素晴らしきエオルゼアライフ (トンベリ)
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1:プロローグ

 光の戦士――それはファイナルファンタジーシリーズにおける主人公の代名詞。

 

 なんかあれやこれやで世界を滅ぼそうとする奴をぶっ倒す存在、いわゆる選ばれし勇者ってやつだ。世界を救うために色んなところ冒険して、強くなって、仲間も増えて、友情、努力、メテオ、勝利って感じの凄いやつ。

 今もどこかで世界を守るために戦っているのかもしれない。それともサブイベでも消化して息抜き中であろうか。

 

 酒を一口、出入り口を見やりながら呟いた。

 

「あ、ヒカセン」

 

 酒場の一席に陣取り頬杖をついていたら見かけるくらいにはいたりするものだ。

 

 今、俺の視線の先を歩いているチェーンメイルを着込んだミコッテからはなんかそれっぽい気配がある。何で分かるのかと聞かれれば何となくとしか答えられないが、多分俺も光の戦士、略してヒカセンだからだろう。

 そう、この世界、エオルゼア――ファイナルファンタジーXⅣの舞台――には勇者がいっぱいいる。それはもう、魔王が素足で次元転移して逃げようがその先で開幕20割友情コンボ叩き込まれるくらいには。

 じゃあもう俺いらないじゃん? 10人の内の1人とかだったらまだ特別っぽい感じするけど10000人の中の1人とか言われたら働かなくてもいいじゃん? 働きアリだって二割はサボるらしいし、2000人くらいサボってもバレないじゃん?

 

 正確には『超える力』っていう万能翻訳能力――要は言語の壁とか次元の壁とか越えて色んな人とか人外とか意思疎通できる能力――を持った存在が、それなりの数いて、その中でもトップクラスに強い奴らを光の戦士っていうのだ。確かそんな感じ。

 重要な部分なのだがぶっちゃけ憶えてない。前世でそれなりにやっていたゲームであるファイナルファンタジーXⅣだが、ストーリー云々とか世界設定云々ではなく、バトルコンテンツがメインだったのだから仕方ないだろう。コンテンツ攻略における効率的な装備選びとか、装備を整えるための金策に明け暮れ希少素材がどこで採れるとか、火力を最大限引き出すためのスキル回しとか、そういう方面に特化した遊び方していたゆえ仕方なし。

 

 あーエオルゼアに生まれたかったなーとか考えながら寝て起きたらこの酒場で目覚めたのが早数年前、今ではすっかり慣れたもの。

 

 自キャラであったヒューランという見た目完全な人間の至ってノーマルな種族に転生だか憑依だかして、冒険者として活動している日々だ。幸いなことに自キャラの能力を全て引き継いでいたようで、レベルはカンストの70レベルっぽかった。この世界基準でどの程度かは正直測りかねるが――自分の数十倍の体積を持つモンスターがいるような世界だし――その辺にポップしている小型モンスターに後れを取ることはなく、退屈にならない程度の冒険、偶然の人助け、隣人との会話、と好きに生きている。

 寝て起きて仕事行ってネトゲするだけの前世に未練があろうはずもなく、モンスターと戦うスリルがあるからか、今の方がよほど充実している実感があった。

 

 自分を評するならどこにでもいる一般貧弱ヒカセンってとこだろう。

 

 世界の平和は他のヒカセンに任せ、エオルゼアで普通に暮らして死ぬ。いい人生設計じゃないかと本気で考えたのも最早懐かしい記憶だ。

 そんな物思いにふけっていると誰かが近付いてくる気配を感じ横を見る。そこにはこの酒場、クイックサンドの店主兼冒険者ギルドのマスターであるモモディさんが小さな体を揺らして歩いてきていた。

 

「ディザスター、明日の予定はあるかしら?」

「いつも通り余りものの依頼を受けて過ごすつもりだったな」

「なら一つ頼まれてくれないかしら? 少しの間拘束される依頼なのだけれど……新米冒険者の教導係ってとこね」

 

 大都市ウルダハの冒険者が大量に集まるギルドのマスターから、直接新人の教導を任されるくらいには信頼を勝ち得ているようで、声色に少し嬉しさが混ざってしまうのは仕方がないだろう。これも地道な活動の賜物である。

 

「ふむ、そりゃ構わんが……一人か?」

 

 悟られぬよう取り繕った疑問を投げかけておくのも忘れない。これでもいぶし銀なキャライメージで通っているはずなのだ。見た目は無精髭のおっさんだが。

 

「四人ね」

 

 詩人、赤魔道士、白魔道士、ナイトの四人で構成されるライトパーティだとモモディさんは続けた。

 

「へえ、赤魔道士」

「そ、珍しいわよね。それで、そのパーティなんだけど――」

「レンジジョブが二人ね。基本接近がナイトだけだが赤魔が即席のヒーラーとして動くか接近に切り替えられるしピュアヒーラーの白魔がいれば前衛はまあ問題なしか、火力も詩人と赤魔ならシナジーあるし中々バランスが取れた構成だな。ただナイトが崩れた時に赤魔一人の負担が大きそうだが、こういうとこリアル基準だからなあ……んっ?」

 

 気づけばモモディさんが俺を見ていた。

 

 ゲーム的な視点から見た場合の話をその辺の冒険者にしても何言ってんだコイツみたいな顔されるのだが、モモディさんはちゃんと理論的に整理した上で俺の考えを認めてくれる数少ない知り合いの1人なのだ。ララフェル――小人な種族――だし、ちっこくて可愛いし、頭もいいし、面倒見もいいしで控えめに言って最高だと思う。種族がアウラ――なんか鱗とかある竜ライクな見た目の種族――なら結婚を申し込んでいた。

 さて、例えば今の話なら、一般的な冒険者の感覚で言えば少しバランスが悪いパーティと認定されるらしい。接近は二人いないとダメとかなんとか。俺的には極論タンク一人が前線を持たせられるなら他全部遠距離でいいと思うのだがな。

 

「うん、やっぱりあなたに頼んでよかったわ、ディザスター」

 

 何を持ってそう言ったのかはわからなかったが、そんな事よりもあんまりその名前は連呼しないで欲しい。中学生だった時から使っているハンドルネームだが災厄とかもうなんかこの年齢になると恥ずかしいんだ。自分の名前を嫌がるのもどうかとそんな感情はおくびにも出さないが、いつまでも慣れないものだ。

 

「……? よく分からんが、承った。明日朝にここでいいのか?」

「少しだけ遠出してもらうから旅支度もお願いね、こっち持ちにしておくわ」

 

 さすモモ。社会人の鑑。こういうところきっちりしているから長い付き合いでもストレスを感じた事は無い。

 

「了解。じゃあまた明日って事で」

 

 ベルトに巻き付けている年季の入ったポーチから酒代分の200ギルほどをチャラチャラと机に落として席を立つ。よろしくお願いするわね、とモモディさんの言葉を受け取りつつ肩越しに手を振り外に出た。

 この別れ方は俺が考えたかっこいい冒険者がやりそうな席の立ち方その5である。冒険者ってのは見栄も大事なのだ、所作ひとつで舐められたりもするし案外大事。こういう積み重ねがいぶし銀キャラを作り出すのである。実際どう思われているかを聞くのはかっこ悪いし、舐められていない事を祈るばかりだが。

 

 

 外気に触れてぶるりと身を震わせた。砂漠に囲われた都の夜はよく冷える。

 現代では絶対に見られないであろう煌く星を見上げて思う。愛してるぜエオルゼア。

 俺は確かに、この世界における分岐点だとか、物語に関わる人物だとか、色々知っている。その知識を使えばもっと楽に生きる道があるのかもしれない、世界を救う助けが出来るのかもしれない。

 

 だが俺はその道を選ばなかった。

 

 理由は思いつくが、明確な意思はない。もしクリスタルに導かれるなら乗ってもいいし、光の戦士をサポートする役目をしろと仰せつかるなら異議はなく、その辺で野垂れ死ねといわれれば足掻いて見せる、死にたくはないしな。

 強いて理由を上げるなら、知識に振り回されるのはもったいないと思ったからだろうか、簡単に目を閉じてしまうには損が過ぎる。

 世界を救うのは俺じゃなくていい、それは俺に出来るかもしれない事ってだけで、俺がやらなきゃいけない事じゃあない。知識に振り回されるってのはそういう事だ。

 

 俺が愛したエオルゼアは、俺がいなくたって確固足りえる強さがあるのだと信じている。

 

 生き急ぐ必要はなく、惰性で生きているわけではない。

 

 ただこの世界の住人として生きて死ぬ。

 

 それを受け入れられたあの日から、俺はこの世界の住人だ。

 

 必要があれば手を貸そう。

 

 余計であれば身を引こう。

 

 俺はここにいる。

 

 誰の目にとまらなくても俺の生きる世界は、俺の愛したエオルゼアなのだ。

 

 

 

 

 

「へっくしっ」

 

 寒空を見上げて今を想う――かっこよく出てきたはいいが、俺が泊っている宿はクイックサンドの横だった。すごすごと踵を返し、モモディさんは嬉しそうにも見えるにっこり笑顔でおかえりなさいと一言。締まらねえなあ。

 

 

 



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2:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(詩人視点1)

 早朝、私は一人でクイックサンドの四人掛け出来る机を陣取っていた。

 

 グリダニアの弓術士ギルドで貰った愛弓の手入れをしつつ時間が来るのを待っていると、モモディさんが近づいてきておはようと柔らかな笑み。

 

「おはようございます!」

「ペアンは早いわね、他の三人は?」

「物資の調達をしてからここに集合の予定です」

 

 昨日の夜にみんなで旅支度をしていたら保存食の備蓄が少なくなっていたようなので、ついでにポーション類とかの消耗品もあわせて調達してしまおうと他の三人で買い出しに行っている。

 本当なら私も一緒に行きたかったのだが、念のため一人は集合場所にいるようにと貧乏くじを引いてしまった形だ。

 

「準備は怠らない、良い心掛けね」

 

 モモディさんは感心するよう頷きながら斜め前の席に腰かけた。

 

「私もみんなも、それぞれのギルドとかでみっちり教えてもらいましたから。それに、モモディさんにも」

「頼もしいわ。ポーション一つ、毒消し一つをケチって仲間を失う新米冒険者をたくさん見てきているのだもの、おせっかいも焼きたくなっちゃうってものよ」

 

 ミコッテである私の身長と比べて半分もない、ララフェルのモモディさんだが、母親に見守られているかのようなこそばゆい視線を受ける。

 年の功というと失礼だけど、実際モモディさんの知識はとんでもない。実際に冒険に出ているわけではないのに、ウルダハのどの地域にどんなモンスターがいて、何が弱点でどう対策すればいいかまで聞けばさっと出てくるのだ。

 そんな彼女の助言を聞き入れない冒険者が大成できるはずもなく。

 新米冒険者というのは夢見がちで、見栄っ張りが多くて、分かっていると聞き流して後悔する者達が一定数いる。

 

 私たちはそんなこと無い、と言えればよかったのだけど。

 

「ウルダハに来て初めて受ける依頼でモモディさんに助言を貰えてなかったらと思うと……」

 

 私も、みんなも、それぞれのギルドとか故郷で将来有望とよく言われていたのだ。

 

 期待の新人パーティ。そんなふうにもてはやされ、自分たちは強いのだと確信していたし、何がきてもなんとかなると盲目的に考えていた――それが半年前、パーティを組んですぐの事。しっぺ返し、なんて程のことでもない、新米冒険者への洗礼だったんだろう。

 初めての依頼を受けようとしたとき、モモディさんに討伐系の依頼がないか聞いたら返ってきたのは採集系の依頼、何故かと聞けば最初はこれで慣れてから始めるのがいいと言われ、みんな少し不機嫌になっていたのを憶えている。

 小型の魔物数匹程度、日帰りで倒して帰ってこれると言っても首を横に振られるばかり。ならばと依頼を受けずに魔物を倒して認めさせようなんて流れになって、ギルドから出ようとした時だ、モモディさんは状態異常を治すポーションを最低人数分買ってから行きなさいと言った。

 パーティには白魔道士がいて、状態異常を回復させる『エスナ』だって勿論使えた。鼻高々の私たちが何を馬鹿なと一蹴して立ち去るのは必定だったのだ。

 

 結果――植物系魔物の毒を受け、白魔道士が『エスナ』を使おうとした瞬間、不意に出てきた蜂型魔物の攻撃を受け麻痺毒を受ける。いつもなら気づくはずの奇襲だったのに受けてしまったのは、その辺の雑魚だからと慢心していた以外にない。

 

 ヒーラーが動けず、他のメンバーは毒に侵されていく中で思うのはモモディさんの言葉。

 みんなの思考が絶望に染まっていく中、白魔道士がおぼつかない手の動きでポーチから小瓶を取り出そうとして落としてしまう――それは見覚えがある、解毒の薬。

 私は魔物を牽制しつつ急いで小瓶を拾い上げ白魔道士に飲ませると、身体の痺れがおさまっていないだろうに、ぷるぷるとした動きで『エスナ』を唱えて毒を治していく。瞬時に毒が治ると赤魔道士が白魔道士を担いで、ナイトを殿にしつつすぐさま離脱して来た道を戻った。

 這いずりながらもウルダハのナナモ新門へと辿り着いた私と白魔道士はへたり込み、赤魔道士はしゃがんでため息、ナイトは腕を組んで自分を恥じているようであった。

 白魔道士にあとから聞けば街を出る直前、用を足したついでに念のため買っておいたらしかった。普段やんちゃなクセにこういう時は素直だった白魔道士に感謝しつつ、その出来事は苦い思い出として記憶に刻み込まれ、同時にモモディさんの偉大さを知る事となった。

 

「将来有望な冒険者を失うのはギルドにとっても痛手だわ。お互いに幸運だったと思いましょう」

「そう言っていただけると助かります」

 

 その時の事は恥じ入るばかりであるが、未熟さを理解した私たちはより一層成長したはずだ。だが人とは慣れる生き物で、最近またパーティに少しばかり驕りが見え始めている――というと少し表現としては過剰か。

 まあ些細な事ではあるのだが、なんとも難しい部分の話。

 

「支援魔法のタイミングって難しいですよね、自己強化スキルもです」

 

 先日モモディさんに相談したことを改めて口に出す。なんとも初心者らしき悩み事ではあるのだが、いつ使えばいいか、というのはパーティの成長具合によって変わってしまうものだと最近気づかされた。

 

「言いたいことは分かるわ。半年前のペアン達だったら、マーモット数体を倒すのに念を押して『プロテス』を使っていたでしょうけど、今であれば必須という訳ではない――そんなところでしょう?」

「まさに、その通りです」

 

 要は支援のバランスが崩れてきているということ。マーモット――リスのようなネズミのような小型魔物相手にMPを消費してまで支援が必要なのか、否か。

 

「ええ、分かってはいたのだけれど、この前はごめんなさいね……」

「いえいえ大丈夫です、モモディさんに成長しましたって報告にはなりましたしね!」

 

 相談を持ち掛けてから数日後、モモディさんから推薦された教導係の人を一日つけてもらい依頼を受けたのだ。だが、その教導係の人が……言い方は悪いが、私たちパーティと同等か、ほんの少し格下の技術であった。

 

「最近あなた達が受けている依頼から大体のレベルを予測して教導を付けたのだけど、予想以上に成長していたのね」

「万全を期すためにも、自分たちの強さよりも一段下くらいの依頼を受けて下積みしていこうってパーティで決めていましたから。あの日から、です」

 

 教訓を生かせぬ冒険者は死ぬ。最初の冒険で最大にして最重要の教訓を得れた私たちは幸運だったのだろう――そこに、慣れという毒牙が蝕んできている。

 パーティではお互いに指摘こそしていないが、もうちょっと上の依頼を受けてもいいんじゃないか、なんて空気がほんの僅かに流れているのを、私は感じ取っていた。それこそが、驕りの正体。

 私はモモディさんに支援魔法のタイミングで悩んでいる事を相談して、パーティの安定度を高めつつ、空気を引き締められる一挙両得の一計を案じたのだが、なんとも不幸な事故が起こってしまった。

 

「今回あなた達に落ち度は全くないわ。自分のパーティを更に成長させようと相談してくれたのに、むしろマイナスなんて結果になってしまって……本当にごめんなさい」

 

 そう、問題は加速してしまった。先日の教導係は中級冒険者と称して紹介されたのだ。その冒険者と並ぶ力を持つ私たちのパーティなら、もうちょっと上もいけるんじゃないかとの風潮が強まったのだ。

 

「だから、今回は私が用意できる中で、あなた達にとって最高の冒険者になるだろう人に頼んだわ!」

 

 そう言って胸を叩くモモディさん。なんとも頼もしい限りだ。

 しかし最高の冒険者とまで言われるとどんな人か気になるものだ。

 

「その人はベテランの方だったり?」

 

 十年単位以上の冒険者を続けているような大ベテランを望むわけではないが、ベテランとなると普段は忙しくて話を聞く時間は早々取れないはずだ。それも私たちのような新米相手に割いている暇はないだろうし、期待を込めて問いかけると予想外の言葉が返ってくる。

 

「そうねえ、冒険者歴だけで言えば、三、四年ってところかしら」

「え……それだと一般的には……」

 

 冒険者歴というのは指標になりえる。成長の度合いはあれど、冒険者として活動した時間はそれだけ生き抜いてきた事の証左になるのだ。三年四年であれば一般的には中級冒険者――この前紹介された教導係の人もそれくらいだったはずだ。

 まさかモモディさんが同じミスを犯すわけもないだろうが、何か特別な功績を上げた冒険者だったりするのだろうか。

 

「ふふ、安心して。一緒に行動していれば分かるから――ほら、丁度向こうも準備が終わったみたい」

 

 モモディさんの視線の先にはクイックサンドのラウンジが併設されている宿屋、砂時計亭から出てくる男性がいた。

 腰にはレイピア、いやエストックだろうか――細身の刀身をもった細剣――を装備し、全身くすんだ赤と黒を基調とした布製の防具を着込んでいる。軽業を前提とした軽装……ともすれば、私にとっては見慣れたジョブである、赤魔道士だろう。ある程度金属類の防具を装備していればフェンサーの可能性もあったが、布類だけで接近をメインにするのは無理がある。

 見た目はと言えば無精髭はあるものの顎下で整えられているところを見ると清潔感はあり、なるほど、しっかりとした人であることが分かる。

 

「遅れたか?」

「おはよう、ディ。まだ彼女、ペアン一人だけよ」

 

 ディと呼ばれた男性は私の事を観察するように上から下まで見つめると手を突き出して、よろしく頼む、と一言。寡黙な人なのだろうか、うちの盾役に似て口下手なだけかもしれない。

 そんな事を考えていると、私は悪寒を覚えた。それを発したのは目の前の男――今私は、何を見られた?

 

「――よろしくお願いします。私はペ・アン・ドルダ、吟遊詩人です。冒険者歴半年の新米です」

 

 一瞬の違和感はおくびに出さないよう努めて平静を保った声を出す。バレてはいないようだ。

 

「俺の名前はディザスター……オッサンとでも呼んでくれ」

「まだオッサンなんて歳でもないでしょうに」

 

 あまりにも気軽に『災厄』と名乗った彼にぎょっとする。誰が好き好んで自らの子に業を背負わせるような名をつけるだろうか。あるいは通り名かとも考えたが、モモディさんが愛称としてディと呼んだことからもその可能性は低そうだ。

 だがギルドマスターとの気軽なやり取りからも相当な信頼があることは確かなようで、以前のようにはいかないと安心感も得れた。

 

「モモディさんおいすー! んんー? アンと一緒に居るのが今回の教導係?」

「二連続オッサンっ……もしかしてウルダハのギルドは人材不足か……っ」

「おい……あまり失礼な物言いは慎め」

 

 がやがやとクイックサンドに入店してきた三人は私のパーティメンバーだった。白魔道士のミミが私に麻袋を投げたので危なげなくキャッチする。中身は私の分のポーションや食料一式。

 

「みんな十分な休息と十二分な準備はできたかしら? 今回教導としてつくのはこの人、ディザスターよ」

「よろしく頼む、見ての通り赤魔道士だ」

 

 私も改めパーティ全員で、よろしくお願いしますと、お辞儀をするとディザスターさんは私と出会った時のように全員をしげしげと見つめた。その目は真剣でもうこの瞬間から見定めが始まっているのだと思う。気を引き締めていようと考えた矢先、赤魔道士のダネスが早速やらかす。

 

「オッサンも赤魔道士なのな。後ろで引きこもってるキャスターがどんな『災厄』を運んでくれるんだ?」

 

 ――ああ、このやんちゃその1は。

 

 ディザスターさんは見たところヒューランの中でもハイランダーと呼ばれる種族、対してダネスはヒューランのミッドランダーと呼ばれる種族で、酒場の喧嘩常連な組み合わせなのだ。

 種族同士過去の因縁があるとかではなく、何となく気が合わないとかその程度の。ダネスからすればちょっとした"試し"なのだろうが、教導の人にまでそんな事をしなくてもいいじゃないか。

 

「ああ、俺には過分な名だな、恥ずかしい限りだ。そっちの詩人ちゃんにも言ったが、できれば気軽にオッサンとか呼んでくれ」

「――おう、よろしくなオッサン」

 

 一片の怒りを見せるでもなく、本当に気恥ずかしそうにして短髪の頭をかくディザスター。気性が荒い人でなくて良かった、ではなく、ダネスを睨むと感心したように頷いていた。

 ダネスからすれば仲良くできそうでよかったとかその程度の認識なのだろうが、初対面の相手にしていい事ではない。つかつか歩み寄って引っ叩こうとしたところでゴスンッといい音がダネスの頭から響き渡った。

 

「……馬鹿者が」

 

 私たちのパーティリーダーを務めるナイト――スウィグスウェルドが大柄なルガディンの身体で拳を落としたのだ。

 

「うご、ご……ごふっ!?」

「えーいばーか」

 

 よれよれ倒れたダネスに対して白魔道士のミミが追い打ちをかけていた。手を丸めて猫パンチだが的確に急所を突いている。

 

「あ、あはは……ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい」

 

 わやくちゃとした場を治めるようモモディさんとディザスターさんに向かって平謝りするしかない。そこで追い打ちかけてる白魔道士ミコッテ、お前もやんちゃその2としてカウントしてるからな、この先やらかさないように目を光らせてるからな。

 

「ふふっ。ディ、いけそう?」

「良いパーティじゃないか――モモディさん、依頼概要を説明してくれるか?」

 

 気にした様子もなくディザスターさんは続けた。よかった、本当に懐が広い人なのだろう。

 立ち直ったダネスが頭を抱えながらも私たちと整列したところでモモディさんが机の上に依頼書と地図を広げた。

 今回の依頼内容としてはこうだ、キャンプ・ドライボーンから更に歩いた場所にある湖、そこの岸辺に生息する薬草があるらしい、それを取ってくるだけの採集系の依頼なのだが。

 

「私たち、誰もキャンプ・ドライボーンのエーテライトと交感していませんね」

「あなた達の行動範囲を増やすのもついでにやってしまいなさいということよ。中継地点のブラックブラッシュ停留所には行けるでしょう? そこから数日かけてキャンプ・ドライボーンまで、という道のりになるわ」

「…………了解した」

 

 ウィールド――スウィグスウェルドの愛称――は普段依頼を受ける時の判断より熟考したようで返事までの間があった。それもそのはず、キャンプ・ドライボーンは蛮族と呼ばれる人間と敵対している種族に対抗するための拠点である。近辺に行くとすぐさま戦争が勃発するなんてことはないが、それでも危険度は都市の周りと比べれば数段上だ。

 

「あのあたりなら17ってとこだろう。昨日の夜に君たちがこなした依頼を少し聞いたが、30後半はあるだろうし、余裕だ」

 

 腕を組み目をつぶっていたディザスターさんがよく分からない数字を発した。私たちが30とはどういうことだろうか?

 

「でたわね、ディザスター数値」

「んっ? なになにそのディザスター数値って!」

 

 ミミが好奇心を隠そうともせず二人へ聞いている。そのままの意味なら災厄数値だろうか。

 

「モモディさんが勝手に言っているだけだ」

「んもう、公的に認められているわけじゃないけど私はかなり信頼しているのよ? ディがたまーに呟く数値はね、通称『災厄度』っていって危険度とか強さとかを大体で数値化してくれるの」

「へえー…………あれ、それって、すっごくない?」

 

 ミミの言う通りだ。ダネスもウィールドも訝しげに押し黙っている。

 数値化というのはまあ、新人冒険者を1とした場合……といった具合にある程度は誰にでも出来るかもしれない。だがそれをギルドマスターが信頼しているとまで太鼓判を押すほどの精度を誇るとなれば話は別だ。

 人の強さ、魔物の強さ、場所の危険度、そんなものを高精度で数値化できるのなら冒険者の死亡率はグンと下がるだろう。例えば何気なくディザスターさんは私たちを30後半と言ったが、受けた依頼でそこまで正確に測れるものなのか?

