リリカルなのは-オーズクロニクル (スターみかん)
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第1話「欲望と当選と小さな始まり」

欲望とは何か?

 

人が誰しも必ず持つ、前に進むための活力と言う人も居れば醜く、汚らわしく、自分の中で押さえ込まなければならないものと答える人もいるだろう。

 

だが、いくら無くしたいと宣っても消えないのが欲望。

 

消すことなど誰にも出来はしない!

 

だが無限に増やすことは出来る!

 

かつて一度は自分の中から欲望を失い、無限の欲望を受け止められる程の器を手に入れた男がいた。

 

彼は「世界のどこまででも届く自分の手」を望み、「力」を持たない自分に絶望し、自分の欲望に蓋をした。

 

だが、そんな彼の前に現れた欲望の化身とでも言うべき存在が現れた。

 

それもまた、悠久の時を過ごして来ながらも世界を感じることも出来ない自分に苛立ち、彼の持つ器に「力」を与えた。

 

僅かな時が過ぎ、衝突ばかりしていた彼とそれはお互いに利用しつつ、されつつの仲からいつの間にか、自分の求めていたものを与え合っていたことに気がついた。

 

だけれどそれに取っての求めていたものは「それ」が一人の「彼」として終わることを意味していた。

 

遺された彼はもう一度、彼に会うために「いつかの明日」へと進んでいった。

 

その日は確かに訪れた。

 

そして今度はその大きな器に彼は蓋を閉じた。

 

代わるように残った彼は、今度はもっと違う世界を見たいと思った。

 

これから始まる話はいつかの明日を迎えることが出来た彼と、「彼」を受け継いだ青年たちを取り巻く新たな物語である。

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4月の始まり。

 

まだ冬の寒さが引ききってはいないが、新たな命の芽吹きと暖かな風がこの美しい海沿いの街とそこに住む人々を包み込む出会いの季節、春。

 

ここは海鳴市。

透き通るような綺麗な海と、四季によって覗かせる顔を色とりどりに変える山に囲まれつつも、首都圏に近いその地の利により発展した街並み。

人と自然が共に生きる素敵な街だ。

 

そこに住む人々は誰かと笑い、悲しみ、少し怒ったり、それでも誰かと喜びを分かち合ったりして暮らしている。

 

そんな中、一人の少女はひとりぼっちで日々を暮らしていた。

「もうずいぶん暖かなったなー…。」

小さな子供たちが元気にはしゃいでる公園の脇で小さく、ぼそりとそう呟くと少女…八神はやては一人自分を乗せた車椅子の車輪を前に進めた。

彼女の親はもうこの世におらず、彼女自身も物心ついたときから体が不自由でこうして車椅子を自分で回して日常生活を過ごしている。

 

今日は定期的に通っている病院の診察を終え、帰路についている。

いつもならばそのまま図書館で本を読み耽って、閉館時間まで過ごしているのだが、先日注文した品が届くとあって真っ直ぐ帰っていた。

 

学校にも行けず、友達もいない彼女にとっては数少ない楽しみとも言えるものが届くとあって、久しぶりに気持ちが明るくなっていた。

 

帰宅し、すぐに配達が訪れて受け取り中身を開けると待ちかねていたものを見ると思わず彼女もぱあっと少女らしく笑みを見せた。

先日発売されたばかりの新作ゲームソフト「マイティーアクションX」だ。

 

ピンク色の愛らしい顔つきで一頭身の胴体に短い手足の付いた、お菓子好きの主人公マイティが好物を集めながら冒険をしていくというシンプルながらも、隠し要素などもてんこ盛りで奥が深く、登場キャラクターたちもみんな可愛らしくて男女共に幅広い世代から人気を集めるシリーズの最新作だ。

 

はやては両親が事故で亡くなる前から一緒にプレイして笑い合えた思い出からこのゲームが大好きだったから発売のこの日を楽しみにしていた。

開発会社のサービスの一つに商品アンケートに答えた親子または小学生以下の予約者には必ず発売日に店頭でのお渡しか、配送サービスを手配することになっていたので、人とあまり関わりたくなかったはやては配送でこのゲームが来るのを楽しみに待っていた。

「楽しみにしとったわー。新しい作品でもマイティは可愛いなー。」

 

パッケージのマイティを愛でながらも中身の箱を開けると一通の封筒が床に舞い落ちた。

「なんやろ?これ。」

前の作品にはこんな物は無く、はやては不思議に思って拾い中身の出した。

 

「『当選おめでとう!この度はマイティーアクションXをお手にとって頂きありがとうございます!

今回事前告知無しにランダムにプレゼント引換券を封入させていただいておりました。

つきましてはこの手紙と本封筒に同封しております当選通知を返送していただいた方に心ばかりのプレゼントをお届けさせていただきます。

皆様からのお返事お待ちしております!

byゲンムファウンデーション ゲーム開発部門室長

黒斗エイジ』…ほえーこんなん入れてくれとったんかー…」

思ってもいなかった幸運にはやては嬉しさ半分の不安半分だった。

 

プレゼントは嬉しいがまた知らない人が家に来ると考えると少し嫌な感じもした。

 

悩みながらふと、居間の机の上を見ると彼女にとってもう一つの大事なもの…生まれたときからずっと一緒の古びた本が置かれていた。

 

この本はどうしてか鎖で閉じられていて中を見ることも出来ないがこうして見ているとしゃべりこそしないが、何故か暖かい気持ちにしてくれる素敵な本なのである。

「せっかくご厚意で入れてくれったものやし、ずっとウジウジしてもしょうがないなー。」

そう言って本に微笑みかけるとはやては封筒から通知ハガキを取り出して返事を書き始めた。

 

これが長く、大切な繋がりとなる始まりになろうとは知るよしもなかった。

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岐阜県のとある小さな村。

まだ冬に降った雪が道の脇に所々に小さく積もっている。

 

そこに立つ電柱に気だるそうにもたれながらアイスを舐めている男がいた。

 

「アイツ、また長いな…。」

彼の名はアンク。

こことはまた別に存在する地球で欲望の塊として生まれ、そこで永い時を過ごしてきた者だ。

 

かつて彼の存在した世界では欲深き王が生命の欲望をメダルとして固形化し、そこから人の手で生命を作り出した。

それが「グリード」と呼ばれるアンクたちのことだ。

 

王は彼らのメダルを使い「オーズ」と呼ばれる計り知れない力をその身にまとい、世界の全てを手に入れようとした。

 

だが彼の器ではその力を受け止め切れず、身を滅ぼし、グリードたちも長きに渡る眠りについた。

 

時が経ち、800年後に甦ったアンクは同様に目覚めた他のグリードたちからメダルを奪い、願いを叶えるために

オーズの力を一人の青年に渡した。

 

火野映司…それが「先代」の…仮面ライダーオーズである。

 

アンクと彼は時に利用し、衝突しながらも、協力し、助け合い、友情などでは推し測れない不思議な絆を結んでいった。

 

戦いが激化し、終わりを迎えると同時にアンクは核となる自身のコアが割れ、映司に別れを告げ消滅した。

 

だが、それからも彼はアンクと出会えるいつかの明日を信じ、世界を旅し続けた。

 

それから40年後、それは叶った。

 

だが、それから一緒に過ごせたのはごく僅かな時であった。

 

代わるように映司は安らかな眠りについた。

 

一人行く宛も無く世界を放浪としていたアンクだったがかつて消滅する前、最後の戦いで生じた次元の裂け目が彼の行く先に現れた。

 

そこで過去の映司と未来からの敵を相手に共闘、すべてが終わり彼にとっての現代に戻る裂け目の中、来た道とは違う世界が枝分かれしたように彼の前に現れた。

 

不思議と彼はその世界を始めて見た気にならなかった。

 

彼は待ち焦がれていたようにそこに飛び込んでいった。

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アイツはいつもこうだ。

 

アンクは心の中でそうぼやいた。

 

毎度毎度俺を振り回す。

 

なんで俺はもう4月だというのにこんな寒空の下にいるんだ。

 

半月程前のことだ。

 

?「アンクー!ちょ~っと付き合って欲しいことがあるんだけ「断る!!」…ちょ!?まだ言い切って無いじゃん!」

 

こいつがこんな風に頼みを言ってくる時はろくなことが無いと短い付き合いでももう分かっていた。

 

?「今度出す新作ゲームのキャンペーンでファンの子たちにプレゼントを渡って回んだけど一緒に行こ!」

 

そら見たことか。ろくでもない。

 

「馬鹿か。何で俺まで行く必要が「新作のプレミアムアイス一月分じゃダメ?」何人回る気だ?」

 

こんなことになるならせめてこの時の俺に

「二月にしろ」と言いたくなってきた。

 

まぁ、これはヤツ絡みでもあるから今回は多めに見よう…と思っていたが。

 

「いくら何でも遅い!」

 

かれこれ二時間近くここで待っている。

 

あいつは今俺の向かいにある家のガキに会いに行っている。

 

この村に着いた時に一緒に邪魔するかと聞いてきたが、ここに来るまでの8件は長くても30分ぐらいだったし、ガキの相手もめんどくさいから今回は待つことにした。

 

その結果まさかこんなに退屈になろうとは。

 

寒さはなんてこと無いが、特にすることもなくここまで暇をもて余すことになろうとは考えなかった。

 

そうイライラしているとようやくお出ましだ。

 

「お兄さんこれありがとう!」

 

?「いやいや!こちらこそだよ!お兄さんが作ったゲームでこーんなに笑ってくれて嬉しかったよ!ありがとね。」

 

そう言って玄関の上ではしゃいでる6~7歳ぐらいのガキとその横でお礼を言う母親に嬉しそうな笑顔を見せる小憎たらしいやつが出てきた。

 

どうやらいつもの嬉しがりが発動して話を弾ませていたらしい。

 

ああなるとアイツはめんどくさくて堪らない。

 

「わざわざこんなところまでありがとうございました。

あの、これ隣で和菓子屋を営んでる主人が作ったものなんですがよろしければお持ち帰りください。」

 

?「あ!お気を使わずに!」

 

アイツはこういうのを絶対に受け取ろうとしない。

別に嫌いな訳ではないが。

 

「これ、ボクもお手伝いしたんだー!絶対美味しいよ!」

 

?「そうなんだ!うーん…じゃあせっかく用意していただいたのでいただきます!」

 

やったーと嬉しがる子どもと良かったねと微笑む母親の前のアイツはこちらに軽い調子でとウィンクを向けた。

 

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?「ごめんね。待たせちゃって。あの子が一生懸命に今まで進めてきた進捗見せてもらってたらかなりかかっちゃって…。」

 

「全くお前はこういう時は回りに見境無くなるよな。」

 

?「うぅ…。面目無い。」

 

こいつ…黒斗エイジは今俺とつるんでいるやつだ。

 

ゲーム作りの天才らしく、父親の会社のゲーム部門でトップとして開発しながらも、普段は俺とあちこちに用事に出かける端から見たら「変わり者」だ。

 

「で、これなんだけど…。アンクー、一緒に食べてくれない?」

 

バイクを変えておいた場所に向かいながら、さっき貰った菓子を開けて一つ差し出してきた。

 

「お前も相変わらずだな。」

 

受け取ると作って間もないのか暖かさが残る饅頭だった。

 

「結構暖かいねー…。」

 

頬張ると手作りで中のあんこに手間がかかっているのか

小豆がある程度形を残しつつ食感もしっとりとしつつもしつこくない程よい甘さの饅頭だ。

 

「なかなか美味い。」

 

「満足してくれた?結構いけそうだね。」

 

ニヤニヤしながらエイジも一つ頬張ると残りが入った箱は俺に預けた。

 

「で、次で最後で本題か。」

 

「ああ。今回偶然当選した子が住んでるその街では最近、変な生き物の目撃情報や不審な地震が小規模だけど頻繁に続いてるらしい。」

 

村の入り口に停めておいた自販機…に変形できるバイク、ライドベンダーの所まで辿り着くと真剣な表情でスライド端末を取り出し、情報を表示した。

 

そこには何か巨大な生き物のような影が写った写真が数枚と街の定点カメラが記録した揺れの映像が保存されていた。

 

「それと少ない情報だけど、虫の化け物みたいなヤツがをいたとかそんなことが起きてるみたい。」

 

「なるほどなー。…本当ならば街の近くまで行けばその時点で俺もヤツに気づけるだろうな。」

 

名前まで同じで初めて会った時は少し驚いたが今はこいつが3代目のオーズだ。

こうしてこの世界のどこかに隠れるヤツを二人で探して回っていて、今回はその最中にこいつが作ったゲームの発売キャンペーンに付き合わされたというわけだ。

 

「で、次はどこだ?」

 

そう言いながら俺は姿を人間の姿から小さくして右腕だけに変え、エイジの背負うカバンの中に入った。

 

「海鳴市ってところ。この全国巡り始める前は写真の影の情報ぐらいしかなかったから様子を見てたら結構確信を持てるぐらいの情報が今になって出てきたってわけ。」

 

「はっ!物は言い様だな。」

 

だねと苦笑するとライドベンダーの中央パネルに人差し指を当て、バイクに変えるとメットを被り、エイジは道を走らせた。

 

(それにこの当たったこの子とは少しゆっくり話してみたいと思ったし…。)

 

そう心の中で思いながら。

 

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はじめまして!

今回から始まりました「リリカルなのは-オーズクロニクル」。

いかがでしたでしょうか?

筆者は2ndA'sからなのはさんたちが大好きで、いつか二次創作の中で自分で物語を作りたいと思い、全体を通しての話がこの6年で固まったので、ようやくのスタートを切ることが出来ました。

「ここの設定はこうじゃないか?」、「少しこいつ一強過ぎやしないか?」などといったお言葉やご意見もありがたく思いますので、是非コメント等の形でどんどんいただきたく思います!

また、「良かった!」などの暖かいお言葉は大変励みになりますので、もしありましたらこちらも是非よろしくお願いします!

感想、批評共にお返事などもしたいと思いますのでお気軽に来てください!

では、また次回に。

P.S.はやてちゃんの口調は出来うる限りの研究中です!


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第2話「桜と怪物と新たな出会い」

こんにちは!お待たせしました、第2話です!
今回から本格的に海鳴が舞台となります。
ではお楽しみください!


はやてが当選してから1ヶ月近く経ち、もう4月も終わり間近。

 

はやては購入してからずっとプレイしていたマイティーアクションXも大分進んだが、まだまだクリアには至っていなかった。

 

ただでさえ隠し要素てんこ盛りのボリューミーな内容であり、彼女自身がどれだけ熱中してもゲームは1日1時間とルールを決めて遊んでいることも相まって他の子どもたちよりも進むスピードは緩やかだった。

 

あのゲームが届いた日と同じようにはやては病院からの帰路に着いて、公園の前を車椅子で通りかかった。

 

公園の中では日曜日ということもあって、ちびっ子たちが桜の木の下で楽しそうに駆け回っていた。

 

桜が風に吹かれ、桜吹雪になっているところを子どもたちは面白がって突っ込んでいた。

 

「もう4月も終わりやなー…。」

 

5月に入るとすぐにゴールデンウィークで、テレビでも休みの間のオススメスポットなどの特集番組が多かった。

 

はやては通院の予定も休みの間は無く、どこかに出かけても自分には場違いで居辛くなると思い、買い物以外では家から出る気もなかった。

 

「もう桜も見納め時やなー。ちょっとゆっくりして行こかな。」

 

公園内のベンチの横に車椅子を並べた。

 

ちょうど桜の木が日差しを遮り、木陰を作っていて風も優しく、そこは居心地が良かった。

 

今日はバスが少し長引き、検査で疲れていたこともあり15分ほど桜や子どもたちを眺めていたが、いつしかその小さな首はカクンカクンと傾いていた。

 

「あかん…。めっちゃ気持ちええ天気やし、眠なってきたわ。はよ帰らな…」

 

そう思った刹那の瞬間、彼女の目の前に信じられないことが起きた。

 

公園の広場に土煙を上げ、空から何かが落ちてきたのである。

 

そして、それは不気味に蠢き始め…

 

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エイジとアンクは村を出発してから途中に休憩を挟みつつ、2日かけて目的地である海鳴市にたどり着いた。

 

桜台という少し高台となっている小山で小休止中である。

 

「いや~、意外と時間かかっちゃったねー。」

 

「は!お前の寝起きが悪いからだろ。」

 

どうやら休憩のために立ち寄った仮眠所でエイジがなかなか起きて来なかったようだ。

 

「全く呑気なやつだ。お前の寝起きはいつもこうだ。

少しは1人で起きてこい。」

 

「悪いね。ここんとこ暖かくなって布団が気持ちよくて…」

 

そこまで言って、アンクからのお説教が飛ぼうとしたとき、エイジの携帯が鳴った。

 

「はい。もしもし…」

 

電話に出て、アンクからのお仕置きを飄々とかわした。

 

?「エイジ!調子はどうだい?」

 

「ああ。父さんか。そっちは相変わらずだね。」

 

電話の相手はエイジの父であり、長年ゲンムファウンデーションの会長を務める大御所、黒斗宗正だ。

 

「相変わらずも何も、最高だよ!

先日のマイティーアクションXの発売以来、在庫の問い合わせがひっきりなしで営業部も嬉しい悲鳴が絶えないようだよ。」

 

「そっか!売り上げも良いみたいだね。

こっちもプレイしてくれた子たちから満足して、色んな感想くれてオレも最高の気分だよ!」

 

発売前から予約が殺到し、いざ発売すると店頭からは5分も待たずとして売り切れた。

 

「会社にもファンレターや感想の手紙が届いているよ!

メディア露出もしていないというのに我が息子ながらスゴいものだね。みんな私の顔からイメージしたのかな?」

 

「あー…ハイハイそうですね。」

 

いつもこんな調子で軽口を叩き合う仲である。

 

「まあ、冗談はこのぐらいにして、例の件だが一昨日の大地震を君に頼まれた通り、こちらでも調べて結果が出た。」

 

「流石、ウチの会社は仕事が早いねー。」

 

一昨日に海鳴市では断続的に強い揺れが続き、ニュースとなった。

 

この数ヶ月、地震が続いていたこともあり、今までの地震は今回の前触れかと思われていた。

 

だがこの地震、調べると不可解な点があった。

 

地面が揺れていないのである。

 

「結果だが、君の仮説通り地面ではなく空間そのものが揺れていたというものだったそうだ。」

 

「やっぱりか。そうなると周辺の空間そのものに影響を与えるほどのエネルギーが異常に発生したとしか…」

 

エイジとアンクはアンクと同じ、あるグリードを追い続けており、全国各地を転々としていた。

 

今回のユーザーキャンペーンは、その旅の最中にエイジが作ったゲームの感想を彼自身に生で聞いてもらおうと、旅の合間のリフレッシュも兼ねて宗正会長が考えたものだった。

 

最初は少し渋ったエイジだったが、選考された子たちからのアンケートを見て、それまでと逆に「10人しか会えないの?」と残念そうにする始末だった。

 

「だがそんなエネルギー、余程デカい欲望を見つけても作れるとは思えんがなぁ。」

 

エイジの推測にアンクは意見した。

 

グリードは体の核となるコアメダルと体を作るセルメダルを持つ。

 

セルメダルを増やせばその分だけ肉体の強化を果たすことが出来る。

 

そのためには強い欲望を持つ人間にセルメダルを1枚入れ、ヤミーと呼ばれる怪物を生み出す。

 

ヤミーは宿主となった人間の欲望通りに動き、暴れてセルメダルをその体内に増やし、増えきったヤミーを取り込むことでグリードは更なる強化が出来る。

 

だがアンクの言うとおりコアメダルよりも劣るセルメダルでそこまでのエネルギーを発生させることが出来るかは疑問だ。

 

「そこなのだよ!アンク君と出会って、我が財団のメダル研究は飛躍的に進んだが、どうにもこればかりは不自然で研究チームも頭を抱えているよ。

これは可能性の話だが、メダル以外の未知の力なのかもしれないとも見解が出ているよ。」

 

「…メダル以外の力か。」

 

3年前、ゲンムファウンデーションの所有する山岳地帯に突如として開いたワームホールから飛来した未知の物体、「コアメダル」「セルメダル」。

 

政府の箝口令の下、ゲンムファウンデーションは政府上層部との口利きでこの物体への詳細な研究を開始し、

内包される強大なエネルギーを発見した。

 

だが、時を同じくして、国内で奇妙な怪事件が頻発するようになった。

 

何の計画性も無く、狂ったように包丁を持っただけの男が銀行を襲い、多数の死傷者を出し、タガが外れたように食欲を爆発させてショック死するものや天井まで届かんばかりの買い物袋の下敷きとなって圧死するなど、まるで欲望を解放した末路のような不気味にも思える事件が一つ二つなどでは無く起きていた。

 

その現場付近に必ずセルメダルが数枚発見されていた。

 

情報統制を敷いていたこともあり、詳細な情報は無くともそれが都市伝説のように、まことしやかに囁かれるようになるのに時間はかからなかった。

 

そんな中、アンクがこの世界に現れ、ひょんなことから宗正会長の1人息子であるエイジと出会った。

 

彼は自分の存在した世界となぜメダルがこの世界に現れたか、一連の事件とグリード・ヤミーの関係をこと詳細に教えてくれた。

 

始めは半信半疑だった政府上層部も事件との一致性、少ないながらも不審な異形の姿の目撃情報、何より箝口令の中、コアメダルを提示したアンクの言葉を信じざるを得なかった。

 

そしてアンクはエイジに力として、オーズドライバーを渡し、共に戦い今日に至る。

 

今は全国をまたにかけて、危険なヤミーを生み出すグリードを追いかけ続けているのである。

 

だがここにきて、ただでさえメダルだけでも研究中のこともあると言うのに、そんな何とも分からない得体の知れないものが可能性とは言え現れようとは誰も想像していなかった。

 

「やつの気配事態は薄いがこの街から感じている。

このまま探すことにするぞ。」

 

「よろしく頼…」

 

そこまで会話が続いた時、海鳴市の方から爆発が轟音が共に届き、遮った。

 

「アンク!」

 

「この気配…間違いない!ヤミーだ!」

 

「父さん!行ってくるよ!」

 

場所はそれほど遠く無いようで、今も煙が上がっているのが見えた。

 

「エイジ!気をつけて行きたまえ!」

 

「ありがと!終わったら連絡するよ!」

 

電話を切り、アンクは腕だけの姿でエイジのバッグに入り、猛スピードで現場へと向かって行った。

 

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はやては木陰に隠れていた。

 

目の前では蜂の針をそのまま大きくしたような右腕を持った怪物が暴れていた。

 

うわ言のように「ナニモカモメチャクチャニー!」などと叫んでいる以外、知性のようなものを感じられず、ただただ暴れまわるだけであった。

 

一人逃げ遅れ、見つからないように怖くて震える体を丸めてはやては目を瞑っていた。

 

「(な、何なんあれは…?!)」

 

公園にいた住民たちは避難し、はやては逃げ遅れて、その場には怪物とはやてだけだった。

 

だが

 

「ええーん!おかあさんどこー!?」

 

小さな男の子が一人はぐれてしまっていたようだ。

 

「アァ…ウルザイ!」

 

首を傾け、怪物が少し離れた所にいるその子供を睨んでその方向に向き直った。

 

今にも飛び掛かろうとしたその時

 

「こっちや!」

 

自分の持っていた本を怪物に投げ、はやては自分に注意を逸らさせた。

 

目論見通り、怪物ははやてへと狙いを変え、蜂針を機関銃のようにばら蒔いた。

 

「きゃあ!」

 

本能のままに撃つだけで、ろくに狙いもつけていないため本人への直撃こそ無かったものの、はやてはその衝撃で車椅子から叩き落とされた。

 

「グルル…」

 

撃つのはやめたようで、蜂の脚をそのまま密集させたような刺々しい左手を上げ、にじりにじりと動けずにいるはやてへと近づいてきた。

 

「(怖い…。私はこのまま殺されるんか…。嫌や。

そんなん嫌や。誰か…)」

 

そうまで思ったとき上げた左手が振り下ろされた。

 

「助けて!」

 

鈍い、金属音が頭上から聞こえた。

 

いつまで経っても痛みや血が流れて来ないことにはやては気づいた。

 

顔を上げると怪物が仰け反り、自分との間に青い刃を持った剣が地面に立っていた。

 

「君!大丈夫!?」

 

声のする方に顔を向けると、黒いサングラスをかけた長身の綺麗な銀髪な男が駆けてきてはやてを気遣い隣にしゃがんだ。

 

「痛いところとかケガは無い?」

 

「だ、大丈夫です。あ!近くに男の子が…」

 

はやては先ほど狙われていた男の子の心配をしていた。

 

「その子なら大丈夫だよ。連れが安全なところまで逃がしてくれてるから。

あとは君を連れていけばオッケーなんだけど…。」

 

穏やかにはやてに語りかける男は、怯みから戻ったヤミーが自分の投げた剣を腕を乱暴に振り回して吹っ飛ばすのを見て、苦笑混じりに「ハァ…」とため息をつきつつサングラスを外した。

 

「どうやらそうもいかないみたいだ。

…ちょーっと悪いんだけど、これから見ることは内緒にしてね!」

 

倒れた車椅子を起こして、はやてをひょいとお姫様抱っこしつつそこに座らせながら男は少し困った声色だが、いたずらっ子のようににこやかな顔を彼女に向け、しゃがみ

目線をはやてに合わせて喋った。。

 

サングラスを外したその目は黒目の多くが朱色になっており、はやては思わず見とれてしまった。

 

「とーりあえず!アイツをどうにかするよ!」

 

「なんとかて…危ないですって!」

 

「大丈夫!俺におーまかせ!」

 

両手を振り回して暴れるヤミーに向き直って歩む男は、

止める彼女にサムズアッブを背を向けながら送り、着ているコートの胸ポケットから見たことの無い"何か"を

腰に当てた。

 

するとそれは彼の腰にベルトのように巻き付き、何かを彼は三枚そこに入れてそれを傾けた。

 

腰脇に付いていた円盤を手に取るとそこから音がなり、それでベルト状のものにスキャンするようにスライドさせた。

 

キン!

キン!

キン!

と小気味のいい音が鳴り、慣れているように彼は高らかに、力強く叫んだ。

 

「変身!!」

 

タカ!

 

トラ!

 

バッタ!

 

タットッバ!タトバ!タットッバ!!

 

ベルトから色とりどりのメダルのようなものが飛び出し、彼の周囲を回って奇妙な歌と共に男は三色の姿へと"変身"した。

 

「さあ!その欲望…終わらせるよ!」

 

その戦士はその言葉と共に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

三代目オーズの変身!

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、今作主人公の黒斗エイジは本編オーズ主人公火野映司さんから名前を、仮面ライダーエグゼイドから檀黎斗さんからその神の才能を頂き、そこに彼本人の性格とそれを作った過去を織り混ぜ生まれた1人の人間です。

奇しくも、現在放映中のジオウでは夢の(?)コラボを果たした二組になりました。

この作品を構想する中でまさか本編でこの二人が出会うことになるとは夢にも思わなかったです!

筆者、そのお二人と黎斗さんの父である正宗パパが大好きなんです!

特にこの檀親子に関してはエグゼイドという作品に触れる中で、個人的にどこで道を間違えてしまったのか考えていました。

息子を会社の発展のための道具としてしか見ることが
出来なくなってしまった父、その父の下で自分の才能こそが全てと思い至り、暴虐の限りを尽くした息子。

この作品ではこの親子のある意味ifのような物語も書き綴りたいと思います。

そしてアンク!

いつかの明日を迎え、映司さんとの再開と別れを経て、
未知なる世界へと降り立った彼もまた新たな欲望と出会うことに…。

また三話でお会いしましょう!


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第3話「戦いと語らいと災厄の影」

今日は!
3話になります。
それではオーズ初戦闘です!
どうぞ!


「グルワァ!」

 

突如目の前に現れた敵に、武器となる針を向けようとする蜂ヤミーであった。

 

エイジ=オーズはバッタの力を持つ脚を使って距離を一気に詰め、その勢いのまま右腕を大きく蹴り上げた。

 

着地と同時に、両腕に付いたトラの爪を展開して右、左と連続して切りつけた。

 

「ハッ!ソリャ!」

 

ダメージを受ける度にその箇所から銀色のメダル、セルメダルがぼろぼろと溢れた。

 

「ガァ!」

 

トラのクローを右腕に食い止められ、左膝から脇腹に膝蹴りを食らいオーズは後ろに跳んだ。

 

僅かでも距離が生まれたのを好機と見たヤミーは蜂針を乱射した。

 

「ワンパターンだな!」

 

高速で放たれる針は直撃すればオーズにもダメージを与えられるだろうが、頭部の鷹の目を生かして的確にトラクローで器用に捌いて一本も通さなかった。

 

シビレを切らしたヤミーは背部の羽で一瞬で飛び上がって、

猛スピードで突っ込んできた。

 

「ガハッ!ちょ!飛ぶのはズルいでしょーよ!」

 

瞬間的に反応して激突は避けたが、通り間際に放たれた針を数発受けて、オーズは痛みつつも子供のように文句を言った。

 

そんなことはお構い無しに上空から針を乱れ撃ってきた。

 

先ほどと同じように防ごうとしたオーズだったが、想定外の事態が起きた。

 

空中浮遊という不安定な状態で乱射したため、地上にいるとき以上に狙いが定まらず、その中の数発がはやてのいる方向に向かっていた。

 

すぐに向かおうとしたエイジだったが、彼とはやての直線延長線上から赤い影が颯爽と飛んできた。

 

腕だけの状態のアンクがはやての目の前で針を全てはね除けた。

 

「おい!お前!ボーッとしてんな!」

 

「う、腕がしゃ、喋った…」

 

「お、おい!?」

 

腕だけなら高速で自由に飛べるため、アンクはこの状態で来たようだったが唐突に目の前に現れた喋り腕お化けにキャパオーバーを起こして気絶してしまった。

 

「サンキュー!アンク!でも気絶させちゃってどうすんの!?」

 

「ふざけんな!なんでヤミーは大丈夫で俺はダメなんだよ!」

 

「まぁ喋る腕は普通に驚くだろ。ちょっとその子守っててくれ!」

 

納得のいかないアンクは人の姿へと戻り、はやての車椅子を押して公園の隅にまで連れていった。

 

「アンク!空にいるやつ狙えそうなメダル…そうだ!クジャクをパスして!」

 

「お前命中率悪いだろうが!これで我慢しとけ!」

 

アンクはそう言うとエイジのバッグから黒いホルダーを取り出し、中にあるメダルを1枚オーズに投げ渡した。

 

「え?ウナギか。これでもいっか!」

 

左腕で針を防ぎつつ、右手で真ん中のメダルを変えてスキャンした。

 

タカ!

 

ウナギ!

 

バッタ!

 

先ほどのように歌は流れなかったが黄色のトラクローが付いていた胴体部分が青くなり、腕には水色がかった鞭のついた姿となった。

 

変化する際の正面に現れたメダル状の幻影で攻撃を防ぎ、変わった瞬間にバッタの力で跳び上がり距離を詰め、鞭でヤミーを絡めとり地面へと叩きつけた。

 

「ガハッ!?」

 

鞭に流れていた電流で麻痺し、まともに立ち上がれないヤミーを脇目に、タトバと歌が流れた形態へとオーズは戻った。

 

「トドメだ!」

 

スキャニングチャージ!!!

 

再びベルトのメダルをスキャンすると音声と共に全身にエネルギーが流れ、バッタレッグが本物のバッタのような節々になり、先ほどより大きく変化した。

 

その脚で高く跳び上がるとヤミーとの間に赤、黄、緑のメダル状のゲートが現れ、赤い翼を背から生やして加速をつけたオーズがくぐり抜け両足蹴りを直撃させた。

 

「オッリャー!!!」

 

必殺の一撃を受けたヤミーは爆発を起こし、辺りにセルメダルが飛び散った。

 

それと同時にアンクのスマホ操作で公園脇に自販機に変えたライドベンダーから缶状のロボット…カンドロイドのタカ缶が次々と排出、変形しヤミーから生成されたセルメダルをそのクチバシに咥えてどこかに飛び去って行った。

 

「エイジ!退くぞ!」

 

遠くからサイレンが聞こえ、どんどん近づいて来ていた。

 

長居は無用と判断したアンクはオーズに呼び掛けた。

 

「あ!待ってアンク!」

 

「あ?おい!そのガキどうすんだよ!?」

 

オーズは気絶しているはやての下に駆け寄り、車椅子ごと持ち上げていた。

 

「流石にこのまま放っておくのもかわいそうだし、ケガしてたりしたら俺たちで運んだ方が速そうでしょ。」

 

「ハッ!お人好しが…っておい!置いてくな!」

 

アンクの返事も待たずしてオーズは近くのビルへ、ビルへと跳んで現場から離れていった。

 

「全く…ん?」

 

腕の姿に戻り後を追おうとしたアンクは近くに落ちていたあるものに気づき、それを拾ってオーズを追った。

 

-

-

-

頬に優しい、暖かい風が当たるのを感じ、はやては瞼を開いた。

 

車椅子に座る自分の回りには先ほどまで自分のいた公園と同じように子供たちが楽しそうに騒いでいる子供たちや家族連れが沢山いた。

 

どうやらここは近所の大型ショッピングモールの屋上の

庭園の片隅のようだ。

 

「あ!気がついた?」

 

声を掛けられた方に顔を向けると隣のベンチにはあの銀髪の黒コートのお兄さんがいた。

 

「診たところは大丈夫だったんだけど、痛いところとか苦しかったりしない?」

 

「あ、ああ…特には大丈夫ですよー。でも何で私はこんなところに?公園で変なんに襲われて、それでお兄さんに助けてもろてる時に喋る変な腕が出てきて…」

 

ビルを跳び跨いで、その途中のビル屋上で一度外傷が無いかを調べ、誰にも気づかれないようにこの場所に降り立って彼女が目を覚ますまでエイジは隣で待っていた。

 

「変なの!…で悪かったなぁ!」

 

正面を見ると前髪が鳥のトサカのように跳ねた金髪頭の目付きの悪い青年が水色のアイスを片手に立っていた。

 

その声はあの腕お化けから発せられたものと同じだった。

 

「何で化け物を見て平気で、俺を見たら気絶すんだよ?」

 

「あの…えっと。」

 

「しょうがないよ、アンク。誰だって目の前に突然腕だけが浮かんで、しかもそれが喋ったら驚くよ。」

 

アンクに若干怯え気味のはやてを見て、エイジはフォローを出した。

 

「それとな!…」

 

そこまで言ったアンクの前に手を出して静止し続けた。

 

「はい、これ。」

 

はやての膝上にエイジは一冊の本を置いた。

 

「これ君の本だよね。聞いたよ、襲われそうになってた男の子助けるためにこれを投げて注意を引いたって。」

 

「何でその事を?」と言いたげな顔をするはやてにエイジはにこやかに笑みを浮かべ、同じ目線になるよう彼女の隣にしゃがみこんだ。

 

「こいつ…この目付きの悪ーいお兄さんが君が助けた子をお母さんのところにまで連れてってくれて、自分を助けてくれたお姉さんがいるって教えてくれたんだ。」

 

アンクは彼に鋭い目を向けたが気にしていなかった。

 

「あの子、無事にお母さんに会えたんですね。

良かった…。」

 

はやては助けた子が無事だと聞いて安心して胸を撫で下ろした。

 

「君は優しい子なんだね。」

 

「そんな…私はあんなことしか出来へんかったわけですし、お兄さんたちに助けてもろうて…そや!お兄さんあの時何やよう分からんものに変し…」

 

「あー!ちょっとそれはストップで!」

 

エイジははやての言葉を慌てて遮った。

 

周囲を見回して、「ここじゃマズい」と苦笑を浮かべて続けた。

 

「巻き込んじゃったし、このまま何も言わずは酷だからとりあえず説明しなきゃなんだけど俺たちこの街に来たばっかりでどこか落ち着いて話せる所とか心当たりない…かな?」

 

「えー…私もあんま外に出掛けたりせえへんので…

ああ、ウチでもええですか?」

 

はやてはあまり人と積極的に接したりするのは苦手な方だが、目付きの悪いお兄さんはともかくこの黒コートのお兄さんからは何故か暖かみを感じ、安心して話せると思った。

 

「逆にいいのかな?お邪魔しちゃっても?」

 

「ええですよー。ここからあんまり距離も無いですし。」

 

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。」

 

「ほんなら早速行きましょか!案内します~。」

 

「ありがとう!…って大丈夫?」

 

「あれ?おかしいな~?ちょお動き辛くて…。」

 

車椅子を回して動き出そうとしたはやてだったが、どうやら先ほどの騒ぎで車輪が回り辛くなってしまったようで動きにくいようだ。

 

「ああ…さっきのでか~。あ、押すのは出来そうだね。

お家に工具とかあるかな?」

 

「確かあったはずですけど。」

 

「じゃあ着いたら修理してあげるよ。でもこのまま押してくのは危ないからオブっても大丈夫かな?」

 

「ちょお恥ずかしいですけど…OKです。」

 

「了解!アンク~車椅子押してってくれー。」

 

ベンチに脚をかけて行儀悪くアイスを食べていたアンクに車椅子を頼みはやてを背負ってエイジたちははやての家へと向うことにした。

 

「そうだ!自己紹介してなかったや。俺の名前は黒斗エイジ。よろしくね!あっちの金髪はアンクっていうんだ。ガラ悪いけどあんまは悪いやつでは…無い…かな?」

 

後ろの方でしょうがなさそうに空の車椅子を押しているアンクを尻目に、はやてをおぶりながらエイジは自己紹介をしていた。

 

「私は八神はやていいます。…あれ?黒斗ってもしかして…」

 

「八神はやてちゃん…?」

 

「「あ!もしかして…!」」

 

-

-

-

 

エイジたちがショッピングモールの屋上にいる頃、現場となった公園では警察と野次馬たちが集まっていた。

 

ヤミーが暴れて出来た地面のクレーターが数個と針が敷地内の木々に刺さってボロボロにしてしまっていた。

 

周囲のビルにも被害を及ぼしていたが幸いにも死者は出出ていなかった。

 

怪物が暴れていると通報を受けて出動した警察だったが肝心のヤミーもおらず、かといってこの状況もどうしたものかとほとほと困り果てていた。

 

野次馬たちも何事かとウワサや不安だという話を囁き合っていた。

 

その集団から少し離れたところに1人の少年がいた。

 

「…ええ、未回収のジュエルシードでは無いようですが、ロストロギアの類いの可能性もあるのでもう少し調べてから帰還します。それでは後程。」

 

黒髪の少年は自分の周囲に人があまりいないのを見計らい、携帯にも似た端末にそう告げて通信を切った。

 

あまりこの世界では聞き慣れない単語を使い、何かを調査しに来ていたようだ。

 

「一体何なんだ…。?」

 

少年は言い表せれない違和感に疑問符を浮かべていた。

 

そんな現場の様子を一つの影がビル影から覗いていた。

 

人型だがそれは歪な形をしており、四肢は不気味に蠢いていた。

 

「…オーズ。」

 

憎々しげに、だが何故かどこか嬉しそうにそう呟いて影は何処へと跳び去った。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
はやてとエイジ、アンクのファーストコンタクト。
彼女からしたらいきなり目の前に金髪と銀髪の大人が現れて、改めて見ると圧がすごいですね…。
次回では巻き込まれたはやてへの事情説明と熱いゲーム語り?です!
お楽しみに!


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第4話「お話と本と不思議な出会い」

どうも!4話更新です!
またあとがきで!


「でもまさか、巻き込んじゃった子がはやてちゃんだったとは…。」

 

「ホンマですね~。私も助けてくれたお兄さんが大好きなゲーム作ってくれとった人やったなんて。」

 

今日会いに行く予定の子ということに気づいたエイジと当選通知が来てから楽しみになっていたはやて。

 

家路に就くなかで、世の中意外と狭いなと二人は感じていた。

 

「嬉しいこと言ってくれるね~。お兄さん涙出そうだよ!」

 

「でも想像してたよりめちゃお若いんですね。それにこんなハンサムさんだったやねんて。」

 

「またまた~。まぁこのキャンペーン始めるまで今までメディア露出とかしたこと無かったからみんな俺がどんな奴か知らないもんね!」

 

はやてをおぶりながら楽しそうに話しているエイジの後ろにはアンクが四苦八苦しながら車輪の調子の悪い車椅子を押していた。

 

「たく!何で俺が…こんな…!」

 

「アンク、悪いなー。」

 

「すみません…ご迷惑おかけして。」

 

車椅子に翻弄されているアンクを見てはやては申し訳なさそうに後ろを見た。

 

「全くだ!」

 

「!…」

 

はやてが伏し目がちになったが彼は続けた。

 

「そのバカの戦い方が下手くそ過ぎなんだよ。

おいエイジ!お前回り気にするなら最後までよく見とけ!」

 

「だよね!もっと広く見れるようにするよ。はやてちゃんも気にしないで。アイツもそう言いたいんだよ。」

 

気にしないでと言った後の言葉は彼に聞かれないくらいの小さな声で教えた。

 

「内緒ね♪」

 

「…はい♪」

 

「あ?何か言ったか?」

 

「別に~。」

 

どうやら根本的にこの二人は気が合うようだ。

 

「あ!その角右に曲がったらもうそこです。」

 

そうこうしてる間に目的地に着いたようだ。

 

-

-

-

「どうぞ~。すみません、あんまとりわけええおもてなしとか出来ませんけど。」

 

「いやいや、気にしないで!でも綺麗なお家だね。」

 

「ありがとうございます。こんな足なもんで特別やることもあんまあらへんですし、掃除とかばっかりやってるもんで。」

 

家のリビングに通されたエイジは家の清潔感溢れる手の届きように感心していた。

 

「そっか。家事得意なんだ。」

 

「はい。掃除も得意ですし、お料理とかも好きです♪もちろんゲームも!」

 

「スゴいなぁ!しっかりものだねぇ。」

 

「いえいえ!そんなことは…。」

 

「親には俺たちが来ることを伝えなくて良かったのか?」

 

アンクは図々しくソファーにもたれながらはやてに尋ねた。

 

知らない大人を家に上げるのだから事前に聞くはずだと思ったからだ。

 

「両親はもう亡くなってもうてて…。もう何年も前に。」

 

「一人で暮らしてるのか。大したもんだな。」

 

「…ありがとうございます。」

 

「…ああ!そうだ。車輪の調子はどうかな。一応ちゃんと直したつもりなんだけど、使い辛かったりしない?」

 

この話題は変えたほうがいいと思ったエイジは先ほど自分が修理した車椅子の加減を聞いた。

 

「もう新品かと思うぐらいです!ホンマに助かりました。」

 

車輪を前後に動かし、自在に操るのを見せた。

 

「良かった!安心した。」

 

「おい、いい加減説明してやれ。でとっとと用を済ませろ。」

 

「ああ、そうだった。じゃあはやてちゃんさっきの騒ぎのあの怪物と俺のあの姿について教えるよ。」

 

アンクは席を立ち回りをウロウロし始め、そこにエイジが座り正面のはやてに語り始めた。

 

「奴らが現れ始めたのは今から3年と半年ばかりで名前はヤミーっていうんだ。…とアイツらを説明するためにも追って説明しないとね」

 

「まずはこれを見て欲しい。」

 

バッグから黒いホルダーを取り出し、それを開いてテーブルの上に置いた。

 

中には様々な動物が描かれた赤や黄色とカラフルなメダルがはめ込まれていた。

 

「キレイなコインですね。」

 

「これはコアメダルって言って様々な生物の強い欲望が込められているメダルなんだ。」

 

「欲望…ですか?」

 

「そう。欲望ってのは強い力、エネルギーを持つ。

そのエネルギーを利用しようと今から900年近く前のどこかの国の王様がこれを作らせたんだ。」

 

「まぁこことは別の世界の話だがな。」

 

本棚に置いてある本を眺めながらアンクが告げた。

 

「別の世界?」

 

「アンク。いっぺんにそんな大量に詰め込んでもおっつかないよ。えっとね、世界ってのは同じ人が同じように存在しているようで実際には違う人生を歩んでる…パラレルワールドって分かるかな?」

 

「本で読んだことあります。おんなじ人が別の次元にも存在するっていうふうな…。」

 

「色んな本読んでるんだね!そうそう、そういう理解でOK。とりあえずパラレルワールドのことは置いといて、でそのコアメダルは1種類につき10枚存在していたんだ。」

 

「でもその内1枚を欠けさせると「足りなさを満たしたい」と意思を持ち、一つの生命体となった。その生命体の名前はグリード。

グリードは9枚で完全な力を得て、世界その物を食らい尽くそうとした。」

 

「食らい尽くすって…?」

 

「文字通り世界が無くなるまで全てを貪るってことだなぁ。」

 

あまりにも途方も無いスケールにはやては驚いていた。

 

「だけど彼らを生み出させた王はグリード達からコアメダルを奪い、その力を自分にも使えるようにした。

それがこのオーズの力なんだ。」

 

テーブルの上に先ほどの戦いでも使ったオーズドライバーをホルダーの横に並べながらそう続けた、

 

「でも王様は自分の欲望の大きさに耐えきれず、その身を滅ぼしてオーズの力はグリード共々封印されて800年間の眠りについたんだ。」

 

ここまでエイジが説明し、続きを話そうとした時にはやては小さく手を上げた。

 

「あの~、ちょっと気になったんですけどええですか?」

 

「あぁ、どうぞ。」

 

「別の世界にしてもえらいようさん正確な情報がありますけど、どうやってそれを皆さん知りはったんですか?」

 

「それは…アイツから。」

 

エイジの指はアンクを示していた。

 

「俺はその生み出されて封印されたグリードの内の一人だ。」

 

そう言ったアンクは体をメダル状に変化させ、赤い鳥の羽のような意匠がついた右腕へと体を小さく変化させた。

 

「あ!さっきのあの腕さんやったんですか!」

 

「また気絶すんなよ。面倒だからな。」

 

すぐに元の人の姿へと戻ったアンクに彼女は謝罪した。

 

「すみません。助けてもろうといて。」

 

まっ腕が浮いてりゃびびるかと言って、彼は棚に並んだ本を眺めるために背を向けた。

 

「今アイツが変わる時に見えていた銀色のメダルがセルメダルって言ってグリードの体を形作ってるんだ。」

 

ホルダーにも赤、黄、緑、白、青の絵柄の違うメダルが三種類ずつ入っているところ以外は銀色のバッテンが描かれたメダルでいっぱいになっていた。

 

「そのセルメダルを生み出して自身の肉体とするために奴らは人にセルメダルを1枚入れてヤミーっていう怪物を作るんだ。」

 

「それがあの蜂みたいなやつのことですか?」

 

「そっ。宿主となった人間の欲望を暴走させるためにヤミーは色んなことをしたり、させたりするんだ。」

 

そこから先ほどの800年前…つまり今からだと半世紀近く前の話の続きをし始めた。

 

「800年間眠りから目覚めたグリードは自分達の体から消え、行方知らずとなった足りないコアメダルを見つけて完全な力を取り戻し、今度こそ世界を食らおうとしたんだけど…。」

 

「コイツの前のオーズが全てを止めた。」

 

良いところで遮られたエイジはブーブーと文句を言っていたが、アンクは無視した。

 

「前のオーズって…また別の人がいたんですか?」

 

「ああ。蘇った俺は他のグリード共以上に体が不完全だった。だから自分の力以外にも手段を増やすために、目の前の命を助けるために力を求めていたコイツの一つ前のオーズに力をやっていた。」

 

「んー。なんや複雑な関係みたいなんは分かりましたけど、その方とアンクさんは一緒になって戦ってた…ってことで考えてええですか?」

 

「まぁそんなとこだ。」

 

はやてが納得しているようでアンクはそのまま続けた。

 

「俺以外のグリードは消滅し、俺も一度は自分のコアが割れて消えたが未練たらたらだったあのバカが俺をまた復活させた。

だがアイツはオーズと言えど人間。

寿命には逆らえず、死んだ。」 

 

そう言ったアンクの顔は見えなかったが、声はどこか力が無かった。

 

「残った俺は元いた世界で起こったメダル絡みの騒ぎで出来た空間の裂け目を利用して三年前にこっちの世界に来たわけだ。だいたい分かったか?」

 

「とりあえず分かったんですけど、ちょい疑問が。」

 

「なんだい?」

 

途中からアンクの話をはやてと聞く方に回っていたエイジが尋ねた。

 

「3年半前にヤミー言うんが出始めた言うたらアンクさんが来はった時期よりも前に別のグリードが来たっていうことですか?」

 

「そうだね。でもアンクが証言してくれた通りのままなら、この世界にやって来たグリードは一体なんなのか分からないんだ。」

 

アンクの言った通りならばグリードは先代のオーズとの戦いの中で自らの意思の宿ったコアメダルを破壊され、消滅したはずであった。

 

とするならばそのグリードは一体何なのか。

 

「俺にも分からん。俺以外にいたグリードは全部で四人。作る奴によってヤミーの性質も変わった。

お前を襲ったやつみたいに独自に宿主の望みを叶えようとする虫みたいなやつだ。」

 

「宿主の望み?」

 

「今回のは幸せそうな他人を見て妬ましく思ったやつを利用して作ったんだろうが、それ以外のタイプのヤミーもこの3年間で何度も出てる。」

 

エイジが続ける。

 

「もしかしたらこっちの世界とアンクの世界が繋がった時に時間に誤差が生まれてメダルだけがアンクより先に来て、何らかの形で復活したグリード達がまた活動を始めて、アンクはそれより後に来たんじゃないかってことだと言うことが俺らの考えなんだ。」

 

「で、俺とアンクも色々あってグリードとヤミー退治の為に俺はオーズになったんだ。」

 

「何とか着いていけました。そないなことがこの世界にはあるんですね。」

 

「はやてちゃんスゴい理解力だね。色々助かるけどね。」

 

はやての理解力に感心するエイジだった。

 

「でも何でエイジさんはオーズって力を手に入れよう思たんですか?」

 

素直な質問にエイジは少し考えてから答えた。

 

「グリードやグリードが作るヤミーは言っちゃえば自分の欲望のためだけに他人をキズつけて、泣かせるでしょ。

俺は欲ってのは人が生きるために、誰かと一緒に明日を笑い合うための活力だって思ってるんだ。

だから自分のためだけに誰かをキズつけるんなら俺はそれを許せないし、止めたいんだ。」

 

そう言って戦いの前にはやてに見せたサムズアップをまた見せた。

 

「みんなが明日も笑い合うために…かな!」

 

少し照れくさそうにだが、朗らかにエイジは笑ってみせた。

 

「ちょっとカッコつけ過ぎかな?」

 

「そんなことありませんよ。すっごい素敵です。」

 

もう赤面状態のエイジは恥ずかしげに髪をクシャクシャにしていた。

 

「ありがとう。まぁで、ここからはちょっとお願いなんだけどー。」

 

「はい?」

 

「オーズのことはウチの会社だったりで色々調べたりしてることもまだまだ多くて、ヤミーのこともアイツらは宿主の欲望を暴走させることもあるからいかんせん、良からぬことに使おうと利用されることも考慮して機密扱いにしてるんだ。」

 

もしもグリードと邪な人間が接触し、個人的な願いからヤミーを作り出せれると厄介なことになる可能性もあった。ましてや組織ぐるみで量産でもされたら…。

 

「はやてちゃんはこっちが巻き込んじゃったし、会えて色々お話出来たんだ。

内緒にしててくれるとありがたいんだけど…いいかな?」

 

「そんな恩人に失礼な真似絶対しませんよ!もちろん3人だけの内緒にします♪」

 

笑みを浮かべて了承してくれた。

 

「ありがとうね。じゃあとりあえずオーズのお話はこれで終わりなんだけど何か質問あるかな?」

 

「あ、ちょい気になったんですけどゲンムファウンデーションが何でそんなメダルのことを研究したりしとるんですか?」

 

ゲンムファウンデーションは日本でも有数の大企業。

 

変わった社風で「自分のしたいように!」の社訓の下、社員たちは自分のやりたいこと、為したいことに向けて日々精進を重ねるという奔放だが、自由に己を高めることの出来る会社と評判になっている。

 

元々はゲームなどの娯楽部門などを強みとしていたが、そこからその経験を様々な分野に生かし、発展していった異色の会社だ。

 

中でも医療には遠く離れた交通の行き来が難しい地に熟練の医師が遠隔で操作し、執刀が行えるシステム開発とと共に、その手術のオペレーションをバーチャルで再現するソフトの開発。

 

薬剤開発にも関わり、ゲームが体に与える興奮や刺激で表面化されるホルモンなどを研究し、それらの反応を制御して治療に生かして人を助ける。

 

リハビリのために感覚を取り戻す体験型ゲームの制作、提供や終末医療を想定し、充実を与えることの出来る世界の構築など多岐に渡り、一度派生した先にも更に技術をそこで作り、大きく成長した会社だ。

 

そこで独創的でかつ万人に愛されるゲームをいくつも生み出して来たのは目の前にいる黒斗エイジさんその人だった。

 

会えると決まってからどういう人なのか気になって調べる中で会社のことも知った。

 

自分の体の治療などにもこの会社製の薬が使われていることなどもこの時知った。

 

「ああ。アンクが来る半年前にウチの私有地にあいつと同じようにコアメダルが飛来したんだ。

で、色々研究してる内に今度はアンクが現れて事情を説明してくれたんだ。」

 

黒斗家は郊外にある私有地の山奥に自然公園を作るなどして環境保護に当てたりしており、そこに空間の歪みが生じてコアメダルやアンクが時をおいて現れたようだとエイジは話した。

 

「まぁその後は色々あって、気づけばこうして二人で日本中をー…ってとこかな。」

 

色々が気になるがはやては納得した。

 

「まぁこれで一区切りなんだけど、約束通り…。」

 

そう言うとバッグの中から小包と資料のようなものの入ったファイルを取り出した。

 

「今回は新作のマイティーを手に取ってくれて本当にありがとうね!まさかこんな形で会うことになるとは思ってなかったんだけど…これは俺からの気持ち。」

 

小包をはやてに渡して開けるように促した。

 

中にはゲームのパッケージと同じポージングのマイティがメタリックに輝くフィギュアが入っていた。

 

「わぁー!マイティ!」

 

「驚いてくれたかな?今回当選した子達にプレゼントしてる特製マイティフィギュア!

