君には世界がどう見える? (抹茶スフレ)
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弟、お兄ちゃん。
そこはいつも人が死ぬ。
共に過ごした友人が。
幸せを分かちあっていた家族が。
自分を思ってくれる兄弟が。
支えあった姉妹が。
隣にいた恋人が。
鳴りやまない銃弾に、鼓膜を震わせる爆弾。鼻を刺激する腐った死体の臭い。
この世の地獄と言われるその戦争地帯に足を踏み入れて三か月、七歳で日本を飛び出してから約二年半。
未だにこの世界の全てをこの目に焼き付けることはできていない。
日本にいる家族にかかっているであろう迷惑に心の中で謝罪する。
けれど、どうか安心してください。というのはかなり無理があるだろうけど、僕は生きています。
ちょっとだけ人よりも早くもった夢を、ちょっとだけ人よりも早く叶えている最中です。
「世界の全てをこの目に焼き付ける」
そんなバカげた夢を追いかけてここにいるわけです。
世界はどこもかしこも綺麗でした。
そして、どこもかしこも、汚れていました。
「裏の世界」という、世界の汚い部分。何度も目にして耳にして経験しました。
人が人を支配し、飼い慣らし、老若男女構わず奴隷として売られていました。
この旅は危険なことばかりで、生傷の耐えない毎日です。
けれどそれでも、僕はこの旅に出たことを後悔はしていません。
まだ叶えてる途中だけど、見つけられたんです。
この世界でやりたいこと。旅を終えた後の、次の夢。
死が身近にあるこんな場所でも、諦めず戦い抜く人がいました。
皆に未来を示す存在がいました。
皆を照らす存在がいました。
日本で言うところの、アイドルが。
父さん、母さん、姉さん、利嘉.....
僕、アイドル目指します。
**********
拝啓 姉さんへ
取り敢えず、焦らないで最後までこの手紙を読んで欲しい。
僕はこれから旅に出ます。
長い長い旅に出ます。いつ終わるのかもわかりません。
無事に帰ることができるかもわかりません。
この小さな身体で、短い足で、細い腕で、旅をします。
何故かと言うと
僕にはずっと夢がありました。
『この世界の全てを目に焼きつける』
という夢が。
一緒に産まれてきてから七年間ずっと一緒に育ってきた姉さんなら知ってる通り、僕はやると決めたことは何があっても倒れるまでやり続けます。
もう二度と、家の玄関を跨ぐことが出来なくなるかもしれません。
その覚悟を決めて僕は旅に出ます。
僕と姉さん二人の誕生日をめちゃくちゃにしてごめんなさい。
ずっと前から、家を出るのはこの日にしようと決めていました。
姉さん。こんな馬鹿な弟よりも、利嘉を可愛がってあげてね。
知ってるよ。利嘉が姉さんより少しだけ僕の方になついていたことにちょっとだけ嫉妬してたこと。
僕がいなくなっても、姉妹仲良く喧嘩して、仲直りして、仲睦まじいままでいてください。
いつでもどこでも愛しています。
千嘉より 敬具
P.S
ギャルに憧れるのはどうかと思います。
**********
「はぁ」
また、いつものようにこの手紙を読んでため息を吐く。
自分の部屋のベッドの上でうつ伏せになって少し古びた手紙を読む。
日課になってしまったこの行為をかれこれ、もう十年は続けている。
十年前から、家出して行方不明になったアタシの双子の弟、城ヶ崎千嘉が最後に残した手紙。お母さんとお父さん、莉嘉にも同じような内容の手紙が書かれている。
「生きてるよね、千嘉」
十年前からなんの連絡もない弟は、生きているのか死んでいるのか、どこに居て何をしてるのかもわからない。
警察も初めの数年は必死に探してくれてはいたけど、『死亡宣言』が認められるようになった三年前に、掌を返すように手を引いた。
パパとママはもう諦めていた。
二人とも『死亡宣言』は出していないけど、千嘉はもう死んだんだ、って言い続けてる。
ねぇ、千嘉。今、どこにいるの?
あんたの夢は、アタシ達家族よりも、大切なの?
瞳から零れて頬を流れる涙をあえて拭うことはせず手紙を折り目通りに畳んでから、枕に顔をうずめる。
最初は応援したい気持ちはもちろんあった。けど月日が経つうちに、何の連絡もない現実に、不安感が募っていった。今となっては早く帰ってきてほしいと願うばかり。
十年前、この手紙を読んで初めて、アタシは千嘉の夢を知った。
七歳でその夢を追いかけて旅に出た弟は、いったいどんな気持ちだったんだろう。何も知らない。誰も知らない。未知の土地で、危険な旅を、死ぬ覚悟を持った当時私と同じ七歳の双子の弟は、どんな気持ちだったのかな?
「お姉ちゃーん、起きてるぅ?」
なんてことを考えてると、ノックも無しに莉嘉が部屋に入って来る。
「ッ!? な、なに、どうしたの?」
急なことに驚きつつ、バレないように目を擦る振りをして涙を拭う。
「あれ? お姉ちゃん、今なにかしてた?」
「き、ききき、気のせいじゃない?」
「ん〜、そっか。...お姉ちゃん、それ、また?」
あ〜、もう少しで誤魔化せそうだったのに!
なんでこの手紙隠さなかったの!
アタシのバカー!
