青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~ (カボチャ自動販売機)
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一章 亡命編
第1話 プロローグ


リーナメインの劇場版の特典小説を貰いました。気がついたら書いていました。
そんな作品です。


上から降ってきた植木鉢に、頭をカチ割られたという何ともあっけない死の記憶こそあるものの、神様的な存在に会った記憶もないことだし、この場合、転生、というよりは憑依と言うのだろうか。

 

 

ぼくは、気がつくと女の子として生まれ直していた。

それもただの女の子ではない。

 

アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

ぼくが愛読していた『魔法科高校の劣等生』というライトノベルにおいて、ゲストヒロイン的な存在として登場する、作中でも1.2を争う美少女であり、国内では最強の魔法師というぶっ飛びキャラ。

 

そのポンコツっぷり故に、作中ではその凄さが薄れてしまっていたが、こうして文字にしてみると、とんでもないキャラであることが分かる。

16歳にして日本の何十倍もでかい国で最強で、四葉がその総力を結集して完成させた司波深雪と同等の容姿を持つ。

ちょっと詰め込み過ぎなくらいに、チートなキャラである。

 

そんなアンジェリーナ・クドウ・シールズに転生もとい憑依して早12年。

12歳になったぼくは、軍人となった。

 

女の子になってるし、ここラノベの世界だし、そもそも転生したこと自体謎であるし、考えるべきことはたくさんあったが、時間が過ぎれば慣れるものだし、解決できないことは投げ捨てる。

 

女の子になったことで、変わったことは多々あったが、それも生活していれば慣れる。

この世界には『魔法』という現代ではあり得なかった事象が存在する。その存在によって分岐したのがこの世界であり、物語の要、それを操る者『魔法師』のいる世界だ。とはいえ、ファンタジー世界ではなく、近未来だ。

ラノベの世界とはいえ、基本は現代と変わらない。

少し家電が便利になって、交通が変わって、現金を使わなくなって、と変化していることは多いが、ファンタジー世界のように、魔法道具が主流で、馬車や竜で移動して、金貨や銀貨を使う――というわけではないのだ。ただ技術が進歩し、社会情勢が変わっただけ。驚きはあったが簡単に慣れた。むしろ、現代より便利になっただけだ。

最後まで頭を悩ませたのは、何故ラノベの世界に転生・憑依、なんてことが起きたのかということなのだが、これは数年考えた末に考えることを止めた。

答えなんて出ない問題であるし、それが分かったところでどうこうなるわけでもない。

今の状況を認め、過去を捨て、新しい人生を謳歌する。そう決めたのだ。

決めたのだが、世界がぼくにそれを許さなかった。

 

自分で言うのも何なのだが、作中、これでもかとその美しさを褒めちぎられているメインヒロインにして、主人公の妹、『司波深雪』と同等の美少女と言われていただけあって、ぼくの容姿はずば抜けている。

このアンジェリーナ・クドウ・シールズには、歌がプロ並みに上手いという設定もあるため、この容姿と歌で世界的大スターになれるのではないだろうか、と考えたものだが、そんなにイージーには進まなかったのだ。

 

ぼくの祖父は日本人であり、あの九島烈の弟だ。まだ国際結婚ウェルカムの時代であったとはいえ、元は他国の魔法師。そんな魔法師の血筋とあってシールズ家は肩身が狭い。

魔法師として使えることが分かると、ぼくは殆ど抵抗することすら許されず、半強制的に軍に入隊させられた。原作通りの軍人ルート突入である。

未成年にも容赦ない国の対応に涙が出てくる。

 

 

そして始まる軍人生活。

 

毎日毎日地獄のような訓練に、厳しい規則。

女にも全く容赦しないどころが、下手に容姿が良いだけにセクハラ、パワハラの連続。

軍のご飯は美味しくないし、休みは殆どなく、給料は雀の涙。

おまけに、ぼくの大好きなサブカルチャー、アニメ・漫画・ゲームなんかは、殆ど見れない・買えない・出来ない、だ。

 

 

三ヶ月もしないうちにぼくは決意した。

 

 

――こんな国、絶対亡命してやる!!

 

 

 

 

そうしてぼくの、亡命計画が始まる。




第2話も同時投稿していますので、よろしければ続けて読んでいただけると嬉しいです。


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第2話 スターズへの道

本日二話目です。


部隊と称されていながら、軍令上は陸・海・空軍と同格であり、陸軍、海軍、空軍、海兵隊に続くUSNA軍第5の軍系統。

原作初登場時、ぼく、アンジェリーナ=クドウ=シールズが、総隊長『シリウス』として所属していたUSNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊『スターズ』はUSNA最強の魔法師部隊だ。

 

スターズはさらに12の部隊に分かれており、各部隊の隊長に『カノープス』、『アークトゥルス』、『リギル・ケント』、『ベガ』、『リゲル』、『プロキオン』、『ペテルギウス』、『カペラ』、『アルタイル』、『アクルックス』、『アルデバラン』、『アンタレス』のコードネームがそれぞれ与えられる。

 

そして、それを統括する総隊長に与えられるコードネームこそが『シリウス』なのだ。

総隊長と言っても『シリウス』は指揮官というより監督者の側面が強く、造反した隊員を処分する処刑人という側面を持つ。

そのため、年齢・性別・経験に関らず魔法隊の中で最強の魔法師が選ばれる。

 

だから、アンジェリーナ=クドウ=シールズは高校生にも満たない年齢でスターズの総隊長『シリウス』のコードを与えられたのだ。

 

 

とはいえ、今のぼくはと言えば。

 

スターズ候補生部隊『スターライト』。

『スターズ』の隊員候補で構成されている部隊に所属しており、つまりは、スターズどころが、未だ正規軍人でもない。

北アメリカ大陸合衆国アリゾナ州フェニックスの郊外に造られたUSNA参謀本部直属魔法師部隊の育成施設にて、住み込みで訓練をしている段階、訓練生だ。

このフェニックスの訓練施設はスターズ隊員を選別する最終試験場でもあるらしく、ぼくは今、スターズ一歩手前の位置にいるのである。

 

ぼくの年齢は12歳。

訓練生の中では最年少とはいえ、訓練の成績はかなり良い方なんじゃないかと思う。魔法のスペックは原作通りぶっ壊れだし、身体能力も高く、頭も悪くないから魔法以外でも高水準を維持しているのだから。

 

フェニックスでの具体的な訓練期間や、スターズへの採用人数は教えられていないけど、この調子ならば、原作通り12歳の内にスターズの隊員になれるだろう。いや、なってしまう(・・・・・・)

 

前述の通り、スターズにはシリウスが、造反した隊員を処分するという規則がある。

スターズとはつまり選び抜かれたエリートであり、そのエリートの造反は国にとって大きな損害になりかねない。USNAは処刑人を用意するくらいに、造反による戦力、情報の流出を恐れ、その対策をしているということなのだ。

 

そんな環境で亡命など、不可能。

 

スターズになったが最後、亡命の難易度は一気に上がってしまう。

 

亡命までのタイムリミットはもうそれほど残されていないのだ。

 

亡命に必要な要素は大きく三つ。

 

まずは『逃亡』。

軍から日本まで逃げるための逃走ルートや、手段、軍の追手から逃れる力がなくてはならない。

次に、『保護』。

仮に日本へ逃げられたとしても、それではただの違法入国。逃げ込んだ先で、ぼくを保護してくれる相手がいなくては亡命は成功とは言えないのだから。

そして、その相手としては戸籍を用意できるほどの権力を持ち、USNAからの追求から逃れることのできる、高い地位の者でなくてはならない。

最後に『時期』。

いくら逃亡の手段や保護してくれる相手が見つかっても、逃亡する時期は考えなくてはならない。

現在スターズは、二年前の戦争によって総隊長ウィリアム・シリウスも含めた多くの戦力を失い、大きく欠員が出ている。スターライトの隊員が一人、逃走したところで、それほど戦力を割いている余裕はないはず。

 

タイムリミットこそ近づいているが、今は逃亡のまたとないチャンスだった。

 

 

「……でも逃亡ルートと保護先、この二つが問題だ」

 

 

現在ぼくは、このフェニックスの訓練施設から自由に出入りも出来ず、ほぼ毎日訓練でスケジュールはいっぱい、という納期直前の社畜のような日々を送っている。訓練をしながら、上官や訓練生の生活サイクル、施設の監視・警備体制など、逃亡に必要なデータを揃えてはいるものの、逃亡の目処は立っていない。

保護先に関しては全くの手付かずで、血筋故に最も可能性のありそうな九島家が最有力ではあるが、連絡手段がなく、こちらもどうにかなりそうな気配はない。

 

 

完全な手詰まり、そんな状況で、事態は大きく加速することとなる。

 

 

 

 

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズ准尉、訓練終了後、作戦指令室へ」

 

 

直属の上官であるユーマ・ポラリス少尉からの呼び出し。

いつものように訓練を開始したぼくに、なんでもないことのように告げられたそれは、長い間の訓練の中で一度もないことだった。

 

亡命計画は、自身の頭の中でのみ進めており、一切のデータを出力していない。つまり、それがバレたという可能性は極めて少なく、そうなると今、一番可能性が高いのはスターズへの昇格。

 

 

「シールズ准尉です」

 

 

スターズへの昇格が決定してしまった場合、どう行動するべきか、それを考えつつも、訓練終了後、すぐに作戦指令室へとやって来た。自分の早とちりの可能性もあるし、そうでなかったとしても、情報は早いに越したことはない。

 

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

簡素な木の扉を開けて中に入ってすぐに、敬礼。そこにはいつも通りのポラリス少尉と、もう一人。

 

ベンジャミン・カノープス。

スターズの第一隊長にして、シリウスが空席の現状、総隊長代理を務める、スターズの実質的なトップ。

登場こそそこまで多くはないものの、れっきとした原作キャラ。初めて生で目にした原作キャラにちょっと感動だが、今はそんな場合ではない。

 