 

「大体だよ、大体。君たちの30後半と言ったのだって正確じゃあないかもしれない。モモディさんが勝手に騒いでいるだけだ」

「もう……もうちょっと欲かいてもばちは当たらないわよ?」

「こんなんで金儲けできるかっ」

 

 もしかしたらこの教導は、とんでもない人なのかもしれない。少なくとも私たちパーティに期待をさせるには十分だった――

 

 

 

 ――十分だったはずなのだが。

 

 あの後クイックサンドでモモディさんに見送られてからエーテライトを経由してブラックブラッシュ停留所へ移動、そこから更に半日ほど歩いて、今日中に東ザナラーンへ到着できればいいな、くらいの場所までやってきていた。

 キャンプ・ドライボーンへの道のりは何事もなく歩いていくだけなら三日ほど、チョコボキャリッジなら大体二日。だが歩いていく場合は道中の魔物の相手も含めれば四、五日はかかるものだ。

 私たちの行軍スピードなら三日と少し、平均よりも早い到着となるだろう。それくらいに道中の魔物は問題にならないということだ。

 

「あのオッサン、本当に教導係?」

 

 ディザスターさんから離れた場所で休憩する私たちにダネスは問いかける。

 ここまでの道のりでディザスターさんは一切手を出していない、私たちの動きを指摘することもない。

 そもそも歩き始めて最初の数十分で、戦闘は一任する、と言い放ってから本当に何もしていない。前の教導係ですらウィールドのヘイト取りから漏れた魔物を相手する程度のフォローくらいはしてくれたものだ。

 

「また期待外れか……この辺りじゃあほぼ見ない赤魔道士だっていうから期待したのによ」

「口だけなのかなー。でもモモディさんが口だけの人を信頼しているとまでは言わないと思うけどー」

 

 押し黙る私とウィールドをよそに、ダネスとミミは続ける。

 

「ねえウィールド、一体だけあのオッサンさんに魔物渡せない?」

 

 ミミがとんでもない事を言い始めた。

 

「……だが、それは」

「これはね、うちらの安全の為でもあるよ。キャンプ・ドライボーンはうちらにとっても初めての場所。どんな危険があるかもわからないのに、オッサンさんが本当に口だけの人だったら、うちらが庇うか、逃げるにしても守るか、命の危険だってあるかも……ダメそうなら今から引き返せるしさ」

 

 この辺りの魔物ならばアンなら守れるでしょ、と言葉を向けられる。

 

「――そうね、問題ない」

 

 ダネスとミミは顔を見合わせて喜んでいた。普段ならこんな案など止めているはずの私が乗っかったと思っているのだろう。それは違う。

 私は気づいていた、現状は私だけが気づけることかもしれないけれど。

 私たちは見られている。

 初めて会ったときの悪寒は今でこそ鳴りを潜めている。しかし詩人として、ミコッテとして研ぎ澄まされている感覚を、ディザスターさんに集中すればするほど警鐘を鳴らすのだ。

 

「……分かった。しかし『プロテス』は必ず」

「もっちろーん! 安全はちゃんと確保してからね。毒とかないような物理攻撃主体の遅めの魔物かな」

「ま、最悪俺も『ヴァルケアル』唱えられるように構えとくぜ」

 

 そんなやり取りのあと、休憩から戻るとディザスターさんは手帳に何かを書き込んでいたようだった。私たちに気づくと荷物をまとめてすぐさま出発できる状態にしていた。こういった所作ひとつでも気づけるような気はするのだが。

 ウィールドはともかく、他の二人はあまり見ていないようだった。まあ、舐めている相手の行動をいちいち気にはしないのかもしれないが、こういった部分が慣れ、驕りをぶり返させているのだろう。

 

 そして行軍を進めていくと数回の戦闘を経て、姦計のチャンスがやってきた。

 

 サンバット、蝙蝠の魔物がウィールドの視界外、それも丁度ディザスターさんの真横から現れる。本来なら私かダネスがフォローするところだが、気づいていないふりをして反応を見やる。

 十ヤルム――人間十人分ほどの距離――五ヤルム――詠唱を始めればギリギリ間に合うだろう距離――三ヤルム――気づけば回避は出来るだろう距離――一ヤルム――もう、無理だ。

 私は一瞬で弦に指をかけ弓柄をしならせる。同時にダネスが赤魔法『ヴァルケアル』を、ミミが白魔法『ケアル』の詠唱をはじめ、ウィールドは他の魔物を『フラッシュ』で引き付けている。

 

 私は明確に落胆していた。

 

 あの時感じた悪寒は間違いだったのだとしたら、自分の勘が鈍っていることに他ならないし、モモディさんにもこの後すぐに戻って報告することになる。その時彼女の信頼を崩してしまうこと、気に病んでしまうだろうことは想像に難くない。私たちの成長の機会が失われることも、先輩冒険者がぼんくらばかりという事実も、中々にくるものがある。

 そういうのをひっくるめて、ディザスターさんには期待していたのだが――そんな、一瞬の思考の隙、だったのだろう。

 

 サンバットは急所である小さな小さな頭蓋から血を流し貫かれていた。

 

 そして同時に鳴り響く轟音――突きのインパクトが巻き起こす風圧の音は魔物を貫いてなお勢い衰えぬと誰もいない大地に砂埃を舞わせる。蝙蝠型魔物の頭は、魔物と言えど小さい。ディザスターさんはそれを寸分違わず突き刺していたのだ。

 レイピアを抜いた瞬間は見えた、突き刺す動作も見えた、しかし動きの速さと威力は常人の域を脱している。

 

「――『リポスト』」

 

 重力によってサンバットが地面へと叩きつけられる前、一瞬で頭蓋からレイピアを抜くと血濡れた切先を滑らせ、突き上げから弧を描く切り上げ――サンバットは綺麗に両断され二つの落ちる音。

 

「ふむ」

 

 ディザスターさんは何事もなかったかのようにレイピアに付着した血を振り払い腰へと武器を納める。

 ウィールドは何事かと後ろを振り向くが、そこには唖然としているダネス、ぽへーとアホ顔を晒したミミ、そして番えた矢を落とす私の姿。

 

「どうした? たかが一匹ヘイト漏れしただけだろう。"新人"にはよくある事、次から気を付けような」

 

 やはり勘は間違っていなかった、あの時感じた悪寒は間違いじゃなかった――予想以上、想定外。この人は強い。それもとんでもなく強い。正直私たちじゃ足元にも届いていないと思う。

 新人と強調して言ったのは私たちの愚行を気づいた上で、新人だからとテキトーな理由をつけて許してくれたのではないだろうか。そしてもう十分だろうと言わんばかりに次はないと釘を刺された。いや、そもそも次など必要ない。

 ウィールドには後で説明するにしても、ダネスとミミには十分な効果があったようで、先ほどまでのお前たちはなんだったのかと何ともやる気に満ち溢れている様子だった。

 

 

 

 ――結局ディザスターさんが剣を抜いたのはその一回きり。私たちの動きに指摘もなく、出発してから三日目の夕方にはキャンプ・ドライボーンに到着した。

 

 宿屋を人数分取ると、明日の朝までは各自自由にしようと決まり、みんな好き好きに行ってしまった。

 

 私は一人道中の事を思い返して、キャンプ・ドライボーンの宿屋でうんうんと唸っている。

 初めて見る魔物も多かったのだが、そのいずれもセオリー通りウィールドがヘイトを取って後ろから私、ダネス、時にミミが攻撃しているだけで問題なく戦闘は終了している。初めて見る相手には支援をもりもりと使用し、その部分についてディザスターさんに意見を求めてみたりもしたのだが、何も間違っていない、としか返ってこない。

 彼が強者であることは間違いないのだが、パーティ行動に慣れていないのかもしれない。着くまでの間、簡素な夕食を取っている時にほぼソロで活動してきたと聞いたのだ。

 モモディさんには今回の相談の趣旨を説明していたし、ディザスターさんも知っているとは思うのだが如何せん彼にも何か考えがあるのではと無理に聞き出したりはできていない。

 

 うだうだと考えても意図は読めず、気づけば思い返すのはたった一度見た剣技。

 

 彼の冒険者歴は長くても四年ほどとモモディさんに聞いたが、同じ赤魔道士であるダネスが四年後にあの域に達することは難しいだろうと思う。少なくとも十年、下手をすればそれ以上――そもそも上り詰められるのだろうか、そんな領域のお話。

 私だって冒険者の端くれ、一度や二度はベテランの技術を見たことはある。それらと比較してなお、ディザスターさんのアレは凄かった。体幹のブレもなく、ただ真っ直ぐに目標を突き刺す技術。足から手元まで力の通りを伝導させて効率的に増大させる技術。どこを切り取っても……そう、一流戦士のそれ。

 

 そもそもな話、赤魔道士とはあくまで魔道士、キャスターなのである。接近戦も出来る、魔法も使える、そんな器用貧乏とも取れるジョブで――もしかしたら、ダネスとは違い接近に重きを置いたタイプの可能性はあるか。

 だがまあ少なくともこれは言える。彼は私が今まで出会ってきた冒険者たちの中でも最強だ。

 そんな人と行動できる機会をくれたモモディさんに感謝して、聞けることは全部聞いて、聞けなさそうな事は見て盗んで、私ももっと強くなれる。

 

 ――ここ数日彼の事ばかり考えているな。まるで恋する乙女のようだ。

 

「なんて、血なまぐさい恋ですこと」

 

 行動に移さねばなるまい。一分一秒でも話を聞いた分だけ強くなれるチャンスなのだ。経験は武器であり、防具である――さて、ディザスターさんはどこにいるだろうか。

 

 

 



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3:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(詩人視点2)

 キャンプ・ドライボーンは窪地に設立された拠点で、半円を描く坂を登れば荒野が広がっている。

 規模としてもそれなりで、エーテライトがある広場に出れば夜であっても人の波はそれなりにあるようだ。

 エーテライトを挟んで辺りを見渡すがディザスターさんらしき人影はなく、酒場か雑貨屋か、もしくは少し離れた場所にある聖アダマ・ランダマ教会かもしれない。

 

(ここから見える位置には……いなさそう)

 

 行きかう人々は雑多だった。

 ここは蛮族の監視拠点として機能しているのだが、チョコボ留、教会には墓地もあり、他国――グリダニア――へ向かう中継地点にもなっている。

 一帯をメインの活動場所とする冒険者、追悼するために訪れる者、蛮族に対抗するため国から派遣されている不滅隊、そんな者達を相手する商人、近くには鉱山もあるため鉱夫もちらほらおり、あとは、難民。

 

「申し訳ないがそれっぽちじゃあ売れないさね」

「だ、だがこの前はこれで買えていた!」

「こちとら時価でやらせてもらってる。難民も増えてきてるし物資が足りなくて……分かってくれないかね」

「……すまない、無理を言った」

 

 ぼろ布を纏った男は恰幅のいい女性商人から背を向けるとすごすご引き下がっていく。

 

 ――大都市ウルダハでもよく見る光景、見慣れたすすけている背中、私は今日も見て見ぬふりをしてその場を立つ。

 

 根本的な原因を解決できない以上、一人に構っても他の数十人をどうすることもできない。ならば関わっていい事なんて一つもないのだから。

 落ち込んだ気分を取り直すように、吟遊詩人として学んだ詩を小さく口ずさみながら広場を離れる。

 まずは酒場に顔を出したのだが、ウィールドとミミが仲良く飲んでいる背中を発見し、そっとしておくことにした。

 

「にゃははは、ウィールドの背中おっきーよねー」

「……隠れるには、十分な大きさだろう」

 

 お互い友人だと言い張っているが、距離感は私やダネスと比べて近い気がする。

 

 次にと出向いた雑貨屋ではダネスが見知らぬエレゼンとヒューラン二人組女性冒険者と話し込んでいたのでもちろんそっとしておく。

 

 はて、そうなるとディザスターさんは宿屋にいるのだろうか。私が出てくるまでに隣の部屋に戻ってきている気配は無かったが、では聖アダマ・ランダマ教会か。キャンプ・ドライボーンに辿り着いた際、横目に見えたのを憶えているから場所は問題ない。

 若干急になっている坂を登り、更に数分ほど歩くと墓地を囲む鉄柵が見えてくる。死の臭いにつられてたかっているスウォーム、ハエのような羽虫を振り払いながら近づく。

 このまま真っ直ぐ進めば教会に辿り着くのだが、その手前にある曲道には人影があった。先ほど商人にすげなく追い払われた難民の男性である。

 

(こっちの方でキャンプしているのかしら……あれっ?)

 

 男性が物陰でごそごそと何事かしているのだが、暗がりの奥にはもう一人、ディザスターさんがいた。まさか悪事は働くまいとは思うが、ただならぬ雰囲気に好奇心が勝りレンジャーとしての力を十全に振るって音もなく近づき耳を立てる。

 

「これだけあればみんなも飢えずに済む……本当に助かった……すまない、本当に」

「見返りは貰っているさ。定期的にくるわけでもない、気まぐれと思ってくれ」

「変なプライドを持ってる同胞も中にはいるがね、それは飢えで困らない最低限には生活の基盤が出来上がってるからさ――同情でも、哀れみでも、面白半分でも、気まぐれでも、手を差し伸べてくれるならそれ以上にありがたい事は無い……俺は家族と、幾何の同胞と生きて行かねばならんのだから」

 

(…………食料を渡したのか)

 

 男性の背には大きな麻袋、あの中には大量の食糧が入っているのだろう。最後まで泣きながらお礼を言い続ける男性に気にするなと手を振るディザスターさんは一人になっても岩壁に背を預け動こうとしない。

 すると彼はふと私の方を見て手招きをした。どきりと心臓が跳ねる。私のハイディングはバレていたようだ。

 

「ディザスターさん……なぜ食料を渡したのですか」

 

 気配を殺すのをやめ近寄りながら質問を投げつける。

 

「困っていたからだな」

「助けられることに慣れた難民は、いえ、人間は欲深い生き物です。一度このような事があれば次もと期待して、今度はキャンプ・ドライボーンの方々に迷惑がかかる可能性だって」

「確かに、一般的には君の言う通り褒められた事ではないかもしれないな」

「……ディザスターさんはヒューランのハイランダー、でしたね」

 

 難民、それは第七霊災――忌まわしき五年前の記憶――でウルダハへと流入してきた人たち。豊富な資源と活発な交易によって繁栄を謳歌しているウルダハではあるが、五年前のあの日からずっと、治安は悪化したままだ。そんな難民の多くにはかつて栄えたアラミゴという国の生き残りたちも混ざっている。二十年ほど前にガレマール帝国の侵攻によって陥落したアラミゴの民がウルダハへ落ち延びているのだ。人種はヒューランのハイランダーが多く、もしや彼もと思い視線を交わす。

 

「いや、それはない。この地に来たのは今から四、五年前だしな」

「そうですか……あっ、ごめんなさい。別に渡したのを責めているわけではなくて、アラミゴの民に変な感情を抱いているわけでもないんです。ただ、食料を渡した理由とかディザスターさんの事を知りたくて」

 

 私は、わたわたと手を振りながら何とも言い訳めいたことを話す。

 だが実際気になるのだ、自分は見て見ぬふりをした難民に彼が手を差し伸べた理由。そこに私との考えの違いがあるのなら聞いてみたいと思う。

 

「――俺の事を知りたいとは奇特な子だ。彼に食料を渡した理由はさっきも言った通り困っていたからだよ」

「単純に、善意からってことですか?」

 

 私の言葉を聞いたディザスターさんは、ふふ、と笑う。何かおかしなことを言っただろうか?

 

「すまない、言葉が足りなかったな。困っていたのは俺と彼ら、どちらもだ」

「何かディザスターさんにも問題が……?」

 

 問題を抱えていたとして難民に食料を渡す事で解決することとは何だろうか。少なくとも彼らは"持たざる者"だ。ディザスターさんがアラミゴ出身だったとしたらわかるが、そうではないらしいし、助力を請うにしても理由は皆目見当もつかない。

 

「この近辺の情報を貰っていたのさ。例えば冒険者に情報を貰おうとすれば相応の情報かお金とかの対価が必要、商人も然り、住民では持っていない情報の可能性もある。しかし彼らは生きるのに必死だ、身を守るために近隣の事はその目で見て確かめている、時には食料を得るために戦いだってする、見知らぬ毒草を食べる事だってあるだろう――情報の塊と言っていい」

 

 対して見返りは、食料を渡せば大体の事を教えてくれて協力してくれる。その辺りでちょっと狩りをして手に入れた魔物の肉を渡すだけで……元手はゼロで情報を手に入れられただろう――そう続けるディザスターさん。

 私は難民から情報を得るなんて考えたことすらなかった。難民と言えば"持たざる者"で、力も、食料も、お金もなく、ウルダハにとっては負の遺産でしかないと心のどこかでは思っていたのだ。だが情報は誰しもが持ち得るもので、彼はそれを取引しただけ。

 冒険者にとって情報とは値千金、それを殆どタダ同然で手に入れられるのなら、なるほど、これ以上に安い買い物はなく、さしずめディザスターさんは悪徳商人というところだろう。

 

「勉強に、なります」

「君の言った通り褒められた事ではないがな。実際、問題になる例もあるだろうし……まあ、そのあたり柔軟に対応するのも、冒険者にゃ必要だぞ」

 

 使えるものは使う。冒険者にとっては当たり前の事だが、まだまだ自分の未熟を恥じ入るばかり。

 腕を組んだまま壁に背を預けるディザスターさんは言いながら空を見上げる。つられて私も見上げれば、そこにはエーテライトの輝きが眩しい地表に、月明かりが満ちている。

 

「中々に絶景だろう? 月がよく見えるってだけでもっと綺麗なところはいくらでもあるけどな」

 

 少し遠目にディザスターさんと月を視界に入れれば、まるで月を侍らせているような彼の姿は凛々しかった。――あれ、私はおじさん趣味だっただろうか……多分尊敬の念で補正がかかっているとかだろう、そうに違いない。

 

「んで、聞きたいことはそれだけか?」

 

 見惚れていると――断じて月の景色にであって彼にではないはず――不意に問いかけられた。先ほどはあくまで難民への対応が気になっただけで本来聞きたいことは別にある。

 

「ディザスターさんは道中、私が問いかけた支援の使い方について問題ないと言っていましたよね? モモディさんには相談させていただいていたのですが、弱い魔物とかに対して支援をどこまで行うか、悩んでいるのです」

「ああ、俺もそれは聞いているよ。だが言った通り問題はないと思うぞ? 十二分、パーティが瓦解しない支援とフォローが出来ているのだから俺が指摘すべき点はないと思うがな」

 

 やはり考えがあってというよりは本当に問題がないと思われているようだ。彼ほどの人物からそう評価を貰えるのは嬉しい限りだが、なにかこう、彼の視点からのみ見える助言とかを貰いたい。

 

「それってソロのディザスターさんから見て、ってことですよね?」

「ん……あー、いや、君たちの強さを鑑みて、だが」

 

 何か言い淀んだのを私は見逃さなかった。

 

「ほんの少しでもいいんです、ディザスターさんから見てこうした方がいいとか、私たちの技術が足りてないというのなら指摘に近づけるように努力したいですしっ」

「うーん…………」

 

 必死に問いかけるが色よい返事ではない。期待を込めた視線で見続けていると困ったようにがしがし頭をかく彼は呟き始めた。

「一応モモディさんから言われてたしメモは取ってたが、フィールドモブとかインダンレベルの話でシナジーとかクソもねえしな……つかあの赤『ヴァルケアル』使ったよな、取得レベルの概念も結構無視してくるし難しいんだよな、54レベで覚えるスキル使えるのに45レベの『フレッシュ』使ってねえし……強いて言うならスキル回しだが……あー、詩人ちゃん?」

「はいっ」

 

 言っている事の九割は理解できなかったが何やら助言をくれる雰囲気を出しているので、私は喜色に満ちた声で返事をする。

 

「一応確認するが、使える技は『ヘヴィショット』『ストレートショット』『ベノムバイト』『ミザリーエンド』『ブラッドレッター』『クイックノック』『ウィンドバイト』、自己バフは『猛者の撃』支援は『フットグレイズ』『レッググレイズ』『タクティシャン』『賢人のバラード』……で、あってるよな? もしかして『乱れ撃ち』と『リフレッシュ』と『魔人のレクイエム』あたりも使える?」

「………はっ? え、えと、はい、『リフレッシュ』と『魔人のレクイエム』以外は使えます」

 

 出てきたのは私の情報のほぼ全てどころか見せた覚えがない、虎の子として持っている三連撃を放つ『乱れ撃ち』と、覚えられていない『リフレッシュ』に、聞いたことがない『魔人のレクイエム』という技。

 

「だよなあ。普通ならCD上がるごとに使えって言えばいいんだろうけど、こっちだとTPは気とか集中力って感じになってて回復速度遅いんだよな……あー、そだな」

 

 ディザスターさんは手帳を取り出して確認しながら私に告げてくる。

 

「詩人ちゃんの癖だけど、接敵後、開幕で『ストレートショット』使ってるのはいいんだけどそのあと『ベノムバイト』放つよな、ダメージ効率的にはよくないから『ウィンドバイト』を優先して使うようにすると持続ダメージの火力上がるよ、三体以上魔物がいる場合は全員にウィンド入れて、タンクがターゲットしてる魔物にはベノムも入れる。『賢人のバラード』の使いどころは任せるけど、四体以上いたら必ず使って『ブラッドレッター』は出来る限り使用回数上げるように」

 

 手帳をぱたりと閉じて、以上、と一言。

 

「そ」

「そ?」

「それですよおおおおおおっ!?」

「おおおうっ?」

 

 言い淀んでいたのは何だったのかと言いたくなるほど淀みなく、流れるように出てきたのは私の立ち回りに対する指摘。相談したかったことからはズレていても、明らかに、私の動きを見てちゃんと指摘をしてくれていた。ぶっちゃけ言ってる事は理解できない部分もあるが『ウィンドバイト』を優先すべきだとか、魔物の数に対して対応を変える助言などはかなり有用である。

 

「なんですかなんですか、ちゃんと見てるじゃないですかっ」

「おお、落ち着け詩人ちゃん、これ言っても理解してくれる人が少ないからあんまり言いたくなかったんだよ。だってさ、『ウィンドバイト』の方が『ベノムバイト』よりも持続ダメージが高いって言われて、分かる?」

「正直、違いは判りません。でも、複数体相手の戦闘における持続ダメージの維持についてはとても勉強になります。そこまで言ってもらえるなら、支援のタイミングとかについても助言できることがあるのではないですか……?」

 

 ここまではあくまで私個人に対する指摘、でもここまで言ってくれるディザスターさんならあるいはパーティに関することも――

 

「まー……『プロテス』は何が相手だろうとかけておくべきだろうな。というか支援魔法とかは基本使えるタイミングなら使うべきだ。戦闘を早く終わらせればそれだけ全体の消耗は減るし、その分浮いた時間は休憩に使えると思えばどちらにしろ、かと思う。ただ極端に消耗が大きい支援、詩人ちゃんは覚えてないみたいだけど『魔人のレクイエム』とかは戦闘中に唱え始めると詠唱の硬直で失った詩人ちゃんの出すダメージと、支援で増加するパーティ全体のダメージを比較したら使わない方がいいとかあるし、固定パーティの運用に寄るんだよなあ――っていうのがさ、こんなん一般的な方法じゃあないんだよ」

 

 出てくるわ出てくるわ相談事に対する助言。最初から言ってくれれば道中で試す事だって出来ただろうに……というのは少々暴論か、あくまで三日間見てくれていた結果出てきた助言だ。そしてディザスターさんの言う通り、一般的な方法ではないだろう。全体の消耗を抑えられると言っても過剰に支援していればそれだけパーティのリソースは減っている。

 ただ詠唱硬直云々に関してはかなり考えさせられる。どれほどの詠唱が必要な技なのかは知らないが、その詠唱時間中に行える攻撃分と、支援効果で増加するダメージ分、前者が上回るとしたら確かに使わないパターンの方が戦闘を優位に進められるだろう。だがそれは間断なく攻撃できる場合の話ではないだろうか。ウィールドのヘイト取りだって限界があるし、敵の数が多ければ私もダネスもミミも魔物の相手をしなければいけない場合だってあるだろうし、攻撃が出来ないタイミングでは詠唱に時間を回すか――そうか、そういうことか。

 

「ディザスターさんの助言は、敵の出方を見て立ち止まってる時間があるなら戦闘中の時間というリソースを無駄にしない行動を基準にしている、のかな?」

 

 戦闘で理想を言うならばという話だ。どこまでも効率を突き詰めていった場合、攻撃を行わない時間は無駄でしかなく、タンクに任せて敵の出方を伺っている時間はその分パーティ全体が出せるダメージが減る。理にかなってはいるが、実行しようとすれば敵の攻撃方法や動き方を熟知して、完璧な行動が求められてしまう。知識面もさることながら、一瞬の思考能力、実行する技量……助言のレベルが高すぎる。

 

「……すげえな」

 

 ディザスターさんはぽつりと呟いた。

 

「俺の話をそこまで明確に言葉に出来た奴は少ないぞ。姫ちゃんとばかり思っていたが、なるほどなるほど、見込みがある」

「そ、そんな、私なりにディザスターさんの言葉を噛み砕いただけですよ。分からない部分も多かったですから……あとっ! 姫ちゃんってほどみんなに守られてばっかりじゃないですのでっ!」

 

 やはり彼からすれば私はひよっこでしかなく、後衛で守られてばかりという認識だったのか姫ちゃんなんて言われてしまい少し怒る。だがそれ以上に彼の一言は嬉しすぎた。

 

「すまん、今のはあまり気にしないでくれ。っと、明日も早いしそろそろ戻るとしようか」

「はい。……出来ればでいいんですけど、明日ダネスに――」

 

 ディザスターさんは組んでいた腕をほどきながらキャンプ・ドライボーンへと足を進め始めた。戻る間にもどうすれば無駄なく技を使えるかなどの薫陶を受け、聞くたび彼は少し困った表情をするのだった。

 

 

 

 次の日、キャンプ・ドライボーンを出立して数時間の場所に依頼の湖はある。その道中で何度か魔物と戦闘になるが、私は早速昨日貰った助言を実行していた。

 

「……アン、ペースが速くはないか?」

「うちのMPは結構余ってるからもうちょっと緩めても平気だよー」

 

 勿論パーティメンバーは気づくだろう。普段に比べれば私は倍以上の技を繰り出し、過剰と言えるすれすれの支援を使っていた。

 

「ごめん、ちょっとこれで行かせてくれないかな」

「集団の魔物は殲滅早かったよな、つっても息切れしないように気をつけろよ」

 

 ダネスの言う通り、倍の攻撃をしていれば集中力は倍以上使うだろう、だが想定よりも疲れはない。普段温存している『タクティシャン』――集中力を回復する支援の使用回数も、相対的に増えているからか。使える時に使うべきとディザスターさんが言っていたがこういうことだろう。

 結果だけを見れば私の消耗は普段よりも多いが、パーティー全体の、特にミミのMP残量で言えばプラスになっていた。

 みんなには気合いを入れすぎだと言われたが、そうではない。もしディザスターさんを基準とするならば、これが普通なのだ。私たちが上位の冒険者と呼ばれるようになるには必要な事なのだ。

 

 そしてやってみて分かった、慣らす必要はあるだろうがまったく無理ではないという事に。

 

 もしディザスターさんの薫陶をパーティー全員が受けられれば――私はぞくりとする。熾烈なまでの攻撃を可能とするパーティ、目指すべき姿を夢想したのだ。同時に驕りでもあった。

 私たちはまだまだ弱い、なればこそ到達点として目標が見えたことだけを歓喜すべきだろう。ディザスターさんが言っていたことを完璧に実行できているわけではないのだ。強くなれたと勘違いする事なかれ……まだ発展途上であることを知れ、私。

 

 そんなこんなで到着した湖、荷物は殆ど宿屋に置いているため見張りを立てる必要はない。全員が整列しディザスターさんの言葉を聞いている。

 

「今一本取ってきたが、依頼で集めるよう言われているのはこの草だ。絵で見るよりは実物を見た方がわかりやすいだろう。臭いも覚えておくといいな」

「えーでも似たような雑草がその辺にいっぱい生えてるよー、オッサンさんはよく分かったねー?」

 

 ミミはいつもの口調でディザスターさんに口を利く。フランクに話していいとは言われているが、私はもう躊躇ってしまうくらいには、尊敬の念がありすぎた。

「茎が二イルムほど地面から出ていて葉の裏が薄黒いのが特徴ってのは事前に聞いてたが、それっぽいのは確かに多い。だが昨日ちょっと見分けるコツを聞いてな、ほらここ」

 

 ディザスターさんが指さしたのは葉の縁が本当に少しだけ、注意してみなければわからないくらいに白みがかっていた。

 

「元々白い草だったのだが環境に適応してその辺の雑草と変わりなく、むしろ黒くなっていったそうだ。だが特徴は消しきれず、葉の縁はほんのり白くなっていることが多くて、あとは臭いが青臭いよりは酸っぱいらしい」

「……確かに酸っぱいな」

「に゙ゃ゙ゔゔゔぅぅ臭いぃぃ」

「っても、これだけ特徴ありゃ分かりやすいな」

 

 その情報こそ、難民からもたらされたものだろう。もし彼から詳細な特徴が聞けていなければ余計な草を大量に採取していたかもしれない。

 情報の聞きだし方も覚えた、それだけでも今回教導係になってもらったことに意味はあっただろう。

 ディザスターさん含めた私たちは岸辺を歩き指定の薬草を集めていく。危険な魔物が近づいてくることもなく、時折ミミが私に水をかけてきてやり返してと緩い雰囲気ではあったが朝早くに出てきたこともあり、十分な量を集め終える頃にはまだお昼時であった。

 

「えー戻って食べた方がおいしい物食べれるよー」

「……だが腹は減った」

 

 ディザスターさんが飯にするかというと、私たちの意見は見事に割れた。男衆はさっさと何かを食べてから移動しようと言っているが、私とミミは出来れば宿屋とかで落ち着いて食べたいと主張している。

 保存食に手を出すよりも経済的だし、そもそもあまりおいしくないし――とそこでディザスターさんはポーチから保存食である燻製肉を取り出した。まあ教導係である彼の言葉には従うかとミミも大人しくなり、私たちも岩場に座って用意していた燻製肉とか魚を取り出す。

 

「くんくん……あれーオッサンさんのお肉、美味しそうな匂いがするぞー?」

「自家製だからな、一般的に売られているのよりは旨いだろう……わかったわかった、別に数はあるから分けよう」

「さっすが教導係様! 家庭的! 素敵!」

 

 ミミのもの欲しそうな視線にやられたのかポーチから人数分取り出すと、私たち全員に投げ渡してくる。こういうのも自分で作れた方が安上がりだろうし、憶えておこうかと考えながら一口ちぎると、濃厚なスパイスの味が広がる。肉は想像より断然柔らかく、独特な臭みがスパイスとマッチして口の中によだれが溢れる。

 

「う、おっ……? なんだこれ、めっちゃ旨え!」

「うみゃーうみゃー」

「お、美味しい……ディザスターさん、これ何の肉ですか?」

 

 みんなも一口食べて騒ぎ出し、ウィールドに至っては一言も発さず黙々と食べ続けていた。もしかして高級な肉だったりするのかと確認してみる。

 

「ウルダハとかで売られてる保存食は大体バッファローのサーロインから作られてるが、そいつは『ジャムメルジャーキー』っていってな、ジャムメルっつー……なんだ、この辺じゃあ生息してない魔物の肉だ。使ってる塩もこの辺だと希少なもんだが、口に合ったようでよかったよ」

 

 燻製肉一つ作るのに素材でここまで違いが出るのか……これならわざわざ宿屋で食事をとるよりもよほど美味しいと思う。というかこれが毎食出てくるなら冒険が楽しみになるくらいには美味しかった。ミミなどもうなくなってしまうと名残惜しそうに手に付いた塩も舐めている。

 腹ごなしも済みそろそろ戻るかというタイミングだが、ここでディザスターさんがダネスに話しかけた。

 

「赤魔くん、そろそろ教導係らしいこともしようかと思う……剣を抜いてくれ」

「――へへっ、そうこなくっちゃあ、嘘だぜ」

 

 ダネスはようやっとかと岩から飛び降りすぐさま細剣を前へと構え、魔法触媒となるクリスタルを後ろ手に浮かせる。ディザスターさんも同じような構えを取り、対峙する。

 赤魔道士とは文献に残っている限り白魔道士や黒魔道士と違い環境エーテルを使用しない――要は、自然に漂う魔力を借りず自ら生み出す魔力によってのみ術を行使するのだ。

 もちろんだが自らの魔力によってのみ唱えられる魔法は、黒魔法や白魔法のように自然の魔力を使う力に比べるまでもなく、劣る。自らが生み出せる魔力など10程度で、自然の魔力を100と考えればわかりやすいか。

 だからこそ、赤魔法は僅かな魔力でも高効率で術の威力を高められるために生まれた魔法である。

 効率……そう、ディザスターさんは冒険者として効率的な戦い方を教えてくれた。"そういうこと"なのだろう。たった一から十を生み出すような、そんな魔法を好んだのだろう。

 ミミとウィールドもごくりとつばを飲み込んで緊張している様子で、ディザスターさんとダネスが戦闘を開始しようとしたその時――ダネスの後ろに猪型の魔物がのそりと現れた。

 

「ダネスっ!!」

 

 私はすぐさま矢を番え、魔物の足を止めるため『フットグレイズ』を放つ。寸分たがわず猪型の魔物は矢に縫い留められ動きを止めた。一旦は安心したが、奇妙な形状をしている魔物だ……背中に多くの棘を持っているのだ。足の矢を鬱陶しそうしながらも構える魔物。同時に背中の棘がうぞうぞと蠢いているのが分かる――飛ばしてくるつもりか!

