暴力系ヒロインLV99「オレより強い奴に逢いに行く」 (トマトルテ)
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暴力系ヒロインLV99

『正直、暴力系ヒロインって好きじゃないわ』

 

 更衣室でブルマ(・・・)体操服に着替えながら、オレは前世(・・)の友人の言葉を思い出していた。

 

『理由? いや、わざとじゃないのに殴られるって理不尽じゃね? そりゃあさ、いきなり裸を見られたりしたら嫌な気分になると思うぜ。でもよ、そこに情状酌量の余地がある場合だともっと大人な対応をしろって思わねえ? まあ、男の俺達(・・)が思うよりも乙女心ってのは複雑なんかも知らないけどさ』

 

 それは男友達と交わした何気ない会話。

 転生して()()()()()今となっては、まずすることがないであろう懐かしいものだ。

 

『まあ、何にしろギャルゲーでも暴力系ヒロインは攻略はしない。現実だったら尚更だな』

 

 話題は暴力系ヒロインについて。

 昨今、人気がなくなってきている暴力系ヒロインに対する考察だ。

 理由はまあ、友人が語った以外にもあるだろうが、男に人気が出ないというのは事実だろう。

 

 そして、その男に人気が出ないという事実に性転換したオレは目を付けた。

 なぜ目を付けたのか。その理由は深いようで実にシンプルだ。

 

「キャーッ! のぞきよー!」

「また、エロ馬鹿トリオの奴らだわ!」

破道(はどう)さん、いつものようにやっちゃって!」

(みちる)姉さんの正義の鉄槌を見せてください!」

 

「やれやれ……またか」

 

 周りの女子の悲鳴で思い出から引き戻される。

 そして、オレ破道(はどう)(みちる)は逃げる下手人達の方を向く。

 クラスメイトの言葉からも分かるように、エロ馬鹿トリオは覗きの常習犯だ。

 

 故に逃げ足は実によく鍛えられている。

 すでに廊下の突き当りを曲がり、階段を下りて逃げようとしている所からもそれは分かる。

 ああ、だが、しかし。

 

「――縮地」

 

 そんなものは暴力系ヒロイン(破道満)の前では無意味だ。

 ただの一歩(・・)でエロ馬鹿トリオの前に回り込み、逃げ場をふさぐ。

 

「ゲェ!? 破道(はどう)!?」

「は、破道だッ!? 破道が出たぞ!」

「もうだめだぁ…おしまいだぁ……」

 

 オレの登場に、この世の終わりとでもいう表情を見せるエロ馬鹿トリオ。

 それもそうだろう。オレは暴力系ヒロイン。これから制裁が始まることは確定事項なのだから。

 いや、別にこいつらのヒロインになったつもりはないが。

 

「おい、なに諦めてんだよ! いくらリアル三国無双と名高い破道も1人の女の子だ!」

「そ、そうだよな。その赤髪は敵の返り血で染まったとか言われてるけど、女だよな!」

「おう! おっぱいが大きくて、尻が柔らかそうならみんな女だ!」

 

「……はぁ、せっかく半殺しですませてやろうと思ってたのにな」

 

 オレの登場で初めは絶望しかけていたエロ馬鹿トリオだったが、何故か気勢を取り戻す。

 ついでにオレのたわわに実った果実と、ブルマ姿を凝視し始める。

 いっそ清々しい程の視線。男時代の俺なら尊敬を覚えていたかもしれないが残念。

 今のオレは暴力系ヒロイン。しかも、ただの暴力系ヒロインと思ってもらっては困る。

 

「4分の3殺しだ」

 

 俺はその場で正拳突きを繰り出す。

 繰り出すだけだ。エロ馬鹿トリオに当てたりはしない。

 

「…? 今パンチの後に音がしたような――」

「ん、なんか体に――」

「衝撃が――」

 

 なぜかって? 答えは簡単。

 

『ヒデブッ!?』

「出たわ! (みちる)さんの『空弾(くうだん)正拳(せいけん)()き』ッ!」

「音をも置き去りにする正拳突きで、空気を弾くことで不可視の攻撃を可能とする技……」

「ああっ! 流石ですわ、お姉様!」

 

 殺してしまわないようにだ。

 エロ馬鹿トリオはオレの正拳突きの余波で吹き飛んでいき、壁に当たり蛙のように潰れる。

 

「さらにもう一発ッ!」

『ウギャァアアッ!?』

 

 そして、そこに止めの正拳突き(衝撃波)を叩き込み完全に意識を奪う。

 殺さないように加減はしているが、手を抜く気はない。

 それでは暴力系ヒロインとして不完全だ。

 

 やるならば徹底的に。もう二度と近寄りたいと思わないようにしなければならない。

 なぜならオレは。

 

「覗きは犯罪だ。少しは反省しろ……まあ、もう聞こえていないだろうけどな」

 

 暴力系ヒロインLV99なのだから。

 

 

 

 

 

 オレが暴力系ヒロインLV99になった理由はズバリ、元男だからだ。

 

 精神的に男なのだから、男に言い寄られるとか気持ちが悪い。

 そうならないためには男に嫌われる必要がある。

 だから、男が嫌いな暴力系ヒロインを極めよう。

 

 三行で説明するとこういう形になる。

 

 これは自分で言うのもなんだが実に名案だったと思う。

 万が一オレの見た目に惚れられても、暴力的な態度で男は逃げていく。

 そして、反対に女からはヒーローのように扱われ黄色い悲鳴を浴びる。

 まさに、護身と実益を兼ね備えた完璧な作戦だ。

 

 まあ、ヒーロー扱いされるのは、明確に覗きとかを行うエロ馬鹿トリオのおかげでもあるが。

 もちろん、感謝はしない。

 一応一人の女としても、元男としても覗きはダメだろと思っているから。

 

 とにかく、このような形でオレは第二の人生を順風満帆に生きていた。

 

 

 ―――海野(うみの)(なぎさ)という少年に出会う日までは。

 

 

 

 

 

「いっけなーい! 遅刻遅刻ぅー!」

 

 ある朝、オレはそんなふざけたことを言いながら縮地で学校に向かっていた。

 いや、遅刻しそうなのは冗談でも何でもないのだが。

 

 なぜ縮地が使えるのに遅刻などするのかと思われるかもしれないが、遅刻とは気の緩みだ。

 例え、学校まで一分もかからなくても、油断すれば間に合わない時間まで寝てしまう。

 それが人間というものだ。

 

 そして、急いでいる時ほどトラブルが起きやすいのが人生だ。

 

「人!?」

 

 曲がり角を曲がったところで、同じように走っている人間を発見する。

 当然オレは焦る。このままではオレと衝突した相手のスプラッタな死体が出来てしまう。

 音速を超えた動きを可能にした人間の辛いところだ。

 

「まだ避けられる!」

 

 故にオレは右足で地面を蹴ることで、無理やりに進行方向を変える。

 なにやらアスファルトが割れたような感触がするが、人命には代えられない。

 これで一先ずは安心。そう、思ったのだが予想外のことが起きた。

 

「相手も避けた…!?」

 

 あろうことか、目の前の相手もオレに反応して避けようとしたのだ。

 音を超えたスピードを出しているオレに対してだ。

 そのあり得ない状況に思わず思考を止めてしまう。

 

「しまッ――」

 

 そう思った時にはすでに遅い。

 オレは目の前の相手と正面衝突してしまった。

 

 が、そこで諦めるようでは暴力系ヒロインLV99は名乗れない。

 

