時止めメイドと黒い玉 (りうけい)
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プロローグ 咲夜の死

「咲夜! フランが逃げたわ! 捕まえて!」

 

 そう言われた時私は皆の洗濯物を干し終え、昼食を作りに厨房へ向かっている最中だった。妖精メイドが役に立たないため、こうしてメイド長である私自らが紅魔館の家事、雑用を全てこなさなくてはならない。だから、フランドール様—お嬢様の妹である—を捕まえるのも、私の仕事なのである。

 

 廊下の向こうから走ってくるお嬢様とフランドール様。フランドール様はお嬢様に長い間地下に幽閉されており、気がふれているという話だが、お嬢様に追いかけられて無邪気に笑っているのをみると、ひょっとして気がふれている偏執狂はお嬢様ではないかと思う。

 

「ぎゅっとして……」

 

 おっと。前言撤回。フランドール様は前に立ちふさがる私を破壊なさるつもりだったらしい。すかさず時を止めててくてくと歩き、フランドール様の背後に回り込む。お嬢様を見ると、時の止まったままスピア・ザ・グングニルを構えている。まさか実の妹に投げつけるつもりだったのだろうか。とんでもない人でなしである。……元々人間ではないが。

 

「そして時は動き出す」

 

 私はフランドール様を捕まえると、懐から取り出した麻酔薬をいつもの手順で注射しようとフランドール様の腕に手を伸ばす。

 

 どす。

 

 え?

 

 私の胸にはグングニルが生えていた。ぎぎぎ、と音を立てそうなぎこちなさで振り返ると、お嬢様はてへぺろ、とでも言いたげな表情で、

 

「咲夜、ごめん。刺さっちゃった」

 

「刺さっちゃったじゃないですよ! これどうしてくれるんですか」

 

 恐らくもともとフランドール様に投げる予定だったものが、時を止めて回り込んだ私に当たったのだろう。しかしもう少し気を付けてくれればこんなことには……。

 

 あ、駄目だ、気が遠くなってきた。これは死んだな……。

 

 

 

 

「………というわけでここに来たわけです」

 

「そりゃあー災難だったわねー」

 

 死んだ当人の目の前でけらけらと笑っているのは冥界の管理者、西行寺幽々子である。私はお嬢様の必死の手当(私が意識を失った後、傷口に絆創膏を貼ったらしい)の甲斐なく死亡した。幽々子は死者と接するのに慣れているせいか、特に私に同情はせず、笑い転げている。

 

 人が死んだというのに、この無神経さときたら……と少し苛立ちを覚えたが、私は感情を抑えて訊く。

 

「で、私はあの世行きですよね。あとどれくらいでここを離れられるんですか?」

 

「そうねー、あと数日よー。でも、流石に可哀そうだし、チャンスをあげましょうか」

 

「チャンス?」

 

 私が聞き返すと、幽々子は頷いて、

 

「ちょっと害虫駆除の仕事の依頼が〝外〟から来ててね……誰か死人が出たら向こうに送り出そうと思ってたのよー。もしやってくれるなら生き返らせてあげるけど」

 

「あのー、外とか害虫駆除とか、なんの話です?」

 

「ああ、そりゃもちろん幻想郷の外よ。そこで戦ってもらえれば、生き返らせてあげるってわけ。どう?」

 

「……まあこのままあの世に行くよりはましですね」

 

「でしょう? 詳しい説明は多分向こうであると思うけど、今から行く?」

 

「そうしてください」

 

「よし、じゃあ行くわよ……」

 

とたんに視界が暗転し、私の意識はそこでぷっつりと途絶えた。

 

 




数年前はまさか自分がクロスオーバー書くとは思わなかったなあ……しかもガンツと東方で。

何番煎じだろうと思いながらも、やっぱり書いてみたいと思って執筆した次第です。


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1、奇妙な部屋

「また出てきたぞ……」

 

 俺は、気が付くと妙なマンションの一室にいた。目の前にいるのは、大勢の見知らぬ人たち。

 

「………ああ!?」

 

 おかしい、俺、玄野計は先ほど、おせっかい野郎の加藤勝と一緒に線路に落ちたホームレスを助けようとして、列車に撥ねられた。まさか死ぬとは思ってなかったが、案外人って簡単に死ぬものだな、世の中を舐めすぎた、と思った。

 

 ……しかし、だいたい俺が死んだのも、横にいるヤンキーみたいな奴、加藤のせいなのだ。ちらりと横を見ると、加藤も肩で息をしながらそこに立っていた。

 

 俺もぜえぜえと息をしていると、俺たちの目の前に座っている奴らの中から眼鏡をかけた男が一人、歩み出てきた。風采の上がらないサラリーマンと言った感じである。

 

「キミ達も……死にかけたの?」

 

 その男が話しかけてきた時、何が起きたかさっぱり分からなかった。しかし、なんだかもう帰れない場所のような、そんな気がしていた。

 

 ……列車は?

 

 俺と加藤は、ほぼ同時に背後を振り返る。が、そこにあるのは壁だけ。電車は来ていない。俺たちがまだ荒い息をついていると、眼鏡の男は

 

「やっぱりキミ達も、死にかけたんだ」

 

 と一人納得していた。

 

「ハア、ハア……なんかしんねーけど、ナ‼! 助かっただろ! ホラ……」

 

「ホラって……お前なあ……」

 

 遅れて震えが来て、床にへたり込む。俺は、助かったのだ—

 

 そう思った時、俺の心を読み取ったかのように誰かが呟く。

 

「助かってない……」

 

 言ったのは白髪の老人。隣のガラの悪い男は舌打ちをした。

 

「ここが天国だよ。私は、先ほどまでガンと闘っていた。今は痛みも全くない。これをどう説明できる?」

 

 ……死んでる!? 嘘だ! 心臓動いてるじゃん! 息だってしてるぞ!

 

「はは……とりあえず仮説の一つですよね……」

 

 眼鏡男がぼそりと言う。隣の加藤も呆然としているようだったが、やがて窓の外に目を向け、

 

「待てよ、おい、あれ、東京タワーじゃねーか?」

 

 見ると、本当にその通りだった。ここは東京だったのだ。しかし、考えれば考えるほど疑問点は湧いて出てくる。何故目の前にいる奴らはここにずっといるんだ? 目の前の大きな黒い玉は何だ? しかも、犬までいる……。

 

 その時加藤が横で窓を開けようと頑張っていた。何やってんだコイツ。

 

 先客—眼鏡男や老人、若者がくすっと笑う。何笑ってんだコイツら。

 

 やがて加藤は狼狽した様子で、

 

「開かねーよ。これ」

 

「は? 俺にやらして」

 

 簡単じゃねえか。こうやって鍵を開け……開け……あれ?

 

 窓の鍵には触れない。眼鏡男が「開かないって言うか、触れないんだ。出られたら皆こんなところにずっとこーしてないよ。携帯も電源入んないし」

 

 どうやらその通りらしい。俺が黙っていると、眼鏡男は高々と手を挙げ、

 

「みんな注目—」と声を上げようとした。だが、

 

 じじじじ、と音が聞こえ始めたのはその時だった。

 

「何だこれ?」

 

 足? いや、違う。だんだん足首、脛と大きくなっている。何かが見えない箱から出てきている、という感じである。しかし、その断面が見えるので、グロテスクなことこの上ない。

 

 足のほっそりとしたシルエット、つるつるの肌から、どうやら女であることらしいことは分かった。だが、その全身と顔が現れた時、俺は口をあんぐりと開けた。

 

 外国人だ。

 

 最初に、そう思った。銀髪で眼も色素が薄いらしく青に近い。歳は俺とそう変わらないか少し年上のようで16、7歳といったところだろう。さらに俺—正確に言うとその場にいた全員だが—が驚いたのは、その女がなかなか美人だったからだ。俗な表現をすると、マブい。

 しかも何故かメイドの格好をしている。メイド喫茶でバイトでもしていたのだろうか。

 

「………ここはどこ?」

 

 少し低く、澄んだ声だった。メイドは周りを見回し、戸惑っているようだった。

 

「……東京。あんたも死ぬような目に遭ったんじゃないか?」

 

 隣の加藤が訊く。イキナリ話しかけるなんて、勇気あるな。

 

 銀髪のメイドはあら、と言って首をかしげる。「……そうね、死んだわ。でも一応、今は生きてる。よね?」

 

 日本語うまいな。日本生まれの外国人なのか? と思いながらも、俺と加藤は頷く。

 

「あのー、ここで切って悪いんですけど、自己紹介しませんか?」

 

 眼鏡男が提案する。応える者は誰もいなかったが、それでもめげずに続ける。

 

「最初は僕で……ごほんっ、山田雅史です。練馬東小で一年生を受け持つ教師です。スクーターに乗ってて事故っちゃいました」

 

 ふーん、センセーだったのか。俺がそう思っていると、眼鏡男、もとい山田は俺に目を向け、「じゃ、次、君……」

 

「はあ?」

 

 なんで俺からなんだよ。そう思ったが、流れとして言わなくてはならないだろう。俺は緊張しながらも立ち上がった。

 

「………玄野…計。高1。死に方は……こいつの巻き添えで」

 

 そーだ。元はと言えばコイツが全て悪い。俺は加藤をちらりと見る。すると、加藤は思いのほか沈んだ表情で、

 

「そっか、計ちゃんゴメン。俺、喜んで手伝ってくれてるのかと……あ、俺は加藤勝。死因は……電車にアタック」

 

 なーにが電車にアタックだ。反省してんのかてめー。

 

 その後、おっさんが鈴木五郎という政治家であることが分かり、おっさんの隣に座ってたヤンキーは名乗りを上げなかった。体育座りの少年は、西丈一郎。暗そーな奴だ。向こうにいるオッサン二人の自己紹介は、「こいつと俺は、やくざ……はい、これで終わり」

……コワいから近寄らないようにしよう。

 

 そして最後に視線が集まったのは、あのメイドの女だった。

 

「あ……私は十六夜咲夜と言います。お仕事中にちょっと刺されて……あ、私を呼ぶときは十六夜ではなく、咲夜とお呼びください。慣れていますので」

 

 名前がばりばりの日本人。しかも十六夜とかいう聞きなれない名字である。おそらく帰化したイギリス人とかフランス人とかそんな感じだろう。しかし、仕事中に刺されたというのは、ストーカーか何かにやられたのだろうか。顔もスタイルも(胸はそうでもないが)いいし、初対面の人間に下の名前で呼ばせるような、何というか、かなりフレンドリーな性格で何かと勘違いする奴が多そうだ。

 この人は多分そんな勘違いヤローに刺されたのだろう。

 

 

 

 

 ここが外の世界か。

 

 お嬢様に死という休暇を賜った私は職場に復帰してお嬢様から迷惑料をふんだくるべく、西行寺幽々子の話に乗り、外の世界での戦いに参加することになったのである。だが、ガラスの板から見える外の景色は幻想郷とは全く違い、驚いていた。

 

 しかも着ている服が皆珍妙である。目の前にいる若者2人—といっても私と同年代だろうが—は同じような服を着ているので、同じ集団に属しているのかもしれない。他は窮屈そうな服に毛糸で編んだような服など様々だったが、彼らに共通しているのは突然連れてこられ呆然としている、ということだった。

 

 誰も戦いに行くなどとは思ってもいないらしく、何故集められたのかさえ分かっていないようだった。その証拠に隣にいる玄野と加藤はぼそぼそと何かを喋っている。作戦会議でもない、ただの雑談だった。

 

 じじじじじ。

 

 その時、私の耳に何かの焼け焦げるような音が聞こえてきた。

 

「あ、計ちゃん……」

 

 加藤が指で示すと、玄野は「また一人来た」と言った。加藤の人差し指の先を追うと、足が空中から現れていくところだった。断面が見えており、お嬢様の食事の為に人体を解体する必要のある私でも少し気分が悪くなる。

 

……ということは私が現れるときも、こんな登場の仕方だったのだろうか。

 

 なんとなく恥ずかしくなったが、黙って見守る。そのうち現れたのは、この部屋でもう一人の女だった。が、全裸である。

 

「おいおいおいおい!」

 

 山田と青年が近寄ってくる。新しく現れた彼女は意識が無いのか、そのまま地面に倒れこもうとして、たまたま近くにいた玄野にもたれかかる。

 

 ぎゅっ。

 

 玄野は何故か彼女を抱きしめる。と、青年から「てめー何やってんだ!」と叱責が飛んでいた。思いのほか常識人らしい。

 

「おい、手首に血いついてるぞ」

 

 加藤の指摘通り、彼女の手首には傷は無かったが、血がべっとりとついていた。

 

「手首切って自殺……か」

 

 なるほど、と思った。ここにいる全員は何らかの原因で一度死亡し、復活させられた命で何かと戦うのだ。おそらく手首の傷が無いのは、復活の際になくなったのだろう。

 

「はあ……」

 

 問題は、彼女が全裸ということである。風呂場で自殺したのだから当然なのかもしれないが、少々慎みに欠ける。彼女はどうやら夢だと思っているらしく、目を閉じて横たわった。

 

「あの……ちょっと私が説明しますんで、一旦出させてもらっていいでしょうか?」

 

「……ああ、そうだね。ほら、いろいろ……不都合だし」

 

 他の皆も頷いて、(やくざのうちの一人は渋々に見えたが)私は彼女を別の部屋に移動させる。

 

「ううーん」

 

 いつまでも目が覚めないのを訝しがってか、彼女は目を開けた。

 

「大丈夫? 言っておくけど、ここは夢じゃないわよ」

 

「へえっ!?」

 

 彼女は私の顔を見て、飛びのいた。どうやらようやく気付いたらしい。

 

「ここは……?」

 

「さあね。……というか服は?」

 

 彼女は素っ裸の自分を見下ろして、かっと頬を赤くしていた。しかし、困ったことに私はこのメイド服で上着を着ていない。誰かが持っていないだろうか。

 

 そう思っているとドアが開いた。そちらを見ると、加藤が目を瞑りながら上着を差し出している。

 

「これ……着て……」

 

 私が受け取ると、慌てて加藤は引っ込んでしまう。なかなか狂暴そうな見た目にあわず、紳士のようである。私が感心しながら彼女に上着を渡した時、「それ」は聞こえてきた。

 

 あったらしい朝が来た 希望の朝が

 

「……歌?」

 

 聞きなれない歌である。私は彼女が上着を着たのを確認すると、部屋のドアを開ける。皆、部屋の中央にある黒い玉を見ていた。山田が黒い玉を覗き込んで、

 

「なんか、文字が出てるぞ……」

 

 私がつられて覗き込むと、その文面が見えた。

 

『てめえ達の命はなくなりました。 新しい命をどう使おうと私の勝手です。 という理屈なわけだす』

 

「何だコレ? ふざけてんなー」

 

「でもこの文章ってさ、何か超バカバカしーけどさ、よく見たら怖い文章じゃね?」

 

 西という少年が呟く。まあ、私はこんなことをわざわざ説明されなくても幽々子の説明で大方は知っていたのだが。

 しばらくすると、表示が変わった。今度は文だけでなく写真も添付されている。何やら気色の悪い緑色の何か、としか表現ができないような人間が、そこには映っていた。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行ってくだちい。

《ねぎ星人》

・特徴 つよい、くさい

・好きなもの ねぎ、友情

・口ぐせ ねぎだけでじゅうぶんですよ!』

 




所々の記憶が怪しいです。実は私、大仏星人までしか見てないしなあ……ガンツ買いなおさなければ。


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2、ねぎ星人

「ねぎ星人」の説明の後、黒い玉から、それぞれの名前入りの箱が出てきた。ご丁寧に私の分も、「さくやちゃん」と書かれている。

 

「………なにこれ?」

 

 箱を開けると、中に合ったのは奇妙な服—周りの皆はコスプレだとかなんとか言っているが、一種の戦闘服だろうか。そしてもう一つ、この銃という武器である。かつて香霖堂で拳銃というのを見たことがあるが、それとはなかなか形が違っていて、訳が分からない。おそらく引き金を引けばよいのだろうが……。

 

 ちらりと見ると、銃だけ持つ者、スーツを見て、「結構かっちょいいんじゃねえの」と言う者など、さまざまだった。ふと見ると、西は迷いなくスーツを着て、銃を携えている。

 

(仕方ない、着るか)

 

 このメイド服のままでは弾幕ごっこならともかく、普通の戦いは大変だ。スーツに着替えることにした。もちろん人前で着るわけにはいかない。部屋の外で着替える。

 

「お? お? なんだ、なんだこれっ!」

 

 部屋の中から大声が聞こえてきたので戻ってみると、やくざが顔からだんだんと消えていくところだった。おそらく、先ほどの文章や私が出てきた時の状況を考えるに、戦場へ転送されるのだろう。予想通り、私の体も同じように頭のてっぺんから消え始める。加藤が慌てて近寄ってくる。

 

「ちょ、あんた……どうなってるんだ?」

 

「さあ……あ、なんか外が見えるわ」

 

 目に飛び込んできたのは、西洋風の建物が立ち並ぶ街並みだった。しかし番地などは日本語で書いてあるので、ここはおそらく日本である。幻想郷からやって来た私としては外の世界のことがよくわからない。

 

 どうやら少しずつ体を転移させてくるらしい。私が下を向くと、自分の体がだんだん出てきていた。周りにいる者たちも同じように移動させられたのだろう。

 

「どこかしら、ここ……」

 

「さあね」

 

 先に来ていたらしいヤンキー風の若者が答える。別に彼に訊いたわけでは無いが、続けて答えてくる。

 

「つーか、これ帰れんじゃね? あんた、どこから来たの? 何ならオレが送るけど」

 

「いいです。それに一応皆さんが来るのを待った方が……」

 

 どこから来たのか、と聞かれて幻想郷から、などと言っても信じてもらえまい。仮に信じたとしても、時を止められるなんてことは信じないに決まって—

 

 そこで、はっとした。今、私は時間停止を使うことが可能なのだろうか。これからおそらく戦いになるという時に自分のカードを知らないのは、命取りになりかねない。外の世界では私の能力も無効になっている可能性もあるのだ。

 

(試してみるか)

 

 時よ、止まれーそう念ずると、いつも通り、ぴたりと周囲のものが動かなくなった。

 

「……大丈夫、よね」

 

 傍のヤンキーの前で手をひらひらさせるが、ぴくりとも反応しない。確かに、時間は止まっている。

 

「よし、能力は無効化されてないのね」

 

 しかしそう言ってヤンキーから離れた瞬間、すべての物が動き始めた。

 

「………?」

 

 私はまだ時間停止を解除していないのだが。インターバルを置いて、もう一度時を止めてみる。世界が再び凍り付いたように動かなくなるが、数秒たつと、時間停止は解除されてしまっていた。

 

なるほど、能力は使えるが、制限がかけられているのだ。おそらくは外の世界において能力の源たる魔力は存在しない代物のはずであり、その存在は希薄なものなのだろう。それ故、幻想郷で化学がなかなか発展しないのと同様にこちらでは魔力を利用した能力も制限されてしまうのかもしれない。

 

 私が考え込んでいると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは加藤だった。

 

「えーと、十六夜さん、だっけ。なんかあいつがこの状況説明してくれるらしーぜ」

 

 加藤は西を指さした。真っ先にスーツを着ていた少年である。

 

「名字で呼ぶのは慣れてないので咲夜とお呼びください」

 

「はあ……じゃあ咲夜さんで」

 

 加藤は怪訝そうに私を見ながら、西の方に顔を向けた。そこでは西が暗そうな外見とは裏腹に饒舌にしゃべっていた。

 

「この地球には人間にばれないように犯罪者宇宙人が入り込んで生活しているんだ。僕は日本政府の秘密機関にスカウトされた。だから僕たちはその宇宙人をやっつけにいくんだ」

 

 その後、西はふっと笑って、

 

「……って設定のテレビ。もともとアメリカの大学生の考えた企画だって。賞金一千万だよ」

 

 テレビというのはたしか、様々な映像や音を映し出す箱のことだったか。つまり西はこの状況をテレビに映すためのただのゲームのようなものと説明しているのだ。

 

(……臭いわね)

 

 幽々子は戦え、と言っていた。これは本当にただの宇宙人を捕まえるゲームなのだろうか? 何か裏があるような、そんな気がしてならない。

 

 しかし他の参加者たちは「くだらねー」とか「一千万か……」と呟く者などさまざまだったものの、ひとまずそのゲームをやろうという雰囲気だった。唯一老人だけはどこかへ歩き始め、ゲームに参加する意志の無い事を示していた。

 

「あんたは参加しねーの?」

 

「……そうですねえ、私はまあそれはその辺散歩してますから……」

 

 いくら時を止められると言っても、いきなり戦いを始めるのは考え物である。どこかからこっそり様子を見られればいいのだが……。

 

「……って、時間制限一時間!? 急がねえと!」

 

 誰かが叫び、玄野と加藤、そして名前の分からない彼女と私以外は皆どこかへ走って行ってしまった。何故そのねぎ星人とやらがどこにいるのか分かるのかと思ったが、どうやらそのためのレーダーがあるようで、それを見ながら走っている。

 

 まあ後で追っていこう、急がずとも時間を止めればある程度追いつける。そう思って見送っていると、何やら石の柱の傍にある文字と番号を見ていた3人が、こちらを見る。

 

「……え、なんですか?」

 

 訊くと、玄野が答えた。

 

「……ちょっとあんた、一宮って知ってるか?」

 

「一宮? 知りませんが」

 

「やっぱそうだよなあ……ほんとどこだここ」

 

 玄野がひとりごちるが、当然誰も答えられる者は居ない。そもそも私に至ってはこの世界がどうなっているかさえも知らないのであるが。

 

「……えっと、これ、何なんですか?」

 

 今までほとんど黙っていた例の彼女は遠慮気味に言った。

 

「さあ……」

 

 加藤と玄野は同時に呟いた。玄野の方はどうやら彼女に気があるようで、加藤よりも多く喋ろうとしている。「とりあえず、帰るんだよね……」と付け加える。

 

「……とにかくどうするか決めませんか?」

 

 流石にずっとこうしてまごまごしているわけにもいくまい。私が切り出すと、一斉に3人が私に注目した。

 

「どうせこのゲームとやらが終われば私たちは帰れますよね。多分。いっそのことさっき行った人たちみたいに参加すればいいんじゃないかなと」

 

 私がそう言った後、3人は少し考え込んでいたようだが、加藤が「そうだな。俺もなんかスッキリしねーし、行ってみよう」と言うので、残りの2人もそれに倣うことにしたようだった。

 

 

 

 

「確かこっち行ってたよな……」

 

 玄野がそう言いながらきょろきょろと周りを見回しながら言う。私たちは少し歩いていくつもの住居の並ぶ道にいた。しかしこれほど平らで硬い道を作ることができるとは、外の世界は意外と幻想郷よりも便利かもしれない、と思いながら歩いていると、突然玄野が素っ頓狂な声をあげた。

 

 ごきっ、と骨の折れるような音がして、そちらを向くと緑色の小柄な人影が倒れているのが目に入った。

 

「………ねぎ星人!」

 

 首の骨が少し折れ、だらだらと鼻から青い血を噴き出しているが、あの黒い玉に映っていた、ターゲットの姿である。加藤はそれを抱き起して、「おい、大丈夫か!? 動かない方が良くないか?」と介抱しようとしていた。

 

「あのー、これターゲットですよね。捕まえないんですか?」

 

 私が聞くと、加藤は首を傾げ、

 

「何言ってるんだ。こいつは助けないと死ぬかもしれねーぞ」

 

 あなたが何を言っているんだ。

 

「でも、どうみてもこれ人間じゃないし、このねぎ星人を倒すって言うのがゲームの本題でしょう? なんで介抱する必要が……」

 

 じろり、と加藤は私を一瞥すると、「俺は助けるだけだ」と言って、ねぎ星人に目を戻す。

 

「おおーっ! すっげー生きてるぜ! イリュージョン!」

 

 ヤンキーややくざたち、先行組が向こうの建物からやってくる。ねぎ星人は彼らを見て、慌てて加藤の手を振り払って逃げ出した。

 

「あ、おいっ!」

 

 加藤の制止も無視し、ねぎ星人は走り続ける。察するに、ねぎ星人は先行組に狩られそうになっているのではないか。おそらく先ほど落ちてきたのはあの2階建ての建物からで、そんなところから身を投げてまで逃げようというのだから、かなりひどい目にあわせられたのかもしれない。

 

 先行組とねぎ星人が追いかけっこをしているのを見て、加藤も走り出す。

 

「ちょっと計ちゃんか咲夜さん、どっちかがそのコを家まで送り届けてやってくれ!」

 

「え……」

 

 私と玄野は、揃って顔を見合わせる。彼女はどうやら加藤になついているらしく、どちらであっても不満なようだったが。

 

「えーと、どうする?」

 

 玄野は目を逸らしながら訊いてくる。腹の中では「俺が行きたい」と言っているのが見え見えであるが、私は彼女など放ってねぎ星人のほうへ行きたい。利害は一致する。

 

「じゃあ、私は加藤さんと一緒に行きますので、どうぞ玄野さんが送ってください」

 

 そう言うと、玄野は少し嬉し気に、彼女は複雑そうな顔をしていた。

 

「では」

 

 後は知らない。私は私の目的を達成するだけである。

 

 

 

「やめろおおーっ!」

 

 私が走ってきた時、加藤の叫びが丁度耳に入って来た。ぎょーん、ぎょーん、と奇妙な、それでいて妙に嫌な音も聞こえる。

 

 私が角を曲がって見た光景は、あのねぎ星人が破裂し、肉片が辺りに散る瞬間だった。

 

「お前ら、何やってるんだ!」

 

 加藤が怒鳴りつける。しかし駆け寄ろうとしたとき、やくざの一人が、ねぎ星人の頭に向けて引き金を引く。ぎょーん、という先ほどの怪音はその銃の発射音だったのか、と私が納得していると、ねぎ星人の頭が爆発四散した。

 

 ぴちゃぴちゃと血が飛び散り、なかなかにグロテスクな現場になってしまう。

 

「こいつ、人間じゃなかった」

 

 ヤンキーが誰に言うでもなく、呟く。

 

「こいつ、人間じゃなかったんだ! 俺はレントゲンで見たぞ!」

 

「どっちだっていいだろ、それよりこれどうする?」

 

 私もどちらかというとこのねぎ星人の死体をどうにかしたいと思う。それこそこの現場を見られたら私たちが—

 

 ふと顔を上げると、誰かがベランダからこちらを見ているのが目に入る。

 

「皆さん、見られてます……」

 

 皆が私の指を指す方向を見て、息を呑んだ。じっとこちらを見つめていた子供はしかし、私たちではなく、近くの壊れた壁―おそらくあの銃により破壊されたものなのだろう、を見て、「ママ、斎藤さんちの壁壊れてる!」などとのたまっている。

 

「まさか、私たちって、見えてないんですかね……」

 

「やっぱ俺たち、死んでたんじゃないの?」

 

 議論が始まる。加藤はそれに参加せず、ねぎ星人を助けられなかったことを悔いて道路の上に突っ伏し、泣いている。善人だとは思っていたが、ここまでの筋金入りとは思わなかった。

 

 私は戸惑いながらも加藤の肩を叩く。

 

「あなたのせいじゃない。どうせ間に合ってなかったわ」

 

「……そんなこと言ってもよ……」

 

 駄目だ。かなり落ち込んでいる。私はとにかく手を引っ張って加藤を立たせる。この男は、見た目は強面なのになかなか少年のような純真な善悪の価値観を持ち合わせているのかもしれない。

 

「おい、あれ」

 

 誰かが、あらぬ方向を指さす。ねぎ星人殺しで神経が高ぶっていたらしい先行組は、ばっとそちらを見た。

 

 そこにいたのは、一言で言えば、ごつくなったねぎ星人、いや、実際そうなのだろうが、そんな奇妙な人型の生物がいた。ねぎ星人は腕を拾って、先行組の足元に転がっている小さいねぎ星人の残骸を見た。

 

—あ、なにかまずい。

 

 ねぎ星人は、怒りの形相を露わにして、やくざの一人に近づいていく。

 

「おい、ねぎ親父、何かいえよ、コラ!」

 

「ふ、お、お」

 

 ねぎ星人の目から、青い涙が流れ出す。やくざと向かい合い、ねぎ星人は吠えた。

 

「……加藤さん、ここは一旦引きましょう。このままここにいるとまずいです!」

 

 

 

 

 

 




ガンツお気に入りのキャラはやっぱり西くんですね。あの強キャラ感からの「スーツがオシャカになった!」の無様さが良い味出してる。

ここでもうストックが尽きます。「はえーよ!」という方もいるかもしれませんが、ほんと申し訳ない……。


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3、酸鼻の死闘

 知らない人は多分いないと思いますが、一応説明

Xガン 敵を内部から破裂させる銃。レントゲン機能付き。

Yガン 敵を捕縛してどこかへ転送する銃。相手を傷つけず、やさしく緊縛。

スーツ 身体能力の向上、身体の耐久性の上昇などの効果のある便利グッズ。難点は体にぴったりするサイズなので着るためには一度全裸にならなくてはいけないこと。


 

 

 

「もういい、こいつ撃て!」

 

 先行組はねぎ星人と真正面から向かい合うやくざの指示で、例の銃を構える。が、その瞬間、ねぎ星人は俊敏な動きでやくざの頭をわしづかみにし、長く鋭そうな爪をむき出しにした。

 

 やくざの顔の、爪の当てられている部分から、血がつうっと流れ落ちる。

 

「ま、待てっ! 撃つな!」

 

 一瞬で言ったことを変えたやくざは「悪かった、悪かった!」とねぎ星人に謝る。しかしねぎ星人は訳の分からない言語で、やくざを怒鳴りつけた。加藤は目をねぎ星人に釘付けにされたまま、訊いてくる。

 

「ど、どうする……?」

 

「何もできません。私銃持ってませんし。あなた撃ちます?」

 

「……いや、いい。誤射するかもしれない」

 

 加藤はそう言うが、単にねぎ星人を撃ちたくないだけではないだろうか。優しさは美徳だが、戦闘中は致命的な弱点でしかない。まだ、性格だけで言えばあのやくざたちの方が加藤よりも戦いには向いているかもしれない。

 

 私と加藤がねぎ星人とそれを取り巻く先行組を見守っていると、そのうちのヤンキーが銃をねぎ星人に向け、引き金を引く。

 

「……しっ、死っね!」

 

 それを見たねぎ星人は掴んでいるやくざを振り回して銃口を向けたヤンキーとの間に割り込ませ、楯にした。

 

ぎょーん。

 

 辺りが静まり返った。ヤンキーはやくざを撃ってしまい、青ざめている。もしさっきのような運命をやくざが辿るとすれば……数秒後にはあのねぎ星人のようになってしまう—

 

「俺には効かねえ! 俺は生き残る!」

 

 やくざが叫ぶ。が、次の瞬間、やくざの胴体がはじけ飛び、辺りに臓物をまき散らす。残ったやくざの上半身はだらりと両手を下げ、止めを刺されるようにねぎ星人に頭部を握りつぶされ、完全に死んだ。

 

「うっ、うっ、うわあーっ!」

 

 ヤンキーともう1人のやくざ、山田が一斉に乱射し始める。

 

「危なっ!」

 

 私の顔の数センチ左にあった壁が粉々になる。3人とも理性が吹き飛び、ねぎ星人を殺そうとただひたすら引き金を引いているのだ。もちろんめたらやったらに撃って当たるはずもなく、ねぎ星人はそれを躱しながら、やくざの右手をもぎ取り、ヤンキーの腹を消し飛ばし、山田の両手をねじり切る。

 

 どちゃり、と最後に山田が倒れ、先行組は全滅した。血の海を見てねぎ星人は少し黙っていたが、やがてこちらに顔を向けた。

 

「加藤さん、銃!」

 

 だが、加藤はただそこに突っ立っているだけで銃を構えようともしない。殺されそうなのが分かっていないのか、と睨みつけるが、呆然としていてとても話が通じそうにない。

 

 そうこうしているうちに、ねぎ星人があの巨腕を振りかぶり、突進してきていた。

 

(仕方ない……あんまり乱用するのはどうかと思うけど)

 

 ぱちんと私が指を鳴らすと、ねぎ星人の動きが止まる。街灯の瞬きも、空の烏も、近くでぴくぴくと痙攣していた、もぎ取られた腕も何もかもが動きを止めた。

 

 私は加藤を突き飛ばし、ねぎ星人の突進ルートから退避させる。続いて私も避けておこう、と歩き始めようとした瞬間、ねぎ星人が再び猛烈な勢いで迫って来ていた。

 

—しまった! 時間停止に制限があったんだった!

 

 私は余裕をこいて加藤を助けるのではなく、自分だけで逃げていればよかったのだ。いつもはいくらでも時間を止めていられるのでのんびり行動しても問題は無いが、数秒はあまりにも短すぎる。

 

「さ、咲夜さんッ!」

 

 突き飛ばされて我に返ったらしい加藤が叫び声をあげる。その瞬間、ねぎ星人は私の胴体を捉え、軽々と吹き飛ばしていた。

 

「ぐっ!」

 

思ったよりも相当腕力があったらしく、私はそのまま石壁を越え、誰かの家の庭に墜落した。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだアレ……」

 

 俺は隣にいるこの子を家に帰そうとして、あの帰ろうとしていた老人が道で倒れているのを見た。頭が破裂して、脳みそが飛び散っていて心底グロかった。変な音はなってるし、よくわからない死体はあるわで、俺とこの子は引き返してきたのだが—

 

 道が血の海になっている。

 

「う、嘘だろ……?」

 

 最初に行っていたやくざや山田、ヤンキーが転がっていて、ぴくりとも動かない。皆、死んだのか? どっきり?

 

 俺は早くなる動悸を抑えながら、その中にぽつんと一人だけ立っている巨大なバケモノを見つけた。

 

 まさか、皆あいつに殺されたのか? さっき一緒に行くと言っていた、加藤や、咲夜も……。もしかして、残ってるのって俺とこの子だけ?

 

……とにかく、ヤバい。こいつからはやばい感じがする! 今なら奴はこっちに気付いてないし、逃げられる……。

 

 俺と彼女はそろり、そろりと後ずさった。……が、向こうでそいつが体の向きを変え、こっちを見た。

 

「やばい、気づかれた!」

 

 怪物がこちらに向かって走ってくるのが見える。すさまじいスピードで、距離がどんどん詰まっていく。

 

「わああああっ!」

 

 俺は、何年振りかの全力疾走で追ってくる怪物から逃げる。何だ。何だアレ……! ひたすら逃げて、逃げて、逃げまくった後、俺は傍にあの子がいないのに気が付いた。

 

(あ、あれ? あの子は?)

 

 振り返るが、どこにも姿はない。走るのに無我夢中で、どこではぐれたか分からなかった。

 

「まさか……見捨てて……!」

 

 引き返そうとした時、あの怪物が向こうの角から曲がってくるのが見えた。

 

「げ!」

 

 追ってきてる! まずいまずいまずい!

 

 俺は必死こいて逃げながら、泣きたくなってきた。

 

(どーなってんだ、ここ……地獄? ……はは、死んでんだ俺。家にも帰れないんだ)

 

 ……まあいいか。俺が死んでも悲しむ奴なんてこの世にいねーしな。

 

 その時、俺の脳裏に加藤の顔が映った。

 

 でも、加藤なら泣いてくれるような気がするんだよなあ……。あいつ、死んじまったのかなあ……。

 

『俺、何とか計ちゃんに近づこーって頑張ってるんだよね』

 

 加藤の声が蘇る。なんだ。俺なんかお前より全然頼りない、ただのガキ……そんな奴に、お前がどーして……。

 

 そこで俺ははっとした。

 

……いや、あの頃の俺は、今とは違った。

 

 はっ、はっ、と荒い息をつきながら、俺は数十メートル向こうに、長い降り階段があるのを見つけた。

 

—そうだ、小学校の頃も、あんな階段を、上から下まで飛んでたっけ—

 

「ッ!」

 

 後ろを見ると、目と鼻の先まで怪物が来ていた。殺意を充満させた顔が、もう1メートルも無い場所にある。

 

「くそ! 階段っ、跳んでやる! あン時みたいに!」

 

 

 

 

「……玄野さん?」

 

 私は、玄野とねぎ星人が目の前を駆け抜けるのを見て、驚いていた。先ほど落ち込んだ庭の中から出て、加藤か玄野を探していた矢先だったからだ。

 

 何故か、あの先行組をばらばらにしたねぎ星人の攻撃は、少し鈍い痛みを覚える程度ですんでいた。まさか、このスーツのおかげなのだろうか。よくわからないが、ひょっとするとねぎ星人は意外ときちんと戦えば簡単に勝てる相手なのかもしれない。加藤も、まだ死体として転がっているのは見ていないし、何とか逃げ延びることができたのだろう。

 

 がちゃり、と私はあの死体の山から回収してきた銃を両手で持つ。これも、当たればあのねぎ星人を殺せるのではないか。

 

 私は脇道から飛び出して、玄野とねぎ星人を追う。幸いねぎ星人は玄野を追いかけるのに夢中で、背後から追いかけている私に気付いていない。

 

—チャンスだ。

 

 そう思って私が銃を構えた瞬間、向こうから玄野の叫びが聞こえてきた。

 

「階段っ、跳んでやるうう!」

 

 どうやら下へ降りる階段を飛び降りるつもりらしい。しかし、跳躍の寸前は動きが一瞬だけ止まる。その瞬間を狙われて殺されるのではないか—

 

 見れば、ねぎ星人はもう玄野に追いつき、鋭利な刀のような爪を振りかざし、今まさに玄野に叩きつけようとしている瞬間だった。

 

「もう、世話焼かせるわね!」

 

 走りながら、時間を止める。この一回で決めなければ、玄野もあのやくざたちと同じ運命を辿るだろう。殺せなくてもいい。当てさえすれば—

 

 私はねぎ星人の背中めがけて、引き金を何度か引く。

 

「そして時は動き出す」

 

 時間停止が解除された瞬間、ねぎ星人の肩が破裂した。そして玄野は跳躍に成功し、見えなくなる。ねぎ星人も撃たれた衝撃でバランスを崩し、下へと転がり落ちていく。

 

(命中しさえすれば、勝てるわね)

 

 時間を止めている間にねぎ星人の頭部を撃ってしまえば簡単に勝てる。もしものことがあっても、スーツさえあれば多分大丈夫だ。負ける要素はない。

 

私は、玄野とねぎ星人が落ちて行った階段の下を見下ろす。血まみれの加藤が横たわり、玄野があのねぎ星人と殴り合っているのが見えた。

 

「……何?」

 

 玄野とねぎ星人の距離が近すぎ、銃では狙えない。流石に彼ごとねぎ星人を殺そうとするほど切羽詰まっているわけではないのでひとまず状況を推測しながら階段を駆け下りる。

 

 血まみれの加藤は、おそらく玄野を追っていたねぎ星人にやられたか、それともさっき私と別れたところですでに重傷を負っていたかのどちらかだろう。切れているのは動脈が走っている左手である。心臓に近く血の吹き出る勢いが静脈とは比べ物にならないので、右手が切れるよりも危険な状態である。おそらく彼は助からない。

 

そして玄野。こちらが特に問題である。彼はおよそ筋骨隆々といった体躯でもなかったはずなのに、互角かそれ以上にねぎ星人と渡り合っている。あの力の源は、一体何なのだろうか。

 

「らあっ!」

 

 やがて玄野がねぎ星人を殴り続ける、一方的な展開になった。私が丁度降りてきた時に、瀕死の加藤が何か言ったのか、玄野はねぎ星人を殴るのをやめ、加藤に駆け寄る。

 

「加藤っ! おい!」

 

 玄野が必死に加藤を揺さぶる。そしてはたと降りてきた私に気付き、

 

「おい、加藤を助けてくれ!」

 

「……そんなの無理ですよ。その人はもう助けられません」

 

 私だって必要でない人間の死を見るのは好きではない。しかし、手の施しようが無いのだ。もうどうしようも……。

 

 その時だった。 ぷしゅっ、と何か空気の抜けるような音がしてねぎ星人にワイヤーが絡みついたのは。

 

「……何だ?」

 

 玄野が呟く。私はまた新しいねぎ星人の新手か、と身構えたが、ワイヤーの放たれた方向から、ばちばちとスパークをさせながら現れたのは敵ではなく、人間だった。

 

「……西! お前、これまで一体どこに……」

 

「近くにいたよ。ずっと……」

 

 要するに、彼は私たちの近くで姿を消して高みの見物を決め込んでいたというわけだ。先行組が全滅する際も、玄野が追われている時も、虎視眈々と星人を楽に殺すチャンスを狙って。

 西は捕縛されたねぎ星人を玄野と私に指で示し、言う。

 

「点数はあんたらのどっちかにやるよ。おい、その外人のほうのあんた。持ってる銃でコイツ撃ってみろよ」

 

「撃つって、これでですか? そしたらこのねぎ星人、死にますよね」

 

「そうだよ。見たいでしょ、こいつの死ぬとこ」

 

「……別に」

 

 答えると、西はにやりと笑って、

 

「……あんた、僕と同類でしょ。死体写真とか見るのが好きじゃない? あの時、あんたはあのやくざどもの死体から顔色1つ変えずにその銃を拾ってたじゃないか。あんたも、本物を見たいんじゃないか……?」

 

「……いいえ、そんな趣味は無いわ。それに、あなたなんかと同類とは思われたくないし……遠慮しとくわ」

 

 私は職務上お嬢様に料理を出すため、人体を解体することは何度もあったが、それはあくまで仕事であり、楽しいと思ったことは1度も無い。言うなれば洗濯や掃除のような日常生活の一部であり、趣味ではない。

 

「ちっ、腰抜けめ……あんたは?」

 

 西は玄野にも問うが、玄野も「ざけんな」と一蹴した。

 西は面白くなさそうにふんと鼻を鳴らしてから、ねぎ星人に引き金を引く。

 

「せっかく点ゆずってやろうと思ったのに……まァいいや」

 

 すると、私ややくざたちの持っていた銃のように爆発はせず、空から降ってきたレーザーがねぎ星人の頭に当たり、だんだん消えていく。それは殺しているというよりもむしろ、私たちが転送されるのと同じように、どこかへ運ばれているようだった。

 玄野は不思議に思ったのか、西に訊く。

 

「おい、それなんだ?」

 

「これ? これは星人をどっかに送る用の銃。そこの銀髪が持ってんのがぶっ殺す用の銃だ」

 

「送ったって……お前、全部知ってんのか?」

 

「まあ、全部は知らないけど、お前よりはね」

 

 玄野は、西に詰め寄る。

 

「これから、どうなるか教えてくれ」

 

「部屋に戻って、それからは自由……そうそう、いろいろ心配してたみたいだけど、俺たちはちゃんと生きてるよ。それに帰れる」

 

「生きてるし、帰れる……!」

 

 玄野は呟いて、はっとしたように倒れ伏す加藤を見る。

 

「おいっ! こいつを生き返らせることは出来ないのか!?」

 

「無理だね。生きてりゃ胴体千切れてても部屋には戻れるけど……死んだらもうそれっきり」

 

 それを聞いた玄野は、加藤を揺さぶり、「おい、起きろ!」と呼びかける。しかし加藤はぐらぐらと揺れるばかりで、一向に意識は戻りそうにない。

 

「ん、お先……」

 

 西はそんな玄野の様子も意に介さず、転送されていった。続いて、玄野も転送され始める。

 

「加藤! 加藤! おい、起きろ!」

 

 口が転送されて静かになっても残っている玄野の体は加藤を揺さぶり続ける。玄野が完全に転送されてしまうと、加藤の体は全く動かなくなってしまった。

 

「………」

 

 目でも閉じてやるべきだろうか。私は転送されるまでに暇だったので、加藤の顔に触れ、半開きの目を閉じようとする。

 

 ぴくり。

 

「………あ」

 

 加藤の右手が、動いた。

 

 

 




 ねぎ星人って現れた当初は「どうやって勝つんだー!」と思ってましたが、よくよく考えてみるとちゃんと装備整えてたら楽に勝ててましたよね……。ガンツも実はその辺の配慮はしてたのかなと思ってしまいます。



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4、ガンツ

 

 

 じじじじ。

 

 私が転送されてきた時、玄野ははっとこちらを見て、なんだお前かとでも言いたげに肩を落とす。生き残って悪かったわね、と言ってやりたい気分だったが、彼からすれば生きていて当然の私よりも、死にかけだった加藤が転送されるかどうかが重要なのかもしれない。玄野は私に背を向けたまま、訊く。

 

「咲夜……加藤は、どうだった?」

 

「…………生きてましたよ」

 

 それを聞いた玄野が振り返るのと、新しく人間が転送されてくるのは同時だった。

 

「加藤君よ……ね……ねっ」

 

「うん、この高さはそうだ……絶対、そうだ」

 

 皆の予想通り、加藤がレーザーで描き出されていく。加藤は何故か何かを締め上げるようなポーズをとった状態で転送されてきているようだった。

 

「あ、あれ? 計ちゃん……? どーなってんだ? ねぎ星人は?」

 

「あいつはもういない。俺たち……帰れるんだぜ」

 

 加藤は玄野の言葉に目をみはる。信じられないといった顔だったが、玄野とその隣にいる彼女が涙ながらに帰還できることを信じているのを見て、少し表情を和らげたようだった。

 

 ちーん。

 

 突然聞こえたその音に、皆が反応する。どうやら今の音は後ろの黒い玉から出たようで、新たな一文が表示されていた。

 

『それぢわ ちいてんをはじぬる』

 

 西は、誰に言うともなしに呟く。

 

「ガンツが採点始めるぜ」

 

「はあ? ガンツ? 何それ?」

 

「この玉の名前。俺がつけたんじゃない。前からあったんだ」

 

 西と玄野が話している間、いつの間にやら犬が走り出てきて、ちょこんと黒い玉—ガンツの前に座る。そういえばこの犬も星人を倒すためのメンバーとして数えられているのだろうか、と不思議に思ったが、まさか犬語で聞くわけにもいくまい。放置することにした。

 

『いぬ 0てん

 やるき、なちすぎ

 ベロ 出しすぎ

 シッポ ふりすぎ」

 

 きゅうんん、と悲し気な鳴き声をあげ、犬はとぼとぼと歩き去っていく。その姿はどこかユーモラスで、ほんのちょっぴりだけ笑ってしまった。

 

『巨乳 0てん

 ちち でかすぎ

 ぱんツはかづにうろつきすぎ』

 

「巨乳って……」

 

「あたし!? なにこれもー。しかも0点だし……」

 

 まあ巨乳と書いてある時点で私だとは思っていなかったが。しかし、巨乳の反対語を私のあだ名にしていたら、このガンツの本体であろう中にいる人物の頸動脈を掻っ切らねばならない。

 

『加藤ちゃ(笑) 0てん

 おおかとうちゃ(笑)死にかけるとわなにごとぢゃ』

 

「………さぶ」

 

「ウケ狙ってるよね、これ……」

 

「そうだな。そういえば俺、何点なんだろ……ドキドキしてきた」

 

『西くん 3てん

 TOtAL90てん あと10てんでおわり』

 

「ちっ、3点かよ」

 

 西の採点画面を見て、やはり、と思った。西はさっきのような戦場を何度も経験していたのだ。その結果がトータル90という点数。仮に今日のような戦闘1回で手に入る点数を3は少ないようなので5点と見積もっても16回は戦闘をしている計算になる。そして、この「おわり」とは一体何なのだろうか。

 

 考えていると、また表示が変わる。私の採点結果だった。

 

『めいど 0てん

 ずるしすぎ

 点取らなすぎ』

 

「………」

 

 ガンツは私の時間停止の能力も、それを行使したことも知っているのだ。それでいて、使用を認めていたのかもしれない。しかし周りの人間には特にそんな能力が備わっているわけでもなさそうなので、確かに「ずる」に相当する行為なのかもしれない。

 

「ズル……?」

 

 玄野と西が、ちらりとこちらを見る。私は首をかしげて「ああ、途中で玄野さんを追ってたねぎ星人を撃とうとしたからですかね」と言い訳したが、納得したのは玄野だけで何故か西の方はそれでもしつこくこちらを見続けていた。

 

 別に能力について説明しても良かったが、信じてくれるかわからないうえに認められたら認められたで大変なことになりそうだ。それに、何となく西の前で自分のカードをさらすと良くないような気がした。

 

『くろの 0てん

 巨乳みて ちんこ たちすぎ』

 

「はァ!? あ……あっ」

 

 にやり、と西も笑う。当の「巨乳」、彼女はさっと玄野から離れ、加藤の方に駆け寄る。玄野は溜息をついた。

 

「なんだよ、もう……てかこれで終わり?」

 

 ガンツはそれ以上何も表示しない。西はそれを確認するや否や、さっさと部屋を出て行こうとする。

 

「どこに行くのですか?」

 

「外。ドア開いてるぜ」

 

「ちょっと待ってください。いろいろ訊きたいことがあるんですが」

 

 私が言うと、西は立ち止まった。残りの3人も、頷く。西は少し考えてから、

 

「いいぜ。俺の知ってる範囲ならな」

 

「……じゃあ私からでいいですか。あなたは何者ですか? そして何故他の方よりもこの戦いの知識があるのですか?」

 

「……あんたこそ何者なんだよ」

 

 ぼそり、と私にしか聞こえないほどの声で西が呟いてから、続ける。

 

「俺は、普通の中学生だ。ただ、ここに来たのは1年前……というわけ」

 

 1年前。ということは、やはり推測通り、今夜のような戦いを繰り返してきたのだろう。それなら戦いについて私たちよりも多く知っていて当然である。問題は……。

 

「なんでわざと見殺しにした!? お前が最初に教えていれば皆生き残れていたかもしれない」

 

 加藤が詰め寄る。頭の回転が戦闘時以外は少々鈍いらしい玄野や名前もよく知らない少女もそれに気づき、「そーいやそうだ」、「なんで? どうして教えてくれなかったの?」と西に訊く。しかし西は何も言わず、加藤たちを見やるばかりである。

 

「……答えろッ!」

 

 加藤がついに耐えきれなくなり、西の胸ぐらをつかみ上げる。西はにやっ、と笑って、

 

「知ったこっちゃねえ。他人が死のうが生きようが。それにあいつらが死んでる間、ターゲットが油断するだろ」

 

「………」

 

 加藤は怒りのあまり声も出ないようだった。といっても私は加藤のように西を糾弾しようとは思わないし、そもそもそんなことをする資格はない。私も初めは西のように様子を見ようとしていたからだ。

 西は加藤を見上げ、挑発するように続ける。

 

「何がしたいんだ? 殴りたいのか、俺を? お前偽善者くせーんだよ。こん中で一番。なあ、偽善者、偽善者‼」

 

 加藤が、手に力を込める。玄野も今の言葉で頭に来たらしく、「殴っていいぜ、そいつ!」と言っている。

 

「あーあーしょうがねえなあ、馬鹿どもが。俺が一番この中で強いんだぜ?」

 

 西は、加藤の手を掴み、力を込める。さほど力を込めているようには見えないが加藤は痛みを感じているようで、みしみしみし、と嫌な音が聞こえてくる。

 

「手を離せ」

 

 玄野は、西の頭に銃を突き付けていた。西は少し汗をかきながら、

 

「撃てんのか? 頭破裂するぞ」

 

「なら、腕を狙う……」

 

 すっ、と玄野は狙いを変え、西の腕に狙いをつける。しかし、すぐに慌てたように口を開いた。

 

「聞きたいことはまだまだある……。お前、俺は生きてるって言ってたよな。本当に生きてんのか?」

 

「………生きてるよ。だが、俺の考えでは本体……オリジナルは本当に死んでる……!」

 

「はあ!?」

 

「ここにいる人間は、ファックスから出てきた書類なんだよ。コピーだ」

 

 西はそう言うと、何やらあのねぎ星人の居場所を示していたコントローラーのボタンをかちり、と押す。すると西の姿が一瞬でかき消えた。

 

「なっ!?」

 

「ガンツって結構いい加減な奴だからさ、前にいたオッサンは帰ったらオリジナルが死んでなくて……ま、いっか。帰ってもここのことは話さない方がいいぜ。頭バーンだからな。ははは」

 

 きい、がちゃん、と音がして、西の声はそれ以上聞こえなくなった。どうやら出て行ったらしい。

 

「……いなくなったようです」

 

 しばらく玄野たちは顔を見合わせていたが、誰が言うともなしに外へ出ることになった。私がドアを開け、次いで玄野、少女、最後に加藤が出るとドアはがちゃり、と音がして、勝手に鍵がかかってしまった。

 

「あ、開かね」

 

「いいだろ。そんなの。それより早く帰ろうぜ」

 

 私はそこではっとした。私は幻想郷へ帰れないのだろうか、と。皆はこちら側の住人だから家に帰ることができるかもしれないが、私は紅魔館に帰れなくてはただの一文無しにすぎない。あのガンツがご親切に幻想郷へのワープゲートを作ってくれるなどということは無さそうだし、私は少なくとも、どこかに住むところを確保しなくてはならない。

 

「おい、皆でタクシー乗るぞ。あんたもメイド服でこのあたりをうろつくわけにはいかねえだろ?」

 

 玄野は、手招きして言った。どうやらこちらではメイド服で外をうろつくのはまずいらしい。やはり外の世界は幻想郷とは違い、勝手がよくわからない。人に頼ると言っても、私の知り合いは、残念ながらこちらの世界には1人もいない。

 

私は玄野の後を歩きながら、意を決して声をかけた。

 

「あの、悪くなければですけど……あなたの家に私を泊めることって、できますか?」

 

「え、はあ!? ちょっと待って、何、それ……」

 

 玄野はそれを聞いて慌てふためいた。これは何か非常識なことを言ってしまったのだろうか。首をかしげると、玄野は「ああ、嫌ってわけじゃない。俺一人暮らしだし、全然OK。だけど、何で……?」

 

 私は本当のことを玄野に話すかどうか迷った。だが、本当のことを話したところで何の意味も無いし、今日のような非現実的なこと(少なくとも彼らにとってはそうに違いない)の後でも幻想郷の存在などこちらの人間は信じようともしないだろう。頭がおかしいと思われるよりかは、まだ真実味のある嘘をついた方がいい。

 

「……私、刺される前の記憶が、無くって……どこに帰ればいいのか……」

 

 ついでに目を伏せる。玄野はそれを見て元気づけるように肩を叩き、

 

「そっか、なら俺の家にひとまず泊まっていってくれ。まあこんなことがあるくらいだし、記憶喪失も、まあ普通にあるだろ」

 

 どうやら信じてくれたようだった。私はおそらくこれから行われるであろう宇宙人との戦い以外にも、ある程度こちらの世界に順応しなければ生きていけない。情報収集から始めなければならないだろう。

 

 私たちはエレベーターという上下運動を繰り返す金属質の箱に乗って高い建物の1階へ降り、これまた妙な姿をした乗り物が走ってくるのを見ると、手をあげ、停める。どうやら中で運転している者に金を払って車に乗せてもらうらしい。

 

「……ほんとに、いいの?」

 

 玄野が、囁くように訊いてくる。

 

「……ええ、まあ食費は明日になったら何とかしますし、毎日お食事をつくるのと洗濯、掃除くらいならできます」

 

「……そうか」

 

 玄野はぷいと顔を背けると、奇妙な乗り物—車に乗り込む。4人で少々手狭だったが、我慢して乗っていると、加藤が「そういえば」と言って真ん中に座る彼女に訊く。

 

「名前、何?」

 

 そういえば、自己紹介の後に出てきたので誰も彼女の名前を知らない。玄野もそれに気が付いたようで、ちらちらと2人の様子を窺っていた。

 

「あたしは、岸本恵よ」

 

「そうか、岸本か」

 

 加藤は頷く。玄野は「俺とおんなじ名前だ……」と呟いていた。

 

 私たちは闇の底を走る車の中で街灯の煌めきに照らされながら、各々の帰路についた。

 

 

 




ここまでで2巻の内容でまだまだ私の知っている範囲からは抜け出さないので、しっかり書いていけそうです。

採点のところを書いてて思ったんですが、ガンツの鏡文字って普通じゃ書けませんよね……少なくとも私の使っているソフトでは無理そうです。


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5、つかの間の日常

 

 

 

(ひえー、超ラッキー!)

 

 俺は鍵を差し込みながら、そう思う。あの奇妙なガンツの部屋から出てきた後に、奇跡は起きた。

 

人生で初、女子が家に泊まりに来るのである。しかも外国人で、なかなかの美人である。舞い上がらない方がおかしい。正直岸本が加藤の方に惹かれているのは悔しいが、神さんも不公平だと思ったのだろう、これほどのラッキーはそうそう巡ってはこない。表面上は普通を装いながら、心の中では何度もガッツポーズをする。

 

「あの……どうかしました?」

 

 後ろから咲夜が不思議そうに訊いてくる。どうやら鍵を差し込んだまま、俺はぼうっとしていたらしい。俺は何とか平静を装って、

 

「いや、別に……。考え事してただけ」

 

 ドアを開けて、明かりをつける。幸いこの前掃除したばかりなので部屋はそれほど汚れていない。咲夜は興味津々といった様子で部屋を眺めていた。すると咲夜はある一点で目を留め、訊いてくる。

 

「これ何ですか?」

 

 指さしたのは、アイドルのグラビアポスター。俺は慌てて貼ってあるものを剥がしながら「んー、なんだろうねー?」と言う。しまった。こういうの嫌がるタイプか?

 そう思ったが、咲夜は単純な興味で訊いただけらしく、次はテレビのリモコンをためつすがめつしていた。

 

「……もしかして、何もかも忘れちゃってるわけ?」

 

 記憶喪失には様々な種類があるというが、大体は言語や道具の使い方などは忘れないはずである。咲夜の記憶喪失の場合、言語は覚えているようだが……。

 

「ええと、名前と死ぬ直前の記憶と、あと家事全般は覚えていますよ。といってもこういう、変な道具の使い方とか、ここがどこだとかを全く覚えてないんです」

 

「……そう。どこで生まれたとかは?」

 

「それも、全く……家族も覚えてませんし……」

 

 少し沈んだ表情で、咲夜は答える。彼女からすれば、全く訳の分からない異世界のような場所に飛ばされたような感覚なのだろう。ちょっと可哀そうだ。

 

「……うん、まあとにかく、お腹減ってない? コンビニで飯買ってくるから。風呂に入ってたら?」

 

「あ、そうさせていただきます」

 

 咲夜はにこり、と微笑んだ。やっぱカワイイ、マジでラッキー! と思いながら、俺はコンビニへ向かった。

 

 

 

 

「……ふう」

 

 私はシャワーを浴びて体を拭くと、元のメイド服に着替えた。着替えが無いので、明日どこかでこちらの世界の服を調達してくるしかない、そう思いながら部屋に戻った。

 

 玄野はまだコンビニとやらからは戻って来ていないらしく、誰もいなかった。とりあえず玄野の親切で泊めてはもらっているが、何か役に立つことを示さなければ流石に彼もこんな狭いところに住んでいるくらいで生活は厳しそうだし、私を放り出さざるを得なくなるだろう。

 

「ひとまずお金を用意しないといけないわね」

 

 タクシーの中で玄野が運転手に金を払おうと取り出した財布の中にはいくつかの硬貨と紙幣が入っていた。おそらくそこに書いてある数字がイコール金額なのだろう。食費は払わねばならないだろうし、どこかで盗むか働くかしてお金を用意しよう。働くと言ってもこの世界をよく知らねばそんなことは出来ないだろうし、当面は多く持っていそうなものから少し失敬させてもらうことになるだろうが。

 

「あとは料理とかかしら」

 

 洗濯はどうやらあの妙な機械が全自動でやってくれるらしい。幻想郷で河童が同じようなものを作っていたから見当がついた。しかし料理の方は全自動で作ってくれるような装置は見当たらない。

 私は流しの下にある引き出しを開けてみる。そこにはいくつか鍋や菜箸があり、一応料理ができる道具は揃っていることが分かる。次に適当に開けてみた大きな箱の中には見たことのないお菓子らしきものや卵、ベーコンなどがあり、最低限の材料は揃っていた。

 

 明日の朝は何か適当な朝食を作っておこう、と思っていると、がちゃり、と音がして、「弁当買ってきたよ」と玄野が帰ってきた。

 

 

 

 

 俺と咲夜は弁当を食べた後、しばらく部屋でくつろいでいた(というよりも咲夜が俺を質問攻めにした)が、俺も咲夜も戦闘で疲れていたらしく、まだ11時だというのに眠気を催してきた。

 

「……あ、布団、一つしかねえ」

 

「……え?」

 

「まあ見りゃわかると思うけど、俺、ひとり暮らしだからベッド1つしかないんだよね。どうする?」

 

 咲夜は逡巡して、床を触ってはベッドを触り、どちらで寝る方がいいか思案しているようだった。しかし次第にベッドを触る回数の方が多くなり、迷ったあげく、最後にこう言った。

 

「布団が2つ無いのなら仕方ありません。一緒に寝ましょう」

 

 やーったあ! やっほーい!

 

 これは童貞卒業できる……かな? こんなこともあろうかと、例のアレ……コンドームをついでに買ってきていた。ポケットに忍ばせたそれの感触を確かめながら、咲夜がベッドに横になって掛布団を被るのに続き、俺もベッドに横たわる。

 

「じゃ、消すぜ……」

 

「ええ、おやすみなさい……」

 

 電灯を消すと、真っ暗になり、最初は闇しか見えなかったが目が慣れるにつれ、咲夜の後頭部を視認できるようになった。どうやらこちらに背を向けているらしい。

 

「……あのさ」

 

「何でしょう?」

 

 くるりと器用に布団を巻き込まずに寝がえりをうち、咲夜はこちらを向く。俺は目を逸らしながら、続ける。

 

「こんな状態で俺は何もしないのかなーって……」

 

「何かしたいんですか?」

 

 俺は真っすぐこちらを見てくる咲夜の瞳と目を合わせないよう気を付けながら、絞り出す。

 

「え……えっち……」

 

 言ってしまった。急に心臓がバクバクし始める。咲夜の反応は……?

 

 俺はちらりと咲夜の顔を見た。最初呆気に取られていたようだが、やがてくすくすと笑いだした。どうやら「えっちしたい」というストレートな物言いが彼女のツボにはまったのかもしれない。俺もつられて笑う。

 

 ははは……と2人で笑っていると、急に咲夜は真顔になって、

 

「嫌です」

 

 くるりとまた器用に体を回転させ、そっぽを向いてしまう。

 

(なんじゃ、そりゃー!)

 

 さっきまでちょっといい雰囲気だったと思ったんだけどなー! サギだー! と思いながら、咲夜を見る。笑っているときは、「じゃあいいよ」くらいのノリでいけると思っていたのだが……。

 しかし俺も力づくというのはちょっとどうかと思うし、今日はおとなしく寝ているしかない。見ると咲夜はすでにすやすやと寝息をたてていた。

 

(襲っちゃおーかなー。でもなんかなあ……)

 

 悶々としながら、俺は眠りの底に落ちて行った。

 

 

 

 

「起きてください、玄野さん。朝ですよ」

 

「ん……」

 

 揺り起こされて、俺はようやく眠りから覚めた。咲夜は昨日と同じメイド姿で、つんつんと菜箸—料理もしないのでほとんど使っていなかった—の持ち手で俺の頭をつつく。

 

 俺がのそのそと起き上がって着替え、そのまま出ようとするのを、咲夜は引き留めた。

 

「待ってください。ご飯作りましたから、ちゃんと食べて行ってくださいね」

 

「ご飯……?」

 

「ほら、言ったじゃないですか。私、ご飯作りますよって」

 

「あ、ああ……」

 

 そういえば家事全般ができると言っていた。ひょっとすると死ぬ前はどっかのホテルの従業員とかだったのだろうか。

 

 食卓に用意されていたのは、ご飯、味噌汁、ベーコンエッグと短時間でできるメニューだったが、食べてみると何故かどれも俺が作るよりも美味しかった。料理の上手い彼女とか欲しーなーなどと考えていた時期もあったので、何となく嬉しい。

 

「美味しいですか?」

 

「ん、ああ。すんげえうまい」

 

「そうでしょう、私、記憶はありませんが料理の腕には自信がありますので」

 

 ふふん、と得意そうに笑う。会った時からずっと沈んだ表情をしているか無表情だったし、昨日の寝る直前の一件で気分を害したかと思ったが、杞憂だったらしい。させてはくれないが、やっぱりマブい。味噌汁を飲み終わって、俺は立ち上がった。

 

「そういえば学校とかには行ってるの?」

 

「はあ……覚えてません。玄野さんが帰ってくるまで、どうすればいいでしょうか」

 

「まあ好きにしてて。あ、何か知りたかったらそこのパソコン使っていいよ。図書館はそこの角を曲がっていけば行けるし。好きなとこ行ってていいよ」

 

「ありがとうございます。お気をつけて」

 

 咲夜はにこやかに手を振りながら、俺を送り出した。

……このまま2人で生活するのも、アリかもしれないな、と思いながらいつも通りに登校した。

 

 

 

 

「お気をつけて……」

 

 私は玄野がドアを閉めると、すっと笑顔を引っ込める。これから情報を集めなければならないのだ。のんきにへらへら笑っている場合ではない。

 

 まずは服を手に入れて、そこからあちこちへ行ってみよう。私はメイド服の上に玄野のもこもことした上着を借りて着る。そして護身用の銃—こっそりポケットに入れて銃だけ持ち帰っていた—と元々持っていた銀のナイフを懐に忍ばせる。ナイフの方はメイド服着用時には必ず身に着けているので、昨日玄野がとんでもないことを言い出したときも、左手にはこの銀のナイフを持っていた。その後しばらく寝たふりをしていたが、その時に玄野が襲ってきたならぐさりとこれでやってしまおうかとさえ思っていた。

 

 まあ西では無いし、玄野を殺したいとは全く思わない。むしろ家を貸してくれているのだから感謝はしているのだが、そこまで尻軽にはなれない。

 

 うまく上着に隠し、メイド服を着ていると一見して分からないようになったのを確認すると、私は鍵を掛けて外へ出た。

 

 外に出てから服を売っている場所を探すため、近くを歩いていた老人に話しかけて店の位置を聞き出すと、まっすぐその道へと向かう。

 

「いらっしゃいませ」と入って来た私に店員が微笑みかける。店員も客も私を見てひそひそと話しており、やりにくいことこの上ない。見れば周りは皆黒髪に黒い目で、私のような銀髪は一人もいない。珍しがられているのだろう。

 

 とりあえず私はその視線を避けて適当な洋服や下着をカゴに入れる。これだけあれば十分だろう、というところまで服を集め終わると、今度は支払いをしているらしい場所の近くへ行き、時間を止める。

 

 あのレジという機械からお釣りをだしたり金を入れているようである。丁度レジを開けたところで止まっている店員に少し謝りながら、札をいくつか抜き取った。後できっちり返しておくが、今は非常事態であるから、大目に見てほしい。

 

 時間が動き出した時には私はすばやくレジから遠ざかり、かごに入れた洋服を持って、ついいましがたやって来たというような雰囲気を醸し出して「お願いします」と差し出す。

 

 合計は5万2340円だった。盗ったのは10万円なので、その分が浮く計算になる。その分は玄野に払う食費としよう。

 

「ありがとうございましたー」

 

 実質金を払っていない私に感謝の言葉をかけた店員に若干の申し訳なさを感じながら、店の外に出る。紙袋を両手に抱えた状態では図書館に行くのも一苦労なので、いったん家に戻って荷物を置いて、再び外へ出る。

 

 確か、玄野はここの角を曲がった先だと説明していたか。私はその通りに進んで、図書館へ向かう。しかし道端に落ちている奇妙な「もの」を見つけ、立ち止まった。

 

「猫……の死骸?」

 

 中から破裂したような死に方で、見るに堪えない。頭が吹き飛んでいるので脳漿が辺りに飛び散っている。そして私は、道の向こうで、何かが動いたのを見て、思わずそちらに目を向けた。

 

 目に入ったのは、小柄な男—いや、少年か。厚い上着を着こみ、左手をポケットに突っ込んでいる。そして右手に持っているのは—

 

 私はそれを見て、息を呑んだ。今私が持っているのと同じような、あのガンツの部屋の銃である。ということは、この持ち主は—

 

 私の思考を読み取ったかのように、その人物はこちらを振り返る。

 

「……西!」

 

「お前……あの時のメイドか」

 

西は驚いたようにこちらを眺めやった。

 

 

 

 




西の住んでいる場所が調べてもよく分からなかったので、ひょっとしたら矛盾があるかもしれません。


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6、2人目の居候とセカンドミッション

 

 

「えーと、まず何から訊けばいいんですかね」

 

 私は西と対峙しながら、口を開いた。見れば向こうは上着の下にスーツを着て、おまけにあの銃も持っている。対してこちらは銃のみ。いくら時が止められるといっても、西が殺す気で動いてきたらまずい。

 

 食べもしないのに動物を殺すような異常な趣味の持ち主であるらしいし、警戒するに越したことはない。しかし人通りの多い場所で撃ちまくることは難しいし、そもそも私を殺すメリットがない。彼の銃の向きにさえ気を付けていればいい。

 

「あんた、この辺に住んでるのか?」

 

「……さあ、どうですかね。そんなことよりあなた、あの戦いについての知識がいっぱいあるんですよね? ちょっとだけ、教えてくれませんか?」

 

「………ったく、取引になってねえじゃん」

 

 西はちっと舌打ちをした。

 

「あんたには聞きたいことがあるんだよ。例えば、俺がステルスで隠れてる間、あんたは一瞬だけブレたように見えた。ねぎ星人に吹っ飛ばされた時と、銃をぶっ放す時に。撃つ時も、全くタイムラグが無かった」

 

「……何の話ですか?」

 

 あの部屋でしつこく私を見てくると思ったが、やはり時間停止の瞬間を見られていたらしい。それで私にこんな質問をしているのだろう。そう思っていると、西は「そうだ」と納得したような仕草を見せ、

 

「分かったぞ……あんた、100点クリアして、「強力な武器」を選んだんだろ?」

 

「は……? 強力な武器?」

 

 私がぽかんとしていると、西は片眉を上げ、

 

「今更演技してもおせーんだよ。どうせあんた、どっかで100点クリアして新しい装備持ってんだろ? だから俺の知らない攻撃方法があるんだ」

 

「……ちなみに、100点取るとどうなるんですか?」

 

「だから初心者のフリはもういいって。ほら、記憶を消されてガンツから解放されるか、強力な武器を支給されるか、そして誰かをガンツのメモリーから生き返らせるかの3つから選べるってことくらいは知ってるだろ?」

 

 知らない。彼は何も聞かなくても勝手にぺらぺら喋ってくれるのではないだろうか。そう思っていると、西はにやっと笑って、

 

「だからさ、ちょっとその武器ってどんなのか、見せてほしいんだよ」

 

「いや、知りませんって」

 

 まず私自身の能力であるから、物体として見せることはできない。しかし西は私がガンツから支給されるという強力な武器を持っていると信じて疑っていないようだった。

 

「仕方ないな……なら効果だけ見せてもらうか」

 

「………!」

 

 かちゃり、と西は銃を私に向ける。そして、その人差し指が引き金を引く直前、私は時を止めた。

 

「危なっかしいわね……」

 

 止まっている時の中、私は西の右手から銃を奪い取り、ついでに左手に持っていたレーダーももぎとる。そして後ろに回り込んだ丁度その時、時間停止が解除された。

 

「……なっ!」

 

 西は空になった両手を見て、驚いているようだった。そしてその後頭部に、ごり、と頭に当てて銃口を突き付ける。

 

「あなたも分からない人ですね……本当に知らないって言ってるんですけど」

 

「はは……でもやっぱり、何かは隠し持ってるんだろ? じゃなきゃこういうことはできないし……銃とレーダー、返してよ」

 

「次の星人との戦闘の時に返しますよ」

 

「は? ふざけんなよ、おい……」

 

 今西にこれを返せば、私が持っている武器を奪おうと考え、姿を消して襲い掛かってくるかもしれないし、家まで尾行(つけ)られては困る。悪いが、一旦没収させてもらうことにした。

 

「では、ごきげんよう。またあの部屋で会いましょう」

 

 私は西を突き飛ばすと、あの部屋で西がやったように装置で姿を消した。それを見た西はきょろきょろと辺りを眺め、返せと叫んでいたが、そのときには既に私は西を尻目に、さっさと走り去っていた。

 

 

 

 

(遅くなったわね)

 

 私は図書館でこの世界の歴史や地理、通常の生活などを調べているとあっという間に時間は過ぎ、玄野の家に戻るころにはすっかり日が沈んでしまっていた。一応西に出会わないよう、図書館から出た後、夕食の材料を買ってから寄り道せず、真っすぐここまで帰ってきた。

 

 もちろんそれだけ時間を費やした分、収穫は十分だった。私はどうやら地球という無限の虚無の中にぽっかりと浮かぶ惑星の日本という国、さらにその人口の集中する東京という里に住んでいるらしい。そしてこちらでは予想以上に科学が魔術や超能力よりも幅を利かせており、特殊な能力を持っていない一般人でも金さえ払えば空を飛べるし、場合によっては強力な武器を持つこともできるらしい。

 

 社会のシステムも幻想郷とは違い、なんとここでは20歳を超えてもまだ勉強を続けるのだという。私などは基本的な読み書き計算をお嬢様から教えてもらっただけで、後の訳の分からない問題は里の道楽者がやる遊びだと思って一切しなかった。

 

居候させてもらっている玄野も勉学という暇つぶしを本業にしているらしいが、数字や知識をこねくりまわして遊び続けるだけで良い職に就けるとは、こちらの世界はなかなか楽しそうである。

 

「玄野さん、帰りました」

 

 鍵を差し込んでドアを開けると、そこに立っていたのは玄野—ではなく、色素の薄いショートヘアの、少女だった。

 

「はえ?」

 

 少女は私と顔を見合わせたまま、動かなかった。私も彼女を見据えながら、どこかで見たことがあるなと思って記憶をまさぐると、ガンツの部屋に全裸で転送されてきた、岸本恵だということを思い出した。

 

「……あなた、あの時、一緒にいた……」

 

 丁度彼女も私のことを思い出したらしい。そう言ってそのまままじまじとこちらを見て、言う。

 

「……なんで玄野くんの家に?」

 

「それはこっちのセリフですが……訳あって昨日から彼の家にお邪魔させてもらっているわけです」

 

 そう言うと、一瞬だけ岸本はぽかんと口を開けた。次いで玄野がいるらしい居間の方を見て、「ふーん、そういうこと」と呟いた。

 

「……妙な勘違いをされては困ります。私は住まわせてもらう代わりに家事をする契約を結んでいますので」

 

 すると彼女は慌てて、「いや、変な意味じゃなくってね」と答えた。ではどう意味だと詰め寄るのも面倒なので放っておくことにしたが、それよりも気になるのは彼女が何故ここにいるのかという理由である。私がそれを聞くと、岸本は嫌なことを思い出したとでもいうように顔をしかめ、

 

「実は私ね、2人いるの」

 

 それから続いた彼女の話を要約すると、昨日の夜、戦いの終わった後に岸本はすぐに自宅へ帰ったのだという。そして服を着替えているうちに電話がかかってきて、それは死んだはずの自分が助かっていたということを知らせるものだったのだ。

 

『ガンツって結構いい加減な奴だからさ、前にいたオッサンは帰ったらオリジナルが死んでなくて……』

 

 私の脳裏に西の言葉が蘇った。つまり彼女は死んだと判断されてあの部屋にコピー人間として作り出されたが、帰ってみたらオリジナルはまだ生きていたという事だろう。そして行き場のない彼女は、住処を探して玄野の家にたどり着いたというわけか。

 

 ぞっとする話である。今こうして考えている私もおそらくオリジナルは既に死んでおり、それを元にしたコピー人間なのだということを否応もなく自覚させるものなのだから。しかしそれでも主観的には特に不都合は無いので、問題はあまりないのだが。

 

「玄野さんの家はどうやって見つけたんですか?」

 

「貸してもらった服の中に、生徒手帳があって。それで住所が分かったの」

 

「なるほど」

 

 生徒手帳とは、玄野や西のような学生がそれを証明するための、一種の身分証明書のことだろう。……しかし玄野は昼に学校に行っているらしいが、西は普通にその辺りを歩いていた。学校にも様々な種類はあるのだろうか……。と思考が横道にそれかけた時、居間の方から玄野の声が聞こえてきた。

 

「あれ、咲夜帰って来たの?」

 

 私は居間に入ってテレビを見る玄野に軽く会釈をした。

 

「はい。遅くなりました。今日の晩御飯の献立は生姜焼きですよ」

 

「おっ、美味しそうじゃん。……それとゴメン、明日から岸本の分も買ってきてくれない? 食費は俺が出すから」

 

 玄野はテレビから顔を上げると軽く手を合わせ、そう言った。まあ学生としてこれまで勉強しかしてこなかったであろう岸本にいきなり稼げと指示したり、能力も無しに私のように盗みを働けと言ったりしても難しいだろう。しかしずっと玄野に世話になるわけにもいかないだろうし、岸本はこれからどう過ごすつもりなのだろうか。

 

 そう思っていると岸本は玄野の座っているソファに腰かけ、テレビを見て笑い出した。たいした能天気ぶりである。横にいる玄野は玄野で、ちらちらと横に座る岸本を見ている。彼女に気があるのは知っているし、だからこそ居候までさせているのだろうが、ここまで分かりやすいのも珍しいかもしれない。

 

 

 

 

「……もう、冗談じゃないわよ! あんたが喧嘩するたびに呼び出されて……」

 

 計ちゃんと一緒にホームレスを助けようとして死に、あの妙なガンツの部屋で戦ってから何日か過ぎたある日のこと。俺ー加藤勝は家に住ませてもらっている伯母さんに呼び出されていた。

 

 というのも、俺は計ちゃんのようなスゴイ奴を目指して、学校でヤンキーに絡まれている奴を見るたびに助けていたのだが、先日その中でも大物の鬼塚という3年に目をつけられてしまったからだ。

 

 プロボクサーで体格も俺より良いという話を聞いて心底恐ろしかったが、何とかトイレに籠っている最中に喧嘩を吹っかけて、ようやく勝った。これでこの学校のヤンキーも他の弱いやつにちょっかいを出さなくなるだろう、と安心していたが、教員から伯母さんが呼び出しを喰らってしまった。

 

 俺の両親は既に死んでおり、今は叔母さんの家に厄介になりながら弟の歩と暮らしているため、伯母さんにはどうしても頭が上がらない。

 

「だいたいね、いくら妹の子供だからって私が面倒見る義理はないんだからね。そのうち、世の中の渡り方教えてやるから。他人なんだからね、この家の人間は」

 

「………すみません」

 

 喧嘩をしたのは俺で、その度に伯母さんが呼び出されるのに辟易するのは当然のことだし、叔母さんの怒りは当然だろう。俺がうなだれていると、がらりと戸を開けて伯母さんの子供がやってきた。これからステーキを食いに行くらしい。伯母さんは俺に

 

「じゃ、お留守番よろしくね」

 

と言って、その子供たちと一緒に行ってしまった。玄関を閉める直前、子供の一人が、「勝くんたちも連れて行ってあげたら?」と言ったのに伯母さんが「だーめよ。甘やかしたら」と答えるのが聞こえてきた。

 

 その後晩飯をつくって歩と一緒に食べていると、歩が「兄ちゃん、ステーキ食べたい」と言った。

 

「……今度バイト代上がるから、その時に食おうな」

 

「………うん」

 

 歩は俺たちに金の余裕が無い事をきちんとわかっているから、あまり無茶なわがままは言ってこない。だが、歩も心の中ではやりたいことや食べたいものなどがまだまだあるに違いない。だからこの家を出て、もっと稼げるようになったら思う存分ステーキを喰わせてやろう、というのが俺の一つの目標である。

 

 夕食を食べ終わって、俺は二人分の食器を持って台所へ戻り、さァ皿を洗おうという時に、「それ」は起きた。

 

 ぞくり。

 

「なんだ、これ……?」

 

 うなじに、奇妙な寒気がした。

 

 

 

 

「……あ、なんか今寒気がした」

 

「私も」

 

 私が皿を洗い終わって居間へ戻ってくると、玄野と岸本はそんなことを言って首を捻っていた。実は私も、戻ってくる途中で嫌な悪寒に襲われ、風邪を疑っていた。しかし何故3人同時に寒気がはしったのだろう、と思っていると、やがて、きゅいいいん、という音が聞こえてきて、ぴきっ、という音とともに体の自由が利かなくなっていた。

 

「なんだこれ。体が動かね」

 

「金縛りですかね……?」

 

 私がそう言った瞬間、あの焼け焦げるような音が聞こえてきた。

 

「げ、咲夜……転送されてるぜ」

 

 転送? ということは、ひょっとするとガンツが新しい星人を見つけたのかもしれない。またこの前と同じような戦いになるのだろうか?