 みんなが一斉に構える中、ディザスターさんは既に詠唱に入っていた。

 

「50だな――赤魔くん、よーく見とけよ」

 

 短い詠唱が完了するとダネスもよく使う『ジョルト』を放つ。赤い魔力の奔流が魔物を襲うが、致命傷には至らない。威力はダネスと比べられないほどだと分かるくらいに大きな魔力を誇っているにもかかわらずだ。

 だが赤魔道士はそれで終わらない。

 『連続魔』――赤魔法の最大にして根幹の技術。魔法を放った後、すぐさま連続して別の魔法を放つことが出来る。続けざま『ヴァルサンダー』を詠唱無しで放つ。ここまではダネスも得意とするコンボで、詠唱後の硬直が入る。見事な威力を見せつけられダネスは興奮しているようだ。しかしキャスターが硬直に入ったのなら私たちはフォローに行かねばなるまい――そう考え動こうとしたのだが。

 ディザスターさんは後ろ手のクリスタルを上に掲げ何かを溜めた――ダネスも使う『アクセラレーション』、自らのマナを更に効率よく使えるようになる技を使用。そして流れるように前にかざすと魔物はぶるりと震え――何かしらの妨害魔法を使ったらしい。

 そのまま次の詠唱へと移り今度は『ヴァルファイア』から『ヴァルエアロ』のコンボ。ここでまた硬直が入るはずのタイミングで、彼は細剣とクリスタルを振るうと背後に青い半透明の剣が複数現れる。そのまま細剣を地面へと突き刺し、蹴って宙返りするとその勢いに合わせて再び半透明の剣が現れ、その全てが魔物へと降り注ぐ。そして『ヴァルストーン』から『ヴァルサンダー』へ――基本的な赤魔法のコンボが一巡した。

 

「Proc切れた……」

 

 何事かをぼそりと呟くが、そんな事は関係ないと胸元へ細剣を掲げ、長い詠唱が必要なはずの『ヴァルエアロ』をすぐさま放つ。またもや硬直のはずのタイミングで今度は以前に見せた突きが長距離から超速度で接近して穿たれる、突きがクリーンヒットすると魔物は怯むが、ほぼ同時に後ろへと跳躍をし細剣から衝撃波が飛び、魔物を傷つけながら距離を取る――『ヴァルストーン』から『ヴァルサンダー』――そして、天高くクリスタルを掲げ光が溢れると私たちを包み力がみなぎったのだ。見たことがない、赤魔道士が使える支援魔法なのだろう。

 再び短い詠唱が入り――放たれたのは赤い奔流。基本的な魔法である『ジョルト』かと思いきや、着弾と同時に赤い魔力の華を咲かせ、爆発と共に散っていく、また見たことがない魔法。からの『ヴァルサンダー』。

 そしてディザスターさんが腕を振るうと、目に見えるほど濃密な魔力が彼に集約していくのが分かる。再度細剣による突撃をして……熾烈な接近攻撃が始まった。細剣に魔力を纏わせ突き、切り上げ、横薙ぎ、袈裟切り、連続突き。全てに大量の魔力が練り込まれた魔法剣、締めとばかりに先ほども見せた後ろへの跳躍と同時に衝撃波を飛ばして、降り立った場所で、それは放たれた。

 

「『ヴァルフレア』」

 

 一瞬の静寂から、轟音。爆風。離れた場所にいるはずの私たちですら感じ取れる熱。舞い上がる砂埃で見えないが確認するまでもなく、魔物は消し飛んだだろう。

 砂埃が晴れると、魔物が縫い付けられていた場所は地面が焦げ、えぐり取られていた。

 

「赤魔道士の基本的なスキル回しだが――赤魔くんはちょい回し方変わるかな」

「ははっ……オッサン、名前負けなんてしてねーじゃねーか」

 

 間断のない、容赦のない、熾烈な攻め。まさしく『災厄』の名に相応しい、破壊力。

 

 私たちは知った。彼が『災厄』の名を持つ所以を。

 

 




たくさんの感想と評価、ありがとうございます。
スキル回しは諸説あるので異論は受け付けます。


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4:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(主人公視点1)

 クイックサンドの一室、角部屋の手前、俺はそこに何年も住み続けている。

 

 移動しろと言われたらするが、その際は目の前に広がる散乱した装備を一緒に片づけてもらうぞ、と冗談交じりにモモディさんに言ったら、じゃあずっと住んでなさいな、とお墨付きも貰ってるし実質俺の部屋みたいなもんだ。

 何が言いたいかというと、ゲーム内では当たり前に行使していた権利であるアイテムボックス、無制限じゃないにしてもアイテムの体積を無視した個数制限だけの収納バッグなんていう便利なものは今のところお目にかかったことはない、つまりアイテムの整理には困るということだ。

 ゲーム内ですらボックス足りねえとか思ってたのにリアル基準では足りるわけもない。もしかしたら魔法とかエーテル技術とかで何とか出来るのかもしれないけど、少なくとも一般人に手が届くものではないだろう。

 

 とりあえず今引っ張り出したいお目当ての装備を見つけるため、アイテムの整理をしながら懐かしい物を発見しては、初めて目覚めた時の事を思い出している。

 

 クイックサンドのラウンジでモモディさんに、そろそろ宿をお探しの時間ですわよ、と肩を揺らされて起きたあの日。

 見慣れているはずの、見慣れていない場所でわけもわからずその場に座り込んでいればちょいちょいと横にあった麻袋を指さされ、旅の商人さんかしら、と言われたのだ。中身はポーションとか、薬類とか、換金アイテムとか、その時は気づかなかったがキャラクターの手持ちアイテムだった物。

 段々と頭に馴染ませるよう状況を咀嚼していけば、あら不思議、ここはクイックサンドであなたはモモディさんでまさかのエオルゼアじゃあないか。

 何をすればいいかなんてわかるはずもない麻痺した頭では宿の確保が最優先事項となり、砂時計亭に泊まれないかと交渉したら、丁度空いていた一部屋が今でもマイルーム。

 ちなみにモモディさんの隣の部屋である、ちゃっかり角部屋使ってる辺りおちゃめだ。

 

 その後数日をかけて色々な事を確認していけば、生前、いや、エオ前――エオルゼアに来る前――にキャラクターが持っていた装備とか素材とかその他諸々は大体そのままだったのはとても助かった。あくまで大体だが。

 元々手持ちには必要最低限だけを持っておく気質だったので、目覚めた当時は最初に持っていた麻袋以外は全滅かな、なんて考えていた。

 何気なくリテイナー、荷物管理とかマーケットへの出品を代わりにしてくれる人たちの雇用窓口で話を聞いてみれば、いるではありませんか、エオ前に雇っていた方々が。

 ならば素材その他諸々も無事だろうと、歓喜しながら呼び鈴を使って呼び出してみれば待たされること数分、一人が駆けつけてくれた。ゲーム的にはいついかなる場合、どんな時間だろうと一瞬で現れるリテイナーだったがリアルに考えればそんな事が可能なわけもなく、タイムラグは必ず発生するのだ。

 さらにいえば二十四時間常に対応してくれるってわけでなく、リテイナーを雇う際に交わす契約によっては規定外の時間では対応してくれないし、お休みの日は契約者が雇っている別の人が対応する、なんてこともあるらしい。

 そんなブラック企業みたいなことは当然させたくないし常識的な時間に呼ぼうと決意しつつ、預けているアイテムの目録を貰えば出るわ出るわヤバいアイテム。もうね、わんさか。

 

 アーマリーチェスト――システム的に装備だけをまとめたボックス――の中身もリテイナーに預けられていたようで、時系列的にどう考えても存在してはいけない装備が多数。

 オメガ装備は確か世界滅ぼそうとしてる奴のデータから作った装備だし、何ならバハムート装備とかゲーム内では無用の長物でも、世界設定的にはアウトでしかない。

 すぐさまリテイナーを物陰に呼び寄せて忖度を強要すれば、報告はしてないしする気もない、とのことだった。まあ一般人からすれば今あげたのは"なんか強そうな装備"でしかなく、そもそもリテイナーは仲介を受けて雇用されているだけで最低限の報告義務以外はないのだとか。もちろん明らかな危険物はリテイナーの判断で報告しているようだが、俺の持ち物では明らかにヤバい物……例えば麻薬とか、そういうのだ、その類の物はないし、小規模な爆発物程度なら管理場所の隔離はするものの、管理可能だから問題ないとかなんとか。りていなーってしゅごい。

 目録を読み進めれば完成した装備は全てそのままだが、装備を作るための、ゲーム的には交換券代わりだったアイテム等はなくなっていた。使ってないデータログ――世界滅ぼしちゃう系の敵から貰える素材――とかあっても困るから逆に助かったが。

 

 そんな存在不可能系の装備達は、当たり前であるがこの世界において破格の性能を誇る。

 

 エオルゼアにおける重要人物とか賢人に見つかった際に疑念の眼を向けられるリスクと、めっちゃ強い装備を持ってるのに装備しない事で生まれる生命的なリスク、天秤にかけるまでもない。俺は躊躇いなく装備を使う事にしている。

 前者は未来から来ましたとかで何とかできるから一発アウトではない、ファイナルファンタジーだし。後者はいつ世界規模の終末を迎えるかもわからないので超危険、ファイナルファンタジーだし。

 なので普段は俺がゲームをやっていた時にエンドコンテンツで入手できた最高の装備――オメガ装備とスカエウァ装備――を装着しているのだが。

 

 今、宿屋の自室でえっちらおっちらアイテムの整理をしつつ何とか見つけ出した、目の前に広がる装備はそんな最強装備に劣るもの。

 何を悩んでいるかと言えば、そう、ミラプリである。

 ミラージュプリズム、通称ミラプリ。要はファッションシステムの一つで、装備のステータスはそのままに、見た目だけを変えられるというもの。ステータスには影響ないが重要だ。例えばめっちゃ強いラスボスが村人の見た目とか嫌だろう。それはそれで興味をそそられるかもしれないが俺が求めるものとは別種のそれだ。

 着ぐるみ装備とかネタに走るのもいいが、やっぱり戦闘はかっこよくキメたい。今日は新人の教導係って事だし、舐められない程度に――アレキ胴とかかっこいいし、キャスターっぽく後ろひらひらマントで行くか。武器はシュレイガー……目立たないでいて均整の取れた細剣。

 こんな感じでミラプリの時間は割と楽しくて、すぐ時間が過ぎてしまう。

 エオ前ではスーツかスウェットかの二種類しかなく着替えに時間をかける女性の気持ちなんぞ分からんかったが、こう着替えられる服がたくさんあると結構こだわってしまうらしい。あるいはゲームをやっていた時代の名残かもしれない。

 時計を見れば集合時間の少し前、隅っこに置かれた大容量のキャビネットにキャスター装備をそっと片づけて荷物の最終チェックに入る。

 

 まずはキャンプ用具、これは一人だったらチョコボに持たせてしまうのだが今回は五人旅、最後にバッグに括りつけて山登りスタイルにする。今の装備はマントがデフォルトでついているからいいが、もし無いようなら必ず持っていくべきだ。夜、下手な布では地面から冷えが伝わってきて最悪凍傷なんてこともあるので布地のしっかりしたマントは必須。

 

 次にポーション類、各種状態異常の解毒薬は絶対に持っていく、特にキャスターなら沈黙対策である『やまびこ薬』は複数個、あとは毒、麻痺などポピュラーな状態異常の対策さえできれば基本的には問題ない。

 それ以外にも状態異常がないわけではないが、少なくとも普通に冒険者をやっていて見ることはほぼ無いと思う。百の内の一に備える必要はあるだろうが、万の内の一に備えるなら、そうならないように行動することを対策とすべきだろう、つまり危うきには近寄らずということ。万が一に備えるならそれこそ白魔道士を頼るべきだ。

 

 そして食料はいつもの『ジャムメルジャーキー』を持っていく。これはギラバニア山岳地帯にいるジャムメルというラクダのような魔物の肉を燻したその名の通り燻製肉だ。現在そのギラバニアはガレマール帝国に占領されており普通の手段では絶対に入れないがそこはこのヒカセン、食の為には命を惜しまぬ――いや、そこまで危ない事をするわけではない。

 

 帝国兵ってのは征服した地方の属州から徴兵された者達が結構な割合で交ざっているのだ。もちろん望まない徴兵を受けて故郷の為に仕方なく従っている者達も多く、管理しきれない部分だって出てくる。

 幸いにもゲームのストーリーを進めていると帝国兵の服は手に入るのでそれを使ってちょろっと近づき、物資の交換をしたいと持ちかけたわけだ。最初は怪しまれたのだが、こんな危ない事をしてまで何が欲しいのかと聞かれ、ジャーキーを作るための肉が欲しいと言ったら一瞬きょとんとした顔を見せ、すぐさま笑いながら肩を叩かれた。巡回のついでに狩ったらしいジャムメルの肉を受け取りつつお代はと聞き返すと、次の取引の時にそのジャーキーを分けてくれればいいと言われ、定期的に交換しに行ったりしている。今ではついでにアラミゴでしか手に入らない塩も貰っている。

 

 肉と塩、加えて紅玉海という東方地方と、万年雪に包まれた地方であるイシュガルドで採れる香草とか、あとはウルダハでも売ってる数種類のスパイスを加えればやっとこさ『ジャムメルジャーキー』の完成だ。

 園芸師や調理師もカンスト70レベルだったので採取や調理をどうやればいいか、とかはなんか身体が憶えてる感じ。例え難いのだが、キーボード打つときとかブラインドタッチは気づかないうち出来るようになってるじゃん、あんな感じ。まずはこれをやってと考えると指が動くのだ。

 もう今でこそ自分の力だと確信するほどには慣れた感覚だが、自分で採ってきた素材を自分で調理するのは楽しかった。苦労が形になる瞬間の達成感は何物にも代えがたい。

 

 そんな懐古の時間も終わり詰め込んだ鞄を肩にかけて自室を出た。数日間の間は帰らないし、しっかりカギをかけて石の廊下を歩く。

 

 今日から教導を任されたパーティは、モモディさんに聞いた情報から察するに30後半くらいのレベルだろう。エオルゼアにおいては中級冒険者の仲間入りといったところだ。

 ただ大体というだけでゲームに当てはめてはいけない。ゲームであれば一定のレベルに達すると覚える技とか魔法だが、この世界においては覚えようと思えば低レベルで最高レベルの魔法を覚えられてしまう。

 これは本当にうろ覚えなのだが、ゲームでは『ソウルクリスタル』と呼ばれるアイテムがあった。それは古の者達の記憶が刻まれていて、所持したまま経験を積むとそのクリスタルから技を受け継げる……とかだった気がする。だからレベルという概念により一定値で技を習得できたのだろう。

 俺が所持している『ソウルクリスタル』を他人に渡せば高度な技を覚える助けになるかもしれないが、今のところ試した事は無い。なので通常であればこの世界において技の習得は才能に左右される。普通に考えれば当たり前の事ではあるが、敵を倒して経験が数値として貰える世界ではないのだから、剣技や魔法を使おうとすれば体系化されたそれを覚える必要がある。

 そう、やろうと思えば才能によっては実戦経験がなくとも強い魔法が撃てたりもする。経験が足りてなくても技を使えたりする。

 それを目の当たりにしたとき、俺はちゃんと赤魔道士の、赤魔法の勉強を始めた。"魔法"という学問はエオ前にはなかったのだ、実際に何をしてどうすれば魔法を使えるのか、理論的に知ってみたくなったのだ。文献として残ってる書物を探し求めたこともあるし、ゲーム内で赤魔道士として成長するクエストで重要だった人物にも会って教えを乞うた。

 

 結果、エオルゼアにおける"魔法"というものをしっかりと"知識"として吸収できている。

 

 ここでも活躍したのがレベルカンストというアドバンテージ。あくまで自分が使える赤魔法に関してだけだが、理論的にこうやって魔力を運用して、こうして、こう、と頭に浮かぶのだ。だが赤魔道士の成り立ちとか、魔法詠唱者が憶えておくべき基礎知識――大地に漂うエーテル云々――とかはごっそり欠如していたので勉強は有意義な時間だったと言える。

 俺の事は置いといても、そんな事情があるのでこの世界の住人を変にゲームでの知識へと落とし込めることはしてはいけないし、したくない。もし数値で彼らを計ろうものなら想定できない痛いしっぺ返しがあるのは当然で、ここはゲームなんかじゃなくリアルなのだから、知識に振り回されてはつまらない。

 

 最初からこの考えは変わらないが、少し昔とある出来事もあって強くそう考えるようになったのを思い起こしながら、砂時計亭から出ればクイックサンドのラウンジから注がれる視線。そこにはモモディさんと弓術士の格好をしたミコッテがいた。

 

「遅れたか?」

「おはよう、ディ。まだ彼女、ペアン一人だけよ」

 

 近づいて声をかければモモディさんは俺の事を気安くディと呼ぶ。四、五年の付き合いではあるが信頼されたものである。もちろん悪い気はしないどころか大変に嬉しい。

 そしてペアンと呼ばれた彼女が件の冒険者なのだろう。横に視線を向ければどこか真面目そうな雰囲気をして佇んでおり、帽子のつばが軽く片目を隠しているが片目は俺を見据えている。帽子と同じく肩口を半分だけ露出させる布防具に、膝丈のスカートとブーツの間から覗く肌――真面目系な子がちょっと清楚におしゃれしましたみたいな感じだ。こやつ、出来るな……適度にカワイイを盛り込んでおる……これは策士系のhimechanの可能性が無きにしも非ずである。

 パーティを組む相手の装備を確認するのは大事だ。ダンジョンに突入して移動中とかに他人の装備を確認してこのミラプリいいなとかプロフィール欄のコメントを暇つぶしに確認するのはヒカセンの嗜み故。まあこの詩人ちゃんは吟遊詩人としてはそこそこな装備である。お金を工面できない駆け出し冒険者の装備よりも強度が高く動きやすく、しかし上級冒険者としては使い込まれていない。

 

「――よろしくお願いします。私はペ・アン・ドルダ、吟遊詩人です。冒険者歴半年の新米です」

「俺の名前はディザスター……オッサンとでも呼んでくれ」

「まだオッサンなんて歳でもないでしょうに」

 

 ペ・アン・ドルダと名乗った彼女に続いて俺も自己紹介を交わす。モモディさん、俺は肉体年齢はともかく精神年齢だけでいえばそこそこなのだよ。だが数年過ごしているこの姿はどうやらそこまで歳食っているようには見られないらしい。

 

「モモディさんおいすー! んんー? アンと一緒に居るのが今回の教導係?」

「二連続オッサンっ……もしかしてウルダハのギルドは人材不足か……っ」

「おい……あまり失礼な物言いは慎め」

 

 まだパーティメンバーが揃っていない事を聞こうとしたところですぐに他の三人もがやがやとやってきた。ミコッテ白魔とヒューラン赤魔とルガディンナイトのお出ましである。

 軽く挨拶をして再び装備を確認する。

 

 白ちゃんは白魔にしては露出が多めで、詩人ちゃんと同じくらいには肌を出していた。言動もだがなんかギャルっぽい……そして詩人ちゃんとあわせて驚異の胸囲をしておられます。胸の設定値最大でキャラメイクしたってああはならない、然り、やはりエオルゼアは素晴らしい。

 

 赤魔くんは物珍しそうに俺を見つめているが、同じ赤魔道士だからだろう。この世界における赤魔道士は人口が少ない、というかほぼいない。赤魔法は失伝した技術らしいし資料もほとんどないのだ。俺も調べるのにかなり苦労したが、あるところにはあるようで稀によく見かける。装備は布装備で整えられていて、動きやすさ重視だろう。腰にあるレイピアは新品同様とはいかなくても、あまり活用は出来ていないのか汚れは少なかった。

 

 ナイトくんは……驚異の胸囲をしているな、筋肉的な意味だけど。装備は足装備の損耗はそれなりに激しいようだ。しっかりと盾受けすると力の流れは足に行く、そうなると足を踏ん張る関係で足装備が損耗していくので、足を見ればタンクの質が分かる。盾が傷つくのは当たり前なので、まずは足装備を見ると交換直後とかでなければ経験を積んできた証が見れたりする。中々仕事人な雰囲気があるから心配はあまり必要なさそうだ。パーティにおいてタンクがよろしくない場合はそれだけで瓦解する可能性もあるから注意深く見る予定だったが、ひとまずは安心できた。

 

 とりあえず装備確認が終わると赤魔くんが口を開く。

 

「オッサンも赤魔道士なのな。後ろで引きこもってるキャスターがどんな『災厄』を運んでくれるんだ?」

 

 俺が気にしてる事を普通に言いやがった。

 いやまあ確かにこんな見た目普通のオッサンがね『災厄』とか名乗ってたらそりゃそうなるかもだけどね。今までも何回も突っ込まれてるしこのやり取りも慣れてきてるけどね。名前負けしてるのは自覚してるけど、もうちょっとオブラートに包んで欲しいものである。

 いつものように流しておくと流石にパーティメンバーに怒られていた。大柄なルガディンの一撃は痛そうだ。あ、白魔ちゃん流石に鳩尾に攻撃は可哀そうじゃないかな。 

 

「あ、あはは……ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい」

 

 このパーティにおける苦労人は詩人ちゃんか。冒険者は割とはっちゃけた性格してる奴も多いしパーティメンバーにそういうのがいると必ず後始末を押し付けられる人がいる。まあこのパーティはナイトくんも目を光らせてるようだしたちの悪い冒険者パーティにはならないだろう。仲も良さそうだしギスギスした空気もほぼ無いと見える。エンドコンテンツでワンミスから生まれるギスギスに心を折られる世界ではないのだ。

 

「ふふっ。ディ、いけそう?」

「良いパーティじゃないか――モモディさん、依頼概要を説明してくれるか?」

 

 俺はモモディさんから事前に聞かされていたが認識を合わせるために改めて聞いておく。

 今回はキャンプ・ドライボーン近くの湖に生えている薬草の採集依頼だ。俺一人ならぱっとテレポを使って一日あれば終わる内容だが彼らのパーティはテレポを使えない場所らしい。この世界におけるテレポはエーテライトと呼ばれるでっかいクリスタルと交信して場所を身体そのものに記録かなんかしておかないと飛べないのだ。しかも飛んだ先ではしっかりと使用料を徴収される。正確には整備費らしい。

 一度エーテライトと交信を行えば以降はいつでも使えるようになるが、最初の一回はしっかりと旅をして向かわなければいけない。今回は彼らの行動範囲を広げる目的も含んでいるので丁度いい依頼だったのだろう。

 

「あのあたりなら17ってとこだろう。昨日の夜に君たちがこなした依頼を少し聞いたが、30後半はあるだろうし、余裕だ」

 

 ゲーム内ではあのあたりにいる魔物は大体15から20レベルで、他の冒険者が魔物と戦っているところを何度か見たが変わりはないと思われる。10レベル差あれば鼻をほじりながらでも勝てるくらいには余裕だろう。

 

「でたわね、ディザスター数値」

 

 モモディさんがそう言うと白魔ちゃんが興味津々にそれが何かを聞いてきた。

 レベルをそのまま言っているだけなのだが、そんな説明をするわけにもいかないのでテキトーに流すがモモディさんが説明に入る。

 

「モモディさんが勝手に言っているだけだ」

「んもう、公的に認められているわけじゃないけど私はかなり信頼しているのよ? ディがたまーに呟く数値はね、通称『災厄度』っていって危険度とか強さとかを大体で数値化してくれるの」

「へえー…………あれ、それって、すっごくない?」

 

 凄くはない。自分のために測っていたのが癖になったってだけだ。要は相手の強さを"見れる"ようになる訓練であった。

 この世界にはレベルなんていう概念はなくて、あの相手は危ない、この相手は楽勝、というのが一目では分からないのだ。だから相手の動きから強さを数値として表せれば、それは俺自身がちゃんと彼我の戦力を認識して安全な行動が取れるだろう、ってだけなのだから。そこそこの精度が出るようになったのは結構最近だ。

 各所での情報も集まったから、どの場所で活動している冒険者はこれくらいの数値、って応用も出来るようになり、彼らのパーティが30後半だと大体あたりをつけられている、それだけの話。

 

「大体だよ、大体。君たちの30後半と言ったのだって正確じゃあないかもしれない。モモディさんが勝手に騒いでいるだけだ」

「もう……もうちょっと欲かいてもばちは当たらないわよ?」

「こんなんで金儲けできるかっ」

 

 モモディさんは俺に数値化をギルドの公的な依頼として打診してきたことがある。年単位の作業でいいからと、それも相当な額のギルを報酬として提示までされた。ぶっちゃければそれを生業にしてもいいくらいにはとんでもない金額だったのだが、流石に断るしかない。これは俺が生き残るための嗅覚を鍛えようと勝手にやっていることなので、他人にまでこんな数値を押し付けたくはなかったし、そこまで責任を持てないのだ。

 だからあくまで、あくまで俺が個人的にそっとモモディさんに教えるだけにとどめている。彼女なら鵜呑みにはせず、諸々の状況を見て判断できるだろうと信じているからだ。

 

 そんなやり取りを挟みつつ、依頼や周辺地域の説明を軽く終えて出発と相成った。

 

 

 何となく詩人ちゃんに睨まれている気がするのは、気のせいだと思いたい――装備確認と見せかけて胸を見ていたのがバレたかな。

 

 



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5:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(主人公視点2)

 俺を含めた五人の歩みは順調と言ってよかった。ブラックブラッシュ停留所から半日かからない程度でかなりの距離を進めていて、東ザナラーンへの到着も今日中だろうと思う。

 草影から飛び出してきたアントリング・ソルジャーを前に四人が武器を構える中、俺だけは手をだらりとさせて傍観する。

 ナイトくんのヘイト取りは安定しているし、白ちゃんはオーバーヒールにならない程度に『ケアル』を使い、詩人ちゃんはちゃんとDoT――ダメージオンタイム、いわゆる毒のような継続するダメージ――をしっかり付与するし、赤魔くんはキャスターとしてきっちりダメージを与えている。

 

「いくぞアンッ!」

「ええっ!」

 

 ナイトくんの剣が蟻型魔物の足先にある第一関節を切り飛ばし、大きく体勢が崩れた瞬間、赤魔くんの号令で詩人ちゃんが頭部へ『ミザリーエンド』をぶち込んだ。ゲームでは一部のジョブが使える一定体力以下への追撃なのだが、この世界ではいわゆる"必殺技"のような立ち位置をしてるようだ。実際、他のスキルよりはちょっと威力が高く設定されていたはずだし、間違ってはいない。

 頭部を射抜かれた魔物はバランスが取れない足で必死に抵抗しているが、更にぐらつきながら金切り声をあげる。

 そこへ赤魔くんが接近攻撃の起点であるスキル『コル・ア・コル』で突撃し、続けざま『エンリポスト』で身体に穴を増やしていくのだが、ここから予想していた動きとは違う。

 普通ならば『エンリポスト』からはコンボで『エンツヴェルクハウ』『エンルドゥブルマン』と三段コンボを撃って、距離を取るスキル『デプラスマン』で離れるのだが、ここまでの戦いで赤魔くんはどうしてか一段目のコンボ後『デプラスマン』ですぐに距離を取って、詠唱に戻ってしまう事がほとんどだ。たまーに二段目の『エンツヴェルクハウ』まで行くことはあるが……今の蟻型魔物に対しては使ってから離れたようだ――と、ここで思い出す。

 

(そういえばコンボ三段目って習得レベルが50なんだっけか)

 

 ゲーム的に赤魔道士はメインストーリーが進んで解放された後発のジョブである。そのためジョブ解放時の初期レベルが50レベルで初期スキルとばかり思い込んでいたが、そうではない。

 小難しい話を置いとくと、この世界に当てはめてもレベル50で習得していたスキルの習得難度はかなり高いはず、というわけだ。

 一概にゲームの習得レベルがこの世界での習得難度ではないのだが、やはりゲームである程度育ってから使えるようになるスキルを覚えている人間が少ない事から、習得レベルが高いスキルは高位のスキルなのだろう――もちろん例外はある――ただ突然変異的に強力な魔法を使える場合があるという考えは間違っていなさそうである。

 

「でけえ魔物だったな」

「……頭上からの攻撃は、中々に威力があった」

「っていってもー盾で防げてたしー」

「毒と魔法の通りは悪くなかったのでセオリー通り攻めれば問題なさそうですね」

 