 ありとあらゆるラッキースケベな展開に、対処するために鍛えられた反射能力は裏切らない。

 もはや無意識の領域で自ら後ろに飛ぶことで、衝突の衝撃をゼロにする。

 

「す、すみません! ボ、ボク、急いでいて前を見てませんでした!」

「……いや、怪我がないなら良い」

 

 どうやら最後の足掻きは功を奏したらしく、朝からミンチより酷いものは見なくて済んだ。

 ああ、最悪の事態は避けられた。それ自体は喜ばしいことだ。

 しかしながら、別の問題が起きてしまっていた。

 

「怪我が無いならオレの上からどいてくれないか?」

「え? ああ! す、すみません!!」

 

 咄嗟に後ろに飛んだ俺は、そのまま進んできていた相手に押し倒される形になっていたのだ。

 因みにうちの学校の男子の制服を着ているので、女という線はない。

 銀髪のショートカットという、ヒロインを張れそうな見た目なのだが残念、男だ。

 

「早くどいてくれ。でないと殺さないように加減して殴るのが難しいんだ」

「はい、すぐにどきま……は?」

「安心してくれ。ここ数日の記憶が抜ける程度の威力だ。なに、心配するな。度重なる人体実験のおかげで力加減は完璧だ。君は心安らかに殴られてくれればいい」

「いやいやいやッ! どこにも安心できる要素がないですよね!?」

 

 何やら狼狽えた様子で逃げるようにオレの上から退く少年。

 その姿に若干哀れみを覚えるが、暴力系ヒロインに容赦の二文字はいらない。

 一回だけなら……と許してしまうのは薄い本におけるメス堕ち展開の鉄板なのだから。

 

「というか、さっきは怪我がないことに安心してくれてましたよね?」

「意図せずにつけた傷なんて、自分の未熟さを見せつけられてるみたいで嫌だろう?」

「清々しいまでに自分のことしか考えてませんね!?」

 

 何やら必死に逃げようとしているが、そうはいかない。

 しかし、1つだけ懸念事項もあるので一応聞いておく。

 

「ああ、殴る前に1つだけ確認しておこう。君は男だな?」

「見たら分かりません?」

「よかった。あまりに中性的な顔立ちをしているから男装女子かと思っていたよ。これで何の迷いもなく君を殴れる」

「この人無茶苦茶だ!」

 

 女性と言われたら、そのまま信じてしまいそうな可愛い顔が涙目になる。

 思わず手を緩めたくなるが、オレは暴力系ヒロインLV99。

 感情で暴力を振るうのではなく、理性をもって暴力を振るう存在だ。

 

 どんなに可愛い男の娘でも男は男だ。

 油断していれば、狼となっていつ攻略されるか分かったものではない。

 故にどんなに小さいフラグも、初めのうちに摘み取っておくことが大切なのだ。

 

「なに、痛みを感じる間も与えないさ」

「もはや殴る前の台詞じゃないですよね!?」

「次に君と会える時は友人になれると嬉しいよ」

「だったら今から仲良くしましょうよ! ねえ! ラブアンドピースッ!!」

 

 未だに女々しく逃げようとする少年に対し一歩踏み込む。

 そして、体を大きく捻り遠心力を生かした大振りのパンチを彼の顔面へ突き刺す。

 

 はずだった。

 

「うわあぁああッ!」

「外れ…た…?」

 

 だというのに、オレの拳は空ぶっていた。

 あの距離で空ぶるなどあり得ない。

 まさか、無意識のうちに殴りたくないと思ったわけでもあるまい。

 だとしたら、拳の波動で直線状にできたアスファルトの地割れが説明できない。

 全力ではなかったとはいえ、手を抜いてはいない。

 ならば、考えられる可能性は1つ。

 

「オレの拳を避けたということか……」

 

 目の前の少年は暴力系ヒロインLV99の拳を避けてみせたのだ。

 決して男に攻略されぬように磨き続けてきた、この拳を。

 

「まさか君は……」

「と、とにかくすみませんでしたぁああッ!!」

 

 オレが深く考え込んでいる間に、少年はチャンスとばかりに逃げ出していく。

 その後ろ姿を見送りながらオレは拳を見つめる。

 もしこれが勘違いならば、オレは彼を無暗に傷つけることになる。

 だから試していいものかと悩んでいたのだ。

 

 しかし、その悩みもすぐに消える。

 

「理不尽でなくして何が暴力系ヒロイン」

 

 そう。暴力系ヒロインとは理不尽であるもの。

 憶測や勘違いで主人公を傷つける。それこそが本分ではないか。

 迷いは消えた。オレはオレの懸念を晴らすためだけに、少年の背中を狙う。

 

空弾(くうだん)正拳(せいけん)()き!」

 

 エロ馬鹿トリオを吹き飛ばしたものとはわけが違う。

 威力を圧縮し、殺傷能力を高めたそれは大砲と変わりはない。

 そんな凶器をオレは少年の無防備な背中へと向けたのだ。

 もし、オレの予想が外れていれば怪我では済まない。

 

 だが、しかし。

 

「振り返ることもなく避けてみせるか」

 

 少年は躓いたように転がることでそれを避けてみせるのだった。

 無論不発ではない。空弾が当たり、根元からへし折れた電柱がその証拠だ。

 

「偶然か。それとも実力を隠しているのか。まあ、どっちでもいい」

 

 重要なのは、明らかにあの少年が特別な存在であるということ。

 オレの予想が正しければあの少年は。

 

「彼は―――ギャルゲーの主人公だ」

 

 主人公というやつだ。

 女性と見間違えるほどの容姿。更には常人離れした身体能力。

 何より、暴力系ヒロインLV99にラッキースケベをかましながら無傷で逃げた運。

 明らかに特別な存在だ。

 

 ちょっと調べたら、古武術とか習っているという設定とか出てきそうだ。

 

「他のヒロインと一途に付き合うとかなら問題はない。ハーレムでも、まあオレが関わらないならいい。ただ、もし……オレを攻略しようとしてきたなら」

 

 空に向かって全力で腕を振り上げる。

 

「この破道(はどう)(みちる)の全身全霊をもって暴力を振るおう」

 

 雲が裂け、天が割れる。

 それがオレを攻略しようとする者の末路だと言うように。

 オレはニヒルな笑みを浮かべてみせる。

 

「さて、だとしたらまずは先制パンチが必要か。オレの顔を二度と見たくなくなるレベルでトラウマを与えてやろう」

 

 腕を下ろし、ぶつかった拍子に落ちたと思われる彼の生徒手帳を拾う。

 

 惚れた相手に暴力を振るうだけが、暴力系ヒロインだと思わないことだ。

 理不尽に。彼氏でもない相手に。取り合えずで暴力を振るう者こそが真の暴力系ヒロイン。

 読者と主人公のヘイトを一心にその身に受ける存在。

 

 故にLV99たるオレはフラグが建つ前から動き出すのだ。

 

「2年B組、海野(うみの)(なぎさ)か……この適当感。実に主人公っぽい」

 

 さあ、まずは生徒手帳を返しに行くところから始めるか。

 それとも、校内放送で先程のことを誇張して流して社会的な暴力を振るうか。

 ああ、実に腕が鳴る――

 

 キーンコーンカーンコーンと、聞きなれたメロディーが耳に入ってくる。

 ……ふむ、これはあれだな。俗に言う。

 

「やばい……遅刻だ」

 

 遅刻というやつだ。

 

 




パッと思いついた一発ネタなので続くか未定。
後、暴力系ヒロインが好きな人は本当にごめんなさい。

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ヒロインムーブ

 

