋がっては困るから、骨折はじっくりと治すようにする。

 複雑骨折とかではなく、ぽっきりと綺麗に折れたと聞いている。回復薬を飲みながらじっとしていれば、数日もすれば普通に動けるようになるだろう。

「腹が減り気味だし、固くない肉が欲しいな。固いと食い千切るのに肋骨がぶれそうでな」

「分かったニャ」

 

 久々に会うカシワとの会話は、良く弾んだ。

 その中でも、最も話題に上がったのは、ネルギガンテについてだった。

「ええっと、整理すると、一昨日に陸珊瑚の台地とそれから龍結晶の地の両方に現れて、龍結晶の地で一際強いクシャルダオラにぶちのめされる。

 それにも関わらず昨日に古代樹の森に現れて、ただのクシャルダオラを仕留めて捕食。

 そして今日も古代樹の森に現れて、昨日の食べ残しを食っている」

「お腹でも空いていたのかニャ?」

「だとしたら、クシャルダオラを食って落ち着いてくれると助かるんだけどな。

 ……それにしても、やっぱりネルギガンテって古龍は規格外だって思い知らされるよな……。一昨日、確かに俺は、ネルギガンテがクシャルダオラの全力のブレスをまともに受けたのを見ていたんだぞ? 更に言えば、その後高所から墜落して、足を引きずるほどに弱っていたのも見た。

 それが、翌日には普通の、更に俺が翼を切っていたとは言え、クシャルダオラを抑えつけて、首をへし折るほどに回復しているって、何なんだよ」

「古龍が持つ不思議な力を、不思議な事に使わなかったら、全部自身の肉体の為に捧げたら、あの位になるんじゃニャいかニャ?」

「それに加えて、古龍を食っているからな。多分、喰らえば喰らうほど更に強くなるだろうな」

「……」

 カシワは、ふと、あの無惨に食われた狩人を思い出してしまった。ブルっと震えたカシワを見て、ヒノキは言った。

「人を殺しているが、討伐するかどうかは、もうちょっと様子を見てからになるだろうな……。古龍の中でも一際攻撃的な部類に入るが、昨日、クシャルダオラを喰らっている最中に、俺とマハワには目もくれなかった。

 それに、カシワやレイギエナにも興味を示さなかったんだろう? だったら、興味を持たれないようにすれば……要するに食料と見做されなければ、狩人だったら古龍の装備をしていなければ、基本的に大丈夫なはずだ。

 そしてそれよりも一番に、マハワでさえも、狩る事が出来たのは運が良かったと言うレベルの古龍だからな。殺された狩人には申し訳ないが、一人の命では、重いリスクを背負ってでも狩るという選択肢はまだ、選び辛いだろう」

「……」

「まあ、俺は、カシワは大丈夫だと思っているが、気をつけろよ? キリンが陸珊瑚の台地に居るなら、またネルギガンテが腹を空かせたら、そっちに訪れる可能性も高い。

 キリンは古龍の中でそう強い種でもないにせよ、古龍は古龍だ。古龍を喰らう古龍に対しても、襲い掛かられたら負けるにせよ必死に抵抗するだろうし、特に雷という避けようがない攻撃をドバドバぶっ放して来る事も考えられなくはない。

 下手に観察しようとして、とばっちりなんて受けるなよ?」

「……そうなるかニャァ?」

「?」

 妙な目で、ヒノキはカシワを見た。

 カシワは、キリンと対峙したときと、ネルギガンテが間近に来たときの事を思い出していた。

 古龍の中では強いとは余り思われないキリンと、古龍を喰らう古龍としてのネルギガンテ、それらから覚えた体の震えは、同じくらいだったのだ。




キリンって公式絵だとどう見てもジイさんっぽいんだよな。
鬣とかの毛はモフモフというよりフワフワとかサワサワとか、そんな軽い感じ。


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キリン 7

 ヒノキの元に一週間。

 ヒノキの近くに居るだけではなく、久々に古代樹の森や大蟻塚の荒地に訪れて色々な調査もとい、絵を描いてきた。

 ネルギガンテがクシャルダオラを喰らいつくしてからはリオ夫婦も戻って来た。

 リオ夫婦の子育てが佳境に差し掛かっているという事で緊迫した状況だったが、その住処としている古代樹の頂上は意外と観察がし易い。

 その近くにテトルーの住処もある事もあり、一日程そこに泊まり、誕生した子供の数も数えて報告した。

 ヒノキが回復するまでに雄――リオレウスの子が三匹、雌――リオレイアの子が二匹が誕生しており、卵はまだ幾つか残りがあった。まだ夫婦の緊張は解け無さそうだった。

 

 回復したヒノキは壊れた防具の為に竜を狩りたいと言うので、そう言えばと、カシワはあの一際凶暴なオドガロンの事を思い出した。クエスト一覧を見てみれば案の定ある程度難度の高いクエストとしてあり、それを教えた。

 マハワと組んで、先に準備を整えたヒノキが調査基地へと向かっていった。

 マハワは、何だか神々しく、ヒラヒラとした装備を身に着けていた。聞けばゼノ・ジーヴァ、古龍渡りの原因だという古龍の装備だと言う。

 要するに、マハワにはネルギガンテに襲われても対処できるという自信を持っているのだろう。腹を貫かれたというのに、と思うと同時に、また戦いたいと思ってもいるのだろうと感じられた。

 そして、マハワも行った後、カシワも忘れ物など無いか入念に確認してから、研究基地に戻る事にした。

 研究基地に戻れば、もう既にヒノキとマハワは瘴気の谷へと向かっていた。

 

*****

 

 外は快晴。聞けば、数日に一度のペースでキリンは訪れるようになりつつあると言う。

 雷雲と共に訪れるというキリンだが、そうでない時も時々あり、狩人がばったり出くわしてしまった事もあったとか。

「こちらからちょっかいを掛けなきゃ襲ってきそうには無いね。出くわした狩人も無傷で帰って来たし」

「分かったニャ」

「でも、追い回したりはするんじゃないよ、その狩人怯えててね、動けないでいるところの――」

「目の前に雷を落とされたニャ?」

「ああ、そうだ」

「ボクもそれ、されたニャ。たっぷり分かってるニャ」

「……なら、良い」

 誰かが言った言葉だったと思う。古龍以外の全ては、古龍の気紛れで生かされているに過ぎない。

 妙に脳裏に残っているその言葉は、こんな時に良く思い出す。

「まあ、今日も行ってきますニャ」

「……出ても……いや、行けば分かるか」

「?」

 

 その言葉の先は、外に出ればすぐに分かった。

 キリンが頻繁に訪れるようになったからか、陸珊瑚の台地は全体的にかなり静かだった。

 高台にまで足を運んでも、その隅々まで歩き回ってもレイギエナの痕跡は全くなかった。ツィツィヤックもあの個体が死んでから別の個体が訪れたりもしていないようで、結構な場所を歩き回ったが精々ケルビがぴょんぴょん跳んでいたり、シャムオスが走り回ったり、ラフィノスが飛んでいるのが見えただけだった。小型のモンスターはいつも通りに見えても、大型のモンスターは誰も居ない。

 採集や食料、素材の調達などは簡単に出来るが、竜達の生態を知る事は出来なくなる。その原因のキリンがこちらから手を出さなければ威嚇で済ませる程度の温厚さを持っているのならば、それに対してもそう気を付ける必要さえなかった。

 ただ、この状況は平穏というには、余りにも賑やかさが足りなかった。静か過ぎた。特に、絵を描く事、様々なモンスターの命の営みを見る事が好きなカシワにとっては、すぐに退屈さを覚えた。

 良い事も悪い事もあると言えばそうだが、研究者も狩人も、誰しもが今の現状を正直退屈に思っているだろう。

 狩ってしまえと思う狩人もきっと居るのだろうニャ、とカシワはトテトテと、堂々と台地を歩きながら思った。

 カシワ自身、そんな気持ちを覚えない事は無かった。

「つまらないニャァ……」

 暫くの間歩けば、そんな言葉も出て来る。ただ、だからと言ってキリンが来てもそれはそれで怖い。とても。

 思い返してみれば、あのキリンは強者の部類に入るのだと思う。

 両極端だ。

 取り合えず、こんな状況が続くのならば主に観察をする場所を瘴気の谷にでも移そうかと思いながら、カシワは研究基地に戻る事にした。

 

 戻れば、もうヒノキとマハワも戻ってきていた。

 キリンにも戦意を剥き出しにしていたあの一際凶暴なオドガロンの死体が置いてあった。傷の数はそう多くない。致命傷は首をざっくりと切った、多分ヒノキの一撃だろう。

 まだ、死んでから時間もそう経っていないようで、その首からは血がたらたらと流れていた。

 ヒノキが訪れて来て言った。

「マハワのサポートがやっぱり強かった」

 その後、小声で「マハワだけで十分だったろうな……」とも零していた。

 後ろから声を掛けられる。

「何話しているんだ?」

「いや、マハワはやはり強いな、って」

「そうだなー……」

 その強さは努力の結果もあるだろうが、それ以上に狩人としての才能が宿っている事にあるのは紛れも無い事だと、皆が、そしてマハワ自身も知っていた。

「まあ、ヒノキも十分強いよ」

 マハワはオドガロンの首に手を当てて、続けた。

「クシャルダオラの翼を切った時もそうだが、チャンスに最大の一撃を叩きこめる事、それがきっちり出来る狩人がどれだけ居るか。それに、その一撃もこんな鋭く出せる太刀使いは少なくとも、そう多くない」

「……どうも」

「ま、無駄話はこれくらいにして、痛まない内に早く解体してしまおう。

 防具、作るんだろう?」

「そうだな」

 二人は剥ぎ取りナイフを手に、さくさくとオドガロンを解体していった。

 カシワは、そんな様子を眺めながら手伝いに専念した。

 そう時間の経たない内にオドガロンは原型を失い、素材の塊になった。

 

*****

 

 翌日、ヒノキとマハワはアステラへと帰り、カシワは久々に瘴気の谷に訪れていた。

 陸珊瑚の台地の下層から連なる、一生を終えた生物が溜まり積もる場所、瘴気の谷。

 そこはヴァルハザクを頂点とした、その陸珊瑚の台地からの死肉を糧とした独特な生態系が築かれている。

 瘴気の谷に訪れれば、相変わらず鼻を刺す死臭がツンと来る。カシワにとっては、余り好きな場所では無かった。

 しかしここには流石にキリンも足を運ばないようで、いつもと変わらない。

 陸珊瑚の台地と地続きで行こうと思えば行けるのにも関わらずキリンがここに来ない理由は、単純にこの死臭が主な原因な気がした。

 古龍であれば、この環境に適応した体を持っていなかろうとその身に宿る超常の力で生きて行けそうだが、こんな臭いのする場所に好き好んで来ようとは思わないだろう。

 また、キリンは食性もそう深く知られている訳でも無いが、少なくとも草を食む事だけは分かっている。

 ここには草も無く、水も基本的に腐っているか酸に冒されているか、そんなものだった。

 

 瘴気は薄く、ヴァルハザクは今、この地には居ないようだった。

 この近辺で研究者達が二十年という期間を過ごしても、この瘴気の谷は陸珊瑚の台地と比べると調査が進んでいない。

 ヴァルハザクが稀にしか姿を現さなかった事よりも、アステラと連絡が断絶された状態で体を蝕む瘴気や強酸の池、そしてドスギルオスはともかく、ラドバルギンやオドガロンという危険な竜が歩き回るこの土地を調査する事はリスクが高すぎたのだ。

 そんな中で調査出来たのは、探索の能力に長けたフィールドマスターくらいだった。

 アステラと連絡が回復した今でも瘴気の谷の調査は、そう深くまで進んではいない。

 ゼノ・ジーヴァの影響によってか古龍の活動が活発になった時期に、マハワがヴァルハザクを一度発見、討伐したが、生態系そのものを崩す事になると判断して止めまでは刺さなかった。

 ヴァルハザクはそれからまた、どこかへと姿を消した。ただ、ここからそう遠くにまで行く事はないようで、瘴気はこの谷に在り続けている。

 

 道の端を歩いていると、ゴロゴロと音が聞こえて来た。

 端に更に寄り、音のする方を顔を向けると、ラドバルキンがゴロゴロと回って勢いよく移動していく。骨片を纏ったその肉体に一度轢かれかけた事もあり、やはりこの場所に良い印象をカシワは抱けなかった。

 オドガロンは居なくなったと言え、ニャァ……。

 ここも新大陸でしか見れないような独特な場所だとしても、ここの調査は有用だとしても、長居する気にはなれなかった。

 取り合えず、少しだけ見るかニャ。

 下層に降りていくと、瘴気が濃くなっていき、鼻に届くのは単純な腐臭ではなくなっていく。

 瘴気の正体は、体を内側から蝕む微生物のようなものらしい。最終的にヴァルハザクの栄養として還元されるそれは勿論有害であり、カシワは布を口に当てながら歩いた。

 今度は、ドスドスと強い足音を立てながら走って来る音が聞こえてまた身を潜める。ドスギルオスが子分を連れて元気良く走り回っていた。

 何だろう、ラドバルキンもドスギルオスも、いつもより元気だニャ。

 その理由はちょっと考えてすぐに思い当たった。

 あのオドガロンには、狩人も研究者もアイルーも、そして竜達も誰もかもが迷惑していたのだろう。

 種族として攻撃的でも、それが度が過ぎるものだったら、狩る対象になるのだ。

 久々の解放感を味わっているのだろう。そんな事を思いながらカシワは群れが立ち去るのを待った。

 

 そして、更に奥深くへと潜っていくと、今度はテトルー達と出会った。ここらに住むテトルー、谷のぶんどり族は、いつもよりやせ細っていた。

 あのオドガロンのせいかニャ。聞いてみると、そうだった。

 食料を分けようと思うと、拒否された。見れば、やせ細っているのに顔は爛々としている。

「アノオドガロンヲ狩ッテクレタノハ、知ッテイル。我ガ父ガソレヲ見届ケテイタカラナ、アリガトウ。

 ソレハソレトシテナ、久々ニ魚釣リも出来テナ、黄金魚ガ、手ニ入ッタノダ」

「ソレモ5匹モ!」

「コレニ勝ル馳走は無イ!」

「ダカラ、大丈夫ナノダ!」

「ニャー……」

 へー、と感心しながら、一つ気付いた。

「ニャ、ウロコは要るかニャ?」

「要ルト言エバ要ルガ、大シテ重要ジャナイナ」

「それニャら、沢山の食料と交換できると思うけどニャ、そうするかニャ?」

「ソウシテモラオウ!! デモ、後日デナ! 腹ガ限界ダ!!」

 そうして、痩せこけている事を感じさせないように、走り去って行った。

 元々飢えに強い部分もあるのかニャァ?

 そんな事を思った。

 

*****

 

 陸珊瑚の台地は、日が経とうとも中々に変化が無い。時々気紛れに雷雲が訪れる程度で、けれどそれをただ待っていられる程カシワは大人しいアイルーでは無かった。

 陸珊瑚の台地の調査は最低限で終わらせ、一旦瘴気の谷をメインに活動する事にして、その鼻を突く臭いにもどうしてか慣れて来た頃、マハワのアイルーが長旅から帰って来た。

 名は、オオバ。またすぐにどこかへと旅に出る予定だったが、一日だけ、一緒に行動した。




MHWが初モンハンの自分にとっては、アイスボーンは新モンスターより既存モンスターの方が気になるところ。
バフバロ、見た目どう見ても鹿なんだけど猛牛竜ってなんなんでしょうね。
後、どうして前足小さくしたのか気になったけど、角で物引っこ抜いてぶん投げたりするのに前足邪魔になるとかそんな感じかな。
ブラントドスはあんまり興味湧かない。
イヴェルカーナはレイギエナ従えているところ見るとあれ、ドスレイギエナに見えるぞ。
ナルガクルガが来たらトビカガチが更にかわいそうな事になりそう。

角好きが高じて社会人になってから頭蓋骨集めるようになったけど(2年で20万近く使ってる)、バフバロの頭蓋骨欲しいなー。というかリアルに言うとヘラジカの頭蓋骨が欲しい。角は売ってるの見かけたけど、もう角だけじゃ満足できねえ。
因みに頭蓋骨、会社のデスクに置いてたら人事から撤去命令下された。

あ、キリン編なのにキリン出番少ないけれど、多分次か次の次あたりから出番あるので。


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キリン 8

 オオバ。マハワと共に新大陸でのゾラ・マグダラオスとゼノ・ジーヴァに関する事柄に深く関わって来たアイルーであり、今は狩人では行けないような新大陸の僻地を他のアイルーやテトルー、ガジャフーなどと巡っている。

 体つきは他のアイルーと比べて意外とふくよかな方だ。けれど、身体能力は他のアイルーとそう変わらず、テトルーやガジャフーの道具も難なく使いこなす。

 人(アイルーだが)あたりも良く、カシワから見た印象は冒険家というようなものが強かった。

 

 戻ってきたら一日だけ研究基地に滞在して、物資が補給され次第またすぐにどこかへ飛んで行くと言う。その一日の間、カシワと静かな陸珊瑚の台地を歩いた。

 本当に静かな事をオオバも確認すると、強い警戒を解いてトテトテとカシワと歩く。

 歩きながら、色んな事を喋る。

 今回も色々と発見をしてきたらしく、しかし内容は余り教えてくれない。

「まだ、不確かな情報ばかりだからニャ。そんな噂ばかり流れても俺が困るだけニャ」

「……そんな何か、危険な情報でもあるのかニャ?」

「いや? 単純に俺が不確かな情報を嫌うだけニャ」

 オオバは、他人には大抵誰にでも親切に接するが、自分に課すルールがそれとは裏腹にとてもきっちりとしていた。

 冒険に出るのは単純にオオバ自身の趣向もあるが、その探索の成果も単純に絵を描く傍らで継続的な観察をしているだけのカシワより、何倍もあるようだった。

 でも、それを凄いと言うと、将来的にはカシワのやっている事の方が役立つんじゃないかニャと返された。

「絵本を描いて、出版までしているニャら、それは新大陸の宣伝になるニャ。

 単なる研究成果とか、そんなものより、より沢山の狩人やアイルーがここに来たいと思う可能性が増えるニャ。

 それは即ち、将来的にはこの新大陸の謎が今よりもずっと早く、解き明かされる事にニャるかもしれないのニャ」

「ニャー……」

 絵本を描くのにそこまで大それた事考えてニャいし、そんなに上手く事が運ぶともあんまり思えないけどニャあ。

「新大陸で死んだ狩人やアイルーも少なからず居るニャ。つい最近もネルギガンテに一人、殺されたニャ。そんな危険を冒してまで色んな狩人が来るかニャあ?」

「その言葉、カシワにそのままお返しするニャ」

「ニャァ……」

 それ以上は何も言えなかった。

 

 パオウルムーの姿が見えた途端に、すぐにカシワとオオバは陰に隠れた。

「空は明るいけど、キリンはきっと居るニャ」

 カシワは小声で呟いた。

 ぴりりと張り詰めた空気。どこからともなく感じるその気配。

 トテトテと喋りながら歩いている間に注意も最低限を下回るほどにかなり散漫になっていたらしい。

 集中すれば、そんな感覚が体の中に入って来た。

 僅かながら体の震えも感じられた。

「……感じられるのニャ?」

「……感じられないのニャ?」

「俺ニャ、余り……」

 意外と、この感覚はアイルーの中でも鋭い方ニャんだろうか?

 パオウルムーは、空気を吸って体を膨らませてブレスを吐く、という事を伸びている陸珊瑚に向けて何度も繰り返していた。

 見る限りだと技の練習をしているような感じだ。

「あれが、キリンが助けたパオウルムーかニャ?」

「際立った特徴とかはニャいけど、キリンの気配は僅かに感じられるし、多分そうだと思うニャ」

「強くはニャいニャ……」

「そうだニャ……」

 巣立ったばかりなのかは分からないが、そのパオウルムーの動きはどうもぎこちない感じがした。

 パオウルムー自体は飛竜の中では大して強くない部類に入るが、強いパオウルムーは強い。空気を溜めてふわふわと浮くような独特の飛び方で敵のリズムを狂わせ、出来た隙にその溜め込んだ空気を一気に吐き出すブレスや、モーニングスターのように先端が重い尻尾で叩きつけられたら、狩人はボールのように弾き飛ばされる。

 ただ、このパオウルムーはまだ、その自らの空気袋さえも制御しきれていないように見えた。

 空気を溜め込んでもひょんな事で吐き出してしまったりして、そもそも溜め込んだ状態で上手く動く事が出来ていない。ある程度飛距離のあるはずのブレスも、届くはずの場所の半分位までしか威力を保っていない。

 下位の個体より下があったらそこに分類される位の、正直に言って暴れられても害として見做されないレベルの弱さ。

 カシワが呟く。

「保護欲かニャあ?」

「キリンは、人間の子供を育てたとかそういう逸話も残っているし、有り得なくもニャいんだろうニャ」

 ただ、推測にしかならない事を幾ら話しても何にもならないので、後は黙った。

 特にオオバはそういうものを余り好まない。

 観察すればするほど、やはり動きが拙い事が目に入る。パオウルムーは何体か見て来たが、これ程に動きが拙いパオウルムーは初めて見る。

 保護欲と呟いたが、それは合っている可能性はそこそこあるんじゃニャいか?

 親から生き方を教えて貰う前に親とはぐれたり、親が死んだりしてしまったのか、それとも単純に体が弱くて親に捨てられたのか。そんな予想が立つ。

 十分も練習に費やすと、一回休んで、はぁ、と息を吐く。

 哀愁を感じさせるようなその溜息は、パオウルム―自身も自分が弱い事を理解しているようだった。

 その背後。オドガロンが居た。

 ひたり、ひたりとその長い爪の音を完全に隠して近くに寄って来ている。

 パオウルムーは気付いていない。

「本当に、あのパオウルムーなのかニャ?」

 オオバが聞いた、カシワが分からないと答える前に、オドガロンが無音のままパオウルムーに飛び掛かった。

「ビィッ!?」

 首のモコモコな空気袋に噛みつきながら押し倒し、しかしそこで固まる。

 ガクガクと震えるだけで何も出来ないパオウルムーに対して、オドガロンは何かに気付いたようにパオウルムーの臭いを嗅ぎ、それからパオウルムーを開放した。

 そして、どこかへと去って行った。

「本当ニャんだニャ……」

 オオバはそう、呟いた。

 パオウルムーにはもう、キリンの臭いが染み付いているのだろう。それを察してオドガロンはパオウルムーを狩る事をやめた。

 いきなり現れたそのオドガロンは、つい先日討伐されたオドガロンのような古龍を敵に回す程に異常な攻撃性は持っていないようだった。

 パオウルムーは、解放されてから少し遅れて我を取り戻したように体を起こした。

 泣き顔で、ぶるぶると震えていた。

 それから弱々しく翼を広げて、寝床であろう場所へと飛んで行った。

「追ってみるニャ?」

 オオバが言ったが、カシワは少し悩んだ。ちょっと、怖い。

 でも、オオバが居るなら。

「出来るだけ慎重に、ニャ」

「分かってるニャ」

 

 パオウルムーが飛び去った方向には、良く大型の竜が寝床にしている場所があった。

 そこを寝床にするのはレイギエナを除く中で最も幅を利かせている竜なのだが、キリンが良く訪れる今は、あの弱いパオウルムーが寝床として利用出来ているのだろう。

 キリンの気配を入念に確かめながら、その方向へと足を運ぶ。

 ただ、その前にまだ遠くに行っていなかったオドガロンが目に入った。クンクンと臭いを嗅ぎながら、他の獲物を探しているようで、けれど中々遠くへ行ってくれない。

 ……あのオドガロン、何か見た事あるようニャ……?

 カシワは既視感を覚えた。

 じっと待っていると、そのオドガロンは不意にこちらの方を向いた。

「逃げるニャ!」

 オオバが叫ぶが、カシワは茂みから躍り出た。

「何してるニャ!?」

 カシワは物を投げつける振りをした。すると、それだけでオドガロンは怯えるように逃げていった。

「ニャ!??」

 各地を飛び回っているオオバは知らなくても当然な事だ。

「あのオドガロン、前までこの近くに居たオドガロンニャ。

 誰からも肥やし玉を投げられ過ぎて、もう投げる振りをするだけで怯えるのニャ」

「……哀れだニャ」

「何で戻って来たのか、ほとぼりが冷めれば肥やし玉投げられなくなるとでも思っていたのかニャ……。

 まあ、先に進むニャ」

 暫くすると、遠くからラフィノスの断末魔が聞こえて来た。

 ……ここを去るつもりはあんまりニャいみたいだけれど、またウンコ塗れになっても良いのかニャ?

 

 その寝床に近付くに連れて、オオバも何かを感じたようだった。

 カシワも自身の体の震えが僅かに強くなっているのを感じていた。この先にキリンが居るのは確かだ。

 空は相変わらず晴天だ。雷雲など一つも見えない。しかし、空気からピリピリとした感触が伝わって来るようだ。

 より一層、慎重に歩いた。

 体の鼓動が感じられる。目の前に唐突に雷が落ちてこないか、そんな不安が体を何度も過る。

 静かに、大きく呼吸をする。

 その隣で、オオバが言った。

「集中しろニャ」

「……」

「マハワが言っていた事ニャ。怖い時は、理想を思い描けと。

 カシワはどうも見ると、その逆を思い描いているように見えるニャ。そんなんじゃ、体は固まってしまうニャ」

「……分かったニャ」

 それでも動かなければいけない時は動ける。それは自身でも分かっていたが、口には出さなかった。

 もしかしたらそれは、自分にとって最善では無いかもしれないのだ、と思えた。

 そして、それからそう時間の経たない内に、キリンが目に見える場所まで近寄る事が出来た。

 やはり様々な竜が良く使う寝床にパオウルムーと、そしてキリンは居た。

 キリンはパオウルムーに身を寄せて、体を丸めて目を閉じている。

 そのパオウルムーの顔はキリンに隠れて見えないが、余り身動きしているところが見えないのを鑑みると、多分両方とも寝ているのだろう。

 穏やかな雰囲気だ。それだからか、目に見える距離に居ようともカシワの体の震えはそう強くなっていなかった。

「……」

 声を出すのは、我慢した。

 まだ距離は結構離れていると言えども、僅かな物音で雷が落ちて来る事は否定し難い。

 じっと、この距離から眺める事にした。

 

*****

 

 雷が落ちて来る事は無く、空も暗雲で覆われる事もなく。

 穏やかな雰囲気は常に変わらず、暫くの間観察してから、オオバとカシワはそこを後にした。

 目視しても、結局キリンが何故パオウルムーを庇護しているのか、それははっきりとは分からなかった。

 ただ、それはきっと打算的なものではないのだろうと思えた。

「取り合えず、ボクはこれから、キリンとパオウルムーの事を観察してみようと思うニャ」

「止めはしないが、気をつけろよ」

「大丈夫ニャ。何か、やれる気がしてきたニャ」

 本質的に、あのキリンは優しい性格なのだろう。それに甘える気は無いが、討伐された凶暴過ぎるオドガロンを観察するよりはリスクの低い事になるとははっきりと言える。

 あのキリンは、少なくとも無暗やたらと他者に敵意や殺意を抱くような古龍ではない。

「オオバは、やっぱり明日には行くニャ?」

「そうだニャ。俺ニャ、そっちの方が合っているニャ。

 ……それにニャ、俺も、マハワにくっついているだけじゃ、やっぱり嫌なんだニャ」

 僅かな弱音だった。

「アイルーは、竜に勝つ事は出来ない。でも、それでも、俺はマハワの付属品じゃなくて、オオバと言う一匹のアイルーになりたいのニャ。

 だからニャ、俺はその為にも頑張るのニャ」

 今まで聞いた事の無い、本音だろう。

「どうして、ボクに?」

「カシワの事が正直羨ましいのニャ。ヒノキと共に、ヒノキと対等に名が知られているからニャ」

「……」

「だから、俺はやはり行かなければいけないのニャ」

 パンッ、と自分を奮い立たせるように顔を叩いた後には、オオバからは薄暗い雰囲気は消えていた。

 

 そして翌日に、オオバはテトルーやガジャブーを引き連れてまた遠くへと旅立って行った。

 マハワが意識不明の重体で龍結晶の地から帰って来たという報せがやって来たのは、その次の日の事だった。




自分の中でモンハンの要素として否定的に思っている事はこの小説からは省いていたりする。
まあ、一番はネコタクかな。一乙したらそのまま食われたりして死亡として書いてる。
後、MHXXとかでかな、そこ辺りでニャンターとなってアイルーを操作して竜をボコるモードがあるのにも否定的。
あの体躯で竜を倒せるなら、体が大きい意味がもう無いに等しいじゃないかっていう感じに思ってる。
MHWしかやってないんだけど。

あ、後、オオバの名前の由来は、取り合えず植物にしようと思って、
自分が今ベランダで育てているハーブ類、パセリ、バジル、大葉、ローズマリーの中で一番響きが良かったから。


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キリン 9

 その数日後に久々に様子を見に来たようなレイギエナもパオウルムーを見つけて遊んでやろうかと思ったようで、パオウルムーとは比べ物にならない軽やかさで周囲を飛び回って冷気をまき散らした。

 ただ、その首を捕らえた時にその体に染みついている匂いに気付いたようで、そこでオドガロンと同じように止まった。

 ビクビクと震えるパオウルムーを解放して、何度か匂いを嗅いで、それから急いで周囲を確認した。

 ただ、観察しているカシワには気付かず、そしてどこかでパオウルムーを見ているであろうキリンの気配も感じられていないようだった。

 カシワは、自分の事も気付かれているのかもしれない、と思いながらも上の方を見た。

 パオウルムーが広場に居る時は、高台の方に居る事が多い。暫くの間観察を続けて分かった事だ。

 レイギエナはキリンがどこに居るか分からないまま、恐る恐るパオウルムーから離れ始めた。恐怖に染まっている顔が遠くからでも分かる。

 パオウルムーはそんな様子を見ながらも、未だに怯えていた、そして同時にそんな自分自身に落胆しているようにも見えた。

 そして、レイギエナはそんなパオウルムーをまた触る事はせずに、どこかへと逃げていった。

 幸いな事に、キリンが居るであろう高台には行かずに、この台地そのものから去って行った。

 パオウルムーは、その暫く後も怯えたままだった。

 ……一日観察する必要も無かった。このパオウルムーは、生きる為の能力が他の同族と比べて著しく劣っている。

 主食が陸珊瑚の卵だから食べ物には困らないだろうが、もし肉などだったらきっとラフィノスやケルビを狩る事にすら苦労するだろう。

 キリンの所有物として見做されていなければ、とっくに他の飛竜の餌食となっているであろう事は想像に難くなかった。

 また、やっと気を取り直すと、それでもしょんぼりとしたまま、体を起こす。息を大きく吸ってふわりと飛び上がる。

 宙返りから尻尾を思いきり地面に叩きつけようとして、その前に背中が地面にぶつかった。

 それからまた、暫くの間動かなかった。

 

 その後、高台からキリンが一気に降りて来た。人ならば内臓どころか骨までバラバラになりそうな高度からいとも容易く着地し、そしてパオウルムーを立ち上がらせる。

 ゆっくりと泣きべそをかきながらパオウルムーは立ち上がり、そしてキリンと共に去って行った。

「……ニャァ……」

 キリンは、まるで親のようだった。パオウルムーという飛竜の育て方を知らない親だ。

 あのパオウルムーは、生きる事は出来るだろう。しかし、飛竜の個として生きる事は酷く困難だと思えた。

 カシワは、その日は帰る事にした。

 

*****

 

 青いリオレウスが サクラの色をしたリオレイアといっしょにやってきたことがありました

 食べものにこまってはいないらしきそのにひきは パオウルムーを見つけるといきなりおそうことはしませんでしたが きょうみぶかくちかづき そしてにおいをかぎました

 そのしゅんかん 飛びのくようにきょりをとり あたりを見まわします

 パオウルムーはいつでもおびえていました

 けれど なんどもそんなことをけいけんしたからか 心のそこからはおびえていませんでした

 青いリオレウスと サクラのリオレイア

 どちらも赤いリオレウス みどりのリオレイアよりきけんでつよいしゅぞくです

 それでも キリンをてきにまわすようなことをしようとは思わなかったようです

 二ひきは そのごはさっさとどこかへと 飛びさっていきました

 

 ツィツィヤックがやってくることがありました

 ひたいからのびるツノのようなものがとくちょうの鳥竜です そして そのツノはてきを見つけるとエリマキのようにひらいて まばゆい光をあびせることができます

 その光にあてられると あまりのきょうれつさで狩人はうごけなくなります

 また 飛竜すらも飛べなくなり 地めんにおちてしまうほどです

 ツィツィヤックは パオウルムーを見るなりそのとくいの光をパオウルムーにあびせました

 パオウルムーはそれをまともに見てしまい 地めんにおちてしまいました

 ツィツィヤックはそれをチャンスとみて 思いきりとびげりをしようと走っていきます

 けいこくとなるはずのキリンのにおいをかぐこともなく こんしんのいちげきをあてようとしたツィツィヤック

 ざんねんなことに ツィツィヤックは 生きてふたたび地めんをふむことはありませんでした

 パオウルムーが正気をとりもどして まず目にしたのは やけこげて口からけむりをはく もうピクリともうごかないツィツィヤックでした

 

 パオウルムーは キリンにたすけられるたびに かなしくなりました

 自分が自分だけの力で生きられないことを そのたびに思い知らされるのです

 それは いやでいやでたまりませんでした。でも まいにちがんばっても ほかの竜が来たとき おびえるしかできませんでした。まいにちがんばっても パオウルムーはよわいままでした

 

 そんなパオウルムーを キリンはいつもとおくから見まもっていました

 ねるときはいっしょです。それいがいのときは とおくから見まもるだけ

 キリンにとっても パオウルムーにはつよくなってほしいのでしょう。けれども キリンはパオウルムーではありません。キリンには パオウルムーがどうしたらつよくなれるのか どうしたらおびえるだけからもっとゆうきをもてるようになるのか 分かりませんでした。

 がんばっても がんばっても 空気のブレスはなかなかうまくとびません

 よこに たてに 前に 後ろに たくさんうごけば そのうちふとしたひょうしで体の空気がぬけてしまい バランスをくずしてたおれてしまいます

 つかれはてたところを キリンは今日はがんばっただろうと むかえにきました

 そうして今日もパオウルムーはキリンと一日のおわりをむかえます

 そのさって行くキリンの後ろすがたは なんだか こまっているようにも思えました

 

*****

 

 次のページをめくる前に、ヒノキはカシワに聞いた。

「リオレウスの亜種とリオレイアの亜種も居るのか」

「こっちに来る可能性もあると思うニャ」

「結構高いだろうなー……」

 龍結晶の地には、ネルギガンテはともかく、歴戦王と呼ばれるクシャルダオラが住処にしている。

 どちらにせよ、近寄りたくはないだろう。

 陸珊瑚の台地もキリンが居ると知れば、残りはアステラに近い古代樹の森か、大蟻塚の荒れ地。

「確か、ディアブロスは繁殖期じゃなかったな。

 あんまり、リオ夫婦同士の戦いなんて見たくないんだけどな」

 それに、古代樹の頂上のリオ夫婦は今、一番幸せそうだし。

 そんな事をヒノキは続けた。

「分かるのニャ?」

「警戒心は相変わらず強いんだけどさ、精力的な感じがこの頃良くする」

「ニャー……」

 リオレウスも、リオレイアも、通常種より亜種の方が基本的に強い。

 古代樹の頂上に居るリオレウスが通常の個体より強いと言っても、亜種に敵うかと言ったらそれは微妙だろう。

 そして、攻めて来たとしたらリオレウスとリオレイアの子供達は多かれ少なかれ犠牲になるだろう。

 そんな光景は何であれ竜であれ、ヒノキもカシワも余り見たくはなかった。

 きっと大抵の狩人も好き好んで見たくはないだろう。

 次のページをめくった。

 青空のページが数枚続いたのに対して、そのページの空はいきなり曇天の灰色で塗られていた。

 ただ、毎ページ毎ページ怯えるパオウルムーはそのままだった。

 

*****

 

 その日はめずらしく ぶあついくもり空でおおわれていました

 キリンがおとずれている天気としては当たり前なものでしたが このごろはキリンがいてもお日さまがかがやいている天気の日が多かったので かりうどやけんきゅうしゃたち それからアイルーやテトルーたちも少し ふしぎがっていました

 ……たぶん キリンはほんのうの内に ここにくるきけんをさっちしていたのだと思います

 

 そんな日もパオウルムーはラフィノスたちにまじって 高く生えたおかさんごからふき出されるたまごを もち前のたくさんの空気をすえる力で たくさん食べていました

 ほかの竜たちにとっては その空はきょういてきなそんざいがいると知らしめるきけんなものでしたが パオウルムーやまたラフィノス ケルビなど ここいがいにあまり行くばしょがない生きものにとっては もうなれしたしんだものでした

 

 そんなとき ぼとり ぼとり と何かへんなものが いきなり空からおちてきました

 シュゥゥゥ とそれはねつをもっています

 パオウルムーは空を見上げました

 そこには バゼルギウスがいました

 空からウロコのバクダンをたくさんおとして そのばくはつでえものをばくさつする きけんきわまりない 飛竜です

 バァン バァン!

 パオウルムーのまわりで そのバクダンがつぎつぎにばくはつしました

 ラフィノスたちはギャアギャアとこんらんにおちいり パオウルムーはとぶこともできず いきなりのできごとにがくがくとおびえて うごけなくなってしまいました。

 しかし そのバゼルギウスも 空からとうとつにおちてくるカミナリを さけることはできませんでした。

 ギャウウウン!!??

 カミナリいっぱつでいきたえるほどのもろい飛竜ではありませんでしたが そのままついらくして どずぅぅぅん とはでで大きな音をたてました

 パオウルムーは ほっとしました

 ラフィノスたちも そのバクダンをおとしてくる飛竜がついらくしたのを見ると おちつきをしだいにとりもどしていきました

 しかし それもつかのまでした




>そんなこんなな1.5章、多分クシャルダオラ編に比べれば短めですが、よろしくお願いします。

あのー、もうそろそろ10話行くんですけどー。クシャルダオラ編の長さに近付いて来ているんですけどー。


で、試しにアンケート設置してみたら雰囲気が圧倒的多数という結果。
雰囲気……雰囲気……何だろうな、狩人とかの存在をハンティングハンティング!! みたいな肉食系な書き方じゃなくて、調和を最優先にしているような書き方してるからかな。


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キリン 10

 その日。

 ヒノキが歴戦王と呼ぶ事になったクシャルダオラに気に入られたとか、そんな話題も落ち着いてきた頃。

 珍しくキリンの存在を示すような曇天が広がっているのを朝から見上げて、何も感じなかったかと言われたら、そうではないと答えただろう。

 ただ、大事が起きるとも思わなかった。

 その曇天が示す事が何なのか、そこまでは考えなかった。パオウルムーを庇護しているようなキリンだ、そんな気紛れがあってもおかしくない。

 その程度しか思わなかった。

 カシワはいつも通りに陸珊瑚の台地へと赴き、それに対しては誰も特別に声を掛けなかった。

 いってらっしゃいとか、そんな言葉だけ。

 

 パオウルムーが陸珊瑚の卵をラフィノス達と一緒に朝食としている時。

 陰りが地面に見えて空を見上げたら、バゼルギウスが居た。

 ただ、そのバゼルギウスの後ろ。黒い点。

 ぼとぼとと落ちて来る爆鱗。近付いてくる黒い点。見えたその点の周りの白。もう慣れ切っていた、キリンから感じる震え。それにその点の脅威が上乗せされ始める。

 爆鱗が至る所で爆発する。カシワから程遠くない場所でも派手な音を立てて爆発したが、それはただの環境音としか耳に入らなかった。

 ネルギガンテがやって来ている。空高くからバゼルギウスに雷が落ちる。情けないような悲鳴の後に、その巨体が墜落した音が聞こえた。

 カシワは身を物陰に潜めながらも思考した。キリンとネルギガンテ、そんな二匹の古龍がここで激突しようとしているのに体は驚くほどに冷静だった。

 ゴロゴロと曇天から音が聞こえた。それはまるで、雷を蓄えているような、キリンが既に臨戦態勢に入っている事を示すかのような音だった。

 これを予知していたからキリンは空を曇天に変えたのか、曇天だったからネルギガンテが来たのか、それは分からない。

 ただ、広場へと向かうキリンを見えて、きっと前者だろうと思った。

 体からバチバチと蒼い雷を迸らせながら、それでいて緩やかな足取り。ネルギガンテを堂々と迎え撃とうとしている。

 この戦いは見なければいけない。そう、体が感じていた。思考はその為にフル回転していた。

 もう、危機感など蚊帳の外だった。いや、純粋な一対一の戦いになると分かっていたからこそ、危機感を抱いていなかったのかもしれない。

 どちらにせよそれを最も近くで、且つ安全に観察出来る場所をカシワは考えていた。

 どこが良いか、すぐに分かる。高台からだ。迂回して向かうにはやや距離があるが、それは必要だ。カシワはすぐに走り出した。

 パオウルムーが、いきなり茂みから飛び出してきたカシワを驚きながらもじっと見ていた。

 

*****

 

 迂回して高台へと向かい、そしてそこから広場を見下げた時、ネルギガンテは丁度広場へと到着しようとしていた。

 息を落ち着かせながらも、すぐに身を伏せる。

 キリンは広場の中央で雷を纏いながら、ネルギガンテを見上げていた。

 その肉体はリオレウスなどの大型飛竜よりも小さい。しかし、存在感はネルギガンテにも劣らない程だった。

 いや……劣らない、じゃニャい。互角……互角だニャ。

 古龍を見た事は、この新大陸に来る前まででも数える程しかない。けれど、どうしてかその感覚は信じられるものだとも思えた。

 確信出来るのはこの戦いがどのような結末に終わるか、それ次第だが。

 

 静かな雷が不規則に、そして数多く広場に落ちている。

 まるでそれが当たり前かのように、自然と。

 ネルギガンテがある程度まで近付くと、ふっと高度を上げた。そして、一気に滑空、キリンへと一直線に襲い掛かる。

 それに対しキリンは動かなかった、ネルギガンテとキリンの距離が一瞬にして詰まる、そのキリンの目の前に特大の雷が落ちた。

 ドォン!

 ネルギガンテはそれをまともに食らい、キリンの目の前に墜落した。

「ガッ、ア゛ッ!?」

 ネルギガンテの体ががくがくと痺れていた。明らかに自分の意志で動いていない、乱れきった動作。

 炎も、風も、それが如何に強力だろうとネルギガンテの頑強な肉体の表面を傷つけるに過ぎない。しかし、雷は違った。

 体の内部まで貫通して焼き焦がし、そして残り続ける。

 こつ、こつとキリンが、痺れているネルギガンテに歩み寄る。そして一気に飛び退いた。

 バァン! と痺れていたのが嘘のようにネルギガンテが前足をキリンが居た位置に叩きつけていた。

 砕けた地面の破片が飛び散る。バチバチ、バチバチとキリンの体が震えた。

 痺れから回復したネルギガンテが体をずらし、その横を雷が通って行った。

「ゴルルルル……」

 ネルギガンテは回復したからと言ってすぐには跳びかからなかった。狩人の武器も、爆発も、炎も、風も生半可なものではネルギガンテの圧倒的な膂力を止める事は敵わない。

 ただ、体の内部を直接穿つ雷だけは膂力を止める為のその閾値が低かった。

 搦め手を基本的に持たないネルギガンテにとって、古龍の中では弱い部類に入るキリンはしかし、手強い敵になるのかもしれなかった。

 不規則に落ちる雷が時折、ネルギガンテに落ちる。

 その度に体を震わすが、流石にその程度の雷では僅かに怯むだけで、キリンが攻勢に入る程の隙は晒さなかった。

 また、そのキリンも、ネルギガンテに対して他の古龍よりかはある程度有利に立ち回れるとは言え、攻める事は難しかった。

 ネルギガンテとキリンの肉体を比べてしまえば、大木と枯れ枝のようなものだ。

 如何に雷を纏っていても、一度殴られてしまえば、その体はぺきゃりと壊れてしまうだろう。

 そんなだからか、互いは一定の距離を取りながら、牽制を続けていた。

 時折キリンが強烈な雷を放つが、その前に一瞬浮かぶ雷の通り道を、ネルギガンテはもう見逃さない。有効打となる雷はもう、無条件では当たらなかった。

 しかし、この均衡は暫くすれば崩れるだろう、とカシワは推測した。

 ネルギガンテの身から生える数多の棘が段々と長く、そして黒くなっていた。

 その棘は、ネルギガンテの膂力から弾き飛ばす事が出来る。搦め手と呼ぶには暴力的過ぎる飛び道具だが、今の状況を打開する為に使うだろう。

 

 キリンは、その棘の変貌を見ても特段動きを変えたりはしなかった。

 焦りもしない。積極的にも、深い警戒もしない。ただただじっと、観察するかのように相手を見続けている。

 そして棘が黒く生え揃ったネルギガンテは、水平に飛ぶ雷を躱した後、唐突に頭を地面に叩きつけた。

 ガズゥッ!

 巨大な角が、頭が、岩盤にめり込む。そして、それ以上の勢いで頭を持ち上げた。

 岩盤が、そして頭から生える鋭い棘が、キリンに襲い掛かった。キリンは横に跳んで躱す、とうとうネルギガンテが攻勢に出た!

 横に躱したキリンに狙いを定めて跳躍し、同時に右前足を高く振り上げる。そのネルギガンテとキリンの目の前が薄らと光った。二度目の跳び掛かりを読んだ、置いた雷。しかし、ネルギガンテもそれを読んでいた、光る地面の直前でネルギガンテは着地した。

 雷はネルギガンテとキリンの目の前に落ちる。ただ、ネルギガンテはただ着地しただけではない、叩きつけられた前足は再び岩盤をも砕き、そして掬い上げられる。再び腕に生えた棘と共にキリンに襲い掛かった。

 先ほどより距離が短い。

 ただ、キリンはそれも読んでいた。

 ネルギガンテはそれが当たるかどうか、キリンがどう動くか何も確認せずに、キリンが居た位置へと跳び掛かった。前足は、また岩盤を叩きつけただけだった。そこにキリンはもう居ない、そのネルギガンテの背中が薄らと明るくなった。

 戦略、ただ力任せに暴れるだけでは不利な相手に対し、ネルギガンテは一手先を読んだ。ただ、キリンはその先まで読んでいた。

 古龍としての性質の違いだろうとカシワは思った。

 力任せで何もかもを破壊する古龍と、天候からその身に宿る雷までを繊細かつ強烈に操る古龍。どちらが相手の思考を読むのに長けているか、それは一目瞭然だ。

 ドォン!!

 二度目の強烈な雷が、ネルギガンテを貫いた。口から血煙を吐き、体勢を崩す。

 そして既にその背後に移動したキリンが痺れるネルギガンテの背中に乗り、そして強く嘶いた。

「コルルルルッ!!」

 バチ、バチバチッ!!

「ア゛ッ、ギギュェェ!? グッ、ゲッ、イ゛イ゛ッッ!!??」

 キリンの体から溢れる雷がネルギガンテを更に襲う。ネルギガンテは動けなかった。強烈な雷が絶え間なく襲い、そしてキリンの体が、ネルギガンテの背中が、明るくなる。

 もう一度キリンは嘶いた。勝利を誇るような、一際大きい嘶き。

 そう、勝利は確実に思えた。カシワから見ても。

 けれども、それでも。カシワは、そしてキリンはネルギガンテという古龍をまだ見誤っていた。

 キリンの体から迸っていた雷が気付けば失せていた。体内の雷を使い切って、そして一際キリンとネルギガンテが空から明るく照らされる。

 その瞬間、空から雷が落ちるまでのほんの僅かな時間、ネルギガンテは自由になった。

 一秒にも満たない時間だっただろう。全身は内外関係なく焼かれ、そして体内で雷は未だ暴れていただろう。

 それでも、ネルギガンテは体を弾かせるように、横に跳んだ。

 ズドォン!!

 止めの雷、それは間一髪で躱された。そして、いきなりの跳躍にキリンは空中に投げ出され、ネルギガンテはそれに向かってもう一度跳躍した。

 強烈な雷を何度も身に受けても、その前足はキリンの頭に正確に狙いを定めていた。

 そのキリンの胴程もある腕が、強烈に叩きつけられた。

 

 どじゃぁっ、とキリンが背中から地面に落ち、そしてざりざりと滑る。その目の前にずぅん、とネルギガンテが着地した。

 けれどもキリンはすぐさま立ち上がった。

 一撃をまともに貰う事だけは、体を咄嗟に捩じって避けていた。けれども、その額からは血が流れ出ていた。

 その額から伸びる角が、見事にへし折られていた。

 その角はネルギガンテの前足の中にあり、しかしネルギガンテも膝を着いた。

「ゲボォッ」

 ネルギガンテが血の塊を吐く、キリンが雷を落とそうとして、それをネルギガンテは跳んで躱す。

 着地して、また膝を着く。

 キリンにとっては、予想外の手痛い、手痛過ぎる反撃だっただろう。それでも、ネルギガンテの方が満身創痍だった。

 ネルギガンテが翼を広げた。

 キリンはそれに向けて雷をまた放つが、ネルギガンテが飛び、そして逃げていくのにはもう、間に合わなかった。

 飛んで行く最中、ネルギガンテが前足を口に運んだのが見えた。




キリンの角は雷の能力を司る部位ではないらしいけれど、ラージャンが角を食べてパワーアップするとかそんな設定から見るに、古龍としてのエネルギーが詰まっている部位ではあるのかもしれないと思ったり。
そうだとしたら、歴戦個体だし、ネルギガンテの収支としては意外とトントン位かな。

後、日間ランキング44位くらいまで入りました。ありがとうございます。
ただ、それでアクセスかなり増えて(それで気付いた)、お気に入り数も60くらい一気に増えたけど、感想と評価は一つも増えていないような……。
まだ序盤の方だから、まあ、そんなもんなんかな?

最後に、次でキリン編終わります。
何だかんだでクシャルダオラ編と同じ長さになってしまった。


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キリン 11

 キリンは、ネルギガンテを追おうとはしなかった。逃げ去っていくネルギガンテをただ見つめながら、もう戻って来ないであろう事が分かると、自身を落ち着かせるように頭を下げ、長くゆっくりと呼吸をした。

 

 互いに睨み合っている時間を含めても、五分も無い出来事だった。

 キリンの体そのものは、角を除けば全くと言って良い程傷ついていない。

 けれども、キリンの象徴でもあり、弱点でもあるその角が折れてしまい、その根本からはつらつらと血が流れ、地面へと落ちていた。

 キリンの雷を司るその能力は、角が折れても不自由なく行使出来ると言う。しかし、その角が折れた事に対し何かしらの影響はあるはずだ。

 現に、体に全く傷が無くとも、どことなく弱ったような素振りを見せていた。

 それが角が折れた事による精神的な影響なのか、肉体的な影響なのかカシワには分からなかった。

 ……でも、キリンの勝利、という事で良いのかニャ?

 キリンの負った傷は、角という重要な部分を折られたという事であれど、あくまでも命に関わらない部分だ。

 それに対し、ネルギガンテの負った傷は雷による全身の火傷だ。内臓も、表皮も等しく焼けただろう。

 運が悪かったら、心臓が止まっていたかもしれない。体に永遠に消えないような麻痺が残ったかもしれない。それ程の電撃を身に受けていた。

 それでも、空へと飛んで逃げるだけの余力を残していたとは言え、襲い掛かって来た方が返り討ちに遭い、逃げていったというのは事実としてあった。

 キリンは、古龍を喰らう存在をその身一つで退けてみせたのだ。

 カシワがただ言っただけでも、信じ難い事のように思えた。けれども、戦いの証拠はこの広場にしっかりと残っていた。

 深く抉り返された地面。至る所に残る強烈な雷の痕跡。ネルギガンテの抜け落ちた棘。ネルギガンテの吐いた血と

、そしてキリンの額からぼたぼたと今も落ちている血。

 これを見て、そしてキリンが生きている事を目視したならば、きっと誰しもが納得せざるを得ないだろう。

 キリンがネルギガンテを撃退した。

 少なくともネルギガンテと同等の力を持つキリン。

 そして弱いパオウルムーを庇護しているキリン。

 ……何か、妙なキリンだニャァ。

 少なくとも、討伐の対象になる事は近い内には無いだろうとは思った。

 

 キリンが唐突に自分の方を見て来た。

「ニャッ!?」

 驚くが、気付けば自分の隣にパオウルムーが居た。

 夢中になり過ぎて気付かなかったニャ……。そう思うも束の間、パオウルムーの顔も驚きに変わった。

 カシワがその顔の先を見ると、キリンの背後にバゼルギウスが居た。

 爆鱗を落としながら飛んでくるバゼルギウスに、当のキリンは気付いていない。

 キリンは、少なくともそれ程に疲労していた。

 パオウルムーが叫ぶ。キリンはそれでも気付くのに遅れた。

 古龍にまでバゼルギウスは攻撃を仕掛けるのか? とカシワは驚いた。

 いや、多分、単純にチャンスだったのと、唐突に雷で落とされた恨みが重なったのだろう。

 キリンが振り向いた時、バゼルギウスはもう眼前に居た。

 バゼルギウスの巨体に、キリンが圧し潰された。そして、その下で爆音が重なる。

 バゼルギウスが通り過ぎた後には、焼け焦げた地面と、同じく焼け焦げて倒れているキリン。何が起こったのか分からない様子で、足をじたばたとさせて起き上がれない。

 隣に居たパオウルムーが飛び出していた。

「カァァァァッ!!」

 あの、怯えているだけのパオウルムーとは思えない声だった。

 起き上がれないキリンに対して追撃を仕掛けようとしていたバゼルギウスが、そのパオウルムーの咆哮に気付く。

 パオウルムーは高台から既に攻撃姿勢に入っていた。高所からの落下の勢いをつけながら、体を一回転させている。その遠心力を最も受ける一番外側には、重心を保つ為の重い、フレイルのような尻尾があった。

 ドォン!

 それが、バゼルギウスの脳天に叩きつけられた。

「ギッ、アッ?」

 バゼルギウスが崩れる。どさりと、パオウルムーが倒れる。

 けれども、パオウルムーが立ち上がるより前に、バゼルギウスが起き上がった。

 的確に当てられていなかった。その丸みを帯びた頭から背中の鱗に衝撃が分散されてしまっていた。

「グルルル……」

 怒りの余りにバゼルギウスがパオウルムーの目の前に大きく立ち上がる。

 キリンはやっと立ち上がろうとしたところだった。そして、雷を落とすのには間に合わなかった。

 しかし、パオウルムーは、怯えながらもいつものように何も出来ない訳ではなかった。キリンの為に振り絞った勇気が、まだ残っていた。

 その巨体で圧し潰されるのを何とか回避して、爆音が再び鳴り響く。パオウルムーがバゼルギウスを必死に睨みつけ、けれどバゼルギウスはそのまま、体を地面に擦りつけながら突進してきた。

 パオウルムーは唐突なその動きに弾き飛ばされて、悲鳴を上げながらごろごろと転がった。

 ただ、そこまでだった。

「ギャルルルルッ!!」

 後ろ脚で高く立ち上がったキリン。

 ネルギガンテの時よりも、激しい怒りを帯びた咆哮。

 突進を終えたバゼルギウスの頭上が明るく、真っ白に輝いた。振り向いたバゼルギウスの顔はカシワからは良く見えなかったが、きっと今まで見たどのモンスターの表情よりも絶望に染まっていただろうと思う。

 キリンが思いきり頭を振り下げた。

 轟音がバゼルギウスを包んだ。

 

*****

 

 パオウルムーがせいちょうするために いちばん足りなかったものは もしかしたら 自分がやらなければいけない といったような強い思いだったのかもしれません

 キリンは パオウルムーのたすけがなくても きっとバゼルギウスをたおしていたでしょう

 バゼルギウスのばくりんでかんたんにきずつくほど キリンの体はやわらかくはないのです

 そのばくはつをまともにうけて キリンはたおれてしまいましたが でも キリンの体はかるくやけこげただけだったのです

 それでも キリンは今までの中でいちばん うれしそうでした

 角をネルギガンテにおられても それいじょうのよろこびをかんじているように 見えました

 泣いてばかりだった おびえてばかりだった パオウルムーが バゼルギウスという オドガロンよりも レイギエナよりも とってもきけんな飛竜に立ちむかったのです

 それは とても とっても 大きないっぽでした

 

*****

 

 カシワが作った絵本にしては、今までの中で一番分厚いものだった。文章の量も、とても多い。

 ただ、きっと一人で読んでいたら夢中になっていただろうと思う。

 今までカシワが描いてきた絵本もそうだったが、子供向けとか、そんなものを易々飛び越えていく。

 そんなものを描いているからか、実際絵を描いて得る収入はカシワの方が桁違いに多かった。

 ……また、桁が増えるんじゃないか?

