エクシードじゃないよ、アイルーだよ (別巻週刊ソーサラー)
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原作開始前 第一話

原作開始は四話目からです。
よろしくお願いいたします。


 両親は魔導士、生まれは闇ギルド。

 

寝息で規則的に上下するお腹にギルドの紋章を押され、むさくるしい男と妖艶な女の声を子守歌に、アイルーは育った。

 

「ねえダーリン、この子が大きくなったらどんな子になると思う?」

 

「ハニーと僕の子供だよ? きっと優秀な魔導士になるさ」

 

 いかにモラルと法律を忘れた闇ギルド所属の魔術師とはいえ、両親は愛情までは忘れていなかったらしい。いや、芽生えたというべきか。

 

 ともかくアイルーは愛情をもって育てられた。闇ギルドに現れた幼子は、どこかささくれたり、捻くれたりしている闇ギルドのメンバーの心に少しの温かさをもたらした。

 

 アイルーがぐずれば、いかつい男たちが情けなく慌て、母性をくすぐられた娼婦まがいの女たちが優しくあやす。アイルーが笑えば酒場がほっこりとした空気に包まれる。アイルーが寝ている間は喧嘩もバカ騒ぎも禁止というルールができた。

 

 そんな風に子供の世話をしているうちに、闇ギルドのメンバーは段々悪事を働く際に心が痛むようになり、魔法ギルドとしてまっとうな活動を始めるようになった。評議会からは正式に認可されていないためいまだ闇ギルドに変わりはないが、善良なギルドであろうとした。

 

 アイルーが五歳の時のことである。

 

 自身の暮らす場所が闇ギルドであることなどかけらも理解していないアイルーは、闇ギルドのメンバーと両親を世界一やさしい人たちだと信じて疑わず、本人も純粋に育った。

 

「おかーさん、おとーさん。アイルーも魔法やりたーい!」

 

 周囲の大人は全員魔導士という、フィオーレ王国でも特異な環境で育った彼女が、魔法に興味を持つのは自然なことだった。

 

「おーし、アイルーはお父さんとお母さん、どっちの魔法が使いたいかのな?」

 

「どっちも!」

 

 アイルーの両親はそれぞれ、「換装」と「接収(テイクオーバー)」という魔法の使い手だった。

 

「どっちもかぁ」

 

「いきなり接収(テイクオーバー)は危ないんじゃないかしら」

 

「そう、かもな。よし、換装からやってみるか」

 

 接収(テイクオーバー)の使い手である母親は、接収(テイクオーバー)が失敗した時の危険性を鑑みて提案した。自身の体を構造的に改変するため、失敗すると「元に戻らなくなる」「乗っ取られる」なんてことになりかねない。

 

「換装」は魔法で作り上げた自身の異空間に武器防具を収納し、素早く着脱する魔法だ。何よりもまず、自分だけが干渉できる特異な異空間を形成しなければならない。その後、武器防具の出し入れだ。

 

 父親が手元にナイフを出したり仕舞ったり見本を見せつつコツを教える。アイルーはそれをじっと観察し、そして……。

 

「できたぁ!」

 

 あろうことか一発で成功させた。習得に十年かかるものもいる魔法を一度で発動させた。その才能は推して知るべし。

 

 アイルーの幼くムチムチした手には、一本の木の棒の先端に、猫の手のようなものが付いた変な棒が握られていた。

 

「「へ?」」

 

 両親そろって素っ頓狂な声を上げた。ふつう、「換装」という魔法は、異空間収納と着脱の魔法だ。装備は別途で用意する必要がある。だというのに、アイルーは初めての換装魔法で武器?を取り出した。

 

 さらに言えば、取り出したものも意味不明だった。

 

「アイルー、それは……、なんだい?」

 

「肉球ねこパンチ?」

 

「どこから持ってきたの?」

 

「んっとねえ……、わかんない。ひらいたらあったの」

 

 換装魔法を使う父親には信じられないことだった。ありえないことだからだ。はじめて「ひらいた」異次元空間に物が入っていることなど、常識的に考えられない。

 

 どのくらいありえないかというと、『宝石を持った赤ちゃんが生まれて来た』というくらいありえなかったことだった。

 

「アイルー、ニクキュウネコパンチ?以外にも持っているのかい?」

 

「いっぱいある……。けど、つかえない……」

 

 アイルー少ししゅんとしてしまった。

 

「いっぱいだって!?」

 

 両親は顔を見合わせた。そして……。

 

「やったわダーリン! この子天才よ!」

 

「そうだねハニー! さすが僕たちの子だ、えらいぞアイルー!」

 

 両親はアイルーをくしゃくしゃになるまで抱きしめて褒めた。先ほど、『赤ちゃんが宝石をもって生れて来た』とたとえたが、それはあり得ないことであると同時に、奇跡的な幸運が降りかかったことも意味していた。

 

 本来ならば大金やリスクを冒して手に入れなければならない武器防具をもともと持っている、これが幸運でなくてなんというのか。今は何かしらの制限で使えないにしても、そこにあるだけでこの上なく素晴らしいことだ。

 

「えへへ、くしゅぐったい」

 

 両親にめちゃくちゃにされたアイルーは嬉しそうにほほを染めていた。

 

「ねえダーリン、この子ならきっと接収(テイクオーバー)もこなせるわ!」

 

「そうだねハニー!」

 

 両親は先ほど懸念していたことも忘れて盛り上がった。母親はさっそくアイルーに接収(テイクオーバー)魔法の見本を見せた。それをアイルーは真剣なまなざしで見つめ、そして魔法を発動させた。

 

「できたあ!」

 

 アイルーの体は毛むくじゃらに変わっていた。その姿は一言で言うなら直立したネコだった。元の髪の毛と同じ真っ黒な毛が全身に生え揃い、頭部に猫のような耳、お尻にしっぽ。猫背と獣のような足。

 

「できたあ」と喜ぶ声にはどこか嬉しそうなゴロゴロとした音が混じっていた。

 

「えらいぞアイルー!」

 

「あはぁ! やっぱり天才ね!」

 

「ごろごろ、くしゅぐったい」

 

 アイルーはまたもくしゃくしゃにされた。今度は喉の下の毛もわしゃわしゃされた。

 

 そこには幸せな家族の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸せな日常は突然崩れた。

 

 ギルドのそばにローズマリーという村がある。花の香りに満たされた、長閑な村だ。

 

 最近村々を襲って女子供を攫う黒魔術教団というテロ組織がはびこっているということで、ギルドがその村の護衛を請け負っていた。

 

 その日、黒魔術教団が村を襲撃した。

 

 魔術師の軍団が総勢三十人。アイルーのギルド『淫魔の純情(サキュバスピュア)』は十五人ほどの零細闇ギルドだ。

 

 戦力は倍ほど開いていた。

 

「アイルー、お前は隠れてなさい!」

 

「あいつらは子供を狙ってるから、接収(テイクオーバー)でネコの振りをしてるのよ、出来るわね?」

 

 不運なことに、アイルーも両親と一緒にこの村に来ていた。各所で起こる爆発や響き渡る悲鳴に怯えながら、母の言いつけを守りネコになる。

 

「ちゃんと生きるんだぞ」

 

 両親は最後にアイルーを抱き締めると戦いに向かった。

 