「転校初日から生徒手帳を無くすなんて、ついてないなぁ……」

 

 ボク、海野(うみの)(なぎさ)は、夕日に染まる通学路を歩きながら一人ぼやいていた。

 申請すれば新しいものが手に入るとはいえ、お金はかかる。

 何より、初日から物を無くすというのは何だか気が重い。

 だからボクは、落とし場所として一番確率の高い場所に来ていた。

 

「学校にないとすると、今朝あの人にぶつかったここしかないよなぁ」

 

 急いで走っている時に運悪くぶつかってしまった場所。

 そして、運悪く目をつけられてしまった人。

 時間は経ったが、あの人の拳は思い出すだけで寒気がしてしまう。

 

「ここら辺に落ちてるといいんだけど……」

 

 生徒手帳を探しながら、あの女性のことを考える。

 血のように鮮烈な赤髪。可愛いというより美人という印象を与える整った顔立ち。

 そして何より、全てを見下ろすかのような威圧的な眼光。

 

 間違いなく女性として魅力的だけど、第一印象は絶対王者のそれだ。

 出来ることならもう出会いたくない。

 と、そんなことを考えたのがフラグだったのか。

 

「探し物かい?」

「――ッ!?」

 

 聞き覚えのある声と一緒に飛来する高速の“物体”。

 反射的に顔を逸らすことで、紙一重のところでそれは躱すことに成功した。

 はずだった。

 

「目に見えるものだけが、真実だとは思わないことだよ」

「ソニックブーム!?」

 

 しかし、物体は避けられても、それが発する衝撃波からは逃れられなかった。

 焼けるような痛みが頬に走り、続いて生暖かいものが流れる感触が残る。

 うん。間違いなく頬が切られてる。

 

「今朝方ぶりだね。海野渚君」

「あ、あなたは…!」

「ああ、自己紹介がまだだったね。オレは2年C組の破道(はどう)(みちる)。よろしく頼むよ」

 

 そう言って今朝ぶつかった女の子。破道満さんはボクに微笑みかけた。

 彼女の笑みはまさに美少女と呼ぶに相応しいものだ。

 でも、状況が状況のためにボクの脳裏に浮かんだ言葉は1つ。

 

 やばい、殺される。

 

 自らの死だった。

 

「フフ…そんな人生の終わりのような顔をしないでくれ。今のオレは、ただ落とし物を届けに来ただけだよ」

「落とし物?」

 

 しかし、そんなボクの未来予想図に反して彼女はボクの背後を指さすだけ。

 それにつられてボクも後ろを振り返る。と、そこには。

 

「君の生徒手帳だ」

 

 ボクの生徒手帳があった。

 

 ブロック塀に突き刺さった状態で。

 

「え、ええぇ……」

「次からは気を付けるんだよ。でないと、次は君の心臓に突き刺さることになる」

「やっぱり、さっき投げたものは生徒手帳だったんですね……」

 

 もはやツッコむ気にもなれない。

 いや、あれだけの速度で投げたのに無傷の生徒手帳ってなんだ、とか。

 そもそも、どうやったら紙がコンクリートに突き刺さるのか、とか言いたくはあるんだけど。

 

「そんなの“気”でコーティングして、投げたに決まってるじゃないか」

「いや意味わからないんですけど!? 後、さりげなくボクの心を読まないでください!」

 

 気ってなんだ。もう、この人だけ生きる世界が違う気がする。

 そんな意味合いを込めて視線を送ってみるが、何故か顔を逸らされてしまう。

 なぜだろうか。

 

「やめてくれ。そんなに見つめられると君を殴りたくなる……」

「すでに投擲(とうてき)で殺そうとしてきたのは、ノーカウントですか?」

「はっはっはっ! 面白いことを言うね。あんなのデコピンみたいなものだろう?」

「デコピンで人は殺せません」

「……?」

「こいつの言ってることが理解できない。みたいな顔を向けないでください。むしろ、ボクが言いたい言葉なんですけど」

 

 まるでボクが外国語を話しているかのような顔をされるが、冷たくあしらう。

 というか、破道さんの感覚は絶対に理解しちゃいけないやつだ。

 人間をやめるどころじゃ、すまなそうだもん。

 

「ああ…なるほど。デコピン程度では自分は破壊できないということか。いや、すまない。どうやらオレは君を甘く見ていたようだ。やはり、男子に対して手加減など無用ということか」

 

 違うわ、ボケ!

 思わず、汚い言葉が飛び出しそうになるがグッと我慢する。

 いくら、人外染みた強さを持っていても相手は女性。

 紳士的に接するべきだ。

 

「おや? 頬がパックリ切れてるじゃないか。一体どうしたんだい?」

「記憶喪失にでもなりましたか? あなたの攻撃のせいですよね」

「大変だ。すぐに消毒してやろう」

「聞けよ」

 

 前言撤回。この人に対して紳士的に接する必要は多分ない。

 

「ほら、動かないでおくれ」

「ちょッ! ち、近いですって」

 

 そう思っていたのだが、いざ間近に寄られると女性だと意識してしまう。

 少し甘い匂いに、女性らしい突き出した部分。

 そして、ボクの傷口に近づいてくる細く長い指――

 

「痛だだだだだッ!? ちょっと! 何を塗り込んでいるんですか!?」

伯方(はかた)の塩」

「伯方の塩!?」

「あ、もしかして伯方の塩は嫌いだったかな?」

「嫌いなのは、傷口に塩を塗り込む行為ですよ!!」

 

 傷口から響いてくるズキズキとした感触に、思わず悲鳴を上げてしまう。

 というか、リアルに傷口に塩を塗るを実践する人とか初めて見た。

 いや、全くもって嬉しくないんだけど。

 

「そうか…伯方の塩は嫌いじゃないんだな……よかった」

「何でそんなに心安らかな笑みを浮かべてるんですか。というか、いい加減手を止めてください」

「敵に塩を送るという言葉は素敵だと思わないかい?」

「辞書で意味を調べなおしてこい、バカ」

 

 ハニかんだ笑顔で、そんなことを言ってくる破道さんに冷たく言い放つ。

 というか、無駄に素敵な笑みなのがムカつく。

 

「フフフ……君は本当に面白いよ」

「……それはどうも」

「君が相手ならオレも全力を出せるかもしれない」

 

 どうやら今までのはお遊びらしい。

 衝撃の事実だ。正直知りたくなかった。

 というか、今まで薄々思っていたんだけど。

 

「破道さんって本当に生身の(・・・)人間ですか?」

「…? 当たり前だろう」

「……ですよね。すいません、変なことを聞いて」

 

 キョトンとした可愛らしい顔で否定されてしまう。

 もしかしたらと思ったけど、どうやら本当に違うらしい。

 まあ、勘違いに越したことはないし、自分と同じような境遇の人間がそう多く居ても困る。

 

「おや、もうこんな時間か。オレは帰らせてもらうとするよ」

「あ、家まで送りましょうか?」

「おっと、手が滑ったぁッ!」

「なんで親切で言ったら、電柱を両断する手刀が返ってくるんですか!?」

「照れ隠しだよ。照れ隠し」

「照れ隠しでボクは死にかけてるんですけど!?」

 

 女の子に夜道は危ないと思い声をかけるが、何故か返事は手刀だった。

 しかも、間一髪で避けたボクの後ろにある電柱を切り飛ばすレベルの。

 おかしい。ボクの知ってる照れ隠しと生物学的レベルで違う。

 

「恋も勉強も全力を尽くすのが乙女というものだろう?」

「それ全力って書いて死力って読みますよね」

 