下の台座にはやてちゃんの名前を彫り込んであるからこの世に一体だけのものだよ。」

 

箱の中には黒い別付けの台座があり、見ると金文字で

「八神はやてちゃんへ!Thank you!」の文字が彫られていた。

 

「こんなに素敵なもんもろうて…ありがとうございます。」

 

嬉しくて少しウルッと来ながらもはやてはお礼をした。

 

「うん♪良い笑顔見せてもらえて俺も嬉しいよ。」

 

そこからは新作のマイティーの話だったり、両親がいる頃に一緒にゲーム遊んだ思い出話をしたりと二人は大いに盛り上がった。

 

エイジは開発者としても「ここまで細かい所を見てもらえて嬉しい」といった様子でしまいには一緒になって協力プレイをし始めた。

 

一区切り休憩しているとアンクが声をかけた。

 

「ところではやてって言ったな。この本はなんだ?」

 

はやてが振り返ると本棚に置いてあった一冊の本をアンクが持っていた。

 

黒みがかかった茶色の厚みのあるその本は十字に鎖をかけられていて物々しさを感じた。

 

「この本は私が小さい時から一緒におる本で、なんやよう分からんのですけどこうして膝に置いとるだけでも安心させてくれる不思議な本なんですよ。」

 

車椅子で近くまで行ってアンクから本を大事そうに受け取るとはやては優しい微笑みを浮かべて本を膝に置いた。

 

「素敵な本なんだね。ちょっと見せてもらってもいいかな?」

 

「ええですよ。」

 

両手でその本を受け取ったエイジは自分の目の前にその本を持ってきて見つめた。

 

すると何故かは分からないが一筋の涙が流れた。

 

「あれ?エイジさん涙出てますよ。」

 

「え?何でだろう?目が画面疲れしちゃってたかな。」

 

画面を見る時間が長かったからだと言って、心配したはやてに気にしないでと告げた。

 

「ハッ何やってんだか。それより時間見てみろよ。もう日暮れだぞ。」

 

アンクに促され時計を見ると時計の短針は7を指そうとしていた。

 

「もうこんな時間になっとたんですね。楽しいとこんなに時間が過ぎるのははやいもんなんですね。」

 

本当にコイツ子供か?と心の中で思ったアンクはそれは口に出さずに思い出したようにエイジに大事なことを聞いた。

 

「おい、エイジ。お前今日の宿そういえば取ってんのか?」

 

「あ。忘れてた。」

 

本棚にはやての本を整頓して大事に置きながらそう言うのと同時に「グゥー」とエイジの隣にいたはやてのお腹が鳴った。

 

「あ、あー!お昼食べて無かったもんで…あ!お二人も一緒に晩御飯どないですか?私今から作りますけど。」

 

顔を少し赤らめながらはやては夕食に二人をお誘いした。

 

「じ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。

俺もお手伝いするよ。」

 

-

-

-

 

「スゴいね、はやてちゃん!料理上手とは言ってたけどこんなに手際も要領もいいなんて…まるでプロだよ!」

 

「そんな大袈裟なもんと違いますよ…。エイジさんも手伝ってもうてありがとうございます。お料理得意なんですね。」

 

「いやいや、俺は特に…ね。」

 

そう言って照れたように軽く目をそらしたエイジに不思議そうにするはやてだったがアンクからの呼び掛けですぐに配膳に移った。

 

「ありがとね、夕飯まで用意してもらって。」

 

「いえいえ!あんまり手の込んだものはご用意出来なくて申し訳ないですが…。」

 

「ぜーんぜん!ご馳走だよ!」

 

半熟加減が絶妙な大きめのオムライスと彩り豊かなサラダ、ベーコンの入ったコンソメスープと小学生作ったと思えないバランスの良い食事だ。

 

ちなみにオムライスとサラダははやてで、スープはエイジが調理した。

 

「じゃあ「いただきます。」」

 

3人とも席につき、エイジとはやてはいただきますをして、アンクはおもむろに食べ始めた。

 

「あ~。このスープ美味しいです!エイジさんも相当なシェフさんで…あれ?どないしはりました?」

 

隣に座っているエイジがオムライスを一口食べて、何やら驚いたように目を見開いていた。

 

「あ…あぁ、こんなに美味しいもの食べてちょっとびっくりしちゃってね!やっぱスゴいね、はやてちゃん!

プロの料理人を目指せるよ!」

 

声をかけられ、エイジは驚いたようだったが笑顔ではやてを褒めてサムズアップを送った。

 

「喜んでもらえて良かったです~。アンクさんはどうですか?」

 

「あぁ、まあまあだな。」

 

「こーら、アンク。ゴメンね、でもコイツのまあまあはめちゃくちゃ美味しいっていう意味だから♪」

 

「おいコラ。勝手に訳すな。」

 

「アハハ!お二人は本当に仲ええんですね。」

 

「あ?」とメンチを切るアンクと笑顔で頷くエイジを見てはやては暖かい気持ちになった。

 

こんなに夕食で人と笑えたのは、仄かに記憶にある時以来のはやては楽しかった。

 

-

-

-

 

「しっかし何でだろう…。」

 

はやてのご厚意で夜も遅くなり、家には空いている部屋がいっぱいあるので泊まっていってくださいとのことでエイジははやての隣の部屋のベッドに腰かけていた。

 

「あの本…なんか初めて見た気がしないんだよな。」

 

夕方見たはやての大切な本のことを思い出し、エイジは何処かで見たことがあったか記憶を辿ったが、思い出すことは無かった。

 

だが手に取った時にまるでそよ風に吹かれたように晴れやかな気分になったように感じた。

 

「不思議な本もあるもんだなー。まっ今日はさっさと寝よ…。」

 

ベッドに横になると、エイジはすぐに眠りについた。

 

部屋の外では壁に持たれかけたアンクがいた。

 

「…こんな所にいたのか。」

 

そう呟くと、リビングのソファーへと向かった。

 

-

-

-

「…あれ?何だここ?」

 

気がつくとエイジは不思議な空間にいた。

 

暗い夜空だが、地面が淡い空色の輝きを放ち周りを照らしていた。

 

寝具に着替えたはずだったがいつの間に着替えたのか、普段の白いカッターシャツに黒コートの紺色のジーパンと、昼間と同じ格好になっていた。

 

「寝てた…はずなんだけどな。なんかキレイなとこだけど…。」

 

辺りを見回し、呑気にそんなことを呟いていると人影が見えた。

 

白銀の幻想的な美しい髪をなびかせた長身の美しいその女性は儚げな雰囲気を漂わせていた。




色々説明多く、いつもの倍の話になりました。

ゲンムは幅広く活動し、大企業として存在しています。

アンクの言葉の意味、そしてエイジが出会う謎の女性…。

色々ありますが次回もお楽しみに!

質問やご感想もお待ちしています!


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第5話「夢と調査と忍び寄る影」

こんちは!
第5話です!
編集から「一部分力入れ過ぎ」と言われた話ですw
また後書きでお会いしましょう!


絹糸のように細く、しなやかになびく艶やかな長い銀の髪と女性の中では長身かつ細身なスレンダーな後ろ姿の彼女は簡素な黒いインナー状の服を纏い、そこに佇んでいた。

 

目の前のその女性の美しさにエイジは思わず息を飲んでいた。

 

数秒その後ろ姿に見とれていたが、この不思議な空間…恐らく夢の世界にいることを思い出し声をかけようとした。

 

「…。?」

 

声が出なかった。というか足音も服が擦れる音も何も聞こえない。

 

どういうことだとエイジが考えを巡らせているとこちらに気づいたのか、その女性はこちらに振り返った。

 

「!」

 

端正な綺麗な顔立ちに赤い、紅玉のように透き通った美しい瞳を持った彼女はエイジを見ると最初驚いたようだが、何故か哀しげな表情を浮かべた。

 

エイジも歩み寄ろうと歩を進めようと足を前に出すと静止を促すように腕を前に出した。

 

彼女が右手をエイジに掲げると彼は宙にゆっくりと浮き上がり、淡い空色の光と共に輝き始めた。

 

「…。」

 

光となってその空間から消える前に彼女はエイジに何かを呟いたようだったがその言葉は聞こえなかった。

 

だが、その顔はひどく寂しそうな微笑みを浮かべていたことだけは見逃さなかった。

 

-

-

-

 

目を覚ますとエイジは右腕を天井へと伸ばしていた。

 

夢から覚める前に彼女に手を伸ばしていたようだった。

 

辺りはほんのりと朝日が射し込み始める時間だった。

 

「あの人は…。」

 

ベッドから起き上がり、夢の中のあの女性のことを思い出していた。

 

夢にしてはあの空間は妙に違和感があり、エイジは考え込んだ。

 

そして何よりも気になったのは

 

「何であんな…悲しそうだったんだ?」

 

優しく慈愛に満ちた、だがあの憂いを帯びたあの寂しげな瞳をエイジを忘れることが出来なかった。

 

その事を考えながらお気に入りの服に袖を通し、アンクが居るであろう下のリビングへと向かった。

 

「何だ。今日は珍しく早いな。」

 

もう目を覚ましていたアンクはソファーに寝転がりながらエイジを一瞥した。

 

「おはようさん。はやてちゃんはまだ?」

 

アンクは親指を立てて壁に掛けてある時計を指した。

 

時計はまだ朝の5時になったばかりだった。

 

「流石に早起き過ぎたか。」

 

「で?こんな時間に起きてくるなんてどうした?」

 

「そんなにか?」

 

「セルの雨でも降ってくるぐらいは。」

 

もう少し早起きを習慣付けようとエイジは思った。

 

「いやね、スッゴい銀髪の美人さんが夢に出てきたんだけどね、何かその人すごい寂しそうな感じが出てて…。」

 

そこまで言ったときアンクは驚いたような顔になった。

 

「おまえ…。」

 

「どうしたの?」

 

「女に興味有ったのか?」

 

「どういう意味だ、コラ。」

 

驚いていたと思ったらこれである。。

 

「全く俺だって人並みに女性を綺麗だとか可愛いって思うよ。失礼するな。」

 

「そうか。」

 

とてつもなく興味無さげに呟くアンクにエイジは続けた。

 

「でも夢を見るなんて正直いつ以来だろう。正直どうしてか懐かしかったようにも思ったし。」

 

「ハッ!お前いったいいくつだってんだよ。そこまでジジイでも無いだろ。」

 

「ハハ。まあね。あの本のおかげだったりして。」

 

はやてのお気に入りのあの本に触れた時、まるで無くしていた大切なものを久しぶりに見つけられたような気分にもなった。

 

少し間を置くとアンクはエイジに向き直り、ソファーに深々と座り続けた。

 

「その本だがな」

 

-

-

-

エイジとアンクが話している頃、ゆらゆらと空間その物が揺らめいているような不可思議な空間を一隻の船がゆっくりと進んでいた。

 

未来的なメカニカルな白いボディに前に二つ翼のような部位が突き出たデザインのその船の名前はアースラ。

 

船の中の会議室には数人が今から会議を始めるところであった。

 

「それではクロノ。報告をお願い。」

 

「はい、艦長。」

 

緑がかかった長髪をポニーテールに纏めた大人の女性に、中学生ほどの真面目そうな少年が書類を手に立ち上がった。

 

「今回海鳴市で発生した何らかの生物が暴れたと見られる事件のいくつかの報告事項をまとめました。

発生当時、僕が到着した時点では既にその生物は駆除され、現地の警察の現場捜査が開始されておりましたが、現場周囲を調査したところ、残留魔力反応は0でした。」

 

「プレシアが起動させた9つ以外は全て回収し終えていますし、残存したジュエルシードによるものという線も薄そうですね。」

 

少年の傍らに控えていた彼よりも数歳ほと年上そうな少女が続けた。

 

「それと…。エイミィ、モニターにあれを。」

 

自分の側にいる彼女、エイミィにそう促すとエイミィは手持ちのタブレットを操作し、会議室の長机の上に銀色のメダルを表示した。

 

「これは?」

 

「現場近くに放置されていたメダルです。機材に強いエネルギー反応が表示されたので持ち帰って調査したところ魔力とは別の強いエネルギーを含んでいるとのことでした。」

 

クルクルと回るそのメダルのグラフィックを不思議そうに1人の少女が眺めていた。

 

「どうした?なのは。」

 

白い、何処かの制服に身を包み、栗色の髪色に小さなお下げのように可愛らしいツインテールを揺らしている少女-高町なのは。

 

ついこの間まで普通の小学生だった彼女は、とある事件の中で魔法と出会い、幾つもの次元世界の秩序を守る時空管理局に所属するクロノ達に協力する形でこの船に身を置いていた。

 

「あ…いや、何でもないんだけどね、このメダル鳥の絵が描いてあってなんか可愛いなぁって思って。」

 

「あら、本当ね。」

 

クロノの母親であり、アースラの艦長である緑髪美人のリンディ・ハラオウンもその事に興味を示した。

 

「ああ。今ユーノが他に回収したメダルも調べてくれていてるが、鳥だけじゃなく動物や魚のような模様があったよ。」

 

「へえー。何か意味があるのかな?」

 

「それも調査中だが、少なくともなのは達の住む世界に生息している生物が多く占めていることも確認されていることから、これらはこの世界で作られた物である可能性は高いということと、現場に出現した生物とは何らかの関係性があると思われます。」

 

「なるほど。ではジュエルシード事件の事後処理を済ませ次第、本局に帰投後に補給と整備を整え、以後はこの件の調査に当たります。」

 

クロノからの報告から謎も多く、その力も未知数なこの世界のロストロギア紛いの存在を放置することは危険と判断した。

 

「了解。ああ、そうだ。なのは。」

 

「何?クロノ君。」

 

「ユーノの検査が終わり次第、君も一度自宅に帰ると良い。」

 

「そうね。一先ずジュエルシード事件は解決。なのはさん達も何かあればこちらから連絡するということで。」

 

なのはが協力していた事件も一区切り解決し、アースラに滞在していた彼女とその相棒は海鳴の家に帰ることとした。

 

「分かりました。あの…クロノ君、リンディ提督。フェイトちゃんのこと…」

 

「大丈夫よ。私達もあの子達のことしっかりサポートするから。」

 

「悪いようにはしないよ。」

 

「うん…。ありがとう!」

 

大切な友達のことをクロノ達に託し、なのはは自分の家へと帰っていった。

 

-

-

-

「あれ?二人ともおはようございます~。」

 

「あ、ああ!はやてちゃんおはよう!」

 

リビングで何やら話し込んでいた二人の所に起きてきたはやてが来た。

 

「二人ともえらい早起きさんですね。私も朝ごはん作るつもりで来たんですけど、先越されました。」

 

時計は午前6時を示していた。

 

「なーるほど。また手伝ってもいいかな?」

 

「もちろん!お願いします~。」

 

二人が料理する間、アンクは直前までエイジと話していた内容を振り返っていた。

 

-

-

-

「あの本に会ったことがある?」

 

アンクから唐突に告げられたことにエイジはきょとんとした。

 

「正確には本の中身…まあいい。大分前の、それこそ初めのオーズが現役で存在してた頃ぐらいにな。」

 

足を組み、態度悪く話をするアンクにエイジは疑問を投げた。

 

「アンクって前にもこっちの世界に来たことあるの?」

 

「いや、無い。だが俺があの本と会ったのも元いた世界とは違う世界だった。」

 

「どゆこと?」

 

「俺たちが今いるこの世界と俺やグリード、オーズが生まれた世界は平行世界…パラレルワールドってことは前に話しただろ。」

 

「ああ。歴史の本流が少し異なって、同じ人間が存在しても全然違う性格や人生を歩んでる似て非なる世界ってこと…だよな?」

 

以前、こちらの世界にアンクが現れた時に説明されたことを思い出すように話した。

 

「その平行世界とはまた別に異なる次元にも今度は全く別々の世界、異世界ってのがあるらしい。」

 

「異なる世界ってことは…?元々の歴史も文化も産まれてくる人間もまるっきり異なるって考えていいのかな?」

 

「お前はそういう理解は本当に早いな。」

 

どうやらそういうことのようだ。

 

「で、俺は昔にも事故みたいな形で別の異世界に飛ばされたことがある。その世界は俺たちを作り出させた王が他の国を相手に争いをしていたよりもずっと多くの国…いや、世界その物が戦争をしていた。」

 

「そんな世界が…。」

 

エイジは元々平和が大好きな男だ。

 

平和であれば大人も子供も笑顔が溢れ、活力がみなぎり、それが明日を創ると信じているからだ。

 

それが叶わぬ世界があると考えると…。

 

「ともかく俺はその世界である女に出会った。

銀髪で、おそらくお前がさっき言ってた女だろう。

そいつはその世界には魔法が存在し、自分は本に宿る人格ということを俺に教えた。」

 

争いの話で表情が陰っていたエイジだったが、魔法が存在するという内容に目を輝かせた。

 

「魔法があるの!?すごいな!」

 

「その話は取り敢えず置いとけ。で元々優れた知識や魔法の技術を集めて記録する目的で本が作られて、優秀な魔法使いの元を渡っているってことをやつは俺に教えた。

その力のおかげで俺は元いた世界へと戻った。」

 

「なるほどね。要はアンクの恩人さんな優しい本って訳だ。」

 

「ハッ!」

 

エイジの茶化し目いた問答にアンクは悪態をついた。

 

「じゃあつまりあの本はずっと昔から旅を続けているってことなのか。…うん?でも何でその本の精霊さん?が俺の夢に?」

 

何かを伝えたければ昔会ったことのあるアンクの方に現れてもおかしくは無いはずだ。

 

「知るか。また眠れば出るかもな。」

 

「んな適当な。でもなんとなくだけど繋がりそうな気がする。」

 

可能性の話だが、もしこの海鳴で発生した異常現象がこの本や何らかの魔法というものが関係するのだとしたらメダル以外の未知の力が働いているという推測の裏付けとなる。

 

「調べる価値はありそうだがなぁ。その為には一番今近くの…」

 

「はやてちゃんの本…さん?の近くにいる必要があると。」

 

「ま、そういうことだ。ああ、それとな…」

 

そこまでアンクが言いかけたとき、はやてが起きてきたのである。

 

-

-

-

「そう言えばお二人とも、何かお話してたみたいですけど、私お邪魔してまいましたか?」

 

「いや全然!ちょっとね。今後この街でどう動こうかなっていう相談。」

 

朝食のはやて手作りの味噌汁を味わっていたエイジはそう答えた。

 

「それでね、この朝ごはんいただき終えたらこの街での拠点探しに行こうかなと。」

 

「そやったんですか…。」

 

そこまで話すと少し残念そうにはやてははにかんだ。

 

「でもしばらくこの街にいるから、ちょくちょく遊びに来てもいいかな?」

 

「!何時でも来てください!」

 

はやてとエイジの会話を眺めつつ、アンクはあることに思慮を巡らせていた。

 

「(しかし、昨日出たあのヤミー…ただ暴れ回っていただけだが何か引っ掛かる…。)」

 

ヤミーは作り出したグリードによって性質が大きく異なる。

 

宿主の望みを叶えるために活動する、作り出したグリード本人よりも知能が高めな昆虫系ヤミー。

 

宿主に寄生し、その欲望を暴走させてメダルを蓄える猫系ヤミー。

 

宿主の欲望によってその数を増やし、増殖する水棲系ヤミー。

 

作り出すグリード本人の欲望のままに暴れる重量系ヤミー。

 

こちらの世界に来てから現れるヤミーは相変わらずその性質を持っているが、異なる点が一つ共通してあった。

 

どれもその性質が大きく劣化しているのである。

 

知能が大幅に減退している昆虫系に、寄生が中途半端で体の半分をヤミー化させる猫系。

 

増殖スピードがかなり遅れている水棲系と元々遅かった反応速度がさらに犠牲になっている重量系とどうも様子が異なる。

 

今回もまるで本能のままに暴れる昆虫系だったが、このはやてを襲う時には狙いこそ外していたが、確実に仕留めることの出来る手段も用いていた。

 

単なる偶然なのか、それとも…。

 

「…美味い。」

 

そんなことを考えつつも、はやての手料理にそう呟いたのをエイジに聞かれ、いじられてムキになるのはこの5秒後。

 

-

-

-

先日ヤミーが暴れた公園が見えるマンションの一室。

 

散らかったゴミの山の奥にある空の揺りかごの前に小汚い服を着た女性が座り込んでいた。

 

その背後には謎のグリードが気だるそうに壁にもたれ掛かっていた。

 

「可哀想に。君が悪い訳じゃないのにね。みーんなが君の邪魔をする。不公平だね。」

 

声をかけられてもぶつぶつと「どうしてあの子がどうして私が」と呪詛のように同じ言葉を繰り返している彼女を前にため息混じりに歩み寄った。

 

「また力をあげるよ。今度はみんな君のことを無視出来ない。」

 

そう言ってグリードがセルメダルを取り出すと首もとに硬貨投入口のような銀色の穴が現れた。

 

「その欲望解放しなよ。」




はい!いかがでしたでしょうか?
なのは陣もゆっくりとですが登場し、それぞれの人物達が動き始めます。
アンクも過去にベルカを訪れ、彼女に会ったことのあると…本当にそれだけでしょうか?
続きは今後描いていきます!
それではまた!


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第6話「病院と家探しと運命の出会い」

どうも!スターみかんです!

いつもよりも時間がかかりすいません!

手間取っているともうクリスマスでした!

とりあえず本編に入りましょう!

それではどうぞ!


二人は病院へ検査結果を聞きに行くというはやてと共に彼女の家を後にした。

 

「付いてきてもらってありがとうございます~。1人で行くのも結構退屈やったんでありたがたいです」

 

「そっか。俺もこの街のことをついでに見て回れるし、昨日のこともあるからはやてちゃんの体に悪影響が無かったかも知れるしで、一石三鳥だよ。」

 

事件直後に簡単に診ておかしなところは無かったが、万一を心配してエイジも付いていくことにした。

 

ヤミーによる攻撃は予期せぬ事態を引き起こすこともあるからである。

 

「はやてちゃん、一つ聞いても大丈夫かな?」

 

「?何ですか?」

 

楽しそうにエイジと話すはやては、足が不自由なことを除けば小学生としてはしっかりとした考えや温和な態度、何より他人への思いやりを忘れないとても優しい子だと、知り合って僅かな時間でもよく分かる。

 

だから気になってしまう。

 

「寂しかったりしないかな?お家で1人だと。」

 

「…うーん?どうでしょう。ずっと両親がおらんで生活してるのと足もこんなんなもんで何でしょう、誰かと一緒におったらその人に迷惑かけてまうんでちょう遠慮してまうんです。正直寂しいか言われたらよう分からんですね。」

 

笑みこそは浮かべているが、どこか影を感じてしまうぎこちなさと何より寂しさを感じる。

 

どこか遠慮をしている…というよりも無意識に他人を自分から遠ざけようとも感じる。

 

これは別に他人を拒絶している訳では無く、自分の為に他人に迷惑をかけるぐらいならば、何でも自分で出来るようにと彼女が無意識にしていることで、これもこの子の優しさなんだとエイジは思った。

 

「そっか…。はやてちゃんは強い子だね。」

 

「そんな大げさなもんともちゃいますよ~。」

 

「そうかなー?俺はスゴいことだと思うよ。俺もはやてちゃんぐらいの頃、色んな学校に通っててね。

自分がやりたくてしたかったことだから楽しかったんだけど家が恋しくなることが多くて両親にはしょっちゅう迷惑かけちゃってたよ。」

 

「何しはったんですか?」

 

「海外の学生寮から無断で脱獄して、その日の内に母親に会いに行っちゃった。」

 

はやてはエイジのハチャメチャな過去に思わず口を抑えてプルプルと震えながら笑ってしまった。

 

「結局、母さんにはめちゃくちゃ怒られてね。

「自分のことだけじゃ無くて、回りの人たちのことも考えなさい!」って。

今となっちゃなかなか恥ずかしい思い出だよ。」

 

「エイジさんも結構やんちゃさんやったんですね。」

 

「ハハッ!まあね。だからさ、俺ははやてちゃんのそのしっかりと回りを見据えてて、しかも温かみを持って人と接することが普通に出来るなんてスゴいことだと思うんだ!」

 

「…!」

 

はやては自分のありのままを認めてもらえて嬉しかった。

 

「いつか君を必要としてくれる人と絶対に会えるよ。その時までに遠慮しいさんはちょーっとずつ変えてけばいいよ。」

 

そう言って握ってくれた彼の右手は温かく、心はほっこりと安らいだ。

 

「…ありがとうございます。」

 

「うん!そうだ!サービスでいいもの見せたげるよ。」

 

リュックからノートパソコンを取り出し、起動するとあの新作マイティーと他に9つほどのゲームタイトルが表示されていた。

 

「エイジさん…。もしかしてこれってあの?」

 

「お察し通りだよ…。最近、ファウンデーションのイベントで発表されたニューシリーズゲームのデータ!」

 

エイジたちが海鳴に来る前に開催されたゲンムファウンデーションのゲームイベントで新たに発売されていくゲームが発表されたのだ。

 

それも順次という形になるとはいえ9つも。

 

はやてもそのイベントの様子をネット配信で見て、心を踊らせていた1人だった。

 

目を輝かせてディスプレイを見るはやてにエイジは続けた。

 

「実はね、俺がこれを手掛ける訳なんだけどね、どれから作るかまだ決められてないんだ。

ジャンルもそれぞれ違うし、どの作品も楽しんでもらえると思うんだけどね、はやてちゃんはこの中だとやってみたいやつ…あるかな?」

 

「そうですね~…。どれも魅力的で気になるんですけど…あ、この「ドレミファビート」ってリズムゲームなんですか?」

 

指を指したゲームはデフォルメチックなDJ風のキャラクターたちがカラフルな音符に囲まれて演奏しているであろうパッケージのゲーム、「ドレミファビート」と書かれたタイトルだった。

 

「そうそう!音符に沿って演奏するようにリズム良く譜面を刻む、音楽リズムゲームだね。

最近流行りの曲ともコラボしたり、ゲームオリジナルの曲を楽しむことが出来るゲームなんだ。」

 

「すごい面白そうです!…あれオリジナルの曲ってもしかして…?」

 

はやてはもしやと思いエイジに聞いた?

 

「さすがに曲は俺が作るんじゃないよ。でもどんな曲かはお楽しみにね♪」

 

エイジは少し目を逸らしてそう答えたが、調子良く楽しみを煽った。

 

「じゃあせっかくご指名いただいたし、この子から手掛けることにしよっと。出来たら一番初めにははやてちゃんに遊んでもらいたいな。」

 

「え!?そないな大役、私でええんですか?」

 

自分が選んだからということでエイジがそれをすぐに作ることにしたのも驚きだが、何より発売前のものをプレイさせてくれるなんて夢のようだった。

 

「うん♪約束するよ!」

 

「じゃあ…楽しみにしてます!」 

 

そんなこんな話しているとバスは目的地の海鳴大学病院近くのバス停へと近づいていた。

 

「あ、もうすぐです。」

 

停車ボタンをエイジが押して、二人は降りる準備をし始めた。

 

「そういえばアンクさんは今日は何してはるんですか?」

 

家を出てからいつの間にかアンクは別行動をしており、はやては気にしていた。

 

「あーアイツはこの街でのしばらくの間の家探し。

決まったら連絡してくれるって。寄り道してなきゃいいんだけどね~。」

 

冗談目かしてそう言いつつ、エイジははやての車椅子を押してバスを後にした。

 

-

-

-

「うん。美味いな、このアイスケーキ。」

 

「でしょう!ウチの新作、結構イケるでしょう!」

 

エイジの心配をよそにアンクは海鳴でも有名なお店「喫茶翠屋」で休憩していた。

 

店先の看板に載っていた、新作の本格チョコを用いたチョコアイスケーキに興味を持ち、迷わずそれを堪能していた。

 

「中に入ってるのはイチジクか?凍らせているが果肉のジューシーさも残していて、冷たくて甘酸っぱい果汁がこのほろ苦いチョコによく合うな。」

 

「お兄さん良い舌してるね~!そんなに言ってもらえるとこっちも作り甲斐があるよ!」

 

店の中はオープン時間からまだそんなに経っていないこともあってお客さんの入りはまだそこまでだが、常連っぽい高齢な方々や家事を終えた婦人方が思い思いにスイーツを味わっていた。

 

ちなみにアンクは二人と別れた後、手頃な物件を探しに不動産屋を見に行き、この近くのマンションに目星をつけて試見を済ませたばかりであった。

 

手掛かりになるかもしれないあの本を持つはやての近くにという条件をエイジが加えていたので、あの辺りはマンションが高めだったが、アイツの財布には問題にならないのですぐに決まった。

 

「いいもんだな、この辺は。静かで美味い店もあって。」

 

「あれ?お兄さんこっちに越して来たばっかりかな?」

 

「まあな。この辺で家を探しててな、目ぼしいとこは決めたがこの店が気に入ったことだし、こりゃ決まりでいいな。」

 

「おや!ウチを決め手にしてくれるとは!ご近所さんが増えるのは嬉しいな~。あ、自己紹介しましょう。

この店の店主の高町士郎です。よろしく!」

 

「ああ。…黒斗アンクだ。」

 

少し考えてからアンクも名を名乗った。

 

便宜上、アンクの戸籍はエイジの兄として黒斗家に登録されている。

 

最初こそ渋ってはいたが、無いよりもマシだと思ってアンクも今は納得していた。

 

「アンクさんか。よろしくね!あ、母さんちょっと来て~!」

 

奥のテーブル席にオーダー品を持っていったばかりの女性に士郎は声をかけた。

 

「今度ウチのご近所さんになる黒斗アンクさん!アンクさん、ウチの自慢の家内です!」

 

店主の妻と紹介された栗色ロングの年若そうな婦人はにこやかな笑みを浮かべ、アンクに挨拶した。

 

「はじめまして!妻の高町桃子です。アンクさん…ですか?どうぞよろしくお願いします!」

 

アンクも軽く挨拶をし、二人に三人の子どもがいて、上の子は大学生という事実を聞いたりして談笑していると、近所の学校の制服であろう服を来た少女が表から入ってきた。

 

「あっ、お母さん、お父さんただいま~!」

 

「おっ!なのは、お帰りー!」

 

母親と同じ色の髪を小さな二つ結びに纏めた高町家の末っ子、高町なのはは、父親からアンクのことを聞かされると元気に挨拶を済ませ、店の奥へと入っていった。

 

アンクは何か妙な気配を察した。

 

ヤミーやグリードのように歪な、ドロドロとした気配とも違うが、力強い、どこか暖かい何かを何処からか感じた。

 

アイスケーキを食べ終え、店を後にした今も気にはなっていたが、取り敢えずエイジにしばらくの住まいが決まったことを伝えることにした。

 

-

-

-

 

「しかし驚きました。はやてちゃんの付き添いにこんなすごい方が来られるなんて。」

 

はやての担当医である石田医師は彼女の付き添いで来たエイジを前に驚いていた。

 

「石田先生はエイジさん知ってはったんですか?」

 

「そりゃもう!十代前半のうちに医師免許を取得し、その後も誰も想像もつかなかった新しい分野の医療機器をいくつも開発。

医界では知らない人間はいないぐらい有名な天才なのよ!」

 

彼が過去に発表した論文を読んで以来、一度会ってみたかったという石田医師は少し興奮気味にはやてに教えた。

 

この病院にもエイジが考案し、開発に携わった機器が多数設置されているようだ。

 

「天才っていうのは些か照れますが、私は自分の才能や知識が誰かの為になればと思ってやって来ただけです。手を伸ばせば届く命はみんな掴みたいですから。」

 

深く頷いてエイジの話を聞いた石田医師は想像以上の青年だと思った。

 

ふとはやては気になったことを聞いた。

 

「十代前半でお医者さんになったゆうことは…エイジさんって今おいくつ何ですか?」

 

「ん?ああ!そういえば言ってなかったね~。18だよ。」

 

「え?!」

 

素で驚くはやてにエイジはイタズラが成功した子どものように笑っていた。

 

「飛び級に飛び級を重ねまくってたからねー。そうなると海外じゃないとそれが出来なくてね、色んな国に行って学んでたよ。」

 

「なんや…想像もつかない天才さんやいうのは分かりました。」

 

はやてとエイジの話が一段落付いたところで石田医師は話を切り出した。

 

「それでね、はやてちゃん。今日の検査結果なんだけど、前回とはあまり変わってなくて今出してるお薬も効果が薄いみたいなのよね。それでね、今回とはまた違うお薬になっちゃうのだけど、はやてちゃんはどうかな?」

 

レントゲン結果のX線写真を張り、石田医師からの説明を受けるはやては悩みながらもその提案に答えた。

 

「えっと…。先生にお任せします。」

 

「お薬や検査も今より辛くなることも増えるかもしれないけれど…平気?」

 

「…頑張ります!」

 

「じゃあはやてちゃん、私は少しエイジさんとお話があるからちょっと待っててね。」

 

「ごめんね、はやてちゃん。お医者さんとして聞きたいことがあってね。」

 

「分かりました~。ちょう待ってますねー。」

 

一通りの検査も終わり、エイジから石田医師に質問があるとのことで二人は始めにいた石田医師の診察室に向かった。

 

「何の話なんやろ?まさか二人気が合うてそのまま…!」

 

年不相応にませたことを考えるはやてだった。

 

-

-

-

「…ええ。はやてちゃんの病状はここに来てからよりもゆっくりですがどんどんと悪くなっていってます…。」

 

「…やはりですか。」

 

X線写真を見たとき、エイジは正直絶句していた。

 

下半身は麻痺しきっており、その異常はもう内臓機能障害に差し掛かりつつあったからだ。

 

「この症状だと一致する病気こそあっても、特効薬も無く遅らせることだけでも難しい状態です。」

 

「…それに本人の性格もあるんでしょう?」

 

エイジはかねてより気にしていたはやての一歩引いたその姿勢も影響してしまっていると考えていた。

 

「そうですね…。はやてちゃんも小さいながらも何となく察してしまっているかもしれません。自分の病気はそんなに簡単なものでは無いと。」

 

かといって「頑張れ」などと無責任には石田医師も言えない。

 

それはもう既に頑張っているはやてに対して追い詰めるだけになるかもしれないからだ。

 

こういう場面では医者も患者もどちらも辛い、難病治療の辛い面である。

 

「先生。笑いましょう!」

 

「え?」

 

自分の言ったことに疑問を浮かべる彼女にエイジは続けた。

 

「はやてちゃんは優しい子です。昨日今日知り合っただけの俺でも分かるぐらいにそりゃあもう…。

だからなんでしょうね、自分のことで他人を困らせたくないって思って遠慮するのは。」

 

石田医師もその事に気付いてはいた。だがそれを優しさとは思えなかった。自分ははやてに拒絶されていると思っていた。

 

「だから俺思ったんです。あの子は他の人たちの笑顔が好きなんだなって。自分のことを他人が受け入れて、安心して話せるって。」

 

「でも、どうしてそう思ったんです?」

 

彼女の疑問にエイジは率直に告げた。

 

「俺も同じだったからです!自分は一人ぼっちで、自分がいなくても世界は進んでくって思って他人に迷惑かけるぐらいなら自分でやれるだけやろうって。

でも、実際は自分を必要としてくれる、自分と一緒に笑ってくれる人は近くにも遠くにもいてくれるって知ったんです。」

 

「近くにも遠くにも…。」

 

石田医師の呟きに頷きつつエイジは続けた。

 

「笑い合える人がいれば、人は一人ぼっちじゃないって分かりますよ。」

 

曇りもない太陽のような笑顔と共に、サムズアップを浮かべる青年に石田先生も釣られて笑みをこぼした。

 

-

-

-

「結局何のお話やったんですか?やっぱり先生同士気が合うて…。」

 

「ハハッ!はやてちゃんはずいぶんとおませな捉え方するね!純粋にはやてちゃんはすごい想像力豊かな子で面白いですね~ってお話ししてただけだよー。」

 

「もう、褒めてもなんも出ませんよ~。」

 

何時もよりも笑顔で、またランチでも行こうと約束してくれた石田先生が見送ってくれた病院を後にした。

 

もう日暮れも近く、キレイな夕日を横目にはやての乗る車椅子を押して楽しそうにお喋りする二人は傍目からは仲の良い兄妹のようであった。

 

アンクから拠点になる住まいを見つて契約したというメールもあり、入居出来るまでの数日ははやてのご厚意で引き続き泊まらせてもらうことになった。

 

「でもエイジさん本当に18歳なんですか?明らかにしっかりし過ぎててそうは見えへんですもん。」

 

「そりゃはやてちゃんもだよ~。もう家事スキルが並みのお母さん以上だし、一体どんだけ難しい本を読んでるの?っていう読書量だよ?」

 

「アハハ!ほんなら二人とも年数え間違えてたゆうことで!」

 

「なるほど!…ってなんてそうなるの!?」

 

バス停近くでそう冗談混じりに話している二人の前に異変は突然現れた。

 

バス停留所近くに駐車していた無人の車が突如爆発した。

 

爆煙に包まれる車を吹き飛ばし現れたサイの姿のヤミー、サイヤミーの姿を見た二人の周りの人々は悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。

 

「おいおい、また派手なご登場だな…。はやてちゃん、この電話アイツに繋げておくから急いで来てって伝えといてくれるかな?」

 

エイジはスマホからアンクの電話番号を引っ張り出してはやてに渡した。

 

「エイジさんは?」

 

「俺は…これ!」

 

懐からオーズのベルトと赤、黄、緑のメダルを取り出し、臨戦態勢だ。

 

「それと…。」

 

こちらに気付いて突進してくるヤミーに目もくれず、リュックから三本の缶を取り出すとそれをヤミーに放り投げた。

 

缶は空中で変形し、水色のタコのようなロボットとなりその足を高速で回転させヤミーの体表にダメージを与え怯ませた。

 

「タ、タコ?」

 

「そ!カンドロイドタコモデルのタッちゃん!こういうロボットたちもいるんだ。まあアンクのいた世界からの持ち込み物なんだけどね!」

 

リュックから今度は10本近く取り出すとタカやクジャク、ゴリラ、ウナギなど様々な動物の姿となってはやての周りに集まった。

 

「みんな俺と一緒にその子を守ってくれよ!」

 

はやてを道の脇に避難し、エイジはこの間と同じく変身した。

 

「変身!」

 

タットッバ!タトバ!タットッバ!

 

「ハァー!ソリャー!」

 

オーズタトバコンボとなったエイジはトラクローを展開し、勢いよく跳びかかってヤミーの胸に斬りかかった。

 

「…ヴォオー!」

 

連続で斬りかかるが、厚いその皮膚に並みの勢いでは数枚のセルが飛び散るだけであった。

 

「あ~!かってぇー!これじゃ相性悪いか!」

 

短い腕を乱暴に振り回しまくるヤミーの攻撃を捌いていくオーズ。

 

このタイプのヤミーの尋常ではないその力をまともに受けては危険だとよく分かっている。

 

その近くの細い路地ではやてはエイジのスマホからアンクに連絡していた。

 

「エイジ!ヤミーが出てる!」

バイクに乗っているのか風の音がマイクに入り込んでいた。

 

「もしもし!?私です!はやてです!」

 

「あ?なんでお前が!?」

エイジが出ると思ったアンクは驚いたように声を張り上げた。

 

「私とエイジさんの所にヤミーがいきなり出てきて、今エイジさんは戦ってます!」

 

「クソ!分かった!そのヤミーはどんな見た目だ?」

 

「おっきい角が生えた、サイみたいなんですー!」

 

「ガメルのか。場所はそのスマホの位置で分かる!お前もエイジから離れすぎない安全な所に隠れてろ!」

 

そう言ってアンクは電話を切り、ライドベンダーを走らせた。

 

「ならこれならどうだ!…ってウッソ!」

 

隙を見て、ヤミーの懐に入り込みクローを深く突き立てるオーズだったが、ダメージが無いのかヤミーはものともせずにそのままオーズと共にガードレールへと突進した。

 

「きゃっ!」

 

コンクリートの破片がはやてに飛んできたが、カンドロイドたちがそれぞれの持ち味を生かし粉砕した。

 

「あれ?みんなが守ってくれたん?」

 

カンドロイドたちははやての傍でガチャガチャと思い思いに動いて返事をしているようだ。

 

「おおきにな。」

 

挟まれこそしなかったが、クローがヤミーの体から抜け、オーズは後ろの壁に叩きつけられた。

 

「カハッ!やってくれんな!」

 

片膝を突くオーズにガードレールを薙ぎ倒してヤミーは再度突っ込んだ。

 

「エイジさん!」

 

はやての叫びと共にあるバイクがヤミー目掛けて突っ込んだ。

 

猛スピードでヤミーに突っ込んだライドベンダーのエンジン音と激突した音が辺りに響く。

 

これにはさすがのヤミーも吹き飛ばれ、なかなか起き上がれずにいた。

 

「おい!エイジ!まためんどくさいのに絡まれやがって!」

 

腕だけ状態のアンクがライドベンダーの後から飛んできて、エイジにお説教を始めた。

 

どうやら出せるだけスピードを出して、自分は形態を変えて最初からヤミーにぶつけるつもりだったようだ。

 

「いやいや、そんな怒るなよ。っていかバイク壊す気か、コラ!」

 

「ハッ!ぶつかったぐらいでこれは壊れねえよ!」

 

「そうは言っても中の部品はいくつか変えなきゃなの!直すの俺だよ!?」

 

「助かったからいいだろうが!それよりこれ使え!」

 

無茶苦茶言うアンクは新しく二枚のメダルを渡した。

 

「ライオンとゴリラだ!それでさっさと仕留めろ!」

 

全くとぶつくさ文句を言いながらオーズがメダルを変えようとすると周りが急に静かになった。

 

人の気配も消え、遠くの方で聞こえていたサイレンも止んでいた。

 

それよりも気になるのは

 

「なんだ?この空間?」

 

空は夕焼けではなく、くすんだ黄色一色になり、それは地上の建物たちも同じだった。

 

周囲に残っているのはオーズとアンク、ヤミーだけだった。

 

「ディバイーンバスターー!!」

 

周囲に気を取られていると突然、上空から少女の声と共に一筋の桃色の閃光がヤミーに降り注いだ。

 

「ヴォオーー-!!!」

 

ヤミーは断末魔と共に爆発し、セルメダルを1枚残して消滅した。

 

「なんだ!?」

 

「この声…。」

 

動揺するオーズとこの気配に覚えのあるアンクの前に先ほどの声の主が現れた。

 

純白のドレスのような服に身を包み、ロングスカートを靡かせる少女は赤い宝石が付いた金の杖を構えて宙に浮いていた。

 

杖から放熱のためか蒸気を放出し、それを終えるとヤミーがいた場所に降り立ち、セルメダルを拾って口を開いた。

 

「はじめまして。時空管理局嘱託魔導士、高町なのはです。お話聞かせていただけませんか?」

 

 




第6話いかがでしたか?

途中、はやてちゃんに対してエイジが感じたあの言葉は公式からも明言されていることですが、筆者個人のアレンジというか、感じ方もだいぶ入れさせてもらいました。

彼女は不自由な自分の体で頼れる親しい人もおらず、かといって石田先生たち大人たちからの一方的な同情を嫌い、他人との距離を開けていました。

でもそれは自分に対する諦めでもありますが、この病気でもう助からないかもしれない自分のために色んな人に迷惑をかけまいとする、ある意味では彼女なりの優しさとも受け取れると私は感じました。

この部分は後に語られるエイジの過去とも大きく関わっていくこととなります。

そして!満を持して前話から登場した本編主人公のなのはちゃん!

今話では早速ヤミーを撃破というびっくりな登場!

本編視聴の皆さんにはある意味恐怖のワード「お・は・な・し」!

次回二人はどうなるやら…。お楽しみに!

感想等、何話のものでもお待ちしてます!


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第7話「逃走と魔法と大きく小さな願い」

明けましておめでとうございます!

スターみかんです。

本年も皆さんに楽しんでこの作品を読んでいただければ幸いです!

今回いつも以上に時間を空けてしまってすいません!

いつも以上のボリュームになっておりますのでお待ちいただいた方々に届けば嬉しく思います。

それでは後書きにて。


「ほう…。魔法…か。また随分と面白いものを見つけたものだね。」

 

「それで受け入れてくれる父さんにはびっくりだよ。」

 

元々クセ毛気味の髪がいつも以上にクシャクシャになったエイジは、父親である宗正に連絡を取りながらこの親にして自分がいるなとつくづく実感していた。

 

「息子が伝えてくれることを嘘だと決めつける父親ではそれはもう親子とは言えないだろう。

それにエイジとアンク君で集めてくれたこの興味深いデータもあるんだ。疑いようもないだろう。」

 

宗正の手元にあるPCにはカンドロイド越しに撮影したなのはと名乗る少女の写真や動画、その直後に現れたユーノと呼ばれた少年の記録データが転送されていた。

 

「それにしても大変だったようだね。」

 

テレビ電話越しに見てもエイジは珍しく疲れが目に見えていた。

 

「まあね。結構こっちも追い回されたからねー。」

 

-

-

-

「魔導士?」

 

オーズは目の前のなのはと名乗る少女の言う聞き慣れないワードを繰り返した。

 

宙に浮いたり、金ピカの砲台のように変形する杖を持っていたりと気になるとこだらけだが、一番驚くべきことは一つだ。

 

こんな小さな少女が一撃でヤミーを倒したことだ。

 

一体どういう原理なのか、頭の中を整理しているとなのはが口を開いた。

 

「あのー?」

 

「ん?えっと…高町なのはちゃん…でいいんだよね?さっきのあのぶっといピンクの光は一体何かな?」

 

とりあえず展開していたトラクローを閉じつつも、目の前の脅威に警戒は保ちオーズは尋ねた。

 

「えっと…なんと言いますか…。私の…魔法ですかね。」

 

「ま、魔法!?」

 

彼女もまだ自分の力をどう紹介すべきか慣れていないのか、歯切れが悪くも〈魔法〉というファンタジー味溢れる言葉で説明した。

 

「君は魔法使いさんなのかな?」

 

「ま、まあ何と言いましょうか?とりあえずそういうことになりますかね…。」

 

「へぇー、白いドレスに金色のイカしたカッコいい杖…おまけに可愛らしいお嬢さん、絵にかいたような素敵な魔法使いさんだね!」

 

「いやーそんな…。」

 

「Thank You」

 

「おおー!杖さんも話せるんだ!すごーい!」

 

思いの外ストレートな言葉を投げる相手に思わず赤面するなのはと彼女の相棒でもある愛機〈レイジング・ハート〉に興味津々のエイジだった。

 

様子を伺うに、どうやら彼女はまだこの力を手に入れて日も浅く、鍛練を重ねる身だと彼は分析した。

 

そして一つの考えが浮かんだ。

 

だが浮かんだそれを考える前になのはは話を続けた。

 

「あのー私もお聞きしたいことがあるんですが。」

 

「ん?」

 

「このメダルについてなんですが…。」

 

手の平に乗せた、銀色に輝くセルメダルを見せてなのはは詳細を尋ねた。

 

「私はこのメダルみたいに人に危ないことをするかもしれないものを回収して安全に管理してる時空管理局っていう所のお手伝いをしているんですが、えっと…お兄さん…でいいんでしょうか?

このメダルのことやさっきの生き物ともご関係がありそうなのですが、詳しくお話をお聞き出来ないですか?」

 

管理局?という聞いたことも無い組織の名前や今まさに目にしている魔法など逆にこっちが聞きたい内容だらけだが、真っ直ぐに、嘘偽りの無い、強くて優しい眼を向ける少女にエイジは興味を抱いた。

 

だが…

 

「悪いけど、これに巻き込む訳にはいかない…かな。」

 

その言葉と同時にすぐ脇の路地影に身を潜めていたアンクはオーズの前に飛び出し、二人の足下にまともに直視すれば目が痛くなるほどの目映い火球を放った。

 

「あ!待っ…きゃー!」

 

なのはが止める間も無く、光に包まれたオーズは腕状態のアンクを抱えて高く跳躍した。

 

「おい!情報引き出すならもっと時間を短くしろ!」

 

「そんな急かすなよ~。」

 

一体どういう原理や働きであそこまでの力をあの小さな少女が発揮するのか興味を持ったエイジは情報を引き出そうと色々とお喋り…もといコンタクトを取った。

 

二人の回りにはアンクが起動したタカカンドロイドが数機、随伴するように周囲を飛んでいた。

 

索敵やデータ収集が得意なこの機体にどうやら記録を取るつもりだったようだ。

 

別空間に飛ばされているようだが、姿の見えないはやても一緒に飛ばされたかもしれないと彼女を探しつつ、アンクのお小言を聞いていた。

 

「でも色々知れたからOKでしょ。」

 

「全然足んねえだろ!データを取ろうにもさっきの砲撃と空中浮遊だけでどうしろって…」

 

家やビルの屋根を跳び次いでいた二人の真下から突然、黄緑の光を放つ光の鎖が勢いよく飛び出してきた。

 

「まだデータはいっぱい取れそうだぞ。」

 

拘束しようとしているのか、巻き付こうとまるで生きているかのように自在に動く鎖をトラクローで捌きつつ、軽い調子でオーズはとぼけていた。

 

地上を見ると鎖と同じ色の光の輪があり、その中心になのはと同い年ほどの金髪の少年がこちらを見ていた。

 

「向こうも一人だけじゃないみたいだね。」

 

少年の近くに降り立ち、追撃してくる鎖をクローで撥ね飛ばし、それをアンクが火球で粉々に粉砕した。

 

「よ!こんな積極的なはじめましては初めての経験だよ。」

 

「手荒な真似をしてすいません。ですが僕たちも危険なものを放ておく訳にはいかないんです。」

 

瞬間、オーズは遠くの方でピンクの光が瞬いたことに気付き、その場から飛び退いた。

 

すると一瞬前までいたその空間にピンクの輪状のものが現れ、たちまち虚空に消えた。

 

「うお!?拘束攻撃か?色んな手札があるんだな。魔法って。」

 

「(馬鹿!気を抜くな!あっち見ろ!)」

 

何故か声を抑えたアンクが語気を荒げ、警戒を促した。

 

「Bombard with reduced power in order to secure him.(確保のため、威力を落とし砲撃します。)」

 

「うん!お願い!」

 

先ほど、拘束バインドを放ったなのははバインドをかわされることを読み、距離を詰めつつも砲撃の準備を整えて今まさに放とうとしていた。

 

「これは…ちょっとヤバいな…。」

 

「(言ってる場合か!)」

 

「アンク、あのコンボを貸して。」

 

一瞬渋ったアンクだったが、そのの手にはバッタと同じ色味の二種類のメダルが握られていた。

 

「(…どうなっても知らんぞ!)」

 

乱暴に渡されたメダルを受け取り、大急ぎでドライバーの右と真ん中のメダルを変え、スキャンし…

 

「バスター!!」

 

ほぼ同じタイミングで放たれた閃光の奔流は目標に直撃し、轟音と共に炸裂した。

 

「少しやり過ぎちゃったかな?」

 

高い跳躍力持つ脚も空中では発揮することが出来ないと考え、なのははブラフに拘束魔法のバインドを放ち、かわしたところを砲撃した。

 

命中する前に何やらベルトを操作しているような素振りをしていたようで、彼は防御の姿勢も見せなかった。

 

命中地点に急ぎ、金髪の少年ユーノと合流して彼が姿を現すのを待った。

 

威力を調整したとはいえ、まともにノーガードで受ければ怪我を負わせてしまう可能性もあり彼女は焦った。

 

「No,it is still.(いえ、まだ終わっていないようです。)」

 

愛機の言う通り、彼は煙の中から飛び出して来た。

 

その姿になのはは驚いた。

 

先ほどまでとは頭からクワガタのような角が生えていることやカマキリの腕を模した鎌が腕に着いて、全身も緑一色になっていたがそれ以上におかしなことがあった。

 

人数が増えていたのだ。

 

「いやー、びっくりした!」

 

「あんな距離からも狙えるとは。」

 

全く同じ容姿の彼が一人二人ではなく、それこそ何十人と近場のビル屋上に降り立った。

 

「げ、幻術…いや、これは魔力の気配が無い。まさか全部実体!?」

 

魔法ではない力でこんなことをやってのけるオーズにユーノは驚愕した。

 

「そうだよー。さっきのヤバいの防ぐために盾を作ったんだよ。自分を使ってね。」

 

よく見ると数人のオーズの肘から腕にかけて燻るように煙が上がっていた。

 

オーズガタキリバコンボ。

 

昆虫系のメダルのみで組み合わせたこの姿には自身の分身を生み出すことのできる特殊な力がある。

 

「スッゴーい!そんなことも出来るんですか?」

 

同系統の生き物で組み合わせたコンボにはこのガタキリバのようにその特性を更に特化させた力を奮うことが出来るようになる。

 

「まあね。でもさっきのはかなり焦ったよ。まさかあんな距離で寸分狂わず正確にここまで強烈なのを撃ち込まれるとは思わなかったよ。」

 

分身から一人に戻ったオーズの率直な感想になのはは照れる様子を見せたが、すぐに謝った。

 

「ごめんなさい。怪我をさせないようにしてたのに調整に失敗して…。」

 

それを聞いて数秒固まったオーズだったが、唐突に笑い始めた。

 

「ハハハ!君はスゴく優しい子なんだね!一応俺は正体不明の敵ってことになんだけど、そんな相手を心配してくれるなんてね。ありがとう!俺結構頑丈だから!」

 

明るい調子でサムズアップを向けるオーズに呆気に取られていたなのはだったが、オーズの明るさに釣られて微笑んだ。

 

「でーも、このメダルのことに君たちを巻き込む訳にはいかないことは変わらないね。」

 

「なぜですか?僕たちもあの危険な生物を止めたいんです!このメダルが関係しているんでしょう!?」

 

とぼけたようになのはたちが関わることを是としない態度にユーノは語を強めた。

 

「これはあんまり多くの人に知られるべきじゃないんだ。」

 

オレンジ味がかかった複眼を光らせ、ユーノへ向き直った彼の言葉には何か強い思いと得も言われぬ感情が込められていた。

 

「知られるべきじゃないって…」

 

「おっと!悪いけど今度こそそろそろ退散させてもらうよ。」

 

言葉の真意を確かめようとするなのはの言葉を遮り、オーズは再び数十人に分身した。

 

「俺の名前はオーズ、仮面ライダーオーズ!それだけは教えといてあげるよ。あんまり会いたくは無いけどまた絶対会いそうだから特別ね。」

 

そう言ってオーズたちは一斉にその場を跳んだ。

 

-

-

-

「てな感じで逃げることには成功したし、色々データも取っといたよ。」

 

逃げに徹したのは以前はやてに話したように、メダルやヤミーの存在が明るみになるとグリードと結託して良からぬことを企んだり、メダルを危険な方面で悪用しようとする輩が現れることを防ぐため、エイジたちは徹底してどこからの協力も受けないと決めていたからだ。

 

ガタキリバコンボの力で分身して例の二人の結界から抜け出した。

 

50人にも分身して分散し逃げるオーズ相手にどれが本物か分からず、追いかけたはいいが確保することは叶わなかったようだ。

 

ちなみにこのコンボで分身したオーズは偽物などではなく全て実体のある本物のである。

 

それぞれが考え、行動し、メダルの力を生かして動き、他の分身と連携して逃げるためそれを追いかけるだけでも至難の技となった。

 

今エイジは結界が張られた時にそのまま元いた場所に置いていかれたはやてを迎えに行き、彼女の家の庭から宗正に連絡を取った。

 

「なるほど…。ヤミーも現れてることもある。これはもうしばらくそこでのその魔法とやらの調査が必要そうだね。」

 

「そうだね。それに…ヤツもここに留まってるような気がするんだ。今度こそ俺が…」

 

一通りのことの経緯を聞き、ある可能性も浮上してきた。

 

この魔法というものが何らかの形でこの街で観測された現象とも関連があるかもしれないということだ。

 

あれだけの力だ、メダル以外であそこまでの異常現象はそう起こらない。

 

そして、それと同じ頃にヤツも…

 

「…ところでエイジ、一つ聞きたいことがあるんだがいいかな?」

 

「ん?何?」

 

いつも朗らかで人懐こく、暖かな目をしているエイジからは想像出来ないほどに冷たく、何かに取り憑かれたような目になっていた彼は唐突な父からの問いで我に返り、普段通りに戻った。

 

「先ほどからこちらを見ているそのお嬢さんが噂の例の子かな?」

 

「へ?」

 

振り向くと後ろの窓でカーテンからひょっこりと見切れるようにはやてが顔を覗かせていた。

 

「ありゃ。どうしたの?はやてちゃん。」

 

「あ、お話中お邪魔してすいません。ちょう気になってもうて…。」

 

迎えに行って戻る最中も彼女はいつもと変わらないように振る舞っていたがやはり怖かったのだろう、エイジたちに会ったときは彼女は震えていた。

 

「ああ。ごめんね。どたばたしちゃって。あ、そうだ。今こうしてモニターに映ってるのが俺の父さんの黒斗宗正。うちのトップってことになるね。」

 

気づかれたはやては窓を開け、エイジもはやてに父親を紹介した。

 

「君が八神はやて君かな?