「もう忘れなよ。そんな人。どうせもう死んでるよ」
「っ!? 莉嘉っ!」
「だってそうじゃん! もう10年だよ! 十年もなんの連絡もなしなんておかしいじゃん! 生きてたら絶対連絡くれるはずでしょ! お兄、ちゃんは! お兄ちゃんはっ!う、うぇぇぇ〜〜ん」
そっと、泣き崩れる莉嘉を抱き締める。
手紙にあった通り、莉嘉は元々私よりも千嘉の方に少しだけ、ほんの少しだけっ!懐いていた。
莉嘉にとっての千嘉は、いつも隣にいてくれて、困っていたら助けてくれる優しいお兄ちゃんだった。もちろん私もいいお姉ちゃんだった。
千嘉が旅に出る時、最後に話したのも莉嘉だった。
千嘉が突然いなくなって、莉嘉は次第に千嘉のことを嫌い始めた。
『裏切られた』そういう心情だったんだろうと思う。
その気持ちはアタシもわからないわけじゃない。千嘉は最後に家を出る際、莉嘉に一言だけ告げ出ていったのだ。アタシ達家族にも、学校の友人にも、相談も、何も告げずに。
けれど、莉嘉が心の底では千嘉のことを未だに大好きなのだということをアタシは知っている。今まで1度も莉嘉本人が読んだことの無い、千嘉からの手紙。十年前莉嘉が捨てたそれをアタシが拾って読んだ時のことだ。そこには、莉嘉のことを思う気持ちで溢れていた。何度も何度も『ごめんね』という謝罪の文字が書かれていたり、『大好き』『大切な』といった愛を感じられる表現が多く使われていた。
いつか莉嘉本人がこの手紙を読まずに捨ててしまったことに後悔した時にでも渡そうと思い、手紙は机の鍵付きの引き出しの中に入れてある。
「ぐすっ、お兄...ちゃん」
泣き疲れたのか、アタシの腕の中で眠る莉嘉が寝言を囁く。
そんな妹を見て、アタシはとある覚悟を決める。
アタシは今アイドルをやっている。
今をときめくカリスマギャルアイドルだ。
手紙ではギャルを否定していた千嘉に抵抗して中学生時代にギャルの格好をし初めてからモデルにスカウトされて、そこから今に至る。
それに数ヶ月前、莉嘉も無事アイドルデビューを果たし、姉妹揃ってアイドルになった。
そんな物珍しさ故に、注目が集まっている今ならば、もしかすれば世界に私たちを知ってもらえるチャンスがあるんじゃないか? と私は考えた。
そして必死にアイドル活動を頑張ったおかげで、1週間後にニューヨークでのライブを開催することになった。上手く行けばカリスマギャルアイドルMIKAの名前を世界中に知らせることが出来る。
きっと、千嘉に届くくらいに。
さっきまでは不安で仕方なかったけど、決心はついた。
莉嘉を部屋までおぶって連れていき、ベッドに寝かせて毛布をかける。
スヤスヤと眠る横顔を一瞥して「おやすみ」とおでこにキスをして部屋を出る。
アタシも今日はもう寝よう。ニューヨークに向けて明日からもっと頑張らないといけない。
ベッドで横になり、今は先程とは違い仰向けに寝る。窓から見える月はまぁるい満月だった。発する光がどこかアタシたちの未来を照らしているように見えた。
**********
美嘉がニューヨークへ進出したその3週間後、ある一人の世界的アイドルが日本に降り立つ。
SENKA☆彡
本名不明。出身不明。年齢不明。性別不明。素顔不明。
ライブであろうと常に何かしらの仮面を付け、仮面の種類は既に1000は軽く超えている。顔を隠しているおかげでデビューしたての頃は名を騙る偽物が出現し、デビュー当時から一世を風靡し始めたSENKAに対して妨害行為を行う輩も多くいたが、SENKAはそれを実力で黙らせた。
誰にも真似出来ないダンスのクオリティに、誰もを魅了し尽くすその歌声を誰も再現できず、すぐに偽物騒動は終息した。
因みに当時どの仮面にも、恐らくオリジナルであるだろうライオンのシールを貼るようになったのも終息していった理由の一つでもある。
何もかもが不明なそのアイドル。初デビューは紛争地帯。
『ライブを開けば戦争が止まる』
という、まるでオリンピックの様な伝説を持ったアイドル。
実際、【
そんな生ける伝説アイドルが降り立った羽田空港では、深夜にも関わらず、ファンが生のSENKAを一目見ようと羽田に押し寄せ、警備員では手が足らないどころか警備員が職務を放棄してファンに加わってしまい、SWATが出る始末。
報道陣がコメントをもらおうと死に物狂いで突撃するせいで、この時のことを後にSENKAは『帰ってくる国を間違えたのかと思った』という発言を残した。
普段の数百倍は騒々しい羽田にSWATが到着した直後のことだった、人々で溢れかえり騒がしい空港内とは別に、そこから少し先の気味が悪いほどに静まり返った空港の裏手に、一つの影があった。
その影は辺りを見回した後、被っていた仮面を外し、慣れた手つきで棒付きのキャンディを咥え、静かな夜の街に消えていった。
『ただいま、日本』
異国語で呟かれたそれを、聞く者はおらず、白い影は、夜の闇に吸われて消えた。
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SENKA
と思ってたら、一日でお気に入り20って!!?
ありがとうございます!!
美嘉の出身地を間違ってた!!!埼玉に修正しました!!!
『今日はなんと!いま世界中で大人気の正体不明アイドル・SENKAさんに来てもらっています!!ファンの一人である私が今回、SENKAファンの代表として!今まで隠されてきたその正体を暴くきっかけになれればと思っています。』
『あはははは、どうぞお手柔らかに』
『さてさてさてさてさてさてさてさて!!時間は有限、早速ですが質問に入りたいと思いますっ』
それは、今日のレッスンが終わって、久しぶりにお姉ちゃんと帰ろうと思って、お姉ちゃんのお仕事が終わるまでの暇つぶしとしてみりあちゃんと一緒にソファーに座ってテレビをつけた時のことだった。
そこには大人の魅力を出し過ぎず押さえつけ過ぎない、なんか完璧に女の魅力を引き出している、たぶんテレビのアナウンサーさんがいて、その隣にメチャクチャかわいいライオンの仮面を被った、さらさらした白い長髪の、少し汚れてるロングコートを着た若い女の人?がいた。
なんだろう、服は汚れてるのに、綺麗な白い長髪がそれを補って、どこか儚げで幻想的?って感じで目を奪われた。仮面なんて被ってることを忘れるくらいに。
「あっ!SENKAだ!」
「知ってるの?みりあちゃん」
「えっ!?莉嘉ちゃん知らないの!?」
みりあちゃんがすごく驚いた顔をしてる、そんなに有名な人なのかな?
なんかお面付けてるけど。
「今すごい人気のアイドルなんだよ!」
「ん~~、やっぱわかんない」
「ずっと海外の紛争地帯?で活動しててね、つい最近日本に来たんだよ!」
「紛争地帯!?アイドルが!?どういうこと!?」
紛争地帯ってあれだよね、戦争が起こってるんだよね?
何してるのこの人っ。こわくないのっ!