 ナイトくんの逆袈裟切りでトドメをさして警戒しつつもまた歩みを進める準備をしだす四人。そんな彼らの楽しそうに喋る様子を後ろで眺めながら、次の休憩時にメモに書き起こしておくことを頭の中でまとめておく。

 赤魔くんの動きはレベル相応と考えれば問題はないだろう。一点気になることがあるとすれば、赤魔くんは接近攻撃を弱った魔物相手への追い込みにしか使わない。ただこれもこの世界基準でいえば当然、近接攻撃を行う魔物相手にタンクを通り越して接近するというのはかなりの危険が伴うのだから、鎧装備の竜騎士ならばまだしも、軽装のキャスターが飛び込むのは自殺行為になりえる。ゲームのように敵がヘイトリストの上から順番に攻撃してくれるわけではない。

 とはいえ、赤魔道士の魔法剣はダメージソースとしてかなりデカい。本来ならば内在マナが高まった段階でコンスタントに放出してダメージを与えていく必要があるため、俺だって慣れるまでは接近攻撃を使うタイミングは相当気を使ったものだ。ソロでやっていると下手をすればコンボ中に攻撃されて中断、なんてこともあったし。

 

(しかしなあ)

 

 ちょっともったいないとも思う。現在のパーティがそれを良しとしているのだから、最高効率のダメージよりも安定を取るのはそれこそ当然であるが、安定しているパーティなのだから少し上を目指す意味をこめてもスキル回しは――なんて考えていれば、休憩にすると詩人ちゃんが伝えてきた。

 近くの岩場に荷物を降ろし、そそくさと少し離れたところで四人が集まって何事かを話している。仲間同士での話し合いでもあるのだろう、

 そんな彼らを横目に、半日現在のパーティ総評をメモに書き込んでいく。

 

 総評――問題なし。……これだけではモモディさんに呆れられそうだ。

 

 しかし、先ほどの蟻型魔物は初見と言っていたのだが、支援魔法はしっかりかけて油断せず、慢心せず、パーティメンバーが全員がやれることをやって確実に屠っていたのを見て口には出さず一言、こいつら教導いらねえだろ。

 中堅パーティとは聞いたが、中堅でも中位、人によっては上位と評価を下すのではなかろうか。これが数年をかけて育ったパーティならば普通の事だったのだが、この四人の冒険者歴は半年だという。これは異常である。そもそもの話、あえて突っ込まなかった事――彼らが習得しているナイト、赤魔道士、吟遊詩人、白魔道士と呼ばれるジョブ。

 

 ジョブとは、古くにあった技術だが次第に忘れ去られていった強力な技術を指す事が多い。全部が全部ではないのだが、大体そんな感じ。

 第七霊災――簡単に言えば世界を滅ぼしうる天変地異――を切っ掛けに「古き事物を見直そう」っていう考えが各国で検討され始めて、段々と研究が進んだり、広まったりしている。

 彼らパーティにおいて、そんな背景を持つジョブを四人中四人が取得しているというのはかなり珍しい。ものによっては国家レベルで秘匿、あるいは専有されている存在のはずで、集まりすぎではと思うのは仕方ない。

 

 出した結論は、国家の思惑が絡む可能性があるのでスルー安定。

 

 だったらそもそもジョブを名乗るなよってなるかもしれないが、彼らが習得しているジョブは知ってる人は知ってるくらいに公表されているジョブもある。

 

 ナイトはウルダハの銀冑団――王家の近衛兵のみが使える技術の粋だったはずなのだが、近年は部隊の規模縮小や士気の低下から冒険者にも門戸を開放したようだ。一定水準以上の強さを持つ人物に、ウルダハでの有事に協力する代わり、ナイトとしての技術と"自由騎士"の称号を与える。名が露見していても比較的問題ない部類のジョブだ。

 

 そして吟遊詩人も問題はない。古き弓兵は戦場で弓の弦をはじいて詩歌と呼ばれるバフとかデバフをばらまいていた。そんな詩歌をとある高名な爺様が広めようとしているので、時系列がどうかは分からないが、その爺様がグリダニア国家と接触する前なら、才能次第では直接教えてもらえるだろうし、もしグリダニア所属になっても弓術士ギルドにコネがあれば教えてもらえると思う。簡単ではないだろうが、無理ではない。

 

 赤魔道士はそもそも存在を知っている人がどれくらいいるのかって話になる。与太話だと笑い飛ばすか、それこそ酒場で歌う方の吟遊詩人から語られればおひねり投げてもいいかなってそんな感じのやつ。それもそのはず、FFXⅣにおける赤魔道士とは、一文明前……1600年以上前に、争っていた白魔道士と黒魔道士が対立をやめて、文明の崩壊を食い止めようとした結果生まれた魔法なのである。というか文明が崩壊したきっかけが、白魔と黒魔が戦争おっぱじめて環境のエーテル、要は魔力を消費し続けて枯渇したので大地が崩壊しますって流れなのだから、人間とはいと罪深き存在なのだ。ぶっちゃけ、文明が崩壊した1600年前の資料が残ってる事の方が奇跡である。

 

 さて、ここまでは問題ないのだが白魔道士、テメーはダメだ。白魔はこの世界においてグリダニア国家の皇族達が秘匿継承してきたジョブであるはずだ。俺からすれば『ケアル』と言えば"白魔法"だが、このエオルゼアで『ケアル』と言えば"幻術"なのだ。あのギャル魔道士はこともあろうに普通に白魔道士を名乗っていた。下手をすればグリダニアからお尋ね者扱いされてもしょうがないくらいの事であるはず。

 もちろんモモディさんも気づいているはずだが……あえて触れていないか、既に裏付けが終わり安全であると判断されているのかもしれない。ただその裏付けというのが国家レベルのあれそれである可能性は否めず、わざわざ触る事もないとスルーしている。

 

(俺が白魔道士を知ってるのはおかしくないからな。グリダニアが秘匿している技術という点を表に出さなければいいだけなんだ……ジョブの習得クエストは面白いストーリーが多いから結構見てたんだよな)

 

 赤魔道士は成り立ち上、黒魔法と白魔法の存在を知っている必要がある。モモディさんには赤魔法の説明をしたときに話しているから問題はない。

 そんな珍しい彼ら彼女らのパーティだが、エオルゼアにおいては珍しいというだけで俺からすればむしろ測りやすい存在だ。だって俺が憶えているスキル回しとかはジョブが前提であるのだから。

 

 ここまでの道のりを思い返せば、少なくとも"教導"が必要なレベルではない。

 モモディさんは彼らを、ゆくゆくはうちのエースにしてもいいくらい、と評価していた事から結構な腕前だと分かっていたが予想以上だ。

 依頼としては、パーティの支援魔法のタイミングや出来れば過酷な状況での心構えとかを教えてあげてと、言われていたがどれも俺の眼には問題なく映っている。

 

 改めて現状の評価をメモ。半日で結論が出るわけもないが戦い方からして分かる部分は書いておく。

 

 赤魔くんは上を目指すなら少しの危険に飛び込んでみる事もありだと思うが、しかし安定しているパーティ体制を崩すほど急を要するかと言われれば否。俺から教えるとしたら技術面が主な部分になるだろう。『フレッシュ』を覚えれば魔物殲滅能力はかなり上がる。

 

 ナイトくんは……もうちょっと喋ろう、ではなく、問題ないと思われる可能性が高い。なぜこんな曖昧な表現をしなければいけないか、それはゲームとの差異が他の役割と比べて一番大きいからだ。

 ゲームであればヘイトリストと呼ばれる魔物が誰を狙うかのゲージがあるのだが、現実となったこの世界ではそうはいかない。魔物相手であれば知能が低い奴らは目の前で小突いてくるウザいやつから狙おうとするだろうが、知能がある、言ってしまえば人間とかは物理的に行く道を阻むような動きをしなければならない。

 従って、ゲーム内で行われているような突っ立って敵視ゲージを溜めまくるだけーなんて戦法は魔物相手ですらNGな場合があるのだ。

 更に代表的なタンクのスキルである『挑発』は特定の相手に殺気を飛ばして意識を向けさせるだけだし、ナイトでは一般的なスキルである『シールドロブ』は盾を投げて物理的に気付かせたうえ自分の元まで跳ね返させる角度で当てる超絶技巧になっていたりする。一応TPと呼ばれる"気"とか"集中力"と表される凄いパワーを使ってやってるのだがもはや別ゲーでは。

 俺もゲーム内ではサブジョブとして暗黒騎士を使いタンクロールをやってたが、この世界では状況が逼迫でもしてない限り出さない。いやマジで殴られ続けるってめっちゃ怖いんだぞ。そういう意味でもこの世界のタンクはパーティの要であり強大な意志が必要とされる凄い人たちなのだ。そんな彼らに何を言えようか、言えまい。

 

 詩人ちゃんは、胸のあれそれで弓を番えるのが大変なんじゃないかってずっと見てて――もとい、見てずっと思ってた。だってあの装備、オフショルダーで胸当てないんだよ、北半球なんだよ、射るたびに弓柄と弦に挟まれないかと心配になるこっちの身にもなってくれ。

 ――冗談はさておき、詩人ちゃんも赤魔くんと同じく現状を崩すほど急を要する問題は無し。強いて言うなら攻撃間隔だろう。これは仕方ない事なのかもしれないが、弓術は魔法のように大雑把な狙いをつけるだけではなくピンポイントで弱点を射る事に意味があり、その分狙いを定める時間が必要になる。更に詩人はパーティ全体の状況を把握してバフをかける必要まであるのだから純粋なダメージディーラーとはいかない。

 そんな事情を抱える詩人だが、詩人ちゃんの動きはかなり高水準だ。状況把握にかけている時間をもう少し攻撃に割ければこのパーティで一番化けるのは彼女かもしれない。

 

 ギャル魔ちゃんもとい白魔ちゃんは、胸のあれそれで大変なんじゃないかってずっと見てて――このメモをモモディさんに見られたらアカンな。真面目な評価だが、白魔ちゃんは天才型だ。あんまりこういった表現を使うのはよろしくないのは分かっているが、今まで見てきたヒーラーの中でも戦況把握能力が群を抜いていた。

 ヒカセン的に言えば、初見の高難易度コンテンツで回復が無ければ全滅する攻撃がきそうだからこのタイミングから詠唱を始めれば問題なさそう、ってのを感覚的に掴んでヒールをしている。

 だが攻撃はそこそこの頻度で留めていて、多分回復タイミングを逃さないようになのだろうな。『ストンラ』で投石器になるタイミングを掴めればエンドコンテンツ勢の仲間入り待ったなしの逸材である。

 

(現状はこんなところかな。白魔ちゃんが天才と書いたけど、このパーティは全員がかなり才能を持ってる。磨けば光るなんてもんじゃないぞ)

 

 半年で中級冒険者の仲間入り、下手をすればベテランを喰えるところまで来ているとなれば、なんかもう運命的な出会いを果たした四人組なのではないだろうか。

 

 書くことを書き終えると岩陰から四人が戻ってきたので手帳をしまいバックパックを持ち上げる。

 なんか四人から見られているようだが、特に詩人ちゃんはこちらを探るような視線だ。やはり胸を見ていた事がバレたのだろうか、極限まで視線での気配を殺していたはずなのだが、まさか先ほどの会議はその話……しかし違う場合の事を考えると墓穴を掘るよりは黙っておく方が賢い。指摘されたらごめんなさいしよう。

 

 魔物を屠っていく様を観察し続けている途中、それは起こった。

 

 サンバット――蝙蝠の魔物が丁度俺の真横から接近しているようだ。距離にして三十ヤルム程はあるが流石に視界外の魔物にこの距離で気づけというのは現状の彼らに対して酷だろう。

 二十ヤルム――ベテラン弓術士なら気づける距離――十ヤルム――そろそろ気づいたかな――五ヤルム――気づいてるようだが動かない、どういうこった――三ヤルム――あれもしかして気づいてない――一ヤルム――いややっぱ気づいてるわって、何でこの距離で対処始めるねーん。

 

 ちょっと判断つかなかったのでサンバットと俺の距離が残り一ヤルムを越えたあたりで突撃スキルである『コル・ア・コル』を超至近距離からぶちかました。内在マナが溜まっていないので強化されておらず魔法剣ではないが細剣で攻撃するスキル『リポスト』で追撃を加えついでに叩き斬っておく。

 一ヤルムでやっと反応したにしても、ナイトくん以外の三人が同時対応って、この距離でも余裕で対処できますよってパフォーマンス……じゃあないよなあ。ギャル魔ちゃんは『ケアル』だったし赤魔くんは『ヴァルケアル』って俺のことを回復させようとしてたし攻撃される前提だ。

 

「ふむ」

 

 どういう意図を持っていたかは……まあ、こいつらの表情見れば分かるか。右から順に唖然、呆然、愕然。

 

 ははーん、これはあれだな、俺の事をボンクラだと思ったから確かめたやつだな。悲しいかな、冒険者ギルドで日中暇そうにしていると勘違いされることは稀によくある。揶揄されるくらいならいいが真昼間から酔っぱらってる中でも一緒に呑もうぜってタイプではなく、粗暴に絡んでくるタイプのアホにレイピアを突き付けてやればあんな顔になるのだ。しかし、なんだ、無能扱いされてたのね、オッサン悲しいよ。

 

「どうした? たかが一匹ヘイト漏れしただけだろう。新人にはよくある事、次から気を付けような」

 

 跳ねっ返りには肉体言語が手っ取り早いエオルゼアであるが、今回は新米冒険者に優しく諭すセリフその1でいく。やっぱ無精髭こさえてるオッサンは需要ないか、そうですか。

 

 そこからの道中はそこそこやる気になってくれたようで元から問題がなかった道程が更に安定して予想よりもかなり早く行進できていた。

 日が傾いてきたあたりで野営の準備を始める。一度目の野営では温かいスープを四人から分けて貰って一緒に食べていたのだが、その際に詩人ちゃんは色々と質問を俺に投げかけてきた。バフのタイミングは、俺のパーティ経験は、初見の魔物相手には、赤魔法は――勉強熱心な詩人ちゃんの姿はいつもの事らしいが、今回のは輪にかけて興奮していると白魔ちゃんと赤魔くんが語っている。どうも、前回教導係を任された奴が酷かったらしい。

 キラキラした顔と、その、体勢的に両手を顔付近で構えていて、豊満な胸が腕に挟まれ潰され俺の視覚が埋め尽くされる。そのポーズも含めてあざとすぎるだろうっ、これが熟練himechanのスキルなのか……無論、バレ防止で視線は顔に向けたままだった。

 

 二日目の道中はもちろん何事もなく、二度目の野営、夜半、たまたま赤魔くんとツレションになった時のことである。

 

「何で道中は手伝ってくれないんだ?」

「教導が手を出したら純粋な戦力を測れないだろう、手を出すのは命の危機がある場合だけだ」

 

 何を当たり前なと顔に出しておく。冒険者ビギナー向けの訓練所である初心者の館でもそうだしな。

 

「……あー……じゃあ、前のあれがむしろ……」

「単純にそいつの親切心かもな」

 

 実践ではそこそこだが教導に慣れていないなんてパターンはよくあるだろう。実際に出来ることと教えることは別である、あと聞いている限りでは前の教導担当は親切心で手助けをしていたのだと思う。モモディさんが選んだ人らしいし、丁寧過ぎたのと彼らの実力が予想外だった不幸な事故だ。

 

 俺たちが掘った穴を隠すように土を覆いかぶせていく。臭いに敏感な魔物が寄ってくる確率を少しでも下げるために怠ってはいけない。二人そろって土を蹴っていると赤魔くんがぽつりと呟いた。

 

「なあ……俺、オッサンに追いつけるかな」

 

 チャラい見た目に反して繊細そうな表情をして俺に問いかける赤魔くん。

 

「努力と才能次第だと言っておこうか」

 

 俺は正直にそう答えた……いや、願望も入っていたかもしれない。

 

 この世界には存在しない友人がよく言っていたこと、ストーリーでちょっと納得がいかない部分を挙げるとすれば、敵味方問わず才能に負かされるキャラクターが多いことだと。物語の都合上、かませ犬のようなキャラは多く存在する。特にメインシナリオに関わらないストーリーにおいて尺を長くは取れないためなのだろうが、手法としてぽっと出の才能ある敵キャラにより味方陣営が窮地に陥ることや、ぽっと出の才能あるキャラによる問題の解決がたまにあった。それが悪いとは言わんさ、強者感も出るしな。

 

 現実になってしまったこの世界だからこそ、突如現れた存在になすすべなくやられてしまう未来があり得るのかもしれない。それでも、努力は才能を凌駕しえるのだと……努力もせずに強い力を手に入れた俺が言える義理ではないが、もう一言願望を付け加えるくらいは許してもらえるだろうか。

 

 

「追い越してくれよ」

「――おおよっ」

 

 

 赤魔くんが最初にして見せた顔はきっと不安の表れだったのだろう。どのようにして赤魔法を習得したのかはわからないが、師はいないだろうと考えている。もしくは、元はいたか……この二日間でよくよく観察すれば、どうにも赤魔くんの使う赤魔法は細部に拙さが見え隠れしていて、それは技術的な部分ではなく赤魔法に対する知識的な部分だと感じたのだ。

 例えば術の発動に最適なエーテル量だとか。予想だが、ページが欠落した文献が師代わりなのではないかと思っている。

 なんちゃって赤魔道士から始まった俺なんかを目標に据えるのは間違っているが、現状指標がないよりはマシかと思い飛び出た軽口は、思いのほか彼を嬉しそうな表情にしていたのでいいだろう。

 ここで素直に教えてくれと頼んでこないあたり跳ねっ返り精神はそこそこあるようで、まあ教導という立場だし時間がある時に少し相手をしようか。こちらから全部を打診するほど俺も男には優しくはないのだ。

 

 詩人ちゃんか白魔ちゃんだったら教えてたがね。

 

 

 

 次の日の夕方、何の問題もなくキャンプ・ドライボーンへと到着する。

 

 宿屋で五人分の部屋を取り各自自由となったら、辺りに興味津々な白魔ちゃんと付き添いのナイトくん、それと赤魔くんがそれぞれ広場に繰り出していった。詩人ちゃんは休憩するようで自室へと入る。さて、俺は情報収集といきますか。

 

 

 




ファンフェス行った方はお疲れさまでした。


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6:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(主人公視点3)

 情報収集といってもやることは単純で、念のために依頼の納品対象である薬草の特徴を聞くだけだ。しかし、ここウルダハではそんな情報収集ですら、確実に他国より難易度が上がるだろう。

 

 国是……ではなかったかもしれないが、国旗を見れば理解できるはずだ。黒地には金の天秤が描かれ、その秤の上は富を表す宝石と、力を表す炎が描かれていて、それらこそが国の土台であると主張している。

 普段は見向きもされないような薬草の情報ですら、そこらの露天商に聞いたところで対価を求められる。それも割とえげつないレートで。

 困ってる人が誰かを頼れば、困っている分だけ対価は吊り上がる。10ギルのパンひとつが1000ギルになる国、それがウルダハである。

 

 交易都市国家の名は伊達ではないのだ。

 

 では人情が全くないかと言われれば流石に全くとは言わないだろうが、都市でひと財産築いているような商人たちに当てはまるかは疑問である。最終的に自分へ利するなら情すら秤の上に乗せるのが"本当の商人"くらいは言うだろうし。

 素直に商人から情報を聞き出そうとするのはウルダハに精通している者ならばとらない愚策である。その辺に生えている薬草の情報が欲しいと言えばこの辺りに詳しくない事がバレてふっかけられること請け合いだ。

 つまり薬草程度の情報ならば聞き出すべきは商人以外である。商人しか知りえない情報ならまだしも一般的な病への備えに用いられるはずの植物ならばキャンプ・ドライボーンの住人でも知っている可能性はあるが……依頼の報酬を考えると元手はかけたくない。

 

 なので元手がかからないブツを手に入れるべく、キャンプから小半刻ほど歩いた場所へと向かう。

 

 一帯に群棲している大山羊、ミオトラグスの肉が目的だ。発見後サクッと倒してすぐさま血抜きを行いつつ皮を剥ぐ――当たり前だがドロップアイテムとしてボックスに格納されるなんて便利機能はない。

 肉を手に入れるには解体しなければいけないし、皮も自分でどうこうするならなめす必要がある。特に前者はちゃんとした知識を得るまで大変だった。切り込みを入れすぎて筋繊維を傷つけるとか、逆に切らなければいけない部分が切れておらず変な成型状態になってしまうとか……それも魔物ごとの構造も憶えなければと年単位でつけた知識の一つである。

 甲斐あって大抵の動植物は問題なく解体できるし、その後の調理もお任せあれのスーパー調理師に……いやさ、あくまで冒険のついでのはずだったのだが、やっぱ旨いもん食いたいよね。冒険って腹減るし。

 

 キャンプ・ドライボーンを出立してミオトラグスを倒すまでにかかった時間の倍以上をかけて血抜きを終えたら皮ごと麻袋に詰め、月明かりが荒野へ満ちていく中、次の目的地へと向かった。

 

 商人や住人あるいは冒険者以外から情報を聞き出す場合の選択肢、それは難民だ。前にキャンプ・ドライボーンへ来た時は北の湧水地近くに住んでいたはずなのでそちらに歩みを進める。

 

 ウルダハの難民は大きくまとめれば一括りだが、詳細に語るなら二つの要因から二種類の難民がいる。一方は二十年前のアラミゴ陥落に起因する難民たち、こちらはガレマール帝国の侵攻により占拠された都市国家アラミゴから亡命してきた者達を指す。そしてもう一方は五年前の第七霊災によって故郷を失った者達。

 

 アラミゴからの難民ですら受け入れきれずいっぱいいっぱいだったのに、五年前の霊災でさらに増えた難民は国家ですら制御しきれずスラム街が形成されるにまで至っている。

 ぶっちゃけ他国家であるグリダニアやリムサ・ロミンサと比べて治安はかなり悪い。そもそも他の二国は少なくとも一人の元首によって統制されているが、ここウルダハはナナモ・ウル・ナモ様を頂点とした君主制が敷かれている……はずが、実権は"砂蠍衆"と呼ばれる金持ちとか王族以外の権威者によって握られていたりする。もちろんナナモ様を王として尊ぶわけもなく、ナナモ様派は6人中1人だけ。

 

 まあ国政を取り仕切る人たちがちゃんと一つにまとまってない状態で難民にまでしっかり手が差し伸べられるわけもないよなってのは政治に疎い俺ですら理解できる。

 

 そんな瓦解寸前なんじゃないかってのがウルダハの実態だったりするが、小難しい事は置いといて、人間腹が減れば気が立って隣の奴をぶん殴る、なら腹いっぱいにすりゃ気分良く情報を喋ってくれるって寸法だ。

 生きるために必死な難民の中でも小規模な、複数の家族で構築されているようなグループがねらい目になる。もちろん家族の構成にはよるが大人衆は食わせるために餓死寸前でもなければ無茶が出来ず、家族が生き残っていることから気性がそこまで荒くない事が多い。付け加えて野外に住んでいるグループであれば近辺の野草や魔物の情報には詳しくなるので、前に見かけた時から場所を移動させていなければそれだけ同じ場所で過ごしている事の証左にもなり信ぴょう性も高くなるだろう。

 

 そうしてしばらく歩き突っ切ってきた荒野から、キャンプ・ドライボーンと北の湧水地に続く道の丁度真ん中へ戻るタイミングで思いつめた顔をしているぼろ布を纏ったおっちゃんを発見した、多分お目当ての人物だろう。

 

「そこのおっちゃん、ちょっといいか?」

「ッ……冒険者か、何の用だ」

 

 敵意がない事を示すべく両手を上げながら声をかけたのだが、それでもおっちゃんは腰につるしたホルダーからダガーを抜き出し半身だけを前に出して腰を下げた。どうやらかなり戦闘慣れしているようで、声をかけた瞬間から臨戦態勢までほぼタイムラグはなかったし堂に入った構え――だが、よくよく見れば膝が震えていた。単純な恐怖による震えではなく、足を踏ん張るのが辛いように見える。

 

「ちょっとした取引なんだが、武器はそのままでいいから話だけでも聞いてくれねえか」

「…………続けてくれ」

 

 長めに悩んだ素振りを見せた後、どうやら話は聞いてくれるらしい。これが難民を細かく分類すると二種類に分けられる理由にも繋がる。アラミゴからの難民にはレジスタンス活動をしていた者達が結構な割合で混じっているので、腕が立つ者が混ざっていたりする。

 戦闘能力を持っていてこの近辺では大人しくしているのであれば、無暗に力を振りかざすような矜持は持ち合わせていないのだろう。であればしっかりと話せば分かってくれる人の可能性が高いし素直に話すことにした。

 

「――ってわけでな、商人どもに金を払うのも癪だし、おっちゃんならこの辺の事には詳しいんじゃないかってな」

「はは……そんな理由で話しかけられたのは初めてだよ」

 

 麻袋の中に入った肉と毛皮を見せるとおっちゃんは話は信じてくれたようで、武器を下ろして近づいてきた。

 

「襲われる心配はしていたがその袋を見ればな。俺の持っている微々たる金よりもその辺で魔物を狩った方がよほど稼げるだろうよ」

「……おっちゃんが狩りに出れない理由は、脚か?」

 

 おっちゃんは図星だったのか少し遠い場所を見るように目を細めて嘆息した。

 

「アラミゴでな……歩く分には問題ないが、まともな戦闘は長く続けられないと言われたよ」 

 

 詳しくは聞かない。ただ昔、戦争があって怪我をした、それだけの事。きっとおっちゃんも深入りはさせてくれないだろう。だから俺が出来るのは取引だけだ。

 

「んじゃさっき言った薬草の話を聞かせてくれればコイツはおっちゃんのもんだ」

「おいおい! そりゃいくら何でも――」

 

 多すぎる。瞠目させながらそう言いかけたのだろうが、俺の顔を見て曲げる気がないのを悟ったのだろう。

 

「あんた、アラミゴの?」

「よく勘違いされるが違う。さあ、対等な取引だ、どうする?」

 

 俺の言葉を聞いたおっちゃんは俺の顔を見ながらしばらく黙っていたのだが、目を瞑ると祈りを捧げるように薬草の情報を呟いていく。この近辺に長年いるからこそ知りえる情報も含め、取引内容にはなかった情報まで教えてくれたのだった。

 

「なるほどね……助かった。こりゃ話聞いてなかったらちょい手間が増えてたな。しかしいいのか、色々と他にも情報を貰っちまったようだが」

「礼を言うのはこちらだよ……俺をウルダハ仕込みの悪徳商人に仕立て上げたいのか?」

 

 おっちゃんは日々を生きるのに必死だというのに、あくまで対等であろうとする矜持は今のウルダハどころかエオルゼアでは生きづらいだろう。それでも高潔を貫くアラミゴの民に対して、俺はどうも、必要以上の干渉をしちまう性質らしい。

 ひとしきりおっちゃんと笑い合ったあと、渇いた地面へぽつりと水が落ちた。

 

「実を言うと……ギリギリでな――これだけあればみんなも飢えずに済む……本当に助かった……すまない、本当に」

 

 おっちゃんの閉じられた瞼からは決壊したかのように涙が溢れ始める。

 

「見返りは貰っているさ。定期的にくるわけでもない、気まぐれと思ってくれ」

「変なプライドを持ってる同胞も中にはいるがね、それは飢えで困らない最低限には生活の基盤が出来上がってるからさ――同情でも、哀れみでも、面白半分でも、気まぐれでも、手を差し伸べてくれるならそれ以上にありがたい事は無い……俺は家族と、幾何の同胞と生きて行かねばならんのだから」

 

 それは絞り出した声だった。

 悪意の視線に晒されて、難民だからと蔑まれて、ため込んでいた気持ちがほんのわずかに結露した結果。

 ウルダハのどこを見ても彼と同じ状況の難民はごまんといるだろう。たまたま今日俺が出会ったのがおっちゃんだっただけだ。

 

「気にするなって……生きろよ」

「……――」

 

 おっちゃんに俺の小さな呟きが聞こえたかはわからない。だが小さな背中が見えなくなるその瞬間までずっとお礼を言われ続けた気がした。

 

(どうにも、まだまだこういった関係のには弱いねえ……)

 

 なんだかんだと理由をつけて食料諸々を難民に渡すのは初めてではない。もちろん見かけた難民全員になんて出来ないから、数奇な縁で俺と関りを持ってしまった中の更に一部ではあったが。

 知り合いの商人には感謝されるためにやっているだの偽善だの揶揄されることもあったし、稀にではあったが渡したその場で襲われることすらあった。

 

 それが彼らの為になっているのか、余計なお世話なのかは渡してしまった後にはわからない。

 

 ありふれた悲劇と切り捨ててしまうには、どうにも"エオルゼアに来る前"の感覚が未だに抜けていないのだ。多分だがこの感情を無くすことは、早々できやしないんだろうなと諦め気味にここまで付き合ってきた。