この場に彼がいる。

教育機関の形式上の最高責任者である大佐ではなく、だ。彼は通常、ロズウェルの本部基地にいるはずで、そんな彼が、態々訓練施設までやってきた、ということは、この場がそれだけ重要な場だと言うことだ。

 

 

「さて、早速ではあるが、准尉。現在、スターズは総隊長職をはじめとして大きく欠員が出ている状態だ。欠員の可及的速やかな補充を望んでいる私としては准尉をすぐにでも恒星級の隊員として迎え入れたい」

 

タイムリミット。

そんな言葉が頭を過ったが、どうやらそれは早とちりだったらしい。

 

「准尉の訓練評定を見せてもらったが、素晴らしい成績だ。魔法力だけで評価するなら一等星級の能力がある。とはいえ、准尉はまだ若すぎる」

 

 

魔法師の軍人は、ぼくのように若い者も多いが、それでも12歳というのは幼い。スターライトの中でも最年少だったのだから、当然スターズの中でも最年少ということになる。もしもぼくだったら、いくら優秀でも、そんな中学生になったばかりの年齢の子供と、命を預け合わなくてはならないような仕事はしたくない。

 

「魔法師の年齢と能力は結び付かないが、軍人としての任務遂行能力には、やはり年齢に伴う思慮と自制心が必要だという意見が多い。当然、准尉を恒星級の隊員として迎え入れるにも反対意見は出るだろう」

 

 

これまでの話を整理すると、スターズは総隊長職をはじめとして大きく欠員が出ている状態であり、欠員の可及的速やかな補充が望ましい。ベンジャミン・カノープスとしては、ぼくをすぐにでも恒星級の隊員として迎え入れたいが、ぼくがまだ12歳と若すぎるため、スターズの隊員とすることに、反対意見が出てしまう、ということだろう。

このままだと話は、じゃあ反対意見出ちゃうからお前隊員にするの無理だわ、ということで終わりなのだが、態々ベンジャミン・カノープスが、この話をしに来たということは、これで終わりではないのだろう。

 

 

「そこで、だ。准尉にはボストンに赴き、犯罪魔法師の捜索・拘束に当たってもらう。准尉の力を証明して欲しい」

 

 

実戦任務。

これはつまり、実績をあげて反対意見を実力で黙らせろ、ということなのだろう。

ベンジャミン・カノープスは、どうしてもぼくをスターズに入隊させたい様である。

ちょっと、重り抱いて海に飛び込んでもらえませんかね。

 

 

「了解しました、サー」

 

 

頭の中では文句を言いつつも、ぼくは素直に、返事をして、任務を了承した。




カノープスさん、これでもう出番の予定がないという。

さて、明日も0時に投稿します。


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第3話 調査と準備

カノープスさんの出番はないと言ったな、あれは嘘だ。


軍が委託しているボストンの魔法研究に対する工作。

それは未登録魔法師の犯行と推測され、地元の警察では対処できそうにないことから、ぼくが任務として赴くことになった訳だけど。

 

軍の機密が絡んでおり、警察にも詳細は明らかにしたくないとか、軍の研究に携わる研究所を相手に破壊工作を仕掛けるような魔法師を相手は地方警察では難しいとか、この任務がぼくに回ってきた理由を色々付け足してはいるが、正直、カノープスがぼくを入隊させるために、ほとんどこじつけの様な形でぼくのところに持ってきたのではないか、と思う。

確かに、軍事機密は警察であっても漏らすべきではないだろうし、地方警察は非魔法師が殆どで戦力的に不安ではあるが、この程度の事件は日常茶飯事だ。

スターズの隊員にとっては、熟練の主婦がゴキブリを潰すような、不快な音で眠りを阻害するハエを叩き落とすような、その程度の任務。

 

実績とするには弱いような気がするのだけど、ベンジャミン・カノープスが欲しいのは、ぼくが実戦において成果を出したという事実なのだろう。

彼の立場なら、それだけの手札があれば、反対意見を押しきれるはずだ。

 

つまりこの任務は、ぼくがスターズへ入隊するための入隊試験であり、ベンジャミン・カノープスの仕組んだ茶番なのである。

ちょっと紐なしバンジーしてくれないかな。

 

 

「アシスタントとして、アンジェラ・ミザール少尉を付ける。上官ではあるが、准尉に命令する立場ではなく、アシストだ。試験官、とでも思ってくれ」

 

 

施設外での任務ならば、ワンチャン亡命の準備が出来るのではないか、と思っていたけど、どうやらアシスタントという名の監視が付くらしい。

 

 

「紹介しよう、彼女がアンジェラ・ミザール少尉だ」

 

 

ぼくへの用件が済むと、さっさと退室したベンジャミン・カノープスを見送り、ぼくは、直属の上官、ユーマ・ポラリス少尉に連れられ、今回の任務のアシスタントであるアンジェラ・ミザール少尉と引き合わされた。

 

ぼくよりも10㎝程高い165㎝程の身長、白人にしては濃い肌の色と、ややくすんだ黒髪の巻き毛。

アンジェラ・ミザール少尉は、人目を惹く華やかさこそないが、穏やかな美貌の持ち主だった。

ちなみに、22歳、独身。結婚しよ。

 

 

「ユーマ、後は彼女と二人で打ち合わせをするわ」

 

「そうか、アンジー、後の説明は君に任せる」

 

 

アンジェラ・ミザール少尉が、温和な、しかし砕けた口調で言うと、ユーマ・ポラリス少尉もまた、親しそうな口調で返し、部屋を出た。

二人は同じ恒星級で少尉同士、気安い付き合いをしていることは想像に難しくない。

もし、気安い以上の関係だったら明日からぼくの上官は行方不明により、変わることになる。

 

「そういえば、シールズ准尉もアンジーなのかしら?」

 

ユーマ・ポラリス少尉が「アンジー」と呼んだからなのだろう。アンジェラ・ミザール少尉は、ぼくに座るよう促すと、開口一番、そう尋ねてきた。

 

 

「そう呼ばれることもありますが、私のことは「リーナ」とお呼びください」

 

「わかったわ、リーナ。なら、私のことは「アンジー」と呼んでね」

 

 

上官をアンジー、なんて気安く呼ぶとか難易度高いぜ、と思ったが、タブレット型の端末を見せられながら、アンジェラ・ミザール少尉から任務の詳細を説明されると、その理由が分かった。

 

 

「国内の任務だけど、軍事機密が絡んでくる関係上、私たちは軍人の身分を隠して行動するわ。だから、この基地を出た瞬間から、私たちは上官と部下ではなく同じ研究所で被験体になる年の離れた友人同士。気安く呼び合うようにしましょう」

 

任務中、ぼくとアンジェラ・ミザール少尉、アンジーは一時的に研究所所属となる、ということで仮の人物設定が存在してるらしい。

 

ぼくが、リーナ・シールズ。

アンジーが、アンジー・サイモン。

 

安直過ぎる偽名ではあるが、元の名前が有名なわけでもないのだ、変に捻る必要はない。

 

 

その後、二人で自身の演じる人物像についてより入念に打ち合わせをし、解散した。

 

どうやら、脱走をするための時間はもうあまり残されていないらしい。

 

 

 

急な作戦にもかかわらず、出発は明朝。相変わらず強引かつこちらの都合を何も考えない軍の対応に涙が出てくる。

 

というわけで、出発が明朝なため、すぐに明日の準備をしなくてはならない。

必要な荷物をキャリーケースに詰め(と、言っても私物は極端に少ないのだが)、巧妙に隠しておいた情報端末を取り出す。

あまり軍への忠誠心のなさそうな、外来の業者に死ぬほど嫌だったが色仕掛けして、融通して貰ったものである。訓練生には情報端末はおろか携帯端末すら所持が認められていないため、脱走のためには入手が必須だったのだ。これがあると情報収集能力が極端に向上し、外部の保護先へと連絡することもできるのだから。

とはいえ、軍もこの施設内において許可のないネットワークへのアクセスがあれば、すぐに分かるようにしており、いくらこの情報端末が軍の傍受にも引っ掛からない特別仕様である、と太鼓判を押された代物だとは言っても、そう安易に使うことはできなかった。

 

しかし、何日も部屋を空けることになる長期任務に出るとなるとこの情報端末は処分せざるを得ない。

巧妙に隠しているとはいえ、何日も部屋に放置しておくのはリスクが高すぎるし、任務に持ち出すなんて出来るわけがないので、どう考えても処分しか道がないのだ。

 

「……なら、賭けてみるべき、だよね」

 

 

任務に出てしまったら、監視が付く。新たに情報端末を入手するのは不可能に近い。それに、スターズの正規隊員になってしまえば脱走自体がより困難になってしまう。

 

脱走のタイミングとしては、もうこの任務中しかないのだ。

ならば、リスクを犯すなら今。

 

覚悟を決めたぼくは情報端末の電源を入れ、情報収集をすることにした。

この情報端末を融通してくれた男は情報ネットワークにやたら詳しく、どうやら軍のサイバーテロ対策やら、国家安全保障局やらと、凄い功績があるようなのだけど、本人の自己申告であって、確かな情報ではなかったため、中々信頼できずにいたのだ。

そもそも、12歳の女の子に、上目使いで小首かしげてお願い(色仕掛け)、とされただけで、情報端末をほいほい渡してしまうロリコンが元軍人とは思いたくない。

 

 

「あ、本当に問題なく使える」

 

 

思いたくはなかったのだが、制限に引っ掛かることなく、ネットワークに接続できた。

どうやら本当に彼はそういう職に就いていたらしい。やっぱりこの国から早く出た方が良い。

 

ぼくは思わぬことで決意も新たにしつつ、情報収集を開始する。

まず調べるのは、これから赴く任務地について。

 

ボストン、ウエストエンド地区にあるショーマット魔法研究所。

とはいえ、軍の施設、大した情報は調べられないだろう、と思ったのだが、この情報端末、有能なことに、軍の機密まで閲覧できた。セキュリティレベルが極端に厳しい情報は閲覧できない様なのだが、十分調べることができる。

