【ボロス編】ONE PUNCH MAN〜ハゲ抜き転生者マシマシで〜【開始】 (Nyarlan)
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サイタマがいない世界
Prologue - ハゲを探して早何年?


遠くから鳴り響く、連続した重い破壊音によって平穏な日常風景は突然終わりを告げた。

 

〘A市○○区にて怪人災害発生しました。災害レベル:鬼、付近の皆様はお近くのシェルター、または地下施設へ避難して下さい。繰り返します――〙

 

 街角に設置されたスピーカーが告げる現状に、人々は色めき立つ。

 

「災害レベル鬼だってさ、結構ヤバそうじゃね?」「最近怪人多いよなー」

「昨日“タツマキ”が飛んでんの見たぜ!」「マジかよ裏山……見えた?」「残念ながら……」

 

 それでも人々はさして慌てることはない。多少強い怪人が現れようとも、更に強いヒーローがすぐに対処してくれると知っているからだ。

 しかし、今回に限っては破壊音は収まるどころか、より近く、大きくなり始めており――。

 

〘怪人災害の続報です、災害のレベルが【竜】に格上げされました。A市全域の皆様は近くのシェルター、もしくは地下施設へ避難してください。繰り返します、災害レベルが――〙

 

 ――際大きな爆発音が響いた次の瞬間。どこから飛んできたのか、白い軽自動車がアナウンスを告げていたスピーカーへ直撃する。

 

「………こ、こっちに来たぞおっ!?」

 

 硬直していた人々は、そんな誰かの悲鳴を皮切りにパニックへと陥る。しかし、彼らには逃げ惑う暇すら与えられる事はなかった。

 その場にいた人々の内の何人かが、上空に浮かぶ黒く巨大な人影を視認した次の瞬間――周囲は閃光と爆音に包まれた。

 

 

 

 

(………ッ。一体、何が――?)

 

 何かが爆発するような音と、火の付いたように泣き叫ぶ甲高い――幼い少女の――声が耳へ入り、一人の少年の意識が浮上する。

 瓦礫と瓦礫の隙間にすっぽりとはまり込む形となっていた少年は、とっさにその隙間から這い出そうとし、動きを止めた。

 

「マ、マぁ……パパぁ……どこぉ……?」

 

 ちょうど彼の目の高さでぽっかりと空いた瓦礫の隙間から、広い空間へと視線が通っている。

 薙ぎ倒された建物の隙間にできた広場には、鳴き声の主であろう少女の姿があった。

 ――そして、その背後に迫る大きな人影に、少年は凍り付く。

 

 2メートルを優に超える鍛え上げられた巨躯、何一つ身に着けていない漆黒の肌。そして頭から飛び出した、先の丸い二本の角。

 ――それは、彼が意識を失う直前に見た、空に浮かんだ怪物。

 

 その漆黒の怪物は嫌にゆっくりとした足取りで少女に近付くと、その大きな手を少女へと伸ばした。

 差し出された手は急速に膨張し、少女を握り潰さんと大きく開かれ――。

 

『……む』

 

 ――しかし、その手は空を切った。

 少女の体が見えない何かに引っ張られるように宙を舞い、瓦礫の隙間へと吸い込まれたからだ。

 怪物は当然その行き先へと視線をやり、瓦礫に紛れて恐怖に引きつった表情のまま少女を抱きとめる少年の姿を捉えた。

 

(――あああああッ!! 何やってるんだ僕は!!! 馬鹿かっ!!)

 

 恐ろしい怪物と視線が合ってしまった彼は、激しい後悔に襲われていた。心臓は早金を打ち、体は震え上がり、歯がガチガチと激しく音を立てる。

 そんな少年を見つけた怪物は、煩わしそうにその掌を少年へと向ける。

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のにッ!!! 早く、早く来て! お願いだから早く――ッ!)

 

 そんな願いも虚しく、怪物の指先から激しい閃光と爆音が放たれ、少年を守る瓦礫の城は爆炎に包み込まれて木端微塵となる。

 吹き戻しの風に黒煙が吹き払われると――クレーターの中心には、気絶した少女を抱えて蹲る無傷の少年の姿があった。

 

『……ほう、バリアか』

 

 感心したように呟く怪物の視線の先では、緑色に淡く輝く半透明の球体が少年たちを守るように包み込んでいた。

 退屈そうな表情をしていた怪物の口元が、弧を描くように歪む。

 

「ひっ――!?」

 

 次の瞬間には怪物の手が少年の視界いっぱいに広がっていた。

 怪物がバリアもろとも彼らを鷲掴みにし、握りつぶさんと力を込め始める。バリアは抵抗するようにバチバチと紫電を走らせ火花を散らすものの、怪物が怯む様子はない。

 

『ふむ、人間にしては強力なようだが……この程度』

「ひっ……! あ……ッ!」

 

 怪物が力を込めるにつれて、バリアはガラスが立てるような甲高い音とともにひび割れてゆく。

 迫りくる濃密な『死』の恐怖に、少年は顔をくしゃくしゃにひながら縮こまる。

 

「死ねぃ――」

 

 バリアが限界を迎え、彼らの命が握り潰されようとした――次の瞬間だった。

 

 

「――SMAAAASH!!!」

 

 

 ――気付けば、少年の体は宙へと投げ出されていた。

 空中で成すすべもなく舞い落ちる彼の体は、次の瞬間には熱い体温にしっかりと抱きとめられる。

 少年が目を回しつつも目を開けると。

 

「助けが遅れてすまない。だけど、もう大丈夫――何故って?」

 

 力強い、笑顔があった。――冷や汗を彫りの深い顔いっぱいに浮かべて、口元は引き攣っている。

 それでも懸命に、全身全霊の笑顔を浮かべた漢の顔があった。

 

「オール……マイト……?」

 

「私が来たからだ!!」

 

 少年はその日、ヒーローと出会った。

 

 

 

 

 

『――何者だ、お前は。何をキョロキョロしている、ふざけているのか?』

 

 砂埃の中から現れた怪物は、不愉快そうに顔を歪めながら問う。

 気絶した少女と腰の抜けた少年をそっと地面に下ろすと、男――オールマイトはその筋骨隆々とした巨体に似合わぬ落ち着きのない動作で周囲をキョロキョロと見渡す。まるで誰かを探すように。

 ――やがて落胆したように肩を落とすと、彼は頭を振って怪物を正面に見据える。

 

「私は、ヒーローをやっている者だ」

 

『ヒーロー、だと?』

 

 自身を無視するような動きに青筋を立てる怪物に対し、()()()()()()誰もが知るヒーローはゆっくりと拳を構える。

 ――オールマイト。少年もまた、その名を知っていた。それこそ、彼が()()()()()()()()()()()()()だ。

 

『私は環境汚染を繰り返す人間どもの害悪文明を滅ぼすために生み出された地球意志の使徒! ワクチンマンだ!!』

 

 怪物が抑えきれない怒りに身を震わせながら吼えると、その身体は人の形を崩しながら急速に膨張してゆく。

 その圧倒的なまでの気配に空気がビリビリと震え、少年は目の前の光景に圧倒される。

 目の前の怪物が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも関わらず。

 

「少年」

 

 オールマイトが背中越しに呼びかけて来た事で、怪物の変身を呆然と眺めていた少年は我に返る。

 

「今からコイツをなるべく遠くへ引き離す。――()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()? 可能ならその力で周囲の生存者を助けてやってくれないか?」

 

 確信を持った様子でそう言う彼に、少年はおずおずと頷いた。

 そして、少年はポツリと呟く。

 

「――あなた()、やっぱり」

 

 目の前で巨大な異形へと変わったワクチンマンを前に、オールマイトもまた深く息を吸い、全身に力を滾らせていた。

 

『地球は一個の生命体であり、それを蝕む貴様ら人間は病原菌に他ならない!! その病原菌がヒーロー!? 片腹痛いわ!』

「君にとってはそうなのかもしれない! だが君の言う病原菌たちも必死に生きているのでね、全力で抵抗させてもらう、ぞッ!」

 

 言うが早いか、ミサイルのごとき勢いで飛び出したオールマイトが全身でワクチンマンにぶつかった。

 

『ぬおおっ!?』

「この場は頼んだぞ、()()()少年――ッ!」

 

 そんな言葉を残して、オールマイトはワクチンマンとともに遥か彼方へと飛んでいってしまった。

 

「……そうだ。救助、しないと」

 

 その場に残された少年――シゲオがそう呟くと、周囲の瓦礫が音を立てて浮かび上がり始める。

 

 

 

――数日後、とある研究所の会議室。

 

「急に集まってもらって申し訳ない!」

 

 ミイラ男よろしく全身包帯まみれとなり、三角巾で腕まで吊った巨漢――オールマイトが壇上で一礼すると、ざわついていた会議室が静かになる。会議室には老若男女数十人が座っており、彼らの服装は非常に不揃いで統一感に欠けたものであった。

 

 高校生らしき学生服の者から、壁に鉄塊の如き大剣を立てかけた鎧姿の戦士や真っ黒なローブに身を包んだ魔法使いめいた者まで、非常にバリエーション豊かだ。

 そして彼らの中にも壇上に立つオールマイト程では無いにせよ、怪我を負っている様子の人物が幾人か見受けられた。

 

「さて、本日こうして集会を開いた理由だが――」

「御託はいい、まずは()()()()()()()()()()()()()()()()、単刀直入に教えてくれねぇか」

 

 カンペを手に口を開いたオールマイトを鎧姿の戦士が制する。

 彼もまた頭や腕に血の滲んだ包帯を巻いており、その表情には苛立ちと憔悴が見て取れた。

 オールマイトは言葉を遮られて目を白黒させていたが、やがてため息をひとつついて話し始める。

 

「うん、そうしようか。残念だが彼は――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 たった一言で、会議室に明らかな動揺が走った。

 ――その場にうなだれるもの、歯を食いしばるもの、頭を抱えるもの、顔を青ざめさせるもの。

 反応は様々だが、みな言いしれぬ絶望感を抱いていた。

 なぜなら、この場にいる皆がサイタマと呼ばれた存在の重要性を理解していたからだ。

 

 

 この場に集まる年齢も肩書も違う者たちに、一つ共通点がある。

 

――それは彼らが皆、()()()であるという事。

 

 それも、いわゆる前世の記憶があるというだけのものではない。

 死後、神を名乗る者によってそれぞれの「憧れている、あるいは理想の存在たる空想上のキャラクター」の姿()()()を得た上でこの世界に転生させられた者たちであるのだ。

 

 そして、彼らの転生先となったこの世界もまた彼らの大部分が知る空想の――漫画あるいはアニメで知られる物語の世界。

 

――ワンパンマン。

 次々と襲い来る人類の敵に立ち向かうヒーローたちの群像劇。

 その主人公にして、機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)としての役割をもつ、サイタマ。それが、いないのだ。

 

「……以前からの調査で彼の不在は濃厚とされていたものの、ワクチンマンとの戦い(だいいちわ)が始まればふらっと現れる、そんな可能性に皆が縋っていた……が、彼はとうとう最後まで現れなかった」

 

 ざわめく会議室内で、彼は絞り出すようにこぼす。

 

「改めて言うまでもなく、この世界においてサイタマ君は必要不可欠の存在だ。彼がいると思ったからこそ、我々は安心してこの人外魔境(せかい)で気負う事なく、思い思いに憧れた存在の姿でロールプレイ(じんせい)を楽しむことができていた。どんなに滅茶苦茶な強さの敵が現れようとも、最後には彼が一撃で蹴散らしてくれる、そう信じていたからだ」

 

 そして彼は深く、深くため息をついた。

 

「――しかし、彼がいないと分かった今、彼なしで世界滅亡レベルの危機に対処しなくてはならない……!」

「……まあ、アンタはその典型例だからなァ」

 

 どんよりとした表情でそう語る彼には同情するような声が上がり、周囲も同意するように頷いた。壇上で肩を落とすオールマイト(てんせいしゃ)はある種のロールプレイの結果としてS()()1()()の座に君臨しており、世界の存亡をかけた絶望的な戦いに否応なく駆り出される存在なのだ。

 がっくりとうなだれていたオールマイトだったが、ふうとため息を入れると顔を上げる。

 

「……しかし、悪いニュースばかりではない。知っての通り、あちらの世界で連載されていた“ワンパンマン”の中でも屈指の難敵とされるワクチンマン、その討伐に我々は成功した!」

 

 拳を握りしめて言うオールマイトに対して、一部から感嘆の声が上がる。

 

「ちなみに、あんなバケモノを一体どうやって倒したんだ? オレたちは近付いただけでこの有様だったが」

「正確には、まともに近付く事すら出来なかった訳だがね」

 

 そう尋ねた鎧姿の男に、複数の人間が同意するように頷く。

 彼らもまた全身に包帯を巻いており、軽くない負傷を負っていた。

 

「うん、D市方面からタツマキ君が来てるのは無線で聞いてたからね。まずはそっちの方面へ不意打ちでブッ飛ばして、後はエネルギー弾を撃たせないように近接格闘で時間稼ぎ。数分でタツマキ君が到着したら後は超能力で動きを鈍らせてもらって超殴った、腕にヒビ入るくらい!」

 

 でもめっちゃ抵抗されてこの有様さ! などとヤケクソ気味に笑って言うトップヒーローに、周囲はざわついていた。

 

「タツマキのねじ切りは当然効かず、か。S級最上位二人掛かりでやっととは、先が思いやられるなぁ……」

「……描写的に見てもボロスはあれ以上だろ? 勝てるのかよ」

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……!!」

 

「はい、待って落ち着いて! 朗報はもう一つあるから!」

 

 悲観する声を遮るように声を上げたオールマイトは言葉を続けた。

 

「新たな転生者(どうほう)が見つかった! それも、タツマキ君に匹敵するであろう、とびきりの強キャラがね」

 

 その言葉に、悲嘆に暮れていた転生者たちの表情へにわかに明かりが差す。

 

「新しい転生者、それもタツマキ級?」

「そう、それも原作者のお墨付きさ! その名は――」

 

「原作者の……ああ、モブか」

「そういや100%モブでタツマキくらいなんだっけ」

「――うん。モブサイコの影山茂夫少年だね……」

 

 先に答えを察されて言われてしまったせいか、彼は心なしか筋肉を萎れさせながら話を続ける。

 

「端的に言うと、彼は先日の怪人災害の被害者だ。……破壊痕の中、生き残っていた所をワクチンマンに襲撃されたらしい」

「今まで活動を見かけなかったって事は、積極的に力を振るわないタイプの転生者か……戦いに引きずり出すのは難儀しそうだな」

 

 転生者の一人が唸る。転生者は数多くいれど、戦いに身を置く者ばかりが全てではない。むしろ、この場に集まった面々の大半は戦いと無縁の日々を過ごす者達だ。

 

「……ワクチンマンを前にした彼の表情は、脅威に怯える一般人そのものだった。正直言って、一人の大人として……なによりオールマイト(ヒーロー)として、力を持ってるだけの子供を戦いの場に引きずり出すような真似はしたくない」

 

「しかし、残念ながら今の我々には余裕がない。最大の敵(ボロス)を倒すためには必ず彼の力が必要になるだろう……サイタマのような無敵のヒーローはここにはいないのだから」

 

 まったく、自分の不甲斐なさが嫌になる。

 オールマイトはそう言うと深く、深くため息をついた。




・オールマイトの転生者
原作オールマイトはパンチの余波で天候変えてたのでS級上位組には入れるはず
中の人(転生者)が本物リスペクトでよく働くから協会上層部の評価も高い
強めに見積もってタツマキとまともにやりあえるかもくらいに設定(真面目に描写比べたらそこまで強いかはともかく)
ハゲ不在が確定して禿げそうなほどストレス受けてそう

現状転生者最強が彼です、そこにモブくんを加えてタツマキ級が三人となったということで
これでハゲ抜きでもボロスに勝て……たらいいなぁ

2021/4/23加筆修正&特殊タグ追加
2021/10/13こっそり加筆修正


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第一話 - 家庭訪問

――あの時、私がその現場に居合わせたのは全くの偶然だった。

 

 ヒーロー制度がまだ無かった当時。

 それでも当然のように怪人は出現していたし、人間の中にも賞金を掛けられる程の凶悪犯罪者が多数居る世の中だ。

 警察や軍隊の貴重な戦力を割き、それでも間に合わない。

 そんな状況を打破するために怪人や凶悪犯罪者に懸賞金を掛け、力を持つ者にその討伐を促す制度があった。

 ――バウンティハンター。ヒーローの前身ともいえる、組織ならぬ個人たちの一人として私もまた日夜活動していた。

 

 あの日、バウンティハンターとしての縄張りとなる街周辺を巡回していた私は、道に倒れた複数の怪我人を発見して救急と警察に連絡と救助を行いながら痕跡を追っていた。

 ……そして、とある公園へ差し掛かったとき。私はそれを目撃することとなったのだ。

 

 

『プーックックック! 見つけたぞ、クソガキめ』

「え、うわああっ!?

 

 真っ赤な甲殻に覆われた上半身と、ブリーフ一枚だけを履いた筋骨隆々とした人間の下半身持つ変態じみた姿の怪物。

 そんな怪物が、顎に二つの膨らみのある特徴的な容姿の少年へ巨大なハサミを突きつけている。

 

 それはヒーローマニアだった前世の私が幾度となく読んだ、『ワンパンマン』の原作における一コマ……()()()()()()()

 

 ……()()()()()()のだ、疲れ切った無職の男(しゅじんこう)が。

 後に無敵のヒーローとなる、目が死んだ男(サイタマ)が。

 

『よくもこのカニランテ様のボディに乳首を書いてくれたなァ? 簡単には殺さん、四肢を順に千切ってから首を切り取ってやろう!』

「や、やめろ、こっち来るな!」

 

 あってはならない事態に私が動揺する間にも怪物は少年へと詰め寄る。

 その場にへたりこんだ少年へ向けてハサミを振りかぶる怪物を前に、私の体は自然と動いていた。

 

『うぎゃあああああ!!?』

 

 怪物の絶叫、飛び散る体液。少年を潰さんとしたハサミを腕ごともぎ取られたカニランテが痛みにのたうち回る。

 

「え……?」

 

「怖かったろう? けどもう大丈夫――なぜって?」

 

 内心を渦巻く狂おしい程の不安を圧し殺し、私は精一杯の笑顔を浮かべる。

 

「私が来た!」

 

 

 ……これが私の“ヒーロー”としての始まり(オリジン)であり、「この世界に必要なピースが足りていない」という不安の影を転生者たちへ色濃く落とした、決定的な出来事である。

 

 

※※※

 

――A市のとある一軒家。

 朝食が終わった時間にピンポン、とチャイムの鳴る音が響いた。パタパタと忙しない足音が玄関へと近づいてくると、やがてガチャリとドアが開く。

 

「はーい、どちらさまで――」

 

 休日の朝。家事をしていたと見られる女性がドアを開けると、そこには画風の違う巨大な筋肉が立っていた。

 

 絶句する女性に、筋肉……オールマイトはペコリと一礼する。

 

「どうも、ヒーローをやっているオールマイトと申しま――」

 

 パタン。

 

 会釈するオールマイトの目の前でドアが閉められた。

 

「……えっ」

 

 予想外の事態に硬直する彼を置き去りにして、ドアの向こうからバタバタと慌ただしい音が鳴り響く。

 

「シゲオー! シゲオー! 生オールマイトが来てるの!」

「ちょっ、母さん!? お、おちついて……」

 

 なにやらそんなやり取りが聞こえたのち、再び扉が開く。

 

「どーもお待たせして! 大ファンですサインください!

「え、あ、はい」

 

 どうやったのか短時間でバッチリとメイクをキメてきた女性から色紙を突きつけられ、彼はタジタジになりながらもそれに応じる。

 慣れた手付きでサインを書き終えて手渡すと、女性はひとしきり喜んだあとでようやくオールマイトに向き直る。

 

「……あの、ところで我が家にどういったご要件で?」

「コホン、実はあなたの後ろにいるシゲオ少年に用がありまして」

「シゲオに……?」

 

 彼女が振り返ると、そこには母の奇行にドン引きした様子の少年が立っていた。

 

 

 

「いまコーヒーをお持ちしますので!」

「いえ、お構いなくっ!」

 

 シゲオの母がキッチンへと消えて行くのを見届けると、オールマイトはテーブルを挟んだ正面に座る少年へと向き直る。

 少年――シゲオは、やや諦めたような表情でそれを迎えた。

 

「……さて。私が君に会いに来た要件については、恐らく察しがついていると思うが――」

「――はい、僕も転生者です。あなたもですよね」

 

 オールマイトの言葉にシゲオがため息をついて答えると、彼はその返答に満足そうに頷いてみせた。

 

「うんうん、話が早くて結構。いかにも、私は“僕のヒーローアカデミア”のオールマイトの姿で転生した者だ。君は“モブサイコ100”の影山茂雄の姿に転生した、という認識で間違いないね?」

 

 彼がそう訊ねると、シゲオはこくりと頷く。

 

「別に、それを希望した訳じゃ無いですけど」

「……と、いうと?」

 

 ため息をついてそうボヤく少年に、オールマイトは首を傾げる。

 

「……僕は去年辺りに転生以前の記憶を思い出しました。あなたも、死んだ後に“神様”と会ったと思うんですけど……どういうやり取りをしましたか?」

 

 シゲオの問いに、彼は少し唸りながらも答える。

 

「……前世の記憶を思い出したのはかれこれ二十年前にはなるから細部には自信がないが、“漫画やアニメのキャラクターに転生させてあげよう、キミは何になりたい?”とかそんな感じだったかと」

「僕も、そんな感じの事を言われました」

 

 オールマイトの返答に頷き、シゲオは「でも」と続ける。 

 

「僕はこう返しました“モブキャラみたいに地味な人生でいいから、僕は僕としてちゃんとした人生を歩んでみたい。だからそんな特典は必要ない”って。神様は何故か困った顔をしてましたけど」

「それで“モブ”の部分をあえて拾われ、影山茂夫として転生させられた、と? ……以前から気になってはいたが、やはり“神”は何らかの思惑を持って我々を転生させているのか?」

 

 そう言って唸るオールマイトの思考を遮るように、部屋の扉が開いて盆にコーヒーカップを載せたシゲオの母が部屋へと入ってきた。

 

「コーヒーお持ちしました! すみませんこんなお茶菓子しか……」

「ああいえ、お構いな、く……?」

(……なにゆえコーヒーに酢昆布)

 

 シゲオはどっかりと自分の横に腰を下ろしたニコニコ顔の母をジト目で見つつ、困惑顔で酢昆布を一つ摘むオールマイトに向き直ると一つ咳払いした。

 

「――それで、その確認のためだけに来たわけじゃないですよね?」

 

 そう問われて、オールマイトは表情を引き締め姿勢を正す。

 

「そうだね。まず、先日の怪人災害における救助活動に多大な貢献をした君に感謝状が出る事になっている」

「あらシゲオ、あの日事件に巻き込まれかけたって言ってたけど、立派な事をしてたのね! えらいえらい!」

 

 例の事件の話を、シゲオは簡単にしか母に話していなかった。

 

「……そういうの面倒だから救助隊が来たらすぐ帰ったのに」

 

 グリグリと頭を撫でる母の手をげんなりとした表情で払い除けるシゲオに、オールマイトは苦笑する。

 

「まあそう言うな、君のおかげで沢山の人が助かったんだ。怪人の対処に手一杯で救助に回る余裕がなかった私たちヒーローからも感謝の言葉を贈りたい」

 

 ありがとう、と頭を下げる彼にシゲオは照れ臭そうに頬を掻く。

 

「……それで、本命の話だが」

 

 そう言って顔を上げたオールマイトの真剣な表情に、褒められて年相応に緩んでいた少年の表情がにわかに引き締まる。

 

「君の超能力はかのS級ヒーロー“戦慄のタツマキ”に比類しうる出力だと見ている。しかし君、能力を使い慣れてないね?」

 

 妙におっかなびっくりとした能力の行使だったらしいじゃないか、そう言いながらオールマイトはコーヒーを啜る。

 

「そういえば……あまり使ってるところ、見ないわね」

「……だって、加減間違えたら危ないし」

 

 母の言葉に目を泳がせるて答えるシゲオ。

 

「そう、それは正しく使えば万人を救える大きな力であると同時に、使い方を誤れば大きな危険を伴うものだ、故に――」

 

「僕が危険だと思っている?」

「――いやいやとんでもない!」

 

 伏し目がちにつぶやいたシゲオに、彼は語気を強くして言う。

 

「君は強大な力を持ちながらその力に飲まれない精神力を持っているし、使うべき時咄嗟に使える判断力も備えている。警戒すべき危険人物ではなく、むしろ正しく英雄の卵であると思っているよ」

 

 ちょっとしたツテであの時の映像は見させてもらったんだ、と彼はニヤリと笑った。

 

「キミの力は正しい指導を受ければもっともっと伸びる! 幸い、私には超能力の講師にピッタリの人脈もあってね、どうかな?」

 

 バチッと似合わないウインクをした筋肉にげんなりとしたシゲオとは反対に、彼の母は両手を打って歓迎を示した。

 

「まあ! シゲオのためにわざわざすみません。ほら、加減の仕方を学べば、いろいろと役立てると思うわよ!」

「えーっ……」

「近年、怪人災害は活発化しているからね、身を守る手段を鍛えるに越したことはないさ! もし君がヒーローになってくれるならば、遠からずS級の席を用意できるだろう!」

 

 グッと力こぶを作りながら力説するオールマイトに対し、シゲオは「ああ、やっぱり勧誘が目的だったんだな」と白い目を向けた。

 その視線に気づいた彼は、慌ててブンブンと両手を振る。

 

「いやいや! 別に君の意志を無視してヒーローに引き込もうって訳では無くてだね。そもそもヒーローとは人に請われてなるようなモノじゃなく、なりたいという本人の気持ちこそ大事なのさ」

 

 そう語るオールマイトの表情は真剣なもので、その場しのぎの嘘を言っているわけではなさそうだとシゲオは思った。

 

「――わかりました。ヒーローになるかは、ちょっとわからないけど……超能力の指導は受けたいと思います」

 

 彼がそう言うと、オールマイトはホッとしたような表情をした。

 

「よーし、では善は急げ! 早速顔合わせと行こうか!」

「へ? い、今からですか?」

 

 そう言って膝を叩いて立ち上がったオールマイトに、シゲオは面食らいながらも立ち上がる。

 

「そうとも、丁度今日は()()の貴重なオフの日だからね! それに寄る所もある。……それではお母さん、早速ですが息子さんをお借りしてもよろしいでしょうか? もちろん、夕食までには家に送り届けますとも」

「わかりました、シゲオをお願いしますね!」

 

 自分を置き去りにしてトントン拍子に進んでいく展開に、早くも後悔し始めるシゲオであった。

 

 

 

「それで、今はどこに向かってるんですか?」

「まずは、我ら同胞(てんせいしゃ)たちの拠点……というより、集会所代わりに使っている研究所からかな。()()とは夕方に会う約束だからね」

 

 どこかドナドナされている気分でタクシーに揺られているシゲオが尋ねると、そんな返答が帰ってきた。

 研究所、という言葉にシゲオはやや緊張した面持ちとなる。

 

「集会所……てことは、同じ境遇の人って結構居るんですね」

「確認してるだけでもかなりの数だよ、これまでも地道に探しては協力を仰いだり、境遇によっては積極的に保護したり……っと」

 

 郊外にある大きな建造物の門の前にタクシーが止まると、オールマイトは財布を取り出す。運転手とのやり取りをする傍ら、シゲオは門に書かれた文字に視線を走らせる。

 

「特別生物、保護研究所……?」

「簡単に言うと、敵意のない怪人を保護しつつ研究をする場所さ。さあ、降りるよ」

 

 タクシーを降りた彼が門へと歩み寄ってインターホンを押すと、すぐにインターホンから若い女性の声が聞こえてきた。

 

〘はいはーい! ……ああっ、オールマイトじゃないですか! と言う事は、後ろのその子が例の新入りですか!?〙

 

 興奮気味に声を弾ませる女性をオールマイトはカメラ越しにどうどうと抑えながら返答する。

 

「うん、顔合わせに連れてきたよ。所長は今所内に何人いる?」

〘ええとぉ、確かさっき二人並んで歩いてるのを見ましたよ。他に稼働中なのは外部に居る所長だけじゃないですかね〙

 

 そんな奇妙な会話を繰り広げるオールマイトたちに、シゲオは内心首を傾げる。

 

(所長がたくさんいる? というか稼働中って……?)

 

「Hum、あまりたくさんいてもややこしいし丁度いいかな。それと、所内で手の空いてる転生者は誰かいる?」

〘今の時間だとみんなもお仕事中だと思いますよ。食堂の人たちはお昼前で忙しいでしょうし、工房も今は休日返上ですし〙

「あちゃー、タイミング悪かったか。まあ、転生者一同との顔合わせはまたの機会だね……じゃ、開けてくれる?」

〘りょーかいですっ!〙

 

 快活な返事とともに、研究所のゲートがゆっくりと開き始める。

 オールマイトの手招きに従い、シゲオも中へ向かった。

 

 

 

「今は居ないみたいだけど、この研究所には普段務めている人の他に、暇を持て余した転生者の子たちもよく顔を見せにくるんだ。キミも気軽に遊びに来ていいからね」

 

 そう言いながらClass: Bと書かれたカードキーをガラス扉前に設置された端末にかざして自動ドアを開けるオールマイト。

 内部は「いかにもな研究所」といった雰囲気で、白を基調とした無機質な廊下が続いている。

 

「……なんかすごいですね。なんていうか、SCPのゲームでみたような光景というか」

 

 そんな感想をこぼすシゲオ。

 本物の研究所など見たことない彼は、そういった創作に出てくるような知識しか持ち合わせていない。

 そんな彼の発言に反応する者があった。

 

「おっ、君はそういうのもいけるクチかい?」

「はい……ん?」

 

 女性の声だった。インターホン越しの声に比べればより大人びて落ち着いたそれに驚いたシゲオが振り返ると、彼らの背後にはいつの間にか白衣に身を包んだ長身の女性が立っていた。

 

「……ああ、そこに居ましたか。紹介しよう、彼女が――」

 

 シゲオに説明しようとするオールマイトの口に女性の長くしなやかな人差し指が当てられる。

 パチリとウインクしてみせた女性にシゲオは思わずどぎまぎとしてしまうが、対するオールマイトは何やら微妙な表情を浮かべている。

 女性はそれを気にする様子もなく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ここはSpecial Creatures Preserve laboratory、通称【SCP研究所】。特殊な生物とはつまりは怪人、中でもヒトから変異した怪人の研究を行う場所さ。ようこそ、超能力者くん?」

(ホントにSCPだった……!?)

 

 女性の細く冷たい指がゆっくりと顎を這い、シゲオは後退る。

 初対面の女性からの急なスキンシップに慌てるやら、自身も収容されるのではという恐れからか、少しおっかなびっくりな表情となった少年の様子に彼女はからからと笑う。

 そんな様子を傍から見ていたオールマイトは深く溜息をついた。

 

「あまりからかわないでやってください、まだあなたに慣れてないんですから……」

「おっと、叱られてしまったか。ふふ、君を無理矢理に収容したりはしないから安心していい。ここはあくまで【保護】を主目的とした研究所だからね。いやあ、私も前世では怪奇、SFモノが大好物で、こうして転生して夢を叶えた形になるのさ」

 

 大仰に手を広げ、なにやら芝居がかった動きで語る彼女にシゲオは少し引いて一歩後退る。

 

「……あ、貴女も転生者なんですね。ええと……?」

「おや、私がわからないかい? まあ、無理もないかな」

 

 そんなシゲオの反応にニッコリと笑った女性は、おもむろに豊かな胸元から首飾りを取り出してもて遊び始めた。

 大粒のルビーの周囲に複数のダイヤがあしらわれた首飾りに目を奪われていた彼が顔を上げると、目の前の女性が()()に増えており――彼女たちは異口同音に告げる。

 

「「私()()はDr.ブライトの転生者、この研究所の所長さ。よろしく、超能力者くん?」」

「……え?」

 

 目の前でステレオに話す二人の女性を交互に見比べ、目を見開いたシゲオは酸欠の魚のように口をパクパクとさせる。

 

「ええええええええ――っ!?」

 

 研究所内に驚愕の声を上げる彼の姿をイタズラが成功したとばかりに笑みを浮かべながらブライトたちに、オールマイトは深くため息をついた。




・影山茂夫の転生者
ハゲの抜けた戦力穴埋め要員その2
目立つことがあまり好きでなく、超能力もあまり使わず暮らしていたがオールマイトの転生者に捕捉されて無事に巻き込まれた。

Special(特別) Creatures(生物) Preserve(保護) laboratory(研究所)
財団のような何か……ではなく、転生者の集会所も兼ねた怪人研究所。
頭文字がSCPになるのはブライト博士の転生者の趣味。

2021/04/23 加筆修正&特別タグ追加


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第二話 - 特殊生物保護研究所

うーん、シェアワールドのキャラクターねえ

「駄目でしょうか?」

駄目ではないが、定まった姿のないキャラクターとなると……

 

 目の前の「自称・神」は何やら私の返答に難色を示しているらしく、腕を組んでしきりに唸っていた。

 

……この転生で君に与えられるのは希望するキャラクターの姿と素質、原作と同じような成長ができる()()()()()でしかない。力の要であろうと特殊なアイテムの類いは直接与えることができないのさ。しかし――

「固定されたイメージを持たない“ブライト博士”という登場人物を識別する記号にSCP-963・不死の首飾りは必要不可欠、と」

 

 私の言葉に、男とも女ともつかない人影は大仰に頷いてみせた。

……まあオランウータンという特徴的な姿があるものの、それが全てでもないしそれに固定されても困る。

 

……その通り。今まで送り出して来た者たち……例えばFateシリーズのサーヴァントを選択した者にも宝具は与えていない。特殊能力や技能に関しても、後天的要素が強いものは自ら努力して習得してもらう必要があるんだ

 

 ……それはある意味詐欺ではなかろうか。例えば英雄王を選んだテンプレじみた転生者がいたとして、期待した無数の宝具どころか、それを収める王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)すら貰えず可哀想な事になるはずだ。

 

――しかしだ、顔も知れぬ“ブライト博士”として君を転生させたところで、不死の首飾りがなければジャック・ブライトと言う名を持っただけの人間にしかなれまい

 

 それではつまらないだろう、と目の前の人影はため息をつく。

 素直に他のキャラクターを選ぶべきかと思考を巡らせ始めた所で、自称・神は口元を歪めて笑った。

 

……だから、特別だ。君の人生の中で必ず“不死の首飾り”に触れる機会が来るよう調節しておく。その機能に制限は掛けさせてもらうがね

「いいんですか?」

なに、構わんよ。一人くらいは()()()()()がいてもよかろう

 

 そう言って自称・神が私の頭に手をかざすと、急速に意識が失われていった。

 これが、私がブライト博士となる以前の最後の記憶だ。

 

 

※※※

 

「はは、ドッキリ成功、といったところかな」「SCPについて知っているなら、予測はできなくもないだろうが」

 

 シゲオの目の前で二人に増えた女性……ブライト博士たちは心底愉快そうに笑い合っている。

 

「えー、オホン。改めて紹介しよう、こちらはこの研究所の所長であるブライト博士だ……見ての通り沢山いるけれど――」

「精神は一つ、という訳だ。ちなみにこの肉体は対外的に姉妹という設定で運用しているものでね」「見栄えがいいから他所のお偉い様の接待によく使うのさ」

「……設定、ですか?」

 

 説明しようとするオールマイトの口元に手を当てて遮りながら交互に喋り始めた二人のブライト博士。その様子に胡乱気な視線を向けるシゲオに対し、彼女らはニヤリと笑った。

 

「おっと、なにやら誤解しているらしいが」「別に、どこぞから姉妹を攫ってきて残機にしている訳じゃないよ」「そんな事をすれば、いくら大切な転生者(どうほう)とはいっても、そちらのヒーローが黙っちゃいないからね」

 

 左右から淀みなくひとつなぎの言葉が発せられるので、シゲオは奇妙なステレオスピーカーを相手にしているような気分になる。

 

「ええと、つまりはどういうことですか?」

「答えは簡単」「クローンさ」「当然、私自身のね」

「……え、クローン? 本来のブライト博士は男性では……」

 

「その通り」

 

 シゲオの言葉に答えたのは、聞き覚えの無い年老いた男性の声だった。驚いた彼が振り返ると、いつの間にか一台の車椅子が背後に迫っていた。

 

「……電動なんだから自分で来れるでしょうに、なんで私が」

「まあそう言うなジーナス君、新入りに対する大切な顔合わせさ」

 

 車椅子を押してきた眼鏡の男――ジーナスの姿を見て、シゲオはあんぐりと口を開ける。

 そんな様子を、車椅子の老人は心底愉快そうな笑みを浮かべた。

 

「ふふ、期待通りの反応ありがとう……紹介しよう、こちらはジーナス君。遺伝子研究のスペシャリストであり、私のクローンの調整もやってくれている」

「……念の為に言っておくが、自らのクローンをわざわざ女性体で作るような変態的発想は先生独自のモノだから、そこは勘違いしないで欲しいかな」

 

 不服そうに口元を歪めるジーナスを気にも留めず、姉妹のブライトは車椅子の左右に陣取り、片割れが首から外した豪華な首飾りを老人の首へと掛けた。

 

「そして、私こそが現在のブライトの元締めであり」「我々ブライトクローンの第一号さ」「ちなみに設定上は姉妹の祖父となっている」

「……ええと、ちょっと頭の整理がしたいんですが」

 

 立て続けに説明された事柄にシゲオは目を回すような気分だった。混乱した様子の彼に対して、老人のブライト博士は首飾りを手で弄びながら胡散臭さの溢れる満面の笑みを浮かべる。

 左右の姉妹も同じ表情をしており、性別も年齢も違おうと同じ人物が素体になった事を感じさせた。

 

「……さてジーナス君、忙しいのに呼び付けて済まなかったね」「彼への顔合わせ(サプライズ)は果たせたから行ってもらっても構わないよ」「もちろん、同席したいなら歓迎するがね?」

「先生の悪ふざけにこれ以上付き合う暇はありません。これから実験があるのでね」

 

 車椅子から手を離したジーナスは、通り過ぎる際にシゲオの肩を軽く叩き「先生のやる事にまともに取り合うと胃に穴が開くぞ」と耳打ちして去っていった。その背中をぼんやりと見送っていた彼に対して、ブライトたちが言う。

 

「ふふ、驚いたろう? “進化の家”を作る筈だったジーナス博士はこの通り転生者(われわれ)の協力者だ」「ちなみに原作第三話のフケガオ博士も弟のマルゴリとともに所属している」「作中でも特に厄介な連中だが、悪へ落ちる前に引き込んだのさ」

 

(……実はここが最大規模の悪の組織なんじゃ?)

 

 自慢げに語る三人のブライトにシゲオはそんな感想を抱いた。

 

「……とりあえず、その喋り方なんとかなりません?」

「おっと失礼。当然、こうして独立して喋ることも普通に出来るとも……しかし、演出としてはこちらのほうが良かろう?」

(演出なんだ……)

 

 一つの返答をわざわざ分担して行う彼らに、シゲオは早くも辟易としていた。慣れているであろうオールマイトもまた同様らしく、うんざりとした様子の二人にブライト達は満足そうに笑う。

 

「……さてと、新たな仲間も十分に堪能できた所でこの老いぼれた体は休ませるとするよ」「こちらの姉妹はいつも通り所長室に控えておくから」「用事があればそちらに訪ねてくるといい。ではごきげんよう」

「あ、はい……」

 

 口々にそう言うと、ブライトたちは軽く会釈をして二人に背を向け移動を始める。何を思ったか、姉妹の片割れが最後に振り返って投げキッスを残して、三人の姿は自動ドアの先へ消えていった。

 自動ドアが閉まると、残された二人は深くため息をつく。

 

「……嵐のような人でしたね」

「あの人はいつもあの調子でね……ぶっちゃけ私も苦手!

 

 あんなのでも悪い人じゃないんだけどね、とフォローを入れつつもどことなく筋肉を萎えさせて肩を落とすオールマイト。

 

「せっかくだし、守衛室の子と挨拶してから出ようかな。彼女も楽しみにしていたようだしね」

「はい……他の転生者(ひと)もあんなにキャラが濃いんですか?」

 

 守衛室に向けて歩き出したオールマイトについて行きながら、シゲオは少し疲れたような声で訪ねる。

 

「ブライト博士は転生者(どうほう)の中でも飛び抜けて変な人だからそこは安心してくれていい。それに今から会うのはとってもいい子だからきっと仲良くなれるだろう」

 

 

 

「特徴的なオカッパ頭、気だるそうな表情……何より超能力を使う。アナタがなんの転生者なのか、このアミメキリンにはお見通しよ! アナタは、“モブ”ね!

「……気は済んだ?」

 

 ズビシッ、とシゲオを指差して得意げな表情をする少女に対し、オールマイトは苦笑を浮かべた。

 ちなみにこの世界では人名に漢字を使う習慣はないため、モブというあだ名の由来を知る事ができるのは転生者だけである。

 

「はいっ! 久しぶりなので!」

「……それ、みんなにやってるんですか?」

「もちろん! 何を隠そう、このやり取りが好きだからこそわたしはアミメキリンを選んだんですっ!」

(一発屋にもほどがある……)

 

 ふんすふんすと鼻息を荒くしながら心底楽しそうにそう語っているのは、室内にもかかわらず黄と茶色の網目模様が特徴的な長いマフラーを巻いた背の高い少女だ。

 頭からは先端に毛の生えた角と白い獣耳が生えており、彼女の感情を示すようにピクピクと動いていた。

 

「では改めまして自己紹介させていただきます! わたしは“けものフレンズ”よりアミメキリンのフレンズとして転生した者です、どうぞ気軽にジラちゃんと呼んでください!」

「ど、どうもよろしく……」

 

 力強い握手に体ごと持っていかれそうになりつつ応じた彼は、間近に迫る美少女の満面のニコニコ笑顔に思わず顔を赤らめた。

 

「ええと、ジラさんもここの職員なんですか?」

 

 手を解放された彼は、照れを誤魔化すように質問をする。

 

「職員っちゃ職員かな、私と同じくヒーローと兼業ではあるが。公認された組織ではあるけど、転生者関連やらブライト博士達やらあまり表沙汰にできないものが多いからね。食堂や雑務、警備等も外注せず基本的に身内の持ち回りでやってるんだ」

 

 一応給料(おこづかい)も出るぞ、とオールマイト。

 

「警戒するのは得意ですし、睡眠時間もあまりいらないので警備は大得意なんです! 万一のときの腕っぷしにも自信ありますし!」

 

 グッと力こぶを作ってみせるジラに、シゲオは微笑ましい気分になった。それを見て、オールマイトはニヤリと笑う。

 

「見た目は可憐だが、こう見えて彼女は研究所でも屈指の戦力なんだぞ、災害レベル:虎……それも鬼一歩手前のくくりだからね」

「災害レベル……ひょっとして、ジラさんは怪人扱いなんですか?」

 

 災害レベル、という言葉にシゲオはギョッとする。オールマイトはその問いに頷いて肯定した。

 

「元々ジラ少女はA市動物公園で生まれた、ごく普通のアミメキリンなのさ。展示開始の初日に降ってきた流れ星が直撃して今の姿になっ(フレンズ化し)たんだ。そのため書類上はヒトではなく怪人ということになっている」

 

 オールマイトの補足に、対し彼は思わず目の前の少女をまじまじと見てしまう。それに対してジラはなぜかエヘンと豊満な胸を張る。

 

「一口に怪人と言っても、様々なパターンがある。ヒトや生物から変異したもの、深海族や地底人などの異種族、現象の具現化など。人類に対して敵対的な者が多いのは確かだが、そうでない者もいる」

 

 彼女のようにね、とオールマイトはジラへ優しく微笑みかける。

 

「……しかし、その性質など関係なしに街中に現れた人外の生物というだけで怪人として排されてしまうのがこの世界なんだ」

 

 「とても珍しい例外だから仕方のない事ではあるけれど」と彼は深くため息をついて守衛室のモニターを見上げる。

 

「そこで私がS級一位の地位とコネを利用してようやく築いたのが“無害怪人認定制度”であり、この研究所なんだよ」

「“無害怪人認定制度”……?」

 

 聞き慣れない単語に、シゲオは首を傾げる。

 

「残念ながら未だに中々周知されてないけどね。重篤な罪を犯しておらず、人類に対する敵意を持たない事を入念に確認した上で特定の怪人を討伐対象から外す事ができるのさ」

 

 シゲオがオールマイトが指差した守衛室のモニタに目をやると、アリの頭をした幼児が椅子に腰掛けて本を読んでいる姿が見えた。――明らかに人ではなく、怪人だ。

 

「……これまで運良く保護できた怪人は、ジラ少女を除いて殆どが権力者の身内だけなんだ。怪人の保護なんて掲げてると反発も多いが、そういった権力者の後ろ盾や資金援助があってなんとか成り立っているのさ」

「市井で現れた怪人は、保護される前に倒されちゃいますからね……。あと、ここでは怪人化した人を元に戻す研究をしています。わたしやオールマイトも協力してるけど、まだ成果は出てなくて……」

 

 そう言って彼女は物憂げな表情でモニターに映る子供を見つめる。耳の伏せられた頭をオールマイトの大きい手が撫で付けた。

 

「なあに、ウチには原作でも破格の技術力を誇る博士二人に加えてあのブライト博士まで居るんだ。きっと彼女たちが救われる日も来るさ」

 

 わしわしと頭が揺れる程に撫で付けられる彼女の姿を見て、まるで親子のようだとシゲオは感じた。

 

「……そうですね。あ、そうだシゲオさん、あの子はとってもいい子なんですよ。もしよければ次に来た時は一緒に遊んでくれると嬉しいです!」

 

 笑顔でそう語る彼女に、シゲオは笑顔で頷いた。

 

「うん、次来たときは紹介してね」

「はいっ! ……あ、ところでお時間は大丈夫なんですか?」

 

 思い出したようにそんなことを言う彼女に、二人が慌てて時計を見ると、研究所を訪れて既にそれなりの時間が経っていた。

 

「おおっとそうだった! 今日は顔合わせだけとはいえ、あまり遅くなるわけにはいかないからね。そろそろお暇させていただくよ」

「それでは門までお送りしましょう!!」

 

 笑顔で手を振るジラに見送られ、二人は研究所を後にした。

 

――彼が転生者として記憶を取り戻してはや一年と少し。

 シゲオは今まで知らなかった同類たちや、この世界について思いを巡らせると同時に、これから会うであろう超能力の講師――十中八九気難しい相手――について考えるのであった。




・アミメキリン(フレンズ)の転生者
現在判明している中で唯一の怪人枠の転生者、平常時で災害レベル虎上位相当なのでそこそこ強い。
A市の動物園で普通にキリンとして生まれしばらく過ごしたあと、フレンズ(かいじん)化と共に前世の記憶を取り戻した。
転生者中のメインキャラ最後の一人になる(はず)。
『ジラ』は動物園で付けられた名前。マグロは別に好物ではない。

・ブライト博士の転生者
原作開始の遥か前から暗躍してジーナス、フケガオという原作序盤の悪役博士をまとめて仲間に引き入れた不死身のやべーやつ&最も精力的に原作ブレイクを行っている転生者。便利屋枠。
基本的に自分のクローンしかブライト化しないが、ジーナスの技術等でクローンを魔改造するのでバリエーションは豊か。
作中で説明すると冗長過ぎたので省いたが、一つの思考で全コピーブライトを動かしている某QBみたいな存在。
他の個体がやっている事、感じていることをリアルタイムに共有してるという脳内設定(ヘッドカノン)で書いてる。原作だとコピー同士の記憶共有とか詳しく書いてる記事を知らないけど、こんな感じでもなけりゃ「死ねない、死にたい」ってならないと思うの。
ちなみに本作中に登場するSCPは「不死の首飾り」のみ。

ブライト博士の人事ファイル
http://ja.scp-wiki.net/dr-bright-s-personnel-file
SCP-963 不死の首飾り
http://ja.scp-wiki.net/scp-963

2021/04/23 加筆修正
2021/10/13 こっそり加筆修正


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第三話 - 戦慄のタツマキ

――何!? 超能力が使えなくなっただと!?

――ふざけるな! まだほとんど解析出来ていないんだぞ!?

――独房へ入れろ! 超能力を取り戻すまで出す必要はない!!

 

 暗くて何もない独房の中。幼い私は能面のような表情で膝を抱えうずくまっている。

 ……今まで散々私を持て囃していたくせに、力がなくなった途端にこの扱い。もし力が戻ったら反抗されるとは思わないのかしら。

 

 だけど、これでいい。あいつらにとって無価値だとわかったら、私は捨てられる。そうしたら、あの子の……フブキのところへ帰ることができる。だからそれまでの我慢。

 

――クソっ、襲撃(けいさつ)だ! 資料だけ集めて逃げるぞ! 早くしろ!

――ガキどもはどうする!? 貴重な検体だぞ!

――大半は低能力のゴミだ! タツマキも力が戻らん以上価値はない! 置いていけ!

 

 不意に、牢の外が騒がしくなる。

 どうやら、あいつらのやってる悪事が外に漏れたらしい。

 これで家に帰れる……そう思っていた時、身の毛もよだつような獣の咆哮が周囲へ轟いた。

 

――合成獣をけしかけろ! なるべく時間を……うぎゃあああ!

――暴走だとッ!! クソっこんな時に、俺はもう行くぞ!!

 

「……ここから出して! 私を置いていかないで!」

 

 恐怖に駆られて叫んだ私の声に応える者は、誰一人としていなかった。慌ただしい足音と、何か物が壊れる音、そして銃声と悲鳴だけが施設内を反響しながら遠のいていく。

 やがて、鼻の曲がるような異臭が重い足音と共に近づいてきた。血の臭いの混ざった荒い吐息が漂い、新しいエモノを探すように鼻息を荒げて嗅ぎ回る音が周囲に響く。

 そんな状況下で幼い私はにできたことは、息を殺して牢の奥で震える事だけだった。

 

 そして大きな怪物についた無数の目玉と鉄格子越しに目があってしまった瞬間、私は絶叫していた。

 

助けて! だれかぁ!!

 

――もう大丈夫、私が来た!

 

 重たい破壊音と、血の匂いが私を包む。

 開け放たれた扉から差し込む光を背負った、その大きな人影はそう言った。

 

 

※※※

 

「……サイアクの目覚めだわ」

 

 じっとりと寝汗の染み込んだベッドの上で、一人の少女が呻いた。

 彼女は深く大きなため息を吐き出すと、汗でピタリと肌に貼り付いたネグリジェを荒々しく脱ぎ捨て、そのままシャワールームへ重い足取りで向かう。

 熱いシャワーを浴びて汗を洗い流すと、少女は再びため息をついた。

 

(……この間の怪人のせいかしら)

 

 独りでにバルブが回り湯が止まり、水音が消え。次の瞬間、彼女の体の中心から膨らむように現れた緑色の力場が、熱を帯びた滑らかな肌の表面と艷やかな深緑の頭髪から水分を弾き飛ばした。

 

(怪我はとっくに治った。……そもそもバリア越しに軽く肌を焼いた程度じゃ怪我のうちに入らないし)

 

 淡い緑色の光に包まれながら浮遊してきた衣類を掴むと、彼女はそれをさっと身につけた。

 

(……悔しいけどアイツに庇われなければ危ない場面も何度かあった。一人じゃ苦戦するほど強い怪物なんて、今まで存在しなかったのに)

 

 ふと見れば、窓から差し込む陽光の位置は既に昼を回って久しい事を示していた。たまの休暇とはいえど、彼女にしては遅い目覚めだったらしい。

 

(だからかしらね、まだ弱かった頃の夢を見たのは)

 

「それとも、アイツが訪ねてくるから?」

 

 ポツリとこぼした言葉は、静かな部屋へ吸い込まれて消えた。

 

 

 

――ピンポーン。

 ドアチャイムを鳴らし、とある高層マンションの一室の前に立つ大小二つの人影。

 それは筋肉とモヤシ……つまりはオールマイトとシゲオの二人であった。

 

「うーん、出ないですね。あの、ちゃんとアポイントメント取ったんですか?」

「……ええと、私ってそんなに非常識に見えるかな?」

「……なんとなく、衝動的に行動してそうなイメージが」

「ええーっ、これでも考える脳筋を心掛けてるんだけどなあ。しかしこの遠慮のなさ、ちょっと距離感縮まった感じがして嬉しくなるね!」

 

「アンタたち、人んちの前で騒がないでくれる?」

「わっ!?」

 

 唐突にドアが開き、二人の前に深い緑の髪と瞳を持つ小柄な少女が姿をあらわす。無防備なじゃれ合いを見られた事で軽く赤面しながらも、シゲオは目の前の人物に目をやる。

 あまり背が高いとは言えないシゲオより更に小柄なその少女は、肌にピッタリと張り付く深緑の衣服を身に纏っている。勝ち気そうな緑の瞳が鬱陶しそうな視線を二人へ向けていた。

 

(この人が、“戦慄のタツマキ”。町中で超能力者を見掛けることはたまにあるけど、こんなに強烈なオーラは……)

 

 同じ力を持つシゲオの目には、目の前の小柄な少女の体から立ち昇る濃密なオーラが映っていた。そのあまりにも配慮を欠いた威圧感に、彼は冷や汗を垂らしながらゴクリと生唾を飲む。

 ――戦慄のタツマキ。彼女はヒーロー協会の最高戦力たるS級ヒーロー第二位であり、シゲオの隣に立つ筋肉と同等以上の強さを持つとされる“超能力者”である。

 

「やあタツマキくん、休暇中にすまないね!」

「ホントよ、何日ぶりの休日だと思ってるの? まあ、休みの日っていつも暇でしょうがないから別に構わないけどね……で、そいつが例の?」

 

 オールマイトに対して軽口を叩く彼女だが、口ぶりとは裏腹に休暇を邪魔された苛立ちを見せる様子もなく、ただ興味の色を含んだ鋭い視線でシゲオを射抜いていた。

 圧倒され無意識に後退るシゲオの体から本能的にオーラが漏れ出すのを見て、タツマキは目を細める。

 

「……ふぅん? 確かにそこそこの力を持ってるみたいね、私には及ばないけど。まあ、いい線行ってるんじゃない?」

「だろう? 君を除けば最も強い力を持っていると私は踏んでいる」

 

 そう言うと彼女はすっと目元を和らげた。それと同時に周囲を取り巻くオーラが引っ込み、プレッシャーもまた消え去りシゲオはようやく安堵した。

 

「ど、どうも。これからよろしくお願いします、タツマキ先生?」

「正直面倒だけど、そいつの頼みだから。まあ上がりなさい」

「はい……」

 

 ツンとした態度のまま部屋へと戻る彼女に、シゲオは若干ビビりながらついていく。そんな様子にオールマイトは苦笑する。

 

「あまり怖がらせないでやってくれ、一般人だから」

「そんだけの力持っておいて一般人? 笑わせるわね」

「……すみません」

 

「さて、と。コーヒーでいいわね?」

 

 テーブルに二人を着かせたタツマキは不意に手を奇妙に踊らせる。すると食器棚からコーヒーカップとコースターが3つずつ飛び出し、テーブルの各人の前へと音も立てず着地する。

 

 同時にキッチンから飛んできたドリッパーにペーパーフィルターがセットされる。コーヒーミルがゆっくりと豆を挽きながらテーブルへと飛来し、その中身をドリッパーへ空けてキッチンへと戻っていく。湯気の立つ電気ケトルがゆっくりとドリッパーへとお湯を注ぎ……抽出されたコーヒーが空中で三股に分岐しコーヒーカップへと注がれてゆく。

 

「相変わらず魔法みたいな光景だね」

「そんなオカルトと一緒にしないでくれる? ……って、アンタは何を呆けてるのよ」

 

 慣れた様子のオールマイトとは対象的に、コーヒーが出来上がる様を唖然とした表情で見ていたシゲオにタツマキが半目で問いかける。

 

「い、いや、だって……」

「なによアンタもこれくらいは……え、もしかしてできないの? それじゃ普段何に力使ってるのよ」

「ええと、重いものを持ち上げたり、高い所にあるものを取ったり……?」

 

 その返答に対し、今度はタツマキが唖然とする番であった。

 

「――はぁ!? アンタ……ちょっとまって」

 

 そう言って手首を軽くスナップさせると、キッチンから少量の生米が飛んできてテーブルの上にぶちまけられる。そして、彼女は顎でそれを指し示す。

 

「それ、拾ってみなさい」

「え? は、はい……」

 

 意図を読み取れないながらも彼がおずおずと伸ばした手に、タツマキは目を剥いた。

 

違う! なんでそこで手を使うのよ、超能力使えっつってんの!」

 

 突然の大声に、シゲオはビクリとして手を引っ込める。そして今度こそ超能力を使って生米の一粒一粒を浮かせると、自分の手のひらへと引き寄せ始めた。

 そんなたどたどしい“力”の行使を目の当たりにし、彼女は深くため息をついた。

 

「こんな大出力の能力者がどんな指導を求めてきたのかと思ってたけど……アンタはアレね? 超能力を特別な()()だと思い込んでるタイプね」

 

 木っ端能力者にありがちな“力”の捉え方だわ。そう吐き捨て、タツマキはテーブルの生米を一斉に浮かせた。シゲオの目には、彼女の指先から伸びた力場の線がテーブルで薄く広がり生米を包み込み、形を変えずに持ち上げる様が見えた。

 それに対し先程の彼は、生米の一粒一粒を力場で包み込み持ち上げていた。

 

「いいこと? 私達にとって超能力は手足の延長なの」

 

 タツマキが指で円を描くと、米粒の板は形を維持したままくるりと回り出す。そのまま手の平をゆっくりと開くと粒の間隔もまた広がり、握ると圧縮されて塊となった。

 

「だから使えば使うほど鍛えられて器用になるし、使わなければ鈍る」

 

 そしてピンと指を弾くと生米の塊は弾丸のように飛んでゆき、そのままキッチンへと消えていった。

 

「長時間の維持もできない木っ端能力者ならともかく、この程度の動作私達には負担ですらないわ。私は日常生活でも超能力でやれる事は全部超能力でしてる」

 

 そう言って、タツマキはシゲオの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「それはズルしてる訳でも、怠けてる訳でもないの。私達にとってはこれこそが普通のやり方で、見方を変えれば日々の鍛錬でもあるわ。むしろ、積極的に使わない事こそが怠惰よ」

 

 そこまで喋った彼女は湯気の立つカップを手元に引き寄せ一口飲むと、深くため息をついた。

 

「そこの筋肉に頼まれたときは何の稽古をつけるべきか悩んでたけど……そうね、アンタはまずその意識を変えるところから始めなさい、全てはそこからよ」

 

 そう言って、タツマキは真剣な眼差しをシゲオに向ける。

 

「アンタがもし助ける側(ヒーロー)を目指すならその力を伸ばすことは必須よ。そうでないとしても、この間みたいな時の為に力は伸ばすべきよ。ただ助けられるのを待つだけじゃなく、アンタ自身も足掻いて、助ける側の助けになれるようになさい」

「……はい」

 

 叱られた子供のように俯きながら小さく返事をする彼に、タツマキは再びため息をついた。

 

「週一回……そうね、土曜の昼頃にうちへ来なさい。それと、日常的に能力を使う事に慣れる事。超能力は磨き続ける事で光るのよ。返事は?」

「……はいっ!」

「よろしい。それじゃあまずは……って、アンタは何をニヤニヤしてんのよ」

 

 基本的な指導を始めようと口を開いたタツマキは、横で嬉しそうに笑うオールマイトに怪訝な表情を返す。

 

「いやあ、想像以上にいい先生になってくれそうだから嬉しくて」

 

「……暑苦しい笑顔向けないで」

「照れちゃって、しっかりと私の……おおうっ!?」

 

 タツマキの頭を撫でんと伸ばされた大きな手はバリアに弾かれる。

 

「撫でんな! いつまで子供扱いする気なの、私もう28よ!」

「えっ」

 

 ごめんごめんと笑いながら謝るオールマイトにテーブルから身を乗り出して怒る彼女の姿は子供そのものであった。その怒りの矛先は素っ頓狂な声を上げたシゲオにも向けられる。

 

「……で、アンタは何を驚いてんのよ。私がいくつに見えた訳?」

「(返答間違えたらキレるやつだこれ!)ええと、18くらい……?」

 

 シゲオがしどろもどろになりながら答えると、タツマキはフンと鼻を鳴らして椅子に座り直す。

 

「あらお上手。……年下や同年代とかぬかしたら捩じ切ってたわ」

(何を!? 怖っ!!)

 

 まだくつくつと声を殺して笑うオールマイトにご立腹らしく、タツマキはバンとテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「あーもう、アンタ、来週来るときはその筋肉ダルマ連れてこないでよ鬱陶しいから。今日はもうおしまいっ、とっとと帰りなさい」

「ちょ、それは酷くないかい!?」

「いいから……帰れっ!」

「「わっ!?」」

 

 タツマキが右手の中指と人差し指を気合とともにクイッと立てると二人の体が持ち上がり、その手のひらを反転させつつ押し出すと同時に開いたドアの外へと放り出された。

 二人が放り出された背後ではバタンとドアが締まり、丁寧にロックまで掛けられる。

 コンコン、と部屋をノックがされるがタツマキはガン無視である。

 ややあって本当に対応する気が無いと分かると、二人の気配は彼女の部屋を離れ始めた。

 

「……あの、怒らせちゃったみたいですけど」

「大丈夫、あれは照れてるだけだからね!」

「本当ですかー?」

 

「……覚えてたのね」

 

 ドア越しに遠ざかっていく声に一瞥をくれるとタツマキは少しだけ笑みを浮かべる。そして両手を踊らせ空になったカップをキッチンへと飛ばし始めた……少しだけ機嫌を直した様子で。

 

 

※※※

 

 たった一撃で倒した怪物を背にし、大きな影は幼い私に大きな手を差し伸べる。人を安心させるその暑苦しい笑顔は、逆光の中でも不思議とよく見えた記憶がある。

 

「……だあれ?」

「私はオールマイト、ヒーローさ」

「ヒー、ロー……?」

「……まあ、今はまだ自称なんだけどね」

 

 彼の手は腰の抜けた私の体をしっかりと抱き上げる。今まで戦っていたからだろう、あの時の熱い体温は不思議と今でも覚えている。

 

「……君は超能力者だろう、なぜ使わなかったんだい?」

 

 その質問に、幼い私は心臓を鷲掴みにされた心地だった。

 

「……超能力が出せなくなって」

「ふむ……」

 

 私の返答に彼は少しだけ悩むような仕草を見せ、やがて口を開く。

 

「……私は、私の手が届く限り、死力を尽くして誰かを助けるつもりだ。だけど、私の手は自分で思うより短くてね、目一杯必死に伸ばしても届かない事は幾度となく経験した。全力で走ってそれでも間に合わず悔しい思いをした事も沢山ある」

 

「だから、もしさっきみたいに助けが必要になったら……まずは、全力で足掻いてほしい。助かる為に戦ってほしい」

 

「その戦いは文字通り抵抗であったり、息を殺して潜む事だったり、相手を刺激しないよう振る舞うことだったり、状況によりけりだ。とにかく、助けが来るまでの時間を生き延びるための戦いをして欲しいんだ。そうすれば、助けが間に合うかもしれない」

 

「助かろうと頑張る事で、助けようとする者を助けて欲しいんだ」

 

 あの忌々しい研究所から開放された私の全身におひさまの光が降り注ぐ。

 腕の中で見上げた空が眩しかったのは、きっと太陽のせいだけではなかったのだろう。

 

 あのときの景色に焦がれたからこそ、私はこうしてヒーローになったんだと思う。

……アイツには、絶対に言わないけど。

 

 




タツマキ「来週から土曜は休むから」
協会「え、なにかご用事でも……?」
タツマキ「弟子取った」
協会「……!?!?」

・タツマキ回
ヒーローマンション編まで行く予定などないので転生者以外のメインキャラである彼女の過去掘り下げをここに持ってきました
・神「アイツ(ブラスト)はもう消した!」(AA略)
18年前にすでに会社員→現在恐らく40代、オールマイトも同年代キャラかぶり……もうそのまますげ替えちゃえ!!
となった訳です、だって原作ブラストの掘り下げが足りなくて扱いに困るので……

ブラストの方針がわかったので、彼は画面外でキューブ回収してます。
・タツマキの性格がかなり丸い
オールマイトの転生者は「いざというとき誰かが助けてくれると思ってはいけない」なんて厳しい事を幼女に言うわけがないので……
・地の文「少女」表記
とりあえず見た目重視で……ロリ姉さんもアリよね!

とりあえずここまでが導入部分的な感じになるのかな?
次から原作をなぞり始めます……なお、転生者の暗躍でイベント大幅カットの模様(筆頭:進化の家)
原作のヒーローや他の転生者にスポットライトを当てていきたいですね

2021/10/13こっそり加筆修正


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転生者たちの奮闘記
第四話 - 闇の地底人(HARD)


 平日の朝。

 静かな住宅街の道端で爆発音とともに地面が爆ぜた。

 

『ふはははは! 地上は我々地底人がいただいた!』

『地上人には死んでもらう!』

 

 爆ぜた地面より、土塊のような肉体に土偶の様な歪な頭部を持った異形の怪物たちが這い出してくる。

 地底人と名乗る彼らは無人の大通りを埋め尽くすように広がると、思い思いに進軍を開始した。

 

『まずはこの地に城を築き侵略の拠点としてくれよう!』

 

 高らかに宣言した怪物――地底人の背中に一本の矢が突き刺さる。しかしその矢は硬く厚い表皮に阻まれ、痛みを与えるに至らない。

 周りと比べやや大柄なその地底人はその矢を掴み、引き抜く。

 そして苦もなく片手でへし折って呵々大笑した。

 

『ふははははっ、早くも地上人の抵抗か。しかしなんだこの貧弱な攻撃は、我々の皮膚すら貫けぬではないか!!』

『やはり地上の下等生物では我々の相手にはならんらしいなぁ! 警戒すべきは天空族と海人族のみ、早急に地上を支配し奴等への対策を……!!』

 

 ピー、という甲高い電子音が辺りに響き渡る。

 怪物が音の出処……たった今握り締めている矢の残骸へ目をやった瞬間、怪物の視界は閃光に包まれた。

 

『な、なんだ、何が起こった!?』

 

 側に立っていた別の地底人はのそりと身を起こし、周囲を見渡して目をむく。矢を受けた地底人の右腕は見るも無残に吹き飛び、痛みと衝撃から昏倒している。周囲に居た他の者も負傷していた。

 

『な、なんという……!?』

 

 彼が茫然自失とした次の瞬間、風を切る音と共に先程の矢が雨あられと降り注いでくる。

 

『たっ、退避ィ――!!』

 

 その声が早いか、地底人たちは身を伏せ、アスファルトを砕きむき出しになった地面に素早く身を潜り込ませる。

 次の瞬間には降り注いだ矢が爆発を起こし、退避が間に合わなかった者たちを傷つけた。

 

『ぐっ……小癪な! 爆発は厄介だが死ぬほどではない!』

 

 絨毯爆撃が終わると、地底人たちは身を起こす。その姿はボロボロではあるものの未だ死者は出ていなかった。

 

『我々よりヤワな地上人の事、近付けばこの兵器は使えまい!』

『舐めた真似をしてくれた地上人へ鉄槌を!』

 

 鬨の声を上げる怪物たちの群れの前に彼らより一回りは小さい人間たちの軍勢が現れる。地底人は怒りのままに咆哮した。

 

「市街戦用の爆弾矢では効果が薄い……か。ならば1番隊、前へ!」

 

 男が腕を振ると、背後に整列していた男たちがざっと前へ出る。

 

「パワーアシスト起動、抜刀!」

 

 機械の駆動音が鳴り響くのを確認して、彼らは己の得物を抜く。尖端が二又になった槍、黒い刀身の短剣を持つもの、そして……。

 

『愚かな! 貧弱な貴様らが白兵戦で我らに敵うと思うか!』

『身の丈に合わぬ得物で強がるか、下等生物らしい考えだ』

 

 先頭に立つ、集団の中で一際大柄な男が溜めるようにゆっくりと背にした得物を抜き放つ。白いプロテクターのような物を身に着けた集団の中で一人黒い中世風の甲冑を身に着けたその男の得物は、一際異彩を放つ物であった。

 

 

 

――それは剣というにはあまりにも大きすぎた

 

   大きく

 

    分厚く

 

      重く

 

そして大雑把すぎた

 

それは正に鉄塊だった――

 

 

 

 男が凶悪な笑みを浮かべて鉄塊を正眼に構えると、怪物たちの中のいくらかはその威容にたじろぐ。

 それと同時に指揮者が再び号令を出す。

 

「1番隊、突撃!」

『者共、迎え討て――っな!!?』

 

 次の瞬間には、戦場を黒い風が駆け抜けていた。

 ――否、それは風ではない。鉄塊を携えた戦士が黒い外套を翻し、風のように怪物たちに斬り込んだのだ。

 

『うぎゃああああ!!』

『囲め、囲んで叩け! ぐあっ!?』

 

 戦士が得物を一振りする毎に怪物の身が斬り裂かれる。

 

『馬鹿な、岩の装甲を持つ我らが!』

 

「討ち漏らしを囲んで倒せ! あいつの剣に巻き込まれるなよ!」

「「「応ッ!!」」」

 

「少しくらい手柄回してくださいよ、ガッツ隊長ォ!」

「バァカ、手柄は自分で取りやがれ! ほぉら後ろ来てんぞ!」

 

 ガッツと呼ばれた戦士は部下の軽口に応えながらも、自身に迫っていた怪物の一匹を真っ二つに斬り伏せる。

 部下たちも忍び寄っていた地底人の腕を危なげなく斬り裂いた。

 

『ガッ……! そんなチャチな剣で我らの装甲を!?』

「科学舐めんな、ウスノロの怪物め!」

 

 科学の産物たる黒い短剣は、耳に障る甲高い音を立てながら返す刀で怪物の胸を装甲ごと深く抉って見せた。

 

『カハッ……この、虫ケラどもがぁ!』

 

 地底人が残る力を振り絞り目の前の男を叩き潰さんと振り上げた、その腕の付け根へ二股の槍が突き刺さる。

 

『ギャッ!?』

 

 バチリという音と共に怪物の体が痙攣する、その隙に黒い短剣が無防備な首を切り裂く。怪物がどうと倒れると、彼らは他の獲物を探して駆け出した。

 

『くっ……引けぇ! 引けぇ! 地底王様にこの事を……っ!!?』

 

 踵を返し始めた地底人の胸に、赤い槍が突き刺さる。

 槍の尖端は内部を蹂躙するように鋭い棘が広がり、怪物を瞬く間に絶命させる。

 

「撤退なんてさせるかっての」

 

 そう言いながら怪物に刺さった槍の石突を捻ると棘が収納され、青い鎧の戦士はそれを勢いよく引き抜くと同時に再度投擲する。

 

『馬鹿な、後ろからだと――があッ!』

「2番隊隊長、セタンタ登場ってな。――アクセル、こっちに大物はいねーがそっちはどうだ!」

 

 青い鎧の戦士、セタンタが耳に付けたインカム越しにそう言うと、部隊に指揮を出していた男、アクセルがそれに応える。

 

「こちらアクセル、こちらでも未発見だ。捜索を続けろ」

 

 アクセルは倒れ伏した怪物から剣を抜くと、周囲を見渡す。

 道を埋め尽くす程だった地底人たちの姿はすっかり数を減らし、見る間に追い詰められてゆく。

 周囲を警戒していた彼のインカムに通信が入る。

 

〘こちらガッツ。ほぼ片付けたがまだボスは見つかんねぇのか?〙

 

「こちらアクセル、未だ確認していない。……3番隊はどうだ?」

 

〘こちら3番隊イチロウ、発見できていない〙〘こちらサブロウ、同じく未発見だ〙〘こちらジロウ同じく――〙

 

 注意深く周囲を見渡しながらアクセルが尋ねる。隊員たちが口々に未発見であることを告げると彼はその報告に首をひねった。

 

「本当にボスとやらは居るのか……?」

 

「そいつは間違いねぇ、雑魚どもが地底王がどうのと喚いてたぜ」

「――ガッツか。残党狩りはいいのか?」

 

 いつの間にか近くに来ていたガッツにアクセルが挑発的な笑みを浮かべると、彼は鼻で笑った。

 

「ああ、十分狩ったしあとはアイツらでも十分さ。報酬は弾めよ」

「考えておこう、まあボスを狩った者が一番の――」

 

〘こちらシロウ! ガッツ、アクセル、左へ飛べッ!〙

 

 耳をつんざく悲鳴のような通信を耳にしたガッツはとっさにアクセルを突き飛ばす。そして次の瞬間、ガッツの足元から音もなく伸びた腕がその大柄な体を風船のように弾き飛ばした。

 

ガアッ――!?

 

 ガッツの体はビルの側面へ激しく叩きつけられ、まるでボールのようにはずんで地面へと叩きつけられる。

 

「ッ、ガッツ!!」

 

 突き飛ばされ、立ち上がり駆け寄ろうとするアクセルの目の前に他の地底人の二倍はあろうかという巨躯が地面から湧き出すように立ち上がった。

 四つの腕を持つ巨大な怪物の出現に、彼は立ち止まる。

 

『息子たちが随分と世話になったようだな』

 

 見上げる巨躯の怪物に、アクセルは思わず後退る。その周囲では、地底人たちが歓喜の声を上げている。

 

『地底王様っ!』『おお、我らが王よ!』『王よ、我らに力を!』

 

『……ふむ、地上人も思ったよりはやるらしい。だが、これまでだ』

 

 地底王は周囲を見渡すと、全身を眩く発光させた。

 

『我が名は地底王! 真なる地球の民にして支配者たる地底人の王。地上人よ、貴様らには絶滅してもらおう!』

 

 赤く発光する四本の剣を掲げると、地底人の残党が咆哮した。

 

「なにっ……ぐあっ!」

「さっきまでとは全然……がはっ!」

 

 先程まで劣勢だった地底人が隊員達をなぎ倒す。怪物たちは明らかに先程までを凌駕する力を発揮していた。

 

『ふはは、これが地底王様により賜った大地の力だ!』

『もはや我らに敵無し!』

 

 拳を振り上げ、倒れた隊員を叩き潰そうとする地底人の頭に再び矢が飛来する。硬質な音に弾かれたそれは空中で爆発した。

 

『無駄だ! もはやそんなもの我らには効かぬ!』

「ちっ、さっきより硬くなってやがる……だが!」

 

『があアッ!?』

 

 赤い槍が地底人の脇へと深く突き刺さり、内部を棘でズタズタに引裂くとセタンタはそれを引き抜き次の敵へ対峙する。

 

「関節は柔らけぇままだ。お前ら狙うべき場所は分かったな!」

「さすがは兄貴! さあハンターズの意地の見せ所だ、やるぞ!」

 

 応という掛け声とともに、隊員たちが再び怪物とぶつかった。

 その様子を横目で見ながら、地底王はアクセルに向き直る。

 

『さて、貴様が首領だな? 我々も始めようではないか』

 

 四本の剣を構える地底王に、彼はじわりと冷や汗をかきながらも静かにインカムを起動した。

 

「こちらアクセル、3番隊に二号の使用を許可する。……巻き込みを注意しつつ期を見てやれ――ッ!?」

 

『私を前におしゃべりとはいい度胸だな』

 

 地底王の剣の一振りがアクセルの立っていた地面を切り裂くと、その威力によって大地が爆ぜた。

 

「……まともに斬り合うのは無理だな」

『今のを避けるか。だが、四本の剣を避けきれるかな――!?』

 

 四つの剣を振りかぶった地底王が不意によろめいた。アクセルはその隙に地底王から距離を取る。

 

『貴様、まだ生きていたか』

「こちとらしぶとさがウリでね、この程度じゃくたばらねぇさ」

 

 頭と口から血を流しながらも両足でしっかりと立ち、鉄塊を構えるガッツ。しかしその重心はやや不安定で、ダメージの深刻さが見て取れる。だが、彼は引かない。

 

「オレが前に出る。援護は頼んだぞ」

「……無茶はするな」

 

『相談は終わったか!』

 

 地底王の四つの剣を鉄塊が受け止める。激しい剣戟が鳴り響き、空気が震えた。

 

『オ゙オォ――ッ!』

「シイッ――!」

 

 鉄塊が二本の剣を弾き上げる。続けざまに放たれた残りの二本を返す刀で撃ち落とし、振り下ろされた追撃を下がって躱す。

 

 そして一歩踏み込んだ地底王の眼前突如現れた黒い塊が爆ぜた。

 

『ぬおっ!?』

「俺を忘れてもらっちゃ困るな」

 

 アクセルの手榴弾だ。無傷ではあるものの、視界を遮られた事に苛立つ地底王が剣の一本をアクセルへ投擲する。

 彼は短剣を盾にし軌道を反らしながら辛うじて躱した。短剣は砕けて飛散し、握っていた手の指があらぬ方向へ曲がる。

 

 着地に失敗し転がる彼に、地底王の憎悪の視線が突き刺さる。

 

『猪口才な――ッ!?』

「おおおおおおおおっ!」

 

 しかし、その隙を逃すガッツではなかった。手榴弾の煙を掻き分け地底王へ迫った彼が鉄塊を力いっぱいに突き出した。

 

『ぐあッ!!』

 

 その渾身の一撃は地底王の脇腹の装甲を砕き、浅いながらも大きな傷跡を残す事に成功した。

 

『このッ……虫ケラめがアッ!』

「があっ!!」

 

 がむしゃらに振るわれた二本の腕はガッツの体を中心に捉え、再びその体を弾き飛ばす。地面に倒れ血を吐く彼に、容赦ない蹴りが追撃として襲った。

 

「がっ――!」

 

 サッカーボールのように蹴り上げられた彼の体はビルの壁へと叩きつけられ、地面へと崩れ落ちる。

 

『地海空を統べる王の中でも最硬を誇る我が肉体に傷を付けるとは、地上人にしてやるではないか』

 

 悠然と歩み寄る地底王。対するガッツは鉄塊を杖に立ち上がろうとするも、その場に力なく膝をつく。

 

「……クソッタレ」

『だが終わりのようだな、この地底王が手ずから終わらせてやる。光栄に思いながら、死ぬがよい』

 

 そう言って、地底王は一振りの剣を天高く振り上げた。

 

「避けろガッツ!!」「ガッツ……!」「隊長ッ!」「ガッツ隊長ォ!」

 

 最後の地底人にトドメを刺したセタンタが、血を流しながら立ち上がったアクセルが、周囲を取り巻く隊員たちが叫ぶ。

 

〘剣を盾にしろ〙

 

 走馬灯であろうかスローモーションのように振り下ろされる剣を見据えながら歯を食いしばっていた彼は、とっさにその声に従った。

 

 

――トッ。何かが硬いものに刺さるような小さな音。

 

 

 次の瞬間、巨大な爆発が地底王の脇腹から吹き上がった。

 

「がっ……!」「くっ……!」

 

 爆風によってガッツとアクセルは吹き飛ばされ、遠巻きに見ていた隊員たちも吹き飛ばされまいと足を踏ん張った。

 

 爆風が吹き抜け黒煙が晴れると、上半身の消し飛んだ地底王と、呻きながら転がるガッツの姿が残った。

 

「二人とも無事か!」

「俺は無事だ、ガッツは――」

 

 駆け寄ってきたセタンタが自力で立ち上がったアクセルとともにガッツを助け起こす。助け起こされた彼は、痛みから低く唸る。

 

「……あのアホを減給してくれ」

「――無事みたいだな」

 

 悪態をつくガッツに、二人はホッと胸をなでおろした。

そこへ、赤い外套の弓使いが歩み寄ってくる。

 

「助けてやったのに酷い言い様だな」

 

 そう言って気障に肩をすくめて見せる男に、ガッツは恨みがましい視線を浴びせる。

 

「アホか、オレごと吹っ飛ぶところだったわ」

「生憎だが二号の使用命令はそこの団長から出ている、文句があるならそちらに言ってくれないかね?」

 

「俺は使用許可こそ出したが使えとは言っていないぞ、シロウ。……まあ、あれくらいでなくては倒せなかったろうがな」

 

 シロウと呼ばれた3番隊の隊長がニヒルな笑みを浮かべ言うと、アクセルは呆れたように訂正する。

 

「ははっ、まぁ今回も腕無くさずに済んだんだからいいじゃねーか。――おおい、お前らも全員無事か!」 

 

 セタンタが隊員たちに声をかけると、各々へたり込むように休んでいた隊員たちがぞろぞろと集まってくる。

 そして、担架で運ばれてきた隊員に、四人は目を見開く。

 

「お前……」

「はは、やられちまいましたよ」

 

 その隊員は、右足の膝から下を欠損していた。止血こそされているが、血がにじみ出る傷口に彼らは言葉を失う。

 

「すみません、俺はこれで引退になりそうです」

「……いや、これまでご苦労だった。サイボーグ医療を受けられる程度の手当は付けられるはずだから、とにかく今は安静にしろ」

「はい、ありがとうございました……」

 

 担架で運ばれる彼の姿を見送り、アクセルは深く溜息をつく。

 

「これで残り58人、先月に引き続き今年二人目の引退者か」

「怪人災害の頻度は加速的に上がってやがる、おまけに強さもだ」

 

 やってらんないね、とぼやくセタンタ。

 

「だが、こうして戦わねば市民にも犠牲が出る。我々のような人間(ふくしゅうしゃ)は少ないほうがいいからな」

「わあってるよ」

 

 シロウが言うと、彼は肩をすくめて溜息をつく。

 

「……とにかく、怪人の死骸を引き渡して今日はしまいにしようぜ。こないだの傷がようやく治ったってのにまたこのザマだ」

「お前はいつもボロボロだよな、ったく俺を見習えっての」

「うっせ、スティンガーのパチモンが」

「あ゙あ゙っ!? テメェ言っちゃなんねぇ事を……!!」

 

 バチバチと火花を散らす二人に、シロウは肩をすくめる。

 

「……全く、怪我してるなら大人しくしておけばいいモノを。ほら、今日は奢ってやるから機嫌を直せ」

 

「あん? 何だ妙に気前いいじゃねーか」

「なに、ボスの討伐でボーナスが出るからな」

「は? オレが付けた傷がなけりゃ刺さりもしない矢が何だって?」

「ほう? 命の恩人に対して随分な物言いだな」

 

「……お前ら喧嘩するな鬱陶しい」

 

 やかましく言い争う三馬鹿にアクセルは呆れたように天を仰いだ。

 




・ハンターズ
怪人に身内を殺された人が中心となって集まった私設戦闘部隊。
原作では怪人協会編で5人の犠牲を出しながらも怪人レベル:鬼を討伐したとされるなかなかの手練。転生者三名抱えている。
戦闘スタイル等は全部捏造。高周波ブレードと電殺槍、パワーアシスト付きプロテクターが標準装備だが転生者は使ってない。
1番隊が斬り込み隊、2番隊が奇襲メイン、3番隊が後方火力。
ヒーローマンション編まで行く予定など(ry
最初から出す予定のガッツの所属先としてめっちゃ好都合だった。
急に生えてきたバウンティハンター設定も活かせて良い事ずくめ。

・ガッツの転生者
主人公枠にするには力不足ながら一番思い入れある原作の転生者。
死体から生まれてないし、掘られてないし、蝕も超えてない、腕も目も健在な黒い剣士。ハンターズ1番隊隊長。
ついでに言うとドラゴンころしも鉄じゃなくて、より軽くて頑丈なスーパー合金製。鎧も同じく。
原作ガッツ程の修羅場を超えてないし、ガッツが足りないことを自覚してる。御本人とミラーマッチしたら確実に負ける系転生者。
後者二人とはよくつるむ。

・セタンタ(クー・フーリン)の転生者
にわか知識で出したキャラ枠。スティンガーのパチモンと呼ぶとキレる。この世界じゃスティンガーのが知名度高いから仕方ない。
サーヴァントでもなければ半神でもない、御本人とミラーマッチしたら確実に負ける系転生者。ハンターズ2番隊隊長。
ゲイ・ボルグもどきは機械式で刺すと針が飛び出し、石突をひねると針が引っ込む、あとスーパー合金製で硬い。それだけ。
因果逆転もなければ必中でもなく投げても分裂しないし、ホーミングもしない。回復阻害もしない。ついでにいうとルーンも使えない、矢も避けなきゃ多分当たる。
この世界で父親が神とかややこしいから仕方ないね。
ガッツらと同格の範囲内に収まっている。

・衛宮士郎の転生者
にわか知識で出したキャラ枠。
ホントはアーチャーになりたかった系転生者。髪は赤毛のまま。
教えられる人がいないので魔術使えないし固有結界とか何それ美味しいの? ……誰か使い方教えて?(切実)
英霊じゃなくて生身の□□士郎として転生して普通に育ってきたので魔術頑張ってもたぶん無限の剣製は使えない。
でも弓はめっちゃ頑張った。ハンターズ3番隊隊長。
実は干将・莫耶モドキ(特殊効果なし)も持ってるがあまり使わない。
爆弾矢一号(市街戦用)とは別に爆弾矢二号(対鬼想定)の装備を常時許可されている。

・イチロウ/ジロウ/サブロウ
ハンターズ3番隊のモブ隊員。
シロウをモブ隊員と誤認させようと試みる為だけの名ありモブ。
……すぐ気付けた?

・アクセル(ワンパンマン原作キャラ)
誤解が多いようなので補足すると、one版106話で本格的に出てくるキャラです。その後出てこないまま原作更新が止まってます……
村田版のネームや霊幻スピンオフ、各種アニメ化で忙しいから仕方ないね

・地底人&地底王
原作では侵略開始位置の悪さで即死即降伏した運の悪いやつら。
でも深海王や天空王と同格なんだからこれぐらい強くなくちゃね。
演出をサイタマの夢寄りに、強さは王は鬼で部下は虎まで。
能力不明なので、味方バフと天然由来の土や岩なら自在に透過移動できる能力を付与した。
後者は地上戦ではあまり意味がない、なぜ地上で戦ったし。


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第五話 - 博士たち

 一昔前に一人の天才科学者がいた。

 

 彼の名はジーナス。その知力と観察力は常人を凌駕し、これまでに数々の発見や発明を成し遂げてきた。

 人々は彼の発明に惜しみない称賛を贈ったが、彼の思想に賛同する者はいなかった。

 

――人類という種の人工的進化。

 

 遺伝子操作により人類をより強い種へと変化させるべきという彼の主張は受け入れられることがなく、彼は世界に失望し始める。

 

 現状に満足し、停滞している人類はジーナスにとって頭の悪い動物にしか見えなかったのだ。

その現状を打破するため、彼は研究にのめり込み……。

 

――ある人物と出会ったのだ。

 

「キミ、面白い研究をしているらしいね」

 

 ブライト博士。研究者の家に生まれ、あらゆる分野でジーナスに劣らぬ功績を残す“異端児”であった。

 

 

※※※

 

「人類は今も尚、自ら進化を続けている」

 

 ある平日の夕方の研究所にて、ジーナスは真面目な表情で話を聞いているシゲオに目をやりながらなにやら記号等が書かれた図面をスクリーンに映し出してみせていた。

……当然、シゲオは欠片も理解していない。

 

「こちらが旧来の人類、こちらが進化の途中にある人類の遺伝子だ。この進化はここ数十年の間に急速に進んでいる」

 

 画面が切り替わり、シゲオも見知った顔がいくつか映し出される。オールマイトやタツマキ、他のS級の面々等。

 シゲオ自身の顔もあった。

 

「世の中に君のような超能力者や、オールマイトを代表とする身体機能に特化した存在――いわゆる超人が少しずつ増えているのだ」

 

 そういって手に持った指し棒でスクリーンを叩くジーナス。

 

「……私が幼い頃には、こういった存在は稀であった。私や先生のように頭脳に特化した存在がいくらか居た程度か」

「はあ」

「そして新人類の増加とともに、発生件数の増えてるものがある」

 

 分かるかね? と尋ねるジーナスに、シゲオの隣で勢いよく手が上がった。暇だからと同席したジラである。

 

「わかりました、答えはヤギね!」

 

「畜生の戯言はいいとして……」

「畜生!?」

「せっかく咲いた中庭のツツジを根こそぎおやつにされたとマルゴリが嘆いてたぞ、ヒト扱いされたいならそれなりの振る舞いをしろ」

「蜜と花弁のハーモニーが美味しくて、つい!」

 

 ショックを受けるジラと彼女の奇行を暴露したジーナスのじゃれ合いに苦笑しつつ、シゲオは控えめに手を上げる。

 

「答えは怪人、ですよね」

「正解、だ」

 

 ジラからそらした視線はまっすぐとシゲオに向けられ、ジーナスの端正な顔に笑みが浮かぶ。

 

「怪人、怪生物は年を経る毎に発生件数が増えており、とりわけてここ十年は急速に加速している。知っているな?」

「はい、近代史の授業で習いました。かつては数年に一度、十年前で数カ月に一度、ここ数年はほとんど毎日のように……」

 

 彼は先日巻き込まれた事案について思い出し、身震いする。

 

「そのとおり。では発生率の高まった怪人の“種類”はわかるか?」

「種類、ですか? えー、地底人、地球の使者……」

 

 シゲオが近頃起きた怪人災害について思い巡らせていると、それをジーナスの手が制した。

 

「大きな事案は無視してくれて構わない、あれらは割と例外的だ」

「ええと……わからないです」

 

 降参とばかりにシゲオが呻くと、ジーナスは笑みを浮かべる。

 

「ならば教えよう、答えは人間から変化した怪人だ」

「人から……それって」

 

 シゲオは思い当たった事柄に思わず息を呑む。ジラはどこからか取り出した大きな葉をかじり始める。

 

「ヒーローを始めとした超人と怪人。それらは表裏一体の存在だ」

 

 プロジェクターの明かりで、ジーナスの眼鏡が白く光った。

 

「負の感情を溜め込み過度のストレスにより肉体に異変をきたし、異形に変化したのが怪人であれば。健全な精神のもと肉体が正当に進化した者が超人であり、新人類だ」

 

 スクリーンにはなにかの細胞のような物が映し出される。シゲオにはそれが何か分からないが、ジーナスは興奮したように言う。

 

「かつて私は停滞を受け入れ進化をやめた人類に失望していた……。しかし私達が気付かない内に進んでいたのだ、それも急速に!」

 

「教えてくれたブライト博士には、今でも感謝している。あの時気付かなければ、私は人類の進化を我が手で起こさんとしただろう」

 

 そう言って、ジーナスはコップの水をあおる。

 

「とまあ、コレが私の研究さ」

「わざわざ講義していただいてありがとうございます」

「なに、構わない。キミのような優秀な遺伝子を持った新人類に興味を持ってもらえて、少し張り切ってしまった」

「長くてよくわかりませんでした!」

「お前には端から期待などしておらん」

 

(……この子ホントに前世は人間だったんだろうか)

 

 元気一杯にそんなことをのたまうジラを横目にそんな失礼な事を考えるシゲオ。なお彼もこの講義を半分も理解していない。

 

――ズン、という地響きとともに研究所が揺れる。蛍光灯がチカチカと明滅し、空のコップが床に落ちて割れる……寸前に緑の力場が包み込み机に戻っていった。

 その様子をジーナスがしげしげと眺める。

 

「見事だ。……しかし何事だ、中庭の方からのようだが」

「あー、またブライト博士でしょうか?」

「何でもかんでも先生のせいに……大抵間違ってないから困るな」

 

 妙な事はだいたいブライトのせいとばかりに言うジラに同意するジーナス。そんな様子にシゲオは普段の人間関係を垣間見る。

 研究所内はあれよあれよという間に警報が鳴り始め、周囲もざわつき始めた。シゲオはため息を一つつく。

 

「とりあず、なんかあったら困るのでちょっと見てきますね」

「あ、わたしも行きます!」

 

 

 

――数分前。

 

「きょきょきょきょ! ついに究極の植物活性剤『花咲G3』が完成したぞぉ弟よッ!」

 

 そう言って白衣の男が掲げたフラスコには、奇妙な輝きを放っているライトグリーンの液体が満たされていた。

 

「これでお前が世話する大切な庭木はたちまちに蘇る! またあのキリン娘がつまみ食いしようともすぐさま元通りだ!」

「ありがとう兄さん! せっかく綺麗に咲いたツツジの花が一晩で消えて悔しかったんだ……」

 

 それを受け取る筋肉質な青年は嬉しそうに笑う。

 彼らこそ、この研究所に所属する若き研究者とその弟――フケガオとマルゴリの兄弟である。

 

「さっそく花を蘇らせようではないか!」

「うん、行こう兄さん!」

 

 そう言って中庭に向かった二人は、中庭の隅にあるツツジの木へと向かった。丁寧に剪定されたツツジの木にはこの時期咲き誇っているはずの花が一輪もない。咲いた途端に、根こそぎおやつにしてしまった馬鹿(ジラ)が居るからである。

 

 マルゴリは悔しげに拳を握りしめる。彼はトレーニングが終わると研究所の植物の世話をすることが日課となっていた。

 筋肉と同じく、植物も手入れをすればそれに応えて育ってくれる。その喜びに目覚めた彼は、手ずからに育てた植物達の開花をいつも楽しみにしていたのだ。

 

「さあ、お前の手で蒔いておやり! その方が植物も喜ぶはずだ!」

 

 そう言って手渡されたフラスコの中身を、マルゴリはゆっくりとツツジの根本にかけてやった。

 するとまるで動物のようにツツジの枝葉がうねり始め、枝からは花目が付き、蕾となり、そして見る間に花が咲いた。

 

「おおっ、やったぞ成功だ! きょきょきょっ!」

 

 奇声を上げ喜ぶフケガオとは対照的に、マルゴリは静かな歓喜に打ち震えていた。そして伸ばした手でそっと淡い色の花弁に触れ……未だに蠢いている枝にその太い腕を絡め取られた。

 

「え?」「きょ?」

 

 ツツジは見る見るその体積を増してゆき、広がった根が地面を剥がし、枝は太く長く、葉や花弁は分厚く大きく。そのサイズは広い中庭を覆い尽くさんばかりだ。

 

……そして巨大化してゆくツツジの中央には巨大な花が生まれ、それが甘ったるい異臭を放ちながら開花する。

 

『ヴォォオオオオオオ!!!!!』

 

 その花はまるで猛獣の口のように棘が生え揃い、涎のように蜜を滴らせながら咆哮をあげた。

 

大怪樹どとうのツツジ 推定災害レベル:鬼

 

触手のように蠢くツツジの枝葉に絡め取られた二人は空中でお互いに顔を見合わせると、全身から冷や汗を滴らせる。

 

「お、大きく育ちすぎだぁあああああああ!?」

「というかもはやこれツツジじゃないよ兄さああぁん!!」

 

 二人は枝の触手に振り回されながら絶叫を上げた。マルゴリの体が怪樹の口元へゆっくりと運ばれ始める。

 

「たっ、たすけて兄さん! たすけぺっ?!」

「やめろバケモノ! 食うなら私を食え、弟には手を出すなぁ!」

 

 到底届かぬ手を伸ばすフケガオの努力も虚しく、怪樹は彼の首を締めて気絶させ、口へどんどん引き寄せてゆく――その時、その体を締め上げていた触手が切断された。

 

「ったく、()()とんでもない事やらかしやがって……!」

 

 朱槍の軌跡が煌めき、枝葉が次々と切断される。

 

「俺がゲイ・ボルグのメンテに来てて良かったなぁオッサン!」

 

 朱槍の穂先でフケガオを締め付ける枝葉を切断し、青い鎧の戦士――セタンタがそう吼えた。

 

「おお、助かった! だが私はおっさんではない、まだ25だ!」

「その顔で年下かよっ、っと!」

 

 マルゴリを回収したフケガオに迫る触手を切り払い、更に一本、二本と叩きつけられる触手を軽やかな身のこなしで躱すセタンタ。

逃れたフケガオが素早く近くの警報機のスイッチを入れると、研究所内にブザー音が鳴り響く。

 

「じきに助けが来る! それまでなんとか耐えぁあああああ!?」

 

 彼がそう叫ぶや否や足元に忍び寄っていた触手が再びマルゴリ共々吊るし上げるのを見てセタンタは舌打ちする。

 

「ルーンさえ使えりゃ纏めて焼き払ってやるんだが、なっ!」

 

 複数の触手を切り払い、弾き、時には避け……しかし手数が足りずセタンタは徐々に押され始めた。

 

(……人間とはいえクー・フーリンの身体に産まれてこのザマとは、ガッツの奴を笑えねぇなクソッタレ!)

 

「――危ないッ!」「かはっ!?」

 

 そうして余計な事を考えていたからであろうか、フケガオの警告も虚しく触手の一つがついに朱槍を弾き飛ばし彼の体を捉えた。

 

「くっ、うおっ!?」

 

 全身に巻き付く圧迫感と持ち上げられる浮遊感がセタンタを襲う。逆さ吊りにされた彼は即座に身を起こし脚に巻き付いた枝葉を引きちぎろうと掻き毟るも、素手で千切れる強度ではない。

 

(マズったな、援軍が来るまでの時間持つか?)

 

 一旦息を整えようと脱力すると、彼の視界に白衣の女が映る。

 

「ランサーが死んだっ!」

 

 残念な事にブライトシスターズの片割れであった。

 

「……死んでねーよ」

 

 研究所のピンチにも関わらずふざけた発言をしてくれる所長(ブライト)に、セタンタは頭痛がする思いであった。

 こめかみを押さえる彼に対し、彼女はいつもの胡散臭い笑みを湛えてただ立っていた。

 

「で、非戦闘用の肉体で野次馬か? 見ての通りピンチなんだが」

 

 横を見れば、フケガオがマルゴリと仲良く気絶して吊られている。研究所内の戦力が集まるまでの時間稼ぎをしていたセタンタであるが、真っ先に来た人物に期待できない事に落胆する。

 

「いやあ、せっかくの触手に絡んでるのが男ばかりだと華がないのではないかと思ってね?」

「……は?」

 

 そう言うが早いか、怪樹の枝葉が伸びてきてブライトを絡め取る。

 枝葉は脚伝いに白衣を捲りあげながら上半身へと伸び、逆さ吊りの体勢で全身を強固に固定する。

 

「んっ、ふっ……これが触手プレイと言うものか。これはなかなか」

「頭沸いてんじゃねーの?」

 

 自ら要救助者――別に助けなくとも差支えはないが――を増やしにきたブライトに対し、セタンタは呆れてしまう。

 なお、触手に締め付けられて強調された豊かな胸部や顕になった太腿などに視線が行ったりはしていない。ないったらない。

 

 そんな視線を気にもせず、ブライトは逆さ吊りのまま思案顔をしばらくしたかと思えば。

 

「ふむ、ブライト・ガールやブライト・ロリータも持ってくるか?」

 

 などとのたまった。

 

「や め ろ。これ以上面倒を増やすな!」

「冗談だ。それよりそろそろ……ほら」

 

 ギッ、と怪樹が短く悲鳴を上げる。セタンタが視線をやると、怪樹の花は見えない何かによって空へと引き抜かれようとしていた。

 それは子供が地面に生えたタンポポを意味もなく引き抜くような気軽さを感じる光景であった。

 

『ギッ……ギギギ……! ギシャアアアア!?』

 

 バツンと太いワイヤーが切れるような音とともに怪樹の根が大地から引き剥がされてゆき、やがてその全貌が空中に晒される。

 セタンタはそのなんの技巧も感じられない、幼子の所業の如き稚拙そのものな力任せの――圧倒的な力に、自然と畏怖を抱いた。

 

(……これが、異能を生まれ持つ転生者の力か)

 

 右手を掲げてその力を行使する少年が研究所のマスコット(ジラ)と共に奥の棟から歩いてくる姿を見つけたセタンタは深くため息を吐く。

 彼は長年の鍛錬や怪人、怪物との数えきれぬ死闘を乗り越え技を磨いて生きてきた。肉体に宿った戦いの才能を活かしながら。

……しかし、ただ生まれ持っただけのその力に勝てるビジョンがただのひと欠片も見えなかった。

 

(俺じゃなく本物なら……いや、やめとこう)

 

 彼はそんな考えを頭を振って振り払う。この強大な力の持ち主は自分たちの味方なのだ、対処を考えるよりこの稚拙な運用をどうにかしてやる方が建設的であると。

 

「すみません、ちぎる前に引っこ抜けちゃったんですけど……」

「頑丈なんですねー」

 

 そんな間の抜けた声に、セタンタは再び深くため息をついた。

 

「タツマキみたいに捩じ切りゃいいだろ、それか両側から引張って千切るかだな。とりあえず先にそこの槍取ってくれや」

「あ、はい!」

 

 少年――シゲオが左手をかざすと、愛用の朱槍がセタンタの手元に飛んでくる。彼は手早く自らの足に絡んだ枝葉の触手を切り離し、そのまま触手伝いに登って気絶したフケガオとマルゴリを回収して地面へと降りた。

 どさりと地面に二人を下ろした彼の頭上から声が降ってくる。

 

「……おおい、何か忘れてないかい?」

 

 枝葉に肢体を深く締め上げられ、妙に扇情的な姿で逆さ吊りになったブライトだが、胡散臭い笑みは健在である。

 

「はン、テメェはしばらく頭冷やしとけ」

 

 突き放した言葉に対して、ブライトはキョトンとした表情をしたかと思えば、その顔はすぐにニヤニヤ笑いへと変わる。

 

「なるほど。私の縛られた姿をもっと長く眺めていたいのだね? さあ遠慮は不要だ、存分に楽しみたま――」

 

 言わせねえよとばかりに赤い閃光が彼女を吊る枝葉を切断し、その体が地面へ無造作に叩きつけられる。背中から落ちたブライトはぴぎゅ、と奇妙な声を上げてそのままぐったりと動かなくなる。

 

「捩じ切る……意外と難しいなこれ……えいっ!」

 

 そんな気合の入った声が聞こえたかと思うと、怪樹の花がぐるりと一回転して地面へ転がり落ち、全身を痙攣させる。

 捩じ切った断面からはバケツをひっくり返したように粘度の高い蜜が噴き出し、真下でぐったりとするブライトへ降り注ぐ。

 乱れた白衣はべったり蜜に濡れて彼女の体に張り付いており……。

 

「……あっ」

 

 落ちた花を視線で追った先でそんな光景を見つけたシゲオはやや頬を赤らめながらもなんとも言えない表情となる。

 

「一応忠告しといてやるが、見た目がいいからって女のブライトに色気を感じてるようじゃ後で痛い目見るぞ、いやマジで」

「あの、いえ、別に僕は……」

 

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになるシゲオの様子に「若いな」と苦笑いしつつ、セタンタはブライトを米俵のように担ぎ上げる。

 

「まーその反応からするに、合算してもかなり若けぇなアンタ? アンタの噂はかねがね聞いちゃいるが、会うのは初めてだな」

 

 セタンタがそう切り出すと、シゲオはハッとして会釈する。

 

「すみません、ご挨拶が遅れました……モブサイコのシゲオです。TYPE-MOONのクー・フーリンさん、で合ってますよね?」

 

 そう尋ねる彼に、セタンタは頷く。

 

「正解、と言いたい所だが……俺の事はセタンタと呼びな。クランの猛犬(クー・フーリン)と呼ばれるにゃまだ早いヒヨッコでね」

「……?」

 

 よく分かっていない様子のシゲオに苦笑しつつ、セタンタは朱槍の穂先で事切れた怪樹を指し示す。

 

「悪いが広がってると邪魔になるし、適当に丸めて裏手の実験広場の隅に置いといてくれや。後始末は研究所の職員がやるだろうよ」

「あ、わかりました」

 

 了承したシゲオが作業を始めると、ジラは落ちた巨大な花を持ち上げ滴る蜜を指で掬って舐めながらその背を追いかけていった。

 

「……いつも思うがアイツ(ジラ)は頭がキリン過ぎないか?」

「そこが彼女の魅力じゃあないか」

「うおっ!?」

 

 独り言に反応する声に気の抜けていたセタンタは驚いて担いでいたブライトを落としてしまう。ビタンと地面に叩きつけられた肉体を見て、声をかけてきた白衣の男(ブライト)は苦笑を浮かべる。

 

「……いつも思うが、君らは私の体の扱いが雑じゃないかね?」

「雑な扱いされるだけの理由を作らないでくれるとこっちとしても助かるんだがな。ほら、テメェの体くらいテメェで面倒見ろ」

 

 首根っこをつまみ上げて投げ渡された肉体を危なげなくキャッチしたブライト(白衣の男)はニヤリと笑う。

 

「別に持って帰って貰っても構わんのだが?」

「おぞましいこと言うんじゃねぇ」

「おや、その割にこちらの私の肢体に興味がお有りのようだったが」

 

 見られる視線は意外とわかる物なのだよとにやにや笑いを浮かべる彼にセタンタはげんなりとする。

 

「やめろください」

「ふふ、今日はこのくらいにしておこうか。マルゴリ君とフケガオ博士の方は頼んでいいかね?」

「二人とも俺かよ……医務室へ運んでおくから処置は頼むわ」

 

 ため息混じりに二人の体を担ぎ上げた彼に、ブライト(白衣の男)は笑顔で白衣の女(ブライト)を差し出す。

 

「ああ、女体を運びたいなら代わるぞ。希望するなら医務室のブライト(わたし)も二時間ほど席を外すが?」

「そろそろ残機減らすぞコラ」

「おっと、それは困る。今日のおフザケはこの辺にしておくよ」

 

 そう言って笑いながら去ってゆく彼に、セタンタは大きなため息をついた。

 

「この研究所、ホントに大丈夫かコレ……」

 

 セクハラ博士(ブライト)ウッカリで怪物を発生させる博士(フケガオ)危険思想を持つ博士(ジーナス)と曲者だらけの研究所は常に騒ぎが絶えないのであった。




・大怪樹どとうのつつじ
初のオリジナルの怪物。名前は語呂で適当に。
見た目のイメージは最初ヘルバオムにするつもりが描写的にTerrariaのプランテラっぽくなった?

・ジーナス博士
進化の家発足の理由を「進化の歩みを止め、停滞に満足する人類への不満」という解釈で推し進めつつ、怪人の発生率とともにヒーローを代表にする超人的身体能力を持った人々を「進化の過程である」と言うふうにでっち上げて改心の理由付け的な感じにした。

・フケガオ博士
元々のバックボーンがあまりないので……まあ、昔お世話になったブライト博士の転生者のもとで今も働いてる的な(雑)
上腕二頭キングは色々困るので作らせない代わりに今回はそのへんの草木から怪人レベル鬼級を作れる薬を作ってもらった。
このくらいの騒ぎは割とよくあること。

・マルゴリ
こいつ研究所で普段何してるんだろ?って思ってたらなんか庭師的なアレに喜びを感じてた。

・ブライト博士の転生者
セクハラ常習犯。
乗ったが最後、他の個体が実況を始めるであろう。
モブ転生者たくさん出すの大変だし、研究所の雑用とかコイツがほぼやってることにしてもいいかもしれない。

・セタンタの転生者
クー・フーリンに憧れて転生したものの強さが届かない事に悔しく思いながら日々鍛錬してる。
何もしなくても強くなるキャラを羨ましく思うことはあれど、自身の選択に後悔はしていない。

・影山茂夫の転生者
暇なときは放課後に研究所まで飛んで遊びにくる。

・アミメキリンのフレンズの転生者
転生してから数カ月キリンの脳で生きていたためフレンズ化して記憶を取り戻してからもだいぶん頭がキリン。道草をよく食う(物理)


オールマイトの転生者さんがなかなか出てこないぞ……メインキャラじゃなかったのかな?