驚きすぎて思ったよりも声が出てたみたいで、「どうしたの?」「レッスン終わりに、子供は元気だね......」といった声がする。
大声を出してしまったことに「ごめんごめん」と謝りつつ私の視線はテレビに向いていた。
不思議と、どうしても、その人から視線を外すことができなかった。
『まず、挨拶をした時から気になっていたのですが、すごく流暢な日本語ですね。独学で勉強されたのですか?』
『あー、そうですね。独学と言えば独学ですけど、勉強したというよりかは、
『思い出した?』
『えぇ、僕は元々、
『えっ!?』
「「「「「えっ!?」」」」」
うわっびっくりした~
いつの間にかソファーの周りを囲むように他のシンデレラプロジェクトのみんなが立っていて一斉に声を上げた。
「も~、びっくりしたじゃんか!」
そう怒ってもみんな食い入るようにテレビを見ている。
どうやら、みんなにアタシの声は全く持って届いていないみたい。
これ以上はなんだか言うだけ無駄なような気がしたのでおとなしくすることにする。
まったくもう。しょうがないんだから☆
『に、日本人だったんですか!?』
『はい、日本生まれの埼玉育ちですよ』
へぇ~、アタシと同じだ~。
『埼玉と言えば、今人気絶頂中の城ケ崎美嘉さんの出身地でもありますね。どこか運命的な何かを感じます!』
『......そう、ですね。』
今の間は何だろう。
『ではでは、まだまだ質問があるのでじゃんじゃん聞いていきましょう。SENKAさんの声、というか、体型や身長もそうですけど、とても中性的でファンの間ではSENKA七不思議の一つとして今もなお『僕っ娘派VS男の娘派』による壮絶な議論が水面下で行われていますが、実際は、どうなのでしょうか』
うわー、ずばっと聞いちゃうんだこのアナウンサーさん。勇気あるなー。
確かに声は中性的で判断できないし、体型はすらっとして胸が出ている訳でもない。身長だってアナウンサーさんよりも低い。
『とりあえず僕の七不思議っていうのがすごく気になりますけど、後で調べておくとして。僕の性別は、男ですよ。』
『ほほう!なるほど男の娘、ということですね。』
『?なんだか気になる表現ですけど、正真正銘男の子ですよ』
『~~~~っ!!』
なんで急に悶え始めてるんだろ、アナウンサーさん。
そんなに男の子ってわかってうれしかったのかな?
『大丈夫ですか?』
『だ、大丈夫です。それよりも質問を続けましょう』
この人プロだなー。
SENKAさん、じゃなくてSENKAくん、たぶん仮面の下で苦笑してるよ。
『こほん。では次の質問ですけど、ズバリッおいくつなんですか?』
『ぴちぴちの17歳です』
ズバッと聞かれてスパッと答えた。
『ほうっ!』
『年はどうしてもこの身長の所為でいつも少なく見られちゃうんですよ。』
『私の身長が167なのですが、私よりも低いですもんね』
『ぐっ』
あ、気にしてるんだ。
『あー、フィジカルに関してはここまでにしておきましょうか?』
『お願いします』
意外と繊細?
『ではでは!SENKAさんがSENKAくんだということが分かったことですし、そういった方面での質問に!』
『え?』
『好みの女の子のタイプは?』
『え、えーと...』
おおぉ!気になる気になる!
ファンではないけど男の子の恋バナなんて聞いたことないからすごい興味ある!!
『ん~、そうですねぇ。人生楽しく生きている人、ですかね』
『ほほほう!!他にはどういった人が?』
『いえ、これだけですかね』
『おや、意外と少ないんですね』
確かに。もう少しあるのかと思ってた。
『そうですか?見た目とかは別に興味ないからですかね』
『ふむ。異性を外見でもなく内面でもなく生き方で好きになる、と。なかなか珍しいですね。これまでに恋をされた経験は?』
『あります....よ?』
『??曖昧なお返事ですね...』
『僕、異性というものをあまり意識しないので』
『女性とは下心なくお付き合いができるというわけですねっ!私そういう人好きですっ。あっ、重要なことに気が向きすぎて他のことを聞きそびれてしまうところでした』
『??』
『誕生日はいつですか?』
『11月の12日です』
お姉ちゃんとおんなじだ。
『利き手はどちらですか?』
『両利きですけど、主に左を使います。』
アタシたち姉妹も左利き。お兄ちゃんは右だった。
『血液型は?』
『B型です。』
流石に血液型まではかぶらないかぁ。
『スリーサイズは?』
『あぁ、そういえば測ったことないですね。すみません、わかりません』
『ちっ』
『??』
男のアイドルの人ってスリーサイズとか測らないんだ!?
ていうか、今アナウンサーの人舌打ちしたよね?そんなに知りたかったのかな?
『趣味はなんですか?』
『おしゃべりと余計なおせっかいです』
おばあちゃんみたい...
『特技は?』
『一度やった事は完璧にできること、ですかね。』
すごっ!!
そこから、ある程度質問できて満足したのか、質問が少し変わった。
『いつも仮面に付けているそのライオンのシールは何ですか?』
『昔、家族からくすねたシールを、お守り代わりに付けてるんです』
あ、かわいい!!!欲しい!!
『今日、その仮面をつけてきたのは何か理由があってですか?』
『これといって特にないです。勘を頼りに掴んだのがこれだったんです。』
そう!ずっと気になってたのそれ!!
そっちの仮面も欲しい!!どこに売ってるのっ!
『今まで紛争地帯で活躍していましたが、何故今回この日本に来日されたんですか?』
『実は、僕の後釜を探しているんです』
『!?』
あとがま?SENKAくんの?
『それは、もしかして、アイドルを...辞める、ということでしょうか?』
『.....はい。』
やめちゃうんだ。この人。
『アイドルって言うのは、ファンの皆さんに夢を届けるのがお仕事です。だからこそファンの皆さんの応援に応え続けなければいけません。........けれど、僕はもう、ファンの皆さんに、夢を届けることが出来なくなります』
後半につれてSENKAくんの声が弱くなって震え始めた。
『それは、何故ですか?』
質問をするアナウンサーさんの目も真剣味を帯びている。
『子供の頃からの、夢でした。『この世界の全てを目に焼きつける』そんなバカげてると言われる夢を追って、十年前、七歳の時に、日本を飛び出しました。そこからの生活は日本とは比べ物にならないくらいに過酷でした。お金もない。家もない。言葉もわからない。日に日に痩せていって、そこでは乞食の真似事をして命を繋いでいました。けれど、そんな生活が僕にとっては、堪らなく充実していました。生きている。それを強く感じられたから。』
『............。』
周りのみんなも集中して続きを待っている。
『日本を飛び出してから、2年と3か月くらいたった頃ですかね。初めて、戦争を体験しました。そこはいつも人が死んでいました。共に過ごした友人が。幸せだった両親が。自分を思ってくれる兄弟が。支えあった姉妹が。......隣にいた、恋人が。死んでいきました。鳴りやむことのない銃弾に、鼓膜を震わせる爆発音、鼻を刺激する腐った死体の臭い。 そこでは、それが日常で、それが平常でした』
..................。
『そして、戦争を体験してからの僕は、世界を回る際には必ず、紛争地帯に赴きました。そこでは、いつも誰かが死にます。けれど、その現状に、生きることを諦めない人がいました。死んでいった人たちの思いを胸に抱いて、絶望した人たちに、夢を届けていました。まるで、日本でいうところの、アイドルみたいに。そんな人たちを見て、僕は彼女たちのファンになりました。そこから、なにか自分にも手伝えることはないかと試行錯誤して、行き着いた答えが後の新しい夢になった『アイドル』でした。』
『アイドル』に憧れてなった『アイドル』。彼に夢を与えた『アイドル』はどんな人なんだろう。
『.........話が脱線し過ぎましたね。すみません』
『いえ、貴重なお話をありがとうございます。』
正体不明アイドルの過去、そしてアイドルとなった理由、今まで隠してきたそれを聞けたんだから、それは確かに、貴重だよね。
『僕が今回、アイドルを辞める理由は、至極単純ですよ。もう、身体が言うことをきかなくなって来てるんです。』
『っ!?』
言うことを、きかない?