 アイルーは家屋の陰に震える体を丸めた。

 

 人より優れた聴覚を持つネコの耳を押さえつけ、瞳を固く結び、尻尾をお尻に巻いて隠す。

 

 鋭敏な聴覚は押さえても外の音を拾ってしまう。泣き叫ぶ声、苦悶に呻く声、醜く嘲笑う声。その中には知っている人たちの声も混ざっていた。

 

 早く終わってよ。どっかにいってよ。

 

 誰か、助けてよぉ……。

 

「怖くないよ」

 

 不意に頭を撫でられた。阿鼻叫喚の中で浮き出たように優しい声が聞こえた。

 

 目を開けると、赤い髪の女の子が立っていた。身体中煤にまみれて、笑顔もどこかぎこちない。ローズマリーの村で時々見かけたことのある女の子だ。

 

 そんな少女がアイルーを安心させるように撫でていた。

 

 今の自分はただのネコにしか見えないはず。だと言うのに、この子は慰めてくれる。自分だって怖いはずなのに。

 

「こっちだ!」「いたぞ!」

 

 建物の角から黒フードの男達が飛び出してきた。

 

「っ! ちゃんと隠れてるんだよ」

 

 赤い髪の女の子は、それだけ言うと駆け出した。

 

「にゃ……」

 

 待って、と叫ぼうとした声が喉から出てくることはなかった。黒フードの男達はアイルーを視界に入れることすらなく、横を通りすぎて行く。赤い髪の女の子だけを追っている。

 

 女の子と黒フードの姿が建物の向こうに消えていって、それから女の子の悲鳴が響いた。

 

 怖くて、動けなくて、情けなくて。

 

「にゃあ……」

 

 アイルーは泣くことしかできなかった。

 

 



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第二話

ユキノの出身がローズマリーなのか確かではありませんが、黒魔術教団に襲撃されたのは事実らしいのでこの展開にしました。もし正確な出身地が出ている描写が原作にあったらすみません。


 いつのまにかアイルーは寝てしまっていたらしい。目を覚ましたときには、村は殆どが炭にかわり、灰となっていた。

 

 火事のあとの雨が降り、まだ煙を上げて燻っている村を冷やしていた。

 

 地獄のような騒ぎだったのが嘘のように静かだ。

 

 周囲に黒フードの男達がいないことを念入りに確認して、やっとアイルーは顔をあげた。

 

「おとーさん……、おかーさん……」

 

 焼け焦げた村を歩いて、両親を探す。接収(テイクオーバー)は解かなかった。人の姿に戻ってしまったら、また黒フードの集団が来て、あの赤い髪の女の子みたいに連れ去られてしまうと思ったからだ。

 

 微かに残る両親の香りをたどって、両親を見つけた。亡骸となった二人を。

 

 動かない二人を前にどうしたらよいのか、アイルーには分からなかった。頬を撫でたり、手を握ってみたり、呼んでみたりした。

 

 それで分かったのは、両親が元に戻ることはないと言うことだけ。眠っているのとは根本的に違うのだ。もう、目を開けて頭を撫でてくれることはない。

 

 アイルーは枯れるほど泣いた。冷たくなった両親に体を擦り付けて泣いた。

 

 どれだけ泣いただろうか。いつの間にか雨はしとしとと降る程度になっていた。

 

 ──ちゃんと生きるんだぞ

 

 アイルーの頭に最期の父の声が響いた。

 

 ちゃんと生きる。

 

 自棄にならず、卑屈にならず、両親の後を追わず。ご飯を食べて服を着て、笑って泣いて、酸いも甘いも噛み締めて。

 

 一人でも、誰かとでもいいから。

 

 ちゃんと生きる。

 

 アイルーの行動指針はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイルーは村を回ってギルドのみんなの形見を集めた。これから生きていくにしても、ギルドの皆を忘れないような何かが欲しかったからだ。

 

 黒フードの影に怯えながら村を歩いていると、鋭敏になった耳に声が聞こえてきた。誰かがすすり泣いている。

 

 声の聞こえる方に歩いていくと、一つの木箱に辿り着いた。奇跡的に火が燃え移らなかったのだろう。泣き声はそこから聞こえてくる。

 

 アイルーが木箱の蓋を開けると、中にいた女の子と目があった。黒い髪の毛で、元は凛とした顔立ちなのだろうが、今は涙で腫れていた。アイルーよりは少しだけ年上だろうか。

 

「ひうっ! ね、ネコ?」

 

 女の子は恐怖と驚きで情けない声をあげた。怯えが色濃く見える。

 

 アイルーは、戦火の中で自分が怯えているとき、赤い髪の女の子に励まされたことを思い出した。

 

「わ、私はアイルー。もう、怖くないのニャア」

 

「私は、カグラ……」

 

 あの子のように、自分を省みずに人を助けるなんてカッコいい気持ちは持っていないけど、困ったときはお互い様。

 

 おずおずとしたカグラの手が、差し出されたアイルーの前足を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがアイルーのギルド?」

 

「そうだニャ」

 

 ローズマリーの村から少し離れた森に佇む、小さな酒場のような建物。正面に掲げられている旗に刻まれたハート紋章がなければ、ここがギルド『淫魔の純情』の建物だとは気がつけないかもしれない。

 

「中にはいるニャ、この子を寝かせてあげないといけないのニャ」

 

 アイルーは背負ったその子をポンポンと揺すった。

 

 カグラと村を出ようとしたとき、もう一人生き残りを見つけたのだ。三歳ぐらいの白い髪の女の子だ。

 

 黒いフードの男達も、あまりに幼くて利用価値がないと放置したのだろう。見つけたばかりの頃は大声で泣いていて、かろうじてユキノという名前だけがわかった。今はアイルーの毛皮に顔をうずめて寝ている。

 

 カグラがギルドの扉を開けて中に入った。中は閑散としていた。ギルドに帰れば誰かいるかもしれないというアイルーの希望は、儚くも散った。

 

 ギルドの皆は黒フードの男たちとの戦いで死んでしまったのだ。

 

 アイルーとカグラはギルドのベッドのある部屋に入ってユキノを寝かせてあげた。

 

「これからはここで3人で暮らさないといけないのね」

 

 カグラの独り言のようなそれに、アイルーも頷いた。ギルドに大人達はいない。村に戻っても誰もいない。

 

 他の村の大人たちを頼ろうにも、最寄りの村までアイルーたちの足では何日かかるかわからない。それなら数日分の食料と家が確保できているギルドで暮らすことが最善の選択に思えた。

 

 その日から幼子三人の共同生活が始まった。

 

 ご飯は一番年上のカグラが作ってくれた。

 

「お母さんのお手伝いをしてたから」

 

 そう言って簡単に炒めた野菜やシチューを出してくれた。ギルドの食料がなくなってからは食料調達がアイルーの仕事になった。

 

 この世界には野生の猛獣も化け物もいる。ギルド周辺は比較的安全だったはずだが絶対ではない。

 

 外の世界で木の実をとるだけでも、魔法を使えるアイルーが一人で行くしかなかった。

 

 生きるためには力が必要だ。その力は技術かもしれないし、権力かもしれないし、財力かもしれない。ただアイルーの場合は純粋に戦闘力だった。

 