 

 

アビゲイル・ステューアット。

ショーマット魔法研究所の研究室の一つを任されている若き天才。

 

何故、彼女のことが目に留まったかといえば、彼女が任されている荷電粒子線魔法兵器研究室、その論文が、明らかに、ヘビィ・メタル・バーストとブリオネイクの前身であろう、というものについてだからだ。

 

恐らく、この任務がアンジェリーナ・クドウ・シールズという少女にとって分岐点となるのだろう。

 

彼女が戦略級魔法師となる、その分岐点。

 

 

「……時間がないな」

 

 

調べものというのは、案外時間がかかるもので、既に時刻は朝、と言っても良い時間になっており、この情報端末の処分を考えると、出発まであまり時間はない。

 

 

ぼくは、前から考えていたある仕掛け(・・・・・)をした後、情報端末を処分し、少しばかりの仮眠をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、普通に寝坊した。

12歳の少女に徹夜は無理でした、テヘペロ。

 




本日も二話投稿していますので、よろしくお願いします。


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第4話 魔法少女

本日二話目ですので、お気をつけを。


「こちらがアビゲイル・ステューアット博士、このCPBM研究室のリーダーよ。リーナには表向きここでアビーの研究に協力する、ということになるわ」

 

「よろしく、リーナ。私のことはアビーと呼んでね」

 

 

アビゲイル・ステューアット博士、アビーは赤毛のショートヘアーであるためか、ユニセックスな印象を受けるが美形で、偉ぶった感じはなく、近所のお姉さんのような距離感で話してくれた。惚れた。

 

 

こうして始まった任務は昼間と夕方で全く違うことをする、二足の草鞋のスパイの様な生活となった。

 

昼間は午後二時過ぎまで研究所で実験台。

スターライトの訓練ほどではないものの任務のついで、偽装のための仕事にしてはきつい。が、訓練とは違って、アビーが「頑張って」、と励ましてくれるからいくらでも頑張れる。

 

そして、それが終われば、スターライトとしての任務だ。どこに潜んでいるのか分からない敵に姿を見せることと、土地勘をつける、という二つの目的で、日が暮れるまでボストンの街を徒歩で歩き回り、自転車で走り回る。完全に遊んでいるだけの子供ですね。

 

自転車とか今世では初めて乗ったから、最初全然乗れなくてアンジーに暖かい眼差しで見守られた。どうも寝坊した時から完全に子供扱いをされている気がする。死にたい。

 

言い訳させてもらうと、別にぼくはただ歩いたり自転車を漕いでいるわけではない。

周囲の地形は頭に入れているし、しっかり「敵」に姿を見てもらえるように工作をしている。

 

 

街中で勝手に魔法を使うことは勿論、法律で禁止されている。

魔法師の存在する世界では銃刀法違反の様なものなのだから当然だろう。何せ核よりヤバイ魔法を使える男子高校生までいるのだからこの法律がなければ街が世紀末になる。

だから日本もUSNAも街中の許可なき魔法の使用を禁止しているわけなのだが、USNAの場合州によって規制される程度が異なっている。

魔法を無許可で実際に行使することを禁止する、という点は各州同じだが、ボストンがあるマサチューセッツ州では公的、私的空間を問わず、第三者の有無を問わず、事前の許可なく魔法を行使することを禁じている。

 

しかし抜け道があって、マサチューセッツの場合、実際に発動させなければ魔法式を構築しても犯罪にはならない。想子(サイオン)を放射する無系統魔法は「魔法かどうか」の区別が付きにくいこともあって事実上黙認されているのだ。無系統魔法を厳しく取り締まると、その性質上、教会のミサまで規制の対象になってしまうという点が過去、問題になったからだ。

 

そのルールを逆手にとって、ぼくは弱い無系統魔法で想子(サイオン)をまき散らしながら街を走り回っているのだ。

こうすれば分かり易く「敵」の目に付き、姿をみせる、という目的を達成しやすくなる。

 

まあ、見た目上はやっぱりただ遊んでいる子供にしか見えないかもしれないが。

 

 

「リーナ、三ブロック先でひったくりが発生しました。犯人は魔法師ではありませんが、近くに有名な魔工師ショップがあります」

 

「了解」

 

日が暮れてきた頃、ワゴン車の運転手を務める【ドライバー】の声にぼくは出動の準備を整えた。

【ドライバー】というのは今回の作戦の支援要員のコードネームだ。他にも「ブラッシー」「スプーン」「バッフィー」「クリーク」「ロング」「ミドル」「ショート」「ウェッジ」などのコードネームで呼ばれる支援メンバーがいる。

当然、彼ら(もしくは彼女ら)がいるため、亡命作戦は何一つ進んでいない。事前の調査と、自分の足で覚えた土地勘によってボストンからの逃亡ルートはある程度考えることが出来たのだが、実行は出来そうにないため無意味だった。

 

ぼくはため息を一つ吐いて、目の周りを覆う申し訳程度の仮面を着けた。

 

言うまでも無く、ひったくりの取り締まりはスターズの仕事ではないし軍の仕事ですらない。

 

しかし、現場付近は魔法関係の店舗や小規模工場が集まっている地域だ。USNAの魔法工学技術はドイツと並んで最先端と評価されており、個人の製品であっても輸出規制の対象になっている関係で、有名な魔工師のチューンナップ製品はスパイにとって十分成果になり得るらしい。

つまり、ここでぼくが無意味な活躍を見せることで、闇に潜んでいる工作員の間で噂をしてくれる可能性があるということだ。

昨夜まではこんなしょぼい事件ではなく、ちゃんと魔法師による犯罪を追いかけていたのだけど、魔法師の稀少さを考えれば当然のこととはいえ、中々その現場に遭遇できなかったのだ。

そのため、今夜から方針を変えたのである。

 

 

さて、ぼくの名誉のために最初に言っておくと、ぼくは今、激しく死にたい衝動に駆られるくらい猛烈に恥ずかしく、街を徒歩、自転車で走り回るのは今世紀最大の恥辱だったと言っておこう。

 

 

ぼくは、火の明かりに、古風な街並みが影絵の中から浮かび上がっているボストンの街へと飛び出す。

 

こうして研究所があることからも分かる通り魔法研究者から人気を集めているこの地の人気の理由は、この一見古い街並みが魔法のオカルティックなイメージにマッチしているから、という単純かつ胡散臭いものなのだが、この街を一目見れば、そんな気持ちは無くなってしまうに違いない。

石造り、レンガ造りの外観を持つ建物の陰から、この世のものならざる者たちがふと顔をのぞかせそうな雰囲気。

正しく魔法使いに相応しい。

 

そう、相応しいのだが――。

 

 

小さな女の子が着るような、フリルでいっぱいに飾られたミニスカート。しかも、アンダースコートを着けているとはいえ丈は膝上十センチ。

 

脚にはこれまた小さな女の子か穿くような、膝上まであるボーダー柄のソックス、ローヒールのパンプスはストラップ付きの可愛いデサイン。

 

オフショルダーのぴちっとしたカットソーは丈が短くへそが見えている。

両手にはリボンが付いた手袋、頭にも大きなリボンをつけている。

 

完全に魔法少女ルックであった。ゴリゴリの、完膚無きまでに完璧な、魔法少女ルックであった。地獄である。

 

この格好で街を走り回らされたぼくの気持ちが誰に分かるだろうか。

小さな子供からでさえ後ろ指を指されるぼくの気持ちが!

大体ぼくはスカートだって穿きたくなかったのだ。それをいきなりこんなレベルの高いコスプレで街に放り出すなんて鬼畜なんて言葉じゃ生易しいくらいだ。

 

最初、任務の衣装だとこの服を渡されたとき、即座に亡命計画を遂行するか本気で悩んだ。

現実的に実行不可能だったからぐっと堪えたけどね!その結果、これである。

その場でアンジーに試着させられて、参考写真とか言ってパシャパシャ撮られて、泣きそうになったけど、街を歩き回らされることになるとは思ってもみなかった。

とりあえず、ぼくが亡命する時、アンジーには同じ目に合わせる!魔法少女の衣装着せて、街に放り出す!

 

そんなことを考えていたからだろう。

 

 

「止まりなさい!」

 

 

停止を促すと同時に強盗の腰から上の高さに対物障壁を展開する。

魔法による防御を纏っていない生身の人間が魔法障壁を突破できるはずもなくひったくり犯は、もんどりを打って背中から落ちた。

ひっくり返ったモーターボードの車輪が小さな軋しみを上げながら空回りする。

 

コメディ映画のような光景に、夜道を歩いていた人々が呆気に取られた目を向けている。

 

髪に隠れたイヤーフック型の通信機から、アンジーの呆れ声が耳に届いた。

 

 

『リーナ……すぐ目の前に壁を作ったのでは、止まる暇なんて無いでしように』

 

 

全くもってその通りである。ぼくのアホさが諸に出てしまった。ま、まあ、どうせ止まらなかっただろうし、結果オーライだよね。

 

が、ぼくのアホさは留まることを知らなかったらしい。

 

 

「アンジー!今のは、状況判断でですね、即座に停止させた方が良いとですね……」

 

 

これ以上アホの娘だとは思われたくない、と釈明の為に思わず大きな声になってしまったのがいけなかった。通信機越しのアンジーに話し掛けたのが、周囲の通行人にも聞こえてしまったらしい。

 

 

「アンジーって?」「あの子の名前じゃない? ほら、コミックヒーローって、こういう場面で名乗りを上げるでしょ?」「あの子、アンジーって言うんだ」

 

「ち、違います!」

 

 

反射的に、 野次馬に向かって言い返す、が次の言葉は出てこなかった。ぼくの愛称がアンジーであることに間違いはなく、しかし、ぼくが呼んだのはぼく自身のことではなく、通信機の向こうのアンジーであって……、とテンパっている内に通行人の会話が思わぬ方向に進んでしまっているからである。