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タツマキとの訓練-1/ 転生者たち-1[食堂にて]

【タツマキとの訓練-1】

 

「ねぇアンタ、電車でここまで来たでしょ」

「え? はい、そうですが……」

 

 約束の土曜日、訓練を受けるべくタツマキのマンションを訪ねてきたシゲオが開口一番に言われたのはそんな事だった。

 シゲオの返答にタツマキは眉を寄せ、額に手を当てる。

 

「……アンタねぇ、超能力でできる事は訓練も兼ねてなるべく超能力でやりなさいって先週言ったの忘れた?」

「い、いえ。ただ、具体的に何をどうすればいいのか……」

 困惑する様子のシゲオに、タツマキは大きくため息をつく。

「次からは()()()来なさい」

()()()!?」

 

 緑の双眸にジトっとした視線を浴びせられ、シゲオはたじろぐ。

 

「で、でも、法律とか……」

「んなもん無いわよ、規制が必要になるほど飛べる人間は多くないし、飛行機や重要施設に気をつければ文句も言われないわ」

(タツマキさんが怖くて文句言えないだけじゃ……)

 

 宙に浮かびつつ踏ん反り返るタツマキに彼はそんな感想を持った。

 

「というか、飛んでみようとかしたこと無いの?」

 

 そんな失礼な――あながち間違いでもない――感想など露知らず、タツマキはうつ伏せの体勢で見下ろしながら質問を投げかける。

 

「飛べたら便利だとは思いますけど……生き物に、ましてや自分に能力を掛けるってのがちょっと怖くて」

「なに? 子供の頃に加減間違えて怪我でもさせた?」

 

 うっ、と言葉を詰まらせ顔を俯かせるシゲオに、タツマキは大きくため息をついて床に降りる。

 

「図星、ね。ハァ……アンタ、面白いくらいに力を持て余して腐らせる能力者の標本みたいになってるわね」

「……すみません」

 

 別に面白くないけど、とジト目で見つめられたシゲオは肩を落として俯いた。そんな彼にタツマキは再び大きくため息をつく。

 

「ったく、私の次くらいの力はあるんだからシャンとしなさい。んで、あんたが怪我させた時の状況は?」

 

 その言葉にシゲオは目を泳がせるが、彼女の視線に負けたらしくやがて観念したようにぽつぽつと話し始めた。

 

「……幼稚園くらいの事でした」

 

 記憶を探って視線をさまよわせ、彼の声は懺悔のように震えた。

 

「当時から力を使えた僕は、飛んでみたいとせがまれて友達を浮かせようとしたんです。……誓って、悪意はありませんでした」

 

 彼は自らの手のひらを目の前にかざして見つめる。

 

「軽率に友達に手をかざして、持ち上げて。そしたら、友達の腕から変な音が鳴って、聞いたこともないような悲鳴を上げたんです」

 

 シゲオは当時の感触を思い出すように握り拳を作り、やがて開く。

 

「まるで万力で締めて砕いたみたいだって、あとで聞かされました。……辛かったのは、友達の親すら直接僕を糾弾しなかったんです。ただ僕から目を逸らして、その日から僕は友人を根こそぎ失った」

 

 彼は語り終えると、黙って聞いていたタツマキの反応を窺うように上目遣いで見つめる。

 

「加減を知らない子供の能力者にありがちなミスね、自分の握力との差を理解せずに手を握る感覚で力を込めてしまう。アンタは“力場”の手で腕を握って持ち上げようとしたんでしょう?」

 

 その質問に彼がこくりと頷くと、彼女はテーブルの上に置かれたペットボトルに緑色の力場を伸ばす。

 力場の筋はボトルへ到達すると、本体を包み込むように広がってそのままシゲオに見やすいように浮かび上がる。

 

「超能力で掴む、っていうのはこういう事よ。全体を包み込むようにすれば、負荷は分散される。そして……」

 

 ペットボトルへ繋がる力場の線は半ばから枝分かれしてボトルのキャップへと伸びると、それは滑らかに回転して開封した。

 

「一点に集中させるのは、その部分に負荷をかける時。壊す、捻る、千切る……そういった干渉以外には必要ないわ」

 

 開いたキャップを閉め直すと、彼女はそれを彼の手元へ飛ばす。

 やってみろと顎で示された彼は指先から伸ばしたボトルを力場で包み、キャップを回そうとしてそのままもぎ取ってしまう。

 

「あっ」

「意識しすぎね。手の握力とは比べ物にならないくらい強いから、かるーくやるイメージで十分よ」

 

 キッチンから新しいボトルを引き寄せたタツマキは、彼にそれを差し出した。シゲオは先程と同じように、しかし力加減により気をつけながら力場を操り……今度こそキャップを開けてみせた。

 ホッとする様子の彼に、タツマキはジト目で言う。

 

「言っとくけど、これ初歩の初歩の初歩の……ってレベルの話よ? 試行錯誤すれば自ずと出来るし、いかにアンタが日常で力を使ってないかが丸わかりね」

「うぐっ……」

 

 図星を突かれて黙り込むシゲオに、タツマキはフッと笑う。

 

「まあそれはいいわ。じゃ、力加減も覚えたところで今度は生き物……そうね、私を持ち上げてみなさい」 

「えっ? あ、危なくないですか……?」

 

 シゲオの脳内ではスポーンと首が飛んでいくタツマキの図が展開され、一人身震いする。

 

「私を誰だと思ってんの? 今のアンタの全力くらいなら余裕で弾き返せるわ。それに負荷の少ない浮かし方教えたでしょ」

 

 身に纏っていた微弱なバリアすら取り払い、タツマキはその場に仁王立ちする。さっさとやれというの視線に、彼は冷や汗をかく。

 

「え、えと……では、失礼して」

 

 シゲオは両手を伸ばし、その指先から伸びた力場でタツマキの体を包み込み始めた。胴から始まり、胸、頭、腕、足……と力場の膜で丁寧に這ってゆき、やがて彼女の全身が包まれる。

 

「……っ! で、では、浮かします!」

 

 彼が宣言すると、タツマキの体は重力から切り離されたかのようにふわりと浮かび上がる。

 

「ふん、まーギリギリ及第点ね。とにかく力場の展開速度が激遅、これじゃ咄嗟の時に間に合わないわよ」

「精進します……」

 

 タツマキは腕組みを解くと、少し考えて口を開く。

 

「アンタは表面に薄いフィルムのように力場を広げていってるけど、こんなもん大雑把でいいのよ、ほら」

 

 タツマキの身体から伸びた巨大な力場の塊がシゲオの体をまたたく間に飲み込んだかと思えば、そのまま彼の体を空中に浮かせる。

 

「力場にはちょっとした感覚があるから、慣れれば瓦礫の中から人や物を選り分けることだってできるわ。力場の密度を薄くすれば広範囲のセンサーの役割だってできるし」

 

 シゲオの体を浮かせながら、タツマキは解説を続ける。

 

「アンタも木っ端能力者じゃあるまいし、もっと豪快にいきなさい。あとは……そうね、アンタが自分自身を浮かすこと、よ!」

「え? うわっ!?」

 

 バン、とベランダの扉が開き、何が起こったかを理解できる前にシゲオの体は宙へと放り出されていた。

 

「おああああああああっ――!?」

 

 天へ翔る景色の中、ようやく状況を把握したシゲオは全身を力場で素早く覆い、高層マンションの中程の高さでその身を静止させる。

 

「ハァ……ハァ……! し、死ぬかと思った……!!」

「バカね、もしダメでも地面までには拾うわよ」

 

 冷や汗を吹き出しながら震え上がるシゲオに、上から声が降る。

 同じくベランダから飛び出し浮いているタツマキだ。

 

「どう、咄嗟でもちゃんと出来たでしょ? こんなもん、多少コツを掴めば自転車よりも簡単なのよ」

 

 ドヤ顔でいう彼女に、シゲオはげんなりとする。

 

「とっても心臓に悪いのでやめてください……」

「ま、これで感覚は掴めたでしょ。これからは飛んで移動なさい」

 

 不敵な笑みを浮かべたタツマキは、そのまま踵を返しベランダへと戻っていった。それをフラフラと追いかけながら、シゲオは大きくため息をついた。

 

 


 

 

【転生者たち-1[食堂にて]】

 

「よぉシゲオ。今日は研究所でメシか?」

「あ、セタンタさん。今日は母が遅くなるそう、なの……で」

 

 研究所の食堂へ向かっていたシゲオが背後からの声に振り向くと、セタンタを先頭にやたらとガタイのいい男が三人も並んでいた。

 狼狽えるシゲオに赤いコートを着た男が笑う。

 

「ガッツ、お前の顔が怖いから新入り君が怯えているではないか」

「ああ?」

 

 自覚があるのか、三人の中でも一番巨躯の男――ガッツは反論もせずに凄むのみであった。

そんな様子に戸惑うシゲオにセタンタは苦笑する。

 

「いつもこんな感じだから気にすんな。とりあえずコイツらもお前と同じ転生者だ、挨拶しとけ」

「は、はあ……僕は影山茂雄の転生者です、よろしくお願いします。えーと、TYPE-MOONつながりの方々ですか?」

 

 シゲオがそう尋ねると、二人は軽く瞠目する。

 

「おっと、私はそうだがこっちは違うぞ? どうやらお前の原作は知られていないらしいな」

「今日はオフでドラゴン殺し持ってねーからだし……って、さっきテメエが名前呼んでたよな? マジで知らない感じか……?」

 

 なにやらショックを受けた様子のガッツに、赤いコートの男は皮肉な笑みを浮かべる。

 

「まあ古い作品だったからな」

「転生者の年齢なんてアテにならねぇよ。ってか古くねぇし、前世じゃまだ連載中だったわ。たまたま知らないだけだろ……ちなみにお前、前世だと何年生まれだった?」

 

 ずい、と身を乗り出して尋ねるガッツにシゲオは一歩後退る。

 

「ええと、2004年です」

「……思ったより若えな。ひょっとして真面目にジェネレーションギャップってやつかね……ああ、オレはガッツだ【ベルセルク】のな」

「ベルセルク……ああ、たしか前世で3Dアニメ化してましたっけ」

「ああ、それは忘れていい。オレ的にはナシだった」

「……?」

 

 真顔でそんな事を言う彼に赤いコートの男が鼻で笑う。

 

「まあ、ソイツの事はもういいだろう。私の事は分かるかね」

「あ、はい。TYPE-MOONのエミヤさん……ですよね?」

 

 すんなりと答えたシゲオに対して、彼は満足げに頷く。

 その横ではガッツがやや不満げな顔をしていた。

 

「セタンタ……クー・フーリンを知っているなら知ってて当然か。ただ、この世界だと苗字の概念がないのでね、シロウと呼んでくれ」

「はい。……あれ、そういえば髪色が違うような」

 

 赤みがかった茶髪へ視線を向けたシゲオがその疑問を口にすると、セタンタは口元に笑みを浮かべる。

 

「原作の髪色は確か、固有結界の反動によるものだった気がするが、こっちじゃまだ型月系魔術の痕跡すら誰も見つけられてねーからな。……ところでコイツ、一時期白髪になってた時期があるんだぜ」

「おいやめ……っ離さんかっ!」

 

 セタンタに掴みかかろうとしたシロウをガッツが背後から素早く羽交い締めにする。丸太のような太い腕と2メートルを超える巨躯は暴れるシロウを完封していた。

 その必死の形相へニヤリと悪い笑みを浮かべて、彼は語りだす。

 

「高校の頃だったな、ある日コイツは突然髪を脱色した上に日サロで真っ赤に焼けて登校して来やがってよ。オマケに夏場なのに赤コート、あれは傑作だったわ」

「そうそう、白っつかほぼ金髪だったな、しかもブリーチで毛先が傷んで酷い事になってたし。この口調もその時突然始めたから『遅れてきた中二病』呼ばわりで大ウケしてたぜみんな」

 

 流れるように話へ便乗するガッツに、シロウの抵抗が一層強まる。

 

「お、お前らだって当時は丸坊主だったろうが!」

「そら俺らは野球部だったしな。お前帰宅部だったろ」

 

 自らの黒歴史を笑いながら暴露され、シロウは顔を怒りと羞恥で浅黒い肌を真っ赤に染めながら脱力する。

 

「くっ、殺せ……!」

「三人とも昔からの馴染みなんですね」

 

 少し強張っていたシゲオも、馬鹿騒ぎする彼らの姿に緊張の糸はすっかり解けてしまった。ガッツに拘束を解かれたシロウは肩で息をしながら額の汗を拭う。

 

「……ああ、いわゆる腐れ縁と言うやつでね。まさかN市のド田舎高校に三人も転生者が居たとは驚いたものだよ」

「オレらもそれがキッカケになって転生の記憶を思い出したんだが、コイツの醜態見てたおかげで奇行に走らず済んだんだよな」

「だな、サンキュー」

「しばくぞ……!」

 

 にやけ面の二人にプルプルと震えていたシロウだったが、やがて大きくため息をついてシゲオに向き直る。

 

「……すまないね、いきなり内輪ノリに巻き込んでしまって」

「あ、いえ」

「つか、メシ早く食おうぜ。腹ァ減ったわ」

 

 ぎゅる、とガッツの腹の虫の音が響き、シゲオは自分も空腹であることを思い出して苦笑した。

 

「そーだな。ったく、シロウのせいでスマンな」

「どの口がいうかコラ」

(またキャラ崩れてる……。仲いいなぁ)

 

 

 食堂の自動扉が開くと、食欲をそそる香りがふわりと漂い始め、シゲオの鼻をくすぐった。期待に胸を高鳴らせる彼の肩に大きな手が添えられる。

 

「ここのカツ丼は中々だぞ、安くて量もある」

「お前いつもそれだよな……お、今日の日替わりは天そばか。シゲオも選べ、今日は出してやんよ」

 

 と、まっしぐらに券売機へと向かったガッツが小銭を投入してカツ丼定食を購入する傍ら、セタンタは日替わり定食を購入しつつそう言った。

 

「え、いいんですか?」

「おう、将来有望な後輩にはツバ付けといて損はないからな。遠慮せず好きなの選べ」

「私のオススメは麺類だな、うどんも蕎麦も手打ちだぞ」

「じゃあ遠慮なく……僕も日替わりの天そばで」

 

 

「――なんか、どこかで見た事あるような人が働いてましたね」

 

 鮮やかな流れ作業で完成された天そば(海老を一本オマケしてもらった)を載せた盆を手にシゲオが言う。彼が直接見ていない原作の選択者らしく具体的なキャラ名等は思い出せないものの、何となく既視感のある姿をしていると感じていた。

 

「そりゃまあみんな俺らと同じ(てんせいしゃ)だしな、ちなみに転生者ならほぼ無条件にここへ就職できるぜ。やっぱ同じ事情を抱えてる者同士、身を寄せ合いたいところもあるしな」

「この食堂も施設内の清掃も、事務仕事に警備まで、ここの業務は一通り転生者がやっている。外注の業者入れたりしたら転生云々の話をおおっぴらに出来ないだろう?」

 

 蕎麦を啜りながらセタンタとシロウの説明を聞いたシゲオは内心で納得する。『転生』という共通の秘密を抱える同士が居るという事実がもたらす安心感のようなものは彼自身も感じていた。

 

「日常モノのキャラ選んだ奴らもサークル感覚でここに来るからな、ここに顔出してりゃそいつらともその内――っと」

 

 シゲオの隣でカツ丼を頬張っているガッツの正面へ作業服を着た、これまた背の高い大男がどっかりと腰を下ろす。その顔を見てガッツは口元を拭って応じた。

 

「よお、ジョウタロウじゃねぇか。今上がりか?」

「飯休憩。まだショタコンウサギの尻拭いに奔走してる所だ」

 

 そう言って深くため息をついてうどんを啜った大男の脇腹を隣に座るセタンタが肘で軽く突いた。

 

「まあそう言うな、ガワがあのダイナマイトで中身も原作と違って可愛げがあるとくりゃあ役得感もあるだろ?」

「原作の本人(アレ)だったらもっとスムーズに事が進むだろうよ。アイツは脳のスペックを魂が使い切れてねえ。ま、聞きかじる限りホンモノの性格だったら関わりたくもねえヤツだろうがな」

 

 やれやれと首を降る男と彼らのやり取りに、シゲオの頭には疑問符がいくつも浮かぶ。

 

(ジョウタロウってこの人……っ!?)

 

 マジマジと見ていると、彼の視界を突然青白い何かが埋め尽くす。驚いた彼が小さく悲鳴を上げて仰け反ると、男は顔を上げる。

 

「ほお、見えるんだな。()()()()

「コラコラ、初対面で脅かしてやるな。……ったく、すまないな」

 

 シロウの注意にもどこ吹く風な男の背後に、青白い力場が人型を取った。目を凝らして見ても、シゲオには細かいディティールまで感じることが出来なかった。

 

「一番分かりやすい自己紹介になっただろう。俺はジョウタロウ、ジョジョの奇妙な冒険の空条承太郎の転生者だ」

 

 視線だけ向けてそう言うジョウタロウに、シゲオはペコリと会釈する。よく見ると背後の人型がお辞儀をしていた。

 

「……あ、どうも。モブサイコの影山茂夫の転生者です。それって、もしかしなくてもスタープラチナですか?」

「ああ。もしかして、と思ってやってみたが超能力者にはスタンドが見えるらしいな」

 

 彼がそう言うと、人型――スタープラチナは彼に向けて両手でピースサインを送ってきた。

 本体とのギャップに噴き出しそうになるシゲオ。

 

「えと、ジョウタロウさんもヒーローやってらっしゃるんですか?」

「いいや、俺はメカニックをやってる。前世から荒事はニガテでな、この体とスタンドならやれなくは無いんだろうが」

 

 そう言ってうどんをすする彼の後ろでスタープラチナがシャドウボクシングを始めた。

 

「特別な因縁がある訳でもねえし、サイタマ(あのハゲ)の居ねえ状況を何とかする程の力があるわけでもねえからな」

「なるほど……所でどうしてメカニックを?」

「前世じゃ工業系の人間だったんだが漫画やゲームに出てくるガジェットの再現が趣味でな、学校や職場の機材借りて色々やってたんだが、この世界なら本物が作れる」

 

 ソイツの槍も俺の作品だと言って彼が顎で指し示すと、セタンタはニッと笑った。

 

「ああ、ホントに世話んなってるぜ。あのスタプラを便利な工具扱いすんのは正直どうかと思うがな」

「物をすり抜けて触りたいものだけ触れる、パワーもあって精密な動作が得意とくりゃあ理想的な工具だろうが……っと」

 

 麺のなくなった丼を手に持ち、ぐっと中身を飲み干すと彼は盆を持って立ち上がる。

 

「それじゃあ先に失礼するぜ、仕事が立て込んでるもんでな」

「向こうの計画も大詰めだろうし、もう一踏ん張りだな」

「あ、それではまた」

 

 口々に掛けられた言葉に肩越しに片手を上げて返事をするジョウタロウと、両手で手を振るスタープラチナを見送る。

 

「アイツはぶっきらぼうに見えるが中身は割とひょうきんなんだ、今は忙しいようだが、その内ラボの方に遊びに行ってやってくれ」

「あ、ハイ。スタンドの動きを見てるとなんとなくわかります」

「そうなのか? ……いや、まあ向かい合ってるときいきなり背後から肩叩かれたりとかするしな。そっち側ではっちゃけてるのか」

 

 セタンタがそう言って一人で納得した様子を見せる。

 

「そういえば、他にはどんな転生者がいるんですか?」

「全体で見ると数だけは多いが……大半はほぼ一般人として暮らしてっからな、普段ここに顔出すことも無いくらいに。そういう奴らは見かけてもあんま干渉してやるなよ」

「逆にここへ顔出すようなのはそれなりに濃い奴らだ。どういうのが居るかってぇと……まあ、バッタリ会った時のお楽しみだな」

 

 そう言ってニヤリと笑うガッツにシゲオは不満を顕にする。

 

「ええー、なんですかそれ」

「まあそう言うな、会ってからのお楽しみってな」

「原作イベントの見物にでも行けば大抵誰かに会えるさ、まあ一部は発生自体を潰してるがね」

「いろいろ面白いやつだから期待してていいぞ。なに、そう悪いやつは居ねぇよ」

 

 そう面白がって笑う三人に、シゲオはなにやら悪い予感を感じずにはいられなかった。




・タツマキ先生の授業
多分四話の裏あたりの出来事。
シゲオ君があまりに能力使わずに過ごしてきたので、基礎の基礎の基礎から教えてくれる。
シゲオ君はありがちなトラウマによる超能力の自己封印をしてきたので原作モブと比べても技量が激烈に低い。

・巨漢×4に囲まれるシゲオ
女の子が……女の子が居ない……!
転生者たちのガタイのいい男率がやたら高いような……みんな筋肉に憧れるから仕方ないね。

・転生者×3
この世界で同じ高校に通っていたらしい。

・研究所に来る一般転生者
日常モノキャラの選択者とかがメイン、ほぼほぼモブキャラに近い扱いの人たち。
美少女になって百合百合し隊の成れの果てとか結構いそう。

・空条承太郎の転生者
まさかのメカニック枠、スタンドで感情表現をする男。アラサー。
スタンドの物質を透過したり干渉したりする性質を思い浮かべて「機械の整備とかに便利じゃね?」と思いついてしまったから仕方がない。
前世ではゲームとかのギミック付きの武器とかを法に触れない範囲で制作してYouTubeとかでお披露目していた系男子。ああいう動画ワクワクするよね……。

次回は原作イベント回、なお書き溜めナシ。


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第六話 - 桃源団

「なぜ働かなければいけないのか!」

 

 昼間の往来に、野太い声が響き渡る。炎の意匠が施された黒いボディースーツに輝くハゲ頭。そんな集団がF市の駅前に集結している異様な光景を視界に入れた人々は、その主張へ耳を傾けることなくハゲたちの前から足早に去ってゆく。

 

「我々は断固働きたくない! だからこのハンマーヘッド率いる桃源団が変えてやる! 働きたい者だけが働き、他は養ってもらえる理想郷を作るのだ!」

 

 一際大柄なハゲの頭目による演説は駅前の喧騒に虚しく響き渡る。

 

「ボス、誰も聞いていません」

「……くそ〜! 愚かな民衆どもめ……行くぞ! まずは街一番の富豪ゼニールの豪邸を破壊し、我々が本気だとわからせるのだ! 不平等を打ち砕くために!」

 

 地団駄を踏んで怒りを表したハゲは仲間のハゲへ宣言する。

 

「「「イエッサー!」」」

 

 ズンズンと進み始めるハゲの群れ。太陽光を頭部で乱反射させながら行進するハゲたちは、やがて巨大な高層ビルの前で立ち止まる。

 

「このビル丸ごとゼニールの自宅です」

 

 部下のハゲがそう言うと、ハゲの頭目は怒りと嫉妬に打ち震えた。

 

「ぬぐぐ許せん! なんかこう、悪い事をして荒稼ぎをしたんだろう……! そうに違いない……!」

 

 このハゲたちは頭が良くないので、特に確証があるわけではない。だが彼らは本気だった。

 ピカピカのハゲ頭に違わずある意味ピュアに己たちの正義を信じているのだ。故にハゲの頭目は吠える。

 

「破壊しろ! 例の組織から命懸けで盗んできた最新式バトルスーツの威力を見せてやれい!」

イエッサーッ!!

 

 先頭に立つハゲの着込んだバトルスーツが起動し、勢いよく振り上げた前腕部が丸太のように太く膨張する。

 それを振り下ろせば、想像を絶する破壊力を発揮するのだろう……しかし、ハゲの体はまるで石になったようにその体勢から動かない。

 

「……? どうした、早くやらんか……!?」

 

 頭目のハゲが固まっているハゲの顔を覗き込むと、なんとそのハゲは白目を剥いて気を失っている。困惑するハゲたちの横から、頭目のハゲにも負けぬ大柄な男が現れた。

 

「オイ、お前たち」

「……!!? 何者だ!」

 

 不意に現れた大男にハゲたちが揃って警戒の眼差しを向けた。

 その大男は、ハゲの頭目から見てもわかる程に鍛えられている。前を開けた革ジャンの間から晒される鋼の肉体には、七つの傷が刻まれていた。ハゲの頭目は拳を構え、不敵に笑う。

 

「はハン、さてはテメェ俺達を阻むヒー……」

「お前たちが予告していたゼニールの自宅はここじゃねえ」

 

 予想とは違う言葉が飛んできた事で、ハゲ達が固まる。

 

「あ、ホントだ。このマンション違った」

 

 いち早く再起動した出っ歯のハゲが地図を確認するとそう言った。

 

「すいやせんボス、ゼニールの家はもっと先でした」

「……ハハハ、失敗は誰にでもある! 肝心なのは反省し次に活かす事だ、違うか?」

「違いません」

「よし、ならば改めてゼニールのもとへ行こうではないか! ありがとう親切な男よ!」

 

 そう言って笑いながら横を通り過ぎようとしたハゲの頭目の肩を、男がガシリと掴む。

 

「待て。お前らが行くのはゼニールの家じゃなく留置所」

 

 男が言口に出せたのはそこまでだった。猛然と振りかぶられた拳が、先程まで男の顔があった場所を通り過ぎていた。

 

「くくく、やはりヒーローか。くだらぬ」

「……ま、投降の意志はないわな」

 

 瞬時に身を躱しハゲの拳の届かない距離へ飛び退いた男は、小さくため息をついた。

 

「元気有り余ってるなら相手してやるよ、ニートども」

 

 男は胸の前で両手を交差するように上下へ動かし、構えを取った。

 

 

『只今速報が入りました、F市で桃源団を名乗るテロリスト集団が街を練り歩き市民を威圧している模様です』

 

 シゲオがテレビをぼんやりと眺めている時、そんなニュースが流れたのは全くの偶然だった。

 発達した頭蓋骨のハゲ頭とB級賞金首ハンマーヘッドの名前、そして『桃源団』の文字列から彼はそれが原作で起きた出来事であることを思い出す。

 

『テロリスト達は全員がパワードスーツを着用しており、現在警察はヒーローの到着を待ちながら避難誘導を進めています……』

 

 画面に映るハゲ頭の群れを前に、シゲオはむくりと立ち上がる。原作の事件には転生者が必ず当たる事になっている。研究所に来ない転生者にも会えるかもしれないと思い出したからだ。

 

「一応、見に行ってみよう……母さん! ちょっと出掛けてくるね」

「はーい。あ、帰りに牛乳買ってきて頂戴ね」

「わかった……じゃあ行ってきます」

 

 支度もそこそこに玄関を飛び出したシゲオは、いってらっしゃいの声を背に受けながら空へと飛び立った。

 

 

 昼下がりの街を眼下に望み、シゲオは空の上からF市に群れ成すハゲを求めニュースで見た景色を探していた。

 

「うーん、もう終わっちゃったかな……」

 

 彼がニュースを見て空へ飛び立ち、全速力で飛ばして約五分ほど経っていた。既に強いヒーローが接触したなら瞬殺もありえるので既に制圧済みの可能性がある。

 主な目的である転生者との面通しは可能だろうが、せっかくなら間近でヒーローの活躍を見てみたいという多少の野次馬根性も彼は年相応に持ち合わせていた。

 

「原作じゃ確かマンションか何かが倒壊してたし、もし危なそうなら助けないと……あっ」

 

 そんなことを考えていると、彼の視界へなぎ倒されるハゲたちの姿が入ってきた。

 

ぐえっ」「ぎゃっ!」「たわっ!

 

 次々と倒れ込み、数を減らすハゲの群れ。最初は余裕の表情だった頭目のハゲにも焦りの色が浮かんでいる。

 

「くそーっ、たった一人相手に何をしている! パワードスーツの力でねじ伏せろ!」

「こ、攻撃が当たりません! それに……あわびゅ

 

 男の手が頭部を掠めた瞬間、ハゲの一人が泡を吹いて倒れる。

 

(くっ、何故だ! あの男が触れる度ッ……何が起こっている!?)

 

 一人、また一人とハゲが倒れていく。倒れたハゲは地面で泡を吹いて痙攣し、起き上がってこない。

 男の遥か背後で砕いたコンクリート片を持ち上げる一人のハゲ。

 パワードスーツの力で投げる投石の威力はまさに砲弾、喰らえばひとたまりもない。

 しかし、ハゲが狙いをつける一瞬の間に、振り返った男の両手が空を突いた。

 

「えっ……トワッタ!! ワヒィ!!

 

 コンクリート片を振り被った体勢のままハゲがひっくり返る。

 

(〜〜〜ッ!!! まただ! 触れてもいないのに倒された!)

 

 頭目のハゲが引っこ抜いた街路樹で殴りかかるも、男は慌てもせずにその幹を蹴り砕く。そして間髪入れずに放たれた鋭い突きをとっさに腕で防ぐ。

 金属製のプレートで守られた腕部、本来ならば男の手は砕ける筈だ。――しかし。

 

あがあ!?

 

 鋭い痛みに後方へ下がってみればプレートは大きく凹み、その衝撃を物語っていた。ハゲの頭目の額に滝の汗が流れる。

 

(やっ……べえええええ!)

 

 気付けば、部下のハゲ達は皆地に伏し、残るは頭目のハゲのみとなっていた。

 それに気づいたハゲの頭目は大きく両腕を振り上げる。

 

「くそったれェ!」

 

 パワードスーツの出力を全開にし、破裂せんばかりに膨張した腕部を地面に叩きつけると凄まじい衝撃波とともに地面が隆起する。

 ハゲが顔を上げると、男は衝撃の範囲外へと逃げており。

 

「……ちっくしょうがあああああ!」

 

 最初に見せた、両腕を上下に広げる構えを取っていた。

 

「…………拳、奥義」

 

 素早く踵を返したハゲの頭目が逃げる間もなく、男の両手が鋭く突き出される。

 

天破活殺

 

ばわっ!

 

 その指先から放たれる不可視の何かに後頭部を穿たれ、ハゲの頭目は断末魔を上げてどうと倒れた。

 

 

 

「……すっご」

 

 少し離れた木の陰からその戦闘を覗き見ていたシゲオは、感嘆の息をもらす。

 彼の視点からでは目まぐるしく動く戦場をうまく捉えきれず、ヤムチャ視点とはこういうものなのかと少し感動した。

 

(ちゃんとヒーローの戦いを見たのは初めてだけど、こんな凄いんだ。超能力が使えるとは言ってもあんなのに混ざれないや……あれ?)

 

 目にも止まらぬ早さでハゲを制圧していった男に少しばかりの憧憬を覚えていたシゲオは、その彼の姿が見えないことに気付く。

 キョロキョロとあたりを見渡しているとその肩をトントンと優しく叩かれ、思わず振り返ると。

 

――視界いっぱいにいかつい鉄仮面が広がっていた。

 

「ひぇっ」

 

 思わず尻餅をついたシゲオを、仮面から覗く鋭い眼光が射抜く。

 

「おい、小僧ォ……」

「は、はぃ」

 

 低く唸るような声に、シゲオの心臓は爆発寸前となる。

 男が革ジャンの前を大きく開くと、彫像のように鍛え上げられた肉体に北斗七星のような傷跡が縦に刻まれているのが見えた。

 

「おれの名を言ってみろォ!」

 

 その気迫に縮み上がってしまったシゲオは口をパクパクさせるだけで声が出せず、無音のまま時間が過ぎていく。

 

「……くく、あっはっは!!」

 

 完全に硬直しているシゲオを見て、やがて男は表情を緩めて笑い出した。あっけにとられていた彼もやがてからかわれていた事に気づいて赤面する。

 

「はーっ、笑った笑った。ったく、お前さんならジャギ(おれ)程度一ひねりだろうに、ビビり過ぎだぜ坊主」

 

 そう言って差し伸べられた大きくゴツゴツとした手をシゲオがおずおずと取ると、彼は軽々とその体を立ち上がらせる。

 

「いや、だって僕完全にヤムチャ視点でしたし。無理ですって」

「んなこたぁねえさ、ちょっと浮かされるだけでろくすっぽ抵抗できねえからな。それにバリアの上から攻撃が通るかも怪しいもんだ」

 

 そう言って肩を叩く男に、シゲオは声を落とす。

 

「そう言われてもあれ見ちゃうと自信が……あ、どうもはじめまして、モブサイコの影山茂夫の転生者です」

「おうよろしく、見ての通りおれは北斗の拳のジャギの転生者だ……っと、そろそろだな」

「何が――えひゃい!?

 

 いきなり、全身に電気のようなものが走った事に驚いたシゲオにジャギは仮面の上からでもわかるくらい満面の笑みを浮かべる。

 

「な、何を……!?」

「くく、お近付きの印におれの技の本来の用途を体験させてやろうと思ってなァ――ほあったあ!

 

 素早い手の動きに、シゲオは硬く目をつぶるしか出来ない。

 しかし、想像していた痛みなどは全くなく……むしろ。

 

「……あれ、なんか体が軽い?」

 シゲオは地味に溜まっていた体の疲れがすっかり解れている事に気づいた。

 

「くく、驚いたか? おれは北斗()()拳の開祖……本業は個人の鍼灸院をやっている」

「鍼灸師!? って針やお灸で体を良くする、あの?」

 

 予想外の言葉に驚くシゲオに、ジャギは頷く。

 

「実家が気功系の拳法道場でな。どうやれば北斗神拳が再現できるか考えて……針や灸について学んだわけだ」

「な、なるほど……?」

「さてと、お話はこのくらいにしておこう。警察に引き渡しやすいようハゲどもを縛り上げておかないとな」

 

 腕組みをしてそう言うジャギに、シゲオはほっと胸を撫で下ろす。

 見た目の凶悪さに反して、その辺りの慈悲はあるらしい。

 

「あ、良かった……ちゃんと生きてるんですね」 

「まァ、殺さにゃならんほどの奴らでもないからな。脳震盪や一時的な全身麻痺やらで動けなくしただけだ……んお?」

 

 死屍累々のハゲたちを振り返ったジャギが硬直するのを見て、シゲオも怪訝な表情を浮かべる。すると、自分で作ったクレーターの中心でヤムチャしていたハゲの頭目の姿が消えていた。

 ジャギの顔に、冷や汗がだらだらと流れる。

 

「し、しまったァ!」

 

 そう叫び頭を抱えて慌てるジャギに、シゲオは「思った以上に親しみやすそうな人だなぁ」と少し安心した。

 

 

(危なかった、アイツが攻撃したのが頭で良かった! 俺の頭蓋骨が通常の何倍も分厚く助かった……!)

 

 ジャギたちが油断してる隙にこっそりと起き上がったハゲの頭目は脱兎のごとく逃げ出していた。とにかく近くの藪の中へ飛び込み、視線を避けて走り抜ける。

 構成員を失い、自分以外のバトルスーツも失い、今日までの積み重ねはすべて消えた。だが、まだ彼は折れていない。

 

(初めて喧嘩に負けた! くそう、あの野郎……次はもっと武装してブチ殺して……ッ!?)

 

 殺気を感じ、ハゲはとっさに立ち止まる。

 

(何か、いる……?)

 

 目を凝らして辺りを見渡すと、彼の目の前に黒い影が降ってくる。

 

「待っていたぞハンマーヘッド。予告の時間からかなり過ぎているが……その様子じゃとっくに蹴散らされたあとのようだな」 

「……!? お前は?」

 

 それは線の細い男だった。いかにも暗殺者といった出で立ちに、ハゲが一歩後退る。それを見て、男は鼻で笑った。

 

「ゼニールの使いだ。……しかしつまらん、強力なバトルスーツを揃えたと聞いていたが、ヒーローごときに全滅するとは」

「な、何ィ……!」

 

 濃厚な殺気に冷や汗を垂らしながらも、ハゲは憤り拳を握る。

 

「少しは骨のある相手かと期待していたらこれだ。もはやお前の相手などする気も失せたが……仕事は完璧にこなす主義だ」

「金で雇われたゼニールの犬め、勝手を……抜かすなァ!」

 

 バトルスーツの出力を全開にし、殴りかかるハゲ。暴風を伴うほどの一撃は空を切り――。

 

はひゅっ

 

 その後頭部へ苦無が突き刺さる事で、戦いはアッサリと終了した。

 男はつまらなそうに倒れたハゲを見やると、通信機を取り出す。

 

「チッ――ああ俺だ、終わった。残念ながら手加減はできなかった――ああ、死体は近くの雑木林の中だ、それでは今から戻……」

 

 報告を終えようとした所で、男は目を見張る。

 

「やつの死体が消えた……」

 

 

 

「はあッ……はあッ……! や、ヤツが刺したのが頭で良かった! く、クソぉ何だってんだ、俺が何したってんだぁ……!!」

 

 頭に苦無を刺したまま、ハゲは再度雑木林を駆け抜ける。立て続けの敗北に、ハゲの心は折れる寸前だった。

 

(なんとかこの窮地を脱して、再び仲間を集めたとして……俺はやれるのか!? 理想を成し遂げられるのか!?)

 

 ハゲ頭の中に諦めの文字がぐるぐると渦巻く中、林の中を駆け抜けるハゲの敗北者。その行く手に、二つの影が現れる。

 

「――はうあっ!?」

「見つけたぞハンマーヘッド」

 

 それは二体のサイボーグであり、彼には見覚えがあった。ハゲが身に纏うパワードスーツ、その製造元の警備兵だ。

 

「ゆ、許し……たわば!

 

 命乞いをする間もなく鋼鉄の腕に頭部を殴打され、ハゲは地に伏す。草むらに広がる血の池に、サイボーグ達はため息をつく。

 

「組織からスーツを盗んでおいて命乞いとは……どこまでも愚かなヤツだ。スーツの実戦記録を取る為に泳がせておいたが……」

「フン、コイツのスーツは回収しよう。死体はどうする?」

「放っておけ」

 

 テキパキとバトルスーツを外し丸裸になっつハゲを地面に転がすと、サイボーグ達は足早にその場を去って行った。

 

 そうして人気のなくなった雑木林で、ハゲはむくりと起き上がる。

 そして天を仰ぎ、すっと一筋の涙を流す。

 

(かあちゃん、頑丈に産んでくれてありがとう……俺、働くよ)

 

 その心は、完全に折れていたのは言うまでもない。




入念に折られるハゲ、でも原作と違って全員生存、やったね!

・ジャギ様の転生者
きれいなジャギさまとして原作北斗の拳改変を狙ってた転生者。
この世界で気功系の拳法の家に生まれ、鍼灸を学んで秘孔の研究をし、自力で北斗神拳もどきである北斗鍼灸拳の開祖となった猛者。顔に傷はないが、ヒーロー活動の際はジャギメットを被ってる。
胸の傷は秘孔で痛みを消して自分で付けたもののしばらくヒリヒリしてちょっと後悔したらしい。
天破活殺もどきは実は未完成、頭に気の弾丸を当てることで直接脳を揺らし強烈な脳震盪を起こすだけの必殺技。
飛ばした気で正確に秘孔突くとか絶技すぎる……。
……あれ?またマッチョな男追加されてる?おかしいな、女の子が全然いないぞ?

・関節のパニックさん
名前すら出てこなかった。
この世界だと転生者陣営にどう因縁をつけるか……。

・謎のサイボーグ
原作のエリミンとデストロなのではと噂の二体。
「組織」関連は転生者達もろくに情報掴めてません、だってまだ何もわからないもの……。

・ハゲのリーダー
なんだかんだ生き残ったので原作と同じく実家に帰って就活を始める事だろう。
部下のハゲたちも流れで解散。


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第七話 - Z市の噂〜ゴーストタウンの幻影

――Z市郊外 ゴーストタウン

 

「ふーっ、ふーっ……」

 

 荒れ果てた無人街の中心で、一人の男が息を荒げていた。

 手にしたサーベルは半ばから折れ、自慢の特注燕尾服もボロ雑巾のように破れ悲惨な様相となっている。

 

 彼の名はバネヒゲ。このゴーストタウンの調査に訪れたヒーロー、それもA級という世間に実力を認められた強者の一角だ。

 しかし、目の前に立つ異形はそれをものともしない。

 全身から生えた昆布のような形の触手は鋼のように硬くそれでいて鞭のように柔軟にしなる、とても恐ろしい怪物だ。

 

「ふ、ふふ……こんな怪物が潜んでいるなんて、こんな街にはタダでも住みたくありません、ね」

 

 がくりと膝を突き、そのまま崩れ落ちるバネヒゲに、怪物は触手をうねうねと動かしながら冷めた眼差しを送る。

 

『あー、つまらん……ヒーローを蹴散らしても悲鳴の一つも上がらない。てか、こんなところ住処にしてても人間いないから有名になれないじゃん』

 

 ぶつぶつと文句をいいながら辺りを見渡す怪物。

 

(とどめを刺さず、このまま立ち去ってくれれば良いのですが……)

 

 バネヒゲは視線だけで近くの生け垣に突っ込み気を失っている仲間……同じくA級ヒーローの黄金ボールへ視線をやる。

 その胸がかすかに上下するのを見て、彼は少し安堵する。

 

『このまま居住区へ突っ込むかなー』

 

 しかし、怪物の言葉でバネヒゲの心臓が跳ねる。

 

(……ッ! 行かせては、なりません)

 

 そう思いながらも、限界を迎えた彼の体は思うように動かない。

 辛うじて上半身を起こすと、それに気づいた怪物がにやーっと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 

『あれれーまだ動くんだ。そんじゃあ、トドメを……って、うん?』

 

 彼の方へ進めていた怪物の歩みが止まる。

 

『なんだあいつ……新手のヒーローか?』

 

 怪物が怪訝そうに言ったそんな言葉に、バネヒゲは早くも救援が来たのかと安堵する。応援に現れたヒーローを一目見ようと痛む体を動かし体勢を変える。

 彼の目に映ったその姿は――。

 

 

 

「「「……な、なんだってぇーっ!?」」」

 

 特殊生物保護研究所の一角で、怒号にも似た叫び声が響き渡る。

 

シッ、声が大きい! まだ確定した訳じゃないんだからあんまり大騒ぎしないでくれ……!」

 

 難しい顔をしたオールマイトは呼び出した三人が興奮するのを両手で制する。セタンタは椅子に座り込んで茶を煽り、シロウは手で額を押さえつつそれぞれ息を整える。

 ガッツはそれでも興奮を抑えきれぬ様子でオールマイトへ詰め寄り、非常に暑苦しい光景になっていた。

 

「そうは言ってもよ、それが確定したらこれからの不安要素全部消し飛ぶくらいの情報じゃねーか!」

「しかし、だからこそ慎重にならねばならんぞこれは」

「ああ、これを公表して、それが勘違いだったら……落差はでけえ」

「ああ、だからこそ、裏を取るまではうちの連中(てんせいしゃ)にはなるべく内密にしておきたいんだ」

 

 

「サイタマらしき人物が目撃された、と言うことは」

 

 

 

「――改めて情報を整理するぞ。Z市の災因調査で昆布の怪人にバネヒゲと黄金ボールが敗れる。てかこれ原作イベントじゃねーか?」

「リストから完全に抜けてたわ、最悪二人死んでたぞこれ……」

 

 まずそこから頭の痛い問題であった。サイタマ不在の影響は散々話し合われ、対策が練られている。

 しかし、何人集まろうと前世の記憶、それも娯楽で嗜んだ作品の一つの情報を完全に洗い出すのは難しく、細かい抜けが度々見つかるのだ。

 

「……まあ、無事だったからとりあえず置いておく。それで、怪人に敗北したバネヒゲを助けたのが――」

「黄色いヒーロースーツに赤いグローブとブーツ、白いマントを羽織ったスキンヘッドの細身の男との事だ。後の調査で協会にそんなヒーローは在籍していないことがわかっている」

 

「サイタマじゃね」「サイタマだろ」「サイタマだな」

 

Wait wait焦りは禁物だ。その男はバネヒゲの横を通り抜けると、怪人を拳でワンパンで倒してそのまま去ったらしい」

 

「「「サイタマじゃん!!」」」

 

 三人が顔に喜色を浮かべる。この先に待つ絶望的な相手を退けるのに必要不可欠とも思える人物の影に、希望を見出していた。

 しかし、オールマイトは相変わらず渋い顔をしている。

 

「――しかし、しかしだよ? 彼はこれまで一度も姿を見せてない、過去の記録上にも見当たらない。それで今になって急に降って涌いてくるなど、あるのだろうかと」

「……それなんだよなぁ、現実的に考えると転生者のコスプレが一番ありそうな線なんだが。実際例の怪人の強さ的にはどうなんだ?」

 

 姿で判別できないならば実力はとセタンタが尋ねると、オールマイトは力なく首を振る。

 

「推定で虎程度かな。S級レベルの力もあればワンパンできる程度だから騙りが出来なくもない範囲ではあるんだよね」

「今こちらで把握してる中でそれが可能なのは……体型が引っかかるやつばかりか。あとは未確認の転生者だが――」

「それを言い出すとキリがないんだよな。なんにせよ、直接確認を取るしかないわなこりゃあ」

 

 セタンタが仰け反った事で椅子が鳴く音だけが部屋に響く。

 

「まあ、それでキミらを呼んだんだけどね」

「だよな、ここであーだこーだ言っても仕方ねぇ」

「場所がZ市のゴーストタウンとなると、大規模捜査はおろかお前が直接乗り込むこと自体今はタブーだからな」

 

 シロウは壁に寄りかかりながらため息をついた。

 

「その通り。大勢で露骨に調査したり、私やタツマキくんみたいなビッグネームが乗り込んで探すとなると、奴らを無駄に刺激する事になりかねない」

「怪人協会なァ、今のうちに各個撃破とはいかねぇのか?」

 

 彼の言葉にガッツが腕を組んで唸る。

 

「……奴らは単体でも強い。対処できるヒーローが限られる以上、散られると探し出して根絶するのは難しい。故に原作通り集結させて奴らが優位な状況を作り最大戦力をもって一網打尽にするのが最も確実だと思っている」

 

 オールマイトはそう言うと大きくため息をつく。現状、その事件が起こるまで人類が存続しているかも怪しいのだ。

 

「ま、迎えられないかもしれない未来の懸念は今は置いておこうぜ。そうなると――オレらが適任だわな」

「自分で言うのも何だが、それなりに強い怪人相手にも対処できる程度には強く、そして奴らを警戒させるほど過剰に強くもない」

「しかも顔の知れたヒーローじゃなくてマイナーな自警団の構成員ときた。凶悪怪人の巣窟を調査するにはうってつけだなあこりゃ」

 

 三人はそう言って凶悪な笑みを浮かべる。

 

「……危険な役割を任せてしまってすまない。キミたち以上の適任は居ないんだ、頼まれてくれるかな?」

「まかせろ。アンタほどじゃないが憧れの顔背負って生きてんだ、ここらで手柄の一つも上げにゃ本人に申し訳が立たねぇってな」

「アンタはでけえ役割があるからな、細かい手柄は譲ってもらうぜ」

「何、本当にサイタマが存在するなら危険などないも同然だ」

「……本当に、恩に着るよ」

 

 彼らの言葉に、オールマイトは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

「つーわけでだ、どう探すよ」

 

 数日後、Z市のゴーストタウンにはフル装備でやってきた三人の姿があった。

 過去には災害レベル:鬼の討伐も成したことがあり、災害レベル:竜に対しても逃走程度はやってのけるだけの実力を持つ編成となっている。

 

「しらみ潰しだな。ま、最悪日を跨ぐことは覚悟しとけ」

「とりえず、原作に出てくるサイタマのアパートでも探すか」

 

 手がかりらしい手がかりも無いため、三人はそれなりに警戒しつつ地図を頼りに無人の街を行く。

 

「しっかし、ホントに誰も居ねぇな」

「ああ、数年前からこのあたりの怪人発生件数が上昇し続けて、住民は皆引っ越したんだとか。……例の集団の形成はもう始まってると見ていいだろうな」

「シッ、ここではあまり余計なことは喋らないほうがいいだろう。どこに『目』があるか分かったものではないからな」

「それもそうか。――っと、来たな」

 

 三人は立ち止まり、油断なく周囲を見渡す。やがて、廃墟の扉や破れた窓から複数の異形が姿を表した。

 

「なんだァ、人間が三匹かァ。ちっ、噂の怪物を拝めると思ったのに、全然居ねぇじゃねーか」

 

 異形の一匹が口から飛び出した牙を舐め回しながら言う。

 

「めちゃくちゃ強い怪人どもが集まってるって噂を聞いたから俺らも仲間に入ってやろうと思ったのに、とんだ肩透かしだぜ」

「まァ? せっかく馬鹿な人間を見つけたことだし、ちょいと遊んでやろうぜェ、プキキ」

 

 ニヤニヤと笑う怪人を前にしても、三人に焦りはなかった。

 三人より一回り小さな体格、全身を茶色の毛で覆われたそれは。

 

「はン、ウリ坊怪人ってところか」

「掻っ捌いて血抜きしてボタン鍋だな、幸先いいぜ」

「五頭はちょっと多いな、残りは燻製にでもして土産にするか」

 

 そんなことを言いながら武器を構える三人に、イノシシの怪人は憤りから地団駄を踏む。

 

「コイツら、ナメやがって!」

「みかん畑殺しのあらくれオーク兄弟と謳われた俺たちを食うだと!? やれるもんならやってピギュッ

 

 黒い風のように吹き抜けた一撃が、先頭にいた一頭の首をスパンと刎ねる。首が赤い軌跡を描いて地面へ落ちると同時に、ぶくぶくに膨れた肉体が波打ちながら地に伏す。

 

「――やっぱ駄目だな、肥えすぎててマズそうだ」

 

 大剣を肩に担ぎ直し死体の腹を踏みつけるガッツの姿に、我に返ったイノシシたちが絶叫する

 

「「あ、兄貴ィィイイ!?」」

 

「おのれェ! 兄貴の仇ィギャッ!?

「くたばれ人間めェバラッ!?

 

 手に持っていた粗末な槍を振り回しながらガッツへ踊りかかったイノシシの眉間を矢が穿ち、貫通した矢がその背後の一頭の心臓をそのまま射抜いた。

 

「や、やべぇ! コイツら強えぞ!」

「に、逃げ……ウヒィ!

 

 逃げようとしていた残りの二頭の目の前に朱槍が突き出され、揃って尻もちをつくことになり、制圧はアッサリと終了する。

 

「口ほどにもねぇなお前ら。あらくれポークソーセージだっけ?」

「あらくれオーク兄弟です……」

 

 両手を縛られ、正座をさせられた二頭を囲むようにガッツたちがしゃがみ込んでいる。

 

「んで、お前らは他所から噂を頼りにここへ来たんだな? 具体的にどんな噂だ」

「はい、Z市のゴーストタウンに強い怪人が集まってなんかやろうとしてる、みたいなフワッとしたもので、実際ここで調べ回ってもそれらしい集団は見つけられませんでした……」

「あとはとんでもなく強い怪物がこの街に住み着いてるとかです」

 

 冷や汗をだらだらと垂らしながら答えるイノシシたち。その返答にセタンタは考えを巡らせる。

 

(奇妙なくらい原作と似たような噂だな。前者は怪人協会の事、後者はサイタマの事だったはず……じゃあ、やっぱ居るのか?)

 

 三人は視線を合わせると、イノシシに顔を向けた。

 

「……じゃあ、ハゲ頭で黄色いヒーロースーツに白いマントを付けたヒーロー風の男。そういうやつに見覚えはないか?」

「ハゲ? いや、そういうのは見てないです……」

「ちっ、ハズレか。早くも情報が途切れたなオイ」

 

 舌打ちをするガッツに、イノシシたちの肩が跳ねる。

 

「……まあ、地道に探すしかなかろう。セタンタ」

「おう、ジッとしてろよテメェら」

 

 朱槍を手に立ち上がるセタンタに、二頭が震え上がる。

 

「ひ、ヒィっ! 情報なら喋ったじゃねぇかあ!」

「こ、殺さんでくれェ!!!」

「ジッとしてろ、つったろう、がっ!」

 

 ビュン、と槍が風を切る音が周囲に二度響く。

 

ぴぎぃぃぃぃ……あれ?」

 

 固く目を瞑って震えていたイノシシたちは、痛みが来ないことに気が付いておずおずと顔を上げる。

 すると、三人は既に背を向けて歩き出しており、そして縛られていた手が自由になっている事に気付く。

 

「もう畑荒らしたり人間襲ったりすんなよ、次はねえぞ」

「に、兄ちゃんたちぃ……!!」

「ゔお゙お゙お゙お゙ん゙! だずがっ゙だぁ゙……!!」

 

 ひしと抱きしめ合う二頭を背に、三人はその場を後にした。

 

「さあてと、振り出しに戻った訳だが」

「まあ、原作通りに近い状況で進行してるらしい事は分かったじゃないか。ゴーストタウンの怪物の噂はサイタマの可能性が高い」

「そうなら良いんだがな、宇宙海賊と真正面からとか冗談じゃねぇ」

 

 ため息混じりに街を散策する三人。時折、状態のいいアパートなどの中を探してみるものの、成果は上がらないまま時は経つ。

 早朝から始めた調査はすでに正午を回っていた。

 

「こりゃ、ホントに日を跨ぎそうだぞ……」

「三日までは許されてるが、果たして見つかるかどうか……」

「とりえず本物でもコスプレでも良いからさっさと出てきてほしいもんだ。成果なく時間切れじゃスッキリしねーからな」

 

 公園のベンチにどっかりと腰を下ろすガッツ。重い大剣を地面に投げ出すと、周囲に乾いた音が響き渡る。

 

「とりあえずそろそろ昼飯にしようぜ、腹減ったわ」

「ようやく昼か、何もねぇと時間が経つのが遅いぜ全く」

 

 二人もそれぞれ腰を下ろし、荷物から弁当箱を取り出した。

 握り飯を頬張りながらZ市の地図を眺めるシロウ。

 

「ふーむ、この範囲まで終わったか。午後からはこの辺りを探索するぞ、衛星写真から見て、原作でサイタマのアパートがあった辺りはおそらくこの辺りだ」

「はー、先は長いな。三日でどこまで回れるか……」

「粉々の怪人の死体とか、痕跡の一つでも見つけたいもんだ」

 

 もぐもぐと口を動かしながら地図を眺める三人。

 すると――。

 

「おーい、兄ちゃん達ぃ――ひえっ!?

「うおあああっ、仇討ちとかじゃねって!? 武器下げてくれ!」

 

 即座に武器を構えた三人に両手を上げて降伏を示したのは、先程のイノシシ怪人たちであった。

 

「なんだテメェらか。なんか用か?」

「餌が欲しいなら森へ帰れや」

 

 武器も持たず白旗を上げた事でひとまず警戒を解いたガッツ達に、二頭の怪人は冷や汗を拭いながら安堵の吐息をもらす。

 

「違うんす! 兄ちゃんたちが言ってた特徴の男を見かけたから知らせに来たんでさぁ!」

「さっき見逃してくれた恩を返したいんす!!」

 

 膝をつきうるうると目元を潤ませた二頭の言葉に、三人は思わず顔を見合わせる。

 

「……何処だ、どこで見た?」

「こっちッス! 付いてきてくだせぇ!」

 

 立ち上がったイノシシたちを見て、ガッツたちはすばやく握り飯を胃に突っ込み、身支度を整える。

 

 

 

「あっちッス! あっちにある路地で見たんす!」

「本当だろうな」

「ホントっす! 黄色い服に赤いグローブとブーツに白いマントのハゲ頭っ、あんなもん見間違えるほうが難しいッス!」

 

 テンション高めの二頭を追い三人は真剣な面持ちで歩みを進める。そんな姿を横目に、ガッツは声を潜めて言う。

 

「……どう思う」

「わからん。だが、貴重な手がかりには違いない」

「しかしお誂え向きに、サイタマのアパート方面だな……」

 

 イノシシに導かれるまま歩みを進み、路地へ入っていく一行。

 

「そこの角曲がった所ッス!」

「まだ居るといいッスけど……」

「サンキュー。んじゃあ、行くとすっか」

 

 顔を見合わせ、角を曲がる三人の目の前に現れたのは――。

 

 ――人気のない行き止まりであった。

 

 

「おい……これはなんの冗談だ?」

「間違えたならそう言いたまえ、返答には気をつけたほうがいい」

 

 青筋を立てた三人が振り返ると、イノシシたちは気持ちの悪い笑みを浮かべて立っていた。

 

「ブヒヒヒィ! 騙されたお前たちの姿は滑稽だったぜ!」

「頭の悪いクソ兄貴達とは頭のデキが違うのさ! 命乞いをするなら今の内だぜブッヒッヒ!」

 

 ニタニタと笑いながら馬鹿にした態度で物を言う二頭に、ガッツは凶悪な笑みを浮かべて大剣を抜いた。

 

「おーおー、拾った命を投げ捨てる覚悟は出来たみてぇだな?」

「賢い俺らがなんの策も用意してないとでも?」

「やってみろ、正面からぶった斬ってやる」

 

 剣を構えたガッツの目の前で、イノシシ達は大きく息を吸う。

 

「「とうちゃァン! 今だあああああ!!」」

 

「――なっ!?」

 

 自分の真上に影が掛かった事に気付き、ガッツはとっさに後ろに飛んだ――直後。

 

 

――ずうううぅぅぅううん

 

 

 重たい音とともに地面が揺れ、路地に埃と砕けたコンクリートが舞い上がる。

 

「ガッ――クソっ」

 

 風圧に飛ばされたガッツは警戒するセタンタとシロウの前に剣を構えて立ち上がる。

 

『ブォーッホッホ! 人間ごときがよくもオレ様の息子たちを三人もブッ殺してくれたなァ??!』

 

 土埃が晴れると、そこには先程のイノシシ怪人たちとは比べ物にならないほどに巨大な大猪が立っていた。

 白銀の毛皮に覆われた肉体は屈強な戦士のそれであり、口から飛び出した牙は鋭く長い。いくつも刻まれた古傷が歴戦を物語る。

 

「こりゃあ、大物が釣れやがったな糞が」

『我が名は(おっとこ)ヌシ! Z市郊外の森の主である! 生意気な人間どもめ、後悔させてくれるわ! カアーッ!』

 

 手に持った巨大な棍棒を振り上げる漢ヌシに、三人は飛び退いて回避する。振り降ろされた棍棒はコンクリートで舗装された地面を軽々と粉砕し、その破片を飛び散らせた。

 

「チッ、災害レベル:鬼はありそうだな……厄介な」

「加えてこの狭い場所では虎の子である2号の矢は使えん、なんとかして広い場所へ移動するぞ」

「そうは言っても簡単には抜けられそうにないぜ」

 

 袋小路に追い詰められた三人はまさに袋のネズミ。

 

「ブーッヒッヒ! さあ土下座して命乞いをしろ! そうすれば楽に死なせてやらんでも――あびゃあ!?

「ブヒッ!?」

 

 ガッツが投げたナイフが額に刺さり、大猪の後ろから煽っていた一頭のイノシシがもんどり打って倒れる。

 

「しゃあねぇ、やるぞ」

「おう、援護は頼んだぜシロウ」

「まかせろ――っと!」

 

 シロウが放った三本の矢を漢ヌシは横薙の棍棒で散らした。

 棍棒を抜けた一本が腕に当たるものの、厚い毛皮に弾かれる。

 

「せぇぇぇあッ!」

 

 棍棒を振り切ってガラ空きになった腹を大剣が渾身の力で斬り付ける。大質量の一撃は、しかし有効なダメージを与えれず、皮膚を浅く裂くに留まった。

 

『ブモオオオ! 効かぬわっ!』

「ッセエエエッ!!!」

 

 無茶苦茶に振り回される漢ヌシの棍棒をガッツは大剣で力強く、しかし繊細な技術を以って打ち払う。

 鉄板を打ち据える音が断続的に響く中、ガッツは痺れる腕を気合で動かし攻撃をいなし続けた。

 最初と同じように漢ヌシが大きく振りかぶると、ガッツは歯を強く食いしばる。

 振り下ろされる棍棒を紙一重で横に避け、飛び散る石と木の破片をものともせずに大剣を振り上げ――。

 

「――お……おおおおおおおッ!!!!」

 

 万力を込めた打ち下ろしで、棍棒を半ばから圧し折った。

 剣戟の嵐が止むその瞬間、風のように飛び出してきたセタンタが折れた棍棒を持つ大猪の腕を駆け上がり、二の腕の半ばで跳躍する。

 

プギッ!?

 

 朱い槍の穂先が漢ヌシの右目を浅く斬りつけ、鮮血が舞う。

 セタンタはそのまま広い肩を足場に更に跳躍し、その巨体を飛び越え……そして、大猪の背後に立っていたイノシシ目掛け投槍した。

 

「――プギャッ!?

 

 寸分違わずに喉を貫通した槍を、着地したセタンタがすばやく掴みつつイノシシの胴を蹴る勢いで引き抜く。

 

『オノレェ!!!』

 

 折れた棍棒を捨てた漢ヌシが掴みかからんとするのを、ガッツは大剣を盾にしながら横へ飛ぶ事で回避した。

 そうして彼が退いた空間を一本の矢が通り抜け、それは先程ガッツが付けた傷口へと寸分違わず突き刺さり――。

 

『プギャアッ!?』

 

 ――空気を震わせて爆発した。飛び散る肉片と鮮血……しかし、その傷口は想定よりもかなり浅く、致命傷には至らない。

 

「――ちっ、一号では殺しきれんか!」

 

 腹を押さえて膝をつき、それでもなお闘志を失わない怪物に、弓を構えたシロウが舌打ちをする。

 

『この、小童どもがあっ――プギッ!?』

 

 血を吐きながら、なおも立ち上がらんとする漢ヌシ。その体は、唐突に硬直し、短い悲鳴を上げる。

 

「――体が硬いやつへの対処法ってのは、昔から変わらねぇ」

 

 その背後には朱槍を突き出したセタンタが立っており、その槍は漢ヌシの肛門へ深々と突き刺さっていた。

 

「これで終わりだ、ゲイ・ボルグッ!」

 

 量子変換にて格納されていた長く太い棘が槍の側面から無数に飛び出し、漢ヌシの腸内をズタズタに引き裂く。巨大な猪は声にならぬ絶叫を上げ、横倒しに倒れ伏してついに動かなくなった。

 

 

 

「……ッハー! のっけからヘヴィだなこりや!」

 

 大剣を背中の鞘に納めながらガッツが笑う。

 

「……流石は魔境と名高いZ市ゴーストタウン、いきなりこんな化物に遭遇するとは。これは気を引き締めてかからないといかんな」

 

 シロウは額の汗を拭いながら深くため息をついた。

 

「ッたく、ゲイボルグの予備を持ってきて良かったぜ。流石にこれをそのまま持ち歩きたくねえわ……」

 

 血の滴る肛門から生えた愛槍を見ながら、セタンタがうなだれる。

 

「捨てて帰ったらジョウタロウがキレるぞ」

「わあってるよ、回収してビニールにでも包んで持って帰――」

 

 

――それは、その場の誰もが想定していない事態だった。まさか、内臓をグチャグチャに掻き回された生物が。

 まだ生きていてなおかつ動けるなどと、信じられようか。

 

 

「ガッ――――!!」

 

 再び動き出した怪物は、油断して近づいてきたセタンタの足をむんずと掴み、そのまま地面に叩きつけた。

 強かに頭を打ち、彼の意識が瞬時に飛ぶ。漢ヌシはそのままセタンタの体を振りかぶり、渾身の力で投げる。

 

「ッ、セタン――がっ!

 

 矢のような勢いで投げ飛ばされた彼の体はガッツの横を通り抜け、シロウを諸共に巻き込んで壁へと叩きつけられた。

 ――決して、彼らは侮っていたわけではない。災害レベル:鬼に至った怪物とは彼らの想定を、常識を食い破るほどの存在だった。

 ただ、それだけの話だ。

 

「……マジ、かよ」

 

 一人残されたガッツは、滝のように汗を流しながら再び起き上がる巨体を只見上げることしか出来ない。

 

(相手は死にかけ――それでも、一人で殺しきれるか?)

 

 ガッツは再び剣を抜き、呻く二人を背に守りながら立つ。

 その体は小刻みに震え、顔は恐怖に引き攣っていた。

 

 

――ズン。重い足取りで、漢ヌシが一歩歩みを進める。

 

――ズン。地面にはビタビタと血が滴り、見るからに半死半生だ。

 

――ズン。目は虚ろで、焦点は定まらない。しかし。

 

――ズン。その体から滲み出す殺意は、ガッツの体を縛り付けた。

 

 

 

 

『フシュ――――ッ』

 

 大きな豚鼻から血飛沫混じりに吐き出された吐息が、彼の前髪を揺らす。もう、その距離は目と鼻の先。

 路地の外からの逆光で、その表情はよく見えない。しかし、怒りに染まった目だけが、炯々とガッツを射抜いていた。

 

 漢ヌシが、緩慢な動きで太い腕を持ち上げるのを、ガッツは。

 

(あっ――死ぬ――)

 

 ただ見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ズドン。

 

 

 

 

 

 

 

 大砲のような音とともに、ガッツの視界に光が差し込む。

 目の前には漢ヌシの下半身が饒舌に血を噴き上げており――次の瞬間には、ガッツの真横に漢ヌシの上半身が落ちてきた。

 

(な、何が――)

 

 血の噴水が勢いを失い、半身を失った体が崩れ落ちた時。

 

「――――」

 

 彼は腰の入った拳を突き出した一人のヒーローの姿を見た。

 黄色い衣装、赤いグローブとブーツ、白いマント。

 

――そして、日に照らされて輝く見事なスキンヘッド。

 

 それは、まさに彼らが待ち望んだ男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (・___・)

 

 

「サイタ――――あ゙っ?!」

 

――その気の抜けるような顔を除けば、だが。




ガッツの転生者「すげぇぞ さすが超越者 ほんとに死なねえぜ(恐怖)」

・ハンターズ転生者三人衆
この三人組、話動かすのにめっさ使いやすい……
三人だけでも連携すれば弱めの鬼ならそれなりに安定して倒せます、しかし本物ほどメンタルキマってないので崩れると弱い
ドラゴン殺しで攻撃をいなすガッツ
裏取って攻めるセタンタ
牽制とメイン火力爆裂矢一号&二号持ちのシロウ

・サイタマ(?)
偽サイタマ、あらわる!ホンモノかと思いました?ざんねん!
さあ、コヤツは何モンなんでしょうねぇ……

・あらくれオーク兄弟
推定災害レベル:狼
みかん農家と死闘を繰り広げるうちに怪人化したイノシシたち
5頭兄弟だが兄弟仲は別に良くない、対みかん農家の勝率は三割ほど

(おっとこ)ヌシ
推定災害レベル:鬼
森のヌシである老いた大猪が怪人化したもの、つよい
あらくれポークどもに煽てられて良いように使われる(頭は)よわい


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第八話 - 幻影の正体は

――A市総合病院

 

 ゴーストタウンへ調査に赴いた三名が病院に担ぎ込まれた。

 その連絡を受けたオールマイトは、町中で暴れる怪人の討伐を終えた現場から一も二もなく飛び出した。

 迷惑にならないギリギリを心掛けた速度で院内を歩いて移動し、尚もナースに注意を受けて速度を落としつつたどり着いた病室。

 その扉を、彼は逸る心を抑えて開く。

 

「三人とも! 怪我は大丈夫かい――!」

 

――換気のために開けられた窓から病室を風がビュウと吹き抜ける。

 

 夕日が差し込み赤く染まる病室内で窓辺に立つ一人の男の姿に、彼の目は吸い寄せられていた。

 視界へ飛び込んで来た情報にオールマイトの心臓は強く跳ねる。

 

「――――ッ」

 

 吹き込む風を受け、柔らかにはためく純白のマント。

 

 窓枠を掴む手は赤いグローブに覆われており、服装はシンプルなデザインをした黄色のヒーロースーツ。

 

 そして、光を受けて強く輝く頭部(ハゲ)

 

 夕日に照らされてすべてが赤く染められているものの、その姿は見間違えようもない。

 彼がまだオールマイトとしてこの世に生を受ける前、ただのヒーローオタクだった前世からこびり付いた記憶、そのままの姿。

 この世界で現実を知って以来探し求めてきた男――サイタマ。

 それを前に、彼は言葉を失っていた。

 

 

「――――」

 

 ――彼に対し、まずはなんと声を掛けるべきだろうか。

 そんな思考は脳内をぐるぐると回り、一向にまとめられない。

 それでも彼の足は一歩、また一歩と歩みを進める。

 

 入ってきた彼に気づいていないのかはたまた他の理由があるのか、サイタマは奥を見ていて顔が見えない。

 

 さほど広くない病室の中、未だ覚悟が決まらないままに、オールマイトは早くも彼のすぐ後ろまでたどり着いてしまった。

 いつまでも黙ってるわけにもいかない。

 彼は意を決して、目の前にの男の肩にそっと触れた。

 

「こほん。すまない、あの――」

 

 彼が声をかけると同時に、ゆっくりとサイタマが振り返った。

 

「………!」

 

 

 

 

 

 

(   ・)

 

 

 

 

(  ・_)

 

 

 

 

( ・___)

 

 

 

 

(・___・)

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 ツルンとした鼻のないそれを前に、オールマイトは硬直する。

 目の位置には光沢のある粒状の黒い点が一つずつあり、唇のない一筋の切れ目が口の位置に存在していた。

 

 それは、人間と呼ぶにはとても奇妙な顔だった。

 

 

どなたァ――――ッ!?ガビーン

 

 

 

 明らかに人のソレではない顔面に対し、驚愕で口をあんぐりと開けるオールマイト。

 その直後に病室内をバカ笑いが響き渡った。

 

「ひぃーっーひぃーっ! やべえ! いたぃひひっ!」

 

「だーっはっは!! 期待通りの反応だわはは!」

 

「アッハッハ! いいリアクションじゃないかハハ!」

 

 腹を抱えて笑っているのは、頭に包帯を巻いたシロウ、頭の包帯に加えて右腕と左足をギプスで巻いたセタンタ、そして面会者用の椅子に座るガッツの武闘派転生者三人衆だ。

 

 未だ困惑するオールマイトに対し、痛い痛いと言いながらひとしきり笑った三人はなんとか息を整える。

 

「よお! 見ての通り、ソイツが今回の成果だぜ!」

 

 ニカッと笑うセタンタに、オールマイトは力無くうなだれる。

 

「あー、うん……サイタマ君じゃないのはよく分かった。というか、キミは何者なのかな?」

 

『…………』

 

 オールマイトが尋ねると、サイタマの姿をした何かは「にへらぁ」と背筋の寒くなるような笑みを浮かべたあと、全身を小刻みに波打たせ始めた。

 

「……!?」

 

 水面に映る像が波紋に掻き消されるような奇っ怪な動きとともに色が失われていき、そのシルエットはどんどん小さくなっていく。

 やがてそれが収まる頃には、薄い紫色をした小さなゲル状の生物が床にちょこんと立って(?)いた。

 

 サイタマの姿をしていた時から変化していないつぶらな瞳が見上げて来るのを見て、オールマイトは「Oh……」と嘆息する。ややあって床に膝をつき体をかがめた彼はその生物に語りかける。

 

「アー、キミはアレだね? メタモン、だね?」

 

 その生物――メタモンはこくりと頷くと再び体を激しく波打たせながら膨張を始めた。

 慌てて立ち上がり少し離れたオールマイトの前で、そのシルエットはサイタマのそれよりも遥かに大きく膨れ上がってゆく。

 シルエットが筋骨隆々としたヒト型を取り、衣装の形が出来上がり、やがて全身に色が付き始める。

 

 そして――。

 

「これはまた、なんていうか……スゴイな」

「どうもはじめまして、オールマイト。会えて嬉しいよ」

 

 次の瞬間には、二人のオールマイトが向かい合って立っていた。

 

「HAHA、驚かせてしまってすまない、直接見たことのない相手に変身すると顔がメタモンのままになってしまうんだ」

 

 メタモンの方のオールマイトがそう言って快活に笑うと、本物の――厳密には本物ではないが――オールマイトは目を見張る。

 

「驚いたよ、ちゃんと喋れるんだね。声自体も私にそっくりだ……うん、やっぱりオールマイトは最高にカッコいいなあ!」

 

 笑顔でそう言うオールマイトに、メタモンは苦笑を浮かべる。

 

「今の君がそれを言うとほぼ自画自賛だぞ?」

「そうなんだよね、オールマイトのカッコよさについて語るとただのナルシストになってしまうのが悩みのタネのひとつさ!」

 

 そう言ってフロント・ダブル・バイセップスのポージングをする彼に周囲は引き気味に笑う。

 

「こいつ自身が前世から筋金入りの自分のキャラ(オールマイト)のファンだからな」

「転生者は多かれ少なかれ大抵そうだけどコイツの熱量はちょっと群を抜いてる感ある」

「ていうか、そういや何であんたはメタモンを選んだんだ?」

 

 ふと思い付いたようにガッツが尋ねる。

 数多の種類が存在するポケモンの中で、あえてメタモンを選択した理由が気になったからだ。

 そもそも、ポケモンの世界を希望するならトレーナーになりたがるのではという考えも強い。

 

「私かい? そうだねぇ、あえて言うならポケモンたちが()()()()好きだからかな? ……私はね、選べなかったんだ」

 

 苦悩するように顔に影を落とし、額に手を当てるメタモン。

 

「……? ポケモンと関わりたいならなおさらトレーナーの方がいいんじゃねーの? それにメタモンを選んでるじゃねーか」

 

 クエスチョンマークを浮かべるガッツを前に、彼は頭を振る。

 そして、苦悩した顔で絞り出すように言った。

 

「――ブイズ、ロコン、ルカリオ、フォッコ。ああ、挙げきれない……! とにかく私は好きなコが多すぎたんだ、どうしようもなく気が多く、欲張りで、みんなが大好き過ぎたんだ……!」

 

 話しながら徐々に興奮しだしたメタモンと、彼が挙げた好きなポケモンに一同は嫌な予感が込み上げ始めた。

 特にオールマイトはwait wait wait…とどことなく青褪めた表情で呟き始めている。

 

「そして、彼ら彼女らと()()()()ためにどれか一種を選ぶ事など、私には到底出来なかった……そこに天啓が降りたのさ!」

 

 グッと拳を握りしめ顔を上げる。

 夕焼けに照らし出されたその筋骨隆々とした姿で一種非常に絵になる雰囲気を出しながら。

 

「メタモンならばその誰とでも……! 等しく子作りができるのだと……!」

「うん二度とオールマイトの姿にならないでくれるかな!? 彼の姿で彼の声で彼の口からッ!! そんなセリフを!!! 間違っても吐かないでくれるか!!!」

 

 最低なことを力説するオールマイトの姿をしたメタモンに半泣きのオールマイトが掴みかかる絵面は、控えめに言って地獄だった。

 

 

 

ん、んん! あー、強烈なサプライズで後回しになってしまい、非常に申し訳ない。キミたち、怪我は大丈夫かね?」

 

 全員揃って姿の借用を拒否したため暫定的にバネヒゲの姿を取ったメタモンから目を逸らしながら、オールマイトは咳払いする。

 

「あー、オレは無傷だ。こっちの二人がな」

「遭遇した怪人で想定外にしぶといやつが居てな、倒したと思って近付いたらこのザマなんだわ。俺は右腕と左足にアバラ数本と鎖骨が逝った。当分は動けねぇと思ってくれ」

 

 そう言ってセタンタはニカッと笑い、左手でサムズアップする。

 

「投げ飛ばされたそいつに巻き込まれただけだが、肋骨数本と頭蓋骨にヒビが入ったらしい。私もしばらくは入院だな」

 

 シロウはそう言って肩をすくめた。

 見た目通り重傷な二人にオールマイトは深く項垂れる。

 

「想定以上の強敵が現れたようだね……。すまなかった、報酬は倍額振り込んでおくのと入院費はこちらで持とう。それとジャギ君に来てもらうよう頼んでおくよ、治りが早くなるはずだ」

「サンキュー。ま、あんま気にすんな。怪人との戦いで怪我すんのはいつもの事だからな」

「ズタボロになるのは大抵ガッツの役回りなんだが、たまにはこういうこともあるだろうさ」

 

 そう言ってベッドの上でからからと笑う二人に、ガッツはぐぬぬと複雑そうな顔をする。

 

「ぐ、否定したいが否定できねぇ! そのうち腕の一本くらいマジで持ってかれる気がするんだよな。……あと、今回はメタモンのおかげで命拾いできたようなもんだ。改めてありがとよ」

「いえいえ、こうして転生者の寄り合いに接触できた事に感謝しております。情報不足で困っていました故、こちらこそ探してくれてありがとうございました」

 

 ガッツの謝意にカイゼル髭を指先で玩びながら紳士然とした柔和な笑みを浮かべるバネヒゲ姿のメタモン。

 その様子は先程までオールマイトの姿でド変態発言をしていたとはとても思えない。

 

「そういやあの時、弱っていたとはいえあの怪物をワンパンで倒してたが……サイタマ姿のアンタってどれくらい強いんだ?」

 

 ガッツがそう尋ねると、メタモンは髭いじりをやめて顎に手を添えてため息をついた。

 興味深い質問内容に、皆が自然と居住まいを正す。

 

「そうですね……実を言いますと、私の『へんしん』にはどうも変身後の強さに上限があるようでして、完全再現とは行かないのです」

 

 申し訳なさそうに答えるメタモンに、周囲にはやや落胆の色が見えた。

 

「そう、か……。それでその限界というのはどのくらいなんだい?」

 

 気を取り直した様子でオールマイトが尋ねる。

 

「ふむ、具体的な限界については検証が足りないのではっきりしたことは言えませんが……先程あなたに『へんしん』した感じでは、フルスペックには遠く届かないかと」

「オールマイトよりは下……つってこいつも十分バケモンだからな。なんかもうちょい分かり易い指標はねぇのか?」

 

 ガッツの質問に、メタモンはウームと唸る。

 

「例えば……あの猪の怪物くらいなら完全な再現が可能でしょうね。サイタマの姿であの猪の怪物を一撃で倒せたのは、アレが極限まで弱っていたからでしかありません。加えて対面したことの無い相手への変身だと特殊能力や技術の類も使えないのです」

 

 なので孫悟空に変身してもかめはめ波は撃てない訳です、と残念そうに言う彼にオールマイトは少し考え込む仕草をする。

 

「Hmm……最低でも災害レベル:鬼相当にはなれると。ならば――」

 

 直前まで抱いていた期待からの落差が大きいものの、特性も相まって降って湧いた戦力としては十二分なものではあった。

 やがて結論が出たのか、オールマイトは顔を上げた。

 

「……まあ、ともあれメタモン君には一旦研究所の方へ来てもらおうかな! そのまま部屋も用意できるし、あそこに勤めてる職員は一部を除いてみんな転生者だから安心していいよ!」

 

 その申し出にメタモンは安堵した面持ちで表情を緩めた。

 

「助かります。いやあ、あのゴーストタウンにポンッと誕生した後は何もわからなくてホントに大変でしたので。……まあ、色々わかった後も状況が芳しくないのが困り物ですが」

 

 そう言って病院までの道程でサイタマの不在を伝えられたという彼は拭いきれない不安を抱えたような表情を浮かべる。

 それに気付いたオールマイトは、深呼吸をしてドンと胸を叩いた。

 

「まあ、サイタマ君ほど絶対的な力ではないが、コレでも私はS級1位を任されている身でね。私一人では物足りないかもしれないが、皆で力を合わせて精一杯この世界を守り抜いてみせるさ!」

 

 その力強い宣言にぱちくりと目を瞬かせるメタモン。やがて彼は柔らかな笑みを浮かべ、手を差し伸べた。

 

「はは、気遣わせてしまったようですね。ええ、大いに期待させていただきますし、私も可能な限り力になりましょう」

「ああ、これからよろしく頼むよ!」

 

 ガシッと握手を交わす二人。新たに強力な仲間が加わった事で、また一つ未来への希望が生まれたような心地を彼らは感じていた。

 

 

 

「あ、そういえば聞きたい事があるのですが」

「うん? 何かな、なんでも聞いてくれたま――」

「その転生者たちにポケモンはいますか!?」

「いないよ」

「……ふむ、ならばソニックやテイルスのような」

「いないよ!」

「レ、レナモン――」

居ないったら! あ、あの、話した通り研究所では不本意に怪人化した子とか匿ってるから、トラブルは起こさないでね……?」

「もちろんですとも! 私は純愛派なのです、ちゃんと種族ごとに順序を踏んで合意の上で……」

あーっ! あーっ! バネヒゲ君もほんと風評被害ゴメン……! メタモン君、ちょっと変身解いてくれるかな!?

 

 どうやら、研究所はまた更に騒がしくなるらしい。

 

 

 

※※※

「ふんふふんふふーん、このプログラムをこう改良してー♪」

 

 画面から漏れるぼんやりとした明かりのみが照らす暗い部屋の中でカタカタとキーボードを叩く音と鼻歌交じりに独り言をつぶやく女性の声が響く。

 

「このパーツを変えれば、排熱問題も少しはマシになるかにゃー? ふふーん、童帝(イサム)きゅん喜んでくれるでしょ! うふっ! オラオラオラオラオラ――……おっ」

 

 携帯端末がビリリと振動しながら着ボイスを鳴らし始めると、彼女は素早くそれを手に取った。

 

「んーなになに、おっ、ジョータローくんもう作業終わったのね。『あざっす!』……っと。んふー、直接会うと寡黙キャラ貫いてるのにメールだと絵文字使ってくれるのギャップ萌えだよねー」

 

 そう言って足を伸ばし空中でバタバタとさせながら伸びをする。

 

「っはー遊びに行きたいなー! カラオケにー、ボウリングにー、ジョータローくんや他のみんなも誘ってさー? 新しい子ともまだ顔合わせできてないしー? まったく、なんでこんな忙しーの!」

 

 ぷんぷん! などと口で言いながら大げさに憤るフリをひとしきりやり終えると、彼女はそのまま椅子にクタッともたれかかる。

 

「あー、早く来ないかな。まだかなまだかなー、まーだっかなー♪ まーだっかなー〘ビーッ! ビーッ!〙――マ゙ッ!?

 

 突然、部屋の中にブザー音が鳴り響き、それに驚いた女性は背もたれに体重をかけ過ぎたことでそのまま引っくり返る。

 

 起き上がった彼女は強かに打った後頭部をさすりながらノロノロと起き上がり、警報の鳴り続けるパソコン画面を覗き込む。

 

「あいたたたーっ……あ゙っ、マジで来たじゃん! なんなのもー!」

 

 先程まで待ち望んでたものが来たら来たでこれである、しかしすぐに彼女はやや真剣味をもった眼差しになり画面を操作し始めた。

 

「へい! ちーちゃん!」

 

 その言葉に反応し、ピコンとアプリケーションが立ち上がる。

 

『なんだ』

「ボフォイ先生に連絡入れてー! 資料も添付して『ほらーホントに来たでしょー!』ってね!」

『了解した――送信完了だ』

「ありがとっ! ……さぁーて、やっとこさ本番だねー」

 

 彼女のワクワクとした感情に呼応して、頭に着けた機械式のウサ耳がピコピコと揺れ動く。

 

「んふー! ようやくタバネさんの出番だぞーっ! さあさあっ、サクッと地球を救っちまうぜーっ! おーっ!

 

 そう言って一人拳を突き上げる女性の名はタバネ、転生者である。

 “頭のいい女性になりたい!”という願いから選択したキャラクターの頭脳を存分に持て余していると評判の彼女が、動き出した。

 




・メタモンの転生者
急に生えてきた滅茶苦茶便利なヤツ、もふもふ系大好きなケモナー
その辺から自然発生してきた系の怪生物、推定災害レベル:鬼
へんしんは制限付きながら目の前に相手がいなくとも前世の記憶からすらも引っ張ってこれるチートっぷり
ただしへんしん後のステータスは深海王程度が限界、さらには直接対面したことの無い相手に化けると顔がメタモンのままになり異能や技も使えないししゃべることもできない
表面的な性格や挙動はへんしん後の姿に依存するので、サイタマに化けると深海王程度のステしかないのに攻撃を避ける気にあまりならないという地雷が埋まっている、あとすぐケモノ愛を語りだすので転生者たちは自分に化けられるのを嫌がる模様

・篠ノ之束の転生者
女性メカニック枠、原作の本人と違って滅茶苦茶人懐っこいが、脳のスペックを魂が使い切れてない系転生者、なお作者はISドにわか
頭がいい女性になりたいと言う事でハイスペックお姉さんの極地の一人であろう篠ノ之束を選択した
前世ではコミュ力極振り系JK、ISはオタクの友達に進められてアニメを見てたらしい、勉強が苦手な事にコンプレックスを持っていた
ショタコン、というか可愛いもの好き

・オラオラ着信音
承太郎の転生者直撮り、収録のために発声練習までしてくれた


というわけで、偽サイタマ君の正体はメタモンでした!いやぁ難問でしたね(棒)
当初の設定には居なかった彼ですが、村田版20撃目:噂の話を入れるかーと書き始めたときに「あれ?このゴーストタウンの化け物ってサイタマだよな?」「偽サイタマとか出てきたら転生者の反応いいんじゃね?」「化けるなら、それで偽物だとわかりやすいなら……変身苦手な個体のメタモンやな!」「メタモンに転生したい理由か……」「……!! メタモンならあらゆるポケモンと子作りできるやん! ケモナー転生者だな!」とトントン拍子に決まり筆が進む進む……
なお作者はケモノ趣味は別になく、よくある表のレベル3くらいまでしか興奮できません


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第九話 - 巨大隕石

 ――地球から離れた宇宙空間。

 星間を無音で進む巨大な塊を前に、二つの人影が浮かんでいた。

 その一つは金属の光沢をそのまま宿した無骨なもので、もう一つは白を基調とした女性的なフォルムをしている。

 

『うっひょー、おっきーねー!』

『ふむ、80mといったところか。材質は金属――いや、内部に有機体が存在しているな。隕石型の生物か、あるいは宇宙船の類いか』

 

 巨大な隕石を前に手庇をしながらはしゃぐ女性型と、埴輪のように無機質な目を赤く光らせ調査を進める無骨な人型。

 

『急に進路を変えたのはこういう事か……フン、ブライトのヤツはどうやってこれを予期できたのやら。相変わらず胡散臭い男だ』

『もー、ボフォイ先生ったらー! そんなのどーでもいいじゃん? お陰で落ちてくる前に対処できたんだからさー』

『……フン、ヤツとつるんでる時点で胡散臭いのはお前も同じだ。それよりも、そろそろ接触するぞ。1……2……3!

 

 間近に迫った隕石に対し、二体は推進装置を緻密に操作しながら慎重に接近していく。

 

『はーい、よっ! ふっふーん、タバネさん余裕の成功なのでしたー! いえーい、ブイッ!』

『やかましい、早く作業を開始しろ』

 

 二つの人影は巨大な隕石にしっかりとしがみつくと、量子化していた大型の掘削機を取り出し、二手に分かれて掘削を始める。

 

『すっすめすっすめードーリルー♪ 削って削って掘り進めー♪』

『……お前は黙って作業も出来んのか』

 

 ボフォイと呼ばれた無骨な人型が呆れたようにため息をつくが、白い人型――タバネの方は鼻歌をやめる様子はない。

 しばらく掘り進めていると、削った穴からタール状の粘体が滲み出してくる。それは意思を持っているかのように二機のボディへと纏わり付き、その動きを妨害しようと試みていた。

 

『むむっ、なんか黒いドロドロが湧いてきたね』

『これが内部の有機体か、外殻が削られている事に気づいたのだろうな。腐食性等はないようだが、ナイトの稼働を僅かに阻害しているな。だがもう少しで終わる、続行だ』

『らじゃー!』

 

 妨害を試みる粘体を物ともせず、二人の駆る機体は目標の深度まで掘削を進める。

 

『……こちらは掘削を完了した。お前はどうだ?』

『今おわったよー! そんじゃー派手に行きたいところ、だけど』

 

 タバネの声が沈む。その視線は機体へ纏わり付いて妖しく蠢く、黒い粘体に向けられている。

 

『ああ、この訳がわからんモノを地球へ持ち帰るわけにも行くまい。大気圏で燃えてくれればいいが、万一を考え機体はここで破棄するぞ』

『……うん、ソレしか無い、かな。――ごめんね白騎士、お疲れ様』

 

 淡々と告げる彼に対し、タバネは名残惜しげな声色で応える。

 黒い粘体に包み込まれながら、二機の騎士は量子化していた超高性能爆弾を具現化した。

 

『タイマーをセットしろ。同時に爆破する』

『――りょーかい! ……3、2、1、発破!

 

 次の瞬間、静寂の宇宙に一筋の閃光が走った。

 

 

 

 

 

※※※

ぷはっ! 作戦、かんりょーっ!」

 

 HMD搭載のヘッドギアを外したタバネは長い髪を掻き上げ、汗の浮いた額を白いハンカチで拭う。

 

『まだ終わりではないぞ……破片の観測を急げ』

 

 スピーカーから発せられた叱咤の声に彼女が顔を向けると、連絡用のモニターには一人の老人が玉の汗が浮く禿げ上がった頭頂部を拭う事もせず計器の確認を行っている姿が映っていた。

 

「りょーかーい! へいちーちゃん、爆破した隕石の経過は?」

 

 タバネの一声で起動したAIがレーダーからの情報を計算する。

 

『計算完了――大きく五つの破片へ分裂した隕石内三つは軌道を大きく逸らしたが、残り二つは地球への軌道を取っている』

『……なんだと? 落下予測地点はどうなっている』

 

 AIの報告にボフォイは眉をひそめた。

 

『計算中――計算完了。二つの内小さな破片はZ市郊外の山間部、予測された被害は皆無。大きな破片はA市市街地へ落下する可能性が高い。予測される被害は甚大、即刻対処が必要』

 

 AIの無機質な声によって伝えられた情報に、タバネとボフォイの顔色が瞬時に変わる。

 

「え、ええっ!? ど、どうしよう先生、何とかしなきゃ!」

『……落ち着けタバネ、ナイトを起動して向かわせよう。この件は最早隠しきれん、オレはヒーロー協会へ報告する。お前はタツマキとオールマイトへ連絡しろ』

 

――この隕石は本来ならば地球から逸れる進路を取っており、それがルートを急に変えて落ちて来るという予測など不可能だった。

 それを知る根拠を論理的に説明できない転生者達は、秘密主義かつ口が固いボフォイ博士にのみ協力を要請し、人知れず隕石を排除しようとしていたが……それは最早失敗してしまった。

 

「わ、わかった! ちーちゃん回線を繋いでっ」

『了解した』

 

 

※※※

――Z市某ビル屋上。

 

「えっ、A市に破片が落ちて来る!?」

 

 朗報を期待して通信に出たオールマイトはその内容に瞠目する。

 

『そーなの! 破片の大きさは30メートルくらいで、大気圏突入までの予測時間は約25分! 間に合いそう!?』

「……任せなさい、すぐに飛んでいこう!」

『お願いっ、あたしと先生もナイトで出撃するし、タツマキちゃんにも連絡入れたからっ! じゃあ、現地でね!』

「わかった! ……シゲオ少年!」

 

 通信が切れると、オールマイトはA市方面に視線を走らせる。

 

「あの、破壊作戦失敗しちゃったんですか?」

 

 万一のための対策として彼と一緒に控えていたシゲオが不安げにそう聞くと、オールマイトは頭を振る。

 

「いや、隕石の破壊には成功した、だけど破片の一つが降ってくる。でも大丈夫、破片は小さいしタツマキ君も来てくれるからね」

 

 そう言って、オールマイトは力強い笑みを浮かべた。

 

「そして何より、私がいる! 必ず打ち砕こう、この肉体に誓って! だからもう少し、付き合ってくれるかい?」

 

 そう言って差し出された大きな手を、シゲオはしっかりと握る。

 

「……わかりました、じゃあ行きましょう!」

「うん、いい返事だ! じゃ、早速バリアを纏いたまえ」

「バリアを? はい、わかりました――え?」

 

 オールマイトはバリアで身体を覆ったシゲオを米俵でも抱えるようにしっかりと脇に抱え込む。そして膝を屈めるオールマイトに、彼は嫌な予感をヒシヒシと感じ始めた。

 

「あ、あの……何を――」

「さっ、舌を噛まないよう、しっかり口を閉じていたまえっ!」

「え、ちょ、まあああああああ――!?

 

 次の瞬間、オールマイトの体は宇宙へ飛び立つロケットもかくやといった猛烈な勢いでビルの屋上から飛び立っていた。

 ビルからまたビルへ、次々と飛び移りながら移動する……その速度たるやシゲオが全力で飛行するよりも圧倒的な速さであり、当然そんなものに抱えられている彼はたまったものではなかった。

 

 

 

 隕石の落下予測地点付近のビルの屋上に着地したオールマイトは、目を回しているシゲオをそっと床におろしてやる。

 

「私たちが来たっ!」

「……遅い!」

 

 大音量で街中に響き渡るサイレンの中タツマキは苛ついた様子でビルの上に立っており、遅れて到着した彼にジト目を向ける。

 

「すまない、先程までZ市に居たものでね。少し遅れてしまった」

 

 頬を掻いて苦笑する彼の言葉に盛大にため息をつくと、彼女は天を……否、上空に待機する二機の騎士(ナイト)を睨みつけた。

 

「ふん、隕石一つにまぁ随分と手厚い対応だこと……ていうか、何でシゲオまで連れてきてんのよ。その子は一般人でしょうが」

うぐっ! それはそうなんだが……少しでも万全を期して隕石の余波を防ぐ為には彼の助力が必要かと――」

 

 痛い所を突かれたオールマイトが弁明を図る……しかし、その言葉選びがマズかったらしい。タツマキのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

ハァ? アンタそれ、アタシだけじゃ無理って言いたいの!? ヒーローが一般人に面倒見られなきゃ街一つ守れないワケ!?」

「い、いやそう言う事じゃなくてだね……!?」

 

 瞬時に沸騰した彼女の剣幕にオールマイトはたまらず後退る。

 今まで見た事のないタツマキの剣幕に、シゲオは目を見張った。

 

一般人を守るのがヒーローでしょうが! ……それなのに、何? 超能力が使えるから? それを当てにして火事場に連れてくる? それもヒーローの不手際の尻拭いを手伝わせに……!?」

 

 怒りの形相でオールマイトに詰め寄っていた彼女は。

 

「アンタ、それでもオールマイトなの……?」

 

――――!!!!

 

 その表情を一瞬だけ悲しげに歪ませて絞り出した問いに、オールマイトは絶句して立ち竦む。

 

(く、空気が……空気が重い……!!)

 

 一人蚊帳の外に置かれたシゲオはアワアワとするしか無い。

 何とか場を持ち直そうと彼が口を開こうとしたとき、状況に反して明るい声が響く。

 

『はろはろー、こちらタバネさん。みんな揃ってるカナー?』

 

 通信機から聞こえるどこか能天気な声に、一同は視線を向ける。

 

「……話は後よ。とりあえず作戦を進めるわ」

「あ、ああ……そうだね……。こちらオールマイト、タツマキ君とともに現地待機中だ」

『……んん? どったの、なんかあった? って、時間がないからチャチャッと説明しちゃうよ! えっとね――』

 

 通信機越しに不穏な空気を感じ取ったものの、既にそれらにかまう時間は残されていない。しかし、今の彼らにとってその状況は逆に有り難く感じている。

 

「作戦は理解した。こちらはいつでも大丈夫、合図を頼んだよ」

『おっけー! 機会は一瞬、一発勝負だからバッチリ頼むよ!』

 

 

 

『……目標の高度を隕石が通過、作戦を開始する』

『らじゃー!』

 

 ボフォイの言葉に、タバネの駆る白騎士がこくりと頷く。

 空を翔る二機の騎士は、推進剤をふかしながら上昇を始める。

 

 ――直後、巨大なエネルギー反応が周囲一帯を激しく渦巻いた。

 大気圏を突破し、赤熱した隕石は二人の視界に入ると同時に強大なエネルギー……タツマキの念動力波に飲まれ、その速度を落とす。

 しかし、その強烈な念動力をもってしても隕石は止まらない。

 ……だが、それも彼らにとって想定内の事だ。

 

凍結砲、発射!!

カチコチになっちゃえーっ!

 

 空を舞い隕石を迎え撃つのは二機の騎士(ナイト)だ。

 両機が構える複数の砲門から白い閃光が噴出し、隕石へ激突する――それは物質を凍結する兵器であり、高熱から瞬時に冷やされた隕石へ瞬時に亀裂が入る。

 

――そして。

 

「――私は……ッ!」

 

 地上から猛然と飛び上がってきたオールマイトが、歯を食いしばりながら右の拳を引き絞る。

 

「『オールマイト』なんだッ!!!」

 

 思い切り振り抜かれた彼の拳は、落下してきた隕石の先端へ深々と突き刺さった。

 脆くなった隕石の先端からは、後方へと向けて深く複雑な亀裂が強烈な衝撃波を伴いながら駆け抜けて行き――。

 

――次の瞬間には、跡形もなく粉々に砕け散った。

 

 衝突で勢いを殺され、自由落下を始めたオールマイトの体をタバネが操る騎士がすかさず受け止める。

 

『はいキャッーチ、作戦せいこーお疲れ様っ! ……あり?』

 

 喜色満面な声色のタバネに、横抱きに抱えられたオールマイトは押し黙ったまま動かない。

 

『どったの、何か悩み事?』

「……ん? ああ、すまない。少し考え事をしていてね」

『もしかしてどこか痛めた? 大丈夫?』

 

 心配そうな声に彼はは頭を振り、太陽の様な笑みを作る。

 

「いいや、平気さ! なんたって、私はオールマイトだからね!」

『うーん、それならいいけど。悩みがあるなら遠慮なく相談してね? アタシ以外にでもいいからさー』

「……HAHA、心配には及ばないよ! さあ、降りようか!」

『……わかった、じゃあ降りるよー』

 

 二人の待つビルへ向けて降りる二人の頭上では、隕石の破片が螺旋を描いて一箇所へ集められ始めていた。

 警報の音は既に止み、市民を安心させる言葉がスピーカーから流れ始めていた。何にせよ、脅威は去ったのだ。

 

 

 

『はろはろー、無事に終わったよー』

「あ、おかえりなさい」

 

 ビルの上でタツマキの作業を眺めていたシゲオはオールマイト達の帰還に気づき、声を掛けた。

 

「ああ、ただいま! なんとか無事に終わったよ」

「みたいですね。僕は何もしてませんけど……」

 

 一人だけ眺めているだけだったシゲオが俯き気味にそう言うと、その頭を大きな手が撫で付けた。

 

「いや、助かったよ。万一の時でもキミが居てくれると思えるだけでとっても心強いからね!」

「はい……。えっと、そちらの方は確かテレビで見たような」

 

 シゲオが視線を送ると、タバネはポーズを取りながら応える。

 

『どうもー! あたしはS級ヒーロー白騎士(ホワイトナイト)だよー、ちなみに本名はタバネ、コンゴトモヨロシク!』

 

 機械の手で器用にシゲオの手を握ると、ぶんぶんと上下させる。

 

『さあて、タバネさんたちは後処理があるからそろそろ行くから! それじゃシゲオくん、今度は生身で会おうね?』

「えーと、はい」

『それじゃ、トシくんもタツマキちゃんもまたねー!』

 

 そう言って、白騎士はその場を飛び立ち、隕石の残骸を纏めた塊の周囲を旋回するメタルナイトに合流した。

 騒がしい人物が去った事で、その場を再び重苦しい沈黙が包む。

 黙々と力場を操り、細かな破片も含めた全てを集めるタツマキと貼り付けたような笑みのまま隕石の残骸を見つめるオールマイト、そして手持ち無沙汰でおろおろとするシゲオ。

 

「……ねえ」

 

 その沈黙を破ったのは、作業を一段落させたタツマキであった。

 その声にびくりと肩を震わせる二人だが、その声色に先程のような怒気は含まれていない。

 

「――さっきはちょっと言い過ぎたわ。確かに、隕石は思ったよりも厄介だったもの……もしアレが完全なまま落ちてきたらあたし一人では勢いを殺しきれなかったかもね」

 

 そう言って彼女は深くため息をついた。

 

「でもね、今はまだ一般人でしかないシゲオの力を最初から当てにして危険な場所まで連れてきたのはヒーローとして間違ってるわ。アンタも分かってんでしょ」

 

 タツマキの言葉に、オールマイトは図星を突かれた表情になる。

 

「アンタがシゲオをヒーローにしたがってるのは、何となく分かる。この子は磨けば強くなるわ、それこそアタシに匹敵するくらいに。でもさ、何かアンタ焦ってない? そりゃあ、童帝みたいに今すぐにでもヒーローをやれる力はあるわ……でもね、訓練のために接して分かったけど、この子びっくりするくらい普通の子なのよ」

 

 彼女は腕を組みながら伏し目がちに言葉を続ける。

 

「こんな力を持ってても愛してくれる家族がいて、友達がいて、普通に暮らしてる……ヒーローに興味がない訳じゃないみたいだけど、そんな慌てて仕上げなくていいと思うわよ? アンタとアタシがいて、頼りないなりに他のヒーローも居る。十分でしょ」

「それは……」

「アンタもまだまだ現役だろうし、アタシは生涯ヒーロー続けるつもり。とりあえず教えられることは教えていくけど、この子自身がヒーローやりたいってなるまで現場連れ回したりしちゃダメよ」

 

 それじゃあ後片付けしてくるわ、とそう言い残すと、タツマキはビルを飛び立ち二機の騎士を伴って隕石の残骸を運び去った。

 その場に残されたのは深く考え込んだままのオールマイトと、困ったような表情をしたシゲオの二人。

 

「あの……」

 沈黙に耐えかねたシゲオが声を絞り出すと、オールマイトはようやく顔を上げた。

 

「――ん、ああ。彼女は、超能力が原因で家族が離れ離れになった過去があってね。同じように力を持ちながらも普通の少年として暮らしてきたキミと自分を重ね合わせているんだろう」

「タツマキ先生が……」

 

 彼の説明に、シゲオは思わずタツマキの飛び去った空へ視線を走らせると、既に隕石の破片群すら豆粒程の大きさになっていた。

 その横顔を眺めながら、オールマイトは独りごちる。

 

彼女の言葉も尤もか……力があっても、転生者でも。あくまでもシゲオ少年は普通の学生だ。私の都合で……しかし、いや……うん、そうだね。私は、私が、オールマイトなのだから――っと」

 

 ぶつぶつと渦に飲まれかけた思考を断ち切り、彼は虚空を見つめるシゲオへ声をかけた。

 

「――さて、今日は来てくれてありがとう、本当に心強かったよ! さ、遅くならない内に家まで送って行こうかな」

「あ、はい。……でも、あの移動方法は勘弁して下さい」

 

 げんなりとした表情の彼に、オールマイトは快活に笑う。

 

「HAHAHA、アレは急いでたからね。そうだ、今日のお礼になにかご馳走させてくれないか? なにか希望があれば言ってくれ、美味しい店を沢山知ってるからね!」

「え、いいんですか? じゃあ……」

 

 二人はビルから降りると、避難解除のアナウンスが流れている人っ子一人いない街の中をゆっくりと歩き出した。




・S級ヒーロー白騎士(ホワイトナイト)
篠ノ之束の転生者がボフォイ博士に弟子入りしてなんやかんやあって同系統のヒーローになりました
メタルナイトと比べて女性的な造形かつ割と気さくにファンと交流してくれるので違う意味でも人気。ボフォイ博士と違ってタバネ本人も割と頻繁に顔出ししてそう
造形はISの白騎士ですがISそのものではなく、バリアや絶対防御、ISコアの人格や自己進化等未実装、ほぼただの遠隔操作ロボ。
篠ノ之束の肉体というハードに転生者の魂を搭載した結果、スーパーコンピュータにへっぽこOSとフリーソフト詰め込みましたみたいな状態になってます

・激おこマイルドタツマキ
オールマイト(転生者)にとってのオールマイト(原作)がオールマイトな存在であるのと同等以上に幼少期にオールマイト(転)に救われたタツマキにとってもオールマイト(転)はオールマイトな存在なので、ある意味「幸せな人生を歩むもう一人の自分」のように感じているシゲオをヒーローの理念を外れて火事場へ連れて来てるのをみてちょっぴり感情的になってしまった的なアレです
隕石のヤバさを見て冷静にはなりましたが、やっぱり強くても一般人の力をあてにするのはヒーローとしてどうなの……となってます


原作でもボロスの次くらいには「どーすんのコレ」な巨大隕石
感想でもチラホラと詰みポイントでは?と言われてたコレは原作知識を活かして宇宙で対処しました(失敗)
超科学あるのに落ちてくるまで対処できなかったってことは正に直前になって軌道を変えたくらいしか思いつかないので、転生者陣営は地球付近を通過する隕石を片っ端から観測してました
そして近づいてきたところを月辺りに待機させたロボを遠隔操作してアルマゲドンしたわけです、初期構想だとここで「作戦成功、解散!」でしたがいろいろ思いついたので半分以下に砕いて地上で処理する流れになりました


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怪人娘のいる日常-1

「これっ、これですの!! やっと手に入れましたのっ!」

 

 夜明けを控えたZ市の路地裏に少女の嬉色を帯びた声が響く。

 がさごそとビニールの擦れる音を響かせながら一人の少女が手にしたものを掲げ、目をキラキラと輝かせる。

 

――その少女は異様な姿をしていた。

 

 土埃で汚れてなお金色に輝く長い髪と、くりくりとした碧色の目。

 満面の笑みを浮かべた顔立ちは人形のように整っている。

 ……しかし、そのだらしなく緩んだ口元からは鋭く尖った犬歯が伸びており、伸び放題の髪でかろうじて胸部を隠した裸体……その腰から下に伸びるのは大蛇の尾。

 少女は、いわゆる怪人である。

 

 そんな異形の少女が喜色満面に掲げているものは、先程捨てられた物を彼女が回収したコンビニの廃棄弁当入りのゴミ袋であった。

 

「おにぎり各種に炒飯弁当、冷やしラーメン、カツ丼……んはぁっ! 全部全部私のものですの! 誰にも渡しませんの〜っ!」

 

 ゴミ袋をぎゅっと抱きしめる少女の目には涙すら浮かぶ。そうして歓喜に打ち震える姿を誰かが目撃したならば、とても切ない気分になるだろう。

 しかし、少女はそんな自らの姿を顧みる事もなくその袋をゆっくりと開封すると、炒飯弁当を手に取り開封した。

 スプーンも箸も持っていない彼女は、一切の躊躇もなく汚れた指先でそれをつまみ上げる。

 

「では早速……いただきますの」

 

 指の隙間から米粒をこぼしながら、上向きにあけた大口にそれを放り込む。

 冷たい炒飯を無言で咀嚼する彼女の両目からは、やがて真珠のような涙がポロポロと溢れ出した。

 

「おい……しい……っ! 美味しいですの、美味しいですのっ! これが……これが……!」

 

 二口、三口と貪るように炒飯を食べ続ける少女は、肩を震わせ激しくしゃくりあげて慟哭した。

 

()()()()の、文明の味ィ……!!」

 

 口を大きく開けて残り少ない中身を口の中へと放り込み、空になった容器を放り投げ、おにぎりを開封すると同時にかぶりつく。

 

「米の甘み……ッ、適度な塩加減! 昆布の甘みと旨味ッ……! 野山では絶対味わえないやつですの! あの野蛮人どもめぇ!」

 

 フィルムを剥ぎ取った味玉入りおにぎりをぺろりと一口で頬張り、少女は必死の形相で咀嚼し飲み込む。

 

「野ねずみだとか……ッ! 野鳥だとかっ! あんなもの、この味を覚えてたら食えたもんじゃないですの! いつも丸呑みだから味なんて分かりゃしないけども!」

 

 次はおこわのおにぎりを口へ放り込み、ついでとばかりに赤飯おにぎりも詰め込む。

 

「大体なんでング……こんな世界にング……転生しなきゃならないんですの……私はただ……ングッ!?

 

 突然、愚痴をこぼしていた少女が喉を押さえて悶える……冷えたもち米が喉に詰まったのだ。

 小鳥やネズミを丸々嚥下する強靭な喉を持つ少女ももち米という殺人兵器には敵わないらしい。彼女は慌てた様子で袋を探るが、目当ての飲料は一つも入っていない。

 いろんな意味で顔を青くしながらのたうち回る少女だが、喉のつかえは取れる気配がない。

 

〜〜〜〜〜〜ッ!!!

 

 不意に、ドタバタと一人暴れる少女の目の前へ何かが差し出される――それはキャップの開いたペットボトルだった。

 少女は一も二もなくそれをひっつかむと、冷たいお茶を流し込み難を逃れる。

 

「――ップハーッ! し、死ぬかと思いましたの……!」

 

 ゼイゼイと息を荒げる少女の背中に、低い声が響いた。

 

「大丈夫か」

 

 息を整えた彼女は、命の恩人である声の主を振り返り――。

 

「ええ! おかげさまで助かり、まし……た、の……?」 

 

 ――そして硬直した。

 

ドッ ドッ

  ドッ ドッ

 

 それは、例えるなら大型バイクのエンジン音。

 一音一音に圧力すら感じるそれが絶え間なく響き渡る路地裏。

 その音の中心に男は立っていた。

 

 早朝の闇が影落とす中、三筋の傷を左目に受けた厳つい顔が浮かび上がる。

 その大きなシルエット――戦いに長けていない彼女でもひと目見ただけでわかる屈強な肉体からは、凶悪なまでの“強者のオーラ”が溢れ出ていた。

 

ひっ……あっ……

 

 少女はたった今潤したばかりの喉がかすれて行くのを自覚する。

 人類とそれ以外は常に敵対関係にあり、互いに殺し合っていることを彼女は同族から学んでいた。

 そして目の前にいる相手は押し潰さんばかりの威圧を放っており、少女の本能は窒息以上の脅威を男から感じ取った。

 

――勝てない。

 怯え竦んだ彼女の身体は戦う前から既に降伏していた。

 

 故に、彼女は。

 

おねがいします、ころさないでください

 

 その言葉をなんとか絞り出し、即座に土下座を敢行したのであった。

 

「…………」

 

 男は黙り込み路地裏には例の音だけが満ちてゆく。

――数分か、あるいは一時間か。

 実際にはほんの数秒間の沈黙が、少女には永遠にも等しく感じられた。

 

「……なあ」

 

「ッ!?」

 

 やがて口を開いた男の声に、少女の心臓が破裂しそうになる。

 斬首台に跪く罪人のような心持ちで少女が顔を上げると……男は相変わらずの無表情で彼女を見下ろしている。

 半ば死を覚悟した少女に、男は言った。

 

「腹、減っているのか」

 

 

※※※

 

 ジュワーッ、と高熱のフライパンが食材を炒める音が鳴り響く。

 香ばしい香りが部屋全体を包み込む中、男は深く思考する。

 

(どうしてこうなった)

 

 底の深いフライパンを揺すって米粒を踊らせる傍ら、視線だけを横へ走らせる。

 マッハで片付け、いつに無く整然とした自室の一角でガチガチの表情で座る異形――先程拾ってきた怪人の少女。

 

(いやいやいや、なんで拾った俺。可愛いけど怪人だぞ怪人)

 

 適当に選んで着せた赤いパーカーの裾からは鱗に覆われた太く長い蛇の下半身が伸びている。もしそれに襲われればワンパンでやられる自身が男にはあった。

 

 怪人は恐ろしく、狂暴で残忍。

 怪人は容易く他者の命を奪う、人類共通の敵。

 

 それは彼も身を以って知る常識であった。

 ……しかし。

 

(……なんか、ほっとけなかったんだよなぁ)

 

 廃棄のおにぎりを喉につまらせのたうち回り、彼の顔を見て涙と鼻水と冷や汗でグッチャグチャのシワシワになった彼女の姿は彼のよく知る「恐ろしい怪人」の像からはあまりにかけ離れていた。

 

 パラパラに仕上がった炒飯を2つの皿に盛り付けると、スプーンを添えて愛用のこぢんまりとしたちゃぶ台へ乗せる。

 少女は未だに緊張の極みにあるらしく、激しく目を泳がせながら同じく緊張で高鳴る彼の心音に合わせてビクビクと震えている。

 その様子はまるで誘拐犯に怯える幼気な少女のようであり――実際当たらずとも遠からずな状況ではあるが――まるで自身が脅しているようで男の内心には罪悪感が際限なく降り積もってゆく。

 

(……顔に傷まであるしガタイも無駄にいいからなあ、鍛えてもいないのに。実際はそんなのハリボテで、ただの小心者のオタクだけど)

 

 彼自身、自分が異常なまでに恐怖される事は当然自覚があった。

 チンピラとかち合えば道を譲られ、銀行で強盗と鉢合わせれば即座に降伏され、挙げ句の果てに怪人にこうして命乞いをされる。

 あのヒーロー協会から直々に『A級待遇からでどうか、順調に実績を積めばすぐにS級にも昇格できるだろう』とスカウトまでされてしまった事がある。

 無論、彼は断ったが。

 

(この心音だけでも鎮めれば幾分かマシになるんだけど……よし)

 

 彼は静かに目を閉じると、先日から放送を追っている美少女アニメのことで脳内を満たしながら深く息を吸った。

 

「すぅ――――」

 

ひゃひいっ!?

 

「はぁ――――」

 

ぴぃっ!? ご、ごめんなさいですのっ!」

 

「………………」

 

 ちょっと深呼吸するだけでこの有様である。彼はちょっと死にたくなった。

 しかし、目論見通り彼の心音は徐々に落ち着きを取り戻し、やがて部屋を支配していた謎の重圧が緩和されてゆく。

 ガクガクと震えていた少女もやがては落ち着きを取り戻し始めたのを見て、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「……危害を加えるつもりは一切ない。だから安心していい」(仮に襲っても抵抗されたら俺が死ぬんだよなぁ)

 

 かわいそうなくらいに激しく何度も頷く彼女の姿に彼は内心ため息をつきたくなったが、更に怯えられても困るのでグッと堪える。

 

「腹が減っているんだろう? 男の雑な料理で申し訳ないが、せめて冷めない内に食べてくれ」

 

 そう言って彼は自ら先に炒飯を一口頬張り、咀嚼する。

 それを見て少なくとも毒ではない事を理解したらしく、少女は未だ微かに震える手でスプーンを握り、おずおずと炒飯を掬い上げた。

 

「で、では失礼して……い、いただきますの」

 

 そう言って少女は意を決したように固く目を瞑り、握りしめたスプーンを小さく開けた口の中へ差し込む。

 するっとスプーンを引き抜くと、もぐもぐと咀嚼を始めた。

 咀嚼を続ける少女の表情からは強張りが少しずつ抜けていき、やがてはその碧い双眸から滂沱の涙が溢れ出した。

 

あぅっ、う゛ぁ、ふぐぅぅぅう……!!