「──換装:マフモフネコシリーズ」

 

 暖かそうなニットキャップと、民族的なポンチョがアイルーの体を包んだ。最近新たにアイルーが換装できるようになった装備だ。

 

 アイルーはそれを着て森へ探索に出かけた。基本的には木の実を探して、時々小動物がいたらそれも狩った。アイルーは若干五歳だったが、猫のポテンシャルと生まれ持った才能が彼女を生かし、同時に自然界が彼女の才能を磨いていた。

 

 三歳のユキノは、はじめのうちは両親と姉のいない夜に泣いていたが、次第にカグラという姉を慕い、アイルーという猫になつき、一緒に生活を営むようになった。

 ギルドでの生活は豊かではなかったが、優しい時間だった。

 

 春の陽気の中三人で昼寝をし、夏には井戸の水を掛け合い、秋になったらアイルーが取ってきた大量の木の実やキノコに喜んで、冬は三人、身を寄せ合って体を温めた。

 

 そうして2年が過ぎた。

 

 カグラ十歳、アイルー七歳、ユキノ五歳。

 

「やっぱり私たちも魔法が使えた方がいいと思うの」

 

「魔法が使えたらユキノも何かお手伝いできる?」

 

「そうね、きっとアイルーさんと一緒に山菜を取りに行ったりできるわ」

 

「むんっ、ユキノも魔法覚えたい」

 

 カグラの提案でアイルーが二人に魔法を教えることになった。

 

「魔力は自分の内側にあるニャ。それをぐああってやる感じだニャ」

 

「ぐああの部分を詳しく教えて欲しいんだけど……」

 

 とはいえ、アイルーは才能で魔法を身につけたため、教え方は致命的に下手だった。カグラとユキノは、アイルーが魔力を操作するさまを目で見て肌で感じて覚えるしかなかった。

 

『淫魔の純情』は腐っても魔導士ギルドだったためか、魔法に関する本もいくつかあった。カグラがユキノに文字を教えながらそれを読み、二人で勉強した。

 

 その時ばかりはアイルーは一抹の寂しさを覚えた。

 

 魔法の修業が生活に組み込まれて半年がたった。

 

「見て、アイルー! 重力魔法!」

 

 満面の笑みに汗をうかべながら魔法を発動するカグラの前には、井戸水を汲んだ釣瓶がうかんでいた。カグラが習得した重力魔法だ。子供にとって重労働だった水くみが簡単になるかもと覚えたらしい。

 

「凄いニャア!」

 

 アイルーは素直に称賛した。実はアイルーも換装と接収以外の魔法を試してみたが、こればかりはコツのかけらもつかめなかった。だから、自分には使えない魔法を操るカグラがすごいと思えた。アイルーが手をたたいて嬉しそうにしていると、カグラは面映ゆそうに顔を赤らめた。

 

「ユキノはまだ覚えられてない……」

 

 半面、ユキノは落ち込んでいた。魔力の発現はしているのに、うまく魔法が発動しないのだ。

 

「焦らなくていいの。ユキノはまだ五歳なんだから」

 

「でも、アイルーさんは五歳で魔法を使ってたんでしょ?」

 

「私は十歳になってやっと覚えたんだよ?」

 

「……そうだけど」

 

「ウニャア……」

 

 カグラもアイルーも、ユキノが本当に気にしているのが魔法を覚えた年齢ではないことなんてわかっていた。嫌なのは仲間外れになること、自分だけ三人の中で役に立てないことだ。

 

「……ニャニャ、じゃあこれを使ってみたらどうかニャ」

 

 アイルーは一つひらめき、ギルドに保管してある皆の形見から金色の鍵を持ってきた。かつて『淫魔の純情』のマスターが、この鍵を使って星霊を呼び出していたことを思い出したのだ。道具を使えばユキノも魔法が使えるかもしれないと考えた。

 

「この鍵、大切なものじゃないの?」

 

「大切だけど、ユキノならちゃんと使ってくれると思ったのニャ」

 

 大切な形見だし、本当はマスターの持ち物だ。それでも、今一緒に暮らす家族のために使うといえば、きっと死んでしまったマスターも許してくれると思った。

 

「星霊魔法のコツは絆だとマスターは言ってたニャ。……頑張るニャ」

 

「「……」」

 

 マスターからコツは聞いていたが、何をどうすれば星霊を呼べるのかはアイルーも知らなかった。

 

 じっとりと湿度の高い二人の目線がアイルーを突き刺した。しかし、分からないものはしかたがない。

 

 ユキノは手元の鍵を見つめた。どうしたら魔法が発動すかわからない。なので、とりあえず魔力を込めてみた。

 

 ──ポン

 

 軽快な音を立てて、鍵の先端から二匹の小魚が出て来た。アイルーたち三人がぽかんと見つめる虚空を小魚が泳いでいる。

 

『僕たちを呼んだのはこのちっちゃな女の子みたいだね、ママ』

 

『そのようね、ボウヤ』

 

 小魚がしゃべった。

 

「あ、あなたたちは?」

 

『僕たちは双魚宮のピスケス』

 

『本当は呪文を唱えないと召喚されないのだけど、前の契約者が死んでしまったから今回は特別に出てきてあげたわ』

 

 問いかけたユキノに、二匹の魚が交互に答える。

 

ママ(ユキノ)の魔力は僕たちを正式に呼ぶにはまだまだ足りないみたいだ。でもそれでママ(ユキノ)が死んでしまったら後味悪いからね』

 

『本当に困ったときは助けてあげるわ。今度はちゃんと呼んでね。──開け、双魚宮の扉、って』

 

 ピスケス達は、それだけ言うとポンと帰ってしまった。

 

「……魔法が使えたことにはかわりない。おめでとう」

 

「ユキノもスゴいのニャ」

 

「……あ、ありがとうごさいます」

 

 こうしてユキノも魔法使いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 さらに一年が過ぎた。

 

「アイルー、私も武器での戦いかたを学びたい」

 

 突然カグラがそういった。どうも、魔法が使えるようになって力を得たカグラは、いつかあの黒フードたちから攫われた兄を取り返そうと考えているようだ。そのための手段の一つとして近接戦闘も必要だと感じたのだろう。

 

「ウニャ? でも私教えるの下手だし、ネコだしニャア……」

 

 アイルーの戦い方は獣の骨格に合わせたものだ。それに、アイルーの才能と自然界の研磨で身に着けた我流。教えようにも、魔法の時のように感覚的なことしか伝えられない。

 

「大丈夫、相手をしてくれるだけでいいよ。私も自分で覚えるから」

 

 そう言って、ギルドから持ち出したのか大人用の片手剣を両手で持って構えた。

 

「そういうことなら協力するニャ」

 

 アイルーもマフモフネコシリーズを着込んだ。

 

 アイルーとカグラの摸擬戦は、初めのうちはカグラばかりが痣を作った。

 

 アイルーの戦い方は我流だったが、非常に理にかなったものにだった。普通どんな戦い方でも、いくつもの世代の継承と研鑽を経て最適化されていくものだが、アイルーはそのセンスで、直感的に最適に近い動きを獲得していた。

 

 骨格の違いから、カグラはその戦い方をまねることはできない。しかし、聡いカグラはアイルーのセンスから生まれる戦闘の思考、間合いの取り方、緩急のつけ方などを学び取り、我流の戦いをものにしようとした。

