Bloodborne×このすば! (メスザウルス)
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アクセルの街1

 ここはアクセルの街。

 世にも多くの冒険者の卵が生まれる場所であり、その街にはクエストで外門を行き来する多くの冒険者で賑わっていた

 吐気がしそうなくらい、と言うわけではないが、しかし多くいることには変わりはない。

 

 始まりの街であるこの街のギルドは多くの新人が募る場所であり、そこで張り出されるクエスト難易度もそれほど高いものは一部を除いて余りない。

 故に、まだレベルも低い新人がここで経験を積み、一流の冒険者となって、世界へと羽ばたいていくのだ。

 

 

ーーそんなギルドの一角。

 

 

 クエストの受理受諾、食事や酒を楽しむこともできるそのエリアの隅っこに、一つの影がポツリとあった。

 両の手を胸前で組み、片膝を薄汚れた床につけ、静かに祈りを捧げる者。

 聖堂でも礼拝堂でも教会でも無い、荒くれ者が多く居るギルドで祈りを捧げるなど何処の大馬鹿者かは分からないが、異端であることはすぐに分かる。

 

 

 見た目は騎士のような、顔全てを包む兜で覆われており、緑のブローチが光る貴族服を身につけ、足には甲冑、腕には焦げ茶色の皮のような手袋に、紐が歪に巻かれており、その姿は些かどころではないほど不気味に見える。

 だが幸いにもそんな偏屈な格好でもこういったギルドではあまり珍しくはない。

職業というシステムがあり、その中には聖職者が存在する。

 ゆえに熱心な神の信者などはよくこうして祈っている者もたびたび確認されているのだ。

だが、それでもこの者は異端であった。———それはなぜか?

 それは騎士の前に置かれた一個の器が原因であった。

 

器の中を覗き見てみると中には数百エリスが入っているのだ。

 

 

 一体なんのためにそんな物を置き、そんな事をしているのか。

 

 

───ひとつ、こちらに向かう気配を感じ取った。

 

 

1人の冒険者が騎士の前に立ち止まると、その皿の中に10エリスの硬貨が投げ込まれ、そんな金に貪食な器は一瞬でその腹へと硬貨を飲み込んだ。

チャリンと、コインがぶつかる特有の音がなり、その皿の中をまた少し満たす。

 

————彼は物乞いであった。

 

 人に金を恵んで貰わなければ生きていくことも出来ない、意地汚い物乞いであった。

 しかし、騎士は己に慈悲を贈った礼をすること無く、ただただ無愛想に祈り続け、その様子を見た冒険者はどう思ったのか、特に何かを言うことなくその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

「なぁ、アクア。 ずっと気になってたんだが、アイツって何してんの?」

「むぐ?」

 

 

 その様子を遠目に、席に座りながら眺めていたカズマは、頬いっぱいにカエルの唐揚げを頬張っているアクアに尋ねた。

 カズマはこの席に着いて1時間程経つが、それには既にあの場所で祈りを捧げており、そのままピクリとも動かず、ずっと静止しているのだ。気になって仕方がない。

 アクアはカズマの視線をなぞる様に見ると、コクンと首を傾げる。

 

「んぐっんぐっ、ぷっはぁー。 さぁ、知らないわね。と言うか誰よあの変な兜。だっさ」

 

 口にある物を咀嚼し、手元にあるジョッキに入ったシュワシュワと共に一気に胃へと流したアクアは、祈りを捧げる騎士を不機嫌に睨みつけながら、トゲの含んだ言葉を返す。

 いつにも無く機嫌の悪いアクアの様子に、原因が分からないカズマは小首をかしげた。

 

「なんでそんなイライラしてんだよ?もしかしたらお前に祈ってんのかもしれないぞ?」

「アレはアクシズの祈りじゃないわ。また別の祈りよ。 私の前でほかの神に祈るなんて、いい度胸してるじゃない」

「それくらい良いだろ。 誰が誰に祈っても関係ないし、せめて心の中くらい好きにさせてやれよ。 少なくともオレはお前にぜってー祈らないけどな」

「ーーー滅するわよあんた。 とにかく、あんなの祈りでもなんでもないわ。ただの冒涜よ。 どんな神に祈ってるかは知らないけど、神聖な祈りで物乞いなんて不敬にもほどがあるわ! それにあんなのでお金貰えるとかずるい!! 私がどれだけ働いてるかも知らずにっ!」

 

 

 プンスカプンと怒るアクアは、後半がほぼ本音だろうが、その意見は全く正当であった。 祈りとは神へ捧げる物であり、決して金銭を貰うためなどに使われるものでは無い。

 その行為は神を金稼ぎの道具に使っているのと同等であり、神の存在その物の冒涜である。故に、多くのエリス教の信者は祈る騎士に金ではなく侮蔑の視線を投げつけている。

 

「落ち着け。 あんまり余計なことは言わない方がいい。 ───見ろ」

 

 怒るアクアを宥め、ダクネスは騎士へと視線を向けさせた。

 

「兜などは見覚えはないが、あの服装は貴族の者だろう」

「貴族ぅ? あっはは! 考えすぎよダクネス。 貴族なら物乞いなんて必要ないじゃない」

 

 あのポーズからピクリとも動いていない騎士に人形のような印象を受けながらも、小綺麗なその姿からその正体を模索し、貴族ではないかとあたりをつける。その理由は、服装だけじゃない。その佇まいが一番の理由であった。

 そこいらの貧相な物乞いに、あのような完璧に洗練された祈りなどできるとは到底思えないのだ。

聖職者ならば、あんなところで物乞いなどする必要はない。なぜなら、数多のパーティーで回復役というのはとても貴重な存在であり、引く手あまたにされている。あぶれることなど、そうありはしない。

では、その正体は一体なんであるか。

もしもそれが、自分と似た境遇であるのならばーー

 

故に、ダクネスは貴族ではないかと言ったが、そんな言葉をアクアがケラケラと笑った。

ジョッキに入った残り少ないシュワシュワを傾け、一気に飲み干す。

 

確かに、アクアの意見も最もだ。

貴族とは国に仕え、社会の上流にあり、社会的に特権を持つ階級に属する人であり、家柄の高い人物を指す。 かの騎士が本当に貴族であるならば金に困ることなどなく、物乞いなどという小汚い真似をすることは無い。

そもそも、貴族がそんな真似をしようものなら一族の恥と勘当されてしまうだろう。

 

だが、と、ダクネスは横目で騎士を見る。

 

アクアはダサいと言っていたが、あの巧妙に刻まれた兜の模様といい、上質な服装と言い、どれもダクネスから見て相当地位の高い者が身に付けるものだと分かる。

値段など、ヘタをすればそこいらの家よりも高いかもしれない。

そんな者をただの物乞いと片付けるには、些か早計な気がするのだ。

 

 

 

「────っっ……。 あー! もーガマンできない!ちょっと文句言ってくる!!あんなのが近くに居たんじゃ楽しくご飯も出来ないわ!」

 

 

ダクネスが思考に浸っていると、前方に座っていたアクアがテーブルをバンッ!と叩き、騎士の元へ早足で歩き出した。

相当キているのか、その足取りはズンズンとしており、アクアのイライラボルテージが限界突破したのだと分かる。

咄嗟に面倒な気配を悟ったカズマとダクネスは声をかけるが、当の本人は全く聞こえていないのか、その足取りは止まることも萎えさせることもなく騎士の元へと突き進んでいった。

 

1度決めたら止まることの知らない暴走機関車の様なアクアにゲンナリとした表情を浮かべるカズマは、もう諦めたのか自分の皿に残っている唐揚げを食べ始めた。

 

「お、おいカズマ。 いいのか?」

「良くないに決まってんだろ。 でもアイツって言っても止まんねぇし、それに今回は向こうも悪いからなぁ」

 

はぁ…。と疲れた吐息を漏らすカズマは、知らない人だから関係ありませーん作戦を取ったようだ。

アクアはもう既にカズマのパーティーと言うのは知れ渡っており、他人のフリなど通じないだろうと思ったが、そこはあえて言わない。

 

いつものカズマなら直ぐにとっ捕まえる勢いでアクアを止めていただろうが。しかし、今の自分達はクエスト帰りで疲れており、あとは帰って寝るだけの間に『新たな面倒事』などという予定は入れたくなかった。

幸い、相手は物乞いをする様な身分の低い騎士風の者。 アクアが少し注意する位でどうということも無いだろうと考えたのもあり、あまり強く止めなかったのだ。

 

「ただ今戻りましたー」

 

すると、今まで席を外していた最後のパーティーメンバー、めぐみんが戻ってきた。

 

「おー……めぐみん」

 

おかえり。と言う意味を込めて名前を呼ぶが、呼ばれた本人はカズマを見ると少し呆れた表情になって、自分の席に腰を落ち着かせながら口を開く。

 

「カズマ、何をくたびれているのですか? たかだかジャイアントトードを狩ったぐらいで」

 

どうやら先程のクエストで相当のびていると思われたらしい。

確かにそれも疲れの一つであるが、カズマは精神的にも疲れているのだ。

何も知らないめぐみんに事の経緯をダクネスが話すと、めぐみんは騎士の方へ視線を移した。

 

多くの冒険者の声で掻き消されているのかアクアの声は聞こえないが、しかし遠目で見る限り祈りを捧げる騎士に怒鳴り散らしているのだと分かる。

しかし、全く相手にされていないため、酒により赤くなっていた頬を更に赤らめ、プルプルと震えていた。

 

めぐみんは既に呆れている表情を更に呆れさせ、右手に持ったフォークでトマトを刺し、口に運ぶ。

 

トマトのツルツルする表面を舌で舐め、口の中でコロコロと飴玉のように転がし、最後に奥歯で潰すように噛む。

甘酸っぱい味が口に広がり、少し酸っぱすぎる気がするが、それでもフレッシュな味わいで前菜には丁度いい。

 

 もぐもぐと、自身の料理に手を付け出しためぐみんを見て、ダクネスは頭を抱える。

どうやらめぐみんもカズマと同じで、他人のフリを取ったようだ。

 なんとも薄情なパーティーメンバーなのかとも思うが、アクアが持ってきた厄介ごとは一つ二つでは収まらない。それも軽い物から重い物までなんでもございますよと言わんばかりの数々。もう腹いっぱいと達観した姿勢で見ているつもりかもしれないが、めぐみんも持ってきた面倒ごとはかなりあると思う。

 

 モゴモゴごっくんと料理を胃に収めながら、ダラーと眠そうにしているカズマにめぐみんは続けた。

 

「だいたい、そんなに疲れるくらいなら私の爆裂魔法を使えばすぐに終わるのに。わざわざ一匹ずつ倒さなくとも良かったではないですか」

「そんな事してたらいつまで経ってもオレの経験値がうまくならないんだよ。 いっつも雑魚処理はお前がやるからお前ばっかりレベルが上がって行くし」

 

 カズマはこのパーティーのリーダーであるが、その役目は主にブレイン。つまり司令塔である。故に、いつも指示ばかりを飛ばしてアクアやめぐみんにトドメをさせていたせいで、自身は全くレベルが上がらず、リーダーである彼が1番レベルが低くなってしまったのだ。

 故に、今回はめぐみんの爆裂魔法を使わず、手間をかけ一体ずつ相手取っていたのだ。

 

 そんなこと気にする必要など無いのに。と思うめぐみんであるが、そこはやはりカズマも男の子。多少の意地を張っても仕方がないだろう。

 

 やはり異世界に来た以上は魔王を倒すために強くなりたいし、金持ちになりたいし、何よりも女の子にモテモテうはうはハーレムを作りたい。

 こんなゲテモノパーティーでなく、もっと理想の女の子達と一緒に過ごしたいのだ。

 

「はぁーあ…」

「「────?」」

 

 多大なガッカリ感を含めた溜息を吐き出し、2人はそんなカズマの様子に首を傾げる。

カズマのゲス思考などつゆも知らない2人を差し置き、もう耐えられないとボソリと呟いた。

 

「まともな美少女と冒険したい…」

「おい、それは私たちがまともでも美少女でもないと言っているのか? いったい私たちのどこがまともじゃないのか聞こうじゃないか!」

 

 容姿も中身もバカにされたと感じためぐみんはカズマにつっかかる。人としても女としても侮辱されたのだ。怒らないわけがない。

 しかし当の本人は「へいへい」と聞き流しているため、こうなったら腹いせにカズマの恥ずかしエピソードをこの公衆の中、大声で言ってやろうと思い、大きく息を吸い込む。

 

「プキュッ!?」

 

しかし、それは叶わなかった。

突如として自身の危機を察したカズマは、めぐみんの口を手で鷲掴み、その口から放たれる音波を塞いだのだ。

 

「ふんっ、甘かったなめぐみん。 お前がそうするだろう事は読んでいた! あれだけお前らと一緒にいたんだ。何を考えてるのかくらいすぐに分かる!」

 

ドヤ顔でそう語るカズマに、めぐみんはキッ、と睨みつける。

 

「もごご、モゴモゴ、モゴゴモゴ?(では、私が何を考えているのか、わかりますか?)」

「ふっ…それくらい分かるさ」

 

酒が入っているのもあるのだろう。カズマは髪を掻き揚げイケ顔(カズマ個人の感想です)を作りながら、めぐみんの心を言葉に表す。

 

「爆裂魔法を撃ちたい、だろ?」

「もごごご(違います)──んん!?」

 

 無抵抗な少女の口を押さえつけるという犯罪臭漂う絵図らを、羨ましそうに眺める女騎士。

 このパーティーの周りには幾つも席が空いており、しかし誰も近くに座ろうとしないのは、この者達が変人の集まりと察しているからかもしれない。

 

「んー!んーん!」

「なんだよめぐみん。 急に慌てだして」

 

ーーしかし、世の言葉には類は共を呼ぶという言葉がある。

 こんな変人パーティーに近付こうという輩は、よほどの物好きか、それとも類に当たる者か。

 

「カズマさーん! カズマさーん!」

「ああ? なんだよアクア。 さっきの騎士とはもういいの、か……」

 

ーーガシャン、と鎧が鳴った。

 カズマの目に映るのは、先ほど祈りを捧げていたあの物乞い騎士と、その騎士の後ろで笑顔でいるアクア。

いつの間に仲良くなったのか。そして一体いつからいたのか、騎士はカズマの僅か数センチ程度の距離しかなく、座っているこちらを見下ろす様に、騎士はその兜の奥からカズマ達を見ていた。

 

 その身に纏う歴戦の兵士の圧に、めぐみんと共に顔を青くさせるカズマ。

しかし、やはり神は意地悪なのか、今にも恐怖で漏らしながら倒れそうなカズマに追い打ちをかける様に、アクアは言った。

 

「今から私たちのパーティーに入る事になった、狩人のイズちゃんよ! ほら、イズちゃん挨拶して」

 

ーーこの者、血の匂いを漂わせ、他者を狂わせる臓物に塗れた狩人。

その手に滴る血の一滴は、決して一滴ではなく、濃密な鮮血を凝縮したものである。

死に呪われ、死を愛し、夢に生き、夢に死んだ、小さくも哀れな上位者。

 

 

 騎士はアクアの言う通りに手を胸に置き、ゆったりとした動きでカズマ達に頭を下げた。

 

 

「───死すべし」

 

 

それが、この騎士の第一声であった。

 




主人公の装備

カインの兜
マリアの狩装束
鴉羽の腕帯
カインの足甲

ステータス

過去{生まれるべきではなかった} 

レベル100
体力  10
持久力 30
筋力  10
技術  50
血質  40
神秘  9


血質技術系主人公。
攻撃なんか、すべて躱せばいいよね理論を胸に刻み、躱す前提のステ振り。
どんな攻撃でも一撃必殺になってしまう豆腐(物理)主人公。

顔を隠せる装備は大体好き。

*女の子です。


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アクセルの街2

「……は?」

 

 

 

 

「はぁああああ!!?」

 

意味がわからない。この馬鹿は一体何を考えているのだろうか?

先程まで勝手に文句を言いに行っていた奴が肩を組んで帰って来て、挙げ句の果てには何の相談もなく「パーティーに入れる」などとふざけた事を抜かしやがったのだ。

しかも相手は何の素性も分からない、威圧が半端ない騎士っぽい奴。

これには流石のカズマさんもお怒り爆発であった。

 

寝ている時に火のついた爆竹を口の中に放り込まれた様な感覚のカズマは、馬鹿をチョイチョイと手招きし、壁際まで追いやって、尚且つ逃げられない様にその横を壁に手を付く形で塞いでやった。いわゆる壁ドンであるが、している本人の眼光は濁っており、されている側は怯えている。そこには甘酸っぱい恋の香りなど微塵も感じない。

 

カズマは何も考えていない能無し女神を見下し、責める声色で問い詰める。

 

「おい駄女神。これはどぉいう事だ?」

 

「え、えーっと…」

 

 流石のアクア様でもカズマが怒り心頭なのを感じ取ったのか、それとも自身がいけない事をしたという自覚があるのかは知らないが、とにかく気まずそうに、手をもじもじさせながら必死で言い訳を考えていた。

 

「実はあの子…とある呪いで困ってて…」

「おん」

「それで、話を聞いてるとなんだか可哀想になっちゃって」

「へぇ」

「だから呪いを解いてあげようと思って…」

「それで?」

「パーティーに誘ったの」

「───意っ味わかんねぇよ!! それでなんでパーティーに入る事になんだ!?」

 

 全く起承転結がなっていない。

 カズマはなぜアクアがこのパーティーに入れようとしているのか聞こうとしているにも関わらず、この駄女神はその過程をすっとばし結果のみを伝えてきたのだ。

 と言うかそもそもお前の心情なんか聞いてねぇよ!何でパーティーに入れなきゃならないのか聞いているのにこの馬鹿は!!