 そんな事をヒノキは思った。

 次のページが最後だった。

 パオウルムーとキリンが寝ている絵が描いてあった。

 前のページにも殆ど同じ構図で描いてあったが、キリンとパオウルムーの表情が柔らかくなっていた。

 

*****

 

 このパオウルムーが いったいどうして キリンに守られているのか それは はっきりとは分かりません

 キリンはたしかに パオウルムーの空気ぶくろを気に入っていますが それいじょうに キリンは パオウルムーのことを大切に思っています

 まるでおやのように

 そして きっと いつか パオウルムーはキリンと別れる日がくるのでしょう

 パオウルムーはいつか りっぱになって キリンの元からはなれていくのでしょう

 それは 古龍と飛竜という 形もつよさも生き方もじゅみょうも 何もかもがちがう おやと子でもかわりません

 そんな日が来ることを キリンは じっとまちつづけるのでしょう

 大きないっぽをふみだした パオウルムーが 自分がいなくても 生きられるように

 そんな日が来ることを キリンは 楽しみに そして きっと さびしさも感じながら 今はつかれをいやすようにねむっていました

 パオウルムーといっしょに おだやかに ねむっていました

 

*****

 

 ふぅー、と長く息を吐きながら、ヒノキは本を閉じた。

「どうだったニャ?」

 カシワが聞くが、ヒノキが逆に聞いた。

「お前が思っている通りだと思う」

「……今までで一番、大きい物を書き上げた感じがしたニャ。

 ……多分、描こうと思っても描けないニャ。これは、偶然だニャ。

 …………でも、ボクは、偶然を掴むことが出来たのニャ。……出来たのニャ」

「良い気持ちだろう?」

「うん」

 はぁー、とカシワは寝転がった。

 外から声が聞こえてくる。

「おーい! ヒノキ居るかー!」

 ヒノキがそれに気付いて言った。

「あ、いつものかな?

 いつものかー!?」

「そうだー!」

「分かったー! すぐ行くー!」

 ヒノキは、でかいキャンバスと絵の具、それからどうしてか武器やら携帯食糧やらもを手に取り、寝転がっているカシワに言った。

「俺もな、そんな最中だ」

 ちらりと見えたキャンバスには、堂々と、凛然としたクシャルダオラが、ただ描かれていた。

 背筋が、今までに無い以上にゾクっとした。

 歴戦王と呼ばれるクシャルダオラ。それの強さが、その絵越しでもはっきりと伝わって来た。

「ニャー……」

 

 暫くしてから体を起こして、外に出るとどうしてかザワザワとしていた。

「何か、起きたのニャ?」

 そう聞くと、

「マハワが起きたらしい」

 という事が返って来た。

 マハワの寝ている、アステラの中心からやや離れた一等の部屋に皆が集まっていた。

 カシワもそこに走ると、どよめきが聞こえて来た。

 一人がカシワを見つけて、唐突に肩を掴んできた。

「ニャ、ニャ!?」

「おい、カシワ! ヒノキはどこだ! もうクシャルダオラの所へ行ったのか?」

「え、あ、うん、今さっき行ったニャ」

「あ、くそ! ……あんまり聞きたかないんだが、食料とかも準備してたか? でかいキャンバスも持って行ったのか?」

「……そうニャ」

 頭をガシガシとしながらその人は言った。

「言っていたんだ、あいつ、でかい絵を完成させる為にそのでかいキャンバスも持っていくとか! あいつ、笑って、クシャルダオラに連れさられるかもなー、とか言っていたんだが、今、龍結晶の地は行ったら駄目だ!」

「な、何があったニャ?」

「マハワが言ったんだ。

 ()()()()()()()()()()()! あいつらは共闘してる! 番だ!

 子を作る為に、積極的に古龍を狩っているんだ! そんな場所にヒノキが行ったら、歴戦王のクシャルダオラの庇護とは言え、いや、だからこそ、あいつの保証がもう全く無い!」

「ニャッ……」

 その時だった。

 ごうっ、と風が起きた。

 クシャルダオラがアステラの上空を飛んでいた。そしてその背中には、ヒノキが乗っていた。




そんな訳で、キリン編終了です。

で、ネタばらしとして、ネルギガンテは二体居る、という事でした。
歴戦王クシャルダオラにぶちのめされたネルギガンテが翌日、ただのクシャルダオラを何事も無かったように屠っていたのは、それだけの期間で傷が癒えたからではなく、それらが別個体だったから、という事でした。
マハワがぶちのめされたのも、二体のコンビネーションでボコられたから。
歴戦王クシャルダオラが怪我を負ったのも二体のコンビネーションでボコられたから。

番のネルギガンテが存在する、というのは最初から決めていた事なんだけど、ただね……問題がね……資料本を買ってね……ネルギガンテは無性生殖の可能性が高いっていうね……。
う゛る゛ぜ゛ー!!!!!!!
ぼくのネルギガンテにはちょこもまょこもあるんだよ!!!
どこかのネルテオ同人誌でもちょこあったんだもん!!!!
そういう訳で進めていきます(血涙)。

で、次はナナ・テスカトリ編になります。一次創作の続き書くの挟むから、投稿は2ヵ月位先になるかな。
テオはどうしたって? まあ、楽しみにしておいてください。
設定を一か所に纏めるのを次に投稿するかどうか。
後、リオ夫婦*2の完全な番外編ちょっと書くか迷っているけど、多分書くとしても本編終わらせてからになるかなー……。

最後に、5部構成のつもりで書いているけど、これからの3~5部に1つずつ、描きたいシーンがあったりする。
描くのは少々先になるけど、これから楽しみ。

感想とか評価とかあると単純に嬉しいです。


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設定

ベースのキャラもある程度揃ってきたので、現状整理も兼ねて。


基本設定というか、自分の中でこの小説を書く為に独自に定めている設定:

ネコタクは無い。一乙イコール死亡。

モンスターは人に積極的に害を為したり、生態系を著しく崩すような個体のみが討伐対象になる。

大型モンスターは基本的に賢い。戦闘本能が高かったりはするが、人間に近い知性を持つ。

狩人側から仕掛ける事は基本的にしない。

狩人はそこまで強くない。歴戦個体でなくとも、古龍とタイマン出来る狩人は稀。

後は、弓は武器として無限の矢というのをどうしても解消出来ないから出す予定は無い。

 

キャラ設定:

 

人間:

 

ヒノキ:

人間♂ 30~35歳

メイン武器 無属性太刀

防具 生存重視

狩りの腕前 イビルジョーと同等かやや下

体躯 細マッチョ

 

絵を描く事を目的に狩人になった。けれど、狩人としての矜持や責任はしっかり持っていて、有事の際にはそれを優先する。

様々な場所を訪れて絵を描き残している。写実派。

歴戦王クシャルダオラに自身を描いた絵を気に入られている。

 

マハワ:

人間♂ 25~30歳

メイン武器 何でも使いこなす

防具 武器によって変える

狩りの腕前 ネルギガンテと同等

体躯 細マッチョとゴリマッチョの中間

 

原作主人公。新大陸最強の狩人。

器用で何でも使いこなし、そして人当りも良い。基本的に表には出さないが戦闘気質があり、ネルギガンテと再戦したいと思ってゼノ・ジーヴァ装備で龍結晶の地に向かったら、まさかの二体で、そのコンビネーションにボコられて命からがら帰って来た。

二週間程意識が無かった。

 

ソードマスターなど原作キャラ:

原作に準拠

 

無名の狩人A:

クシャル装備を胴につけていたせいでネルギガンテに目をつけられ、ネコパンチから胴をガブリとやられて死亡

 

 

アイルー:

 

カシワ:

アイルー♂ 10~20歳(アイルーの寿命ってどのくらいだとかあったっけ。でも確か料理長アイルーが1期団のオトモだったから、人間並みに生きるんだよな)

武器、防具 未定

狩りの腕前 低い

 

ヒノキのオトモ。ヒノキと同じく、絵を描くためにオトモアイルーになった。

狩りの腕前は低いが、その代わりに観察、隠密に長ける。ただ、好奇心が強いので危ない目に遭う事もしばしば。

絵はヒノキとは対照的に象徴的で、絵本にして何冊か出版されている。それもあって実はかなりお金持ち。

この頃、古龍の力を体の震えで見定める能力に気付いた。

 

オオバ:

アイルー♂ 15~25歳

武器、防具 未定

狩りの腕前 中の上

 

マハワのオトモ。冒険家。

ふっくらしている。

新大陸の狩人じゃ到底行けないような場所に駆り出して、色んな成果を出している。

根本にある行動原理はマハワのオトモ、ではなくて、オオバ、として認められたい事。その点でカシワの事を内心羨ましく思っている。

 

モンスター:

 

古代樹の森:

リオレウス:

やや若い

強さ 歴戦個体一歩手前

現在子育て真っただ中。人間には積極的に手を出さない事と強い事から討伐対象にはなっていない。

努力型 戦略に長ける

 

クルルヤック:

強さ 下位

イビルジョーに捕食され死亡

 

イビルジョー:

強さ 上位

リオレウスの戦略に嵌って死亡

 

クシャルダオラ:

強さ 上位

歴戦王クシャルダオラに居場所を取られる=>放浪していたらアステラを見つけていじめようとする=>ヒノキに阻止される=>止めを刺す前にマハワの邪魔が入る=>更にネルギガンテに襲われる=>ヒノキの一撃が元で隙を晒し、首の骨を折られる

 

陸珊瑚の台地、瘴気の谷:

キリン:

人間で言うと40~50。ダンディー。

強さ 歴戦個体 ネルギガンテと同等以上

弱いパオウルムーを庇護している

 

パオウルムー:

若い

強さ 下位以下=>下位

何らかの理由で酷く弱く、すぐに死んでしまうような個体だったがキリンの庇護で生きている。

また、バゼルギウスに歯向かった事から少し成長した。

 

レイギエナ:

若め

強さ 上位

放浪癖有り。珍しく縄張りに余り興味が無い。

 

オドガロンA:

若め

強さ 上位=>下位

狩人からウンコを投げられまくってすっかり狩人に抵抗する気力も無くしている。

一時期どこかに行っていたがどうしてか戻って来た。

 

オドガロンB:

年齢不明

強さ 歴戦個体

オドガロンAが居なくなっていた時にやってきた個体。通常よりも更に戦闘意欲が高い。ヒノキとマハワによって討伐される。

 

ツィツィヤック*2:

年齢不明

オドガロンBとキリンによってそれぞれ殺される。

 

バゼルギウス:

年齢不明

上位

キリンの不意を突いて一発かますが、怒りを買って殺される。

 

龍結晶の地:

クシャルダオラ:

高齢

強さ 歴戦王

新大陸最強。性格はとても温厚。でも、元々住んでいたクシャルダオラをしれっと追い出したりと、欲は強い。

風の操作は古龍も抵抗出来ない程に暴力的であり、同時に繊細な操作もこなす。狩人に対する知識も豊富で、ネルギガンテ二体にボコられた時はやってきたソードマスターとヒノキのポーチを破って秘薬や回復薬を奪って回復に充てた。

その時に落としたヒノキの手帳を見て、自分の絵を気に入り、色々描いてもらうようになっている。

 

ネルギガンテA:

若め ♂

強さ 普通

歴戦王クシャルダオラと戦うもボコられ、キリンに挑んで角だけ奪って戦略的撤退した個体。

 

ネルギガンテB:

若め ♀

強さ 普通

ただの狩人Aをネコパンチからの捕食で殺害し、ただのクシャルダオラを首を折って殺害した個体。

 

 

時系列:

マハワがゼノ・ジーヴァを討伐

---

ヒノキとカシワがやって来る

---

DAY 1:

カシワがキリンと遭遇。

DAY 2:

カシワがネルギガンテBと遭遇。ヒノキが歴戦王クシャルダオラを初めて見る。

DAY 3:

歴戦王クシャルダオラに追い出されたクシャルダオラとヒノキが交戦。ネルギガンテBによってクシャルダオラが殺害される。ヒノキが負傷、胴の防具が破損。

DAY 10:

ヒノキが回復。

DAY 11:

オドガロンBがヒノキとマハワに討伐される。

DAY 25:

オオバが帰って来る。

DAY 26:

オオバがまた新しい場所へ旅立つ。ヒノキの胴の防具が完成。マハワと歴戦王クシャルダオラがネルギガンテABにボコられる。

DAY 27:

ヒノキとソードマスターが龍結晶の地に調査へ訪れる。

DAY 28:

イビルジョー到来。リオレウスに屠られる。歴戦王クシャルダオラがヒノキの元を訪れる。

DAY 35:

キリンとネルギガンテが交戦。

DAY 42: NOW

カシワが絵本を完成させ、ヒノキの元を訪れる。

ヒノキがクシャルダオラに乗って龍結晶の地へ。マハワが起き、ネルギガンテが二体居る事が発覚。



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ナナ・テスカトリ 1

3話位まで続けて投稿します。多分。



 竜に乗った事は幾度もある。

 ただそれは、互いに命を賭けて戦っている最中の事であり、振り落とされまいと必死になりながら竜を仕留める為に乗っている訳であって、大地を駆ける為に、はたまた大空を味わう為に乗っていた訳では無かった。

 その背中から太刀を心臓へ押し込んだ事もある。空から振り落とされた事もある。固い甲殻を切り裂き、噴き出した血を全身に浴びた事がある。つい最近など大木に向けて圧し潰されそうになった。

 そんな物騒な事しか無かった。

 また、古龍に乗った事は無かった。古龍に対して積極的に関わろうとしていなくとも、その存在は天災のようなものだ。狩人をしていれば避けられようが無いし、きっとその内、そういう事も訪れるだろうとは思っていた。

 ただ、歴戦王と呼ばれるクシャルダオラに気に入られて多少そうなるかもしれないと思っていたとは言え、こんな平和な形で古龍に乗るのが初めてだとは、自分は想像もしなかっただろう。

 

 クシャルダオラの金属めいた表皮で覆われた、その背中に乗っている。剥ぎ取りナイフを手に持つ事もなく、その代わりに画材とキャンバスを抱えて。

 全身を柔軟に動かせるだけの柔らかさも持つその背中の乗り心地は決して悪いものではなかった。

 そして、飛ぶ高さは古代樹よりも更に高い。飛竜に乗っても、こんな高高度からの眺めを観る事は出来ないだろう。もしかしたら、気球で飛べる高さよりも高いかもしれない。それ程に高い。

 しかし、そんな高さに居るのに不思議と体は寒さを訴えなかった。それどころか、かなりの高度で速く飛んでいるのに、クシャルダオラは銀翼をそう力強く動かしている訳でもない。更に加えて、身に受ける風はひたすらに穏やかだった。

 ……このクシャルダオラは、自分の事を気にかけてくれているのだろう。

 古龍らしからぬ穏やかさ。結局のところ、このクシャルダオラが殺意を誰かに向けた事をヒノキは未だ見た事が無かった。そして見せる事があるとするのならば、きっと心の根が弱い者はそれだけで死ぬだろうと思う。

 ただ、その殺意も見てみたいと思う。当然だが、自分以外に向けられる事が前提ではあるが。

 いかんいかん、とヒノキはそんな傍に飛んでしまうような思考を、頭を振って止めた。

 こんな光景、そして五感全てを含めた今の経験など、これから生きていく中で再び出来るとは思えない。そんな思考に費やしている時間など勿体ない以上の何物でもない。

 この今の瞬間の一つ一つ全てを記憶に刻みつけようと思った。

 後ろを向けば、遠く離れても目立つ古代樹。大蟻塚の荒れ地の先にゾラ・マグダラオスの捕獲作戦を行ったという大峡谷が今、真下にあった。軽く体重を傾けたと思えば、眼前の雲を最低限の動きでさらりと避ける。

 そして、陸珊瑚の台地が目の前にはあった。

 龍結晶の地までは後半分程だが、体感ではまだ十分も経っていない気がした。

 身に受ける風が穏やかだったのもあって意識出来なかったが、陸珊瑚の台地までもアステラから距離はかなりあるはずだった。少なくともリオレウスやレイギエナが幾ら全力で飛ぼうが、こんな短時間で移動出来る程の距離ではない。

 それだけ、このクシャルダオラが自分に絵を描いて貰う事を楽しみにしている。

 それは自意識過剰な訳でも己惚れな訳でもない、だろう。

 そうでなければ、龍結晶の地とアステラまでの距離を何度も往復したりなどしない。自分のものだった手帳を傷つけずに大切にしていたりしない。

 ただ、それ以上にクシャルダオラが自分の事をどう思っているかは余り考えないように心掛けていた。

 それを考えてしまって、自分は凄いのだと己惚れてしまった時点で、自分の中の狩人として、画家として大切な何かがさらりと失せてしまうような気がしていた。

 ……そう危惧している時点で、もう己惚れているのと変わらないかもしれない。

 また、思考がずれている事に気付いた。

「あー、もう」

 小さく呟く。ただ、口の外に出さないようなそんな呟き声もクシャルダオラの耳に入ったらしく、少しだけ首を曲げて自分の様子を気にした。

「何でも無いです」

 言葉は分からなくとも、特に何も問題ない事は分かったのだろう、クシャルダオラは前を向き直した。

 下を眺めると、陸珊瑚の台地の広場が見えた。クシャルダオラと自分を見上げる、例のパオウルムーとキリンが並んで見えた。空は快晴で、雷が落ちる気配は全く無かった。

 

 もう暫くすると、龍結晶の地が見えて来た。クシャルダオラは高度を落として、自身の寝床である高台へと向かった。

 少なくとも十五分位は経っていたと思うが、それでも体感としてはあっという間だった。どうしてか思考は傍に逸れがちだったが、それでも全身で感じたその感覚はしっかりと記憶に残っている。

 集中しようと思っても意識が逸れてしまうのは……それだけこの空旅が心地良かったんだろう。

 温泉に入っている時のように、はたまた心地良い春の日差しの下で昼寝をしている時のように。

 このクシャルダオラが見る景色は、それが当然なのだと言うだけで、羨ましさ以上の敬意を覚えてしまうようだった。

 そんな空旅も後僅か、地上が段々と近付いて来ている。

 ……帰りも送ってくれるのだろうか?

 そんな事を思った。ただ、送ってくれるにせよそうでないにせよ、帰る時には自分の手からキャンバスは離れているのは確実だ。

 このクシャルダオラが古龍らしからぬ穏やかさを持っていても、欲までが薄い訳ではない。

 クシャルダオラが辺りをさっと見回した。それにつられてヒノキも辺りを見回す。

 幸い、ネルギガンテは目に見える場所には居なかった。クシャルダオラが確認したかった事も多分それだろう。

 そして、それ以外の竜などは見受けられなかった。ネルギガンテを恐れてかここを生息域としていたリオレウスの亜種も陸珊瑚の台地へと番と共に逃げた報告があった。

 ヒノキとソードマスターがこのクシャルダオラにポーチの中身を奪われてから十日以上が経って、その間は龍結晶の地の継続調査は出来ていないが、きっと逃げる手段を持つ竜種は大体逃げているだろう。

 残っているのはきっと、逃げる足も手段も持たないガストドンや、元からそこに住んでいるガジャブーなどが主で後は、このクシャルダオラや、マハワに敗北したテオ・テスカトルがナナ・テスカトリと共に縄張りに続く道を封鎖して回復に努めたままずっと潜んでいるくらいか。

 テオ・テスカトル、マハワに敗北したというその個体が回復したところで、マハワとほぼ同格であるネルギガンテには敵わないだろう。

 ただ、ナナ・テスカトリと組み、そしてネルギガンテ二体と戦う事になったらそれは余り分からない。

 リオ夫婦のように番としての仲はとても良く、そして敵に対しては息を合わせて戦い、番として連携技を見せた事もあるという記録もある。

 マハワと戦った時はナナ・テスカトリは不在だったようだが、少なくとも番として連携して戦ったとするのならば、ネルギガンテ一体よりも厄介である事は違いないだろう。

 そんな事を考えていると、クシャルダオラが強く翼を羽ばたかせた。

 ふわり、と重力が消えたような感覚が一瞬体を包む。そうやって飛行の勢いを殺すと、音も立てずに着地した。

 クシャルダオラを中心として砂がさらりと軽く吹き飛んだ。

 ヒノキが降りて、一旦体を伸ばす。その高台の端にソードマスターとヒノキのポーチの中身が置いてある事に気付いた。

 ただ、そんな事よりも、とクシャルダオラが「グルゥ」と急かしてくる。

 クシャルダオラは自分の絵を描いてもらうのを楽しみにしている、と思ってはいた。ただ、自分が思う以上に楽しみにしていたらしい。

 肩も回し、そしてキャンバスを同じく持ってきたイーゼルに立て、絵の具と筆の準備をさっとする。

 背中に太刀を背負ったまま。しっかりとキャンバスの前に立つ時、いつもは無いその重みが多少気になった。ただ、このままで良いと思った。

 クシャルダオラを描く時はいつもそうだった。描くものが手帳からキャンバスに変わっただけだ。

「……さて」

 実際完成までは後少しだ。ただ、こうして実物を目の前にするとまだまだすべき事があるように見えた。

 一つ一つ、決めていこう。

 

*****

 

「…………。

 …………」

 一日以上経っていた。

 ネルギガンテが襲って来る事も無く、ただただヒノキはクシャルダオラの絵を完成させる事に没頭していた。

 今、ヒノキはやっと筆を置いて、絵とクシャルダオラを何度も見比べている。

 持ってきた携帯食料と水を簡単に食べながらも描き続け、夜になれば準備していた灯りをつけて照らし。最低限の食事のみを摂る以外は、眠る事もせずに集中が途切れる事もなくただひたすらに絵の具をキャンバスに塗り付けていた。

 一向に途切れない集中に、じっとしていたクシャルダオラの方が先に参った。

 ただ、ぐったりとするように顎を地面に置いても、ヒノキは筆を止めなかった。ポーズとしては、全力のブレスを吐く寸前の後ろ足で立った姿を描いていて、元から違っていたがそれでも構わないようだった。

 そんなヒノキをクシャルダオラが見る目がいつしか変わり、ヒノキはそれに気付いたが大して気にも留めなかった。古龍を眼前にしながら描ける喜びの方が強かった。

 ヒノキがクシャルダオラをじっと見つめる。そしてそれから絵をじっと眺める。ずっと動かなかった足が一歩後ろへ動き、距離を取って眺めた。

 クシャルダオラが、やっと終わったか? と言うように首を持ち上げたが、しかしヒノキはまた筆を手に取りキャンバスに手を加えた。

 まだまだ終わりそうにない事が分かると、クシャルダオラはまた顎を地面に置いた。

 

 結局、本当に筆を置いたのはそれから更に数時間後だった。

 距離を置いて見比べ、そしてまた細部まで見つめるように眺め、それを何度か繰り返した後にパレットと筆を置いて、座り、そして寝転ぶ。

「うー……」

 クシャルダオラが体を起こす。

 ヒノキは仰向けになって力を使い果たしたかのように既に寝ていた。そしてクシャルダオラは一日振りに体を起こして、その出来た絵を覗いた。

 暫くの間固まり、それからヒノキを眺めた。そこには紛れもなく、敬意があった。




次からナナ・テスカトリは出ると思います。


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ナナ・テスカトリ 2

 しとしとと柔らかい雨の音がしていた。

 おぼろげな意識の中で、どこで寝ているのか、どうして寝ているのかが段々と思い出されてくる。

 ……ああ、完成させたんだったっけ? そんな気がする。そうだ、完成させたんだった。

 それで、筆とパレットを置いて、もうその時点で寝てしまったんだろう。

 体を動かそうと思えば動かせた。ただ、それが億劫な程に眠りは心地良かった。

 穏やかな風。柔らかな雨の音。未だに残る気怠い疲れ。

 ただ、雨の音はするのにどうしてか体に雨が付く感覚はしなかった。何故だろう、その答えは一つしか無かったが、それを確かめるのに目を開けるのも億劫だった。

 灯りを付けたのは覚えている、完成させた時には日が昇っていたのも。多分、一日、二十四時間は描き続けたのだろう。

 狩人としてなまじ体力がある分、長時間踏ん張れてしまう。ただ、その分だけ常人の何倍もの頭の疲労が重なっていく。集中すればするほど気付きにくくなってしまうその疲労がまだ、どっぷりとあった。

 そんな中、気怠い体はそのままでゆっくりと纏まりの無い思考だけが流れていく。

 歴戦王と呼ばれるようになったクシャルダオラ、に絵を描いている自分。

 古龍と人間は、闘争や死というものを介さずに付き合えるものなのだろうか。それはきっと、不可能ではない。

 キリンに育てられた子が居るというのは、有名な話だった。それが事実なのかまでは不明だが、そういう話が伝わっていて、きっと自分が知らないだけで他にも幾つかあっても全くおかしくはない、今はそう信じられる。

 今の自分とこのクシャルダオラの関係も、もうそれに属して良いだろうから。自分がそんな事になるとはこの新大陸に訪れる時には露ほどにも思わなかったが。

 今の関係をどう呼称すれば良いのだろうか、と言葉をまさぐると王様と宮廷絵師とかそんな言葉が頭に思い浮かぶ。ただ、そこまでしっくりとは来なかったし、きっと完全に合う言葉は無いだろうと感じた。言葉は人間が竜、古龍と意思疎通する為のものではなく、人間が人間や竜人族、アイルーなどと会話する為のものに過ぎないからだ。

 だからきっと、今感じているこの感覚をそのままで呼称しようとすらしなくて良いのだろう。

 したければ近い言葉を並び立てて、そこから類推すれば良い。

 

 そんなまどろみも、時間が経てば冷めていく。体はゆっくりと覚醒していく。

 半ば惜しく思いつつも目をゆっくりと開けると、風に揺れる銀翼が眼前に見えた。やはりと思いながらも、すぐ隣にその銀の巨体が自分と並んでいるのを見ると一気に体が覚醒する。

 もう慣れ親しんでいるとは言えども、圧倒的な存在感がそうさせた。

 絵は何度も描いてきたけれど、これ程にクシャルダオラに近寄った事は初めて……では無かったか。

 一度踏まれていた事を思い出す。

 そして自分が起きた事にクシャルダオラが気付き、自分の方を見て来た。

 思い起こした自分が踏まれた時のクシャルダオラと、今のクシャルダオラ。自分を見る目が変わっているのに改めて気付いた。

 それはもう、克明に。

 そしてそこに敵意や強い警戒というものは全くない。完全に心を許しているとかそんなものではないが、何というのだろう、これもこれで言葉として完全に合うようなものは無いが、最も近いものを挙げるとするのならば認められた、というような印象を受けた。

 認められた? 近しいと言っても、思ってみるとどうも違う。体感で六割とかそんなところか。

 これもきっと、完全にしっくりと来る言葉は無いのだろう。色々と組み合わせるともっと近い感覚に近付くのだろうが、まあ、とにかく。帰る時だった。

 体を起こすと、自分の隣に完成された絵があった。

 ……中々良く出来ている。

 近くに居れば感じてしまう畏怖をこの絵からも感じる事が出来た。

 このクシャルダオラから感じたものを、ただただ絵の中に落とし込む。それが完璧に近い精度で出来ていた。

 そんな時、唐突にクシャルダオラがその銀翼の先でイーゼルを軽く押した。絵が倒れそうになって、慌てて抱く。

 何を、とクシャルダオラの方を見ると、クシャルダオラは空を眺めていた。

「ああ、雨か……」

 クシャルダオラは、自分の所持していた手帳とは違い、この絵を自分の物にするつもりは無いようだった。

 単純に雨に晒されるのを防いだり、そんな事を常に心掛ける必要がこの絵を自らの物にするよりも億劫だったのか、それとも自分の物にしようとは元から思っていなかったのか。

 何にせよ、少し意外だった。

 それではと布で包もうとすると、その前にとクシャルダオラがまた絵を暫くの間眺めて、そして離れた。

 布で包んで、イーゼルを畳む。固い地面に寝ていたからか、体が固まっていた。うー、と唸り声を上げながら体を伸ばすと、中々豪勢に体中がぽきぽきと鳴った。筆やら油の切れた灯りやらも仕舞って、帰る準備を整え終える頃、目の前に赤く光る粉のようなものがゆらゆらと見えた。

 まるで夕焼けそのもののような、鮮やかな赤色。

 それは、見た事のあるものだった。

「……塵粉、か」

 テオ・テスカトルがスーパーノヴァ、俗に言う粉塵爆発を起こす為に使う、発火、爆裂性を持った粉だ。

 それはクシャルダオラが寝床とするこの龍結晶の地の頂上の下、高台の方から湧き上がって来ていた。そちらの方を振り向くと、深海を思わせるような、はたまた赤色の炎より遥かに高温の青色の炎を思わせるような色をした塵粉も見えた。

「何っで、こんな時に……」

 思わず悪態を吐いた。クシャルダオラも、まだ見ぬ隣人に対して自分を乗せて去ろうとは思わないようで、翼を閉じて、崖に向かって歩いた。

 この龍結晶の地に棲むテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの事はマハワから聞いていた。

 ゼノ・ジーヴァの影響を受けてか活動が活発になったテオ・テスカトルの討伐を依頼され、しかし弱らせたところでナナ・テスカトリが乱入して来て、流石に撤退したのだとか。

 それからは傷を癒す為にか、寝床へと通じる道は塞がったまま、ナナ・テスカトリも含めて姿を現す事は無くなった。

 体調も回復し、リハビリとでも言ったところだろうか?

 いや……ネルギガンテが跋扈しているこの時に? ……違う、それは引き籠ってたら分かるはずが無い。

 そして案の定、

「ゴオオオアアアッ!!」

 と、ネルギガンテの咆哮が聞こえて来た。それに対し、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの咆哮も。

「ガルルルルッ!」

「ガアアアッ!」

 当然、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリのテスカト夫婦も引くつもりはないようだった。

 ……いや、流石に無謀じゃないか?

 テスカト夫婦の二体に対して、ネルギガンテが一体。そのネルギガンテが古龍を喰らう古龍と言えども勝算は余り無いように思えた。

 一応キャンバスやらをしっかりと隅に隠すように置いた後、崖から下を覗く。クシャルダオラも覗いていた。

 もう戦いは始まっていた。

 

*****

 

 ネルギガンテがテオ・テスカトルに前足を叩きつける。テオ・テスカトルはそれをゆらりと躱し、龍炎をその身から広く発した。

 しかし、それに対してネルギガンテは怯まず更に叩きつけようとし、そこにナナ・テスカトリが横から体当たりをかました。

 ネルギガンテがよろけて、一度体勢を立て直す。体当たりでナナ・テスカトリに軽く突き刺さった棘を、テオ・テスカトルが払って落とした。

「ゴルルルルッ……」

 どう見ても不利だが、しかしネルギガンテは撤退する様子を見せなかった。

 勝算があるとでも言うのだろうか? 強い個体だったとは言え、キリンさえも倒せなかったこのネルギガンテが?

 いや、だったらどうやってネルギガンテはこのクシャルダオラに傷を負わせたのだろう。

 その理由は考えても全て推測にしかならなかった。ただ、こんな状況でも引かないとなると、その推測の余地も絞られてくる。

 運とかじゃない、確実な勝算があるのだ。そして、このネルギガンテは二体を同時に相手取れる程の強さは持っていない。

 そこから考えられる事としては、一つしか無かった。

 ネルギガンテは複数体居る。

 アステラや研究基地の皆も、その推測は口に出す事が良くあった。同日に陸珊瑚の台地と龍結晶の地に現れた事。歴戦王と呼ばれるこのクシャルダオラにぶちのめされた翌日に、何事も無かったように古代樹の森に現れ、ただのクシャルダオラを仕留めた事。その傷一つ付ける事の出来なかったクシャルダオラに対して手痛い傷を負わせた事、ネルギガンテと対等に戦えるマハワを意識不明まで追いやった事。

 可能性は高いと皆、思っていただろう。ただ、確証に至る物証は無かったし、それにそんな可能性などあって欲しくもなかった。

 ヒノキは思わず周りを見回した。クシャルダオラを除いては誰も居ない。でも、気になってしまう。

 そんな時、唐突にヒノキを風がなぞった。クシャルダオラの起こす風だった。

 心配するなと言うようなその優しい風は、クシャルダオラもそれを理解していて、風で辺りを警戒しているのだと分かるものだった。

 そして、それでヒノキはネルギガンテは複数体居るのだと確信した。

 ……ただ、眼下ではネルギガンテが劣勢に陥っているのにも関わらず、もう一体は未だにやって来ない。

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリ、互いの体から発せられる龍炎も激しさを増し、ネルギガンテの体は容赦無く灼かれていく。

 ネルギガンテの棘は伸び、黒く染まっている。動きは幾ら灼かれようとも未だ衰えず、しかしテスカト夫婦の連携の前には、強い一撃を当てる事すら出来ていない。

 瓦礫や棘を弾き飛ばしてそれをぶつける位の事は出来ているが、古龍を喰らう古龍の攻撃とは言え、その程度では同じ巨体の古龍を傷つける事は能わない。

 そしてテスカト夫婦は、完全に目の前のネルギガンテに集中していた。

 テオ・テスカトルがネルギガンテに火炎を吐き、ネルギガンテがそれを跳んで避ける。ナナ・テスカトリが着地したそのネルギガンテの背後に回り込む。

 ナナ・テスカトリを中心として強い風と蒼い炎が発せられる。ネルギガンテはその燃え盛る領域に包まれ、そして目の前からはテオ・テスカトルが距離を詰めていた。

「グッ、ガッ、ゴアアアアアッ!!!!」

 ネルギガンテがそれでも翼を広げ、後ろ脚で立ち上がった。全身が焼け爛れながらもまだその強靭な肉体は十全に機能していた。右前脚を高く掲げたネルギガンテに対し、テオ・テスカトルが警戒して足を止めた。

 そして。

 立ち上がり、前脚を叩きつけようとする動作の真意は、()()()()()()()()がテオ・テスカトルに一撃をぶつける為のものではなかった。テオ・テスカトルの背後から――テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの正面からやってきたネルギガンテとは別に、その道のりを追って来た――二体目のネルギガンテが、音も無く姿を現し、そして跳び上がり、最大の一撃を当てようとする姿を背後に居るナナ・テスカトリに気付かせない為のものだった。

 ナナ・テスカトリの眼前はネルギガンテの背中と翼で占められ、その先の光景を見る事が適わなかった。

 そして二体目のネルギガンテの体はもう既に、全身が黒い棘で覆われていた。

 猛々しく、しかし無音のまま飛び上がったネルギガンテは溜めを作るように後ろへと軽く引き、そして一気にテオ・テスカトルへと全身を捩じりながら突っ込んだ。

 破棘滅尽旋・天、と呼称されるネルギガンテの最大の一撃。それはテオ・テスカトルの肉体を引き裂き、突き刺し、へし折り、磨り潰しながら、まるでボールのように弾き飛ばした。

 ナナ・テスカトリの悲鳴が疳高く、龍結晶の地に響いた。




もう一話だけ近い内に投稿します。

日間最高8位まで入りました。ありがとうございます。
……って最高日間順位更新したっぽいな。別の作品で15位取った事あるけど、それ以上は自分の認知する限りじゃ無い。

アイスボーンのPV第3弾来てたけど、参戦確定したブラキディオスじゃなくてジンオウガがトレンドトップに居て騙された。


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ナナ・テスカトリ 3

この頃の日間入りなどで合計400pt程上がり、週間ランキングにも入ってました。現在62位です、ありがとうございます。


 テオ・テスカトルの胴からぼだぼだと血が溢れ出る。内臓こそ見えていないが、古龍の、下手な狩人の攻撃なぞ通さないその表皮は完全に抉れていた。

 声を出そうとして出ないのが見て取れた。

 それはどう見ても致命傷だった。

 ナナ・テスカトリが目の前のネルギガンテを無視してテオ・テスカトルの元へ向かおうとするが、ネルギガンテはそれを許さず前に立ち塞がった。

 焼かれても、灼かれても、棘だけでなく表皮が黒く焦がされてもネルギガンテは未だ怯まなかった。古龍を屠る強靭な肉体は、その表面を傷めつけるだけでは止められなかった。

「ガアアアァァアアアッ!!」

 半ば悲鳴に近い声を上げてナナ・テスカトリが後ろ脚で立ち上がり、ネルギガンテに組み付いた。少しは弱っているはずだ、それを信じて。

 しかし、ネルギガンテはそれを正面から受け止め、ぐ、ぐぐ、とナナ・テスカトリを押していく。

 その背後を二体目のネルギガンテが歩いていく。

 テオ・テスカトルは動けなかった。後ろ脚はびくとも動かず、前脚も微かに震えるだけ。声すら出ず、龍炎は、塵粉はもう力なく地面へと落ちていく。そして数多に流れる血は、何をせずとも死が近い事を示していた。

「アアアァァァァアアアアァァアアアッッ!!」

 ナナ・テスカトリは腹の底から叫んだ。しかし幾ら叫んでも、破壊と再生、ただそれだけに特化したネルギガンテとの種族的な差は埋められなかった。

 ざり、ざり、と後ろへ押されていく。無理な姿勢へと押されていき、そしてついに地面へと叩きつけられる。

 そして二体目のネルギガンテはテオ・テスカトルの元へ悠然と到着した。

 テオ・テスカトルは、虚ろになりゆく目で見下すネルギガンテを見ていた。音も聞こえていないのか、押し倒されても尚暴れるナナ・テスカトリの叫びすら全く届かない。

 唐突に訪れる自らの死、炎王龍と称される程に種族そのものが王たる古龍であろうとも、ネルギガンテはそれに対して何をする間も与えてはくれなかった。

 テオ・テスカトルは、それを理解させられたのだと思えた。

 その動かないテオ・テスカトルの角が、二体目のネルギガンテによって強く掴まれた。

 無言のまま、軽く準備をするような間を置いた後にその掴んでいる前脚の筋肉が膨れ上がる。

 そして、一気に回された。

 

 ごりゅん。

 

 そんな音がヒノキの元まで、はっきりと届いた。

 テオ・テスカトルの巨体を支える背骨、から繋がる首の骨がネルギガンテによって捻じ折られた、そんな単純な音。しかしそれは、ネルギガンテという古龍の膂力の強さを知らしめるには十分過ぎるものだった。

 テオ・テスカトルの目から炎は完全に消え失せた。

「アアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

 龍結晶の地の全てに響き渡りそうな悲鳴を上げて、押し倒されていたナナ・テスカトリからより一層、炎がまるで爆ぜるように吹き広がった。

 それには流石に、抑えつけていたネルギガンテも耐えられずに退いた。

 そして並び立ったネルギガンテ二体の、その炎王と炎妃の炎を身に受け続けたネルギガンテがとうとう体を崩した。

 流石に無理をしていた部分もあったようだ。

 起き上がったナナ・テスカトリが首をへし折られたテオ・テスカトルを、番の姿を見た。

 そして、目の前に立つ二体のネルギガンテ、崩れた方――前線で戦い続けたネルギガンテ――を、そうでない方――テオ・テスカトルを殺した方――が気に留めているのを見た。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」

 ナナ・テスカトリは絶叫に近い咆哮をし、自身の熱を最大限に放つ、ヘルフレアを放った。

 前線で戦い続けたネルギガンテは更に後ろへと退いた。テオ・テスカトルが死んで緊張か何かが切れたのか、その動きには先ほどまでのような精彩は失せていた。

 ヘルフレアを受けながらも、まだ無傷のネルギガンテは空に飛んだ。

 そのまま急降下して前足を叩きつけ、それをナナ・テスカトリは後ろへ退いて避ける。

「ガルルルルッ……」

 しかし、ナナ・テスカトリが反撃を仕掛ける事は無かった。

 青い炎が包む中に居ようとも、ネルギガンテの行動は封じられていない。狩人であるのならば、炎の耐性に特化した装備でその身を守っていなければ肉体そのものがほろほろと崩れてしまうような、そんな名の通りの地獄の中でも。

 そして、ヘルフレアの範囲から逃げたネルギガンテも弱っているとはいえ、ナナ・テスカトリを虎視眈々と見続けている。

 深過ぎる悲しみと激しい憎悪の感情を抱きながらも、自分だけでは敵わないとナナ・テスカトリは理解していた。

 ナナ・テスカトリはヘルフレアの最終段階、撒いた炎を一気に爆発させた。

 ボォォンッ! とネルギガンテがそれをまともに食らう。しかし、無傷だったネルギガンテはそれに対してもやや怯むだけだった。

 しかしその間にナナ・テスカトリは遥か高くに飛び、どこかへと逃げていった。

 ネルギガンテ二体はそれを追う事はしなかった。

 

 ヘルフレアを受けたはずのネルギガンテはそれでも未だ健全で、炎の攻撃を受け続けたネルギガンテの方に歩く、その前に屠ったテオ・テスカトルの方へ歩いた。

 テオ・テスカトルの身から流れる血を飲むように多く口に含んで、そして満身創痍のネルギガンテの方へ向かう。

 そして、口移しで血を飲ませた。

「番、か……」

 姿形はほぼ一緒だが、何となく、攻撃を受け続けた方が雄で、テオ・テスカトルを屠った方が雌のように思えた。

 動きから何となく、そして子を作るとするのならば雄が前に出るのがある程度当たり前だからだ。

 血を貰った、雄だと思える方が立ち上がり、そして唐突に両方がクシャルダオラと自分の方を見て来た。

 ……クシャルダオラが居なかったら、この瞬間俺は生きる事さえ諦めただろうな……。

 しかし、何をする事も無く、二匹は顔を戻すとテオ・テスカトルから流れ出る血を無駄にしないように飲み始めた。

 クシャルダオラが体を起こし、自分の方を見て来た。

 帰るか、と言うように。

「そうですね……」

 ヒノキは画材やらをまとめ直し、来た時のようにクシャルダオラの背に乗った。

 そして、ふわり、と浮き上がるように飛び上がる。

 遠くなっていく龍結晶の地を見下げると、テオ・テスカトルがネルギガンテ()の寝床へと引きずられていくのが見えた。

 雌であろう方が引きずっていき、未だに流れる血を、雄であろうネルギガンテが丁寧に舐めとっていた。

 

*****

 

 ヒノキが帰って来たのは、翌日の昼が過ぎた頃だった。

 クシャルダオラがヒノキを降ろした後、また出来上がった絵を記憶に刻み付けるようにじっと見つめた後に龍結晶の地へと帰っていった。

 そのキャンバスを抱えて、そして遠く、小さくなっていくクシャルダオラをぼうっと眺めているところを、真っ先にカシワが辿り着いた。

「大丈夫だったニャ!!??」

「……何だそんなに急いで……ああ、マハワが起きたのか?」

「何で知って……ネルギガンテが二体居るのを見たのニャ?」

「ああ、うん。

 後な、引き籠っていたテオ・テスカトルとナナ・テスカトリが外に出てきて、テオ・テスカトルが殺された」

「ニャ!?」

「ナナ・テスカトリは逃げていった。

 ネルギガンテより何をするか分からないから、警戒をした方が良いな……」

 即座に、マハワも交えて会議が開かれた。

 ただ、結局やれる事と言えばいつも通りだ。準備を十分に整えておく事、警戒を怠らない事、調査をしっかりとする事、そんな当たり前でそして欠かしてはいけない事ばかりだ。

 

 会議が終わり、夜になる頃にマハワと話した。

 二週間程も意識を失ったまま寝た切りだったと言うのに、杖が必要とは言え、もう立ち上がって歩いている。

 丈夫な体だと言うと、相棒が丁寧に看護してくれたおかげだと言った。

「秘薬で無理やり動かしていた部分もちゃんと整えてくれたし、二、三週間もリハビリすれば、ある程度復帰出来るだろうな」

 死の間際まで追い詰められて、二、三週間か……。寝ていた期間を含めても一ヵ月。

 本当に強い狩人というのは多分、体の構造からして違うのかもしれないと思わせる。

「それで……ネルギガンテ二体からどうやって生還出来たんだ?」

「俺が遭ったのは、あの歴戦王のクシャルダオラが逃げていった後だった。テオ・テスカトルに対してやったようにクシャルダオラに対しても二体目が不意打ちをしたんだろうけどな、それでも仕留められなかったらしい。

 そんなクシャルダオラが飛んで行く様を見上げていたら、目の前からドズンッ、と二体のネルギガンテが降りて来た。

 仕留めきれなかった事でか気が立っていたようで、怒りの表情を二体から向けられたよ……。

 まあ、逃げられたのは、同じように囮の作戦を組んでいたようで、その囮の方が弱っていたからだな。

 そうでなかったら死んでいた。

 テオ・テスカトルに一撃で致命傷を与えた位だ、囮の作戦も上手く機能させるんだろうが単純にコンビネーションも上手い。

 積極的に逃げ道を封じて来たり、互いの隙を潰すように連携をしてきたりと、かなり嫌な動きをしてきた」

 マハワが服の袖をまくりあげると、腕や足にはきっともう消えないであろう傷跡が残っていた。そして顔にも。

「すらっとした肉体のクシャルダオラのでもなく、がっつりとした肉体のテオ・テスカトルを仕留めたんだ、可食部も多いだろう。

 だから、暫くの間はゆっくりしていて欲しいね」

「だなあ……」

 ただ、そのクシャルダオラも数日間で大体が食い尽くされてしまった過去がある。

 古龍の持つエネルギーは直感的に思っても莫大だが、更にテオ・テスカトルまで屠って……。

「子作りでもするのかな」

 ぼそっとヒノキが呟くと、マハワが「かもしれないな」と同意した。

 病み上がりだと言うのにマハワは続けて、ニヤニヤとした顔で言った。

「見てみたいか?」

 子作りで見てみたいものと言えば、まあ決まっている。

「……否定は出来ない」

「ガジャブーの抜け道から近くまで行けるだろ」

「……怖いんだよ」

「怖い? だとしてもあの場所はすぐに逃げられるようになってるじゃないか」

「そういう意味じゃなくて……。

 興味は十分にあるし、それに描いた事もあるけどさ……人に欲情出来なくなりそうでそれ以降描いてない」

「何だそれ」

「見た事無いのか?

 エネルギーが違うんだよ、人とは何もかも。それで響く色んな音も、発せられる声も、……量も臭いも。

 それに圧倒されてしまって、一回描いたきりだ。

 ただの竜でそうなったのに古龍のものを描いたら俺がどうなるか分かったこっちゃない」

「へぇ……俺も見た事あるんだが、きっとあんたは、俺以上に竜に感情移入しているんだな」

「……かもしれないな」

 その後も他愛無い話をして早めに別れた。

 

 部屋に戻るとカシワが居たが、キャンバスには布が掛けられたままだった。

「見なかったのか?」

「布が掛けられてないと、見ていなくても体が震えて仕方ないのニャ」

「ああ、そう……」

 魂が籠った、とはこんな事を言うんだろうか、と思った。




次は多分1~2か月先になります。

モデルがあるもの:
カシワの絵柄
キリン、パオウルムー
ナナ・テスカトリ、テオ・テスカトル <= new!

ただ、聞かれても明示はしないです。


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ナナ・テスカトリ 4

久しぶりです。3万文字位連続で投稿すると思います。


 パオウルムーを庇護するキリンが実質的に縄張りとしている陸珊瑚の台地。その朝は、どこからか誰かの泣き声が響いて来ていた。

 テオ・テスカトルが屠られた翌日、研究基地にはその情報はまだ届いていなかった。

 調査隊が臨時で組まれるが、ネルギガンテと対等に渡り合ったキリンに立ち向かえるような狩人は四人組を組んだとしても中々居らず、しかし火急な為突き出されるように最も優秀な四人が調査に赴いた。

 キリンが敵対的ではないとしても、気に食わない事をしたら雷が心の根を止めて来るかもしれないという恐怖がとても強い。

 耐雷の装衣をいつでも着られるようには準備していたが、我が身で試す最初がトビカガチではなくキリンであり、しかもそれがただのキリンではなく、ネルギガンテと同等の力を持つ程の個体であるとは何の悪夢だと誰もが思った。

 ただ、幸いな事にキリンには出遭わなかった。泣き声が聞こえる方向に向かうに連れて、導虫はキリンの痕跡が近辺にあるという事を幾度か示したが、それから推測するに、泣き声の元へ向かっているようだが自分達とは別方向から向かっているようだった。

 しかし、泣き声の元で出くわすという事は確定しており、気は進まない。

 見通しの良い場所を避けながら進み、そして泣き声が近付くに連れて段々と鮮明になっていく。

 一人が、新大陸に来る前にその声の質に似たものを聞いた事があった。

 テオ・テスカトルの声質にそれは近しかった。そしてテオ・テスカトルが雌になったらこのような声を出すのだろうというような感覚を覚えた。

「ナナ・テスカトリ?」

 目視する必要も無い。そこまでの危険を冒せる程、彼等の腕前も高くなかった。

 そして、そくささと帰り、一息吐けば体が汗塗れになっている事に気付いた。

 害を与える存在ではなくとも、誰かキリンを討伐してくれないか、と思わずには居られなかった。

 

 昼頃にアステラと連絡が付き、近況と辻褄が合った。

 ナナ・テスカトリはこの陸珊瑚の台地で悲しみに耽っているのだろう。ただ、古龍の精神状態が不安定という事はそれだけでとても恐ろしい。

 この前も住処を追われたクシャルダオラがアステラを襲おうとした程だ。

 その時は優れた狩人達が事前に防いでくれたが、今、ここにはそう強い狩人は居ない。すぐにでも強い狩人を寄越してくれと要求を出したが、その時、泣き声が一際大きくなった。

 狩人が総出で準備をしたが、気付けば外は雨が降っていた。

「流石に雨の時にまで襲ってはこない、よな?」

 誰かが言った。

 テオ・テスカトルも、ナナ・テスカトリも、体から爆発する、もしくは激しく燃える物質を飛ばす事で爆炎を発する。雨の日には、それが如何に強い個体であろうとも爆炎は著しく脅威を失う。

 出来るだけ長くこの雨が続いてくれ、と思いながらも、泣き声はより強くなっているのが不気味だった。

 幸いにも、雨は段々と強くなり始め、しかし雷までもが落ち始める。

 その雷すらも激しくなり始め、そして気付いた。これはただの雨ではなく、キリンが呼び寄せたものだと。

 今朝に探索に出た狩人達は、今度はキリンに感謝し始めた。キリンも出て行けと言っているんだから、さっさと出て行ってくれ。マハワが動けなくともアステラの方が強い狩人は多く居るのだから。

 もしくはキリンにやられてしまえ。

 その願いが通じたのかナナ・テスカトリはそれから程なく、そのアステラの方へと去っていった。

 それから程なく雷雨は止み、平穏はさっきまでの緊張がまるで元から無かったかのように戻って来た。

 

*****

 

 そして、大蟻塚の荒地では三つ子の狩人とアイルー一匹が、その地に近頃住み始めた番のディアブロスと、龍結晶の地から陸珊瑚の台地を経てやって来た番のリオ亜種の調査に出ていた。

 互いに雌が身籠っているのもあって雄同士は強く敵対していないが、問題はその身籠っているディアブロスの雌だった。

 身籠った時に雄に守って貰うのではなく、自身がより凶暴になり、番である雄すらも蹴散らしてしまうその習性は下手な狩人では手が付けられず、きっとソードマスターでさえも手を焼く事だろう。

 ただ、人の目線からしたら、その番である雄のディアブロスが半ば哀れに見える程だった。

 子を設けたいならば、普段なら凶暴になっている雌から離れてればそれで良い。身籠っているディアブロスに勝てる生き物などそうは居ないのだから。

 しかしながら、今は違った。流石にリオ亜種の夫婦に手を出したら、手強い狩人が揃っている拠点に手を出したらただでは済まない。そして、雄からしても半ば手が付けられなくなっているその雌がどちらにも手を出さないように管理しなければいけない。

 更に加えると、手を付けてしまった雌に雄が加勢しようとしても、その雌がそれを味方と見做してくれるかも怪しいのだ。

「僕だったらそんな鬼嫁貰いたくないなあ」

 末子がそう言った。

「ディアブロスも、どうしてそんな生態しているんだか」

 次男も半ば呆れながら言うと、長男がそれらに返した。

「普通なら、それで上手く行くんだろう。だから今も各地で目にされる程メジャーな竜となっている」

「ここは普通じゃないの?」

「普通の定義に依るだろうが……少なくともこの新大陸程エネルギーに満ち溢れた場所は早々他に無いだろうよ。

 ライチもそう思わないか?」

 ライチと呼ばれたアイルーは答えた。

「そう思いますニャ。ここに来てから心ニャしか体の調子の良い日が多いですしニャ」

「そうかー……、あ、ディアブロス居た。雄の方」

 砂地の方を歩いて居ないと思えば、珍しく湿地の方に顔を出していた。

 すぐさま隠れて、様子を窺う。

 砂地を泳ぐように掘り進められるその特性を生かせないであろう湿地帯の端に、静かに身を寄せていた。

 外敵を悉くその巨大な角で粉砕していく凶暴性は、鳴りを潜めていた。

 その様子は、もう既にやや疲れているようにであった。

 人の目線から見たその想像と合わせると、雌が来ないであろう場所から逃げて休んでいるようにも見えた。

「色々タイミング悪いよねえ」

「全くだ」

 末子と次男が言うのを聞いて、そしてディアブロスをもう暫く観察して、長男は言った。

「まあ、今の所は、雄の方は大丈夫そうだな。雌がどうかは分からないが、砂地の方を探索しても見つからなかったんだ、今は寝床でゆっくりしているのだろう」

「まだ、大丈夫って事?」

「いや……」

 そう言いかけたところで「……あ?」と、次男が空を見上げた。

 それに釣られて末子と長男も空を見上げた。

「……え?」

「…………まじかよ」

 真っ青な良く晴れた空に、それに似た色の点が見えた。

 つい昨日、テオ・テスカトルが死亡したという報せが届いたばかりだ。それが番を喪ったナナ・テスカトリである事は疑いようも無かった。

 ただ、それを見てまず最初に思った事は、アステラが危ない事ではなかった。

「竜の胃に穴が開く事ってあるのかな?」

「……さあ」

 ディアブロスの雄が、哀れで仕方なかった。

 そのディアブロスは幸いと言うべきか、まだそのやってくる存在に気付いてはいなかった。

 

 陸珊瑚の台地から追い出されて来てもナナ・テスカトリがやる事は変わらず大声で泣き続ける、ただそれだけだった。

 ディアブロスもその泣き声に気付き、そして慌てて番が居るであろう場所へと駆けて行く。

 こっそり後を尾けていくと、ディアブロスが恐れながらもきっと番が寝床としている場所を覗き見しているのが見えた。

 地下洞窟の奥。その洞窟の上からは泣き声がはっきりと響いている。

 明らかに雄のディアブロスは雌自体を恐れていた。そしてきっと、それ以上にこの泣き声に苛立ち、出てきてしまう事を恐れているだろう。

 次男が小さく言った。

「雌が出て来るに10万ゼニー」

 末子が続けた。

「僕も20万ゼニー」

「……賭けないぞ?」

「詰まらねえが……そうだよな」

「それよりも賭けるとしたらその後だろう。

 ナナ・テスカトリに攻撃を仕掛けてしまった場合、雄のディアブロスは雌に加勢するのか? それともしないのか?」

 今度は次男と末子で分かれた。

「イチジクはどうするんだ?」

 次男からイチジクと言われた長男は答えた。

「ニワトコが出ない。

 サンショウが出る。

 ……ライチはどうする?」

「ニャ? ニャァ……出ると思う、かニャ」

「じゃあ、俺は出ない、で」

 サンショウ、末子が言った。

「兄ちゃんはそう思ってるの?」

「いや、どっちにせよ辛いよなって思ってな。

 リオレウス、リオレイアのように番で仲睦まじい訳ではない、けれども交わって子を為して、それを大切にしている事は変わらない。

 その番が死ぬしかないような場所に飛び出してしまって、加勢しても勝てる可能性は低い。

 ただ逃げてもきっと、ずっとそれは心を痛めつけるだろう。

 余り、そんな選択を迫られるような目には遭いたくない」

「まあ、他人事だから楽しめるよねー」

 そんな事を言いながら眺めていても、意外な事に雌が寝床から出て来る事はなかった。

 幾ら凶暴になったとは言え、古龍に喧嘩を売る程までに我を忘れている訳では無いようだった。

 ただ……、とどれだけ時間が経とうとその場から離れないディアブロスを見て、そして同じくずっと響き続ける泣き声を聞きながら、兄弟は思った。

 このやかましさにずっと耐えられるかは、怪しい。




ディアブロス♂:
モデル無し。上位レベル。
ディアブロス♀:
亜種。モデル無し。歴戦レベル。

イチジク、ニワトコ、サンショウ:
モデルは名前とかからまあ、察せる人は察せられるんじゃないかな。
ぶっちゃけモデルがモンハンキャラじゃないからこいつらは聞かれれば答える。
力を合わせれば古龍とも十分戦える強さ。ただ、普通の、が前に付くけど。
しっかり者の長男、イチジク
粗暴な次男、ニワトコ
甘えん坊な末子、サンショウ
使用武器はまだ決めてない。
ライチ:
連れのオトモアイルー。
モデルは三兄弟と同じところ。

オメー等の同人誌買う為に大阪まで3万掛けて往復したんじゃい。

因みにアイスボーン、クリア後まで行ってその後のコンテンツもぼちぼちやってるけど、この作品の本編には出しません。
まあ、詳細は活動報告に投げたので。


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ナナ・テスカトリ 5

 夜になろうともその泣き声は続いていた。

 古龍の無尽蔵なエネルギーがそれを可能にしていた。

 そしてきっと人や竜よりも遥かに永い歳月を生きて来た上での、察する事すらも烏滸がましい悲しみがあったのだろうとも思えた。

 ただ、アステラにも時々僅かに響いてくるその泣き声は、強い響きまでは届いてこないにせよ、安心というものを奪うには十分過ぎた。

 夜にも関わらず、狩人は駆り出される。三兄弟が夕暮れに帰って来た後には、ヒノキを含む数人がそのナナ・テスカトリの監視に赴いた。

 

「で、監視って言ってももう居るんだよな」

 リオレウスの亜種、蒼火竜は身を伏せて遠くから泣き続けるナナ・テスカトリを監視していた。

 遅れて気付いたカシワが言う。

「……ヒノキの目はどうニャってるのニャ……」

 夜、月明かりのみの暗い大蟻塚の荒れ地。しかも身を伏せているリオレウスなど、狩人であっても中々に見つけられないだろう。ただ、ヒノキの狩人としての長い経験と絵描きとしての優れた観察眼は、それを見通していた。

 逃げないという事は、番であるリオレイアの亜種は出産が間近か、それとももう子を為しているか、少なくとも容易には逃げるという選択肢を選べない状況なのだろう。

 ヒノキが蒼火竜を見つけても、そちらは何もして来る気配は無い。種族が違えど、泣き続けるナナ・テスカトリに刺激を与えないという意志だけは一致していた。

 岩陰から眺めると、砂地一体が黒く焦げていた。さらさらとした燃えるはずのない砂が更に焼かれて、月明かりに照る事も全くなくなっている。

 その中央に居るナナ・テスカトリは今、砂に顔を埋めて泣いていた。

 時々顔を上げるが、特に何をする事もなく、また顔を埋め。しかし、その状態からのくぐもった泣き声はヒノキまで普通に届いていた。巨躯から響かせるその声はティガレックスのそれに匹敵すると思えた。

 ただ、流石に龍炎を纏ってはおらず、辺りは暗いままだった。

「……」

 このナナ・テスカトリを討伐する事は可能だろうとヒノキは思った。

 あのクシャルダオラのように特別な強さを感じる訳でもない。今ならきっと不意打ちも可能だ。

 ネルギガンテに遺体を奪われる事も今は無いだろうから、遺体から強力な武器や防具を作る事だって出来る。

 けれど、誰だって気が乗らないだろう。

 そこまで思った所で、マハワから言われた事を思い出した。

 ――きっとあんたは、俺以上に竜に感情移入しているんだな。

 本当にそうなのだろうか? マハワはこのナナ・テスカトリを見て狩り易そうだとしか思わないのだろうか?