(お、おう……)

 

 嗚咽を漏らしながら猛然と食事を続ける少女に内心ドン引きしながらも、男はそっと自分の皿を差し出したのであった。

 

 

 

ずびーっ! ……お見苦しい所をお見せしましたの」

 

 鼻を勢いよくかみながら、穏やかな顔で少女が言う。

 彼女も現金なもので、どうやら満足する食事を与えられてすっかりと警戒心や恐怖心は解けたらしい。

 

「……俺なんかの手料理でそこまで感激されるとは思わなかったが、満足したなら良かった」

 

 結局二人分の炒飯とデザートにプリンを一つ平らげた少女を眺めながら、男は明日の朝食用のバナナを一本頬張る。

 

「思えば()を含めても母以外の手料理なんて食べたことがありませんの。飢えに飢えていたのもあるけど、今まで食べた何よりも本当に美味しかったですの」

 

 しみじみと呟く少女を前に、男は茶を淹れ始めた。

 

「これまでの食事ときたら、『グズに出すエサはない』なんて言われて苦手な狩りでボロボロになりながらようやく捕まえた小動物を丸呑みする日々。兄弟たちが満たされる中で一人飢えに耐えるなんてよくある事……ほんとクソみたいな日々でしたの」

(……怪人も色々大変なんだなぁ)

 

 音が淹れた茶をズズッと啜りながら、少女の語りは徐々にヒートアップしていく。

 

「主食は小さなネズミや野鳥! 丸呑みして毛や羽が口に残るのがどれだけ不快か! あーもう、あんなの二度とゴメンですの!!」

 

 なんとなく口の中が気持ち悪くなった彼がお茶で口をゆすいでいると、ふと一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

「……生まれた時からそれなら、普通に慣れるんじゃないのか?」

「もちろん、餓死は嫌だからなんとか食えるようにはなりましたの。でも初めはホントひどくて、嫌がったり吐き出したりする度に腹を掻っ捌かれて折檻されたり」

(食事拒否のペナルティが重すぎる……)

 

 当時を思い出したのか、げんなりとした顔でうなだれていた少女は深くため息をついてから身を起こし、拳を握った。

 

「だから昨日一族で人間の街まで移り住んできた時に隙を見て逃げ出してやりましたの! あの野蛮人どもがドブネズミやらカラスやらを食べてる間に私は優雅に美味しくハンバーグやカレーライスを食べる予定ですの! あっはっは、ざまぁ!

(別に今までどおりの食生活なら悔しがったりしないんじゃあ……ってあれ? 何かおかしくないか?)

 

 年頃の少女がやってはいけない表情で笑う彼女にドン引きしつつ、彼の中でじわじわと膨れ上がっていた疑問が口をついて出る。

 

「あー、アンタはなんで人間の食事の味を知ってるんだ? さっきの話だと、森で生まれてからずっとその食事しか知らない筈じゃないか」

 

 そう問えば、少女はピタリと嘲笑をやめて硬直する。

 そして何かを考え込むように百面相を始めた彼女に、何か悪いことでも聞いてしまったのかと男が思っていると。

 

「……うー、別に話しても問題はないか。えーと、実は私、いわゆる“()()()()()”というものを持っていますの」

なんか想定外の方向に舵を切り始めたぞ……

 

 彼女はそんな風に話を切り出した。

 

「前世は普通の人間、一般人でしたが、ちょっとした……えー、不慮の事故で命を落としまして。ふと気が付けば私は神を名乗る不審者の目の前に座ってましたの」

(わあ、どんどん話が怪しくなっていく……)

 

 表情には出さない(でない)ものの、男の内心で少女の印象は電波ちゃんになっていく。そんな事は露知らず、少女は真剣な面持ちで怪文書じみたカミングアウトを続けた。

 

「それで自称神様から『前世で見知ったアニメや漫画のキャラとして転生させてあげる』と言われまして……いろいろ考えた結果とある漫画の主人公を選びましたの」

(神様ときたか、ますます胡散臭く……ていうかデザインが主人公っぽくないな。どっちかというと、人外娘とイチャコラする漫画のヒロインとかじゃないの)

 

 そう思いながら男の視線は無意識に少女を観察する。

 長い金色の髪に、クリクリとしたきれいな碧眼、人形のような可愛らしい顔。

 なんとも理想的なヒロイン像である。上半身裸だったり、下半身が大蛇でなければ。

 

(そういえば、喉をつまらせて転げ回ってたときにちらっと見え……げふんげふん)

 

 邪な方向性へ行きかけた思考をなんとか引き戻し、男は少女の電波な話へと再び集中しようと努める。

 

「その主人公はちょっと性格に難があって、自業自得で割とひどい目に遭いますの。でも流石に私もあそこまでアレな性格はしてないつもりなので、バイオレンス成分抜きに過ごせる見込みでしたの」

(なるほど、ツッコミが激しい感じのギャグ系の漫画かな)

 

 信じるかどうかは別として、男にもなんとなく彼女の言う「漫画」のジャンルが見えてきた。彼が目の前の少女を主役とした百合漫画を脳内に描いていると、彼女は突然青筋を浮かべて髪をかき乱す。

 

「それを……それをあの自称神様のクソ野郎は……ッ!!」

 

 口元をわなわなと震わせた彼女の表情にはハッキリとした怒気が滲み出ており、暴れだしたらどうしようかと男は戦々恐々とする。

 

こんな優しくない世界の、訳の分からん未開の地であんな連中の下に転生させるなんて詐欺もいいところですのおっ!!!!!

 

 湯気の立ちそうな激情をお茶をぐいっと飲んで抑え込んだ少女は、やり場のない怒りと悲しみに打ちひしがれ、ちゃぶ台へ突っ伏しながら滝のような涙を流し始める。

 

「私はただメデューサのヒモとしてイチャイチャしながら過ごして、ゆりねに召喚されても逆らわず家事手伝いしながら平穏に生きていくつもりでしたのに……ッ!! だいたいあいつはなんですの! 確かにいわゆるメデューサ的な姿だけどあんなキッツいやつは望んでませんのっ! 私はゆるふわでダメ男製造機みたいな可愛いメデューサに甘やかされて泥沼の共依存になりたかったのにィッ!!!」

(割とクズくないこの子?)

 

 堂々とヒモ志望宣言をのたまいながらオイオイと泣く少女。

 可憐な見た目とは裏腹にダメ人間の鑑のような存在だったらしい。男は同情心のあまりに拾ってしまったことを、今更少しだけ後悔し始めた。

 

「……それで、君はこれからどうするつもりなんだ? もう群れに戻るつもりは無いんだろう、アテはあるのか」

 

 彼がそう声をかければ、少女はピタッと泣き止む。

 ある訳がない、こちとら根無し草の糞雑魚怪物で人間の駆除対象だと彼女は脳内で毒づいた。

 少女はうつ伏せのままパーカーのファスナーをそっと下ろし、なるべく哀れっぽく見えるよう顔を歪めて目尻に涙を貯め込むと、まるで蛇が獲物を狙って鎌首をもたげるが如くゆっくりと上半身を持ち上げる。

 

「……!」

 

 おずおずと(見えるように)上げた少女の顔を見て、男が息を呑む。

 ハの字に歪んだ眉からは強い悲哀を感じさせ、潤んだ碧い双眸には涙がいっぱいに溜まっている。

 

「ここは人間の街で、私は人ならざる身。頼れる相手は、誰一人としていませんの。それに、一族から逃げてきた私に帰る場所はもう、どこにもありませんの……」

 

 そう言って悲しげに目を伏せると、その目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちる。

 ぴたん、と雫がちゃぶ台の上へ落ちた。

 

「…………」(多分演技なんだろうけど……うーん、強か)

「…………」(くっ、あと一押し足りないか?)

 

 重い沈黙が部屋の中へ満ちる中、少女はちゃぶ台に手を付き体の角度に注意を払いながら上目遣いで身を乗り出した。

 ギョッとしてのけぞる男の目を真っ直ぐに見つめながら、少女は口を開く。

 

「ここまで助けてもらってばかりで、自分でも図々しいとは思いますの……でも、私にはあなたしかいませんの! どうか、どうか!

 

 そう言って懇願する少女。その適度に開けたパーカーの胸元は、彼女の狙い通りにギリギリ男の視線が通り……その膨らんだ胸元が微かに見えていた。

 

(ククク、裸パーカーによるチラリズム! その破壊力は普段の姿(ぜんら)の比ではない! お前の服を貸し出す紳士ムーブが皮肉にも私の魅力を何倍にも高めてしまったのだ!)

 

 悲壮な表情を維持したまま、心の中でほくそ笑む少女。

 彼女はこの部屋に居座るため己の魅力を100%利用する事に成功する。

 しかし、彼女には一つだけ致命的な計算違いがあった。

 

ドッ ドッ

  ドッ ドッ

 

ぴぃ――――っ!?

 

 突如として男の全身から溢れ出したとてつもない威圧感により、少女はたまらずひっくり返る。

 

ごごごごめんなさいですの! 私の魅力でコロッと落として優雅なヒモ生活を満喫してやろうとか考えてごめんなさいですの!! どうか殺さないでほしいですのォ――ッ!」

 

 蹲って滝の涙を流しながら命乞いを始める少女を見下ろしながら、男は静かに流れ出た鼻血をさっと拭き取る。

 ドキドキする心臓を鎮めながら、彼は一つ咳払いした。

 

ん゙ん。あー、別にここに住むのは構わない」

「……へ?」

 

 床から鼻水を伸ばしながら、目を点にした少女が顔を上げる。

 きたないなと思いながら、男は言葉を続ける。

 

「いい加減、一人暮らしにも飽きてきたしな。家事の分担くらいはしてもらいたいところだが」

「い、いいんですの?」

 

 男は頬を掻きながら小さくため息をついた。

 

「まあ、なんだ……このまま追い出して、ヒーローに討伐でもされたらちょっと目覚めが悪いからな」

あ゙、あ゙り゙がどゔござい゙ま゙ずの゙ぉ゙ーっ!!

 

 滝のような涙を流す少女に、男はため息をついた。

 

「……さて、同居人になるのに互いの名前も知らないままじゃ不便だろう。ここらで自己紹介でもしようじゃないか」

「あ、そういえばそうでしたの。えーと、私の名前は……あー」

 

 そう言って名乗ろうとして少女は口籠る。

 男が首をかしげると、彼女は大きくため息をついた。

 

「名前自体は、まあ一応ありますの。つい最近、人間の街へ移り住む時につけられたものですが、あまり進んで名乗りたいものでも無いというか……」

「それ以前の呼び名、それこそ前世の名前とかは?」

「前世は前世でアレなので捨てましたの。今世では……グズとかチビとかザコとか……この姿の元になったキャラクターの名前もあるにはあるけど、そっちはちょっと悪目立ちしますの」

 

 あ、そうだ。少女はポンと手を打って男へ顔を向けた。

 

「せっかくの縁だしアナタに名前をつけてもらいたいですの」

「お、俺に?」

 

 急にそう振られて、男は少し驚く。

 

「せっかくだし、ただの自称より誰かにつけてもらいたいんですの。別に、変じゃなけりゃ何でもいいですの! さあさあ!」

 

 そう言われ、男は腕を組んで目を閉じる。そして十数秒考え込んだ後に、彼は腕を解いて目を開けた。

 

「……『ミア』でどうだ。君のような姿の怪人をラミアと言うらしいし、そこから取ってみたが」

「ミア! まあ、なかなかいいじゃないんですの。コレからはそう名乗らせていただきますの」

 

 彼が口に出した名前を彼女は笑顔で受け入れる中、男は内心冷や汗をかいていた。

 

(まずい……! 咄嗟に『怪人娘と暮らすギャルゲ』のラミア娘の名前を付けてしまったぞ……! ちゃんとソフトを隠しとかないと!)

(前世で読んだ『モンスター娘と暮らすラブコメ漫画』に似たような名前のキャラが居たような気がするけど、まあいいですの)

「さ、今度はあなたの番ですの!」

 

 少女改め、ミアが促すと男は頬を掻きながら言った。

 

「俺か。……少し名前負けしてるが、笑わないでくれると嬉しい」

「アナタならどんだけゴツい名前でも似合うと思いますの」

 

 男の謙遜を真顔で返すミア。その反応に少し笑って、彼は答えた。

 

「キングだ。これからよろしくな」

 

 こうして、男――キングと、怪人の少女ミアの奇妙な共同生活は幕を開けたのであった。




・邪神ちゃんの転生者(ミア) 推定災害レベル:狼
読み返したら「邪神ちゃん」という単語が出てきてないわこれ、でもまあ隠してる訳でもないので容姿と口調と転生時の野望からだだ漏れです。
悪魔じゃなくて普通の?生物ですが多分能力的にはそのまま。
人の領域外の山中で誕生した一般人外枠、思考力ある人外系は記憶取り戻すまでが短い(人間と違って動物は生まれたその日に歩けるのと同じノリ)ので、人外の肉体と生活に慣れる前に人間の感覚が即座に蘇った地獄めいた状況。
スパルタな家族の中で生きる糧として邪神ちゃんエミュをしてたら口調がこれで固定された。本物よりチンピラ度はかなり低い。
本人曰く「ゆりねに斬り刻まれるほどじゃないけど、メデューサの庇護欲をそそる程度にはクズ」
ワンパンマンの原作知識なし、多分百合系とか日常ギャグとかばっかり見るタイプ。
転生前の性別?今が可愛けりゃどっちでもよくない?(暴論)

・キングさん
ついに登場、キングさん!
ハゲがいない影響で立場とかかなり変わっていますが、パッシブスキルのキングエンジンと強者のオーラは健在。糞雑魚怪人の邪神ちゃんにはめっちゃ効く。
『モンスター娘のいる日常』のパロディ的なギャルゲを持ってる、キングさん曰く結構泣ける名作らしい。しっかり封印したが多分邪神ちゃんは見つけ出して勝手に遊ぶ。


『まあいいか!! よろしくなぁ!』の精神。
いや、べつに彼もおっぱいに釣られて同居許したわけじゃないんですがおっぱいは強いという話。
 最近チェンソーマンどハマリしてますが、この作品にはチェンソーマンキャラは今のところ出せそうにありませんね、2019連載開始なので今まで出てきた転生者は誰も知らない作品だったりします(いままでの転生者たちは2017年夏頃までに転生してる)。


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怪人娘のいる日常-2

「よォーしよォーし、ようやく追い詰めましたの……!」

 

 平日の昼下がり、とあるアパートの一室は独特の熱気と興奮に包まれていた。血の気が抜けるほどコントローラーを握り、ゲス顔を晒すのは大蛇の下半身を持った少女のミア。

 何かのアニメキャラクターがプリントされた大きめのTシャツに汗染みを作りながら、彼女が血走った目で見つめるテレビモニタには格闘ゲームの画面が映っている。

 ピンクでフリフリな魔法少女めいたキャラクターがウサ耳を付けた女性キャラクターを画面端に追い詰めており、その体力は魔法少女側が半分近く残ってるのに対し、バニー側はもう残り少ない。

 

「げへへ、たった数時間で初見プレイの女の子に追い詰められる気分はどうですの!? NDK(ねえどんなきもち)!?

 

 顔に傷を持つ強面の男キングは、操作に合わせて体を動かしながら煽りに煽る少女を気にも止めず冷静に画面を見つめていた。

 

(……うーん、確かにこの動きは格ゲー初心者のソレじゃないよな。野山に暮らしてたってのが嘘じゃないなら、プレイ開始からの動きは明らかにおかしい。別ゲーだろうけど、それなりにやり込んではいる風に見える)

 

 的確に攻撃を捌きながら、彼は山育ちの少女を観察する。

 シャンプーで本来の輝きを取り戻した豊かな黄金の波を後ろに束ね、顕になったうなじには玉の汗が浮かんでいる。

 大きすぎるシャツからはだけた白い肌はわずかに上気して赤みが差しており――。

 

「このッ、ここにきてガードが堅く……! あと数ミリなんだからおとなしく削り切られろ!! ほらほらほらァ!

 

 あと一歩というところで削り切れず苛立った様子で語気を荒げる少女の口の端からは少量の涎が垂れていた。

 

(やっぱり、転生っていうのはホントにあるんだろうか。そういえば、駅前で異世界転生教とかいう胡散臭い宗教が布教してたな)

 

「オラオラオラ、これで、終わり、DEATH、NO!?

 

 ミアが最高潮に調子に乗った瞬間、追い詰められていたバニーがペチリと反撃を差し込む。

 一瞬の怯みに更なる追撃を打ち込み、画面全体にバニーガールのアニメーションカットインが入ると次の瞬間には『K.O.』の文字が浮かび上がってキングの勝利が示された。

 

 彼はコントローラーを静かに置くと、グッと伸びをする。

 

「……さて、そろそろ昼飯にしよう。朝からずっとやってると流石に腹が減ってきた」

 

 コントローラーを握ったまま真っ白な彫像と化したミアの横で、キングがあくびをしながら立ち上がった。

 

い、インチキですのォ――!!! 一撃技とか、ウチのシマじゃノーカン! ノーカンですのぉ――!!」

 

 ミアはコントローラーをフカフカの座布団の上に向けて投げ付け、仰向けになってジタバタと悔しがる。長時間のプレイの果てにようやく1R取れそうだという所でこの逆転劇は堪えたらしい。

 

「ていうか強すぎですの! なんで1Rすら取れないんですの! これでも前世ではそれなりのランカーだったのに――ぬぐぅぅう!!」

 

 そんな彼女を無視して、彼は冷蔵庫を開けて顔をしかめる。二人暮しを始めて間もないためか、食材の消費速度を読み違えたようだ。

 

「あー、ちょっと食材が足りないな。スーパーに行って買い足してくるから掃除でもしながら待っててくれ。訪問者は無視で」

「むぐぅー! わかりましたのっ!」

 

 クッションを抱いてゴロゴロ転がる少女の姿に笑みを浮かべながら、キングは財布を手にドアを閉めて施錠を行って歩き出す。

 

 

※※※

 

 帽子越しに眩い太陽を仰ぎ、道端の鳥の声へ耳を傾けた。

――ここ数日、なんとなく世界が輝いて見える気がする。

 

 キングはちょっと浮かれていた。仏頂面がほころぶ程に。

……確かに、大蛇の尾を持つ怪人だ。

そしてちょっと性格にもアレな所はある。垣間見えるガサツさや大雑把さの端々から前世の性別が男だった気すらしてくる。

 

――だが、ミアは美少女だ。

 おっぱいもそこそこにある上、無防備極まりない姿を遠慮なく彼に晒す。これが嬉しくない男がこの世に存在するだろうか? 否、いるはずが無い、いてたまるか。

 

(拾った直後はやっちまった感凄かったけど、実際に暮らしてみると意外と家事もちゃんと手伝ってくれるし、ゲームも結構できるし、何よりかわいい。これは我が世の春が来てしまったんじゃないか?)

 

 ウキウキとした気持ちの彼は「ちょっといいデザートでも買って帰ってやろうかな」などと思いながら道をゆく。

 ……しかし、キングは大事なことを忘れていた。今までの人生からして、自身の幸運が長続きしない事を。

――基本的に彼は、とても運が悪いという事を。

 

 

「――うわっと!?」

 

 浮足立って歩いてたのが災いしたか、地面にある突起に足を掛けてしまい彼は派手に転んでしまう。

 

「痛た……っ!?」

 

 彼は上体を起こすと、何に躓いたのかを確認しようとして振り返り――先程まで歩いていた辺りに、鋭い槍のようなものが突き出されているのを目にした。

 

『しゅるる……かわされた』

 

 鱗に覆われた頭部が、建物の隙間から滑り出るように出てくる。ぬるりと現れたそれは、縦に割れた瞳孔を細めて地に伏せたキングを感情のない目で睨みつける。

 

 上半身は人型で、下半身には長い尾と強靭そうな太い脚がある。全身を覆う滑らかな鱗はいかにも頑丈そうな光沢を放つ。

 爬虫類型の怪人が、槍を手に立っていた。

 

(あっ……あっ……)

 

 状況を脳が理解した瞬間、キングは自身の全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。

――浮かれた気分が、黒い恐怖で塗りつぶされていく。

 

ドッ ドッ

  ドッ ドッ

 

『…………!!』

 

 速金を打つ心音とともに漏れ出した謎の威圧感に、爬虫類怪人は目を剥いて立ち止まる。キングはその隙にゆっくりと立ち上がる。

 

(……俺にビビるのは……主に私欲で動いてるやつ、リスクを避けたがるやつ、弱い者イジメしかしない小心者)

「ふっ……最近は……爬虫類にやたらと縁が、あるな……」

 

 彼が腕を組み虚勢を張ると、爬虫類怪人は目を細める。

 

『しゅるるるる……おまえ、つよいセンシ。つよいセンシのニエ、われらがカミよろこぶ。このたたかい、カミにささげる!』

(……終わった、効かないタイプのヤツだこれ)

 

 武者震いをする怪人を前にキングは腕を解き、一か八か逃げる心積もりを固めた。

 細い管から空気が抜けるような声を上げてにじり寄ってくる怪人を前に、キングは構えも取らずにじわじわと距離を取りながら背後に大通りへ繋がる道を持ってくる。

 

『しゅるるるる! いくぞ!』

 

 怪人が足に力を込めるのを見て、やや遅れて彼も踵を返し。

 

『ぎしゃあああああああ!?』

 

(んえっ!?)

 

 次の瞬間、背後で響いた凄まじい悲鳴に思わずつんのめる。

 振り返ると、怪人の左目には一本のナイフが突き刺さっていた。

 何事かと思う間もなく――。

 

ぉ……ぉおおおおおおおおおおッ!!!

 

 彼の目には、黒い暴風が吹き荒れたようにしか見えなかった。

 風圧と生暖かい飛沫を受けて、キングはとっさに目を閉じる。

 

『ぐ……がぁ……』

 

 そしてゆっくりと目を開けると、胸を貫く太い鉄の塊にビルの壁へ縫い付けられる怪人の姿が視界へ飛び込んできた。

 

 

――それは剣というにはあまりにも大きすぎた

 

  大きく 分厚く 重く

 

そして大雑把すぎた

 

  それは正に鉄塊だった――

 

 

「……シィィィィィ――ッ」

 

 その鉄塊のような剣で怪人を縫い付けた男は、熱い息を吐き出すと動かなくなった怪人を地面へ打ち捨てる。

 血の滴る剣を軽く振るってから納刀する姿に、キングはちょっとだけ憧憬を覚えた。

 

(やばいかっけえ、その武器は男の子すぎるわ……)

 

 キングはヒーローらしき男に礼を言うべく近付こうとして――。

 

大当たりだ――噂を信じてよかったぜ、久しぶりだなァ糞蛇ども

 

 男がぼそりとつぶやいた言葉と、憎悪に染まった笑顔に硬直する。

 

 

ドッ ドッ

 

  ドッ ドッ

 

 

 その心音に反応したのか、男は警戒した面持ちで振り返る。

 

「……横取りして悪かった。だがこいつらは俺の獲物なんでな。文句は――」

 

 そこまで口にして、男は何かに気付いた様子で目を見開いた。

 

「え、待っ――キン――マジ?」

 

 何やら狼狽えた様子で殺気を霧散させた男に対し、キングは安堵の溜息をついて話し掛けた。

 

「いやあ、助かりました。貴方はヒーローの方ですか?」

「――ああ、いや、俺はハンターズという自警団の者だ。凄え殺気感じたから横取りにキレてんのかと思ったらマジか

 

 男は小さくそう言うと、マジマジとキングの顔を見つめて来る。

 

「あの……俺は買い物の途中でして……」

 

 居心地の悪くなったキングがそう言うと、男はやや慌てた様子で両手を振った。

 

「あ、ああ、悪い。怪我もないようだし、事後処理についてはこちらで手配するからもう行ってもらっても大丈夫だ」

「そういう事でしたら、俺はこれで失礼させてもらいます」

 

 許しも出た所で、キングはそそくさとその場を離れる。足早に向かう先はスーパーマーケットではなく、自宅。

 なんとなく、買い物の気分ではなくなってしまったからだ。

 

 

 

 

 

んぅぇっ!? も、もう帰って来ましたの!?」

 

 カギを開けて乱暴にドアを開くと、ゲームのコントローラーを握りしめたミアが驚いたように口から何かを落とす。

 冷蔵庫に残っていた魚肉ソーセージだ。

 

あ、あわわ……そ、掃除は……ちょっとだけコンボ練習したらやろうかと思って……こんなに早く帰ってくるとは……

 

 狼狽えた様子で落としたソーセージを拾い上げてもぐもぐし始める少女に、キングは脱力したようにため息をついた。

 

「あー、掃除は別にいいよ。まださほど汚れてないし……ちょっと気が変わった、昼は出前を取ろうか」

マジですの!? ピザ! ピザがいいですの! 耳にもソーセージとチーズが入った肉マシマシのピザ!!」

(なぜそんな暴力的なまでのカロリーを求めるのか)

 

 目をキラキラさせてそんなことを言うミアに苦笑しながら居間に上がると、急に彼女が真顔になる。

 

「あれ、何か怪我でもをしましたの?」

「え、確かにちょっと転んだけど……あっ」

 

 彼はキョトンとした表情でそう答えると、シャツやズボンに少しばかり血がついているのを発見する。

 

(これは、あの怪人の……って、そうだ)

 

 キングは自警団の男の言葉を思い出す。あの怪人がミアの一派であれば、彼女もまた彼の獲物という事になる。

 

「あー、ミア氏? 少し聞きたいんだが、キミの一族ってみんな同じような感じの姿でいいのか? 上半身が人間で、下半身が蛇の」

 

「えっ? ま、まあ大体似たようなもんですの。親玉レベルになるとめちゃくちゃデカイけど、見た目的には大差ないですの」

 怪訝な表情をしていた少女はハッと目を見開き口元に手を当てる。

 

(――まさかあの野蛮人どもがもう刺客を!? ……それをあっさり退けるとは、やはりキングは只者じゃないですの)

(と、言う事はあの爬虫類は別にこの子の一族とかじゃないんだな。とはいえ、ミア氏はしばらく出歩かせない方が良さそうだ……)

 

 垣間見えたキングの強さ(誤解)に、敵対しなくてよかったと改めて思うミアであった。

 

 

 

 

「ご苦労さまです」「ありあとあしたー」

 

 ブロロロ、とピザ屋のバイクが去っていく姿を見届けると、キングは熱々のピザとサイドメニューの入った箱を手に自室へ戻る。

 

「ピザ届いたぞ」

「待っっってましたの! もうお腹ペコペコですの!」

 

 ちゃぶ台の上に広げられたLサイズのピザに、ミアは涎を垂らさんばかり――少し垂らしながら目を輝かせた。

 そんな様子に苦笑しながらキングはコーラをコップに注ぐ。

 

「ンッンー、やっぱりピザにはコーラ以外ありえませんの! これに異論のある非国民は粛清ですの♪」

(同感だけど過激派過ぎる)

「では早速……っ!」

 

 言うが早いか、ミアはピザの一切れに手を伸ばす。

 ベーコンやサラミがこれでもかと敷き詰められたそれ持ち上げると、生地の上と耳の中から熱々のチーズがにょーんと糸を引く。

 ピザの耳からはチーズと同居するソーセージが覗いており、断面からは肉汁が溢れていた。

 

「ふおぉぉおおぉ……! ごくり、いただきますの!」

 

 彼女は目をキラキラとさせて牙の生えた大口でピザへ齧りつく。

 

〜〜〜〜〜〜〜っ♡

 

 じゅわっと口内に広がるベーコンの肉汁とチーズの味にミアは顔を蕩けさせる。なんとも幸せそうな表情で口からピザへのチーズの架け橋を伸ばしながらもぐもぐと咀嚼する姿を眺めつつ、キングもまた肉肉しいピザへと手を伸ばし始めた。

 

 

「んふぅ、満腹ですの〜」

 

 ポテトやナゲットも含めキング以上に腹へ収めた少女は、ごろりと転がって床の一部と化し始めた。

 

「ミア氏はホントによく食べるなぁ」

「食べ盛りですの☆」

 

 舌を出しながらウインクするミアに、キングは何度めかわからないくらいの苦笑を浮かべる。美少女は本当に得だと彼は思った。

 ……もっとも、この食生活が続けばいずれ丸々としたツチノコにでも変わってしまいそうではあるが。

 

「……さて。昼間はちょっとトラブったけど、今度こそ買い物に行ってくる。ミア氏はお風呂掃除頼んだよ」

「がってん承知ですの〜」

 

 寝転がりながら返事をする駄蛇を背に、キングは今度こそと買い物へ出かけた。夜はサッパリしたものにしようと心に決めて。




ガッツ「キング見つけたわ」転生者一同「!?」
S級じゃないパンピーキングは割とレアキャラ。でも別に用事はない。

・邪神ちゃんの転生者
とにかく美味しい物を食べるのが好き。
味覚は割と子供舌であり、甘い物やお肉が大好き。
しいたけとなすびは嫌いなので泣きながら飲み込む。
美味しいものを食べさせるとメシの顔をする。
基本ぐうたらで行動が遅いが、頼んだ事はとりあえずやろうとはする。

・キングさん
ゲームが大得意。
一緒に遊んでくれる美少女相手にも容赦はあまりなく、格ゲーだと1Rすら取らせてやらなかった……おとなげない。
基本運が悪いので道端で怪人に遭遇するのは割とよくある。


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転生者たちの回顧録
とある比翼の転生者-前編


さて……転生後の姿は決まったかい?

 

 天地すら存在しない純白の空間の中に、男とも女とも知れぬ声が響く。その場には輪郭のはっきりとしない三つのシルエットが浮かんでおり、そのうちの二つが頷いた。

 

「一応、しかし急に言われると出てこないもんだな……」

「まあ、普段アニメとかあんまり見ねぇからな」

 

確かに、どちらかと言うと外で遊ぶタイプに見えるね。……無事に決まってよかったよ、さあ言ってごらん

 

 名状しがたい声に促され、二人がそれぞれ答える。

 

「オレは一方通行(アクセラレータ)にするわ、昔に見たアニメでクッソ強くてカッコよかったからな!」

「じゃあ俺はやっぱ上条当麻。そいつに勝ったし主人公だぜ」

「後出しとかズルくねーか!? ……まあいいか、中身がオレらなら争う事にはならんだろうし」

 

「……しっかし、同じ日に生まれて、新生児室で隣のベッドで」

「――家まで隣同士で、ずっと同じ学校の同じクラスで」

「挙げ句の果に同じトラックに撥ねられて同時に即死! こりゃあもう漫画に出てくるレベルの腐れ縁だよな。一つ残念なのは……」

 

「「お前が女だったら完璧だったんだよなぁ!」」

 

 異口同音にそう言って二人でハハハと腹を抱えて笑う姿に目を細めながら、それは薄く微笑みを浮かべた。

 

なるほど、やはり君たちは強い縁で結ばれているらしいね。そして次の人生でもまた廻り逢う運命にある、と

 

「ま、今更完全に別々の道ってのはちょっと考えられないし」

「こうなりゃトコトン腐れ縁を続けようってな!」

 

 二人の言葉に、それは笑みを浮かべながら手を一つ叩いた。

 

さて、君達の願いは分かった。それじゃあ良い来世を――

 

 

 

※※※

 

「……フフフ、今回も中々にいい子達が揃っているねぇ?」

 

 豚のようにでっぷりと肥えた白衣の男が、目の前の檻に向かってねっとりとした声でそう囁く。

 檻の中では十歳にも満たないであろう少年少女が震えながら壁に身を寄せ合っている。彼らは性別問わず皆頭部を丸められており、病衣服を着せられていた。

 

「特にキミぃ、いい目をしてるねぇ……オジサン気に入ったよ」

 

 子どもたちの中でも一番年長であろう少年は、年少の子らを守るように立って白衣の男を鋭く睨んでいた。

 その視線を浴びながら、男は気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 

「……よぉし決めた、今日はキミにしようっと。――もしもしぃ、ロックの解除を頼んだよぉ」

 

 男が無線でそう言うと、電子音とともに檻の鍵が解錠される。

 

「さ、キミぃ、出ておいでぇ?」

「……何のつもりだよ」

 

 男に指名された少年は男を睨んだまま動かない。その様子を見て、男はくつくつと喉奥で愉快そうに笑う。

 

「フフフ、キミたち『超能力開発被験体』に対してはある程度のストレスを与えることが()()()()()んだよねぇ。……そうする事で能力の開花の可能性が上がるという()()()()んだぁ」

 

 その言葉で背後の子ども達が震え上がるのを少年は肌で感じた。

 

「さあ早く出ておいでぇ? それとも他の子にしちゃおっかなぁ?」

「……クズやろうが」

 

 少年が歯噛みしながら檻の外へ出ると、背後でロックが閉まる音が鳴り響く。男はニチャアと気持ちの悪い笑顔を浮かべた。

 

「年下の子を守るなんてキミはホントにいい子だねぇ……オジサン感動しちゃったなあ! フフ、グフフフフ!

 

 鳥肌を立てる少年を前に、男は左手をゆっくりと上げる――その手からは桃色の火花のようなものが絶え間なく弾け始めた。

 

「グフ、グフフッ! オジサンもねぇ! 実は超能力者なんだぁ!」

 

 後退りする少年を追い詰めるように、ゆっくりと部屋の奥の壁へにじり寄る男。その顔からは嗜虐的な笑みが溢れていた。

 

「その名も『感度操作』! 手で触った人間の感覚を鈍くしたり、逆に何倍も鋭くも出来ちゃうんだぁ。痛かったり、気持ちよかったり、ねぇ?」

 

 興奮からかニチャニチャとツバを飛ばしながら喋る男に、少年の虚勢が剥がれ恐怖の表情を浮かべ始める。

 

「大丈夫、大丈ぉ夫……! 痛く()しないからさぁ……!」

 

 桃色の火花の散る手をワキワキとさせながら近づく男に、少年はついに涙を浮かべながら拳を握った。

 

「こ、この――ヘンタイゲスやろうがぁッ!」

 

 

 

あ゙ーっ、あの変態野郎まぁた男のガキ選びやがった! クッソ、キモチワリィもん見せんなってんだ!!」

 

 監視カメラの映像から目を反らしながら警備服の男が吐きそうな顔で言うのを、もう一人の警備員が笑った。

 

「いや、メスでも丸坊主な上にチビ過ぎて興奮しねぇだろ」

「それでもいくらかマシだろうが! クッソ、ショタコンデブのお楽しみシーンなんて俺ァ見ねぇぞ!」

 

 憤慨する彼に爆笑しながら、もう一人の男が立ち上がる。

 

「そんなにイヤなら解錠要請までそっぽ向いてりゃいい。それか次のヤツに見てもらえ、オレは立哨と交代の時間だからな」

「ああ、そうするわ……」

 

 げんなりとした様子の彼を背に、男は銃を手に取り部屋を出る。

 

 

「お疲れさん、交代の時間だぜ」

 

 外に出ると、男は立哨の男に声をかける。

 

「ああ、やっとか。昼間は暑くてかなわんわ」

「セキュリティルームも地獄だぜ? 例の変態のお楽しみシーン鑑賞会の真っ最中だからな」

 

 彼が笑いながらそう言うと、男は心底嫌そうな顔をする。

 

「ウゲェマジかよ、どうせアイツもサボってんだろ?」

「まあな、だから代わりに鑑賞してやれ」

「ヤだよ気持ち悪い……まあ、涼しい部屋に居れるだけマシだが」

 

 そう言って肩をすくめ、彼は施設内へと入っていく。

 その背を見送った男は、小さくため息をついて持ち場へついた。

 ――そして、視界の端を小さな影が駆け抜けるのを目撃する。

 

「……んん? あれって」

 

 次の瞬間、先程セキュリティルームへ向かった男から無線が入る。

 

『やべぇ、ガキが一人逃げてやがった! クッソあの変態、タマ押さえながらアワ吹いて気絶してやがる!』

「はァ!? じゃあ今の影……!」

 

 男は先程の方角へ視線を走らせる。姿はもう見えない。

 

『すぐ向かう! お前は先に追え!!』

「分かった!!」

 

 男が小さな影を見た方角へ駆け出すと、すぐにフェンスをよじ登る少年の姿を見つけることができた。

 近くに配置された警備員は、なんとその姿をニヤニヤ笑いながら眺めている。

 

「おい、何やってんだ逃げられるぞ!!」

 

 男が銃を構えると、彼は笑いながらそれを手で制する。

 

「まあ待て待て……『ようやく逃げられる!』って時に捕まるのが、一番絶望を感じるだろ?」

 

「いやこっからじゃ間に合わ――いや、そうかお前……」

 

 警備員が赤い腕章を見せつけると、彼はため息をついた。

 

「そう、オレは超能力が使える。クク、まあ見てなって」

「お前も大概変態だよな……ヘマすんなよ」

「しねぇよ……そろそろだな、っと!」

 

 少年がフェンスの頂点に達すると、男は手を伸ばすような動作をする。少年の右腕を掴まんと彼が長く伸ばした力場の腕を少年は無造作に右手で振り払うような動きを見せ――。

 

――バキン。

 

「…………は?」

 

 ガラスの砕けるような音と共に練り上げた力が霧散するのを、彼は唖然とした顔で見届けた。

 

「おいもういいだろ捕まえろ……マジで逃げるぞ?」

「い、いや、待て、何だアイツ……俺の超能力を掻き消しやがった」

「……はあ!?

 

 二人が唖然とする中、少年は颯爽とフェンスを飛び降り、森を駆け抜けて行ってしまった。もう背中すら見えない。

 

「ど、どうすんだ! 大失態だぞ!? 助けでも呼ばれたら……」

「い、いやマジで予想外なんだって!! で、でもガキだ、ガキの言うことなんて誰も信じねぇから助けなんて呼べるもんか!」

 

 憔悴した様子でそう叫ぶ腕章の警備員の背後から、先程連絡した警備員が駆け寄ってくる。

 

「どうした、ガキは?」

「……逃げられた」

「ハァ!? 降格じゃすまねぇぞ!!」

「とにかく、上に報告上げないと……」

「やめろよ! と、とにかくガキを追っかけて……!」

「今更捕まえられるワケねぇだろ!」

「そんなもん――」

 

――ズドォォオオン!

 

 わかんねぇだろ、と男が怒鳴り返そうとした瞬間、凄まじい地響きと共に何かが近くへ落下してきた。

 

「ッ!? な、なんだなんだ!?」

 

 もうもうと立ち昇る砂埃を手で遮る男たちの耳に、低い声が響く。

 

「――やあ、悪の組織諸君。キミたちに喧嘩してる暇なんてないぞ」

 

 立ち上がった、見上げるほどの巨大なシルエットのそれは――。

 一目では人だと認識できない程の威容を誇り。

 

なぜって?

 

 堂々たる笑顔から溢れる力強い意志を持っており。

 

私が来たからだ

 

 ――それは正に正義の化身だと、男たちは思った。

 

「……ッ!!! 銃が!!」

 

 正気を取り戻し、小銃を構えて気付く。いつの間にか銃身がくの字に曲げられており、使い物にならなくなっている。

 

クソがっ!!!

 

 腕章の警備員がこめかみが破裂せんばかりに力み、全身から荒れ狂う力場を放出させる。

 人間など簡単に捩じ切ってしまう威力を誇る()()()それは、目の前の巨漢の前髪すら揺らせない。

 

 ――格が違い過ぎる。

 

 次の瞬間には、三人ともが地に伏せていた。驚く事に、怪我の一つもすることなく、瞬く間に制圧されてしまった。

 

「おい、トシノリ!」

 

 無様に這いつくばった彼らがしばし放心していると、やや息を荒げて若い男の声がその場に響く。

 残念ながら、彼らにとって聞き覚えのない声だ。

 

「おお、フジミくん! 見張りは制圧したから早く突入しよう!」

「ったく、頭に血が上るとコレだからお前はっ……! ほら!」

「うん? これは……おお!」

 

 トシノリと呼ばれた巨漢が押し付けられた紙に目を通す傍らで、フジミと呼ばれた短髪の男が心神喪失状態の警備員たちをテキパキと縛り上げてゆく。

 

「簡易的だが、あの少年がくれた情報を基にマーキングした地図だ。せっかく彼の決死の努力を無駄にする気か?」

「す、すまない。いや、子どもたちが囚われてると聞いて……」

「もういい、まずはこの手術室を目指す。あの子の話によれば施術中の子どもがいる可能性が高い。それから――」

 

 その説明に頷き、その巨漢は肩を回す。

 

「わかった」

「おいまてまて、何を――」

一直線に行く!!!

 

 彼が手を伸ばす間もなく、その場に巨大な破壊音が響き渡る。

 

 

 

 その子供は動かない体へ「動け動け」と念じ続けていた。

 しかし、指一本動かせない弛緩仕切った肉体は何一つ応えてくれない。辛うじてできるのは、目玉を動かすことだけ。

 

「意識はあるようだね」

「……ッッ!!」

 

 男が無感情に声をかける中、その小さな体を助手たちが手術台へと拘束してゆく。ガチャリ、ガチャリという音が響くたび、絶望を帯びた目にはじわじわと涙が溜まっていく。

 

「キミは、これから生まれ変わるのだ」

 

 男の言葉が無機質な手術室へ響き渡る。

 

「キミはきっと超能力という偉大な力を授かるだろう。なぜなら、キミは、今までの被験体の中でも破格の頭脳を持っている」

 

 全ての毛を剃り上げられた頭の地肌へと細く冷たい指が這う。

それがマーキングが施された位置をなぞられているのだと理解し、溜まった涙が零れ落ちた。

 

「……超能力は、知能の高いものほど制御が緻密になる傾向がある。かつて収容していた生まれつき(ナチュラル)の超能力者もまた、高い知能を持っていたんだ」

 

 冷たい脱脂綿が頭皮を撫でる感触に、全身の鳥肌が立つ。

 

「そして、強烈に抑圧された負の感情を抱いた経験は、より力を強くする傾向がある。怒り、悲しみ、そして、恐怖などだ。ゆえに」

 

 ガッと頭を掴まれ、昏い瞳に覗き込まれたことで下半身をじわりと温かい液体が伝っていくのを感じても、その気持ちが悪さに身をよじる事すらできない。

 

「意識のあるまま、施術をするのさ。もちろん、医術的な理由もあるがね? そして、被験体へある程度の虐待を許可しているのも、これが理由だよ」

 

 君のお友達は随分と部下に気に入られたらしいという言葉に、恐怖一辺倒だった子供の表情が、激しい怒りへと変貌する。

 

「おお、素晴らしい……! きっと君は強力な超能力を得る。私はそう確信しているよ……尤も、手術の成功率は三割程度だがね?」

 

 始めろ。

 執刀医たる男の号令で、助手たちが動き出す。

 

 麻酔を施そうとした、その瞬間――。

 

 

――ゴシャアアアアン!!!

 

 

 手術室の壁が、()()()()()()()吹き飛んだ。

 驚くべき事に壁に手を突っ込んで()()()()()という荒業を何かがやってのけたのだと、一部の者は不幸にも気付いてしまう。

 中へ入ってきた巨大なそれは、貼り付けたような笑顔のまま部屋をぐるりと見渡すと、口を開いた。

 

「――間に合ったようだね。周りのキミたちにも、言いたい事は、うんと、ううんとあるが……まずは少年」

 

 笑顔の裏へ燃え盛る憤怒を閉じ込めて、彼は優しく、力強く。

 

「もう大丈夫、なぜって? 私が来たからだ!」

 

 その言葉に子供の目からは、再び滂沱の涙が溢れた。

 恐怖や怒りではなく、心からの安堵によってだ。

 

「また来たかオールマイト、この化け物めが……!」

 

「私が化け物ならお前は心無い怪物だ、一体どれほどの無辜の人々の血を流してきた。お前たちが再び活動を再開し、人を浚い続けていると知った時は取り逃した自分自身を心底憎んだよ……!」

 

 ジリジリと距離を取る助手たちに対し、執刀医の男は巨漢――オールマイトへ立ち向かう。

 

「……フン、あの日の私と同じと思わない事だな。私は自身へ施術を施し、リスクを乗り越え超能力者となった! 死ね! オールマイト!」

 

 執刀医の全身から迸る力の波動がオールマイトを包み込む。

 

「……何ッ!?」

 

 しかし、その感触はまるで小指で巨岩を持ち上げようとするかのようであった。まるでびくともしない。

 

「さあ、年貢の納めどきだ!」

く、クソがああああああああああ!!!

 

 

 ※

 

「……さて、と」

 

 すべての白衣たちが傷一つなく気絶した後、オールマイトは子供に施された拘束を慎重に引き千切り、その身を自由にした。

 とは言っても、薬の影響でまだ動けないが。

 

「……もう大丈夫だ少年。キミのお友達も、他の子どもたちもみんな仲間が保護している頃だよ」

「……!!」

 

 張り詰めていた緊張の糸が、切れる。

 

「ったく、何が『保護してる頃だよ』だ。アンタが一直線に進んでいくから後始末は全部俺らじゃないか」

 

 散らばった瓦礫をまたぎながら手術室だった場所へ入ってきた男――フジミが額に浮いた汗を拭いながらそう言うと、オールマイトは勢いよく振り返る。

 

「フジミくん!! 子どもたちは!?」

「……ハァ。無事だよ、全員無事、残っていた職員も根こそぎ制圧して資料の類も確保済み、そこに転がってる奴らの数からしても間違いなく全員捕らえた筈だ」

 

 その言葉に、子供もオールマイトも破顔する。

 

「いよしっ! それじゃあ、後はこの少年を――」

「ゆーちゃん!」

 

 甲高い声を上げて飛び込んできたのは、つい先程施設を包囲するオールマイトたちの前へ飛び出してきた被害者の少年だった。

 少年は驚く二人の間をすり抜けて、未だ力が入らずに手術台へ横たわる子供へ泣きながら縋り付く。

 

「ゆーちゃんごめん! 連れて行かれたとき助けられなくてごめん! 守るって約束したのに、一人で逃げて、オジサンたちに会えなかったら……! ホントにごめん、ごめん! ごめんなさい!!」

 

 そう言って涙する少年へ声を掛けようとするオールマイトを、フジミの手が制する。

 子供は動かない体の代わりに視線だけを少年へ向けると、震える唇をなんとか開き、もつれる舌を必死で回す。

 

……ァい……あと

 

 それだけ言うと、これまでの緊張からか穏やかな寝息を立てながら眠りについた。

 少年は顔をもっとくしゃくしゃにすると、起こさないたにめか、声を殺して静かに泣き出した。オールマイトはその光景に小さく微笑むと、二人を静かに抱き上げてその場を後にする。

 それを黙って見送ったフジミは盛大にため息をつくと、一人で転がっているマッドドクターたちを拘束しはじめたのであった。

 

――こうして、十数年越しにとある違法な超能力研究所との戦いは終結する。

 

……のだが、実はこのお話の主題はここではない。

 

 

 

 月日は流れ、とある高校の入学式の日へと時は進む。




・違法な超能力研究所
タツマキさんが違法ロリィタの頃に収容されていた研究所の残党が再集結した新組織。積み上げた夥しい屍と狂気の果てに研究成果を実らせ、後天的な超能力者の作成に成功する(成功率は約三割)。
職員や研究者、警備員の一部にまで後天的な超能力者を抱えているがその出力は……タツマキやシゲオを巨人だとすると彼らはアリの糞以下である。無情!

・変態ショタコン豚白衣
触れた相手を感度3000倍……まで行くかはわからないけど、ビンカンにしてしまうというアレな超能力の保持者。
残念ながら好意に対する感度は上げられないので鈍感難聴系主人公は治せない。
同僚どころか警備員とかもドン引きのド変態。ド変態!!
テメェが反抗的ショタの感度を3000倍にしてメス落ちさせられると思ってるなら、まずはその幻想をぶち殺す!
ついでにナニも物理的にブチ壊す!ブチ壊した!!!

・オールマイトの転生者
今より少し若く、まだ公的にはヒーローではなく肩書き上は賞金稼ぎ(バウンティハンター)となっている。
攫われた子供らが以前取り零した組織に好き勝手されてると知ってブチギレ。多分助けることに一生懸命で後始末とか苦手な人。
ヒーロー制度ができるまで、もう少し。

・フジミさん
どんな危険な現場からも必ず生還すると言われる、若いながらも優秀なバウンティハンター。オールマイトと時々つるんでいる。
金目当てのゴロツキみたいなのが多い中、彼やオールマイトは今のヒーローの前身と呼ぶにふさわしい人物である。
今は彼もヒーローをやっているらしいが、多忙なオールマイトと会う機会はグッと減ったとかなんとか。
実はワンパンマン原作のヒーローに勝手に本名をつけたもの。
イッタイダレナンダロウナー!
いやまあ、隠す意味は欠片もないんだけども!

もしかして:ゾンビマン


転生者入り上条さんに幻想殺しは備わってますが上条さん自身も含めwikiとか読んでもよくわがにゃいので、転生の神がどうにか再現した「なんか超能力とか消せる右手」以上の何物でもないとします。
……実際に右手をちょん切ったら竜とか出てくるのかもしれないけど、そんな目には遭わせません、多分!


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とある比翼の転生者-後編

「……ヨォシ、バッチリ決まったンじゃね?」

 

 朝の日差しが差し込む室内、一人の少女が姿見の前に立っていた。肩まで伸びた黒髪は枝毛一つないサラサラのストレート。勝ち気そうな鳶色の瞳は、自身の着衣に不備がないかを入念に探った。

 パキッとアイロンを当てたセーラー服を翻し鏡へと顔を近づけると、唇を指で開いてチェックする。歯石や歯垢の一つも見られない歯は白く輝き、舌まで綺麗に磨かれていた。

 

「……おォし、完璧っ!」

 

 鏡から身を離すと、少女は満足気な笑みを浮かべた。

 

「ユーちゃんまだなのー? 愛しのトウマ君が待ってるわよー!」

「イト……! うぐっ、すぐ行くから待っとけって言っといて! てかユーちゃンはやめろってば!」

 

 少女は階下から呼ぶ母の声に顔を赤らめつつ返事すると、シャアと両頬を掌でバチリと挟んで気合を入れ、鞄を持って自室を出た。

 

「もう、支度に何時間かけるつもりよ! 入学式に遅刻するとか、そんな恥ずかしい事お母さん許しませんからね!」

「あいあい分かってるって。ちゃんと逆算して起きたじゃンか」

 

 プリプリと怒る母を片手で制し、少女はウキウキ気分を隠しもせずに玄関へと向かう。

 ガチャリとドアを開けると、家の前に立っていた一人の少年がそれに気付いた様子で振り返った。朝日を背にしてキラキラと輝くビジョンを振り払い、少女は声を上げる。

 

「おっすトウマ、お待たせェ!」

「おせーよ、もうギリギリじゃん」

 

 そうやって肩を並べて歩き出す二人。そこに今までと変わりはない筈ではあるのだが、真新しい制服と行き先の違いは気分を新たにするには十分な要素だ。

 

「オンナは支度に時間かかンの、それに早歩きなら余裕だろォ?」

 

 少女は毛先を白く細い指で弄びながら笑う。

 

「はーん、女ねえ? 小学校までは泥だらけになりながらザリガニ釣りとかやってたのはどこのお嬢様だったカナー?」

 

 少年――トウマがからかうように言うと、少女は顔を赤くする。

 

「う、うっさい! ガキの頃の話はノーカンだノーカン……あー、それよりさ、オマエ的にはど、どうよ?」

「……? どうって、何が」

 

 疑問符を浮かべる少年に対し、今のは流石に唐突過ぎたかと少女は少し後悔しながら口を開く。

 

「制服だ、セ・ェ・フ・ク! ウチの高校、女子の制服の評判いいだろ? だから、その……」

 

 目を泳がせる彼女に対し、トウマは小さく微笑んだ。

 

「おう、バッチリ決まってんぜ。しかしそうキッチリしたアイロン掛けとか、毎日してたらくたびれそうだな。俺、明日以降は乾燥機から出してそのまま着るぞ?」

「アイロンくらい掛けろや。……いや、そうじゃなくてさ、えー、あの、に、似合ってるか、とか、さ? ねェの?」

 

 頬どころか耳まで紅潮させながら勇気を振り絞った少女が聴くと、トウマはキョトンとした表情で立ち止まる。

 そして小さく吹き出すとゆっくりと歩き出した。

 

「はは! そんな事気にしてたのかよ」

「う……その、変かな?」

 

 少しだけ肩を窄ませながら、少女は歩調を落とす。それに合わせて歩きながら、トウマは何故か少し寂しそうな笑顔を浮かべる。

 

「お前くらい素材が良けりゃ、何着たって似合うだろ?」

「……え?」

「カワイーって事だよ。もっと自信持てって、俺にゃあ勿体無いくらいの幼馴染なんだからさぁ」

 

(河合ィ、カワイィ、かわいィ……可愛ィ!?)

 

 ボンッと音がなりそうな勢いで、少女の顔の赤みが全体に広がる。頭は茹だり、混乱の極みに陥った彼女は、急に足を早める。

 

ななな、何言ってンだ!? ほ、ほらさっさと行くぞ!?」

「あ、おい!」

 

 自分を抜き去り、先へ先へとテクテク歩いていく少女をトウマは慌てて追いかける。

 トウマが歩調を合わせようとするのを、少女はどんどん速度を上げて追いつかせないようにする。

 なぜなら、自分の表情を全く制御できていないからだ。どうしてもニヤケ面が止められず、そんな顔を見せたくなくて、少女はどんどん足を早め、やがては走り出す。

 

「ちょ、おま! 早えよ!?」

「……バァカ、しっかりアタシの後ろに付いてこォい!」

 

 少し楽しくなってきた彼女は、そんな風に挑発してみる。

 

「何その理不尽!?」

 

 そんな笑い声を背に、少女は走る。半ば本気で走っても、少年は少し後ろをついて走ってくれる。

 

「まだ走るのかー? もう歩いても余裕で間に合うペースだぞー」

 

 それが何より嬉しくて、彼女はついつい浮かれてしまう。

 徐々に距離を詰めてきた彼の言葉に、少女は笑顔で振り向いた。

 

「……せっかくだし、このまま走ってくゥ!?」

「マジかー、流石は永年陸上部……恐るべし」

 

 桜並木へ差し掛かり、風に吹かれて無数の花弁が舞う道を少女達は駆け抜ける。春の陽気に浮かれながら――そして。

 

「はぁ、入学式早々汗だくで登校かぁ――って、ユリコ!!!

「えっ?」

 

――キキィィィィイイ!!

 

 凄まじいブレーキ音と共に、目の前を通り過ぎたトラックに少女――ユリコは瞠目する。

 トラックを追うように吹き抜けた風が、登校前に彼女が慎重にくしけずった髪を――走った時点で乱れていたが――台無しにしてゆく。

 放心する彼女の腕を、息を切らせた少年がゆっくりと離す。

 

「ったく……おいコラ、ミラーぐらい見ろよビビるだろうが!……ああ良かった、()()()()掴めた

 

 そう言って憔悴した表情の少年の顔が、見覚えのない誰かのものと重なって見え――ユリコは猛烈なめまいにその場でしゃがみ込む。

 驚いたトウマがその肩を掴み声をかけるが、彼女にはその声がとても遠くに感じていた。

 

 ――次の瞬間、彼女の視界は真っ白に染まる。

 

 

―――

――――――

――――――――――

 

『――雄二危ねえッ!』『えっ?』

 

残念な事に、君たち二人は死んでしまった』 

 

しかしこの空間に同時に来るとは珍しい、火災現場で同時に死んだ者たちも別々に来ていたし、君たちは相当に強い縁で結ばれているようだ

 

『オレは一方通行(アクセラレータ)にするわ』『じゃあ俺はやっぱ上条当麻』『後出しとかズルくねーか!?』

 

『同じ日に生まれて、新生児室で隣のベッドで』

 

『家まで隣同士で、ずっと同じ学校の同じクラスで』

 

『挙げ句の果に同じトラックに跳ねられて同時に即死! こりゃあもう漫画に出てくるレベルの腐れ縁だよな』

 

『一つ残念なのは……』

 

『『()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』』

 

君達の願いは分かった。それじゃあ良い来世を――

 

――――――――――

――――――

―――

 

 

「――い、おい! 大丈夫か!?

 

 焦ったようなトウマの声で、ユリコの意識は浮上する。

 彼女は呆けたような表情で不安そうに見つめる彼を見上げた。

 

――特徴的なウニ頭と、トウマ……上条当麻という名前。

 

――転生。先程彼と被って見えた誰かの――彼の顔。

 

 サイクリングが趣味で、好物は意外にも麩菓子な事――性格やちょっとした癖なんかもあの頃と変わっていない。

 少女は全身から汗が吹き出すのを感じて、小刻みに震え始めた。

 

「お、おい、マジで大丈夫か……? 病院行くか?」

 

誠一郎

 

「……え?」

 

 少女がポツリと呟いた名前に、救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出していたトウマは動きを止めた。

 

「……ユウ、ジ? やっぱり、雄二なのか?」

 

 唖然とした表情で少年が発した問いに、彼女は震えながら頷く。

 

……マジか!!! マジで雄二か!!?!

 

 興奮したように彼女の肩を揺らし始める少年を、少女はなすがままに受け入れる。とても反応するどころではなかった。

 

「いやあ! なんかそんな気はしてたんだよ! つーか、半ば確信してた、ガキの頃の性格がまんまだったじゃねーか! ユリコって名前に違和感があるから『ゆーちゃん』って呼べって言ったりさ! これ前世でガキの頃に付けたあだ名だったじゃん? だから俺、嬉しくて……記憶が戻ってないだけで雄二なんだって」

 

「……おォ」

 

「なのにあれから年経る毎にどんどん変わって、最近じゃめっきり女っぽくなってきたしさ? そもそも俺はちゃんと上条当麻になったのにお前は一方通行(アクセラレータ)じゃないし。やっぱ違うのかなって」

 

「……あァ」

 

 彼の声は徐々に嗚咽混じりのものとなってゆき、その目には涙が浮かび始める。

 

「じゃあ雄二はどこへ行っちまったんだって、雄二だと思って接してきたのは全然別の女の子で、雄二はどこか別の場所に転生したのかなって。それともやっぱりお前が雄二で、記憶が戻らないまま消えちまってたらどうしようって……」

 

「…………なあ」

 

 ポタポタと垂れた涙が地面に染みを作るのを眺めながら、少女は絞り出すように声を発した。

 

「いつから……お前は、セイはいつから記憶を取り戻してた?」

 

 彼女の問いに、彼は噛みしめるような表情で答える。

 

「……()()()からだ」

 

 その答えに、彼女は思わず息を呑んだ。

 

「あの日、何とか状況を打破出来ないかって考えてて……そしたら、急に転生の記憶を思い出してさ。幻想殺し(イマジンブレイカー)に気付かなきゃ、あんな上手くやれなかったと思う」

(そう、か……そんな前から……)

 

 少女の胸中に、この世界での思い出が次々と浮かび上がる。

 

 

『トウマ! 一緒にションベンいくかァ!』

 

『おれもトウマと一緒がイイ!』

 

『おれ、大人になったらトウマのお嫁さンになってやってもイイぜ!』

 

『偽装したエロ本見ィっけ! ほォ、こういうシュミねェ』

 

『……ふーン、オマエああいう髪型が好きなのか。あ、あーアタシもさ、実はちょっと……髪を伸ばそうかなァって思い始めてて』

 

『トウマ、オマエ志望校どこよ? ……ほォほォ、こりゃ楽勝だな! ……え? ……なら、アタシが勉強教えてやるよ』

 

――ッしゃァ! これでまた三年一緒だなァ!』

 

 

 

『あの、に、似合ってるか、とか、さ? ねェの?』

 

 

 

 

 自身の中から溢れ出した記憶に、彼女は苦しげに顔を歪める。

 

(……気持ち悪りィと、思ってたのかな? それとも、雄二(おれ)じゃねェンじゃねえかって、好意を見せる度不安にさせたか?)

 

 ――十五年。彼女は、十五年もの月日を女性として生きてきた。前世で男として生きてきた年数にもう追いつきかけている。

 

 前世(ユウジ)の人生も、現世(ユリコ)の人生も。それらは等しく彼女(かれ)を構成する要素そのものであり、どちらも切り離せない彼女自身の大事な血肉である……しかし。

 

(……トウマ(セイ)が求めてるのは、雄二(おれ)であって、ユリコ(アタシ)じゃない、か)

 

 記憶を取り戻してからの彼は、彼女を通して雄二を見ていのだ。

 

(……アタシ(おれ)が一人で色気づいて、女っぽくなって意識させてやろうとする度に、コイツは雄二(おれ)を失っていった訳か)

 

 彼女は喉の奥からくつくつと自嘲が漏れ出すのを自覚する。

 

(コイツにとってのアタシ(おれ)は同性の親友の生まれ変わりなンだ、そりゃあ下着や水着くらいじゃ反応しねェ訳だわ)

 

 彼女は大きく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。

 

――シャァァッ!!!!

 

「ゆ、雄二!?」

 

 パァン、と派手な音を立て彼女の両手が自らの頬を打ち据える。

 

(確かに、今還ってきた前世の記憶(ゆうじ)は、前世と変わらない関係を歓迎してる。『俺達の間に惚れた腫れたなんてありえない』確かにそォだ……()()()()()()()()なァ)

 

 頬のヒリヒリとした痛みに耐えながら、ユリコは驚いた様子のトウマへ向けて、挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「――アタシは雄二じゃねェ、ユリコだ。オマエも、誠一郎(セイ)じゃなくてトウマ! だろォ?」

 

 それは、彼女(ユリコ)から過去(ゆうじ)への宣戦布告だ。

 

「え?」

 

 いきなりで、何を言われているかわからないといった様子の彼に、少女は自らの腰に手を当てて仁王立ちする。

 

(……そうだ、前世がなンだろうと今は今で、アタシはアタシなンだ。たとえアタシ(おれ)自身であろうとも、過去の亡霊(ゆうじ)なンかに縛られて諦められるかってンだ! こちとら今の母さンから十五年かけて乙女に矯正されてきたンだよ!)

 

 メラメラと燃え上がる闘争心を胸に、彼女は笑う。

 

「さ、呆けてるヒマはねェぞ、せっかくできた時間の余裕も今はもう結構ギリギリだかンな!」

「――げぇっ、マジだ! つかこれ遅刻コースじゃねーか!?」

 

 彼女の言葉でスマホを確認したトウマは、思ったより経過していた時間に思わず目を剥いた。

 慌て始めた彼の手を、細くしなやかな少女の手が力強く握る。

 

「ほォら急ぐぞ! 学校までダッシュだァ!」

「ちょ! まっ! いきなり走ったら、うおあああああ!?

 

 二度の人生で陸上部員を続けている筋金入りの陸上少女によって全力で引き摺られた少年の悲鳴は、春の陽気へと溶けていった。

 

 

 手を繋いだまま爆走していた二人だが、道端で盛大にすっ転んだ結果遅刻してしまい二人揃って滅茶苦茶怒られたという。




転生神「良かれと思ってやった、今は満足している」
ユリコ「ぶっ殺すぞ」
このの世界の名前カタカナ縛りだしアクセラレータとか長えな!
鈴科百合子、ユリコ、ええやん!片割れ女が良かった言うてたしちょうどええやろ!……とかそんな感じだと思います。

一方通行(アクセラレータ)もとい鈴科百合子の転生者
転生事故(故意)の被害者、前世の名前は「雄二」
同一人物(?)だからとTS版にされた上に、超能力を発現させる手術前に救出されたので、頭が良いだけの無能力者。
能力による常時UVカットがされてないのでアルビノな風貌はしておらず、「神のミスでモブ女子に転生させられた」と勘違いしてる。
生まれも育ちも兄弟同然の親友と一緒に転生し、自分の性別以外の関係性が前世とほぼ同じという特殊な転生者。
記憶が戻るまでの15年間の間に前世の同性の親友の転生体に恋しちゃったもんだからややこしいことになった。
ボツ版では自分の恋愛感情を押し殺して前世の続きを演じる事を決意してしまったのでメンタルボロボロ。
……この世界で何かの感情をためこんだ人間の一部がたどる末路、ご存知ですよね?
もしも前世のどちらかが恋愛的な意味での愛情を持っていればこじれる事もなかった。
なお、ボロスさまにオールマイトたちが敗北するルートとか通れば死ぬ覚悟で手術受けて覚醒ユリコちゃんとして戦って散ると思います。


・上条当麻の転生者
ボツ版では「お前なんて感度3000倍食らって敏感になっちまえば良かったんだ!」と作者にキレられた男。前世の本名は「誠一郎」
ボツ版と正式版の差はユリコさんの覚悟の方向性だけなのでコイツ自身はそのままである。
転生者のなかでも稀な「幼少期に記憶を取り戻してる人」。ピンチを乗り切るため。
前世では雄二と兄弟同然に育ってきており、トラックに轢かれそうになった雄二を助けようとして一緒に即死した。
幻想殺しは持ってるけど別に不幸じゃない。シンプルにインデックスさんの説を採用するなら……この世界の神が人間に加護とかくれる気がしないので。

・拗らせTS転生(長いし別に読まなくてもいい文章)
TS転生の拗らせ恋愛って個人的にすごく刺さるんですよね……
この作品における転生は、転生者の魂の記憶を封印した状態で新しい肉体へ宿らせて誕生させます。
その状態で肉体がある程度成長してくると、何かの拍子に記憶の封印が解けて転生前の記憶を思い出します。
ので、記憶が戻る前の転生者もあくまで本人なんですね。
最低限性別がそのままならば、まだ前世の続きとして受け入れやすいと思いますが、TSしてしまうといろいろこじれそうです。
十数年女性として生きた後で、いきなり前世の記憶として異性として過ごした記憶が蘇るんですもの。間違いなく混乱するでしょう。
今回の雄二(ユリコ)に関しては、更にややこしいです。
この娘は特殊な転生者であり、前世からの大切な親友と前世と変わらぬ関係を築いているというケースです。
しかし性別が変わったためか、相手へ向ける感情の種類が変わってしまいました。恋愛感情を抱いてしまったのです。
しかし誠一郎(トウマ)は、雄二(ユリコ)と前世と変わらぬ関係を築いているつもりで、それを望んでいます。
彼自身は容姿や家族が変わっただけでほとんど前世と同じように生きてきました。
雄二(ユリコ)は前世の記憶が蘇った事で、異性として関わりたいユリコと前世と変わらぬ親友関係に満足する雄二に乖離しかねない状況になってしまうんじゃないかなと思います。
しかし、肝心の誠一郎(トウマ)が「前世の関係の維持」を望んだため、雄二(ユリコ)は恋愛感情を心に押し込めて雄二として接する事を決意してしまった、というのがボツ版で、「前世の関係」を受け入れた上で諦めず突き進む強さを発揮したのが本編です。


実は前半、地の文で推定一方通行の転生者の事を「少年」と一度も描写してなかったんですよ、オールマイトは少年呼ばわりしてましたが手術の為に髪を全部剃ってる&幼くて性別を勘違いしてました
そして「ゆーちゃん」呼び「すずしなゆりこ→ゆりこ→ゆーちゃん」という愛称……見抜いた人には服従のポーズをせざるを得ない


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【ボツ版】とある比翼の転生者 if

ifのBADルートなので見る必要が無い方はこの話を飛ばして次の話へとお進みください。


「……ヨォシ、バッチリ決まったンじゃね?」

 

 朝の日差しが差し込む室内、一人の少女が姿見の前に立っていた。肩まで伸びた黒髪は枝毛一つないサラサラのストレート。勝ち気そうな鳶色の瞳は、自身の着衣に不備がないかを入念に探った。

 パキッとアイロンを当てたセーラー服を翻し鏡へと顔を近づけると、唇を指で開いてチェックする。歯石や歯垢の一つも見られない歯は白く輝き、舌まで綺麗に磨かれていた。

 

「……おし、完璧だな」

 

 鏡から身を離すと、少女は満足気な笑みを浮かべた。

 

「ユリちゃんまだなのー? もうトウマ君待ってるわよー!」

「はいはァい、今行くから待っとけって言っといて!」

 

 少女は階下から呼ぶ母の声に返事すると、シャアと両頬を掌でバチリと挟んで気合を入れ、鞄を持って自室を出た。

 

「もう、支度に何時間かけるつもりよ! 入学式に遅刻するとか、そんな恥ずかしい事お母さん許しませんからね!」

「あいあい分かってるって。ちゃんと逆算して起きてるだろォが」

 

 プリプリと怒る母を片手で制し、少女はウキウキ気分を隠しもせずに玄関へと向かう。

 ガチャリとドアを開けると、家の前に立っていた一人の少年がそれに気付いた様子で振り返った。朝日を背にしてキラキラと輝くビジョンを振り払い、少女は声を上げる。

 

「おっすトウマ、待たせたなァ!」

「おせーよ、もうギリギリじゃん」

 

 そうやって肩を並べて歩き出す二人。そこに今までと変わりはない筈ではあるのだが、真新しい制服と行き先の違いは気分を新たにするには十分な要素だ。

 

「オンナは支度に時間かかンだよ、それに早歩きなら余裕だろォが」

 

 少女は毛先を白く細い指で弄びながら笑う。

 

「はーん、女ねえ? 小学校までは泥だらけになりながらザリガニ釣りとかやってたのはどこのお嬢様だったカナー?」

 

 少年――トウマがからかうように言うと、少女は顔を赤くする。

 

「う、うっさい! ガキの頃の話はノーカンだノーカン……あー、それよりさ、オマエ的にはど、どうよ?」

「……? どうって、何が」

 

 疑問符を浮かべる少年に対し、今のは流石に唐突過ぎたかと少女は少し後悔しながら口を開く。

 

「制服だ、セ・ェ・フ・ク! ウチの高校、女子の制服の評判いいだろ? だから、その……」

 

 目を泳がせる彼女に対し、トウマは小さく微笑んだ。

 

「おう、バッチリ決まってんぜ。しかしそうキッチリしたアイロン掛けとか、毎日してたらくたびれそうだな。俺、明日以降は乾燥機から出してそのまま着るぞ?」

「アイロンくらい掛けろや。……いや、そうじゃなくてさ、えー、あの、に、似合ってるか、とか、さ? ねェの?」

 

 頬どころか耳まで紅潮させながら勇気を振り絞った少女が聴くと、トウマはキョトンとした表情で立ち止まる。

 そして小さく吹き出すとゆっくりと歩き出した。

 

「はは! そんな事気にしてたのかよ」

「う……その、変か?」

 

 少しだけ肩を窄ませながら、少女は歩調を落とす。それに合わせて歩きながら、トウマは何故か少し寂しそうな笑顔を浮かべる。

 

「お前くらい素材が良けりゃ、何着たって似合うだろ?」

「……え?」

「カワイーって事だよ。もっと自信持てって、俺にゃあ勿体無いくらいの幼馴染なんだからさぁ」

 

(河合ィ、カワイィ、かわいィ……可愛ィ!?)

 

 ボンッと音がなりそうな勢いで、少女の顔の赤みが全体に広がる。頭は茹だり、混乱の極みに陥った彼女は、急に足を早める。

 

ななな、何言ってンだ!? ほ、ほらさっさと行くぞ!?」

「あ、おい!」

 

 自分を抜き去り、先へ先へとテクテク歩いていく少女をトウマは慌てて追いかける。

 トウマが歩調を合わせようとするのを、少女はどんどん速度を上げて追いつかせないようにする。

 なぜなら、自分の表情を全く制御できていないからだ。どうしてもニヤケ面が止められず、そんな顔を見せたくなくて、少女はどんどん足を早め、やがては走り出す。

 

「ちょ、おま! 早えよ!?」

「……バァカ、しっかりアタシの後ろに付いてこいや!」

 

 少し楽しくなってきた彼女は、そんな風に挑発してみる。

 

「何その理不尽!?」

 

 そんな笑い声を背に、少女は走る。半ば本気で走っても、少年は少し後ろをついて走ってくれる。

 

「まだ走るのかー? もう歩いても余裕で間に合うペースだぞー」

 

 それが何より嬉しくて、彼女はついつい浮かれてしまう。

 徐々に距離を詰めてきた彼の言葉に、少女は笑顔で振り向いた。

 

「……せっかくだし、このまま走ってくかァ!?」

「マジかー、流石は永年陸上部……恐るべし」

 

 桜並木へ差し掛かり、風に吹かれて無数の花弁が舞う道を少女達は駆け抜ける。春の陽気に浮かれながら――そして。

 

「はぁ、入学式早々汗だくで登校かぁ――って、ユリコ!!!

「えっ?」

 

――キキィィィィイイ!!

 

 凄まじいブレーキ音と共に、目の前を通り過ぎたトラックに少女――ユリコは瞠目する。

 トラックを追うように吹き抜けた風が、登校前に彼女が慎重にくしけずった髪を――走った時点で乱れていたが――台無しにしてゆく。

 放心する彼女の腕を、息を切らせた少年がゆっくりと離す。

 

「ったく……おいコラ、ミラーぐらい見ろよビビるだろうが!……ああ良かった、()()()()掴めた

 

 そう言って憔悴した表情の少年の顔が、見覚えのない誰かのものと重なって見え――ユリコは猛烈なめまいにその場でしゃがみ込む。

 驚いたトウマがその肩を掴み声をかけるが、彼女にはその声がとても遠くに感じていた。

 

 ――次の瞬間、彼女の視界は真っ白に染まる。

 

 

―――

――――――

――――――――――

 

『――雄二危ねえッ!』『えっ?』

 

残念な事に、君たち二人は死んでしまった』 

 

しかしこの空間に同時に来るとは珍しい、火災現場で同時に死んだ者たちも別々に来ていたし、君たちは相当に強い縁で結ばれているようだ

 

『オレは一方通行(アクセラレータ)にするわ』『じゃあ俺はやっぱ上条当麻』『後出しとかズルくねーか!?』

 

『同じ日に生まれて、新生児室で隣のベッドで』

 

『家まで隣同士で、ずっと同じ学校の同じクラスで』

 

『挙げ句の果に同じトラックに跳ねられて同時に即死! こりゃあもう漫画に出てくるレベルの腐れ縁だよな』

 

『一つ残念なのは……』

 

『『()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』』

 

君達の願いは分かった。それじゃあ良い来世を――

 

――――――――――

――――――

―――

 

 

「――い、おい! 大丈夫か!?

 

 焦ったようなトウマの声で、ユリコの意識は浮上する。

 彼女は呆けたような表情で不安そうに見つめる彼を見上げた。

 

――特徴的なウニ頭と、トウマ……上条当麻という名前。

 

――転生。先程彼と被って見えた誰かの――彼の顔。

 

 サイクリングが趣味で、好物は意外にも麩菓子な事――性格やちょっとした癖なんかもあの頃と変わっていない。

 少女は全身から汗が吹き出すのを感じて、小刻みに震え始めた。

 

「お、おい、マジで大丈夫か……? 病院行くか?」

 

誠一郎

 

「……え?」

 

 少女がポツリと呟いた名前に、救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出していたトウマは動きを止めた。

 

「……ユウ、ジ? やっぱり、雄二なのか?」

 

 唖然とした表情で少年が発した問いに、彼女は震えながら頷く。

 

……マジか!!! マジで雄二か!!?!

 

 興奮したように彼女の肩を揺らし始める少年を、少女はなすがままに受け入れる。とても反応するどころではなかった。

 

「いやあ! なんかそんな気はしてたんだよ! つーか、半ば確信してた、ガキの頃の性格がまんまだったじゃねーか! ユリコって名前に違和感があるから『ゆーちゃん』って呼べって言ったりさ! これ前世でガキの頃に付けたあだ名だったじゃん? だから俺、嬉しくて……記憶が戻ってないだけで雄二なんだって」

 

「……おォ」

 

「なのにあれから年経る毎にどんどん変わって、最近じゃめっきり女っぽくなってきたしさ? そもそも俺はちゃんと上条当麻になったのにお前は一方通行(アクセラレータ)じゃないし。やっぱ違うのかなって」

 

「……あァ」

 

 彼の声は徐々に嗚咽混じりのものとなってゆき、その目には涙が浮かび始める。

 

「じゃあ雄二はどこへ行っちまったんだって、雄二だと思って接してきたのは全然別の女の子で、雄二はどこか別の場所に転生したのかなって。それともやっぱりお前が雄二で、記憶が戻らないまま消えちまってたらどうしようって……」

 

「…………なあ」

 

 ポタポタと垂れた涙が地面に染みを作るのを眺めながら、少女は絞り出すように声を発した。

 

「いつから……お前は、セイはいつから記憶を取り戻してた?」

 

 彼女の問いに、彼は噛みしめるような表情で答える。

 

「……()()()からだ」

 

 その答えに、彼女は思わず息を呑んだ。

 

「あの日、何とか状況を打破出来ないかって考えてて……そしたら、急に転生の記憶を思い出してさ。幻想殺し(イマジンブレイカー)に気付かなきゃ、あんな上手くやれなかったと思う」

(そう、か……そんな前から……)

 

 少女の胸中に、この世界での思い出が次々と浮かび上がる。

 

 

『トウマ! 一緒にションベンいくかァ!』

 

『おれもトウマと一緒がイイ!』

 

『おれ、大人になったらトウマのお嫁さンになってやってもイイぜ!』

 

『偽装したエロ本見ィっけ! ほォ、こういうシュミねェ』

 

『……ふーン、オマエああいう髪型が好きなのか。あ、あーアタシもさ、実はちょっと……髪を伸ばそうかなァって思い始めてて』

 

『トウマ、オマエ志望校どこよ? ……ほォほォ、こりゃ楽勝だな! ……え? ……なら、アタシが勉強教えてやるよ』

 

――ッしゃァ! これでまた三年一緒だなァ!』

 

 

 

『あの、に、似合ってるか、とか、さ? ねェの?』

 

 

 

 

 自身の中から溢れ出した記憶に、彼女は苦しげに顔を歪める。

 

(……気持ち悪りィと、思ってたのかな? それとも、雄二(おれ)じゃねェンじゃねえかって、好意を見せる度不安にさせたか?)

 

 ――十五年。彼女は、十五年もの月日を女性として生きてきた。前世で男として生きてきた年数にもう追いつきかけている。

 

 前世(ユウジ)の人生も、現世(ユリコ)の人生も。それらは等しく彼女(かれ)を構成する要素そのものであり、どちらも切り離せない彼女自身の大事な血肉である……しかし。

 

(……トウマ(セイ)が求めてるのは、雄二(おれ)であって、ユリコ(アタシ)じゃない、か)

 

 記憶を取り戻してからの彼は、彼女を通して雄二を見ていのだ。

 

 

(……アタシ(おれ)が一人で色気づいて、女っぽくなって意識させてやろうとする度に、コイツは雄二(おれ)を失っていった訳か)

 

 彼女は喉の奥からくつくつと自嘲が漏れ出すのを自覚する。

 

(コイツにとってのアタシ(おれ)は同性の親友の生まれ変わりなンだ、そりゃあ下着や水着くらいじゃ反応しねェ訳だわ)

 

 彼女は大きく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ふゥ……よォし()はもう大丈夫だ」

 

 パチリと両頬を叩いて気合を入れると、彼女はそう言った。

 

「……さァてと、何だかンだやってる間にマズイ時間になってきてるなァ」

 

 笑顔でそう言う彼女に、トウマは時計を確認する。

 

「えっ、あっ、マジだ! 完全に遅刻じゃねーか!」

「不幸だァァってか。しゃあねェ、一応走るかねェ」

 

 そう言う彼女に、トウマは首を振ってニッと笑う。

 

「……いや、不幸じゃねぇ。雄二が俺を思い出してくれたってだけで人生最高の日だ! 遅刻したら母さんにはバチクソに怒られるだろうけどな!」

 

 笑顔でそう言い切る彼に、彼女は少しだけ目を伏せる。

 

「……おォ。あ、それとだな……前世の事思い出したって言っても、そのまんま前世の名前で呼び合うのはちとマズくないかァ?」

 

 だから、それは彼女にとって、せめてもの抵抗だったのかもしれない。

 

「確かに、みんな何事かと思うだろうし……そうだな。それじゃあユリコ、とっとと行こうぜ」

「……あァ、行くか!」

 

 

 その後二人はギリギリ時間に間に合わずに遅刻し、学校で、あと自宅で盛大に怒られた。

 

 ……そしてユリコは数日後、床屋へ行くと数年掛けて伸ばした髪をバッサリと髪を切った。

 両家の親は「そこまで反省しろとは言っていない!」と焦ったが、当の本人はケロッとしており、トウマもそれを歓迎していた。

 大切に伸ばして手入れしていた髪を切り落としたユリコに対して家族は「なにかあったのでは」と勘繰るものの、当の本人たちの仲は今まで以上に良好となり、まるで同性の親友のような雰囲気となっている。

 

 彼女の胸中を察することは、誰にもできない。 

 




転生神「良かれと思ってやった、今は愉悦している」
ユリコ「ihbf殺w」

書き上げたとき「ち、違っ、こんな救いのない話にするつもりは……!」ってなった。
こうして実際に着手する前の構想としては転生神の被害者の一人として「なんか意に反して女にされちまったんですけど!?」的な感じのキャラとしてあっさり流される感じだったんですがなんかこう、ジメッとした感じに……。

正式版との違いは、ちょっと口調が男っぽい感じに。
おそらくお母さんからの矯正がちょっと控えめで前世の残滓を引きずってたら乙女度合いが必要なところまで上がらなかった的な。
今はこうやって抑え込んで雄二としてふるまっていますが、その間もきっと想いは募り続けて……と
その辺利用して悪辣な事できるやつ出したいやつですねこれは……


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怪人ヒーローの誕生!-1

――少しの浮遊感の後、わたしの体は柔らかな地面に受け止められた。

 

「おお、うまれたぞ!」「なんねんぶりかしら、よくがんばったわね!」

 

 誰かが何かを言っているけど……よくわからない。

 というか目もよく見えないし、重いまぶたの上を強い光が何度も何度も弾けるのを感じる。一体なんなの?

 うまく立ち上がれなくて脚が震える。体もずぶ濡れで寒いなぁ……そう思っていると、暖かくて力強い何かがわたしの体を拭い始めた。

 なんだろう、とても安心する……薄っすらと目を開けてみると、茶色に黄色の模様がある長い顔、優しい目がわたしを見ていた。

 長いまつ毛を瞬かせながら、長い舌で拭ってくれる……直感する。おかあさんだ。

 

がんばれ、がんばれー!」「もうちょっとだ!

 

 震えて言うことを聞かない脚をなんとか動かして、その場に立ち上がる。

 すると、まわりからきゃあきゃあと声が上がった。

 なんだろうと辺りを見渡してみれば、どこか懐かしい姿をした生き物たちが見たことがあるような気がする黒いものをこっちに向けていた。

 黒いものは眩しい光をパチパチと浴びせてきて少し怖い。

 大丈夫だよ、とおかあさんが頬を擦り付けてくれるのを嬉しく思いながらも、わたしの中に一つの疑問が渦巻いていた。

 

――わたしって、こんな姿だっけ?

 

 とても長い自分の脚を見下ろしながら、長い首を傾げた。

 

 

「これより、おかあさんといっしょにでてきますのが、はつおひろめとなるあみめきりんのあかちゃん、じらちゃんでーす!」

 

 のしのし歩くお母さんに連れられて、わたしも外へ歩いていく。

 

「いる? いる? あ、みえた!」「きゃー! ちっちゃーい!」

 

 おひさまを浴びるのと同時に、きゃあきゃあとかん高い声が響いてくる……なんだかちょっとだけ怖いなぁ……。

 

「じらちゃーん!」「かわいー!」「こっちみてー!」

 

 お母さんの陰に隠れながらおっかなびっくり進むと、お母さんの背より高い所にあの生き物がたくさんいて、あの光る黒いものをこっちに向けている。

 わたしはあれを知ってる気がするのに、どうしても思い出せない。

 なんだっけ、あれ……?

 

 もぐもぐと葉っぱを食べるお母さんの側を少し離れて歩き回る間にも、頭上からはたくさんの視線が降り注いできて少し居心地が悪い。

 

「じらちゃーん!」「おいでー!」

「あ、じらちゃんがこっちみたーっ! おーい!」

 

 騒がしい声のする方を少し見上げると、声が一段と大きくなった。

 ふと空を見ると、おひさまの横にもう一つ点があるのが見えた。

 なんだろうと思ってそれを見つめていると、その点はどんどん大きくなっていく。

 

 ――そして。

 

 

―――

――――――

――――――――――

 

「わたし、けものフレンズの世界でフレンズになりたいです!」

 

 自称、神の提案に対して口をついて出たのはそんな言葉だった。

 

「フレンズ、ねえ。これは、うーん……まあ、いいかな。そうなると、最初は動物として生まれることになるけど平気かい?」

「はい! わたしはもう残業も休出もパワハラともオサラバして、あの優しい世界で自由気ままに楽しく生きたいんです!」

「なるほど、キミは社畜のフレンズだったんだね。それで、なんの動物がいいんだい? 希望がなければこちらで適当に選ぶが」

 

 自称神の言葉にわたしは笑みを浮かべる。

 

「アミメキリン、でお願いします!」

 

 できればオオカミさんのアシスタントになりたいですね、子供の頃は絵本作家を目指していた事もありますし。

……まあ、あっさりと夢破れたワケですが。

 

「……わかった。まあ、いい獣生を送れるよう祈ってあげるよ」

 

――――――――――

――――――

―――

 

「……はっ!」

 

 ガバッと顔を上げると、無数の視線が無言でわたしに突き刺さっているのを感じた。頭がクラクラする……今のは……記憶?

 

「えっ……何? 何が起こったの?」「姿が……おい、あれって」

 

 ざわつく声があたりを包む。今までと違って聞き取れる声だ。

 ふと視線を落とすとそこには二本の手がある――蹄じゃない、上腕に茶と黄の網目模様があるアームカバーで包まれた()()の手だった。

 それと同じ模様……キリン柄のスカートと、タイツ――人間の体。

 

 ――そうだ。わたしは転生したんだ!

 

 ここしばらくで使い慣れてきたキリンの長い脚とはかなり違う人間の手足でゆっくりと立ち上がると、周囲を見渡す。

 ごはんを食べていたお母さんも食べるのをやめてこっちを見ている。柵の外を見上げれば、わたしを見てたくさんの人がどよめいた。

 

 ……ここって動物園、よね? お客さんも普通にいるし。と言うことはまだ絶賛運営中のジャパリパークかしら?

 そうなると、お目当てのかばんちゃんやオオカミさんには会えそうもないなぁ。

 でも、他のフレンズと知り合えるならそれも……。

 

 そんなことを考えていると、妙に引きつった顔をしたお客さん達の内の一人とバッチリ目があった。何かしなきゃと思って笑みを浮かべて手を振ってみる――すると、お客さんは何故か後退って――。

 

「か、怪人だーっ!!!」

 

「……え? な、なに?」

 

 わたしを見下ろす人たちの中で、誰かがそんなことを叫んだ。

 かいじん? かいじんって……?

 

「怪人化!?」「やだ、怖い!」「ヒーロー! ヒーローを呼んで!」「ヒイイ! こっち見るな、バケモノめ!」「このっ!」

 

 目に飛び込んできたのは恐怖の表情と罵詈雑言。そして……。

 

「あいたっ!」

 

 頭に何かがぶつかった衝撃で思わずのけぞる。

 ズキズキする額をさすりながら目の前に落ちたものを確認すると……それは中身の入った缶ジュースだった。

 痛みと混乱から、じわりと涙が溢れ出す。

 

「な、なんで? どうしてこんな事……」

 

……普通ならタダじゃ済まないそれも、今の体ならちょっと痛いだけ。

 当たった頭以上に、胸がズキズキと酷く傷んだ。

 こわい。どうして。なんで。助けて。そんな言葉だけが頭の中をぐるぐると渦巻く。

 

「危ないから物を投げないでください! 刺激しないで!」「そうだ! 襲いかかってきたらどうする!」「ヒーローはまだなの!? 早く退治してよ!!!」「やめて! ジラちゃんが可愛そうだよ!」

 

 お母さんが息を荒げながら歩き回る。飼育員のお姉さんから制止の声が掛かっても、四方からはいろんな物が飛んでくる。

 その濃密な敵意を前に、わたしは思わず後ずさった。

 

「ジラ、大丈夫! 大丈夫だから! ゆっくりと宿舎へ下がってちょうだい! お願いだから!」

 

 飼育員のお姉さんも必死の形相で叫んでいる。

 その表情には、お客さんたちと同じ、怯えの表情が明確に浮かんでいた。

 でも、わたしは凍りついたように立ち竦んで動けない。

 

――違う。ここは、ジャパリパークなんかじゃない!

 だって、あの世界は、あんなに優しかったのに、ここは……。

 

「――とうっ!」

 

 次々と物が投げ込まれる中、お母さんが鼻息を荒げながら周囲を威嚇している目の前に誰かが作の外から飛び降りてきた。

 その人影はわたしを見てにやりと笑う。

 

「期待のルーキー! タンクトップタイガー、参上!」

 

 黄と黒の縞模様をした頭髪とタンクトップを着た筋骨隆々とした男の人が、筋肉を見せつけるようにポージングをして仁王立ちする。 

 

「やったぞ、ヒーローだ!」「初めて見る顔だな、知ってる?」「知らんけどタンクトッパーの新人だろ」「やれー! やっちまえー!」

 

 その男の人が降りてきた途端、周囲の罵声は歓声に変わった。

 怪人、ヒーロー、タンクトップタイガー。それらの単語で、わたしは今自分が何の世界にいるかをようやく理解する。

 

 ――ここはワンパンマンの世界で、わたしは怪人として今まさに排除されようとしている。

 

 ずっと渦巻いていた恐怖が、途端に何倍にも膨れ上がった気がした。

 

「うふふっ、タンクトップを着こなして活躍する姿はとても映える。お前も俺の順位の糧となってもらうぞ!」

 

 拳を構えるヒーローの姿に背筋に冷たいものが流れる。

 わたし、せっかく生まれ変わったのに、何一つ悪いことなんてしてないのに……?

 

 一歩、また一歩と後ずさって、ついには壁に背が当たった。

 その場でへたり込んだわたしを前に、ヒーローはニヤリと笑う。

 

「や、やめてください……!」

「ほう、力の差はわかっているようだな。肉食獣と草食獣、どちらが強いかなど一目瞭然! おとなしくしていれば、なるべく優しく倒してやろヴッ

「……え?」

 

 次の瞬間、じわじわとにじり寄って来ていたヒーローがキリモミしながら吹き飛んだ。……息を荒げたお母さんが、後ろ足で蹴っ飛ばしたんだ。

 白目を剥いたヒーローが目の前に落ちてきて、飼育員のお姉さんがきゃあと悲鳴を上げた。

 

「お、おい、ヒーローがやられたぞ!?」「あの怪人が操ったのか?」「親子だから守ったんじゃないか?」「何もしてないのにかわいそうじゃない! やめようよ!」

 

 ヒーローが倒れた事で、見物していた人たちもどよめく。

 お母さんは白目を剥いて気絶しているヒーローの側まで歩み寄ると、その頭目掛けて長い脚を持ち上げて――。

 

「――ッ、お母さん! ダメ!!

 

 わたしは弾かれたように立ち上がって、振り下ろされる脚を受け止める。

 すぐ側まで近寄ったからか、飼育員のお姉さんが驚いて尻もちをついたけど、今は構ってられない。

 このままじゃお母さんが人殺しになっちゃう!

 

「わたしはもう大丈夫だからっ! もういいから!」

 

 そのまま押し返してなんとかヒーローから引き離そうとするけど、興奮したお母さんの力が強すぎてとても抑えきれない!

 

「おいおい、ヤバイんじゃないかあれ!?」「怪人の子、ヒーローを守ろうとしてる……のか?」

 

 どんなに力を込めても押し返せないどころか、お母さんが少し力んで動いただけでわたしの体は弾き飛ばされてしまう。

 

「……ッ!! だ、ダメッ!」

 

 尻もちをついたわたしの目の前で、お母さんの長い脚が大きく振り上げられる。

 ヒーローの頭を目掛けて勢いよく振り下ろされる蹄を前に、ぎゅっと目をつぶることしかできない。

 ドッ、という鈍い音と、周囲からの悲鳴が耳を貫いた。

 

「……ッ!」

 

 守れなかった。ヒーローの人も誤解していただけで、悪いことをしたわけじゃない。

 それにヒーローを、人間を殺してしまったお母さんがどういう扱いを受けるのかは、前世で見たニュースでよく理解している。

 

 ……これからどうなってしまうんだろう。

 きっと、他のヒーローがわたしを殺しに来る、わたしだって殺されたくない。

 戦って、暴れて、いつか本当の怪人になってしまうんだろうか。

 もう、イヤだ。せっかく生まれ変わったのに、今度こそ幸せになれると思ったのに。

 ゆっくりと、目を開ける。とにかく、お母さんだけでも助けないと――。

 

「……え?」

 

 開けた途端に目に飛び込んできたのは、大きな背中。

 金色の髪と青いマントを風にはためかせ、片手でお母さんの蹄を受け止めている。

 もう片方の腕にはヒーローが収まっていて、気絶をしているけど確かに生きていた。

 

フーッ、危ない危ない。ギリギリだったね! でも、もう大丈夫」

 

 大きな人はこっちを向いて、歯をむき出しながら力強く笑う。

 

「私が来た!」

 

 その言葉と笑顔は、それまで感じていた恐怖や焦り、絶望の感情を吹き飛ばすだけの力を不思議と持っていた。

 

「オール、マイト? オールマイトだ!」「もう大丈夫だ! 最高のヒーローが来てくれた!!」「オールマイトー! がんばれー!」

 

 どよめいていた人々も、歓声を上げて彼を応援し始めた。

 彼が優しく蹄を押し返すと、お母さんは体をよろめかせながら後退する。

 彼は一歩下がってヒーローを地面に優しく横たえて、改めてお母さんへ向き直った。

 

「あなたの大切な娘さんが傷付けられて、怒る気持ちは重々承知……しかし、これ以上はいけないよ、誰のためにもならないからね」

 

 彼が目を見つめながら優しく語りかけると、お母さんは段々と落ち着いた様子で威嚇をやめてゆっくりとわたしに近づいてきた。

 

「わっ、あはは、くすぐったい! ……大丈夫、もう痛くないよ」

 

 そして、優しく撫でるように缶が当たった額を舐めてくれた。

 その様子を見て、彼は安堵したようにため息を吐く。

 

「さて、と。キミとは個人的に話し合わねばならない事があるんだが……その前に、皆を安心させないとね」

 

 彼は大きく息を吸うと、人々の歓声の中でもはっきりと聞き取れる程の力強い声で話し始めた。

 

「――みんな、聞いてくれ! この通り、もう危険は去った! 彼女に敵意はなく、興奮していた親キリンも落ち着き、タンクトップタイガー君も無事だ!」

 

 彼の言葉に、歓声を上げていた観衆も静かに耳を傾け始めた。

 

「……さて、すべてを見ていたキミたちに問いたい! 彼女はこの姿になってから、なにをしたかな? 誰かに危害を加えたり、加えようとしたかい?」

 

 シンとする聴衆の中へ、そんな問いが投げかけられる。

 

「ジラちゃんは何もしてないよ!」

 

 その問いかけに、一人の小さな女の子が声を張り上げた。

 

「みんなが物を投げても、怖がってるだけだった! タンクトップタイガーがお母さんキリンに踏まれそうになった時も、ジラちゃんは止めようと頑張ってたんだよ!」

 

 そうやって必死に訴える女の子に、自然に涙がこぼれていた。あのパニック状態でもちゃんとわたしを見て、庇ってくれる子がいる事に救われた気がした。

 

「だからオールマイト、ジラちゃんを退治しないで!」

 

 その叫びにヒーロー、オールマイトは笑顔で応える。

 

「大丈夫、安心したまえ! 私がやっつけるのは悪い奴だけだから、無害な良い子ならば怪人であろうと責任を持って守るとも!」 

 

 そう言って広い胸を叩く彼に、わたしは心底安堵した。

 

「さて、ご存知の方もいるかもしれないが、私は悪意や敵意のない無害な怪人たちを保護する活動もしている。彼女はこちらで保護したいと思うが、どうかな?」

 

 オールマイトの言葉に、へたり込んでいた飼育員のお姉さんはこくりと頷く。

 

「……彼女を――ジラを退治しないでくれて、ありがとうございます。どうか、彼女をよろしくお願いします!」

 

 涙を浮かべながら頭を下げるお姉さんに、彼は笑顔で応える。

 

「任せなさい! 諸々の手続きに関してはまた後日行なうので、まず彼女を保護施設までこちらで護送します……さて」

 

 そう言って彼はこっちへ向き直った。

 

「ジラ少女、でいいのかな? いきなり親元を離されるのは不安で仕方が無いかもしれないが……こうなってしまった以上、キミを守る為にも一緒に来てもらえないかい?」

 

 わたしは見る人を安心させるような笑顔を浮かべながら差し伸べられたその大きな手と、心配そうにしているお母さんを交互に見る。

 

「……お母さんといきなり離れ離れになるのは辛いです。でも、ここに居たらみんなを怖がらせちゃうみたいなので」

 

 視線を向けると、飼育員のお姉さんはびくりと肩を震わせた。

 ……悲しいけど、でも仕方ないんだよね。わたしはお母さんの瞳を見つめ返すと決意を固めた。

 

「だから、よろしくお願いします!」

 

 わたしはオールマイトの手をしっかりと握る。

 

「うん、いい返事だ! それじゃあ、早速……」

「え? ちょ!?」

 

 横目で救急隊が気絶したヒーローを担架に乗せるのを確認すると、彼の力強い手はわたしを簡単に起き上がらせて、いとも簡単に横抱きに抱き上げてしまった。

 ……この温かい体温に包まれる感覚は、強い安心感がある。

 

「さて、娘さんは。責任を持って預からせていただきます。落ち着いた頃に彼女の顔を見せに来るので、ご安心を」

 

 そう言ってお母さんに一礼すると、オールマイトは軽く地面を蹴り――気が付くと、わたしたちは空を飛んでいた。

 

「う、うわわっ……!?」

「おっと、落ちないように気をつけるんだよ」

「は、はい……あの!」

 

 風を切る音の中、少し声を張り上げる。

 

「うん? 何かな」

「いま、どこへ向かっているんですか!」

「ああ、その辺伝えておかないとたしかに不安か……っと!」

 

 小さな衝撃とともに、オールマイトはビルの屋上へ降り立った。

……あの高さから着地したのに、ほとんど衝撃が来ないってこの人膝のクッション凄すぎない?

 

「フー、このあたりなら問題ないかな?」

 

 キョロキョロと見渡して人気がないことを確認すると、彼はわたしを優しく地面に降ろしてくれた。

 

「……さて、キミも色々と混乱している事だろうけど、順番に質問に答えていこうかなまず最初の質問だが――」

 

 彼はそう前置きして、真っ直ぐと何処かを指さした。

 目を凝らしてみると、すごく遠くに大きな敷地の建物が見える。

 

「今向かっているのは『特殊生物保護(Special Creatures Preserve)研究所』。主に変異型の怪人の生態と、元の姿へ戻す研究を行っている場所さ」

「元へ、戻す?」

 

 そんな事が、できるのかな?

 わたしはちょっと、あんまり戻りたいとは思わないけど……。

 

「怪人化を起こすと肉体的に強靭になると同時に残虐性が飛躍的に上がり、理性による歯止めが利き辛くなる。その危険性故に、変異した時点で人間として死亡した扱いとなり討伐されてしまう」

 

 その言葉に、さっきの光景を思い出す。わたしの姿に恐怖に引き攣った顔と投げつけられる缶の痛みに悲しくなる。

 それを察したのか、オールマイトは優しく頭を撫でてくれた。

 

「しかし、中には理性を失わない者もいるんだ……キミのようにね。だから私たちは怪人化を病と定義し、治療法を探っているんだ」

 

 さて、と前置きすると、彼は少し屈んでわたしと目線を合わせた。

 

「今度はこちらからいくつか質問してもいいかな? 一つ、大事な事を確認させて欲しいんだ」

 

 そんな真剣な眼差しに、わたしは思わずごくりと生唾を飲む。

 ゆっくりと頷くと、彼は優しげな笑みを浮かべた。

 

「まずは、そうだね。キミは私の姿を見て何かを思い出したり……知ってることがあったりとか、あるかな?」

「知ってること?」

 

 それはどういう意味なんだろう。顎に手を当てて少し考える。

 オールマイトについて、知ってること……。

 

「……はっ! わかりました、アナタの正体が!」

「おおっ、言ってみてくれるかい?」

 

 期待の眼差しに答えて、わたしは目を閉じながら彼の周りをゆっくりと回る。

 

「その筋肉質な巨体、画風が違うレベルの彫りの深い顔立ち、その暑苦しいスマイルとオールマイトというヒーローネーム」

 

 オールマイトの正面で立ち止まると、その顔をスビシと指さす。

 

「アナタはワンフォーオール八代目継承者、八木(ヤギ!)俊典ね!」

 

 ビルの屋上に強い風が吹き、わたしたちの間を吹き抜けた。

……これは決まったんじゃないかしら!?

 

「――うん、記憶は既に蘇っているようだね! 残念ながらこの世界は苗字の概念がないから私自身は八木(ヤギ)ではないし、ワンフォーオールの継承者でも無いけども」

 

 ……割とふつーに返されてしまった。あ、この世界っていえば。

 

「あの、ここってワンパンマンの世界ですよね? タンクトップタイガーとか居ましたし、怪人がどうとか……なんでオールマイトが居るんです?」

「ああうん……それはキミと同じさ、他にも同じ立場の人がそれなりに沢山いるから窮屈な思いはさほどしないと思うよ」

 

 何故かビミョーな顔をするオールマイト。わたしと同じ……?

 

「はっ! なるほど、アナタも転生者なんですね!」

「あの、ちゃんと記憶戻ってるんだよね……?」

 

 呆れられてしまった……。確かに、思い出せたは思い出せたけど、なんだかちょっとだけ昔より考えるのが苦手になってる気がする。

 

「ん゙、ん゙……まあ、研究所には他の転生者も居るから詳しい話は向こうでしようか。やらなきゃいけない事が山積みだからね!」

「なんか大変そうですけど……頑張ります!」

 

 こうして、わたしのフレンズ生は波乱と共に始まった。

 いきなり怪人扱いで希望していた転生とは程遠い結果になっちゃったけど、楽しく生きていけるように頑張ろうと決意した。




メインキャラの一人として構想の最初期からいるにも関わらずやたら影の薄いジラちゃんがヒーローになるお話です!

ヒーローモノの民衆ってワンパンマン含めてこういうイメージある
序盤のセリフはキリンの状態だと人語がわからない的な表現でフォント変えてるだけなので誤字報告機能を使えば普通のひらがなになりますが別にたいした事は言ってません


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怪人ヒーローの誕生!-2

「ぐああああああ――っ!!」

 

 コンクリートの砕ける音と、苦痛の叫び声。そして民衆の悲鳴が白昼の街中にこだまする。

 カラカラ空回りする自転車を蹴飛ばして、大通りの中心で一体の異形が高らかに笑う。

 

「グァーッガッガッガァ!! 弱ァーい、弱すぎるぞヒーロー! ……いや違うな、この怪人スワン男が強すぎるのかなァ!!」

 

 そう言ってキレのあるピルエットを披露するのは、顔を含めた全身を白いタイツで隙間なく覆った筋骨隆々の大男だ。

 

 

怪人スワン男 災害レベル:虎

 

 

 その股間からは長い白鳥の首がそそり立ち、その先端に付いた白鳥の頭が流暢に喋っている。

 控えめに言って気持ちが悪かった。

 

「ぐっ……」

「ほぉ、まだ立てるのか! 弱っちいくせに根性だけはあるようだ」

 

 股間に白鳥を生やした全身タイツの変態がくるくると回る横で、さきほど鋭い蹴りによってビルの外壁へ叩きつけられたヒーロー、無免ライダーがよろめきながら立ち上がる。

 

「たしかに、俺は弱い。……それでも、やるべき事がある!」

 

 頭から血を流し、目を覆うゴーグルや身に着けたプロテクターはこれまでの戦闘により大きなヒビが入っている。

足はふらついており明らかにもう戦える状態ではないが、彼は愛用の自転車を手に怪人の行く手を遮るように仁王立ちする。

 

「俺の役目は! お前を倒せる者が来るまで、市民を傷つけさせない事だッ!」「ジラちゃーん――」

「フッ、ならばお前を抹殺し「キィィィック!!!」ウボハァッ!?

「えっ「うぎゃあ!?」――がはあっ!?

 

 視界の外からミサイルのように飛んできた何かに弾き飛ばされ、スワン男がキリモミしながら宙を舞う。

 彼にぶつかった何かも同じく宙を舞い、近くにいた無免ライダーを巻き込んで地面にビターンと叩きつけられた。

 

「あいたたたっ、着地しっぱいしたぁ……ああっ!? ご、ごめんなさい大丈夫ですか!!」

ゆ、ゆらさないでくれ……

 

 赤く腫れた額をさすりながら立ち上がった飛来物――少女は巻き込んで薙ぎ倒した無免ライダーを助け起こすが、今度こそ限界が来たらしい彼はぐったりとして動かなくなってしまった。

 

「はわっ! だ、だれか救急車! 救急車をお願いしますっ!」

 

 いきなり突っ込んできて一人で大騒ぎする少女から少し離れた位置で、少し遅れてスワン男も起き上がる。

 

「グッ……いきなり何だ!?」

うわっ、近くで見ると凄くきもちわるいですね!」

「きッ――!? な、何なんだ、誰なんだ貴様はァ!!?」

 

 股間の白鳥が青筋を立てながらがなりたてる。

 少女はぐったりとした無免ライダーを静かに寝かせると、怪人の誰何に対して豊満な胸を誇らしげに張って答える。

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれました! あたしは――」

 

 ドヤ顔で名乗りを上げようとする少女の声を「あーっ!」という怪人の素っ頓狂な声が遮った。

 

「貴様、怪人の癖にヒーローをやってる生意気な小娘ではないか! 思い出したぞ、名前は確か怪人ヒーロー『()()()()()()・ジラフ』!!」

 

「ちっ、ちがいますゥ!! フレンズヒーロー『()()()()()()・ジラフ』ですゥ! 間違えないでくださいィー!!!」

 

 

ヒーロー・チャーミングジラフ C級7位

        /怪人キリン娘 推定災害レベル:虎

 

 

 顔を真っ赤に紅潮させてプリプリ憤慨する少女に、スワン男は嘲笑を浮かべる。

 

「ハッ! 人間の味方をするなど怪人の風上にもおけぬ軟弱者め! 同じ動物怪人のよしみで今まで放置していたが――」

 

「えっ、アナタと同じとかちょっとイヤなんですけど……」

「…………」

 

 真顔でそんなことを言うジラにスワン男は少し傷付いたような顔をすると、大きく咳払いをしてルティレの構えを取る。

 

「……あー、ともかくだ! いくら怪人とはいえ、あくまでヒーローゴッコを続けるならば容赦はせんぞ!」

「はい、望むところです! やああああああっ!!

 

 彼女は大きく頷くと、そのまま猛然と突撃(チャージング)を始める。

 踏みしめたアスファルトを軽く陥没させつつ凄まじい速さで迫る姿はさながら大型猛獣の突貫の如し。

 

「なんのっ!」

 

 直撃すればミンチになりそうなそれを、スワン男はフェッテの動きで躱しながらジラの腰へ鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

「うわわっ!?」

 

 前に転びそうになりながらも、アスファルトを傷つけながらなんとか立ち止まり振り返るジラ。

 スワン男は蹴った時の反動の強さと堪えた様子のなさから、ジラが見た目通りの存在ではないと改めて悟る。

 

(ぐっ、何という頑丈さ……流石はキリンの変じた怪人、強い!)

 

おりゃーっ! てーい! やーっ!

 

 長くしなやかな手足から次々と繰り出される打撃を華麗なステップで避けては反撃を繰り出すスワン男の姿は、まるで熟練のバレリーノが舞うかの如き華麗さを見せる。

……その股間からそそり立つ白鳥を無視すればではあるが。

 

「ぐぬぬっ、なかなかやりますね!」

「オマエの動きが単調なのだ! とはいえ、こちらの攻撃もさほど通らぬ頑丈さは少し厄介だな……よし!」

 

 スワン男はグラン・パ・ドゥ・シャの動きで大きく距離を取ると、その場で激しく回転を始める。

 

シャオ――――ッ!!

 

 白鳥が鋭く鳴くと同時に人間の頭が天を仰ぎ、グパッと開けた口から噴水のように水を吐き出した。

 

「え? ひえっ!? うわわっ!!」

 

 ビシャビシャと降り注ぐ濁った水をジラは必死の形相で回避する。どんな脅威かとか以前の問題として単純に触りたくなかったのだ。

 地面へビタビタと落ちたその液体は、その場で大きく広がってゆき、またたく間に周囲一体を覆い尽くす。

 

 そして。

 

「え、あっ、足が、沈んで……!?」

 

 液体の下は硬いアスファルトであるはずなのに、彼女の足はまるで底なし沼にはまったかのように地面へと沈み込み始めた。

 腰までズッポリと飲み込まれたジラとは対照的に、スワン男は何事もないかのように水面へしっかりと立っている。

 

「グァーッガッガッガァ!! みたか、これぞこのスワン男の必殺技、その場を自らの得意フィールドへと変える白鳥の沼(ザ・スワンプオブスワン)』!!!

 

 得意気に解説しながら水面をスケートリンクのように滑りつつ、煽るようにジラの周囲を旋回するスワン男。

 

「さあ、行くぞ! シャオ――ッ!!」

「うわあっ!」

 

 スワン男はフィギュアスケーターのように滑らかな動きで翻弄しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、強烈な股間の鋭い嘴でジラへ確実にダメージを蓄積していく。

 

「ククク、陸上生物に過ぎぬお前ではろくに身動きを取れまい!」

 

 段々と防御の動きも鈍くなっていくジラに対し、スワン男の股間の白鳥は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「ぐぬぬ、この卑怯者ぉ! ヘンタイ!

「……何とでも言うがいい! さあ、これでフィナーレだ!」

 

 大きく旋回し距離を取ったスワン男が、その驚異的な身体能力によって飛翔と見紛う程の高い跳躍を見せる。

 

「いいか小娘、これがホントの飛び蹴りというものだ! 必殺、スワン男ハリケーンキィィ――ック!!!

 

 初撃の意趣返しなのか、空中で高速回転しながら向かってくるスワン男に対し、ジラは自らのマフラーを外した。

 

「ネッキング……!」

 

 そしてそれを腰溜めに振りかぶり、弾丸のように飛来するスワン男に対し渾身の力を込めて振り抜いた。

 

 

「スマァッシュ!!!」

 

 

スパァン!

 

 

グアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!?!??

 

 

 小気味のいい破裂音を響かせながら、長く丈夫なマフラーがスワン男の長い首――股間を強かに打ち据え、その体を遠く沼の範囲外へと弾き飛ばした。

 

 べシャリと潰れるように地面へ叩きつけられたスワン男はピクピクと痙攣するだけで全く動かなくなった。

 それを見届けて、ジラはピョンとひと跳ねしながらガッツポーズを取って振り返る。

 

「いぃよし! ジラちゃん大勝利です!!! 見ましたか、無免ライダーさ――無免ライダーさん!? 沈んでる!!

 

 ぶくぶくと静かに沈みゆく無免ライダーに、沼を掻き分け慌てて救助し沼の範囲外へ運んでコンクリートの地面へ寝かせる。

 

「生きてますか!? えと、こう言うときは……そう、アレです、キョーコツ・アッパァク! せいっ!

「ごはあっ!?」

 

 メキメキという謎の音と共に泥を吐き出す無免ライダー。

 

「あっ、起きました! 大丈夫ですか!」

ゔん……あ゙りがとう……も゙う、いい゙から救急車を……はぅッ!

む、無免ライダーさん!? 無免ライダーさーん!?