息子たちがお世話になって大変助かるよ。なんでもお若いのに料理もプロ並み、家事もパーフェクトで、湖のように広い心の持ち主だとそこにいるエイジから聞いてるよ。

それにかなり麗しいお顔をしている。将来はトップモデルも狙えるのではないかな?

その時は是非我が社からもお声をかけたいぐらいだ。」

 

全てエイジが海鳴に来てから報告の度に話していた事実だがこの正直過ぎる父に頭を抱えた。

 

「は、はじめまして。なんと言いますか、やっぱりエイジさんのお父さんですね。」

 

「いやいや!俺ここまでデリカシー無い男じゃないよ。」

 

褒め言葉の応酬に真っ赤になっているはやてからのキラーパスにエイジは首をぶっ壊れた扇風機のように振って否定した。

 

「何を言う。君は私と母さんのありとあらゆる良いところを限り無く受け継ぐプァーフェクトな男だ。現にだね…」

 

「あぁー!ハイハイ!分かった!分かった!そんな素敵な両親を持てて俺も幸せだからー!お口チャックしててこの親バカ親父!!

またかけるからじゃあね!」

 

「ちょ!?まだ話は…」

 

親バカスイッチが入ったようで流暢に変なアクセントで話す父を強引に止め、エイジははやての手にあるものに気づいた。

 

「はやてちゃん、救急箱なんて持ってどうしたの?どっか怪我したの?」

 

「いや、何言うてるんですかエイジさん!エイジさん隠してる方の腕出してみてください。」

 

「な、なんのことかな~…。」

 

「ええからは・や・く!」

 

「…はい。」

 

はやての気迫に根負けし、右腕を差し出したエイジの袖を彼女がまくると肘から手にかけて大きな青アザになってそこから血が滴っていた。

 

その痛々しさにはやては息を飲んだ。

 

「こんなめちゃくちゃ痛そうやのに、平気な顔して…。」

 

「よく気づいたねはやてちゃん。何でバレたのかな?」

 

「エイジさん、不自然に体半分引いて話してはったんで気づいたんですよ。」

 

「目が良すぎるよー。」

 

メダルのコンボは強力だ。

 

ガタキリバ以外にも様々なコンボがあるがどれもこれも特性が違い、場面によってはほぼ敵無しの力を発揮出来る。

 

なら何故ずっとコンボでいかないのか?

 

デメリットも計り知れないからだ。

 

ガタキリバは分身全てが変身している本人であり、実体を持つ。

 

つまり受けるダメージもしっかりと蓄積される。

 

これが一人に戻った時に分身していた人数分、倍になって変身者を襲う。

 

普段負っても何とも無いようなダメージも下手をすれば気が狂うような痛みとなるかもしれないのだ。

 

何より分身を増やしすぎると脳が複数の自分がいることに耐えれなくなって廃人と化す恐れだってある。

 

今回のこの怪我はなのはの砲撃を分身が受け止めた時にそれぞれが防いでいたダメージが今こうして現れたものだった。

 

だが、今エイジはまるで痛みも無いかのように普通に振る舞っている。

 

そんなエイジの手を取って氷水で冷やしたタオルで優しく腕を包んだ。

 

彼女にコンボの代償の知識などは無いがこのエイジのボロボロな状態を見て見ぬ振りは出来なかった。

 

「…いつもこんな怪我するぐらい大変な思いしてはるんですね。」

 

「まあ、たまにこういう風になることはあるけどアンクも一緒にいてくれてるし、本当にたまにぐらいだよ。

それに俺ね、結構痛みとかには強いんだ。だから大丈夫!」

 

それを聞くや否や、はやてはその細い人差し指で処置していない方の彼の左腕をコツンとつついた。

 

最初何をされたか分からなかったようなエイジだったが、思い出したように痛がった。

 

袖をめくると右腕ほどでは無かったが大きなアザが浮かんでいた。

 

「やっぱりそっちもですか。もう変に我慢してもっと酷くなったら体に毒ですよ。」

 

「いてて…。了解です!はやてセンセ♪」

 

ちなみにはやてにはなのはや魔法絡みのことは伝えていない。

 

こちらとしても分からないことだらけで整理も出来てないことを伝える訳にはいかないからだ。

 

「それに!」

 

「?」

 

「私もエイジさんが痛い思いするんは見たくないです…。」

 

少し俯いてそう告げる彼女に微笑を浮かべた。

 

「大丈夫。俺はね、みんなが笑っていてくれるところのほーんの隅っこにいれればそれだけでスッゴく幸せになれるだ。

だから絶対みんなの笑顔を守るし、俺もみんなに会えるように必ず戻れるようにやってくって決めてるんだ。」

 

そう言って彼女の頭を優しく撫でた。

 

その手は大きく、氷のように冷たかったがどこか安らげる暖かさもあった。

 

「えらいおっきな目標ですね。」

 

「そう見えて実際は結構ちっちゃいもんだよ♪」

 

撫でられるのなんて一体いつ以来なのか、はやては照れたが同時に嬉しくなった。

 

「なんかこうされるとエイジさんお兄ちゃんみたいです。」

 

「お!それいいね!はやてちゃんみたいな妹は

是非welcomeだよ!」

 

「アハハ!嬉しいです!というかエイジさん左手はもう自分で冷やしとったんですか。めっちゃ冷たいですもん。」

 

「あ…。そうそう!さっき水道水でジャバーっとね!」

 

「また豪快にやりましたね!あ、そろそろこっちは包帯巻きましょか。」

 

「はいよ。」

 

右腕を差し出すとタオルを取り、丁寧にはやてが包帯で包んだくれた。

 

「これ防水なんで反対の腕も巻けたらお風呂どうぞ~。その間にご飯作っときますんで。」

 

「おおきにね♪」

 

何も知らない傍目から見ると少しだけ歳の離れただけの仲の良い、笑顔の兄妹がそこにはいた。

 

-

-

-

八神家の湯船に浸かりながらエイジは今日あったことを振り返っていた。

 

ヤミーを一撃で倒し、自分にもコンボを使わせるほどのあの魔法という力。

 

それを使いこなす少女と少年。

 

その背景にいる管理局とかいうどんなものかはまだ分からないが、巨大な組織。

 

「分からないことだらけだな…。」

 

ただ、それ以外にも引っ掛かることがある。

 

ヤミーが何故はやての前に現れたかだ。

 

初めはエイジを狙ってやって来たかと思ったが、オーズに変身した後も逃がした彼女を隙あらば追おうとしていたように見えた。

 

この間の件ともいい何かおかしかった。

 

まるではやてに何か狙いとなることがあるようだった。

 

そんなことを考えて湯船のお湯で顔を洗っていると側に置いておいた携帯端末からメッセージ着信音が鳴った。

 

相手はアンクだった。

 

『無茶し過ぎだ、バカ。』

 

ストレートなお説教かと思ったが続きがすぐに送られた。

 

『少しは自分の体のことも考えろ。』

 

彼なりの気遣いなのだろう。

 

人によってはかーなーりの誤解を生むであろうが、エイジにはアンクの秘めた部分を多少は理解していた。

 

実際アンクは自分からコンボを使わせてくれない。

 

「倒れられでもしたら面倒だ」とは本人の談だが、まあそういうことにしておこう。角を立たせても面倒だ。

 

『気を付けるよ、あんがと。』

 

そう返すと少し間を置いて返信が来た。

 

その内容は少し驚くようなものだった。

 

『あのなのはってガキは今日契約したマンションの近所のケーキ屋の娘だ。今日会ったから間違い無い。

俺は予定通り引っ越したらしばらくヤツを見張っておく。』

 

えらく近場の意外なところに魔法使いがいたもんだと思った。

 

声を知られているアンクが大きな声を出さなかったのはそういうことかと合点がいった。

 

『アンク…やっぱ寄り道してたな?』

 

『…ふん。』

 

都合が悪くなるとすぐこれだ。別にいいのに。

 

だが次のメッセージは意外だった。

 

『お前ははやてについてろ。』

 

『やっぱ気づいた?』

 

『お前より早くからな。』

 

どうやらアンクも気になっていたようだ。

 

『一言多いよ。』

 

『ともかく二人固まっててもしょうがねえからお前はここ、俺はマンションに移る。

それにアイツもお前には随分気を許してるようだからな。』

 

個人的なことを言えば確かにはやてはエイジにかなり心を許してくれており、エイジ自身も彼女と触れ合うことは正直な話楽しかった。

 

『でも…俺がいて迷惑じゃないかな?』

 

『はやてに偉そうに言っといて今度はお前が遠慮しいか?向こうもお前を求めてんだろ。じゃあいいだろ。』

 

一拍置いてそれもそうかと納得してアンクの提案に乗ることにした。

 

『分かった。風呂出たらはやてちゃんに聞いてみ…』

 

そこまでメッセージを入れた時、風呂場に備え付けられたパネルからメロディーが鳴った。

 

「エイジさーん!アンクさんから聞きましたよ~!是非ここにおってくださ~い!私もおってくれたら嬉しいです!」

 

「ハン!お前がもたついてる間に俺が通しておいてやったぞ。」

 

嬉しそうなはやての声と絶対悪い笑顔を浮かべているであろう鶏冠頭の声が風呂場に響き、ここを出たら覚えてろよと心に誓うエイジだった。

 

とりあえず今は

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします。」

 

「こちらこそです♪」

 

-

-

-

海鳴での最初のヤミー事件現場近くのマンション。

 

ヤミーの親となった女性の一室にはかねてよりエイジたちが追っているグリードが潜んでいた。

 

「うーん、ちょっと突っつくつもりだったけど面白いことになってきたなー…。」

 

部屋に寝転がりながらヌメッとした細い触手だらけの腕を弄り、まるでゲームのレアアイテムを偶然拾った子どものようにこの先のことを考えて楽しんでいた。

 

その隣にはまるで巨大なイクラやタラコのように水色の卵が壁一面にベッタリと夥しいほどに張り付いていた。

 

淡く点滅するように発光する卵たちの中心には蜂ヤミー、サイヤミーの宿主となった女性が磔にされるに置かれていた。

 

項垂れている彼女は意識が朦朧としているのか同じ言葉をぶつぶつと呟き続けていた。

 

「あの子は、あの子は…」

 

「心配しなくてももうすぐで会えるよ。それまでしっかりその子たちを育ててあげてね。…フフ。」

 

楽しそうにそう告げるとグリードは手に持っていたセルメダルをコイントスするように弾いた。

 

「さあ…。これからもっと面白くなるよ…オーズ…。」

 

手の中のセルメダルを握り潰し、粉状になったそれを砂時計のようにこぼしながら気味悪く呟いた。

 




新年一発目いかがでしたでしょうか?

なのはからの逃走…上手く書けているかハラハラですが、皆さんにイメージが伝われば幸いです!

そして蠢く影の次なる手は?

次回もお楽しみください!


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第8話「監視と団欒と悲痛な産声」

どうも!スターみかんです!

始まりの出会いから結構かかっていますがそろそろプロローグ部分にあたる今のお話も佳境に入ります!

それでは本編どうぞ!


翠屋から少しだけ離れた住宅街に高町家はあった。

 

立地も駅に近く、庭も池があるぐらい広く、道場まであるちょっとしたお屋敷のような一軒家だ。

 

そこの二階の自室でなのはは一匹のフェレットと共にベッドに腰かけ、宙に浮かべたモニターの向こうのクロノたちにオーズとの接触について報告をしていた。

 

「仮面ライダー…?」

 

「オーズ?」

 

「うん。話してみて乱暴そうな人じゃなかったけど、これに巻き込む訳にはいかないって言ってメダルのこととかは教えてくれなかったの。」

 

聞いたことも無い名前に揃って首を傾げるエイミィとクロノになのははオーズとの会話やレイジングハートが記録していた戦闘データを見せて説明した。

 

「うわ!?分身した!これも魔法とは違う力なの?」

 

逃げられた理由の分身したオーズの姿を見てエイミィは思わず身を引いた。

 

ここまで増えると正直引く気もする。

 

見た目も全身虫なのも余計にそうさせるのだろう。

 

「魔力も感知出来なかったですし、何より魔法技術その物を向こうも把握していない様子でしたので恐らくは。」

 

高町家で過ごすときはフェレットの姿に変身しているユーノが口を開いた。

 

あの時、オーズもこちらの魔法を初めて見た様子で興味津々だったことを思い出して伝えた。

 

「この彼の隣にいるのは何だ?腕だけのように見えるが。」

 

「オーズの仲間らしい。自立して動いて彼をサポートしていたよ。」

 

「目眩ましのあの火も凄かったの!しばらく痛くて目が開けれなかったの。」

 

撮られた写真には腕だけの何かとしか言い様の無いオーズの仲間が火球を放つ寸前の場面のものもあった。

 

次になのはが目を開けた時には二人は遠くまで逃走しており、ユーノが足止めをしてくれていなければ振り切られていたかもしれなかった。

 

「状況はだいたい分かった。とにかく今日は二人ともご苦労だったね。名前とこの姿を変えたデータを取れただけでも御の字だ。」

 

「集めることが出来た情報はこっちでまとめておくからデータの転送よろしくね。二人ともお疲れ様!」

 

二人から労いの言葉をもらい、通信を終えた。

 

「なのは、どうしたの?」

 

ベッドに腰掛け、上を向いて何か考えているなのはにユーノは声をかけた。

 

「え?ああ、あのオーズっていう人やっぱり悪い人には感じなくて。私とも戦おうと思えばいつでも反撃してこれたのに一度も攻撃もしてこなかったし。」

 

「そうだね。僕のバインドも跳ね返すだけで術者の僕には何もしなかったし、初めから逃げるのが目的だったとしても少しは攻めた方が逃げやすくなったろうに。」

 

「それにね、私最後のバスターを撃つときに威力の調整をミスしたの。それが直撃してどうしようと思ってたらあの人平気だからって言って許してくれたの。

お話してみて何となくだけど明るくて、実際は優しい人なのかなって思ったの。」

 

「じゃあ次に会うときは…。」

 

ユーノの問いになのははクスッと笑った。

 

彼も正直答えは解っていた。

 

「必ずちゃんとお話ししてもらうよ!」

 

「だね!」

 

聞こえはしていないがその頃夕食中の八神家では当の本人のエイジが身震いをしていた。

 

「なんか嫌な感じがする…。」

 

「いいからさっさと飯食え。」

 

気にも留めず食事を続けるアンクだった。

 

-

-

-

なのはたちとの遭遇から一週間が経ち、アンクは拠点となるマンションの一室から高町家を眺めていた。

 

広いリビングにはテレビとテーブル、ソファーだけでいささかもの寂しくあった。

 

あれからも何度か翠屋に通い、家もこの近くだと聞き出して場所を把握していた。

 

窓際の赤いフカフカとしたソファーに寝転がっているとなのはが帰ってくるのが見えた。

 

同じ学校の友人であろう少女の黒い高級外車に送られてきた彼女は家に入っていった。

 

「こっちを監視するって言ったのは俺とはいえ、これじゃストーカーだな。」

 

自嘲気味に一人そう言っているとスマホが鳴った。

 

「やあ!アンク君!」

 

「ハァ…どうした?何か用か?」

 

電話相手の宗正のテンションの高さにため息をこぼしつつも応対した。

 

「あと、お前は何でいつもテレビ電話なんだ。」

 

「知っているだろう?私は相手の顔を見て話したいのだよ。今よろしかったかな?」

 

「別にいいが。」

 

キッチンの冷凍庫から棒アイスを一つ取りに行きながらアンクは答えた。

 

「本当に君はそれが好きだね~。まだシーズンという訳でも無いのに。」

 

「別にいいだろ。俺はこいつがあった方が色々捗るんだよ。悪いか?」

 

今のアンクは人間と同じように世界を感じることが出来る。

 

グリードにとって本来五感は有るようで無いと言えるほどに不完全な状態でしかなかった。

 

先代オーズの時代に彼はヤミーとの戦いで瀕死の重体となっていた青年、泉信吾の体を半ば乗っ取る形で取り憑き、共生した。

 

人の体越しに初めて味わったアイスを特に気に入り、これを持ち出した交渉ならば少なくとも素直に話を聞くほどだった。

 

グリードにとって見えるものは歪に見え、聞こえる音はノイズ混じり。

 

口にあるものの味など分からず、雨の後の匂いも感じれず、熱いも冷たいも、痛みさえも鈍くしか分からなかった。

 

人間よりも強大で計り知れない力と欲望を持っていたがどうあってもそれを満たすことは出来ない…それがグリードという"意思"を持つが、"命"とは言えない存在だった。

 

それはコアメダルを9枚揃えて完全体となっても変わらなかった。

 

アンクもかつてはそうだった。

 

世界を見たい、触れたいと思い続けてその手を伸ばした。

 

だがそれは自分の核となるコアが割れるまで叶わなかった。

 

いや、正確にはもう既に叶っていたことに彼はその時気づいた。

 

ただのメダルの塊であった自分が様々な思いを味わい、声を聞き、誰かと共に過ごした時間。

 

片手じゃ足りないほどの思い出を持ち死ぬとこまで来た…彼は満足していた。

 

そして残された相棒…火野映司はその後も彼と出会えるいつかの明日を目指し、世界を見て回った。

 

長い時間はかかったがその日は来た。

 

その時用いた方法により、アンクは人に取り憑かずとも世界を見ることが叶った。

 

ちなみに今も信吾青年と同じ容姿をしているのはこの姿が一番しっくりくるからである。

 

「一向に構わないよ。先日渡されたあの魔法使い君たちとの交戦データの詳細分析の報告のために連絡したのだよ。」

 

「何か分かったのか?」

 

「大いに興味深いものだったよ。」

 

分厚いファイルを広げ、嬉々として宗正は答えた。

 

「既存の技術ではここまでのエネルギーを作り出そうとするならば大規模な設備とコストが必要となるものをあの少女と彼女の持つ杖は可能としていた。

いやはや、まさかここまでのものとはね…。」

 

映し出された数値や既存の技術との比較グラフを見て、アンクは予想以上だと思った。

 

「あのなのはとかいうヤツは威力調整をミスしたとか言ってたが、それでも抑えてこれだけのものになるとはな。

それにオーズは遠距離戦となると手数が薄くなる。

どうにかしたいところだがな。」

 

「メダル技術でもここまでのものを作ることは可能かもしれないがいかんせん、未だに研究中のことが多くてね。

安全かどうかも危ういものだからね。

今あるメダルを利用した力もアンク君から提供してもらったメダジャリバーとカンドロイドシステム、ライドベンダーまでしか完成に至っていないものでね。」

 

こちらに来るとき、アンクは元いた世界での協力態勢を取っていた財団、鴻上ファウンデーションで開発されてオーズやアンクが使用していたメダルシステムのいくつかの設計データを持ち込んでいた。

 

提供したのはファウンデーションの研究員として、オーズとしてデータを渡されていた映司だった。

 

「それはまた開発していくしかねえだろ。」

 

「何とかしていくよ。あとエイジのアイディア品は完成したよ。」

 

「ああ、あれか。」

 

魔法を使う際、特殊な波長データが観測されることを突き止めたエイジは研究班に判別機の作成を依頼していた。

 

唐突にまた現れ、交戦状態となることを避けるため、持ち運び可能な接近アラームとも言えるものを自身で設計し、制作を任せていた。

 

「先ほどそちらに現地での研究チームを編成し、派遣。

そのチームに機体を持たせておいたから受け取ってもらいたい。」

 

「分かった。そいつらの寝床もここでいいだろ。無駄に広いことだしな。」

 

「そうだね。そうしてくれると連絡もしやすい。」

 

「そういえば一つ気になったんだが?」

 

「?」

 

連絡を受けた時から気にはなっていた。

 

「エイジには連絡しなかったのか?機体も頼んだのはアイツだったんだから伝えればいいだろ。」

 

宗正は頭を撫で、苦笑を浮かべていた。

 

「実はアンク君の前にもかけたんだがね、ほら、いつものアレだよ。」

 

そう言われるとアンクは頬杖を突き、大きくため息をした。

 

ゲーム制作に入ったようだ。

 

エイジはその天賦の才とも言える独創性に溢れ、他を魅了するゲームを幾つも生み出し、自身もそれを作り出しみんなを笑顔にすることをこの上無い喜びとしていた。

 

そして作り始めたらヤミーが出現でもしない限りは作り続ける。

 

幸い、一度作り始めてから完成までは信じられない程に早いが並みのことでは止まらない。

 

単純に彼にとってもそれが楽しくてしょうがないらしい。

 

「会社としてはありがたいのだが、父としては体を壊しでもしないかでこれはいつも心配だよ。」

 

「まあ、今回は近くに自分のゲームを楽しみにしてるヤツもいるんだ。無茶はしないだろ。それにアイツは余程でも無いとへばらないぞ。」

 

数年間一緒にいるアンクはもちろん、その父である宗正もその熱中っぷりには大分頭を抱えていた。

 

会社の看板商品ともなるエイジの才能だが宗正は彼のことを心配する気持ちも強かった。

 

今でこそ栄養補給はしっかりするようになったが一度スイッチが入ると寝ずに入浴、トイレ以外はやりたいようにやってしまって倒れそうになることが昔は多々あった。

 

その度に自分がよく飛んでいったものだと彼はしみじみと思い返した。

 

「それでもやはり心配はす…ん?噂をすればだよ。もう新作を一つ上げたそうだ。」

 

件の爆走息子からのメッセージには新作ソフトの完成報告と宗正が送った研究チーム派遣のメールに対しての返事が添えられていた。

 

「着手から一週間足らず…新記録更新だね。」

 

「近くに理想のモニターがいるからな。アイツもいつも以上に作ってて楽しいんだろ。」

 

そんなことを話している中で、アンクは何か異様な気配を感じた。

 

ずっと隠れていたのか、今まさに生まれたのか、この瞬間になるまで気付かなかった無数の悪意の気配を…。

 

-

-

-

「これで…よし!完成!」

 

「やったー!おめでとうございますー!」

 

「サンキュー!!」

 

アンクと宗正の通信より一時間程前、八神家ではエイジとはやてが元気にはしゃいでいた。

 

開発していた新作ゲーム「ドレミファビート」の根幹プログラムが今まさに完成したのである。

 

「いや~はやてちゃんもありがとね!君と話しているとアイディアが出るわ出るわ!

今回はかなりの自信作になったよ!」

 

「そんな風に言うてもらえるとなんや、照れますね。私もまさかこんなに見せてもうただけや無くて、言うたことを取り入れてもらえるとは思いませんでした!」

 

「いやいや!テスターをしてくれる子でもこんなに的確な意見はなかなか無いよー!」

 

今回のゲームは大雑把に言えば画面上から流れてくる譜面にタイミング良くボタンを押す音楽リズムゲームだがこれだけではエイジは物足りないと思っていた。

 

八神家でしばらく過ごすことを決めた次の日から製作を始めたがグラフィック、設定などはすぐ決めれたがある悩みが生じた。

 

音楽に合わせて全身をリズムに乗せてプレイするゲームで、手軽にダンスをするように楽しめるのがコンセプトなのだが、これでははやてのような子達も楽しむことが出来ない。

 

筐体となるゲーム機は最近発売したばかりの手に持ったリモコンとテレビ画面がリンクし、振ったり回したりして操作をする次世代型のものだ。

 

ただ動かすだけで操作出来るので手の動きに合わせればはやてのように体が不自由な子でも楽しめると思い取り組んだが、やはり足とのリンクは手のコントローラーだけでは限界があった。

 

そこでエイジははやてに「音楽ゲームでしてみたいことって何か無いかな?」と一番楽しんでもらいたいファンの声を直に聞くことにした。

 

「ん~…。せやったら楽器を弾いてみたいですね。

ギターとかドラムとか現実やとちょお難しそうでゲームの中やったら上手には無理やとしてもやってみたいなーなんて。」

 

この意見にエイジは刺激を受けた。

 

今現在ではそんなゲーム実は無かったのだ。

 

「なるほど…。確かに家庭で誰でも楽器演奏で遊べるゲームは他の所も俺も作ったことが無いものだねー。

それは作り甲斐がありそうだ!早速作るからはやてちゃんちょっと遊んでみてよ!」

 

「はい!やりたいです!」

 

こうして作っていく中でユーザーとしてはやてはこうしたい、あれをしてみたいと生の声を伝え、エイジはそのオーダー以上のものを現実に叶えた。

 

最初の構想通りのリモコンを振ってリズム良く譜面をなぞるモード、はやての提案したギターやドラムなどの楽器で演奏できるモードのそれぞれで作り始めた。

 

後者はリモコンを楽器に見立て、ボタン操作や振動でさも楽器を使っているように感じれることをコンセプトに製作した。

 

エイジははやてのくれる注文に大いに共感し、同時にそれを叶えた時に彼女が見せてくれる笑顔に自分のしていることはやっぱり間違いじゃないと改めて思え、自然と頬が緩んだ。

 

そして今朝、仕上げにまでたどり着いた。

 

「…やっぱり来て良かったな。」

 

「え?何がです?」

 

エイジへのリクエストをメモにまとめていたはやてはエイジの呟きに反応し、顔を上げた。

 

「手紙、あったでしょ。マイティーに入ってたあの応募用紙。あれね、俺実は一番最初に読んだのはやてちゃんのだったんだ。」

 

「え?そやったんですか?」

 

コーヒーが苦手というエイジのためにはやてが淹れた紅茶を飲みながらエイジは語った。

 

「めちゃくちゃ綺麗な字で書いてあったから本当に9歳なのかと思ったのとスッゴい面白いゲームのリクエスト書いてくれてるのに何だろうね…色々遠慮する子だなぁと思ってね。

「絶対この子に会いたいな。」って思ったの。」

 

カップを置いて、いつもの優しい笑顔を向けるエイジにはやては顔を赤らめた。

 

「でもまた何でそう思いはったんですか?

そんなある意味面倒くさそうなんの所に。」

 

「いやね、何か昔の俺に似てるなぁって思ったんだ。」

 

「昔のエイジさんですか?」

 

「そう。今でこそこんな風にやりたいようにやってるわけだけどね、一時期はもうそれこそザ・ネガティブ!の権化みたいだったんだよ。」

 

意外なエイジの過去にいまいちパッとその姿が浮かばないはやてだった。

 

「「どうせ俺は何も出来ないし、誰かの為にもなれない」なーんてずーっと考えて、今にしてみたらこんなにもったいない時間の使い方はそう無いと思うよ。」

 

「…じゃあ今エイジさんはこんなに明るなって、みんなのこと思って色々するようになったんは何があったんですか?」

 

聞いていいのか正直分からなかったが、どうしてもその答えにはやては辿り着きたかった。

 

「気づかせてくれた人がいたんだよ。ずっとそばにいてくれた父さん、力を手に入れた俺を近くで支えてくれるアンク…。

みーんなが教えてくれた!

人はどこまで行っても一人じゃないってね!」

 

自分に笑顔の意味を教えてくれた、ある人たちのことを思いながらはやてに伝えた。

 

「一人じゃない…ですか?」

 

「そ!絶対に人は何かしらどこかで繋がってる、支え合うものなんだよ。はやてちゃんの素晴らしいアイディアでもっとこのゲームは面白くなる!

それも誰かの笑顔になるとっても素敵なことなんだよ!」

 

エイジはこれを伝えたかった。

 

はやての手紙は丁寧な文体でエイジの作るゲームへの熱い思いと細かな、そして彼も気付かなかった工夫点のリクエスト、そして何より楽しんでいることが綴られていた。

 

だがどこか寂しさも感じさせた。

 

自分を卑下するような、他人と距離を置くような、敢えて自分を孤立させている…ある出来事を境にエイジが昔そうなったようなことを9歳の少女がしていることに彼はひどく気に病んだ。

 

だから気づかせてあげたかった。

 

自分も他人を喜ばせたり、笑顔にさせることが出来ると。

 

そして自分もそうしていいのだということに。

 

「ホンマに…エイジさんは強引な人や。」

 

「あ!よく言われるよ!感覚だけでお前は生きてんのかってアンクに言われたことあるし。」

 

「アンクさんもなかなかキツイこと言いますね。」

 

「少しはお手柔らかにしてもらいたいもんだよ、ホント!」

 

「アハハ!」

 

これが完成する直前までのことである。

 

一つの大事な作品が完成したことで開放的な気分になったので二人はアンクの所に散歩に出かけることにした。

 

二人は恐らく買い貯めて置いたであろうアイスを食べ尽くしているであろうアンクのために彼の好きな種類を買っていた。

 

「ホンマにアンクさんってアイス好きなんですね~。」

 

「まあアイツには主食というかね、片時も手放せないものなんだよ、うん。」

 

車椅子を押しながら、ゲームの完成報告メールを送りつつ答えた。

 

「よほどですね~。エイジさんは特に好きなもんとか無いんですか?」

 

「ああー…そうだね~…。」

 

空を見上げて、捻り出すように考えて出た答えは

 

「…誰かが手作りで作ってくれたものなら何でも好きだよ!」

 

「そらまたメチャ広いストライクゾーンですね!」

 

「まあね。作ってくれる人の真心が一番の調味料だよ!はやてちゃんの料理みたいにね♪」

 

「作り甲斐ある人ですね~。せやったら今夜も楽しみにしとってくださいね。腕によりをかけてやります!」

 

「おー燃えてるね~!」

 

これは一段と思うエイジの目にふと、車椅子にかかった手提げ鞄の中に入ったあの本が入ってきた。

 

はやて曰く、「ずっと一緒にいてくれる大事な家族みたいなもんなんで」とのことで、こうして出掛ける時も連れていくそうだ。

 

「エイジさんもその子のことえらい気に入ってくれましたね。」

 

何を見ているか気づいたはやてが彼に振り返りつつ話した。

 

「うん。何かこうして見てるだけでもどうしてか落ち着いた気分にさせてくれるし、この表紙の手触りがなんだか心地よくてね~。」

 

最近では製作の合間に一息つきがてらにエイジはこの本の表紙を丁寧に拭いて元々キレイだったものをと更に宝石のようにピカピカしていた。

 

触れると頭がスッキリしてシュッとするとは彼の談だ。

 

「多分この子もエイジさんのこと気に入ってくれてると思います。」

 

「そうだと嬉しいよ。」

 

そんな事を話しているとポケットの端末から着信音が鳴った。

 

アンクからだった。

 

「あ、アンク?丁度良かった。今からそっちに…」

 

「エイジ。ヤミーだ。それも大量のだ!」

 

「何だって?」

 

「ずっと気配を出さないよう隠れてたのか、相当な数だ!まだ孵化してないがもうそんなに時間は無いぞ!」

 

どうやら卵から孵化する水棲系ヤミーが数を増やしていたようだ。

 

「今場所を送るからさっさと来い!」

 

「…どうやらアンク。こっちもそうは行かないみたいだわ。」

 

二人の目の前には虎の爪とバッタの脚を持つ、どうにも見覚えのある怪物が現れていた。

 

「えらい親近感の沸きたくないそっくりさんがいらっしゃったわ。」

 

「チッ…。もう一体か!」

 

「そっちの現場には先に行っててくれ。タカ抜きさんに早々にご退場していただいた後にすぐに向かうよ!」

 

「さっさとしろよ!」

 

通話を切ると同時にベルトとメダルを取り出したエイジははやてを路地裏に避難させると臨戦態勢に入った。

 

「似てても手加減してあげる程に俺もお人好しでは無いからね。変身!」

 

タトバ!タ・ト・バ!

 

タトバコンボに変身しすぐさまリーチのあるジャリバーで切りつけに行くオーズの一撃を展開しっぱなしの歪なトラクローで受け止めるヤミーに、彼はある違和感を持った。

 

軽すぎる。

 

感じたその疑問はすぐに的中し、ヤミーの防御はすぐに崩れて縦一閃にジャリバーの一撃が入った。

 

まだ成長し切っていないヤミーだったのかと一瞬よぎったがすぐに分かったその答えにエイジはすぐさま反転した。

 

「きゃあ!」

 

このタイプは宿主に寄生し、実体化出来るまでになると主を逆に自身の体内に取り込む猫系ヤミーの特徴も持っていた。

 

だから隙を見て宿主を助け出そうとしていたが、こっちの体の中には宿主はいなかった。

 

今まさにはやてを捕らえている女性がヤミーの親であり、こちらは独立して動けるヤミー…昆虫系と猫系の二人で一体の複合型ヤミーだった。

 

「はぁ…はぁ…や~っと見つけたー…。私の大事な…」

 

どうやら猫側のヤミーの本体は未だに彼女に寄生しているようで意識は欲望に呑まれているようだが、はやてを見て何故かいとおしそうにしていた。

 

「はやてちゃん!!…っ!?」

 

ヤミーの力でか、気を失っているはやてにまとわりつくような形でその頬を撫で回す彼女の下へと駆け出そうとしたが、突然の背後からの一撃に身をよろめた。

 

後ろには先ほど腹を裂かれたヤミーが散ったメダルを回収し、回復していた。

 

「こんの虫頭め。不意討ちかよ。」

 

オーズが受け身を取っているとヤミーは彼女を取り込み一体化し、はやてを車椅子ごと抱えて高速で逃げてしまった。

 

「待て!」

 

エイジも追いかけようとバッタレッグで跳ぼうとした時、足に何かが絡み付いてきた。

 

ミイラ男のように全身に包帯状の帯が巻かれた容貌のヤミーの中でも最下層の屑ヤミーが二体、オーズの両足に這った状態でしがみついていた。

 

すぐさま振りほどいて後ろに跳び距離を置いた。

 

屑ヤミーはセルメダルを割って生み出す、グリードたちにとってもお手軽なヤミーだが知能は皆無に等しく、アンクに言わせれば「こんなもん使うのはよっぽど落ちぶれた時」とまでの評価だった。

 

だが実際に相手にすると殴る、蹴るなどの物理的打撃に対して強く、多数のこの個体に囲まれたりすると厄介な上に足止めを食らう。

 

トラのメダルをウナギに換えて、亜種形態のタカウバとなったオーズは両手のウナギウィップを振り回し、ヤミーをあっという間に消滅させた。

 

物理的にダメでも電流などの副次エネルギーに対しては脆弱と判明しているので対処は容易だ。

 

しかし肝心のトラバッタヤミーははやてを連れて逃げてしまった。

 

騒ぎになる前に物陰に隠れ、変身を解いたエイジにアンクからのメッセージが入った。

 

『ヤミーの巣の場所が分かった。

この間の蜂と戦った公園のすぐ近くのマンションの一室だ。すぐに来い。

後、お前が戦ってたヤミーもその部屋に逃げ込んだ。』

 

「…頼れるヤツだ。」

 

端末をしまいエイジは現場まで駆けていった。

 




いかがでしたでしょうか?

一作のゲームを作るのが速すぎると思いましたが、そのゲームの基本となるベースデータをあらかじめ作っていることとと黎斗さん並みの才能をエイジを持っているとお考えいただければ幸いです。

それとエイジの過去。

これはどこかのタイミングで綴ります。

それではまた次回で!


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第9話「共闘と大増殖と一網打尽の奇策」

どうもお待たせしました!

スターです!

お待ちしていただいた方々には本当に申し訳ありません。

今回もなかなかのボリュームとなりますので、楽しみにしてもらっていた分だけ満足していただければ幸いです!

それではどうぞ!


昼下がり、公園近くのマンションは騒然としていた。

 

マンションを中心として公開を含んだ周囲には警察による包囲がしかれていた。

 

「何この騒ぎ!?」

 

「さっきおばさん達のお話を聞いたら爆弾が仕掛けられてるとか言ってたよ。」

 

「本当に!?」

 

多くの野次馬の中、なのはは友人の月村すずかとアリサ・バニングスの二人と共にこの騒動の様子を見に来ていた。

 

「(ユーノ君、聞こえる?)」

 

二人の会話を聞きつつ、なのはは立ち入り禁止となっている公園の木の上からフェレットの姿で様子を伺っているユーノに対して思念通話を送った。

 

「(うん。聞こえてるよ。)」

 

魔法技術の一つである頭の中で思ったことで会話するこの方法で連絡しつつ、ユーノは観測を続けた。

 

「(爆弾騒ぎにしては警察の人達もマンションの中に入ってる様子も無いし、何かおかしいね。)」

 

部外者が入れないように立ち入り禁止の黄色のテープを張り警戒しているが、マンション付近には一般人はおろか警察官の姿も見当たらなかった。

 

「(そうなの?こっちでもお巡りさんたちも爆弾としか答えてくれなくて。)」

 

なのは達のいる公園付近のテープの外ではマンションに自宅を持つ人達が状況を説明するよう警察と揉めているようだが、詰め寄られている警察官も詳細が伝えられていないのか漠然としたことしか説明出来ていなかった。

 

「(それに何だろう…。とっても嫌な感じがするの。

何なのか分からないけど、あんまり良くはないものがいっぱいいるような…。)」

 

「(僕も何か感じるよ。ジュエルシードの暴走体みたいに何かが暴れ出そうとしているような感じ…もしかするとこの間のあのメダルの怪物と関係があるものかもしれない。

とりあえず僕は建物を探査してみるよ。)」

 

「(気をつけてね。)」

 

そう二人が推察していると先ほどから揉めているテープ前に一人の人物が現れた。

 

「申し訳ありませんがこれより先はこちらとしても調査中でして、一般の方々の安全のためにと何分ご理解をよろしくお願いします!」

 

「何よ!こっちはあそこが家なのよ!何があったかぐらい教えなさ…って何するのよ!?」

 

騒いで、興奮している住民とその勢いに狼狽える警官の前に割って入った人物になのはは見覚えがあった。

 

「死にてえのか?さっさと下がれ。」

 

「な、何なのよ?!あんた!」

 

「警察関係だ。」

 

「け、警察ならそんな態度無いんじゃない!こっちは一般市民よ!もうすこ…」

 

「だったらとっとと下がってろ。

今からここで何かあっても野次馬に来てる連中の安全も保証出来るか分からんぞ。」

 

凄みを利かせるアンクに住民が怯んだ隙を見て彼は大声で野次馬に呼び掛けた。

 

「テープはあくまで参考だ!

わざわざ野次馬してまで死にたいやつはどいつだ!

とっとと散れ!!」

 

乱暴な言葉に反感を抱く者もいたが、あまりの気迫に野次馬達はしぶしぶと散っていった。

 

「何よ!あの人!」

 

「怖かったね~。」

 

アリサとすずかも帰ることにしたが途中なのはは人混みの中で二人と敢えてはぐれた。

 

「(なのは!見つけたよ!マンションの部屋の中にいる!

この間とはまた違うけど、確かにメダルの怪物だ!)」

 

「(本当!?)」

 

「(ああ。でも数が比じゃない!卵みたいなのがたくさん集まってて今にも出てきそうになってる!)」

 

4階の一室のリビング前の木の枝に乗って中の様子を伺っているユーノはなのはに念話を送り、状況を伝えた。

 

窓は割れ、部屋から押し出されるようにバスケットボール程の卵がはみ出し、内部から今にも産まれようとしているのか、葡萄のように連なったそれは一つ一つが揺れ動き、それこそ一つの意思を持った生物のように体をなしていた。

 

「(個体によってタイプが複数あるのか分からないけど、この量が一斉に現れたらこの辺りは…。)」

 

この間は不意討ち同然で、数も一体だけだったため一撃で仕留めることが出来たがそんな大群を相手にするならば二人では到底手が足りない。

 

そう考え込んでいると突然大声で呼び掛けられ、なのははびっくりした。

 

「おい!そこの!」

 

「は、はい!?」

 

テープ近くの木陰に隠れるようになっていた場所で念話をしていたなのはは、周りに不満そうな顔をしている警察官たちを連れてこちらに歩み寄って来ていた。

 

「えっと…?」

 

テープ前で見かけた時からなのはは彼に気づいてはいたが、忙しそうなこともあり挨拶は控えていた。

 

「あ?翠屋のとこの子供か。

こんなところで何してるんだ。危ねえぞ。」

 

「す、すいません。パトカーとかお巡りさんたちが大勢来てるんで何があったのかなーって気になっちゃって…。」

 

「野次馬は早死にするぞ。さっさと家に帰れ。

こんなところにいられてもこっちも邪魔だ。」

 

「ちょっと!黒斗さん!もう少しあなた言い方ってもんが!大体先ほどの住民への対応と言い、乱暴にも程が…」

 

先ほど、住民に詰め寄られていた警官が意見を出してきたがアンクの眼力に思わず語の途中で引っ込んだ。

 

「とりあえずこいつは俺がつまみ出してくるからここの警備は任せたぞ。

おい。確かなのはだったよな?」

 

「は、はい!」

 

「そんなビビるな。さっさと行くぞ。」

 

「ちょっと!」

 

警官の呼び止めも無視してアンクはなのはの手を取り、そそくさと現場から離れた。

 

「(ユーノ君…ちょっと待っててね~!)」

 

念話でも無く心の中で引っ張られるままになのはは叫んでいた。

 

-

-

-

ほどなく住民たちが避難して人気の無いマンションの路地裏まで来るとアンクはそこで彼女の手を話した。

 

「ほら。あまり野次馬根性なんてつけるなよ。

ろくな目に会わないからな。」

 

「す、すいません。」

 

それだけ言うと踵を返して戻ろうとするアンクになのはは呼び掛けた。

 

「あの、黒斗…さん?」

 

「あ?」

 

振り返ったアンクに少々びくっとしたなのはだったが質問を続けた。

 

「黒斗さんはお巡りさんなんですか?」

 

「ああ…まぁそんなとこだ。なんか文句でもあんのか?」

 

「いえいえ!とんでもない!黒斗さん結構怖い人かなと思ったんですけど、さっきも小さい子を守ってあげてたし、優しい人だなぁって。」

 

テープ前でのひと悶着の時、後ろから押し掛けて来た住民に押し出されて転けそうになった小さな男の子をすんででキャッチしていたのをなのはは見ていた。

 

「それにちょっと怒ってたからあんなにキツイ言い方だったんですよね?」

 

「ハッ!別に優しくなんか無えよ。ほら、さっさと家に帰れ。」

 

「はーい!」

 

それだけ言うと彼は背を向けて元来た道を戻って現場に向かった。

 

なのはから見えないところまで来たアンクはこの後起こることを想像して悪い笑顔を浮かべた。

 

-

-

-

アンクに促され、帰る振りをしたなのはは彼と分かれた路地までこっそり戻って来ていた。

 

「(ユーノ君!お待たせ!まだあの怪物は産まれてない?)」

 

「(なのは!さっきよりもかなり活発になってきてるよ!

正直もういつ産まれてもおかしくないぐらいだ!)」

 

卵の脈打ちもどんどんと大きくなって、透けて見える魚影のような体躯はこちらが見ようとしているのか、その黒い目で辺りを焦点の合わない視線で探っていた。

 

「(こうなったらもう結界を張って中で押さえ込もう!なのはもこっちに来て!)」

 

「(了解!すぐに行くよ!)」

 

念話を切り、首に掛けたペンダントに引っ提げられているレイジングハートを手に取り声を掛けた。

 

「行くよ、レイジングハート!」

 

「お、準備出来た?」

 

愛機からの応答よりも早く、すぐそばの塀の上にいつの間にかいたオーズが尋ねてきた。

 

「あ、あなたは!?」

 

「よ!少し振りだね、なのはちゃん。」

 

-

-

-

ヤミーの巣食うマンションの一室ではオーズとの戦闘から撤退したトラバッタヤミーがじっと座り込んでいた。

 

部屋の壁には孵化寸前の水棲系ヤミーの卵がぎっしりと張られ、その表面の色が僅かな光を反射して部屋を薄く水色に照らしていた。

 

その目の前には連れ去られたはやてがいた。

 

不思議とはやては落ち着いていた。

 

オーズとヤミーの戦闘を目の当たりにするのに少し慣れていたこともあるが、ここまで強引に連れてこられた以外には別段このヤミーが襲ってきたりすることも無く今にまで至っているからである。

 

流石に怖くないとまでは言えないが逃げようにも車椅子の車輪に卵から出ている粘液が絡み付き、身動きが取れないのである。

 

「ヴゥ…」 

 

それまで静かだったヤミーが急に呻き、身震いをするとその体はメダルに変わってその内より一人の女性が現れ、メダルは彼女の中へと吸い込まれるように消えていった。

 

覚束無い、ふらふらとした足取りではやての下にまで近寄ると躓いたのか車椅子の手すりに掴まった。

 

「きゃ!」

 

「ああ…。ごめんね。痛かったわよね…。寂しかったわよね…。」

 

女性が倒れこんできたことに驚いたが彼女は謝りながらはやての頬に手を当て、愛おしそうに撫でた。

 

「私もずっと会いたかった…。あなたを失ってから気が狂いそうで…。でもこうして戻って来てくれた。」

 

「ちょ、ちょお待ってください!一体何の…」

 

そこまで話した段階ではやては部屋の隅のあるものに気づいた。

 

怪物の巣になっていることを差し引いてもゴミや服が散乱している部屋の中で一点だけ綺麗に掃除されて、卵もへばりついていな仏壇とはやてとそう変わらない年頃の女の子の笑顔の写真の存在に。

 

「ずっとおかしいと思ってたのよ。あなたが死んだわけないって。

なのにみんな「あの子はもういない」なんて言って…。私からあなたを奪いたかったのよ!

でももう大丈夫…これからはずっと一緒よ…。」

 

そう言いながら彼女ははやてを抱き締めた。

 

この人は自分のことを亡くなった娘と思い込んでいる。

 

写真の子と自分は正直似ても似つかない。

 

なぜそう思い込んでいるのかは分からないけれど彼女の気持ちのある一部分は分かったような気になった。

 

優しく自分をその腕に手を掛けようとその時、突然女性は苦しみだして抱擁を解いた。

 

投げ出されるに解放されたため車椅子から落ちたはやては先ほどとは逆に体をメダルに包まれていく女性の姿が目に入った。

 

「うぅっ…!助…けて!」

 

全身をメダルに包まれつつも僅かに残った右腕を伸ばす彼女にはやては戸惑った。

 

「わた…シを…一人に…しナイデ…」

 

ヤミーに取り込まれながら消え入る放ったその言葉にハッとなったはやては自分の手を思い切り伸ばした。

 

絡んだ指と指が空しくもこぼれ、彼女はそのままヤミーに呑まれてしまった。

 

その目からは溢れんばかりの涙が一滴流れ落ちていた。

 

「グルルゥ…。…ゥヴァアー!!」

 

再び顕現したトラバッタヤミーが咆哮を上げるのに呼応するように無数にある卵たちの表面にひびが入り、そして…

 

-

-

-

「今の雄叫びのようなのは…一体?」

 

マンションの周囲で警戒にあたっている警察官たちにもヤミーの咆哮は届き動揺が広がっていた。

 

「な、なあ、少し近寄って様子を探らないか?」

 

「バカ!待機していろって指示が出てるだろ!」

 

現場の警官たちには野次馬ら一般人はもちろんのことで自分たちも不用意に現場への接近は特別捜査官である黒斗捜査官…アンクの指示まで許されていなかった。

 

「だが何が起きているのかこっちも分かってないんだし状況把握のためにも…」

 

「知る必要は無い。さっさと下がれ。」

 

警官たちのやり取りの後ろから、なのはを予定の場所へと連れていったアンクが割って入ってきた。

 

「く、黒斗捜査官!」

 

「バカが。指示を出すまで待機と言っただろうが。」

 

ヤミー・グリード対策の為に極秘で処理する必要があるので、このような案件に現場で指揮を取るためアンクは特別捜査官という名目で陣頭に立っていた。

 

ちなみに警察上層部への根回しはファウンデーションの仕事だ。

 

いつもの私服姿と違い、黒いダークスーツに身を包んだアンクに睨まれた好奇心旺盛な警官は頭を垂れ、スゴスゴと持ち場へと戻った。

 

携帯の時計とマンションに視界を向けてそろそろだと判断した。

 

「よし!指示を出す!今から30分後に二号棟の4階、403号室に突入する。それまでに各自準備しろ!」

 

「「「は、はい!!!」」」

 

急な指示に戸惑いつつ、慌ただしく配置の編成や装備の準備をする警官を尻目にアンクはエイジに提案した作戦を思い返していた。

 

「あの子たちに頼る~?しかしだな…」

 

なのはたちの力を借りることをアンクは提案していた。

 

「今回は数が厄介なタイプで人間の多い住宅街にそれがいる。

おまけに複合型のヤミーまでいてそいつがはやてを連れてるんならスピード勝負だろ。

使えるもんは使うに越したことは無いだろ。」

 

ヤミー騒ぎが起きれば目敏くまた出てくるとふんでいた。

 

奴等も未だに正体も分からない怪物を黙って見過ごすとは思えないほどのお人好しだと感じたからだ。

 

「それにこの間のあの結界でならこんな密集地でも穏便に戦えるだろ。」

 

「そりゃそうかもしれんけどもな…。

まぁあの子も多分それを望んで来るだろうし、今回は交渉してみるよ。」

 

そうして予想通りに現場に現れたなのはをオーズと引き会わせたのである。

 

マンション脇の民家の屋根に一瞬オーズが見えたと思えばすぐに消えた。

 

どうやらなのはたちとの交渉を終えて結界を張ったようだ。

 

「(さっさと片付けろよ。)」

 

心の中でそう呟くように思い、自分も処理に回った。

 

-

-

-

 

「「「キシャー!!」」」

 

卵から一斉に孵化を始めた魚の形をしたヤミーは自分たちの一番近くのリビングの窓を割り、流れるように外へ外へと向かった。

 

ヤミーたちはまるで川の中洲の陸地のようにトラバッタヤミーとはやてを避けていた。

 

「グゥルル…。」

 

獲物を品定めするようにヤミーははやてをその白目を剥き出しにした虚ろな目で凝視しつつ、にじりにじりとその腕に生えた鋭利な虎の爪を波打つような動きで動かして近寄ってきた。

 

そして目前まで来たヤミーはその爪を振り…下ろさなかった。

 

「え?」

 

一瞬何が起こったか分からないがヤミーの前にはメダジャリバーで爪を受け止めるオーズが立っていた。

 

「はやてちゃんお待たせ!ケガは無い!?」

 

右手で剣の峰を抑え、鍔迫り合いを繰り広げつつもオーズは首だけ振り返らせてはやての安否を気遣った。

 

「エイ…」

 

そこまで言いかけたが右手で全力の「シーッ!」のポーズを取り、その先を話すのを静止した。

 

剣を抑えていた右腕を離したため、力の均衡を崩してオーズははやてのすぐそばの壁に吹き飛ばされてしまった。

 

「あ…すいません!」

 

「だ、大丈夫!でもはやてちゃんが無事そうで良かったよ!