『身体的不調、それだけじゃないんです。僕の舌はもう味を感じなくなって、視力も落ちて、聴覚だって、聞くことに集中しないと聞き取れない程に弱くなりました。』
『それは、病気で、ですか?』
『いいえ、寿命です。』
『っ!!?そんなっ!まだ17歳じゃないですか!どう考えたって早すぎます!』
『負担ばかり、掛けてきましたからね』
そう言って、さらさらした白髪を指で撫でる。
『あと、今回日本に帰国した理由の一つに観光もあります』
『観光?』
『夢を追いかけてた頃や、お仕事で南極から北極、果ての果てまで世界を見て回った僕ですけど、唯一この日本だけは、未だに見て回ったことがないんです。だから、三か月後に渋谷で開くライブまでには日本全国を半分くらい見て回ろうかなと思ってます。先ずは北海道からですね』
『なんで、そんなに平然としていられるんですか?死ぬのが...怖くないんですか?』
『怖いですよ。怖くないわけがない。薄れていく五感に、言うことを聞かなくなっていく身体。死、というものをこれでもかというくらいにいつも感じさせられる。けどね、僕を応援してくれるファンたちに、そんなとこは見せられないんですよ。怖くても苦しくても泣きたくても
『家族の方は、いったいどうされるんですか?十年間も音沙汰なかった我が子のこんな現実...受け入れるなんて、親からすれば不可能ですよ。』
『.....................。旅に出てから十年間、一度も連絡したことはありません。帰る理由を作りたくなかったので。......嫌われて、勘当される覚悟はできてるつもりです。姉の誕生日を台無しにして、妹との約束を破って、今更受け入れてもらおうとは思ってません。自業自得ですけどね』
『会われるつもりは、ないんですか?』
『はい。ありません』
キュッとコートの袖を掴むSENKAは、世界一のアイドルというより、一人の少年にしか、見えなかった。
本当の意味で最後になるかもしれない観光が産まれ育った国になる
ねぇ、神様、彼SENKAが何か悪いことをしたんですか?
なんでこんな罰を彼に与えるんですか?
気づけば、インタビューどころか番組自体も終わって周りにいたみんなは既に帰っていたようで、隣にいたのはみりあちゃんじゃなくて、お姉ちゃんだった。
「帰ろっか、莉嘉」
「......うん。」
『僕はやると決めたことは死ぬまでやり続ける』
昔、お兄ちゃんが言っていた言葉と、昔無くしたお気に入りのプレミアライオンデコシールが頭の隅をよぎった気がした。
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北海道~音の見えるおねえさん~
タイトルで分かる人いますかね?
僕は今、森の開けた場所に落ち葉をベッドにして寝転び、夜空を眺めている。
つい先日に受けたインタビューが終わった直後に飛行機に乗って北海道にやってきた。そこからレンタルバイクを借りて気の向くままに走らせていれば、気づけば森で迷ってしまい、気づけば夜になり、どこか休める場所はないかと探していたら、この場所にたどり着いて今に至る。
因みにバイクは自転車などではなく白のハーレーダビットソン FLH-80。
夫婦で運営しているレンタルバイク屋の来客数が僕でちょうど一千万人を突破したらしく、店頭に並べていない店主のお気に入りのバイクを特別に、どこまで走ってもよし、どれだけ返さなくてもよしと言われ、遠慮はしたが、そこに更に料金が無料だなんて言われればお言葉に甘えるしかなかった。
まぁ、身長のせいで変な目で見られたけど、実際に大型バイクを目の前で運転してみせ、それでも半信半疑な店主夫婦に身分証明書を提示してなんとか成人していると証明できた。思えば先に身分証明書を出しておけばよかった。
そういえば、別れ際に店主夫婦が二人して涙を流していたように見えたのは、気の所為だったのだろうか。最近視力が落ちた所為で思い出しても判断がつかない。
これ以上は無駄に脳に負担を掛けてしまうだけになるので遠い夜空に思いを馳せようとするが、先に先客へ対処する。
「やっぱり、こういう所で見る星ってさ、綺麗だよね。
そう思わない?おねえさん。」
景色なんてわからないくせに、昔見た夜空を思い出してわかったように話しかける
「!?どう...して。」
「後ろから視線を感じたから、耳をすませていたらお姉さんの『音』が聞こえただけですよ。」
「...ずっと動かなかったので、死んでいるのかと...思いました...。」
「あー、変な心配掛けましたね。すみません。僕は見ての通り生きてますから安心してください。」
おねえさんを安心させるために身体を起こし、後ろを振り向き声を仕事用に変えて笑顔をつくる。
振り向いたことで互いに顔を見ることになるわけで。
おねえさんは耳元でピンッと跳ねるくせっ毛の金髪に、タレ目の緑眼、どこか眠たそうに見える外見だった。
「貴方は...なんですか...っ。」
「??それはどういう意味ですか?」
おねえさんの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。
なんだろう。なにかしたっけ?
「さっきまで...あなたの音は真っ黒で気持ち悪かった。...なのに突然、綺麗で見とれてしまう音に変わった...。」
なんて言うんだっけ?これ。確か......そう。共感覚。
このおねえさん、僕の声が見えるらしい。
共感覚を持っている人に会うのはいつぶりだろう。
「貴方は一体なんなんですか...。」
さっきと同じ質問を繰り返すおねえさん。
さて、なんて答えればいいんだろ。
世界No.1アイドルSENKA?
いやいやいや、言っても信じて貰えるわけない、変な目で見られるのが関の山。たとえ信じてもらえたとしても素顔を隠してる僕がそれを明かす訳にはいかない。
今を煌めくカリスマギャルアイドル城ヶ崎美嘉の弟の城ヶ崎千嘉?
それこそだめだ。おねえさんがたとえアイドルに関して疎かったとしてもひょんなことから世間に知られてしまえば大変なことになる。
日本に帰ってくる前に調べたネットの情報では、城ヶ崎家の家族構成は母、父、長女、次女の四人だけだった。
どちらにしても名乗る訳にはいかない。
なら簡単、彼女の質問に答えて、名前を答えなければいい。
「僕はしがない旅人ですよ。」
「旅人?...。」
「そう、旅人。世界を旅して、ようやく最後の旅をこの日本で終えようとしているんですよ。因みに、この北海道がスタートで、沖縄まで行って、長崎で最後にしようかと考えているんです。」
「なぜ...最後が沖縄ではなく長崎なんですか?」
「出身地だからですよ。」
「日本人だったんですか?...。」
「あはは、この髪じゃ、誤解しちゃいますよね。」
白髪の日本人なんて、ハーフでもそうはいないだろうしね。
「髪もそうですが、貴方...目が...。」
「目?」
目?視界がぼやけているくらいで特に何も.........あ、そういえば昔、事故の影響で目の色が変わったとか医者に言われたっけ?