 

 ぷるぷると震えながらそう言うと、無免ライダーは再び意識を失ってしまった。オロオロとするジラの側へ、大きな影が降り立つ。

 ――監督責任者として遠くから見守っていたオールマイトだ。彼はジラの腕の中でぐったりと動かない無免ライダーを見て思わず目を剥いた。

 

「討伐報告とかしてる内になんか大変な事になってないかい!?」

「なんか溺れちゃってたみたいです! 救急車を!」

「いやそれより抱えて行ったほうが早い! さあ背中に掴まって!」

「はいっ!」

 

 無免ライダーを抱えジラを背にひっつけたオールマイトは、そのまま病院目掛けてロケットの如く飛び出していった。

 ヒーロー協会の事後処理班が到着した頃にはピクリとも動かない怪人と、大通りに広がる泥沼だけが残されていたという。

 

 

 

※※※

 

「『怪人ヒーロー、またまた大活躍? 無免ライダーとの共闘で凶悪な変態怪人を見事討伐』、か。うんうん、中々の注目株じゃないの」

 

 数日後、オールマイトは拠点研究所の食堂でしばらくぶりのゆっくりとした朝食を食べながら新聞を眺めて満足げに頷く。

 

「いやあ、それはどうだろうね? 大手の新聞は絶大な影響力を持つナンバーワンヒーローたる君におもねって無難なことを書いているが、こう言うモノにも目を通すべきじゃないかな。よいしょっと」

おわっ!?

 

 そう言いながら小さな何かが膝によじ登ってきた事で、オールマイトは思わず新聞を取り落としそうになる。

 

「むふぅ、ほうほう、キミの膝はゴツゴツしていて中々に座り心地が悪いんだねぇトシノリくん?」

「そんな体で何やってんですか所長……」

 

 オールマイトは我が物顔で自らの膝にすっぽり収まった幼い少女――ブライト・クローンの一人である金髪の少女へ目を向ける。

 彼女はその見た目に似つかわしくない胡散臭い笑みを浮かべると、食器を押しのけてタブレット端末を広げた。

 

「ふふ、そんなことよりこちらを見たまえ」

「ええと、なになに……」

 

【オールマイト氏、怪人の少女にご執心!?】

 数ヶ月前に彗星のごとく現れ、数々の怪人を討伐してメキメキと順位を上げているヒーローがいる。現在唯一の『怪人ヒーロー』である新米のヒーロー『チャーミング・ジラフ』氏。

[ジラのヒーロー協会公式プロフィール写真]

 A市動物公園で生まれたキリンが突如怪人化したのが彼女だ。比較的珍しい人間への敵意を持たない怪人である彼女は、オールマイト氏の提言が元となって定められた『無害怪人保護法』の対象としてオールマイト氏自ら保護したという。

 その後彼の保護観察下でヒーローとなった彼女は、オールマイト随伴のもと怪人退治に勤しんでいるのだ。

[オールマイトに肩車され現場へ急行するジラの写真][怪人退治を行うジラを見守るオールマイトの写真]

 そうして安全に、より早く手柄を立てて順位を上げていく彼女に一部のヒーローから不満の声が上がっているという。

[不満顔のタンクトップタイガーの写真]

 史上初の怪人ヒーローという特殊な立場ではあるが、それにしてもオールマイトの過保護っぷりがうかがい知れる為、一部ではその可憐な容姿に惹かれたオールマイトが彼女に特別な感情を抱いているのではないかという噂もある。

[仲睦まじく歩く並んで歩くオールマイトとジラの写真]

 可憐な年頃の少女の姿をしているが、彼女は生後数カ月の怪人。壮年のヒーローオールマイトと幼い怪人少女の禁断の――

 

――ピッ。半ば無意識の内にオールマイトの太い指はタブレット端末の電源ボタンを強く押し込んでいた。

 そして彼は無言で大きな手のひらで顔を覆う。

 

「…………」

「彼女がA級になれば保護観察も解けるし早く自由にしてあげたい気持ちもわかるが、まあ、贔屓のし過ぎは悪目立ちしちゃうよねぇ」

「ちがうんです。彼女は怪人として強力な部類なので保護観察者として確実に抑えられる人材となると限られてますし、ならばいっそ私が連れ歩いて効率よく怪人討伐に貢献させてやればと……」

 

 ぽふんと、オールマイトの分厚い胸板に少女の頭がもたれかかり、楽しそうな碧い瞳がうつむく彼の顔を見上げると。

 

「ふふ、それで傷付いたキミの心を癒やしてやろうとこの肉体を持ってきた訳さ。ほら、程よく育った激烈にカワイイ製造後数ヶ月の肉体だぞ〜? イタズラするのとされるのどっちがいい?」

 

 そんな風に言ってニタニタと嗤う幼女に、オールマイトは深くため息をついた。

 

「癒しに来たんじゃなくてオモチャにして遊びに来たんでしょうが。……モゾモゾするのやめて、というか降りて下さい」

「ふふ、オモチャとかいやらしい……ふーむ、少しも反応しないな。なんだつまらんぞキミィ、もう少し大きい方がいいのか?」

「……あなた自身のものとはいえクローンで遊ぶとか倫理的にかなりギリギリですからねアウト寄りの。所長が我々の同胞かつ要でなければ警察に突き出してるところですよ」

 

「おお、こわいこわい。天下のナンバーワンヒーロー様がお怒りだ、ちびっ子ヴィランは退散退散!」

 

 そう言ってやや低い声で唸ると、膝から降りてピャーっと走り去る小さな所長にオールマイトは深く深くため息をついた。

 

(悪目立ちし過ぎた、か。……とはいえ、彼女の保護観察者として必要な戦力となるとA級ヒーロー以上。実際に暴れる心配はないとは言っても杜撰な対応ではヒーロー協会に隙を見せることになる)

 

 実際、無害怪人保護法はオールマイトが珍しく自らの地位とコネクションフルに利用しゴリ押しした結果、ヒーロー協会や政府に渋々認めさせたものであってよくは思われていないのだ。

 ジラの身体能力はA級相当は優にあり、詰め込み学習の成果で座学も問題なくクリアしているにも関わらずのC級最下位スタート、ここに関してオールマイトができたのは珍妙なヒーローネームを付けさせない事だけである。

 

(だからこそ、私自ら監督する事で色々とアピールしていた面もあるんだが……ままならないものだね)

 

 彼はため息をつくと少しぬるくなったコーヒーを飲み干し、食器の乗った盆を持ち重い足取りで立ち上がる。

 

「……さて、見回りに出かけるとするかな!」

 

 

※※※

 

「……こうしてかばんちゃんたちはバスに乗って、ジャガーちゃんとカワウソちゃんに見送られて、ジャングルちほーを後にしました。彼女たちの冒険は、まだ始まったばかり!」

 

 そう締めくくり、ジラが得意げな笑みをたたえながら自作の絵本を閉じるとぱちぱちと小さな拍手が部屋に響く。

 

「どうでしたか!? 今回のお話は!」

 

 ぎちぎちという独特の音、あるいは声を立てながら小さな子供が手元の端末を触り始める。

 

『すごくおもしろかった!(*´∀`*)』

 

 子供が端末を見えるように掲げると、ジラは目を輝かせた。

 

「でしょうでしょう、とっても心温まるお話ですよね! アリアちゃんとはとっても気が合います!」

 

 ジラに優しくぎゅっと抱きしめられると、子供――アリアは嬉しそうに顎をぎちぎちと鳴らし、黒い触覚でジラの頬を撫でた。

 

 アリアは、アリの頭部をもつ幼い少女の――怪人である。

 

 彼女はヒーロー協会の出資者の中でも二番手となるカロー氏の一人娘である。

 両親の仕事が忙しく、中々構ってもらえない彼女の寂しさを埋めていたのは、広い庭にあるアリの行列。

 それを眺め続ける日々を過ごした結果、彼女の肉体は変異してしまったのだという。

 カロー氏は彼女を隠し守っていたが、ある日オールマイトが提唱した無害怪人保護運動を全力で支援し彼女の安全を勝ち取り、今の彼女はこの研究所で治療を待つ身なのだ。

 

『かばんちゃんの旅のお話をもっと見たい!』

 

 そんな風にアリアがせがむと、ジラは眉を下げて唸る。

 

「ふふふ、描き終わったら真っ先に見せてあげますよ!」

『ありがとージラちゃん!(^o^)』

 

 無害怪人の入居者向けの談話室でぎちぎちきゃあきゃあと騒ぐ二人の側へ、もう一人の異形が近付いてきた。

 

〘やあジラ、今日はヒーロー業はお休みかい? ……おや、それは前に聞いた君のお手製の絵本かな?〙

「あっ、オシロさん! ええ、昨日しこたま殴られたから休んでおきなさいってオールマイトが。ちょうど良かったので絵本はさっき仕上げちゃいました!」

 

 二人は近付いてきた人物――オシロに笑顔で振り返る。

 オシロは床に並べられた何冊かの絵本を四本の腕で手に取ると、パラパラと捲ってまじまじと眺める。

 

〘けものフレンズ……人間の姿になった動物たちの冒険譚。なるほど、ジラ君らしいお話だね〙

 

 そう伝えて彼女は目を細めた。――オシロは蚕の怪人である。

 彼女はとある政治家の長女であり、古くからの家業である養蚕は数年前まで彼女が取り仕切っていた。

 そして蚕をいろんな意味で愛しており……その愛が高じすぎたのか、ある朝目覚めたらこうなっていたのだとか。

 体は人に近いがその臀部からは虫の腹が伸び、そこから背中側と四本ある腕に至るまでフサフサの白い毛が覆っている。

 背中には翼があるが、羽ばたくことはできても飛べはしない。

 顔は人間のときのままなものの、その口はどこにも繋がっておらず食事を摂ることも話すこともできない。代わりにテレパシーで意思疎通を行うことができ、栄養は点滴で補っている。

 

〘……ふむう、なかなか面白そうじゃないか。良ければこれ、貸してもらってもいいかな? じっくりと読んでみたい〙

 

 そう言って三冊の絵本を抱える彼女に、ジラはぱあっと顔を輝かせて頷いた。

 

「ええ! どうぞどうぞゆっくりじっくりと! ちょうどアリアちゃんにはもう見てもらったところなので!」

〘ふふ、ありがとう。終わったら感想を言わせてもらうよ〙

「はい、お願いします! さーてアリアちゃん、それじゃあわたしたちはオヤツでももらいにいきましょう!」

 

 オシロを嬉しそうに手を振って見送ったジラがそう言うと、アリアは首を傾げて端末を操作する。

 

『ジラちゃん、このあとから警備の係じゃなかった?(^_^;)』

「……ハッ、忘れてました! い、行ってきます」

 

 慌てて駆け出すジラの背を見送ってから、アリアは食堂へ向けて歩き出した。

 おやつを貰って警備室へ持っていこうと思いながら。




・怪人スワン男
災害レベル:虎
股間にそそり立つ白鳥の首を生やした全身を白タイツに包まれたような外見の大男(ヘンタイ)
なお、白鳥の首が本体であり、そっちが喋る。気持ち悪い。
怪人にしては珍しく技巧派であり、バレエの動きを取り入れた体術はなかなかのモノ。
特殊能力として、周囲を腰まで沈むほどの沼地へ変え、自身はその上をスケートリンクを滑るような動きを可能とする『白鳥の沼(ザ・スワンプオブスワン)』を使う。
なぜか沼は人の頭が勢いよく吐き出す。気持ち悪い。
相手の足場を奪い自らの機動力を増す戦法はジッサイ強い。
反面身体能力は力押しタイプに劣る。

怪人(フレンズ)ヒーロー・チャーミングジラフ
現在C級7位 怪人としての災害レベルは虎相当
チャージングジラフではない……ほんとぉ?
監督責任者(オールマイト)によって戦場にダイナミックエントリーしてくる我らがジラちゃん。相手は死ぬ。
大型動物のフレンズとして凄まじい身体能力を誇る。割と豊満。
怪人のヒーローと言うことで、市民からは奇異の目で見られたりもするが、カワイイのでなんだかんだ人気。
必殺技は野生(動物園生まれ育ち)のパワーを活かした突進(チャージング)、常に巻いてるマフラーを使った風呂上がりにタオルでやるアレの超すごい版(ネッキングスマッシュ)。あとオールマイトとの合体技の『ジラちゃん(ライダー)キック』。
趣味は道草を食う(物理)事と、絵本を作る事。

・無免ライダー
C級1位の正義の心を持つヒーロー!原作では出てくる度に大抵ボコボコにされるが、その不屈の心は決して折れない!
こっちの世界線では多分よくジラちゃんと仕事場で遭遇する。
そしてよくああなる。

・ブライトロリータ
金髪碧眼の激烈にカワイイ幼女。
「イタズラしたい?それともされたい?」な薄い本に出てくるタイプの幻想種(ロリビ○チ)
なお中身は数世紀を生きるブライト博士(もんだいじ)、誘いに乗ると次の瞬間から凄まじい勢いで拡散されるキケンな罠。

・アリア
推定災害レベル:狼未満
ありあたま タマをとったら アリアちゃん……ごめんなさい。
父親の名前の由来はググったら出てきたアリの学者さん。
読み返したらワンパンマンっぽくないなと思ったのでカロー氏に変更。娘ほったらかしにするほど忙しそうなので。
無害枠のオリジナル怪人、アリの行列を眺めるのが趣味な寂しい子が怪人化したもの。喋れないけどちょっとだけ力持ちの優しい子。
実は第二話 - 特殊生物保護研究所にちょっとだけ出てる。

・オシロさん
推定災害レベル:狼未満
蚕の別名の一つ「おしろさん」より。
無害枠のオリジナル怪人その2。
いろんな意味で蚕大好き過ぎて怪人化してしまった養蚕家の女性、蚕を傷つける愛し方はしない。
蚕の怪人なので飛べないし力も弱いし、何なら飯も食えないので研究所に担ぎ込まれた時には餓死寸前だった。
モスキート娘を白いもふもふにして腕を増やしたら近い感じになるかもしれない……蚕の擬人化ってめっちゃカワイイ子が多いよね。

・ジラちゃん作画の絵本版けものフレンズ
前世(むかし)とった杵柄か、温かみのある可愛らしい絵柄の絵本。
現在『こうざん』まで完成してるようだ。中々描くのが速い。
表紙に書かれた「シナリオ:たつき」の文字にオシロさんは「……誰?」ってなっている。


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怪人ヒーローの誕生!-3

『〇〇通り交差点付近に怪人が現れました。災害レベルは測定中、一般の方は速やかに避難して下さい、付近のヒーローは――』

 

 町中にサイレンが響き渡り、人々が蜘蛛の子を散らすように避難していく中、その流れを縫うように逆行する影があった。

 それに気付いた人々はそれを良く見ようと立ち止まるが、後続の避難者に飲み込まれていく。

 

「――現場が見えました、お願いします!」

「了解、気をつけて!」

 

 避難者の波を抜けて逆行していた人物たち――オールマイトとジラの二人が現場数百メートル手前で立ち止まる。

 手の平を上にして両手を組んだオールマイトが腰をかがめると、ジラはその手へと飛び乗り――

 

「そぉい!」「ヤーッ!」

 

――バレーのレシーブの要領で勢いよく()()された。

 

 腰を抜かして逃げ遅れた市民の前で、怪人がニタリと笑う。

 

「オレ様の名は「ジラちゃんキィーック!」ヴォボハアッ!?

 

 恐怖に顔を引きつらせる男の前で両手を広げ脅すようなポーズをしていた怪人の、その無防備な脇腹へジラのミサイルじみたキックが突き刺さる。

 怪人は背骨をくの字に曲げながらすっ飛びそのままピクリとも動かなくなった。

 

 ジラは蹴った衝撃を利用し空中で無駄にひねりを加えた動きをしながら演技を終えた体操選手のようにY字の体勢で着地する。

 そして花の咲くような笑顔を振りまくと、へたり込む市民の男性へと優しく手を差し伸べた。

 

「もう大丈夫ですよ! 悪い怪人はやっつけましたから!」

「は、はい……!」

 

 


ヒーロー・チャーミングジラフ B級45位→41位


 

「強盗だ! 金を出せ!」「逃走用の車を用意しろ!」

 ――ガシャーン!

「何だ!?」「ゲェーッ! ヒーロー!?」

「容疑者確保っ! ネッキングバインド!」

「「ウワーッ!?」」

 


B級28位→25位


 

「怪人だーっ!」

「ネッキングアターック!」

ぐえーっ!

 


B級11位→10位


 

「運転手が気絶してトラックが暴走してる!!!」

「う、うおおおおおおおおおおっ!!!」ズサーッ‼

 


B級7位→6位


 

 

 

「ふーっ、ここ数日は平和ですねー」

 

 自販機で買ったコーンポタージュをすすりながら、ジラはほっこりとした表情で雲の流れる空を見上げていた。

 

 ジラがヒーローを始めて一年と数ヶ月。

 その驚異的な身体能力に加えオールマイトのサポートの甲斐もあって、彼女はヒーロランクB級2位まで上り詰めていた。

 

「うんうん、平和なのはいい事だ。だが、あと一歩で足止めを食らうと、どうにも歯がゆくはあるかな」

 

 飲み干したコーヒーの缶をゴミ箱へ投入しながら、オールマイトが苦笑いを浮かべる。事件解決の規模と数で言えば、ジラはとっくにA級の中堅程度には食い込めるだけの貢献はしている。

 しかし上の思惑か上位陣の奮闘か、B級1桁が近づくにつれ順位の伸びは目に見えて落ち込み、ランクの維持も難しくなっていた。

 

 ビュウと冷たい風が吹き、ジラは身震いしながらマフラーで口元まで覆う。冬も近づく公園のベンチで、二人は休憩中である。

 

「ふうっ、最近めっきり寒くなりましたね……」

「ああ、火の不始末でボヤ騒ぎも増えてる。勝手に焚き火をしている若者なんかも時々いるからそっちにも注意が必要だな」

「焚き火……ああ、焼き芋食べたいですねぇ」

 

 そう呟くのと同時にきゅうっと可愛らしくジラの腹の虫が鳴り、オールマイトは思わずくすりと笑う。

 

「ふふ、今度研究所の敷地内でみんなで焼こうか」

「いいですね! 楽しみです……あら?」

 

 ツカツカと近寄ってきた人影に、二人は視線を向ける。

 薄い青の長髪をうなじの辺りで束ねた細身の――しかし筋肉質であることが伺える一人の青年。

 彼は、オールマイトに視線を固定すると柔和な笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりです、オールマイト」

「おお、アマイマスク君じゃないか! どうしたんだいこんな所で、たしかキミが主に担当している地域からは離れているが」

 

 オールマイトも笑顔で対応するが、その内心には困惑が浮かび、緊張した面持ちで横に座るジラへちらりと視線を向けた。

 

――A級1位、イケメン仮面アマイマスク。

 

 その優れた容姿を活かし、副業としてアイドル活動を行うヒーロー。

 転生者である彼らの知る"原作"において、そのヒーロー名に違わぬ甘いマスクの裏に、残虐性を伴う怪人への苛烈な敵意を持った得体の知れない男。

 

 その実力はS級上位勢に迫ると言われる程に高く、人間離れした治癒能力などから怪人ではないかと言う考察がされている――。

 そんな彼が、急に何故。

 オールマイトは万一の時にジラを守る心構えを固める。が、彼はそれを見透かしたかのように笑った。

 

「はは、世間では怪人嫌いなんて言われている僕ですが、法に存在を許された――ましてや仮にもヒーローをやっている相手をいきなり引き裂いたりはしませんから安心してください」

「あ、いや、別にそんなつもりは……」

「いえ、いいんです。普段そう振る舞っているのは僕ですから」

 

 そう言って二人の座るベンチの向かいへ静かに腰を下ろすと、彼は両手を組んで膝に置きオールマイトを真正面から見据えた。

 

「――単刀直入に聞かせていただきます。貴方は、本気で怪人にヒーローが務まると思っているのでしょうか」

「思っているとも」

 

 真正面から切り込んだ問いに即答された事で、アマイマスクは思わず瞠目する。オールマイトは笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「怪人とヒーローは表裏一体。どちらも常人を超えた力を持ち、それを目的のために振りかざす。その二つを明確に分けるのは――」

「――人を護るためか、傷付けるためかの一点のみ。貴方がかつて行った演説は一言一句違わず記憶しています」

 

 アマイマスクは彼の言葉を遮り、そう言った。

 

「だったら、私の答えは聞くまでもないんじゃないかな」

「……そう、ですね。貴方の演説にはかつて僕も心動かされました。しかしそんな僕だからこそ、言わねばならない。貴方のこうした活動は貴方の、オールマイトの完全性に傷を付けかねないと」

 

「……ん、ん? どういう事だい?」

 

 急にジラがヒーローに相応しいか否かからオールマイトの完全性なる話題へと飛躍し、彼は思わず目を白黒させる。

 

「貴方は完璧な……本物のヒーローです。優しく、強く、正しく、どこへでも駆けつけて人々を護る、最強で最高のヒーロー

「お、おう……?」

 

 そんな事を据わった目でいきなり言い出した彼に、オールマイトは少しだけ引いた。

 

「無害な怪人を倒さず保護する活動、これはまだいい。事実として、稀にではあるが攻撃衝動を持たない怪人が存在する事実はありますし、それらに慈悲をかけるのは貴方のヒーロー性に反しない」

 

 そんな彼の様子は気にせず、アマイマスクは話を続ける。

 

「……けど、貴方自ら怪人をヒーローとして育てているのは危険だ。その怪人が万一何か間違いを犯せば、それは『オールマイト』にとって無視できない傷になりかねない」

 

 そう言って虚ろな視線を向けられて、黙って聞いていたジラは思わずビクリと肩を震わせる。その様子に、彼は小さくため息をついてオールマイトへ視線を戻す。

 

「貴方は揺るがぬ象徴でなければならない。常に脅かされる人類が持つ、脅威への抵抗力たるヒーロー、その象徴! その為には、僅かな瑕疵も避けなくてはいけない。……ああ、例のS級ヒーローとかいう枠組みも撤廃すべきかもしれない、気分屋で自分本位なあれらはただの善良な怪物でしかなく、あなたと同列に並べるべきでは――」

「待った待った! キミは一体何の話をしてるんだ!?」

 

 なにやら思いつめた顔で話をするアマイマスクをオールマイトは思わず止める。彼は話の要領が掴めず困惑していた。

 

「すみません、少々話が脱線しました。ですが、彼女がヒーローを名乗っておきながら怪人的行いをした場合、責任が貴方に及びます。貴方自ら監督している間はいいでしょうが、単独行動を始めればどうなるか……」

「……私は彼女を信頼しているよ。怪人とカテゴライズされても、その心が人に、他者に寄り添うものならば、人かどうかは関係ない」

 

 そんなオールマイトの言葉を、何故か彼は衝撃を受けたような表情で受け止める。

 

「…………、そうあろうと願っても心が勝手に変質していく者は、一体、どうすればいいんです」

 

 彼は静かにうつむき、祈るような姿勢で絞り出すように吐く。

 

「抗い続ける限り、私は味方でいる。そして抗うためにどうすればいいのかを一緒に考えるだろうね」

「………………」

 

 彼の返答を聞いたアマイマスクは何かを考えるような、葛藤するような表情で深く沈黙する。

 

 ――静まり返った公園に、風に舞う落ち葉が擦れ合う音だけが満ちた。

 

 

――BEEP‼ BEEP‼

 

 けたたましいブザー音が突如としてその静寂を引裂き、三人は思わず肩を跳ねさせる。

 オールマイトは慌てて立ち上がり、携帯端末を取り出した。

 

「っと、失礼! ――もしもし、こちらオールマイト」

ああ、良かった! こちらはヒーロー協会管制室、現在F市にて大型生物による被害が発生中です! 付近のヒーローたちでは全く歯が立たず、破壊の規模から災害レベルが竜に格上げ! 周辺の地域に動けるS級はおらず、戦慄のタツマキも別件でL市に派遣中! 至急応援をお願いできますか!?』

 

 応答と同時に堰を切ったように話し始めたオペレーターの言葉に、オールマイトは顔を顰める。

 

「災害レベル:竜、それにF市、か……少し遠いな。ああ分かった、すぐ向かうからそれまでなんとか持たせてくれ!」

『よろしくお願いします!』

 

 通信が切れると、彼は少し困ったように二人を見る。

 

「あー、聞こえた通りだ。それでなんだが、現場の状況的にも、移動の負荷的にもジラ少女を連れて行くのは難しいんだが……」

「えっと……わたしはここで待機すればいいんでしょうか?」

 

 ジラが不安そうに尋ねると、オールマイトは頷く。

 

「……うん、幸いにもアマイマスク君はキミの監督者として十分な戦闘力が認められているから……あの、頼んでもいいかな?」

 

 彼が少し躊躇いがちに視線を送ると、アマイマスクは苦笑した。

 

「ええ、喜んで。大丈夫、貴方の心配するような事態にはなりません。彼女が突然豹変して怪人の本性を見せたりしなければ」

 

 ニッと並びの良い白い歯を見せつけるように笑うアマイマスクに、ジラはちょっとだけ不安になった。

 

「た、頼むよ? それじゃあホントに急ぐから行くね、なるべく早く帰ってくるようにはするから!」

 

 そう言って彼は公園の広場に素早く向かい、そこで地面を蹴ると凄まじい轟音とともに土埃がもうもうと立ち上る。

 土埃が晴れるとそこにオールマイトの姿はなく、わずかに地面が陥没した跡だけが残っていた。

 

「……さて、と。ちょっといいかい、チャーミングジラフ」

ひゃい!? な、なんでしょう!?」

 

 しばらくは彼が跳び立った空を眺めていたアマイマスクが急に視線を向けてきた事で、ジラは思わず気をつけの姿勢になる。

 

「別に危害を加えたりはしない。少し君にも質問をさせてくれ」

 

 オールマイトがいた時に浮かべていた柔和な笑顔を消した彼の鋭い眼差しに、ジラは竦み上がる思いだった。

 彼女の本能は、目の前の相手が退けられない脅威であると認識している。

 

「は、はい」

「君は何故怪人の身でヒーローになろうと思った? 監視なしに生活する権利が欲しいからか? あるいは……そうする事で、自らが人類側の存在だとアピールするためかい?」

 

 そう問うた彼の眼差しは、誤魔化しは許さないと語っている。

 ジラはそれを感じ取り、普段おっとりと緩んでいる表情を珍しく引き締めて、アマイマスクの目を正面から見返した。

 

「それは、みんなと仲良くなりたいからです!」

 

「――は?」

 

 ジラの返答に、彼の目が点になる。

 

「……わたしは普通の人とも仲良くしたいんです。怖がられるのは、悲しいじゃないですか。わたしはもう、あんな目で見られたくない」

 

 ジラは胸に手を当てて、目を伏せる。彼女の瞼の裏に浮かぶのは、今の姿になったあの日の出来事――人々の恐怖と敵意。

 

「怖がられるのは、わたしをよく知らないからです。よく知らないからわたしが怖い怪人だと思いこんでしまう……なら、ヒーローとして有名になって、怖くないと知ってもらえればいいんです!」

 

 彼女は目を開けて胸の前で拳を握り、ニッコリと笑顔を作った。

 

「それにわたしは体も結構丈夫なので、困ってる人を助けられればまさに一石二鳥! ですからね!」

「………………」

 

 笑顔で胸を張る彼女の姿に、アマイマスクはどこか眩しいものを見るような表情をする。

 秋のひんやりとした風が二人の間を吹き抜ける――と、突然ジラは小首を傾げて鼻をひくつかせ始めた。

 

「あら? このニオイは……ッ!」

「おい、どうし――おい待て、止まれッ!」

 

 ジラは弾かれたようにいきなり走り始める。

 アマイマスクが慌てて追いかけつつ声をかけるもジラは停止せず、振り向くことなく叫んだ。

 

「物が燃えるニオイが向こうからしています! 焚き火の匂いじゃないです、火事かも!!」

「はあ? いきなり何を――」

 

 公園を抜け視界がひらけるとアマイマスクの目にも遠くに上がる黒煙が見え始め、ジラを捕まえようと伸ばした手を引っ込める。

 

 町中を行き、徐々に人だかりが見え始めると――二人は木造二階建ての古めかしい民家が炎上している現場へと辿り着く。

 ジラは深く息を吸うと、野次馬に声をかけた。

 

あのっ! 状況を教えてもらえませんか!?」

「え、わっ、チャーミングジラフだ!」「生で見ると可愛いなー!」

「ジラちゃん、今日はオールマイトと一緒じゃないの?」

「うおーっ、アマイマスクもいるぞ!」「きゃーっ、アマイマスクさまぁ♡」

「ちょっ、申し訳ないが道を――」

 

 燃え上がる民家に釘付けだった野次馬達の視線が二人に集まり始める。特にアマイマスクの人気は壮絶で、周囲にいた女性がすべて集まってくる勢いであった。

 人に巻かれたアマイマスクから離れ、ジラは一人燃え盛る民家の前まで来ると近くにいた男性に声をかける。

 

「あの、消防車はもう呼んでますか? 逃げ遅れた人は?」

「ん? 消防車は誰か呼んでるんじゃないかな? 人は――うっ!」

「シゲルーッ!!!」「わっ、危ないですよ!」

 

 彼女と話していた男性を押しのけ髪を振り乱した女性が炎の中へ身を投じようとするのをジラは咄嗟に引き止める。

 

「シゲルが! シゲルが中にいるの! あの子は足が悪くて、ああ、どうして!! あの子が!! あの子が中に!!」

「落ち着いて下さいっ!」

 

 半狂乱の女性の肩を抱いて止めると、ジラはその怪力をもって火元から引き離した。

 

「お子さんが中に居るんですね? どの辺りですか!」

「シゲルはっ、シゲルは二階の自室で、あの子は脚が悪いから――」

「二階ですねっ! そこのアナタ、このお母さんをよろしくお願いしますっ!」「えっ、一体――」

 

 やり取りを見ていた男性に母親を預けると、彼女は隙間からもうもうと煙が吹き出すドアの前へ立つ。

 

待てッ! いくら君が怪人でもその炎では無理だ!」

 

 野次馬の人々に揉まれながらアマイマスクが吠えた。

 怪人としてのジラは災害レベル:虎。それは常人を遥かに超えた強さを誇るが、災害レベル:鬼や龍に振り分けられるような本物の怪物程の理不尽なまでの生命力は備えていないのだ。

 

 しかしジラは一つ大きく深呼吸すると、熱されたノブを握り込み、顔を歪めながら渾身の力でドアを引き剥がす。

 

きゃっ!?

 

 外気を得た炎が勢いよく吹き出し、ジラは思わず悲鳴を上げる。

 しかし彼女は立ち止まらず、中へと侵入していく。

 

「うぐっ、熱ッ……!」

 

 凄まじい熱と煙を浴びながら、人外のタフネスを頼りに先へ進む。

 目的の二階へ続く階段はすぐに見つかり、彼女は速やかに二階へ上がる。熱と煙に耄碌としながら階段を上がり切ると、彼女は目の前に現れた扉を開けた。

 ――煙の立ち込める部屋は、しかしまだ火の手が回りきっていない。

 

「……っ、いました!」

 

 煙を払いながら覗き込んだ彼女の視線の先には、床でぐったりとしている一人の少年の姿があった。逃げようとベッドから転げ落ちた所で動けなくなったらしい。

 

「いま、助けます……ッ!」

 

――ギシッ。

 

 彼女は少年に歩み寄ろうとし、燃え盛る天井が軋む音を聞いた。

 

「――ッ!!」

 

 飛び込むように部屋へと転がり込み、彼女は少年へ駆け寄った――次の瞬間、天井が音を立てて崩れ落ちた。




次回、「チャーミングジラフ死す」。デュエルスタンバイ!(嘘)

書き始める前、アマイマスクの代わりに未改造ゾンビマンことフジミくんが登場する予定だったんですが、書いてる内に「あれ? ここはアマイマスクのほうが適任じゃない?」と気づいて変更、バッチリハマりました

そしてアマイさんが重度のオールマイト信者になりました(´゚д゚`)
one版で例の話が投稿された頃、誰かが言いました「オールマイトとか居ればアマイマスクも納得するんじゃね」と――納得した!
ヒーロー活動して自身の変異に気付いた辺りの時期にオールマイトが「怪人とヒーローの違いは人類を守るか傷付けるかの一点だけだ!」と演説してアマイさんを知らず知らずのうちに肯定するじゃん?――崇拝した!

ジラちゃん過去編は次回で最終回となります


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怪人ヒーローの誕生!-4

「くっ、すまないが通してくれ! 要救助者がいるんだ!」

 

 アマイマスクがなんとか野次馬を引き剥がして燃え盛る家の前まで辿り着く頃にはジラが入って一分以上は経ってしまっていた。

 スムーズにことが運んでいればそろそろ救助を終えて脱出してきてもおかしくない頃だが、未だその気配はない。

 

(どうする……今からでも飛び込むか? しかし観衆がいる中で皮膚が高熱に晒されるのは――ッ!)

 

 アマイマスクが思考を巡らせて見上げている中、炎上する家屋が爆ぜて二階部分が音を立てて崩落する。

 舞い散る火に野次馬から悲鳴が上がり、すぐ後ろで母親が絶叫とともに崩れ落ちる音を聞き、彼は歯噛みした――次の瞬間。

 

――ガシャァン!

 

 燃え盛る残骸を突き破って、崩落した二階から虹色に輝く何かが飛び出したのを目撃してアマイマスクは瞠目する。

 

――――!!

 

 それはジラだった。虹色の光の粒子を背に引連れながら、重力を無視するような緩やかな挙動で民衆の前にふわりと降りて来た。

 人々の前に着地すると、彼女はそのまま腰砕けに膝をつく。

 

「っ、チャーミングジラフ! 無事か!」

 

 アマイマスクが慌てて駆け寄ると、ジラは息も絶え絶えな様子で大事そうに抱えていた何かを震える腕で差し出す。

 それは彼女がいつも首に巻いているマフラーでしっかりと包まれており、彼が布地を丁寧に捲くると、中にはぐったりとした――しかし、大きな怪我もなさそうな様子の少年の姿があらわとなった。

 

「っ、シゲルっ!!

 

 母親がアマイマスクからひったくるような勢いで少年を抱き上げ呼びかけると、少年は薄っすらと目を開ける。

 

――ん、かあ、さん?

 

ああっ、良かった! 本当にっ……!!」

 

 母親が少年を強く抱き締めて咽び泣くのと同時に、固唾を飲んで見守っていた野次馬たちから歓声が上がった。

 

「うおーっ、ジラちゃんめっちゃ大活躍じゃん!」「オールマイトの相棒だけあってスゲーやつだぜ!」「オレは最初からわかってたぜ、この子はめっちゃやるやつだって!」

 

 ワイワイと賞賛の声に包まれながら、アマイマスクが彼女へ視線を送るとジラはニッコリと笑ってサムズアップを見せた。

 今更聞こえてきた消防車の半鐘を聞きながら、アマイマスクはそれに微笑みで応えてやった。

 

 

 

 

「ジラ少女――ッ!!」

「あ、オールマイト! おかえりなさい!」

 

 ジラが消火活動を開始した消防車を眺めながら体を休めていると、公園の方向からオールマイトが飛んでくる。まだ応援要請を受けて十数分しか経っていないのにもう終わらせて戻ってきたらしい。

 彼はファンの包囲を慣れた動きで躱して消防の張った立ち入り禁止線の内側へ入り、ジラの側へ駆け寄りその姿を見て息を呑んだ。

 

「公園に居ないからどうしたのかと思ったらっ……!」

「えへへ、死ぬかと思いました」

 

 そう言って笑うジラの姿はあまりにも酷い有様だった。

 キリン柄をした自慢の長い髪が無残に焼けて短くなっており、変化した時から今も変わらず身に着けている衣服も焦げ穴だらけ、顔や手も煤で真っ黒になっている。

 

 幸いにも火傷は優先的に再生したらしく、目に見える範囲ではあまり酷いことにはなっていないが、その顔には強い疲労が見えた。

 

「……彼女は燃え盛る炎の中を、命懸けで少年を助け出しました。建物も焼け崩れて、かなりギリギリだったかと」

 

 協会への連絡を終えたアマイマスクがそう言うと、オールマイトは目を見開く。

 彼は少しだけ目を伏せると、やがて微笑みを浮かべてジラの頭を大きな手で優しく撫でた。

 

「わっ」

「よく……よく、頑張った! これは簡単にできることじゃないよ、キミは間違いなく本物のヒーローだ!」

 

 わしわしと頭を撫でられて、ジラは少し照れくさそうに笑う。

 

「……チャーミングジラフ」

「あ、はい」

 

 アマイマスクに声をかけられ、ジラは背筋を伸ばす。

 そんな彼女の様子に、彼は少し苦笑いを浮かべた。

 

「伝聞でしか知らない君を、どうやら僕は色眼鏡で見ていたらしい。君は愛嬌もあるし、強さもその心もヒーローに相応しい存在だと思う」

 

 アマイマスクの褒め言葉が予想外だったのか、しばらくキョトンとしていたジラだったが、やがて花の咲くような笑顔を浮かべた。

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 

 

 アマイマスクがスケジュールの都合で渋々その場を去った後、火は消防士たちによって手際良く消し止められた。

 この家では今朝、父親が布団にタバコを落とした事によるボヤ騒ぎがあったらしい。

 コップの水を掛けて消したそれを庭で天日干ししていたものが再び燃え上がったのが火元のようだ。

 

「布団についた火は消えたように見えても、中で小さな火が燃え広がってまた燃え上がる事があります。布団に火がついた時は盥に水を貯めて、しばらく漬け込んで下さい」

 

 無事に鎮火した家の前で救急車を待つ間にオールマイトがそう説明すると、母親はしゅんとうなだれる。

 それを横で見ていた壮年の消防士が感心したように嘆息した。

 

「ははあ、ナンバーワンヒーローともなると火災についてもお詳しいんですねぇ、これ知らずにボヤが起こることも多いんですが」

「あ、いえ、昔とった杵柄といいますか……っと、そろそろ私たちも戻らねばなりません」

 

 オールマイトは会釈をすると、まだ疲れた様子のジラを背負って立ち上がる。その背を、母親が呼び止めた。

 

「ジラさん! 息子の事、本当にありがとうございました!」

 

 そう言って深々と頭を下げる母親に、ジラは笑顔で応える。

 

「いえっ、息子さんが無事で本当に良かったです!」

 

 何度も頭を下げる母親と手を振る息子に手を振り返し、二人は研究所へと戻って行った。

 

 

 

※※※

 

「まずはB級ランキング第一位おめでとう、チャーミングジラフ君」

「……ありがとうございますっ」

 

 火災から数日後、ヒーロー協会本部に呼び出されたジラは面談室で審査員たちの視線に晒されていた。

 焼けた髪は短く切り揃えているものの、既に火傷は全て完治しているようだ。

 

 審査員達は露骨に嫌悪を表情に浮かべる者も居れば、好奇の視線を向けてくるものもおり。総合的に見ればあまり好意的には見られていないんだろうなぁ、とジラは思う。

 部屋の隅ではS級ヒーロー超合金クロビカリ――護衛に呼ばれたらしい――が超重量のバーベルを上げ下げしながら彼女を見ていた。

 審査員の一人は大きくため息をついてから口を開く。

 

「身体測定の数値から見ても遠からずA級に上がれるだろうとは思っていたが……随分と早かったね」

「はいっ、頑張りましたので!」

 

 そんな雰囲気に流されずマイペースを保つジラに対して、年老いた審査員は再びため息をついた。

 

「まあ、聞くまでもなく、君はA級昇進を希望するんだろうねえ。まったく、無害な怪人の保護などと……カロー氏までも我が娘可愛さからオールマイトの思い付きなどに付き合うとは……」

「私はA級ヒーローになりたいです。いつまでもオールマイトのおんぶに抱っこでヒーローやるわけにもいけませんから!」

 

 そんな嫌味などに耳を傾ける事はなく、B級昇進時に一度経験した事だと軽く受け流してジラは宣言する。

 

「……ふん、単独行動が許されたからといって、不祥事を起こさないでくれると嬉しいんだがな? ただでさえ、怪人をヒーローにするという前代未聞の試みにそれなりのクレームもあったんだ」

「怪人としてではなく、一人のヒーローとしてみんなから認めてもらえるよう、これからも頑張ります!」

 

「…………はぁ、簡単な質疑応答とマークシートによる精神分析を終わらせたら今回の面談は終了だ」

「お願いしますっ!」

 

 ため息混じりに差し出されたマークシートを、ジラは満面の笑顔で受け取った。

 

 

 

「チャーミングジラフをどう見る?」

 

 下階で面接を行うジラの姿を見下ろし、審査員の一人が言った。

 

「頭は少々鈍いところがあるがメンタルは強く、それ以上に優れた身体能力がさすが怪人といったところですかね」

「ヒーロー登録時にわんさか来ていた苦情の手紙や電話も、彼女が活動し始めてからは目に見えて減った。たまに来るのは重箱の隅をつつくような内容が数通のみ、加えてその手紙の主は他のヒーローにも見境なく苦情を送るモンスタークレーマーの類です」

 

 資料を見ながら口々に答えると、審査員の男はため息をつく。

 

「……評判はいいんだよなぁ。先日の火災救助で好感度ランキングは飛躍的に伸びて今や時の人、いや怪人といったところか」

「まあ、最後の判断はいつものあの方だが……どうだ?」

 

 審査員の男がそう尋ねると、端末を操作していた男は頷いた。

 

「相談役と連絡が取れました、今繋ぎます」

 

 大型のモニターに光が灯り、画面に一人の男が映し出される。

 

『もしもし。今は番組の収録前なんだ、手短に頼めるか』

 

 大型モニターの画面一杯に映し出された眉目秀麗な男――アマイマスクが顔をややしかめながらそう言った。

 

「いつもお世話になっております、今回B級一位になった者がA級への昇格を希望しております。今回も最終判断をいただきたい」

 

 審査員の男が言うと、アマイマスクは口元に手を当てて答える。

 

『ああ……B級一位のチャーミングジラフだな。彼女については、最近僕も独自に調べていた所だよ』

 

「……アマイマスクさん、自ら?」

『話題の怪人ヒーローだからね』

 

 そう言って微笑むアマイマスクに、審査員達はどよめいた。

 

『口コミや掲示板等の書き込みにしても、概ねポジティブな評価が多いようだ。いつも明るくハキハキしている、笑顔が素敵、子供が遊んでもらった、などなど』

 

 資料を片手に喋る彼を、審査員達は固唾を飲んで見守る。

 

『怪人退治の実力として災害レベル:虎までは一人で対応でき、人間の犯罪者に対しても必要以上に傷つけずに捕縛する術をもっている』

 

 アマイマスクは資料を伏せると、小さく笑みすら浮かべた。

 

『内面に関しても、先日の火事の一件に立ち会った際にある程度推し量れたと思う。自己犠牲を厭わず人命救助の為に迷いなく火中へ飛び込めるのは、ヒーローとして相応しいものだと思う』

 

「……では、昇格でよろしい、と?」

 

 講評を終えた彼に審査員が躊躇いがちに尋ねると、アマイマスクは大きく頷いた。

 

『ああ、その通りだ。……初めは怪人がヒーローをやっても大丈夫なのかと不安だったが、実力さえつけばS級へ上げてもいい人材だと思うよ。オールマイト以外の自分本位で変人揃いな連中よりはよっぽど相応しいだろうね。それじゃあ、収録があるからこれで』

 

 彼がそう言って通信を切ると、審査員たちの間に長い沈黙が流れた。

 やがて、一人の男が重い口を開く。

 

「これはまた……、随分な高評価ですね」

「ああ、あの怪人嫌いのアマイマスクが……。驚いたな」

 

 審査員たちは面接を終えてお辞儀とともに部屋を出てゆくジラを好奇の視線で見送った。

 

 

「おおい、チャーミングジラフちゃん!」

 

 面接を終え、協会の出口を目指すジラは唐突に呼び止められて振り返った。そこには日に焼けて黒々とした肌をテカらせる筋骨隆々の巨漢が気さくに片手を上げながら歩いてくる姿があった。

 先程面接官を護衛していた、S級ヒーローのクロビカリだ。

 

「あっ、クロビカリさん! こんにちは!」

 

 彼女が笑顔で挨拶をすると、クロビカリの方もにこやかに笑いながら大胸筋を弾ませた。

 

「ああ、こんにちは! 面接お疲れ様、それとA級昇格おめでとう。これはオススメのプロテイン、昇格記念にあげよう」

「……わあ、わざわざありがとうございますっ!」

 

 そう言って差し出されたプロテインの袋をジラが笑顔のまま受け取ると、クロビカリは胸を張って笑う。

 

「いやあ、あのオールマイトさんが直々に指導してる怪人ヒーローの子と聞いて一度直接会ってみたかったんだ。意地悪な面接官への対応もうまいことやり過ごしていたね。うんうん、体の筋肉だけじゃなく精神的筋肉もしっかりしているようでなによりだ!」

「せいしん……よくわかりませんけど、ありがとうございます!」

 

 ジラは少し小首を傾げながらも、褒められていることは確かだと思いとりあえず喜んでおくことにした。

 

「オールマイトさんには俺もよくお世話になってる。俺と同等以上の筋肉を持つ人なんて他に知らないから、たまに組み手の相手をしてもらってるんだよ」

「そうなんですか、確かにスゴい筋肉……」

 

 おもむろにサイドチェストの姿勢を取るクロビカリを、ジラは一歩下がりながら眺める。

 

「今日も彼が迎えに来るんだろう? 久しぶりに手合わせを願いたくてね。君を送ってきた時には声をかけそびれてしまったから」

「あ、はい。もう単独行動は許されていますが、今日は一応迎えに来てくれる予定です。さっき連絡をしたのでそろそろ……あ!」

 

 ジラが振り返ると、エントランスの方から歩いてくる巨大な人影を見つける事ができた。オールマイトだ。

 

「おお、オールマイトさん!」

「ん、やあクロビカリ君じゃないか。今回は君が護衛役だったのかい?」

 

 喜色満面で迎えるクロビカリに、彼も笑みを浮かべて応える。

 ヒーロー協会本部の通路は本来広々としている筈なのだが、235cmと220cmの巨体が犇めく今は妙に狭苦しい。

 その上、筋肉同士の挨拶なのか、おもむろにそれぞれポージングを始めてしまったために視覚的な体感温度が5℃は上昇している。

 職員はなるべく二人から離れて廊下を渡り、ジラは少し引いた。

 

ナイスバルク! うん、朝からトレーニングルームで汗を流してたらいきなり呼び出されてね!」

ナイスバルク! 君はもう少し外回りもしたほうがいいんじゃないかな、人助けをしながら流す汗は最高だぞ?」

 

 そんな風に笑い合う二人をちょっとだけ遠巻きに眺めていたジラはふとオールマイトが何かを抱えていることに気付く。

 

「あれ、その袋はなんですか?」

「ん、ああこれかい? ふふ、じゃーん!」

 

 オールマイトは嬉しそうに大きな紙袋を広げてみせると、中を覗き込んだジラは目を輝かせた。

 宝石を思わせる程に鮮やかな紅色の長くゴツゴツとしたもの――紙袋には、さつまいもがぎっしりと詰まっていた。

 

わあっ、さつまいもですね!」

「そうとも! これは『紅龍王』、今人気の最高級のさつまいもさ! 君の昇級祝いも兼ねてちょっと買いに走ってきたんだよ。無事に昇格を許されたかな?」

「はいっ! この通りです!」

 

 そう言って誇らしげにA級の認定書を取り出しながらも、彼女の視線は袋に釘付けである。涎を垂らさんばかりに顔を緩めていたジラは、ふと気がついた。

 

「あっ、この間わたしが焼き芋食べたいって言ったからですか!?」

「HAHAHA、大正解! 研究所じゃ今頃みんなで落ち葉を集めてるハズさ!」

うわーっ! じゃあ、これからみんなで焼き芋パーティですねっ!」

 

 テンションが上がり過ぎて喜色満面でピョンピョン跳ね回るジラを微笑ましげに眺めつつ、クロビカリは頬を太い指で掻いていた。

 

「あー、それじゃあ俺の要件はまた今度になるなぁ」

「うん? 何か用事でもあったのかな」

 

 オールマイトが認定書と交換で紅龍王をジラに渡しながら尋ねると、彼は顔の前で手を振って笑う。

 

「いやあ、たいした用事じゃないんだ。ちょっとオールマイトさんと久しぶりに手合わせでもできないかなってね。でも楽しそうなイベントが控えてるみたいだし……また後日頼もうかな」

 

 そう言って引き下がるクロビカリに、両手一杯に芋を抱えた満面笑顔のジラが駆け寄って行った。

 

「せっかくですしよければクロビカリさんも一緒にどうですか? とってもいいお芋がこーんなにたくさんありますし!」

 

 その誘いに、クロビカリは目をぱちくりとさせる。

 

「え、いいのかい?」

「はい! 美味しいものはみんなで食べるともっと美味しいので!」

 

 ちらりとオールマイトへ視線をやると、彼もまた笑顔で頷いた。

 

「ああ、よければキミも一緒に来るといい。見ての通り、奮発して沢山買ったからね、一人増えたくらいじゃどうってことないさ!」

 

 二人の笑顔を受け取ると、クロビカリは白い歯を見せ笑顔を返す。

 

「……うん、それじゃあご馳走になろうかな!」

「よしっ、それじゃあ善は急げだ! みんな待ってるからね!」

「早く帰ってお芋を焼きましょう食べましょう!」

 

 芋の詰まった袋を持ってはしゃぐジラを眺めながら、オールマイトは彼女のA級認定書を大事そうに鞄へ仕舞う。

 

 この日を以て、一人の少女が『怪人』ではなく『ヒーロー』として社会的にハッキリと認められたのだ。

 それはオールマイト達の目指す『罪の無い無害な怪人』の保護と、人間へ復帰するまでの道筋が一歩進んだ瞬間でもあった。




Q「いつもみたいに引き込みとか新人潰しとかしないんですか?」
A「お姉ちゃんの恩人でもあるNo.1ヒーローから目を掛けられてる子にちょっかい掛けるとか自殺志願者じゃないんだからしないわよ」

Q.オールマイトや転生者たちはなんで無害な怪人の保護活動してるの?
A.実際に遭遇して衝撃を受けたから、あと転生者に怪人枠が居るかもと思った、居た!

Q.オシロさんおいも食べられなくてかわいそう
A.喉から先はないから飲みこめないけど口は残ってるのでもぐもぐすれば味わえるんだぜ、味蕾最高!味蕾最高!
もぐもぐしたあとのもきっと有効活用してる

・ジラちゃん
IQ抜きkawaiiマシマシになった前世OLなフレンズの転生者、昔取った杵柄でパワハラ耐性は維持されてるため意地悪なヒーロー協会のお偉いさんの嫌味も受け流せるのだ
怪人ヒーローという特殊な属性がワンパンマン原作キャラの一部に凄く刺さる
あの後滅茶苦茶おいもたべた

・アマイマスクさん
後から明かされた設定なのに意図せず救済ルート確保されてた人
ブサモン系怪人なのは予想できてたけど、想定外の魂イケメンっぷりと「変身、解除」のカッコよさに原作読者からの評価と好感度はうなぎのぼり、でも飲み物勝手に決めないで
ジラちゃんのことは今回の一件で認めた

・クロビカリさん
原作で復帰展開が待たれる最高の肉体を持ったお豆腐メンタル
本作ではより上位の脳筋である転生マイトさんと組み手してるので多少は痛みに慣れてる?
クロちゃんが235cm250kg転生マイトさんが220cm274kgとガッツが小さく見えるやつら、二人揃うとすごくデカくて暑苦しい
ポージング合戦とか始めるので視覚的に圧迫感がヤバい
滅茶苦茶強いけど基本的に協会本部のトレーニングルームで汗を流す日々なので順位もあまり高くないし、お偉いさんにもよくお小言言われる
あの後滅茶苦茶おいもたべた

・紅龍王
架空の品種、めちゃくちゃ高くて滅茶苦茶おいしい
オールマイトは二桁キログラム買ってきた


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転生者たちの死闘録-1 深海王編
転生者たち-2[無能力者と能力者]/深海王対策会議


【転生者たち-2[無能力者と能力者]】

 

 E市のとある中学校では、終礼を終えた生徒たちがまばらに帰り始めていた。

 そんな中で、校門前で楽しげに会話するグループの一つにシゲオの姿もあった。

 

 彼は同世代の少年と校門手前で手を振り別れると、人通りの少ない道を進み、やがて立ち止まる。

 

(さて、と――)

 

 彼は自身の体を足元から慎重に自身の能力の力場で覆い始める。生き物へ干渉する時は特に強く集中するのが彼の癖だ。

 師であるタツマキからも早く慣れろと繰り返し注意されているものの、トラウマを拭い去るのは容易なことではない。

 力場の膜が全身を包み込み、いざ重力から解き放たれようとした、その時であった。

 

――バキン。

 

「……え?」

 

 ガラスの砕け散るような奇妙な音と共に彼を覆う力場が突如として霧散した。

 

「ふゥン、他作品が元の超能力にも効くンだな」

――ッ!?

 

 彼の背後にはいつの間にか人が立っており、気付けば右肩を掴まれている。

 低く唸るような声にシゲオが慌てて振り返ると、肩に置かれていた手が今度は彼の左手首を掴んだ。

 

「おっと、能力は封じさせてもらおうか」

 

 今度は少しおどけたような声が彼のすぐ頭上から聞こえてくる。

 その言葉で彼はようやく自身の能力が使えないことに気付く。

 

 彼が怯えを含んだ視線を向けると、背後の人物はニヤリと笑った。その人物はシゲオよりも背が高く、見た目の雰囲気や服装からして高校生のようだ。シゲオの手首を握る青年は黒髪をワックスでウニのように逆立てた特徴的な髪型をしている。

 

 その横に立つもう一人は短い白髪に赤い目をした中性的な顔立ちで、黒地に白のV模様が並ぶゼブラ柄のTシャツを着ていた。

 

――それらの情報から、シゲオは相手の正体を察する。

 

 特殊能力全般を無効化する右手(イマジンブレイカー)を持つ上条当麻、ベクトル操作という何か凄い能力を持つ一方通行(アクセラレータ)――とある魔術の禁書目録、その主人公格の転生者であろうと彼は朧気ながら察することができた。

 

 そんな二人の転生者の様子に不穏なものを感じて狼狽えるシゲオを一方通行(アクセラレータ)は鼻で笑って一歩近づいてくる。

 

「ッハ、コイツが転生者最強の一角ねェ? 能力があってもこのビビリっぷりじゃただのガキと同じじゃねェか」

 

 そう言って意地悪く嗤うと、彼はおもむろに手を持ち上げシゲオの目の前に近づけてゆく。

 

「知ってっかも知れねェが、“ベクトル操作”で体内の電気をアレすると派手な事になるらしいぜェ? 試してみるかァ?」

「――ッ!?」

 

 その言葉でシゲオは慌てて身をよじるが、上条当麻による拘束は強固でありひ弱な彼では振りほどく事ができない。

 ジワジワと近づいてくる手は、彼の目の前まで来ると顔を掴むためか大きく広げられて停止する――と、シゲオはその手のひらに何かが書かれている事に気付いた。

 

――ドッキリ 大☆成☆功!

 

「……へあっ?!」

 

 シゲオが気の抜けた声を上げると同時に拘束が緩み、周囲に堰を切ったような笑い声が響いた。

 腹を抱えて笑う二人に、混乱していたシゲオもようやくからかわれていた事に気付いてムスッとした表情になる。

 

「……ジャギさんといい、この手のイタズラ流行ってるんですか?」

 

 過剰反応で攻撃されたらどうするのかと彼が問うと、上条当麻(ツンツンあたま)の転生者は右手をヒラヒラさせながら答える。

 

「そのための幻想殺し、ってな。悪い悪い、新入り転生者が超能力者だって聞いたからつい試したくなっちまって」

「せっかくだしちょっとしたドッキリやろうぜ、ってなったンだわ。まあ、詫びに飯でも奢るから水に流してくれや!」

 

 からからと笑いながらそんな風に言う二人に、シゲオも脱力した様子でため息をつく。

 

「まあ、いいですけど……とりあえずはじめまして、モブサイコ100の影山茂夫の姿で転生した者です」

 

 よろしく、と軽く会釈する彼に改めて向き直り二人はニッと笑う。

 

「おう、よろしく。俺は見ての通り『とある』の上条当麻の転生者」

 

「ンで、()()()がァ……ちょっと待ってろ」

 

 一方通行(アクセラレータ)の転生者はおもむろに後ろを向くと何やらゴソゴソし始める。たっぷり数十秒かけてから振り向いた()()に疑問符を浮かべていたシゲオは驚愕した。

 

「お待たせェ! アタシは()()()()()の転生者だ、それと残念ながらベクトル操作は使えませェン!」

 

 そう言って一方通行(アクセラレータ)の改め鈴科百合子(すずしなゆりこ)の転生者はいたずらっぽく笑う。

 

「お、女の人……?」

 

 瞳は赤から黒へ変わり、取り外された白いウィッグの下からはセミロングの黒髪が現れ。そして先程まで平坦だった胸部は特別大きくはないものの、それとわかる程度の膨らみを有している。

 

「あ、ちなみに前世では男だからよろしくゥ!」

「ええっ!?」

 

 おどけるようにバチリとウインクをしつつのそんなカミングアウトにシゲオが目を剥くと、二人はそんな彼のリアクションを愉快そうに笑って受け止めた。

 

 

 ぞぞ、と豪快に音を立てながらユリコが豚骨ラーメンを啜る。

 

「つーわけで、クソ神の気まぐれのせいでアタシだけなんか女になってたって訳なンだわ。『鈴科百合子』ってのも他の転生者に聞くまで知らなかったくらいだ」

「えぇ……」

 

 醤油ラーメンに載ったメンマを箸でつまみながらシゲオはドン引きした表情をする。

 

「僕も勝手にキャラクター選ばれたようなものですけど……それはちょっと酷い。……色々と大変じゃないですか?」

「アー、まァ? 前世の記憶を取り戻した頃にはもう今更って感じだったから、別に不便したりは無かったなァ」 

 

 れんげでスープを掬いながらそんなことを言うユリコの脇腹をトウマが肘でつつく。

 

「むしろ記憶取り戻すまでの期間お前の両親がすげー苦労してたじゃん。平気で足広げて座ったり、風呂上りに半裸でウロウロしたりするおまえを矯正してさ」

「なッ、それはガキの頃の話だろォが!?」

 

 赤面してプルプルと震えるユリコにトウマがケラケラと笑う。

 

「中学入る間際までそんな感じだったからな、遊びに行ったらパンイチで首にタオル巻いたまま片手上げて挨拶するもんだからコイツのかーさんが怒る怒る。あの時のゲンコツの音は今でも覚えてるぜ」

「テメェ人の黒歴史をッ……! ラーメンハゲ、煮卵2つコイツの支払いで頼むわ!」

「ちょおっ!?」

 

 慌てた様子のトウマの傍らで、ラーメン屋の店主が煮卵を取り出しながら口を開いた。

 

「ハゲはやめろハゲは。オレは頭剃ってねぇだろうが」

「えー? ラーメンハゲでいいじゃン、その方が通りいいっしょ」

 

 悪気なくそんなことを言い放つ彼女に、店主は短く刈り上げた坊主頭を手で押さえながら再びため息をつく。

 

「ラーメンハゲにも芹沢達也(せりざわたつや)っつー名前があるんだよ……ほら、煮卵2つ。二百円な」

「へェー知らなかった。……あ、1個はシゲオの」

 

 ユリコはさして興味なさそうにそう言いながら小皿の煮卵の半分をシゲオの丼へ箸で移した。

 

「あ、ありがとうございます。……それにしても、転生者のラーメン屋がうちの学校の近所にあったんですね」

 

 受け取った煮卵をかじりながら感慨深げに店内を見渡す彼に、店主はニコリと営業スマイルを浮かべた。

 

「ああ、同じ転生者のよしみでコレからは贔屓にしてくれると助かるよ。今日はチャーシューオマケしてやるから」

「結構安くてウマいのにあんま客来てないみたいだしな」

 

 前世のネットで見た覚えのあるコマと同じ笑顔で気前よくシゲオの丼へ厚切りのチャーシューを乗せる店主にトウマがそんなふうに言う。

 

「いや今の時間考えろよ、飯時には早いだろ。ほかの転生者連中も近く寄ったら来てくれるし、流行ってないわけじゃないんだぜ」

 

 原作の本人みたくカリスマラーメン店主って訳ではないがとボヤく彼にシゲオはふと湧いた疑問を口にした。

 

「そういえば、なんでそのキャラクターを選んだんですか?」

 

 何か思い入れがあるのかと尋ねた彼に、店主は困ったように笑う。

 

「いやあ、別にそういうわけじゃない。元々オレは漫画だのアニメだの見るタイプの人間じゃなくてな、現場の事故でポックリ逝く少し前にたまたま散髪屋の待ち時間に暇つぶしに読んだ漫画が『ラーメン発見伝』だったんだよ」

 

 それを思い出したから一念発起してラーメン屋を開いたって訳さと笑う店主に、シゲオは苦笑した。

 

「それはなんというか……思い切りましたね」

「ま、一度は終わった人生だ。ちょっとくらい思い切ったことしてみようってな! バケモンと戦ったりは御免だけどな」

 

 それだけいうと、店主は洗い物を始めた。

 

「思い切ったことねェ、たしかに他の転生者連中も前世できなかった事をやってる奴多いしなァ」

 

 ずぞぞ、と麺を啜りながらユリコが言う。

 

(前世できなかった事、かあ……)

「シゲオは何かあるのか? 前世でやり残した事」

 

 シゲオが煮卵をかじりながら思案していると、一足先に麺を食べ終えたトウマがそんな風に問い掛けた。

 

「僕はある意味、今まさにやってる感じですね」

「あン? ラーメン食うことが?」

 

 ユリコの頓珍漢な言葉に少し笑いながら、シゲオは続ける。

 

「違います。前世だと病弱だったので……今こうして普通に学校に通ってる事自体が、前世でやりたかった事だと思います」

 

 シゲオがしみじみと言えば、二人は顔を見合わせて笑顔を作る。

 

「へえ、それじゃあ学生らしい事沢山しなくちゃだな!」

「そォだな、まず手始めに来月あるうちの学園祭にでも来ねェ? 学校にもう一人いる転生者の一人バンドが演奏やるし」

 

 そんな風に誘われて、シゲオははにかみながら頷いた。

 

「ぜひ行かせてもらいます。というか他にも転生者の人が学校に?」

 

「ああ、前世で何とかっていうミュージシャンのファンで、それのコピーバンド的な活動やってるんだと。学年違うからあんまり絡み無いけど、動画サイトとかでも結構注目されてるらしいぜ」

「ちなみに、アタシと同じTS転生者な。何か例のミュージシャン縁のキャラを自分で望んだとか……まァ、今度紹介してやるよ」

 

 そうこうする内に三人はラーメンを食べ終え、店主から「また来てくれよ!」と笑顔で見送られながら店を出た。

 

「それじゃ、今日は強引に呼び止めて悪かったな」

「こっちこそ、ラーメンごちそうさまでした。学園祭、楽しみにしてますね! ……そうだ」

 

 シゲオはふと思いついたように手を叩くと、二人に問いかけた。

 

「お二人は、前世でやり残した……というか、今世でやりたい事とかあるんですか?」

 

 そんな問いに、トウマは少し頭を捻りつつ答える。

 

「んー、そういやそのテの事はあんまり考えたことなかったな……ユリコは何かあるか?」

 

 トウマに話を振られたユリコは少し考えると。

 

「そォだなァ……そ、その、恋とかン゙ン゙!! やっぱ陸上かなァ! 今度こそインターハイで選抜される事かなァ!

 

「うおっ、いきなりどうした!?」

「な、なンでもねーし?」

 

 いきなり顔を赤らめながら声を張り上げた彼女と、それにギョッとするトウマの姿を見てシゲオはなんとなく事情を察して微笑ましい気分となる。

 

 そんな生暖かい視線に気付いたユリコは、大きく咳払いした。

 

「よォし、それじゃあ今日は解散な! 今度また遊ぼうや、学生転生者のオフ会みたいなのも今度あるから紹介したらァ」

「オフ会まであるんですね……よろしくお願いします」

 

 シゲオと二人は連絡先を交換し、その日は解散となる。

 年齢の近い転生者と友誼を結べた事に少々浮かれた気持ちで帰路についたのであった。

 


 

【深海王対策会議】

 

――隕石騒動から数日後。

 特殊(S)生物(C)保護(P)研究所の会議室には錚々たる面々が集まっていた。

 

 ホワイトボードの前に置かれた――標準サイズだが相対的に――小さな丸椅子に窮屈そうに座っているのはヒーロー協会の最終兵器たるNo,1ヒーロー・オールマイト。ホワイトボードにはこの場の進行役たる彼の几帳面そうな文字が並んでいる。

 

 ズラリと並んだ白い長机の端に突っ伏して寝息を立てているのは同じくS級ヒーローのホワイトナイトことタバネ。その背中へ甲斐甲斐しくブランケットを掛けるのは彼女の隣に座る助手であるジョウタロウ――が操る“スタンド”スタープラチナだ。

 周囲からは腕を組みため息をつくジョウタロウの横で毛布がひとりでに浮き上がり広がる光景にしか見えていない。

 

 そんな光景を肘杖つきながら眺めているのは、対怪人専門の私設戦闘集団“ハンターズ”の斬り込み隊長たるガッツ。同じくハンターズ隊長格のセタンタとシロウは療養のため欠席している。

 

 そのガッツの隣でトレードマークである特注の仮面を持ち上げて茶を飲んでいるのは、A級ヒーロー『鉄仮面』ことジャギ。

 

 会議室最後方で洋菓子を貪るのは金髪碧眼幼女ボディのDr.ブライト。隣でボウル山盛りに盛られたアカシアの葉をもぐもぐと頬張っているのが怪人ヒーロー・チャーミングジラフことジラ。

 

 ……そして、どこからか拾ってきたらしき子猫を膝に載せデレデレしているのがA級ヒーロー"バネヒゲ"――の姿をしたメタモン。

 

 ――この場に集まっているのは、転生者の中で戦闘を生業とする者達(一部例外含む)であった。

 オールマイトはいつものようにホワイトボードの右上に書かれた『サイタマ』の文字にペケを付けると、大きく咳払いをした。

 

「えー、皆も知っての通りだが先日『巨大隕石』の破壊が完了した。原作通りなら、間もなく海人族による地上侵攻が起こるはず――」

 

 オールマイトの言葉に、茶を啜っていたジャギが挙手をする。

 

「ぶっちゃけ、深海王自体は大した障害でもねェだろ? 災害レベルは鬼、出現を確認次第S級の誰かをぶつけりゃ終わる」

 

 アンタとかそこのウサギとか、などと特に緊張感もなく言う彼に、オールマイトは出鼻をくじかれる。

 

「……いや、うん、まあそうなんだけどね?」

 

「ま、問題はいつ来るかが分かんねぇソレの為に海辺に貴重な戦力を張り付けてられないって所だな」

「加えて、場所を誰も把握してねェ事か」

 

 ガッツとジョウタロウの言葉に、進行役として言おうとしていたことの大半を取られたオールマイトがしょんぼりと萎れる。

 

むぐむぐ……ゴクン、人類の生存域の中で主要なビーチは三箇所だったな。西部のJ市、南部のO市と北部のS市で見事にバラけているから、いくらキミでも移動にはそれなりの時間がかかるだろうねぇ」

 

 菓子のクリームを鼻の頭に付けながら、金髪幼女のブライトがそんなことを言う。ちなみにクリームはわざと付けたものである。

 

「はーい! わたしも海に行きたいです!」

 

 アカシアの葉を口の端から覗かせながら挙手するこれは素である。頭フレンズだから仕方がないのだ。

 遊びに行くんじゃないんだぞ、とツッコミが飛んでくると彼女はこころもちしゅんとして手を引っ込めた。

 

「……あらかじめタバネさんのホワイトナイトを一台ずつ配置しておけば遠隔で討伐できるのでは?」

 

 バネヒゲの姿をしたメタモンが頭に子猫を乗せながらそんな疑問を口にすると、爆睡する本人の代わりにジョウタロウが答える。

 

「悪いがそれは法の問題で無理だ、ヒーローつってもホワイトナイトは兵器だからな。これはメタルナイト等他のヒーローにも当てはまる話だが、怪人災害対策の為とはいえあのレベルの兵器を個人所有している事自体あまり良く思われていない。ヒーロー協会はともかく政府は平常時の兵器持ち出しを認めねぇ」

「まァ、武力チラつかせて無理矢理押し通す事も出来ん訳じゃないだろうが、仮にもヒーローだからな」

 

 ギシ、と椅子の背もたれを鳴らしながら言うジャギにオールマイトも同意するように頷いた。

 

「うん、それに彼女は今計画のために長期間のデスマーチ中だから、あまり余計な仕事を押し付けたくもないしね」

「……つかそんなキツいなら家で休んでりゃいいのになんでわざわざ引っ張って来た? 座るなり気絶するように寝たが」

 

 皆それなりの声量で話していると言うのに全く起きる気配のないタバネの姿にガッツが呆れたように言うと、ジョウタロウが深くため息をつく。

 

「コイツは一見アッパラパーに見えるが意外と責任感が強い。特に期日が近付いてる今ラボに置いとくとエンドレスに作業しやがるから連れてきて気絶させた。なまじ肉体が強いと無理が利いちまうからな」

「気絶させた、って……オイオイ」

 

 そう言って手刀を振り下ろすジェスチャを見せるジョウタロウにガッツも少し引き気味に笑う。

 

「……まあ、とにかく今回は身一つで戦える我々の頑張り所だね! 幸い深海王は災害レベル鬼、言われた通り対処自体は難しくない」

 

 そう言って広くブ厚い胸板を叩くオールマイト。

 

「ちなみにハンターズ(うち)は先日の怪人災害による怪我人多数で休業中な、セタンタとシロウも猪にやられた傷で入院中なんで残念ながら動けるのはオレだけだ。駆けつけやすいのは……J市だな」

「おれは普段の担当地区から近いO市なら出られるぜ、まァ秘孔が効かなきゃ簡単には勝てねェだろうが時間稼ぎくらいできらァ」

 

 ガッツとジャギの宣言に、部屋の後方でアカシアの葉を飲み込んだジラが天高く挙手する。

 

「はいはーい! じゃああたしはS市に行きますっ! さっそくですが水着買いに行ってきていいですか!」

「いや、だから遊びに行くんじゃねぇんだぞ……」

 

 ガッツが呆れを含んだ視線を彼女に向ける中、ウトウトする子猫を膝の上で撫でながらメタモンが言う。首輪の鈴がちりんと鳴った。

 

「ふむ、ではその間の研究所の警備はワタクシの担当ですかねぇ。まあ、どうせ何も起きはしないでしょうが」

 

 意見がまとまったところで、オールマイトが揚々と頷いた。

 

「Hum、配置はこんなものでいいかな。……いやあ、しかし人員が本当にギリギリだね!」

「転生者は数居れど、戦える奴は少ないからな。いざとなりゃ俺もやれなくもないが……なるべく勘弁して欲しいもんだ」

 

 ジョウタロウの言葉にケーキを食べ終えたブライトは袖で口元を拭いながら、人形のように整った顔で胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「意気込んで戦闘系キャラを選んでも、実際に戦ってみて心折れる転生者は少なくないからねぇ。まあ、そういう彼らもいざとなれば自衛くらいはしてくれるだろうさ」

「そういう人たちが戦わずに済む為に存在するのがヒーローなのさ、私もサイタマには及ばずとも精一杯やらせてもらうよ。さて、次の議題だが、近頃新しく転生者らしい人物が……」

 

 そうして、会議は滞りなく進んでゆく。

 人々が束の間の平和を謳歌している間にも、未来を知る彼らは着々と来る危機への対処を進めているのだ。




芹沢達也(ラーメンハゲ)の転生者
原作漫画で主人公とヒロインの合計知名度を上回ってそうな人気を誇るラーメンハゲに転生した一般人系モブ転生者の一人。
前世と同じく工事現場で働いていたが、前世の記憶を取り戻してから数年後には勉強の末ラーメン屋を開店した思い切りの良い男。
この世界での名前は何故か苗字の『セリザワ』。名前より苗字のほうが有名なブライト博士と同じパターン。
なお、スキンヘッドではなく3mmくらい残した坊主頭。

・一人バンド転生者
どこぞのミュージシャンと同じ苗字を持つJKキャラにTS転生した思い切りのいいヤツ、モブ一般人枠転生者。

・学生転生者オフ会
学生系モブ転生者たちの集い。おめェ戦えるだろってのが混じってたりもするが、メタ的&メンタル的な理由で非戦闘員。そんな彼らも家族に怪人でもけしかければ覚醒するやつも出るかも?(外道)

・深海王襲撃地点をだれも覚えていない転生者たち
候補地は大きなビーチのあるJ市、O市、S市の3つ……正解はどこか覚えてます? 私はググりました。

・法律とか国とか
捏造全開。普通に考えて国家としてメタルナイト級の兵力を自前で持ってる個人とかヒーローでも嫌だよね。


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第十話 - 海からの脅威

 燦々(さんさん)と降り注ぐ真夏の日光が、穏やかな水面にギラリと照り返す。打ち寄せては消える波を追いかけ、渚では小さな子どもたちが絶え間なく楽しげな声を響かせている。

 夏真っ盛りの今の時期、S市が誇る観光名所である大型ビーチは大人から子供まで多くの客が押し寄せ、大いに賑わいを見せた。

 

――そんな平和な場所に、招かれざる客が忍び寄っていた。

 

『クククッ……!』

 

 その魔の手が真っ先に狙いを定めたのは、ビニール風船のベッドに寝そべり浅瀬の水面を漂う一人の若い女性であった。

 

 パアン、という派手な破裂音とともに彼女が乗っていた風船ベッドが浮力を失い、悲鳴を上げて水面に落ちる。

すぐ側で遊んでいた友人の女性が驚いて駆け寄ると。

 

「大丈夫、ミカ? どうし――っ!?」

 

 魔の手は彼女を心配し駆け寄る友人にまで襲いかかった。

 女性は悲鳴を上げながらしゃがみ込み、水の中に体を沈めた。

 

 ――そして。

 

『ウニッシャアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 ザバン、と派手な水音を立て海の中から影が空中へと飛び出した。人型の影は空中で棘の生えた球体へと変形して激しく回転しながらビーチへ落下、そのまま浜辺を縦横無尽に転がり始める。

 

『ハーッハッハッ――――ッ!』

 

 刺々しい球体は高らかに笑いながら人々の間を縫うように走り、その度に悲痛な悲鳴が上がる。

 瞬く間にビーチを阿鼻叫喚の巷と化したそれは、人波の引いた浜辺のど真ん中でようやく停止すると形を変え始めた。

 

 花が咲くように開いた棘を持つ黒い球体の内部からは、濃いオレンジ色をした筋骨隆々の四肢がぬるりと飛び出してきた。

 

 トゲトゲの鎧を着込んだような人型の怪物は太い首をゴキゴキと鳴らし、スキンヘッドに真夏の太陽を照り返しながら低く唸る。

 

『我ァが名は、ァ怪人ン……ウ・ニィィィドゥル男ォ……』

 

 棘の鎧はまるで生きているかのように、その棘の一つ一つがウネウネと根本から動いていた。

 

(たぁから)クジに当たり毎日大ァい好きなウニ丼を食っていたらァ、こォんなステキな色男になっちゃってたってェ訳よ』

 

 オレンジ色の肌をテラテラと光らせた怪物は、怯える観衆へ向かって人差し指を立てる。

 

『俺様の目的はただ一ォつ……貴様らのォ――』

 

 鎧から生えた無数の棘、その先には――。

 

『――身ィにつけた水着ィ、それだけだァ!』

 

 ――男物女物を問わず無数の水着が絡みついていた。

 

「「「変態だぁぁぁぁぁああ!!!??」」」

 

怪人ウ・ニードル男 災害レベル:虎

 

 悲鳴を上げる人々を前に、怪人(へんたい)は高らかに笑う。

 

『ハーッハッハァ! 安心したまえ人間諸君。俺様は怪人ではあるがァ、紳士だ。肉体に傷の一つも付けないと約束しよォではないか』

 

 両手を艶かしく動かしながら、そう宣言する怪人(へんたい)。事実として水着を奪われた者は傷一つ負っておらず、とんでもない絶技をとんでもなく下らないことに使われたのがよくわかる。

 

『さぁ……怖がることはない。安心して、俺様に水着を差し出せェ!』

 

 跳躍し、空中で棘刺の球体となったウ・ニードル男は激しく回転しながら観衆へと突撃する。

 人々は悲鳴を上げて逃げ惑うが、怪人の速度は尋常ではない。

 

 あわや90年代アニメのお色気シーンのようにされかねない状況へ、待ったをかける者がいた。

 

ふぁ()()()ふぁ(さぁ)()ッ!

 

 突如として現れた小さな人影が、黄と茶色の斑模様をした大きな布を両手いっぱいに広げて激しい回転を単身受け止めたのだ。

 

『な、なにィ――ッ!?』

 

 ギャリギャリと金属が削れるような激しい音と火花を散らしながら、ウ・ニードル男は驚愕の声を上げる。

 

 凄まじい勢いに両足分の軌跡を砂浜に残しながらも、その小柄な人物は突撃を受け止め切った。

 回転をやめた怪人はとっさにバックステップで距離を取る。

 

『ば、馬ァ鹿な、ウ・ニードル男スピンアタァックを受けきった、だとォ……? し、信じられん……ッ!』

 

 その人物は強烈な攻撃を受けきりボロボロになった布を下ろし、もっちゃもっちゃと口を動かしながらズビシと怪人を指差す。

 

()()()ひょ(じょ)()()()()! ふぁ()()()()ぁ……モグモグ

 

 口の端に黄色い食べかすをいっぱいに付けながら口を開くその人物に、ウ・ニードル男は急に毒気を抜かれたような気分となる。

 

『待ァて、喋るか食うかどっちかにしろォ、行ォ儀の悪いッ……!』

「…………モグモグモグ

 

『いや食う方を選ぶんかァいッ!!』

 

 民衆と怪人の感想が一致した貴重な瞬間である。

 

 そうしている内にも、その人物――キリン柄ビキニ姿のジラは、口の中身をごくりと飲み込み、再びウ・ニードル男に指先をズビシと突きつける。

 

「皆さん、もー大丈夫です! わたしがきましたっ! ビーチの平和を乱す者は、このわたしが許しませんっ!」

 

 耳を立て、尻尾をゆらゆらさせながら師匠譲りの決め台詞を交えてそう宣言した。

 

「ジラちゃんだー!」「チャージングジラフが来てくれたぞ!」「馬鹿野郎、チャーミングジラフだ二度と間違えるな」「水着エチチッ!」「ジラちゃんがんばえーっ!」「変態をやっつけてー!」

 

 先程までの気の抜けるやり取りを見なかったことにしたかのように、A級ヒーローの登場へ民衆が沸き立つ。

 

『……フン、Aェ級ヒィロォねェ? 武器のマフラァは、既にボロボロなようだがァ?』

「大丈ぉ夫! わたしの武器はこれだけじゃあありませんから!」

 

 そう言ってビシッと構えを取り、ぐぐっと拳を握る彼女の姿を見たウ・ニードル男は笑い飛ばす。

 

『ハッハッ! 貴様ァ、この棘が見えんのかァ? 徒手空拳相手なら俺様は最強ォ! 身に触れることすら叶わずズタズタよォ!』

「やってみなくちゃわかりませんよ!」

 

 そう言いながら突っ込んでくるジラを鼻で笑い、ウ・ニードル男は背中を丸める。すると、体の背面に生えた無数の棘が蠢き、長く長く伸びてジラへ向けて殺到する。

 

必殺(ひっさァつ)! サウザン゙ン゙ニードゥ゙ゥ゙ゥ゙ヴ!』

 

 自身を串刺しにせんと迫る無数の棘を、ジラは冷静に見つめ。

 

「やああああああああッ!!!」

 

 ――直撃の軌道を取るものを的確に選び、振るった両手で弾き逸した。

 

『ぬぁにィッ!?』

 

 軌道を逸らされた棘は深々と砂浜に突き刺さり、ウ・ニードル男の迅速な動きを阻害する。その間にもジラは目にも止まらぬ動きで棘を掻い潜って見せ――そして。

 

「ひっさぁつ! ジラちゃんッ――アッパァ――ッ!!」

 

『ぬぐゥッ!?』

 

 相手の懐へ潜り込むと、屈強なウ・ニードル男の身体が浮き上がる程の強力なアッパーカットを放ち。

 

追撃(から)のぉ……ジラちゃんアタァック!!!

 

足場の砂浜がめくれ上がる程に強烈な踏み込みから放たれる鉄山靠がウ・ニードル男に炸裂した。

 

ヴニィィィィィィッ!!!?!?

 

 まるで交通事故のような凄まじい音を立てながら吹き飛び、勢い良く地面へと叩き付けられたウ・ニードル男は、そのまま数度痙攣して動かなくなった。

 

「しぃぃぃぃぃ………ッ!」

 

 衝撃で飛び散った無数の水着が降り注ぐ中でジラは深く息を吐き、固唾を呑んで見守る観衆へ振り返って静かに握り締めた右の拳を天に突き上げて勝利宣言とする。

 

「「「ワアアアアアアアーーッ!!!」」」

 

 湧き上がる観衆からの喝采を浴びるジラの表情は、絵に描いたような見事なドヤ顔であった。

 

 そしてフフンと鼻高々に胸を張った瞬間――ぷちん、という間抜けな音とともに――ハラリ、と何かが落ちる。

 

「「「………!!?!?」」」

 

 目を閉じドヤ顔を晒したままのジラは気付かなかった。

 

「「「うおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」

 

 歓声の一部の性質がガラッと変わった事に………我に返った一人の女性ファンが血相を変えて叫ぶまで。

 

「ジ、ジラちゃんっ!! 胸! 胸! 水着――っ!!!」

 

「…………ほあっ!?

 

 

※※※

 

――O市湾岸部。

 

『愚かな人間どもよ! 皆殺しにされたくなければ聞くがよい!』

 

 ガシャン。不運にも逃げ遅れた車の一つを踏み付けにしながら、巨大な異形がしわがれた声を張り上げた。

 

『我らは海人族。母なる海に住まう、この星の真なる支配者である!』

 

海人族使節団 災害レベル:狼

 

 タコやクジラなどの海棲生物にも似た頭部を持つ異形の集団は、逃げ惑う人々を威嚇しながら演説を行う。

 

『大人しく地上を明け渡せ。さすれば我々も貴様らを滅ぼしたりはせず、食肉用の家畜として――げぺっ!?

 

 突然、クジラのような頭部をもつ巨大な人型が悲鳴を上げて倒れ込む。その前方には、いつの間にか一人の男が立っていた。

 

「まさかおれがアタリとはなァ……ふぅむ、爆散させるつもりでやったが、見た目はともかく内部構造はかなり違うな。下半身麻痺ってところか」

 

 特徴的な鉄仮面を被った男は、起き上がろうともがく怪物を観察しながら呑気な様子で呟いた。

 

『な、何だ貴様は!? くっ、何をしたァ!!』

 

 倒れた一体を除く残り三体の海人族が殺気を帯びた様子で睨みつけると、男――ジャギはそれを鼻で笑って拳を構えた。

 

「“北斗鍼灸拳”及び“南斗整体拳”の開祖、A級ヒーロー『鉄仮面』ただいま参上ってな。よう海産物ども、残念ながらてめェらの侵略は終わりだ。まとめて刺し身にしてやらァ」

 

『ヒーローだと? 面妖な技を使うようだが、所詮は人間!』

 

 殺到する海人族を前に、ジャギは深く腰を落とす。

 

コォォォォォ………シィッ!

 

 深く息を吸い鋭く吐き出しながら軽く背後へ跳躍した、次の瞬間。

 

『……ぬっ!?』

 

 ジャギの姿は海人族たちの背後へ出現していた。

 

「――南斗邪狼撃」

 

 彼がそうつぶやいた瞬間、いつの間にか深海族たちの胸部に開いた穴から大量の血が噴出する。どうと倒れる彼らを背に、ジャギは握っていた3つの心臓を放り捨てる。

 

『ば、馬鹿な、一瞬で……ぐぬっ!』

 

 足がぴくりとも動かずにもがいていた最後の一体の額へジャギが手刀を突き付ける。

 

「さァ、あとはてめェだけだな。てめェらの親玉が本部隊を率いて攻めてくるのはいつだ? 痛い死に方をしたくなきゃ答えな」

 

 彼がそう問うと、海人族は肩を震わせて笑う。

 

『……くくく、我等を倒した程度で調子に乗るな人間が。我らの仇は必ず深海王さまが取ってくださる! 深海王さま、万歳!』

 

「なにっ!? ま、待――ぬおおおおっ!?

 

 目の前で急速に膨張するぶよぶよの体に、ジャギの反応が一瞬遅れた――次の瞬間、パアンと言う派手な音とともに膨大な臓物と血が降り注ぐ。

 あわてて距離を取ろうと後ろに跳躍したジャギだったが、派手にひっかぶってしまった。

 

「お、おげぇぇええぇ……」

 

 その壮絶な生臭さに彼は吐き気を催し、臓物濡れとなったトレードマークの仮面を脱ぎ捨て少し前腹に納めた昼食をその場でぶちまける羽目となった。とんだ災難である。

 

 

 

「私が来たっ……って、どうしたんだジャギ君!?」

 

 十数分後、現場へ到着したオールマイトは、道の端でしゃがみこむジャギの姿を見つけて慌てて駆け寄る。

 海人族の死体は道の端にまとめられており、地面に散らばる臓物の欠片とおびただしい血とともに悪臭を放っていた。

 

「……おお、オールマイトか。海人族との戦闘からしばらく経つが、深海王の野郎は来てねェぜ」

 

 彼の接近に気づいたジャギが顔を上げる。その表情に覇気はなく……それどころか青褪めている様子。

 

「そのようだね、どうやら『海人族初登場と深海王襲撃は別日派』が正解だったらしい。……というかどしたの、ズブ濡れじゃないか」

「ああ……クジラ型の海人族が自爆しやがってな、えげつない生臭さの臓物が雨のように――ウッ」

 

 思い出したようにえづく彼の背を慌ててオールマイトがさすりに行くと、水で洗っても落ちない臭いがむっと漂ってきて目を剥いた。

 

「OH……コイツは強烈な臭いだ! うーん、ジャギ君は無理せず一旦戻ろう、ヒーローとしても生臭いまま出歩くのは良くないしね。しばらくO市の警戒にはメタモン君に出てもらうから、臭いが落ちるまでは警備がてら研究所で休んでてくれ」

 

「……スマン、そうさせてもらうわ。正直臭すぎて頭が痛くなってきた」

 

 そう言ってフラつきながら立ち上がるジャギを慌てて支えつつ、迎えの車と彼の代理を呼ぶためにオールマイトは通信端末を取り出した。

 

「――ふむ、クジラメガンテを食らってジャギは一時リタイアと。じゃ、マルゴリとメタモンを迎えに出すからちょっと待機で」

 

 ピッ、と端末が音を立てて通話を終了すると、所長室の椅子に座るブライトシスターズの片割れ(あね)はぐっと伸びをする――と。

 

(……おや? メタモンを呼びに行った妹端末がすっ転んだな)

 

 

「あいたた……」

 

 妹ブライトは転んだときに強打した額を擦りながら、足元に引っかかった何かを確認する。

 それはドアを開けてすぐの位置に張られた、足を引っ掛けるタイプの簡素なワイヤートラップであった。

 

「まったく……この施設の管理者であり、実質的な家主たる私に対してひどい仕打ちをしてくれたものだ。ねぇ、メタモンくん?」

 

 そう言って視線を戻した彼女の前には、テーブルの上に座る二匹の子猫の姿があった。

 一匹は騒がしい闖入者に目もくれずに毛づくろいを続ける図太さを持ったふわふわの白猫であり、もう一匹は無様に這いつくばる妹ブライトをじとっと見下ろす、ありふれた白鯖柄のイエネコ。

 白鯖柄の子猫はグっとテーブル上で伸びをすると、ぴょいと床へと飛び降り――ビタンという音とともに着地したときには薄紫色の不定形への姿を変えていた。

 

「お楽しみ中だったかな?」

「まさか、彼はまだ幼いので今はまだ絆を育んている所ですよ」

 

 不定形は波打ちながら膨張し、今となっては見慣れたA級ヒーローのバネヒゲへと姿を変える。

 彼が開きっぱなしだったノートパソコンを閉じると、ふわふわの白猫がすかさずその上に乗ってくるりと丸まってしまった。

 

「ところで、ヒトの部屋の鍵を勝手に開けてノックもなしに入ってくるのはいかに家主とはいえ失礼では?」

 

 カイゼル髭を指先で弄びながらバネヒゲ姿のメタモンがジト目で抗議するも、妹ブライトは柳に風といった様子で笑みを浮かべる。

 

「ふふ、留守中に部屋を掃除してエッチな本を机に重ねたりしないだけありがたいと思ってほしいね」

「それは恐ろしい、前世ではそれが原因で家族会議が開かれました……さて、要件は何ですかな?」

 

「おっと、忘れるところだった。今マルゴリに車を用意させてるからそれに乗ってO市へ向かって欲しいんだ、ちょっと今ジャギがダウンしていてね」

 

 悪ノリを続ける彼女に痺れを切らしたメタモンがため息まじりに促すと、妹ブライトはようやく本題を切り出した。その内容にメタモンは少し意外そうな表情をする。

 

「その口ぶりだと深海王はまだのようですが、野生の世紀末救世主でも現れましたか? 彼がそう簡単にやられるとは思えませんが」

 

「いんや、海人族の雑魚さ。倒したはいいが自爆して臓物塗れにされたんだと。それであまりの臭いに『ばわ!』ってね」

 

 薄笑いをうかべながらそういった妹ブライトに、メタモンは髭をいじりながらしたり顔をする。

 

「ふむ、どうやら我々『別日派』が正解だったようですな、約束の寿々苑の焼肉楽しみにしていますよ。それで、ジャギさんの代わりに私が警戒に出ればいいのですね?」

 

 そんな言葉に「あちゃー、覚えていたか」と妹ブライト。

 

「端末総出で『別日派』を破産させる予定だったんだけど、残念だ。まあそういう事さ、姿はジャギから借りるといい」

 

 何人いるかも定かでないブライトクローンズ「全員」を出撃させる気でいたという彼女に軽く戦慄しながらも、メタモンは深くため息をつきつつも了承の意を示す。

 

「また恐ろしい事を……。それでは準備しますから――いつまでもそんな所に這いつくばってねェで、とっとと出ていきやがれェ」

 

 バネヒゲの紳士然とした姿が揺らめき、いかにも粗暴なジャギの姿へ変じたメタモンはそれに準じた口調でシッシと猫でも追い払うように手を振る。

 

「やれやれ、私はここの所長だというのに誰も彼も扱いが雑なんじゃないかな。それじゃあ、もうマルゴリが正面入口まで車を回してるから、支度が済んだら直接行ってくれたまえ」

 

 のそのそと立ち上がり退室していく彼女を見送り、ジャギの姿のメタモンは深くため息をついた。

 そして子猫の乗るノートパソコンへちらりと視線をやると、出発の準備に取り掛かるのであった。




・怪人ウ・ニードル男 災害レベル:虎
宝くじに当たったお金で好物のウニを食べまくった結果変異したという、カニランテ様と同系統の怪人。
見た目は黒いトゲトゲアーマーを装備した人型音速○を想像してもらえばだいたい合ってると思う。
棘はかなり自由自在に動き、伸縮もする。そして鎧となっている殻を閉じて球体になった状態で転がりながら人体に傷をつけずに水着だけ剥ぎ取るという無駄に精密で高度な動きが可能。
男物女物関係なく水着が大好きなド変態。

・ジラちゃん
海の家でアホほど焼きモロコシを買っては貪る。芯ごと貪る。
そんな感じで待機してたら怪人が現れたので食べながら急行した。
突撃して無闇に手足やマフラーを振り乱すだけの脳筋ジラちゃんは卒業して、今はしっかりと戦う術を磨いている。
頭フレンズになってしまっているのでポロリそのものはあまり気にしてないが、最高にカッコよく決めたと思ってた所にアレなのでそこはかなり凹んだ模様。

・A級ヒーロー鉄仮面こときれいなジャギ様の転生者
北斗鍼灸拳、及び南斗整体拳の開祖である武闘派。
天破活殺モドキも地味に改良を重ねてちゃんと秘孔を突けるようになったものの、怪人相手だといまいち効かないようだ。
今回は南斗邪狼撃で瞬時に心臓を抜き取って海人族を倒したものの、生き残りのクジラメガンテでリタイアした。
……え、南斗整体拳の整体要素? さあ……?

・ブライト博士の転生者
合鍵を使って身内の自室へ侵入するのは割とよくあること。
女性型端末を使ってれば何してもいいと思っているフシがある。
実際見た目がいいせいで多少イタズラされてもなんだかんだ許してしまうのが悔しいと男性転生者達が思ってるとかいないとか。

・メタモンの転生者
前世でケモナー本を親に見られて家族会議開かれたマン。
人間フォルムは主にバネヒゲを使っており、転生者が外で本物のバネヒゲに出会うとうっかり馴れ馴れしく接してしまいそうになる。
今いい感じに絆を育んでる相手は真っ白ふわふわな子猫♂


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第十一話 - 深海の王

 その日もJ市のビーチには穏やかな空気が流れていた。

 波を求めてやってきたであろうサーファーたちはナンパに精を出し、それに対応する若い女性グループも満更でもないといった表情である。

 そんな光景を眺めながら、ガッツは一人あくびを噛み殺す。

 

 彼はいつもの鎧姿ではなく、白いTシャツにジーンズ、そしてサンダルという極めてラフな格好をしていた。首元で鈍色に光る大剣の形をした首飾りを揺らしながら、大きく伸びをする。

 

「――かーっ、平和すぎてあくびが出らぁ」

「結構なことじゃないか。何事も平和が一番ってな!」

 

 彼の独り言にそんな風に応えたのは、ガッツが昼食の為に入った海の家の中年店主。注文した焼きソバはやや干からびていたが、それもまた海の家の醍醐味であると笑い飛ばした男だ。

 

「まあ、な。ただ荒事で食ってる身としちゃ、あまり平和過ぎでも干からびるから困りもんだ」

「お、なんだにーちゃんヒーローかい? そんなら、せっかくだしサインの一つでも貰っとこうかね、今は無名でも後で自慢出来るようになる日が来るかもしれないし」

 

 そんな風に微妙に失礼な事を言って、手もみしながらにじり寄ってくる店主に対しガッツは半笑いで手を左右に振る。

 

「ヒーローなんてガラじゃねぇさ。オレは――」

 

 その時、ガッツの横の席に一人の男がどっかりと腰を下ろした。

 

「――オッチャン、焼きソバ一つ!」

 

「お、いらっしゃい! ちょっと待ってなー!」

「紅ショウガ多めで頼むよ!」

 

 男はニッと白い歯を見せて笑いながら注文する。ガッツが何となく横に座った男の顔へ目を向けると、ばっちり視線が合った。

 

「……あ」

「おっ!」

 

 互いに知ってる顔だったらしく、お互いが声を上げる。

 

「おーっ、同業他社(ハンターズ)の剣士じゃん、久しぶりだな!」

 

「あー……タケノコランサーか」

「おい何だそのアダ名。ちゃんとヒーロー名で呼んでくれなきゃ困るぜ、『スティンガー』ってさ!」

 

 そう言いながら爽やかにサムズアップして見せたのは、A級ヒーローの『スティンガー』。

 穂先がタケノコという珍妙な槍を得物としながらも実力派として知られるヒーローであり、ガッツともちょっとした顔見知りであった。

 

「今日は一人か? 俺のフォロワー槍使いは元気かよ」

 

 出されたお冷に口をつけながら問うスティンガー。

 

セタンタ(アイツ)は災害レベル:鬼相手に怪我して療養中だ、まあそろそろ退院だが。あと別にアイツ、アンタのフォロワーって訳じゃねーぞ」

 

「そりゃ難儀な事で。えーっ、ピッチリしたコスチュームに逆立てた髪型、なにより武器が槍! 絶対俺のファンでフォロワーっしょ!」

「あー、まぁ、アンタのみたいに変な槍じゃないけどな」

「変とは何だ変とはーっ!」

 

 そうは言いつつも嬉しそうにバシバシと背中を叩くスティンガーに、ガッツは「面倒くさいやつが来たな」と少しウンザリとした気分になった。

 

「あんたは休暇か? 俺は見回りの途中で腹が減ってさ、焼きソバのいいニオイが漂って来たからつい入っちまったんだ」

「ここの焼きソバ干からびてたぞ、味は悪くないがな」

 

 調理中の店長が「ちょっとー!」と抗議するが、ガッツは素知らぬ顔で受け流した。

 

「マジでー? でもさ、たまに屋台とかで食う、そういうちょっと干からびた感じの焼きソバって妙に旨く感じね?」

「……それはちょっと分かる」

 

 だろー? などと人懐っこい笑みを浮かべるスティンガーの前に焼き上がった焼きソバの皿が置かれる。

 やはりちょっと干からびた焼き加減だ。

 

「ハイお待ちどおさま! にーちゃんもヒーローなんだろ? いつも街の平和を守ってくれてるにーちゃんに大盛りサービスだ」

 

「え、マジ? さんきゅーオッチャン……って大盛りなのは紅ショウガかよ! 多めとは言ったけども!

 

 普通盛りの焼きソバの上にこんもりと盛られた紅ショウガの塊にスティンガーが笑いながらツッコむ。

 そんな風にやいのやいのと賑やかな雰囲気の中、ガッツは瓶入りのコーラをグっとあおって脱力したようにため息をついた。

 

「それじゃ、オレは食い終わったからそろそろ行くわ」

「ん? おお、そんじゃ俺のフォロワー槍使いにお大事にって伝えといてくれよー」

 

 ガッツが席を立つと、焼きソバを頬張っていたスティンガーは片手を上げてそう言った。

 

「はいはい。それじゃ、ごっそーさん」

 

 それを受けたガッツも会計を手早く済ませると、店主の「また来てくれよー」という声を背中に受けながら片手をひらひらとさせてそれらに応えて店を後にした。

 

 

 蝉の鳴き声が真夏の日差しを彩る中、ガッツは眼下に広がるビーチを見下ろす。渚から響くきゃいきゃいと黄色い声がこの場所の平和さを示しているようで、彼は大きく背伸びをしながら歩き出す。

 

「来てから怪人の一体も出ねぇし、オレの担当はハズレかねぇ。まあ、おっさんの言う通り、平和が一番ってか」

 

 汗の浮く頭をぽりぽりと掻きながら、彼はビーチを見下ろす位置にある大振りな木の陰へと腰を下ろした。

 

 

 

「L市で起こった怪人災害に当たっていたA級ヒーロー、全滅! 災害レベルを『鬼』に引き上げます、現地に近いS級ヒーローは!?」

 

 ヒーロー協会では、数日ぶりに発生した大規模な怪人災害に騒然としていた。大画面のモニタに表示された市街地の映像には、白いヒト型が車を持ち上げて投げ飛ばす姿が映されている。

 

 険しい顔で端末を操作していた職員の表情がフッと和らいだ。

 

「付近にS級が一人が警邏中です! 既に現場へ急行中との事!」

 

 

 

 

うおおおおおっ!

 

 白いヒト型は近くに放置されていたオープンカーを軽々と持ち上げると、咆哮とともに放り投げる。放物線を描くように飛んだ車体が、逃げ遅れた人々の群れへと落下していく――。

 

――アトミック斬!

 

 高級そうなスポーツカーは瞬く間に小間切れの破片へと姿を変え、民衆へと降り注ぐ。そこへ飛び出した三つの人影がその細かな破片を一つ残らず叩き落とした。

 それを見た白いヒト型が苛立ったように吼える。

 

あァ!? なんだテメェらはァ?

 

 その大柄な影の前に一人の男が悠々と歩みを進めた。男は鈍く光る太刀を右肩に掛け、左手に持った竹串で歯間をつつきシーハーと息をしながら怒れる怪物を睨み上げた。

 

「ハードボイルドかつ人情派ヒーロー、アトミック侍参上! ってな……ったく、飯時に出てくんじゃねーよマナーがなってないぞ」

 

 和装の上にマントを羽織った男――S級ヒーロー、アトミック侍はそう言って唾をその場に吐き捨てる。

 

「師匠、怪人にマナーを説いても仕方が無いかと。あと、道端に唾を吐くのもマナーとしては……」

 

 西洋鎧を身に着けた男がそう言うと、アトミック侍は鬱陶しげに手をひらひらと振って振り返る。

 

「わあってるって。お前も真面目だな……イアイアン、オカマイタチ、ブシドリル、お前ら三人は先に救助作業でもしてろ」

 

テメェ、オレ様を無視してんじゃねェ――ッ!

 

 青筋を浮かべた怪物が見る間に膨張する。

 2m程だった背丈は5mを越す巨体となり、それに見合った大きな拳をアトミック侍へ振り下ろす。

 彼が竹串を放り捨て、軽く刀を振るうと。

 

 ――次の瞬間には巨大な拳が無数の破片へと分割され、怪物は驚愕した様子で硬直する。

 

「巨大化とは芸の無い奴め、俺はお前のようなデカブツは何十体も斬ってきた――が」

 

 飛び散った破片が集まり再び腕の形へと戻るのを目の当たりにし、顔を歪めて嗤う怪物とは対照的に面倒臭そうに顔を顰めるアトミック侍。

 

ククク……オレ様は無敵の怪人クラウド男! オレ様に刀は通じねえええええええ!

 

 再び振り下ろされた拳を彼が避けると同時に怪人†クラウド†男の全身へ無数の亀裂が入り、拳と同じ様に砕け散る……しかし、数秒も経てば元通りの姿へと戻ってしまう。

 

 そうして再び振り下ろされた拳を切り払いながら、アトミック侍は大きくため息をついた。

 

「ははァん……さては面倒なタイプだな? テメェはよぉ」

 

 

 

 木漏れ日の中、少しうつらうつらとしかけていたガッツはざわめくような民衆の声で暗がりに落ちかけていた意識を引き締める。気付けば灼熱の太陽は重苦しい雲に覆われ、薄い暗がりが広がっていた。

 

 曇り始めた空の下で渚から沖へと水が不自然に引き始める。

 津波だ、という誰かの声とともにビーチの人々が次々に丘へと上がり始め――ついに波の揺り戻しが、高く高くそびえ立つ。

 

 ――その波の中に、不気味な影がいくつも潜んでいるのをガッツははっきりと目の当たりにした。

 

「……ああ、ついてねェ。結局、オレがアタリかよ」

 

 彼が呟いた次の瞬間。津波が浜辺を打ち据え、人々の悲鳴を追いかけるように丘へと駆け抜ける。

 ガッツは先程まで身を預けていた巨木を頼りにそれを乗り切ると、波に乗じて続々と上陸してくる巨大な影を睨みつけながら携帯端末を取り出した。

 

 

 

 

『我らの使者を殺害した貴様らの意志、しかと受け取った! 愚かなる人間どもよ、この地上はこれより我ら海人族が支配する!』

 

 先頭を歩く蛸の頭部を持った巨人が逃げ遅れた民衆の中から一人を選び、その触手でぐるりと巻き上げて持ち上げる。

 

『逆らう者には死を。そうでない者には家畜の身分を与えてやろう』

 

 絶叫して暴れる男に対し、目元を歪めて酷薄な笑みを浮かべた――次の瞬間、男を捕える触手が鋭い刺突を受けて半ばからちぎれ落ちる。落下した男が慌てて逃げ出す横に、一人のヒーローが立つ。

 

「ただいま大好評売出し中のA級ヒーロー! 現在A級12位のスティンガーを皆様どうぞよろしく!」

 

 白い歯を見せながら不敵に笑うスティンガーの姿がそこにあった。

 

「スティンガーだ、助かったぞ!」「流石来るのが早い!」「が、頑張れぇえスティンガーっ! っと、カメラカメラ!」

 

 恐怖に逃げ惑っていた民衆は頼もしいヒーローの登場を前に足を止め、声援を送る。

 スティンガーもまたその声援へ応えるように手を振り返すと、目の前に立つ怪物たちに鋭い視線を向ける。

 

『やったな、人間め……!』

「ハッ、昼飯後の見回り中に変なのが出て来てくれてよかったぜ、ちょうど腹ごなしの運動がしたかった所だからな!」

 

 構えたタケノコの槍をブンブンと回しながら、彼は吼える。

 

「胴体にでけえ風穴作りてえ奴からかかってきな!!!」

ほざけェ!

 

 その声を革切りに、海人族達が一斉に襲いかかった。

 

 

 スティンガーが大立ち回りを演じる場へと駆けながら、ガッツは首元で揺れる大剣を模した首飾りを力強く握り締める。

 するとその握り拳から虹色に光る粒子が溢れ、ガッツの全身を包み込んだかと思えば、次の瞬間には黒の鎧を身に纏った彼の姿が光を突き破って現れた。

 

おおおおおおお――――ッ!

 

 マントを翻して跳躍しながら、彼は握った大剣(ドラゴンころし)を振りかぶりスティンガーへ殴りかかる海人族の一体を兜割りに一刀両断した。

 

 そのまま着地すると、彼はスティンガーと互いの死角を消すように背中合わせに構える。

 

「おおっと、サンキュー! ……チラッと見えたけど、なんか魔法少女みたいな変身してやがったな、何だアレ?」

 

「……魔法少女言うな。身内(てんせいしゃ)割引した上でローン組む必要があったオレの必需品だよ」

 

 ガッツが持つ首飾り――それは鎧と武器を量子変換して携帯、展開時に自動で装着する事を可能とするガジェットである。

 タバネがホワイトナイトの脱着に使われる技術の応用であり、一般的には出回っていない超技術の塊だ。

 

「へー、まあその鎧と剣じゃ持ち運びに苦労するだろうし、なッ!

 

 ガッツの剣戟を辛うじて掻い潜って迫り来る触手の一撃を、スティンガーのタケノコが鋭く打ち払う。

 

「実際、コレを手に入れるまでは嵩張るコイツの持ち運びには苦労したもんだ。壁に立て掛けて飯屋入ったら壁が抜けたり、よッ!

 

 襲い来る海人族の胴体へ風穴を開けるスティンガーの横合いから迫る強靭な大鋏をガッツの大剣が叩き斬る。

 

 一匹、また一匹と海人族がその数を確実に減らしてゆき――対して即席ながらも互いを補い合う二人の戦士は無傷のまま。

 

『ば、馬鹿な……人間如きが!』

 

「ヘヘッ、意外と粘ったじゃねーかヌルヌル族ども」

 

 槍を悠々と担ぎながら、スティンガーが笑う。獰猛な笑みを浮かべつつ、彼はタケノコを構える。

 

「さァて、残るは一匹。悪りィが手柄は貰うぜッ!」

『おのれェ!!』

 

 スティンガーは頭上で一回転させた槍を腰溜めに構えると、苦し紛れに放たれた触手を迎え撃たんと鋭く突き出す。

 

唸れ、タケノコッ!

 

 槍は激しく螺旋を描き、タケノコの穂先に触れた海人族の触手を散り散りに消し飛ばしながら尚も突き進む。

 

ギガンティック――ドリルスティンガーッ!!!!

 

 地を蹴り跳躍したスティンガーの持つ愛槍は驚愕に染まる海人族の顔面を抉り貫き、その脳漿を周囲にぶち撒けた。

 

 そのまま頭部を突き抜けて着地すると、彼の背後で首から上を喪った最後の海人族がどうと倒れる。

 

 ――シンと静まり返る海辺の町に、次の瞬間観衆の爆発的な歓声が轟いた。

 

「すげええええええ!」「あんだけいたバケモンをたった二人で蹴散らしちまいやがった!!」「スティンガーかっけえ! あっちの黒い剣士もただもんじゃねえ!」「あっちは何てヒーローだ!?」

 

 ヒーローの圧倒的勝利に沸き上がる観衆と、歓声に浮かれた様子で手を振るスティンガー。……そんな緊張の糸が切れた空間を。

 

――がおん、と金属がたわむ音が貫いた。

 

「――がァッ!?

 

 

 

 

あのね

 

 それの出現を察知できたのは、先を知るがゆえに神経を尖らせて油断なく周囲を警戒していたガッツだけであった。

 そのガッツですら、その一撃を愛剣の腹で受けるのが精一杯。防いでなお殺しきれぬ衝撃は、彼の身体を剣ごと弾き飛ばした。

 

あなたたち

 

――それが、“王”を冠する、異種族怪人のうちの一人。

 

――それが、海人族をまとめ上げる、強壮なる族長(おさ)

 

――それが、災害レベル:の中でも頭一つ抜けた怪物。

 

不快だから死んで構わないわよ

 

 硬直するスティンガー。静まり返る聴衆。

 

「なん、だ……?」

 

 暗雲に雷鳴轟くJ市へ、海人族の王――深海王が現れた。




・怪人†クラウド†男 災害レベル:虎→鬼
物理無効型怪人。役割が露骨すぎる憎いヤツ。
雲でできた体はどれだけ切り刻んでも瞬く間に修復される物理キラー、伸縮自在で実体がなさそうなのに車とか投げ飛ばす。
アトミック侍こんなやつばっか当たってんな!
でも物理無効以外のステータス的にはメルザルガルドや黒い精子には遠く及ばないので鬼止まり。
†(短剣符)が付いてる理由? ノリだよ!

・アトミック侍
一撃必殺持ちはそれが通じない相手と戦わせられる運命。
初登場早々物理無効と当ててすまんな、でも援軍くるからね♡
まあ攻撃通りはしないけど、鬼相手に負ける要素もないんだ。
三弟子は指示に従って避難誘導&救助活動中。

・スティンガー
大人気A級ヒーロー! ぴっちりコスチュームと逆立てた髪型、そして槍使いという属性被りなせいでセタンタさんと比較される。
知名度の差ゆえにセタンタさんがパチモン扱いされる悲しき現実。
原作と違って孤軍奮闘じゃないので雑魚海人族戦後も元気!元気だけど……ッ!
そして圧勝したせいで聴衆が全然逃げてない! 最悪かよ!