 

 あの戦場にまた呼び戻されるーそう思うと、ふっと笑みが浮かんだ。

 

 それならば、今回の戦いでは星人をなるべく私だけで殺してやろう。西の言っていた100点メニューから、1番—記憶を消されてガンツから解放される、を選んで早いところこの血みどろの戦いから去り、幻想郷に帰らなくてはならないのだから。

 

 

 

 私が転送された先はやはりガンツの部屋で、先客—西がいた。準備よく既にスーツを服の下に着こんでいる。私が転送されてきたのを見ると西は、はあと1つため息をついた。

 

 私は西のその態度にかちんときたが、その理由を思い出して、ポケットからレーダーを取り出した。

 

「あ、この前のレーダーです。銃は向こうに置いてきちゃったんですけど……」

 

「もういい。どうせまだレーダーも銃もガンツの中にある。あんたが持ってろ」

 

 しばらくして前回のメンバー、玄野、岸本、加藤、犬が転送されてくる。犬が出てきた後も転送は続き、目つきの狂暴な若者が4人、老婆、子どもが現れ、最後に若い男女が出てきた。一人はハンサムな顔つきで、もう1人は前髪がだらりと垂れ下がり、顔を覆い隠している。おそらく彼らは新規のメンバーだろう。

 

「……おい、どこだよここ」

 

 若者の1人がそう呟いたとき、例の歌が流れてきてガンツの新規メンバーへの死亡宣告が終わった後、表示が変わった。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

《田中星人》

 ・特徴 つよい、ちわやか、とり

 ・好きなもの とり、カラス

 ・口癖 ハァ― ハァ― ハァ―』

 

 




GANTZって時間少しでいいから止まれーっ! ていうシーンが多かったのでこういう話を書いているわけなんですが、実は咲夜以外にも時間停止能力者の主人公候補がありました。

以下没主人公候補たち

1,グルド(ドラゴンボール)
息を止めている間だけ時間を止められる。ただし彼自身が宇宙人であるため、ガンツメンバーになる前に多分ミッションのターゲットにされる可能性が高いので却下。

2,Dio(ジョジョの奇妙な冒険)
スタンド(the world)で9秒時を止められる。ただし吸血鬼なので昼に戦闘がある場合は駄目だし、日常生活が書きにくいので却下。

3,暁美ほむら(魔法少女まどか☆マギカ)
時間操作能力の1部で時をおそらく任意の時間だけ止められる。魔女との対決+ガンツの呼び出しの過労が懸念され、しかもどっちの戦いも味方が死にまくる鬱展開になりそうなので却下。

4,ドラえもん(ドラえもん)
タンマウォッチで任意の時間停止が可能。しかも地球破壊爆弾を使えば人類は滅亡するもののカタストロフィを防ぐことができる。チートすぎるので却下。


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7、田中星人

 

 

 

 星人の表示の後、がちゃんと音がしてガンツの中から格納されていた武器が出てくる。新規メンバーの中でも目つきの悪い4人組は興奮して、銃をいじり始めていた。

 

「……ほんとなんだこれ。おい、お前知らねーか?」

 

「……こっちが聞きてーよ」

 

 先ほどの前髪の異常に長い女と一緒に出てきた男もいきなりこの状況に放り込まれたことに神経がいらだっているのか、つっけんどんに返す。傍ではどうやら孫と祖母であるらしい二人がいて、子どもはお家に帰りたいと泣きわめいていた。

 

 今回の新規メンバーはやはり全員が戸惑い、ざわめいていた。私としては彼らが生き残ろうが生き残るまいがどちらでもいいが、少なくとも玄野に死なれては困る—また宿無しになるからだ—そう思って玄野の方を見ると、何故か青白い顔をして、何度もスーツの入っているはずのケースの中を確認していた。

 

「……どうしたんですか?」

 

「……スーツ、忘れてきちまった……」

 

「え」

 

 そういえば私が西から没収した銃はここには転送されてこなかった。玄野はスーツを持ち帰っていたのだろうが、いくつか替えのある銃と違って、スーツの有無は前回の戦闘でもそうだったように、生死にかかわる。

 

「……しょうがないですね。戦いの間はどこかに隠れているしかどうしようもない……」

 

 それに玄野が何か答えようとした瞬間、加藤がざわめく新規メンバーに向かって、口を開いた。

 

「ここにいる全員が生きて帰るために、できるだけ情報を伝えたい。……まず、全員どこかへ転送されると思う」

 

 それを聞いた西は、「ふざけんな!」と叫んでいた。おそらく前回のように点数を横取りするチャンスが減るからだろう。しかし加藤は構わずに続ける。

 

「この、スーツを着るかどうかで、生き残れるかどうかが決まるんだ……」

 

 加藤が説明しようとするが、ガラの悪い4人は意に介さず、銃をいじって無視し続けている。先ほどまで誰か教えろなどと言っていたくせに、大した無関心ぶりである。

 

「……着ると、どうなるんですか?」

 

 子供と一緒に居る老婆が訊いてくる。加藤はこれから着替えるのかケースを持って歩きながら、

 

「着た後に説明します。とにかく、着てください」

 

 その後岸本や私、老婆と子供が着替え終わった。そして加藤はその時点でまだスーツを着ていない玄野を見てスーツを持っていないことに気が付いたらしい。

 

「……どうすんだ、計ちゃん。一応死なないように守るけど……死なせはしない……そうだ」

 

 加藤はそう言って、スーツを持っていない玄野ににやにや笑いを向けている西を振り返る。

 

「……計ちゃんが生き残る方法は無いのか!?」

 

「ないね。いさぎよく死ね」

 

 西がそう言ってけらけら笑っていると、その傍で銃をいじっていた若者の一人が、引き金を西のほうに向けて引いていた。

 

 ぎょーん。

 

「あ………なんか出た?」

 

 玄野や加藤、岸本、そして私は息を呑んだ。あの銃は、内部から敵を破裂させる銃である。それを西が食らったということは、数秒後には—

 

「……ざけんなよ」

 

 何故かしばらくしてもその頭は破裂せず、西はすぐさま袖の中に隠していたらしい銃を取り出し、引き金を引いた若者の頭に狙いをつけ、一発だけ撃つ。

 

「何しやがんだ、このガ……」

 

 その瞬間、若者の頭が一瞬大きくなったかと思うと、内部から爆裂した。

 

「きゃああああ!」

 

 岸本が目を背け、叫ぶ。玄野は胃の内容物を床にぶちまけていた。せっかく先ほど私が料理を作ったのにもったいないと思いながらも私は返り血を浴びながらたたずむ西を見据える。

 

(やっぱりあの時銃とレーダー奪ってて正解だったかも)

 

 西はじろりと皆を睥睨し、口を開く。

 

「いいか、よく聞けバカども。俺に銃を向けた奴は、ソッコー殺す。ソッコー殺すからな。ちっこい脳みそに記憶しとけ」

 

 それだけ言ってつかつかとガンツに歩み寄っていく。途中で加藤が、

 

「……銃で撃たれてもなんともないのは、そのスーツのおかげか?」

 

と訊いたが、西は背を向けまま、

 

「質問にはもう答えない。……おいガンツ、俺を一番先に転送しろ」

 

 すると西の体が頭からだんだん消えはじめた。気の利かない、というよりも明らかに悪意のある情報を流してくるガンツがこんなことをするとは思わなかったが、誰を先に転送するかどうかは自由なのかもしれない。

 

「ガンツ……私も、次に転送してください」

 

 西はおそらく今回、積極的に点数を取りに来る。残り点数がたったの10点だから、今回の戦いで100点を集めてしまうことができるかもしれないからだ。別に彼が100点を取ってもそれ自体に問題は無いが、彼が1番—記憶を消されて解放される選択肢を選びたい場合は彼の持っている情報も一緒に消えてしまうため、あまり点を取らせたくない、

 

 西が転送され終わると、続いて私の体が転送され始める。

 

「ではお先に……あ、加藤さん」

 

「何?」

 

「玄野さんのこと、頼みます。星人はできるだけ私と西で斃しますから……他のスーツのない人を、守ってください」

 

「……分かッた」

 

 星人は殺したくないらしいし、加藤ならばスーツを着ていない者を守るという役にはぴったりだろう。私にとっても加藤にとっても得になるのだから、この上なく効率のいい役割分担である。

 

「咲夜さんも、気をつけてくれ」

 

「了解です」

 

 

 

 

 瞼を開けると、街灯の光が目に飛び込んできた。辺りを見回すと、まだ周囲には誰もおらず、ただ暗い夜道の中にぽつんと私だけが立っていた。

 

(そういえば制限時間は1時間、だっけ……)

 

 制限時間が切れるとどうなるのか分からないが、どうせ頭が吹っ飛ぶのだろう。玄野が言うには前回の戦いの途中で家に帰ろうとした老人は頭が破裂していたらしい。西もガンツのことをメンバー以外に知らせたりすれば頭が破裂する、というようなことを言っていたし、ガンツによるペナルティーは頭の中に仕掛けられているらしい何かによって行われるのかもしれない。

 

(なら、私は今回のターゲット—田中星人を探すべきかしら)

 

 さっき加藤に玄野のことを任せてきたので、動けるのならば今すぐにでも田中星人を倒しに行くべきだろう。西から奪い取ったレーダーを確認すると、すぐ近くに一つの反応があった。おそらく近くに田中星人がいるのだ。

 

 私はレーダーを見ながら、田中星人がいると思われる方向へ駆ける。

 

(最初は姿を消して様子を見てみるか)

 

 かちり、とレーダーのボタンを押して姿を消す。転送直後に西の姿は見当たらなかったので、もう既に彼も姿を消してどこかで田中星人を探しているのかもしれない。

 

「……うわああ!」

 

 すると田中星人の反応のあるところから、玄野の声が聞こえてきた。どうやら真っ先に彼が遭遇してしまったらしい。角を曲がると、橋を挟んだ川の向こう岸で玄野が何かから逃げているのが見えた。

 

 追っている者—田中星人は遠目には人間に見えるが、金属光沢のせいでどちらかというとブリキの人形のようである。しかしねぎ星人のときもそうだが、私が戦場で玄野と会うたびに星人に襲われているのは何故なのだろうか。

 

「……計ちゃん、はやくこっちに!」

 

 と、加藤の声がした方を見ると、そこにはあの部屋にいたメンバーが揃っていた。どうやら私だけ少し離れた位置に転送されたらしい。私はとりあえず橋を渡り、傍で田中星人を観察すべく、歩を進める。

 

「……雄三君? 雄三君?」

 

 近づくにつれて、田中星人が喋っている内容が聞こえてくる。といっても、ねぎ星人のときと同じく、意味不明な言葉ではあるが。

 

 他のメンバーは田中星人を見たまま、動かない。玄野と加藤が田中星人の目の前で何かを喋っているが、田中星人もそれを襲う気がないようだった。

 

 田中星人の足元を見ると小さい鳥が歩き回っていた。ぎょろぎょろと血走った眼玉に巨大な(くちばし)を持っており、お世辞にも可愛いとは言えない。

 

(とにかく、あの田中星人を撃つ……!)

 

 私は少し近づいて、田中星人に狙いを定めようとする。するとその時、田中星人が怒ったような顔でこちらを向いた。

 

(………バレた!?)

 

 田中星人はこちらを睨み、大口を開け、次の瞬間に—

 

「カアアアアッ!」

 

「うっ!」

 

 びりびりと空気が震える。大音量が私の鼓膜を叩き、その痛みに少し顔をしかめる。おそらく田中星人の放った攻撃の正体は音波の類だろう。音の塊で攻撃してくるのだ。

 

 そこまで考えた時、バチバチと音がして、私のステルスが少しだけ解けた。そして何もいないはずだった私の左方の空間でも同様にバチバチと音がして、西の姿が一瞬露わになる。

 

「ちっ……!」

 

 よく見ると西の足元にはあの小鳥の死骸があり、西の足にはその血がついていた。おそらく私と同じように田中星人を撃とうとして、足元を動き回る小鳥に気付かずに踏んでしまったのだろう。

 

(……てことは西のせいで私、巻き添え喰らったんじゃ……)

 

 再び田中星人があの怪音波を発し、私と西の周りでばちばちとスパークが散る。西はまた舌打ちをすると、橋から身を躍らせ、川へ逃げ込もうとした—が、彼はどうやら田中星人のみに集中して私の存在に気付いていなかったらしい。

 

 私は西が移動するルート上にいて、しかも西はスーツの力で一気に手すりを登ろうとしていた—つまり、西の逃走に巻き込まれ、私の体も手すりを越え、空中を舞っていたのである。

 

「……ハァ?」

 

「周りもっとよく見てくれませんかね」

 

 西が私の声が聞こえたのに驚き、目を瞠った瞬間、2人仲良くどぼんと着水していた。

 

「……ったく、あんたも隠れてたのか……!」

 

「別に隠れるのはあなたの専売特許じゃないですからね。それより、来ますよ」

 

「カアアアアッ!」

 

 田中星人は川に飛び込んだ私と西を狙って攻撃してくる。ごぱっ、という音と共に水面が弾けた。

 

「……くそっ!」

 

 そしてその攻撃の後、西の姿が現れる。また隠れようとボタンをカチカチと押しているが、どうやら機械が壊れたらしく、姿を消すことはできないようだった。そして私もステルスが解除されたらしく、橋の上にいるメンバーたちは「2人いるぞ!」と叫んでいる。

 

「とりあえず1カ所に集まっていればまとめて攻撃されます。離れましょう」

 

 西は答えなかったが、ばちゃばちゃと水音をたてて向こうへ走っていく。私も西と反対方向に走り、田中星人がどちらへ来るのか確認する。

 

 田中星人は一瞬だけ逡巡したようだったが、西の方へ飛んでいった。

 

「そちらへ行きました! 気を付けて!」

 

 西はそれを聞いて銃を構え、田中星人に向かって撃つ。だが田中星人はぴたりと動きを止めたかと思うと、素早く横に移動し、それを回避する。

 そしてお返しとばかりに、西に向かって、怪音波を放った。

 

「カアアアアアアッ!」

 

 まともに攻撃を受けたらしく、西はもんどりうち、ばしゃりと水しぶきを上げて倒れる。田中星人はそれをチャンスと見たのか、一気に西との距離を詰める。西はどうやら銃を取り落としたらしく、慌てて水中を探っている。しかし目のまえにはすでに田中星人のかっぽりと開いた口があり、目はそれに釘付けにされているため探り当てることができないらしい。

 

 そして、田中星人の口から攻撃が放たれる瞬間—私は時を止めた。

 

「……なんとか、近づけたわね」

 

 もちろん西と田中星人が戦っている間、黙って指をくわえて見ていたわけではない。田中星人が西に意識を向けた瞬間、背後から狙い撃つために移動していたのだ。

 

 もちろんそろそろ時間が動き出すため、あまり悠長にはしていられない。田中星人の後頭部に向かって、立て続けに3発撃ち込んだ。

 

 時が再び動き始めた瞬間、田中星人の頭が爆裂した。ぴちゃぴちゃと肉片が水面に落下し、残った体はがしゃりと音を立てて、水中に沈む。

 

「うおおおおっ! やった!」

 

 見上げると、上で玄野や加藤が叫んでいる。しかし、新規メンバーはどこかへ行ってしまったらしく、玄野と加藤、岸本の姿しか見当たらない。まさか家に帰ろうとしているのだろうか。

 

「……そういえば、銃、ありましたか?」

 

 振り返って西に訊くと、西は何故かいらいらとした表情で、

 

「見つかんね。しかも、スーツがオシャカになっちまった」

 

 どろり、と西のスーツから水とは違う液体が滴り落ちていた。おそらく田中星人の攻撃を何度も受けたせいだろう。西ははあとため息をつき、言う。

 

「……スーツが無かったら、危なくて戦えやしない。俺は抜ける」

 

 言い残すと西は岸へあがり、階段を上ってどこかへ行ってしまった。すると入れ違いで玄野と加藤、岸本がやってくる。加藤はちらりと田中星人の死体を見て、

 

「倒してくれてありがとう。……だが、まだ転送が始まらない。咲夜さんも確かレーダーを持ってたよな。ひょっとしたら前みたいにまだ他の星人がいるかもしれないし、調べてくれないか?」

 

 私は加藤の言う通り、レーダーを取り出す。が、西のものと同じく、壊れてしまっているようだった。

 

「……どうする?」

 

 加藤が言うと、玄野が「そういえば」と言ってポケットからもう一つ、レーダーを取り出す。

 

「あの背の高い奴から借りてたんだよね。やっぱ帰るって言ってて」

 

 すると丁度向こうから新規メンバーたちが戻ってくるのが見えた。そのうちの1人の姿が見えないので、おそらく戦場外に出たので殺されたのだろう。

 

 加藤は少し考えてから、

 

「……やっぱり俺はあいつらにいろいろ教えながら戦おうと思う。咲夜さんはどうする?」

 

「そうですね。私もスーツの耐久度が危ういですし、一応加藤さんと一緒に行きます」

 

 そう言うと、加藤も頷いて、玄野の渡したレーダーに目を落とす。

 

「……やっぱり。もう一匹いる。捕まえにいこう」

 




この前ガンツをまとめ買いして24巻まで揃えました。どの戦いも面白いですが、37巻分を全て小説にできるのか不安になってきますね……。

この作品って結構2次作られてそうな気がしましたが、GANTZ原作で調べてみたらハーメルンでは19件(2018年11月30日現在)しかないんですね。しかも完結しているのがごくわずかという……。このペースで進めていっても大丈夫かなあ……。


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8、夜の大鴉

 

 

 

 私と加藤、岸本、背の高い美形の男—北条というらしい—と老婆と孫はひとまず、もう一匹の田中星人のいるであろう場所を目指して、歩いていた。玄野と残り二人、そしてスーツの壊れた西は戦いに参加しないつもりらしい。彼らは今、どこか安全なところにいるはずである。

 

「……近い。この辺りにいるはずだ」

 

 加藤がレーダーを見ながら、言う。そのため私たちは息をつめて辺りを警戒したが、まだ田中星人の姿は見えなかった。スーツは着ているものの状況を未だによく呑み込めていないらしい北条が、周りを落ち着かない風にちらちら見ながら、訊いてくる。

 

「……でも、これ何なんだ? 俺たち、いつ解放されるんだ?」

 

「一応、あの田中星人を全滅させれば私たちは一旦解放されます。でも、次に戦いがあるときはまたあの部屋に呼ばれることになりますが」

 

「……そうか。俺たちは死ぬまでずっと、こういうことをやらせられ続けるのか?」

 

「いえ、100点を取ればガンツ―ああ、あの黒い玉のことですが、あれから解放されるらしいですよ」

 

「100点、か」

 

 北条が少し希望を見出したように呟くと、向こうを向いていた加藤が振り返り、こちらを見た。

 

「今の話、本当か?」

 

「……ええ。西さんから聞いたので、多分本当だと思います」

 

「西? いつ聞いたの?」

 

 岸本が訊いてくる。あの部屋での一幕で西へのイメージが決定的に悪くなったらしく、少し怯えの色が見える。

 

「この前玄野さんちから歩いてたら……」

 

「え、計ちゃんと住んでんの?」

 

 これには加藤の方が驚いていた。岸本はどうやら玄野と住んでいることをばらされたくないらしく、目で私に合図してくる。仕方がないので岸本に右目でウインクをして、分かったと答えようとしたとき、

 

「……うわああああ! あれ、あれ!」

 

 突然、子どもが悲鳴をあげた。加藤と私は顔をあげ、その指の指す方を見る。

 

「………田中星人!」

 

 ういん、ういんと奇妙な音をたてながら、もう1体—いや、よく見ると2体目がいる—の田中星人が姿を現す。微妙に人間に似ている分、どこか気味が悪い。さっさと倒してしまおうと銃を向けようとして、

 

「こっちからも来てるわ!」

 

 岸本の叫ぶ方からも、来ていた。こちらも2体。つまり私たちは、計4体の田中星人に囲まれたことに—

 

 私がそう思った瞬間、空から降ってきた田中星人が、凄まじい衝撃と共にメンバーの間に降り立った。道路にびしびしとヒビが入ったが、田中星人は平気なようで、ぎろりと私たちを見る。

 

「……訂正、5体ね」

 

 加藤は突然降ってきた田中星人を凝視していたが、意を決したようにそれに掴みかかった。

 

「う、おおっ!」

 

 がしゃん! という音と共に、田中星人を組み伏せると、加藤はそのまま、ぎりぎりと締め上げる。田中星人は奇声を発しながらじたばたと暴れ、逃れようとするが、加藤はがっしとしっかり胴を抱え、それをおさえていた。

 

 あのスーツはどうやら身体能力の向上の機能もあるらしいから、このまま加藤だけでもこの星人は倒せてしまうかもしれない—と思った瞬間、残りの田中星人たちがこちらへ飛んできた。

 

「……誰か、後ろの2体を頼みます!」

 

「ちょ、ちょっとあんたは?」

 

 後ろから北条が訊いてくるが、答えている暇は無い。私は前方の田中星人2体を視野に入れ、銃を構えながら、駆けた。

 

 田中星人は向かってくる私に気付き、こちらに顔を向ける。そのうちの1体ががぱあ、と口を開き、叫ぼうとした瞬間、時間を止めた。

 

 まだ私はこの銃という武器の扱いに慣れていないので、攻撃するときはこうしていちいち時間を止めて相手の動きを封じなければ攻撃が当たらない。この戦いを無事に切り抜けられたらきちんと的に当てる訓練をした方がいいかもしれない。

 

 私が口を開いたまま固まっている田中星人の顔に一発撃つと、時は再び動き始めた。

 

 血煙を吹き散らしながら田中星人の頭が消し飛ぶ。そして私がもう1体に銃口を向けると、そこにはすでに口を開けたままエネルギーの迸る直前といった様子の田中星人の顔があった。

 

「ち……!」

 

 もう一度あの攻撃を受ければ、西とほぼ同量の攻撃を喰らった私のスーツも恐らく、壊れてしまう。しかも攻撃方法が音波であり、時止めも連続では使えないため、この距離では回避しようがない。

 

—まだだ!

 

 私は田中星人の右腕を両手でつかみ、力を込めると、そのまま力任せに投げ飛ばした。

 

「せいッ!」

 

 宙を舞う一瞬、田中星人の口から例の攻撃が放たれた。しかしその狙いはそれ、どこかの家の屋根が吹き飛ぶ。そしてそのまま背中から落下し—

 

 重い金属が地面とぶつかる音とともに、田中星人は地面に叩きつけられた。自重ゆえすぐに立てないのか、もがいている。私は銃を倒れている田中星人につきつけた。

 

「……3体目」

 

ぎょーん、という音がした数秒後、田中星人の頭が消し飛んだ。……しかし人形のような見た目なのに、なぜ中には臓器や筋肉組織が詰まっているのだろう。

 

首をかしげながら残った田中星人を始末すると、私はすぐに背後を振り返った。こちらは首尾よく全滅させたが、あちらはどうなのだろうかー

 

「咲夜さん!そっち行ったぞ!」

 

「ええ?」

 

目の前には、ぬめぬめとした粘液を滴らせながら走ってくる、鳥の化け物がいた。それは血走った目で私をねめつけ、こちらへ向かってくる。

 

「なんですかこれ」

 

近づいてきたところに数回撃ち込むと、体を四散させ、その化け物は死んだ。加藤たちはこちらへやって来て、死んだ鳥の化け物を見下ろす。

 

「このロボットみたいな奴に、入ッてたんだ。ひょっとしたら、コイツらはロボットみたいなのから出たら死ぬのかもしれない」

 

加藤は説明しながら、ちらりと少し遠くにある田中星人の死体を見る。

 

「……あれは、咲夜さんがやったのか?」

 

「ええ。全部片づけました。そちらは?」

 

「1体逃がした。残りは俺と、そこにいる北条が倒した」

 

「そうですか。……ところであのお婆さんとそのお孫さんは?」

 

そう聞くと、加藤はメンバーの顔ぶれを見て、その2人がいないことに気がついたようだった。そして顔を青ざめさせ、

 

「まずい……あの田中星人は逃げたんじゃない。逃げたこちらのメンバーを追って行ったんだ!」

 

「はやく、助けにいきましょ!」

 

岸本もそう言って、北条も頷く。当然私もそれについて行くーわけではなく、加藤からレーダーを借りて、残り時間と敵の数を確認する。するとレーダー上には現在地の近くーおそらく加藤たちが逃がした個体だろうーともう1ヶ所、反応があった。

 

「……ちょっと待ってください、皆さん。時間があと15分ほどしかありません。それに今逃げたらしい1体以外にももう一ヶ所反応があります。2手に分かれてはどうでしょう」

 

「2手…か。なら俺はあの2人を助けに行く」

 

「私は加藤くんと一緒に……」

 

岸本はよほど加藤が好きなのか、真っ先にそう言った。

 

「では北条さん。私たちは別の方へ行きましょう」

 

「……あ、ああ。あんたが一緒だと心強い」

 

 

 

 

くそっ、あと10点だったのに……。

 

俺ー西丈一郎は、ステルスを見破られた瞬間に慌てて動きづらい川に飛び込み、あのいまいましい田中星人にスーツを壊されてしまった。だからこうしてこそこそと誰かの家の庭に侵入して隠れているのだ。

 

今回のミッションで100点ゲットを達成し、ガンツから解放される予定だったのだが、気負いすぎたせいか、今回は1点も取れずに終わってしまうかもしれない。

 

川に逃げるときに咲夜が俺の撤退の邪魔をして声をあげなかったらターゲットから外れていたかもしれないのにと思うと、田中星人以上に俺をいらつかせるあの女の顔が浮かんできた。

 

(まじであいつは何なんだ……?)

 

ミッション外で出会い、咲夜に銃を向けた瞬間、俺の手の中から銃とレーダーが消えていた。おそらくガンツの100点武器なのだろうが、その正体が分からない。

 

というか東京メンバーは俺しか生き残っていなかったし、そうなると咲夜は別のガンツ部屋から来たことになる。一体何のために? そして何故新規メンバーのように振る舞うのだろうか?

 

質問をしてもはぐらかされ、逆に100点を取っているなら知っているはずの情報を訊いてくる。明らかに俺をおちょくっている態度だ。

 

(絶対、次に吐かせてやる……!)

 

どんな手を使ってもいい。住所をつきとめ、スーツを着ていないであろう日中に襲撃して脅せばその武器を奪うことができるかもしれないーそう思考を巡らせていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきて、俺は頭をあげた。

 

「おい、見てこいよ!」

 

「何言ってんだ。こんなとこに宇宙人なんているはずないだろ!?」

 

玄野とあのどこにでもいるような面白味の欠片もないヤンキーの2人のようだった。こっそり覗き見ると、玄野は銃で脅され、星人の本拠地であるらしいアパートに1人で入っていった。

 

(あーあ、あいつ死んだな)

 

スーツも着ずに星人の本拠地に乗り込むとは、自殺行為もいいところである。玄野もスーツを忘れさえしなければこんな末路はたどらなかっただろう、と思いながら見ていると、しばらくして突然玄野がアパートから出て来て、次の瞬間、みしみしみし、と木の砕ける音がして、アパートが崩れていく。呆然としている2人の前で、玄野は叫んだ。

 

「ははは、やってやった! 俺がまとめてブッつぶしてやったぜーっ!」

 

なるほど、建物を撃って田中星人を建物の倒壊に巻き込んでつぶしたということだろう。ねぎ星人の時もそうだったが、奴は直感がすごいのか、土壇場に強いのかは分からないが、咲夜とはまた違う強さがある。だからこそこの前は「こちら側」の人間だと思って友好的に接してやったのである。

 

「……玄野さん、なぜここに? 田中星人は?」

 

向こうから咲夜と北条が走ってくる。玄野は誇らしげな顔で答えた。

 

「もう全部倒した。あとは転送されるのを待つだけだ」

 

「それなら2手に分かれる必要も無かったですね…」

 

どうやら咲夜と北条は別動隊だったらしい。少しして加藤と岸本がやってくる。

 

「あの2人……助けられなかった」

 

加藤の目の周りには涙のあとが残っていた。たいして関わりのない人間の死にも泣けるとは、相変わらずの偽善者ぶりである。

 

北条と玄野はそれを聞いて少し気まずそうな顔をした。咲夜はなにも言わず、ただレーダーを見ていた。

 

「……あれ、転送されない」

 

岸本がそう言ったとき、玄野ははっとして空を見上げていた。

 

「上だ! アタマが生きていやがった!」

 

「はあ? 上?」

 

暴走族のバカどもの1人が顔をあげる。するとその瞬間、鉤爪がゾクの肩をつかんだかと思うと、そのまま空へ飛んで行って見えなくなった。

 

「なんだ……アレ」

 

ゾクの1人をさらっていった者の正体。それは巨大な大鴉だった。

 

「おい、沼田! 大丈夫か!」

 

もう1人のゾクが叫ぶ。すると空からなにか丸い物体が落ちてくるのが見えた。

 

べちゃり。

 

「うわあっ!」

 

それはさらわれたゾク、沼田の頭部だった。そしてそれに追随するように、巨大な影が空から降りてくる。

 

それが北条の目の前に着地すると、猛烈な風圧が隠れているこちらまで届いたのか、傍の木が揺れる。

 

「な……んだコイツ」

 

加藤は、その怪物を見て、ひとりごちた。

 

真っ黒な羽毛を全身に生やし、鴉のような見た目である。しかしその大きさが異常で、明らかに3メートルはあろうかという巨体だった。

 

「グルルル…」

 

怪物はすぐに襲わず、周りのメンバーの顔を見て、1人1人確認しているようだった。

 

「な、なにやってんだ……?」

 

玄野が言うと同時に怪物の視線は玄野に向き、とても鳥類とは思えない獰猛な鳴き声をあげた。

 

「え……俺?」

 

 

 

 




私は田中ボスより田中星人のほうが何となく怖いですね。ガンツ後半の敵は絶望的に強かったと思いますが、薄気味悪さという点では前半の敵の方が勝っているような気がします。


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9、帰還と就職

 

 

 

田中星人の親玉である大鴉がこちらに向かって恐ろしいうなり声をあげたその瞬間、俺は思わず後ずさりした。

 

「俺かよ……」

 

大鴉の足元には空に連れ去られた沼田の首が落ちている。マネキンの首のような無機質さを漂わせるそれは、この怪物に目をつけられた俺の運命を暗示するかのようだった。

 

「し、死んでたまるか……死んでたまるか、死んでたまるか……!」

 

俺は自分に言い聞かせるように、舌の根で呟く。そして大鴉がこちらに1歩踏み出したその時、俺はそいつとは反対方向に、全力で駆け出した。

 

「グルルルオオッ」

 

やはり狙いは俺らしい。ばさばさと羽ばたく音が聞こえた。さらにその音はだんだん大きくなってくる。

 

「計ちゃん!狭い路地に逃げ込めッ!」

 

加藤の声が後ろから追いすがってくる。確かに鴉のあの巨体なら、狭い路地に逃げ込めば手出しはできないかもしれない。ーそんな路地があればの話だが。

 

「そんなもん……どこにあるんだ!」

 

俺が悪態をつくと、突然肩を何かに掴まれる感触がして、身体が浮き上がった。足が地面から離れ、奇妙な浮遊感が俺をとらえる。見上げると、そこにあったのは鴉の恐ろしく巨大な嘴だった。

 

「うわああああっ!」

 

ぐんぐんと地上から遠ざかり、町を一望できるほどの高度になる。あのゾクのようにわざわざ首を切らなくても、コイツがこの足を離してしまえば俺は死ぬだろう。下に豆粒のような自動車が見え、あまりの恐怖にガチガチと歯を鳴らしてしまう。

 

「玄野さん!」

 

気が遠くなりかけたその時、何故か咲夜の声がした。ふっと顔をあげると、大鴉の背中にしがみついている咲夜の姿があった。

 

「は!? 何でここに?」

 

「さっき玄野さんを捕まえるために降りてきた時に飛び乗ったんです。とりあえずこの星人を撃ち落とせばいいんですね?」

 

咲夜は左手で鴉の羽毛を掴んで吹き飛ばされないようにしながら、残る右手に銃を持っていた。それを鴉の頭に押し付け、今にも引き金を引こうとしている。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

大声をあげた俺を目障りに感じたのか、巨大なツルハシのような嘴が顔をかすめる。ギリギリのところで攻撃をかわしながら、きょとんとする咲夜に説明する。

 

「咲夜はスーツ着てるからいいかもしんねーけど、俺はここから落ちたら死ぬんだ! ちょっと待ってくれ!」

 

「なるほど、わかりました。それでしたら……」

 

納得した咲夜を見て俺は少し安堵したが、その直後、咲夜は鴉の頭に突きつけた銃の引き金を引いていた。

 

ぎょーん。

 

「……は?」

 

数秒遅れて、鴉の頭が吹き飛んだ。そして俺を掴んでいた鴉の足から力が抜け、空中に放り出される。ばたつかせた手と足は虚しく宙をかき、まっ逆さまに落ちていく。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

(何も分かってねーじゃねえか! ぜってー日本語通じてねえだろ!)

 

俺は迫ってくる地面を見ないように目をつむる。ヤバい。死ぬ死ぬ死ぬー

 

 

 

 

 

「あれ、俺、もう死んだのか……?」

 

気がつくと、俺は道路の真ん中に大の字になって倒れていた。だが、死んだにしてはアスファルトから伝わってくる冷気の感覚が生々しすぎる。俺が身を起こすと、最初に目に入ってきたのは咲夜の顔だった。

 

「死んでるわけないじゃないですか。ちゃんと地面に落ちる前に空中でキャッチしたんですから」

 

「あ、そりゃどうも……じゃなくて、俺の指示を無視して撃ちやがったじゃねえか! マジでああいうのはやめてくれ!」

 

咲夜は言い返す言葉を探しているようだったが、やがて何かが吹っ切れたような顔をして、

 

「まあ生き残れたわけですし、不問ってことで」

 

「ちょ、おま……」

 

俺が更なる抗議を重ねようとした瞬間、視界が狭まりはじめた。おそらく、今の敵で最後だったのだろう、転送が始まったのだ。

 

 

 

 

 

私が部屋に転送された時にはすでに、今回生き残ったメンバーが全員揃っていた。途中で戦線離脱した西や、どこで何をしていたのか全く分からない犬もしっかり生還している。

 

「なあ……これで、帰れるのか?」

 

「ええ。……あ、でもこれから採点があるわ」

 

北条の問いに岸本が答えると、ちーんという音が鳴った。

 

『それぢわ ちいてんをはじぬる』

 

 

最初は犬の採点結果だった。

 

『犬 0てん

やるきかんじられづ なんかしろ』

 

前回と同じく0点。犬は悲しそうに鳴くと、座り込んだ。

 

『巨乳 0点

加藤ちゃ好きすぎ』

 

「え……?」

 

加藤がまじまじと岸本を見る。彼女は顔を真っ赤にして、「デタラメだから!」と否定しているが、それに注がれる玄野の視線には複雑なものが入り交じっているように見えた。

 

『加藤ちゃ(笑) 5点

toTAL5てん あと95てんでおわり』

 

加藤の場合、直接倒した数が少ないため、この点数なのだろう。彼もそれに気がついたらしく、少し難しい顔をした。

 

『西くん 0てん

にんげんじゃなくて星人をねらおう』

 

「……ふん」

 

西は少し鼻を鳴らしただけで、何も言おうとはしなかった。そんな彼を誰もが遠巻きにして見ていたが、特に気にした様子もなかった。

 

『サダコ 0てん

ホモのあとつけすぎ いなくなりすぎ』

 

「サダコって誰だ?」

 

「あ、あそこ隠れてる」

 

岸本が指差した方で、あの不気味な女はさっと隠れた。

 

「でも、ホモって誰だ……?」

 

「!?………死んだ奴の中にいたんじゃねーの?」

 

玄野が疑問を口にしたとき、何故か北条が慌てて答えた。そして表示が次に変わると、玄野の疑問は氷解したようだった。

 

『ホモ 5てん

TOTAL5てん あと95てんでおわり』

 

私と岸本を除き、男性陣が一斉に北条から離れる。流石の加藤もたっぷり5メートルほど距離をとっており、驚いたことに犬も北条から遠ざかっていた。

 

「ざっけんな! ちがうっつの!」

 

すると唯一4人の中で生き残ったガラの悪い男が後ずさりしながら、

 

「キモいっつーの! 近づくなてめえッ!」

 

「おッ、お前なんか好みじゃねーよ!」

 

語るに落ちるとはこの事だろう。この瞬間、玄野はさらに5センチほど北条からの距離を稼いだ。

 

岸本はクスクスと笑いながら、

 

「ホモだからってそんなに嫌わなくても……」

 

「ホモじゃねえ、ホモじゃねえ!」

 

ガンツは無駄な抵抗をしている北条に構わず、次の採点結果を出した。

 

『さくやちゃん 28てん

TOTAL28てん あと72てんでおわり』

 

「28!? スッゲーな」

 

「そういえば何だかんだで1番倒してたね」

 

西の逃走に巻き込まれたり玄野救出に行ったり予想外のトラブルが多かったが、それでもしっかり点はもぎとれたらしい。順調な滑り出しである。

 

少ししてガラの悪い男ーあだ名はチンソウダンその1だったーは0点。最後に、玄野の点数が表示された。

 

『パシり 30てん

TOTAL30てん あと70てんでおわり』

 

部屋の中が静まり返る。誰もが玄野を見て、目をみはった。私も決して自分の点数が最高だと過信していたわけではないが、スーツも着ずに、特殊な能力も用いなかったであろう玄野が私の点数を越えてきたことに驚いた。

 

「やっぱ計ちゃんはスゲーよ」

 

加藤が感心したように言う。西は面白くなさそうにふいと顔を背け、そのまま玄関へ歩み去ってしまった。

「それで、俺らはこれから……どうするんだ?」

 

「今からはもう自由だ。家に帰れる。だけど、次にこの部屋に来るときに備えてスーツとか銃はここに置いていった方がいいかもしれない」

 

「なるほど、分かった」

 

その後、加藤は生き残った新メンバーに彼の知っている全ての知識を伝え、解散することになった。

 

「加藤くんは……1人暮らしとかじゃないよね」

 

「え……あ、うん」

 

その答えに岸本は少しがっかりした様子で、「ならいい」と呟いた。彼女が何を思っているのかはおおよそ見当がつく。玄野とではなく加藤と一緒に住みたいのだろう。彼女の心理からすれば当然のことだろうが、それを見る玄野の気持ちはどうだろうか。

 

玄野は加藤と岸本のやりとりを聞いていたらしく、とてもではないが穏やかな気分でいられないようだった。

 

「……帰ろうぜ、咲夜」

 

冷え冷えとした声で、玄野は手招きする。

 

「……分かりました」

 

玄野が岸本の生活の世話をしているとはいえ、彼女が玄野になびくとは限らない。それは彼女の自由であるからだ。だが、岸本も岸本で、玄野が彼女を家に泊めていることを当然のように思っているふしがある。彼女には他人が何の見返りも無しに自分を助けてくれるものだとでも思っているのだろうか。

 

あえて厳しく言えば、玄野は期待しすぎで岸本は自分本位すぎるのである。

 

2人をそれとなく諌めておこうか、と思いもしたが、個人間のちょっとした喧嘩に第三者が介入するとろくなことにならない。流石に2人もいきなりキレるほど精神は幼くないだろうし、そのうち何とかなるだろう。

 

ーその判断が間違いであったことを知るのはもうしばらくしてだったが。

 

 

 

 

 

 

「えーと、名前は……十六夜咲夜さん、でいいんですか?」

 

「はい」

 

「えーと、ハーフの人?」

 

「いえ、日本生まれの日本育ちですが」

 

こう答えなければ出した偽の履歴書と矛盾する。それで不審がられれば、就職は失敗ということになるだろう。私は現在、ある有名なカレーのチェーン店の1室で、アルバイトをするために面接を受けていた。

 

田中星人との戦いが終わってからの数日間でこの世界の常識はある程度身に付いただろうし、次は自力で生活できるだけの収入を得なくてはならない。ここにいつまで留まることになるのかは分からないが、数ヶ月から年単位まで考えておく必要がある。

 

その間ずっと盗みで生計をたてるというのも感心しない話だし、何より玄野が死んだ場合、私は家を出ていかざるをえないため、こうして面接を受けることにしたのである。

 

何度か言葉を交わすと、男ーこの店の店長だというーは採用してくれた。

 

「明日から来てね。あと、夜は本当に無理?」

 

「すみません。手のかかる人が2人、家にいるので……」

 

夜にシフトを入れない理由は今言ったことだけではなく、夜にガンツの呼び出しがある可能性が高いからである。今までーといっても2回だけだが、ミッションは全て夜に行われている。ガンツが戦いの存在を秘匿しやすいように夜を選んで召集をかけているのだろうと予想しているが、昼に呼び出され、メンバーの社会生活が成り立たなくなる可能性を消す意味合いもあるのかもしれない。

 

店長は大変だねえ、と言いながら立ち上がると部屋の扉を開け、手招きした。

 

「シフトは明日からだけど、今日のうちに仕事の内容を頭に入れといてほしい。今ちょうど休憩してる先輩がいるから」

 

店長の後をついていき、従業員の休憩室に到着した。

 

「背が高くて怖そうな見た目かもしれないけど、彼はいい人だよ、うん」

 

そう言いながら、店長はドアを開けた。最初に目についたのはロッカーで、ずらりと右の方にならんでいる。共同スペースだからか、他にある物といえば大きいテーブルといくつか椅子だけだった。そのテーブルの向こうに1人、男が座っていた。その男は私たちが入ってくる気配を察知して、顔をあげる。それを見て、私は少し目を見開いた。

 

「彼は、この前から勤めてくれてる加藤勝君。えーと、わからないことがあったら加藤君に聞いて」

 

加藤も私を見るとじわじわと驚きが広がっていき、「あ……」と声をもらす。この店のバイト代が他と比べて高く、近くに交通機関があるため、バイト先が重なったらしい。店長は私たちの反応を見て、

 

「え、ひょっとして知り合い?」

 

「えーと、まあ、そんなものです……」

 

「なら2人だけでも大丈夫か。後は任せたよ、加藤君」

 

「わ、分かりました!」

 

加藤は頭を下げて店長を見送ると、何故か困った顔をしながら、こちらを見てきた。

 

「えーと、俺こういう時どう言えばいいのか分かンないんだけど……まあ、よろしく」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 




この話を書くときにパソコンを修理に出しててスマホを使って執筆していたんですが、当然北条について書くときに「ホモ」という文字を使わなければならないわけです。

執筆が終了した後に調べたいことがあると言った友人にスマホを貸して、その友人が「星新一」と入力しようとしたのが運の尽きでした。予測変換で「ホモ」が出てきて深刻な誤解を受け、無事に死亡しました。

履歴を消していても変換機能は入力した文字を覚えていたというわけですね。ヤバいサイトにアクセスする人は気を付けた方がいいかもしれません。


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10、寒空の下で

 

 

 

「では私は上がりますので」

 

「お疲れ、十六夜さん」

 

 私は店長に会釈すると、レストランの扉を開けて、外へ出た。暖房の効いている店内と違い、かなり寒い。吹き付ける風は凍てつくような冷気を孕んでおり、私は首を縮こまらせた。

 

 すると後ろから「これ使う?」という声とともに使い捨てカイロが差し出された。

 

「どうもすみません……って、加藤さんですか。今日は早いんですね」

 

 加藤はいつも私より数時間遅めに帰っている。彼は両親を亡くしたため弟とともに伯母一家と一緒に住んでおり、弟の学費のために多くお金を稼がなくてはならないのだという。だから加藤は学校が終わってからすぐにバイトへ行き、私の知る限りでは1度もシフトを休んでいない。それがどういう風の吹き回しで早く帰宅することになったのか。

 

 私が受けとったカイロを両手でぎゅっと握りしめながらそれを聞くと、加藤は少し笑って、

 

「金がたまッたから、不動産に行ってアパート借りようと思うんだ。そしたらあんな家にいずに済む」

 

 あんな家、という言葉に思わず笑いがこぼれた。加藤も聖人ではないのだから当然嫌いな人物や苦手なものはあるのだろうが、こうはっきりと言ったことはなかったからだ。

 

 私たちは一緒に駅へ向かいながら、1言2言、言葉を交わす。

 

「咲夜さんは、計ちゃんの家に住んでるんだっけ。記憶は戻ったのか?」

 

「いいえ、まだ全く……」

 

「そうか。まあどっかで思い出すといいな」

 

 私は加藤と働く合間に情報交換を続けており、私が記憶喪失(嘘)であることも伝えていた。といっても私が教えられることなどほとんどなく、他に教えられたのはステルス機能の使い方くらいだった。しかも加藤は田中星人の時のようにステルスを看破されたり、見えないから他のメンバーに撃たれるかもしれないという理由で使いたがっていなかったのだが。

 

 100点を取ることについては北条にうっかり口を滑らせ、ガンツから解放されるということを知らせてしまっていたので、それについては加藤はあまり聞いてこなかった。

 

 おそらく他人を生き返らせたり新しい武器でまた1から戦うなどという奇特な者はいないだろうし、ガンツからの解放以外の選択肢については別に教える必要もないだろう。

 

 しばらく無言で歩いていたが、やがて加藤はゆっくりと口を開いた。

 

「……正直言って、俺、怖いんだ。ガンツの呼び出し……この前はうまく生き残れたけど、次はどうなるか……」

 

 加藤は長く息を吐きながら、俯く。白く染まった吐息は寒々しく、一瞬だけ私の視界を曇らせた。

 

「……誰だって、そうでしょう」

 

 私も時間停止などという切り札があるからこそ積極的になれるのであって、いつかそれが通用しない敵と戦わなくてはならなくなった時、はたして私は生き残ることができるのだろうか。そしてそれは1ヶ月後に来るのか、それとも明日か、知ることはできないのである。

 

「……そうだな。だけど、もし俺が死んだら、歩はどうするンだろうって思うんだ」

 

「歩さん……弟さんですか」

 

 加藤はゆっくりと頷くと、こちらを見た。

 

「もしさ…俺が死んだら、歩に俺はしばらく帰って来ないって、言ってくれないか」

 

「いいですけど…縁起でもない」

 

「分かッてる。ぜってー生き残るつもりだけど、一応な」

 

 加藤は、何かか吹っ切れたように、空を仰ぎ見る。私もつられて見上げると、何となく物寂しい夕焼けが広がっていた。

 

 

 

 

 加藤と別れて家に戻ってくると、すでに日は落ちかけており、橙色の輪郭だけがかろうじて屋根に貼り付いていた。

 

「寒っ……」

 

 私は階段を急いで上り、部屋へと急いだ。加藤から貰ったカイロは袋を開けてから時間が経っていたのか、すでにぬるくなっていた。

 

 私がドアに近づき、玄野から貸してもらった合鍵を差し込もうとすると、突然扉の向こうからがちゃり、という音がして、ドアが開いた。

 

「あ、咲夜……」

 

 中から出てきたのは岸本だった。見ると薄手の部屋着に、靴を裸足でつっかけている。少なくとも冬の夜の外出の格好ではない。岸本はそのまま歩き出そうとするので、肩を掴んで引き留めた。

 

「ちょっと待ってください。どこへいくんですか? ちゃんとした格好じゃないと風邪ひきますよ?」

 

 私が自分の羽織っていたコート(代金はきちんと払った)を着せると、岸本は振り向いた。少し涙ぐんだ顔で、絞り出すように言う。

 

「出ていけって、言われたから……」

 

「はい?」

 

「玄野くんに、出てけって言われたから……」

 

 多分、玄野もついに頭にきたのだろう。可愛さ余って憎さ100倍というものか、もしくは加藤に向けられない嫉妬が爆発したのかもしれない。

 

「私、これからどうすればいいんだろ……」

 

 岸本は同情を求めるような顔でこちらを見てくるが、私にどうしろと言うのだろうか。私には岸本を扶養する義理も余裕もないのである。私は少し考えて、岸本に答えた。

 

「今から玄野さんに頼みこんで家に留まらせてもらえばいいんじゃないですか?」

 

「……でも、玄野君は加藤君のところにでも行けって……多分……無理」

 

「じゃあまず公園のトイレあたりに住んだらどうでしょう。風を防げますし、毛布を用意すれば十分寝られます。バイトをすればいいアパート借りられるかもしれませんし」

 

 私は、あえて加藤のことは言わなかった。彼に岸本のことを言えばアパートに住まわせるのを断るとは思えないが、高校生がアパートの家賃を払い、人間1人を養う負担を受け止められるとは到底思えない。玄野を何とか説得するのでなければ、それがまだいいのではないか。

 

 しかし岸本は、ふるふると首を横にふった。

 

「無理。絶対寒いもの」

 

「……じゃあ以前の生活を取り戻す方法が1つだけありますよ」

 

 私がそう言うと、岸本は目を輝かせた。

 

「教えて。どうすればいいの?」

 

 私はにこりと笑って、

 

「簡単なことですよ。あなたがオリジナルのあなたを殺して入れ替わればいいんです」

 

 岸本の表情は、凍りついた。

 

「あ、いえ。殺してはまずいですね。死体が残りますし、いくら自分でも可哀想ですよね。……そうだ、あの捕獲用の銃を持ってきてオリジナルを『上』に送ってしまうのはどうでしょう。それなら死ぬとは限らないし、証拠も残りません」

 

 彼女のその後も考えてそう私は提案してみたが、岸本は自分が自分を殺すところを想像したのか、真っ青になって私を睨み付けた。

 

「あなたが、そんな人とは思わなかったわ」

 

 岸本は絞り出すようなか細い声でそう言うと、私の手を振り払って駆け出した。

 

「……お気をつけて」

 

 私は何故そんなことを言われたのか理解できなかった。トイレに住むのは非常事態ではあるが、毛布を持っていれば少なくとも凍え死にする心配はあるまい。あとは仕事さえ見つければおのずと生活できるのだ。

 

 そしてオリジナルの岸本を殺すという話は倫理的に問題があるし家に戻りたくないらしい彼女にとっては問題外だったのだろうが、前案が嫌で死にたくもないのなら、これで我慢したら良いだろうに、と思ってしまう。

 

「……まあ、何とかなるでしょう」

 

 無責任な発言だが、岸本は他人だし、私は岸本にアドバイスをするという責任は果たした。あとは彼女が好きにすればいいだろう、そう思って家に入ろうとすると、扉を勢いよく開けて、玄野が出てくる。

 

「咲夜! 帰ってたのか。ちょうどいい、岸本どっかいったのか知らないか?」

 

「さあ。……ていうか、あなたが追い出したんじゃないんですか?」

 

 そう言うと玄野は、黙りこんだ。

 

「今から行っても多分岸本さんは見つかりませんし、家に戻りましょう」

 

 

 

 

 

 ちちち、と雀の鳴き声がして、俺は目が覚めた。むくりと顔を起こして、隣を見る。が、そこには岸本の布団はなかった。

 

「そうか……もう、いないんだっけ……」

 

 昨日、あまりに加藤のことばかりを誉めていた岸本に腹をたて、思わず怒鳴り付けてしまったのだ。

 

「そりゃ、俺……モテねーよな……」

 

 1人でぼそりと呟くと、少し俺のベッドの足元の方から、すやすやと寝息が聞こえてきた。

 

 咲夜は部屋の広さの関係で、彼女が購入した布団(どこからその金が出ているのかは知らない)を使って部屋の端で寝ている。いつも俺が目覚める時にはすでに起きて朝食の支度をしているのに、どうしてまだ寝ているのか、と思ったが、時計を見てみると5時半を指していた。俺が早く起きすぎたのだ。

 

「………」

 

 俺は、ちらりと咲夜の寝顔を見た。しっかりと目を閉ざし、規則正しく呼吸している。彼女も、岸本のように出ていけと言われれば俺の所から去ってしまうのだろうか。

 

(ある……かもなあ)

 

 咲夜とは出会ってすぐに打ち解けたが、何となく、早く打ち解ける分、出ていくことにも躊躇いがないのではないかーそんな気がする。

 

「お……嬢様、咲夜は今、戻りますから……」

 

 その時、咲夜の口からぼそぼそと寝言が零れるのを聞いた。

 

「お嬢様?」

 

 そういえば、俺は咲夜のことを全くと言っていいほど知らない。彼女自身も知らないらしいが、夢を見るときに記憶の一部が戻ってくる、ということがあるのかもしれない。……もしそうなら、これは彼女がどこで何をしていたか知るヒントになるのではないだろうか。

 

「え……帰れない? やめてくださいよ、そんな冗談……ねえ、嘘ですよね」

 

 咲夜は夢の中で『お嬢様』と話しているのだろう。あまりにもしっかりとした口調だったのでからかわれているのかと思ったが、やはり寝ているようだった。

 

「……どうして答えてくれないんです? いつ私は帰れるんですか? あなたのせいで、私は……」

 

 記憶を失う前に何かがあったのだろうか? 咲夜が死んだ原因はこの『お嬢様』にあるようだし、複雑な事情があるらしい。俺はその続きを聞こうと耳を傾けていたが、残念ながら夢を見終えたのか、咲夜はそれきり何も言わず、何事もなかったかのように眠り続けていた。

 

 

 

 

「え? 私、寝言言ってたんですか?」

 

 岸本が出て行った翌日の夜、夕食の時にそう言われ、私は箸を取り落としかけた。

 

「ああ。俺、今日早く目が覚めたんだけどさ、お嬢様とか帰れないとか言ってたよ」

 

「なんでしょうね……全く思い出せません」

 

 私はそう言ってうーんと考え込むふりをしながら、内心では舌打ちしたい気分だった。これまでずっと1人で寝てきたので自覚できなかったが、ひょっとすると私は睡眠中に何かを口走る癖があるのかもしれない。玄野がいつも通り私よりも遅く起きるのなら問題は無いが、起きていれば今回のように余計な情報を与える可能性が高い。説明するのが面倒なのでここの世界にやってきた経緯は記憶喪失と言って済ませていたが、そのうち本当のことを白状する必要があるかもしれない。

 

「お嬢様……ですか。私って何をしてたんですかね?」

 

「さあ……本物のメイドだったりするんじゃねーの?」

 

「あるかもしれませんね」

 

 大正解、と心の中でちろりと舌を出しながら、笑う。彼は戦闘もそうだが、勘というものが人よりも優れているのかもしれない。ねぎ星人の時はスーツを真っ先に着ていたし、田中星人の時も銃で直接狙うのではなく、建物の重量で押しつぶすという発想を一瞬で出したあたりも間違いなく彼の才能だろうー

 

 そう思っていると、ぞくりと寒気がした。続いて耳元で、奇妙な高音が聞こえてくる。

 

「これは……ガンツ?」

 

「……来た来た来たっ!」

 

 玄野は何故か嬉しそうに、制服を脱ぐ。既にスーツを着こんでおり、準備は万端のようだった。玄野が上着を脱いでスーツだけになった時、私たちは金縛りにあい、玄野、私の順番に転送された。

 

 

 

「また出てきたぜ」

 

 私たちが転送されると、そこにはすでに全員が集まっていた。新規メンバーらしいのは2人の私服姿の男、柔道着を身に着けた彫りの深い顔の男ーおそらく人種的には私と同じだろうーと太った迷彩柄の服を着た男。そして次に目に入ったのはエキゾチックな美貌をもつ、黒髪を後ろで編んでいる女。そのかたわらに会社員や眼鏡をかけたいかにも頭脳派という印象をうける青年、そして黙って端で座っている坊主頭と本物の坊主。

 

 そして以前からのメンバーである加藤、西、北条、サダコ、犬……そして岸本。自分で何とかできたようで、パジャマを着ていたことから、少なくとも凍死はしないであろうことは分かった。玄野は岸本を見て複雑な表情をしていたが、やがて口を開いた。

 

「大丈夫だった……? 出てった後」

 

「あ……うん。大丈夫だったよ」

 

 岸本が答えると、加藤が不思議そうな顔をしていたので、岸本は慌てて説明した。

 

「えっと、帰るとこ、無くて……玄野君の家に泊めてもらってたの」

 

「へえ……何で計ちゃんのうちに?」

 

「玄野君の学生手帳しか、頼る物……無くて」

 

 聞いた玄野は、相当ショックを受けたのか、よろよろと部屋の外に歩いて行った。それを見ていた黒髪の女が、何故か彼を追って部屋の外へ出ていく。

 

「……ほんとに、玄野君とは何もなかったの」

 

 岸本が加藤に弁明しているのを見て、流石に玄野が哀れに思えてきた。家を貸して食費まで出して、「できるだけなら加藤が良かった」とまだ言われているのだから。玄野に惚れる義理はないにしても、それぐらいは気をつかうべきだろう。

 

 そう思って岸本に話しかけようとした時、坊主が立ち上がって、静かな声を出した。

 

「……皆の者。ここは死者を選り分ける試しの場だ。念仏を唱えれば、極楽浄土へ行ける」

 

 状況を呑みこめていない新規メンバーはばっと坊主を振り返った。

 

「そうだ。南無阿弥陀仏と言えば、助かるのだ。分かったな」

 

 私も少々この坊主の発言に面食らったが、確かに1つだけ、この坊主は何も分かっていないということは分かった。黙ったまま壁にもたれかかっていた西も笑い出し、

 

「何言ッてんだよ、ぼーさん。そういうことは俺の方がよく知ってるぜ。……今からその黒い玉からラジオ体操の曲が流れ出すんだ」

 

 その坊主が西に反論しようと口を開けた瞬間、あの歌が流れ出した。加藤も坊主に近づいて、言う。

 

「……悪いが、あんたよりは俺たちの方がよく知ってる。この後、敵の情報がその黒い玉に表示されるんだ」

 

 加藤がそう言うと、それを待っていたかのように、ガンツに敵の情報が表示された。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

《あばれんぼう星人》

・特徴 つよい、おおきい

・好きなもの せまいとこ、おこりんぼう

・口ぐせ ぬん

《おこりんぼう星人》

・特徴 つよい、おおきい

・好きなもの せまいとこ、あばれんぼう

・口ぐせ はっ

 

  

 

 

 




ガンツを読んでいる人は誰でも、ステルスどう考えても便利なのに何で皆使わないの? と思うのではないでしょうか。

漫画として面白くないから、という理由以外で真面目に考えてみると、2つほど思い付きました。

・そもそもステルスの方法が分からなかったから(加藤が宮藤にレーダーの使い方を調べてほしいと言っていた)
・誤射を防ぐため

こんな感じで原作で説明されなかった部分を何とか解釈することもできればいいなと思っています。……1番難易度高いのは100点クリア時の報酬でガンツから解放される理由を説明することですかね。強くなったメンバーが次々離脱していったら戦わせてる意味ないのでは?と……。

37巻まで全部読みはしたのですが、未だに「何故?」と考えてしまいます。誰かいい回答知らないかな……。


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11、あばれんぼう星人、おこりんぼう星人

 

 

 

「惑わされるな! これは人殺す武器ぞ!」

 

ガンツの情報提供の後、いつも通りに出てきた武器の中でXガンーそう加藤が名付けたーとレーダーを私が取ると、坊主が怒鳴った。流石に鬱陶しくなって睨み返すと、坊主は少し黙ったが、やがて低い声で、「今に地獄に堕ちるぞ……」と呟いていた。

 

それに構うのも面倒なので、無視して着替えのために部屋から出ようとする。が、外には玄野と黒髪の女がいるということを思い出した。

 

彼らにこの部屋に戻ってもらってその間に着替えればいいか、と思ってドアノブに手をかけたとき、ガンツの後ろの扉が目に入った。

 

(そういえばあの扉、一回も開けてないような……)

 

ネギ星人の時も田中星人の時もあのドアは開けず、皆外の廊下で着替えていた。

 

廊下で1人ずつ着替えるのは流石に非効率的だし、更衣室のようなものはないのだろうか、と思ったこともあったが、ひょっとするとあの部屋が更衣室なのではないか。

 

私がそのドアを開けてみようと取っ手に手をかけると、抵抗なく開いた。

 

「………?」

 

部屋の中には、いくつもの刀の柄、そして中央には黒光りする巨大な円形の物体があった。座席がついているのでおそらく乗り物なのだろうと見当はついたが、動かし方が分からない。

 

私はひとまず服を全て脱いでスーツに着替えた後、そこにあるものを調べることにした。向こうの部屋からは念仏やスーツを着るように勧める加藤の声が聞こえてくるので、時間的猶予はまだあると思い、私はひとまず刀の柄を拾った。

 

「……これも武器かしら?」

 

しばらくためつすがめつしていると、柄の側面に、ボタンのようなものがついていることに気がついた。かちり、と押してみると、柄から刃の部分が静かに滑り出てきた。

 

「剣……いや、刀か」

 

刃の部分はボタンを押し続けると際限なく伸び、部屋の向かいにまで達し、それすら越えて伸びようとしていた。どうやらこの刀の性質は、刃渡りを自由に変えられることらしい。その代わり、刃を伸ばせば伸ばすほど重みが増している。おそらくスーツを着用していなければ、自在にこの刀を振るうことは難しいだろう。

 

しかし何にせよ、この刀も何かに使えるかもしれない。そう思って刃を引っ込め、左手に持つと、部屋から、

 

「うおっ!? なんだ? 消えてるぞ!」

 

「見たか! 今からお前らは地獄に堕ちるのだ!」

 

 などなど、声が聞こえてくる。転送が始まったのだ。やがて向こうの部屋から誰の声も聞こえなくなると、私の体も消え始めた。

 

 

 

 

 目を開けると、寺の門前だった。新規メンバーはあの会社員と西を除いて、全員が集まっている。西の方はいつも通りどこかに潜んで獲物を横取りする機会を虎視眈々と狙っているに違いない。会社員はおそらく帰ろうとして爆死したのだろう。その証拠に新規メンバーはおとなしく、敵がいるであろう寺の中に突入するために門を開けようとする加藤たちに従っている。

 

 しかし扉は固く閉ざされているようで、加藤や玄野がいくら押してもびくともしない。やがて玄野はしびれを切らし、銃を門に向けた。

 

「時間がないし……門を壊そうぜ」

 

 玄野が裏側に閂があると思われる中央部分を撃つと、ばきゃっ、と木材の弾け飛ぶ音が聞こえ、門が揺れる。

 

「よし、開いた!」

 

 加藤が押すと門はゆっくりと開いていく。後ろで坊主が騒いでいたが、誰も相手にしていなかった。

 

 私も寺院に突入すべく門から中に入ろうとしたが、途中で、左右に恐ろしい形相の巨大な像に気づき、立ち止まる。するとちょうど振り向いた加藤が不思議そうに訊いてきた。

 

「咲夜、どうした?」

 

「ちょっと待ってください。この像……」

 

 ガンツの情報にあったあばれんぼう星人とおこりんぼう星人に酷似している。私は念のため、あばれんぼう(?)の足に向かって数回引き金を引いた。

 

すると、ぶじゃっ、と肉の弾ける音がして、像の足が吹き飛ぶ。骨が露出し、自重をささえられなくなった像は叫びながら、倒れてくる。

 

「うおおおっ!?」

 

 門を通過する途中だったメンバーは、倒れてくる巨像を見ると、慌てて走り出した。私も駆けて安全地帯に入った瞬間、あばれんぼう星人の頭に向けて、何度も撃つ。

 

 するとあばれんぼうの顔面は吹き飛び、ごとりと倒れたまま、動かなくなった。

 

「今のが……星人?」

 

 岸本が呟くと、それに応えるかのようにもう1体の星人ーおこりんぼう星人が動き出した。

 

「向こうまで走れ!距離を稼ぐんだ!」

 

 加藤の指示で、皆が一斉に走り出す。が、その中で私と玄野は、そこに立ったまま、おこりんぼう星人が来るのを待ち受けていた。

 

 

 

「ちょっと、リーダー!玄野くんと1人、取り残されちゃってるよ! どうするの?」

 

 そう言われて、俺は門の方を振り返った。見ると、門の前には、黒髪を後ろで編み込んだ彼女ー桜丘というらしい、が言った通り、計ちゃんと咲夜が銃を持って立っていた。

 

「加藤君……」

 

 岸本が不安そうにこちらを見る。

 

「いや……あの2人なら多分……大丈夫だ」

 

 計ちゃんも咲夜もこれまでの戦いで生き残って高得点を取れるほどの実力の持ち主だ。簡単に負けるはずはない。

 

「おい、なんかあっちから来るんだけど」

 

「なに?」

 

 ジャケットを着た2人組が示した方向を見ると、そこには1体の仏像がいた。

 

「ひじゃむぬるくろまにまにみずらにほにぬのだろう」

 

 意味不明な念仏を唱えているそれは、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

「敵の新手だ! スーツ着てない奴は下がれ!」

 

 

 

 

 

「おおおおっ!」

 

 先に動いたのは玄野だった。両手に銃を持ち、おこりんぼう星人に突進していく。おこりんぼう星人はじろりと向かってくる玄野を見下ろすと、手に持っている巨大な独鈷のような棍棒を振り上げ、力任せに薙ぎ払った。

 

「おわっ!」

 

 巨大な質量の生み出す猛烈な突風に、玄野の姿勢が崩れる。そして、そこにおこりんぼう星人の巨大な棍棒が振り下ろされた。がっ、と鈍い音が響き、攻撃をうけた玄野はその威力を殺すまでに数メートル近く石畳の上を滑った。

 

 私は玄野が攻撃を受け切ったと判断した瞬間、玄野に棍棒を叩きつけて伸びきっている巨像の腕に向かって、何度も引き金を引くーのではなく、玄野が戦っている間に時間を止め、伸ばしておいた刀を振りかぶった。

 

「シッ!」

 

 短い気合を発し、スーツのパワーをのせて斬り下ろす。すると次の瞬間、おこりんぼう星人の右腕が肩から離れ、痙攣しながら鮮血を噴き出していた。

 

 怒り狂い、叫ぶ巨像は残る左腕を私に伸ばしてくる。しかしその動作は緩慢で、続く私の攻撃を許した。2度目の斬撃はおこりんぼう星人の両足を切断し、空中に威力を散らす。

 

 両足を失ったおこりんぼう星人はついに膝をついた。

 

(これなら、頭を直接狙えるー)

 

 私は左手を刀からはなし、腰の銃を構える。しかし私の指が引き金を引く前に、おこりんぼう星人の顔が消し飛んだ。倒れこんでくるおこりんぼう星人を避ける。おそらく玄野が撃ったのだろう、そう思ったが、棍棒を受け止めていた玄野が身を起こしながら訊いてきた。

 

「今のは……咲夜がやったのか?」

 

「え? 玄野さんが止めをさしたのかと思ったんですが」

 

 私たちは少し首をかしげたが、よく見ると寺院の屋根に、あの寡黙そうな男が銃を構えて伏せていた。

 

「……多分あそこから狙撃したんだ」

 

「ここまでかなり離れていると思うんですが……なかなかの腕前ですね」

 

 私も少し練習したが、あれほどの距離から当てられる自信はない。もしこの戦いであの男が生き残れば、今後は強力な競争相手になるかもしれないーそう思いながら剣を通常の長さになるまで引っ込めると、玄野が不思議そうな顔をした。

 

「それ……どこにあったんだ?」

 

「ああ、あのガンツの後ろの部屋に置いてあったんです。自分の分しか持ってこられなかったんですけど」

 

「ふうん」

 

 話していると、いつのまにか玄野と私は寺の奥にたどり着いていた。しかし仏像たちの新手が来たらしく、激しい戦闘が起こっていた。

 

「……玄野君! 手伝って!」

 

 仏像をキックで蹴り飛ばした黒髪の女が叫ぶと、玄野は「おう!」とそれに応え、飛び出して行く。仏像たちの数は多かったが、見ているとスーツを着ていなくてもなんとか戦える、弱い相手のようだった。

 

「ぎゃあああ!」

 

ーしかしそう思った瞬間、叫び声が上がった。見ると、あの坊主が槍に刺し貫かれ、目を白黒させている。傷の深さからして致命傷だろう。しかも他のスーツを着ていないメンバーの動きが悪くなり、押され始めている。

 

「弱くても油断できないってこと……ですか」

 

 私が呟いていると、いつのまにかずらりと仏像たちが私を取り囲んでいた。

 

「……誰かが囲まれてるぞ!」

 

 眼鏡男が仏像たちに囲まれている私に気付いたらしく、加藤に言った。ーおそらく彼らは間に合わないだろうが。

 

 そこで私は素早く周囲に目を走らせ、数を確認した。

 

(1、2、3……4体か)

 

 徐々にその囲みを狭めていく仏像たちを見ながら、私は落ち着いて間合いをはかる。意味不明な念仏を唱えながら迫ってくる仏像たちは気のせいか、憎しみのこもった眼で私を見ているように見えた。そして、仏像たちが十分な距離まで踏み込んできた瞬間、時間を止めた。

 

 ぴたりと仏像たちの動きが止まり、全てが静止した世界の中。私は体を巡らせ、刀を一閃した。

 

「そして時は動き出す」

 

 ごとり、と目の前の仏像の上半身が、下半身と分離して落下する。残った3体の仏像も同じ運命を辿り、ぼとぼとと粘液質の血液を迸らせながら次々と倒れる。しかし間近でふきあがった血を体に浴びてしまい、べっとりと顔が血で汚れてしまう。

 

 顔を拭い、再び戦場を見渡した。

 

 先ほどまで苦戦していたメンバーは後ろへ退避し、玄野や黒髪の女、加藤、岸本、北条が中心となって仏像たちと戦っており、スーツのおかげで戦いは苦も無く進んでいるようだった。

 

「……おおっ!」

 

 玄野が最後に恐ろしく足の速い仏像を倒し、戦闘は終了した。加藤たちは汗や血をぬぐいながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。加藤は私に気付き、話しかけてきた。

 

「……今回は計ちゃんと咲夜さんがいなかったら危なかったな。あの外の仏像を倒してくれて、本当にありがとう」

 

「こちらこそ。……でも、まだ勝利を祝うには早すぎるのではないでしょうか」

 

 私がレーダーを見せると、加藤は顔をしかめた。

 

「……確かに、敵がまだ残ッてるな……」

 

「まだいるのか!?」

 

 玄野が聞きつけ、レーダーを覗き込む。そこには2つの点が表示されていた。まだ2ヶ所に敵が潜んでいるということである。

 

「……仕方ないな。前みたいに2手に分かれよう。こっちに近い方は……」

 

 加藤が何かを言いかけたその時、みしみしみし、と建物の倒壊する寸前のような、不吉な音を聞いた。私たちがばっとそちらを向くと、屋根を盛り上がらせ、壁を破り、現れたそれーおこりんぼうたちとは比べ物にならないほど巨大な仏像が、私たちを見下ろしていた。

 

「……計ちゃんと咲夜さんはこっちを手伝ってくれ! 多分こいつがボスだ! もう1つの方は、そうだ……ホ、北条とサダコ、あと誰か行ってやってくれ!」

 