 

(まあ、何が正しかったかなんてのは、のちの歴史家に語らせりゃいいって偉い人も言ってるしな)

 

 誰が言ったのかすらわからない標語らしき言葉でごまかしつつ月明かりに染まるキャンプ・ドライボーンのエーテライトを眺めれば、視界に映った草場に違和感を感じ、よくよく見れば隠れている詩人ちゃんを発見した。

 

(おー……見事なハイディング。しかし俺もレンジジョブカンストの端くれ。敵意が無かったから発見遅れたけどな、うん、あれ……もしかして話聞かれてたか)

 

 一応理由付けをして取引しているが一般的な感覚で言えばよい事ではない、というか悪だくみしてるんじゃないかって勘違いされることもある。それだけ難民が信用されていないってことなんだが。

 とりあえず詩人ちゃんへ手招きをしてこちらへ呼び寄せると驚いた顔をしつつ開口一番問い詰めてきた。

 

「ディザスターさん……なぜ食料を渡したのですか」

 

 どうやら渡した理由の部分は聞かれていなかったようで、元々理由付けとしていた情報収集であることを伝えれば納得した様子でキラキラした視線を向けてきた。いや、詩人ちゃんが言う通り一般的にはよくない事ではあるんだよ、なんか若葉マークの初心者にギミックネタバレ解説してドヤ顔してる人みたいじゃん……初見ダンジョンでギミックネタバレとかどういう神経してんだよ……。

 

「そうですか……あっ、ごめんなさい。別に渡したのを責めているわけではなくて、アラミゴの民に変な感情を抱いているわけでもないんです。ただ、食料を渡した理由とかディザスターさんの事を知りたくて」

 

 天使か? いやhimechanだ。待て待て、これはつまらない話でも快く話させる天然系himechanの高等テクニック、謙虚な態度で分かっている姿勢を見せてもっと知りたいと次を促し高揚感を得させるという、アレだ……どれだよ。

 とりあえずおっちゃんとの会話で浸っていた感傷は詩人ちゃんの姫パワーで吹き飛んだ。俺は勘違いしないからな、月明かりを一身に受ける詩人ちゃんの北半球は絶景、じゃなくて、どうして彼女はこんなところまで来たのだろうかと話を逸らせば、ここまでの野営でも聞かれていたパーティの支援とかについてもっと聞きたいってことだった。答えは変わらないし同じことを伝えたのだが今回は別視点での問いかけを受ける。

 

「それってソロのディザスターさんから見て、ってことですよね?」

「ん……あー、いや、君たちの強さを鑑みて、だが」

 

(ソロのっていうかゲーム視点から見るとなんだけども、流石にそれをがっつりリアル基準で指摘してもな)

 

 俺が持つ力に対してゲーム的な視点で考察を重ねる分には問題ない、だがそれが他人への指摘とかになってくれば話は別だ。モモディさんが言っているような『災厄度』もそうなのだが、対象が自分以外になるゲーム知識は極力控えたいのだ。

 例えばキャスターが使う魔法のリキャストタイムはゲームと同じである場合が多いのに対してMPを使わないような"武術"に類するスキルは完全に本人の資質によって異なることを既に判明させている。魔法ですらゲームと異なる点があるのだし、それを前提にして指摘はしづらい。赤魔道士とその他一部のジョブ以外はリアル基準での照らし合わせが完璧ではないのだ。

 

 一応詩人は遠距離攻撃手段としてある程度エオルゼアに来てからも触ったジョブだ。どちらかというと気配察知とかハイディングとかレンジャー的な能力で重宝している、閑話休題、詩人ちゃんの熱意に負けたわけではないが、どうせ言ってもほとんど理解されない前提で伝えるくらいはしてもいいか。

 

 手帳を開きメモっていた詩人ちゃんが使用したスキル一覧および使える可能性があるアビリティを確認しつつ、リアル基準な戦闘の癖を加味してゲーム的には最適なスキル回しを伝えてみると――吼えた。

 

「それですよおおおおおおっ!?」

「おおおうっ?」

「なんですかなんですか、ちゃんと見てるじゃないですかっ」

 

 キラキラしていた目がギラギラに変わっておられる。なんだ、実は戦闘系姫ちゃんだったり……あ、半分くらい理解されてないようだ、それでも更に支援について聞かれたので俺が思う支援に対する見解を述べたら詩人ちゃんは考え込んでしまった。

 

(そらリアルに考えたらMPっつーリソースをマーモットに割くかって話だし、使えるタイミングで支援全部使ってたら必要なときに使えないとかもあるから、そこはもう慣れだと思うんだよなあ……まあただ、ソロでやってると思うけど、一つ出し惜しんで死ぬくらいなら、過剰なくらいが丁度いいわ)

 

 支援を惜しむな命をこそ惜しめ……これは名言になるのでは。そんな事を考えていたら詩人ちゃんが呟いた。

 

「ディザスターさんの助言は、敵の出方を見て立ち止まってる時間があるなら戦闘中の時間というリソースを無駄にしない行動を基準にしている、のかな?」

 

 なんと、この子モモディさんと殆ど同じ見解に辿り着いたではありませんか。いや、これに関してはモモディさんとは違って実際に戦いへと身を投じているからこそって部分が大きいのかもしれない。ならモモディさんすげえや……じゃなくて、たった数分俺の考えを説いただけでここまで理解されるとは思っていなかった。

 

「……すげえな――俺の話をそこまで明確に言葉に出来た奴は少ないぞ。姫ちゃんとばかり思っていたが、なるほどなるほど、見込みがある」

「そ、そんな、私なりにディザスターさんの言葉を噛み砕いただけですよ。分からない部分も多かったですから……あとっ! 姫ちゃんってほどみんなに守られてばっかりじゃないですのでっ!」

 

 驚愕しすぎて考えてる事をそのまま言葉に出してしまったが、なんというかこの子卑怯だな。行動ひとつひとつが可愛いというかあざといというか狙ってないであろうことが分かるし天然ものなんだろう。

 

「すまん、今のはあまり気にしないでくれ。っと、明日も早いしそろそろ戻るとしようか」

「はい。……出来ればでいいんですけど、明日ダネスに赤魔法の手ほどきをしてあげることはできませんか? ここ最近はちょっと伸び悩んでるようなんです。持っている文献から導き出せるのは殆ど出し尽くしてしまったみたいで……」

 

 予想通り赤魔くんの師匠は文献だったか。どうしてそんなものを持っているかは置いといても、よく失伝した魔法を文献だけで再現できたものだな。詩人ちゃんもそうだが、赤魔くん、白魔ちゃん、ナイトくんと才能あふれんばかりのルーキーだ。

 モモディさんも彼女たちには大分期待しているようだし……そうだな、軽く先達の意地を見せてやるくらいはするべきか。

 

「分かった。薬草集めが終わったら少し相手をしよう。と言っても、そう長くはやるつもりはない」

「……! ありがとうございますっ!」

 

 宿への帰路でるんるんと声が聞こえてきそうなほど浮かれた様子の詩人ちゃん。

 俺がここまでがっつりと一つのパーティと関わる事は珍しいし、普通のパーティだとジョブ持ちがゼロってのが当たり前なんだが、なんと今回はオールメンバーがジョブ持ちで俺の知識も役に立つ。ってことでいっちょ揉んでやるかな。

 

 

 

 次の日――――揉みたいのはおっぱいだよ!!!

 水かけっこをする詩人ちゃんと白魔ちゃんがこう、水で服が、こう……地球の7割は水なんだぞ……北半球は10割水か……肌色だし陸地……?

 

「……教導官殿?」

 

 はっ……不意に迫ってきた露出させてなくても鎧を盛り上げる存在感が生半可ではないルガディン雄っぱいの破壊力。

 

「少し考え事をな」

「道中のアンについてか?」

 

 男衆が俺の目の前に立つので素敵な光景が雄臭くなってしまった。まあガン見していたと思われるよりはマシだ。いや、思われてもいいから見ていたい……笑顔を浮かべるモモディさんを幻視したので赤魔くんの話に乗っておくことにした。

 

「ああ、良いペースだと思ってな」

 

 湖までの道中に見た動きは、俺が指摘したことを実践してみた結果だろう。スキルが足りていないからレベルカンスト最適回しをする詩人のようにぴょんぴょんくるくるはしていないのだが、今までの一射入魂する立ち回りではなく、集中力を極限まで素早く高める事を前提にした動きが出来ていた。

 リアル基準で考えると相当な集中力が必要になるはずなのだが、見事道中は維持したまま目的地までたどり着いたのだった。

 とはいえそれが正解かと言われれば、首をかしげざるを得ないだろう。なぜならその動きがパーティに合わなければ意味がないのだから。

 

「ありゃハイペースすぎじゃねえか。オッサンからしたら温いのかもしれねえけどさ」

「……いや、ミミや俺の負担を考えると、取れる手段の一つとして持っておくのは良いと思った」

「俺から詩人ちゃんに説明した責任があるから相談には乗る。最終的にはパーティ全体で相談してみてくれ。……とりあえず腹減ったし飯にしないか?」

 

 難民のおっちゃんから聞いた情報のおかげで薬草を規定量集めるのに時間はかからず、水かけっこをするくらいには余裕があった。このあと赤魔くんの戦闘指南もあるし軽く空腹を満たしたかったのだが女性陣は携帯食料がお気に召さない様子だ。

 ここで登場するのは丹精込めて作った『ジャムメルジャーキー』。こいつの匂いを嗅いで堕ちないミコッテはいねえぜ、喰らいな!

 

 そうして多めに持っていたジャーキーを投げ渡したのだが全員に好評なようでよかった。俺の手料理を食べたことがあるのはいつも肉調達の時に物々交換をしているオッサンどもを除けば片手で足りる程度だ。

 自分で料理を作るようになって振るまう時に初めて気づいたが、美味しいって言われると普通に感謝されるより嬉しかったりする。かと言ってその辺のボンクラ酒飲みどもに振るまうつもりはない、酒場の飲み仲間なんぞは質より量だろうし、安いツマミでも食ってろ。

 

 腹が満たされたところで俺は赤魔くんの方へ向き直りレイピアとクリスタルを抜き放った。

 

「赤魔くん、そろそろ教導係らしいこともしようかと思う……剣を抜いてくれ」

「――へへっ、そうこなくっちゃあ、嘘だぜ」

 

 詩人ちゃんから頼まれた事ではあったが、彼女に限らずみんな仲間思いで、俺が個人的に手を貸したくなるほどに良いパーティメンバーを持ったな赤魔くん――というかイケメンだな君。ナイトくんもあれ心意気イケメンだよ多分。ギャルっぽい感じの白魔ちゃんもギャップ萌えだし、詩人ちゃんは天然系姫ちゃんだし……美男美女のパーティ……ソロでも悲しくないし、好きでソロやってるんです。

 

 そんなどうでもいい事を思考した瞬間、赤魔くんの後ろにある岩場の影から魔物の殺気を感じ、最速で攻撃できるように『ジョルラ』の詠唱を始める。

 

「ダネスっ!!」

 

 現れたのはヘッジモール系の魔物、"ガトリングス"――詩人ちゃんはパーティの中でいち早く気づき弓を番え、放つのは『フットグレイズ』。

 いい判断だ、これでタンクの足止めは必要ない。

 

「50だな――赤魔くん、よーく見とけよ」

 

 手配書が出るほどの魔物、リスキーモブと呼ばれる奴らだ。群れの中で特殊な個体が生まれたとか理由は色々だが、この世界においてはそいつらを狙って賞金稼ぎがいるレベルの魔物である。

 

(攻撃さえ受けなければ、ちょっと硬い程度の雑魚だわな)

 

 赤魔くんに見て覚えてもらうためにも基本的なスキル回しを見せる――『ジョルラ』『ヴァルサンダー』『アクセラレーション』『アドル』『ヴァルファイア』『ヴァルエアロ』『フレッシュ』『コントルシクスト』『ヴァルストーン』『ヴァルサンダー』――で、内在マナの高まりを感じない、つまり、Proc切れである。

 

(ゲームでのあるあるを本当の意味で身を持って体感するのがProc切れって……)

 

 ゲームでも苦しめられたProcだが、リアル基準でもしっかりと存在した。赤魔法を使うたびに身体の内に溜まるのを感じるブラックマナとホワイトマナ。それらとは別にゲーム的には50パーセントの確率によってコンボが発生するのだが、リアル基準だとコンボが発生していない場合はマナが揺らぐ感覚がなく使えない魔法があるのだ。赤魔道士の命題ともいえるProc運だが、せめて開幕の回しくらいは運に左右されない回しをしたいものなのだが……そんな事を考えながらカバーする回しを始める――『迅速魔』『ヴァルエアロ』『コル・ア・コル』『デプラスマン』『ヴァルストーン』『ヴァルサンダー』『エンボルデン』『インパクト』『ヴァルサンダー』『マナフィケーション』『コル・ア・コル』『エンリポスト』『エンツヴェルクハウ』『エンルドゥブルマン』『デプラスマン』――コンボを放ち切り、内在マナの調和が取れた瞬間、それは放たれる。

 

「『ヴァルフレア』」

 

 赤魔道士にとって最大にして最強の一撃――今回は黒魔法由来の『ヴァルフレア』を放ったが白魔法由来の『ヴァルホーリー』も存在している。ちなみに俺は『ヴァルフレア』の方が好きである。放った後の爆風が癖になるのだ。

 

「赤魔道士の基本的なスキル回しだが――赤魔くんはちょい回し方変わるかな」

「ははっ……オッサン、名前負けなんてしてねーじゃねーか」

 

 興奮した様子の赤魔くんは、爆風による熱を浴びながら魔物がいたはずの場所を見つめ、拳を胸の前で強く握りしめていた。

 

 

 願わくば俺と同じように、ダネスもこの熱を気に入ってくれていると嬉しい――いつかお前が放つ魔法なんだからな。

 

 

 




旧世代のスキル回しです。
そのうちスコーチは使います。多分。


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7:だからこの位置が好きなのよ(モモディ視点)

「カンパーイっ!」

 

 既に日は落ち、日帰りの狩りや依頼から帰ってきた冒険者で溢れかえっているクイックサンド。その一角にいるディを含めた彼ら彼女らをカウンター越しに見れば楽しそうな姿に人心地が付く。

 ディの前に教導を頼んだ冒険者は気にするなと言ってくれたけれど、優先して割のいい依頼を何件か回させてもらった。

 

「ハァ……」

 

 柄にもないため息は酒場の喧騒へと消えていく。

 

 人選を間違えてしまった事を知った時は二重の意味で悔しかったのだ。

 ギルドマスターとして間違った采配をしてしまった事と、ペアンたちの成長度合いを正確に測れなかった事。後者は嬉しい悲鳴ではあるのだけれど。

 

 正直に見誤っていたとしか言えない。ワンランク下の魔物討伐依頼を受けていることは分かっていたが、今回ディから受けた報告も加味すればワンランクどころかツーランクは下の討伐依頼をこなしている状況だったように思える。

 

(それは慢心もするってものね……ペアンの言う事はもっともだった)

 

 冒険者は冒険をするなと言われることもしばしばあるくらいには危険のある仕事だ、だけれども安全マージンを取りすぎるのも困りものなのだ。

 例えば実力がある冒険者がマーモット狩りしかしないとなれば駆け出し冒険者が練習として狩る魔物が減ってしまうし、冒険者ギルド自体が実力を見誤るような組織で評価してくれないと見られてしまう。そんな冒険者とギルド双方に得があまり無い行為にあたる。

 

 だがペアンたちが言っていたワンランク下で下地作ってからというのはアリだ。パーティの連携がまとまるまで一週間かそこらで出来るわけもなく、半年から一年以上をかけてやっと格上に挑戦するパーティは少なくはない。

 むしろ普通であればそうして実績を重ねて中堅やベテランの仲間入りをするのだから、ペアンたちが異常なスピードで駆け上ってしまったというだけなのである。あるが――今回の件について、スウィグスウェルド率いるあのパーティの実力を見抜けなかった、私の失態だ。

 

 彼らが得た教訓による慎重さと成長速度を掴みきれなかった……一歩間違えればウルダハの冒険者ギルドにとって大きな損失になっていたであろうことは想像に難くない。

 冒険者ギルドは他国にだってあるのだから、正当な評価を受けられない国のギルドには誰だって居たくないし、彼らのためと思って紹介していた依頼は成長を阻害していた恐れすらあるのだから。

 

 だからディたちが戻ってきて報告を聞いた時は素直に全てを話して謝ったのだが、今までに遅れがあったとして今回オッサンから教えて貰えたことだけでチャラなんじゃねえかな、なんてダネスから返されてしまい言葉を失った。

 続くスウィグスウェルドもペアンもミミも全員がダネスに同意しながら、むしろ教導として紹介してくれてありがとう、なんてお礼まで言ってきたのだ。

 

 特にペアンは自分で気づいているのか、帽子で片目が隠れた顔はクールなのにも関わらず耳をぴこぴこさせオマケに尻尾はふりふりと、視線が斜め前のディへちらちら向くたび顔は上気して興奮を抑えきれていないのが丸わかりであった……本当に狙うなら私としては応援してあげたい。

 

 その場で私の謝罪は受け入れられるどころかディを教導につけた事で帳消しにされてしまったのだった。

 

(本当にでたらめで、不思議な人)

 

 カウンターから彼を見れば、ペアンやダネスに相当懐かれてしまったようで、困った顔をしつつも楽しそうに酒を飲んでいる。

 

 彼は出会った時から今日までずっと同じ場所を定位置として座っている、そこは前を向けば私の定位置であるカウンターが見える位置。彼が見る景色が変わらないように、私から見える景色も五年前から変わらない。

 

 

 私とディの出会いは五年ほど前、夜のクイックサンドで机に突っ伏して寝ていた彼をカウンターから見ていたのが始まりだった。

 最初の印象は冴えない青年、程度だったかしら。いつ入店したのか、私が気づかないうちにそこにいた。

 ウルダハではよくみられる服を着て、少し膨らんだ麻袋を横に置きながら不用心にも眠りこけていたのでおせっかいついでに宿の営業でもしようと声をかけたのだ。

 

「ぅお、え……え? ……ウルダハ? クイックサンド? ……モモディ?」

「ええ、モモディよ。深酒しすぎね、自分の名前は憶えてる?」

 

 私の名前はそれなりに通っているはずだから分かったのだろう。とはいえ意識がしっかりしていないようで名前を聞いてみたら数十秒の沈黙後、中々面白い返答が返ってきた。

 

「………………ディザスターオルタナティブ」

「ステキな名前ね」

「まじか」

 

 彼が名前を語った時の仕草から嘘は言っていないにしても本当の事でもないようで、ちょっと怪しんだりもした。職業柄色々な名前を聞くから他の人に比べれば驚きは顔に出なかったと思うけど、彼の名前に関しては本名なのか偽名なのか、実は未だに知らなかったりする。

 しかし、とある時期を境にその嘘臭さは鳴りを潜め"ディザスター"を受け入れたかのように、ある種誇らしくすら語るようになったのだった。

 

 何があったのかは聞いていないのだけれど、同時期、ディへ手紙が届くようになったのは無関係ではないと思う。

 

 それからディは遠出する頻度が減り、塩漬けになりかけの依頼や報酬が割に合わない依頼を受けて過ごす日々が始まった――が、どうにも想定外の事をしでかしてくれる。

 珍味として有名だがかなり獰猛な魔物の卵を調達……どころかその魔物の肉ごと納品するとか、雑用として呼ばれたはずの呪術士ギルドからは定期的にディへの指名依頼が届くようになるとか、ペット探しを始めれば何故か難民が協力して包囲網を張っていたりだとか、ディの奇行録は挙げればきりがない。

 

 日中は酒場の定位置で書物を読むとか、何かをメモしていたりだとか、たまに酒飲みに絡まれてそのまま飲み始めたりとギルドでは珍しくない風景になっている。

 

 未だにディが冒険者たちの間で侮られることがあるのは、日中暇している姿が印象的であることと、目立った実績を残していないからだろう。想定外の事をしでかすにしても依頼者にしかわからない評価であったり、あえて目立とうとしないので、周囲からはうだつの上がらないオッサン止まりなのだ。

 流石に中堅層の一部やベテランクラスの冒険者たちは、何となくかあるいは確信を持ってディに接するのだが、その意味が分からないパーティは逆に侮られて見られていることに気づけない。

 冒険者の中で一種の評価ラインとして確立していたりいなかったり……まあ昼のランプが如くって人物が"災厄"の名を背負っているさまは知らない人から見れば笑いの種なのかもしれないが。

 

 私個人としてはそのままでいいと考えている。だって本人がその評価でいいって分かってやっているのに口を出す必要はないでしょう。ラウンジ内で悪徳金融の取り立てが行われていようと戦闘にでもならなければ一風景として関わらない、それと同じだ。

 もし実力に合った評価を得たいならそう振る舞えば一瞬だろうに、それをしないディに奮い立てなんて優しく諭す訳もない――成り上がりたいなら商機を逃すな、ウルダハとはそういう国なのだ。

 ギルドとしてはもっと大々的に活躍してくれた方が宣伝になるので嬉しいが、強要して居心地が悪くなったから別の国へなんてされてしまうと困る。そも本腰を入れるならそうせざるを得ない状況を作る。まあ、やりませんけれども。

 

 ディが隠している事はたくさんあるだろう。見慣れない装備から卓越した戦闘技術に、高度な魔法知識、果てはエーテル学にも精通している素振りすらあるのだ。実はシャーレアンの賢人位を持っていると言われても驚かないくらいには、でたらめで、不思議な人。

 

 ディは多くを語らない。だから私も多くを聞かない。

 

 一人の冒険者として、一人のギルドマスターとして、語らないまま築かれた信頼関係は言葉にせずとも揺るがない確信があるから。

 

 

(まあ、今回は大きな借りが出来てしまったけれど)

 

 焦点を定めず背景として見ていたディたちの席を見ると視線が交差する。

 それを受けたディは熱心に話しかけていたペアンとダネスに何事かを言ってからこちらに向かって近づいてきた。

 

「頬杖ついて黄昏れるなんて、珍しいじゃないか」

 

 なんて事のない軽口だが、私を気遣ってからかうような言葉を選んでいるのだろう、確かにらしくなかったかもしれない。

 一度目を閉じて軽く息を吐けば、もうリセットは完了だ。失敗にくよくよしすぎれば商機を逃してしまう。

 

「もうっ、私だって落ち込むことくらいあるわ……ありがと」

 

 私の言葉を聞いて気持ちを察したのか、ディは肩をすくめてカウンターに肘を乗せたまま酒をあおる。そんな気障ったらしい態度を見て反撃に出ることにした。

 

「随分と懐かれたみたいね。ディこそ、珍しいじゃない?」

「あれは、興が乗ったんだ」

 

 聞けば、ダネスには自分が持っている文献の一部を写本として渡す約束をしたとか。ペアンは珍しい詩歌を教えて貰ったと嬉しそうに尻尾をぶんぶんさせていたし、スウィグスウェルドもタンクの技を一つ見せて貰ったらしく珍しく興奮している様を見れた。ミミは詳しく教えてくれなかったが何かしらは聞けたようだった。

 

「レンジャー技能を持っているのは知っていたけれどタンクとヒーラーもできたのね?」

「興が乗った」

「白魔道士はともかく、ナイトに対しても造詣が深くていらっしゃるのね?」

「興だな」

「どうせおっぱいにやられたんでしょ」

「そうだな……何言わせんだ」

 

 くすりと笑い合う。

 私が本気で問い詰めていないことは分かっているのだろう。

 

 流石にタンク技能に関してまで教導役を全うできるとは考えていなかっただけに内心驚愕していた。ダネスは言わずもがな、ペアンに関してもディから何かしら掴むくらいは出来ると思っていたし、ミミにはディ相手ならば白魔道士である事を隠す必要はないと言い含めておいたけれど……全員に対してここまでちゃんとした教導官っぷりを発揮するとは。

 ナイトもそうだが、少なくとも白魔道士に関してはスルーだと思っていたのだ。

 

 ディから赤魔道士として、白魔法や黒魔法の存在について聞かされた時はウワサ程度に聞いていたそれらの裏付けが取れてしまい相当な厄ネタだなと思ったものだ。

 ディとて白魔道士がグリダニアが秘匿しているジョブであることは知っている、だから自らグリダニアの秘奥に首を突っ込むとは考えていなかった。

 

「……まさか、本当に……胸にやられたわけじゃないわよね」

「…………お尻の場合は?」

 

 コイツ、国家の秘匿を尻で破ったのか。

 

「あなた時々とんでもない馬鹿になるわよね」

「ちゃうねん、ダネスに文献の写本渡すって言ったらアンがすげえ期待に満ちた表情でちらちら見てくるから有用な詩を教えたところでウィールドも何か言いたそうな気配出してくるしそれじゃあって技一つ見せたらミミが拗ねてしゃがみ込んでお尻振るし――」

「アン? 随分と親しくなったのねえ……」

 

 ミコッテのサンシーカー族における氏族名を抜いた個人名だけで呼ぶ場合は相当親しい間柄になる。ペアンの場合は氏族名の"ペ"を抜いたアンという名前で呼ぶのは家族や親友あるいは冒険者パーティの仲間か恋人だけだろう。

 

「ちゃうねん」

 

 ディが静かに慌てるなんて芸当をしている姿は流石に可哀そうなのでこのあたりにしてあげよう。

 

「なんてね。あの子たちの教導係お疲れさま! 本当に色々と助かっちゃった。あなたへの報酬は色を付けて置くけれど……あの子たちへの"色"は程々にね。やりすぎると嫌われちゃうわよ」

 

 実際ペアンとミミは男に好かれる容姿だから見惚れるのはわかるけれど、露骨な視線は……まあ、ディなら隠せるか。

 

「いや、すまん、気を付ける……」

 

 でも好意を持った男からの視線ならむしろ喜ばしかったりする場合もある。

 

「見るならペアンだけにしておきなさい」

「エッ」

「呼びましたぁー?」

 

 ひょっこりと近づいてきたペアン。続いてダネスたちも全員こっちへ来てしまったようだ。

 ウィールド以外は頬を赤くさせてそれなり酔っている。

 

「オッサン、モモディさんに粉かけてんのか? 熟女趣味だったんだな」

「えっ、ディさんそうだったんですかぁ……あと二十年くらいぃ……?」

「アン大丈夫にゃーでぃっさんはうちらミコッテの魅力にやられてたにゃー」

「そ、そうかなぁー」

「……全員、はしたない行為は慎むように」

 

 カウンターの前で酒盛りを始めそうな勢いでわちゃわちゃし始めた。あとダネス、聞き逃してないわよ。

 

「はいはいこっちは邪魔になるから席にお戻りなさいな。私が作ったクランペットを後で持って行ってあげるから」

「モモディさん特製のクランペット!! ほらぁ、みんなもどるよぉー」

 

 一番泥酔してそうなペアンがパーティの肩を持って戻るように促す。それに従うようディも戻ろうとしているのだが、最後に一つ用事があったのを思い出した。

 

「ディ、言い忘れていたけれどいつもの手紙を預かっているから部屋に戻る前に取りに来てね」

「んあ、今回はちょい期間空いたなあ……カルテノー戦没者追悼式典以来か」

 

 ディは後頭部をかきながら、了解、といってまた定位置へと戻っていく。

 

 出会いから今日まで、たった今のような楽しいやり取りが続いてきた。でもあそこまではしゃいで過ごしている姿は珍しい。

 このカウンター奥、この場所は、冒険者が、酒場の客が、色んな人間模様を見せてくれる。

 

 だからこの位置が好きなのよ。

 

 

 

「あ、ダネスは報酬無しだからここの勘定は自腹ね」

「!?」

 

 事実であっても、発してはいけない言葉もあるのだ。

 

 

 




閑話的な部分なので短めでした。
次回「大迷宮バハムート:追憶編」予定。


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8:大迷宮バハムート:イキリディザスター編(主人公視点1)

 宿屋砂時計亭の一室、冷たい石壁から漂う冷気とは裏腹に、窓から差し込む陽気は暖かだ。

 日差しの暖かさに鼻歌を歌いだしたくなるほどだが、俺は羽ペンを片手に唸り声を上げている。

 

 数日前、アンたちの教導役を終えたその日に届いてた手紙の差出人は、予想していた通りの人物だった。なので内容もいつも通り近況報告がメインだと考えていたのだが、珍しい事に報告は最初の五行程度。

 本題は、一度でいいからシャーレアンに来てくれないか、という内容。

 旅費、食費、滞在費含め向こう持ち。数日観光から長期滞在まで自由。美少女ガイド付き。ウルダハの高利貸しもびっくりな超好条件であった。

 今までも文末にサラッと、来たかったら来い、くらいの事は書かれていたりしたのだが、毎回はっきりとお断りを書いて返信している。なら今回も同じようにすればいいのだが、ここまで具体的に詰められた話が来たことはなく、なんだか今回はかなり本気のようなのだ。

 

(シャーレアン……うーん……)

 

 手紙の送り主の故郷なのだが、実はゲーム本編には登場しない。

 名前や設定が随所に出てくる程度にはメインシナリオと関りがあるのだが、多分俺がやっていたころのパッチから次々回以降の拡張ディスクで実装されるんじゃないか、くらいの場所だ。

 

 シャーレアンはエオルゼアの大陸から海を挟んで北西にある諸島を指す。

 そのため、いわゆる"原作知識"というやつは通用しない。

 

 一応シャーレアンの元植民地は原作のマップ上に存在していたのでおおよその建築様式からリアル世界における西洋をイメージすればちょうどいいのだろう。

 原作ではヒカセンが肩入れする組織である『暁の血盟』において、諸々のフォローがシャーレアン方面からあったはずだ。それは活動資金であったり、魔道具やら魔法的現象に対する知識、対策であったりとバックアップが無ければストーリーが進まないレベルでそれはもうお世話になっていた。

 

 何故そんなにバックアップがもらえるのかといえば『暁の血盟』の幹部たちはシャーレアンの賢人と呼ばれる者達で構成されているからだ。シャーレアンの賢人ってのは、何かしらの技能や知識……例えばエーテル学であったり、はたまた暗殺術、サバイバル能力でもよい。特定分野において知識を極めるか、大きな発見や貢献をしたと認められた場合に貰えるんだとか。

 要は……学会で新知識を発表したら博士号が貰えたとか、そんな感じ……だったはず。

 

 ぶっちゃけ本編ではそこまで詳しく説明されずに設定資料集に詳しく書かれる類のやつなので、俺がそこまで憶えているはずもなく。

 シャーレアンについて憶えていることをまとめると"知識欲旺盛だが国様式としてはお固そう"ってとこだな。

 

(うん……行きたくないな!)