・ガッツの転生者
タバネさんのISもどきの量子変換技術を応用した魔法少女変身アイテム鎧装着アイテムを課金で手に入れた。身内とはいえ軽々しく渡せないレベルのものなので4割引きくらい大まけにまけてもなおローンを組むことになった。超高い、壊したりなくしたら詰む。
深海王が来る事は分かってたので滅茶苦茶警戒してたのにぶん殴られてぶっ飛ばされた。


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第十二話 - 援軍

 ヴヴン、とエンジン音が唸り二人乗りのバイクが駆ける。

 

ヒャッハー! いッただきィ!」

 

キャーッ、ひったくりーッ! 誰かぁーっ!」

 

 後ろに乗っていた男が車体から身を乗り出し、歩道を歩いていた女性のハンドバッグを手慣れた動きで奪い取った。

 バッグを奪われた女性が金切り声を上げて追いかけるが、当然追いつけるはずもない。

 

ハッハーッ! チョロいもんだぜ!」

 

 興奮からハンドルを強く握りながら、男が叫ぶ。

 

「このままもう一件行っちゃうか! 今夜は焼肉だなーッ!」

 

 ハンドバッグ(せんりひん)を落とさないようにしっかりと握りながら、後ろに座る男が叫び返す。

 

HEY! ご馳走ってのは、汗水垂らして働いたお金で食べるのが一番美味しいんだぞ、少年たち!」

 

 バイクと並走する筋肉が笑顔で語りかける。

 

「「ふぁっ!?」」

 

 二人揃って二度見した次の瞬間には、彼らを乗せた大型バイクの車体が浮き上がる――否、片手で軽々と持ち上げられたのだと言うことに気付き、顔面蒼白となる。

 

 筋骨隆々とした巨漢が、白い歯を煌めかせ、画風の違う満面の笑みを浮かべながら大型バイクを持ち上げていた。

 

「オ、オ、オールマイトォォオオ!?」「何でここにッ!?」

 

HAHAHA、なんたって私はオールマイトだからね! 助けを求める声が聞こえたならどこまでもすっ飛んで来るのさ!」

 

 首根っこを掴まれた猫のように大人しくなった二人をバイクごと担いで被害者の所へ戻る。

 ちょうど駆けつけていた警官にひったくり犯を引き渡し、感謝の言葉を受け取りながらその場を後にする。

 

「わっ、オールマイトだ!」「やべえ! デケえ! 画風が違う!」

「きゃーっ♡ ここにサインを――もうしてあるっ!?」

「HAHAHA! いつも応援ありがとう!」

 

 取り囲むファンの波を図体に見合わぬ器用さでスルスルと抜けながら、オールマイトはずんずんと突き進む。

 

 ――現S級1位、オールマイト。

 

 大半のヒーローが自身の担当地域を主な活動範囲としている中で、彼は担当地域そのものをもっていない。

 そして、所在地付近で何らかの事件が起こった際に協会からかかる出動要請も、緊急時を除いて彼には出されない。

 

 なぜならば――。

 

 前髪の触覚がビビンと跳ね上がる(マイトセンス)と同時に、彼は大きな耳(マイトイヤー)に手を添えながら後ろへ振り向いた。

 

「呼んでいる……B市が、私を呼んでいる――ッ!」

 

 筋肉が躍動し、その巨体がビルの間を駆け上がる。

 周辺で最も高いビルの屋上――耐オールマイト構造を示すシンボルが描かれている――に着地すると、彼は懐から取り出した端末を操作する。

 

屋上よりオールマイトが発射します、屋上よりオールマイトが発射します、衝撃に備えて下さい。カウントダウン開始、10――

 

 途端にビル全体から響く警告音。その音声をBGMにオールマイトは軽く屈伸運動を行い、B市の方向へ鋭い視線を向ける。

 

〘4・3・2・1――〙

 

 ゼロ、のアナウンスと同時にビルを小さく揺らし、オールマイトは空を翔けて現場へ文字通り飛んでゆく。

 

――担当地域を持たず、緊急時を除き出動要請も出されない理由。

 

 それは、彼が手の届く範囲を片っ端から救って回る(オールマイトだ)からである。

 

 

 

「君たち、銀行強盗なんて故郷のオフクロさんが聞いたら泣くぞ!」

「それは、説得する時の、セリ、フ……ガクッ」

 

 小銃を手に人質を取り、油断なく現金を袋に詰めさせていた次の瞬間にはコレである。

 気付けば銃身はひん曲がり、強盗一味は全員昏倒。南無。

 

「さて、皆さんもう大丈夫! 私が来た……むむ?」

 

 開放された人質たちが歓声を上げる中、オールマイトはポケットの中の端末が震えている事に気がつく。

 

「もしもし、こちらオールマイト」

〘こちらヒーロー協会本部、L市に現れた怪人が先程災害レベル:竜に格上げ申請されました! 現在アトミック侍が対応していますが、攻撃が通じずに膠着状態になっています!〙

 

「……なに、カミカゼ君が!? わかった、すぐに向かおう!」

 

 S級の中でも屈指の攻撃力を持つアトミック侍が苦戦する怪人と聞き、オールマイトは思わず目の色を変えた。

 その脳裏に過るのは黒い体を持つ小柄な怪人。

 

(ヤツが現れた、のか? カミカゼ君程のヒーローが、並の怪人に遅れを取るとは思えないが……本当にヤツならば、大変な事になるぞ)

 

 強盗をまとめてぐるぐる巻きにすると、彼は焦燥感に駆られながらも銀行を飛び出した。

 

 

 

「クッソ、痛え……ッ!」

 

 殴り飛ばされて強かにぶつけた体に走る鈍い痛みを堪えながら、ガッツは顔を上げる。

 深海王――大きさ自体は他の海人族と比べて特別大きい訳ではなく、より人間に近いフォルムをしているがその身からにじみ出すプレッシャーはこれまでの比ではない。

 

「へ、へへ……まだ残ってやがったか……ヌルヌル族め」

 

 対峙するスティンガーの頬に、自然と脂汗が滴る。

 

私の兵たちをよーくーもー殺してくれたわねぇ? アナタたち、簡単には殺してあげないわよぉ

「言うじゃねぇか……おい、俺のファンのみんな! 派手に行くからちょっと避難しててくれ! 巻き込ん――!!?」

 

――それを防げたのは正に奇跡の賜物であった。

 

 目の前で消えた深海王の進路へ、とっさに躍り出たスティンガーの槍がバキリと半ばから折れる。

 それでも止まらぬ巨大な拳がスティンガーの腹を強かに打つ。

 

「がッ……は……ッ!」

 

 血と吐瀉物をぶちまけながら膝をつくスティンガーの姿に、硬直していた観衆が悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように散ってゆく。

 

馬ー鹿ねー。逃がすわけ無いでしょぉ

 

 そう言って嗜虐的な笑みを浮かべ、逃げ出した市民を目で追おうとした怪物の目の前に飛び込んできた球体――ガッツが投げた、炸裂弾――が炸裂する。

 

お、おおおおおお――ッ!!!!

 

 爆炎を切り裂き振るわれた大剣は深海王の前腕に阻まれる。

 肉を裂き骨を砕く筈の一撃は、表皮を覆う鱗を傷つけるだけに留まっていた。

 

「う、ぐっ……このッ!」

 

 短くなった槍を手にスティンガーが跳躍する。

 

ギガンティック――ッがはぁッ!?」

 

 驚異的な脚力で深海王の頭上へ飛び出した彼は、先程海人族の頭蓋を突き破った一撃を放とうとし――黒煙から伸びてきた太い腕に殴り飛ばされる。

 

 黒煙を裂き飛び出してきた太い脚がガッツの脇腹を掠めると、直撃もしていないというのに鎧はひしゃげ、彼の体は再び宙を舞う。

 

何すんのよ、血が出たじゃない……まあ

 

 斬りつけられた鱗からは僅かに血が流れていたが。

 

もう治ったけど

「――げほっ、バケモンが……!」

 

 ……その傷口は、見る間に修復されてしまう。

 

まだ生きてたのね。嬉しいわぁ

「ぐッ……! 離せ……!」

 

 起き上がろうと藻掻いていたガッツの頭を、巨大な手のひらが鷲掴みにして軽々と持ち上がる。

 

そう簡単に死なれちゃつまらないもの、傷の詫びは苦痛の悲鳴で構わないわよ。まずはどこをちぎってやろうかしら――』

 

「――稲妻

 

 そう言って凄惨な笑みを浮かべる深海王の頭上に人影が現れ。

 

大車輪ッかかと落し――!!!

 

――その頭部は再び爆炎に包まれた。

 

 金髪を靡かせ空中で身を翻したその人物は、深海王の手を離れ落下するガッツを受け止めて地面に下ろす。

 咳き込むガッツを背に庇い、深海王と対峙する男の靴からは火薬の煙が漏れ出していた。

 

「……ヒーロー、イナズマックスだ。立てるか?」

 

「けほっ、すまん……助かった」

「いや……助かってないぜ、これ」

 

 冷や汗を垂らしながら男――イナズマックスは、火薬の煙の中から出てくる深海王を見上げる。ダメージは見受けられない。

 

あらぁ、また新しい兵隊さんかしら?

(……くそ、危なそうだったから咄嗟に飛び出してきたが、こりゃ勝てんわ。火薬仕込みの渾身の一撃が全く効いてねぇ)

 

 海人族発生時の出動要請を受け駆け付けたイナズマックスだが、災害レベル:鬼の存在相当の怪物は彼にとって想定外であった。

 

(こっちの剣士は知らんが、向こうで伸びてんのはA級12位のスティンガーだな。一般人の姿がないのが不幸中の幸いか?)

 

 彼がそんな思考を巡らせる内に、市内各所に設置されたスピーカーからアナウンスが流れ始める。

 

――J市海岸付近で発生中の怪人災害についての続報です、災害レベルが【鬼】に格上げされました。J市全域の皆様はお近くのシェルター、または地下施設へ避難して下さい

 

 サイレンに混じって雷鳴が轟く中、深海王は笑みを深めた。

 

避難? 馬ー鹿ーねー。一匹も逃さ無いわよぉ、アナタたちが私の兵を殺した分は一億倍にして返すわぁ

 

「……攻め込んで来て返り討ちにあってのそれはクソダサいな。今おとなしく帰りゃ、水に流してやっても――ッ!!?」

 

 十メートルは離れていた筈の深海王が瞬きの間に目の前に迫って居た事で、イナズマックスは瞠目する。

 

くぁwせdrftgyふじこlp!?

 

 奇声を上げながらも咄嗟に跳躍し、その顔へ向けて蹴りを放つ。その足を水掻きのある巨大な手が包み込み――仕込み靴が炸裂する。

 

「なっ――ふあっ!?

 

 握りこんだ手の中で爆発が起こったというのに、恐るべき怪物は平然と彼の脚を握り続けている。

 深海王はそのままイナズマックスの体を高く振り上げ、硬いアスファルトへと振り下ろす。

 

(――ああ死んだ)

 

 空転する視界の中で、彼にはすべての動きが緩慢に見えていた。

 これが走馬灯かという諦観が脳内を占める中、彼の目に黒い旋風が飛び込んでくる。

 

――シィィッ!

 

 黒い旋風――ガッツは腕の血管が浮き出る程に万力を込めて大剣を打ち上げ、振り下ろされた深海王の腕を両断した。

 

 振り下ろされる半ばで放り出されたイナズマックスが放物線を描くように後方へ飛んでいくことに構う間もなく、ガッツは降り注ぐ血を浴びながら振り上げた剣を降ろし――。

 

痛ッ、たいわねぇ!!!

 

 青筋を立てた深海王が放つ蹴りを遮るように滑り込ませた。

 

「――ッ!!」

 

 がおん、と重い音を立てた剣とともに、ガッツの体は蹴られた勢いのまま遥か後方へと飛んでゆく。

 

(……っし、うまく行った!)

 

 腕を振り下ろす勢いを利用して利き腕を切断し、飛んでくるであろうカウンターを防ぐと同時に退避する。

 咄嗟の判断ではあったが、想定以上に上手くはまったことに内心安堵するガッツ。

 

――ぽふん。

 

「……あ?」

 

 宙を舞っていた彼の体が、熱い何かに受け止められる。

 横を見れば縮こまる様にして固まっているイナズマックスの姿があった。

 

「やるじゃないか!」

 

 そんな野太い声が頭上から響き、ガッツは油の切れた人形のようなぎこちない動きで見上げる。

 そこには青ひげの目立つ角ばった割れ顎があった。

 

 ガッツは彫りの深い面立ちをした、彼の比ではない大男にイナズマックス共々まるで子供のように抱きかかえられている。

 

S級ヒーローぷりぷりプリズナー、あなたに会いに脱獄成功!

 

 頼もしくもおぞましい援軍がようやく現れた。

 

 

 

うがあああぁぁあああ!!

 

「飛空剣ッ!」

 

 ますます巨大化した†クラウド†男が癇癪を起こしたように振り回した腕を、風の刃が断ち切る。

 すぐさま再生するそれを和装の男が持つ螺旋を描くように刃が着いた円錐形の武器が薙ぎ払い、西洋鎧を着た男の持つ刀が太い胴体を幾重にも両断する。

 

「ちっ、キリがないわねぇ……!」

 

 頬に赤い丸を描いた線の細い男――A級ヒーロー、オカマイタチが舌打ちをする前で、†クラウド†男は早くも元の形へ戻る。

 

「雲の怪人とはな……斬っても突いても効きやせん」

 

 無精髭を生やした和装の男――A級ヒーローブシドリルが唸る横で、西洋鎧の男――同じくA級ヒーローイアイアンがため息をつく。

 

「幸いにも強さ自体は大したことはない、俺達三人でも容易に押さえ込める程度、ではあるが……」

 

 そう言って、チラリと彼は後ろを見る。

 白いマントを羽織った和装の男――S級ヒーローのアトミック侍がつまらなそうに竹串を咥えて佇んでおり、視線に気付いたのか顔を上げる。

 

「お、どうしたイアイ。せっかく世にも珍しい試し斬りし放題怪人だってのにもう疲れたのか?」

 

「いえ、まだいけます。……が、流石に進展がないのでどうしたものかと思いまして」

 

 歯切れ悪く言うイアイアン。

 避難誘導と救助活動を終わらせ戻ると、三人は師であるアトミック侍より稽古の名目で雲の怪人の相手を譲られた。

 たしかに丁度いい強さといい、斬っても突いても死なない性質といい、周囲の建物に被害が及びそうな時はアトミック斬が飛んで来るという万全の体制といい、修行環境としては最高だ。

 

「こう、切った張ったし続けていては、いつまで経ってもここに住民たちが帰って来れないので」

「あー、まあそれは気にすんな、どうせ俺達には()()しかできねぇんだからよ。どのみち押さえ込み続けるより他ねぇからな」

 

 コレ、と言いつつ刀を鳴らすアトミック侍。

 

「それにそろそろ……」

 

ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!

 

「ちょっ、や、ヤバイわよ! 滅茶苦茶でっかく……!!」

 

 押さえ込まれ続けた事で遂にストレスが爆発したらしい†クラウド†男がこれまでにない勢いで膨張を始め、オカマイタチとブシドリルが慌てて下がる。

 7メートル前後だったサイズは一気に3倍以上へと膨れ上がり、見る間に建物より大きくなっていく。

 

 アトミック侍は小さく舌打ちをしながら刀に手をかける。

 

「あー、ちょっとばかり鬱陶しいデカさになりやがったな。どれ、ちっとばかりトリミングして――」

 

ゔぁっ!?

 

 その言葉の途中で、†クラウド†男の体が突然破裂する。

 

「きゃっ! なに、膨らみ過ぎて自滅!?」

「いや……あれは!」

 

 オカマイタチが驚いていると、散り散りになった†クラウド†男の残骸の中から、大きな人影がのしのしと現れた。

 

私が空から来たっ!

 

 金の触覚めいた髪を靡かせ、画風の違う笑顔がぬっと現れる。

 

「なんだ、おまえかトシノリ」

 

 気が抜けた様子で刀から手を離すアトミック侍。

 

「やあ、久しぶりだね! いやあ、カミカゼ君が倒せない怪人が出たって言うから慌てて来たんだけど……今のやつかい?」

 

 キョロキョロと見渡し、怪人を探すオールマイトの様子にアトミック侍は笑う。

 

「ああ、そいつで合ってる。雑魚も雑魚なんだが、雲の怪人だとかで斬っても斬っても死ななくてな」

 

 そんな彼の言葉を聞いて、オールマイトはどこかホッとした様子でため息をついた。

 

「なんだ、てっきりとんでもない怪人が現れたのかと思ったよ」

「とんでもなく有用な巻藁だったさ。道場に一匹飼いたいくらいだ」

 

 談笑する二人を遠巻きに見ながら、アトミック侍の三人の弟子たちは顔を突き合わせてヒソヒソと囁きあう。

 

「師匠とオールマイトって仲がいいのかしら」

「本名で呼び合うくらいだ、旧知の仲なんだろう――?」

 

 ひゅうと、風が吹いた。周囲から吹き集まるような奇妙な風に三人が警戒心を顕にした次の瞬間。

 散り散りになったはずの雲が再び寄り集まって融合し始める。

 

――ぁぁぁああああああ゙あ゙あ゙あ゙っ!!! オールマイトォォォオオ゙オ゙ォ゙オ゙!!!!

 

「ッ、また再生しやがったか!」

 

オールマイドォォォ゙オ゙!! だお゙すゔぅゔゔ!!!

 

 再び再生した†クラウド†男を見上げ、オールマイトは少々困惑したような表情を見せる。

 

「Hum、私を名指しかい? 参ったな、身に覚えが無いぞ」

 

(さて、散らし方が甘かったのか、散らすだけじゃだめなのか……ともかく、やれる事はやってみようか)

 

 異様な気迫を放ちながら立ち向かってくる†クラウド†男に困惑しながらも、オールマイトは拳構える。

 

お゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!

 

KOOOH――!

 

 †クラウド†男の巨大な拳が迫る中、オールマイトは動じる事なく深く息を吸い込み――。

 

「――SMASH!!!!

 

 放たれた拳圧が†クラウド†男の胸を貫いた。

 




・深海王
ワンパンマン原作で最も印象的な怪人の一人
とりあえず敵の攻撃も受けてみるプロレスラー気質かつ、敵は可能な限りすぐには殺さず嬲るのが好きな弩SよりもドSっぽい怪人
村田版ブサイク大総統の殺意満点な攻撃を見て上記の性質を改めて確信しました、こんな感じの気質じゃなきゃ対処に当たったA級たちも、何より無免ライダーが間違いなく死にます
この気質のおかげでA級達+ガッツがいい感じに時間稼ぎできました
なおオールマイトはまだ来ない模様……男色妖怪が来た!

・スティンガー
民衆を庇って瀕死になり、それでも立ち向かうヒーローの鑑
ガッツの炸裂弾→斬撃→に追い打ち掛けようとしてカウンター貰って戦闘不能

・イナズマックス
駆けつけたあと遠くから観察してたけど、ガッツがやられかけてたので思わず飛び出してきたヒーローの鑑
稲妻蹴りを受け止められて投げ飛ばされたけどまだ戦える

・ぷりぷりプリズナー
満を持して登場してきた男色妖怪
原作と流れが違うのでオールマイトが来るまでの最大戦力であり、負けるのが早すぎたらJ市のシェルターがえらいことになるのが確定している

・ガッツの転生者
結構頑張ってるけどやっぱ滅茶苦茶不利、オールマイトはやくきて!男色妖怪がきた!
深海王がイナズマックスを地面に叩きつけようと振り下ろすところに渾身の斬り上げをぶち当てることで部位破壊達成する快挙、そしてカウンター読んで防御&離脱ギリギリでした
どこかをちぎられかけたけどまだ五体満足

・オールマイトの転生者
周囲の事件を探知して全手動で解決してくれるすごいやつだよ!応援してね!
ヴィジランテに出てくるオールマイト(本物)は東京にいて、しかも寝る直前のオフモードで大阪で呼んでるのを探知して飛んでったけど、転生者マイトさんは気を張ってるときかつ精々隣の市くらいまでしか探知できない、未熟!!
町中にオールマイト射出(脚力)用のビルがある、たぶん屋上とかよく壊すんでしょうね
強すぎるので足止めされる男、もうちょっと待っててね!

・アトミック侍
怪人が斬っても斬っても死なないから倒せないならと時間稼ぎも兼ねて弟子の経験値稼ぎを始めた男、今の内に集中斬習得しとかない? 目の前のやつには効かんけど
オールマイトとは旧知の仲らしいね

・三剣士
三人揃えば並の鬼程度なら普通に戦える
ブシドリルの武器って描写難しすぎない?


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第十三話 - 雨の足音

 その男は典型的なゼブラ柄の囚人服の上から大きなハートがあしらわれたセーターを着た、二メートルを優に超える巨漢であった。

 足元には重量感のある鉄球が付属した足枷を嵌められているものの、それが動きを阻害する様子は一切見られない。

 

 男は――S級ヒーローのぷりぷりプリズナーは、両手に抱いたガッツとイナズマックスをひしと抱きしめながら怪物を睨む。

 

「……A級12位のスティンガーちゃん、A級21位のイナズマックスちゃん、そしてハンターズの切込隊長ガッツちゃん。皆気になっている男子達だ、彼らを酷い目に遭わせたあなたは許せん」

 

 ビキビキと青筋を立てつつも手元の尻と太腿を優しく握るぷりぷりプリズナーに、腕の中の二人は全身が粟立つのを感じた。

 面識もなく、組織まで違うにも関わらずなぜか名前を把握されていたガッツは背筋を嫌な汗が流れ落ちる感覚に襲われる。

 

「な……なんでオレまで知っている?」

 

 ガッツが絞り出した言葉に、視線を落としたぷりぷりプリズナーが破顔する。ガッツは震え上がる。

 

「ふふ、気になった男子は所属関係なくチェック済みなのさ。セタンタちゃんとシロウちゃんの怪我の具合はどうだ? 見舞いに連れて行って欲しいが、あまり無防備な姿を見てしまうと我慢できるかどうか」

 

 当たり前のように自分たちの近況を把握している上での犯行予告に、ガッツは気絶しそうになる。が、気絶すると原作の本人と同じ目に遭いそうなので気力を振り絞って意識を保った。

 

「うん、絶対連れて行かない」

「はは、冗談だ」

「ほんとに? というか、おろして」

 

 キャラが崩壊する程に怯える彼と同じく事情を察して震えるイナズマックスをそっと地面へ下ろすと、ぷりぷりプリズナーは退屈そうに立つ深海王を再びキッと睨みつける。

 

……あらぁ? 最期のおはなしは終わったのかしら。あまりに待たせるもんだから腕が生え変わっちゃったわぁ

「……いい! 強い気配をビンビン感じる!」

 

 新しく生えた腕を見せ付けながらニマニマと笑う怪物を前に、彼もまた口元に笑みを浮かべる。

 

「万年最下位ではあるが俺も“S級”の端くれ、彼らのようにはいかないぞ。悪さをした分しっかりオシオキしてやる……と、その前に」

 

 ぬぎぬぎ、と擬音を立てながらぷりぷりプリズナーは衣服を脱ぎ始め、道の端にキチンと畳んで安置する。

 

 全裸である。ガッツとイナズマックスは吐き気を催した。

 

「怪人討伐後にいつも服が破れて裸で帰ってるのを、先日オールマイトちゃんに叱られてな……だから予め脱ぐ習慣をつけることにしたんだ」

 

((そういう問題じゃないと思う))

 

 一欠片の躊躇いもなく産まれたままの姿となった変態は、その彫像の如き肉体を晒してポージングを取ると……その肉体が急速に膨張する。

 

 脚に付けられた鉄球付きの枷が弾け飛ぶ程に膨れ上がった全身の筋肉をヒクヒクとさせながら、変態はズビシと深海王を指差した。

 

「生まれたままの姿を晒す――それすなわち、エンジェルスタイル! さあ、ガッツちゃんとイナズマックスちゃんは離れてろ」

 

 雄々しく唸り声を上げ、拳を構える変態。

 ちなみに言われる前から二人は十分距離を置いている。

 

醜いわね……でも、中々に上物の肉じゃなあい。いいわ、ちょっと本気出してあげる

「遺言はそれだけかァ!」

 

 腕をクロスしながら足をかがめ、全身をバネにした変態の巨体が宙を舞う。空中で全てを曝け出した変態は、何らかの認識災害的効果によって見る者に天使の翼を幻視させる。

 

「エンジェルスマァッシュ!!!!!」

――!?

 

 膨張した筋肉から放たれる強烈なパンチが深海王を襲い、その巨体が大きく揺らいだ。それだけでは終わらない。

 

まだだ! 拳に宿るは愛の力ッ! これが俺のぉ――!」

 

 体勢を大きく崩した怪物に、変態が迫る。

 

「ラァヴエンジェルラァァッシュ!!!!!」

 

 突き刺さるたびにのエフェクトを幻視させる悪質な認識災害を伴った重機関砲の如き拳の嵐は、鱗に覆われた強靭な肉体が激しく波打つ程の衝撃をもたらす。

 

「俺の愛を受け取れッ! ラァヴエンジェルスマァッシュ!!!

 

 そしてトドメとばかりに放たれた強烈な一撃が、深海王の巨体を大きく吹き飛ばした。

 

 拳を突き出したポーズで止まった変態――いや、“S級ヒーロー”ぷりぷりプリズナーの前で、深海王は地面へ大の字に倒れ込んだ。

 

(す……げぇ、これが、“S級ヒーロー”……!)

 

 目の前で起きた光景に、ガッツは呆然と立ち竦む。二人がかりでも一時しのぎが精一杯だった怪物をこうも一方的に倒してしまった。

 あまりの強さに、絵面の汚さに逸らしていた二人の視線は途中からその力強い背中に釘付けとなっていた。

 

 人類の守護者にして最終兵器たるS級ヒーローが一人。

 たとえ、男色の性犯罪者であったとしても、それに変わりはないのだ。

 

 

 

 

あ……あ゙あ゙……がら゙、だが……

 

 オールマイトが放った拳は†クラウド†男の胸に軽々と大穴を開けた。

 今までならばその程度の損傷は屁でもないとばかりに即座に修復していた筈だが、今回は様子が違った。

 

「こりゃ、一体どういう……?」

 

 アトミック侍が興味深そうに見つめた先では、胸に開いた穴から徐々に雲の肉体が崩壊を始めている†クラウド†男の姿である。

 

 風穴の付近には閃光のようなものが絶え間なく弾け、体を構成する雲がじわじわと消え始めている。

 

「Hum、雲だけあって水で構成されているとは思っていたが……ここまで効果的とは、少し驚いたね」

 

 その様子を観察していたオールマイトが構えを解きながら言う。

 

「水……? あっ!」

 

 よく見れば、†クラウド†男の体はただ消えているわけではない。

 風穴の周辺を中心とした部分から、ポタポタと雫が垂れはじめていた……まるで、雲が雨を落すかのように。

 

 雫の落ちる間隔は徐々に増していき、やがては豪雨のような勢いへと変わってゆく。それに比例するように†クラウド†男の肉体は薄れ縮んでいき、その表情は苦悶に歪んでいた。

 

ば、かな……オレ様は、無敵の……

 

 四肢をつき項垂れる怪物の真下に雨が降る。顔から流れるそれはまるで滂沱の涙のようにも見えた。

 

う、ぐ……あ゙あ゙ッ! ―――、さまァ

 

 急速に萎れた肉体が人型を保てなくなると、次の瞬間にはバシャリと全てが水に変わって大きな水音を立てた。

 排水溝へと勢い良く流れ込み始めた怪物のあっけない幕切れに、一同は気の抜けたような気分になる。

 

「……やっとくたばりやがったか、こういう面倒な輩はこれきりにして欲しいもんだね」

 

 竹串を咥えながらボヤくアトミック侍。自身の剣が全く通じない相手と言うのは、やはりプライドに関わるらしい。

 

「ねえ、崩れる直前に何かの名前を言ってなかった? なんちゃらさま〜って聞こえたんだけど」

 

 そう言って、オカマイタチが小首を傾げる。

 

「確かに聞こえたが、肝心な所は水音が強すぎて聞こえなかったな」

「なんとなく、末尾が“い”だったように聞こえた気はするぞ」

 

 弟子三剣士の言葉を聞きながら、オールマイトは思案していた。彼も同じく、“〜〜い、さま”という言葉が聞き取れていたのだ。

 

(……怪人協会の関係、か? い、もしくは“I(アイ)”で終わる名前といえば……ううむ、それらしいのが思いつかないな)

 

 そんな風に思っていると、彼の懐に入った端末が震え始める。

 ヒーロー協会からではなく、研究所からであった。

 

「もしもし!」

 

 オールマイトが慌てて通話ボタンを押し込むと、少し焦りを含んだ姉ブライトの声が受話部から聞こえてくる。

 

〘ふう、ようやく繋がったか。キミぃ、高速移動していただろう? アレすると電波がブツブツ切れるんだよね〙

「え、すみません……それで要件は……?」

 

 開口一番そんな事を言われ、オールマイトは面食らう。

 

〘要件だが――ガッツが深海王と接触したよ。現在はA級ヒーロースティンガーと……いまスティンガーがやられたね〙

 

 通話口でそこまで聞いた瞬間、気付けば彼の足は路上の被害を考慮する事も忘れ地を強く蹴っていた。

 

 近くにいたアトミック侍一行が突然の風圧に何事かと振り返るが、そこには既にオールマイトの姿はない。

 増水した排水溝を流れるざあざあという音だけが辺りに響く。

 

 ――まるでそれは激しい雨音のように聞こえた。

 

 

 

 

 構えを解いたぷりぷりプリズナーがフッと笑う声を聞き、呆けていたガッツはハッと我に返る。

 

「ふーっ、どうやらオールマイトちゃんたちとの“肉体♡交流会”を重ねた俺の敵ではなかったようだな」

 

((に、肉体♡交流会……!?))

 

 当然ながらそんな名称ではない。ないが、訂正できるものはこの場には残念ながら居なかったので、ガッツたちはドン引きする。

 早く来て訂正しなければ妙な風評被害が広まるかも知れないと言うことを、残念ながらオールマイトは知ることができない。

 

 ぶらん、とナニかを揺らして振り返った変態が、いつの間にかスティンガーを抱えて穏やかに笑う。

 さっきまでそこに転がってたのに、とその早業にガッツとイナズマックスは色々な意味で戦慄した。

 

「さあ、ガッツちゃんにイナズマックスちゃん! 怪人はやっつけた事だし、早くスティンガーちゃんを看病してやらないと。この近くにホテ……病院はあるか?」

 

「どこに連れ込むつもりだテメェ……!」

 

 薄っすらと聞こえた聞き捨てならない言葉に震え上がるガッツの肩を叩きながら、イナズマックスが苦笑いする。

 

「こんなだけど、性癖を表に出してない時は普通にいい人なんだぜ。たしか、病院ならこの先に――」

 

 イナズマックスが指差したのは変態が先程まで向いていた方向。そしてそこに注目した三人は気付く……深海王が体を起こしていた。

 

「――なっ、あいつ、まだ……!!?」

 

 慌てた様子のイナズマックスにスティンガーを預けると、彼は油断なく怪物へ視線を向けた。

 

「大丈夫だ、二人とももう少し俺の後ろにいてくれ」

 

 二人の前に立ち再び油断なく構えを取る変態の前方で、ゆらりと深海王が立ち上がる。

 

効いたわ……かなりね

 

 体の調子を確かめるように、各関節を鳴らして怪物は笑う。

 

良い連打だったわ、一発一発に殺意が込められ「愛だ」……殺意が込められてて、体がグチャグチャになるような、本当に凄い連打

 

 変態の妄言を受け流し、深海王は言い切った。

 

まあ、もう治ったけど

 

「ならば、何度でもグチョグチョにしてやるだけだ! エンジェルスマァッシュ!!!!

 

 肉体を膨張させた変態が躍りかかると、顔面に迫る拳を怪物は紙一重で躱す。耳元から生えたエラのような器官がちぎれ飛ぶのも構わず、カウンターの拳を出した。

 

「むんっ!!!!」

 

 股間を突き出すような動きで体を反らし、その拳を避ける変態。

 

いいわね、楽しくなってきたわ!

「実は、俺もだッ! ラァヴエンジェルラァッシュ!!!!

 

 再び放たれた嵐のような拳の連打、それを数発もらいながらも深海王は耐えて掻い潜り変態のボディへ鋭いアッパーを放った。

 その一撃は吸い込まれるように脇腹へと直撃し、何かが折れるような音が響き渡る。

 

ぐっ……!! エンジェルゥスマァッシュ!!!!

 

 筋肉が波打つ衝撃に悶えながらも、変態は深海王の顎に強力な一撃を食らわせる。

 怪物の体が浮き上がり、砕けた顎がぶらりと不自然に揺れ――次の瞬間には、元通りの形に戻っていた。

 

「フーっ……フーっ……!!」

 

 間合いを離し、変態は息を整える。

 対して骨が砕けるほどの打撃をいくつも貰っているというのに、未だに余裕を見せる深海王。

 

……あなた、やるわねぇ。記念に名前を聞いといてあげるわ

 

 怪物は心底感心したといった様子で、そんな風に尋ねる。

 フッ、と笑いながら変態がそれ答える。

 

「……俺は“S級ヒーロー”ぷりぷりプリズナー! ステキな男子たちを守る、愛の守護天使だ。あなたは?」

 

私は深海王。海人族の(おさ)にして、深海を統べるもの

 

 問い返された怪物は大仰に手を広げて見せながら答えた。

 

そして、この世の全てを支配下に置くもの……。褒めてあげるわ、この私にここまで刃向かえたのはあなただけよ

 

 不敵な笑みを見せてそう言う深海王に、変態は一瞬キョトンとしたような表情を見せると、やがて大口を開けて笑った。

 

……なんのつもり?

 

 想定外の反応だったのか、しばし硬直した深海王が不愉快そうに顔を歪めると、変態は胸に手を当てて笑みを浮かべた。

 

「いやすまん、あまりに無謀な事を言うもんだから笑ってしまった。どうもあなたは俺を最強の戦士か何かと勘違いしてるようだが、本当に強い人と比べれば俺なんてただの一般成人男子に過ぎない」

 

はあ? なに言ってるのあなた

 

 深海王はポカンと口を開け、本当に何を言われたか分からないといった様子で片眉を上げる。

 

「そんな俺とこうして互角に殴り合う程度じゃ、世界なんて無理だ。海の底でおとなしく暮らしていれば長生きできたものを」

 

 彼は少し憐れむようにそう言った。

 

……そう、じゃああなたもう死んでいいわよ

 

 怪物はその言葉をただの侮蔑であると受け取ったらしい。不愉快そうに口を閉じると、拳を構えた。

 対するぷりぷりプリズナーも静かに己の構えを取る。

 

 

 

 怪物同士が睨み合う緊張感の中、戦いの雰囲気に飲まれていたガッツは、己の鼻先で何かが弾けるのを感じて我に返る。

 

 ぽたり、ぽたり。ぱらぱら――周囲に静かな音が満ちてゆく。

 

雨、降ってきたわね

 

 深海王がポツリと呟いた。

 

 ――その言葉でそれが雨だと理解し、何かを思い出したガッツの顔色がサッと青褪める。

 

 ――この戦いは、ここからが本番となるのだ。




・愛の守護天使ぷりぷりプリズナー
読者にも惨敗すると思われていたのに今のところ大健闘の漢
S級の戦力増強を目的とした転生マイト主催の肉体♡交流会筋肉交流会にて大幅強化されている
原作のダークエンジェル☆ラッシュに匹敵するラヴエンジェル☆ラッシュを習得済み、そして転生マイトに影響を受けたエンジェル☆スマッシュなんてのもある
参加者は転生マイト、シルバーファング、超合金クロビカリ、タンクトップマスター、ぷりぷりプリズナーの五名

・深海王
死闘を演じている相手が「自分は一般成人男子」とか言い出してちょっと困惑中。でもまだ本気出してないし……とか思ってる

・ガッツの転生者
今回空気気味な販売価格銀貨3枚の男(嘘)
ぷりぷりプリズナーがハンターズ一同に目をつけてる事を知って恐怖に震えている

・オールマイトの転生者
状況改善のため裏で色々動いてる男
ぷりぷりプリズナーの裸族っぷりを注意したら結果的に逆切れ中の不意打ちを防ぐ結果になった
実際、転生者一同はあの辺りの詳しい経緯をあまり覚えていないっぽいと設定されているので滅茶苦茶ファインプレー
なお、日常業務で市をまたいでウロウロしてたら電話受けたとき既に深海王戦始まってて大遅刻中、地味に遠いぞ!
†クラウド†男をなんかよくわからん技で倒した(目逸らし)

・†クラウド†男
なんか意味深な事を言いつつ、雨を暗示して死んだ
ここまで書いてようやく「あっ、霧じゃなくて雲にしてよかったやん、雨を暗示できるし」と気付く私
……いかん、行きあたりばったりがバレるΣ(´∀`;)

それでは次回、vs深海王編決着!


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第十四話 - 晴れた空と曇り空

 ――しとしとと雨が降り出したJ市の路上は、激しい戦闘の余波による生々しい破壊の跡が散見された。

 

 静まり返った町中で睨み合うぷりぷりプリズナーと深海王の姿を、ガッツとイナズマックスは固唾を呑んで見守っている。

 どちらも自分たちの遥か上を行く怪物であり、そこに加わるほどの実力が自身にない事を、二人は痛いほど理解していた。

 

――はじめに仕掛けたのは深海王であった。目にも止まらぬ速さで距離を詰め、初動が見えない程の速さで拳を振るう。

 

「甘いッ!」

 

 その拳は空を切り、地面へ突き刺さってアスファルトを砕いた。ぬるりと半身を反らし拳を回避したぷりぷりプリズナーはその勢いのまま左足を軸に大股開きで一回転し、前のめりとなった深海王の後頭部へ後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

まだだッ! ラァヴエンジェル――」

 

 地面を転がる深海王を追って、ぷりぷりプリズナーが何らかの認識災害的効果で幻視させた翼を羽ばたかせながら宙を舞い。

 

フラッピンスタァンプッ!!!!!

 

 猛然とした勢いでダブル・フットスタンプを仕掛ける。彼の両足が怪物の頭を踏み砕く――ことは無かった。

 物理学に喧嘩を売るかの如く何故か綺麗なハート型に陥没したコンクリートの地面に深海王の姿はなく、いつの間にか瓦礫の噴水を隔てた正面で拳を振りかぶっていた。

 

甘いわねぇ、隙よ

 

 着地の衝撃で身動きの取れないぷりぷりプリズナーに向けて巨大な拳の連打が襲いかかる。

 彼は筋肉をより隆起させた腕を盾にして頭部や胸部などを守るしかない。拳の嵐が体に突き刺さる度に骨がきしみ、筋繊維が悲鳴を上げるのをぷりぷりプリズナーは気合で持ち堪えた。

 

 一瞬の隙間を縫うように彼もまた反撃の拳を叩き込み始めると、やがては無数の拳のぶつかり合いへと移行する。

 

「――ッ!!! いくら好かれても、あなたからの愛は受け取れんッ!

 

……はあ? 何言ってるのあなた?

 

()()ステキな男子たちを害したあなたを、俺が受け入れる事はないッ! ラァヴエンジェルスマッシュ!!!!!

 

 一際強烈な拳が横っ面に突き刺さり、深海王の巨体がザザと後方へ大きく滑ってゆく。

 

 ぜはー、ぜはーと息を荒くするぷりぷりプリズナーは高熱を発し、降り注ぐ雨を蒸発させてもうもうとした蒸気を纏う。

 その体には痛々しい打撲の痕が目立ち始めており、対する深海王は見る間に傷が治ってゆく。明らかに、形勢が逆転し始めていた。

 

頑張るわね。でも、動きが鈍くなってるわよ

「ハァ、ハァ……ッ、まだまだ! この新形態、ミスティックエンジェルスタイルであなたを討たせてもらうぞ!」

 

 濃密な霧を身に纏い多少は視覚に優しくなりながら堂々と言い放つぷりぷりプリズナーだったが、その実内心は芳しくない。

 

(くそぉ、いいパンチをまた何発か受けちまった。奴め、なんだかスピードもパワーもどんどん増してる。それどころか……ッ!?)

 

 目を見開くぷりぷりプリズナー。視線を逸らしてもいないのに、感知できない刹那の間に巨大な拳が迫っていた。

 

 ――巨大な、というレベルではない。その大きさは2メートルを越す彼の巨体をすっぽりと包めるほどとなっていた。

 

ぬ、お、おおおおおおお――――ッ!!!!!!

 

 拳圧がせっかくの霧を吹き散らし、咄嗟にガードした彼の巨体を撥ね飛ばす。まるでゴムボールのように軽々と弾き飛ばされたぷりぷりプリズナーの体は背後にあったビルの外壁を突き破り、瓦礫と土煙の中へと消えていった。

 

 ビルは重要な支柱を破壊されたらしく、その自重を支え切れず凄まじい轟音を立ててその場で崩れ落ちる――ぷりぷりプリズナーを生き埋めにして。

 

ふふ

 

 瓦礫の転がる音が収まり静寂が訪れた雨のJ市。

 

うふぁはははははははははははっ!!!

 

 雨音の静寂を切り裂いて、巨大な異形が呵呵大笑する。

 

 その姿は先程までとは大きく違っていた。人に近い二足歩行のフォルムは崩れ去り、異常発達した筋肉を支えるためか四足歩行へと移行している。

 白塗りの人面が魚類のそれへと変わり、牙はより長く鋭く伸びていた。何より、6メートルほどだった体躯はいまや20メートルはくだらないほどに巨大化している。

 

 ――最早それは怪人とは呼べず、怪獣と呼ぶに相応しい。

 

地上に出て随分と萎んじゃってたけど、雨のおかげで元気が出てきたわ……

 

 怪獣はポツリと呟くと、硬直するガッツとイナズマックスにギョロリと視線を向ける。縦に裂けた瞳孔が、二人を見て嗤う。

 

あとはあなたたちだけね。彼ほどは楽しくないでしょうけど、せめて気持ちのいい声でないてくれるかしら

 

「――ッ!!」

 

 のし、のしと嫌に緩慢な動きでじわじわと近付いてくる怪獣。

今までの戦闘を知る二人は、その遅さが恐怖を煽るためにわざとやっているのだと察する。

 

「――なあ」

 

 恐怖に縛られたガッツの横で、イナズマックスが絞り出すように声を出す。

 

「アンタ、ヒーローじゃないんだよな? よく知らないけど、多分未だにバウンティハンターやってる組織の所属だろ」

「……だから、何だって」

 

 嗤う怪物から視線を逸らさず、問い返すガッツに、イナズマックスは抱えていたスティンガーを押し付けた。

 

 困惑するガッツを前に、彼は笑う。

 

「割に合わないだろ、金儲け目当てにやるにはよ。だから、こいつ抱えて逃げてくれ」

「……は? それはどういう」

 

「俺はヒーローだからな。何秒も稼げないだろうけど、なるべく遠くに逃げろ。そんで他の――できたらS級ヒーロー連れてきてくれ」

 

 そう言って、返答を聞くこともなく深海王へと一歩踏み出すイナズマックス。彼は小刻みに震える体で構えを取る。

 

馬ー鹿ねー、逃げられるとでも思ってるの?

 

「ヒーローはカッコつけてナンボなんだよ。ホントはこんな、負ける前提みたいな言い方もするべきじゃないが、つい口が滑ったぜ」

 

 彼は口を歪めて笑った。ほとんど痙攣しているような笑みでしかなかったが、ガッツにはそれがとても格好良く見えた。

 その反面、震えて思うように動かない自らの足に彼は失望する。

 

 ――ガッツ(ほんもの)ならば、こんな相手でも臆することなく戦えるのだろう。

 

 ――ガッツ(ほんもの)ならば、血を吐き傷付きながらでも、この怪物を倒してしまうかもしれない。

 

 しかし彼はガッツ(てんせいしゃ)であってガッツ(ほんもの)ではない。自分の中で燻っていた思いが、思わぬ形で露出した。

 

(俺は――ガッツ(ほんもの)に、なれねぇ。こんな中ボス相手にビビって、腰抜かしてるチキン野郎がガッツ(しゅじんこう)になれるわけがねぇ。……だけど)

 

 目の前で駆け出すイナズマックスが、ガッツの視界の中のあらゆるものがスローに動いていた。

 

 瓦礫を突き破り飛び出してきた傷だらけのぷりぷりプリズナーが純白の翼を広げ、ハートを撒き散らしながら拳を引き絞る姿が。

 

 それに気を取られた深海王の隙を突き、高く跳躍し前方宙返りを繰り返すイナズマックスの姿が。

 

「これ以上、俺の前でステキな男子たちを傷つけさせはせん!」

「余所見してるんじゃねぇぞ! 喰らえッ――!」

 

LOVE ANGEL ☆ SMASH!!!!!!!

稲妻大車輪両かかと落としッッッ!!!!!

 

「こんな俺でも、ヒーローになれっかな」

 

 彼には、とても眩しいものに見えていた。

 

 二人の渾身の一撃が、深海王に炸裂する。

 

 

 

〘J市における海人族の襲来は、A級ヒーロースティンガー氏の敗北の報せを機に災害レベル:鬼と認定されました。現場からはJ市シェルター前の映像が届いております、ご覧ください〙

 

 ニュースキャスターの言葉のあと、小さく表示されていたワイプ映像が画面いっぱいに広がる。

 ヘリからの空撮と見られる映像には、シェルターの入り口へ殺到する海人族の残党が映されていた。

 

〘強靭な作りとなっているシェルターではありますが、入り口部分だけは少し脆いとのことですし、市民の不安を解消するためにもヒーローたちには頑張って欲しいですね〙

 

 シェルターのハッチを叩く海人族の背後に自転車に乗った男が現れたところで現場映像が閉じる。

 

〘――さて、本日はゲストとしてヒーローランクA級1位にして、人気ランキングではかのオールマイト氏と1位を争うスーパーヒーロー、モデルや俳優、歌手としても大人気の“イケメン仮面アマイマスク”さんにお越しいただきました!〙

〘よろしくお願いします〙

 

 キャスターの言葉でカメラが切り替わり、容姿端麗な男性――アマイマスクの姿が映し出された。

 

〘今回の一件は災害レベルが鬼に達しましたが、ヒーローとしてのイケメン仮面さんはこの事態をどのように捉えておられますか?〙

 

〘……難しい質問です、今の僕は歌手としての“仮面”を望まれて新曲の宣伝の為にこの場に居ますので。でも、そうですね、ヒーローの僕として答えさせていただきます〙

 

 アマイマスクは口元に笑みを浮かべる。

 

〘ヒーローとは、人々の不安を取り除く希望の星でなければなりません。そう、かのオールマイト氏のように、存在自体が希望と平和をもたらす象徴として君臨すべきなのです〙

 

〘速やかに、そして鮮やかに悪を排除する事で市民の安寧を守るべきヒーローが、今回悪に屈してしまったことは残念でなりません〙

 

 ですが、と前置きし、アマイマスクは表情を綻ばせる。

 

〘オールマイト氏はこう言っています、“希望とは一人で紡ぐものではない。たとえ一人のヒーローが敗北しようと、そのヒーローが稼いだ時間で他のヒーローが駆けつけられる。一人で勝てないなら皆で力を合わせる、そうすればより強い悪にも立ち向かえる”、と。なので、敗北したヒーローの働きもきっと無駄ではないのでしょう〙

 

 なるほど、と関心した様子のキャスターが本題である新曲の宣伝について促そうとフリップを取り出す横で、彼は更に口を開く。

 

ちなみにこれはXX年XX月XX日に発売されたXXというヒーロー雑誌のXXページに掲載されたオールマイト氏へのインタビューで……。他にも……という……ですね……それから……

 

 こいつオールマイトの事になると早口になるな……というニュースキャスターの呆れを含んだ視線にも気付かず、新曲の宣伝すら忘れてオールマイト雑学を語り続けるアマイマスクであった。

 

 

 

 

 折れた鼻や割れた額から血を流しながら、イナズマックスが砕けたアスファルトの上で気絶している。

 

 四肢をありえない方向ヘ曲げたぷりぷりプリズナーが、瓦礫の山に半ば埋もれるようにして意識を失っている。

 

 たった一瞬でそれを成した深海王は、雨の中立ち尽くすガッツを見て嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

あらぁ? まだ逃げてなかったのね。腰でも抜けちゃったのかしら

 

「……ああ、ビビり過ぎて腰砕けだ。逃げたくても逃げらんねぇ」

 

 そう言って、彼は自嘲気味に嗤う。イナズマックスに託されたスティンガーは近くにあった木の陰へと寝かせていた。

 

そう。まあ、逃げたところで追っかけて殺すけど

「……だろうな。だから、生き残るにはこれしかねェんだ」

 

 舌なめずりをする怪物の前で、ガッツは愛剣を構える。勝てる気は微塵もなかった。さっきまで腰が抜けていたのも事実であるし、逃げ切れないという確信があるのも確かだ。

 

 しかし、逃げない事を選択したのは、間違いなく彼自身だった。

 

「……逃げ出した先に、楽園なんてありゃしないなら。辿り着いた先も戦場だってんなら、ここで戦ったほうがまだマシだ」

 

 覚悟を決めた表情で、彼は深海王を睨み上げる。

 

「俺はガッツだ。俺はガッツが無様に逃げ回る所なんて見たかねぇ、だから戦う。文句あっか!」

 

 恐怖を振り払うかのように、ガッツが吠えた。

 

……何言ってるのかさっぱり分からないけど、腕の借りはキッチリと返させてもらうわよ

 

 そんな、半ば錯乱したような彼の言葉に、深海王はどこかつまらなそうに言い捨てた。

 

「言ってろ! 大体そのトカゲみてえなツラが気に入らねえんだ、嫌な事思い出させやがって、ブッ殺してやる」

 

 精一杯の虚勢を張り、怒りを沸き上がらせて恐怖を塗り潰す。

 そうしなければ、両足で立っていることすらままならないからだ。

 

なんでもいいから、苦痛の悲鳴を聞かせなさい!

 

 そう言って飛びかかって来る深海王を前に、ガッツは大剣で地面の瓦礫を飛ばす。瓦礫は狙い通り深海王の顔に当たり――。

 

あら、目潰し? 残念、効かないわよ

 

「クソがッ……!」

 

 にやけた表情で振るわれた大振りの拳を紙一重で回避し、懐に飛び込んで白い腹を斬りつける。……しかし、強靭な鱗に覆われた皮膚は最早彼の振るう刃を受け付けない。

 

 横から飛んできた巨大な手のひらがガッツの胴をむんずと掴む。

 

「――ぎッ!?

 

 握り潰さないギリギリの握力で締め上げられ、彼の力が抜けた。大きな音を立てて地面へ転がった大剣を見下ろして深海王が嗤う。

 

ご……の……ッ!

 

 ガッツは咄嗟に鎧の胸元に取り付けられたナイフを握り突き刺すが、無情にも刃は通らずナイフが折れる。

 

はいざぁんねーん、ゲームオーバーよ

 

「……ッ、があああッ!!

 

 折れたナイフを狂ったように叩きつける彼を深海王は嘲笑う。

 

さあて、どうしてくれようかし――?

 

 にやにやと嗤う深海王が口の中に違和感を感じた次の瞬間――バンッ、という破裂音とともに、ガッツの顔へ返り血がかかる。

 ――しかし。

 

「……クソ、バケモンが。口の中まで頑丈かよ」

 

 口の中から火薬の煙を吐きながらも、怪物はほとんど無傷であった。手投げ式故に災害レベル:虎程度を想定した武装とはいえ、口の中で炸裂させたにも関わらず怯みすらしないとは、ガッツとしても流石に想定外であった。

 

なにすんのよ、油断も隙もないわね。……まあいいわ、流石に万策尽きたんじゃないかしらぁ?

ぐっ……がっ……!

 

 深海王が少し力を込めて握ると、肋の折れる音が連続して響く。口から溢れ出る血と押し殺した苦悶の声に怪物は満足げに頷いた。

 

うふふ、良い声が出るじゃなぁい? さて、そろそろ取り立てをさせてもらおうかしら

「な、何を……ッ!?」

 

 左腕を掴み伸ばされた事で、ガッツは青褪め激しく体をよじる。しかし拘束は欠片も揺るがず、深海王の愉悦を満たすばかりだ。

 

うふ、よく鍛えられた美味しそうな肉ね。よぉく味わってあげるから感謝しなさぁい

 

「や、やめ――あ゙ッが!!!

 

 ――ぞぶり。鋭い牙が肉へ食い込んでゆくゾッとするような感覚にガッツは息を詰まらせる。嬲るように、愉しむように、わざと長い時間をかけてじわり、じわりと顎へ力を込める深海王。

 

〜〜〜〜〜〜〜ッッぐ、ぁ゙!!

 

 ばきり、ぼきり、という無機質な音とともに前腕骨がへし折れ両断される音が鳴ると、その耐え難い痛みにガッツは嘔吐する。

 

フーッ……フーッ……!

 

 固く目を閉じていたガッツが目を開くと、彼の左前腕は半ばから先が無くなっていた。

 

ふふふ、いい肉質じゃない、褒めてあげるわ。それに、なかなか気持ちのいい悲鳴だったわよ

 

 バキバキと自らの腕が咀嚼される音を聞きながら、ガッツは喉の奥からこみ上げる、くつくつという笑い声を漏らした。

 

……あら、もうおかしくなっちゃったのかしら?

ああ……おかしい、さ。ッぐ……まる、で……運命みたいだな……次は右目か、畜生、め……ッ

 

 心底愉しいといった表情の深海王を、ガッツは脂汗の吹き出した顔で睨みつけ――そのままがくんと意識を失った。

 

あらぁ、もうおしまい? ふふ、あなた雑魚だったけど、この私に傷を負わせられた事は評価してあげる……じゃあね

 

 怪物はぐったりとした彼を高く高く持ち上げた。

 

 深海王は顔を上に向けると、凶悪な牙の並ぶ口を開き、ゆっくり、ゆっくりとガッツの身体を下ろし始める。

 青黒くぬめった舌先が彼の体へ触れようとした、その時だった。

 

――――ズドンッ。

 

――!?

 

 J市の一角が激しく揺れ暴風が吹き荒れると、次の瞬間訪れた衝撃は雨粒を――空間に揺蕩う全てを押しのけ、無音を響き渡らせた。

 

 無音が世界を支配して数秒経つと無数の雨粒が一斉に地に爆ぜる、“ザッ”という音が耳を打つ。

 ……そんな明らかな異常に、圧倒的強者としてこの場に君臨していた深海王も思わず身を硬直させていた。

 

一体、何が――ッ!?

 

 怪物は気付く。今まで握り締めていた太く強靭な指は全てあらぬ方向へと曲がり、手の中にあるはずのガッツの姿がない。

 

 深海王が手指を再生しながら抑え切れぬ困惑をあらわに周囲を見渡せば、いつの間にか目の前にしゃがみこむ大きな人影。

 その人影は、深海王が今まで確かに握っていたはずのガッツを地面に寝かせ、喪われた左腕へ向けぼんやりと光る手を翳していた。

 

 とめどなく流れていた血は既に止まり、青褪めていた肌にも僅かながら朱が差し始めていた。――と。

 

「――情けない。不甲斐ない」

 

 その男が、静かに言葉を発した。

 

「何が対処は難しくない、だ。何が我々の頑張りどころ、だ」

 

 その声に覇気は無く――しかし、はっきりと怒りが感じ取れ。

 

「何が“ヒーロー”だ――何が“オールマイト”だッ!!!!」

 

 その煮えたぎる怒りの矛先は、他ならぬ彼自身に向けられていた。

 

「割り当てられた役割も果たせず、仲間に、人々に取り返しのつかない怪我をさせて――“オールマイト”を名乗る資格など……!!」

 

 ゆっくりと、男が――オールマイトが立ち上がる。緩慢にも見える動きで振り返った彼の表情は、仮面のような笑み。

 

 彼が人々を助けて回るときにいつも浮かべている表情……それと形は同じでも、どこが作り物を思わせており――故に仮面のような印象を見るものに与えていた。

 降り注ぐ雨は彼を濡らし、顔を伝って濃く影を落とされた眼窩の下から流れ落ちる。まるで滂沱の涙のように。

 

な、なんなの、あなた――ッ!?

 

 濃密な強者の気配に、知らぬ間に肩を震わせる自らに気付いた。……絶対強者たる存在の自身が恐怖している。そんな事実に気付き、深海王は驚愕した。

 

 目の前の男は、先程まで彼が圧倒していた相手と同じ程度の体格でしかない。簡単に引き裂き、喰らえるはずだ。と、そう思えないことに深海王は戦慄した。

 

そんな事、あっていいハズがないわ……だって私はこの世の全てを支配する――ッ!!

 

“本当に強い人と比べれば俺なんてただの一般成人男子に過ぎない”

 

 ――ただの侮蔑と切り捨てた言葉が、彼の脳内にリフレインする。

 

あの言葉は、本当だったと言うの……?

 

 怯えを、恐れを押し殺して深海王は牙を剥き出しにする。

 

認めないわ……私は深海の王、深海王! 海は万物の源にして母親のようなもので、それを支配する私は全生命の頂点に立つ存在……!!

 

 深海王はその巨大な拳を握り、振り上げる。

 

その私に盾突くあなたは、死になさいッ!!

 

 そして、その拳の大きさにも満たない男に対し、振り下ろした。今までの遊びとは違う、全身全霊を込めた、殺意の拳を。

 

「資格などない……私自身、痛感しているよ」

 

――――!!?

 

 その殺意は、呆気なく片手で受け止められていた。

 肉体を打ち砕くどころか、微塵も揺るがすことすらできない。

 

「それでも、私は……この世界において“オールマイト”なんだよ。“オールマイト”であり続ける、“オールマイト”を体現し続ける、義務があるッ!!!

 

 ――その時、彼は自身の死を感知することすら出来なかった。

 

 不必要なまでの力を込められた一撃は深海王の矮小な体をなんの抵抗もなく貫き、その余波は雲を衝く。

 

 J市を覆う暗雲は、たった一つのパンチによって祓われた。

 

 

 J市のシェルター前には、市民の歓喜の声が響いていた。

 

「フーッ、これで、全部か?」

 

 蛇革の特製スーツを身に纏った男が、息を整えながら構えを解く。

 その横で鼻血を拭うオールバックの男と、もがれた片腕からはみ出した配線をスパークさせるサイボーグが床に座り込んでいる。

 

「や、やったぞ! アンタのおかげだ、無免ライダー!」

 

 “拳”と一文字書かれた珍妙なシャツを着た、体格のいい癖毛の男はそう言ってぐったりとするサイクルファッションの男の肩を抱く。

 

 ヒビ割れてズレたサングラスを戻しながら、男は――ヒーロー・無免ライダーは笑う。

 

「はは、恥ずかしながら俺は大して役に立てなかったよ。ほとんどみんなのおかげさ」

 

「いいや違うね、俺達は災害レベル:鬼の警報にビビってシェルターに篭ってた。アンタが外で必死に戦ってるのを知ったから、俺達もなんとかしなきゃって思えたんだよ!」

 

 そう言って変なシャツの男――ヒーロー・ブンブンマンは青痣の付いた目を細めて笑った。

 

 雨雲が消えて晴れた空の下、ヒーロー達は互いに称え合い、市民たちは彼らの活躍を賞賛する。

 

 怪人の親玉もどこかで討ち取られ、一人の死者もなく収められた“海人族の襲来”事件は晴れ上がった空に相応しい大団円を迎えた。

 

 とある男の胸中を除いて――。

 




・ぷりぷりプリズナー
新形態ミスティックエンジェル☆スタイル!に覚醒したり健闘したものの、雨で真価を発揮した深海王に敗北
ミスティックエンジェル☆スタイルとは、激しい戦いにより体に付着した水分を蒸発、濃い霧を発生させそれにまぎれて戦うスタイル
裸体が隠れて視覚的にとってもやさしいが、雨の日以外に使う場合は霧がムアっとした匂いを漂わせてむしろSAN値が下がる

・イナズマックス
逃げる時間は稼げなかったがその勇敢さにガッツは憧憬を覚え、ぷりぷりプリズナーはキュンとした

・深海王
「えっ、さっき言ってたのってマジだったの!?」

・ガッツの転生者
深海王を前に戦意喪失した自身に失望しつつもなんとか奮起して戦った結果左前腕を食い千切られてしまった(無慈悲)
初期から決めてた展開ですが、人選でバレバレだったみたいですね
目はまだ無事なのでまだもう一回できる(外道)

・オールマイトの転生者
遅れてやってきたら仲間が大変なことになってて、思わず深海王を全力で殴ってしまった。ハゲの無造作なパンチよりは威力がある
なんかヒーリング的な事をやっていた気がする

・アマイマスク
あいつオールマイトのこと話すときめっちゃ早口になるよな

・無免ライダーとか
シェルターに殺到してた海人族残党に無免ライダーが殴られても殴られても立ち上がる姿を見てシェルターに避難中のヒーローが飛び出し戦うというドラマティックな展開が裏であった


ガッツさんは皆さんの期待通り(?)隻腕化しました、あとは右目だけですね! 冗談です!
ガッツさんがリョナられてるシーン、実はオールマイトが飛んでくるタイミングが上手いこと書けず延々嬲られるのが悪趣味過ぎてスッパリカットしました、ここが執筆上詰まってたシーンですね……


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怪人娘のいる生活-3 - 前編

ぽへぇー

 

 とあるアパートのベランダにもたれかかり、物憂げな――と言うには少々間の抜けた表情で空を見上げる一人の少女がいた。

 少女は人形のように整った顔立ちをだらしなく弛緩させ、緩やかに流れる大きな積乱雲をその紺碧の双眸でぼんやりと眺めている。

 降り注ぐ日光を浴びてキラキラと輝く金糸の髪は、無造作に腰まで伸びており――その髪に半ば隠された細い腰から下は人間のそれではなかった。きめ細やかな緑の鱗に覆われた大蛇の尾がベランダの床にとぐろを巻いている。

 

 ――彼女は、いわゆる怪人と呼ばれる存在だ。

 

「ミア氏ー、そうめんゆがけたからお昼に――」

 

 そんな人外の少女の背に、低い男の声がかけられる。風を受けて緩やかにはためくカーテンの先、陽を浴びて黄昏れる少女の姿に男は思わず口をつぐんだ。

 

 ……彼女がこのアパートに住み着いてそれなりの時間が経つ。

片時も外へ出ず過ごして来た彼女の生活には、男も思う所がないわけではなかった。

 

(そうだよな……口ではなんだかんだ言っても、ミア氏は自然で生まれ育って来たんだもんな。狭いアパートの一室に篭りきりじゃやっぱりストレスが――)

 

「あの雲、ソフトクリームみたいですの……じゅるり

 

(――なんて繊細さは持ち合わせてなかったみたいだ)

 

 なんのことはない、緩んだ口元が見えなかった故の誤解であった。

 

 男――キングは、ため息を一つついて声をかける。

 

「ミア氏、お昼ゴハンのそうめん出来たから食べようか」

「……んあっ!? もうそんな時間ですの?」

 

 驚いた様子で振り返った少女――ミアはグシグシと口元を拭いながらベランダから部屋へと上がる。

 もちろん、設置されたタオルで大蛇の尾から埃を拭うことは忘れない。抜けた所のある彼女ではあるが、三度苦言を呈されて改められない程ではないのだ。

 

 

 花の意匠が施されたガラスの器に、トクトクと出汁の香るめんつゆが注がれる。ミアは彼女用の桃色の箸で大皿の端に添えられた氷をつまみ、めんつゆの液面へと移す。

 カラン、という涼し気な音を立てて器を漂う氷を前に、ミアは「むふー」と満足気に頷いた。

 

「さてと……いただきますの!」

 

 キングによって食べやすく一口大に結ばれた束を一つ持ち上げると、氷で冷えた黒い液面へと晒す。

 一度、二度とめんつゆを潜らせ結び目も緩んだそうめんをゆっくりと持ち上げ、彼女は大きく口を開ける。

 

「あー……んむっ!」

 

 小さな牙の覗く薄い唇に咥えられたそうめんは、ずず、という小さな音とともに吸い込まれ――もぐもぐと咀嚼したミアは頬に左手を当てて顔を綻ばせた。

 

ンン〜〜〜ッ!! やっぱり日本の夏はコレですの〜〜♪ これが無くちゃ始まりませんの〜〜っ♪」

 

(いつもながら美味しそうに食べるなぁ……ニホンはしらんけど)

 

 彼女が浮かべる花の咲くような幸福満面の笑顔を肴に、キングもまたそうめんをすする。絶妙な茹で具合に彼も満足気に頷いた。

 

 ガラスの大皿に盛られたそうめんの山は見る間に小さくなってゆき、あっという間に二人の腹に収まってしまう。

 

「ぷはーっ、ごちそうさまですのっ!」

 

 脚を、もとい尾を投げ出して仰向けになるミアを後目に、キングはテキパキと食器を運び、流し台で洗い始めた。

 その間に彼女はむくりと起き上がり、いそいそとテレビの前に移動すると、おもむろにゲーム機のセッティングを開始する。

 カチャカチャという食器を洗う音に混じって格闘ゲームの起動する音が流れ始める。サッと洗い物を終わらせた彼が新聞を手にテーブルへ戻ると、ミアはNPCを相手にコンボ練習を始めていた。

 

 NPCである女性キャラクター(キングの得意とするキャラだ)がボコボコにされる艶めかしい声と、ミアの怨嗟の篭ったようなゲスい笑い声をBGMにキングは新聞を読み進める。

 

(えー、なになに? “怪人ヒーロー、またまたお手柄! 変態怪人を単独撃破も男性ファン歓喜の衝撃ハプニング?”……ほう、ほう)

 

 見出しの写真には倒れた怪人をバックに拳を掲げドヤ顔をする、A級ヒーロー・チャーミングジラフの姿が写されている。

 その胸元には“見せられないよ!”と書かれたボードを手に持ったチャーミングジラフの二頭身イラストが笑顔で仁王立ちしており、記事を見るまでもなく何が起こったのか彼にも容易に察せた。

 ONEちゃんねる(とくめいけいじばん)で探せば画像見つかるかな? などという邪念を振り払いつつ、彼はそのヒーローについて思いを巡らせ始める。

 

 ――チャーミング・ジラフ。

 その可憐な見た目にからは想像できない程の怪力と頑丈さを武器にしたシンプルな強さに加え、天真爛漫な言動がその手のファンを強く引きつけるA級ヒーロー。

 何かと話題に事欠かず、特にデビュー当初は各メディアが連日彼女についての報道を行っていた――その一番の理由は、彼女が動物のキリンから変異した“怪人”である事だ。

 

(人類に対する敵意を持たない怪人、ね……)

 

 人類に対する敵意を持たず、重篤な罪を犯していない怪人を“無害怪人”として討伐対象外とする。

 ……数年前、No.1ヒーローであるオールマイトの後押しもあってようやく成立した制度だ。

 しかし、認定されたからと言って、人間同様に自由とはいかない。特定の条件を満たした施設への居住、及び外出時には一定の戦力を保有する者の監督が必要となり、それらの条件からも開放されるには人類に対する一定以上の貢献――例えば、チャーミングジラフのようにA級ヒーローへの昇級、などが必要となる。

 

 キングはちらりと、テレビの前に齧り付く異形の少女を見る。

 

「うひひっ! ホラホラ、手も足も出ない様子だなァ〜? くひっ、可哀想だから一発打たせてやろう――かかったなアホがァ!!」 

 

 NPCにわざと攻撃させ、当身技から始動する複雑なコンボを叩き込むミアの表情はまさに邪悪な怪人といった形相であった。

 彼は思わず苦笑いを浮かべる。

 

(……まあ、多少アレな所があるだけで基本的にいい子なんだけど)

「ふふふ、これで、トドメ、です、のッ!!!!」

 

 NPCの体力を残り僅かまで削った所で彼女の操るキャラクターのカットインが入り、無駄に派手な演出を経て“K.O.”の文字が画面に表示される。ミアはコントローラーを持った手を高々と掲げ、ドヤ顔でガッツポーズを決めた。

 

 その姿は、新聞に掲載されたチャーミングジラフのそれと偶然にも一致していた。状況は全く違うが。

 

 

あ゙ーっ、NPCとやっても虚しいだけですの……」

 

 You Win!の画面を放置したまま、ミアはゴロンと横に寝転ぶ。

 

「滅茶苦茶楽しんでなかった……? まあいいや、相手しようか?」

 

 そう言って2Pのコントローラーを握ったキングの横で、彼女はカフーと威嚇の声を上げる。

 

ゔーっ、キングとやってもボコボコにされるだけでぜんっぜんっ楽しくないので遠慮しますのっ! 私は戦うのが好きなんじゃなくて勝つのが好きなんですのォォッ!!!

 

 ……対戦の度にキングがいじめ過ぎたせいか、彼女はすっかりいじけてしまったらしい。彼は苦笑しながらボタンを操作する。

 

「オンライン! オンライン対戦はありませんのぉ!?」

「残念、このシリーズには搭載されてない。ゲーセンに行けばアーケードがあるけど……ほら、今日は指二本で相手してあげるから」

 

 そう言って二本の人差し指を立てるキングに、ミアはがばりと身を起こす。その縦に割れた瞳孔にギラギラと光が宿る。

 

言ったな! 他の指使ったらその時点で負けだかんな! 負けたほうが今週の便所掃除だかんな! ハッハーッ、今日こそヒイヒイ言わしてやりますのッッ!!!」

 

 

 ――You Win!!

 

 画面内でセクシーポーズを取る女性キャラクターに、ミアの顎が外れんばかりにあんぐりと開かれる。その横では見せつけるようにピンと立てた2つの人差し指を掲げ不敵に笑うキング。

 

「今週のトイレ掃除、よろしく」

「……もう、二度と格ゲーなんてやりませんの」

 

 パタリとその場に倒れ込み、真っ白になっていじけるミア。

 

「でもミア氏も結構強いと思うよ、普段通ってるゲーセンなら上から数えたほうが早いんじゃないかな」

「そこに行けねぇなら意味ねーですの……。いいんですの、私はクソ雑魚のウジ虫ですの、敗者には便所掃除がお似合いですの」

 

(そこまでいじけなくても……)

 

 指先でイジイジと床に“の”の字を書きなぐる彼女の耳に、“ピンポーン”というインターホンの音が響く。

 

「お……来たかな?」

「んあー、なんか頼んでましたの?」

 

 首を傾げるミアの横でキングがむくりと立ち上がり、そそくさと玄関へと向かう。

 

「どうも」「ありありしたー」

 

 よいしょ、という気合の入った声を上げ巨大なダンボールを引きずるようにして戻ってきた彼にミアは目を大きく見開いた。

 

でっか! 一体何を買いましたの?」

「フフ、それは見てのお楽しみだよミア氏」

 

 意味深な笑みを浮かべながらカッターナイフを持ち出し、箱を開封し始めるキングに彼女は怪訝な表情を浮かべていたが、中身が顕になると目をキラキラと輝かせた。

 

「あ、あのっ、これって……!!」

 

 ――ガチャン、という音を立てて広げられたそれは妙に高い位置に座面がある、奇妙な形の車椅子だった。

 レッグサポートはなく、座面の下には荷物を固定できるようにか目の細かい筒状のネットの取り付けられた広い空間がある。

 左右の駆動輪から前輪の上には不透明な樹脂製のカバーが取り付けられており、横からの視線を遮っている。

 手押しハンドルは長く取られ、間には荷物を入れられる籠の様なものが付いており、その底は抜けていた。

 

「変な注文ばっかりつけるから不思議そうにはされたけど、適当に誤魔化したから多分バレたりはしてないと思う」

 

「特注、ですの? 私の為に……?」

 

 車椅子として少し妙な構造も、彼女から見ればその用途は容易に想像できた。取り外されたレッグサポートと座面下のネットのある広い空間、背面の底のない籠と目隠しの樹脂製カバー。

 

 ……それらは、ミアの長い尻尾を隠す為の空間となっていた。

 

「ちょっと工夫して、大きめのひざ掛けとか掛ければ人前に出ても簡単にはバレないと思う。ミア氏、ちょっと一回座って――」

 

 どん、と鈍い音とともに、キングがよろめく。その胸元には、感極まった様子のミアがひしっとしがみついていた。

 

「ありがとうございますのおおおおっ!」

「あわ、あわわわわ!?」

 

 むにゅりという少女の柔らかな感触にキングの頬が紅潮する。

同居生活の中で身につけた自制心を振り切って心拍数が上がり始めた所で、彼の下半身へミアの長い尻尾がぐるぐると巻き付く。

 

ぐええっ!? み、ミア氏、締まってる締まってる!」

 

 キングの心音(エンジン)に彼女がひっくり返るまで、あと数秒。

 

 

 

「ご、ごめんなさいですの。つい、嬉しすぎて私の中のラミアな部分が暴走しましたの……」

 

「ごほっ。ま、まあ悪気がないのはわかってるからもういいよ」

 

 正座(?)でしゅん、とうつむくミアにキングは苦笑を返す。

 

「でも、オーダーメイドの車椅子って、よく知らないけどすごく高いんじゃありませんの? その……」

 

 もじもじとしながら、彼女は少々気まずそうに言う。

 

「養ってもらってる私が言うのもなんだけど、キングが働いてるところを見たことありませんの。お金は大丈夫ですの?」

 

「……た、確かに働いてはいないけども。その点には心配いらない」

 

 悪気なく言ったであろう気遣いの言葉がブッ刺さった彼は、よろよろとした足取りでタンスに向かい、通帳を取り出してきた。

 

「ええと? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せ、せんまん、い、いちちち……!?」

 

 目の前に突き出されたそれをまじまじと見て、ミアは目を¥マークに変えたまま石になった。

 

「この通り、お金の心配はしなくていい」

 

 ドヤ顔で言い放つキングの顔を、彼女は油の切れたロボットのような緩慢な動作で見上げた。

 

「……つかぬことをお聞きしますの。なんでこんなアパートに?」

「ミア氏、お金というのは、使えば使うだけ減るんだよ。そして使う事に慣れてしまうと、感覚は簡単には戻せない」

 

 やれやれと肩を竦める彼に、ミアの頭上に疑問符が浮かぶ。

 

「……稼げばいいのでは?」

「労働に馴染めなくて……」

「その……投資とか?」

「買った株が三回連続で翌日紙切れになった話する?」

「うわあ……」

 

 そんなやり取りの果てにタンスへ通帳を戻すキング。

 

「……あれ? じゃあこのお金どうやって稼いだんですの?」

 

 宝くじなんて当たりそうもないですの、と彼の運の悪さを察した言葉を口から漏らすミアに対して、彼は口元に笑みを浮かべた。

 

「……四年に一度、世界中で最も強いファイターを決める祭典が開かれている。そしてその大会には、当然賞金も出るんだよ」

 

 謎のオーラを背負い不敵に笑うキングに対して、彼女はゴクリと生唾を飲んだ。

 

「つ、つまり……キングはその大会で……?」

「ああ、四度優勝している」

 

 ピシャーンと雷に打たれたような表情をするミア。

 

(只者じゃないとは思ってたけど……世界最強だったとは……!!)

 

 この男のヒモになって良かったと、彼女は自らの幸運に感謝し。

 

「さて、ミア氏も外出できるようになった事だし。今日は俺の闘いぶりを見せてあげようかな……行きたがってたでしょ、ゲーセン」

 

「…………えっ??」

 

 そして直後に発せられた男の言葉に、彼女は心底困惑した。

 




・邪神ちゃんの転生者(ミア)
ヒモ生活満喫中!メシの顔ノルマ達成!
そうめんってその夏の最初に食べる時は滅茶苦茶美味しく感じるけど、親戚から大量に送られてきて毎日食べてると途中からだんだん憎らしく見えてきますの……(遠い目)
感極まると内なるラミアの本能で相手に巻き付いてしまうらしい。

・ミアちゃん専用車椅子
キングさんが特注した謎の変更点が多数ある手押し式車椅子。
尻尾を座面の下から背面の籠にかけて収納できるようになっており、膝のあたりにも毛布が風等で外れないような仕組みとかがされている。
そのせいで電動車椅子くらいゴツいけど手押し式。

・キングさん
格ゲー4回連続世界王者(すごい)
13歳から4連覇しており、29歳となる今年、5回目の大会を目前にしている(フラグ)可愛い同居人を自慢しに地元のゲーセンへ(ずるい)
指二本でそれなりに格ゲーできるミアちゃんに勝てる(やばい)

・ONEちゃんねる
この世界で一番スタンダードな匿名掲示板、2chあらため5ch相当。
探せばジラちゃんのお宝写真や動画が普通に飛び交ってる。
画像も貼らずにスレ立てとな?(麻呂)
ONEPUNchにしようかと思ったけど流石にやめた。

次回は『ゲーミング邪神ちゃん!』をお送りしますの!(嘘)


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怪人娘のいる生活-3 - 後編

 その日、ゲームセンターはざわめきと怨嗟に包まれていた。

 

 大型の車椅子を押すキングと、その車椅子の上でガチガチに緊張した様子のミアに多数の視線が突き刺さる。

 

「KINGが女の子を連れている!?」「メチャかわいい……クッソ、あの野郎見せ付けに来たのかよ!」「仲間だと思ってたのに……」

「なんてこった、狙ってたのに!」「え、お前あの車椅子の子知ってるの?」「……なんで?」「えっ?」「えっ?」

 

 人々の視線が集中する環境にミアは心臓がどきどきとして気が気ではなかったが、幸いにもその視線の大半は彼女の顔面へと注がれており、完璧に隠した蛇の尾に気づかれる気配は皆無だ。

 

「ミア氏」

ひゃいっ!?

 

 人々の視線に緊張していたミアは、急に頭上から降ってきた声に心臓が飛び跳ねた。

 声の主、キングは特に気にした様子もなく、ゲームセンターの中をぐるりと見渡している。

 

「このゲーセンは結構有名な場所だから、そこそこ強いプレイヤーも来るんだよね。ミア氏ならかなりいい勝負できると思うよ」

 

 そんなミアの緊張を知ってか知らずか、彼は声を弾ませた様子でそう言った。彼女がおずおずと見上げると、キングの表情は普段と比べても明らかに柔らかい。

 ミアが普段との雰囲気の違いに戸惑う中、体格のいい男が瓶底眼鏡を左手で持ち上げながら近づいてくる。

 

「キ、KING殿! そちらのお連れさんは一体……?」

「や、ジュウジ氏、こちらはミア氏。最近できた友人で、ゲームセンターに行ってみたいって言うから連れてきたんだ」

 

 そんな風に自然体で話すキングの姿に、彼女は思わず目を剥く。

 男――ジュウジはミアへ向き直り、手を差し伸べてくる。

 

「ご友人か! 俺はジュウジ、どうぞよしなに!」

「あ、はい、ミアですの。よろしくですの……?」

 

 ミアがおずおずと握手に応じると、彼はニコリと笑ってキングへと向き直ってしまう。思いの外あっさりした反応であった。

 

「……あれ、そういえばジュウジ氏は今日オフなんだ? いつもと違う時間帯に居るけど」

「ああ、昨日相方が捻挫してな、治るまでは休む事にした。幸い、週一のノルマにも問題はない。……所でKING殿! 今年の大会で使われる“SMASH OF HEROES”の鍛錬の方は?」

 

 そう言って、彼はアーケード格闘ゲームコーナーにずらりと並べられた真新しい筐体へ視線を向けた。

 

「とりあえずは一通りのキャラを試して大体の傾向は掴めたかな。完全新作だけにスタートは皆横並びだし、まだ家庭用も出てないからもっと通い詰めないとね」

 

 筐体は濃い青字に赤と白のラインが入ったデザインで、画風の違う笑顔の筋骨隆々の大男が拳を掲げる絵が添えられている。

 

「しかし、ヒーロー協会も面白いプロモーションをしたもんだな。ゲームバランスも中々いいみたいで、評判も中々。出演オファーが来るのはA級以上だけなのが悔しいが、俺もいつかは……ちなみにKING殿の持ちキャラは、やはり“ジラちゃん”?」

「うーん……確かに、キャラデザ的にもマフラーを使ったアクションも使い応えがあってすごく、すごく好みなんだけど……」

 

 そう言って彼は筐体を見つめ、口元を綻ばせた。

 

「このゲームで俺が使うなら、やっぱり“オールマイト”かなぁ」

 

 その言葉にジュウジは分厚い眼鏡を押し上げ、キングの左目周辺に刻まれた三筋の古傷に視線をやった。

 

「……ふーむ、なるほどそう来たか。オールマイトは癖もなく扱いやすい、苦手なキャラも特にいない正にオールマイティな性能。王道故に使用者の力量が如実に反映される良いキャラだ」

 

 彼はウンウンと頷くと、再びミアを見る。

 

「さて、ミア殿!」

「は、はいですの」

 

 いきなり声をかけられて少々肩を震わせた彼女に、ジュウジは少し声量を落としつつ尋ねる。

 

「ゲー厶に興味があるとの事だけど、何がお好きで?」

「え、ええと、一応、格ゲーを少々……キングにいつもボコボコにされてちょっと自信喪失中ですの」

 

 そう言って恨みがましい目を向けられてもキングはどこ吹く風とおもむろにSMASH OF HEROESの空いた座席へと座った。

 

「ふふ、KING殿は初心者相手でも容赦ないからなぁ。ところで機種は……なるほど、それじゃああとで対戦しようか」

「えーっと、お手柔らかにお願いしますの」

 

 そんな風なやり取りの横でキングはスティックを操作してキャラクターの選択を行い、やがて画面が切り替わった。

 画面には青を基調としたコスチュームの巨漢、1Pの“オールマイト”と白を基調とした細身の男性、2Pの“閃光のフラッシュ”が対峙している。

 

 『READY, FIGHT!』という女性の声の後、ゴングのSEが鳴り響くとほぼ同時に“閃光のフラッシュ”が動いた。

 高速移動技で近接して来た対戦相手による上段・中段・下段と織り交ぜられた切れ間のない攻撃を、キングはその予備動作を見極め正確にガードし続ける。

 そうしてコンボのループ部分に発生する僅かな硬直を突き、彼の操る“オールマイト”は反撃を開始する。

 発生の早い足払いで怯ませコンボへと持ち込む。補正切りを交えたパワフルなコンボによって瞬く間に“閃光のフラッシュ”の体力は削り取られ、“K.O.”の声とともに1R目が終了した。

 

 続けて始まった第二ラウンドでは先程は防いでいた開幕の攻撃を無敵判定付きの技で切り返し、そのままコンボへと移行する。

 

「芸がないな」

 

 再び――今度はコマンドが複雑で画面映えする技を含めた、いわゆる“魅せコンボ”によって2Pをタコ殴りにしてゆき……そして、相手のHPが残り僅かとなった所で画面に“オールマイト”が大写しとなり、派手なアニメーションを伴う一撃必殺技が炸裂した。

 そんなデジャヴを感じる光景に、ミアは顔をしかめる。

 

うげーっ、昨日やられたヤツですの……わッざわざ長ったらしい魅せコンしてギリギリまで削ってから一撃技とか、やられてる側はメチャクチャ不愉快ですの……って、あれ?」

 

 画面内で“オールマイト”が勝利セリフを喋る中、周囲を取り囲んでいた人垣から聞こえてきた感嘆の声にミアは目を剥く。

 

ひえっ、いつの間にか囲まれてますの!?」

「ん、ああ、KING殿は大会四連覇中のレジェンド級チャンピオンだからな、プレイ中はいつもこんな感じだ……っと、長くなりそうだしミア殿の好きな機種で遊んでみるか?」

 

 次の挑戦者を相手に(じゅうりん)し始めたキングを見て少し悩んだ後、彼女はこくりと頷いた。

 

「……キングの無双する光景はもう見飽きてるし、せっかくゲーセンに来れたんだから私も遊びたいですの」

「それじゃあ、ミア殿が遊び慣れてるやつをプレイしてみようか。大丈夫、KING殿みたいにできる人はほぼいないから」

「ほんとに……?」

 

 

「――っしゃあッ!! また、また勝ちましたのッ!! ほぉれ見たか、私が弱いんじゃなくてキングが異常なだけでしたのッ!!」

 

(((うわあ……)))

 

「ふーっ、満足しましたの。やっぱり勝負事は勝ってこそですの」

 

 端正な顔を喜悦に歪め、拳を振り上げるミアの姿にチャンピオンの女(仮)の腕前を見ようと集まったゲーマーたちはドン引きする。

 

「四人抜き……ミア殿、強かったんだな。最初は手加減しようかと思ったけど普通に負けたし(よっぽどフラストレーション溜まってたんだな……ちょっといじめ過ぎじゃないかKING殿)」

 

 初戦にて激闘の末3R目で敗北したジュウジが顔を引き攣らせる中、ミアはスッキリと晴れやかな表情を浮かべる。

 満足した彼女がジュウジと席を交代したその時、“SMASH OF HEROES”の筐体付近から歓声が上がる。

 

「ありり? あっちで何かありましたの?」

 

 ミアが車椅子の車輪を回して戻ると、そこでは今までになく真剣な表情でプレイしているキングの姿がある。

 画面内ではキングが操る“オールマイト”と対戦相手が操る武術家らしき“シルバーファング”が熾烈な戦いを繰り広げていた。

 そして、彼女は画面の上部を見て目を剥いた。

 

なっ、キングが1R取られてますの!?」

 

 ラウンドは3R目にもつれ込んでいる――つまり、あのキングが1R相手に取られている。

 “手加減してあげる”などとのたまった時ですら1Rのお情けも掛けてくれなかった(序盤無抵抗を貫き、トドメを刺そうとした瞬間から逆転、ミアは泣いた)のにと彼女は驚愕する。

 

 ひょっとして負けるのでは? いっそ負けろ、と彼女が心の中で呪詛を吐いたものの、キングは3R目を危なげなく勝利する。

 ミアは密かに舌打ちをした。

 

「ふー、ちょっとだけ危なかったよ。腕は落ちてないね、JOJO氏」

 

 勝負を終えると、彼は立ち上がって対戦相手に語りかける。

 

「……むしろ、()()()()()()のに“ちょっとだけ危なかった”で済まされるのもいっそ清々しいな」

 

 対戦相手もキングやジュウジと同じく、この場に似つかわしくない程の体格の良い男だった。

 

「JOJO氏は仕事ようやく落ち着いたんだ? 何年か前に“仕事が忙しくなるから落ち着くまでは来れない”って聞いて以来ホントに姿を見なかったけど」

「ああ……と言っても、その成果が実るか否かはまだ()()()が来るまでは分からねぇ。ともかく、作業はひとまず終わりだ」

 

 そう言って大きくため息をつくと、JOJOと呼ばれた男はキングのすぐ側に寄ってきたミアの姿に気付く。

 

「そちらの方もお知り合いですの?」

「ん? ああミア氏、こちらはJOJO氏だよ。昔はよく遊びに来てたんだけど、最近仕事が忙しかったみたいで久しぶりに会ったんだ」

 

 そんな風に紹介された彼女はJOJOの方へ顔を向け、その眼光に思わず「ぴっ」と悲鳴を上げた。

 とっさに車輪を動かし彼の陰に隠れた彼女の反応にキングは少し笑い、JOJOは少し傷付いた顔をする。

 

「はは、JOJO氏は顔怖いけど面白い人だから大丈夫。俺も初対面の時はちょっとびびったけど。JOJO氏、こっちは友人のミア氏」

(顔が怖いとかこの人もキングにだけは言われたくないと思いますの。というか、この顔なんかどっかで見た事あるよーな……?)

 

 怪訝そうな顔で首を傾げるミアに、男は少し考えるような仕草をしていたが、やがて大きな体を屈めて彼女と視線を合わせる。

 

「学ラン姿じゃないが、ジョウタロウだ。よろしく頼む」

「学ラン……? ええと、ミアですの。よ、よろしく?」

 

 そう言って伸ばされた握手にミアが応じると、どういう訳かジョウタロウは眉を寄せ、更に考え込むように顎に手を当てる。

 

「な、何か気になる事でも……?」

「……いいや、何でもない。少し用事を思い出した、久しぶりに対戦を堪能したいところだったがそろそろ帰るぜ」

「そうなのか? JOJO氏との対戦は中々歯ごたえがあるから練習に付き合って貰いたかったんだけど……まあ、仕事が落ち着いたならまた機会はあるな」

 

 ジョウタロウは少し残念そうなキングに対し軽く手を上げて挨拶すると、ちらりとミアに一瞥してからその場を去っていった。

 

「な、なんだったんだろ……」

「さあ……? とりあえずミア氏、うちには無いSOH(スマッシュオブヒーローズ)で対戦してみる?」

 

 そんな提案とともに両手人差し指を差し出すキングにミアは顔をしかめ、べーっと舌を出した。

 

絶ッッッ対に嫌ですのっ!

 

 そんな彼女の反応に、彼は少し考えて左腕を持ち上げた。

 

「ふーむ……じゃあ今回は片手で相手してあげようか」

 

「……言ったな!! 流石に片手じゃどうしようもねーだろ!! 負けた方が一週間風呂掃除だかんなッ!!!」

 

 

 

 ゲームセンターからの帰り道、ミアは押す車椅子の上でぶんむくれた表情で押し黙っていた。

 

「ミア氏、そろそろ機嫌直った?」

 

 車椅子を押すキングが前のめりに顔をのぞき込ませると、彼女はぷいと顔を反らして答える。ご機嫌斜めであった。

 

「ちゃんと約束通り片手でやったじゃないか」

 

 やれやれ、と肩をすくめる彼をミアはぐぬぬと睨んだ。

 

「ぬぐぐっ、片手であの動きはおかしすぎるだろ……てか、たまには負けてくれてもいいじゃないですの!」

「ギリギリまでハンデ与えるのは構わないけど、わざと負けるのは性に合わないし……」

「ギリギリの状況を当然のように覆されると普通に負けるよりエグいダメージになりますのっ! キングとは二度と対戦しない!」

 

 そう言ってぷりぷり怒り狂う彼女にキングは苦笑を浮かべ、ふと視線の先に一台のキッチンカーが停まっているのを見つける。

 

「あ、ほらミア氏! ソフトクリームだってさ、食べる?」

 

 のぼりに大きく描かれた白と茶色の氷菓を指差すキング。

 

「またそうやって誤魔化して! 私がそんなのに釣られ……」

「え、ミア氏はいらないの?」

 

「………………」

 

 百面相を浮かべて葛藤するミアを眺めながら、キングはゆっくりと車椅子の方向をキッチンカーから逸らす。と。

 

た、食べりゅうううう……っ!

 

 彼女は顔をクシャクシャにして声を絞り出した。

 暑い夏の帰り道、ソフトクリームの冷たさと甘さに蕩けて機嫌を直したミアであった。




ジョウタロウ「金髪碧眼、車椅子、ですの口調もなりきりだとして……駄目だ思いつかん。そもそも転生者じゃあないのか?」
※車椅子は偽装である

・SMASH OF HEROES
ヒーロー協会完全監修のプロモーションゲーム。
A級とS級の中で同意が得られたヒーローのみプレイアブルキャラとして登録されており、一部のヒーローはこれへの出演をモチベーションにランク上げの意欲を増しているとか。
(ジラちゃんを除く)怪人はストーリーモードの敵オンリー。
とあるA級1位からとあるS級1位キャラの仕様についてものすごく“意見”が殺到し、一定以上の刺激を受けると壊れる拘束具を付けている手加減設定やら敗北モーションのダウン演出の削除やらと制作の手を煩わせたらしい。
勝利演出では勝ったキャラから対戦相手へのコメントをランダムで数種表示する仕様となっており、それを目当てに自宅へ筐体を設置したA級1位ヒーローがいるとかいないとか。

・キングさん
ゲーセンでは普段以上にイキイキする男。
プレイヤーネームとしてはKINGで通っている。格ゲー界においては無敵のチャンピオンとして知られており、彼との対戦をしたいがため遠くの市からゲーマーが来る事も。
可愛い同居人をゲーセンの連中に見せびらかして浴びた嫉妬の視線に密かにご満悦。

・邪神ちゃんの転生者(ミア)
食べ物で釣られるとめちゃくちゃチョロい怪人娘。あの後もちょくちょくキングとの対戦に応じてはボコボコにされている。
“ジョジョの奇妙な冒険”に関しては原作やアニメを直接見たりはしていないものの、一応一般教養として知ってはいた。……が、怪人の群れにいた頃の強いストレスで前世の記憶が強く摩耗しているらしく、ジョウタロウに気づくことはなかった。
一週間きっちりと風呂&トイレ掃除をさせられたが、それ以外の分担はキングが手伝ってくれたらしい。
なお、風呂掃除発言でゲーセンにいた周囲の人間は色々察した。

・空条承太郎の転生者
格ゲー好きで以前はそこそこゲーセンに通ってたキングのゲーセン仲間の内のひとり。
以前からキングとは顔見知りだったが、キングを原作キャラ(キング)だと認識したのはつい最近のこと。
キング相手にあまりにも勝てなさ過ぎてて意地になってスタープラチナの補佐を付けて対戦を行うようになったが、そこまでしてなお1Rを取るのが精一杯。
キングと親しげなミアを新手の転生者かと疑ったが、色々言って反応を伺っても反応が悪いので勘違いかと思いつつも報告は上げた。

・ジュウジ
キングのゲーセン仲間のひとり。
普段は忙しい本業の合間を縫うように来ているが、相方の負傷で休業中だから朝からゲーセン。
村田版の単行本描き下ろしで登場したとあるヒーロー。
本名やオフの格好(瓶底メガネ)等は捏造した。


SMASH OF HEROESはあの世界におけるNOBODY KNOWS的な……?
キングが“鉄仮面”を使えば世紀末バスケができるかもしれない


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タツマキとの訓練-2

 数ヶ月前の怪人災害で崩壊し未だに放置される郊外のビル、その残骸を前に小柄な人影が二つ立っていた。一人はやや緊張した面持ちをした中学生の少年――シゲオ。

 彼が両手をゆっくりと持ち上げた彼の視界の中で、正面にある瓦礫の山が緑色の光に包まれる。

 

「――避難が間に合ったお陰でここに犠牲者は居なかった。でも、崩壊した建物の中には被害者が紛れてることが多いわ。力場の持つ触覚を研ぎ澄ませればそれらを感知することもできる……今回はマネキンを混ぜてるから、それを人に見立てて選り分けなさい」

 

 少年の横で腕組みしてそう言う小柄な少女……もとい女性は、S級ヒーロー“戦慄のタツマキ”。揃って最高位の超能力者であるこの二人は師弟関係なのである。

 彼女のアドバイスにシゲオがコクリと頷くと、重い瓦礫の群れがゆっくりと浮かび上がり始める。

 

「間違って瓦礫で被災者を潰さないように一定以上の大きさの物は特に意識を払って。あと、人間は見つけ次第必ずバリアで包むこと」

「はい、先生」

 

 そう答えたシゲオの額には早くも汗が浮かび始める。

 本来ならばこの瓦礫を持ち上げる程度は彼にとって負担にはならない。しかし、そこに求められる緻密な操作は確実に彼の気力を削る。

 やがて宙でうごめいていた瓦礫の中から淡い光を放つ球体に包まれたマネキンが十体ほど飛び出すと、二人の前にそっと並べられた。

 

「はぁ、はぁ……終わり、ました」

 

 額の汗を腕で拭いながら大きく息を吐くシゲオを見て、タツマキは腕組みをしたまま頷いた。

 

「ん、とりあえずは及第点。課題は自分でわかってるわね?」

「……はい、マネキンの判別に手間取って余計な物にまでバリアを張っていた事。判別が終わるまで時間がかかったこと、ですかね」

「よろしい、実際の人間は質感でもう少し分かりやすいから安心しなさい。で、もう一つはアンタ自身の守りが疎かになってる事」

 

 指を立ててそう指摘するタツマキに、彼は首を傾げる。

 

「自身の守り、ですか?」

 

 息を整えたシゲオへの返答として彼女は手を軽く振るった。

 ――すると周囲の瓦礫が集まりパズルのように噛み合ってゆき、あっと言う間に二人を囲う一室が組み上がる。

 呆気にとられるシゲオを後目に、タツマキは説明を始めた。

 

「はい、アンタが建物の中にいる時に爆発事故が起こりましたー」

 

 その言葉と同時に出来上がった壁の一部が吹き飛ぶ。

 彼は咄嗟に腕で顔を覆うが、飛んできた瓦礫はすべてタツマキの作ったバリアに阻まれる。恐る恐る目を開けたシゲオの眼前には瓦礫の下敷きとなったマネキンが転がっていた。

 

「アンタは慌てて超能力を起動し、救助を始めます……すると」

 

 次の瞬間、天井が音を立てて崩れ落ちる。轟音を立てて降り注ぐ瓦礫は二人を押し潰す直前でピタリと静止した。

 

「天井が崩れてアンタはペチャンコになって死んでしまいました。……こうならないために、最低でもバリアを維持できる程度のマルチタスクはこなせるようになりなさい」

 

 目を白黒とさせる彼の前で無数の瓦礫はふわりと浮き上がり元あったように片付けられてゆく。こくこくと頷くシゲオに、タツマキはパチンと一つ手を打つ。

 

「ハイ、今日はここまで。まあ、アンタも最初に比べれば大分マシにはなったんじゃないの? 時間は掛かってもマネキン自体は全部判別できてたワケだし」

「……ありがとうございます」

 

 褒められた彼が照れたように笑みを浮かべると、彼女はふんと鼻を鳴らした。

 

「ま、あとは自主練でもして練度を上げることね。いつも言ってるけど、日常から使って慣らすのよ? 超能力者としてのアンタはハイハイで転んだトラウマで成長を止めてた赤子なんだから」

「あ、赤子……精進します……」

 

 浮かれた弟子に釘を刺したタツマキは腕時計を確認して小さく伸びをする。

 

「それじゃ、私はそろそろ帰るわ。ここで自主練しても構わないけど、あまり遅くしないようにしなさい」

「あ、はい。今日もありがとうございました」

 

 空の彼方へと消えていく師の姿を見送ると、シゲオは再び瓦礫と向かい合った。

 彼は自らの手をじっと見つめ、つぶやく。

 

「……赤子、赤子かぁ……うん、まあ、頑張ろう」

 

 厳しい評価に少々しょぼくれた声が路地裏に虚しく響きわたった。

 

 

「今回の怪物は災害レベルの割には弱かったわね、得したわ」

 

 無数の石片が突き刺さり息絶えた様子の怪物を前に、体の線が出る薄手の黒いドレスを着た女が暗緑色のショートヘアを掻き上げた。

 怪人の死骸を道の端へ運搬する黒スーツの構成員たちを眺め薄く笑みを浮かべる彼女のもとに、同じく黒スーツ姿で百合の髪飾りを身に着けた少女が駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様です、フブキ様! 協会への報告、完了しました」

「ええ、ご苦労様。じゃあ、今日はここらで拠点へ戻りましょうか」

「「「はっ!」」」

 

 構成員の男たちの返事が周囲に響き渡る。

 

 ――彼女らは“フブキ組”。

 B級1位のヒーロー、“地獄のフブキ”によって集められた同ランクのヒーローたちで構成され、数の利を活かした効率的な怪人討伐と手柄の分配により全員のランク維持を目的とするヒーロー協会でも最大の派閥である。

 

「それで、例の少年の手がかりは何か掴めたかしら?」

 

 組で所有する車の後部座席でフブキが尋ねると、握る長い睫毛の男がハンドルを握りながら口を開く。

 

「……申し訳ありませんが、あまり有効な情報は得られていません。直接接触したオールマイト曰く、本人も目立つ事を嫌い一般人かつ未成年の学生であるからと詳しい情報は伏せているようです」

「新聞に掲載された写真でもブレザー姿と小柄な体格からおそらく中学生程度である事と、髪型がオカッパであることぐらいしか……」

「制服も特に特徴のないありふれたデザインのものですし、小さな写真からでは特定も難しそうですね」

 

 助手席で縮こまる大柄な男と彼女の隣に座る少女が続けて答える。

 総じて芳しいとは言えない答えにフブキは表情を曇らせ「一筋縄ではいかない、か」とポツリとつぶやいた。

 

「……あの怪人災害で救助活動を行っていた能力者の少年。記事の内容が本当なら、私に並ぶ出力すら持ってるかもね」

 

 そんな彼女の言葉に、車内の構成員たちの表情が引き締まる。

 

「もしヒーローを志すなら私の強力なライバルになり得る。そうじゃないとしても、あれほどの力を遊ばせておくのは勿体無い」

 

 フブキは口元に手をやり、流れゆく車窓の景色を物憂げな表情で眺めながらため息をつくと、空を睨んだ。

 

「必ず、この少年を私の手中に収めてみせるわ。その能力は姉を超えるための強力な武器にな――え!? あれ? ちょ、ちょっとまって山猿、車を止めてちょうだい!」

は、はいっ!?

 

 キィッ、と急ブレーキの音と共に車が急停止する。

 キメ顔で台詞を吐く途中で慌て始めた彼女に部下たちが訝しげな表情を向ける中、フブキは車のドアを開けて外へ飛び出した。

 

「フ、フブキ様……?」

「――高出力の念動力波を検知したわ。姉の波長じゃないし、今確認されてる他の能力者とは比べ物にならない出力よ」

 

 その背を追って慌てて出てきた少女はその言葉に息を呑む。

 

「っ、じゃあ……?」

「……ええ、件の少年の可能性が高いわ。山猿は他の構成員たちに連絡を入れておいてちょうだい、マツゲ、リリーも行くわよ!」

「「「はっ!」」」

 

 そう言って駆け出したフブキを三人の前男女が追って走る。

路地を進み、人気のない道をゆく三人の視界にはやがて瓦礫の散らばる一角が映り込んできた。

 

(少し前に大型怪人が暴れた現場? こんな所で何を……ッ!)

 

 再び発せられた力場の波動にフブキが息を飲み、そのあまりの出力は彼女の白い肌を粟立たせた。横に立つ三人も、目の前で繰り広げられる光景に目を剥いている。

 

(この量の瓦礫、苦もなくこれほど緻密な操作をするなんて、もしかして私より……)

 

 無数の瓦礫がそれぞれが無秩序に、無造作にぐるぐると回りながら宙を舞っている。

 巨大な破片の群れが少しずつ角度を変え、まるで立体パズルのようにつなぎ合わされていく光景に、四人は圧倒された。

 

(……はっ、呆けてる場合じゃなかった)

 

 いち早く我に返り目的を思い出したフブキは小柄な背中へ向けて1歩進み出すと、こほんと大きく咳払いする。

 

「ちょっといいかしら?」

「……えっ?」

 

 手を踊らせて力場を操作していた少年は突然背後から投げかけられた声に素っ頓狂な声を上げると、弾かれたように振り返った。

 

「急に声を掛けて悪いわね、少し――がしゃあん

 

 笑みを浮かべ、なるべく優しげな声で語りかけた声は彼の背後で組み上がりつつあった瓦礫の崩れ落ちる音に半ばから押し流された。

 あまりに格好のつかない状況にフブキは笑顔のまま固まり、組員達は内心で頭を抱える。そんな様子に困惑しつつ、少年は口を開く。

 

「え、ええと……何かご用でしょうか?」

「……こほん、少し前にA市を襲った怪人災害の最中に超能力を使って救助活動を行っていたのはアナタで間違いないわね?」

 

 気を取り直して単刀直入に切り出したフブキに、少年――シゲオはおずおずといった様子で頷いてみせる。

 

「ふふ、ずっと探していたのよ。アナタはヒーローを目指しているでしょう、私が仲間に入れてあげるわ」

「えっ」

 

 いきなりそんなことを言われて素っ頓狂な表情で固まった彼に、フブキはフッと笑い言葉を続ける。

 

「自己紹介が遅れたわね。まあ知ってるでしょうけど、私はB級1位のヒーロー“地獄のフブキ”。アナタと同じ、超能力者よ」

「は、はぁ……」

 

「私はB級ヒーローの中から優秀な者を集めて組織を作っているの。その組織、“フブキ組”へアナタを迎えに来たの」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべる彼女に対し、シゲオは曖昧な表情のまま黙り込んでしまう。そんな様子に、フブキの内心はにわかに焦りがにじみ出し始める。

 

 ……おかしい。これだけの力を持って災害救助活動を行う善性もあり、こうして鍛錬もするほど意欲に満ち溢れているならば、ヒーローを目指しているのは明らかなのに、と。

 

「えーと、わざわざ誘ってもらって申し訳ないんですけど……」

 

 少しばかり考えるような仕草を見せつつもやがてそんな風に断りを入れようとした彼の言葉を遮り、フブキは口を開く。

 

「遠慮しているのかしら? 災害救助へ積極的に参加するくらいなのだからアナタはおそらくヒーローを目指しているのでしょう? 大丈夫よ、アナタくらいの年齢でも力さえあればヒーローになる事に問題はないわ、現に貴方よりも年下のS級ヒーローだっているのよ? 私の見立てならアナタは私ほどじゃなくても十分に強力な超能力者だし、なんなら確実にB級からスタート出来るように下駄をはかせるように協会へ一筆書いてあげてもいいわ。それから……」

 

 必死だな。

 などという感想を口にする者は流石にいなかったものの、そんな風にまくし立てる彼女にシゲオは目を白黒させる。

 そしてフブキはちらりと背後を振り向き、ハラハラとした表情で事態を見守る少女に目をやると──パチンと手を打った。

 

「ええと、そうだわ! 見たところアナタ中学生くらいでしょう?」

「そうですけど……」

 

 彼がおずおずと肯定すると彼女は後ろを振り向き、戸惑い顔の少女――三節棍のリリーの背をぐいと押してシゲオの前に突き出した。

 

「えっ、えっ、ふ、フブキ様……?」

「この可愛い子はアナタと同年代だけど、フブキ組の立派な構成員なのよ! ほら、リリー、挨拶なさい」

「は、はい、えと、あの、B級ヒーロー“三節棍のリリー”です……」

 

 フブキの顔をちらりと伺いながらも、少女はぺこりと一礼する。ゆるやかに揺れる百合の髪飾りを眺めつつ、シゲオも会釈を返す。

 

「えっと、どうも、シゲオです……?」

 

 千載一遇のチャンスにテンパった様子でなりふり構わず空回りし続けるフブキに、シゲオは宗教勧誘みたいだな、などと内心思った。

 

「どう? フブキ組へ入りたくなってきたんじゃないかしら?」

 

 同年代の美少女(三節棍のリリー)という切り札を切ったフブキはふふんといい笑顔を見せる。……しかし、シゲオは申し訳なさそうな表情で首を振った。

 

「えー、と。ホント申し訳ないんですけど――」

 

 ピキリ、とフブキは再び笑顔のままフリーズする。たっぷりと数秒は硬直してからようやく再起動を果たした彼女は、ついに余裕を完全に失い彼の肩へがっと掴みかかる。

 

な、なんでよっ、リリーじゃ不満だっての!!?

うわっ! い、いやそうじゃないですけど!?」

 

 まるであてがわれた女に不満があるから断ったかのような彼女の言い草に、シゲオは全力で首を振る。

 

「じゃあなんだっての! 私の野望の為にも、アナタには絶対フブキ組に加入してもらうわよ……!」

「そ、そんなこと言われてもっ……」

 

 涙目で少年の肩を揺するフブキ、困惑した表情でなすがままに揺すられるシゲオ、尊敬するリーダーの乱心に狼狽えるマツゲと山猿。

 混迷を極めた路地裏の中で、フブキの言い草のせいで告白したわけでもないのにフラレたような微妙な心持ちとなっていたリリーはふと視界の隅に人影を見つける……と。

 

「……フブキ、アンタその辺にしときなさい」

はあ!? このレベルでフリーの超能力者なんて、組に引き入れない、選択肢……はっ!?

 

 ガクガクとシゲオの肩を揺さぶっていたフブキは頭上から降ってきた声に動きを止め、ガバリと顔を上げて目を剥いた。

 

お、おおおお、お姉ちゃん!?!?

 

 静かに高度を落し地面へ降り立った人物――タツマキに、フブキは激しく動揺した様子で目を泳がせる。

 

「な、なんでお姉ちゃんがこんな所に……はっ!

 

 何かに気づいた様子の彼女は、掴んでいた華奢な両肩をぐいっと引き寄せて奪われまいとするように抱きすくめた。

 

わぷっ!?

 

 二つの大きく柔らかなクッションに圧迫され、顔を真っ赤にしてもがくシゲオへ深い嫉妬の篭った3人分の視線が突き刺さる。

 

だ、ダメよ! この子は私が先に見つけたんだから! というか、お姉ちゃん一人で十二分に過剰戦力でしょうが!!!

 

 吠えるフブキに対し、タツマキは――妹の胸に顔を押し付けられて茹だった様子のシゲオも含め――ジト目で見つつ大きくため息をついた。

 

「……あのねぇ。派閥ごっこは結構だけど、そこに一般人を巻き込むのはよしなさいって言ってんの」

ああっ!!

 

 タツマキの右手がクイッと引き寄せるような動きをすると、フブキの胸の中からズルリと茹でダコが引きずり出される。

 捕まえようとするフブキの手は虚しく空を切り、そのまま勢い余ってその場に膝をついて転んでしまう。

 

「わ、あ……あ、ありがとうございます先生、助かりました」

「あら? そんな事言って、随分と堪能してたようだけど」

「い、いやそんな……!」

 

 地面に降ろされた少年と姉の会話に、フブキは目を見開く。

 

「──先生? えっ、先生ってどういう事!?」

「え? どうもこうも、オールマイトに頼まれてこの子の超能力の扱いについて指導してるだけよ」

 

 そんな回答を聞いた彼女は呆然とした表情のまま腰砕けとなり、ヘナヘナとその場にうずくまってしまった。

 

「そ、そんな、既にお姉ちゃんがツバつけた後だったなんて……」

「「フブキ様っ!?」」「お、お気を確かにっ!!」

 

 「フブキ組の戦力大幅増強計画が」などとうわ言をつぶやくフブキと失意に暮れる上司を前に右往左往する組員たち。

 

「そういえば、帰ったんじゃなかったんですか?」

 

 そんな騒々しい一団を横目にシゲオがそんな疑問を口にすると、タツマキはフンと鼻を鳴らしつつ妹へ視線を向ける。

 

「帰る途中に(フブキ)がアンタに近づいてるのを感知したの。あの子がアンタを手駒として欲しがってるのは聞いてたし」

 

 彼女の言葉に、倒れていたフブキはビクリと肩を震わせる。

 まるで叱られるのを恐れるようにプルプルと震えだす妹に、タツマキは額に手を当てながら大きくため息をつく。

 

「──この私を超えるために、派閥を組んで色々やってるのは結構」

 

 腰に手を当て、小さな体躯で見下ろしながらタツマキは言う。

 

「どっかの筋肉バカは例外としても毎月の事件解決数でみればフブキ組(アンタたち)は上澄み、私より若干多いくらいだしね」

 

 タツマキはその筋肉バカ(オールマイト)と張り合うように精力的なヒーロー活動をしており、その事件解決数は上位にのぼる。

 団体と個人という違いはあれど、解決数上位勢である彼女を上回る数の事件を捌くのは並大抵ではない。

 

「組織を指揮し効率的に活動するのはいいと思うわ。協会でも評価されてるし、なんなら私も褒めてあげたいくらいよ」

「……え?」

 

 そんな言葉にフブキは驚いて顔を上げる。

 彼女にとってのタツマキ(あね)は絶対的な強さを持つ怪物であり、同時に高いプライドをもつ厳しい姉だ。

 

(てっきり、弱者を束ねて私を越えようなんて片腹痛いとか言われるのかと……ッ!?)

「でもね?」

 

 褒められたことで意外そうに目を丸くした彼女の目の前に、ずいっとタツマキの小さな顔が寄せられる。

 

「ちょーっとばかし、ヒーローにあるまじきことをやってるっていう噂も耳に入ってきてるのよね? 口止めはしてるみたいだけど」

 

 笑顔でそう言うタツマキを前に、フブキの顔からサッと血の気が引くのが周囲から見てよくわかった。

 

「まあ、脅された程度で折れるヒーローもどうかと思うし? 今のとこ直に見た訳でもないし? まだちょーっと様子見してる段階ではあるんだけどね?」

「あ、あの……お、お姉ちゃん……?」

 

 口元を引きつらせておずおずと姉を見上げるフブキの額へ、タツマキの手がゆっくりと伸びてくる。

 

(あわ、あわわわ……や、()られる……!?)