 

 この日から、二人の摸擬戦は日課になった。

 

「も、もう休んだほうがいいんじゃないかニャ?」

 

「私は大丈夫だ。お相手、よろしくお願いいたす」

 

 余談だが、戦術の参考のためにカグラが呼んでいた書物の著者は鳳仙花村の出身だった。その影響か、カグラの口調はどこか凛としたものになっていった。

 

 

 

 

 さらに一年が過ぎた。

 

『すごいねママ。この歳で、一日に一回とはいえ僕たちを自力で呼べるようになるなんて』

 

『ええ、驚いたわねボウヤ』

 

 ついに、ユキノが自力で星霊の召喚に成功した。汗だくになったユキノに、ピスケスの親子が称賛を送っている。

 

 一年前に呼んだ時とは違い、ピスケスたちの姿は美女と美青年の姿をしていた。それこそが、自力で星霊を読んだことの証拠だった。

 

「ユキノ! おめでとうなのニャ! すごいのニャ!」

 

「頑張ったな、ユキノ」

 

「はい……、はい、ありがとうございます!」

 

 ユキノはアイルーとカグラにもみくちゃになるまでべた褒めされた。嬉しそうに頬が赤らんでいる。

 

 三人は知らないことだが、世界で十二個しかないとされている黄道十二門の鍵を六歳で開門したのは、とんでもない快挙だ。毎日欠かさず魔力増強のための精神修行を欠かさなかったユキノの努力の賜物だった。

 

 余談だが、精神修行の影響なのか、ユキノの口調は六歳とは思えないほど大人びたものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに一年が過ぎた。

 

「へへへ、嬢ちゃんたち。悪いが今日からここは俺たち『小鬼の嘲笑(ゴブリンスマイル)』のギルドにするんだ」

 

「いま出て行ってくれたら見逃してあげまちゅよ?」

 

「逆らうんだったら、どっかに売っちまうけどな!」

 

「「げへへっへへへ」」

 

 ある日、どこから追いやられてきたのか、ガラの悪い男たちが乗り込んできた。数は十五人ほど。感じる魔力はそれほど高くないが、一応全員魔導士のようだ。

 

「貴様らが出て行け」

 

「ここは私たち『淫魔の純情(サキュバスピュア)』のギルドです」

 

 カグラとユキノは、それぞれ肩と太ももに入ったハートのような紋章を誇らしげにさらしていた。

 

「サキュバスゥ? そのチンチクリンな体でご奉仕でもしてくれるんですかぁ?」

 

「あと十年して帰ってきたら相手してやるよ!」

 

 ギルドに男たちの下劣な声が響いた。幼い少女たちが僻地で生きている事実に疑問を持つこともなく、自分たちの優位を確信して嘲笑う。

 

「……下種が」

 

 カグラが小さくつぶやいた瞬間、男たちの体が地面にたたきつけられた。

 

「おっ!? おごごごごごっ!」

 

 強力な重力魔法で地面に縫い付けられた男たちは悲鳴を上げることさえ困難になる。 

 

「開け、双魚宮の扉、ピスケス!」

 

『久々に本格的な戦闘みたいだよ、ママ』

 

『殺してもいいのかしら? ね、ボウヤ』

 

「できれば、殺さないようにしてください……」

 

 人を殺すことには忌避のあるユキノから、男たちにとっては温情とも呼べる言葉が飛び出した。

 

『了解だよ、ママ(ユキノ)

 

「私はママではありません」

 

 緊張感に欠けるやり取りとともに、魚に変身したピスケスたちが、その巨体を鞭のようにしならせて男たちを吹き飛ばした。

 

 よくて骨折、運が悪いと重症だろう。森の奥に吹っ飛んでいった彼らのその後は、カグラやユキノの知ったことではなかった。

 

「ふう、大したことのない敵で助かりました」

 

「ええ。……しかし、アイルーは帰りが遅い。まさかさっきの奴らに森で襲われた?」

 

「アイルーさんが負けるはずないじゃないですか」

 

「む、そうだな」

 

 二人はそんなことを話しながら、少し荒れてしまったギルドの中の掃除を始めた。

 

 余談だが、森に飛ばされた男たちは、黄色いモコモコの服を着た直立するネコに出会い、不思議な緑の角笛の音で怪我を治してもらったらしい。

 

 少女にぼろ負けし、ネコに助けられた彼らが肩を落としてどこに向かったかは知る由もない。

 

 

 

 

 

 さらに一年がたった。

 

「ついにユキノにも身長を抜かされてしまったのニャ……」

 

 アイルーはユキノの顔を見上げて物悲しそうに呟いた。子供の身長ほどしかないアイルーは、カグラには出会ったときから身長を抜かされていたが、ユキノには勝っていた。

 

 妹のように思っていたユキノから見下ろされるのは、ちょっと姉としての尊厳が傷つく。

 

「あはは、仕方ないと思います。アイルーさんはネコさんなんですから」

 

「ん?」

 

「ニャ?」

 

 アイルーとカグラがそろって首を傾げた。

 

「あれ? 私何か変なこと言いましたか?」

 

「アイルーは人間だぞ」

 

「ウニャ。接収魔法(テイクオーバー)で猫の姿になってるニャ」

 

「え? ……えええええええええ!」

 

 アイルーと出会って六年目の衝撃の事実。ユキノがアイルーと出会ったのは三歳のころ。それからアイルーは人間の姿を見せたことがなかったので、アイルーが本物の猫だと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二年がたった。

 

 三人で囲むのが当たり前になった食卓。料理を作るのは当番制になり、今日の当番はユキノだった。秋のキノコたっぷりのシチューと川魚の塩焼き、ふかしたお芋を食べる。すべて森で取れたものだが、工夫次第でとてもおいしくなる。

 

「あれ? そういえば、アイルーさんはずっとネコの姿ですよね? なんで魔力が切れないんですか?」

 

 ふと、ユキノが木匙を置いて質問した。

 

「ん? そういえばそうだな。私たちの見えないところでは魔法を解いているのか?」

 

 今までアイルーの猫の姿を当たり前だと思っていたので疑問にもおもわなかったが、改めて考えると不思議だ。

 

 カグラとユキノの視線がアイルーを射抜いた。責めるつもりはないのだろうが、興味津々と言った様子だ。

 

 アイルーは目を泳がした。

 

 曲がりなりにも二人の魔法の師匠として過ごしてきたために、真実を話すのは自身の未熟を晒すようで恥ずかしい気持ちがある。ちっぽけながら持つプライドだ。

 

 しかし、二人の真剣な目線に根負けし、どうせいつかばれることなのだからと話すことにした。

 

「実は、八年前から人間に戻れなくなっちゃったのニャ……」

 

「「えっ!?」」

 

 カグラとユキノ、八年目にしてアイルーの最大の秘密を知った。

 













次回から原作に入ります。
出来上がり次第更新します。


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ガルナ島編 第四話

原作はガルナ島から始めたいと思います。

アイルーの装備については多少の捏造設定が入ります。ご了承ください。


 アイルーとカグラとユキノの三人はハルジオンという港町に来ていた。魔法よりも漁業の盛んな街だ。

 