 

 

「えつ、アンジーじゃないの?」「じゃあ、アンジーって誰だ?」

 

 

怒られる、これは怒られる。

アンジーという名前はミザールが隠密行動を取る予定になっている名前だ。人々の記憶にこの名前が残ってしまうと潜入がやりづらくなってしまう。

 

この時のぼくは、次々と起こる問題にキャパオーバーを起こしていたのだと思う。

 

翌々考えてみれば、アンジーなんてありふれた愛称、人々の記憶に残ったところで問題ないし、そもそも、ぼくとミザールとでは身長やら体型やら年齢やら、いくらぼくがこんな無惨なコスプレで変装していようと、別人だと分かるくらいには違いがあるのだから、潜入に支障なんて出るわけもなかったのだ。

 

なのにぼくは、この状況をなんとかしなくては、という使命感に駆られ、とち狂った行動に出てしまう。

 

「魔法少女リーナ参上!」

 

 

名乗りを上げながら、くるっと回って、目の近くで横ピースをしてウィンク。

ポーズを決めたところでぼくは思った。

えっ、何してんのぼく?と。

 

 

『リーナ、貴女何を言っているの?』

 

 

アンジーの少しも笑っていない、えっ何こいつ?どうした?的な純粋な心配を含んでいるのであろう困惑の声がぼくの胸を抉った。

 

 

 

激しく死にたい。




主人公の黒歴史を量産していくスタイル。

さて、明日も0時に投稿します。


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第5話 コードネーム

「イカれた小娘が!」

 

人々の恐怖をかき立てる敵意に満ちた叫びは、ぼくにとって救い以外の何物でもなかった。

ポーズをとったまま、周囲の沈黙に耐えるという地獄から解放してくれたのだから。

 

 

「ふざけやがって!」

 

 

声の主に視線を巡らせると、少し先の道端に駐められたワゴン車の横で、中年の男が銃を構えていた。

どう考えてもぼくがテンパって障壁魔法で倒したひったくり犯の仲間。

 

モーターボードの航続距離は短い。

まだ路上で呻いているひったくり犯は、このワゴン車で逃亡するつもりだったのだろう。

奇しくもぼくにとっては、羞恥心の底無し沼から救ってくれた恩人とはいえ、大人しく撃たれてやる義理もない。

男の銃の腕がとんでもなく下手で、銃弾が明後日の方向に飛んでいく可能性を考慮して、ぼくは防御ではなく先制攻撃を選択した。

不意を突かれない限り戦闘訓練を受けた高レベルの魔法師に通常の銃は驚異にならない。こんなしょぼいひったくり犯がわざわざ対魔法師用に威力を高めた特殊な銃を持っているわけがないのだから。

で、あるならば、先制攻撃することに躊躇いはない。

 

 

流星の手(ミーティア・ハンド)

 

 

ぼくが最も得意とするのは放出系。

その基礎といえる魔法、【スパーク】は汎用性が高く、使用頻度の高い魔法であるのだが、非魔法師を相手取る場合、やや威力の調整が面倒である。

そう考えたぼくが開発したのがこの無系統魔法【流星の手(ミーティア・ハンド)】だ。

格好良さ気なネーミングだが、実際は何の変哲もないただのサイオンの糸。相手に直接電撃を発生させるよりも、これを伝ってスパークを使う方が威力の調整が容易になるのだ。それ以外にも色々と応用の利く便利魔法で、ぼくは多用しているのだけど、ぼく以外にこういう風に使ってる人は見たことがない。一見簡単そうな魔法ではあるが精密なサイオンのコントロールが必要で、極めて難しいらしいからだ。まあ、かゆい所に手が届く、孫の手的な魔法だし態々覚えようと思う人もいなかったのだろうけど。

 

「うがぁっ!?」

 

声を上げながら気絶した男の手からこぼれ落ちた拳銃を対物シールドで包む。銃弾の雷管は電気式じゃないから、まず大丈夫なはずだが、万が一に備えてのことだ。暴発でもされたら、ぼくはともかく、民間人に被害が出てしまうからね。

 

 

『リーナ、後の処理はブラッシーチームが引き継ぎます。男はそのまま放置、ドライバーに合流し帰還しなさい』

 

通信機からアンジーの命令があったため、ぼくは夜空に翔び上がり、民家の屋根を伝ってその場を去った。

 

 

その姿を野次馬のカメラが捉えていたことなど、何も気にせずに……。

 

 

 

 

 

 

「リーナ、食べないの?」

 

 

朝食、テーブルで頭を抱えているぼくに、アンジーの優しい声がかけられたが、とても顔を上げる気にはならなかった。上官に対して取るべき態度ではないと分かってはいたが、頭は鉛の様に重く、心はそれよりも、もっと重たい。

 

「まあまあ、そっとしておいてやれよ、アンジー。リーナが顔を上げたくない気持ちも分かるだろう?」

 

 

ちゃっかり同じテーブルにいるアビーの取りなしに、アンジーは「仕方無いわねぇ」とでも言いたげな苦笑いを漏らす。

 

「はい、テレビを消したわよ。リーナ、もう大丈夫でしょう?」

 

テレビを消した、という一言にぼくは顔を上げる。ぼくが頭を抱えてテーブルに突っ伏していたのは、昨晩の事件がニュースになって流れていたからだ。

恐る恐るテレビを見て、確かにブラックアウトしているパネルにホッと一息吐く。が、気分は最悪だった。

視界にある鏡に写るぼくの顔には、生気が無い。自分で言うのは何だけど、快晴の青空を封じ込めたサファイアの煌めきの様と称される瞳も、死んだ魚の目のようにどんより曇り空。こんな状態でも美少女は美少女のままではあるのだから恐ろしい(強がり)。

 

 

「リーナ、元気を出しなさい。陽動の役目は上手く果たしたんだから」

 

「そうだよ。多少可愛い(・・・)トラブルもあったみたいだけど、その点で言えばこの上ない結果じゃないか」

 

 

アンジーに続いてアビーがぼくを慰める。

 

陽動と引き換えにぼくは大事なものを失った。

幼女向け魔法少女のコスプレをして街を走り回り、魔法少女リーナと名乗ってドヤ顔でポーズを決めたのだから。

いくら慰めてもらっても、しばらくは立ち直れそうになかった。

そんな無反応のぼくに代わって、アビーのセリフに反応したのは、アンジー。

 

「ちょっと待ちなさい、アビー。何故貴女がトラブルのことまで知ってるの」

 

アンジーの視線は友人に向けるには、それなりに鋭いものだったが、アビーの表情は小揺るぎもしない。

昨夜のトラブル――ぼくが魔法少女などと名乗りポーズを決めたこと――は、テレビでも新聞でも報道されていないはずのことだ。されていたらぼくは今頃死んでいる。

 

「魔法に関わるニュースなら、テレビや新聞だけで満足していられないのが私たちの立場なんだよ、アンジー」

 

 

つまり、アビーには独自の情報網で、テレビのニュースより詳しく、あの時のことを知られているらしい。絶望した。

只でさえアンジーには、寝坊事件やら、自転車乗れない事件やらで子供扱いされている感があるというのに、このままではアビーからもそんな扱いになってしまう。

 

 

「そう……、まあ、ここは貴女の地元みたいなものだから、そういうこともあるかもしれないわね。取り敢えず納得しておくわ」

 

「取り敢えずとは失敬だね。私は嘘など吐いていないよ」

 

 

ぼくの悩みなど関係ないとばかりに、二人は若干ギスギスとした緊張感のある雰囲気の中、腹の探り合い。

アンジーの言い方から察するに、アビーには昨夜の任務の内容が一切話されていない様だし、今後も報告はしないのだろう。アビーは今回の任務では、協力者でしかなく、あくまで仲間ではない、というスタンスということだ。

つまり、アンジーはアビーに、今回は見逃すが手を出して良い範囲を間違えるな、と牽制したのである。

 

しかし、アビーのこれまでの言動、性格から察するに無駄な気もする。

アビーは研究者だ。多くの研究者がそうであるように、彼女もまた、自身の研究に対して貪欲であり、小さな事でも気になったら止められない、好奇心と知識欲の塊。

その上彼女は17歳の若さでショーマット魔法研究所の研究室の一つを任されていることからも分かるように、天才肌な人間で、他人の都合が目に入らない唯我独尊タイプでもある。

牽制くらいで彼女を止められるとは思わなかった。

 

きっと、この任務中、何度かこういう場面を目撃することになるのだろう。

 

 

「それにしても、予想外に効果的だったんじゃないか?」

 

話題は再び、ぼくに戻った。

アビーは、自分とアンジーの間に形成された緊張を無かったことにしたくて、敢えてぼくを弄っているのかもしれない、と思ったが、アンジーに睨まれても、小揺るぎもしなかったのに、その顔には嗜虐的な笑みを浮かべている。ただのドSでしたね。

 

「何処の所属かは知らないが、君たちが探している敵性工作員も疑心暗鬼に陥っていることだろう。あの「魔法少女」は一体何なんだ、とね」

 

 

再びテーブルに突っ伏しそうになるのは、何とか堪えた。上官がテレビを消すという譲歩を示しているというのに、階級が下のぼくがその気遣いを無にする真似は駄目だろう。

 

 

「『魔法少女』ねぇ……」

 

「未だに大勢のファンを持つジャパニーズアニメーションの一大分野さ。かくいう私も時々見ている」

 

「オタク」

 

「んっ、私がオタクかどうかは置いておくとして、あれには、魔法研究者にとって中々興味深いところがあるんだよ。それに、一口に魔法少女と言っても本当にメルヘンチックなものからサイバーパンクなものまで、実に多種多様なんだ。リーナのコンセプトは……」

 

 

アンジーのオタクという指摘に、咳払いをした後、早口で捲し立てたアビーが思案顔でぼくに目を向ける。

 

このオタク、話を逸らすためにぼくを話に出しやがった。大体、コンセプトって何!?