それと…ごめんね!俺が近くにいながらこんな危ない場所に…。」

 

壁に寄りかかりながら立ち上がりつつ、はやてに申し訳無さそうに謝罪した。

 

「でもこうやって来てくれました!」

 

優しくイタズラぽく笑いながらもエイジにならってかサムズアップを贈るはやてにオーズは素顔ならクシャッとした笑みを見せていた所だった。

 

「グォアァー!!」

 

両腕を広げ雄叫びを上げるヤミーがこちらに突っ込んで来たが、動きを読み切っていたオーズは右腕のトラクローでヤミーの振り下ろしてきた爪を受けきり、ジャリバーを下から腹に目掛けて切り上げた。

 

「あ!その中には女の人が…。」

 

「ああ!大丈夫!その人も必ず助けるよ!その為にも…」

 

重い一撃に怯んだヤミーの隙をつき、ベルトからバッタのメダルを取り出すと今度は黄色のメダルを装填しスキャナーを滑らせた。

 

タカ!

 

トラ!

 

チーター!

 

バッタレッグの代わりに今度は部分部分に小さな穴の開いた黄色の足となった。

 

「ハッ!ソリャ!」

 

姿を変えたと同時に壁を蹴り、反動を生かしてヤミーに目にも止まらぬ連続蹴りを繰り出した。

 

蹴られる度にヤミーからどんどんセルメダルが剥ぎ取られて行く中でメダルとは違う、奥の方に人の手が見えた。

 

「もう少し…!」

 

右腕のクローを壁に突き刺して支えを作り、蹴ることを止めずに伸ばせるだけ左手を伸ばしその手を掴み思い切り引っ張り出した。

 

掴み出された勢いで女性ははやてのすぐ近くに投げ出された。

 

ヤミーの卵の殻がクッションになり、ケガはさせていないようだ。

 

「はやてちゃんその人のこと任せていいかな!?

もうヤミーとは切り離されたから影響は無くなってるからもう暴れたりはしないよ!」

 

「は、はい!」

 

かなりのメダルを削り取られ弱まったのか、トラバッタヤミーはふらふらと立ち上がった。

 

「そういえばさっきの魚みたいなんはほっといてええんですか?」

 

先ほど飛び出て行ったきり一匹も戻って来ないヤミーをはやては不思議に思った。

 

「頼りになる助っ人さんが相手してくれてるよ♪」

 

-

-

-

 

「なのは!そっちにまた大勢行ったよ!」

 

「了解!レイジングハート!」

 

「OK」

 

なのはは魔力追尾弾のディバインシューターを自身の目の前に精製すると宙を泳ぐように飛び、自分目掛けて突進してくるヤミーの群れへと狙いを定めた。

 

「シュート!!」

 

放たれた弾丸は群れの先頭集団を貫通していき、中心部で散弾式に炸裂しヤミーたちをメダルへと変えていった。

 

だが…

 

「ダメだ!また増殖した!」

 

倒される寸前にこのヤミーは元になったであろう魚のように腹に卵を抱えており、それが残って新たな個体として活動を続けた。

 

戦闘開始から幾度となくこの大増殖を繰り返しており、その数は只でさえ多かった最初よりもその数を増やしていた。

 

「聞いてた通りだけどこれじゃ切りがないね…。」

 

少し時を戻し、現場近くでなのはとオーズが再び合間見えた場面にまで戻る。

 

「あなたはオーズさん!」

 

「やあ。悪いね、あんまり関わらない方が良いって自分で言っといたくせにこうして出向いて来るちゃって。」

 

バツが悪そうに自嘲気味にそう話し、彼は塀から降りてなのはに歩み寄った。

 

「本当ですよ!お話をお聞きしたかっただけですのに、あんなに増えて全力で逃げちゃうんだなんて!」

 

なのはもオーズの緑色の複眼を真っ直ぐに見つつも少し怒ったように先日の逃走をたしなめた。

 

「それに…。」

 

「それに?」

 

「謝りたかったんです。逃げられたからって調整も疎かにしてケガさせちゃうかもしれない攻撃を当てちゃったことを…。本当にごめんなさい!」

 

正直拍子抜けのオーズはそれを聞いて一拍置いた後に小さく「フフッ」と笑った。

 

「前にも言ったけど君は優しい子だね。なあに!確かにちょっと痛かったけど人間多少の刺激は必要不可欠!

かなり面白い体験したと思ったぐらいだよ。」

 

大袈裟な身振り手振りでそう語る彼になのはも多少戸惑ったが本心からそう言っているように感じて笑みをこぼした。

 

「はい、これでその話はおしまいで早速で悪いし、何よりこの間自分で言ってたことをねじ曲げちゃうんだけど…折り入って頼みたいことがあるんだけど…聞いてくれるかな?」

 

我ながら実に都合のいい話だと理解はしつつも故あっての事情で頼らざるを得ないオーズは恥を忍んでなのはに尋ねた。

 

「もちろんです!」

 

「即答だね~。こちらとしても若干驚きだよ。」

 

「だって助けて欲しいって言ってる人を私は絶対知らないふりするなんてしたくないですもん!」

 

「…そっか。じゃあよろしく頼むよ。」

 

何か思うところがあったのか、空を見上げた後にオーズはなのはとの相談に移った。

 

聞いてもらいたいことはこの後産まれる水棲系ヤミーの処理だった。

 

「あれは元々増殖して数がある程度集まってから一斉に孵化するタイプの個体なんだけど今回はどうしてかそれぞれの個体の体内にまた別の個体を生むように出来てるみたいでね。

パパッと俺がやっちゃいたんだけど増殖タイプとはまた別のタイプが一体いてね、ソイツを早くどうにかしなきゃいけないんだ。」

 

「何か事情があるんですか?」

 

「まあ、ちょっとね…。ソイツも通常個体と違ってかなり強いからほっとけないけど、卵の方はここら一帯に拡がられると一大事になりかねないから…」

 

「あ!もしかして私たちの結界が必要なんですか?」

 

「Exactly!お察し通りあれならそう簡単には逃げれないでしょ。」

 

「なるほど!じゃあ早速行きましょう!

レイジングハート!」

 

「All right.Stand by ready.」

 

「セートアーップ!!」

 

純白のバリアジャケットをその身に纏い、念話でユーノに事情を伝えて結界の展開を頼んだ。

 

通信を終えた数秒後には二人はもう結界内に入っていた。

 

「これでえーと…」

 

「ああヤミーだね、アイツらの名前は。」

 

「…は簡単には逃げられないです!」

 

自身の名前しか教えていなかったので知らなくて当然なのだが無理くり会話の流れ繋げた力業を微笑ましく思いつつも辺りを見回し、改めて魔法の汎用性の高さにオーズは感心していた。

 

「じゃあ行こうか。お互い無事に行こう。」

 

「はい!」

 

そうして二人はこの地で共に戦っているのであった。

 

「(頼られちゃったからにはしっかりやらないと…。)」

 

だが倒しても倒してもその分増えられてはこちらがその内圧されてしまう。

 

「倒したら増えちゃうし、これじゃどうすれば。」

 

鋭利な歯を剥き出しに自分に突進してくるヤミーの群れをシューターでいなしつつ思考を巡らせるなのはの視界にある光景が入った。

 

シューターが自身のそばを掠めた個体がダメージも負っていないのに卵を残してメダルへと還元され、産み落とされた卵は増殖せずにそのまま地面へと落ちた。

 

「これってもしかして…シャケのヤミーなのかな?」

 

「シャケ?あのよく朝ごはんで出てくる赤い身の魚のこと?」

 

なのはの疑問に近くにいたユーノが興味を示して聞いてきた。

 

「うん。前にお父さんと見てたテレビでシャケは卵を産んだらそのまま死んじゃうってやってたんだけど、もしかしたらこのヤミーは自分がやられるって思ったら後は卵を産んで自分は消えちゃうんじゃないかな?」

 

「そうか!この怪物たちは元の姿を取った生き物と同じ生態も模しているからそれをそのまま受けるんだ!」

 

ユーノの推察通り、ヤミーは自身の素体となった生物と同じようにその特性と生態も自分の力とする。

 

例えそれがマイナスに働くことだとしても。

 

「ならユーノ君!私に考えがあるんだけど!」

 

最初にその提案を聞いた時は驚いたが、相手の特性を考えてもこれが最も効率的で確実だと彼も納得してサポートに回ることにした。

 

「仕上げは合図と一緒にやるからね!」

 

「了解!」

 

そのやり取りと共に一度ヤミーからユーノは思い切り離れ、逆になのははシャケヤミーの群れに目掛けてディバインバスターの短縮版の砲撃であるショートバスターを撃ち込んで自身に注意を引き付けた。

 

思惑通りにこちらに突っ込んで来るのを確認し、ユーノを追おうとする個体にもシューターをお見舞いしつつ、自身は高く飛び上がった。

 

全ての個体が一斉になのはを追いかけて上空へと上がって行った。

 

「(なのは!いいよ!)」

 

ユーノからの念話を合図になのはは上昇に急制動をかけ、真下に向けてレイジングハートの砲口を向けた。

 

「ユーノ君行くよ!」

 

「「3、2、1…」」

 

二人のカウントダウンが進むにつれてレイジングハートのバレルから桃色の光が輝いていった。

 

そして…

 

「「0!!!」」

 

ディバインバスターが放たれる寸前に群れの真下から突如現れたユーノの拘束魔法である網状の鎖-ホールディングネットが危険を察知してメダルと卵へと姿を変えた一団を包み込み、そのまま光の奔流を浴びせた。

 

卵だけとなれば再びヤミーとなり、卵を蓄えるまでのタイムラグを突いて殲滅出来ると踏んだのである。

 

「ふう~…。やったよユーノ君!まだ下に残ってる?」

 

「大丈夫だよ。やっぱり全個体がなのはを追いかけてたみたい。

一匹も残っていないよ。」

 

それを聞いて一安心したが、すぐに気持ちを切り替えた。

 

まだオーズとこれとは別個体のヤミーの戦闘が続いていたからだ。

 

すぐに助けに行こうと下降を試みたその時異様な光景が目に入った。

 

オーズが突入した一室からマンションの半分がその奥にある建物共々に文字通り空間ごと、それこそ結界ごと一刀両断に斬られたのである。

 

「え?ええぇーーー?!!」

 

なのはの驚きの声と共に結界はガラスが割れるかのように散っていった。

 

 




今回も結構長くなってしまいました。

ヤミーが暴走させたあの女性の欲望はまた次回で説明が入りますが、もし自分が同じ立場だったら正直乗り越えられるかどうか辛いものです。

失ったものとどう向き合うか、そしてそこからどう歩むべきか。

エイジの信念にも関わることを次回綴ります。

話は変わりますがヤミーのモチーフの特性を生かし、落とし込むのが結構大変だったりしますがその分面白く、調べる度に新たな為になる知識になったりして勉強になったりします!

また次回もお楽しみにしていてください!


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第10話「やり過ぎと終らせる意味と変わり行く戦況」

どうもです!

近頃仕上げが遅くなったりしてお待たせすることが多かったので今週は1話前の話と合わせて2本続けての投稿です。

今回はタイトルにもある通り、色々と区切りになることと新たな展開が広がって行きます。

それでは後書きでまた!


「ソリャッ!ハァ!」

 

ここまで戦い辛い戦闘は久しぶりだとオーズは斬り合う中で感じた。

 

相手の下半身の特性上、室内ではその跳躍力を生かしきれずになると考えたが半ば暴走状態に陥っているのか、身体を壁や天井、床に乱暴に激突させようがお構い無しに上半身側の力を生かして飛び掛かって来る。

 

「グキィシャー!!」

 

「全く!もうまんま獣だな、こりゃ。」

 

爪を立てての突進をジャリバーで捌き、その勢いは殺しきれずにあれから戻したバッタ足で片ヒザを摩らせるように床に当て後退した。

 

その言葉の言うように隙を見てクローで貫かれた目を再生もさせず、己の本能だけで獰猛にオーズ目掛けて襲い掛かっていた。

 

今は最初にはやてと再会したシャケヤミーの巣となった部屋から床を2階分ぶち抜き、その場で暴れていた。

 

はやてとヤミーの被害者も上に置いてきており、外はなのはたちが抑えてくれているためとりあえず今はコイツを倒すとオーズは決めていた。

 

だがいつまでも相手に付き合ってやれる程の時間的は無かった。

 

結界の外ではアンクたちが突入準備を終えている頃合いのはずだ。

 

「(こうなったら…アレで行く!)」

 

取れる手段の中でも最も強力な札を切ることにした。

 

にらみ合いの中、スキャナーとは反対に付いているメダルネストに手をかけた時、窓の外には轟音と共に桃色の光柱が現出した。

 

あまりのその存在感にヤミーが気を逸らした隙を見逃さなかった。

 

身を低めて落ちてきた穴の真下に転がつつ、取り出した3枚のセルメダルをジャリバーへと装填し、バッタレッグで上へと跳び上がった。

 

反応が一瞬遅れたヤミーも跳び、両手の爪をオーズに向けた。

 

はやてたちのいる階に着くと天井を足場にしてオーズは追撃を避けてはやてを背に立ち、目標を失ったヤミーは自慢の爪を深々と天井に突き刺して身動きが取れなくなってしまった。

 

トリプル!

 

スキャニングチャージ!

 

スキャナーを手に取り、メダジャリバー内部のセルメダルを読み取ると音声が流れ、刃に白銀のエネルギーが溜まっていった。

 

「これで終わりだ…。」

 

オーズバッシュ。

 

セルメダルの力を限界以上に引き出すこの一撃に間近で目の当たりにしたはやては目が点になった。

 

ヤミーはおろか、まるで刃を振るった空間そのものを斬ったように全てが文字通りにズレていた。

 

「す、すごい…。」

 

「ごめんはやてちゃん!ちょっと乱暴に行くよ!」

 

「へ?ってちょ!?きゃあーー!!」

 

そう彼女が呟くのとほぼ同時にオーズは車椅子にはやてを乗せて抱え、脇に女性を挟んで大急ぎでリビングの割れた窓から飛び出した。

 

直後に空間のズレは何事も無かったように元通りに戻ったがヤミーは戻った瞬間に爆発を起こし、メダルとなって霧散した。

 

密室での爆発はオーズたちにも爆風として襲い来り、その衝撃ではやては車椅子から投げ出されてしまった。

 

「くっ!はやてちゃん!」

 

飛び出した弾みで気を失って自由落下する彼女に手を伸ばそうとしたがある異変に気づいた。

 

途中からまるで水の中に落ちたようにゆっくりとなったのである。

 

「これは…。」

 

はやてが地に着くより早く先回りして受け止めて車椅子に乗せた際、荷物ケースから光が溢れていることに目がいった。

 

そこにはあの本が入っていた。

 

手に取ろうとすると光は消えたが、何か強い意思のようなものを感じた。

 

それはまるで…

 

そこまで考えていると遠くからサイレンが響いて来るのが聞こえた。

 

「やっば!もう時間か!あれ!?結界は…って俺が壊したのか!」

 

変身を解除してエイジに戻ると警察に目立つ所に女性を置き、車椅子を押してなに食わぬ顔でで逃げた。

 

住宅街の路地にエイジが入り、マンションからは見えなくなると同時に警官隊がマンション内に突入した。

 

「気を付けろ!また爆発するかもしれないぞ!」

 

「下に人が倒れてるぞー!」

 

すぐに救急車がやって来た。

 

撤収する前にエイジが呼んでおいたものだ。

 

走り去る救急車を路地裏から見つめる影はそれをじっと見つめていた。

 

「…。」

 

見る以外何をするでもなく、サイレンが遠退いて行くとそれは路地裏の闇へと消えていった。

 

-

-

-

 

女性も病院へと搬送され、爆発の際に発生した火も大きくなる前に鎮火されて警察の現場検証が始まった。

 

それを遠巻きのビルの屋上から魔法の力でなのはは眺めていた。

 

「部屋はめちゃくちゃだね。あの部屋に誰かいたら…。」

 

家具から壁までだいたいのものが黒焦げになっており、もし人が残っているとと考えるとなのはは怖くなった。

 

「さっき近くで警察の人たちの話を聞いてきたけど中にいた多分ヤミーの被害者の人は部屋の下で見つかってそのまま病院に搬送されたって。」

 

フェレットの姿で先ほどまで現場に忍び込んで盗み聞きしてきたユーノが彼女の隣で告げた。

 

「ケガはしてるみたいだけど命にまでは別状は無いって言ってたよ。」

 

「良かった~。けどやっぱりヤミーってかなり危険なんだね。

この間みたいなのとかオーズさんが戦ってたようなのもいたら、あんなに大群で出てくるのもいて対処法も個別にあるみたいだし。」

 

思い返してみてもかなり厄介な相手だった。

 

恐らくオーズが倒したヤミーも強敵だったのだろう。

 

でなければ結界内であそこまで建物がめちゃくちゃになっていない。

 

「それに何でヤミーっていうのが現れるのかとか目的とかも分かんないし…。」

 

「そうだね。その辺りの事情をあのオーズって人に聞たら良かったんだけどね。」

 

「はあ~。そうだよね~。またどこに行っちゃったんだろう…。」

 

折角始まる前には少しだけとはいえお話出来たのに挨拶も無く引き上げられて少々寂しかったりもした。

 

結界が破壊された時は慌てて近くにあった今いるこのビルに降り立ったのだがオーズを見失ってしまった。

 

向こうからしてもこの間のように事情は話せないとして引き上げてしまったのだろう。

 

「ん、あれは?」

 

途方に暮れていると二人の頭上に見覚えのある機械仕掛けの赤い鳥が何処からか現れ、茶色く細長いアルミ缶状のものを落としてそのまま飛び去って行った。

 

「これってオーズさんの使ってた…。」

 

『PROTO』と書かれた缶を回しているとプルタブが独りでに動き、なのはの手の上でバッタの姿をしたロボットへと一瞬の内に変形した。

 

「わっ!?ビックリした!」

 

手から落としこそしなかったがなのはは驚いて尻餅をついた。

 

「お二人さんお疲れ様ー!オーズでーす!」

 

「「え?」」

 

ロボットのスピーカーから彼の声がしてきた。

 

-

-

-

 

「さっきは助かったよ!ありがとう!

それとごめんね!何も言わずに離れちゃって。」

 

エイジは変身している時と同じ声色になるように自分側のバッタカンドロイドを調整して話しつつ、感謝と謝罪をした。

 

素の喉でも出せるには出せるが結構しんどいのだ。

 

「いえ、こうして連絡頂けて嬉しいです!

でも何だか可愛らしい感じのこの子は何ですか?」

 

「いいでしょ♪俺がデザインしたんじゃないけど結構この子たち気に入ってんだ~。

カンドロイドって言うんだ。ちなみにその子は見たまんまバッタタイプね。

どれだけ電波が悪くてもペアになる機体間なら通信可能な万能電話ってとこだね。」

 

へえ~と感心するなのはの横からユーノが聞きたかったことを続けた。

 

「オーズさん、今度は可能な範囲でもよろしいのであのヤミーという怪物やメダルの存在について教えて頂けませんか?」

 

「私も知りたいんです。人が傷ついたり、悲しい思いをするのを見たくないんです!お願いします!」

 

少しだけ考えるとエイジは一呼吸して答えた。

 

「いいよ。言えるだけの情報はあげよう。

まあそのためにこの試作品をプレゼントしたようなものだし。」

 

「「ありがとうございます!」」

 

「ただし!」

 

お礼を言い終えるのと同時にエイジは言った。

 

「こっちもやらなきゃいけないことがあるから少し待っててね。

二人も一緒に色々聞きたい人がいるんじゃない?」

 

「はい。かなり聞きたがる人たちがいます。」

 

ユーノは誰かのことを思い浮かべているのか力強く答えた。

 

「そっか。じゃあ長くなりそうだから今夜8時丁度に改めて連絡するよ。よろしいかな?」

 

「はい、大丈夫です!」

 

「ではまた夜に♪」

 

通信を切るとバッタは缶モードになり、それをコートの内にしまうと彼は病院の屋上から階段を下りてある病室へと向かった。

 

-

-

-

 

目的の部屋の前にはスーツを着た男らが数人いたが彼の頭は否が応にも目立っていた。

 

どちらかと言うと勿論悪い意味で。

 

「アンク~。お疲れ~。」

 

病室側に用意されていたパイプ椅子に腰掛けていた彼は気の抜けたエイジの呼び掛けと労いに舌打ちしつつ立ち上がった。

 

「あのな、もう少しシャンとして来いよ。先生殿。」

 

「あらあら、あんまりカッカし過ぎたら無駄にエネルギー使うよ~。金髪トサカ捜査官殿♪」

 

「お前こそ白髪だろうが!」

 

「絡むとこそこかよ。っていうか白髪NO!

ぎ・ん・ぱ・つ!そこは大事!」

 

「分かった!分かった!さっさと準備しろ!」

 

今回はガス漏れ事故として処理される流れになったが、事故現場となったあの部屋の被害者が意識を取り戻したはいいがどうやら寄生ヤミー生成の悪影響でまともに事情聴取も出来ずにいた。

 

そこで一度心の観点からの診察ということで彼はアンクに連絡を取ってここにやって来た。

 

刑事たちにはそういう風に説明しておいたが、本当に医者としての資格もある上に心の部分での治療はエイジの

専門であった。

 

全く物は言い様だと心中では少々呆れつつも巧いことやるものだとアンクも感心していた。

 

ヤミー被害者の中には今回のように一概に身勝手な欲望と括れない部類の人間もいる。

 

自身の失ったかけがえの無い大切なものを求めさ迷っている人間ほど、アイツにとってはいい獲物だ。

 

仮にそいつから生まれたヤミーを倒しても根源の欲望と向き合わせない限りは延々とより強力になって生まれ続ける。

 

「準備オッケーっと。」

 

いつもの黒コートをアンクに預け、彼がそれと交換に白衣を渡してそれに着替えた。

 

「じゃあさっさとしろよ。」

 

他の刑事たちを理由をつけて人払いし、アンクは再び椅子に腰掛けた。

 

微笑を浮かべて頷くと彼は病室のスライドドアをノックして入っていった。

 

-

-

-

 

「村田ケイさん…ですよね?」

 

「はい…。あの…あなたは?」

 

「黒斗っていう心療医です。特殊な事故や事件に巻き込まれた方を担当する者です。」

 

「私何が起こったのかさっぱり分からなくて…。」

 

彼女のベッドの横の椅子に座って状況に少々混乱しているが話は出来そうな彼女に聞きたかったことを話すことにした。

 

「一つ、変なお話なんですが質問させてほしいのですが、得体のしれない怪物のようなものに覚えはありませんか?」

 

「え?」

 

「例えばあなたの欲望を解放しろと言ってくる者に。」

 

そこまで言われた時、脳裏に残った記憶がフラッシュバックした。

 

「あの子の命日に…あの子のお墓に行ったとき…何かおぞましい化け物に『もう一度あの子に会いたくないか?僕なら叶えてあげられるよ。』って言われて…。」

 

「お子さんは…去年の春に病気で亡くなられたんですよね?」

 

下調べを済ませてからここに来た彼にはおおよその見当はついていた。

 

「ええ…。この病院でね。最初は恐ろしかった。けれどもしもそんなことが出来るのなら…。」

 

「それで応じたと?」

 

真剣な眼差しで彼女を見ながらエイジは尋ねた。

 

「会いたかったのよ!私にとってもうただ一人宝だったあの子がいなくなって耐えられなかった!

初めはみんな悲しんでいた!でも時間が経つとあの子のことをどんどん忘れていった!

私のことを過去に囚われ過ぎだと言った!

もう何もかも許せなくなった!!」

 

ずっと胸に秘めていたであろう彼女の心の叫びをエイジは黙って聴いた。

 

「ねえ?あなたもあの子を…私たちを…否定するの?」

 

泣き腫らして充血した目で感情を剥き出しにした視線にエイジは穏やかに切り出した。

 

「そんなことしませんよ。誰だってもう会えない人に会いたいと思いますよ。

それが自分にとって大切な人ならそれこそ。」

 

「え?」

 

彼は自分のバッグの中から何かを探しつつも目はずっと彼女の瞳を見ていた。

 

「大切な人との別れは悲しいですよね。

もっと話したいこともいっぱいあったし、行きたいところだっていっぱいあった。

…ずっと傍にいたかった。そうですよね?」

 

「ええ…。そうよ、したいこともいっぱいあった。」

 

うんうんと頷き、下を見ていないせいか探し物はまだ見つからないエイジは続けた。

 

「人は死んだら終わり。その人はもうそこでしたかったこともこれから何か心ときめくものに出会うことも出来ない…。

けれどねケイさん。人は誰か一人でも覚えていてくれれば、本当にいなかったなんてことにはならないんですよ。」

 

そう言いつつようやく探し当てた小さな包みを膝に載せた。

 

「そんなの詭弁よ。…あの子はどうあってもここにはいないわ。」

 

「じゃあ本人に聞いてみますか。」

 

包みを開けるとそこには亡くなった女の子の写真が入れられた額があった。

 

「ご自宅が吹き飛んでしまったのでこれしか娘さん関係のものが見つかりませんでしたがその写真立て、中を見てみてください。

答えはあるはずです。」

 

差し出されたそれを受け取ると中から不器用に封のされた手紙がベッドの上に落ちた。

 

「これは…桜の字!」

 

「ええ、自分の死期を子供ながらに察したのかお母さんが絶対に捨てないでいてくれるだろうものに潜ませていたようです。

まあ念入り過ぎて見つけれなかったようですが。」

 

封を丁寧に開け、中に綴られた文を読むと彼女はゆっくりと涙を流して手紙を抱き締めた。

 

中身を読んでいないエイジは内容こそ分からないが安心はした。

 

ここまで人が優しい、穏やかな顔で泣ける時は悲しみでではないと知っているからだ。

 

「娘さんは確かにもう世の中にはいないです。

一緒に日々を生きていた回りの人たちも忘れていくかもしれません。

でもここに絶対に彼女との大切なものを失わない人がいます。

ケイさんがいる限り、桜ちゃんはずっと一緒です。」

 

涙を流し続けながらも頷く彼女にエイジはその肩を優しく右手を置いた。

 

これから彼女が歩む上で必要なこの欲望は終わりを告げた。

 

-

-

-

 

海鳴の外れにある廃工場。

 

「あ~あ。結構手間かけたのにこんなもんか~。」

 

ステージクリア前のボスに敗れてコントローラーを投げ出す子供のように不貞腐れて背をうんと伸ばし、両腕を頭の後ろで組んでその場で寝転んだ。

 

「まあいっか…。そこそこ楽しめたし、

あの本も…フフッ!また面白くなりそう!」

 

うねうねと嫌悪感をもたらす全身から生やした大小異なる触手をうねらせて企みを楽しんでいた。

 

朽ちた屋根から光る月が体表の滑りを怪しく照らし、その異形を際立ったせた。

 

上機嫌でいると割れた窓から見える空に向けて触手を玩んでいると何かがその横を掠め、グリードの顔のすく横に突き刺さった。

 

「…はいはい。分かってるよ。そろそろ本気で遊べばいいんでしょ?そう怒らないでよ。」

 

立ち上がり、窓の外の誰もいない虚空に向けて話す彼にに返ってくる言葉こそ無かったが刺さっていたカードは光の塵となって霧散した。

 

「さあ!序章は終わりだ…。」

 

その楽しそうな声色には滲み出る程の邪悪さが垣間見えていた。

 

-

-

-

 

「-ではあのヤミーと呼称される怪物はセルメダルから生まれ、それを人間の欲望から作り出す存在がグリード…以上で間違い無いですか?」

 

「間違い無いよ。っていうかなのはちゃんたちといい、本当に君たちは呑み込みが早いね。

こういうのは慣れっこなのかな?」

 

診察を終えてはやてと夕飯を共にした後、エイジは一人この街に初めて来たとき以来の桜台にいた。

 

夜にもなると流石に人はおらず、バッタのロボットを掌に載せてそれに話しかける銀髪男という至極シュールな図も気にせずに通信出来るのでここを選んだ。

 

「変にサグリを入れないでください。

こうして情報をお話していただけたとはいえ、あなたの目的とその力にはまだ疑念が残りますし、何よりあなた自身の正体も教えていただけないとくればこちらも慎重になります。」

 

管理局というものが一体どういった組織かも気になったエイジは少しでもあちらの情報を持ち帰ろうと思ったが、このクロノという少年が年不相応なぐらいのかたぶ…もとい堅実で苦戦した。

 

俺のそれぐらいの頃はもっとやんちゃだったぞと少々爺臭いことを思いつつも質問に答えることにした。

 

「目的は件のグリードの始末or封印。

まあコアメダルは破壊は困難だから実際は後者が現実的かな。

それが一つ目の答え。」

 

「二つ目は?」

 

通信の始めに挨拶をして以来クロノに任せていたリンディが問うた。

 

「あなたが自分の力に溺れ、制御出来なくなって他者にに危険をもたらさないと言い切れますか?」

 

リンディの問いには言葉だけでも気圧されそうになるものがあった。

 

「言えますね。俺の力も救いを必要とする誰かの手を掴むためのものですから。」

 

「それでもやはり身を明かすのは憚れると?」

 

「ええ。」

 

カッコ良く言い切った後に即答で拒否するこの流れはと通信を中継しているなのはたち二人とアースラのハラオウン家の二人以外はずっこけた。

 

「なんでー!?」

 

「ストレートになんか恥ずかしい!」

 

なのはの疑問に何の躊躇いも無くそう言えるなら羞恥も何もあったもんじゃ無いと誰もが思った。

 

「とにかく今教えられることはこれぐらいだけどご質問あります?」

 

「あ!いいですか?」

 

「はい、なのはちゃん。」

 

モニターは無いが、授業のくせで手を挙げたなのはをエイジは指名した。

 

「逆にグリードの目的って何ですか?」

 

「セルを集めて力を手に入れること…だね。」

 

「じゃあ私たちがヤミーを倒したらそのままメダルは?」

 

「処分するか、絶対ヤツが手の届かない場所な置くかだね。」

 

そしてしばらくQ&Aは続き、結論としてはヤミー・グリード出現時はお互い共闘、それ以外では追う、追われるの関係で落とし込んだ。

 

とりあえず話すだけ話し、半ば強引に通信を終えた後にエイジはなのはに少し罪悪感を覚えた。

 

彼女の質問の答えは半分嘘であるからだ。

 

確かにヤミーを作り、セルを取り込んで自身の強化を図るのは合っているがそれならば今のヤツはどうにもおかしい。

 

今日の戦闘でだけでもかなりの数を稼げたはずなのにみすみすこちらに渡し、大漁が期待出来る水棲タイプに至ってはなのはの砲撃で一枚も残さずに消滅させられた。

 

結界張られて内部に手出しが出来なかったとしてもオーズもどきヤミーは結界の破壊と同時の撃破だったため望めたはずだ。

 

そしてコアメダルを狙っているのであればアンクと戦力が分かれている今は狙い時のはずだ。

 

なのに一切手を出すどころか姿も見せない。

 

ならば答えは一つ。

 

はやてちゃんだ。

 

可能性としてあったが今日確信に変わった。

 

今まで海鳴で出現したヤミーは全てはやてを狙っていた。

 

そしてそれらの宿主であった村田にはやての写真を見せると娘が病院に入院しているときによく見かけていたと片方にだけだが面識があった。

 

劣化した寄生タイプの影響で錯乱していたから顔をろくに認識出来ていなかったが、はやてを娘だと刷り込ませれば問題では無かったのだろう。

 

だがなぜ彼女が狙われるのかと考えてきたがあの本の存在も関係しているだろう。

 

落下する際に見せたあの能力といい、言い知れぬ底の分からない力はエイジから見ても気になった。

 

アンクも言っていたがあれは魔法の部類でもおそらく上位のものだろうと見当はつけていた。

 

本当ならばはやてから遠ざけたり、一時的に預かり詳しく調べる必要がある。

 

だがはやてが悲しむこととエイジ本人もそれを拒んでいた。

 

「やっぱあの夢見てからだなー。」

 

一人そう呟くと帰路へと着いた。

 

-

-

-

 

家路に着くため坂を下りながらふとエイジははやて絡みであることを思い出した。

 

「にしてもあの子もなかなかのアクティブ派だな。」

 

あの戦闘の中で自分の手ギリギリにあったという桜ちゃんの写真を掴み取ったというのだから大した根性である。

 

本当ならば危ない真似は叱らねばならないのかもしれないが、エイジはその勇気を素直に褒めてあげたかった。

 

自分の身を侵してでも誰かの大切なものを守りたいと行動出来る人間などそうはいない。

 

行動一つで人の人生が変わることもあるのだ。

 

とりあえず今は通信のために交代ではやての家にいるアンクのためにも早く帰ることに…

 

したかった。

 

「あれ?」

 

視界が揺れ、足元が急に覚束なくなった。

 

そして-エイジの見える世界は暗転した。

 

 

 

 

 




この話が始まってからヤミーを作られ続けていた村田ケイさんですが、オーズ本編の
ピラニアヤミー回、シャム猫ヤミー回の被害者の名前からついています。

最初は同じように悲しんでいた周囲の人間たちはどんどんと娘のことをいなかったように明るく日常を送り、自分だけが娘のことを思い続けていたことをグリードに利用されたということです。

今回エイジとの会話にあったように人は死んだら終わりです。

亡くなった本人はその後どうなるとは誰にも分かりません。

残された人たちはどうしましょうか。

忘れないであげてください。

その人と過ごした時間、共に行った場所、やったこと、覚えていればいなかったことになんてなりません。

それが分かった彼女は一つの未練が終わったという意味でのサブタイでした。

さて!もう二桁いくのに作者的にはプロローグでいささかまとめる力を自分自身疑いますがようやっと大詰めです!

まだまだお付き合いしていただけると嬉しいです!

それではまた次回で!


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第11話「対話と素顔の対面と穏やかな日常」

どうも、スターみかんです!

最初の方から読んで頂いている方は次の話で第一部の区切りとなるので、一話から振り返って読んでみるのも良し!

操作ミスで最新話から読まれた稀有な方は素直に一話を読んで頂ければ嬉しいです!

そして今まで言ってませんでしたが、この物語はなのはの映画ベースとなります。

それでは本編へどうぞ!


「…ん。…あれ?ここって…。」

 

エイジが目を開けると見覚えのあるあの不思議な空間にいた。

 

見張らせども地に雪のように溜まった淡く光る粒子が辺りを照らしこそしているがどこまでも暗く、寂しい漆黒の空が広がっていた。

 

そしてやはりと言うべきか、彼女はそこにいた。

 

それも目の前に。

 

彼女に気づいて地面に寝転がっていた上体をお越したはいいものの、キョトンとした表情をする彼女と目が合うと暫しの静寂が流れた。

 

「ええと…。こんにちは…でいいのかな?」

 

なんだか気まずい、どう切り出すか分からない状況だが挨拶は大事だ。

 

「…。」

 

返ってくる言葉は無かった。

 

何か気を損ねるようなことをしたかとも思ったが、ただじっとその紅の瞳で自分を見つめている彼女からは特別悪いものは感じなかった。

 

「…すまないな。立てるか?」

 

何か納得したのか歩み寄ってそう口を開いた彼女はエイジに手を貸した。

 

「あ、どうも。」

 

その白く細い手を取り立ち上がると彼女が語った。

 

「一度礼を言いたいと思っていたのだが、どうやら図らずも貴方の意識をこちらに引き込んでしまったようだ。

申し訳ない。」

 

「礼?」

 

頭を下げて謝罪する彼女にエイジは聞き返した。

 

「主の側にいてくれてありがとう。

あんなに楽しそうなあの方を見るのはこの身が側に控えてから初めてだ。」

 

顔を上げて優しい微笑みを浮かべ話す彼女の表情は以前見せた寂しげなものではなく、心から嬉しそうだった。

 

「やっぱあなたがアンクの言ってた本の精霊さんなんですか!?

こっちもまた会いたかったんですよ!」

 

「精霊か。そんな風に言われるのは初めてだな。」

 

どうやらここはあの本の中に広がる秘めたる空間で、この女性は例のアンクの恩人のようだ。

 

「だって佇まいからして綺麗な人だなって思ってましたもん。

でも嬉しいな~。」

 

「なぜだ?」

 

「いや、なんというか…人からいてくれてありがとうなんて言われたら単純に嬉しいじゃないですか。」

 

少々照れ臭そうに鼻の下をかいてはにかむエイジに彼女は柔らかく「そうか。」と言い微笑んだ。

 

そう話し込んでいるとエイジの体淡い空色の光を伴って輝き、ゆっくりと地面から浮かんだ。

 

「あれ?もしかしてもうお仕舞いですか?」

 

自分の意識が戻ることを察したエイジは名残惜しそうに尋ねた。

 

「ああ、微睡みの時が終わるようだ。」

 

「もっとお話したいこといっぱいあるのにな~…。

まあ、またお会いできた時の楽しみにしときます!」

 

「私もそうなれば嬉しいよ。これからも叶う限り主のお側にいてあげて欲しい。」

 

「もちろん!」

 

朗らかな笑みでお決まりのサムズアップを作り、上へ上へと浮かんでいくエイジを見送りながら彼女は最後まで自身の大切な主のことを想っていた。

 

「それから…彼にもよろしく伝えてくれ。」

 

最後の言葉に彼が返事をしようとしたと同時に彼は光の粒となって霧散し、外の世界へと戻っていった。

 

見送った後、彼女は目線を下に向けて一言だけ呟いた。

 

「…やはり…そうなのか。」

 

呟いた彼女の瞳は水面のように潤んでいた。

 

-

-

-

 

目を覚ましたエイジは林の中に埋もれていた。

 

どうやら意識を失った時に脇道から坂に転げて、そのまま眠り込んでしまっていたようだ。

 

「うっわ、草まみれじゃん。」

 

服にまとわり付いた枯れ草や落ち葉をはたき落としつつ、転がって来た坂を登っているとカンカンとやけにテンポの良い音が聞こえてきた。

 

「何の音だ?広場の方からか。」

 

まだ日が少し顔を覗かせている頃合いに一体何だと気になったエイジは元いた道に戻り、昨日自分が通信をしていた広場へと足を進めた。

 

曲がればすぐ広場の角まで行くとそこには見覚えのある顔の少女がいた。

 

なのはだった。

 

目を閉じて利き腕であろう左腕を前に出し、昨日の戦闘でも使用していた桃色の光弾を一つだけ作ってそれを操作し、空き缶を上へ上へと打ち上げていた。

 

咄嗟に広場へと入りかけた足を戻して、曲がり角の物陰から様子を伺うことにしたエイジは彼女が何をしているのかを察した。

 

どうやらあの弾を更に精密に操作出来るよう練習しているようだ。

 

「31…32…33」

 

傍らのベンチに置かれたレイジングハートが打ち上げた回数を数え、その横には利口そうな一匹のフェレットがちょこんと立っていた。

 

恐らくユーノであろうとエイジは目星を付けていた。

 

アンクから「家でやたらフェレットに話し掛けている」というものと、時折なのはと共にいるユーノが突然消えることが多々あると報告を受けていたこと、何よりなのはのコントロールが50回を越えて止まったところにフェレットが彼女に何か喋っているので、ユーノがフェレットになれると考えるのが妥当だった。

 

会話の内容こそ離れていて聞こえないが、表情からして練習の成果が表れているのだろう、フェレットの姿のユーノと笑顔で話しながら帰り支度をしていた。

 

努力を惜しまずに研鑽に励むなのはに感心し、その場を立ち去ろうとしたその時エイジの携帯が鳴り響いた。

 

慌てて物を取り出そうとしたエイジは手を滑らせて落とし、前のめりになった状態で携帯と共に再び落ちていった。

 

「まさか立て続けにおんなじような所に落ちようとは…。」

 

鳴り止んだ奇跡的に無事な携帯を拾い上げてまた登ろうと立ち上がるが不運は続いた。

 

「あのー!大丈夫ですかー?」

 

よりにもよってなのはに見つかってしまったのである。

 

-

-

-

 

「あの、本当に大丈夫ですか?顔もケガして血が出てますよ。」

 

「いやいや!本当に大丈夫だよ!」

 

自力で這い上がったはいいものの、エイジはなのはに物凄く心配されていた。

 

オーズの時の声は元の声とは少々異なるように聞こえるとはいえ、エイジは内心ではバレないかヒヤヒヤしていた。

 

落ちる最中に木に当たって顔には一筋の傷がスーッと入り、血が出ていた。

 

「こんなのほっといても止まるし平気平気。」

 

「でも…。あ!そうだ。お兄さん少ししゃがんでくれませんか?」

 

「え?」

 

言われるがまま彼がしゃがむとなのはは自身の制服のポケットからポケットティッシュを取り出し、ケガをした頬を優しく拭いて絆創膏を貼った。

 

「はい!これで本当に大丈夫です!」

 

「あ、ああ…ありがとね。」

 

唐突な心優しいお節介に少々戸惑いつつもエイジは彼女の優しさを素直に受け止めた。

 

「いえ!ああっと、ちょっとまだ拭き残しが…。」

 

やり残しを見つけたなのはの手からティッシュが落ち、しゃがんで膝に載せていたエイジの右手の甲に落ちた。

 

拾おうとしたなのはだったがエイジの腕時計の時間に驚いて声を上げた。

 

「あ!」

 

「あ、もしかして時間押しちゃってた?」

 

視線の先に気づいたエイジがなのはに聞いた。

 

「いえ!大丈夫です!」

 

気を遣って誤魔化すなのはだが朝早くから魔法の練習に出掛けているのは家族に内緒で、もうみんな集まっての朝食の時間までギリギリであった。

 

「お急ぎみたいだからこれのお礼にお家まで送るよ。

俺バイクあるからさ。」

 

目に見えて焦るなのはにエイジは絆創膏に触り、そう提案した。

 

「いいんですか!?」

 

「もちろん♪」

 

そう決まった後の二人の行動は早く、なのはの肩に乗っていたユーノは振り落とされそうになり、その後のライドベンダー乗車時は地獄を見て悲痛な鳴き声?を上げていた。

 

「キュ、キュー!!」

 

-

-

-

 

「たく…。ようやく繋がったと思ったらまた面倒なことをしてくれたもんだな。」

 

「面目次第。」

 

昨夜から再三に渡っての連絡を悉く応じずにいたエイジからの連絡にアンクは呆れていた。

 

八神家のエイジの寝室に腰掛け、足を組んで連絡するアンクはなのはを自宅近くまで送ってこちらに向かっているという彼の話を聞いていた。

 

「倒れた挙げ句にあのなのはたちとの接触。

自分で気をつけてたことをお前自身が破ってどうすんだよ、バカ。」

 

「まっこと弁明の余地もございません。」

 

「とりあえずさっさとこっちに戻れ。

お前が戻り次第で俺もあっちに行くぞ。」

 

「了解!」

 

そう言ってエイジは電話を切った。

 

昨夜なのはたちにも最低限提供出来る情報を渡すことにしたエイジは事件処理を終えた自分と交代で出掛け、今になるまで音沙汰が無かった。

 

倒れた理由は理由で特殊なため、アンクも言うほど咎めるつもりは無かった。

 

それでもなのはとの接触は頭を抱えるドジっぷりであることに変わり無いが。

 

そもそも事情があって昨日の戦闘でなのはたちの力を借りることを提案したのは自分だった。

 

理由は幾つかあるが利用出来るものは無駄にする手はない。それが彼なりの考えだった。

 

とはいえエイジたちが殊更慎重に動きたい理由も分かっている。

 

相手は少なくとも自分が知っている頃よりも更に陰険で執拗、何よりも『何がしたい』のか分からなくなっているからだ。

 

「アンクさーん、ご飯出来ましたよー。」

 

下からはやてが呼ぶ声が聞こえた。

 

「アイツにも伝えてやるか。」

 

出掛けたまま戻らないエイジのことを心配していた彼女にも面倒だがさっさと教えてやろう。

 

-

-

-

 

「おはようございます、アンクさん。エイジさん繋がりましたか?」

 

「よう。ああ、ようやく用事が済んでここに戻るだとさ。」

 

はやてにはなのはや管理局、魔法絡みの情報はこちらとしても分からないことだらけなので、不用意に伝えることは避けていた。

 

「そうですか~。なんや、えらい長いお仕事明けやったらめちゃめちゃ眠い状態になってるやろうし、ベッドのシーツも新品のもん用意して置いてあげましょ。」

 

「いや、電話で聞く限りあのテンションで寝かせると昼夜逆転して後で俺たちが痛い目に遭う。

今日はアイツと夜まで好きにしろ。」

 

はやての用意したアジの開きや手作りの味噌汁、お浸しといった凝った朝食の席に着きながらアンクは言った。

 

「でもお疲れのところに悪ないですか?」

 

「アイツは下手に休むよりも好きなことやらせてる方が疲れが取れる質なんだよ。」

 

「まあ…何となく分かります。」

 

昨日のドタバタで取り込めなかった洗濯物を丁寧に畳みつつ、はやてはアンクの言う彼の姿を想像して苦笑した。

 

「それに」

 

「?」

 

アジが気に召したのか箸で身を粉削いでは食べつつアンクは続けた。

 

「アイツ曰くお前と一緒になってゲームを作るのは新鮮な衝撃が多くて楽しくて仕方ないらしい。

だからお前も下手に遠慮するな。」

 

「え~、嬉しいです!」

 

「ハッ。俺が言った訳じゃねえよ。」

 

「あ、アンクさんご飯おかわりですか?」

 

「…ん。」

 

ぶっきらぼうに茶碗を差し出すアンクにはやてはそれを嬉しそうな笑顔で受け取ると車椅子で台所へと向かった。

 

アンクからすればはやては独特な個性と口調だが、決して嫌な相手では無かった。

 

気も利く上に料理も旨い、おまけに自身を襲ったヤミーやグリードと同じような存在である自分を忌避することも無ければ、差別することも無いその度量の大きさを実は気に入っていたりする。

 

だが自分は気づいていた。

 

一見無欲のように見えるはやてだがその胸の内には並以上の欲望が存在することに。

 

彼女自身がそれを表に出さない限り、グリードである自分には詳細な内容は分からない。

 

それでもある程度は予想がついた。

 

そして確証こそ無いが近い内、それが満たされる時が来るであろうと思いあの本に目を向けた。

 

エイジのやつは会ったらしいが、アイツらはもとより、アイツは…今までのこの永い時をどう過ごして来たのだろう。

 

「…さ…。ア…ク…。アーンークさーん!」

 

「…あ?」

 

「あ?やあらへんですよ。ボーっとしてはりましたけど何か考え事ですか?」

 

初めの頃に比べて、アンクの柄の悪さにすっかり慣れたはやてには彼の凄みでも全く怯まなくなっていた。

 

はやてからのおかわりを受け取ったアンクは少し考えてから口を開いた。

 

「あのなはやて。あの本にはな…」

 

そこまで話した時、玄関のドアが開く音がしたと思えば次の瞬間にはあのバカが勢い良くリビングのドアを開けた。

 

「はやてちゃん、アンクただいまー!」

 

「あ、エイジさんお帰りなさ…ってどないしはったんですか!?

そんなボロボロの切り傷だらけになってもうて?!」

 

「おい、聞いてたよりも酷い有り様だな。」

 

白いワイシャツも茶色くなり、コートも土でくすんで皮膚が出ていたところには傷が目立ち、顔には大きめの絆創膏が頬部分に貼られていて、さながら服装だけはいっちょまえのガキ大将の体だった。

 

「いやもうね、踏んだり蹴ったりで災難だらけと思ったけどまあ良いこともあってね…」

 

「分かったからさっさと着替えてこい、バカ。」

 

「何だと!?ちょっとぐらい俺の土産話聞いてくれてもいいだろ!」

 

「ああもう!その格好で絡むな!メシに砂が入る!」

 

「と、とりあえずエイジさん落ち着きましょ!ね!」

 

「あ!はやてちゃん!後でまたちょっと話聞いて!

面白いアイディアが浮かんだんだ…ってその前にごめんね!連絡出来なくて!」

 

「大丈夫です!でもとりあえずお風呂行きましょ!」

 

かなりのハイテンションで忙しくアンクにアームロックをかけたり、はやてに連絡出来なかったことを謝るエイジをクールダウンさせつつ、はやては彼をすぐに風呂場まで誘導した。

 

そのはやての顔は終始楽しそうな満面の笑顔だった。

 

 

 

 




ようやくのなのはとの対面でした!

次の話で一部も終了です!

物語も大きく進んで行きます!

どうぞまたよろしくお願いします!

それでは♪


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第12話「準備と曇らぬ心と動き出す時間」

どうも、スターです!

書いてて思うのですが、改行したと思ってたらしてなかったり、しててもズレてて読みづらくしてたりと、チェックすれば結構出てきていい加減慣れなきゃと思う次第です。

もし「読みづらいぞ!」などお声がありましたら是非感想欄などにお送りいただけると幸いです。

さて!今回でようやく序盤も終わり、なのは勢にはあの方たちが…。

では本編にどうぞ~!


オーズからの情報提供から一ヶ月近くが経って日付は6月3日。

 

あれから管理局の面々に一度も確認されていないグリードはもちろんのこと、新たなヤミー、そしてオーズも姿を見せていなかった。

 

平穏を取り戻したようにのどかな海鳴市だが、クロノにはそれが仮初めのものにしか思えなかった。

 

「ユーノ、君はどう思う?」

 

「うーん…。彼の言っていた通りであればグリードは強い欲望の持ち主に惹かれるって話なんだけどね、それが余計に難しいんだよね。」

 

クロノはなのはの家にいるユーノと通信で状況報告をしていた。

 

彼は行方の分からないグリードをどうにかして発見し、封印または撃破出来ないかを模索していた。

 

あの時のオーズが伝えた情報通りであれば確かに欲望のより強い人間ほど狙われるだろう。

 

だが彼曰く「他人から到底理解されないようなものでも本人が強く求めれば、それは十分な欲望」という難解な解釈で前以てヤミーの出現を阻止することはオーズからしても実質不可能とのことだった。

 

例えば、「何かを壊したい」「めちゃくちゃにしたい」などと人格の破綻しきったものであろうと、グリードからすれば絶好のカモらしい。

 

この情報量ではグリードを倒すどころか居場所を掴むこともままならなかった。

 

そこであることを彼は思い付いた。

 

「ユーノ、君に無限書庫に行ってもらいたい。」

 

「無限書庫だって?」

 

無限書庫とは次元の海に浮かぶ時空管理局本局にある全ての管理世界から集められた書籍や情報媒体がほぼ全て集められた一大施設である。

 

「あそこでならばグリードやオーズについての情報が集められるかもしれない。

君の情報処理能力ならば有用にあそこを使えるだろう。

伝を頼って使えるようにしよう。」

 

「だけどあそこは未整理区画も多いだろう。

それこそ一体どれだけの時間がかかるか…ってまさかそれもやれってことだったりしないよな?」

 

「元よりそのつもりだが?」

 

そこから長い二人の問答は昼過ぎから始まり、学校を終えたなのはが帰宅する夕方まで続き、ユーノが折れることで決着が着いた。

 

「お、鬼め…。」

 

「ユーノ君どうしたの?」

 

「ああ、なのはおかえり。」

 

ぐったりとしたフェレットユーノを部屋に戻ったなのはが見つけて声をかけた。

 

一通りの話の流れや無限書庫について話し、近々にはここを発つことになると伝えた。

 

「そっか~。ユーノ君が調べてくれたら何か見つかるかもだね!」

 

「僕も頼られるのは嬉しいんだけど、何せ前人未到の宝の山を整理するところからしないとだから気が重いよ。」

 

「にゃはは。それは重いね。」

 

管理世界全てとなると最早想像出来うる範疇などでは及ばず、二人は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「でもユーノ君が行っちゃうのは寂しいな。

お母さんもお姉ちゃんもしばらくは凹んじゃうだろうし。」

 

「そうだね。僕もジュエルシード事件以来ここにはお世話になりっぱなしで名残惜しいよ。

お、お母さんたちの愛はちょっと重かったけど。」

 

「それは…うん、ごめんね。」

 

古代遺跡などを転々とし、生計を立てる部族の生まれのユーノは自身が発掘に携わったジュエルシードによって起きた事件をきっかけになのはと出会い、この高町家でお世話になっていた。

 

ちなみにフェレットの姿は変身魔法で本来は人間の男の子である。

 

「さよならじゃないからまた戻ってくるよ。」

 

「うん♪でもしばらくはお母さんたちからは逃げられないよ~。」

 

見た目は可愛いフェレットであるユーノに高町家の女性陣はぞっこんであった。

 

「お、お手柔らかに…。」

 

この後のことを考え、ユーノはフェレットに変身した過去の自分を恨んだ。

 

-

-

-

 

「ほおー、あのフェレットしばらくいなくなるのか。」

 

いつも通り鷹の目を生かしてなのはの様子を探っていたアンクはいい情報を得たと思った。

 

盗聴機などは流石に仕掛ける訳にはいかないので、その目の良さを生かした読唇術だが、その精度は完璧だった。

 

「これでエイジのバカがアイツらに鉢合わせてもあの面倒な鎖は無いわけだ。」

 

「でも彼が結界を構築する担当じゃないんですか?