 加藤が素早く指示を出すと、北条は頷いてばっと走り出した。サダコもそれにならい、さらに柔道家と2人の若い男が走っていく。

 

「よし……いくぞ」

 

 集まっているのは私の他には玄野、加藤、岸本、黒髪の女、太った男、眼鏡男の6人だった。太った男の名前はよくわからないが、加藤は名前を教えてもらったのか、さきほどの戦いの中で何人かの名前を叫んでいた。玄野の隣にいる女は桜丘、眼鏡の方は宮藤という名前らしい。

 

「……足を狙うんだ!」

 

 加藤の指示通り、大仏の足に向けて8丁の銃が、大仏の足に集中する。直後、大仏の足の表面が吹き飛ぶが、そもそもこの巨体なのでそれほど痛痒を感じていないようだった。

 

「くそっ!」

 

 玄野が毒づいて、大仏の顔に向かって一発撃ち込むと、額にあった白毫が消し飛ぶ。すると、これまでの仏らしい温和な顔つきが歪み、地上にいるこちらを睨みつけた。

 

「お、怒ッた……!」

 

 大仏は咆哮を上げると、私たちに向かって、拳を叩きつけた。

 

 

 

 




標準装備のわりに最後まで使われることの多かったガンツソード。個人的には吸血鬼戦で使われてたステルスとの組み合わせが好きですね。


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12、殺戮の千手観音

 

 

 

 結果から言うと、大仏の攻撃は1人を除いて、全員が回避することができた。直撃したのは両手に銃を抱えた太っちょの男で、大仏の拳に彼の服が血と一緒にこびりついていたのでそれだとわかった。犠牲は1人ですんだものの、その過程で生み出された衝撃はメンバーを逃さずに吹き飛ばした。

 

 私は刀を地面に突き刺すと、飛ばされないようそれを両手でしっかりと握り、他のメンバーがどうなっているかを確認する。

 

 玄野はとっさに拳を地面にめり込ませ、私と同じように吹き飛ばされないようにしていたらしいが、他のメンバーはあらかた後方にいた。

 

「咲夜……こいつは、俺がやる。見ててくれ」

 

「しかし……先ほどの星人よりもはるかに大きいですし、1人で倒すのは無理では?」

 

「さっき思い付いた、作戦があるんだ」

 

 玄野はそう言うと、走って大仏から離れていく。彼が何をするつもりなのかは分からないが、とりあえず私も1人では倒すことは難しそうなので、一旦隠れる方がいいかもしれない。

 

 見上げると、大仏が足を上げ、今度は踏みつぶそうとしていた。

 

 時間を止め、その足が着地するであろう危険区域から脱出すると、レーダーを取り出してステルスモードを起動する。

 

 もしもこの大仏がステルスを見破ることができるのなら攻撃は続くだろうと思って、透明化した後も身構えていた。しかし大仏はゆっくりと顔を加藤たちの方に向け、走り出した。どうやら大仏は私を見失ったようで、怒りの矛先を後方にいる加藤たちに向けたようである。

 

「く、来るぞ!」

 

 加藤が銃を構え、全員がそれにならい、絶望的に火力の足りないXガンで地響きをたてながら向かってくる大仏の足元を照準する。皆が次々に引き金を引くが、大仏の足は表面が弾けるばかりで、大したダメージになっていない。

 

「ダメだ!逃げよう!」

 

 宮藤が叫ぶが、大仏はもはやそれがかなわないほどの距離に迫っていた。

 

「うおおおおおっ!」

 

 その時、叫びながら加藤たちの前におどりでた人影があった。遠目に玄野だ、と気づいたのは彼が先ほど死んだ男を除けば唯一、2つの銃を所持していたからであるが。

 

 玄野は大仏に向かって走り、彼我の距離数十メートルというところで、跳躍した。

 

 そして空中で大仏の頭に向けて数発銃を撃ったと思うと、彼の姿はこつぜんと消えてしまった。

 

 ステルスかと思ったが、彼はレーダーを持っていなかったし、あの混乱の中で誰かに借りたとも思えない。首をかしげていると、突然大仏の様子がおかしくなった。

 

 両手で顔を押さえ、身をよじらせている。まるで頭痛の時に額を押さえていたが、やがてよろめいたかと思うと、バランスを崩し、ゆっくりと倒れる。

 

「……死んだのか?」

 

 駆け寄った加藤が呟くと、大仏の口を押し上げ、玄野が出てきた。私が浴びた反り血とは比べ物にならないほど大量の血で濡れており、岸本が少し怖じ気づいたように下がった。

 

「額のとこから入ッて……頭ん中で撃ちまくってやったんだ」

 

 すると、桜岡が進み出て、玄野と抱擁を交わした。

 

「絶対……生き残って一緒に帰るからね」

 

「ああ。俺は絶対死なねえ」

 

 いつの間に彼女と玄野はこれほど親しくなったのだろうか。おそらく最初に2人で部屋の外に出ていったときに何かがあったのだろうが、玄野が何をしていようと私には関係ない。捨て置くことにした。

 

 加藤もしばらく驚いたように2人を見ていたが、少しして転送されないことに気付き、私に訊いてくる。

 

「そういえば、もう1体は…まだなのか?」

 

「……はい。反応はまだ残っていますね」

 

 レーダーの表示では、寺院内の光点が未だに消えずに残っていた。

 

「苦戦してるんじゃないか。俺たちも行こうぜ」

 

 玄野が加藤に言った時、寺院の方から北条とサダコについていった2人の男が走ってきた。

 

「やべえ! まだ、こっちに強い奴らが残ってる! 男前の兄ちゃんと気持ち悪い女が戦ってる!」

 

 加藤はそれを聞いて、すぐに助けることを決断したようだった。

 

「2人を助けにいくぞ! 計ちゃんと咲夜さんも来てくれ!」

 

 私たちは加藤の指示に従い、これからスーツを着るという男たちと別れると、寺へ向かって走り出した。

 

「仏像は何体いるんだっけ?」

 

「さあ……ひょっとしたら数が多いかもしれませんね。北条さんたちもそれで苦戦してるのかも」

 

「関係ねーよ。ヤバかったら俺が何とかする」

 

 玄野は未だに大仏を倒した興奮が冷めないようで、獰猛な笑みを浮かべる。自信があるのはいいことだが、それが過信となるとき、往々にして人間は失敗する。彼がその1例に加えられることがなければいいのだが…と思っているうちに、問題の場所までたどり着いた。

 

「……あそこだ」

 

 加藤の指差す先にはお堂があり、 扉は閉まっていた。そこで私は、直感的に何か嫌なものが潜んでいるような気がして、眉をしかめた。

 

 強敵というのなら、北条とサダコには逃げるという選択肢もあったはずである。扉は開いていないので、まだ彼らはこのお堂の中にいるのだろう。……だが、中からはことりとも音がしない。壁が厚いからと言えばそれまでだが、辺りがしんと静まり返っているのが、かえって不気味に感じる。

 

 皆がそのお堂の入り口に集まったのを確認すると、加藤は黙って、ゆっくりと押し開けた。

 

 最初に眼に入ってきたのは、正面に座る千手観音。何本もの手に剣や壺など、様々な武器を持っている。そしてそこから目線を下げると、そこには人の死体と言うにはあまりにも小さすぎるそれが、重なって落ちていた。

 

「きゃあああ!」

 

 岸本は、キスをしている北条とサダコの上半身を見て、悲鳴を上げた。彼らの下半身は影も形も見当たらず、ただただ彼らが死んだという事実だけを、そこに残していた。

 

「おおおおおおっ!」

 

  加藤は泣きながら、激昂した。玄野よりも、私よりもはやく捕獲用の銃を構え、突っ込んでいく。

 

 そして引き金を引こうとしたその瞬間、死角になっていた側面から現れた仏像が、加藤の銃を弾き飛ばす。

 

「くっ………!」

 

 加藤は横の仏像を力任せに振り払うと、腰につけていたXガンを引き抜く。そして、目の前の千手観音に向かって連射した。

 

 次の瞬間、千手観音の顔面が飛び散った。しかし、加藤が銃を下ろそうとした瞬間、飛び散った肉片が、まるで映像を逆再生したかのように千手観音の頭部のあった部分に集まる。そして数秒もしないうちに元通りになってしまった。

 

「!?」

 

 驚愕する加藤に向かって、千手観音は持っていた一升瓶から透明な液体を迸らせた。

 

 刹那、岸本が走り、加藤の前に身をさらし、背中から液体をかぶる。

 

 じゅっ、という静かな、それでいてとてつもなく嫌な予感を孕んだ音が、お堂の中に響いた。

 

 ごとり。

 

 岸本の下半身だけが、倒れた。あの液体はスーツを、そしてこの中身までも溶かしてしまったらしい。北条とサダコも、おそらくこの液体を体にかけられて、肉体が溶解させられたのだろう。加藤はそんな武器を持つ相手の前で、無防備に腕の中の岸本を見て、何も言わず、しっかりと抱きすくめていた。

 

「うわああああっ!」

 

 玄野は叫ぶと、床を蹴って加藤を飛び越え、そのまま千手観音に膝蹴りをくわえる。

 

 その勢いで後方に倒れる千手観音を足で押さえると、玄野は両手の銃でひたすら千手観音を撃ち続けた。

 

「死ねええええっ!」

 

 肉が、血が、脳漿が舞い、千手観音の頭が完全に吹き飛ぶ。しかしその直後、飛び散った肉片が集まり、全くの無傷の状態まで回復する。

 

「ううっ!」

 

 そしてどういうわけか、玄野の足が消え始める。玄野がなおも銃を向けようとすると、千手観音の持っていた剣が閃いた。

 

 腕が斬り飛ばされ、玄野は数歩後ずさると、仰向けに倒れる。

 

「いやっ!」

 

 それを見た桜岡が駆け寄ろうとするのを、私は手で制した。

 

「桜岡さん……私があの千手観音を先に引きつけておくので、その後に玄野さんをどこかに避難させてください」

 

 桜岡が頷いたのを確認すると、私はXガンで千手観音を撃ちながら近づく。分かっている敵の攻撃は体を溶かす液体、持っている剣による斬撃と玄野の足をじわじわと消していく謎の攻撃である。ひょっとするとまだこちらに見せていない奥の手があるかもしれないので迂闊には近づけないが、おおかた再生能力の正体は見当がついた。

 

 おそらく千手観音は時間を巻き戻すことで体を再生している。普通時間の逆行には時間を加速させたり止めるのとは比べ物にならないエネルギーが要るが、その効果範囲を自分の体のみとすることで不死身を実現したのだろう。

 

 したがって、この攻撃は全くの無意味であるが、頭を撃ち続けることで頭部を常に再生状態にさせておけば攻撃は来ない。要するに玄野たちが撤退するための時間稼ぎである。

 

(…でも、いつまでもつかしら)

 

 田中星人との戦闘から銃の練習はしたが、それでもこの緊張下で的に当て続けることは私にはできない。しかも、相手が不死身であれば、こちらがいくら時を止めて攻撃しても殺すことは不可能だ。こんな敵をどう倒せばよいのか─

 

 1人残された私の周りには、千手観音だけでなく、4体の仏像が集まりはじめていた。千手観音だけでなくこの周りにいる敵も外にいた仏像よりも強いらしい。初めて、私の心の中に焦りが生まれる。

 

 玄野はもう避難したのだろうか、と後ろを見ると、ちょうど桜岡が抱えて脱出したところだった。

 

 とりあえず私もここから出るために、時間を止め、仏像たちの間をすり抜け、お堂の外に脱出する。

 

 私はお堂で私が突然いなくなったことに戸惑っているらしい仏像たちを見ながら、刀を伸ばしていく。

 

 普通の刀の長さを超え、何十メートルはあろうかという長さに達したところで、仏像たちはこちらに気がついたようだった。

 

「えーと、奥行きがこれだけあるから……これでちょうどいいわね」

 

 私はスーツを着た状態でも重みを感じるほどの長さに達した刀を振った。

 

 その一撃は千手観音をふくめた軌道上にある仏像たちをまっぷたつにしながら、お堂そのものを崩壊させた。

 

 完全に押しつぶれ、残骸となったお堂を見ながら、私は刀を元の長さに戻し、構えた。あの千手観音がこんな建物の崩壊に巻き込まれて死ぬはずがない。絶対に、起き上がってくる。

 

 直後、大きな木片が動き、下からのそりと千手観音が現れた。全くの無傷で、狼狽した様子もなかった。

 

「………嫌になるわね」

 

 呟くと、千手観音も私を認識したようで、不気味な無表情の微笑(アルカイックスマイル)をこちらに向けた。

 




皆のトラウマ、千手観音登場です。相手のギミックを見抜けなければ勝てないという点ではぬらりひょん並みの難易度ですね。Yガン、Zガンで一発という意見もありますが、このミッションでYガン持ってるの加藤と西(?)だけなんだよなあ……。





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13、立ち向かう者たち

 

 

 

私は左手のXガンを撃ちながら、つかず離れずの位置で戦い続けることにした。接近しすぎると剣の餌食、ある程度の距離になると溶解液を喰らう。いずれもスーツのガードは効かないようで、回避するしかなさそうである。

 

千手観音は銃撃や斬撃を受けても瞬く間に回復し、何事もなかったかのように歩を進めてくる。千手観音は中距離から攻撃してくる私に反撃できないのか、あるいはわざと反撃していないのかは分からないが、それでも歩くだけで私を寺を囲む壁まで追い詰めつつあった。

 

刀で両断しても同じように再生するだけで、決定打にならない。倒す方法も未だに思い付かず、じりじりと後退する。

 

こつん。

 

「行き止まり……!」

 

かかとが硬い物に当たる感触がして、後ろを振り返ると壁が立ちはだかっていた。私は千手観音を注視するあまり、あとどれだけ下がれるかを計算していなかったのである。

 

(まずい……!)

 

千手観音はさらに私に近づくと、おもむろに剣を持ち上げた。

 

振り下ろされる寸前、千手観音の腹が吹き飛んだ。頭、腕、下半身が次々と弾けとび、まるでミンチのようになってしまう。

 

「おーい、大丈夫か!?」

 

こちらに走ってくるのはスーツを着たらしい2人の男と、宮藤。しかし彼らは銃を構えてすらいないので、千手観音を撃った者ではない。おそらく屋根の上で黙々と狙撃をするあの男がやったのだろう。

 

上を見ると、予想通り狙撃手の男が屋根の上で伏射姿勢をとっているのが見えた。

 

「今回はこれで終わり……かしら」

 

流石の千手観音も、体を全て肉片に変えてしまえば、再生することはできまい。

 

そう思って千手観音のいた所を眺めていると、散らばる臓物のなかに、時計のような何かを持っている千手観音の手首が落ちているのを見つけた。

 

そしてそれがぎりぎりという音とともに回転すると、突然千手観音の再生が始まった。

 

「なっ!?」

 

私が驚きのあまり声を上げた瞬間、千手観音の持っていた灯籠が、ちかりと光った。

 

直感的に危険を感じ、私は時間を止め、千手観音の側面に走った。

 

時間停止を解除すると、灯籠から私のいたところに向けて、レーザーが発射された。しかもただ1ヶ所を攻撃するに留まらず、そのまま光線は円を描いて私に襲いかかってきた。

 

時間停止は連続して使うことができない。迫り来るレーザーを見て私はとっさに身を伏せたが、不意を突かれたため、一拍遅れた。

 

じゅっ、という音とともに私の右腕はレーザーに焼ききられ、空中を舞った。

 

「いっ………!」

 

神経を引きちぎられるような痛みが走り抜け、生暖かい液体がばっと吹き出る。私の右腕は刀を握りしめたまま、少し離れた所に落下した。

 

「な、何だ!?」

 

叫んだ宮藤に、逃げろと警告しようとしたが、激痛に耐えるために歯をくいしばっていたので、かなわなかった。そして、噴き出す血液のつくる赤いもやの向こうで、再びちかちかと灯籠が光った。

 

直後、宮藤たちの体が切断され、バラバラになって落ちる。さらに千手観音はあさっての方向に向かって光線を乱射し始めた。おそらくあの狙撃手への威嚇攻撃だろう。

 

(とにかく、止血して……ここを離れないと)

 

私は、断続的に刃を突き刺されるような痛みのある右肩を見た。心臓が拍動する度に血の流れ出す傷口に手を当て、スーツのパワーで握りつぶす。

 

「あ………ああっ!」

 

筋肉組織のつぶれる、みちみちという音とともに、右腕のつけねからの出血は収まった。これをすると後で傷口が壊死することが多いが、今は止血しなければ失血死するし、どうせミッションが終われば再生されるのである。

 

止血が完了すると、私は出しうる全速の速さで走った。後ろを見ると千手観音は威嚇射撃をまだ続けており、こちらに向かって攻撃はしてこなかった。

 

(………もう、息切れ)

 

血を失いすぎたのか、寒気が背筋を這いまわり、息も荒くなる。

 

あんな武器を隠し持っているのは予想外だった。おそらく私に対して最初から使わなかったのは、一網打尽にするために仲間が集まってくるのを待っていたのだろう。そしてその目論みはうまくいき、宮藤と2人の男の命を奪うことに成功したのである。

 

……だが、こちらも千手観音を倒すためのヒントを手に入れた。私は腕を切断される直前、落ちていた道具が動いて再生が始まったのを目撃した。おそらくあれが時間を巻き戻す装置であり、持っているそれを破壊してしまえば再生はできないのだ。

 

(誰かに……伝えないと)

 

できるなら私が戦いたいが、右腕を失い、出血のために満足に動けない状態ではどうしようもない。挑んでいっても返り討ちにあって殺されるのが落ちである。

 

振り向くと、千手観音は追ってきてはいなかった。五体満足の狙撃手を追っているのかもしれない。彼は確かに強いが、お堂の中で溶解液や剣による攻撃を見ていない。いずれやられてしまうだろう。

 

となれば、伝えるべき人間は……と考えた時、建物の影から何かが飛び出してきた。奴か、と思いXガンを構えると、その人物は慌てて言った。

 

「俺だ。加藤だ」

 

 

 

 

俺は計ちゃんを避難させ、桜岡に見守ってもらうよう頼むと、お堂へ向かった。桜岡によると、咲夜が残って千手観音と戦っているらしい。俺は落としたYガンー捕獲用の銃のことだーで千手観音を「上」に送れないかと考えていたので、それを取り戻すという意味でも、お堂には行かなくてはならなかった。

 

しかし、そこに着くとお堂のあったところには大量の木片や石瓦の散乱しており、建物の残骸があるだけだった。千手観音がやったのか、咲夜がやったのかは分からないが俺はこの中から銃を探すのを諦めた。そして行方の分からない千手観音と咲夜を探し、歩き回っていると、ようやく咲夜と合流することができた。だが、咲夜は右腕が無くなっており、顔も血の気を失い、真っ白だった。

 

「咲夜さん、その腕……」

 

「アレにやられました。それと、私の他に3人…宮藤と2人組の男が既に死んでいます。狙撃していた男も生きているか分かりません」

 

俺のいない間に、戦況はかなり悪化していた。整理すると計ちゃんは戦闘不能で咲夜も戦うことは難しく、残る人間は俺、狙撃手の男(生死不明)、桜岡、西(生死不明)だけである。

 

咲夜の青ざめた唇から、続く言葉が紡ぎ出された。

 

「とりあえず、分かったことを伝えます。千手観音はレーザーによる攻撃を隠し持っていました。スーツによる防御は無効で、照射中は光線がこちらに向かって移動してくるので注意してください」

 

「ああ……気をつける」

 

「それと、再生能力の正体ですが…あの時計のような道具の効果です。あれを壊せば、千手観音はこれ以上蘇ることはできません」

 

3人の命と咲夜の右腕を代償にした、貴重な敵の情報。それを聞き終えると、俺はゆっくりと頷いた。

 

「分かった……絶対、俺が倒してくる」

 

「……ええ、お願いします。私もできうる限りの援護はしますので」

 

なおも咲夜は戦おうと考えているらしいが、それは流石に無茶だ。俺が引き留めようとすると、

 

「大丈夫です。確かに今、私はまともに戦えるだけの体力はありません。でも隠れながら敵を撃つくらいならできると思います」

 

咲夜は、そう言うと持っていた装置を使って、姿を消した。

 

「……分かったよ。本当に休むつもりはないってことだな?」

 

「ええ、もちろん」

 

その声はいつもより弱々しかったが、俺の心の緊張を、わずかにほぐしてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

俺は、寺院の屋根から今回のボスを見て、にやりと笑った。ミッションが始まってからずっとステルスで隠れてちまちまと仏像を殺していたが、ついにがっぽりと点が入りそうな星人が現れたのだから。

 

いつもは慎重に戦うのが俺のポリシーだが、あと一息でガンツから解放されるのだ。新しい武器を入手して「カタストロフィ」に参加することも考えないではなかったが、カタストロフィ自体をよく知らないし、危険すぎる賭けには出ないほうが賢明だろう。

 

しかも都合のいいことに、玄野や咲夜など、ほとんどのメンバーが軒並み死亡するか重症を負っているので、邪魔する者はいない。上から見ていて千手観音の攻撃法は分かったし、再生能力への対策もある。

 

俺は寺の屋根から飛び降り、着地すると、腰から捕獲用の銃を引き抜いた。これで捕まえてしまえば、奴の再生は関係ない。一発で仕留められる。

 

(だが、まだだ。慎重にいく)

 

前回は俺のステルスを見破ってきた星人がいたし、今回も相手がそのようなタイプであれば、銃の射程距離に敵をおさめる前に攻撃されるかもしれない。何か保険となるものはないかー

 

そう思ったとき、向こうからちょうど桜岡が走ってくるのが見えた。

 

(……そうだ。こいつを囮につかおう)

 

俺がステルスを解除して姿を現すと、彼女はぎょっとして立ちすくんだ。

 

「……星人、じゃない。君は……そういえばあの部屋にいた……」

 

「西だ。さっきからずっと隠れて千手観音の様子を見てた。あれは、倒せる」

 

「どうやって………?」

 

桜岡の問いに、捕獲用の銃を見せた。

 

「この捕獲用の銃で捕まえる……だけど、射程距離に近づくまでに攻撃を受ける可能性がある。それまで……」

 

「千手観音を引き付けてくれってこと?」

 

「……そういうことだ」

 

答えると、彼女は少し考え込んでいたが、意を決したようで、

 

「分かったわ。玄野くんが生きている間に、決着をつける」

 

どうやら重傷を負った玄野のために、囮をするつもりらしい。ラッキーだったと思いながら、俺は知っている千手観音の攻撃方法を全て伝え、一緒に先ほど千手観音のいた寺院の門の前まで移動することにした。

 

「で、玄野はどうしたんだ?」

 

「彼は……お寺の中に入れてきた。多分私が守ってるより、見つからないようにした方が安全だろうし」

 

「なるほどね」

 

俺はステルスで姿を消しているので、傍目には桜岡が1人で喋っているように見えるだろう。小声で会話しながら、門の近くまでやってきた。

 

「……いる」

 

桜岡が指差した方向に、千手観音がたたずんでいた。その足元にはあのスナイパーが転がっており、虚ろな目は宙を見つめている。千手観音は向こうを向いており、こちらに気づいていないようだった。

 

「作戦通りにいくぞ」

 

俺は音をたてないよう、摺り足で千手観音の右側に回り込む。しかし千手観音は全く反応せず、向こうを向いたままである。

 

(………楽勝か?)

 

桜岡も千手観音の後ろへ忍び寄り、緊張した顔もちでXガンを構えているが、あまりに簡単に近づけたことに、少し拍子抜けしているようだった。

 

俺は生唾を飲み込み、銃口を千手観音に向け、上側の引き金を絞る。

 

かちり、と音がして、千手観音をロックオンした。これでもう一度下の引き金を引けば、確実に千手観音を捕獲することができる。そう思った瞬間ー

 

千手観音の背中が、目の前に迫っていた。

 

「!?」

 

俺はとっさに身を引こうとするが、それよりも早く、奴の手が閃く。

 

ぞぶっ、とトマトを握りつぶしたような音が響き、俺の両腕が銃を構えたまま、落ちる。

 

「うがあっ!」

 

俺は膝をつき、悶絶した。温かい液体が自分の腕から流れているのが、現実感と痛覚を伴って認識される。

 

(く、くそっ! こんなはずじゃ……)

 

毒づいて、俺ははっとした。次の攻撃が来る。避けなくてはー

そう思って顔を上げたが、遅かった。俺が人生の最後に見たのは、視界を覆い尽くす閃光だった。

 

 

 

 

 

「馬鹿な………」

 

門にやって来た俺が見たのは、西の体がレーザーで切り刻まれる光景だった。西と行動していたらしい桜岡も、呆然として、それに見いっていた。

 

「どうやらステルスも効かないようですね」

 

横から、咲夜の声が聞こえてくる。彼女も西と同じようにステルスモードを使っていたが、無意味だと思ったのか、姿を現した。

 

「どうするの? リーダー! あいつ、やられちゃったよ!」

 

桜岡が叫ぶ。しかし俺は黙って、千手観音の方ー正確には、西の死体のそばに落ちている、Yガンを見ていた。ねぎ星人の時に所持していたのでひょっとしたらと思っていたが、やはり持っていたらしい。どうにかしてあれを拾えることができれば……と思っていると、千手観音はかがんで、西の割れた頭の中身をまさぐった。

 

「うっ……!」

 

ずるりと頭蓋骨の割れ目から取り出された西の脳髄を、千手観音はなんと、口に運んだのだ。桜岡は口を押さえ、咲夜も不快なものを見るような目でそれを眺めていた。

 

俺は震える手で、脳を飲み込んだ千手観音に向かって、Xガンを構えた。すると千手観音はやおら顔をあげて、口を開いた。

 

「まあ、待て………俺だ、西だ」

 

 

 

 

 




西が!西がお釈迦になッたッ!

……別にこれが言いたかったから西が千手観音に食べられたわけではなく、単純にGANTZ装備を加藤たち以上に知り尽くした奴が千手観音になったら面白いだろうなーと思ったので。


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14、死の階段を踏みしめて

 

私たちは、じっと月明かりに照らされた千手観音を見つめ、油断せず銃を構えていた。すると千手観音は少し苛立った声で、

 

「おい、だから俺だって言ってんじゃねーか。銃を下ろしてくれ」

 

「本当に……西なのか?」

 

「ああ……こいつはどうも、俺たちと会話してみたかったらしい。俺の脳みそを食って、俺の言語と記憶を手に入れた、とこういうわけだ」

 

「会話………?」

 

加藤が聞くと、千手観音は頷き、答える。

 

「千手観音は、俺にこう聞いてきた。『君たちは何なんだ? 誰に頼まれたんだ? 僕たちは何も悪いことをしていないのに、とうとう僕1人になってしまった』ってな」

 

「それは……」

 

加藤は口ごもった。答えられるはずがない。私たちもまた、わけの分からないまま戦っているのだから。皆が黙っていると、再び千手観音ーいや、西が口を開いた。

 

「まあ、俺の記憶を手に入れたから、俺たち自身が何も知らずにこいつらと戦っていたということも知ったらしい。だからもう、千手観音はお前らが攻撃しない限り、戦うつもりは無いんだそうだ。お前らも殺されたくないだろうし、今回のミッションをやめることを考えてみろよ」

 

「ミッションを……やめる?」

 

「言ってなかったが、制限時間を過ぎれば俺たちはあの部屋に戻ることができる。頭がぶっ飛んで死ぬみたいな即死のペナルティは無い」

 

「じゃあ……俺たちは殺しあわなくても、いいのか? ……お前を、信じてもいいのか?」

 

「殺そうと思えばこのレーザーでやればいいだけの話だしな。信じていいぜ」

 

私と桜岡は、加藤を見た。私もまともに千手観音と戦いたくないし、その案に乗ってもいいかと思う。……相手が西でなければ、の話だが。

 

「分かった……お前を、信用しよう」

 

加藤が千手観音に向かって返答すると、

 

「分かった。制限時間が切れるまで、お互いに離れておこう」

 

千手観音はこちらに背を向け、歩き始めた。私がそれを見ていると、加藤が肩を叩いて、言った。

 

「今回は、これで終わりだ。俺たちも計ちゃんを迎えに……」

 

「終わり? 確かにそうなるといいんですがね」

 

「え?」

 

千手観音の灯籠が光った。肩にある手を振り払うと時間を止め、加藤を思い切り突き飛ばし、自分も地面に伏せた。

 

直後、熱線が頭上を走り抜けた。ほんの少し回避するのが遅ければ2人仲良くなますにされていただろう。今の攻撃で桜岡も千手観音の裏切りに気づいたようで、身構えていた。

 

「ちっ、まとめて殺そうと思ったんだがな」

 

「相変わらずの戦い方ですね。西さん」

 

「あんたもな」

 

喋りながら、千手観音は少しずつ近づいてくる。あまり近距離になるとレーザーは避けられない。私が警戒して下がろうとすると、その前に桜岡が立った。

 

「私……キックボクシングのジム通ってるから……何とかできるかも……」

 

 

 

 

 

俺が腰をさすりながら起き上がると、千手観音がこちらへ向かってゆっくりと歩いてくるところだった。

 

「まさか……裏切ったのか?」

 

「まさかって……こっちは仏像を皆殺しにしてますし、あっちはまだ無傷です。矛を収める理由がありません」

 

咲夜は桜岡の後ろでXガンを千手観音に向けながら、落ち着いた様子で答える。しかし、その腕は微妙に震えており、彼女が見た目ほど回復しているわけではないことが見てとれた。

 

「信用したのにな……」

 

「信じられない相手への信用は思考停止って言うんですよ。しっかりしてください」

 

「……そうだな」

 

俺もXガンを持ち上げると、真っ直ぐ千手観音の、再生機を狙う。

 

「2人とも……早くして。これ以上、近づかれると……」

 

桜岡は握りこんだ拳を軽く上にして、独特のリズムでジャンプしながら、千手観音と対峙していた。

 

「私は左の再生機を狙います……加藤さんは右を狙ってください。同時に破壊しないといけませんから、掛け声頼みます」

 

「分かった……いくぞ、1、2の3っ!」

 

2つの銃口から、ぎょーん、ぎょーんと音がして、数秒後、左の再生機が千手観音の肉体ごと弾ける。咲夜は成功したらしい。では俺は……?

 

ばん、ばん、という音とともに、千手観音の腕が弾ける。しかし、再生機は無傷のままだった。

 

「しくじった!」

 

俺が叫ぶと、千手観音はお返しとばかりに一升瓶を持ち上げる。まずい、溶解液が来るー

 

「ハアッ!」

 

溶解液が迸る直前、桜岡が一升瓶を蹴り飛ばす。一升瓶は宙を舞い、その中身は千手観音自身に浴びせられた。

 

ぼわっ!と一気に何かが蒸発するような音がして、千手観音の左半身が溶ける。そして俺が壊し損なった再生機も一緒に、溶けた。

 

「勝てる……!」

 

桜岡が呟くが、その時、千手観音の目が怪しく光った。

 

「気をつけろっ!そいつは、まだ……!」

 

「え?」

 

無事だった剣を持った腕が、桜岡の肩口目掛けて斬り下ろされた。桜岡は血を吹き出しながら、倒れる。

 

「撃ってください!加藤さん!」

 

咲夜は桜岡が倒れる後ろから、何度も引き金を引いていた。千手観音の腕が、胴体が弾け、血が吹き出る。しかし致命傷には至らず、反撃の隙を与えてしまった。光線が咲夜に向かって発射される。

 

「くっ!」

 

ぎりぎりのところで咲夜は回避したーように見えたが、光線が右足をとらえ、切断される。咲夜は短く声を漏らしながら、倒れた。

 

「訳わかんねー攻撃を使ってくるからこいつは一番警戒してたが……呆気ねーな」

 

千手観音は咲夜を見下ろして、呟く。そして、立っている俺に目を向けた。

 

「加藤……お前の偽善者ヅラにももううんざりだ……」

 

俺は千手観音を睨み付けながら、すくんでしまった。

 

計ちゃんも、咲夜も、西も勝てなかった。こんな奴に、本当に俺が勝てるのか……?

 

怖い。1人で、この千手観音と戦うのが、とてつもなく恐ろしい。引き金にかかった人差し指が震え、狙いにくい。だがー

 

まだ、計ちゃんと咲夜は生きている。

 

俺が負けたら、2人とも、ガンツに殺されるかもしれないー

 

「……腹、括るしかねーな……」

 

千手観音の灯籠が光った。俺は咄嗟に避け、Xガンを乱射する。

 

「はははは! 無駄だぜ加藤!」

 

しかし千手観音は素早い動きで避けると、俺を剣で引き裂かんと迫る。

 

「ちいっ!」

 

俺は大きく後ろにステップバックすると、千手観音から距離をおいた。この距離は、レーザーが来る―――

 

俺が頭を下げると、先ほどまでそれがあった位置を、熱線が通過した。俺は再び顔を上げ、千手観音の胸に狙いをつけると、Xガンのトリガーを引き絞った。

 

どばっ、と肉や骨が吹き飛び、千手観音の胸に巨大なクレーターが出来上がった。かっぽりとあいた空洞の向こうで、血がぽたぽたと滴っている。

 

「く……そ! やられた……か、加藤……っ…」

 

どさり、と千手観音はその場にくずおれた。

 

「はっ……はっ……」

 

俺は荒い息をつきながら、千手観音に近づく。最後に頭を潰して、終わりにしなくてはならない。

 

「すまない……」

 

先に攻撃を始めたのは俺たちだ。そして仲間が全員殺されたからこそ、千手観音は逆にこちらのメンバーを虐殺して回ろうとしたのだ。

 

だから、せめて早く頭を潰して、楽に―――

 

「加藤さんっ!」

 

その時、咲夜の呼ぶ声が聞こえ、俺ははっと我にかえった。

 

とす。

 

千手観音の腕が伸び、剣を俺の胸に突き刺していた。込み上げる血が口から吹き出て、地面にこぼれる。

 

「加藤……せめて、てめーを道連れに……!」

 

そう言って俺から剣を引き抜こうとした瞬間、千手観音の頭が吹き飛んだ。

 

「これで……終わり……です」

 

咲夜が撃ったのだ。俺はそのことを認識すると、何故か力が抜け、座り込んでしまった。

 

「あれ……おっかしーな……」

 

これで、帰ることができる。そのはずなのに、転送が始まらない。俺は、まさか……死ぬのか? 目を開けようとしても、瞼が重くなり、だんだんと視界が狭まっていく。世界から光と音と感覚が消え、意識も散っていく。

 

「あ……ゆむ……」

 

最後の一言は、実際に言ったのか、それとも思考の中で呟いたのか、わからなかった。

 

 

 

 

 

じじじじ、と音がして、私が目を開けると、そこはガンツの部屋だった。私は確か加藤や桜岡たちと千手観音を倒そうとしていたはずだが、何故転送されたのだろうか。私が首をかしげていると、先に戻ってきていた玄野が、こちらを振り返った。

 

「咲夜……! 生きてた、のか……」

 

「ええ、なんとか」

 

「俺の彼女と、加藤は……?」

 

「分かりません。途中から記憶が無くて……」

 

おそらく彼女とは桜岡のことだろう。私もこの状況をよく飲み込めていないのでそう答える。すると、ガンツから、ちーん、と音が鳴った。

 

『それでは、ちいてんをはじぬる』

 

 

いつもと変わらない採点表示。だが、それはこれ以上戻ってくるメンバーがいないということを示す、死の宣告に他ならなかった。

 

「……!? まて、待てよ、ガンツ!2人を転送しろ! 生きてんだろ! なあっ!」

 

玄野がさけぶが、ガンツは意に介さず、採点結果を表示する。

 

『玄野くん 6てん

TOTAL36てん あと64てんでおわり』

 

「おい、皆を返せ!ガンツっ!」

 

玄野がいくら叫んでも、何も起こらない。彼らは確実に、死んだのだ。

 

「くそっ……くそっ……!」

 

玄野が座り込むと、次の採点結果ーつまり私だーが表示された。

 

『咲夜ちゃん 72てん

toTAL100てん 100てんめにゅ~から選んでくだちい』

 

「えっ」

 

確かに仏像は多く、点数を稼げたと思ったが……これほどだとは思わなかった。後ろからも、玄野が息をのむ気配が伝わってくる。そして、「100点メニュー」が表示された。

 

『1、記憶をけされて解放される

 2、より強力な武器を与えられる

 3、MEMORYの中から人間を再生でちる』

 

西から聞いていた通りだった。当然、私の目指す選択肢はずっと前から決まっている。

 

「……い」

 

ちばん、と言おうとした時、後頭部に固いものが押し付けられる感触がして、口をつぐんだ。この金属の冷たさは、銃だろうか。

 

私が振り向こうとすると、後ろから玄野の声が、聞こえた。

 

「咲夜……頼む。皆を、皆を生き返らせる……3番を、選んでくれ」

 

 




咲夜の点数内訳
・あばれんぼう 3点
・弱い仏像 1点×4
・千手観音の周りの仏像 5点×4
・千手観音 45点
……計72点

千手観音45点って無理ありますかね……? でもYガンやZガンで楽に勝てそうでも射程距離に近づくまでに光線が来そうだし(東郷が狙撃していた距離までレーザーは十分な威力で届いていた)、ブラキオサンよりは上、オニ星人よりは下って感じかな……。


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15、彼女の選択

 

 

 

『3、MEMORYの中から人間を再生する』

 

俺はその表示を見た瞬間、加藤の、岸本の、そして俺を初めて愛してくれた桜岡の顔が、脳裏を駆け巡った。ガンツの無慈悲な採点結果が伝えた、彼らの死。まだ、間に合う。また、あいつらと会えるー

 

咲夜は向こうを向いていたが、ガンツに映る彼女の唇は、口の端を広げる。3番ではなく、1番。自分の解放を選ぶ気だーそれを察知した瞬間、俺の手が勝手に銃を持ち上げ、咲夜に突きつけていた。

 

「咲夜……頼む。皆を、皆を生き返らせる……3番を、選んでくれ」

 

なんとしても、加藤たちを生き返らせる。咲夜も、その気持ちは分かってくれるはずだーそう思って俺が黙っていると、咲夜は無機質な声で呟いた。

 

「なるほど。気持ちは分かります……」

 

分かってくれた。彼女も、加藤に助けられたことくらいあるはずだ。あいつを生き返らせたいという気持ちが咲夜にも絶対あるー安堵の息を漏らそうとしたとき、

 

「え?」

 

俺の構えていた銃が、手の中から消えていた。そして目の前には、いつの間にか俺の銃を奪って逆にこちらへ向けている咲夜。彼女の瞳に浮かんでいたのは、自分だけ解放されようとしたことへの後悔ーではなく、青い炎を思わせる、激怒だった。

 

「気持ちは分かります。が、もしもですね。玄野さんの言うとおり、私がここで皆さんを生き返らせたとしましょう。でも、私が例えば次のミッションで死んだらどうします?」

 

「……お、俺が生き返らせる!」

 

「あなたも死んでいたら? 全滅したら? 私の生き返るチャンスはありませんよね。そうなると玄野さん、あなたが私を殺すことになるんですよ」

 

「俺が、咲夜を……?」

 

確かに彼女は千載一遇の解放のチャンスを手にしているのだ。ここを逃せば、いくら強くても今回の千手観音のような奴が出てくれば、生き残れるとは限らないのだ。

 

「そして、私に銃を向けた……私は、武器を向けた人は絶対に許しません。武器を向けるということは、向けた相手に殺される覚悟があるもののみに許される行為だと、少なくとも私は思っているのですが……あなたは、殺される覚悟は、ありますか?」

 

咲夜は、今まで見たこともないほど目を細め、俺を睨み付ける。俺が見てきたのは全くの無表情か笑顔だけだったので、彼女にも当然怒りの感情はあると知りつつも、そんなものはないと錯覚していたのかもしれない。

 

かちり。咲夜が俺の頭に向けた銃の引き金を引いたので、俺はびくりとした。

 

「今のは、上トリガーです。あなたは先ほど、似たようなことをしましたよね」

 

氷を抱きしめるような、しみる冷気が俺の体を貫いた。本気だ。咲夜は、本気で俺を殺そうとしている。汗がびっしょりと出て、膝が震えた。

 

「…………」

 

しかし咲夜は、下の引き金に指をかけたまま、何もしなかった。そして、何かに気づいたらしく、「……そうだ」と言うと、銃を下ろした。

 

「玄野さん。気が変わりました。やはり3番を選びましょう」

 

「!?」

 

俺が驚いて咲夜の顔を見ると、咲夜はガンツの方にちらりと目をやってから、答えた。

 

「……私が死んだら、絶対に生き返らせてください。これが交換条件です」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 

 

 

私が3番を選んだ理由。それは、玄野の説得に応じたからではない。1の解放について、私というイレギュラーにそのルールがきちんと適用されるかが怪しかったからである。

 

実際に、皆は(宿無しだった岸本を除いて)自宅に戻っていたが、私はこの世界に取り残されたままだった。であれば、ガンツからの解放というのはつまり、私がこれまでの記憶を消され、こちらの世界でずっと生き続けることかもしれないのである。

 

確証はないが、可能性は大いにある。それならガンツからの解放ではなく、出きるだけ長い期間生き残って、その間に自力で幻想郷の誰かと連絡を取らなければならないのだ。

 

……ということに気がつき、私は1番から3番に変える気になった。2番の『強力な武器』を選んでもよかったが、今回の千手観音は、基本装備ー捕獲用の銃があれば楽に倒せていたはずである。つまり、強力な装備がなくても、武器の使い分け次第で敵は倒せるのだ。

 

私は、これまでの死者が表示されていくのを眺めながら、先ほどの自分の醜態を思い出して、少し赤面した。

 

銃を向けられたと感じた時、私が最初に感じたのは恐怖だった。私は能力の特性上、不意を突くことはあっても、突かれることに慣れていない。おまけに玄野に撃つつもりはなく、スーツの防御効果によって効き目はないと分かっていても、武器を向けられたという意識が、たちまち恐怖を怒りに変えたのだ。

 

(クールダウン、クールダウン……)

 

せっかく生き残った2人で殺しあいなど馬鹿げている。深呼吸して気を落ち着けていると、ガンツをいじっていた玄野が、「あ……」と呟いた。

 

「どうしましたか」

 

「再生できるのはこのメモリーの全員じゃない。誰か、1人なんだ……」

 

 予想はしていた。それが可能なら1番を複数人が選ぶ理由が無くなるし、人数が多くなりすぎる。

 

「じゃあその1人を決めてしまいましょう」

 

「ひ……1人……」

 

 玄野の目が往復し始める。加藤、岸本、桜岡。この3人から、誰を再生するか考えているのだろう。私としては特に目立った戦闘能力が無かったので岸本を除外して、リーダーシップのある加藤、格闘能力の高い桜岡、名前もよく分からないが、寺の屋根から仏像を撃っていた狙撃手あたりを生き返らせたい。

 

 玄野はしばらく考えていたが、やがて、疲れた声を漏らした。

 

「……俺には無理だ。3人から、1人だけなんて……」

 

「じゃあ私が決めても問題ないですね」

 

 誰を再生すれば私が元の世界に戻るまでに生き残れるかーとシンプルに考えていたので、すでに私の結論は出ていた。

 

「加藤勝さんを、再生してください」

 

 そう言うと、死者の画像が消え去り、レーザーが空中に向けて照射され始めた。おなじみの音とともに、オールバックの髪、太い眉、鼻……と加藤の全身が描き出されていく。

 

「……あれ、ここは……」

 

「ガ、ガンツの部屋だ……俺たち、戻ったんだぜ……」

 

 玄野が涙ぐみながら答える。加藤はきょろきょろと周りを見ると、不思議そうな顔をした。

 

「せ、千手は……? あと、皆は……?」

 

「千手観音は多分私が倒しました。ですが、他の皆さんは死んでいます。私と玄野さん以外は、全員……」

 

「計ちゃんと咲夜さん以外って……じゃあ俺は?」

 

「咲夜に頼んで、再生してもらったんだ」

 

()()()ねえ……)

 

 玄野のセリフに引っかかる所はあるが、黙っておくことにした。それに加藤を生き返らせようと思ったのは私の意志でもある。今回、私たちが生き残っていくために必要なのは個人の能力ではなく、どれだけ連携して戦えるかだ、ということだと学んだ。しかし私や玄野、桜岡や狙撃手のうち誰もチームを引っ張る力は無い。できるのは彼1人。それが加藤を再生した()()()()理由だった。……まあ、仕事先の仲間が1人消えると困るというのもあるが。

 

「そうか……俺は1度、死んだのか……」

 

 加藤は自分の顔を見下ろした後、私の方に向き直った。

 

「ありがとう。これで俺は……帰ることができる」

 

「そんなに改まらなくても……加藤さんが死んだのを伝えに行くのなんて御免ですし。自分の足で帰ってください」

 

「……はは」

 

 加藤は少し笑った。そしてガンツの表示も消え、完全にミッションが終了したことを知ると、私たちは帰宅の準備を始めた。

 

「咲夜さん……岸本さんは?」

 

「再生できるのは1人だったので……ですが、彼女はオリジナルが死んでいません。今更この世に呼び戻しても、彼女の居場所は無いでしょう。生き返らせない方が、彼女のためだと思います」

 

 加藤を納得させるための詭弁だが、言いながら、ちくりと胸を刺す痛みが走った。

 

「まあ、今日はこれで戦いは終わりということにしましょう。それと、今度は私たちで訓練をしてみようと思うのですが、どうでしょうか」

 

「訓練?」

 

「はい。武器を調べたりして。準備しておけば生存率も上がると思いますし」

 

「そうだな。計ちゃん、やる?」

 

「ああ、俺もやる」

 

 玄野も頷き、その後の話し合いの結果、玄野の家に集まって訓練をすることが決定した。もちろん武器も持ち帰らなくてはならないため、それぞれ武器を持ち出して家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

「『……幻想郷 入り方』っと」

 

 かたかたかた、と私はキーボードを叩いた。このパソコンという道具の使い方は玄野から教わったが、未だにローマ字入力というものには慣れない。紅魔館の倉庫にあったタイプライターに似ていなくもなかったが、玄野曰く、これの主な機能は図書館のようなものらしい。何億という人間が情報を追加したり閲覧したりするので最大の情報量なのだという。

 

『幻想郷 入り方に関する結果は見つかりませんでした』

 

「世界最大……なのね。これが」

 

 落胆して、私は検索ページに戻った。今日は仕事が休みなので、玄野が学校へ行っている間に幻想郷に戻る方法を調べようと思ったのだが、幻想郷に関する記述は一切なかった。ガンツの100点クリアの解放が信用できないので私は自力で戻るか、あるいは助けが来るのを待たなくてはならない。

 

「どうしようかしら……」

 

 どう探しても幻想郷への手がかりは見つけられそうにない。そもそも記述があれば「幻想」と言い難いからなのかもしれないが、数時間を費やしても収穫がゼロなのはこたえた。

 

(残る手がかりは……アレくらいか)

 

 私は幻想郷にいたころを思い出しながら、この世界から戻れるかもしれない唯一の可能性を取り上げた。

 

 私の仕えるお嬢様とその妹は吸血鬼だが、人を穫ってそのまま血を吸うような真似はしない。毎回きちんと人間が支給されるからである。これは妖怪たちによって人が減りすぎないようにするための調節だが、人間が何らかの事情により配給できなかった場合、外の世界へ行って人間を拉致し、糧とすることがあるのである。

 

 お嬢様が「外の世界に住んでいる吸血鬼と取引して、金と引き換えに獲物をもらうのよ。……友人か、ですって? ……まあビジネスライクな関係ではあるけど」と言っていたことがある。

 

つまりこちらの世界にも吸血鬼はいるのだ。そして取引できるというのなら、お嬢様と連絡を取ることのできる者もいるのではないか。

 

 吸血鬼について調べようとした時、がちゃりと音をたててドアが開いた。玄野が帰って来たらしい。私はパソコンの電源を切ると、玄関へ向かった。

 

「お帰りなさ……って、玄野さん、後ろの人は?」

 

 かなり背の高い長髪の高校生が、玄野の隣に立っていた。その顔は端正で表情は柔らかそうだが、どこか冷たい印象を受ける男だった。

 

「転校してきた和泉。遊びに来た。もう彼女もいるんだぜ、こいつ」 

 

「なら彼女さんと一緒に帰れば良かったのでは?」

 

「俺、男家族ばっかりだったから。いきなり女子と帰るのは無理かな」

 

 和泉は思いのほか気さくなようだったが、その言葉は嘘っぽく聞こえた。和泉の目はぎらぎらとしており、玄野の家に遊びに来たというよりかは、何かを探しに来たという方がしっくりくるかもしれない。

 

「この人は、玄野の彼女?」

 

「いや、違う違う。同居人。咲夜だ。……あがったら?」

 

 玄野が手招きすると、和泉は頷いて靴を脱ぎ始める。いったい何が狙いで和泉はここへ来たのだろうか。そう思っていると、ふっと和泉は顔を上げた。

 

「そうそう、玄野は知らないみたいだが……あんたは、黒い玉……ガンツって知ってるか?」

 

 ガンツ……? 何故この男がその名前を知っているのだろう。玄野が教えた? いや、そんなことをすれば頭が破裂する。しかも和泉自身はガンツについて言及しても頭は破裂しないのでガンツメンバーでもないのだろう。それなら彼は一体何なのだろうか。

 

「ま、とりあえず上がらせてもらうか」

 

 和泉の口の端が少しゆがみ、笑みの形を作ったーように見えた。

 

 

 

 




咲夜の性格はまあ見ても分かる通り割り切った感じで書いてますが、感情的な行動もないわけではないです。

加藤復活でこの後は玄野咲夜のダブルエース、リーダーは加藤みたいな感じでいこうと思っていましたが、すっかり和泉の存在を失念していました。この辺りをしっかりしないと後で大変なことになるのできちんとしないとなあ……


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16、秘密の告白

 

 

 

「……それで、その和泉って奴はガンツのことを知ってたのか?」

 

 加藤は先日訪れた奇妙な男―和泉の話を聞いて、眉を寄せた。今日、私たちはそれぞれ武器を持ち寄って性能の確認、訓練などを行う予定で、玄野の家に集合―といっても来る必要があるのは加藤だけだが—ということになっていた。

 

「……知らねえよ。俺が学校でヤンキーどもに殴られて平気なの見て、ガンツのメンバーかって聞いてきたんだけど……お前喋った?」

 

「いや。てか殴られて大丈夫なのか?」

 

「スーツ着てるから問題ねー。それでさ、和泉がなんか教えてくれたんだが、見てくれよこのサイト」

 

 玄野は机の上に置いてあったパソコンを開くと、その画面を加藤に見せた。

 

 

『黒い玉の部屋

 

 その部屋には黒い球があった。直径1mほどのチタンの様な光沢の光るドス黒い球だ。この球には様々な武器や道具が納められていてその性質はどれも現代科学の範疇から外れている。

 

 これらを使用する人間は神にも悪魔にもなれるだろう…それだけの能力と魅力をこの球は秘めている』

 

 

「何だこれ。ガンツってWEBにも進出してんのか?」

 

「ちげーよ。……ほら見てみろ。戦いの様子が記録されてるんだけど……田中星人のところで更新ストップしてんだろ。サイトの立ち上げ日がちょうど1年前だし、これを書いてたのは西だ」

 

「……あの部屋のことを喋ったら頭パーンって言ってませんでしたっけ? こんな風に公開するのは良いんでしょうか」

 

「さあ。皆小説だと思ってるからセーフなんじゃね? それに西の言ってたことが全部本当とは限らねーだろ」

 

「そうですかね……」

 

 人間は嘘をつくとき大抵何かしらの目的があるはずである。もちろん特に理由もなく嘘をつく者もいるが、西があの状況で嘘を言う必要はそれほどない。今となっては実際にそれをやってみる以外に確かめようがないが、ガンツのことを口外してはならないというルールは守っておいた方がいいだろう。

 

「それでさ、この『小説』の中に俺とか加藤とか咲夜とか、ばっちり出てくるんだよね……」

 

「それで感づいたんだろ。「玄野計」とかなかなかない名前だろうし、それに家に来たってことは咲夜さんにも会ったんじゃないか?「玄野計」と「十六夜咲夜」が2人ともいるんだから、その和泉って奴はガンツの存在を完全に信じ始めるかもな」

 

「……面倒ですね」

 

 最近は銃を撃つ訓練を廃工場などでこっそりしているのだが、和泉につけられて現場を見られでもしたら、私の頭が吹き飛ぶかもしれない。和泉は早めに何とかしなくては。

 

「……いっそあの人を銃で撃って私たちの仲間入りさせるのはどうでしょう。邪魔者は消えますし、和泉さんも気になるガンツの正体が分かって一石二鳥ですが」

 

「流石にそれはちょっと……それに死んだら絶対あの部屋に行くってわけじゃねーし」

 

「ジョークですよ、ジョーク」

 

「じゃあ真顔で言わないでくれ。たまーにすげえブラックなのかますよなお前」

 

 最近、口から滑り出た思い付きをジョークと言ってごまかす術を身に着けてから、玄野からはそういう認識を受けている。

 

「……まあ、その和泉って奴については後で話そうぜ。武器の情報交換とかしときたいんだが……」

 

 加藤がちらりと時計を見て言った。今日は休日だが、アルバイトに行く予定があるのだろう。あまりだらだらとしてはいられない。玄野と私は頷いた。

 

最初は加藤が鞄から捕獲用の銃を取り出した。

 

「俺はこれ……捕獲用の銃……ワイヤー発射するし形がそれっぽいから俺はYガンって言ってるんだけど、上トリガーにロックオン機能がある。ロックオンしとけば適当に撃っても、確実に当たるみてーだ」

 

 なるほど。そのために2つトリガーが分かれていたのか……と私が感心していると、玄野が自分のXガンを見て、「お、じゃあこれもロックオンできるのか」と呟いていた。

 

「じゃあ私は、この刀の機能を。と言っても玄野さんは知ってますか。刃の部分が自由に伸びます。結構切れ味ありますし、ちょっとした建物、例えば前回行った寺のお堂とかは破壊できました」

 

 加藤は私からそれを受け取ると、「あれ咲夜さんのせいだったのか」と呟きながら刀をためつすがめつしていた。

 

「うーん……やっぱ俺はYガンかな。ちょっとこの刀は扱いづらいし、Xガンで殺すのもあんま好きじゃないしな」

 

「私は銃が少し苦手ですし、刀を持って行きたいです」

 

 玄野は一応刀をお守り代わりにして基本は大型のXガンと通常のXガンを使うことにしたらしい。選ぶ武器は全員前と同じだったが、皆が同じ武器であるよりかはマシだろう。

 

「……まあ訓練は和泉さんをどうにかしないとできませんから今度の機会にするとしましょう」

 

 2人とも特に異論はないようだった。命を守るための訓練を見られて即死など、私の「ブラックジョーク」よりも笑えない話だ。そのうちどこか人目のない訓練場所を探さなくてはならないーそう思っていると、玄野が手を挙げながら口を開いた。

 

「そーいえばさあ、あの西のサイト見てて、分かったことと、妙なことが1つずつあるんだ」

 

「何ですか、玄野さん?」

 

「サイト内の記録で、一度星人の全滅に失敗したことが書いてあったんだ。それによると、制限時間内に星人を全滅させられなかった場合のペナルティは今までの点数が0になることで、次のミッションで15点を取らなければ死ぬってことだ」

 

「……では、強すぎる星人が出てきた場合は、逃げるという選択肢もあるというわけですね」

 

「そーゆーこと。それと、もう1つの「妙なこと」は咲夜についてなんだけど」

 

「私、ですか?」

 

 聞き返すと、玄野はまたパソコンを操作して、文章を見せた。

 

「いざよいさくや(おそらく漢字は十六夜咲夜)がねぎ星人との戦闘や田中星人との戦闘でたびたび瞬間移動のようなことを行っている。100点クリア者である可能性があり」

 

(そういえばあの人感づいてましたね……)

 

 西には生きている間にかなり迷惑をかけられてきたが、死んでからも私に迷惑をかけてくるらしい。銃を突きつけてきたり田中星人との戦いに巻き込んできたりしてきたので、ガンツのことを教えてくれたことをプラスとしても十分お釣りがくるレベルで迷惑だった。

 

「そういやあの時も、何か俺の手の中から武器が消えて咲夜が持ってたよな。あれ、どういうわけなんだ?」

 

「それは……」

 

 私は口ごもった。私が能力について隠していたのは西の存在があったのと、自分だけで点を取ってさっさと抜けるのであればむしろ教えない方が優位に立てるからだった。

 

しかし現在、西は死に、私は本当の意味で帰るために協力して生き残り続ける道を選んでいる。協力のために、能力は明かしておいた方がいいかもしれない。彼らが情報を悪用しないと信用できるのであれば。

 

「………」

 

加藤を見る。彼は最初から一貫して正義漢ーというかお人好しだった。彼は信用できる。

 

そして玄野。……一緒に生活していれば分かるが、特に危険な思想もないし、むしろ日常生活では頭がからっぽである。加藤ほど信用できるわけではないが、私の情報を明かしたところでどうこうできるとは思えない。

 

私は意を決し、口を開いた。

 

「信じろと言ってもすぐには難しいでしょうが……私は端的に言うと時間を止めて、その中で動くことができるんです」

 

「……はあ?」

 

 玄野は予想通りの反応で、何を言っているんだとでもいいたげな顔でこちらを見てきた。

 

「そういえばねぎ星人の時もいつの間にか突き飛ばされてたし、田中星人のときもちょくちょくそんなことがあったな。ステルスの応用かと思ってたけど」

 

「じゃあ実演してみせましょうか。例えばこの漫画……」

 

 私は時間を止めて、近くにあった漫画を加藤の頭に載せる。

 

そして時間停止の効果が切れた瞬間、加藤は自分の頭に漫画が載っていることに気付いた。

 

「……すげ……瞬間移動」

 

「だから時間を止めてるって言ってるじゃないですか。瞬間移動なら加藤さんの漫画本を頭の上に載せられるわけありませんし。あと分かりやすく言うと……」

 

そう言って周りを見回すと、ちょうどジュースの入ったコップが玄野の前にあるのが目に入った。

 

「お借りしてもいいですか」

 

「いいけど……何に使うんだ?」

 

玄野の目に不安が浮かぶ。やはりいい勘をしている。私はにっこりと笑って、コップの中身を玄野に向かってぶちまけた。

 

「何やって……!」

 

玄野にジュースが当たる寸前に時を止め、残ったコップですくいとる。液体は玄野に向かって一直線になって固定されていたので回収は用意だった。

 

時が動き出したときには、すでに空中におどりでたジュースはおとなしくコップの中に納められていた。玄野はそれを見て、大きく目をみはった。

 

「信じてくれましたか?」

 

「……ああ。確かに時間でも止めないとこんなことは無理だ」

 

 加藤はようやく私の能力を認めてくれたようだった。玄野も納得したらしく、改めて物珍しいものを見るような目をしながら、訊いてきた。

 

「どうやってそれを…時間を止めてるんだ?」

 

「さあ。自分でもよくわかりません。でも、玄野さんだってどうやって呼吸するのかなんて聞かれても答えられないですよね。それと同じですよ」

 

そう言うと、玄野はうーむと唸り、

 

「……てか、何で最初から教えてくれなかったの?」

 

「訊かれなかったので」

 

 私の答えを聞いて、玄野はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「でもその能力があれば、千手みてーな再生能力がある奴以外なら楽勝ってことだよな。……頼りにさせてもらうぜ」

 

「ええ……こちらもです」

 

 その後、それぞれ情報交換という名の世間話をしていると、加藤が「俺そろそろバイトあるから帰るわ」と言ったので、集会はお開きということになった。

 

 

 

 

 

 

 新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空あおげ……

 

「……はっえーな、次のミッション」

 

「合同訓練する暇もありませんでしたね」

 

 集会から3日が経った夜、私たちは早くもガンツの招集を受けた。最初に転送されたのは私、次に玄野、最後に加藤という順番で、新規メンバーはなかった。

 

「俺ら3人だけだが……大丈夫か」

 

 加藤は不安そうな顔で、また転送されてくる人がいないかと思っているのか、ちらちらとガンツの方を見ている。

 

「今日はたまたま死人がいなかったか、ガンツが3人でも大丈夫と判断した敵なのでしょう。あんまり力みすぎるのもよくありませんよ」

 

「そうだといいな」

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

 チビ星人

・特徴 強い、根にもつ

・気にしてること 背の低さ

・特技 人マネ、心を通わす』

 

 チビ星人は血管の浮かんだ翼のようなものが背中についている人型の星人だった。もっとも人型と言っても顔や体の特徴は人間とはかけ離れていて、似ても似つかなかったが。

 

「ははは。弱そー……でもどうせボスがいるか実はこいつがめちゃくちゃ強いパターンだろ」

 

「でしょうね。油断はしない方がいいかと」

 

「ああ……生きて帰るぞ」

 

 

 

 

 私たちが転送されたのはどこかのビルかマンションの屋上で、使えないらしいソファやテレビが辺りに放置されていた。私はひとまずチビ星人の位置を探るためにレーダーを見た。

 

「えーと……向こうのビルに1体いますね。それと……3……4……全部で10体います。それ以外は今のところ反応ありません」

 

「分かった。じゃあそこへ行こう」

 

「行こうって……このビルとビルの間を飛んでいけるか?」

 

 加藤は下を覗き込んでいた。確かにかなりの高度がある。落ちれば即死とはいかないにしても、スーツの耐久力は大幅に下がるだろう。

 

「……助走つければ行けると思う。俺がやってみる」

 

 玄野は目標のビルと正反対の方向へ歩いていくと、そこから助走をつけ、大きく跳躍した。

 

「やっぱ怖ええええ!」

 

 叫びながら、玄野は向こうのビルに向かって吸い込まれていく。勇気があるのか無いのか分からないが、とにかくビルからビルへ飛び移ることは可能らしい。

 

 同じようにして私と加藤が目的のビルに飛び移ると、すでにチビ星人は私たちの存在を察知していたらしく、貯水タンクの上に乗って、こちらを見下ろしていた。

 

「……情報通りだな」

 

 加藤が呟くと、チビ星人は貯水タンクの上から飛び降り、私たちの目の前に着地した。そして銃を構える私たちを見ると、近くの壁を素手で殴りつけた。

 

 ばごっ!と壁に放射状のヒビが入る。なかなかの腕力を持っている。当たればかなりのダメージになるはずだ。当たりさえすれば、の話だが。

 

「デモンストレーションか……でも、こっちには銃がある」

 

 玄野がXガンの引き金を引こうとした瞬間、チビ星人の姿が消え、いつの間にか数メートル右にずれていた。遅れて壁が弾ける。玄野は避けられたことを知ると、チビ星人に向かって照準し直し、何度も撃つ。

 

「おおおっ!」

 

玄野の連射をことごとく回避すると、チビ星人は玄野の懐に入りこみ、殴り飛ばした。壁面に叩きつけられた玄野は埃を払いながら立ち上がったが、その顔には驚きの色があらわれていた。

 

「なんだ、こいつ……速いし、強い。咲夜……いけるか」

 

「了解です」

 

私は時間を止めると、Xガンでチビ星人に向けて数回引き金を引く。どれほどパワーやスピードがあっても、時間の止まっている間はどちらも意味をなさない。チビ星人が単なるパワータイプであれば、私の敵ではないのである。

 

時間が動き出したとき、チビ星人の全身が四散した。弾けとんだ肉体に秘められていた血液が即席の血の池を作りだし、目の前でわだかまる。

 

千手観音のような再生能力は持ち合わせていないようで、復活することはなかった。

 

「終わりました。次、行きましょう」

 

「あ、ああ……」

 

加藤はレーダーに目を落とし、眉をひそめた。

 

「………あれ? 反応1つしかねーぞ?」

 

「1つ? 残り8つはどこに行ったんですか?」

 

加藤はレーダーを見ることがあまりないので見間違えたのではないだろうか、とレーダーを覗きこもうとした瞬間、辺りに目をやっていた玄野が、緊張を孕んだ声で呟いた。

 

「囲まれてるぜ」

 

私と加藤が顔を上げて周りを見ると、そこには何匹ものチビ星人がたたずんでいた。おそらくここに密集していたので反応が1つに見えたのだろう。

 

『同胞はもう2度と動かない!許すまじ!』

 

奇妙な声が頭の中に響いてきた。

 

「玄野さん、なにか言いました?」

 

「いや…俺は何も言ってねえ。多分こいつらのテレパシーだろ」

 

だから仲間が倒されてすぐにわらわらと現れたのか、と納得しながら、私は銃を構え、チビ星人を狙う。

 

『お前たちを……破壊する』

 

チビ星人たちは私たちを睨み付け、握っている拳に力を込めた。

 

 

 

 

 




今回は誤字は無い!無いといいな……。あったらすみません。

いつも誤字を確認してから投稿はしてますが、チェックがザルかってくらいミスがあるので、今回は(改)をつけないことを目標に、きっちり書いてみました。




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17、小島多恵と和泉紫音(サイコパス)

 

 

 

かなりの高度のビルの屋上にいるせいか、冷たい風が辺りを駆け巡っている。しかし、私たちを取り囲む異形たちは寒さに震えることも、身じろぎすらもしなかった。

 

異形ーチビ星人たちはじっとこちらを見たまま、攻撃できないでいるようだった。

 

『解体するか』

 

『まだあの攻撃の正体がわからない』

 

『様子を見るか』

 

チビ星人たちのテレパシーが断片的に聞こえてくる。このテレパシー能力自体が瞬時の仲間との情報共有を可能にしているらしい。しかし今回は私の能力を把握しきれず、半端に情報共有してしまっているため、かえって自分たちを縛る(くびき)となってしまっているようだった。

 

私はチビ星人たちの方へ銃を向けながら、加藤に囁いた。

 

「流石にこの数をいっぺんに斬り伏せることは難しそうです。今のうちに場所を変えるべきです」

 

「確かにな……手頃なのはあのビルだけど」

 

加藤は目で近いビルを示す。しかしその途中には、1体のチビ星人が立ちふさがっていた。

 

「……あれだけなら咲夜の能力で突破できないか?」

 

「可能です」

 

1体であればチビ星人を倒すのは簡単だ。私が肯定すると、加藤もその作戦を実行するのを決めたらしい。少し離れたところにいた玄野に手招きすると、玄野はチビ星人たちの様子を窺いながら、こちらへ走ってきた。

 

「皆で向こうのビルまで飛び移ります。私が始末するので途中のチビ星人は無視してかまいません」

 

「わかった。そろそろあいつらも動いてきそうだしな」

 

玄野はチビ星人たちをぐるりと見回しながら、呟いた。

 

『集団でかかれば倒せるか』

 

『ああ あちらから攻撃してこない』

 

『我々を一度に殺せないのだろう』

 

チビ星人たちは私たちが積極的な攻勢に出ないのを見て、今にも襲いかかってきそうな雰囲気である。この機を逃せば、3人で移動するのは難しくなる。すぐに行動を起こさねばならない。

 

「咲夜さん、計ちゃん……行こう」

 

加藤はそう言うと、向かいのビルへ向かって走りはじめる。私と玄野はそれに続き、チビ星人を射程内に収めた。

 

時間を止め、チビ星人の頭へ撃ち込む。直後、致命傷を負ったチビ星人はばったりと後ろに倒れ、道が開けた。

 

「行けます!」

 

 私たちは出しうる力の限りで地面を踏みしめ、ジャンプする。私たちは風を切りながら、地上から何十メートルもの高さを飛翔していた。

 

「あいつら、飛んできてる! とことん追い詰めてくるつもりだぜ!」

 

 その時、玄野が大声をあげた。振り向くと、チビ星人たちも私たちと同じようにこちらへ飛び移ろうとしているのが見えた。

 

「……ならチャンスだ。空中にいる間は身動きが取れない。十分狙えるはずだ!」

 

 加藤が叫ぶのと同時に、私たちは着地した。そして体を起こすと、すぐに玄野は両手のXガンを、加藤はYガンを構える。私は左手でXガンを持ち上げながら刀を伸ばし、チビ星人たちが来るのを待ち受けていた。

 

「来たっ!」

 

 向こうのビルからチビ星人たちが飛び移ってくるのが見えた瞬間、私たちは斉射した。

 

「避けられるんなら空中でも避けてみろッ!」

 

 不意に、最も近くまで迫っていたチビ星人が爆裂した。そしてその後ろにいたチビ星人は加藤のワイヤーに巻き取られ、下へと落ちていく。

 

「おおおおっ!」

 

 玄野と加藤は叫んで撃ち続けるが、結局撃墜できたのは玄野が2体、加藤が1体だけだった。残り5体はすでに目と鼻の先まで迫ってきている。

 

「伏せてください!」

 

 私は警告すると、チビ星人が着地する寸前に刀を振りぬいた。瞬間、2体のチビ星人の体が両断され、その場に転がる。

 

『貴様!』

 

 斬撃を免れた2体のチビ星人は無事に着地すると、こちらへ飛び掛かってくる。通常ならば刀を振り終え、体勢が崩れているこの状態では攻撃を受けるだろう。そう、通常ならば。

 

 ぴたり、と飛び掛かってくるチビ星人の動きが止まった。私の警告を聞いた瞬間に伏せていた加藤も玄野も、瞬きすらしない。凍った時を、私だけが認識していた。

 

 私は返す刃でチビ星人たちを薙ぎ払う。テレパシーの影響か、動きまでシンクロしていたのでまとめて斬り倒すことは容易だった。

 

 時間が動き出すと、2体のチビ星人は空中で飛び掛かったポーズのまま、身体を残して首だけが空を舞った。

 

「やった……!」

 

 玄野と加藤は立ち上がり、最後に着地したチビ星人に目を向けた。

 

『……貴様らの手は分かった。次は確実にお前たちを……』

 

「次はない」

 

 チビ星人のテレパシーを、加藤が途中で遮った。

 

「すまなかった。せめてお前は殺さないで、上に送るから……」

 

 そう言ってYガンを向け、加藤はかちりと上トリガーを引くーつまりロックオンすると、即座に発射した。

 

『そんな攻撃が当たるとでも……』

 

 チビ星人は難なく避けるが、ワイヤーで繋がれた3つのロケットは軌道を変え、チビ星人を絡めとってしまった。

 

「……行ってくれ」

 

 じじじじ、と天から降ってきた一本のレーザーが、チビ星人の体をかき消していく。加藤が「上」へ転送しているのだ。

 

『許すまじ、許すまじ……』

 

 チビ星人は怨みのこもった思念を私たちに飛ばしていたが、頭が完全に転送されると、ぷっつりと消えてしまった。

 

「……ボスはいるか?」

 

「いえ。今ので最後だったようです」

 

「おっ、転送きた」

 

 私の言葉を肯定するかのように、玄野の転送が始まった。

 

 

 

 

 全員の転送が完了すると、玄野は「よし!」と言ってガッツポーズをした。

 

「今回、誰も死んでないぜ。やっぱりきちっと戦えば死人は出さずに済むんだ」

 

「ああ。俺たちなら、100点集めることだって夢じゃない」

 

 

『それではちいてんをはじぬる』

 

 点数結果だ。倒したチビ星人は玄野が2体、加藤が2体、私が6体である。今回は銃が効きにくく、純粋なパワーやスピードに特化した星人だったので、相対的に私が点を多く取ることができたのだろう。

 

『加藤ちゃ(笑)6点

 totaL6点 あと94てんでおわり』

 

「100点までの道のりは長いな……」

 

『玄野くん 6点

 TotaL42点 あと58てんでおわり」

 

「あと58点か……」

 

『咲夜ちゃん 18点

 TOTAL18点 あと82点でおわり』

 

 私の場合、100点を取って解放されるという選択肢がないため、必然的に報酬は新しい武器か、人間の再生となる。それは取れたときに決めるとして、問題はやはり他のメンバーが100点に達したときだろう。例えば加藤や玄野が解放されれば戦力が下がる。長い期間生き残ることが目標である私にとっては、彼らが抜けることは損失であり、防がねばならないことなのだ。

 

 そのため、100点報酬のためだけではなく、他のメンバーが解放されて戦力が低下するのを防ぐためにも、これからも私は他の人間を凌いで点を取り続ける必要があるのだ。死の危険に何度もさらされる彼らには申し訳ないが。

 

「やっぱ時間止められるってずるいよな。……あ、最初に言ってたズルってそれのことか」

 

「いいじゃないですか。楽に勝てたのなら」

 

「そうだけどよ」

 

 玄野はぼやきながらも気力が横溢し、足取りも軽いようだった。生き残れた安堵、達成感、戦いの興奮が混ざり、彼を浮かれた気分にしているのだろう。心なしか、加藤の表情も明るく見えた。

 

「2人とも車に気をつけろよー」

 

 加藤と別れると、私と玄野は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋の中、俺は何度も読んだパソコンの記事を見た。

 

『一宮』

 

『アパート 崩壊』

 

『羅鼎院 テロ』

 

 何故か俺の興味を引き付けてやまない黒い球ーガンツのゲームの舞台となった場所を見るたびに、何か熱くたぎるようなものが俺の体の中を駆け巡る。俺をそうさせるのはあの荒唐無稽なのに妙にリアルな日記か? それとも頭の中に残る狩りのイメージか……?