 ツッコミを入れるが、破道さんは笑うばかりである。

 そして、もう用はないとばかりに背を向ける。

 

「さて、名残惜しいが今日の所はお別れだ。夜道には気を付けるんだよ」

「それは夜襲をかけるという暗示か何かでしょうか?」

「失礼だね、君は。このオレが気を付ける程度で何とかなるような夜襲を行うと思っているのかい?」

「でしょうね」

 

 正直、この人に本気で奇襲をかけられたら生きて帰れる気がしない。

 

「だから、これはオレからの純粋な警告(・・)だよ」

「はぁ……普通は男の子が女の子に言う言葉だと思うんですけどね」

「フフフ……まあ、すぐに分かるさ」

 

 何やら意味深に笑い、破道さんは己を傷つけられる者など誰もいないとばかりに、堂々と背を向けて歩き去っていく。その後ろ姿が余りにも男らしく見えたのは内緒だ。

 

「……本当にあれで改造人間(・・・・)じゃないのか」

 

 最後に聞こえないように小さく呟き、ボクも家まで歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

「海野渚は改造人間である…ね」

 

 眼下で行われる戦闘を見ながら、オレはビルの屋上で小さく呟く。

 渚君と話していた時から気づいていたが、彼は付きまとわれていた複数の敵に囲まれている。

 何やら黒い服を着て変な奇声を出しているのが印象的だ。

 

「悪の組織『ザ・アーク』に改造されるものの、そこから逃げ出し今は正義の味方をやっている。転校してきたのはこの街に『ザ・アーク』の本拠地があると聞いたからか。目的は組織の完全壊滅かな」

 

 ついでに言うと、うちの学校『聖光ジャスティス学園』は『ザ・アーク』に対抗する機関がスポンサーになっているらしい。うん、何とも現実離れした設定だ。ただ、これで1つ確実になったこともある。

 

「2年B組の学園長の孫娘、西園寺(さいおんじ)明音(あかね)……絶対にヒロインの1人だな」

 

 そう、自分以外のヒロインの存在だ。

 学園長の孫娘で、容姿端麗・成績優秀とくれば確実にメインヒロインだ。

 この設定からすると、高飛車なお嬢様キャラかと思うかもしれないが意外に癒し系である。

 やはり主人公にきつく当たるヒロインは下火傾向なのだろうか。

 

「まあ、暴力系ヒロインにとっては願ってもないことだがな」

 

 このまま暴力を振るい続けていれば、男は誰も近づかないだろう。

 やはりこの作戦は完璧だ。

 しかし、万が一にもオレを攻略したいというもの好きが現れるかもしれない。

 こう、ドM方面で。

 

「オレも今のまま、胡坐をかいているわけにもいかないな」

 

 求めるのは圧倒的な暴力。

 痛みを快感に変換するのならば、痛みすら与えずに消し去ろう。

 オレを見ただけで、泣いて土下座をするレベルのトラウマを与えよう。

 

「オレと並び立つ者。オレを超える者が居てはならない」

 

 暴力とは危ういものだ。

 何故なら、自分よりも強い者が現れるだけで絶対性が薄れるからだ。

 故にこそ、暴力系ヒロインは常に頂点でなければならない。

 

「誰の手にも届かず、誰の声も届かず、誰の目にも届かない。それこそが真の頂点」

 

 ラッキースケベで胸を揉まれることもなければ。

 主人公の思わせぶりな口説き文句で惑わされることもない。

 そして、最終的にはヒロインとして見られなくなる。

 これこそが暴力系ヒロインの極致。

 

「そのためには……情報が必要だ。オレの敵となるかもしれない存在の」

 

 だからオレは海野渚を知るために―――彼の敵を生け捕りにしていた。

 因みに先程までの彼のプロフィールは、全て首根っこを掴んだ悪の構成員から聞いたものだ。

 

「さて、他に知っていることはもうないな」

「も、もう何もない。だから助けてくれ!」

「……ふむ、そうだな。もうオレに用事はないし、逃がしてやってもいいが」

 

 その言葉で、得意の暴力で口を割らせた悪の構成員の顔に笑顔が宿る。

 だが、しかし。

 

「ただし―――オレのことは忘れてもらわないと困る」

 

 ただで返すわけにいかない。

 オレは悪の構成員に向け、指を向け。

 

「すべて忘れろ」

 

 デコピンを放つ。

 

「―――ッ!?」

 

 敵は声を上げることすらできない。

 デコピンの威力で脳みそがシャッフルされているのだから、ある意味当然だろう。

 これはオレが編み出した技の中でも中々に有用な技で、記憶抹消の際にはよく使う。

 もちろん、奪う記憶の量は調整が可能で一時間から一生までの幅がある。

 

 今回は一時間コースでオレのことを全て忘れさせた。

 こうすることで、悪の組織はまだオレの存在を認知することができない。

 

「後の処理は……まあ、渚君が倒した奴らの中に適当に混ぜておけばバレないだろう」

 

 片手で構成員をお手玉しながら、悪の組織の屍の山を築いている渚君を見下ろす。

 うん。流石に雑魚相手に負けるなんてことはないようだ。

 

「しかし、油断は禁物だ」

 

 そう、これはフラグだ。

 

「敵の組織にヒロインが攫われて、それを助けるなんて定番も良いところじゃないか。しかも、作品によっては敵の幹部が新ヒロインになったりするしな。オレも拘束されている所をカッコよく助けられたら、キュンと来るかもしれない」

 

 定番なフラグだ。しかし、定番とは王道故に強い。

 王子様に助けられるお姫様ポジションなんて、普通の女性なら一度は夢を見るだろう。

 暴力系ヒロインとて、こういう場面では立派にヒロインを務める。

 

 しかし、オレを甘く見てもらっては困る。

 

「助けられるからフラグとなるのだ。いや、そもそも攫われるからフラグが建つ。

 なら対処法は実に簡単だ。オレが先に―――組織を壊滅させればいい」

 

 フラグなど成立させはしない。全てを暴力で解決してみせる。

 立ち塞がる者は皆、この拳の前に消えてなくなればいい。

 

「さて、そうと決まれば聞き出したアジトを壊滅しに行くとしよう。まあ、どうせ潰しの利くアジトだろうが、やらないよりはマシか」

 

 ビルから飛び降りるように踏み出し、そのまま()()()()()アジトへ向かう。

 

 順序が違う? 大人しくしていろ? 笑わせるな。

 この身は物語のストーリーなど一切無視する理不尽の化身。

 後のことなど知ったことではない。ただ己の利のためだけに暴力を振るう存在。

 

「このオレのフラグとなるものは全て―――へし折るだけだ」

 

 暴力系ヒロインLV99だ。

 





次から書くとしたら思いついた場面を書いていく形になるかと思います。
このヒロイン、ストーリーとか理不尽に踏み砕いていきそうですし……。


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襲撃イベント

 

 敵のアジト。封鎖された空間。1人で向かうヒロイン。

 この3つのキーワードはフラグだ。

 そう。単独先行したヒロインが捕まり、主人公に助けられるイベントの。

 

 これに関しては、主人公に迷惑をかけたとして、ヒロインが嫌われることもある諸刃のイベントだ。逆に言えば、それを違和感なく料理できるかどうかが、シナリオライターの腕の見せ所と言ってもいいだろう。

 

 しかしだ。今回ばかりはシナリオライターの皆々様方には安心していただきたい。

 上手く料理する必要などない。ただ、フラグをフラグとして成立させなければ良いだけだ。

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「どうした、もう終わりか? 悪の組織というのも存外あっけないものだ」