 

 まるで言葉の通じない猿と話している気分になり、ン〜〜っ! と、もどかしそうに頭をガリガリと掻くカズマの様子を見て、ムッとしたアクアは声を張り上げる。

 

「だ、だって!!あの子にかけられた呪いは凄く強力な物で、そんな直ぐには終わらないのよ!!あの子凄く困ってたし、可哀想じゃない!!それに助けてあげたら私の信者になってくれるって言うし!!」

「知・る・か! いいか!?タダでさえうちは火の車なんだよ!!ほかのメンバー雇ってる金も!お前の信者増やしてる無駄な時間もありません!! 毎日酒飲みたきゃ、ちっとはマシなことしてみろよこの駄女神がああああ!!」

「そんなの知らないもん!!私だっていつもいつもいつもいつもカエルの囮になってあげてるじゃない!!それをなに!?ちょっとはマシなことしてみろですって!? 一体誰が支援魔法とか回復魔法をかけてあげてると思ってるのよ!少しは私の事労わって崇めてぐーたらさせなさいよ!この甲斐性なしのヒキニートぉぉお!!」

 

 カズマの罵倒に負けじとアクアも反論するが、アクアの罵倒は何だか少し違う気がする。なんと言うか子供の我儘のように聞こえてしまうのだ。そんなアクアに対しカズマは正論に正論を重ねてぶつけまくり、どんどん言い負かされて涙目になっていく女神は、ほんとうに女神と疑わしいほど幼く見える。

 ついにそんな光景が見難くなったのか、涙線から汗が吹き出しそうなアクアの肩に、ポンっ…と手を置く者がいた。

 

「死すべし」

 

────それはかの物乞い騎士。イズであった。

先ほどまで体から発していた兵士の風格を霧散させ、兜に隠れたその憐憫を含んだ視線をアクアに送ると、ポツリ、ポツリとその心情を漏らした。

 

「死すべし」

「え?『ケンカするのは止めてくれ』? でも、このままじゃイズちゃんの呪いが──」

「死すべし」

「『そんなことよりも自分のせいで貴公らの仲が分かたれるのは悲しい』って…イズちゃん……あなた…」

 

 己を顧みず、他者を気遣い、そして何より自分を擁護せんと助け船を出してくれたイズのその姿勢は、今まで雑に扱われてきた駄女神の心を感動へと塗り替えるには十分だった。

 アクアは先ほどの涙の色を違うものへと流し、一つの美しい友情的な雰囲気が周りを満たすのに、そう時間はかからなかった。

 

「え?何これ? なんでオレが悪いみたいになってんの?」

 

 まるでアクアに対して理不尽な言動をしたかのような、そんな責める視線を周りから感じるカズマは、とんでもなく自分が理不尽であると心の奥底で叫んだ。

 だってそうだろう。自分は正しいことを言ったのだ。こんな怪しいやつをパーティーに入れ、もしもこいつがまたとんでもないゲテモノであったとしたら、もう自分にはこの馬鹿どもを抑えられなくなるのは目に見えて明らか。

 それに一つ勘違いしているかもしれないが、カズマは男のパーティーメンバーは大歓迎だ。反対する気など一切ない。カズマ自身、そろそろ心置きなく話せる奴が欲しいし、何よりこいつらを引っ張って行く大変さを共有でき、なおかつ同情してくれる奴が欲しい。同性の方が話しやすいこともあるし、分かり合えることも多いだろう。

 だが───それはこいつがまともであればの話である。

先ほども話した通り、これ以上のゲテモノはいっさいノーサンキューである。

 

 

「死すべし」

「『すまなかった。私のせいで貴公達に迷惑をかけてしまった。 私はこのまま去ろう』…? そんな! !あんなに困ってたじゃない! 貴方はそのままでいいの!?」

「死すべし」

「イズちゃん…あなた……っ」

 

「おい駄女神、そのセリフさっき聞いたぞ。なに気にいってんだよ」

 

目の前で何やら感動的な何かを繰り広げているが、そんなものはどうでもいいのだ。いや、どうでもよくはないけど、とにかくそれは置いといて…

問題は、こいつがノーマルかアブノーマルかである。

 

 確かに、ダクネス、アクア、めぐみんと、全員全員が目を覆いたくなるほどのポンコツと、欠陥を抱えた者たちである。一つの方向に突出しているが、一つに突出しすぎていかんせんクセが強い。使えない場面ではとことん使えないのだ。

 そんな能力に起因しているのか、はたまた逆か。その性格と言えるものもポンコツの一途を辿りすぎ、もはや引き返せないほど重症であることも、更に問題児として助長させているのは言うまでもない。

 そんな変人の巣窟ともいえるパーティーの中心にいるのだから、一人や二人、イかれた野郎が入ってきたところでどうせ変わらないと思うかもしれないが、それは違う。

 

 この男がもし、この三女のように常軌を逸したポンコツを抱えていた場合。と言うかそもそもさっきから「死すべし」しか言ってない時点でだいたいお察しなのだが、それでも三女と比べて欠点というところがいくつかある。

 

めっちゃ言葉の端を折って話すと───顔と性別だ

 

 この三馬鹿は確かにポンコツであるが、見てくれだけはそこいらの女たちよりも上だ。一人の駄女神は試した結果どう頑張ってもヒロインに見ることはできなかったが、それでもいかれた男より120パーセントもましである。

 誰が好き好んで、厄介ごとを運ぶむさい男と共に居たいと思うのか。

 

「カズマ、最低です」

「少しだけパーティーに入れるくらい許してやったらどうだろうか。 せめて呪いが解けるまで、という期限付きでだ。」

 

 だが、そんなカズマの思考など彼女たちが知るはずもなく、めぐみんはゴミを見る視線を、ダクネスは妥協という提案をしてきた。

───なるほど、それもありかもしれない。

 ダクネスの提案は確かにこの場で最も有力な妥協点と言えるだろう。

 呪いが解ければハイおさらばという事ならば、今後こいつについて考えなくていいし、更に多少の恩を売りつけることが出来る。

 幸い、うちの駄女神は回復系の魔法についてはトップクラスで有能であり、消費する金もほぼない。

 

 むむむーっと頭を回転させているカズマは、チラリとこちらを見るアクアの表情を確認する。

 

 いかにも、私は諦めません!と言う覇気がその表情から読み取れ、そこには諦めるなどという言葉は存在しないように見える。というか実際にしないだろう。

 

 この駄女神はとても頭がかわいそうで、そして見ているこっちまで涙が出てきそうなほど頭がポンコツだ。それは雷に打たれ頭のネジが一本口から飛び出た青タヌキ以上に、どこかにネジを置いてきてしまったと思わせるほど。

 しかし、その本人の我がとてつもなく強い。まるで何もわかっていない子供のように。

 自分が決めたことは貫き通し、相手が折れるまで引くことを知らない女神様相手に、これ以上の説得を試みて、果たしてこいつがいつ折れるのか、オレには全く想像もできない。

 

 

「………はぁ。 しょうがねぇな。」

 

───だからオレは、折れることにした。

 

「────やったー!! 良かったわねイズちゃん! これであなたの呪いも解く事ができるわ!」

「…死すべし?」

「『本当にいいのか』ですって? 当たり前よ! 私は私の可愛い信者の為なら何だってやるわ!」

「……死すべし」

 

 またもや目の前で感動的な何かを始めているが、カズマが折れたのはそう大した理由じゃない。ひとえに自分の身の可愛さによる戦略的撤退と、ひとえに諦めが大きい。

 まず一つとして、先ほどまでの自身の悪者感が空間を支配していたことにより、たまたま耳にし目にしていた冒険者たちが、なかなか冷たい目でオレのことを見ていたからだ。

 その視線にしり込みし、これ以上不名誉な呼び名で呼ばれたくないカズマは、まだ何とかなる範囲のこの条件で妥協したのだ。

 

しかし、その光景はなんとも珍しい部類に入る。

 

 冒険者とは、いわゆる何でも屋であり、世間的には荒くれ家業として見られている。そしてそれはあながち間違っていることはなく、時には非常な判断を下さなければならない場合も存在するのだ。そんな中の一つが、使えない仲間とのパーティー解消などである。使えない仲間に背中を預けるなど、常に命の危険にさらされている冒険者にとっては一番にごめんこうむりたいことであろう。ゆえに、そんな者をお断りするのは冒険者にとっては当たり前の事であり、見慣れた日常の一つであるはずなのだが、いかんせんここは始まりの街アクセルであり、多くの新人が集まる場所であるとともに、なかなか人情に厚い人たちも多くいる。

 実際、カズマ自身もその恩恵を受けており、見知らぬ赤の他人のカズマにお金を恵んでくれたり、いろいろアドバイスをくれたりと、その心の広さが目に見えてわかるほど。

だが、アクセルの街以外のギルドに行ったことのないカズマが、そんなことを知るよしもない。

 

 いったん仕切りなおそうとカズマは一品料理を頼み、それに流れるように自分の酒を注文しようとした駄女神の後頭部をはたきつつ、ストンとカズマの正面に座るイズに話しかける。

 

「それで? 何の呪いにかかってるんだ? アクアが解けないくらいだから、相当なもんなんだろ?」

「死すべし」

「いや死すべしじゃなくて、一体何の呪いにかかってるんだ?」

「死すべし」

「だから! どんだけ死の宣告すんだよ!? せめて死すべし以外の言葉は喋れんのかこいつは!?」

 

うがぁあ!と頭を抱え、ついにはイズへと怒鳴り散らす。

何を聞こうが死すべし死すべし。いい加減こっちもうんざりする。

というか絶対こいつも地雷だ。オレにはわかる。もう口調からして明らかだ。

確かに声はいいよ。正直男のオレからして結構ダンディーというか、こっちを安心させてくれるような、そういうきれいな声色をしているのだが、そんな声で死の宣告など、より相まって怖く聞こえるのだ。

 

ほら見ろ!さっきからダクネスもめぐみんも何にも話さない!きっと恐怖でしり込みしているんだろうと、隣に座る二人を見ると、案の定めぐみんは胸前に杖を持ちカタカタ震えているが、ダクネスは何か期待した表情でイズを眺めている。

やはりというか、まったくぶれない様子のダクネスに少し尊敬の念を抱いてしまいそうになった自分を殴りたい。

 

「無理よカズマさん。今のイズちゃんは死すべし以外の言葉は話せないの」

 

腕を組み、なぜか得意げに青い瞳をこちらに向ける女神に、説明を求める視線を送り返すカズマ。

アクアは「しょーがないわねぇー」みたいな表情で人差し指をぴんと立てた。

 

「イズちゃんはある一定の言語しか話せない呪いにかかっているのよ」

「はぁ…?」

 

気の抜けた声が、自然と口から洩れてしまった。

それは、思ったよりもその呪いの内容が馬鹿らしいというか、大したことがなかったからだ。

アクアが解けない。それは一応は女神の、水をつかさどる神であるアクアの浄化魔法でも難しいということであり、それに比例して呪いの内容もとんでもないものだと思っていたのだが…

 

「…それが呪いか?」

「そうだけど、それだけじゃないの」

 

フルフルと首を振ったアクアは、自分が解くのに時間がかかる呪いがあることに不満を抱いているのか、それとも友人となったイズへの申し訳なさかは分からないが、なんとも言えないようす。

 

どうやら、呪いはこれだけではないらしい。

あのアクアがこんなにも気落ちしているのだ。相当なものに違いない。

 

カズマは内心踊り狂うように喜びながら、その先にある展開を想像した。

 

つまりは、ようやく何かしらのイベントキター!!というやつである。

 

ゲームのセオリーで言えば、多くのいい装備や隠しアイテムは、こういった意外な、そして少し怪しい人物からもらえるものである。きっとその呪いが解けなければ三日以内に死ぬとか、人じゃなくなるとか、何かしらの重い効果が発生するのだろう。

そしてオレはそんな窮地に陥ったこいつを救い、何かしらのアイテムだったり金だったりが貰えるかもしれない。あ、もしかしてこれは、オレに忠誠とかを誓うものかもしれない。

こいつはどこかの国の近衛騎士長とかで、その腕はすっげーものだったとか。

本当はダクネスの言った通りどこかの貴族で、すっげ―金持ちだったとか。

 

そんな妄想を脳内で広げ、キャッキャグフフしているカズマはやはり酔っているのだろう。普段の彼がしないような、楽観的な思考をしている。

だが、人は自分が酔っていることに気づかない生き物だ。それも仕方のない話だろう。

 

少し不謹慎だが、ちょこっとのドキドキと期待感を抱きながら、しかしばれないように片手で口元を抑えアクアの言葉を待った。

 

「イズちゃん、この兜が呪いによって脱げなくなっちゃったのよ」

 

「………。 へぇー…それは大変だな」

 

明らかなテンションダウンである。

期待していた物とは違い、本当にどうでもいい様な地味~な呪いであった。

先程まで脳内に浮かべていた妄想はヒビが入って砕け散り、極めて冷静になったカズマは、こちらへと食べ物を運んでくる店員を眺めた。

 

「お待たせいたしました〜」

 

頼んだ料理、カエルの唐揚げをコトリと置くと、以上でよろしいでしょうか?と笑顔で一言入れる店員。

 

「死すべし」

「わかったわ。店員さん、悪いんだけどお水もらえる?」

 

イズはアクアを介して水を頼み、かしこまりました〜とすぐに水を入れてきた店員は、一礼すると、直ぐに他の客へと注文を受けに行った。その間、イズの死の宣告を聞いても全く笑顔を絶やさなかったその姿は、まさにプロであった。

 

 

運ばれてきた料理はまさに揚げたて。

黄金色に輝く衣は、見ているだけで再び涎を分泌させる。

 

次々と各自が思い思いに唐揚げをつまんでいき、最後まで遠慮していたのか、残った唐揚げをイズが取った。

先ほどまで手に付けていた腕帯は外されており、思ったよりも細く、キレイな指が外気にさらされていた。

 

騎士は剣を振るものであり、剣を振るう手はゴツゴツしているものだと思っていたが、意外にもそうではないらしい。

 

イズは手にある唐揚げをジッ…と眺めた後、

 

「え、ちょっ…」

 

先ほど頼んだ水の中へ放り込んだ。

コレにはこの場にいる全員がイズの行動を理解し難く、呆気に取られた様子で固まってしまう。

 

カズマの動揺の声をまるで無視するように、これでもかと手に持ったフォークで混ぜ始めた。

水を吸った代わりに油を放出し、水の表面に分離した油が、見た目罰ゲームの様なドリンクと化した水は、最早もう飲めるものでは無い。

 

まだ足りぬと唐揚げを何度も刺し、刺し、潰し、潰した細かい肉片が水の中で浮く。

 

ある程度潰れ、分裂した唐揚げを見て満足したのか、己の兜の隙間の部分に指をかけると、肩を震わせながら力を入れてその隙間を広げた。

指半分ぐらいの空いた隙間に、イズは素早く先程の罰ゲームドリンクを手に取ると───

 

 

────兜の隙間に、流し込んだ。

 

 

途端、兜の中から聞こえる啜る音と、首の空いた隙間から流れる水。

 

その姿は何とも言い難いが、とにかく鬼気迫るような雰囲気を出していた。

まるで久々に今まで欲していた物にありつけたかのような、そんな必死な姿に、カズマは上を向き、目尻を抑えた。

 

そうだ、こいつ────呪いで兜が取れないんだった。

 

だから細かく唐揚げを潰していたのだ。

兜の隙間から入れれるように。

 

水を入れたのは、できるだけ腹が膨れるようにだろう。

こんな難儀なやり方でしか、食事を取ることが出来ない騎士を、かなり不憫に思う。

そして、そんな奴の目の前でむしゃむしゃと唐揚げを頬張っていた自分達は、知らない間にかなり鬼畜な事をしていたのだと理解した。

 

めぐみん達も同様に理解したのだろう。

その目は奇っ怪な生物を見る目から、憐れみを多分に含んだ瞳をし、アクアは気まずそうに油が着いた口を拭き、ダクネスは死ぬほど羨ましそうな表情でイズを眺めており、取り敢えずこの大変失礼な変態騎士の後頭部をスパコーン!とぶっ叩いたのだった。

 

 




イズが兜をつけている時の声は、男性の声に変換されています。(これも呪いの力です)
つまり、カズマのイズに対しての声の説明は、本当のイズの声ではありません。
本文に書くことは出来ませんでしたが、どうぞご容赦ください。


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草原でのクエスト

ああ、皆から啓蒙(感想)が送られてくる。
私はこれからもこの啓蒙を使い、己が糧とし、更なる力(投稿)が出来るようになるだろう。

私はこの豆腐主人公を更なる高みへと押し上げるのだ。





 

快晴。

 

 雲など一つとしてない、青々とした空が広がる晴天。

 ニコニコとひたすらに笑顔を振りまく太陽に、草原をなぞる様に吹くそよ風は、正に人の心を穏やかにするには絶好の天候であった。

 