 

 海外旅行として考えれば余暇を過ごすにはちょうどいいのかもしれないが、なんとなーくこれまでの経緯を考えれば、面倒なことになりそうだと思うのだ。

 

 手紙で定期的にやり取りをしていて、今回シャーレアンに誘ってきた相手――アリゼー・ルヴェユールは原作キャラである。それもがっつりがっぷりとメインシナリオで活躍して、何なら主人公と旅をして国を救うような立ち位置だ。

 

 それはいいのだ。アリゼーの背景を知っているから彼女を遠ざけるなんてする必要はないし、関係を断つなんてこともしない。メインシナリオが別の道へ逸れるなんてのも今更な話で気にしていない。

 

 何故面倒なことになりそうなのか、なぜメインシナリオが別の道へ逸れても平気なのか。何故ならば――――既にバハムートをぶっ倒しているからだ……それもアリゼーと二人で。

 

 ここでちょっとFFXIVのストーリーを思い出そう。このエオルゼアは5年ほど前に蛮神バハムートによって第七霊災が引き起こされた。エオルゼアが……ひいては文明が滅びるはずだったのだが、それを止めたのがアリゼーの祖父であるルイゾワ・ルヴェユール。なんかすごく光る自爆特攻を仕掛けバハムートの胴体を木っ端みじんにしながらルイゾワ本人も共に砕け散り世界は守られた……はずだったが、実際はバハムートは生きていた。本人の生命力とかではなく、人工的に。

 

 それを発見したアリゼーとヒカセンがバハムートの復活を阻止すべく奔走するってのが、FFXⅣ最初期でエンドコンテンツとなっていた『大迷宮バハムート』なのだ。

 当時のプレイヤーにとってはふざけんなと言いたくなるギミックが随所に仕掛けられていて……思い出すだけでも胃がキリキリとしてくる、主にパーティ内におけるギスギスのせいなのだが。

 

 そんな『大迷宮バハムート』だが、ゲーム中の時系列に沿えばコンテンツが解放される時期はまだ先であろう。ただ、諸々の事情により俺とアリゼーの手によってバハムートは既にいない。

 本来であればアリゼーの兄も含めてもうちょっと大事になりつつも国の重鎮たちには顛末が開示され、真実は公にされず、本当の意味で第七霊災が終わる……そんなストーリーだった。

 

 だが現エオルゼアにおける認識はこうだ、バハムートは一人の"闇の戦士"によって撃滅され、それをサポートしたアリゼーは各国の重鎮にのみありのままを伝えた。"闇の戦士"は名を語らず、名の如く闇に包まれたままどこかへ去ってしまったと。

 勿論だが各国から目を付けられるのを嫌がった俺がアリゼーと共に考えたカバーストーリーである。

 

 ある程度の名声はあれば便利だろう。しかし国を、世界を守ったと言えるほどの功績はどうだろうか。少なくとも国は放っておかないし、政を執る者達にとって邪魔に思われる可能性すらある。

 ヒカセンを例に挙げれば何だかんだと感謝されつつ便利屋のように国の危機に介入していたが、その大部分は外部的な思惑による作為的な巻き込まれである。

 

 自らそんな国のドロドロした部分に首を突っ込みたいかと言われればノーであるし、流石にアリゼーも思うところがあったのか、しみじみと頷いて賛同し、協力してくれた。

 ある意味では厄介ごとをアリゼーに押し付けてしまったのだが、戦いを俺に任せてしまった事を負い目と感じたのか、その件について文句や愚痴を聞いたことは一切ない。

 

 そんなこんながあって、アリゼーとは大分親しい関係を築いている。

 

 一瞬油断すれば死に直結する場所で共に過ごしたことは、俺にとっても忘れ難い事で、同じようにアリゼーも思ってくれているはずだ。

 証拠ではないが、手紙はひと月から早ければ三週に一通は届く。内容は兄に対する愚痴、魔法大学での出来事などなど近況報告で、俺も依頼を受けてうだつの上がらない日々をそのまま返信している。

 そんなやり取りが続く中、ちょっと前にカルテノー戦没者追悼式典が執り行われた。それが意味するところは"原作の開始"である。つまり本来であればアリゼーはシャーレアンからエオルゼアへ来ている事に他ならない。ついでにヒカセンも色々と動き始めてるっぽい。

 

(この前イフリートが討滅されたっぽいしなあ……というかアリゼーはこっち来てるなら会いに来てくれてもよさそうなもんだが、手紙では来てるって事は書かれてなかったし、もしかしてエオルゼアに来てないのか?)

 

 もし来てないのであれば原作からの乖離は大分進行していそうだ。だからと言って何をするではないが。

 

 結局全く筆が進んでいない手紙であったが、やはりお断りの返事を出そうと考えて再び羽ペンを取る。少なくともアリゼーは両親に対してバハムートの一件を説明すると言っていた、そんな時期から文通を始めた相手は一体何者なのかと考えるはずだ。

 アリゼーが気づいているかは分からないが、調査の手は俺に及んでいる。一時期すげー気配消すのが上手い密偵らしき奴が俺の回りをうろちょろしていたしな。気づかれたことに気づいたのかはわからないが、いつの間にか消えていた。

 

 んで今回シャーレアンへ誘われているのだが、旅費、食費、滞在費は必要なくて数日観光から長期滞在まで自由で美少女ガイド付き。アリゼーが宿とか手配してる可能性がないわけじゃあないが、これ完全に家の権力使う気満々だろ……俺の存在自体はバレているのだろうが、どう思われているのか考えると……もう、なんか面倒ごとな気がしてならない、ゆえに行かない。

 

 だって親からしたら、かなり危険な旅から帰ってきた娘が突如文通始めた相手って、なんか、こう、色々あった末の遠距離……的なね? あるいは、どこまで話したかは分からないものの可能性としては"闇の戦士"ではと勘繰るのも当たり前の話である。

 アリゼー自身、俺へ送る手紙について親へどう説明しているかもわからんが、面倒な事に巻き込まれそうなのは確かである。

 タイミングから考えて兄だけがエオルゼアへ来てしまってアリゼーはシャーレアン本国で暇しているからか、あるいは寂しくなって俺を呼んだという可能性もあるが、さて。

 

(将来的には俺が知っている未来とはズレが生じてくる、か)

 

 漸くというべきか、今更というべきか、ここから先の未来において俺が知る"未来の知識"は役に立たなくなっていくのだろう。

 

 誰に聞かせるためではないが、大声で言ってやりたい――望む所だ。

 

 書き終えた手紙へ封蝋を施し、懐へとしまい込みながら椅子から立ち上がる。

 

 シャーレアンへ手紙を届けるのは特定のツテを頼ることになる。単純に距離があり通常の配達士に渡して宛先はシャーレアンと伝えたところで配達はしてくれない。

 商会を通す手もあるのだが馬鹿高い手数料を取られる割に信用性が低いので利用はしない。あくまで取られる金に対しての信用が足りないだけなので普通であればそこまで警戒しなくてもいいのだろうが、やり取りしてる相手が相手である。

 アリゼーはまごう事なきお嬢様なのだ。祖父は救世を為した偉人、父はシャーレアンでも最高位らへんの地位にいるっぽい。そんな一家の息女があんなお転婆になってしまったのは……祖父の影響なのだろう。

 まあ概ねやんごとなき身分と称して差し支えない。

 そんな相手と文通をしているとウルダハの商会にバレてみろ、俺のもとに厄介ごと諸々が飛び込んでくること請け合いである。それだけならまだしもアリゼーの身柄を狙って手紙のすり替えでもされたらもう目も当てられない。

 

 そんなわけで絶対に信用できるツテを頼りシャーレアンのルヴェユール家まで届けてもらうのだが、それを為すにはブラックブラッシュ停留所まで行かねばならない。

 ミラージュドレッサーの前で身だしなみを整えるのもそこそこに部屋を出る。

 

「あらディ、いいところに」

「む?」

 

 宿屋から出て一旦鍵を預けようとしたところでモモディさんに話しかけられた。

 俺宛の用事があるようだが、場合によっては断る事になるだろう。

 

「さっきね、あなたを探している人が来たのよ。流石に見知らぬ相手に個人の情報は渡せないとお帰り願ったのだけれど」

「俺を探す、って随分と酔狂な奴だな。モモディさんが知らない顔って事はこの辺の奴じゃないんだろ?」

 

 遠方の知り合いなんてほとんどいない。それこそアラミゴで定期的にジャーキー貰いに行ってるオッサンたちとか絶賛鎖国中のイシュガルド内とか、ひんがしの国に数人……一応シャーレアンという線もあるが、手紙が来てるわけだしな。

 

「そうね。服はどこにでもあるような旅装だったけれど、フードからちらりと綺麗なシルバーブロンドの髪が見えたわ。名前を聞いたら出し渋る感じで教えてくれなかったのよ。教えられないというよりは躊躇ってる感じだったけれど」

「……うん?」

 

 シルバーブロンドと言えばやはりアリゼーだろうか。あるいは……双子の兄が訪ねてきたか。少なくとも俺の知り合いで髪があって銀髪と言えばそこしか思い当たらない。

 

「声は女性のものだったか?」

「ええ、多少幼さが残る感じだったわね」

 

 ほぼ確定ではないだろうか。

 

 しかし手紙が届いたのとそう変わらない時期に訪ねてくるとは、手紙を出してすぐに旅立たねばあり得ない。自分の名前を出して俺を呼べば怪しまれることはないだろうに、何をしたかったのだろう。

 あるいは名前を出したくない事情があったのかもしれない。彼女の身分を考えれば逼迫した状況である可能性もあった。

 

「それなら多分知り合いだが、待ち合わせ場所とか、言伝は?」

「いいえ、特に何も。それなら悪い事をしてしまったわね……でもね、やり取りをしようっていうのに名前も言えないんじゃ、後ろ暗い事がありますって宣言しているようなものだわ、ねえディ?」

 

 暗に変な事へ首を突っ込んでいるのではないかと疑われていた。事実、公にしにくい事柄ではある。

 

「巻き込まれたいなら話すが」

「結構」

「へい」

 

 モモディさんは嘆息しながら手を頭にやって苦い顔をした。

 しかし言伝も無しとなれば緊急ではないのかと考える。ただ直接訪ねられる用事はとんと思いつかない。

 

「うーん……アイツから用件、なあ……心当たりはあるが、わざわざ訪ねてくる意味が分からないんだ」

「…………」

「別に後ろ暗い事じゃない。単にそいつの故郷へ遊びに来ないかって前から誘われてたんだよ」

「あらそう。なら単純に迎えに来たとかじゃないの?」

 

 普通に考えればそうだろう。ただし、相手の了承は得てないがな。

 

「毎度断っているのに連れ出しに来たんだとしたら、そりゃ誘拐だわな」

「友人なのでしょう? ちょっとした旅行を断る理由があるのかしら」

「色々あるが……一言で表すなら、面倒」

「サイテーね」

 

 モモディさんは俺をジト目で見てくるが、事情を知れば同じことを考えると思う。

 

「色々あるって言ったろ。今回も断りの返事を書いたところで、まさに手紙を届けようとしてたところなんだから」

 

 流石にアリゼーの考えを読むことなど出来るはずもなく、目を閉じこめかみを揉みながら考える。既にウルダハへ来ているのだとしたら手紙は無駄になる。どうしたものか。

 

「……断るって本当? 面倒?」

「ん……? まあ、面倒ごとに巻き込まれそうなのは確実だし、あん?」

 

 ふと違和感を感じた。

 

 モモディさんも可愛らしい声をしていらっしゃるが、聞きなれたそれよりも幾分トーンの高い声だった気がする。目の前にいる彼女を見れば、あーあ、とでも言いたげに肩をすくめていた。

 

「面倒、ね。確かに旅程を考えればそうなのかもしれないけれど? あなたにとっては文末に一言付け足して終わる程度の話なのかもしれないけれど?」

 

 ぎぎぎ、と錆びついたがらくたのように動かない首を無理やり後方へと旋回させていけば、そこにはエオルゼアにおいて一般的な旅装を纏っているにも関わらずフードを下ろした首から上は装いに全く似つかわしくない綺麗なシルバーブロンドがなびいている。

 更にアンバランスなのは普通であれば綺麗だと思わせる顔の造形がタイタンが如く歪んでいる事だろうか。いやさ、タイタンは言い過ぎかもしれないが。

 

「まあ、いいわよ。別に。最初からあまり期待はしていなかったし。びっくりさせたかったから急に来た私が悪いんだし」

 

 そっぽを向いて拗ねながら組んだ腕の上に置かれた人差し指はトントンと叩かれている。あからさますぎる仕草に彼女が変わっていない事を知り安堵する俺は意地が悪いのかもしれない。

 

「アリゼーお嬢様、あまりお変わりございませんようで安心いたしました」

「そういう人を食ったような部分はあなたも変わりないわね……私が拗ねて見せれば、使用人達は慌てて理由を聞いてきたものだけれど」

 

 見目麗しい顔立ち、手入れが行き届いた艶のある髪の毛、その横から延びる尖った耳に、凛とした目。どこをどう切り取っても美人と評して問題ない程のエレゼンの少女、彼女こそが目下の話題となっていたアリゼー・ルヴェユールご本人である。

 なぜここに、どうしたのか、そんなことはどうでもいい。まずは空気を変えなければ俺の未来は明るくないだろう。

 

「よろしくない方向へ自分の立場を理解してしまったようで、私めは悲しゅうございます」

 

 よよよとハンカチ……は無かったので袖を目元まで持ってきて泣き崩れるような仕草をする。

 

「ちょっと! 誤解しないでよね、私も流石にわきまえてるわよ……昔ならいざ知らず、今は無茶苦茶な事を申し付けることなんてしてないんだから」

 

 よし、コメディ方向へ乗ってくれたという事はそこまでお怒りではないようだ。このまま落ち着かせた状態で説明すれば大丈夫だろう。

 

「これはとんだ勘違いを、失礼いたしました。モモディさん、申し訳ないのですが彼女と積もる話もあるので先ほどお渡しした鍵を再度お貸し願えませんでしょうか」

「……どうぞ」

「ありがとうございます。ではお嬢様、こちらへ」

「くるしゅうないわ」

 

 

 怪訝な顔をしたモモディさんを横目にアリゼーを連れて廊下を通り過ぎ、俺が間借りしている一室へ入る。

 アリゼーはきょろきょろと俺の私物へ目を向けたり重厚な石壁に触って冷たさを感じているようだったが、調べ終わったのか賓客用のソファへ腰掛けると対面へ座るよう俺に促した。

 

「お嬢様を招くには少々粗野な場所ではございますが」

「私もつい乗っちゃったけど、もう昔の真似はいいわよ。似合ってなさ過ぎ」

「左様で」

「もうっ」

 

 アリゼーが微笑を見せれば冷たい部屋に和らいだ雰囲気が訪れる。

 

 お互いに会うのは数年ぶりであった。手紙でのやり取りは続いていたが、やはり実際に顔を見ているわけではないので伝わらない事も多々ある。

 例えばアリゼーの面構え。出会った当初は、エオルゼアが、そこに住まう人々が心底気に入らないという顔を隠そうともしていなかった。

 第七霊災発生の折、敬愛する祖父が命を賭してまで守ったエオルゼアの地に住まう人々は、復興を目の前に自らの事を第一に考え隣人を助ける事が出来ていなかったから。

 

 そんな思いを持った少女が、今はどうだ。

 

 エオルゼアという地……小さくも、俺の部屋という単位ではあるがウルダハの文化に対して興味をそそられたのか観察していた。それは彼女にとって小さくない変化だろう。

 

「ウルダハは面白いわね。ただ歩いているだけで三回も商談を持ちかけられたわ。――冷たい壁で囲まれた場所は人情すら届かないのかと思わせるほど、でもそこには熱い意思、商魂が宿っている……誰もが戦っている、誰もが頂を目指している」

 

 その通り、それがウルダハの面白いところなんだ。俺がそう続ければ彼女は納得したかのように頷いた。

 

「つってもスラム街が出来るくらいには治安が悪いし、貧富の差は他国と比べられないほどだがね」

「それを言うなら他国は難民を受け入れてあげればいいのよ。それをしない時点で文句は言えないし、この状況だってウルダハが招いた事態ではなく、帝国のエオルゼア侵略や第七霊災の影響が大きいわ。勿論国として対策が出来ていない点には思うところがあるけれど」

 

 国としての対策が難しい事はアリゼーも理解しているのだろう。それ以上に苦言を零すことはなくソファへ沈み込んで、随分と無防備にリラックスした姿勢となりこちらへ言葉の矢を向けた。

 

「……で、シャーレアンの、私の故郷の何が嫌で、何が面倒なのよ」

「ははは」

 

 コメディで終わってくれるわけはなかった。アリゼーの表情が割と真剣に機嫌が悪いですと主張している。

 

「だってよう……"あの件"の事、親御さんは知ってるわけだろ? 金銭が全部そっち持ちでって事は家の権力使う訳で、俺の存在については察されるわけだ。何のために"アレ"と戦ったのを濁してるかは十分に理解してると思ったんだが」

「それは理解してるわよ。それもクリアしてるから呼んでるんだけれども?」

「なんだと」

 

 クリアとはどんな状況だ? 親御さんへ俺の能力を伏した上でぽっと出の男を実家に上げることを許可させたとでもいうのだろうか。

 

「……私が赤魔法をこっそり練習してるところ、お父様にバレちゃったの」

「あー……つまり、俺がその赤魔法の師匠だと?」

「ええ、前にエオルゼアに来た時に出会って師事して学んだと伝えたわ、本当の事だし。びっくりしたのはそのあと。お父様ったら妙に赤魔法に関していろいろ尋ねてきて、こっちが疲れちゃうほど質問し終えたら嬉しそうに私の頭を撫でながら励むようにって。手紙も師匠とのやり取りだからって言ったらすんなり」

 

 なる、ほど? いや、なんだ、赤魔法について聞いて喜ぶってどういうことだ。実はルヴェユール家で語り継がれてたけど廃れた術だったとか?

 

「ちょっと気になったから後日シャーレアンの大図書館で赤魔法について調べたら殆ど何も出てこなかった。黒魔法に関してはほんの少しだけ禁忌の術として文献があったけど、白魔法に関してはゼロ、赤魔法は殆どかすれて読めない文献の一節から辛うじて読めたくらい、ね。お父様が喜ぶわけだわ」

「すまん、それで喜ぶ意味が俺にはわからない」

 

 そりゃ一文明前の魔法体系についてなんぞ普通なら残っていない。奇跡的に残っている文献は世界中に散らばっているだろうし、ほとんどが消失しているだろう。逆に黒魔法について文献が残っているだけでも驚きだ。

 そしてその事実からアリゼーの親父さんが喜ぶ意味は理解できなかった。

 

「ああ、ごめんなさい。こればっかりはシャーレアンに実際にこないと分からないわよね」

 

 アリゼーは一呼吸をおいてシャーレアンについて説明し始めた。

 

「シャーレアンが学術都市であることは知っているわね。知識を得るために知識を得る、それを是とした国なのよ。"知識の蓄積"それのみを追求することが国是。誰もが未知を探し求めて研究を続けている」

 

 つまり、イメージとしてはマッドサイエンティスト的な……悪事に利用するのではなく、知るために知る、といった目的を考えれば相当な変人集団にも思えるが。

 

「お父様にとって、赤魔法は未知だったんだわ。それを、私が幼いながらにもシャーレアンの民としては第一人者として振るったことに喜んだのだと思う。私がしっかりと学び終えるか、師匠を招けるなら是非話を聞きたいってさ」

「なるほどねえ……」

 

 今でこそ一端の魔道士として恥ずかしくない程度にはエーテル学も理解しているし、学者様と話しても問題はないだろう。

 それに懸念事項であった"あの件"――バハムートについて触れていないという事であればシャーレアンへ訪れる事もやぶさかではない。

 

「そういう事であればお邪魔させていただくのは問題ない」

「――本当っ!?」

 

 アリゼーは机に両手を叩きつけて顔を近づけてくる。

 

「今更冗談って言っても遅いからね!? 言質はとったわよ!」

「ああ、ああ、嘘じゃねえって。つっても今すぐには無理だからな、準備時間はくれ」

 

 俺の言葉を聞いたアリゼーは相当にはしゃいだ様子だ。俺なんぞを招くことがそんなに嬉しいのだろうか。

 まあ共に世界を救った仲だ、友人かと問われればそうだと答えるが、仲間という認識の方が強くもある。かと言って仲間だけでは言い表せない感情もあり、親友と断言するには共にいる時間は短かったようにも感じた。

 

「基本的な物は全部こちらで用意するから私物に関しては任せるわ。ふふふ……丁度アルフィノもいないし、タイミングとしては完璧ね……」

 

 最後の方に発した言葉は聞き取りづらかったが、アルフィノ――彼の兄の名前が聞こえた。

 

「アルフィノ? 兄もこっち来てるのか」

「えっ、アルフィノは、えと、いいわ。こっち来てるけど、別に挨拶とかいらないし。向こうは向こうで勝手にやってるからいい」

 

 確かこの時期のアルフィノは色々と忙しい時期だろうか。祖父が成し遂げた救世の意思を継ぎ、自らが先導者足らんと奔走している事だろう――結果、出る杭は打たれるとでもいうのか、しっぺ返しを食らう事になる。

 ただ、今のアリゼーを見て、この世界においてアルフィノがどうなっているかは測れないし、少なくとも俺と彼は知り合いではない。ゆくゆくアリゼーを通じて知り合うことはあるかもしれないが、今ではないのだろう。

 

「今更だが、手紙が届いた後すぐアリゼーが訪ねてきたわけだが、こっちに来るのは急な話だったのか? タイミング的に手紙を出すと同時に向こうを出発するくらいだっただろうし。丁度返事を出そうとしたところで出会ったからさ」

「あ、あー、あー……えっと、そんなところね!」

 

 あからさまにうろたえた様子だが、相変わらず嘘をつくのは苦手なようだ。なにがしかの理由はあったのだろうが、わざわざ指摘してしまうととても機嫌が悪くなるので、ここで一歩引くのが大人の醍醐味。

 

「な、なにニヤニヤしてるの!? もしかして髪の毛跳ねてる? それとも恰好が変かしら……」

 

 アリゼーとこうして無邪気に話せる時間がくるとは、彼女と出会った当時の俺は考えて……いたな。うん。感慨に浸ろうと思ったけど、妄想していたことは達成していた。

 メイン級の原作キャラとの邂逅は、そりゃもちろんワクワクしたさ。いくらストーリーに全情熱を注ぐような楽しみ方ではなかったとしても、俺だってFFXIVのファンなのだから。

 当時の話ではあるが、ぶっちゃければ多少の下心は持ち合わせていた。

 

 だが蓋を開けてみれば、そんな思考を巡らせる暇なんてなくなっていたんだ。

 

 あの頃を思い返し、結果を見れば、色々な奇跡が重なりようやっと、俺とアリゼーは生き延びたのだ。

 

 断言できる、当時の俺一人の力ではどうしようもなかった。

 

 いくらストーリーが進行する前でバハムートがゲーム内よりも弱体化していたとしても、俺が規格外の能力を持っていたとしても――俺の心は、強くなかったのだ。

 

 恐怖に打ち勝つ心なんて持っていなかった。誰かの意思を継いで誰かを守りたいなんて高尚な想いもなかった。強い敵と戦う事に興奮するような狂い方も出来なかった。

 

 だから、あの時……アリゼーがいなければ、俺はこの世界で生きていくのを諦めていただろう。

 

 だからあの時、ルイゾワがいたからこそ、俺はこの世界を愛し、この世界で生きていく決意を持てたのだろう。

 

 

「ちょっとー、ディー聞こえてるー?」

 

 眼の焦点をあわせていない俺の前で不思議そうな顔をして手を振るアリゼーは年相応に笑っていた。

 

 

 

(なあ、ルイゾワ……今更だけどよ、俺はあんたにこそ、今のアリゼーを見せたい……あんたが救ったこの世界を謳歌し始めた、孫の顔を、一緒にさ……)

 

 

 




「大迷宮バハムート:追憶編」をお届け予定でしたが急遽番組を変更し、
「大迷宮バハムート:イキリディザスター編」をお届けしております。


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9:大迷宮バハムート:イキリディザスター編(主人公視点2)

 アリゼーから直接シャーレアンへ招待されてから忙しなく準備を進めて数日、俺は小型の船に揺られていた。

 甲板の柵へ寄りかかり潮の匂いを堪能しながらまだ見ぬ地であるシャーレアンを思えば、来るところまで来たのだなと感慨にふける。

 

(色んな地域に顔を出したりはしたが、大体が"見知らぬが見知った土地"だった)

 

 ゲームの基本となる地域――FFXIVでマップとして登場していたエオルゼア各地――に足を運ぶことはあれど、ゲームでは名前だけ出てきた場所や、名前すら出てこない地域なんかにはあまり行った事がない。

 単純に未知に対する恐怖もあったが、まずは知っているはずの場所の事を知るために、本当の意味で見知らぬ土地を避けていた側面が大きい。

 俺がメインの活動場所としている砂の都ウルダハに始まり、海の都リムサ・ロミンサと森の都グリダニアはゲームプレイヤーからは三国と呼ばれなじみ深い場所だ。

 ストーリーにおいて主人公であるヒカセンはこの三国を中心とした各種問題に立ち向かっていくので、FFXIVの始まりと言って差し支えない。

 

 しかして俺は自キャラへ憑依するという意味が分からない未曾有の事態に陥っている。いや、もしかしたら俺以外にもそんな体験をして同じ世界に存在しているヒカセンがいる可能性は否めないわけだが、今のところそれらしき形跡はない。

 文献から歴史を読み解いても『原作を知っているが故の優位性から立ち回った結果』という痕跡はなさそうで、暗躍していたとしても今のエオルゼアには何ら影響がなかったのだからいないのと同じだ。

 もし"同郷"がいたなら、某ファーストフードのバーガーは何が好きか、くらいの話はしてみたい――閑話休題、結局のところ、先の認識に続き、俺が認識できていないのだから現状までは存在しないと結論付けて探すようなこともしていない。

 

 そうなってくると、まずは"見知らぬが見知った土地"である三国をはじめ、拡張ディスクにて追加された山の都イシュガルドや、おもっきし日本をベースとしたひんがしの国と牧歌的なドマ、帝国に支配されてしまったアラミゴなど、知っておきたい地域での探索を優先した結果、未知の地域にまでは足が伸びていなかったのだ。

 

(シャーレアンか……知っている事と言えば、超でけぇらしい図書館がある事と、ヒカセンが所属する暁の血盟をバックアップするバルデシオン委員会っていう存在。あとは星詠みとか占星術とかそういうのが発祥した地で、民主制をとってて哲学者議会ってのがいわゆる国会――他にもストーリーに出てきた知識を断片的に知ってるくらいだ)

 

 俺としてはこれだけ憶えていれば上出来である。バトルコンテンツに直結しているならまだしも、メインストーリー以外の話は会話をクリック連打して飛ばす事の方が多かった。

 

 今にして思えば、とてつもなく勿体なかったことをしたものであると後悔の念が先に立つ。

 こんなにも魅力で溢れているエオルゼアを知ろうとしなかったなんて――そんな思いはあれど、俺だけは、聞いて、感じて、考えることができる。ヒカセン各位には悪いが進行形で十二分に堪能させてもらっている。

 