 

アビーは17歳という若さで研究室の一つを任されていることからも分かるように、USNA軍にとって重要な研究者らしい。いくら実力主義と言っても、研究者というのは研究のため、国家や軍の機密を多く取り扱う性質上、年齢というのは大きく考慮されるべき項目だ。にもかかわらず、この若さでアビーがそれを許されているということが彼女の能力の高さを如実に表しているのだ。

 

その天才が、魔法少女語りをしており、その魔法少女がぼく、というのは素直に絶望する。

 

「正統派美少女魔法少女、かな」

 

「少女が重複しているじゃない」

 

呆れ気味のアンジーのツッコミには大きく同意する。そもそも、正統派の要素がどこにあるのか不明だし、美少女魔法少女って、魔法美少女じゃダメなんだろうか。いや、そういう問題ではないんだけどね!そもそもぼくは、魔法少女であることを認めてないし!

 

「魔法少女だけではリーナの、ほんの一面しか表現していないだろう? 正統派であり、美少女、そして魔法少女、全てが揃ってリーナという魔法少女は完成しているのさ。まあ、お約束というやつだよ」

 

「お約束、ねえ……まあ、確かに美少女という要素はあってしかるべきよね、リーナは。アビーから作戦に魔法少女を取り入れるよう提案された時、了承したのは英断だったわよね、とても可愛かったもの」

 

アビーの妄言に何故かアンジーも乗っかってきた。

なんで、了承しちゃったんでしょうね!?というか、やっぱりあの衣装はアビーのせいだったのか!最後に、アンジー、決して英断ではないし、キャラが崩れてきてるよ!頬を赤くするの止めて!最初の頼れるお姉さんキャラのままでいてください!

 

「あの、私は仮面で顔を隠していましたから、美少女かどうかは分からないのでは?」

 

このままこの流れに身を任せていては正統派美少女魔法少女という謎の称号が確固たるものになってしまう。正統派は意味不明だし、アビーのこだわりからして魔法少女を覆すのは難しそうだから、まずは美少女から攻める。

 

「あの程度の小さな仮面で君の美貌は隠せるものではないさ」

 

ですよね!はい、論破されました。

美貌かどうかはともかく、目の周りを隠すだけの仮面しかつけていなかったのだから、人相を隠すのは無理だったろう。

つまり――

 

「仮面の魔法少女、プラズマリーナ。うん、ヒロインに相応しい」

 

 

アビー命名、プラズマリーナの爆誕である。

 

結局、正統派と美少女は無くなったのかーい!というぼくのツッコミは声に出ることはなかった。何せ――

 

 

「プラズマリーナというコードネームは良いわね、インパクトがあるわ。採用よ」

 

 

――プラズマリーナが、正式にコードネームになったからである。

 

死にたい。




主人公の黒歴史を量産していくスタイル2。

さて、明日も0時に投稿します。


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第6話 戦略級魔法

軍が計画した以上にぼくの「魔法少女」姿が広まったので、日がある内の活動は今後控えることになった。というかぼくはもう亡命するまでまともに外を歩ける気がしない。素顔を知られても他人に覚られず行動できる魔法を持ってはいるのだけど、とても外出できる気分ではない。できれば埋まっていたいくらいだ。

が、ぼくは、バカンスでボストンに来たのではない。任務である。

 

夜は予定どおり陽動任務に携わるとしても、日中は研究所の実験――つまりはドSオタクのアビー大先生――に協力しなければならない。

本当は正式な任務は陽動だけであるし、夜に備えて休んでいても良いのだが、アビーのお願い攻撃に負け、了承してしまったのだ。

何だかんだ言っても、美少女であるアビーに可愛くお願いされたら断れなかったよ……。小首傾げてお願いって反則だと思うんだ。

ここ数日で、研究室の人たちがアビーに甘すぎるとは思っていたけど、絶対アビーの美少女力に屈したんだと思う。

まあ協力することは良しとしよう。

ぼくにとって、この研究は悪いことではない――どころが、恐らく必須なのだ。

 

何せ、アビゲイル・ステューアットという若き天才博士の新魔法開発(・・・・・)の研究とは。

 

原作において、アンジェリーナ・クドウ・シールズの、正確にはスターズの総隊長、戦略級魔法師で十三使徒の一人、アンジー・シリウス(・・・・ ・・・・)の、十三使徒最強の威力を誇る戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』の元となった研究なのだから。

 

 

 

 

「リーナ、『ムスペルスヘイム』という魔法を知っているだろうか?」

 

 

アビーの研究室に赴いてすぐに、こんな質問を投げけられた。

 

「はい、一応発動もできます」

 

スターライトの中でぼくがスターズ候補一番手に挙げられているのは『ムスペルスヘイム』という高等魔法を使えるからというのもあるだろう。出力と範囲は実戦に堪え得ると評価されており、スターライトではぼくの代名詞となりつつある。ムスペルヘイムのアンジェリーナ、みたいなね。当時は嫌だったけど、今となっては素晴らし過ぎる。魔法少女プラズマリーナに比べれば格段にマシだ。

 

「それはすごい」

 

アビーには、ぼくの情報はほとんど伝わっていないだろうから、そこまでは知らなかったようで、お世辞ではなさそうか賛辞を口にした。照れる。

 

「恐縮です」

 

「固いなぁ。もう少し可愛らしい態度の方が好みなんだけど。ほら、ちょっと上目遣いしてみてくれ」

 

「アビー、パワハラでセクハラです」

 

「リーナ、君にはサービス精神が足りないな」

 

アビーは古典的なアメリカ人の様に、両手を広げて首を傾げて言う。やれやれとでも言いたげだが、それはまるっきりこちらの台詞である。しかし、口に出すわけにはいかないため、ジトッとした目を向けておく。

 

「まあ良い、それは後でやってもらうとして本題に戻ろう。君がムスペルヘイムを使えるのであれば、その説明は省いて話そうか」

 

 

後でもやることはないのだが、このままではいつまでも話が進まないのでスルーする。

 

 

「私が現在取り組んでいる新魔法は、ムスペルスヘイムを開放型の軍事魔法にすることだ」

 

「開放型?」

 

 

この文脈で使われるには聞き慣れない言葉に、思わず、オウム返しに問い返えすとアビーは嬉しそうに話始めた。

 

「ムスペルスヘイムをはじめとする領域魔法は、魔法の効果を、一定の空間にのみ及ぼすものであり、魔法の効果を限定空間に閉じ込めるものと言い替えることができる」

 

抑えているのか控えめにではあるが、アビーの声は弾んでいた。どうやらアビーは人に教えるのが好きなタイプらしかった。

嬉しそうに大人ぶって話すアビーが堪らなく可愛いです。

 

「開放型というのは魔法により新たに生み出された事象を、限られた領域に閉じ込めず拡散させるタイプのことだ。魔法により改変された事象は、魔法の作用が無ければ消えてしまうものと、魔法とは独立の物理現象として残るものがある。後者の、例えば高エネルギープラズマを、魔法力を使って狭い範囲にわざわざ閉じ込めておくのは無駄だろう?」

 

やばい、アビーが可愛くて話に集中出来てなかった。つまり、狭い範囲に閉じ込めてしまっているのを拡散させたい、ということなのだろうか。

 

ここはとりあえず頷いておこう。

 

 

「そうですね」

 

「とはいうものの、ただ拡散させるだけでは威力がすぐに減衰してしまう。それでは兵器として使えない」

 

兵器。

そう、今、開発されようとしている魔法は兵器だ。

やがて、「一度の発動で人口五万人クラス以上都市、または、一艦隊を壊滅させることができる魔法」である戦略級魔法となるのだから。

17歳という若さにして、既に開花している類い希な才能。原作において、あの司波達也でさえ手放しで絶賛する天才博士アビゲイル・ステューアットという少女が如何にして魔法の兵器利用の研究などしているのか。

ぼくの、そんな考えが顔に出ていたのか、アビーが言う。

 

「私が何故、魔法を兵器にする研究をするのか疑問かい?」

 

アンジーに開かれれば、叱責は免れない、軍人として不適当な質問だろうが、ぼくはそれを口にした。

 

「アビー、貴女程の人なら、兵器ではなく、魔法の平和利用の途にも貢献できるのでは?」

 

「魔法を兵器として利用することが、良いことだとは思わないし、魔法の平和利用というのも興味深くはある」

 

興味深い、というのは嘘ではないだろう。

数日の付き合いで分かったが、彼女の言葉には嘘がない。それは天才故の傲慢さなのか、それとも純粋さなのか。それは本人だけが知ることだが、彼女は口にしたことに責任を持つ。

だから、彼女の言葉には嘘はない。

 

 

「だが現実に、その需要があるのは兵器としての魔法だ。実際、スターズを筆頭に魔法は兵器として使われている。ならば魔法を抑止力にすることも考えなければならない。

私は、平和利用よりも、そちらの方を重要視した、ということだよ」

 

抑止力。

なんとなく、アビーの言いたいことが分かった。

 

魔法は魔法でしか防げないが、単に威力だけなら魔法より核兵器や化学兵器の方が上だろう。それこそその程度の軍事兵器は一世紀前にも存在していた程だ。

でも、軍事的有用性は、戦闘目的に開発された魔法が勝る。大規模な輸送手段を用意しなくても、魔法師がいれば魔法は使えるのだから。

 

つまり魔法は、最強の抑止力になる。

そして、魔法による抑止力と言えば。

 

「アビーは、戦略級魔法を開発しようとしているのですね」

 

「最終的には、それを目標にしているが、戦略級魔法の定義に拘る必要は無い、とも考えている」

 

 

戦略級魔法でない抑止力。

その考えは、極めて先進的なものだ。彼女の若さと才能故の発想だろう。

軍、という集団は脅威度を損害の数字で判断する。その観点から見れば、抑止力とするならば、戦略級魔法クラスの被害を与えられる魔法でなくてはならないはずだからだ。

今の発言はその常識を覆す、ということ。

 