「いぃいいぃやぁぁあぁあぁああぁぁっ!!!」

 

  風を裂き、耳を穿つ甲高い悲鳴が当たりへと響き渡り、その発信源と思わしき少女の顎からは、大きな汗水が滴っていた。

 

「イヤっ、イヤっ、イヤぁっ! もうヤダあぁぁあ!!」

 

 その水の象徴する様な青髪を一心になびかせているのは、水の女神、アクア。

 大きく腕を振り、ダダダダっ!と草原を踏みしめ駆けて行く姿は、とても鬼気迫る勢いだ。

 その凄んだ表情からは、今までに無い必死さを感じ取れる。

 

───ダンっ ダンっ ダンっ

 

 その少女の後から、一歩遅れてくる振動。

 巨大な体格に付く滑らかな脂肪がブルンと震え、跳んでは着地するという移動法をしている緑の巨体。

 

その名も────ジャイアントトード。

 

 

 

 

「し、死すべし…っ」

 

 イズは軽く後退りながら、離れた場所でその様子をカズマたちと共に見ていた。

 何度も何度も転びそうになりながら、必死に逃げるアクアの姿に、何度も助けなくていいのかと視線をカズマ達に送るが────

 

「………」

「ぼー」

 

 めぐみんは暇そうに雲を眺めており、リーダーのカズマは腕を組み、余裕にも仁王立ちでアクアの様子を眺めている。

 

 そして、ダクネスは────

 

「おい!私はここだぞ!! 早くその舌で私を─── あっ、おいどこへ行く!? 待ってくれぇえぇええ!!」

 

 何をしているのか、何が目的なのか、ジャイアントトードの前で両腕を広げて挑発しているが、当のジャイアントトードはダクネスに目もむけることなくダクネスの前から去って行き、ダクネス自身も追いかけて行く。

 

 これが既に当たり前となっているのか、たいして何も言わないメンバーの様子に、イズはドン引きだった。色々ツッコミどころは満載だが、とにかく全てを混ぜ合わせた上でのドン引きだった。

 

「はひっ…! し、ぬっ…! そろ、そろっ…むりぃいぃ!!」

 

 息を切らせながら、ぜひっ、ぜひっ、と逃げるアクアの背後には、先程では1匹だったジャイアントトードが4匹に増えており、踏み潰されんと必死で逃げるアクアがとても不憫で仕方がない。

 

「よーしめぐみん。そろそろ準備よろしく」

「来ました!! ではとくと見よ!!特にイズは目を見開いて、その脳に焼き付けてくださいね!!我が奥義を!我が爆裂を!」

 

  嬉嬉として目を輝かせるめぐみんの姿は、先程の空を眺めていた時とは真逆のテンションへと変わっており、今度はどんな鬼畜を指示するのか、イズはカズマへ冷たい視線を送る。

 アクアに囮役をさせた時の表情は、正しく鬼畜と表現するほか無かった。初めは嫌がっていたアクアだったが、カズマに色々言われた後に私をチラリと見ると、ふんすっ!とやる気をみなぎらせ、「イズ、見ていなさい!これがアナタが信仰する女神の力よぉおぉおお!!」と駆け出して行ったのだ。

 走っていったアクアを眺めながら、小さく「ちょっろ」と呟いたカズマは正しく鬼畜であると理解した。

 思ったよりも腹の黒かったリーダーの姿に、驚きのあまり二度見してしまったのは言うまでもない。

 後にカエルへと繰り出された『ゴッドブロー』と言う技はカエルに全く効かず、睡眠を阻害され怒ったジャイアントトードにこうして追い回されているのだ。

 

 そしてめぐみんもめぐみんで私がどうとかそんな事いいから早く助けてあげて欲しい。

 アクアが今にもジャイアントトードに下敷きにされそうである。

 

 

 

 めぐみんは何かしらのポーズをとった後、杖を構え、天へとその杖を掲げた。

 

 

「赤より紅く、黒より暗い深淵の紅蓮よ。我が願いに答えその破壊を地に放ちたまえ。汝が前に群れゆるあらゆる愚者に、その鉄槌を下したまえ。求めるは破壊、淘汰、侵略。零より来たれし天魔は世界を喰らう────」

 

 詠唱が紡がれる。

 それが結び、繋がり、列を為して、その意を世界へと現すように、続く言葉に答える様に魔法陣が空へと浮かんだ。

 

 紅く発光し、突風がマントを揺らし、文字通り魔力の奔流がめぐみんを中心に吹き荒れた。

 

「───轟け! エクスプロージョン!!」

 

 

────最後の一節が、告げられる。

 

 

 いや、それは正しく破壊の宣告であった。

 辺りに渦巻く可視化された魔力が杖の先へと一点に集まり、収縮し、天に描かれた魔法陣へと放たれる。

 

 魔法陣へとそれが届くと、その魔力に紅蓮が纏い、ゴウッ!!と爆音をあげて地へと放出された。

 

「ぎゃわぁああぁあぁ!!!?」

 

 空気を焼き、中に漂う水分が蒸発し、巨大な爆炎を持ってジャイアントトードへと殺到する。

 地面へと爆裂魔法が当たった瞬間、激しい大地の揺れと共に爆炎が広がり、地面を抉った。

 

 身体が吹き飛びそうな程の暴風が波のように広がり、砂煙とアクアが此方へと飛ばされて来る。

 

「ッッ!」

 

 その余りにもの衝撃波に、思わず腕で顔を守ってしまう。

 荒れ狂う突風に、己も身体が持っていかれそうになり、手に持っていた落葉を地面に刺し、踏ん張る事で何とか吹き飛ばされずに済んだ。

 

 吹き荒れる風がおさまり、上げていた左腕を下ろして見えた先には────

 

 

 

────無惨にも抉れ砕けたクレーターが、綺麗な野原の中心に出来上がっていた。

 

 

 その中心には焼け焦げた土以外には何も無く、先程まで元気に活動していたジャイアントトードの欠片すら見当たらない。

 

 ゾワッ…と、イズの背に悪寒が走る。

 

 なんという威力であろうか。

 

 私がモロにくらった砲弾、それ以上の威力だ。

 

 あの威力の一撃を、武器も無しにその身一つで成せるとは。

 コレならば、あの聖職者の獣も一溜りもないだろうし、体内に紅蓮を宿していたローレンスだって、あの豪炎の前には膝をつくかもしれない。

 

 

 絶大な威力を誇った爆裂魔法に舌を巻き、放った本人へと称賛の言葉を送ろうとめぐみんに振り向くが。

 

「ズザー───」

 

 振り向いた先では、当の本人までもが地面に倒れ伏し、なんなら地面の傾斜で身体を滑らせていた。

 

「────!? 死すべし!?」

 

 イズは突然倒れ伏しためぐみんへと駆け寄る。

 

 一体、何があったというのか!?

 

 ジャイアントトードは先程の一撃で粉浮塵へと変わった。最早この地における外敵は居ないはずである。

 それにあの魔物からも十分距離があったし、何かの攻撃を受けた可能性は低いはずだ。

 しかし、現にこうしてめぐみんはピクリとも動こうとせず、その地に体を倒れ伏している。

 

まさか────呪いの類か!?

 

 ありえないとも限らない。

 己の命が尽きた瞬間、対象者を衰弱させる物があるのかもしれない。

 

 ここは私の知らない世界だ。

 私の常識が通ずる事は無いと、そう心に言い聞かせた方が良い。

 

 イズは直ぐに治療をと首を回し、アクアを探すが────

 

「おーいめぐみん。肩はいるか?」

「あ、おねがいしまーす」

 

────何と、気の抜けた声であろう事か。

 

 再びめぐみんへと視線を向けると、いつの間にか近寄って来ていたカズマが、呑気にめぐみんと会話をしながら、めぐみんを背負おうと肩に手を回していた。

 

「────???」

 

 これにはイズさんもひたすらにクエスチョンマークであった。

 

 一体何をしているのだろうか?

 呪いではないのか?

 不足の事態ではないのか?

 

 多くの疑問点が浮かび上がり、しかしそれは目の前に映るのほほんとした雰囲気に「異議あり!」と否定され、最早何が何だか分からなくなってくるイズさん。

 

 今すぐにカズマかめぐみんに状況説明を請いたい所だが、一体どうやって伝えればいいのか分からない。

 イズに出来ることは、ただひたすらに悶々と状況を見て独自に判断し、理解することでしか状況把握は不可能であり────

 

「ぺっ! ぶぅえっ! ぺぺっ! もうっ、なんで私ばっかりこんな目に遭うのよ!! カエルの粘液に晒されなかったはいいけど、今度は土まみれじゃない!」

 

 飛ばされて来たついでに口の中に土でも入ったのだろうか、アクアは何度か口の中の異物を吐き出すと、今自分の状況が気に入らないのか悪態をつく。

 

「死すべし」

 

 だが、そんな事はどうでもいいという勢いでアクアに説明を乞うた。

 なんでもいい、早くこの意味不明なモヤモヤから解き放たれたかった。

 

「えっ、なに? どうかしたのイズちゃん」

「死すべし、死すべし?」

「ああ、めぐみんの事? 確かに最初は驚くわよねー。 わたしも初めて見た時は固まっちゃったもん」

 

 あははは!と、土で汚れた顔で笑うアクアの様子に、どうやら本当に異常ではなかったらしい。

 安心したように息を吐いたイズは、アクアに説明の続きを即す。

 

 アクアはイズの要求に頷くが、直ぐに話すのではなく右手を頭に置き、んむむむーと唸っていた。どうやら説明する言葉を選んでいるらしい。

 

「ほら、めぐみんの爆裂魔法ってすごい威力じゃない? でもその威力と比例してアレを出すのにはすっごく魔力が要るんだけど、めぐみんにはまだ魔力量が足りなくてね。限界を超えて撃っちゃうから立てなくなるほど衰弱しちゃうのよ」

「死すべし…」

 なるほどと、イズが頷く。

 ここに来てようやく状況を把握することが出来た。

 つまり、めぐみんのアレは一種のスタミナ切れであり、自分が回避行動の取れない時と似ているのだ。

 故に周りは騒がず、こうして落ち着いて居られるということか。

 

 自分にはまだ魔力という概念が分からないのでいまいち理解したかといえば怪しいところであるが、近いところまで来れているのならまあいいだろう。

 

 イズは一言「死すべし(ありがとう)」とアクアに告げると、アクアは「いいのよ!」と、若干胸を張って言った。

 

 そしてふと、イズは気になった。

 この世界では、所謂役職というものがあり、その中でもめぐみんはウィザードの中でも上位職のアークウィザードであると聞く。

 ならば、あの威力の魔法を撃てるのも頷ける話であり、さぞかし多くの技能を修めているのであろうと、期待した気持ちでアクアに聞いた。

 一体、他にどんな魔法が使えるのかと。

 

「え?めぐみん? めぐみんは爆裂魔法以外使えないのよ?」

「…………死すべし?」

 

 イズの言ったことは分からないが、それでもその纏う雰囲気が、とても分かりやすかった。

 

 いま、イズは、とっっっても困惑している。

 

 爆裂魔法しか使えない。つまりそれはあの高火力の一撃以外使えないと言う事であり、それは傍から観れば、とてもお世辞も言えないほどの死に急ぎ野郎である。

 例えるなら、あの燃費の悪い大砲のみで上位者を倒しにかかると同じくらいの…いやそれ以上の無謀さだろう。更に一度撃てば暫く動くこともままならないと言う。

 

 確かに、一撃がデカいというのはいい事だ。

 私とは毛色が違うが、他の狩人達は力のみで獣達を蹂躙し、叩き潰したと言う。威力反面、隙はでかいが決まればとてつもない力を発揮するのだ。メリットとしては十分だろう。

 

 しかしそれは、歴然とした継続戦闘能力の高さと、何度でも放てるその利便性にあったのだ。

 莫大なダメージを与えられるからと言って、一度はずしてしまえば終わりという分の悪い賭けを嬉嬉として行うめぐみんに、永く獣を狩ってきたイズですら言葉を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 めぐみんへとヘルプに入ったカズマは、アクアと会話をしているイズを横目で見ていた。

 昨日、パーティーメンバーとして仲間になり、その実力を見せてもらう事とパーティーに慣れてもらうために今日クエストを受けて来たのであったが、如何せんアクア(おとり)とめぐみんがやりすぎてあと1匹でクエストが完了してしまいそうだ。

 初めはこうして俺達のやり方を見てもらい、慣れていこうと考えていたのだが、やはりこんなゲテモノパーティーの戦法は見る者を戸惑わせるのか、言葉が通じるアクアに何度も何かを聞いている。

 

 まぁ、順調に事が運んでいるのはとてもいいこと何だけどなあ、何だがイヤーな予感がするのは何故だろ「ゲコッ」うか。────ん?

 

「ゲコッて…」

 

 響いた声帯音に、カズマは振り向く。

 そこには、とっても純粋そうな瞳でこちらを映すジャイアントトードの姿が────

 

「よしめぐみん。ここは二手に分かれよう。オレが走るからお前は────」

「何をふざけた事を言っているのですかこの男は!? まさか動けない私を置いて自分だけ逃げようと!? させませんよ、せめて私を背負ってカエルから逃げて下さい!!」

「ばっ、おま、離ろっ。マジで離れろロリっ子こら。 ぐぇえ…っ何これ強!? お前限界超えて魔力使ったくせにやけに力強っ!?」

「私も連れていけぇぇー!!」

 

 すぐさま見捨てて逃げようとしたカズマの首をホールドし、腕と脚を絡めてガッチリと離れないように固定するめぐみんの表情は、とっても必死であった。それもそうである。このまま振り落とされればカエルの粘液まみれになるのは当然、生臭い香りもおまけで付いてくる。ここから風呂場まで粘ついた身体で居るなど最悪の未来でしかないのだ。

 

 カズマはカズマでその腕を引き剥がそうと藻掻くが、思いの外強くホールドされているが故に全く離れる気配がない。

 

「うぉおぉおおお!!!」

 

 こうなりゃヤケだとめぐみんを背負ったまま前方へと走り出したカズマであったが、なんと間の悪いタイミングであろうか、前方にジャイアントトードが土を盛り上げ這い出てきた。

 

「マジか!?」

 

 これにはカズマも悪態をついた。

 普段とは違う運の悪さに、カズマ自身も動揺しているらしい。

 

 前方に居るでかいカエルが、それに比例してデカいピュアな瞳を此方に向けた。

 

「か、かかカズマカズマ! 立ち止まっている場合ではありません。右に行くなり左に行くなり何でもいいから早く逃げ────ップゥ!?」

 

 背負っていたはずのめぐみんの言葉が途絶え、少女の体重が背から消える代わりに、ムシャムシャとした咀嚼音が聞こえてくる。

 

 やけに粘りがある液体がべシャリと肩に落ち、振り返った先にはカエルの口からはみ出る少女の足が────

 

「め、めぐみーーん!!」

 

 急いで喰われた少女を引っ張り出そうと、その足を引っ張るも、足へと垂れた粘液が滑り、上手く力を入れることが出来ない。

 

 しかも背後から迫る巨大な気配に振り返ってみれば、先程のカエルが大口を開けて此方に迫った来ていた。

 

 

────あ、終わった

 

 

「ゴッド───レクイエムゥゥウゥ!!!」

 

 しかし、それは横からの援護により防がれる。

 甲高い叫び声と共に告げられた技名にカズマは目を見開く。

 それはゴッドブローに対となるもうひとつの技。ゴッドレクイエム。

 女神の愛と悲しみの鎮魂歌を込めた浄化の一撃は、くらった相手は死ぬと言う"設定"の技である。

 

「ここは私に任せて、カズマさんはめぐみんを助けてあげて!」

「わっ、バカお前、よそ見している場合か!前見ろ前────あ」

 

 しかし言うより早く、アクアもカエルの餌食となり、悲鳴すらあげることの出来なかった女神はあっさりとムシャムシャされる。

 

 何とも颯爽と駆けつけた割に一瞬でやられた女神は、一欠片もカッコイイと思えなかった。

 

────しかし、助けてくれたのは事実である。

 

「待ってろ!めぐみん助けたら直ぐに出してやるからな!!」

 

 アクアが呑み込まれる前にめぐみんを救い出し、すぐさまアクアも助ける。

 少しハードワークであるが、やれない事はない。カズマは片手剣を抜き、めぐみんをムシャムシャしているカエルをしばこうと振り返るも────

 

 当のカエルは、全身から血を流し、その巨体を地面へと投げ出していた。

 

「はい?」

 

 一気に緊張していた神経が霧散し、代わりに間の抜けた声と呆然とした雰囲気が感情を支配した。

 

 一体何があったのかと思考を回すよりも先に、ボヨンとカエルの上に降り立った一人の人物に釘付けとなる。

 

 それは銀の美しい兜に血飛沫を浴びた、イズであった。

 右手には、長刀に短刀を合わせたような不思議な形をした刀を持っており、血を滴らせたその刃は光を反射し、鈍く輝いている。

 

「あわわ…あわわわ……っ」

 

 血塗れの左腕の先にはめぐみんが猫のように掴まれており、当のめぐみんは何があったのか、呂律も回らずただただ青い表情でガタガタと震えていた。

 

 イズは、めぐみんをカズマの隣に下ろし、カズマに向けて視線を配ると、今度はアクアがムシャムシャされているジャイアントトードを見定めた。

 

 

 

「────死すべし」

 