もしまた彼女たちと協力…もとい利用するんならむしろマイナスではないですか?」

 

「ま、そりゃそうだな。で、そっちの進展はどうだ?」

 

この前のマンション以来、不気味なほどに動きを見せないヤツには警戒を忘れていないが、アンクたちもより戦いをやり易くするために魔法の再現を図っていた。

 

越してきた時よりも何やら高価そうな機材も増え、研究者らしい装いの人物たちが数人ほど各々の作業にあたっていた。

 

ガラガラだった部屋も大分人口密度が上がり、居心地は悪くなったかもしれないが優秀で、明瞭で、謙虚な彼らにアンクはイライラはしなかった。

 

「ゲンムのメダル担当の科学者グループの自分たちですが、なにぶん初めてのことだらけで苦戦はしていますが何とかこれは形になりました。」

 

見た目はやたらメカメカしく、ブタののような鼻をつけたの貯金箱を自身の作業机の引き出しから取り出してアンクに見せた。

 

「ご注文頂いていた結界の再現機です。

これまでの戦闘時にカンドロイドたちから得たデータを基にセルメダルを動力とし、空間内の対象らを別位相に移動させます。」

 

「相変わらず仕事が早いもんだな~。限界時間は?」

 

「アンクさんのご希望は10分でしたが、+5分まで延ばせました。」

 

「ハッ!上出来だ。」

 

とはいえ一度にセルメダルを10枚も使う高燃費な上、限界を越えると原形を留めずに自壊するといった課題も盛り沢山だった。

 

「まっ、セルメダル由来の力で引き出した結界なら、アイツが出てくる前に終われるだろうし、今はこれで良しとするか。」

 

デメリットの説明を受けてもなのはとの交戦を避けられるのならばそちらの方が得だと判断した。

 

「とりあえずご苦労。良くやったな、九野。」

 

「いえいえ、自分一人でなく自分たちの成果です。」

 

掛けたサングラスを直しつつ、ゲンムの隠れ部署である

「メダル対策研究室」責任者、九野キリヤは得意気な笑みを浮かべつつも謙虚に答えた。

 

「そういえばアンクさん、そろそろ時間マズイんじゃないですか?」

 

「あ?ああ、そういえばそうだな。」

 

詳細な仕様などの説明を聞いていて忘れていたがもう日も落ちて、時計の短針は7を越えていた。

 

「明日のはやての誕生日の打ち合わせで呼び出しとか、毎度のことだが能天気にも度があるだろう。」

 

「まあまあ。エイジさんは昔から人の誕生日を祝うのがゲーム並みに大好きですから。」

 

誕生日を祝うと聞くとどこぞの食えないジジイを思い出すアンクだったが、彼も負けず劣らずだった。

 

「付いていった病院で誕生日がもうすぐと聞いた途端にこれだ。

多分今日は向こうに泊まるだろうから、俺が出た後の監視は任せたぞ。」

 

そう言って玄関にあらかじめ用意していた小さな茶色い小包を持って出掛けるアンクに「あんたも大概ですよ」と困ったように笑みをこぼし、サングラスを外した。

 

-

-

-

 

その日の終電バス。

 

もう乗客も片手で事足りるほどの人数の中にエイジとはやてはいた。

 

はやての病院での検査が思ったよりも長引いて時刻はもう8時を回っていた。

 

外の街並みの賑わいとは裏腹に、隣で浮かない顔をするはやてにエイジはどう声をかけるか悩んだ。

 

現在の治療内容と処方薬では望まれていた効果が得られていないため、より強いものへと段階を踏まえなければならないとの石田先生の見解だ。

 

こんなことは彼女にとっても別段初めてではないのだろう。

 

だが誰だって、終わりの見えない辛いことを続けるのは苦にしかならない。

 

辛い治療に沢山の薬、それを経ても良くなる気配はなく

出来ないことの方がゆっくりと増えていく自分の体…。

 

石田先生だってそれを分かっている。

 

だけどそれで立ち止まることは医者にとってどれほどの苦しみだろうか。

 

助けようとどれだけ手を伸ばしても届かないその辛さは。

 

どちらの痛みも分かる自身には気安くかけられる言葉は無かった。

 

そうして黙っていると頬に柔らかなものが押し当たる感覚が伝わった。

 

目線を向けるとそこにはいつものように明るい、それこそお日様のような笑顔で自分の頬を押すはやてがいた。

 

「どしたの、はやてちゃん?」

 

「いやー前から思うてたんですけどエイジさんのお肌って何でこんなに雪みたいに綺麗なんやろーって。

こうして近くで見とったらつい♪」

 

「んー、元々俺はかなり色白だからね。そこは大分母親譲りだね。」

 

そう答えつつも、その人差し指を止めるどころか片手、最終的には両手で揉みほぐし始めたはやてにはてなを浮かべた。

 

「は、はやてちゃん?」

 

「…あんまり難しく考えんといてください。

確かに私の体はようならんで辛いことも多いです。

せやけど石田先生が一生懸命私の病気と向き合ってくれますし、私が頑張ったらそれ以上に楽しいと思えることを私にくれるエイジさんと、エイジさんのゲームがいてくれます。」

 

その言葉に心の中に溢れんばかりの光が満ちた。

 

「だから私もそういう風に思うてもらえるような人になれる頑張りますよ。」

 

「…そっか。」

 

感極まって泣きそうではあるのだが、両頬を一度に押された今はその自分の顔を見て笑うはやてに釣られるほうが気分だった。

 

-

-

-

 

「にしても酷くないかい?人の顔で遊んで笑いっぱなしって。」

 

バスを降りて横断歩道を赤信号で待つ間、エイジはひたすら抗議していた。

 

「すいません。でも隣で私以上に暗い顔してたエイジさんはちょお失礼やったんとちゃいますか~?」

 

「うっ!それは…失礼しました。」

 

「はい♪」

 

自分はどうやらこの子相手には口では絶対勝てないだろうと察した。

 

あと顔の筋肉がいい感じに解れており、彼女の隠れた才能だと感じた。

 

時計をふと見るとアンクと待ち合わせていた時間はとうに越えており、今頃はやての家で一人待っているだろうと思っていた。

 

申し訳無く思いつつも、明日のはやての誕生日に作る予定のケーキのことを考えていたエイジの視界の端に二つの光が入り込んだ。

 

居眠りしているのかフラフラとろくに方向も定まらず、スピードを出したまま走るトラックは二人の方に突っ込んで来た。

 

咄嗟にはやての車椅子を掴んで彼女だけでも逃がそうとした次の瞬間には-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は街の上空にいた。

 

-

-

-

 

「エ、エイジさん?これもオーズの力とかですか…?」

 

カラカラと車輪が回っている横倒しになった車椅子から離れたところにいるはやてはどうにか口を開いた。

 

「流石にこういうのは見に覚えが無いかな~…。」

 

二人の足元でぐるぐると回転する白銀の三角形の陣を見て、エイジは引き吊った笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

真下では先ほどまで二人がいた場所に直前で急ブレーキをトラックが突っ込み、運転手が右往左往していた。

 

きっとこちらを探しているのだろう。

 

だが彼には悪いがこちらもそれどころでは無かった。

 

今まではやての車椅子にいたあの本が怪しげな紫の光を放ち、二人の頭上に浮かんでいたからだ。

 

心臓が鼓動を打つように、自身を縛る鎖をはち切らんばかりに脈打つ本はついにそれを破壊して分厚いページを次々に捲った。

 

「Ich hebe das Siegel auf.(封印を解除します。)」

 

突然の事態に怯えるはやてと本の間に立ち、見上げるエイジはその意味が分からなかったが、次の瞬間更に強い光が周囲を包んだ。

 

「Anfang.(起動)」

 

 

 

 




ようやくのなのは本編スタートの形を切れました!

と言っても、冒頭のタイトル前までで続きは本番の12月はまだ半年後と遠いですが。

なんにせよようやく自分の創作上とはいえ八神家を描くのは嬉しかったりします。

キャラ崩壊など無く、各々の人格を尊重して描く次第ですので引き続きお読みいただけると作者的には嬉しいです。

感想、ご意見などもハラハラしながらお待ちしてます!

それではまた♪

あっ!それと執筆のペースが上がり、週一投稿は勿論問題無く続行出来るのですが、もし早く続きが気になると涙が出そうなことを思ってくださる方が居られましたら是非感想欄にてお書き込みください。

金曜日と日曜日で2投稿を検討しています!


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第13話「騎士たちとぼやけた記憶と記念すべき誕生日」

どうも!細かい仕草や言葉回しチェックのために、
2ndA'sを観て泣きそうになるスターてす!

やっぱりいいですね~!

映画館行ってた頃が懐かしい…。

今回から本格的にヴォルケンのみんなも加わり、はやてとエイジの間にも変化が…。

では後書きにてまた!


「Anfang.(起動)」

 

その音声と共に放たれた目映い光が止むと、はやての胸の前には白銀に輝く宝石のような光球が宙で浮遊していた。

 

それだけでも充分だったが、驚くことは続いた。

 

「闇の書の起動を確認しました。」

 

声のする方に二人が顔を向けると長い、ピンクの髪をポニーテールに結んだ凛々しい女性が控えていた。

 

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士にてございます。」

 

その反対からの声に振り返るとふんわりとした質感の金の髪色をショートヘアーにした聡明そうな女性が同じく頭を下げて控えていた。

 

「夜天の主の下に集いし雲」

 

「…ヴォルケンリッター。」

 

背後には白髪褐色の犬耳の大柄の男性に、色白の肌に紅の髪をお下げにしたはやてよりも幼い外見の子供がこれまた同じようにその頭をこちらに下げていた。

 

「…ええっと…。」

 

彼らの足元も色と大きさこそ違うが二人の足元のものと同じように三角形の陣が回転し、4人はこちらを囲むように配置されていた。

 

「失礼ですが貴方は?」

 

どこを見て話せばいいのか戸惑うエイジにポニーテールの女性が声を掛けた。

 

その声色や佇まい、堂々とした態度からして彼女が彼らのリーダー格のようだ。

 

「え?ああ、どうも。エイジと言います

…じゃなくて!あなたたちは一体どなた様ですか?」

 

「我らはそちらに居られる新たな主に仕えるものでございます。」

 

「??」

 

説明を受けてもまるで状況を掴めず、ちんぷんかんぷんになるエイジは背後に気配を感じて振り返った。

 

こちらの陣に移って来ていた赤髪の少女がはやての顔を覗き込んでいた。

 

「ヴィータちゃん!戻って!」

 

「控えろ。主の前での無礼は許されん!」

 

「いや、無礼つーかさ…。」

 

金髪女性とリーダー女性は彼女を諫めたが、エイジには何を伝えようとしているか、はやての様子を見て大体察した。

 

「コイツ気絶してね?」

 

「何!?」

 

「ウソ?!」

 

「そりゃそうなるよね。」

 

突然の情報量と衝撃の展開の連続に流石のはやても

キャパオーバーを起こし、陣の上で気絶していた。

 

「あの~…とりあえず下に降りません?」

 

車椅子を起こして気を失ったはやてを座らせて

そう切り出したエイジに訝しむように鋭い眼差しを

向けるが、背けることなく真っ直ぐに見つめ返す彼を

信じたのか提案に乗ってその場にいた全員はゆっくりと地上に降りた。

 

降りる時に気を利かせてくれたのか、着地点は八神家前だった。

 

「ではここじゃ何ですし、家に行くとしましょうか。」

 

「あの!ですからあなたは?」

 

車椅子を押して家に入ろうとするエイジにリーダー女性が問うた。

 

「ああ、そうでした。答えてませんでしたね。」

 

そう言うと彼女らに向き直り、エイジは答えた。

 

「俺は…」

 

-

-

-

 

時刻は朝の5時半過ぎ。

 

日が差し始め太陽が街を照らし、そこに暮らす人々も眠りから覚めて各々の生活を始めるために動き出す。

 

そんな何てもないようなことを眺めるようにヴィータと呼ばれた赤髪の少女は、八神邸の近くにある高台にいた。

 

「狭っ苦しい街だな。」

 

「少なくとも戦乱や争いとは縁の無い、豊かな土地のようだ。」

 

その背後に立つ褐色の大男、ザフィーラは見たものを

簡単に分析した。

 

「ハァ…。あたしらはいつまでこんなこと続けてりゃいいんだろうな…。」

 

遥か昔、それこそ気の遠くなるような年月、様々な世界を渡っては望まぬ戦いの中に身を投じて来なければならなかった自分たちの境遇と、これからもその陰鬱な日々が続いていくであろうことに彼女はため息と共に吐露した。

 

「いつか壊れ、この身が朽ちるまではそうだろうな。」

 

彼もその終わりの見えない自分たちの運命を嘆いたところで何も変わらないと理解し、彼女の言葉に短く答えた。

 

「で?あんたはあたしらに何か用事か?」

 

話終えるのを待っていたのか、下の角の壁に背を寄りかけて隠れるように会話を聞いていたアンクが出てきた。

 

「別に。ただお前らの主とやらが目を覚ましたからさっさと来いよ。」

 

ぶっきらぼうにそう告げて家路に反転して歩く偉そうな姿にムカついたが、なぜかモヤつきもした。

 

まるで昔もこんなことがあったように。

 

「どうした?」

 

「…何でもねえよ。」

 

先を歩いていたザフィーラが足を止めていた彼女に声をかけたが、早歩きでそそくさと抜いていった。

 

-

-

-

 

「えっと…。じゃあこの子ははベルカっていう古い国の魔導書で闇の書。私はこの子の主でみんなは私たちを守ってくれる守護騎士ヴォルケンリッター…。っていうのでええのかな?」

 

「はい。」

 

自室で目を覚ましたはやてはポニーテールの女性、シグナムから先ほどからはやての側に引っ付くように飛んでいる件の本の詳細と自分たちの名前と出自の説明を受けていた。

 

傍らの椅子に座り話を聞くエイジは以前、アンクが話した内容と照らし合わせて状況を把握した。

 

はやてはと言うと最初こそ驚きのあまり気絶したが、オーズやヤミーのことを話した時のようにすんなりと彼女の話を受け入れて、自分は車椅子に乗ってタンスの中から何かを探していた。

 

「(古代の、それも遠い異世界のもう存在しない国ベルカねえ~…。アンクが誕生した頃にはあったらしいからどんなものかと思ってたけど、まさかこんなご大層なシステムまであるとは…。)」

 

現代までここまでそのオーバーテクノロジーを遺す技術力にある種の感動を覚えると同時に、アンクが言っていた戦乱の時代ということも思い返してエイジは酷く胸の奥が痛むような気分だった。

 

本に内包された防衛機能の一部だというはやての前に控えた彼らは一様に黒く、薄い、デザイン性の欠片も無いみすぼらしい服を身に纏い、その表情は暗かった。

 

「闇の書の覚醒の折やこれまでに、その意思からの声を聞かれましたか?」

 

シグナムの隣で控える金髪女性、シャマルが問うた。

 

「うーん…。寝てる間にそんな夢を見たような、見てないような…。あ!あった!」

 

意思と聞いてあの夢で出会った女性のことだと気づいたが、どうもはやてはその辺りが曖昧になっているのか彼女に出会った記憶は無いようだ。

 

「でも分かったことはある。」

 

一ヶ月ちょっとと短くはあるが大分濃い付き合いになったエイジには彼女が次に何を言おうとしているのか大体分かった。

 

「私は闇の書の主として守護騎士みんなの衣・食・住ときっちり面倒見なアカンいうことや!」

 

4人に向き直って話すはやてにぽかんとする彼女らをよそに予想を的中させたエイジはただただ微笑を浮かべていた。

 

「幸い住むところはあるし、料理は得意や。後は…お洋服!」

 

タンスから探し出した巻き取りメジャーを伸ばす彼女を

見て察したエイジはドアへと向かった。

 

「あ…。えっと、あんた!」

 

はやての言葉に一番驚いて立ち上がっていたヴィータが

彼を呼び止めた。

 

「あんた、自分がまだ何者なのかあたしらに教えて無いだろ。」

 

「え?そやったんですか?」

 

彼女たちにははやての味方とだけ言って区切っていたので、どうやらエイジの身辺に4人とも興味がお有りのようだった。

 

「ヴィータちゃん!」

 

シャマルが諫めようとするがシグナムがそれを止め、彼女も続けた。

 

「主のご親類と考えるにはあまり似られておらず、何よりあなたからは何かただならぬ強い力を感じます。」

 

少しの静寂の後、目を閉じて考えていたエイジははやてに声を掛けた。

 

「みんなははやてちゃんの…そうだな、家族になるってことでいいんだよね?」

 

「はい!」

 

「即答か!ならはやてちゃんの身に関わることだし、アレ絡みまで話してもいいかな?」

 

「まあ、しょうがないですよね。私はええですよ。」

 

「アンクもいいよね?」

 

はやての了承を得たエイジはドアを少し開けて、腕を組んで壁にもたれてずっと話を聞いていた彼にも聞いた。

 

「好きにしろ。」

 

「はい、好きにします♪」

 

ドアを閉めて座っていた椅子に戻るとエイジは懐からタトバの3枚のメダルを取り出して、みんなに見えるように自分の掌に置いた。

 

「じゃあ、まずは…」

 

そこまで言ってふと妙だと思った。

 

なぜ彼女らはアンクのことを覚えていないのか。

 

「どうしました?」

 

「あ…。いや、みんなってあのドアの向こうの金髪トサカのガラの悪いアイツに覚えは無いのかなぁと思って。」

 

「ケンカ売ってんのか、お前は!」

 

しっかり聞こえていた本人が乱入してきたが、ヴォルケンの4人は顔を見合せて困惑していた。

 

「申し訳ありません。ですが我等、永い時を過ごしてきた身ですのでこの時代に生きるあなた方とは関わる余地も持てなかったと思いますが…。」

 

「まあ、そこら辺も説明します。」

 

彼から椅子を奪ったアンクの隣に立ち、はやてに話した時のようにメダルやオーズ、グリードにヤミー、そして自分たちの存在と役目を何から何まで話し始めた。

 

向かいの家の屋根上で輝く2つの眼に気が付かずに…。

 

-

-

-

 

廃工場にて例の如く潜んでいたグリードは上体を起こし、待ち兼ねた報告を聞き笑っていた。

 

「そっかそっか!ついに封印が解けたんだ!」

 

下半身の力だけでそれまでのだらけぶりが嘘のように勢い良く立ち上がった。

 

「なら少し遊んであげなきゃね…。固いこと言わないでよ~、ほんのちょっとつつくぐらいだからさ。」

 

回りには誰も居らず、誰に話しているのか全く分からないが、その静止も空しく悪意の塊は街の方を眺めて良からぬことを企んでいた。

 

「さあ!楽しもうか!」

 

-

-

-

 

大体の説明を終えたエイジははやてと共に服屋に行き、

今はその帰り道だった。

 

「荷物持ちなんてやらせてもうてすいません。」

 

「いやいや、全然♪にしても結構買ったね~。」

 

「家ん中やとヴィータの分ぐらいしか服もあらへんもんで…。あ!でもちゃんとあの子の分も可愛いやつはしっかり買うときましたよ!」

 

彼の両腕には中身がパンパンな紙袋が6袋掛けられていた。

 

大荷物になるだろうと見越して自分が付いてきて正解だったと思った。

 

アンクとヴォルケンの4人は家で留守番していた。

 

あの格好で外に出す訳にも行かないし、まだまだ向こうからしても聞きたいことは多いだろうと補足説明にアンクを置いてきた。

 

「近くで見てたから分かるよ。はやてちゃん物凄く楽しそうに選んでたもんね。…まあ、下着コーナーは勘弁してほしかったけど。」

 

テンションの上がりきったはやてに振り回されるのはやぶさかでは無かったが、自分も男。ましてや小学生の買い物に付き合っていたとは言え、女性物のコーナーにこんな大男がいるだけで端からは充分な犯罪の匂いがする。

 

「あれは本当にすいません。」

 

「まあ次はみんなであのコーナーには行ってね。俺もそれ以外はいくらでも付き合うし。でも本当に嬉しいみたいだね、はやてちゃん。採寸終わって部屋から出てきた時から全然テンション落ちないんだもん。」

 

「それはそうですよ。だってずっと一緒におった本の中からあんな素敵な子たちが出て来てくれたんですもん。

まさかそんな家族の増え方があるなんて流石に思いませんよ。」

 

「そうだよね~。そんな幸せなところに乗っかる形で申し訳無いんだけどね、はやてちゃん。一つお願いしてもいいかな?」

 

「何ですか?また改まって。」

 

歩みはそのままだが言いづらいのか言葉を探すエイジに彼女は首を傾げた。

 

ようやくエイジは口を開いた。

 

「俺の…妹ってことにならない?」

 

言葉の意味を理解するために固まる彼女に、平時は飄々と構えているエイジは目に見えて赤面し、焦っていた。

 

「いや!ほらね!世間体的にも見知らぬ男が幼い女の子の家に上がり込んでんのもアレだし!それになんというか!もう他人と思えないというか、ほっときたくないというかね…だから」

 

車輪を回すのを止めた彼女の前にしゃがみ、目を合わせた。

 

「形だけでも君の兄のようなものとして近くにいいかな?」

 

俯いて黙っている彼女の目は見えなかった。

 

「ああ!ごめんね!急な話で驚いちゃったよね…?!」

 

そこまで言っている最中にはやての手によってまたしても彼の頬は掴まれていた。

 

「…正直思うてましたよ。エイジさんが私のお兄さんやったらなー~って…。でもそんなワガママ、口が裂けても言うたらアカンって思うとったのに…ホンマにズルい人や。」

 

また頬を解す訳でもなく顔を掴むはやての眼は、溜めに溜めた涙で潤んでいた。

 

「ホンマに…ええんですか?」

 

遂には零れ始めたその滴を見た彼は一言だけ言った。

 

「…ホンマ♪」

 

その屈託の無い笑みにはやては涙を流しながらも釣られて笑顔になった。

 

「ハハ!はやてちゃん泣くのか笑うのかどっちなんだよ~!」

 

「どっちもです~!」

 

「ちょ!これなんかむず痒くなるからご勘弁を!」

 

「うっさいです~!うりゃ!うりゃ!」

 

軽く言うエイジにここぞとばかりの反撃として頬へのマッサージは彼には効果覿面のようだ。

 

「あ~しんど…。」

 

解放されたエイジは頬の感覚を戻そうと両手で確かめるように触っていた。

 

「もお~、そんな大げさな。でもこれエイジさ…エイ兄さんには結構効くようで…。」

 

「いやもうかなりって…今兄さんって言ってくれた?」

 

その表情はまさに蘭々と輝いていた。

 

「言いましたよ!エイ兄さんって!みんなまってるからはよ帰りますよ!」

 

照れ臭そうに車輪を回すはやての顔は最早ゆでダコのようだった。

 

「でもその呼び方結局長くない?」

 

「ええんです!形から入るんが大事なんです!」

 

帰路に着く二人のその姿は少々ぎこちないが、傍目から見れば仲の良い、本当の兄妹のようだった。

 

 

 

 

 




はやてちゃんは知れば知るほど大好きになっていきます!

描く上ではこの子とあの人のことは特に気をつけて描いています。

そして本編では短いながらも見ていて実に微笑ましかった八神家の幸せな日々!

次回からはあのパートを少し長めにやります。

オーズ側も進展しますよ!

それでは!


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第14話「過去とアイスと親子の思い」

はい!スターです!

お読みいただいている方が多くいらっしゃって、本当に嬉しく思う今日この頃です!

今回は前々から考えていた内容も描きました。

それでは本編どうぞ!


エイジとはやてが買い物に出ている間の八神家。

 

アンクは酷く居心地が悪かった。

 

「…あのなぁ。アイツらが戻るまでそうしてる気なのか?」

 

ソファーに座って頬杖を着く自分のすぐ側ではシャマルがそわそわとしていた。

 

どうやら今までの経験的にもはやてのような主は初めてでゆっくりしててとは言われたものの、何かすることは無いものかとリビングやキッチンをうろちょろしていた。

 

「ええ。いつも目覚めればすぐ新しい主に務めを頂いてものだから、何だか落ち着かなくて…。」

 

「だからってその辺をうろちょろされても鬱陶しいんだよ。」

 

「…申し訳あ…」

 

「ハァ、そんなにやることが欲しいなら付いてこい。」

 

謝ろうする彼女にため息を吐きつつ、アンクはソファーから立ち上がってリビングを出た。

 

何をさせられるのかと彼の後を追った先は風呂場だった。

 

「エイジのやつがいつも掃除してるらしいが、アイツのやることを取るのもそれはそれで愉快だ。

道具はそこの戸棚にあるから好きに使え。

別に急いでる訳でもないから自分のペースでしっかりやりな。」

 

「分かりました。あの…」

 

「アンクだ。あとお前らのその畏まった口調は面倒だからもう少し砕かせて話せ。」

 

「えっと、じゃあ…アンク?」

 

「何だ?」

 

「…私たちと随分昔に会ったことがあるって言ってたけど、あの子にも会ったの?」

 

「…ああ。」

 

二人の頭の中には共通して同じ人物が浮かんでいた。

 

「そういえば何でアイツは出て来ないんだ。」

 

「彼女は闇の書のページが全て埋まれば現れるのだけれど…。」

 

「まっ。さっき聞いた通りだ。

はやてが蒐集を望まないならアイツはそのままってことか。」

 

蒐集とは魔法を使う生物の体内にある魔力の源、

リンカーコアを抜き取り、闇の書の糧とすることである。

 

そうすることで闇の書の空白のページは埋まっていき、その主は絶大な力を得るが、コアを奪われた者は発育途中で再生するならばまだしも二度と魔法を行使出来なくなり、最悪抜き取られる際のショックと激痛で死を招く結果になることもあり得た。

 

その説明を説明を受けたはやてはそれを望まず、騎士

たちへの唯一の禁則とした。

 

「あの本の中に居るなら居るでいい。話はそれだけか?」

 

「え、ええ。」

 

「まあしっかりやれよ。」

 

そう言って彼はリビングに戻った。

 

口は悪いが、実は結構優しかったりするのかなとシャマルは思った。

 

-

-

-

 

二階の窓の外のベランダからぼんやりと街を眺めるヴィータは今朝のことを思い返していた。

 

「魔法の主なんて言われても何してええのかも分からへんし、みんなで平和に楽しく暮らしていければ私はそれが一番。」

 

そう言ってくれたはやての言葉には驚いたが素直に嬉しくもあった。

 

だが…

 

そうこう色々考えていると後ろの窓が開いた。

 

「なんだ。ここにいたのか。」

 

アンクだった。

 

「悪いかよ?」

 

「別に。誰彼構わずガンを飛ばすな。あと口が悪いぞ、チビのくせに。」

 

ベランダに上がり、自分より少し離れた所の柵に肘を立てながら彼は言った。

 

「な!?オメーこそ人のこと言えねーだろ!それにチビでもお前よりずっと年は上だぞ!、たぶん。」

 

「どうだろうな。俺も1000年近く存在してる訳だから実際はそう変わらんかもしれないぞ。」

 

「ぐぬぬ…。」

 

一体自分たちがいつから存在しているのか分からないこの身では反論出来ずに悔しく思っていたが、彼の手元にあるものに目がいった。

 

「それ何?」

 

「ああ?アイスだ。」

 

水色で棒状の冷気を放つそれを口に咥えながら彼が答えたそれに、妙に興味をそそられた。

 

「何だ?欲しいのか?」

 

「べ、別に!見たこと無かったから気になっただけだし!」

 

「面倒なやつだな…。」

 

強がりを言って意地を張る自分に呆れたのか、彼は食べかけのアイスを咥えたまま中へと戻っていった。

 

少々むきになっていたことを悪いなと思っていると彼は

さほど時間を置かずにまた現れた。

 

「ほら、一度食ってみろ。」

 

その差し出された手にはピンクがかった外装のカップと

スプーンがあった。

 

「いいの?」

 

「お前が気に入ればエイジのやつがアイスを買う量を増やすかもしれないからな。

とりあえずのお試し品だ。」

 

下心を隠すことも無く語る彼のことは置いておいても、アイスというものが気になっていたので言われるがまま

ふたを開けて食した。

 

「何コレ!?うっま!!」

 

クリーミーな牛の乳と仄かな酸っぱさを伴う何かの果物が調和し、さらに舌に載せた時の冷たさが心地良く、何よりこんなに甘いものを食べたことは記憶に無い。

 

「…。」

 

「な、何だよ?」

 

「いや、そういう顔も出来るんだと思ってな。」

 

何か言い返そうかとしたが、腑抜けた顔を人に見られた

と思うと徐々に恥ずかしさが込み上げて来て何も言えなかった。

 

熱くなった顔を冷やそうと食べ進める自分の横で別のアイスを食べる彼は、もう最後の一口を口に運んでいた。

 

「…ありがと。」

 

小さい声でしか言えなかったその言葉が聞こえたようで

元々つり目気味のその顔をこちらに向けるでもなく、真っ直ぐ前を見たまま自分の頭の上に2、3回手を置いた。

 

「何を悩んでいるのか…俺の予想が合ってるかは知らんが、とりあえずアイツらは素直に信じてやっていいと思うぞ。」

 

「え?」

 

「あの二人のことだ。もし嘘をつかれてたらどうしようって思ったんだろ。」

 

「それは…。」

 

ずばり図星だった。

 

「俺もはやてとはまだ短い付き合いだが、エイジのバカと同じでそんなに器用な真似が出来る人間じゃない。」

 

「そう…なんだ。…まあこのアイス?に免じて一緒にいてやるよ!」

 

「好きにしろ。」

 

「…あ!そうだ!」

 

「まだ何かあんのか?」

 

中に入ったアンクを呼び止めて、気になったことを聞いた。

 

「あのさ、この赤いつぶつぶは何?」

 

カップの中を指差し、初めて食べた果実の名前を聞いた。

 

「イチゴだ。余程気に入ったみたいだな。」

 

「うん!これ結構好きだ!」

 

「「ただいまー!」」

 

そう返事をするのと間を置かずに彼女の新しい主とその兄となった男と共に帰った。

 

-

-

-

 

「うん!みんなめっちゃええやん!よお似合うとるよ!」

 

「そ、そうですか?」

 

「シグナム見て見て~!このフリフリ可愛いと思わない?」

 

「お前のその順応の早さはなんなんだ。」

 

シグナムたち女性陣3人はリビングにてはやてのコーディネートの下、私服の選定をしていた。

 

小学生とはいえ流行りは頭の中にしっかり叩き込んでいたはやてのセンスと、万人が見て美人と言うお顔と女性が羨むスタイルの持ち主のシグナムとシャマル、子供モデルと言われてもやっていけそうなヴィータの組み合わせでリビングはちょっとしたファッションショーとなっていた。

 

「ヴィータも可愛いよ♪」

 

「へ!?そ、そう…。」

 

赤いスカートに黒地の生地で胸の部分にデフォルメされた可愛らしい文字をあしらった長袖のスウェットシャツの上に羽織ったノースリーブのベストの端を掴んでまじまじと見ていた彼女は照れてはいたが、十分に着こなしていた。

 

黄緑色のふんわりとしたフリルの付いたワンピースを着たシャマルに、純粋な白地に横一閃に青いラインが入ったワイシャツにその長い脚にフィットしたジーンズとシンプルながら逆にそれが映えるシグナムの大人コンビもなかなかのものだった。

 

「はやてちゃん~いいか~い?」

 

みんなが着替える間、アンクと共に廊下で待っていたエイジはドアをノックした。

 

「はーい、お待たせですー!もう入って来てええですよ!」

 

「お邪魔するよー…おお!映えるね~!元の素材がみんな良いからこれはなかなか♪な!アンク?」

 

「…知るか。」

 

部屋のドアを開けるなり3人の姿に感嘆する彼をよそにアンクは短く答えた。

 

「あれ?エイ兄さん、ザフィーラはどないしたんですか?」

 

一緒に部屋から出たメンバーでヴォルケン唯一の男性であるザフィーラの姿が見えないことに、はやてはクエスチョンマークを浮かべた。

 

「それはね…」

 

面白そうに開いたままのドアに寄りかかって視線の先に手招きをすると蒼い毛並みの大きな犬が入ってきた。

 

「え?もしかしてザフィーラなん!?」

 

「こっちの狼の姿の方が本来の姿で、むしろ狼でいる方が楽なんだって。」

 

最初こそ驚きはしたが、昔から犬を飼ってみたいと思っていたはやてからすれば願っても無いことだった。

 

はやての前まで歩むと頭を下げて彼は思念通話をした。

 

「(兄上殿から、主はこちらの姿も気に入っていただけるとご提案いただいたのですがよろしいでしょうか?)」

 

「え?あっ、これも魔法か。全然ええよ!むしろ嬉しいわ。」

 

「(有り難き幸せです。)」

 

「ちょお頭撫でさせてもろうてもええかな?」

 

「(勿論です。)」

 

嬉しそうに彼の頭を撫でるはやてはご満悦だ。

 

「ああ、それとみんな。」

 

一度騎士たちを見回すとはやては続けた。

 

「あんま堅苦しい敬称とか畏まった物言いは無理にせんでええからな。私のことも別に名前で呼んでくれたら嬉しいわ~。」

 

「よろしいのでしょうか?」

 

「ええよ。それともシグナムは嫌なんか?」

 

「いえ!決してそのようなことは!」

 

慌てて否定する彼女を微笑ましく見ていると、その隣で何か言いたげな目で顔を俯かせて小さくなっているヴィータがもじもじとしていた。

 

時折目線をはやてに送っては下げてを繰り返し、胸の前で両手の人差し指同士を小さくツンツンしている様は可愛らしくもあったがどうにもいじらしかった。

 

「ん?ヴィータはどうや?」

 

はやてに見えるよう、ヴィータを指差していたエイジに彼女はその意図を察してヴィータの近くに寄っていった。

 

「…いいの?…家族と思って?」

 

気恥ずかしさや迷いも相まって、一際小さな声で呟く彼女の言葉だった。

 

「ええよ。これからは一緒にみんなと笑顔で暮らしてこ。な♪」

 

「じゃあ…はやて…。」

 

「はい♪ヴィータ♪」

 

頭を優しく撫でられるヴィータも、撫でるはやても見てるこっちも釣られる笑顔だった。

 

-

-

-

 

八神家が賑やかなことになっているのとは反比例するように、ここゲンムファウンデーション会長室ではエイジの父である宗正が書類に目を通していた。

 

医療、ゲームと全く異なる分野で、それぞれの世界で一歩先をリードする巨大企業体であるこの会社の代表を務める彼は日々忙しくしていた。

 

「ふぅ…。今回はいつもより厚いな。」

 

先日あった海鳴のマンションでのヤミー事件の国へ提出する事詳細な報告書の束に目を通して、自分以外誰もいない部屋でぼやいていた。

 

ヤミーの引き起こした事件はその存在が表沙汰にならないよう現場では警察と連携、その後の処理はどうにか事故に見せて誤魔化す形で落とし込んで行い、被害者や周辺の状況などの詳細を国へと提出する流れだ。

 

通常の会社運営に加えて、その最終的な確認を宗正会長がいつも行っているが彼はそつなくこなす。

 

今日も別段問題は無かったが、先日息子と話して報告書では伏せた内容を思い出した。

 

ヤミーが特定の人物…はやてを狙って行動を起こしているという点だ。

 

一度ならヤミー被害者の欲望に巻き込まれたと言えばそうだが三度となるともう偶然では無い。

 

加えて、今朝届いた報せでは以前から観察対象だった本がメダルと同じく異世界の、それも魔導書というものでそこから持ち主に仕える者たちが現れたと言うから大変だ。

 

だが彼の頭の中には、今後の見通しは勿論のこと存在しているが息子がその狙われている子供を家族に迎えたいと言ってきたことが多く占めていた。

 

黒斗姓は有名過ぎるため、日常生活で不便な思いをさせないために敢えて養子に取ることはせずに近くで保護と便宜を図る形を取ることにした。

 

恐らくグリードも何らかの目的があって彼女か本を狙って潜伏していると見て間違いないため、エイジたちが海鳴に根を下ろすのは問題無いだろう。

 

それに聞いている限り、あのはやてという少女は宗正からしても関わらずにいられなかった。

 

ゲンムがゲームなどのある娯楽やエンターテイメント部門を設けているのは会社創立当初からある理念の下からだった。

 

寧ろ元々はこちらからどんどん派生していき、複合企業体となったと言うのが事実だ。

 

人は自分がしたい、やりたいと思った欲望に準じて行動してそれを可能にするために己の出来ることを増やす。

 

そして増えた分だけその欲望は満たされ更に大きくなり己も成長する…大事なのはしたい思えることがどれだけ大きく、向き合えるかだということだ。

 

ゲームの中だけでも世界を救い、誰かを助けることに意義を持てた子はその心を現実にも向けてくれるかもしれない。

 

命の重さを知った子が仮想ではなく目の前の人間も救いたいと思ってくれるかもしれない。

 

そう信念を持ってゲームを作る人間が集まって妥協を許さない、本物や実物に触れてゲンムのゲームを作っていった。

 

中でも人体や医療、命を扱う題材へのこだわりは並みではなく、現実の医療現場や器具の様子、問題点を研究し続けた結果、遂にはその分野でも結果を出して取り組むようになり現在まで至った。

 

だからこそ、これからの可能性に溢れる彼女を無視出来無かった。

 

椅子から立ち、広い部屋の本棚の前まで行くと彼はある写真立てを手に取った。

 

そこに写る若かりし頃の自分と、その手を繋ぐ幼き息子、その隣で微笑みを浮かべる最愛の女性に彼は語りかけた。

 

「まさか嫁や子供ではなく、妹を連れてくるとは…。我が息子ながら相変わらず予想の斜め上を行くよ。」

 

困ったように語る口振りだが、どこか嬉しそうなのは父なのだろう。

 

「そういえば八神はやて…。あの子の名前どこかで聞いたような…。」

 

何か大事なことを忘れているような気にもなったがこの時はそこまでだった。

 

 

 




アンクとヴィータちゃんに関してはお互い口が悪く、アイス好きと、共通点が少ないながらも描いてみると随分仲良くやれるなぁと思いやってみた次第です。

恐らくオーズ本編をご覧になった方は「アンクはこんなに親切じゃない」など思うことがおありかと思いますが、後々にその理由も明かされます。

そして宗正さん。

彼にもまた動きが…。

次回もまたお楽しみに!


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第15話「戸惑いと甲冑と進化する欲望」

どうもスターです!

近頃サウンドステージを聞き漁っているのですが、頭の中で一人一人挙動を考えたりと出来てかなり面白いです!

お気に入りはストライカーズの04でのはやてちゃんとヴィータちゃんのイチャコラです!

この二人の姉妹のような仲の良さは本当に微笑ましいです!

今回からあの人周りの話となります。

それでは本編どうぞ!


いつから自分たちが存在するかなど、もう知る由も無い。

 

あるのは幾度となく変わらずある血と火薬の匂いが立ち込める、怨嗟と憎悪の炎に包まれた戦場の記憶だけだった。

 

誉れも武勇も無く、ただ目の前の敵を殲滅することだけを求められ、いくら傷つこうとも倒れないその身は共に同じものを目指す筈の同胞からも忌み嫌われ、必要な時以外は同じ身を持つ仲間と共に暗く、冷たい牢へと繋がれた。

 

そのような仕打ちをする主君も命ある人。

 

主尽きし後、同じく倒れた我らは次の主の下へと現れるまで束の間の眠りにつき、再び分厚く、暗い雲に覆われた戦場へとその身を駆ることを繰り返した。

 

いつか心も体も壊れ、苦しみ消えるのだと思っていた。

 

だからこそ今、夜の闇も星々が明るく空で輝きを放ち、自分たちが人並みに扱われるこの状況にヴォルケンリッターが将である自分は戸惑っていた。

 

「シグナム?ここにいたの。」

 

「シャマルか。いや、ここは星が明るいなと思ってな。空を眺めていた。」

 

「まあ!こんなに沢山の星…私初めて見たかも!」

 

「私もだよ。」

 

庭に出て空を眺めていた自分を探していたシャマルも隣に立ち、同じくこの夜空を見上げた。

 

「主はやては?」

 

「ヴィータちゃんと一緒にお風呂よ。私は夕飯の片付け。ザフィーラはリビングに控えててあのお二人は上の階に居るわ。」

 

「そうか。」

 

「お夕飯美味しかったわよね。」

 

「そうだな。まさかあれほどのものをお出ししていただいた上に同じ卓を共に囲むことを許されるとはな。」

 

「本当よね…。」

 

過去のことを思い出し、しばしの静寂が流れた後にシャマルが切り出した。

 

「…私たち受け入れられていいのかな?」

 

「…それが主の望みであるならば、我らはそれにお応えするだけだ。」

 

「シグナム…。」

 

そう。自分たちはいつだってそうして来た。

 

だから求められた務めを果たすことだけを念頭に置けば良いのだ。

 

…痛みも苦しみも永遠に続かぬように、幸せというものも同じなのだろうから。

 

そう考え込んで視線を空から下げていると背後でリビングのドアが開く音がした。

 

「♪~。あっ!お二人さん丁度良かった!少しお手伝いを頼んでもよろしいですか?」

 

鼻歌交じりにドアを開き、胸の前に大きな箱を抱えた兄上殿は庭の自分たちを見つけて声をかけた。

 

「あっ!はーい!」

 

「どうなされました?」

 

「そこのテーブルの上にこれをそっと置きたくて。ちょっとお手を貸してもらえますか?」

 

小走りで戻ったシャマルと自分は彼を手伝い、机にそれを置いた。

 

「すごく大きいですけど何ですか、これ?」

 

「まだちょっと内緒です♪ああ、そうだ。ちょっとお喋りしません?」

 

シャマルの問いはぼかし、赤いリボンを巻いた箱を机の中心に据えた彼は椅子に座って二人にも座るよう促した。

 

「えっと…。まあ色々あってはやてちゃんのお兄さんってことに俺はなった訳何ですが。」

 

「はい、聞き及んでいます。」

 

「いや、どうもありがとうございます。」

 

照れ臭そうに笑う彼からはやはりただならぬ力をその身から感じた。

 

教えていただいたオーズの力なのだろうか、18の年の割りにしっかりと鍛えられた肉体には戦い続けた戦士の風格とは別のどこか冷えたものを感じていた。

 

「でお話なんですけど…」

 

「はい。」

 

改まって話す彼の様子に背を正して聞いた。

 

「お二方を姉さんとお呼びしてもいいですか?」

 

「「…はい?」」

 

私もだがシャマルも問いの意味が分からず、返事のニュアンスまで被ってしまった。

 

「あの~?どういうことでしょうか?」

 

「なんと言いましょうか。お二人とも素敵なお姉さんで俺はまだまだ若輩者なので、仮にも家族ってことになるとあの兄上殿っていうのはなんか違うかなぁ…思って。」

 

「なるほど。ですがそうなると我らは何とお呼びすれば?」

 

「えっ?普通に呼び捨てでもどうぞ。」

 

さも当たり前のような顔で話す彼に自分は戸惑ったが、隣に座るシャマルがものの数秒でそれを受け入れて「エイジ君」と呼ぶのを見て、本当に彼女の順応性を羨ましく思った。

 

「えっと…。シグナム…さんはどうですか?」

 

「そ、それは…」

 

良いと言いたかった。

 

自分としても家族というものに憧れた。

 

だが認めてしまえば…

 

「おい、エイジ。もう準備出来たか?…何やってんだ?」

 

「ハァ…アンクー、間が悪いよ~。」

 

色々考えていると再びドアが開き、入ってきた彼に兄上殿は間が悪いとため息混じりに文句を言った。

 

「あ?知るか。それより準備しなくて良いのか?もうアイツら出てくるぞ。」

 

「えっ!?もうそんな経ってた?すいません!返事はまた聞きます!あっ!シャマル姉さん部屋の電気消してください!」

 

「えっ?は、はい。」

 

箱のリボンを解きながら頼む彼の言葉通りに、シャマルがスイッチを押し部屋は暗闇に包まれた。

 

「あれ?はやて、電気消えてるよ。」

 

「えっ?ホンマや。みんなどないしたんやろ?」

 

不思議そうに部屋へと入ってくる主とヴィータを見て彼は聞き慣れない言葉を言った。

 

「ハッピーバースデーはやてちゃん!」

 

そう言うと部屋の明かりをつけて拍手をした。

 

「わあ!前話したん覚えててくれたんですか?」

 

「当たり前じゃん♪」

 

「こいつ人の誕生日を一度聞いたら絶対忘れないからな。まあおめでとさん。」

 

「アンクさんもありがとうございます!」

 

兄上殿と彼からのプレゼントを受け取ると状況を飲み込めていない顔をしていたのだろう、私の表情から察した主が説明してくださった。

 

「ああ、シグナムたちは知らんのか。私今日誕生日やってん。」

 

「誕生日?生まれた日のことだよね?」

 

「そ!誕生日ってのは誰かが生まれて来てくれた記念すべき日!だから俺は自分の身近な人たちの誕生日は絶対お祝いすることにしてるんだ!」

 

「そういうもんなの?」

 

「そういうもん!」

 

ヴィータも大分彼になついたようで普通に会話していた。

 

「で、その机の上の箱は何ですか?」

 

「ああ、これはね…。」

 

予め弛めておいたリボンの端を彼が引っ張ると箱の蓋が四方に開き、中からは30センチはあろう大きめなケーキがあった。

 

赤、ピンク、黄緑、白みがかった青のクリームの載ったカラフルなタルト生地の上には彩り豊かなフルーツに囲まれたチョコレートのプレートがあった。

 

そこには

 

はやてちゃん、ヴォルケンのみんな!ハッピーバースデー!

 

と書かれていた。

 

「どう?」

 

「すごいです!でもこれどないしたんですか?」

 

「それは…」

 

「こいつの手作りだ。」

 

自信満々に話そうとして出鼻を挫かれた彼は遮った当人を恨めしそうに見た。

 

ふとケーキに目を向けるとクリームの色に見覚えがあることに気づいた。

 

「もしや今朝、何やらお作りになられていたのは?」

 

「ああ!あの甘いいい香りのしてた!」

 

「ビンゴです!」

 

シャマルの言葉に気を良くした彼は蝋燭を用意してケーキにバランス良く差し始めた。

 

「いや、でも結構大急ぎになっちゃったよ~。

なんせ4人も言うなればまさしく今日が誕生日ってことになるのかなぁっ。なら是非お祝いしたいなって♪」

 

そう笑う彼の顔を見て、酷く自分を恥じた。

 

何故自分はこんなにも自分たちを偽り無く受け入れてくださるこの人を信じられないでいるのか。

 

「(どうした?)」

 

また顔に出てしまっていたのか、嬉しそうにケーキを囲んで蝋燭に火をつけて吹き消す主にヴィータ、シャマル、それを嬉しそうに見ている彼をよそに、ザフィーラが声をかけてきた。

 

「(ああ。…少しな。)」

 

「(…あまり難しく捉えるなよ。)」

 

「(…ああ。)」

 

長い付き合いの彼はそれだけで察してくれ、それ以上は聞いて来なかった。

 

「あっ!お二人もどうぞ。そういえばザフィーラはチョコとか食べても大丈夫ですか?犬がダメだったら狼にも悪いのかなぁって。」

 

「いえ、問題ありません。我らは食物こそ摂取しますが、余程のものでは体への悪影響は心配無いです。」

 

「わお!頑丈で頼もしいです。じゃ切り分けるんでシグナムさんも座って待っててくださいね。」

 

「あっ。はい。」

 

ザフィーラとのやり取りを終えた彼はそう言ってキッチンに入って切り分けたケーキを皿に移した。

 

その後はとても素人のものとは思えない上品な甘さを持つケーキを堪能し、兄上殿たちからのプレゼントに喜ぶ主を見ていた。

 

ゲームソフト?という遊戯道具に、鮮やかな赤色の洒落たハンカチを渡された主は目を輝かせ喜んでいた。

 

ずっと笑顔でいる主を見ているとこちらも心が暖まった。

 

けれど私は…。

 

-

-

-

 

部屋の窓から夜空を見上げるなのはは星の輝きを見ていた。

 

自室に居候していたユーノもつい先程、本局へと出発した。

 

星を見上げながら、この魔法と出会ってからの数ヶ月を思い返していた。

 

月日にしてみれば短いものだったが、彼と出会ってから全てが始まった。

 

魔法や相棒となるレイジングハートとの出会い。

 

そして…大切なあの子との出会い。

 

綺麗で強い、だけど悲しそうな目をしたあの子…フェイトちゃんとこの街で起きた事件の中で出会い、ぶつかって…。

 

それでも話を聞きたくて手を伸ばすことを繰り返してようやく名前を呼んでくれた大切な友達。

 

ユーノと入れ換わるように届いたあの子からの手紙には事件の裁判が始まり、クロノの構想通りにあまり重い判決は回避出来そうとのことだった。

 

それを見て彼女は胸を撫で下ろすような気持ちになった。

 

「また会えるってことだよね。」

 

「Of course.That day will not be far away.

(勿論です。その日は遠くないでしょう。)」

 

「うん♪」

 

相棒とそう話し、寝る準備をしながらあのオーズのことを思い出していた。

 

『巻き込むわけにはいかない』

 

彼のその言葉からは誰も傷つけたくないという強い意思を感じていた。

 

だからこそ気になっていた。

 

あんな怪物たちと身をぶつけて、下手をすれば命を落とすかもしれない戦いを一手に引き受けようとする彼の話を聞きたかった。

 

「It does not recently they appear speaking.