 

 だが、今俺の左手の中に握りこまれている黒い球体、そしてガンツの住人たちを思い出すと、それは手に届くという証拠となって、俺を苛んでくる。行きたい。あの部屋に。悪魔に魂を売ってでも……。 

 

「玄野計。十六夜咲夜」

 

 ついに見つけた手がかり。ガンツの住人たちの名。あのサイトが更新されなくなったーつまりベテランの管理人でさえ死んでしまうほどの激しい戦いがあったのだ。彼らは間違いなくそれを生き延びている。

 

「俺もあいつらと同じ部屋に……」

 

 夜な夜な行われる、血沸き肉躍る戦い。それを想像して、全身の産毛がそそり立つような興奮を覚える。これが現実のものにするためならば、人を殺せと言われても嬉々として従うだろう。

 

「……とにかく、調査だな」

 

 玄野にはいつでも会える。明日は十六夜の方を調べるのもいいかもしれない。

 

 そう思った瞬間、左手に持っていた、黒い球に白い文字が浮かび上がってきた。

 

「……何だ?」

 

『部屋に来たい人は、でちるだけいッぱい人を連れてきてくだちい』

 

 部屋に来たい人……「できるだけいっぱい」連れてくる……。これはまさか、ガンツの指令だろうか。人を連れてくる……あの部屋に行けるのは死人のみ。ということは、俺がなすべきことは……。

 

 それに思い至った時、悪魔が俺に微笑んだような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

「玄野さん。帰りました」

 

 私は職場から帰ってくると、いつもの挨拶と同時に玄関を開けた。これから食事と自分の分の洗濯(洗濯はお互い別々でやることになっている)をしなくてはならない。しかし紅魔館にいたころの忙しさと比べれば天国のようなものである。

 

「……?」

 

 玄野の返事が無いので怪訝に思いながらも、私はそのまま部屋の中を歩いていった。ヘッドホンで音楽でも聴いているのかもしれない。

 

 私が玄野の寝床のある部屋の扉を開けようとすると、玄野が慌てて飛び出してきた。

 

「ちょっと待ってくれ。咲夜。ほら、キッチンに行くとか……」

 

「なんでです?」

 

 玄野は何故か異様に焦っており、どうしても私を部屋の中に入れたくないようだった。

 

「ねえー玄野くんどうしたの?」

 

「あ、いや、これは……」

 

 後ろから誰かの声が聞こえてくる。声の高さからして女性だろう。全く、部屋に連れ込んで昼間から何をしていたのかと呆れていると、ぴょこっと後ろから見知らぬ女の子が顔を出した。

 

「え、玄野くん、誰その人?」

 

 こちらのセリフだ。……岸本や和泉の時もそうだったが、どうして玄野の家には妙な来客が多いのだろうか。そろそろ私も別のアパートを借りる方が良いかもしれない。

 

「ただの同居人。ここに泊める代わりにご飯作ってもらったりしてる」

 

 玄野は少し焦った様子で説明すると、彼女はほんのり疑惑を含んだ目で玄野を見て、こちらに視線を移した。

 

「初めまして。十六夜咲夜です。……あなたは?」

 

「小島多恵。玄野くんの彼女です」

 

 そう小島が言うと、玄野は何故か気まずそうな顔をした。しかし見た目が地味とはいえ、彼女がもういるとは驚きである。この前は桜岡を彼女だと言っていなかっただろうか。

 

「……まあ何にしてもおめでとうございます、玄野さん。小島さんも夕食をとりますか?」

 

「あ……もう帰るから。すみません」

 

 小島は丁重に断ると、鞄を持って玄関の方へ歩き始めた。玄野はそれを追っていそいそと外へ出ていった。

 

 

 

 

「……なんだかずっと過ごしてたら……なんていうか、可愛く見えてきてさ。最初はあれだったんだけど……」

 

 タエちゃんを送りだしてから、俺は咲夜にタエちゃんの説明をしていた。まあ勝手にタエちゃんを連れ込んで()()いたら、誰だって引くだろう。しかし罰ゲームで付き合っているなどと咲夜に言って、タエちゃんに知られたら困る。……うまく言い表せないが、今、俺はタエちゃんを好きと言える状態なのかもしれない。

 

「まあ深くは聞きません。ガンツのこと、ちゃんと黙ってくれればあなたが猫を殺そうが彼女を作ろうが問題ありませんし」

 

 咲夜はそう言いながら、静かにほうれん草とベーコンのソテーを俺の前に置いた。タエちゃんには咲夜について部屋の外でいくつか質問されたが、咲夜にとっては割とどうでもいいことらしい。自分の分の皿を用意すると、手を合わせてからもぐもぐと食べ始めた。

 

「で、和泉さんの様子はどうでした?」

 

「いつも通りだよ。普通」

 

 どちらかというとタエちゃんのことよりも和泉の方が気にかかるようで、近頃は帰ってくるたびに訊いてくる。まあ命に関わる話だから興味があるのは当然なのだろうが、流石に警戒しすぎだ。

 

「……それより、今日さ、やべー奴に絡まれてさ。口調が田舎っぽいんだけど、めちゃくちゃ強いんだ。星人かってくらい」

 

「スーツ着てたんですよね。バレませんでした?」

 

「まあ慣れてるしな。ホントあいつやばかったし……」

 

 続きを言おうとしたその時、ピンポーン、とチャイムの音がした。

 

「こんな時間に来客? ……小島さんが何か忘れ物でもしたんですかね?」

 

「そうかも。俺見てくる」

 

 あまり待たせるのも悪いので、俺は玄関に飛びつくと、急いで扉を開けた。しかしそこにいたのはタエちゃんの小柄な体ではなく、見上げるほどの高身長ー和泉だった。学生服のポケットに右手を突っ込んだまま、そこに立っている。

 

「よぉ」

 

「は? 和泉? なんでここに?」

 

「いや。ちょっと話したいことがあってさ……」

 

 和泉はポケットから手を出す。その右手には、一丁の黒光りする拳銃が握られていた。

 

「なあ……ハリー・ポッターは……淀川長治に似てねーか?」

 

「はあ? 似てねーだろ。ていうかそういうのなら別に明日でもよくねーか?」

 

「……ああ。俺にはこういう会話は難しいな。さっさと本題に入らせてもらうか」

 

 和泉はそう言うと、かちっと音をさせ、撃鉄を起こした。

 

 

 

 




何だかチビ星人編が消化試合みたいに……強めの3人がいるので苦戦はしませんでした。

新規ガンツメンバー(死ぬ前の描写はあまりないけど)やタエちゃんもいますし、これまで結果が変えづらかったストーリーも少しずつ変えられますね。旧東京チームも嫌いではないですが、人数が多すぎると把握しきれないので……。


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18、大虐殺の顛末

 

 

 

「玄野……お前、あの黒い球の住人だろ?」

 

和泉は何気ない様子で話しながら、拳銃をいじっていた。

 

「明日にしてくれよ。あの小説が面白いことはわかったからさ。……てかなんでエアガン持ってんの?」

 

和泉は俺の質問には答えず、黙って拳銃をいじっていた左手を下ろした。

 

「俺は……お前たちガンツの住人たちが、とてつもなく、羨ましいんだ。それこそあの小島まで羨ましくなるくらい」

 

駄目だ。和泉は俺と、おそらく咲夜もガンツのメンバーであることを確信してしまっている。和泉の目には迷いや懐疑的な色はまるでなく、明確な意志が浮かんでいた。

 

「だから次の土曜日……俺は、あの部屋に戻る」

 

「も、戻る?」

 

思わず聞き返してしまった。すると和泉はポケットから黒いボールを取り出して、俺に渡した。そのボールには『いっぱい人を連れてきてくだちい』という文字が浮かび上がっていた。

 

「和泉、お前……」

 

大勢の人間をガンツの部屋に連れてくる。それはつまり、和泉に大量殺人を求める文章なのだ。

 

「土曜日に、新宿だ。俺を止められるのは、お前しかいない」

 

「……ほんと何言ってるのか、さっきから全然……」

 

俺があくまでしらばっくれようとすると、和泉の銃を持った右手がはねあがり、俺に狙いをつけた。

 

「は?」

 

鋭い炸裂音。それが聞こえたと思った瞬間、俺はいつの間にか床に伏せていた。ちらりと後ろの壁を見ると、ぽっかりと壁に小さい穴ができていた。

 

「玄野さんを殺されると、私が困るんですが……」

 

見上げると、咲夜が和泉と対峙していた。今のは時間を止めて弾丸から守ってくれたのだろう。

 

「そうか。お前もそうだったな。俺を止められるのは今しかないが」

 

「止めるとか止めないとかはよく分かりませんが、人の家で発砲するような人にはさっさとご退去願いたいのですが」

 

「そうか。結局はあんたも、玄野と同じか……」

 

和泉はそういうと、今度は咲夜に拳銃を向けた。撃つつもりだ。

 

しかし和泉の人差し指が引き金を引く前に、拳銃そのものがその右手から消え失せていた。

 

「何っ?」

 

突然丸腰になって驚く和泉に向けて、咲夜は時間を止めて奪いとったらしい拳銃を突きつけた。

 

「ここから出ていってください。私もあなたの脳漿で玄関を汚したくないので」

 

咲夜がそう言うと、和泉は何かを諦めたようにため息をついた。

 

「……分かった。今日は帰ろう。まだ俺はノルマ達成してないし、今殺されるのも面白くない。だが、土曜日の新宿……それは、忘れるなよ」

 

和泉は言葉の後半を俺に向けて言うと、くるりと背を向け、そのまま出て行った。

 

「あいつ、本気かよ」

 

和泉の持っていた拳銃は本物だった。つまり、あいつには本当に大量虐殺が可能なのだ。そして俺を躊躇いもなく撃とうとした。スーツを着ていなかった今、咲夜が助けてくれなければ死んでいただろう。

 

「土曜日、となると明日ですね。新宿に行きますか?」

 

「……ごめんだ。どうせあいつは捕まるよ」

 

そう言うと、咲夜も「そうですね」と言って、薄く硝煙の立ち上る銃口を見ていた。

 

 

 

 

 

 

和泉が新宿を殺戮の場として選んだ理由は、7時ごろに到着してからすぐに分かった。人が多いからだ。どこで和泉が殺戮を始めても分かるように、私はとあるビルの屋上から、地上の様子を眺めていた。

 

昨日、和泉が来たときはその場で殺してしまおうと思ったが、自分の住まいの周りで騒ぎになるのは困る。死体処理も面倒なので、和泉が虐殺を決行してから始末することにしたのである。

 

こちらの世界ではごく稀にそんな大量虐殺があるらしく、犯人は心の内も想像できない殺人鬼として扱われることも少なくないらしい。そのため和泉をどさくさに紛れて始末しても、後は警察が勝手に理由をつけてくれるに違いない。木を隠すなら森の中、死体を隠したいなら死体の山があればいいのだ。

 

私は服の下に着たスーツと拳銃(自殺に見せかけるため)、そして何よりも肝心なレーダーを確かめた。

 

ガンツについて嗅ぎまわってくる和泉は私の身の安全のため、いずれは始末しなくてはならなかった相手であるが、ご親切にもわざわざ殺しやすい舞台を自分で作ってくれたので、西に比べればまだ与しやすいかもしれない。

 

玄野は一切関わらないという姿勢を保っていたが、それも彼の目を気にせずに和泉の抹殺を行えるので好都合だった。

 

少しして駅の方からぱららら、という銃声、そして悲鳴や怒号が聞こえてきた。ついに和泉は行動を起こしたらしい。だんだんその音は近づいてきているようだった。

 

「あの人…かな」

 

銃を乱射する、黒いメイクを施した顔が見えた。犯行予告をしていなければ、私でも和泉と気づかなかっただろう。

 

人々は襲ってくる弾丸から身を守るため、逃げ惑っていた。勇敢にも死体を盾にして近づき、和泉の首を締め上げた者や念力のような力で渡り合った者たちもいたが、全員が弾丸の餌食となってしまった。

 

「さて、と」

 

見下ろすと、ちょうど和泉は私のいるビルの手前まで来ていた。もしこちらに来なかったらチビ星人のときのようにビルの間を飛び移っていこうと思っていたが、ラッキーだった。

 

誰かに見られては厄介なのでステルスモードを起動させて姿を消すと、奪った銃を腰のガンホルダーから取り出す。そして転落防止用であるらしいフェンスの向こう側に立つと、そのまま空中に身を踊らせた。

 

重力に引っ張られ、私の体は下へ下へと運ばれていく。風を切って加速する中で、私の眼は和泉をしっかりと捉えていた。

 

地上に到達した瞬間、ふしゅーっ、と靴の底からガスが出て、衝撃を和らげた。スーツが壊れていないことを確認し、顔を上げた。

 

「……?」

 

何かが落ちてきた気配には気づいたらしく、和泉は振り返った。しかし姿を消している私には気づいていないようで、その目は私のはるか後方を見ている。

 

私は拳銃を持ち上げ、ぴたりと和泉の額に狙いをつけた。それでも和泉は気づかない。

 

私が黙って引き金を引くと、乾いた音がして、和泉はばったりと倒れた。

 

 

 

 

 

『新宿大虐殺!

長身の男の銃乱射で死者、怪我人多数

犯人の男はいまだ姿を見せない』

 

夕食をとった後にテレビを見ていると、俺の目はテレビに映ったそのテロップに釘付けにされた。

 

「おい、これって…」

 

「和泉さんでしょうね、間違いなく」

 

咲夜はそれほど驚いた様子もなく答える。しかし咲夜は顔を上げてテレビを見ると、何故か眉をよせ、

 

「犯人が姿を見せていない、ですか」

 

と呟き、少し考え込んでいた。

 

「どっかに逃げてるんだろ」

 

「……まあそうなんでしょうけど」

 

そう言いつつも、何故か咲夜は納得がいかないとでもいうような表情は変えず、ニュースに見入っている。

 

ぞくり。

 

俺がテレビに目を戻そうとしたとき、うなじに寒気が走った。咲夜もそれに気づいたらしく、顔をしかめる。

 

「今日は働きすぎな気がしますね……」

 

「そうか? あ、今回はスーツ忘れねーようにしねーと」

 

慌てて椅子に掛けてあるスーツを引っつかむとその直後に体が硬直し、転送が始まった。

 

 

 

「ここは……?」

 

目を開けると、俺は妙な部屋にいた。周りにも同じように何人もの人間がいる。

 

「桜井、お前も来たのか」

 

声のした方を見ると、そこにいたのはサングラスをかけた微妙にキムタクっぽい男ー坂田師匠だった。俺に超能力を教えてくれた恩人だ。だが、俺も師匠も、さっきの乱射魔に殺されたはずだ。ここは死後の世界なんだろうか?

 

「師匠。ここどこだか分かりますか?」

 

「…一応、天国ではないってことは分かる。ほら、東京タワーがあるだろ」

 

「ホントですね。でもこの状況って一体どうなってるんですか?」

 

「俺が知りてーよ。皆分からんらしい」

 

俺たちの他には家族らしい3人と筋骨隆々な大男、数人の外国人、隅の方で顔を隠して黙っている女、うるさく騒いでいる数人の男女、おっさん、パンダ、そして黙ってたたずむ長髪の男がいた。

 

俺が首を捻っていると、じじじじと音がして、目の前に人間が現れ始めた。

 

「うっわ、なんですかこれ」

 

「どうも俺たちはこんな風にしてこの部屋に来たらしい。つまり、まだ新しく人が入ってくるってことだ」

 

そして現れたのは髪をオールバックにした長身の男だった。不良のようなーというか実際にそうだろうー外見だったため、あまり印象は良くない。

 

「あれ……まだ計ちゃんと咲夜は来てねーのか」

 

呟くと、そいつは俺に目をとめ、

 

「すまない…外国人と、もう1人高校生が来なかったか?」

 

「外国人ならあそこにいるけど…学生は多分俺だけッすよ」

 

そいつは俺の指差した外国人ー黒人だったーを見て、かぶりを振った。

 

「そうか。じゃあ2人とも、まだ来てないってことか」

 

そいつがそう呟いた時、後ろで再びあの音が聞こえてきた。

 

「お、加藤の方が先に来てたのか」

 

出てきたのは少し背の低い、普通という言葉がぴったりきそうな高校生だった。どうもこのオールバックー加藤とこいつは知り合いらしい。

 

「計ちゃん、咲夜さんは?」

 

「多分俺の次に来る」

 

計ちゃんと呼ばれた高校生の言うとおり、また人間が現れた。透き通るような銀髪で、すこしエキゾチックな美貌の持ち主の女だった。

 

「今回は人が多いですね。敵が多いかもしれません」

 

彼女ー咲夜というらしい、は俺たちをちらりと見やって、そうコメントした。

 

「おい、ひょっとしてあんたら何か知ってんのか?」

 

師匠は、その3人に話しかけた。いきなりここに連れてこられても全く動揺しないのはこの状況について何か知っているからに違いない。

 

すると加藤は師匠の方を見て、頷いた。

 

「ああ。今から説明する。といっても何もかも知ってるわけじゃないが…俺たちの答えられる範囲ならー」

 

その時、加藤が続けようとするのを遮るかのようにラジオ体操の曲が流れ始めた。

 

「何すか? これ」

 

「これから戦う相手をガンツが教えてくれるんだ」

 

加藤が説明した通り、あの黒い球に、妙な表示が浮き出てきていた。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

 

《かっぺ星人》

・特徴 なまる、汗かき

・好きなもの トカゲ、鳥

・くちぐせ おーらのどーごがなまっでんだいっでみろっつの』

 

 

 

 

加藤の説明は要点を押さえていて、まずはスーツを着ること、次に銃や刀などの武器を駆使して生き残らなければならないことを伝えた。最初こそ新規メンバーはそれを緊張した顔もちで聞いていたが、やがて失笑や含み笑いが漏れ始めた。誰も信じていない。そのため、加藤の話が終わってもスーツを着る者はいなかった。

 

「やっぱ誰だってそー思うよな……」

 

玄野がぼやいていると、その目の前に筋肉を鎧のように見にまとった男がやってきた。

 

「玄野……お前、学校で会うたよな」

 

「げ……お前、あの時の奴か」

 

どうやら知り合いだったらしい。玄野に聞いてみると、昨日言っていたあの手加減していたとはいえスーツを着た玄野とまともに渡り合った男だという。

 

「ひ弱なガタイなのに俺を負かせたんは、そのスーツって奴を着てたからなんか?」

 

「……ああ。これを着れば、誰でもお前以上の身体能力を発揮できる」

 

玄野の答えを聞いてその大男は黙っていたが、しばらくして自分の分のスーツを取って戻ってきた。

 

「こいつはどうやって着ると?」

 

「首から通すんだ。てか外で着替えてこいよ」

 

一応1人にスーツを着せることに成功した。これを見た鈴木という年配の男と帽子を取った女ーレイカという有名なアイドルらしいーがそれに倣ってスーツを着たが、残った人間はスーツを着なかった。ある1人を除いて。

 

「玄野さん。気づいてますか?」

 

「何が?……って、あいつか」

 

私が指差したのは、スーツを着て、壁にもたれかかっている和泉である。私に暗殺された結果、この部屋に転送されたのだろう。ニュースで死体が見つからなかったと報道されていたときは妙だと思ったが、ガンツに回収されていたのだ。

 

「あいつ、殺人犯だよな。どうする」

 

「殺人犯って言っても証拠が無いわけですし……それにここに来ることができた以上、もうあちらから干渉してくることも人を殺すこともないでしょうし、黙っていたらどうでしょう」

 

それを聞いて玄野は複雑そうな顔をしていたが、仕方ないと割りきったのか、「そうだな」と答えた。

 

「駄目だ。全員着ない」

 

加藤がそう言ってこちらへやってきた。あのスーツは奇抜なデザインなので、やはり着るのに抵抗があるのだろう。

 

「今から着させても遅いですし、私たちが先行してあの人たちを守るしかありませんね」

 

これまでと違い、私たちは新規メンバーを生き残らせて戦力にしなければならないのだ。そのことを承知している加藤は頷いた。

 

「ガンツ!俺たちを先に転送しろ!」

 

玄野が叫ぶと、ガンツは玄野、加藤、私の順で転送を開始した。

 

 

 

 




特に今回は書くこともないので、こんなガンツ2次も書いてみたかった、というのを紹介します。

・GANTZ REVENGE
ミッションでまた死んだ人を集めて再挑戦させてみる話。最初にやられていくモブからサダコ、東郷とか死んだキャラが活躍。
・星人たちの日常
ねぎ星人の親子愛、仏像たちの心温まるエピソードなどを描く。最後の一文は必ず、「そして、ガンツメンバーがやってきた」
・ガンツゲームブック
実はこの小説も最初はゲームブックにしたかったが、作業量が半端ないので断念。読者の選択で異なるルートを辿る(玄野がタエちゃんじゃなくて桜岡と結ばれるとか)マルチエンディング形式。これは新しいだろうと思ったが、今更ながらこれfateだと気づいた。


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19、かっぺ星人

 

 

 

「おい! 帰るな!帰るなッつッてんだろ!死ぬぞ!」

 

全員の転送が完了して、私たちは新規メンバーを集合させることができずにいた。最初に話しかけてきた2人組ー坂田と桜井というらしいーと風大佐衛門、鈴木という頭のてっぺんが薄くなっている中年の会社員、レイカだけが集まっている。それ以外は私たちの話すら聞かず、別自分の家に帰ろうとし始めたのだ。加藤は彼らを引き留めようとしていたが、振り払われていた。

 

和泉とパンダの姿はなく、もうどこかで戦っているのかもしれない。

 

私がそう思いながら敵がいないか辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。振り向くと、声をかけてきたのはレイカだった。

 

「ねえ。状況があなたたちの言うとおりに進んでいくから知ってるかなって思ったんだけど……もし今家に帰ったらどうなるの?」

 

「頭が爆発します。というか家に帰るというより、特定のエリアから出た場合に起こるので、気をつけてください」

 

私がそう答えたとき、忠告を無視したメンバーが歩いていった方で悲鳴があがった。どうも今説明したことが起きているようだった。

 

「ちょっと、なにこれ!」

 

「頭がぶっ飛んだぞ!」

 

「この音、まじで何なんだ!?」

 

彼らは叫びながら、こちらへ戻ってきた。加藤は死体から目を背けつつ、言った。

 

「……これで分かってくれたと思う。これはテレビでも何でもない。マジで死ぬんだ。皆で生き残るために協力してほしい」

 

流石に頭が吹き飛ぶのを目の前で見たので、加藤への反論はなかった。すると玄野が持ってきたレーダーを操作して、

 

「とりあえず今回の星人はあの建物の中にいるみたいだぜ。どうする加藤?」

 

「そうだな。スーツを着てない奴は外で待たせておいて、スーツ組は建物に行くのと、万が一外に敵が出てきたときのために2組に分けよう」

 

その後加藤は少し考えて、玄野と加藤、風を突入組、私とレイカ、鈴木を護衛組に分けた。

 

「確実にここの人たちを守ってほしいからな。頼む」

 

「しかし半々にしなくても突入組の方を増やすべきではないでしょうか。外は敵が来るかどうか分かりませんし」

 

「うーん、確かにな。だけど、鈴木さんとレイカさんはまだ戦いに慣れてないし、1人は熟練メンバーがいねーともしもの時に困るだろ」

 

「……了解です」

 

あまり彼らに点を得るチャンスは与えたくなかったが、余計にごねて時間を潰す方がもったいない。仕方なく、残っている人間のお守りをすることになった。

 

「あの……十六夜さん、っすよね。訊きたいことがあるんすけど」

 

加藤たちが建物の中に入っていった後、私がレーダーを見て敵がいないか確認していると、桜井が話しかけてきた。

 

「何でしょうか」

 

「加藤さんたちがあの中に行きましたけど……俺らも行かなくていいんですか?」

 

「はい。スーツを着てないあなたたちは、行ったら間違いなく死にますし。加藤さんがここに来る前に敵と戦うって言ってたじゃないですか」

 

「でも……俺たちも、役に立てるかもしれないんすよ」

 

「どんな風にですか?」

 

桜井が答えようとしたとき、坂田が桜井の肩をぽんと叩いた。

 

「桜井。アレは、皆が危なくなるギリギリまで黙ってろ。おおっぴらに使っても得はないし、妙な目で見られるだろ」

 

「あ、そうっすね。でもひょっとしたらもっと使い所があるかもしれませんし、言っとくだけ言っときません?」

 

「……確かにそうだな」

 

坂田はそう言ってから、

 

「……あんたは多分信じてくれねーだろうけど、俺ら、超能力者なんだ。信じられねーんなら信じてくれなくてもいい。念力とか透視とかができる」

 

念力。それを聞いて、私は彼らを新宿で見かけたことを思い出した。和泉と渡り合おうとして殺された2人。それが坂田と桜井だったのだ。

 

「……いえ、信じます。あなたたちが新宿で乱射魔と戦うのを見てたので」

 

そう言うと、桜井は驚いた顔をして、

 

「十六夜さんもあそこにいたんですか?」

 

「はい。遠くから見てたので今まであなたたちがあそこで死んだ2人だということに気づきませんでしたが……」

 

と、その時、鋭い叫び声が聞こえてきた。

 

「きょ、恐竜だ!」

 

叫びながらこちらへ走ってきた男が突然倒れたかと思うと、そのまま動かなくなる。その背中には鋭利な傷が深々と走っていた。

 

そして低いうなり声をあげながら闇の中から現れた怪物は、一言で言ってしまえば2足歩行のトカゲだった。普通のトカゲと違うのは、口に無数の鋭い歯がびっしりと生えていること、そして人間と同じくらいの大きさがあることか。

 

「皆さん下がってください」

 

私はXガンを向けながらそのトカゲー恐竜というらしいーに近づき、狙いを定める。そして撃とうと思った瞬間、また新しく遠くから走ってくるいくつもの影を見つけ、ぎくりとした。

 

「1、2……5…7…」

 

その数はみるみるうちに増え、半ば私たちを包囲し始めていた。この量を銃だけで片付けるのは難しい。ワンパターンだが、刀で殲滅しなければ埒が明かないだろう。しかもこの数から彼らを守りきることはできない。協力がいる。スーツを着た2人と、後はー

 

「坂田さん、桜井さん、能力で後ろの敵を倒してください。あと、鈴木さんとレイカさんは素手でもあれに勝てるはずです。スーツを着てない人を守ってください」

 

私が恐竜と向かい合いながら指示を飛ばすと、鈴木とレイカの声にはやや狼狽の気配があったが、分かった、と返事がきた。

 

その瞬間、一番近くにいた恐竜の集団が、私に向かって殺到してきた。落ち着いて先頭の敵に狙いをつけ、引き金を絞る。

 

恐竜の胸が爆裂し、つんのめって倒れる。そして撃ってすぐに別の個体を照準するーが、相手の動きは異様に素早く、仲間の屍を飛び越え、あっという間に私に肉薄してきた。

 

落ち着いて銃を収め、刀を構える。刀身を伸ばす時間がないため複数を1度に斬り捨てるような真似はできないが、切れ味は変わらない。タイムラグのある銃より近接戦では使えるはずだ。

 

恐竜は琥珀色の目に残虐そうな光を灯しながら、襲いかかってくる。

 

能力を使う必要もなかった。真一文字に斬り払うと、黒い刃は恐竜の体をやすやすと分断し、その息の根を止めた。が、敵の数は多く、断末魔をあげながら倒れる個体の後ろからもう次の恐竜が飛びかかってきていた。

 

やむなく時間を止め、それを両断する。しかし時間が動き始めたとき、私は背中に強い衝撃を感じた。

 

「うっ」

 

迂回して背後から襲いかかってきたらしいその個体は、バランスを崩して仰向けに倒れた私を地面にくみ伏せた。

 

しゅるしゅるという不気味な息づかいが恐竜の喉から漏れてくる。歯の間から唾液が垂れ、嗜虐めいたそれの本能が、見え隠れしていた。

 

スーツを着ていなければ絶体絶命の状況だが、この程度であればピンチというほどでもない。慌てずXガンを取り出すと、恐竜の腹部に押し当て、引き金を引く。

 

死を約束された恐竜はそれに気づかず私の腹を貪ろうとしていたらしいが、次の瞬間、その欲望もろとも消し飛んだ。

 

「流石にこの数相手は……きついわね」

 

数が多いときは刀で周囲の敵を殲滅するのが効果的だが、今回は刀を十分伸ばす暇を全く与えてくれない。故に1体ずつ相手をしなければならなくなっている。

 

私が立ち上がって状況を確認すると、新規メンバーはよく戦っているものの、やはり敵の数に押され、何人か死者を出していた。

 

「う、うわああっ!」

 

私と同じように背後から突き飛ばされた桜井の悲鳴が響く。私はその個体を銃で撃ち、桜井を助けると、敵を斬り殺しながら、メンバーの集まる場所へ走った。

 

「やべえ! 敵が多すぎる!」

 

「どうするの!十六夜さん!」

 

坂田はだらだらと汗を流しながら、レイカは懸命に恐竜を防ぎながら叫ぶ。

 

「5秒だけ、持ちこたえてください」

 

チビ星人の時と同じだ。私はかちりとボタンを押して、刀身を長くしていく。その間に3人家族の父親が、色黒の女が殺されるのを見ながら、目的の長さに達するまで、私はじっとそこに立っていた。

 

「伏せてください!」

 

新規メンバーは私の刀を見て察したらしく、素早く身をかがめる。その直後、彼らの頭上で死の旋風が巻き起こった。

 

その時恐竜たちは一ヶ所に集まるメンバーを逃がさないためにこちらを包囲していたため、全ての個体が刃の通過域に存在していたーつまり、その範囲内にいた恐竜たちは、黒く輝く刃の餌食となり、一瞬で全滅したのである。

 

鮮血を振り撒きながら、肉片と化した恐竜がどさどさと倒れた。私がメンバーの安否を確認するため振り返ると、指示通りに伏せていたメンバーが、おそるおそる立ち上がった。

 

「た、助かった……ありがとう」

 

鈴木が荒い息をつきながら、私の手をしっかりと握り、涙を流し始める。桜井も「スゲーっすよ! これなら生き残れる!」といって笑う。

 

「……何人生き残ってますか?」

 

そう訊くと、鈴木は途端に暗い顔になって、人数を数え始める。

 

「私と、レイカさんと、桜井くんと坂田くん…あと君は?」

 

鈴木が訊くと、帽子をかぶった少し男前の青年は、「稲葉だ」と答えた。

 

「5人ですか……」

 

ずいぶん減ってしまった。数が多かったとはいえ、人数を残せなかったのは痛手だ。私が暗い顔をすると、坂田が肩を叩き、

 

「気持ちは分かるが…あんたは俺たちを生き残らせてくれた。ありがとう」

 

「そ、そうだよ。私たちを生き残らせるために頑張ってたよね」

 

鈴木と坂田は、どうやら慰めてくれているようだった。皆が私の周りに集まり、称賛を送ってくる。

 

「……よしてください。私の役目ですし……」

 

彼らを生き残らせることは私にとって必要なことだから守ったまでのことだったのだが、こうストレートに感謝されると、気後れするものの何故か悪い気分ではなかった。

 

「キューッ! キューッ!」

 

その時、甲高い声が響き渡った。声のした方を見ると、麦わら帽子にシャツと半ズボンをはいたずんぐりとしたシルエットーかっぺ星人が、こちらを指差して叫んでいた。

 

「そういえばさっきの恐竜、あいつが叫んだら来てたような……」

 

レイカがひとりごちると、それをすぐに肯定するように、先ほどと同じ大トカゲが建物の影から飛び出してくる。

 

「……俺はどうすりゃいい!?」

 

焦った稲葉が訊いてくる。彼はスーツも武器もないので、心細いのだろう。さっきの襲撃は運の良さで生き残ったらしいが、多分次はない。

 

「私のを貸します。その代わり、ちゃんと戦ってくださいね」

 

「わ、分かった…」

 

稲葉に銃を渡すと、刀を正眼に構え、向かってくる恐竜たちをきっと見据えた。

 

 




恐竜についての知識が無いので、咲夜視点だと相手の書き分けが難しいですね……まあもともと私の恐竜知識はティラノサウルス止まりなので他の人視点でも大して変わらないかもしれませんが。


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20、ダイナソーハンティング

 

 

 

「計ちゃん、上から来るぞ!」

 

「分かってる!」

 

俺はギリギリのところでトリケラトプスの攻撃を回避すると、刀で右足を斬る。

 

「グガアアッ!」

 

怒りの声を漏らしながら、トリケラトプスは両腕を振り上げ、俺に向かって叩きつけようとする。

 

しかし腕を挙げて無防備になったところに風が踏み込み、体当たりをかますと、トリケラトプスは軽々と吹き飛んだ。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ……でもやっぱお前、ぶっ飛んでんな…」

 

咲夜の能力も初めて聞いた時は反則だと思ったが、風も生身でスーツを着た俺と戦えるという漫画のような身体能力だった。それがスーツを着ているのだから、トリケラトプス1匹くらいぶっとばしても、不思議には思えない。

 

加藤はしぶとく起き上がってきたトリケラトプスをYガンで拘束し、「上」へ送ると、こっちに近づいてきた。

 

「スーツ大丈夫か?」

 

「ああ。まだまだ余裕だぜ」

 

俺と加藤、風の3人は、これまででブラキオサウルス1体、トリケラトプスを2体倒していた。風が星人じみたパワーを発揮したのと、俺と加藤が戦い慣れしていたのもあって、楽に勝てた。寺で似たようなデカい相手と戦った経験も、今回の戦いで活きたかもしれない。

 

「まだ敵はおるんか?」

 

「ああ。だけどこっちに向かってきてるから、わざわざ移動しなくても良さそうだ」

 

加藤はレーダーに目を落としながら答える。そして数秒後、白亜期あたりをモデルにしているらしいジャングルのセットの中から、地響きをたて、「それ」が現れた。

 

ごつごつとした荒い皮膚に不釣り合いなほど小さい目。強靭な顎を持つ肉食恐竜ーティラノサウルスだ。しかも、2体いる。

 

「こいつもどうせ見かけ倒しだぜ。一気に始末してやる」

 

「そうか……?」

 

加藤はそういいながらもYガンでティラノサウルスの頭に狙いをつけている。そして俺たちがトリガーを引き絞ろうとした瞬間、ティラノサウルスの口から妙な光が漏れだしているのに気づき、思わず動きを止める。

 

「なんかやばい感じがせんか…?」

 

風も気づいたらしく、ティラノサウルスの口に目を釘付けにされている。

 

「計ちゃん! 嫌な予感がする。ここは、逃げー」

 

加藤が叫ぼうとしたその時、ティラノサウルスの口から、太陽のような炎の塊が発射された。

 

「あんなのってありかよ!?」

 

俺たちはすんでのところで炎球をかわすと、その太陽は熱気を振り撒きながら壁に激突し、どろどろに溶かしてしまう。

 

「やべえっ! これ当たったらスーツが意味ねーやつだ! 建物の中は回避が難しいから、一旦外に出るぞ!」

 

俺は加藤の指示に従い、風も名残惜しそうにティラノサウルスの方を見ていたが、建物から脱出することを決めたようだった。

 

「外は回避しやすいし、咲夜さんもいる。俺たちでまとめて当たればあいつを倒せるはずだ!」

 

俺たちは走って何とか建物を出た。しかしすぐに新規メンバーを見つけることはできず、そしていつの間にか起こっていた変化に、唖然としてしまった。

 

「なんだ、こいつら……」

 

大量の小型肉食恐竜ー確かヴェラキラプトルというやつだーが辺りを闊歩していた。加藤の「万が一」が当たり、外に敵が大量に出現していたのである。

 

「皆はどこだッ!?」

 

「あれじゃないんか?」

 

風が指差した方で、恐竜たちに囲まれながら懸命に戦う人間が何人か立っていた。しかしその数から察するに、すでにかなりの数がやられているのだろう。

 

「くそっ、こっちにいっぱい出てきてたのか」

 

加藤はそう言うと、真っ先にそちらに向かって走っていた。俺も新規メンバーを助けるために急行する。

 

移動する途中で襲いかかってくるラプトルを撃ち殺しながら近づいていくと、残していったメンバーとラプトルが死闘を繰り広げているのがはっきりと見えてきた。

 

「稲葉君っ!これ撃って!」

 

「わ、分かったッ!」

 

「桜井、こいつら右胸の心臓を潰せば楽勝だ」

 

「了解っす!」

 

すでに半数近くが死んでいたが、残ったメンバーはうまく連携をとりながら何とか押し潰されずにいた。レイカと鈴木が敵をおさえ、名前は知らないが背の高い男がへっぴり腰ながらもXガンで応戦している。そして咲夜は単身ラプトルの群れに斬り込み、周りに群がる恐竜を薙ぎ倒していた。

 

俺は走っている間に恐竜を1体ずつロックオンする。そしてだいたいの敵に対してそれが完了した瞬間に、引き金を引いた。

 

すると恐竜たちは一斉に弾け、内臓をぶちまけたかと思うと、すぐに死骸と化した。唯一ロックオン攻撃を免れていたらしい1匹も、咲夜に首をはねられて絶命した。

 

「……これで、終わりか?」

 

俺が訊くと、レイカは「まだあと1匹残ってる」と言って、街灯のそばにいる星人ーかっぺ星人を指差す。

 

「キューッ、キューッ!」

 

奴が叫ぶと、新規メンバーが怯えた顔になる。

 

「敵が来るかもしれません。あの星人が叫ぶとさっきの恐竜がやってくるんですが……」

 

しかし、新しいラプトルは現れなかった。全て倒しきっていたのだろう。そしてかっぺ星人は加藤によって捕獲、上に送られた。

 

戦いが終わると、新規メンバーは緊張の糸が切れたのか、へなへなと座り込む。ただ1人、咲夜が返り血を拭いながら、こちらに向かってきた。

 

「……すみません、加藤さん。全員は守れませんでした」

 

「いや、おれの判断ミスだ。いくら咲夜さんでも1人であの数の敵から皆を守れるわけないしな」

 

「そちらはどうでしたか?」

 

「こっちは数は少なかったけど、デカい奴が多かったな。ブラキオサウルスとか……あっ」

 

「どうしました?」

 

「忘れてた……後ろから追ってきてる奴がいるんだった」

 

加藤がそう言った時、建物の中から、のそり、とティラノサウルスが現れた。俺たちを追って、出てきたのだ。

 

「あんなのに勝てるの……?」

 

レイカが心配そうに呟き、鈴木のおっちゃんも呆気に取られてティラノサウルスを眺めていた。

 

「スーツを着てない人と戦いに慣れてない人は下がってください。私たちで仕留めます」

 

いつもと変わらない声の調子で言ったのは、咲夜だった。咲夜は俺に目くばせし、新規メンバーの方を見やる。皆を安心させろということだろう。

 

「……皆、安心してくれ。あんなのは見かけ倒しだ。ぜってー俺たちが倒すから」

 

加藤も頷いたので、パニックを起こさずメンバーの5人は下がった。しかし風はそこにとどまったままで、スーツ一丁で勝負するつもりのようだった。

 

「よし、行くぞ!」

 

俺たちは走り、現れた2体のティラノサウルスに突撃する。自然と加藤と風が左側、俺と咲夜が右のティラノサウルスの相手をすることになった。咲夜は走りながら、

 

「玄野さん。巨大な敵を相手どるときのセオリーは……」

 

「足から、だな! あとあいつはデカい火の玉を吐き出す! 気をつけろ!」

 

言うと同時に、その巨大な口腔から、炎の塊が発射された。俺と咲夜は素早く左右へ回避し、足元に向かって走る。

 

「おおおっ!」

 

俺が右足を斬り飛ばすと、同時に咲夜も左足を一刀両断にした。ティラノサウルスの巨体は足を置いてけぼりにして地面に突っこみ、叫び声をあげる。

 

すかさず俺は銃に持ちかえて頭を撃とうとした。が、トリガーを引く寸前、ティラノサウルスの頭は切り落とされた。転がっている頭の向こうから咲夜がこちらを見て、少し得意気に笑った。

 

「私が先でしたね」

 

「……本当にお前の能力反則だよな。今度は譲ってくれないか?」

 

「考えておきます」

 

そう言うと、咲夜はもう1体のティラノサウルスの方を見た。そちらでは加藤と風が戦っていたが、少しして風の拳で倒された。

 

「……2人とももう倒したのか」

 

走ってきた加藤は、俺たちのそばに転がる死体を見て、感嘆の息をはいた。

 

「これで今回のミッションは終わりなんですかね」

 

「……いや、分からない。今倒したのも2体いたし、ボスがまだ別にいるような気がするんだよな……2人とも、スーツ大丈夫か?」

 

加藤がそう言うと、咲夜は珍しく心配そうな顔をして、着ているスーツを見下ろした。

 

「さっきの恐竜の群れでちょっと無理したせいか、かなりダメージが蓄積してるみたいで……」

 

先ほど咲夜はラプトルの群れの中で鬼神のように刃を奮っていたが、流石に全ての攻撃を回避することはできなかったのだろう。

 

「そうか。もし本当に危なくなったらすぐに逃げてくれ。俺たちが何とかー」

 

加藤が言葉を続けようとしたとき、一際大きな破砕音がして、俺たちはそちらへ目を向けた。

 

「ブラキオサウルス……か」

 

俺が前に殺したのと同じ恐竜。だが、そのサイズは前とは比べ物にならないほど大きく、建物から飛び出していた。

 

俺たちがあまりの巨大さに圧倒されていると、和泉がパンダを抱えて建物の方から走ってきた。

 

「あ、和泉さん。生きてらっしゃったんですか」

 

「……俺のセリフだ。なんであんなに生き残ってる?」

 

和泉は俺たちと同じようにブラキオサウルスに目を釘付けにされている新規メンバーを見ていた。

 

「さあな。ところでお前、あいつとやりあってたのか?」

 

俺がブラキオサウルスを指差すと、和泉は何も答えずにパンダを置くと、ブラキオサウルスへ向かっていく。

 

「おのれ……小さき者ども……」

 

ブラキオサウルスは低く、ドスのきいた声で呟くと、刀を構えて飛びかかってくる和泉に向かって、鋭利な刃が上下についている首を振り下ろす。

 

赤い火花が散った。和泉は見えないほど速く振り下ろされる一撃を、刀で受け止めたのだ。

 

「……和泉さん、意外と目がいいんですね」

 

隣で見物している咲夜はのんびりとコメントしていた。

 

続いて横薙ぎ、右斜め上、垂直と降ってくる斬撃を弾き、和泉はブラキオサウルスとの間合いを詰めていく。そして4度目の攻撃を弾いた直後ー

 

「ハアッ!」

 

裂帛の気合いとともに、和泉はブラキオサウルスに斬りつける。完全に虚をついた攻撃だったーように見えたが、ブラキオサウルスの尻尾が和泉へ向かい、殴り飛ばす。

 

高々と宙を舞った和泉は、遠くの地面に落下した。よく見ると両腕が折れており、和泉は仰向けに寝転がったまま、痛みに呻いていた。

 

「……あれが、ボスだな」

 

加藤はそれを見上げ、圧倒されているようだった。前の大仏とどちらが大きいだろうかと思っていると、ブラキオサウルスはゆっくりと動き始めた。

 

「我が子を殺めた者ども…この身滅びるまで、滅してくれよう」

 

どうやら俺が殺ったのはあれの子供だったらしい。だとすれば、弱点もおそらく同じ腹だろうー

 

「計ちゃん、やべーぞ! あいつ、新しく入ってきたメンバーの方行ってる!」

 

加藤の言う通り、ブラキオサウルスは俺たちに見向きもせず、まっすぐそちらへ向かっていた。

 

「こちらに引き付けられませんかね」

 

「そうだな……」

 

あいつは子供を殺されたから怒っているのだ。だから最優先で殺したいと思わせるにはー

 

「俺だッ! 俺がお前の子供を殺した!」

 

叫ぶと、ブラキオサウルスの動きが止まった。そしておもむろにこちらを振り返り、目を開く。

 

「覚悟せよ……」

 

そう言うと、ブラキオサウルスはこちらに向かって移動を始めた。

 

「よし、引っ掛かった!」

 

俺たちは走ってブラキオサウルスを新規メンバーから十分遠ざけると、立ち止まった。

 

「で、どうするんですか?」

 

「あいつの腹に潜り込んで攻撃する。だけど、あの頭と尻尾を何とかしねーと無理だと思う」

 

俺が言うと、加藤はブラキオサウルスとの距離を確認しながら答える。

 

「咲夜さんは時間を止めて腹の下まで移動できるか?」

 

「……ちょっと難しいです。時間を止めると言っても止められる体感時間はそれほど長くないので、移動するどこかのタイミングで攻撃を受けます」

 

「じゃあ何とかしてあの頭と尻尾を防いで、その間に手の空いた奴が腹に潜り込んで倒すか」

 

「多分頭の攻撃はスーツでは防げないので、刀を持った私か玄野さんが引き受けないといませんね」

 

「マジかよ……」

 

あの超高速の連撃を、全て防ぎきらなければならない。無茶苦茶だ。

 

「いいですか、私と玄野さんしか防げませんから。それにここで踏ん張らないと、他のメンバーが危ないんです。協力してくれますよね?」

 

俺が少しビビったのを察したのか、咲夜は笑顔で、しかし執拗に念を押してくる。

 

「ああ……分かッたよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

 

俺は銃を腰のガンホルダーに仕舞うと、刀を両手で持った。あの攻撃を防ぐのに銃は役に立たない。咲夜も常に持っているXガンは持っておらず、刀一本で勝負するつもりのようだった。

 

「計ちゃん、ブラキオサウルスがもうそこまで来てる! 俺たちは後ろから尻尾を押さえるから、正面から向かってくれ!」

 

ブラキオサウルスはすぐそこまで迫り、まっすぐと俺を睨んでいた。燃え盛る復讐の炎が、怪物の目をらんらんと輝かせている。

 

「上等だッ! ぜってー生き残ってやる!」

 

 

 




ガンツを読んでマジかよ、と思ったことの1つが博多=田舎扱いだったことですね。一応都会じゃけん! 東京に比べたらそうかもしれんけど、都会じゃけん!


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21、冷血の戦い

 

 

 

「あの人たち……大丈夫っすかね……」

 

ごくりと唾を飲み込みながら、桜井くんはそう言った。加藤さんたちが向かっていく敵はさっき私たちが戦っていた恐竜よりも何倍も大きい首長竜。戦い慣れしている彼らがこれで死んでしまったら、私たちが勝つことはまず無理だろう。だから私も、固唾を呑んで見守っていた。

 

「なあ……レイカ。ここにいると危ない。避難した方が良くないか?」

 

稲葉くんが話しかけてくる。彼はどうやらここから逃げ出したいようだった。

 

「でも、どこに逃げても頭が破裂するんでしょ? 逃げられないなら何かできるかもしれないし、ここにいた方がいいと思うわ」

 

稲葉くんはそれを聞いて、急に他の人たちをきょろきょろと見回し始めた。自分だけで逃げるのが怖くて、一緒に逃げようという人を探しているのだろう。

 

……といっても、私は稲葉くんより怖がりではないわけではないのだ。考え方が少し違って、怖いからこそ、頼りになる人たちがいるここに留まっている。

 

(お願い、勝って………)

 

私が心の中で念じた時、あの巨大な恐竜の前に2つの影が現れた。

 

首長竜に真正面から戦いを挑もうとしているのは、玄野くんと十六夜さんだった。2人ともあの攻撃を防ぐためか、伸ばした刀を携え、恐竜に向かっていく。

 

「愚か者ども」

 

そんな声が響いたかと思うと、高速の一撃が2人のもとに振り下ろされた。

 

がっ!と音がして、刃の動きが止まる。玄野くんが攻撃を防ぐことに成功したのだ。

 

恐竜はすぐに頭を上げると、連続して2人に斬撃を叩き込んだ。しかし玄野くんと十六夜さんは信じられないような反応速度でそれをガードし、一歩ずつ進んでいく。

 

がっ、がっ、がっ、と攻撃を弾く音が聞こえるたびに刀身が火花を散らし、衝撃が走る。

 

それでも2人は臆した様子もなく首長竜との距離を狭めていく。そして横薙ぎの一撃を玄野くんが受け止めた瞬間、十六夜さんの刀が閃いた。

 

どちゃり。

 

かっと目を見開いた恐竜の頭が、地面に落下した。玄野くんに受け止められて一瞬動きが止まったときに、十六夜さんが切り落としたのだ。

 

「やった……のか?」

 

坂田さんが呟くが、その直後、首長竜の丸太のような尻尾が弧を描いて2人に襲いかかった。2人は頭を切り落として少し油断していたのか、防御の用意ができていない。

 

やられる、と思った瞬間、どこかから飛んできた3つのネットロケットが首長竜の尻尾に絡みつき、地面に固定した。私が顔を向けると、そこにはリーダーの加藤くんの姿があった。

 

 首を落とされ、尻尾も動かせなくなった恐竜は、暴れて加藤くんを踏みつぶそうとする。しかしその直前に割って入った風くんが、降ってきた巨大な足を真正面から受け止めた。

 

「ふ……うっ!」

 

 鋭く息を吐き出し、風くんは恐竜の足をしっかりと抱いたまま、腕に力をこめる。

 

 めきめきめき、と骨の折れる音がして、首長竜は傾く。もはや自重を支えられない状態だった。

 

「お……のれ……」

 

 首長竜はそう呟くと、ぐらりと揺れ、前方—玄野くんと十六夜さんの方へ倒れこみ始める。もう勝てないと踏んで、2人と刺し違えるつもりなのだ。

 

「逃げてっ! 2人とも!」

 

 叫ぶが、2人は微動だにしない。すでに逃げるのを諦めているのか、それとも逃げられない状況にあるのか。恐竜が2人に覆いかぶさった瞬間、私は目を覆った。

 

きん。

 

 妙に澄んだ音がして、静寂が訪れた。私がおそるおそる目を開くと、2人は変わらずそこにいた。先ほどと違うのは、彼らを押しつぶそうとしていた恐竜の体が、彼らに当たりそうだった長い首の部分だけが分断され、力なく横たわっていることだけだった。

 

「……やっぱこの刀めちゃくちゃ切れ味いいな」

 

「でしょう? だから私はいつもそれを使うことにしてるんです」

 

 玄野くんと十六夜さんは、そんな会話を交わしながら、首長竜の腹に回り込もうとする。だが、横たわる恐竜の身体は、天から一条の光が降ってきたかと思うと、だんだん上から無くなっていく。どこかに転送されているらしい。

 

「……悪い、計ちゃん、咲夜さん。今回こいつ斃せたの2人のおかげなのに……。うっかりいつもの癖で引き金引いちまった」

 

「いいんだよ。早い者勝ちだし……だけど咲夜。てめーはズルなしな」

 

「私の力なんですからズルではないですよね」

 

 風くんは黙って、残りの3人は話しながら私たちの方へ駆けてくる。坂田さんは、先頭の加藤くんに話しかけた。

 

「……今ので、最後か?」

 

「多分。これで転送が始まったら、戦いは終わったってことだから」

 

加藤くんがそう言うと、桜井くんの頭が消え始めた。

 

「……帰れるってことですよね」

 

私が聞くと、何故か加藤くんは顔を緊張させながら答える。

 

「そうだ。後でいろいろ教えたいことがあるから、採点が終わっても帰らないでくれよ」

 

その後和泉くん、風くん、坂田さんが転送され、続いて加藤くんの姿が消え始めた時ー銃声が響いた。

 

 

 

 

 

「うわっ!」

 

乾いた炸裂音とともに、傍にいた鈴木がのけぞった。そして、立て続けに火薬の弾ける音がして、ガンツメンバーから悲鳴があがる。

 

「……あそこにいる奴らが撃ってるぞ!」

 

玄野が指差した方を見ると、数人の黒服を着た男が歩いてきていた。手には和泉が持っていたのと同じような拳銃が握られており、こちらをしっかりと照準している。

 

「おい、気づかれたぜ」

 

「今回はスーツ着てる奴がずいぶんいるな……さっさと仕留めるぞ」

 

「じゃあ俺は真ん中辺りにいるサムライガールの血を飲むからな。横取りすんなよ」

 

黒服の男たちの言葉を聞いた全員が息を呑み、身構えた。稲葉は戦えないので後方で転送を待っている。それを見た黒服たちのリーダーらしい男は銃を向けながら、呟く。

 

「……全員、殺せ」

 

「やってみろっ!」

 

男たちの銃弾が届く前に、玄野が飛び出した。それを合図にして、私も相手を迎えうつべく、前に駆け出す。

 

「……うっ!」

 

しかし、先頭を走っていた玄野の動きが、突然止まった。そして、だんだん頭の方から姿が消えていく。

 

「くそっ、ガンツ、待て! 他の奴らを先に転送しろ!」

 

叫ぶが、玄野の転送は止まらない。相手は玄野は仕留められないと判断したのか、私に向けて銃撃を集中させてくる。

 

「ちっ……!」

 

発射されたいくつかの銃弾が命中した。しかしスーツの防御効果のおかげでダメージは無い。私は男たちを斬り伏せるべく、前方に向けて疾駆した。

 

「先頭だ!先頭の女を狙え!」

 

叫んだ男の口の中には、どこかで見たような巨大な八重歯が生えていた。これを見たのはこの世界に来てからではない。その前の生活でよく目にしていた。こんな歯を持つ人物は、誰だったかー

 

(……まさか)

 

思い出した。この歯の形は私の主であったお嬢様ー吸血鬼のものではないか。とするとこの相手はー

 

思考を巡らせようとした瞬間、また銃弾が命中した。すると私のスーツから、キュウウウンという音がして、スーツのあちこちからどろりと液体が漏れだす。

 

(スーツが……!)

 

やはり小型恐竜との戦いでダメージが相当蓄積していたらしい。ずしりと重たくなった刀が、スーツの耐久力が0になったことを示していた。

 

「よし、スーツが死んだぞ! 殺せ!」

 

掛け声とともに、一斉に銃口が向けられた。そして吸血鬼たちの人差し指が引き金を引くその直前ー私は時間を止めた。

 

時間を止めて逃げてもせいぜい数十メートルが関の山だ。そうなれば背後から撃たれて終わりである。そのため私は、後ろではなく前ー吸血鬼たちに近づき、喉に刀をあてがった。

 

「……!?」

 

突然刀を喉に突きつけられたリーダーらしき吸血鬼は、わずかに驚きの色を見せた。そしてそれを見た他の吸血鬼たちも、ぴたりと動きを止める。

 

「取り引き……しませんか?」

 

私がそう言うと、男は額に少し汗を浮かべつつ、しかし落ち着いた声で答える。

 

「刀を突きつけながら話すのがお前の取り引きか? それにまずどうやって信用しろと言うんだ」

 

「スカーレット家です」

 

「なに?」

 

「……スカーレット家の名にかけて、約束は守ります」

 

これは賭けだった。もしも彼がお嬢様と取り引きをしている吸血鬼であれば取り引きが成立するチャンスがあるが、もし知らなければ、最善を尽くしてもこの男と刺し違えるはめになるだろう。そのため、周りの吸血鬼たちがスカーレットの名に反応せずに武器を私に向けて構え直し始めた時、私は死を覚悟した。

 

しかし、男はそれを制止した。

 

「……待て、お前ら。そうか、スカーレット家の者か。ひさびさに会ったな」

 

「知ってるのか?」

 

銃を下ろした吸血鬼の1人が訊いてくる。どうやらこのリーダー格の男以外はお嬢様を知らないらしい。

 

「ああ。昔に海外から移住してきた一族だ。今はどこかでひっそりと暮らしてるらしい。たまに交流があるくらいだが……敵に回すと面倒な奴らだ」

 

リーダーの男はそう言うと、こちらをちらりと見て、答える。

 

「……普通の人間がスカーレット家について知ってるとは思えないし、まずはお前を信用するが……取り引きというのは?」

 

「後で詳しく説明しますが……あなたにもメリットがある話ですよ。私たちーガンツメンバーについての情報とか。ところでスカーレット家との連絡をとることはできますか?」

 

「連絡……できるが、それがどうした?」

 

お嬢様と連絡が取れる。私はこの世界に来て初めて掴んだ帰還の糸口の存在に興奮していたが、弱味と見られないよう、何でもないように装って続ける。

 

「いえ、一応の確認です。とりあえず私は今から転送されるので、次に落ち合う場所を教えてください」

 

「……分かった。メモを渡すから、その刀をそろそろ下ろしてくれ。書きづらい」

 

私が刀を下ろすと、男はポケットから真っ黒な手帳を取り出し、簡単な地図と番地を書き付けた。

 

「明日に、1人でここに来い。他の奴らと来てもいいが、その時は今日の続きを始めることになる」

 

「分かりました。ではまた会いましょう」

 

そう言うと、ちょうど私の転送が始まった。

 

 

 

 

俺は銃を構えて走る格好のまま、ガンツの部屋に転送された。すると先に戻っていた加藤が、慌てて訊いてくる。

 

「計ちゃん、向こうどうなってる!?」

 

「……わからねえ。いきなり銃を撃ってきた奴らがいたんだ」

 

あいつらはガンツの転送の途中で来たから、ターゲットの星人ではない。だが、俺たちの姿が見えていたのだから、一般人でもないはずだ。

 

ーなら、あいつらは何なのか。

 

俺が考えていると、長身の男が送られてきた。

 

「おい、稲葉。向こうどうなってる?」

 

坂田が訊くと、稲葉と呼ばれた男は荒い息をつきながら、

 

「戦いは中断してる。あの十六夜……さんと何か交渉してるみたいだ」

 

「交渉!?」

 

俺と加藤が驚くのを見ると、稲葉はおそるおそるといった感じで、聞き返してきた。

 

「俺は思うんだが……あの女って裏切り者じゃないのか? だってそうだろ? 普通、あんなに都合よく襲ってくるか?」

 

それは違うと言おうとして、俺は口をつぐんだ。俺は咲夜のことを知らなすぎる。彼女があいつらの仲間だということも、十分にありえる話だ。

 

「あの恐竜たちと戦わせて人が減ったところを襲わせるつもりだったんじゃないか?」

 

稲葉は咲夜のいないことをいいことに、推論をまくしたてる。すると転送されて癒えた腕を組んで立っていた和泉が呟く。

 

「それならお前たちを助ける必要はないだろう。最初ッから放っといて恐竜の餌にすればいいだけだ」

 

意外な所からの助け船だった。しかし稲葉はなおも食い下がる。

 

「だが……後から来た奴らは血を飲みたいとか言ってたぞ? だから何人か生き残らせたかったんじゃないか?」

 

そう言われると、確かに反論できない。それを聞いた坂田は、うーむと考え込んでいた。

 

「話を聞く限りじゃ、十六夜さんが裏切り者だって方に傾くが……俺たちの命の恩人なんだよな」

 

「俺たちの能力もすぐに信じてくれましたしね」

 

「…それは事件の起きた日に新宿で見たからだろ」

 

(新宿に行った?)

 

坂田と桜井の会話を聞いていると、俺の心にも疑念が頭をもたげてきた。

 

咲夜は和泉が事件を起こした日に新宿へ行っていたのだ。俺にそのことを言わずに隠していたのも、どこか引っかかる。

 

「……まさか、な」

 

俺の咲夜への信頼が揺らぎ始めたとき、ガンツがレーザーを照射し、問題の中心にいる彼女ー咲夜を描き出した。

 

 




21話でやっと帰還がらみの話ができました。……しかし全員一人称視点で書くのはきついですね。文章を工夫して誰目線か分かるようにしていますが、1話中で視点がよく切り替わるので大変です。(人はそれを自業自得と言いますが)咲夜以外は3人称にすればよかったな…。


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22、ブラッディパーティー

 

 

 

「私が裏切り者?」

 

最後に戻ってきた咲夜に俺がその疑いがかかっていることを伝えると、咲夜は目を少しだけ見開いて聞き返してきた。

 

「それを言い出したのは玄野さんですか?」

 

俺は慌てて首を振り、稲葉を示す。咲夜が稲葉を見ると、

 

「そうだ。あの黒服たちを呼んだのはあんたじゃないかって思ったんだ。あれで俺たちを殺そうとしたんじゃないか? てか仲間なんだろ?」

 

稲葉は先ほどの勢いこそないが、単刀直入に言う。咲夜はそれを聞いて、少し考えながら、

 

「まあ仲間といえば仲間かもしれませんが……友人ではありませんし、今日が初対面です」

 

「……でも、やっぱり仲間ってことなんだな?」

 

咲夜のどこか矛盾したような物言いに、稲葉はすかさず噛みついた。しかし咲夜は落ち着いて切り返す。

 

「それなら私があなたたちを守る必要は無いでしょう。それに、私ならわざわざ仲間を呼ばなくてもですね」

 

そう言った瞬間にそこにいたはずの咲夜が消えたかと思うと、稲葉の背後に現れ、つっと人差し指を稲葉の喉に押し当てた。

 

「……スーツを着てない人を殺すのには、1秒も要りません」

 

稲葉の頬を汗が伝った。

 

「……でも、あいつらと対等に交渉してたじゃないか」

 

「……ひょっとしてそれで裏切り者とか言ってたんですか? だいたい、私も結構撃たれてましたよね。もし私があの人たちの仲間ならあそこで撃たれることはないと思うんですが」

 

そこでついに稲葉は沈黙した。確かにあいつの話には無理がありすぎる。加藤も議論が落ち着いたところで口を挟んだ。

 

「……咲夜さんは俺たちと一緒にずっと戦って来たんだ。今さら裏切るも何もねーだろうし、疑うだけ無駄だと思う」

 

すると鈴木のおっちゃんも納得したように頷いて、

 

「そ、そうだよね。とりあえず、ほら、誤解も解けたわけだし、これでおしまいでいいよね」

 

この中で1番の年長者の意見なので、誰も異を唱えなかった。俺も新宿の件をここで持ち出すとまた妙なことになりそうなので、あえて何も言わなかった。

 

ちーん。

 

その時、ガンツの方から、採点の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 

『それぢわ ちいてんをはじぬる』

 

「加藤さん、なんすかこれ?」

 

「採点だ。敵を倒して100点集めれば、この戦いから抜けることもできる……だから敵をたくさん倒すのが解放の1番の近道だな」

 

『チェリー 5点

toTAL5点 あと95てんでおわり』

 

「……チェリー? 桜井とかけてんのかな」

 

「中学生なんすから当然でしょ」

 

『あほの,,, 8点

TOTAl8点 あと92てんでおわり』

 

「お、俺結構いい線行ってね?」

 

『イナバ 0点

カッコつけすぎ 勘違いしすぎ』

 

「……」

 

稲葉はそれを見て、仏頂面のまま何も言わなかった。ガンツの採点がいつもより遅かったのは、このネタで稲葉をいじるつもりだったからなのだろうか?

 

『和泉くん 6点

total6点 あと94てんでおわり』

 

和泉は舌打ちをすると、壁に寄りかかった。あれほど待ち望んでいた戦いで思うように戦果が上がらなかったからだろう。

 

『ハゲ 3点

total3てん あと97点でおわり』

 

「ははは、ハゲって、私ィ?」

 

鈴木のおっちゃんは怒るそぶりも見せずに笑った。ひょっとするとこのメンバーの中で1番いい人かもしれない。

 

『レイカ 3点

TotaL3点 あと97点でおわり』

 

やはり、スーツを着せておいたおかげで初参加のメンバーも点を取れているようだった。俺は体のラインのくっきりとしたレイカのスーツ姿を見て何とも言えない気持ちになり、慌てて目を反らした。

 

『いなかっぺ大将 6点

TOTaL6点 あと94点でおわり』

 

風はティラノサウルスとトリケラトプス1体ずつだけだったが、武器なしであの巨体と戦ったのだから、ある意味俺より強いかもしれない。

 

『咲夜ちゃん 19点

TotaL37点 あと63てんでおわり』

 

咲夜はやはり安定して点を取っているようだった。この調子でいけば、俺より先にまた100点を集めきってしまうのではないか。

 

『玄野くん 17点

total59点 あと41てんでおわり』

 

咲夜にティラノサウルスを取られてなければなー、と思わなくもなかったが、甘んじて結果を受け入れることにする。残るは加藤の点数だけだった。

 

『加藤ちゃ(笑) 43点

TOtal49点 あと51てんでおわり』

 

「すっげ! 流石リーダー!」

 

「いや……多分まぐれなんだが……」

 

加藤は、照れ臭そうに呟く。そういえば加藤はなんだかんだ言って点の取れそうな敵を次々と上に送っていた。ラスボスを送ったのもかなり点数に貢献しただろう。

 

採点が終わると、加藤は立ち上がった。

 

「……これで今回のミッションは終わりだ。家に帰れる」

 

「頭爆発しないよな?」

 

「ああ。普通に生活できる。だけど、この部屋のことは言ったらダメだ。その時も頭バーンらしい」

 

そう言うと、皆が凍りついた。咲夜は皆の不安を払拭するためか少し笑って、

 

「気をつければいいだけですよ。前にこの部屋にいた人が運営していたんですが、黒い球の部屋っていうサイトでガンツについて言及しても管理人の人は死んでませんでしたし」

 

「その人ってどうなったんすか?」

 

「戦いで死にました」

 

「………」

 

部屋を微妙な空気が支配した。咲夜も今のは失敗だと思ったようだが、これ以上は何も言わなかった。

 

「……ま、これからはそれを心に留めて生活してくれってことだ。それと戦いで生き残るために訓練をしようと思うんだが、参加する人は手を上げてほしい」

 

すると、和泉を除いた新メンバー全員が挙手した。まあ生き残るためなのだから、こういうときに参加したくないという人間は稀だろう。

 

「集合場所は俺の家でいいよ。人に話を聞かれる心配もないし」

 

「オッケー。じゃあ計ちゃん、後でもいいから皆に住所教えといてくれ」

 

そしてお互いに連絡を取れるよう携帯電話の番号を交換して、解散することになった。

 

 

 

 

 

 

ミッションの次の日、私は仕事を休んである町の繁華街に来ていた。辺りは平日の昼間だからかそれほど人はいないものの、様々な店が立ち並んでいた。

 

「ここかしら」

 

私は、あるホストクラブの前で足を止めた。あの吸血鬼たちのリーダーのくれたメモを見ると、確かにここで間違いないようである。

 

私がそっとドアを開けて入ろうとすると、後ろから突然声をかけられた。

 

「おい、今は閉店中だぜ」

 

振り向くと、後ろにいたのはスキンヘッドの男だった。並みならぬ眼光で、一目で常人ではないとわかる。しかし彼が吸血鬼だったとして、どうしてこの太陽の中にいられるのだろうか。

 

「ここに呼ばれて来たんですが……日中はここの人たちには会えないということですか?」

「呼ばれて……ああ、そういうことか。そういえば氷室がそんなこと言ってたな」

 

男は私が来ることを告げられていたのを思い出したらしい。ドアを開けると、「入れ」と言った。

 

指示通りに中に入って地下への階段を下りていくと、そこでは大勢の吸血鬼たちがばか騒ぎをしながら、拳闘を見物していた。

 

「なんだお前」

 

私の目の前でヤジを飛ばしていた吸血鬼の1人が、私に気づいた。

 

「おい、誰があの女を連れてきたんだ?」

 

「……俺だ」

 

そう言って吸血鬼たちの中から進み出てきたのは、昨日の男だった。

 

「とりあえず立ったまま話すのも何だし、カウンターにでも座りながら話そうぜ」

 

「そうですね。ちょうど喉が渇いていたところです」

 

私と男はカウンターの端の方で並んで座った。男は煙草の煙をくゆらせながら、「まず」と話を切り出した。

 

「名前を教えてくれ。いちいちあんたって呼ぶのも面倒なんでな」

 

「十六夜咲夜と申します。あなたは?」

 

「……氷室だ」

 

「分かりました、氷室さん。それで、取り引きについてですが、私はあなたたちの知りたいことを教えてあげるので、その代わりにスカーレット家との連絡を取らせてほしい、ということです」

 

教えると言っても私が直接話せばガンツに殺されるかもしれないので、間接的な形にはなるが、西のサイトのことを教えるしかない。しかし取引材料としては十分成立するはずである。氷室は少し考えながら、訊いてくる。

 

「メンバーの住所も教えられるのか?」

 

「……それは私は知りませんし、あなたに教えても何も意味はありません。まあその辺りは後で全部分かると思いますが、何故言えないのかは私の口からは話せません」

 

そう言うと、氷室は少しいぶかしむような目でこちらを見た。おそらく装備については知っていてもガンツのルールについては全く何も知らないのだろう。

 

「……黒い球の部屋というサイトを見れば多分あなた方の知らない情報があると思いますよ。メンバーの1人が書いてたんです」

 

これならおそらく言ってもセーフだろう。氷室は仲間の1人を呼んでそれを確認させると、それを信じたようだった。氷室はポケットから携帯電話を取り出し、私に渡した。

 

「約束の連絡手段だ。携帯ごとくれてやる」

 

……確か紅魔館にも黒電話はあったが、どうやってそれと繋がるのか、そして結界を越えて繋げることができるのか疑問点は尽きないが、とりあえずお嬢様に電話をかけてみることにした。

 

しばらく呼び出し音が続いていたが、やがてがちゃりと誰かが電話に出た音がした。

 

「……もしもし、咲夜です。お嬢様ですか?」

 

そう言うと、電話の向こうで息を呑む気配がした。そしておそるおそるといった調子で返答が来た。

 

「もしかして、本物の咲夜?」

 

「はい。お嬢様に殺されてから色々あって、今は外の世界にいる吸血鬼の人から電話をもらってかけています」

 

「氷室ね。……本当にごめんなさい。うっかり手が滑っちゃって。絆創膏はっときゃ治るでしょって思ったのも……」

 

「今何してましたか?」

 

「フランと鬼ごっこ」

 

……本当に反省しているのだろうか? 私はお嬢様を問い詰めたくなったが、何とかそれを抑え込み、話を続ける。

 

「……とりあえず、私はそちらに帰りたいんですが、こちらから結界を越えるのは無理みたいで。お嬢様の方から何とか私を連れ戻すことはできないでしょうか」

 

「できなくはないけど……準備のために今すぐというわけにはいかないわ」

 

「あとどれくらい待てばいいんですか?」

 

「結界を越える旨を紫に伝えたり移動自体に時間がかかるからあと3ヶ月くらいかしら」

 

あと3ヶ月。その間だけ生き残れば、私は自由になれるのだ。

 

「それさえ確認できればいいです。……後で電話をかけるので、一旦切らせてもらってもいいでしょうか」

 

「分かったわ。こっちもすぐに結界を越える準備に取りかかるから」

 

通話を切った後、私は帰還のめどが立ったことの興奮で上がった心拍数を深呼吸して抑えると、氷室の方を見る。しかし氷室は誰かが持ってきたらしいパソコンに目を落とし、例のサイトを開いていた。

 

「ありがとうございました。……ところでそれを読んで、メンバーを殺すことが無意味だということ、知っていただけたでしょうか」

 

そう言うと、氷室は少し顔をしかめ、

 

「確かにその通りだが、この理屈だと常にお前たちを殺し続ければ後続の奴らは弱いままってことだろう? 際限はないが、害虫駆除と同じだな」

 

「そうですか」

 

彼らが私たちを狙う理由は知らないが、おおかた以前にガンツのターゲットにされたというところだろう。だが、流石に私も日常生活で襲われてはひとたまりもない。入浴中、睡眠中はどうしても無防備になる。

 

「……他のメンバー全員は無理でしょうが、せめて私だけでも襲う対象にしないということはできないでしょうか? 私もあなた方には一切戦闘を仕掛けないので」

 

「不戦協定ってことか」

 

氷室はじっと考え込み始めた。他のメンバーだけでなく私も殺すことにこだわってお嬢様と敵対するか、条件を呑むかを天秤にかけているのだろう。だが、際限なく湧いてくるメンバーの1人を殺すのと友好関係にある勢力と敵対することは、とてもではないが割に合わないはずだ。

 

「……そうだな。お前とは戦わないよう仲間に伝えよう。だが、他のメンバーに対しては……」

 

「前と変わらず、襲撃する方針のままってことですね?」

 

「そうだ。納得できないならこの取り引きはなしだが」

 

「いえ、これで結構です」

 

もともと攻撃的だった彼らをここまで譲歩させたのだから、これ以上の要求をすれば取引自体が破談になる恐れがある。ここが引き際だろう。私がお礼を言って立ち上がろうとしたその時、黒服の男たちに連れられて数人の女がクラブに下りてきた。

 

女たちはきょろきょろと周りを見回し、拳闘を見てきゃあきゃあと高い声をあげている。女たちへ集まる目線は獲物を見る目で、女たちがこれから悲惨な運命を辿るであろう人間であることは一目瞭然だった。

 

氷室はそちらをちらりと見ると、私の方に顔を向けた。

 

「そういえばここにはうまい酒があるんだ。……あんたがすぐここを出るつもりじゃなかったら奢ろうと思ってたんだが」

 

美味しい酒、と聞いて少しだけ食指が動いた。玄野の家には酒など無かったし、安価なビールというものを飲んだら不味くてとても飲めたものではなかったのである。

 

おそらく飲むと答えれば、先ほど連れてこられた女たちが殺されるのを見ながら呑む羽目になるだろうが、久々に美味しい酒にありつけるかもしれない。その誘惑に勝てなかった。

 

「……ちょっとだけいただきます」

 

それを聞いた氷室がバーテンダーに何やら注文をすると、血のように赤いカクテルが運ばれてきた。その時、耳障りな叫びが聞こえてきた。

 

「きゃああーっ! 何? 何なの?」

 

見ると、連れてこられた女の1人がたらいの前で組伏せられていた。突然の窮地に戸惑い、悲鳴をあげていたが、その横にいた男が日本刀を振り下ろして首を飛ばすと、途端に静かになった。

 

「毎日こんなことしてるんですか?」

 

「まあな。スカーレット家ではやらないのか?」

 

「……ちゃんと気絶した状態で解体する分、人道的だと思いますよ」

 

人間を気絶させるのも調理するのも私の仕事のうちだった。そのおかげで人をうまく気絶させる技術を身に付けられたのだが、それが未熟なうちは血の鮮度を保つためにも麻酔薬は使えないので、生きたまま調理しなければならなかった。殺すことに人道的だとか冷酷だとかを持ち出すこと自体がお笑い草だが、痛みをできるだけ与えないようにするのが私の流儀なのである。

 

「はは、人道的ねェ……」

 

氷室は片頬にうっすらと笑いを浮かべていた。何故か小馬鹿にされたような気がして不愉快だったが、グラスの中のカクテルは透き通るような甘味で、確かに美味しかった。

 

「……あんた、感性はわりと俺たちに近いみたいだが、仲間になる気はないか?」

 

カクテルを飲み終わってクラブから帰ろうとした時、氷室はそう提案してきた。お嬢様にも同じ事を言われたことがあるが、私の答えはいつだって決まっている。例え感性が吸血鬼に近くても、私はずっと私でいたいのだ。私は地上へ戻る階段を上りながら、短く答えた。

 

「お断りです。またの機会に」

 

 

 




ラプトルサンは総数42匹(点数から逆算しました。間違ってたらすみません)計算です。

ところで黒電話って今でも使えるのが驚きですよね。どうやって携帯電話と繋げてるのか不思議すぎです。


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23、短い安息日

 

 

 

久々の休日なので、私はソファに座って、どこそこの花が満開だとか、美味しい菓子屋だとかを放送する面白くもないニュースを眺めていた。

 

正直に言うと、私は無趣味な人間だ。以前は忙しすぎて趣味などする暇は無かった。そのため、こちらに来てから仕事のない時間はこちらの世界の知識を集めることで潰していたが、最近はおおよそ生活するだけなら申し分ない程度には知識が身に付いたので、することがない。

 

玄野は学校に行きたくないと言っているが、今度私が学校へ行ってみようか、などと考えていたりする。私はテレビを消すと、ソファの上でごろんと横になった。

 

するとその時、ドアの開く音がした。玄野が学校から帰ってきたのだろう。

 

「ただいま。皆は?」

 

「まだ来てません」

 

今日は和泉を除いた全員で集まって訓練をする日になっていた。しかし集合までまだあと50分もある。まだ皆は来ないだろう。

 

そう思いながら、私はテーブルの上にある銀色の携帯電話を眺めていた。これをもらって以来お嬢様からよく情報を得ているのだが、どうもこちらの世界には何らかの危機が迫っているらしい。

 

何でも月の都で地球へ向かってくる巨大な物体が観測されたそうで、しかもそれは自然でない動きで真っ直ぐこちらへ向かおうとしているのだという。

 

「多分誰かが中にいるんだろうけど、ろくな目的じゃないでしょうね」

 

とお嬢様は言っていた。おまけにその謎の物体がやって来るのはお嬢様が私を回収する前後になるということで、準備を急がせているらしい。

 

しかし地球規模で攻撃されるなら、結界に囲まれている幻想郷といえども関係ないはずはない。準備が間に合っても意味がないのではないかと聞くと、お嬢様は事も無げに答えた。

 

「私には理解できないんだけど……月の都の奴らが言うには、月から観測できる距離を一気にワープ航法で詰めて来られない科学文明じゃ、月も、そしてあなたが属してるチームにも勝てないだろうから大丈夫ってことらしいわ」

 

わーぷという言葉はよく分からなかったが、後で調べてみると物を一瞬で別の場所へ移す技術のことらしい。確かにガンツは私たちを自由な場所に転送していたが、それさえもできない者たちの文明など恐るるに足りないということなのだろう。つまりお嬢様は、仮にその来訪者たちと戦争になっても最終的に地球と月が勝利できるから、それに私が巻き込まれる前に回収しようという腹なのだ。

 

ちなみにお嬢様がガンツチームのことを知っているのは私が教えたからではなく、私をここに送り出した例の亡霊に聞いたのだという。というか幽々子も知っているのなら教えてくれればよかったのに。ガンツもそうだが、死人を扱う立場に長く居るものは他人への配慮に無頓着になるのかもしれない―――

 

そう思っていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。

 

「おーい、来たぞ」

 

 私が玄関の戸を開けると、そこにはすでに全員が集合していた。加藤、坂田、桜井、風、レイカ、鈴木、稲葉の7人である。鈴木は私を見て、「なかなか来ないと思ってたら……もう来てたんだね」と驚いていた。そういえば玄野と一緒に暮らしていることは教えていなかった。

 

「玄野さん。皆来てますよ」

 

「悪りぃ、ちょっと待ってくれ! 銃を鞄に入れてる」

 

 私たちは玄野がやって来るのを待って、練習場である廃墟へ移動した。

 

 

 

 

 的の描いてあるコンクリートの壁が弾け飛んだ。私は飛んでくる破片を打ち払いながら、持ってきたマジックで新たな的を増やしていく。私はふと的を描く手を止めて振り返り、先ほどから的に当てる練習をしているレイカを見た。

 

「レイカさん、私なんかより銃のスジはあるんじゃないですか」

 

「そうなの? なら嬉しい、かも……」

 

 レイカはそう言って、少し笑う。実際、私が最初に銃に触った時よりも的に当たる確率は高かった。反面刀を使う方はてんで駄目らしく、主武器はXガンにするつもりらしい。

 

「それでも、まだまだ玄野くんとか十六夜さんには及ばない……」

 

「簡単に及ばれたら困りますし。それに私たちだけじゃなくて、他の新しいメンバーの方々もお強いですから、気を抜かない方がいいですよ」

 

 私は加藤からステルスの方法を教わっている稲葉と鈴木の方を示した。彼らもレイカと同様、何の能力も無い一般人だが、それぞれ最善を尽くして強くなろうとしているようだった。……もっとも、稲葉は時折レイカや私の方をちらちらと見てくるので、別の目的もあるのかもしれないが。

 

 ちょうど私と目が合い、稲葉は決まりが悪そうに目を逸らした。前回で私を裏切者扱いしたせいで少し関係がぎくしゃくしているが、そのうち時間が解決してくれるだろう。

 

「……ちょっといいですか、十六夜さん」

 

「何ですか、桜井さん」

 

 私を呼んだのは、桜井だった。この念力使いも常に能力を使い続けるのは大変なので武器を使うことにしたのだという。そんなわけで1人の例外(風)を除いて全員がある程度銃の扱いに慣れてきていた。

 

「稲葉さんの後ろを取ったときの瞬間移動ってどうやってやるんすか? それ用の武器もありませんし」

 

「……あ、それは私個人の能力なので、ちょっと他の人にはできないと思います」

 

「十六夜さんの能力?」

 

 桜井は不思議そうに訊いてきた。そういえば私の能力についても説明していなかった。まあどうせ加藤や玄野が言ってしまうだろうし、連携の時にそれぞれのできることを把握しておいた方がいい。私の方から説明しておいた方が早いだろう。

 

「まあ、桜井さんみたいに私もちょっとした能力があるんです。ほんの数秒ですが、時間を止められるっていう」

 

「……マジっすか?」

 

「信じられないなら信じなくてもいいんですよ?」

 

 私がくすっと笑うと、坂田が「なーるほど」と言ってやって来た。

 

「最近信じられねーことばっかり起こってるし、超能力者が俺たち以外にもう1人いたところで誤差みてーなもんだろ」

 

 坂田の論法は強引だったが、何となく説得力があったため、桜井も「確かに……!」と納得していた。

 

「師匠……弾丸止めるみたいに俺らも時間止められますかね」

 

「できねーよ! まず俺たちが干渉できるのは存在するモノだけだ。時間とか空間そのものには影響を及ぼすことは無理だ」

 

 坂田がそう言いながら、玄野と加藤を見て、訊いてくる。

 

「……ひょっとしてあの2人も何かの超能力もちか?」

 

「いえ。彼らは純粋に装備と工夫で戦っていますよ。私たちみたいに、ズルいことはしてません」

 

「ズルい、ね。あんたもこういう能力を持つってことは不公平なことだと思ってるのか?」

 

 超能力を持つことに対して、坂田はどこか思うところがあるらしい。2人とも後天的に能力を習得したらしく、能力のない時期があったことが関係しているのかもしれない。

 

「……私は全体的な結果さえよければ公平とか不公平とかは問題じゃないと思いますよ。そういう能力は誰がもつのか、じゃなくて持った人がどう使うかが重要でしょう」

 

「……ま、そうだよな。俺もできるだけうまく使えるよう頑張っとくことにする」

 

 坂田はそう言うと、「ありがとな」と答えて、向こうの方へ歩いていった。

 

 

 

 

 訓練を終え、私たちが家に戻ると、中から「おかえりなさい」と言う声が聞こえてきた。小島多恵の声である。どうやってこの部屋に入ったのか、と玄野に訊いてみると、合い鍵を預けたのだという。私はスーツと銃をどこに隠しておくか頭を悩ませながら、台所に入った。

 

「あ、十六夜さん。今日の夕食作ってあるよ」

 

 驚いたことに、小島はすでに台所で肉じゃがを作っていた。私が「玄野さんと一緒にテレビでも見てればいいのに……」と言って手伝おうとすると、「いいよ。たまには十六夜さんもお休みがいるでしょ。それに私、肉じゃが作るの得意なの」

 

 そうは言われても私は仕事以外にすることがない。とりあえず黙って使った調理器具を洗っていく。

 

「……あ、ありがとう。でも本当に大丈夫よ」

 

 小島はそう言うが、何か仕事をしていないと本当に落ち着かない。職業病というやつだろうか、と思いながら黙々と手伝いを続ける。すると小島は味見をしながら、話しかけてきた。

 

「私、一度手料理を計ちゃんに食べてもらいたかったの。でもいつも十六夜さんがいつの間にか用意してるでしょ? だから、驚かしてみたくて」

 

「……なるほど」

 

「だから、さっき十六夜さんに驚かして休みあげるってのは嘘ね。十六夜さんばっかり玄野くんにご飯を作ってあげてるのがちょっと悔しくて……」

 

 小島は私をちらりと見て、笑った。

 

「あなたは好きな人、いる?」

 

「………いませんし、いたとしても教えないと思いますね」

 

「まあいいや。でも十六夜さんに好きな人できたら、相手の人は幸せだと思う。ご飯作るのうまいし、美人だし」

 

「それはどうも」

 

 私がそう言うと、小島ははっとしたかと思うと、慌てた様子で付け加えた。

 

「でも、計ちゃんは取らないでね! お願いだから」

 

「こっちから願い下げですよ。安心してください」

 

 小島はほっとしながらもどこか納得いかないというような複雑な表情を浮かべると、出来上がったらしい肉じゃがをお椀によそい、ダイニングに持って行った。

 

「計ちゃん! 今日私が作ってみた!」

 

「え? 何!? タエちゃんの手料理⁉」

 

 向こうから、2人の楽し気な声が聞こえてくる。私は2人の間にある暖かさを、何となく微笑ましいような、近づきがたいようなもののように感じ取っていた。

 

「咲夜、タエちゃんの肉じゃがうまいぞ。食べてみろよ」

 

「……いえ、ちょっと急用ができました」

 

「どうしたんだ? 仕事?」

 

「まあそんなところです」

 

 たまには恋人水入らずというのもいいだろうし、私がいるのは場違いのような気がした。だから、私は連絡用の携帯電話と上着を着ると、玄野の家を出た。

 

(帰る所、か……)

 

 私は玄野の部屋の方を振り返って、そう思った。ここは仮宿にすぎない。紅魔館にこそ私の居場所があるのであり、本来ここには私のいるべき場所は無かったのだ。

 

 自分が望郷めいた心を抱くことがあるなどとは数カ月前まで予想していなかったが、玄野と小島のやりとりを見て、連続する戦いで凍り付いていた心がほんのちょっぴり融けたらしい。私は少しだけ弱気になった自分を励ますように、ぴしゃりと両の頬を叩いて、星空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 新しい朝が来た 希望の朝が……

 

「よーし、皆、死者を出さないように頑張ろーぜ!」

 

 リーダーの加藤の声が響く。それに皆が応える中、俺ー稲葉ーだけが黙っていた。あのおそろしい恐竜たちと戦わせられてしばらくした夜、俺はまたこのガンツの部屋に転送されたのである。周りには新たなメンバーも加えられていて、加藤はそいつらにも1から説明をしていた。

 

(……もう嫌だ。何度繰り返せば終わるんだよ……)

 

 一応訓練はしたが、あんな恐ろしいバケモノに立ち向かえる気が全くしない。横にいる鈴木のおっさんも頑張るなどと言っているが、どうせ俺と同様皆の足を引っ張るだけだろう。

 

(こちとら、お前らみたいに特別な能力とか才能とかねーんだよ!)