「しっしっ、魚はやらんぞ」

 

 アイルーはこの街に来た時から漁師たちに邪険にされていた。ネコにやさしくない町だ。少しだけ不貞腐れたアイルーを、すっかり背の高くなったカグラが抱き上げていた。

 

「潮風の爽やかな街だな」

 

「気持ちいいですね」

 

「毛皮がゴワゴワするのニャ」

 

 カグラとユキノは初めての海に少し興奮気味だ。アイルー個人としてあまり好まない町だった。

 

 しかし、この町には来る必要があった。

 

 目的の地、ガルナ島に向かうには、ハルジオンの港から出向しなければならないのだ。

 

 アイルーは、ガルナ島に行くことになった経緯を改めて思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイルーさんが元に戻れなくなったのは、きっと心の傷が原因ですね」

 

 アイルーの本当の姿が人間だと知ったユキノは、そのことについて結構詳しく話を聞いてきた。よほどショックで、興味深い内容だったのだろう。

 

 アイルーはその勢いに負け、昔の出来事や自分の心当たりのあることについて話した。

 

 その中でユキノが目を付けたのは、村が襲われた日にアイルーの母親が残した言葉だった。

 

『あいつらは子供を狙ってるから、接収(テイクオーバー)でネコの振りをしてるのよ、出来るわね?』

 

 実際、アイルーは襲撃が終わった後も黒フードの男たちに見つかることが怖くて接収を解除できなかった。そして、人間に戻ろうという考えは自然と頭に浮かぶ事は無かった。

 

「心の傷が原因だと簡単には治せませんね……」

 

「でももう慣れちゃったし、私は別にネコのままでも……」

 

「だめです! 私が人間のアイルーさんに会いたいんですから!」

 

「ウニャア……。そういういい方は卑怯だニャ」

 

 ユキノの剣幕に押されて、アイルーも人間に戻ることを前向きに考えることにした。

 

 実際、人間に戻るメリットは大きい。

 

 まず人間規格の道具を使うのに苦労しなくなる。それに、他人からネコ扱いされることもないし、人間と男女の愛を育むこともできる。

 

 そして、アイルーが『アイルー』に接収している間は使えなくなっている、本来なら出来るであろう別のモンスターの接収を使えるようになる。

 

 アイルーは、長年の修行で自分の内に眠る力に気がついていた。『アイルー』の接収が阻害していなければ、火竜にもなれるはずだ。

 

 ちなみにこの事はカグラやユキノには話していない。アイルーのちっぽけなプライドだ。

 

 解決策については、本人以上に真剣なユキノが、闇ギルドにあった書物に飽き足らず、少し遠くの町まで出て行って探ってくれた。

 

 そして見つけて来た解決策が、いかなる魔法も解呪する魔法「月の雫(ムーンドリップ)」だった。

 

 文献によると、「月の雫(ムーンドリップ)」はガルナ島の神殿で儀式を行うことで手に入るらしい。

 

 これが、アイルーがガルナ島に赴かなければならない理由だった。

 

 余談だが、「月の雫(ムーンドリップ)」について調べる過程で、『淫魔の純情(サキュバスピュア)』が闇ギルドだと三人とも初めて知った。アイルー達八年目にして脳震盪レベルの衝撃である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「解呪できるのは喜ばしいけどニャア……。一人は寂しいのニャ」

 

「それについてはすみません。私の調査不足で……」

 

 ユキノはしおらしく落ち込んでしまった。そういう態度を取られると、まがりなりにも姉を自称するアイルーとしては弱ってしまう。

 

「ユキノが気にすることはないのニャ。私のためにしてくれたことニャ」

 

 元々は三人でガルナ島に赴く予定だったが、ハルジオンに来てからそういうわけにもいかない事情を知った。

 

 ガルナ島は別名「呪われた島」。

 

 漁師たちの話では、ガルナ島には紫の月の光が降り注ぎ、人を悪魔に変えてしまうのだという。ネコになっているアイルーはともかく、ユキノとカグラが万一悪魔になってしまうと困るので、今回はアイルー一人で行くことになったのだ。

 

 三人でガルナ島に連れて行ってくれる漁師を探し、そして断られた回数が三十を超えようとしたあたりで一人の漁師さんが連れて行ってくれることになった。

 

「言ってらっしゃい、アイルーさん」

 

「お気を付けて」

 

 カグラとユキノの二人に見送られ、アイルーは大海原に旅立った。「月の雫(ムーンドリップ)」の効果がいかほどかわからない以上、アイルー達はしばしの別れだ。

 

 この後ユキノとカグラの二人はハルジオンを観光してから『人魚の踵(マーメイドヒール)』を訪れる予定なのだとか。アイルー達の心は今も『淫魔の純情』にあるが、魔導士として仕事にありつくには正規ギルドに入る必要がある。

 

 正規ギルドでちゃんと魔導士になるにしても、『淫魔の純情』を正規ギルドとして認めてもらうにしても、一度正規ギルドに入ったほうがいいとの判断だ。

 

 その下見と、アイルーが帰って来た時の待ち合わせ場所として、一足先に『人魚の踵(マーメイドヒール)』に足を運ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、あんたはガルナ島の問題を解決しに来てくれた魔導士じゃなかったのか……」

 

「なんか申し訳ないニャ」

 

「いや、勝手に勘違いしたこっちが悪いんだ。気にしねえでくれ」

 

 漁師さんとそんな会話をしながらガルナ島についたいアイルーは、遠目に見える遺跡に足を向けた。

 

 遺跡は近づけばその古さがよくわかる。抽象的な壁画が装飾として掘られた柱や壁にツタが巻き付いている。ところどころ崩れているのも見える。

 

 ここで儀式をすると「月の雫(ムーンドリップ)」が手に入るらしいのだが、あいにくと儀式の方法まではわからなかったので、ここからはアイルーが自力で探るしかない。

 

 そんなこんなで遺跡を探索していると、夜になってから、不気味な集団が遺跡のてっぺんに集まり怪しげな儀式を始めた。黒いローブの人間たちが魔方陣を囲んで呪文を唱え、それをキザな仮面をつけた男と取り巻き数人が見守っている。

 

 中心の魔方陣には、月から紫の光が降り注いでいた。あれがきっと「月の雫(ムーンドリップ)」だ。

 

 アイルーは少し悩んだ。

 

 怪しげな集団に話しかけてムーンドリップを使わせてもらうか、それとも気づかれないようにこっそり使ってしまうか……。

 

 物陰で儀式を見守りながら頭を捻り、結論を出した。

 

 ちゃんとお願いして使わせてもらおう。

 

 盗みは良くない。

 

 アイルーは儀式の邪魔をしないように静かに移動し、キザな仮面をつけている人……、は怖いので、その近くにいた取り巻きの一人に話しかけた。

 

 派手な洋服の女性だ。

 

「お姉さん、ちょっといいかニャ?」

 

「あら? ……まあ! 喋るねこさんですの?」

 

「その辺の事情もあってご相談がありますニャ」

 

「きゃあ! 可愛らしいですわ! まさに愛!」

 

「愛?」

 

「あなた私のペットになりませんこと!?」

 

 アイルーが話しかけた女性は聞く耳を持たず、アイルーを可愛がり始めた。

 