 

 声を置き去りに、その身体は霧のように掻き消える。

 

 さっきまでの位置にいたイズは一瞬でカエルの前まで移動し、先程の上下に刃の付いた刀を振りかぶり、大きく白い腹に槍のように突き刺した。

 

 ズンッ! と言う鈍い音が響き、それだけでどれ程の勢いで突き刺さったのか分かる。

 

『ひぃいっ!?』

 

 カエルの腹の中からくぐもった悲鳴が漏れる。どうやら先程の刀は中にいたアクアの真横を通ったらしい。ひたすらに怯えた悲鳴を上げた。

 

 イズは身体を回転させると、回し蹴りの要領で刀の持ち手部分を蹴り、カエルの腹を大きくかっ捌く。

 

 アクアを呑み込んだジャイアントトードは苦悶に鳴き、己を仕留めんと動いた小さき者を撃退せんと、長い伸縮性のある舌をイズへと振るった。

 どうやらアクアのように体内に取り込むのではなく、長い舌を活かし鞭のように攻撃しようと考えたらしい。

 

 しかし、イズはカエルの舌を腰を折り身体を下げる事で躱し、そのまま腰を落とした体制で右腕を振り上げ構える。

 コキキッと指を鳴らせると、先程かっ捌いたカエルの腹から勢いよく腕を突き刺した

 

「ゲェ"エ"ェ"エ"エ"エ"!!!」

 

 ジャイアントトードの悲鳴が辺りに撒き散らされ、吹き出た血がイズの身体を汚す。しかし大して気にした様子もなく問答無用で更に奥へと腕を突き入れる。

 

 そして、何かを掴んだのか、左腕でカエルを押さえつけ、勢いに任せてソレを引きずり出した。

 

「ぶっはぁぁあ!!?」

 

 カエルの中から引きずり出されたのはアクアであった。

 カエルの粘液と血でデロデロになっているアクアの姿は、まるで出産したばかりの牛のようであったが、当の本人は救出された後、とても凄い勢いでカズマの背へと隠れた。生まれたばかりの小牛はとても元気なようで何よりである。

 

 アクアがカズマの背に隠れるその間わずか2.3秒。

 

 どうやらカエルに食われたことよりも、体外から刀を突き刺され、空いた穴から腕が伸びてきた事の方が怖かったようだ。

 

 

「───?」

 

 突然のアクアの疾走に、イズは首を傾げながらも、のんびりした様子でカズマ達に歩み寄る。

 

 なるほど、きっとめぐみんもあのようにして救出したのだろう。

 カエルに飲み込まれたと思えば、突如として空いた穴から腕が伸びて来たんだ、それはそれは怖かった事だろう。

 

 突如として見せられたイズの力に呆然とし、驚きで凝り固まった脳みその断片でそんな事を考える。

 

 そして、たとえ動かない脳みそであっても、外からの情報は絶えずその瞳で送り続けていた。

 カズマの目に映る、イズの背後で跳び上がろうとしている、未だに息絶えていないジャイアントトードの姿────

 

「イズ! あぶなーい!!」

 

 カズマは咄嗟に叫んだ。叫んだだけだった。

 だが、それだけでも彼の働きは上々だっただろう。

 カズマは転生者とはいえ戦いなどとは縁のない日本生まれの引きこもりだ。

 何も考えず、身体を動かすなど出来るわけがなかった。

 

 完全にこちらに意識を向けていたイズは背後からのカエルに気が付いていないのだろう。

 後を振り返る素振りも見えない。

 ただただ兜にある目穴から、此方を見ているのみだった。

 

────間に合わない

 

 そう思い、カエルにプレスされあの巨大な肉塊と地面に挟まれるイズの姿を幻視し、ご冥福を祈ろうとしたその時────

 

 イズの背後を襲うジャイアントトードが────爆散した

 

「はぁっ!?」

 

 突然訪れた予想外の死に、カズマは素っ頓狂な声を上げる。

 

 飛び散った肉片が地面にばら撒かれ、その中には若干黒い煙を上げる物もあった。

 

 

────時限爆発瓶

 

 

 イズがアクアを救う際、カエルの体内に置いてきた狩道具の名前である。

 

 複雑な機構を使った、一定時間で爆発するその瓶は、特殊な作りゆえ非効率な狩り道具であるが、ごく一部、搦め手の狩人達に好んで使われていたと言う。

 イズもまた搦め手を使う技術特化の狩人であり、この瓶を愛用するのは当然だった。

 

 予想外の連続で開いた口が塞がらないカズマは、不思議そうにこちらを見下ろすイズを、歓喜の瞳で眺めるのだった。

 




主人公武器

落葉(らくよう)

時計塔の女狩人、マリアの狩武器
カインハーストの「千景」と同邦となる仕込み刀であるが、血の力ではなく、高い技量をこそ要求する名刀である。
マリアもまた、「落葉」のそうした性質を好み、女王の傍系でありながら、血刃を厭ったという。
だが彼女は、ある時、愛する「落葉」を捨てた。
暗い井戸に、ただ心弱きが故に。


作者はカイン勢ではありません。マリアとアイリーン勢です!
そして私の初期武器は、杖でした。


時系列:キャベツ前


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ギルドにて

Bloodborne2は来ませんでした。
とても悲しかったです。
ので、普通のBloodborneで慰めてきます。

※前回書いていた箇所を削りました。
考えた結果、必要なかったと感じたので


 

「「「かんっぱーい!」」」

「…死すべし」

 

 カエル討伐のクエストを終え、一風呂(ひとっぷろ)浴びたメンバーは、シュワシュワの入ったジョッキを片手にカァンとぶつけ合う。

 オレとアクアは一思いにぐびぐびと一気に飲み干し、ダクネスは一口飲み、テーブルへと置いた。

 いやー、今回のクエストはマジで楽だったなー。

 それもこれも全てはイズがこのメンバーに入ってくれたおかげ────

 

「おい、なんで毎回毎回私だけジュースなのか聞かせてもらおうか」

 

 オレの回想を押しのけ、自身の感じている不満を投げかけてきためぐみんが睨み着けてきた。

 もう何度目か分からないめぐみんの言葉。

 カズマは気だるげに、しかしハッキリと諭す口調で言う。

 

「子供に酒なんか飲ませられるわけないだろ? ていうか、まだそんなこと気にしてんのかよ」

「カズマ。私はもう立派な大人、レディーです。 酒なんぞ我が深淵にとって造作もありません」

「やめとけやめとけ。 子供のころから酒とか飲んでると身長が伸びなくなるぞ? まあ、それでもいいのならどーぞ好きなだけ飲んでくれても構わないが」

「……今日のところは引き下がります。 あと私は子供じゃありません」

 

 しぶしぶといった様子で引き下がるめぐみんであったが、自身が子供だというところは引き下がるつもりはないようだ。

 まったく、大人なら大人らしい行動をしてほしいものだが、それを言ってもこいつは何も変わらんのだろう。

 そしてこれはアクアとダクネスにも言えることで、先々の不安要素にもなってくるのだが…

 

 カズマは自身の料理に手を付けながら、横目で昨日加入したイズを見る。

 

「――っ! 死す、べしっ!」

 

 必死に兜の隙間を広げ、中にシュワシュワを流し込もうとしているイズは、なぜか全身から水が滴っていた。

 

 カエル討伐の後、汚れた体を洗い流そうと風呂へと向かおうと提案したのだが、イズは首を横に振った。

 なんでも食事を取る際、絶対に汚れるかららしい。

 クエストが終わればみんなで食事を取ろうとクエストを受ける前から決めていたので、それを考慮しての事だという。

 まあ、あの食い方しかできない以上、汚れるのは必然だろう。

 無理に連れて行くのもアレなので、集合場所を決めてイズだけが離れたのだが、風呂でぬくぬくとなった体で集合場所へと向かうと、なぜか全身ビショビショのイズがそこで佇んでいたのだ。

 理由を聞いてみれば、血まみれのまま食事の席に座るのは良くないからと、街の中央広場に位置する噴水に飛び込んできたらしい。

 良識があるのかないのかよく分からない方法だが、周りに気を使える程度には常識を持ち合わせているようでそこ"だけ"は安心した。

 

 全身ずぶ濡れの騎士という異質たる姿は、普通に他の者達の視線を引いていたが、しかし思ったよりも寛大な心を持つ彼らは見て見ぬふりをしてくれていた。

 実際は関わりたくないという思いがあり、触らぬ神に祟りなしとスルーしているだけとは思うが。

 

「ジュルっ…!…ジュルルっ」

 

 隣から啜る音が聞こえ、視線を向けると右へ左へと首を傾けているイズの姿。

 兜の中に残ったシュワシュワを出来るだけ口に入るようにクビを傾け、うまく口内へと誘導してようとしているようだった。

 不憫である。

 その必死なその姿に、心の涙が止まらない。

 

「そういえばイズ、あなたは一体何の職業なのですか?」

「あ、そういえばそうね」

 

 俺が手を目に当てていると、唐突にめぐみんが尋ねた。

 なるほど、確かに気になるだろう。

 オレ達はイズが何の職業であるか聞かずにパーティーメンバーに入れたのだから。

 

 ぶっちゃけその時の恐怖で聞くのを忘れていたというのもあるし、この見た目から「ナイト」とかその辺だろうと決めつけていたというのもある。

 ゆえに、オレ達はイズの職業を知らずにいるのだが、そのあたりはおおむね心配していない。

 ジャイアントトードを倒したあの手際から見るに、上級職とかだろうと確信しているからだ。

 たとえ上級職ではなくとも、少なくともオレ達よりレベルが高いに違いない。

 

 余裕をもって計画された戦い方と、その手腕。

 いっそどんな職業を言われても、大して驚かない自信がある。

 

「まあ、その話はまた後でにしよう。 まだまだ時間はあるからな」

「そうだな。 確かにイズの職業は気になるけど、そう急ぐ問題でもないし。 今は飯に集中しようぜ」

 

 オレとダクネスがそう言うと、めぐみんとアクアも止めていた手を動かしだした。

 大してなにも言ってこないあたり納得したらしい。

 

「それにしても、本当に助かりましたよ。はむっ………ゴクン。 あの救出方法は驚きましたが、大胆でいて残酷無慈悲な一撃、私の心にドカンと来ました」

「確かにそうね! 私もいきなり暗闇から刃と手が飛び出てきたときはびっくりしちゃったけど、それでもあのアグレッシブな一撃は女神である私もしびれたわ。さすが私の信者ね!」

 

 ウィンクしながらサムズアップするアクアに、イズは少し困った様子だったが、不器用ながらもアクアと同じように親指を立て、遠慮しがちにサムズアップを返す。

 時折イズはこうして対面している時、人に慣れていないような仕草をするが、こうして一生懸命付き合ってくれているあたり、やはり悪い人柄ではないのだろう。

 アクアはそんな様子のイズを見て満足したのか、にっこりと頷くと自身の料理に意識を戻していった。

 

 ふむ。ここまで見るにイズは引きこもりのオレ以上に人見知りらしい。

 まあ、いきなりこんな濃ゆいメンバーに囲まれていれば恐縮してしまうのも無理はないけど、少し硬くなりすぎだな。

 仕方がない。ここはこのパーティーのリーダーであるオレが一肌脱いでやるか。

 

「おいイズ、遠慮しないでもっと飲んでいいんだぞ? これはクエストの打ち上げとお前の歓迎会も兼ねてるんだからな」

 

 カズマはジョッキを片手に持ちながら、今までにない先輩面でイズの背中を叩いた。

 まずは軽めのスキンシップから。

 対人に苦手なイズには少し馴れ馴れし過ぎるかもしれないが、同じ男同士、大した問題もないし、慣れるのにはこれが手っ取り早い。

 それに、これくらいの馴れ馴れしさがないと、冒険者なんて務まらないしな。

 

「っ────」

 

 背中を叩かれて少しびっくりしたのか、イズは兜越しにオレを見つめてきた。

 大丈夫、今のオレは相当イケてる。

 呪いによって困っていた一人の悩める子羊をさっそうと助け、こうして鼓舞しているのだから、イズの目にはオレが救世主のように見えているに違いない。

 

「…ちょっと、カズマさんがドヤ顔でイズちゃんを見つめてるんですけど。ちょー偉そうなんですけど」

「確かに、私が言えたことではないが今回カズマは何もしていないな」

「そうですね。しいて言うなら、爆裂魔法を撃って動けない私を囮にしようとしたことぐらいでしょうか」

 

 アクア、ダクネス、めぐみんが、こそこそとじっとりとした目でオレを見る。

 

 自身の事は棚に上げて、イズの前で格好つけようとしたカズマだったが、実際カズマがした事とは作戦を立てただけなので、思ったより貢献率が低かったりする。

 それに、イズを救ったのはアクアであるので、それすらもサラっと自分の手柄にしているあたり、やはりクズマはクズマさんであった。

 

「っ…! っ…!」

 

 イズは兜の顔を手で押さえ、俯き、フルフルと震えだした。

 おそらく、オレの気づかいに感動でも覚えたのだろう。

 ふっ……やはりカリスマというものがオレにはあるようだ。

 転生特典ではとんだ外れを引いてしまったが、もうそうはいかない。

 オレはイズをこのままパーティーに入れ、その力を存分に使っていこう。

 

 そうなれば、今より難しいクエストを受けることもできるようになるし、もう馬小屋なんかで寝泊まりせずに済む。

 やはり現代日本人であるカズマは、藁の上にシーツを敷いただけの簡易ベッドでは不満だったようだ。

 

酔いと強力な仲間が入ったことに、いつも以上にテンションが高くなっているカズマは、何度目か分からない楽観的思考、そして想像する。

 

 オレはこれを機に、一流の冒険者として強くなり、いずれはすっげ―豪華な家でキャッキャウフフのザ・異世界ハーレム生活を送るのだ!!

 毎日美少女たちとのあまーい生活を送り、働くことなく、ぬくぬくと家で幸せに暮らすのだ。 おおっと、思い浮かべただけでニヤニヤが止まらない。

 

 なかなか下種な妄想を思い浮かべ、また下種な笑みを浮かべるカズマは、まさしく変態であろう。 今にも小さな女の子でも誘拐してきそうである。

 

 事実、アクアとめぐみん、ダクネスまでもが「うわぁ…」という表情を浮かべいるのがいい証拠だろう。

 

 だが、それに気づかないカズマは、震えているイズの反応をポジティブに受け止め、もう一度背中をバンバンと叩いた。

 言外に、これからよろしくという意味を込めて。

 

 しかし、それはトドメであった。

 

 

 

『生まれるべきではなかった』

 

 それはイズが生きてきた世界で、彼女に押された烙印の一つ。

 そう命名され、そうであれと生まれてしまった彼女は、何一つとして突出したものがない低能力者。

 真の意味で、生きる価値なしと、生まれる意味はないとされた、その名の通りの『生まれるべきではなかった』が彼女である。

 

 しかし、彼女は生き抜いてきた。

 千、万を超える獣、異形、上位者を倒し、挙句の果てにはその赤子として一度生まれ変わった。

 血の遺志を己が力と変え、多くの魑魅魍魎共を葬ってきた。

 数々の歴戦の獣狩りたちにも、数で劣りながらも数百と挑み勝ち抜いてきた。

 

 しかし、そう願われ生まれてしまった彼女は、その低スペックの能力から脱せない。脱することは叶わない。

 経験というものは素晴らしいもので、時間さえあればその技術を磨き、鍛え上げ、一つの武器とすることができる。

 夢に囚われ、死という概念から脱し、彼女には多くの時間があった。

 敵の癖、攻撃パターン、思考、切り札など、挑んでは死ぬを繰り返し、巨大な敵を分析し、打ち崩す。

 それが『生まれるべきではなかった』イズの戦法(狩り)。 決してあきらめない心。

 唯一伸ばすことの許された技術を鍛え上げ、多くの血を取り込み血質を上げてきたのだ。

 だが彼女の武器はそれしかなく。

 後に残るものは常人以下の物でしかない。

 

「ゲポォッッ!!?」

「えっ」

 

 ゆえに、人にとっては軽症の、または無害の物であっても、イズの身体にとっては致命傷と化す。

 

 何かを吐き出す嗚咽が響き、数秒の硬直後、兜の隙間からデロデロと鮮血が垂れ流れてきた。

 流れ出る血の量は多く、ボタボタと落ちる血を拭うこともできず、イズはテーブルに倒れ伏す。

 

 ドカ、と重い木音が響き、先ほどまで騒がしかったギルドも一気に底冷えするような静けさとなる。

 

「い、イズゥゥううぅうう!!?」

衛生兵(プリ―スト)! 衛生兵(プリ―スト)を呼べぇえええ!!」

 

 カズマの叫びがギルドを満たし、それを皮切りにギルドは騒然となった。 先ほどまでとは違う意味で、騒然となった。

 

 突然倒れ伏した仲間にすぐさま駆け寄ったアクアとダクネスが、イズの様態を確認する。

 アクアはイズに手をかざし、ダクネスはイズの首に手を添えた。

 そして何を感じ取ったのか、ダクネスとアクアの表情は一気に青ざめる。

 

「し、死んでる…」

「な、なんていうこと…こんな、こんなのって…」

 

 ダクネスが呆然とした表情で、しかしはっきりとそう口にし、アクアに至ってはさらにその表情を歪ませた。

 

「背中から胸部にかけてかなり強い力で殴られた痕跡がある……まるで何トンもあるハンマーで殴り飛ばされたみたい。 一部の脊柱は爆散(ばくさん)し、胸部に位置する内臓はすべて破裂。砕けた細かな骨が臓器に散弾みたいに飛び散って、並のプリーストじゃ手の施しようがないくらいにまで中がぐちゃぐちゃになってる…」

 

 アクアがまじめにそう告げ、そのあまりにも深刻過ぎる内容にカズマも冷や汗が止まらなくなる。

 

「や、ややりました… か、カズマがついにやりました…」

「遂にやったってなんだよ!? な、なにもしてないぞオレは!? ノータッチ!! ノータッチだった!!」

「この後に及んで何というウソ!? そんなことを言ってもカズマ以外にいないではないですか!」

「ちち、ちがわい! マジでなにもしてねーよ! いったい何を証拠に…っ」

「じゃあアレは何ですか?」

 

 事実、カズマがした事は仲良くなろうと話していた位だ。

 確かにスキンシップも取っていたが、人が死ぬような威力でぶっ叩いた訳でもない。 と言うかオレにそんな力は無いし、あったら馬小屋生活などしとらんわ!