 

 風のようにべらぼうに強いわけではないし、坂田のように超能力があるわけでもない。俺は、無力な一般人にすぎない……。

 

「どうかしましたか、稲葉さん」

 

「……うわっ!」

 

 突然後ろから声がして、俺は振り返る。声で何となく予想はしていたが、そこにいたのは十六夜だった。

 

「ぼーっとしてたら死にますよ。でも訓練しましたし、ちゃんと戦えば大丈夫です」

 

「……ほんとにそうかな」

 

 俺はてっきり十六夜から恨まれていると思ったが、向こうはそうは思っていないらしい。他の皆と変わらず、俺に接してきた。ちらりと顔を見ると、俺や数人のメンバーに少なからず浮かんでいる不安の色は、十六夜の目には全くもって存在していなかった。

 

「……あんたは死ぬのが怖くないのか?」

 

「まあ怖いですが、それを今心配したところで戦いは有利にならないので」

 

「……そうか」

 

 見ると、加藤や玄野の目も不安は浮かんでおらず、どう生き残るかというエネルギーが満ちているようだった。

今まで生き残ってきた者たちのオーラ、平たく言ってしまうとカッコよさは、俺と比べものにならない。

 

(俺も、あいつらみたいになれるのか……?)

 

 俺が不安と羨望、死の恐怖の入り混じった状態で十六夜の方を見ていると、敵の情報が表示された。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

 ゆびわ星人

・特徴 つよい、でかい

・好きなもの うま

・自分よりちいさいものを憎んでる

・口ぐせ 無言』

 

 

 

 




活動報告の方に書いておきましたが、本当にこちらも不定期になっています。毎週あると考えていた人には申し訳ありません。

坂田師匠、他のメンバーにも超能力教えればよかったのに……というのは禁句です。教えようと思う人に条件があるのだろうとは思いますが。


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24、急転直下

 

 

 

巨大で、擬態することができそうにない星人は、いつもはどうやって人目を逃れているのだろうか。

 

私は目の前にいる墨を塗ったように黒い、巨大な馬上の騎士ーゆびわ星人を見上げて、そう思った。

 

…まあ何にせよ、これを倒すのが今回の仕事というわけである。私に気づいたゆびわ星人は馬を駆って地響きを轟かせながら、こちらへ向かってくる。

 

「皆! 複数いるぞ! 気をつけろ!」

 

背後から加藤の声が聞こえてくる。これと同じものが複数いるとなると、今回は少し苦戦しそうである。目の前にいるゆびわ星人を倒したら、すぐに他のフォローに回らねばならないだろうーそう思ったちょうどその時、漆黒の騎士はすぐそばまで肉薄し、斧を振り上げていた。

 

衝撃が両腕の骨を震わせた。刀でしっかりと防御し、威力を殺す。力がつりあい、完全に動きが止まったところで、膠着状態となる。その瞬間、私は刀を振り抜き、斧を弾き飛ばした。

 

ゆびわ星人は仰け反り、上体を泳がせる。私はその隙を逃さず、Xガンを引き抜いて乱射した。いくら当てるのが苦手と言っても、これほど巨大な相手であれば当たらないはずがない。

 

ゆびわ星人は身体中のそこかしこを飛散させ、ようやく死に気づいたかのように、のろのろと倒れた。

 

「……1体目っと」

 

思いのほか呆気なかった。私はゆびわ星人が確かに死んだことを確認すると、助けが必要な他のメンバーを探すため、目を走らせた。

 

風は相変わらずの徒手空拳で、敵のサイズすら無視して戦っている。多分彼は大丈夫だろう。そして2人の念力使い、玄野、加藤も難なく撃破したようで、次の標的を探していた。和泉も苦労した様子もなくゆびわ星人の首をはねていた。

 

「おわあっ! く、来るなーっ!」

 

情けない悲鳴のした方に顔を向けると、稲葉が追ってくるゆびわ星人から逃げ回っているところだった。銃も取り落としたらしく、丸腰である。

 

「稲葉くんっ! 銃拾ってッ!」

 

鈴木は牽制のためか、ゆびわ星人に向けて何度も引き金を引く。そして次の瞬間、ゆびわ星人の頭部が炸裂し、ぽたぽたと文字通り血の雨を降らせた。

 

「……十六夜さんッ!強かないよこいつらっ!」

 

「そうですね。でも油断しないでくださいよ」

 

鈴木は頷くと、他のゆびわ星人を倒しに走っていく。

 

戦いの芻勢はすでに決まっていた。残り数体となったゆびわ星人は、次々と勝利して集まってくるメンバーに押され、1体ずつ倒れていく。

 

だが、最後のゆびわ星人を倒す直前、思いもかけない事態が発生した。

 

「計ちゃん! 星人の前に一般人がいるぞ!」

 

加藤が指差す先には1人の女の子が立っていた。そして私はその顔を見て、彼女が玄野の彼女ー小島多恵であることに気づいた。

 

手には大きな紙袋を抱え、鼻歌を歌いながら歩いている。やはり私たちの存在もゆびわ星人の存在も知らないようである。

 

玄野もそれに気づいたらしく、見る間に顔が青くなっていく。しかもゆびわ星人はその心配を裏切らず、斧を振り上げる。小島を斬るつもりだー

 

そう思った瞬間、隣の玄野と加藤はすでに飛び出していた。私もフォローのため、少し遅れて走り出す。

 

先頭の玄野は小島のいる所まで到達すると、とっさに伏せさせる。その直後、小島のいた空間を肉厚の刃が通過した。

 

ゆびわ星人がもう一度斧を振り上げたそのとき、加藤が引き金を引いた。ゆびわ星人が振り上げた右腕にワイヤーが絡み付き、そばにあったビルの壁に固定される。

 

私はゆびわ星人の動きの止まった一瞬を狙い、頭部に数発撃ち込む。

 

派手に内容物を振り撒きながら、ゆびわ星人の頭は吹き飛んだ。これで最後だろう、と思って加藤の方を振り返った。

 

「まだ油断しない方がいい。ボスが残ってるかもしんねー」

 

そう言って加藤は周りを警戒していたが、やがてレイカの転送が始まったのを見て、ふっと緊張を解いた。

 

「計ちゃん、終わったぞ」

 

加藤が呼ぶと、玄野は頷いてこちらへやって来た。だが、様子がどことなくおかしい。

 

「バレた……かもしれない」

 

「何が?」

 

「俺があの子を助けるときに、俺が誰かってことに気づいたみたいでさ。計ちゃんって言われたんだよ」

 

「……」

 

加藤と私は黙って玄野の顔を見た。小島がなぜ存在を認識できないはずの玄野を察知することができたのかは全くもって不明だが、とにかく存在を知られてしまったのだ。頭が破裂してもおかしくないー

 

しかし、その心配は杞憂だったようで、いつまで経っても変化はなかった。

 

「たぶん大丈夫だろ。ほら、ガンツについては何もわかっちゃいないはずだし」

 

「…ああ、きっとそうだ。情報をもらしたわけじゃないもんな」

 

玄野の言葉に加藤が賛同したが、本当にそれで大丈夫なのだろうか。あるいは西の言っていたことが嘘だったのか。私の心配をよそに玄野は楽観しているようで、加藤と話し続ける。

 

「まあいいや。それより死んだやつは?」

 

「0だ。新しく入ってきたやつ含めて、0だ」

 

「やったな。なあ咲夜、これって俺たちがここに来てから初めてじゃねーか?」

 

「……そうですね」

 

私の歯切れが悪いのに気づいたらしく、加藤がこちらを見た。

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ。さっきの玄野さんの正体がばれたってのが引っ掛かって」

 

「心配しすぎだって」

 

「ならいいんですが……」

 

そう言ったとき、私の転送が始まった。

 

 

 

 

私が部屋に戻ってきたとき、メンバーは沸き立っていた。新しく入ってきた6人はわけが分からないというように呆けた顔をして立っていたが。

 

「っしゃ、死者0いけたぞ!」

 

「訓練したらちゃんと強くなれるってことかな」

 

私の後に玄野、加藤が戻ってきて、点数が表示されていく。ゆびわ星人はあの程度の強さで10点だったらしく、私は20点が追加されていた。

 

「なあ、これからどうなるんだ?」

 

新しく入ってきた男たちの1人が聞くと、加藤は「玄関が開いてるから、そこから帰れる」と答えた。

 

5人の男たちはさっさと去ってしまったが、新しいメンバーの中で唯一の女とレイカが話していた。

 

「私、輪姦されちゃって……」

 

「大丈夫。警察呼んであげるから」

 

どうやらあのメンバーの5人に犯されたらしい。とんだ厄介者が入って来たものだなと思っていると、玄関の方で玄野の困惑する声が聞こえてきた。

 

「あれ……開かねーぞ」

 

 がちゃがちゃと取っ手を回そうとする音だけが聞こえてくる。一体何をしているのだろうか。

 

 私が扉の方に歩き出そうとしたその時、

 

 新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け……

 

「またっすか?」

 

 ガンツの傍にいた桜井が、怪訝そうにそちらを見る。加藤も、突然の事態に戸惑っているようだった。

 

「十六夜さん。今まで連続してあったことって……?」

 

「ないですよ。私たちも、今日が初めてです」

 

 レイカに答えた瞬間、敵情報が表示される。そしてそれがある意味では玄野に課せられたペナルティでもあることは一目瞭然だった。

 

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

 

《小島多恵》

・特徴 小さい よわい

・好きなもの マンがお描く

・くちぐせ ケイちゃん』

 

 これを見た瞬間、私は頭を回転させ、これから起こる事態を予想した。

 

……まず玄野はどう動くのだろうか。小島を助けるのか、それともターゲットとして殺すのか。しかし西のサイトからターゲットは必ず殺さねばならないわけではないという情報を彼はすでに持っているので、小島を守る動きに出る可能性が高いだろう。

 

加藤や鈴木は玄野に味方するだろうが、反対に和泉や今回新たに入って来たメンバーは小島を躊躇いなく狩るに違いない。風や稲葉などはどちらに与するのか予測しづらいので放っておくとしても、どのみちチームは2分される。

 

問題は、私がどちらの陣営に身を投じるかということである。

 

一切関わらずに中立の立場をとるというのは益が無いし、かといってどちらへ行ってもメリットデメリットが存在する。

 

まず和泉の陣営に行く場合はミッション失敗のペナルティを受けるような危ない橋を渡る必要がなく、無難である。そして玄野側に行くと、「全員の点数をゼロに戻すことができる」というメリットが存在する。私にとっては減点は損失ではないし、むしろ他のメンバーを残留させられるという点で好都合だった。ただしその場合だと後で15点を取らねば殺されるので、リスクは伴う。

 

「……おい、玄野。何考えてる?」

 

 隣で和泉の声が聞こえてきて、私はそちらを見た。するといつの間にか玄関から戻って来ていた玄野がガンツに目を釘付けにされながら、じっと立ち尽くしていた。

 

 ガンツへの憤り。恐怖。不安。緊張。玄野の表情が目まぐるしく入れ替わっている。他のメンバーも玄野の様子がおかしいことに気付いたらしく、視線が集まってくる。

 

「……俺を! 俺を一番最初に転送しろ!」

 

 玄野の叫びが、部屋にこだました。加藤が何か言おうと近づいたが、玄野の姿は頭から消え始めた。

 

「……やっぱり、あいつは小島を守る気か」

 

 和泉は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。するとレイカが不思議そうに訊く。

 

「なんでですか? 人間に似てても、相手は星人なんでしょう?」

 

「人間ですよ」

 

 答えると、皆の目は私に集まった。

 

「今回のターゲットは、玄野さんの恋人……彼女です」

 

 相手が人間だと分かると、途端に和泉を除いたメンバー全員がたじろいだ。その中で唯一坂田だけが声を絞り出すようにして訊いてくる。

 

「でもなんで今回は相手が人間なんだ?」

 

「……さっきの戦闘で、この人が玄野さんの正体を知ってしまったからではないでしょうか。加藤さんも聞きましたよね」

 

「……ああ。だから計ちゃんは、その……小島さんが誰かに殺されないように、守りに行ったんだと思う」

 

 加藤の言葉に、誰もが押し黙った。これから自分たちが戦う相手が誰かということを知ったのだから。

 

「まさか、人間だから殺せねーってことはないよな」

 

 その沈黙を破ったのは、和泉だった。

 

「星人は殺せて人間は殺せない? そういうの、偽善ッて言うんじゃないのか?」

 

 和泉がふっと薄笑いを浮かべたその時、転送が始まった。誰もが何も言い返さず見ているうちに完全にその姿は消失した。

 

「俺は……計ちゃんの方につく」

 

 加藤が呟くが、誰も応えない。ミッション失敗時のペナルティは全員に伝えてあるので死にはしないことは分かっていても、点を失うのが怖いのだろう。加藤はこちらを見て、訊いてくる。

 

「咲夜はどっちにつくつもりだ?」

 

「…………」

 

 私は、答えなかった。いや、答えられなかったというべきか。いつもは瞬時に判断を下すのだが、自分でも驚くほどの迷いが生じている。どちらをとれば利益が生じるかということだけでなく、単純に小島が死ぬことに少しの不快感を覚えるのだ。

 

(私もちょっと心が弱くなったかしら)

 

 間のいいことに私の転送が始まり、回答する必要はなかった。

 

 

 

 

 

 俺は転送されてくるメンバーを見やりながら、ターゲット―小島多恵の場所をレーダーで確認していた。玄野とすでに接触しているらしく、どこかへ移動している。

 

(玄野……)

 

 玄野の行動は、自分の彼女を守りたいという自己中心的なものだ。俺が正義、奴は他のメンバーを命の危険にさらすクズに過ぎない。メンバーの多くが俺についてくるはずだ。

 

 俺は他のメンバーを確認した。玄野の仲間になりそうなのは偽善者面の加藤、鈴木、あとは脳みその足りない桜井くらいか。坂田は現実を見ている方だし、十六夜は玄野と同じ古参とはいえ、合理的な物の考え方をしている。こちら側だろう。

 

「……ターゲットはこっちだ」

 

 俺がそちらへ向かって走ると、他のメンバーもついてくる。加藤の姿が見当たらないが、玄野のように先回りしているのだろうか。

 

 レーダーに表示されている家へたどり着くと、何をしようとしているのか改めて認識したのか、桜井が明らかに動揺した。

 

「……やっぱ俺ら、人を殺すってことっすよね……」

 

「黙ってろ。突入するぞ」

 

 俺が刀を伸ばしている後ろで新規メンバーの半グレどもが待機しているが、他のメンバーは動かない。

 

「十六夜は来ないのか?」

 

「突入が面倒なので、ここで待ってますよ」

 

 言葉は戦いを忌避しているように聞こえるが、眼はすでに何かを決めたように澄んでいる。俺が玄野たちを取り逃がしたところを横取りするつもりだろう。

 

「なら、先に行かせてもらう」

 

 俺は玄関の扉に刃を突き刺すと、そのまま斬り捨てる。その向こうで、ちらりと玄野の足が2階へ続く階段へと消えていくのが見えた。

 

「2階だ!」

 

 叫ぶと、俺は玄野を追って階段を駆け上がった。そして2人が入った部屋の扉を蹴破って中へ入ると、玄野が小島を抱えて窓から飛び降りようとする瞬間だった。小島は部屋に侵入してきた俺を見て、息を呑んでいた。

 

「タエちゃんはぜってー死なせない」

 

「玄野ッ!」

 

 俺が斬りかかろうとすると、玄野は怯える小島を抱えたまま、窓から躍り出た。

 

「……チッ」

 

 玄野を逃したことに苛立ちながらも、それほど焦りは感じなかった。まだ外には他のメンバーがいる。ここから逃げても袋叩きだ。俺が窓から玄野の落ちた方を見ると、やはり他のメンバーたちの視線を釘付けにしているところに、玄野はいた。しかし、銃を構えたのは、稲葉だけだった。

 

「玄野を殺せ! おい! 何やってんだ!」

 

 玄野は何も言わず、逃げ始める。俺がいくら言っても、動こうとしないばかりか、

 

「……玄野くん、逃げて!」

 

「早く! 今のうちに!」

 

 レイカと鈴木が叫んだ。玄野は頷き、走り続ける。このままでは玄野が離脱してしまうー俺がそう思った瞬間、玄野の足がぴたりと止まった。

 

「……咲夜?」

 

 玄野の進行方向には、十六夜が立っていた。十六夜は月明かりに照らされた刃を向けながら言う。

 

「残念ながら、あなた方2人は通せません。……玄野さん。小島さんをそこに置いていってはくれないでしょうか?」

 

 

 




そういえばホイホイのことをすっかり忘れていました。動物メンバーって扱いに困ってしまう……。扱いに困ると言えばレイカが好きになる相手が決まってないこともですけど。

誰にくっつけてもお話は展開できるのでとりあえずレイカとくっつく相手をホイホイor鈴木orガンツor稲葉でアンケート取ってみようと思います。

…もちろん冗談ですが、こうしてみると稲葉でもまだマシに見えてきますね。


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25、バトル・ロワイアル

 

 

 

「タエちゃん……俺の後ろにいてくれ」

 

 俺はそう言うと、タエちゃんを後ろへ下がらせた。タエちゃんは立ちふさがる咲夜を見て何かを言いたげにしていたが、黙って後ろにいた。対する咲夜は動かず、ただ刀を構え、真っすぐ俺に刀を向けている。

 

「玄野さん、私に小島さんを引き渡してください」

 

「引き渡して、お前はどうするつもりなんだ?」

 

「……分かったことでしょう」

 

 咲夜も敵に回ったらしい。その返答を聞いて、俺も持っていた刀を構えた。

 

「玄野さん。抵抗するなら、殺しはしませんが、腕の1本や2本は覚悟してもらいますよ」

 

「……俺は何本でも腕やってもいいけど、タエちゃんに手を出したら絶対許さないぜ」

 

「そうですか」

 

 言うが早いか、咲夜は刀を上段に構え、突っ込んできた。俺はかろうじて攻撃を受け止める。しかし咲夜は初太刀が受けられたのを気にする風でもなく、次々と打ち込んできた。

 

「くっそ……!」

 

 銃は俺の方が圧倒的に得意だが、刀に関しては咲夜のほうが経験値が高い。そのため、手数で圧倒する咲夜に、俺は何とか防御しながら、反撃できずにいた。

 

 襲い掛かってきた真上からの一撃を受ける。するとその時お互いに力が拮抗し、鍔迫り合いになった。ぎりぎりと刃を削り合い、嫌な音を立てる。俺と咲夜は交差した刀ごしに相手の顔を見つめた。咲夜の眼は、星人を狩るときと変わらず、鏡のような色だった。

 

「……咲夜は味方してくれると思ってたんだけどな……」

 

 俺が皮肉交じりに呟くと、咲夜はちらりと和泉達のいる方を見て、答えた。

 

「……玄野さん。今から私の言うことを聞いておいてください」

 

 

 

 

 

 

「……おい、玄野を十六夜が引き付けてる今がチャンスだ。俺たちで仕留めに行くぞ」

 

 和泉がそう言ったから、俺と他の5人の新規メンバーはそれについていこうと動き始めた。正直俺は人を殺す勇気というものはないが、一切躊躇わずに行動している和泉についていけば生き残れるのではないかと思った。だから、たとえこれが人殺しだったとしても、それは俺が生き残るために必要なことなのだと無理に納得することができたのである。だが、

 

ー俺は、計ちゃんの方につく。

 

 加藤の声が、まだ耳にこびりついていた。

 

(いや、あいつもやっぱり点数が欲しいに決まってる。だからまだ玄野を助けずにどっかに隠れてるんだ)

 

 そう考えながら俺は先に進もうとしたが、前に和泉が突っ立っていたので、立ち止まらざるを得なかった。

 

「おい、なにやって……」

 

「和泉さん。稲葉さん。これ、間違ってないか?」

 

 桜井、鈴木、レイカが立っていた。

 

「邪魔だ。どいてくれ」

 

「今回だけは、あの子、見逃すことはできないの?」

 

 レイカが言うと、和泉は不機嫌そうに答える。

 

「ああ。無理だね。点数が減るってことは、間接的にこれから誰かを殺すことになるかもしれないんだぜ。それを防ぐ……つまりこれからメンバーから死人を出さないためにも、ターゲットは狩る」

 

「でも、相手は人間なんだよ? 平気なの?」

 

「ああ、平気だね。人間だろうが星人だろうが。むしろ、お前らの方が偽善者なんじゃねーか?」

 

 そう言うと、風が黙って鈴木の方に、坂田は「俺はこっちかなー」と言って桜井の方へ行った。

 

「……点諦めるだけで、人一人救えるんスよ……」

 

「やめなって……俺ら相手に勝てるつもりなのか、あんたら……」

 

「楽勝だ。なめてるな、お前」

 

 和泉も声を低くし、一触即発といった雰囲気になる。そして次の瞬間、桜井たちの向こうで轟音が鳴った。玄野と十六夜が戦っている方だー俺たちがそちらを見ると、十六夜と玄野はお互いに少し離れた位置に立っていた。2人の周りはアスファルトがはげ、壁には無数の亀裂が入っている。しかしそんな凄まじい戦いの跡があるのに、両方消耗しているようには見えなかった。

 

 そして2人が刀を構えなおした瞬間、ばしゅっ、という音とともに、見慣れた3つのネットロケットが飛来した。それは咲夜に命中し、腕や体に巻き付いて、地面に固定してしまう。

 

「……計ちゃん! 小島さんを連れて逃げろ!」

 

 近くの家の屋根に、スパークを散らせながら加藤が姿を現した。どうやらあそこから十六夜を狙撃したらしい。玄野は刀を引っ込めターゲットを抱えると、逃げ去ってしまった。

 

「……逃がしましたか」

 

 十六夜は刀でワイヤーを切ると、俺たちのいる方へと歩いてきた。加藤も屋根から飛び降り、やって来る。

 

「……なぜ玄野を追わなかった?」

 

「加藤さんが足止めをしてくるのは間違いないので」

 

 言われた加藤は複雑そうな顔をして、十六夜を見ていた。多分彼女はどちらかというとあちら側ー桜井たちと一緒に戦うと思っていたのだろう。それが蓋を開けてみれば俺たちの側にいるのだから、裏切られたような気分になっているのだ。

 

「……とりあえず、さっきから屋根の上で聞いてたけど、そっちはもう計ちゃんたちを殺すつもりなんだな?」

 

 そう言う加藤に和泉は黙って頷くと、刀を振りかぶる。すると俺の後ろにいた男が威勢よく叫んだ。

 

「やっちまおうぜ!」

 

「え、ど、どうするの!? 戦うの?」

 

 戸惑うメンバーに、和泉たちは襲いかかった。相手は俺たちよりも訓練しているはずだが、不意を衝かれ、慌てふためいていた。そばにいた男が飛び出し、鈴木を狙う。

 

「俺はこのジジイをやるっ! 回りこめ!」

 

「鈴木さん、気をつけて!」

 

「分かったッ!」

 

 俺が戦い始めるメンバーたちを見て突っ立っていると、とん、と肩に手を置かれた。

 

「……なんだ?」

 

「お前は殴り合わんとか?」

 

 俺の後ろにいたのは、風だった。

 

 

 

 

 

 

 横にいる加藤は、和泉と激しく戦っていた。しかし和泉も訓練には来ていなかったが相当の強さだったらしく、戦いの主導権は常に和泉に握られているようだった。他も似たような感じで、風が稲葉と殴り合っているところ以外は皆が苦戦しているようだ。

 

「師匠……」

 

「ああ。来るぞ……」

 

 そして俺たちの相手は、咲夜だった。咲夜は周りを見回しながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 

「……十六夜さん。なんで、あっち側についたんだ?」

 

 俺が訊くと、咲夜はこちらを見て、

 

「私は常にチームのためを思っているので。だから、戦うとしてもあなた方は絶対に殺したりしませんよ」

 

「……もう勝てるみたいな口調だな」

 

 だが実際、俺は咲夜がいつ能力を行使してくるのか、ひやひやしながら彼女との距離を測っていた。殺したりはしないと言っているが、それでも無力化の手段はいくらでもある。足を駄目にしたり、Yガンで相手を縛ったりすればいいのである。

 

「師匠。どうしますか?」

 

「ステルスで行くぞ」

 

 咲夜相手に真正面から戦っても、勝ち目は薄い。俺たちの念力ならば彼女を即死させることもできるが、咲夜はこちらを殺す気は無いようだし、そもそもこの戦いが終われば仲間どうしなのである。脳血管破壊は使えない。ゆえにステルスで隠れながら彼女のスーツを破壊してしまえばいい。

 

 俺と桜井がスパークを散らしながら姿を消すと、咲夜も対抗するようにステルスモードを起動させていた。するとステルスで隠れたはずの咲夜の姿が見え、あちらもはっきりとこちらを見ているようだった。

 

「……え、見える?」

 

「ステルスモードを起動した者どうしなら、姿は見えるんです」

 

 周りは俺たちを気にせずに戦っている。見えているのはお互いに俺たちだけらしい。

 

「……師匠、やばくないですか」

 

「ああ……」

 

 咲夜は能力の特性上、不意打ち、あるいは遠方からの狙撃に弱いはずである。しかしお互いに相手の目の前に立っているこの状況ではそれはできないし、唯一可能性のあった奇襲攻撃の芽も潰された。正直、打つ手なしである。

 

だが、次の咲夜の一言で、俺が何とか立てようとしていた作戦は全て吹っ飛んだ。

 

「さて、これで私たちの姿は見えません。というわけで、ちょっと来てくれますか」

 

 咲夜はそう言うと、刀の刃を柄に戻して腰に戻すと、手招きをした。

 

「は? どういうことだ?」

 

 咲夜は周りを見回して会話を聞いている者がいないか確かめながら、唖然としている俺たちに、小声で答える。

 

「……あなたたちには、玄野さんの味方をしてほしいんです」

 

「ちょっと待ってください。和泉側だったんじゃ……」

 

「敵を騙すにはまず味方からと言いますよね。だからさっきも途中から玄野さんと一芝居打ったわけです」

 

 そういえば、あれほど激しい戦いのあとがあったのにも関わらず、2人とも消耗していなかった。ではあそこでの玄野との斬りあいは、八百長だったということか。

 

「え、じゃあ十六夜さんは……」

 

「このまま戦っていても埒が明かないでしょうし、今から和泉さんは自分のチームを2つに分けると思います。和泉さん自身は玄野さんの方へ向かうでしょうから、残った方を……」

 

 咲夜はくす、と人の悪そうな笑みを浮かべたが、すぐに無表情になり、「さあ、行ってください」と言った。

 

 

 

 

 

 

「おらあっ!」

 

 俺は刀で斬り払い、加藤を吹き飛ばした。壁に叩きつけられた加藤のスーツから、どろりとした液体が漏れ出てくるのが見える。加藤はもう戦えないだろう。

 

 もともとこれほど接近した状態では銃よりも刀の方が有利なのだが、それでも加藤は驚くべきタフさで立ち上がってくる。俺は加藤が落としたYガンを拾うと、そのまま俺のガンホルダーに回収する。スーツが無くてもこれがあれば奴はまだ戦おうとするだろうし、Yガンが対人戦において最も強力な武器に違いないからである。

 

「ま、待てっ!」

 

 追いすがろうとする加藤を振り払い、俺は疾駆した。

 

(くそっ、時間をロスした……!)

 

 早く追いかけなければ、玄野を倒して小島を始末することができなくなる。……追いかけるチームとここで足止めするチームに分けた方がいい。

 

「……何人か俺についてこい! 後の奴にここは任せる!」

 

 俺が叫ぶと、1人の男、そして風と絶望的な殴り合いをしていた稲葉が逃げ出し、こちらへやって来るのが見えた。

 

「……なんでわざわざ殴り合ってたんだ?」

 

「気づいたときにはもうそんだけ近づいてきてたんだよ!」

 

 ……稲葉でもいないよりはましだ。弾避けくらいにはなるだろう。

 

「十六夜は……来ないか」

 

 まああの新しいメンバーだけでは不安だし、そちらの方が安心してここを任せられるだろう。

 

「行くぞ!」

 

 小島はいくら隠れてもレーダーで位置を確認することができる。玄野もそれは重々承知だろうし、小島の周辺では玄野の奇襲を警戒しなくてはならない。……地図上では小島はタクシーにでも乗ったのか、高速で光点が移動していたが、やがてメンバーの行動可能範囲内で止まる。範囲外に行かれては打つ手がないので、僥倖だった。

 

 そして俺たちがようやく小島のいる場所へ到着したとき、20メートル先に2人の姿をみとめた。

 

「おとなしくしろ玄野! 3対1だ!」

 

 俺たちが銃を構えると、玄野はゆっくりと俺の方を向いた。

 

「計ちゃん……」

 

 小島は玄野の影に隠れ、不安そうに呟く。しかし玄野は追い詰められているのにも関わらず落ち着いた表情で、

 

「……いや、3対3だ」

 

 突然、俺の目の前の地面が盛り上がったかと思うと、コンクリートの破片を飛散させ、爆裂した。

 

「すいません師匠! 外しました」

 

「いや、いい。相手の出方を見るぞ」

 

 ばちばちと音がして、玄野の後ろから坂田と桜井の2人が姿を現す。こいつらもあの戦いを抜けてこちらへ来たらしい。

 

(……この2人は十六夜が相手をしていたはず。あいつは何やってる? まさか負けたのか?)

 

 俺がそう考えていると、玄野は刀を構えながら、言った。

 

「なあ。ここで終わりにしてくれねーか? もちろん、ここで皆が0点になっちまうことは分かる。だから、後で点を譲ってやるし、それで死んでも文句は言わねー。どうだ」

 

「断る」

 

 そんな約束は信じられたものではない。俺の答えを半ば予想していたのか、玄野は刀を握る力を強くし、俺の斬り込みに備えていた。

 

「……仕方ないな。それならお前を殺して小島も殺す。それだけだ」 

 

 俺が動くと同時に稲葉たちが、そして玄野が動くと同時に桜井たちが銃を構える。そして瞬きすら許さないほどの刹那を経て、俺と玄野の刀がぶつかり、火花を散らした。

 

 

 

 

 




そういえばXガンを見てると「サイコパス」に出てくるドミネーターを思い出しますね。Xガンに「新世界より」の攻撃抑制を加えたような、また一味違う格好良さのある武器でした。

ちなみにYガンのワイヤーがガンツソードで切れるのは天狗&犬神より、お互いステルス戦闘で姿が見えるのは原作の玄野対和泉の描写が根拠となっています。


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26、半端者のプライド

 

 

 和泉たちが走り去った方から、戦闘音が聞こえてきた。どうやらあちらも始まったらしい。早くこちらを片づけて加勢に行きたかったが、ここにいる和泉派のメンバーを殺さずに無力化するのに少し手間取っていた。

 

 殺すだけなら時間を止めてXガンで好きなだけスーツの耐久力が0になるまで引き金を引き続ければいいのだが、相手も一応ガンツメンバーである。殺したら加藤が何か言うかもしれないので、殺さず無力化したい。そのため私は玄野派と戦っている横から透明化した状態で少しずつXガンで撃ち、地道にスーツの耐久力を減らしていた。

 

 本当はYガンがあればもっと楽だったのだが、加藤のYガンはどうやら和泉が持って行ってしまったらしい。人間相手ならば手数のかかるXガンよりも一撃で「上」送りにできるYガンの方が有効なのである。

 

(……まあ、無い物ねだりをしても仕方ないわね)

 

 そもそも私が玄野の方に味方すると決めたのはこちらに来てからだったので、行動が少々行き当たりばったりになってしまっている。もし今度も同じようなミッションがあるなら、あの部屋にいる段階で方針を決めておかねばならない。

 

(問題は、この戦いの後だけれど)

 

 私の参戦目的はもちろん皆のチーム残留を引き延ばすことにある。小島を守るのはあくまでついでである……はずだ。だから私の真の勝利はここにはなく、次のミッションを成功できるか否か、にある。ここでの勝利は通過地点に過ぎないー

 

「……鈴木さん!」

 

 レイカの声の方に顔を向けると、鈴木がサングラスの男に撃たれ、スーツからどろりとした液体を漏らしているところだった。

 

「よっしゃ、1人殺れるぞ!」

 

 鈴木に向かって引き金が引かれるその寸前に、時間を止めた。男を銃で攻撃しても鈴木は撃たれてしまうだろうし、距離があるため鈴木を連れて逃げることも不可能。こうなれば、鈴木を守る方法は1つしかない。

 

 私は、男と鈴木の間に身を投げだした。その瞬間時間停止が解除され、男のXガンが吠える。

 

 ぎょーん、という音とともに、私の身体の表面でスパークがはじけた。どうやら鈴木には当たらなかったようである。

 

「……何だ今の?」

 

 男が怪訝そうに言った瞬間、私はステルスモードのまま、引き金を1回だけ引いた。……といってもただの一発ではなく、ここで戦っている相手全員をロックオンした状態で、だが。

 

「う、うわっ⁉ 何だ、何だコレ⁉」

 

 独特の高音とともに、男たちのスーツからどろりと液体があふれ出した。私はそれを確認すると、ステルスを解除して、姿を現した。

 

「あなた方のスーツは無力化しました。直ちに武器を置いて、降参してください」

 

 リーダーらしいサングラスの男にXガンを構えたまま言うと、男は、にっと笑った。

 

「あんたに撃てるのか? 撃ったら俺、死ぬんだぜ?」

 

「………」

 

 正直に言うと、他のメンバーの目を気にしなくてよいならば、別にこの男は殺しても構わない。訓練していないのでいくらでも替えが利くからだ。しかし近くには加藤が、そして背後には鈴木とレイカがいるのである。やりづらいといえばやりづらい。

 

「……ほらほら。撃ってみろって」

 

 サングラスの男はてくてくと私に歩みより、挑発してくる。

 

「十六夜さん……」

 

 後ろにいるため顔は見えないが、レイカが心配そうに呟くのが聞こえた。にやにや笑いを浮かべた男がさらに近づき、私の向ける銃口と、男の胸がぴたりとくっついた。

 

「ほら、危ないから、貸しなって。その銃……」

 

 銃を奪おうと男の手が伸びてきたその時、私は男の足に向けて、1発だけ撃ちこんだ。

 

 ばしゅっ、と血しぶきが散り、男の右足が吹き飛ぶ。男は声にならない叫びをあげながら地面に倒れこむと、舗装された道路の上をのたうち回った。

 

「……さて、他の人はどうしますか」

 

 私が和泉派のメンバーを見てそう言うと、武装解除は数秒で完了した。 

 

 

 

 

 

 

ー強い!

 

 俺は、和泉と刀を交えながら、内心舌を巻いていた。

 

 斬撃の重さ、正確さ、反応速度、どれをとっても俺に劣るところはない。それどころか一撃の強さに関しては咲夜すらも上回るかもしれない。前回の戦闘ではほとんど戦っている姿を見なかったが、やはりこんな頭のおかしいゲームに舞い戻りたいと思えるだけの実力はあったということらしい。

 

 俺の打ち込みを的確に、そして最小限の動きで防御しつつ、隙があれば猛然と斬りかかってくる。先ほどの咲夜のような、圧倒的な手数で押し込むのとはまた違う、熟練した者の技だ。

 

「どうした玄野? それ以上下がったら……」

 

「⁉」

 

 俺が少し後ろを見ると、タエちゃんは俺たちから10メートルほどの距離にいた。

 

「タエちゃんっ! 逃げろっ!」

 

「で、でも、計ちゃんは……」

 

 タエちゃんは後ずさりながら、しかしそれでもまだ俺の方に意識を集中させているようだった。しかしその時、

 

「多恵さんだっけ⁉ 俺たちが食い止めてやるからさっさと走れ! 玄野が心配ならな!」

 

 坂田が、ふとっちょの新規メンバーと撃ち合いながら、叫んだ。そこでタエちゃんはようやく逃げる覚悟をきめたらしく、さらに後方に走っていった。

 

「邪魔だな……あいつら」

 

 和泉はちらりと坂田たちの方を見てそう言うと、俺に強烈な一撃を叩きこんできた。

 

「………っ!」

 

 俺はすんでのところで受け止めたが、あまりの衝撃に、少したたらを踏んだ。……だが、体勢はすぐに立て直せる。次の攻撃が来たらカウンターを叩きこんでやる―――

 

 そう思って和泉の次撃を待ち受けていると、和泉は俺に向かって刀を振りかぶるーのではなく、ガンホルダーから一丁の銃を取り出した。

 

 Xガンか、と思って身を伏せようとしたが、よくみるとその銃口は3つーYガンだ。和泉はそれを真横に向けて、引き金を引いた。

 

 ばしゅっ。

 

「くそっ、ワイヤーか!」

 

 Yガンから放たれたネットは、俺ではなく、坂田をがんじがらめにしていた。和泉は少し笑うと、坂田、桜井と戦っていた稲葉とふとっちょの男に向かって指示を出した。

 

「桜井を1人が相手してる間にもう1人はターゲットを追え!」

 

 桜井が慌てて立ちふさがるが、止められたのはふとっちょの方だけだった。稲葉がすり抜け、俺たちの後方ータエちゃんのいる方へ走っていく。

 

「稲葉ぁっ! てめえ、待ちやがれ!」

 

 叫んだが、目の前の和泉の攻撃への対処に忙殺され、追うことなどできそうにない。早く和泉を倒して稲葉を追いかけなければ―――

 

 俺は、焦った。和泉を相手に持ちこたえていたのはひとえにこの対決に全集中を注ぎ込んでいたからなのだが、その集中が、稲葉を追わなければという雑念に乱されたのである。

 

 その結果は、数秒後に現れた。

 

 和泉の右からの斬りこみへの反応が0.5秒遅れ、手痛い一撃を喰らった。たまらず下がった俺が見たのは、Yガンを俺に向けて構えた和泉の姿だった。

 

 

 

 

 俺は走っている小島多恵の姿を見つけると、安堵の息を漏らした。まだ十分、俺たちの活動できる範囲内である。残り時間もあと10分だけだが、この距離なら問題なく仕留められるだろう。問題は、あることを除いて1つもない。

 

「止まれっ!」

 

 俺がそう言って銃を構えると、小島多恵はびくりとして、立ち止まった。そしておそるおそるこちらに顔を向け、こちらの持っている銃を見ると、その顔に恐怖の色が広がっていった。

 

(問題は……俺が人殺しできる度胸があるかってことだな)

 

 和泉は躊躇いなくやるだろう。あいつについて行ってはいるが、あいつはマジで頭がおかしい。多分人を殺してもなんとも思わないだろう。ただの直感だが、そんな気配を漂わせている。

 

 だが、俺は人殺しの覚悟などしていない。ただ、生き残りたいから選択をしただけで、手を汚すつもりはさらさらなかった。俺の目の届かない場所で殺されてほしいと願っていた。

 

 だから、俺は彼女を目の前にした瞬間、引き金を引けなかった。ただ銃を向けたまま、固まっていた。

 

「計ちゃんは? 殺したの?」

 

「……和泉と戦ってるはずだ」

 

「なら私……逃げないと。計ちゃんが戦ってるんだから、こんなところで捕まったら駄目」

 

 そう言うと、小島多恵はくるりと背を向け、走り始めた。

 

「ま、待てっ!」

 

 トリガーにかけた人差し指が、震える。撃てない。銃はそれほどうまくないが、この距離なら必中だーそう思うが、身体が動かない。ただ健気に走り続ける背中を撃つことが、途方もなく難しい。

 

「何してるんだ! やれ!」

 

 和泉が走って来た。玄野は倒されたらしい。和泉は苛立ちを隠さず、駆けながら俺に冷たい声を投げかけた。

 

「……てめーは、あんな奴1人仕留めることもできないのか? こっちに来たときはちょっと見直したが……半端者だな」

 

 半端者。確かに俺にぴったりの言葉だ。恐竜の時も、指輪星人のときも、周りの足を引っ張ったし、余計なことをしたりもした。……加藤や鈴木に比べたら俺はクズだ。でも、クズにはクズなりのプライドがある。

 

「……確かに俺は半端もんかもしんないが……その分、俺はお前よりクズじゃねー」

 

「なに?」

 

 俺は思わず、和泉に向けてXガンの引き金を引いていた。今度はしっかりと奥まで、かちりと音がするほど深く。

 

 

 

 

 

 

「お前ごときが俺に勝てると思ってんのか?」

 

 俺は倒れこんだ稲葉を見下ろして、訊いた。残り5分。小島を始末するには十分な時間だ。この腰巾着野郎が裏切るとは予想していなかったが、やはり俺の敵ではなかった。

 

「加藤のタフさも、咲夜の冷静さも、玄野の強さも、何も持ってない、てめーが不意を衝いただけで、俺を出し抜けると少しでも思ったのか?」

 

 稲葉が俺を撃ってきた時には驚いたが、その後は反撃もままならず、ひたすら刀による斬撃を受け、5分と持たなかった。臆病が、そして長いものに巻かれろ的な性質がこの男の唯一の取柄のくせに、何をとち狂ったのか、それらをかなぐり捨てて襲ってきたのだ。

 

「まあ、俺は半端者だからな……」

 

 スーツからどろりと漏れ出している液体は、スーツのものだけではなく、少々血液も混じっている。最後の一撃で、少し腹が抉れたらしい。稲葉は、顔をしかめた。

 

「痛ってえ……やっぱりこんなわりに合わねーことすんじゃなかった……」

 

「本当だな、ただの時間の浪費だった。お前も俺も」

 

 何故こいつが俺の妨害をするような真似をしたのかは理解できないが、それはあとで聞いてみることにしよう。今はターゲットー小島多恵の殺害が先だ。

 

「時間の浪費……? 違いますよ。使ったのではなく、稼いだ、と言った方が正しいでしょう」

 

 そんな声が、目の前の空間から聞こえた。

 

「………この声は……十六夜か?」

 

「はい」

 

 そう言うと、ばちばちと音をたてて、十六夜が姿を現した。坂田と桜井を放り出してどこへ行ったのかと思っていたが、単独で小島を殺しに行っていたのだろう。結果として、まんまと奴に横取りされた形にはなるが、点が下がらないだけまだましかもしれない。

 

「で、小島は仕留めたか?」

 

「仕留めた……?」

 

 十六夜は首をかしげ、不思議そうに俺を見た。そしてああ、と納得すると、

 

「仕留める気はありません。そして狩る者は往々にして狩られている事に気付かないものです」

 

 十六夜の言葉とともに、隣でスパークが散り、風とレイカが現れた。

 

「………なるほどな。半端者は稲葉だけじゃないってことか」

 

「心外ですね。私は初志貫徹です」

 

 つまり端からこいつも裏切るつもりだったのだ。そして玄野側についていた。

 

「あなたが置いてきたチームの方々は全員武装解除して、鈴木さんと加藤さんが見張っています。そして私たちを打ち破って小島さんを殺すのは不可能ーそうは思いませんか?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 だが、ここで俺は、途轍もない幸運に見舞われたことを悟った。目の前にいる風も、レイカも、そして咲夜もこれに気が付いていない。俺が咲夜の裏切りの可能性を見落としたように、あいつらも見逃していた1つの可能性が、後ろから忍び寄っていた。

 

「……きゃあっ!」

 

 最初に、それの強烈なタックルを喰らったのは、レイカだった。咲夜と風も一瞬反応が後れ、襲ってきたそれーパンダの一撃を喰らって、吹き飛ばされる。

 

「サンキュ、ホイホイ」

 

 恐竜の時に助けたからなのかは知らないが、妙になついているこのパンダはふるふると喉を震わせて、こちらに応えたーように見えた。風とレイカはホイホイ、そして俺は咲夜と向かい合う形となった。小島を始末するためには、咲夜を2分以内に突破しなければならない—――

 

(上等だ。やってやる)

 

「……私も、なかなか計画通りにはいきませんね」

 

 咲夜と俺は同時に刀を持ち、必殺の一撃を加えるべく、一直線に相手の懐に飛び込んだ。

 

 

 

 




ちょっとテンポ悪いですかね…まあチーム内戦は次話で終わるので。最後のシーンが前と重なるし……まあ、このチーム内戦が原作でもかなり好きだったので、ちょっと字数使っちゃいました。

…動物メンバーが活躍(?)するのも初めてですね。私が動物への関心が薄いせいか知りませんがバター犬なんかはナチュラルに存在を忘れてたという…。本当に2次創作者失敗ですね。


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27、死者1名

 

 

 

 お互いに刀を使った戦闘の勝敗は、膂力と武器の重さ、そして反応速度で決まる。といってもガンツ装備を利用する場合は膂力、武器の重さはほぼ統一されているため、必然的に反応速度が重要になる。

 

 私もこれまで刀を使ってきたので、ナイフほどではないものの、近接戦については風を除いて誰よりもうまくやれるという自信はあった。

 

(だが、この人は……)

 

 私は身体を沈め、太腿の付け根を狙って横薙ぎに斬りつける。動脈が走り、とっさに防御しにくいため、ナイフ術でもまず最初に狙うべき場所である。しかし和泉は難なく防御。弾き返され、私の身体が泳いだ瞬間、大上段に斬りかかってきた。

 

「ぐっ!」

 

 まともに一撃を受け、私は数歩後ずさった。やはり正面からの斬り合いでは和泉に軍配が上がるようである。勢いにのった和泉の猛攻を辛くも受け止めながら、私は少しずつ下がり、状況を確認する。

 

 レイカと風はパンダを相手にしているが、パンダは2人が加勢するのを防ぐことが目的のようで、派手な戦闘はしていない。風も流石に四足歩行する動物への技がないのか、思い切った行動に出られないようだ。

 

(結局、時間切れまで粘るしかなさそうね)

 

 あと1分30秒。実際に追いつくために必要な時間を考えれば、30秒が限界だろう。それまで、消耗度外視で和泉を足止めすればいい。

 

 和泉は必死の形相で刀を振るう。彼にしてみれば、本当にぎりぎりの所なのだ。私を殺してでも点の確保をしたいのだろう。

 

「どけッ!」

 

 和泉が大振りに斬りかかってくる寸前、私は時を止めた。そして斬撃の通過する場所から体をどかし、斬り返す。

 

 時が再び動きだした。その瞬間、決まっていたはずの和泉の一撃は空を切り、私のカウンターが和泉の胴体に叩き込まれていた。 

 

「邪魔を……するなっ!」

 

 一合を交わして少し距離が開いたその刹那、和泉と私は同時に、そして全く同じ垂直斬りを放った。集中力が研ぎ澄まされ、極限まで時が圧縮された中、刀の腹がすれ違い―――

 

 お互いの身体を切り裂いた。和泉の刀は私の左肩から鎖骨まで、私の刀は和泉の肩口から下脇腹を通過していた。私も和泉も、スーツの耐久力が限界に達していたのだ。

 

 私と和泉は、刃に貫かれたまま倒れた。傷口から出る血液がスーツの液体に混じりながら、私の身体から滴り落ちる。

 

「……これで、もう追えませんね………」

 

 こんな大怪我を負うのは予想外だったが、あと数十秒で転送が始まるので心配はいらない。目標は達成された―――

 

「………十六夜さん!」

 

 声のした方を見ると、レイカと風、そしてパンダがこちらへ向かってきた。こちらの決着がついたため、戦う理由が無くなったのだろう。

 

「こんな深い傷やけど、大丈夫やろか」

 

「大丈夫でしょう。少なくとも転送中に死ぬほどでは……」

 

 痛みに顔をしかめながら言うと、和泉の方を見ていたレイカが首を振った。

 

「和泉くんは、死ぬかも」

 

 倒れた和泉の方に目を向けると、私とは比較にならないほどの血が傷口から流れ出ていた。どうやら大動脈か心臓を破ってしまったらしく、おびただしい血がアスファルトを染め上げている。

 

「……くそ、こんなことになるとはな……」

 

 和泉は息も絶え絶えに、そう呟く。

 

「和泉くん、喋ったら駄目。傷口が広がるかも……」

 

「どうせ死ぬさ。本人がよくわかる」

 

「そんな……」

 

 レイカから視線を外すと、和泉は私の方へ眼の焦点を合わせる。

 

「十六夜……てめーは、これで人殺しになるわけだが……これが初めてってわけじゃないよな?」

 

「…………何の話ですか?」

 

「とぼけるなよ。新宿のことだ。お前が新宿に行ったって話を坂田と桜井がしていた……俺はそこで急に頭がぶっ飛んで死んだわけだが……お前の仕業だろ?」

 

 風が怪訝そうに、和泉を見下ろした。

 

「お前も新宿で死んだんか? それなら乱射魔の仕業と思うんやが」

 

 和泉はそれを聞いて、にやりと笑った。

 

「乱射魔は、俺だ」

 

「何?」

 

「どうせ死ぬんだから教えてやる……俺はあの部屋に行くために新宿で人間を殺しまくったんだ。そう、お前も、坂田も、桜井も覚えてるよ。お前は脚と頭に銃弾くれてやったよな」

 

 和泉の言葉に、レイカと風は目を見開いた。

 

「で、その途中で俺はこいつに殺された。正体を探るような真似をしたから、どさくさに紛れて消そうとしたんだろう。今まで黙ってたが、老婆心で教えてやるよ、風。レイカ。十六夜も俺と同類だからな」

 

 レイカはそれを聞き、私の方へ歩み寄る。

 

「本当なの? 十六夜さん」

 

「……………」

 

 私は答えなかった。嘘をついても、玄野の証言が加われば私が前に和泉を殺害したことはすぐに露見してしまうだろう。

 

「………せいぜいお前らも殺されないように気をつけろよ」

 

 和泉はそう言うと、がくりと顔を落とした。おそらく、もう生きてはいないだろう。しかし光を失ったその目が、まだ私の方を見ているような気がした。

 

 レイカと風は、転送が始まるまで一言も口を開かず、居心地が悪そうに立っていた。私も何も言わず、ただパンダだけが和泉の亡骸に顔を近づけ、哀しそうに臭いを嗅いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が目を開けると、部屋にいたのは坂田、桜井、加藤、鈴木のおっちゃん、そして新規メンバーのごろつきたちだった。

 

「タエちゃんはどうなったんだ⁉」

 

 加藤に訊くと、首を振って新規メンバーを指して言った。

 

「……俺はスーツが駄目になって、途中からずっとこいつらを見張ってたからな。咲夜か風かレイカなら分かると思う」

 

「……そうか」

 

 次に転送されてきたのは、稲葉だった。稲葉は俺を見ると、つかつかと歩み寄ってくる。俺が身構えると、稲葉は慌てて言った。

 

「………さっきまでのことは謝る」

 

「は?」

 

「お前の彼女を追いかけまわしたことだ」

 

「……何だ急に気持ち悪い……」

 

「玄野くん、稲葉くんは途中で小島さんを守ってくれたのよ」

 

 レイカの声。俺が振り返ると、どこか沈んだ表情のグラビアアイドルが、空中に描き出されていた。

 

「レイカ……タエちゃんは?」

 

「生きてる。何とか守り切った」

 

 生きてる。タエちゃんが、生きている。それを聞いて、俺は全身から力が抜けそうになった。

 

「は、はは……」

 

「良かったな、計ちゃん」

 

 そして次に送られてきたのは風、パンダ、そして咲夜だった。

 

「咲夜。最初は裏切ったと思ってたけど、サンキュな」

 

「……それはどうも」

 

 咲夜は、何故か浮かない顔でそう返した。俺が首を捻っていると、ちーん、とガンツから点数表示を告げる音が聞こえた。

 

『まけ犬 ー59てん

 total 0てん まあはぢめからやって下ちい』

 

 俺の点数は、西の遺した情報通り、0点になっていた。そしておそらくこれからが大変になるのだろうが、タエちゃんを守れたのだから問題はない。問題は、他の皆だ。他のメンバーも残らず0点に叩き落されていたのである。

 

「あーあ、本当に0点になっちまったな……」

 

「でももともとそんなに稼げてなかったし、100点間近になるよりはマシじゃないっすか?」

 

「俺はもともと点取ってなかったから痛くもかゆくもないぜ」

 

 皆は点数が減ってもさほど気にしていないように見える。しかし、やはり皆の解放を遅らせてしまったのは、他でもない俺のせいだ。

 

「皆……ほんとゴメン。俺のせいで……初めからやり直しだ」

 

「そんなことないよ。私たちが生きてるのだって、玄野君たちのおかげなんだし。困った時はお互い様だよ」

 

 聖人かよ。スズキのおっちゃんから、後光が差しているような気がした。他のメンバーも俺を責めるようでもなく、頷いている。

 

「……そういえば和泉はどこに行ったんだ? あいつ戻って来てないよな?」

 

 加藤に言われて初めて気が付いた。確かにあいつの姿を見ていない。俺が見回していると、風が口を開いた。

 

「………あいつは―――」

 

「いいです。私の口から言います」

 

 咲夜が風を制して前に出てきた時、何となく嫌な予感がした。そして咲夜の言葉は、それを全く裏切らなかった。

 

「……私が、和泉さんを殺しました」

 

 沈黙の幕が下りた。お喋りをしていたごろつきどもも静まり返って、咲夜の方をちらちらと見ている。

 

「……事故よ。十六夜さんは間違って和泉くんを……」

 

「………でも、殺してしまったのか」

 

 加藤もそれ以上何も言えず、固まったままだ。そんな中で、風がぷつりと口を切った。

 

「……あと、玄野……お前に聞いときたいんやが、和泉が乱射魔やったって、本当なんか?」

 

「ああ。新宿で虐殺やるって、俺に宣言していったからな。それで俺と咲夜は行かないって決めてたんだけど」

 

 その時、俺ははっと気が付いた。ニュースに見入りながら、犯人が消えてしまったということを不思議がる咲夜……あれは犯人である和泉を殺したのにも関わらず死体として発見されなかったことを疑問に思っていたのではないか。

 

「……玄野さんは気づきましたか」

 

「……まさか、あの時も?」

 

「はい。私は和泉さんを2回殺しています。和泉さんがこの部屋に来たのは、街で暴れている時に私が撃ったからなんです」

 

 話についていけていないらしい俺と咲夜以外のメンバーは、ぽかんと口を開けていた。坂田が首を捻りながら、訊いてくる。

 

「え……どういうことなんだ? つまり十六夜さんは、人殺しなのか?」

 

「そうなります」

 

「……和泉が乱射魔だったッてことは知ってるけど、何であんたらは前もってそれを知ってたんだ?」

 

「それは……」

 

 俺は和泉がガンツの部屋へ戻る手がかりを探していたこと、そしてその手段として多くの人間を道連れにしようと考えたことを伝えた。

 

「なるほどね……そんな奴は殺しても問題ないな」

 

 坂田は腕を組んでそう言ったが、他のメンバーはやはり戸惑っているようだった。しかし、加藤が「いいか」と言うと、皆は黙ってそちらを見た。

 

「咲夜さんは和泉を殺した。人殺しは相手がどんな奴でも駄目だ。だけど今回は事故だし、和泉が乱射魔だったっていうんなら前に殺したのも犠牲が出るのを食い止めたことになると思う。だから、今回のことは、俺は何も言うつもりはない」

 

「……おいおい、仲間かばってんのか―――」

 

ヤジを飛ばした新規メンバーの太っちょは、加藤に睨まれて口をつぐんだ。

 

「……まあ何にせよ、俺たちが考えねーといけねーのはそんなことじゃなくて、『次』だしな」

 

稲葉の言葉に、加藤は頷いた。

 

「そうだ。……でも今日はもう帰ろう。いろんなことが一気に起こりすぎた」

 

反対する者はいなかった。全員が限界だったのかもしれない。特に咲夜は。

 

俺たちは、言葉も少なく解散した。

 

 

 

 

 




和泉はただでは死なず、西と同じようにきっちり迷惑をかけて死んでしまいました。

復活させる聖人がいるかどうかですが、知識のある西くんと違って情報ないし、ぷっつんしてるから難しいだろうなぁ……


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28、アウトサイダー

 

 

 

私は神さまという存在を信じたことがない。もちろん幻想郷にいるにはいるが、こちらの世界で信じられている、いわゆる「絶対の存在」である神はいないだろうし、仮にいたとしてもそんな存在が人間という動物の一種に特別な恩寵を与えるとは考えない方がいい、と思う。

 

 だから、あてになるのは自分の力、そして次に味方の力なのだ。私は最初こそ自身の力のみで敵に対抗しようとしたが、仲間がいなければ危ない戦いは多かった。それゆえ私は皆と協調する道を選んだつもりだったーのだが。

 

 数日前の事故。そして以前の和泉殺しの露見。

 

 坂田は動じていないようだったが、他のメンバーと話すと、どこかぎくしゃくとした受け答えをされる。とくにレイカは私が人殺しだと知って、無意識に私を避けるようになった。星人を殺した手で肩を叩きあうのは良くても、人間の血で濡れた手で握手するのは苦手らしい。それこそ和泉なら、偽善者という言葉をレイカに浴びせるだろう。

 

 気持ちは理解できないでもない。同種殺しはれっきとした「悪」であり、その性質をもつ人間との交わりを断とうという考えはいたって健全である。……だが、問題は倫理的な内容にあるのではなく、もっと実際的なー要するに、これからの戦闘にあるのだ。

 

 私はいつも通り皆が訓練している中から抜けると、ドラム缶に座っている加藤の方へ向かった。

 

「加藤さん、ちょっといいですか」

 

「なんだ?」

 

私が話しかけると、床に座って休憩していた加藤は腰を上げた。

 

「しばらく、この訓練をお休みしてもいいでしょうか」

 

「いきなりだな。……やっぱりこの前のことが気になるのか?」

 

「そうですね……それに、私が今いるとチームワークが崩れそうな気がしたので」

 

 仲間との連携は信頼関係があってこそ成り立つものである。和泉殺しで信頼基盤を失った私という異分子は、連携の阻害要因になるかもしれない。それでチームに被害が出るようになれば結果的に私の生命も脅かされる。しばらく他メンバーと会わないようにしてほとぼりを冷ました方がいいだろう。

 

「まあ、ちょっと不自然な感じっていうのは確かにそうだが……」

 

 加藤は、眉間にしわをよせた。彼自身、私をかばってくれたものの、私の殺人については複雑な思いがあるらしい。他のメンバーを動揺させないために表には出さないのだろうが、こういう時にちらりとそれがのぞく。

 

「大丈夫ですよ。次の戦いでもちゃんと戦闘に参加しますから。……ただ、一旦皆さんから離れておいたほうがいいと思っただけです」

 

 そう言うと、加藤は困ったように腕を組んで考え込んでいたが、しばらくして「分かった」と呟いた。

 

「俺にはこれを解決する方法が思いつかない。だから……しばらくは咲夜さんのしたいようにすればいい。だけど……次の戦いは、全員が15点を取らなければならない。皆を生きて返すためにも、咲夜さんの協力は絶対に要るし、咲夜さんも15点以上取らないと死ぬぞ」

 

「……わかっています」

 

 和泉の死の衝撃で誰もあまり口にしないが、次の戦いは全員が15点以上を取らなければ殺されるのだ。もちろん私も例外ではなく、運悪く敵を倒せなければ死体となって転がるしかない。

 

「皆には俺から伝えておくから、もう行ってもいいぜ」

 

「ありがとうございます」

 

 私はお礼を言った後、くるりと回れ右をして廃工場をあとにしようとした。すると出入り口を通る寸前、後方から加藤の声が聞こえてきた。

 

「俺は、人を殺すのはぜってーやっちゃダメなことだと思う」

 

「……そうですか」

 

 私は、振り向かなかった。目を見られると、私が和泉を殺したこと自体はそれほど後悔していないことがばれそうだったからだ。仮に私が死んでいたとしても、和泉も同じような感想を抱いたかもしれない。結局は、今回の出来事は人間として成立していない者の同種殺しにすぎなかった。小島を助けたいと思った理由はいまだによくわからないが、それも私の人間性の発現ではなく、気まぐれなのではないか。

 

「……でも、前も言ったけど、それで救われた人間が何人もいるのなら………わからない。ハハ、俺バカだからな……」

 

 加藤の声が聞こえ、次いでこつこつと工場の奥へ歩いていく音が反響した。私が振り向いたとき、すでにそこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 咲夜が訓練に参加しなくなってから、数日が過ぎた。

 

(やっぱり和泉のこと気にしてんだろーなー……)

 

 あの日に抜け出して和泉を殺しに行っていたと知った時は衝撃だったが、少しすると咲夜ならそんなこともするかもしれないと思うようになったから、不思議なものである。

 

 俺はそう思いながら、部屋から漏れる咲夜の声を聞いていた。

 

「……はい、分かっています……」

 

 俺は鞄を静かに置いて、咲夜の話す声に聴き耳を立てていた。先ほど学校から帰って来たのだが、珍しく咲夜の方が先に帰ってきて、誰かと電話をしていた。そして今日の訓練にも顔を出さないのかと訊こうと思っていたが、急遽予定を変更して盗み聞きをすることにしたのである。

 

 そもそも、咲夜に電話をする相手がいたのだろうか。というかあの部屋に固定電話は無いので、携帯を持っているはずである。記憶喪失のはずの彼女は、どうやってそれを手に入れることができたのだろうか。

 

(……ま、その辺はどうでもいいか)

 

 俺の家にやってきたその日にどこで入手したのか分からない服や寝袋を用意していたのだから、携帯くらいは楽に調達できるだろう。問題はその相手が誰か、だ。

 

「……となると、そちらへ帰るとき……船団が……してしまっている………私も……しなければ……ですか?」

 

 声が小さくてよく聞こえないが、相手は幼い女の子が話しているように聞こえた。

 

(……「そちらへ帰る」って? 記憶が戻ってるのか?)

 

「……死なないように、ですね……はい、今は少し……していますが……他のガンツメンバーの皆さんと協力を……」

 

 俺はその時、妙な違和感を覚えた。今、咲夜は「ガンツメンバー」という言葉を口にした。それにもかかわらず頭がぶっ飛ばないのは、相手がガンツメンバーだからに違いない。しかし時折聞こえる通話の相手の声は、メンバーの誰の声でもなかったのである。

 

 つまり、相手の正体はガンツメンバーで、小さい女の子でなければならないはずだ。しかし俺には咲夜がそんな人物と知り合いであるという知識は無かった。

 

「……あ、いえ。こちらの話……またかけ直します………」

 

 咲夜の通話が終わった。とその時、俺の肩にぽんと手が置かれた。

 

「なっ!?」

 

「……私の電話、何で立ち聞きしてたんですか?」

 

 振り向くと、咲夜が珍しく不愉快そうな顔をして俺を見ていた。途中から話を聞かれているのに気づき、すぐさま時間を止めて回り込んだのだろう。

 

「いきなり背後取るのやめてくれよな……心臓に悪い」

 

「一種の癖なので我慢してください。それよりなんで聞いてたんですか?」

 

 記憶が戻ったかどうかの話は、確証が持てない以上はまだ言い出さないほうがいい。もし本当に記憶が戻っているのなら俺に話さない理由があるはずだし、下手に彼女のことに首を突っ込むとろくな目に遭わない気がする。だから俺はもっともらしく、適当な嘘をついた。

 

「……いや、最近訓練に来ねーからさ。どうしたんだって思うだろ」

 

「ああ、そのことですか。……ただしばらく頭を冷やそうと思っただけですよ」

 

 咲夜が表情を窺わせずにそう言ったとき、玄関のチャイムが鳴った。

 

「……誰ですか?」

 

「さあ……」

 

 俺と咲夜が玄関へ行ってドアを開けると、そこにいたのはタエちゃんだった。地味めの私服で、学校が終わってすぐだというのに制服は着ていない。というのも、タエちゃんがターゲットとなったあのミッションから、ずっと学校を休んでいたからだ。

 

「……計ちゃん」

 

 タエちゃんはそう言ってから俺の横にいる咲夜に気付いたらしく、怯えたように後ずさりした。

 

「……大丈夫。あの時の咲夜は芝居を打ってただけだ。タエちゃんを殺そうとはしてないよ」

 

「……本当?」

 

「ああ。ちゃんとタエちゃんを助けるためにやってたんだ」 

 

 咲夜はタエちゃんに頭を下げ、「怖がらせてすみませんでした」と謝った。

 

「えっと……ってことは十六夜さんも私を助けてくれてて……追いかけてた人たちは……誰なの?」

 

 タエちゃんの問いに俺が答えようとした瞬間、咲夜が俺をつついて人差し指を唇にあてた。

 

 そうだ。ターゲットだったからあの夜はタエちゃんに姿を見られても大丈夫だったが、今話したら頭がぶっ飛ぶ可能性があるのだ。詳しく話すことはできない。

 

「………ちょっと、詳しくは言えないけど……俺は、いや、俺たちはいっつも死にそうになりながら敵と……戦ってる。あんまり話したら死ぬから、言えないんだけど……信じらんないかな」

 

 そう言うと、タエちゃんは急に真剣な顔になった。

 

「……ううん、信じる。まあ私もあんな目に遭わなかったら信じてなかったかもしれないけど……襲われて、計ちゃんたちが助けてくれたことは覚えてるし」

 

 タエちゃんはそう言ったあと、心配そうに俺と咲夜を見た。

 

「……それは、やめられないの? ずっとそんなことしてたら……いつか死んじゃう」

 

 まあ、俺たちもそれは分かっている。だが、そのための点数を犠牲にしてもタエちゃんを助けたかったのだ。

 

「やめられますよ」

 

 咲夜が答えた。そういえば彼女も点数がパーになるのを承知でタエちゃんを助けてくれたのである。加藤を生き返らせるときも咲夜は解放のチャンスを水泡に帰していた。ある意味では俺にもっとも迷惑をかけられているということになるかもしれない。

 

「まだ道のりは遠いですが、いつかはこの役目から解放されるはずです。それまでの辛抱ですから」

 

「……ああ、そうだな。うん、だから大丈夫。心配しないでいいぜ」

 

 タエちゃんを助けるために解放の道が遠のいたこと。それはタエちゃんには教えなくていい。タエちゃんは巻き込まれただけだし、責任を感じる必要も一切ないからだ。

 

 タエちゃんが安心したようにほっとため息をついたのを見て、辛気臭さを払うように、咲夜はぱんぱんと手を叩いた。

 

「さて、お話も終わったことですし、そろそろ夕食を作り始めましょう。今日は小島さんが作りますか?」

 

「……うーん、でもひさびさに十六夜さんの料理も食べてみたいしねー」

 

 2人は話しながら、台所へと入っていった。

 

(こんな時がずっと続けばいいんだけどな……)

 

 

 

 

 月の光が差し込む廃ビルの一室、放棄されたらしいデスクに囲まれて静かにたたずむ数人の影があった。時折かたかたと風に吹かれて窓が揺れる以外は物音もさせず、静かに来訪者が来るのを待っているようだった。

 

「本当にあいつら、来ますかね」

 

 そう言ったのは、サングラスをかけたひげもじゃの男だった。そしてこの男がちらりと目をやったのはこの中で最高の実力をもつ、「鬼」である。

 

「……氷室が来ようが来まいが、俺たちが叩き潰すだけだ」

 

 静かに、そして別段何の気負いもなく言うのを見て、男はふっと笑った。

 

「愚問だったな」

 

 ちょうどその時、ドアがばたんと開いて、黒服の男が数人入ってきた。その中には例の吸血鬼ー氷室の姿もあった。

 

「悪い、待たせたな」

 

 時計は約束の十分前をさしていたが、氷室はそう言った。すると「鬼」は鼻を鳴らして答えた。

 

「待ってないし、そんなことはどうでもいい。俺が知りたいのは、お前が持っているハンターの情報だけだ」

 

「……そうだな。このデータが、例のやつだ」

 

 氷室は、封筒に入れたUSBメモリを「鬼」に手渡した。

 

「ハンターのやつらが一般人に対して透明化するために使う周波数を記録してある。それを使えば、戦闘になったときに奴らの居場所が分かるはずだ」

 

「……まあ、使わせてもらうか。だが、もし俺たちが奴らと戦う時は……」

 

「茶々を入れない、だろ? 分かってるよ」

 

 氷室の答えに、「鬼」は満足したように頷いた。

 

「……けど、あんたも気を付けた方がいいぜ。あいつらの中にも猛者はいる。中でもヤバいのは、この女だ」

 

 氷室は胸ポケットから写真を取り出すと、「鬼」に渡した。「鬼」は写真に写る銀髪の女を見て、ふ、と笑った。

 

「お前がこんな小娘を危険だと言うとはな」

 

「……見かけによらないって奴だ。奴らの新しい武器なのかはまだ分からないが……瞬間移動といえば正しいか。普段は刀を使ってるが、たまにそんな技を使って……」

 

「問題ない」

 

氷室の言葉をさえぎって、「鬼」は答えた。

 

「要は、一瞬で間合いを詰めてくる剣士というだけだ。その程度であれば勝てる」

 

「……余計なお世話だったか?」

 

「いや、楽しみになった。……黒玉の連中が攻めてくるのがな」

 

 

 

 

 




この作品はいつも休日の深夜テンションで一気に書き上げていますが、ここのところ休日がほぼ無く、長期間お休みしてしまうことになりました。すみません。




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29、オニ星人

 

 

 

 カレー屋に限らず、だいたい夜のバイトというものは給料が高い。しかし俺はさっさと帰って勝に夕食を作ってやらなければならないし、呼び出しがあるかもしれないので、仕方なく諦めている。

 

「ありがとうございましたー」

 

 俺は少し慣れてきた作り笑いを浮かべて、店を出て行く客に挨拶をした。……こんなことをしていて、計ちゃんのようなすごい奴に、俺はなれるのだろうか?