(そういえば彼らは最近現れませんね。)」

 

「うん…。でもなんだろう。すごく嫌な感じがするんだ。」

 

「I think so too,(私もそう思います。)」

 

-

-

-

 

それから更に5日経ち、八神家では未だ終わっていなかった新しい家族のための家財道具を揃えるため、何が足りないかをリストアップしていた

 

服は昨日揃えたが、何分1人から一気に5人と1匹、たまにアンクと、大所帯になったので消耗品だけではなく、一部の家電なども買い替えようという家主の提案の下で昼食後に市内の家電量販店に出掛けていた。

 

「にしてもはやてちゃんも豪気なもんだね~。お金は俺出すよ?」

 

「ええんですよ、そんなん。自分の病院以外に特に使う機会もあらへんでしたし、何よりこのお金は両親が私に遺してくれたもんです。家族のためにつこうてもバチは当たりませんよ。」

 

この子は底無しだなと思いつつ、エイジは出しかけていた財布をコートにしまった。

 

「でも本当にピンチには言いなよ。いくらお父さんの知り合いの人が管理してくれていても無限じゃないからね。」

 

「は~い♪でもどれにしましょかね?とりあえずは洗濯機が必要なわけですけど。」

 

「はやてちゃーん!エイジくーん!こっちでーす!」

 

洗濯機コーナーを散策していると、手分けして良さげな物を探していたシャマルが通路から少し入った一角から二人を呼んだ。

 

「どや、シャマル?ええのんあった?」

 

「はい!ご予算以内で多めの洗濯物にも対応出来て比較的新しいもので探してこれがいいんじゃないかと。」

 

「おお~!これええやん!ドラム式の最近CMやってるやつ!値段も…そうやね、予算内でバッチリや!」

 

「しかも!古いものは下取りしてくれて、更に値引きしてくれるそうですよ~。」

 

「よく見てますね~。全然気づかなかった。」

 

持ってきていたチラシをよく見ると確かにあったが、エイジはそこまで気づいてはいなかった。

 

「こういうお買い物とか私好きかもしれないです。」

 

「買い物上手は生きてく上で得ですよ。」

 

「そやで、シャマル。お手柄や。」

 

アンクが指示したという風呂掃除も説明無くそつなくこなし、洗い物や洗濯といった家事も申し分無く、おまけに不審がられないようにご近所様への挨拶もやってのけた彼女のスペックの高さにエイジは素直に感服した。

 

「ありがとうございます♪」

 

「そういえば一緒にいたシグナムさんとヴィータちゃんはどうしたんです?」

 

「ああ、二人なら…あっ!ちょうど戻ってきた。」

 

「あれ?二人ともこっちに合流してたのか。」

 

どうやら目ぼしい商品を見つけたことを伝えるためにはやてを探しに出ていたようだ。

 

「ヴィータちゃんシグナムは?」

 

「ん?トイレだってさ。」

 

留守を預かってくれているザフィーラと、昼過ぎにマンションの方に戻ったアンク以外の面子は全員このショッピングモールにいた。

 

シグナムさんといえばとエイジはあることを思い出した。

 

「はやてちゃん、シグナムさんが朝言ってた服の話ってどうなったの?」

 

「えっ?ああ、あれならちゃんと考えてますよ~。」

 

今朝、シグナムからはやてに頼み事として自分たちの甲冑をイメージして欲しいと要望があった。

 

自分たちは武器こそあれども甲冑は主から賜れなければならないそうで、エイジのオーズとしての戦いの手助けも出来るからとのことだった。

 

はやても、みんなを自分のために戦わせるつもりなど無く、エイジからしても心強い仲間が増えるのはありがたい話だが、気持ち的にはどうにも乗らなかった。

 

だが彼女たちの気持ちも分かるエイジはそれに納得し、はやても無茶なことをしないことを条件に了承した。

 

「なんや鎧とかは詳しく無いですけど、騎士らしい服でもええかシグナムに聞いてみたらOKもらえたんでそれで行きます。」

 

「そっか。ならデザインは問題無さそうだね。なんせはやてちゃんのイメージなんだもん。」

 

「おだてても晩御飯のオカズが増えるだけですよ~。」

 

「じゃあイメージしてくれたやつが出来たらいっぱい褒ーめよ!」

 

「もうヴィータちゃんたら♪」

 

ちなみにその服は、はやてのイメージを元に彼女たち自身の魔力で構築されるため十分な防御力もあるらしい。

 

「じゃあこれ買うてシグナムが戻ったら、そのイメージ探しに行きましょか!」

 

「はーいよ!」

 

-

-

-

 

エイジたちが買い物に行っている頃、昼過ぎに彼らと別れて拠点のマンションに戻ったアンクは研究者のキリヤと話していた。

 

帰ってから大分時間も経ち、もう夕暮れが街を照らし始めて部屋の中にもその光は差し込んでした。

 

「へえ!こんな美人さん揃いなんですか!」

 

「先に興味持つのがそっちか、チャラ男。」

 

はやての誕生日風景を撮影した写真に写る彼女たちを見ての第一声がそれでアンクは呆れた。

 

「仮にもお前は研究者だろ。他に思ったことは無いのか?」

 

「冗談ですよ!でも大昔の技術で現代まで存在して、おまけに中のデータにも何の異常も無く機能するとは…。ここまで来ると分かっちゃいましたが魔法って何でもありですね。」

 

冗談と言った後に半分はとボソッと呟くのが分かったが、拾うのも面倒だった彼はスルーした。

 

「まあな。俺にも詳しくは分からんことも多いが、少なくともあの本はその中でも更に特別なんだろうな。」

 

「…あれ?そういえばアンクさん、昔この人たちに会ったことあるんですよね。何でその事を奴さんたち忘れてるんですかね?」

 

研究機材が整頓こそされているが自身の前以外はスペース無く置かれた机の上に写真を置いて、キリヤはそれを挟んだ向かいに座る彼に尋ねた。

 

「さあな。それこそ大昔過ぎて忘れたんじゃないか。向こうからしたら俺みたいなグリードもそう珍しいものでもなさそうだしな。」

 

「そういうもんですかね~。」

 

「まっ、あくまで想像だがな。それとな」

 

彼の机に置かれた写真を機材にぶつからないように向かいから取ると写るヴォルケンリッターを指して続けた。

 

「アイツらも人間だ。データなんかで扱うな。…ってエイジが言うだろうから心掛けとけ。」

 

「あ、そうですね。さっきのは失礼でしたね。」

 

「ふん…。」

 

自身の言葉を訂正するキリヤを横目に、ソファーの上に寝転がった彼は写真を上に掲げてそこに写る彼らの過去を思った。

 

封印の解けた後のヴィータの言葉、穏やかで優しい新しい主のはやてへの戸惑いよう。

 

そして何か思い詰めたような面持ちで笑みも見せないシグナム。

 

「(一体…お前らの過去に何があった?)」

 

そう思うのも束の間、新たな厄介者の羽音を彼は感じ取った。

 

-

-

-

 

大方の買い物も済ませ、帰路に着くはやてたち一行。

 

その最後列で一同から少し離れてゆっくりと歩くヴィータは、大事そうに紙袋を抱えそれを見つめていた。

 

不意に前方から視線を感じ、前を見るとシャマルに車椅子を押してもらうはやてと目が合った。

 

にこやかに笑いながら「もう見てもええで」と唇の動きだけで声をかけると嬉しそうに彼女は中身を取り出した。

 

赤くて横に長細い垂れ気味の目に、まるで手術後の縫合のように縫われた口となかなかにハイセンスだが、どこか愛嬌のある白いウサギのぬいぐるみ「のろいうさぎ」をヴィータは抱き締めた。

 

騎士服のデザインイメージを得るため、モール内で色々なお店を巡る中で立ち寄った玩具店で一つだけポツンと残っていたそれにヴィータは一目惚れしてしまったようだ。

 

その様子を見ていたはやてがエイジに頼み、店を出た後に買っておいたのである。

 

すぐに開けてもいいものを、許しが出るまで我慢していたが満面の笑顔でのろうさをその小さな腕で抱く彼女は実に子供らしかった。

 

「はやて!それに…エイジ!ありがと!」

 

二人のところまで駆けて行き、エイジには照れ臭そうにしつつ笑顔でお礼を言った。

 

「ええよ。」

 

「おっ!ヴィータちゃーん今スゴくいい顔してるよ~。」

 

しゃがんで彼女と同じ目線になったエイジはそんな笑顔にサムズアップを送り、自分も負けないくらいの笑みを浮かべた。

 

「ハハ!何だよ、それ?」

 

「あ、知らない?良いものを見せてくれた人にしたりするもの…って言えばいいかな?」

 

「自分もよく分かってないじゃん!」

 

「ま!「いいね!」とか「大丈夫!」ってこと。」

 

「なるほど~!私も使おうかしら。」

 

「いいですね~!シャマル姉さん。そのノリグッドです!」

 

そのやり取りが見ていて可笑しく、釣られて笑うはやてだったが一人浮かない顔をしているシグナムに気づいた。

 

「シグナム。どないしたん?何か考え事?」

 

「…あっ!いえ!大したことではないのですが…。」

 

本当に何か考え込んでいたのだろう、急に話し掛けられたとはいえ絵に描いたような動揺ぶりである。

 

「シグナムは隠し事とかあんま得意ちゃうやろ?何か困ったあるんやったら遠慮なんてせんで何でも言ってや。」

 

「…はい。」

 

その続きを彼女が話そうとした時、彼女含め3人の騎士は異様な殺気を感じた。

 

その答えは今歩いてきた道を戻った先にあった。

 

「エイジ!ヤミーだ!」

 

ライドベンダーでみんなの下まで走ってきたアンクは車体を彼らの側まで寄せて停車した。

 

全員の視線の先にはオープンテラスのカフェで暴れる成体前のミイラヤミーが逃げ惑う人を襲おうとしていた。

 

「あれがヤミー?」

 

「ああ!そうだよ!みんなはここにいて!」

 

初めて見るヤミーを見たシャマルの疑問に答えつつ、エイジは指示した。

 

「私たちも行く!」

 

「まだお前らはダメだ!ここではやてを守ってろ!」

 

加勢しようとするヴィータをアンクが諌め、彼はエイジと共にヤミーへと向かって行った。

 

「そっりゃ!」

 

助走をつけたアンクの飛び蹴りをもろに受けたヤミーは、襲っていた女性を乱暴に投げて転がった。

 

「きゃあ!」

 

「よっと!セーフ…。アンク!もう少しやさしーく助けれない?」

 

地面に叩きつけられる前にスライディングで女性を受け止めたエイジは彼に要望した。

 

「知るか。死ぬよりマシだろ。」

 

「全く…」と救助方法に文句たらたらでいると女性は一人立ち上がってお礼を言い、自分を置いて一目散に逃げた彼氏を追って行った。

 

「何だあれ?」

 

「さあ?まあ彼女置いて逃げるのは信じれんけど。」

 

せめて一緒に逃げろと思うエイジを、今までゆったりとした動きヤミーは突然機敏になってその豪腕の拳で殴りかかってきた。

 

「おっと!?こいつ…。」

 

コンクリートの歩道を軽く叩き割る一撃をギリギリで避け、隙の出来たヤミーの脇腹にアンクが蹴りをかました。

 

「ボサっとすんな!さっさと結界張れ!」

 

「分かってるよ。」

 

道路に横たわるヤミーを結界内で倒すため、懐から取り出した新型のブタ型カンドロイド「ピギカン」を起動しようとセルメダルを投入し始めた。

 

「あのさあ、これでかくて他のカンよりかさ張るし、10枚ってやっぱ多くない?」

 

「言ってる場合か!さっさと…」

 

その時、遠くから投げられた何かがはやてたちの近くに落ちた。

 

まとめて落ちた割れたセルメダルの破片は、瞬く間に屑ヤミーへと変わりはやてたちを取り囲んだ。

 

「アンク!アイツは任せた!」

 

そう話し切るより先に彼は倒れたヤミーの首根っこを持ってはやてたちの方に走った。

 

「何する気だ!?」

 

「屑の相手は知らないと無理だしここじゃ目立つ!お前はアイツの後を追ってくれ!」

 

セルの飛んできた方角を指さし、もがくヤミーを屑の1体にぶつけると最後の10枚目を入れてピギカンを起動した。

 

一瞬カンが光ったと思うと、次の瞬間にはそこにはもうアンクとカンしかいなかった。

 

結界による隔離は成功のようだ。

 

「本っ当に注文多いやつだ!」

 

-

-

-

 

空間内では既にオーズ・タトバコンボとヤミーが戦闘に入っていた。

 

ヤミーは出現当初から変わらず、ミイラのような風貌の未成熟な状態「白ヤミー」の姿でオーズのメダジャリバーによる斬撃を受けていた。

 

「ウゥ…」

 

「不完全なくせに随分と堅いやつだけどこれならどうだ!」

 

よくあるドラマなどで、ヤンキーが乱暴に鉄パイプを振り回すようにただ剣を力任せに叩きつけているようだが、縦、横、刃を返しての斬り上げと不規則に太刀筋を変化させる独特の型に重い一撃一撃を小気味の良いリズムで放つオーズの剣技に反撃の間も無くヤミーはメダルを削られていた。

 

「おお!エイジすげえな!」

 

「ああ、随分戦いには慣れているだな。」

 

豪快だが無駄の無い技を垣間見たヴィータとシグナムは自分たちを取り囲んでいる30は越える屑ヤミーを追い払っていた。

 

二人の手には共に戦場を駆けてきた愛機であるデバイス、「グラーフアイゼン」と「レヴァンティン」が握られていた。

 

長柄の鉄槌を軽々と振るうヴィータの一撃は物理的な攻撃に強い屑相手でも、はやてや自身たちから吹き飛ばすて距離を取るにはもってこいで、シグナムのレヴァンティンによる刃を鞭のようにしならせ延ばした連結刃による攻撃はそれ以上の進行を許さなかった。。

 

「にしてもコイツら手応えはあっても消えないし鬱陶しい!」

 

「だが足さえ止めっておけば良いとの指示だ。我らが主には一歩たりとも近づけさせんぞ!」

 

「おう!」

この自分たち以外誰もいない空間に入ったと同時にエイジは屑ヤミーの性質を簡潔に伝え、一ヶ所に固めておいて欲しいと頼んでいた。

 

「二人もめっちゃ強いな~。」

 

「はい!我らが自慢の将と紅の鉄騎ですから♪」

 

ヤミーたちとシグナムら二人が戦う後ろではやてはその強さに驚いていた。

 

取り零しが来たときに彼女の前に立つシャマルも誇らしげだった。

 

「ハア!ソオォリャ!!」

 

オーズの縦一閃に頭部を叩き割るように入った一撃を受け、後ろに仰け反ったヤミーの体は震え始め異変が生じた。

 

「やっぱり羽有りの虫か。だったら!」

 

ジャリバーの剣先を道路に突き刺して立て、ベルトのネストから白色の三種のメダルを取り出してタトバの三種と入れ換えてスキャンした。

 

サイ!

 

ゴリラ!

 

ゾウ!

 

サゴーゾ…サゴーゾ!!!

 

「白くなった?」

 

「フフン♪それだけじゃないから、みんな何かしっかりしたものに掴まっててね!」

 

先ほどまでの上下三色の姿からカラーリングは体の大部分は白で複眼は赤くなり、全体的にガタイが良く力強い印象を与えるフォルムに変化した。

 

サイやゾウといった重量級の動物たちの力を宿したメダルは、単品でも組み込めば並外れたパワーをオーズに与える。

 

そしてそのコンボ…サゴーゾコンボには更に特殊な力が付与される。

 

「うおおーーー!!!」

 

ゴリラするように胸を激しく叩き始めたオーズを中心に、シグナムたちに吹き飛ばされて転がっていた屑ヤミーの群れやカマキリヤミーへと成長した成体ヤミーに強烈な重圧がかかりその場から動けなくなっていた。

 

「これってまさか重力操作!?それもこんな強力な…。」

 

「これもメダルの力なのか…。」

 

オーズの持つ力の片鱗を目にして驚愕するシャマルにシグナムだった。

 

全員はやての下に戻り、重力場の影響は受けずに済んでいた。

 

「でもすげえな、あれ!結構カッコいいし!ねっ!はやて!」

 

「…。」

 

「はやて?」

 

「えっ!?」

 

戦うオーズの姿に思ったまま話しかけるヴィータの言葉に気づかなかったはやては再度彼女に声をかけられて振り向いた。

 

「どうしたの?何か悲しそうな顔だったけど。」

 

「そ、そうか?ただちょおな…気になってな。」

 

「気になる?何が…」

 

丁度言いかけた時、地面にめり込みつつあった屑ヤミーたちは負荷に耐えきれずに軒並み爆発し、カマキリヤミーも折角生えた羽はメダルへと還元されて飛行能力は喪失していた。

 

「仕上げだ。」

 

スキャニングチャージ!

 

止めのためメダルを再度読み込むとオーズは宙に浮き、勢い良く着地すると先ほど以上の重力場が彼とヤミーの周りの空間を支配し、その足元の道路を粉々にした。

 

だが次の瞬間には道路は元通りの舗装された直後かのように破片が次々と戻って行き、剥き出しになっていた地面の上に足を置いていたヤミーはその足をコンクリートに厚く覆われて身動きが取れなくなった。

 

そして磁石が引かれ合うようにコンクリートを裂きながら、ゴリラの剛腕と頭部のサイの角に力を集中させているオーズの目の前に抵抗も空しく引き寄せられていった。

 

「ハアァー!オッリャアーー!!!」

 

自身のすぐ目の前にまで来たヤミーへとフルパワーの拳と角をぶつけるサゴーゾの必殺技「サゴーゾインパクト」が直撃して爆発を起こした。

 

だがはやてはある違和感を覚えた。

 

セルメダルが散って来ないのだ。

 

まだ成体直後だったこともあろうがヤミーなら倒されればセルメダルを残す筈だ。

 

騎士たちもそれを知らないとはいえ只ならぬ力を感じて身構えた。

 

爆煙が晴れた時、そこには予想もつかなかった事態が起こっていた。

 

「驚いたな…。まさかこのタイミングで…。」

 

ヤミーの左上半身全てが膨れて肥大化し、肘から先は河馬が最大まで口を開いた状態としか言えない盾となり、オーズの頭と両腕はそこに収まっていた。

 

「合成タイプに進化するとはな。」

 

茶色のぶ厚い肉壁となった腕はスライムのように柔軟性に優れ、オーズの脱出を許さなかった。

 

縦に長い盾の端には白く厚いキバのようなものが生えてき、ゆっくりと閉じ始めた。

 

「っ!エイジ!今行くぞ!」

 

誰より早くその窮地を理解したヴィータはアイゼンを片手に駆け出した。

 

だが…

 

バチン!

 

それよりも盾が折り畳まれ、オーズがキバに挟まれる方が速かった。

 

「エ、エイ兄さーーん!」

 

はやての悲鳴が辺りにこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、シグナムさんの話になります。

本編なのはでも描写があったように、ヴォルケンの過去は決して明るいものではありませんでした。

今まで虐げられ、酷い扱いばかりだった彼らからすればはやてちゃんとの新しい暮らしはずっと憧れていたものだったかもしれません。

ですがはやてちゃんがいくら聖人のような子だと言っても、そう簡単に今までを忘れて受け入れられるのか。

ましてやエイジのように正直得体の知れない相手を。

特に責任感の強く、誇りの高いシグナムさんにこそそれを代弁していただきます。

そこをはっきりするためにも必要だと思い、本編でも空白だった4ヶ月にオリジナルの話として盛り込みました。

ではまた次回で。


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第16話「代償と辛き過去と祝福からのエール」

どうも!スターです!

ヴォルケン組の戦闘力は、原作を見ながら書いててもやっぱり強いな~と思うこの頃です。

戦闘描写もまだまだですが、現在勉強中ですので成長を見守っていただけるとこれ幸いです。

では前回の続きをどうぞ!


「てめえー!ソイツを放しやがれー!!」

 

戦いの中で進化を果たしたカバカマキリヤミーの左腕目掛け、ヴィータは手にしたアイゼンを勢い良く振り下ろした。

 

並みの一撃では、ましてやオーズ全コンボの中でもトップクラスのパワーを持つサゴーゾの必殺技を受け止める化け物の皮膚だ。

 

だが彼女の力もそんなヤワな物ではなかった。

 

「テートリヒ…シュラーク!!」

 

魔力で底上げしたその打撃は、盾部程では無いにしても高い防御力を持つ表皮を物ともせずに一撃を加え、その腕に挟んでいたオーズを堪らず放り投げた。

 

「よいしょっと!エイジ君大丈夫!?」

 

「ああ、シャマル姉さん。ありがとう、平気ですよ!」

 

投げられた自身をすかさず全身でキャッチしてくれたシャマルと共に勢い余って後ろに倒れ、エイジはすぐさま立ち上がって地に伏せたままの彼女に手を貸した。

 

「本当に大丈夫!?」

 

「ええ。頑丈ですから!」

 

「エイ兄さん!」

 

サゴーゾじゃなきゃどうなってたかと心に思いながら、平気なことを示すオーズのすぐ横にはやては目に涙を溜めて来た。

 

「はやてちゃん、俺は大丈夫だから!アイツ仕留めたらすぐ戻るよ!」

 

彼女は自分のすぐ側まで来てヤミーに向き直って戦おうとするオーズの手を掴み止めた。

 

「あきません!行かんといて!エイ兄さんまで居なくなったら…。」

 

俯いて、彼女が途中まで呟くように言った言葉が聞こえたエイジはその手をほどけなかった。

 

「…!」

 

「ぐっ!コイツ…!」

 

雄叫びも上げず、右手の太刀のように真っ直ぐに伸びた剣を振るうヤミーにヴィータはアイゼンの柄でどうにか捌いた。

 

だがこの動きに無駄の無い、速く重く何より相手の先を常に読んだ上で仕掛けてくるこの太刀筋に覚えがあった。

 

「(ヴィータ!下がれ!)」

 

シグナムの念話での合図と共に思い切り後ろに跳んだヴィータを追うヤミーの真上から、シグナムは急襲をかけた。

 

「レヴァンティン!」

 

「Explosion!(起爆!)」

 

「紫電…」

 

愛剣から薬莢が一つ飛び出し、炎に包まれる刀身を狙いの背へと振り下ろした。

 

「一閃!」

 

「…!!?」

 

炎熱を纏った一撃はかなり効いた様子で、斬り伏せられつつもなんとか立ち止まらずにロンダートの要領で反転し、追撃の太刀を避けたヤミーだがやはり最初の一撃が尾を引くようだ。

 

「上手くいったな。」

 

「ああ。どうやら熱…火に弱いようだな。」

 

「じゃあおめえの出番だろ。今がチャンスだ。」

 

魔法による炎熱変換という炎を自在に扱えるシグナムと火に弱い昆虫系と重量系の合成ヤミーは相性が絶望的に悪かった。

 

「ああ、任せろ。」

 

アイゼンを肩に担ぎ横に控えるヴィータの提案に乗り、再び剣を構えてヤミーへと距離を詰めた。

 

再度炎を纏ったレヴァンティンを振り下ろせば倒せる…はずだった。

 

「いいのか?これで?」

 

「何!?」

 

彼女は驚き、剣を振り下ろさなかった。

 

「シグナムと…同じ声?」

 

「どういうことや?」

 

「…まさか!」

 

驚くシャマルとはやての横で何かを理解したオーズは一目散に駆け出した。

 

ヤミーの間合いで動揺して立ち止まったシグナムを突飛ばし、振り下ろされた太刀を斜め一閃に受けてオーズはその場に崩れた。

 

-

-

-

 

「エイジ!おい!エイジ!?」

 

ヴィータが放った魔力弾で怯んだ隙にシャマルが自身のデバイス「クラールヴィント」から延びる糸で変身解除され、意識の無いエイジを手繰り寄せた。

 

「エイジ君!エイジ君!」

 

「エイ兄さん!起きて!」

 

車椅子から身を乗り出して地に落ちても気にせず倒れ付した彼の左手を掴んだはやてはそれを受け入れまいとした。

 

氷のように冷たいその手から、もうここから彼が消えたように思い、心が張り裂けそうになった。

 

突き飛ばれ、命を助けられたシグナムもそれを見て後悔した。

 

倒れた彼に追撃を加えようとするヤミーに向かい、その剣をつばぜり止めた瞬間、周りの景色が揺らいだ。

 

ヤミーが視線をずらした瞬間、ヤミーの背後から火炎弾が先ほどの癒えていないキズに当たってよろめいた。

 

「おい!お前ら無事か!?」

 

どこからともなく現れたアンクの救援だった。

 

右手を本来のグリードの姿へと変化させた彼の放った火炎弾もこのヤミーには効果抜群のようだった。

 

ぼやけていた景色が完全に晴れるとそこはマンション街ではなく、エイジたちにとってはお馴染みの場所の桜台だった。

 

グリードにここで振り切られたアンクが結界展開後に自分が持ち運んでいたピギカンがタイムリミットを迎えて、元の世界へと戻したのである。

 

すっかり日も落ち、薄暗い中で彼ははやてたちとヤミーの間に立ちはだかった。

 

「…。」

 

シグナム、ヴィータ、アンクに囲まれ、形勢が不利と見たヤミーは再生した羽を羽ばたかせ、夜の空へと高速で消えた。

 

「チッ!逃げたか!」

 

「アンクさん!エイ兄さんが!」

 

取り逃がしたことに悪態をつく彼にはやてが呼び掛けると、アンクはしゃがんで倒れているエイジに詰め寄ってその胸ぐら掴んだ。

 

「おい、エイジ。さっさと起きろ。絶対コイツらの所に帰るんだろ?ならさっさとしろ!」

 

「やめて!アンク!」

 

「お前も嘆く前に手があるだろ!応急処置ぐら…」

 

「やめろ…アンク…そう…怒ん…な」

 

シャマルに怒るアンクに途切れ途切れになりつつ声を発したのはエイジだった。

 

「エイ兄さん!」

 

「はやて…ちゃん…ごめん…ね。泣か…せて。」

 

「うんうん。ええんです。ホンマに良かった…。」

 

「おい、お前このダメージ…。」

 

はやてが安堵する隣で改めてボロボロになった彼を見てアンクはある事を察した。

 

「…てへ♪」

 

イラッときた彼は胸ぐらを掴んでいた手を放した。

 

「ちょっ!乱暴なのは見過ごせないわよ!」

 

「うるせえ。さっさとコイツ運ぶぞ。お前らも付いてこい。」

 

再び気を失った…というよりも眠りについた彼を担ぐとそう言った。

 

「病院行くんとちゃうんですか?」

 

「コイツはオーズ絡みの事情もあってそうはいかないんだ。」

 

「じゃあどこ行くんだよ?」

 

ヴィータの質問に振り向かずに歩みながら答えた。

 

「俺のマンションだ。」

 

-

-

-

 

研究拠点兼なのは監視マンション。

 

一先ずの治療を終えたのはヤミーとの戦闘から5時間程経った夜の11時過ぎであった。

 

「これで良し…っと。」

 

「あっお疲れ様です~。コーヒー淹れたんですけど要りますか?」

 

「コーヒー?」

 

「あ~…そうですね…。飲むとスッキリする大人な飲み物ですかね。」

 

「まあ!じゃあいただきます♪ありがとうございます。キリヤさん。」

 

「いえいえ。」

 

ソファーで静かに寝息をたてるエイジの横で治療に当たっていたシャマルとキリヤは安定した彼の容態に一安心していた。

 

「しっかし魔法ってのは本当にスゴいもんですね。あれだけボロボロだったのにもうキズも目立たないぐらいで…おまけにこんなにぐっすり寝ちゃってまあ。」

 

鮮やかな彩り豊かな花柄をあしらったアロハシャツ、ダメージだらけでほとんど足の見えているジーンズを履き、研究者兼医者を務める九野(ここのや)キリヤはエイジの穏やかな寝顔を覗き込み呆れ半分、安心半分で笑っていた。

 

「というかシャマル先生が飛びきり優秀なのかな?」

 

「そんな褒めても~!…オホン、キリヤさんは何をされてる方何ですか?」

 

隣には怪我人とその隣で眠るはやてが居たためボリュームを下げて話した。

 

「自分はここでヤミー、グリードの対策のためにオーズの支援メカ開発に奴らの研究とメダルそのもののエネルギー解析とかが本業で、医者はあくまでも非常時にってとこです。」

 

コーヒーに角砂糖を4個、5個と入れかき混ぜつつ話し、シャマルもそれに倣って同じだけ入れた。

 

「でもすごく手際も良くて、こっちが本職かと思ったわ。」

 

「そりゃありがとうございます。まあこの人の治療に関してはもうそれこそ何度やったか分かんないぐらいですから。」

 

エイジより二つ歳上の彼はこうして幾度となく彼の命がけの戦いを支えて来た。

 

「…いつもこんなにボロボロになってるの?」

 

「ん~。ここまでなのは随分ご無沙汰でしたね。でも」

 

「でも?」

 

「多分皆さんが居たからこんなになったんじゃないですかね?」

 

その言葉に罪悪感を彼女は覚えた。

 

やっぱり私たちが…

 

「ん?ああ!違いますよ!ごめんなさい!いつも自分伝え方が下手なもんで…。」

 

暗い顔になったシャマルに気づいた彼は訂正して謝罪した。

 

「この人いっつもそうなんです。誰かを守りたい、失いたくないって思えば思うほどに平気で無茶して…。はやてちゃんに皆さん…本当に大好きでしょうがないみたいですよ。」

 

「でも…何でそんなに私たちのことを…?」

 

はやてにも言えるが、彼女にしても自分たちに会って間もない自分たちに優しさを持って接してくれるエイジのことが気になった。

 

「まあ自分の口から言うにはちょっと過ぎたこともあるんで詳しくは言えませんけど、皆さんのこと自分と重ねちゃってるんだと思います。」

 

「え?」

 

「昔から何でも出来過ぎちゃって、それで周りから疎まれて孤立して寂しい思いをし続けて、家族や自分みたいな会社の人間以外に心を開かなくなって…。色々あってそれを越えて自分の作ったゲームや医療メカが認められてこれからって矢先にお母さんを亡くして…まあ本当に色々ある人なんですよ。」

 

衝撃的だった。

 

彼からはそんな過去があったなんて微塵も思わなかっただけに。

 

「その時の自分に皆さん重なったんですって。早く終わりたいみたいな目をしてた。もっと幸せになってもらいたい、誰も自分みたいな思いしてほしくないって…話してくれてました。」

 

そこまで彼が話した時、不意にベランダの窓が開いた。

 

「シグナム。…聞いてたの?」

 

「…ああ。盗み聞くまねをしてすみません。」

 

一人夜風に当たっていた彼女は戻ろうとした時から始まったエイジの過去からずっと聞いていたようだ。

 

「いえ。でもさっきの話と合わせて聞いちゃったらしんどくないですか?」

 

「…身から出た錆です。私がこの方を信じていれば良かったものを。」

 

眠るエイジを見て、酷く彼女は後悔していた。

 

自分たちを受け入れてくれ、その幸せすら願ってくれていた人をまるで何か裏があるように疑ったことを。

 

そしてそれをグリードに漬け込まれ、あのヤミーを生み出した現実を。

 

静寂が僅かに流れた後、シグナムは続けた。

 

「…彼は…どうなんでしょうか?」

 

落ち着いた表情で眠るエイジは本当にただ眠っているだけだったが、彼女は不安で堪らなかった。

 

「傷はもう平気ですよ。ただ…コンボを使ったのが痛いですね。」

 

「あの白いやつのことですか?」

 

「ええ。」

 

シャマルの質問に答えるため、彼は詳しく説明を始めた。

 

「コンボは同系統のメダル三枚での組み合わせの姿で、この時ならそれこそ一人で天変地異に立ち向かうことだって可能にするもんなんです。」

 

二人はサゴーゾの時のことを思い出していた。

 

あれだけの力を目の当たりにすれば、それが大げさでは無いとよく分かった。

 

「だけどエイジさんはオーズにこそ変身して戦えますけど、コンボに対しては過去のオーズたちほどの適性は無いらしく、一度でも使用したら体への負荷が半端じゃないんです。」

 

「そんな…。」

 

絶句するシグナムだったが、彼は今回のことを振り返った。

 

「物理攻撃に強い屑ヤミーが大量に現れたと報告にありましたから、恐らくこの人、あの初見殺したちから皆さんを守るために使っちゃったんでしょう。」

 

「「…。」」

 

また流れる静寂に、一口コーヒーを啜ったキリヤはもの申した。

 

「だからこそ皆さんやはやてちゃんと一緒に暮らすことになって自分たちは嬉しかったんです。」

 

「え?」

 

「一緒にいたいと思える人さえいればこの人、無茶こそしますがそう簡単に命は捨てないからですよ。だから今回も大丈夫です♪」

 

エイジのようにサムズアップを送る彼の言葉を二人は頼もしく思えた。

 

「お!や~っとノッてくれた。」

 

何かが吹っ切れたような面持ちのシグナムを見て、上機嫌なキリヤは今度はミルクをコーヒーに大量投入した。

 

-

-

-

 

その頃、アンクは逃げたヤミーを相手にヴィータと共闘していた。

 

タカカンたちも出して捜索に当たらせたところ、先ほど発見されて連絡が入った。

 

街中から随分離れた山間の森の中に潜んでいた。

 

ヤミーの抵抗は激しいがヴィータの放つ魔力を付与された鉄球「シュワルベフリーゲン」相手に自慢の鋭い右鎌も相性が悪く、左腕での防御に集中してその場に釘付けになった。

 

「よし、とりあえず予定通りにやれ。」

 

「はい。」

 

「ヴィータ!下がれ!」

 

「おうよ!」

 

同行していたキリヤ以外の研究班メンバーに指示を出すとレンズ部分にピギカンを取り付けた投影機をヤミーの頭上に狙いを定めて起動した。

 

ピンク色のシャボン玉のような光球が発射され、ヤミーの上で割れたそれは眩い光を放ちヤミーを包んだ。

 

「成功です。これでしばらく対象はここに釘付けです。」

 

「あんたらすっげえな。こんな結界みたいな真似を簡単にやるなんて。」

 

「いやー!そんな!というか…」

 

「…エイジの目覚めまで持たせるぞ。」

 

「「「はい!」」」

 

「?」

 

なのはのことはしばらく伏せたままにしておくことにしたこともあり、彼女との交戦で得たデータから作ったなどは当然秘密だった。

 

研究班の口をその眼光で閉じさせたアンクはヤミーを再び人工結界の中へと閉じ込め、オーズ不在の間の足止めを図った。

 

ピギカンも最初に聞いていた極僅かな時間以上の稼働が出来ていたため、急ピッチで用意した増幅機を用いてエネルギー効率を最適化し、単品での稼働の十数倍は展開可能となった。

 

「(さっさと起きて、片をつけろよ。)」

 

研究班の車に積んでいる棒アイスをかじりながらそう思い、ここに来る前の出発前のことを思い出していた。

 

今から三時間程前。

 

眠りについていたエイジの傍らでずっとその手を掴んで心配していたはやても夢の中に行き、騎士3人とアンク、キリヤは状況を整理していた。

 

結論から言うとヤミーはやはりシグナムから作られていた。

 

グリードであるアンクは一目見ただけでもヤミーの親かそうでないかを簡単に識別出来た。

 

だが声まで似て、おまけにその戦い方までを模倣するのは初めてのパターンで、恐らく彼女の欲望が関係しているのだろうとアンクは分析した。

 

彼女の欲望、だがそれを彼女が出来ない理由…彼女たちの過去を聞いてアンクは大層嫌なものを思った。

 

「アンク?」

 

色々と考えている彼をヴィータが呼んだ。

 

「何だ?」

 

「あの人たちがアンクのことをさっきから探してたよ。」

 

「そうか。おい、ヴィータ。」

 

「ん?おっと!あっ!これあの時のアイス!」

 

自分を呼んで研究班の所に戻る彼女を呼び止め、車にあったクーラーボックスからこの間と同じカッブアイスを一つ投げ渡した。

 

「さっきのは上出来だったぞ。」

 

「…そうかい。ありがと!」

 

彼なりの労いに納得して笑うヴィータを見て、彼は現場へと戻っていった。

 

-

-

-

 

またいつぞやの時のようにあの夢の空間にいた。

 

夜天の下に、淡い空色の輝きを放つ地面とあの綺麗な精霊さんは変わらず居たが、いつもと違うものが宙に浮いていた。

 

長方形の結晶状のそれはモニターのように機能し、映像が流れていた。

 

そこには険しい表情で並び控え、目の前に立つ絵に描いたように怪しいフードを着込んだ魔導士に頭を下げる騎士たちが映っていた。

 

「これは私が見てきた、騎士たちが過去に仕えてきた主たちの記録だ。」

 

「…こんなのばっかりだったんですか?」

 

「我らは主を選べない。故にどんな望みも叶えられると伝えられてきたこの本を手にした者はいずれも…な。」

 

彼女たちを要が無いときはろくな食事も与えず寒い牢に閉じ込めておいたり、どう考えてもただで済まない危険な戦いに放り込み、自分たちは安全な場所で見ているだけの者と、自分の中で最も嫌う人間ばかりがそこに映った。

 

最後に戦いから傷ついて戻った彼女たちが別の主から罵詈雑言と共に暴行を受けている場面で映像は終わった。

 

何かが自分の中で噴き出して来るのが分かった。

 

怒り?憎しみ?

 

涙と共に溢れたそれは悲しみだった。

 

ずっとこんな仕打ちと境遇で、「家族」と言われても彼女たちは受け入れられるはずも無い。

 

それを自分は…。

 

「何なんこれ…。みんなに何すんの?」

 

後ろからしたその声の主に気づき、精霊さん共々驚いた。

 

自分と同じように涙を流し、別に存在していた結晶に映った彼女たちを平然と傷つける過去の主たちに怒りを顕にしていた。

 

「主!?何故貴女がここに!?」

 

「はやてちゃん!?」

 

「エイ兄さん!私…」

 

そこで彼女は光の粒子となって空間から消えた。

 

「…どうやら夢から目を覚まされたようだ。気を失った君の手を繋いで眠られていたせいでここに来たらしい。」

 

本から外の状況を見ている彼女はそう説明してくれた。

 

「そうですか。」

 

はやてちゃんからしてもこんなにまでみんなが辛い思いをしてきたとは思わなかっただろう。

 

自分も彼女たちの様子から相応のことは察していたつもりだった。

 

だがこんなにも辛いものしか無く、それがずっと続いていた人たちに自分の言葉や行動は余りに軽く思えた。

 

「そりゃ…気軽に家族だ大切なんて言っても信じろなんて…無理な話ですよね。」

 

それを俺は…

 

「そう自分を…責めないでくれ。」

 

自分の行いを恥じて下を向いていたため気づかなかったが、彼女はいつの間にか目の前に立ってその両手を自分の両肩にそっと置いた。

 

「私は嬉しかったよ。主や君が騎士たちを受け入れてくれ、家族とさえ言ってくれて…本当に嬉しかった。」

 

そう告げる彼女の表情は穏やかで、自分の有りのままをそのまま包み込んでくれるような優しいものだった。

 

「確かに今までの過去は辛く、苦しいものでしかなかった。私の運命がそうさせ、彼らには少しの幸せな時も安らぎも与えてやれなかった。それは私の咎だ。」

 

「そんな!」

 

全てを自分のせいにする彼女の言葉を否定したかったが、彼女は首をゆっくり横に振って続けた。

 

「私は闇の書。誰が何時からそう呼ぶようになったかはもう分からない。数多の願いの下、罪を重ね続けて来た私はいいんだ。だがあの優しい騎士たちは望まぬ戦いを求められ、傷つき、幾度と無く散って行った。」

 

紅玉の瞳を光らせ、彼女たちへの思いを吐露するこの人の言葉を黙って聞いた。

 

「まだその時と比べれば僅かかもしれない。それでも主と君が注いでくれた優しさは確かに彼らに届いている。」

 

「だけどシグナムさんは…。」

 

倒れる前に分かった。

 

あのヤミーはシグナムさんから生み出されたものだった。

 

今、彼女たちの過去を知った上でならば彼女の欲望…願い。

 

だからこそ迷った。

 

自分の言葉を彼女が認めてくれるのかを。

 

「フフッ。大丈夫だ。将はあれで心配性なだけだ。しっかり胸の内を打ち明けてあげてほしい。そうすればきっと大丈夫。」

 

「…分かりましたよ。そのアドバイスしっかり生かします!」

 

手を肩から放した彼女にいつものようにサムズアップを送るとまた体が光に包まれ始めた。

 

「ああ、しっかりね。」

 

「はい!あっそれとなんですけど…。」

 

「何だい?」

 

「またお会いするときにはエイジって呼んでもらえると嬉しいです!」

 

宙に浮かび始め、ここから消える前にそれは伝えたかった。

 

「ダメ…ですか?」

 

少し考えた彼女は

 

「次でいいのかい?エイジ。」

 

意外と洒落が利いた。

 

「アハ!良かった!」

 

微笑を浮かべ見送る彼女にサムズアップをもう一度送ったところで、瞼の外に日の温もりを感じた。

 

 

 

 

 

 

 




近頃感想への質問も少しずつ寄せられ、「色々な人に読んでもらえてるんだなあ!」と大変嬉しく思っています!

本当にありがとうございます!

何か気になることなどありましたら、話数を問わずにお受けしていますので是非お気軽にどうぞ感想欄に遊びに来てください!

次回はなかなか話されずにいたエイジのバックボーンをやっとこさ掘り下げます!

そしてシグナムさんはその時とうするのか?

また次回で!


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第17話「胸の内と家族と強き背」

どうも!最近ようやく暖かくなってきたと思って防寒具を片そうとしたらちょっと時期尚早だったと後悔してるスターです!

Detonation…円盤の発売日決まりましたね!

劇場でなかなかの回数観ても飽きなかった上、まだ観足りなくてウズウズしてたこの身にはこの上無い吉報です!

皆様もどちらのお店で買うか悩まれると思いますが、それまでに全力で日々を元気にお過ごしください!

さて、今回はエイジの大まかな過去とシグナムさんとの関わり、そして今まで表には出なかったヤツも…

後書きでまた後程!


時計の針は午前5時。

 

6月ともなると日はかなり昇り、街は光を取り戻しつつあった。

 

瞼に感じる日の温もりは兎も角、あの嗅ぐと妙にイライラする芳醇な薫りを煩わしく思い目を開けると、そこには匂いの元を手にした見知った顔が全力の変顔を作って自分を覗いていた。

 

「あっ。おっはようございま~す…。コーヒー飲みます?」

 

「…もっかい寝ます。」

 

「あら、寝坊助さん。今なら良いもの見れるのに。」

 

こんなカフェイン中のド甘党の友人よりも、もう一度あの人に会えるものなら会おうと、淡い期待を抱いて目を閉じようとすると、彼はその良いものとやらの方を目を動かして伝えて来た。

 

右に首を回すとそこには赤面して戸惑うシグナムとシャマルがはやてに押し倒され、その上から二人を泣きながら小さな腕で抱き締める彼女がいた。

 

「ああ~なるほどね~。」

 

「え?エイ兄さん!起きとったんですか!?」

 

「いや、今起きたの。おはよ。」

 

「あっ!エイジ君!あの…これは…。」

 

「事情は察しました。多分起きた直後のはやてちゃんに二人が呼ばれて、そこをいきなりガバッとハグられて本人は何故か泣いてると…。」

 

「おお~、お見事。」

 

キリヤの拍手はスルーし、ソファーに座るとはやての頭に手を置いて撫でた。

 

「お待たせ、はやてちゃん。戻ったよ。」

 

「…もう…ホンマ心配やったんですから。」

 

「ごめんね。でもとりあえず俺もその空間に引き摺り込もうとするのは止めてね。」

 

撫でている手を掴み、自分もそのハグゾーンに入れようとする彼女の企てを見抜き、引っ張られまいと抵抗した。

 

「気づかれてもうたか!」

 

「大体察したよ。それより顔拭きな。美人が台無しだよ。」

 

キリヤから机の上にあった自分のハンカチを受け取り、その涙を拭き取った。

 

「おおきにです。」

 

「まあ…あんなもん見たらそりゃ泣くよね。」

 

「…!まさか?」

 

それだけで何かに気づいたシグナムは自分の顔を見たが、すぐに気不味そうに顔を逸らした。

 

「こーら、シグナム。」

 

「で、ですが。私は一体どんな顔をして…。」

 

「あの…シグナム…さん?それにシャマル姉さんにはやてちゃん?」

 

「は、はい…。」

 

名前を呼ぶとまだ申し訳無さそうな顔をしているが、どうにか顔は見てくれた。

 

「ちょっと昔話してもいいですか?」

 

胸の内に秘めていた自分の過去と理想を話すことにした。

 

-

-

-

 

「ヴィータ。エイジのやつ起きたとさ。」

 

「ホント!?」

 

「ああ。で、お前らに話したいことがあるらしいから、ザフィーラと車の所の電話を使え。」

 

「何だろ?」

 

疑問符を浮かべながらも、隔離現場で一晩待機していた彼女は、連絡を受けて応援に来たザフィーラも控える車に向かった。

 

「さて、後どれだけ持つか。」

 

既に6時間以上ヤミーを隔離しているが、正直限界はいつ来てもおかしくは無かった。

 

外部接続によるエネルギー供給で長時間稼働を可能にしたが、想定されていた限界点はとうに越えていた。

 

昨日の戦闘でもそうだったが、研究班が優秀なのは良いが伝えられていた以上の結果を出す物を多く作るので、彼らがテストしているのかアンクには疑問だった。

 

「(さっさと済ませろよ。)」

 

面倒臭い、手の焼ける相棒のことを思い浮かべて彼の帰りを待った。

 

気配を殺し、現場から少し離れた木の上から観察している影には気づかずに…。

 

-

-

-

 

昔、ある男の子が産まれた。

 

直前に母子共々危険なハプニングこそあったが、何とか無事にそれを乗り越えて彼は生を受けた。

 

初めは黒かった髪が、徐々に神話に伝えられる幻獣のような銀髪になっていくなどあったらしいが、親バカ全開の両親は「カッコいい!」だけで済ませたそうだ。

 

その後すくすくと成長していった彼は、周囲の人間たちが驚く知識に対する欲と自由で型にはまらない想像力を発揮し、小学校3年生の段階でその頭脳は大学教授の講義内容を理解し、応用出来るほどであった。

 

だがそんな彼が面白く無く、同じ年端の子どもたちは拒絶し、傷つけた。

 

大した理由も無く暴力を振るわれ、大切にしていた私物を壊され、そこに確かに居るにも関わらず空気のように無視された。

 

なぜそんなことをされるのか理由も分からず、塞ぎ込んだ彼を母は力強く抱擁した。

 

「ありのままの自分で、やりたいことに全力で向かい、最後には思い切り笑えばいい!」…母のまだ生きる指針など無かった彼に、母の言葉は強く胸に響いた。

 

それからは吹っ切れたように父の尽力の下、様々なことにチャレンジし、人のためになるものを作った。

 

中でもゲーム作りに関しては、自由な発想に徹底して細部まで掘り下げるこだわりの強さ、プレイする人の感情を良い意味で豊かにするなど、まさに「神の才能」と言われるものがあった。

 

本人はそう言われるのが嫌なのだが。

 

彼自身も、自分の作ったもので人が笑顔になることを嬉しく感じた。

 

同時にその笑顔をこの自分の手で守りたいとも思った。

 

そのために医者にもなり、人のためにやっていこうとした矢先にそれは起きた。

 

母が…亡くなったのだ。

 

新たに発見された未知のエネルギーを持った存在のメダルを研究するため、夫の会社の研究者だった彼女は研究所に運びこまれたそれの調査をしていた。

 

だが突如グリードと化したコアメダルは施設を破壊し尽くし、彼女はそこで帰らぬ人になった。

 

そこで彼…黒斗エイジの時は止まった。

 

-

-

-

 

「…とまあこれが6年前まで、アンクが来る少し前の話かな。」

 

キリヤ以外、その場にいた一同は語を発しなかった。

 

「…そこまで話しちゃって良かったんですか?」

 

「キリヤさーん?どうせあなたがある程度はもう話しちゃってるんでしょう?なら消化不良無しにしとこうと思って。」

 

「胃もたれさせても変わらないでしょ。」

 

多少は気を遣って伏せたところもあるというのにと呆れるキリヤに彼はしてやったり顔だ。

 

「…それにはやてちゃんのことに踏み込んだり、騎士のみんなの過去まで見た俺が、自分だけ内緒話を溜めておくのはズルいでしょ。」

 

自分たちの過去を知ったという言葉に反応したシグナムはハッと驚いた顔をした。

 

「ええ。あの本が教えてくれました。はやてちゃんも見たよね。」

 

傍らで見守るように宙に浮かんでいた本を手に取って、自身の膝の上に置いた彼女は暗い顔で頷いた。

 

「…みんな…ホンマに辛かったやろ…。あんな酷い目におうて来たら、私みたいなん相手にしたらそら疑うわな。」

 

「そんなことないよ!」

 

「そうです!」

 

エイジの携帯のモニターに映るヴィータとシグナムが否定したが彼女は続けた。

 

「ええねん、それで。そんなん当たり前や。ずっとずっと苦しかったんやったら信じることなんて出来んくなってまうわ。」

 

「はやてちゃん…。」

 

「…。」

 

はやての肯定に目を潤ませるシャマルと、その話を黙って聞くザフィーラだった。

 

「せやけどな、これだけは言える。私はみんなとずっと一緒に居たいと思ってる。今までずっと辛い思いしてきたのが嘘やったと思えるぐらい幸せにしたりたいと本気で思ってる!それは絶対嘘やあらへんからな。」

 

そこまで言って、嬉しさで耐え切れなくなったシャマルに今度は逆に彼女が抱きつかれた。

 

「はやてちゃーん!ずっと付いていきます!」

 

「はやて!私もそうしたいよ!」

 

ずっと口にすれば叶わないと思っていた願いと共にヴィータたちは涙を流し、はやても笑顔で一筋の滴を落とした。

 

「…。」

 

「…シグナム。」

 

一人目を潤ませて座る彼女にザフィーラはモニター越しに声をかけた。

 

「もう迷いは晴らしてもよかろう。」

 

「…だが私は…」

 

「シグナムさん?」

 

立ち上がり、彼女の前にしゃがんだエイジはその目を見つめた。

 

「俺の過去なんて、みんなが過ごしたものに比べたら助けてくれる人もいっぱいいたしで、恵まれてる方です。」

 

父や母、会社のみんなに隣のキリヤ、アンクを思い浮かべ、彼は照れ臭そうにだが話した。

 

「だからこそ辛い時や苦しい時、人は誰かと手を取り合わなきゃ前にも進めない。その思いは分かるつもりです。」

 

右手を彼女に差し出し、穏やかだが確かなものを宿した瞳で彼は続きを話した。

 

「シグナムさんが俺を信じれなくても、俺はあなたたちを大切にしたいと思ってます。」

 

それを聞いて俯いた彼女にエイジは笑ってはいたが、寂しそうに出した手を引こうとしたが、その手は止まった。

 

「…姉さん、ではなかったのか?」

 

「…!はい!」

 

凛々しい笑みを浮かべ、彼の手を掴む彼女に迷いはもう見えなかった。

 

「にしても姉さん、力強いです。」

 

「すまん。加減を間違えた。」

 

「あれ~、エイジさーん?もしかして照れてる?顔赤いよ~?」

 

「へ!?て、照れてないし!」

 

からかうキリヤに、慣れないことを言いまくったエイジはもうタコかトマトのように真っ赤だった。

 

「ホンマや!これはちょおええもん見れました♪」

 

「カメラ?でしたっけ、写真に撮っておきましょうか♪」

 

「いいね!撮っとこう!」

 

「ちょ!?ヴィータちゃんまで!」

 

「まあ落ち着けエイジ。」

 

「さっきまでとの切り替え早いです!」

 

八神家女性陣を止めようとするが、シグナムに固く掴まれたその手は解くに解けなく、その赤面は余すこと無く記録に撮られた。

 

だがその直後、ヴィータの側から爆発音が聞こえた。

 

「何だ!?」

 

「多分装置がやられたんだろうけど、うちのチームが側にいてそれは無いだろうから…。」

 

キリヤの推察とエイジは同意件だ。

 

それが現実なら急がねばならない。

 

「私はアンクの所に戻るよ!」

 

「私も参ります。」

 

「分かったよ!絶対無茶はしないでね!」

 

一同全員がお前が言うな状態だが、ツッコんでいる場合では無いのでヴィータは通信を切って現場へと向かった。

 

「さて!俺も…」

 

「あ~…それなんだけどさ…」

 

「止めても行きますよ。」

 

一応エイジと同じく医者のキリヤは危険だとドクターストップをかけるのかと思いきや。

 

「いや。行くのは良いよ。体もシャマル先生のおかげで全快に近いし。」

 

「じゃあ何ですか?」

 

「アンクさんがバイク乗ってちゃったから足が無いんですよ。」

 

それは実に大きな問題だった。

 

「…どうしましょ?」

 

「ここから車とかでも片道小一時間はかかってましたよ。」

 

ならばと、あるものを探そうとリュックに手を入れたが

 

「当分コンボは厳禁なんで、しばらくアンクさんがタトバ以外は預かるそうです。」

 

探し物のホルダーは無く、代わりにタトバ用の3枚のメダルをキリヤから受け取った。

 

「じゃあどうしよ…」

 

「私にお任せです!クラールヴィント、お願い。」

 

「Ja.(はい。)」

 

シャマルが両手を前に出すと、指輪型の彼女のデバイスから光の糸が伸び、円弧を形作ると黄緑色のゲートとなった。

 

「この先はさっきヴィータちゃんと連絡していた場所と繋がっています。使ってください。」

 

「わーお!こりゃすごい!ありがたく使わせてもらいます。」

 

「私も同行する。」

 

もう何でもだなと思いつつ、身支度を整えるエイジにシグナムは付いてくると言う。

 

「自分のケジメは自分でつけたい…そういうことてすよね?」

 

「ああ。」

 

「…結構!はやてちゃん!良いかな?」

 

「…止めても行くんでしょ?みんな絶対怪我もせんと、無事に帰ってきてくださいよ。」

 

「了解♪」

 

「心得ました。」

 

ゲートの前に並び立ち、横を向いて顔を見合わせた二人は一拍笑い、すぐに前を向いた。

 

「じゃあリベンジと行こうか。」

 

-

-

-

 

ピギカンは投影機諸共に無惨に焼け焦げ、辺りの森の中には飛び散った資材が転がっていた。

 

「クソッ!こいつらどっから沸いて来やがった!」

 

大量に出現した屑ヤミーの群れをアイゼンで吹き飛ばすヴィータの装いは普段着とはまた違っていた。

 

袖を出した深紅のゴスロリ風のドレスに、同じく赤地の帽子にお気に入りののろいうさぎの顔を二体あしらったなかなか特徴のある服で、これははやてのヴィータのためにイメージを描いた騎士服であった。

 

一見すると柔地に肌の出ている部分も多く、戦闘には向かなさそうだが、彼女自身の魔力で編み上げられたこれはそう簡単に攻撃は通さなかった。

 

何より本人も結構このデザインを気に入っていた。

 

「こいつら生み出すバカが近くに居るんだ!こっちの隙を狙ってるから、とりあえずはそれを忘れるな!」

 

研究員たちを自分の後ろに集め、素手の格闘で迎撃するアンクは警戒を怠らないよう叫んだ。

 

「(チッ!こいつら逃がそうにも退路も塞がれてる今じゃ無理だ。それに…)」

 

隠れ潜んでいたグリードの攻撃で結界は狙い撃ちされ大破、その爆発でヴィータとザフィーラがやって来ると同時に、彼らを取り囲むように屑ヤミーが出現した。

 

「ハアァ!」

 

「くっ!…のやロー!!」

 

解放されたヤミーが巨大な図体に見合わない俊敏さを以て襲い来るため、一切の隙も許されなかった。

 

「ておあーーー!!!」

 

ヴィータの援護に蒼い騎士服に鋼の籠手を着けた人間態のザフィーラが雄叫びと共に入った。

 

「…!」

 

ヴィータとの鍔迫り合いの最中に、横からカマキリ部分の胴体を殴り飛ばされたヤミーは着地には成功したものの、片膝を突いてその場に固まった。

 

「平気か?ヴィータ。」

 

「あんがと、ザフィーラ!」

 

少しズレた帽子を直し、礼を言う彼女に小さく彼は頷いた。

 

「よっしゃ!今なら…アイゼン!」

 

「Explosion!(起爆!)」

 

レヴァンティンのように内部で魔力カートリッジを爆発させたグラーフアイゼンはハンマー部分を輝かせ、片方の先端を杭状に変化させ、もう片方を三ツ又のブースターへと姿を変えた。

 

空中高く上がり、ブースターの推進力で自身を回転させて勢いを付けてヤミーへと急降下した。

 

「ラケーテン…ハンマーーー!!」

 

ヴィータの強烈な一撃はヤミーの防御のために前に出されていた河馬の口型の右腕を貫き、上顎相当の部分はメダルに還元された。

 

「ただの打撃なら抑え込まれるなら、当てた後にも加速すればいいだけだ!」

 

直撃後に一度はサゴーゾの時のように抑えたようだが、ブースターによる一点突破に耐え切れず、自慢の盾は半壊した。

 

「へん!どんなもんだ!」

 

「!油断するな!下だ!」

 

空中で一回転し、着地した彼女の足元に屑ヤミー数体が飛び込み、気づいたアンクの警告の甲斐無くその場から動けなくなってしまった。

 

「くっ!お前ら邪魔だ!離れろ!」

 

仁王立ちの状態で動けないヴィータはアイゼンを叩き付けて追い払おうとするが、屑相手では効果は薄かった。

 

「ヴィータ!グッ…どけぇー!!」

 

ザフィーラが救援に向かおうとするが屑ヤミーの肉壁が行く先を阻んだ。

 

「ウゥ…!」

 

立ち上がり、先ほどの一撃が響くヤミーは走ることは出来なかったが、左腕の鎌を地面で引き摺りつつヴィータへとゆっくりにじり寄った。

 

地を擦る鎌の先端が小石に当たる度にガキンッと嫌な音を立て、それが彼女の耳には周囲の音よりもよく入った。

 

「(こんなところで…)」

 

いよいよヴィータの目の前に来たヤミーは鎌を掲げ、振り下ろすだけとなっていた。

 

アンクもザフィーラも差し迫る屑の対処に追われ、気づいていながらも助けに向かえなかった。

 

「終われるかぁーー!」

 

最後まで目を開き、生への渇望を捨てない彼女へ振り下ろされたその腕は…突如彼女のすぐ脇から飛んできたメダジャリバーによって弾かれた。

 

「全く…剣を投擲に使うやつがあるか。」

 

間合いを一気に詰めて、後ろに大きく仰け反ったヤミーを蹴り飛ばし、白とピンクのカラーリングの西洋風の陣羽織の騎士服に身を包んだシグナムは炎剣による斬撃でヴィータの足元の屑ヤミーを一掃し、彼女を解放した。

 

「シグナム?」

 

「待たせたな、ヴィータ。平気だったか?見たところ少々ピンチだったようだが。」

 

「!うっせーな!!これからってとこだったんだよ!」

 

「そうか。それはすまなかった。」

 

地面に刺さったジャリバーを抜き取りながら謝る彼女は、自身が斬り開いた道を走って来た剣の持ち主にそれを渡した。

 

「いやー!サンキュ、姉さん!」

 

「それはいいが、剣を扱う者がそれを投げるのは些かどうかと思うぞ。」

 

「ごめんなさい。結構慣れちゃってるもんでつい…。」

 

その図はヤンチャな弟がしっかり者の姉に叱られているようだった。

 

「ハッ!少し見ない間に随分と打ち解けたようだ…なっと!」

 

「そのようだな。」

 

屑ヤミーを殴り飛ばしながら言うアンクの言葉にザフィーラも同意した。

 

「ヴィータちゃんもありがとね!アイツの後はこっちに任せて。ヴィータちゃんはアンクと屑たちの相手、頼んでいいかな?」

 

「りょーかい。そっちもしっかり仕留めろよ!」

 

「あっ!それと!」

 

「ん?」

 

早速頼んだ仕事を実行しようとする彼女を呼び止め、エイジは話した。

 

「その騎士服良く似合ってるよ!すごく可愛いよ!」

 

「だろ♪」

 

サムズアップで感想を伝えた彼にヴィータは気を良くして行った。

 

立ち上がろうとするヤミーに向かい、エイジとシグナムは肩を並べて立った。

 

「さってと、今度は終わりにしてやる。一緒に頼みますよ、シグ姉。」

 

「シグ姉?」

 

「シグナム姉さんだと戦ってる最中だと伝達遅くしちゃうかなと思って。嫌でした?」

 

「フッ。いや、そんな風に愛称を付けて呼ばれたことが無く、慣れていないだけだ。好きに呼べ、エイジ。」

 

「…!はい!」

 

名前を呼ばれ、嬉しくなったエイジはドライバーを巻きつけてメダルを装填した。

 

「じゃあやりますか!」

 

「ああ!」

 

「変身!」

 

タカ!