あのヤブ医者、本当の事言ってたんだ。いつもヘラヘラしてるし嫌なとこを突いてくるからあんまり好きじゃなかったんだよねー。
あーだめだ。思い出すだけで、ニャハハハ言ってるのが頭にしつこく残って響く。匂いを嗅いでくる時なんて目が怖かった。
......あんなのよりもイブのことでも考えよう。
あのサンタは元気かな?プリッツェンはちゃんとご主人様を支えられているかな?
「...あの。」
「あ、すいません。僕の目のことですよね。」
「...はい。...変わった、目ですね。」
思いを馳せることを一時中断する。
まぁ、確かに変わっているだろう。
一般的には青と黄の金眼銀眼が知られているけど、僕の目はヤブ医者曰く世界に一人しかいないだろうアースアイとダイクロイックアイの2つを兼ね備えているらしい。
変わった色、とおねえさんは言うけれど、気を使ってくれている筈だ。この目は正直言って気持ち悪い。左目が青と黄色の地球を閉じ込めたかのような景色を持つアースアイ、右目は3等分されており紅・蒼・鬱金の配色となっている。
そして髪色を合わせれば、あら不思議、気色の悪い化け物の出来上がりだ。
「気持ち悪いでしょ。この目、いつもは隠してるんですけど、気を抜いちゃってたみたいで、気分悪くなっちゃうもの見せてすいません。」
瞼を閉じて頭を下げる。
初めて会った人を気分悪くさせてしまうなんて、アイドル失格だ。おねえさんには悪いけど汚名返上に付き合ってもらおう。
「少し、話しませんか?」
主人公視点での出会いとヒロイン(その話で出てくるキャラ)視点とに分けていこうと思います。
ヒロインは県ごとに変わって行きます。アイドルになっている筈のキャラがなっていなかったりしますが、ご了承くださると嬉しいです。
この作品は別の作品の合間に書いていこうと思っているので、投稿が遅くなりますが、作品は最後まで書ききるつもりですので、よろしくお願いします。
PS
今回のキャラは梅木音葉です。わからなかったらすいません。
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北海道~死んだ音のしたお姉さん~
音葉さん、音楽用語使ってません。
キャラの特徴が上手く書けませんでした。
**********
今私は、迷っています。
今日は何故か、ふと夜中の森林浴とはどんなものなのか気になってしまい、その衝動を抑えられず森に来たのはいいんですが、その森の少し開けた場所の落ち葉の上に長い白髪の少女が寝転がっていました。
それだけならまだよかったのですが、こんな時間にこんな場所にいることを不審に思い、観察し始めてから二十分は経過しているのに、先程からピクリとも動かないのです。暗くてよく見えませんが...まさか、死んでいるのでしょうか?
どうしましょう。私の頭はパンク寸前です。
いつもは静かな時は何も見えないはずの音が、今は何故か急かすように奏でられているのです。わけがわかりません。
「やっぱり、こういう所で見る星ってさ、綺麗だよね。
そう思わない?おねえさん。」
!!?
「!?どう...して。」
混乱していた私は、自分から少女に歩み寄っていることに気づけませんでした。
しかも、なんでしょう。彼の声は、グチャグチャで、めちゃくちゃで、今まで見たどんな不協和音よりも気持ち悪く感じます。まるで死んだ『音』を聞かされているよう。
「後ろから視線を感じたから、耳をすませていたらお姉さんの『音』が聞こえただけですよ。」
違う。そうじゃない...。そんなことを聞いているんじゃない。
そんなことを聞きたいんじゃない。
「...ずっと動かなかったので、死んでいるのかと...思いました...。」
これも違う。
「あー、変な心配掛けましたね。すみません。僕は見ての通り生きてますから安心してください。」
!?
体を起こし微笑みを向ける少女に、少女の声に、そして容姿に恐怖を覚えた。
先程までの気持ちの悪い声は一瞬で消え去り、今は視界を埋め尽くさんばかりに輝きが広がり、夏の涼やかな風を浴びているかのように透き通った爽快な気分になる。
...それが、怖かった。
しかも、それに追い打ちをかけるかのように、満月に照らされた少女の瞳は、酷く歪だった。
左目は振り返った際の顔の角度によって影が差し見えなかったが、唯一確認することのできた右目は、三等分され、それぞれが紅・蒼・鬱金。
「貴方は...なんですか...っ。」
どうにかして絞り出せた問いかけ。これだ、これを聞きたかった。
今までの人生の中でこんな不気味な声は初めてだった。そんな歪な目も初めてだ。
知りたい、この少女のことを。何故か不思議とそう、強く思った。
「僕はしがない旅人ですよ」
どうやら少女はこの北海道をスタートに、沖縄まで南下していき、出身地でもある埼玉をゴールにした日本四十七都道府県巡りの旅をしているらしいです。
まず。その見た目で日本人という事に驚かされました。
事故とストレスでそうなってしまったらしく、少女自身醜いと思っているようです。
予想だにしない少女との出会いでしたが、もうこれ以上目の前の少女といるのが怖くなってしまい、帰宅しようとしたところ。
「少し、話しませんか?」
何故だかその提案を断ることはできず、私は自然と少女の隣に腰を下ろしました。
「ありがとう。」
「...いえ。」
「やっぱり日本語で話せる相手がいると落ち着くよ。ずっと外国語ばかりだと精神的に疲れちゃうからさ」
「...帰国子女なのですか?」
「いや、違うよ。ちょっと数日前まで十年間ほど世界中を一人で旅してたんだよ」
「一人で...!?...十年前とは?...見た限りでは中学一年生の様ですが...」
「あははは、まぁそう見えるよね。こう見えても僕、16だよ?あと2か月で17になるんだー。旅に出たのは7歳の誕生日の時、つまり9年と10か月の間海外にいたわけ」
「...それでも若すぎる、と思いますが。...怖くはなかったんですか?...7歳なんて、まだまだご家族に甘えているような歳なのに。小学一年生ですよ?」
少女の口調は変わり、少女の思いもよらない経歴にいつもより口が動く。
「そりゃぁ怖かったよ。日本よりも遥かに危険に満ち満ちていて、誘拐されたり、売り飛ばされたり、死にかけたり、そんなこんなで十年間一度も連絡なんてできない生活と言っていいのかもわからない日々が続いて、家族にもいっぱい心配かけてるよ。」
「...なら...」
「でもさ?諦められなかったんだ。どうしても。諦めたくなかった。成し遂げたかった。それがみんなとの約束だったから。それが僕の生き甲斐だから。それが...夢だったから」
「...夢のために、そこまで......」