 

(まあ、いいか)

 

 考えてから、俺はすぐにその考えを放り棄てた。今でも生活と学校でカツカツなのだから、そんなことを考えるより今を考えていればそれでいいのだ。

 

 時計を見ると、すでに時計の針は9時を回っており、シフトの時間を過ぎていた。俺は店長に挨拶してから更衣室で着替え、部屋の外へ出る。

 

「あ、加藤さんもお帰りですか」

 

 通路で鉢合わせたのは、咲夜だった。どうやら彼女もシフトを終えたらしく、店の制服から着替えてこげ茶のセーターを着ていた。

 

「ああ。……ところで最近訓練に顔出してないけど、腕の方は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。別の場所でやってますし。それで、他の皆さんは強くなりましたか?」

 

「そっちもうまくいってる。 稲葉とか」

 

「稲葉さんが、ですか」

 

 咲夜は意外そうな顔をして、くすっと笑った。確かにこれまで印象に残らない男だったが、チーム内で戦った時以来、何かあったのか真面目に訓練をし始めたのである。

 

「まあ何にせよ、いいことじゃないですか。チームの皆さんが強くなるのなら」

 

「……そうだな」

 

 だが、そのチームの輪から、咲夜だけは外れている。一時的なものだとは思うが、やはり最初から一緒に戦ってきた仲間がチーム内で微妙な位置に立っているというのは、どうにもやるせない。

 

 咲夜も咲夜の考えで行動したのだろうが、その分同情していた。はやくこの状態がどうにかならないものか―――

 

 そう思った時、ぞくり、と首筋に冷気が走った。もう慣れ切ったガンツの合図。咲夜もそれを感じたらしく、目を鋭くしていた。

 

「加藤さん」

 

「ああ。分かってる」

 

 直後、俺と咲夜の身体はぴくりとも動かなくなり、あの部屋への転送が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい

 

《オニ星人》

 

・特徴 つよい

・好きなもの 女 うまいもの ラーメン

・嫌いなもの 強いヤツ

・口ぐせ ハンパねー

 

 あたらしく入ってきた人 以外は15てん取らないと死にでち』

 

 

 

「……よし、今日も皆で生き残るぞ!」

 

 集められたガンツメンバーの前で、加藤君はそう言った。すると何人か新たに増えていたメンバーらしいサラリーマンたちは周りの様子を窺いながら、手をあげた。

 

「……これから、何をするんだ?」

 

「戦いだ」

 

 いつもの新規メンバーとのやりとり。それを教えるのは、加藤君と鈴木さんに任せられていた。2人とも何故か人に信頼されやすく、彼らに説明してもらう方がいい、ということになった。

 

 そして加藤君たちが解説をする間、他のメンバーは着替えを始める。

 

「……レイカの爆乳生で見てーなー」

 

 小声でそう言うのが聞こえてきた。おそらくこの前に入って来たがらの良くない男たちの1人だろう。アイドルだからそんな目線で見られるのは知っていたが、やはり聞こえてしまうとあまり気分のいいものではない。

 

「……どうぞ。空きましたよ」

 

 私がドアの前で待っていると、十六夜さんが出てきた。

 

「…………」

 

 私は頷くと、十六夜さんと目を合わせずに通り過ぎた。別に十六夜さんが嫌いというわけではなかったが、無意識に避けてしまう。

 

―――お前らも気を付けた方がいいぜ。

 

 和泉くんの言葉が、脳裏に蘇った。あんな言葉に縛られているのだろうか。十六夜さんが、私が邪魔だと思ったらすぐに殺す人間だと無意識に信じてしまったのか。

 

(……きっかけさえあればな)

 

 そう思っていると、後ろから例の男たちの声が聞こえてきた。

 

「あー、あの子も顔は可愛いのに胸がなー」

 

「聞こえてますよ」

 

 十六夜さんが笑いながら、しかし声は氷のそれのように冷たく言った。するとその男も茶化して、

 

「……はは、冗談だって。俺、殺されたくないしなー」

 

 その時、十六夜さんは冷ややかに目を細め、何も言わなかった。……彼女は今のを、そして声にこそ出さないが今の言葉と同じような態度を取ってしまっている私をどう思っているのだろう。

 

 私はついに何も言葉を交わさず、扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「わっ、何だこれ!?」

 

「転送だ。戦場に行くことになる。だから俺たちが行くまで待っててくれ」

 

 転送が始まった。加藤が新人にそう教える横で、風と鈴木が同じく新規メンバーの一人である男の子にスーツを着せようと頑張っている。男の子は風を筋肉ライダーと呼び、何故か慕っている様子だった。

 

「俺……筋肉ライダーと同じ服やけん、着とき!」

 

 何とか男の子にスーツを着させようとするさらに横では、玄野と坂田、桜井が作戦を話し合っており、その近くで稲葉はしずかに転送を待っているようだった。

 

「稲葉さん」

 

 声をかけると、稲葉は飛び上がってこちらを見た。

 

「……なんだ咲夜か。驚かさないでくれ」

 

「あなたも変わってないですね」

 

「あんたもな。……でも俺もあんたと比べたらゴミみてーなもんかもしれねーが、訓練したんだぜ」

 

「聞いてます。点、取れるといいですね」

 

「ああ……」

 

 まあ、15点を取らねばならないのは誰でも同じだが。今回ばかりは私も最低限の点をとりつつ、他のメンバーに譲ることを考えなくてはならない。

 

 腕を組みながら考えていると、私の視界が狭まり始めた。

 

 

 

 転送されたのは、池袋という駅前の、タクシーの停められている道路だった。

 

「ここってブクロだよな……」

 

「ああ、帰れるんじゃね?」 

 

「帰れるとか言ってたら死ぬぞ。これから戦うんだ」

 

 のんびりと辺りを見回す新規メンバーたちに玄野が鋭く答える。またエリア外へ出てメンバーが死なないようにするためだろう。今までの教訓である。

 

「……今回は敵が多いな」

 

 加藤がレーダーを見て、げんなりした表情でそう呟いた。覗き込むと、レーダーに表示されている光点は10や20ではきかない。今回の敵は大量にいるのだ。

 

「じゃあ、皆さんが楽に15点を取れるってことですね」

 

 私がそう言うと、加藤は少し変な顔をして、そしてふっと笑った。

 

「そうだな。……いや、俺はそう言わなくちゃな」

 

 加藤は皆を見ると、大きな声で指示を飛ばした。

 

「今回は敵が多いから、細かく分かれて戦う! それぞれ適当な奴と組んでくれ!」

 

 こうして、玄野と加藤、坂田と桜井、レイカと稲葉、風と鈴木と男の子、ガラの悪い男たち……という具合で編成が決まり、それぞれターゲットを定めて走り出した。そして残った私は―――

 

「咲夜さん。新しいメンバーを守ってくれるか」

 

 例の新規メンバーの会社員たちだった。確かに放っておけば死ぬのは間違いないし、誰かがついている必要がある。

 

「いいですよ。新規メンバーを助けるのも仕事のうちですし」

 

 恐竜の時は成功したとは言い難かったが。加藤は「サンキュ!」と言うと、玄野とともに走り去っていった。残された私は何をするべきか分からず突っ立っている新規メンバーに近づき、話しかけた。

 

「……というわけで、あなたたちと行動をすることになりました。今から星人と戦いに行きますが、何か質問はありますか」

 

 私の言葉に少し戸惑っているようだったが、そのうちの1人は、そろりと手を挙げた。

 

「誰がこんなことさせてるんだ?」

 

「知りません」

 

「……なんでこんなことさせてるんだ?」

 

「分かりません」

 

「………あの部屋からどうやってここに移動させたんだ?」

 

「存じません」

 

 4人は憮然としていたが、そんなことを私が答えられるはずもない。……それにしてもこちらの世界の人間はどうしてずっとしていることの意味や目的を知りたがるのだろうか。

 

 そんなことは生命を確保してから考えればいいのに、と思う時がないでもなかったが、それがこちらの世界の人間の特徴なのだろう。

 

「とにかく、敵を倒します。相手を全滅させたら家に帰ることができるということは確実ですから」

 

「……本当か?」

 

「それは本当です。ついてきてください」

 

 私がレーダーにあった光点の方へ走ると、彼らも後ろからついてきた。そして動く光点と周囲の人間を見ているうちに、光点と移動するコースの一致する男を見つけた。坊主頭の男だ。

 

「……あ、あれですね。ターゲット」

 

「あれ……って、人間じゃねえか」

 

 新規メンバーの1人が笑いながら言うのを尻目に、私はその男に近づき、Xガンを向けた。

 

「………!」

 

 男は私に気付くと、ばっと手をかざして、顔をかばう素振りを見せた。後ろから慌てた新規メンバーの声が聞こえてくる。

 

「……おい、あんた! そいつたぶん人間だって!」

 

「……いえ、今ので確信しました。()()()()()()()()()()()()

 

 私が引き金を引いた瞬間、素早く男は仰け反って攻撃を回避した。外れた攻撃は後方にあった向かいの店のウインドウを粉々に砕け散らせる。

 

「……バレちまってんならしょーがねえなあーっ」

 

 みきみき、と男の顔が歪み、変形していく。それを見た周囲の人間が悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく中で、私は落ち着いてXガンで心臓を照準し、引き金を引く。

 

 と、すでに私の前にオニ星人はいなかった。凄まじいスピードで跳躍していたのだ。オニ星人は私を飛び越えると、背後の新規メンバーの方へ向かった。

 

「う、うわああっ!」

 

 迫りくる異形のオニ星人を前に彼らは恐慌をきたし、一目散に逃げようとしていた。……しかしオニ星人はなぜ私を攻撃しなかったのだろうか。彼らからすればこちらで誰が強いかということは分からないはずなのだが。

 

 私は少し疑問に思ったが、すぐにXガンをガンホルダーに仕舞い、刀に持ち替えた。幸い、オニ星人を見て他の人間は逃げ散ってしまったので、周りを気にする必要はない。私は数十メートルほど伸ばした刀を十分腰に引き付けてから、思い切り振りぬいた。

 

 通過軌道上にある壁が、街路樹が、電灯の柱が両断された。遅れてずるり、とオニ星人の身体が真っ二つになり、地面に落ちる。私がオニ星人の死体を前に呆然とする新規メンバーの所へ戻ると、眼鏡をかけた男が、声を振り絞って訊いてきた。

 

「……何なんだ、こいつらは」

 

「さあ。私も知りません。ただ1つ言えることは、彼らを殺さなければこちらは生き残れない、ということです」

 

 

「……それだけはお前たちに同感だな」

 

 背後から聞こえた声に、私はばっと後ろを振り向いた。そして声の主らしいサングラスをした特徴的な口ひげの男はオニ星人の死体と私を見て、なるほど、と呟いた。

 

「ある程度はやるようだな……」

 

 私がレーダーを見ると、相手の立っているところに光点が光っている。やはりこの男も星人なのだろう。顔を上げると、男は2本の角を伸ばしながら、右腕を掲げた。そしてその手のひらには、巨大な炎球が浮かんでいる。

 

「かかってこい……炭にしてやる」

 

 

 

 

 

 

「……総力戦だな」

 

 氷室がそう言うと、「鬼」は頷いた。

 

「黒玉の連中は俺たちが皆殺しにする。お前たちは見てるだけだ」

 

 そんなことは分かっている。氷室は仲間の吸血鬼とともに煙草をふかしながら、携帯を取り出した。すでに3人の幹部は送り込まれている。氷室には鬼星人の幹部たちがどこにいるかは知らないが、このハンターたちを示す光点が一気に減ったら、おそらくそこが幹部の居場所だろう。

 

 そう思った瞬間、

 

「あいつらだ!」

 

「人間に見えるぞ……?」

 

 氷室たちの立つ階段の下に、黒いスーツを着た奴らが集まって来ていた。あちらもレーダーを持っているから、居場所を掴んできたのだろう。「鬼」はゆっくりと彼らへ目を向けると、訊いた。

 

「お前らボスはいるのか? いたらここに連れてこい」

 

「……へっ、そんなの気にする前にてめーの命を気にしてな」

 

 先頭の男がそう言うと、男たち(中に一人だけ地味な女が混じっていたが)は「鬼」に突撃してくる。

 

 その瞬間、世界が純白に染まった。遅れて雷鳴がとどろき、石畳の破片と、千切れたガンツメンバーの手足が飛び散り、戦闘と呼べるものはそこで終了した。

 

「……くっそ……があっ!」

 

 何とか生き残っていたらしい一人の男が銃口を向けたが、その時にはすでに「鬼」はその男を通り過ぎ、向こうを歩いていた。男のスーツからはぽたりと粘液質の液体が滴っている。

 

「……てめえ、シカトしやがっ……」

 

 男はセリフを最後まで言うことなく、肩口からごとりと2つの物体へ分裂し、沈黙した。

 

「つまらん……もう少し歯ごたえのある奴……そうだな、お前のいう十六夜とかいう奴を相手にするのも面白いかもな」

 

「鬼」はそう言うと、街ーもはや戦場と化しつつある池袋に向かって、歩いて行った。

 

 

 

 




オニ星人は原作では下っぱ、幹部、大ボスの順で出てきましたが、あれって一気に出てきてたら多分負けてるよなーと思いますね。

まあ、戦力の逐次投入は漫画のお約束ということで仕方ないとは思いますが。


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30、節分には早すぎる

 

 

 

 

 敵の数が多い。撃っても撃っても新手が押し寄せてくる。おまけに吐き出される溶解液は相当強いものらしく、油断はできない。俺とレイカは、互いにお互いの背中を守りながら、ぞろぞろとやってくるオニ星人と戦いを繰り広げていた。

 

 レイカのXガンがうなり、彼女に飛び掛かったオニ星人の顔面を吹き飛ばした。俺もビビらずに相手の身体に狙いをつけ、引き金を引いていく。するとオニ星人の1グループが、肉片をまき散らしながらつんのめって、そのまま動かなくなった。

 

「稲葉くんッ!」

 

「わかってる!」

 

 俺は側面から回り込んできたオニ星人を撃ち、再び正面へ向ける。次の攻撃を始めた瞬間、そのオニ星人はすでにミンチと化していた。俺は吠えながら、一種の高揚を感じていた。

 

(……いける! 俺でも……戦える!)

 

 情けなく逃げ回っていたときも、和泉にぶちのめされた時も、俺はたいしたことはできなかった。だが、今はこうしてレイカとも肩を並べて戦っている。俺がやっていた訓練は、意味があったのだ―――

 

「………派手に、殺しましたね……」

 

 俺とレイカが周囲のオニ星人を全滅させたとき、そんな声が聞こえた。俺とレイカがそちらを向くと、そこに立っていたのは咲夜だった。しかしその顔は埃にまみれており、スーツも壊れている。頭を怪我しているのか、一筋の血が額から流れていた。

 

「………大丈夫か!?」

 

 俺とレイカが駆け寄ると、咲夜は、ええ、と言ってくずおれる。

 

「………どうやら、私は相手方の最強の相手に遭遇してしまったようです。玄野さんと加藤さんも、もう……」

 

 咲夜はそう言って、目を伏せる。俺とレイカは、驚きのあまり声を出すこともできなかった。咲夜をこれほどにぼろぼろにして、玄野や加藤のような最古参メンバーまで倒してしまうほどの敵が、相手にいるということなのだから。

 

「相手は? どんなのだったの⁉」

 

 レイカが訊くと、咲夜は声を振り絞るようにして答える。

 

「雷を落としてきます……光ったと思った瞬間………なすすべがありませんでした」

 

「雷………!」

 

 防ぎようがない。これでは確かに無理だ。東京最強の彼らも、その威力の前に崩れ去ったということか。

 

 俺が戦慄していると、驚いたことに咲夜は涙を流し始めた。

 

「あれには、勝てません………私たちはここで全滅です」

 

「……そう思うの?」

 

 その時、レイカの眉が、ぴくりと動いた。咲夜は少し戸惑ったようだったが、頷いた。レイカはふーん、と言って、続ける。

 

「それで……()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()使()()()()()()()()?」

 

「……ええ。でも……無駄でした」

 

 そう、とレイカは呟くと、咲夜に銃を向けた。

 

「稲葉くん………」

 

「ああ、こいつ………咲夜じゃない」

 

 咲夜の主武器は刀。射撃はむしろ苦手と言っていたはずだ。それに、これまで修羅場をくぐってきたであろう古参メンバーが簡単に勝利をあきらめるということが不自然だった。

 

 俺とレイカは、同時に引き金を引いた。

 

「ちっ」

 

 咲夜が舌打ちをしたかと思うと、肩や額など、撃った箇所が膨れ上がった。が、すぐに元に戻ってしまう。Xガンが効いていない、と思ったが、俺は思い直し、叫んだ。

 

「撃ちまくれ!」

 

 一瞬でも膨れたならそれは完全に効いていないというわけではない。咲夜に化けていることから察するに、こいつは身体を自由自在に変形させることができ、銃のダメージを和らげているのかもしれない。

 

 ばん、と偽咲夜の頭が弾け、腕が吹き飛び、血が飛び散る。やがて地面に倒れ伏すと、そのまま動かなくなった。

 

「やった……の?」

 

 レイカが呟いた瞬間、肉塊のようになったそれがうごめき、男の姿をとった。

 

「よく、見破ったなあ……」

 

 男は気味の悪い笑みを浮かべると、ゆらりと俺に近づいた。慌てて銃を構えて撃ったが、それをかわした男は肉薄すると、俺のスーツの顎に当たるレンズのような部分に、指を突っ込んだ。

 

 ぱき、とガラスの割れるような音がしたかと思うと、俺のスーツからどろりとした液体が流れ始めた。

 

「………稲葉くん!」

 

「吸血鬼から教えてもらったやつだ。確かお前ら、こうするとスーツが死ぬんだろ?」

 

 間近に迫った男はそう言うと、にっ、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 掲げられた炎は勢いよく燃え盛り、周囲を赤々と照らしている。その下に立っている男の頭には2本の角。さしずめオニ星人のボス、あるいは取り巻きといったところか。

 

「ど、どうするんだ……?」

 

「あれが飛んできた瞬間、散らばって回避しましょう」

 

 そう言った瞬間、炎鬼が振りかぶる。炎もその動きと連動して、こちらに向けて叩きつけられた。

 

「今です!」

 

 私が右側面に跳躍した数秒後、炎は私のいた場所に着弾し、すさまじい衝撃とともに炎の柱が立ち上がった。

 

「ぎゃああ!」

 

 断末魔のした方を見ると、新規メンバーの一人が火だるまになって炭になっていくところだった。

 

 1名死亡。残った3人と私で、これを仕留めなくてはならない―――だが、続く思考は、相手が周囲にばら撒く無数の火の玉のせいで、中断せざるをえなかった。

 

 どうやら先ほどのような大型の炎を作るのには時間がかかるが、中程度の炎であれば連続して放つことができるらしい。さいわい全員に向けて炎を放っているようで1人に向けられる炎球の量は少なく、回避するのは難しくない。私は攻撃を回避しつつ接近し、ついに銃の射程に収めると、男の頭に狙いを定めて、ゆっくりとトリガーを引いた。

 

 甲高い音とともに、男の傍にあった街灯が吹き飛んだ。それに気づいた男はこちらを睨むと、一気にこちらに向けて炎を集中させてくる。

 

「くっ………!」

 

 私は時間を止めて何とか後方まで退避した。……さきほどの攻撃は確実に当たったと思ったのだが、どうやら熱気で空気が歪み、銃撃の命中率が著しく下がっているらしい。……ともなれば、刀で斬りこむくらいしか方法はない。

 

 そう思った時、再び悲鳴があがった。残った3人が、手を挙げたまま黒焦げになっていた。降参しようとして、殺されたのだろう。それを見ながら、相手の男は言った。

 

「邪魔は消えた……お前が黒玉の連中の中でも強いほうなんだってな」

 

 男が振り向くと、そこには自信にあふれた静かな笑みが浮かんでいた。

 

「瞬間移動、といっても長い距離は移動できないんだろ? それに俺の炎で空気を歪ませておけばその銃も役立たず。さあどうする?」

 

「……瞬間移動、ですか。それを誰から聞きました?」

 

「ふ、誰だっていいだろう」

 

 私はそれを聞いた瞬間、眉をひそめた。私の時間停止能力を瞬間移動と解釈したらしいが、その情報源はどこなのだろうか。他メンバー? いや、ありえない。あるとすれば……などと考えていたが、やはりこの敵は思索の時間を与えるつもりなど毛頭ないようだった。

 

「さあ、かかってこい」

 

 男はそう言うと、私に向けて再びあの巨大な炎をたたきつけてきた。私は間一髪でそれを避けると、ステルスモードを起動する。ばちばちと体の表面でスパークが弾け、私の姿は消え去った。相手は目に頼って炎を放っている。透明化すれば命中率は下がるだろう。

 

「……なるほど、なるほど。まんざら馬鹿でもないようだな」 

 

 男は余裕の表情でかがみこむと、石畳を削り取った。

 

「確かに俺の炎は一点に当てるのは簡単だが、相手の姿が目に見えなければあてにくい。だがな」

 

 男の手の中で、削りとられた岩が燃え上がった。その手の中は高温になっているらしく、岩の塊はあっという間に溶岩と化してしまう。

 

「ただの石でも、俺の武器になる」

 

(まさか!)

 

 私は相手の意図にようやく気付き、飛び退ろうとした。しかし相手の投擲の方が早かった。

 

ふつふつと煮え、液体を超えてもはや気体となりつつある溶岩が目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺らはもう、15点は取れたよな」

 

 俺たちの立つ交差点には、オニ星人の残骸が散らばっていた。加藤にやられた奴は死体が残らないので、死体の数を数えれば俺の点数が分かる。少なくとも頭の数は15以上あったので、オニ星人が1体につき1点だったとしても、ノルマは達成されているだろう。

 

「ああ。他のメンバーもよく戦えてるみたいだ」

 

 加藤が見せたレーダーには、光点の数が次々と消滅していく様子が表示されていた。以前の東京チームとは段違いの強さである。

 

「よし、俺たちも他の援護へ行こう。そしたら一気にケリがつく」

 

 しかし加藤はレーダーを覗き込んだまま、首を振った。

 

「待ってくれ、計ちゃん。1体でこっちに来る奴がいる」

 

「1体……ね」

 

 徒党を組まずに単独でやってくる。この行動の仕方は、今回のボスである可能性が高い。

 

「正面から来るぞ」

 

 加藤が指さした方角の道路から、1人の男がやって来た。短く刈り上げた髪に、切れ長の目。ただ者ではない雰囲気を漂わせている。

 

 俺と加藤が銃を構えると、男は何か気に食わなかったのか、ち、と舌打ちをした。

 

「俺とサシで殴り合える奴を期待していたんだが……まあ、そうそう好敵手を持てるとは思っちゃいない」

 

 残念そうに呟いたあと、突然その男の肌色が無機質な岩の色へと変わった。肌だけではない。身体も巨大化して3メートルはあろうかという巨躯へと変貌を遂げ、ごつごつとした岩のような姿へと変わった。

 

 加藤は、Yガンをかまえながら、敵を見定めていた。

 

「見たところ、パワータイプだな」

 

「ああ。俺たちならいける……」

 

 岩の大男はゆっくりとこちらに近づいてくる。そして、その足が俺たちの攻撃の射程範囲に入った瞬間、俺と加藤はトリガーを引いた。

 

 ぱん、ぱんと岩オニの装甲が弾けた。しかし決定的なダメージを与えたようには見えない。そしてそいつは加藤の撃ちだしたネット弾を打ち払うと、変わらずこちらに向かって歩いてくる。

 

「ウッ……ソだろ」

 

 そして俺たちの目の前に立ちはだかった岩オニは拳を構えると、目にもとまらぬスピードで拳を繰り出した。まともに一撃を喰らった加藤は大きく後方に吹っ飛ばされると、自動車に背中から落ちた。

 

「さて……次は」

 

「てめえだ!」

 

 岩オニが俺に目を向けた瞬間、俺は反射的に刀を抜き、斬りかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 俺と師匠が周囲にいたオニ星人の最後の1体を消し飛ばしたそのとき、後方で何かがぴかっと光ったような気がした。

 

「………今、何か後方で光りませんでした?」

 

「ああ。さっきあの不良どもの行った方だろ……桜井、お前も気づいたか」

 

「はい。ひょっとして向こうで何かあったんじゃ……」

 

「でも5人くらいはいただろ。あんまり強くないっつってもスーツは着てるんだぜ? あいつらが瞬殺されるなん……てこと……は………」

 

 坂田師匠の言葉は光った方向を見ると、フェードアウトしてしまった。ポケットに手を突っ込んだサングラスをかけた男がそこに立っていた。

 

「こいつは……モノが違いそーだな」

 

 俺と師匠が銃を向けると、その男は突然変形を始めた。角が生え、巨大な牙が2本、氷柱のように口から下がっている。筋骨隆々な上半身に、厳めしい顔。その姿はまるで―――

 

「鬼……」

 

 さっきまで戦っていたのとは格がまるで違う、と直感的に悟った。「鬼」は2人を見て、無造作に開いた手を空にあげる。ぱちぱち、と火花が見えたかと思うと、視界が閃光で満たされた。

 

 エネルギーの奔流が俺を貫き、脳を直接揺さぶられるような衝撃を感じた。

 

「うあああっ!」

 

 俺と師匠は爆風に吹き飛ばされた。地面になんとか着地したものの、「鬼」は手を掲げたまま、こちらへ歩いてくる。

 

―――まずい!

 

「もう一発」

 

「鬼」がそう言ったかと思うと、再び天災のようなあの雷撃が迸った。

 

 たまらず吹き飛ばされ、地面に叩き落とされる。師匠は俺とは離れた位置に墜落していた。

 

(やばい、こいつは……別格だ!)

 

 俺がそう思って立ち上がろうとした時、俺の耳に絶望の音が聞こえた。きゅううん、というあの音。スーツの断末魔。そして、どろりとした液が滴って―――

 

「さて……まずはお前からだ」

 

 頭上から声がした。おそるおそる顔を上げた俺が見たのは、「鬼」の顔だった。

 

「死ね」

 

 恐怖のあまり身動きのできない俺の頭に、丸太のような腕が振り下ろされた。

 

 

 

 




全くどうでもいい話ですが、GANTZ作品内での時間ってとらえづらいですね。服装がずっと冬服ですし。玄野はスーツのごまかせない夏服にするときどう対処しようとしてたんだろうなー、と思います。


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31、バトル・オブ・イケブクロ

 

 

 

 俺は何が起こったのか一瞬理解できなかった。まさかこんな簡単な方法でスーツが壊れるとは、全く予想していなかったのだ。

 

「う、うわああ!」

 

 どろり、と俺のスーツから液体が漏れ出したとき、我に返ったレイカは銃を男に向けて構えた。

 

「おっと」

 

 男は小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、俺をレイカの銃口の前に引き寄せた。

 

「うっ………!」

 

 レイカは、俺の体が邪魔で、撃とうにも撃てない。そして俺は背後にいる男の爪が首筋に当たっており、動けない。

 

「はは、気をつけろよぉ。間違ってこいつにも当たっちまうかもしれねーからなあ」

 

 男は挑発しながら、俺を盾にして、レイカに少しずつ近づいていく。俺は盾の立場に甘んずることしかできない自分の無力さに、歯噛みした。

 

(くそっ、くそっ、またお荷物かよ……)

 

 油断というほどのものでもなかったはずだ。だが、殺したと思った瞬間に気が緩んでしまったのかもしれない。きちんととどめが刺せていれば、こんな状況にはならなかっただろう。―――だが、俺の失敗でレイカにまで命を失わせるわけにはいかない—――

 

「レイカ、もういい! 俺ごと撃て!」

 

「駄目よ。そんなことしたら稲葉くんが……」

 

 レイカは泣きそうな顔で、それでもなお銃口を構えながら、じりじりと後退する。

 

「そうだぜ。命は大切にしろよ。な」

 

 男は笑いながら、レイカを広場の隅へと追い詰めていく。レイカは逃げようにも、逃げられないのだ。仮にそうすれば俺の人質としての意味が無くなって俺が殺されるであろうことを知っているからだろう。

 

 そしてついに、レイカは壁の端まで追い詰められた。俺は息を呑みながら、レイカとの距離が縮まっていくのを感じていた。

 

(駄目だ……このままじゃ、レイカも殺される……何か、何か手は無いか……)

 

 焦るばかりで、頭が回らない。どうすれば。手を振り払う? いやその前に喉笛を掻き切られて終わりだ。 そもそもこの時点で……。 何かに気を取られたらその隙に? だがそんな幸運は訪れないだろう……。

 

 頭の中がまとまらない思考で散らかり始めたその時、男は急に俺を突き飛ばし、レイカに襲い掛かった。

 

「きゃああ!」

 

 レイカは叫びながら、乱射する。しかしこのオニ星人の体は一時的に膨れるだけで、ダメージらしいものは通らない。男はレイカの銃を叩き落とすと、レイカの首をつかみ、そのまま吊り上げた。

 

「う……うっ!」

 

 レイカはもがくが、男は見た目に見合わず力があるのか、そのまま微動だにしない。レイカの足は、宙を蹴るだけで、地面についていない。

 

「アイドルのレイカ、か……ならお前には面白い事をしてやろうか」

 

 男はにやりと笑った。

 

「俺は人間の体内にも入ることができる。そして中から、破裂させることだって……」

 

 それを聞いたレイカは、ありありと恐怖の表情を浮かべた。このオニ星人のしようとすることを理解したのだろう。大きく目を見開いた。

 

「……というわけでだ」

 

 男はレイカの口に顔を近づけた。

 

(やばい……! レイカがやられる!)

 

 俺に何ができるだろうか。スーツは死んだ。銃もさっき取り落とした。この状況で俺にできることなどない。向かって言っても殺されるだけだ。

 

『お前は加藤のタフさも、咲夜の冷静さも、玄野の強さも、何も持ってない』

 

 そのとき、俺の脳裏に和泉の言葉が浮かんだ。確かに俺には何もない。だがもしここでレイカを見殺しにしたら、俺がまだ持てるかもしれない、勇気というものは俺の手から滑り落ちて行ってしまう—

 

 そう思った瞬間、俺は男に向かって突進していた。

 

 俺がタックルをかますと、たまらずオニ星人はレイカを離し、俺とともに地面に転がり倒れる。俺が起き上がったと同時に、男も身体を起こして俺を睨んだ。

 

「おとなしくしてればいいのにな……」

 

 殺気。ああ、やっぱりこんなことしなきゃよかった……。と俺が後悔したときにはすでに、男の顔がすぐそばまで迫っていた。さっきのような不意打ちはもうできないし、助かる手立ては何もない。

 

(ああ、俺どうやって死ぬんだろうな。もう本当ふざけんなよ……)

 

 殺される、と思ったその瞬間、男の右側頭部が突然膨張した。

 

「なんだぁ……?」 

 

 男が横を向こうとするが、その前に男は吹っ飛ばされ、俺の視界から消えていた。そしてそのオニ星人をぶっ飛ばした男—風が、鉄山靠の構えのまま、息をゆっくりと吐いていた。

 

「……2人とも大丈夫⁉」

 

 銃口を構えたままやってくるのは、鈴木のおっさんとその陰に隠れている子供。どうやら風とともに助けに来てくれたらしい。レイカも立ち上がって、お礼を言った。

 

「ありがとう……助かりました」

 

「稲葉くんもレイカさんも、無事でよかった。あとは……」

 

 鈴木のおっさんはそう言うと、風とオニ星人の対峙する方へ目を向けた。同じように子供も目を向けていた。

 

「筋肉ライダーかてるかな」

 

「大丈夫だよ。だから目、つぶっててね」

 

 筋肉ライダーというのは風のあだ名だろうか。俺は噴き出しそうになった。

 

「……でも相手は自由に体を変形する能力を持っています。風くんでも勝てるでしょうか」

 

 レイカの言葉に、俺ははっとした。そうだ。もし打撃が効かなければ、風でも太刀打ちができない―

 

「風っ! 気をつけろ! そいつは……」

 

 俺が叫ぼうとしたとき、ごしゃ、と鈍い音が響いた。

 

 見ると、風の足元に赤黒い肉塊がわだかまっていた。おそらくあのオニ星人だろうが、全く原型をとどめていない。

 

「潰せば問題なか」

 

「あ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと前にテレビで見たが、日本刀を使えば、理論上銃弾を切ることができるのだという。実証シーンで日本刀の刃に放たれた銃弾が真っ二つになって、地面に落ちていた。つまり、刀というのは同じ材質のものでも容易に切断できるレベルの攻撃力を持つ武器なのだ。

 

 当たりさえすれば。

 

「らあっ!」

 

 岩鬼は仰け反り、俺の斬撃を紙一重でかわした。渾身の一撃が空を斬り、俺の体勢が崩れたところに踏み込み、パンチを無防備な俺の胴体に叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 丸太のような剛腕から繰り出される拳の威力は並ではない。たまらずぶっ飛ばされ、たっぷり十数メートル近く宙を泳いだ。俺が何とか受け身をとって起き上がると、岩鬼はごきごきと首を鳴らしながら、こちらへ歩を進めてくる。

 

「……ナメやがって」

 

 だが、相手はこの刀の性能を知らないようだ。ちょうどこの辺りには街灯が少なく、薄暗い。相手に気付かれないよう、刀を下に向けた。十分距離が縮まるまで、時間を稼がなくてはならない。

 

「……おい、話をしないか」

 

 そう話しかけると、岩鬼は足を止めずに答える。

 

「俺は、拳で語り合う方が好きなんだが」

 

「ボクシングしないからそういうのわかんねー。まあお前と戦いたがりそうな格闘家は知ってるけどな」

 

「なに?」

 

 岩鬼は、ぴたりと止まった。しめた、と思いながら、俺は話を続ける。

 

「うん、何ていうか拳法? 体術? そういうのをつかう奴がウチのメンバーにいるんだよね」

 

「それは本当か?」

 

「うん。マジ本当。風っていうんだけど……メチャクチャ強いんだぜ、そいつがよ」

 

 俺は話しながら、本当にこいつと風が戦ったらどうなるのだろう、と思った。風は人間の範疇からはみ出しているようなところがあるし、スーツ一丁あれば案外こいつとも互角に渡り合うかもしれない。

 

「……面白そうだな。他の奴らに狩られてなきゃいいが……まあそれならまずお前を倒さないとな」

 

 岩鬼はにやりと笑うと、俺の方へ突進してきた。あの巨体に岩のような装甲をまとっているため、まるで戦車のようだった。真正面から挑めば粉々にされろだろう-が。

 

「予想通り……だっ!」

 

 俺は地面に突き立てていた刀を、前方へ振り上げた。するとアスファルトのひび割れが、おそろしいスピードで突っ込んでくる岩鬼の方へ向かう。その数秒後、地面の底から黒光りする刀身が飛び出し、岩鬼の右腕を付け根から斬り飛ばした。岩鬼は驚愕の表情を浮かべながら、自分の肩から解放された右腕がくるくると舞って地面に落ちるのを見ていた。

 

(まさか地面の中で刀を伸ばしてるとは思わねーだろ!)

 

 俺は振り上げた刀をそのまま叩き下ろした。次は脳天からかち割ってやる—だが、岩鬼はその巨躯からは想像できないような俊敏さで回避すると、怒りの形相で俺の方へ肉薄してきた。

 

(やっべ!)

 

 刀は長くなればなるほど斬り返しが遅くなる。ゆえにこれほど近づかれれば、斬り伏せることはできない。岩鬼は拳を振り上げると、俺の顔面目掛けて叩き込もうとする。

 

 が、その瞬間、振り上げた岩鬼の腕に、細いワイヤーが絡みついた。ついで、ワイヤーに繋がれていたロケットが地面に突き刺さり、そのまま固定する。

 

「………計ちゃん! はやくそいつにとどめをさせ!」

 

 加藤がYガンを構えたまま、叫んだ。どうやらあの自動車の上から撃ったらしい。そのまま「上」へ転送できないかと思ったが、岩鬼が力任せに動くたびにワイヤーは悲鳴をあげ、今にも千切れそうだ。

 

「……ああ、分かッた!」

 

 俺が刀を振るった瞬間、岩鬼はかっと目を見開いた。そして俺が振り終えても俺を凝視していたが、やがて胴体と首がずれ、ごとりと道路の上に落ち、残った体も膝をつき、倒れた。

 

「計ちゃん! スーツは大丈夫か⁉」

 

 加藤が走ってきた。俺は頷いて、岩鬼の死体に目を落とした。

 

「……こいつがボスだったのか?」

 

「そうなんじゃねーかな。他の奴より別格ぽくなかったか」

 

「別格っつっても、仏像のときはそんな奴がごろごろいただろ。まだいるかも……」

 

 そう俺が言った瞬間、後方で何かが光り、遅れて轟音がした。後ろを見ると、ビルの向こう側でまた、まばゆい光が生まれた。どうやら、そこでも戦闘が行われているようだった。凄まじい光、音から察するに、これも「別格」だろう。

 

「……計ちゃん、応援に行こう」

 

「ああ。今日は長くなりそーだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤバい。ヤバい。あれはヤバい。強いとか勝てるとかそういう次元を超えている。雷落としてくるなんて反則だ。

 

 俺はうめきながら、身体を起こした。どうやら少し気絶していたらしい。さいわいスーツはまだ壊れていないようだった。一緒に吹っ飛ばされた桜井の姿が見えないが、あいつはどこへ行ったのだろうか。

 

 きょろきょろと辺りを見回すが、目に入ったのは砕けた街灯、おちた雷のせいでずたずたになった道路、無人のコンビニくらいだった。

 

(あの星人はもう行ったか……)

 

 気絶していた俺は死んだと考えて放っておいたのだろう。桜井もどこかにうまく潜んでやりすごしたのかもしれない。ひとまず自分を納得させてレーダーで敵の位置を確認しようとしたとき、ビルの影から、セーターを着た中年の男が出てきた。もうここは戦場になっているのに危ないなと思っていると、男は俺の方を向いた。

 

「ちょっと……君。これは何? 映画の撮影?」

 

「………は?」

 

「いや、光ったりすごい音が聞こえてくるもんだからさ。……それにその格好じゃないか。SF映画かい?」

 

 何故だ。このおっさんには、俺が見えている。いつもは一般人には見えないはずなのに、どうしてこのタイミングで—

 

「てことは君の後ろにいる怪物も、映画のやつでしょ?」

 

 その瞬間、俺は背筋がぞくりと震えた。ゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのはあの「鬼」だった。そしてその右手に持っている物体は—

 

「桜井………!」

 

 桜井の首だった。まぶたは半開きになり、乱暴にちぎり取られたらしい断面から血が滴っている。すでに桜井はこいつにやられていたのだ。それが分かった瞬間、俺の頭に、大量の血が駆け上った。

 

 「鬼」はその首を無造作に放り投げると、呟く。

 

「……まずは一匹」

 

「くそがっ!」

 

 俺は銃を撃ちまくりながら突進した。相手の武器はあの稲妻。あれを使わせないためにも、そして脳血管を切るためにも、あいつには近づかなければならない。

 

(桜井、お前の仇は取ってやる)

 

「鬼」が手を掲げた。雷が来るーそう思った瞬間、俺はわざと地面に倒れると、転がるようにして前へ進んだ。直後、後方ですさまじい光と爆音が聞こえたかと思うと、めきめき、と街路樹の倒れる音がした。

 

(やっぱり雷だな)

 

 おそらく、やつの能力は雷の落ちるところはあまり正確に指定できないのだろう。人間に命中させることができるのはある程度の高さがあるからであり、身を屈めた場合はそれよりも高いところに落ちる可能性が高くなる。

 

 俺が転がる勢いのまま立ち上がると、「鬼」はすでに目の前にいた。

 

「死ねっ!」

 

 この距離なら、脳血管をやれる。「鬼」の皮膚を、頭蓋を、そして脳漿を透かし、その奥に眠る肉体の司令器官—脳を透視する。あとは無数に這う無数の血管を—と思ったその時、俺の視界から「鬼」の姿は消え去った。

 

「なにっ⁉」

 

「……まだまだ、遅いな」

 

 背後から、そんな声が聞こえた。いつの間に、と思う間もなく衝撃を感じて、俺は高々と吹き飛ばされた。

 

どさり、と無様に地面に落ちたときには、もう「鬼」は俺の前にいた。

 

「立て」

 

「くっ……そ……があ!」

 

 立ち上がった瞬間に銃を向け、引き金を引く。が、俺の銃撃は「鬼」の幻影を撃ち抜き、逆に相手のカウンターパンチが俺の顔面に炸裂していた。

 

「がはっ……!」

 

 きゅうううん、と音がして、スーツから液体が漏れ出る。どうやらスーツはおしゃかになってしまったようだ。

 

(くそ、普通に接近戦も強ええ)

 

 しかもおまけにスーツがダメージをカバーしきれなかったのか、ぐにゃりと視界がゆがみ、吐き気がして、立ち上がることもできない。脳震盪だ。そして戦闘中に無防備な状態に陥るということはすなわち、死をあらわす。

 

「そろそろ、幕だな」

 

「鬼」が、手を振り上げた。しかし俺には逃げる気力も、余力も残っていない。

 

(しゃあねえな……桜井、俺もそっち行くことになるわ)

 

「鬼」の手刀が、俺の首めがけて振り下ろされた。

 

 がっ、と鈍い音がした。俺は振り下ろされる瞬間、目をしっかりとつぶっていたので、いつ自分の首が胴から離れたのか、全く分からなかった。……もう切られたのか? いや、まだ手の感覚がある。痛みもない。

 

 俺は不思議に思って、顔を上げた。

 

「……間に合った」

 

「加藤……!」

 

 加藤は、鬼の攻撃を、両腕でがっちりガードしていた。

 

「計ちゃん!」

 

 叫ぶと同時に、刀をもった玄野が横から飛び出してくる。すると「鬼」はさっと飛びのき、玄野とにらみ合った。ひょっとしたら刀の間合いを理解しているのかもしれない。

 

「よく耐えてくれた……」

 

 加藤はYガンを構えながら、そう言った。

 

「桜井はどうした?」

 

「……やられたよ」

 

 それを聞くと、そうか、と呟いて加藤は瞠目した。

 

「……加藤! 早く来てくれ!」

 

 玄野と「鬼」の間合いが狭まりつつあった。加藤はそちらを見て、頷いた。

 

「坂田。すまないが、早めにここを離脱してくれ。 後は俺たちが引き受ける」

 

 

 




戦いが多過ぎて一気に全部を書けない…。今回は咲夜以外のメンバーの決着を書きましたが、やっぱり複数の戦いがあると大変ですね。


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32、最後の鬼

 

 

 炎鬼の飛ばしてきた溶岩をかぶった瞬間、私のスーツの表面でスパークが走った。

 

 通常であれば、岩が溶けるほどの熱を加えられた人間はあとかたもなく蒸発してしまう。もし私がスーツを着ていなければ、間違いなくその運命をたどっていただろう。

 

 幸いながらスーツのおかげで溶岩によるダメージはなかった。だが、今の攻撃で、せっかく隠れていたのにこちらの位置が割れてしまった。

 

「……そこか」

 

 男はすばやくこちらに右手を向ける。

 

(……対応が早い!)

 

「燃えろ」

 

 次の瞬間、焦熱地獄から召喚されたような凄まじい炎が解き放たれた。火球は今までで最も巨大で、ちょこまかとした回避は不可能だった。

 

「……くっ!」

 

 まともにかわす手段もないため、私は時を止めた。猛烈な勢いで迫っていた炎の勢力圏から抜け出し、炎鬼にXガンの照準を合わせ、連射する。

 

 時間が動き出した。敵の炎が私のいた空間を通り過ぎ、その経路上にあったベンチを焼き尽くしたとき、男は銃を構えるこちらに気付いたようだった。

 

 正確な狙撃は不可能。だが、連射すればいくつかは当たるはずだ。

 

 ばしゅっ、と男の左腕が吹き飛んだ。その肉や血は身体から離れると耐熱性を失うのか、焼け焦げ、炭となって消える。

 

「貴様ああっ!」

 

 男は脂汗を浮かべながら、叫んだ。血走った目で私を睨み、火炎を放つ。

 

 だが、難なくこの攻撃は回避することができた。というのも相手は左手を失ったために連続して炎を作り出せず、炎の絶対量が少なくなっているからだ。今の一発が効いたらしい。

 

(……でも、止めを刺すには近づかなければ)

 

 炎の直撃は回避できているといっても、辺りはすでに炎に包まれており、生身でいれば無事ではすまない。当然スーツの耐久力も少しずつ減ってきている。少しずつXガンでダメージを与える戦法だと、先にこちらのスーツが駄目になる可能性がある。

 

「……結局のところ」

 

 相手の懐に斬りこむ、のが最も有効な戦法だろう。私の能力で炎によるダメージを軽減しつつ距離を詰め、斬る―目下のところ、それしか思いつかない。

 

 私が銃をホルダーにしまい、刀に持ち替えると、相手もその意図を察したらしい。汗を額に浮かべながら、にやりと笑う。

 

「飛んで火にいる夏の虫、て言葉を聞いたことはあるか?」

 

「………」

 

 私は刀を構え、炎鬼に向かって疾駆した。もちろん相手にとっては格好の的である。炎の連弾が耳をかすめ、足元を焦がし、頭上数ミリのところを通過していく。

 

 炎のシャワーをかいくぐり、無謀な突進を続ける私に、男はちっ、と舌打ちをすると、あらかじめ握りこんでいたらしい岩を振りかぶった。

 

「……喰らえ」

 

(……来る!)

 

 溶岩が炎鬼の手を離れたその瞬間、私は時を止めた。同じ手は食わない。私は空中でぴたりと止められた溶岩の下をくぐり抜けた。そして目の前に炎鬼をとらえた瞬間ー

 

「そして時は動きだす」

 

 男は、突然目の前に現れた私を見て目を見開き、慌てて身を引こうとした。

 

「逃しませんよ」

 

 私は、男の肩口めがけて斬りつける。が、その瞬間、男の姿がふいと消え去った。

 

「………⁉」

 

 消えた。手ごたえがなかったので、透明化したというわけではなく文字通りに消えている。どこへ行ったのか。

 

 戦闘中に敵を見失うという恐怖ーそれが背筋を震わせた瞬間ー

 

()った」

 

 私のあごに、ぴたりと指が当てられた。背後。いつの間にか、背中に回られていたのだ。こんな隠し技があるとは思わなかった。

 

(………でも)

 

 炎鬼は、消えてすぐに私を攻撃すべきだった。今の数秒で、再び私が能力を使うための時間を与えてしまったのだから。

 

 時間が止まり、男は指に力を込めようとしている姿勢のまま、動かなくなった。私はその支配から抜け出すと男の正面に立ち、あらためて刀を振りかぶった。

 

「………なっ」

 

 時間が動き出して、炎鬼は腕の中に私がいないことに気付き、顔をあげた。が、たいして多くのものを見ることはできなかっただろう。高々と舞った首は自身の炎に焼かれ、消し炭の塊と化したからである。

 

「………勝った」

 

 手強い相手だった。時間停止能力がなければ到底勝ち目はなかっただろうし、古参メンバーが戦ったとしても死者が出ていたかもしれない。倒された新規メンバー4人は運が悪かったとしか言いようがないだろう。私は心の中で4人の冥福を祈った。

 

 私は炎に包まれている広場から出て、レーダーを取り出した。しかし残った敵の数は、あとわずか1体だった。

 

 今倒したのがボスなのか、それともこちらに残っている方がそうなのかは分からないが、とにかく行ってみるしかない。その1体さえ倒せば、今夜の戦いも終わるのだ。

 

 そう思って光点の示されている場所へ行こうと決めたときー

 

「おい、あんた何してんだ?」

 

 声をかけられて、思わず振り向く。そこにいたのは、ニット帽をかぶった学生だった。一瞬オニ星人の残党かと思ったが、レーダーを見ても反応はない。つまり、一般人だ。

 

「……失礼ですが、私が見えるんですか?」

 

 そう訊くと、男は怪訝そうな顔をして、頷いた。

 

「……あちこちであんたみたいな服を着た奴がいるんだけど……何やってんの?」

 

「………」

 

 吸血鬼の仲間という可能性もないではなかったが、八重歯の長さを見ると、やはり人間のようである。そして他のメンバーの姿も見えるのであれば、不可視化が解除されたのは私に限った話ではないらしい。

 

(何が起こってるのかしら……?)

 

 

 

 

—咲夜の決着の5分前

 

「………何で、私たちの姿が見えてるの?」

 

 鈴木のおっちゃんはスーツが壊れた俺を抱えながら、そう呟いた。走るガンツメンバーに通行人が目を向け、ひそひそと話している。少し前から俺たちの姿は見えていたらしく、「あのバケモノと戦ッてたってよ」とか、「映画の撮影?」などという声が聞こえてきた。

 

「……ガンツがルールを変えたのかもしれないが……とにかく残り1体だ。急ごう」

 

 俺とレイカは、鈴木のおっちゃんと風、そしてあの子供と合流すると、残っていた2体のうち、最も近かった1体の敵のもとへ向かうことにした。俺はスーツが壊れて走るスピードが絶望的に遅いものの、物陰から援護射撃ができるかもしれないので鈴木におぶってもらい、同行することになった。

 

「あのビルの向こう側だわ!」

 

 レイカが言ったそのとき、眩い光がその先で発生し、轟音が響き渡った。

 

「……もう戦闘が始まってるのか!」

 

 皆の顔に、緊張が走った。それでも走る速度は落とさず、戦場へと向かう。誰かが戦っているらしい場所への道の方から、通行人がわっと押し寄せてくるのが見えた。口々にバケモノ、鬼、とパニックになりながら逃げてきたようである。向こうは戦いやすくなっているだろうーそう思った瞬間、スーツを着た男が手を振りながらこちらにやってくるのが目に入った。

 

「……来てくれたのか!」

 

 通行人に紛れてやって来たのは、坂田だった。しかしそのスーツのいたるところから液体が流れ出ている。スーツが壊れたので、戦線離脱したのかもしれない。

 

「坂田! 向こうはどうなってる⁉」

 

「……ヤバいやつがいる! 今は玄野と加藤が戦ってるが、桜井がやられた!」

 

 桜井が。しかも坂田までぼろぼろにされているのだから、ビルの向こうの敵は規格外の強さを持っているのかもしれない。だが、メンバーの中の精鋭である玄野と加藤なら、まだ持ちこたえているはずだ。

 

「……おっちゃん、下ろしてくれ。俺はちょっと離れたところからXガンで狙ってみる」

 

「……分かった。……坂田くんは?」

 

「俺もそうさせてもらうかな。……そうだ。あの鬼、雷を落としてくるから気をつけてくれ。それと見れば分かるけど、パワーもスピードも桁違いだ。まああの2人ならなんとか……」

 

 坂田がそう言ったそのとき、レイカが叫んだ。

 

「気を付けて! 何か降ってくる!」

 

 俺が慌てて飛びのくと、ちょうどそこに飛来した物体が地面に激突した。思わずつぶった瞼を開けると、そこにはビルの向こう側で戦っていたはずの玄野がいた。

 

「……ちっ、あれがぜってーボスだな……って、なんでお前らがここにいるんだ?」

 

 玄野は体を起こしてようやく俺たちの存在に気付いたようだった。

 

「他のところは皆終わったみたいだから。もう一匹の敵は遠いし、分かれるよりここの敵を皆で倒そうと思って」

 

 もう1つの光点は先ほどからあまり動いていないため、誰か-ここに来ていない咲夜の隊かあのガラの悪い連中が戦っているのだろう。玄野は「なるほど」と言うと、立ち上がった。

 

「……そろそろ行かないと加藤がやられちまう。応援に行かないと」

 

 

 

 

 

 

 

 迅い。明らかにこの「鬼」は、他のオニ星人、そしてあの岩鬼とも隔絶したパワー、そしてスピードを持っている。Yガンで応戦するものの、ロックオンするどころかかすりさえしない。そして相手の反撃はすさまじい雷撃、重い拳の一撃。どう考えてもタイマンで挑むべき相手ではない。

 

(やばいかもな………)

 

 計ちゃんは先ほどどこかに吹き飛ばされ、今は俺1人しかいない。いずれ計ちゃんは戻ってくるだろうが、それまで何とかこいつの攻撃をしのぎ切らなければならないのだ。

 

 俺は「鬼」に狙いをつけて引き金を引いたが、そのときにはすでにその姿は俺の射線上にはなかった。すでに後ろに回り込んでいる。すぐに振り向いて反撃しようとしたが、その前に「鬼」の拳が腹にめりこむ。

 

「がはっ……!」

 

 やはり、1対1では勝負にならない。この「鬼」と一番相性が良さそうなのは咲夜だが、こういう時に限って彼女はいない。咲夜でなくてもいいから、せめて1人は来てほしいー

 

「雷に気をつけろ! 皆でかかるぞ!」

 

 耳慣れた声が聞こえてきた。計ちゃんが戻ってきたのだ。しかも、その後ろにはレイカ、風、おっちゃんを連れている。

 

「……俺の仲間はどうした?」

 

「鬼」はずらりと取り囲んだガンツメンバーを見回すと、ぽつりとつぶやく。計ちゃんは刀を構えると、緊張した顔のまま、中指を立てた。

 

「全員、あの世でお前を待ってる」

 

 その瞬間、鬼は激昂した。計ちゃんは刀を振りぬくが、「鬼」は信じられないほどの反応速度で回避すると、計ちゃんを殴り飛ばす。その隙をついて風が飛び掛かるが、瞬く間に背後をとられ、肘鉄をくらう。

 

「う、撃って!」

 

 レイカとおっちゃんがXガンで「鬼」に狙いをつけようとするが、目標があまりにも高速で動くため、銃口で追い切れていない。

 

「なら……これはどうだ!」

 

 計ちゃんと俺、風が三方向から同時に斬りかかり、突進し、銃撃する。前もって示し合わせたわけではないが、自然と挟み撃ちのかたちになった。回避は不可能ーそう思ったが、鬼の腕を、ぱちぱちと青白い光が這った。雷が来る。気づいたが、回避の反応が遅れた。

 

 閃光。

 

 遅れて雷鳴がとどろき、凄まじい風圧に押し上げられる。俺は何とか足から着地したが、他のメンバーは倒れ、起き上がろうとするところだった。

 

「……お前らごとき虫けらに、俺が本気を出すまでもない」

 

「鬼」は静かに言った。しかしその額には青筋が浮かび、ぎらつく眼には視界に入るものを全て鏖殺してしまいそうな狂暴な光を浮かべている。激怒。憤怒。瞋恚。「鬼」から立ち昇る怒りの気配は、すさまじかった。

 

「……だが、これくらいじゃ俺の気が済まない。まずは、お前らだ」

 

 すっ、と「鬼」は俺たちに指を向けた。

 

「そして……この街の人間を撲滅する。止めてみろ。お前らにそれができるなら」

 

 ぎょーん、とその瞬間、Xガンの吠える音がした。すると「鬼」の脇腹が弾け、血が飛び散った。

 

「⁉」

 

 今、ここにいるメンバーは誰も銃口を向けていない。つまり、他に狙撃者がいるのである。「鬼」はぎょろりと目を動かし、狙撃者を探しているようだった。

 

「あれか」

 

「鬼」が目を向けた先にいたのは、自動車の影に隠れて銃を構えている稲葉と坂田。狙撃の機会をうかがっていたのだろう。「鬼」は落ち着いて手を掲げると、2人に向けて稲妻を落とした。

 

 爆音とともに、2人は自動車ごと吹き飛ばされた。

 

「今だッ!」

 

 稲葉と坂田に「鬼」の意識が向かった隙をつき、計ちゃんが斬りかかる。

 

「しゃらくさい」

 

 しかし「鬼」が計ちゃんの刀を避けようとした瞬間ー

 

 めり、と鈍い音がした。

 

「やっと……やっと当たったばい」

 

 風が拳を「鬼」の腹に埋めていた。そして予想外のダメージで、刀への反応が数コンマ遅れる。計ちゃんが刀を振りぬいた直後、ばっと「鬼」の胸から鮮血が溢れた。

 

「撃ちまくれ!」

 

 計ちゃんの指示にはっと気が付いたレイカとおっちゃんがXガンを向け、構える。「鬼」はとっさに左腕でガードするが、その左腕が消し飛ぶ。次に頭が吹き飛べば、こいつを倒すことができる。

 

(……勝てる……のか?)

 

 だが、「鬼」の天高く掲げた右腕は、その希望的観測を打ち砕いた。あの稲妻が走り、メンバーたちを薙ぎ倒した。俺は地面に這いつくばりながら、毒づく。

 

「くっそ……」

 

 どろり、と俺のスーツから液体が流れ出した。計ちゃんも、風も、レイカも、おっちゃんも。全員のスーツが死んだ。あと少し。あと少しなのに。

 

「鬼」は倒れているメンバーで一番近くにいたレイカを掴み上げた。

 

「……最初に殺すのは、こいつからにしよう」

 

 

 

 

 残る敵はあと1体。私はレーダーに表示されている光点の座標めがけて急行していた。おそらく他のメンバーも担当の敵を撃破して最後の戦場に集結しつつあるだろう。

 

 しかしこの光点は、私が移動を始めて5分間、ずっとそこにとどまっている。つまり、誰かと戦っているのだ。

 

(さっきの星人みたいに、無茶な相手じゃなければいいんだけど)

 

 炎鬼との戦いで、私のスーツも限界が近い。猛烈な攻撃にさらされれば、死亡する可能性が大である。なるべくなら戦いを避けたい。とはいえ、もしもピンチの仲間がいるなら、最悪の場合―

 

「助けざるをえないわね」

 

 思わず口からこぼれた自分の言葉に、私は意外な気持ちがした。私は他のメンバーを訓練すれば代替可能な戦力としか見ていなかったはずである。それが、今や「仲間」だとは。いつの間にか彼らは、私の心の中で「駒」から「仲間」に昇格(プロモーション)していたのである。

 

……だがおそらく、それは情がうつっただけだろう。こちらの世界で、自分の他に頼れる存在があると自身に言い聞かせる作業。一時的な心の作用にすぎない。

 

(そう、ただの気のせい……)

 

 そう思ったちょうどそのとき、ビルとビルの向こうに、信じがたい光景が広がっていた。

 

 地面に這いつくばっているのは、玄野。加藤。風。鈴木。稲葉と坂田、桜井はまだ到着していないか死んだのだろう。信じられないことに、この面々と単独で渡りあい、勝利しかけているのは敵の方だった。

 

「鬼」

 

と、見た瞬間に分かる風貌。間違いない。あれがボス。そしてその「鬼」の片腕に腹を掴まれているのはーレイカ。まさに、私の想定していた最悪だった。

 

 だが、Xガンはまだ有効射程にないし、刀を伸ばす時間もない。走っていくとしても、到着前にレイカが握りつぶされて終わりだろう。使える手は、もはや1つしかない。

 

 私は、刀を少しだけ、ほんの少しだけ伸ばし、刃の部分を指で挟みこんだ。刀身はちょうど柄と同じ長さで、刀というよりもナイフという方がふさわしいだろう。

 

「……久しぶりだけど、外せないわね」

 

 私は息をするどく吸い込むと、数百メートル先に立つ「鬼」に向け、ナイフを投擲した。

 

 

 

 

 




今回はあまり本編とは関係ない後書きです。

漫画としてガンツの面白さを分析すると、ストーリーはわりと普通の少年漫画ですが、やっぱり一番上手いなあと感じるのは引きですね。

ハリウッドの映画では5分に1度山場を設定するそうで、ガンツも単行本で読む時は連載時の「引き」が「山場」になって、テンポよく読めるようになってるんだなあと。


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33、一新

 

 

 

 

ー苦しい。誰か。

 

 握りしめられた胴体が、悲鳴をあげている。スーツはもう効いていない。「鬼」の力に抗っているのは自分の体だけだった。しかしそれも限界に近いらしく、ぴき、と嫌な音が自分の体内から発されたのを私は苦悶しながら聞いていた。

 

 肋骨が折れる。柔らかい臓器ごとーレイカは必死に身をよじろうとするが、「鬼」は万力のような力をこめ、決して私を離さない。

 

(まさか……私はここで……終わり?)

 

 死は嫌と言うほど見たと思う。玄野くんや加藤くん、十六夜さんに比べればまだまだかもしれないが、他人の死には少しずつ慣れてしまっていた。だが、それと自分が死ぬのは、全く違う。

 

 恐怖。無に還ってしまうことへの恐怖。どんな訓練も、装備も、人生も、等しく呑み込んでしまう、圧倒的な「死」への。

 

 涙があふれてきた。激痛が全身を駆け抜ける。

 

「誰か……た、助け……」

 

 一際強く握りしめられ、押し潰れる―その瞬間、私の身体は空中にあった。

 

「!?」

 

「レイカっ!」

 

 玄野くんに受け止められ、私は呆然とした。何が起きたのだろう。

 

 ぴ、ぴっと私の顔に赤黒い液体が飛んだ。上からだ。私が玄野くんに抱えられたまま見上げると、「鬼」の腕には深々と短い刀が突き刺さっていた。

 

「貴様ああああっ!」

 

「鬼」が吠えた遥か向こうに、たたずむ人影があった。目を凝らさずともわかる。十六夜さんだ。あそこから、刀を「鬼」に向けて投げたのだろう。

 

 十六夜さんはすぐにこちらへ向かってきた。

 

「皆っ! すぐ終わらせる! 生き残るぞ!」

 

 加藤くんが激を飛ばすと、おうっ、とメンバー全員が応え、「鬼」を取り囲んだ。

 

「ぬううっ!」

 

「鬼」のスピードは格段に落ちていた。しかも万全の状態でなくては雷は使えないらしい。……しかし、スーツがない。もし誰かがやられれば、そこから瓦解するー

 

「うあっ!」

 

 そのとき、鈴木さんが、「鬼」の横薙ぎの一撃を回避しそこね、左腕を持っていかれた。私は援護しようとしたが、鈴木さん自身の身体が邪魔で「鬼」を狙えない。

 

「だ、駄目……!」

 

 続く鬼の右こぶしが鈴木さんに振り下ろされるー直前、がっ、と鈍い音がして、その勢いが止まった。

 

「……ああ、ようやく間に合った」

 

 十六夜さんだった。しかし、今の一撃で彼女のスーツも限界になったのか、どろりと液体が流れ始める。態勢を整えた鬼は、すぐさま十六夜さんに襲いかかった。

 

「十六夜さん! 気を付けて!」

 

「……大丈夫です」

 

 ぴたり、と「鬼」の動きが止まった。そして顔が十倍にも膨れ上がり、血をまき散らして爆発した。

 

「……桜井の仇だ」

 

 鬼の身体が倒れ、その後ろから現れたのは、坂田さんだった。Xガンをホルダーにしまうと、ほう、とため息をついた。

 

「……や、やばかったあぁぁ」

 

 加藤くんが、力が抜けてしまったかのように座り込む。

 

「咲夜さん。マジナイスタイミング。あれ無かったらぜってー俺たち死んでたわ」

 

「ええ。正直あの距離で当てられるかどうかわかりませんでしたが……レイカさんが死ななくて何よりです」

 

 十六夜さんは胸をなでおろし、最後にそっとつぶやいた。

 

「……」

 

 そうだ。十六夜さんだってちゃんと仲間を思って行動しているのだ。和泉くんが言い残したように、彼女は人殺しかもしれない。しかし、現にこうして自分の命を賭して仲間を守っているのだ。

 

 もし彼女が自分の命だけを考えて、他人の命は軽く見るような殺人鬼だったら、スーツが壊れる寸前で割って入ることはしないだろう。だから、私は言うべきなのだ。感謝と、そして仲直りを。

 

「十六夜さん」

 

「何?」

 

 名前を呼ぶと、十六夜さんは振り返った。その向こうではもう転送が始まっている。ここを逃したら、採点や解散の間に言う暇は無いかもしれない。

 

「……さっきは、ありがとう。それと……これまで距離をとっててごめんなさい」

 

 十六夜さんはきょとんとしていたが、やがて、ああ、と少し笑って、

 

「気にしていないので大丈夫ですよ。それに、私に化けた星人のせいで危険な目にあったとか……化けられやすい見た目をしててすみませんでした」

 

 何それ、と笑った時、十六夜さんの身体が消え始めた。

 

「……おや。ではお先に失礼します」

 

 完全に十六夜さんの身体が消えた後、私の身体も転送が始まった。私は戦いの疲れよりも、ある種の満足感を感じていた。

 

 確かに大変な戦いだったけれど、残ったもの、いや、直ったものは確実にある。そんな満足感を。

 

 

 

 

「……よし、全員戻って来たな!」

 

 最後にレイカの転送が終わると、加藤はそう言って皆を見回した。どうやらこの前の新規メンバーも全滅していたらしく、恐竜狩りのときと顔ぶれはほぼ同じだった。……桜井を除いては。

 

「あの、桜井さんは?」

 

「最後の鬼ボスにやられたらしい。いきなりあれにぶち当たったわけだからな。運が悪かった」

 

 加藤が言うには、あの最後のオニ星人は雷を乱発して皆をあそこまで追い詰めたのだという。初見でそれをかわせるのは、確かに無理だろう。

 

「もし私にできるのなら、私が生き返らせたいんですけどね」

 

「咲夜さん……俺の時もそうだったが、自分を解放するのに100点メニューを使う気は無いのか? このままだと死んじまうかもしれねーぞ」

 

「そうですね……まあ、その辺は気にしないでください。それに、玄野さんに約束してるんです。私が死んだら、生き返らせるようにって」

 

「そうか。……まあ、計ちゃんは約束を守る男だからな」

 

 加藤による玄野の過大評価は一体いずこから出てくるのだろうか。首をかしげたくなったが、玄野には土壇場での侮れない底力を持っている。多分それを加藤は評価しているのだろう。

 

 その時、ちーん、とガンツが音を発した。

 

『それではちいてんをはじぬる』

 

『アホの、、、 125てん

 total 135てん 100点めにゅ~から選んでくだちい』

 

 結局とどめを刺したのは坂田になったので、普通のオニ星人を殺した分も合わせてこれほどの高得点が取れたのだろう。坂田はしばらく考えていたが、やがて、きっぱりと言った。

 

「桜井を生き返らせろ」

 

 意外だな、と思った。坂田は少し割り切ったところがあるので、解放の選択を選ぶと思ったが。ひょっとすると戦闘中の桜井の死に責任を感じていたのかもしれない。

 

「……うわあああっ……あれ?」

 

 桜井は何故か頭を庇おうとした状態のまま、再生された。やがて周りにいる私たちを見て、何かに気付いたように目を見開く。

 

「俺、ひょっとして……死にました?」

 

「大丈夫だ。今は生きてるだろ」

 

 坂田が言うと、それですべてを察したようだった。涙ぐみながらありがとうございますを繰り返していた。

 

『加藤ちゃ(笑) 89てん

 Total 89てん あと11てんでおわり』

 

『咲夜ちゃん 62てん

 toTaL 62てん あと38てんでおわり』

 

 私と加藤は、100点には届いていなかった。私は倒したのがオニ星人と炎鬼1体ずつで、加藤はボスを1体も仕留められなかったからだろう。今回の100点ボーナスは予想外に多く、離脱者が増える可能性が高い。私は少しひやりとした。

 

『レイカ 58てん

 total 58てん あと42てんでおわり』

 

『イナバ54てん

 toTAL 54てん あと46てんでおわり』

 

『ハゲ 70てん

 Total 70てん あと30てんでおわり』

 

『タケシ 0てん

 おうえんしすぎ なきすぎ あと100てんでおわり』

 

 うまい具合に点数が散らばっている。特に稲葉が奮戦しなければレイカに点が集まり、100点達成がなされていただろう。

 

『筋肉ライダー(仮) 120てん

 total 120てん 100点めにゅ~から選んでくだちい』

 

 風は惜しい戦力だが、強いがゆえ、こうなる確率が高いことは分かっていた。ため息をつきたくなったが、どうするかは本人の意志である。

 

「……玄野か加藤、十六夜の誰かが決めてくれ」

 

 一瞬、私は自分の耳を生まれて初めて疑った。選ぶ? 3番を? 何かの冗談かと思い、風の顔を見たが、その中に軽い気持ちの色は見られなかった。……何故かはわからないが、それを選択しようというのだろう。喜ばしい限りである。

 

 ざわめきが起こったが、私と玄野と加藤は話し合い、大仏との戦いで散った軍人(この国では自衛隊員というらしい)らしい男を生き返らせることにした。

 

 情報を持っていそうな西も有力候補ではあったが、彼の性格が厄介なうえ、このように全員が高得点を取って100点にリーチがかかっている状態なので、次の戦いで安定して勝利するための戦力になりそうな人員を加えることにしたのである。

 

「……?」

 

 彼は再生された後、加藤に軽い状況説明を受けるため、部屋から出て行った。本格的に仲間として会話することになるのは明日からだろう。

 

『パンダ 104てん

 totaL 104てん 100点メニュ~から選んでくだちい』

 

 これは風の時よりも衝撃的な瞬間だったといえるだろう。流石にメンバー全員が唖然としてホイホイを見つめていた。

 

 かつてない注目の中、ホイホイはガンツに近づくと、画面に鼻を押し当て3番を選択し、和泉を再生させた。

 

「……どうなってるんだ?」

 

 流石の和泉も、自分が再生されるとは思ってもいなかったのだろう。困惑して辺りを見回していたが、やがてホイホイがやってきて和泉とじゃれ始めると、誰が和泉を再生したかに合点がいったようだった。

 

 和泉が戻って来たのは死んだときの状況が状況だけに微妙な空気が漂ったが、最後のメニュー、つまり玄野の点数は、それを吹き飛ばしてしまった。

 

『玄野くん 100てん

 toTAl 100てん 100点メニュ~から選んでくだちい』

 

「……マジか」

 

 玄野はぽつりとつぶやいた。

 

「いや、当然だろ。選びなよ、1番」

 

「そうっすよ。あれだけ頑張ったんすから。遠慮せず、どうぞ1番を選んでください」

 

 しかし、皆の反応は、ほぼ一つだけだった。誰もが玄野の解放を望んでいる。玄野が抜けるのはかなりの痛手だが、やはり私にはいかんともしがたい。諦めて見送るしかなさそうだった。

 

 玄野は最後に、私をちらりと見やった。だが、もう私が仮に嫌だといっても止められないだろう。

 

「……このチームは強くなりましたから。玄野さんがいなくてもきっとやっていけますよ」 

 

「ああ、ありがとう……結局、死んだら生き返らせるっつー約束は果たせなかったけど」

 

「もういいですよ。そんな話は」

 

 そう答えると、玄野は吹っ切れたようで、ゆっくりと深呼吸し、ガンツに向かい合った。

 

「ガンツ……俺を解放してくれ」

 

 じじじじ、とあの焼け焦げるような音とともに、玄野の身体は消え始めた。メンバーは口々に感謝や別れの言葉を玄野に言った。

 

「じゃあ、これで……皆、死ぬなよ。特に稲葉」

 

「ああ。心配無用……と断言出来たらカッコよかったか?」

 

 玄野は苦笑した。そしてその顔すら消え、ついに玄野の転送が完全に完了してしまった。加藤はしばらく黙っていたが、やがて、

 

「……俺たちも、計ちゃんみてーに100点クリアしねーとな」

 

とつぶやいた。

 

 

 

 

 

 空を見上げると、夜の闇の中を、飛行機の光がちかちかと瞬きながらゆっくりと移動していた。

 

 誰もが壮絶な死闘を切り抜けた後で疲れ切っており、解散になるのは早かった。そして私は玄野が抜けてしまったので、1人でマンションから帰っていた。

 

 玄野は抜けてしまったものの、和泉と腕の良さそうなスナイパー……確か名前は東郷、だっただろうか。彼らの参入もあったので、損失は無かった。今の心配はそちらではなく、むしろ逆である。

 

 戦いの前は点数を取れずに死ぬということが心配だったが、まさか次に心配することになるのが皆の得点が高すぎるということになろうとは思いもしなかった。

 

 風と坂田が抜けなかったのは僥倖だが、加藤はよほどのことがなければ確実に3番を選ぶだろうし、あとたった11点で解放されるのだ。このチームに彼ほどのリーダーシップを取れるものはいるのだろうか。

 

 私は新米4人を全滅させてしまったように、指揮は苦手だ。かといって超能力コンビや鈴木も指揮に向くかと言われれば首をかしげざるをえず、風や和泉は論外である。

 

 消去法でレイカや稲葉の名前があげられるが、彼らはこれといってリーダー役をやったことがないので何ともいえない。

 

(どうすればいいのかしら……)

 

 考えながら歩いていると、いつの間にかアパートに到着していた。玄野は先に戻っているため、合い鍵を差し込み、ドアを開けた。

 

「ただいま帰りました、玄野さん」

 

 しかし、返事がない。私は不思議に思いながら靴を脱ぎ、呼び続ける。部屋から明かりが漏れている。いないということはないだろう。

 

「どうしました? 玄野さん」

 

 すると、そっと玄野が奥の部屋から顔を出した。

 

「やっぱりいるじゃないですか。どうして……」

 

 答えないんですか、と言おうとして、はっと気がついた。どうして今まで思い至らなかったのだろう。このことを見落とすとは、どうかしていた。

 

 1番の選択の文言は、『記憶をけされて解放される』

 

 私のことを忘れているのだ。ガンツから解放されたために。

 

「ちょっとあんた……誰なんだ?」

 

 玄野の言葉は、私の耳に非現実的な響きを残し、闇に消え去っていった。

 

 

 




長い間が空いてしまいましたが、再開することができました。

ちなみにオニ星人の細かい点数は分かりませんが、合計は分かるので、倒した数を考慮して点数を出しています。

例えば原作でのレイカと稲葉の合計獲得点数は112点であり、この作品では稲葉は頑張っているのでそれをおよそ2で割った、という感じです。


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34、混乱と急襲

 

 

 

 

 本当に誰なんだ、こいつは。

 

 その女が訪ねてくるまで、俺はテレビを見ていた。ブクロでリアルな宇宙人の死骸が散乱しているのを、食い入るように見つめていたのだ。いつもは大してニュースを見ないものの、何故かこのニュースは吸い寄せられるように見てしまった。

 

 その時だった。鍵を差し込む音が玄関から聞こえてきたのは。

 

 俺がぎょっとしてテレビを消すと、がちゃり、と音がしてドアは抵抗なく開いた。

 

(ウソだろ⁉ なんで合い鍵持ってんだよ! 入って来ちまったじゃねえか!)

