レジェンドが実は真面目であるという風潮、一理ある (通天閣スパイス)
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レジェンドが実は真面目であるという風潮、一理ある

 ふぅ、と。赤土晴絵は窓から空を見上げながら、一つ溜め息を吐いた。

 

 阿知賀麻雀部の顧問としてこの地、インターハイの舞台である東京までやってきた彼女は、自身もまた、かつて選手としてインターハイに出場したという過去がある。その際の思い出は正直苦い、というより某残念系大魔王女子によりトラウマになっていたものの、インターハイに対して彼女が色々な感慨を感じているのは事実だった。

 彼女が率いる阿知賀女子の面々は、強い。準備期間は他の学校よりも確実に少なかったものの、そのディスアドバンテージをものともせずに圧倒的な強さで地方予選を勝ち抜いた彼女達は、優勝すら狙える可能性も秘めている。

 少なくとも、晴絵は優勝も夢じゃないと思っていた。贔屓目な部分がないとは言わないが、かつて彼女が共に戦ったメンバー達より勝るとも劣らない、現状ではこれ以上ないベストなメンバーであると考えている。

 

 

 

「……でも、なぁ」

 

 

 

 ボソリ、と。心配そうな表情をして、彼女は呟いた。

 

 確かに阿知賀の面々は強いし、彼女も信じているが、敵の方もそれに負けず劣らずの猛者達が集まっているわけで。全国から選び抜かれた学校が出場しているのだから当たり前と言えば当たり前だが、白糸台や永水女子など、一筋縄ではいかない強豪チームの名前も出場校一覧には多数見受けられていた。

 特に、白糸台。インターハイ女子個人二連覇というとんでもない記録を立てた少女、世代一の打ち手として名高い宮永照が率いる『チーム虎姫』は、以前実業団で活躍していた晴絵をもってしてもヤバイ、と思わせるほどの強豪である。

 

 世の中には、魔物(・・)と呼ばれる存在がいる。現代科学では解明出来ない不思議な能力――『能力』と言うと誤解を招くかもしれないが、特定の役をアガリ易かったり、ある種類の牌を自分の手牌に来やすくしたり、そんな確率や統計学に喧嘩を売っているオカルトが存在している麻雀という競技の、中でも特に強力なオカルトを持つ人間が魔物と呼ばれていた。

 宮永照は、その魔物の一人だった。まだ晴絵は実際に目にしたことはないが、牌譜を見ただけでもその理不尽な強さは窺い知ることが出来る。

 愛しの教え子達が負けるとは思わない。……思わないが、その宮永照という存在は、晴絵にとって嫌な存在をどうしても連想させてしまった。

 

 

 

『――ロン。16000です』

 

 

 

 小鍛治健夜。晴絵の学生時代のトラウマに残る敗戦の原因でもある彼女もまた、魔物であった。それも他の魔物とも一線を画した、世界という舞台でも三指に入るほどの活躍をかつて見せていた、ドラクエで言えばゾーマのような存在である。

 あの一局のことを、彼女は未だに覚えていた。忘れられなかった。今はトラウマに囚われているわけではないが、それでも何事もなかったように忘れ去るには、あの時感じた絶望は大きすぎたのだ。

 

 あの後、彼女は一度麻雀を止めた。フラッシュバックによる恐怖で牌も握れなくなり、大人になって精神も落ち着くまではその思い出に背を向けることしか出来なかった。

 それでも阿知賀の子供教室を切っ掛けとして再び麻雀と向き合い、誘いがあった実業団のチームでプレイするようになったが。正直な話、その時の思い出を完全に気にしなくなったかと言えば、それはまた別の話であった。

 そんな思いを、もし、彼女の教え子達が味わったとしたら。自分のように麻雀から、一時だとしても離れてしまうのではないか――。彼女はどうしても、そんな不安を抱かずにはいられない。

 

 まあ、大会出場が既に決まっている以上、もうどうにもならない話ではあるのだが。もし今から大会に出るなと言っても間違いなく首を縦に振らないだろうと、教え子達を思い浮かべながら彼女は内心で苦笑する。

 

 

 

「和、ねぇ。……友情ってのはいいもんだねー、ホント」

 

 

 

 何の演技もなしにこんなことを呟ける自分は、もうそれなりに年を取ったということなのか。そんなことを考えながら、晴絵は一人ごちた。

 