「ば、バケモノめ……」

「酷いな。自分達の軟弱さを棚上げして、こんな美少女に対して化け物呼ばわりとはね」

 

 主人公が気づく前に、ヒロインがアジトを壊滅させてやればいい。

 それが最も簡単な解決方法だ。

 

「それで? 君達のボスの情報については教えてくれないのかい?」

「教えろと言われて教えると思うか? そもそも、俺達はボスの顔も見たことのない下っ端だ。聞くだけ無駄だ、バケモノめ」

 

 ボロボロになったアジトの中で、悪の構成員から情報を得ようとするが上手くいかない。

 まあ、このアジトに居たのは量産型っぽいコスチュームを着た奴らだけだったので、薄々感づいてはいたが。

 

「フフフ…まあ、仕方がないか。しかし、この状況で悪態を吐けるとはね。少し見直したよ」

 

 出来るだけ情報を知ってそうな、リーダーっぽい奴を選んで(はりつけ)にしたのだが中々に気骨のある奴だ。これが敵でなかったら友人になりたかったところだ。だが、これは戦い。相手が降参してくるのならば生かしてやる。だが、そうでないのならば相手の誇りを尊重して息の根を止める。それが戦いというものだ。

 

「せめてもの敬意だ。痛みも感じることなく逝け」

「ク……ハハ」

「む?」

 

 何故か笑い始めた悪の構成員の姿に眉をひそめる。

 手足を折られた状態から一体何があるというのだろうか。

 

「クハハハッ! それはこっちの台詞だッ! アジトと共に(・・)地獄まで行ってもらうぞ!!」

「まさか…!」

 

 大きく開いた口の中に、キラリと光るスイッチが見える。

 間違いない。これは悪の組織のロマンの1つ―――

 

「ザ・アーク万歳ィイイッ!!」

 

 ―――自爆だ!

 

 

 

「ふう……余りにもテンプレな展開に少し驚いたよ」

「バカ…な……」

「ん? 何故生きているって顔をしているね。それがオレに対してなのか、自分自身に対してなのかは分からないが……まあ、答えは簡単だよ」

 

 爆破して瓦礫の山と化したアジトの中で、オレは呆然とする構成員を見下ろす。

 そして、哀れみの感情を込めた言葉を告げる。

 

「そんなおもちゃじゃ、オレは殺せない」

 

 簡単な事実だ。爆発程度で死ぬのならば暴力系ヒロインLV99は名乗れない。

 理不尽に暴力を振るい、理不尽に自分だけは無事である。

 それこそが暴力系ヒロインの特徴なのだから。

 

 命を懸けた程度でオレに手が届くわけがない。

 

「おもちゃ…? アジト丸ごと吹き飛ばす爆発が…?」

「そうだ。現にオレは無傷で、あろうことかオレの近くに居た君まで助かってしまう滑稽さ。これをおもちゃと言わずになんと言うんだい?」

 

 意味が分からない。理解できない。いや、理解したくないとばかりに構成員が呟く。

 もはやオレを見る目は人間を見るものではない。冗談抜きで化け物と思っている目だ。

 ああ、だが、それでいい。

 

「……理不尽すぎる」

「当然」

 

 それこそが男に嫌われるヒロインなのだから。

 

「さあ、自爆したのに生きているというのも男の誇りが許さないだろう。

 君の最後の足掻きに敬意を示して―――真の暴力というものをお見せしよう」

 

 天高く腕を突き上げ、血管が浮き上がるほどに拳を強く握りしめる。

 そして、天より落ちる(いかずち)のごとく振り下ろす。

 

「奥義……」

 

 暴力系ヒロインが暴力を振るうのは、何も男に対してだけではない。

 そしてその対象に区別も差別もない。

 

 全ては平等。男も女も、生物も無生物も――

 

大地(だいち)割砕(かっさい)!!」

 

 ―――母なる大地さえも。

 

 

 

 

 

(なぎさ)さーん、今朝の地震はすごかったですわねー」

明音(あかね)さんもそう思います? ボクなんてベッドから飛び起きちゃいましたよ」

「私も思わず机の下に潜り込んでしまいましたわー」

 

 登校中に会った学園長の孫娘、西園寺(さいおんじ)明音(あかね)さんと今朝の地震について話をする。

 明音さんは金髪縦ロールにお嬢様言葉という、見た目は完全に高飛車お嬢様という見た目だ。

 でも、言葉が間延びしているのを聞けばわかるように、実際はのんびり癒し系だ。

 因みに、校内の守ってあげたい女性ランキングでは堂々の1位らしい。

 

「でも、被害は本当にほとんど出てないみたいでよかったですわー」

「ニュースでも、家や人への被害はほとんど出てないって言ってましたもんね」

「まあ、天罰が下ったところもありますけどねー」

「天罰…?」

 

 それはどういうことかという顔をするボクに、明音さんは内緒話をするように口を近づける。

 耳にかかる息がこそばゆくて、思わずドキドキしてしまう。

 

「ザ・アークのアジトの1つが、地震の影響で運悪く(・・・)壊滅したみたいですー」

「それは……何とも気の毒な」

「はいー。もう、敵対してるのに同情してしまう程の壊れっぷりでしたわー。嵐と地震と津波が一気に来た感じでしたー」

「ええ…他に被害はないのに……」

「人知を超えた災害。まさに天罰ですねー」

 

 気の毒に思っているのか、それとも本気で天罰を喜んでいるのか。

 明音さんは、そのどちらとも分からないような緩い笑みを浮かべる。

 優しい明音さんのことだから、きっと同情しているのだと思いたい。

 間違っても天罰だ、ザマァ! みたいなことは考えていないはず。

 

「あ。ザ・アークの話で思い出しましたがー、今度この街の案内をする約束をしてましたわねー」

「はい。やっぱり地理は知っておいて損はないですし。もしかしたら怪しいところが見つかるかもしれませんしね。案内してもらえるなら、それに越したことはないです」

「ですわねー。だったら、今度の日曜日は一緒にお出かけしましょう」

「はい。喜んで」

 

 ニコニコとした笑顔に釣られてボクも即答してしまう。

 しかし、答えた後に重要なことに気付く。

 休日にクラスの女の子とお出かけ。

 これって、ひょっとしなくてもデート――

 

「あーした天気になぁーれッ!!」

「なんか靴が飛んできた!?」

 

 やけにテンションの高い聞き覚えのある声。

 そして、最近慣れてきてしまった音速を超えて襲ってくる飛び道具。

 いつものように間一髪のところで躱すが、今日はやけに威力が高い。

 普段と違って2本まとめて折れた電柱がその証拠だ。

 

「ごきげんよう。今日も実に清々しい日だね、渚君に明音君」

「おはようございますー。本当にいい日ですわねー」

「あの、2人とも? 何事もなかったように爽やかに挨拶をしないでくださいよ」

「いけないな渚君。挨拶とは人間関係で最も大切なものだよ? 私の師匠もよく言っていた」

「挨拶より前に、致命傷を狙ってくるあなたにだけは言われたくない」

 

 そして、最近見慣れてきた女の子、破道満さん。

 理不尽が制服を着て歩いているような人だ。

 

「いやいやいや、先程のは久しぶりに童心に帰って遊んでいただけさ。君の方に飛んで行ったのは偶然。そう、偶然足が滑って君の顔面に靴が飛ぶコースが上手いこと設定されただけさ。そう、偶然ね」

「凄いですね。こんなにも意思を感じる偶然を、ボクは聞いたことがないです」

 