 

「ただいま帰りました、玄野さん」

 

 女の声。しかも当然のように上がり込んでくる。俺がそっと顔をのぞかせると、その女の顔が見えた。銀髪、顔の印象から言って、日本人ではないな、と思った。

 

「ちょっとあんた……誰なんだ?」

 

 そう訊くと、女は「あ……」と目をみはり、呆然としていた。

 

「私の顔に見覚えは?」

 

「ないけど」

 

「あなたの記憶がないだけって言ったら信じますか?」

 

「逆にあんたは信じるのか?」

 

 そう言うと、女は黙り込んだ。しかしやがて意を決したように顔を上げると、「では」と切り出した。

 

「私の荷物を取って来てくれませんか。衣類と貴重品類の箱がありますから」

 

「……そんなものは俺んちにはないけど」

 

「あります。安心してください。別に何か害をなそうと思って来ているわけではないので」

 

 俺は半信半疑で、それがあるかどうかを部屋に戻って見てみたが、確かにその箱は存在した。わずかに開けてみると、女物のセーターやらパンツやらが綺麗に仕舞われており、俺のものでは無さそうだった。

 

 俺がそれを渡すと、女はぺこりと頭を下げた。

 

「ご迷惑をおかけしました。……あ、あと冷蔵庫に入っているチーズケーキはそれほど日持ちしませんので、お早めにお召し上がりください」

 

「は?」

 

「……では。失礼します」

 

 どこか悲し気な顔をしながら、その女は玄関のドアを閉め、どこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 玄野の家を出てしばらくは安いホテルを利用して次の住処を探していたが、やがて資金が尽きそうになってきたため、やむなく空の下で寝泊まりをしていた。

 

 しかし公園のベンチで厚着をして寝ても十分な睡眠がとれるはずもなく、身の危険を感じた時は起きられるような態勢でいたため、体調は少しずつ悪化していた。

 

「加藤さん。1つお頼みしたいことが」

 

 訓練の最中だったが、呼ぶと加藤はいそいそとやって来て私の前に立った。

 

「……咲夜から俺に頼みって珍しいな。何なんだ?」

 

「実は家のことでですね。この前玄野さんの家を出まして」

 

「あ……そうか。記憶がないからか。それでどうしたんだ」

 

「公園のベンチに座っていました」

 

「あー、道理で顔色が悪いと思った。大丈夫か?」

 

「ええ、まあ……ところで相談なんですが、私が次の住処を見つけるまで、泊まれそうなところは無いでしょうか?」

 

 今からずっと露天暮らしというのは体力が持たない。それにホテルや旅館では流石に金銭的な面もあって難しいことは分かっている。能力で盗みをはたらくこともできなくはないが、最終手段にしたい。

 

 加藤はしばらく考えていたが、やがて、分かった、と言った。

 

「今、俺と弟が暮らしてるアパートがある。そこに住んだらいい。……ああ、咲夜さんが嫌でなければ」

 

 遠慮がちに言うのは、やはり下心がある提案に聞こえるからだろう。しかし、今の私にはここで嫌というほど余裕があるわけではないし、加藤が親切で言ってくれているということも分かる。ありがたくそうさせてもらうことにした。

 

「ありがとうございます。代わりに家賃を3割負担、家事の手伝いをするというのでどうでしょう」

 

「助かる。……なんか、慣れてるな」

 

 私1人分の金銭管理など、紅魔館全体の家計を担当していた時に比べれば楽である。こちらの世界は税の計算が多いので一概には言えないが。

 

 何はともあれ、ようやく寝床の確保はできたわけである。こんなことになるのであれば、岸本にどう追い出された日を切り抜けたのか聞いておけばよかったかもしれない。

 

(……そういえば、今、玄野さんはどうしてるかしら)

 

 ふと、そんなことを思った。が、彼はもうガンツとは何の関係もないのである。忘れた方がいいだろう。そう考えなおしたとき、私の上着を置いてある辺りから、携帯の着信音が聞こえてきた。

 

 幾分こちらの世界の道具にも慣れたとはいえ、携帯電話という道具の操作はよくわからないので、電話帳に入っている連絡先も仕事用のものとガンツメンバー、お嬢様のものくらいである。

 

「すみません。ちょっと失礼します」

 

 私は加藤に断りを入れてから、電話を取った。ガンツメンバーはここにいるので仕事先かお嬢様だろうと思っていたが、電話の相手はそのどちらでもなかった。

 

「ちょっと話がある。前の所に来てくれるか?」

 

 声の主はあの吸血鬼ー氷室だった。

 

 

 

 

 

 

 はぁくし、とくしゃみをして、俺は学生服から着替え、部屋着でベッドに寝転んだ。

 

「何かなー、どうなってんだー、ここしばらく」

 

 学校ではレイカとの付き合いはどうなったと聞かれ、小島とかいう奴が彼女ヅラしてやって来るのである。おまけに携帯には知らない名前がずらり……。訳が分からない。

 

 周りの反応も、それが当然とばかりで、まるで、今まで違うヤツが俺になりすまして皆と話していたのではないかと思うほどである。

 

 終いにはコートを着た男がやって来て、俺をブクロに現れた黒服のメンバーだと言い出す始末である。弟のアキラまで俺をからかっているのか、俺の命を狙う連中から身を守るために太陽光に近い光を出せる器具を用意しろと言ってきた。

 

 何故か向こうは必死に言っているようなので買ってはみたが、やはり釈然としない。

 

「何だ? 何だ? マジでどうなってんだ?」

 

 思えばこの前のあの女もそんなことを言っていた。「記憶が無くなってる」なんて言ってたが、本当なのだろうか。記憶を失ったと考えれば、全てのことに辻褄があうのだ。

 

「でも、ドラマとか漫画じゃねーんだから……」

 

 ありえない、と続けようと思ったが、心のどこかではそれが真実のような気がして、発音されることはなかった。しかしその時、俺の頭に一つのアイデアが閃いた。

 

 俺の電話帳に残っている番号に電話をかけてみればいいのである。もし繋がって、会話することができれば、ある程度俺が記憶喪失かどうかの判断がつくというものだろう。

 

 俺は早速電話帳を調べると、あいうえお順の電話帳の一番上に表示された『十六夜咲夜』に電話をかけてみることにした。

 

 しばらく呼び出しのコール音がしていたが、やがて「電話をお呼びしましたが、お出になりません……」という機械音声が流れ始めた。

 

(やっぱり、そうだよな……)

 

 この電話帳は多分、何かの間違いなのだろう。どっかの電波が紛れ込んできてこうなっているだけとか、そういう類のものだろう―考えながら、俺は少しずつ眠りの中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 電話が鳴った。

 

「おい、あんたは大事な話し合いを中断させるほど携帯の相手が重要か?」

 

「いえ。すみません。すぐ切りますから」

 

 私は電話の電源を落とすと、話し相手―氷室に向き直った。

 

 そういえばもともとこの携帯電話はここで貰ったものである。電話番号は当然知っているというわけだ。

 

「で、話とはなんですか?」

 

 先ほどの電話では夕方、以前会ったクラブという指定を受けただけで、話の内容までは聞かされていなかった。罠かと思ったが、スーツを着ていけば逃げることくらいはできるだろうと考え、それに応じたのである。

 

「あんたは……失礼。あんたらは、この前のオニたちとやり合ったよな」

 

「はい。なかなか手強い相手でした」

 

「俺は正直、あれであんたらは全滅だと思った。が、多少死んだだけで、戦力はほぼ温存されているんだろう?」

 

 戦いの最中で姿が見えるようになったため、報道により生存メンバーの確認が可能だったのだろう。

 

「そんな奴らと真正面から戦ってもこちらの被害が大きいだけだ。だから、まずガンツメンバーの何人かの住所を突き止めた」

 

「どうやって?」

 

「どうでもいいだろう。……まあ、ある熱心な記者の努力の賜物とでも言うか……例えば、あんたは玄野というやつと一緒に住んでいるそうだな」

 

 情報は古いものの、ハッタリではなく、本当に突き止めているらしい。問題は私をここにおびき出した理由である。

 

「目的は?」

 

「目的? ああ、どうってことない。玄野とあんたが近くにいたら戦いづらいからな。巻き込んであんたまで殺したらスカーレット家と全面戦争だ。こちらに損しかない。だからあんたは襲撃が終わるまでここにいてもらおう」

 

「ちなみに、嫌だと言ったら?」

 

「……見張る部下にあんたの四肢を切断するまでは許可してある。どうせガンツの招集があれば再生してるだろう?」

 

 つまり、殺しはしないが無事にはすまされないということだろう。脅しとしては有効である。

 

「分かりました。あなたの言う通りにしましょう」

 

 氷室は煙草をくわえたまま、ふっと笑った。

 

「あんたは賢いから、その返事が聞けるだろうと思ってたよ」

 

「……彼らは、駒にすぎないので」

 

 私は答えながら、心の奥でつぶやいた。

 

 以前ならば本心から言っていただろう、と。

 

 

 

 

 

記者を脅して居場所を聞き出したメンバーは、実のところ、まだ2名である。玄野計。和泉紫音。いずれも十六夜咲夜が存在を示したサイトにも載っていた名前で、かなりの強者であることは分かっている。

 

 それゆえ、俺は動員できる吸血鬼のほぼ全てで襲撃を行うことにした。玄野か和泉の携帯電話を入手できれば他のメンバーをおびき寄せることも可能であるはずだ。だが、失敗すればこちらの狙いが奇襲であることが分かり、他のメンバーは用心して出てこなくなるかもしれない。

 

 とはいえ、一つの場所に吸血鬼全員を置いても同士討ちが起こる可能性があるため、半分にして玄野と和泉に当てる。俺は玄野の方である。

 

 夕焼けが住宅街の彼方へと消え去り、街に夜がひたひたとやって来るのと同時に、俺は玄野の家を取り囲むようにして仲間たちを配置した。これでまず逃げられない。そして突入する者を5、6人選び、家の様子を窺う。

 

「……静かだな」

 

 家の周りをうろつく男が数人いるが、ボディーガードのつもりなのだろうか。だとすれば、舐めすぎだろう。時間稼ぎにもなりはしない。

 

「かかれ」

 

 俺の命令とともに、仲間たちが男たちに襲い掛かった。マシンガンを乱射すると、ぱぱぱっ、と男たちの胸に火花が散った。が、それに続く血は一切吹き出ない。

 

「敵だっ! 反撃しろ!」

 

 男の1人が叫ぶと、途端に最前列にいた吸血鬼の頭が粉みじんになって吹き飛んだ。それに怯み、突撃の勢いが弱まったところで、突然操り糸を斬られたマリオネットのように、2、3人がくずおれる。

 

「情報通り、奴らの狙いは計ちゃんだ! そして落ち着いて戦えば勝てる!」

 

 どうやらリーダー格らしい、オールバックの男が叫ぶ。おうっ、と応え、男たちは吸血鬼に猛攻を加え始めた。

 

(情報が……漏れていた?)

 

 奴らがこんなカウンターを叩きこんでくるとは予想外だった。今夜襲撃があると分かっていなければ、これほど落ち着いて対処するどころか、ここにいることすらなかったはずである。

 

 こちらにもアキラの他に内通者がいるのだろうか。その最有力候補は十六夜であるが、ヤツには襲撃先を知る機会などなかった。例え襲撃について知らせることはできても、具体的にどこが襲撃されるかは分からなかったはず―

 

 そのときふと、嫌な気配を感じて俺は素早く飛びのいた。

 

 破砕音。俺の踏んでいたアスファルトの道路が弾ける。素早く辺りを見回すと、はるか遠くの家の屋根に伏せ、銃を構えている男がいた。

 

「狙撃だ! 全員、東からの射線を切りながら目の前の男を片づけろ!」 

 

 まさかあの距離から攻撃してくるメンバーまでいたとは。以前にはいなかったから新しいメンバーだろう。俺は移動に使った自動車を盾にしながら、舌打ちをした。

 

 狙撃を警戒しながら準備の整ったメンバーと戦う。これでは奇襲の意味がないし、時間が経つほど不利になる。別動隊が玄野を始末したら撤退した方がいいだろうー

 

 ガンツメンバーたちのいない反対側からアパートに忍び込ませていた部下に携帯で突入の指示を出す。電話から乱暴にドアを開ける音、部屋に踏み込む足音や銃を鳴らす音が聞こえてくる。

 

(これで玄野は死んだな)

 

 しかしそう思った瞬間、玄野の部屋が光に包まれた。ついで、携帯からは石がひび割れ、砕け散るような音が聞こえてくる。

 

「……太陽光か」

 

 おそらく突入した別動隊は今ので全滅した。こうなっては、玄野の殺害も難しい。前方からは、マシンガンの音や肉片の飛び散る音がだんだん近づいてきている。メンバーとの戦闘でもこちらが押しこまれているのだ。

 

「撤退しましょう!」

 

 と言って、俺の傍にいた男は車の運転席に飛び乗った。そして同じく傍に控えていた女が止めるのも聞かずアクセルを踏もうとした次の瞬間、男の頭部は破裂し、脳漿と血を窓ガラスにべったりと塗り付けた。

 

「……馬鹿だな」

 

 運転席など、狙ってくださいというようなものである。俺はため息をついた。死んだ男のマヌケさに。そして、前で戦っていた部下がすでに敗北し、俺の目の前にガンツメンバーが立っているという事実に。

 

「お前が、吸血鬼たちのボスだな」

 

 オールバックの男が俺を見据え、銃口を向けた。

 

 

 

 




この辺はかなり端折った部分が多いです。

ガンツに消される記憶の基準は細かくは分かりませんが、やはり少しでもガンツに関わった人の記憶は消されるようです。後からニュースで見たガンツの事件の痕跡についての記憶は消されるのかはわかりませんが。


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35、リスタート

 

 

 

 

 約束というものは二通りあると思う。一つ目は互いに信頼して成立するもの。そして二つ目は、互いに右手で握手しながら、左手に相手を殺すためのナイフを隠し持っているものである。

 

 私と氷室の関係は後者である。氷室には東京の吸血鬼たちというナイフ、私にはスカーレット家というナイフがあり、互いの喉笛を掻き切ることができる。それゆえ、完全な敵対はできないが、「消極的な敵対」はできるのである。

 

 私はアジトのバーの席に座り、見張りの吸血鬼たちに時折目をやりながら、なみなみとグラスを満たすカクテルを眺めていた。

 

(ここで出されるものに薬が入ってたらまずいから、飲まないけど……)

 

 きらめく赤い液体は、血のようにも見える。今頃、これと同じ色の液体が襲撃先で流れているかもしれない。

 

 しかし、私ができることはもう終わった。……全メンバーに吸血鬼の襲撃を伝え、玄野と和泉を守るためにメールを送ったのだから。

 

 氷室は携帯を持つことは許可したが、操作するときは見張りの監視を受けながらという条件をつけた。そこで私は時間を止めて数文字ずつ打ち込み、見張りにさとられないまま襲撃の通知と対処について知らせたのである。

 

 ちなみに玄野と和泉を守るように伝えたのは賭けではなく、消去法である。玄野は記憶が消えているので襲撃があると言っても対策するとは思えない。だからまずそこを守らせる。そして和泉は通達しても一人で戦おうとするだろう。ゆえに彼をカバーしなくてはならない。

 

 要するに、忠告しても意味がない者を守ってもらうことにしたのである。氷室たちが玄野と和泉を真っ先に狙うかどうかは分からないが、他のメンバーが彼らのところに出払っている以上、いずれそうせざるをえないはずである。

 

 そして氷室たちは私の「裏切り」によって甚大なダメージを負うだろう。狩る側が気づかぬまま狩られる側になったときの混乱は大きい。

 

(……まあ、これもお互い様でしょう)

 

 オニ星人が私の能力を前もって知っていたのは氷室が教えたからだろう。メンバーには私の能力を正確に伝えていたので、「瞬間移動」と表現するのは実際に私の能力を見ている敵、つまり吸血鬼以外にいないからだ。

 

 氷室は、私の情報を敵に教えるという「裏切り」をしていたのだから私の「裏切り」も大目に見てくれるだろう―と、私はくすりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……銃を捨てろ」

 

 俺はYガンを構えながら、刀を持った吸血鬼のボスー咲夜のメールによると、氷室というらしい―に言った。俺が咲夜から緊急メールを貰ったのは午後4時、バイトのシフトに入ろうとしていたときだった。

 

『今夜、かっぺ星人の時に現れた黒服の吸血鬼たちがメンバーを急襲してきます。知った経緯は後で伝えますが、今夜はとにかく全員で玄野さんと和泉さんの家へ行って二人を守ってください。あと、リーダーは氷室という男です。日本刀を持っているので識別できるでしょう』

 

 一瞬何かの冗談かと思ったが、咲夜が冗談で連絡してきたことは一度もないのだ。

 

 だから俺は皆に指示を出して計ちゃんと和泉の援護をすることにした。坂田や桜井などは和泉を毛嫌いしているためやむなく和泉は稲葉とレイカ、鈴木のおっちゃんに任せ、残りは皆計ちゃんの護衛へ向かったのである。

 

「……はい、はい、わかった。またな。……和泉の方に来た吸血鬼は全滅させたそうだ」

 

 坂田の報告。それを聞いても氷室は落ち着いており、俺と風、桜井がいるにも関わらず、平然としている。

 

「なるほどな。いっぱい食わされたというわけか」

 

「……銃を捨てろっつッてんだろ!」

 

「断る。俺の目的は、ただアイツを殺すだけなんでね」

 

 氷室が指さしたのは、ちょうど窓から顔を出した計ちゃんだった。そのまま、つかつかと俺の方に近づいてくる。

 

「仕方ない! 撃てっ!」

 

 Yガンから、ネットロケットが発射された。しかし氷室は驚異的な身のこなしでかわすと、真っすぐ斬りこんでくる。

 

「ちいっ!」

 

 俺がぎりぎりのところで刀を避けると同時に、坂田や桜井はXガンで氷室を狙う。しかしその勢いのまま氷室が移動するため、まったく当たらない。

 

「おおっ!」

 

 雄叫びとともに風が鉄山靠をかますが、やはりこれも回避され、返しの一撃をくらう。スピードだけで言えば最後に戦った鬼星人と遜色ないだろう―

 

 この手の相手ははロックオンすればよいのだが、銃口で追う事すらできない現状、それは不可能である。そして次の瞬間、絶望的な感覚が背筋を通り抜けた。

 

 ぞくり。

 

(よりによって今転送か……!)

 

 ここでメンバーが離脱してしまえば、計ちゃんは間違いなく氷室に殺されるだろう。どうすればいいのか。戦う俺の視界の隅では、早くも桜井の姿が消えつつあった。何か。何かないか。

 

 そのとき、俺はいつもの転送を思い出して、はっとした。

 

「……そうだ。皆。ここを頼む!」

 

 俺は氷室の相手を坂田たちに任せると、計ちゃんのいる部屋の窓に向かって跳躍した。

 

 長い飛翔のあと、俺はすさまじい音を立てて部屋の中に転がり込む。

 

「……お、お前って……ひょっとして加藤か?」

 

 計ちゃんは完全に動転しているらしく、俺を見上げたまま、目を丸くしていた。スーツの上に服を着ているためガンツに殺されることはないだろうが、今の計ちゃんはメンバーではない。迂闊なことを言ってはならないだろう。

 

「まさか、この前、ブクロに現れたメンバーってのも、お前か?」

 

 俺は計ちゃんの問いには答えず、必要最低限のことをすることにした。計ちゃんの腕をつかんだのである。すると計ちゃんは俺を吸血鬼と勘違いしたのか、慌てて電灯のスイッチに手をかけようとした。

 

「何だてめえっ!」

 

「落ち着け。計ちゃんが助かるにはこの方法しかない」

 

 身に着けている服や持っている画用紙が一緒に転送されてくるのである。人間に触れていれば、当然触れられている人間をあの部屋へ連れていくことができる。

 

「正直、こんなに早く計ちゃんを呼び戻すのは申し訳ないけど、仕方ないんだ」

 

「は? いったい何言って……」

 

 しかし、計ちゃんはそれ以上喋ることはできなかった。転送が始まったからである。

 

 

 

 

 

 

 どこだ? ここは。

 

 マンションの一室だということはわかる。家具がないことから、誰かの居住しているスペースでないであろうことも。不可解なのは、先ほどまで俺の部屋にいたのに、何故ここにいるのかということである。

 

 そして不可解なのはそれだけではない。俺は隣にいる男―加藤を睨みつける。

 

「良かッた……計ちゃんも一応なんとかここに連れてこられた」

 

「良くねーよ。ここはどこだ。ていうかてめーはどうやってここへ俺を運んだんだ」

 

「……それはすぐ分かる。それに、計ちゃんが知りたいと思うこともだいたい」

 

 加藤がそう言った時、部屋の奥の黒い球からレーザーが発射され、空中から人体が少しずつ現れはじめた。俺は信じられない光景を見て驚愕した後、現れた人物を見て、再び目をみはらずにはいられなかった。

 

「お前は……!」

 

「……玄野さん?」

 

 現れたのは、数日前に俺の家に来た女だった。その特徴的な顔や髪の色は忘れるはずが無い。女は加藤と玄野を見て、何か納得したようだった。

 

「……なるほど。襲撃と招集が同時にあったので、玄野さんをとりあえずこちらに持ってきたわけですか」

 

「そうだ。……できるだけならこんなことはしたくなかったけどな」

 

「それしか方法が無かったのなら、仕方ないでしょう」

 

「ちょっと待ってくれ。あんたは誰だ? それと、俺はなんでこんな状況になってるんだ?」

 

 俺が訊くと、女はこちらを見て、簡潔に返答した。

 

「私は十六夜咲夜です。こちらは加藤さん。あなたが記憶を失う前まで、ともに戦う仲間でした」

 

 記憶を失う前まで。

 

「つまり俺はやっぱり、記憶がないってことなのか?」

 

「やっぱり、と言ったということはご自分でも少し自覚していたんですね」

 

 俺は数日前に来た記者の言葉―俺がブクロに現れた黒服のメンバーの一人だという話を思い出した。生活での違和感。俺が黒い衣装のようなものを着ている写真。そして加藤たちのこの話ぶり。全てが、俺の記憶喪失を指し示す証拠だ。

 

「……俺は記憶が、なくなってたんだな……」

 

 一瞬で俺の部屋から別の部屋に移動したくらいなのだ。記憶喪失になっていたと言われても信じることはできる。

 

「……失われた記憶については、後でたっぷりお伝えするとして、今はやらねばならないことがあります」

 

「やらないといけないこと?」

 

「はい。ガンツーこの黒い球が示す敵を倒さなければなりません。そして、後ろにいるのが私たちの仲間です」

 

 振り向くと、先ほどまで誰もいなかった空間に、人がたくさん立っていた。話している間に、次々と人が転送されていたのだろう。

 

 そしてその中から、腰までのばした黒髪を揺らしながら、レイカーあの有名アイドルのレイカが現れた。

 

「え、まさか、あの、レイカ……さんですか?」

 

 思わず敬語になる。しかしそれを聞いたレイカは、どこか悲しそうな顔をした。

 

「覚えてないんだ……まあ、わかってたことだけど」

 

(……?)

 

「玄野さん! 記憶なくても俺たちがちゃんとフォローしますから心配しないでください!」

 

「待て待て。コイツ記憶ねーんだろ。そんなこと言ったら余計混乱するだろうが」

 

 彼らは坂田と桜井というらしい。そして次に出てきたのは、禿げたおっさんだった。

 

「帰って来ちゃったんならしょうがないねえ。100点取るまでがんばろうか」

 

「まあ、お前なら楽勝かもしんねーけどな」

 

 この気の良さそうなおっさんは鈴木、その隣にいた男は稲葉だと()()()()した。残ったメンバーは我関せずとばかりに奥にいるままである。

 

「あっちの奴らは?」

 

「……ああ、右から順に和泉、東郷、風だ。あんまりぺらぺら喋る奴じゃねーが、皆腕は確かだ」

 

 確かに、なかなか厳つい顔の連中だ。和泉は一応クラスメイトなので話そうかと思ったが、身にまとう気配が学校と違ったのでやめた。しかも何故かパンダがまとわりついている。

 

「きんにくらいだーっ!」

 

 しかも風という大男に至ってはガキに登られている。どっかの映画に出てくる荒くれのような見た目だが、案外いい奴なのかもしれない。

 

 俺が全員の顔を覚えたころ、ちーん、とガンツから音が聞こえた。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行ってくだちい。

 ぬらりひょん

 特徴 つおい 頭がいい わるい

 好きなもの タバコ お茶

 口ぐせ ぬらーりひょーん ぬらーりひょーん』

 

 

 

 

 

 玄野に何とかスーツを着せると、私は安堵のため息をついた。油断は禁物だが、今回はこれ以上ないほど戦力を整えることができたのである。並大抵の敵であれば問題ないだろう。

 

 そう思っていると、体が動かなくなり、消え始める。転送が始まったのだ。

 

 そして視覚が部屋の中から切り離され、次に目を開けた時には、私はもう街の真ん中にいた。

 

「……ここは?」

 

 辺りを見回すが、どうも東京とは違う。原色のネオンサインがぎらぎらと輝き、埃っぽい空気が舞っている。野性的な活気のある街という印象である。

 

「なんやあのネーちゃん。コスプレか?」

 

通りすがりの男たちが笑いながら通りすぎていった。どうやら、今回もメンバーの姿は見えるらしい。「いつも通り」に姿が見えないわけではないなら、擬態型の星人がいたときの見分けはどうすべきだろう、と考え始めた時、後ろで声がした。

 

「……大阪、だな」

 

 そう言ったのは私の次に転送されたらしい坂田だった。

 

「これまで俺たちは東京外のミッションなんかなかったが、今回も何かあるんじゃないか?」

 

 と、これは加藤のコメントである。確かに、東京の範囲外へ送り込まれたのは今回が初めてである。であれば、今までとは違う何かがあると考えた方がいいだろう。

 

「とりあえずいつも通り、皆が集まってからグループに分かれ、それぞれ星人を倒そう。今は風がタケシを探しに行ってるから、ちょっと待……っ…て……」

 

 加藤の言葉は、ある道の向こうを見たまま、フェードアウトした。それもそうだろう。向こうからこちらへ歩いてきた人間たちは、全員がこちらのメンバーと同じく、スーツを着ていたのだから。

 

 

 

 

 




すさまじいスピードで玄野が出戻ってしまいました。まあ原作よりだいぶ戦力充実してるので、玄野の記憶がないのはちょっとハンデですね。

死んでから再生した場合はそれまでの記憶が残るようですが、生きている状態で戻ってしまったため玄野の記憶は戻っていません。


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36、妖の街、大阪

 

 

 

 

「こいつら何や? スーツ着てんねんけど……」

 

 目の前にいるのは私たちと同じく、スーツを着ている者たち。私たちは向かい合いながら、油断なく相手を見据えていた。

 

「何だ、こいつら……」

 

 加藤も相手を睨みつけながら、銃は下ろさない。まだ誰も口にしていないが、相手がチームメンバーの擬態をした星人かもしれないと考えているのだ。

 

 そこへ玄野がひょっこりと出てきた。

 

「お、やっぱ大阪にも俺らと同じようなやつがいるんだなー。加藤、こいつら知り合いか?」

 

 相手方の色黒の男は出てきた玄野を見て、眉をしかめる。

 

「……東京弁、やな」

 

「当たり前だ。ところであんたらと俺って会ったことある?」

 

「……ほんとこいつ何なんや。でもだいたいあんたらが何か分かったわ」

 

 そうか。玄野は記憶が無いので、この異常事態も異常だと思わないのだ。しかし今のでお互いに相手の正体が分かったようで、ある意味同士討ちを回避するという意味では最大の功労者かもしれない。

 

 加藤は銃を下ろすと、彼らの筆頭格らしい坊主頭の男2人に近づいた。

 

「……ひょっとして、あんたたちは大阪のチームか?」

 

「そういうそっちは東京のチームやな。まあなんでここにおるかは知らんが、獲物には手をだすなや」

 

 もちろん同じガンツチームとはいえ協力的とは限らない。彼らもまた点数を稼ごうとしているのだから。

 

 私は、彼らの装備に目をはしらせた。彼らのうち何人かは見たことのない巨大な銃を持っている。あの部屋を隅から隅まで探してもあのような武器は存在しなかった。考えられるのは、100点メニューの一つ、「強力な武器を与えられる」の報酬だろう。

 

(東京チームも全員が2番選んでくれればいいんですがね)

 

 そのとき、悲鳴が大通りから聞こえてきた。それに混じり、不気味な笑い声や魚の腐ったような異臭が漂ってくる。おそらく敵が出現したのだろう。

 

「来た来た来たッ! 行くで!」

 

 大阪のチームはそれを聞きつけ、各々好きな方角へ走り去っていった。連帯感はあまり見受けられず、完全に個人個人で戦うつもりらしい。

 

「で、どうします? 加藤さん」

 

「……様子を見よう。人がいたら、助ける」

 

「それが最善ですね」

 

 加藤の決断は好都合だ。うまくいけば誰かの欠員、得点もないままミッションは終わるだろう。それに難敵が出たとしても大阪チームを当て馬にできる。敵の手を見て対策を講じる時間ができるのである。

 

「俺はごめんだね」

 

 和泉はそう言うと、さっさと別方向へ歩いていく。のそのそとそれに従うようにホイホイもついていった。

 

「和泉はほッとこうぜ。あいつが死んでも俺は一向に構わない」

 

 坂田の提案に加藤はうなずかなかったが、引き留めるのは無駄だと思ったのか、そのまま指示を出す。

 

「とりあえず星人との戦いは最小限に抑えよう。何人かと計ちゃんは高い建物の上に行って戦局を把握してくれ。残りは風、タケシを探しつつ民間人を助ける」

 

「了解!」

 

 一際高い建物めがけて行動を始めたのは鈴木、東郷、玄野の3人である。私は近くにいた稲葉とともに妖怪の反応がある方へ向かった。

 

 辺りを警戒しながら、稲葉はつぶやいた。

 

「今回は星人とあんまり戦わなくてすむんだから楽勝だな。大阪のチームに会った時はびっくりしたが」

 

「どうでしょうね。……そういう時に限って、悪いことは起こるんです」

 

 思えば、大阪のチームと東京のチームが同じ戦場に送り込まれたというのも不可解である。本当に大阪のチームに任せるだけでよいなら、そもそも東京チームを呼ぶ必要はない。

 

 だから、今回は何かある。例えば、最大の強敵が待ち受けているというようなことが。

 

 

 

 

「うえええ……」

 

 見下ろすと、人間の死体が道のあちこちに落ちていた。大阪のメンバーはそれに構わず、得体のしれないバケモノたちを次々と始末している。

 

 俺と鈴木のおっちゃん、そして東郷はすでに近場のビルの屋上へたどり着いていた。

 

「敵は、なんというか、妖怪みたいだね」

 

「妖怪?」

 

「うん。ぬらりひょんって言ってる時点でなんとなくそうだと思ってたけど」

 

 確かに蠢く眼下の敵は、昔何かのテレビでやっていた妖怪特集に出ていた妖怪にそっくりだった。

 

「……ところで東郷くん、今どこまで狙える?」

 

「………」

 

 東郷はかなり遠くの街灯を指さした。何百メートルも離れている。

 

「誰か殺されそうな人がいればその人を私が伝えるから、ここから敵を撃って助けてあげて。私はこっち見てるから玄野くんは向こうを見てきてくれない?」

 

 東郷と俺はうなずいた。つまり、俺とおっちゃんがレーダー代わりに敵を見つければよいのだろう。完全にこの事態を呑みこめてはいないが、安全なところにいることは分かった。

 

「あっ、そこ! 妖怪に襲われてる家族がいる! 撃ってッ!」

 

 おっちゃんに呼ばれて、東郷がでかい銃をそちらに向け、引き金を引く。

 

 途端に3人家族のうち母親の首をちぎろうとしていた妖怪の頭が、粉みじんになった。

 

「よし、次いこう!」

 

 東郷は遠く離れた標的の頭を、寸分たがわず撃ち抜いていった。俺がそれを見て驚嘆していると、ぐにゃり、と視界の隅で何かが曲がったような気がした。

 

「……!」

 

 振り向くが、先ほど風景が曲がったように見えたマンションの上には、何もなかった。

 

「っかしーなあ。見間違いか?」

 

 目をこするが、何も見えない。やはり見間違いだったのだろう。マンションの上に巨大な物の影が見えたような気がしたのは。

 

 

 

 

 

 

「……やっ……べえっ!」

 

 俺はすんでのところで大猿の右拳をかわした。烏帽子をかぶり、背中に人間が埋まっているバケモノで、大きさのわりには素早い。

 

 衝撃で転んだ俺めがけて、巨大な左手が降ってくる。これは回避できない。

 

「桜井っ! 頼む!」

 

「分かりました!」

 

 その瞬間、ぴたり、と大猿の動きが止まった。桜井の念力だ。俺はその隙を逃さず、相手の頭に向けてトリガーを引いた。

 

 Yガンによって頭だけ空へ転送された大猿の身体から力が抜け、横倒しになった。怪物の死体を飛び越えて、坂田がやってくる。

 

「やったな。次やる機会があったら俺か桜井に譲ってくれ」

 

「分かった。家族は?」

 

「無事だ」

 

 見ると、子どもは大泣きしているものの、その祖父、祖母は無事だった。

 

「よし、次行こう」

 

「……ところで大阪の奴らの戦いを見たか? あいつら無茶苦茶だぜ」

 

「ああ、知ってる」

 

 街の人間の被害などお構いなしにひたすら敵を殺すことに熱中している。中にはヤクを使っている奴もいて、とてもではないがまともな連中だとは言えないだろう。

 

「……まあ、戦いはあいつらがやりたいらしいからな。俺たちはできるかぎり俺たち自身と街の人間の被害を減らそうぜ。ちょっとは点数とらないと解放されねーしな」

 

「だな。行こう」

 

 そう言って全員で走り出そうとしたとき、俺は背後から呼び止められた。

 

「あんたら強いなー。東京の人か?」

 

 振り向くと、そこにいたのは先ほどの大阪チームにいた女だった。

 

「うち、山崎杏っていうんや。あんたは?」

 

「……加藤勝だ」

 

 何の用だろうか。杏はしきりに俺を見ている。

 

「あんた何やっとったん? あ、そこの奴を倒したことやないよ。さっきから人を襲っとるヤツしか倒してへんけど」

 

「……俺たちは、人を助けてる」

 

「ははは、嘘やろ。本当はガンガン獲物を殺したいけどさっきジョージに釘さされたから人を助ける言うてバケモン殺しとんやろ?」

 

「ジョージ?」

 

「さっきのめっちゃ日焼けしとったの。ジョージ言われてる。本名は島木。3回クリアしてんで」

 

「3回……クリア?」

 

「そ。あんたは何回クリアや?」

 

「一度もない」

 

「うっそ、ホンマ? そんな強いのに? うちのチーム1回以上クリアしたヤツ8人はおるで。岡とかもう7回クリアや」

 

 頭はおかしいが、やはり大阪チームはかなりの強者ぞろいらしい。

 

「……じゃあだいたいの敵はそいつらに任せればいいか。俺は街の人たちを助けに行く」

 

 そう言うと、再び杏はぷっと噴き出した。

 

「だからもうええって。タテマエばっか並べて、あんたほんとギゼンシャやなー」

 

「………」

 

 俺は黙って走り出した。大阪チームは、その強さと引き換えに何か大事なものを失っている。そんな気がした。

 

「あっ、どこ行くねん。ちょっと待ってや」

 

(……しかし、何でついてくるんだ?)

 

 

 

 

 

 

 網切り、という妖怪だっただろうか。蛇のような体にハサミつきの腕が生え、鳥のようなくちばしをもつ怪物。それがまさに目の前にいた。

 

 俺の目の前では、ハッパをキメていた大阪チームのメンバーがなますにされ、盛大に地面に臓物をぶちまけている。スーツは効かないようだ。

 

「ホイホイ、下がってろ……」

 

 俺は刀を持って構えると、網切りもそれに気づいたようで、猛烈な勢いで襲いかかってくる。

 

 迫りくるハサミを紙一重のところでよけ、そのまま懐に突っ込むと、弱そうな左腕の根元に斬りこむ。ごと、と鈍い音とともに切断された左腕が落ちた。

 

 すると甲高い悲鳴をあげながら、網切りは怒り狂ったように右腕を振り回しはじめる。

 

「ちいっ!」

 

 俺は腕のない左側から通り抜けると、胴体を一閃する。ぴたりと網切りの動きが止んだかと思うと、そのまま分離して地面に落下し、動かなくなった。

 

 念のために頭をXガンで撃ってとどめを刺したとき、こちらにやってくる男たちがいることに今更ながら気づいた。

 

「おいおいおい、何横取りしてんねん。ここは俺らの狩場やぞ。なあノブヤン」

 

 半裸スーツの男がいうと、隣のノブヤンと言われた男はじろりと俺を見た。

 

「さっき言うたはずやけど。ここは俺らの縄張りやって」

 

「知るか。俺は俺でやらせてもらう」

 

「………まあええやろ。どうせその辺で殺されるのがオチや。後ろのババアにも気づいてへんのやろ」

 

 殺気。俺が後ろを向いて目に入ったのは、体のあちこちから蛇が生えた巨大な老婆だった。俺が迎え撃つよりも早く、無数の蛇が俺に向かって殺到してくる。

 

 やむなく跳躍して回避すると、その瞬間、老婆はひしゃげた肉塊へと変わっていた。

 

「⁉」

 

 俺が着地するときにはすでに、道路が丸くへこみ、その中は死んだ妖怪の血液で満たされていた。

 

ちらりと見ると、男たちは、見たことのない巨大な銃を構えていた。

 

なんだ、あの武器は。俺が驚いていると、男たちはそれに呆れたようだった。

 

「なんや100点武器も知らんのかいな。そんな奴が戦ったって無理やろ」

 

 男たちはもはや俺に興味を失ったらしく、そのまま歩き去ってしまった。

 

「……くそっ」

 

 やはり、あの銃を手に入れなければならない。Xガンや伸ばしていない刀では倒せる敵に限りがある。今回で百点をとるか、死んだ大阪メンバーからもらうしか手は無いだろう。

 

 俺は新たな得物と獲物を求め、歩き出した。

 

 

 

 

 私と稲葉は走りながら、レーダーに反応のある方角へと向かっていた。あたりは死臭と妖怪たちの腐臭に包まれ、道路もあちらこちらに死体が転がっている。

 

「……この辺りの妖怪たちは大阪の方々が一掃したのでしょう。ミートソースみたいですね」

 

「やめろ。パスタが食えなくなる」

 

 稲葉は顔をしかめながら答えた。

 

「そこの角を曲がった向こうに2体孤立してる妖怪がいる。そいつらを倒そう」

 

「分かりました」

 

 大阪チームは点数を優先しているため倒せる敵が多い方へ向かっている。私たちが敵の少ない方で戦えば大阪チームとの摩擦はあまりないだろう。

 

 もちろん、敵が孤立して行動している場合はその個体が強いという可能性もあるため、安全な戦い方だとは言えないが。孤立している敵を攻撃してみるとそれがボスだった、ということもありうる。

 

「いたぞ」

 

 そこにいたのは、2人組の男だった。異様なのは、彼らの顔面が小面と般若であること。面を被っているわけではなく、それが素顔なのである。そのうちの般若がこちらに気付き、すらりと刀を抜いた。

 

「ふむ……キデンらは、人間だな」

 

「………ふふふ、バカバカバカ……」

 

 刀使いか。私もそれに応じ、刀を構える。稲葉も銃を構え、引き金を引いた。が、小面と般若はとっさに飛びのくと、こちらへ駆けてくる。稲葉は連射しているが、まるでどこに当たるかを読んでいるかのように回避してのける。

 

「なんだあいつらっ! 銃撃かわしてるぞ!」

 

「下がってください!」

 

 おそらく彼らは銃口から攻撃される場所を読み、回避している。普通に撃っても当たるまい。私も負けじと斬りこみ、小面めがけて大上段に刀を振り下ろす。

 

 ぱっ、と小面の長髪が切れた。

 

 外したーそう思ったとき、ぴっ、と右腕のスーツに切れ込みが入り、たらりと血が流れた。

 

(相手の斬撃……スーツが効かないのね)

 

 しかもまずいことに、まだ般若がいる。後ろから風圧を感じ、私は時間を止めた。そのまま振り返ると、私の後頭部のわずか3センチのところで刀は静止していた。

 

(……危なかった)

 

 私は斬撃の軌道から抜け出して、反撃の一撃を叩きこもうとする。

 

「……おおっ⁉」

 

 般若は超人的なスピードで身を低くし、斬撃を避けた。続いて次の一撃を見舞おうと思ったが、視界のはしで動いている小面の動きを警戒し、私は後方へ下がった。

 

「……強いな。時間停止使ったらどうだ」

 

「もう使ってます。が、使いどころの見極めが大変ですね」

 

 相手が一人ずつであれば時間を止めた後斬り殺すなり撃ち殺すなりはできる。しかし相手は2人組。1人を殺すのに集中すれば、必ず背中を斬られる。私が彼らを倒すには、ひと呼吸のうちに2人を斬らなくてはならない。

 

「案はあります。……で、あの刀使いたちの点数はいただいても構いませんか?」

 

「俺は点数より自分の命の方が大切なんでな」

 

「……その通りですね」

 

 私はふっと苦笑しながら、般若と小面へ向かっていった。

 

 

 




GANTZの敵の中で、般若と小面はお気に入りのキャラです。指一本宣言のあたりとか、キモ格好いい達人て感じでしたね。
ちなみに本場の大阪弁は分からないので多少違っていても堪忍してください。


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37、ぬらりひょん

 

 

 

 

 小面の刃が、私の眼のわずか数ミリ前を通過していった。

 

「ーッ!」

 

 危ういところで回避すると、その瞬間に般若の斬撃に刀をわりこませ、ガードする。続く小面の追撃を時間を止めてかわすと、カウンターを叩きこむ。

 

「……おっと、コワいコワい!」

 

 しかし攻撃が当たる寸前に時間停止が解け、小面は笑いながら身をかわした。

 

(せめてあと1秒長く時間を止められればよかったのだけれど)

 

 時間を止めているのに1秒というのはおかしいが、とにかく回避と攻撃を効果時間内にしようとすると、どうしても攻撃の瞬間に時間が動き出す。私は稲葉のもとにこの2人が行かないよう牽制しながら戦わなければならないし、そのうえ相手の方が剣術の腕に覚えがあるようだ。

 

「……だけど、それなら剣術で張り合わなければいい」

 

 相手の有利な土俵で戦うのは、戦闘狂、あるいは馬鹿のやることである。こちらは相手につきあう必要などないのだ。

 

 私はふたたび時を止めると、攻撃するーのではなく、ポケットのレーダーを取り出した。

 

「時は再び動き出す」

 

「何だ⁉ 姿が……」

 

 私の刀を受けようとした小面は、私の身体にスパークが走り、不可視化したのに驚いたようだった。

 

 身を沈め、大ぶりの横薙ぎをよけるとそのまま垂直に斬り上げる。

 

 ぱっ、と小面の顔が真っ二つに割れた。

 

「カアアアァッ!」

 

 背後で裂帛の気合とともに般若が跳躍する気配がした。おそらく見当をつけて斬りかかってくるのだろう。だが、来る方角はわかっている。私は一度だけ防御できれば問題ない。

 

 般若の一撃と、私の振り向きざまに放った刀が激突した。

 

 私は吹き飛ばされそうになりながらもなんとか耐えた。般若は続く一撃をみまわんと刀を引くが、その瞬間、ぴたりと動きを止め、凍りついた。

 

「チェックメイト」

 

 一閃。

 

 時間が動き始めた時、般若の首はその胴体から別れを告げ、地面に落下していた。

 

「ふう……」

 

 なかなか神経をけずる戦いだったが、後から考えてみれば最初から透明化を使って斬りこむか銃撃する、もしくは3、4人でかわしきれないほどに乱射するかで倒せていた相手である。この苦戦は考えなしに突っ込んだ私の自業自得だろう。

 

「……全部任せてすまなかったな」

 

「いえ。あれだけ近距離であれば稲葉さんの誤射を受けるかもしれませんし。仕方ないでしょう」

 

「それならいいんだが」

 

「で、次行くところはどこにしますか」

 

「そうだな、えーと……」

 

 稲葉がレーダーに目を落としたとき、大男と男の子が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。

 

「あ、あれ風さんとタケシさんじゃないですか」

 

「ん? ……ああ、本当だ」

 

 向こうもこちらに気が付いたらしく、小走りでやってきた。タケシのスーツが壊れている事、風も少し疲れているようで、敵と戦っていたらしいということが分かった。

 

「無事でしたか。……あの、タケシさんのスーツは」

 

「ちょっとデカいやつがおったから。まあ俺が倒したけん心配せんでいい」

 

「そうですか。まあとにかく風さんたちとも合流できましたし、あとは適当に少数の敵を倒していきましょう」

 

「……ちょっと待て」

 

 制止したのは稲葉だった。

 

「そのガキはスーツが壊れてる。玄野たちと一緒のところに避難させる方がよくねーか?」

 

「しかし玄野さんたちの居場所が分かりませんし、手間がかかります。私たちと一緒に居た方がむしろ安全でしょう」

 

 レーダーの反応によると、大阪チームはほぼ辺りの妖怪を掃討し終わったようだ。だが、いつまでも残っている点が複数個ある。

 

「………ひょっとして、大阪のヤツら負けてんじゃねーだろうな」

 

 稲葉はやれやれとばかりにつぶやく。確かに可能性としてはある。あまり逃げ回るようなそぶりを見せず、消えない反応は、実力のある証拠である。

 

「とりあえず、戦うかどうかは見て決めるとして、まずはそこへ向かいましょう」

 

 

 

 

「どーやら俺たちの周りの敵は倒し終わったみてーだな」

 

「どうする? 残ってる敵のとこ行くか?」

 

「……まあ、大阪チームの実力を見とくのもアリじゃないっすか?」

 

「ねえ、えーと、カトウ、だっけ? 連絡先教えてくれや」

 

 俺と坂田、桜井が相談しながら走っていると、杏はそんなことを言いながらついてきていた。

 

「加藤……ひょっとしてあの女、お前に気があるんじゃねーの?」 

 

「まあ多少危ないときは助けたが……俺を偽善者ッて言ってる奴だぞ」

 

「素直じゃないってことじゃないすか」

 

 桜井は冗談めかしてそう言った。まあそういうことはきちんと話さなければ分からないし、今そんなことをする暇があれば、一点でも多く点を取って解放につなげたいー

 

 そのとき、世界が揺れたかのような衝撃がはしった。たまらず体勢を崩し、足がもつれる。

 

「ウワァッ! なんだこりゃ!」

 

 みると、ビルの影から巨大な影がのそりと現れた。胴体はまるで巨大な蜘蛛のようだが、頭はまぎれもない牛の頭である。

 

「……これを倒せって?」

 

 杏も含め、皆がぽかんと口を開けた。あんな図体のバケモノを相手にできるわけがない。

 

「……加藤くん、坂田さん!」

 

 それから逃げるように、レイカが走ってきた。顔には恐怖の表情が貼りついており、顔は死人のように青ざめている。

 

「確かにあれの近くにいたらヤバいよな。やっぱボスはぬらりひょんっていうのじゃなくてこっちが本命……」

 

「違うわ」

 

 坂田の台詞を遮って、レイカは首を振った。

 

「もっと恐ろしいのが……ボスを狙ってた大阪チームの一人がやられたの。色が黒い人だった……多分、ぬらりひょんっていう敵に」

 

「まああんだけ無茶してたやつらだし、弱かったんじゃないすか」

 

「なわけないやろ! 色黒ってジョージやろ。やられたってホンマか⁉ノブヤンと桑原は?」

 

 杏が驚いたように言うと、レイカはけげんな顔をして杏を見る。

 

「……大阪チームの人だ。それで、えーと、坊主頭と半裸の男がいると思うが、そいつらはどうなった?」

 

「さっきまで頑張ってたと思うけど………」

 

 そのとき、地響きのような音が、だんだん近づいてきた。さっきの牛鬼かと身構えたが、まだ遠くにいる。何だろうと思っていると、橋の向こうから駆けてくる二つの影と、それを追う異形の姿があった。

 

「ほんとしつこいで、こいつ!」

 

 どうやら追われている二人は、大阪チームの精鋭、桑原と室谷のようだった。そして地響きの正体は、手にもっている巨大な銃の攻撃らしい。後ろから迫る異形は銃撃を受けるたびに押し潰れるが、すぐに何事も無かったかのように再生している。

 

 しかし追手の悪魔のような姿の異形は歩いているため、二人はそれに捕まる前にこちらへやってきた。

 

「おい! あいつは何だ⁉」

 

 俺が訊くと、室谷はちっと舌打ちをして、「あれが今回のボスや」と言った。

 

「撃っても刀でも通用せえへん。組み付きも駄目や」

 

 お手上げとばかりに桑原が肩をすくめる。

 

「捕獲は試したか?」

 

 すると桑原は目を丸くした。

 

「いいや。てかあんたその銃持ってんのな。珍しいわ」

 

「……とりあえず試してみる」

 

「ほどほどにしとき。アイツ見えん攻撃撃ってくるからな。無理だと思ったら岡に任せときゃええんよ」

 

 桑原は戦うつもりはないらしく、室谷もスーツが壊れている。「見えない攻撃」がどのくらいの距離まで届くのかは分からないが、やってみる価値はある。

 

 まずは確実に当たるようロックオンする。

 

 俺は背後でメンバーが撤退していく気配を感じながら、まっすぐぬらりひょんに向けて上の引き金を引く。ゆっくり、ゆっくりと待つ。射程距離に入るまで。

 

 今だ。そう思った瞬間、俺の体が震えた。バッ、ババッ、と、衝撃波を受けているようだ。これが、見えない攻撃。俺は直感的に危険を察知し、飛びのきながら下の引き金を引いた。

 

 ぬらりひょんは避けもせず、ネットに縛られ固定された。

 

「や、やった……?」

 

 その時、俺のスーツからどろりと液体が流れ出した。やはり今の攻撃はすさまじい威力があったらしい。数秒間さらされただけなのに、スーツが壊れてしまうほど。

 

 とはいえ、捕まえてしまえば「上」へ送るだけである。俺は安堵して引き金を引こうとしたーが、その瞬間、ぬらりひょんを固定していたロープがずたずたになって地面に落ちた。

 

(そりゃそうか。スーツ壊すんだからな)

 

 俺は回れ右をして、撤退を始めた。他の手段も思いつくが、おおかた大阪チームが試しているだろう。咲夜か和泉、東郷ならあるいは撃破可能かもしれないが……。

 

 ふと、俺は千手観音との戦いを思い出した。ぬらりひょんの再生能力はどこか千手観音を思わせる。ひょっとすると、ぬらりひょんの再生能力にも何かルールがあるかもしれない。

 

 千手観音のときは道具を破壊した。ぬらりひょんも何か弱点があるのではないか。

 

 

 

 

 この大きい銃ー加藤はX、Yガンと命名していたから仮にZガンとでも言おうかーを、大阪チームのサングラスをかけた3人組の死体から回収できたのはラッキーだった。ちなみに、3つ全てを持ち帰るため、ホイホイの体に残る2人が持っていたZガンをロープで結び付けてある。

 

 だが、そのZガンをもってしても、この巨大な牛のバケモノを倒すのは難しそうだ。

 

 俺はビルの上を飛び移り、駆け回りながら、牛鬼めがけて乱射する。撃った地点にすさまじい重力がはたらくのか、まともに食らえば、一撃でぺしゃんこだ。もちろんとんでもないサイズの牛鬼を倒すには一撃とはいかず、何度も撃ち込まなければならないようだが。

 

 5度目の銃撃で牛鬼はいななくと、辺りを闇雲に攻撃してきた。コンクリートやガラスの破片が舞い、俺のすぐそばを肉厚の拳が通過する。

 

「くそっ……適当に撃っても駄目だ。狙うなら、頭か」

 

 もちろん、ここから狙っても距離が遠くて頭にはとても届かないだろう。しかしスーツのパワーで跳躍すれば、その間に頭を狙える射程に入る。

 

 俺は次のビルに飛び移った直後、牛鬼の方へ飛んだ。

 

 すさまじい風が顔に吹き付ける。そしてぐんぐんと迫ってくる牛の頭に向けてー思い切りトリガーを引いた。

 

 どんっ、という音とともに、牛鬼の頭だった部分は、ひしゃげた肉塊へと変化した。

 

ーよし。

 

 やはり大阪の奴らが強い理由は、このZガンのせいだろう。Zガンさえあれば俺の戦力は奴らに勝るとも劣らない。

 

 かすかな高揚感に包まれながら、俺は着地した。おそらくこの牛鬼がボス。あとは残党を狩っていけば問題はない。簡単だ。

 

 そう思ったとき、たたたっ、とこちらへ向かってくる足音がして、俺はZガンを構えた。

 

「ああ、和泉さんが倒したんですか」

 

 やって来たのは十六夜と稲葉だった。稲葉は俺のZガンを見て、妙な顔をした。

 

「それ大阪チームが持ってたヤツだろ。どうしてお前が持ってんだ?」

 

「死人に武器はいらないだろ。なかなか使える」

 

 咲夜はふむ、と言ってから、レーダーに目を落とした。

 

「残った敵はあと1体……それが今回のボスでしょう」

 

「俺は今倒したヤツがボスじゃないかと睨んでるが」

 

 実際、標準装備であの牛鬼を倒すのは至難の業で、飛び回るアイテムでもなければ頭を直接狙うことも骨が折れたはずだ。ボスと言って差し支えないのではないか。

 

 咲夜は牛鬼の死体に目をやりながら、首を捻っていた。

 

「どうでしょう……大きいからボス、というのもあると思いますが、必ずしもそうだとは限りません。以前そのタイプの敵を見たことがあります」

 

 十六夜は、珍しく不安そうな顔をしていた。そういえば他のメンバーの会話で、十六夜が「千手観音」という敵との戦いで重傷を負ったという話を聞いたことがある。それで似たような形の戦いでは警戒心が強くなっているのかもしれない。

 

「どちらにせよ、行くしかないだろ。どうせ他のメンバーも集まってるだろうし、戦うのが一番だ」

 

俺はやれる。確かにまだ油断するには早いが、この武器さえあれば問題はないだろう。俺は思わず、片頬に笑みを浮かべた。

 

 

 




大阪編は巻かないとつらい……犬神・天狗も書きたかったんですが、たいして本編と変わらない戦闘描写にしかならなそうなのでカットしました。



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38、油断

 

 

 

 

安っぽいゲームの電子音のようなアラームが鳴りだして、俺は立ち止まった。

 

「……やべえっ! 行動範囲が狭まってきてる! これ以上行ったら死ぬぞ!」

 

「加藤くんっ! そんなこと言っても、後ろからは……」

 

 悪魔のような姿の「ぬらりひょん」が追ってきていた。衝撃波のようなもので道を粉々にしながら、獲物を隅に追いやるようにゆっくりと距離を狭めてくる。

 

「……もうオシマイやないか! ホンマどうすんねんこれ! 何とかならへんのか」

 

「無茶や。あんなんどないせい言うんや」

 

 杏は必死に叫ぶが、桑原は頭をがしがしかきながら落ち着いて「悪魔」の姿を見た。

 

「慌てんでも、そろそろ来るはずやで」

 

 その時、天から隕石が降ってきたかのような衝撃が街を震わせた。轟音とともに、先ほどまで目と鼻の先までやって来ていたぬらりひょんは、血の池に変わった。

 

「……遅いわ。岡」

 

 室谷がそうつぶやいたとき、ばちばちと音がして、一瞬だけ巨大なロボットの姿が露わになった。

 

「あれも……クリア特典か」

 

「たぶん……5回以上クリアのどれかの奴と思う。乗ってるのが岡」

 

 しかし、ぬらりひょんはすぐに再生し、岡の操縦する巨大ロボットに襲いかかる。

 

 瞬間、ぬらりひょんの眼から放たれた光線が一閃すると、ロボットの上体と下半身が分断された。図体のわりに耐久力は低いのか、動かなくなったロボットの上半身が崩れていく。

 

「……駄目じゃないすか! 相手の注意が岡に向かってるうちに逃げましょう!」

 

「……待ちーや。岡があの程度でやられるわけないやろ」

 

 桑原の言う通り、ロボットの内部から、飛翔した物体があった。飛行している物体はガンツバイクに横の輪を足したような見た目で、乗っている者ー岡は他のクリア装備なのかやたらごついスーツをつけており、さてにあの巨大な銃をぬらりひょんに向けて構えていた。

 

 ドンッ、という音とともに、空中からの銃撃は再びぬらりひょんをぐちゃぐちゃにしてしまった。

 

「加藤さん! これは一体?」

 

 聞きなれた声がしたかと思うと、そちらからやって来たのは咲夜と稲葉だった。和泉もなぜか行動をともにしていた。

 

「あれが今回のボス、ぬらりひょんだ」

 

 俺が指さした先には、復活したぬらりひょんと岡が重力銃撃と破壊光線で猛烈な撃ち合いをしている光景だった。そのすさまじい戦いを見た咲夜は、首をかしげた。

 

「なぜこんなところに留まってるんですか? 早く撤退しましょう」

 

「なぜって……勝てるかもしれないのに?」

 

「あの飛んでる方は勝てません。確かにあの人は強いみたいですが、敵はいくら倒しても再生しています。決定打がないなら、どちらが勝つかは明白です。制限時間まで逃げ回るのがおすすめです」

 

 確かに咲夜の言う通りだ。岡はあれだけの装備を使ってようやくぬらりひょんと互角に戦っている。標準装備しかない東京チームでは勝つのは難しいだろう。しかも岡が敗れた場合、ここにいるのは危険すぎる。

 

 俺が逃げよう、と言おうとしたとき、和泉が手で制した。

 

「……制限時間が消えてる。その作戦は使えない」

 

「時間たっぷりやっていいよってか」

 

 坂田がため息をついた。つまりガンツは、このぬらりひょんを倒さないと帰さないと言っているわけだ。頭を抱えたくなる難題。しかし、それは逆に言えば……。

 

「勝つ方法はあるッつーことだ」

 

 東京チームが来た意味。それは、大阪チームの戦いを見てぬらりひょんの弱点を発見するためではないのだろうか。

 

 

 

 

「岡の戦いを離れながら見る! 右から迂回するぞ!」

 

 飛び回る岡めがけて放たれる光線の流れ弾に当たらないよう気をつけながら、東京チームは走り出した。やる気のなくなった大阪チームの残りは完全に離れて決着を待つらしく、さっさとどこかへ行ってしまった。

 

「……で、杏さん、でしたか。あなたはどうして残ったんです?」

 

 私が訊くと、杏はちらりと私を見て、ため息をついた。

 

「あんた美人やし、レイカもおるし、東京チームはよりどりみどりやな」

 

「どういう意味です?」

 

「いーや。ライバルやったら嫌やなって思って」

 

 何か奇妙な勘違いをされているような気がしたが、それに気を回す暇はなかった。

 

 空中で爆発音がしたかと思うと、岡の乗っていた飛行艇が撃墜されたのである。光線が命中したらしい。しかし中から現れた重装甲のスーツ姿の男は無事で、お返しとばかりに手のひらから光弾を発射し、ぬらりひょんを吹き飛ばす。

 

「……あれでも、効きませんか」

 

 着地した岡と、再生が完了したぬらりひょんが向かい合った。ぬらりひょんの方は岡のスーツを真似たような体形に変形し、不気味な笑いを浮かべている。

 

 直後、すさまじい格闘戦が始まった。最初は岡の拳や刃の使い方がうまく、ぬらりひょんを圧倒していたが、やがて戦い方のコツをつかんできたらしいぬらりひょんに、少しずつ押されていく。

 

 がんっ、と鈍い音がしてスーツの頭部装甲がはがれたかと思うと、岡の素顔が露わになった。

 

「もう駄目なんじゃ……」

 

 レイカが心配そうにつぶやいた瞬間、突然ぬらりひょんの腹がはじけ飛んだ。続けて右手、左足が。

 

ぬらりひょんは鬱陶しそうに顔を上げると、光線をビルのてっぺんに向けて乱射した。

 

「おわああっ!」

 

 玄野たちの悲鳴が聞こえてきた。たぶん東郷の狙撃だろう。何百メートルも先からの援護射撃である。ぬらりひょんが体勢を崩した瞬間、岡の拳がぬらりひょんの顔面に炸裂した。

 

 その一撃で地面に叩きつけられたぬらりひょんは、倒れながら残った右足で露出した岡の顔に向けて蹴りを放つ。するとスーツのあちこちから蒸気が噴き出し、岡の身体を覆いつくした。

 

「……やった……のか?」

 

 加藤のつぶやきに応えるように、煙の中から岡が歩み出てきた。先ほどまでの頑丈そうなスーツではなく、標準のスーツを着ている。もう彼にも切るべきカードは残されていないのだろう。

 

「お、おい。ぬらりひょんは……倒せたのか?」

 

「いいや」

 

 岡は加藤も見ず、すたすたと歩き去ろうとする。

 

「でもさっき、決定打を……あれでも駄目なのか?」

 

「違うわ」

 

「違う?」

 

 岡は静かに続けた。

 

「あの狙撃の方がしっかり決まってんねん。俺のパンチはおまけみたいなもんや。ヤツがダメージを食らうのは、意識外の攻撃やろうからな。でも俺はリスクがでかいから降りるわ」

 

 そう答えると、そのまま岡は歩き去っていく。

 

(意識外の攻撃……つまり、不意打ちに弱いということかしら)

 

 かすかに煙をすかして見えるようになってきたぬらりひょんは、岡のパンチでひしゃげた頭は元通りになっているものの、腹、右手、左足の回復が終わっていなかった。確かに狙撃のダメージの回復が遅い。

 

「……待ってくれ、岡。作戦がある」

 

 加藤が呼び止めると、岡はぴたりと止まった。

 

「何や。おもろい作戦やないとぬらりもウケてくれへんで」

 

「ああ。だが、要は不意打ちできればいいわけだろ?」

 

 

 

 

 

 加藤が語った作戦を聞くと、岡を含め、皆が目を丸くした。

 

「思いつきにしちゃええんやないか。ただ、おとりになる人間がいる」

 

「嫌なら俺がやろう」

 

「……気は進みませんが、攻撃をかわすだけなら私も」

 

 この作戦は、異なる()()の役目を担わなくてはならないが、消去法で私はおとり役が適任である。

 

 そして、風も静かに歩み出た。

 

「がんばれ、きんにくらいだー」

 

「ああ、分かっとる。……すまんレイカ、預かっといてくれんか?」

 

「はい。タケシくん、こっちに」

 

 おとりは私、加藤、風。岡と和泉を除いた、ここにいる残りのメンバーは狙撃のために散開する。

 

おとり組は倒れるぬらりひょんにそっと近づきながら、ぴりぴりとした空気を肌で感じていた。

 

「……なんだ。あの男はいないのか」

 

 ゆらり、とまるで重力の影響を受けていないかのようにぬらりひょんは立ち上がった。風貌は小柄な女のようで、先ほどまで開いていた狙撃の傷口は癒着し、回復したようだった。

 

 つまらなそうに顔を傾けると私、風、加藤と順番に顔を確認していく。

 

「……面白い奴だッたのに」

 

 この反応なら、岡はおとり役にすればよかったかもしれない。もちろん今さらそんなことができるはずもないため、誰かがこいつを引きつけなければならないのだが。

 

「では私の種なし手品でも見ますか?」

 

 ぴくり、とぬらりひょんが反応した瞬間、私は時間を止めた。腰に引きつけた刀を振るい、ぬらりひょんの胴体を切断する。

 

「そして時は動き出す」

 

 振りぬいた直後、ざくっ、という音とともにぬらりひょんの上体が分離され、地面に落ちた。

 

 残された下半身の方が、攻撃直後で無防備になった私の脇に回し蹴りを叩きこんでくる。が、かろうじてそれを左腕でガードすると、風がぬらりひょんの下半身を体当たりで吹き飛ばした。

 

「お前も……んん……実に興味深い」

 

 時間を止めている間の攻撃は「意識の外からの攻撃」に入るのか。私の疑問点はそこだったが、ぬらりひょんはまだ立ち上がってこない。再生ものろのろしており、どうやら有効打にはなるらしい。

 

 ほっとして次撃を見舞おうとした瞬間、背筋に冷気が走った。何かまずい。私はとっさに飛びのき、そして自分の予感が的中していたことを知った。

 

 純白のレーザーがぬらりひょんの両眼から放たれ、私のわずか数センチ右を駆け抜けた。ぬらりひょんは上体を腕で起こし、こちらを見ている。

 

「まずい! 散れ!」

 

 乱射が始まった。閃光。爆発。至近距離で荒れ狂う致死のエネルギーの下をくぐり抜け、私たち3人は少しずつ後ろへ下がっていく。

 

 ぬらりひょんのビームは近くにいるほど回避しづらく、ある程度の距離を保てなければ一瞬であの世行きである。当然今はそれをかわすのに手いっぱいで、私も他の2人もそれは同様である。

 

 だが、攻撃を担当するのは私たちではない。建物の影にいる狙撃者たちである。

 

 どばっ、という音とともに、ぬらりひょんの右腕がはじけ、大きくバランスを崩した。

 

「なんのこれしき、なんのこれしき」

 

 今度はビルを含めてビームを放ち続ける。だが、もう遅い。すでにメンバーたちの射程範囲内である。ぬらりひょんに集中砲火が炸裂した。坂田の、桜井の、レイカの、稲葉の銃撃がぬらりひょんの肉をこそぎとっていく。

 

 最後に残っていた頭を吹き飛ばして、ぬらりひょんは跡形もなく消滅した。

 

「……終わったな」

 

 加藤がつぶやいた。本当は最後にもう一つ作戦があったのだが、余裕をもって第二段階でしとめられたのはよしとすべきだろう。私はうなずいた。

 

 一番近くの物陰にいた坂田が、そろりと頭を出した。

 

「本当に終わった、のか?」

 

「はい。一応頭は潰しましたし」

 

 そう言うと、坂田はほっとして影から姿を現した。レイカや稲葉もぬらりひょんが死んだことに気づき、ほっとした様子でこちらへ駆けてきた。

 

「……しかしこんな相手、まともに戦ってたら絶対に勝てませんよ」

 

「そうだな。……ていうか東郷と玄野とオッサンは生きてんのかあ?」

 

「確かに心配……でも、玄野君がいるなら大丈夫じゃない」

 

「しかし玄野さんは記憶がない状態で放りだされていますからね」

 

 まあ、記憶があったとしても苦戦しただろうが。 

 

 頭ですら再生できるのだ。しかるべき弱点を知らなければ、私たちは全滅していたかもしれない………。

 

 頭ですら再生できる?

 

 私は、ちりりと頭の片隅で火花が散るような不安な感覚を覚えた。何か忘れている。そう、千手観音は時を巻き戻す道具が無事であれば、例え全身をばらばらにされても、たちどころにもとに戻っていた。ぬらりひょんも身体の一部が残っていれば、再生は可能だ。

 

「……? おっかしーなあ」

 

「どうしました、加藤さん」

 

「転送が始まらないんだ」

 

 不吉な予感が確信へと変わると同時に、ゆらりと視界の隅で何かが立ち上がるのが見えた。思わずそちらに目を向けると、巨大なしゃれこうべのような頭に、筋肉の剥き出しになったような異形の姿が立ちはだかっていた。

 

 それは、さきほど風が下半身を吹き飛ばした方。体の一部分が残っていた。まだ、斃せていない。

 

「……に、逃げッー!」

 

 警告しようとしたが、すでにぬらりひょんの目が、妖しく光っていた。光線が来る。その矛先は、おそらく私の右側にいる加藤とレイカ。彼らとの距離は5メートル。警告は間に合わないー

 

 その瞬間、私は初めて時間を止めた。自分の回避のためではなく、仲間をかばうために。

 

 地面を蹴って距離を縮めると、手を伸ばし、加藤とレイカの身体を光線が通過しない所へ突き飛ばす。これで2人は光線の軌道上から外れた。が、私が回避する時間はもうないー

 

 時間が、再び動き出した。

 

 ぬらりひょんのかっと見開かれた眼から、純白の光が放たれる。視界が徐々に白く染まっていく。

 

 何をやっているのだろう、私は。

 

 自分が死んだら意味がないではないか。自分が生き残るために、仲間を生かす選択をしていたのではないか。本末転倒だ。

 

そんな考えが、一瞬だけ頭の中を駆け巡った。 

 

(……まあ、いいか)

 

今さらもう、どうしようもない。

 

 それに理屈の足かせに縛られず、感情に任せて動くということも悪いものではないかもしれないー

 

 私は迫りくる死の気配を感じながら、ふっと苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 再び暗闇が辺りに戻ってきた時、自分の体を見下ろした。

 

 そこにはぽっかりと胸をえぐる大穴が開いていた。光に目が慣れてしまったせいか、妙に目の前が暗い。全身から力が抜けていくのがわかる。

 

 私は、ゆっくりと後ろへ倒れた。

 

 遠くから、誰かに呼ばれているような気がする。誰だろう?