 

トラ!

 

バッタ!

 

タ・ト・バ!タトバ!タトバ!!

 

タトバコンボに変身したオーズはメダジャリバーを構え、バッタの力で一気に間合いを詰めた。

 

「そら!」

 

「グウ!」

 

一瞬の内に目の前に来たオーズの斬撃を難なく鎌で受け止め、半壊した右腕で撲打すべくそれを掲げた。

 

「ふん!」

 

後ろに回り込んでいたシグナムの炎剣による痛烈な一撃を受け、苦手とする炎に残った河馬の下顎部も維持し切れずにメダルへと還った。

 

「おー!近くで見てるだけでも熱いや!」

 

右足のバッタレッグをヤミーの腹に押し当て、その反動で後ろに跳んで一度距離を取った彼は未だ炎に喘ぐ相手を見て率直な感想を言った。

 

「随分と余裕そうだな。」

 

同じく一度下がってレヴァンティンへカートリッジをセットするシグナムはオーズに話し掛けた。

 

「姉さん居てくれてますから。」

 

「そうか。気を抜くなよ。」

 

「もちろん!」

 

ヤミーの真っ正面から突っ込んで鍔迫り合いに持ち込んだシグナムが作ってくれた隙を見て、肉の薄いカマキリ部分の脇腹をジャリバーで切り裂いた。

 

「ハッ!セイヤ!」

 

「ウグルワァ!?」

 

「させん!」

 

拮抗が崩れ、自身から受けた一太刀をこらえて右腕を裏拳の要領でオーズに叩き付けようとするヤミーの先を読み、シグナムは胴を斜めに斬ったその刃をそのまま僅かに左に反らし、縦一閃に左足に刃を立てた。

 

「ヴァ!?」

 

両足はカマキリ素体のままだったため、バランスを失ったその巨駆は大地へと転がった。

 

「ナイスです!…危ない!」

 

今だと狙いを見極め、カートリッジをロードしようとした瞬間にオーズが勢い良く飛び、シグナムを押し倒した。

 

直後、彼女の立っていた場所には先端に鋭利な突起物の付いた、黒く細い触手が突き刺さった。

 

「あ~あ、惜しかった。殺れたと思っただけどな~。」

 

姿を現した声の主は伸ばしていた自身の頭部の触手を戻し、残念そうに頭を掻いた。

 

「何だアイツ?普通にしゃべってやがる。アンク、あれもヤミーなのか?」

 

片っ端から屑ヤミーを自分の鉄球で作った穴にザフィーラと共に叩き込んだヴィータはそこに火球を放とうとするアンクに聞いた。

 

「…随分とあっさり出てきたなあ。鬼ごっこは飽きたのか?」

 

穴底に発射された火球は巨大な火柱を上げ、屑ヤミーたちを一片の割れたゴミにし尽くした。

 

「気をつけろヴィータ。そんな気色悪い奴でも一応はグリード、ヤミーよりも上だぞ。」

 

さながら地獄の業火の如く上がる火柱が、その歪な顔を照らし上げた。

 

「随分見るに堪えなくなったなぁ。カザリ。」

 

上半身の背中からは蛸の触手を生やし、肩には節足動物と同じ足が成形され、顔は亀裂が入ったようにひび割れたグリード…カザリがそこにはいた。

 

「久しぶりだね、アンク。それに…」

 

自身の背を向けていた彼に首だけを傾けて一瞥すると、表情は変わらないが心底楽しそうな声で呼び掛けた。

 

「オ~ズ~。こうして顔を合わせるのは6年ぶりだね。」

 

「ああ、結構開いたな。で?わざわざ挨拶だけしに来たのか?この性悪野郎。」

 

あからさまに嫌悪感を醸すオーズはシグナムの手を取り、立ち上がらせながらもカザリと相対した。

 

「まあいい。とりあえず話せ。何が目的ではやてちゃんを狙う。」

 

「君ならもう気づいてるでしょ。」

 

「…あの本だろ?」

 

そこにはもう辿り着いている。

 

あの本にはそれこそ魔法を扱う世界でならば、一体どれだけの力があるのかエイジには推し測れない。

 

だが目の前のグリードにしてもそれは同じはずだ。

 

「あれ?そこは分かるのにその先は分からないんだ。これは面白いね!もしかしたらと思って出てきて正解だったよ。」

 

「お前…。」

 

頭を抑えて笑うカザリにアンクは食って掛かろうするが、彼は空いている手をかざして制した。

 

「待った待った。あわよくば一人殺しちゃおうと思ったけど、別に今日は戦いに来たわけじゃなくて本当にただの挨拶に来たんだよ。」

 

そう言って彼は一同にふてぶてしく頭を下げた。

 

「初めまして、お人形さんたち。ああ、そこのお姉さんは別にそうでも無いね。なんたってあんなくだらない欲望でこんな上等なヤミーを生んでくれるなん…」

 

シグナムを見るやそう語るカザリは、最後まで言い切る前に迫ったオーズとその手の爪で鍔迫り合いを起こした。

 

「戦うつもりは無いって言ったんだけどなー。」

 

「おい、3つ教えてやるよ。1つはみんなをお人形なんて言うな。」

 

「は?」

 

「2つ目は!」

 

彼が何を怒っているのかまるでさっぱりな様子のカザリにお構い無しとエイジは続けた。

 

「俺の家族を馬鹿にするな!」

 

「ほう…で?3つ目は?」

 

一段と冷たい声になったエイジはその問いに答えた。

 

「お前は俺が今度こそ砕いてやるよ。」

 

「…やっぱり君は面白いね♪」

 

切り結んだクローを敢えて自らメダルへと還し離れたカザリは木の上へと跳んだ。

 

「今回はここまでにするよ。次も楽しませてね。」

 

空を切るように手をかざし、自身の周りに砂嵐を発生させてその場から離脱した。

 

「…。」

 

「エイジ。」

 

ジャリバーを握る手を震わせ、カザリがいた場所を見つめる彼にシグナムは呼び掛けた。

 

「…フゥ…。大丈夫。まだやれますよ。」

 

「そうか。ならば行くぞ!」

 

ダメージを回復し切れず、ただ立ち上がることしかヤミーに二人は向き直った。

 

スキャニングチャージ!

 

「Explosion!」

 

「紫電…一閃!!」

 

弱った敵をそう何度も逃がすような二人ではなく、オーズが力を溜める間にシグナムは烈火の勢いで駆け抜け、ヤミーが防御のために前に出していた右腕の肩から先を切断した。

 

「(これでいい…。私は主はやて、そして…)」

 

背後ではもう必殺の攻撃を防ぐ手立ての無くなったヤミーがオーズのタトバキックを受ける寸前だった。

 

「オッリャーー!!」

 

「(エイジたちを信じる!)」

 

そう誓う彼女の表情は凛々しくも、清々しい微笑を浮かべていた。

 

傾けていたベルトを水平に戻すと、オーズは一瞬の内にエイジに戻り、その顔にはいつもの笑顔があった。

 

「お疲れさんです♪」

 

「ああ、お前もな。」

 

「おい。いい感じに余韻に浸ってるところ悪いが、そろそろまずいぞ。」

 

一戦終え、見事な初連携をして二人とも晴れやかな気分になっていると、アンクの呼び掛けであることを彼は思い出した。

 

「あー…結構派手にやっちゃったもんね。そりゃ山の中でも来るの速いよね。」

 

遠く聞こえてくるサイレンに困り顔のエイジだった。

 

「さっさとずらかるぞ。俺は疲れたからお前がバイク使え。こっちは車に乗る。」

 

「えー!俺も怪我上がりなんだからそっちがいい…って置いてくなよ!」

 

気づくと周りにはもう彼と私服に戻ったシグナムだけで、全員車とライドベンダーを停めておいた道路へと走っていた。

 

「こっちのワゴンはもう定員だ!お前はシグナムとバイクで帰れ!」

 

「わーたよ!さっ!帰りますよ、シグ姉!」

 

「…ああ。」

 

自分の手を取り走るその背に、彼女は悪い気はしなかった。

 

「おっ!いい笑顔♪」

 

「お前も似たようなものだぞ。」

 

 




ドタバタとしていましたが、何とかエイジを心から受け入れて一歩進んだシグナムさんでした。

ヴォルケンのみんなの過去からすれば、そうそう簡単に得体の知れない力と素直な気持ちも悪く捉え、拒絶するまではいかなくとも勘繰りや疑念は抱いて当然だと思って描きました。

これにてヤミーはどうにか一件落着ですが、肝心のヤツ…カザリが現れたので話はまた進んでいきます!

また次回もよろしくお願いします!


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第18話「謀略と憩いの一時と利用される善意」

どうも!スターです!

お気に入りに登録していただく方もみえるようで、個人的にとても嬉しく思います!

少し無理やりじゃないかとお思いの方も見えるかもしれませんが何事も自分から、そして伝えたいことがあるなら相手にそのままの気持ちをパスすることがお話を信条に自分は描かせていただいていますので、どうぞその辺りをご理解いただきお手に取ってもらえれば幸いです!

今回はあの人にピックアップしていきます! 

それでは本編どうぞ!


シグナムのヤミー騒動から一月経ち7月半ば。

 

早朝の朝焼けが地平線から顔を覗かせ始める頃合いにカザリは桜台の広場脇の木の上でくつろいでいた。

 

「ちょっとメダル使い過ぎちゃったな~。」

 

頭の後ろで手を組み、足をブラブラと木から垂らして、そうぼやく彼は少しだけ反省していた。

 

この1ヶ月、エイジたちの前に姿を現してからも度々ヤミーを作ってはいたのだが、なかなか上手く成長する個体が生まれず、軌道に乗ってメダルを稼げそうになっても回収前にオーズたちに倒されて充分に集まらなかった。

 

「屑も便利だけど、遊びに回し過ぎたや。」

 

一度彼も、アンク同様に元の世界では消滅したグリードだった。

 

それも意思のあったコアメダルが原型も残さずに粉々になるほどに。

 

だが彼も文字通りグリード、生への執念は並みではなかった。

 

かつて彼は自分が完全な力を得るために必要な自身のコアメダルの他に、自分以外のグリードたちのコアを執拗に狙い、奪い取ってその力を自分の物とした。

 

その時に図らずもそれらのメダルに意識が分散する形で宿り、時空の裂け目の中で集まったメダルたちから甦った。

 

だがイレギュラー過ぎる復活のため復活当初は自我は無く、暴れ回った挙げ句ある一騒動の中で深手を負った結果内包したメダルが暴走し、今の醜悪な姿へと成り果てたのだった。

 

「楽しみのために減る分にはしょうがないとしても、あんまり減らし過ぎてお小言が鬱陶しいし、そろそろ大きく貯めよう。」

 

何も知らない、狙っていた人物が近付いて来るのを感じて彼は透過して周囲の木々と同化した。

 

「さあて…僕の糧をたくさん生んでね、魔法使いさん…。」

 

楽しそうにそう思うカザリの存在など知る由も無い獲物に、悪意は欲望の結晶を向けた。。

 

「その欲望。解放しなよ。」

 

-

-

-

 

「あら?エイジくーん!」

 

昼下がりの八神家のリビングで昼食の片付けをしていたシャマルは、拭いていたテーブルに置きっぱなしでメールの受信音のしたエイジの携帯を見つけた。

 

「はいはーい?」

 

「誰かからメールよ。」

 

携帯の持ち主は、二階の自室でシグナムと一緒に本業に取り掛かっていた。

 

呼ばれて降りてきた彼は、シャマルに礼を言って受け取った黒色の二つ折り携帯のサブディスプレイを見て、自分の失敗を察した。

 

「おっと!やらかしたや。」

 

「何かあったの?」

 

「父さんからです。」

 

画面は開いて宗正からのメールを見たエイジは、それをシャマルに渡して見せた。

 

「何も書いてないけど?」

 

「それはね…」

 

用件も内容も無い空メールに?マークのシャマルにどういう意味か説明しようとした時、今度は着信が入って鳴り始めた。

 

「電話する前の前置きってこと。こっちが作業中の時だったりした時の、父さんなりの気遣いらしいんだ。」

 

「なるほど~。」

 

納得して手を合わせるシャマルの前で受話ボタンを押すと、いつものようにテレビ電話が繋がった。。

 

「やあ、エイジ!元気かね?」

 

「そっちこそ。ごめんね。最近連絡してなかったから、メール見た瞬間にやっちゃったと思ったよ。」

 

一企業の重鎮らしく襟の正しいスーツを着こなし、息子にも遺伝した少々跳ね気味の髪をキレイにセットした、威厳こそ充分に醸し出しているが愛嬌のある笑みを浮かべた父がそこには映っていた。

 

「便りが無いのは元気な証拠とも言う。私はただ息子二人と、新しい家族たちが仲良くしているかは気になってね。」

 

パソコンから通信する彼は机の上で両手を重ねて置き、一月前から新たに家族に加わったはやてと騎士たちとのことを尋ねた。

 

「めちゃくちゃ仲良くやってるよ。ね!シャマル姉さん?」

 

「はい♪」

 

「おお!シャマル君、ご無沙汰だね。」

 

「お久しぶりです、お父様。」

 

「「ただいま~。」」

 

「ただいま。」

 

「あっ!三人とも!お父様からお電話来てるわよ。」

 

丁度ザフィーラとの散歩から戻ったヴィータとはやてがリビングへと入ってきた。

 

「あ!宗正お父さん、お久しぶりです!」

 

「よ!宗正のおっちゃん!」

 

「ご無沙汰しております。」

 

「やあ、はやてにヴィータ!、それにザフィーラも。みんなお出かけだったのかな?」

 

「はい。ちょおヴィータと一緒にザフィーラの散歩に。」

 

「結構ザフィーラ、近所の子供に人気だもんな」

 

「そうか。ご近所付き合いも良好のようだね。」

 

「はい♪」

 

カバカマキリヤミーの一件後、ヴォルケンリッターの4人は通信で挨拶をしていた。

 

最初こそ宗正がエイジの父であるため恐縮していたが、明るく、人によって態度など変えない彼の人柄もあって、今では笑顔で話をし合うほどだった。

 

「おや?そういえばシグナム君はどうしたのかな?」

 

「あっ。そうだった。ちょっと待ってて。」

 

二階に上がったエイジは1分ほど経つとシグナムを連れて戻ってきた。

 

「お久し振りです。お父上様。」

 

「やあ久しぶり。なにやらエイジに付き合ってくれていたようだが?」

 

「はい。彼の仕事の手伝いを。」

 

「ギリギリチャンバラの最終チェックと、ちょっとした隠し要素としてモーキャプを頼んだんだ。」

 

手に持っている、球体が先端に付いた半月型のはめ込み装置を見せてエイジは説明した。

 

「一発もらったらどれだけ進んでてもゲームオーバーのリアルアクションゲーム「ギリギリチャンバラ」の!」

 

何かのスイッチの入った彼の熱は止まらない。

 

「リーチの短い鎌を使うプレイヤーからすれば、剣を使うエネミー相手にいかに捌き、隙を見て必殺の一発をお見舞いするかと、反射神経と先を見る力を問われる…。本当に作り応えのある作品だよ。」

 

「私はその仕上がりの確認を頼まれまして。」

 

剣の達人である彼女にテストを頼み、エイジはその完成度を磐石の物とした。

 

「それで?ご感想はいかがだったかな?」

 

「実に実戦に近い、熱中させてくれるものでした。ゲームというものも中々に良い物ですね。」

 

「だね!この間のロボットのやつも結構スカッと出来て面白いし、仮想だったら壊しても悪い気はしないからいいよな。」

 

ヴィータは自身がパッケージデザインに興味を示してテストプレイをした、ロボット同士による己の肉体のみを用いたガチンコバトルゲーム「ゲキトツロボッツ」のことを思い出して話した。

 

「そうか。最近いつも以上に開発スピードも早く、デバッグチームからも好評だと聞いていたが、こんな喜ばしい事情だったとは。」

 

とりあえず仲良くやってるようで安心した宗正とは別に、はやてはあることが気になった。

 

「ん?そういえば隠し要素って言うてたけど、エイ兄さん、シグナムになんか頼んどったん?」

 

「ああ、隠しステージの裏ボスとして動きのパターンを頼んだの。」

 

「本気で挑みました!」

 

ジャージに着替え、モーションキャプチャーを付けて挑んだ彼女の堂々たる太刀筋はまさしく、思い描いた強者に相応しかったとは頼んだ本人の談だった。

 

「そんなん勝てるわけあらへんって!」

 

「大人げねえよ…。」

 

「ま、まあそういう要素も話題になってプラスにはなるから良しとしよう。」

 

はやての言う通り発売後、あまりの強さぶりに突破出来たプレイヤーは現れず、「クソ難易度ゲーム」として殿堂を飾り、ある意味彼の目論み通り人気を博することになるのだが、この時は誰も知る由もなかった。

 

「とにかく本業の進捗は期待以上で安心しているよ。」

 

「もちろん♪過去最高の調子だよ!」

 

サムズアップし笑う彼はいつも通りだった。

 

-

-

-

 

「ああ、そうだはやて。一つ聞きたいことがあるのだけれどよろしいかな?」

 

「私ですか?」

 

近況や政府上層部の意見など、一通りエイジと話終えた宗正は1枚の書類を片手にはやてに問うた。

 

「この間君から送ってもらった諸々の資料の中に何やら気になる名前があったのでね。ちょっとどういう関係か聞きたくてね。」

 

養子縁組のように本当に娘として扱うことが出来ないということで心ばかりのものとして金銭的な援助を行うため、遠慮しようとするはやてどうにか説き伏せ、必要書類を送付させた宗正だった。

 

いきなりだったとはいえ、ここまで普通に娘として彼女を受け入れたこの父は流石の度量なのか、はたまた意外と単純なだけなのかは息子であるエイジにも分からなかった。

 

「このギル・グレアムというのは…。」

 

「ああ!父の昔からのご友人さんらしいんです。私が物心つく前に両親が亡くなった時からずっと遺産の管理とかしとってくれとるんです。」

 

「ほう…。なるほどね。」

 

納得したようにそう言うと書類を机に置き、はやてを見ると意外なことを話した。

 

「実はね、彼は私とも知人同士なのだよ。」

 

「え!?そやったんですか?」

 

「ああ。昔私が若かった頃に一時期イギリスで暮らしていた時のご近所さんでね、彼も忙しくしていてそんなにしょっちゅう会えるものでは無かったが、話すとウマが中々合ってそれこそ時間を忘れるほど話し込んだものだ。」

 

「あっ。そういえばクリスマスとかによくカード送ってくれてた人にそんな名前の人が居たような…。」

 

毎年クリスマスシーズン近くになると、やたら凝ったカードを黒斗家に送ってくれる人をエイジは思い出した。

 

「まさかこんな偶然があるとは私も驚きだよ。」

 

「ほんまですね~。」

 

その後、一度連絡したいが通じないという彼に、はやては緊急時のために渡されていた連絡先を伝えて通信を終えた。

 

「グレアムさんねー…。俺は会ったこと無いし、父さんの知り合いさんってことしか知らないんだけどどんな人なの?」

 

携帯をポケットにしまいながらエイジは噂の人物に興味を持った。

 

「うーん…。私も手紙とか電話のやり取りだけで直接会うたことは無いんやけど、一人やった私のことをよお気にかけてくれて子供の私やと難しいこととか肩代わりしてやってくれとったんです。」

 

「へえー。知り合いの子とはいえ、そこまでしてあげるなんて立派な方もいるもんだね。」

 

「エイ兄さんがそれ言います~?」

 

「?どういうことさ?」

 

一同全員が同意し頷く中、当の本人はどこ吹く風だ。

 

「…ん?そういえばシグナム。さっきから気になってたんだけど…」

 

「なんだ?」

 

「その手に持ったままのリモコンはなんだ?」

 

リビングに降りた時から彼女が握り締めていたリモコンをヴィータが指摘するのを見たエイジは冷や汗が出た。

 

「ああー!そうだ!ポーズしてなかった!!」

 

「ポーズ?」

 

「ゲームとかを一時停止しておく機能のことや。」

 

「しまった~…。どこまで保存してたかなぁ。」

 

きょとんとするシグナムに補足の説明をするはやての隣で項垂れるエイジだった。

 

どうやら連絡が来た時、停止しておくのを忘れていたために彼女の動きに連動していたリモコンがそのまま機能し、手に持っているだけの状態を記憶してしまっていたようだ。

 

「げ、元気出して!エイジ君!シグナムならいくらでも協力してくれるわよ。ね!」

 

落ち込み過ぎて項垂れる頭が床を貫く勢いの彼に、シャマルはその背中を擦り慰めた。

 

「すまない。私の不手際だった。」

 

「あ!いや、シグ姉は謝らなくていいんですよ!ちょっとテンション上がってうっかりしてただけなんで!」

 

謝罪する彼女相手にすぐに背筋を伸ばして否定するエイジの姿を見てはやては微笑ましくなった。

 

「だが些か興に乗りすぎてしまったのだ。詫びにもう一度取り直させてくれ。」

 

「まだイケちゃうんですか!?頼もしいですけど…」

 

「何か問題があるのか?」

 

「…全然無いです!」

 

こうしていると中々のコンビである。

 

「じゃあ第二ラウンドです!」

 

「ああ!」

 

「二人ともほどほどの難易度を目指しや~。」

 

-

-

-

 

海鳴市中心街。

 

東京など大都市程では無いが建ち並ぶ高層ビルや行き交う車の量は少なくはなかった。

 

夕方時ともなると仕事や学校を終えた人たちで喧騒は更に騒がしくなり始める。

 

そんな人混みの中でなのはは友人たちと塾へと向かう最中だった。

 

「にしてもなのは。今日は本当に大丈夫なの?」

 

「へ?な、何が?」

 

友人のアリサに不意にそう聞かれ、狼狽えるなのはだった。

 

金髪の頭の後ろで両手を組んで歩く彼女は今日1日何だか疲れてボーっとしているこの友人を横目で見た。

 

「授業中も上の空みたいだったし、体育のドッヂボールなんてすずかの投げた球を抑え切れなくてへたりこんでたじゃない。」

 

「ごめんね、なのはちゃん。私が思い切り投げちゃったから…」

 

謝ろうとするすずかになのはは慌てて手を振って否定した。

 

「ううん!違うよ!今日みんなと会う前からこんな感じだったの!だから…」

 

そこまで言った時、なのははそれが失言だったことに気づいたがもう手遅れだった。

 

「ほら、見なさい!やっぱり平気じゃないじゃない!嘘を言うのは…この口かー!!」

 

反転して彼女の顔と面を向かわせて怒るアリサは彼女の柔頬を思い切り両側から引っ張った。

 

「この!この!この!」

 

「いひゃいよ~!」

 

「ア、アリサちゃん落ち着いて~!」

 

すずかの言葉も空しく、アリサによるお仕置きは彼女の気が済むまで続いた。

 

「いたた…。アリサちゃん痛いよ~。」

 

「全く!辛いならちゃんと言いなさい!そうやっていつも我慢する気!?」

 

ようやく解放され、ちゃんと頬がついているか摩るなのはに彼女は続けてもの申す。

 

確かに朝、いつものトレーニングに桜台に向かってからの記憶がなぜか曖昧で、怠くて体調も優れてはいなかった。

 

「まあまあ、アリサちゃんも落ち着いて。」

 

「すずか!でも…」

 

「なのはちゃんも無理しちゃダメだよ、私たちからもお家と塾には伝えておくから、今日はもう帰ってゆっくりしてて。」

 

「…そうしなさい。あんたも中途半端にやるのは好きじゃないでしょ。元気になってからいつもみたいに頑張りなさい。」

 

二人の言う通り、へとへとの今の状態では何をしてもダメだと思って返事をしようと俯けていた顔を上げた。

 

だがその視界にあるものが入った時、なのはは正面の二人を抱えて道の脇に跳んだ。

 

「きゃっ!?何よ、あのバイク!?危ないじゃない!」

 

三人が先ほどまで立っていた場所を一台の原付バイクが走り抜けて行った。

 

渋滞している車道を避けて余程急いでいるのか、轢きかけた三人に一瞥もくれずに歩道を縫うように走った。

 

丁度二人の真後ろの段差から歩道に乗り上げたバイクに気づいたなのはは咄嗟に身を乗り出したのである。

 

「危なかった~。なのはちゃんありがとう。」

 

「どういたしまして。でも本当に危なかったよ。私が気づけたから良かったけど…。」

 

すずかとアリサの手を掴んで立たせながら未だに歩道を走るバイクに目を向けた。

 

「あっ!ダメ!逃げて!」

 

進行方向には一人の幼稚園児ほどの子供が向かってくるバイクに驚いて固まってしまっていた。

 

なのはの叫びが響く中、二つの桃色の光球がタイヤを貫き、女の子にバイクがぶつかることは無かった。

 

「(えっ?今のって…。」

 

-

-

-

 

エイジはアンクと共にバイクに跨がり走っていた。

 

「お前の運転で乗るなんて久しぶりだな!」

 

「口閉じてろ!舌噛むぞ!」

 

車道の、それこそ車間の隙間に入り込むように走る彼の運転にエイジは、仮にも警察の立場もある者の運転ではないと心底思った。

 

ヤミーが現れた一報を受け、シグナムとのモニタリングを丁度終えていた彼は道中でアンクに拾ってもらい、帰宅時間ピークの道路の渦中で絶叫マシンに乗っている気分だった。

 

「これで昼から数えて三度目だ!今度こそ仕留めるぞ!」

 

「…。」

 

「返事は!」

 

「お前が口閉じろって言ったんでしょうに!」

 

「何かしらの反応ぐらいしろよ!」

 

「おい!二人共まだ来ねえのか!?」

 

アホみたいなケンカを車上で始めようとしていると、ヘルメットに着いているインカムにヴィータの声が響いた。

 

念話が出来ないこちらと繋げるための一工夫だ。

 

「ヴィータちゃんどうした!?また手強いやつか!」

 

「私だ。倒す分ならば我々でも可能かもしれんが、このヤミー。中々に手を焼かせてくれる。」

 

飛行魔法で空を自由に翔べ、地上の人間に見られないように出来る術を持ち、力もヤミー相手に渡り合えるシグナムとヴィータにピギカンを持たせて先陣を任せ、今まさに接敵していた。

 

「散ったメダルが球になって突っ込んで来やがるから迂闊に叩けねえんだ!」

 

「かといって本体を一撃で落とそうにも寸でのところで見切りをつけられ、決定打に繋げられん。」

 

「チッ!カザリのヤツ、鬱陶しいもん生みやがって!」

 

かつて先代のオーズが戦った複合型ヤミーに似たタイプのものがいた。

 

ダメージを与えてメダルを剥がせば剥がすほど、それらをヤミーとして増殖させて攻撃してくるものがいた。

 

おまけにシグナムの剣速を寸でで飛び回って避けるところから見るに、余程の素早さを持っているのだろう。

 

ならば取るべき戦略は…

 

「決まりだね♪」

 

どうやら同じことを考えていたらしいエイジはミラーに映るように彼の肩にドヤ顔を作り置いた。

 

「…フンッ。」

 

「ちょお!?」

 

ウザく思った彼はアクセルを引き絞り、危うく振り落とされそうになるエイジだった。

 

-

-

-

 

「ハア!!」

 

「タァ!」

 

結界内で激しく打ち合うシグナムとヤミー。

 

カラーリングとしては青と白が大半を占め、小刻みに震える薄い羽根を用いて高速で飛び回り、致命傷に繋がる一撃にはまるで予測していたかのように避ける。

 

恐らくトンボ素体なのは間違い無い。

 

だがその手に持った杖はトンボの胴体にしてはやたら鋭いデザインの銀色のものだった。

 

「(何だ?まだまだ荒削りだが、妙に戦い慣れたこの感覚は…。)」

 

接近戦は不得手なのか鍔迫り合いになることは避け、一瞬でも攻め手と次手の間にほんの僅かでも隙を見つければ途端に間合いを離す。

 

それの繰り返しならまだ良いが、掠り当たりでも斬ってこぼれたメダルから別種の小さなヤミーになるのだが、これが一段と厄介だった。

 

「このー!鬱陶しいんだよ!」

 

飛び散らせた本体が操っているのか、独立した意思を持っているのか分からないが、桃色の光を纏って襲い来るそれは、目にも止まらぬ速さで群れを成して二人の周囲を飛び回っていた。

 

正体こそ分からないが、今はそんなことを考えれるほどの余裕を作らせてはくれなかった。

 

間合いを詰めて叩き潰そうにも不用意に突っ込めば群れの餌食になることが見えていたため、ヴィータはヤミーの相手をシグナムに任せて自分は光球の囮を一手に引き受けていた。

 

飛び回って引き付ける彼女の後方から迫る群れの最後尾が突如電撃に見舞われた。

 

「お待たせ!お二人さん!」

 

「エイジ!」

 

「俺も来てるぞ。」

 

緑、白、水色と、また初めて見る組み合わせのオーズの声に安心の笑みを見せる彼女の横にはアンクが腕状態で並走していた。

 

高速で動くとはいえ意識外から放たれたクワガタの電撃を避けることは小型ヤミーには敵わず、敢えなく爆散していった。

 

「もう何でもありだな…。で?策はあるんだろ?」

 

苦笑を浮かべつつも、アンクのプランを聞くヴィータはアイゼンで追ってくる先頭集団に鉄球をお見舞いした。

 

「あのバカに正面切って突っ込め。で俺が合図したら急上昇しろ。」

 

「またバッサリとした説明だな。あいよ!やるだけやったらぁ!」

 

一棟の高層ビルを支点にUの字を描くように折り返して、彼女は正面にオーズを見据えた。

 

「おっ。来た来た。」

 

スキャニングチャージ!

 

両腕のゴリバゴーンに力を集中し、吸盤の付いた足のタコレッグを反動を制御するために地面に吸い付かせ、向かってくるヴィータの後ろに広がる群れに狙いを定めた。

 

「よし!今だ!」

 

「ウオッリャーー!!」

 

ロケットパンチの要領で打ち出された両腕の外装は群れの中心を突き進み、回避しようとした個体たちもクワガタヘッドから取り囲むように放たれた電撃から逃れられずに殲滅された。

 

「ヴィータちゃん!後ろ!」

 

オーズの言葉に彼女が振り向くより先にアンクが彼女の後ろへと火球を放った。

 

「おっと!残念。もうちょっとだったのに。」

 

上昇先で透明になって待ち構えていたカザリは火球に弾かれた自慢の爪を擦りながら地に降り立った。

 

「まあいいや。目的のセルは取れたしね。」

 

どうやら倒されたヤミーたちのメダルが散らばる前に、自身と同じく透明にして忍ばせていた触手に回収させていたようだ。

 

おかげでいつまで経ってもメダルの雨は降り注いでは来なかった。

 

「カザリ、お前このヤミー…。」

 

そんなことはどうでもいいとばかりに、オーズは外装が再装填された両腕を構えてカザリに向き直った。

 

「ハハハ!そりゃ気づくか。何度も見てれば分かるよね。」

 

向けられる殺気に少しも怯まずカザリは愉快そうに笑った。

 

「答えろ!何であの子を狙った!?」

 

「そんなのそこに上質な欲望があったからに決まってるじゃん。」

 

臆面も無く両手をブラブラと振って、当たり前のことを言うように吐き捨てた。

 

「それにね、ここまで底無しの欲望は初めてでね。今にも僕の手から離れて暴走するだろうけど、どこまでやるのかそれこそワクワクするよ!」

 

「こいつ…。!?」

 

再びゴリバゴーンを放とうとするオーズとカザリの間にシグナムの紫電一閃で手傷を負ったヤミーが落下した。

 

「マダ…マダ…」

 

「へえ。なかなか頑張るじゃん…。」

 

深手を負ったのか、立ち上がることもままならないながら諦めようとしないヤミーの襟首を掴んでカザリは、追撃を加えようとするシグナムから身を守るように手を翳して砂嵐を起こした。

 

「クッ!」

 

「もうちょっと暴れさせてみたいからね。今回はここまでにしとくよ。じゃあね。」

 

嵐が止むとカザリとヤミーの姿はもう無く、結界のタイムリミットを知らせる音だけが、エイジたちが乗り捨てて倒れたライドベンダーから響くだけだった。

 

 

 




なのはさんから生まれたヤミー…カラーリングといったデザインモチーフはもちろん本人に似せていますし、何より行動原理は彼女の根底にある願いを元に活動しています。

ちなみにモチーフですが、今回は皆さんも予想してみてください!

感想コーナーでもお答えお待ちしてまーす!

話題は変わりますがシグナムさん監修のギリギリチャンバラ…やってみたくはありますがクリアは見えません!

それではまた次回♪


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第19話「顔出しNGと欲の決め所ととんだ再会」

どうも!スターです!

いっつもこの挨拶で、我ながら捻りも何も無いなと思うこの頃ですが気がつくと話数は早20手前。

描いている側からすれば楽しいことも多く、こうあったらいいなぁなどと創意工夫は凝らしていますので、読み手の皆様からのご感想など引き続きお待ちしています!

あと、前書きや後書きでも物語本筋の流れをご説明したことが無かったのでお伝えしますと、何話完結といった感じには話を区切りませんので、「この後どうなるだ!」という風に気にしていただけると幸いです。

それでは前回の続き、どうぞ!


カザリが去った後、一同は手頃な高さのビジネスホテルの屋上で結界を解いた。

 

改良したピギカンの機能の一つとして、結界の外に人が居ないことを検知出来るようにしたため、解除先で一般人とかち合いになることは無かった。

 

「エイジ、聞きたいことがある。」

 

「ん?何ですか?」

 

武装を解き私服姿へと戻ったシグナムは、同じく変身を解いたエイジに尋ねた。

 

「あのヤミーの宿主に心当たりがあるのか?」

 

「ああ、あの子とか言ってたな。」

 

ヴィータも頭の後ろで手を組み同調した。

 

「気づいちゃいます?」

 

「お前がヤツの戦い方を見ただけで見当をつけていたからな。見知った相手なのかと思ってな。」

 

まああれだけカザリに詰め寄ってればなと、端から会話を見ていたアンクは内心思った。

 

そして…

 

「アンク~。別に話してもいいよね♪」

 

どうせこうなる流れだと予想していた彼は深くため息をついた。

 

「…好きにしろ。」

 

「あんがと♪」

 

-

-

-

 

郊外の廃工場でカザリは仰向けに寝転がって夜空を見上げていた。

 

老朽化が進んで崩落した天井の穴から見える海鳴の空には、幾つもの星々が大小様々な煌めきを放ち存在していた。

 

「あ~あ。もっといい目だったらこれももっと綺麗に見えて、星座っていうのも分かるんだろうな~。」

 

退屈そうに組んだ足をブラブラさせてそうのたまう彼には、頭上で瞬くそれらも自身の足元に転がる砂利と大して変わらなく見えていた。

 

「ねえ?星っていうのはそんなに綺麗なの?」

 

「…さあな。私はそんなものに興味は無いし、あなたとそんな話をする気も無い。」

 

いつからそこにいたのか、ボロボロのコンクリートの壁を背もたれにして一人の人物彼の問いに至極どうでも良さげに答えた。

 

「冷たいなぁ。直接会うのは随分ご無沙汰だったんだから少しは乗ってくれてもいいのに。っていうか何なのその格好?」

 

首だけ起こして声の主を見たカザリは不思議そうに聞いた。

 

全体的に白と青を基調としたスーツやブーツに逆立ち気味の紫がかった青髪の頭の男は、服と同じく白の仮面をつけておりその表情伺いしれなかった。

 

「…一体どういうつもりだ。」

 

カザリの質問を無視して彼は強い語調で問うた。

 

細長くつり目気味の冷たい白い仮面の下で怪しく光る眼差しで部屋の隅に控えるヤミーを一瞥した。

 

右腹部はすれ違い様に掠めたシグナムの炎熱を帯びた斬撃によりメダルがぼろぼろと崩れ、修復しようにも時間がかかるようだ。

 

「魔導士の少女からヤミーを生み出すなど。」

 

「面白いでしょ。この間のお人形から作ったのと言い、魔力を持った相手から作ったヤミーは、その親の特技や性質まで真似る上にメダルの生成効率も良いんだよ。」

 

仮面の上からでも分かるほどの殺気を放つ相手にカザリは悪びれることなく続けた。

 

「それにさ、宿主の欲望にある程度は沿うのは変わらないけどここまで僕に従順で使い勝手も良いと思うんだ。それこそ君たちの駒にも…」

 

彼が言い切るよりも速く一瞬で距離を詰め、仮面の男はその手刀を首へと添わせた。

 

「あれ?気に入らなかった?」

 

「この前の件と言い少々遊びが過ぎる。只でさえマークされつつあるところに、管理局の魔導士に手を出したとなれば本格的な介入も時間の問題だ。」

 

しゃがみ込んで首筋に手刀を構え、語調を変えること無く淡々と語る男の手を軽く退けて立ち上がった。

 

「分かったよ。これが終わったらしばらくは大人しくしとくよ。メダルも中々集まったし、僕も計画が狂うのはやだからね。」

 

実際分離した小型ヤミーのメダルだけでも十二分に集めることが出来たため、当初の目的であった自身の強化は既に終えていた。

 

「分かっているならばいい。何か報告があればこちらからまた言伝に来る。」

 

そう言ってあっという間に虚空へと男は消えた。

 

「フン。相変わらず物騒な子たちだ。」

 

表情こそ無いが、男がいた場所を見る彼の目は酷く冷たいものだった。

 

-

-

-

 

明くる日の昼過ぎ。

 

土曜日ということもあり翠屋は盛況であった。

 

「なのはー!このショートケーキ奥のテーブル席のお客さんに頼むよ!」

 

「はーい!」

 

こうして忙しい週末のピーク時間帯に店のお手伝いをしているなのはも元気に店内を駆け回っていた。

 

いつもニコニコと笑い愛嬌のあるなのはは店の看板娘でもあり、常連のお客さんたちからも評判が良かった。

 

「いらっしゃいませ~。あっ!アンクさん!こんにちは!」

 

「よう。結構混んでるな。」

 

「はい~。やっぱりお休みの日となると。お店としては嬉しいんですけどね。」

 

初めて来店して以来、この店の味が気に入ったらしいアンクは手の空いた時は専らここに来ていた。

 

なのはの身辺調査も兼ねてのことだったが、最近ではヤミー出現時に彼女がそれに気づいて家から出たかを確認するぐらいで済んでいるため、彼が翠屋を訪れているのはただ単に彼が来たかっただけである。

 

「あっ!でもいつものカウンター席は空いてますのですぐにご案内出来ますよ。」

 

「そうか。」

 

彼を案内したなのははお冷やを出すためにパントリーに下がったが、そこで急な目眩と動悸に襲われた。

 

「(ハァハァ…ああ…まただ。)」

 

昨日から続くこの症状のせいで、ヤミーが起こしたらしき騒動の現場に駆けつけることが出来ないでいた。

 

家族や友達には平気に振る舞っていたが、段々と隠すことも難しくなっていた。

 

誰かが危険な目に遭うかもしれない場所に助けに行けないことはすごく嫌で、気落ちしている彼女の頭にはもう一つ気がかりなことがあった。

 

現場近くで目撃した光球…あれは自分の魔法とよく似ていた。

 

そしてそれにタイヤを撃ち抜かれたバイクの近くに転がっていたセルメダル。

 

あれは恐らく…とその先を考えると途端に怖くなった。

 

「なのは?どうしたの?」

 

配膳台に寄りかかり息を切らせているとなのはの姉の美由希が注文を取ってパントリーに入ってきた。

 

「お姉ちゃん…。」

 

「ちょっと大丈夫?体調悪そうじゃない。熱は…少しあるなー。お父さーん!」

 

おでこに手を当て、見るからにしんどそうな妹を心配した彼女は厨房にいる父親を呼んだ。

 

「なんだい美由希…ってなのは!?どうしたんだ!」

 

「お父さん、なのは熱が出てきたみたいなの。病院連れてってあげた方が良さそうだよ。」

 

「そうだな。なのは、お父さんと病院に…」

 

「ううん。私は大丈夫だよ。でも移しちゃいけないから病院なら私一人でも行けるよ。」

 

「でもなぁ…」

 

体調不良の自分がいるべきではないと思った彼女はそう言うが、辛そうな愛娘を放っておくことは父親の士郎からしても承知出来なかった。

 

「それにお客さんまだまだいっぱいいるし、お父さんまで離れちゃダメだよ。」

 

「それはそうだがな、なのは。」

 

そう話している側からオーダーが入り、戻らざるを得なくなった士郎は彼女に少し待つように言った。

 

「私が連れてきたいけど、ホールも人が足りなくなるし…。恭ちゃんを呼べば…あっ!いらっしゃいませー!」

 

兄を呼ぶことを思い付き連絡しようとしたと同時に店のドアが開き、内心困りつつも美由希は接客に出た。

 

「1名様ですか?」

 

「ああ、いえ。連れが来てるはずなんですけど…。」

 

その声に覚えがあったなのははひょっこりと顔を出した。

 

「おっ?久しぶりだね。」

 

「あ!あの時のお兄さん!」

 

夏だというのに初めて会った時と変わらない黒コートを羽織った彼がにこやかに笑っていた。

 

-

-

-

 

ヤミーの親にされたなのはのことが気になったエイジは、留守のアンクの代わりに彼女を監視していたキリヤに連絡した。

 

この時間は家族の店の手伝いに出ていると受け、一人ライドベンダーに跨がった。

 

翠屋に向かう道中、バイクを走らせ彼はシグナムたちとの話を思い出していた。

 

 

昨夕の戦闘後に、なのはとオーズとしての自分のこれまでの経緯を話した。

 

人が帰り始める、夕暮れ時の公園のベンチにアンク以外の一同3人は向かい合って座った。

 

最初になのはの存在を話さずにいたのは隠していたつもりでは無く、まだ知らないことも多い少女のことをベラベラと喋るのは些か気が引けていたからと説明し、彼女たちはそれに納得してくれた。

 

だが彼女が管理局と繋がりのある魔導士と分かると少々難しい顔になったのは見逃さなかった。

 

「エイジ。すまないが我らは…」

 

「彼女が関わる件では顔を出せない…当たりでした?」

 

シグナムが何を考えているかは察した。

 

どこか後ろめたいことがあるのか、少し暗い顔で頷く彼女に続けた。

 

「はやてちゃんのところに来れるまで色々と酷いことをみんなさせられてきたんでしょ?

その中で管理局ともやり合うことがあったから、彼女の前に姿を現してしまえば追われる身になるってことな訳だ。」

 

「…ああ。命令されたこととはいえ我らは…」

 

そこから先はいいとばかりにエイジは腕を思い切り伸ばし、手の平を彼女の前で止めた。

 

「確かに…みんながやらされたことで傷ついた人も、それこそ命を落としてしまった人もいたでしょう。

どれだけ後悔しても失ったものは帰っては来ないし、その行いを赦される日が来るなんてことは言えないです。」

 

された当人は勿論、その人を大事に、大切に想っていた人々がその行為を許してくれることはまず無い。

 

「だけれど、俺はそのままで良いなんて思わない。

…思いたくもない。その奪ってしまったものが本来やらなければいけなかったことも背負い、それから逃げなければ…誰か大切な人を想いたいって欲は持ってもいいと思います!」

 

「エイジ…。…でも私らを庇ったらあんただって悪くなるんだぞ。」

 

「ヴィータちゃん優しいね。いいんだよ、俺は。

何が善くて、何が悪い…捉え方や見方でどうとでも変化するもんだよ。

大切なのは自分が何をしたくて、それで何が起きるかだけは考えないといけないんだ。」

 

「何が…起きるか?」

 

少々はてなが飛ぶヴィータに補足した。

 

「うーん、分かりやすくするとしたら自分のしたいことで誰かがすごく苦しむなら、その欲望はそこで止めて見つめ直すか、終わらせなきゃいけないんだ。」

 

自分の見てきたもの、触れたもの、そして自らの過ち…。

 

その全てで得た自分の答えがこの心の決め所だった。

 

「…このバカの話に合わせる訳じゃないがな」

 

日差しの柱に背をもたれ、腕組みして話を聞いていたアンクが口を出した。

 

「ある男はな、自分の手の直接届く範囲で収められるだけの欲望が持っていい欲望だと言ってた。」

 

突然彼の言ったことに意外に感じつつも、そのパーツの意味を加えて答えを出した。

 

「ねえ、二人共。ヴォルケンのみんなの望みって何?」

 

「望み…。」

 

「んなもん一つ決まってんだろ。」

 

一瞬言うか悩んだシグナムだったが、恐らく丸っきり同じだったのだろうヴィータは彼女に軽く肘打ちを入れ、ニカッと迷いの晴れた笑みを見せた。

 

「そうだな。今の我らの望みは一つ…」

 

「はやてと一緒にいたい!」

 

「…お前な。」

 

最後まで言わせてもらえなかった彼女を少々不憫に思いつつも笑えた。

 

「ハハ!それなら誰も傷つかないし、自分の手で直接掴める欲望…十分にみんなが大事に持っていい素晴らしい望みだよ!」

 

聞いた本人は嬉しそうに笑ってサムズアップを作った。

 

「でも忘れんなよ。」

 

続けてそう言うヴィータに今度は自分が浮かべた。

 

「お前らも…」

 

「私たちの家族だからな…だろ?」

 

「シグナム!人のセリフ盗んな!」

 

「お返しだ。」

 

猪の如く突進するヴィータの頭を片手で抑えるしたり顔の彼女だった。

 

少し照れたが気を取り直して話した。

 

「ああ。改めてよろしくね♪」

 

「まあ…俺たちも局からしたら同じように危険な奴等だからな。仲良くやる分にはいいだろ。」

 

一言多い鳥頭の脛に蹴りをかまし、この後はしっちゃかめっちゃかになった。

 

「…眩しいな。」

 

追いかけられるエイジにそれを追うアンク、面白がって一緒に追いかけるヴィータの3人の顔を、地の向こうに沈みかけている日が黄金色に照らしていた。

 

 

「(まあ色々あるけど家族っていいもんだな…。)」

 

最初の頃の警戒ももう嘘のように、今ではこうしていられることを噛みしめていた。

 

その後も結論としては管理局に正体を明かさない方針の自分たちと、存在を知られるとまずいヴォルケンリッターとしても利害は同じなため、殊更協力していくことにした。

 

だが本当ならば自分のためにも、家族のためにも、踏み込んで関わるべきでは無いのだが、どうしてもなのはのことが気になった。

 

なぜあんな力をまだまだ幼い彼女が持っているのかもだが、一番知りたかったのはそれを奮う彼女自身の願いだ。

 

魔法絡みの知識はまだまだヴォルケンのみんなに教わりつつだが、それでも分かるなのはの強さは身に染みていた。

 

まだ小さな、それも戦いとは無縁のままでいいような優しい心を持っているあの子を駆り立てるものが何か。

 

その望みを問うてみたかった。

 

「(久しぶりだな…。誰かの内が気になるなんてな。)」

 

ふとある人のことを思い出した。

 

戦いなんて右も左も分からずにいた自分に道を示してくれ、笑顔でいることの意味を教えてくれたあの人を。

 

「元気でやってんのかなぁ。」

 

バイザー越しにで外からは分からないが、難しい顔をしていた表情は自然と綻んで、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

-

-

- 

 

「いつぞやはありがとね。」

 

前に絆創膏を貼られた頬に指を当てて改めてお礼をした。

 

「えっとー、妹のお知り合いさんですか?」

 

「あっ!お姉さんなんですか?いやー!妹さんには前にお世話になった者でして。」

 

「いえそんな。私だって送っ…」

 

パントリーから踏み出そうとした足元が覚束無い彼女に違和感を感じたのも束の間、倒れそうになった彼女を寸でで受け止めた。

 

「おっと!大丈夫?…って随分と熱あるね。」

 

「あれ!?いつの間に…ってなのは!」

 

「にゃはは…。少し…ですけど。」

 

入り口付近で隣にいた自分が消えたことに驚いていた彼女も、妹の苦しそうな顔を見て慌てて側に寄った。

 

「少しじゃないでしょ、なのは。すいません、私たちもこの子が体調悪そうなのにさっき気づいたばっかりで、病院に連れていこうと話してて。」

 

「なるほど。でも一人で行くのも難しそうだし、かといって誰かが連れて行ってあげようにもお客さんが立て込んじゃってるわけだ。」

 

「いえ、私一人でも行けますよ…。あれ?」

 

床にへたり込んでいたなのはは無理してでも立とうとするが、力が入らないのかすぐにまたへたった。

 

こういう手合いにはまず現状をさせるのが先決だ。

 

「フラフラだったのを見るに、頭の中もだいぶふわふわして考えが定まらなかったりするんじゃない?」

 

「うっ…。」

 

図星のようだ。

 

「それで無理しても良くないよ。お姉さんみたいに回りの人たちも助けてくれるだろうから、素直になるのも大事だよ。」

 

「…はい。」

 

「だけど。」

 

「?」

 

「こんなになってでもやり切ろうとするガッツは大したもんだ。よく頑張ったね♪」

 

「えへへ…。」

 

少し笑みを見せた彼女にサムズアップを向けようとすると後頭部に何か当たった気がした。

 

「無茶を褒めるな、バカ。」

 

振り返るとホールとパントリーを区切る段差にしゃがんでいた自分の背後には、アンクが右手のスイングを終えた態勢で立っていた。

 

「何だよ。聞いてたなら途中でも出てきてよ。」

 

「ハッ!珍しく言われる側の奴が偉そうに何を言うか気になってな。」

 

腕組みし直してそう言う彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 

確かに俺もよくやらかして言われるから反論出来ないけど。

 

「あれ?アンクさんともお知り合いなんですか?」

 

「ええ、まあ…。腐れ縁ってとこかな。」

 

「フン!」

 

顔を覚えられてる辺り、一体どれ程足しげく通っているんだと思ったが黙っておいた。

 

「で?どうすんだ?」

 

なのはに目を向けて尋ねてくる彼も放っておく気はないようだ。

 

だが自分にはこれは疲れや風邪などの体調不良では無いと分かった。

 

姉さんの時より進化してるみたいだが、このヤミーはカザリ自身の寄生タイプの性質を生かし、欲望と平行して本人の魔力をも利用して成長するようだ。

 

恐らくあの一件で味を占めたあの性悪グリードが調整したのだろう。

 

要は当人の魔力を元にして現出した合成ヤミーということだ。

 

そしてヤミー絡みならば病院では処置が難しい。

 

なら取るべき手は…

 

「えっと、お姉さん。お名前は?」

 

「美由希って言います。」

 

「美由希さん、店長さん呼んでもらえますか?お店の休憩スペースとかありましたら少しお借りしたいんですが。」

 

「え?ええ。でもなぜ?」

 

きょとんとする彼女に答えた。

 

「こう見えて医者なもので。」

 

いつも持ち歩いている鞄の中から、清潔な状態を保つために真空パックした聴診器などの医療器具を取り出しておいた。

 

「ヤブではないのでご安心を♪」




今回姿を見せた仮面の男…そしてそれと繋がるカザリと色々ありますが、エイジとなのはさんの久しぶりの再会。

彼的にも直接会わない方がいいものを、わざわざ足を運んだことには彼なりに何か気になることが…。

続きはまた次回で!


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第20話「お話と忘れぬ思いと遠くて近いペア」

どうもスターです!

近頃ジオウも盛り上がりに盛り上がっていますね!

特に昨日放送のアギト編…アギトのジオウ編と言っても差し支えの無い、放送当時のワクワク感を思い出させてくれる、自分にはとても胸に響く内容でした。

平成ももうじき終わりますが、これからの仮面ライダーの道も期待が膨らみます。

そして来週にはあの方も…。

それはそうとこちらも切迫した事態です!

前回の続きをどうぞー!