 

 全くの冤罪だと、自らの潔白に自信を持ってめぐみんが指す方向に視線を向ける。

 そもそも、めぐみんの指した方向にあるのは倒れ伏したイズのみであり、大してなにもないはずで────

 

「んん!?」

 

 イズの倒れ伏したテーブルの上。

 そこにはイズの頭より少し上の部分に、文字が書かれていた。

 血で無理やり書いたせいで少々読み辛いが、書かれている文字はこうだ。

 

 か  ず  ま

 

 ダイイングメッセーーージ!!

 カズマは頭を抱え、天を仰いだ。

 

 まさか異世界にまで来てダイイングメッセージなど見るとは思わなかったし、まさかそれに自身の名前が書かれるなど想像もしていなかった。

 というかイズも最後の最後で何というものを残して逝ってんだ!?

 

 内臓が破裂していて、即死になってもおかしくない状態でなお犯人の名前を書く理性とガッツがあることに驚きつつも、そんなガッツ今必要なかったと叫ぶカズマの心境などイズは知るべくもない。

 

 「ハッ…!」

 

 唐突に感じ取ったシックスセンスに、カズマは背後に振りかえる。

 そこには、仲間を殺した最大の容疑者であるカズマを捕まえようと、網や棍棒を手にこちらに忍び寄る冒険者さん達の姿────

 

 拝啓 父さん、母さん。

 

 カズマ、走ります

 

「んんんんん!!」

「逃げたぞぉ!!追えぇぇえええ!!」

 

 カズマは逃げた。

 迫る追っ手を背に連れて。

 夜の街を駆け抜けていった。

 輝く星々に照らされながら。

 

 そうしてカズマの逃亡劇は、アクアがイズを蘇生させるまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

「イズくーん。すこーしお話いいかな?」

「し、死すべし…」

 

 カズマがにこやかに、優しくイズに話しかける。

 今イズはカズマに肩を組まれ、椅子に座らされている状態であり、「逃がさない」と言外に言われているようで内心恐縮していた。

 というかまさにその通りなのだろう。

 カズマ表情は確かに笑っているが、目は濁り、そして輝いていた。 矛盾した言い方だが、それでも『濁り輝く』以外の表現の仕方が浮かばない様な目だった。猛烈に怖い。

 

「じゃあ、説明してくれないかな? してくれるよな? 大丈夫。まったく怒ってないよ? たとえギルドの冒険者たちと鬼ごっこした挙句、憲兵に通報されそうになったとしても全っ然気にしてないから」

「し、死すべし。死すべし」

 

 ああ、人というのは本気で怒ればこんなにも笑顔で、恐ろしいのか。

 まるで幼子に優しく問いかけるような声色であるが、有無を言わさない迫力があるし、その後半につぶやかれた状況説明には内心の恨みが込められているから、その笑顔とのギャップでより恐ろしく見える。

 カズマのその様は、ポコポコ殴ってマジギレした人攫いの様だった。ムダに威力の高い攻撃が飛んできそうで恐ろしい。

 カズマ。ゆっくりとその表情のまま顔を近づけるのはやめてくれ。怖いから。

 鎖でつるされた巨大な獣や、脳みそランラン女以上に怖いから。

 

 イズは「わかった、わかった」と、身振り手振りで頑張って伝え、いったんカズマに顔を離してもらった。

 ふぅ…と安渡を含んだ深呼吸を挟むと、その口を開いた。

 

「死すべし。死すべし死すべし、死すべし。死すべし、死すべし。死・す・べ・し。死すべし死すべし、死すべし死すべし死すべし。死すべし死―すーべーしー。死すべし」

「うん、まったく分からん」

 

 まったくの意味不明である。

 イズから呟かれた謎の言語は、やはりカズマが理解できるものではないようだ。

 そもそも、言ってる本人も何言ってるのか分かってないのだ。録音して聴かせればイズも首を傾げるだろう。

 

「え、それはホントなの!?」

 

 しかし唯一言葉が分かるアクアは、イズの話した内容に驚いた。

 そしてカズマはそんなアクアの反応を見てニガいものを噛み潰したような表情になる。

 

 あのぐうたら女神を驚かせるような内容なのか………そう思うと非常に聞きたくない。

 

 カズマは先ほどまで抱いていた夢と希望にあふれた期待は消え去り、今は訝しげにイズを見ていた。

 理由は分からない。

 強いて言うなら、突然血反吐はきながら死んだからなのだが、カズマは非常にイズという人物に疑念を抱いている。

 今更になってこいつヤバいんじゃないか説が再燃焼してきているのだ。何と表現すればいいのか分からないが、嫌な予感がして仕方がない。

 先ほどの吐血と言い、こいつの呪いはまだ他にもあるんじゃないか?

 そもそも、なんでイズはさっき死んだんだ?

 

 カズマの中で多くの疑問が浮かび上がり、そして浮かぶ度に不安が蓄積されていく。

 

 だがそんなカズマの不安など露知らず、アクアは己に浮かんだ驚愕と疑問を、吐き出した。

 

「イズちゃん、冒険者登録してないの!?」

 

 アクアの話す驚愕の内容に、カズマ達はポカンとアホ面を晒すのだった。

 

 




今日のブラッドボーン

啓蒙

bloodborneにて登場する目のようなシンボルで表示されるもの。
経験値として機能する『血の遺志』と同じように、ショップでの取引などに使用することができる。
また、啓蒙は瞳として言い換えられることがある。




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ロケット

1ヶ月投稿とか言ってたけど、目標だからなんの問題もないよね☆

※今回は気分が乗っただけですので、今後ともこのペースで投稿するとは限りません。


「冒険者じゃ、ない?」

 

 ダクネスから漏れたつぶやきが、この場にいる全員の心境を語っていた。

 

「ちょっと待ってください。 それだと、イズのあの身体能力の説明がつきません」

 

 しかし、いくらパーティーメンバー仲間だからと言って、それを理解し納得するなどできない。

 めぐみんはイズの力の矛盾について疑問符を上げ、その身体能力の格差について語る。

 

 冒険者とは、レベルという概念によりその肉体を変質、強化させ、通常よりも何倍もの身体能力、魔力、特殊な力を得ることが出来る。

 ほとんど────いや、全ての冒険者はその恩恵を受けて、ようやくモンスターと戦い、日々重労働であるクエストをこなすことが出来るのだ。

 

 しかしアクアの口で、イズはそれを否定した。「冒険者ではない」と。

 それはつまり、スキルやステータスの恩恵無しで、あれだけの動きをしたということ。

 ジャイアントトードの眼前へ、目視で捉える事のできない速度で移動し、その腹をかっさばく。

 到底一般人にはできない芸当であるし、自分達でもそんな事はできない。

 もっと上の冒険者ならば可能だろうが、新米冒険者が集まるこの街に留まるような物好きはそうそういる物ではない。

 

「イズ、前から思っていた事なんだが、お前の一族は、何か特別な存在ではないか?」

「ダクネス、どういう事だ?」

「この世には、冒険者登録などせずとも、その生まれ持った血によって、圧倒的な力を持つ者がいる」

 

 例をあげるなら、めぐみんの一族である紅魔族。

 彼らは冒険者登録などする前から、その生まれ持った才能によって、高い魔力を備える一族だ。

 何も強い力を持っているからと言って、そのものが冒険者とは限らない。

 種族が違えば必然と身体能力にも差が出るし、それが特別とも言える一族であるならば、冒険者でなくともあの身体能力に説明がつくのだ。

 

 へぇ…とカズマは感心した表情でダクネスの話を聞いていた。

 今までの彼女から想像も出来ないような、筋の通った説明とその分かりやすさ。

 根拠としてもなにも引っ掛かるところはなく、推測としては最上と言えるものだろう。

 不覚にも納得してしまったカズマは、「おまえは?」という表情でめぐみんを見た。

 

「……」

 

 カズマと目が合っためぐみんは、静かに首をふる。

 どうやらこいつも納得しているようで、追加で何か口を出そうとは思っていないらしい。

 

 初めからイズの出身に注目し、貴族ではないかと疑問を抱いていたダクネス。

 そんな彼女だからこそ行き着いた答えは、一番可能性が高かった。

 ダクネス自身も「それ以外に考えられない」と確信めいており、かつてない程キリリッとした表情は、とても自信にあふれている。

 その自信は、カズマやめぐみんの表情でさらに助長させているのもあるのだろう。

 

「イズ、お前は、いや貴方は────特別な血族の末裔かその加護を受けた者。または貴族ではないか!」

 

 ズビシィッ!!

 

 そんな効果音が聞こえてきそうな勢いと迫力で、イズに指をさすダクネス。

 ダクネスが指差す事によって、自然とカズマ達もつられて視線が動き、メンバー全員がイズに注目した。

 イズは、何か覚悟を決めたようにゆっくりと吐息を漏らすと、ダクネスへ向き合った。

 

「死すべし」

「『全然違う』ですって」

 

 

 

……

……

 

 固まる空気。

 刹那に冷えた背筋と、顔下から徐々に駆け上がる上気した熱。

 噴水のように湧き上がる焦燥感に、ミキサーでかき混ぜられるように心を乱され、自然と額から汗が滲んだ。

 己の今の状況を少しずつ理解してきたダクネスは、頭から蒸気を発し、目をぐるぐるとさせる。

 

「……」

 

 ガッチリと固まった首を、錆び付いた機械のようにギギギと動かし、右へ向くと、カズマと目が合った。

 

─────カズマが目をそらす。

 

 今度はギギギと左へ向くと、めぐみんと目が合った。

 

─────めぐみんが目をそらす。

 

「頼むから何か言ってくれぇ!!」

 

 うわぁああ!!と目に涙を溜め、縋り付くようにカズマとめぐみんの肩を揺らすダクネス。

 しかし、そんな姿を見ても、彼らにはどうする事もできない。

 

 むしろオレ達にどうして欲しいのか教えてくれ。その通りに動いてやるから。優しく囁いてやるから。

 

 いくら揺すっても叫んでも、一向に目を合わせないメンバーに、ダクネスはとうとう唸りながら両手で顔を覆ってしまった。

 どうやら本当に堪えているらしい。

 こんな手の付けられない変態でも羞恥心があるんだなー、と結構失礼な事を考えながら他人事に眺めるカズマ。

 

 あまりこうされるのも面倒なので、そろそろフォローでもして慰めてやるかと頭を掻くが、それを許さない者がいた。

 

「死すべし、死すべし」

「『なぜ貴公がそんな的外れな推測をしていたのかは知らないが』」

 

「ひぐぅっ!? ま、まとはずれ…っ」

 

 予想外からの追撃に、ダクネスは堪らず悲鳴をあげる。

 

「死すべし、死すべーし。死すべし死すべし」

「『私は貴族でもなんでもなく、ただのよそ者だ。確かに少し貴族のような格好をしているが、私自身まったくもって関係ない。ついでに加護なんかも受けた試しはない』ですって……ブフゥっ!!」

 

 翻訳係のアクアも、ついに内に留めていた物が爆発し、口から噴き出た。

 先ほどからダクネスに気を使って耐えていたが、もう我慢の限界だ。これ以上堪えていられない。

 腹を抱えて苦しそうに笑い転げる姿は、もはや女神の威厳などみじんも感じさせないが、それでも今のダクネスにとっては有効打になりえるらしい。

 ダクネスは「笑うなぁっ!!」と、赤くなった顔でアクアに怒鳴りつけるも、腹を抱えて笑うのに忙しいアクアの耳には届くことはなかった。カズマはその様子を第三者のように達観した目で眺めるのだった。

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

 

「えぐっ……ぐ、ぅ…ヒックっ…ぅっ…ぐずっ…うぅ…」

 

「じゃあ、場も落ち着いたところで、イズのあの身体能力と、突然死んだことについて聞かせてくれ」

 

 一旦場も落ち着いて、改めてそう尋ねるカズマ。

 先ほどまで笑い転げていたアクアも今では落ち着きを取り戻して通訳係に戻っており、ダクネスはテーブルに顔を伏せ泣きじゃくっていた。

「まったく落ち着いていませんが…」という声が隣で聞こえたが気にしない。

 仕方ないだろ、このままじゃ話が全然進まないんだから。泣く変態なんか気にするな。どうせすぐ復活するから。

 

「とりあえず、また場が荒れる前に早く話してくれ。特にあの突然死については深く聞かせてもらおうか」

 

 ズイっと前に身体を傾け、凄むカズマ。それはそうだ。時と場所を選ばず突然死なれては堪ったものじゃない。 今度はマジで捕まる。

 しかし、アクアはそんなカズマを流すように手をひらひらとさせ、余裕のある表情で言った。

 

「まぁまぁ落ち着きなさいヒキニート。それも含めて、今から私が説明してあげるから」

 

 若干、と言うかこちらをバカにするような態度にイラッとしながらも、自分までキレたら話が進まないと言い聞かせ、堪えるように席に座り直した。

 この駄女神に偉そうにされるのは癪であるが、コイツがいなければ話にすらならないのは事実。と言うか会話が成立しない。

 だから、耐えろオレ。コイツへの仕返しはまたいつかやればいい。

 

 耐えるカズマをよそに、心地良さそうにイズの言葉を翻訳を開始するアクア。すごい、久々に女神らしい事をしている。既に自分が女神である事など忘れているものだと思っていた。だってほら、寝床が馬小屋だし、借金してるし、何より残念だし。

 何時にもなく女神らしい女神様は、とても違和感があったのだった。

 

 

 

 

 

────私がここにたどり着いたのは、ひとえに偶然であった。

 

「……」

 

 上位者となり、人で無くなった私は、今日も今日で街に蔓延っていた獣共を斬り刻み、皆殺しにした。

 獣の病は、たとえ夜が明けたとしても、その体が人へと戻ることはない。

 変質した肉体は変わることなく、腐った精神が戻る事はないのだ。

 まさに不治の病。もっとも忌むべき風土病は、その脅威も、理不尽さも、留めることをしない。

 

 獣となった彼らは変わらず街を闊歩し、麗しい血肉を求めさまよっている。

 意思のあった彼等は、既に人を殺すだけの機械と慣れ果ててしまった。

 故に、私は今日も今日で狩りをしていた。狩りをしていたのだが。デブの内蔵を引きちぎった時、突然にこの行為に対する虚無感に襲われた。少し分かりずらく言っているが、簡単に言えば飽きてしまったのだ。

 それはなんでもない、ただ己の行動に疑問を持ってしまったがゆえだ。

 

 毎日毎日、切って切って切って切って。

 バカみたいに血を浴びて。

 その微弱な遺志を取り込んで。

 時折彼らが持っていた水銀弾や輸血液を懐に入れる。

 

 もうウンザリだった。

 

 こんな汚れた仕事は、もうしたくなかった。

 

 一体何の意味がある?