 離ればなれになった友達とまた会うために、一緒に麻雀を打つために、全国に行く。そんな目的のためにあそこまで努力出来る彼女達の純粋さは、少なくとも今の晴絵にはないものだった。

 昔の彼女には、あった。全国優勝という目標に向けて無邪気に頑張っていた学生の時の彼女は、教え子達と同じように熱いものを持っていた。彼女だけではない、誰もが若い時には持っているそれは、大人になると同時にいつの間にか捨て去ってしまうものである。

 丸くなるというか、妙に小慣れていくというか、汚くなるというか。……昔の自分と今の自分とをつい比較して、本当に自分は年を取ったんだなぁと、今度は別の意味で彼女が溜め息を吐いたのはさておいて。

 

 

 

「あー、どうすっかなー。もし折れちゃったら、いや負けるとか始まる前に思わないけど、でも魔物に当たって交通事故みたいに役満直撃、とかあり得ない話じゃないからなぁ……。

 フォローとか今から考えといた方がいいかな、いやでもそれって縁起悪いよなー……。あー、うーん、でも私って大人だしなぁ……」

 

 

 

 大人になると、子供の時には気にもしていなかったことに色々と気を回さざるを得なくなる。その点において、赤土晴絵は一応ちゃんとした大人であった。

 普段は子供っぽい、少しおちゃらけてる、ハルちゃん最高イヤッホゥと色々と言われている彼女も、これでも(・・・・)という言葉は付くが成人を越えた大人なのだ。万が一のことを考える、そのために用意しておくという大人の仕事はちゃんと理解しているし、それを実践するくらいには人間も出来ている。

 教え子達にはどんなに軽いことを言っていたとしても、心の中ではどうしたって色々と気を揉んでしまうのは大人の性と言ってもいい。恐れ知らずになれるのは、子供の特権だ。アラサー女子が持てるものでは決してない。

 

 酒は呑める。車も免許を取れば運転出来る。それでも大人になるって悲しい、もとい至極面倒くさいことなの。

 赤土晴絵、二十と何とか歳。大人の責務から逃げずに何とか向き合おうとする、何だかんだで根は真面目な女性だった。

 

 

 

「……あー。ま、うだうだ悩んでも仕方ない、か」

 

 

 

 色々と考え続けて、数分後。彼女が出した結論は、考えすぎてもしょうがないと割り切ることだった。

 

 割り切りは、逆に大人の特権である。棚に上げるとも言うが、子供の頃の繊細な感情を何処かに置き忘れてきたために変に引きずることもなくなることは、確かな利点の一つなのだ。

 彼女がトラウマを乗り越えられたのも、理由の半分以上は『大人になった』からである。嫌な記憶を頭の隅に追いやって、蓋をして鍵を閉めて燃えないゴミの日に出す。そんな方法を身に付けるには、年を取って色々とスレ(・・)て来なければ不可能だろう。

 

 どのみち選手が落ち込んだとしたら励ますのは監督や顧問の仕事で、この全国という舞台、折れるほどでないにせよ何らかのダメージはあるのは間違いないだろうから、取り合えず覚悟と簡単なフォローの用意はしておこうと彼女は決めた。

 それでいて、教え子達には笑っておこう。どこぞの漫画で読んだ、『指揮官は部下に大丈夫だと思わせるのが仕事だ』という台詞をふと思い出しながら、彼女はそう決心する。

 

 するとその直後、ピリリ、と彼女の携帯が鳴った。どうしたのかとポケットから取り出して見てみれば、一通のメールが彼女に届いている。

 教え子達から届いたそのメールの題名は、『ごはん』。……嫌な予感がしつつ、彼女はメールを開封してみた。

 

 

 

『ハルちゃん、どこいるの? もう夕食の時間だけど、皆先に食べに行っちゃったからね』

 

「……」

 

 

 

 チラリ、と。文面を読んだ彼女は、視線を携帯画面の右上に移した。そこに書かれている現在の時刻は、彼女達が宿泊している施設の夕食時間を確かに少し過ぎている。

 無言で携帯をしまい、手で顔を覆った彼女は、すぅ、と息を吸い込んで。

 

 

 

 

 

 

 

「――――忘れてたぁーーーーーーっ!?」

 

 

 

 慌てた様子で、廊下を走り出したのだった。

 

 

 

 

 




レジェンドが真面目になってるのを書きたかった。それだけ。


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