 その騒ぎを聞き付けて、残りの取り巻き二人と、キザな仮面の人もアイルーの存在に気がついた。

 

 何のためにこっそり話しかけたのやら。

 

 今だ止まらぬ儀式の横で、アイルーは諸々の事情を話すことになった。

 

「……という訳ですニャ」

 

「話にならん、帰れ」

 

 バッサリと切って捨てたのはキザな仮面をつけた男、零帝であった。とりつく島もない。

 

 アイルーもこの答えは予想していたので、軽く交渉にでた。

 

「皆さんは月の雫(ムーンドリップ)を使って何をするのですかニャ?」

 

「教えるわけねっだろ!! デリオラの復活だよ!!」

 

「教えてんじゃねぇか、トビー……」

 

 キレながら情報を漏らしたのは犬面の男、トビー。それに呆れて突っ込みをいれたのはユウカという太い眉の男だった。

 

 ちなみにアイルーは一番初めに話しかけた女性、シェリーに抱きかかえられたままだ。

 

 アイルーは犬面の男、トビーに質問した。

 

「あとどのくらいで儀式は終わるのかニャ?」

 

「だから、教えるわけねっだろ!! 七日くらいだよ!!」

 

「だから教えてんじゃねぇか……」

 

 簡単に質問に答えてしまうトビーに呆れた視線が突き刺さる。

 

 アイルーは考えた。

 

 儀式が終わるのが一年や二年後だったら難しかっただろうが、七日くらいならカグラとユキノも待ってくれるだろう。

 

「それじゃあ、その後に私にもムーンドリップを使わせてほしいニャ。勿論そのためのお手伝いもするニャ」

 

「ふん、ネコのお前に何ができる」

 

 アイルーの交渉に零帝は冷たく答えた。

 

「こう見えて魔法が使えますニャ。あと、ちょっとなら戦えるニャ」

 

 アイルーは答えた。行われているのは魔法の儀式だ。なら、多少なりとも魔法を扱える自分なら役に立てると思った。

 

「ほう……、そこまで言うならチャンスをやろう。俺の部下と戦え。勝てたら考えてやらんでもない」

 

「分かったのニャ」

 

「やけに自信ありげだな……。まあいい、トビー、ベラベラと喋った罰だ。お前が相手しろ」

 

「おおーん!」

 

 犬面のトビーは犬っぽい声を出してアイルーの前に立ちはだかった。構えた両手の爪が伸び、緑色の光沢をもった。

 

「俺の麻痺爪メガクラゲはかすっただけでもビリビリしびれて動けなくなるんだぜ!」

 

「解説してくれてありがとうなのニャ」

 

「はっ! しまった! 秘密だったのに!」

 

 本気でショックを受けているトビーに、零帝たちがそろって頭を抱えていた。

 

 相手の能力が麻痺とわかってしまえば対策も容易い。

 

「──換装:ハピネコシリーズ」

 

 アイルーの姿が、白いもこもことちょうちょの羽の付いたものに変わった。麻痺に対して耐性のある装備と、相手を麻痺させるステッキだ。

 

「勝負ニャ!」

 

「おおーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、負けてねえよぉお!」

 

「負けてんじゃねえか……」

 

 体を麻痺させて地面に倒れ伏すトビー。滂沱の涙を流しながら叫ぶ彼に、ユウカがあきれながらツッコミを入れた。

 

 勝負はアイルーの圧勝だった。そもそも麻痺の効かない装備を着ている時点でトビーには分の悪い勝負。さらにネコのすばしっこさに翻弄されて自慢の爪をかすらせることもできなかった。

 

「ふうん、少しはやるようだ。いいだろう。俺の配下に加えてやる」

 

 零帝は満足そうに頷きながらそう言った。

 

(配下になりたいわけじゃないんだけどニャア……)

 

 そう思ったが、ムーンドリップのために必要なことだと割り切ってなにも言わないでいた。 

 

 こうして、アイルーは零帝たちと行動を共にすることになった。



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第五話

「おおーん! お前も苦労してんだなぁ」

 

「ウニャ~、トビー達こそ、辛かったろうニャア、悔しかったろうニャア……」

 

 アイルーとトビーの獣コンビは、お互いに同情しあって涙を流していた。その様子を零帝たちが若干うるさそうにしながらも静観していた。

 

 アイルーが零帝の配下に加わって七日がたとうとしている。そろそろデリオラを閉じ込めている氷が溶けるという頃になって、アイルーは彼らがなぜデリオラの復活を望んでいるのか、今更ながら聞いたのだ。

 

 トビー、シェリー、ユウカの三人は、デリオラに故郷と家族を奪われたらしい。零帝も魔法の師匠を殺されている。

 

 彼らの目的は、デリオラを復活させ、そして殺すこと。つまり復讐だったのだ。

 

 アイルーはその話をトビーから聞いた。アイルーも故郷と家族を奪われた者だ。とても一言では言い表せない感情も深く理解できる。

 

 その結果、奪われた者同士でかなり嬉しくない意気投合を果たしたのだった。

 

 慰めあう二人の姿に、「愛、ですわ……」とシェリーも思わずホロリ。

 

 儀式を行っている者達が若干迷惑そうな顔をしていたが、零帝が見張っている以上文句も言えない。

 

 そんな風に過ごしていると、儀式も終盤に差し掛かってきた。

 

 もうすぐで事が成る。そう思われた瞬間……。

 

 ──爆炎と共に襲撃者がやって来た。

 

「もうこそこそするのはやめだ!」

 

「オイッ! ナツ!」

 

 襲撃者は男二人、女一人、ネコ一匹。

 

「あの紋章は、フェアリーテイルの魔導師っ!」

 

 シェリーが呟いた。アイルーの知らないギルドだが、そんなことは関係ない。臨戦態勢をとる。

 

 しかし、その構えば無駄になってしまった。

 

「ここは俺一人で十分だ。お前たちは村を消してこい」

 

 零帝がそう言い放ったのだ。

 

「この島に村は一つ。依頼を出したのも奴らだろう。邪魔をする魔導師も、それを依頼した村人も敵だ」

 

 そう言うことらしい。

 

 フェアリーテイルの魔導士が津波のような氷の魔法を放った。それを零帝が同じ魔法で容易く相殺した。

 

 戦況に一瞬の膠着状態ができ、その隙を見てシェリーたちが村に向かって飛び出した。アイルーは出遅れた。

 

「行かせるかっての!」

 

 猪突猛進で迫ってきたのは桜色の髪の毛をした男だった。ナツと呼ばれていた男だ。彼は零帝が氷だるまにしてしまった。

 

「何をしている、アイルー。加勢はいらん。お前も行け」

 

「……わかったのニャ」

 

 アイルーも一応は命令に従って飛び出した。

 

 心に生まれたしこりに後ろ髪を引かれながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイルーは村人を皆殺しにする準備のため、遺跡から離れた森の中に移動した。

 

 森にはアンジェリカという山のように巨大なネズミがいた。シェリーのペットらしい。

 

 アンジェリカはその巨体と同じくらい大きなバケツに、毒々しい色のゼリーを用意している。強力な酸のゼリーを村の真上から落として、一瞬ですべてを片付けようという算段らしい。

 