 同じ言葉を繰り返す程、信用性とは失われるものなのだと今日ボクは学んだ。

 

「それにしても、今日の満さんは元気がいいですわねー」

「ハハハ。元気が良いというより、徹夜明けのテンションというやつかな?」

「徹夜? ダメですよー。夜更かしは集中力の低下を招くんですからー」

「耳が痛いな。先程寝ぼけてコンクリート塀に人型の穴を空けてきたばかりだからな」

「何やってんだ、あんた」

 

 女性2人の会話を遮って思わずツッコミを入れてしまう。

 というか、普通は100歩譲っても壁にぶつかっただろう。

 穴を空けてきたってなんだ。

 

「恥ずかしい限りだ。観光スポットにならなければ良いんだが……」

「安心してください。天地がひっくり返ってもあり得ませんから」

「つまり、可能性は低いということか。安心したよ」

「それはそうでしょうよ……ん?」

 

 ホッとしたように息をつく破道さんに、ボクも息を吐くが何となく違和感も覚える。

 ボクはあり得ないって意味で天地がひっくり返ると言った。

 でも、彼女はあり得ないではなく、可能性は低いという意味でとった。

 

 ……まさか、この人にとっては天地をひっくり返すことも不可能ではないのか。

 そんな不安が一瞬過るが、すぐに考えすぎだろうと頭を振る。

 そんなこと人間にできるわけがない。

 

 もしできるとしたら、都市伝説に近いザ・アークのボスぐらいなものだろう。

 

「ふわぁ……しかし、眠いな。オレは早めに行って仮眠でも取るとするよ」

「授業中に眠らないように気を付けてくださいませー」

「フフフ、明音君は真面目だな。じゃあ、オレは先に行かせてもらうよ」

 

 最後に軽く明音さんと会話を交わした後に、破道さんは地面に手を突きクラウチングスタートの姿勢をとる。一瞬、スカートの中が見えそうになって気を引かれてしまうが、明音さんから冷たい視線を感じとって直ぐに目を逸らす。

 

「おっと、最後に……2人とも日曜は楽しんで来ると良い」

 

 そう言い残して、破道さんは学校に向かって一直線に―――跳躍する。

 

「……明音さん」

「どうかされましたかー?」

 

 まるでロケットのように、学校へと向かう彼女を見ながら、ボクはポツリと問いかける。

 

「人間って何なんでしょうね」

「哲学的な問いですわねー」

 

 どうもここ最近、人間の定義があやふやになり始めているボクなのだった。

 

 

 

 

 

 待ちに待った日曜日。オレは渚君と明音君のデートを陰ながら監視していた。

 誤解のないように言っておくが、オレは2人の邪魔をしに来たわけではない。

 むしろその逆だ。2人にとっての邪魔者を排除しに来たのだ。

 

「初めてのデート…そして悪の組織…どう考えても襲撃イベントだろう、これは」

 

 そう。これはデート回にありがちな、突如として襲撃だ。

 平和な世界、幸せの絶頂。そうしたものから急激な落差をもって主人公を追い込むイベント。

 さらに言えば、こういうイベントの時は大抵強キャラが現れる。

 

 そして、それは主人公を追い詰め、もうダメかと思った瞬間にヒロインの声で覚醒する。

 うん。実に胸が熱くなる展開だ。

 きっと、ヒロインもメロメロになること間違いなしだ。

 オレとしても渚君が、他のヒロインと仲良くなってくれるのなら何も文句はない。

 しかし、オレはこうも思う。

 

「別に普通のデートでもヒロインの好感度は上げられるだろう」

 

 そう。襲撃イベントの必要性だ。

 正直な話、こういうのはいきなり入れられると戸惑ってしまう。

 ついでに言うと、主人公クラスの誑しならば、そんなイベントがなくとも口説く。

 遠目に見える明音君の頬が、赤く染まっていることからもそれは分かる。

 

 だったら、襲撃イベントなんて必要ない。

 純粋なデートイベントで十分だ。

 

「だから襲撃イベントは―――オレが利用させてもらう」

 

 オレが2人についてきた理由。

 それは単なる暴力系ヒロインとして、デートの邪魔をするためではない。

 暴力系ヒロインLV99として。

 

「出てきたらどうだい? 同じデバガメ同士仲良くしようじゃないか」

「……いつから私の正体に……ううん。それ以前に、あなた何者?」

「正義の味方……というのはガラじゃないな。そうだね…名乗るとしたら」

 

 襲撃イベントとして出てくる強敵と出会うため。

 そして、そこからザ・アークの情報を吐き出させ。

 

 

「破壊者」

 

 

 組織に関連する全てのフラグを破壊し尽くすためだ。

 

 

 

 

 

 突如として平和な街に響き渡る酷く歪な破壊音。

 その音を聞くと同時にボクは理解する。平和なデートの時間は終わったのだと。

 

「明音さん!」

「ええ! 行きましょうー!」

 

 ボクと明音さんは頷き合うとすぐに、破壊音が聞こえた方へと走り出す。

 音の方角からして、幸いというべきか人の多い大通りではなく路地裏と呼べる場所だ。

 狭く戦いやすいとは言えないが、それは敵も同じこと。

 町を守るというボク達の目的からすれば願ってもない場所と言える。

 

「渚さんー! きっとこの辺りのはずですわー!」

「一体こんなところで何が――ッ!?」

 

 曲がり角を曲がり、前に飛び出したところで何かが僕の足元に転がってくる。

 

 それは女の子だった。そして、ボクは彼女に見覚えがあった。

 

「お前は…ッ! アイス!?」

「…!? くッ…あの化け物に加えて海野渚まで…!」

「ザ・アークの幹部であるお前が、なんで……」

 

 アイス。ボクと同じぐらいの年齢の女の子でありながら、ザ・アークの幹部である少女だ。

 雪のように白い肌を黒づくめの服で身を包み、その髪は雪原を連想させる銀色のツインテール。

 何より、彼女の透き通るような青い瞳は名前のように冷たい。

 

 だが、氷のように冷たいはずの瞳は、今は怒りと焦燥で熱を帯びていた。

 

 普段ならば敵を凍り付かす冷笑は影もなく、自らの敵をひたすらに恐れている。

 この街に来る前から度々戦ってきたので、彼女の実力はよく理解している。

 何より、彼女の使う『氷帝剣ブリザード』は一筋縄では攻略できない。

 

「一体、誰がお前をそこまで――」

 

「失敗したな。久しぶりに骨のある相手と戦えて、少し(・・)はしゃぎ過ぎたようだ」

 

 聞き覚えのある声。

 いつもの調子と何ら変わらない声色。

 だというのに、その声を聞いた瞬間に全身から血が抜けていくような感覚に陥る。

 

「少し…? あの暴力の極致みたいな攻撃が…?」

「フフフ、褒めても何も出ないよ。ああ、それよりもだ。大切なことを忘れていた」

 

 まるで天気を尋ねるかのように、彼女は呑気に語りかけてくる。

 なんで…? どうして…あなたがここに…!?

 

 

「ごきげんよう。今日も実に清々しい日だね―――渚君に明音君」

 

 

 破道満!