「『この世界の全てを目に焼き付ける』それが僕の夢だった。当たり前だけど7歳っていう若さでのそれはあまりにも無謀でさ。移動なんて歩きが殆どで、歩き疲れても休める場所なんて殆どなくて、子供一人で泊まれるような宿なんて皆無。野宿をすれば警官に捕まりそうになったり、肉食獣に襲われて病気に罹ったり。直すお金なんてないから自力でどうにかしないといけない。あの時は本当に子どもの自己治癒能力の高さに感謝したよ。」
「...助けてもらおう、とは思わなかったんですか?」
「確かにそれも一理あるよ。けど、家族という庇護下から去った僕が、誰かに庇護してもらおうだなんて虫が良すぎると思った。それに、助けてください、と近づいた相手が善人とは限らないんだよ。まぁ、僕は勘が良いからそういうのには敏感だったけど。」
「どうして、そこまでして夢を追い続けられたのですか?」
「さっきも言ったけど、約束でもあり、生き甲斐でもあるんだよ。昔にさ、今思えばほんの一瞬の様な短い間だけど、一緒に過ごした仲間たちがいたんだ。全員個性的な奴らばっかりでさ、馴れ合う事なんてできないもんだとおもってたら、一人の仲間があっという間に皆をまとめ上げちゃったんだ。もちろん僕も例外なく僕も巻き込まれた。その時だったよ。大切な親友二人と出会ったのは。一人は地上に縛られていながら病的なくらいに空に恋をして、いつも空を見上げて首を痛めてたよ。もう一人は、他人のために自分を切り捨て続けた大馬鹿野郎でさ、僕に夢を託して別れたんだ。『俺には見れない世界の話を聞かせてくれ、そしていつか、案内してくれ』って、それっきり二人とは会ってないんだ」
「凄まじい、人生ですね...。」
「そう?こんなしんみりした話よりもさ、おねえさんの話を聞かせてよ」
「私の...?」
「うん。なんでこんな夜遅くにこんな森に来たのか、とかさ」
「今日はいつもの様に、ピアノの練習を終えて眠るつもりでした...。けれど、その時、森に呼ばれたんです...
。」
「森に?」
「はい...。」
本当のことです。森から来た風から、そういう音が見えたんです。
この少女も、他の人たちと同じ様に、私をおかしいと言うのでしょうか?
「おねえさん...」
ああ、この人もなんですね。大丈夫、言われ慣れました。
「まるでエルフみたいだね」
「よく言われま...え?」
「え、こういうたとえってよく言われるの?」
「いえ、そうではなくどうしてそう思ったのかと」
「ん?いやさ、共感覚を持ってるっていっても、そこまで的確に読み取れる人なんて世界におねえさん含めて片手の指で数え切れる程度しかいないよ?世界中を旅した僕が言うんだから間違いない」
「おかしいとは、思わないのですか...?」
「おもわない。」
即答です。
「そういうこと。言われ続けてきたの?」
「はい...。しょうがないんです。私は他の人たちとは違いますから...。」
「.........。」
「...?」
「こういうの自分の悪い癖だって分かってるけど、やめる気ないから言わせてもらうよ」
「...??」
「おねえさんのそれは、共感覚を理由に他人から逃げてるだけの、最低な行為だよ。別に逃げることが悪いとは言ってる訳じゃない。誰しも逃げたくなる時は必ずある。けどね、そのことに、その程度のことに、自分を理由に使うな。それはおねえさん自身を否定する行為だ。僕が今まで見てきた人の中でおねえさんと同じことをした人たちは、ほとんど皆が他人との関わりを断絶して、苦しんでた。」
「.........。」
「実はさ。僕も共感覚を持ってるんだ。」
「!?」
この少女も、私と同じ?
「おねえさんは全てのものが『音』として見えるみたいだけど。僕はさ、人の『感情』が五感に刺激を与えてくるんだよ」
人の、感情が?
「さっき言った他人との関わりを断絶した人たちの感情はさ、真っ黒でぐちゃぐちゃで、吐き気を誘う異臭がして、不協和音を響かせて、今まで食べてきたなによりもまずくて、肌を気持ち悪く撫で上げてきた。おねえさんがしょうがない、そう言った時久しぶりに体験したよ、それ。」
私は、逃げていたのでしょうか...
理解されなかったから、理解しようとしなかったのでしょうか?
けれど。たとえ、そうだとしても...
「たとえそうだとしても、貴方に言われる覚えは...ありません。私は自分の共感覚を受け入れていますし、他人にどう思われようと関係ありません...」
「そりゃそうだ、僕はおねえさんのことなんて、何も知らない。受け入れているならどう仕様もない。開き直ってるならどうにもできない」
「だったら...。」
「けど、けどね。逃げ続けた人たちの末路を、僕は知っている。彼らが死んでいった時のことを、僕は知っている。彼らが最後に遺した感情を、僕は体験してる。耐えがたいほどの苦痛を、僕は覚えてる。」
そう言って私を見据える目の前の少女。
月に照らされたその顔、閉ざされた瞳から雫が零れ落ちる。
「!?」
「あぁ、全くもう、ほんと面倒だなこれ。思い出す度にこうじゃ、身体が幾つあっても足りないよ」
「何故、私にそこまで関わろうとするんですか...」
今日が初対面で、何の関係もないあなたは、なんで私にそこまで関わろうとするんですか?
私の問いに、涙を拭って答えた少女の言葉に、私は困惑しました。
「...『迷える子羊の斜め後ろでバレない様に地図を広げろ』」
「.........は?」
「迷ってる奴に必要なのは、導いてくれる存在でも、道を教えてくれる誰かでも、先を示す光でもない、寧ろそういうのは子羊にとって成長の妨げにしかならない。」
「そう、でしょうか」
迷っている人を導くことも、道を教えることも、先を示す光だって、その人にとっての助けになるはずです。
妨げなんて、なるわけがありません。
「そう、なんだよ。お馬鹿さん。」
「!?...滅茶苦茶な自論を掲げるあなたに言われたくありません。」
「おねえさんはさ、これまでの人生、誰の命令通りに生きてきたの?」
「命令?」
何を言っているんでしょう。これまでの自分の人生、誰かに命令され続けた覚えはありません。
「さしずめ、『音楽さえ出来ればそれでいい』とか言われたことあるんじゃないの?それはさ、つまり導いてもらって、道を教えてもらって、先を示してもらってるんだよ。」
「それがなんですか...。別にいいじゃないですか」
「いいや駄目だ。」
「何が駄目だって言うんですか!!?」
我慢できず、大声で叫んでしまいました。
「それの所為で、おねえさんの才能が埋もれていくからだよ」
「私の...才能?」
「僕の裏面を覗ける程の共感覚に、聞いているだけで癒される凛とした透き通る声。目を引き付ける容姿に独特の雰囲気。もったいないんだよ。その才能が輝いていないだなんて。」
才能が、輝いていない?