 

「戦略級魔法の定義は、『一回の発動で人口五万人クラス以上の都市を破壊する、または1艦隊を壊滅に追い込む魔法』であるが、局地戦では、そういう大規模な攻撃手段が使えないケースもある。狭い範囲、限られた対象に高い威力を集中させることができる魔法の方が敵の戦意を奪うのに有効なケースは決してレアではない。

例えば、先年のアークティック・ヒドゥン・ウォー、ベーリング海峡を挟んだ新ソ連との紛争だ」

 

「……『リヴァイアサン』の出番が無かったのは、あの大規模魔法を投入する機会が掴めなかったからだと?」

 

 

「その通り。戦略級魔法『リヴァイアサン』は基本的に対艦隊用魔法だ。沿海部の都市であれば陸上攻撃に使えないわけではないが、その場合も破壊は大規模な――言い替えれば大雑把なものになる。

USNAも新ソ連も、紛争当事国の両方が戦闘を限定的なものに留めたかった『ヒドゥン・ウオー』のようなシチュエーションでは、『リヴァイアサン』は確かに、使えない魔法だった。つまり、その場面において『リヴァイアサン』は抑止力としての意味を成していないのだ」

 

「だから効果範囲が狭く、威力が高い戦闘用魔法を開発する、ということですか」

 

戦闘を限定的なものに留めたい、という場面は、意外な程に多い。そもそも、『リヴァイアサン』の様な戦略級魔法というジョーカーを持っている相手に、それを使えてしまう状況を、敵は作らせようとはしないだろう。

 

 

「それだけが理由ではない。私は戦略級魔法とは別のアプローチで魔法を抑止力としようと考えている。

戦略級魔法は定義にもある通り、『都市、艦隊の破壊』の規模で分類されている。が、ヒドゥン・ウォーのように少人数の魔法師が密かにぶつかり合う戦いであれば、その様な魔法は使えず、逆に敵魔法師の防御障壁を派手に撃ち抜く魔法が抑止力になる。

敵は貴重な魔法師戦力を失うことを恐れ、戦闘続行を断念することになるからだ」

 

今までの常識を根底から覆す思想。

正に天才、正しく天才。

 

「話が長くなってしまったが、つまり、私はこういうアプローチでの抑止力を目指しているから、戦略級魔法に拘る必要はない、ということだよ」

 

 

ウィンクをしながら、アビーがそう締めくくった時。

それこそが、この出会いが、アンジー・シリウスを生み出すのだと、確信した瞬間だった。




アビーというキャラの掘り下げのため説明回です。
しばらくシリアス壊したい衝動に耐えます(震)


さて、明日も0時に投稿します。


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第7話 ブリオネイク

「これが現在開発中の魔法兵器『ブリオネイク』の試作器だ」

 

 

部屋の奥に置かれていたのは、歩兵用ミサイルランチャーにも見える金属製の筒だった。

ただしミサイルを発射した後のように、円筒は空洞になっている。

これがブリオネイク。原作での活躍こそパッとしなかったが、その性能は恐ろしいの一言。

このサイズでありながら、その威力は最大で戦艦の主砲に匹敵する規格外の携帯兵器なのだから。

しかし、これはまだ試作器。

実際、使用済みのミサイルランチャーの様なそれは、やや不恰好で、素人目に見ても試作器と分かるものだ。

 

 

「その円筒の奥にはナノレベルでサイズを揃えた銅の粉末が押し固められている。

その銅粉末を放出系魔法でイオン化し、荷電粒子として放出する。大雑把に言えば、それがそのブリオネイク試作器の仕組みだよ」

 

アビーが挑発気味に、ぼくへ笑い掛ける。

この仕組みを聞いて、それでも君はこれを扱えるか、という挑発だろう。アビーは天才だが、こうして少し子供っぽいところがある。まあ、そこが可愛いのだが。

 

「詳しいことは、私が口で説明するより起動式を読み込んでもらった方が早いだろうけどね」

 

「なるほど。荷電粒子線が発射されても問題無い場所はありますか?」

 

「無論用意してある、こっちだ」

 

ぼくが連れて行かれたのは、強固な対爆・耐熱壁に囲まれた実験室だった。

出入り口は一つ。その反対側の壁の前に的が設置されている。これと同じ構造の部屋は、フェニックスの訓練施設にもあり、実際ぼくはそこでムスペルヘイムを使用している。

馴染みのあるいつもの様な部屋なのだが、無機質な実験室というのはどうにも慣れない。

 

 

『リーナ、聞こえるかな?』

 

 

実験室は透明な大窓でお互いの様子が見えるタイプの造りだが、音は完全に遮断されていて、隣の部屋にいるアビーとの意思の疎通は、耳につけたワイヤレスマイクと骨伝導スピーカーで行わなければならない。

 

「聞こえます」

 

『その部屋ならば試作器の性能を百パーセント発揮しても問題無く耐えられる。早速起動式を読み込んでみてくれ』

 

「了解」

 

必要ないとは思うが、念の為、砲口を標的に向けて試作器を構える。

隣の部屋と視界を繋いでいた大窓の前にシャッターが降りる。いよいよ実験開始だ。

 

グリップにトリガーの類はついていない。サイオンを流し込めば、自動的に起動式が出力される簡単仕様らしい。

早速、グリップを握る掌からサイオンを注入した。

わずかなタイムラグをおいて、ブリオネイク試作器から起動式が出力される。

 

とんでもなく重い。

 

サイズがデカイ上に、元となった魔法、ムスペルヘイムとは比較にならない程に内容が複雑なのだ。

複雑、とは言っても、ぼくは司波達也のような特殊技能はないし、起動式に記述された内容を意識的に理解しているわけではない。

一般的に魔法師は、一瞬に等しい短時間で読み込まれる起動式を意識で理解するのではなく、無意識で処理する。

魔法師は起動式を読み込むというより読み込まされて(・・・・・・・)、それを無意識領域に存在する魔法演算領域へ送り込むのだ。

魔法演算領域で何がどのように行われているのかは、魔法師自身にとってもブラックボックスになっている未だ解明されていない未知の領域。

 

魔法師はただその結果を利用できるだけだ。

科学的な根拠で魔法は生み出されるが、発動は割と適当なのである。

魔法師が起動式を読み込んで知り得るのは、どんな効果をもたらす魔法式が構築されるかという事と、魔法式の構築で自分の魔法演算領域にどのくらいの負荷が掛かっているのかということだけなのだから。

 

 

そして、ブリオネイクが出力した起動式の処理は、重かった。つまりは負荷が大きい。まだ余裕はあるものの今まで使ったどんな魔法よりも重く複雑だ。

自慢ではなく、あくまで事実だが、ぼくの魔法処理能力は十二歳にして既に、大抵の魔法師を凌駕している。

スターズから「一等星級に相当する魔法力」と評価される程だ。

そのぼくが、起動式を「読み込んだ」だけで大きな負担を感じているのだ。アビーが挑発するのも分かる。これは、並みの魔法師では、使うことが出来ないとんだじゃじゃ馬だ。

 

この重さの原因だが、ぼくが把握した限りでは、事象改変の空間的、時間的な広がりはそれ程大した規模ではない。この負荷の重さは、事象改変の深さがもたらすものだ。より基本的な、世界の基礎となる物理法則をねじ曲げる為に相乗的な効果を持つ魔法を幾重にも重複発動しようとしている。

 

ブリオネイクが何をする為のものなのか、この武装一体型CADでアビーが何をしたいのか、それが本当の意味でやっと理解できた。

 

だからこそ、これこのままぶっ放していいのかな、やばいよな、と思い、構築途中の魔法式を破棄しようとした。正に、その瞬間――

 

 

「アビー、これ危な――」

 

『リーナ、そのまま撃ってくれ!』

 

 

――ぼくの進言を遮るタイミングで、アビーの必死な懇願にも似た指示が通信機を通じて耳に届いた。

 

反射的だったと思う。「魔法発動プロセスの中止」を中止し、起動式に基づく魔法式の構築が完了する。

この起動式には魔法の対象座標と範囲、事象改変の強度、継続時間と実行のタイミングまで記述されていた。

つまり魔法式を最後まで構築すれば、魔法は自動的に発動する。

 

ぼくの身体を薄く覆う魔法の力場が発生した。

ムスペルスヘイムに代表される高威力放出系魔法を使用する場合に術者を保護するシールドで、一定レベルを超えた電磁波を遮断するフィルターの性質を持つのだ。

 

 

その防御シールド発生の直後、激しい閃光が試作器の先端で生じた。

円筒形の砲口から射出された途端、重金属プラズマの塊が爆発的に拡散したのだ。

 

それはまさしく、プラズマの爆発。

 

試作器の砲身は、そのエネルギーに耐えきれず裂けて飛び散った。

 

 

いやいや、普通にヤバイんですが!?