 




皆さんがラオウとかマスターアジアとか範馬勇次郎とか言うので、
作者もそんな感じにしかイメージできなくなりました。訴訟。


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フラグ

「なにを……しているんですか?」

「おや、君ともあろうものが分からないのかい? 正義だよ」

「正義…?」

「この街を悪の組織から守っている。それだけの話だ」

 

 なぜ、あなたがそのことを知っているという疑問を飲み込む。

 今大切なことはそこではない。

 

「さあ、分かったのなら彼女から離れておくれ。君達まで巻き込んでしまう」

 

 圧倒的な暴力の前に傷つけられ、打ちのめされているアイス(少女)が居ることだ。

 確かに彼女はザ・アークの幹部だ。でも、幾ら何でもこれはないんじゃないのか?

 ただ圧倒的な暴力の前に蹂躙される。自業自得と言えばそうかもしれない。

 

 でも、正義を名乗るなら。ボク達が悪でないと証明するのなら。

 

「……何のマネだい。渚君」

「海野渚……どうして私の前に?」

「もう……いいでしょう。彼女は勝てない。これ以上の戦闘は無意味です」

 

 正義は優しさをもって悪を受け止めなければならない。

 

 だからボクはアイスを庇うように、破道さんの前に立ちふさがる。

 同時に今まで感じたこともないようなプレッシャーが襲い、崩れ落ちそうになるが唇を噛みしめて耐える。

 

「渚君、君は今自分が何をしているか理解しているのかい?」

「はい。悪の組織を庇うクソ野郎です」

「言いえて妙だな。それで? 理由ぐらいは教えてくれるんだろう」

「これ以上アイスを傷つける必要はない。捕まえるだけで十分です」

「確かに道理だ。だが、それならば庇う必要などないだろう? オレより先に捕まえれば良いだけだ。もう一度聞くよ。君はどうして―――オレを止めようとしているんだ?」

 

 心臓が握りつぶされた。

 思わずそう錯覚してしまう程の視線で睨まれる。

 そうだ。アイスを守りたいだけなら、先にボクが捕まえて無力化させればいいだけ。

 破道さんを止める必要はない。

 

 うん。だから、そうだ。ボクは―――

 

「あなたは外道に堕ちていい人間じゃない」

 

 破道さんが人を傷つけるのを止めたかっただけだ。

 

「なん…だって…?」

「意味なく人を傷つけるのは悪です。それじゃあ、ザ・アークと何も変わらない。

 誰よりも力を持っているのなら、相手を傷つけることなく戦いを終えることもできる。

 武という字が戈を止めると書くように、力を持ってしまった者は争いを止めないといけない。

 何より、破道さんは―――優しいはずだ」

 

 ボクの言葉に破道さんの顔から笑みが消える。

 それは信じられないことを聞いたとでも言うように、怒りで表情が消えたとでも言うように。

 彼女はただ、ボクの瞳を見つめてくる。

 

「……何を言っているか理解できないね。オレが優しい? 寝言は寝て言うんだね」

「いいや。あなたは理不尽に暴力を振るう。でも、それは決して意図のない感情的なものじゃない。理性でもって相手を選び、殺さないように加減までしている。それはつまり、あなたが人並みの倫理観と優しさを持っている証拠です。本当に、相手へ暴力を振るうことを楽しんでいるのなら、そんなものは必要ない」

 

 彼女は暴力を振るう必要性は感じていても、そこに楽しみを見出していない。

 何の理由があってかは知らないけど、暴力は彼女にとって手段でしかないのだ。

 そして、その暴力を除いた彼女は――

 

「もう一度言います。あなたは優しい」

 

 ―――普通の女の子だ。

 

「ク…ハハ…ハーハッハッハッハッ!! オレが優しい? 勘違いも甚だしい。オレは利己的に暴力を振るうだけの存在だ。その裏に隠された意図など存在しない。いや、存在してはならないんだ!」

 

 しかし、そんなボクの言葉は破道さんには届かなかった。

 大声で笑っているが、その瞳はまるで笑っていない。

 それどころか、完全にボクを敵として見定めている目をしている。

 ああ…クソ…! やるしかないのか。

 

「フフフ……いいだろう。戈を止めるのが武というのならオレも協力してやろう。

 ただし―――止めるのは敵を皆殺しにした後だがな」

 

 怪物が今動き出す。

 

 

 

 

 

 海野渚。やはり恐ろしい子だ。

 あろうことか、彼はオレを優しいと言ったのだ。

 それがどうしたと思うかもしれないが、オレには無視できないことである。

 だって、そうだろう。

 

 『あなたは優しい』なんて、完全にフラグじゃないか!

 

 こう…敵だったキャラが、実は自分の意思じゃなかったんだよ、的な改心フラグだ。

 しかもだ。このフラグの性質の悪い点は、非常に折りづらいということである。

 

 例えばだ。実際に言葉通りに主人公を傷つけずに帰ったとする。

 するとどうだろう。ヒロインがどういう考えであっても、周りから見れば言葉通り優しいのだ。

 

 では、主人公をボコボコにすればいいのかと言うと、それも違う。

 図星を突かれて動揺している。嘘を貫くために主人公を害そうとしている。

 こういう風に映ってしまう。

 

 流石だ。流石だよ、渚君。

 君はまさしく主人公だ。

 よもやオレに対してまで、堂々とフラグを建ててくるなんて思わなかったよ。

 

 認めよう。君は簡単な相手ではない。

 今までのように虫を払うように戦っていい相手じゃない。

 

 だから、先に謝っておくよ。

 

 オレはフラグを絶対に叩き折る。

 立ち去っても、倒してもフラグが折れないのなら取るべき手段は1つ。

 いや、そもそもそれだけがオレにできること。

 

 今からオレは君に―――暴力を振るう(嫌われる)

 

 

 

 

 

 初めに動いたのは、やはりというべきか満だった。

 全身の脱力からの爆発的な加速をもってして渚へ詰め寄る。

 ミサイル。そう形容することしか出来ぬ光景だ。

 しかし、渚は臆さない。

 

「迎え撃つ!」

「面白い、やってみるがいい!」

 

 彼の構えは避けることを捨てた、迎撃の構え。

 あろうことか、人間ミサイルに対してカウンターを狙っているのである。

 人間では到底出来ぬであろう技。

 しかし、改造人間である渚の動体視力ならばそれを可能にする。

 

(最低限の動きで破道さんの拳を躱して、その隙をついてカウンターを決める!)

 

 胴体を右に数センチだけずらすことにより満の拳を躱す。

 しかし、ソニックムーブまでは避けられずに彼の横腹に鋭い切り傷が出来る。

 

(ここだ!)

 

 しかし、その程度は必要経費だ。

 圧倒的格上に勝つには思い切った行動が必要。

 それを分かっている渚は、隙を見逃すことなくガラ空きの彼女の腹部へ鋭いアッパーを放つ。

 

「決まっ…た…?」

 

 拳を振り切ったところで渚は違和感を覚える。

 それは何も、彼女に攻撃をよけられたからではない。

 結論から言えば、彼女には攻撃はクリーンヒットしていた。

 ああ、だが、しかし。

 

「その程度の攻撃でオレにダメージを入れられると思っているのかい?」

 

 暴力系ヒロインLV99相手では、子供の悪戯程度でしかない。

 

「残念だよ。未だにオレのことを女性扱いして本気で殴ってくれないなんて」

「当たり前…でしょう! ボクはあなたを止めるんであって傷つけるつもりはない!」

「フフフ…紳士だね、渚君は。でもだ。そんな優しさは戦場にはいらない!」

 

 気づいた時には渚は空に舞っていた。

 そして、遅れてやってきた槍で貫かれたような痛みでようやっと理解する。

 自分は満に殴り飛ばされたのだと。

 

「…ガフッ!?」

「殺す気で来い。でないと―――遊びにもならん」

 