 

……お嬢様だろうか。もしもお嬢様なら、謝らなければならない。もう、帰ることができないことを。

 

……しかし、考えることももうおっくうになってしまっている。私は、残りの思考力を振り絞ってつぶやいた。

 

「申し訳ありません、お嬢様……」

 

 かろうじて謝罪の言葉を口にすると、私の意識は暗転した。

 

 

 

 




いろいろあって投稿が遅れました。すみません。


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39、電話の相手

 

 

 

 どん、と突き飛ばされた瞬間、背後で何かが光った。とっさに振り向いた俺が目にしたのは、骸骨のようなバケモノが目から放った光線が、咲夜の胸を貫く瞬間だった。

 

「うわああっ!」

 

 桜井が、慌てて重力銃でぬらりひょんを叩き潰す。もちろん致命傷になるわけはなくただの時間稼ぎだが、仕切り直さなければ一気に崩される。

 

「今のうちに下がるぞ!」

 

 この状況では不意打ちなど不可能。メンバー全員が建物の影に隠れた。咲夜はレイカに背負われて退避させられており、俺のそばで横たえられていた。

 

「加藤さん……十六夜さんの怪我が……」

 

 レイカは、泣きそうな顔で咲夜の傷口ーいや、胴体の半分以上を持っていってしまっているクレーターを見ていた。恐ろしいほどの量の血が流れ、もはや止血など無意味な状態になってしまっていた。

 

「咲夜。しっかりしろ」

 

 しかし咲夜の眼は焦点が合っておらず、目の前の俺やレイカですら見えていないようだった。そして、うわごとのように、ぼそぼそとつぶやいた。

 

「申し訳……ござい……ません、お嬢……様」

 

 絞り出すように言った後、こわばっていた咲夜の身体から、ふっと力が抜けた。はっとしてレイカを見ると、彼女は首を振り、開いたままだった咲夜の眼を閉じた。

 

 信じられない。計ちゃんと同じく、これまで一度も死んだことがなかった咲夜が。いつでも冷静に盤面を見て動いていた彼女が。

 

 死んでしまった。おそらく、俺とレイカをかばって。

 

 呆然とする俺の視界の端で、ぬらりひょんが再び立ち上がった。みちみちとおぞましい再生音をたてながら、ぎろりと辺りを睥睨する。

 

「……加藤君」

 

「ああ。……まだ、作戦は生きてる。それであいつを倒せたら……咲夜を生き返らせられるかもしれない」

 

 今回、何体かの敵と戦ったので、俺の点数は100になっている可能性が高い。つまり、このぬらりひょんさえ倒して帰還すれば、彼女を再生することはできるのである。

 

 計ちゃんは俺を生き返らせるのと引き換えに、咲夜がもし死んだら再生すると約束していたらしい。だが、計ちゃんは記憶喪失で、しかも今回で100点に達するほど敵を倒せたはずはない。

 

 それなら、命を拾った張本人である俺が約束を果たしておくべきだ。

 

「……こっちだ!」

 

 俺が建物の陰から現れ、走り出すとぬらりひょんはこちらを向き、ゆっくりと歩き出した。

 

(……よし、まずは引きつけることには成功と)

 

 背後で、Xガンの咆哮が何度もこだましている。俺を追うぬらりひょんを皆が攻撃しているのだろう。

 

 あとは、致死の光線を浴びないように、あの地点へ向かうこと。俺がそう思った瞬間、前進が総毛だつような感覚に襲われた。

 

 俺は振り向かず、右へ体をそらす。と、純白の光線が俺のすぐ近くを駆け抜けていった。

 

(あっぶね)

 

 後ろを見ると、ぬらりひょんは他のメンバーの狙撃を受けながらも、俺の方へと歩みを進めている。俺が安堵したとき、ぬらりひょんは何を思ったか、ぐるんと首を一回転させた。

 

 もう一度、首慣らしをするように一回転。俺は、ヤツが何をするのかに思いいたり、とっさに跳躍した。

 

 直後、ばね仕掛けのおもちゃのように、ぬらりひょんの首が360度、ぐるりと回転した。あのすさまじい破壊光線をともなって。

 

 周りにそびえたつビルの壁にびっしりとヒビが入ったかと思うと、無数の瓦礫と化して崩壊した。悲鳴と怒号はわずかに聞こえたものの、ビルの崩れ落ちる音にかき消された。

 

「……マジかよ!」

 

 ぬらりひょんは見通しのよくなった道の向こうに俺がいるのを見つけると、何事もなかったかのように歩き始めた。俺は脱兎のごとく駆けだした。しかしなぜか、さきほどまで後ろから聞こえていた援護射撃の音は聞こえてこない。

 

 後ろを見ると、何の障害も無くぬらりひょんが悠々と俺を追いかけてきているところだった。

 

(考えるな! 考えるな、考えるな……)

 

 なぜ誰もぬらりひょんを狙撃しないのか。どうして誰も立ち上がっていないのか。どうして周りに人の声がしないのか。

 

 俺は最悪の事態を頭に思い描きながら、立ち止まる。そして、レーダーを見て、ぬらりひょんはちょうど俺のすぐ後ろまで迫ってきていることを確認した。

 

「………」

 

 俺が振り返ると、異形の姿へと変貌したぬらりひょんは、荒い息をたてながら、俺を見下ろした。

 

逃げも隠れもせず、突っ立っている俺に、ぎょろりと目を向けると、吐息まじりの声で、ぼそぼそと問う。

 

「こ、これで………終わりか。もう、逃げないのか」

 

 不気味な吐息をもらすその声に。

 

「……ああ、終わりだ」

 

 俺は、ぼそりと答える。

 

 

 

 その、一瞬のことだった。

 

 アスファルトが裂けた。そしてそこから現れた黒い刀身が、ぬらりひょんを縦に一刀両断したのである。

 

 ぬらりひょんは驚愕したのか、それとも眼圧が異常に上がったためか、異常なまでに目を見開いた。

 

 ぬらりひょんを斬ったのは、和泉。ただし地上ではなく、地下道に待機させていた。レーダーに映る地図は地上のものであるため、ぬらりひょんを和泉のいる真上の位置に誘導すれば、いつ刀を振ればいいのかが分かる。そして和泉はレーダーでそれを察知し、ぬらりひょんを地面越しに斬ったのだ。

 

 狙撃がうまくいかなかったときに動きを止めるための保険だった。だが、斬った後、地上にいる誰かがとどめを刺さなくてはならない。

 

だが、今地上にいるのは、おそらく俺一人。

 

 俺は銃をぬらりひょんに向けたまま、立ちすくんだ。

 

 ぬらりひょんは、()()()()()()。俺はとどめをさせない。そして、俺の他に地上に生きているメンバーがいるのかもわからない。もしこのまま時間が過ぎれば、打つ手はない。

 

 ぬらりひょんの目が、ふたたび光りはじめた。

 

 駄目だ。これで俺もー

 

 死ぬ、と思ったその刹那、ぬらりひょんの身体が歪んだ。そしてそのまま、ドンッ、という音とともに、ぬらりひょんのいたところに大きなクレーターと、血だまりができた。

 

「………⁉」

 

 俺が呆然としていると、瓦礫の中からぼこっ、とあの重力銃をもった腕が現れた。

 

「……すまん。ちょっと遅れた」

 

 ぬらりひょんにとどめを刺したのは、岡だった。瓦礫の中から身体を起こすと、じいっ、と血だまりを凝視した。

 

「……もう起き上がって来んようやな」

 

「ああ。……しかし、よく無事だったな」

 

「アホ。スーツ着とんのに、あの程度で死ぬ奴があるか。邪魔な瓦礫除くのに時間がかかっただけや。たぶん、そろそろ他の奴らも出てくるで」

 

 岡がそう言った瞬間、あちこちにできた瓦礫の山から、次々とメンバーが顔を出し始めた。

 

「………加藤! あのバケモンは⁉」

 

「倒した……と思う」

 

 稲葉は血だまりを見て、岡と同じようにじっと見た。あの不死身さを見せつけられたら、死んだというのを疑いたくなるのも当然だろう。

 

「すみません、レイカさん! 師匠の腕が挟まって抜けないそうです! 手伝ってくれません?」

 

「わざわざ瓦礫から出なくても転送されるんじゃないの」

 

 他のメンバーを数えていると、まだ埋まっている坂田を含めて、誰もさっきの攻撃で死んではいないようだった。計ちゃんとおっちゃんと東郷はもう少し遠くにいたから大丈夫だったはずだが……。

 

 そう思っていると、肩を後ろから叩かれた。

 

「マジであれ倒せたんやね」

 

 杏だった。揶揄するような気配はまるでなく、心なしか頬を上気させているような気がする。

 

「……実際にとどめを刺したのは岡だけどな」

 

「作戦を考えたのは君なんやろ?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 何が言いたいのだろう? 俺がけげんに思っていると、杏はにっと笑った。

 

「君の連絡先訊いてもええか?」

 

「……なんで?」

 

「言わんとわからへんか?」

 

 少しすねたように言ったちょうどそのとき、杏の頭が消え始めた。

 

「あっ、アカン。はよ聞かんと……っていうかウチの連絡先言えばいいんか。後で連絡してや」

 

 転送される直前に杏が言った電話番号を一応暗記しておいた。彼女の意図するところは今一つわからないが、大阪のメンバーと連絡がとれるなら、ガンツについて新しい情報を得ることができるかもしれない。

 

 俺は脱力しそうなほどの安堵の中で、部屋への転送を待った。

 

 

 

 

『それでは、ちいてんを はじぬる』

 

 採点が始まったとき、部屋には静かな沈黙が下りていた。

 

 今回はおそらくこれまでで最強の敵だったにもかかわらず、死者はほとんどいなかったーただ一人を除いて。

 

 十六夜咲夜。おそらく計ちゃんは彼女についていくつか知っていることはあったかもしれないが、その記憶をなくしているため、現時点では誰も咲夜の身の上について知る者はいない。

 

 ただ分かっているのは、少なくとも俺とレイカを庇ってくれたことだった。

 

(……頼む。俺の点数が100点に届いていれば……)

 

『あほの、、、 13てん

 total 48てん あと52てんでおわり』

 

『レイカ 5てん

 total 63てん あと36てんでおわり』

 

『イナバ 0てん

 ひとりだけ。あろーん あと42てんでおわり』

 

『元チェリー 10てん

 total 10てん あと90てんでおわり』

 

『ハゲ 0てん

 よわすぎ あと100てんでおわり』

 

『くろの 0てん

 使えなさすぎ あと100てんでおわり』

 

 今回は戦闘を控えて大阪チームに任せていたため、皆点数は稼げていないようだった。

 

「おい加藤……この点ってなんだ?」

 

「それは後で説明するから……」

 

 俺の点数はどうなのだろう。計ちゃんに答えながら、俺はそのことばかりが頭にあった。

 

『ごるご 50てん

 total 50てん あと50てんでおわり』

 

『和泉くん 76てん

 total 76てん あと24てんでおわり』

 

『きんにくらいだ(仮)35てん

 total 55てん あと45てんでおわり』

 

『こども 26てん

 total 26てん あと74てんでおわり』

 

『パンダ 0てん

 やる気なさすぎ あと96てんでおわり』

 

 東郷と和泉、風は、しっかり点数を取っているようだった。もっとも、驚くべきはタケシが26点も取っていたことだろう。パンダの方は和泉を復活させたらもう自分の点数に興味はないのか、点数は動いていなかった。

 

 これで全員分が出そろった。最後に来るのはー

 

 俺は、ガンツをじっと見つめた。画面が切り替わり、俺の点数が表示されるー

 

『加藤ちゃ(笑) 10てん

 total 99てん あと1てんでおわり』

 

 俺は何度も何度もそれを見返した。しかし、点数は99のままで、変わる気配など当然なかった。

 

「採点は……終わりだな」

 

 坂田はつぶやいた。そう、これで終わり。咲夜を生き返らせることはできない。たった1点、されど1点。俺は、失敗したのだ。

 

「……大丈夫。次はある………はずだから」

 

 レイカが、肩を落とす俺に、なぐさめるように言った。すると計ちゃんが、うまく事情を飲み込めていないような顔をしながら、話しかけてきた。

 

「……おい加藤、大阪に行く前にいたあの女は?」

 

「死んだ」

 

「……それって誰かに伝えなくちゃなんねーんじゃねえの? 親類とか」

 

「俺は咲夜のことはよく知らないからな。計ちゃんは思い出せるか?」

 

「思い出せるって?」

 

「一緒に暮らしてたから、もしかすると咲夜のことを知ってるかもしれない」

 

 すると、計ちゃんはぶんぶんと首を横に振った。

 

「いや、俺覚えてないからな」

 

 分かってはいたが、ここには誰も咲夜について知っているメンバーはいなかった。あれほど近くにいたのにもかかわらず、出身地も、死因も、何もかもが。

 

 謎を残したまま死んだ咲夜のことを考えていると、突然廊下で着替えていた桜井が、息せききって部屋に飛び込んできた。

 

「どうしたんだ?」

 

「ど、どうしていいのかわからなくて……」

 

 桜井の手に握られていたのは、携帯電話だった。着信音が鳴っている。

 

「……? 電話に出ないのか」

 

「違うんすよ。俺のじゃなくて咲夜さんのです。着替えと一緒に置いてありました」

 

 そうだった。そういえば彼女はいつの間にか携帯電話を持っていた。そしてその電話が鳴っているということは……。

 

「俺、ちょっとよく分かんなかったんですけど……出てもいいのか」

 

「……じゃあ、俺が出よう」

 

 着信音の鳴り続ける携帯電話を受け取ると、すこし緊張しながら、俺は電話に出た。画面に表示された通話相手は、「お嬢様」と表示されている。

 

 俺が電話に耳を当てると、そこから年端のいかない少女の声が聞こえてきた。

 

『もう、さっきからずっとコールしてるんだから早く出なさいよ。ねえ咲夜?』

 

 

 

 




遅れて申しわけありません。次は早めに投稿することを心がけます。

ちなみに冒頭で桜井の持っていたZガンは和泉が大阪チームの死体から回収したものです。ところで見返して思ったんですが、やはり私は恋愛を描くのが苦手な模様です。戦闘描写とか犯人捜しは書いていて楽しいのですが……イカンなぁ。



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40、予言者の語らい

 

 

 

 

『そういえばこの前に言ってた氷室との案件はどうなったの? 私の名前を使うのは一向に構わないけど、あんまり関係が悪化しても面倒なのよねー』

 

 電話から流れてきていた少女の声は、こちらが黙りこくっていることを不自然に感じたのか、ぴたりとやんだ。

 

『……咲夜? なんでさっきから一言も喋らないの?』

 

「えーと。もっと早めに言っときゃよかったと思うけど……俺は加藤勝。咲夜さんじゃない」

 

『……どういうこと? じゃあどうして咲夜は出ないわけ?』

 

「今日ミッションがあって……」

 

『ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。そのミッションがどうしたの?』

 

「咲夜さんが死んだ」

 

 途端に、沈黙が下りてきた。やがて、こわごわと確認するように、訊き返してくる。

 

『……それは、本当に?』

 

「間違いない。敵の攻撃を受けた」

 

『そんなわけ……! あの子は避けられようと思えば避けられるはずよ。時間だって止められるんだから!』

 

 それを聞いたレイカが、申し訳なさそうにうつむいた。確かに、自分一人を守るだけなら彼女には可能だったはずである。電話の相手は、咲夜の死を認めないとでも言うかのように怒鳴った。

 

「……俺ともう一人の仲間をかばったんだ」

 

 すると、声の主はさっきよりも驚いたようで、素っ頓狂な声をあげた。

 

『ええ? 咲夜が? かばった? ありえないでしょ。だいたい人間なんか……』

 

 そこではたと何かに気付いたように相手は言葉を止め、後はぼそぼそした独り言が聞こえてきた。

 

『……いや、ありうる? 命がけなワケだし……情がわくってのも……』

 

「……咲夜さんについては考えがある。……けどその前に、あんたは咲夜さんの何だ?」

 

 姉妹? 親戚? まさか子ども? 俺が考えていたいくつかの予想は、彼女の一言ですべて覆された。

 

『私は咲夜の主人。レミリア・スカーレットよ』

 

「はあ?」

 

『だから。主人だって。ほら、あの子たぶん、そっちに来た時メイドの格好してたでしょ?』

 

「………」

 

 確かに初めて会った時はそうだった。相手の名乗りからすると、咲夜は名家に仕えるマジモンの使用人だったのかもしれない。となるとこの相手は咲夜が世話をしていた「お嬢様」なのだろう。

 

 そのとき、近くで聞いていた坂田が「ちょっと待て」と言った。

 

「加藤。あれ忘れたか? メンバー以外に喋ったら……」

 

『大丈夫よ。もうだいたいあなたたちの置かれてる状況は知ってる』

 

「……咲夜はなんで頭がぶっ飛ばなかったんだ?」

 

『まあ、私なんてそっちじゃ存在しないのも同じだから……かしら』

 

 なぜか煙に巻くような言い方をすると、レミリアはくすりと笑った。

 

『冗談よ。私は別の人から聞いたの。それでさっき言ってた、咲夜を何とかする手段って、百点ボーナスでしょう? 誰か咲夜を生き返らせてくれるあてがあるの?』

 

「そこまで知ってるなら話が早い。俺が今、99点で、次に敵を倒して再生するつもりだ」

 

『自分の解放は望まないの?』

 

「俺は前に咲夜に再生されたからな。計ちゃんが頼んでくれたらしい」

 

『へえ、あの咲夜が………まあいいわ。次で、絶対に咲夜を生き返らせてちょうだい。私も協力を惜しまないわ』

 

「協力? あんた、ガンツチームの人間か?」

 

 大阪には大阪のチームがあったように、ガンツチーム自体は他にもたくさんあるのかもしれない。どこのチームかは知らないが、助力してくれるというのはありがたい……と加藤は思ったが、レミリアは否定した。

 

『いいえ。全然。………ただ、私の指示通りに動けば、勝利はほぼ間違いなしと言ってもいいわ』

 

「……どういうことだ?」

 

『まあ見てからのお楽しみ……と言いたいのだけれど、流石に直前に言うのはまずいでしょうね。でも私はともかく、今はあなた達の方は疲れていないかしら? 明日に電話をかけてくれれば説明するわ』

 

 確かに今は何を説明されても頭が受け付けないかもしれない。だが、ガンツチームでないのにそこまで知っている理由だけは聞いておきたかった。

 

「最後に一つ訊かせてくれ。さっきガンツ……いや、黒い球の部屋の人間じゃないッて言ってたが、なんであんたはそんなに知ってるんだ?」

 

 解放された人間なら計ちゃんのように記憶が無くなっているはず。仮にガンツチームの人間じゃないと言ったのが嘘としても、そもそも嘘をつく理由がない。

 

『だから咲夜に聞いたって言ったでしょ。それに、あなたたちみたいな「チーム」に所属してるわけじゃないし……』

 

 レミリアの次の一言は、俺たちを凍りつかせた。

 

『そもそも私は人間じゃないわ。吸血鬼だもの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。俺が訓練場にしている廃屋にやって来たとき、すでに先客が数名いた。

 

 練習しているのは計ちゃんとレイカ。計ちゃんは銃の撃ち方を一からやり直すことになっているが、もともと才能が飛びぬけているのか、すでに使い慣れし始めているようだった。

 

 ガンツのシステム、失われた記憶についても全て説明しておいたが、記憶が戻っているわけではない。そこだけは気がかりだが、計ちゃんのことだからおそらく自分で何とかするだろう。

 

 離れた場所でたたずむのは、和泉だった。普段はここに来ないのだが、今日はおそらくレミリアの情報を聞きに来たのだろう。和泉は俺がやってきたのに気づいたらしく、声をかけてきた。

 

「……で、あれから電話をかけたか?」

 

「いや。まだだ。皆と一緒に聞いた方がいいかと思って」

 

「………お前は信用するか? そのレミリアって相手。吸血鬼なんだろう?」

 

 吸血鬼……。俺は、大阪での戦いの前に襲撃をしかけてきた吸血鬼たちを思いだした。そしてその直前に咲夜が襲撃を知らせてきたことも。あいにく吸血鬼の襲撃を知ることになった経緯は彼女の口から語られることはなかったものの、なんとなく想像はできた。

 

 レミリアが最初に口走った名前。氷室。そしてレミリア自身が吸血鬼だと言った事実。それらから考えられるのは、レミリアは氷室と何らかのつながりがあり、咲夜はそれをレミリアから聞いていたということ。

 

 しかし吸血鬼といっても一枚岩ではない。少なくともレミリアは友好的と言える。

 

「俺は信用する」

 

「根拠は?」

 

 すかさず和泉は問う。そういえば咲夜も信じられない相手を信用するというのは思考停止だと言っていた。あんがい似た者同士だったのかもしれない。

 

「……氷室との関係悪化を気にしているあたりだな。それを心配するってことは俺たちを助けるつもりなんじゃないか」

 

「それを気にして今度は俺たちを罠にかけるとかは考えられないか?」

 

「それは……どうだろうな」

 

 結局のところ、彼女自身に答えてもらうしかないということだろう。俺が和泉と話しているうちに全員が集まったようで、各々俺の声が聞こえる範囲にいた。

 

「……あー、皆そろったみたいだから、電話をかけてみようと思う。音はめちゃくちゃ大きくしてあるから、皆にも聞こえるはずだ。聞きたいことがあったら順に言ってくれ」

 

 そして俺が電話帳を開こうとしたとき、向こうから着信が来た。慌てて電話に出ると、昨日と同じ少女の声が聞こえてきた。

 

『皆そろったでしょうから、お話をするわね』

 

「……どうして分かったんだ?」

 

『16時27分にあなたたちが集合する運命だって知ってたから、かしら』

 

「要するに?」

 

 いちいちもったいぶった言い方をするタイプの人間から要点を聞きだす一言。レミリアは『無粋ねえ』とため息をつきながら、答えた。

 

『私は未来が分かる。見えると言った方がいいかしら? だからあなたたちが廃墟に来ることも分かったし、集まる時刻も分かった』

 

「つまりあんたは……未来予知ができるのか?」

 

『簡単に言えばそうね。そっちは「こっち」といろいろ違うから、せいぜい2時間後の未来までしか分からないけどね』

 

 それを聞いた坂田は、自分や桜井、咲夜の例があるせいか、すんなりとそれを受け入れた。

 

「……案外超能力者って多いもんだなあ」

 

『あら? そっちは超能力の否定派が多いと聞いていたのだけれど。こんなにすんなり納得してもらえるの?』

 

「俺たちがPK持ちですからね。十六夜さんの例もあるし」

 

『へえ、そっちにもいるのね』

 

 ガンツチームになって非常識なことばかり起こるせいか、メンバーでいちいち常識的にありえないことに騒ぐヤツはいない。レミリアは肩透かしを食らったというような調子で続ける。

 

『だから、次の戦いは、私が敵の攻撃がどう来るかを全て予知してあげる。これなら確実に勝てるでしょう?』

 

 参戦するわけではないのか、と一瞬落胆しかけたが、すぐにレミリアの提案がすさまじく戦いにプラスになることに気が付いた。

 

「それって……戦いやすいなんてものじゃないわね」

 

 レイカも気づいたらしい。俺たちが苦戦する理由。振り返ってみれば、ガンツが敵について詳しく教えてくれないからである。難敵でも弱点や攻撃手段が分かっていれば倒せるのだ。ぬらりひょんだって、初めから皆で狙撃していればオニ星人より楽に倒せていた可能性が高い。

 

 俺たちに欠けていた情報支援。レミリアは、それをしようと言っているのだ。

 

「……でも、なんで咲夜が戦う時に予知してやらなかったんだ?」

 

『万一携帯電話への攻撃の予知を見逃したら咲夜と連絡がつかなくなるから。それにあの子なら死なないと思ってたしね。……他に質問はあるかしら、和泉さん?』

 

 和泉が口を開く前にレミリアは聞いた。

 

「……俺が質問する内容を予知してるなら答えを言えばいいだろう?」

 

『それもそうね。私と氷室……あなたたちを襲った吸血鬼の関係についてでしょう?』

 

「そうだ」

 

『まあこの前まではお互い悪くない関係だったけどね。咲夜がそっちに行くまではあんまり利害が衝突しなかったから。でも、最近はあなたたちを生かすかどうかでちょっと対立気味だったかしら?』

 

「つまり、俺たちをやつに売る気はないと?」

 

『当り前よ。だいたいあなたたちを殺したら誰が咲夜を生き返らせてくれるのよ。それに氷室の勢力はあなたたちとの戦いでほぼ壊滅したから気にすることは無いわ』

 

 レミリアの言葉に嘘はなさそうだった。和泉も黙っているものの納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。次に聞いたのは、稲葉だった。

 

「えーと、さっきから「そっち」とか「こっち」って言ってるけど、あんたはいったいどこにいるんだ? 咲夜もあんたと同じところ……例えば海外にいたのか?」

 

『うーん、何と言えばいいのかしら。日本ではあるけれど、あなたたちのいる世界じゃないってとこかしら』

 

「要するに?」

 

『……ごめんなさい、私たちのいる場所を論理的に表現すべき言葉がないわ。まあこっちはこっちということで』

 

 和泉への言葉とくらべて、今度の返答はひどくつかみどころがなかった。稲葉はいくつか質問を重ねたものの、レミリアは「説明しづらい」の一点張りだった。

 

「……ま、私が今どこにいるかなんてどうでもいい話よ。重要なのは、あなたたちの戦いを無事に終えさせること。タイムリミットぎりぎりになったけど、私も咲夜を回収する準備が整いつつあるから」

 

 レミリアの「タイムリミット」という言葉に、和泉がぴくりと反応した。

 

「……そのタイムリミットッて、「カタストロフィ」のことじゃないのか?」

 

『あなたたちはそう呼んでるの?』

 

「……ちょっと待って。和泉君はなにか知ってるのかい?」

 

 おっちゃんが聞くと、和泉は、うっと言葉をつまらせた。図星らしい。

 

「……俺はよくわからないが、最後に、カタストロフィというやつがおこるらしい。軍備したものだけが生き残れるらしいが」

 

「よくわからないって?」

 

「何が起こるか、がわからない。核戦争とか宇宙からの侵略とか……ただ、ガンツはあと一週間程度で始まると予想してる。わざわざカウントしてるくらいだから、ガンツが俺たちにこういうゲームをさせてるのはカタストロフィのためだとは思うが」

 

 突然和泉が語りだした内容は、俺たちを唖然とさせた。

 

「何言ってるんだ」

 

 訊くと、和泉は鬱陶しげに俺を見た。

 

「今のでわからないなら聞くな。ガンツのラストステージが近いって話だ」

 

『確かに一週間後に巨大な宇宙船がそっちに到着することは知っているけれど……それがあなたの言うカタストロフィってものなのかしら?』

 

「巨大な宇宙船?」

 

『ええ。こちらに少しずつ近づいている……何者が乗っているかはわからないけれどね。でも、あなたたちを呼び出す存在……ええと、ガンツだったかしら? それが宇宙船が到着するのに備えて作られていたのだとしたら……確かに訪れるのかもしれないわね』

 

 レミリアの未来視は一週間も遠くを見通すことはできないーそれを知っていてもなお、続く言葉は確実に的中する予言のように聞こえた。

 

『地球にとっての、破局(カタストロフィ)が』

 

 

 

 

 




そういえばガンツの「再生」と「転送」って実は同じシステムなんじゃね?と最近思い始めました。殺人どこでもドアと同じ原理ですが、ガンツは別の場所に人間のコピーを作っているだけで、転送される前の人間とは別人となっている……的な。まあ、仮にそうだったとしてももともとガンツメンバーは皆スワンプマンなので今更って感じですけど。
あと、レミリアの能力解釈は今作では未来視となります。


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41、強制イタリア旅行

 

 

 

 

(あと一週間でヤバいやつらが宇宙から攻めてくる……ッて、信じられるかよ、そんなの)

 

 俺はネットサーフィンをしながら、ぼうっとこの前の出来事を思い出していた。地球侵略なんてSF映画のようなことが実際に起こるとは思えなかった。しかし、ここしばらく俺の身に起きた出来事を鑑みると、それを一笑に付すことはできなさそうだった。

 

 俺がため息をついていると、携帯にタエちゃんからのメールが届いた。

 

『この前学校休んでたけど大丈夫? 何か困ってることでもあるの?』

 

 俺は周りのメンバーから記憶を失う前の俺について聞き、できるだけそれに近づけて生活していた。このタエちゃんも記憶を失う前に付き合っていた彼女らしい。

 

(……つーか、結構俺ひでえ態度とったと思うけどこんなメール送ってくれるんだな)

 

 加藤によると彼女がガンツのターゲットにされたとき、俺はタエちゃんを殺そうとするメンバーを敵に回して戦っていたのだという。自分のことながらそれは本当に俺なのか? と疑いたくなるが、事実だという。

 

(まあ、悪いコじゃないしな……)

 

 正直かなりの記憶が飛んでいたのはショックだが、おいおい何とかなるだろう。俺はふぁ、とあくびをしたとき、パソコンの方にメールが届いた。

 

「き、菊池……?」

 

 吸血鬼の襲撃の前、俺を付け回していた男だ。いったい何のメールを送って来たのだろう?

 

 俺がそれを開こうとした瞬間、うなじに寒気がきて、俺の体は動かなくなった。

 

「は? 何だこれ……」

 

 

 

 

 

 俺が目を開けると、すでに全員が揃っていた。計ちゃんも「初めて」の転送で戸惑っているようだったが、問題はなさそうだった。

 

 ただ一つ奇妙だった点は、ガンツの動作がおかしいことである。部屋も暗く、異様な雰囲気が否めない。

 

「不気味……だな」

 

 稲葉が全員の思考を代弁した。ガンツの、いつもなら腹立たしいほどの音楽も切れ切れで、申し訳程度の敵情報ですら文字化けして表示されない。

 

「……こんなときのためにあいつがいるんだろ? おいレミリア! 予知してるなら電話に出ろ!」

 

 和泉がさけぶと、俺が持ってきた携帯が鳴った。

 

『あはは、まあそういきり立つと長生きできないわよ? 皆が怖がってるみたいだからあえて何もしなかったけど』

 

 場違いなセリフとともにくすくすと笑うレミリアの声に、皆から脱力する気配がした。

 

「……で、今回の敵はどんな奴だ」

 

『そうねえ。何て言うか……芸術的な敵ね。動く彫像っていえばイメージしやすいかしら』

 

「彫像? 大仏みたいなもんか」

 

『ええ。……でも、戦い方は全然綺麗じゃないわね。単純な物理攻撃しかないみたい』

 

 残念そうなレミリアとは反対に、皆は安堵した。ゆびわ星人のような相手なら、死ぬ危険も低いだろう。

 

『ん、でも私の予知ではそこの禿頭のおじさまとちょっと男前のあなたは殺されるみたいよ?』

 

「は?」

 

「え?」

 

 稲葉とおっちゃんがぽかんと口を開けた。

 

『攻撃は単調だけど、人がゴミのように死んでるわね。侮らない方がいいわ』

 

「ちょっと待てよ! 俺はどうすりゃいいんだ」

 

『私の予知を聞けばいいのよ。そうすれば、あなたが死ぬ運命も回避できる……それこそ私の運命を操る能力の真骨頂』

 

「お、おう……」

 

 俺はそろそろこのレミリアの芝居がかった台詞回しにも慣れてきたが、稲葉はどう反応すべきか困っているようだった。……しかし咲夜はこの「お嬢様」にどうやって対応していたのだろう。

 

 考えているうちに、転送が始まった。

 

(次も、絶対生き残る)

 

 そう念じて目を開くと、見慣れない文字の羅列が飛び込んできた。

 

「アルファベット……英語?」

 

「いや、こいつはイタリア語だな」

 

 坂田の言葉に、皆がざわめいた。

 

「なんでイタリアに来とんのか?」

 

「知るか。……大阪の例を考えたら、ろくでもないことになりそうだとは思うけどな」

 

 和泉の言葉に、稲葉とおっちゃんが縮み上がった。レミリアに一度死亡宣告されたためだろう。

 

『はあい。皆、ちゃんと揃ってる?』

 

 電話から、その張本人の声が聞こえてきた。

 

「ここ外国なのによく電話通じるな……」

 

『ま、ちょっとその携帯は特別だから。それより戦闘用の予知をこれから伝え続けるから。加藤さんは私の指示を皆に伝えてくれないかしら?』

 

「わかった」

 

 最初のレミリアの指示は、100メートル前進、だった。道のあちこちに岡の着ていたスーツの残骸や人間の死体が転がっている。俺たちは肝を冷やしながら走った。

 

『戦いに必要なのは……第一に兵士。第二に装備。そして第三に情報。あなたたちは今、そのすべてを満たした。安心しなさい』

 

 レミリアはそう言った後、するどく予知の内容を伝えた。

 

『20秒後、レイカは頭上右斜め上からの攻撃に備えなさい。23秒後、鈴木と和泉は前方にジャンプしなさい。26秒後、加藤は電話を右手に持ち替え、後ろにYガンを撃つ』

 

 俺が指示を伝えたとき、レイカが宙を見ると、上から有翼の像が迫ってくるところだった。訳も分からず跳躍した鈴木と和泉がいた場所に、どすんと天から巨像が降ってくる。俺が電話を持ち替えた瞬間、左手に戦いの余波で飛んできたらしい石礫が当たった。

 

「……なるほどな」

 

 俺が後ろを向き、その刹那に発射したネットは、迫ってくる彫像を捕縛していた。

 

『離れたら私の予知が()()()()。できるだけ集まって戦いなさい』

 

 俺たちが広場に出ると、彫像とガンツチームの間で乱戦が繰り広げられているところだった。芸術品や神の形をした偶像が人間と争い、あたりには臓物や血液の臭いが充満している。イタリアだけでなくアメリカや中国のチームも来ているらしい。広場は複数の言語での怒号と悲鳴で溢れていた。

 

『12秒後、風は左に回避。14秒後、坂田とレイカは同時に前方の巨像の足を撃つ。15秒後、玄野は左側の敵を攻撃』

 

 レミリアは先ほどとは打って変わって、淡々と予知内容を告げていった。1秒刻みの予知もあるため、余裕があまりないのだろう。俺はむせかえるほど辺りにただよう血霧の中、命綱である予知を指示していった。

 

 もちろん俺たちが普通にかわせる攻撃や対処できることをわざわざ予知する暇はないので、そういったものはそれぞれで何とかするしかない。

 

「加藤っ! こっちの援護頼む!」

 

「鈴木さん! 頭下げて!」

 

 俺たちは荒れ狂う彫像たちとの死闘を続けた。どうやら相手はすさまじい攻撃力を持っているようだが、防御面ではどの手段を使っても倒せるようだ。引き金を何度引いたか分からなくなるまで、俺たちはひたすら戦い続ける。

 

 すると、奇妙なことに劣勢であったはずのガンツチームが勢いを盛り返し始めた。おそらく俺たちがレミリアの予知によって「最善手」を指し続けることによって、戦局がこちらに傾いてきているのだ。

 

 他のチームも攻勢に回ったらしく、絶命するメンバーよりも倒される巨像の方が目立ちはじめる。

 

 しかしなぜか、そこでレミリアの指示の内容が変化しはじめた。

 

『……17秒後、レイカと加藤は50メートル後退。25秒後、桜井は道に落ちているZガンを拾って同じく後退。28秒後、風は後退しつつ東郷を援護』

 

 撤退の指示が多くなってきたのだ。

 

「おい、何で撤退するんだ? 今勝ってるぞ!」

 

『確かに、しばらく戦えばあなたたち側が勝利するでしょうけれど』

 

「そこまで分かってるならなおさら何でなんだ?」

 

『これ以上戦う必要はないから。この戦いは最後まで遂行されない』

 

「は?」

 

『あなたたちは全ての敵を倒し切る前に回収されることになる。それに、咲夜を復活させるために必要な点はたまったでしょう? それならもう戦う必要はないわ。むしろあなたたちが死ぬリスクを減らしてるのよ』

 

「……でも、他のチームは今も戦ってるぞ? 俺たちが抜けて死ぬ奴がいるかもしれない」

 

 レミリアは呆れたようにため息をもらした。

 

『……あなたねえ。他のチームを助けたって何の得もないのよ? 命をベットする価値すらない。私の予知も完全にあなたを守れるわけじゃないし、潮時よ』

 

 やがて乱戦地帯から、ほぼすべてのメンバーが戻ってきた。

 

「ちょ、加藤さん、なんでここに集まってるんすか? まだ皆向こうにいますよ?」

 

『あなたも加藤と同じことを言うのね。でもあと少しで戻れるのに、犬死にしたらつまらないでしょ?』

 

「あと少しで戻れるって?」

 

『言葉通りよ。あなたたちは、ガンツから解放されるのよ』

 

「それってどういう……」

 

 レイカが言いかけたとき、じじじ、という音とともに、皆の身体が消え始めた。しかし向こうの広場からはまだ戦闘音が聞こえてくる。戦いは終わっていないのに、転送が始まっているのだ。

 

 声も出ず呆然とする俺たちの耳に、レミリアの言葉が流れ込んできた。

 

『……でも、ガンツの目的を考えてみるなら……次の行き先は本物の戦場かもね』

 

 

 

 

 やはり俺たちが戻って来ても、部屋の様子はおかしなままだった。ガンツは相変わらず文字化けした画面を表示しており、いやに静かだった。

 

「……これ、どうなるのかしら」

 

 レイカが不安そうに言ったとき、ちりりん、と鈴の音のような音がして、採点結果が表示された。

 

『あほのy、*?

 75てん おわり。』

 

 坂田は首をかしげた。最後の3文字の意味が、どうにも理解しづらかったらしい。

 

「おわり……? どういうことだ」

 

『たぶん、ガンツが本格的に「カタストロフィ」に備え始めたんじゃないかしら。だから、もう呼び出しはない、ととらえればいいんじゃない?』

 

「……本当か?」

 

 そのとき、桜井が目をみはった。

 

「……師匠! 透視してみたら、皆の頭から爆弾が消えてました」

 

「てことはつまり……本当にここに二度と来ないでいいってことか……?」

 

『イ△バ

 5+てnf おわり。』

 

「本当に……終わりなのか」

 

 次々と表示されていく「おわり。」表示。俺はガンツの画面を見ながら、呆然としていた。

 

『い泉@# 

 10)てん 100点めにゅ~:;l』

 

「……ぼうっとするなよ。それなら、100点ボーナスが貰えるのも最後ッてことだろう」

 

 和泉はそう言うと、「新しい武器」を選択した。

 

「……まあ、俺は誰かを生き返らせる気はないからな。そういうのはお前らだけの間でやってくれ」

 

 和泉の手に、Zガンが現れた。和泉はすでに大阪で3丁Zガンを拾っていたためか、少し眉間のしわを深め、ため息をついた。するとレミリアが電話越しにふふんと笑った。

 

『……その武器はイタリアで結構拾わせたから、だいたい皆に行き渡ると思うわ。……それで、もう解放されるっていうのに1番を選ぶ必要はないわよね? もし100点なら、再生してトクのある人を生き返らせたらどうかしら?』

 

 そうか、と俺はようやく気付いた。時折レミリアは持ち主が死に、地面に転がっているZガンを拾う指示も出していた。そうすれば、100点メニューで選ぶ選択肢は必然的に誰かを再生する、しかなくなる。

 

『ま、もしも加藤がやられたらってときの保険だったけど、彼は生き残ってる。100点取った人は適当に戦力になりそうな人を生き返らせればいいんじゃないの?』

 

 俺が死ぬ可能性を計算にいれての指示だったことが少し複雑だったが、結果としてはプラスに出ている。……しかし、咲夜以外にいい戦力になりそうな人間がいるのだろうか。

 

『くろの 20てん おわり。』

 

『こども 0点 おわり。』

 

『ハゲ15てぬ おわり。』

 

 今回は死人こそでなかったものの、点数に関してはレミリアがあまり踏み込むような指示をださなかったためか、全体的に低かった。もっとも、あの乱戦に踏み込めば、レミリアの予知能力をもってしても死者がでると判断したのかもしれないが。

 

『か藤ち&8 120p; 100てんメニューから[@ppでくだ7”』

 

 そして、ついに、俺の採点画面が表示された。もちろん100点は超えている。そして俺が何を答えるかも、すでに決まっていた。

 

「咲夜を再生してくれ」

 

 じっと皆が息を呑むなか、ガンツが空中に照射するレーザーから一人の人間が描きだされていく。そして前進が完全に再生すると、閉じていたまぶたを上げ、銀の瞳で俺たちを見た。

 

「……ここは、いったい? 私は……ぬらりひょんと戦って……」

 

 困惑の表情を浮かべながら現れた咲夜は、すぐに自分の身に何が起こったかを理解したらしく、周りにいるメンバーを見回した。

 

「私は死んだんですね……誰が、蘇生を?」

 

「俺だ」

 

「そうですか……ありがとうございます。しかし、なぜご自分の解放を選ばなかったんですか?」

 

「ガンツのゲームはこれで終わりだからな」

 

「え?」

 

『そうよ咲夜。あと遅くなったけど、こっちもそろそろ準備できてるからね』

 

 レミリアの声が、俺の持つ携帯から聞こえてくる。咲夜はそれを見て、呆気にとられていた。というか彼女がこれほど驚いたのをはじめて見たかもしれない。

 

「お嬢様? なんであなた達が? というか私はどれくらい……いやまず終わりっていうのが……ちょっと待ってください。頭が追い付きません」

 

 珍しく慌てる咲夜を見て、はは、と稲葉が笑った。

 

「確かにここしばらくいろいろあったから、それを含めて話した方がいいだろ」

 

『そうね。でも、まだ採点は残ってるんじゃないの?』

 

 レミリアの言う通り、次の100点メニューが表示されていた。

 

『きんに¥。3~ 109いg 1o0点meニューからえらんでくだちい』

 

 

 

 

 

 




ダヴィデ星人は強いんだけど小説にしづらい……だいたいの敵に通用するガンツソードを折ったのはとても記憶に残ってますね。


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42、トリプル・リバイバル

 

 

 

 

 再生されたばかりでまだうまく呑み込めていないが、おおよそ私が死んだあとの流れはつかむことができた。加藤たちとお嬢様が会話をしていたのには驚いたし、これからまもなく「カタストロフィ」が起きることになると分かっているということも寝耳に水だったが、むしろ何とかここまでこぎつけたともいえるだろう。

 

 カタストロフィさえ乗り越えれば、あるいは途中で戻る準備ができれば、私は元の世界に戻れるのである。しかし今ここでは、カタストロフィを乗り越えるために、強い仲間を一人生き返らせなければならない。

 

「……で、誰を選ぶと?」

 

 座っていた風が、加藤を仰ぎ見た。加藤たちの話によると、すでにZガンを複数鹵獲しているため、強力な武器を選ぶ必要はないという。カタストロフィが始まるまでにガンツ装備を捨てる馬鹿はこのチームにはいないだろうし、となれば最後は誰を再生するかという問題になるだろう。

 

「……俺たちが加わってから来た奴らで強いのって見なかったからな。加藤か咲夜、なんか前に有望そうなの知らないか?」

 

 坂田がそう言ったとき、つかつかと歩いてきてガンツの前に腰を下ろした者がいた。私でも加藤でもない。いつも寡黙な、あの東郷だった。全員が呆気に取られている中、東郷はガンツに映る死者の顔写真を2つ指さしてから、部屋の隅にもどった。

 

「……そうですね。確かにその2人のどちらか、ですね」

 

「いや、たぶん点数的にはどちらも可能だ」

 

「じゃあ最初に蘇生するのはどちらにしましょう」

 

「……堅実な方かな」

 

 加藤はそう言うと、風に再生したい人間を伝えた。

 

「……分かった。この人を再生してくれ」

 

 そういうと、再生が始まった。皆が見守る中、流麗なキックボクサー、桜岡は目を開けた。私の例と同じく記憶が死ぬ直前で止まっているらしく、きょろきょろと辺りを見回している。やがて私と加藤を見つけると、不思議そうに話しかけてきた。

 

「誰? この人たち」

 

「……まあ、話せば長くなるが……再生されたんだ」

 

「誰が再生してくれたの?」

 

 桜岡は玄野の方をちらちらと見ていた。が、恐らく彼女にとって予想外なことに、風がゆっくりと手を上げた。桜岡は首をかしげながら、私に訊いてくる。

 

「あんな知り合いなんていないけど……なんで私を再生したの?」

 

「……消去法です」

 

「どういうこと?……まあ再生してくれたのは嬉しいんだけど。ありがとう」

 

「お、おう」

 

 風は桜岡から少し顔を背けながらそう答えた。そして次に、加藤の言うようにもう一人だけ100点に達していた者がいた。

 

『軍@ 1n0 天 100てんメニューから 選んでくだちい』

 

 東郷だった。東郷が本当にこいつでいいのか、というように目で確認してきたので、私と加藤はうなずいた。

 

 その人物の顔写真を東郷が指さすと、ガンツはその人物を空中に描き出した。今ではメンバー中でさほど実力を持っているとは思えないが、ガンツについての知識で、私たちよりも何かを知っているかもしれない。

 

「なんか、急に人が増えたな……」

 

 西はじろじろと皆を眺めまわしながら、そう呟いた。

 

「ちらほら見知った顔はあるが……俺を再生したのはどいつだ? あと、今はいつだ?」

 

 どうやら西は状況がすぐに理解できたらしい。

 

「東郷だ。……で、今はカタストロフィまであと少し」

 

「? 加藤、お前はともかくその軍人は千手に殺されてなかったか? ……ッて、カタストロフィまで時間ねーのかよ!」

 

 カタストロフィ、という言葉にレイカが目をみはった。

 

「この人、誰ですか? カタストロフィを知ってるって……」

 

「前に言った、ガンツのミッションを面白おかしく小説に仕立てていた人です」

 

 西はイタリアで回収されたというZガンを見て、ふんと鼻を鳴らした。

 

「俺が死んでる間に、必死こいてアイテム集めしてたみたいだな。……でもまあ、何で帰って来てんのかはしらねーが、和泉あたりだろ? アイテム集めてたのは。1つもらうぜ」

 

 手を伸ばす西の腕を、坂田がつかんだ。

 

「待てって。物事には順序ってものがある」

 

「なんだと?」

 

 西は、ぎろりと坂田を睨んだ。するとそのとき、私の携帯電話からお嬢様の声が聞こえてきた。

 

『そうそう。西丈一郎さん、その銃はだいたい私がイタリアから火事場ど……いや、回収してきたものなの。対価が要るとは思わない?』

 

「誰? つーか、どうしてこの部屋で携帯が繋がってんだ?」

 

『レミリアと呼んでちょうだい。あと、電話が通じている理由は私もよく分からないわ』

 

「レミリア……欧米のチームか?」

 

『いいえ。でも、私たちが知っている内容をあなたはたくさん知っているのね。その理由を教えてくれないかしら?』

 

「……そのデカい銃を一丁くれるならな」

 

『いいわ。もうひとつ条件を加えると、あとで私たちに協力してくれるなら』

 

 西は渋々といった表情でうなずいた。協力はしたくないが、強力な武器への魅力の方が勝っていたのだろう。

 

「俺は、海外のチームのやつらと情報交換してたンだ。結構深いとこのサイトだけど……ま、あんたらにゃ無理な深層にあるけど……」

 

「サイト……?」

 

 何かを思い出したように、レイカがつぶやいた。

 

「あなた、パソコン得意なの?」

 

「まあな……それがどうした?」

 

 突然食いついてきたレイカに、西はけげんそうな目を向けた。

 

「前、大阪チームの人がパソコンで何かしてたのを見たの。ひょっとして、パソコンが得意な人ならガンツに直接アクセスできるんじゃないかって……」

 

 西は目を見開いた。

 

「……やったことないな」

 

「じゃあ、うまくすれば、カタストロフィで何が起こるか分かるかもって……ことですよね」

 

 桜井のつぶやきに、加藤はうなずいた。

 

「そうとなれば……この部屋はいつ鍵かかるかわかんねーし、ガンツをどこかに移動させて、そこで解析しよう」

 

「まてまて。お前ら馬鹿か。頭パーンてなりてえのか?」

 

「それは大丈夫だ。俺たちの頭には、今爆弾はない」 

 

 西は一瞬だけぽかんと口を開けていたが、やがてポケットに入れていたらしいメモ帳に何か書きつけると、それを破って私の方に投げてよこした。

 

「俺はノートパソコン取りに戻るから、ガンツを移動させたら電話してこい」

 

 

 

 

 

「おっちゃんの家ってもう少しか?」

 

「ああ、うん。そうだよ」

 

 俺と鈴木が話している後ろでは、風がガンツを担いで歩いていた。そのさらに横ではタケシがはしゃいでおり、後ろでは道行く人にレイカが「映画の撮影」だと言ってごまかしている。

 

 ガンツの移動先は、鈴木の家に決まった。1人暮らしで誰にも遠慮する必要がないという理由からである。

 

「あーあ、せっかく命張ったのに記憶ないって……もう……それだけじゃなくてセッ……」

 

「いや、その先は言わなくていい。覚えてないけど、それに関しては感謝してるから」

 

「おい玄野、あの子一筋じゃなかったのか」

 

「だから両方覚えてないんだッて……」

 

 桜岡と玄野の会話に、坂田の茶々が入っていた。強い奴を生き返らせる必要があったとはいえ、記憶にないことで責められる計ちゃんは少し気の毒だった。

 

『ずいぶん入れ込んでるわね、咲夜』

 

「ええ、まあ、はい……」

 

『あなたならもっと突き放してるかと思ったけど。「優しい者にチェスはできない」わよ?』

 

「私は人間ですから。そういうこともあるとお考え下さい」

 

 咲夜は携帯電話でレミリアと不穏な会話をしていた。レミリアが吸血鬼ということは、途中で彼女らが俺たちと敵対する可能性だってあったはずである。

 

 咲夜の能力はまだ数でなんとかなるとはいえ、レミリアの予知能力にバックアップされた吸血鬼たちと戦わなければならなかったら……俺は少し身震いした。

 

(……ん? 吸血鬼?)

 

 吸血鬼。この言葉がどこか引っかかる。何か見落としをしているのを無意識から警告されているのか、違和感が胸につっかえたような感覚だけがあった。

 

(まあいいか。少なくとも、あのゲームに参加する必要は無くなったわけだしな)

 

 あと少しで、あの日常に戻れるのだ。いきなり呼び出される心配のない、平穏な日々に。

 

 鈴木のおっちゃんの家に到着すると、すぐに西に電話をかけた。しばらくして、西はリュックを背負っておっちゃんの家にやって来た。

 

 西はノートパソコンをガンツにつなげて起動した後、画面とにらめっこしながらぼそりとつぶやいた。

 

「こんなプログラムコード見たことねえなあ……」

 

「見たことあるプログラムコードにすればいいんじゃねえの?」

 

「ロクに分かってねー奴は黙ってろ。明日までかかるかもしんねーし、お前らいなくていーよ」

 

 計ちゃんにむかってしっしっと追い払うような仕草をしながら、西は答えた。確かに俺たちがここにいてもどうしようもないなら、帰る方が賢明だろう。俺は家主であるおっちゃんに話しかけた。

 

「おっちゃん、西が解析し終えたら教えてくれ」

 

「うん、わかった」

 

「あと、注意も。一回あいつ人殺したんだ」

 

「えっ、そうなの? ……まあ、風君も住んでるから大丈夫かなあ」

 

「それなら……大丈夫か」

 

 おっちゃんと風とタケシの3人なら、西が何をしても取り押さえられるだろう。

 

 とくにすることもないので各々が自分の家へ帰り始める中、俺は咲夜に訊いた。

 

「俺はもう帰るつもりだけど……咲夜はどうする?」

 

 彼女が死ぬ前、俺のところへ下宿するという約束をしていたものの、今は状況がすっかり変わってしまっていた。改めて聞かなければならない。

 

「ああ……そういえばそんな約束もしていましたね」

 

 咲夜は流石に覚えて(というか彼女の感覚ではついこの前の約束なのだろうが)いたらしい。

 

「それは……すみません。だいぶ状況が変わって、お嬢様と積もる話もありますし……私が「帰る」までには、ホテルなどに泊まっても差し支えないでしょうから」

 

「それならいいんだが。……ところで、レミリアも言ってたが、咲夜が「帰る」場所ってどこなんだ?」

 

 記憶喪失と言っていたが、それは嘘で本当は彼女が「元いた場所」と東京があまりにもかけ離れた場所で常識が分からなかったからなのではないか。

 

 レミリアと話しているうちに、そんな仮説が俺の中に生まれていた。もっとも、これまでもっとも彼女の近くにいた計ちゃんの記憶がないため、咲夜がそう言わない限りは証明のしようがないものだが。

 

 咲夜はそうですね、と言ってから少し悩む様子を見せたあと、こう答えた。

 

「何とも表現しがたい場所ですが、あえて一言で表すなら、全てを受け入れる場所、でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さいわいまだそれほど遅くない時間だったため、私はホテルにチェックインすることができた。

 

 こちらの世界での現金を持ち帰っても使い道がないため、金には糸目をつけず、できるだけよい部屋にとまった。内装は豪華な洋風のつくりで、あちこちにテレビや冷蔵庫などの電化製品が備え付けられているのを除けば紅魔館に似た部分のある部屋である。

 

 ふとベッドに目をやると、一筋のしわが目についた。元メイド長として言わせてもらうならば、客室のベッドは普通しっかり整えておくべきである。しかしいちいちそういうことで苦情を言うのも面倒なので、しかたなく自分でベッドメイキングをしなおそうとした。

 

 そのとき、携帯が鳴った。電話の相手はお嬢様らしい。

 

『もしもし、咲夜。寝てた?』

 

「いえ、大丈夫です。それより何かご用ですか?」

 

『まあね。カタストロフィっていうのが何かがちょっとずつ分かりかけてるから』

 

「……なぜですか?」

 

 私がそう訊くと、お嬢様はこともなげに答えた。

 

『月に、船団の先遣隊が来ているそうよ。月の都の奴らは敵の侵攻を食い止めてるみたいだけど』

 

「月? そんなところを攻めて何の得があるんです?」

 

『そりゃ、基地にするんでしょ。月をとれば、船が浮かんでいない地球の裏側へ効率的に兵を送れるから』

 

「……? まあともかく、交戦はしてるんですね。相手の情報は分かりますか?」

 

『ええ。ちょっとびっくりだけど、相手は大きいヒト型の生物ね。細部はちょっと違うわ』

 

「ヒト? つまり、私たちと同じような?」

 

『そうね。感情もある、知性もある、文明もある……全く別の場所にいた生物同士なのにどうしてこうも似てるのか気になるわね。あなたが言ってた「星人」たちみたいな異形でも全く不思議ではないのに……』

 

 お嬢様の声は、深い興味を示すトーンで続いていく。私が嫌な予感を覚えながらそれを聞いていると、『あっ、そうだ』とお嬢様は何かを思いついたような声をあげた。

 

「咲夜、もしできるなら、帰るときにその巨人を一匹捕まえてきてくれない? 興味があるの」

 

 

 

 

 

 

 




京が持っていた敵の点数が分かるパソコンは果たして自前だったのか否か…京に高等技術があったとは思えないですが、後の描写的にはやはりアクセス自体はできるんでしょうねえ。


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43、黒幕へ会いに

動画制作にハマって半分失踪していた……すみません。


 

 

 

 

 目を覚ますと、時計の時刻はすでに7時を回っていた。私は大阪の戦いで疲弊した状態で再生されたので、いつもよりも眠りが深かったようだ。

 

 私は身支度を整えてホテルを出ると、鈴木の家へと向かった。そろそろガンツへのアクセスも成功している頃ではないだろうか。カタストロフィに関する情報がお嬢様経由で手に入ったことだし、「ラストミッション」は案外簡単なものになるかもしれない。

 

 そう思いはしたが、私は昨日のお嬢様の言葉を思い出して、ため息をついた。

 

「巨人を捕獲しろ、ねえ……」

 

 有利に戦いが展開できることが予想できるとはいえ、流石に捕獲するというのは無茶にもほどがある。敵を殺傷するよりも、生け捕りにする方が遥かに危険であるし、技量が要求されるからだ。

 

 そんな道楽には付き合っていられない。ゴブリンや役立たずの妖精メイドでは飽き足らず今度は巨人を紅魔館に住まわせたいらしい。

 

 まあ、強制された目標ではないのだから、そう無理に達成する必要はないだろう。このミッションで優先すべきは自分、そしてチームの人間の命のみだ。

 

 目的の家についてインターホンを押すと、鈴木が人の好さそうな顔をドアの隙間から突き出した。

 

「おはようございます」

 

「ああ、十六夜さん。おはよう。ちょうど西君がガンツにアクセスできたところだよ」

 

「本当ですか」

 

「うん、あの子すごいね。今はガンツの操作をしてるところだって」

 

「それは……すばらしいですね」

 

 ガンツの態度はお世辞にも好感を持てるとは言い難いものだったが、その超人類的技術力が自由に使えるようになったのなら、私たちは100点の武器を入手するよりも大きいアドバンテージを持つことができる。

 

「……あ? どうなってるんだ、おい!」

 

 私と鈴木が部屋に入ったとき、西はパソコンの前で声を荒げていた。

 

『だから……無理だって言ってるじゃないか』

 

 そして、それに返事をする者もその部屋にはいた。風でも、加藤でも、他のメンバーの誰でもなく、ガンツの中にいる謎の男だった。

 

「そんなことは分かってンだよ! 俺が知りたいのは、何で武器が作れなくなってるかなんだ」

 

『さぁ……僕は知らないよ』

 

 私と鈴木が呆気に取られていると、西は私たちの気配を感じたらしく、血走った目をこちらに向けた。

 

「ああ……あんたらか」

 

「西さん。その……ガンツの中にいる人は、どうしたんですか?」

 

「さあ。ガンツをいじってたら勝手にしゃべりだしたんだ」

 

「……」

 

 ガンツは、黒い球から身を乗り出して、私と鈴木を見た。

 

『やあ……カタストロフィが来たから、僕にできることならなんでもやってあげるよ』

 

 あの無茶な命令を出していた者の言葉とは思えなかった。

 

「それならなぜこれまでは不完全な情報を提示していたのですか?」

 

『あれは僕が作ったメッセージじゃないからね。僕はただの実行役。命令は別の所から送られてくる』

 

 それなら命令を出していたのはどこかと訊く前に、西が口をはさんだ。

 

「そんなことより問題なのは、てめーが武器の生産も人間の再生もできなくなってることだろうが。実行役ならわかるはずだろ?」

 

『だから……それは分からないって言ったじゃないか』

 

「……待ってください。あなたは今何ができるんです?」

 

 武器の生産も人間の再生もできないというのは誤算だった。それでは、いくらガンツが協力してくれるとしても、今までと変わらないではないか。

 

『今できるのは、通信と転送だけ。……転送のときに怪我は治せるよ』

 

「役立たずじゃねえか!」

 

「まあ、西君、落ち着いて」

 

 西の癇癪を鈴木が宥めている間、私はじっと考え込んでいた。ガンツの言葉に引っかかりを覚えたのである。転送は確かに今までも使っていた機能だが、「通信」とは何だろう。

 

「一つ質問してもいいですか?」

 

 ガンツは西と鈴木から目を離し、私の方へ顔を向けた。

 

『いいよ』

 

「……さっき、命令を送ってくる場所があるとおっしゃっていましたが、あなたはその場所と通信……ないし、その場所に転送することができますか?」

 

 

 

 

 

 

「ガンツの親玉と連絡を取る?」

 

 俺が訊き返すと、咲夜はうなずいた。周りにはやってきた他のチームメンバーがいて、ちらちらとガンツの方を見ながら静かに俺と咲夜の会話を聞いていた。

 

「ええ。正確には、ガンツに命令を送っていた人間に対して、ですが。加藤さんはどう思いますか」

 

 ガンツの中にいた人間が普通にしゃべっていたこと、ガンツの機能が完全には使えないことを知らされて驚いていたところに、この咲夜の提案である。即答できるはずがない。

 

「それは……できるのか?」

 

「はい。ガンツの回答では、可能ということでした。通常ならばロックされていてガンツ側から命令者へとアクセスすることはできないそうですが、西さんが無理矢理ロックを解除したので実行できます。今まで指令が出ていた場所の座標もガンツ内に保存されているそうです」

 

 つまり、これまで謎だったことすべてに答えを出してくれる者と会えるということだろう。俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「……ガンツに指令を出していた人なら、カタストロフィでやって来る相手の正体も分かるのかしら?」

 

 レイカのつぶやきに、咲夜は何かを思い出したらしく、あっと声を上げた。

 

「それについてはお嬢様からの情報で判明しています。相手は巨大な人型の星人。我々を数百倍の大きさにしたような、巨人の築いた高度な文明だそうです」

 

「文明同士の衝突がカタストロフィッてわけか……」

 

 坂田は納得したように頷いた。

 

「……それで、話を元に戻しますが、ガンツを操っている人物に接触するメリットは、今使えない武器の生産機能や人間を再生する機能を聞きだせる可能性があることです」

 

「でも、その黒幕が俺たちの頭の中に爆弾を仕掛けてきたらまずいんじゃないか? 面白半分にゲームで人を殺すヤツだろ?」

 

「そうですね。確かに稲葉さんの言う通りですが、私たちの身体データの入っているガンツは、西さんによって外部からの影響を受けず独立させられているため、影響を受けることはないでしょう。…逆に言えば、今は西さんのパソコンから私たちの頭を爆破できるという状態なのですが」

 

 皆が、ちらりと視線を西に向けた。西の性格をよく知っている俺は苦い顔をしたが、他のメンバーは西が信頼できるか否かを見計らおうとしているのだろう。

 

「何見てんだよ。信頼ねーのな」

 

 はっと西は冷笑した。信頼するしないに限らず、ガンツの権限を西に一部持たせてしまっているのは確かに問題である。しかし、咲夜は皆の安全を保障する術を思いついていたようだった。

 

「そこで、西さんの見張りは私がしましょう。お嬢様が、誰かの頭が吹き飛ぶ予知をした場合、私が即座に西さんを殺します」

 

「なるほど。腹立たしいが、あいつの予知は正確だからな。保険にはなる」

 

 レミリアの予知があれば、西がガンツの機能を利用して好き勝手なことをすることはできない。和泉は即座にその理屈を理解したようだった。

 

「それで、今からでもそのガンツを操るヤツの所に行くんだろ? 転送しないのか?」

 

「まだ皆さんが参加するかどうかの意志を確かにしていないので」

 

 そうか、と俺は思った。何も全員で行く必要はないのだ。行きたくなければ残ればいい。極論を言えば、危険だが、一人でも交渉しに行くことは可能なのだ。

 

「……俺は行くぞ」

 

 坂田は静かに答えた。

 

「あのふざけたゲームをさせた奴らには言いたいことが山ほどあるからな」

 

「わ、私も……行きたいです」

 

「俺たちなら何があっても多分大丈夫ですよ」

 

 レイカや桜井もそう答えた。

 

「俺はタケシと一緒にここに残っとく」

 

 風はガンツの正体については関心が薄いらしい。それはそれで風らしいというべきか。

 

 ガンツとは何かを知りたいメンバーは思いのほか多く、風とタケシ、パンダを除く全員が「行く」という決断をしていった。計ちゃんも失われた記憶を元に戻す方法を知るため、行くと答えた。

 

 そして最後に、俺が残った。

 

「加藤さんはどうしますか?」

 

 俺は少し逡巡した。しかし、これまで曲がりなりにも指揮役をやっていたので、今回だけ行かないというのは筋が通らないような気がするし、何より俺たちが殺し合いをさせられていた理由は、黒幕から直接答えを聞きたい。

 

「……俺も行くよ」

 

 そう言うと、咲夜はすっと笑った。

 

「そう言っていただけると思いました。……ただし、あくまで目的は交渉です。有益な情報を得る前に戦闘になったり相手を殺さないよう、気をつけて」

 

「わかった」

 

「西さんは私と風さんでしっかり見張っておきますので、どうぞ安心してください」

 

 もはや不信を隠す気のない咲夜の言葉にいちいち噛みつくのも面倒になったのか、西はため息をついてから口を開いた。

 

「転送なら、ガンツに言えばいつでもできる。疲れたから、休んでもいいか?」

 

「はい、ただし私か風さんの目が届くところに居てください。それと」

 

 その瞬間、咲夜の右手にはステルスに使うレーダーが握られていた。

 

「……姿を消されては困りますので、こちらは預からせていただきます」

 

「あ、てめえ、それ返せよ」

 

 にじり寄る西を押さえ、苦笑いを浮かべながら咲夜は俺の方に顔を向けた。

 

「こちらはもう気にしなくても結構です。どうぞ行ってください」

 

「あ、ああ……」

 

 俺はガンツに向き直った。

 

「……じゃあ、咲夜、風、タケシ、西を除く全員を転送してくれ」

 

 

 

 

 再び目を開けると、そこは豪奢な洋風の部屋の中だった。高価そうな壺や金の額縁つきの絵など、一つ一つの調度も凝っており、一見して高級ホテルの一室という印象だった。俺が周りを見回していると、他のメンバーも次々に転送されてきた。

 

「ここが、黒幕の住居か? ずいぶんいい暮らしをしてるようだな」

 

「……あやかりたいもんだ」

 

 坂田と和泉の皮肉を聞きながら皆が転送されるのを待っていると、扉の向こうから複数人の話し声が聞こえてきた。

 

「……我々は……リカやイスラエ…だいぶ後れを取っているが……」

 

「大丈夫だろう……一応装備と練度の高い……」

 

「にしてもマイエルバッハ氏の……」

 

 俺は人差し指を口に当て、皆に声を立てないよう指示した。そして最後に東郷が転送されてくると、俺たちは聞き耳を立てながら、そっとそのドアに近づいて行った。

 

「……つまり、カタストロフィの後に日本を支配するのは我々ということになるのでは?」

 

「そういうことになりますね。財閥の成長に制限を加えてきた政府が消滅するはずですから」

 

 話の内容が巨大すぎたために、理解するのに時間がかかった。つまり彼らの正体は、日本の財界を牛耳る大物たち……ということなのだろうか。

 

 ごくりと唾を飲み込んだとき、彼らのうちの一人が笑い混じりに発した言葉が聞こえてきた。

 

「最初はただの戦争ゲームだと思っていましたが、まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたね」

 

「はは、違いない。見ていて面白いものではあったが」

 

 ただの戦争ゲーム?

 

「まあ、一度死んだ命なのだから生き返れるだけマシだろう。彼らには感謝してほしいくらいだよ」

 

 その言葉で、頭に血が上った。人間の命がかかっているのを、ゲームと言っているのか。星人や呼び出された人間が死んでいくのを見るのを、面白いと言っているのか。それを感謝しろと言っているのか。

 

「ざっけんな!」

 

 俺が拳を握りしめた瞬間、計ちゃんがドアを蹴破って中へ飛び込んだ。

 

「俺たちを何だと思ってやがんだ! このクソ野郎ども!」

 

 扉の向こうにいたのは、4、5人の中年男たちだった。だが、その顔は、何度もテレビで見た、超有名企業の重役のものだった。男たちはこちらを見ると一瞬だけ驚愕の顔を浮かべた。しかし、すぐに無表情に戻ると、その中から一人、代表者らしきチョビ髭の男が出てきた。

 

 そしてそのチョビ髭の男は、乱入してきた計ちゃんを見据えると、穏やかな、そして冷徹な声で問うた。

 

「……君たちは何者だ? そして何故、どうやってここに来た? 納得のいく説明をしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 部屋には重い沈黙が下りていた。

 

 風は腕組みをしてあぐらをかき、目をつぶっていた。タケシが別の部屋で昼寝をしている間、西の見張りを手伝うと申し出てくれたのだ。

 

 西は体を横たえると、自分の腕を枕にして目を閉じ、徹夜の疲れを取っているようだった。私は鈴木の本棚から拝借した小説に目を通しながら、西が不審な動きをしていないかを確かめていた。

 

 風も西も寝ているように見えるが、喉の動き―唾を飲み込む頻度を見れば、それが狸寝入りであることは一目瞭然だった。人間は睡眠時、唾の分泌量が減るため頻繁に喉が動くわけがないのである。

 

 西が今の状況で何らかのアクションを起こすとは思えないが、絶対にないとも言い切れない。いくら時を止められると言っても時をさかのぼることはできない。万が一、もあってはならないのである。

 

 張り詰めた空気の中で、私の電話が鳴った。電話をかけてきた相手は、お嬢様だった。

 

 私は銃を西にポイントしながら、電話に出た。

 

『ごめんなさい、咲夜。西に気を取られて見逃した予知がある。今すぐ臨戦態勢に入りなさい』

 

「……どういうことですか?」

 

『今は西のことなんて放っておきなさい。相手は外から来るわ』

 

 そう訊いた瞬間、窓ガラスの割れる音と、タケシの悲鳴が聞こえてきた。

 

「タケシ!」

 

 風はかっと目を見開くと、部屋のドアを乱暴に開け、すぐさま部屋を出て行った。

 

「……何が起こってるんです?」

 

『気をつけなさい、咲夜。もう敵はそこにいる』

 

 お嬢様の声が終わるや否や、背後で銃声と、ガラスが砕け散る音がした。私が振り向くと同時に、煙草の匂いが鼻をついた。

 

「……久しぶりだな。前にお世話になった分、お返しに来た」

 

 割れたガラス戸の向こう、硝煙の中から姿を現したのは、氷室だった。

 

 

 

 

 



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44、裏切りと石打ち

投稿間隔が空きました。すみません


 

 

 

 黒幕の代表格らしいチョビ髭は、俺たちの前に立った。

 

「腕だけでいい。私にハードスーツを転送しろ」

 

 そのとき、俺たちは初めて気が付いた。男たちの傍らに黒い球―あの部屋とは別のものだろう―が置かれており、傍にはチョビ髭の部下らしいボウズ姿の男が控えていることに。

 

 その男がガンツに接続されたパソコンを操作すると、チョビ髭の腕に、ごついアーム―岡の着ていたスーツと同じものだろう―が装着された。他の財閥の連中は動こうともしない。もし戦闘になってもこのチョビ髭一人で十分だと考えているのだろう。

 

「……まあ、そもそも君たちがどんなアクションを起こそうとも、こちらは君たちの頭の中にいつでも爆弾をしかけることができるがね」

 

 右手に備え付けられた強力なビーム砲を向けながらそう言ったチョビ髭に計ちゃんが飛びかかろうとするので、俺は肩を掴んで引き留めた。

 

「計ちゃん。落ち着け。俺たちは交渉しに来たんだ」

 

「……でもこいつらは……人の命なんてなんとも思っちゃいないんだぞ」

 

「ああ。でも、戦ったって意味がない」

 

 俺も一発くらい殴ってやりたい気持ちはあったが、我慢しなければならない。ぎり、と歯ぎしりしたそのとき、和泉が前に進み出た。

 

「……すみません。そこの馬鹿は頭に血が上りやすいので、大目に見てやってください。今日はお聞きしたいことがあって、やってきた次第です」

 

「武器を持ってか?」

 

「こちらとしては、一体どういう人間と会うことになるかが分からなかったので、やむを得ませんでした」

 

 チョビ髭は計ちゃんをちらりと見やってから、答えた。

 

「……そっちよりは話せるな。全員、武装解除して武器を転送したら質問に答えてもいい」

 

 皆の顔が、さっと強張った。しかし和泉は頷くと、「ガンツ! 全員の武器だけ転送しろ!」と叫んだ。俺のガンホルダーに納められていたYガンやZガン、和泉の刀、全員の武器がその通りに転送されていった。

 

「おい、てめえ、何勝手に……」

 

 稲葉が続きを言おうとした瞬間、和泉が振り返り、目で坂田と桜井を示した。

 

「……わかった」

 

 稲葉も和泉の意図を察したらしい。つまり、武装解除されても、坂田と桜井のPKがあれば戦えるということである。チョビ髭はこちらが従順に条件をのんでいると勘違いしたらしく、満足そうにうなずき、俺たちに向けていた右手を下ろした。

 

「なかなか物分かりがいいな」

 

 その時、チョビ髭の後ろでことの成り行きを見守っていた男のうち、初老の男が、「ああ、思い出した」と呟いた。

 

「君たちは、あのイタリアの戦いで活躍していた……東京チームだね。そうだろう?」

 

「どうしてそれを?」

 

 俺が訊くと、その男は笑いながら答えた。

 

「君たちの戦いは様々な賭けの対象になっているし、我々のようにごくわずかではあるが、モニターしている人間もいるからさ。この前のイタリアの戦いは、思った以上に戦力を消耗しそうだから中断されたが、君たちの強さは世界にも知れ渡っているよ」

 

「……それは、光栄ですね」

 

 俺は拳を握りしめながら、なんとか答えた。やはり財閥の連中は皆、俺たちを対等の人間として見做していない。俺たちは「賭けの対象」であり、「戦力」でしかないのだ。

 

 チョビ髭はそれを聞いて、何やら考えているようだった。

 

「ほう、君たちが、()()東京チームか。個人の練度もさることながら、未来でも予知しているかのような「読み」の深さだった。……リーダーは誰だ?」

 

 俺がそろりと手を上げると、チョビ髭は俺をじっと見た。人間を見る目ではない。持っているハサミが使えるかどうかを判断しようとでもいうような、そんな視線だった。

 

「……なるほど。そういえば君だったな。指示を出していたのは」

 

 その後のチョビ髭の行動は、俺の予想を大きく裏切るものだった。

 

「どうだ。我々に雇われてみないか。君たちが交渉で得たいと思ったものも、我々に可能ならば与えられるが」

 

「……つまり、俺たちを……傭兵にするッて……ことっすか?」

 

 桜井のつぶやきに、チョビ髭は片眉を上げた。

 

「いい例えだ。私たちの傘下に入れば情報を隠すこともないし、戦いの後、働きに見合った報酬や地位を与えよう」

 

 仲間になれ、ということか。確かにイタリアでの戦いでは活躍していたかもしれない。しかし、引っかかることが一つあった。

 

「なんで、俺たちなんだ? 他のチームにも強いメンバーはいるはずだ。……例えば、大阪とか」

 

 俺は岡を思い出した。ぬらりひょんとタイマンを張っていたあの実力は世界でも通じるはずである。

 

「少し勘違いしているようだが、我々は君たちの力を必ずしも必要としているわけではない。君たちがここに来て我々の存在を知り、なおかつすぐに始末するには惜しい戦力だからだ」

 

 ということは、この誘いに応じなければ始末する、ということだろう。もちろん坂田と桜井がいるので勝つこと自体は不可能ではない。これまで参加させられた「ゲーム」のことを考えれば、戦って俺たちがどんな目に遭っていたかを教えてやりたいとも思った

 

―ガンツを操っているメリットは、今使えない武器の生産機能や人間を再生する機能を聞きだせる可能性があることです。

 

 しかしそのとき、咲夜の言っていたことを思い出した。戦いになれば、こちらにも死人がでるかもしれないし、一番の目的である情報が得にくくなるのだ。

 

 俺は少し考えて、手を差し出した。

 

「分かりました。俺たち東京チームはあなた方の手足になりましょう」

 

「……よし。わかった。あとは技術メンバーに訊け」

 

 俺の差し出した手を無視して背を向けると、チョビ髭は指で合図して、ガンツの傍に座っていた男を呼んだ。

 

 計ちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが、俺は我慢してくれと顔で示した。

 

(今のところは命令にしたがってやる。……だが、いつまでもとは言っていない)

 

 ある種の決意を固めながら、俺はやってきた技術者らしき財閥チームのメンバーと握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 硝煙の中から姿を現した氷室は、手に銃を持っていた。いつかのときに見たような拳銃ではなく、自動小銃と呼ばれるタイプ。

 

 氷室は私の姿を認めるや、すぐさま腰だめで発砲した。

 

 が、銃弾による攻撃を多少受けたところでスーツの耐久力には問題はない。私が構わずXガンを構えると、氷室は飛びすさる。すると一瞬遅れて氷室のいた背後にあった壁が派手な音を立てて吹き飛んだ。

 

「何外してんだよ」

 

 西がのんびりと起き上がりながら訊いてくる。

 

「すみませんね。生憎と銃の扱いは下手でして」

 

「……そうか。で、この非常時に、お前は俺に丸腰でいろって言うか?」

 

 よほど勝手に武装解除されたのが気に食わなかったらしい。じろりと睨んでくる西に、私はため息をついた。

 

『大丈夫よ咲夜。今はね』

 

「…お好きにどうぞ」

 

 この際は仕方ない。私は西が武器を取るのを尻目に、氷室を追うべく窓に近づく。すろと窓の向こうから、何か丸いものが飛んできて、足元で2、3回はねた。

 

 南国の果実のように見えたそれは、灰色の手榴弾だった。

 

「西さん、伏せてください」

 

 閃光。凄まじい光と耳をつんざくような爆音が家中に響き渡る。不思議なことに、こういった爆発につきものの衝撃はなかった。 しかし爆発が終わっても、目の前は真っ白だった。強烈な光で視力を奪われているのだろう。

 

(目が……閃光弾か)

 

「おい、なんだ、急に見えなくなったぞ。おい! 咲夜!そこにいるんだろ、おい!」

 

 後ろでは西が怒鳴り散らす声が聞こえてくる。どうやら彼もまともに目つぶしをくったらしい。

 

 私は遅まきながら、ようやく氷室の狙いを理解した。確かに、私たちはスーツを着ていても暗い場所から明るい場所へ出るとまぶしく感じるし、明るい場所から暗い場所へ入ればしばらくは何も見えない。光は人並みに感じるのである。

 

 それを利用して私たちの視覚を奪った後、攻撃をしかけてくるつもりなのだ。

 

「お嬢様。指示をお願いします」

 

 私は刀を構えたまま、お嬢様に指示を仰いだ。こうなっては、お嬢様に「眼」になってもらうしかない。

 

『任せなさい。氷室はまだ中に入っては来ないわ。西はともかく、あなたが目つぶしを食った確証は持ててないから』

 

「それなら、入って来たときにお嬢様の指示で斬撃を使えば……」

 

『いいえ、家の奥へいったん退きなさい。十歩右にドアがあるからそこから出るといいわ』

 

「……なぜです?」

 

『一階の戦いに気を取られてて二階の様子を調べるのを怠ってたの』

 

 部屋を出ると、煙の臭いが鼻をついた。

 

『敵は二階で火を放っていたわ。それだけじゃなくて煙玉(スモークグレネード)も使ってるかもしれない。氷室は煙に乗じて襲ってくるつもりよ。いくら未来の場面を予知しても、その場面が煙に包まれていたら私も指示の出しようがないから』

 

 つまり氷室の策は、光で私の視界を奪うと同時に煙でお嬢様の視界を奪うことだったのである。そうなっては時間停止のタイミングも計ることもできないので、打つ手がない。

 

「…ならば外に脱出するべきではないでしょうか」

 

『難しいわ。出た瞬間に狙い撃ちされるから。これは不可避の未来だから、逃げるという選択肢はない。風が上の敵を片づけるのももう少し時間がかかるしね……だから一つ、私にいい考えがあるの。武器を持ち換えなさい』

 

 

 

 

 

 煙の充満した部屋に踏み込むと、氷室はあたりを窺いながら「目的の場所」へと向かった。吸血鬼は夜目がきくものの、煙の中でも自由に動けるわけではない。それでも迷いなく進めるのは、咲夜のもつ携帯電話に発信機がつけてあるからである。

 

 吸血鬼たちは、ガンツメンバーの攻撃に備え、居場所が分かるよう携帯に発信機能をつけている。氷室が咲夜に渡した携帯電話にも当然それがついており、煙の中でも咲夜の居場所が分かるのである。氷室がここを襲撃できたのも、これによって居場所を知ることができたからだった。

 

 二階ではまだ戦闘音が続いている。一階を片づけたらすぐ向かうべきだろう。

 

 反応のある部屋の扉を開けると、煙の向こうに、うっすらとたたずむ影が見えた。

 

「……氷室さんですね。なぜ襲撃を?」

 

 十六夜の声だった。お互いにもう同盟者ではないということは分かっているだろうに、わざわざ聞くとは。

 

「もうしらじらしい演技はいい。今は殺すか殺されるか、だろう?……俺はオニどもに情報をやったし、お前は俺たちを罠にハメた」

 

「……その通りですね。残念ですが、袂を分かつときが来たようです」

 

 部屋の向こうで、十六夜がちろりと舌をだした―ような気がした。

 

 もはやスカーレット家との敵対など問題ではなかった。東京の吸血鬼たちは先のガンツメンバーとの対決でほとんどが死んでおり、ここにいるのは氷室とわずかに残った手勢のみである。

 

 けじめをつける―そのために氷室はここに立っていた。

 

 十六夜を殺す―俺はその一念で持っている小銃を構え、引き金をひいた。いかにスーツを着ていると言っても、小銃の連弾を浴び続ければいずれ死ぬ。

 

 銃口がうなり、薬きょうの落ちる澄んだ金属音が廊下にこだました。十六夜の方からは何の反撃も無かった。やがて、十六夜の咳き込むような声と、どさりと倒れる音が聞こえてきた。

 

 ダメージは与えたようだ。それならば、とどめを刺しに行く。近距離から銃弾を撃ち込めばたとえ十六夜でも助かりようがないだろう―そう思って部屋に踏み込んだとき、みし、という音が天井から聞こえた。

 

(なんだ?)

 

 そのとき、聞きなれたXガンの音がして、俺は伏せた。

 

『あなたは、用心深い……』

 

 十六夜……いや、この声はレミリアか。おそらく電話で話しているのだろう。

 

「レミリア。あんたとも今後の取引は一切ナシだ」

 

『ええ。私もそのつもり。でも、それはあまりにも薄情だと思うから、お土産はあげるわ』

 

「土産?」

 

『ええ。()()()()土産とでも言おうかしら? 咲夜の力は瞬間移動では無くて、時を止める力』

 

 そのとき、俺は何が起きているかに遅まきながら気が付いた。時を止め、咲夜は天井を撃ったのだ。これなら咲夜の眼が見えなくても、煙で狙いが定められなくても問題はない。そして、次に起こることは―

 

『裏切りには石打ちを、ってね』

 

 レミリアが呟いた瞬間、天井が崩壊し、瓦礫となって降り注いだ。

 

 

 

 

 

 



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