 殺して、殺して。

 他に何が残るというんだ。

 

 この街にいるものは獣だけで、人など何処にもいない。

 家の中に避難していた者達も、全ての住人が死んだか、彼らとなった。

 守る者無き今、彼らを狩る理由が何処にある。

 

 

 精神的に軽く病んでいたイズは、もう禁忌の森で大根でも育ててやろうかと思うくらいには疲れていた。

 唐突に何か農作業をしたくなったのだ。花でもなんでも、何か有益な物を育てたい。何かをぶっ殺して(壊して)きた分、何かを収穫し(作り)たい。

 

 言葉を話せるのが人形とアンナリーゼしかいなくなった今、とにかく話し相手に飢えていた彼女は、ついにはそこいらに蔓延る獣にも気軽に挨拶を交わすようになるくらい人に飢えていた。

 「やあ、おはよう!」「今日はいい天気だな!」と声をかけながら慈悲の刃で切りかかるのは、さすがに狂気が過ぎる。笑顔で短剣を振り下ろす姿は、傍から見たら快楽殺人鬼に見えるだろう。冷静に考えて自分でもヤバいと思った。けれども彼らも彼らで「I'll mess up your brain!(お前の脳みそをグチャグチャにしてやる!)」や「Die!!(死ねぇ!!)」と返事をしてくれるから可能性はあると思ったのだ。

 遂にはルーン文字「獣」で仲間に加わろうと試行錯誤するのだが、なぜか全て感づかれ、襲われ、仲良くしようとした獣を細切れにするという負のスパイラルに陥った。

 仲良くしようとした獣を切り刻む。発狂しそうだった。頭が爆発するマジェスティックだった。

 

 それ以降はもう『敵じゃないよ?味方だよ作戦(アイ アム ビースト)』を決起することもなくなったのだが、やはりそれでも割り切ることはできず、寂しさにより更に心が病んでいったのだ。

 

 なので、今日も今日でアンナリーゼのところへ行って、求婚して来ようと思うのだが、何だか灯火で移動するのも気が乗らない。

 たまには違う方法で向かってもいいのでないだろうか。

 そうだそれがいい。ぜひともそうしよう。気分転換に寄り道をしながら、風景を楽しみ、そして城へと向かおう。たまには戦闘以外での感情に酔いしれるのも一興だろう。

 

 そうしてイズはスキップをしながらヤーナム街を歩き、聖堂街へ行き、森を通って、ある柱へと向かった。勿論そこに着く過程で多くの獣共に襲われたが、そんなものはちょちょいのちょいで腸をブチ抜いてやった。

 何度お前らに殺されたと思ってるんだ。どんな攻撃してくるかとかもう分かってんだよ。文字通り身に染みてな。

 それに今の私は昔の私とは違う。

 人を凌駕した目と、経験と、技術、そして血質を持っているのだ。今更負けるわけがない。それに、実際に人ではなく上位者となっているので、本気を出したらもっと強くなれる。殺される方が珍しい。

 

 そんなわけで、今日こそ求婚を受けてもらおうと、イズお手製の招待状で馬車を呼び、城へ向かうべく乗車する。

 きぃ…と音を立て、扉が開く。鉄製のそれはところどころ錆びて黒ずんでいるが、移動に全く問題はない。

 確かに見栄えは悪いかもしれないが、内側はなかなかに綺麗なのだ。このイスも凄く座り心地がいい。ふっかふかである。

 

 問題なく乗車し席に着いたのを確認した馬は、ひと鳴きするとパカラッパカラッと石道を走りだした。

 

 普段とは違う駆け抜けていく風景に、イズは目を輝かせた。

 

 おお、コレは良い。すごく早い!

 窓から見える景色の移り変わりを見て、子供のように興奮した。だがそれも仕方が無いだろう。今までの移動手段が徒歩か灯火での瞬間移動だったのだから。こうして高スピードで流れる風景を観るのは本当に久しぶりなのだ。

 一度この馬車に乗った時は、何か罠でもあるのでは?何処に向かっているんだ?と警戒しながら乗っていたため、風景を見ることなど出来なかったが、もうそうはいかない。今はこのスピード感を思いっきり楽しむのだ!

 そう思い、ルンルンと馬車に乗っていると。急に雲のような濃い霧に馬車全体が覆われ、周りを見ることが出来なくなってしまった。

 前回もそうだったが、この馬車は乗っているとこうして霧に覆われ、晴れたと思えば城前へと到着しているのだ。

 どんな神秘が使われているのかは知らないが、コレではいい迷惑だ。風景を楽しみたい自分からすれば、何故こんな仕様にしたのかと文句を言いたくなる。

 城への行き方を知らせたくないとか、特別な術式を使っているから見せたくないとか、そういうのがあるのかもしれないが私にとってそんな事どうでもいい。早くこの霧をとっぱらって景色を見せろ。ドキドキさせろ。ワクワクさせろ。絶景だと叫ばせろ。

 

 そんなことを思い、悶々とした気持ちでいること数十分。イズは腕と脚を組んで、暇そうに窓を眺めていた。

 馬車の窓には結露が張り付いており、それを使った文字や、かわいい犬の絵が描かれていた。暇になったイズが気分転換に書いたのであろう。狩人となり、上位者となって、幾千と獣を狩るスペシャリストとなっても、その子供のような性格は抜けなかった。

 

 一体いつになったら着くのだろうか。何だか凄く時間がかかっている気がする。けれど、もし何か異常があったとしても神秘が上手く扱えない自分にはどうすることも出来ない。まあ、何かあったとして、死ねば夢に帰るだけなので大した問題ではないのだが。

 

 余りにも暇となり、することも無いので、何かないかと狩装束の内ポケットをガサゴソと探りだした。とりあえず一番に手に着いたのが狩りによく使うスローイングナイフ。

 何千本と投げつけてきたそれは、例えなんども買い替えようとも、自然と手に馴染む。

 時にデカいカラスを撃ち落とし、時にうざったらしい犬をぶっ飛ばし、時に墓石にダーツの様にして投げまくったりした。投げてどこに刺さるのか試すためだったのだが、墓の持ち主に怒られるかもしれない。けど暇だったんだ。仕方ない。お陰でナイフの扱いと命中率が上がったので、とても感謝している。

 

 しかし、今は馬車の中。突然ガタンと揺れ、ナイフを落として足に突き刺さるなんてことがあるかも知れない。

 事実、何度もナイフを落としたことのあるイズは、丁度足先に突き刺さった時の痛みをよく知っているのだ。タンスに小指など笑い飛ばせるほどの苦痛である。もう味わいたくない。

 イズはそっとナイフをしまうと、今度は器を取り出した。

 チャプンと中に入っているのは、真っ赤な血液。

 それは聖杯生成に使われる、儀式の血と呼ばれるものであり、イズが取り出したこれはその中でも最上に当たる物であった。

────儀式の血5

 それがこの血の名前である。

 

 器に入っていた血は、その中央をぐじゅぐじゅと盛り上げると、そこに人面の様な形をとった。

 儀式の血は、そのランクが上がれば上がるほど、そのなかに循環する呪詛が人面となって現れるのだ。

 

「…コォォ…シス…ベ、ジ…」

 

 なんと不気味な声か。血は模った人面から吐息を吐き、なんとも気味の悪い憎悪の声で何かを囁いているではないか。

 

「…コォォ…コォォ…こ、ろ…す…」

「やあ、貴公。久しいな。元気だったか?」

 

 イズはこんな気色の悪い血液に、不快感を感じさせない挨拶をする。

 

「今まであまり出せずにすまなかったな。しかし、こうして落ち着ける場所が無かったんだ。許してくれ。狩人の夢でこうしてお前に話しかけると、人形が哀しい目をするんだ」

「…コォォ…コォォ…」

「ああ、そうだな。悪かった。わたしももう少しお前との時間を作れるように頑張るよ」

「…死ネぇー…」

 

 おぞましい。おぞまし過ぎる。

 もはや狂気の所業であった。

 一体何があってこの狩人をここまで狂わせてしまったのか。

 人形や植物に話しかける以上のイカれ具合だ。

 人の顔に模ったナニカに、こうして普通に話しかけ、普通に会話をすると言う常軌を逸した行動をとるイズは、もう後戻り出来ないの所にまで行っているのかも知れない。

 

 イズは儀式の血5との会話を楽しんでいると、突然、ガタンッと馬車が揺れた。

 今までの移動での揺れではなく、何かそれとは違うものだった。

 

「……?」

 

 イズは突然の異常に首を傾げ、窓を見るが、やはり霧が濃く何も見えない。

 気のせいかと思ったが────いきなり馬車が急停止した。

 

「───っ!?」

 

 いままでの速度が重力となり、反射的に足を前に出し壁を蹴ることによって重圧に耐えた。しかし、停止した反動によって反転した力の向きに対応することができず、椅子の背にたたきつけられてしまった。

 それと同時に、力の影響をきちんと受けていた儀式の血5は、器から中身が飛び出し、イズの顔面へと降り注ぐ。

 

 何とか横転することなく停車した馬車であったが、その中身は大変なことになっている。

 車内は思わず噎せてしまうほどの血生臭いツンとした悪臭が漂うなか、車内の狩人は、まるで石像になったかのように固まっていた。

 

 あまりに急すぎる出来事にイズは困惑し、呆然としたが、それでも一つの事は理解した。

 

────友が、死んだ。

 

「ミカコォォ!!?」

 

 イズは顔面に降り注いだ儀式の血5の名を叫ぶ。

 まさか儀式の血5に名前を付けていたとは。どうやらイズはここまで壊れていたようだ。孤独というのはここまで人を狂気に染めるのか。

 そしてまさかのミカコである。ネーミングセンスのかけらもない。

 あまりにも唐突過ぎる友の別れに、イズは発狂した。

 

 せっかく丹精込めて名前を考え、本人も「……ァァ…ィャダァ…」と喜んでいたのに、こんなことってあるのだろうか。あって許されるのだろうか。

 

 つらい時も寂しい時も、なんだかムラムラした時も、言葉を交わし、共に生きてきたミカコが、こんなにもあっさりとぶちまけられた(殺された)と言う事実が認められなかった。

 この理不尽すぎる現実が許せなかった。

 

「───っ…! うっ…ぅ…っ」

 

 イズは涙を流す。失われた(ミカコ)を思って。

 馬車の乗席で蹲りながら、手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。

 

 しかし、世界はイズに涙を流す時間を与えてはくれなかった。

 

 ウィィン……ウィィン……ガシャッ……ガシャン

 

 止まった馬車から、急に鳴り響く機械的な音。

 音がするとともに揺れる馬車の様子に、今度は何が起こるんだとイズは顔を上げると、

 

────いつの間にか、周りの霧は晴れていた。

 

 窓からは綺麗なヤーナム街が見え、街の明かりは灯っていないが、それでも人の技術力を結集した、美しい町であると思った。

 街には相変わらず獣どもが蔓延っているが、それでも綺麗だと、思った。

 

 イズが街の風景に心を浸らせていると、馬車を引いていた馬がヒヒンと鳴いた。

 いったいどうしたのかと前方を見ると、なんと、馬は何かから避難するように、この馬車から離れていくではないか。

 

「!? ───? ───っ!?」

 

 慌てて引き留めようと声を上げるイズであったが、なぜか己の口は声を発することができず、カインの兜からは荒い息が漏れるだけだった。

 意味が分からない。

 意味が分からなかった。

 上位者となり、啓蒙がカンスト(上限突破)しているのにもかかわらず、今の状況が理解できなかった。

 

 シュゴォォォ!!

 

 しかし、意味の分からない状況というものは続くもので、イズが乗っている馬車の下から、急に何かを噴出する振動と音が鳴り響いたのだ。

 今度は一体何だと見ると、馬車の下から大量の煙と火花が出ているではないか。それも量が尋常じゃない。

 

「!?!?!?」

 

 途端にゆっくりと浮く馬車に、イズの啓蒙からかつてないほどの警告音が鳴り響く。

 これはマズイ。

 なんだかよく分からないが、とにかくヤバい。

 

 イズは慌てて逃げようと扉を押すが、何故か全く動かない。まるで何かに固定されているかのようだ。

 良く見てみると、馬車の周りが青白い何かに囲まれて、出られないようにされていた。

 ガンガンと蹴ったり、タックルを試みるも、貧弱なイズでは破ることは出来ない。

 

 イズの足掻きは結局意味をなさず、ついに馬車はその重量を浮かせ、空へと打ちあがった。

 

「~~~っ!!」

 

 全身にかかる莫大なGが、イズの身体を軋ませ、殺しにかかる。

 イズは堪らず呻き声を上げ、かかるGに必死に耐えた。

 時間が経つにつれ体温は急激に下がり、兜や服には氷結が付く。

 呼吸も苦しくなり、急激な酸欠により意識が朦朧としてきた。

 

 体感で数時間。

 

 無限にも思われた苦しみに、イズが意識を落としかけている中。唐突に、殺しに来ていた身体にかかるGが無くなった。

 フワリと浮く体に、暗くなる視界の先には、数多に輝く星々があった。

 暗い夜に反抗するように光る星は、いつにもなく、美しかった。

 イズは、目の前に広がる神秘的な風景に、やっとあの言葉の意味を理解した。

 

────ああ、本当に、宇宙は空に、あった…ん……だ…………

 

 それを最後に、イズは意識を手放した。

 

 

 




〈今日のBloodborne!〉

儀式の血5(ミカコ)

イズの友達。
手に入れたその日から辛いことも楽しい事も話し、共に理解してきた相棒。と、イズは勝手に思っている。
儀式の血5からしてみれば、そんな事は微塵も思っていないかもしれない。そもそもこちらの言葉を理解していたのかも不明。発する言葉は要領を得ない物ばかりである。
人形は、気味の悪いアイテムに一方的に話しかけるイズを見て何を思ったのか。ただ、哀しそうな表情をしていたと言うのは確かだろう。


馬車

アンナリーゼの居る城へ行く為に必要な、貴族乗車用の馬車。貴族が使う物であるため、なかなか使い心地がいい。
普段は灯火で移動するため今まで使うことは無かったが、今回は気分が乗ったため使用した。
何故かジェットエンジン搭載の物となっており、困惑するイズを(無理やり)宇宙旅行へと誘った。
誰かの悪戯なのか、思惑なのか、なんの意図があってこんな事をしたのかは不明。
エンジンや燃料が何処にあったのかも一切不明である。
結局、何をとっても謎仕様な馬車であるが、体内の空気の膨張によりイズが破裂していないことから、何らかの神秘が備わっていた可能性がある。しかし、上位者となったイズのガッツの可能性も否定出来ない。
結局のところ、何も分からない。


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冒険者登録1

「────っていうことがあって、目が覚めたらこの街で倒れてたらしいの」

 

ギルドの騒がしさが辺りを満たす中、イズを語る女神様は、得意げな表情でそう締め括った。

 

「待て、全くわからんのだが」

 

しかし、ここでカズマさんが異議ありと声を上げる。疼痛に耐えるように頭を抑える姿は、見て直ぐ苦労人と理解できるほど。

だが、頭痛の元凶であるイズとアクアは二人仲良く首をかしげていた。まるでさっきの説明の何が悪いのか理解出来ていない様子に、カズマの頭痛は加速する。

何もかもがデタラメと笑い飛ばしたくなるような内容。それを真実と認識し、受け入れ、意気揚々と語られても、カズマ自身が認められない。それはきちんとした常識を持っている事もそうだが、イズを打ち上げた物の名称を知っているからだ。その事もまた、余計にカズマを混乱させた。アクアの口から語られたものはいわゆるロケットであり、この世界の技術力ではとうてい作成する事など不可能な物だ。そんな乗り物に乗り、宇宙服も無いまま打ち上げらたらどうなるのか。専門的な知識を持たずとも想像するにかたくないカズマにとって、馬車がロケットになったなどとても納得できるものでは無い。むしろアクアの語った全てがでっち上げの作り話である事の方が、まだ現実味を帯びている。

 

「つまり、イズは過去にモンスターを狩っていて、それを生業とする職業であり。しかし嫌気がさして女性に会いに行ったところ突如馬車が飛びここまで来てしまったと」

「死すべし」

 

めぐみんの要約にイズは頷いた。

傍から聞いていれば作り話と思われる様な内容だったが、本人が認めている以上アクアの話した内容に間違いはないのだろう。

理解できないし納得もしていないが、今は黙っておこう。余計な口を挟む必要は無い。まあ、イズが嘘をついていたらいくらアクアが訳してもただの骨折り損で意味など無いのだが。

 

「では呪いは? その兜の呪いはいつ罹ったのですか?」

「それについてはイズちゃん自身確信を持てていないらしいわ。でも、私の考えではイズちゃんにかかった血液が呪いの元だと思うの」

 

指をピンと立てて、イズを苦しめる呪いの元凶を推測する。イズの言ではその血液は人の顔を形取り、言葉を発するそうだ。それを顔に浴びたというのだから何らかの異常が起きても不思議ではない。呪いの元凶として十分考えられる。

 

「なるほど、そういう事ですか。 だからイズは祈っていたんですね」

 

めぐみんが思案顔でポツリと零し、確認を取るようにイズの顔を見つめた。

しかし、いきなりそんなことを言われてもカズマ達は分からない。イズ本人も何を言われているのか理解出来ていない様で、首をかしげている始末だ。

まさか本人ですら気付かない何かに、この爆裂娘は気付いたということだろうか?

 

「めぐみん。何かわかったんなら教えてくれ。そんな断片的な事を言われてもこっちは全くわからん。イズの呪いに何か心当たりがあるのか?」

「いえ全く」

「なんじゃそりゃ!?」

 

カズマはめぐみんへと問いかけるも、その本人はサラリと否と返した。

 

なら、一体何を理解したと言うのか。

 

カズマのツッコミを聞き終えて直ぐに、めぐみんは掌を出して静止させた。

 

「カズマ、私の話はまだ終わっていません。 そもそも、私はイズの呪いについて言った訳ではないのです」

 

前提から既に間違っているのだと、めぐみんは言う。

 

「私が言いたかったのは、なぜイズが物乞をしていたのかという事」

 

めぐみんは上げた腰を戻し、手元にあるオレンジジュースの入ったコップに口を付けると、順を追って話し始めた。

 

────なぜ、イズは冒険者にならなかったのか?