 

 

防御シールド越しとはいえ、プラズマの爆風を浴び、完全にびびったぼくは、試作機を放り投げて床に伏せる。

爆風を浴びてしまった後にこんな行動をしても意味はないのだが、焦っているぼくにはそんなことを考えている余裕はなかった。

 

 

しばらく伏せた体勢のままでいると、イヤーフック型のスピーカーから耳障りな雑音が聞こえてきた。過剰な電磁波を遮断する防御シールドはまだ生きているが、近距離通信に使われる程度の電波は透過する。それがプラズマ放電のノイズまで通しているのだろう。

緊張状態であったため、しばらくは気が付かなかった様だが、一度気になってしまうと煩わしくて仕方がない。が、そのノイズに混じって、アビーの声が聞こえてきた。

 

『リーナ!聞こえないのか、リーナ!』

 

「聞こえていますよ、アビー」

 

 

放電が収まるまで、通信がダウンしていたのだろう。

回復した途端に聞こえてきたアビーの声は切羽詰まっていた。恐らく、アビーの予想ではこんな大規模なプラズマの爆発は起こらないはずだったのだろう。実際、あれだけ重い起動式だ。ぼくでなければこうはならなかっただろう。

 

「はぁ……」

 

ぼくは念の為防御シールドを維持したまま、立ち上がった。全く、酷い目にあったものだ。

 

窓を塞いでいたシャッターが上げられ、隣の部屋が見えた。

アビーは分かり易く安堵していた。というか涙目だった。可愛過ぎかよ。

 

まあ、実験の内容は可愛さの欠片もないものだったが。

 

 

『リーナ、シールドを解除しても大丈夫だ』

 

「了解」

 

 

涙目のまま、精一杯偉ぶって指示するアビーたんマジ天使。

ぼくは、対電磁波防御の魔法を解除し、アビーに視線を合わせた。ジト目で。

 

「アビー、すみません。試作器を壊してしまいました」

 

『問題ないよ、お、お蔭で貴重なデータが取れた』

 

しらっと目を逸らしてそんなことを言うアビーに、ぼくは畳み掛ける。

 

 

「アビー、試作機が壊れたのですが」

 

「し、試作機だからね、そういうこともあるさ。あ、気にしなくて良いよ。予備はないが、予算にはまだ余裕があるからね、新しいのを作ればいいだけさ」

 

「アビー、私は危ないと言おうとしてましたよね?というか、危ないのはアビーも分かってましたよね、私が危ないと思ったのとアビーが撃てと言ったのは同じタイミングでしたから。実験には危険はつきものですよ、ええ、シャッターで遮られた先で実験を観測するのはさぞ危険だったでしょう。それこそ、プラズマの爆風に晒され、あわや大怪我という状況の12歳の少女を前に貴重な実験データが取れたと、嬉しそうに報告するくらいには」

 

「ごめんなさいでした!」

 

アビーたんが、涙目を通り越して半泣きな件について。正直、楽しくなってやり過ぎてしまった。徐々に泣きそうになるアビーたんが可愛すぎるのがいけない。

いや、普通にぼくが悪いんだけど。

 

「冗談ですよ。怒ってません。それに防御シールドもありましたし、見た目ほど危険ではありませんでしたし。貴重な実験データが取れたのなら良かったです」

 

「うう、リーナ、君は意地悪だね」

 

アビーは少年的な要素もある中性的な容姿ではあるが、一度可愛く思えてくると、その少年的な要素さえも、ボーイッシュな魅力に変わる。きっと髪を伸ばせば、その要素もほとんど消えるだろう。

ぐすっ、と白衣で目元を拭っているアビーは、もはや萌えの塊でしかなかった。

 

「そうは言いますが、実際、私じゃなかったら多少危なかったですよ?」

 

「君じゃなければ、ああはならなかったさ」

 

「アビーが放てと言わなければ、安全に中止できていました」

 

「うぅ、リーナ、もうこの話題は終わりにしよう。私がいじめられるだけだと気がついた」

 

「私は楽しいですが」

 

「だから終わりにするんだ!」

 

 

完全にそっぽを向いて「全く、私は本来いじられるキャラではないのだ」と呟きながら端末を操作し始めたアビー。どうやらいじけてしまった様だ。

 

 

「リーナ、今日はもう上がってくれて良いよ。試験器も壊れてしまったし」

 

上がって良いよ、と言われても実験を始めたばかりで、時刻は朝と言って良い時間帯――軍に入る前の日曜日なら余裕でまだ寝ているであろう時間――だ。

端的に言うと暇だ。

 

部屋に戻っても、何の娯楽もないし、日没後の任務まで、軍から義務づけられた座学に取り組むくらいしかやることはない。そしてぼくは座学は嫌いだ。

 

「アビー、上がっても暇なだけなので、ここでアビーをいじっていても良いですか?」

 

「ダメに決まってるだろ!?何故、訊ねた!?」

 

「アビーならこうしてノッてくれると分かっていたからですよ、楽しいですね」

 

「全くもって楽しくないが!?」

 

 

それから数分、アビーに話しかけていたのだが、いたいけな金髪美少女の言葉を無視することも出来ず、かといってこのままいじられるのも嫌だと思ったのだろう。

 

アビーが叫んだ。

 

 

「分かった、ランチに連れていくから部屋に戻ってくれないか!?なんでも奢るよ!」

 

 

美少女とのデートゲットだぜ。

今ぼくは、軍に入って、初めて楽しいです。




次話、やっと、イチャイチャさせられそうです。


さて、明日も0時に投稿します。


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第8話 デートと友達

「どうしてこんなことになってしまったんだ」

 

赤いショートヘアーをかきながら、アビーが言う。

アビーの私服は、フェイクレイヤードのニットソーに、ワイドパンツという女性らしさは残しつつ格好いい、という、中性的な彼女にピッタリなものだった。その立ち姿はモデルの様で、女子にモテる女子、という感じだ。

 

ぼくとしては、もっと可愛らしい服装もしてもらいたいところではあるのだが、それは追々着てもらおうと思う。こっちは魔法少女コスプレすら着させられているのだ。アビーにもそれくらいはしていただきたい。

 

 

「あまり外には出たくなかったのですが、アビーからランチデートのお誘いとあっては断れませんからね」

 

「魔法少女プラズマリーナの事かい?それなら大丈夫だよ。リーナはテレビをろくに見ていなかったから知らないかも知れないけど、今のところ、魔法少女の姿形は報道されていないから」

 

「それは朗報ですが、今後も任務を続けていくとなるといつかは、世間の目に晒されることになるでしょう。そう思うと、今日が最後の太陽になるかもしれません」

 

「大袈裟だなぁ……」

 

 

今夜も任務で魔法少女コスプレをすることになっている。事件が何も起きなければ、登場することもなく終われるのだが、そう都合良くはいかないのだろうな、と悲観的観測をしている。

 

 

「リーナは日米クォーターだったよね」

 

「ええ、そうですが、それがどうかしましたか?」

 

「いや、折角だから日本食のお店はどうかと思ってね。箸を使うお店だから使えるか聞いておきたかったんだ。それに、少し独特の食べ物もあるからね」

 

「それなら問題ないですよ。日本食も家庭に並ぶことはありましたし、箸も使えます」

 

軍に所属していながら、日本食のお店って大丈夫なんだろうかと思うが、流石に飲食店の制限までは気にする必要はないか。そんなことを言い出したら、日本産のものは全てダメになってしまう。

それに、何か厄介事になったらアビーに全責任を押し付ければいいのだ。今気にすることはないだろう。

 

 

「なら、大丈夫そうだな。半休も取ってきたし、存分に料理を楽しもう。私は一度も行ったことがないが、研究所の職員から評判は良く耳にするよ」

 

「それは期待できますね」

 

 

お店は研究所から歩いて十数分のところにあった。いや、正確にはもっと近いのだろうが、アビーが何度か道を間違えたために、少し時間がかかってしまった。

土地勘をつける目的で、ボストンの街を徒歩で歩き回り、自転車で走り回っていたぼくでも分かりづらいところにあり、アビーが何度か道を間違えたのも頷ける。

細すぎて人とすれ違うのが大変な道もあったし、地元の人でも初見で辿り着くのは難しいだろう。

 

 

「多少のハプニングはあったが到着したな」

 

「天才属性、中性的属性に加え、ドジっ娘属性追加とはやりますね、アビー」

 

「誰がドジっ娘だ!普段は間違えたりしないんだ。今日はたまたまだよ」

 

さっさと店の中に入っていくアビー。これ以上ドジっ娘呼ばわりされるのが嫌だったのだろう。

置いていかれないように、ぼくもそれに続いて店内へ入る。

外観はボストンの街並みに良くあるような建物だったが、中に入ると確かに日本感が強かった。いや、強すぎる。

天井から星の様に吊るされた手裏剣や、飾られた甲冑、『古今東西』と書かれた謎の掛軸が目に入り、不安感が増した。

ねぇ、アビー、外国人の間違った日本像感が強いのだけど、本当に大丈夫なのかい。

ぼくは(すこぶ)る不安ですよ。

 

 

「私はこの『ramen』と『Octopus Fire』というのを頼んでみるよ。リーナは?」

 

目を輝かせてメニュー表を見ていたアビーが選んだメニュー。ramenは普通にラーメンなのだろうが、Octopus Fireとは!?いや、何となくたこ焼きのことを言っているんだろうとは予想できるけど、ネーミングが独特過ぎないか!?

 

「私は『sushi set』と『miso soup』を。何度か食べたことがありますが、どちらも美味しかったので」

 

寿司セットと味噌汁。

普通に食べたいものを注文したのだが、正直、不安しかない。

 

戦々恐々としながら、料理が来るのを待つ。

そして。

 

 

「あの、私の目が確かなら、タコが燃えているんですが」

 

「大丈夫だ、私にもそう見えている。その、あれだな、日本人は随分派手好きなんだな」

 

 

出てきたのは燃えているタコだった。

というか、まるのままのタコが出てきて、目の前で店員がドヤ顔で燃やして帰っていった。

誰か、誰か説明をしてくれ。この料理は何なんだ。

 

 

「私の知る限りこんな日本料理はありませんが」

 

「料理も魔法同様、日々進化しているのだろう」

 

「進化の方向を著しく間違っていますが」

 

その後も、出てくる料理、出てくる料理、ツッコミ所満載のハチャメチャ料理で、アビーとワイワイ騒ぎながら楽しく食べた。

まさか味噌汁がワイングラスに入って出てくるとは思わなかったが、味は普通に味噌汁だったので良しとする。

 

 

「いや楽しかったな。少々想像とは違ったが、スリリングで面白い」

 

「何故、ただ食事をしただけで私はこんなにも疲労感を感じているのでしょうか……また行くなら、今度はアビー1人でお願いしますよ」

 

「むっ、それじゃあ意味がないだろう。リーナと一緒だから楽しかったというのに」

 

 

アビーは、はっとした様子で顔を逸らした。しかし、その顔は髪と同じくらい真っ赤に染まっており、誤魔化せるわけもなかった。

 