 もしそうだとしたら、マハワを軽蔑するかもしれない。いや、それが普通だとしたら、狩人という職業自体を続けられないかもしれない。

「…………」

 けれども、倒さなければいけないかもしれないのも確かだ。

 後味は悪くなるだろうが、人間達にとっての縄張り、アステラや研究拠点に危険が及ぶのならばそれを黙って見ている程狩人は無力ではない。……あのクシャルダオラが敵に回ったら多分、本当に逃げるしか無いだろうけれど。

「……何を考えているのニャ?」

 カシワが小さく聞く。

「いや、気が滅入るよなって」

「……色んな意味でかニャ?」

「……まあ」

 少なくとも、カシワとは気は合う。そこまで思って、思考を整理した。

 ……そう。問題は一つだ。

 ナナ・テスカトリはその感情の解消に人間達を甚振ろうとするだろうか?

 それを考える為にナナ・テスカトリとその周囲を観察して、一つ重要な事に気付いた。

 焼けるはずのない砂が更に焦がされていても、大蟻塚やサボテンに被害はそう強く及んでいない。破壊されたり焼き尽くされた痕はあろうとも、ここらにある全てがそうなっている訳ではない。ここらに良く居るノイオスの死体も余り無い。ナナ・テスカトリは唐突にやって来たのにも関わらず、だ。

 意外と、理性は強く残っているのかもしれない。逆に言えば、理性が残る程に悲しみは少なかった?

 いや、それだったらここまでずっと泣くだろうか?

 結局、それは分かる事は無かった。ナナ・テスカトリは泣き止む事も無く、他に何かが起こる事も無く、夜は更けていった。

 

*****

 

 朝方から昼頃まで睡眠を取り、そして食事場に行くと、もう普通の狩人並みの量の飯を食べるマハワが居た。隣にはそれを眺めるオオバも。

「おはよう」

「おふぁよふ」

 肉を頬張りながら、マハワは答えた。

 もぐもぐ、ごっくん。と肉を一気に飲み込んでから水を飲む。

 料理長がいつも通りのアイルーにしてはとても特徴的な低い声で聞いてきた。

「同じくらい食うか?」

 ヒノキは少し悩んでから頷いた。

「すぐに用意する」

「有難い」

 すぐに背中のアイアンネコソードを抜いて、肉塊をさっくりと切り始めた。

 

 食べ終える頃には、色んな人が集まって来ていた。

 そして、マハワが切り出した。

「なあオオバ。テオ・テスカトルと戦った時の事は良く思い出せるか?」

「古龍と五連戦を忘れる程俺の記憶は脆くニャいニャ」

「そりゃそうか。

 オオバから見て、あのテオ・テスカトルはどうだった?」

「どうだった、って……。ニャァ……」

 少し考えてからオオバは言った。

「あの五連戦の古龍の中では一番弱かったかニャ……」

「そう。スーパーノヴァは、確かに食らったら即死する威力だった。ただ、予備動作が長くて避ける事は容易かった。龍炎自体も威力、舞い散る速度、それらは躱すのにそう難くないものだった。

 スタミナも良く切れていたしな。正直言って古龍だろうが、そこまで苦戦しなかった」

「……そうだニャ。毛並みも、ナナ・テスカトリという番が居るのにも関わらず、そこまで整っていなかったニャ。威厳はあったけれど……そうニャ。あのテオ・テスカトルはどう見ても老けていたニャ」

「ああ。

 それも寿命に近い程だった。

 それに比べて、ナナ・テスカトリはどうだった?」

「若々しかったニャ。龍炎も溌剌としていて、テオ・テスカトルよりも遥かに手強そうに見えたニャ」

「そこから導き出される推測は……」

 マハワの相棒が引き継いだ。

「……番ではない?」

 ヒノキはネルギガンテの番と戦ったテオ・テスカトルとナナ・テスカトリを、また昨晩大蟻塚の荒地で泣き続けていたナナ・テスカトリを見て、自ずと思い浮かんだ推測を言った。

「父娘、か」

「その可能性が高いと思う」

 確かに、それはしっくりと来た。

 ネルギガンテと戦っていた時も、テオ・テスカトルは激しい動きをしていなかった。ゆらりとネルギガンテの攻撃を躱し、流れるような自然な速度で龍炎を発していた。そこに猛々しさは無かった。

 マハワに痛めつけられた後の病み上がりだから、と思っていた。確かにそれもあっただろう。

 しかしそれ以上に、あのテオ・テスカトルは寿命が近かったのだ。

 そう考えると、ナナ・テスカトリの泣き様もしっくりと来る。

 元から覚悟は多少なりともしていたのだろう。それは、ネルギガンテ二体に対して無謀な弔い合戦を避ける事や、そして感情の矛先を後先考えずに竜や狩人に向けない事にも繋がっている。

「まあ、確かめる術など無いけどな」

 マハワはそう締めくくった。

 けれど可能性は高い。そう、ヒノキは思った。

 

 万一に備えた大砲やバリスタの準備も整い、若干の緊張を含んだままの時間が過ぎていく。

 ヒノキは手帳にナナ・テスカトリをさらさらと描いていた。

「そう言えば、カシワから見てナナ・テスカトリはどうだった?」

「キリンよりは弱いニャ」

 その言葉に筆が止まった。

「……ああ、ネルギガンテと同等の強さを持つキリンよりは、って事か?」

「あ、そうニャ。でも、近いニャ」

「……その位ね……」

 何かこの頃、古龍に触れる機会が多い。特に桁外れな力を持つ古龍と長い時間を過ごしたのもあって、そこ辺りの感覚が麻痺しているように思えた。

 相手を泣きそうな目で睨んでいる顔、背中を向けて顔を埋め泣いている姿。脳裏にはっきりと残ったその姿を書き留めていくと、より鮮明にナナ・テスカトリの事を深く知れるような気がした。

 今、ナナ・テスカトリは何を思っているのだろう? そして、泣き止んだ後ナナ・テスカトリはどうするのだろう?

 殺されたテオ・テスカトルとナナ・テスカトリが父娘であるという事も推測でしかない。ただ、ヒノキが見た光景は確固たる事実である事には変わりない。

 ただ、観察眼が幾ら優れていようとも、その先は余り分からなかった。

 憎悪はあるだろう。描いたナナ・テスカトリのネルギガンテを睨む泣き顔には、確かにそれがあった。

 しかしナナ・テスカトリには、味方も、守るべき者もこの地には居なかった。そして、ネルギガンテに立ち向かえる程の力を持っている訳でもない。

 古龍でなくとも、そんな状態でどんな行動を取るのかなど、それはその人、竜それぞれだろう。

 まあ、飛べる翼があるのならば、この新大陸から逃げる事もあるだろうな。

 その位だけを思った。

「おーいヒノキ!」

 呼ばれて顔を上げる。

「なんだー?」

「あっち見ろー!」

 指差しされた方向を見ると、クシャルダオラが見えた。

「あー、行くー」

 何となく聞いた。

「カシワも行くか?」

「とんでもニャい!!」

 そこまで拒絶しなくても、と思った。

 でも、これは当たり前かもなあ……。そう思いながらも走って、古代樹の森の方へと向かった。

 アステラへの落とし格子と、鬱蒼とした森の両方の近く。そこがもう既に、クシャルダオラと会う場所と決まっていた。

 程ない内にクシャルダオラが柔らかい風と共にゆるりと降りてきた。その身から溢れる力強さにもとうに慣れてしまった。

 振り落とされれば即死する高さまで飛ぶ事が分かっていながら、背に乗った程に。疲れ果てていたとは言え、その隣で思いっきり熟睡してしまう程に。

 まあ、悪い事じゃないだろう。

 それからいつものように爪に挟んでいる手帳を受け取ろうとしたが、クシャルダオラは今日はどうしてかそれを渡そうとせずに、別の何かを催促するような素振りをしてきた。

「……ああ」

 多分、先日完成させたあの絵をまた見たいと思っているのだろう。

 自分がアステラに一旦戻ろうとして、特に何もされなかったのでそれを確信した。

 そこで、ふと気付いた。

 ……俺はクシャルダオラが居る限り、新大陸から帰る事は出来ないのか?

 愕然としたが、気落ちはしなかった。このクシャルダオラと親しく在れる事は、少なくとも絶望をするには勿体無さ過ぎた。




前からちょっと空いたけど、次もちょっと空きます。コミティアにちょっと寄稿応募する事にした。

アンジャナフの拘束攻撃からの(普通に回避が間に合う遅さで来る)攻撃が一定の層にド嵌りしそうな感じの事に気付いたけど、それに気付いてるそっち系の人は残念ながら余り居なさそうだった。


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ナナ・テスカトリ 6

 昼過ぎ。歴戦王と呼ばれるクシャルダオラがアステラの方へと飛んで行くのが見えてから暫く。

 ナナ・テスカトリが大蟻塚の荒地に訪れ、泣き始めてから後数時間で丸一日が経とうとしている。

 そしてディアブロス亜種の我慢が限界に達したのはそんな時だった。

 亜種のリオ夫婦には逃げるという選択肢があった。しかしナナ・テスカトリからは距離が離れており、そして逃げるという選択よりも、襲って来る可能性が少ない事、リオレイア亜種がそう簡単に逃げられる状態ではない事を考慮してその場に留まった。

 ただ、ディアブロス亜種の脳裏にあったのは少なくともそんな理屈ではない、とその日も監視に赴いていた三兄弟の長男のイチジクは思った。

 動き出すまでのこの時間は、本能に突き動かされる激しい衝動を僅かに残っている理性が抑え込める限界だったのだろう。

 相手が古龍だろうと、逃げるという選択肢を選ばなかった。理性なのか本能なのか、それとも矜持なのかそれは分からないが、事実としてディアブロス亜種、子をその腹に宿している状態の雌のディアブロスは怒り心頭と言った形で寝床から出て来た。

 そしてそれを止めようと、雄のディアブロスが前に立ちはだかった。

 ナナ・テスカトリの泣いている真下の地下空洞で、ディアブロスの番が対峙した。

 単純な力比べ、雌争い、縄張り争い、そんな目的で同種間でも良く見られる角を打ち合わせての勝負。今回はそれからは外れているが、今回も角を打ち合わせて戦うのだろうとそれを遠くから観察していた三人と一匹は思っていた。

 しかし、雄は理解していたのだろう。より凶暴になった雌に正々堂々打ち勝てはしないのだと。そしてまた理知的な戦いをする竜ではないが、それなりに考えていたのだろう。

 出てきてしまったならば、自分が何をするのが最善かと。

 雄のディアブロスは雌が出て来るのに合わせて表へと出て来たが、雌と目が合った瞬間逃げ始めた。それはもう、情けない程に真直ぐに。

 咄嗟に隠れた三人と一匹のすぐ隣を走り去って行く。

「ギアアアアアッ!!」

 雌がそれにブチ切れて雄を追い、三人と一匹のすぐ隣を同じように走って行った。

 ……しかしながら、その雄の考えは良いものだったのかどうか、それはまだ分からない。

 ディアブロスの亜種の咆哮は、ナナ・テスカトリの泣き声を止めていた。咆哮をさせてしまった段階で、ディアブロスの存在にナナ・テスカトリは気付いてしまった。

 後を追おうとするサンショウを引き留めて、小声で言う。

「ナナ・テスカトリがどう動くかまだ分からないだろう」

 番のディアブロスが走る音も聞こえなくなり、けれど後に残るのは静寂のみ。

 ナナ・テスカトリは泣くのを再開する事も、ディアブロスを追う事もしていない。また、今居る場所からはナナ・テスカトリの様子を窺う事はすぐには出来なかった。

 十秒、二十秒、三十秒。何も起きないのが逆に不安を駆り立てる。

 一分が経とうとした時、沼地の方からディアブロス同士が争い始めたような音が聞こえた。そして同時に、三人と一匹が居る地下空洞への入り口とは別の、地上から直接繋がっている入り口にナナ・テスカトリが見えた。

 ゆったりとした足取りで、言ってしまえばかなり崩れた顔をしていた。遠くから見るだけでも、目元が腫れていたし、多分あれが人間の女性だったらニワトコ辺りはすぐに声を掛けに行っていただろう。……付き合える可能性がある事を込みで。

 そのニワトコが言った。

「兄貴、ここ逃げ場無いぜ」

 今居るばれずに観察出来る場所は、後ろが崖だった。

「分かってる。足取りがゆったりだからな。辺りの事を観察しながらやって来る可能性もある」

 モドリ玉もある。隠れ身の装衣も持ってきている。ただ、ギリギリまで観察するのはそれを踏まえると、とても危険だった。

 三人と一匹は力を合わせれば古龍を倒せる実力があろうともそれは、こんな限られた場所でも、という条件を付けられる程ではない。

「そうだな……いや、離れても大丈夫だ。守り族の住むあの場所から他の誰かが観察している」

 地下空洞にはナナ・テスカトリがやって来た、そしてディアブロスが走り去って行った二つの地上へと繋がる道と、ディアブロス亜種が寝床としているその地下空洞の最奥への道の他にもう一つだけ、地上の大蟻塚の一つからこっそりと地下空洞へと繋がる穴があった。

 それはまもり族と呼ばれるテトルー達の住処となっており、そこから狩人が道具を使いながら覗いているのが僅かながら見えた。

「俺達はディアブロスを見に行こう」

 後ろからナナ・テスカトリが来ていない事を何度も振り返って確認しながらも、一行は沼地へと向かった。

 既に泥がはじけ飛ぶような音が激しく鳴り響いていた。

 

 ディアブロスと言えば、竜種の中でも優れた脚力と太く鋭く生える一対の捩じれた角から繰り出される突進と、不可視の地面から急襲してくる戦い方が原種、亜種共に特徴としてある。

 ただ、その地面へ潜れる場所は限られている。木の根が複雑に伸びる森林の中や、土が重い湿地などではその力は生かせない。

 要するに、砂漠などの砂地で生きるのに特化した竜種だった。

 そんな竜同士が沼地で戦えばどうなるか。文字通り、泥仕合となっていた。

 激情した雌が雄に向けて突進しようとして、沼地に足を取られて転ぶと更に怒りを増して咆哮をする。そこに雄が突っ込み、転ばせた。しかし追撃はせずに距離を取り、雌はそんな雄の姿にますます怒りを膨らませた。

 雄の方も泥塗れになり、真っ黒な雌と似たような色合いとなっていた。

 互いに疲労も見えるが、雌の方は自身の疲労さえも忘れているようにひたすらに怒りを加速させていた。

「……こりゃあやばい」

 清々しい程に純粋な怒り。こんな怒りは他の竜種、古龍種ではそう見られないだろう。

 咆哮は遠くに居ようが体を震わせる。それには恐怖から来るものも混じっているように感じられ、下手をすると古龍種より恐ろしいとまで思わせる程だった。

 そんな雌とは対照的に、雄は冷静に立ち回っていた。

 突進には真正面から付き合わず、受け流すか躱す。雌が隙を晒してもそこまで強い追撃はせず、転ばせたりという形で留めている。

 けれども単純に実力差もあるのだろう、単純な突進も何度か直撃していた。足が取られる沼地で威力は十全ではないにせよ、体の所々を庇うように動く姿からは、怒り続ける雌以上の疲労を感じられた。

「ここは危ないですニャ、後ろからナナ・テスカトリが来るのも時間の問題ニャ」

「分かってる、でも離れている時間も惜しい」

 そう言ったすぐ後に、丁度雌から距離を取れた雄はまた逃げ始めた。

 雌はそれを当然追いかけ、恐る恐るそれを一行は更に追い掛ける。

 雄は良くボルボロスが縄張りとしている場所に向かって逃げていた。砂地を縄張り、戦場とするディアブロスはまず来ない場所で、そう強くないボルボロスもそれを理解して、その場所を寝床としていたの()()()

 もう、過去形となってしまった。一行がその場所で見たのは、その沼地に潜っていたボルボロスを雄が地面に角を突き刺し、その脚力を以て引っ張り上げた姿。

「ボアアアア!???」

 そして、混乱するボルボロスを振り返って雌の前へと置くとまた逃げて行った。

「ひどいね」

 サンショウが短くそう言った。

「哀れだ」

 ニワトコが続けて、

「南無」

 と、イチジクが言う。

 最後に、

「…………ニャァ」

 ライチが小さく呟いた。

「ギアアアアアアアアッ!!」

 ボルボロスの前でより強い咆哮をした雌のディアブロス。

 ボルボロスは何が起こったかを理解する間もなく、その突進を受けた。竜種の中でもかなり硬いであろうその頭はしかし、留まる事を知らない怒りを見せるディアブロスの突進によって嫌な音を立てた。

 壁に叩き付けられ、今度は尾甲によって弾き飛ばされる。今度は胴体に突進が突き刺さり、ぶづぅと角が突き刺さる致命的な音が静かに響いた。

 悲鳴を上げようが何をしていなくとも許されるはずもなく、反撃なんてさせて貰えるはずもなく、逃げられもせず、動けなくなっても攻め立てられ。そんな様子は見ているだけでも肝が冷えるようだった。

 ニワトコが、はっとしたように言った。

「そ、そう言えば雄は?」

「流石に休んでるでしょ……」

 サンショウが言うが、思い返せば雄の目的はナナ・テスカトリから雌を引き離す事だった。

 ただ。

 雄が逃げた先を見ると、何か青いものが見えた気がした。

 まだ夕方ではない青い空に、点々とより青いものが混じっている。

 理不尽な暴力から死んでも逃れる事の出来ないボルボロスから恐る恐る離れて来た道を戻ると、その光景はすぐに見えた。

 ナナ・テスカトリの正面にディアブロスが対峙していた。

 砂に汚れ、激しい涙痕に崩れた顔を見せるナナ・テスカトリ。泥塗れになった雄のディアブロス。

 ナナ・テスカトリは単純に雄のディアブロスの事を観察していた。それだけだが、雄のディアブロスは完全に怯えていた。

 そんな、動かず、動けない均衡は、後ろから響く暴虐の音が終わった事で終わりを迎えた。

「ああ嫌だ」

 ニワトコが小さく言った。

 自然と出たようなその呟きは、とても同感出来るものだった。

 前も後ろも逃げ場が無い。どちゃ、びちゃ、と強い足音を立てながら後ろから歩いてくる雌に、けれど雄は何も出来なかった。

 ただ、次に見えたのはとても意外で、雌が雄の隣に並んだ姿だった。

 雄が驚いたように雌を見る。雌はナナ・テスカトリに向けてしっかりと角を向けていた。

「落ち着いたのか」

 まこと哀れなボルボロスの犠牲によって。

 けれど、ただの竜種二匹が古龍に勝てるだろうか? 確かにディアブロスは火に強い耐性を持つし、そしてここは沼地で炎はとても燃えづらい。しかしながら万全な状態ならともかく、二匹とも疲労困憊なはずだ。

 ディアブロスにとってはとても有利なフィールドである事は確かだが、それを加味しても人智を越えた力を持つ古龍には勝てないと思えた。

 しかしながら、冷静になった雌に釣られて雄もしっかりとナナ・テスカトリに角を向けた。

 ナナ・テスカトリはそれを見ても動じず、またただの竜種に立ち向かわれようが怒る事もしなかった。

 そしてほんの少しの間の緊迫の後、ナナ・テスカトリは堂々とディアブロスに背中を見せてどこかへと歩き去って行った。

 ゆっくりと遠くへと、そして見えなくなるまで待ってから、ディアブロスの番は警戒を解き、そして雌が雄を小突いてからまたどこかへと去って行った。

 雄は、雌が見えなくなってから疲れ果てたかのようにその場で崩れ落ちた。

 恐る恐る近付いて見れば、狩人の存在にも気付かない程に深く、また元来の暴虐性など全く見えない程に安堵した寝顔をしていた。




持ち上げられて怒り心頭なディアブロス亜種の前に置かれる=>正面から突進を受ける=>壁に叩き付けられる=>頭蓋に皹が入る=>尾甲で叩き付けられる=>胴体に角を突き刺される=>そのまま持ち上げられて叩き付けられる=>突進を喰らう=>壁に叩き付けられる=>......
Q. 何かボルボロスに恨みあるの?
A. 別に。


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ナナ・テスカトリ 7

 ナナ・テスカトリはそれからまた泣く事は無かった。かと言って大蟻塚の荒地を去る事もなく、その地に暫くの間居続けた。

 地下空洞でゆっくりと腰を下ろして目を閉じてじっとしていたり、夜に高所から月を眺めて少しだけ呻き声を上げたり。時々辺りを歩き回り、良質な鉱石の結晶をばりばりと食べていた。

 そんな様子に、泣いていた時にあったような緊張感も失せていった。

 ディアブロスの亜種、身籠っている雌は食事に外に出る時以外は地下空洞の奥でじっと身を隠し、雄はそこからやや離れた場所でまた、リオ亜種の夫婦を監視し続けていた。

 子が出来たのはリオ亜種の夫婦の方が先だった。

 警戒は強くなったが、そのリオ亜種の夫婦も狩人達が縄張りに踏み込んでこなければ何をしてくる事も無い。

 特に五期団の良粒揃いの狩人達の強さは、ここらに住む竜達もまた理解していた。最近ここらにやって来たリオ亜種の夫婦は、捕獲されたり狩猟されたりしてアステラへと運び込まれる竜達を見た事は無いはずだが、強さは肌ならぬ鱗で実感しているのだろう。

 そしてそれは、ナナ・テスカトリも同じだった。

 驚異的な速さで快復したマハワは、そんな大蟻塚の荒地を誰よりも堂々と歩く。ナナ・テスカトリの監視も、真正面からやる事もあった。

 最初、たった一人の狩人に正面に立たれてナナ・テスカトリは軽く怒気を孕んだが、しかしそれでも全く動じないマハワと、そしてきっとその背に担がれていた武器を見て、結局何もしなかった。

 背に担いでいたのは、マハワがかつて討伐したネルギガンテから作られた棘塗れのハンマー。潰滅の一撃と名付けられたその武器は、敵を打ち砕くと共に数多の刺し傷を作るえげつないものだった。

 

「平和だなあ」

 何事も無く帰って来たマハワは欠伸をしながら言うと「今だけだろう」と、総司令が返した。

「それは分かっていますよ」

 発情期の季節が偶然にも重なったのか、それともこの新大陸のエネルギーに当てられたのか、どうも子作りに勤しむ竜達が多い。

 その中でもネルギガンテの生態はまだ殆どが未知で占められている。学者達が考察に発展出来る程の知見も無い現状、ネルギガンテの子作りが外部に対してどのような影響が及ぼされるのか、それは始まってみないと分からない。

 古龍にしかほぼほぼ興味を持っていないであろうその生態は変わらないのか。縄張りに踏み込まなければ、ただの人間、竜種に対しては大して害はないのか。

 それとも総力を上げて討伐しなければいけない程に排他的、攻撃的になるのか。

 生態を明らかにする、特にネルギガンテの子を観察出来るかもしれないという、とても貴重且つ重大な知見の前では事前に討伐してしまうという手を打つ事も反対多数で打ち切られていた。

 そんな中で、ヒノキは見たナナ・テスカトリの絵を描き続けていた。

 描かれた後のページはぺりぺりと破られ、色んな人がそれを見ていた。

 その中に珍しく大団長が居た。

「様々な竜を見て来たが、際立って強者となり得る竜というのは主に二種類だ。

 一つ目は才能。分かり易い例で言ってしまえば、怒り喰らうイビルジョーや傷ついたイャンガルルガだな。生まれ持った才能を傍若無人を尽くす内に開花させるタイプだ。

 そしてもう一つは明確な意志を持つ者だ。強くならなければいけないという意志、何者かを倒したいという意志。そんな明確な意志を持ち、それに従って正しく努力出来る奴は強くなる」

「……ナナ・テスカトリは後者に入ると?」

「実際に俺も見て来たが意志めいたものは感じた」

 ヒノキは口には出さなかったが、それに似たものをナナ・テスカトリから感じていた。

 何というのだろう、煩わしさと言うのか、困り果てているというのか。

 ナナ・テスカトリは静かになったが、完全に落ち着いた訳では無かった。狩人が近くに居る事を察知しているのもあるだろうが、眠る事があれどそれは非常に浅く、良く場所を変えて物思いに耽るような仕草をしているように見えた。

 何を考えているのかは、ほぼほぼ断定しても良いだろう。

 どうやってテオ・テスカトルを屠ったネルギガンテの番を殺すか、だ。

 そこまで考えていたのは大団長も同じだったらしく、言葉を続けた。

「あのナナ・テスカトリは馬鹿じゃない。ヒノキの言うには、テオ・テスカトルが屠られた時に、逆上して勝ち目のない戦いに挑むのではなく、逃げたんだったな?

 古龍を喰らう古龍の二匹を倒せない事を理解しているし、感情に従って無謀に走る事も無い。

 ならば今は、どのように倒すべきか考えているところだろう。

 そして考えが纏まったら、きっとそれに向かって突き進むだろうな」

 ネルギガンテ二匹をどうやって倒すか。確かにそれは古龍と言えど難題だ。

「先に討伐しておいた方が、良いのでしょうか?」

 一人が聞くと大団長は笑いながら答えた。

「それはつまらんだろう!

 それにな、俺達はただの古龍一匹にやられるほど柔じゃないだろう?」

 クシャルダオラは大団長の中でも、例外として捉えられているようだった。

「それじゃあな、俺は他にも見たいものがあるんでな。頑張れよ!」

 誰かが呼び止める間も無く、またどこかへと歩いて行ってしまった。

 つまらないとかそんな感情持って良いのかあ、とヒノキは少し驚いた。

 

*****

 

 ナナ・テスカトリが翼を広げたのは、それから十日程経った後の事、またクシャルダオラがヒノキの元に来た時だった。

 クシャルダオラがアステラの先へと飛んで行く姿を見上げて、そして立ち上がる。

 丁度、その時の監視はヒノキが担当だった。

 内心もう行かなければという焦りを感じながらも、そのナナ・テスカトリの姿にいつもとは違うものを感じて、ほんの少しだけ、と監視を続ける。

 マハワのように真正面から監視をする程の実力を持たないヒノキはその姿を背後から見ていた。立ち上がり、翼を広げ、ぐ、と飛ぶ前の一瞬の溜めが入る。

 何かしらの決意をしたのだろうと、ヒノキは思った。ネルギガンテの二体に対して報復する為にこれから何をするのか、それはヒノキにも誰にも分からない。

 飛ぶと砂地に風が舞い、そしてナナ・テスカトリの体から龍炎が僅かに散る。

 高く、高く飛んでいく。

 向き先は海。どうやら、遠くへと行くようだった。この新大陸から離れたどこかへと。

「鍛えて来るのかニャあ?」

 カシワが言った。

「それだけじゃ、ネルギガンテ二体を相手に取れないだろう。あのクシャルダオラくらいに強くならなければ」

 あのクシャルダオラの強さは、才能任せのものでは無いと断言出来る。強い狩人を屠った事もあるだろう。数多の古龍とも争ってきたのだろう。

 その中で知見を重ね、経験を積む事によって確固と練り上げられた強さだ。少なくとも一朝一夕で得られるものではない。

 報復というその意志の為だけに何十、もしかしたら何百という年月を掛けてその強さを手に入れようと研鑽出来るだろうか?

 それに加えてナナ・テスカトリの理性の残っていた程度の悲しみの深さを考えると、可能性は低いだろうと思えた。

 ただ、飛んで行く、小さくなっていく姿を見ると、それは少なくとも逃げや諦めでは無いように思えた。

「ヒノキー! さっさと来いー!」

「分かったー!」

 だったらどうしようと言うのだろう? と考えると方法はヒノキには余り思いつかなかった。

 その方法をするのか、それとも全く思いも寄らない事をしてくるのか。

 それは大団長ならば、分かってからのお楽しみだ、とか言うのだろうなと思った。

「楽しみ、か」

 そんな独り言を言うと、カシワが怪訝そうな目で見てきた。

 楽しみに待っていても良いのかもしれない。

 ここに居る狩人は自分一人だけではないのだから。

 

 走ってクシャルダオラの元に辿り着くと、そのクシャルダオラも海の方、ナナ・テスカトリが飛んで行った方を眺めていた。

 その青い目が見てきたものは、自分の何倍なのだろう? 桁も違うのだろうか?

 短命な種がどう足掻こうが計り知れない、その先の何もかもを見通せるのだろうか?

 そんな事を思っていると、今日も爪に挟まれていた手帳を渡される。元々ヒノキの物で、ヒノキが落としてからクシャルダオラが自分の物にした手帳だ。

 ただ、今日は渡されると同時にその銀翼が海の方を向いた。

 ナナ・テスカトリを描け、という事だろうか?

 それなら、とヒノキは新しい自分の、ナナ・テスカトリを描き始めたページを開いて渡した。破ってしまったものもあるが、長い時間を掛けて観察とスケッチを繰り返した為に、もう手帳の半分はその姿で埋まっていた。

 クシャルダオラは、その後ろから見たものが主な、ラフも混じっている姿を一つ一つをゆっくりと見て行った。

 その大きく鋭い爪で丁寧にページをめくりながら。

 中には三兄弟と一匹から聞いたディアブロスの奮闘劇を描いたのもあり、そこでは首がやや前のめりになり、ページをめくるのが早くなっていた。

 その話は、聞く側としては面白かった。

 そこも過ぎてクシャルダオラが時間を掛けて全てを読み込むと、手帳は返され、また海の方を眺めた。

 ただただ穏やかな日々。それがこれから始まり、しかしきっと終わりは来る。

 けれど、このクシャルダオラはそんな日々が終わろうともただ泰然と構えているのだろう。

 どのような過程を経てそこまで強くなったのか、そして何故この地にやって来たのか、それを知る術はやはり無いが、このクシャルダオラの在り方に関してこの新大陸の誰よりも長く隣に居るヒノキは理解し始めていた。

 推測ではなく、共に過ごした時間から来る確固とした理解として。

 強大過ぎる力を持つからこそ、その力を多用しないように心掛けている。

 どこぞの御伽噺のように国一つを滅ぼせる程の力と言っても良いであろうその力の危険性を、クシャルダオラ自身が理解している。

 そんな謙虚な性格だからこそ、このクシャルダオラは強者の中でも歴戦王と名付けられる程に強者足り得る事が出来たのだろうと思う。

 ……いや、欲は強いけど。うん、古龍の中では謙虚過ぎる。

 そんな事を思い直す間も海をじっと見続けるクシャルダオラに、ヒノキも岩の上に登って海を眺めた。

 もう、ナナ・テスカトリの姿はとっくに見えない。いつものように打ち寄せる波が真白く輝いているだけ。

 平和な日々はとても素晴らしく、けれど次第に退屈になってくるものだ。

 これから、それが始まる。




2章終わりです。
次から2.5章、マム・タロト編。
途中で一旦切って一次創作に戻るか、最後まで書ききるかは、気分次第かなあ。

もう完全に生物兵器の夢の方の文字数超えたなー……。黒歴史に封じたものも含めて、二次創作でこんなに長く書いてるの初めてだなあ。
まー、明日明後日辺りちょっと活動報告書くと思う。
色々書きたい事もあるし。

(今日、ポケモン・テイルに新作投げたのもあってそっちの最新話に間違って一回投げてしまった)


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マム・タロト 1

 マム・タロトが確認された、という話が出たのは平穏な日々が数カ月続き、狩人達が平和ボケしつつある頃だった。

 イビルジョーやバゼルギウスが暴れ回りに来る事もなく、また狩人に敵対するような竜種も居らず。ネルギガンテの番に関しても継続的に観察を続けていたが、古龍達を襲って回った時の暴れようが嘘のように落ち着いていた。精々、近くのガストドンやらを時々狩りに出る程度で。

 大団長が調べていると言っていたのはマム・タロトについてだったのだ。

 前々から予兆はあったと言う。マム・タロトが通った跡がある場所は定期的に観察していたが、その中の一つに変化が見られたのだ。

 まずはカッパーカラッパ――マム・タロトの落とした黄金片を身に纏う性質を持つ蟹が散見され始めた。

 次に、マム・タロトの近くに住む、また同じく黄金を身に纏いたがる派手好きなガジャブー達が現れ始めた。

 そのガジャブー達と友好的になる事はオオバの尽力があっても出来なかったが、マム・タロトの活動場所がその近辺になるという事は、何度も調査に赴いたその一回に実際にマム・タロトが確認された事により確かなものとなった。

 数多の黄金を身に纏い、何者も、狩人の半端な攻撃でさえも意に介せず歩き回るマム・タロトの姿は実に優美でまた、金属を寄せ集めるその能力の謎に研究者達は自衛の力さえ持たないのに我先にと見に行きたがった。

 狩人達も、そんな新大陸でしか観察されず、また目にした者達が口を揃えて美しいと言うその姿を見たがった。

 大団長や総司令はそんな研究者や狩人達の姿を見て、そして思案を重ねた上で三兄弟とそのお付のアイルー、ライチを呼び出した。そして、ヒノキとカシワも。

 そして、総司令は言った。

「イチジク、ニワトコ、サンショウ。

 古龍に相対出来るお前達にマム・タロトの踏み込んだ調査を頼みたい」

「そんな事だろうと思った」

 イチジクが半ば緊張した顔で言った。

 そんなイチジクに、総司令が返す。

「討伐しろと言う訳じゃない。未知に等しい古龍だからな、危険が強いと感じたら戻っても全く構わない」

「それで? 討伐しろと言わないのであれば、最終目標は?」

「マム・タロトの角の部位破壊及びに、それの回収だ。学者を数人連れて行ったところ、あの部位のサンプルがあれば色々と調べられそうという事でな」

「……一度そのマム・タロトとやらを見てから決めても?」

「勿論構わない」

「それなら」

 と話が決まった所で、ヒノキが言った。

「あのー、俺達はどうして呼ばれたんですか?」

 総司令と三兄弟、それからライチが振り向く。

「ああ。用があるのはヒノキよりもカシワなんだ」

「ニャッ?」

「編纂者よりもより近い位置でのマム・タロトの観察とその記録を行って貰いたくてな。

 同じ狩人……ヒノキだと、攻撃しなくとも狙いがそちらに向く事も起きやすいだろうし、三兄弟の慣れた連携の邪魔になる事もあるだろう。

 ただ、アイルー……カシワならばマム・タロトの巨体からすれば目立たない事も可能だろうし、より近い位置での観察と記録が可能だと踏んだ。

 克明な絵というのは、調査にとっても大事なんだ。特に初期段階では誰もが危険な現地に赴かなくともイメージを共有出来るという意味で重要だ。

 肉体はどのように発達しているのか、そしてどのような攻撃を得意とするのか。弱点はどこで、どこを責めるべきか。そんな事は後続の狩人達への鮮明な情報共有にも繋がる。

 だから、出来れば同行を願いたい」

「ニャー……」

 カシワは少し悩んだ。

 それにヒノキは何も言わなかった。基本的に好きにしてきたし、好きにさせてきた。

 行きたいと言えば止めるつもりも無かったし、行きたくないと言えば咎めるつもりも無かった。

 そしてカシワは言った。

「……ボクも、マム・タロトを見てから決めたいと思うニャ」

「分かった」

 

*****

 

 早速翌日。

 地脈の黄金郷と呼ぶ事になったその場所に着くと、そこにはもう既に大砲などが設置されていた。

「弾ももう既に込めてある……」

 サンショウが呟く。

 そんなサンショウにイチジクが言った。

「一期団がマム・タロトの調査をしようとして何も出来なかった話は聞いた事があるか?」

「いや」

「俺も聞いてないな」

「そうか。

 多少狩人が攻撃しようが、全く意に介せず歩みを続けたそうだ。

 その時は装備も充実していなかったらしいからな。その程度の攻撃じゃマム・タロトは目にも掛けてくれないという事だ」

 それを聞いたニワトコが言った。

「俺、ガンランスの方が良いか?」

 背に担がれていたのは、何の機構も入っていない純粋に鋭い槍。

 火力自体はガンランスの方が上だが、その分安定性に欠ける。

「いや、ランスで良い。求められているのは危機の回避とかそんな切羽詰まったものじゃない。何の成果も無くとも、追い返せなくとも何の悪い事も無いんだからな」

「僕は?」

 サンショウが聞いた。背に担がれているのは大剣だ。

「お前もハンマーよりは一応タックルやら防御も出来る大剣の方が良いだろ」

「分かったー。兄ちゃんは片手剣のまま?」

「まあ、そうだな。要するにやるにせよ、使い慣れた武器で行った方が良いに決まってる」

 三兄弟は全員剣士であった。

 ニワトコの使う武器はランスかガンランス。主に注目を引く役目。

 そこにサンショウが大剣かハンマーで重い一撃を叩きこむ。

 イチジクは片手剣で、時にはニワトコと共に敵の注目を引き、時にはサンショウと共に攻め立てる、バランサーを担っていた。

「僕はどうしますニャ?」

 ライチが聞いた。

「うーん……。安全重視で行くならミツムシか楽器だよな」

 傷を癒せる蜜を運ぶミツムシを呼ぶお香か、狩人の肉体を強化してくれる楽器。

「粉塵を俺が沢山持っていれば回復は何とかなるよな……。楽器で頼む」

「分かりましたニャ」

 そんな会話を、カシワと一応付いてきたヒノキは少し離れた場所で聞いていた。

 

「それで、マム・タロトは今は居ないみたいだな……」

 起伏の激しいこの洞窟はけれど、差し込む日光やまたそれが露出した金属に反射する事によって昼間のように明るい。

 その代わりにカラッパが時々とてとてと歩いている。ガジャフーは居らず、マム・タロトの痕跡はあってもとても古いものばかり。

 けれど僅かに居るカラッパの中にはそのマム・タロトの黄金の欠片を持っているカラッパも居て、ニワトコが跳びついた。

「おお、マジか。マジで本物の金だぞこれ! 

 純粋な金じゃないにせよ鉄に比べても十分重いし、これだけでどれだけの額になるよ!」

「え、小兄ちゃん、僕にも見せて!」

「こいつは俺のもんだからな! お前も自分で見つけろ!」

 そんな弟達に呆れながらイチジクが言った。

「……あのな、覚えてるか?

 新大陸の物は基本的に持って帰れないんだぞ?

 それに黄金そのものはこっちではそう役には立たないし、金にも余りならんだろ。ボンボンな貴族なんて居ないんだし」

「えっ、あっ、うー……そうだったな、畜生」

 そう言いながらもイチジクのポケットにこっそりその金塊が入ったのがヒノキから見えた。

 ……まあ、あの位なら黙っても良いだろう。多分。

 そんな時、ギャーギャーと騒ぐガジャブー達の声が聞こえてきた。どこからかやって来たガジャブー達はどたどたと派手で重そうな仮面をつけてどこかへと走って行く。

「マム・タロトか?」

 ニワトコの声に皆も少し警戒を強めるが、多少待っても何も起きる事は無かった。

「……杞憂か」

 片手剣を構えていたイチジクが言った。

 

 その日は、結局マム・タロトには会えないままに終わった。

 ヒノキがイチジクに聞いた。

「暫くはマム・タロトが訪れるまで待つ事になりそうか?」

「そうだな……、そのつもりだ」

「分かった。

 カシワ。今日は俺も付いて行ったが、明日からはお前だけで良いか? 最終的に調査に参加しない俺がずっと付いていても時間泥棒なだけだし、それに戦闘には参加しないと言っても一応チームなんだ、慣れておいた方が良い」

「それで良いニャ」

「オーケー」

 

*****

 

 その数日後、三兄弟とライチ、そしてカシワはいつもより早い時間に戻ってきて、そして調査をする事を決めた。

「凄かったのニャ。ここに来てから古龍はキリンにネルギガンテに、クシャルダオラにナナ・テスカトリに色々見て来たけどニャ、どの古龍とも全く違うのニャ。

 まるで人が着物を羽織るように黄金を身に厚く纏っていてニャ、普通そんな黄金ばっかり身に着けていたら悪趣味に見えると思うけどニャ、全くそんなんじゃないのニャ。

 マム・タロトは黄金を纏ってそこらを歩くだけで、その姿はとても優美だったのニャ。全く全く悪趣味とかそんな感覚が湧かない程にとても華麗だったのニャ。それで力強くて、これから敵対するけどニャ、何か見るだけで勇気が湧いてくると言うのかニャ、それとも心が躍ると言うのかニャ、うん、とてもとても……見た目以上に輝いていたのニャ。それで、それで」

「分かった分かった、落ち着け、ちょっと落ち着け」

 際限なく喋り続けそうなカシワを一旦止めて、ヒノキが聞いた。

「でな、ちょっと本当に行く前に聞いておきたいんだ。

 まず、あのチームとは馴染めたか?」

「あ、そうニャ。

 ライチは三兄弟と小さい頃から一緒だったみたいでニャ、いつもは控えめで三兄弟のお控えみたいな感じだけど、とても頼りにされているみたいニャ。アイルー当たりも悪い訳じゃニャいし、もう仲も良いのニャ。

 サンショウはそこまで狩りの腕前も高くないみたいだけどニャ、ここぞという時には最大の一撃を当てる事を良く出来るみたいニャ。

 ニワトコは狩りの腕前は基本的に普通なんだけどニャ、防御に限っては一級品みたいだニャ。ランスの盾でディアブロスの突進まで防いだ事があるって言ってたニャ。

 イチジクは、狩りの腕前も高いんだけどニャ、それ以上にとても良い人でニャ。周りの気配りがとにかく出来るのニャ。イチジクのおかげでニャ、ボクはとても馴染めたのニャ」

「……そうか。

 それで、マム・タロトに関しては見た目とかそれ以上に、お前が感じたその強さはどの位だったんだ?」

「それがニャ、そこまで強く感じなかったのニャ。

 古龍で強いという事は僕にも分かるんだけどニャ、どう見てもネルギガンテやそれを退けたキリンの強さには及ばないように見えたのニャ」

「……違和感は何も無いか?」

 カシワのその感覚が正確であろうとも、危険な場所に送り込むのに対してそれだけを完全に信じる事は出来ない。

「多分、無いニャ。

 沢山の黄金を身に纏っているのは分かるけどニャ。その分動きは基本的に鈍重だったしニャ。

 ヴァルハザクみたいに特別な能力に特化したような古龍なんじゃニャいかニャあ?」

「うーん……。そんなもんか?」

「勿論、油断はしないニャ。ボクもちゃんと準備整えるしニャ、実際に戦う三兄弟とライチも、イチジクの指示に従って色々と考えているはずニャ」

「それを分かっているなら良い。

 ただ、一つ、肝に銘じておけ。相手は未知の、それも古龍だ」

 ヒノキはカシワと目を合わせて、言葉を染み込ませるようにじっくりと言った。

「狩人の最大の強みである知見は、相手の姿形が分かっているだけでは無いに等しい。

 だから、何時如何なる状況でも油断だけはするな。それは簡単に死に繋がる」

「……分かったニャ」

 カシワは、神妙に頷いた。

「気を付けろよ」

「ニャ」




そう言う訳でマム・タロト編です。
多分5話位で終わると思う。タブンネ。

スマブラにネルギガンテ参戦しねえかなあって思うくらいにはネルギガンテの事この頃よく考える。
実際棘から生まれるなら子育てとかしないのかね。それとも棘を見定めた獲物に刺して突き刺しまくって相手をネルギガンテに変質させていくのかなとかも考えたり。
シャガルマガラが竜をウイルスの苗床にしてゴア・マガラに変質させるんだから、そんな事もあり得るんじゃないかと。
まあ、自分はその棘から生まれるであろう、という裏設定出す前に雄雌出しちゃったからそっちで独自路線突っ走るんだけど。
いやでもね、もしそんな棘を突き刺してネルギガンテに変質するのならばね(仮説が前提になっとる)、要するに誰でもネルギガンテになれるって訳なんですよ。羨ましいなあ!!!!!!!!
もうハーメルンに、シャガルマガラになる女の子の小説あるし、ネルギガンテバージョン書いちゃうか????????
でもやっぱりちるこもまるこも無いかもしれないのはちょっと寂しいなあ。
それにネルギガンテになるよりはやっぱりネルギガンテに寵愛されたい。そっちの方がハードル高いのかもしれない。


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マム・タロト 2

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 地脈の黄金郷で備えてから数日。

 体が鈍らないようにストレッチ等は欠かさずに、そしてただひたすらに待った。体力、気力は充足している。マム・タロトはほぼ全てが未知の古龍ではあるが、また放っておいても害はない。

 手を出して怒らせたとしても、この地中深くからどこにあるかも知らないであろうアステラまで追って来るとも考えづらい。

 途中での撤退は幾らでも許容されていた。

 相手が未知の古龍である事への危険性は当然カシワだけではなくその調査依頼を出したアステラの大団長や総司令なども理解していたしまた、三兄弟もライチも同様であった。

 緊張はある。ただ、実際面向かって敵対するまでの数日にも及ぶ待機時間はそれを怠惰に解し始めていた。

「マム・タロト来なくなっちゃったかなー?」

「きっと来るだろうと思うけどなー……」

 サンショウの呟きに、イチジクもやる気なさげに返した。

 万全の準備も相手が来ないのならば何の役にも立たない。持ってきた数日分の食材も残り僅かで、それで作った最後のスープをライチとカシワがぐるぐると暇そうに混ぜていた。

 ライチが言う。

「僕は一人っ子でニャ、でももう父さんも母さんも居ないのニャ。

 ご主人様達もそうニャ」

「……聞いて良いのニャ?」

「大丈夫ニャ。隠す程の話でもニャいし、僕はとても小さい頃の話だからそもそも余り覚えてないのニャ。

 故郷の近くの縄張りに踏み込んで竜に挑んだ狩人が、戦ったは良いものの太刀打ちできずに僕達の故郷に逃げたみたいでニャ。

 でも質の悪い事に、その狩人は竜が誇る角か牙かどこかに傷を負わせてしまったみたいでニャ。怒り狂ったその竜が僕達の故郷に攻め込んできたのニャ。

 それで僕の父さんや母さん、ご主人様達の両親も亡くなってしまったのニャ」

 聞いた話を話すだけのライチは、そんな事を話しても淡々としていた。

 本当に他人事のようなものなのだろう。

「……その後はどうなったのニャ?」

「他の狩人が救援に来るその前に、残った村人やアイルー達がその狩人を縛って竜の前に投げ出した事で竜の怒りは収まったって聞いたのニャ」

 同じく鍋を眺めていたニワトコがそこに小さく口を挟んだ。

「その狩人が原型が無くなるまで潰されるのを見て、ああはなりたくない、って思ったもんだ。

 でもな、あんな暴虐を尽くす竜に太刀打ち出来るのならばそうなりたいとも思ったんだよな。

 だから狩人になった」

「ニャー……」

「その点でやっぱりカシワとヒノキは異質だよな。

 基本的にこの業界で、それも狩人として竜に立ち向かう最前線に立とうとする奴等の原動力はその強さに憧れるからなんだよ。

 お前等そうじゃねえもん」

「ニャァ……」

「僕も違いますニャ。親を亡くした赤子の僕はご主人様達に大変助けられたからですニャ」

「でも、無理してないだろ?」

「まあ、そうですニャ」

 カシワは会話から逃げるようにスープの味を確かめた。

「良い塩梅だニャ」

「そうかニャ」

 干した肉詰めのスープ。長期保存用に塩濃く、水分を抜かれた肉詰めはそのまま食すには流石に塩辛いが、スープに浸せばその塩気と凝縮された旨味が染み出して良い出汁にもなる。

 しかし、その鍋は唐突な地響きによってぐらぐらと揺れた。スープが波を寄せ、具材が飛び出し、その中の肉詰めを近くに居たニワトコが手に取った。

「あちっ」

 手の中で転がしながらも口に頬張り、そして立ち上がる。

「来たか?」

 ずずずず、とどこからか連続した地響きが鳴り響いてくる。結構近くだった。ここに訪れる生物、特に地響きを響かせる程に強い膂力を持つ者はマム・タロトしか居ない。

 すかさず三兄弟がストレッチを始めた。

 がらがらっ、とどこかの壁を掘り進めて姿を現した強い音。背筋を伸ばし、首を回し、足を伸ばして関節から音を鳴らして。

 ライチとカシワも火を消してから体を軽く解した。

「……さて。準備は良いか?」

「ああ」

「勿論!」

「ニャッ」

「ニャァ」

「それじゃあ、行くぞ」

 

 マム・タロトは悠々とそこらを歩いている。食事を摂る訳でもなく、縄張りを示すような行動も特にしない。けれどもただ歩くだけでもきっと、その金属を引き寄せる力で何かしらの影響を及ぼしているのだろうと推測は立っていた。

 そんなマム・タロトの前に石筍があった。強い衝撃を加えれば崩れそうな不安定で大きな石筍、それに向けられてマム・タロトの視界から外れた場所に一発だけ込められた大砲。

 マム・タロトはこれから狩人が自らに刃向かって来ると言う事を頭の片隅にでも想定しているのだろうか? そもそもここに狩人が潜んでいるという事を察知しているのだろうか?

 それらは分からないまま、石筍の真下へとマム・タロトは差し掛かろうとしていた。

 ドンッと一発、爆発音が鳴る。

 石筍の根本にそれは当たり、バキャァッと石が砕ける音が派手に響く。

「?」

 マム・タロトが上を向いた瞬間、支えを失い自由落下した石筍がその頭に叩き付けられた。

「ガッッ」

 思わず怯み、足が止まる。倒れまではしてくれなかったがそれだけで十分だった。予め狙いを定められた大砲の仕込まれている、鉄球をぶつける為には。

 五連発が可能なその大砲が二か所から連続した爆発音を鳴らす。

 マム・タロトの角に一発、二発。鼻先に三発目、怯んだその顎とこめかみに四発、五発。ただの竜ならば石筍を喰らった時点で倒れ伏していただろう。そこへの集中砲火で角は折れ、甲殻は粉々になっているだろう。

 しかしながら、マム・タロトは古龍であった。しかも空を駆ける翼などを持たないその肉体は翼を持つ古龍よりも遥かに強靭で、高速で飛来する何発もの鉄球を顔面に喰らおうがそれは致命傷には到底なり得なかった。

 そして六発目から十発目までは、全てがその身に纏う黄金で受けられた。派手な着弾音は変わらず鳴るが、ばらりばらりと黄金が剥がれ落ちるだけで、痛みすら感じていない様子だった。

 大砲による攻撃が止むと、マム・タロトはまた前を向いた。鼻からは血が出ていたが、それに気付いたマム・タロトが一度鼻息で血を飛ばすともう、それきり血は流れ出て来なかった。

 石筍を頭に落とし、そして大砲を十発も食らわせて出来た事はたった数秒、怯ませただけ。

 マム・タロトは唐突な攻撃に対して怒りもせず、関心も大して持たずにまた歩き始めた。

「……」

 三兄弟も、ライチもカシワも唖然としていた。

 そんな余裕を見せる竜、古龍など今まで見た事が無かった。痩せ我慢でも強がりでもない、格を越えた強者としての余裕。

 ネルギガンテより強いのでは? そんな想像さえも思い浮かぶ。

 しかしそれだけで撤退を決める程ではなかった。マム・タロトは驚異的な頑丈さを持つ代わりに鈍重である事は間違いない。

 石筍や大砲を避けずに身に受けたのは、避ける程でも無かったからだろうが、避けられなかったとも言える。

 ニワトコとサンショウがイチジクに無言で指示を仰ぐ。イチジクは腰から片手剣を手に取り、高く掲げた。

 ここからが本番だ。より一層気を引き締め、ニワトコとサンショウも武器を取った。

 ライチがかなで族から学んだ太鼓を叩き、皆の精神を高揚させた。

 

 まず、ニワトコとイチジクがマム・タロトの前に降り立った。

 マム・タロトが僅かに反応を示すが、それでも悠々とした歩みは全く止まらず、そしてニワトコに強く前脚を振り下ろした。

 ガァンッ!