今よりずっと小さい頃の夢を見た。

 

広い家のリビングにあるソファーに一人で座る私。

 

家には自分以外誰も居なくて、生活感を感じさせない程に静かだった。

 

今座っているソファーには本来、お父さんがお母さんと座っているはずだった。

 

そのお父さんは今は病院のベッドの上にいた。

 

お母さんたちも側にいてあげるために行っていたけど、私は怖くてしょうがなかった。

 

あんなに元気だったお父さんの目は固く閉ざされていて、そのままもう開かれることは無いかもしれないと思えてしまったからだ。

 

そんなことになるのは嫌だった。

 

でも私には何も出来ずにただ泣いていることしか出来なかった。

 

自分以外の誰か、ましてや家族が苦しんでいるのに手すら伸ばせなかった自分が心底嫌だった。

 

だから…

 

「でも君は力を手に入れても何も救えなかった。」

 

冷たい、だけどどこか楽しそうな語調の声が、なのはのすぐ後ろから不意に話し掛けてきた。

 

声が夢の中に響くと空間に亀裂が走ってガラス細工のように割れた。

 

今まで過去の高町家のリビングだった空間は無くなり、

代わりに禍々しい色をした泥のようなものが辺りを満たした。

 

「だ、誰?」

 

背後に感じた声の主の異質な気配にすくみ、振り返れず聞く彼女の言葉を無視してそれは続けた。

 

「フフ、困っている誰かを救えるだけの力が欲しいねぇ…。でもさ、本当にそんなこと出来ると思ってるの?」

 

「何でそんなことが…」

 

気を振り絞った彼女が振り返ると、そこには周囲の泥と同じ色をしているなのはが立っていた。

 

「分かるよ。だって君は救いが必要な場面にいることさえ出来なかったんだから。」

 

輪郭だけだが、紛うことなき彼女と同一のそれは、辛うじて怯まずに強い目線を向けるなのはに嘲笑混じりに語った。

 

「っ!」

 

それを聞き目を見開いた彼女の脳裏には、焼き付いていたその場面が広がった。

 

大切な人が、遥か遠く所へと行ってしまうのを、悲しい顔で届かない手を伸ばすしか出来ない少女がそこにはいた。

 

ゆっくりとこちらに振り返ったその子の顔は黒い影がかかり、表情は分からなかったが、足元に溢れる彼女の涙は血のように赤かった。

 

心の奥に刺さっていた棘を、更に奥へと捩じ込まれた彼女はその場に崩れた。

 

「アハハ!所詮君が望んだ力なんてそんなもんなんだよ!それぽっちのものじゃああと一歩どころか、身を乗り出しても誰かの手なんて掴めないよ。」

 

さぞ楽しいのだろう、彼女を見下しながら幻影は微睡みの中から愉悦の声と共に消えていった。

 

「私は…。!待って!」

 

俯いていた顔を上げると、金色の髪の少女は消えていった大事な人の後を追い、同じ奈落へと落ちようとしていた。

 

「っ!ダメ!!」

 

-

-

-

 

真っ直ぐに伸ばした手は、見慣れた天井へと向かっていた。

 

「ハァ…ハァ…あれ?何で私休憩室に?」

 

覚えている最後の記憶では、お姉ちゃんとあのお兄さんが話している場面で途切れていた。

 

翠屋の二階の休憩室。

 

お父さんとお母さんが休憩時間に仲良く並んで座るソファーで寝ていた体を起こし、辺りをキョロキョロと見回したが部屋の中には自分以外誰もいなかった。

 

「…うん。もうちょっとかかりそうなんだけど…ごめんね、今日の夕飯は俺の番なのに。

…ありがとう。その代わり明日は気合い入れてとっておき作らせてもらうよ!

…あはは!ほいじゃあまた後でね~。」

 

オレンジ色の日が部屋の窓に色濃く差し込む中、誰かとの電話を終えた彼はドアを開けて入ってきた。

 

「おっ。起きたかい。気分はどう?」

 

「え?…えーっと…」

 

目を覚ました自分と顔を合わせた彼は嬉しそうな笑みを浮かべて尋ねてきたが、いまいち状況が続き掴めていない私は答えに戸惑った。

 

「大分しんどそうだったからね。お父さん方もお店混んじゃってて大変そうだったから俺がここで診察させてもらったんだ。

あっ。これでも医者なんだぜ。」

 

「そうだったんですか。助けてもらってありがとうございます。…えっと…」

 

そういえば、このお兄さんに会うのは二回目だったけど、まだ名前を聞いていなかった。

 

「ん?ああ!そういや名乗ってなかったね。

俺の名前は黒斗エイジ。よろしくね、なのはちゃん!」

 

差し出された大きな右手での握手に応じた。

 

「はいエイジさん!こちらこそよろしくお願いお願いします。あれ?アンクさんと同じ名字ということは…」

 

「んー。義理ってことになるけどね、あの妖怪アイス喰らいは俺の兄だね。」

 

「にゃはは。アンクさんアイス大好きですもんね。」

 

初めてお店に来てからというもの、余程気に入ってくれたようで来店する度にお父さんの考えたアイスケーキを試食してくれていた。

 

彼のアイスへの的確なアドバイスと素材の特徴をよく理解した確かな舌を相手にお父さんは燃えに燃えた。

 

その甲斐あってか夏本番の今、翠屋のバリエーション豊かかつもう一度来たくなるようなアイスケーキがこの頃の売りだ。

 

「うちのお店もかなりお世話になってます♪」

 

「こっちこそありがとうだよ。アンクも結構ここに通うの楽しそうみたいだからね。

まあとりあえずアイツのことは置いといて、どう?平気かい?」

 

「はい。なんとかお陰様で。」

 

気を失う前の辛さは残ってはいたが、一番辛い時よりかは幾分楽になった体をどうにか起こしてお礼を述べた。

 

だけれど彼は浮かべていた微笑みを薄めて、下顎に手を当てた。

 

「あの~…エイジさん?」

 

「うーん。体は症状の割りに思いの外簡単な処置だけで済んだんだ。」

 

真っ直ぐで力強いけど、どこか優しい印象を与える紅の瞳を向けて彼は続けた。

 

「なのはちゃんね、最近心に来るようなキツイこと…あった?」

 

「…え?」

 

まるで首筋に突然冷たいものを当てられたような驚きが心に走った。

 

「ど、どうしてですか?」

 

「ちょっとうなされてたみたいだったからさ、気になったんだ。」

 

ソファーのすぐ横にしゃがみ、私の目線よりもやや下に来た彼の顔には笑みが戻っていた。

 

「たださ。寝言でね、「待って」とか「ダメ」って言ってたんだ。」

 

さっきまで見ていたあの夢のことを思うと心は締め付けられる苦しさを感じた。

 

「ちょっと…嫌な夢を見ました。」

 

「…少し聞かせてくれないかな?そのなのはちゃんが抱えてるもの、一旦話してみるのも大事だよ。」

 

少しの間どう話そうか考えて彼に話した。

 

-

-

-

 

当初から少々躊躇いは覚えていたが、この子の周りを調査すること早数ヶ月。

 

魔法という未知の力を扱うとはいえ、いたいけな一般人の女の子の来歴に足を踏み入れるのは些か気が引けたが

、断片的にでも魔法について知るためにと割り切った。

 

家族にも魔法のことを内緒にしていることや彼女自身、学習中である様子を見るに生まれた時から魔導士だったわけでは無いようだが、それ以外は分からず仕舞いで終わった。

 

だが調べる中でどうにも気になることがあった。

 

そもそも魔法云々以前に、なぜこの子は力を求めるのだろうか?

 

大切なものを守りたい?

 

もちろんそれもあるだろう。

 

そこがヤミーの誕生に繋がった欲望だ。

 

だが彼女の持つ優しさだけがその答えなのだろうか。

 

俺は彼女のその根本を知りたくてここに来た。

 

そけだけだと自分の頭によく言い聞かせて。

 

-

-

-

 

「なるほどね…。昔の自分の姿を見ていたと思ったら偽物の自分が出てきて、そいつの言葉に返せずにいると大切な友達が…っと。

そっかぁ、なかなか堪える夢を見てたね。」

 

さっきまで自分が見た夢を、そのままの流れで彼に説明した。

 

お医者さんということもあるのだろうけど、話すことを真っ直ぐに受け止めてくれるエイジさんにはとても話し易かった。

 

「はい…。ちょっとキツかったですけど、それも私への罰なのかなって思いました。」

 

「罰?そりゃまた何で?」

 

「…私、最近は昔出来なかったようなこともちょっとずつなんですけど出来るようになってきたんですよ。

でもそんな自分に変な自信が付いちゃってたのかな。

届かせた手よりもっと先にいた、その手の子が大切だったことには手すら伸ばせずに終わっちゃって…。」

 

フェイトちゃんの手は確かに掴むことが出来た。

 

お話だって出来て、友達にもなれた。

 

でもフェイトちゃんがそれを受け入れてくれても、彼女が本当に欲しかったもの…お母さんとの未来はもう手に入れることは出来なかった。

 

あの時、沈んでいく庭園の駆動炉を止めるのに手間取らなければ。

 

私がもっと速くにあの場所に行けていたら。

 

フェイトちゃんと一緒にプレシアさんの手を掴んでいれば…。

 

未来は違ったものになっていたかもしれない。そう思えてしょうがなかった。

 

「それなのに私はそのことを忘れたように進もうとしてたんです…。だから…。」

 

膝にかかったエプロンを握り締める手の甲に涙を落とし、今まで溜まっていたものを彼に話した。

 

「俺さ、人って大変な生き物だなぁってよく思うことがよくあるんだ。」

 

少しの間を置いて穏やかにゆっくりと、だけど少し困ったように彼は切り出した。

 

「俺もさ、どうしても何かを選ばなきゃっていう場面にかち合うことがあるんだ。

片方を救うならもう一方は諦めろ…なんてことにね。

何回見てもいい気はしない場面だよ。」

 

それまで傍にしゃがんでいた彼は立ち上がり、窓の外に広がる街並みを眺めているのだろうか、背を向けて話した。

 

「そういう時は…どうしてるんですか?」

 

後ろ手に手を組んで振り返った彼の表情は日に重なり、はっきりとは分からなかったけど、どこか寂しげなものを感じた。

 

「両方とも助ける!…って言うは簡単だけどね。

何せ自分だけが辛いならってやっても、巡り巡って誰かにツケが回って、結局その誰かを苦しめることだってあるんだ。」

 

お医者さんをやっていると言った彼の詳しい過去こそは分からない。

 

けれどその言葉を語るその声は、どこか重く、決して軽いものでは無いということは伝わってきた。

 

「で、なかなか踏ん切りがつかなくて何時までも悩んじゃうのがいつもなんだ。」

 

恥ずかしそうに頭を掻き、窓からずれた彼の表情はどこか照れ臭そうな顔だった。

 

「多分ね、なのはちゃんは忘れようとしてたんじゃなくて、その手を伸ばせなかった昔の自分より強くなろうともがいてるだけなんだよ。

ダメだって思った自分を心に留めて、乗り越えようとする…それは強い人間が出来ることだよ!」

 

また目線が同じ高さになるようしゃがんでくれた彼の胸の前には、大きな手で作られたグーサイン?が作られていた。

 

「出来なかった昨日から逃げない、それが出来れば君の勝ちだよ。」

 

「…フフ。そう言ってもらえるとなんだか少し、気持ちも楽になりました。ありがとうございます。」

 

「そいつは良かった♪」

 

そこからは昔海外に留学していたというエイジさんの過去にあった面白いエピソードや、私の学校であったこととか家族のお喋りをして盛り上がった。

 

剣術とか武道にもちょっとだけかじっているというエイジさんはお父さん達とは気が合うような気がした。

 

ひとしきり話終える頃には不思議と体の辛さはもちろん、心の栓が詰まっていたように息苦しかった気持ちもキレイに無くなった訳では無いけれど、少なくとも大分気持ちは落ち着いていた。

 

「まあなのはちゃんはちょっと気を詰め過ぎるとこがあるみたいだから、吐き出したくなったら俺で良ければ何時でも受けて立つから。これ良かったらどうぞね♪」

 

懐からメモとペンを取り出してささっと筆を走らせ、渡された紙には連絡先が書かれていた。

 

「ありがとうございます!でもいいんですか?そんな私なんかの相談なんて…」

 

「ダーメだよ、そんな「なんか」なんて言っちゃあ。

それに俺もなのはちゃんとお話するの楽しかったし、今はこの後用事があるから行っちゃうけど、今度またゆっくりお話したいしさ♪」

 

アンクが夢中のアイスケーキってのも気になるしと、イタズラっぽくちゃっかり別の目的も溢す彼にクスリと笑えた。

 

「じゃあ…今度会ったときもお話してください!」

 

「うん!何時でもいいよ!またね♪お母さん達にも俺から言っとくから今日はゆっくりしときなよ。」

 

サムズアップと教えてくれた手をまた作り、部屋から出た彼の背中はとても大きく見えた。

 

「…カッコいい人だなぁ。」

 

気さくだけど、芯の通った強くて優しい人だなっと思った。

 

少し間を置いて下のみんなの所に行こうとドアに向かった時、窓の外から何か重いものが弾け飛んで地面に落ちる重低音が聞こえた。

 

まさか…

 

「レイジングハート!?」

 

「No magic reaction.(魔力反応無し。)」

 

「もしかして…またヤミーの仕業!?」

 

「It is its potential size.(その可能性大です。)」

 

窓から見える黒煙はそれほど遠くは無い。

 

だがその方角には人が多く行き交う大きな道があるはず。

 

そんなところで暴れられたら誰かが…。

   

出来なかった昨日から逃げない。

 

なら私のやるべきことは…

 

-

-

-

 

エイジが出払っている八神家では、アンクとアタッカーのヴィータ、シグナムでの作戦会議が彼不在の部屋で行われていた。

 

「この間までの打ち合いであのヤミーの大方の手札は分かってるし、その特性の元も目星はついた。」

 

アンクと彼女達の前に置かれた最新式タブレット画面には青いトンボと、細長いフォルムに鋭い尖った口を持つ魚が映し出されていた。

 

「攻撃を寸前で回避するあの敏捷性は、このシオカラって種類のトンボの特性だな。

後ろまで見えているように感じたのはこいつの複眼によるもんだろ。」

 

「なるほど。あの小刻みに動いていた羽根で何時でも動けるようにしといて、その目の良さを生かして避けてた訳か…。

つーか本当に後ろも見えてたのかよ。」

 

「そんな生き物がこの世界にいることも驚きだが、こっちの魚は何だ?」

 

トンボそのものを知らなかった二人は、その生態や複眼のメカニズムを簡単にキリヤがまとめた資料に目を通していた。

 

「ああ、ダツっていうライトや金属が反射した光に反応して、鋭利に尖った嘴を生かして突進してくるっていう習性を持ってるやつだ。」

 

資料にも船のライトや船体、はたまたこの魚にやられたであろう人が負ったケガの写真もあった。

 

「あのヤミーとやり合った時の様子を記録していたタカのカメラをスローにしたらな、あの光球の正体がそいつを模したヤミーってことが分かった。」

 

肉眼では追い切れず、目標との激突と同時に散るため実態が掴めずにいた光球だったが、タカの目は誤魔化せなかった。

 

アンクの出身世界にある鴻上ファウンデーション製のカンドロイドにもここまでの機能は本来無かったのだが、機械を弄らせると止まらないキリヤとエイジの魔改造を織り込まれ、一台一台の個々の性能は格段に上がっていた。

 

「おおー!すげぇ、しっかり映ってる!」

 

「なるほど。やたらと私やヴィータの武器目掛けて飛んできたのは反射する光や炎に集まったからか。」

 

映像に目をやる二人は技術に驚いたり、そこから得られた分析を口々にした。

 

鋭く尖った口に、シャケヤミーと同様に白く白濁した死んだ目をしたヤミーは彼の説明通り、甲冑の金属部分やデバイスに集中して狙っていた。

 

「シグナムの言う通り、強い光を優先して飛んでくる訳だがそこは奴らにとっても弱点になる。」

 

「…ああ!相性が悪いんだ!」

 

カバカマキリでもカマキリ部分には炎がかなり効いていたことや、それ以降現れた別のヤミーでもそれぞれ違う弱点があったことをヴィータは思い出していた。

 

「そうだ。中々個体としては力も能力も強力だが、こいつも同様に炎に対して弱い上、複合しているヤミーのタイプ的にも致命的なレベルでの話だ。」

 

分類的にはカザリの猫系以外の3タイプは高熱や眩い光と異なる意味合いでだが、炎に対してはそこまで強くない。

 

今回にいたってはそれこそカモだった。

 

「あのなのはの様子では流石に出ては来れないだろうから、シグナムとヴィータも今回はアイツのサポートに回ってくれ。

特にシグナム。お前の技はアイツにとってかなり痛手になる。当てにさせてもらぞ。」

 

「心得た。」

 

ちなみに多彩な属性を操るオーズにも炎を扱えるクジャクメダルはある。

 

強烈な火炎弾を放つことの出来るそれは貴重な遠距離武器になるのだが、飛び道具の扱いが絶望的なエイジには残念な相性だった。

 

「にしても人助けが目的のヤミーなんているもんなんだな。」

 

海鳴近辺では近頃、光球の映っていた映像のように車やバイクのタイヤが突然爆ぜたといったもの、それより酷いものとなるとひったくり犯の足に直接当たったと思われるような行き過ぎたものもあった。

 

アンクが警察に報告が上がっていたものを洗い、カザリ本人も認めたなのはから作ったという点から、ヤミーの目的は絞り出せていた。

 

「珍しくはあるが、正義感ってのもある意味立派な欲望の一つだ。向かわせる方向を今回みたいに間違わせると他同様、ただの暴走した力だ。」

 

「そうだな。ましてやそれが正しいと信じて疑わなければなおたちが悪い。」

 

どこか思うところがあったのか同調するシグナムを横目に、アンクは立ち上がった。

 

「で、言ってるそばからヤミーだ。」

 

そこまで話していると、丁度件のヤミーがアンクの感知に引っ掛かった。

 

「よっしゃ!行くか!」

 

「ああ。エイジにも…」

 

立ち上がって出発寸前だった一同の真ん中に置かれた端末にウワサの男から連絡が入った。

 

「エイジ、ヤミーだ。すぐに…何!?」

 

-

-

-

 

「へぇ…。たまに見ちゃいたけど、なかなか速いし重いもんだね。でも…」

 

「はぁはぁ…」

 

「そんな状態じゃ僕にはキズも付けれないよ!」

 

「っ!きゃあっ!!」

 

サイや象といった重量のある動物の力を宿した足の一撃を受け、なのはは大きく吹き飛ばされてブロック塀に激突した。

 

「れ、レイジングハート、大丈夫?」

 

「No problem.(ご心配無く。)」

 

優秀な愛機の加護の甲斐もあり大きなダメージにこそ繋がらなかったが、ヤミーに魔力を半ば寄生され吸われている彼女は万全の状態とは言えなかった。

 

「It apparently than it seems he is not the only person.

(それよりも、どうやら彼はただ者ではない無いようです。)」

 

「うん…。」

 

水棲生物、特にタコやイカといった軟体動物の触手が全身に生え、硬い装甲に覆われた脚部の隙間からは虎柄の模様が見え隠れし、頭部は猫を模したような顔にはヒビが入っていた。

 

そんな醜悪な姿の相手から放たれる、気だるそうな態度の中から覗く得体のしれない嫌悪感と強い殺気を彼女はひしひしと感じた。

 

爆発現場で目撃し、相対したカザリをユーノの見よう見真似の結界に閉じ込めることは出来た。

 

だがそれだけだった。

 

アンバランスな見た目にそぐわない俊敏さと手数の多い攻め手相手に、あるだけの力を振り絞ったなのはの砲撃はすこぶる相性が悪く圧される一方だった。

 

「一度君と遊んでみたかったんだけど、ちょっとヤミーに吸わせ過ぎちゃったなぁ。

まっ、弱い者いじめってのも嫌いじゃないけどさ。」

 

「ヤミー…?あなたがオーズさんの言ってたグリードなの?」

 

「へぇ、僕のこと隠そうと躍起になってる彼にしては珍しいなぁ。

当たりだよ。僕はカザリ、まずは初めましてかな。」

 

立ち上がって自身を見据えるなのはから出た言葉に、少し意外そうにし飄々と彼は名乗った。

 

「…いや、そうでもないか。だって夢で会ってるもんね。」

 

「!…あれはあなただったの?」

 

あの夢を思い出し、動揺する彼女にカザリは続けた。

 

「そうだよ。君から作ったヤミーは結構特殊でね、君の欲望通りに動くのと同時に君から魔力を吸い上げて更に進化する。

だから君との繋がりも一際普通に作るより強く、その繋がりを利用して僕も君の中を覗いた訳だけど…。

フフッ…ハハハ!みんなを守りたいねぇ…、フフッ。」

 

額に手を当てて体を捩り、心底楽しそうに笑う彼になのはは困惑と同時に怒りも覚えた。。

 

自分の根底にあるものを見られたことに対してもそうだが、それを嘲るこの態度にだ。

 

「な、なにがそんなにおかしいの?」

 

「あれ?夢の中でも言ったよ。君のその中途半端な力じなーんにも守れないって。

所詮君は見えるものしか見えてない…自己満足に浸ってるだけなんだから。」

 

また脳裏に甦る、大切な友達の辛い場面。

 

振り返った彼女の顔には悲しみと後悔の想いが張り付き、それを思い出す彼女は杖を握り締める拳を震わせた。

 

「…確かに私は中途半端。少しでも強くなれれば何にでも届くって簡単に信じて、失うことがどれだけ怖いことか、目を背けて見ないようにしてた。」

 

「ほら、認め…」

 

「でも!」

 

カザリの嘲りは彼女の気迫の前に遮られた。

 

「出来なかった昨日から逃げない、もう二度と、私は誰にもあんな想いはさせたくない!

例えそれが今は目の前の、手の届くところまででも、絶対に繋ぎ留めてみせる!」

 

握られた愛機も呼応するように紅玉を煌やかに輝かせ、再び砲口に光を灯らせた。

 

「強情だねぇ…へし折り甲斐があるけどね!」

 

向けられた輝きを横目にその場で舞い落ちる木葉のように小さく揺れたと思いきや、次の瞬間には自慢の爪の間合いに踏み込んでいた。

 

「お前の鼻っ柱のことか?」

 

「何!?」

 

真上から突如放たれた鞭に寸でで感知し避けたはいいが、それを読んだように続けて放たれたもう一撃にバランスを崩した。

 

「ほい!今だよ、なのはちゃん!」

 

「っ!はい!」

 

態勢を崩し、砲口の目の前に無防備に出たカザリを逃さず、彼女の放った一撃に堪らず吹き飛ばされた彼は無人のビルに突っ込み、崩落した建物の下敷きになった。

 

「はー…痛そ。随分と思い切りの良い一発だったね~。っとと!大丈夫?」

 

「にゃはは。ちょっとくらっと来ちゃいました。」

 

「ヤミーにやられてるその体でよくやるよ。

俺が来て無けりゃまたどうなってたことか…。」

 

彼女のすぐ側に着地したタカウバの亜種姿のオーズは、渾身のディバインバスターを撃って立ち眩むなのはの肩を受け止めて苦言を呈した。

 

「私信じてましたから。オーズさん、困ってる人はほっとけない人だって。この場所さえ分かってれば私のことも助けてくれるって♪」

 

「…フッ、お見事な読みだよ。」

 

一本取られたとばかりに彼は首をすくめた。

 

「あっ、それとさっきの言葉。あれ中々染みたよ。

ほんっと、君は強い子だね♪」

 

「え!?そんな前から見てたんですか!?」

 

「ごめんね。少し聞き入っちゃってね。」

 

「うぅ~…意地悪です。」

 

そうこう話していると瓦礫の山が吹き飛び、土煙からカザリが再びその姿を見せた。

 

「やってくれたねオーズ。不意討ちとは汚い真似してくれるじゃないか。」

 

「抜かせ。お前こそほんっとに陰湿な真似しかしないな。」

 

「趣向を凝らした面白い遊びだと思ってよ。」

 

頭に手を当て宣う異形にオーズは呆れも混ぜて続けた。

 

「遊びに随分なご様子なこった。

いつも引っ込んでる癖にボロボロになったもんだな。」

 

「ふん!こんな中途半端な一発大したこと無いよ。

グッ!?何だ!?」

 

体に付いた煤を払いつつ迫るカザリだったが唐突に苦しみ始めた。

 

バスターが直撃した腹部から零れ始めたメダルを押さえその場に彼は突っ伏くした。

 

「分からない?さっきの一撃、お前完全に油断してたけどなのはちゃんはもうとっくに全快してたんだよ。

どう、なのはちゃん?ご気分は?」

 

「…あれ?何か体が軽いし、力も!」

 

「どういうこと?何で…」

 

「さあ♪でーもこれで分かった?この子の強さが。」

 

「は?」

 

「この子の一撃には口だけの我が儘でも、ただ望みを押し通す力だけでもない。困ってる人を助けるために両方を持った強い心だ!

…とんだ欲張りさんだけどね。」

 

何も知らないはず、だが強い一喝と共に放たれたその言葉に不思議な力と共にどこか頼もしさを含んでいた。

 

隣にいるなのはに送る視線には、表情こそ見えなかったが言葉と裏腹に暖かいものが込められていた。

 

「…にゃはは。」

 

「笑いこっちゃ無いよ、全く…。」

 

今度こそ困った子だとばかりに向けられる言葉にも、彼女は少し苦いものがあるが笑顔で答えた。

 

「馬鹿馬鹿しい…。まっいいや。邪魔だから君たちは片付けちゃうよ。」

 

問答無用とばかりに触手を伸ばし襲い来る連撃をなのはを抱え、オーズはバッタレッグを生かし後方のビルへと飛び上がった。

 

「ありゃりゃ、随分なやる気だ。」

 

「オーズさん。お願いがあります。」

 

「あれ?なのはちゃんも?」

 

どうやら二人の考えは同じなようだ。

 

「「一緒に戦って」ください」もらっていい?」

 

揃ったその言葉にお互い笑みを溢した。

 

「「もちろん!」」

 

オーズは中央をトラに、なのはは再度レイジングハートを構え直し、初めて二人は凹凸コンビとして並び立った。

 

「さあ!終わりにしようか!」

 

「全力全開で行きます!」




なのはさんのことは今まで自分も作品に触れてくる中で、これほど他人に真っ直ぐな思いを持ちつつ、なんて自分への扱いは歪な子なのだろうと思っていました。

ある原作者様のインタビュー記事を読んで以来、自分なりに彼女のことを考え、もう少し自分を大切にして欲しいと思った時に本編オーズの火野映司さんとその姿が重なって見えました。

この物語を進めていく中でそのことにも触れていくのも一つの着目点となりますので、その辺りも考えて描いていく所存です。

話的にはカザリとの直接対決!

次回の激突をお楽しみください!


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第21話「抗戦と変種と舞い上がるFlugel」

どうもお久し振りです!

スターみかんです!

お待たせしました読者さんには大変申し訳ありませんでした!

投稿が止まってから早いもので、ジオウ…引いては平成ライダーの歴史はグランドフィナーレを迎え、令和の世になった今ではゼロワンが活躍する今日この頃。

なのはさんも15周年…そしてリリカルライブと素敵な催しが行われ、その歴史の重さと素晴らしさがひしひしと伝わりました!

さて、挨拶もほどほどに本編の方に皆様どうぞお進みください!




時をオーズとなのはが共闘する前まで戻した頃、海鳴では別の一団が人知れず戦闘を繰り広げていた。

 

「ハアァァ!!」

 

「タスケル!タスケルンダ!」

 

ブタカンにより隔離された商店街通りの上空では、シグナムの炎撃を見切って紙一重で避けるダツシオカラヤミーの空中戦が繰り広げられていた。

 

暴走寸前であるのか、宿主の思いを壊れた機械のように繰り返しながら杖を無造作に振るうヤミーには、到底その言葉の意味を理解しているようには見えない。

 

「言うは易し…大人しく眠れ!」

 

「…グッ?!」

 

隙の大きい大振りの一撃を避け、反撃に転じようとしたヤミーはその背部の衝撃に苦悶の声を漏らした。

 

「ハッ!元が上々でも所詮アイツの出来損ないのヤミー、オツムも力量も全く足りてないな。」

 

背中から大翼を羽ばたかせ、火炎弾を直撃させたアンクはヤミーを見下ろし悪態をついていた。

 

「楽勝なら遊んでないでさっさと仕留めろよ!これ引き付けとくのも結構楽じゃないんだぞ!」

 

地上の家々の屋根すれすれに高速で飛び交うダツヤミーを一手に相手取るヴィータからの怒号が響いた。

 

本体となるダツシオカラヤミーから分離し、桃色の魔力を纏い突っ込んでくるそれは一体でも直撃すれば致命傷になりかねないほど恐ろしいが、ある弱点も持ち合わせていた。

 

「こんっのヤローー!!鬱陶しい!!」

 

常人なら感覚がおかしくなりそうなくらい、手にしたアイゼンのブースターの勢いで独楽のように回転し、自信に群がるダツヤミーを悉く粉砕した。

 

「読み通りのようだな。」

 

「ああ。元になったダツが光に突っ込む習性を持ってるなら、奴らも同じはずだから…な!」

 

「ガアァァー!!」

 

ブースターから迸る目映いほどの業火を目標に捉えたヤミーたちをヴィータに任せ、本体が天敵とする炎を得手にする自分たち二人で一気に仕留めるまでがアンクの考案した作戦だった。

 

先程の一撃を脅威に感じたのか、主目的をシグナムからアンクに切り替えたヤミーは彼の周りを小刻みに滞空しつつ、僅かな隙を見つけては辻切りのように突進を繰り返した。

 

「ッ!ワンパターンなことを!」

 

鳥のグリードである彼の目をもってしても、一度の挙動で複数の残像を残すほどの速さを持つこの相手には姿こそ見えても動きを完全に追うことは敵わずにいる。

 

舌打ちと共に連続して放たれた火球の合間を縫うように突っ込んでくるヤミーは、彼を手にした得物の間合いへと入れた。

 

だが大きく振りかぶった一撃は彼の首筋手前で止まり、鋭利な杖先は弱々しく震えていた。

 

「…上出来。」

 

「当然だ。」

 

糸の切れた操り人形のように落下するヤミー。

 

落ち行くその背にはまるで翼を広げた隼のシルエットがまざまざと焼き付いていた。

 

その線上に浮かぶシグナムの手には弦の張られていない白い弓が握られていた。

 

レヴァンティンの刀身部の頭と鞘が上下に合わさり、形状を弓へと変わり、ヤミーが避けたアンクの火球を穂先で受け止めた上で彼女は自身の魔力の矢と合わせ撃ち返したのである。

 

「本当に多芸なもんだな。」

 

「この程度、造作も無いことだ。」

 

「ふぅ、やっと終わった~。二人もお疲れさん。」

 

地上に集中していたダツヤミーの群れはメダルへと帰し、奮戦していたヴィータも二人の下まで飛んできた。

 

「ああ。お前もよく働いてくれたな。おかげで邪魔者の入らずことも済んだ。」

 

「お、おう…。これぐらい、朝飯前だ。」

 

ストレートに働きを認められたヴィータは面食らった様子で、目元を帽子で隠してはいたが赤く紅潮した頬までは隠せていなかった。

 

「…なんだ?」

 

「いや。普段がぶっきらぼうというか、愛想の無いお前にしては随分と素直な言葉が出るものだなと感心していただけだ。」

 

「喧嘩売ってんのか!?あと愛想なんてお前も大概なもんだろ!会話の返事なんて「ああ。」か「そうだな。」ぐらいしかレパートリー無いくせに!」

 

「な!?そんなことは無いだろ!もっと他にもある!」

 

「おー!言ったな?どんなのがあるんだよ、じゃあ!」

 

「…。」

 

「図星じゃねえか!」

 

ぎゃいのぎゃいのと喚く二人にため息を漏らしつつ、今回自分たちだけにヤミーを任せて、自分はヤツの相手をすると連絡してきて以来音沙汰の無いバカのことを思い、沸々とイライラを募らせていた。

 

「(とりあえず…戻ったら覚えとけよ…。)」

 

-

-

-

 

「ディバイーン…」

 

「やらせないよ。」

 

「くっ!きゃあ!」

 

そして現在。

 

戦闘が始まってものの数分の間に結界内の通りは見える範囲でも建物は半分近く崩れ、コンクリートで舗装されていた道路はライフライン類の管が剥き出しになるほどに抉られていた。

 

全快したとはいえ、相手はヤミーなどとは正直比べるのもバカらしい程の力と知恵を持つグリード。

 

得意の砲撃も読み切られ、発射はおろかポジション作りもかざされた手から放たれる砂嵐によってことごとく邪魔されていた。

 

「よっと!」

 

砂嵐に飛ばされたなのはを受け止めたオーズは、着地を狙って放たれる砂嵐と触手の鞭をビルの壁を蹴りつけ、どうにか捌き切った。

 

彼らの避けた先にあったビルの外壁は圧縮された砂の粒子に晒され、荒いドリルで作られたような大穴がポカリと空いていた。

 

「すいません!ありがとうございます!」

 

「なんの!一回奴から離れるよ。その間に作戦タイ…ム!」

 

自身の二の腕に乗せたなのはを片腕で落ちないように支え、追撃を掻い潜って先の攻撃で出来たビルの大穴に潜り込んだ。

 

「ふう…ギリギリセーフ。で、こっからどうしよっか?」

 

壁の瓦礫やオフィス機材が散乱したフロアの中央に転がる山の後ろに飛び込んだ二人の頭上を、螺旋状に舞う砂嵐が過ぎ去ったのも束の間、止むことの無い手当たり次第の追い討ちをどうにか凌ぎながら頭を巡らせた。

 

「随分効いたみたいだったから狙ってはいたんですが、バスターを撃とうにも、こうも間を詰められちゃうと…。」

 

「最初の一撃でアイツもかなり警戒してるみたいだからね。そう易々とはやらせてはくれないか。」

 

経験からか、相手の用心深さやパターンを心得ている彼はベルトのメダルネストに手を掛けたがすぐに下ろした。

 

「(今あるメダルはウナギとアンクに持たされてた…。手はこれしか無いんだが。)」

 

自身以外のコアを内包しているカザリには、他種のメダル同士が互いの弱点となる攻撃をカバーし合っているため、こちらが同じメダルを持ち出したところで、逆に相性の悪い攻撃を連発されて押されることは目に見えている。

 

だが唯一、奴も持ち合わせておらず、どのメダルにも悪い組み合わせにはならない好カードがある。

 

この期に及んで出し惜しむ訳でも無いし、何よりこれならば強気に攻められる保証もある。

 

ただ…

 

「あの!オーズさん!」

 

「へ!?な、何かな?」

 

脳内シミュレーションから呼び戻され、すっとんきょうな声で返事をするオーズになのははある提案をした。

 

「…っていう感じなんですが…。どうですか?」

 

「…乗った!」

 

こちらへの挑発か、焦らすように当てる気も無いような攻撃の飛び交う室内で、彼女から聞いた有用だと思えるその作戦に勝機を感じ秒で採用した。

 

粉塵や破片が舞う煙ったい部屋の中で、微笑と共になのはは闘志を煌めかせた目を輝かせて愛機を両手で構えた。

 

「今です!」

 

「オッケー!」

 

僅かに止んだ隙でなのはは短縮チャージのバスターを放った。

 

ただしその砲口はカザリには向けられていなかった。

 

「なに?」

 

室内で起きた爆発によって立ち込めた煙はフロア内を覆い尽くし、二人の姿はもちろんのこと中の様子はカザリからは完全に見えなくなった。

 

「そこをー!」

 

煙を切り裂き、飛び出した彼の手にした刃は鍔迫り合いを起こして火花を散らした。

 

「アハハ!やっぱり君とはこうでなくちゃ!」

 

「抜かしてろ。俺はお前とやり合うのも飽き飽きしてんだ…よ!!」

 

オーズとカザリ。二人の爪と剣の応酬は熾烈を極めていた。

 

体術からの剣の扱い、何よりオーズとしてメダルそれぞれの特性やパワーに振り回されること無く扱えるだけのセンス。

 

相手の弱点、周囲の地形に合わせて最適な形態と戦略を取りやすいのがオーズの強みであることは本人が一番よく理解している。

 

だからこそ今目の前にいる相手は実に戦い辛い相手だった。

 

「連れないな~。なら…」

 

建物の壁を足場に、高速でのぶつかり合いから切り上げたカザリは道路に着地した。

 

上から飛び掛かるオーズに身動ぎもせず、迎え撃つようにその場で力を集中させると、細身でアンバランスだった片足がもう片方と同じように堅牢で、まるで大木のような物へと変化させた。

 

刃を足と同じく変化させた腕で受け止め、強襲をかけたオーズの一撃を弾き返した。

 

「ふん、お前また進化しやがったな。」

 

宙返りを決めて着地し、構え直して悪態を着くオーズにカザリは筋肉隆々の黒い腕を元の鉤爪に変化させ嬉々として語った。

 

「どう?僕も君ともっと楽しく遊べるように色々考えてるんだよ。」

 

複数の系統の異なるメダルに意思を宿らせ、その複合体のグリードとして顕現しているカザリはこのような芸当も可能としていた。

 

いうなればグリード版オーズとでも言える力であった。

 

「だったらビジュアルにもこだわりを持てよ。

相変わらず端から見てゲテモノ感がすごいぞ。」

 

「ハハッ。個性的…とでも言ってよ…」

 

気怠げに肩を落としていたカザリは次の瞬間には彼の目の前にまで迫っていた。

 

足にはオーズの物よりも大きく、より生物めいた印象のバッタレッグが脹ら脛の肉を突き破るように生えていた。

 

「ね♪」

 

「…。」

 

オーズの首筋を掻き切るように振りかざした爪先には一際強い光が灯った。

 

「な!?」

 

寸でのタイミング、爪は首に当たる前に突如として砕け、ここまで飄々とした態度だったカザリも咄嗟のことで何が起きたか掴めず、獲ったと思った相手の反撃の膝蹴りを許してしまった。

 

「…小細工好きの癖して、やられる時はまんまと引っ掛かってくれるもんだな。」

 

搦め手の部位変化で押されたものの、相手が態勢を崩したのを逃さずにここぞとばかりに振るわれるジャリバーの連撃は、彼の触手数本と共にメダルを剥ぎ取っていった。

 

後ろに飛び退いて最小限のダメージで彼が下がると入れ替わり、オーズはこの仕掛けの発案者である小さな策士のいる方を見やった。

 

二人がいたビルから尾を引くように彼女の後ろに伸びる飛行機雲を見やり、大まかなことを察したのか切られた箇所を再生させつつ状況を把握した。

  

「ふーん。さっきの砲撃で反対の壁を撃ち抜いてそこから出て、オーズが僕を引き付けてる間に最適な距離を取ると…。なかなかいい使い方がするようになったね。」

 

「力は強くなっても、相変わらずくだらん考え方しか出来ないみたいだな。」

 

それにと続けるオーズはジャリバーの剣先を向け、強い語調で言い放った。

 

「誰かを信じるなんて、自分以外が物にしか見えないお前にはずっと思いつかない策だろうな。」

 

「そんなの必要ないからね。それよりいいの?あの子一人にしておいて。」

 

「何?」

 

「君の家族とやらがあの子で作ったヤミーを倒したんだろうけど…あれ一匹で本当に終わりなのかな~?」

 

張り付けた仮面のように表情こそ変わらないが、オーズもその悪意と愉悦がかき混ぜられた声色に、相対する怪物の顔が歪んで笑ったように見えた。

 

言い終わると同時に、なのはが位置しているはずの空で爆発が起こった。

 

「っ!なのはちゃん!」

 

「ほら、余所見しないで。」

 

「チッ!」

 

隙ありとばかりに放たれた砂嵐を咄嗟に腕を斜め十字に組んで防御を試みたが、前面に集中し過ぎた彼は背後の凶刃に気づくのに後れを生じさせた。

 

倒された筈のダツシオカラヤミーはオーズの無防備な背中を辻切り、正面に迫っていた流砂にもろに巻き込まれた彼を容赦無く鋭利な砂は切り刻んだ。

 

吹き飛ばされて瓦礫に叩きつけられた彼は、衝撃で火花を上げてその場で膝を付いた。

 

「驚いたでしょ?倒した筈のヤミーがここに居て。

まぁ正確には違うわけなんだけどね。」

 

下を向いて隣に降り立ったヤミーの首根っこを強引に引っ張り、顔を上げさせるカザリは隠し種が上手くいったとばかりに上機嫌な様子だ。

 

フォルム、色、武器に差異は無いが頭部の形状は通常種のものと異なり、代わりに屑ヤミーのものであった。

 

「前から何度か試してたんだけど、ヤミーから生まれたセルメダルを触媒にして屑に混ぜたら大体の能力をコピーした変わり種が出来るようになったんだ。」

 

ゾンビのようにふらふらと揺れるコピーヤミーを乱暴に投げ捨てて、片腕をまたも重量系の剛腕へと変えてオーズをいたぶるべく歩み寄った。

 

「さっきから静かだけどどうしたのかな?あ、もしかして落ちたあの子のことが堪えた?」

 

「…。」

 

「ちょっと面白かったけど、たかが人間じゃあこの僕には到底及ぶわけないってことも分からないなんてね。

まあ分かる前にさよならしちゃっ…」

 

二人の間に何処からか高速で飛んできた桃色の球体は閃光と共に弾けた。

 

「な!何だ!?目が!」

 

視力があまり良くないグリードとはいえ、すぐ目の前で視界を覆い尽くす程の光を直視すればただでは済まなかった。

 

「ほんっとにやられる時はとことんだな。お前。」

 

同じように光を目の前で見た筈の彼は何故か平気なようで、憎まれ口を添えて怯むカザリの背中をトラクローで引き裂いた。

 

「グッ!な、なんで?ガアァ!」

 

答えが分かるよりも早く、彼はヤミー共々桃色の奔流にまたしても呑まれて地に伏した。

 

「オーズさん大丈夫でしたか?」

 

「その言葉、そのまま君にお返しするよ。」

 

砲撃後の排熱を終えた杖を携えて隣に降り立った無茶の体現のような彼女はそんなオーズの言葉ににゃははとと惚けたように笑った。

 

「君、どうして?さっきやられたんじゃ?」

 

バスターの直撃が響いているカザリはそれ以上に、ヤミーの不意討ちで仕留めた筈のなのはが健在なことに驚いていた。

 

「悪いね。ぶっちゃけさっきビルに入った時にもうヤミーがどっかにいることは分かってたんだ。」

 

「は?」

 

「まあ気付いたのはこっちのお二人さんなんだけど。」

 

「レイジングハートが教えてくれたの。私と似た魔力反応がする何かが結界内に隠れてるって。」

 

返事をするように小さく灯った彼女の愛機を横目に眺めつつ、ネタばらしが始まった。

 

「元々、魔導士の彼女から作ったヤミーだ。

魔法を使えるってことはそれを探知する方法に引っ掛かるわけだ。」

 

通常ヤミーならば、アンクが感知して知らせが来るが、屑ヤミーは作り出したグリード本人にしか居場所も存在も把握出来ない。

 

この隠密性は戦闘力の低さを引いても厄介なものだ。

 

だが強化と遊び目的で魔導士であるなのはから作り出したヤミーと、それをコピーした屑ヤミーは魔力を持ったことで見事にその優位性は失われたのである。

 

「おまけに所詮は屑ベース。

至近距離にまで居て、なのはちゃんが起こした閃光弾の光を倒した光だと勘違いして俺の方に来るわ、俺への攻撃も元のヤミーより大分力が弱まってるしで劣化しまくってんだよ。」

 

「あらら。こんなもんじゃやっぱりバレちゃうか。」

 

読み辛いトリッキーな挙動に、新たに見知った魔法の力で利用しようにもコピーヤミーでは限界は知れていたようだ。

 

「今回はまあこれぐらいにしとくよ。十分楽しませてもらったし。」

 

帰り仕度とばかりに捨て台詞を残して撤退しようとする仇敵を逃すまいと構えるオーズに、コピーヤミーが飛び掛かった。

 

「チィ!」

 

「それ、今回のお礼にあげるよ。」

 

予定のノルマは満たしたとばかりに、未練そうな様子は微塵も見せなかった。

 

「!オーズさんそこから離れて!」

 

「!?」

 

鍔迫り合うヤミーの体が身震いを起こして苦しみ出す。

 

いち早く気づいたなのはの呼び声で離れたオーズは、その体を巨大化させ人型であることも捨てた、トンボとも魚とも言えない風貌をした羽根の生えた怪物を見上げた。

 

「倒せたらの話だけど…ね♪」

 

置き土産とばかりに自身のセルメダルを投入し、ヤミーを暴走体にした張本人の姿は砂煙と共に消えた。

 

「グゥルゥゥアァーーーー!!!」

 

「っ!なんて出鱈目!」

 

「不安定だった力のバランスをわざと崩して限界以上の力を引き出してんだよ!とんだ嫌がらせしてくれちゃって!」

 

暴走体となったコピーヤミーは人型時以上の弾幕を展開して突貫してくる高速ヤミー群をなのはは網目を縫うように回避していた。

 

だがオーズはと言うと…

 

「あぶね!」

 

障害物を挟みどうにか被弾こそしていないが、バッタレッグでは反撃する術も無く徐々に詰められていた。

 

飛来するダツヤミーをどうにか捌く彼の右手には二枚のメダルが握られていた。

 

「(本当にこれだけは勘弁して欲しいんだけど…)」

 

「オーズさん!」

 

自身の瞳と同じ、真紅の輝きを放つメダルを苦々しく見つめる彼の隙を本体の暴走ヤミーは見逃さず、巨体に似合わぬスピードでその背部を取った。

 

「させない!」

 

至近距離から彼を狙うヤミーに放たれたバスターは頭部に命中し、左目からは爆煙と共にメダルがばら蒔かれた。

 

怒りに駆られたヤミーは残った目で彼女を見据え、頑強な顎を剥き出しに向かって行った。

 

「やるしかないか!」

 

赤一色になったベルトは煌めく真紅の羽根と共に高らかにそのコンボのを歌い上げた。

 

-

-

-

 

「Master!」

 

無茶をしてしまった。

 

さっきの一発である分だけの力を出し切ってしまった自分には避けるだけの力も無く、その場で飛ぶのにやっとだった。

 

「(もう…ダメなのかな…)」

 

心の中でそんなことが過り目を瞑った。

 

だけどなんでだろう?

 

どれだけ待ってもあの痛そうな牙が降りかかることは無かった。

 

うっすらと目を開けると目の前には大きな火の玉が佇んでいた。

 

燃え盛る虹色の炎を纏うそれは相対するヤミーを寄せ付けずにいた。

 

「キレイ…だな…」

 

もう正直限界だった。

 

視界はぼやけ、足のフィンが消失して地面へと落ちていった。

 

「大丈夫。後は任せて。」

 

赤い翼を大きく羽ばたかせ、自分を抱えて語りかける鳥は優しくそう語りかけた。

 

薄れ行く意識の中、その姿はまるで小さい頃に読んだ絵本に出てくる綺麗な火の鳥に見えた。

 

-

-

-

 

タカ!

 

クジャク!

 

コンドル!

 

タ~ジャ~ドル~!!

 

真紅の鳥のメダルのコンボ-タジャドルコンボに姿を変えたオーズは気を失ったなのはを平地の陰に寝かせ、自身の放った炎に苦しんで墜落したヤミーへ向き直った。

 

「グギャオォオ!!」

 

「元気なこった。こんだけ暴れ回ってもまだまだやれるとは大したもんだ。」

 

背部から再び翼を展開して飛翔し、左腕を胸のオーラングルの前に翳すとそれと同じ不死鳥が描かれた円形武器

-タジャスピナーが現れ、そのまま腕に装着された。

 

暴走して切り離されたとは言え、元々はあの子の人を助けたいって願いから生まれたヤミー。

 

真っ直ぐで、それこそ優しい彼女の思いに終わりなど無いとばかりに炎から逃れようと力を奮う様に敬意とも取れる感心した。

 

「だけどもう終わろう。」

 

耳をつんざくような咆哮を上げ、ようやく炎から解放されたヤミーを見据えてスピナーを構える。

 

「その欲望は一人で抱えるには苦し過ぎるからさ。」

 

少し体を前に傾けると次の瞬間には巨体の後ろに回っていた。

 

スピナーから火球を連続で叩き付けると次は側面、上部、腹部に潜り込んで顎を蹴り上げて舞い上がった。

 

高速で飛び回り、ほんの僅かな隙も見逃さない目は、まるで自分は元々鳥として生まれたように錯覚させる。

 

スキャニングチャージ!

 

ベルトをスキャンし、蹴り上げた勢いを殺さぬまま反転すると折り曲げた膝上と爪先の装甲がせり上がって炎を纏い必殺キック「プロミネンスドロップ」を放った。

 

「ハアァァァ!ソッリャー!」

 

燃え盛る一撃は太陽が地上に落ちてきたかのように辺りを明るく照らし上げ、標的となった欲望の化身は断末魔の叫びを残す間も無く焼き尽くされた。

 

「ふぅ…。一丁上がり。」

 

翼を仕舞い、ゆっくりとなのはちゃんの近くの平地に降りた。

 

時間にしてみれば飛んでいた時間は短かったかもしれないがようやくの地上に一安心し、一先ずの勝利と共に大きく息を漏らした。

 

「よく眠ってるみたいですね。」

 

「Thanks to you.(おかげさまで。)」

 

最後まで持ちこそ叶わなかったが、病み上がりから大仕事に望んだ小さな天使の手には相棒さんがキラリと輝いていた。

 

「あなたのマスターさんは本当に大したもんだね。いつもこんな調子で?」

 

「Yes.It is a problem for her to do recklessness, but I am proud of her hard work like that.

(ええ。なかなかやんちゃな所も多くて心配ですが、何事にも真っ直ぐな彼女は私の自慢のマスターです。)」

 

「なかなか素敵なコンビなことで。」

 

「Thank you,your tactics were good too.

(ありがとうございます、あなたの作戦も素晴らしいものでしたよ。)」

 

「そりゃどうも。じゃ、そろそろ俺はお暇させていただきますが…よろしいですか?」

 

口の悪い相棒が全然褒めてくれないこともあって、彼女の言葉は嬉しいものだが、向こうから自分はあくまで手配犯と変わらない扱いなのを忘れるほど自分も能天気に構えてない。。

 

「…As soon as you got a piece, it flew away and disappeared. I will do that.

(…あなたはそのまま飛び去っていった、そういうことにしておきます。)」

 

「えらくあっさり見逃してくれますね。」

 

「I just want to rely on you.(単にあなたのことを頼りにしたいのですよ。)」

 

「?それはどういう…」

 

言葉に含みを感じ、その真意を問おうとしたのと同時にピギカンのタイムリミットが迫りブザーが鳴った。

 

「じゃあ今回はお言葉に甘んじましょう。」

 

「Be careful.(お気をつけて。)」

 

その場から大きく飛び上がった赤翼に別れを告げると、レイジングハートは小さくこう付け加えた。

 

「Nice doctor.(素敵なお医者さん。)」

 

-

-

-

 

「…ふぅ。」

 

ゲンムファウンデーション会長室で宗正は一仕事を終えて椅子にゆったりと腰をもたれさせていた。

 

ヤミー騒動も頻発し、その対処方針の会議に政府側への経過報告。

 

加えて自社グループの会長としての業務を見事こなして見せているとは言え堪えるものは堪えるようだ。

 

小休止がてら、世に出る前の息子の新開発ゲームに手を出そうとするとピーッと外からの呼び出し音が鳴った。

 

「私だ。」

 

「失礼します。会長宛にお手紙が届いております。」

 

「私に?分かった、私の部屋まで届けてくれ。」

 

「承知しました。」

 

指示を出してほどなく、女性秘書は手紙を手にして部屋に来た。

 

「失礼します。こちらがそのお手紙です。」

 

「どれ…ああ、なるほど。」

 

手紙の差出人を見た彼は一人納得した。

 

「お知り合い様ですか?」

 

「古い友人でね。」

 

定規でも当てたようにミリ単位で真っ直ぐ揃った流暢な筆記体の英語で書かれた宛名書きに「相変わらずの几帳面さだ。」と溢す宗正はくるくると便箋をひっくり返した。

 

「どうもありがとう。ここ2、3日紙の相手ばかりで、生きている人間は自分以外いないのかと少々不安になって来た所だったから少なくとも君がいると分かって安心したよ。」

 

「2、3日では無く最後の会議からお休み無く4日間そのままですよ。」

 

「もうそんなにだったかな?」

 

広々とした部屋の中には応接間に資料庫、一体どこに店でも出す気なのかと言いたくなる業務用冷蔵庫に本格派キッチン、果てはトイレにシャワールームに壁の中にはボタン一つで収納可能なベッドと、最早ここが自宅と言っても差し支えの無い充実っぷりだ。

 

 

「会長ともあろう方が会長室に泊まり込みなんて社長に知られましたら…」

 

「ハハハ…。彼にはくれぐれも内緒で頼むよ。」

 

「承知しております。他に何かご入り用のものはございますか?」

 

「いや、大丈夫だよ。もうそろそろ定時も近いことだし君も残りの仕事に戻ってくれたまえ。」

 

失礼しましたと言って部屋を後にした。

 

便箋を開けるとこれまた丁寧に書き連ねた文が一杯の手紙が数枚入っていた。

 

「全く…電話もメールもダメかと思えばわざわざこんなものを。相変わらず機械は苦手なのか。」

 

手紙を読みながら小言を漏らすも読み進める手は生き生きとしていた。

 

「あまり変わらないな、ギルよ。」

 

同封されていた写真に愛猫達と写る旧友を眺めて懐かしみつつ宗正は表情を和らげた。

 

 

 

 




はい!タイトルにあるように翼…Flugelと、オーズといえばタトバに並んでこのコンボが好きという方も多いのでは、となるタジャドル登場でした!

オーズ本編でも様々な場面、そしてあの最終回での活躍は印象的でしたね。

こちらの物語中でも、このコンボは重要な役割を担うことになるので、タジャドルファンの方はお楽しみに。

今後も遅い更新だったりと、ご不便・不都合なことのなるかもしれませんが、温かく見守っていただけますと幸いです。

それではまた次回に。


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