 身動きのできない空中に投げ出された渚。

 そこに止めを刺すべく、満は腕を双剣のように構える。

 

真空(しんくう)(ざん)!」

 

 そしてマシンガンのように飛ぶ斬撃を彼へと飛ばすのだった。

 これが10や20であれば、渚も凌ぎきれただろう。

 しかし、流石の改造人間も100を超える真空の刃を防ぐことは出来ない。

 

 万事休す。その言葉が彼の頭に過る。

 

「ブリザードウォール!」

 

 だが、巨大な氷の壁が彼の目の前と足元に現れたことで、その言葉は消える。

 飛ぶ斬撃は氷塊に阻まれ速度を落とし、渚はその間に創られた足場を使い、射程圏から逃れることに成功する。

 

「……アイス君と言ったかな? どうして邪魔をするんだい」

「海野渚が倒れれば次は私。……だったら一緒にあなたを倒した方が良い」

 

 氷を創り出したのはアイス。

 渚の敵であるザ・アークの幹部だ。

 その事実に少し驚いたような表情を浮かべる満だったが、すぐに笑みを取り戻す

 

「フフフ…! 確かに合理的だね。強敵を前に敵同士で手を取り合う。胸が熱くなる展開だ。でもだ。たった2人でこのオレを――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 1発の銃声が彼女の声を()()()()かき消したからだ。

 

「2人じゃありません。3人ですわー」

「明音君もか……フフフ…嫌われたものだ」

 

 手に構えた二丁拳銃を威嚇するように見せつける明音。

 これで3対1と満にとって圧倒的な不利な状況になった。

 しかし、満はそれでも笑い続ける。

 

 明音が放った銃弾を噛み砕きながら。

 

「今日は本当に良い日だ。心がここまで踊ることはそうそうない。3対1でも卑怯とは言わんよ。強者を前にして策を練るのは弱者として当然のことだ。さあ、どこからでもかかってこい!」

 

 大きく腕を広げて、どこからでもかかって来いとばかりに構える満。

 その圧倒的な佇まいに気圧され、3人は自然と唾を飲み込んでしまう。

 しかし、何の策もなく彼女に挑んだわけではない。

 

「言われずとも……」

「む? 周りの温度が異常に低い…ッ。まさかこれは!」

「勝負は戦う前から始まってる……もう、遅い」

 

 異常な温度の低下に何かを仕掛けてくると理解する満だったが、その足は既に凍りついている。

 アイスが渚達が戦っている間に、最後の気力を振り絞り準備をしておいた大技。

 

「ブリザードエイジ!」

 

 ブリザードエイジ。

 氷帝剣ブリザードの力を最大限まで開放し、辺り一帯を凍り付かせる大技。

 準備に時間はかかるが、これを食らった者は今まで(・・・)皆例外なく―――氷の彫刻と化した。

 

 それは満も同じだった。

 彼女は腕を大きく広げたポーズのまま、氷塊の中に閉じ込められていた。

 もはや動くすべはない。後は止めを刺されるのを待つだけだと誰もが思うだろう。

 

「後は氷ごと砕くだけ…!」

 

 その考えはアイスも同じだった。

 故に、彼女は容赦なく止めを刺すために氷を砕きにかかる。

 凍らせて砕くというのが彼女の基本戦術なのだ。

 

「待って! アイス! 破道さんは――」

「うるさい。私はあなたと違って甘くない」

 

 重い足を引きずりながらも、渚の制止の声を無視して一気に満に詰め寄るアイス。

 何度も言うが彼女は満との戦闘で満身創痍だった。

 だからこそ。

 

「―――まだ動ける!!」

 

 氷漬けにされたはずの満の目が、まだ動いていることに気付かなかった。

 

「うそ…ッ」

 

 激しい破壊音と共に何事もなかったように氷を砕く満。

 そのあり得ない出来事にアイスは思わず、呆然として足を止めてしまう。

 だが、そんなことをすれば。

 

「さっきの技は中々に面白かったよ。アイス君」

「――ッ!?」

 

 破道満の餌食になるだけだ。

 慌てて足を動かし逃げようとするアイス。

 しかし、そんな行動は無意味だ。

 

「安心してくれ。()()、君には組織のことで聞きたいことがある」

「いつの間…に……」

 

 縮地で隣に移動してきた満に『首トン』をされてしまったのだ。

 意識を保つことなど出来るわけもなく、そのまま意識を失ってしまう。

 

「次は君だ。明音君」

「ッ! そう、簡単に負けませんわよー!」

 

 アイスを気絶させたからといって、満の動きが止まるわけではない。

 次の獲物を決めるかのように明音へ視線を合わせ、ゆっくりと歩み寄っていく。

 もちろん、明音はそれを止めるために銃を放つ。

 

 滅多撃ちだ。二丁拳銃の弾が切れるまで引き金を引き続けた。だが。

 

「せめてライフルを持ってくるんだな。それじゃあ、余りにも軽すぎる」

 

 その全ては満の掌によって握りつぶされ、パラパラと地面に落ちていくのだった。

 

「あ…あ…ああ……ッ」

「恐怖を感じ、足を震わせながらも立ち向かおうとする心意気。素直に尊敬するよ。

 だが―――オレと同じ場所に立つにはレベル不足だ」

 

 足を震わせながらも必死に満を睨みつける明音だったが、できたのはそれだけだ。

 ゆっくりと近づいてくる満から逃げることができない。

 否、しないのだ。もうどうしようもないと。

 

 災害に襲われたかのように諦めてしまっているのだ。

 

「眠れ」

 

 大きく、緩慢に。それでいて優雅に満は腕を振り上げ、そして―――

 

「やめろぉおおおおッ!!」

「やっと本気になってくれるかな、渚君」

 

 殺意の込めた蹴りを放ってきた渚の足を受け止めるのだった。

 

「出し惜しみはしないでくれよ? オレはそんなに安い女じゃないんでね」

「だったら…! 奥の手を見せてやるよッ!!」

「フフフ! そっちの口調の方が男らしくてカッコいいよ」

 

 どこまでも余裕たっぷりに、それでいて油断なく満は笑う。

 改造人間の奥の手とは一体何なのだろうかと、楽し気に想像しながら。

 しかし。

 

「――破壊身(はかいしん)

 

破壊身(はかいしん)…だと…?」

 

 『破壊身(はかいしん)』。その言葉を聞いた瞬間、笑みを無くし驚きの表情へと変わる。

 まるで、あり得ないものを聞いたとばかりに。

 

「ダメです! 渚さーん! その技は―――」

「――自らの生命力と引き換えに全てを破壊する力を得る技。そう、自らの身を含めた全てを」

「なんで…? 満さんがそのことを…? ()()()()の奥の手なのに? いえ、今はそんなことより渚さんを止めないとー」

「ああ、()()()()

 

 自爆技に近い破壊身(はかいしん)を使おうとする渚を止めようとする明音だったが、驚いたことにそれに同意を示したのは満であった。一瞬、聞き間違いかとも思う明音だったが、同じように一瞬でそれが事実であることを理解させられる。

 

「君に聞きたいことが出来た。だから、死力を尽くして戦うのはまた今度にしよう」

 

 満が今までとは次元の違う速度で動き、渚を『首トン』で気絶させたのだ。

 それは彼女がまだ本気を出していなかったという残酷な事実と、渚への殺意が消えたことを示していた。

 

 

「海野渚……なぜ君は―――師匠の技を使える?」

 

 

 そして同時に、改造人間への謎が深まったことも示していた。

 




このヒロインの攻略方法(物理)が思いつかないです。


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