 黄金を背負った古龍の、勢いを付けた叩き付けが盾に強く響く。同時に、がりゅっとニワトコの口の中から何かを噛み砕く音が小さく鳴った。

 ざりりっ、と後ずさる。しかし、その叩き付けをニワトコは耐えていた。噛み砕き、ごくんと飲み込んだそれは怪力の丸薬。

 そしてニワトコが吼えた。

「余裕かましてんじゃねえぞ!!」

 その背後、人の背丈を越える巨大な槍を握る手に力が籠り、思いきりマム・タロトの腕に突き立てられた。

 ぶつっ。

 ニワトコはその感触に舌打ちをした。全力で受け止めて、まだ何にも傷ついてもこびりついてもいない滑らかで鋭い槍の先端を全力で突き刺した。

 それでも大したダメージにはなっていない。

 ただ、マム・タロトは流石に痛がって前脚を離した。そこにイチジクが切りかかり、追加で多少の傷を負わせる。

 反撃にとマム・タロトがまた前脚を叩き付けるが、イチジクはそれをさらりと躱して再び攻撃を加えた。

 ニワトコが更に加勢し更に数撃。そのどれも大した傷にはならないが、マム・タロトが二人に集中し始めたその時、そこへと高みからサンショウが跳んだ。

 刃渡りは人の胸の高さまでに達し、人が扱うどの剣よりも広い幅を持つ、常人では持ち上げる事すら適わないであろう竜を屠る為の大剣。背に担がれていたそれを、サンショウは空中で抜刀した。

 力だけならば三兄弟の中で一番強く、そしてニワトコと同じく噛み砕かれた怪力の丸薬、飲み干した秘蔵の鬼人薬グレート、そして全身に付着し空気と共に吸い込んだ鬼人の粉塵。更にライチの太鼓による精神の高揚。

「うおらああああああああああああああああああっ!!」

 竜の咆哮に近しいその怒声は、その肉体の強靭さを持つマム・タロトにさえも多少の恐怖を覚えさせた。

 ガズゥ、とその大剣は角の根本に叩き付けられ、僅かながらに食い込んだ。マム・タロトの頭が重みで前に倒れた。

「ガアアッ!」

 しかし即座にマム・タロトは反撃にと頭を振り、大剣ごとサンショウを投げ飛ばした。

「うわわわわっ!」

 驚きながらも楔虫にスリンガーを引っ掛けると何とか着地し直し、そしてマム・タロトはそのままイチジクとニワトコを振り払うとどこかへと移動し始めた。

 一息吐き、槍を研ぎながらニワトコが聞いた。

「追い掛けるか?」

 イチジクは答えた。

「そうだな。少なくとも逃げる訳じゃなさそうだしな」

 マム・タロトは来た道を戻るのではなく、また別の方へと向かっていた。

 その先には広い空間があったはずだった。

「サンショウ! 追うぞ!」

「分かったー!」

 合流してから、イチジクが聞いた。

「角への感触はどうだった?」

「僅かに食い込んだよ。クシャルダオラの甲殻が柔らかく感じられるくらいに硬いけど、折れない訳じゃないと思う」

「分かった」

「僕はどうしますニャ?」

「打ち合わせ通りに、生存優先で奏でてくれ。

 マム・タロトは俺達をちゃんと相手するようだからな」

 そんな会話を聞きながら、カシワは後ろを付いて行った。

 ――狩人の最大の強みである知見は、相手の姿形が分かっているだけでは無いに等しい。だから、何時如何なる状況でも油断だけはするな。それは簡単に死に繋がる。

 当たり前の事で、だからこそ忘れてはいけない事だ。

 少なくともこのチームはそれを忘れてはいない。それに安堵しつつも、カシワは身を引き締めた。




マム・タロトの膂力ってネルギガンテ越えてると思うんだよなー。


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マム・タロト 3

 マム・タロトは広い空間で待ち構えていた。そしてそこに三兄弟が躍り出ると、体を捩じりその黄金を身に纏った巨体で転がって来る。

 まともに轢かれれば正に薄っぺらになってしまうようなその重量だ。慌ててニワトコとサンショウは避けるが、身軽な片手剣のイチジクは走って強く跳躍し、マム・タロトの転がって来る背を蹴り、そして黄金の無い胸に一撃を加えようとした。

 ただ、もう既にマム・タロトは三兄弟を自身を仇なせる者として見做していた。前脚が掴もうと動き、咄嗟に盾で弾いて着地するだけに留まる。

 起き上がったマム・タロト。頭側に逃げたニワトコが槍を構えるが、マム・タロトは上体を持ち上げてそれを回避する。

 まるで何かを吸い込むような動作で、口元は赤くなっている。

「やばそうだっ」

 今回の調査まで大した事はほぼほぼ分かっていない。けれどマム・タロトの跡を追っていた人達からの話では物が熱で溶けたような跡が至る所で見つかっていると言う報告は聞いていた。

 リオレウスの火炎やテオ・テスカトルのような爆炎とも違う、マグマのような高熱で舐められ、溶かされたような痕跡だと。

 後ろに跳んで僅かにでも距離を取るが、ボッ、と高速で飛び出したその炎弾をまともに盾で受けた。

 その炎弾の通り道は赤熱しており、受け止めた盾からは焦げるような音が聞こえた。

 まるでマグマそのものを撃ち出したかのようなブレスだった。

「炎耐性のある装備で揃えて来たのは正解だったな……」

 そう呟く。

 イチジクがニワトコに追撃しようとするマム・タロトにちょっかいを掛け、サンショウも黄金の鎧に対して大剣を叩き付ける。

「黄金自体はそんなに固くないや!」

「削れるなら削れ! 黄金の先の肉体まで叩き切ってやれ!」

 背面全てを覆うように黄金を纏うマム・タロトに対して直接肉体にダメージを与えられる部分は顔、胸、前脚と前面しかない。肉体の構造が似通った竜は居るとは言え、未知に包まれた古龍に対して真正面から挑むのは危険極まりなかった。

 どこかでも黄金を剥がしてそこから肉体に直接ダメージを与えられるようになれば、マム・タロトが最も警戒すべき場所は前面だけではなくなる、攻撃のチャンスが増えると踏んでいた。

 その時ずっ、とその黄金を纏った尻尾が動いた。勢いをつけるように自分から引かれる尻尾、サンショウはタックルで耐えられるかどうか数瞬悩んだ。

 ……うん、無理!

 速度は余りない、ただ重量が尻尾に纏っているだけの黄金でどれだけあるのか想像すると流石に無謀だった。

 即座に納刀し、けれどその僅かな思考の時間は避け切るまでの猶予を奪ってしまった。

 尻尾の先端が片足を引っ掛けた。ただそれだけで、掬い上げられるかのように思いきり転んだ。

「うっわ……」

 受け身を取って転がるが、立ち上がろうとして受けた足の膝が笑っているのに気付いた。

「サンショウ!」

 イチジクの声にはっと目の前を向くと、自分に向けて転がって来るマム・タロト。

「わわわわっ!」

 がくつく膝を踏ん張り、飛び込んで今度はギリギリ避け切る。

「狙われてる!」

 起き上がったところにマム・タロトと目が合った。古龍らしい、怒気も憐れみも殺意すらも無い目。

 避け切れないと分かり、大剣でガードの姿勢に入った直後にその炎弾を受けた。激しい熱が大剣越しでも即座に伝わって来てすぐに触れられなくなった。

「何だよこれ……」

 ニワトコとイチジクが援護に入っている間に、サンショウは怯えを抱いてしまっていた。

 目にも止まらないような激しい動きをしている訳でもない。訳の分からないような攻撃をしてくる訳でもない。

 とんでもなく重い、そしてとんでもなく熱い。ただそれだけで圧倒されている。

 でも、僕は一人じゃない。

 怯えを掻き消すように大剣をぐっと構え直した。

 

 マム・タロトの前足を掻い潜り胸に攻撃を加え始めたイチジク、そのイチジクへ圧し掛かろうとしたのをニワトコが槍を突き立てて躊躇わさせた。

 その鬱陶しい槍を払おうとした腕に、ビスビスビスッ、と遠くからスリンガー弾が突き刺さった。ライチが遠くから貫通弾を当てていた。

 大したダメージにはならないが、悉くを邪魔されるマム・タロトは多少苛立つように前を払い、また息を吸った。

 誰狙いか分からないそれに多少の距離を取るが、吸い込みが先ほどより長く狩人としての経験が危機感を訴える。

「閃光弾!」

 イチジクが叫びながら閃光弾を発射した。咄嗟に皆は目を閉じ、マム・タロトの眼前だけが眩い光で包まれる。

「!?」

 口の中に溜め込まれていた多量のマグマが、開いた口から一気に噴き出した。

 にも拘わらず、ニワトコとサンショウは前に踏み出した。雨のように降り注ぐマグマのような熱そのものを盾で、幅広の大剣で受けきり、そして槍を、大剣を強く構える。直後に視界を失ったマム・タロトの前脚がイチジクの片手剣で切り付けられ、それに思わず反応して前脚を叩きつけた。

 黄金に覆われていない胸が、その二人の目の前に露になった。

 振り下ろした大剣が胸にざぐぅと入り込む。突き刺した槍がぶづぅと胸に潜って行く。

「ガアッ」

 マム・タロトは咄嗟に上体を持ち上げた。

 それによって大剣はそのまま地面にまで突き立ったが深くまでは切り裂けずに終わり、槍は滑り抜けた。しかし、強いダメージには変わらず血がだらだらと流れ落ちていく。

 その目に明らかな殺意が籠った。

 降ろした上体と共にどずんっ、と前脚が何もない場所に叩き付けられる。力が籠ったと思った時にはもう遅く、地面を引き裂きながらその腕がサンショウとニワトコに襲い掛かった。

 サンショウは後ろに転がって回避し、ニワトコはそれを盾で受け止めようとしたがそのまま引きずられた。

「小兄ちゃん!」

 サンショウが叫び、しかし、

「サンショウ! 避けろ!」

 イチジクの声に気付いた時には尻尾が迫っていた。足に当たっただけで膝が笑ってしまったその超重量をまともに叩き付けられて、サンショウが思いきり弾かれ飛んだ。

 しかしサンショウではなく引きずられてそのままマム・タロトの正面から逃げられなかったニワトコに、マム・タロトは狙いを付けた。

 前脚の叩き付け、ガァンと音が激しく鳴り、しかしニワトコは先程と同じく耐えた。槍で反撃をしようと思ったその直後に二度目の叩き付けが入る。膝が深く折れた。耐える全身が熱を持つ。

 逃げる隙も無い。反撃に転じる余力さえもう無い。

 三度目に食いしばる歯がミシミシと音を立てた。腕の感覚が消えて、全身の筋繊維が等しく切れていくような感覚がした。

「助けるニャッ!」

 一撃、マム・タロトの背中を駆けのぼってライチがマム・タロトの上から刃を突き立てようとした。あらかさまな攻撃にマム・タロトは頭を振って避けて、しかし狙いはニワトコにつけたまま四度目の叩き付けの前に、支えにしていたもう片方の前脚に深く刃が切り込まれた。

「ッ!」

 高く跳躍して全身の体重を掛けて振り下ろされたその一撃は大剣に匹敵し、血が一瞬遅れて流れ出す。

 着地から更にイチジクは強く飛んだ。その前脚にくっついている黄金に足を掛け、更に頭上へと。踏まれたその腕ががくんと折れた。

 咄嗟にニワトコに叩き付けようとしていた腕を降ろして支えにしたその瞬間、また全体重を掛けたシールドバッシュが角に叩き付けられた。

 サンショウが叩きつけた一撃に加えて二撃目。

 ほんの僅かに、ミシィと皹が入るような感覚がした。

 そしてそれはマム・タロトにとっても同じだった。

「ガアアアッ!」

 着地したイチジクに前脚を叩き付けるがまたもや躱される。しかし、反撃に出ようとしたイチジクはもう既にマム・タロトが息を吸い込み終えている事に気付いた。

 片手剣の盾は機動性を失わない為に小さい。防御の為と言うよりかは打撃の為にあるそれは全身を守る事は愚か、竜種の膂力を受け止めるようにも出来ていない。

 その盾で守るしかなかった。

 そして今度、身を低くして吐き出されたのは炎弾ではなく、火炎放射のような放熱だった。

 それもまた、リオレウスのような素早く周囲に撒き散らすものではなく、テオ・テスカトルのような距離と勢いを持つようなものでもなく。

 マグマがどろどろと流れ出るかのような熱そのものが吐き出される。

「あっ、かひゅぅ?!」

 盾で顔を守っていたのは不幸中の幸いだった。

 咄嗟に距離を取るも、一瞬で喉が焼けた。守っていなかったら眼球すら焼けてしまっていたように思えた。

 全身の水分が水蒸気となって抜けて行くような。流れ出た熱そのものをまともに受けた足が、炎に対する耐性があるのにも関わらず水膨れを起こし、皮が剥がれていくようなそんな鮮明な想像が思い浮かんだ。

 実際そうなのだろう。

 立っているだけで酷い痛みが足から感じられた。

 ニワトコも立ち上がったが痛みを堪えるような顔をしている。

 ただ、そこで復帰したサンショウが生命の粉塵を一気に二つ撒いた。

 安堵の表情がイチジクとニワトコに浮かんだ。

 

 イチジクが回復薬を追加で飲み干し、また三兄弟とライチはマム・タロトへと立ち向かっていく。

 そんな様子を遠くから、カシワはとにかく絵を描いていた。絵本を描く時のような特徴を強調した絵ではなく簡素に、そして写実的に。

 肉体そのものの構造は、ドスジャグラスやドスギルオス、ドドガマルと似通っているように思えた。

 実際、動く時に腹が擦れるその肉体は強く駆ける事もなく、瞬発力も余り無い。行動は予想し易い。

 ただそれらの竜種とは別格な体の大きさと持つ能力の為に、行動は予想し易かろうが避け辛く、気を抜けば致命にすぐに繋がる。尻尾の一振りだけで狩人は吹き飛ばされ、ただ転がるだけでもそれを避けられなかったら狩人はプチっと潰れる。

 そして熱そのものを吐き出すようなブレスをまともに食らったら最期、体は簡単に焼け落ちていくだろう。

 けれども、三兄弟とライチは助け合いながらもその致命から逃れる事に成功し続けていた。時折誰かが危険に陥る事があろうとも、フォローは素早く、マム・タロトは誰も屠る事は出来ていない。

 目に殺意が籠ろうとも、余裕綽々な緩慢とした動きがそれに伴い若干素早くなろうとも、手の内を見せ始めたマム・タロトに皆は慣れつつもあった。

 そして、もう暫く。

 マム・タロトは苛立ちを一旦鎮めようとするかのように三兄弟とライチと戦うのを止めて、また洞窟の更に奥に向かい始めた。

 壁をその熱のブレスで溶かし崩し、その先には溶岩地帯が開けていた。

 一息吐いた皆はまだ行けると顔を合わせた。

「……本当に大丈夫なのニャ?」

 カシワが聞くと、イチジクが答えた。

「装衣と煙筒、まだ使ってないんだ。

 あっちがまだ本気を出していないのは分かっているけれど、こっちだってまだ手が尽きた訳でもないからな。

 回復薬も粉塵も十分に残っている。多少危ない目にも遭っているが、まだ撤退には早すぎるだろう」

「戦うのが初めてだったら十分だと思うけどニャァ……」

 そう呟いたカシワに、ライチは言った。

「多分、カシワとヒノキには理解出来ない所もあると思うニャ」

 それを聞いてカシワは、多分、皆はこの状況を楽しんでもいるのだろうと思った。




ゲームシステムそのまま持ってきたらおかしくなる部分をどうにかする作業ってかなり悩むんだけど、まあやっぱり悩む分だけ楽しくもあるわな。


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マム・タロト 4

えーっと、一言だけ。タグ再確認した方が良いかも。


 洞窟の更に奥にはもう反射を含めても日光は入ってこない。ただ、その代わりに流れ出る溶岩の赤熱が薄暗くも全体を照らしていた。

 クーラードリンクを飲まなければ一時間と経たない内に脱水症状まで陥ってしまうようなその熱が籠る場所でマム・タロトとの闘いは再開した。

 マム・タロトはもう、油断をしていない。その巨体を生かした攻撃を相変わらず仕掛けるが、もう三兄弟とライチはそれに慣れ始めていた。

 相手の挙動の見極めが早くなり、振り払おうとした尻尾が振り切った瞬間に大剣が叩き付けられ、黄金が塊でばりりと剥がれ落ちた。

 つい出た歓声に強く苛立ちそのまま転がって潰そうとしたが、その後に自身の頭があるであろう位置に正確にイチジクが構えようとしている事に気付く。最初の大剣による一撃からのシールドバッシュ。両方とも全体重に筋力を加えて正鵠に叩きこまれたものだ。

 それが最終的に自身の自慢の角を折るのに繋がる程の威力を持っている事はマム・タロトも理解していた。

 だからこそ、行動に躊躇いが出た。その隙にニワトコが槍を胸に突き刺す。すぐさまに体を動かして深くまで貫かれる事を回避するが、大剣と槍で傷つけられた胸の痛みからか、軽く呻き声が聞こえた。

 チャンスが近付いている、と思ったその直後に前脚が持ち上げられる。ニワトコは、今度はバックステップで避けて目の前に叩き付けられただけの前脚に槍を突き出した。ただ、突き出した時にはまた前脚が持ち上げられていて空いた空間を突いただけだった。

 いや、と頭上を見上げた時には両方の腕が持ち上げられていた。持ち上げている上体そのものが落ちて来た。

「やべ……」

 躱せる時間は無かった。突き出した槍を上に持ち上げる時間も。

 盾を頭上に構えて身を低くし、全身に力を込めた。その直後に胸が落ちて来た。

 腕の筋肉が潰れ、骨に皹が入る感覚がした。息が自分の肺から勝手に飛び出していった。

 けれども、全身は潰れなかった。狩人として鍛えた肉体はその重量に寸でのところで耐えていた。

 かひゅーっ、ひゅーっ、圧迫される全身で膨らめない肺で精一杯の呼吸をする、その間にマム・タロトが体を少し持ち上げて楽になる。

 ……?

 マム・タロトの動きが直に伝わってきて、腕が動いている感覚も分かる。ただ、それに違和感に近いものを強く覚えた。

 起き上がろうとしてない……?

 その直後だった。その腕がニワトコの胴体を掴んだ。

「あ?」

 防具が思いきり軋んだ。上体が持ち上がると同時にマム・タロトの顔が眼前に見えた。

「うっ、ぐっ!!」

 胴体と同時に槍を持っている左腕も掴まれていた。当然、スリンガーもそこに。

 息を吸い込むマム・タロト、と思ったら唐突に目を閉じた。閃光が一瞬遅れて弾けた。

 不発だった。直後にライチの援護が加わりマム・タロトの腕にスリンガーが着弾したが、それではマム・タロトの力は微塵たりとも緩まなかった。

 盾を装備している右腕だけは幸い自由だった。マム・タロトが目を閉じたままなのもあって盾は構えて居られる。ただ、気休めにしかならない気がした。これ程までに死が近付いた時は無かった。心臓が嫌に響いている。時間が過ぎるのが遅い。目の前の盾の先ではマム・タロトがいよいよブレスを吐こうとしているだろう。

「うああああああっ!!」

 サンショウの声が聞こえた。マム・タロトの背中から聞こえたそれはサンショウがそこを駆けあがって頭へと大剣を叩きこもうとしているのだろう。けれど、それよりもマム・タロトはニワトコを仕留める事を優先した。

 盾にブレスの圧が届いた。漏れた熱が頭を焦がした。

 ニワトコが盾でガードしている事に気付いたのか、マム・タロトは腕を回して背中を焼こうとし始めた。

 盾が回らない。後数瞬の内に焼かれる。殺される。けれど「時間切れだ」とニワトコは言った。格好つけて言いたかったが、声は震えていた。

 マム・タロトの頭上にサンショウが辿り着いていた。そしてイチジクも飛び上がり、腕を強く切り付けようとしていた。マム・タロトは頭を振ったが、サンショウは落ちなかった。纏われる黄金の段差に足を引っかけて力を溜めていた。

 そしてイチジクが腕を強く切り付けた。

 ニワトコを強く握っている筋肉が深く刃を食い込ませるのを阻んだが、それでも力を込めた一撃はニワトコを握っている腕の力を弱めた。

 ニワトコがそれに気付いて暴れて腕から離れた、その下に出来ていたブレスの熱溜まりに落ちる。

「あっ、ぎあああっ?!」

 全身が焼け焦げながらも転がって逃げ、震える体で秘薬を取り出して噛み砕いた。

 そして前を向いた時、サンショウが大剣をまた角に叩きこんでいた。

「ガアアッ!」

 マム・タロトが頭を壁にぶつけてサンショウを弾き飛ばし、そして距離を取った。

 着地したサンショウは確かな手応えを感じていた。角を折る事は十分可能だと。今回で出来るかもしれない、と。

 

「大丈夫か!?」

 イチジクがニワトコに駆け寄った。

「何とか、な……」

 秘薬の影響で体が急激に治されていく。新しい皮が急速に作られ、ぼろぼろと焦げた皮が顔から剥がれ落ちた。皹の入った腕からはびしびしと音が聞こえる。

 予め持ってきて置いた素材で秘薬を新しく補充しておき、ゆっくりと立ち上がる。

「兄ちゃん!」

 サンショウが叫んだ、と同時にマム・タロトの咆哮。

「ゴオオオッ!!」

 マム・タロトの全身が内側から赤く輝いていた。

「なん、だ?」

 一瞬遅れて、マム・タロトの全身からずるりと黄金が剥がれ落ちた。

「え?」

 予想外のその行動に全員の体が固まる。

 露になったその全身はしなやかさと強靭さを兼ね備えていた。優美さは失われないままに、先程までの姿形は造形美というべきものが先んじていたのに対し、今は機能美というものが表に出されていた。

 黄金に輝いていた角は全く別の金属の色であるかのような深い蒼を見せていた。隠されていた胴体は黒い鱗に覆われ、また引き締まったそれは大量の黄金を纏っている膂力に説得力を与えていた。

 同じく黄金に纏われていた幅広の尾は太く長く、それで叩かれたらクシャルダオラの比ではないダメージを負う事が容易に想像出来た。

 そしてその顔は、怒りに染まっていた。

 その表情のまま身を伏せ、口を開いた。

 黄金を纏っていた時よりも遥かに滑らかで素早いその動き、そこから放たれたより一層強力なブレスは一番前に立っていたサンショウを何もさせないままに吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたサンショウは、ぴくりとも動かない。

 ……ニャんだ、これは??

 遠くから見て、描いていたカシワは唐突に強く体の震えを覚え始めていた。

 角を地面に叩き付け、そのままイチジクとニワトコに向かって地面を削りながら疾走するその姿には鈍重さなど微塵も感じさせない。

 そしてカシワは、マム・タロトにネルギガンテや、それに対等に立ち向かったキリン以上の強さを感じていた。

 イチジクとニワトコが横に跳んで躱し、ニワトコが叫んだ。

「俺が耐える! サンショウを頼む!」

「分かった! ライチ! 援護しろ!」

「ニャッ!」

 角をかち上げたマム・タロト。もし当たっていたらそのまま壁か天井にまで吹き飛ばされていただろう。

 そこにニワトコが槍を腕に突き刺した。

 ぎろりとマム・タロトがニワトコを睨みつけ、直後に角を叩きつけて来る。

 ガァン!

「ぐぅ!」

 失われた重さ以上に、速さが段違いに増していた。先ほどよりも威力が高い!

 ガァンッ!

 更に二度目の叩き付けが間髪入れずに振り下ろされた。

「や、べぇ」

 ガァンッ! ガァンッ! ガァンッッ!!

 右腕が折れた。胴体で押し付けて耐えようとしたらその次の一撃で肋骨が折れた。その次の一撃で体が転んだ。

「あっ、ううっ」

 死ぬ。ただそれだけが頭を占める。

「僕も居るニャッ!」

 その叩き付けのリズムを読んだライチが飛び上がり、的確にマム・タロトの顔面に一撃を加えようとした。目玉が来るであろう位置に武器が吸い込まれていく。

 しかし、先程の鈍重さが失われたマム・タロトの目の前に飛ぶ行為は、余りにも危険過ぎた。

 武器が届く前にマム・タロトが口を開けて、ライチの方を向いた。

「ニャッ!?」

 首から先がマム・タロトの口の中へ入ったところで口が閉じる。

 暴れられるよりも前に口が動いた。

 ごりっ、ぼりゅっ、ずちっ。

 ぺっ、ぼとり。

「……え」

 秘薬をどうにか取り出し、口に入れようとしたその目の前に落ちて来たのはライチの頭だった。胴体は別の場所にあった。

 そしてコオオオッ、と息が吸い込まれる音を聞き、思わずその音の鳴る方を見上げた。

「……ああ」

 それは悟りだった。

 もう、どう足掻いても助かる事は無いと言う。

 何度も直に受ける事だけは回避して来た熱そのものを吐き出すブレスが、動けないニワトコに向けて繰り出された。

「ああぁぁ……」

 幸い気絶していただけのサンショウを起こしたイチジクは、武器も防具も含めて遺体が微塵も残らず燃え尽きていくその最期を見た。

「……ッ、逃げるぞ」

「えっ、あっ、あっ」

「ニワトコもライチも死んだんだよ! 今、この場で!!」

「ううううっ、ああっ、畜生!」

 カシワの事など二人の脳裏からは完全に忘れ去られていた。そして、カシワも身を潜めるしか出来なかった。

 また、マム・タロトもカシワに気付いているかどうかは分からないまま、角を傷つけた残りの二人を始末しようと動いた。

 体はネルギガンテよりも大きく、そしてまた膂力もネルギガンテよりも強いかもしれない。そんな肉体の脚力は勿論、どの竜や古龍種よりも素早く、イチジクとニワトコに追いついた。

 イチジクが閃光弾をマム・タロトに向けた。マム・タロトが反射的に目を閉じ、そして開く。

 それを読んだイチジクがそのタイミングで閃光弾を放った。

 キィン! と響くと同時に「ガァッ!」とマム・タロトが怯んだ。しかし次の瞬間、マム・タロトは体を回転させてその尻尾を二人に向けて払った。

 咄嗟にイチジクは身を伏せた。サンショウがまともに受けて、洞窟の遙か遠くまで何度もバウンドしながら転がって行った。

「サンショウッ!」

 咄嗟に悲鳴に近い声でイチジクは叫んでしまった。マム・タロトはその位置を掴み、正面を向き直して前脚を振り下ろした。

 矢継早の出来事に、それを咄嗟に盾で受けてしまった。

 ボッ。

「あ、あ? ああああああああ?!」

 結果、腕が千切れていた。どばどばと血が噴き出し、何が起きたのか理解を拒絶し叫び続けるイチジクをマム・タロトが両前脚で掴んだ。

「あ、あ、あ、あがああああああああああっ!!!!」

 ぎりぎりと握られ、ぼぎゅ、べぎゅぅと装備ごと全身の骨が砕かれていく。マム・タロトの顔が眼前にあった。怒りで剥き出しにした歯にはライチを磨り潰した跡。

 そして後ろ脚二本で立ち上がると、イチジクの頭を下に持ち替え、そして思いきり地面に叩き付けた。

「いやだ」

 ぐちゃっ。

 上半身は弾けて原型を留めなかった。そして地面に投げつけて、バウンドしたところを前脚で地面に叩き潰した。そのまま前脚でぐり、ぐり、と怒りのままに念入りに磨り潰していく。

 ……カシワには、二つの選択肢があった。

 洞窟の隅でぴくりともしていないが、まだきっとサンショウは生きている。サンショウだけは生きている。

 これからマム・タロトはサンショウも殺しに行くだろう。ゆっくりと残酷に、怒りを込めて。

 それに乗じればここから簡単に帰れる。目撃者は自分しか居なくなるのだ。騙す事も容易い。

 でも、今からでも助けられるかもしれない。途轍もない危険を伴うが、サンショウを連れて逃げられるかもしれない。

 カシワは僅かな時間逡巡し、そして決めた。




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マム・タロト 5

 じゃり、ばぎゅぅ、べぎぃ、ぶちゃっ。

 イチジクの全てを執拗に磨り潰していくマム・タロトの丁度頭上には石筍があった。黄金を纏っていない今だったらより強いダメージを与える事も可能かもしれない。

 サンショウの位置は遥か遠く。一見するとやや分かりづらい位置に居る。

 けれど、それでも。

 カシワは息を潜めて何もしなかった。

 激しい罪悪感に苛まれながらも、必死に訴えかけてくる正義感に苦しみながらも、何もしなかった。

 石筍をスリンガーで落とせばマム・タロトの頭上に落ちるかもしれない。マム・タロトに対してサンショウを助けに行けるだけの時間を稼げるかもしれない。ただそれは、断定ではなかった。石筍を落としても少し怯んだだけだったマム・タロトのその耐久性は黄金を身に纏っていたからより、あの強靭な肉体の為に耐えたと考える方が理に叶っていた。いや、そう考えたいだけなのかもしれない。カシワには分からない。

 それに、サンショウの位置は表に近い位置に居るマム・タロトからもカシワ自身からも離れていた。

 助けに行く限り、石筍を落としてマム・タロトが昏倒したとしてもその近くを通って逃げなければいけない。

 そしてサンショウを見捨ててしまえば、マム・タロトがサンショウに止めを刺しに行くのならば、カシワは安全に逃げられる。

 ……そうニャ。ボクは、ボクだけは帰らなきゃいけないのニャ。サンショウを見捨ててでも帰らなきゃいけないのニャ。ここで起きた事を全部伝えなきゃいけないのニャ。

 ……だからって助かる可能性のあるサンショウを見殺しにするのニャ?

 ……もう死んでるニャ! あんな尻尾で思いきり叩かれて、生きてるはずがないニャ!

 ……そう思いたいだけじゃないのニャ?

 …………そうだとしてもボクは、ボクは、死にたくないのニャ。助かる強い可能性を捨ててでも、生きているかも怪しいサンショウを助けたいなんて思わないのニャ。

 だから、だから、ごめん。

 この体の震えはどの位が恐怖から来るものなのか、どの位が罪悪感から来るものなのか、分からなかった。

 自分がサンショウを助けようと思うに至らなかったその可能性の低さが本当に正しいものなのかも分からなかった。分かりたくなかった。

 イチジクを磨り潰す音が聞こえなくなると暫しの間、静寂が訪れた。

 自分の鼓動が今までの何よりも激しくなった。自分の意志とは無関係に呼吸を強くしなければいけないその怯えに先程の分からなかった事の一つが分かった。

 全部恐怖だった。サンショウへの罪悪感も、恐怖を薄める為のものに過ぎなかった。

 その一番の恐怖をカシワは無意識の内に無視していた。マム・タロトが自分に気付いているか否か。

 基本的に隠れて絵を描いていたが、その場所からマム・タロトの姿を見る為に身を乗り出した事は頻繁にあった。

 マム・タロトの視界に一度でも入らなかったか、その問いは限りなく否、に近かった。

 隠れているこの場所もマム・タロトが今居る場所から見えないだけで、気紛れに確かめに来られれば逃げるより先に見つかる。

 ざりっじゃりっ。地面に手を擦り付ける乾いた音がした。こびりついた骨や肉を落としているのだろう。

 続けてずん、ずん、と歩く音が聞こえる。

 幸い自分の方ではない。サンショウの方へ歩く足音だ。今の内なら、けれどそう思っても体は動いてくれなかった。今でもがくがくと震え続けるこの体で物音一つも立てず、マム・タロトに気付かれずに確実にこの場所から脱出する自信がカシワには無かった。

 マム・タロトが自分に気付いていて敢えて放置しているのかも分からない。サンショウを潰した後に気付いていたぞと自分の方に歩いてくる可能性だってある気がした。それも十分に。

 今飛び出した方が良いのかサンショウが殺された後この場所からマム・タロトが去ってからの方が良いのか、カシワにはとにかく分からなかった。けれども時間は無かった、一つの選択肢は今、確実に消え去ろうとしている。

 頭を働かせる時間すらも無かった。利用出来そうなのは石筍ただ一本。今逃げようとして、もしばれたとして石筍をスリンガーで落として? マム・タロトは、それを角でいとも容易く叩き壊してそのまま追って来る気がした。もう、一度石筍を利用した攻撃はしていたのだ。眼前に飛び込んでいったライチは咥えられて首を擦り千切られて死んだのだ。それだけの反応速度がある。

 駄目だった。良いイメージは湧かなかった。確固とした知見がそうさせた。

 そして、マム・タロトはサンショウの前に着いたのか歩みを止めた。

 カシワは耳を手で降り塞いで、けれど開けた。隠れているだけでもそれをしてしまったらいけない気がした。この五感で感じる全てを、今はただ隠れているしか出来なくとも拾い集めなければいけないと直感していた。

 その直後。

「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 竜の咆哮に近しい程の激しい悲鳴が、鳴り響いた。

 それ以外の音はしなかった。聞こえなかった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 何をされているのかも分からないし分かりたくもない。体ががくがくがくがくとより一層強く震える。自分の体を強く抱き固めてもそれは全く収まらない。

 古龍を怒らせるという事はこういう事なのだと魂まで刻み込まれていくようだった。それは自分が死のうが消えない気がした。来世というものがあるのならばその生まれた瞬間から死ぬまでさえも、その来世、その更に来世までずっとずっと消えない気がした。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーー!!!!!!!! ーーーー!!!! っ、い゛う゛う゛……ああ゛あ゛う゛っ……小兄ぢゃん……大兄ちゃん……僕がぁあぁっ…………僕のせいでぇっ……」

 どぢゃあっ!

 その叩き付ける音で、もうそれきりサンショウの声も聞こえなくなった。

 イチジクと同じくきっと原型がなくなろうとも叩き付けられ続け、そしてブレスを吐いた音も聞こえた。

 その後にまた叩き付ける音。

 三兄弟を文字通り塵にしても、怒りは微塵たりとも収まっていなかった。

 そして、ずんずんずんずんと強い足音で歩いて行く音。その足音が幸い自分の方では無かった事に心の底から安堵した。

 ほぅ、と息を吐こうとしたその時、しかしそれはぴたりと止まった。心臓が口から飛び出しそうになるとは比喩表現では無かった事を知った。

 もう、どどどどどどどどと言う程に激し過ぎる程に心臓が鳴っている。じゃり、と方向を変える音が聞こえる。息を吸う音が聞こえる。死ぬのか分からないでも、けれど、けれど、それが自分の方ではない可能性は十分にあった。ここで叫んでしまったら、生を諦めてしまったら駄目な気がした。

 ゴオオオオッ!

 ブレスが吐かれた。それは、カシワには来ていなかった。三兄弟が居た位置に、とても長く長くブレスを吐き続けていた。

 終わればまた吐いた。二度も三度も、四度も五度も。

 それでもカシワは自らの口を押えていた。恐怖の分だけ安堵も激しく、口を開いてしまえばその分だけの息が強く大きく出てしまいそうだった。

 そしてマム・タロトは数えるのが億劫になる程にブレスを何度も吐き続けた後、今度こそ洞窟から去って行った。

 けれどカシワはそれから暫く、その場所から動けなかった。

 口を押えていた手を放す事さえも強靭な意思がなければ出来なかった。息を大きく吸う事も怖くて仕方がなかった。体の息が乾ききって喉が切れても良いからこの場所から離れたくなかった。

 でも、マム・タロトの歩き去った音はちゃんと耳が聞いていた。今が絶好のチャンスである事は間違いない。絶対に。……絶対に?

 疑問は浮かんだ。自分が出たタイミングでやっぱりもっと叩き潰さなければ気が済まないと思って戻るのと鉢合わせるのでは?

 そこでカシワはやっと、体を動かして三兄弟とライチが戦っていた場所を振り向いた。

 カシワの見た光景には、マム・タロトが暴れた痕跡しか残っていなかった。ニワトコとライチが焼かれた場所、イチジクが叩き潰された場所、サンショウが叩き潰された場所、どこも黒ずみしか残っていなかった。

「――――」

 声を上げてしまった気がした。でも何も声を出していなかった。絶句するとはこの事なのだとはたまた思った。ただ、心臓が飛び出すという表現を体感した事も絶句した事も、そんな経験は全く嬉しくなかった。

 とにかく、とにかく。今は逃げなきゃニャ…………。

 カシワは立ち上がって、未だがくがくと震える全身を何度も深呼吸して整えて、けれど震えは完全には止まらずそれを諦めて一歩一歩慎重に歩き出した。

 

 直接でないにせよ、日光が届くところまで戻ると、遠くからガァン、ガァンと何かを破壊する音が聞こえた。

 大砲も、テントもベースキャンプも、全てを徹底的に破壊して回っているのだろう。そしてそれが終わってもマム・タロトの怒りはきっと消えないだろう。

 でも、ここまで来れば逃げ切ったも同然だった。

 今居る場所の近くにはベースキャンプに直接繋がる通路が、ここから遥か高くに位置してはいるが、ある。

 天井裏を通るようなものだが、狩人ならともかく、アイルーとしてのカシワの身体能力ならばそこまで登る事も強い問題ではない。

 壁に手を掛けて、登っていく。体ががくがくとし続けていて、気を僅かにでも抜けば落ちてしまいそうだった。

 爪を僅かな突起に引っ掛けて、腕に力を入れて持ち上げて、後ろ足を手があった場所において。

 半分程まで登ったところで一旦一息。何度も何度も呼吸を落ち着けて、震えがもう少し収まら、なかった。

 ドドドドドドドドッ!!

 マム・タロトが全速力で走って来る音が唐突に聞こえた。

 マム・タロトは自分の存在は幸運にも忘れていただけだった、今思い出した、思い出された!

「ニャッ、ニャッ、ニャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 手足は唐突に最適な動きをし始めた。

「ガアアアアアッ!!」

 マム・タロトの咆哮がすぐ近くから聞こえた、後少し、後少し!

 ドォン! とマム・タロトが壁に体を打ち付けてカシワを落とそうとした、カシワは咄嗟に爪を深く壁に引っ掛けて耐えた、この揺れが自分の震えも入っているか分からない。でも、とにかく、重要なのは一つだけ、耐えられている!

 そして次の体当たりの前にベースキャンプへと最短で続く道へとカシワは登り切った。体をごろりと地面に乗せて、仰向けになる。

「や、や、やっと」

 コォォォッ、と息を吸う音が聞こえた。

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 起き上がってまた逃げ始めたその直後、仰向けになった場所にまでブレスが届いてきた。

 カシワは、走り続けた。後ろからはマム・タロトの怒声が鳴り響いていた。

 ベースキャンプまで戻っても太陽を直に浴びられる場所にまで戻っても、見覚えのある場所に着いても、とにかく一心不乱に走り続けた。

 マム・タロトの怒声が、いつまでも耳に鳴り響いていた。




マム・タロト編、もう一話だけ続きます。多分もう一話だけ。

因みに強さとしてはこんな感じ。
―――――
歴戦王クシャルダオラ >
マム・タロト >
マハワ >
歴戦キリン、ネルギガンテ >
イチジク・ニワトコ・サンショウ >
ただの古龍 >
ソードマスター >
イチジク単騎、ヒノキ、歴戦竜、イビルジョー
―――――
マハワが単騎でマム・タロトに挑んでも、知見がある状態でも死ぬ。
いや、単純にあの黄金を脱いだマム・タロト、ネルギガンテより遥かに強いと思うの。
ネルギガンテと対峙してもネルギガンテの大角を頭突き一発で壊して怯んだ所に顎を掴んで何もさせないままレジェゴジがムートー仕留めるときのような事やるようなそこまでの実力差がありそうな気がするの。


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マム・タロト 6

「あー……」

 ヒノキはぼうっとしながら古代樹の森で釣りをしていた。

 この数日、何に対しても集中が続かない。採集を頼まれても量を間違える事から、また採集すべき物を間違える事まであった。

 その原因は聞くまでもなく、マム・タロトの積極的な調査を行っている三兄弟とライチに付いて行ったカシワの事だ。

 狩人が初めて古龍を倒すまでにどれだけの積み重ねが必要だったのか。

 身体的能力で敵うところなど一つたりともない。だからこそ時間を掛けて知見を拾い集め、その身に届く特注の鋭い牙を用意する。

 しかし知見が十分に集まった、また牙を用意出来たとしてもだからと言って古龍より優位に立てる訳ではない。

 知見と武器、それだけで敵を確実に倒せるのならばこの世界はとっくに人間が覇権を握っている。

 マム・タロトに対しては知見も無い。武器も鋭いとは言え、それが有用なのかは分からない。

 未知の古龍に対して初見でどうにか対処出来るのは、優れた才能があるほんの僅かな狩人だけだ。それはこの新大陸ではマハワしか居ない。

 そんな事を三兄弟とライチ、カシワが行ってから思ってしまった。

 行かせなければ良かったと思う事が何度もあった。

 ちょっとカシワ達が戻って来るまで休ませてくださいと言い、今は物資が整っているのもありそれは承諾された。

 どこに居ても落ち着かない。

 マム・タロトに関して知っている事は実際に目にした狩人、学者達でも大したものではないという事実。

 ヒノキはその姿を実際に見てもいない。

 悠々と歩いて行くのを止められない学者達がそれを追いながらさっくりと描いたものを見ただけ。

 それでもただの竜にも似たような肉体の構造をしている種が居るからか、その肉体がありありと動く様は容易に想像出来た。

 ただ、絶対にそれだけではないだろうと思う。そしてそれはまた、全く想像出来ない。

 物を熱で溶かすらしい、とまでは調査されている。しかしそれが火炎なのか爆炎なのかそれ以外なのかは全く以て不明だ。

 そしてそれ以外に能力があるかどうか、それらの能力が組み合わさった結果マム・タロトはどのような脅威を見せて来るのか。

 それは対面してからでしか分からない。

 テオ・テスカトルのスーパーノヴァを前情報無しに回避出来るか? キリンやクシャルダオラの起こす致死的な雷や竜巻を初見で切り抜けて刃を届かせられるか?

 少なくともヒノキにとっては無理だ。きっと大半の狩人にとっても。

「……ああ」

 ただ、だからと言ってもう引き戻す事も出来ない。今から行って間に合ったとしても、自らの都合の為だけにカシワを引き戻す事など出来ない。そしてそうする事は、三兄弟とライチを信用していないという事でもあった。

 三兄弟とライチは、致死に至るような危機を察知してそれを回避する事が出来るだろうか? それかまた危険に至る前に先んじて撤退するだろうか?

 ……分からない。いや、残念ながら余りそうは思えない。

 三兄弟は好戦的な狩人だ。いや大体の狩人がそうなのだが、そのような狩人は優秀な程自らの命を極限まで危険に晒していく。死地により深く潜り込む程に勝機を掴めると言わんばかりに、切り立った、今にも崩れそうな崖の下を覗きこみたいというように。強さへの渇望と未知への好奇心がそうさせるのだ。

 そしてそれは、未知の古龍に挑む際にはどうしても利点になると思えなかった。

 そんな思考から、クシャルダオラを倒した事があるという実績は未知の古龍に対する積極的な調査には不相応なのではと、今更ながらにヒノキは感じていた。

 だからと言って自分が相応しいとも微塵も思わないが。

 今はただ、信じて待つしかないのだ。

 

 釣りにも飽きた。適当な物を採集するのも、古代樹の森のもので目につくものは採り尽くしてしまってもう控えなければいけない。

 大蟻塚の荒地はディアブロスの番とリオ亜種の番が居る為に、こんな状態で行くのはとても危険だった。

 溜息を吐き、帰ろうとも思っても足は動かない。帰ってもやる事もやりたい事も無い。この不安をどうすれば良いのか分からなかった。こんな時にクシャルダオラが来たら、どんな絵を描いてしまうのだろうと更に不安になる。

 上を見上げるといつも通りの青空。千切れた雲がぷつり、ぷつりとある。それぞれが同じ速さでゆっくりと流れていく。

 体感の時間と実際の時間は信じられない程に違う。竜にとっても古龍にとってもきっとそれは同じだろう。

 しかしながら体感の時間が早かろうとも遅かろうとも、時間は平等に流れていく。

 ヒノキに出来るのは、無事に帰って来る事をひたすらに祈りながらそれまでの間待つだけだった。

「カルルルルッ」

 そんな時、唐突にトビカガチの鳴き声が聞こえた。

 誰かを呼ぶような声だ。……誰を?

 トビカガチが番を作ったとかそんな話も聞かない。共生関係に居るような同種や他の竜種も居ない。

「……」

 けれど、そんな声を聞いても立ち上がる気は余り起きなかった。

 カシワは無事に帰って来るだろうか? 自分のオトモだとは言え、一緒に狩りをした事はそこまで多くはない。自分が狩りに赴いたその三、四割位だろうか。

 訪れた場所でそれぞれが好き勝手に色んな物を見て聞いて、そして時々依頼を受けて害を為す竜を仕留める。絵を描いている頻度の方が高いのに竜を仕留められる実力があるのに驚かれる事も多々あった。

 そんな風に、協力して竜を狩る事よりも互いが好き勝手にしている時の方が多かった。けれども、肉親と同等、いやもしかしたら肉親よりも長く共に居る存在なのだ。

 互いの事は互いが最も良く理解している。興味があるものが、描きたいものが違っても旅路を共に歩み、寝食を共にし、その中で様々な物事を経験して共有してきた。

 そんな軌跡を思い返せば思い返す程、不安が駆り立てられる。何度も何度も。

「カルルルッ」

 また鳴き声が聞こえた。

 先程よりも自分の近くだった。

 まさか、自分を呼んでいるのだろうか? 何の為に?

 アオキノコをくれてやった事はあるが、そんな恩返しを竜がするだろうか。しかもあれからもう二、三カ月は経っている。古代樹の森にはその間も何度も一人で入っていたし、恩返しをするならばそんなタイミングは幾らでもあった。

 うーん、と思っているとその鳴き声を聞きつけて来たのか、目の前から茂みをかき分けるような音も聞こえてきた。

 音の大きさからしてアンジャナフだろう。

「何なんだ全く……」

 立ち上がって体を伸ばすと、後ろからトビカガチが顔を出した。

「……は?」

 その口にはカシワが咥えられていた。酷くボロボロだった。

「え、おい? カシワ?」

 トビカガチが前にカシワを置いて去っていく。

「あ、おい、お前!?」

 すぐに駆け付けてカシワを抱きかかえる。

「カシワ、カシワ? おい!」

 全く反応しない。けれど息はあった。それにほっとしながら全体を見る。特に手足がボロボロで、泥と血に塗れていた。

「ゴルルルルッ!」

 茂みをかき分けてやってきたアンジャナフがヒノキに向かって唸り声を出す。

 ヒノキはアンジャナフに背を向けたまま、いつもの声からは全く想像出来ない程の低い声で言った。

「意気がるな、下位風情が」

「……ッ、…………」

 それだけでアンジャナフは気圧された。

 しかし逃げようとまでは思わなかったようで、再びゴルルッと唸った。

「……」

 カシワを置いて「すぐ終わらせる」と小さく言う。

 それからヒノキはアンジャナフの方を向いて太刀を抜いた。

 アンジャナフは、そのヒノキの強い殺意に自分の脚が勝手に後ろに退いている事に気付いた。さっきまで背を向けていたのにそこへ跳び掛かって頭を食い千切る事も躊躇われたのだ。

 ぱしゃり、ぱしゃり。

 浅い河原を自然な足取りで歩いて来るヒノキに、アンジャナフは勝てる見込みが浮かばなかった。

 距離は静かに詰められていく。自分の表皮を容易く切り裂くであろう太刀の鋭さが近付いて来る。そしてそれ以上のヒノキの殺気の鋭さが自分に突き刺さって来る。その一歩一歩の度に自分が如何に馬鹿な事をしているのかを思い知らされていくようだった。

 そしてとうとうその太刀の届く寸前の距離になって、アンジャナフは身を翻して逃げて行った。

「……ったく」

 それを見届けるとヒノキはカシワの元にまた駆け寄った。川の水を空きビンで掬い、肉焼きセットも取り出して煮沸し始める。

 そして回復薬を手足に掛けて汚れとこびりついた血を落としていく。

 アステラに戻るまでの時間も惜しかった。

「手足は折れてない……どこかを強く打ち付けたような跡もない……良かった」

 マム・タロトの棲む地脈の黄金郷からここまで走って来たとでも言うのだろうか? どれだけの距離があると思ってる。しかも平坦な訳じゃない、この地脈のエネルギーに富む新大陸の地形はどこまで行っても複雑怪奇だ。

 そんな道のりをこんなにボロボロになるまで……。

「…………負けたのか」

 編纂者よりも更に近い位置でも、あくまで観察役だったから。三兄弟とライチが敗北しようともきっと逃げて来れたのだろう。

 そしてこの体の汚れと疲労の具合は、そこで起きた物事の凄惨さを如実に示していた。

 

 一通り綺麗にすれば、ボロボロだったのは表面だけで深刻な傷は何もない事に気付けた。

 マム・タロトからの攻撃は受けなかったのだろう。ただ酷使した手足は傷だらけだったと同時に強く汚れていた。

 感染症などにならなければいいが、と思う。設備は整ってはいるが、医者がそう多く居る訳でもない。

「すぅー……。ふぅー……」

 呼吸も整っていた。このままならアステラに戻った方が良いだろう。

 けれど、カシワの背負っていた手帳が気になり、より近いベースキャンプに行く事にした。

 そうしてカシワを持ち上げた時、カシワがびぐっと震えた。

「ニャ、ニャアアアアア!! ニャア、アアアアッ、ニ゛ャーーーーーーッ!!!!」

「お、おい、落ち着け! カシワ、俺だ!」

「ニ゛ャッ!? ニャ!? …………ニャ? …………ヒノキ、ニャ?」

「そうだ。俺だ」

「…………ここは?」

「古代樹の森だ。何かトビカガチがお前を咥えて俺のところまで持ってきたんだ」

「ニャ? ニャんで? いや、それよりもニャ、それよりもニャ…………」

 そこでカシワは呼吸を荒くし始めた。

「無理して今、話さなくても良いぞ。

 落ち着いてからゆっくりとで良い」

「いや、それじゃ、…………皆が、皆が死んだ意味が何も無くなってしまうニャ……」

 やっぱり、死んでしまったのか。

 ヒノキは空を見上げた。

 雲はやはり変わらず流れ続けている。

 

*****

 

 黄金を脱げば、その羽織っていた分に回されていた筋力を全て攻撃に回せる。ただ、脱げるとは誰も想像していなかった。その黄金は体と連続した鱗や甲殻のようなものだと誰もが思っていた。

 鈍重な動きから一転して、ランスの大盾の防御を正面から何もさせずに潰してしまう攻撃の重さと速さが突如として襲って来るのだ。それに加えて、まともに食らったら死体すら残らないブレスも変わらず飛んでくる。

 その三兄弟とライチの死に様を、カシワは詳しくは語らなかった。けれど思い出す度に怯えるその様子を見て、そして遺体はもう何も残っていないという発言を受けて、凄惨さが伺えた。

 総司令やマム・タロトに強く興味を抱いていた学者達も落ち込んだ。

 三兄弟とライチは優秀なチームだった。クシャルダオラを倒せる程に。しかし、クシャルダオラを倒せる()()ではマム・タロトに挑むには力不足だったのだ。

 

「……でもまあ、カシワだけでも帰って来て、本当に良かったよ」

 夜に自室でヒノキは言った。

 それに対してカシワは俯いたまま暫く無言で、それから意を決したように顔を持ち上げて言った。

「ボクは……ボクは……サンショウを見捨てて逃げて来たのニャ……」

「……そうか」

「ヒノキ……。ボクはサンショウを助けられたのかもしれないのニャ。

 でも……でも……ボクはサンショウを見捨てて逃げる事を選んだのニャ。

 ボクには分からないのニャ。サンショウを助けて逃げる見込みが薄かったのか、それとも強かったのか。

 強くてもボクは逃げたのニャら、ボクは……ボクは……。ボクは……、サンショウを殺した事になるのニャ。

 …………逃げるボクは正しかったのニャ?」

 ヒノキは暫くの間考え込んでから言った。

「……どっかのマンガでさ、その中の登場人物が言っていたんだ。

 自分の行動が正しいかどうかは、後からしか分からない。だから、その時その時には自分にとって最善だと思える行動をするしかないんだって。

 今は、カシワはまだ、その出来事から時間を経ていない。だからその選択を客観的に見られないかもしれない。

 だからさ。時間を掛けてゆっくりと噛み砕いてその後に考えれば良いと思う」

「……間違っていたら、どうしたらいいニャ?」

「…………背負って生きていくしかないだろう」

「それは……とても、辛いニャ」

 もしかしたら罪の意識から逃げるように死ぬよりも。

「でもな、最悪の選択肢ではないと俺は思う。

 今回の件で、マム・タロトの調査に臨む条件が更に引き絞られた。

 クシャルダオラやテオ・テスカトルを倒せる狩人のチームではなく、ネルギガンテを、それも無難に倒せるであろう実力がある事になった。

 もし、カシワも生きて帰って来なかったら、マム・タロトがどれ程危険だったのかも分からないままだったんだ。ネルギガンテを倒せる実力がある、マハワが行ったとしてそしてマハワも死んだ可能性だってあったんだ。

 それは防げたんだ」

「……そう、かニャ」

「自分を責め過ぎるな。もう、カシワは良くやったんだ。俺が保証する」

「……」

 それでも思い詰めるような顔をし続けるカシワを見て、ヒノキは諭すように言った。

「カシワ。まだ疲れているだろう? さっさと寝よう。

 明日も明後日も、これからも俺達の日々は続いて行くんだからさ」

 そう言ってカシワと共に寝床に入り、ヒノキは明かりを消した。

 カシワは少しの間寝る事にも躊躇っていたが、けれどすぐに目を閉じて寝息を立て始めた。

 やはり、疲れは強く溜まっているようだった。

「…………」

 暗闇に慣れて来て、カシワの寝顔が僅かに見えて来る。

 目を閉じる前に、一言だけ小さく呟いた。

「本当に……良かった」

 ヒノキも程なくして眠った。




そんな訳でマム・タロト編終了です。
ちょっと活動報告も書いてあるのでまあ、書きたかった事や(ちょっと引かれるかもしれないけど)、設定などが書き連ねてあります。興味があれば、まあ。
後、感想とかあると裏で喜びます。

本編最終章、ネルギガンテ編は年末から年始位に始まる、かなあ。

因みにマンガの台詞の元ネタはスプリガンです。
今、サンデーうぇぶりで読める。全巻持ってる(部活の部室にあった漫画を全て撤去するとなった時に貰ってきて空いている巻を埋めただけとも言う)。

……もう投稿開始してから一年以上経っちゃったんだなあ。


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ネルギガンテ 1

 三兄弟がマム・タロトに敗北してからまた暫くが経った頃。

 ヒノキは古代樹の森を散策していて、リオレウスとリオレイアの子の死体が幾つかあるのを見つけた。

 そこは丁度、高台の下。イビルジョーが死んだ場所。

「もう、飛ぶ訓練をする位には成長したのか……」

 上を眺めると丁度、リオ夫婦が飛んで行くのが見えた。後ろから未だ慣れない様子で、けれど精一杯に飛び立っていく子達が見える。

 ここに亡骸としてあるのは、飛ぶのに失敗した子供達だ。

 ……あのパオウルムーも、こんな個体だったんだろうな。

 そんな事を思った。良く見てみれば、首を切られた個体が幾つか。運悪く墜落しても生き延びてしまった個体に対する親の最期の慈悲だろう。

 少しだけスケッチを描いた。竜の子を観察する機会は、親の子に対する愛情が深ければ深い程にそう多いものではない。それが死体であれど。

 飛べなかった個体は肉体的に弱かったのか、精神的に弱かったのか、もしくは両方か。

 数多の竜を見て来たヒノキでも余り詳しい事は言えないが、どれもあり得るだろうと思う。

 ただそれでも結局、一生がどのように決まるかの最大の要素は、ヒノキは運だと思っていた。

 最高の肉体と最高の精神を兼ね備えていたとしても、幼少期、巣立った直後などにイビルジョーなどに遭ってしまえば逃げ切れる可能性は低いだろう。

 逆に肉体も精神も弱くてもあのパオウルムーのように今は幸福を享受している個体も居る。

 そしてそれは人も同じだ。

「……まあ、お疲れ様」

 スケッチを終えると、何とはなしにヒノキは呟いた。

 その場を去り、歩いていると程なくしてジャグラス達と遭遇した。威嚇してきたが、太刀に手を伸ばすとその時点で逃げて行った。

 今日中には、あの死体群もジャグラス達の腹に収まるだろう。

 

 リオ夫婦は海の見える広い平地で、アプノトスを仕留めて子供達に食べさせていた。

 空を飛べるようになったと言えどまだ、モンスターを狩れる程大きくもない。夫婦から見えない遠くで眺めるに留めて暫く観察する。

 リオレウスは今の古代樹の森では最も強い個体だが、それにかまけずにしっかりと辺りを警戒している。番のリオレイアはそれを信頼して子供達の世話をしていた。

 その子供達の中でも肉を食べるのにひたすら集中している個体から、リオレウスと同じように辺りの事を警戒している個体も居る。

 どちらが強くなるか、それが後者だと言いづらいのも面白い。

 一匹一匹を分別して細やかに観察出来たらそれはとても役に立つだろうに。リオレウス、リオレイア自体は各所でとても良く見られる竜ではあるが、亜種や希少種などへの変異がいつ起こるのかなど、未だ良く知られていない事柄も数多い。

 同じリオレウスでも通常種と亜種では共闘をする事など見られないと言うが、通常種の番の中で亜種や希少種が誕生したらどのように扱うのだろう?