 アイルーは着々と進む準備を複雑な気持ちで眺めていた。

 

「本当に、村を潰す必要はあるのかニャア……?」

 

「何をいってますのアイルーちゃん。リオン様の命令なのですから当然ですわ」

 

「愚問だな」

 

 シェリーとユウカが即答した。トビーも頷いている。

 

 先ほどまで意気投合したと思っていた人たちが遠くに行ってしまったようで、アイルーは悲しかった。

 

 村を潰すことは……、それは……。

 

「デリオラと同じことを、しようとしてるんじゃないかニャ……」

 

「っ! それ、は……」

 

「フェアリーテイルの魔導士をやっつけるだけじゃダメかニャ? それで村人もおとなしくなると思うのニャ」

 

「ほっほっ、ネコさんや、あまり煩いようなら計画の邪魔をする敵とみなしますぞ」

 

 アイルーがシェリーたちを説得しようとすると、物陰から声がかかった。胡散臭い仮面をつけた老人だ。名をザルティと言って、零帝の配下の一人だ。

 

「ほら、皆さんは準備を済ませて村に向かってはいかがですかな。ネコさんは私と遺跡に戻ってもらいすぞ。作戦の邪魔をする悪い子はお留守番っ。ほっほ」

 

「ウニャ!?」

 

 アイルーは首根っこをつかまれて持ち上げられてしまった。そのまま遺跡まで連れていかれそうになっているアイルーを、シェリーたちは複雑そうな表情で見ていた。それでも彼らは準備をやめなかった。

 

 デリオラに対する彼らの憎悪を汲めば、強く止めることもできない。いま儀式が完遂されなければ、彼らの憎しみは氷の中なのだ。

 

 だが、どうか彼らの襲撃が失敗に終わりますように。

 

 アイルーは祈らずにはいられなかった。

 

 遺跡についたとたん、アイルーはザルティに放り投げられた。ネコだと思って結構雑な対応だ。

 

「さて、今度こそはちゃんとはたらいてくださいますな?」

 

 ザルティがアイルーに釘を刺した。アイルーの顔に影が落ちるほど近くで圧をかけてくる。

 

「わかったのニャ」

 

 アイルーは村のほうに視線を向けつつ、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼になって、傷だらけのトビーだけが帰ってきた。

 

「おおーん、面目ない」

 

 どうやら襲撃は失敗に終わったらしい。アイルーはどこかほっとしつつ、返り討ちにあっていまだ帰ってきていないシェリーとユウカを心配した。

 

「これからリオンに報告しないといけないんだけど……」

 

「私もいっしょに謝るニャ」

 

「アイルー……うぅ」

 

 トビーと一緒に零帝の前に行くと、軽く失望されてしまった。ザルティまで現れ、今夜の月の光をデリオラに集めなければ復活は望めないと言う。

 

「仕方ありませぬ。ネコとイヌでは頼りになりませんからな。久々に私も参戦すると致しましょう」

 

 ザルティがにやりと笑った。彼は失われし魔法(ロストマジック)の使い手らしい。

 

 そんなことを話していると、突然遺跡全体が揺れ始めた。立っているのがやっとの揺れは、数秒で収まった。

 

「やってくれましたな」

 

 揺れで床に空いた穴を覗き込みながらザルティが呟いた。アイルーも穴から下を覗いてみれば、昨日襲撃に来ていた桜色の髪の男、ナツがドラゴンもかくやという目でこちらを睨んでいた。

 

「建物まがったろ」

 

 掌に炎を燻ぶらせながらそういう。彼は月の光が地下のデリオラに届かないよう、遺跡そのものを傾けたのだ。ふつう思いつくだろうか。思いついたとて実行するだろうか。

 

 めちゃくちゃだ。

 

 アイルーが唖然としている間に、ナツは炎の魔法を足から噴射し、一瞬にしてアイルー達のいる階まで飛んできた。

 

 零帝との激しい攻防が繰り広げられる。砕けた氷が舞う。凍らされた炎が爆ぜる。

 

 不規則に飛んでくる流れ弾をアイルーは持ち前の直感で躱していた。トビーは飛んできた炎で上半身を軽く焦がした。

 

 息をつく間もない攻防の一瞬のすきにザルティが手を加えたらしく、ナツのいた地面が崩れて階下に落ちていった。

 

「チッ、おいザルティ何をした」

 

「何のことですかな?」

 

 ザルティはとぼけていたが、彼が何かをしたのは魔力の流れでアイルーにも分かった。

 

「出ていけ、こいつは俺が片付ける」

 

 手出しされたことが気に入らなかったのだろう。アイルー達はリオンの作った氷の壁の外に追いやられてしまった。三百六十度を囲んだ氷の内側からは、一度止まったはずの戦闘音が響いてくる。

 

「ほっほ、零帝様の癇癪にも困ったものですな。ほれ、イヌとネコ、私が遺跡をもとにもどしてきますから、先に屋上で儀式の準備をしていなさい。そのぐらいの役には立てますな?」

 

「おおーん」

 

 ザルティの指示に従い、アイルーはトビーと屋上に向かった。そもそもフェアリーテイルの魔導士がどうして邪魔をしてくるのかアイルーには不明だったが、さっさとデリオラを復活させて殺せばすべて終わるはずだ。

 

 アイルーはこの際、自分の接収魔法の解除なんてどうでもよかった。ただ、トビーたちを過去に縛り、非情な選択をさせてしまう存在をこの世から消せるなら、その手伝いをしたいと思った。

 

 

 



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第六話

「ちょっと聞いていいかニャ?」

 

 屋上に着いたアイルーは、月が出てくるまでの間に密かに気にしていたことをトビーに聞いた。

 

「デリオラを復活させて、倒す算段はあるのかニャ?」

 

 儀式が終盤に差し掛かったころに聞くのは今更過ぎる質問だったが、気になったものは仕方がない。それに、今なら儀式を台無しにすることもできなくはないのだ。

 

 ……あまりアイルーは気乗りしないが、デリオラを倒せる見込みもないのに復活させることのほうが危ないということは、さすがにアイルーでもわかる。

 

 場合によってはトビーをあの時のように麻痺で動けなくする必要があるかもしれない。

 

 アイルーの質問は、トビーにとってはあまり気持ちのいいものではなかったのだろう。

 

「大丈夫だよ! リオンはやってくれるって言ったんだ!」

 

 答えた声が少し荒かった。

 

 それでも、後でアイルーに悪いと思ったのか、語気を抑えて補足した。

 

「それに、いざとなったら絶対氷結(アイスドシェル)で封印しなおしてくれるって、言ったんだ……」

 

 絶対氷結(アイスドシェル)

 

 確かデリオラを封印している氷がそんな魔法だったはずだ。術者の命と引き換えに、対象を永遠の氷に閉じ込める魔法。今デリオラを封印している氷は、零帝の師匠ウルだと、アイルーは聞いていた。

 

「悪いことを聞いたのニャ……」

 

 そこまでの覚悟があったのなら、もうアイルーに言うことはなかった。アイルーが謝ると、トビーは彼にしては珍しく黙って首を振った。

 

 アイルー達が屋上で待機して小一時間ほどが経った。

 

 水平線のかなたに太陽が沈もうとしたところで、遺跡が大きく揺れた。ナツが遺跡を傾けた時のような振動がアイルー達を襲う。

 