この少女はいったい私に何を伝えたいんでしょう。まるでわかりません。
「おねえさん、もっと輝きたい、って思わない?」
もっと、輝ける?
「もっと、人と関わりたいと、思わない?」
私をおかしいと笑ったあの人たちと?
「おねえさんを笑わない人たちと、だよ」
私を笑わない?
「おねえさんを受け入れてくれる人たちと、輝きたくない?」
そんな、そんな場所があるなら、私は、私...は
「私は、
」
結局、答えなんて出ず、気づけば、日の出とともに、少女はいなくなっていた。
あの少女は、迷える
地図だけ見せて、去って行った。
その地図をじっくり見ることなんてできなかった。思い出そうとしても、ちらっと見た地図を鮮明に思い出すことなんて、私にはできない。
彼が言っていた、私の頭にこびりついたあの言葉
『迷える子羊に地図を見せろ』
それを思い出すと、自分で探せ、そう言われているかのように思った。
最近美嘉の出身地を間違えていることが発覚!!
凄く恥ずかしかったです。
次は青森、誰にしようかな。
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小話01。
共感覚のおねえさんに別れを告げず、夜が明ける前にあの場を立ち去った僕は、どうしてもレンタルバイク屋さんの夫婦に一言御礼を言っておきたいと思い、目的地に向けてバイクを走らせた。
こんな立派なバイクを無償で頂いておきながらちゃんとした御礼を返さないのは、人としてやってはいけないことだ。
夜遅く、ていうかもう朝みたいなもんだけど、できれば直接御礼を言いたい。
......けどやっぱり起こすのは悪いし、せめて書置きとかを残そうかな。
御礼の品でも置いていこうとも思ったけど、そもそもこの時間帯に開いてる店なんてコンビニくらいしかない。
そんなこんなでレンタルバイク屋さんに着いた僕は、バイクを下りて、店に向かう。
最終的に御礼の品として、今出せるものから選んだのは、僕が実際に使ったことのある仮面。売ればそこそこの値段が付くと思う。元々の仮面本来の価値もかなり高値が付くだろうけど、なによりこの仮面を僕がつけていた、という事に気付くファンたちが更に値段を上げてくれるはずだ。
昔、ある慈善団体に懇願されて譲った仮面が強盗に盗まれたときなんて、裏市場のオークションの競りに出され、本来600万円の仮面の価値が二億円にまで跳ね上がっていたものだから、あの時の驚きは今でも頭から離れない。
その仮面はちゃんと僕が競り落として今は厳重警備の美術館に保管されている。
閑話休題。
昨日、別れ際に感じたあの違和感。
あぁ、そうか。あの時あの夫婦が泣いていたのは気の所為でもなんでもなかったんだ......
取り合えず、こんな大恩を受けておきながら御礼を返さないなんていう選択肢は僕にはない。かといってあの夫婦のことは何も知らない。
しょうがない、
と言っても僕は連絡手段がない。
ま、勘を頼りに動き回れば、見つかるかな。
僕は酷く、いや、寧ろ酷過ぎるくらいに勘が良い。今までこの勘のおかげで助けられてきた。今回も勘に頼ろう。ただでさえ今の僕は目が見えにくくて音が聞こえずらい。ここまで来れたのも、共感覚のおねえさんに気付けたのも、その後の会話も、全部勘で答えていた。
とにかく。
勘でバイクまで戻り、勘でバイクを操作して、勘で走らせる。
次の目的地は、青森かな。
千嘉が去ったレンタルバイク屋のシャッターに、一枚の紙が、張り付けられていた。
『諸事情により、本日をもって営業停止となりました。』
闇金によって借金が膨れ上がった夫婦が、揃って夜逃げしたことに近所の住人が気付いたのは、それから少し経った頃のことだった。
主人公が頼った『市原さん』いったい誰なんでしょうね~~。
『小池の団栗』さん、☆3、及び初評価ありがとうございます!
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聖夜前の贈り物〜駆け出しサンタとの出会い〜
前半の口調は焦りの現れとでも思ってください
ぷおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
青森への道をフェリーに乗っていくことにした。
たった今汽笛を鳴らして出発する。
僕は今、船の甲板で波に揺らされる船の揺れを感じている。人によってはこの揺れが苦手な人はそれなりにいるだろうけど、僕からすれば、この揺れはとても心地いい。といっても、実は船に乗るのはこれが初めて。結構ワクワクしている。
昔は、わざわざ船に乗って海を渡るより、特訓として泳いで渡ることにしていた。今思えばバランスの良い筋肉がついたけど、さすがにあれはバカだったよ。しかも真冬にもやってて死にかけたし。
でもま、おかげでイヴと出会えたんだから、反省も後悔も、微塵もありはしないけどね。
.........元気かな、イヴ。
頭の中に、元気そうにこちらに手を振って駆け寄ってくる、僕と同じ白髪で金目のミニスカサンタが浮かぶ。
...............あ、こけた。
**********
日本を飛び出して7年と4ヶ月
僕は今、
絶賛死にかけているところだ。
ガクガクガクガクブルブルブルブル
やばいやばいやばいっ!!!
さっきからずっと身体の震えが止まらない!!
誰だよただでさえ寒いグリーンランドに、しかもこの真冬の豪雪の中海を泳いだ大馬鹿は!!?
ああっそうだよ僕だよ!!ちょっとした出来心だったんだよ!!うぬぼれてたんだよ!!ちょっとだけ『自分って他の人とは違うんじゃね?』とか考えてしまうような年齢なんだよ!!できると思ってたんだよ!!わかってよ!!
ていうかなんか凄く嫌な予感がする。
頭上に気をつけろと勘が訴えかけてくる。
上を向く。直後、後悔した。
「はっ!!?えっちょっま...ぐっ!!!」
どしゃっ!!、という音とともに上から落ちてきた何かに下敷きにされる
何か白くて丸い袋、感触からして中には大小さまざまな箱状のものが入っていることがわかる。
「あ、終わった...」
あんな馬鹿なことをしなければ、寒さで震える事しかできない身体を、無理矢理にでも勘に従って動かしていれば、こんなことには。
『ほら早く来なよ、千嘉』
『おにーちゃん!!はーやーく!!』
『ちーちゃんの匂い...なんか落ち着くー』
ああ、これが走馬灯ってやつなの?