「ちょっと、ディ? 黄昏ちゃってどうしたのよ」

「ん……シャーレアンの事を考えててなあ」

「面倒くさがっていた割には興味あるんじゃない……まっ、私としてはそっちの方が都合がいいけど」

 

 そう、こんな感じで気さくに話しかけながらも、俺と同じように柵へ寄りかかるアリゼーを見れるのは俺だけなのだ。すまんな、ヒカセンたちよ。

 

「それにしても、準備に数日かかった割に、あなた自身の準備なんて殆どなかったじゃない」

「いつでも出かけられるようにはしてるからな」

 

 アリゼーの言う通り、遠出するとなっても、ちょっとした買い物をすれば事足りる程度の備えはしている。それこそ道中で消耗品の類を買えば問題ない程度には。

 出立まで時間がかかった理由は……俺も気づかないうち、しがらみってのにひっかかってたらしい。

 

「ディ、あなたがスラム街の相談役だなんて知らなかったわ」

「んな役職ねえよ、ありゃランデベルト……パールレーンの奴らが勝手に言ってるだけだ」

「ふうん……? その割にはわざわざ遠出する事を伝えてたし、何なら随分と慕われてたし」

「気が合った奴らと飯を食ったことがある。そんで、アイツらが勝手に感謝してるだけ」

 

 ウルダハのスラム街にも知り合いがいる。いつもみたいに数日ふらっといなくなるだけならいいが、今回は移動と合わせて何週間か不在にする可能性もあるし、挨拶して回った知り合いの一つ。そんな説明をアリゼーにしても、訝し気に吊り上がった目元は戻らなかった。

 

「サファイアアベニュー国際市場じゃ、商人に結構なお金を渡していたじゃない。あれ、スラム街の住人に便宜を図るようにってことじゃないの」

「……スラムのやつらが取りに来る商品の代金を先払いしたんだ」

「そ、じゃあやっぱり目にかけてるってことね、相談役さん」

「うごごごご……!」

 

 このお嬢様は随分と口も立つようになった。

 

 確かに俺の事をそんな風に呼んでくる奴らもいる。俺を便利に使おうってんなら出来る限りの事はしてやってもいいと考えていた……のだが、そもそもスラム街の奴らは与えた以上に恩を返そうとしやがるのだ。

 もちろんあいつらだって無い袖は振れない、特に金や物資なんてあいつら自身が必要としているのだ。ならどうするか。

 

 気付けば、俺の手元にスラム街で手に入る情報が入ってくるような、そんな情報網が構築されてやがった。

 スラム街の全部が全部ってわけじゃない、あそこにも派閥はあるし、お上に逆らえるような身分じゃない。だからこそ、その情報の大体はスラム街ですら嫌悪されるような悪だくみや、吐き気を催す極悪人、カタギが絡むような事件、そんな情報を教えてくれるのだ。

 それら以外に表に出せない物品やら流れ者やらの情報など、他の派閥に不審に思われない程度に収集しているようだ。

 

「大体、代金の先払いって……スラムの住人がする物盗りのお目こぼしの為でしょ。私だって気づかないほど世間知らずじゃ――なくなったわよ。ほとんどが食品とか果物を売っているお店だったし、それって食い詰めた人たちのため、ってことじゃない」

「……どうだろうなあ」

「まっ、いいけどね。お人よし」

 

 アリゼーが言っていることは正しい。特にガキどもはすばしっこく棚下のしなびた果実なんかをよく盗んでいる。商人側も分かってて売れ残ってしまった商品を棚下に置いているし、ガキどもも売れないであろう物を盗んでいる、報復されにくいって意味でな。

 それでも犯罪は犯罪、下手を打てば腕の一本くらいはへし折られるか、酷けりゃ奴隷商にでも売られるだろう。

 

 元々積極的に助けようとしていたわけじゃない、だけどそれも数年続けば、しがらみってのは出来ちまう。スラム街の奴らだって俺が表立っては関わろうとしているわけじゃない事に気づいているから、そうそう会う事もないのだが、だが……縁ってのは、そう簡単にはなくならないらしい。

 

 普段なら会いに行くようなことはしないんだ。今回、わざわざ会いに行ったのは、これから大変になることが分かっていたから。

 原作が開始したという事は、今まで以上にウルダハは騒がしくなっていくだろう。

 だから一つの区切りとして、ちゃんと挨拶くらいはって思ったんだ。もしかしたら、もう二度と会えないやつだっているだろう。

 それら全部を救うなんて、俺がウルダハの実権を握る砂蠍衆にでもならなければ無理だから。そんな風に自分を慰めるための方便で、言い訳で、逃げなのだから――感謝なんてされるものじゃない。

 

「それに、随分と美人の知り合いも出来ていたようだし? 手紙にはそんな事書いてなかったけれども?」

「そりゃここ最近の話だからな、アンもそう言っていただろうに」

「最近ねえ……氏族名抜きで呼ぶくらいには親しいみたいですけど?」

 

 挨拶回りでアン達のパーティに出会った時、アンとアリゼーはお互いを値踏みするかのような視線を送り合っており、それを見たダネスやウィールドは「あーあ」とでも言いたげで、ミミはにゃふにゃふと楽し気だった。

 

「船の待合室でも説明した通りだよ。ちっとばかし教導役を仰せつかって知ってる技を教えた程度だ」

「じゃあ、妹弟子ってことね」

「そう、なるのか? うん?」

「そうよ!」

 

 アリゼーのふんすと息を鳴らすドヤ顔がまぶしい。

 そうなるとウィールド含めダネスもミミも弟子になっちまうが。

 

「ダネスには写本も渡したし、実際んとこ弟弟子だわな。赤魔道士がこれだけいるってのも中々珍しい」

「あの時一緒にいたヒューランの彼ね。今度手ほどきしてあげようかしら……というか」

 

 アリゼーは言葉を区切りこちらを一瞥した。訝し気なその目は俺と出会ったころ、後ろをついて回っていた時の目だ。

 

「高度なレンジャー技能に、失伝したはずの魔道士の術、加えて、あり得ないレベルの回復魔法、極めつけは大剣による防御技術――ほんとに規格外よね、あなたは」

「お嬢様にそう言ってもらえるとは光栄だな」

 

 俺は肩をすくめてアリゼーから視線を逸らす。今更その話を蒸し返されるとは思っていなかった。

 それはアリゼーと共に駆け回った日々の出来事。マジで自重せずに"ヒカセン"としての能力を使っていた時期の話だ。

 

「あの出来事以来、ディは赤魔道士としてしか活動していないようだけれど、やろうと思えばどの道だって先導できるほどの領域よね」

「急にどうした、今までそんな事気にしていなかっただろうに」

 

 昔にアリゼーがシャーレアンに帰り手紙でやり取りするようになっても俺の戦闘能力についての話はしなかった。純粋に赤魔道士として成長するための指導めいたことはやっているが、

 

「ん……」

 

 神妙な顔をしつつも俺からは目を背けず、どこか遠い場所を見つめているような、そんな彼女は振り返って船の柵へと背を預ける。

 すると一陣の風が吹き抜けてアリゼーの後ろ髪をかき上げ、俺の顔を叩きつけていく。

 

「あなたに――」

 

「っ……すまん、なんて言った?」

「あなたは随分と、変わっていないようで変わったわよね、って言ったのよ」

 

 アリゼーは手をこちらに向けてひらひらと振る。

 

「そりゃアリゼーとあの場所にいた頃に比べたらな。俺も色々あったってわけよ」

 

 バハムートをぶっ倒した時の事は今でも鮮明に思い出せる。彼女もその時の事を思い出しているからこその表情なのだろう。

 

「出会いはまあ、私も若かったわ。でもディは輪をかけて若かったわね」

「あーあー、その話は言わない約束だろ……俺だって色々反省してんだ、マジでさ……つーか、歳の話もやめろよな」

 

 俺は柵に背を預けるアリゼーとは逆で、柵へ寄りかかり彼女には顔が見えないように思いを馳せる。

 あの出来事――俺がこのエオルゼアで生きると決めた切っ掛け、大迷宮バハムートの攻略は、思い出したくない黒歴史であり、誇らしい思い出であり、忘れられない記憶なのだ。

 

 もう一度同じことをやれと言われても無理だろう。それだけ色んな想いが重なって生まれた奇跡のような出来事だったのだ。

 

 俺と、アリゼーと、ルイゾワと、バハムート。その四つの魂だけが記憶した、第七霊災の最期。アリゼーは俺の背を見て、俺はまだ臨めぬシャーレアンを見やり前を向き、その記憶を思い起こす。

 

 

 

 




何でもはしませんが許してください。


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10:大迷宮バハムート:イキリディザスター編(主人公視点3)

 片手に酒瓶、もう片手に持つ手製の燻製肉へとかぶりつきながら澄んだ海を見る。

 ここはワインポート――海の都リムサ・ロミンサ近くにあるワインの名産地。その一角にある背の低いベンチに酒瓶とツマミの燻製肉が広がっていた。

 

「これでもそこそこは旨いんだが……一味足りねえな」

 

 エオルゼアに飛ばされて、何だかんだ料理が趣味になりつつある今、料理と言えば肉、肉と言えば酒、そんな単純な思考でここワインポートに来ていた。

 ここのワインは最高に旨い。しかしだ、俺の作る肉は今一つ足りていない……そう、平たく言えば材料の厳選が出来ていないがため、調理師70レベルを活かしきれていないのである。

 もっといろんな地方で材料を集める必要があるだろう。ワインポートのワインを飲んでそう悟ってしまったので、物足りない肉と最高の酒を両手に黄昏つつ酒盛りをしていた。

 

 昼間っから酒盛りをしている俺を、周囲の人間は駄メンズを見る目である。如何ともしがたい。

 

「……平和だねえ」

 

 漫然と呟くその言葉は後ろにある物体を見て発されたものだ。視線を少し後ろにそらせば、そこには未だ消えぬ第七霊災の傷痕がでかでかと残っている。

 

 ダラガブの破片――第七霊災を誘発するきっかけであり、第七霊災そのものであり、今なお現存する第七霊災の爪痕である。

 ダラガブってのは月の衛星にして人工衛星だ。このファイナルでファンタジーな世界においても異質なそれは、高度な魔法と機械によって隆盛を誇った『アラグ帝国』の産物であり、アラグ文明の基幹技術である魔科学と呼ばれる技術によって生み出され、月の衛星として打ち上がった"牢獄"である。

 

 今俺から見えているのはダラガブが破壊されて飛び散った破片でしかないのだが、優に500メートルを超えているような気がする。現代におけるなんたらスカイツリーに比肩する、あるいは追い越しているデカさのそれが、ただの破片なのだ。

 

 本来の見た目は赤黒いダークマターと呼ばれる謎の素材で出来た球体となっていて、所々に棘が刺さっている、ちなみにその棘ってのは戦艦だ。うん、戦艦なのだ……普通に考えたら全く意味が分からない。

 

 そしてダラガブを牢獄と表現したが、何が収監されていたのかと言えば、バハムートである。全く意味が分からない。

 

 アラグ帝国の奴らが何でそんな事をしたのか、とかは憶えてないが、要約すればダラガブとは、バハムートをダークマター製の球体に戦艦をぶっさして封印している月の人工衛星である……全く意味が分からない。

 

 まあこの世界におけるアラグ帝国の遺産ってのは大体そんな感じだ。あまりに超高度文明過ぎて、一周回って頭がおかしい類のアレだ。

 戦艦が刺さっていると言っても一隻とかではなく全体に何十隻というレベルなため、どれくらいのデカさかもはや想像が難しい。そして説明も難しいので現代ならググれと言ってるだろう。バハムートを収監するための物体であるため、逆に言えばバハムートもデカさの規模が違うということだ。

 

 そんなもんの中身が空で暴れて飛び散って、陸では魔法やら気やらを使う人間が戦っていて、なんてやっていたのが第七霊災。

 

「そりゃ世界も滅びかけるわな」

 

 ダラガブの破片はエオルゼア各地に飛散していて、そのうちの一つがここワインポートの東にある。見ていて楽しいものではないが、その破片のそばではこうしてワインの名産地がちゃんと残って稼働していたりと、復興を感じさせる部分もある。

 破片を視界に入れないよう、綺麗な海を臨み、ぼうと水平線を眺めていれば平和と感じる程度にはのどかな風景だ。

 

 酒精が強いワインを瓶ごとあおり、塩っ気の強い燻製肉を口でちぎり、のほほんとした言葉をもう一言。

 

「平和だねえ」

 

「……ねえ」

「あん?」

 

 横合いから投げかけられたのは、目の前の海ほどではないが透き通った声。本来ならばもっと透明度があるはずなのに、苛立ち交じりの声は多少濁ったように聞こえる。

 その感覚は正しく、声の出どころに目を向ければ、目じりを釣り上げた幼いエレゼンの女の子が腕を組んでこちらを睨んでいた。そして濁るどころか汚泥のような言葉でぶん殴ってきたのだ。

 

「平和、確かに平和ね。良いことだわ。真昼間から酒盛りできるほどに、暇を持て余しているくらいに。ところで、それが与えられたものであるという自覚はあるのかしら。今この瞬間の、あなたが満喫している平和が誰かの屍の上に成り立っているって、考えたことはある?」

「なんだァ、てめェ……」

 

 気持ちよく酒を飲んでいたら突然言葉のナックルでデンプシーロールをお見舞いされる。一体何なのだこの幼女は……いや、幼女というには大きいが青年というにはまだ早い、成長過渡期の少女か。あまりの突然さにアルコールと塩で酒焼けした喉からはドスの効いた声が出てしまった。

 

「そっ、そんな凄んでも怖くないわよっ!」

「お、お嬢様っ! 不逞の輩に軽々しく近づいてはいけません!」

 

 ちょっと後退する推定お嬢様を支えるように声をかける執事服を着た推定執事なルガディン族の男。不逞の輩とは随分と失礼な……昼間から酔っぱらってる大柄な推定無職なオッサンはそう呼ばれるに値するかは考えないこととする。間を取って推定不逞の輩としておいてほしい。

 

「それに、むしろこうして平和でいられる者がいる事、それこそが復興の証左でもあるかと」

「でも――は、こんな奴らの為に――――ない」

 

 うつむく少女。かすれた声の一部は聞こえなかったが、何かしらの想いがあって俺に絡んできたのだろう。とはいえこちらとしても水を向けられたのだから、言い返すくらいはいいはずだ。

 

「あのな、今は確かにこんな感じだが俺は冒険者で、今日は休暇としてここに来ている。そしてこれは自慢だが、今までの依頼遂行率は九割越えで、撤退回数はゼロだ。そんな勤勉な俺が、一日の休暇くらい満喫したって、いいだろう?」

 

 酔っているからか、俺の口は饒舌なようで、それを聞いた少女は値踏みするよう上から下まで確認して告げた。

 

「……ふぅん? あなたは、自分が優秀だから、これも当然の権利だと言いたいのね」

「そういった意図はねえが、見るからに裕福そうな、お供抱えたお嬢様よりゃ働いてるわな」

 

 手入れの行き届いた髪に、旅装とはいえ整った服、お供の執事にお嬢様とくれば、それはもうバリバリ富裕層の子女であろうことは想像に難くない。

 執事は剣呑なやり取りを見て、懐に武器を隠しているのか取り出そうか迷っているようだった。

 

「っ……言うじゃない。結局は日銭稼ぎしかしてないくせに。私はね、大きな意志で動いてるの。あなたとは比べ物にならないわ」

「へえ、お嬢様がそりゃすげえ。お父さんのお使いでワインでも買いに来たか、お供連れてすごいなーあこがれちゃうなー」

「……確かにお土産としてここのワインを買おうとしてたけれども、こんなボンクラが飲む程度のワインなら、程度が知れるわ」

 

 オイオイオイ、死んだわコイツ。百歩譲って俺がボンクラだったとしよう……しかし、最高のワイン造りに勤しんでいる彼らを貶すような言葉は否定せざるを得ない。

 

「ちょっと待て、そいつは聞き捨てならねえ」

「お嬢様、それ以上は流石に」

「あ……ごめんなさい。そうね、醸造士の人たちを貶めるような言葉だったわ」

 

 そう言うとお嬢様は蔵の方に向かって頭を下げた。別に誰かに聞かれていたわけではないが、売り言葉に買い言葉だったという自覚はあったのだろう。それでもしっかり頭を下げれるあたり、俺に理由もなく絡んできたわけではなさそうだ。何かしらの理由はあるのだろう。

 

「それで、変な因縁つけてくる割には律儀な奴のようだが、俺に何か用事でもあったか?」

「別にないわよ。ただ、エオルゼアっていう国に、愛想が尽きそうなだけ」

「ふーん……?」

 

 エオルゼア諸国、そんなに悪い国か?

 

 まあメインストーリーを進めていると、国家で取り組むべき課題をヒカセンに丸投げしてるようなイメージを抱いてしまうのは否定しないが、そこはフレーバー的に動いてはいたのだろう。流石に個人だけで全てを解決できるとは思わない。少数精鋭が必要な場面を切り取ればそう見えてしまうだけ……だと思っている。

 

 しかし、エオルゼアに愛想が尽きる、ね。

 

「何を思ってかは分らんが、そりゃ早計ってもんだ。まず各国に旨いもんがある。ウルダハにあるクイックサンドのモモディさんが作るクランペットは絶品だぞ。リムサ・ロミンサのビアホールで出てくるのは安い旨いだがコーンブレッドは一度食べておくべきだな。グリダニアじゃあ豆からできるムントゥイジュースって発酵食品があったりもする、好みは分かれるだろうがね。ラプトルシチュー、ドードーのグリル、いくらでも旨いもんはあるが、このワインポートのワインだってそうだ。こういうのを全部味わってからでも遅くはない、そうだろ?」

 

「あなたが食いしん坊というのは伝わってきたけれど、エオルゼアの良いところって食事だけなのかしら。なら私が求めている答えではないわ……ま、まあ、あなたが言った食べ物はちょっと食べてみようと思ったけれど」

 

 お嬢様は俺が言った飯を執事にメモさせているようだった。

 他にエオルゼアの良いところはもちろんたくさんある。

 

「あと旨い酒も」

「食事の事ばかりじゃないの!」

 

 だってしゃーんめーよ、俺、この世界に来てから自分の知識があっているかってのと、飯食ってるか金稼ぐための戦闘しかしてねえんだもん。元々絶景スポット巡るとかもやってなかったし。

 

「お嬢様の言う通り、日銭を稼ぐことと飯を食う事くらいしかやってなくてね。浅学なのはご愛敬ってな感じで許してくれ。でもよ、ワインポートの醸造士に頭を下げるくらいには、人に敬意を払ってはいるわけだろ? なんでエオルゼアがダメなんだ」

 

 俺がそう聞くと、お嬢様は神妙な顔つきで、何かを思い出すように問いかけてきた。

 

「あなた、自分の身内が命を賭して助けた人が自堕落に過ごして、あまつさえ隣人の手助けすらできないような人物なんだってわかったら、どうする?」

「ケツ蹴る」

「ケっ……そ、そう。そうよ。引っ叩きたくなるでしょう。あの人は何のために死んだんだって。助けられた命を無為に使うなんてって。誰のおかげだと思ってるんだ、って」

「まあ、そうなるな」

 

 なるよな?

 

 例えば親友が死んだ代わりに生き残った奴がどうしようもないクズだったとしよう。誰だってキレる。俺だってキレる。人によってはそれでも二人とも死ぬよりは、とか、色々意見はあるだろうが……それでも俺は、見知らぬ奴よりは、親しかった奴に生きていて欲しかったと毒づくと思う。

 

「何よ、結構話が分かる人じゃない。だから私は確かめるためにここへ来たの。お祖父様が死んだ意味を知るために、お祖父様の意志を知るために」

 

 お嬢様が言いたいことはとりあえず理解できた。ここまで一連の流れを鑑みるに、彼女の身内がエオルゼアで誰かを助けて死んでしまった、しかしその助けたやつは何とあまりよろしくない人物だった可能性があるので、それを調べていると。

 

「今回は下調べのつもりで来ていたのだけれど……あなた、自分で言うくらいには優秀なのよね? まさか今更嘘だなんて言わないわよね?」

 

 お嬢様は口角を上げると、挑発めいた言葉で確認を取ってくる。そんな事は聞かれるまでもなかった。

 

「優秀とは言ってねえが、そこらの奴に負ける気はしねえな、酔ってたとしても」

 

 こうして話している間にも俺はぐびぐびワインを飲んでいるわけだが、はて、お嬢様が語ったことは何か聞き覚えがあるような気がする。というか、そもそもこのお嬢様、どこか見覚えがある気がしてきた。シルバーブロンドでエレゼンでお嬢様で……ワインポートで……?

 

「まあ嘘か本当かは見ればすぐに分かるもの。あなた、冒険者ってことなら、依頼受けてくれるわよね。報酬は出すわ」

「ああ、そりゃ構わね……」

 

 俺が返事をした瞬間、脳裏には『アリゼー』という人名が浮かび、それに付随する情報がどんどんと呼び起こされてくる。

 アリゼーは思いっきり原作キャラで、目の前の彼女は俺が知る姿より幼い見た目だ。原作じゃこんなに早くエオルゼアに訪れていたなんて描写はなかったはずだ。

 そして、死んだ身内ってルイゾワのことじゃねえか。第七霊災をその命でもって終わらせた、まごう事なき英雄だ。アリゼーはルイゾワの事を慕っており、そんな彼が身を賭して助けたエオルゼアの在り方に疑問を持ち、色々な調査していたらなんやかんやあって――ワインポートでアリゼーから受注できるクエストで、最終的にバハムートと戦うのである。

 

「そう! じゃあ、とりあえず実力の確認と行きましょうか」

「待っ――」

 

 テッテテーテーテーン! そんな、クエスト受注の効果音が流れた、気がした。

 

「お嬢様……ワインをご購入なされたら帰還する予定だったのでは?」

「今のまま帰っても、私はエオルゼアに失望の念を抱いたままだわ。でも、コイツは私に対してエオルゼアを説いた。なら、証明してもらう必要があるわよね。それに、改めて訪れてやるはずだったことを今先にやるだけだから、ある意味予定通りよ」

 

 二人の会話をよそに、俺は思考を巡らせる。最終的にバハムートと対峙する事になったとして……何か問題があるだろうか。

 強大な敵と戦うリスクは付きまとうが、そもそもの話、俺はそういったゲーム中にエンドコンテンツとして存在していた奴らに挑もうと考えていたのだ。これはその時期が早まっただけで何も問題はない。

 

「いいぜ。実力が見たいってんなら、その辺の魔物相手でいいよな、お嬢様」

 

 ベンチの後ろに置いておいた大剣『スカエウァ・マジテックグレートソードRE』の変形機構を作動させ、地面へと突き立てた。

 

「それがあなたの武器なのね。見た目は強そうじゃない。それに、変形機構なんて珍しいわ……あと、なによその呼び方」

「お嬢様はお嬢様だろ。依頼主だし、もっとかしこまった方がいいか?」

「ハァ、好きにして。まずは見掛け倒しじゃないこと証明して頂戴」

 

 何となく訝し気な目で見てくる執事と、どこか楽し気なお嬢様を連れ、俺たち一行はワインポートを出て南下する。

 

 

 そうしてしばらく歩いていると、水辺に生息しているカエル型の魔物であるギガントードを見つけた。

 

「あれでいいわね。大きくて長い舌が厄介な魔物……だったわよね」

「はい、お嬢様。近づくと舌で絡め捕ろうとしてきますので、決して近づかぬようにお願いいたします」

 

 俺の後ろでは二人が危険域から離れてこちらを見ている。そんなに心配しなくてもこの程度であれば問題はないだろう。

 未だこちらの存在に気づかぬギガントードの後ろで武器を構えた。実力を見せるためなので、出し惜しみはせず、バフ類を一斉にかけ始める……といっても、相手にかけるデバフ類は使っていないので、全てではないが。

 

「『ランパード』『ブラッドプライス』『ダークマインド』『シャドウウォール』『ブラックナイト』『ダークアーツ』」

 

「っ……な、なによあれ」

「これは……」

 

 後ろで何かを言っているが、既に耳には入ってこない。

 

 戦闘を開始する時の高揚感は体に熱を与えているのに、そんな中を冷たい水が流れているかのような感覚で集中力が高まっていく。もし俺が一般人のままだったのなら、エンドコンテンツにリアルで挑もうなんて考えないだろう。しかし、今の俺にはこれがある。

 戦闘の勘ってやつは70レベル相当のものが最初から備わっているらしい。敵を屠るために最適な動きを導く頭。どう武器を振るえば効率的なダメージを与えられるかイメージをすればしっかりとついてくる体。加えてこのエオルゼアに置いてもトップクラスの性能を持つであろう装備たち。これらをいきなり手に入れたのだ――使ってみたくなるのは、人の性と言っても許されるだろう。

 

 俺が走り出したらギガントードもこちらに気づいたようで振り向こうとする。

 

「『プランジカット』ッ!!」

 

 それでは遅いのだ。踏み込みから飛び掛かるスキルで間合いを詰めると同時に切りかかる。そこからは手に馴染んだスキル回しを叩きこもうとしたのだが。

 

「『ハードスラッシュ』『ブラッドウェポン』『サイフォンストライク』……って、もう意味ねえか」

 

 頭や体の動かし方もさることながら、いわゆる"ステータス"まで自キャラのままのようで、この世界においても異常な値、英雄と呼ばれるような領域のそれとなっているらしかった。ステータスが全てだとは思わないが、力の差は事実そこにはある。

 最初の一撃で既に両断されかかっていたギガントードだったが、その後の攻撃でミンチよりひでぇやと言われそうな状態になりかねなかったので追撃はとどめた。

 

「これで如何です、お嬢様」

「…………嘘は、ないわね。これからの事を詳しく話しましょう」

「それは何よりです」

 

 お嬢様の基準はしっかりと満たせたようだ。これで満たせないとなると、名の通った古強者とか、ガチのヒカセンを持って来るしかなくなるとは思うが。

 

 

「ああ、それと、あなたを私の大剣として認めてあげるわ!」

 

 

 基準は、満たすどころかオーバーしていたようだった。

 

 

 



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11:大迷宮バハムート:イキリディザスター編(主人公視点4)

「ッフゥー……死者への想い、追憶……か」

 

 手で口を覆いながらも指に挟んだタバコを深く深く吸い、一度肺を通った煙が循環して口から吐き出され、蔓延した煙で視界が一瞬白く染まる。

 

 アリゼーとの出会いから数日、俺はリムサ・ロミンサの宿屋で大半の時間を過ごした。

 調理師としてレシピを書き起こしたり、錬金術師として調合という名の調味料作成をしたり、彫金師として試作調理器具の調整をして、お嬢様からの連絡を待っていたのだ。

 調理器具については流石に金床でガンガン作業するわけにもいかないので部品を削ったり程度にとどめている。ウルダハのマイホーム――砂時計亭ならもっと好き勝手出来るのだが。

 

 ワインポートでの一件があった後、お嬢様はすぐに行きたそうな顔をしていたのだが、執事の方が止めていた。

 ディザスターという冒険者を信用していいのかという裏取りが必要だったのだろう。まあリムサ・ロミンサでも多少なり依頼を受けているから顔は通ってるし、実際は問題なかったようで、昨日の夕方ほどには依頼の詳細を聞けた。

 

 ただ、その内容は想像していたのとはちょっと違ったのだ。

 失せモノ探し――要は、エオルゼアの為に散ったルイゾワの遺体探し。

 

 それがお嬢様、アリゼーから受けた依頼内容だった。

 原作の正確な流れは忘れてしまっていたが、本来であれば帝国がエオルゼアの地に築いている拠点にあるダラガブの破片で何をしているのかを探っているうちにバハムートを発見するとかそんな感じだった気がする。

 ルイゾワの遺体はエオルゼアの地では見つかっていない。捜索自体は打ち切られていて、数年経った今でも見つかっていない事から、そもそもバハムートと共に爆散している可能性が高い――というのが通説のようだ。

 

 それでも、というのが今のアリゼーなのだろう。

 

「私はね、どうしてお祖父様がエオルゼアを愛したのか、ここに来ても分からなかった。各国では飢える人がいっぱいいて、助け合う姿なんて本当にごく一部……助けられたということをひとかけらも理解できていない。国家は混乱して手を取り合うなんて考えてすらいなくて――お祖父様が家族である私たちよりも優先して救った結果がこれなら、そのまま滅んでしまえばよかったんだわ」

 

「死に目に立ち会えないどころか、遺体すらなくて、お墓の中はからっぽ。墓石を前にして、それが現実だなんて……私は信じられない。信じたくない」

 

 自らの正体と依頼の詳細を話したあと、アリゼーはそう語った。

 

 原作ではルイゾワの死について、ある程度を受け入れつつもエオルゼアは気に入らない、という感じだったので、その状態に至る前段階……端的に"若い"というわけだ。実際原作前の段階だし。

 まあ話を聞いている感じ、望み薄とは思っていても縋らずにはいられないといった感じだ。

 

「……俺には、理解してやれんのだろうな」

 