 

 恐怖にガタガタと震え目を硬く閉じたフブキの額に、ビシリと軽い衝撃が走る。……いわゆる、“デコピン”である。

 

「“おいた”は程々にしておきなさい?」

――ひゃい

 

 ぱたり。呂律の回らない口で返事をし再び地に倒れたフブキを慌てて介抱する三人の姿を横目に、タツマキは深くため息をつく。

 

「上昇志向があるのは結構なことなんだけどね。ま、アンタがヒーローになりたいなら、一旦この子の下に付くってのもアリではあるわ」

「そうなんですか?」

 

 髪を掻き上げつつそんなことを言う彼女に、シゲオは首を傾げた。

 

「新人ヒーローの大半は“どうやって活動すればいいか”っていう根本的なところで躓きがちなの。協会じゃ本当に基礎的な事しか教えないし、現役ヒーローにもその辺を手取り足取り教えて回る暇はない。その点、組織に所属すれば勝手にノウハウが叩き込まれるもの」

「なるほど……」

 

 感心したように頷くシゲオだったが、タツマキはてんやわんやしているフブキ組の連中を見て深くため息をつく。

 

「ま、その子達はそこを克服できたB級の上澄みしか相手しないんだけど。新人を拾い上げて育てるならもっと評価も上がるでしょうに」

 

 まあいいわ、と肩を落として彼女はシゲオに視線を戻すと。

 

「――さ、今日はもう送ってったげる」

 

 そんな風に行って、自宅方向の空を顎で示した。

 

「え? でも妹さんたちは……?」

「子供じゃないんだし、勝手に帰るわ。ていうか、立ち直ってまたアンタに絡んで来ても面倒でしょ」

 

 先程のやり取りを思い出した彼はこくこくと頷き、先導するように飛び立ったタツマキの後ろをついて行く。

 

 未だに騒がしい路地裏の一角を少しだけ振り返ってからシゲオは帰路についた。




•影山茂夫の転生者
今回役得だったヤツ。柔らかかったそうです。
順調に超能力者として成長中、でもヒーローになる決心はまだついていないらしい。

•戦慄のタツマキ
某筋肉の影響でヒーローとしての在り方とかに関する意識マシマシ。
妹にも厳しい、かとおもいきや従わない相手に対する競合者潰しなんて噂を聞いても「めっ!」で済ませたくらいにはやっぱり妹に甘い。
他のヒーローがそんな事やってる現場とか見たら多分軽く絞る。

•フブキ組の三人
フブキがご執心なシゲオに対して嫉妬心メラメラ。

•地獄のフブキ
なんと初登場である。原作よりマイルドな姉ではあるが、やっぱり劣等感を覚えるのかフブキ組を結成して姉超えを目指す事で姉に認められたいと奮闘している。
今回、「めっ」とされたので少なくとも当面は過激な活動は控えるとかなんとか。

人生初となる「」なるものをはんたー様より頂いたことをここに自慢します。
目次ページに掲載しておりますので是非見ていって下さい


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第十五話 - 戦いの傷痕

 J市総合病院の一室に、シャリシャリという音が響く。

 相部屋内の3つ並んだベッドの上にはスティンガー、イナズマックス、そしてガッツの三人が横たわっていた。

 三人ともミイラ男かとばかりに包帯を巻いた重症であり、特にガッツは片腕を切断までしている。

 そして現在、スティンガーとイナズマックスは、見舞いに来た人物に対して萎縮していた。

 

「傷は痛むかい? 一応、治りが早くなるように処置はしたけど、やっぱり専門家のジャギ君じゃないと……ほら、剥けたよ」

「ああ……」

 

 死んだ目のガッツが天井を見上げる横で、二人は目配せし合う。

 

(なんでオールマイトが見舞いに)

(というか何でガッツにりんご剥いてやってんだ……?)

 

 ――オールマイトが甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 うさぎさんカットがされたりんごを爪楊枝に刺して差し出す彼に、ガッツは引き気味で首を振った。

 

「いや、あーんはやめてくれ……」

「え、でも両手動かないでしょ?」

 

((……いやどういう関係!?))

 

 何か見てはいけないものを見てるような気分で冷や汗を垂らしながらも、怖いもの見たさといった様子で耳をそばだてる二人。

 そんな中で、ガッツが深くため息をついた。

 

「……別に、腕の件はアンタが悪く思う必要はないんだぞ」

 

 その言葉に、ピクリとオールマイトが動きを止める。

 

「だが、私がモタモタせず現場へ向かえていれば、キミの腕は……」

 

 しおしおと自慢の筋肉が萎れたようなオールマイトの姿に、スティンガーとイナズマックスは密かに衝撃を受ける。

 

「あのアトミック侍が倒せねぇ怪人が暴れてたんだろ、ある意味深海王より深刻な事態じゃねーか。それにオレだって無傷で終えられるなんて楽観視して受けた訳じゃねえ、ある程度は覚悟の上だ」

 

「しかし……」

「しかしもカカシもねぇよ。とにかく、アンタがウジウジ謝ったって腕は生えて来ねぇんだ、とっとと切り替えてくれや」

 

 ガッツのそんな様子にオールマイトがかける言葉を失っていると、なにやら廊下から騒がしい音が近付いて来る。

 

「ま、まだ安静にしてなきゃ駄目ですってば!」

「大丈夫です看護師さん、ちょっと彼氏たちの顔を見るだけなんで」

「か、彼――というか何で歩けてるんです、両足折れてますよね!?」

 

「それはもちろん、“愛”の力だッ!」

 

 ばーんと強い音を立てながら入ってきた巨大な人影に、ガッツとイナズマックスは顔を少し青褪めさせる。

 

「ガッツちゃん! イナズマックスちゃん! スティンガーちゃん! 怪我は大丈夫かっ!」

 

 青ひげに覆われた割れ顎、彫りの深い顔立ちに、オールマイトにも匹敵する巨体。

 はち切れそうな病衣の上に大きなハートのあしらわれたセーターを着た大男――S級ヒーロー・ぷりぷりプリズナーが立っていた。

 その腰には必死の形相の看護師がしがみついている。

 

「病院だから静かにしようよ、ぷりぷりプリズナー君」

 

 フロア内を響き渡る大声に、オールマイトはため息をついた。

 

「オールマイトちゃんも来てたのか。昨日は助けられたな」

 

「……うん、ちゃん付けはもう諦めたよ、一回り以上私の方が年上なんだけども。それより、看護師さんが困ってるからちゃんと病室に戻りなさい」

 

 ぷりぷりプリズナーを諌める彼の言葉に、看護師の若い女性も肩で息をしながらブンブンと首を縦に振った。

 

「はは、どうしてもひと声掛けたくてな。看護師さん、すまないが少しだけ時間をくれないか? そうしたらちゃんと病室に戻るさ」

ふーっ、ふーっ……ちょっとだけ、ですからね……。どうせ言っても聞かない、ですし……引きずって連れ戻すのも、無理ですし……

 

 息を整えつつもジト目で見る看護師に彼は笑顔でありがとうと一言いうと、病床の三人に改めて顔を向ける。

 

「三人とも生きててくれて本当に良かった。S級である俺が負けてしまったせいでしなくてもいい怪我をさせた事は謝らせてくれ」

 

 そう言って頭を下げるぷりぷりプリズナー。イナズマックスとスティンガーが慌てて声を掛けようとすると、彼はぬん と勢い良く顔を上げた。

 

「……だが、俺はこんな所で終わらない! 俺のステキな男子たちを護るためにも、もっともっと強くなってみせるさ!」

 

 そう言って力こぶを作り、病衣の腕部分を破裂させたぷりぷりプリズナーの姿に看護師が頭痛をこらえるように頭を押さえながら「それ三着目ですよ……」とこぼす。

 

「ガッツちゃん。左腕の事は残念だったな、俺の彼氏の一人がサイボーグ義腕を使っているんだが、本物に勝るとも劣らないテク……動きをするいい義腕なんだ、良ければ紹介しよう」

 

 想定外の提案にガッツは面食らうが、やがてフッと笑いながら半ばから先が喪われた左腕を軽く持ち上げる。

 

「……義腕か。一応アテはあるが、もし必要なら頼むわ」

「何だったら新しい腕がつくまで俺が手取り足取り腰取り……」

「それはいらない」

 

 真顔になったガッツに「冗談だ」と笑い、彼は背を向ける。

 

「そうだ、オールマイトちゃん。また肉体♡交流会を開いてくれないか? 俺のステキな男子たち、彼氏たちを護るためにはもっともっと力が必要だってよく分かったからな」

「……そうだね、バングさんと相談してまた皆と調整してみるよ。あと、名称は“()()交流会"だからね」

 

 そんなやり取りを終えるとぷりぷりプリズナーは肩越しに手を上げ、看護師に引っ張られながら病室を出ていく。

 

「それじゃあ、みんなお大事に。またな、ステキな男子たち!」

「アンタも安静にしてろよ」

 

 四人分の「お大事に」を背中で受け取ってぷりぷりプリズナーが去っていくと、ガッツは大きくため息をつく。

 

「ああいうのでいいんだよ、ああいうので。アンタは何でもかんでも背負い込みすぎだ、“オールマイト”だって神様じゃないだろ」

 

 転生者(どうるい)だけに通じるニュアンスでそんな風に言う彼に、オールマイトは俯く。

 

「だけど、うん……確かに、そう、かもしれないね」

「まーだ納得行ってねぇみてェだが。まあ、割り切ってくれや、当事者のオレが割り切ってんだからよ。つか、希望の象徴がそんなんじゃ周りが不安になるぜ、さっさと“オールマイト”に戻っちまえや」

 

 力無く笑うガッツの言葉に、彼は大きく目を見開く。数秒の沈黙の後、大きく深呼吸をすると、“オールマイト”は普段通りの力強い笑みへと成っていた。

 

「……HAHAHA、これは一本取られたね! 私とした事が、“オールマイト”である事を少しばかり忘れていたらしい」

「頼むぜ、希望の象徴さんよ。オレ達も頑張るが、支柱はアンタだ」

 

 迷惑にならない程度の声量で力強く器用に笑う彼にガッツが少しホッとしていると、病室の扉がそろりと開く。

 何やら親密なガッツとオールマイトの様子に少しばかり戸惑っていたスティンガーとイナズマックスがそれに気付いて目を剥く。

 

「「…………えっ!?」」

 

 扉の隙間から覗く特徴的な機械式のうさ耳を戴く端正な顔立ちの女性に二人は見覚えがあった。

 オールマイトとぷりぷりプリズナーはまだ理解が及ぶ。どちらも昨日現場へ訪れた当事者だったからだ。しかし。

 

「良かったぁ……! ガッツくんが生きてるぅ……!」

 

 涙を浮かべながら病室へ入ってきたその女性は――S級ヒーロー・ホワイトナイトはそうではない。

 髪はボサボサ肌は荒れ気味、目には隈とやつれ果てた彼女の様子はただ事ではないとスティンガーたちにも一目でわかった。

 ――そして。

 

「うお、タバネ!? 作業はいいのかよ、目の隈もやべぇぞそれ」

((な、名前呼び……!?))

 

 驚いた様子で目を見開きながらも当然のように事態を受け入れ、あまつさえ彼女をヒーローネームでは無く名前呼びするガッツに対して二人の疑念は加速する。「コイツマジで何者だ」、と。

 

「腕っ、腕が……! ごめんねっ、ごめんねっ、あたしが白騎士(ナイト)出せればこんな事にならなかったかもなのにっ……!」

 

 彼の喪われた左腕を間近で目にしたタバネの涙腺が決壊する。

 そんな様子の彼女を前に、オールマイトはオロオロとし、ガッツは困った様子で天を仰ぐ。

 

「……あー、お前もそういうアレかよ。事前の会議でナイトの配備は無理ってなってただろうが」

「でもっ、警報の後すぐ出せば間に合ったかもしれないんだよ! トシくんが他の案件に釘付けされてるのは研究所も把握してたのに、あたしっ、その時仮眠してて……っ!」

 

 ほろほろととめどなく涙を流すタバネを前に、彼らは揃って困ったように顔を見合わせる。

 

「それなら尚更しょうがないだろ。というか、作業は大丈夫なのか? 深海王も倒したし期限迫ってるんじゃ」

「……ううん、そっちは大丈夫だよ。更に追加とかは間に合いそうにないし、最後のももう仕上げ段階だからってジョウタロウくんが」

 

 息抜きも兼ねて見舞いに送り出したであろう彼女の助手の姿を思い浮かべつつ、ガッツは苦笑する。

 

「……そんなら、首飾りのメンテ頼んでいいか? 深海王戦でどっか壊れたかもしれねぇから。それでチャラって事で頼むわ」

「うーっ、分かった。ガッツくんがそれでいいなら……」

 

 そう言って彼の首から取り外した物を見て、スティンガーは密かにあっと声を漏らす。共闘した際に見た魔法少女の変身アイテムの如き首飾りの出処が不意に知れてしまったからだ。

 

 複数のS級ヒーローと親密そうに接し、S級ヒーローの超技術で作られたガジェットを装備する謎のバウンティハンターに、蚊帳の外となった二人の興味が増してゆく。

 

「……あっ、そうだ! ちょっとこれ見て」

 

 不意に声を上げたタバネが懐から取り出した端末をテーブルに置くと、電子音とともに病室内に立体映像が表示される。

 映し出されたビジョンにガッツは目を見開く。

 

「えーっとぉ、コレが元ネタをイメージした大砲付きの義手でぇ。こっちが火葬砲焼却砲をイメージしたやつ。で、そしてそして、これがサイコガン! どれがいいっ!?

 

 メソメソしていた先ほどとは一転し、少し楽しげな様子で次々と詳細な所まで作り込まれたCADによる3Dモデルを表示する彼女に、ガッツは思わず目を白黒とさせる。

 

「どれがいいって……いや待て待て、まずこれ一晩でできるような設計図じゃねーだろ。どうなってんだ?」

 

 彼が思わずツッコミを入れると、タバネは少しバツが悪そうにモジモジとし始める。

 

「えっとね、怒らないでね? 前々からいざというときというか、何となくこんな事起こりそうだなーってみんな冗談で言っててね? それでブライト博士とかもノリノリで手伝ってくれて……」

 

「待って。前々からオレ、腕無くすって思われてたの……?」

 

 唖然として言うガッツに対し、タバネは一瞬フリーズし……誤魔化すようにアセアセと新たな図面を表示する。

 

「……ほ、ほら! こっちは普段目立たないように普通の腕そっくりなやつもあって、首飾りの機能で戦闘時に付け替えれて――」

 

 呆れを含んだガッツと、苦笑するオールマイト。

 そしてひたすら困惑する二人のヒーローを前にプレゼンを続ける彼女であった。

 

 

「それじゃー、希望通りに義手大砲イメージので作ってくるから 楽しみに待っててねっ! スティンガーくんやイナズマックスくんもお大事にー!」

「私もそろそろ巡回に戻るとするよ。三人とも、しっかり体を休めるんだよ? それじゃあ、お大事にね!」

 

 そう言って揃って出ていくS級ヒーローたちの姿を見送ると、スティンガーとイナズマックスは気が抜けたように脱力する。

 

ぷはーっ、緊張した! なんだよS級のバーゲンセールかよ!」

「つーかガッツ、アンタ何者だよ!? 肩お揉みしましょうか!?」

 

 S級ヒーローがいなくなった病室に、A級ヒーローたちのテンションがおかしな事になった笑い声が響き渡る。

 

「あん? いきなり何だよ、つか鎖骨折れてっからやめろ」

 

「いやいや、お前どんだけS級に縁あるんだって話よ、ぷりぷりプリズナーはわかるよ、現場で初対面なの聞いてるし」

「そうそう、けどオールマイトとホワイトナイトに関してはめっちゃ親しげだったじゃねーか、どういう関係なんだよ」

 

「…………あー」

 

 興奮した様子で矢継ぎ早に射掛けられた質問に、ガッツは己の――オールマイトとタバネも含めた失態を悟る。

 三人が三人、普段研究所で友人として付き合っているノリをそのまま外に持ち出してしまったのだ。大怪我で動揺していたせいもあるが、あまりにも迂闊だったと彼は悔やむ。今更遅いが。

 

 ガッツはしばし考え込むと、口を開く。

 

「あー、そうだな……。オレが古臭いバウンティハンター系の組織に属してるのは言っただろ」

 

 彼の言葉に二人はウンウンと頷き、スティンガーが口を開く。

 

「ああ、ハンターズとかいう、隣の市を拠点にしてるやつだろ?」

 

 彼の言葉を肯定するようにガッツは一つ頷き、言葉を続ける。

 

「オールマイトに関しては向こうがバウンティハンターやってた時代からの馴染みだな。んで、タバネ――ホワイトナイトの方はオールマイト経由でウチの組織に装備を卸して貰ってる」

 

 それだけだ、と言葉を結んだ彼は「我ながら会心の説明だ」と密かに思う。まず内容に嘘がなく、それでいて核心となる研究所や転生者関連に関しては一切触れていない。

 

 しかし、二人はどうにも納得していない様子だった。

 

「いや、オールマイトに関してはそれでいいわ」

 

 イナズマックスの言葉に、ガッツは眉をひそめる。二人が顔を見合わせてニヤける姿にどうにも嫌な予感がしたからだ。

 

「じゃあなんだよ」

 

「そりゃもう、ホワイトナイトのあの態度よ!」

「あの心配で一睡もできませんでしたって感じの隈と充血した目!」

「化粧どころか髪を(くしけず)る時間すら惜しんで駆けつける健気さ!」

「“良かったぁ、ガッツくんが生きてるぅ!”ってあの潤んだ瞳!」

 

 濁流のように妄言を垂れ流し、くねくねとしながらタバネの口真似までするイナズマックスとスティンガーに、ガッツは白目を剥く。

 

「これでそんなビジネスライクな関係だって言われても信じられっかよ! 名前で呼び合ってるしさ! なあ!?」

「そうそう、ホントのことをキリキリ話せよ、どんな関係だ?」

 

 隈は長期に渡るデスマーチの結果であり、化粧っ気のなさも髪を整えていないのも、ついでに言えば数日風呂に入っていないのも本人の物ぐさ具合とそれらを惜しんで作業をする日々の結果である。

 

 しかしそれらを説明するわけにもいかず、ガッツは困り果てた。

 

「あ゙ー。言っとくが別にアイツとはそういう仲じゃねぇ、友人とは呼べる関係かもしれんがそれ以上では断じてねぇよ」

「んん〜? そんな誤魔化しが効くとでもぉ?」

「ンだよそのキャラ……」

 

 ニマニマとする二人に、彼は脳をフル回転させる。

 

「それにアイツと一番可能性あるとしたら……そうだな、アイツの助手だわ、さっき話に出てきたジョウタロウってやつ」

 

 空想上のジョウタロウが青筋を立て凄む姿を無視しつつ、ガッツはペラペラと話を続けた。

 

「そいつは生活能力皆無なタバネに対していつも甲斐甲斐しく世話を焼いててな、研究で何日も缶詰めになってるのを見かねて風呂にまで入れてやったりしてるらしいぜ」

 

 嘘ではない。スタープラチナを使って強引に運搬し、沸かした風呂に白衣のまま叩き込む事を風呂に入れると言えるならば。

 

 しかし、そんな事を知らない二人は感心したように妄想を繰り広げている様子であり、ターゲットを逸らす事には成功したとガッツは胸をなでおろす。なお、空想上のジョウタロウは完全にプッツンしてスタープラチナをけしかけてきた。

 

「はーっ、助手かぁ。そりゃ敵わねぇわな」

「ちなみにガッツ的にはどうなんだ、片思い?」

「ねーよ。見た目がいいのは認めるが、そういう対象じゃねぇわ」

 

 彼はタバネのダイナマイトボディを思い浮かべつつも、どちらかといえばジラの同類(マスコット)枠であると思い直す。

 

「ほーん……なんだ、つまんね」

「おまえらなぁ……」

 

 急に関心を失った様子の二人に、ガッツはため息をついた。

 そんなとき、再びガラリと病室のドアが開く。

 

「おっす、暇してっかー。見舞いに来たぜ……あっ

「腕を失くして黒い剣士に一歩近付いたと聞いたぞ……あっ

 

 なにやら見舞いの品らしい袋を手にしたガッツにとっては週間ぶりとなる見慣れた顔ぶれは、入ってくるなり固まる。

 

「おーっ、ハンターズの弓使いと俺のフォロワー槍使いじゃん」

「誰がテメェのフォロワーだ、全然ちげぇわ」

 

 どこか嬉しそうに声を上げたスティンガーにゲンナリとした様子のセタンタと、それを見て笑うシロウの姿がそこにあった。

 

「よぉ、退院したのか」

 

 ガッツが顔を上げると、シロウは荷物をテーブルにおろして来客用のパイプ椅子を2つ広げる。

 

「ああ、ちょうどお前とは入れ違いの形になるな」

「ま、ここしばらくは大事を取ってただけでほぼ治ってたからな。お前が入院したって聞いて退院してきたわ」

 

 そう言って、皿に盛り付けられた手付かずのりんご――うさぎさんカットが施された――を無造作に齧るセタンタ。

 

「ちなみにそのりんご、オールマイトが剥いたやつな」

 

 それを見たガッツがぼそりと言うと、セタンタは思わず吹き出しケラケラと笑い出す。

 

ぶはっ! このうさぎカット誰がやったのかと思ったらあいつかよ、似合わねーなおい!」

 

 シロウも横で声を殺してくつくつと笑っており、時折「くふっ」と笑いが漏れている。彼はクールキャラを気取ってはいるが、その実結構なゲラである。

 

「あーんして来たのは流石に拒否ったわ」

あっはっは! 絵面やべえだろ!」「〜〜〜ッはははっ!

 

 そこで追加情報を出しとどめを刺すのが彼らの中では定番である。ひとしきり笑い、同室の二人から「仲いいなこいつら」という視線を貰いつつ、セタンタが切り出す。

 

「……んで、腕の方はどうよ?」

 

 ガッツは一つため息をつくと、改めて左腕を持ち上げて見せた。

 

「ああ、見ての通り左前腕中心辺りからブッツリとやられたわ。いっそ運命を感じるねこりゃ」

「じゃあこれからは目とケツに気を付けなきゃな」

 

 冗談めかして言うセタンタに、彼は乾いた笑いを浮かべる。

 

「やめろ、言っとくがぷりぷりプリズナーがハンターズ諸共に目をつけてたからお前らも他人事じゃねえぞ?」

 

「「なにそれこわい」」

 

二人も名を知られていたという追加情報に揃って真顔になる。

 

「……まあそれはいいとして」「よくないが?」

 

 シロウの言葉を無視して、セタンタは真面目な表情で問う。

 

「まだ、剣は振れそうか? 失くした左腕の問題だけじゃねえぞ、まだお前は敵と戦えるのか?」

 

 今まで誰も触れて来なかった確信を突く質問に、ガッツは言葉をつまらせる。シロウも黙り込み、病室に沈黙が訪れる。

 

 たっぷり十数秒かけ、ガッツは口を開く。

 

「噛み千切られた腕の痛みは、まだ脳裏に焼き付いてる。成すすべもなく鷲掴みにされて、全身の骨をバキバキに折られた痛みもだ」

 

 彼は大きくため息をつくと、天井を見上げる。

 

「……正直、ビビってるさ。世の中にはオレじゃ太刀打ち出来ねぇ化物が山ほど居る。またこんな目に遭わない保証はねぇんだ」

 

 瞑目してそう語るガッツの声は、微かに震えている。腕を失うという経験が、彼の心に浅からぬ傷をつけている事は明白だった。

 

「それなりに強くはなったつもりだが、天変地異みたいなバケモンに立ち向かえるなんて自惚れてもいない。オレという戦力は必須じゃない……なのになんでオレがこんな痛い目見なきゃいけねぇんだって、強えやつに全部任せときゃいいんじゃないかって、当然思うさ」

 

 そう自嘲するように吐き捨てる彼に、二人は目を伏せた。

 実際、彼がこの戦いから降りても責められるようなことは無いだろう、と二人は考えている――そしてその彼らもまた、自身がガッツと同じ立場であると理解していた。

 

 ――しかし。

 

「……だけど、オレは戦いから降りたりしねぇ」

 

 はっきりとそう宣言したガッツに、二人は少し驚いた。

 

()()()の屈辱を晴らさねえと、心の奥底にコビリ付いた汚れはいつまでもそのままだ。それはお前らも同じだろ?」

 

 そう言って視線を二人に向けると、彼は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「それに――オレはガッツだからな、理由なんてそれ一つで十分お釣りが来るってもんだ。なあ?」

 

 立場を同じくする三人にとって最もわかりやすい理由に、セタンタとシロウは口角を上げて笑う。

 

「……ククッ、わりい、愚問だった」

()()()の精算も己の顔に泥を塗らない事も、確かにかつて誓った事だな」

 

 よし、と膝を打ちセタンタが立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺達は入院中任せてた蛇野郎どもの調査を引き継ぐ。だからお前はとっとと傷を治して義手の扱いに慣れとけや」

「ジャギにでも頼んで早めに復帰してこないと、お前の出る幕がなくなるかもしれんぞ? ……あっ!

 

 ニヒルな笑みを作っていたシロウは、何かを思い出したようにハッとした様子で、これでもかとばかりにキメ顔を作ると。

 

「――奴らを調査するのはいいが、別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 取ってつけたように見事なドヤ顔でそんな事を言うシロウに、ガッツとセタンタは思わず噴き出した。

 

「思い出したように死亡フラグを立てるなや……それじゃあ、あとの事は頼んだぜ。オレももう少し“らしく”なって合流するからよ」

 

 彼の言葉を背に受けて、二人は病室を後にした。

 静かになった病室で大きく吐息を漏らし、ガッツは目を閉じる。

 少しばかり熱の入った弁に、傷付いた体は疲労していた。

 

 

「なあ」

「……んだよ」

 

 しかし、そんな彼に横から声がかかる。

 眠ろうとした矢先の事で、その声は少し不機嫌そうであった。

 

「怪人絡みで、昔なんかあったのか?」

 

 真面目な声色をかけてきたスティンガーの言葉に、ガッツはしばし黙り込み、やがて深くため息をつく。

 

「……病室で堂々と話してっからアレだけど、聞き耳立てて他人のプライバシーに踏み込んでくるのはどうかと思うぜ」

 

「はは、リンゴの剥き方が乙女なスーパーヒーローも言ってるだろ? “余計なお節介はヒーローの本質”ってな!」

「同室のよしみだ。無理にとは言わないけど、話せそうなら話してみろよ、何か力になれる事があるかもしれないし」

 

 二人のそんな言葉に、ガッツは少し考え込み、やがて口を開く。

 

「……ま、別にこれは隠し事って訳でもねぇし、なにより今は暇を持て余してっからな。言っとくがあんまり愉快な話じゃねぇぞ」

 

 そう言って彼は、記憶を辿るように途切れ途切れながらも話し始めた。

 

「……あの日から、そろそろ十年になるな。あれは、オレらがまだ呑気に学生やってた頃の話だった」

 

 様々な感情を織り交ぜたような顔で、ガッツはつらつらと思い出を語る。 

 

(人前じゃ平気そうな顔してっけど、オレらの一番引きずってんのはあいつ(シロウ)だろうな……)

 

 真っ白な病室へ、彼の声がじわりと染み込んでいった。




他作品でいう組織の幹部級キャラが次々と見舞いに来て驚かれるというなんかすごい主人公ムーブをしてるガッツくん、オールマイトの仮面が剥がれかけてる転生マイトさんにちゃんとオールマイトを遂行しろと圧をかける(酷)


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転生者たち-3[転生者と魔法]

「あ、セタンタさん。退院したんですね」

「おう、シゲオか。見舞い以来だな」

 

 ある休日、研究所へ顔を出しに来たシゲオは研究所の正門の前に立つセタンタとばったり遭遇していた。

 

「ま、入れ違いにガッツのヤツが入院したわけだが」

「あー、はい……先日、お見舞いに行ったんですけど、その」

 

 シゲオは律儀な事にガッツの見舞いにも行っており――その事を思い出した彼は少しバツの悪そうな顔をする。

 そんな彼の頭を、セタンタは乱暴に撫でくりまわしてやる。

 

「わわっ!?」

「……ったく、ガキンチョがそんな顔してんじゃねーよ」

 

 ボサボサになったオカッパ頭から手を離すと、彼はため息をつく。

 

「確かに、お前さんの超能力がありゃ深海王なんてひと捻りだったろうさ。だが今はまだヒーローでもなけりゃ俺達みたいな賞金稼ぎ(バウンティハンター)でもねぇ、一般人の学生だ」

「……はい、ガッツさんにも同じ事を言われました」

 

 俯きがちにそう言うシゲオの表情はなおも晴れない。

 どうにも彼は、超能力の鍛錬を始めてから――正確には超能力を積極的に使い出してから――こういった()()()()に不要な責任を感じ始めてしまっている。とは、彼の師である戦慄のタツマキの言だ。

 

――この世界では怪人や怪生物を原因とした災害が多発している。

 ヒーローという抑止力を持ってしても、それらによる犠牲者は日々当たり前のように発生しており。今までそれをどこか遠いものに感じていた彼は自らが身に宿す力の強大さを改めて実感した結果、それがあればどれほど人を救えたのかとつい考えてしまうのだという。

 

(……俺達にとっちゃ、都合のいい話だ。こいつ(シゲオ)の行く先がヒーローに傾けば、危機をどうにかできる可能性は上がる)

 

――影山茂夫。シゲオが転生時に与えられた姿は、この世界の元となる漫画“ワンパンマン”と作者を同じくする“モブサイコ100”の主人公のものである。生まれ持った超能力の才能はまさに強大無比。

 原作の本人(影山茂夫)より明らかに練度が低い(シゲオ)ですらセタンタの知る転生者、あるいはこの世界のヒーローと比較しても最上位級の強さである事は明白であった。

 

 彼に力を持つ者としての責任感が芽生えヒーローへの道を進む事は、これから待ち受ける超級の災害に対しての備えとして、この世界で明日を迎えるために必要不可欠な()()と言ってもよいだろう。

――しかし。

 

「相手が敵対的な異生物だろうが、意思を持って会話ができる怪人を倒す事は、瓦礫をどけたり怪物化した植木を毟るのとは訳が違う。ついでに言えばお前ですらも必ず勝てるとは限らねぇ」

 

 セタンタは穏やかに、諭すようにそう声をかけた。

 

「そこがどうしても駄目でやめた新人ヒーローもいるって話だからな。……ま、残り時間は少ないがゆっくりと覚悟を決めてくれや」

「戦わなくていい、とは言ってくれないんですね」

「そりゃ、俺も死にたかないからな! ブライトの野郎の試算じゃ、例の宇宙海賊(ボロス)を倒すのはオールマイト含むS級の総掛りでも厳しいって話だ。そこで負けたら……言うまでもねぇよな?」

「励ますのか脅すのかどっちかにしてください……」

 

 暗い未来を想像して顔を青くする彼に、セタンタはけらけらと笑う。

 

「まあ、ガッツもジャギの治療で大分よくなったって話だし、生きてりゃ大抵なんとかしてくれる。いつか戦う時が来てもそこは安心しろ」

「凄いですよね、傷や骨折も本来の何倍も早く治るなんて魔法みたい。そういえば、セタンタさんの“元ネタ”も魔術使えるんでしたっけ?」

 

 ジャギの治療を受けたというガッツから聞いた話を思い出したシゲオがそんな風に言うと、セタンタは顔をしかめた。

 

「あー、魔術なぁ。残念ながら俺もシロウも使えねぇんだわ」

「え、そうなんですか?」

 

 そんな意外な回答に、シゲオは目を丸くする。超能力があるなら、魔法や魔術もあるだろうと考えていたからだ。

 

「魔術ってのは、どうも完全な我流で何とかなる範囲じゃねえからな。まずTYPE-MOON型(おれら)の魔術に必要な回路の開き方、つーかそもそもホントにあるのかすら分からねえんだよ」

 

 そしてそれを調べるためにセタンタとシロウはブライトに解剖されかけた事もあるのだという。シゲオは少し引いた。

 

「なるほど……じゃあ、魔法や魔術はこの世界にはないんですね」

 

 最も根本的なところから躓いているという魔術事情に、シゲオは少し残念そうに嘆息した。しかし、セタンタはそれに首を振る。

 

「──いや、それが全く存在し無いわけじゃないんだわ。というかちょうど研究所に来てんぜ、“魔法使い”の転生者が」

 

 

 

──研究所、談話室。

 

「……その瞬間、石室内の気温が数度下がったように探索者諸君は錯覚する。床に描かれた紋様が怪しく輝き、地鳴りのような音が鳴り響くと、諸君の目の前で“闇”が宙に浮かび上がる」

 

「その闇の中から滑り落ちるように何かが這い出した。ぬるりとした鱗に覆われた長大な尾が床に落ちると同時に、シューシューと空気を震わせる音が鳴り響くのを諸君は聴いた」

 

「とっさにその音の発生源を探った探索者諸君は──見てしまう。大蛇の尾を持つ巨大かついびつなヒト型が、チロチロと舌を出しながら踏みするように睨めつけたる、縦長の瞳孔を」

 

「──と、いうワケで。召喚された神格『イグ』を目撃した探索者諸君は1/1d10のSANチェックをお願いします」

 

 椅子に座る一人の少女が話し終えると、談話室内に3つの悲鳴が響きわたった。

 

ヴェアアアア!? なんでーっ、今ボスの蛇人間倒したじゃない!?」「召喚阻止したじゃん! 詠唱止めたじゃん〜!」「私の探索者もうSAN値ギリギリなんですが……!」

 

「いやいや、さっき資料室で情報開示したわよね、儀式は生贄の血を魔法陣に注ぐ事で完了するって。拳銃で倒したら当然血が出るし」

 

  阿鼻叫喚といった様相を示す三人にサイコロを差し出しながら、対面に一人座る少女が呆れたように言う。

 

「そうだった。すっかり忘れてた……c2成功」「だってボス現れたらとりあえずしばくっしょ、武器も充実してたし……g4おうふ失敗3、3減少」「h9ハイ当然のように失敗、6、6減少で不定入りまーす……」

「んもー、この脳筋探索者たちめ……あら?」

 

 カラコロきゃあきゃあと姦しい談話室を入り口から覗き込む人影を視界の端に捉えた少女が資料から顔を上げる。

 

「えーと、お邪魔しちゃいました……?」

 

 賑やかな室内をのぞき込んでいた少年――シゲオがそう尋ねる。

 

「あー、こちらこそ騒がしくしちゃって……ってアナタ、もしかして例の超能力者の子かしら?」

「あ、ええと、は、はい……」

 

 腰まで伸ばされた緩やかに波打つピンクブロンドの長髪。肌はシミ一つない白磁の輝きを放っており、切れ長の目は綺麗な鳶色をしている。

 精巧な人形を思わせる端正な顔立ちの少女に見つめられ、シゲオは思わずどぎまぎとしてしまう。

 そんなシゲオの姿を見て、談話室の卓を囲んでいたうちの一人である青髪の少女がからかうように口笛を吹く。

 

「おおっと〜これはこれは? なんとなんと、我ら転生者希望の星が転生者随一のトンチキ(珍妙で意味不明な)娘にたぶらかされてますよ?」

 

 それに便乗するように黒髪の少女が囃し立てると、彼女はカチンと来た様子で立ち上がる。

 

「はぁ? だれがトンチキ転生者ですって? そう言うアンタは転生者随一の本末転倒娘でしょうが」

「喧嘩を売ってるなら買いますよこの貧乳」

「おあいにくさま、わたしはこれが究極にして完成形なの。しかしまあ、他人(ひと)様の体型をどうこう言うだけあってご立派な体型ですこと」

「……ほう?」

 

 黒髪の少女も立ち上がり、赤い目を光らせながらずいと歩み寄るが、対する桃髪の少女はどこ吹く風だ。

 

「あー、もう。その辺にしとこう? その本末転倒ってのは私達の大半が刺さるし……というか、その子困ってるよ?」

 

 混沌とした状況を諌めるように、呆れた様子で状況を見守っていた明るい金髪の少女がため息をつく。

 

 

 

「――ええと、もうご存知みたいですけど。“モブサイコ100”の影山茂夫の転生者です、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げるシゲオにぱちぱちと拍手が響く。

 

「よろろー。んじゃ、つぎ私ね」

 

 そう言って立ち上がったのは、腰まで届く青い長髪の少女。

 泣きぼくろを持ったミントグリーンの瞳は、いたずらっぽい輝きを放ちながら黒髪の少女に視線を送る。「あっ」と何か察したような声を無視して彼女は立ち上がると、いきなり大きく広げた腕を素早く胸の前で交差させた。

 

「――我が名はコナタ! 研究所最新のTS転生者にして、“らき☆すた”泉こなたの姿を借りし者! かがみんとの百合を志し夢破れた私を笑うがいい! 百合は()()ものであり、()()ものではないと私は知った!!」

「!?」「この野郎またやりやがりましたね……!」

 

 呆気にとられるシゲオの前で、青髪に泣きぼくろが特徴的な少女――コナタはドヤ顔のまま着席する。

 

「と、言うわけでコナタでーす」

「こいつめぇ、初対面の時といい勝手に人の持ちネタを……じゃあ次! 私が本物ってヤツを見せてやりますよっ!」

 

 苦々しい表情でコナタの自己紹介を見ていた黒髪の少女は勢いよく立ち上がると、ダッシュでどこかへと走り去る。

 

「ええ……?」

「ごめん、悪いけど待ってあげてくれる?」

 

 困惑しっぱなしのシゲオに桃髪の少女がため息をついてそう言うのとほぼ同時、乱暴な足音とともに黒髪の少女が戻ってきた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……お待たせ、しました……!」

 

 肩で息をする彼女はどこから持ってきたのか顔の様な模様が施されたトンガリ帽子と黒いマントを身に着け左目には眼帯、そして右手には宝玉のようなものが付いた長い杖が握られている。

 

「ふぅ、ふぅ……よし!」

 

 呼吸を整えた彼女は大きく息を吸い、キレキレのポーズを決めた。

 

「我が名はメグミン! “このすば”の爆裂娘(めぐみん)となりて、ぼっち少女(ゆんゆん)と百合の花を咲き乱れさせんと目論む前世を持つ者ッ!」

 

ばさりとマントを強く翻し、赤い目をぼんやりと光らせながら少女は杖を掲げる。

 

「我らが覗きし変転する性の(TS転生)深淵を知りたいか? ならば教えてやろう! 心の伴侶(推しキャラ)触れ合い(イチャラブし)たいと願うなら! 清き花園を汚す(百合に挟まる)事を恐れず、汝ありのままに征くべし(TS転生はやめておけ)と!」

 

 言いたい事を言い終えると、少女――メグミンは遠い目をしてふっと笑い、そのまま着席した。しん、と静まった談話室の中で、彼女は金髪の少女に目配せした。

 

「さ、口上は纏まりましたか? 次はあなたですよ」

「えっ、私もこの流れを継承するの!?」

 

 無言で圧を掛けるメグミンとコナタの期待に満ちた視線に負け、彼女はヤケクソ気味に立ち上がり、見様見真似にポーズを取る。

 

「え、えーと、えーとっ……ん、ん゙ん! あー、わ、我が名はココア! えー、“ごちうさ”の保登心愛(ほとここあ)の転生者にして、ラビットハウスでチノちゃんと仲良くなりたいと願った者! 想いは変わらずとも、色々と邪心は抜けましたっ!」 

 

 顔を赤らめながらも、口上を言い切った少女――ココアが着席する。

 ぱちぱちと小さな拍手を受けてやや満更でもなさそうな表情をしている辺り、彼女も案外悪ノリも嫌いではないらしい。

 

「……と、いうワケで。我ら3名、本末転倒型TS転生者です」

 

 そんな風に3名を総括するメグミンに、シゲオは首を傾げる。

 

「えと、女性キャラを選んで後悔しているって事ですか?」

「そこは別に後悔って程でも……。ぶっちゃけ、曲がりなりにも十年以上女の子やってきたので、今更記憶を取り戻したとして()()というものでもないんですよね」

「単に、“前世で推しキャラと百合百合しい関係になりたいと思ってTS転生したのに、女の子を性的な目で見れなくなっちゃった”ってだけの話だねー。まさに本末転倒!」

「そもそも目当ての推しキャラもこの世界には居ないしねぇ、私も記憶が戻った頃には初恋が男性アイドルだったぐらいだし」

 

 そして“仮に推しが居たとしても中身が違うのでさほど嬉しくもない”という身も蓋もない結論に、シゲオは苦笑いを浮かべた。

 

「と、そんな中で異彩を放つのがそこのトンチキ転生者です」

「だから、誰がトンチキよ。……さて、私も自己紹介しようかしら」

 

 そう言って、桃色の髪の少女がおもむろに懐から白い棒を取り出して立ち上がる。左手に先程まで使っていた本(TRPGのルールブック)を開き持ち、右手の杖を頭上へ掲げる──すると、風もないのに彼女の服や長い髪が緩やかには波打ち始める。

 

「我が名はルイズ。転生者随一の美少女にして、稀有な力たる虚無(ゼロ)の魔法をこの身に宿す者――」

 

 その言葉と目の当たりにした現象に、シゲオはここへ来た目的である“魔法使いの転生者”が彼女である事に気付いた。

 一体どんな魔法を見せてくれるのかと彼が期待していると――。

 

「――この至上の美貌に見惚れたか? ならば我とともに美の深淵を鑑賞する権利を汝に与えましょう」

 

 ドヤ顔でそう宣言し、彼女は杖を仕舞い込んで代わりに写真の束を取り出してシゲオに手渡した。彼女自身のブロマイドである。

 更には彼女自身も更に写真を取り出してそれを舐め回す用に見つめ始めた。

 

「ふふっ、やっぱりルイズはかわいいわ……最ッ高……!」

「ええ……?」

 

 目を輝かせながら蕩けた表情で自らのブロマイドに頬擦りする彼女の姿にシゲオが困惑していると、メグミンが深くため息をつく。

 

「……わかりましたか? これが彼女がTS転生者随一のトンチキと言われる所以。我々が“推しと絡む”のを目的に転生先を選んだのに対して、彼女は“推しに()()”のを目的とした上、その感性を維持し続けているのです。前世の自我が無駄に強固ですよね」

「記憶が戻る前も暇さえあれば鏡眺めたり自撮りして部屋に貼り付けていたって言うから筋金入りだよね〜」

「ある意味尊敬に値するよね、うん」

「えぇ……」

 

 四人の畏怖の視線を一身に受けながら自分自身のブロマイドをひとしきり眺めたあと、ルイズは満足気な吐息をもらしながら写真を大切そうにしまいこんだ。シゲオも貰ったブロマイドをそっとポケットに入れる。

 

「……さて、自己紹介は済んだわね。わたし達に何か用事かしら?」

「うわぁ! いきなり 落ち着くな!」

 

 すん、と急激に表情を引き締めた彼女にコナタがどこかで聞いたような野次を飛ばすと談話室にどっと笑いが起こり、ルイズは「なによー」とむくれた。

 

「ええと、魔法使いの転生者がいるとセタンタさんから聞きまして」

 

 シゲオがそう言うと、4人は納得したように「あー」ときれいに声を揃えて頷いた。

 

「なるほど、魔法を見に来たのか〜。たまに居る、って言うか私もその子との出会いはそんな感じだったし」

「魔法だもんねー、やっぱり気になるよね」

「右に同じく、自分が得られなかった(まほう)を持ってる人が居ると聞けばやっぱり気になりますからね……」

 

 「あるあるー」と口々に頷く三人。

 

「なんだ、ルイズ(わたし)の美少女っぷりを見に来たわけじゃないのね。残念だけど、見せられる魔法はすごく地味なのしかないわ」

「そうなんですか?」

「残念ながらね。……ところであなた、“ゼロの使い魔”(わたしの元ネタ)についてどれくらい知ってる?」

 

 彼女の質問に、シゲオが「名前くらいは」と答える。

 その返答に、ルイズはやや残念そうな面持ちで説明を始めた。

 

ルイズ(わたし)は一般的な魔法がほぼ使えない代わりに特別な魔法が使えるキャラなんだけど……ブライト博士やオールマイトから可能な限り魔力は温存するように頼まれてるの」

「え、あの二人から?」

 

 最強の転生者にして不動のNo.1ヒーローと、転生者たちの元締めにして頭脳。そんな二人から直々の要請。

 不意に転がり出てきた予想外の名前に彼は思わず目を見開く。

 

「そ。ルイズはね、()()()でも研究所の最終兵器の1人なんだって、凄いでしょ」

「なんでアンタが自慢げなのよ……ってか()()()ってなによ()()()って」

 

 何故かドヤ顔で無い胸を張るコナタに、ルイズはジト目で一睨みすると、大きくため息をついて説明を始める。

 

「わたしは、というかルイズは精神力……いわゆるMPを年単位で溜め込める特性と、それを消費すればするだけ威力を増す強力な魔法を使えるの。ここまで言えば、なんとなく話が見えてくるんじゃないかしら」

 

 そこまで言われれば、シゲオにもピンときた。

 直近に控えた、世界最大の危機への備えであると。

 

「あ、対ボロスの……!?」

「そ。ブライト博士曰く、“悪足掻きのセカンドプラン”ですって。オールマイト及びS級ヒーローが破れたときが私の大舞台よ」

「オールマイトがほぼ相打ちってくらいギリギリ負けたとかでもなきゃ倒せる保証はないってのが“悪足掻き”感出てるよね」

「……無駄撃ちできないから実際どこまで威力が出るか測れないんだもん、しょうがないでしょ」

 

 コナタの補足に、ルイズは拗ねたようにそう言った。

 そんな彼女を横目に、メグミンとココアがシゲオに視線を向ける。

 

「ま、そういう訳ですから、転生者一同アナタの活躍には期待してるんです。……ホントに頼みますよ?」

「無責任なお願いなのは分かってるけど、もしもヒーローが負けちゃってたらって思うと、凄く怖くて……ご、ごめんね、プレッシャーかけちゃって……」

「――――――――」

 

 縋るような視線を受けた彼は思わずたじろいでしまう。

 転生者故、確かに彼も訪れる脅威を知っている。しかし。

 

 ――彼は知っている。本物には程遠いと卑下しながらも、真に迫る程の強さまで自らを鍛え上げたオールマイトの姿を借りた転生者を。

 

 ――彼は知っている。原作でも圧倒的な強さを誇り、実際に強大無比な力を持つ事を日々間近に感じる戦慄のタツマキというヒーローを。

 

 故にシゲオは、どこか楽観視していた部分があった。なにも自分が戦う必要はないのではないかと。

 そんなところで、先日起きたのが海人族襲撃事件だ。

 転生者たちも比較的楽観視していた中、シゲオの顔見知りでもあるガッツが片腕を失う重症を負った。

 もし、深海王と相対したのがシゲオであったなら、誰にも被害を出さずに撃退できただろう。タツマキに師事した事によって自らの持つ力の強さを実感し始めた彼は、そう思わずにはいられなかった。

 

 ――ボロスを倒すには、オールマイトを含むS級総掛かりでも厳しいって話だ。

 

 先ほどセタンタから改めて聞かされた言葉が、彼の脳裏をよぎる。

 すうと息を整えながら、シゲオは口を開く。

 

「……そう、です、ね。戦うのは怖いですけど、負けるわけにはいかないので……僕なりに、出来る事をやりたいと思います」

「頼むよ〜、勝てたらほっぺにチューくらいはしてあげるからさぁ」

 

 コナタの茶化すような言葉に、ここに来てようやく決意を固められそうな彼が曖昧に笑う。

 そしてルイズが杖を手に、笑みを浮かべた。

 

「――さてと、頑張ってくれるアナタへの(はなむけ)に何か魔法を見せてあげましょうかね」

「え、いいんですか? 魔力の温存は……」

「コモン・マジックなら消費も少ないし誤差みたいなもんよ。さて、何がいいかしらね。念力……は、アナタの方が得意でしょうし、ロック、アンロックは流石に地味過ぎるし……ディティクト・マジック、もいまいちパッとしないのよね……」

 

 わくわくとするシゲオの前で、彼女は考え込む。

 その表情には冷や汗が浮かび始め、ややあって引き攣った顔で杖を握りしめた。

 

「えーと、じゃあ……ライト!」

 

 そう言って彼女が掲げた杖、その先端に眩い光が灯る。

 

「「「「…………」」」」

 

「「「地味ッ!」」」

 

「分かってんのよそんな事は!! しょうがないでしょコモン(一般)・マジックなんだからッ!」

「あ、あはは……」

 

 逆にシゲオが超能力を披露した事により、その場は盛り上がったという。




・セタンタ(クー・フーリン)の転生者
帰り際正門前でシロウ待ちをしていた所にシゲオと遭遇。
まだイマイチ覚悟が決まってないシゲオに発破をかける。
ゼロ魔型魔法は残念ながら習得できなかった。

・影山茂夫の転生者
ようやく戦う決意が固まりつつある男。
ルイズのブロマイドはそっと持ち帰った。

・泉こなたの転生者
TS転生して推しと百合したかった転生者その1。ルイズと同じ学校。
比較的新参の転生者だが、すごく馴染んでる。
シゲオの力も合わせた上でボロスを討伐できたらほっぺにチューしてあげると約束した。
「多分次期S級ヒーローだし、軽くツバつけといて損はないよねー」

・めぐみんの転生者
TS転生して推しと百合したかった転生者その2。
めぐみんロールプレイは転生者(内輪)限定、素は割と大人しい。
「コスプレ衣装はブライト博士に頼めば格安でハイクオリティの物を作ってくれます。ガチ装備はタバネさんやジョウタロウさんですね」
「魔法? 冒険者カードが作れないせいか使えません。ルイズのも体系が違うのか無理でした……どうも、魔力自体はあるそうなんですが」

・保登心愛の転生者
TS転生して推しと百合したかった転生者その3。
比較的常識人なせいかキャラが薄い。家が近いので研究所食堂でバイトしてる。
イケメン男性アイドルか初恋な割と普通の女子に仕上がった。そのアイドルは何気にアマイマスク。
が、最近はテレビでオールマイトとアマイマスクのツーショットをみるとドキドキするらしい。
大体アマイさんの態度のせい。
「オールマイト×アマイマスク……だ、ダメダメっ! 面識ある身内で掛け算なんて……!!」

・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの転生者
推しに()()ことを選んだヤベーやつ。
コナタと同じ学校に通うルイズコピペを暗唱できる女。
ラノベ表紙とかを再現したブロマイドは常に持ち歩いているが、スイッチが入らない限りは割と普通。
転生者陣営の隠し最終兵器の一人であり“悪足掻きのセカンドプラン”、もとい16年溜めた魔力でエクスプロージョンをブッパする係。
なおブライトの試算では“ワンチャンなくはない”程度だとか。虚無覚醒済み扱いなのかコモン・マジックは使える。
「ゼロ魔型の魔法は血筋が重要みたいで、他の転生者には使えないみたいね、うちの家系でも血が薄まりすぎてラインメイジすら希よ。わたしの魔力の強さは隔世遺伝によるものですって」
「サモン・サーヴァント? 少なくともヒト型の誰かが呼ばれるんでしょうけど、分ってて拉致するのはちょっと……。ワールド・ドアの魔法も呪文思い出せないし、異世界から召喚しちゃうと帰せないもの。あと、なんかとんでもないもの呼び出しても困るし」

・TRPGルルブ
経験者たちの前世の記憶を結集してブライトがこの世界の別作品のルルブを改変して編纂したもの。
クトゥルフ以外にも何種類かあり、最近の転生者達の中ではサタスペやシャドウランもアツいらしい。

今回はTS転生者少女組が登場。
おそらく出番は少ないので補足マシマシ。彼女らはインドア派でユリコさんはスポーツ少女なのであまり趣味が合わないとかなんとか。
ユリコさんの例もあるように、当作品でTS転生すると割と普通に女の子になってしまいます。封印された過去の記憶よりも直近の十数年の経験の方が重い上、大抵の場合思春期迎えてから思い出すので。

ちなみに彼女らはヒロインとかでもなく、ルイズ以外は特に役割もない半モブの一般人。ルイズに関してはボロス戦でオールマイトたちが敗北した場合宇宙船ごと粉砕する役割がある。
ちなみに作戦は“ヤケクソ決死のサードプラン”まで存在する。


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転生者たちの青春白書
1-二度目の春


 ――時が止まるという感覚がどういう物なのか、その日彼らは身をもって知る事となった。

 

 

 N市にある高校。

 月曜日のホームルームを控えた今の時間は、休みを終えた少年少女たちがお互いに近況を伝え合う、とても賑やかな時間だ。

 

 ――ガラリ。

 

 その喧騒は、教室の引き戸が開かれたその瞬間をもって終わることになる。

 

「……えっ」

 

 “彼”の登校に気付いた誰かが上げた小さな声。

 それは教室中に波及する。先程までの喧騒は、視線が入り口へと集まるにつれて、まるで波を引くようにさっと鎮まってゆく。

 

 ――かつ、かつ。

 

 教室の引き戸を開けて入ってきた少年は、その嫌に響く自分の足音がその身に染みるような錯覚を覚えながら自らの席へ歩いてゆく。

 

 インドア派であるその少年の色白だった肌は今真っ赤に染まっている。

 羞恥によるもの、だけではない。彼はこの田舎町に一軒だけある――いわゆる、日焼けサロンへ休日中に足を運び、慣れない日焼けで肌を痛めたのだ。

 前日の風呂は、それはひどい痛みをともなった事だろう。

 

 さらに少年のトレードマークとも言える赤銅色をした自前の髪は、脱色剤(ブリーチ)によって赤と金による珍妙な()()()()()となっていた。

 目元が隠れる程に伸び放題だった髪型も駅前にある馴染みの床屋で短く整えられており、ワックスによって軽く逆立てられている。

 

 これらだけでも、彼を知るクラスメイトにとってはなかなかにスキャンダラスな出来事であった。

 しかしそれ以上に際立って彼を目立たせているのは――。

 

 彼が近所の古着屋で見つけ出した――さらに言えばこの奇行の原因となった――赤い外套を羽織ってるからだ。

 

 現在の季節は初夏。

 蝉もそろそろ鳴き始めるかと悩む頃だ。

 言葉を選ぶ事を放棄して言うならば、あまりにもクレイジーなイメージチェンジとしか言いようがない。

 

 

 

 この高校の校則は頭の固い田舎の学校には珍しいほどゆるく、服装も髪型も節度を守れば自由にして良い事となっている。のでは、あるのだが。さすがに、こう……。

 

「「「…………………」」」

 

 ――ガラッ。

 椅子を引く音とはこんなにも大きなものだったろうか。

 身を切るような静けさの中、少年はプルプルと小刻みに震えながら着席すると、渾身の勇気を以て口を開く。

 

「……お、おはよう」

「「「お、おはよう……」」」

 

 クラスメイトは、この異常事態にもかかわらず、つい普通に挨拶を返してしまう。

 ――これは弄られねば、逆に辛いやつである。

 「おいおいどしたのその格好?」とか聞いてやるべき状況だが、あまりにもあんまり過ぎて逆に聞けなかったのだ。

 居心地の悪い沈黙が教室を支配し数分が経ったそんな時。

 

 救いの女神は現れた。

 

――ガラッ。

 静まり返った教室内に引き戸の開く音が響き、一人の少女が入ってくる。

 彼女は教室を支配する妙な静けさに首を傾げ――。

 

「おはよー、何かヤケに静かじゃな……ってシロウくんどしたの今になって高校デビュー!? 流石にそれは大胆すぎない!?」

 

 教室に入った少女、ハナは教室最前列に座る少年――シロウの姿に度肝を抜かれて思わず率直なツッコミをぶちかましてくれた。

 凍りついていた時が瞬時に解凍され、教室はゆるやかな笑いに包まれた。

 

「そ、そうだよ、いきなりイメチェンかよ?」

「は、ははっ、好きな人でも出来たのか?」

「へ、へへ、今まで髪も服もすげぇテキトーだったのにな」

 

「い、いやあ、ちょっと覚醒し(めざめ)て、ね……!」

「はは、今になって中二病かよ!」

 

 ――そんな渦中の少年、シロウは今まで比較的目立たない部類の生徒であった。

 別段、クラスで浮いてるだとか仲が悪いだとかはないものの、普段机で一人おとなしく本を読む姿をよく見かけるような少年だ。そんな彼の豹変に、クラスメイトはまさに度肝を抜かれていた。

 

「すっごい気合い入れてるね、何か参考にしたの?」

 

 あまりの変化にどう触れていいものか探り探り接している他のクラスメイトとは違い、一人だけグイグイと距離を詰める少女がいた。

 

「い、いやべつに……」

「そうなの? あー、肌焼いたあとのケアちゃんとしなかったでしょ、あとでやり方教えたげる。髪の色ムラも酷いねぇ」

 

 やや無遠慮な手つきで赤と金の不格好なグラデーションに手を触れるハナに、シロウは日焼けした顔を更に赤らめる。

 

「う、ああ、鏡で見て、ヤバイとは思ったけど、どうすればいいか分からなくて途方に暮れてる……」

「ね、よかったらやったげようか? 自分の髪弄るので慣れてるし。てか、髪切ったのはグッドだよ、せっかくイイ顔してるのに伸び伸びの髪で隠れて勿体無いと思ってたし!」

 

「えっ……あっ、髪は……あの、頼んでいい、か?」

「いいよ、任せてー! あと、服もそれはちょっと――」

 

 そんなやり取りを見ていたクラスメイトたちは「どういう意図があったにせよ結果的には成功だな」と思うと同時に、一部の男子は「顔が良けりゃ珍妙なナリでも女の子に構って貰えるのかよ、カーッ ぺっ!」と僻んだ。

――そして、それらとは別の反応をしている生徒が二人。

 

「シロウ……衛宮、士郎?」

「……こりゃ驚いたな」

 

 

※※※

 

 ホームルーム開始のチャイムと同時にやってきた担任教師に爆笑の後注意され、ようやくシロウは珍妙な赤いコートを脱いだ。

 そんな彼は昼休みにクラスメイトの男子二人からいきなり空き教室へ呼び出され、内心ビクビクしながら応じていた。

 

 相手は普段これといって接点のない野球部員二人。

 クラスどころか校内でも有数の体格の良さを誇る黒髪の男子と、その彼ほどではないが引き締まった筋肉質の体の青髪男子の二人だ。

 特に悪い噂などは聞かないとはいえ、身構えてしまうのも仕方がないと言える。

 

「それでお、私に……話って、話とは、一体なんだね?」

 

 少し声を上ずらせながら彼が尋ねると、二人は吹き出した。

 

「はは、ここに来てキャラ付け優先とか強いなお前! イジメとかじゃねーから安心しろ。ちょっと確認したいことがあるだけだ」

「確認したい、事?」

 

 シロウが首を傾げると、二人は呆れたような顔になる。

 

「あー、オレらの顔や名前になんか覚えはねぇか?」

「特に俺な、俺。俺は分かるだろそんなナリしてんだから」

 

 そんな風に言って何やらキメ顔をする青髪の生徒に、彼の困惑はますます高まるばかりであった。

 

「そりゃ、クラスメイトだから覚えはあるけど」

「「だあーっ!?」」

 

 そんなシロウのすっとぼけた回答に、二人は盛大にズッコケる。

 

前世! 転生! ここまで言やァ、解るだろ!?」

 

 体を起こすや否や痺れを切らしたように黒髪の少年が語気を荒げた。

 初めはクエスチョンマークを浮かべていたシロウの表情が徐々に驚愕に染まる。

 

「転、生……て、転生者? まさか、二人もなのか!?」

 

 そんな反応を返す彼に、二人は同時に深くため息をついた。

 

「やあっと気付いたか……そうだ、お前と同じ転生者だ」

「つっても、俺らはお前の醜態見て思い出したワケだが」

「しゅ、醜態……ッ!!」

 

 落ち込んだ様子のシロウに今朝の光景を思い出したのか、二人はくつくつと笑う。

 

「ま、おめーのお陰で『あ、オレ転生者じゃん!』って興奮して醜態晒すことが避けられた訳だ、一応感謝しとく」

「いやー、俺はあんな思い切った事はしねぇわ流石に。ひとまず、お互いせっかく思い出せたんだ、改めて自己紹介といこうぜ」

 

 そう言うと青髪の少年は近くのロッカーから箒を一本取り出すと、器用にくるくると振り回して見せ、バシッとポーズを決める。

 

「Fate/stay nightの槍ニキことランサーのサーヴァント、クー・フーリンの転生者だ、よろしく。まあ名前は幼名のセタンタだが」

 

 カッコつけてドヤ顔をキめた青髪の少年――セタンタに、黒髪の生徒は呆れたように笑う。

 

「いや、お前も十分やらかしそうじゃんそれ。あ、オレはガッツな、ベルセルクのガッツの転生者だ。よろしく」

 

 呆気に取られていたシロウだったがやがて正気を取戻すと、彼も掃除用具入れから短い箒とチリトリを取り出し両手に構える。

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」

「いや誰も呼んでねぇし、チリトリはねぇわ」

「そもそもお前先週までの髪色とかからして衛宮士郎だろ」

 

 ドヤ顔を晒した少年は浴びせられたツッコミに撃沈する。

 

「俺、英霊のエミヤを指定したんだけどなぁ……とりあえず格好から入ろうと思って……我ながらやらかした」

「アーチャーも元をたどれば衛宮士郎だしそりゃそうなるわな。とりあえずあのコートはせめて冬まで置いとけ、な?」

「やらかし自覚しつつもキャラ付け貫いてたのは肝据わってるぞお前。……それにしても、やるじゃねえか、ええ? あの後どうなったよ」

 

 そうニヤニヤしながら机に腰掛けたガッツが尋ねると、シロウは途端に顔を赤く染めてもじもじとし始めた。

 

「き、今日放課後に髪色のムラをなんとかしてくれるってハナさんが……ど、どうしよ、おれ女の子と二人きりとか初めてなんだけど!?」

 

 いろんな意味で真っ赤っ赤な顔を手に持ったもので隠しながらシロウが悶える。

 

「お前折角の衛宮士郎フェイスを野暮ったい髪型と服装で台無しにしてたからな、前世が窺い知れるわ。まあ、なるようになるって」

「せっかくだし帰宅部やめて運動部にも入ったらどうだ? 確か弓道部あったしエミヤ目指すなら鍛えろよ、ボディが泣いてるぞ」

 

 二人が口々に言うと、彼は頬を掻いて目を逸らす。

 

「いや、今更になって入るのもちょっと気まずいというか……」

「今のお前ほど図太いやつを他に知らんから大丈夫だろ」

 

 セタンタのツッコミを受けつつ、シロウはため息をつく。

 

「そもそも、よく考えたら戦闘能力鍛えてもなぁって感じ、しないか?」

 

 そんな彼の言葉に、二人は顔を見合わせる。

 

「……まあ、なぁ。前世と違って怪物やら怪人やらが出るって言っても、それは軍や警察が片付けてるし、それ以外は普通に現代って感じだしな」

 

 そう言いつつ、ガッツは太い腕で腕組みをする。

 彼らが持つ前世の記憶の中ではフィクションの中の存在に過ぎなかったような生物がこの世界には存在している。遥か昔に起こった大戦により汚染された世界は異常をきたし数多の災害を呼び、人類の敵となる怪生物を発生させた。

 

 皮肉にも、争いが産んだ未曾有の危機によって人類は一つの共同体として団結し、この大陸へ逃げ込んで防備を固め厄災から身を守ってきた。

 

 ――それが今の世界である。

 かつて人間同士の小競り合いをするために存在した軍隊は、いまや人類の脅威から残された人類の生存圏を守る為に血を流している。

 

「この肉体のスペック活かして怪物狩りの為に防衛軍へ入隊、ってのも違う気がするし。ま、オレは精々前世でやり損ねた事をやるだけさ」

「やり損ねた事?」

 

 彼の疑問に対しガッツは空気のバットを握り、フルスイングして見せる事で示した。

 

「甲子園、故障で出られなかったんだわ。まあここにゃあ甲子園はねぇから来年の全大陸球技会だな。(ガッツ)の体だとズルしてるようでちと気分は悪いが、今日までオレが鍛えたオレの身体である事には違いねぇ」

「……うちの野球部は嫌な伝統で実力あっても三年生からの年功序列順でしか出してもらえねぇんだよな。ったく、そんなんだから弱小校なんだっつの」

 

 深くため息をついてそうボヤくセタンタに、シロウが苦笑する。

 

「そういや、お前はなんか目標あんのか? 前世でやり残した事とか心残りをどうこうするとかよ」

 

 ガッツに問われて、シロウは目をぱちくりとして泳がせる。

 

「……おれ? いや私は、その……れ、恋愛がしてみたい……

 

 か細い声で伝えられた言葉に二人はしばらく沈黙し、やがて声を上げて笑う。

 

「ヤり残した事ってか! いやまあ、イメチェンの甲斐あって早くも叶いそうでよかったじゃねえか、ははっ!」

「ハナは結構人気ある割には今の所フリーっぽいからな、案外脈あるかもしれねーぜ?」

「は、ハナさんとつ、付き合ったりできるかはともかくっ……! 折角イケメンに生まれ変わったんだから、期待はしたい、かな!」

 

 顔を赤くしながら宣言するシロウの真面目くさった顔に笑いながら、セタンタは箒を掃除用具入れに投げ入れる。

 

「ま、ガンバレ。夢、夢かぁ……俺もなんか考えねぇとな」

「あれ、セタンタは夢、無いのか? 野球選手とかじゃなく?」

 

 同じくチリトリを片付けながらシロウが問うと、彼は頭を掻きながら小さく唸って顔をしかめる。

 

「あー、野球はなぁ。前世でも高校でやってはいたが、そん時も別にそんなコダワリあった訳じゃねぇんだよな。なんとなくで入部したが、大学行った後は死ぬまでバット握らなかったし」

「高二だし、そろそろ進路は考えてたほうがいいんじゃねぇか? オレはスポーツ推薦でA市の大学行く予定だわ」

 

 そう言って大柄なガッツが机を軋ませながら立ち上がる。

 

「うわ……急に現実感出さないでくれ。せっかく転生者だってこと思い出してちょっとテンション上がったのに……」

 

 ガッツの言葉にげんなりした表情を見せるセタンタ。

 

「っと、そろそろ昼休み終わるし教室戻らないと」

「そうだな。ま、せっかくの縁だ、また今度転生者同士前世の事でも語り合おうぜ」

 

 予鈴まであと数分と言ったところで三人は空き教室を出る。 

 ――彼ら三人の縁は、この時から始まったのだ。

 

 

※※※

 

 ――カキン。

 金属バットが硬球を打つ音が響き渡るのを聞きながら、シロウは塗装の剥げた防球フェンスに体を預けていた。

 真夏の太陽が彼の浅黒い肌を焼き、白いシャツには汗が滲む。

 

 かつて(黒歴史)とは違い綺麗に脱色された金髪に、熱を帯びた強い日差しがキラキラと反射していた。……時は8月、夏休み真っ盛りである。

 

「おう、待たせたな。っと、気が利くじゃん、サンキュー」

 

 そう言ってバット片手に彼へ歩み寄って来たのはガッツだ。

 片手を上げて近づいてくる彼に、シロウは冷えたスポーツドリンクを手渡す。

 

「いや、こちらこそ練習中にすまない。……どうしても、相談したいことがあってな」

「……いやまあ構わないけどよ、形から入るって言ってもやっぱりその口調違和感バリバリだぞお前。遅咲きの中二病だってみんなが生暖かく見守ってるの気付いてるか?」

 

 ガッツがペットボトル片手に呆れ顔で言うガッツに、シロウはウッと胸を抑えてよろめく。

 

「ぐっ……! 気づいてはいるが、今更止める訳には……ってそうではない。相談したいことはそれではない……!!」

 

 英霊エミヤを目指し形から入るべく日々邁進するシロウ。

 日焼けと髪の手入れに加え、筋トレや弓道部での活動が実を結んだ引き締まった肉体を手に入れつつある彼は口調のエミュレートも続けていた。

 『照れるくらいならよせばいいのに』と周りから思われる中で、近頃ようやく慣れ始めたところなのだった。

 

「ん゙、んん。実はだな……こ、今度、こ、こ、こッ……」

「いや落ち着けや、ニワトリみたいになってんぞ」

 

 すう、と深呼吸し、シロウは目をつぶる。

 

「こ、告白をしようと思ってる……!! ハナさんに……!」

「いやまだ付き合ってなかったんかーい」

 

 迫真の表情で倒置法による自白をしたシロウに対し、ガッツは白い目でツッコミを入れる。

 

 例の周回遅れ高校デビュー騒ぎ以降、シロウはハナから髪や肌の手入れだとかオシャレな服装だとかの手解きを受けていた。

 服飾店に行ったりカフェで休んだりと、実質的なデートを行う姿を何度も目撃されているため、もう二人はとっくにデキているものだと周りは認識していた。のだが、実際はまだらしい。

 

「んで? 何でオレなんだ、恋愛相談ならもっと相応しい相手がいくらでも居ると思うんだが」

「……いや、やはり秘密を共有する者同士だと何かと相談しやすくてだな。それにほら、お前妻帯者だそうではないか」

 

 真顔でそう言うシロウに、ガッツは思わずむせ返る。

 やがて呼吸を落ち着けた彼は、半眼でシロウを見ながら口を開いた。

 

「……前世でな? まあ、結婚早々に死んですっげえ悪い事したと思ってっからあんまそこは突かないで欲しいんだけどよ。まあいいや、んで、具体的に何が聞きたいんだ」

 

 少し機嫌の悪そうな顔をする彼に、シロウはやらかしたと思いつつも相談を続ける。

 

「告白ってどうすればいいんですか……!!」

 

 絞り出すような彼の言葉に、ガッツは思わず吹き出しそうになる。

 

「キャラ崩れてんぞ。いやまあ、実質的に付き合ってるようなもんだし、適当にどっかのタイミングで言やあいいだろ。オレもそんな感じだったし」

「いやいや、やっぱこう、大事だろう!? ロ〜〜〜マンティックな感じで行くべきじゃあ、ないのか!?」

 

 クワッと目を見開いて詰め寄るシロウに、彼は少し引く。

 

「いやサイファーかお前は。ロマン……ロマンなァ……?」

 

 少し考え込むと、ガッツは「あ」と手を叩く。

 

「秋に林間学校あるだろ? 先輩曰く、学校が毎年借りてる施設の敷地にいい感じの展望台が有るそうなんだわ。カップルが夜中こっそり抜け出して、そこでイチャイチャするのが定番なんだと」

「つ、つまり、そこでならロ〜〜〜マンティックな感じに……!」

「お、おぉ。まあ、いいんじゃねえかな?」

 

 ガシっと汗ばんだ手で手を握られ、ガッツはギョッとする。

 

「ありがとう……! 恩に着る……!」

 

 どことなく晴れやかな表情で踵を返して歩いていくシロウの後ろ姿に、ガッツは大きくため息を吐く。その横で、ニヤニヤと笑う者がいた。

 

「ははァ、青春だねぇ?」

「うおっ!? 居たのかよ!」

 

 ガッツの背後にヌっと現れたセタンタは、流れる汗を拭いつつも小さくなったシロウの背中を眺める。

 

「せっかくこんなバリバリの武闘派に転生してこんな日常系的な暮らしかよ、って初めは思ってたが。……案外青春謳歌しちまってるな? 俺ら」

「おう、まあ条件のいい肉体で人生やり直せるってだけで儲けモンだわな。まさかまた高校球児やれるとは思わなかったぜ」

 

 フェンスにもたれかかり、ガッツは入道雲の浮かぶ空を仰ぎながらペットボトルの中身をあおって中身を飲み干した。

 

「……さァて、休憩はこの辺にしてそろそろ戻るかね」

「ああ、補欠の選抜から万一にも漏れるわけにゃいかねぇからな」

 

 空になったペットボトルをクシャリと握りつぶし、二人は練習へと戻っていく。

 ふと、西の空から黒い雲が流れてくるのを見て、ガッツは少しだけ憂鬱になった。

 

「こりゃあ、一雨降るな……」

 

 自販機横に設置されたゴミ箱へ向け、彼は小さくなったペットボトルを投げ入れた。




・衛宮士郎の転生者
前世では灰色の青春を送っていたらしい。
衛宮士郎ボディ持ちの今世でも危うくそれをなぞりかけていたが、転生者であるという自覚を得て彼はハジけた。
きっかけは古着屋で見つけた赤い外套だが、エミヤのあのデザインではなく、もう少しシンプルなもの。
周囲に恵まれていたのもあり、いい感じの青春を送りはじめた。

・ガッツの転生者
実は前世では妻帯者。学生時代は野球に打ち込み、いざ甲子園、と言うところで肩を壊し野球をやめてしまった。
その後少し荒んでた時期もあったが、後の伴侶との出会いで持ち直し、大学卒業してすぐに結婚――した直後に勤務中の事故で転生。
ちょっと引きずってるものの、とりあえず現在は割り切って高校球児を楽しんでいる。

・セタンタ(クー・フーリン)の転生者
前世ではやりたい事が見つからないまま大学を卒業し、フリーターをやってるうちに交通事故で転生。
今世でも前世をなぞるように割とダラダラ生きていたが、今度こそやりたいことを見つけようと意気込んでいる。
とりあえず今は野球に集中。

・ハナ(非転生者)
上記転生者三名のクラスメイト。Not転生者。
クラスの中でもムードメーカーの一人である明るい女の子、将来の夢はスタイリスト。
格好や髪型が野暮ったいながら顔が好みドンピシャだった男の子が突如身だしなみに気を遣い出した(?)のでそれをサポートしつついい感じの雰囲気になる強かさを持つ。シロウくんは私が育てた。

・N市高等学校
ど田舎であるN市にある学校。N市は人類圏の端の方にあり、広さの割に人口は少なく、この高校も一学年1クラスしかない。















次回予告
(BGM:Berserk-Forces-)

青春
己を得た少年少女は自らの人生へと火を灯し始める
夢に打ち込み 未来に思い悩み 時には恋焦がれる
灯した火が高く燃え上がるほど日々は褪せぬ輝きを放つ
二度目の春を迎えた者たちは、己を燃やし何を得るのか

次回、転生伝奇ONEPUNCHMAN~青春時代編~『霧に沈む夜』
(CV:石塚運昇)


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2-霧に沈む夜

 ――N市郊外の山間部は秋に色付き始めていた。

 

おおお……っ!

 

 ウォークラリーの到達点である展望台から湖を見下ろしながらシロウは感嘆する。

 広々と拓けた視界の正面には周囲を山に囲まれた巨大な湖が広がっており、澄んだ水面は青空と白い雲を鮮やかに映し出していた。

 

 本日夜の天気は晴れ。満点の星空と、それを鏡写しにした湖面……そしてそれを見下ろして寄り添う二人の人影は、徐々に距離を詰めてゆき――といった妄想に顔を緩ませるシロウの背後からガッツも景色を見渡していた。

 

「へぇ、噂通りの絶景だなこりゃ。……妄想するのはいいが、まだ誘えてないこと忘れんなよ、多分イケるだろうが」

「うぐっ、ひ、昼にはちゃんと言うから! きっと……!」

「いやいやヘタれんなよ。ここ数ヶ月で散々デートまでやってんのに未だ免疫ないのどうにかしろやじれったい」

 

 目をぐるぐるとさせるシロウに、ガッツは深くため息をついた。生まれ変わっても奥手な性根はそうそう変わらないらしい。

 

「しっかし、他の班遅えな……」

「いや俺らが早いんだよ、流石にフィジカル違うの実感するわ」

 

 彼らと同じ班員であるセタンタが空で旋回する(とんび)をスマートフォンのカメラに収めながらそう言った。

 

 結局、三人一班のウォークラリーではいつもの三人で固まってしまっていた。班決めの際、躊躇ってる間にハナが女子グループに組み込まれたのを見てショックを受けるシロウの姿は、半笑いで見ていたガッツとセタンタの二人にとっては記憶に新しい。

 

「この後宿舎へ一旦戻ってから昼飯だっけか?」

「ああ、カレー作りな。これは五人班だしハナも一緒だぜ。まあ不甲斐ないお前に代わって俺が誘ったんだが」

「ぐッ……!」

 

 しおりを眺めながらチクリと刺すセタンタにシロウは呻く。

 

「せめて料理くらいはイイトコ見せねーとな、俺ら前世含め料理した事ねーから頼むぜ」

「……ああ、料理は任せたまえ! 前世では飲食アルバイトもしていたしエミヤ再現のため料理含む家事スキルは日々磨いているんだ」

 

 唯一の自慢である料理について頼られたシロウは一気に立ち直り、キリとキメ顔で腕を捲ってってみせた。

 

「キリッとしてるところ悪いがハナとお前が班同じなのカレー作りだけだからタイミング逃すんじゃねーぞ?」

「ヘタレも大概にしとけ、ボディが泣いてるわ」

 

 シロウのドヤ顔はその言葉で一気に崩れ去った。そんな三人の所へ他の班もゾロゾロと到着し始める。

 

「うわ、もう着いてら。流石はフィジカルエリートチーム」

「シロウは夏前まで帰宅部だったのに、人は変わるもんだ」

(中身はなかなかついてこないみたいだがな)

 

 ガッツはため息をついた。

 

※※※

 

「……よし、それじゃあ始めよう。ガッツとセタンタはジャガイモとニンジンを頼む、ハナさんとエイコさんは――」

 

 テキパキと用意された鍋を洗いながら指示を始めたシロウを横目に、彼らの班員の最後の一人であるクラスメイトのエイコはすすすとハナの横へと移動した。

 エイコが口元に手を当ててみせると、小柄な彼女の身長に耳の位置をあわせてハナが少し屈んで応じる。

 

「なんかシロウくん、急にイキイキしてきたね」

「料理得意なんだよ、彼。この前肉じゃがをごちそうになったけど、すごく美味しかったから期待していいんじゃない?」

 

 米を研ぎつつ、笑顔でそんな事を言うハナに彼女は目を見開く。そして野菜の皮を剥くガッツの横へ滑るように移動し、再び口元に手を当て、ヒソヒソとした大きめの声で話しかけた。

 

聞きました奥さん? もう手料理を食べさせる関係なんですって

 

 そんな言葉に軽く吹き出しながら、ガッツも大きな体を精一杯屈めつつそれに応じてみせた。

 

ええ、奥さん。この間なんて人混みではぐれないよう手をつないで歩いてる所を見たわ! シロウなんて顔が真っ赤だったのよ!

まあ! なんと初々しい! これで付き合ってないなんて信じられます!?

 

 金色のポニーテールを揺らしながらわざとらしく両手のひらを口元に当て大袈裟に驚いてみせるエイコ。

 精一杯背伸びをしながら大きなヒソヒソ話をする彼女と、少し屈みつつ同じようにオネエ言葉で返すガッツという最高に悪ノリした凸凹コンビにセタンタは吹き出すのを堪えながらジャガイモを剥く。

 

それが今日の夜に例の展望台で告白するそうよ!

きゃーっ、シロウくんったらロマンチスト!

 

 そう言ってひとしきり盛り上がった所で同時にバッと顔をシロウへ向けた二人に、セタンタはついに吹き出して剥き終わったじゃがいもを地面に落とす。誰も見ていないのをいい事に、彼はそっと洗ってまな板へ戻した。

 

 凸凹コンビによる聞えよがしの大きなヒソヒソ話は当然の如く本人たちの耳にもがっつりと届いている。

 先程までハキハキと喋っていたシロウは耳まで赤くしながら黙り込み、ハナはそんな彼を期待に満ちた目で見つめていた。

 手元をプルプルとさせつつ、シロウは視線をそらすと。

 

「そ、その……か、カレーができてからで……

(ヘタレたね)(ヘタレやがった)(背中押してやったってのに)

 

 蒸気を出しそうな程に紅潮しながらなんとか絞り出したそんな言葉に、一同は呆れた視線を返す。

 そんな様子を、ハナは余裕の笑みを浮かべて見守っている。

 

 

 綺麗に炊き上がった白米を年季の入ったアルマイト製の皿へよそい、大ぶりに刻まれた野菜と肉が浮かんだとろみのあるカレールウを多めに掛ける。

 シロウは出来上がったカレーライスをそれぞれの席へ配膳し終えて自身も席へ――唯一空いているハナの隣の椅子へと座る。

 

 食欲をそそるスパイシーな香りにより、誰ともなく腹の虫が鳴く音が響くのが聞こえると、彼らは揃って手を合わせた。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 金属製のスプーンと食器が擦れる独特の音を奏でながら、各々のタイミングでカレーライスを掬い口へと運んだ。

 アツアツのルーは口当たりはまろやかながら、後味にはしっかりとした程良い辛さが控えており絶妙な加減となっていた。

 

うンまっ! シロウくんってばホントに料理上手なんだ!」

 

 エイコは目を輝かせながら味付けの殆どを担当したシロウへ惜しみない賛辞を送る。彼は誇らしげにドヤ顔を浮かべる。

 

「気に入ってもらえてなによりだ。かつて料理を始めて最初に作ったのもカレーでね、私の得意料理の一つさ」

 

 気取った様子で鼻高々に返答する彼にガッツとセタンタは内心「あ、今ちょっと調子に乗ってんな」と思いつつカレーを咀嚼する。

 

 水をぐっと飲むと、ガッツはワザとらしく林間学校のしおりをテーブルに広げて見せた。

 

「この後ハイキングからのラフティングか、めっちゃ体動かすなァ」

「それからバーベキューやってキャンプファイヤーだとさ、それが終わったら一時間の自由時間の後就寝だな。今日は天気もいいようだし、ここなら星も綺麗だろうよ。展望台とかきっと絶景だぜ」

 

 察したセタンタがそう続けると、エイコはクリクリとした目を輝かせながらシロウとハナへ視線を行き来させた。

 

「……………」

 

 スプーンを口へ運ぶ体勢のままフリーズしてしまったシロウの姿に三人はアチャーと額に手を当てる。

 しかしハナは慌てずカレーを嚥下し、コップの水をくいと飲み干すと満足げなため息を吐き出して笑みを浮かべた。

 

「星空かぁ……あの展望台からの眺めは湖にも星が写ってとってもキレイなんだろうなぁ」

「…………………」

 

 吐息とともに漏れ出した彼女の言葉に、停止していたシロウが再起動を果たした。カチャリという音を立ててスプーンを置き、コップに残った水を勢いよく飲み干すと、彼は耳まで紅潮させて口を開く。

 

「は、ハナさんッ……!」

「うん?」

 

 水を飲んだばかりなのに彼の口の中はカラカラで、顔からダラダラと流れる汗はけしてカレーの辛さだけのせいではないだろう。

 そんな様子をハラハラとしながら見つめる視線が無数に降り注ぐ。

 

「今夜の自由時間に、俺と一緒に展望台で星を見ませんか」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら続きを待つハナを真っ直ぐに見つめながら、もつれそうな舌を何とか制御して彼は言い切った。

 背後で外野の三人がハイタッチを交わす中、ハナはその名の通り花の咲くような笑顔でゆっくりと頷いた。

 

「うん、行こっか!」

「……っし!」

 

 小さくガッツポーズをする彼に、背後の三人がヒソヒソと話す。

 

「出来レースみたいなもんなのに躊躇いすぎだろ……」

「まあ、アイツ色恋沙汰初めてらしいからしゃあねぇんじゃね?」

「でもちゃんと誘えて良かったぁ、顔に似合わずオクテだよねー」

 

 そんな声を耳にしてプルプルと震えるシロウの耳に、ハナはそっと唇を寄せると。

 

ちゃんとシロウくんから誘ってくれるって、信じてたよ?

「……………!!!」

 

 ビクーンと硬直するシロウにくすくすと小さく笑いながら、彼女はカレーのおかわりをすべく皿を持って立ち上がる。

 

「……やっぱ基本主導権はハナ側だなぁ」

「はは、あいつらしい」

「青春だね〜!」

 

 真っ赤な彫像と化したシロウを肴にカレーを食べる三人であった。

 

 

 

「えー、これより自由行動となるが、あまり遠くには行かない事! 展望台への道は舗装されているし灯りもあるとはいえ、蛇やイノシシ等が出る事もあるから十分注意するように……それから、学生らしく節度は守れな! 就寝時間には遅れるなよ! 以上、解散!」

 

 キャンプファイヤーの片付けが終わって集合を掛けた後、担任のオニガワラはそう締めくくる。

 

「完全にシロウの方見て言ったよな、オニガワラのやつ」

「エイコ経由か? というか何故かみんな当たり前のように計画把握してるのはビビるわ、別に言いふらしたりしてねーのに」

 

 ガッツとセタンタがくつくつと笑いながらそんな風に話す傍ら、少し離れたところではシロウがガチガチの表情でハナへ近づいて話しかけていた。

 

「お、ちゃんと行ったな」

「そら流石にそろそろ覚悟も決まっただろ、キャンプファイヤーの時ずっと自己暗示かけてて軽く引いたからな、はは」

 

 二言三言話すと二人寄り添って展望台の方へ歩いていくのをクラス一同は見送った。

 

「で、どうするよ、コッソリ見に行くか?」

「いやいや、悪いだろ流石に……でもアイツがどんな告白するのかは興味あるかも」

「はー、シロウくんカッコよくなって来たし、ちょっとアリかもって思ってたのになー」

「まあしょうがないよ、今のいい感じになったシロウ君はハナが育てたようなもんだしさー」

「でもキャラ作ってるのはちょっと痛いよね、もう慣れてきたけど」

 

 クラスメイトたちもワイワイと二人について語っているが、その成否について触れるものはいない。全員分かりきっているからだ。

 そんな中、宿舎へ向かっていくガッツとセタンタへ背中から声がかかる。

 

「おおい、ガッツたちは見に行かないのか?」

「あ? まあ、見に行かなくても結果は見えてるしなあ」

「親友の一世一代の告白だ、進んで水差しに行くつもりはねえよ」

 

 二人の返答にクラスメイトたちは拍子抜けした表情になる。

 

「それもそうか……オレもやめとくかな、ゲームのスタミナ消費しなきゃだし」

「というかめっちゃ疲れたし、とっととシャワー浴びて寝たい……」

 

 興味深げに展望台方面を見る者もいるが、概ね皆宿舎へ向けて歩き出した。空は雲一つない星空であり、展望台からの眺めは抜群だろう、と思いながら。

 

 

 

「……おい、ガッツ。ちょっとコレ見てみ」

「あん?」

 

 部屋へ戻り布団の支度を始めたガッツは横からかけられた声に振り向くと、椅子に座ったセタンタが持つスマホの画面を見てまず飛び込んできた単語に顔をしかめる。

 

「……『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』って、お前マジでそっち方面進む気か?」

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)とは賞金の掛かった犯罪者や時には人類生存圏にまで紛れ込んだ怪人、怪物等を捕獲・討伐し賞金を得る者の事である。

 セタンタが以前から興味を示していたのをガッツは覚えていた。

 

「んー、まあ、それもあるが。見て欲しいのは下の写真だ」

「写真……? って、コイツは……!」

 

 写真に写っているのは画風が違うレベルに彫りの深い顔をした筋骨隆々とした大男。

 その特徴的な濃い顔立ちは、彼らに覚えのあるモノだった。それは前世で彼らが見た――。

 

「ヒロアカのオールマイトじゃねぇか! って事は、コイツもて――」

「シッ!!」

 

 ガッツを黙らせたセタンタは周囲を見渡す。

 同室の一人はシャワーを浴びており、もう一人は先程ジュースを買いに部屋を出た。最後の一人はシロウだ。

 問題ないことを確認すると、セタンタは大きく頷く。

 

「ああ、多分間違いねぇ。俺らと同じ転生者だろうな」

「はー、俺らがフツーに学生生活送ってる裏で転生者らしく大活躍してるヤツもいたんだな」

 

 写真の背景には彼が倒したという大きな怪物が写っており、ガッツは敷いたばかりの布団に座り込んで嘆息した。

 

「授かりものの超パワーとか羨ましいこった。こちとらルーン魔術を知らないどころか半神半人ですらねえってのに」

「そういやシロウのヤツも投影のやり方が分からないとかでボヤいてたっけな。……って、半神半人?」

 

 彼が疑問を呈すると、セタンタは腰掛けた椅子をくるりと回しながら頷く。

 

「ああ、本物は父親が太陽神なんだよ……今の親父はただの大工だし何代遡ってもただの人間だったけどなー。しっかし、もしかしたら検索すりゃ他の転生者も……って、なんか外騒がしくねーか?」

 

 ピタリと椅子の回転を止めると、彼は部屋の扉へ視線を向ける。ガッツも耳を澄ませて見ると、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。

 

「ホントだ、なんかあったのか?」

「……ちょっと気になるな、行ってみっか」

 

 二人が立ち上がり部屋から出ると、なにやらバルコニーへ向けて歩く生徒が何人も見かけられた。

 ガッツは同じ野球部の生徒を一人捕まえて声を掛ける。

 

「おいユージン、なんの騒ぎだ?」

「おお、ガッツとセタンタじゃん。いや、今バルコニーにいる奴からメール来てさ……とりあえず来てみ、スゲェぞ」

「あん?」

 

 二人は顔を見合わせながらも促されるままにバルコニーへと足を運んだ。すると――。

 

「――ンだ、アレ」

 

 二階のバルコニーは湖方面を向いており、展望台ほどではないものの中々の景色が楽しめる。しかし、今は視界が大きく遮られていた。

 湖の半ばから先を完全に遮るように、巨大な白い壁が異様な速度で宿舎へ向けて広がっている。

 その巨大さのあまり緩慢にすら見えるそれは。

 

――それは、濃霧による巨大な()だった。

 

 

「雲……いや霧、か? この辺じゃよくある事なのか?」

 

 そのあまりにも異様な光景にセタンタが呆然と呟く。

 濃霧はまるで意思を持っているかのように施設の方面へ真っ直ぐ迫ってきていた。その光景に、ガッツの腕は粟立っていた。

 

「いや、うちの学校は毎年ここ使ってるみたいだけど、こんな話先輩からも聞いたことないぜ。なんかすげぇよな」

 

 そう言うと、ユージンは他の生徒と同じようにスマートフォンを迫り来る濃霧の壁へと向けて動画の撮影を始める。

 

 

「……どう思う?」

「わかんねぇ。ただ、どうも胸騒ぎがしやがる……」

 

 セタンタの問いにガッツは顔をしかめる。そうする間にも濃霧の壁は目前まで迫っており――やがて、すべてを白が包み込んだ。

 

「うわっ、何も見えねぇ!」

 

 濃霧に飲まれたバルコニー。面白がって撮影をしていた者たちも、なんとも言えないその不気味さと、じっとりとした湿り気に小さく悲鳴を上げる。

 

「……やべぇな、視界が何メートルも無いぞこれ」

 

 バルコニーから階下を見下ろしたガッツは異様な霧の濃さに戦慄を覚えた。他の生徒たちも一様に第六感が警鐘を鳴らすのを感じており、誰からともなく屋内へ戻り始める。

 と、スマートフォンを弄っていたユージンが悲鳴を上げた。

 

「さっきまでアンテナ三本立ってたのに圏外になりやがった! 先輩に濃霧の映像送ろうと思ったのに……」

 

 ガッツたちも釣られて自分の端末を確認すると、やはり「圏外」の表示がされている。

 

「……雨や霧で電波が不安定になる事はあるらしいが、割と繋がりやすい状態からこんなに完全に遮断されるもんなのか……?」

「どうも気味が悪い、嫌な予感がヒシヒシとしやがる――」

 

 寒気を感じながらセタンタがそう言った、その時だった。

 

――ギャアァッ!

 

 突然、遠い霧の中から男の悲鳴が響き渡った。その場にいた生徒たちは足を止め、不安そうな表情で互いに顔を見合わせる。明らかに、鬼気迫る本気の悲鳴であった。

 

「……冗談キツイぞ、マジで」

「マズい事が起きてるな、コレは」

 

 ゴクリと生唾を飲みながら二人は緊張した面持ちで霧越しに遠くへ視線を向ける。展望台が見えるはずの方向は、深い深い白い闇で覆われていた。

 

 

 

「星がキレイだねー」

 

 満点の星空を見上げ、ハナは少し声を弾ませる。

 

「ああ、きっと展望台からの眺めは最高さ。今日は風もないし、湖が凪いでれば夜空か映るかもしれない」

 

 シロウは展望台へ向かう坂道を踏みしめて歩きながら、手のひらがじっとりと緊張で濡れているのを自覚する。

 ……彼がチラリと振り返れば、遠くで誰かが隠れるのが見えた。

 クラス中に知られているため出歯亀の存在は想定できたものの、実際に来られると少しイラッとするシロウであった。

 

(……でも、それとなく展望台の独占をさせてくれてるのは、みんな知ってる状況ならではともいえるんだよな)

 

 ジャリ、ジャリと足音を立てながら二人は斜面を歩く。十数メートルおきに存在する街灯は、蛍光灯の交換が滞っているのかチカチカと点滅するものが多々あり肝試しにはうってつけといった雰囲気だ。

 

「静かだねぇ」

「そうだな……いや、なんか静かすぎるような気が……」

 

 風がないので木々の擦れ合うざわめきがない。しかし、シロウは何か違和感のようなものを覚え、やがて気づいてしまった。

 

「――そうだ、虫の声がしていないんだ」

 

 昼間はやかましいほど鳴いていたセミの声。日が暮れてから先程までは鈴虫などの様々な虫の声がこの山の夜を彩っていたはずだった。

 

「わ、ホントだ。キャンプファイヤーの時は結構聞こえてたと思うのに、山中でこんなに静かなのってふしぎー」

「……そうだ、な」

 

 シロウは少し胸騒ぎのようなものを感じるものの、頭を振って頭から追い出してこの後のことへ集中する。 

 

「あ、見えてきたよ!」

 

 ザッザッと足音を立ててハナが駆け出す。シロウは慌ててそれを追い、夜の展望台へと足を踏み入れる。

 

「わあっ……!!」

「これは……!」

 

 二人の口からは、思わず感嘆の吐息が漏れ出した。

 

 ――それは、想像していた以上の絶景だった。凪いだ湖面には星々と月が浮かび、まるで二つの星空に挟まれているかのよう。

 

 あまりの美しさに呆けていたシロウは、やがて真の目的を思い出してハッとする。彼がさり気なく横を見ると、ハナはうっとりした様子で視界いっぱいの夜空へ見惚れていた。

 

(……よし、言うぞ、言うんだシロウ。あれほどシミュレーションしただろ……文面は……ヤバい、お、思い出せない……ッ! ええい、ままよッ!)

 

「あああああの、ハナさん! 俺、俺ッ……あのっ、えとっ!!」

 

 頭の中が半ばパニック寸前になりつつもシロウはなんとか言葉を捻り出そうとしていると、不意にハナの表情が消える。

 

「……ねえ」

「はいっ!? な、なんだい!?」

 

 思考中に声をかけられて思わず変な声が出たシロウに構わず、彼女は湖を指差した。

 

「あれ、何だろう」

「あれ……?」

 

 シロウが正面を向くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。

湖の中心部から湧き出るように白い何かが吹き上がっている。

 それは背後の山を覆い隠してしまうほどに高く天を衝くように、そして湖面のこちら側へと急速に広がってゆく。

 

「あれは、煙……いや、霧? どうして急に――」

 

 まるで津波のような勢いで押し寄せる濃霧は、確実に彼らを飲み込まんと迫ってきている。異常な光景に二人は困惑を隠せない。

 

「こっちに来てるね。大丈夫、かな?」

「どう、だろう。離れたほうが――」

 

 そう言って不安な顔をするハナ、シロウも眉を顰めて霧を見る。

 そう言う間にも濃霧は目前まで迫っており――。

 

「わっ!」

「……っ!」

 

 ――やがてすべてが白に喰らい尽くされた。

 

「うわっ、なんだこれ!?」「しーっ! 聞こえるだろ!」

 

 背後でガサガサと音がなり、二人は振り返る。すると少し離れた生け垣の裏で見知った男子生徒が動くのが見えた。

 シロウとバッチリ目があった少年は誤魔化すように笑うと、一つ咳払いしながら立ち上がる。

 

「あーっ、き、奇遇だな?」「いやー、何か妙な事になったもんだ!」

 

 白々しくそんなことをのたまう出歯亀二人にシロウは脱力する。

 

「あ、セギーくんとエーニくん」

「お前たち……」

「いやあ! 邪魔するつもりはなかったというか!」「元々コレでそんな雰囲気でも無くなっちゃったし?」

 

 非難するようなシロウの目に対し弁解する二人に、彼はため息をついた。確かに、二人の事がなくとも謎の濃霧のせいで告白する雰囲気ではなくなっていた。バツが悪そうな表情をした二人は顔を見合わせると、シロウたちに背を向けた。

 

「……ええと、ムード壊しちまってゴメンよ!」

「とりあえず俺達は戻るから、ごゆっくりー!」

 

 そう言って二人は踵を返し小走りで走り去る。濃い霧も相まって、あっという間に見えなくなってしまった。

 シロウはため息をつくと、緊張の抜けた笑みでハナへ向き直る。

 

「あー、ハナさん」

「うん、なあに?」

 

 ハナもシロウの目を見つめ返す。

 

(――すべてが白に包まれた中に二人きり。先程の星空には劣るが、これもまた中々に……ロ〜〜〜マンティックないいムードなのではなかろうか!?)

 

 セギーたちのおかげで過度な緊張も図らずして解れており、ここらでの道中で決意はしっかり固めてきたシロウは、一つ深呼吸をすると――。

 

――ギャアァッ!

 

 背後から響いた絶叫に表情を強張らせた。

 

「な、なに? いまの、セギーくんの……?」

 

 びくりと怯えたように肩をすくめるハナを背に隠しながら、シロウは声の方へと向き直る。激しい足音を響かせながら近付いてくる。

 

「今の声、ただ事じゃ――ッ!?」

 

 霧を超えて先程の男子生徒、エーニが血相を変えた表情で走ってくるのをシロウたちは発見する。

 

二人とも、逃げろっ! 霧の中から――ア゙ッ

 

 彼は必死の形相でそう叫んでそのまま倒れ込む。

 シロウは慌てて駆け寄ると、エーニはそれを手で制する。

 

「ハナを、連れて、にげろ! 早く!」

「何を――ッ!?」

 

 シロウは瞠目する。倒れ込んだエーニの右ふくらはぎを、長い何か――木製の長い槍――が貫いていたからだ。

 

 そして霧の中彼の背後からぬっと現れた者に、シロウは戦慄した。

 

『しゅるる……このオスもよわいセンシ。われらがカミのニエにはもっとつよいセンシがほしい……』

がああっ?!

 

 それは強靭そうな太い脚でエーニを抑えつけると、鱗に覆われ長く骨張った腕で槍を掴むと、力任せに引き抜く。

 

 ――感情の見えない縦に割れた瞳孔がシロウを見ている。

 苦悶の悲鳴を上げるエーニを、シロウは唖然と見ている事しかできなかった。

 

『おまえもオスか。おまえは、つよいセンシか?』

 

 しゅるりと口から飛び出しては戻る事を繰り返す細い舌がそんな言葉を紡ぐのを聞いて、シロウの頭はようやく現状を把握した。

 

「怪、人……ッ!」

 

 全身を鱗に覆われた爬虫類型の怪物は血に濡れた槍を持ち上げる。

 そしてその穂先をエーニの背へ向け――。

 

「――ッ! やめろおッ!

「シロウくんっ! ダメッ!」

 

 駆け出したシロウに一瞥もくれることなく振り下ろした。

 エーニはくぐもったような声を上げ、血を吐きながら数度力無くもがき……ぐったりと横たわる。

 

――殺された。目の前で、クラスメイトが、友人が。

 

あ、ああ゙あ゙ッ!!!

 

 あまりにも、現実離れした光景だった。

 シロウは沸騰するように血が登った頭で怪物へ殴り掛かる。

 

『しゅるっ、なかなかハヤい』

 

 怪物は槍を素早く引き抜き、拳を回避する。

 

『けど、スキだらけ』

 

ガッ――!

「シロウくんっ!! ……ッ!?」

 

 大ぶりの拳を外し隙を晒したシロウの腹を、怪物の持つ槍の柄が力強く薙ぎ払う。

 数メートルは吹き飛ばされて倒れた彼の耳へ、絹を割くような悲鳴が飛び込んできた。

 

「――ッ!?」

 

 彼が痛みに耐えて顔を上げると、いつの間にか背後から現れたもう一体の怪物の姿が目に入る。

 ドラム缶のように太く長い胴体と巨大な頭を持つ異形の爬虫類が、細長い腕でハナを高々と持ち上げていた。

 

いやっ、離してッ!」

 

 シロウは激しく咳き込みつつも腹部の痛みを堪えて立ち上がろうとするが、それより早く怪物はバタつかせる彼女の足を咥え込んだ。

 ハナは恐怖に顔を引き攣らせて身をよじるが、その体はどんどん飲み込まれて行く。

 胸元まで込みこまれ、完全に身動きが取れなくなった彼女はとてつもない恐怖に涙を流し、震えながらシロウの方を向きその名を呼ぶ。

 

ぅ、あ……シロウ、くん……

 

 涙でぐちゃぐちゃになった端正な顔を恐怖に歪め、体を圧迫される苦しみにあえぎながら、彼女は――。

 

にげ、て

 

 かろうじてその言葉を、声を絞り出し――全身を完全に怪物の中へ飲まれてしまった。

 体を揺すり、少女の身体を胃の奥へ収めんとする怪物を前にして、シロウの表情は絶望に染まる。

 

「ぁ、あ……ッ!」

 

 深い霧の中に、シロウの慟哭が響き渡った。

 




・エイコ(非転生者)
金髪ポニテとクリクリしたつぶらな瞳がチャームポイントの超小柄で噂好きなクラスメイトの女子。特に恋愛関係の話が大好きで、彼女に知られるとファーストキスの顔の角度まで広まるとかなんとか。
ハナとは特に仲がよく、三人組ともそれなりに話す仲なクラスのマスコット枠。
ゴシップ誌の記者になって芸能人の恋愛模様を探るのが夢だと(うそぶ)いていた。

・ユージン(非転生者)
ガッツたちと同じ野球部員のクラスメイトにして友人。
帰り道がガッツと途中まで同じで、部活後一緒に買い食いしながら帰る姿をよく見かけられた。コンビニチキン狂い。
優秀な投手であり、夢はガッツと同じくプロ野球選手、だった。

・セギー(非転生者)
お調子者のクラスメイト。
テニス部でなので転生者たちとは接点がないように見えるが、休日にカラオケなどに誘って一緒に遊ぶ仲。
父と同じ警察官になるのが夢、だった。

・エーニ(非転生者)
クラスメイトでセギーの幼馴染、同じくテニス部。
セギーと一緒にクラスメイトを誘って遊びに出ることが多い、社交的な男。
実家の八百屋を継ぐ予定、だった。












次回予告
(BGM:Berserk-Forces-)

人は己の運命(さだめ)を知ることはできない
不意に来る崩落の時まで 明日の安寧を信じ人は生きる
たとえそれが 薄氷の上の幻にすぎないとしても
たとえ 崩れ落ちた先が絶望の奈落であろうとも

次回、転生伝奇ONEPUNCHMAN~青春時代編~『蛇たちの宴』
(CV:石塚運昇)


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3-蛇たちの宴

「なによ、今の声……っ?!」

「何だ、何が起こってるんだ!?」

 

 突然の悲鳴に、バルコニーの生徒達へ動揺が広がる。

 それぞれにあてがわれた部屋へ向かおうとしていた者も、言いしれぬ不安に駆られて人の多いバルコニーへと戻りつつあった。

 

――ぎぁ゙ッ!?

 

 直後に、今度はすぐ近く――宿舎の周辺から悲鳴が聞こえ、生徒達は今度こそ凍りついた。直後に激しい足音と、扉が乱暴に閉められる音が聞こえ、どたどたと何者かが階段を駆け上がってくる。

 ガッツとセタンタは冷や汗をかいて身構えながらバルコニーの入り口を注目し――そして脱力した。

 

「お前たち、無事か……!」

「……なんだ、センセーかよ」

 

――担任のオニガワラだ。生徒達に安堵が広がるより早く、息を切らせたオニガワラが努めて冷静な声で伝える。

 

「……落ち着いて聞け。この施設は怪人の群れに襲撃されている」

 

 彼の言葉に、生徒達は困惑の表情を浮かべる。

 

「怪人って……テレビでたまに見る、あの?」

「怪物なんて境界の外にしか居ないんじゃなかったの!?」

「軍隊はなにやってんだ!」

 

騒ぐなッ、今他の先生が戸締まりを行っている! とにかく、警察に連絡を取って助けが来るまで――」

 

 ガシャーン!

 い゙や゙あ゙あ゙ッ!?

 

 大きな破壊音――ガラスの砕け散る音が響き渡った直後に轟く濁った悲鳴に、今度こそ周囲へパニックが起こる。

 しかし侵入されたのは館内であり、現在位置はバルコニー。どこへ逃げればいいのかの判断がつけられない。

 

「落ち着け! どこか安全な場所へ……ッ?!」

 

 ドンッと、重たい音がバルコニーへ響く。

 ざわめきを押しのけるようにしてその場にいる者たちの耳へ届いたそれの発生源へ視線へ向けると。

 そこには全身を鱗に覆われた暗赤色のトカゲが二本の足で立っていた。その手には黒い刀身の剣が握られており――。

 

お゙おォオオオ――――ッ!!

『ぎしゃあっ!?』

 

 弾かれるように飛び出したオニガワラが剣を握る怪物の腕を取り、猛然とした勢いで一本背負いを決めた。

 間近に怪物が叩きつけられた音と衝撃に生徒が悲鳴を上げる。重たい音を立てながら黒い剣がガッツの足元へ転がった。

 

 ――オニガワラはその厳つい名前に相応しく二メートル近い長身の鍛え上げられた肉体を持つ体育教師であり、古来より受け継がれてきた武術、“ジュードー”の使い手である。

 彼は床へ叩きつけられた怪物を鮮やかな手つきで締め上げ、次の瞬間には何かが折れるような音が響き怪物が動かなくなる。

 

「……ッ、ここは危険だ! 屋内の手近な……なるべく狭い所へ静かに隠れろ、それから一階へは降りるな!」

 

 彼の怒号が響き渡ると、我に帰った生徒達は悲鳴をあげながら堰を切ったようにバルコニーから屋内へと雪崩れこんでゆく。

 

 ――次の瞬間、立ち上がったオニガワラの背後で先程聞いた重い落下音が三度連続して響いた。彼が振り返ると、そこには三匹の怪物が立っていた。

 

『オオ、ナカマのセンシがシんでいる!』『あのオス、つよいセンシ!』『よいニエだ、ワレらのカミがよろこぶ!』

 

「…………ッッッ!!」

 

 オニガワラは背後をチラリと見る。幸いにも、生徒達はもう施設の中へ入っているらしくバルコニーに残った人影はない。しかし全員が隠れ終えるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。オマケに、1階からいつ怪物が上がって来るかわからない。

 

「……はぁーっ、冗談キツいぜまったく……ッ!」

 

 オニガワラは深く息を吐くと、目の前の怪物たちへ鋭い視線を投げかけながら構えを取った。

 

 

 

 

「隠れるったってどうする、正直どこ隠れてもヤバい気がするぞ!」

 

 クラスメイトたちが手近なドアへ殺到する中、尚も廊下を突き進むガッツへセタンタが問いかける。

 素早く近くの客室やトイレなどへ逃げ込むクラスメイトたちを横目にしながら彼は首を横に振る。

 

「いや、隠れねぇ。まず先にシロウたちを探しに行く」

 

 ガッツの言葉にセタンタはハッとする。

 

「そうだ、あいつら外じゃねーか! 怪物に出くわしてたら……!」

「そうなって無いことを祈るしかねぇッ!」

 

 周囲から聞こえる慌ただしい音に耳を傾けながら、ガッツは先程咄嗟に拾い上げた黒曜石の剣を手にシロウたちの無事を祈った。

 二階の東端、展望台側の突き当りにたどり着くとガッツは素早く窓を開けて地上を見渡す。

 

「見える範囲にはトカゲどもはいないな。何匹いるかわからんが、多分この辺のは中に入ってるか正面と裏の入り口に殺到してんだろ」

 

 一階からは部屋を荒らすような音に混じって扉を破るような激しい音も聞こえてくる。彼は窓の側に備え付けられた防災用の縄梯子を開封すると、それを努めて音を立てないよう階下へ降ろす。

 

「……俺が先に降りるから、もしトカゲが追いつきそうならいっそ飛び降りろ。受け止めてやる」

 

 そう言うと彼は剣を腰のベルトへ引っ掛け梯子を降りる。

 セタンタもあとに続いて地面へ降り立った次の瞬間、彼らの頭上……二階の辺りから破壊音と絶叫が聞こえ始めた。

 客室のドアは、怪物の侵入を防ぐにはあまりにも脆い。

 霧で霞む古い建物のシルエットを見上げるセタンタの目からは、自然と涙があふれ出していた。

 

「……ッ、クソ………!」

 

 ――バキッ

 背後から響く何かが砕けるような音にギョッとしたセタンタが振り返ると、凄まじい形相で歯を食いしばったガッツが二階を睨んでいる姿が目に入る。彼は頭を振ると、展望台の方角へ目を向ける。

 

「――行くぞ、シロウたちが心配だ」

「……おう」

 

 二人は展望台へ向け、静かに駆け出した。

 

 

※※※

 

『ニエブクロ、さきにナカマとゴウリュウしろ』

 

 槍を持った怪物に促され、しゅると返事をしつつハナを飲み込んだ巨体の異形は移動を開始する。

 

「待――ッ!」

 

 それに追いすがろうと立ち上がったシロウは、直後に伸びてきた槍の一閃を本能的に躱して後退る。

 

『しゅるる、またカワしたな。おマエなかなかミどころある、よいニエになるよいセンシだ』

 

 どこか喜ぶようにそんなことを言う怪物に、シロウは苛立ちを募らせる。どのみち、目の前の相手をどうにかしなければ移動することもままならない。

 

(早くハナさんを助けなきゃいけないのに! どうしよう、こっちは丸腰で相手は槍を持ってる。クソ、魔術を使えたら……!)

『ユクぞ、ニンゲンのセンシ!』

 

 シロウは怪物が繰り返し突き出す槍を辛うじて躱し続ける。

 慣れない動きに息が切れ槍の穂先が体を掠めると、彼の焦りは加速度的に高まって行く。

 そして突き出された槍を躱すと同時に、脚がもつれる。

 

「しまっ――ぎっ!

 

 槍の柄が今度は左腕を打ち据え、彼は再び地面へ倒れ伏す。

 

『しゅるるっ、これでオワり!』

 

 高く振り上げた槍が霧でぼんやりとした街灯の灯りを受けて鈍く光るのを、シロウはただ見ている事しかできず――。

 

『ギシャッ!?』

 

 次の瞬間、怪物の横っ面を拳大の石が殴り付け、その片目がぐちゃりと潰れて鮮血が舞う。

 

 ――そして。

 

だああああッ!!!『しゅるっ!?』

 

 次の瞬間には、体ごとぶつかってきた大きな人影が怪物を押し倒して馬乗りになっていた。黒曜石の剣を握りしめたガッツだ。

 彼は刃を振り上げ、力いっぱい振り下ろす。

 

『ギシャア!?』

死ねッ! 死ねッ!