 

簡単な話である。────金だ。

イズは金が無かったから冒険者になることが出来なかった。

 

「冒険者になるには、まずはお金が必要です。それはカズマも知っているでしょう?」

「あ、ああ。確かにそうだな」

 

冒険者は、冒険者ギルドの登録に1000エリスの料金を取られる。料金を支払って、書類の項目に従って書いてステータスを測ることで、初めて冒険者となれるのだ。

カズマ自身、駄女神アクアと共にこの世界に来た時に一銭も持っておらず、椅子に座っていたエリス信者のお爺さんにお金を貰い冒険者登録をしている。

 

「しかし話を聞けば、イズの居た所は地図に無く、名前すら聞いたことの無い場所。たしか…ヤーナムでしたか? そんな辺境から飛ばされて、ここで使える通貨を持っているとは思えません」

 

たった1000エリス。されども1000エリス。いきなり飛ばされて来たイズはこの世界の通貨など持っているわけもなく、全くの無一文だった。金のない者に、冒険者登録は出来ない。

 

ならば、質屋か何かで持っている道具を金に変える方法もあるだろう。何かを狩る事を生業としていたイズが、多少なりとも素材なりちょっとしたナイフなど持っていても不思議ではない。多少の金に変えられそうな物はあるだろう。しかし、イズの場合それすら出来ない。イズはこちらの言葉は分かるが、呪いのせいで「死すべし」以外の言語を封じられている。意思疎通のできない、さらに言えば素顔すら見せない怪しい男の持つ道具など信用されるはずは無く、換金などしてくれないのだ。

 

ならば、アルバイトで金を稼げばいい。

持っているものを無理やり金に変えなくとも、1日働くだけで1000エリス以上の金はすぐに貯まる。

 

しかし、これも無理がある。

 

アルバイトで、雇い主が求める物とは一体何か?

 

それは、労働力だ。

客寄せ、店番、荷物運び。

売店のアルバイトをするならば、この3つは最低でもやらされる。

だが、イズはこの3つの内どれ1つとしてこなす事は出来ない。

 

客寄せ?────「死すべし」しか話せない奴がどうやって客を寄せるのか。

 

店番?────一切言葉を発しない店員など不気味すぎる。客など一人たりとも来ないだろう。

 

荷物運び?────カズマの軽い一撃で死ぬような狩人が、重たい物など運べるわけがない。

 

イズの出来ることといえば、武器を効率よく使う事と、何かを狩ることだけである。

しかし、それらはすべて冒険者の仕事。

冒険者登録が出来ないイズは、唯一出来ることすらも取り上げられているのだ。

 

金が無いから冒険者登録をしようとしているのに、金がない故に冒険者登録ができない。なんという悪循環だろうか。

まさに詰み。チェスで言えばチェックメイト。

労力として使えず、仕事もなく、物も売れない。

 

全てがゼロ。

全身全霊で無力である。

額を冷たい地面に擦り付け、誰かの慈悲に縋り付くしか金銭を得られる手段は無く、温かい風呂に入る事もなく、安眠できる場所もなく、食べるものも無い。

 

「故にイズは、冒険者に成らなかったのではなく、成れなかったのです」

 

人脈無し。仕事無し。金銭無し。住居無し。食料無し。

この五つにして最強の"無"を持っているイズは、どこまで行っても絶望しかない状況だった。まさに餓死ルートまっしぐら。最低な現実は留まることを知らない。

 

実は悲しい事に、カズマ達に会うまでの数日間、水と雑草の根を食って生きていたイズにとって、ジャイアントトードの唐揚げを水に入れてぐちゃぐちゃにした罰ゲームドリンクは、何気にこの世界に来て1番のご馳走だったりする。

 

「そうか……そんな事情があったんだな」

「死すべし。死すべし死すべし」

「『ああ、だからあの状況から救ってくれたアクアは、私にとって本当の女神だった』ですって! どぉーよカズマ。私だってちゃんとやる時はやるんだから!」

 

たまたまイズを救い、本人に褒められ尊敬され、天狗の鼻となったアクアはムフンと胸を張ってカズマを見下ろす。

そんなしてやったりの高飛車な態度に、カズマの目尻はピクリと上がった。

 

カズマは静かに立ち上がると、アクアの耳元まで顔を近付け、囁くように言う。

 

「でもお前、イズの事を冒涜とか言ってなかったっけ」

「!?」

 

アクアの表情は一転し、そのまま凍りついた。その様は、やってきた事の悪事がバレ死刑宣告を言い渡された罪人のようである。

 

「いいのかなー。これイズに言っちゃって。確かイズにとってはアクアは女神に見えたそうだなぁ? でも、本当は裏でこんな事を言ってたなんて知ったら、イズはお前に幻滅するかもなー」

「────」

 

ネットリとしたカズマの脅す口調に危険を感じたアクアは、焦る内心に浅い呼吸を何度も繰り返す。呼吸は時間が経てば経つほどどんどん早くなり、無いアクアの脳に酸素と言うエネルギーを送り続けた。

アクアは想像する。イズに向けて放った過去の言動がバレれば、一体どうなってしまうのか。

 

百歩譲って、頭を引っぱたかれるぐらいなら良しとしよう。全然良くはないけどそれくらいならまだ許せる。でも、アクシズ教に入ってくれないのはダメだ。とても許容できない。

 

アクアはいつだって己の信者を欲している。

神は己への信仰心を力と変えるのもそうだが、それ以上に自分が周りから凄いと見られるのはとても気分が良いからだ。

彼女はいつだって多くの者に凄いと持て囃され、尊敬の念をもって崇められたいし、甘やかされたい。

そんな中で手に入った己を讃える希少なパーティーメンバー。カズマからの罵倒から己を庇い、癒してくれるような存在。自分を甘やかしてくれそうな存在であるイズに嫌われるなどあってはならない。

だが、甘やかす所か冷たくされる未来がある。その命運を握っているのは目の前に座るヒキニート、サトウカズマ。アクアは今、己の明るくハッピーな未来を、この男に握られてしまっているのだ。

事の重大さを今更ながら理解したアクアは、その頬を多大の冷や汗で濡らした。

 

「か、カズマさん?」

「なんだいアクア」

 

非対称とはこの事か。

食べてはいけない戸棚のおやつを食べてしまった子供のような様子で顔色を伺うアクアに対し、正面のカズマはやけに爽やかな表情で見ていた。傍から見れば無害そうな表情だったが、普段のカズマを知ってしまったイズ視点から見れば、その表情は酷く不気味に写ったという。

 

カズマの表情を見て、まだ許されると思ったアクアは己の弁解をこう垂れるが、そのあまりにも身勝手で自分の事情のみを詰め込んだ子供の言い訳にカズマの表情は段々と怠そうになって行く。学習しない駄女神に怒りよりも呆れが募っているようだ。

 

「凄かったんですよダクネス。こう───シュパパーン!とジャイアントトードの腹を掻っ捌いたイズの姿は、まるで空を裂く鎌鼬の様でした。あれこそまさに闇の剣士の御業でしょう。使っている剣も見たことない形状でしたし」

「ほう。イズの得物か。騎士として興味があるな」

「イズ、もう一度あの奇抜な剣を見せて貰えませんか? あと触らせてください。どんな構造なのかじっくり見たいのです」

「死すべし」

 

アクアが弁明している間、暇となっためぐみん達は復活したダクネスを加え、イズの使っていた仕掛け武器について盛り上がっていた。

 

めぐみんにねだられたイズは、渋ることなく得物を渡した。

 

「これですダクネス、見てください。どうです?珍しい形でしょう?」

「むむ…剣が上下に付いているのか。それに長刀の方は両刃では無いと。これを振り回すには慣れが必要だな。クセが強い」

「死すべし」

「どうしたんですか?────おぉ! 上と下の刃が別れるようになっているのですね!そんなギミックがあるとは!なかなかイカします!」

 

めぐみんが黄色い歓声を上げる中、その間ひたすらに言葉責めされていたアクアは蓄積されていく鬱憤に限界が来ていた。

何度も何度も説明して、弁解して、謝ったのに。それでもしつこく小言を垂れるカズマに苛立ちと悔しさが募って来ているのだ。

 

拳を強く握り締め、プルプル震えるアクア。

彼女の中では、己自身の正当な理由を模索し、こね回している最中だった。

 

何故自分がこんなにも言われないといけないのか。何故こんなにも悔しい思いをしなければならないのか。

アクアは、ただひたすらに己の正当性を語っていた。何も悪いことなんかしていない。むしろ人を助けた。ならばその分褒められたって良いはずだ。なのに飛んでくる言葉はやれ駄女神だ、やれホウレンソウをしろだとか意味のわからない言葉ばかり。いくらカズマだからって私を責めるのはお門違いにも程がある。

いやそうだ。そうに違いない。カズマさんは理不尽に私を叱っているのだ。

 

────そう考えると、我慢の限界だった。

 

ガタッ!と席から勢いよく立ち、涙目でカズマを睨みつける。

 

「だって知らなかったんだもん!!しょうがないでしょ!?」

「テーブルを叩くなテーブルを」

「私だって事情を知ってたらあんなこと言わなかったわよ!寧ろ愛に溢れた神々しい姿で颯爽と助けに行ってたもん!でも仕方ないじゃない傍から見れば神をダシに使ってるようにしか見えなかったんだから!」

 

そうだ。あの時、めぐみんだってダクネスだってカズマだって、イズが物乞いに見えてたはずだ。それなのに何故私だけ言われないといけないのか。イズがそんな状態だったなんて、知りようなどなかったでは無いか。

 

確かに、言ったことは言った。それは反省している。悪かったと思っている。けれど、私はイズを助けた。餓死で死ぬ羽目になりかけていたあの子を救ったのは他の誰でもない。私なのだ。ならば多少の失言ぐらい、許されたっていいだろう。

 

「イズちゃんだって『仕方ない』って許してくれるわよ!今じゃこんなにもイズちゃんのために神聖な私が通訳してるんだから!許されて当然のはずだわ!そうよねイズちゃん?!」

「──!? し、死すべし…」

 

急に話を振られたイズは、驚愕の様子でアクアを見た。

ね?ね?と何度も捲し立てるように呟くアクアは、とにかく必死の形相だった。イズの目には捨てられかけている子犬のように見えたが、悪魔か何かに取り憑かれたようにも見えた。顔に影が出来てすごく怖い。そのくせ目は異様に青暗く光っている。怖い。ここで否と首を振れば何をされるのだろう?

きっと内蔵を引きずり出される以上の絶望を味あわさせられるに違いない。もしくは細切れにされて、そこいらのイヌの晩飯にされるか。考えただけでも背筋が震える。

だから何の事かさっぱり分からないが、とりあえず頷いておいた。

 

保身、保身、保身。

 

アクアの中に見える修羅の一端を見たイズは、怯えるようにアクアを肯定する。

 

そんなイズの反応に満足したのか、機嫌よく頷いたアクアは先程の不満顔を霧散させ席に着き、酒をあおりはじめた。

 

「はぁ……正統派ヒロインに癒されたい……」

 

一連の流れを見ていたカズマが痛みに耐えるように目じりを抑える。彼が吐き出した息には、多くの苦労と懸念が混じっていた。

言葉の意味は理解できないがとにかく彼が疲れているのは手に取るように分かる。

 

「まぁまぁ、いいではないですか。それよりも私達にはまだするべき事があるでしょう?」

 

めぐみんが場を流すように言い、それに同意する様にダクネスも続いた。

 

「そうだな。イズの事は気になるが、それよりも先に冒険者登録を済ませるべきだろう」

 

その言葉に、カズマは「ふむ」と腕を組む。確かに、冒険者登録を済ませればギルドカードが手に入り、ステータスを見ることが出来る。より正確にイズのことを知れるのは願ったり叶ったりだ。それを踏まえた上で、今後について話した方がいいかもしれない。

 

思ったよりも悪くない堅実な案に、カズマは頷いた。イズと言う『人』を知れるのであれば、1000エリスぐらいなんてことは無い。イズが狩ったジャイアントトードのクエスト報酬があるので、財布にも余裕がある。

 

「そうだな。今後の事も考えて、まずはイズの冒険者登録を済ませるか。イズ、とりあえず1000エリス渡すから、カウンターに行って登録してきてくれ」

「死すべし」

 

カズマは手に1000エリス差し出すと、イズは申し訳なさそうに受け取った。

そんなイズの腰の低さに、日本人として好印象を抱きながら、そそくさとカウンターへ行く騎士の姿を見送った。

 

今は時間にしては少し遅い。クエストを受ける者も、冒険書登録をする者も少なく、受け付けカウンターはガラガラだった。

この調子なら、10分以内には戻ってくるだろう。そう思って、少しばかりの時を待とうと思っていたのだが…

 

「死すべし。死すべし」

「どうしたんですか?」

 

イズは30秒もしない間に戻ってきた。

何やら困っている様子で、めぐみんに助けを求めるように必死に身振り手振り説明している。

しかし、イズの言葉を理解できないめぐみんは首を傾げていた。

 

「おいアク、ア…」

 

イズの翻訳をしてもらおうとアクアを見るが、当の本人はテーブルにうつ伏せて眠っていた。にやけ顔で、酒も入ってるせいかその表情は幸せそうだ。

何気に、この駄女神が今日1番動いていた。カエルの囮に長時間のイズの翻訳。特に囮のときは泣きながら走り回っていたので、それによる疲労は中々のものだろう。それを思い出したカズマは、起こしてやるのも可哀想と声をかけるのを止めた。

 

それはカエルの囮にした罪悪感から来るものか、はたまた良心故の行動だったかは分からない。それでも、イズは少しだけカズマを見直していた。数日と経たずカズマのゲスな一面のみを見せられていたので知らなかったが、こういう優しいところもあるのだな、と。

私たち狩人と同じように効率主義の冷たい男だと思っていたが、そうではないらしい。仲間をカエルの囮にするようなリーダーではあるが、その内には温もりを秘めているようだ。

 

「アクアは寝てしまいましたか」

「あー……だな。なんだかんだ言って、今日一番働いてたのはこいつだしな」

「そうですね。では私はイズに付き添って来ます」

「大丈夫か? アクアが居ないときついんじゃないか?」

「ふっ、我を誰だと心得ている? それくらいの困難、我が爆裂道に乗り越えられぬ通りはありません! それに、言葉分からずとも何かできることがあるかも知れませんので」

「そうか。 じゃあ頼んだぞ」

「任せてください。ほらイズ、行きますよ!」

「し、死すべし」

 

ふんふんと意気込んだめぐみんは、イズの手を引き受け付けへと歩いていった。その際、手を引かれたイズは少しきょどっていたのをカズマは見ていた。

それは人慣れぬ故か、それとも相手が幼い少女だからか。

 

「…まさか、ロリコンじゃないよな?」

 

新たに加わった仲間の性癖が、法外でないものを願うばかりであった。

 

 

 






このすばのメンバーの思考回路が全く理解できなくてすごく困る今日この頃。
違和感があれば感想まで、よろしくお願いいたします。


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冒険者登録2

あれから数分後、めぐみんとイズは戻って来た。

イズの手にはギルドカードが握られており、どうやら無事冒険者登録を済ませることができたらしい。

 

なのに何故だろうか。その足取りは異様に重く見える。

 

「あー…」

 

「おかえり」と言おうと思っていたが、あいつらの姿を見た瞬間、喉の奥で言葉が止まった。気力が削がれたと言ってもいい。

幽鬼とも差し支えないような暗い顔をするめぐみんと、同等に落ち込んだ様子のイズの姿に、声をかける事を憚れたのだ。

イズやめぐみんの通った近くに座る冒険者たちは、その悪霊のようなカビ臭い雰囲気に一瞬目で追うも、直ぐに視線を外し、我関せずを決め込んだ。

 

(…めんどくせぇ)

 

カズマはそんな二人に顔を顰めた。

流れ来る不吉感。漂う邪悪。忍び寄る嫌な予感。

カズマの頰に、一滴の雫が流れる。

 

見ただけで理解した。

触るな危険と殴り書きされていた。

その尻に着く導火線が見えた。

 

だからお願い、来ないでくれ。どんな威力かは知らないが、爆弾なんて持ってこられてもどうしようもない。

厄介事と言う名の地雷と化した二人は、淀んだ足取りのまま止まること無く、こちらの願いに反してどんどん突き進んでくる。

地雷なのに向こうから突っ込んでくるとは一体どういう事なのか。

 

「……」

「……」

 

二人とも各々が席に戻り、しかしその間一言も話すことは無かった。視線は下げたままで、どんよりとした重い空気が辺りを包む。ギルドの広い席であるにも関わらず

閉鎖されたような息苦しい空間が出来上がっていた。

 

「…(クイクイ)」

「…(ピクン、ブンブンッ)」

 

凍てつき重くなっている空気を瓦解せんと、カズマは顎で「お前が行け」と即したが、ダクネスは一瞬驚いた後に首を横に振った。

なんでだよ。行けよ。お前盾になるとか言ってただろうが。危険な場所に喜んで突っこむドMだろ?今こそその無駄な性癖と筋肉を使う時だろうが。

 

「おいカズマ!筋肉は関係ないだろう!?それと私のアレは筋肉じゃない!」

「いやだって、前にカエルの群れから逃げようとした時、俺が全力で引っ張ってもビクともしなかったじゃん。アレってお前の筋肉が俺より発達────」

「してない!!鎧の重さだ!」

 

顔を赤らめて必死に怒鳴るダクネスに、カズマは冷めた視線を送っていた。彼の中では、彼女の筋肉などどうでもいいことなのだ。冷酷な視線に晒されダクネスは少し嬉しそうだったが───本題はずっと先にある。

カズマは心底気持ちを込めて溜息を吐き出すと、「ズーン」と擬音でも聞こえて来るほど落ち込む二人に声をかけた。

 

「何をそんなに落ち込んでるのかは知らんが、元気だせって。一体何を言われた?」

「……」

 