 流石に殺しはしないと思うが、結局憶測に過ぎない。

 まあ、とヒノキは取り合えずそれらの個体に対してもスケッチをする事に決めた。

 頭を内蔵に突っ込んでまで肉を貪っているリオレウス。もう満腹なのか、骨を齧っているリオレウス。

 首を食い千切っているリオレイア。

 リオレウスの足元で親の真似をするように辺りを見回すリオレウス。母親にこびりついた血を舐め取って貰っているリオレイア。

 遠くからでは中々一匹一匹の区別は詳細まで分からないが、性格は徐々に分かってくる。

 五体なら、その内区別もちゃんと付くようになってくるだろう。

 スケッチもラフに出来たところで、もうちょっと書こうとしたところ、リオレウスが唐突に動いた。足元に居た子を咥えて放り投げ、背中に乗せる。内臓を貪っている子も骨も齧っている子も、首を千切っている子も急いで背中に乗せて、リオレイアにも呼び掛けた。まるで焦るように。強い脅威がやって来たかのように。

 リオレウスは低空飛行で、リオレイアは地を駆けて。家族はヒノキの居る方へと向かってきた。

「だから何でこっちに!?」

 リオレウスがその鋭い目でヒノキが居る事に気付いたような素振りを見せたが、そのまま飛んで来る。

 ヒノキはさっさと退散する事にした。

 ただ……ヒノキが居てもこちらの方向に避難するのを止めなかったという事は、それ以上の脅威があったという事に他ならない。

 リオレウスが直前に見ていた方向はどちらだったか。子を描く事に集中していたから余り覚えていないが、逃げて来た方向からある程度の察しは付く。

 見晴らしの良い場所に行って、そしてその方向――海の方を見た。

 見えたのは二つの点。灼熱のような輝かしい赤と蒼炎のような深い青。

「…………まさか」

 嫌な予感しかしなかった。

 

*****

 

 思い出す度に、三兄弟とライチの死に様が正確に浮かんで来る。

 首を擦り千切られたライチ。身動きが取れないまま灰燼にされたニワトコ。全身を握り潰され頭から叩きつけられたイチジク。前脚で叩き潰されたサンショウ。

 悲鳴が、強烈な音が、その時抱いていた一生の中でもうこれを超える事は無いだろうと思えるような恐怖の感情が、同時にカシワの体を駆け抜ける。

 幸いにもマム・タロトはアステラに、狩人達の拠点にまで攻撃を仕掛けて来る事は無かった。ただ、だからと言ってマム・タロトの記録を残さない事は、それへの対策を怠る事は周りの人達以上にカシワ自身が許せなかった。

 それはせめてもの弔いだった。せめてもの贖罪だった。サンショウを助けずに自分の命を優先した事は、例えそれが周りからどれだけ正しい行いだったと言われても、自分の中に後ろ暗いものとして残るだろう。

 そう、確信していた。

 それ程に恐ろしくて堪らないマム・タロトの事を、顔を歪めながらも、時に過呼吸になりながらもカシワは丁寧に描いた。

 どのような攻撃をしてくるのか、その時どこに隙が生まれるか。ブレスを吐く時の姿は如何様で、そしてその速度と範囲は、致死を避ける為にはどのように動いたら良いのか。

 思い出せる限りの事をひたすらに描いた。

 がんがんと頭痛がしても、食事が喉を通らなくても、カシワは描くのを止めなかった。そうしなければいけないとカシワ自身が感じていた。せめて今はそうしなければ、自分自身をも壊れてしまうと信じて止まなかった。

 そうして何日も何十日もひたすらに描き続け、やっと描くスピードが落ちてくる頃にはそれを見ていたヒノキもマム・タロトの姿を何も見ずとも正確に描けるようになっていた。

 様々な角度から、様々なポーズで描かれた数多くのマム・タロトのスケッチは、その古龍に実際に相対せずともどのような攻撃をして来るか、どのように動けば良いのかを十二分に予習出来る程だった。

 ただ、それでも黄金を脱いだ時のネルギガンテを越える程の純粋な暴力には、生半可な狩人では束になっても敵わない。マハワと言えども一人では負けると断言出来る程に。

 二の舞を起こしてはいけないという思いも強かったのだろう。特に黄金を脱いだマム・タロトのスケッチは見る者に対して怯えを抱かせる程だった。

 

 そんな思い出せる限りの事柄を描き切って、漸くカシワは自分を少しずつ赦せるようになっていった。

 体も心も休ませて、栄養もつけて。ヒノキと共に古代樹の森をゆっくりと歩き、大蟻塚の荒地を慎重に歩き。色々なものを描いた。

 川に顔を突っ込んで水ごと魚をごくごくと飲み干すプケプケ。日向でぐっすり眠るトビカガチがリオレウスの気配に勘付いて慌てて逃げていく様。アンジャナフからぎりぎり逃げ延びたドスジャグラス。

 産卵を終えて徐々に原種へと戻っていくディアブロスの雌。荒れ地と森林地帯の境目で距離を取って睨み合うリオレウスの亜種とディアブロスの雄。そんな事を全く気にせず沼地で泳いでいるジュラトドス。

 そんな様を描いている内に、また陸珊瑚の台地に行きたくなるのを止められなくなってきた。

 うずうずとしながらも、楽しんで良いのだろうかと思い悩むカシワにヒノキは行ってこいと背中を押した。

「うじうじ悩んでいて、何か良い事があるのか? せめて何かやって来い」

「……それもそうニャ」

 

 陸珊瑚の台地は相変わらずの静けさを保っていた。パオウルムーとキリン以外のモンスターは殆ど姿を現さない。生態系を乱していないとは言え、ここら一帯を縄張りとするような立ち振る舞いは中々に狩人を困らせている。

 討伐するにせよ、キリンはネルギガンテを退ける程の実力を備えている。一筋縄でいかないどころか、こちらに犠牲が出る可能性はかなり高い。更に加えるとするならば、討伐出来たとしても少なからず憂鬱な気持ちにもなるだろう。

 キリンの庇護を失ったパオウルムーがオドガロンやレイギエナに仕留められる事は容易に想像出来た。

 結論としては、迷惑ではあるが、討伐を決定させるような強い理由は幾ら時間が経とうとも見出せてはいなかった。

 久々に躍り出ても、そんな変わらない風景がある。

 それはカシワにとって日常に戻って来たのだと言う感覚が湧き出し始めるものだった。

 罪悪感が脳裏を過る。まるでねっとりとした液体を強く含んだ着物を引き摺って歩くように。

 また、そんな心苦しい気持ちと同時に、あの地脈の黄金郷で起きた出来事は過ぎ去ったものなのだという物寂しさも覚えた。

 ボクは……。

 何となく思ったその先は、出てこなかった。

「…………ニャァ」

 ……うじうじ悩んでいても何も良い事は無いニャ。

 本当に何も変わっていないかは、実際見てみないと分からないニャ。

 そう自分に言い聞かせて、カシワは動き始めた。

 

 それから数日後。

 久々に雨が降り始めていたが、カシワはその日も探索に出掛けた。

 散策を数日続けても、やはりと言うべきか変わっているところは無かった。強いて言えば、狩人による採集がめっきり減ったからか中々に大きく成長したツボアワビやキノコの類が目立っていた。それらを好む狩人やら研究者やらに渡せば喜ばれた。

 しとしとと柔らかに雨が降る。前日からその予兆があったのもあり、この雨はキリンが呼び寄せたものでは無いだろうと思えた。

 それにキリンが呼び寄せる雨雲はこんな柔らかな雰囲気を伴っていないし、その当のキリンとパオウルムーは雨を凌げる場所でゆっくりとしていた。

 そのキリンの角は折れたままなのは変わらないが、弱った様子でもなかった。心なしかまた伸び始めている気もした。

 また変わった事が無いにせよ、観察を続けるべき事柄は幾らでもある。一つ一つの環境生物の生態は調べ切れていないし、台地のかなで族から学べる事も多い。瘴気の谷からの湧昇風が陸珊瑚の台地にどのような影響を及ぼすのかも分かり切った事ではない。

 瘴気の谷は、カシワは余り好きでは無かったが、陸珊瑚の台地の事をより詳しく知る為にはその内そちらにも深く浸からなければいけないだろうと思っていた。

「でもニャァ……。臭いものは臭いのニャァ……」

 瘴気の谷で暮らすオドガロンでさえも、肥やし玉には逃げていくのだから。

 その内深く浸るのだろうけれど、まだカシワにはそれを決断させるような強い疑問などは浮かんでいなかった。

 雨に極力濡れないように移動していたものの、体が湿る事は避けられない。

 今日は早めに引き上げようかと戻り始めたところ、ゴロゴロと雷が鳴る音が聞こえて来た。

「……?」

 これは、どちらかニャァ?

 自ずと起きたものなのか、キリンが引き起こしたものか。

 ゴロゴロ……、サァァァ……。

 雨は先程と比べて弱くなっていた。雷の音の頻度は時が経つに連れて増えて行っている。

 柔らかな雨は失せていた。

 間違いなく、キリンが引き起こしたものだった。それは即ち、外敵が現れたという事だった。それも、キリンが本気を出すに値する強さの。

 そう言えば、とネルギガンテが活動を落ち着かせてからどの位の時が経っただろうと思う。

 半年に近い時間だ。

 ネルギガンテの生態は未だ以て不明な部分ばかりだが、子を為し終えていてもおかしくない時間ではある。

「…………」

 それに気付いて、カシワはひっそりと動いた。

 ネルギガンテがリベンジしに来たという可能性は十分にある。と言うよりかは、それ以外でキリンが本気を出す事など余り考えられなかった。

 強いて言えばマハワがキリンを討伐しに来た位だが、それは討伐対象にもなっていないキリンに対しては有り得ない。

 キリンはどこを戦いの場所として選ぶだろう? 前と同じ場所か、それとももっと入り組んだ複雑な場所か?

 多少考えたが、前と同じ高台の下の広場を選ぶだろうと確信に近い形で思った。ネルギガンテに地形とかそんな程度の搦め手は逆効果にしかならない。

 陸珊瑚が聳え立つ場所やらを選んでも、片っ端からへし折られるだけでそれはキリンの動きの邪魔になるだけだろう。また高低差のある場所も、ネルギガンテの運動量には敵わない。

 カシワは、前と同じ場所を観察する場所に選んだ。丁度高台に居た所でもあったし、その場所はすぐ近くだった。

 音なく走る。遠くの空からネルギガンテが飛んで来る姿が見えた。雨は降り止み、雷の音は更に激しくなっている。

 一直線にネルギガンテは飛んでくる。カシワが観察に適した位置に到着する。

 雷雲がキリンの力によってより一層強く鳴り響く。キリンは前回と全く同じ位置に立っていた。同じ戦法が通じると思っているのかどうかそれは分からないが、一直線に突っ込んでくるのならば再び特大の雷を浴びさせてやるつもりのようだった。

 しかし、ネルギガンテも止まらなかった。前と同様に突っ込んでくる。姿が鮮明に見える程の近さになって高度をやや調整し、そして体を捩じりながら自身の最大の攻撃、破棘滅尽旋・天でキリンに向かって突っ込んでいく。

 前回と変わった点と言えば、ネルギガンテが高度を上げて突っ込んだ位置が前よりもやや遠くである事。最初の攻撃がネルギガンテ最大の攻撃である事。

 キリンはそれでも動かなかった。最大の雷が落ちた。一瞬、その場所が眩い光と轟音で包まれる。

 ドジャアッ!!

 次にカシワが目にしたのは、崩れて血を吐き出すネルギガンテと、そしてどこかへと消えてしまったキリンだった。

 まさか、と思い自分の居る高台から見えない真下を覗いた。

 キリンが倒れていた。ネルギガンテの攻撃も当たり、そしてそれはキリンを壁にまで弾き飛ばしていた。

「ゲボォッ、ガフッ」

 ネルギガンテは何度か血を吐き出すものの、それでも難なく立ち上がった。それに対してキリンは何が起こったのか分からない様子のまま四肢をばたつかせるだけ。

 体重が軽いのも幸いしてか、体が抉られたりだとかそんな目に見える致命傷は負っていない。ただ、それはバゼルギウスの下敷きになった時よりも遥かに重いダメージだった。

 その証拠に雷雲から鳴り響く雷の音が収まっていた。キリンの纏っていた雷が弱弱しくなっていた。

 ネルギガンテは今この地に二体居るが、このネルギガンテはやはりキリンと戦った個体だろう。密度濃く古龍と戦い、そして受けて来た数多の傷から再生してきたその肉体は、より強くなっているように見えた。

 キリンの雷もまた、最大の攻撃だった。それを受けた前回は攻撃を中断させられ、反撃も苦し紛れながらのものだった。しかし今回はすぐに立ち上がって悠々と歩いていく。

「ビイイイッ!」

 そんな所にパオウルムーが泣きながら飛び出してきた。

「ニャァ…………」

 カシワは思わず声を出していた。

 ネルギガンテはいきなり現れた、ただのか弱い竜に一度足を止めた。

 パオウルムーはキリンに駆け寄った。起きてと鳴き、揺さぶって動かすが、キリンはそれでも立ち上がれなかった。

 ネルギガンテがまた歩みを再開し、振り向いたパオウルムーが恐怖に染まる。

 その前脚で首を掴まれるのに、パオウルムーは何も出来なかった。そのまま地面に叩きつけられて捩じられ、ベギィと首の骨が折れる音が鳴った。そして投げ捨てられた。食べられる事も無く。

 その後、ネルギガンテは後ろ脚で立ち上がった。

 腹面をキリンに見せびらかすように立つネルギガンテは、ぐ、ぐぐっ、と右前脚を高く掲げた。それに対してキリンは、もう動かなかった。動けないのではなく、動かなかった。

 ドバギィッ!!

 全力で叩きつけられた滅尽掌。それを受けたキリンの体は四肢が跳びはね、そして胴体は半ば潰れた。

 僅かな間の後、その叩きつけた右前脚をどけて絶命したのを確認する。確認出来ると、ネルギガンテは空に向かって猛々しく吼えた。

「ガアアアアアアッッ!! ガアアアアアアッッッッ!!!!」

 完全なる勝利の雄叫びだった。

 一度撤退せざるを得なかった相手への勝利。それは目に見える程に喜びに満ちており、満足いくまで何度も吼えると上機嫌のままにキリンの首を咥えて住処へと帰って行った。

 

 そして残ったのは首を折られたパオウルムーだけだった。

 元に戻った柔らかい雨がまた、しとしとと降り始め、そのパオウルムーを濡らし始める。

 カシワがそれに近付くと、まだ微妙に生きていた。涙を流し、体をびく、びくと震わせて。

「…………」

 カシワが出来る事はただ一つ、楽にする事。即ち、止めを刺す事。ただそれだけだった。




そんな訳で最終章始まります。


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ネルギガンテ 2

 ヒノキがアステラに戻るともう大騒ぎだった。唐突な古龍渡りが発生したのだからそれはもう当然の事だった。

 ただ、古龍渡りと今回のそれは厳密には違う可能性がある。

 古龍渡りの概要は、死期を察した古龍が死地を求めてこの新大陸を訪れる事だ。また、その定義で行けば五期団までが追って来た古龍達とは別の古龍もある程度居る。

 テオ・テスカトルと共に来ていたナナ・テスカトリや、ネルギガンテに殺されたクシャルダオラはまだ若年だった。

 今、ヒノキと交流している歴戦王のクシャルダオラはいつ来たかも定かではないが、老齢とは言えまだその強さを十全に保っている。もしかしたらそれでも全盛期を過ぎているのかもしれないが。

 パオウルムーと交流しているキリンも、衰えなどは感じられない。

 結局のところ、人々は全ての古龍の動きを記録出来る訳ではない。しかし、予兆もなくハプニングが発生する事に対して何も出来ない程、無力な存在でもない。

 大砲が何門も揃えられていく。滅多に手を出さない料理長が今、大声を出して調理を指揮している。こんがりと焼けた肉や魚が、叩き起こされた狩人達の腹に次々と収まる。

 研究者達が望遠鏡でその二匹の古龍、ナナ・テスカトリとテオ・テスカトルを観察していた。

「……ナナ・テスカトリはこの前、この地を去った個体じゃな」

「やはりか」

 総司令が頷く。

 その孫の調査団リーダーが聞いた。

「テオ・テスカトルはどうなんだ?」

 研究者達はその問いに対して、皆が示し合わせたかのように口を噤んだ。

 そんな中、同じくそれを観察していたマハワの相棒が恐る恐る言った。

「……歴戦王のクシャルダオラと同じ感覚がします…………」

 空気が凍った。

 人間は無力な存在ではない。ただ、天災に抗える程の強さを持っている訳でもない。

 歴戦王と呼ばれる事となったクシャルダオラがここに居る狩人達を滅ぼそうと決めたら、狩人達はほぼほぼ敗北するだろう。

 石を幾ら積み上げても、山にはならないのだ。それ程の力の差がある。

 しかし、諦めるという選択肢には誰も手を伸ばさない。同じ歴戦王となる程の力があるのならば温厚であって欲しいという望みもあるが、そんな曖昧な希望に頼る事もせずに万全を期す。

 それら全てが役に立たないように思えて来る絶望を覚えながらも、脅威に向けて立ち向かう。

 姿が段々と大きくなってくる。幸いにもアステラに向けて来ようとは思っていないようで、飛ぶ方向は大蟻塚の荒地の方向だった。

 絶望が、緊張が僅かに和らぐ。

 それはソードマスターやマハワと言った、戦闘欲求が強い狩人にとっても同じだった。

 

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは大蟻塚の荒地に着地した。ただ、それはアステラのすぐ近く。

 ゆったりとした足取りで二匹はアステラの方へと歩いてきた。

「……………………」

 誰も声を出さなかった。幾門の大砲が既に狙いを定めているが、テオ・テスカトルはそんなものでは自らの体を傷つける事など出来ないと分かっているかのように歩みを止めなかった。

 クシャルダオラは王であろうとも、常に落ち着いた雰囲気があった。内に秘めた力は誰もが畏怖する程に滲み出しているが、穏やかさが共にあった。

 しかしながらこのテオ・テスカトルから感じるものは強力な畏怖、単純にそれだけだ。まだ老いてもいないその肉体はクシャルダオラと同様に艶めいており、そしてクシャルダオラ以上に活気に溢れている。

 放てば躱せそうにない距離にある数多くの大砲と狩人達の前でテオ・テスカトルはやっと足を止めた。氷属性や水属性の武器を担ぎ、炎に対する耐性のある装備で固めた狩人達を見ても、それを脅威と見做さないままに狩人達やアステラを観察する。

 ヒノキもやや遠くで構えていたが、心臓が高鳴って仕方がなかった。テオ・テスカトルの後ろでナナ・テスカトリも辺りを見回していた。

 まさか、これ程の古龍を連れて来るだなんて。テスカト種が互いにどの程度の意思疎通をするのかは分かっていない事だが、どのようにしてこんな王の中の王と称しても良い程の絶対なる強者を連れて来たのか、こんな状況でも気になって仕方がなかった。

 テオ・テスカトルが狩人達を舐め回すようにじっくりと見渡し始めた。

 それでも狩人達は何も出来なかった。刃向かえば始まるのは確実に近い負け戦だ。人間が蟻を踏み潰すが如き蹂躙だ。

 諦めている訳ではないが、それならばテオ・テスカトルが狩人達を攻撃して来ない事を祈る事が最善の択だった。

 ソードマスターやマハワに一瞬目が留まり、そしてまたヒノキにも目が留まった。しかも、より長い時間。

 ソードマスターとマハワは強者だからだろう。でも、自分は?

 そう考えて思い当たる事は一つしかない。

 どうやら、自分はあのクシャルダオラにマーキングされているのだろう。臭いなどは付いていないはずだが、テオ・テスカトルには分かるような何かが自分にいつの間にか付着している。

 そして、テオ・テスカトルは観察を終えると後ろを向いた。

 安堵しようとしたその瞬間、テオ・テスカトルは翼を広げ、長く飛行して凝った体をごき、ごきと音を鳴らしながら動かした。

 まだ大砲は避けようもない距離なのに。そして息を吐くかのように塵粉をさらりと撒き散らして帰って行った。

 今度こそ、息を吐こうとした時。

「お、おい!」

 チリチリと今にも爆ぜそうな塵粉が、大砲に纏わりついていた。もう掻き消す余裕もなく。

「逃げろ――――!!」

 爆発音が響き渡り、幾つもの大砲が駄目になった。

 幸いにも負傷者は居なかったが、それも終わった後は全員乾いた笑いをするしかなかった。

 あのテオ・テスカトルにとってこの地の狩人達は自身にとって脅威にすらならないと見做されたようなものだった。

 ヒノキも膝をついて大きく呼吸を整えながらも、大蟻塚の荒地の方を見た。

「…………」

 刃向かう事は無いだろうが、これから同じ目に遭わされる竜達がやや不憫だった。

 

 それからテオ・テスカトルはナナ・テスカトリと共に悠々と大蟻塚の荒地を歩いた。この地に新しい王が来たのだと知らしめるように。そしてまた、新天地に好奇心旺盛な様子でもあった。

 リオレウスの亜種の番は逃げはせず、恭順を示した。逃げるだけの時間はあっただろうが、アステラが滅ぼされなかった事を見てかそう判断したように見えた。

 ディアブロスの番も同様に、そしてナナ・テスカトリに過去に角を向けた事を心底謝るかのように強く平伏していた。砂地に潜ってやり過ごす事も出来ただろうが、ナナ・テスカトリには存在を知られていたし、またこの地に長く留まる事も容易に想像出来た。

 ただ、沼地にはテオ・テスカトルもそう行く気を見せず、ジュラトドスは遠くのその存在感に幸か不幸か怯えているだけだった。

 テオ・テスカトルは誇りを持つ古龍のように見えた。クシャルダオラとは違い、自身が王である事に強い拘りを持つような振る舞いだ。

 狩人達も同様に恭順を示せば、テオ・テスカトルは襲っては来ないだろう。王であっても暴君ではない。しかし、今のままであったら怪しいと思えた。

 脅威ですらないと見做されていても大砲は破壊された。それは警告と捉える事も出来た。戯れに軽くからかった程度の事なのかもしれないが、少なくとも次来た時は同じ対応を出来ない。

 恭順を示すか、それとも抗うか。

 抗えば待ち受けるのが蹂躙、全滅だとしても、恭順を示したところで失うものが物的に無いとしても。恭順を示す事は狩人達に対して強い抵抗があった。

 けれど選択肢は無いに等しく、あのような古龍にも対抗出来る化け物のような狩人を呼び寄せる事もそう簡単ではない。

 苦渋の思いで、それでも早急に武器を向ける事すら禁止された。次来た時は、恭順を示すようにも。

「今のところは、従うしかない」

「俺も暫くの内は、な」

 程ない内に、そんな一時的な意味を示す言葉を付けて狩人達は話し始める。

 それが無理な事だとしても、そう言わずには居られない悔しさが滲み出ていた。

 

*****

 

 テオ・テスカトルは暫く大蟻塚の荒地を歩き回ると、またアステラへとやってきた。狩人達は悔しさに満ち溢れたままに、けれど誰も武器を手に取らず膝を着いた。誰も拒まない。拒めない。

 そしてそのままアステラの中へと同じ足取りのままに入って来るが、ナナ・テスカトリはそれに躊躇した。テオ・テスカトルが入って来ないのか? と言うように振り返るとナナ・テスカトリは幾度か呼吸をしてそれに続いた。

 工房の中を屈んで少し眺め、それから高くに座礁している一期団の船をやや不思議そうに見つめる。滝の流れを利用したエレベータを観察してから、階段は使わずに軽く飛んでアステラの下部へと降りた。

 ナナ・テスカトリはそんな辺りを観察する余裕などは流石になく、テオ・テスカトルの背中だけを見て追って行く。

 ただ……そのナナ・テスカトリも強くなっていると遠くからその歩みを見ていたヒノキは感じた。常日頃からテスカト種が纏っている龍炎や塵粉が以前よりも強くなっている。テオ・テスカトルのような艶めきこそ無いが、現状マハワと互角程にはなっているとは思えた。

 それからはマカ錬金の為の壺、人工的に植え付けられた古代樹、その隣に乱雑に積み重ねられた大量の本などを眺めていき、そして最後に今は何も乗っていない竜の観察台を見て、門を潜り抜けた。

 何も破壊する事はなく、テオ・テスカトルは古代樹の森の方へと抜けて行った。振り返らずにそのまま歩いていくテオ・テスカトルに対して、ナナ・テスカトリは何度か後ろを振り返っていた。

 アステラを通り抜け、そして古代樹の森へと歩き去っていくまでの時間は僅か数分の事だっただろう。

 けれど、その何倍もの時間があったかのように誰もが思えた。

「はーーーー……」

 酷い疲労感が襲い掛かる。

「つっっかれたなぁ……」

 様々な人がその場に寝っ転がる。ヒノキも食事場の椅子に座ってテーブルに顔を埋めた。

 これから一体どうなるのだろう? 少なくとも、ネルギガンテの番とは確実に戦うだろう。

 単純な実力で言えば、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの方が上だ。ただ、テオ・テスカトルはナナ・テスカトリから物事を聞けていたとしても、ネルギガンテという古龍を実際には見ていない。

 古龍を好物とするネルギガンテ、それも番に対して初見で確実に打ち倒せるかどうか。そしてまた、二対二の格好になったとして、連携もネルギガンテの方が上だと思える。

 ナナ・テスカトリがテオ・テスカトルを連れて来たとは言え、そこにある繋がりは番というような強いものではないように見えていた。

 その証拠に、新大陸に着いてからテオ・テスカトルとナナ・テスカトリがそんな互いの愛情を確認するような事を見せていなかった。毛繕いから互いに身を摺り寄せたり、そんな事を見ていない。

 そしてそれよりも理由として強かったのが、テオ・テスカトルがアステラへと入った時にナナ・テスカトリを催促した時の動きだ。

 そこには心配などと言ったものは微塵たりとも無かった。あそこにあったのは……挑発や、もっと冷徹なもののように見えた。

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの間にある繋がりは、少なくとも同情や慈愛といったものではない。

 それはきっと、ネルギガンテの番と戦う時に強い要因となるように思えた。

「おい、ヒノキ!」

 ぐったりとそんな思考に耽っていると、唐突に呼ばれる。

「ああ……嘘だと言ってくれ……」

 皆がくたびれている中、そんな強く呼ばれる理由は一つしか思い浮かばない。

 ゆっくりと腰を上げて、空を見上げる。龍結晶の地の方から銀色の点が見える。

「行って来る……」

 まるで徹夜明けのような気乗りしない様子で、けれど気力を無理矢理補うかのように体を伸ばしてからヒノキは古代樹の森へと歩き始めた。

 気を付けろよ、と通り過ぎる全ての人から言われるが、全力の戦いにまで発展する事はないだろうという予感が強くあった。

 同じ歴戦王と呼称される程の強者中の強者。今現在、分かっている共通点は落ち着いた振る舞いを見せているという事だった。

 見境なく戦っているだけでは辿り着けないような境地。自らの能力や体躯に頼るだけでは絶対に得られない力。

 それへの過程は個としての落ち着きをもたらすのだろうと感じさせた。

 ただそれはそれとして、その隔絶した強者に囲まれる事は気が滅入った。




クシャルダオラ:
隠居した老王みたいな感じ。離れた場所で牧歌的に暮らしているけど鍛錬は欠かさず、そしてこっそり市井に赴いて平民と飲み交わす的なイメージ。

テオ・テスカトル:
現役バリバリの自分から戦場にも赴いて先頭に立って出る血気盛んな王というイメージ。


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ネルギガンテ 3

 門を潜り抜けて、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの足跡を追って行く。

 その足跡自体は通常の個体とそう変わらないように見えた。振り返るとアステラから数人が自分を心配そうに見ていた。

 顔を上げると、クシャルダオラの点が先程より大きくなっている。

「はぁーーーー……」

 両方とも基本的に温厚なのは変わらない。何をせずとも生物としての根源的な死の恐怖を与えて来るのも。

 クシャルダオラのそれには多少慣れたものの、それもあくまで平常時の、威厳や古龍としての力を表に余り出していない状態でのものだ。

 テオ・テスカトルの放つ恐怖はその威厳や古龍としての力を表に出している、より強いものだ。ヒノキがクシャルダオラから感じていた、慣れていたものよりも一段と強い。

 そしてまた個としての性格と同様に種族としての差も、感じる恐怖に違いを生み出していた。

 それ程の死の恐怖を感じてしまえば、当然自身の最期も想起してしまう。少なくともヒノキはそうだった。

 クシャルダオラに殺されるとするのならばきっとそれは一瞬の出来事ではない。遥か上空から落とされるか、暴風に何も出来ないまま磨り潰されていくか、そんな想像がつく。

 それに対してテオ・テスカトルに殺されるのならば、それは一瞬だろう。死を悟ると同時にやって来る。スーパーノヴァから逃げられないと気付いた直後に体が粉微塵になる。その牙で咥えられて、食い千切られる。

 そんな最期への想像が、恐怖の質に違いを生み出していた。

 その違いは、身に受けての疲労の質に影響を及ぼしていた。

 クシャルダオラを初めて見た時は、後に残る疲労がじんわりと残り続けた。

 テオ・テスカトルに対しては今、どずんと来る疲労感を覚えている。

 正直、すぐにでもぐっすり眠りたくて堪らない。

 ――なーにソムリエみたいな事考えているんだ、俺は……。

 落とし格子も過ぎた所で、塵粉が僅かに残っているのに気付いた。テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは近くに居る。

 振り返るとクシャルダオラももう近くまで来ていて、そしてヒノキのすぐ近くに着地しようと旋回し始めた。

 いつも通りに翼を軽くはためかせてながらも殆ど音を立てないまま、クシャルダオラはヒノキの前に降り立った。

 慣れた落ち着きだ。確かに風を纏っているのに凪の海を感じさせるような静けさ。完全にコントロールされた風。

 その存在感に慣れたのも当然あるだろうが、ヒノキはこのクシャルダオラを前にした時、そのような柔らかな平穏を覚えていた。

 しかしクシャルダオラは前脚の爪に挟んでいる自らの物にした元ヒノキの手帳を、いつもの緩やかさを見せず、早く受け取るようにヒノキに渡した。

 テオ・テスカトルがクシャルダオラに向けて歩いて来ていた。クシャルダオラは更にヒノキを押して、少し遠くに行くように促した。

 

 テオ・テスカトルがクシャルダオラより先にヒノキの方を見てきたが、すぐに視線はクシャルダオラの方に向き直す。

 互いに艶めいている。互いの目はナナ・テスカトリの龍炎よりも深い青を示している。

 ナナ・テスカトリはテオ・テスカトルからやや離れた場所に居た。ヒノキが見ている事に気付き、目が合う。外せずにいるとナナ・テスカトリの方から外された。

 ただ、その僅かな時間で負の感情は向けられていない事が分かって、ややほっとした。

 クシャルダオラと自分は、元々この新大陸に居たテオ・テスカトルが殺される所に居たのだから。何か悪い感情を向けられていてもそうおかしくはないとも思えていた。向けられても困るが。

 そんな中、クシャルダオラとテオ・テスカトルは体数個分の距離を取って、睨み合いとも言えないような妙な空気を醸し出していた。

 塵粉を飛ばそうと思えば届くだろう。竜巻も届かせられる。そんな距離だ。

 その中でテオ・テスカトルは睨むような事まではしていないが、狩人の前に居た時よりも強い緊張を張り巡らせていた。唐突に現れた自身と同等の強者に対して警戒を微塵たりとも怠っていない。

 しかしながら、クシャルダオラはそれを受け流すかのように緊張もしていないように見える立ち振る舞いをしていた。自然体に限りなく近い。ただ、如何なる攻撃にも即時に反応出来るようにも見えた。

 一触即発と言えばその通りだが、しかしながらやはり、戦いにまで発展するようには余り思えなかった。

 まず、共に戦闘狂ではなかった。卓越した強さを持ちながらも、同様の王の中の王たり得るような相手を目の前にしても、それに対して期待も興奮もしていなかった。

 その影響でか、互いに呼吸程度の動きしか見えずとも、そんな静止状態が幾ら続いても、場の空気が張り詰めたりと言ったような感覚は無かった。

 ヒノキが時が経つに連れて覚えたものも、そんな強者ばかりの場所に居る事による疲弊ではなく、他の事を考えられてしまうような集中の乱れだった。

 ――それにしても、よくもまあ、俺はこんな場所に居るもんだ。

 三体の古龍が居る場所に、たった一人、強者でもない狩人がぽつんと居る。その強さにより敏感なカシワがこの場に居たら、それだけでカシワの心臓は止まってしまうかもしれない。

 ――カシワも元気になって良かったし、結果的とは言え、陸珊瑚の台地に送り出して正解だったな。

 そんな事を思っているとヒノキはふと、自分の体がぶるぶると震えているのに気付いた。

「……?」

 まるでカシワのようだと思うも束の間、体を抱えて縮こまりたい衝動に襲われる。今すぐにでも死んでしまうから、せめてそれまでの僅かな間でも目を閉じて耳を塞いで、その瞬間までそれから逃げていたいような。

 それから必死に抗うと、向けられている殺気はテオ・テスカトルからのものだと気付いた。自分が無意識の内に生を諦めてしまう程の殺気。

 気を緩めたのさえ、気に入らなかったとでも言うのだろうか。いや、別に姿勢を崩した訳でもないし、息を吐いたりした訳でもない。それなのにテオ・テスカトルはそれに気付いたのか?

 恐る恐るテオ・テスカトルの方を向くと、しかしテオ・テスカトルは自分の方を軽く睨んでいるだけだった。ただそれだけ。牙を剥き出しにもしていない。怒りを露にしてもいない。

 改めて、その実力は本物なのだと実感した。クシャルダオラが居なければ、自分はコンマ数秒で命を絶たれ、そして遺体も残らず焼き尽くされるのだと心底から理解した。誇張ではなく、一秒すら生かして貰えないと断言出来る。

 それを見たクシャルダオラがテオ・テスカトルに殺意を向けた。同じ、軽く睨む程度の殺気だった。ただそれも自分に殺意を向けられた訳ではないのに、恐怖が上乗せさせられたような感覚に陥る。

 立っている事さえもうやっとだった。逃げ出したいが、背中を向けた瞬間に命が失われている想像が思い浮かぶ。

 テオ・テスカトルがクシャルダオラの方を向き直る。

 クシャルダオラの殺意に対してテオ・テスカトルはまた同じ睨む程度の殺気を返し、そしてチリ、チリと塵粉をゆっくりと前へと流していった。

 その意図を考える余裕などもヒノキには無かった。

 人がゆっくりと歩く程の遅さで、その塵粉はクシャルダオラへと向かっていく。それに対してクシャルダオラはそれにちらりと目線を一度向けただけで、後は何もしなかった。

 ただ淡々と流れ続ける時間と共に塵粉はのろのろとした速さでしかし、クシャルダオラに向けて確実に進んでいた。

 半分の距離にまで到達する。

 程ない内にその更に半分の距離にまで届く。

 しかし、クシャルダオラはテオ・テスカトルを睨んだまま何もしない。また、テオ・テスカトルも塵粉をゆっくりと進めていくだけで、それ以上の行動は何もしなかった。

 そしてとうとうクシャルダオラに塵粉がぶつかろうとしたその時、それは纏っている風に流されて左右に分かれて散って行った。

 テオ・テスカトルはそれを見届けると、睨むのを止めた。クシャルダオラもそれに続いて表情を僅かに緩めた。

 ヒノキはそれでも、まだ恐怖に痺れたように動けなかった。何も考えられなかった。目の前で起きた一連の出来事は遥か遠くで起きたような、見聞きしただけの曖昧なものに感じられた。

 ……自分はまだ、生きているのか?

 そんな事をぼんやりと考えている間に、テオ・テスカトルはナナ・テスカトリと共に去っていた。

 姿が見えなくなってからクシャルダオラはそんなヒノキに歩み寄り、頭をとん、と爪で押した。

 ヒノキはそこでやっと金縛りが解けたかのように尻餅をついて、そしてそのまま仰向けに倒れた。

「……ははっ、はははっ」

 もう、笑うしかなかった。

 そんなヒノキを、クシャルダオラは落ち着くまでいつもと変わらない目で見守っていた。

 

*****

 

 日が沈む頃に、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは古代樹の森の頂上から軽く飛んで大蟻塚の荒地へと移動した。

 飛び立った直後にリオレウスとリオレイアがそれを眺める姿が見えた事から、あの番も平伏したのだろうと思えた。

 そして、事が起きるとしたら最短で明日だろう。ナナ・テスカトリがあれほどに強いテオ・テスカトルを連れて来たのは復讐目的以外に考えられないし、これ以上悠長にただ日々を過ごすとも余り思えなかった。

 疲れ果てたヒノキに対しても少しは絵を描けと促がしてくるクシャルダオラの機嫌も取る。

 ただ、幾つか軽く絵を描いて手帳を返した後もクシャルダオラは龍結晶の地へと帰ろうとはしなかった。

 疑問に思いながらもヒノキがアステラに戻ろうとすると、少しだけ留めようとして、けれどそれ以上の事はして来なかった。その代わりに見晴らしの良い場所に座り直して、大蟻塚の荒地の方を見た。

 テオ・テスカトルがアステラを潰すような事を僅かながらに警戒しているのだろう。そして万一それを実行に移したのならば、クシャルダオラはきっとアステラを守るのではなく、自分だけを助けて後は捨て置くようなイメージも湧いた。

 ……参ったもんだ。

 本当に、竜を狩る時の比ではない程にくたびれた体に鞭を打ってアステラへと歩き始める。

 強者中の強者の近くから居るプレッシャーからやっとの事で解放されて、ふと思い出したのは、恐怖に震えて何も出来なかった時の光景だった。

 テオ・テスカトルが塵粉をゆっくりとクシャルダオラへと向けていく様。

 ……あれはきっと、力量を測っていたんだ。そして、クシャルダオラはその意図を理解して手の内を何も見せなかった。

 塵粉が自らの近くに纏わりつこうとも。

「……敵わないなあ」

 きっと実力でとしてはクシャルダオラの方が僅差で上だ。

 いや、そうあって欲しい。

 そんな事を思った。




歴戦竜種以下の強さの狩人 vs 歴戦王
歴戦王のにらみつける!
狩人は動けない!
歴戦王の攻撃!
一撃必殺!
目の前が真っ暗になった。狩人は刃向かった事を心底後悔しながら急いで天国へと走るのだった。

絶対強者って言葉使いたかったんだけどティガレックスてめぇ。

あ、後、日間7位とか入ってました。ありがとうございます。
毎日投稿すれば多分もっと爆発するんだろうなー、とか思うけど、書き溜め投稿は少なくともこの章ではやらないかなあ。


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ネルギガンテ 4

 ヒノキは夜、アステラに戻って報告をし、それからすぐに泥のように眠った。殺気に当てられただけで、疲労は狩りをした時よりも酷く激しく残っていた。

 

 翌朝、目が覚めても疲労は多少残っていた。二度寝しようかとも思うが、寝返りを打つと隣でカシワが寝ていた。陸珊瑚の台地に居たはずだが、そちらでも何かあったのだろうか。

「……おはよう」

「ニャ」

 そして、陸珊瑚の台地でキリンとパオウルムーがネルギガンテに殺された事を聞いた。

「……そうか」

「ネルギガンテはニャ……」

 早速話を始めようとするカシワを、ヒノキは止めた。

「ちょっと待った。俺、まだ疲れているんだ。話をするのはせめて飯を食ってからにしてくれ」

 起きて、外に出ると森の虫かご族がやって来ていた。オオバと会話して、それから柔らかな干し草の上で昼寝をし始めた。

 自分と同じく歴戦王の存在感に当てられて疲労していたのだろうと思えた。

 

 飯を食べている最中に、オオバのその森の虫かご族と話していた内容が聞こえて来る。

 テオ・テスカトルが古代樹の森を歩き回った時に起きた事だ。

 オオバから聞いたところ、テオ・テスカトルが古代樹の森を歩き回った時に起きた事が分かったと言う。

 小型モンスターやドスジャグラスからトビカガチ、プケプケなどは逃げ回り、そしてどうにか対面する事だけは避けた。しかし元々鈍かったアンジャナフは不幸にも見つかってしまい、そして暴れん坊のイメージが完全に崩れるかのように泣き喚き、命乞いをしたと言う。

 テオ・テスカトルはそんなアンジャナフを心底軽蔑するような目で見ていたと言うが、ヒノキからすれば良い迷惑だとしか思えなかった。

 またリオレウスとリオレイアも大蟻塚の荒地の番と同じように平伏した。

 もう、たった一日でここ辺り一帯の竜達全体に王として認識されているんだな……。

 全く、自己顕示欲の強い奴だ。

 それを邪魔出来るのはクシャルダオラだけだが、テオ・テスカトルはその内クシャルダオラにも戦いを仕掛けるだろうか?

 それはまだ、分からない。少なくとも、テオ・テスカトルがここに来た理由はナナ・テスカトリに連れられて来たその目的を果たしてからだ。

 食べ終えてから、カシワは話し始めた。

「ネルギガンテは……強くなっていたのニャ。キリンの全力の雷を浴びても、若干怯む程度にニャ。古龍の中でも群を抜くその耐久力と膂力が、更に増していたのニャ」

 そう話すカシワは、けれどそう悲し気にも恨みを抱くようにもしていなかった。

 パオウルムーを庇護しているキリンを最も観察していたのは、大作の絵本を描く程にその慈しみを最も感じていたのはカシワだと言うのに。

「でも。これからネルギガンテはどうなるのニャ? まだ確認されてニャいと思うけれど、また活動を再開したのはきっと、子供が出来たからじゃニャいかニャ?」

「きっと、じゃないニャ」

 いつの間にかやって来ていたオオバが言った。隣にはマハワも。

「ガジャブー達から聞いたニャ。ネルギガンテの子は生まれているニャ」

 ガジャブーが聞いたのも声だけだが、明らかに三匹目の赤子のような声が聞こえていると言う。

「一目見てみたいもんだが、流石にネルギガンテ二匹の庇護を乗り越える程俺に実力も無いしなー……」

 マハワが酷く残念そうに言った。

 それからオオバがカシワに聞いた。

「それでカシワは、何を思っているのニャ?」

「……。…………」

 カシワは、言いあぐむように口を何度か開いて閉じた。そして、それから恐る恐る言った。

「怖いけど、怖いけど。僕はこれからどうなるのかを見たいのニャ。殺されたキリンが、ネルギガンテ達にとってどうなるかを知りたいのニャ。

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリはこれからほぼ絶対に、ネルギガンテの番と戦うのニャ。

 ネルギガンテの番は敗北して、そして……子供も殺されるのか。

 それとも勝利して更に強くなるのか。

 ……何にせよ、ボクはあのキリンを一番見て来たのニャ。だから、あのキリンがネルギガンテの番にどう影響させるのかも見ておかなきゃいけない気がするのニャ」

「……そうか」

 マハワがそれに続けた。

「俺も、見ておけるなら見ておきたいと思う。

 古龍を喰らう古龍と、それすらも上回る古龍が戦う様なんて、どこに行っても見れるもんじゃない。

 それに、何か強くなるヒントがあるかもしれないしな」

 マハワはあれに追いつこうと思ってるのか……。

 そんな事を思いながら返した。

「クシャルダオラが守ってくれるのはきっと俺だけだ。カシワも含めて、他の狩人など誰も助けてはくれないだろうが、それでも行くのか?」

「死にに行く訳じゃねえし、戦いに行く訳でもねえ。

 それにな、如何に強かろうとテオ・テスカトルはテオ・テスカトルだ。ネルギガンテもネルギガンテだ。

 その範疇を越える事は無い。それを理解出来ていれば、逃げる事位は出来るさ」

「……分かった」

 単独でネルギガンテ、ゼノ・ジーヴァを倒したマハワならば少なくとも自分のように殺気を向けられただけで動けなくなる事は無いだろう。

 ただ、カシワとオオバは微妙だ。龍結晶の地の地面はどこも固く、掘って隠れる事も咄嗟には出来ない。

 そんな事を思っていると、オオバが言った。

「ガジャブーの抜け道は人が通れないものを含めればもっと沢山あるからニャ。

 どうとでもなるニャ」

 そんな自信満々気に言うオオバと、それからカシワにもヒノキは言った。

「……俺が昨日体験した事を話してやろう。

 一応、俺はあの古代樹の森のリオレウスとタイマン出来る位の実力はある狩人だ。並みの狩人よりは実力はある方だと自負している。

 後、どうしてか俺が聞きたいくらいだが、歴戦王のクシャルダオラと交流を持っているし、その圧力には多少は慣れていたと思っていた。思っていたんだがな。

 そんな俺が昨日、テオ・テスカトルに軽く睨まれただけで生きる事さえ諦めてしまうような恐怖に襲われた。それだけで全く、動けなくなってしまったんだ」

「…………」

 カシワはそんな恐怖を強く想像したらしく、ぶるるっと震えた。

「だからな。観察するなら絶対に大丈夫だと思える距離を常に維持し続けなければいけない。

 睨まれてもまだ逃げられると思える距離だ。塵粉を飛ばされても届かない距離。走って来られたとしても逃げ切れる距離。

 そんな距離を常に維持し続ければ、死んでしまう事はない、……だろう」

 断言する事は出来なかった。そんな距離からでも、一瞬の決断の迷いが死に繋がる事は容易に想像出来た。

 そしてこの中でやはり、最も死の危険が高いのはカシワではなくオオバだ。

 それは贔屓とか今まで共に歩んできた経験とかそんな事ではなく、クシャルダオラを倒せる実力のある三兄弟を容赦なく屠ったマム・タロトから逃げ帰る事が出来た、その実績がカシワの逃げる能力を裏付けしているだけだ。

 しかし新大陸に来た者は狩人でなくとも、誰もが好奇心、探求心というものを抑えられなかった者ばかりだ。アイルーも然り、それを止める事はヒノキには酷過ぎて出来なかった。

 けれど、カシワがマム・タロトの調査に行った時の常に続く不安も強く脳裏に浮かんでいた。

「行くとしても、観察は第二だ。第一は命だ。それを絶対に忘れるな」

「分かったニャ」

「……ニャ」

「それで、いつ行く?」

 マハワが聞いてくる。まだ、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリは大蟻塚の荒地に佇んでいる。

「出来るだけ早い方が良いだろう。何なら今すぐにでも。

 古龍が飛んでから、それに追いつける訳でも無いし。加えて長期戦になるとも思えない」

「それもそうだな。……ネルギガンテがこっちに来る可能性は……昨日、キリンを屠った事を考えると低いか」

「そう考えるのが妥当か」

 そうして、すぐに準備をしに皆は散らばり始めた。

 ヒノキは自室に戻る前に、クシャルダオラの居る古代樹の森を振り返った。

 ……俺も行く事を伝えた方が良いだろうか? ヒノキはやや悩み、そして伝えない事にした。

 ヒノキはクシャルダオラに隷属している訳でもない。クシャルダオラもまた、ヒノキを強く独占しようとしている訳でもない。

 かと言って友などと言う親密な言葉も合わなかった。

 互いに敬意を持って、そして互いの領域に深く踏み込まないほどほどな距離で付き合うその関係を称する言葉は、各地を旅したヒノキでも見つけられていない。

 知り合いでも、友でもない。知り合い以上、友達以下とか、そんな形容も似合わない。

 結局、俺が何をするも自由だ。そして俺がクシャルダオラに龍結晶の地の行くと伝える事は、クシャルダオラに対して庇護を期待する事に等しい。

 俺が頼めば、クシャルダオラはきっと庇護をしてくれるだろう。ただ、それに頼っては俺という人間として、狩人として超えてはいけない一線を越えてしまう気がした。

 クシャルダオラが、俺が龍結晶の地に飛んで行ったと知れば急いで飛んでくるだろうが。そして俺がもし死んだらクシャルダオラは酷く悲しむだろうが。庇護すべきだったと思うだろうが。

 ……それでも、俺から頼んでしまうのは強い抵抗がある。俺が俺として在る為の何かが崩れてしまう。

 それが命を危険に晒してまで守るべきものなのかと言われたら、またそれも微妙だったが。

 

 身支度を整えて体を念入りに伸ばす。これだけ念入りに伸ばしたのも久々だった。鍛錬は欠かさずやってきたが、実戦は長らくやっていない。

 最後にちゃんと戦ったのはイビルジョー……いや、オドガロンか。もう半年以上前の事だ。

 今回も戦う訳じゃない。これからもこのままであれば子の為に古龍を屠り続けるであろうネルギガンテの番と、それへ復讐を誓うナナ・テスカトリとやって来た歴戦王と称せるテオ・テスカトルの戦いの結末を見に行くだけだ。

「……」

 どちらが勝つのか、そしてその後何が起こるのか。

 そこまで直接に詳しく観察を出来ていないヒノキには、それを深く考えるのは野暮と思えた。

 まあ……どちらが勝つにせよ、勝者もただでは済まないだろう。

 

 準備が整い、マハワの相棒も含めて翼竜の元に集う。

「それじゃあ、行くか」

 マハワがいつもと変わらないような言葉を皆に投げ掛けると、翼竜にスリンガーを引っ掛けて飛んで行く。

 皆も後に続き、翼竜はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの居る大蟻塚の荒地を大きく迂回しながら龍結晶の地へと向かっていく。

 飛んで向かう最中、誰も言葉は交わさない。その軽い、今から旅行に行くかのようにマハワが投げかけた言葉は皆の緊張を解そうとする意図もあったのかもしれない。しかし、そうであろうとも、否応にも静かに緊張は高まっていた。

 何が、どうなるのか。

 知った所で喜べるものではないにせよ、知りたくて、見届けたくて堪えられない。

 誰もがその気持ちを抑えられなかったからこそ、新大陸に来たのだから。




テオ・テスカトル:
歴戦王
ナナ・テスカトリ:
歴戦二、三歩手前

ネルギガンテ♂(キリンを屠った方):
歴戦
ネルギガンテ♀:
歴戦四、五歩手前(並よりはやや強め)



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ネルギガンテ 5

 龍結晶の地は静まり返っていた。

 ネルギガンテが二体居る時から、ずっとそうだ。ここを住処にしていたリオレウス亜種もここを去り、ウラガンキンも、ドドガマルもヴォルガノスも姿をどこかへと姿を消している。バゼルギウスやイビルジョーでさえもここを訪れる事は無い。残っているのはガジャブーを除けば、逃げられるような足も持たず、そのような場所も知らないガストドンやその他の環境生物位だった。

 クシャルダオラは未だにこの地を住処としているようだが、実際ここを住処に出来る生物はそのネルギガンテの二体を相手取る事が出来る者だけになる。

「それにしても静かですね……」

 マハワの相棒がそう言ってフィールドへと出ようとするのをマハワは止めた。

「お前はここに居ろ。絶対に出るな」

「えっ」

「お前を守る余裕など正真正銘今回は無いんだ」

「それでも……」

「それでも来るなら、俺はお前を助けない。助けられない。

 ネルギガンテに叩き潰されたくなければ、テオ・テスカトルやナナ・テスカトリに灰燼にされたくなければ、ここから出るな」

「…………はい」

 マハワの相棒は心底残念そうに言った。

 

 ベースキャンプから出ると、早速ネルギガンテの足跡が見つかった。また、ぽろぽろと落ちた棘も所々に。ここら一帯を縄張りとしている事を主張しているようだった。

 ただ、流石にそれにはクシャルダオラも黙っていないようで、古いものではあるがそのクシャルダオラの足跡や暴風の痕跡もあった。

 そんな数多の痕跡を確かめながら、マハワが言った。

「編纂者としては優秀なんだがな。戦う力を持っていないのに前に出ようとするのだけが本当に困る」

 そんなマハワにヒノキが返した。

「俺達も似たようなもんだろう」

「……かもな」

 痕跡を一つ一つ見ていても、争った跡は見当たらない。

 ヒノキが聞いた。

「オオバ。ガジャブーからはクシャルダオラとネルギガンテの争いなどは聞いていないか?」

「出遭ってもネルギガンテは戦いを仕掛けなかったようニャ。けれど、一回だけ去っていくクシャルダオラをネルギガンテが様子を窺うように眺めていた時、クシャルダオラが振り返って強く睨みつけた事があったと言うニャ」

「……もう、クシャルダオラにとってもネルギガンテは路傍の石では無いのか」

 不意打ちをしようが角を折ったり翼を引き裂いたりなどと言った強い傷を負わせる事は出来なかった過去とは違うのだろう。

 歴戦王にとってももう油断のならない相手、歯向かって来るのならば撃退するだけと言った情けなど掛けられない強さにネルギガンテは成長した。

 ただ、それでもまだクシャルダオラはネルギガンテ二体を相手取れる事に変わりないだろう。そうでなければ既に戦闘は為され、何かしらの変化が訪れているはずだ。

 そう考えると、やはりこれから起こるであろう戦いはネルギガンテの方が不利だ。テオ・テスカトルとクシャルダオラが同等の力を持つとすれば、その一体だけであのネルギガンテ二体以上の力を持つ。更に加えてナナ・テスカトリも居る。

 単純な足し算で言えばネルギガンテが勝てる道理はない。しかしながら、狩人四人が個々の力を足し合わせた所で勝てないであろう古龍に対して勝つ事もある。リオレウスの一体が環境をも利用してイビルジョーを単体で撃破したのも見た。

 だからこそ、分からない。リオレウスがイビルジョーを倒せた要因には環境を熟知している事もあった。テオ・テスカトルはこの龍結晶の地に対して何も知らない。

 ネルギガンテが勝てない、とは言えない。

 そんな思考をしていると、マハワが聞いてきた。

「ヒノキはどっちに勝って欲しいんだ?」

「えっ……。そんなのは考えた事無かったな……」

「意外とそこはドライなんだな」

「いや、な……。言われてみれば全く考えてないな。

 ……そうだな。ネルギガンテは単純に自身にとってご馳走である相手を狩ったに過ぎないし、ナナ・テスカトリがそれに復讐しようとするのも当たり前と言えばそうだろうし。

 そこに大して傍から何か自分勝手に思う事、それ自体烏滸がましいと思えたな」

「へぇ……。やはりあんたは狩人としては変わってるよ。あんたほど竜種、古龍種に対して敬意を抱いている奴は早々居ない」

「そう、なのか」

 知ってはいたが、面と向かって言われると妙な気分になる。

「昨日さ、テオ・テスカトルに俺達は屈服しただろう? それに対して俺は悔しくて堪らなかった。アステラを闊歩した後、ヒノキはすぐにクシャルダオラに会いに出て行ったから知らないだろうが、暫くして落ち着いた後に大半の人は苦虫を噛み潰したような、強く落ち込むような、そんな顔をしている人等ばっかだった。

 ヒノキは多分、そんな顔しないだろう? クシャルダオラが来なければきっと、王の中の王足り得るあのテオ・テスカトルに純粋に思いを馳せていたんじゃないか?」

「……否定は、出来ないな」

「そうだろう。それで……」

 その言葉を続ける前にマハワは身を咄嗟に伏せた。ヒノキも気付いて同様に身を伏せる。黒い粒が視界の先に見え始めていた。

 ネルギガンテの子供だった。

 まだ成体と異なり、角はまだ小さく棘も生えていない。そして抱え上げられそうな程の大きさの体躯。しかしその古龍を屠る程の膂力の片鱗は、ケルビなどはもう捕らえられそうな程に元気に走り回る姿から見て取れた。