 

 何度も何度も刃を突き立て、その度に赤い血が周囲に飛び散った。

 やがて怪物が痙攣し動きを止めてなお刃を振るい続ける彼の肩を、後から追いついたセタンタが掴む。

 

「もういいガッツ、とっくに死んでる」

「……ッ! ハッ……ハッ……!」

 

 返り血に塗れたガッツは息を荒げながらもようやく刃先の欠けたドロドロの剣を手放してその場に項垂れた。

 呆然とするガッツから目を離し、セタンタはシロウへ目を向ける。

 

「……よう、シロウ。危なかったな」

 

 シロウは張り詰めていた物が緩み、その場で脱力した。

 

「……うん、助かった」

「所で……ハナは、どうした?」

 

 周囲を見渡して躊躇いがちにセタンタが尋ねると、シロウは俯いて歯を食いしばった。

 

「……大きな怪物に飲み込まれた。それにエーニも、殺された」

「そう、か……ここまで来る途中、セギーの遺体もあった。すぐに争う物音が聞こえたからそのまま置いてきちまったが……」

 

 セタンタは沈痛な表情を浮かべ、地面に転がった槍を拾い上げる。先端に黒曜石の穂先の括り付けられた槍は、血に塗れていた。

 

「――でも、ハナさんはまだ助かるかもしれない」

「なに? 怪物に食われたんだろ?」

 

 セタンタが怪訝な顔をすると、シロウは顔を上げる。

 

「その怪物を、そこのトカゲは“贄袋(にえぶくろ)”と呼んでいた。……生贄なら、生きたまま何かの儀式に使うつもりなのかもしれない。それに怪物の体はどうも不自然というか、絞め殺さないための作りに見えたんだ」

 

 彼は先程見た怪物の姿を克明に記憶していた。ドラム缶のように太く膨れた胴と、広く伸縮する喉と巨大な口。

 生きた獲物を運ぶ事に特化したような造りに見えなくもない。

 

「……なるほど、それなら急げば助け出せる可能性もある、か?」

「だから、俺は彼女を助けに行くつもりだ」

 

 その言葉にセタンタは息を呑む。彼はシロウのギラギラと光る目を見て本気だと悟り、小さくため息を吐いた。

 

「さっきは一匹倒せたつっても不意打ちだ、そして相手は怪物……肉体はともかく、中身は戦いなんてした事ねぇズブの素人の俺らでどうにかなると思うか?」

 

 諭すようなセタンタの言葉にシロウは頭を振って拳を握り締める。

 

「ああ分かってるさ……!! さっきは手も足も出なかった! ……でも、でもッ! どうしても、諦められないんだ……!」

 

 やり場のない怒りに地面を掻きむしりながら絞り出すように叫ぶシロウの悲壮な表情に、セタンタは思わず目を伏せる。すると。

 

「――近くに明日使う予定だったアーチェリー体験用の施設がある。弓がありゃ駆け出し弓道部のお前でも多少は戦えンだろ」

 

 そう言ったのは、ガッツだった。黒曜石の剣を杖に立ち上がり、静かに燃える瞳で二人を見ていた。

 

「オレも……こんな風に何もかもブチ壊されて、黙っていられる程大人じゃねェ」

 

 シロウに手を差し伸べて起き上がらせたガッツを見て、セタンタも頭を掻き毟りながら槍を手に立ち上がる。

 

「……しゃあねぇなぁ、もう! 俺もやってやらァ、ここで俺一人逃げちゃ本物のクー・フーリンに申し訳が立たねぇからな!」

「ハッ、黒い剣士(ガッツ)クランの猛犬(クー・フーリン)――それに正義の味方(エミヤシロウ)が怪物にビビって友を見捨てて尻尾巻いて逃げました、とかありえねェよなあ?」

 

 歯を剥き出しにしてガッツが嗤う。

 三人は互いに頷き合うと、しっかりとした足取りで歩き出した。

 深い霧の中、月明かりと携帯端末のライトを頼りに三人は進んでゆく。

 

 

 

「……こりゃあ、酷え」

 

 アーチェリー場を経由し、宿舎の前へと戻ってきた三人はその惨状に吐き気を覚えた。クラスメイトや教師、施設管理者の遺体が無造作に打ち捨てられているのをを目にして、ガッツが歯を食いしばる。

 虚ろに見開かれた友人たちの目を見つめ返しながら、三人はその場に呆然と立ち尽くしていた。

 

「あの状況で残って戦ったところで俺らの死体が増えただけだ」

 

 セタンタが能面のような表情で吐き捨てると、ガッツは一つ舌打ちをして深くため息を吐いた。

 

「ンなもん分かってる。それでも……クソが!」

 

 槍を胸から生やしたオニガワラの遺体を目にし、ガッツが拳をぎちりと握り締める。周囲には怪物の死骸もいくつか転がっており、その奮闘ぶりを示していた。

 そんな中、シロウはふと小さな違和感を覚えた。それは。

 

「……やられてるのは男だけ、か」

 

 彼は周囲を見渡し、違和感の正体に気付く。周囲を見ても、女性の遺体は一つも見当たらない。

 

(戦士がどうとか言っていたし、女は眼中にない? ……いや!)

 

 彼の脳裏を過るのは目に焼き付いた大きな怪物の姿。

 ――贄袋、生贄。……儀式。凄惨な妄想を、彼は頭を振って脳裏から追い出した。

 

「……おい、こっちだ。クソトカゲどもの足跡が残ってる」

 

 セタンタが指し示す先には、無数の足跡が一方へ向け伸びている。

 三人は無言でその痕跡を辿り、濃霧の中を歩き始めた。

 

 足跡は山へと向かい木々の覆い茂る登山道の途中で獣道へ入り込んでおり、更に先へと進むとやがて切り立った崖の下、岩肌の前で足跡が途絶えていた。

 三人は崖を見上げるが、霧に阻まれて何も見えない。

 

「……ここから登ったってならちょっとややこしいぞ」

「多分だが、登るってんならこんな一箇所に足跡は固まらねぇだろ。お約束で考えるなら、って……ハハ、まじかよ」

 

 岩肌に触れようと伸ばした手が崖を抵抗なく通り抜けて内部へと沈み込むのを見て、ガッツは乾いた笑いを浮かべる。隠し扉等は想定していたものの、目の前で起きた現象には頭が痛くなる思いだった。

 

「もう何でもありだな、こりゃ……」

 

 岩肌をよく見れば、ヘビがのたくった文字のような物がびっしりと彫り込まれている。それにどこか見覚えがあったガッツは、咄嗟に腰にさした剣を取り出す。

 

「……剣のコレも、なんかしらの意味があるのかねェ」

 

 刃先の欠けた剣の刀身には、同じような物が彫り込まれていた。

 何かしらの魔術的な意匠であることは間違いない。

 

 彼はため息を一つつくと、意を決して見せかけの岩肌へと首を突っ込んでみた。内部は驚くほど広い空間が広がっており、各所に設置された松明の明かりが揺らめいている。……敵の影はない。

 

 ガッツは顔を引き抜くと手で合図を送り、三人は互いに頷き合って中へと侵入した。

 

 

 

「見える範囲に奴らは居ない、か?」

 

 セタンタが内部を見渡してポツリとつぶやく。

 

「……トカゲの癖にいっちょまえに地面を整地してやがんな、奥に儀式の間でもあるんだろうよ」

「本拠地の中だ、何があるかわからん。慎重に行くぞ」

 

 ライトを消し、なるべく足音を立てないよう内部を進む三人。

 入ってすぐの空間にはやはり怪物の姿はないらしく、食料であろうか、獣の死体が吊るされていたりと独特の臭気を放っている。

 奥に続く道があるのを見て、彼らは無言で足音を忍ばせた。

 

(見張りの一つも無いとはな、入り口の仕掛けに自信ありか?)

 

 目的のハナを飲み込んだという怪物はおろか、トカゲの怪物たちすら見当たらないのを見てセタンタは妙に思う。

 見張りなど必要がないと思っているのか、あるいは見張りも建てず急ぎで何かをしているのか。そんな事を考える内に、奥への道から物音が聞こえてくる。

 それぞれの武器を握りしめながら、三人は奥へと進む。

 

――すると。

 

(なっ……?!)

 

 ――武器の打ち合う音、歓声と断末魔。

 

 松明で照らされた内部では、複数のトカゲ同士が円形の舞台上で互いに殺し合っていた。血しぶきを上げながら互いに傷付け合い、周囲からは熱気の篭った歓声が沸き立つ。

 相手の首を裂き勝利した怪物は、倒れた相手の心臓をえぐり出すとそれを口元へ運んでは丸呑みにする。

 

 そして次の挑戦者と戦い始める――その様子はまるで。

 

「――蠱毒(こどく)?」

 

おやおやおや、何かと思えばニンゲンのお客様じゃあないかネ

 

 セタンタがポツリとこぼすと同時に、そんな声が投げかけられ三人は思わず硬直する。怪物達は戦いをやめ、その舞台の奥から一体の怪物が歩み寄って来た。

 その怪物は他の爬虫類と違い、ゆったりとしたローブのような物を身に纏っており、右手には複数の蛇が絡み合うような形をした奇妙な杖が握っている。

 

フム、我らの襲撃から生き延び、あまつさえこの儀式場を見つけ出すとはなかなか優秀なニンゲンも居たものだネ

「……ハッ、気持ち悪ィトカゲ野郎に褒められても嬉しかねェな」

 

 ガッツの軽口に、怪物は目を細める。

 

……我々はヘビガミさまの信徒たる蛇人族、トカゲなどではナイ。私はニンゲンで言うところの神官のようなものだネ。――それで、キミたちは拾った命を捨ててまで何をしに来たのかネ?

 

「へェ? 手足が付いた蛇とはこれがホントの蛇足ってか」

「お前煽るのはいいけどまともにやったら死ぬの俺らだからな? ……ま、アイツら全員道連れにブッ殺すけどな」

 

 高揚した気分に任せて臨戦態勢を取るガッツとセタンタに、シロウは一つため息をついて弓を握りしめて口を開く。

 

「……お前らが攫った人間はどこへやった。殺す相手を選別して、それ以外は連れ去ったのはわかっている」

 

 彼の言葉に、蛇の神官は感心したように目を見張る。

 

ほう! そこまで気付いていたのかネ? 確かに、戦士であるオスは戦って殺し、戦えぬメスは生け捕りにするのが我ら蛇人族。捕えたメスのニンゲンはまだ生きて()いるネ

「いけしゃあしゃあと……ッ!! 武器も戦意もない一般人相手に何が戦士だッッ!!!!」

「ハナさん――彼女らを、返してもらう!!!」

 

 ガッツとセタンタが黒曜石の剣と槍を構え、シロウが矢を番え競技用の弓を引き絞ると、蛇の神官はキョトンとした表情をし、やがては呵呵大笑(かかたいしょう)する。

 

「何がおかしい!」

いやぁすまないネ、この状況でそんなことを言ってのけるキミたちがおかしくてたまらなくてネ。ふふ、あのメスたちならそこだネ

 

 そう言って蛇の神官が指差したのは、儀式場の奥の壁。そこにはシロウが見た大きな怪物たちがズラリと並び、微動だにしない。

 三人の殺気が膨れ上がり、今にも踊りかかりそうな中で――。

 

――今宵、星の巡りが揃いしとき。我ら蛇たちが父、偉大なるヘビガミ様がこの世界に受肉される

 

 ――蛇の神官は両腕を広げ、演説するように朗々と語る。

 

蛇の戦士の中で最も強き者を選び、特別な霊薬を与え神の器とする。……今やってるのがその選定だネ。しかしそうすると、蛇人族はヘビガミ様と私だけになってしまう訳だネ

 

 要領を得ない言葉に、シロウは苛立ちを募らせる。

 

「……それがどうした!」

 

 蛇の神官は、その異貌でも克明に分かるほど深い笑みを浮かべた。

 

つまり、ヘビガミ様に仕えるべき一族が新たに必要になる。そこで、捕えたメスたちの出番というワケだネ

 

 蛇の神官の言葉に、三人は嫌な予感を覚え――そしてそれは的中する事となった。

 

今まさに、あの中でニンゲンのメスたちは我らが同胞として作り変えられている。受肉の儀式が行われる頃には丁度変化が終わるネ――

 

 ――ビュウと鋭く風を切る音が静かな儀式場に木霊する。怨敵の脳天を撃ち抜くべく鋭く正確に飛んだ一本の矢は、バチリと激しい音を立てて蛇の神官の目の前で静止した。

 

「なッ……!?」

 

 矢を放ったシロウが狼狽えるの見て、蛇の神官はニタリと嗤う。

 

無駄だネ、無駄無駄ネ。ニンゲンは我々にとって餌でしかナイ、ヘビガミ様降臨の暁には深海王も地底王も天空王も敵ではナイッ! 我々蛇人族こそが、この世界を支配するのネ!

 

 蛇の神官の合図と共に、静観していた蛇人族の戦士たちが一斉に踊りかかってくる。その数十二、そして外で倒した者と比較しても明らかに体格が優れている。

 

「二人とも、来るぞッ!」

 

 シロウは新たに矢をつがえながら叫ぶ。

 

「しゃあねぇ、死ぬ気で殺るぜ!」

 

 セタンタは槍を強く握り、シロウを守るように前へ出た。

 

「ハッ、一匹残らず虱潰しだ!」

 

 ガッツは近付いてくる蛇人族へ剣を叩きつけんと振りかぶる。

 

 ――今の三人にとって絶望的な戦いの火蓋が、今切って落とされた。




・オニガワラ先生
強い一般人枠、並外れた体格と武術の心得を持つ。
柔道部兼、料理研究部顧問で放課後に料理をどっさり作って生徒と共に食べるのが日課。もちろん帰宅後夕食も食べる。奥さんには内緒。
名前に相応しい怖い外見をしているが面倒見が良く、生徒達からの信頼も厚い良い教師、だった。
幼い娘が一人おり、よく生徒たちに自慢して「お前たちには絶対やらん」と笑っては「そもそも歳が離れすぎてるし!」とツッコまれていた。

・蛇人族
海人族や地底人などと同じ敵対的人外種族カテゴリで、他種と覇権を争っている。
災害レベルで見ると狼〜虎程度。
他種族で言う“王”の代わりに神官をトップに据えているが、神官も“王”級には届かない。
ただし神官は怪しげな術を扱い、蛇系の種族総てが崇める「ヘビガミ」という神格の降臨を以て他種族を圧倒するという野望を持つ。
モデルはクトゥルフ神話の蛇人間だが、厄介な支配血清や人への擬態能力は持たないので安心?

・ヘビガミ降臨の儀式
敵対種族との殺し合いで出た死者を生贄として戦士たちの魂の位階を高め、生き残った精鋭たちで殺し合い、相手の心臓を喰らう蠱毒を行う。
そして最後に残った最も強い戦士に神官が“霊薬”を飲ませて不死の肉体を与え、神の器とする。
そして贄袋(にえぶくろ)と呼称する特殊な個体を使い、敵対種族の女を同族に作り変えておき、受肉した神の血を引く戦士たちを作り出してその戦力で他種族との最終戦争を開始する。














次回予告
(BGM:Berserk-Forces-)

大切なものを喪う時 ようやく人はその尊さを知る事ができる
尊きを喪った時 人は嘆き悲しみ その心に怒りの炎を宿す
再度(にど)とは奪わせぬよう 人はその()で鉄を打ち 刃を研いだ
それは奪う者を(おど)すため そして奪った者へ突き立てるために

次回、転生伝奇ONEPUNCHMAN~青春時代編~『復讐者の刃』
(CV:石塚運昇)


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4-復讐者の刃

『しゅるるっ!』

うおおおお――ッ!!!

 

 槍を手に迫りくる一体の蛇人族の戦士。

 それと相対したガッツの持つ黒曜石の剣が、風を切る鋭い音を伴い渾身の力で逆袈裟に斬り上げられる。

 ――しかし。

 

ガ――!?

 

 当たれば鱗ごと両断されるであろう強烈な逆袈裟を僅かに体を反らしただけで回避した蛇の戦士は、その勢いのまま長く強靭な尻尾を鞭のように振るい隙だらけのガッツの左肩を強かに打った。

 その背後から、黒曜石の短剣を持つもう一体の戦士が迫る。

 

「させねぇッ!!!」

『しぎゃっ!?』

 

 追撃に掛かった戦士の脇をセタンタの黒い穂先が抉る。

 

「落ち着けッ、力み過ぎだ!!」

 

 槍持ちの戦士がすかさず彼に向けて穂先を突き出すが、体勢を立て直したガッツがそれを剣で打ち落とす。

 

「すまねぇ、助かった!」

『シュルル――ッ!』

 

 槍によって浅からぬ傷を負い大きく後退した怪物の頭上を、間髪入れずに矢が通り抜けていく。

 

「くっ、当たらないッ……!」

「無理に頭を狙うな、どこでもいいから当たればいい! 狙いやすい胴体辺りを――うおっ!?」

「クソッ!!」

 

 顔のスレスレを黒曜石の短剣が一閃し、セタンタは転げながら後退した。慌てたガッツが短剣持ちに斬りかかるが回避された。

 焦る三人の前に、怪物たちがにじり寄ってくる。

 

「……やべぇ、実戦ナメてた。相手以前にオレらが弱え」

「ったりめーだ、ただの高校球児と初心者弓道部員だぞ」

 

 痛む肩を抑えながら呻くガッツの横で起き上がったセタンタは冷や汗を拭いながら正面の怪物たちを槍で牽制する。

 シロウが次の矢を番えながら周囲を見渡すと、蛇神官は奥で呑気に杖を磨いており、その横には手に壺を乗せた蛇人族の大きな石像。

 

 そして儀式の間の最奥、その左右の壁際にはハナを飲み込んだ巨大な化物たちがまるで置物のように鎮座している。

 そこまでの間には多数の武装した蛇人族が構えており、それらを倒さず救出だけして逃げる等はどう見ても不可能だ。

 

(クソっ、早く助け出さなきゃいけないってのに……!)

「ぐあっ……!?」

 

 焦りを募らせるシロウの目の前で蛇人族の持つ槍がガッツの左腕をえぐり、血が吹き出す。明らかな劣勢だった。

 

……フム、思ったより弱そうだネ。戦士たちよ、殺さぬ程度に痛め付けたら拘束しておけ、復活したヘビガミ様への供物としようじゃないかネ

 

 磨いた杖を手に嘲る蛇神官に、ガッツの額に青筋が浮く。

 

「ッ、ナメやがって……!」

「下がれガッツ! ちょっとマズいぞこれは……っと!」

『しゃぎゅっ!?』

 

 負傷したガッツへ跳びかかってきた一体の脚を、セタンタの槍が捉えた。バランスを崩し倒れ込んだ戦士の首をガッツの剣が裂いた。

 鮮血が飛び散り断末魔を上げる短剣持ち。

 

「――ッシャ、一匹目ェ!

 

 鬨の声を上げたガッツの横を通り、シロウの放った矢が槍持ちの土手っ腹に突き刺さった。悶えよろめいた怪物の胸へセタンタの突き出した槍が深くえぐり込まれ、怪物は絶命する。

 

「おし二匹目ぇ! ……案外イケんじゃねェかこれ!?」

 

 セタンタは自らを鼓舞するように叫び怪物から槍を引き抜いた。

 

「……へっ、最初から一人あたり四匹ずつ倒しゃ勝ちだなんだよ。残りは十匹だ、気張って行くぞ!」

 

 立て続けに二体倒されたことでやや慎重になったように見える戦士たちを剣で威嚇しながらガッツが叫んだ――その時。

 

おやおや、戦士さえ倒せば私など問題ないとでも言うのかネ?

 

 そんな声のした方向を見ると、蛇神官が意地の悪い笑みを浮かべて三人へ向けて歩みを進めていた。

 

……フム、魔力には余裕があるネ。せっかくだし、ヘビガミ様より授かりし力の一端でも見せてあげようかネ

 

 道をあける戦士たちの間を通り、ゆったりと近づいてくる蛇神官の姿にガッツが歯を剥き出して嗤う。

 

「ハッ、てめェから死にてぇってんなら話が早え!」

 

 なんの構えもなく悠々と歩いてくる蛇神官に、初陣の高揚感に浮かされたガッツは弾かれたように斬り掛かる。

 自分たちを包囲する戦士に警戒していたセタンタとシロウは、その行動を見過ごしてしまった。

 

「ッ、バカヤローッ、さっきの忘れたのかッ!」

 

 セタンタの静止は間に合わず、ガッツによる渾身の一撃は蛇神官の首を狙って放たれ――。

 

――ギャリッ!

 

 ――その刃は見えない壁に弾かれ、光が散る。

 

「なッ――!?」

 

 剣を振りぬいたままの体勢で瞠目するガッツに冷めた視線を送りながら、蛇神官は手に持った杖を軽く振るう。

 

愚かだネ――〈せいしんのこぶしよ〉

 

 ――ズダンッ!

 

 儀式場を一陣の風が吹き抜ける。

 セタンタとシロウは、自分たちの真横を矢のように過ぎ去ったものが何か、一瞬理解することができなかった。

 柔らかい物が岩肌を打つ派手な音、そして地面に何かが崩れ落ちる音を認識した瞬間、彼らは全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。

 

「――ガッツ!!」

 

 シロウは身を翻して、先程の飛来物――ガッツへと駆け寄った。

 あの頑丈極まりない男が、頭から血を流し目を剥いて気絶していた。何が起きたのか、二人には――おそらくはガッツ自身にも理解できなかったはずだ。

 

フム、これで残りは二人だネ。さて、まだやるかネ?

 

 左右に戦士たちを従え、蛇神官は嘲った。

 シロウは意識のないガッツの前に弓を構えて立ち、セタンタは冷や汗をかきながら後退る。

 

(聞いてねぇぞこんなの……前衛二人掛かりでもギリギリだったってのに、一人欠けてその上魔法まで飛んでくるとか冗談じゃねぇ)

 

 壁にもたれ掛かったままピクリとも動かないガッツをチラリと見て、セタンタは大きく息を吐く。

 そして手に持った槍を強く握り直すと、口元に諦観の笑みを浮かべた。

 

「おいシロウ、ガッツ担いで走れ。2、3分は時間稼いでやんよ」

「はぁ!? いきなり何を……!」

 

 激昂し詰め寄るシロウを彼は槍を振るって制する。

 

「どっからどう見ても“詰み”だろうがッ……! 俺が殿(しんがり)してやるからハナは諦めてお前らだけでも逃げろっつってんだよ!」

「そんな事ッ、できるわけないだろ!」

 

 シロウは力強く弓を引き絞り、今まさに近寄ろうとしていた戦士へ向けて矢を放ったが、それは剣の一閃によって弾かれる。

 それを見たセタンタが自嘲気味に鼻で笑った。

 

「ハッ、土台無理な話だったんだ。マンガの主人公じゃあるめぇし、ちょっと強えカラダ持っただけのド素人が化物の群れ相手に初陣で勝てるわきゃねェだろうが!」

 

 セタンタは語気を荒げつつも戦士の斬撃を槍で打払い、追撃でその腕を貫く。悶えるその胸に矢が突き刺さり、戦士はどうと倒れた。

 

「できるできないじゃないだろ! 今諦めたら死ぬんだ、俺達も、ハナさんもッ! 俺は、みんなを置いて逃げたりしないッ!!」

「こンの、分からずやがッ……!」

 

 頑なに逃げようとしないシロウにセタンタが焦りを深める中、その様子を見ていた蛇の神官はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

ふゥん、意見はまとまったかネ? どっちにせよ誰一人として逃がすつもりはないが、ネ

 

 蛇神官の指図により戦士たちが一斉に歩みを進める姿に、セタンタは歯噛みする。

 一番体格に優れたパワーファイター(ガッツ)は戦闘不能、前衛(じぶん)一人で抑えるにはあまりにも多い敵の数。

 ――そして蛇神官の使う不可視の魔術と、破れぬ防壁。

 どこを見ても、勝てる要素は一つとしてない。

 

(万事休す、か……!)

 

 手汗で槍が嫌なぬめりを帯びているのをセタンタは感じていた。もはや勝利など彼の頭になく、いかにしてシロウ達を逃がすかに思考は傾いている。しかし肝心のシロウに逃げるつもりが無ければ、どうにもならない。

 焦りだけが募る中、迫り来る蛇の戦士にセタンタが苦し紛れに槍を向けたその時――。

 

 ――儀式の間に、聞きなれない声が響いた。

 

「目ェ瞑れえ、ジャリどもッ!」

 

 ――ギンッ!

 

 背後から突然響いたしゃがれた声にセタンタの意識が持って行かれた次の瞬間、儀式の間は強烈な閃光に包まれた。

 怪物たちが悲鳴を上げる中で咄嗟に目を閉じた二人は、何者かに背後から押し倒されるのを感じた。

 

「撃てェーッ!」

 

 ――次の瞬間、耳をつんざく破裂音が断続して石室内で弾けた。

 

 画面越しにしか知らない銃声と、初めて嗅ぐ硝煙の臭い。

 驚いた二人が目を開け顔を上げると、眼前にはマズルフラッシュに照らされる小柄な老人の姿があった。

 

 老体ながらガッシリとしているのが見て取れる上半身は白いボディアーマー包まれ、金属の光沢を放つ右前腕部の先端には銃口。禿げ上がった頭頂部の汗を左手で拭いながら、老人は悠然と立っていた。

 

撃ち方止めえ! アクセル、もう離してやっていいぜ」

「了解」

 

 銃声が止むと若い――それも同年代であろう声が耳に届き二人は驚く。背中の重みが消えると同時に助け起こされた彼らが慌てて周囲を確認すると、老人と同じボディアーマーを身に着けた屈強な男たちが二人を取り囲むように立っていた。

 そして二人の背後には声から察した通り、彼らと同年代の少年が油断なく正面を睨んでいた。

 

「……ハンターズ?」

 

 ――そんな一団の姿に、セタンタだけは覚えがあった。

 

「ほお、俺らを知ってんのか? ンなら話は早えェわ、俺ァハンターズ団長のギクリー。もう安心していいぜ」

 

 ギクリーと名乗る老人はそう言って口角を上げ、傷だらけな強面を歪めて嗤う。

 

 ――ハンターズ。

 

 対怪人・怪物を主な標的とする、自警組織の形を取った賞金稼ぎ(バウンティハンター)の一団。

 怪人・怪獣災害を憎む有志たちの組織の事を、バウンティハンターを志すセタンタは知っていた。

 

 連綿と続く怪人への憎悪の炎で鍛えし復讐者の刃は、今ここに抜き放たれたのだ。

 

せ、戦士達が全滅ゥ!? キサマら、一体どこから来たのだネ!?

 

 狼狽えた様子で後退る蛇神官。その周囲にはもう戦士の一匹も残っていない。障壁で守られた彼以外、全てが銃弾に倒れたらしい。

 

「ハン、少し前からテメェらがN市に潜り込んでるって噂があってな。馬鹿デケェ霧のドームなんぞ作ってくれたお陰で助かったぜ!」

 

 老人が鼻で笑いながら鈍く光る銃口を向けると、激高した様子の蛇神官は再び杖を構えた。

 

ぬ、ぬぐく……おのれェ!せいしんのこぶしよ

 

 蛇神官が杖を振りかぶりあの恐るべき魔術が放たれんとした瞬間、ギクリーの背後にいたセタンタたちは、アクセルと呼ばれた少年に勢い良く引き倒された。

 

「遅え遅え、遅すぎてハエが止まるぜ!」

 

 不可視の弾丸が駆け抜ける寸前、老人はまるで軽業師のように身を躱し右腕の銃口から弾丸を三発打ち込んだ。

 頭、胸、腹を正確に射抜く弾道を描き――そして虚空でひしゃげて地面へ落ちる弾丸を見て彼は舌打ちする。

 

ばか、な……この呪文を避けた、だと……!?

 

 不可視必中の一撃を躱され、あまつさえ相手の攻撃に全く反応できなかった蛇神官は動揺した様子で老人を見る。

 

「見えねぇ攻撃はともかく、妙な膜に包まれてやがるな。ふーむ、撃ちまくりゃ抜けるかもしれんが……弾の無駄だな、こりゃ」

 

 彼は小さく唸ると生身の左手で長い髭を蓄えた顎を撫で付ける。

 

「……しゃあねぇ。アクセル! 例の試作品の出番だ、やれ!」

「了解」

 

 老人の指名に応じてアクセルと呼ばれた少年は小さく頷いてへたり込むセタンタ達から手を離すと、腰から一振りの小剣を引き抜いた。 

 光沢のない鈍色の刀身は細く短く頼りなく、黒い鍔の根本からは謎のコードが腰元の箱へと伸びている。

 

「高周波ブレード、起動」

 

 少年が握りについたトリガーを引くと小剣の刀身の輪郭がブレ始め、同時に耳障りな高音が鳴り響く。

 アクセルが地を蹴ると、十メートル程あった距離は一瞬で縮まり、神官は思わず身を捩る。

 目にも止まらぬ速さで振り切られた刃が甲高い音を立てると、次の瞬間にはガラスを引き裂くような音とともに硬い鱗を切り裂き蛇神官の右頬を深くえぐっていた。

 

ぬあっ!? 障壁がっ……くっ、せいしんのこぶしよ

 

 彼が身を躱しながら苦し紛れに放った術をアクセルは難なく躱し、追撃する――が、その刃は切れ味を発揮することなく蛇の神官の強靭な鱗に阻まれてしまった。

 気付けば耳障りな音が消えている。恐るべき小剣がその機能を停止している事に、老人は思わず目を剥いた。

 

「あアっ!? あンのポンコツがっ、馬鹿高い癖に一回で壊れるとか嘘だろォッ!?」

 

 これじゃあ銃弾の方が安くついたと悲鳴を上げながら老人が腕の銃を構えると同時に、神官は死に物狂いで杖を振るってアクセルを引き剥がし大声で叫んだ。

 

『〈わがみをまもれェェェッ!!!

 

 杖を起点に淡い光が広がり神官を包み込んだ瞬間、老人の放った弾丸が障壁に突き刺さる。

 その隙に部隊と合流したアクセルが周囲の仲間とともに銃を構えると、蛇神官は一歩後退った。

 

くっ、どうにも分が悪いようだネ……かくなる上はッ!

 

 そう言うと、彼は身を翻し儀式の間の奥へと駆ける。逃がすかとばかりに銃撃が行われるが、その尽くが障壁に阻まれる。

 しかし奥には逃げ場などなく――そこで、これまで状況を見守る事しかできなかったシロウがその目的を察した。

 

「……あれが、“霊薬”か」

 

 彼は最後に残る一本の矢を洋弓に番え引き絞ると儀式の間の最奥、蛇人族の石像の手に載せられた壺へと射掛ける。

 矢は吸い込まれるように壺へ命中した。壺は存外硬いらしく、その中身を僅かに散らしながら宙へ舞い上がる。

 

ンなっ!? や、やめ! あ、あああ゙あ゙あ゙ッ!!!?

 

 蛇神官が地を蹴り壺を受け止めようと手を伸ばす、が。

 

――ビシャァッ

 

 伸ばされたその指先に当たった壺は勢い良く一回転し、その赤黒い中身を床にぶちまけながら床に転がり落ちた。

 

あ……あ……? ああァァァあぁ……!

 

 彼の表情は脳が理解を拒否したような能面から徐々に歪んでゆき、やがては憤怒の形相へと変貌する。

 

おおお、おのれキサマ、何という事をッッッッッ!!

「なんかわからんがよくやった! お前たち撃て撃て!」

 

 憤激し杖を振りかぶる彼の胸元にギクリーの放つ大口径の弾丸が連続して命中し、障壁が激しい火花を散らす。

 それに続く様に弾幕を張る面々を忌々し気に睨みつけると、蛇神官は自分を落ち着かせる様に全身を震わせながら大きく息を吐き出した。

 そしてくるりと背を向け、虚空へ向けて杖をかざす。

 

『〈もんよ ひらけ〉」

 

 ――次の瞬間、石像の前に楕円形の光が出現した。

 蛇神官はそれの前まで歩みを進めると、大仰な仕草で振り返る。

 その目は燃えるような怒りを湛えていた。

 

……貴様らのせいで、我らの悲願たる儀式が台無しだネ……ウツワ候補たちはまだしも、一族の生と執念の結晶たる霊薬を……よくも、よくもやってくれたネッッ!

 

 シロウをギロリと睨み付け、神官はため息をつく。

 

……まあ、いいネ。いやよくないがネ。……今は、まだその時ではなかったという事だネ

 

――十年後、再び星の巡りが揃いし時、今度こそ、今度こそ我らが神は復活する!!

 

そして貴様ら人間は……いいや、あらゆる生命は偉大なる神と我ら一族に支配される事になる、覚えておくがいいネッッ!!!

 

 そう言い捨てると同時に蛇神官の姿は楕円の中へと飲まれ、そして光は宙に溶けるように消えてしまった。

 

「撃ち方止め。ち、逃したか……クソ、この銃じゃ威力が足んねぇな」

 

 その号令で団員は銃を下ろし、老人は腰をさすりながら振り返って大きな傷のある口元を歪めて二人に笑いかける。

 

「さて、あんなバケモンども相手によく頑張ったじゃねーかボウズたち、怪我は平気かよ?」

 

 呆然としていたシロウは、そんな彼の言葉でハッとする。

 壁にもたれ掛かるように気絶していたガッツはいつの間にか一人の女性隊員が頭に包帯を巻いたりと治療を施していた。

 自分たちの方にも救急箱を持った隊員が近付いて来るのを手で静止し、シロウは悲鳴のような声を上げた。

 

「お、俺達は大丈夫です! それより、あっちの、で、でかい怪物、の、怪物の中にッ! 女子生徒たちが……ッ!」

 

 口に出しながら、彼の目からは滂沱の涙が溢れだす。伝えるべき事はまだあるのに、喉がつかえてうまく喋れない。

 それを察したセタンタは素早く身を起こし、引き継ぐように怒号を上げた。

 

「アレだアレッ!! あの怪物どもはアレで人間を怪物に作り変えると言っていた! 早くしないと間に合わなくなるッ!!!」

 

 セタンタの言葉に、戦闘終了で安堵しかけていた団員たちがギョッとして石室の奥を注目した。

 

「は、ハァ!? マジか、ピクリともしねぇから死体かと思ってたが……おい、お前ら聞いたならアレの腹を割いて出してやれ!」

 

 血相を変えた彼が指示を出すが早いか、刃物を持った団員たちが石室の奥に鎮座する物言わぬ怪物たちに殺到する。

 シロウたちもギクリーに付き添われながらそれに続く。

 

「中身に気ィつけろ、慎重にやれよ!」

 

 まるで卵の様な形に膨れ上がった怪物の巨体が並ぶ一角に集まった団員たちはその一つ一つの前に立ち、慎重に刃を向ける。

 

「頼むから生きててくれよ――ッ!?」

 

 団員の一人が目の前の怪物の腹へ少し切れ込みを入れると、風船が破裂するかのように臓物と血が吹き出しその場にぶちまけられる。

 飛び散る生臭い飛沫に近くにいた一同は、咄嗟に顔を手で覆いつつも、床に飛び出したものへ視線を向ける。

 周囲からも連続して破裂音が響き、石造りの床はあっという間に血と臓物の海となって行く。……そして。

 

「こ、これは……」

「……こりゃあ、ひでェな」

 

「――――――――――」

「――――――――――」

 

 シロウとセタンタは、思わず絶句する。

 臓物とともに床へ投げ出されたそれらは、かろうじてではあるが人の形を保ってはいた。

 しかし半端に変異が進行した結果だろうか、それらの体は血塗られた肌色と出来かけの柔らかな鱗状の皮膚とのまだら模様だった。

 手足も人間のそれと、硬質な鉤爪が入り交じる異形となっている。

 

――そして何より。

 

「息を、していないっ! 心肺蘇生ッ!」

「イチ、ニッ、サン、シ、ゴ――――――」

 

 心臓マッサージの掛け声が響く中、シロウは足元が崩れ落ちるような感覚に陥っていた。自失して膝をついた彼の目は、ただただ心臓マッサージで揺れ動く少女たち()()()()()を映していた。

 そんなシロウの様子を、セタンタは沈痛な表情で見つめる。かける言葉が、見つからなかった。

 

「ダメだっ、逝くな!! まだ若いだろッ、人生まだまだこれからなんだろッ!!! 体だって、きっと治るから! 治るからッ!!!」

 

(ああそうか。この人たちも、形は違えど怪人のせいで身内を……)

 

 必死の形相で心臓マッサージをする団員たちの目にも涙が浮かんでいるのを見て、セタンタは他人事のように思った。

 まるで頭が働かない。彼も当然、覚悟はしていたつもりだった。

 自分が死んでもシロウ達を逃がそうと言う極限の覚悟まで固めたばかりだ。状況からして、彼女らが助からない可能性も考えていた。

 なのに、なのにだ。

 

「こんなの、あんまりじゃねェかっ……!!!」

 

 ――ダンッ!

 

 血の池ができた石の床にセタンタが遣る瀬無さをぶつけた――その時だった。

 

「――――――――!!! 息を吹き返したぞ!!!」

 

 救助に当たっていた団員の一人がそんな声を上げた。

 シロウとセタンタの表情に、僅かな光が宿る。

 

けほっ……けほっ……! おえっ……

 

 むせ返る少女の声を耳にしたシロウが弾かれたように立ち上がる。見守る団員を押し退け、息を吹き返した少女の元に走る。

 そして。

 

「ハナさんッ!」

シ、ロウ、くん……? 私……

 

 抱きすくめられ、ハナは目を薄らと開ける。

 

声を……聞いたの。おまえは、生まれ変わる、って

「無理に喋らなくていいよ、今は安静に……!!」

 

 ハナは弱々しい力でシロウを抱き返しながら、か細い声で言う。

 

ねえ、シロウくん、私……私……

「いいんだ、大丈夫だから……ッ!」

 

 彼女は、声を震わせながらシロウの胸を押し返し、涙に濡れた彼の顔を見上げる。

 

私は今、どんな、姿なの……?

「――――――――――」

 

 息を飲み、言葉に詰まるシロウ。ぽたり、ぽたりと頬に落ちる雫の感触を確かめながら、彼女は静かに彼の目をのぞき込んだ。

 やがて、彼女は静かに目を伏せる。

 

……そう、バケモノになっちゃったんだね、私

「――ッ、違う!」

 

 シロウの潤んだ瞳に映った姿は、彼女の知る自身の姿とあまりにもかけ離れていた。他の女子生徒に比べて早いタイミングで飲み込まれたせいか、明らかに変異した部位が広い。

 首から下に至っては、尻尾が無い以外はほぼ完全に蛇人族の肉体が完成してしまっている。顔も概ね左側、そして眉から上がかろうじて人間の皮膚をしているだけで、殆どが鱗で覆われていた。

 口元に至っては完全に蛇人族のそれであり、鋭い牙の間から細長い舌が蠢いている。

 

……ごめんね、きもちわるいよね

「……………………」

 

 涙を堪えるように震える彼女の姿に、シロウは強く握りしめた拳で涙を拭うと、彼女の肩に手を置いた。

 

「俺、ハナさんに伝えたいことがあるんだ」

……なあに?

 

 ハナが涙に濡れた目を開くと、目の前には真剣な表情でまっすぐと彼女の縦に割れた瞳孔を覗き込むシロウの姿があった。

 彼はすっと息を吸い込むと、意を決したように口を開く。

 

「ホントは、あの展望台で……夜空を見ながら伝えたいって思ってたんだけど。俺、俺……」

 

「ハナさんの事が、好きです。俺の恋人になってくれませんか」

 

 一瞬、言葉に詰まりながらも、彼は今度こそ最後まで言い切った。

 一世一代どころか前世から持ち越し二世二代の告白を受けたハナは、しばらくの間呆然としてシロウを見上げていたが、やがて口元に小さく笑みを浮かべた。

 

……うれしい

 

 左右で形の違う彼女の目から雫がこぼれ落ちた。

 

きっと伝えてくれる、って信じてたよ。でもね、私こんなになっちゃったから、もういいやって思ってた

 

 ぽろり、ぽろりと涙はとめどなく流れ続ける。

 

こんな姿でも、好きだって言ってくれたから。私、もう……うんっ、お返事、言うね?

「あっ、ああ……!」

 

 滑らかな鱗の生えた手の甲で涙を拭うと、彼女は緊張した様子のシロウをまっすぐに見つめ返す。

 

告白してくれて、本当にありがとう。でも……

 

 彼女は少し言い淀むが、やがて意を決したように口を開いた。

 

ごめんなさい、おつきあいはできません

「……………………え?」

 

 予想外の返答にシロウが固まるのを見て、ハナは小さく笑う。

 

シロウくんにはちゃんとした女の子と幸せになって欲しいから、私のことは忘れてください。大丈夫、シロウくんなら彼女もすぐにできるよ、色々教えた私が保証して――

「嫌だ」

 

 そんな言葉を、シロウは遮った。

 

「……初恋なんだ。しかも一回目の、だよ。それがようやく叶いそうなのに、諦めたりできない。俺はハナさんじゃなきゃ嫌だ」

……でも私は、もう、こんなだよ?

「関係ないよ、俺は絶対に諦めないから。ハナさんが折れるまで、ずっと待ち続けるから」

 

 頑として譲らない彼に、ハナは涙を流しながら笑った。

 

……ふふ。あはは、シロウくんって奥手でシャイなのに、変な所で頑なだよね

「よく言われる」

 

 照れたように頬を掻くシロウの姿に、彼女は目を細めて言った。

 

じゃあ……いつか元に戻れた時、まだ私のこと好きでいてくれたなら、もう一度告白して? そうしたら、きっと私もちゃんと返事ができる、から……

「……わかった。俺も、ずっと待ってる。君が元に戻れるよう、全力を尽くすよ」

 

 慌ただしく救助が進められる石室の中、鱗で包まれた手を優しく握りながら、彼はそんな誓いを立てた。




・蛇人族の戦士・精鋭(推定災害レベル:狼〜虎)
黒曜石の剣、短剣、槍をそれぞれ装備した蛇人族の戦士たち。
異種族との闘争を生き延び、さらに同族との殺し合いの中で勝ち残ってきた12体の精鋭。最後の一体まで蠱毒が続き、霊薬を与えられていれば災害レベル:鬼相当まで強くなっていた。

・蛇人族の神官(推定災害レベル:【本体】虎/【杖装備】鬼)
特殊な杖を装備した、蛇人族で唯一の神官。
杖を介して魔術を使うことができ、攻防ともに優れる。
しかしヘビガミ降臨の為にも魔力は必要な上に全体的に燃費が悪く、魔力のチャージには特殊な刻印がされた黒曜石の武器によって命を収集する必要があるので無駄遣いは禁物。
【霧の結界】:視界と音、更には電波まで遮断する効果と、更には中に入った者を外に出さない仕組みまである。
【精神の拳】:ヨグソトースの拳(直球)。これ自体にダメージはないが、精神に直接作用し気絶させる(抵抗可能)のと、吹き飛ばして壁などにぶつければ大ダメージが入る。
【保護結界】:肉体の保護(直球)。込めた魔力に比例する強度の小さな結界を張り、攻撃を防ぐ。
【門の創造】:門の創造(直球)。長距離テレポーテーションを可能とする“門”を開く。本家と違い時空を超えることはできないが、発動に掛かる時間は短い。

・アクセル(ワンパンマン原作キャラ)
まだハンターズの団長になっていない、若き才能。
ガッツたちとさほど変わらない年齢ながら高い戦闘能力を持つ……つまり既にベテランに近いくらい復讐者歴が長い(悲惨)
当時の新装備である高周波ブレードは即壊れるポンコツだったが結界を切り裂く威力を見せた。

・ギクリー(非転生者)
オリジナルのハンターズ先代団長、強いジジイ枠。
結構な高齢ながら肉体は屈強、四肢の内右手と左足がサイボーグ化してもなお戦場に身を置く歴戦の強者といった風格の老人。
若い頃に突発的に発生した怪人によって妻を奪われた復讐者。
本編時間軸では既に引退しており……その理由は名前の通り。








次回予告
(BGM:Behelit)

引き裂かれた心も 体の傷も 月日だけが癒やす事ができる
取り零した命を嘆くよりも 守り抜いたそれを離さぬことが
その傷跡を過ぎ去りし過去へと変えてくれるだろう
人は歩みを止めぬ限り いつか未来へとたどり着けるのだから

次回、転生伝奇ONEPUNCHMAN~青春時代編~『傷を抱えて』
(CV:石塚運昇)


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5-傷を抱えて

「誰かッ、生きてるやつは居ねえのかーッ!」

 

 頭に包帯を巻いたガッツの声が荒れ果てた山荘の中に木霊する。

 

「もう怪物は1匹もいない! 外部からの救助も来た!」

 

 セタンタもまた声を張り上げながら、一夜にして廃墟と化した建物の中を進む。ハンターズの団員たちも犠牲者の運び出しと生存者の捜索を進めていた。

 ハンターズの面々に休んでいるように言われた二人――特にガッツは強く言われた――は、友人が心配だからと強引に作業へ加わっていた。

 

「ダメだ、二階に生存者は――」「人数が少し合わない、もしかしたら山の方へ逃げおおせた人も――」

 

 そんな団員たちの声を聞きつつ、ガッツは山荘を駆け回っていた。

 

 ――首を裂かれ廊下に倒れたクラスメイトがいた。

 ――クローゼットの中で何度も刃物を突き刺されて息絶えた野球部の仲間がいた。

 ――ドアが打ち破られたトイレの個室の中でうずくまる背中を貫かれた友人がいた。

 

 見知った顔の(むくろ)を見るたび、彼の心には張り裂けるような悲しみと煮え滾るような憎悪が募ってゆく。

 

(……クソッ、どこかあの蛇野郎共が入れないような隠れ場所はなかったのか!? 誰か、生き残りはいないのか……!)

 

――カタリ。

 

「……!」

 

 1階の死角となりそうな場所を走っている時、ガッツの耳は小さな物音を捉えた。物音を追って入った先は調理場だった。

 床には食材や食器が散乱しており、業務用の冷蔵庫も横倒しになる程に荒らされた形跡が見られる。

 

「誰か、いるのか!」

 

 林間学校のためにやってくる学生を相手にするため数人で作業できるやや広めのスペースながら、あまり隠れるような場所があるようには見えなかった。

 

 ――ドン、ドン。

 

「…………!!」

 

 今度ははっきりと聞こえた。音の出処は業務用冷蔵庫の下らしく、彼は中身がぶちまけられてなお重いそれを渾身の力で引き起こす。

 

「ぐ……おおあ゙ッ!!!

 

 ミシミシと傷だらけの体が悲鳴を上げるのを無視し、ガッツは倒れた冷蔵庫を起き上がらせる。壁に当たったそれが轟音を立てるのに目もくれず、彼は床に目を凝らす……すると。

 

ハァ……ハァ……これ、は……?」

 

 冷蔵庫の下敷きになっていたのは、蓋のような何か。彼が取っ手に手をかけ持ち上げると――冷気が舞い上がった。

 

(……ワイン、セラー?)

 

 床収納を改造した、極小サイズのワインセラーだった。

 大きめの水槽ほどの大きさしかないその一角にはずらりとワインが並べられた戸棚があり、その反対側には辛うじて人が立てるほどの――おそらくワインの出し入れに降りるための空間があった。

 

 人がしゃがんで入ってすら蓋がギリギリ閉まらないであろう僅かな空間に、カーペットでにくるまった何かが小刻みに震えている。

 ガッツが意を決してそのカーペットを持ち上げると――その下から現れた埃まみれの金色がびくりと震えた。

 

「あ……ああ……っ!」

 

 彼がワナワナと震えながら膝を付くと、その金色のポニーテールはゆっくりと振り返り、泣きはらした赤い目を大きく見開く。

 

「――う、あああああん! ガッツぅ!!!

 

 乾いた涙と鼻水でガサガサになった顔を更にしわくちゃにしながら、少女――エイコはへたり込むガッツに飛びついた。

 

「お前っ、無事だったのか……!!」

「みんなが、みんながっ!! トカゲの、怪物に……っ!」

 

 彼女はひとしきりガッツの胸元で泣き終えると、やがてぽつりぽつりと経緯を語り始める。

 

 一階にいる時に蛇人族の襲来が起こり、たまたま近くにあった調理室へと逃げ込んだこと。

 

 偶然見つけたこの収納に逃げ込んだ結果、見つかることなくやり過ごすことができたこと。

 

 収納はワインセラーとして改造されていたため空調が通っており、酸欠にこそならなかったものの気温が低く冷風が常に背中に当たって凍えたこと。

 

 そして怪物が暴れたせいで入り口に蓋をされ、外が静かになってからも出ることが出来ずにいたこと。

 

「ぐすっ、誰にも見つけてもらえなかったら、私、一人ぼっちで凍え死んだ挙句にミイラになってたよぉ……」

 

 蛇人族たちもこの中に人がいるとは思わなかったのだろう。他でもない、校内でも随一の小ささの彼女だからこその隠れ場所だった。

 

「まあ、ここに入れたのは幸運だったな。でなきゃ今頃……」

「っ、やっぱり、他のみんなは……その……」

 

 そう言って目を伏せたガッツに、エイコは言葉を詰まらせる。

 

「……ああ、今のところ男連中で生き残ったのはオレとセタンタ、シロウの三人……女子はお前と……ハナの二人だ」

「そ、そんなっ……! そんな事って……ッ!」

 

 知らされた残酷な事実に、彼女自身枯れ果てたと思いこんでいた涙が再びじわりと滲んでくる。

 

「……オレだって、信じたくなかったさ」

 

 エイコの青ざめた顔を伝い落ちてはポタポタと床を濡らす涙を悄然と見つめながら、ガッツはポツリとこぼす。

 

 ――人から怪物へ体を作り替えるという、考えるだけでも(おぞ)ましい変異の半ばで放り出された人々は、単体での生存に耐え得る体をしていなかった。

 

 救出に当たった団員たちの必死の救護も虚しく、そのまま眠るように息を引き取った。

 反面、怪物として完成してしまったなら、今度は人としての意識を奪われていただろう。というのは、実際に体を作り替えられる中で何者かの声を聞いたというハナの言だ。

 

 人の心を残し、なおかつ生存に耐える得る段階で助け出された彼女は、まさに神がかり的なタイミングだったと言える。

 

「そんな場所に隠れてたなら体も冷えたろ。救助の人間が来てるから、保護してもらいにいくぞ……立てるか?」

「――ぐすっ、だでない

 

「……よし、任せろ」

 

 ガッツはえぐえぐ泣き続けるエイコの冷えきった小さな体をそっと抱え上げると、ハンターズが臨時で構えた救護拠点へと運んだ。

 

 ――その後、ハンターズを中心とした捜索は続けられたが、結局生存者として保護されたのはエイコが最後の一人となってしまった。

 

 

 

 


 

 ――怪人災害は年を経るごとに増加している。

 

 この悲劇は現在に至るまでの怪人災害全般からすれば死傷者数、被害総額からみてもそこまで大きな事件ではない。

 しかし、“N市学生生贄事件”と呼ばれるこの怪人災害は、当時の人々に非常に大きな衝撃を与えた。

 なぜならば、それ以前の人々の知る“怪人”あるいは“怪獣”といった存在は基本的に『人類生存圏の外』の脅威であり、それらから人類を守る境界防衛軍(Boundary Defense Army)(以下BDA)以外にとっては対岸の火事でしかなかったからだ。

 当時でもごく希に街中で人間(いじょうしゃ)が変じた怪人が誕生する事はあれど、それも無作為に暴れてはすぐに警察などによって排除される程度のものだった。

 

 ――故に、人類の生存圏内で起こされた明確な害意を持つ異種族による殺戮行為は、人々に大きな衝撃を与えたのだ。

 当時のBDAは、役割を果たせずみすみす異種族の侵入、侵略を許したとして『怠慢である』と相当にバッシングを受けた。事件の僅かな生存者や、対処に当たった賞金稼ぎ(バウンティハンター)の一団が『空間転移を行う怪人』の証言を行っていなければ、その炎上がどれほど長引いたか想像もつかない程だ。

 

 林間学校を楽しんでいた生徒たち及び引率の教師、そして施設管理者の内、生存者がたった五名。

 それも一名は取り返しのつかない後遺症を負ったとされるこの痛ましい事件を期に境界の防衛だけではなく人類生存圏の内部にも対怪人・怪獣を想定した戦力を設置すべきという論調が高まり、後にアゴーニ氏がヒーロー協会を設立する“さきがけ”になったとも言われている。

 

――書籍『怪人災害の歴史』より引用。

 


 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なのかしら、研究所なんて」

「……A市の一番大きな病院でもお手上げだったんだ。せっかく話を持ってきてくれたのだし、ここへ頼るほかない」

 

 特別生物保護研究所(Special Creatures Preserve laboratory)という看板を掲げた巨大な門の前に、沈痛な面持ちで立つ者たちがいた。

 その内の大半は、あの痛ましい事件の生存者たちだ。あれから一週間が経ち、ようやく彼らもある程度は心の平静を取り戻しつつある。

 

お父さん、お母さん。私は大丈夫だから……それに、みんなもついてきてくれたし、ね?

 

 ぎちりと車椅子を鳴らしながら、左目を除く顔と衣服からはみ出した腕などを全て包帯で覆った人物――ハナが掠れた声で言う。

 

「そう、だな……いや、改めて礼を言わせて欲しい、娘のためにここまで付き添ってもらって……君たちも怪我が辛かろうに」

 

 彼女の父親が憔悴した様相で頭を下げると、対面にいたシロウは静かに首を横に振り口を開いた。

 

「頭を上げて下さい。……ハナさんは俺の目の前で攫われました。ハナさんがこうなってしまったのは俺が弱かったせいなんです」

ちがう! シロウくんのせいなんかじゃ――

 

 それに否定の声を上げるハナを、彼の隣に立つガッツたちの視線がやんわりと止める。

 

「だから、せめてハナが治療のために入る研究所がどんな場所なのか。それだけでも見届けさせていただけませんか」

「……本当に、ありがとうございます。ハナ、いい友達を持ったわねぇ」

 

 ハナの父母は、シロウの言葉に目元を押さえて涙ぐむ。

 そんな二人の前にちょこちょこと小さな影が駆け寄ると、口元に手を当てて口を開けた。

 

「おじさんおばさん、シロウくんはハナちゃんのお友達じゃなくて、恋人なんですよ、なんでも――」

ちちちょっとエイコ!? 何をいきなりっ……あああのねお父さん、ま、まだだから! 保留中だからっ!

 

 そう言ってエイコの言葉を慌てて遮るハナに、彼らを包み込んでいた重苦しい雰囲気は幾分か軽くなった気がした。

 

「ハナが目を覚した時、いの一番に駆け寄って人前で一世一代の大告白をしたんだよなぁ、シロウ?」 

 

 追撃するように言葉を足すセタンタにシロウは真っ赤になってうつむきながら、コクリと頷く。

 

「夏前からほとんどカップルみたいな振る舞いだったのに、コイツがヘタレでなかなか告白できずにいたんですよ」

「ぐっ、ヘタレで悪かったな……!」

 

 笑みを浮かべたガッツに肘で突かれてよろめきつつ、シロウが赤い顔を更に赤くしながら抗議するのを見て、ハナの父は顔を袖で拭いながら「おおん」と男泣きし、母親も「あらまあ、娘をよろしくお願いします」と頭を下げ始めた。

 

ああんもうお母さんったらっ……! き、気にしなくていいからねっ、シロウくん!

 

 唯一露出した左目周辺の皮膚を羞恥で真っ赤にしながらそう言うハナに、シロウは赤面したまま首を横に振った。

 

「いいえ、俺なんかじゃ頼りないかもしれませんけど、精一杯ハナさんの助けになりたいと思ってます」

シャイボーイだったシロウくんはどこ行っちゃったのかなっ!? もう、インターホン押すからね!

 

 照れた様子の彼女は、背伸びして研究所のインターホンを鳴らしてしまった。彼らがつい先程まで感じていた不安は、不思議とどこかへと行ってしまったようだった。

 

〘はあい……あ、間違えた〙

「……うん?」

 

 ピンポン、というインターホンのあとに応答したのは、幼い少女の声だった。直後にパタパタという走り去る音が聞こえたかと思うと、今度はしわがれた老人の声がインターホンに応じた。

 

〘……失礼。ハナさんと、そのご両親ですね。ただいま門を開けますのでしばらくお待ちください。案内の者をやりますので〙

 

 そう言ってプツリと音声が途切れると、門が音を立てて開き始める。一同が意を決してその内側へと踏み込んで待っていると、やがて白衣を身にまとった明るい金髪の少女二人が小走りにやってきた。

 少女たちは来訪者たちの顔をぐるりと見渡し、手を胸に当てて緩やかに会釈する。

 意図的なものか、余らせた白衣の袖がふわりと揺れた。

 

「ようこそ特別(S)生物(C)保護(P)研究所へ」「所長のブライト博士に代わって案内します」

 

 どこか表情が乏しいながらも小さく愛らしいうり二つの少女たちに、可愛いもの好きなエイコが思わず破顔する。

 

「ひゃわっかわいい! そっくりだね、双子ちゃんかな!?」

「ええ、私達は双子の姉妹で」「ブライト博士の孫です」

 

 そう答えた姉妹は、ちらりとガッツたち三人を見ると歩き出す。

 

「どうぞ」「こちらへ」

 

 その意味深な視線にガッツたちは顔を見合わせるが、そのまま後をついて歩き始めた。

 

 

 

「ようこそ、我が研究所へ」

 

 双子の少女に連れられて一行が通された応接間で待っていたのは、杖を突いた一人の老人と――。

 

「………っ!?」

 

 その老人の横に佇む、神秘的な雰囲気さえ感じさせる純白の女性。

 白い衣装から伸びる四本の腕は柔らかそうな白い毛に覆われており、背中からは無造作に広げられた純白の翅。

 

 そして白く柔らかそうな頭髪からは櫛のような形をした特徴的な触覚が一対生えており、その全体的なシルエットは正に。

 

「蚕の、怪人……!?」

〘おや、正解だ〙

 

 そう答えたのは、目の前の彼女であろうことはシロウ達にもわかった。しかしその口元は微笑んだまま微動だにせず、声が頭に直接響くという奇妙な感覚を味わうこととなった。

 

〘私はオシロ、無害でか弱く儚い蚕の怪人さ。だから妙な気は起こさないで欲しい、死ぬよ? 私が〙

 

 自慢じゃないがそこの小さなお嬢さんにも負ける自信があるよ、と本当に自慢にならない事でその豊満な胸を張るオシロに一同は思わず脱力する。

 

「おや、オシロくん。何やらゴキゲンだな?」

〘そりゃあそうさ。なにせ、ここにやってきて初めてのお仲間だ、テンションが上がらない訳がないだろう?〙

 

 老人の言葉に、彼女は車椅子に座るハナに微笑みかける。

 

〘……さて、濁しても仕方がないからハッキリと言おうか。私がここに来て二年経つが、未だに人間へ戻れる道筋は見えていない〙

……ッ!

 

 ……彼らが縋った一縷の希望を打ち砕く事実。それを開口一番で言い放ったオシロに、一同は思わず顔を引き攣らせる。

 その反応を意に介さず、彼女は言葉を続けた。

 

〘だが、ここで待つ以外に選択肢はないのさ。なにせ、私は点滴でしか栄養を摂れない身だからね〙

っ、そんな……

 

 そんな事実を事も無げに明かすオシロ。

 

〘おっと、同情を引きたくていったわけじゃあない、ただの事実さ。つまりだね、この研究所の中なら私みたいな生物学的社会不適合者ですら一定の自由を得られる。なにより、生存を赦される〙

 

 理由が何であろうと、怪人となった者に待ち受ける結末は“死”しかない。怪人化のプロセスは未だ謎に包まれており、変化した者の多くは抗いがたい他害衝動に駆られるとされる。

 その上、大半が武装した人間を生身で軽々と打倒し得る力を持っていると来た。

 故に怪人は、変異したその時点から排除の対象となるのは、彼らもよく知る世間の常識だ。

 

〘私は、幸運にもとある議員の一人娘でね。変異してすぐに匿われ、ここへ来るまでの徹頭徹尾身内にしか見られていない。故に私は今生きている、それがどういう事か理解できるだろう?〙

 

…………はい

 

 初めから、選択肢など無かったのだ。通常の変異プロセスとは違えど、彼女の姿は怪人以外の何者でもない。

 ここまで無事に来られたのは世間から見た彼女が自然と変異した者(精神異常者)ではなく怪人による被害者であること、そして徹底的に姿を隠してきたからだ。

 

〘最終的な結論は君次第だが、私はここへ入所することを強く推奨する。ついでに言わせてもらえば人間に戻る手段が生まれるとすれば、この研究所からに他ならないだろうね。なぜなら人間としてはともかく、科学者としては最高クラスの人材が何人も揃っているんだから……っと、このくらいでいいかな? 博士〙

 

「はっは、一言余計だが、伝えてほしいことは全部言ってくれたね。ありがとうオシロくん、もう部屋へ戻っても構わないよ」

〘ああ、そうさせてもらうよ。長話ならぬ長テレパシーも案外と疲れるからね〙

 

 ブライト博士がそう言うと、オシロはゆったりとした動きで出口へと向かい始める。

 

〘ま、ようやく現れた同類だ、仲良くしてくれると嬉しいかな〙

 

 そう言い残して、彼女は部屋を去っていった。ドアが閉まる音を残し部屋に静けさが訪れて数秒後、老人が口を開く。

 

「……さて、改めて自己紹介しよう、私は当研究所所長のブライトだ。いきなりで驚いたろうが、私自身が語るより同じ境遇の彼女に語ってもらう方が説得力があるかと思ってね。事前に頼んでおいたのさ」

 

……はい、なんとなく、実感が湧いてきました

 

 ブライトの言葉に、ハナは声を震わせながら頷いた。怪人という立場の危うさに、彼女は改めて気付かされた気分だった。

 

「私としても、治療薬の研究に協力してほしいとは思っているがね。重ねて言うが結論を出すのは君自身さ」

「あの、定期的な娘との面会は可能でしょうか……?」

 

 ハナの母が尋ねると、ブライトは頷いた。

 

「事前に連絡さえ貰えればいつでも構わないよ。あと、研究にある程度の協力をしてもらう前提ではあるが生活費用はこちら持とう」

 

「研究への協力とは――」

 

「基本的には人間ドックで行う内容と大差ない。いずれ治療薬の完成が近付いてくれば、治験の依頼も――」

 

 

 

……わかりました。このお話、受けさせていただけますか?

 

 それからしばらくの話し合いの結果、ハナは研究所で保護されることを決意し、彼女の両親もまたそれに同意した。

 

「そう言ってもらえるとこちらも助かるよ。ああ、既に部屋は用意してあるからご両親ともども見て行くといい、私物の運び込みはこちらも車両を――」

 

 話が円満にまとまり、付き添いで来たシロウたちは安堵のため息をついた。そんな彼らの元に、ブライトの孫を名乗る姉妹がトコトコと歩いてくると。

 

「お兄さんたちにご用事です」「会ってほしい方がいます」

「オレ達に用事……一体誰が?」

 

 白衣の姉妹に妙な違和感を覚えている三人は、少々面食らった様子で顔を見合わせた。余った白衣の袖でくいくいと手招きする少女に、一同はついていこうとする……が、もう一人の少女がエイコの腕にそっとしがみついた。

 

「おねーさんはここでお待ちください」

「え、私は駄目なの? 一人だと手持ち無沙汰なんだけど……」

 

 彼女がそう言うと、少女は口元に手をやって考える素振りを見せると、やがて袖をばさりと翻して大きく両手を広げエイコにひしっと抱きついた。

 

「わたしがギュッとしてあげます。幼女せらぴーです」

「ひゃわわっ!?」

 

 姉妹の片割れが笑みを浮かべたエイコに頭を撫でられているのを後目に、ガッツたちはもう一人の少女に導かれ部屋を後にする。

 

 

 

「なあ、一体俺らに会いたいってのは誰なんだ?」

 

 部屋を出て無言で歩く少女に、そんな疑問が突いて出る。

 

「――それは会ってからのお楽しみさ。君たちが私の想定通りの存在であれば、きっと驚くだろうね」

「……え?」

 

 少女はそう言ってセタンタの質問をはぐらかす――その口調と表情の変化に、三人は思わず戸惑い顔を見合わせる。

 

「さあ、この扉の先で“彼”が待っているよ」

 

 たどり着いた扉は、応接間からさほど離れていない。

 先程まで表情の乏しい印象だったその少女は、祖父であるブライトそっくりの胡散臭い笑顔で彼らに笑いかける。

 それに対して三人はどこか気味の悪いものを感じながらも、その扉に手をかけた。

 

「……………っ」

 

 意を決したセタンタがガチャリと開け放った扉の先には、机と椅子が立ち並ぶ会議室のようである。

 部屋の中央に立つ大きな人影に、三人は目を見開いた。

 

 既に190近い長身を誇るガッツをして見上げる程の巨躯。

巌を思わせる筋骨隆々とした鋼の肉体、金の触覚を思わせる特徴的な髪型、そして彫りの深い面立ちと、えも言われぬ力強さを感じさせる澄んだ青い眼光。

 

 ――三人は、彼のことを知っている。

 

 特にセタンタとガッツは、先日画面越しに目にしたばかりだ。

 彼らの前世において、読者でなくとも視界に入れた事のあるくらいの知名度を持つ有名少年漫画雑誌(JUMP)の看板作品の一つ、その()ともいえるその人物(キャラクター)の名は――。

 

「オール、マイト……!?」

 

 “僕のヒーローアカデミア”の主人公の師にして、押しも押されもせぬ最強最優最高のヒーロー、オールマイト。

 それが、見慣れた力強い笑みを湛えて佇んでいた。

 

「少年たち、よく来てくれた。できればもっと違ったきっかけで出会いたかったところだけど、ね。君たちだけでも、無事で良かったよ」

 

 人を安堵させるような穏やかな笑みを僅かに陰らせ、ヒーローはそう言った。そんな言葉に、ガッツは反射的に歯を食いしばる。

 

「無事、だ? あんな事があって、何が無事だ……! アンタヒーローなんだろ、なんであの時ッ……!!」

「よせ、ガッツ」

 

 セタンタが咄嗟に静止すると、彼は大きく息を吐きながら目を伏せる。オールマイトはその痛ましさに顔を歪め、深々と頭を下げた。

 

「すまない、無神経な発言だった」

「……癇癪起こしたガキの八つ当たりだ。悪かった」

 

 そんな謝罪の言葉に、ガッツはバツが悪そうに吐き捨てると、その場に気まずい沈黙が訪れる。

 

 こうして対面しているだけで、三人は目の前の男の強さをひしひしと感じ取っていた。仮にあの場にこの男がいれば。自分たちに彼ほど……あるいは()()と遜色ない力があれば。

 そんな無意味な仮定をせずにはいられない程度には、彼らの心は未だにささくれ立っていた。

 

「――それで、要件というのは? 概ね予想はつくが」

 

 シロウが沈黙を破って話を本筋へと戻すと、オールマイトは小さく咳払いをして口を開いた。

 

「ああ、話を逸らしてしまって申し訳ない。君たちへの要件というのは、我々の()()()について確認するためさ。つまり――」

「俺たちが()()()かどうかの確認って訳か」

 

 彼の言葉を、セタンタが続ける。想定していた内容ではあるが、自分たちの根底に触れる発言に横に立つ二人は思わず目を細める。

 その発言を受けたオールマイトは、横に立つ少女と目配せしつつ大きく頷いた。

 

「正解だ。さて、私は『僕のヒーローアカデミア』の“オールマイト”こと八木俊典(やぎとしのり)の姿を借り受けた転生者だ」

 

「そして私が『SCP Foundation(財団)』より“Dr.ブライト”の転生者……と言っても、反応からして私の事は知らないようだがね?」

 

 オールマイトの姿をした転生者と、その横に立つ少女はそう名乗りを上げる。祖父と同じ名前を堂々と名乗った少女は完全に擬態をやめた様子でにやりと笑う。

 

「君たちを呼び出したのは、何も自己紹介がしたかった訳じゃあない。この世界で生きて行く上で、耳に入れておきたい情報が二つあるのさ」

「耳に入れておきたい、情報?」

 

 祖父だという男と同じ名を名乗った少女の言葉を、セタンタが無意識に復唱すると、彼女は大きく頷いた。

 

「一つは、ここが『ワンパンマン』の世界であること。我々も()()()()()に出会うまではそれに気付けなかったからね」

「ワンパンマン……なるほど。この世界に怪人やら怪物が当たり前のように出るのはそういう事だったのか」

 

 ガッツが納得したように頷くと、オールマイトはそれに追加情報を付け加えた。

 

「ちなみに今は原作開始の約十年前となる。八年ほど前に私が出会ったタツマキ少女は当時十歳だったからね」

 

 十年、という数字にセタンタとシロウは思わず眉を顰める。蛇の神官が言っていた時期と概ね重なるからだ。

 その反応にどう思ったのか、白衣の少女は顎に手をやりながら口を開き、問いかける。

 

「『ワンパンマン』という作品についてだが、解説が必要な者は? これを知らないと、もう一つの情報の解像度が大幅に下がるんだが」

 

 三人が揃えて首を横に振ると、少女は満足したように頷いた。

 

「よろしい、では二つ目の情報だ。ここがワンパンマンの世界でありどの時期に当たるかを知った時、私は好奇心からある人物の所在を調べてみたのさ。ところが、その人物は見つからなかった」

 

「そんなハズがない! と、まあ私の持つコネの限りを尽くして、A市からZ市まで戸籍リスト全てに目を通す勢いで調べた結果……彼はどこにもいないという事実を突きつけられたのさ」

 

 そう言って、少女は困ったなぁといった表情で肩を竦めながらわざとらしく溜息をついた。

 

「……んで、それは誰なんだよ? そんな重要なのかそれ」

 

 焦れたようにガッツが聞くと、少女はあっけらかんと言い放つ。

 

「もちろん、だって()()()()()がいないと困るだろう? 特にこの世界だと……ねぇ?」

「……は?

 

「代りに転生者がそこそこ出てきてるけど、彼の代わりが務まるようなトンデモチートキャラは今の所一人もいないんだよねぇ……困った困った」

 

「「「はああああああああああああああああッ!?」」」

 

 このワンパンマンの世界を原作主人公( ハゲ )不在(抜き)のまま、本来居ないはずの者たち(転生者マシマシ)で切り抜ける必要があるかもしれないのだという、爆弾発言を。 

 

 


 

 

・ハナ(非転生者)

書き始めた時は死んでもらう予定だったが生き延びた。

怪人化させられた事で折れかけた心を辛うじて繋ぎ止めることができた。シロウの告白がなければ自ら死を選ぶことすら考えていた。

それでも異形化した自分の姿は嫌悪しており、心を許したごく一部の人間以外には姿を見せることはない。

そのため研究所に保護されているもののオシロさんやアリアちゃんとちがってその存在すら知らない転生者が多い。

シロウの事は信じているが、もし彼に他に恋人が出来たとしても笑顔で送り出すくらいの覚悟はしているし、歳を重ねるごとにもう私は置いといて幸せになってもいいんだよ、という思いも深まる。

夢は、いつか元の姿でシロウの告白されたら今度こそ受け入れる事。

 

・エイコ(非転生者)

書き始めた時は(ry 清書する段階で可愛くなってきたせいで殺せなかったし異形化すらさせられなかった、不覚。モブ班員A子の癖に。

ヒロイン化する予定とかは別にない。ないが、書いてて微妙に愛着が出てきちゃったんだよなぁ!

ゴシップ誌のライターを目指していたけど、今回の経験を経て『怪人』についての正しい情報を世に伝える方向を目指すらしい。

惨劇が繰り返されて欲しくないと思うが故に……。

 

・衛宮士郎の転生者

異形フェチ? 失礼だな、純愛だよ。

二度目の人生にして初めて心底から恋をした男。

容姿も好きだけど、色々遊びに誘ってくれたり、ファッションのこととか教えてもらったりしてる内にハナにベタ惚れ。

十年経った現在時間軸でもハナを一途に想っている。

ハンターズに即入団を申し出たら「せめて高校は出とけ」とギクリーにたしなめられた。

 

・ガッツの転生者

「一番あの件引きずってるのはシロウだろうなぁ」とか言ってたがコイツも大概ブッチブチにブチギレている青春を台無しにされた男。

選んだキャラがキャラだけに復讐者(アヴェンジャー)が似合う。

ハンターズに即入団を(ry

 

・セタンタ(クー・フーリン)の転生者

他の二人が割とアツくなりやすいのでなんかあった時はだいたいコイツが場をまとめる、三人のアニキ的役割の男。貧乏クジを引きがち。

一番冷静ではあるが、コイツも普通にブチブチブチギレ。

ハンター(ry

 

・オールマイトの転生者

ブライト博士と合流済み、多分もっと前から。

もちろん悪気は一切なかったが「ようやくカサブタができ始めそうかな?」くらいの心の傷口をエグる形になってしまい深く反省する。

具体的には数日間ちょっと凹んでいた。

 

・ブライト博士の転生者

本編時空のブライト姉妹(肉体年齢11歳のすがた)とまだ自力で歩けた頃のクローン1号で対応、こういう場では流石にふざけない。

妹個体でエイコに抱きついたのも割と真面目にセラピー効果の為であり、セクハラの意思はない。

セクハラをするならもう少しまともに元気になったガッツたちにやるくらいの分別はある……ものの「ハゲ抜き転生者マシマシ」な現状を教えてメンタルジェットコースターはしっかり体験させた模様。

ブライト本人がこの事実を知った時のリアクションは「そう来たかー」である(SANチェック成功)

ちなみに、調査範囲に無免ライダーの在学する……つまりサイタマが居るハズの中学校はしっかり入っている。

 

・オシロさん(非転生者)

久しぶりの登場、研究所に保護された最初の『無害な怪人』。

ここに出したが為に本編時間軸の実年齢が否応なしにそこそこ+されたこととなる。

〘怪人化の数少ないメリットだが……怪人は老けにくい〙

 

 

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 ざあざあと、風が鬱蒼と生い茂る木々を撫で付ける。

 鬱蒼と生い茂る森の中に、小さく切り拓かれた円形の広場があった。

 広場の中心には円柱上の岩が一つ鎮座しており――その上で、大蛇がとぐろを巻いていた。

 

 ――否、ただの蛇ではない。

 その紫の鱗はとぐろの中央部から滑らかな人肌へと変わり、巨大な上半身は人間の女のような形をしている。

 肌は薄紫、豊満な胸元を黒い布で覆い、肩や腕には豪奢な黄金の装飾を身に着けており。

 その端正な顔立ちは、頭に戴いた髑髏の髪飾りと頭髪の代りに伸びた無数の蛇の恐ろしさをより強調していた。

 

 燦々と降り注ぐ日を浴びながら瞑想を行っていた彼女の(まぶた)がゆっくりとした動きで開かれる。

 

『……これはこれは神官殿、おひさしゅうございます』

 

 目の前に立つ人影を認めると、彼女はその巨体を屈め頭を垂れた。

 それを見て、その人影――蛇の神官は鼻息を鳴らす。

 

よい。(おもて)をあげよガンリキ

『承知しました……して、神官どの。此度はヘビガミ様降臨の儀式のためヒト族の領域へ出向かれていたとの事ですが……!』

 

 隠しきれない期待の眼差しを向ける女――ガンリキに対し、蛇神官は目を伏せて頭を振った。

 

残念ながら、忌々しいニンゲンに阻まれて儀式は失敗に終わったネ

『なんと!? おのれヒト族、鱗も持たぬ猿どもめェ!

 

 その憤りを示すように、彼女の皮膚が黒く染まり鱗が浮き出すのを見て神官は片手を上げそれを諌める。

 

幸いにも十年後に再び星の巡りは整う。今はまだ雌伏の時、ということだネ……万全を期すためにも次はキミたちラミア族の力も借りようと思っているネ

『……はっ。我らが神のため、我が一族の力存分にお使い下さい』

 

 怒りを抑え再び頭を垂れるガンリキに背を向け、蛇神官は大きくため息を漏らす。

 

そこで一つ、大きな問題があるネ。“霊薬”もまた、ニンゲンの手によって喪われた

『霊薬が!? そ、それでは、ヘビガミ様の依代は……!』

……うむ。いくら巣穴に戻り一族を増やし、戦士を育てようとも……ヘビガミ様の強大さゆえ、秘薬の力がなければ器の身体が保たないネ

 

 十年では秘薬の再生産は間に合わない、と蛇神官は零す。

 

『うぬぅ……何か良い方法は……ッ!』

 

 ギェェエエ工!?

 

 ガンリキと蛇神官が頭を悩ませていると、不意に森の中で汚い絶叫が響きわたり二人は顔を上げる。

 

……今のは何だネ?

 

 そのあまりの聞き苦しい声に思わず蛇神官が眉間にシワを寄せ聞くと、彼女は深くため息をついた。

 

『ああ……恐らく今年産まれたグズがまた狩りで失敗したのでしょう。ネズミ1匹捕まえるのに数日もかけるような、一族の恥です』

……そんな有様で未だに餓死していないとは。エサでも与えているのかネ?

『とんでもない、そんなグズに与えるエサなど有りませぬ。……しかしあやつは()()()()だけは一級品でして。飢えに強いばかりか、腹を裂かれようが胸に穴が開こうが放っておけば治るようで』

 

 身内の恥を神官殿に知られてしまった、と顔を歪めるガンリキだったが、それを聞いた蛇神官は口元を歪めて笑う。

 

ほう? それはそれは……使えるかもしれんネ?




・蛇人族の神官
ヘビガミ降臨計画は大失敗に終わったが、戦士の補充手段は一応用意してあったらしい。
再生産の間に合わない霊薬の代替手段を探していたが……。

・ガンリキ(ラミア族族長)
村田版怪人協会編にて童帝及び豚神と交戦、丸呑みにされた怪人。
原作では単なる一怪人でしかなかったが、このサブシナリオを制作するに当たって異種族系怪人の族長キャラに改変した。
蛇系怪人なので当然彼女らもヘビガミ信者。


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転生者たちの死闘録-2 暗黒盗賊団ダークマター編
転生者たち-4,5 /そして運命の日へ


【転生者たち-4 ある転生者のモーニングルーティーン】

 

「……う、んん」

 

 日もまだ昇らぬ早朝。

 転生者たちの拠点である研究所、その一室にある専用の仮眠室で一人の男が浅い眠りから目覚めようとしていた。

 

 キングサイズよりもより大きな特注サイズのベッドが軋む音が静寂を破り、大きな上半身がむくりと起き上がる。

 暗い部屋の中、虚ろな目で虚空をぼーっと見つめていた男はやがて深くため息をついてベッドから降りる。

 男はその大きな足でひたひたと室内を歩くと、室内に誂えられたシャワールームへと直行した。水の跳ねと歯を磨く軽快な音を響かせ、行水を手短に済ませた男は、脱衣所の鏡の前に湯気の立つ身体を晒す。

 

「…………」

 

 鏡に映る自身の姿を、男はぼんやりと眺める。

 筋骨隆々とした巨大な肉体には数え切れない傷が刻まれており、歴戦の勇士である事が窺えた。

 しかしその表情はどこか暗く、瞳は淀んでいる。

 

「私は██ █ではない、私は██ █ではない。私はオールマイトでなければならない、私はオールマイトとして振る舞わなければならない、私はオールマイトとして勝たなければならない。私は……オールマイトだ」

 

 彼は口の中で暗示の言葉を転がす。

 洗面台に手を置き鏡と間近で見つめ合っていた男だったが、やがて大きく深呼吸をすると、身を起こした。

 湿っていた髪を乾かし、整髪料で整えて馴染みの髪型へ整えると、男は活を入れるように大きな手のひらで自らの両頬を張り、深く深呼吸をしながら鏡を真正面から見つめた。

 真一文字に結ばれていた口角はぐっと上がり、目元に力が宿る。

 

「私が来た」

 

 そう呟き、鏡に立つ自分へ向けて男は力強い笑みを浮かべた。

 彼――オールマイトは、すっかりと水気の飛んだ身体を翻して脱衣所を出ると、ベッドの横にあるクローゼットから着慣れたヒーロースーツを取り出して袖を通す。

 

「……うん?」

 

 そしてふと視線を感じて出入り口へ、と目をやる。

 そこにはふわふわの毛並みを持った白い子猫が行儀よく座っており、着替えをするオールマイトをじっと見つめていた。

 

「おや、キミはメタモン君のボーイフレンドの……。いつの間にか閉じ込めてしまっていたのかな? 声を掛けてくれればよかったのに」

「なあん」

 

 彼は子猫を怖がらせないようにゆっくりと近づくと、その小さな頭を大きな手で軽く撫で付ける。子猫はそれを黙って受け入れると、部屋の扉をカリカリと軽く掻いた。

 どうやら外に出たいらしい。

 

「……おっと、そうだね。さあ外へお行き、次は閉じ込められないように気をつけるんだよ!」

 

 開いた扉の隙間からするりと抜け出してゆく子猫を見送ると、オールマイトはさっと着替えの続きを済ませ。

 

「さて、朝の巡回へと向かうとしますか」

 

 部屋を出ると、仕事である街のパトロールへと向かうのであった。

 

 


 

【転生者たち-5 気功の使い手】

 

コオォォ――ッ……!

 

 独特の呼吸音が病室に響き渡る。

 黒髪の男は特徴的な三白眼を細め、ベッドに横たわる()()へと手を翳した。

 ぼんやりと発光する手から漏れ出した光が横たわる男の身体へと流れ込み、浸透してゆく。

 

「……フーッ、今日の治療はこんなもんでいいだろ」

「ありがとよ。それで……傷はどれくらいで治りそうだ?」

 

 包帯に包まれた男――ガッツはベッドから上半身を軽く起こしつつそう尋ねる。

 治療を終えた男――ジャギは鉄仮面を被り直しながらその言葉に含まれた言葉を察して首を振った。

 

「治癒促進に関係する秘孔は負担が大きくならない程度に突いてあるが、それでも一月と言った所か……まァ、怪我が怪我だ、焦るこたぁねえさ。気持ちは分からんでもないが、お前さんにとっての“本命”の為にもしっかり養生しとくんだな」

「そう、か」

 

 そう言って仮面越しに笑う彼の横で、ガッツはやや気落ちした様子で再びベッドに身を預ける。

 ぎしりと軋む音が病室に響き、動きが傷に障ったのか彼は軽く顔を歪めた。

 

「気功治療ってのはスゲえんだなあ、俺らとガッツじゃ明らかに傷の治りが違うし入院期間も半分以下じゃん」

 

 そんな二人に横合いから声を掛けてきたのは同じ病室で暇を持て余している、A級ヒーローのスティンガーだった。

 

「お、アンタも受けてみるかい?」

「いやいや、クソたけーし無理だわ。A級の俺でもためらう治療費をポンと出せるオールマイトまじやべえ……」

 

 羨むような彼の言葉にジャギがそう提案するが、スティンガーはそう言って頭を振った。気功による治療は高額なのだ。

 

「一部の武術家が使う特殊な技、って所までは俺も知ってるんだけど、気功って調べてもよくわかんねぇんだよな」

 

 同じく同室のベッドに寝ていたA級ヒーローのイナズマックスもまた興味深そうに治療の様子を眺めていた。

 装備による補助はあれど、己の肉体を武器とする武術系ヒーローの一角である彼も気功に関しては興味があったらしい。

 

「気功ってのは総じて流派の極意だからなァ。こればっかりは適性的なもんもあるし、感覚を掴むだけで何年もかかる奴もいる」

 

 例外みたいな奴もいるがな、と腕組みしながらジャギは椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「中でも他人の治癒に利用できる程の使い手は稀でな、需要はアホみたいに高いから安売りしてちゃパンクしちまうんだわ」

「それであんな高いのか……」

 

 価格を思い浮かべたスティンガーはため息をつく。

 怪我の絶えないヒーローは大抵一度は目を向けつつも、その治療費の高さに大半が断念するのが気功治療である。

 

「ま、原理的には自然治癒力を前借りして治すもんだから、時間があるなら自然に治すに越したこたねぇな」

 

「俺も気功使えたらいいのになぁ。回復もそうだが武器としても魅力的じゃんか。アンタの北斗鍼灸拳やら旋風鉄斬拳やら、有名どころの技は何度か見てるけど、正直憧れるわ」

「俺も一度見たことあるけど確かに凄かったな」

 

 そんな風に言う二人のヒーローたちの言葉に、いやいやとジャギは首を振った。

 

「気の力は目に見えるものばかりじゃねえぜ。アンタらくらいのヒーローなら、無意識に使ってるのが普通だ」

「……んん? どういう事だ?」

 

 首をかしげるイナズマックスに、ジャギは言う。

 

「実力ある武芸者は人間のポテンシャルを超えた身体を持ってるが、これは無意識に“気”を利用してんだ。瞬発的な筋力の増幅や、受けた衝撃を吸収したりな。じゃなきゃコンクリを余裕で砕くような怪人の攻撃受けりゃ余裕でミンチになる」

 

「……確かに、そういや俺らも普通なら死ぬだろって攻撃受けて生きてるな。そっか、アレは“気”のお陰だったのか」

 

 ビルを素手で崩すような怪物の攻撃を先日受けたばかりの彼らは、納得したように頷いた。

 

「“気”そのものはどんな生き物でも持つ力、それを意識的に利用して武器にするのが“気功”って訳よ。我流じゃ物を斬るまでは難しいが、常日頃から意識してりゃ身体の強度くらいは上がるぜ」

 

 そう言い終えると、ジャギは立ち上がる。

 

「それじゃあ、他にも仕事あるから帰るわ。ガッツもお前らも、安静にしとけよ」

「おう、またな」

 

 そう言って病室を去る彼を三人は見送った。

 

 


 

【そして運命の日へ】

 

「タバネさんは、どうして実力を隠していたんですか?」

「……ほへ? いきなりどったのイサムくん。実力って一体の話?」

 

 静かなラボの中で機械油に塗れた作業用手袋で頬を伝う汗を拭っていたタバネに、横で作業をしていた少年――イサムが作業の手を止めずに問いかけてきた。

 

「ボフォイ博士が言っていました。経歴を調べた結果、タバネさんは高校を出るまで……つまり博士に弟子入りするまでのあなたは、学業成績の良さ以外は特筆すべきところの無い普通の生徒だった、と」

 

 彼がそう言うと、タバネは大きく目を見開く。

 

「ええ! ボフォイ先生ってばタバネさんのプライベートに興味津々な感じだったり!?」

 

 手元を一切ぶらさずに体をくねくねさせつつ「先生のえっち!」などとのたまう彼女に、イサムはジト目を向けて深くため息をついた。

 

「単に警戒されてるだけじゃないですかね……。でも、僕だってタバネさんについて気になってない訳じゃないですよ、だって――」

 

「イサムきゅんまで!? んふ、タバネさんモテモテで困っちゃう!」

「ち・が・い・ま・す! もう、分かってて言ってるでしょ!」

 

 そう言って深くため息をつくと、イサムは懐から取り出した渦巻き模様のペロペロキャンディをバキリと噛み砕き、咀嚼して飲み下す。

 

「……自慢じゃないですけど、僕も昔から“天才少年だ”って持て囃されてきました。小さい時から機械に興味があって、分解して、組み直して、ちょっとしたロボットを作って」

 

 新しい包みを破り、イサムは新しくキャンディを咥える。

 

「そうやって僕なりに積み重ねた結果、こうしてボフォイ博士の弟子として認められた今があります」

 

 でもあなたは違う、と彼は再びキャンディを噛み砕いた。

 

「あなたは、そういった積み重ねを感じさせず、いきなり世界最高レベルのセキュリティを誇るボフォイ博士の研究所のコンピュータをハッキングして、直接弟子入りを直談判して……認められた」

 

 金属の擦れる音とキャンディの咀嚼音だけが響くラボの中、イサムは再び大きなため息をついた。

 

「博士の助手を務めつつ、あなたはいくつかの技術を短期間で飛躍的に向上させました。ロボット工学に関して、僕よりも経験が短いのに。――あなたの頭脳は、並じゃない。なのに、なんでそれを活かそうとしていなかったんですか? なぜ、急にこの道を志したんですか?」

 

 それともあるいは、と前置きをして彼は静かに問うた。

 

「博士にすら感知できない程の深みで、何か計画を進めている、とか」

 

 生唾を飲みながら、彼が自らの推測を口にする。ラボに、やや緊迫感を孕んだ静寂が響き渡ると、やがてタバネが小さく吹き出した。

 

「あはは、まるでこのタバネさんが密かに力を蓄えるラスボスみたいに言うもんだからちょっとびっくりしちゃったよ」

 

 再び、作業を進める音が戻ってくる。

 

「何か企んでるとかはないよー、昔なーんにもしてなかったのは……なんていうか、世の中がつまらなく感じていたからかなー?」

 

 やや寂しそうな声色で、タバネはそうこぼした。

 

「学校のお勉強も“簡単すぎて”つまらなかったし、お友達に教えてあげようとしたら、言い方が悪かったのか上から目線だと思われて孤立するしぃー?」

 

 それは、イサムにも多少なりとも覚えがあるような話だった。

 ――学校のような狭いコミュニティでは、たとえ良い意味であっても“まわりと違う”ということは疎外感へと繋がる。

 彼自身、さほど嫌な思いをせずに済んだのは両親の取り計らいでよりレベルの高い学校へ編入させてもらったり、こうして高名な博士への弟子入りを許されたおかげだと理解していた。

 それがなければ――心が歪んだかもしれない、と彼は思う。

 

「――それで、世界を壊してやろう……とか?」

「しないしない……いや、どーだろね? この身体(ずのう)持ってて何もなければ、いずれそうなっちゃったりもするのかな?」

 

 冗談半分に聞いた問いにそんな答えが返ってきて、イサムは思わず顔を引き攣らせる。彼女が本気でそれに取り組めば、割と洒落では済まないと彼の直感が告げていた。

 

「でも、そうならなかったって事は、それを変える何かが?」

「……そだね、『世界も案外悪くない』って事を“思い出せた”から」

 

 そんな言葉に少しひっかかりを感じながらも、イサムは彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「知らない内に、“頭が悪いみんなの考える事なんて分かんない”なーんてタカビーな思考になっちゃってた事に気付いたんだ。そこから、一人不貞腐れてる自分を見つめ直して、自分が何したいかをようやく考え始めて……あー、今があるって感じかな!」

 

 少し言いよどみつつも強引に押し流すように話を締めたタバネに、彼はジト目を向ける。

 

「なんか今話の一番大事な所が飛びましたよね?」

「……そうかな、えへへ。まあ、このタバネさんが別に暗躍するラスボスとかじゃないって事は分かってもらえたカナ? っと、この装備の組み立ては終わったし、動作テストしに行こっか!」

 

 そう言って立ち上がり、組み上がったばかりのガジェットの試作品を手に試射場へ向かう彼女。イサムは深いため息をつきながらもそれに続いて歩き出した。

 

 

――――

 

――――――――

 

――――――――――――

 

 

「…………ん、んんぅっ」

 

 ぎしり、と椅子を鳴らしながら、熟睡していた女が身じろぎする。

 薄ぼんやりとした気分で目を開けた彼女がぐぐ、と背伸びをすると、その軋んだ体からはバキバキと乙女の身体が出してはいけない無骨な音が鳴り響いた。

 

「あ゙ーっ……体痛いぃ……」

「――椅子なんかで寝るからだ、仮眠室を使え仮眠室を」

 

 ゴキゴキと首を鳴らすその背後から低い男の声が響いたかと思えば、今まで彼女が突っ伏していたデスクにコトリと音を立てて、うさぎの絵が描かれた湯気の立つマグカップが置かれた。

 

「あ、ジョウタローくんおはよー……コーヒーありがと」

 

 背伸びしたと同時に床に落ちていた毛布がひとりでにふわりと浮かび上がって肩に掛けられると、彼女――タバネは目をこすりながら背後に立つジョウタロウに礼を言う。

 

「ったく、もう作業もほぼ終わってんだろう。……そろそろ、まともに自室で休んだらどうだ?」

 

 自分用の――デフォルメの効いたスタープラチナのイラストが描かれた――マグカップに山盛りの砂糖を注ぐジョウタロウが珍しく直球で労りの言葉を口にすると、タバネは寝ぼけ眼のままボサボサの頭を掻きむしった。

 

「んー、もしまたそうやって寝てる時にコトが起きたらイヤだしさ。というかさっきプログラミングも完全に終わらせたぜー、ブイッ」

 

 動作確認も完璧(パーペキ)とのたまいながら両手でピースする彼女に、カップに口をつけようとしていた彼は思わず動きを止めた。

そして大きくため息をつくと熱いコーヒーをすすって口を潤す。

 

「……魂がどうあれ、流石は天災の頭脳ってヤツか」

「ふふん、()()()()はおバカでもこのタバネさんは超天才だかんねー」

 

 そう言って得意げに豊満な胸を張るタバネを無視し、ジョウタロウは室内を進みガラスから地下ドッグを見下ろす。

 眼下に立ち並ぶその壮観な光景を前に、コーヒーの残りを呷った彼はほう、とため息を吐いた。

 

「夢みたいだよねー、現実にこんな光景が見られるなんてさ。漢の浪漫、って感じじゃない? ちょっとスケールはアレだけども」

「そうだな。……しかし、アンタはどういう経緯でこういうのにのめり込んだんだ? 言っちゃあなんだが、知り合いの女はこのテの趣味持ってる奴はほとんど居なかった」

 

 そんな言葉にタバネはあー、と言いよどむと、やがてはにかみながら話しはじめた。

 

「前世の私はね、『ともだちひゃくにんできるかな♪』を本気にしてた系女子だったから、いわゆる()()()な友達もいたんだよねぇ」

 

 ずず、とコーヒーをすすりながら、彼女は懐かしむような声色をこぼした。

 

「前世の私ってばお馬鹿さんだったから戦争モノのストーリーとかちんぷんかんぷんだったし、血がドバドバーなのも苦手だったけど、ロボのカッコよさだけはビビビ! っと来てさー」

 

 椅子をくるくると回しながら楽しそうに語るタバネに、ジョウタロウは目を細める。

 

「プラモとか作ったりしてたなあ。そういえば、インフィニット・ストラトスとの出会いも、もっと分かりやすい学園モノとかでメカが出てくるの教えてーってその友達に聞いたのがきっかけだったっけ」

 

 あっちでいまも元気に生きてるかなー、などと言いながら彼女は大きくあくびをする。

 

「お疲れ様、ってヤツだな。……俺はハードはともかく、プログラムはあまり得意じゃあない。正直、近頃の作業はお前に頼りきりだった」

「まっ、終わったのは準備だけだけど! でも流石に疲れちゃった」

 

 口元とデスクに垂れていたヨダレを白衣の袖で拭き取る彼女の目元には、仮眠を取ってなお色濃い(くま)が目立っている。

 頭脳だけでなく“肉体自体も細胞レベルでハイスペック”である彼女が()()なる程に過酷を極めたこの作業は、助手であるジョウタロウはもとより、ブライト博士、頭脳の出来では劣らないと自負するジーナス博士なども専門分野の違いから代わることが難しい領域となっていた。

 故に作業が大詰めとなった段階における彼女の負担は相当なものとなったが、タバネは見事にそれをやり遂げてみせた。

 

「できれば、こいつらの出番は本来想定されたタイミングになってくれると嬉しいんだがな……大破されるとまたデスマーチが始まる」

「そればっかりはお祈りするしかないね! 万一のときはアップデートしたばかりの最新AI(ちーちゃん)の性能にご期待下さいってことで! ……とにかく、ブライト博士に報告してこないとねー」

 

 そう言って立ち上がろうとする彼女をジョウタロウは手で制する。

 

「それくらいは俺がやっておこう。お前はそろそろしっかり寝とけ」

「ん、ありがと……それじゃあタバネさんはちょっくら休憩させてもらう、ね……」

 

 ぎしりと椅子を鳴らし緩慢な動作で立ち上がると、タバネはややふらつきながらも仮眠室へと歩き出す。

 それを見送ったジョウタロウは自らのスタンド(スタープラチナ)にカップを片付けさせながら彼女がまとめた資料を印刷すると、ラボを後にした。

 

 

 ――そして、一週間と経たない内に運命の日は訪れる事となる。

 事態はラボで機体の整備を行っていたタバネ及び、街の巡回を行っていたオールマイトの元にヒーロー協会から非常招集の連絡が来た事から始まった。

 転生者たち(かれら)は緊張した面持ちで互いに顔を見合わせると、手はず通り速やかに行動を開始する。

 全ては、生きて(笑って)明日を迎える為に。

 ――決戦の時は、もう目の前に迫っていた。




・オールマイトの転生者
朝早くからヒーロー活動をしている。

・ジャギ様の転生者
秘孔と気功による治療も仕事のうち。
割と習得難度の高い技術なので施術料はかなりお高いがそれでも依頼は絶えないとかなんとか。
効果は絶大、数日に一度の施術によりバッキバキにされたガッツが1ヶ月チョイで復帰できる。

・気功
この世界での“気”の扱いはそういう事となった。
流水岩砕拳の剛醒呼法とか旋風鉄斬拳の斬撃とかも気功によるもの、ということにしてある。
基本的に気功は呼吸で練るんだとか。

・ガッツの転生者
ボロス編ではずっと入院生活。義手もはやく欲しい。

・篠ノ之束の転生者
頭脳スペックは最高、それを動かす魂はぽんこつ。
しかし故に原作の本人のような極端に走ることはなかった。
器そのものは篠ノ之束だけのことはありボフォイ博士やイサムくんをも上回るレベルですが、自発的に勉強し始めたのが転生者として記憶を取り戻した高校生活後半だった事や、思考の基礎となる魂が凡人故にかなーり総合スペックが落ちています。
でもなんかめっちゃ警戒されてる……隠れてたんじゃなくて何もやってなかったんです。

・イサムくん(童帝)
後のS級ヒーローにしてヒーローネーム被害者の会に内定しててもおかしくない童帝くん。ショタコンっぽい姉弟子がいますが緋童帝に進化していません。
積み重ねとか全く無いようにしか見えないのにいきなり頭角を現した姉弟子に何か不穏なものを感じている。
実際には全く不穏さの欠片もないので魂変えてもにじみ出すラスボス臭みたいなのがあるのかもしれない。

・完成した何か
今後の厄災に備えたもの。
できればもう少し先まで消耗したくない。


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第十六話 - 迎撃作戦

「A市上空を覆う巨大な宇宙船が砲弾の雨を降らせてくる。当然、これを素直に受ければ夥しい死者が出る事になるが……キミには、これの迎撃を行ってもらいたい

 

 某日。ブライトからの呼び出しを受け研究所で行われた会議に参加したシゲオは、そう告げられた。

 

 


 

 

――A市・ヒーロー協会本部。

 その黒く巨大なビルの屋上にシゲオは立っていた。

 見上げた空はまばらに浮かぶ白い雲がゆっくりと流れる気持ちの良い晴天。

 ……しかし、それを見る彼の心の中には暗雲が立ち込めている。

 

 行き交う無数の車の群れ。休日でも忙しそうに歩く姿のサラリーマン。楽しそうにふざけ合いながら歩く学生たち。

 仲睦まじく寄り添い歩く恋人たち。小さな子供を乗せたベビーカーを押しながら、笑顔で会話する若い夫婦。

 杖をつきゆっくりと横断歩道を渡る老人。その老人の手を引き、信号を渡るヒーローらしき男性。

 

 ビルから見下ろす眼下では、人類圏で最も栄えた都市に相応しく広大な街並みが広がり、人々の営みが行われていた。

 

 ――その光景は、キミが護らなければ地獄に変わる。

 

「……っ!」

 

 シゲオは、ブライトに言われた言葉を思い出して身震いする。この惨劇を防げるのは、()()()()()()()()()()()()()()()しかいない。

 こればかりは転生者(にせもの)のオールマイトではカバーしきれないのだと告げた時のオールマイトの表情はシゲオの脳裏に強く焼き付いていた。

 

 転生者たちの持つ“原作知識”は大きな力ではあるが、出処の明かせないこの情報は活用手段がかなり限られている。

 ……親交の深いオールマイトが言いくるめてタツマキと共に待機する事は不可能ではないだろう。

 事実、シゲオが現れなければやむを得ずそうする計画であったという。しかし、実際に事が起こってしまえば、情報の出処を深く追及される事は避けられない。

 それらのリスクを避けた上で、A市の防衛を成し遂げる為には彼の力が必要不可欠なのだ。

 

「大丈夫……範囲も、質量も問題ないことは確認済み……あとは、焦らずに実行するだけ……僕が、やらなきゃいけない」

 

 無数の命を背負うプレッシャー。

 そして、この街を瓦礫と死体の山へ変えんとする殺戮者の存在が彼の心に恐怖を滲ませる。

 彼は未だ平和な街並みから目を逸らすと、重圧を課してきた張本人たちの一部がいる会議室の方へと恨めし気な視線を向けるのだった。

 

 

 

 

「全くもう、急に呼び出すから塾を放り出して来る羽目になったじゃないか。ずっと前から予約してくれてる受講者なのに……」

 

 チン、という軽快な音とともにエレベーターの扉が開くと、ブツブツと苛立った様子でつぶやきながら一人の少年が足早に歩き出す。

 彼は口に咥えたロリポップキャンディを乱暴に噛み砕き、咀嚼しながら廊下を進んで指示された会議室の扉の前まで辿り着く。

「久しく――ノリが道場に――から――ウも張り合いが無さげで困っておるぞ?」

「いや申し訳ない、何せ最近は――でして。それよりジ――女の様子は――」

 

「急いで来たけど、もう割と集まってるみたいだな……」

 

 扉から漏れ聞こえる会話に気づいた彼は、小さくため息をつくと扉に手をかける ――と。

 

「失礼しま――もふっ!?

 

 扉をあけてすぐ目の前に現れた白く巨大な何かに、少年は頭から無防備に突っ込んでしまう。

 それとほぼ同時に彼の後頭部はロックされ、その顔面は柔らかい何かに埋もれるように捕獲されてしまった。

 

「イサムきゅぅん、おっひさー♡」

もがああああっ!?

 

 頭上から降ってきた声に全てを察して少年――イサムは慌てて藻掻くが、彼の年齢相応の小柄な身体はガッチリとホールドされてしまって全く抜け出せない。

 

「タバネくん、イサム少年が窒息してるからその辺に……」

「おおっと、ゴメンネ! よいしょっと」

 

 ふわりと足元に浮遊感を感じると同時に、イサムの顔面はようやくその大きく柔らかな圧迫から解放された。

 

「――ぷはあっ! もうっ、いきなり何するんですか!」

 

 彼が荒く息を吐きながら目を開けると、目にニコニコ笑顔の女性――元・妹弟子(タバネ)の顔面が飛び込んでくる。

 その頭には機械式の兎耳が彼女の感情を表すようにピコピコと跳ねていた。

 

「めんごめんご、いやあ、最近忙しくて全然会えなかったからイサムキュンゼピンの摂取がしたくてさぁ……すぅ――

んぎゃーっ、なに頭嗅いでるんですか!?」

 

 自分の髪に顔を埋めるという蛮行にはイサムも全力で抵抗した。そして顔をトマトのように赤くしながらぷりぷりと肩を怒らせる彼の姿に周りは苦笑するばかりであった。

 

もうっ、先に来たならふざけてないでこれが何のための招集なのか教えて下さいよ! こっちは何ヶ月待ちの受講生を放り出してやって来たんですからね!」

 

「あー、その事なんだがね」

 

 怒り心頭といった様子の彼に横から大きな影が話しかける。小柄なイサムが見上げると、そこには申し訳なさそうに佇むオールマイトの姿があった。

 

「実は我々も未だ詳細は聞かされていないんだ。“とても大事な案件だから全員揃ってから話したい”との事だよ」

「……オールマイトさんでもまだ教えてもらえていない、と。じゃあ焦ってもしょうがない、着席して待ちましょう」

 

 そう言って彼は深くため息をついた。

 

 

 

 それからしばらく経ちS級ヒーローたちの集合が終わると、特徴的な形をした鼻の中年男性が慌ただしく入室してくる。

 

「……皆よく集まってくれた、私は今回の説明役を任されたシッチだ。メタルナイトは連絡が取れない状況にあるため欠席となる」

 

 男――シッチはかっちりと着込んだスーツの首元を緩め、ハンカチで汗を拭いながらぐるりと会議室へ視線を巡らせる。

 

 

 一人はピチピチの囚人服に身を包む筋骨隆々とした青髭の巨漢、S級15位ぷりぷりプリズナー

 

 一人はバッチリ固めたリーゼントがトレードマークの改造学ランを着た青年、S級14位金属バット

 

 一人はタンクトップの力を十全に引き出すべく鍛え上げた肉体を誇る金髪の大男、S級13位タンクトップマスター

 

 一人は女性と見紛うほどにしなやかに締まった細身の肉体を持つ長い金髪の男性、S級12位閃光のフラッシュ

 

 一人は個性豊かな面々の中でも一際異彩を放つ、白い犬の着ぐるみに身を包んだ男、S級11位番犬マン

 

 一人は極限まで肥大した筋肉を美しく黒光りさせているこの面々で最大の大入道、S級10位超合金クロビカリ

 

 一人は持ち込んだ食料をひたすらに貪っている規格外の肥満体の男、S級9位豚神

 

 一人は全身を漆黒のボディアーマーで覆い、モノアイを赤く光らせるサイボーグ、S級8位駆動騎士

 

 一人は女性の膝の上で諦観の表情を浮かべる一同の中でぶっちぎり最年少の男子児童、S級6位童帝

 

 一人は童帝を膝に抱えてご満悦な機械の兎耳を頭につけたグラマラスな女性、S級5位ホワイトナイト

 

 一人は特徴的な茶筅髪に和装姿というサムライ然とした姿の男、S級4位アトミック侍

 

 一人は集まった面々の中でも最高齢であろう銀色の髭を蓄えた老人、S級3位シルバーファング

 

 一人は身体の線が出る黒の薄いドレスに身を包んだ少女然とした華奢で小柄な女性、S級2位戦慄のタツマキ

 

 そして最後に、青を基調とした三原色のヒーロースーツにマッチョボディを押し込んだ彫りの深い金髪の超人。

 ――S級1位、オールマイト

 

 

 この広い会議室の中には人類の領域を守護する協会所属ヒーローの中でも別格の存在たる()1()5()()()S()()()()()()の内、メタルナイトを除く全員が所狭しと勢揃いしていた。

 

「……んで、今回はなんの集まりなんじゃ」

 

 シルバーファングが口火を切ると、その横で肘杖をついたタツマキが苛ついた様子でため息を吐く。

 

「この忙しい私達をなんの説明もなく2時間も待たせて、協会は一体どういうつもり?」

 

 口には出さずとも他の者も同感だったらしく、何人かは同意するように小さく頷いた。

 

「待たせたことに関しては謝罪しよう。しかし今回の案件はどうしても君たち全員に揃って聞いて貰いたかったのだ、できればメタルナイトにも出席してもらいたかったが……これ以上は埒が明かない」

 

 シッチは静かに目を開くと、全員を見渡しディスプレイも兼ねたテーブルに手を置いて身を乗り出す勢いで口を開いた。

 

「ヒーロー界の頂点に立つ君たちに集まってもらったのは他でもない、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなあまりにも漠然とした内容に、彼らの大半は面食らった様子でシッチの顔を見返した。

 その視線を彼は受け流し、強い視線で一同を睥睨した。

 

「……今回ばかりは超人揃いの君たちとて命を落とす可能性もある、今なら退席してもS級に籍は残すと約束しよう。しかし、話を聞いたからには事が終わるまで軟禁させてもらうこととなる。完全なる対外秘としなければ大きな混乱を生みかねないからな」

 

 聞く覚悟はいいか、と問うシッチの言葉に会議室はシンと静まりかえる。その静寂を、デスクへ乱暴に脚を乗せる音が突き破る。

 彼らが音の発生源に視線を向ければ、学ランの青年――ヒーロー、金属バットが青筋を浮かべてシッチを睨みつけていた。

 

「その話、本当に俺達をここに足止めするだけの内容なんだろうなぁオイ。こっちは大事な妹の大事なピアノ演奏会を抜け出して来たんだ……大したことねぇ話ならこの本部ぶっ潰すぞコラ

 

 苛立ちを隠せない彼を含め、当然の如く誰一人席を立つ者はいない。シッチは目を伏せ、静かに語り始めた。

 

「大預言者シバワワ様が死んだ」

 

 その言葉に、何人かが眉を顰める。

 

「……殺されたの?」

「いいや、事件性はない。半年後までの未来を占っていたところ、気が動転したのか息が荒くなり咳が出たため、のど飴を口に入れたら喉に詰まって死んだらしい」

 

 緊張を帯びたタツマキの声色に対するそんな答えに、会議室の空気がやや弛緩する。

 

「なるほど、今後は未来予想抜きで災害対策をしなければならない、というのが今回の話の核だな?」

 

 クロビカリが白い歯を見せながら言うと、彼は首を振る。

 

「……シバワワ様は全てを見通す訳ではない、これまでも予知抜きで切り抜けた災害は数多くあるのだ。しかしそれでも我々がシバワワ様の身辺警護をし特別扱いしていたのは、その予言が決して外れることがないからであり――問題の核となるのは」

 

 彼はおもむろに懐から一つの紙片を取り出すと、テーブルに備え付けられたスキャナの上へとそれを置く。

 

「シバワワ様が喉をつまらせながらも最期に書き遺してくださった、この小さなメモにあるこれが、最後の大予言文!」

 

 テーブル全体が光り、全員が見えるように巨大化したホログラムが卓上をゆっくりと回転していた。

 

 

――地球がヤバい!!!

 

 

「読めるな? 地球が、ヤバいのだ!!!

 

 冷や汗を顔いっぱいにかきながら宣言するシッチ。

 

「いいか、シバワワ様の予言はこれまで100%確実にすべてが的中してきた! 危険生物の発生、大地震、洪水! あらゆる大災害を予知してきたが取り乱したり、ましてや“ヤバい”などと表現した事はこれまでに一度もなかった……!!」

 

 怯えるように震えながらも、彼はテーブルを強く叩く。

 

「過去に数多の犠牲を生んだ自然災害や鬼や竜レベルの怪人の襲来を、遥かに凌駕するような“ヤバい”事態が起きようとしている、それも半年以内にだ……!!」

 

 肩で息をしながらそう言い終えたシッチの言葉を受けて、会議室内はシンと静まり返る。

 ヒーローたちが沈黙する中、オールマイトとホワイトナイトは静かに視線を合わせた。

 

 

 

 

「ううっ、緊張してきたぁ……!」

 

 A市の中央にあるオープンカフェで、明るい金髪の少女が身震いしながら空をチラチラと伺っている。

 

「いやいや、私達が緊張してもしょうがないっしょ」

 

 そんな様子に隣に座る青髪の少女は苦笑する。

 

「でも、防ぐとはいえ砲弾が降ってくるんですよ? コナタは怖くないんですか? 私は地味に後悔してますよ……」

「別に二人とも私に付き合わなくてもよかったのにー」

 

 それに同席する黒髪の少女も同じく小刻みに震えながら縮こまるように席に座っている。

 目の前に置かれたカフェオレは手付かずのまますっかりと冷めてしまっていた。

 

「まー、私も怖くないわけじゃないけど。どうせ私の家A市だし、もし万一負けちゃったらどこに居ても同じだし?」

 

 青髪の少女――コナタはそびえ立つヒーロー協会本部ビルを仰ぎ見ながら微かに震えるスプーンでパフェをすくって口へ運ぶ。

 

「それなら、せっかくだしやれることやった方がまだ怖くないかなって思ってさ。それに……ルイズは役目があって逃げられないしね」

 

 パフェのフレークを咀嚼しながらそう言うコナタに、黒髪の少女――メグミンは冷えたカフェオレを一気に飲み干した。

 

「……あーもうっ、一人だけカッコイイこと言いよってからにっ! いいでしょう、私だってなけなしの勇気を振り絞ってやりますよ!」

「わ、私も――ってきゃっ!?