てかなんで走馬灯にあのヤブ医者が出てくんの?
そんなことより、まだ、こんなとこで終わるわけにはいかないんだけどなー。身体が、どうしても動かせない。
それに...
......なんか、急に.......ねむ................。
ごめん.........美嘉ねえ、莉嘉。
「うーん、プレゼント入れた袋、いったいどこに落としたんでしょう?」
明日の本番に向けて予行演習をしようと出てきたはいいものの、今日は年に一度の豪雪らしかったようで、目の前は真っ白でなんにも見えなかったです。そのせいで予行演習どころではありませんでしたし、しかも、突然起こった強風にソリがグワングワン揺れて、プレゼントが落ちちゃいました。
どうしましょう。緊張感を出すために、持ってきたプレゼントは明日配るものですし、おじいちゃんに内緒で来たから、バレたら怒られちゃいますぅ。
「多分、ここらへんだと思うんですけど......」
プレゼントを落としたと思う港にやってきました。目の前は酷い豪雪でさっきからずっと真っ白です。
そこから白い袋を見つけることなんて、出来るんでしょうか...
はっ!!いけませんいけません!サンタなんですから、なんとしてもプレゼントを探し出して良い子の子供たちに配るんです!!
「うぅぅぅ。さすがに寒くなってきました」
あれから、別行動していたブリッツェンと合流して、一緒に探しても、プレゼントはまだ見つかりません
「ぐすっ、どぉしよぉ、ブリッツェン」
このままじゃ、クリスマスプレゼントを楽しみにしている子供たちに、プレゼントを届けられなくなっちゃいます。
ブリッツェンが慰めるように指先を舐めてきますけど、私の瞳から流れる涙は止まってくれません。
「きゃっ。.........うえ~~~ん。うぅ、ぐすっ、ぐすっ」
なにかにつまずいてしまい、こけた私は、立ち上がれずに、我慢できず、その場で泣いてしまいます。涙が白く降り積もった雪に吸い込まれては消えていく光景に、また涙を流しちゃいます。止まりません。
「う、ぅぅぅぅ...」
「!!?きゃ~~~!!!」
突如聞こえた呻き声。
それは、私の足元から聞こえてきました。
思わず叫んでその場を飛びのいて、恐る恐る振り向いて声の正体を確認して初めて気づきました。私がさっきまで泣いていた場所の真下に、人が埋もれていたことに。
「だ、大丈夫ですか!!?」
急いで助けようと近づいた、その時でした。
「...涙なんて、拭って......周り、ちゃん...と、見なよ。」
「え??」
「探しものは.....案、外....すぐ、ちか...く」
「.........」
この人は、なにを言ってるんでしょう。まさか、あの時のことを見ていたのでしょうか。聞こうとしても、気絶してしまったので、どう仕様もありません。早くこの人を病院に連れて行かないと!
頭では、確かにそう考えている筈なのに、私の身体は、雪を掻き出してはいませんでした。
目を拭って、心を落ち着かせて、周りを注視していました。
1つの違和感も見逃さず、砂漠の中から一粒の砂を探し出すように、集中していました。
「あ」
そして、見つけました。
雪の白とは違う。自然にではなく、人工的に作られた白。探し求めていた、プレゼントの詰まった袋。
驚くことにそれは、私の目と鼻の先にあって、雪に埋もれている人の頭上に、鎮座していました。
「!!!ブリッツェン!」
私の意を汲んだブリッツェンが、すかさず雪に埋もれた人の服の襟を咥えて引き抜きぬいちゃいます。その間にプレゼントの詰まった袋をソリに乗せた私は、上着を脱いでブリッツェンが引き抜いた人を包みます。寒いのなんて関係ありませんっ!
「すごく弱いけど、心臓も呼吸もあります。ブリッツェン!!超特急で家に!!」
冷静になったことで気づきました。港からなら、病院よりも私の家の方が近いです。
死なせるわけにはいきません。多分この人は私が落としたプレゼントの詰まった袋の下敷きにされてこうなったんだと思います。
それにこの人のおかげで、この一年を良い子に過ごした子供たちに悲しい思いをさせなくて済むんです。
サンタクロースの名に懸けて、助けて見せます!!
「この......もんが!!.........く、人1人を......とこ...だっ...ぞ!!」
「は...。......んなさ...」
なんだ。声が、聞こえる。僕は......いったい。
たしか...落ちてきた何かに押しつぶされて、目が覚めたら、目の前に口説きたくなるくらいに可愛い女の子がいて、けどなんだか困ってたみたいだから、勘を頼りにアドバイスをして、それから......うーん。それからが思い出せない。
というかそもそもここはどこ?
知らない天井だ。
僕は千嘉?それともSENKA?
目を覚ました今の現状は、どこかの建物のベッドの中で寝ていた。という事しかわからない。
ふむ、この状況から推測するに、一番可能性が高いのは、あの女の子に保護された、というところかな?
その証拠に、未だに違和感の残る腕を動かして布団を捲れば、着た覚えのないクリスマスカラーの寝間着の上に、これまた着た覚えのない白のロングコート。
勘も特に反論することがないことから、多分この推測は間違ってないと思う。
だとしたら、まず真っ先に御礼を伝えよう。そう思い、眠っていたベッドからから立ち上がろうとした瞬間。
「あっ、だ、駄目です!まだ動いちゃ駄目ですぅ!!」
「は??」
一瞬だけ、立ち上がろうとしたときに3メートル先に見えた少女が、一瞬で距離を詰め、反応の余地なく肩を押さえられてベッドに押し戻される。
え???なにいまの。
理解はできたけど、理解することは一応できたけど。女の子一人の動きに反応するどころか、押し倒されるなんて、え??なに、この子が凄いの?僕が雑魚いの?
「あと少しで凍死するところだったんですよぉ。無理に動いちゃ、メッ、なんですぅ。」
「ああ、ああああ!!.........なんだぁそういう事かー。よかったー」
「?なにがですか?」
「いや、男としての矜持が...ね」
よかった。別にこの女の子よりも力が弱かったとか、雑魚かったとか、そういうのじゃなく凍死仕掛けた時の後遺症で一時的に筋力の低下やら動体視力の低下やらなんやかんやあってあの結果になったってことらしい。
「あ、申し遅れましたぁ。私はイヴ。イヴ・サンタクロースですぅ」
これが駆け出しサンタと僕の出会いと、一夜の冒険の始まりだった。
今日中までに間に合わなかったので、青森に変わって次は今回の話の続きにします。
〜イヴ・サンタクロース〜
HAPPY BIRTHDAY
☆9評価及び2nd評価して下さった『アブソリュート・ゼロ』さん。☆7評価及び3rd評価して下さった『グリグリハンマー』さん。
評価ありがとうございます!
以降は順番つかないです。
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