 そしてその親も後ろからやって来ていた。片方だけではなく、両方だ。

 観察に適した場所は幸いながら近くにあった。そこに身を潜めてからネルギガンテの親子の様子を眺めた。

 子は初めて外に出たようで、目につくもの全てに興味を示している。そんな無邪気な様子を親は今まで見た事の無い柔らかな表情で眺めていた。

 古龍を喰らうと言うその性質から、子を為すというエネルギーを莫大に消費する事も他の古龍と比べて難しいと思える。それから考えれば子を大切にするのも分かるが、そんな柔らかい表情を見せるとは予想だにしない事だった。

 自ずと皆、無言となった。

 強い雰囲気を出している方――二体の見た目上にそう大きな違いは無いが、キリンを屠った父親の方だろう――が全身に生えた棘を壁や地面に擦り付けてそぎ落としてから掃うと、子を翼から乗せて背に乗せる。子はそこから頭に歩いて、そしてぐいっ、と父親が頭を上に持ち上げる。

 子はそこから跳んで、まだ小さい翼を広げてぱたぱたと覚束なく滑空した。そして着地出来ずに転んだが、泣いたりせずにすっくと立ちあがって、また父親の背から頭へと走り、跳ぶのを何度か繰り返した。

 古龍を喰らう古龍として、体の使い方は生まれつきから一級品なのだろう。そう回数を繰り返さない内に滑空はそう難なく出来るようになっていた。

 その後、子がやや疲れた様子を見せると、母親の方が子を丁寧に舐めて出来ていたのであろう擦り傷などを丁寧に癒していく。

 子はされるがままに母親に甘え、母親もそれに応え。

 それが終わると、ネルギガンテの親子は別の場所へと去って行った。

 残っていた棘は子が動く範囲からは掃われていて、それも愛情の深さを感じさせた。

 マハワが言った。

「さっきの話の続きだけどさ、俺としてはネルギガンテに勝って欲しいんだよな」

「この様子を見たから、ではなくて?」

「単純にさ、ネルギガンテの子がどのように成長していくのか、見て行くのが楽しそうだってだけだけどな」

「調査団としてもネルギガンテが勝ってくれた方が嬉しいだろうけどな」

「それもあるな」

 恭順を要求するテオ・テスカトルが居続けるより、縄張りに入らなければ古龍以外に大した興味を抱かないネルギガンテの方が恐怖としては薄い。それに加えて、様々な場所で確認されてある程度調査が進んでいるテオ・テスカトルの観察よりもネルギガンテの観察の方が価値があるし何よりも楽しいだろう。

 黒く染まっていないネルギガンテの棘は、手に持つとまだ鉱石のような硬質さは無い。しかしながらそれとは違う、危険な脆さがあった。

 体に突き刺さった後に体内で砕けて延々と痛みに蝕まれそうな、そんな嫌な脆さだった。

 

 ネルギガンテを追って行くと、もう寝床へと帰るようだった。

 でも、その前に誰もが異変を嗅ぎつけた。新たな古龍がやって来ている事に、まるで見せびらかすように広範囲に撒かれた青い塵粉は正にネルギガンテへの宣戦布告だった。

 戦う場所はネルギガンテが寝床へと帰ろうとしていたところから大体察しが付く。鉢合わせるとすればその近くだろう。

 一つ目は自分が初めて歴戦王のクシャルダオラを見た場所、且つ前回と同じ、老齢のテオ・テスカトルが屠られた場所。龍結晶の破片が至る場所に散らばっている広場。クシャルダオラの寝床の真下。

 二つ目は一つ目のその下、ネルギガンテの寝床、そしてテオ・テスカトル、ナナ・テスカトリの寝床両方共に出てすぐの、龍結晶は大して生えておらず緩やかな斜面と段差程度しかない、シンプルな広場。

 そして最後の三つ目は二つ目の場所から繋がる、巨大な龍結晶が地上から、壁からそんな様々な場所から構わず伸びている、一際地脈のエネルギーが活発な広場。

 ヒノキは言った。

「俺は取り合えず上に行く。クシャルダオラの事もあるしな。

 カシワも来るか?」

「ニャ、ニャー……行くニャ」

 実物ではなく自分の描いた絵にさえも布を掛けるくらいに怯える存在のはずだが、意外とすぐに決めた。

「あのマム・タロトよりは絶対に恐ろしくニャいもの」

「あー、なるほど」

 マハワが続けた。

「それじゃあ、俺とオオバは一度別の場所に行くか? どっちにせよ、戦う場所が上の方だったら見る場所は結局ヒノキ達と同じ場所になると思うけどな」

「それで良いニャ」

「じゃあ……気をつけてな」

「大丈夫さ。俺とオオバだけなら何とでもなる」

「……それでも、な」

 そうして分かれた。

 マハワもオオバも再度念入りにストレッチをしながら歩き去っていく。それを見届けながら、ヒノキとカシワも歩き出した。

 

 ヒノキとカシワが向かった一つ目の場所には誰も居なかった。

 そして二つ目の場所、その一つ目の場所からの下を眺めると、子を避難させてから三つ目の場所に向かうネルギガンテの番が見えた。

 その姿には覚悟というものがはっきりと伺えた。

 古龍を喰らう古龍としてのネルギガンテですら緊張する相手。そして、子が出来た今は絶対に負けられない戦い。

 一度互いの事を体を擦り合わせて、そして足並みを揃えて向かっていく。

 リオレウスの番のように仲睦まじく。そして古龍を喰らう古龍として相応しい闘気を滾らせて。

 そんな様子からは、感じている緊張がまるで自らのものと思える程に強く伝わって来ていた。




相棒:
編纂者だから連れて行かない訳にはいかなかったけど、まあ、ね。編纂者として如何に優秀であろうと、ゲーム中の描写が肥やし玉さえ持たずに竜達が跋扈するフィールドを駆け巡る自殺行為ばっかりというのどうにか出来なかったんかいな。

エリアという表現:
原作未プレイの時にモンハンの二次小説読んでた時に、エリアNとか言われても全く想像出来なかったので使ってない。更にworldはシームレスだから尚更意識しないでプレイ出来てしまうし。

ネルギガンテの子に対する愛情:
原作設定の棘からの無性生殖でもあるんじゃないかと思ってる。
文中での――古龍を喰らうと言うその性質から、子を為すというエネルギーを莫大に消費する事も他の古龍と比べて難しいと思える。それから考えれば子を大切にするのも分かるが――という根拠から。

因みに今回からファイティングする予定だったけど、ちょっと舞台設定するのに文字数使ったのと、そして気力を強く込めたいので次から。
本日温泉施設行って、置いてあったキングダムの16巻まで読んだんだけど、あの位目指したいなーって感じ。
因みに生物兵器の夢の時はギリギリまで最後の形決まっていなかったけど、今回はほぼ定まってます。

ただ、仕事が忙しくなるので次の投稿は来週以降になるかと思います。


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ネルギガンテ 6

 龍結晶が地面から、壁から数多に生えるそのフィールドにネルギガンテの番は足を踏み入れた。

 非常に攻撃的なその生態も今は鳴りを潜めていた。

 ネルギガンテは相手が格上である事を深く理解していた。同じような強さを放つ古龍が別に居たからだろう。

 その一番の長所である膂力のみでは勝てないであろう事も身に染みて分かっている。

 しかしだからと言って怖気づいている訳ではなかった。

「ゴルルルルッ!!」

「ガルルルルッ!!」

 その雄叫びに対し、ナナ・テスカトリだけが咆哮を返した。

「ガアアアアッッ!!!!」

 ネルギガンテ二体の雄叫びよりも強い咆哮は、そのフィールド全体をビリビリと震わせた。

 テオ・テスカトルは咆哮をしなかった。自分に対しても怖気ずに真っ向に敵意を向けて来るネルギガンテ達に強い関心を抱いていた。

 そして睨み合いを続ける事無く、ネルギガンテ達はナナ・テスカトリに向けて一斉に跳び掛かった。

 二、三跳びで一気に肉薄する、ナナ・テスカトリは驚き、後ろに跳んだ。そして雄のネルギガンテの前に塵粉が撒かれた。

 歯を食いしばり目を閉じて突っ切ろうとした雄のネルギガンテ。

 しかし、ボォン! と頭に的確に弾けた塵粉は有無を言わさず雄のネルギガンテをよろけさせた。

 雌のネルギガンテのみがナナ・テスカトリにそのまま体当たりをかますが、ナナ・テスカトリはそれを飛んで避け、ネルギガンテの背に龍炎を浴びせた。

「グゥゥッ!」

 流石に直に食らえばネルギガンテと言えど怯む熱量。ネルギガンテはすぐに体を回して火を消そうとし、一瞬腹が剥き出しになる。

 その一瞬。見てからでは到底間に合わないその剥き出しになった首に向けて、ナナ・テスカトリが食らいつこうと動いていた。

 きっと、今までの時間の全てをネルギガンテを倒す事だけに費やしたのだろうという程に思える的確な動き。

 しかし、寸でのところでネルギガンテがそれを前脚で止めた。

 ぶぢゅ、ぶぢゅう、と代わりに噛まれた腕から血が漏れ出し、そして同時に焼かれて煙が立ち始める。

「ゴアアッ!」

 怒声を上げながら噛まれた腕を引き千切るかのように振り解いたネルギガンテにナナ・テスカトリは深追いはせず、口の中に残った血肉を吐き捨てた。

 それに対して、雄のネルギガンテは援護へと行けなかった。

 頭を正確に揺らされて怯んだその隙にテオ・テスカトルはその前に立ちはだかった。そして、半ば見下しながらも自らから攻撃をしようとはしていなかった。

「ゴルルルル……」

 ネルギガンテも攻められなかった。睨みつけようが、隙を伺おうが、テオ・テスカトルは動じない。

 同じ威圧を見せるクシャルダオラには、単独では触れる事さえ出来ずに軽くあしらわれた。二体掛かりで不意打ちを仕掛けようが仕留められなかった。その記憶が思い返されているようにも見える。

 自身が成長していようが、古龍を屠る古龍であろうが勝てる見込みを持てなさそうな様子。

 だからこそ、ナナ・テスカトリを先に仕留めてしまおうと決めたのだろう。テオ・テスカトルに対して二体掛かりで勝率を上げる為に。しかしそれは失敗し、またそのナナ・テスカトリも強くなっていた。父か番か、少なくとも愛していた者を殺されたその復讐の為に。

 無視する事は適わない。ナナ・テスカトリと戦う雌のネルギガンテは拮抗している。

 ネルギガンテに対して非常に厳しい状況になっていた。

「ゴオオオオッ!!」

 雄のネルギガンテは、それでも自らを奮い立たせた。腹を括り直すように咆哮すると、テオ・テスカトルに向かって殴り掛かる。

 テオ・テスカトルはそれを軽く躱して、しかし叩きつけられた前脚が地盤を深く割ったのを見て目を見張る。そしてその腕の棘が飛び散るが、顔面にも飛んできたそれを初見にも関わらず軽く爆発を起こす事で無力化した。

 そのまま至近距離から肩からタックルへと移行したネルギガンテに対し、テオ・テスカトルはそれを受け止めた。純粋な膂力の差は、ネルギガンテの方が流石に上だ。しかし、王の中の王足り得るテオ・テスカトルにとっては相手がネルギガンテ、それが種の中での強者であろうとも、勢いの付いていないタックルなどを脅威とは見做さなかった。

 そして受け止められた前脚は、翼は龍炎によってすぐに焼け爛れていく。

 以前戦ったテオ・テスカトルとは比較にならない程の灼熱は、瞬時に表皮を焼き焦がし尽くし、内部まで蝕もうとしていた。

「グッ、ゴアアアッ!」

 しかしネルギガンテが振り解こうと派手に暴れるとあっさりと離された。ただ、同時に塵粉が全身に纏わりつき始めていた時にはもう遅く、それから逃れる事が出来ずにカチッと牙が鳴らされる音がした。

 発生した僅かな火花は刹那の時間で連鎖してネルギガンテの周りを激しく包み、爆発。

 強い衝撃はネルギガンテの肺から空気を強制的に押し出し、悲鳴を上げる事さえ許さない。全身の棘が無残に飛び散った。前後不覚に陥り、崩れた体は立ち上がる事さえ出来なかった。

 しかし、ネルギガンテに追撃は来なかった。飛び散った棘に対してテオ・テスカトルは塵粉を攻撃に使った為に身を翻して防御せざるを得なかった。その棘を顔面で受けるには誰であれ危険が過ぎる。テオ・テスカトルがその防御に使った僅かな時間でネルギガンテはどうにか転がって距離を取っていた。

 テオ・テスカトルは今度、悠々と歩いて来る。ネルギガンテは睨みつけながらも必死に呼吸を整える。

 その一合でネルギガンテが受けた傷はかなり強かった。至る所から血が流れ、身から生える棘はほぼほぼ破壊された。

 再生力が優れているとしても、前回のように幾らでも耐えられるような威力ではなかった。

 それに対しテオ・テスカトルは、棘が数本胴に軽く刺さっただけだ。龍鱗に刺さったそれは体を振えば落ちる程度の、無傷と言って等しい。

 テオ・テスカトルが体を軽く振るい、翼を動かすと数多の塵粉が自ずと周囲に広がる。

 それでも呼吸を整えるとネルギガンテはまた、テオ・テスカトルに跳び掛かった。

 

 雌のネルギガンテはナナ・テスカトリの目の前で勢い良く身を翻した。ぶおんと遠心力が加わった棘付きの尾の一撃が、互いの間合いの外だと思っていたナナ・テスカトリに唐突に迫った。

 身を伏せて躱すも、角に引っ掛かり、ビシィ! と音を立てた。

「グゥッ」

 そのまま棘は角を引っ掻き、強引にネルギガンテは振り抜いた。

 向き直したネルギガンテは怯んだナナ・テスカトリに向かって前脚を高く掲げながら跳び掛かる。渾身の一撃は受け止める訳にもいかず、後ろに退いて躱す。

 ナナ・テスカトリが幾らネルギガンテとの再戦に対して備えたとしても、この新大陸で初めて発見されたネルギガンテに対して実際に戦闘経験を積めたとは考えづらいだろう。

 他に出来たのは、考える事と鍛える事、その位だろう。その甲斐もあって確かに最初は優勢に立ち回り、強い炎を何度か浴びせる事も出来た。棘の再生も幾つかの部位は鈍っている。痛みを庇うような素振りも見せている。

 しかしながら、鍛えたとは言えナナ・テスカトリの炎ではネルギガンテの肉体を焼き尽くす事はその何度か程度では全く適わなかった。強い痛みを与える程度ではネルギガンテの暴力は微塵たりとも止まらなかった。

 叩きつけた掌はそのまま地盤に皹を入れる。雄のネルギガンテ程ではないがまともに食らえばそれだけで終わる程の威力を備えているのは変わらない。そしてその掌で体重を支えながらもう片方の前脚を思いきり掬い上げた。さながらアッパーのようなその攻撃は前に出たナナ・テスカトリの鼻先を掠め、一瞬遅れて血をぶしゅうと噴き出させた。

「ガァッ!」

 大振りな一撃が矢継ぎ早に襲い掛かって来るのに、ナナ・テスカトリは対処しきれない。

 思わず怯み、背けた体にネルギガンテは追撃し掛けようと跳び掛かった。避けようとするも、ざぐぅ、と肩から前脚までその爪が切り裂いた。

「グゥッ!!」

 しかしナナ・テスカトリの目の前にネルギガンテの頭が、叩きつけて着地したばかりのその姿勢で、あった。

 何をするにも一瞬、その頭はその場所にある。ナナ・テスカトリはそれを倒れるように体で抑えつけて龍炎、塵粉を強く撒き散らした。

「ギアアアアアアッ??!!」

 今までの何よりも激しい力で暴れられてナナ・テスカトリは投げ飛ばされた。そのまま胴を打ち付けて、ごろごろと転がるもネルギガンテは追撃して来なかった。

 ネルギガンテの体に直接付着した数多の塵粉は、テオ・テスカトルのそれとは若干性質が異なる。

 テオ・テスカトルの塵粉の脅威は爆発、瞬間的な攻撃へと転じる。それに対してナナ・テスカトリの塵粉の脅威は延焼、ひたすらに対象を焼き尽くす連続的な攻撃だ。

 深く傷つけられた前脚を庇いながらナナ・テスカトリは立ち上がる。

 ネルギガンテは何度も体を地面に擦り付けていた。それでも中々に消えない蒼炎に痛み叫びながら、棘を辺りにばらまきながら。

 ナナ・テスカトリは痛みに顔を歪めながら走った。ネルギガンテはそれを察知しナナ・テスカトリが来るであろう位置に前脚を叩きつけた。しかし、その直前でナナ・テスカトリは止まっていた。

 止まる為に力を込めたその前脚から更に血が噴き出す。それでもナナ・テスカトリは吼えた。

「ガアアアアッ!!」

 先程よりも激しく噴き出す塵粉に、龍炎に、立ちあがったネルギガンテが怯みながらも攻撃を仕掛けた。しかし今度、ナナ・テスカトリはそれを飛んで躱す。

 だらだらと流れる前脚からの血がネルギガンテの額を濡らした。見上げたネルギガンテ、見下すナナ・テスカトリ。その一瞬の後、ナナ・テスカトリはネルギガンテを抑えつけるように着地し、ヘルフレアを放った。

 広く撒かれた塵粉が一気に発火する。転がればどうにか消せた蒼炎が、今度は逃げ場なくより強く、ネルギガンテを焼き尽くさんと燃え上がった。

「ア゛ッ、ギィッ、グゥッ?! グッ、ガアアアアアッ!!」

 しかし、その地獄の中でもネルギガンテは反撃に出た。

 ネルギガンテの表皮はもう既に全身が焼け爛れ、棘が再生する事もこの戦いでは無いだろう。内側の筋肉が直接見えている部分さえもある。しかし、その抜きん出た生命力は絶命するまでに未だ猶予を残していた。

 ネルギガンテは強く跳ねて、抑えつけたナナ・テスカトリを横へと倒した。

 ナナ・テスカトリは着地しようとして、深く傷ついた前脚ががくんと膝を折った。高く掲げられた掌が、滅尽拳がナナ・テスカトリへと振り下ろされる。

 バキャアッ!

 直撃は避けた、しかし角の片方をへし折られた。額から鼻、頬へと強く切り裂かれた。

 がらん、がらんと角が転がっていった。

 キリンとは違い龍炎、塵粉の行使の要であるその角を叩き折られ、ヘルフレアの火力が一気に弱まった。

「グ、ガアアアッ!!」

「ガァ、グゥッ、グ、ガルルルッ!!」

 それでも互いは吼えた。能力の行使もままならなくなったナナ・テスカトリも瀕死のネルギガンテも、牙を剥き出しにして互いを睨みつける。

 闘志は微塵たりとも失っていなかった。

 そうさせる理由は、共にあり過ぎた。



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ネルギガンテ 7

 自然現象そのものを操るような摩訶不思議な能力を一切持たない古龍、それがネルギガンテだ。

 その古龍たる所以はそんな自然現象をも真っ向から打ち破って屠る、生物という大きな括りの中でもきっと上位に入る身体的能力と再生能力の高さだ。

 流石にそれら自体はネルギガンテ自身が成長した事もあって今相対しているテオ・テスカトルよりは優れているだろう。

 しかし今、そのネルギガンテでさえも口も開いてぜえ、ぜえ、と疲労を隠しきれていなかった。

 歴戦王であるクシャルダオラと同等の威圧を放つテオ・テスカトルのその戦闘力は、強者であるキリンを一撃で屠ったはずの雄のネルギガンテの攻めに対して未だ無傷である程に群を抜いていた。

 それに対してネルギガンテは満身創痍も良いところだった。全身の棘は生え変わる隙もなく破壊され続け、片方の角も根本から粉々にされている。もう片方の角も、地面などに叩きつけてしまえば突き刺さる事なく壊れてしまうだろう。爪も砕け、翼も所々が破れている。

 テオ・テスカトルはネルギガンテと戦い始めてから空を飛んでいない。翼は塵粉を生み出す為にしか使っていなかった。そしてまた、駆けてもいなかった。

 チャリ、カリリ、とテオ・テスカトルはネルギガンテに向けて爪の音を立てながら悠々と、堂々と歩く。

 ネルギガンテは最初、攻撃を喰らおうともそう間を置かずに次の攻めへと移っていた。しかしどのように攻撃を仕掛けようともそれら全てを真向から無効化された挙句に苛烈なカウンターを浴びせられ、その度に距離を取らざるを得ない状況に陥るか、吹き飛ばされていた。

 その度に傷は深くなり、必要な休息が長くなる。ネルギガンテがまた攻めるまでにじっくりと詰められる距離が短くなっていく。

 単純に殺す気ならば、ネルギガンテは既に殺されているだろう。その殺さない理由が、初めて見るであろう古龍を知る為なのか、それとも殺さないような理由を別に持っているのか分からないが、テオ・テスカトルがそれだけの余裕を持っている事は確かだった。

 ネルギガンテが歯を食いしばると助走も着けずに全身をバネにしたかのように高く跳ね、一気に上空へと飛んだ。しかしそこに予備動作が無い訳ではなく、挙動を的確に読んだテオ・テスカトルが塵粉をその頭へと飛ばしていた。

 ボォンッ! と頭でそれは爆発し、ネルギガンテはよろける。墜落まではしなかったが、そこにぐっ、と膝を曲げて跳んだテオ・テスカトルが前脚を頭に叩き付け、地面へと叩き落した。

 その衝撃でもう片方の角も砕け散り、叩きつけた前脚から頭が灼かれていく。

「ギアアアアッ!!」

 痛みに叫びながらネルギガンテの反撃、その前脚を押しのけながら前へと出て噛みつこうとするもするりと横に躱されて虚空を噛み砕く。

 そしてチリチリと今にも弾けそうな塵粉が置き土産としてそこに在る。更なる追撃の余裕も逃げる時間も与えられずもう二桁に行って久しい爆発をネルギガンテは喰らった。

「――――!!」

 どしゃあ、と崩れ落ちるネルギガンテ。

 このテオ・テスカトルの最大の強みは、塵粉による爆発の威力と龍炎の火力の高さではなかった。それ以上に敵の動きの読みの精度と、その塵粉の扱いの精緻さが優れていた。

 その二つが合わさった結果、敵は如何なる攻撃をも届けられなくなる。

 ネルギガンテの運動量と耐久力を以てしても正確無比に頭へと飛んでくる塵粉からは逃れられずに動きを止められてしまう程に。

 そして止められた相手に待つものは全てを灼き尽くす太陽の如き炎だ。

「ヒューッ、ヒューッ」

 ネルギガンテはとうとう体力の底を見せ始めていた。テオ・テスカトルが目の前で立っていようとも即座に動けない程に。そこにテオ・テスカトルは前脚を首に置こうとして、動きが止まった。

 ネルギガンテの尾が、支えにしている方の前脚に巻き付いていた。胴体に比べれば爆発を余り喰らわなかったその尾には棘が再生し始めており、それは楔のようにテオ・テスカトルの足首に刺さって縛り付ける。灼いても、爆発させても、体内に突き刺さったその棘は離れなかった。

 意識的にそこまで狙ったのか、それとも闘争本能から来る無意識のものなのかは分からない。しかし、ネルギガンテは訪れたその初めてのチャンスに気力で身を起き上がらせ、前脚をテオ・テスカトルの顔面へと叩きつけた。

 バァンッ。

 呼吸も整っていない、力の込められる体勢でもない。灼かれ、爆発を身に受け、血を流し過ぎ、体力も尽きかけている。それでもテオ・テスカトルの顔が歪んだ。全身に龍炎を更に纏って巻き付いている尾を灼き切ろうとし、同時に叩きつけられた腕を払おうとした。

 しかし、ネルギガンテがそこで尻尾を引っ張った。体勢を崩し、膝が折れる。その次の瞬間、そしてテオ・テスカトルの顔を両手で掴んだ。

 それだけでみしみしと骨が軋む音がする。テオ・テスカトルの身から溢れ出る龍炎が尾を千切らんと、両前脚を灼き尽くそうとする程の熱がネルギガンテに襲い掛かる。煙が立ち込める。じゅうじゅうと肉が焼ける音がする。その苦痛に耐えながらも、テオ・テスカトルに頭突きをした。

「グウッ!!」

 撒き散らしていた塵粉が統率を失う。更に両前脚に力を込めて締めあげられる頭蓋がみちぃと音を鳴らし、そして首を捩じ折ろうとした。

 しかし、その寸前にテオ・テスカトルは牙を鳴らした。

 とにかく撒き散らしていた塵粉。特にテオ・テスカトルの顔と両前脚の周りに集まったそれらが一斉に爆発し、ネルギガンテはとうとう吹き飛ばされた。

「ア、ガ……」

 尾は千切れていた。前脚の指もそれぞれ数本が千切れ、掌は真黒く焼け焦げて、もう自身の体重を支える事さえ出来なさそうに見える。

 そしてそれよりも。腹部に強く食らった爆発は、内臓をはみ出させていた。

 ぼたぼたとこれまでにない出血が全身から垂れ流れる。

 そしてとうとう体力も尽きたようで、もう四肢を力なく動かすだけだった。

「ガルルル……」

 テオ・テスカトルも、流石にもう余裕のある表情をしていなかった。首は多少捩じられたようでやや傾けたままだ。その掴まれた顔にはくっきりと掴まれた爪痕から血がたらたらと流れ、また万力の如く締め上げられた痕が残っていた。

 そしてとうとう力尽き、いつまで経っても立ち上がらないネルギガンテに対して近くまで歩く。

 軽く飛び、また体を抱え込むようにして力を込める。すると今にも爆発しそうな光り輝く塵粉が今までの比でない程に全身から溢れ出た。

 その強さに敬意を表してか、それとも近付く事を恐れたのか。自身の最大の攻撃で、安全圏から完全に滅せんとする。

 そして次の瞬間。

 ドオオオォン!!!! 

 この地全てを揺らがす程のスーパーノヴァが弾けた。壁から生えていた龍結晶は大小関係なく全てが落ちていき、地盤はネルギガンテが掌を叩き付けるその何倍の深さにも抉れて破片が飛ぶ。

 そして。

 ネルギガンテは完全に消えていた。

 ネルギガンテが何をしたか、スーパーノヴァの大爆発で自身の視界を奪ってしまったテオ・テスカトルには見えていなかった。スーパーノヴァを放とうともネルギガンテの姿が完全に消える事などあり得なかった。

 着地したテオ・テスカトルは咄嗟に後ろを振り向く。しかしそこにも居らず、また捩じられた首が痛み、苦痛に顔を歪めた、と同時に空から降って来たネルギガンテに圧し潰された。

 ――ネルギガンテは。

 ネルギガンテは番であった。そして子を為していた。自らの命を捧げようとも負けられない理由があった。

 ――ネルギガンテは。

 爆発の寸前で飛んでいた。内臓をはみ出させていても力尽きていたのがまるで演技だったかのようにテオ・テスカトルの上空にまで跳ね上がるように飛び、そしてそこでスーパーノヴァを受けた。

 爆発は内臓を灼き潰した。四肢をもほろほろと灼かれ尽くされながらも、ネルギガンテは翼を広げてその衝撃を利用して更に空へと浮いた。

 後は落ちるだけだった。牙をその首に向け、今にも閉じそうな意識を必死に保ち。着地して後ろを向いたその首へと食らいついた。

 ネルギガンテの全体重がその首へと叩きつけられた。テオ・テスカトルは顎から落ち、それは砕けた。ネルギガンテと共に倒れ伏した。

 ビシィ! と首の骨から強い音が鳴った。そして未だ噛みつかれたままの首からメリメリと音が鳴り続ける。

 びくんびくんとテオ・テスカトルの四肢が震え、そしてそれ以上に動かなかった。その時点で致命傷を負わされていた。

「ア……カ……」

 ネルギガンテの四肢はもう完全に動かない。その顎だけに力が残っている。死にゆくまでに残された時間はほんの僅か。

 ミシィ、ビシィッ! メリメリッ、メリリッ!

 バギィッ!!

「カッ……」

 テオ・テスカトルのその最期の表情はまるで起きた事柄を信じられないような顔であり。

「グ……ゥ……」

 ネルギガンテは最期まで子の事を案じる顔をしていた。

 そして二匹は共に、命を尽きさせた。




エピローグまで合わせて多分後2~3話です。


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ネルギガンテ 8

 ナナ・テスカトリは角を叩き折られて龍炎も塵粉も複雑な操作は出来なくなった。生える一対の内の片方が折られただけで完全に操作が出来なくなった訳ではないが、今まで長く生きてきて何の不自由もなく行使出来ていた事柄が突如出来なくなるその不便さには、実際以上に脅威を失わせていた。それに加えて前脚への深い傷によって機動力を深く削がれている。

 雌のネルギガンテは龍炎を何度も浴びてもう既に瀕死の状態だった。僅かでも動く毎に焼かれたどこかが激しく痛む。精細な動きなどもう出来やしない。生き延びてもその焼かれた傷は長く体を蝕み続ける事は目に見えて分かる。

 互いのどちらかが万全の状態ならばもう片方の事など簡単に屠れるだろう。どちらかの助けが来ればその瞬間に勝利と敗北をそれぞれが悟るだろう。

 しかし幾ら戦い続けようとも助けは来なかった。そして戦っている内に離れてしまったその同伴者、番の事を気に掛ける余裕も無かった。

 前脚に力を込めて、跳ねるようにしてネルギガンテが後ろ脚で立ち上がる。そうする事でしかもう二足で立ち上がる事も出来なかった。

 古龍を易々と屠る筋力を見せるはずの腹も黒く焦げて、それは見るだけで痛々しい。ナナ・テスカトリは眼前で立ち上がられて、しかしその隙だらけな姿勢に攻撃を仕掛けられなかった。

 自身の大きく削がれた機動力と、全身を焼き焦がしても未だ攻撃を止めないネルギガンテに対して、この隙に完全に仕留められなければ逃げる事も出来ずに叩き潰されるだろうと察していた。

 後ろに跳び、元居た位置に滅尽拳が叩きつけられた。未だ地盤を叩き割る威力はあるが、それに続けてネルギガンテは攻撃を続けられない。

 それに対してナナ・テスカトリも着地を出来ず、止まったネルギガンテに対して不格好な姿勢で炎を吐く程度しか出来なかった。

 火力も、勢いも不十分なそれはネルギガンテの元に辿り着く前に転がって避けられる。

「グゥゥ、グゥッ……」

 転がったネルギガンテは立ち上がるのにも一苦労だ。

 ナナ・テスカトリは何とか立ち上がって今度こそ炎を勢い良く吐いた。

 それは一瞬直撃するものの、溜めを作って強く跳んできたネルギガンテに、今度はナナ・テスカトリが転がって避けた。

 炎を吐きながら無理矢理避けたせいで思いきり咳き込む。ネルギガンテがそこへ尾を叩きつけてきて、今度こそそれは胴体に直撃した。

 威力はそう高くない、しかし生えている棘は頑強な鱗を貫いて肉を抉った。

「ガ、ガアアッ!」

 ならばとその突き刺さった尾を胴体で引っ張った。前脚に傷を負っていなければ棘は折れて何にもならなかっただろう。しかし、その万全に動かない四肢は逆に尻尾を引っ張り続け、ネルギガンテの姿勢を崩した。

 尾を、背中を向けているネルギガンテが振り返る前に、ナナ・テスカトリは龍炎を撒き散らして発火する。更に力を入れ続けて、ネルギガンテをその場に留めようとした。

 角も折られて火力も大して出ない龍炎は、十分な装備を整えられていない狩人でも耐えられそうな程の弱さだ。しかし、それ以前に強く焼かれ続けたネルギガンテに対してはもうそんな火力であっても全身へ激痛が走るものだった。

「ギィアアアアッ!!」

 暴れられて流石に尻尾がナナ・テスカトリの胴体から外れる。

 反撃するのではなくその龍炎から逃れようと走ったネルギガンテに対し、今度こそナナ・テスカトリは炎を吐いて直撃させた。障害物もなく、即座に反撃に転じる事も出来ず、ネルギガンテは焼かれ続けた。焼き尽くされた全身から灰が、炭がぼろぼろと崩れて至るところから筋繊維が見え、それすらも直接焼かれていく。

「アガアアアアッッ! ゴルルルルッ!!」

 しかしそれがネルギガンテに対し覚悟を決めさせた。

 好機を逃すまいと全力で炎を吐き続けるナナ・テスカトリに対してネルギガンテは側面を向けた。自らの翼を地に着け盾にして、タックルを仕掛けた。

 痛みに耐えかねて苦痛に顔を歪め悲鳴を上げながら、乾燥しきった口から血を吐きながら、ぼろぼろと翼を焼かれ崩されながら。

 炎を吐き切ってもネルギガンテは止まらず、ナナ・テスカトリの眼前には焼き尽くされた翼から焦がされた剥き出しの、未だにその役目を果たす怒張した筋肉が見えた。

 ドガァッ!!

 ナナ・テスカトリは今までの何よりも強く弾き飛ばされ、転がった。ネルギガンテもその勢いを自ら制御出来ずに転がっていく。

「ガ、ヒュゥッ、ゲボォッ、グブゥッ」

「アグゥッ、ヴゥ、グゥゥッ、ヴヴウウッ!!」

 ナナ・テスカトリは内臓を痛めたかのように強く血を吐き、必死に呼吸を保とうとしていた。鼻からも血を数多に出し、眼前には血の池が出来始めている。しかし、致命傷ではない。

 ネルギガンテは更に死の淵へと詰められていた。仰向けに止まった自分の体をひっくり返す事すら難儀する程に。

 互いにどうにかして立ち上がろうとする。一つの挙動の度に悲鳴を上げるネルギガンテ。血を何度も口から、鼻から吐きながらも、ひゅー、ひゅー、とネルギガンテを睨みつけて立ち上がろうと全身に力を込めるナナ・テスカトリ。

 互いが体勢をやっとの事で整え終えようとするのはほぼほぼ同じタイミングだった。そして、互いがそれでも咆哮しようとした時だった。

 いきなり、辺り一帯が強く震えた。

 その正体はテオ・テスカトルのスーパーノヴァの振動だった。二匹はそれに一瞬目を向けた。テオ・テスカトルの爆発、その上でネルギガンテがふわりと浮き上がっていく姿。

 ネルギガンテの腹からは致命的な何かがぼろぼろと崩れて落ちていた。そして四肢すらも同様に。

 しかし浮き上がった後に落ちていくその頭は、その牙は確固としてテオ・テスカトルの首へと向けられている。着地したテオ・テスカトルはそれに気付いていない。

 また同時に、上からビシィ! と音がした。

 互いに龍結晶の地に長く居た者同士、その硬質な何かが割れる音の正体を知っていた。壁から生える巨大な龍結晶に皹が入った音。その龍結晶が折れて落ちて来る前触れ。

 能力の行使は愚か、肉体をまともに動かす事すら難しくなっているナナ・テスカトリも、体力はとうに尽きて気力だけで動いているに等しいネルギガンテもその音に前へと向き直した。共にそれぞれの決着を悟り、それに余計な感情を抱く事なく、真直ぐと。

 共に互いへと向かって走った。

 ビシィ、バギィッ!

 頭上からは巨大な龍結晶に亀裂が次々と入り、今にも落ちて来そうな音が聞こえる。ネルギガンテもナナ・テスカトリも姿勢を低くし、真正面からぶつかり、組み合った。

「ゴルルルルルッ!!」

「ガアアアアアッ!!」

 筋肉が至る所から丸見えになる程に焼き焦がされようとも、片側の翼を骨だけにされようとも、死の淵に立たされようとも、肉体の扱いはネルギガンテの方が上だった。

 組み合った直後、ネルギガンテはナナ・テスカトリの下に潜り込んだ。

 自身の頭にナナ・テスカトリの喉を乗せて角を突っ張りとし、

「グ、ゴアアアアッ!!!!」

 思いきりナナ・テスカトリを持ち上げた。

 バキバキバキバキッ!!

 とうとう落ちて来る龍結晶、ナナ・テスカトリを下から持ち上げて頭にそれを直接ぶち当てようと画策したネルギガンテはしかし、突如頭の上から重みが消えるのを感じた。

 その次の瞬間、目の前にナナ・テスカトリの尾が唐突に迫って来るのに気付いた時にはもう、遅かった。

 バシィッ!

 ナナ・テスカトリは持ち上げられたと同時に翼を開き、その勢いを逆に利用していた。そのまま宙返りをし、強靭な尻尾を顎へと叩き付けていた。

「ガッ」

 ふらつくネルギガンテを目の前に、ナナ・テスカトリは着地し、崩れ落ちた。

 互いが勝利と敗北を悟った刹那の後、巨大な龍結晶はネルギガンテを壮絶な音と共に圧し潰した。

 

 足を引きずりながらナナ・テスカトリはネルギガンテの近くへと歩み寄った。

「ァ……ヵ……」

 全身を潰されても、まだほんの僅かにネルギガンテは生きていた。涙を流しながら、諦めきれないように。

「ァ……ァァ…………。ァ……ァ…………」

 しかし、それも程なく終わる。消え入りそうな声もとうとう聞こえなくなり、涙を流し続けたまま、声が無くとも開いたままの口から強い思い残しを吐き出し続けながら。

 そうしてネルギガンテは息絶えた。

「……………………」

 ナナ・テスカトリはネルギガンテが完全に死ぬのを見届けると、しかしまだ緊張を解かなかった。

 次にテオ・テスカトルと雄のネルギガンテの方を向いて歩いた。

 内臓そのものと四肢をも塵にされてもテオ・テスカトルの首を食い千切った雄のネルギガンテと、そしてその首を骨ごと食い千切られたテオ・テスカトル。

 ナナ・テスカトリが連れて来た、この中では群を抜いて強いはずのテオ・テスカトルは信じられないような、絶望するような顔をして無残に死んでいた。

 ネルギガンテは口からテオ・テスカトルの首の骨をぽろりと落として死んでいた。その顔は何かを心配するような顔のままだった。

「…………」

 ナナ・テスカトリは、連れて来たテオ・テスカトルにも大して感傷を抱かずに、涙も流さなかった。そんな様子からは、あくまでテオ・テスカトルは同伴者であり、ナナ・テスカトリにとってそこまで想いの強い存在では無かったように見えた。

 そして今度は開けた広場へと歩いて行った。足を引きずりながら、ゆっくりと。

 途中、ヒノキとカシワ、そして歴戦王のクシャルダオラの前を通り過ぎる。

 それらにも一瞥するだけでそれ以上は何もせず。

 広場から、ネルギガンテの寝床へと向かって歩いていく。

 誰もそれを追いはしなかった。

 

*****

 

 そして十分も経たない内に、ナナ・テスカトリは出て来た。

 酷く寂し気な、悲し気な、何かを堪えるような顔をして。緊張を解いて今にも泣き出しそうなそんな様子のままマグマ帯へと、自らの寝床へと歩き去って行った。

 その後、暫くして。

 ネルギガンテの子が恐る恐るというように出て来た。

 

 ――どうしてかは分からないが、ナナ・テスカトリはネルギガンテの子までは殺さなかった。

 

 その理由は考えるだけ野暮というものだろう。

 考えたところで答えが導き出せる訳でもなければ、誰かがそれを教えてくれる訳でもない。

 その子は人間もアイルーも、そしてクシャルダオラも自身に手を出して来ない事を知ると、一心不乱に戦いの起こっていた場所へと走った。

 それから長い時間、悲痛に泣き叫ぶ声が聞こえ続けていた。



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ネルギガンテ 9

 ネルギガンテの子が泣いている様を見る気もせず、ヒノキは座った。

「…………」

 ただ遠くから見ていただけだが精神的にも、肉体的にも結構疲弊していた。

 息を吐いていると隣にカシワも無言のまま座る。

 この地に新たにやって来たネルギガンテの番は数多くの古龍を屠って子を為し、そして子を遺して息絶えた。

 ネルギガンテが居なかった時のような強い平穏が戻って来る。古代樹の森も、大蟻塚の荒地も、陸珊瑚の台地も、瘴気の谷も、そしてこの龍結晶の地にも、生を無暗矢鱈に脅かしたり、何かを強いるような存在は居なくなった。

 ――ネルギガンテの番は、一つだけ間違えてしまった。

 この地にやって来たネルギガンテを、最初から最期まで見届けたヒノキは、それを思った。

 ナナ・テスカトリを生かしてしまった事。古龍を好む古龍が、それを見逃してしまった。禍根を残してしまった事。

 それが最終的にこのような末路を辿った原因となった。

 ナナ・テスカトリはどういう形であろうとも復讐を果たし、そして自身も生き残った。ただ、あの様子では暫く表に出て来る事も無いだろう。

 そしてもう一つ。

 ――ナナ・テスカトリは何故、ネルギガンテの子までを殺さなかったのだろう。

 それを考える事は野暮だとしても、答え合わせを出来なくとも思考は進んでしまう。

 親が如何様であろうとも子に罪は無いとか、そんな事を思っていたのだろうか。その子が育てばまた、自身を襲って来る可能性まで気付かないはずもないだろうに。

 思考に耽り始めようとした時、クシャルダオラが自分の頭を爪で軽く叩いてきた。

 振り向くと、抑えつけられる。

「ニャッ!?」

「……悪かったよ」

 体重を掛けられている訳でもなく、殺意を向けられている訳でもなく。驚くカシワを傍目に、ヒノキはただ済まなそうに言った。

 クシャルダオラも少し疲れたような素振りを見せていて、それだけでクシャルダオラがここまですっ飛んで来たであろう事が想像出来た。

 ……もしかしたらアステラにも被害が及んでいるのかもしれない。

 ヒノキはどこだと暴風でアステラの全てをひっぺ剥がしていくそんな姿が容易に脳裏に浮かび、正直帰る事が酷く憂鬱になった。

 そしてそのままヒノキを抑えつけている自身の前脚を、もう片方の前脚で強く引っ掻いた。

 たらたらと血が流れ始め、それはヒノキに掛かる。

 ……これは、マーキングか。

 すぐにヒノキはそう理解した。正真正銘、ヒノキはクシャルダオラの庇護の元に置かれた。

 もう自分はこのとびきり強力なマーキングをされた装備を着ている限り、滅多な事では竜種、下手な古龍種にも襲われなくなるだろう。

 それ程に強力なマーキングだ。もうリオレウスであろうとディアブロスであろうとオドガロンであろうと、またナナ・テスカトリでさえもヒノキに対して敵意を向けて来る事は無いだろう。

 そう考えると寂しい気もしたが、仕方ないかとも思った。ある程度予想出来た事ではあったし、また少なくとも、あのテオ・テスカトルがこの新大陸に住む全てに対して恭順を強要するよりかはよっぽど良い。

 胴体に、足に、そして顔や髪の毛にまで血を掛けると、体を回して背中にまで掛けていく。

 それが終わって、クシャルダオラはヒノキを解放した。

 自身で傷つけた脚を舐め、それは程なく止まる。

 ヒノキは座り直して、目を手の甲で拭う。唇の周りに付いた血と共にそれを舐めると、それは何の味もしないようで人の身には劇毒になる程の途轍もない何かを取り込んでしまったような感覚に襲われた。

 五秒、十秒、二十秒。ただ静かなその空間で自分の心臓の音が聞こえている。

 体の中で何かが起きないか不安で仕方が無いが、それ以上幾ら時間が過ぎようと何も起きず、それにとてもほっとした。

 その気になればこの地を全て破壊出来る程の力の持ち主の血など、僅かでも舐めた事自体酷く馬鹿な事だった。

 そんなヒノキの様子を暫く眺めると、クシャルダオラは立ち上がって翼を広げ、そしてゆっくり空へと飛んで行った。

 この龍結晶の地の頂上へと、その自分の住処へと帰るつもりのようだった。ネルギガンテの番とテオ・テスカトルの死体を大して見る事も無く、ナナ・テスカトリがどこへ行ったかも大して確かめもせず。

 ヒノキはそんな様子を見えなくなるまで見届けてから、やはりあのテオ・テスカトルよりクシャルダオラは強いのだろうと思った。

 種としての相性を抜きにしても、自身が王である事に拘ったテオ・テスカトルよりも王である事を自覚しながらもそれに拘らなかったクシャルダオラの方が、生き続けると言う事柄においては優れているに違いなかった。

「……格好良いよなぁ」

 テオ・テスカトルよりもよっぽど。

 個人的な感情が混じっている事は否めないが。

「……ボクもそう思うニャ」

 そう、カシワが言った事にヒノキは驚いた。

「ニャんと言うか……古龍らしくニャいのに、格好良いのニャ」

「……確かにな」

 暴君が処刑され賢王は称えられる。そのようなものと似ている。そして人前に表す古龍と言うのは程度の差はあれど、基本的に前者だった。

 ネルギガンテが泣き叫ぶ声は未だ聞こえる中、声が聞こえて来た。

「おーいヒノキー! カシワー! 大丈夫かー?」

 戦場となった、ネルギガンテの子が泣いているその場所を迂回してやって来たのは、マハワとその相棒、それからオオバ。

「って何だお前その血は!?」

 ヒノキは疲れたように言った。

「クシャルダオラが俺に死んで欲しくないってさ」

 そう言うと、等しく興味深い目で見られた。

 

 ネルギガンテの子がどのように生きていくのか、また暴虐を尽くしたその親が居なくなったこの龍結晶の地がこれからどうなっていくのかを見て行くにせよ、一旦アステラに戻る事にした。

 大した傷の付いていないテオ・テスカトルの死体からは垂涎ものの素材が沢山剥ぎ取れるだろうが、命を賭してそれを屠った親と、今それを悲しんでいる子を目の前にして漁夫の利をする程に野暮な事は流石にマハワであろうともしなかった。

 剥ぎ取ったとしても自分の実力を遥かに超える存在から作られた武器や防具などは、身の丈合わなさ過ぎて誰も使いはしないだろうが。

 また、そのテオ・テスカトルが死んだ事は皆にとって好意的に受け入れられるだろう。恭順を示さなければ殺されてしまうような威圧に怯える必要はなくなった。

 一日程度しかこの新大陸に居なかったとしても、強烈過ぎる印象を残した古龍だった。

「……そう言えば」

 何だ、とマハワが振り向く。

「強くなる為の秘訣みたいのは掴めたのか?」

 この龍結晶の地に赴く前にマハワが言っていた事を思い出していた。

「いーや、そんな簡単に強くなれたら苦労はしないさ。

 ただ、俺の中に強く記憶として残っている。幾らでも反芻出来る程に、とても鮮明にな。

 これから何度も俺はそれを思い返すだろうし、あのネルギガンテや、そしてテオ・テスカトルにどう立ち向かえば良いのかそれがその度に僅かでも気付ければ、閃ければ、それを試していくだけさ」

「そうしていれば、強くなれると」

「俺はそう信じている」

 それを聞いてヒノキは、自身とマハワの間の才能というものの差はそう強くないのかもしれない、と思った。

 ただ、強くなる狩人というのは何があろうとも竜や古龍を打ち倒せる可能性を追求し続ける。如何に打ちひしがれようとも、絶望に叩き落されようとも諦めない。目の前を向き続ける。

 そういった精神面の差の方がよっぽど大きいように見えた。

 

 海沿い、翼竜を呼べる場所まで来ると、打ち寄せる波に複雑に反射される太陽の光が眩しく届いて来た。空は爽やか過ぎる程の青空。

 ここを訪れてから意外な程に時間は経っていなかった。特に、ネルギガンテとテオ・テスカトルが戦っていた時間など、十分、長くて十五分程度だろう。

「日が暮れる前には帰れそうです、ね……?」

 マハワの相棒が何故かそれを疑わし気に、ヒノキを見て行った。

 そんなヒノキも、すぐに気付く。

「……? あ、うん……」

 さっさと口笛で翼竜を呼んだマハワも、翼竜がやって来てから気付いた。

「あー……」

 翼竜はクシャルダオラにマーキングされたヒノキには近付こうとしなかった。

「どうする?」

 ヒノキはくたびれた様子になりながら言った。

「ひとまずはここに残るよ。多少食糧も持ってきてはいるしな。

 翼竜を無理矢理捕まえて移動しようとしても余り良い結果は起きないだろうし、ましてや歩いて帰る気も起きないし」

「ボクはどうした方が良いニャ?」

 カシワが聞いてきて、ヒノキは少し悩んでから言った。

「……居てくれると助かる」

「ニャ」

「それじゃあ、俺達は報告もあるから帰るな。その血の臭いも多少落ち着けば翼竜にも乗れるだろうし、そう悲観的に考える必要も無いだろう」

「そう思いたいね」

 クシャルダオラが自分をここにずっと留めようとまでは思っていない事を願いながらヒノキは答えた。

 そうして、マハワ達は先に帰って行った。

 

 竜種などが入って来れないベースキャンプでヒノキは装備を脱いで体を洗い、そしてカシワと一息を吐いた。

 テントの中、地べたに直接敷かれている生地の、地べたに直接寝転がるよりはよっぽどマシなところで横になって、一旦目を閉じた。

 派手にくたびれた訳でもないが、このまま横になっていればとても心地良く眠れそうだった。

 少し時間が経った後に寝転がると、カシワがネルギガンテの子を見たままに描いていた。

 そんな様子を暫く眺めていると、カシワが口を開いた。

「……ネルギガンテの子まで死ななくて、ボクはちょっとホッとしてるのニャ。

 親が命懸けで守ろうとした子供まで死んでしまうという悲劇が訪れなかった、という事もあるにはあるのけどニャ、それ以上にキリンの死が全くの無駄にならなかった事にどこかホっとしてるのニャ」

「……そうか」

 それは愚直に言ってしまえば勿体ないという事なのだろうけれど、その言葉で済ませるにはこの過程は複雑過ぎた。

 勿論、キリンの死も悲劇だろう。キリンはネルギガンテに喰われる為に生まれて来た訳じゃない。ただしかし、その死が連綿と続く命の輪にさえ弾かれてしまう事をカシワは心の内で無意識から恐れていた。

「ヒノキはどう思ってるのニャ?」

「……何にだ?」

「……この、ネルギガンテの番が生んだ全てに対して、ニャ」

 うーん、とヒノキは唸った。

「そう言われると、少し困るな……。俺も、多分カシワも、他の狩人に比べて竜種、古龍種に強く感情移入するみたいだが、だからと言って俺は同情する訳でもなければ情けを掛ける訳じゃない。

 リオ夫婦が幾ら仲睦まじくともアステラに害を為すなら、心苦しくなるだろうけれど倒すだろうし。

 ネルギガンテがナナ・テスカトリを最初の時に逃していなければこんな末路を辿る事は無かっただろうとか、何故ナナ・テスカトリは子までを殺さなかったのだろうとか色々思う事はあるし、この体験はいつまでも俺の中に残り続けるのだろうとも思える程に強く印象に残るものだと実感しているけれど、そこまで深く何か感情を抱いている訳じゃないな」

「ニャー……」

「ただ、親の覚悟や意志というものは遠くから見ていてもまるで自分が思っているかのように強く感じられた。

 もしきっと、その後にナナ・テスカトリがネルギガンテの子までを殺していたら、ここまで落ち着いてはいなかっただろうな。

 そういう意味じゃ、俺はほっとしているんだろう」

「ニャァ」

 うーん、とヒノキは背を伸ばした。

「寝たら丁度夜だよな……。疲れも多少取れたし、ちょっと出るか。

 カシワも行くか?」

「行くニャ」

 そう言ってカシワはぱたんと手帳を閉じた。




鋼龍の加護:
イビルジョー、ラージャンを除く竜種、古龍種から怒り状態でない時に攻撃されなくなる。
また、歴戦以上のネルギガンテ、歴戦王個体の古龍種全般も除く。

イャンガルルガ入れるか微妙。

後1話だけ続きます。


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ネルギガンテ 10

 外に出れば、太陽は沈み始めていた。

 この時間帯の龍結晶の地は、中々に心惹かれるものがある。特に龍結晶が数多く生える場所においては夕焼けの赤がそれに幾度も反射し、まるでこの世の終焉を伝えるかのような雰囲気を醸し出す。

 ただ、人に限らず殆どの生物に対して終焉とはこんなドラマチックに訪れてくれるものではない。死ぬ寸前に自分の死を自覚する方が遥かに少ないだろうし、そして自覚する時にこんな風情を感じている余裕はまず無いだろう。

 そんな事を思いながら、取り合えず、とヒノキは思考を締め括る。

 この光景に似合う程の抗いようのないような終焉が訪れようとも、亡くなったネルギガンテの両親は子を守る為に最期まで抗っただろう。

 

 今、この地に生きる生物はネルギガンテの番が来ても逃げる場所がなかった者や、もしくは逃げる必要がなかった者に限られる。

 前者はドドガマルやガストドンなどの、飛ぶ翼も逃げる場所も知らない、その地で生きるしかなかった者達。

 後者はマグマの中に住み、古龍からも襲われないヴォルガノスや、そしてネルギガンテを真向から打ち倒す実力を持つクシャルダオラ。

 その位の数える程の種しか残らないこの龍結晶の地は、常に静かだった。

 しかし、その元凶のネルギガンテが死んだ今、歩いていると早速ドドガマルの這いずり痕が見つかった。地中に潜って安全を図るその竜は、ネルギガンテの手からも逃れて生き延びていた。

 また、未だ歴戦王と名付けられる程に強いクシャルダオラは居るものの、それが温厚である事はもう竜達にも分かられているらしい。

 そうでなければまだ表に出て来る事は無いだろう。

「他の竜達も戻って来るかニャ?」

「それは待てば分かるさ。俺には……そんなに戻って来ないと思えるけどな」

「かもニャ」

 そのクシャルダオラが温厚かどうかなど、少なくとも近付かないと分からない。元々ここを住処にしていてそこまでの危険を冒そうと言う竜、もしくは温厚だと知っている竜など、強いて言えばリオレウス亜種位しか知らなかった。

「ふあぁーー……」

 ヒノキが背を伸ばして大きく欠伸をする。

 そこには竜が跋扈する地に立っている事への警戒など微塵も無かった。

「ヒノキがそんな姿見せるニャんて、ちょっと意外だニャ」

「そりゃあな……。あんな戦いを見せられて疲れた後に竜種、下手すれば古龍種からも襲われないようにされたら、緊張も解ける」

「ニャァ。でもニャ、イビルジョーなんかにニャ効かないと思うニャ」

「まあ、それは思うけどな。ただ、イビルジョーはこの新大陸で数多く確認されている竜でもないし……いや、そんな沢山居て溜まるものじゃないが……、そのイビルジョーと言えどネルギガンテ二体が居るこんな場所に来ようとは思わないだろ。

 ……きっとな」

「……きっとニャ」

 そんな事を話している内に、その戦闘が起きた場所へと戻って来た。

 ネルギガンテの子の泣き声はもう聞こえて来ていない。慎重に近付いて見れば、その場からも去っていた。

「どこに行ったんだろうニャ」

「さぁ……」

 テオ・テスカトルの死体を見てみれば、柔らかい腹や太腿の部分などを齧った痕があった。後は角を折ろうとしてか、何度か引っ掻いた痕。

「少なくとも、生きるつもりではあるようだな」

「ニャ」

 それから首の方を見た。巨体を支える背から繋がるその首の骨ごと食い千切ったその痕は、まるで人がリンゴを齧るかのような見事な程に綺麗な断面を見せていた。その咬合力はイビルジョーを更に上回っていただろう。

 それをやったのはすぐ隣に横たわる内臓も四肢も灼き尽くされた後のネルギガンテ。内外共に乾ききったその肉体の、顔の方だけ僅かに濡れていた。

 子が頭にくっついて長い時間泣いていたのが見て取れた。

 

 それからナナ・テスカトリに敗れた方のネルギガンテに向かおうとした時、がしゃん、と小さな音が聞こえて来た。それに続いて爆発音。

 ネルギガンテの住処の方から聞こえたその音は、ガジャブーの壺爆弾の音だ。

 何に向けてそれを投げたかと思えばそれは明白で、ネルギガンテの子が逃げて来た。

 火傷の痕を少し見せて、元々の住処さえ奪われてしまったのだろう。いや、元々ガジャブー達の縄張りだったのだから、ガジャブー達が取り戻したと言った方が正しいが。

 花火やらに追い掛けられて、ネルギガンテの子は転んだ。そこに壺爆弾を一つ背中に投げつけられ、ネルギガンテの子は短く悲鳴を上げた。

 そうして、ガジャブー達は去って行った。

「グ、グゥ……グゥゥ……」

 その肉体の頑丈さはまだ子供でも多少ながらあるようで、壺爆弾を直撃されても強い傷は負っていなかった。

 ただ、それでも中々起き上がらなかった。弱弱しい呻き声を上げながら、また泣いていた。

 親は唐突に死に、そして住処まで奪われてしまった。行く当ても無いだろう。

「……どうするニャ?」

「どうしようか」

 そんな迷いの言葉が出た事にヒノキ自身も驚いた。普通の狩人なら放っておくだろう。

 そこで自分達は他の人達に比べて竜に対して感情移入をする、という事を改めて実感した。

 ネルギガンテはきっと、誰の助けが無くとも何とか生きていくだろう。この龍結晶の地に自身を強く脅かす敵も居なければ、ここには今、自らをとても強くしてくれるご馳走だってある。

 ただ、そうやって生きていく先の事を想像してしまう。

 親がどのような覚悟を持ってテオ・テスカトルとナナ・テスカトリに挑んだのか。また、どうしてそんな覚悟をしなければいけなかったのか。それを知らないままにただただ負の感情を抱いて寂しく生きた先にあるものは、親が辿った末路よりも悲惨なものになる気がしてならなかった。

 けれども、そうして古龍と接する事は逆に自分達の都合、価値観に当てはめているのではないのだろうか、という思いもある。

 ここで手を差し伸べておけば成体になった時に自分達狩人の助けになってくれるのではないか。生きる事そのものに何の不自由も無い事が誰にとっても幸福に繋がると考えているのではないか。

 結局のところ、自分達は何を優先するか、何に対して一番重きを置いているのか。新大陸の狩人として、また渡り歩いてきたその場所場所で繰り広げられる生命の営みを知りたくて、描きたくて様々な地を渡り歩いてきた一人と一匹として。

 新大陸の狩人としては?