 

 決意表明のために声を上げようとした少女――ココアの言葉を遮るようにA市に突風が吹き荒れた。

 慌ててスカートを押さえた三人が仰ぎ見ると、空を翔ける5つの影がヒーロー協会本部ビルへ攻撃を仕掛けているのが視界に入る。

 

 ――そして。

 

「……っ、来るよみんな!」

 

 次の瞬間、燦々と降り注ぐ真昼の太陽光は突如として現れた巨大な物体に遮られ街に広大な影を落としていた。

 

 

 

『うふわははははっ! 深海王も地底王も滅びた今、ヒーローとやらを消せば地上は我らのもの! この天空王についてこい!』

 

「…………っ!!」

 

 ビルと空気を揺らしながら耳をつんざく爆発音に耐え、シゲオは機を待っていた。

 

――時が来れば、前兆として“天空王”一行がビルを襲撃してくるはずだ。これは時報だと思って無視して構えておいてくれ。大事なのはその後だ。

 

 ブライトの言葉を守り、彼は屋上の物陰で時を待つ。

 恐怖をねじ伏せ、勇気を奮い立たせながら。

 

――君がやるべき事、君にしかできない事はただ一つ。

 

 不意に、連続していた爆発音がパタリと止む。

 

「……ここ、だっ!」

 

 それと同時に、シゲオは空を――突如として出現した巨大な宇宙戦艦を睨みつけると同時に、予め張り巡らせておいた微弱な力場の()へと渾身の力を流し込む。

 

――超能力は精神(こころ)の力よ。ビビってたら力なんて出ないわ。

 

 いつか聞いた師の言葉を胸に、彼は心に火をつける。 

 この街の罪なき命が奪われる。日常を謳歌する知らない人々が、彼も知る友人知人が。

 そして信じて手伝いに来た転生者(どうほう)が。

 侵略という理不尽な殺戮に晒される。

 

 燃やした怒りで恐怖を塗りつぶす。

 火が灯る心は力を帯び、街の上空へ蜘蛛の巣状に張り巡らされていた力場の網は一般人の目にも可視化するほどの強烈な力を滾らせた。

 

――宇宙船から降り注ぐ無数の砲弾を受け止める事。そして受け止めた砲弾を打ち返し、砲を壊し第二波を撃たせない事だ。

 

 その直後、街全体を揺るがすような強烈な衝撃を伴う巨大な砲弾の群れが豪雨の如く降り注いでくる。

 

 舞台装置(サイタマ)を欠いた状態で、最終演目(フィナーレ)は幕を開けた。




転生者マイト「喉につまらないよう粒の小さいのど飴差し入れしてたのに……気に入らなかったのかな……」

in
オールマイト&ホワイトナイト(篠ノ之束)の転生者

out
ブラスト(職業ヒーローにはならず、あくまで趣味のまま)
キング(サイタマがいないので空白の手柄が発生せず)
ゾンビマン(ジーナスが悪落ちしなかったので未改造)
ジェノス(サイタマがいないので野生のサイボーグのまま)

まさかのS級合計人数が二人減少!!
しかし肉体派を中心に強化入ったのと、表立って動かないブラスト&メタルナイトの代わりに積極的に動く転生マイト&タバネがいる事や、まだヒーローではないもののタツマキ級の力があるシゲオも居るので総合力はアップしてる……?
なおハゲの不在(致命傷)

・天空王御一行
ナレ死以下の扱いな襲撃開始のアラーム。
原作で瞬殺された連中にも活躍をと思ってもまともな戦闘を追加するのが極めて困難なタイミングで出現しやがる。

・A市に居るTS転生者組
戦う力とか皆無な彼女らを含む一般人系転生者ですが、一部の有志はA市全域に散らばるように配置されています。
もちろん、入院中のガッツを除くハンターズ組やジャギ様なども来ていますが彼らも含め別に戦闘のために来たわけではありません。


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第十七話 - 最上級戦闘員

――A市上空、暗黒盗賊団ダークマターの戦艦内。

 

「オ、オイ……弾丸が静止してるぞ……」

「こ、こんな辺鄙な星にこれほど強力なバリアが!?」

 

 宇宙戦艦の火器管制室では、様々な姿をした宇宙人たちがざわめいていた。地上への挨拶がてらに放った無数の質量砲弾、その尽くが着弾前に空中で停止したためだ。

 

「と、とりあえず駄目押しで……」

おい、管制室! 質量弾をそれ以上撃つな!!

 

「……えっ、ゲリュガンシュプ様!?」

 

 追撃の砲弾を放とうとした矢先、脳内に響いた怒声に宇宙人たちは慌てて砲の操作を止める。

 

地上から強力な念動力を感知した! 厄介なことにこのゲリュガンシュプの念力強度に次ぐ程の大出力だ!

 

「な、なんですと!?」

グズグズするな! 早くバリアシステムを――

 

 

 

 宇宙船の遥か下方、黒く巨大な建造物の屋上で少年は両手を天に向けて静かに佇んでいる。

 逆立った短い髪は周囲を渦巻く風とは違う穏やかな揺らめきを見せており、その全身からは可視化する程に強力な“力”の波動が立ち上っていた。

 

「すぅぅぅぅぅぅ――――」

 

 少年――シゲオは深く息を吸いながら、極限まで意識を集中していた。空に向けて伸ばした指先の一つ一つから伸びる長大な力場の末端まで意識を行き渡らせ――空に輝く力場の網は、無数の弾丸を一つの取りこぼしもなく受け止めた。

 

 慣れない大規模な力の行使に彼は額に皺を寄せつつも、シゲオは伸ばした手のひらをゆっくりと反す。

 彼の手のひらの動きと連動するように、すべての弾頭が天を――それらを放った戦艦を振り返る。

 

 最大限に集中する為に閉じていた目を開いた彼は天を覆う宇宙船に鋭い視線を飛ばし、その全身から力を迸らせた。

 

「――お返し、だ!」

 

 次の瞬間、反転した全ての弾丸が来た道を戻るように翔け昇り、戦艦の下部にある砲身の群れから壮絶な爆発が起こった。

 

 

 

「跳ね返して来やがった!?」「うぎゃああああっ!?

「せ、戦艦下部の質量兵器及び光学兵器が全て沈黙!!」

も、もうおうちかえぅ!!

 

 阿鼻叫喚の管制室から意識を離し、蛸のような身体を持つ宇宙人――ゲリュガンシュプは臍を噛んだ。

 

クソっ、バリアの起動は間に合わなかったか……!

 

 彼は低く唸ると背後を振り向き、この騒動の中でも沈黙を保つ玉座の主へと視線を送る。

 

ボロス様、おそらくはアレこそがこの星最強の防衛兵力、しかもこのゲリュガンシュプめに次ぐほどの強力な超能力者です!

 

 直属の部下である彼の言葉を受け、玉座に腰掛けた男――ボロスは初めて大きな単眼を開いて見下ろした。

 

……ほう、それでどうする

 

 その眼光に射竦められたゲリュガンシュプは冷や汗を垂らしながら跪くような体制を取る。

 

超能力というのは中々に厄介でして、ボロス様のような圧倒的な力か同じ力の持ち主でなければ対抗が難しい代物。故に、これ以上の被害を抑えるため、私直々に彼奴めを討伐しようと思います。万が一を考え、他の上級戦闘員も伴っての出撃許可を頂きたく……

 

許可する。好きにやればよい

ははっ! それではこのゲリュガンシュプ、この星の制圧のため必ずや敵を打ち破ってみせましょう!

 

 彼が深々と頭を下げ、玉座を後にするのをボロスはいかにも興味がないとばかりに冷めた目で見送った。

 

全ての戦闘員に告ぐ、制圧用の砲は敵の反撃によってすべて破壊された! よって空挺部隊及び航空部隊による制圧を命ずる! 速やかに出撃せよ!

 

最上級戦闘員グロリバースは我らの船を攻撃してきた敵の最大戦力を速やかに撃破するため、私と合流すること!

 

 艦内全域に向けて響き渡る念波を聞き流しながら地上を映す映像に大きな眼を向け、ボロスは深くため息をついた。

 

(超能力、か。ゲリュガンシュプよりも下となると期待はできまい、予言の相手であれば少なくとも最上級戦闘員を蹴散らして私の下へたどり着く事だろう。今はただ、待てばいい)

 

 

 

 

「……やっ、た……シゲオくんがやったんだっ!!」

 

 地上の人々は上空で繰り広げられる巨大な力の応酬を固唾を呑んで見守っていた。打ち返された弾丸が船の一部を壊したのを見て、一人の少女――ココアが歓喜の声を洩らした。

 

 その声に起こり得る絶望を一段階押し返したという実感を得た彼女の側に立つ少女は高揚したような表情で声を上げた。

 

「ふ、ふはははははっ、信じてましたよ、我が友! さ、さあ、我々もまた己の役割を果たそうじゃありませんか!」

 

 テンションの振り切れたような少女――メグミンの声に、人々が呆然とした様子のまま振り返る。

 それに構わず三人は頷き合うと、大きく息を吸い――。

 

「うわーっ、宇宙人の襲撃だーっ!」

「砲撃してきたぞーっ!」

()()()()()()()が頑張ってる間に、近くにあるA市第五シェルターに避難しなきゃーっ!!」

 

 ――そんな叫び声を上げた。

 

 いかにもわざとらしい棒読みががったセリフではあったものの、茫然自失としていた市民に正気を取り戻させるには十分だった。

 

「そ、そうだ、逃げないと!」

「タツマキすげぇ! 流石はS級2位なだけはあるな!」

「第五シェルターはあっちだ! 早く逃げるぞ!」

 

 怪人怪獣魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの世界の市民にとって、シェルターへの避難は慣れたものである。あまりのスケールの違いに自失していたものの、少し誘導するだけで自主的に避難を開始する。

 

 オールマイトたちへ希望を託した転生者たちは“せめて自分たちにできる事を”と避難誘導を買って出ていたのだ。

 

「みんなちゃんと最寄りのシェルターに向かってますね……誘導は大丈夫そうですし、私達もちゃちゃっと逃げましょう!」

「そうだね、逃げよ逃げよ! ……って、コナタちゃん?」

 

 やや興奮気味のココアとメグミンが避難所へ歩みを進めようとするも、何故かコナタだけは椅子に腰掛けたままだった。

 二人が首を傾げて近寄ると、彼女は自嘲したように笑う。

 

「あはは……腰抜けちゃった。おぶって?」

言い出しっぺなのに!?

 

 

 

 

「ば、馬鹿な……まさか今すぐ予言の時が来るなんて誰が予想できる!? タツマキくんが超能力で防いでいなければA市は一瞬で壊滅していたぞ!?」

 

 驚愕のあまり膝から崩れ落ちたシッチは憔悴した様子でホログラムに映し出された映像を見つめている。

 そんな彼の言葉に、タツマキは首を振って否定する。

 

「私じゃないわ、感知範囲外からの急襲じゃ流石に守り切れないもの。それよりこの出力と波長、何であの子が……?」

 

 彼女がちらりとオールマイトの座席へ視線をやると、そこはもぬけの殻となっていた。

 

 

 

 シゲオは少しばかり気が高ぶっていた。

 これほどの大規模な力の行使と、船体で弾頭が弾ける巨大な爆発が生む腹の底から揺さぶるような衝撃。

 

 ……そして何より、怒りがあった。

 あれほどの破壊力を街に直撃させたなら一体どれほどの犠牲が出ることだろうか。彼はこの日のためにA市へ集まった転生者(どうほう)がいる事を知っている。この街に住む友人がいる事を知っている。親交のある人々が、たった今殺されかけた。

 

 彼の脳裏に数ヶ月前の地獄の光景が蘇る。ワクチンマンの手により壊滅した街が。理不尽に奪われた日常が。

 パラパラと降り注ぐ船の外壁や砲弾の残骸を力場の膜で受け止めながら、彼はぎゅっと拳を握りしめた。

 

「ナイスだ、シゲオ少年!」

 

わっ!?

 

 背後から聞こえて来た声に、シゲオは驚いて振り返る。

 そこにはいつの間にか見上げる程の巨体――オールマイトがいつもの笑みを湛えて立っており、巨大な拳を彼の目の前に差し出していた。

 

「本当によくやってくれた、君はまさにA市の英雄さ!」

 

 その意図に気付いたシゲオが自らの拳を打ち合わせると、オールマイトは力強く頷いてみせ、空に浮かぶ戦艦に視線を向けた。

 

「そして、ここからは私の役目だ。あの船の首領を打ち倒し、この世界の希望を掴み取ってこよう!」

「……勝てますか?」

 

 不安そうな表情を浮かべるシゲオの頭を、彼は太く大きな指でわしゃわしゃとかき回しながら笑った。

 

「――勝つさ。だから、皆と信じて待っていてくれ……さあ、まずは手はず通り、足場から頼んだよ」

 

 シゲオは静かに頷くと、両手を振るい、力場で受け止めていた瓦礫を船への足場となるように一定間隔で配置した。

 

「ありがとう。それじゃあ――行ってくる!

 

 彼はそれだけ言い残すと、空に散らばる瓦礫の足場を伝い稲妻のように船へと翔け上がっていった。

 船へと消えてゆく背中を見届けると、シゲオは瓦礫を近くの自然公園へと軟着陸させてゆく。

 

 ――と。

 

見つけた

 

「――ッ!?」

 

 バキン、と甲高い音を立ててシゲオを覆うバリアが火花を散らす。

 

船を壊した生き物だな』『意外と硬い、油断せずに殺そう』『早く、早く殺そう』『いいと思うよ

 

 目の前で蠢く異形の怪物にシゲオの全身が総毛立った。

 

――メルザルガルド。

 

 5つの頭部と人格を持つ異星人。変幻自在の肉体は小さな核を破壊されない限りは不死身であり、原作ではS級4人相手に大立ち回りした災害レベル:竜の中でも上位の怪物。

 

 不気味に筋の浮いた右腕をうねうねと変形させ、次の瞬間にはシゲオの眼前に迫っていた。

 

「ひっ……!」

 

 再び、バリアが火花を散らす。

 

――鉄則一、超能力があっても私達の肉体は筋肉バカたちほど強くはないわ。だから、バリアはなるべく常時纏いなさい。

 

 師であるタツマキの言葉は、確かに彼の命を繋いでいた。

 

ダメージが通らない』『反撃してこないな』『でも船を攻撃してきた生物かもしれない』『念入りに殺そう』『いいと思うよ

 

 怪物の両腕がより凶悪な形状へと変わってゆく。シゲオは冷や汗をかきながら後退った。

 

(バリアは問題なく防げてるし、多分倒そうと思えば倒せる)

 

 心の中の冷静な部分はそう判断していたが、彼の身体は言う事を聞いてくれない。

 歯の根が合わないほどに小刻みに震える身体はうまく逃げることすらできず、攻撃しようにも余裕がないせいか頭が真っ白になってしまっている。

 

 災害レベル:竜に相当する超級の怪物が発する本物の殺気を前に、彼の心は縮み上がってしまっていたのだ。

 

――鉄則二、無理に戦う必要はないけど、助かるための努力はする事。バリアがあれば死ぬことは無いでしょうから、とにかく守りを固めて助けを呼びなさい。

 

 教えに従い、シゲオはバリアをより強固に展開する。あとは声を上げて誰かの助けを待てばいいと思った——その時、メルザルガルドの体が不気味に蠢いて5つの体に分割した。

 

反撃がない、船を壊した奴じゃない?』『硬いだけの弱小種族かよ』『俺が始末をしておくから他は任せる』『わかった、周囲の生き物を探す』『いいと思うよ

 

 そんな言葉に、シゲオの心に焦りが生まれる。

 自分はバリアがあるから攻撃されても何ともないが、この怪物が散って避難民を襲えば。

 そんな懸念は、結果的に杞憂に終わる事となった。

 

いいや、こいつを先に始末するぞ

 

「……っ!?」

 

 頭の中に直接響く声に驚いて顔を上げたシゲオは、視線の先に浮かぶそれを見て全身から血の気が引いていくのを感じた。

 

本当にコイツが船をやったのか? こんなチビ相手にこのグロリバース様が手を下す必要があるとは思えんなァ

 

 それはまるで人型の食虫植物。

 割れた風船葛から鋭い乱杭歯の生えたような異形の頭部からは粘りのある液体が絶え間なく滴っている。

 ゴツゴツとした緑の甲殻に覆われた胴体から伸びる両腕の先にも頭部にも似た大口が獲物を狙うように開閉を繰り返していた。

 

超能力者に背格好は関係がない。このガキからは確かに砲弾を跳ね返して来たものと同じ力の波長を感じる、油断するなよ

 

 そしてその隣に浮かぶのは、巨大な蛸のような生き物だった。

 三つの穴のあるのっぺりとした楕円形の頭部からは複数の触手からなる漆黒の身体が生えており、その全身から迸るオーラはシゲオはおろか彼の師すらも凌駕しかねない程の圧がある。

 

……グロリバースにゲリュガンシュプまで来たのか』『コイツが本当に船を壊したのか?』『反撃してこない雑魚だぞ』『だが硬くて殺しにくいからみんなでやるか』『いいと思うよ

 

 自身の四倍も五倍もあるような異形の怪物たちに取り囲まれたシゲオは、もはや顔面蒼白となっていた。

 何より、ただでさえ練度の低い自身よりも強力な超能力者が現れた時点でシゲオの優位は消えたも同然だった。

 

俺がバリアを破壊する、グロリバースはその隙に確実に仕留めろ。メルザルガルドは逃げられないように警戒を……さて、船を壊した報いは受けてもらうぞ!

「……ッ」

 

 もはや声も出ない彼に対し、ゲリュガンシュプの放つ念動力波が襲いかかる。シゲオの全身を包み込むように力場が放たれ、バリアにじわじわとヒビが入り始める。

 

ふむ、中々の強度だな……しかし俺にかかれば一分とかからん

 

 シゲオがバリアを修復せんと抵抗しても、それ以上の速度でヒビは広がってゆく。彼の表情が恐怖に引き攣る。

 

船を破壊したのが貴様でなければ、是非ともスカウトしたい逸材だが……潔く死ぬがいい!

う、あ……っ!

 

 ゲリュガンシュプが触手を荒ぶらせ、力を強めれば一気にバリアのヒビは全体を覆う。

 恐怖にシゲオが固く目を閉じた、次の瞬間だった。

 

 

『『『『『…………!?』』』』』( アトミック斬! )

 

 シゲオを取り囲んでいたメルザルガルドの分裂体たちが、瞬く間に粉々の破片へと粉砕される。

 

な、何事――おおっとォ!?

 

 突如目の前に現れた銀の刃を、グロリバースは甲殻に覆われた腕で辛うじて防ぎ切る。

 驚異的な力でその斬撃を振り払うと、目の前で驚愕に目を見開く男へ向け両腕の大顎を伸ばす。

 

ヘヘッ、食らえダブルバイト!!!

「――くっ!」

 

 大きく開かれた2つの顎は、バチンと大きな音を立てて閉じられる。しかし、顎が喰らいついたのは何もない空間だった。

 

「へっ、仕留め損なったか。こっちは5匹片付けたぜ」

 

 メルザルガルドを細切れにした男――アトミック侍が抜き放った刀の峰で肩を軽く叩きながら笑う。

 その横に降り立った細身の男――閃光のフラッシュは舌打ちしながら刀身を確認していた。

 

「フン、お前こそ無駄に刻んでおいて仕留めきれんとは」

「あ?」

 

 アトミック侍が視線を戻すと、無数の破片が宙を舞い一つの巨体へと変わっていくのを目の当たりにする。

 

ヴフフフフッ、この星にも俺たちと戦える生命体が居たか! 面白い、我々の侵攻に抵抗してみせろ!

「チッ、まぁたこういう手合いかよ。うざってぇ……それよりタツマキよう、救出は済んだのか?」

 

 油断なく刀を構え直すアトミック侍の後ろで、宙に浮かぶ小柄なシルエットが腰に手を当て鼻で笑う。

 

「当然じゃない、私を誰だと思ってんの?」

 

 その人物――戦慄のタツマキは、傍らに浮かばせたシゲオを地面にそっと降ろすと、小さくため息をついた。小刻みに震えていた少年は、聞き慣れた声を耳にしてゆっくりと目を開ける。

 

「タツマキ、先生……?」

 

 彼が見上げると、目の前にはなにやら複雑そうな表情をした師の姿があった。そこでようやく自分が助けられた事に気付いたシゲオは安堵に表情を緩ませる。

 

「さて、いの一番に飛び出したあのバカの行方はまあ、あの船だとして……アンタが何故都合よくこんなとこに居るかは置いておくわ。ついでに、あれほど広範囲の奇襲となるとアンタの練度じゃ前もって準備でもしてなきゃ対処できっこないってのも同じく」

「……っ!」

 

 そんな師の言葉に、彼は緩んだ表情を硬直させた。

 シゲオは彼女の抱く違和感に対する回答を持たない。

 しかし、タツマキはそのおかっぱ髪をくしゃりと撫で付けてやりながら小さく笑みを浮かべた。

 

「……よくやった。随分と怖い思いもしたみたいだけど、もう安心していいわ」

 

 座り込むシゲオを守るように進み出ると、並び立つ怪物たちを前にタツマキは不敵に笑う。

 

私が来た……からにはね!」

 




転生者マイト、最上級戦闘員をうっかり全スルー!

・影山茂夫の転生者
戦えなくはないけど戦闘にビビってる……ってところからマジで勝てない相手が出てきてしまった形。

・ゲリュガンシュプ
超能力者としての出力強度は
ゲリュガンシュプ>>タツマキ>シゲオ
といった感じで単純なパワーなら彼が超能力者最強となります。
タツマキさんとシゲオが力を合わせれば真正面からでもパワー的には互角くらい……?

・グロリバース
原作で全く戦ってないので色々と困る人(?)
しかし恐らくめちゃくちゃ強いのは間違いないのでガチ編成で当たる必要がありそうですし、まず手始めにフラッシュさんぶつける
少なくとも黄金精子以上の戦闘力は想定していきます

・転生者たち
自分たちにもできる事を……と避難誘導を買って出ました。
砲撃で街は滅びなくても、大混乱は間違いないので。


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第十八話 - S級ヒーロー

一つの星にこれ程の超能力者が二人……だと!?

 

 ゲリュガンシュプは余りの驚愕に唖然として目を見開く。

 彼は生まれ故郷において惑星最強の絶対強者であり、ボロスに敗北し部下として宇宙を巡ってきた長き旅路の中ですら彼と肩を並べる程の超能力者は存在しなかった。

 

 それが、この惑星ではどうだ。自らに少しばかり劣るとはいえ、脅威を感じるほどの能力者が同時に二人も存在した。

 

「……先生、あの宇宙人凄く強力な超能力者ですよ。出力は僕どころか先生よりも強いかもしれません」

 

 庇護者が現れた事でいくらか心の余裕を取り戻したシゲオが声を震わせると、タツマキはフンと鼻を鳴らした。

 

「あんな見せびらかしてるんだからわかるわよ。……なーにー、アンタもしかして私が負けるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 パチリと目を瞬かせた後、いたずらっぽい笑みを浮かべて振り返る彼女のそんな言葉に、シゲオは一瞬あっけにとられる。

 

「え? あの、いえ……で、でも――」

 

 慌てたように立ち上がろうとする彼の唇に細い人差し指を当てて黙らせると、警戒した目で状況を見守る敵へと向き直る。

 

「仮にアンタの出力があのタコくらいあったとして、私に勝てると思うんだったら、アンタは師匠(わたし)をナメすぎよ」

「……!!」

 

 タツマキは背中越しにそう言い放つと、全身から力場の渦を吹き出して浮かび上がる。

 それに対しゲリュガンシュプもまた纏う力場の圧を強めて彼女と対峙する。

 

……もしや、貴様一人で俺の相手をしようというのか?

 

「ちょっと相手の出力が高いくらいで弟子の手を借りるなんて師匠失格だもの。ま、私一人でもボロ雑巾みたいにしたげるから安心して」

 

 余裕すら浮かぶ笑顔とともに言い放たれた言葉に、怪しく光る目に怒りの色が浮かび上がる。

 

宇宙最強の念動力者たるこのゲリュガンシュプを前に慢心した事、存分に後悔させてやろう――!

「宇宙最強、ね。その看板が本物か、確かめてあげるわ!」

 

 二つの強大な念動力波が激しくぶつかり合い、戦場となった協会本部ビルの屋上に凄まじい暴風が吹き荒れる。

 周囲に視線を走らせ風に晒されながらも戦闘を続ける仲間の姿を確認した彼女は、空へと上昇し始めた。

 

「さ、来なさいタコ助、遊んだげる!」

……いいだろう、その誘い乗ってやる!

 

 その挑発に乗ったゲリュガンシュプと共に天高く昇るタツマキの姿を、シゲオは固唾を飲んで見送った。

 

「ちょいと失礼」

 

 ――その次の瞬間、彼の肩は優しく引かれる。

 

「うえっ!?」

 

 思わずよろめきながら後ろへ下がったシゲオの目の前に人影が躍り出ると、次の瞬間には無数の破片が弾丸のように飛来した。

 

 そんな言葉とともに彼の前へ立った人物――S級ヒーローのシルバーファングは、飛んできた飛来物を流麗な軌跡を描く拳ですべて叩き落として見せた。

 

「あ、ありがとうございます」

「構わんさ、それよりこんなところに立っておると危な――む?」

 

 礼を言うシゲオに柔和な笑みを浮かべたシルバーファングだったが、彼の背後で蠢く物に気づき目を見開く。

 

『ヴフフ、油断した――』

 

 叩き落とされた破片の群れが浮き上がりながら怪物の頭を成してゆく――その後ろに大きな人影がぬっと現れ、大きく両手を開くと。

 

 ――パアン!

 

 羽虫を叩くかのような気軽さで、その頭を叩き潰してしまう。

 その大きな音に驚いたシゲオが振り向くと、そこには黒光りする巨大な筋肉の塊――S級ヒーローの超合金クロビカリが立っていた。

 

「思わず叩いちゃったけど、余計なお世話だったかな?」

「いんや、助かった。少しばかり位置関係が良くなかったからの」

 

 掌についた怪物の体液を払いながらそう言うクロビカリに、シルバーファングは朗らかに答える。そんなやり取りの中、クロビカリの背後からはぞろぞろと後続者が現れた。

 

「アレが砲弾降らして来やがった宇宙船か、生で見るとでけえな」

「砲撃は止まったみたいだが油断はできないな。撃ち落とすにしても、街へ落ちては被害が大きくなる……どうしたものか」

 

 黒煙を上げながら上空に佇む宇宙戦艦を見上げたS級ヒーロー・金属バットが呆けたように呟く横で、同じくS級ヒーローのタンクトップマスターが腕組みしながら唸る。

 ヒーロー陣営の最大戦力たちが、戦場へ続々と集い始めた。

 

 

「おらおらどうした、再生するのは分かったがそれだけか!」

 

 アトミック侍の斬撃を受けて再びバラバラになったメルザルガルドは、その体を再構築しながら驚愕に目を見開いた。

 

(馬鹿な! 百余年連れ添った頭の一つがこうも簡単に……!?)

 

 自身を構成する頭の一つが、船を破壊した超能力者に奇襲を掛けた結果その命を散らしたのを目の当たりにしたからだ。

 それも超能力者相手にではなく、新たに現れた無骨な戦士によって、まるで虫けらの様に核もろとも潰されたのだ。

 

 焦りを感じた彼が斬られて破片となった肉体を刃へと変え飛び散らせると、アトミック侍は後退しながらその全てを切り払う。

 そうして出来た隙を逃すまいと、メルザルガルドは細長く硬い触手を鞭のように振るいアトミック侍を高速で薙いだ。

 

「しまっ――」

 

 刀を振りぬいて出来た小さな隙は、しかしその一撃を切り払うには僅かに時間が足りない。

 アトミック侍がせめて空いた左手で受けようと身をよじる、と。

 

「全く、忙しいの」

 

 鋭く空を斬る触手は横合いから飛び出してきたシルバーファングによって軌道を逸らされ、勢いを殺される。

 

「ふっ……! 捕まえたぞ!」

 

 触手はタンクトップマスターの太い腕によってしっかりと抱え込まれる――その上を金属バットが身軽に駆け抜け、半ばで跳躍した彼はその勢いのまま渾身の力でバットを振り下ろした。

 

「オラアッ!」

 

 その一撃はメルザルガルドの頭部を真っ二つにかち割った――次の瞬間、真っ二つに割れた頭は時が巻き戻る様な動きで素早く再生し、胸部にバットをガッチリと抱え込んだ。

 

あ゙っテメ、返しやがれ!」

 

 金属バットは両足をメルザルガルドの両肩に掛けて渾身の力で引っ張るが、深く刺さったバットはびくともしない。

 青筋を立てて踏ん張る彼をニタニタと嗜虐的な笑みで見つめながら、肩から生やした触手に鎌首をもたげさせるメルザルガルド。

 

頭の悪い生き物だ、そうやって隙を晒して死ねば良いと思――

 

「咥え込んだバットちゃんのバット、返してもらうぞ」

 

 耳元で囁かれた野太い声に思わず真っ黒な目を剥く彼の背後では、翼を織り成す愛の天使(変態)が拳を引き絞っていた。

 

「ラァヴエンジェル☆ラッシュ!!!」

 

 次の瞬間襲い掛かった重機関砲のような拳の連撃に、メルザルガルドの上半身は木っ端微塵に砕け散った。

 

 

テイルスクリュー!

 

 刺々とした甲殻に覆われたグロリバースの尾が激しく回転しながら肉迫するのを閃光のフラッシュは無数の残像を伴う素早さで掻い潜り、愛刀をまるで矢を番えるように左手の上に添えた。

 

「――重閃斬」 

 

うおおっ!?

 

 首を狙って放たれた目にも止まらぬ高速の突きは、グロリバースの右手の甲殻によって横へと逸らされる。

 刃が掠めた肩から緑の血が流れる事にも構わず、彼は牙を剥き出しにした左手でお返しとばかりに相手の首を狙って薙いだ。

 

 フラッシュは上体を逸してそれを躱し、そのままの勢いで体を回転させ、がら空きとなった胴に蹴りを叩き込む。

 

「風刃脚」

 

 早く強烈な蹴りは、腹を覆う甲殻に僅かなヒビを入れる。

 そのダメージを気にした様子もなくグロリバースは膝蹴りを繰り出すが、彼はそれを回避して距離を取った。

 

ハッハーッ、お前かなり速いな! 今までやり合った中でも上から数えたほうが早いくらいだ!

 

(速度としては圧倒的にこちらが上回っている。にも関わらず、当たり前のように俺の攻撃を捌いてくる上にあの甲殻……厄介だな)

 

 喜色の浮かぶ声色でそう言うグロリバースに対し、フラッシュは無言の渋面で剣を構え直して応えた。

 

そろそろオレ様も本気を出してやろう、アシッド――!?

 

 大きく息を吸い込んだグロリバースの体が僅かに膨らんだ瞬間、突如としてその体は前のめりに体勢を崩す。

 フラッシュの視界は横から飛び出してきた白い影がその足元を掬うように駆け抜けたのを捉えていた。

 

おあっ!?

「チッ、余計なことを」

 

 舌打ちをしながらも、彼はその隙を見逃さない。

地を蹴り風となったフラッシュが狙うグロリバースの背後では、高く跳躍する白い影――S級ヒーロー、番犬マンの姿があった。

 

ヒャハッ、新手か! そうこなくっちゃあなァ!

 

 フラッシュの刃が、番犬マンの前足もとい拳が届くより先に、グロリバースの肩から生えた棘が突如として伸びる。

 

「!!」「――ッ!!」

 

 ――否、埋まるように隠れていたイバラのような触手が勢い良く伸び、周囲を薙ぎ払ったのだ。

 番犬マンは器用に空中で身をよじって躱し、フラッシュは体に当たる軌道のものを剣で切り付ける。

 しかし、その硬質な触手は刃を通さず、彼の技量を持ってしても切断する事が敵わない。

 

フフ、オレ様の身体からのびるトゲのムチはかってえぞぉ!

 

 何本もの触手を広げながら、グロリバースは嗤った。

 

 

※※※

 

「これが、S級ヒーローの戦い……」

 

 目まぐるしく動く戦場の様相に、シゲオは目を回しそうになる。

 以前にシゲオが見た、同じ転生者仲間たるジャギの戦いよりも高速で繰り広げられる激しい攻防は彼の介入する余地を持たせない。

 迂闊に手を出せば、密着して戦うヒーローにも被害が出てしまうだろう。彼は自身の練度不足に臍を噛む。

 

 上空から感じる圧に視線を上げれば、彼の目には強大な力場が渦巻いているのがはっきりと映った。

 

 

くらえ! 念動流石波!!!

 

 上空に浮かぶゲリュガンシュプは、予め確保しておいた瓦礫を力場の渦に乗せて高速で射出する。

 宇宙空間で放てば亜光速にも達する投石の群れは、大気に触れ激しく発光しながら飛んだ。

 

「あら、宇宙人っていっても案外原始的な武器を使うのね」

 

 対するタツマキは周囲に展開した力場のセンサーでその軌道を読み取り、高速で飛来する石礫を危なげなく回避した。

 後方で燃え尽きて塵となった瓦礫を見送りながら、タツマキは思案する。実の所、彼女の得意とする大出力のサイコキネシスによる直接的な干渉がゲリュガンシュプに通じない事は考えるまでもない。

 

 超能力による生物への直接的な干渉は、実の所意志力や筋力によって抵抗することが可能だ。抵抗する生き物を直接壊す場合、同じ強度の無生物を壊すより高い出力が必要となる。

 ましてや超能力者同士となると、相手の力量を大幅に上回っていない限りは直接的な干渉は不可能。

 

 少なくともゲリュガンシュプとタツマキでは、お互いに攻撃する際問答無用の直接破壊は通らない。

 

(と、なると……)

 

 タツマキは両手の指先から力場を凝縮したものを、まるでピアノ線のように細く長く、そして強靱にして伸ばす。

 

「“空鞭(からぶち)”、だったかしら? シゲオのお遊びみたいなアイデアが役に立つ日が来るなんてね」

 

ほう、念動力の鞭か。今まで戦った相手の中にもその様に小細工を弄してきた能力者もいたが……貴様ほどの使い手がやれば、なるほど

 

 ビュン、と力場の鞭が空を裂き、ゲリュガンシュプの纏うバリアに深く傷を入れた。

 

――十分な脅威となるわけだ

 

 彼は削られたバリアを修復すると、ニヤリと笑う。

 

しかし、この星の守護者である貴様がそんな悠長に戦うつもりでいていいのかな?

 

「なに? あんたが連れてた奴らくらいなら、他の連中だけでも十分対処できるわよ流石に」

ふむ、あの場にいた者たちがこの星で指折りの戦士なのは察したさ。最上級戦闘員たるあの二人を釘付けにするくらいは可能だろう

 

 メルザルガルドを一瞬で切り裂いたアトミック侍や、目にも止まらぬ速さでグロリバースに斬りかかった閃光のフラッシュ、そして船を攻撃したシゲオを思い浮かべて彼は言う。

 

しかし、最大戦力の全てが集中している状況で

 

「………!!」

 

 タツマキの視界の端に見えた、宇宙戦艦の一部から何かが次々と放出されているのが見えた。

 

下級から上級戦闘員から成る地上制圧部隊から住民を守るだけの戦力が果たして残っているのかね?

 

 遠くを飛ぶ無数の小さな群れ――戦闘機や、人員輸送用の航空機から地上へ降り立って行く戦闘員達。

 街に居るであろう、数少ないA級以下のヒーローたちで、あの数を対処できるのか。

 戦火は既に街全体へと燃え広がろうとしている。

 

おっと、よそ見をしている暇はないぞ?

「……っ!」

 

 再び飛来した石礫を、タツマキは空鞭で弾く。

 

ハハハ、守護者ならば護るべき民が踏みにじられる様はさぞや心掻き乱す事だろう!

「……下衆め」

 

 嗤うゲリュガンシュプをタツマキはキッと睨みつける。

 視界に映る戦闘機が地上へ向けて光弾を放つ光景に、彼女の意識は否応なしに掻き乱される事になる。

 避難所の人の群れを目掛け戦闘機が向かうのを見て彼女は歯を食いしばった。

 

 そして……。

 

……なに?

 

 その戦闘機は、空中で爆発四散した。

 

 

 

〘くそっ、こうなる前に宇宙船を制圧しにいきたかったのに!〙

 

 ビームサーベルを振り、宇宙人の乗る戦闘機を一機撃ち落とした空飛ぶ機械鎧が銃を構えながら悔しそうにこぼす。

 

〘まあまあイサムきゅん、戦闘機がわらわら出てきたのは想定外だったけど、宇宙船そのものはトシくんが対処してくれるって!〙

 

 同じく機械の鎧――こちらは女性的なフォルムをしている――がその横に並ぶようにホバリングして、気楽そうな声を出す。

 

〘私達のするべき事はシンプル、避難民たちが無事に避難所へたどり着けるように襲ってくる戦闘機をぶっ壊すこと!〙

 

 そう言うと、女性型の機械の鎧――S級ヒーロー、ホワイトナイトの愛機は顔面のパーツを開放し、その笑顔を晒した。

 

〘あの数を前に簡単に言ってくれますね……でも、やるしかない!〙

 

 それを前に、もう一つの機械鎧――最近完成したばかりの新兵器である“リトルブレイバー”に身を包んだS級ヒーローの童帝(イサム)は金属の拳をぐっと握りしめた。

 

 

「……どうやら、大丈夫みたいね?」

 

ぐぬぬ……原始的な惑星かと思えば、あのような兵器まであったか。我々も少しこの星をみくびっていたらしい

 

 不敵な笑みを浮かべたタツマキに、ゲリュガンシュプは歯噛みする。

 

「ま、それでもあまり余裕はなさそうだし、こっちもさっさと片付けちゃいましょうかね!」

……フン、やれるものならやってみろ!

 

 侵略者たちとの全面戦争は本格的に始まった。

 




・ゲリュガンシュプ
ちょっとしたバックボーンを考えてみた。
同じ種族の中でも突出した超能力を持つ彼は一つの惑星で最強の生物をやっていたところをボロス様に敗北して部下になった的な。

・パアンされるメルザルガルド
まあ頭の一つだけをクロビカリさんが叩けば核ごと行くかなって。

・グロリバース
感想欄で大人気な人(?)なのでとにかく強く、でもS級で対処できるくらいのバランスを考えてこんな感じに。
フラッシュの高速戦闘に戦士としての極まった“勘”で対処してるイメージ。アシッドブレスには少し隙ができる。
肩のトゲトゲは中に有刺鉄線じみた触手が格納されてる事にした。
相手に番犬マン追加。
《font:111》のせいでスクリュー尻尾突きはテイルスクリューになりました(フォント選択ミス)
食虫植物っぽいトゲトゲしたやつに丁度いいフォントだったから……。

・童帝(イサム)
ブレイブジャイアントを小型化、IS的なサイズにして着せてみた。
火力はブレイブジャイアントほどじゃないけど、排熱関係とかもスッキリしてて継続戦闘が可能。
名前は対になるように『リトルブレイバー』にした。

・ホワイトナイト(篠ノ之束の転生者)
今回は無人機じゃなくて着用タイプを使用。

・超能力者同士の戦闘について
まあこんな感じにした。
サイコキネシスによる直接的な干渉は余程格の差が大きくないとできないので、物を飛ばしたり、力場を圧縮した武器にしたりして戦う。
今モブサイコ100を読み直してます。

空鞭(からぶち)
モブサイコ100にて寺蛇が使っていた、念動力を鞭状にして操る技。
タツマキさんは極めて細く強靭な鋼糸のようなものにアレンジした。
シゲオから『念動力を鞭状にして操る技』を提案されたときは『鞭状にする意味ある? あ、格好いいからか……そういうお年頃だものね』と生暖かい目で見ていたとか。


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第十九話 - 会敵

「――ご覧下さい! 上空に突如として現れた超巨大宇宙船によって、A市は大混乱に陥っております!!」

 

 プロペラが鋭く風を切る音をBGMに、女性キャスターが長い黒髪を風になびかせながら強張った表情で報道ヘリの外を指し示す。

 カメラマンはヘリ外に飛び出さんばかりの勢いで身を乗り出し、巨大な影を落とすA市を撮影していると、ある事に気づいた。

 

「宇宙船は出現直後に無数の砲弾を放ちましたが、“戦慄のタツマキ”と見られる――えっ?」

 

 地上を撮していたカメラが急に角度を変えたことに気づいたキャスターが視線を向けると、宇宙船の一部から無数の黒い点がハエのように無秩序に広がり飛び交う光景が彼女の視界に飛び込んできた。

 

「あ、アレは……!?」

 

 無数の飛翔体はA市全体へと広がりながら、地上へ向けて光弾を放ち始めている。

 ――戦闘機だ。報道陣たちはそれを察して青ざめた。

 

戦闘機です! 砲撃を封じられた宇宙船が、無数の戦闘機を放出し地上を攻撃し始めました!!」

「ヤ、ヤバいこっちにも向かってきてる!!」

 

 同じく空を飛んでいるからか、狙いをつけた戦闘機がヘリに向かってくるのを見て、パイロットが悲鳴を上げた。

 迫りくる敵にヘリは即座に身を翻し、急制動に画面が乱れる。

 

 そして——。

 

 

 

 ――ズン、と建物全体を揺るがすような衝撃に、職員も避難民も区別なく死の恐怖に身を縮めながら悲鳴を上げる。

 

「……っ!」

 

 設立以来の未曾有の危機に晒されたヒーロー協会本部ビルの一室で、桃色の髪の少女は不安に顔を強張らせていた。その視線の先には、画面が乱れ映像の途切れたテレビの画面。

 

 スタジオから呼びかける声が砂嵐と化した中継へ虚しく響き渡るのを目の当たりにし、街へ飛び出したい衝動を精神力で押さえつけた彼女は浮きかけた腰を静かに下ろす。

 

「不安かい?」

 

 こんな状況下で落ち着いた声色で少女――ルイズに問いかけるのは、ヒーロー協会職員を示す名札を首から下げたスーツ姿の女性。

 

「……ええ、こんな騒動の中へよりによって自分から飛び込んだあの子達のせいで不安でいっぱいよ。私は世界一頑丈なビルの中に居るから大丈夫だって、言ったのに」

「彼女たちも何か行動をしなければ不安なんだろうさ……なにせ、これはA市だけで収まる危機じゃあないからね」

「………………」

 

 少女の脳裏には途切れる前にカメラが映した無数の戦闘機に襲われるA市の光景が焼き付いている。今まさに危機に陥ったこの街に、彼女の大事な友人たちがいるのだ。

 

 コーヒーで喉を潤しつつざわめくスタジオに映像を戻したニュース番組へ視線を向ける女性――ヒーロー協会に潜入するブライト博士の端末に、ルイズは不安げな視線を向ける。

 

「勝てるんですよね……?」

「さて、ね。彼も我々もやれるだけの事はやってきたつもりだ。しかし今回ばかりは相手が相手、研究所にいる“私たち”も手術の準備は済ませてある。キミも()()()()する心の準備くらいはしておくといい」

 

「…………はい」

 

 自分の担う第二の策すら失敗に終われば、今度はより大きなリスクを抱えた最後の悪あがきに身を投じる仲間がいる。

 そして、今まさに死地に立たされた友人がいる……ルイズは不安な気持ちを代々家に伝わる古びた杖を胸に強く抱く事で押し潰した。

 

 

 

 

 

 

ふはァっ!

 

 無数の鞭が爆撃にすら耐え得る強度の屋上を削りながら足元を薙ぎ払うと、相対する二人のヒーローは躊躇いなく空へ身を踊らせた。

 

はっ、飛んでちゃにげられんぞ!

 

 グロリバースが力むと地を這う様に広がる触手の群れが鋭角に曲がり、宙へ逃れたヒーロー達を追う。

 自身を貫かんと下方から迫る茨の束に対して閃光のフラッシュは愛刀を構え——ギャリ、という耳障りな音とともにその場に銀光の輪が閃き触手を四方へと弾き飛ばした。

 

 同じく追い縋るそれを空中で器用に身をよじって躱した番犬マンは、そのまま触手の側面を蹴り上げてグロリバースへと吶喊する。

 

ふっ、やるねェ——うおッ!?

 

 グロリバースは白い弾丸と化した彼の一撃を身を屈めて避け——頭上を通り抜けた番犬マンから後足で後頭部を強かに蹴られた。

 並の怪物なら粉々に弾け飛ぶような衝撃を受け、グロリバースはもんどり打つ。それにより制御が甘くなった触手を潜り抜け地面へ降り立ったフラッシュは素早く愛刀・瞬殺丸を構えた。

 

絶技——

 

 彼が勢い良く地を蹴るとその姿はその場から掻き消え——。

 

——閃光斬

 

ヴァハ——ッ!?

 

 次の瞬間には、目にも止まらぬ斬撃によって斬り飛ばされたグロリバースの右腕と触手の一部が宙を舞っていた。

 

(……首を刎ねるつもりが、防がれたか)

 

 遅れて到達した衝撃波によって周囲に突風が吹き荒れる中、フラッシュはグロリバースの背後へと着地する。

 その隣には無表情の番犬マンがいつの間にか座っていた。

 

……ふははははっ! やるなお前ら、このオレ様のウデが落とされるなんて久しぶりの事だ!

 

 地面に落ちた自らの腕を踏みつけにしながら、グロリバースは呵呵大笑する。

 片腕を失ったというのに焦った様子はない。

 二人は油断なく構えを取ると、背中から伸ばした触手の残りをもたげる怪物と対峙した。

 

 

 

(馬鹿な。グロリバースが押されている、だと……!?)

 

 複数ある頭の内一つの視界に少し離れた位置で戦う仲間の腕が斬り飛ばされる光景が飛び込んできた事で、メルザルガルドの思考が瞬間的に停滞する。

 

 ——暗黒盗賊団ダークマターが抱える数多の戦闘員の中でも頂点に立つ三人の最上級戦闘員は首領ボロスを除く残り全ての戦闘員と戦ったとしても勝利できる強さを持つとされる。

 そんな怪物の中でもグロリバースは近接戦闘最強の存在だ。

 

(それが、たった二体の地球人相手に……ッ!)

 

ラァヴエンジェル☆スマアッーシュ!!!

 

 そんな思考をする暇すらも与えないとばかりに、強烈な威力を秘めた剛拳が先の連撃で大半を飛び散らせたメルザルガルドの身体の残りを完全に打ち砕いた。

 しかしその程度の事では彼に痛痒を与えるに至らない。

 

あまり調子に乗るな——ッ!

「何っ!?」

 

 拳を振り抜いた体勢のぷりぷりプリズナーの背後で素早く身体を構築したメルザルガルドは、ひたすらに長く太く拵えた巨大な腕でビルの外へ向けてフルスイングする。

 

「くっ、エンジェル☆ヒップ!!!

 

 自身の腰を強かに打ち付けるはずだった長く太いそれを、彼は腰を突き出しながら軽く跳躍する事でより打撃に強い鍛え抜かれた臀部で受け止めた。

 

ン゙っ♡」

 

 直撃した位置を中心に分厚い尻肉が大きく波打ち、衝突の衝撃を散らす。臀部を覆っていた囚人服の一部が下着ごと弾け飛ぶ程の威力に、ぷりぷりプリズナーは名状しがたい表情を浮かべた。

 

……気持ちが悪いから、そのまま飛んでくといいよ

 

 破壊力を受け止める事には成功しても、その勢いまでは殺せない。

 まるでホームランボールのように吹き飛んだぷりぷりプリズナーの身体は、あれよあれよと言う間にビルの外へと投げ出された。

 そのまま重力に従って遠い地面へと落ちるかと思われたその身体は、しかし空中でピタリと静止する。

 

 彼はぬっと顔を上げると、視線の先で自身に向けて手を伸ばすおかっぱ頭の姿を認めて破顔した。

 

「ありがとうボウヤ、助かったよ!」

 

 背後に聞こえる激しい戦闘音に冷や汗をかきながら、シゲオは咄嗟に行った能力の制御が成功した事に安堵のため息をつく。

 

「今、ビルの上に戻します!」

 

 空中でカエルのように泳ぎつつ「タツマキちゃんの弟子ってのは本当らしいな」と独りごちていたぷりぷりプリズナーは、そのまま地上を見下ろし——表情を引き締めた。

 

「せっかく俺の火照ったカラダを受け止めて貰った所申し訳ないが、そのまま力を解除してくれないか?」

えっ!? いや、ここ滅茶苦茶高いですよ」

 

 この高さのビルから落とせと言われたシゲオがギョッとした顔をすると、彼は真剣な眼差しで見つめ返した。

 

「俺は頑丈だから大丈夫さ! それより、いつの間にか地上も大変な事になっていたようだ……ここは俺一人抜けた所で問題はないだろう、行かせて欲しい」

「……えっと、ホントに大丈夫なんですね?」

ああ! それじゃあ、ここからやや西向きに勢いをつけてくれると助かる」

 

 やや不安そうに了承した彼が要望通りに力を解除すると、ぷりぷりプリズナーは両手を広げスカイダイビングのように落ちてゆく。

 

「今助けに行くぞ、男子たちッ!」

 

 急速に小さくなっていく人影を見送ると、シゲオは地上に目を向け、煙の上がる建物や逃げ惑う人々の姿に目を見開く。

 

 ——いまや戦場はここだけではないのだ。

 

 

 

 

 A市第五シェルターへの避難経路にて慌ただしく移動する人々の中で三人の少女がやや遅れ気味に歩みを進めていた。

 上空を飛び交う無数の戦闘機と町中から上がる炸裂音と黒煙に、三人は冷や汗をかきながら先を急ぐ人の群れを追う。

 

「や、ヤバイです、砲撃さえ止まれば大丈夫だと思ってたのに!」

 

 そう言って黒髪の少女――メグミンは涙目のまま足を動かす。

 

「ひぃ、ひぃ……覚悟してたつもりだったけどっ、やっぱりイザってなると怖すぎるよ……!」

 

 三人の中で一番背の高いオレンジ髪の少女――ココアは息を切らせながら腰を抜かした友人を背負い、必死の形相で走る。

 

「降りてくる可能性は指摘されてたとはいっても、避難する時間くらいあると思ってたんだけどねぇ……ッ!?」

 

 ココアに背負われたひときわ小柄な青髪の少女⸺コナタは、ふと背後を見て息を呑んだ。そのただならぬ様子に、彼女を背負い走るココアは息を切らしながら声を上げる。

 

「ふぅっ、ふっ――ど、どうしたのコナタちゃん?」

「や、やばい……宇宙人がっ!」

 

 彼女の悲鳴じみた声に、前を走るメグミンや他の避難者も振り返り目を剥いた。銃を手にした多種多様な異形の兵士たちが醜悪な笑みをうかべて彼らを追跡している姿が目に入ったのだ。

 

「に、逃げろ! あいつら地上に降りて来やがった!!!」

 

 三人の少し前にいた男がそう叫ぶと、避難者たちはパニックを起こしたように走る速度を早め散り散りに逃げ出した。

 

ヒャヒャヒャ! 下等生物、ニゲロニゲロォ!』

 

 繰り返し発されるバシュ、という音とともに近くのビルの外壁が爆ぜ、悲鳴が上がる。

 散発的にいくつかの光弾が放たれるが、それらは人ではなく周囲の建物や車を射抜き破壊していった。

 その度に上がる悲鳴を聞き、宇宙人たちはゲラゲラと笑いながら追いかける。顔面蒼白のまま逃走を続ける彼女らだが、その速度は遅々としており遊ぶように追い立てる宇宙人たちを引き離すどころか他の避難民に追いつくことすらできない。

 

 そして——。

 

「ごめんね、巻き込んじゃって」

 

「——えっ?」

 

 今まで聞いた事がない程に低く震える彼女の声色を聞く同時、背にしがみつく重みが消えた事でココアは前につんのめる。

 

「コナタ!?」

 

 前を走るメグミンも足を止め振り返ると、地面に倒れ付すコナタの後方から来る宇宙人たちがかなり近くまで迫っていた。

 

『下等生物のガキどもだァ、捕まえろ!』

『死にたくなきゃ大人しくしてなァ! 可愛がってやるからよォ!』

 

 咄嗟に足を止めた二人は、下卑た声を上げる宇宙人たちと地に伏せるコナタの間で視線を泳がせる。

 

「コ、コナタちゃん!? は、早く私に――」

 

「――走って。重荷背負ってちゃ逃げ切れないよ」

 

 足腰立たないまま地面に伏せながら、彼女は震える声で言う。

 

「この私が覚悟決めたんだから、さ。捕まる、前に……」

 

 二人を見上げる瞳は恐怖に揺れている――しかしその奥には確かな決意が宿っていた。ココアは既にかなり近付きつつある宇宙人たちと彼女を見て生唾を飲み込むと、メグミンとアイコンタクトを取る。

 

「……ッ、二人とも!?」

 

「そんな事ッ、できる訳ないでしょ!」

「そうです! 一人だけかっこいい真似はさせませんよ!」

 

 そう言ってコナタの両脇を抱えると、二人から見てもなお小柄な彼女をしっかりと持ち上げる。

 

 ……背後に迫る宇宙人との距離関係、人一人抱えて走る速度、どう考えても逃げ切ることはできない。しかし、友人を見捨てるという選択肢を選ぶ事は、二人にはどうしたって選べなかったのだ。

 

「……ごめん、なさい」

 

「提案したのはアナタでも、選んだのは私たちですよ」

「そうそう、それに私もルイズちゃんは心配だったしね」

 

 消え入るような声で謝るコナタを護るよう、二人がしっかりとその両脇を固めて足を踏み出した、その直後には。

 

『ヒハハ、下等生物にも友情はあるんだねぇ?』

「……ッ!!」

 

 ついに、宇宙人たちは彼女らに追いついていた。

 大多数が先を走る避難民を追う中で一部の宇宙人たちは愉しそうに三人を取り囲む。

 

『ほぉら、大人しくしてれば痛い事はしないぜェ?』

『グフ、船に招待してたあっぷりと()()()()()してやろう』

 

「や……ッ!」

 

 武器を下げ、下卑た笑みを浮かべた宇宙人の一人が、ココアの腕を掴む。ぬらりと光沢のある三本指に彼女が身体を強張らせた。

 

 ――次の瞬間。

 

「ネッキング・スマッシュ!!!!」

 

うごぉあっ!?

 

 黄色い何かが空を切り、ココアの細い手首を握っていた宇宙人が錐揉みしながら吹き飛んだ。

 

『な、なんだ――っが!?』『て、敵しゅ、うぉっ!?

「ネッキング・バインドッ!」

 

 長く伸びた網目模様のマフラーがまるで生き物のように空中でうねり、三人の近くに立つ二体の宇宙人を絡め取る。

 その根本を握る一人の闖入者は地面に脚がめり込む程の勢いで踏みしめるとマフラーを引き寄せながら左脚を軸に回転し――。

 

「うおおおおお……ッ! ネッキング・ハンマーッ!

 

『『『んぎゃァ――ッ!!?』』』

 

 力雄叫びを上げて強く振り回したそれを宇宙人の一団へと勢い良く叩き付けると、巻き込まれた数体諸共に吹き飛ばして近くのビルを貫いて瓦礫の中へと葬った。

 

ふーっ……間に合ってよかったです」

 

 しゅるり、と音を立てて網目模様のマフラーはその端を握る少女——A級ヒーロー・チャーミングジラフの首へひとりでに巻き付く。

 

『な、なんだテメェ、どんな馬鹿力だ!?』

『一瞬で六人もヤりやがった……!』

 

 攻撃に巻き込まれなかった宇宙人たちが恐れをなしたように後退る中、ジラは三人を護るように前に立つと強く足を踏み鳴らした。

 

「アナタたち、よくも私のお友達を怖がらせてくれましたね」

 

 少女たちが恐る恐る顔を上げるとジラは肩越しに振り返り、人を安心させるような力強い笑みを浮かべた。

 

「……ジ、ジラちゃんさん!」

「もう大丈夫です! 私が来ました!」

 

 ——街を守るのは、S級ヒーローだけではない。

 待機していた転生者陣営の戦力、そして普段からここを警邏している他のヒーローたちも同様に動き始めていた。

 

 

 ——そしてそれはA市上空、侵略者たちの母艦においても。

 

 

『あーあ、俺も地上制圧組に入りたかったなァ』

 

 宇宙船の内部では、船外作業用ドローンを用いて作業する宇宙人が残念そうにぼやく。機械の腕をカメラ越しで巧みに操作し、毛むくじゃらの宇宙人が先の反撃で負った損傷をテキパキと修理する。

 しかし破壊された範囲は船の下部全域であるため、その作業の終わりは果てしなく遠い。

 

『えぇ……あんなとんでもない反撃して来るやつが居る星だぞ? 他にどんな戦力がいるか考えたら、俺は安全な艦内で待ちたいね』

 

 その隣で同じ作業に没頭する体毛のない猫のような頭部をした宇宙人はその言葉に呆れたようにそう言う。

 しかし相手はやれやれと肩を竦め、首を振った。

 

『考えてもみろよ、最上級戦闘員が揃い踏みで敵の最大戦力を討伐しに向かってるんだぜ? 大した戦力も残ってないって。あー、下等生物どもを思い切り蹂躙してやれたらキモチイイだろうなァ』

『あー、確かに。最近開発された、新兵器を使ってみたかったんだよな、こう――』

 

ドゴォン――

 

『っ、て……え?』

 

 突如として室内に響いた轟音に、管制室の人員は硬直する。

 電子ロックされていた扉は吹き飛びパラパラと細かな部品の破片が室内に転がる音が響き渡る中、大きな人影が悠々と内部へ侵入してくるのを見て宇宙人たちは息を呑んだ。

 

「いやあ、すっかりと道に迷ってしまった。この部屋から生き物の気配を感じたから入らせてもらったが……さっきは沢山の贈り物をありがとう、いらないから同胞に返品してもらったけどね」

 

 肩に掛かった埃を払いながら、侵入者――オールマイトはこの場にそぐわない穏やかな笑みを浮かべる。それに対し、管制室の人員たちは慌てたように備え付けの武器を持って立ち上がった。

 

なっ、なっ……し、侵入者!? センサーはどうした!!』

『駄目です、さっきの衝撃で感知器類がエラーを吐いてからまだ復旧完了していません!!』

『怯むな! 敵はたったの1体だ!』

 

 複数の銃口を向けられながらも、オールマイトは欠片も慌てた様子を見せずに悠然と立つ。

 

「生憎と、キミたちと遊んでいる暇はないんだ。この船の首領(ボス)の居場所を吐いてもらおう――」

撃てェ!

 

 多数の銃口が咆哮し、閃光の雨が殺到する。

 艦内に損傷を与えず有機体のみを崩壊させる死の光線は――オールマイトの両手が残像を残しながら閃くと、その全てが軌道を逸れる。

 その様子にその場に居た誰もが目を疑った。

 

『ば、馬鹿な! これは強固な皮膚であろうと無関係の――ッ!?』

 

 次発を撃とうとした宇宙人は握った銃が飴細工のように奇妙な形に曲げられている事に気付き、思わず絶句する。

 

「すまないが急いでいる。この艦内の地図を表示しなさい」

ヒッ――!?

 

 手元から視線を戻すとオールマイトの姿は目の前にあり、彼は思わず壊れた銃を取り落とす。気付けばその場にいる全ての人員は同じように武器を喪失していた。

 

 ――勝てない。

 

 生物としての格があまりにも隔絶している事に気付いた彼らは、思わず生唾を飲み込んだ。

 

『ち、地図はコレです……ボロス様の執務室は……』

 

 一体の宇宙人が声を震わせながら端末を操作すると、モニターには艦内の地図が大写しとなり周囲がざわめく。

 

『おい馬鹿! そんな事をして、ボロス様に殺されるぞ!』

『教えなきゃ今殺されるだけだッ! ボロス様には、こう、あとでなんとか誤魔化すしかない……!! ええい、地図のこの空間がボロス様の執務室となります!』

『この野郎ッ……お、俺は知らねぇからな……!?』

 

 映し出された地図の一部分が赤く点滅すると、宇宙人たちは余程首領が恐ろしいのか頭を抱え、ガタガタと震え出す。

 モニターを静かに眺めていたオールマイトは、小さく頷く。

 

「位置からすると、あっちか。……この地図上で、破壊してしまうと船が落ちるような場所はどこにあるかね?」

『は、はい。この、中央部分に船の重力を制御する装置があります。ここから執務室まで経路は……』

「よしわかった、この辺りは迂回しよう」

 

 そう言うと彼は宇宙人たちに背を向けると――そのまま壁を突き破り管制室から飛び出して行った。

 その姿が完全に見えなくなると、宇宙人たちは緊張の糸が切れたようにその場にへたり込む。

 

『た、助かった?』

『……馬鹿言うな。情報を洩らしたのがバレたら俺達みんな粛清されるだろ、あの侵入者がいくらヤバくてもボロス様に勝てる訳がない』

 

 彼らは目の前の危機は乗り越えたものの、裏切りの代償が降りかかる未来に絶望した表情で破壊された壁を眺めるしかなかった。

 

 

 閉まる隔壁をぶち破り、迂回すべき壁を突き抜け、船の警備で残っていた上級戦闘員たちを薙ぎ倒し――巨大迷宮さながらの宇宙船を突き進んだ彼は、やがて目的地を見つけ出す。

 

「……この、扉か」

 

 2mを優に超える巨体を持つ彼から見てなお巨大な扉。

 未知の金属でできたその重厚な扉の先から伝わってくる強烈なまでの気配に、ヒーロースーツの下の地肌が鳥肌立つ。

 常人ならば呼吸すらままならないほどの圧を撥ね付け、オールマイトは意を決したように顔を上げたその時。

 

 ――ゴオッ、と重々しい音を立てて扉が左右に開いた。

 

 内部にある巨大な装置から漏れ出す光に導かれるように、彼は扉をくぐり巨大な室内へと歩みを進めてゆく。

 

まさか、これほどの短時間でここまで来ようとは

「…………ッ!」

 

 唐突にそんな声が響き、オールマイトは足を止める。

 部屋の奥の壁から放たれる淡い光を背負うよう悠然と立つ男に、顔を上げた彼の視線は自然と釘付けとなった。

 

 ——薄い紫の逆立つ頭髪と、鋭く尖った耳を持つ端正な顔立ち——その中央でギラギラと光を放つ大きな単眼の周辺からは青い肌へ映える紫色のラインが戦化粧のように引かれている。

 ——上半身は黄金の鎧に覆われており、鳩尾の辺りで赤く光る宝玉の周辺からは腕部へ向け顔と同じく紫の線で装飾されていた。

 ——白いアラビアンパンツのような布に覆われた脚部には大きな棘が生えた黄金の具足が装着されている。

 

ようこそ我が船へ

 

 ただ立っているだけで圧倒的なまでの威圧感を放つ単眼の魔人——ボロスとの会敵を、オールマイトはついに果たしたのだった。




・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの転生者
ブライト博士(ヒーロー協会職員のすがた)と共にヒーロー協会本部ビルの中で待機中。

・ブライト博士の転生者
ヒーロー協会に潜入中の端末を使ってルイズの補佐。
研究所にいる他の端末はルイズのわるあがきが失敗したときの為の最終兵器を作り上げるための手術(成功率:低)の準備中。

・VSグロリバース
強いことしかわからんからやっぱり難しいヤツ。
とりあえずS級上澄みのフラッシュ(つよつよ)&番犬マン(つよつよ&よくわからん)の異色コンビを同時に相手、かつウインド&フレイムを同時撃破した閃光斬にギリ耐える感じにしてみた。

・VSメルザルガルド
底が知れてる分やりやすいけど、相手が多すぎて描写が渋滞しそうなので今回はぷりぷりプリズナーのターン&穏便に除外。
一人排除してもまだクロビカリ&シルバーファング&アトミック侍含むアホみたいなぶっ壊れ編成が襲い掛かってくる模様。

・TS転生者組&ジラちゃん
地上戦その一の導入、ジラちゃん無双!

・オールマイトの転生者
割と精神的に余裕がない。

・ボロス
ちょっと期待してる。


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第二十話 - 全身全霊の一撃

 ——船全域を映す無数の監視モニタの淡い光を背負い立つ単眼の魔人を、オールマイトは油断なく見据える。

 薄紫の髪は滲み出るエネルギーにより緩やかに揺れ、緑の瞳は好奇心の光を宿していた。黄金の鎧に身を包んだ男は構えを取らず、あくまで自然体のまま佇んでいる。

 

 彼は腕組みをしてただ立っているだけ。

 にもかかわらず、抑えきれないその闘気はオールマイトを圧倒するには十分なものであった。

 

「……キミが、このフネの首領だね?」

 

 からからに乾いた口を開き、オールマイトは問う。

 広い室内へ静かに響いたその声に、彼は軽く頷いた。

 

いかにも。俺はこの暗黒盗賊団“ダークマター”の頭目であり、全宇宙の覇者、名をボロスという者だ

 

 その人物――ボロスは口元を緩め、端正な顔の大半を占める巨大な目玉をギラギラと輝かせる。

 

ここで監視映像から見ていた。最上級戦闘員こそ不在ではあるが、警備に残った上級戦闘員達もけして弱くはない……それを路傍の石を蹴るが如くあしらう様はいっそ痛快ですらあったぞ

 

 隠しきれない喜色を浮かべながらボロスは凶悪に笑う。

 とてつもない闘気が彼の体から溢れ出し、彼の周囲を風がうずまき始める。

 

そして相対してわかった……その身に宿す膨大なエネルギー、素晴らしい! 戦う前に、名前を聞かせてもらおう

 

 ピリピリと肌を刺すような強烈な闘気に、オールマイトは自然と鼓動が早まるのを感じていた。

 気を持っていかれないように強く拳を握りながら彼は大きく息を吐く。

 

「……私はヒーロー、言わばこの星で守護者をやっている者であり、“オールマイト”を名乗らせてもらっている。この星に来て早々、物騒な贈り物をしてくれたね。一応、言い分は聞いておこうか」

 

言い分、か

 

 彼の問いに、ボロスは静かに目を閉じる。

 

『——予言があったのだ

 

 そして口元の笑みを深めながら、彼は静かにそう答えた。

 

あれは——そう、20年は前になるか。ここから遠く離れた宇宙の果てで心のままに奪い、殺し、存分に暴れ……やがて俺に歯向かう気骨のある者は一人もいなくなり、俺はいつからか“全宇宙の覇者”とまで呼ばれるに至った

 

 誰にも抗えない絶対強者としての地位を得た事を語るボロスは、しかし不満げにため息をついて軽く肩を落とす。

 

……どんな非道を働こうが誰にも殺されない俺も、退屈という恐ろしい敵に脅かされてしまった。何をしても満たされぬ日々の中、支配していたとある星で占い師が言ったのだ

 

 そして、巨大な単眼がギラリと怪しく輝いた。

 その燃え上がるような眼光に貫かれ、オールマイトの背筋がぞわりと泡立つ。

 

遠く離れたこの辺境の惑星で、今の俺でも楽しめそうな相手と出会う事ができるとな。おまえが予言の者かはまだ確信できないが、俺の生にわずかにでも刺激を与えるだけの力は持ち合わせていよう?

 

「……HAHA、退屈しのぎの為とはなんとも、迷惑な話だ」

 

 深い笑みに伴った鋭い眼光に射竦められたオールマイトは静かに構えを取ると、心を落ち着かせるためにも深く、深く呼吸を行う。

 

KOOOH——!

 

……!!

 

 異能を宿したボロスの単眼は、奇妙な呼吸音とともにオールマイトの体内で生命エネルギーが爆発的に増幅されていくのを目の当たりにする。

 それは長らく宇宙を彷徨ってきた彼でも見たことのないたぐいの技術であり。体内に満ちてゆくそれは、まるで太陽を思わせる輝きを放っていた。

 

——そして。

 

「——ッ!!

 

 そして彼が振り上げた両手の指先を自らの腿に指を突き立てた瞬間、オールマイトの体内エネルギーは渦巻くように激しく燃え上がる。

 

 ——轟、と周囲に突風を吹かせるほどの強烈なエネルギーの高まりに、ボロスは思わず瞠目した。

 

これは、なんという……!!

 

 ゆらりと構えを取っている目の前の男から立ち昇っている、眩い程に強烈な生命エネルギー。

 彼は歓喜に打ち震え、そして確信する。

 

 ——間違いない、目の前の相手こそが予言に謳われた好敵手であると!

 

おまえだな。おまえこそが俺の——

 

 吹き荒れる風に真紅のマントをはためかせながら、興奮した口調で彼が語りかけようとした、次の瞬間。

 

「南斗——」

 

生に、刺激を与えられる者はッ!!!

 

 歓喜に目を剥くボロスの前には、強烈なエネルギーを纏った手刀を引き絞ったオールマイトの姿があった。

 

「——邪狼撃ッ!!!

 

 持ち得るものをすべて使い、全身全霊を込めた彼の正真正銘全力の一撃がボロスの剥き出しの単眼へと叩き込まれた。

 

 

馬鹿な

 

 細く強靭に編んだ肉体による、衝撃波すら伴う高速の鞭打はその尽くを枯れ木のような細腕で嘘のように逸らされ。

 

馬鹿な、馬鹿な……!

 

 他の最上級戦闘員と比較し『再生力頼りでしかない』と揶揄されたことこそあれ、それでも並の生物とは一線を画す程の強度を持つ肉体は鈍く光る棒きれに易々と抉られる。

 

馬鹿なァ……ッ!

 

 そしてより太く、より硬く、より強靭に作り上げた触腕による渾身の一撃は、彼の半分にも満たない体格の癖に馬鹿みたいに頑強な黒光りする筋肉の塊がいとも簡単に受け止めてしまった。

 

「まるで粘土のように自在に変形するなんてな……こんな凄い筋肉は俺も初めて見たよ、きっとすごい努力で創り上げたものなんだろう」

 

 筋肉——S級ヒーロー、超合金クロビカリは受け止めた触腕を握りしめながら、感心したように言った。

 

「だけど、お前の筋肉は一番大事ものが欠けている……包み込むような柔軟性、確かにそれも筋肉にとって大事な要素ではあるさ。しかし、筋肉は何者にも屈しない頑強さと!」

 

 彼は触腕を蹴り上げて爆散させると、その場の床を陥没するほど踏み込んでメルザルガルドへと肉薄する。

 

「見るものを魅了する金属質の煌めきが必要だ!」

なっ……!?

 

 クロビカリは大地をしっかりと踏み締め、身体を捻って拳を引き絞った。周囲に控えていた彼の仲間が一歩下がるのを見て、メルザルガルドの本能は最大級の警報を鳴らす。

 

超合金——SMAAAAASH!!!!

 

 黒光りする筋肉が躍動し、ただでさえ太い腕はインパクトの瞬間破裂しそうな程にパンプアップしてメルザルガルドに突き刺さる。

 

オ゙ッ、ガアアアアアッッッッ!?!?

 

 その常軌を逸する壮絶な衝撃に彼の肉体は瞬時に崩壊する——肉体に隠されたコアの内、3つもまた。

 

がふっ、ぐうぅっ……!!!

 

 かろうじて難を逃れ残り一つとなった頭は、その衝撃を利用する形で高く舞い上がると翼を生やし母艦を目指す。

 

あ゙っテメ、逃げんな!」

 

 それに気付いた金属バットが声を上げるが、メルザルガルドはそれに構わず必死で翼を動かす。

 

(な、何が辺境の惑星の弱小生物だッ!! こうなったら一旦フネに戻って策を練るしか)

 

 ——ズン。

 

 彼が必死に翼を動かし目指す先の母艦の一部が、世界を揺るがすような衝撃を伴って爆裂した。

 

なっ、あっ……!?

 

 超能力者による反撃を受けようとも堕ちることのない安全地帯、それが一部とはいえ盛大に崩壊する様を見て、メルザルガルドは思わず動きを止める。

 ……止めてしまった。

 

「よう」

ヒッ!?

 

 その背後から声をかけられ、驚いて振り向いた彼の眼下には、空中で刀を構えたアトミック侍の姿があり。

 

「この間の雲野郎といい、てめえといい、俺もいい加減苛ついてんだ。ちっとばかり、リベンジさせてくれや」

 

くっ、お前の斬撃など——』

 

——アトミック集中斬!!!

 

 慌てて回避行動に移ろうとするメルザルガルドだったが、もはや時すでに遅し。一点に束ねられた斬撃の嵐が、吹き抜けるように襲い掛かった。

 

「斬っても斬っても斬れねぇならよお——もっと細かく、くっつく気も起きないくらい斬り刻むしかねぇよな」

 

 パチン、とアトミック侍が納刀すると同時にメルザルガルドの肉体は最後に残った核もろとも砂のように風に解けて消える。

 

 ……こうして、メルザルガルドはその肉体の秘密を暴かれることすらなく、完全に消滅する事となった。

 

 

 絶え間なく飛来する無数の光弾をタツマキは身を翻して回避し、指先から伸びる力場の糸で弾き飛ばしてゆく。

 

さっきまでの威勢はどうした小娘、大口を叩いた割には防ぐのがやっとではないか!

「もう、うるっさいわね」

 

 気だるげな表情をうかべつつも防御を欠かさず、タツマキは目の前のタコ——ゲリュガンシュプを倒す為の思考を巡らせ続けていた。

 

(弾丸は力場を広げただけじゃ止めきれないし、超能力の直接干渉による破壊はお互いに通用しない。……それに)

 

 彼女は姿勢を低めて弾丸を躱しながら急接近し、鋭く腕を振るって空鞭をゲリュガンシュプへと叩き付け。

 5本の刃糸がタイミングをずらしてバリアへ深く傷を付ける——が、足りない。

 

効かんわッ!

「…………ッ!!」

 

 ゲリュガンシュプの触肢の隙間に格納されていたいくつかの金属球がカウンターのように放たれ、躱しきれなかったタツマキのバリアを激しく打ち据えた。

 弾丸はバチバチと激しくスパークしながら砕け散り、バリア表面には大きくヒビが入った。それだけでなく、殺しきれなかった衝撃が内蔵を揺さぶる感覚に彼女は顔をしかめる。

 

(……攻撃の威力や手数は向こうが上、空鞭もバリアを貫きはすれど身体までは届かない。同格を想定した攻撃方法は質量攻撃、だけど)

 

 彼女はちらりと地上を見渡せば、戦闘機や制圧部隊の襲来による混乱により避難に遅れが出ている……それ以前の問題として、この領域の能力者が力を振るえば、大地を混ぜっ返すなど造作もない。

 

 相手の目当てが物資や奴隷の確保ならばありえないとはいえ、それを通せば実質的な完全敗北。ブラフとわかった上で防がざるを得ない。ただでさえ優位な相手に対し、地表への干渉を確実に感知・妨害する事にタツマキは神経を確実にすり減らしていた。

 その消耗を目ざとく見抜いたゲリュガンシュプは一気に攻勢に出る。周囲に浮かばせていた瓦礫へ一斉に干渉すると。

 

喰らえ! 念動流石破!!

 

 それらをまとめて豪雨のような勢いで打ち出した。

 瓦礫に裂かれた大気が発光する光景は流星群さながら。

 輝く尾を引く無数の光弾の群れを巧みに躱し、防いでゆくタツマキが舌打ちしながら機を伺っていた、その時。

 

 ——ズン。

 

 世界を揺るがすような強烈な衝撃が爆発音と共に周囲を駆け抜けた。

驚いた二人が音の発生源に目を向ければ、空に居座る巨大な宇宙船の一角が大きく吹き飛び煙を上げていた。

 戦場は一瞬停滞し、船を見上げたゲリュガンシュプの口はあんぐりと大きく開かれた。

 

あ、あ、あああああッ、船がッ、なんて事を!? ボ、ボロス様ァッ、一体何をそんなに暴れておられるのですかッ……!!?

 

 爆裂した母船に視線を向け、憔悴した表情を浮かべるゲリュガンシュプとは対照的にタツマキの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「へえ……派手にやってんじゃない、アイツ。ひょっとしてアンタん所の親玉、今ので死んだんじゃないの?」

バカを言うな、ボロス様が負けるわけなかろうっ! ……しかし、あのお方があれほど見境のない攻撃をするとは。相当の手練に侵入を許したか……ッ!

 

 超能力者の排除の為に最上級戦闘員を全て出払う選択をしたのは、紛れもなくゲリュガンシュプの判断であり——その結果として首領の手を煩わせ、あまつさえさらなる船の破壊を招いたという事実に彼は青ざめる。

 

クソッ……船のことは後だ! 今はとにかく貴様らを迅速に仕留め、ボロス様に申し開きをしなければ……!!

 

 降り注ぐ船の破片を集めながら、ゲリュガンシュプは怒りに満ちた目でタツマキを睨めつけた。

 

 

——船の爆発を発端として、戦場は大きく動き始める。




・転生者たちのボロス討伐1stプラン
転生者最強の転生者マイトさんがロールプレイぶん投げて自己バフマシマシにして鎧デバフ&慢心してる出会い頭に全力全壊でワンパンする。無理ならそのまま殴り合う。
原作全盛期を基準とすればハーフマイト以上オールマイト以下くらいの転生者マイトさんですが、二重のブーストを掛ければ一気にオーバーマイト、くらいで考えてます(謎単位)
少なくともボロスさまがこんな反応する程度にはつよい
それぞれのブーストが何かは次回にでも……まあ、多分察してる方も多いでしょうが(ヒント:既出転生者)

・メルザルガルド【撃破】
原作でシルバーファング/アトミック侍/金属バット/ぷりぷりプリズナーをまとめて相手取り大立ち回りしていた彼ですが、クロビカリさんにあっさり4/5殺しされて真っ先に退場
筋肉交流会で原作よりパワーアップしたクロちゃんに殴られたら核ごと消し飛ぶ気がしたので、再生ギミック無視してやられてもらいました
なんなら原作でも飛ばない前提ならクロちゃん単騎で行けそうなイメージがあります

・アトミック侍
かつて書き直しの闇に消えた『アトミック集中斬』を習得してもらいました(大幅強化)
原作ではメルザルガルドを斬れなかった悔しさをバネに黒い精子戦で習得しましたが、ここでは†クラウド†男を最初に持って来てメルザルガルド戦で披露してもらいました
強すぎる故に抹消された技ですが、ハゲがいないことに比べたら誤差です、誤差ꉂꉂ(ˊᗜˋ*)

さて、残りの戦闘は以下の通りです……多い!!
vs地上制圧部隊(空)
vs地上制圧部隊(陸)
vsグロリバース
vsゲリュガンシュプ
vsボロス


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第二十一話 - 掃討戦

「う、うう……」

 

遠くで轟いた謎の爆発音と衝撃により、気絶していた報道カメラマンの男は目を覚ました。

 意識の覚醒と同時に全身をまんべんなく苛んだ痛みによって、彼の乗る報道ヘリが宇宙人の戦闘機に怯えたパイロットの操作ミスによって墜落したことを思い出す。

 ハッとした彼は、とっさに商売道具であるテレビカメラを探そうと傾いた機内で体を起こし——()()と目があった。

 

うおっ!?

 

ぐぽおん、という謎の音とともに赤い目元で怪しく光る黄色い双眸。

ヘリの搭乗口を塞ぐほどの巨大な頭部は白く鋭いV字の鍬形を戴いた金属製の鎧武兜のようであり、そんなものと目があってしまった男は思わず腰を抜かしてしまった。

 彼は無機質な双眸に見つめられ息を呑み——。

 

White Knights-1st、民間ヘリの救助完了

 

「……へっ?」

 

 目の前のそれが発した言葉に思わず気の抜けた声を漏らす。

 派手な駆動音を鳴らしながらその身を屈め、それは自身より大きなヘリの機体をゆっくりと地面へと下ろした。

 

これより敵機の殲滅に移行する

 

 プシュー、と青い胸元で黄色く塗装された排気口から蒸気を噴出させながら立ち上がってヘリに背を向けるその白い後ろ姿に、彼はようやく相手の正体に思い当たった。

 

「ホワイトナイツ、という事はホワイトナイトの新機体!? いや、むしろ……ああっ、待ってインタビューを! ってカメラがない!」

 

 そんな風に一人で大騒ぎする報道カメラマンに応える事なく、白い機体は背中のブースターを軽く噴射すると、重力から解き放たれたように空へと浮かんでゆく。

 

 彼は慌ててヘリの搭乗口から身を乗り出しその背中を目で追うと——宇宙人の戦闘機と戦う白い機体をいくつもその目に収めた。

 

 

 

 手数が足りない。A市の空をハエのように飛び交う宇宙人の戦闘機を次々に斬り捨て、撃ち落としながらイサムは歯噛みする。

 

(敵が多すぎる、多数を一気に薙ぎ払える兵器がないと……! リトルブレイバーじゃ制圧力が足りない、まだ未完成ではあるけど今からでもブレイブジャイアントを——)

 

 戦闘の手を一旦止めてでもより高火力の機体へ乗り換えるべきかと葛藤している彼の視界の端で何機かの戦闘機が光線に貫かれて爆散した。そして撃墜される戦闘機の数は増し続け。

 

〘援軍? 駆動騎士……いや数が多いな、ボフォイ先生が重い腰を上げてくれたのか!?〙

 

 童帝は視界を覆うディスプレイの端に遠くで戦う援軍と見られる人型機械の一機を拡大して映す。

 それはボフォイ博士が好む無骨な機体、メタルナイトとはかけ離れた姿をしていた。

 

 白を基調としたトリコロールカラーが映えるそのヒロイックな機体は、彼自身もブレイブシリーズの製作に大きく影響を受けた——。

 

〘あれは確か、昔設計図を見せてくれた“ガンダム”!?〙

〘にしし、せいかーい!! 実はタバネさん、あの目標いくらか達成してるんだー。さあ、白の騎士団(White Knights)の初仕事だよ!〙

 

 イサムが驚いたように漏らした声に、姉弟子であるタバネがいたずらっぽく笑う。かつて二人がボフォイ博士の弟子をやっていた頃、タバネは作りたい機体の模型をいくつも彼に見せていたのだ。

 その内の一つ、彼女曰くの『機動戦士ガンダム』のデザインは特に心に強く響いたのを彼はよく覚えている。

 

(僕がブレイブジャイアント一機の調整で手間取ってる間に、タバネさんはあんなたくさん……!)

 

 サーフボードのような物に乗り空を翔ける機体を眺めながら一人歯噛みした。A市の上空ではかつて彼女がかつて夢見たロボットたちが宇宙人の戦闘機たちを相手に大立ち回りを演じている。

 

〘いやー、ぶっちゃけメンテが大変だし今はあんまり出したくなかったんだけど……この状況じゃー仕方ないよねぇ。へい、ちーちゃん! 各機の戦況はどんな感じ?〙

 

 タバネが語りかけると、インカムからAIによる返答が返ってくる。 

 

ホワイトナイツによる敵機の総撃墜数は現在525機、エスカフローネが左腕を損傷したものの戦闘は続行可能だ

〘……あちゃあ、勢いで全機出しちゃったけどこの状況に近接ロボはちょっち厳しかったか。ビームライフルとか持たせようとするとブライト博士(スポンサー様)が嫌がるんだよね……っと!〙

 

 背後から襲撃をかけてきた敵機を振り向きざまに撃ち落としながらタバネは思案する。

 

〘いいや、どうせ地上もてんやわんやだし、空戦苦手な機体は地上戦に回して! ……さあイサムきゅん、この後のメンテ地獄は一旦忘れて今は全力でやる、よっ!

〘……了、解ッ!

 

 その言葉と同時に二人は武器を振るい、敵機をまた一つ葬る。

 大幅に手数が増えた彼らにとって、もはや宇宙人たちの戦闘機は物の数ではない。掃討が完了するまでそう長くはかからなかった。

 

 

 

「もうっ! 何なのよこいつら次から次へと!!」

 

 悲鳴じみた声を上げながらA級ヒーローのオカマイタチが斬撃を飛ばすと、ギャッという悲鳴とともにカエル頭の宇宙人から光線銃を握る腕がごとりと落ちる。

 

なんだ今の!? う、撃て撃てぇ!』

 

 そんな光景に慄いたように1歩下がりながらも宇宙人たちは手に持つ光線銃を乱射してくる。しかしその光線の尽くを銀の閃きが叩き落としてゆく。

 

『ブ、ブラスターの弾丸を切り払いやがった……!?』

 

「ふうっ、待機していた所を宿のオーナー直々に呼び出されたと思えば、こんな騒ぎになっているとはな」

「師匠はまだS級集会から戻っていない……恐らく、すでにこの事態に巻き込まれ他の場所で戦っているはずだ」

 

 剣と言うにはあまりにも歪な螺旋状の剣を振り青い血を払うブシドリル、油断無く刀を正眼に構えるイアイアン。

 S級ヒーロー、アトミック侍の弟子たちはA市ヒーロー協会本部の近くの宿の前で宇宙人の軍勢を相手に大立ち回りを演じていた。

 上空を飛び交う戦闘機や降下してくる敵勢力から逃げ惑う市民たちの姿にイアイアンは歯噛みする。

 

「……カマ、ドリル、市民たちがこの宿にも避難できるよう、少しずつ奴らを押し返していくぞ!」

(おう)ッ!

 

「りょうか——っ!?」

 

 一太刀ごとに軍勢を切り崩して確実に退かせて行く三人だったが、雑兵を押し退け巨大な影がぬっと現れた事で場の雰囲気が一変する。

 

おおっ、グルンゴロン上級戦闘員が着てくれたぞ!』

『下等生物どもめ、貴様らもこれでおしまいだ!』

 

 活気づく宇宙人たちの声を浴びて、身の丈四メートルはあろうかという巨大な丸いシルエットが呵呵大笑する。

 

暗黒盗賊団ダークマター 上級戦闘員

鎧のグルンゴロン 推定災害レベル:

 

ゴーロゴロゴロ! 部下たちの救難信号を受けてやってきてみれば、なんだたったの虫けら3匹ではないか!

 

「な、何コイツ……!?」

 

 その威容にオカマイタチが気圧されたように一歩後退る。

 硬そうな褐色の肌には白銀のプロテクターを纏い、更に額から背中、太く短い尻尾までにかけて背面を黒く硬そうな鱗がびっしりと覆っている。その姿はまるで巨大なアルマジロのようであった。

 太い両腕には複雑な形状をした金属製の槌をそれぞれ握っている。

 

「むう、大きいな。それに中々に硬そうだ」

「だとしてもやる事は変わらん——はあっ!

 

 気合一発、イアイアンは地を蹴り稲妻の様な勢いで刃を振るう。

 銀の閃光が唸りを上げて迫るもグルンゴロンは不敵な笑みを浮かべ、鱗がびっしりと生えた左腕でいとも容易く受け止めた。

 

「なにっ!」

馬鹿め、効かぬわ! ぬぅうん!!

 

 傷一つない左腕で刀ごと彼を押し返すと、猛然とした勢いで金槌を振り上げ、勢い良く振り下ろした。

 

爆裂ハンマーッ!

ぐっ!?

 

 打ちおろされた槌がアスファルトを打つと同時にその側面から爆炎が巻き起こり、打撃をしっかりと躱したイアイアンの体を炙りながら吹き飛ばす。

 

「イアイっ、無事!?」

「なんとか、な……!」

 

 彼は転がるように勢いを殺してから立ち上がり、心配するオカマイタチの横で剣を構え直した。その横を翔けるようにブシドリルが飛び出すと、螺旋状の刃を手元で激しく回転させた。

 

「斬れんなら、削り取るまでよ!」

なんのオッ!

 

 彼のヒーロー名の由来となった必殺の螺旋剣は轟音を立てながら胸の前で交差したグルンゴロンの腕甲殻と激しく火花を散らす。

 

ゴロロロロッ、無意味! オレ様の硬さは最上級戦闘員候補に選ばれる程だ、その程度弾き飛ばしてくれる!!

「ぐ、ぬぬっ……!」

 

 圧倒的な体躯の差により押し返されるブシドリルは大きく仰け反り、辛うじて踏ん張っている状態だった。

 

 今にも押し負けそうな彼の頭上を斬撃がいくつも飛び越える。

 連続で放たれたオカマイタチの飛空剣は、顎を引いたグルンゴロンの額にある分厚い甲殻が弾いてしまった。

 

「硬すぎでしょお!?」

 

ぬるいわぁ! ゴロォーッ!

 

ぐあっ!!」「えっ、きゃあっ!!

 

 太い腕を勢が良く広げられ、ブシドリルもまた弾き飛ばされてしまい、背後に控えていたオカマイタチを巻き込んで転倒する。

 

「こ、コイツかなり強いわね……!」

 

 倒れ込んだ二人の前に立ち塞がり、剣を構えるイアイアンの額には一筋の汗が流れていた。

 その視線の先では手下の宇宙人たちからの賞賛を受けるグルンゴロンの姿があり。その巨体は両腕を広げて二本のハンマーをコンクリートの地面へと付きたてる。

 

『出るぞ、グルゴロン上級戦闘員の必殺技のデスローリングが!』

『ハハハ、下等生物どもももう終わりだ! やっちまって下さい!』

 

ゴーロロロッ! さあ、トドメを刺してやろう!

 

 太い両腕を回したり屈伸運動をする巨大な姿に、三人は嫌な予感が止まらなかった。

 

「……まずいな、突っ込んでくるつもりだぞ」

 

「どうするの!? 後ろは市民満載のホテルよ!」

「むぅ、受け止めるしかあるまい……!」

 

 イアイアンたちが覚悟を決めてそれぞれの得物を手に構えを取ると同時にグルンゴロンが咆哮し、飛び上がると同時にその身体ををくるりと丸めて球体へと変化する。

 

ゴロロッ、挽肉にしてやろう! デスロ——「エンジェル——」

 

 空中で激しく回転し、今にもコンクリートをえぐりながら爆走をしようとした瞬間——その頭上に影が差す、と。

 

フォォォオオルッッ!!」『ゴゲェッ!?

 

 ズダーン、という凄まじい音が響き渡った。

 その凄まじい衝撃に地面は陥没し、砕けちったコンクリートの破片と生暖かい液体が周囲に飛び散る。

 

なっ!?」「……げえっ」「あらぁ……」

 

 正面を見た彼らの視界に飛び込んできたのは——。

 大股開きの股間と、破れた衣類の隙間から見えてはいけないモノがチラリズムしている、控えめに言って地獄のような光景であった。

 

「ふーっ……イアイアンちゃんにブシドリルちゃん。それにカマちゃんも、苦戦していたようだが無事だったか?」

 

 たった今視界が大丈夫じゃなくなった。イアイアンとブシドリルが思わず絶句していると、べしゃんこに潰れたグルンゴロンの上から野太い声が響く。

 ヒップドロップの体制で太い腕を頭上で組み分厚い胸筋をピクピク動かしているのは、彼らの師と同じく集会に出席していたはずのS級ヒーロー、ぷりぷりプリズナーであった。

 

「い、一体どこから……」

「ヒーロー協会本部ビルの上から地上を見下ろしたらイアイアンちゃん達がピンチなのがタマタマ見えてな。つい飛んできてしまった」

 

 よっこいしょ、と尻の下敷きにした怪物の残骸の上で立ち上がってゴキゴキと体を鳴らすと、ぷりぷりプリズナーは驚き戸惑っている宇宙人たちにヌっと向き直り。

 ズボンが破けて丸出しになった尻を向けられたイアイアンとブシドリルは顔をしかめる。

 

「高所から見た限り、地上全域で男子たちが危険に晒されている。守りを固めるよりなるべく散って戦うべきだろう、落ちながら確認できた大物は俺がなんとかするからイアイアンちゃんたちもバラけて避難ルートを中心に掃討してくれないか」

 

 格好はふざけているが、その声は真剣そのものだった。

 イアイアンは宿を横目にしばし思案し、やがて頷く。

 

「……視野が狭くなっていたな、確かにそれが良さそうだ。ドリル、カマ、俺達も散開して掃討に当たろう」

「そうね、じゃあまずは……」「さっさとここの後片付けだな」

 

 二人が頷くと、三人は改めて宇宙人達へ向き直り剣を構えた。

 先頭に立つぷりぷりプリズナーも強く拳を握り——全身の筋肉が膨張し囚人服が弾け飛ぶ。イアイアンとブシドリルは吐き気を堪えた。

 

「貴様らはこの地の罪なき男子たちを脅かした……絶対にゆるさん

 

 ビキビキと血管を浮き上がらせながら怒声を発する変態の圧に、ようやく現状を理解した宇宙人たちは震え上がる。

 

「イクぞ!」「ええ!」「「…………」」

 

 4人はその場の敵の尽くを薙ぎ倒し、散開して行った。




対空雑魚:タバネが切り札を切って完了
対地雑魚:ビルから飛び降りたぷりぷりプリズナー+アトミック弟子三剣士参戦で大きく進行

対地雑魚は残りジラちゃんとか他の地上戦力の描写をやったら締めですね、あと1、2シーンかな?
ボロス戦以外はなるべくサクッと片付けたいところ……!
次回はボロス戦の進行&いくつかの戦闘をフィニッシュ予定、実はボロス戦から先に書いてたんですがホワイトナイツ登場とぷりぷりプリズナーのその後と三剣士を先にやろうと思い直しました

・童帝(イサム)
ブレイブジャイアント等のロボットデザインはかつてタバネが見せたガンダム等に影響された事にした、多分原作のもカラーリング的にパロディだろうと推定して

・ホワイトナイト(篠ノ之束の転生者)
明らかに手が足りない怪人協会編まで温存しておこうと思っていたホワイトナイツを解禁、メンテ&修理地獄が決定する
ホワイトナイツは白系のロボットから転生者たちに投票させて人気の高いものから制作したとかなんとか
なおエスカフローネはブライト博士の「ワタシスポンサー…ツヨイネ…」の一声で制作決定した、ちゃんと変形もする
なお武装や内部はこれまでに出てきたISモドキ(無人機)と大差ないので特殊なエネルギーによる兵装等は搭載されていない模様
全部で何機あるか何がいるかは細かく決めてません、実はロボットアニメあんまり詳しくないので……

・グルンゴロン(推定災害レベル:鬼)
暗黒盗賊団ダークマターの上級戦闘員。ゴロン族ではない
体長4mほどのアルマジロに似た宇宙人で、鉄より硬い甲殻に覆われた体を持ち金属製の火薬仕込みハンマー二本をブンブン振り回す。
必殺技は身体を丸めて全身の甲殻が逆立せながら高速回転して突進する「デスローリング」、触れるものをミンチにする必殺技だが、それを放つ直前に空から降ってきたぷりぷりプリズナーの生ケツに押しつぶされて絶命した。


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第二十二話 - 切り札

少し書いては手が止まりを繰り返すうちにいつの間にかクリスマスイブ
衰えを感じずにはいられません……全盛期の執筆意欲をなんとかして取り戻したいですね(憔悴)
皆様お待ちかね? VSボロスの本番となります!


 ——ボロスという難敵を打倒するため、転生者たちはこの日に至るまでに何度も議論を重ね、対策を練ってきた。

 唯一戦闘が成り立つとされるのは、ハゲ不在のこの世界で現在最強の肉体を持つとされる“オールマイト”の転生者だけだ。その彼を武装で底上げしてみては、という意見はすぐさま却下される事となった。

 

「そんな領域の戦闘じゃ、()()()な兵器は枷にしかならねぇ」

 

 この世界で最も強い武器は鍛え上げた肉体だ、そう語るのはジャギの転生者として知られる男だった。

 

「強力な銃器を作ったとしてボロスや覚醒ガロウに有効打を与えられるか? サイタマが核ミサイルで火傷するか?」

 

 ありえないだろ、と彼は肩をすくめた。

 

「この世界で最強の物質は“鍛え上げた肉体”に他ならねぇ。最上位勢に銃弾程度は効かん、俺ですら気合入れりゃ包丁くらい生身で弾く」

 

「どんな強い兵器も意味をなさないような、極限の怪物同士の戦い……そんな領域に持ち込める武器は二つしかない」

 

——それが“武術”、そして“気功”だ。

 

 


 

 

 壮絶な威力を伴い放たれた突きは巨大な単眼の中心部を貫く――こと叶わず、太くも鋭い指先は表面を浅く抉りながら左へと逸れていた。

 

 眼球を削りまぶたを切り開き側頭部を裂いた手刀は、左耳を削ぎ飛ばした勢いのまま頭蓋を砕いて血と骨と脳漿を辺りに散らす。

 人間であれば……並大抵の生命であれば間違いなく致命傷となる損傷を受けながら、単眼の魔人の口元には深い笑みが浮かんでいる。

 

 ——それを認識すると同時にオールマイトの背筋は凍りつき、振りぬいた手刀でそのまま首を刎ねんと薙ぐがそこに首は既になく。

 

「くっ——!!」

 

 襲い来る死の予感に従い無理矢理に身体を捩った次の瞬間、逆袈裟で掬い上げるように放たれた鋭い爪が彼の胸板を浅く抉った。

 胸元に咲いた紅い華と焼けるような痛みに意識を割く暇もなく、オールマイトは地を蹴り両者の距離は大きく離れる。

 

 ——その途端に圧縮された時間感覚が戻り、空振った攻撃の余波が周囲を蹂躙していった。凄まじい爆風とともに広い執務室内を掻き回し、頑丈な筈の無数の内壁を船外まで穿ち抜いて大穴を創り出していた。

 

 瓦礫の乱舞と何かの機材が勢い良く破裂して炎を吹き出す轟音が耳をつんざき、広い執務室内を粉塵が漂う。

 

『素晴らしい』

 

 船外まで穿たれた巨大な風穴から勢い良く吹き込んでくる冷たい風に薄紫の髪を揺らしながら、ボロスはほうと感嘆の息を吐いた。

 

『攻撃の余波だけで外壁まで風穴を空ける威力、そして初手から目玉を打ち抜きにくる研ぎ澄まされた殺意……実に心地がいい』

 

 自らの血に塗れながら、彼は涼しい顔で笑みを浮かべている。

 ——全身全霊の一撃が届かなかったその事実に、オールマイトは苦々しい表情を浮かべる事しかできなかった。

 

『この(かお)を見れば、当然この眼が弱点だと思うだろう。だが、残念ながらここは俺の身体で最も強固な部位……それに深く傷を入れただけで賞賛に値する』

 

 そんな言葉の合間にも、砕かれた頭部の傷跡はまたたく間に盛り上がってゆき、綺麗に再生してゆく。

 その光景から転生者陣営の打ち立てた最大の危機に対抗するための第一プランは失敗に終わった事実を噛み締めながら、その動揺から乱れた“呼吸”を整えた。

 

 

 ——“気”ってのは、()()によって湧き上がるもんだ。

 

 武術の多くは身体を動かす際の呼吸の仕方にまで指導が及ぶ。

 “気”の存在を意識しない武術であっても、それによって結果的に体内の気を高め利用しているのだ。そして気功を意識的に取り入れた流派には、より効率的に気を高め運用する“呼吸法”が必ず存在する。

 

 肉体の限界値を引き出(リミッターをはず)す奥義とされる流水岩砕拳の剛醒呼法などで比較的知られるが、呼吸法の中には特異な性質を持つものがある。

 転生者たちの研究の成果たる、その呼吸法もまた——。

 

 コォォ……という独特の呼吸音とともに、切り裂かれた胸の傷に紫電が走る。じわりと抉られた肉が盛り上がり、オールマイトの傷が急速に治癒していく。

 それを見たボロスはほう、と息を漏らす。

 

『体内エネルギーの活性化と同時に傷が消えた、か。恐らくお前の種族のもつ自然治癒力ではないな、この星の戦闘技術か?』

「遥か昔に失伝したこの技を、仲間が資料を読み解き復元してくれたのさ。キミのような強大な侵略者に対抗するために、ねッ!

 

 その言葉とともに彼は強烈な踏み込みで床を砕きボロスへと肉薄する。

 全身を濁流のように荒れ狂うエネルギーを気合いで制御したオールマイトが振り上げた拳は音を置き去りにし、目の前の敵を打ち砕かんと振るわれる。

 

『ハッ!』

 

 躱しきれず掠めた拳によって砕かれた下顎、そんな些事は欠片も意識せず瞬く間に再生しながらボロスの反撃の拳が振るわれる。

 絶大な威力を秘めたその一撃は素直な軌道を描き、オールマイトの胸へと進み——横合いから飛んできた掌に払われ進路を大きく外れる。

 その初めて味わう奇妙な感覚に瞠目しながら、彼は次々と追撃を加えるが、その尽くが同じように逸らされてゆく。

 

(……ほう?)

 

 自らの攻撃が通らない事実に、ボロスの口元に笑みが浮かぶ。

 体内を荒れ狂う膨大な気の力で思考速度すら加速するオールマイトは、打ち込まれてくる致命の嵐を的確に捌き、そして合間を縫うようにボロスの身体をその拳で砕いてゆく。

 その絶技を可能としているのは転生者の存在によってこの世界へ混入したとされるものまで見つけ実用化した、本来交わることのない異なる起源を持つ三つの技であった。

 

 ひとつは、気を生じる呼吸法の中でも特に効率がよく、さらに癒やしの力をも備えた()()()()()()() “波紋の呼吸”

 ひとつは、体内の気を破滅的なまでに活性化させ、命を削りながら力を極限まで引き出す()()()()()() “刹活孔”

 そしてそれらを土台に振るわれるのは、受け流すことに特化する事で堅牢な防御力を誇る()()()()()()()()()()()() “流水岩砕拳”

 

 ——地力の差を刹活孔によって埋めながら、その反動を波紋の癒やしを以て和らげ、致命の一撃は流水岩砕拳で受け流す。

 これら三本の矢をオールマイトという最上位の肉体に搭載する事で、超越的な戦闘能力を発揮するに至っていた。

 

(一手でも違えば死ぬ。だが見える、対処できる……闘える!)

 

 コオォ…と“呼吸”をして体内の気を高めると、彼は気勢を上げた。

 

「悪いが一気に決めさせてもらうぞッ!!!」

『面白い、やってみろッ!!!』

 

 喜色満面に放たれる一際強烈な力を秘めたボロスの剛拳をオールマイトは気合の声と共に気を纏う左手で撃ち落とす。

 渾身の一撃を外された事で僅かに態勢を崩したボロスへ向け、彼は気を集中させた手を猛然と振り上げる。

 

「北斗破流掌ッ——!!」

 

 顎を強かにかち上げられたボロスの体が浮き上がり、大きな隙が生まれた。そしてその瞬間、オールマイトは大きな賭けに出る。

 

「これで終わりにしてくれ——HUUAAAAAAAh!!!

 

 気合によって全身の筋肉を隆起させた彼が構えを取ると、身体から漏れ出した闘気が吹き出す殺意に乗って前方の地面を砕いてゆく。

 オールマイトの体内を渦巻く膨大なエネルギーが急速に拳の一点へと集約されていくのを捉えてたボロスの目は大きく開かれる。

 

 目の前で破裂せんばかりのとてつもない“死”の気配に、彼は——それを()()()()()()()()()()

 

HAAAAAAAAh!!!!!

 

 気合の声と共に到来したその一撃は、無防備に宙を浮くボロスの頭部を芯から捉え、力強く打ち抜いてみせた。

 

 


 

 

 A市上空に悠然と浮かぶゲリュガンシュプは、制御下に置いた瓦礫を周囲一帯に漂わせることで対峙するタツマキを囲み、円を描くように舞い飛ぶ彼女へ次々と礫を放っていた。

 大気との摩擦で光を曳いて飛んでくる礫を身を捩り、避けきれない軌道のものは最小限のエネルギーで消し飛ばす。

 

 ——その戦闘は地上から見れば真昼の流星群のように見えるだろう。

 

 大きなダメージは負わずとも、じわじわと——しかし着実に削られてゆくタツマキだが、その表情に焦りはない。

 

〘おのれちょこまかと、諦めの悪い小娘め……!〙

 

 そんな彼女に苛立つゲリュガンシュプだったが、堅実にダメージを積み重ねてゆく——そんな時、彼らの頭上で再び轟音が響き、更にはその余波が空と大地を大きく揺るがせた。

 

〘ぬあっ!?〙

「——ッ!?」

 

 母船で再び起こった、先ほどのそれを凌駕する大爆発にゲリュガンシュプは触腕をもつれさせながら声を上げる。

 

〘こ、これは一体どういうことだ……?〙

 

 ——明らかな異常事態だった。

 絶対的な力を持つ首領が直々に戦い、艦を顧みないほどの馬鹿げた威力の攻撃を立て続けに二度も行った現状に彼は本格的に焦りを見せる。

 

「……ふぅ。あのバカ、珍しく苦戦してるのかしら? とっとと終わらせて地上をなんとかしなさいよ」

 

 ゲリュガンシュプと対峙するタツマキは大きなダメージこそ無いものの、その表情には僅かに疲れが滲み始めていた。

 

 ……超能力者同士の戦闘は単純な出力の大小が勝敗を分けやすく、番狂わせが起きづらいとされている。

 数分間の戦闘で彼女の感覚が弾き出した彼我の出力差は約1.4倍程、真正面から力比べすれば確実に敗北する。

 

(直接の念波攻撃は逸らす、地上へ伸びる力場は遮断する、馬鹿げた速さの石弾は躱す……全く面倒な相手ね)

 

 その気になれば星を()()できるほどの力の持ち主から地上を守りながら戦うのはタツマキの神経を削っている。

 

〘くうぅ、これはどう考えても異常事態……! もはや一刻の猶予もない、貴様に私の本気をみせてやる!〙

 

 ゲリュガンシュプが顔を歪めながら全ての触腕を力ませると、彼を中心に凄まじいまでの念波が胎動し、周囲に浮かぶ無数の瓦礫が一斉に震え始めた。

 

(——来た)

 

 一気に決めに来た相手を見て、彼女は表情を引き締める。

 

〘もはや出し惜しみはなしだッ、念動流星群!

 

 無数のがれきが周囲を渦巻き、さながら流星群のように殺到する。それに対してタツマキは——。

 

(いまッ!!)

 

 彼女は流星を避ける事を放棄し、指先から虚空へと伸びる力場の糸へと莫大なエネルギーを注ぎ込んだ。

 無数の光弾が彼女を覆うバリアを乱れ打ち、火花を散らして罅を入れ、漏れ出した衝撃波が身を打ち始める。

 そしてついには小さな綻びから破片が一つ貫通し、彼女の右腕を僅かながらに抉ってみせた。

 

「……っ!!

 

〘ハハハ、馬鹿め! 正面から防げる訳、?〙

 

 そのまま彼女が肉片へと変わる姿を幻視し、高笑いをするゲリュガンシュプの視界が——半ばから斜めに()()()

 

……!?〙

 

 瓦礫の流星は勢いを失い、そのままバラバラと自由落下を始める。

 攻撃に割いていたエネルギーを動員し、ずれた視界を——鋭利な刃で刻まれたかのように切れ目の入った頭を、脳や目玉が溢れないようにかろうじて固定していた。

 

「……アンタの守りは鉄壁だったわ」

 

 制御を失って徐々に落下を始める瓦礫の中、彼女は傷を受けて流血する左腕に手を当てながら安堵の息を吐いた。

 

「直接的な干渉が通らないのは当然として、空鞭で切り込んでも届かない。物理的な攻撃手段にしても周辺の瓦礫はアンタの制御下に置かれてるし、地上への干渉を弾くのに忙しくて遠くから引っ張ってくるのもままならなかった」

 

 弟子に大見得切っておいて正直ジリ貧だったわ、と自嘲する。

 ポロポロと長い触手が制御から外れ、徐々に崩壊してゆくゲリュガンシュプを見つめながら、彼女は言う。

 

「だからアンタお得意の投石を利用させてもらったわ。——辺りを掻き回す強烈な力場に感覚が麻痺して、瓦礫にへばりついているだけの微弱な力場の糸なんて気づかなかったでしょ? アンタの周りをぐるぐる回ってたのは、ただ逃げ回ってたわけじゃないのよ」

 

 彼女はゲリュガンシュプの領域たる輪の中を飛びながら、時折それを構成する瓦礫に触れて微弱で干渉力もない糸を繋いで回っていた。

 ——そして先程の一斉射出の際にその力場の糸へと力を流し、そのすべてを空鞭へと変えた。つまりはシゲオが砲弾を受け止めたそれと同じ技法である。

 

 大気との摩擦で発光する程の投石に引きずられた力場の糸たちは、十分な強度と威力をもって強力なバリアごとゲリュガンシュプの全身をバラバラに裁断したのである。

 

「……さて、いい感じに刻めたみたいだし、タコ焼きにでも転職したらどうかしら」

 

 タツマキの手元に、ゲリュガンシュプの制御から離れて落ち行くこぶし大の瓦礫が一つ引き寄せられ。パシッ、という音とともに射出されたそれはかろうじて崩れずに足掻いていたゲリュガンシュプの頭部へ衝突し、繋ぎ止めるエネルギーを失った肉塊はその場で花火のように弾けて飛散した。

 

「マズそうだから私は食べないけどね」

 

 空中にぶちまけられ、風に流されていくゲリュガンシュプだったものを尻目に、タツマキは黒煙を吐き出しながら佇む巨大な宇宙船を一瞥すると地上へと降りていった。

 

 


 

 

「ハア……ハァ……!」

 

 下顎から上を失い、抉れた金属製の床へと崩れ落ちたボロスを前にオールマイトは荒い息を繰り返しながら膝をついていた。

 熱を帯びた大きな身体からは冷や汗が蒸気となって立ち上る。

 

——闘勁呼法。

 刹活孔と並び、この一戦のために用意した()()()である北斗神拳の奥義。全身の気を拳に一点集中させる剛拳の呼法。

 

 彼の放てる最大の一撃は、見事にボロスの頭部を砕いた。

 壊れた船の機器が放つ警報音と風穴から吹き込む風の音が遠く響き、オールマイトの耳には自身の乱れた呼吸音だけが木霊している。

 

——ガシャン

 

 不意に響いた音に彼はハッと目を見開き、音の発生源へ視線を走らせる。

 仰向けに倒れ伏したボロス、その身を包む鎧の鳩尾に嵌め込まれた赤い宝玉が妖しく光を放っていた。

 

「まず——ッぐ!?

 

 オールマイトは咄嗟に追撃を放とうと立ち上がるが、全身を奔るとてつもない激痛にそれを阻まれる。

 刹活孔による負担を抑えていた波紋の闘気は先の闘勁呼法によって全て放出してしまっており、反動がダイレクトに襲い掛かっていた。

 

 宝玉の光が明滅しながら強くなるにつれ、紫色の肌を覆う鎧にはぴしりぴしりと音を立て大きな亀裂が走ってゆき——やがて、それは弾け飛ぶように崩壊する。

 

——ドクン

 響いた鼓動は、誰のものか。

 

 ボロスの失われた頭部が、残された顎から盛り上がるようにして再生すると、巨大な単眼がぱちりと開いた。

 

『素晴らしい……予想を遥かに超えた一撃だった』

 

 歓喜に震えるような声があたりに響き渡った。

 ぽたり、ぽたりとオールマイトの太い顎から滴り落ちた汗の雫が床で弾ける。

 

『あの一撃が核を直撃していれば、ともすればこの命に届いた可能性もあろう。……だが、そうはならなかったようだ』

 

 ボロスの巨体はその場でふわりと起き上がり。

 

『強大すぎる俺のパワーを封印していた鎧はいま役目を終えた』

 

 スゥ、と大きく息を吸うと彼は胸の前で両腕を交差させる。

 

ヌ…ウゥウウウウウッ……!!

 

 そして全身を力ませると鳩尾に存在したもう一つの“目”が開眼し、そこから全身へ向けて稲妻のような筋が走り輝くと。

 

 ボロスを中心に凄まじい衝撃波が爆裂した。

 

「ぐッ——!?」

 

 吹き飛ばされないよう懸命にその場へ踏みとどまるオールマイトの目の前に、絶望が再び立ちはだかった。

 

『さあ、生まれた頃から焦がれ続けた全力の戦いだ。俺を失望させてくれるなよ、オールマイト!』

 




VSゲリュガンシュプ、決着!
超能力者同士のバトルはなかなか難しく、こういった感じに
相手の得意技を逆に利用して勝つ展開っていいですよね

VS鎧ボロス
波紋の呼吸による練気+刹活孔によるバフ+闘勁呼法でワンパン戦法
ほぼ圧倒することができました、オールマイトを超えたオーバーマイトは伊達じゃない!

なお、頭砕いただけで死ぬとは思えなかったのでこうなりました



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