 気付けばタバコは灰が落ちそうになっていた。

 灰皿に火種ごと押し付けもみ消して、動きやすい小さめのリュックと大剣を担げば冒険の準備は完了だ。

 

「お嬢様の想いを担いでやることは……俺には難しい」

 

 幸運な事に、身近な死ってのは体験したことがなかった。エオルゼアに来る前も、来てからも。それもかなり慕っていて、いつだって導いてくれていたであろう身内の死なんて考えたこともなかった。

 

 だから俺に出来るのは。

 

「想いを少しでも遂げるために"お嬢様の大剣"として敵をぶった切る事、くらいだな」

 

 小難しい事は一旦置いておく。

 

 俺にやってやれることは、安全に、素早く、お嬢様の目的を達成すること。

 それをできるだけの知識と力が、俺にはあるのだから。そこに待っているのが残酷な真実だったとしても、今の俺にそれを直接伝えてやれるだけの信用はない。

 

「……今の俺なら、やってやれるはずだ」

 

 ひとつの覚悟を決める。

 

 鈍く光を放つ大剣を肩越しに撫で、宿屋のドアを開けた。

 

 

 

「ハァ……ハァ…………ふぅ……」

「お怪我はございませんか、お嬢様」

「っ……ぐっ、このっ……ハァ……」

 

 お嬢様ことアリゼーは膝に手をついて息を整えながらも、俺の事を睨め付けている。別に息が切れているとかじゃない。ここに来るまでで体にかかったグラビティという名の負荷がそうさせているのだろう。

 

 今、俺とお嬢様がいるここは戦艦内部。

 

 本来は変装なりして、どうにかワインポートの東にある帝国の基地へと潜入しつつ、ダラガブ破片の入り口から入り、およそ1キロを多少超える深さ――1223ヤルム――である探査坑を踏破して、やっとお目見えできるのがここ、ラグナロク級拘束艦の内部である。

 基地へ変装して入ったとしても、アリゼーの背丈から怪しまれる可能性が高そうだった――というのは建前で、色々説明が面倒だったので、とりあえず抱きかかえて基地の裏側にあるダラガブの破片を身体能力に任せて乗り越えて、基地に侵入し、探査坑をそのまま走り降りてきた。

 

「あんったねえ! これ誘拐よ!! 何が目的!? 帝国の手先なの!!?」

「落ち着いてくださいませ、お嬢様。これはお嬢様の為なのですよ。あと、魔物に気づかれるかもしれないので声を落としてください」

「ハァ!? これが落ち着いていられますか! 帝国の基地内部に侵入した挙句、こんな物騒な魔物がうろついてる洞窟内部に連れてくることが私の為!?? 素直に誘拐ですって言われた方が納得できるわ!!」

 

 お嬢様がここまで騒いでいるのには理由がある。彼女が本来の目的地として定めていた低地ラノシアの破片ではなく、東ラノシア――ワインポート東の破片に来ているからだ。

 

「……気は済みましたでしょうか。では改めて周りをご覧ください」

「ッ……あなたね――――……ここは……?」

 

 お嬢様は、俺の言葉を聞いても怒気を抑えられないといった様子だったが、視界に入った機械群を見て、次第に声がすぼんだ。

 右も左も見えるのは薄暗く光る紋様。床から天井まで伸びる線は、この内部全てが魔科学によって作られたアラグ文明の遺産であることを示している。

 

「…………うそ、アラグの」

 

 お嬢様もここがどんな場所であるかを悟ったようで、俺への興味を失い壁際へと寄り、手の先で光る線をなぞった。

 

「ここまでくれば、魔物よりは戦艦のセキュリティに気を付ければいいか……まあ、色々言いたいことはあるでしょうが、とりあえず先に進みましょうや、お嬢様」

「……ええ」

 

 お嬢様は若干うつむきながらも俺の後についてきた。

 ダークマター製の床をカツカツと鳴らし、奥へと進む。

 

 その間、会話はない。

 

 如何な思考が彼女の頭の中に駆け巡っているかは、およそ知るところではないが、多大な負荷をかけていることは間違いないだろう。

 時折漏れるのは「まさか」だとか「ありえるの」だとか何かを否定するかのような言葉。常識からかけ離れた光景に驚き、自らが知る情報と照らし合わせ、答えを導かんとしていた。

 

「ん……ちょっと待っててくださいな――――っと」

 

 数メートル先にいた黒い球体に飛び掛かり、背中から引き抜いた大剣が一瞬で変形し一刀両断すれば、どうやってか浮いていた金属が崩れ落ち、鈍い音を響かせて動かなくなる。断面はリアルでの精密機械そのものだ。

 

「だ、だいじょぶなの?」

「ただの巡回システムでしょう。防衛機構とはまた別だからセキュリティには引っ掛かってないかと」

「そう……なら、いいのだけど」

 

 そうして再び訪れる沈黙。

 時折現れるキメラや球体型の機械を、ひと撫でで切り落とす。このようなやり取りが数度ありながらも、俺たちの歩みは止まらなかった。

 

(バターとまではいかないが、叩き潰すというほど鈍い感じもしない……大剣だが、切れ味はここの敵相手でも健在だな)

 

 一般的にロングソードやグレートソードと呼ばれる大型の両刃剣は叩き潰すと表現する方が正しい。もちろん刃物である以上、斬れはするのだが、刀のように切断するのではなく体積と重量に任せて押し斬るのだ。

 しかしこの世界においても最上の業物である『スカエウァ・マジテックグレートソードRE』はしっかりと切断していた。

 魔物の強さとは、単純な膂力だけにとどまらず、鱗や皮膚の硬さも加味される。特にダークマター製であるはずの球体も切断できるとなれば、切れ味に文句のつけようもない。

 街の外にいるような一般的な魔物相手には問題なく通用していた自分の力だが、リアルではエンドコンテンツと呼ばれていた高難易度の場所にいる魔物を相手取ったことはなかったので、この結果に一安心する。

 

(レベル通りの強さってわけでもないんだよな……この辺、あんまり先入観を持ってると痛い目見そうだ)

 

 そんな感じで改めてゲームと今を比較しながらも、大型のキメラ――蛇と蟻を組み合わせた魔物を仕留めたところでお嬢様へ声をかけ一息入れる事とした。

 大体半刻ほど、この戦艦内部を進んでいる。入り組んでいることはもちろんだが、単純にデカいため、目的地までの距離が長いのだ。

 

「……ねえ、やっぱり聞かせて」

「何をですかね。お嬢様」

 

 休憩を始めてからも数十分は黙りこくっていた彼女だが、意を決したようにツカツカと歩み寄ってきて、俺を見上げながら問いかけてきた。

 

「私の考えで間違っていることがあれば指摘してちょうだい――まず、ここはダラガブに刺さっていた戦艦の内部」

「はい、その通りですね」

 

 アリゼーは俺の答えを聞いて神妙にうなずきながら、一つ一つ区切って質問を続けた。

 

「あなたはここにアラグの戦艦がある事を知っていた」

「いいえ、予想はしていましたが確証はありませんでした」

 

「……私の依頼を達成するためには、低地ラノシアの破片ではなく、ここ、東ラノシアの破片に来る必要があった」

「部分的には、はい」

 

「そう……最後の確認よ」

 

 アリゼーは、何かに縋りつくように、何かが零れないように、何かを絞り出すように、俺へと問いかけた。

 

「…………賢者ルイゾワは、生きている」

「……それを俺が答えたとして、お嬢様は信じるのかい?」

 

 予想はしていたが、ド直球に聞いてきた。最初から教える事も出来たが、それを信じるならば、彼女はここにいないだろう。信じたくない事実を事実としないためにエオルゼアの地に来て、その耳で聞いて、全身で感じて、確かめようとしていたのだから。

 

「いいえ、信じないでしょう。だから、あなたが考えている、予想でいいのよ……この場所に何かがあると掴んでいたあなたなら、お祖父様についても、何か想定は、しているのでしょう……?」

 

(ん……お嬢様の中ではそう処理されたか)

 

 アラグの戦艦を知っていて、戦艦の場所を知っていて、アリゼーの目的に沿う何かがそこにある事を知っている。ならばそれは、ルイゾワに関する事である――彼女はそう結論付けたのだろう。あるいは、俺が第七霊災に関して何かしらの調査をしていて、それに類する事だともとられたか。

 実際は未来予知とも言える原作知識なわけだが、そんな事をのたまったところで狂人と思われるが関の山だろう。

 

「ほい」

「っと、なによ、この肉」

「腹が減っては戦は出来ぬ、ってな具合でして。お嬢様のお口に合う保証はしませんがね」

 

 眉間にしわを寄せたままじゃ、何でも悲観的に捉えちまう。腹を満たせば多少はほぐれるかと思い、自家製ジャーキーと水袋を渡す。

 

「どこのことわざよ、それ……ぁむ……ん。いま、この塩っ気はありがたくないけど、ありがと」

「ああ、通じないか……俺の故郷のことわざですね。ま、これでも戦闘糧食としちゃ上出来でしょう」

「んっ……あら、塩っ辛いだけじゃなくて、ちゃんと肉の甘味が後から……え、なにこれ」

 

 お嬢様は何だかんだ言いつつもジャーキーを気に入ってくれたようで、食べ終えたら物欲しそうにこちらを見ていた。無言でもう一つ取り出して渡したら顔をほころばせて食べていた……こう、親戚の子供にお小遣いあげてるおじさんの気持ちが何となくわかってしまった。

 

「そいじゃ、行きますか」

「んむっけほ、んっ……ちょ、ちょっと、質問の答えは!?」

「ちょっとばっかり長い話になるかもしれないので、歩きながら話しましょうか」

 

 お嬢様は納得していない様子だったが、このままここに居たらずっと質問攻めにあいそうだったので歩みを進めることにした。しかし、どちらにせよ同じだった。

 

「結局のところ、あなたは何者なのよ。ギルドでは確かに信用は出来る冒険者として認識されていた。それでも、その身体能力とか、本来知りえるはずもない情報を知ってるとか、色々とおかしいわ」

「んー……人より世界の裏に詳しい、冒険者ですかね」

「……例えば?」

「世界を滅ぼす兵器のありかとか」

「は?」

 

 このエオルゼアにはオメガがいる。当然エンドコンテンツの一つだ。今俺が持つ武器もオメガの情報から凄腕エンジニアが作った武器である。

 

「与太話にしては面白くないわよ」

「信じてもらおうとは思っていませんで。酔っぱらいの戯言ですよ。ああ、戯言ついでに……思いっきりすっ飛ばしたから見えなかったとは思いますが、探査坑の入り口から少し進んだところでバハムートの翼が見えたりしたんですよね」

「ハァ!?」

 

 お嬢様を驚かせるのが癖になりそうなほどいいリアクションだ。原作知識で俺ツエーする転生主人公ってみんなこんな感覚なのだろうか。

 

「お祖父様はカルテノーの戦いでダラガブから解き放たれたバハムートを再封印するため、エオルゼア十二神の力を顕現させた。でもそれは破られてしまって、最後に、お祖父様が閃光と共にバハムートを打ち砕いた……その後、お祖父様の遺体が見つかっていないように、バハムートの身体も見つからなかった」

 

 リアルではムービーで何度も見た光景。バハムートを倒すため、ルイゾワが光となって突撃する瞬間。

 

「ええ、その通り」

「なら、なら……! バハムートの身体がここにあるというのなら……お祖父様もっ……とお!!?」

「ぽちっとな」

 

 そこそこの広さがある場所に出たが行き止まりだった。憶えている限りだと、これはエレベーターだったはずなので、俺は近くにあったボタンらしきものを押した。すると喋っていたお嬢様の言葉が途切れるぐらいの揺れを感じて、足場が動き始める。

 

「な、なにをしたのよ!」

「ちょっとばっかし俺の後ろに隠れて置いてくだせえ、来ますんで」

 

 動き出すのと同時に、上空から垂れ落ちる雫が如く、小型の機械が現れる。

 

「んで、ハッ! バハムートが何かってのはご存じで、セイッ!」

「戦闘に集中しなさいよ!?」

「ハハハ、寝起きの運動にもなりゃしませんって、オラアッ!」

 

 ここの防衛機構であれば一撃で真っ二つに出来ることは既に体が覚えた。なら多少の会話くらい、守りながらでも余裕であると、俺の頭は言っている。

 

「本当に、滅茶苦茶ね――バハムートが何かって、"蛮神"……でしょ」

「正解、っと」

 

 蛮神、それはエオルゼアないし、この世界における神ならざる神である。人々の願いが、祈りが、エーテルと混ざり合い生まれる神。それが"蛮神"である。肉体はエーテルで構築され、倒されればエーテルに還る。

 

「なら、バハムートが遺っているのはなぜ?」

「それは……」

 

 お嬢様は、その次を紡ぐことができなかった。そうだろう、それこそが、この大迷宮バハムートの真実。

 アリゼーにとっては、どこまでも残酷な新生の真実なのだから。

 

「『ダークアーツ』! 『ブラッドスピラー』ッ!」

 

 そこそこデカめの機械が降ってくる。これが最後の防衛機構のようで、起動の隙など与えず着地を狙いスキルをぶち込めば、それはただの鉄塊へと様変わりした。

 

「ふうっ」

「……お見事。流石は私の大剣、と言ったところかしら」

 

 エレベーターは止まり、開いた空間へとたどり着く。

 お嬢様はおっかなびっくりという様相ではあったが、俺が戦闘態勢を緩めたことで、安全であると判断したのか近寄ってきて、お褒めの言葉を頂いた。

 

「それほどでもありますが、ありがとうございます」

「謙虚さの欠片もないわね」

「メインジョブはナイトではないので」

「……?」

 

 未知であるはずのアラグの防衛機構を前にして、流石のお嬢様でも多少は怖がっている様だったが、すぐに持ち直しているあたり、勝気なところは小さくても変わらずでなによりである。

 さて、この開けた空間はある意味、お嬢様にとっては更なる悩みの種となるはずだ。

 

「お嬢様、そちらをご覧ください」

「随分深くまで来たけれど、一体何があるって、いう、の……」

 

 俺は未だ変形させたままの大剣で、エレベーターから降りた先を示した。

 

「これは、指……? まさか、バハムートの」

 

 見上げなければならないほど、突起した三本の何か。それはバハムートの爪先だ。薄暗い洞窟の中で、天を掴まんとするそれ。俺たちの足場はバハムートの掌であった。

 

「活動は止まっている……でも、エーテルには還っていない。そんなことが、あり得るの?」

「普通ならあり得んでしょうね。エオルゼアの新生――破壊され尽そうとしていたエオルゼアが復興できた理由、それはバハムートが散っていった際に巻き散らかされた莫大なエーテルがエオルゼアの地に拡散したからこそ……そう考えられているから」

「そう、そうよ……だとしたら、ここにいるバハムートは、なんなの。なら、一体何がエオルゼアを蘇らせたというの? お祖父様は、バハムートは、どうなったの……?」

 

 再びアリゼーは思考の渦に呑まれようとしていた。しかし、この場でそれは許されない。

 

「ッぅ……な、なにこの声は」

「……お出ましか。お嬢様、エレベーターの方で隠れていてくだせえな」

 

 肌に直接叩きつけてくる、低く勢いのある鳴き声が轟いた。

 頭上の穴から飛び出してきたのは幾匹ものワイバーン、そして、一匹のドラゴン。

 急かすようにアリゼーの背を押せば、何かを言いたげにしながらも素直に退いて行ってくれた。

 

「ツインタニア……てめーに何度床ペロさせられたか」

 

 首に拘束具をはめられたドラゴン、ツインタニア。こいつも今までの奴らと同じく、防衛機構の一種だ。

 拘束具によって自由意思を奪われ、アラグの防衛機構と化した、生けるシステム。長い期間を番犬が如く飼いならされていたと考えると、こいつも悲しい生を過ごしてきたのだと、そんな事をふと思ってしまう。

 

「んなこと、考えてる暇はないってなっ」

 

 襲ってくるワイバーンをすれ違いざまに切りつけ、バハムートの掌を駆け回る。中央に陣取ったツインタニアに対して円を描くようにステージを駆け巡れば、追い込もうとワイバーンが飛来する。目の前に来た奴から優先的に叩き落せば、視界を切った隙にツインタニアから火球が飛んでくる。

 

(そりゃ、ヘイト取ったら全部後ろから追い回してくるだけなんて、そんな簡単じゃあねえよなあッ!)

「『グリットスタンス』!」

 

 与ダメージが下がる代わりに、被ダメージも下げる防御の構え。魔力を身に纏う感覚。攻撃の為に使う魔力を防御に回すのだ。今はまだ身体能力頼りで避けれているが、いつ被弾してもおかしくはない。

 

「ッ――ラァッ!! 『プランジカット』ォ!」

 

 まずは数を減らすべく、ワイバーンを一体ずつ丁寧に処理していく。こいつらもドラゴンの一種であり、そこら辺の魔物とは比べ物にならないほど鱗は固く、素早く空を駆る翼を持っている。

 

「『クワイタス』『アビサルドレイン』」

 

 それでも、今まで戦った防衛機構よりも、多少硬く、多少速い程度だ。数分もすれば方はついた。

 

「オオオオオォォォォオオオオッッ!!」

 

 最後のワイバーンを屠った勢いでもって、ツインタニアへと迫る。

 それが分かっていたのか、奴は口から火球――ファイアボールを放つ。そんな、よくある下級魔術のような名前をしているそれは、多くのヒカセンを絶望へ突き落してきた。

 正面から突っ込んでいる俺は、当然その攻撃を喰らう前提で突き進む。

 

「『ブラックナイト』ォ!!」

 

 俺のジョブである"暗黒騎士"を冠すそのスキル――効果は絶大だ。

 正面から受けたファイアボールは、俺に張られた膜状の魔力によって掻き消される。

 

「まず一発ッ!!」

 

 ファイアボールを受けたため飛び込んだ時点からは幾分スピードを落としていたが、そのまま大剣を頭に向けて振り下ろすと、ツインタニアはその巨体からは考えられない速度で横に逸れた。しかし、首付近で浮遊している拘束具を切り潰し、鈍い音を鳴らしながらバハムートの掌へと落ちていく。

 斬り降ろし後、着地の隙はツインタニアが回避行動をとったため狙われることはない。そして、緊急回避であったため、ツインタニアは体制を崩しており、いる場所は俺の間合いの中である。

 

「二発目――」

 

 力んだところで、違和感を感じる。奴は体制を崩しながらもファイアストームを放っていた。その名の通り、炎の嵐。こちらを拘束するように纏わりつく炎――ツインタニアに放つはずだった二発目は、そのファイアストームの核となる火球を掻き消すために放たれた。

 その動作はツインタニアからして、大きな好機となる。

 それに気づけたのは、ひとえに戦闘勘だったのだろう。足元に感じる魔力――何度も繰り返したツインタニア戦でも、それはこのタイミングでは放たれるはずのない攻撃。

 

(ツイスターッ!? フェーズ3から放つ技、だろうがッッ!!)

「『ブラックナイト』ッッ!!!」

 

 二度目の『ブラックナイト』は足元から襲い来る魔力の豪風を防ぐことに成功。しかし、風の力は俺を上空へと打ち上げた。

 

「ああクソがっ! 『ランパード』『シャドウウォール』! 『ブラックナイト』ッ!!」

 

 ここまで周到に戦闘を進めるツインタニアが、圧倒的な隙を見せる俺を見逃すはずもない。迫りくる攻撃に備え、防御効果の高いバフから順に発動させ、三度のブラックナイトも展開する。

 俺が打ち上がりの頂点に達し、視界を下へと向ければ、そこには突進してくるツインタニアの姿。ゲーム上、ダイブボムと呼ばれる攻撃、なのだが。

 

「な、に……?」

 

 エーテリックプロフュージョン。本来は白い光と共に爆発を起こすはずの技――それを、ダイブボムと併せて発動し、突進してきていた。

 

(ゲーム通りじゃない。そんな当たり前な事は分かっていたはず、だが俺は……まだどこか、ゲームの中だと考えているんだ)

 

 ツインタニアの本来ならばあり得ない動き――それに対抗するのならば、こちらも"あり得ない動き"をするしかない。

 

 

「――――『ブラックナイト』ッ!!!」

 

 

 ゲームにおける『ブラックナイト』は15秒というとてつもなく短いリキャストタイムで付与できるバリアだ。勿論相応にMPを持っていかれるし、ここまで連打することなんてできない。

 

 そっちがその気なら。

 

 そんな考えでしかなかったが、見事、『ブラックナイト』は重ね掛けされた。

 ならばあとは、脳が発する迎撃という指示を、自らの勘を信じ――――このまま断ち切るのみ。

 

「――……ォォォオオオオオオオオッッッ!! 『ブラッドスピラー』アアァァアアア!!!」

 

 ツインタニアが直撃してくるその瞬間、刃を額に叩きつけるべく渾身の一撃を振り下ろす。

 途轍もない推進力を持った魔力の塊と、大剣の刃が触れ合った時、一枚目の『ブラックナイト』が割れる。

 

「ッ……!?」

 

 ドクンッと、鼓動が跳ねる。『ブラックナイト』が割れると同時に、俺の膂力が上がった。

 

(ハッ、数値としては見えねえが、ブラックブラッドはちゃんと溜まるってことか!)

 

 ゲーム上の仕様では『ブラックナイト』のバリアが消費された瞬間、暗黒騎士用の特殊ゲージであるブラックブラッドが溜まる。もちろんそれ以外でも溜める事は出来るが割れた瞬間は急速に溜まるのだ。それを消費して攻撃の威力を上げることが可能である。

 そもそも、エオルゼアに来てから『ブラックナイト』を割るほどの敵なんて、戦った事はなかった。だからこそ、未知の感覚であった。

 

(これなら――行けるッッ!)

 

 ツインタニアの放つ魔力の奔流に拮抗する二枚目の『ブラックナイト』は数瞬の後、その役目を終え破片となって消えていく。その瞬間、自身に流れ込んでくる"力"を感じた。

 

「ぶった切れェェエエエエエエエッッッッ!!!!」

 

 額に合わせていた俺の大剣は、俺の腕から伝わる一押しによって、ツインタニアの鱗を割った。氷にひびが入れば脆いように、その後に感じる物理的な抵抗が殆どない。鱗の下にある肉を裂き、歯をへし折り、舌を突き抜け、拘束具を打ち壊し、内臓をぶちまけた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……はあー…………疲れたー……」

 

 終わってみればあっけない。時間にして十分経ったかどうか、しかし身体は疲労感を訴える。魔力欠乏。筋肉酷使。普段で考えれば数時間の戦闘をぶっ通しで行っていたかのような感覚だ。

 

「グッ……つぅ……」

 

 息を整えた直後、再び鼓動が跳ねると同時に激しい動悸に襲われる。疲労や魔力不足ではない、感じたことのない頭痛。頭の奥にしこりが出来たかのような違和感。

 

「大丈夫っ!? 『フィジク』!」

 

 お嬢様が血相を変えて飛んできて、巴術士の回復スキルである『フィジク』を唱えてくれた。

 

「巴術士は……DPSロールなんだぜ……」

「もう、こんな時まで意味の分からない事を言わないで! じっとして、怪我は……ないのね?」

 

 疲労困憊の態を晒す俺だが外傷はないのだ。各種バフは優秀だが『ブラックナイト』の防御能力の高さにごり押した感じである。MP不足の方が酷い。

 

「とりあえずエーテル飲んどけば大丈夫だ……お嬢様は、ご無事で?」

「ええ! ほんとに、凄い戦いだったわ! ドラゴンを相手取って、真っ二つなんて……ほんとに凄いわ! 私の大剣としてしっかり活躍できていたわよ!!」

「そりゃ、感無量でさぁ」

 

 MP回復薬であるエーテルを流し込むと疲労感が段々と治まってくる。体に関しても多少はお嬢様がかけてくれた『フィジク』で回復した……ような気がすることにしておいて、後続の敵が来ないとも限らないため、バハムートの掌から更に進む提案をする。

 

「一度帰還した方がいいんじゃ……」

「大丈夫ですよ」

 

 何故とは明かせないが、ここを越えれば目的地まではあと少しであることを知っている。歩いて数十分程度、戦艦の中枢であろう場所に、俺たちは辿り着いた。

 

 

「ここは、戦艦の制御室かしら」

「まさしく中枢区域かと。その制御盤、弄れますか?」

 

 目の前には湾曲したデカい金属がある。金属は装置全体がそのまま戦艦へと繋がっている形だ。

 

「アラグの機構については、流石にシャーレアンでも触れる機会が少ないのだけど……一応、試してみるわ」

 

 原作通り、アリゼーはエーテルを機械に流し込み始め、制御を試みる。

 

「……あのドラゴン、制御装置がついていたわね」

「ええ、生きながらの防衛機構とされていました」

 

 エーテルの放出は続けつつ、俺と会話する余裕もあるようだ。

 

「ドラゴン族は強大な力を持つ……それを支配するなんて、アラグ文明はとんでもないわね。ああ、だからこそ帝国はここを調べようとしてるのかしら」

「それはあるでしょうね。実際のところ、制御しきれるとも思えないレベルですが」

 

 ツインタニアとの戦いを経て、思い知った。ここでは、ヒットポイントを削り合うような戦いではないのだ。気づけば勝利していたように、戦いは一瞬で決まる事だってある。何度も切り刻んで、原形が残っていようが突然死ぬようなことはない。首を断ち、心臓を貫き、胴を裂く。そうしなければ、勝利ではない。逆に言えば、何度も切り刻む必要なんてないのだ。

 

(なんか、当たり前のことに今更気づかされた、って感じだ)

 

 街の外にいるテキトーな魔物ではない、強敵との戦い。成長とはこういうことを言うのかもしれないな、なんて考えていれば、アリゼーがエーテルの放出をやめる。

 部屋中に幾重にも光の線が奔り、目の前にあった金属が変形を開始する。台座が下り、背後では金属がせり上がる。そうして最後には目の前に広がっていた壁が開き――その姿をあらわにした。

 

「ッ……な、あ…………ばんしん……バハ、ムート……」

 

 巨大な心臓にも見えるクリスタルを核として、その上部には首と頭が繋がっている。鼓動の音がここまで聞こえるのだ。あれは確実に、生きている。

 バハムートの核を中心に広がる空間では、壁から戦艦が突き出ていて艦首から雷のような光線がほとばしり、バハムートの身体を再生しているように見える。いや、見えるではなく、再生しているのだ。

 

「なん、で……この鼓動の音……バハムートは、生きてる? なら、なんで、お祖父様は何のために……」

「…………」

 

 これが真実。バハムートは死んでなどおらず、第七霊災はまだ、続いているのだ。静かに、誰にも知られず、ひっそりと地下の奥深くで。

 泣き崩れるアリゼー。それを認識したかのように、バハムートから唸り声が聞こえた気がした。

 

「さて……状況から見るに、アラグの戦艦を使って、誰かがバハムートを再生させてる、ってところでしょうね」

「そんな、まさか帝国が……ッ!? 待って、奥に……誰か……――――」

 

 俺たちが臨んでいるバハムートの手前、艦首の先には人影があった。

 そいつはこちらへ振り向き、何事かを呟く。

 

「……お祖父様……ルイゾワお祖父様…………!!」

 

 その姿を見間違えることはないだろう。救世の英雄、賢者ルイゾワ――その人だ。

 自らの孫を認識したはずなのに、興味はないとでも言わんばかりに再びバハムートへと視線を向け、艦首の更に先へと歩みを進めていってしまう。

 

「まって、まって!! お祖父様っ! アリゼーです、お祖父様……ッ!!」

 

 アリゼーの叫びも空しく、バハムートの鼓動にかき消されていく。

 

「なんで……私はお祖父様を、探して……ここまで……」

「…………一度、帰還しましょう」

「いや、いやよ! あなたは私の大剣でしょう!? すぐに追いかけてっ」

 

 探し求めていた愛すべき家族の姿に、感情が抑えられないアリゼーは半狂乱となって泣き叫ぶ。

 

「必ず戻ってきます。ルイゾワを探すために、バハムートを止めるために……まだ、俺を信じられないか?」

「ぐすっ……いえ、あなたは、十分に力を示して、いるわ。でも、でも……」

「じゃあ、こうしましょう。ルイゾワを見つけてからも、お嬢様の大剣として活躍しましょう。ですので、ここはどうか」

 

 こんなことで治めてくれるかとも思ったが、泣きじゃくる子供をあやす術は他に持ち合わせていなかった。

 

「…………うん、やくそくよ。今は、帰る」

 

 ちょっと逡巡したあと、お嬢様は涙を袖で拭いながらも、こちらに寄り添ってきてくれた。

 

「いい子だ。それでは……丁度そこに転送装置もあるようですので、使わせてもらいましょうか」

 

 長いようで短い時間であったが、俺にとってはバハムートとの、アリゼーにとってはルイゾワとの、それぞれの邂逅は、一旦幕を下ろした。

 

 

 




素敵なディザスターのイラストを頂いたのでこちらで掲載させて頂きます。

【挿絵表示】



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