 大団長ならば、面白くなる方を選べと言うように思えた。そのオトモアイルーが前線から離脱したその元凶の古龍だとしても、それと切り離した上で大真面目に。

 しかし、総司令は保護する事に余り肯定的な意見を言わない気がした。その孫の、唯一ここで生まれ育った調査班のリーダーは何を言うだろうか。皆の安全を強く案じる彼からはやはり、総司令と同じ言葉が聞けそうだった。

 ソードマスターは? フィールドマスターは? 竜人族の狩人は?

 などなどと考えてみると、やはり保護する事に肯定的な意見を言う人は多くないように思えた。

 ただ、強く否定もしない気がした。

 何だかんだで誰も彼もが大団長の意向に賛同している部分はあるし、ヒノキだってそれに影響されている部分はあった。

 自分達としては?

 新大陸の事を知りたくて、描きたくて半ば密航の形で交易船に乗り込んできた一人と一匹。

 強さというものに憧れる訳ではなく、純粋に森羅万象の物事を五感で味わいたくて、残したくて狩人になった一人と一匹。

 そしてこの新大陸で王として君臨する程の強者であるクシャルダオラに気に入られた自分。

「……そうだな。答えは決まっているようなもんだったな」

「ニャア?」

「ネルギガンテの子が生きていく手助けをする事、新大陸の調査団としてどういう行動を取るべきか。

 それらは矛盾しないって事だ。

 ……多分」

「多分?」

「いや……都合の良い事だけを考えているだけかもしれないけどな。

 新大陸の未知を解明するという目的と、ネルギガンテの子を手助けする事は矛盾していないだろう?」

「でもニャ」

「分かってるさ。成長して、もし強い脅威となった時、古龍とタイマン出来る程の実力を持たない俺達は責任を取れない。

 取れるとしても、クシャルダオラに頼るという狩人としての矜持をかなぐり捨てるような方法しかない。

 けど、子が成長していく過程を観察出来るのはネルギガンテという古龍をより深くまで知れるという、誰にとっても強いメリットがある。

 そして、それは同時に子がああやって悲しみに耽る姿を余り見ずに済む事でもある。

 それは……俺にとって狩人の矜持をかなぐり捨ててでも選びたい事だ」

 狩人としての矜持を捨ててでも、と思うその原因はやはり、親の命を賭した抗いを見たからだろう。

 強い感情を抱いていないと言ったしそれは間違っていないと思うが、それはあくまで自分の表面に出て来ていないだけで、自分の根幹すらをも動かしている。

「ボクも……多分、ヒノキと同じ方法で責任を取れるならそれを選ぶニャ」

「そうか」

 そう言って、ヒノキは背中から太刀を引き抜いた。

「……ニャ?」

「まあ、挨拶みたいなもんだ」

 ヒノキはテオ・テスカトルの頭へと向かい、そして息を細長く吸って吐くのを何度か繰り返した。

 呼吸を繰り返すに連れて、ヒノキは集中を研ぎ澄ましていく。

 カシワは途中、ネルギガンテの子が呻き声を止めてヒノキの方を見ているのに気付いたが、ヒノキはそれにすらもう気付いていない。

 そしてヒノキはテオ・テスカトルの角に向けて太刀を振り下ろした。

 ガヅゥッ!

 それは角の三分の一程までに食い込む。続いて二撃目も全く同じ場所へと振り下ろされ、すると角は半分以上が切り裂かれていた。

 ヒノキにとって対象が動かないのならば、何者の邪魔も入らないのならば、それがテオ・テスカトルの角であれど断ち切る事はそう難しい事では無かった。

「ふっ」

 そして三撃目でぽろりと角が落ちた。

 それを手に取り、ヒノキはそれをネルギガンテの子の方に強く投げつけた。

 がらんごろんと音を立てて、それはネルギガンテの子の前に落ち、そしてネルギガンテの子は半ば信じられないかのように角とヒノキを何度も見直した。

「じゃあ、今日は戻るか」

「……それだけニャ?」

「最初はこのくらいで良いだろう。今のあいつには敵しか居ないように見えているだろうし、無暗に距離を詰めようとしても逆効果だと思う」

「……それもそうかニャ」

 キリンは最初、パオウルムーにどうやって距離を詰めたのだろうとカシワは思った。

 ヒノキも同じような事を思ったのか、また言葉を続けた。

「それに、俺達は保護者になる訳でも無いだろう?

 少しだけ、生きる手助けをしてやるだけだ。

 それにあんなご馳走を与えたんだ。気付けばすぐにでも俺達より強くなってもおかしくない」

 そう言って、ヒノキはさっさと歩いていく。

「ニャー……」

 カシワはヒノキに付いて行くも、何度かネルギガンテの子の方を振り向いた。

 ネルギガンテの子はテオ・テスカトルの角を抱えながらこちらの方をじっと見ていた。

 

*****

 

 お父さんもお母さんも殺されてしまった事に、僕は強く悲しみながらもどこか、そうなって当たり前だったのだろうと思っていた。

 僕をただただ見て来た、強く傷ついた青い龍に、僕は強がっていてもとても怯えていた。どうして僕を見て来たのか、それで僕に何もしなかったのかそれは分からなかったけれど、お母さんを殺した理由は何となく分かってしまった。

 だって、怯えながらも、どこかで僕はその青い龍のことをとても美味しそうだと思っていたんだから。

 昨日食べた、あの白い体に青い線が走る、食べると少しぴりりと痺れた小さめの龍と同じかそれ以上に美味しそうに見えたんだから。

 お父さんとお母さんは、きっと赤い龍や青い龍を食べた事があるんだろうと思った。そして赤い龍も青い龍も、食べられたくなかったから、お父さんとお母さんを殺したんだろう。

 それにお父さんがボロボロになりながらも倒した赤い龍は青い龍よりもとても、とても美味しそうだった。近くに寄るだけで、その血の匂いを嗅ぐだけで涎が出てきてしまう程に美味しそうだった。

 赤い龍を食べたら、食べたら、お父さんとお母さんが死んでしまった事も忘れてしまう程に、とにかく、とにかく美味しかった。気付いたらお腹が一杯になっているほどに。僕の体にとんでもない力が備わったように。

 でも、力が備わった気がしただけだった。

 食べ終えて、これからどうすれば良いのか全く分からなくて、何となく寝床に戻ったら変な生き物達が沢山居た。

 そいつらは何かを沢山投げてきて、それらが全部落ちると同時に大きな音と弾ける炎が僕を襲って、僕は怯えて逃げるしかなかった。

 逃げて逃げて、転んで、それが僕の背中に当たって、とても痛くて。

 僕は、これからどうすれば良いのか全く分からなくなってしまった。お父さんとお母さんが死んでしまったことがぶり返してきて、またとても悲しくなって、堪らなくて、寂しくて。

 

 ……でも、僕を助けてくれる誰かも居た。

 ひょろひょろとした生き物で、お父さんとお母さんよりも遥かに弱そうだった。でもその生き物はあの赤い龍と同じくらいに美味しそうな、銀の龍と一緒に居る生き物だった。

 そして背中から出した細長い爪で、僕が折れなかった赤い龍のとても硬い角を簡単に切り落とした。

 それを僕にくれた。

 ……僕はきっと、これから沢山のことを考えなきゃいけない。

 何を食べていくのか、どこで寝ればいいのか、そしてどうやって生きていけばいいのか。

 考えなくちゃいけない。そうじゃなかったらきっと僕は死んでしまう。僕を遺して死んでしまったお父さんとお母さんのように。

 これからどうすれば良いのか。

 僕は貰った角を抱えながら、そしてあのひょろひょろとした生き物と銀の龍の雰囲気を思い出しながら、夜を迎えて。

 お父さんもお母さんも死んでしまって、とても悲しくて、とても寂しくて。

 でも少しだけ、前を向けた。




これにて本編完結です。
一年以上の長い間付き合って下さってありがとうございました。
感想や評価などあれば嬉しいです。

それとアイスボーン編は……書くとしても結構後になるかと。
そんなにストーリー思い浮かんでいないのと、この話がゼノ・ジーヴァ討伐後として本編の捏造は基本的にしていなかったのに対して、
アイスボーン編を書くとなると完全に本編を捏造する事になるので。
後、他にも色々書きたいものもあったりするし。

設定やら活動報告やら後日投稿すると思います。


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設定

基本設定というか、自分の中でこの小説を書く為に独自に定めている設定:

ネコタクは無い。一乙イコール死亡。

モンスターは人に積極的に害を為したり、生態系を著しく崩すような個体のみが討伐対象になる。

大型モンスターは基本的に賢い。戦闘本能が高かったりはするが、人間に近い知性を持つ。

狩人側から仕掛ける事は基本的にしない。

狩人はそこまで強くない。歴戦個体でなくとも、古龍とタイマン出来る狩人は稀。

 

キャラ設定:

 

人間:

 

ヒノキ:

人間♂ 30~35歳

メイン武器 無属性太刀

防具 生存重視。歴戦王クシャルダオラによって強くマーキングされ、基本的に竜、古龍には襲われなくなった。

狩りの腕前 普通のイビルジョーと同等かやや下

体躯 細マッチョ

 

絵を描く事を目的に狩人になった。けれど、狩人としての矜持や責任はしっかり持っていて、有事の際にはそれを優先する。ただ、その矜持は普通の狩人に比べたら多少優先度が低い。

様々な場所を訪れて絵を描き残している。写実派。

歴戦王クシャルダオラに自身を描いた絵を気に入られている。

ネルギガンテの番とテスカトの2戦目を見に行った際にヒノキが死ぬ事を恐れた歴戦王クシャルダオラによってマーキングされた。

それからネルギガンテの子にテオ・テスカトルの角を与えた事によって、そのネルギガンテの子との交流も多少出来始める。

因みに新大陸への訪れ方は交易船に乗っての半ば密航。

 

マハワ:

人間♂ 25~30歳

メイン武器 何でも使いこなす

防具 武器によって変える

狩りの腕前 普通のネルギガンテと同等

体躯 細マッチョとゴリマッチョの中間

 

原作主人公。新大陸最強の狩人。

器用で何でも使いこなし、そして人当りも良い。基本的に表には出さないが戦闘気質があり、ネルギガンテと再戦したいと思ってゼノ・ジーヴァ装備で龍結晶の地に向かったら、まさかの二体で、そのコンビネーションにボコられて命からがら帰って来た。

二週間程意識が無かった。

ネルギガンテの番とテスカトの2戦目を見てから、段々強くなっていく。

 

イチジク:

人間♂ 23~25歳

メイン武器 片手剣

防具 サポート寄り

狩りの腕前 イビルジョーと同等かやや下

体躯 細マッチョ

モデル KOMのギドラのイチ

 

三兄弟の長男でバランサーを務める。

賢く、視野も広い。

マム・タロトの調査に赴いたが敗北し死亡。遺品は焼き尽くされて何も残らなかった。

裏設定として、小さい頃に中途半端な狩人が竜を中途半端に傷つけて村に戻って来たせいで、村が襲われ親を喪う。

その狩人を拘束して竜の前に差し出して事態を収束させた。

三兄弟とライチもヒノキと同じく半ば密航の形で新大陸にやって来ている。

交易船も出来ているくらいだし、多少行き来は緩いんじゃないかと思ってる。

 

ニワトコ:

人間♂ 21~23歳

メイン武器 ランス

防具 防御寄り

狩りの腕前 上位の竜は単独で、危ないところがありながらも何とか倒せる

体躯 ゴリマッチョ寄り

モデル KOMのギドラのニ

 

三兄弟の次男でタンクを務める。

筋力はかなり高く、頭も悪くはない。女好き。

マム・タロトの調査に赴いたが敗北し死亡。遺品は焼き尽くされて何も残らなかった。

 

サンショウ:

人間♂ 19~21歳

メイン武器 大剣

防具 攻撃寄り

狩りの腕前 上位の竜と同等

体躯 細マッチョとゴリマッチョの中間

モデル KOMのギドラのサン

 

三兄弟の末子でアタッカーを務める。

筋力は三兄弟の中で一番高い。頭はあんまり良くない。

マム・タロトの調査に赴いたが敗北し死亡。遺品は焼き尽くされて何も残らなかった。

 

ソードマスターなど原作キャラ:

原作に準拠

 

無名の狩人A:

クシャル装備を胴につけていたせいでネルギガンテに目をつけられ、ネコパンチから胴をガブリとやられて死亡

 

 

アイルー:

 

カシワ:

アイルー♂ 10~20歳(アイルーの寿命ってどのくらいだとかあったっけ。でも確か料理長アイルーが1期団のオトモだったから、人間並みに生きるんだよな)

武器、防具 未定

狩りの腕前 低い

 

ヒノキのオトモ。ヒノキと同じく、絵を描くためにオトモアイルーになった。

狩りの腕前は低いが、その代わりに観察、隠密に長ける。ただ、好奇心が強いので危ない目に遭う事もしばしば。

絵はヒノキとは対照的に象徴的で、絵本にして何冊か出版されている。それもあって実はかなりお金持ち。

この頃、古龍の力を体の震えで見定める能力に気付いた。

ただ、地脈の黄金郷での経験でそれは多少麻痺した。それもあって、歴戦王クシャルダオラの近くに居ても耐えられるようにもなっている。

描く絵のモデルはあるけど個人なので非公開。

 

オオバ:

アイルー♂ 15~25歳

武器、防具 未定

狩りの腕前 中の上

 

マハワのオトモ。冒険家。

ふっくらしている。

新大陸の狩人じゃ到底行けないような場所に駆り出して、色んな成果を出している。

根本にある行動原理はマハワのオトモ、ではなくて、オオバ、として認められたい事。その点でカシワの事を内心羨ましく思っている。

 

ライチ:

アイルー♂ 10~15歳

武器、防具 色々変える

狩の腕前 中

モデル 一応KOMのラドン

 

三兄弟のオトモ。茶色い。

器用で全てのオトモ道具を十分に使いこなす。

ただ、突出した何かは無い。物心ついていない内に三兄弟と同じく親を喪っている。

三兄弟とはその時からの付き合い。

マム・タロトの調査に赴いたが敗北し死亡。遺品は焼き尽くされて何も残らなかった。

 

モンスター:

 

古代樹の森:

リオレウス:

やや若い

強さ 歴戦個体一歩手前

現在子育て真っただ中。人間には積極的に手を出さない事と強い事から討伐対象にはなっていない。

努力型 戦略に長ける

 

クルルヤック:

強さ 下位

イビルジョーに捕食され死亡

 

イビルジョー:

強さ 上位

リオレウスの戦略に嵌って死亡

 

リオレイア:

強さ 下位

リオレウスの番。7~8匹子供が生まれて、今の所5匹を育てている。

 

アンジャナフ:

強さ 下位

ヒノキの殺意に圧されて尻尾を巻いて逃げだした。

歴戦王テオ・テスカトルの前で泣き叫んで軽蔑された。

 

トビカガチ:

強さ 下位

プケプケとは仲が良くない。

ヒノキに一度軽く助けられたので、その匂いがついた倒れていたアイルーを届けた。

 

プケプケ:

強さ 下位

トビカガチとは仲が良くない。ヒノキの釣ったドスササミウオを盗った。

 

ドスジャグラス:

強さ 下位

特に無し。

 

大蟻塚の荒地:

ディアブロス♂:

壮年

強さ 上位

苦労人。子供持ち。

 

ディアブロス♀:

壮年

亜種=>通常種

強さ 歴戦=>上位強め

子供産んで亜種から戻った。ヤンキーを越えた女番長。

 

リオレウス亜種:

青年

強さ 上位

子供持ち。

ネルギガンテから逃げてキリンからも逃げて大蟻塚の荒地までやって来た。

多分その内通常種の方と子供遊ばせている内にばったり出くわす。

 

リオレイア亜種:

青年

強さ 上位

子供持ち。

リオレウス亜種と共に古龍から逃げてやって来た。

 

ボルボロス:

強さ 下位

ディアブロス♀の鬱憤晴らしの犠牲となって死亡。

 

ジュラトドス:

強さ 下位

特に無し。

 

陸珊瑚の台地、瘴気の谷:

キリン:

人間で言うと40~50。ダンディー。

強さ 歴戦個体

モデル 居るけど個人のキャラなので非公開

弱いパオウルムーを庇護している。

ネルギガンテ♂と対峙し一度は撃退したが、二度目に来た時にネルギガンテ♂の成長を見切れずに破棘滅尽旋・天を止められずに吹き飛ばされる。

助けに来たパオウルムーが動けない内に殺され、そこで気力も失い殺された。

 

パオウルムー:

若い

強さ 下位以下=>下位

モデル 居るけど個人のキャラなので非公開

何らかの理由で酷く弱く、すぐに死んでしまうような個体だったがキリンの庇護で生きている。

また、バゼルギウスに歯向かった事から少し成長した。

ただ、ネルギガンテ♂からキリンを助けようとしたものの何も出来ずに首を折られた。

カシワによって止めを刺された。

 

レイギエナ:

若め

強さ 上位

放浪癖有り。珍しく縄張りに余り興味が無い。

キリンが死んだ事で多分、近い内に陸珊瑚の台地にまた来る。

 

オドガロンA:

若め

強さ 上位=>下位

狩人からウンコを投げられまくってすっかり狩人に抵抗する気力も無くしている。

一時期どこかに行っていたがどうしてか戻って来た。

 

オドガロンB:

年齢不明

強さ 歴戦個体

オドガロンAが居なくなっていた時にやってきた個体。通常よりも更に戦闘意欲が高い。ヒノキとマハワによって討伐される。

 

ツィツィヤック*2:

年齢不明

オドガロンBとキリンによってそれぞれ殺される。

 

バゼルギウス:

年齢不明

上位

キリンの不意を突いて一発かますが、怒りを買って殺される。

 

龍結晶の地:

歴戦王クシャルダオラ:

高齢

新大陸最強。性格はとても温厚。でも、元々住んでいたクシャルダオラをしれっと追い出したりと、欲は強い。

風の操作は古龍も抵抗出来ない程に暴力的であり、同時に繊細な操作もこなす。狩人に対する知識も豊富で、ネルギガンテ二体にボコられた時はやってきたソードマスターとヒノキのポーチを破って秘薬や回復薬を奪って回復に充てた。

その時に落としたヒノキの手帳を見て、自分の絵を気に入り、色々描いてもらうようになっている。

 

クシャルダオラ:

強さ 上位

歴戦王クシャルダオラに居場所を取られる=>放浪していたらアステラを見つけていじめようとする=>ヒノキに阻止される=>止めを刺す前にマハワの邪魔が入る=>更にネルギガンテに襲われる=>ヒノキの一撃が元で隙を晒し、首の骨を折られる

 

ネルギガンテ♂:

青年

強さ 普通=>歴戦

歴戦王クシャルダオラと戦うもボコられ、キリンに挑んで角だけ奪って戦略的撤退する。

ネルギガンテ♀の仕留めたクシャルダオラを捕食して回復の後、テスカト1戦目で囮を務める。

深い傷を負いながらも老年テオ・テスカトルを連携で仕留め、回復。

小作りと同時にその密度の高い古龍との戦闘の負傷、古龍の捕食で歴戦まで強くなる。特に耐久力が強くなった。

その後キリンを仕留め、歴戦王テオ・テスカトルと相打ちになって死亡。

 

ネルギガンテ♀:

青年

強さ 普通=>ちょっと強め

ただの狩人Aをネコパンチからの捕食で殺害し、ただのクシャルダオラを首を折って殺害。

♂の囮を活用して老年テオ・テスカトルを破棘滅尽旋・天で致命傷を負わせ、首を捩じって殺害。

子を為し、その後ナナ・テスカトリにギリギリのところで敗北して死亡。

 

テオ・テスカトル:

超高齢

強さ 普通より弱い

モデル 居るけど個人のキャラなので非公開

マハワに討伐されかけた個体(本編のテオ・テスカトル)。その時はナナ・テスカトリが間に合って生き延びた。

傷も癒えたところで外に久々に出たらネルギガンテに襲われて死亡。

 

ナナ・テスカトリ:

青年

強さ 普通=>結構強め

モデル 居るけど個人のキャラなので非公開

連れ添っていた高齢のテオ・テスカトルをネルギガンテに殺された後別の大陸へと行き、復讐の目的でどうやってか歴戦王テオ・テスカトルを連れて来る。その歴戦王テオ・テスカトルとはそんなに深い間柄ではなかった。

ネルギガンテ♀を死闘の末倒した後、どうしてかネルギガンテの子は殺さず、寝床へと去った。

片方の角を折られ、足も深く傷ついて、もう完全に元通りにはならない。

 

歴戦王テオ・テスカトル:

壮年

ナナ・テスカトリに連れられて新大陸にやって来た。自分が王である事に強い拘りを持ち、やってきた直後に古代樹の森、大蟻塚の荒地、アステラの全てを屈服させる。

その次の日、ネルギガンテ♂と交戦するが、その拘りと、唯一あの場で勝たなければいけないというような強い意志を持っていなかった事により、ネルギガンテ♂に首を骨ごと食い千切られて死亡。

 

ネルギガンテの子:

生後数ヵ月

ヒノキが手助けをしていなかったら荒んだ生活を送った末に多分、速い内に討伐されている。

もう歴戦キリン、歴戦王テオ・テスカトルを食べているので、強くなる可能性がとても高い。

 

ジュラトドス:

特に無し

 

ドドガマル:

特に無し

 

地脈の黄金郷:

マム・タロト:

壮年

強さ 歴戦一歩手前

特に外に出る事もなく、悠々と生きている個体。

イチジク、ニワトコ、サンショウ、ライチを相手取り、余裕な立ち回りで最初は戦っていたが、自慢の角を執拗に攻撃されてキレる。その後、それらを全て殺した後に跡形無くなるまで焼き尽くし、狩人の痕跡も全て潰して回っている間にカシワが居る事を思い出したが、カシワには寸でのところで逃げられる。

 

強さランキング:

10 歴戦王クシャルダオラ

9.8 歴戦王テオ・テスカトル

7 ネルギガンテ♂、マム・タロト

5 歴戦キリン、ナナ・テスカトリ、ネルギガンテ♀

4.8 マハワ、イチジク・ニワトコ・サンショウ・ライチ

4 クシャルダオラ

3.5 ディアブロス♀(身籠り時)、ソードマスター

3.2 イビルジョー、テオ・テスカトル、イチジク

3.1 歴戦オドガロン

3 リオレウス、ヒノキ、フィールドマスター

2.9 リオレウス亜種、ディアブロス、ニワトコ

2.7 サンショウ

1.5 アンジャナフ

1 トビカガチ、プケプケなど

0.8 パオウルムー

 

時系列:

マハワがゼノ・ジーヴァを討伐

---

ヒノキとカシワがやって来る

---

DAY 1:

カシワがキリンと遭遇。

DAY 2:

カシワがネルギガンテBと遭遇。ヒノキが歴戦王クシャルダオラを初めて見る。

DAY 3:

歴戦王クシャルダオラに追い出されたクシャルダオラとヒノキが交戦。ネルギガンテBによってクシャルダオラが殺害される。ヒノキが負傷、胴の防具が破損。

DAY 10:

ヒノキが回復。

DAY 11:

オドガロンBがヒノキとマハワに討伐される。

DAY 25:

オオバが帰って来る。

DAY 26:

オオバがまた新しい場所へ旅立つ。ヒノキの胴の防具が完成。マハワと歴戦王クシャルダオラがネルギガンテの番にボコられる。

DAY 27:

ヒノキとソードマスターが龍結晶の地に調査へ訪れる。

DAY 28:

イビルジョー到来。リオレウスに屠られる。歴戦王クシャルダオラがヒノキの元を訪れる。

DAY 35:

キリンとネルギガンテが交戦。

DAY 42:

カシワが絵本を完成させ、ヒノキの元を訪れる。

ヒノキがクシャルダオラに乗って龍結晶の地へ。マハワが起き、ネルギガンテが二体居る事が発覚。

DAY 43:

ヒノキがクシャルダオラの絵を完成させる。テオ・テスカトルが死亡。ナナ・テスカトリが龍結晶の地から逃げる。

DAY 45:

大蟻塚の荒地にやって来たナナ・テスカトリ。ディアブロスとディアブロス亜種の泥沼の戦い。

DAY 47:

ナナ・テスカトリが新大陸から去る。

 

数か月後:

DAY 1:

マム・タロトが再発見される。

DAY 2:

ヒノキ、カシワ、三兄弟とライチが地脈の黄金郷に赴く。

DAY 6:

三兄弟とライチがマム・タロトと戦い、敗北、死亡。カシワが命からがら逃げ延びる。

DAY 7:

古代樹の森まで逃げて力尽きたカシワをトビカガチが運んでヒノキの元まで送り届けた。

 

約半年後まで、カシワはトラウマに苛まれ続けながらマム・タロトの絵を描き続ける。

 

約半年後:

DAY 1:

ナナ・テスカトリが歴戦王テオ・テスカトルを連れて戻って来る。キリンとパオウルムーがネルギガンテ♂に殺される。

DAY 2:

ネルギガンテの番とテスカトの交戦。ナナ・テスカトリを除き死亡。ネルギガンテの子が住処をガジャブーに追い出される。




完結した所感を纏めた活動報告はこちら。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234099&uid=159026


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金銀火竜

(多分)最初で最後の番外編。
亜種や希少種って言うのは最初からそうなのか、それとも成長するに連れて変わっていくのかとか、そこ辺りは定かじゃないと思うので、今回は後者にしました。


 古代樹の森の頂上に住むリオ原種の番。大蟻塚の荒地の森林地帯に住むリオ亜種の番。

 その二つの番は互いを認知しながらも、争う事は無い。互いに子供が出来た事もあって警戒心は強いが、無駄に争う事……特に、絶対に無傷では済まない相手に対して戦いを仕掛ける事はしないように心掛けていた。

 狩人達に対してもそのような認識を持たれている。単純な実力差を実感しているのもあるだろうが、それ以上に古龍の中でも指折りに入る程の強者に気に入られている狩人が居る事も影響している。

 狩人もリオレウスが良く見知られた竜であるとは言えど、この新大陸という地脈の影響溢れる地での子育てを観察出来る事はこの上無く現大陸との比較対象としての調査に適しており、無駄に手を出す事もない。

 それぞれの地の子供達は、上手く飛べずに墜落死したのを除けば他に死ぬような個体は居らず、すくすくと成長していく。姿形が大きくなっていくに連れて、それぞれがどういう個体なのかも分かって来た頃。

 それぞれの番達も驚きを隠せないような結果が出て来た。

 古代樹の森のリオ原種の番の子は五匹。原種のリオレウス二匹、リオレイアが一匹。亜種のリオレイアが一匹。そして希少種のリオレウスが一匹。

 大蟻塚の荒地のリオ亜種の番の子は四匹。原種のリオレウスが一匹。亜種のリオレウス、リオレイアが一匹ずつ。そして希少種のリオレイアが一匹。

 そう、それぞれに希少種が一匹ずつ現れたのだ。

 研究者達は現大陸でも滅多に見られないその希少種達を雛から観察出来るという事に歓声を上げ、ヒノキやマハワ等の優秀な狩人を連れてフィールドワークに引っ張り出す毎日。

 海辺や湿地で子供達が遊んで去った後に糞をもほじくり返す研究者達を、戻って来た親が理解出来ないような目で見る事もあった。

 

 原種の番と亜種の番は、互いの事を認知している。但し、仲は良くはない。もし、どちらかがもう一方を大した損害も無く倒せるのならば、もう子供諸共殺しているかもしれない程に。

 だからこそ、それぞれは互いの事を良く観察していた。警戒を怠らなかった。

 それは多少距離が近付く事もあると言う事でもあり。

 また、リオレウス、リオレイアは原種でも亜種でも至って平凡な、平和な子育てをする。どこぞの戦闘狂のように托卵もせず、はたまたどこぞの反逆者のように卵を産んで放置する事もせず、真っ当に卵を孵して真っ当に育てる。

 そんな、日に日に健全に成長していく好奇心旺盛な子供達が、親の静止も聞かずに見回りに付いて行くようになるのも自然な事であり。

 ある日、その見回りをする時が原種と亜種で被った。

 距離が近付くのを避けたそれぞれはしかし、いつもより大きく近付く。

 太陽の光を受けてより一層煌めく金色の鱗が、艶めく銀色の鱗が、互いの目に届く。

 成長しきっていない目では互いの事を豆粒程にしか見えなくとも、その輝かしい色は確固と届く。それぞれの子供達の中でも異質さを醸し出し、若干孤独感も抱いていたその二匹の時間はまるで止まったかのようで。

 そんな様子を見たそれぞれの親は、運命の出会いをしたかのように目を離さない子供を脚で掴んで即座に帰った。

 しかし、その後もぼうっと狩りにも参加せず、上の空のまま。自我を取り戻した頃には、もう既に夜で。親が情けに残していた、空腹にならない程度の僅かな肉を食べる。

 食べ終えれば、またぼうっとし始めて。

 手遅れである事は誰から見ても明らかだった。

 

*****

 

 認知してしまったからにはもう、それを戻す事は出来ない。早速その夜に逢瀬をしようと、皆が寝静まった後にこっそり出かけようとしたそれぞれを、寝た振りをしていた親は流石に止める。

 古代樹の森の頂上で。大蟻塚の荒地の、川の音が絶えず流れるその側で。

 まだ体は成長しきっていないと言えど、その火竜の中でもとびきり優れた肉体は親元を離れても十分に生きていける程だろう。巣立ちが早いのも嬉しい事だ。

 ただ、だからと言って、敵である相手の子と付き合おうとする事などは止めたくもなるのだろう。

 そう静止させる父親が睨みつけるのに対し、しかし子も睨み返す。唸り声をすら上げて、そんな様子に母親や子供達も起きてしまい、怪訝そうな、不安そうな顔で見つめる。

 しかしそれでも、その子は退かなかった。

 リオレウスとリオレイアと言うのはどうしてだろうか、原種は原種同士、亜種は亜種同士、そして希少種も希少種同士としか番わない。

 それが絶対なのかは不明だが、そうでない番を見る事などはきっと、希少種を肉眼で見る事よりも叶わない事だろう。

 そして希少種であるその二匹は、自分達が他の原種、亜種と比べてとびきり数が少ない事も本能的に理解しているのかもしれない。

 睨み合いが続いた時間は、どちらもそう変わらなかった。原種の父親は希少種のリオレウスを蹴って吼えた。亜種の父親は希少種のリオレイアを尻尾で叩き、よろけたその目の前に火球を放った。

 もう、お前は巣立ちの時だ。戻って来るな、と言うように。

 希少種のリオレウスはそれに対して吼えて飛んだ。そして出ていく前にもう一度振り向いた。原種の父親は威嚇するようにより強く吼えた。

 希少種のリオレイアはそこまでされる事に困惑し、しかし亜種の父親はすぅ、と息を吸った。炎がその口から漏れる。本気だ。空に飛び、しかしまだ父親はいつでも炎を吐けるように構えている。

 そうして希少種達は巣立ちを迎えた。

 

 それぞれは戸惑いながらも、互いに向けて飛んで行く。アステラにて今日の成果を整理していた研究者が、明日の仕込みをしていた料理長とその弟子達が。欠伸をしながら明日に備えて寝ようとする狩人が、はたまた夜の見張りの眠気覚ましに茶を飲んでいた狩人が、月光をより輝かしく反射させようとする程に映える姿を見た。

 その肉体はまだ子供のものだ。しかし、並みの竜ではもう敵わない程の力を備えている事も見て取れる。

 そして、古代樹の森の方でその二匹はとうとう出会う。空中で会ったその二匹は馴れ初めにぎくしゃくする事もなく、まるで予定調和かのように海岸の方へ降りて行った。

 狩人達がこっそりと観察しに行こうとすると、アステラの上にもう一つの陰が出来たのに気付いた。亜種のリオレウスがアステラの方を睨みつけていた。

 そして、古代樹の森の方からも原種のリオレウスが。丁度、海岸からは見えないであろう位置に。

 リオレウス達は、やはり変わらず竜種の中でもつ良く親心を持つ竜であった。追い払うかのように庇護から突き放しても、互いが失恋する位なら、もしくは殺し合いに発展する位に相性が合わなかったのならば、また子として扱う事も考えたのかもしれない。

 しかし、そんな事は杞憂である事がすぐに分かる。ぎゃうぎゃうと互いに喜び合うような、そんな嬉し気な声が届いてきた。

 それに対して、どちらの父親もやはり微妙な顔をしていた。正直なところ、失恋していて欲しかったと思える位には。

 親戚になるとかそんな概念が竜にもあるのかは分からないが、少なくとも喜べる事ではないらしい。

 近くに行けばハートマークさえ見えそうなそんな声。

 互いの父親はお前が悪いと言うかのようにそれぞれを強く睨みつけ、しかしそんな顔も希少種達の甘々な声によって威勢を削がれていく。そこに初対面だからだとか、親がいがみ合っているからとか、そんな憂慮は一分足りとも無かった。

 後は父親達は諦めたようにそんな様子を見守る事に尽くした。その子達が自分の所へと帰って来る事はなく、本当に巣立って行く事を確信しながら。

 

 暫くのそんな睦み合いが続いてから、その二匹は夜の森へと繰り出していく。父親達は咄嗟に隠れて、そして後を追って行く。

 その前に亜種の父親は狩人達に追って来るなと言うように、一度静かに吼えてから。

「どうする?」

 ここで見逃してしまえば、その希少種達がその後どこへ行ったのかも分からなくなってしまう。かと言って、交戦は厳禁だ。リオレウス達と一度交戦してしまえば、観察などは殆ど出来なくなってしまう。

 そう言う訳でヒノキが呼ばれたのは当然の事だった。

「……今日、俺は朝からずっとあんた達の荒地散策に付き合ってたんだが?」

 そう言いながらも叩き起こされたヒノキはもう準備を終えている。

 もう竜を狩る事は久しくしていないとは言え、勘こそ鈍ったかもしれないが、太刀の腕そのものは鈍っていない。それに一日中の散策とは言え、竜などと交戦もせずに歩き回るだけで夜に活動出来なくなる程度の体力しか持っていなかったら狩人になる事すら出来ない。

「そう言わないで頼むよ」

「……後で何か奢ってくれよ」

 そう言いながら、いつもと変わりない足取りで古代樹の森へと一人で歩いて行った。

 

*****

 

 血の臭いがしてきたかと思えば、目の先に亜種のリオレウスが居て身を潜める。襲われる事が無いと言えど、見つからないに越した事は無い。

 幸いな事に風下で、この鎧に染みついた血……匂いというよりも古龍としての威厳を感じさせる何かが流れて行く事も無い。

 しかしながら、それでも目の良いリオレウス達から身を潜めるのは難しい事だ。しかも二匹居ると言うし、加えてそれぞれが歴戦と冠せられる程ではないにせよ優れた個体であるには間違いない。

 ……最悪、その希少種達がどこに向かったかだけでも分かれば問題ないだろう。

 そう思ってヒノキは無理に距離を詰める事はしなかった。亜種のリオレウスの先からは、睦み合う声が聞こえる。その希少種達の声なのだろうが、聞く限りではそう原種、亜種と違うようには感じられない。

 リオレウス達がこっそり見張りをしている中に誰かがちょっかいを出しに来る訳もなく、甘い時間がただただ続く。

 退屈だ、とヒノキは思った。カシワが居れば連れて来たのだが、生憎今日も今日とて陸珊瑚の台地でスケッチを描き続けていた。

 そのカシワに対しては最近、交易船からその絵本を送り届けた出版社から手紙が届いていた。

 キリンとパオウルムーの絵本が出版された事と、その売り上げがとても上々だという事、続きを是非とも描いて欲しいという旨が書かれていたが、それを読んだカシワはとても複雑な顔をしていた。

「……ボク、どうしたら良いニャ?」

「…………さあ」

 少しばかし悩んだ後、カシワは一文だけ短く書いて、その返信を送った。

 "キリンとパオウルムーは死にました"と。

 

 そんな事も思い出したりしながら程々に時間が経った後、咄嗟にリオレウスの亜種が身を翻して駆けて来た。物陰に隠れていたヒノキには気付かず、そのまま遠くまで。

 ……警戒に関しては原種の方が優れているな。

 過去に、イビルジョーとの交戦中にも隠れていた自分を目ざとく見つけた原種のリオレウスならば、気付いた事だろう。

 そう思っていると、続いて希少種達が歩いてやって来る。

 ヒノキにとっても初めて見たその希少種。月光に照らされる金と銀の身は、神格化する人も居たと言うのにも頷ける程に美しかった。

 また、口元の汚れをそれぞれ舐め取りながら歩いて来る様は、本当に今晩出会ったとは思えない程にそれぞれへの愛を感じさせた。

 しかし、そんな様子も父親の足跡に気付くと終わる。リオレイアが怪訝そうな顔で足跡の先を見ながらも、リオレウスも辺りを見回す。

 強者としての風格をもう既に醸し出しつつも、まだ子供っぽさも抜けていない。

 また歩き始めた希少種達は、しかし隠れ身の装衣を纏ったヒノキの隣を通り過ぎようとした所でまた足を止めた。

 鼻をひくつかせ、何かを感じ取る。

 隠れ身の装衣を付けようとも、古龍の濃厚なマーキングを受けたその威圧までは消せないようだった。

 あ、ばれたか、と思うと同時に、二匹はヒノキを見つけた。

「グルルッ……」

 素直に威嚇して来るその二匹。

 ……クシャルダオラと俺が一緒に居たところも、特にリオレウスの方は見た事があるはずだが。

 如何に希少種だろうと、二匹だろうと、まともな戦闘経験も無い子供などには負けはしない。しかし、殺すのはご法度だ。

 そんな理由で、ヒノキはこやし弾をスリンガーに装填した。

 ……ただ、今、俺に攻撃して来ようとする位に危険に対しての感覚が無いのならば長生き出来ないだろう。

「ガアアッ!!」

 けれど、そう吼えただけでリオレウスはリオレイアを連れ去って行った。リオレイアの方は余り納得の行かないような顔をしていたが、それでもリオレウスは引っ張って連れて行った。

「良かった、か」

 怯むまでは行かなくとも、耳がキィンと鳴る程にはもう強い咆哮。

 後からやってきた原種のリオレウスが、自分を見て、余り来ないでくれというような懇願の目をしてきた。

 

 その後も希少種達はデート感覚で古代樹の森を回り、数時間が経ってからアステラからも程遠くない岬で眠りに就いた。

 アンジャナフが良く黄昏ているその場所だ。

 父親達がこっそりと見ている事を知ってか知らずか、近付いても早々に起きない程に熟睡している。

 そんな様子に父親達は呆れながらも、互いに見守る事に決めたようだった。

 距離を取りつつも、険悪さは薄れている。

 それは一時的なものなのか、これからずっとかは分からないが、少なくとも希少種達が遠くどこかに行かない限りは続くだろう。

 夜も更けようとする時間。もう良いかと探索を切り上げようとしたヒノキだったが、ふと空を眺めると。

「うぇ……」

 丁度クシャルダオラがやって来ていた。

 流石に眠いし疲れ始めているのに。

 そう思いながらも、岩に腰を下ろして体を預け、その爪先に二つ目になる手帳を挟んでやって来るのを眺める。

 大きく欠伸をして、クシャルダオラがやって来る空を警戒も何もせずにぼうっと眺めるヒノキの事を、リオレウスは妙な目で見ていた。




やっぱりアイスボーン編は書きませんが、脳内プロットは置いておきます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=244927&uid=159026


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死を纏うヴァルハザク 1

アイスボーン編書かない、って言ったら想像以上に書け貴様ァ! という声を頂いたので、一番良く書けそうな章だけ取り敢えず。
自分は一次小説と二次小説を30000文字ずつ代わり替わりに書いてるんだけれど、このヴァルハザク編に関してはその30000文字の内の5000文字を毎回これに費やす形になるかと。
まあ、要するに。
2ヶ月に1話くらいのかなりのスローペースになります。
他に色々書きたいものもあるので(その例がこの前書いた、ネルギガンテを有性生殖させてしまった反省から書いたネルギガンテTFものだったり)。


 瘴気の谷。

 陸珊瑚の台地の生命達が時に終わりを迎える地。それはこの地に住まう生物達の主な栄養源として消費され、またそれを前提としてここの生態系は成り立っている。

 最近の異変でか、外部から来たであろう竜も幾つか見受けられたが、その中でもこの地に留まり続けた竜は一匹だけだった。

 きっと世界中でも特異な部類に入るこの環境を好めるのは、竜種の中でも少ないのだろう。

 しかしそんな、いつ来ても鼻が曲がる程の腐臭に覆われ、またヴァルハザクと共生する瘴気が常に霧のように漂っているこの地には今、異変が起きていた。

 

*****

 

 子分を数多に連れて、半ば我が物顔で瘴気の谷を歩いていたドスギルオスは子分諸共ディノバルド亜種に一刀両断された。

 狩人や研究者達にこやし弾をぶつけられまくっていたオドガロンは、陸珊瑚の台地で発見されたオドガロン亜種に屠られ、生まれ育った地に堕とされた。

 好き勝手に瘴気の谷中をごろごろ転がっていたラドバルギンはティガレックスとかち合い、首を噛み千切られた後に不味かったのか吐き捨てられた。

 そんな事でここ最近はとても静かになった瘴気の谷を、カシワは歩いていた。何重にも布を重ねられたマスクを着けて、落ち着いた足取りでゆっくりと。

 ヴァルハザクは相変わらず姿を見せない。ティガレックスは瘴気の谷を気に入らなかったようで去っていき、今は時折ディノバルドの亜種が自分を鍛えている、鋭い金属音が聞こえる程度だ。

 その尻尾に纏われた硫晶を以て敵の鱗や防具を腐食させた後に自らその硫晶を研ぎ払い、通常種よりも数段鋭い鏡面のように輝く刃で命を断つ。

 今でも陸珊瑚の台地に残るオドガロン亜種と瘴気の谷に残るディノバルド亜種に対しては、初めて確認された竜種である事から討伐よりも観察に重きを置かれていた。

 強烈な龍属性を操るオドガロン亜種はきっと、イビルジョーやジンオウガ亜種のように雷属性を苦手とするように思える。現に雲が厚く、雷の音がゴロゴロと鳴る日には姿を見せていなかった。姿を現した理由としてはここ最近起きている異変も原因だろうが、その雷を自由自在に操るキリンが居なくなった事もその一つかもしれない、と考察されている。

 そしてディノバルド亜種は原種よりも鋭い刃を持つその代償として耐久性を落としているように見えた。丹念な手入れを欠かさない刃を覆うように生える硫晶は、鞘の役割も満たしているのかもしれない、と暫くの間観察し続けているカシワは想像していた。

 

 瘴気の谷の中で狩人や研究者達が行動出来る地は、その全てと言う訳ではない。ダラ・アマデュラと思わしき巨大な古龍の骨を支えとする安定した場所だけだ。酸の地下水脈のその先も、竜達がきっとより数多に暮らしているであろう死肉の山の先も、人が足を踏み入れるには厳し過ぎる環境だ。

 だから、このディノバルド亜種しか居ない今のこの地の現状も長くは続かないだろうとカシワは踏んでいた。

 地下へと歩いていくと、そのディノバルド亜種の鍛錬の後が様々な場所に見受けられる。叩き付けられ、死肉が弾け飛んだ痕跡。噛み研いで削ぎ落された硫晶の破片。一つを手に取ってサンプルに持ち帰る事にした。そして、壁や地面にに刻まれた幾つかの尾の痕跡。

 硫晶を纏った状態は大剣であり、それを削ぎ落せば太刀になる。原種が刃を赤熱化させる事でより攻撃を苛烈にするのに対して、亜種はまるっきり攻撃のスタイルが変わる形だ。大剣のような豪快な叩き伏せ、薙ぎ払いから、太刀のような鋭い突き、切り上げ、大回転斬りと。そしてそれらを理解し、十全に使いこなしている。

 加えて自身の現状に己惚れる事もなく鍛錬は毎日欠かしていないのもあって、他の竜種が来たとしてもそう簡単には今の玉座を譲る事はないだろう。

 ただ、その強さへの渇望がどこから来るのか、カシワには分からなかった。

 それが竜種と言うものなのかとも思いながらも痕跡を手でなぞると、まだ真新しい。

 警戒を深めて辺りを見回したカシワは、そこで気付いた。

 辺りを見回し、マスクを外す。

 相変わらず鼻が曲がるような腐臭だ。顔を顰めるが、それだけだった。

「……ニャァ?」

 瘴気がいつもと比べてとても薄い。酸の雨が降っている訳でもないのに。

 この瘴気の谷の主、瘴気を操る能力を持つ古龍であるヴァルハザクはここから去っても、瘴気はそのままあり続けた。

 じゃあ何で今、瘴気は薄くなっている? ヴァルハザクがここに戻って来なかったから? そうだとしても急過ぎる。昨日までは何の変化も無かった。

 風が吹き乱れた訳でもない。居るだけで多大な影響を及ぼすような別の古龍が来た訳でもない。

 ……ヴァルハザクが更に遠くどこかへと去って行った?

 そんな予想が立ち、カシワはどこか嫌な予感がした。

 調査を切り上げ、すぐに引き返した。

 

*****

 

 古代樹の森の頂上。

 見晴らしも良く、眩しく温かい太陽の光も、優しい月の明かりも存分に浴びられる。

 狩人の拠点が近くにあるのと、そこに圧倒的過ぎる力を持つ古龍が時々やって来る事はあってもそれぞれはこちらから手を出さない限り無害な存在だ。他に脅威となる竜種は何も居ない。

 子育てには、ディアブロスが居る大蟻塚の荒地よりは遥かに理想的な環境だった。

 ネルギガンテから逃げ、キリンからも逃げて大蟻塚の荒地にやって来たリオレウス亜種の番はしかし、すぐ近くにあるその場所に原種が縄張りを張っているのに手を出せなかった。

 リオレイアは大した個体ではないが、問題はリオレウスだ。

 個体の強さ自体はそう亜種のリオレウスと変わらないだろう。しかし、いつ様子を見に行ってもそれに気付かれていた。

 また、狩りは常に一撃で終わらせていた。獲物に気付かれる事など一度たりとも無い。アプノトスが背中から圧し潰され首を折られるまでの手際は淀みなく、巣に持ち帰るまでに血の一滴も垂れない。

 そんな様子に、亜種の番が原種の番に手を出さない事を決めるのには、時間が必要な事ではなかった。

 より良い環境の為という目的に対してはリスクが強過ぎる。確かに番としての合計の戦闘力はこちらの方が上だとしても、最終的に勝利するのはこちらだとしても、一生治らない痛手を負わせられる、どちらかは確実に仕留められてしまうだろうと言うような予想が湧いて消せない相手だった。

 そして、原種のリオレウスもそんな目で見られていた事は勿論分かっており。

 互いに直接手を出し合う事は無くとも、それぞれがそれぞれを監視し続ける、予断は許されない関係となっていた。

 

 その父親であるリオレウス達は今、連日苦い顔を隠していなかった。

 無事に子供達を巣立たせたのは良いものの、その殆どがあろう事か一足先に巣立って行った希少種と同様に向かいの子供達と番っていったのだ。

 原種、亜種、希少種と合計三組が出来上がった。

 希少種の番はもう遥か遠くに自分達の縄張りを持ったようで、けれど時折色んな場所に顔を見せている。

 そして、原種と亜種の番はまだそんな遠くに行きはせず、見晴らしの良い岬で甘い夜を過ごす事もあれば、大蟻塚の荒地の高台で仲睦まじくアプケロスを食べる事もあった。

 そんな様子に対して、特に父親達は殺気を込めて睨みつける事もあったが、親と同等の肉体を持つに至ったとは言え、まだそんな強くもない子供達はそれに対して厄介者を見るかのような目をしてから逃げるだけだった。

 父親達は納得出来ない表情を浮かべながら、しかしどこにも鬱憤晴らしをする相手は居ない。

 古代樹の森、丁度良いようなアンジャナフはイヴェルカーナに氷漬けにされて死んだ。現れたナルガクルガは巣立つ直前の子供に襲い掛かった後にリオレウスの逆鱗に触れて殺され、巣立ち前の馳走と成り果てた。

 大蟻塚の荒地、現れたディノバルドは荒地で喧しい音を立てながら縄張りを主張していれば、ディアブロスの番の怒りに触れて過去のボルボロス以上に無残な最期を遂げた。

 それぞれの地で他の弱い竜種はもう姿を現さない。ストレスは溜まっていく一方だ。

 かと言って虎視眈々と縄張りを狙っていた、狙われていた相手と友好を結ぶなど以ての外だ。

 結局、父親達はアプノトスやアプケロスに八つ当たりをする程度しか出来る事もなかった。

 そんな様子は竜であれども親がどうこうしたところで、子の恋情までをも曲げる事など出来やしないのだろうという事を教えられているようで、傍から見れば多少なりとも笑いが出て来る。

 当のリオレウス達にしては溜まったものではないだろうが。

 また、子育てを終えるまでの観察、調査は編纂書として纏められ、既に現大陸に送ってある。イヴェルカーナという新種の古龍の襲来、それを含めて新大陸の各地で起こる異変などの不測の事態はあったものの、龍脈溢れる新大陸の影響を現大陸と比較するものとしてはこれに勝るものは無いだろうと思えていた。

 

 その各地で暴れていたイヴェルカーナを脱皮の付き添いという目的の為に大人しくさせたクシャルダオラは、その脱皮を終えてからは随分と機嫌が良さそうに各地を飛び回っていた。

 そのクシャルダオラの機嫌取りの為にセリエナへは行かずアステラに留まっているヒノキは、その日も訪れたクシャルダオラの前で絵を描いていた。

 この頃は、描くものはそのクシャルダオラではない事の方が多い。各地の様子を見聞きした事やら、時にアステラの日常を描く事も多かった。

 今日は、いがみ合っている父親のリオレウス達を傍に、巣立たせた子供達が番っていく様子を描いていた。

 描き終えてクシャルダオラにそれを渡すと、読み終えた後でどうしてかそのリオレウス達に向かって羨ましそうな目を向けていた。

 ……もしかすると、生涯独身……いや、更にもしかすると童貞だったりするんだろうか。

 そんな不遜極まりない想像は顔に出ない内に頭から消しておくとして。

 その古代樹の森の方を眺めていたクシャルダオラが、ふと何かに気付いたかのように動きを止めて、目を細めた。

 最近見つかった渡りの凍て地を含めて、この地で誰よりも強いクシャルダオラが気にする事柄という時点で不安になる。

 ここに居れば自分は安心な事は間違いないが、と思いながらも、そんなクシャルダオラが気にするような事柄にヒノキは思い当たる事はない。

 ネルギガンテの子はある程度成長した後に忽然と姿を消してしまったが、まだ流石に成体にはなっていないだろう。

 ナナ・テスカトリは龍結晶の地の奥地に引き籠って未だに一度たりとも姿を見せていない。

 イヴェルカーナも、クシャルダオラに大人しくさせられてからは活動は自粛している。更に強くなりつつあるマハワには敵わない事を理解してしまった事もあるだろうが。

 そうとなると、新しい竜か古龍でも古代樹の森に現れたか? クシャルダオラが気にする程となると、古龍だろう。

 新しくネルギガンテでも来た? 新しくイヴェルカーナでも来た? それともまだ見ぬ新しい古龍?

 何にせよ大変な事になりそうだと思いながらも、それ以上の規格外が目の前に居るからか、ヒノキ自身が驚く程に余り緊張は抱く事はなかった。

 するとクシャルダオラが軽く風を操り、宙を舞っていた何か白いものをヒノキの目の前まで運んだ。

 手に取ると、それはある種の草木が風に乗せて種を遠くに飛ばすものだった。

「……綿毛?」

 それだけならば、大して気にする事ではない。ただ、それは薄汚れているかのような茶色さを纏っており。

 突いて見れば、それが埃のように散った。

 クシャルダオラ程の古龍が気にする物である、という前提からしてその正体は一つしか思い浮かばなかった。

 これは、瘴気だ。そしてそれを操る存在と言えば。

「…………ヴァルハザク?」

 何故、ここに?

 ヒノキがクシャルダオラの方に顔を戻せば、自身を見ている。

 アステラに報告に行く素振りをしても特に何もしないのを見て、ヒノキはアステラへと走った。

 一度振り返れば、古代樹の森の中から小鳥等が慌ただしく飛び去って行くのが見えた。




あんまり描写されてない竜達:
アンジャナフ:
イヴェルカーナに理不尽に殺害される。
ナルガクルガ:
リオレウスの子供に手を出した事によってリオレウスに殺害される。
死体は子供達の巣立ち前のご馳走に。
他リオレウス除く古代樹の森の竜達:
子育て中のリオ夫婦が居る場所なんか居られるか!