 そして揺れが収まったころには、遺跡が元の状態に戻っていた。ザルティが仕事をこなしたのだ。

 

 夜の帳が下りる。月は出ている。儀式の準備は整った。

 

「おおーん、護衛は頼んだぜ」

 

 そういってトビーは月に向かって儀式を始めた。

 

「任せるのニャ」

 

 アイルーも来るであろう襲撃者に備えて緊張の糸を張った。

 

 紫の月から一筋の光が降りてくる。ここ数日でアイルーが見て来たそれよりは幾分か細いが、紛れもなく月の雫(ムーンドリップ)の光。今すぐにとは言わないが、きっと今夜のうちに儀式はなるだろう。

 

「そこまでだ」

 

 底冷えするような声が響いた。襲撃者だ。

 

 昨日も襲撃に来た金髪の女の子と青いネコ、そして見たことのない、……いや、どこか既視感を覚える赤い髪の女剣士だ。

 

「さあ観念しなさい! さもないと容赦しないわよ! エルザが!」

 

「ルーシィかっこ悪い」

 

「仕方ないでしょー! 私もう、今日呼べる星霊いないんだから!」

 

 青猫とルーシィと呼ばれた金髪の子が漫才をしている隙に、時間が惜しいと言わんばかりに赤髪の剣士、エルザが駆けてきた。

 

 アイルーはエルザを見た時から警戒心を最大まで上げていた。

 

 底が知れない。

 

 そう、本能が訴えかけてくる。

 

 彼女の姿を視界に収めた時に感じた既視感など一瞬で隅に追いやり、臨戦態勢を整えた。

 

「──換装:ナルガネコシリーズ」

 

 アイルーの格好が全身を真っ黒な布で覆った忍装束のようなものに変わる。手元にはアイルーの身の丈ほどある十字手裏剣を持っていた。着用者の回避力を上げる装備だ。

 

 エルザが瞬きする間もなく距離を詰め、剣を振るった。剣先が光を反射し、剣が通った道筋に銀糸の軌跡を描く。アイルーは「剣閃」というものを初めて見た。

 

 ネコの動体視力をもってしても捉えることは難しいそれが幾本も襲ってくる。

 

 アイルーはそれを、時に液体に例えられるほど柔軟なネコの体を生かし、必死にいなした。

 

 エルザはまさかネコに自身の剣が躱されると思っていなかったのだろう。剣を握る手に伝わる水を切ったような感触にわずかに動揺した。

 

 その一瞬の隙を狙って、アイルーは十字手裏剣をエルザの喉元に滑らせた。当然のように防がれたが、エルザを後退させるに至る。

 

 時間にして一秒にも満たないやり取りだったが、その間に幾合も剣が切り結ばれ、重なった金属音が遺跡に反響した。

 

「うそっ! エルザの剣が防がれたの!?」

 

「オイラこんなこと初めて見たよ……」

 

「……それに、私と同じ魔法を扱う、か」

 

 フェアリーテイルの『妖精女王(ティターニア)』の異名を持つエルザの魔法は、『騎士(ザ・ナイト)』。

 

 通常、武器しか入れ替えない換装魔法で、鎧も換装することからそう呼ばれる。

 

 アイルーの換装魔法も同じだ。武器だけでなく防具も替える。

 

 他に類を見ないはずの魔法が目の前に現れ、エルザの圧が高まる。自身が使う魔法だからこそ、その脅威を正しく理解しているのだ。

 

 アイルーは冷や汗を垂らしてエルザたちを見ていた。思い出したかのように忍装束に切れ目が入り、アイルーの毛皮に血が滲む。

 

 凌いでなお、届く剣。

 

 悔しいが、エルザを相手にした時の勝算が見いだせなかった。

 

「……エルザさん、だったかニャ。私たちはデリオラを倒すために儀式をしてるニャ。もしエルザさんたちの目的が復活の阻止なら、敵対しない道も選べないかニャ?」

 

「儀式も復活も看過できんな」

 

 戦闘力ではかなわないと説得を試みたアイルーだったが、エルザは交渉のテーブルについてはくれなかった。エルザがこれ以上の会話など不要だと言わんばかりに切りかかってくる。

 

 いつの間に換装を行ったのか、鎧の見た目が天使の羽を思わせるものに変わっていた。さらに、エルザの背後に無数の剣が輪になって浮いている。

 

「──換装:天輪の鎧」

 

 一本でさえ凌ぐのがやっとだった剣が、いくつもアイルーに襲い掛かってきた。

 

 嵐のような剣閃に呑まれる。怒涛の斬撃はアイルーの十字手裏剣を掻い潜りいくつもの傷を刻んだ。

 

 鋭い痛みの中で、アイルーは時間の流れがひどく緩やかになったような錯覚を覚えた。

 

 降り注ぐ無数の剣の刀身に映った自分と目が合う。打ち合った剣の放つ火花の数がわかる。音がどこか遠くに聞こえ、視界は彩度を下げた。

 

 身の危険を感じて感覚が鋭くなったのだろう。

 

 だが、鋭くなったのは感覚だけで、体が追いつくことはなかった。

 

 ゆっくりとした時間の中で、自分の体が傷つけられてゆく様をむざむざと見せつけられているだけだ。

 

(なにか……)

 

 打開策はないのか。

 

 そう考え続けるアイルーの視界に、ルーシィと青いネコが映った。

 

 次の瞬間、世界は音と色を取り戻した。

 

「──換装:ディアネコシリーズ」

 

 先ほどエルザが見せた換装に遜色ない速度でアイルーの()()()()変化した。岩のように硬い鱗で作られた防御力特化の鎧。現在アイルーが換装できる鎧の中で最強の一つだ。

 

 その硬さに物を言わせて、完璧にではないにせよよけきれない剣を受け止める。それと同時に、手に持っていた十字手裏剣をルーシィたちに向けて投擲した。

 

「なっ!?」

 

 よもや骨を切らせて肉を断つ自殺行為を行うとは思ってもいなかったのだろう。またも意表を突かれたエルザの顔に焦りの表情が浮かんだ。すぐに数本の剣をとばしてルーシィの前に壁を作り、さらに飛んでいる十字手裏剣の中心の輪を正確に射抜いて縫い止めた。

 

「へ?」

 

 ルーシィは十字手裏剣に反応もできなかったのだろう。

 

 目と鼻の先で剣に貫かれて空回りしている十字手裏剣を見て、やっと腰を抜かした。

 

「ルーシィ大丈夫!?」

 

「え、あ? ……うん。いや、大丈夫じゃない! ちょー怖かったんですけど!」

 

 ルーシィはびええええと滝のように涙を流し、その様子にエルザはホッと肩を撫でおろした。

 

 アイルーはその様子を黙ってみていた。

 

 体中が痛み、立っているのがやっとだ。

 

(まだ、儀式は終わらないのかニャ?)

 

 もう、アイルーにはエルザに抗う術も体力も残されていない。はやく、今すぐ儀式が成らないものか。

 

 そんなアイルーの願いを聞き届けるように、遺跡におぞましい咆哮が響いた。

 

 その咆哮を合図にするように、アイルーは血だまりの地面に倒れ伏し、意識を失った。

 



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