一拍置いた後に、めぐみんが声を詰まらせながら「実は…」と口を開いた。その表情はなにかに怯えるようで、いつもの厨二病を患わせている時ような元気はない。どうやら相当な緊急自体のようで、カズマも気を引き締めるようにゴクリと固唾を飲んだ。

 

「冒険者を辞めた方がいいと言われました」

「え、誰が?」

「イズが……受付の方に」

「───なんで!?」

 

カズマが驚きの余り上げた声はギルド内に響き、何事かと視線が集まる。晒された視線に居心地の悪さを感じたカズマは、誤魔化しの咳を一つ入れると、再びめぐみんに視線を戻した。

一体何の経緯があってそんな事を言われたのか。

意外にも聡明なカズマは、説明も無しに大体の理由を想像出来てしまった。ギルド職員に冒険者になる事を止められる理由など、ステータスが低いぐらいしかない。

しかし、長らく引きこもりを貫いて来た自分でも冒険者になれたのに、ギルド職員に止められるようなステータスとは、一体どのようなものなのだろうか?ダメだ、想像するだけで恐ろしい。

憂鬱になり落ち込むカズマを見てか見ざるか、めぐみんがギルドカードを渡すように伝え、イズはおずおずといった感じでカズマに差し出した。

 

渋い顔をしながら、カードを受け取る。

一体どんなステータスなのかと、返却されたテストの如く覚悟を決めて目を通せば、そこには思ったほど悪くない数字が並んでいた。

 

「あれ? 大して悪くないじゃん」

 

むしろ総合的なステータスは、ここに居る誰よりも高い。筋力は俺より少ないが、素早さと器用さが群を抜いて高い。見た限り俺なら声を上げて喜ぶようなステータスだ。これで一体何が────

 

「ンン!?」

 

カズマが目を見開く。瞼をぱちぱちと瞬かせ、現実を許容出来ないのか袖で何度も擦った。そうして改めて目を通すが、記される文字は当たり前のように変化はない。カズマが見るのは防御力の欄。その隣に位置する数値がとんでもないものだった。

 

「気付きましたか…」

 

めぐみんの暗い声が、カズマの耳を劈く。

ポツリと呟いた声なのに、無駄に透き通って聞こえた。

 

「イズの防御力が、有り得ないぐらい低い事に」

「なに?」

 

めぐみんの一言にダクネスが反応を示し、イズに閲覧の許可を取ると、俺の横から覗き込むように

冒険者カードを見た。

 

「───! 本当だ…これは…っ」

 

ダクネスでさえ息を詰まらせるイズの紙装甲に、カズマは涙が出そうになった。

カズマはイズの数値がこの世界でどれ程のものなのか理解していないが、それでも己のステータスの100分の1しかない防御力は相当な低さであると理解出来る。

 

「…なぁ、ダクネス」

「何だカズマ」

「イズのこれって、簡単に例えたら、どれくらい?」

「……」

「頼む、はっきり言ってくれ」

「…いいのか?」

「、───ああ」

 

了承の返事は蚊が鳴くように小さかったが、それでもカズマの固い意志を見たダクネスは申し訳なさそうにイズを一瞥すると、少しだけ息を吐き出した。

 

「赤子だ」

「……えぇ?」

「首が座らない赤子の、首と同等か、それ以上だ」

「────ウッソだろお前!?」

 

血を吐くような勢いで、カズマは信じられんとダクネスに振り返った。

 

赤子って────しかも首ってお前!?

 

予想外のイズの脆弱さに、カズマは叫ばずには居られなかった。もしもその話が本当なら、一体今までどうやって生きてきたというのだろうか。

 

急いでいる人にぶつかれば死に、石が飛んできたら死に、階段から落下しただけで死ぬ。

本当に何気ない何かが、この騎士にとっては致死量の攻撃となってしまう。

 

「これって…お前にかけられている呪いのせいなんだよな?」

 

幾分かの期待と希望を込めてカズマは尋ねた。

「これは後天的なものなんだよな?」と。

有無を言わさず、四の五の言わさず、嘘は許さんと覇気を出すカズマを見て、イズは静かに視線を外し、何も無い虚空を仰いだ。この事から既にイズの答えは決まったようなものだが、絶望の淵に立たされた男の目には映らなかった。否、映っていたが現実を直視出来ずに脳が見て見ぬふりをしたのだ。

 

人間がこんなにも紙装甲なわけが無い。素が赤子の首と同じ防御力とか絶対ありえない。もしもそれが事実ならイズはとっくの昔に死んでるはずだ。イズの顔を見ていないから分からないが、恐らく背丈から俺やダクネスと同等かそれ以上の年齢だろう。ギルドカードにも年齢の欄に18と書かれているし、まさかそれまで一度も転けたことがないとか、誰かと喧嘩した事が無いわけが無い。それに大人になってこのステータスであるならば、幼少期の防御力はこれより下ということになる。無力な子供が、こんな体で生活なんてできないだろう。特に出産の際、確実に肉体が耐えきれず死んでしまう。だから、これはきっと呪いのせいに違いない。 そうであって欲しい。頼むからそうであってくれ。

 

カズマの推理は大まかで根拠のないものであるが、それでも自信があった。消去法で導いたものだが、こうでもないと辻褄が合わない。いや、合わせたいのだ。

 

「そうだよな? 呪いのせいだよな??だってお前、生まれた時からこんな防御力って、有り得ないもんな?」

 

茶色いブラウンの瞳を濁らせ、そう尋ねる男にイズは気まずさを感じた。

哀れな男。ただ視線を逸らし、目に浮かぶ答えを見ようとしない愚鈍な男。本来ならば、この様な目をした者と対峙した時、相手にすること無くどこかに走り出して逃げるのだが、カズマが万札でケツを拭いた後、丸めてトイレに流したような目をしている根源が自分にある以上、信念と覚悟を持って真実を伝えねばならない。

 

────イズは左右に首を振った。

 

「…え、ウソだろ?素でこの防御力?」

「死すべし」

「呪いのせいとか、そういう可能性は…?」

「死すべし、死すべし」

「──────ちッッくしょおおおお!!!」

 

カズマが泣き叫ぶように声を上げ、テーブルを叩いた。

ガシャンと皿が鳴り、人が少なくなってきているギルドに大きな音が響く。

またもや他の冒険者達から怪訝の目を向けられるが、そんなもの最早どうでもいい。

より大きな問題が目の前にぶら下がり大車輪を決めて存在主張しているのだから、今更人の目などという些細な事は気ならなかった。カズマの精神が正常ではなくなっているのだろう。SAN値チェックである。

 

「連れて行けねえじゃん!!こんなの冒険できないじゃん!!」

 

頭を掻きむしりながら発狂するように叫ぶカズマ。どうやらSAN値チェックに失敗したようだ。

運だけは良い男だとアクアから聞いていたが、本当はそうでもないのかもしれない。

 

別段、この身体の脆さに対して悲観も嘆きもした事は無いが、確かに不自由さを感じる時がある。

メルゴーの乳母には一撃で殺されるし、アメンドーズの光線には掠っただけで蒸発した。

ローレンスの炎には新聞紙のように燃えたし、ルドウイークやマリアやゲールマンに何度真っ二つに切り裂かれたか分からない。

そういう時には使い勝手の悪い、脆い身体だと思うのだが、それでも別段何ともない。むしろこの身体の脆さのお陰で、敵の動きを読み、躱す技術が特段に上がった。銃が使えないこともあってか、受け流すという狩人の戦い方には無い技術も習得した。

それにどんな一撃を受けても一瞬で逝けるから痛みも感じないし、そもそも全て躱せばいいだけの話なので防御力など必要ないと思うのだが、狩人ではないカズマたちにはマジェスティックでぶっ飛んだイズの思考回路など理解する事はできないだろう。

 

「ちくしょう…っなんで俺のいるパーティーばっかりこんなゲテモノステータスが…」

 

とうとうカズマがその瞳から涙を流し、恥も外聞も無視し、思いっきり泣きじゃくった。イズの驚異的なステータスが彼の中の"泣きそう"の域を出てしまったのだ。

……望んでこの身体に成ったとはいえ、ここまで他人に嘆かれてはどうにも変な気分になる。

 

実を言えば、イズはあの獣の夜に目覚めた時よりの記憶が、『生まれるべきではなかった』ということ以外、一切合切無くなっている。上位者となり、世界の理や真理を理解し、発狂し、血肉をぶちまけてなお、過去を刻んだ己の脳は何も映し出すことは無かったのだ。

故に、出生を問われれば分からないと答えるしかないし、夢への目覚めが己の出産みたいなもの。

カズマの聞く内容とは少し違うが、目覚めを己の生まれだとすれば"生まれたとき"からこの身体であるというイズの答えは、全く嘘ではないのだ。

 

「……」

 

未だ尚鼻をすすりながら双眼より塩水を流し続けるカズマに無言でダクネスは近寄り、カズマが持つイズのギルドカードを拝借した。どうやら机にうつ伏せて無残に泣く男を慰めるつもりは無いらしい。

 

ダクネスは暫くイズのステータスを凝視すると、トントンとカズマの肩を叩く。

 

「おいカズマ」

「……何だよ。今とてつもなく忙しいのだが?オレの傷ついたガラスハートを涙で優しく撫で続ける事に忙しいのだが? もしも、お前が今から話す事がくだらん内容だったら、スティールでパンツを剥ぎ取った上で水で濡らして、それを履かせた上で朝まで外に立たせるからな」

「っ…!? なっ、なんというハレンチなっ…!しかし、そんな事で私が屈すると思っているのか!甘い、甘いぞカズマ! わたしを満足させたいならこれの10倍は持ってこいっ!!」

「うるせーよほんと!!マジでうるせーよどうにかしろよこの変態をっ!!誰かどうにかしてくれよおおおおおお!!」

 

ダクネスの発言にカズマは再び悲鳴を上げ、嗚咽を漏らした。顔を赤面させ、何やら息を荒らげるダクネスに、イズは一人戦慄する。今初めてダクネスの変態性を見たイズは、彼女が己が啓蒙の理解を超える超人であると知ったのだ。

びしょびしょのパンツのまま野外で一夜立たせるなど、最早人のできる諸行では無い。

それを思いつくカズマもカズマだが、喜ぶようなダクネスは真の人外ではないだろうか。

 

────それに比べて自分はどうだろう。

 

腕力で勝て無いから技術に逃げた。

防御力が無いから回避に逃げた。

銃が扱えないからナイフに逃げた。

数で負けているから戦術に逃げた。

 

ダクネスの在り方は、私とは間逆。

誰もが嫌がることを喜んでその身で受け立つ。誰も行かぬ茨の道。そんなダクネスの生き方に、イズは心から尊敬した。

 

嫌なものから逃げ続けた自分には無い、一つの才能だと思った。

 

「おい、イズがダクネスを神聖な目で見てるんだが。頭ひっぱたいてやったほうがいいか?」

「止めてください、もげたらどうするんですか!?」

 

カズマの呟いた一言に、めぐみんが怒った。

『引っぱたけば首がもげる』

言葉にすれば妄言に聞こえるが、それでもイズなら本当に飛んでいくかもしれない。物理的に。

いや、実際は精神的にも飛んでいるのかもしれない。

一体どうやったらあの変態をあんな風に見れるのかさっぱり分からない。イズという男は、そのステータスと同じく思考もゲテモノの可能性が出てきた。

カズマは今後やって行く新たな仲間に、憂鬱な感情しか抱けなかった。

 

 

 

 

「よっしゃああああ!! やったあああああ!!」

 

時が経った数刻後。

 

先程の憂鬱な姿とはうって変わり、歓喜により雄叫びを挙げるカズマがいた。

己の内より迸る歓喜に絶叫し、荒れ狂う激情のまま席を立って腕を掲げ、拳を握っていた。

イズを除くパーティーメンバーから湿った視線を投げられるが、全く持って気にならない。寧ろそんな視線ですら、今は心地よくある。

 

彼が歓喜に震えている理由は、イズのステータスにあった。

 

イズのステータスにより絶望に暮れていたカズマであったが、彼女のギルドカードを隅々まで見ていたダクネスは、注目されていた防御力ではなく、スキルに目を通していた。

 

そこに記されるは未知のスキル。

 

今まで見た事も聞いたことも無い異形のスキルが、イズのスキル欄を埋め尽くしていた。

ダクネスはそれをカズマに伝え、確認を取らせた後に、カズマはギルド職員や冒険者たちに聞き回った。

こんなスキルを聞いたことはあるか。このスキルは知らないか。しかし、帰ってくる返事は全てが"NO"。

聞き回って分かったことは、これら全てがイズの固有スキルであると言う事だった。

 

その結果にカズマの顔は憂鬱から喜色に変わり、快哉を叫んでいる今に至っている。

 

「イズ、お前ならやってくれると思ってたよ。これだけ固有スキルが有れば、魔物討伐なんて楽勝だな。これからよろしく。このパーティーのリーダーとして、お前を歓迎する。頼りにしてるぞ…!」

 

かつて無いほど綺麗な瞳で、イズの肩に手を置くカズマ。いきなり触られたことでビクリと少しだけ肩を震わせたイズであったが、特に払う必要も無いかと考え濁りの取れた男の目を見つめ返した。

カズマは先程抱えていた感情を霧散させ、快くイズを受け入れた。否、取り込みにかかった。

 

イズはかつてモンスターを狩る職業についていたと言うが、あんな防御力でモンスターを"狩る"など不可能であり、初心者用のモンスターでさえ討伐が難しいという事を身をもって知っているカズマは、他の理由があると考えていた。

弱いステータスを補うための手段は数多にあるが、その中でも1番多いのは上等な装備か強力なスキルだろう。

あんなステータスでモンスターを"狩る"と言えほど余裕を持っているのなら、それなりに良いスキルが有るはずだ。

 

ギルドカードにはスキル名だけで効果や内容などの詳細は書かれていなかったが、あんなに持っているのなら一つぐらい使えるスキルもあるだろう。

 

笑顔になったカズマに、イズは胸をなで下ろした。そして同時に、こんな血塗れナメクジな自分を歓迎してくれるパーティーに出会えた事と、殺す事しか出来なかった自分が他人を笑顔に出来たことに喜びを感じた。

今まで人と接することが少なかった彼女にとって、こんな雑多な出来事であろうとも、全てが幸福に感じるのだ。

 

「イズちゃん!? あなた利用されようとしてるのよ!?そんな事で喜んじゃダメ、目を覚まして!!」

「シャラップ駄女神!!イズはもうオレたちのパーティーに入ったんだ!今更変更は認められなーい!」

 

いきなり180度意見を変えたカズマを見ていためぐみんとダクネスは、あまりのクズマっぷりに溜息を漏らした。大切な信者(なる予定)が悪の手に堕ちるのを食い止めようと、アクアは惚けるイズの肩を必死に揺らし、めぐみんとダクネスはもの言いたげな視線を送ったのだった。

 

 

 




イズさん、ギルドカードをつくる際、記入欄を自分で書いた訳ではなくめぐみんに書いてもらったので、性別の欄は女ではなく男となっています。

このすばのギルドカードの仕組みをよく分からないまま書いたので、間違っていたらご指摘して下さい。


イズ 人間形態 スキル名

【血の継承(ブラッドボーン)】

《派生スキル》

『震え』
 忌まわしき悪夢に囚われた、蟲に刻まれる烙印の一つ。長きに渡り宿らせた血の意志は、己が意思により真の姿へと形を変える。
 いつか貪り喰われる恐怖に怯えながら、蟲は血を這いずり燃え上がった。ただ、その欲に命じられるがままに。

彼女の血もまた、この血のように燃えていた。


『吸啜(リゲイン)』
 月香の狩人の基本技能の一つ。上位者となることで本来のリゲインが変質し、その効果を高めた。
 輸血はおろか、敵を切り付けた際の返り血すら糧とし、瀕死の重傷ですら復帰できる。
 他者の血を啜り立ち上がる。それは負け続けた全てを無駄にしないための、揺るがぬ意志であった。


『狩り』
 人ならぬ声の表音となるカレル文字の1つ。赤く滲んだそれには「狩り」の意味が与えられ、狩人狩りの契約に用いられた。

 狩人狩りの敵は、血に酔い、不吉な鐘に共鳴する狩人である。
 あるいは「狩り」の契約者に敵対するならば
何者であれ、すなわち血に酔った証しなのだ。


『獣性』
 人の穢れの一端。それは破滅に導く呪いであり、全ての人が等しく持つ凶暴性の具現である。
 奴らは肉を裂き血を浴びる快楽を求めるため、身を棄て己の力を高めた。たとえその先に、滅びしか無いと理解していても。
 だが、知性ある優秀な狩人はこれを利用した。獣の本能すら、己が力と変えるために。

 恐れることなかれ。苦痛とて我らの愉悦にならん。


『啓蒙』
 上位者と呼ばれる諸々の存在、その失われた智慧の断片によって得た啓蒙。
 超次元の宇宙悪夢的なものを含む、凡そあらゆる存在、魔術的な欺瞞や偽装など、限りなく正解に近い答えを見抜く力を得る。
 ただし、見えることが幸福であるとは限らない。
 それは天啓にも似て、だが決して理解できぬものだ。


※ここにはスキル説明を記入しましたが、ギルドカードには【⠀】と『 』の部分しか書かれておりません。


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