ディノバルド:
ディアブロスの番に殺害される。
上で粋がっていたら、雄に地下へと落とされて待機していた雌の角にそのまま貫かれて致命傷。
そこからは息の根が止まっても暫くボコボコにされていた程。
死体は食べないので廃棄、調査団が回収。
ディアブロス:
もうそろそろ子育て完了。場所が場所なので調査はあんまり出来てない。

オドガロン:
原作ムービー通り。
レイギエナ:
多分渡りの凍て地でリア獣してる。

ドスギルオス:
原作ムービー通りに死亡。
ラドバルギン:
大体原作ムービー通りに死亡。
ただ、痕跡がタールのような、とか形容されてるし、絶対ラドバルギンって不味いと思う。加えて言うと、寒冷地にポポを求めて遠出までして来るティガレックスがそんな不味い肉や腐ってるような死肉を食って満足するようには思えない。
ティガレックス:
最終的に渡りの凍て地にポポを求めて上陸する。


古龍達:
ネルギガンテの子:
導きの地で修行中。
ナナ・テスカトリ:
龍結晶の地の奥地でずっと喪に服している。
イヴェルカーナ:
原作から結構ずれて生存。大人しくなってる。
クシャルダオラ:
元気。因みに童貞。
加えられた設定って訳じゃなくて、元から。
やけに気性が穏やかな理由が、自分がやって来た事が何かを壊していただけで作る事を何もして来なかったから、という事に気付いたからという裏設定。
今更子作りするのも遅すぎるし、けれどこれからはこれ以上何かを出来るだけ壊さないようにしよう、って感じの意志が最初から。


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死を纏うヴァルハザク 2

 唐突に現れたヴァルハザクは、古代樹の森を悠然と歩いていた。

 瘴気の谷では屍肉を身に纏っていたはずのその外見は、この古代樹の森ではその屍肉の代わりに数多の胞子、そしてその胞子を数多に詰め込めているであろう胞子嚢を幾つか身に纏っている。

 見た目だけで推測するのならば、この古代樹の森で生きる為により適したものを纏う事にしたのだろうと考えられる。

 そしてそれは同時に、何故住処であった瘴気の谷から遠く、環境も真逆と言って良い程に違う古代樹の森を訪れたのか、という問いへの強力な推測にもなった。

 ヴァルハザクは体表や口、身に纏っている屍肉から共生している微生物……瘴気を放ち、外敵を侵食していく生態をしている。

 その元来ならばその瘴気はブレスか、その身体の直近だけを気を付けていればそう死に至る程の脅威にはならない程度であった。

 しかし今、その胞子からはまるでポンプのように、瘴気が力強く吐き出されていた。言わずもがな瘴気が広がる範囲は拡大し、またその瘴気そのものの量、毒性も胞子と共生する事によって強くなっているように伺えた。

 ヴァルハザクが歩んだその軌跡には、まるで粉雪が積もるかのように強い瘴気が多く残り、そしてそれらは草木や動物を侵食して更に繁殖を続ける。

 小さい環境生物も、水の中のサシミウオもキレアジも、薬草もアオキノコも不死虫もハチの巣も、アプノトスもジャグラスも、生けるものは何であろうと侵食されていく。

 まるで、この古代樹の森全てを縄張りにしようとしているかのようだった。

 

 クシャルダオラが気付き、そしてヒノキを通じて調査団がその存在に気付いた時にはもう、風に乗って瘴気がアステラにまで僅かながらも降り注いで来る程であった。

 観察などと言う悠長な事など出来るはずも無い、影響の拡大の速さ。

 しかし、既知ではあるが様相が全く変わってしまった古龍に対して初見で討伐出来る程の実力を持った狩人は今現状、アステラには居なかった。そのような狩人は全員セリエナに行ってしまっている。

 飛竜を使ってセリエナに居る有力な狩人達に応援を要請しに行くが、戻るまでには半日は掛かるだろう。

 ウチケシの実の貯蔵を引っ張り出し、討伐ではなく、情報を集める為に狩人達が古代樹の森へと赴く。アステラの目の前に居るクシャルダオラに対しては、ある狩人はおずおずと様子を伺いながら、別の狩人は一目散に逃げるように全速力で、はたまたそれだけの為に飛竜を使って出来るだけ離れた場所まで行ったりする。

 そんな狩人達をクシャルダオラは、どれに対しても大した反応は見せなかった。

 その後にヒノキも赴くが、一応クシャルダオラに伺いを立てるように前で立ち止まる。

 クシャルダオラはヒノキを一瞥すると、特に何事もせず顔を古代樹の森の方に戻す。ヒノキは、自分が身に着けているその装備が、クシャルダオラの血の痕跡がたっぷりと付着したそれであれば良いのだろう、と思った。

 ヴァルハザクとクシャルダオラの間に面識があるとは思えないが、この血の痕跡は、そんな面識もすっ飛ばして強さを、所有物であるという事を知らしめるものなのだろうか?

 何もしないという事は、きっとそうなのだろう。

 ただ、だからと言ってヴァルハザクに太刀を向けても何もして来ないという事にはならないだろうし、何よりも、こんな生態系全てを我が物としてしまうような古龍を逃してしまう事はしてはいけない。

 ヒノキ達がすべき事は、セリエナの精鋭の狩人達……特にマハワが来るまでの間、このヴァルハザクの情報を集める事だ。討伐に赴く時により有利に立ち回れるように。

 

*

 

 まずは、とヴァルハザクが歩いた後である、瘴気に蝕まれた地に足を運ぶ。もう通り過ぎた後だと言うのに、瘴気は色濃く残っている。

 瘴気の谷と同等か、それ以上の濃さだった。

 自ずと狩人達は口を抑えて無言になる。しかし口を抑えていなくとも、身に纏っている防具の隙間から瘴気が入り込んで来るようにも感じられた。

 種火石を使えば多少はマシになるが、数多に使っても、今も新たに生まれ続けている瘴気が失せる事はない。長居はしない方が良いだろう。

 

 雑草に粉雪のように付着しているそれを指で弾いてみれば、もう既に雑草は黄ばんで枯れかけていた。にが虫がぽとりと落ちて死んでおり、木の葉はもう既にしおれている。

 セリエナの狩人が来るまで半日ほど。それまでに古代樹の森は生きているだろうか? 正直に言ってとても怪しい。

 地脈の影響を受けて多種多様な植物が、自分勝手に溌剌と、そして複雑怪奇に成長しまくった土地。それがこの古代樹の森だ。

 それがヴァルハザクが通っただけでこの有様になっている。この瘴気が残り続けたのならば、太い木々さえも蝕まれて萎れ、枯れ、朽ちていくだろう。

「ギャアアアッ」

 瘴気に蝕まれたジャグラスが奇声を発しながら襲い掛かって来る。ハンマー使いの狩人が叩いて潰せば、その血までもが瘴気に蝕まれてか、薄汚れた、血らしからぬ色になっていた。

 時間が、無い。討伐は自分達がしなければいけないかもしれない。

 そして何よりも、逃してはいけない。こんな危険な古龍を生き永らえさせてはいけない。

 その事実が段々と濃厚になっていくのに、狩人達は不安な様子を隠せていなかった。

 

 風を自在に操るクシャルダオラがその風に乗って来た瘴気を見てやっと気付いたように、その瘴気に関しては空にでも居なければ中々に気付きにくい。

 そして、巣立ちを迎えたとは言え、未だ下位程度の実力しか持たない火竜、雌火竜は親元からそう遠く離れた場所にまで冒険はせず、古代樹の森や大蟻塚の荒地に居る事も多く。

 出来た通常種の番の一組は古代樹の森の日向で、異変にも気付かないままに体を丸めて良く寝ていた。

 親元から離れてそんな時間も経っておらず、そして脅威が居ない事にかまけて熟睡を貪っていたその顔は幸福そうであったが、しかし悠然と、そんなに足音も立てずに歩いて来たヴァルハザクにも気付かず眠ったままであった。

 ヴァルハザクは立ち止まり、息を吸う。全身の胞子嚢も呼応するかのように吐き出していただけの瘴気を吸収していき、そして息を止める。

 その横顔に唐突に火球が飛んできた。

 ボォンッ!

「!?」

 そこでやっと起きた番は、見るからにおぞましい古龍と、それに火球をぶつけた雌火竜――母親を見た。

「ガアアッ!」

 さっさと逃げろと雌火竜は吼えた。番は急いで起き上がり、そしてその直後、吼えた雌火竜のその口の中へと、ヴァルハザクのブレスが捻じ込まれていくのを見た。

 ブレスの勢いにのけぞり、その間もブレスは容赦なく全身に浴びせかけられる。

 そのまま背中から地面に墜落し、子である雌火竜が悲鳴を上げた。

「ガッ、グフッ!? ゲェッ、ギュゥッ!!」

 ブレスが終わるが、母親の雌火竜はのたうち回りながら思いきり胃の内容物を、血と共に吐く。たった一撃、瘴気のブレスを浴びせかけられ、そして飲み込まされた体は自らの意志とは無関係にびくびくと震え、立ち上がる事すら出来ない。

 ヴァルハザクはそれへと、止めを刺しに歩いて行く。子の雌火竜が助けに行こうとするのを、火竜が必死に止める。

 そんなギャアギャアと騒ぐ番に、ヴァルハザクが足を止めて顔を向けた。

 胞子嚢に覆われて目が見えないその頭。だが、その顔はしっかりと若い番を見止めていた。そして閉じた口は今にも開かれようと、その瘴気のブレスが浴びせかけられようとしたその瞬間。

 唐突に降って来た上からの影に気付いたヴァルハザクは、咄嗟に身を翻した。

 ドズズンッ!!

 その空間に勢い良く着地したのは火竜と蒼火竜。それぞれの父親である、仲の悪いはずのその二匹は今や同じ対象に向けて殺意を滾らせていた。

 唐突な更なる乱入者に対し、ブシュゥと胞子嚢から瘴気が浴びせかけられる。しかし、火竜は身を翻して胞子嚢を尾の棘で切り裂いた。蒼火竜は即座に飛び上がり、火球を一発浴びせかける。

「ギョアアアアアッ!!」

 ただの竜種による抗いに、ヴァルハザクは怒る。

「グアアアッ!!」

 しかし、蒼火竜はそれに一歩も引かず吼えた。

 また、一歩引いた火竜は番の雌火竜に近寄り、口移しでウチケシの実を与えた。

「ゲフッ、ガブゥッ、グ、ウグ……グゥ」

 その肉体の大きさ故に、口に含んでいただけのウチケシの実の幾つかでは、瘴気の影響を完全には取り除けない。吐かれた血は未だ汚れた色をしていた。

 それからやって来た若い番に、さっさと逃げろと首で示した。

 そこに飛んできた横薙ぎのブレス。咄嗟に番を庇う火竜に対して、蒼火竜がその頭を踏みつけて軌道を逸らす。

 そのまま捩じ折ろうとするが、古龍としての膂力がそれを容易には許さず、そして数多に吐き出される瘴気に放さざるを得ない。

 体勢を戻した火竜は蒼火竜の隣に、そしてヴァルハザクの前に立ちふさがった。

 若い番が母親の雌火竜を助けながらゆっくりと去っていく。

 その去っていく足音を聞きながら、二匹の父親は古龍と戦う覚悟を決め直した。

 相手が古龍であろうともその殺意は微塵も曇らず、それがより一層、ヴァルハザクを苛立たせていた。

 

 薙がれたブレスを身を伏せ、跳躍して躱した火竜達はその直後にヴァルハザクに距離を詰める。勢い良く吹き出る瘴気を胞子嚢ごと火球で焼き払う。羽ばたきで吹き飛ばしながらその爪で身を切り裂く。

 しかし、吹き飛ばされた胞子は薄くこの地を覆う。爪先に付着した瘴気がじわりと体に染み込んでいく。

 距離を詰めなくとも、詰めようとも、そのヴァルハザクと同じ場所に居るだけで僅かずつ体力を削られていた。

 そしてヴァルハザクは強い苛立ちを見せながらも、焦ってはいなかった。爪と火球による何度の攻撃を身に喰らおうとも平然とし続けていた。

 子を数多く為すまでに闘争を生き抜いてきた火竜二匹の火球の威力は、並みの火竜のそれより高威力であるにも関わらず。その爪には猛毒が滴っているのにも関わらず。

 段々と濃厚な瘴気で覆われていくこの地に対して一度強く羽ばたき、視界をクリアにした火竜が見たのは、新鮮な空気を吸い直す為に距離を取った蒼火竜が見たのは、何度もぶち当てた火球の痕跡も、何度も切り裂いた爪痕も、もう既に新たな胞子嚢に覆われていた、最初と何も変わらないその肉体だった。

 そして、ヴァルハザクの動きは緩慢でありながらも、その一撃一撃は当然ながらも火竜のそれより遥かに危険度が高い。

 その目の良さと飛行能力が合わされば、ヴァルハザクの攻撃を避ける事は容易い。ただしかし、一撃でもまともに喰らってしまえば、それは死と同義だ。

 この瘴気が降り積もる地面に倒れ伏せばそれだけで瘴気は全身を巡り、そうなったら最期、ヴァルハザクの意志の一つで全身のエネルギーを持って行かれる。

 ――その具体例をこの火竜達は、父親達は既に見せつけられていた。

 胞子に覆われ、干からびた肉体。

 この父親達から出来た三組の番の内の一つの亜種の番の二匹。そして更に火竜の子の火竜の一匹が。

 それを見つけた蒼火竜の番の桜火竜も唖然としている内にヴァルハザクの攻撃を喰らい、今も尚、森の奥深くで生死の境を彷徨っている。

 その感情を、父親達は圧し留める事が出来なかった。

 巣立たせた後であろうとも、互いにいがみ合っていても、断じて古龍の糧にする為に育てた訳ではない。

 そして……ヴァルハザクは狩人に会いに来る変わり者のクシャルダオラよりは明らかに弱かった。

 勿論、それによって感覚が麻痺していた部分もあるだろう。しかし、ヴァルハザクはクシャルダオラやテオ・テスカトルのように飛行能力を封じてきたり、火球による攻撃が全く効かない訳ではなかった。ネルギガンテやキリンのように圧倒的膂力による攻撃や予測不可能な攻撃を仕掛けてくる訳でもなかった。

 しかし、それでも古龍は古龍である。

 それを今、父親達は思い知らされていた。

「ギュアアアアアッ!!」

 ヴァルハザクの咆哮。それは濃くなっていた瘴気を一身に戻す命令でもあった。

 瘴気が薄くなるも束の間、火竜と蒼火竜は力が抜けて行く感覚を覚えた。

 そう大きなものではない。しかし、確かなその脱力は、長期戦を仕掛ける事すら許されない事を思い知るには十分であった。




次は数週間から1カ月位後だと思います。
Rise発売までには終わらせたい。

火竜達
父母:
火竜      蒼火竜
雌火竜(瀕死) 桜火竜(瀕死)
子:
火竜1(死亡) 
火竜2
雌火竜    ×火竜
        蒼火竜
蒼火竜(死亡)×桜火竜(死亡)
銀火竜    ×金火竜

ゲシュタルト崩壊してきましたね。


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死を纏うヴァルハザク 3

Rise発売までに終わりませんね!
いや、これに集中すれば終わるだろうけど、もう一つ並行で投稿してるので……。


 銀火竜と金火竜。古龍に匹敵する力を持つ火竜の希少種の番は、意外にも目立った動き――調査団が討伐を考えるような横暴をする事はしていなかった。

 親と同等の大きさにまで成長しても、また親元から離れて龍結晶の地に縄張りを持っても(ガジャブー達はまた踊り場を奪われて文句タラタラだったが)、その力を無暗矢鱈に誇示するような事はしていなかった。

 強いて、独身の研究者が時々涙目になって帰って来るくらいにイチャついている程度で。

 強大な力を持つ竜や古龍というのは万能感や独占欲に溺れて何かと目に付きやすいものだが、そうならなかった理由として、その二匹が穏やかな気質であったと言う事柄を当て嵌めるには根拠が薄い。

 それよりかは、歴戦王と呼称すべきクシャルダオラとテオ・テスカトルを目にしている、という事柄の方が適していた。

 番として力を合わせても全く歯が立たない存在を知っている。その事実は、自らの行いを諫める理由としては十分だろう。

 そしてその番は時々、新大陸の様々な場所を訪れている。

 自分達の存在を誇示する為と言うよりかは新婚旅行のような気楽さで、そんな様子はやはり見る者からすると心に来るものがあったりもする。

 勿論、傍若無人に振る舞われるよりは遥かにマシなのだが、討伐して欲しいと密に願う人も少なからず居る程でもあった。

 

*****

 

 ヒノキ達は計三体のリオレウス、リオレイアが文字通り無惨な姿となって死んでいるのを発見した。

 瘴気に塗れて灰色に干からびた肉体。原型が殆ど残っているのが逆に惨たらしく、またその肉体は踏みつければボロボロと砕け散りそうな程に何もかもを奪い取られていた。

 他にこの地に住むトビカガチやプケプケ、ドスジャグラス等の死体は見つかっていない。

 彼等は巣立ったばかりのこの火竜達と違って、自らが弱者である事を自覚している。どこか遠くに逃げているのだろう。

 本格的に自分達での討伐をしなければいけないのだろうと覚悟を固めようとした時、リオレウスの咆哮が聞こえた。

 聞こえた方角は、ヴァルハザクが歩いて行った方。

 そしてその咆哮は巣立ちしたばかりの火竜のような、あどけなさの残るものではない。この新大陸で長らく生き延び、子を為してきた、その強者足り得る所以を誇示する咆哮だ。

 続いて返すかのようにヴァルハザクの咆哮が聞こえてくる。

 半ば信じられない事だが、火竜の親は古龍であるヴァルハザクに喧嘩を売ったらしい。

 子を殺されたから? それとも古代樹の森を守る為? 真意として思い浮かぶそれらは、そんな無謀をするにはどれも適していないように思えたが、とにかくその場所へと急ぐ事にした。

 

 走って行けば、もう既に他の狩人達が近くで身を潜めていた。

 ヴァルハザクと戦っているのは火竜と蒼火竜の二匹だった。殺気を向け合う程に仲の悪いはずの二匹が共闘しているのに驚くが、起きた事柄を伝えられてある程度は納得する。

 子が殺された事はともかく、それぞれの番まで瀕死に追いやられたようだった。

 それに……と、ヒノキは口には出さなかったが、実体験からの推測があった。

 古龍の中でもとびきりの強者であるクシャルダオラが良く訪れるせいで、ヴァルハザクという古龍が自分達でも立ち向かえる存在だと思えてしまったのだろう。

 ヒノキの場合、その結果は死にかけた。

 火竜達の場合はどうだろう? 蒼火竜はともかく、火竜の観察眼は平均と比べてもかなり優れている。普通では敵わない相手に策略を立てる頭もある。

 少なくともそう簡単にはやられないと思うが、それでも相手は変異を遂げてより凶悪になった古龍だ。マハワ達が来るまでの時間稼ぎまでは出来ようとも、倒せるとまでは思えなかった。

 実際、火球をまともに受けようとも、幾ら毒の滴る爪で切り裂かれようとも、ヴァルハザクは平然としていた。

 そんな様子にヒノキは、この場から離れる。

「何をするんだ?」

 疑問に思った狩人にヒノキは答えた。

「……遠くから少しでも手助けしようかと思ってな」

 そう言って、しなる枝を選んで切り、その両端に持っていた糸を縛り付けた。簡単な弓だ。それからもう一本、細い枝を適当に削いで矢にする。

 そして大きめな葉に持っていたウチケシの実を包み込み、それを矢の先に取り付けた。

 共闘までをするつもりは無いが、せめてもの支援だ。

 準備が出来た時、ヴァルハザクが咆哮をした。

「ギュアアアアアッ!!」

 それは撒き散らした瘴気を我が身に戻す命令でもあった。火竜と蒼火竜の肉体からも、染み込んでいた瘴気が僅かながらに浮き上がり、戻っていく。

 その分だけ体力が削られたようで、火竜と蒼火竜は苦い顔をした。

 しかし、瘴気を戻したという事はその分だけ体力を削る事が出来たとも取れるのではないだろうか?

 意外と拮抗しているのかもしれない、そう思ったがしかし、ヴァルハザクの全身の胞子嚢が不気味にボコボコと活性化し始めた。

 見るからに危険な行動、狩人の誰もが見た事も聞いた事も無い行動。その異質さは火竜達にとっても同様だったようで、強く距離を取り、すぐにでも飛べるように脚に力を込めた。

 ヴァルハザクはそして翼を広げ、まるで宙に浮くかのような緩やかな動きで跳び上がった。

 次の瞬間、その全身の胞子嚢が弾けて飛んだ。

 それは、テオ・テスカトルのスーパーノヴァとは比べ物にならない程の広範囲。防御、回避に徹しようとしていた火竜達の背後にまでも、また、隠れていた狩人達をも包んでしまう。そして、その瘴気の濃さは濃霧のように目の前さえも霞む程だった。

 火竜も蒼火竜も飛び上がった時にはもう遅く、その濃い瘴気を全身に受けてしまう。また数多に飛び散ったその瘴気の塊を、蒼火竜は腹に、翼に身に受けてしまった。

「ゴホッ、ゲボォッ」

「カヒュッ、コヒュッ……」

 だが、ヴァルハザクは火竜達への追撃よりも、唐突に聞こえて来た周りの狩人達の強い咳に驚いた。すぅ、と呼吸を溜めたその矛先は、瘴気をまともに受けたとは言え、未だ自身から目を離さず戦意を失わない火竜達よりも、行動さえままならなくなった狩人達へと向けられる。

 狩人よりも遥かに巨大なその肉体だ、口からでなくとも全身を侵食していくその瘴気は瞬く間に体力を絞り尽くすだろう。

 パンッ。

 が、何か妙な音が聞こえた。だが、何も起きない。まあ良い、とヴァルハザクはブレスを横薙ぎに放つ。辛うじて木や岩の陰に隠れ、直撃を避けた狩人達はウチケシの実をどうにか口に含んだところだった。

 体内の瘴気を追い払う事は出来ても、この場に留まる瘴気は口を閉じていようともありとあらゆる隙間から体に染み込んでいく。

 秘薬を噛み砕く。その時には再び瘴気が体を蝕んでいる。武器を構える事は愚か、立ち上がって走る事すらままならない。

 ヴァルハザクが悠然とやって来る。

 結局、ヴァルハザクは戯れていただけだったのだ。殺される。火竜達も敵わな……。

 そんな余裕を見せるヴァルハザクの横顔に、蒼火竜の蹴りが飛んできた。

「ギョアッ!?」

 バリュ、ボリュッ。口を動かしている。

 ヒノキが飛ばした数多のウチケシの実を噛み砕きながら、火竜達は反撃に出ていた。蒼火竜はそのまま頭を鷲掴みにして地面へと叩き付ける。振り解かれる前に火竜がその首を踏みつける。火竜二匹で首を捩じ折ろうとするが、古龍の膂力はそんな事を容易には許さない。

 そして、ヴァルハザクは勿論そのままで居る訳でもない。

「ギュアアアッ!!」

 瘴気を戻す命令だ。撒かれた瘴気が一気にヴァルハザクへと戻っていく。それは頭を、首を掴んでいる火竜達を通り過ぎながら、侵食しながらヴァルハザクへと到達する。

 僅かな時間ではあるが火竜は更に濃い瘴気に晒され、口内に含んでいたウチケシの実は瞬く間に無くなる。頭を、首を掴んでいる脚から力が抜け、瞬く間に灰色に染まっていく。

 溜まらず飛び退くが、着地すれば、そのままがくんと膝が折れた。

 奪われた体力はかなりのものだ。目に見える傷は一つも無いと言うのに、体は疲労を、空腹を訴えて始めていた。そして狩人を逃し、挙句の果てに火竜達に一瞬でも命の危機を感じさせられたヴァルハザクは強い怒りと共に再び吼えた。

 瞬く間に再生、活性化した胞子嚢から全身に強く瘴気を纏う。加えて瘴気のブレス、火竜達は避けるが、蒼火竜はそこから攻勢に出る事に躊躇いを見せていた。

 それに火竜も気付いた。

 蒼火竜は口をだらりと開けて、そこから涎が垂れていくのを止められない。ブレスを避けるのだってもうやっとだ。先程の被弾が、火竜よりも強い疲労を覚えさせていた。

 これ以上の体力の消耗は、致命的なヴァルハザクの攻撃を喰らう危険性が遥かに高まる。

 そのヴァルハザクを、猛毒滴る爪で幾ら切り裂いた事だろうか? 火球を何度ぶち当てただろうか? それら全ての外傷は全く見当たらず、今も尚平然とし続けている。

 絶望しそうだった。どのようにしてこんな古龍に勝てば良いのか分からない。そんな後ろ向きな考えが過る。

 だが、それも一瞬。

 火竜に戦力として不安だと見做された目が腹立たしい。それ以上に、あの炎王龍や鋼龍程の絶対的な力を持っていないのにも関わらず、こうも全てを我が物にしようと傲慢に振る舞う古龍が腹立たしい。

「ガアアアッ!!」

 蒼火竜は吼えた。それを見て、火竜も前を向き直した。

 

*****

 

 金火竜と銀火竜は、久々に古代樹の森の方にまでやって来ていた。

 強い理由があった訳ではない。単純に行きたかったからという気分の問題であった。

 そして、追い出した親が何をして来ようとも、もうこの肉体が親よりも優れたものになりつつある事を理解していた。

 ただ生きているだけで、懸命に自分達を育ててくれた親をも追い抜いてしまった事には思うところが無い訳では無かったが、別にそういう風に生まれたのだからと、強く何かを思う事も無かった。

 それに何よりも、番と共に暮らす事は何よりも幸福であった。

 要するに、呑気だった。

 そんな番は、けれど妙な靄に覆われつつある古代樹の森に、警戒を始める。

 何だろうと目を凝らしてみれば、その靄はどこかで見たような気もする。そうだ、あの……普通の草木が全く生えていない、海の中の風景がそのまま地上に出て来たような場所。その近くの谷から噴き出してきていた靄と同じだった。

 あの谷からは濃厚な死の臭いがしていた。

 辺りを窺いながら飛んで行けば、狩人達の拠点はいつもよりせわしなく、またクシャルダオラは森の中をじっと眺めている。

 あのお気に入りの狩人は共には居ないようだが。

 そしてその森はもう、明らかに弱り始めていた。木々は萎れ、生き物の気配は微塵も無い。あの場所で感じたような死の臭いまでは感じられないが、このまま放っていたらきっとあの谷底と同じようになるのだろうと思えた。

 古龍が関わっているのだろうか? どこぞの古龍がこの地を我が物にしようとしている?

 少なくとも、好ましい事じゃない。

 親や兄弟達はどうしているのだろう? 巣立ちした身ではあるが、流石に皆死んでいたなどという事にはなっていて欲しくない。

 そんな時、聞き慣れた咆哮が耳に届いて来た。

 目を向けたその先では、自分達を会わせまいとしていたそれぞれの父親が、見た事も無い古龍に挑んでいた。




書いていたら死を纏うヴァルハザクは原作より強くなってしまいました。
瘴気を散らした時の影響が、
・スリップダメージが甚大で秘薬噛み砕いても攻撃する余裕がない
・スタミナを枯渇させられる
という。

ただ、ヴァルハザクって不利相性多そうなんだよな、とも。
ただの竜でもディアブロス、ディノバルド、ブラキディオス辺りのとりわけ強力な一撃を持つモンスターは普通に勝ちそう。
特に爆ぜり猛るブラキディオスなんて、クシャルダオラやテオ・テスカトルとかでも普通に勝ちそう。

結局、ヴァルハザクの強さはその瘴気の特殊性が大半で、物理的な攻撃力や敏捷性が余り無いからなー。


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死を纏うヴァルハザク 4

Riseの小説は実はもう2つも書いているんですよ。両方ともR18で、片方はこっちに投げてないけど。


 ヴァルハザクを倒すには、どのような手段が必要か。

 瘴気と共生し、またその瘴気を自由自在に操るそのヴァルハザクの体力は、その瘴気の分も含めて古龍の中でも遥かに高いだろう。現に、火竜の二匹が幾度と切り裂き、炎を吐いてもそれらの傷は全て、程なくして塞がってしまっている。

 竜であろうともとっくに致死量に至る程の毒を身に受けたはずなのに、その動きには微塵の淀みも見られない。

 残念ながら、火竜二匹の攻撃はヴァルハザクにとって未だ大したダメージにはなっていなかった。今まで受けた傷を治癒するのに使った体力も、この古代樹の森に来てから奪い取ったエネルギーの半分にも満たない。

 そして、即座に治らないような深い傷をヴァルハザクに与えられる手段を、火竜達は持っていなかった。

 火竜の持つ、爪、尻尾、火炎。それらのどれも、ヴァルハザクにとってはかすり傷に過ぎなかった。

 ディアブロスのような岩盤をも貫く角、ディノバルドのような竜の肉体でさえ両断してしまいそうな重量のある刃、ブラキディオスのような何者をも砕くその拳。

 そのような、まともに受ければ古龍でさえもただでは済まない文字通りの必殺の一撃があれば、ヴァルハザクにとってもここまで平然とはして居られなかっただろう。

 だが、火竜という種は、空の王者と呼ばれる程の飛行能力を持つその代わりに、そのような絶大な威力を持つ攻撃手段を持っていなかった。

 火竜は、いや、力ではなく、手数や速さの翻弄で敵を攻め立てる事を得意とする全ては、ヴァルハザクに対して相性が悪い。

 それも、火竜達も内心では理解していた。

 どう見ても、自分達が幾度も幾度も攻撃して削った体力よりも、ひたすらに撒き散らされる瘴気から蝕まれる体力の方が多い。

 一向に強い攻撃を当てられないヴァルハザクも苛立ちを増していたが、しかし急所は確固と守りを固めている。優勢なのは自分なのだと理解していた。

 だが。

 唐突に舞い降りてきた二匹の新たな火竜。輝く金と煌めく銀の鱗に覆われたそれらに対して、ヴァルハザクは初めて焦りを覚えた。

 火竜を見る事すらここに来ての初めてだったが、火竜と蒼火竜の存在感は多少強けれどただの竜のそれだった。瘴気に苦しめられれば、無尽蔵に思えるかと思うような体力もない。攻撃だって平凡だ。

 だが、この金と銀の火竜の存在感は一線を画している。派手な見た目だけじゃない、まだ歴戦を生き延びてきたと言ったような様子は見えないのにも関わらず、どうしてか内に秘めたその力は火竜と蒼火竜よりも強大に思える。

 半ば反射的に、ヴァルハザクはブレスを横薙ぎに払った。

 金火竜と銀火竜はそれを跳んで躱す。火竜と蒼火竜のような必要最低限の、即座に攻めに転じられるような避け方ではない。着地して愚直に真っ直ぐ攻めてくる。胞子嚢を活性化させて、防御を濃くした。それを見た金火竜と銀火竜は跳んだかと思えば強く息を吸った。

 どこを狙うのかバレバレではあるが、完全に息の合った、狙いを一点に定めた攻撃所作。激しい悪寒を覚えたヴァルハザクは咄嗟に回避を選択していた。

 その次の瞬間、その二匹から青みがかった火球が放たれ、寸前まで居た位置に着弾、激しい爆発を引き起こした。

 吹き飛んだ石や砂がぱらぱらと降ってくる。地面は抉れ、瘴気は燃え散っていた。

 親でさえ唖然とする威力。着地した金火竜と銀火竜は、それからヴァルハザクに向かって咆哮をした。

 それは火竜二匹が向けてきたような殺意でもなければ、格上に対する挑戦的なものでもなかった。対等かそれ以下に対するような、余裕のあるものだった。

 ヴァルハザクの怒りは頂点に達した。

 

 しかし。

 流石に火竜四匹を相手にしては、分が悪いと判断したのか、ヴァルハザクは踵を返して別のエリアへと移動しようとする。こんな開けた場所ではなく、より緑が生い茂った場所、即ち奪えるエネルギーが多い場所を選ぼうとする。

 撒き散らしてきた瘴気を回収する事も踏まえてか、そうしてヴァルハザクは元来た道を戻ろうとした。狩人も居ただろうが、強い瘴気に対して何も出来なくなる程の矮小な存在だ。それに、前に自分を瀕死にまで追い詰めた狩人も居ない。

 その、追い詰めるだけ追い詰めて立ち去っていった狩人の事を思い出して、殺意がぶり返した。その為にここまでやって来たのだから。

 思考がそんな過去に幾許かの間飛んだその後、目の前に何か置いてある事に気付いた。狩人が置いていったもののようだが……、苛立ちに任せて蹴り飛ばすと、激しい爆発を起こした。

「!!??」

 派手に転ぶヴァルハザク。

 その瞬間、潜んでいた狩人達が飛び出してきた。頭の前に位置取りをした狩人が大剣を掲げ、双剣を握った狩人がひたすらに全身を切り刻む。咄嗟に胞子嚢を爆発させて、その二人を吹き飛ばした。

 だが、起きあがろうとしたその時、上からぱんっ、と何かが弾ける音がした。

 その直後、拡散弾がヴァルハザクに降り注いだ。二度、三度。茂みの奥からドンッ、ドンッ!! と重たい射撃音が未だに響いてきて、その度に全身の胞子が容赦無く焼き払われていく。

 殺意が限界突破する。

「ギュアアアアッ!!!!」

 気合いで立ち上がって、まずはと目の前に居た大剣使いを仕留めようと追いかける。既に逃げ始めていた大剣使いはしかし一瞬振り向いて、閃光弾を放った。

 無闇にブレスを放つが、当たった感触は無く。次に視界が開けた時には、もうどこを振り返っても誰も居なかった。

 殺意の行き場もなく、ヴァルハザクはひたすらに苛立ちを募らせる。

 どうしてくれようか? どうしてくれようか!!

 だが、続いて聞こえてきたのは複数の火竜の羽ばたく音だった。

 自分の前後に降り立ったその四匹。目の前の蒼火竜は口周りを血で汚していた。エネルギー補給を終わらせてきたようだった。

「ガアアアアッ!!」

 そして、未だ殺意を十全に滾らせた目で咆哮を放ってくる。もう逃がさないと言うようなそんな勢いが、ひたすらに不愉快だった。

 

*****

 

 ……ヴァルハザクの敗因は幾つもあった。

 敵を作り過ぎた事。

 瘴気の谷の中の世界しか知らなかった事。

 より強い力を手に入れたとは言え、それでもクシャルダオラ程に常軌を逸した強さを持てなかった事。

 そして、金火竜と銀火竜がやってくると言う、運の悪さがそれに拍車を掛けた。

 ただの火竜二匹に対して、優勢に立ち回りつつも、一向に止めを刺せる展開へと持っていく事は出来なかった。

 見下していた、実際矮小だった狩人達に嵌められた。

 スタミナを取り戻した火竜と蒼火竜。そのスペックの高さを一糸乱れぬコンビネーションで叩きつけてくる金火竜と銀火竜。それらに自らが劣っていると認めざるを得ないと理解した時には、もうその全身は回復が間に合わず傷だらけになっていた。強く瘴気を放つ為の胞子嚢はもう殆どが焼き焦がされ、再生する暇を与えられない。頭を覆っていた胞子嚢も燃やされ尽くし、隠れていた素顔が露わになっていた。

 しかし、逃げる事も容易には適わない。傲慢が失せた時には、それは死への恐怖と翻って一斉に返ってくる。有効打を一撃すらも与えられていないその事実が苛立ちから絶望になって戻ってきた。

 だが、金火竜と銀火竜、その二匹の動きはやはり稚拙だ。せめてこの二匹さえ少しの間でもどうにか出来れば、別の場所にばら撒いてきた瘴気を回復出来る、挽回出来る。

 見下していて今までは完全に集中していなかったが、今になって命の危険を覚えてやっと、深い集中に入る。どうにかしてあの無駄に輝いている二匹に瘴気を浴びせられれば。

 僅かに体に残っている胞子嚢から瘴気を放つ。それを避けて蒼火竜が潰そうと爪を向けてくる。避けてブレスを放つ。その軌道上にいた金火竜が慌てて身を伏せた。火竜が金火竜を庇うように立ち塞がり、銀火竜が攻めてくる。

 背後から、しかし音や振動で分かりやすい。尾で薙ぎ払えば、受け止められたが足が止まったのが分かる。すかさずその銀火竜に振り向いてブレスを放つ。蒼火竜に頭を掴まれたが、とうとうブレスが当たった。

 腹から顎へと瘴気のブレスを受けた銀火竜は崩れ落ち「ガッ、ゴボォッ」と強く吐く。

 まずは一匹目。

 少しばかしの余裕を持ち直す。蒼火竜を瘴気を強く放ちながら力づくで振り払うと、しかし、そんな咳が続いていない事に気付いた。

 それどころか、チリチリと表皮が焼けるような感覚までを覚える。

 嫌な予感がした。

「ガアアアアアッ!!」

 振り向けば、聞こえた強い咆哮。体内から炎を燃やしているような、青白く輝き始めたその全身。

「グッ、ガグッ」

 あらかさまに無理をしているその状態はしかし、瘴気が寄っただけで燃えて尽きていた。

 劫炎状態。

 それは、火竜の希少種のみが顕現させる特殊な形態。古龍に匹敵するとも言われるその火竜の真髄である。

 その身に宿す熱によって瘴気が微塵も効かなくなったその状態は、ヴァルハザクに更に命の危機を覚えさせるには十分であった。

 逃げなければいけない!

 ヴァルハザクは飛び上がった。全身の瘴気を全て放ってでも、今はここから逃げる事が先決だ!

 ……だが、咆哮と共に全身を強く開かそうとも、瘴気はぷしゅぅ、としか出てこなかった。

「ギュ、ギュア?」

 もう既に、そんな事を出来る程の瘴気は身体には残っていなかった。補給も適わず、エネルギーを奪う事も大して出来ないままに燃やされ続けた今までの過程が、とうとう実を結んだ。

 そして起きた事実を理解出来ないままに着地したその眼前には、金火竜が構えていた。

 

 サマーソルト。

 金火竜のそれは通常種、亜種のそれよりも更に苛烈な、横回転からの縦回転の二段構えである。

 一撃目がヴァルハザクの横顔を殴りつけ、怯んだその顎をかち上げる。

 悲鳴を上げる間もなく、蒼火竜がそれを踏みつけ、地面へと叩きつけた。

 必死に暴れるヴァルハザクはしかし、もう先程までの力強さもなかった。金火竜の激しく強烈な毒が、瘴気を、補える体力を失ったその体をとうとう蝕んでいく。そして、それ以上に瘴気を使い尽くしてしまったその絶望が、心をも蝕んでいた。

 火竜もその体を全身で抑えて拘束する。瘴気を失ったヴァルハザクなど、もう恐れるものではなかった。

 その間に金火竜も劫炎状態へと移行し、銀火竜と並び立つ。

 すぅぅぅっ!

 ヴァルハザクの目の前で二匹が息を強く吸う。更に火竜と蒼火竜の爪から体に伝えられていく毒が相乗して、足掻く事すら許されなくなっていく。

「ギィッ、ゴブゥッ、ゴヒュッ」

 血を吐き、体が痺れる。目が霞む。激しい悪寒が体を包み込む。

 蒼火竜と火竜がその身から離れた時、もうヴァルハザクは目の前に迫る青白い炎に、諦めるしか出来なかった。

 そして起きた大爆発は、咄嗟に離れた蒼火竜と火竜さえをも吹き飛ばした。

 

*****

 

 血煙が晴れていく。

 段々と露わになっていくその威力は、頭を完全に失ったヴァルハザクという結果で明示された。

 先程よりも更に威力を増したその結果に慄く父親達に対して、劫炎状態を解いた金火竜と銀火竜は、呑気に口付けを交わしていた。




まあ、
ヴァルハザク vs 火竜x4
だったら火竜が勝つよね、っていう。

瘴気を使い果たしたヴァルハザクに対し、サマーソルトから火球大爆発という流れが最初からイメージとして鮮明にあったのです。

ヴァルハザク:
文中でもあったように、マハワへのリベンジを目的に古代樹の森に来ていました。
再び会う事もなく死にました。

後1話だけ続きます。


因みにRiseで小説書くとしたら、現状だとマガイマガドを結構主役級に据えて書きたいとか思ってたり。
タマミツネ♂に惚れるジンオウガ♀とマガイマガド♀の話とか。
まあ、本編やってからじゃないと明確には分からんけど。


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死を纏うヴァルハザク 5

 ヴァルハザクの撒き散らした瘴気は、その宿主を失った今となってはこの古代樹の森には根付く事はなさそうだった。

 動植物問わずに肉体へと潜り込んでエネルギーを奪い去っていくその恐ろしい微生物はしかし、微弱な風にすら逆らえず、水を浴びれば地へと縛り付けられる。時が経てば、そんな瘴気の大半は消え去ってしまっていた。

 天候の影響を受けにくく空気が澱んでいる谷底であるからこそ、瘴気はヴァルハザクの身を離れても長時間その場に留まる事が出来たのだろう。

 

 未だに木々の奥深くにまで根付いて宿主の帰還を待ち侘びる残り僅かな瘴気はしかし、人の手によって切り倒されて燃やされる事で終わりを迎えようとしている。

 そんな作業をする狩人達に、火竜達は手を出す事もなかった。

 瀕死に陥っていた雌火竜の二匹も火竜達の努力でどうにか一命を取り留め、今や原種も亜種も寄り添って無事を穏やかに享受している。

 しかし、それに加えて寄り添おうとした子供達を、親達は冷たく突き放した。

 元より、同じ縄張りの近くに居続けられる事は好ましくなかったのだ。いがみ合っていた親達を傍に番ってしまった子達を追い出す事は、その番の親に対する宣戦布告にもなるようでし辛かっただけだった。子達もそれを理解していて、親の縄張りから大して離れる事なく平穏を貪っていた。

 その結果がこれだ。平穏はもう、庇護されて享受するものではない。自らの手で掴み取るものだ。

 子供達は、そうして渋々ながらもどこか遠くへと飛び去っていった。

 また、銀火竜と金火竜も無事を見届ければそれに寄り添う事もなかった。だが、帰る事もなく古代樹の森でデートをそのまま敢行していた。

 もう逆に親達を追い出す事も可能な程の力を秘めたその肉体は、しかし未だ発展途上である。古龍の頭を爆散させる様を見せつけられた父親達がその特別な子供達に向ける目線は、どこか遠いものとなっていた。

 

 火竜達が襲ってくる気配は無いが、瘴気の除去に対してヒノキやらの元気な狩人は念の為の護衛に就いていた。

 はたまた、研究者達は瘴気に冒された竜や植物の一部をサンプルとしてアステラまで運ぶ事もあれば、頭を失ったヴァルハザクの死体を調査したり。

 それに対しても、火竜達は特に何もして来る事はない。

 人のように素材として身に纏う事もなければ、トロフィーにすると言うような習慣もない。また、瘴気を殆ど使い切って死んだとは言え、それを操る古龍を食そうとは思わなかったようだった。

「それにしても……凄い威力ですね……」

 正に爆発四散したヴァルハザクの頭。その破片はグロテスクとも思えない程の小さな破片となって広くに散らばっていた。

「あれでまだ発展途上なんだから、本当に希少種ってのは底が知れない」

 解剖してみれば、血液はドス黒く染まり、内臓も機能不全に陥らされている事が分かる。

 毒に関しては計三匹のそれを一身に受けた事もあるだろうが、まともに受ければそうなってしまう火竜達の毒を、瘴気がある状態ならば無効化してしまうヴァルハザクの力にも驚きは強い。

「これだけ手痛くやられちゃ、素材として使えるかも怪しいな」

 そんな残念な結論も出て来てしまった。

 そこへ、やっと到着したマハワがやって来た。

 戻って来た時には全てが終わっている事を知らされていただろうが、実際にもう解剖までされているヴァルハザクを目にすると露骨につまらなさそうな顔をした。

「欲を言えば、俺が倒したかったな」

「そんな単純な相手じゃなかったけどな」

 そう返せば、背負っていた双剣というよりは二本の手斧をクルクルと弄り始めた。

 見るからに危ない輝きを放つその手斧が何を基にして作られたのか、すぐに察しが付く。ヒノキもそれを基にした太刀を持っている。

「バゼルギウスの武器か? 最近発見されたっていう特殊個体の?」

「そうだ、爆ぜり猛るバゼルギウスから作られた、名もバゼルボンバー!」

「バゼルボンバー」

 名からして、バゼルギウスのような情け容赦ない爆殺をさせる気が満々だと思った。

「瘴気だろうと爆発で吹き飛ばせる程の力を持っているからな、行けそうだと思っていたんだが……」

 そういう試みを古龍で試してしまう度胸はもう無謀というか……。だが、実際そんな事も即興でそつなくこなしてしまえる程の、根拠のある自信を内に秘めている事もヒノキには感じ取れた。

 テスカトとネルギガンテのそれぞれの番の死闘を見てからというものの、マハワはその狩りの技術を今も尚、まるで古代樹が際限なく伸び続けるかのように成長させ続けている。

 ……あのクシャルダオラにも、今のマハワの牙は届くのだろうか?

 そんな事を思っているのがマハワにも伝わったのだろう。

「あのクシャルダオラには、俺は届かねえよ。

 テオ・テスカトルになら今の俺でも1%くらいの可能性がありそうだが、クシャルダオラにはどう足掻こうと0%だ。

 あのテオ・テスカトルは戦い方にも拘りがあっただろう? 自分が一番優れているという自負と王であり続けるというそのプライドが、最終的に大きく劣るはずの相手に命を奪われる原因となった。

 だが俺達狩人が竜や古龍に打ち勝つ為に何でもするように、あのクシャルダオラは拘りも持たなければ、何でもするだろう?

 特に驕り高ぶる事なんぞ絶対にしない、だから0%だ」

「そう、だな」

 飄々としながらも堂々としている。自分の大切をいざとなれば捨てる事も躊躇う事もないであろう、誇りや実力とは別の強さ。それをクシャルダオラは持っている。

「悔しいが、アレに勝てるようになる為には、俺の寿命は短過ぎるだろうな」

 もう達観しているように、マハワは締め括った。

 

*****

 

 手遅れな程に瘴気に冒された木々の処理も終える頃には日が暮れ始めていた。

 護衛を早めに切り上げたヒノキがクシャルダオラの元へと戻れば、クシャルダオラは一歩も動いていない位置にそのまま座っていた。

 早速クシャルダオラは手帳を渡して来て、描けというように目を向けてくる。

 ……クシャルダオラは、火竜達も自分達もヴァルハザクに負けてしまったら、この重い腰を上げただろうか?

 そんな疑問を抱きながらも、さらさらと起きた出来事を描いていく。

 干からびた火竜達の死体、ヴァルハザクに立ち向かう、仲が悪かったはずの二匹の火竜。

 ……俺に強い害を及ぼされたなら、きっと叩き潰しただろう。

 やって来た金銀火竜、一旦退いたヴァルハザクに対して奇襲を掛ける狩人達。

 ……そうでなかったならば、俺を咥えて巣にでも持ち帰っただろうな……。

 もう、このクシャルダオラとの付き合いの時間は、始まってから季節を一巡する長さに届いている。行動論理も基本は分かっていた。

 興味のある事柄以外には、自らの身に多少危害が及ぶ事があろうが干渉しない。

 どうしてそうなったのかは分からないが、基本自意識の強い古龍がここまで特異な性格になるのには、それ相応の理由があったのだろうと思っていた。

 この関係には言葉というものを介さないし、これからもそんな事は無いだろうから、それを知れる時は来ないだろうが。

 日が急激に落ちていく。イヴェルカーナの活動は鳴りを潜めたとは言え、今は寒い季節でもある。

 火竜達が優勢に事を進める絵を描き終えれば、後はヴァルハザクが止めを刺される絵を描いて終わりではあるが、もう手元も怪しい暗さになっていた。

 立ち上がって、一旦背を伸ばす。大きく欠伸をしてから、枯れ枝やらを集めて火を起こす準備をする。

 歴戦王とも呼ばれる古龍の前でさえも欠伸が出来る程に緊張の欠片も抱かなくなった。

 クシャルダオラが翼を軽く動かせば、周りの枯葉や枯れ枝が小さな竜巻に誘われて目の前に山となる。

 関係は穏やかに続いている。そして、相互理解は時を経るに連れて少しずつ深まっていた。

 火を起こそうとすればクシャルダオラが手伝ってくれるように、そしてまた、ヒノキは何を問わずともクシャルダオラが描いて欲しいものを理解するように。

 だとしても、クシャルダオラが更に狩人達に歩み寄る事は無いだろうけれど。

 火を起こして暫く、焚き火からパチパチと音が鳴り響き始めたのを確認してから、ヒノキは最後の絵に取り掛かった。

 

 銀火竜と金火竜がヴァルハザクに浴びせかけた火球を炸裂させれば、後に残ったのは頭を失わせた無惨な死体。

 それを描き終えて、何度か見直す。二つ目の完全な白紙から始まった手帳も、ページ数は残り半分を切っていた。

 ちょいちょいと書き直してから、クシャルダオラに渡した。

 クシャルダオラは喉を鳴らしてその手帳を爪で挟んで受け取るが、そのまま開かず立ち上がって翼を広げた。手渡すのが遅くなった時は、この場で中身を読まずに帰る時もあった。

 目覚めと共に朝を迎えてからきっと待ちに待ったように読み始めるのだろうと思ったら、ある地域で冬のある日に子供の寝床にこっそりプレゼントを置いておく風習を思い出して笑いそうになったのは秘密だ。

 クシャルダオラは飛ぶ前に、来るか? というように自分を見てくる。

 その誘いに乗れば、龍結晶の地の高台から朝日や夕日、それから月を眺めるという風情に満ち溢れた時を過ごせるが。

「今日は、疲れた」

 そう言って腰を地面に付ける。

 すれば、そうかと言うようにクシャルダオラはあっさり飛び去っていった。

「流石に、ふかふかのベッドで寝たい気分だ」

 そう呟きながら暫くぼうっと焚き火を眺めていれば、銀火竜と金火竜が遠くから歩いて来たのが見えた。

 歩きながらでも舌を交わしたりと好き勝手にやっているその様子は、結婚願望のある独身からしたら、歯軋りをしながら血の涙を流す程のイチャつきだ。

 しかし、巣立ってからまだそう時間が経っていないというのに、その実力はもうかなりのものだ。古龍と一戦交えた後でも疲れなど微塵も見せていない。

 まだ一体相手にならばヒノキでも勝てると思うが、二体を同時に相手取るならばマハワでも多少は苦戦するだろうと思う。

 そして、これでもまだまだ発展途上の実力だ。火球や毒の威力は刧炎状態を使いこなせていなくとも親を既に追い越しているが、経験や技術と言った点では親にはまだ強く劣る。

 このままでは余り長生きする事も出来ないだろうと思うが、クシャルダオラが居るからか、本当に天狗にはなっていない。

 ヒノキはそこまで結婚願望も抱いていなければ、討伐されるような事も起こして欲しくないとは思っているが、そんな事を起こすような個体でも無いとはまだ、信じている。

 そんな二匹はどうせすぐに離れていくだろうと思っていたが、ヒノキの方にまで歩いて来た。

「……?」

 何をするのかと思いきや、ある程度まで近づいたところで立ち止まると、少しの間じろじろと見るだけ見て去っていった。

 自分とクシャルダオラの関係を不思議に思っているのだろうが、余り良い気分ではなかった。

「……帰るか」

 飯でも食って、さっさと寝よう。今日は疲れた。

 

*****

 

 翌朝。

 どうしてか早くに目覚めたヒノキは、古代樹の森へと散歩をしていた。

 ホットドリンクを飲む程ではないが、中々に肌寒い気温。ジャグラスやアプトノスといった竜達はもう、いつものように活動している。

 ヒノキを見れば逃げていくのもいつも通りだ。

 クシャルダオラにマーキングをされて竜種が逃げてしまうようになってからは、ヒノキは専ら採集しかしていなかった。

 それでも狩人では在りたかったし、はたまた修練場でだけ鍛錬を続けるのも味気ないというのもある。

 道すがらに鉱石や植物、キノコなどを採集していると、ジャグラスに食い散らかされたアプトノスの死体を見つけた。

 呼吸を整えてから腰溜めに特殊納刀の構えに移る。そして強い踏み込みと共に抜刀斬りをすれば、骨ごと真っ二つに切れたアプトノスの死体が爆発を引き起こして骨肉が一気に弾け飛んだ。

「ほんっとうに危険な太刀だよな、こいつ」

 そう言いながらそのバゼルバルガーを研いで、鞘に納めた。爆ぜり猛るバゼルギウスの素材を使う事で更に強化出来ると言うが、そうしたらどんな太刀になるやら。

 まあ、また竜種と戦う事もいつになるのか分からないが。

 銀火竜と金火竜も去ったようで、足跡は古いものしかなかった。

 

 ヴァルハザクが死んだ場所にまで歩いていくと、何者かが肉を貪っている音が聞こえた。

 毒に冒された古龍の死体などを貪ろうと思う生き物は精々一、二種しか思いつかず。一応警戒してその場所を覗くと、居たのはネルギガンテだった。

 きっと最小個体よりも一回りも二回りも小さいと思える、まだ小柄で若い肉体は、自分も良く見知っている個体だと分かる。

 竜結晶の地からも去って久しく、どこで何をしているのか全く分からなかったが、無事が分かって少しほっとした。

 わざと足音を立てて歩いていけば、ネルギガンテが振り向いた。

「古龍を喰らう古龍が漁夫の利なんてするもんじゃないだろう……」

 ただ、そう呆れ気味に呟くヒノキに対して、ネルギガンテはごっくんと肉を飲み込んでから上機嫌なように喉を鳴らした。火竜の毒もネルギガンテにとっては大したものでは無いらしい。

「まあ、ある程度大きくなったようで」

 まだ育ちきっていないとは言え、最後に見た時よりは一回りも二回りも大きい。

 その肉体も、成長するだけよりも鍛えられている印象があった。鳥竜などであればその腕の一振りで顔を叩かれたら、今でも首がポッキリ行きそうである。

 未だ調査団が辿り着いていないようなどこかで修行でもしているのだろう。

 そのネルギガンテは、ヒノキに向き直るといきなり強く高く跳び上がった。前動作もほぼ無しに高く。

 一瞬身構えるが、空中で半回転して落ちてくるその先は、ヴァルハザクの死体に対してだった。

 どぢゅう!!

 現大陸のどこかで見た事のあるような既視感のある動きだったが、威力はそれよりも段違いに高い。

 何せ背中に生えている棘が一斉に突き刺さるのだから、これをまともに食らえばヴァルハザクであれど致命傷になるだろう。

 そんな自分の成長を見せびらかすように振る舞った動きは、けれど。

「お前なぁ……」

 ぐい、ぐいと何度寝転がろうとしても、中々に引き抜けない。

 ヒノキが太刀を抜く振りをして、近付いていく。ネルギガンテは分かりやすく焦るが、結局ヒノキが首に振り下ろす振りをするまで棘が抜ける事はなかった。

 結局、棘をボキボキと折って脱出したのはそれから更に数分後の事で、ヒノキはその間に適当な長さの木の枝を持って来ていた。

 それをネルギガンテに向ける。

「少し戦ってみるか?」

 鈍りを解消するにも丁度良い相手だ。

 それに対してネルギガンテは、こんなひょろい生き物が? と言うような目線を向けてきた。

 いつでも止めを刺せる状態になってた癖に。

 それでも枝を向け続けていると、ものは試しにと前脚を軽く叩きつけてくる。ひょいと避けて頭を叩く。何度かそれを繰り返すと唐突にタックルをしてきて、それも尻尾の方に避けて視界から外れる。

 その尻尾を叩けば即座に振り向いて、先ほどより力の篭った叩きつけをぶつけてくる。

 バゴォッ!

 そのまま地面をも抉れば、ヒノキに向けて棘を折り飛ばして来た。転がってギリギリ避ける。

 どれも予備動作が分かりやすく、また体躯がまだ小さいのもあって躱すのには苦労しない。

 段々とネルギガンテも本気になってくる。気遣っていたのもなくなり、まともに受けてしまえば死にそうな攻撃もぼちぼちと。

 ……クシャルダオラはこれ以上狩人に歩み寄る事は無いと思っていたが、俺の方が竜や古龍の方に歩み寄っているのかもしれないな。

 ヒノキも集中を深めていく中で、そんな事を思う。

 飛び掛かってきたその頭を踏みつけて、強く跳躍。木の枝を思い切り叩きつければ簡単に折れて、それが模擬的な戦いの終わりを告げた。

 

 露骨に悔しがるネルギガンテに対して、ヒノキはその横顔を撫でる。

 その表皮は、撫でただけでもネルギガンテという種の、古龍の中でもトップクラスに入るであろう膂力を感じさせた。

 まだまだこいつは強くなるだろう。

「じゃあ、またな。元気で居ろよ」

 期待を込めた言葉を返して去っていくヒノキに、ネルギガンテは次は負けないからな! と言うように、咆哮を返した。




驕り高ぶらない歴戦王クシャルダオラ:
近接武器が届くところに降りてこないし、頭も尻尾も含めて龍風圧纏ってるし、閃光は効かないしで、圧倒的クソモンス。

ネルギガンテ:
ジンオウガの背中叩きつけを習得している。
威力は相手が古龍であろうと一撃必殺級だけれど、抜けないので外したら死ぬ。
まだそんなに強くない。


そう言う訳で死を纏うヴァルハザク編終了です。
次書くとしたらムフェト・ジーヴァ&アルバトリオン編だけど、以下の条件で書く事にしようかな、と。
・全期間各話UAの全てが5000を突破する
まあ、基本書かないって事です。

Riseで書きたいのは結構定まっているけれど、他に色々書いてからになるので、それも結構後になるかと。


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