 

「アビー、今の台詞もう一度良いですか?ちょっと聞き逃してしまって」

 

「いや、大したことじゃないんだ。聞こえていなかったなら別に良いさ」

 

「リーナと一緒だから楽しかったというのに、までは聞き取れたのですが」

 

「全部聞こえているじゃないか!君は本当に意地悪だな!」

 

アビーが真っ赤な顔のまま叫ぶ。

そこには、天才少女、博士としての彼女ではなく、アビゲイル・スチューアットという17歳の少女の素直な表情があった。だから、恥じらうアビーは可愛くて仕方がないのだ。

 

「へそを曲げないで下さい。私もアビーと一緒で楽しかったですよ。また誘ってくれると嬉しいです」

 

「全く、はじめからそう言ってくれれば良いのだ」

 

「それでは恥じらうアビーを見れないでしょう?」

 

「見れなくて結構だ!」

 

 

終始、そんな風にふざけながらからかったり、軽く小突きあってふざけたりしながら、歩いていたのだが、人通りの多い場所に出たため、自重をし、二人並んで歩きながら、他愛もない会話をする。

 

ボストンに来て、こんなにも穏やかな時間は初めてだ。改めて、ボストンの街並みを見てみると、歴史的な教会や建造物も多く、レンガ調の家々が午後の日差しに照らされ、美しい。

そんな歴史ある街並みの中にも、学術都市だからなのか、近代的なビルや研究所などの建物も、不思議な程に調和している。この独特な雰囲気こそが、ボストンの魅力なのだと、今更ながら気がついた。

一人で街を駆け回っていた時には、全く感じなかったことだった。

 

 

「この際だ、もう全て話してしおう」

 

二人並んで歩いていたのを、少し小走りで前に出たアビーが、そのまま歩きながら話す。

 

 

「リーナ、私は君と友達になりたいと思っている。こうしてまたランチにも行きたいし、他愛もない話もしたい。他にも、一緒にやりたいことが沢山浮かぶんだ。だから……」

 

 

後ろ姿でも、彼女のショートヘアーでは耳までは隠せない。赤く染まった耳が、どうしようもなく可愛らしい。

 

 

「私と友達になってくれませんか」

 

 

言ったのはぼくだった。

ぼくもアビーと同じ事を考えていた。この街並みも、アビーとだから美しく感じられたし、これからも、こうして一緒に、色々なことをやりたいと思ったのだ。

 

虚を突かれたのか、ポカンとした顔のまま振り向いたアビーだったが、意味を理解し、パァッと笑顔になるとぼくの差し出した手を取った。

 

 

 

初めての友達が出来た。

 

 

 

友達となったことで遠慮が無くなったのか、半休を取っていたアビーに、ボストンの街を連れ回され疲労困憊ではあったが、任務がある。

 

ぼくは、作戦のため衣装に着替えるためクローゼットを開けた。そして、楽しかった日中の出来事が嘘であったかのように、憂鬱な気持ちになる。

 

クローゼットの中にあったのは勿論作戦のための衣装。

小さな女の子が着るような、フリルでいっぱいに飾られた膝上十センチのミニスカート。

脚にはこれまた小さな女の子が穿くような、膝上まであるボーダー柄のソックス。ローヒールのパンプスはストラップ付きの可愛いデザイン。

おへそが見える丈の、オフショルダーのぴちっとしたカットソー。

リボンが付いた手袋。

頭につける大きなリボン。

目の周りだけしか隠さない、鼻もむき出しの仮面。

 

 

魔法少女変装セット一式だ。そりゃ憂鬱な気持ちにもなる。

とはいえ、正式な任務である以上、着替えないわけにもいかない。

ぼくは、沈んでいく気持ちを、次の休みにアビーと映画を観に行く約束をしたこと、を思い出すことで何とか保ち、着替える決意をした。

 

そうして、やっと着替え始めたぼくが、着ていた上着を畳んでいると、何やらポケットにゴワッとしたものが入ったままであることに気がついた。

レシートか何かを突っ込んだままにしていたのであろうと、ポケットを探ると入っていたのは案の定、紙だった。

しかし、レシートにしては大きめの紙である。

 

折り畳まれたそれを開き、文字を読むと、ぼくの心は一気に冷えきった。

その紙にはこう書かれていた。

 

 

 

『明日、ボストン公共図書館に11時 貴女の賢者より(・・・・・・・)

 

 

 

アビーとの約束は果たせそうになかった。

 




ギャグ回から唐突にシリアスへ突入するスタイル。

さて、明日も0時に投稿します。


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第9話 賢者

ボストン公共図書館。

 

市立の公共図書館でありながら、1848年創設の長い歴史を持つここは、アメリカ最古の公立図書館であり、かつ公衆に対して無料で公開される、史上最初の近代的公共図書館として有名だ。610万冊の一般図書に加えて約120万冊の貴重書、手稿本などを所蔵する。

紙媒体の需要が急激に減った現代とはいえ、こうした図書館には相変わらず紙の本が置いてある。勿論、データでの閲覧も可能なのだが、図書館というのは、その機能よりも、本の並んだその姿こそがアイデンティティーであるとぼくは考えている。

単純に、この本に囲まれた空間と、独特の本の香りがぼくは堪らなく好きだ、というだけのことなのだが。

それにしたって、『610万冊の一般図書、約120万冊の貴重書のデータが入った端末』を見せられ、これが図書館です、というのは、寂しすぎるというものだ。

こうして、手間を惜しまず、未だに本を並べているこの図書館のなんと素晴らしいことか。

 

そんなボストン図書館の一角。

飲食も可能な休憩スペースにぼくはいた。そして、ぼくの対面に座っているのは金髪碧眼の貴公子然とした少年。

 

 

「僕は今とても驚いているよ。近くで見るとより美しいね、『ブルースター』」

 

「私としては、貴方がここまで来たことに驚きを通り越して呆れているのですが……『レイモンド』」

 

 

少年の名はレイモンド・S・クラーク。

フリズスキャルヴのアクセス権を手に入れた7人のオペレーターの一人にして、七賢人を名乗る少年。

 

 

「まあ、長旅ではあったけどね」

 

「そういうことではありませんよ。態々私の前に姿を現したことが無防備だと言ったのです。私に悪意があれば、貴方は今頃、拷問されていてもおかしくないのですよ?」

 

「でも実際は、君のような美少女とこうして図書館で、デートが出来てる。長旅のかいがあったよ」

 

 

フリズスキャルヴのアクセス権。

それはこの世の情報の殆どを閲覧できるということ。あらゆる人間が賢者となれる、反則級の力。

それをこのような少年が手にしていると分かれば、あらゆる人間が襲ってくることは想像に難しくない。情報の重要性を理解している人間ならば、喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 

それを理解できない程、彼はバカではないし、そうであったならば、今頃彼はこの世にいない。

 

つまり、理解していて尚、この場にいるのだ。

リスクを負ってでも、ぼくに会う必要がある、と彼は考えたのだ。

 

 

「真面目な話、君から送られてきた手紙は無視できるものじゃなかった。色々調べたりもしたけど、会うのが一番手っ取り早いと思ったのさ。それに、君にぼくを害する意思があったのなら、手紙など送らずに襲えば良かったのだから、賭けではあったけど、悪い賭けではなかったんだ」

 

 

ぼくはボストンへ任務に出る前の晩、隠しておいた情報端末で、ある仕掛けをした。

それが、レイモンド・S・クラークへの手紙。

レイモンド・S・クラークはフリズスキャルヴのアクセス権を持つ七賢人の一人ではあるが、一般人に過ぎない。軍の機密すら閲覧できる端末でなら、彼の個人情報を調べることは容易かった。

彼の住所を調べ、彼宛に手紙を出したのだ。勿論、ぼくが手紙を書いて送ったのではない。

 

民間の代筆業者にメールで仕事を依頼し、彼に手紙を出したのである。

PCや端末からメールを打つようにテキストを打ち込んで、手紙を送ることが可能なのだ。本来はビジネスマン向けのサービスなのだが、今回はそれを利用した。

メールではなく、手紙にしたのは確実性を考慮してのことだ。メールでの送信の場合、何らかの設定によりブロックされてしまったり、そもそも見てくれない、ということも考えられた。一度しかチャンスがなかった以上、より見てもらう可能性を高めるため、今時珍しい紙媒体での手紙、という手段を取ったのだ。

 

ただ、業者を通すために、深い内容は書けない。

そもそも、他のオペレーターを警戒するならば、メールを介してしまう今回の手段では直接的なことは何も書けない。

だからぼくは極めて簡潔に、克つ、彼が興味を持つように手紙を出した。

 

そうすれば、彼の方からぼくを探し出し、接触してきてくれると思ったのだ。

 

勿論、賭けだったし、手段の一つでしかなかった。まさか、本当に接触してきてくれるとは思っていなかった。

 

 

「『ワタリガラスは元気かい。同級生として君の力を借りたいと思う。オーケーなら連絡をしてくれ ブルースターより』。君から送られてきた手紙の内容だけど、最初は意味が分からなかった。でも、イタズラでもないと思った」

 

 

少し調べれば、ワタリガラスの意味は分かるはずだ。

 

フリズスキャルヴとは元々、北欧神話に登場する、全世界を視界にとらえることができる高座のことであり、主神オーディンのもの。

そのオーディンはフギン、ムニンという二羽のワタリガラス(・・・・・・)を世界中に飛ばし、二羽が持ち帰るさまざまな情報を得ているという逸話があるのだ。

ワタリガラス、というキーワードからこの話に行き着くのは難しくないし、そこから、ぼくの借りたい力というのが、七賢人としての、レイモンドの力である、と分かるだろう。

 

時間も無かったために、杜撰(ずさん)な内容になってしまったが、オペレーターの検索にヒットしないような直接的な言葉を避けて、ぼくの意思を伝える、ということは達成できた様だった。

 

「内容から、僕の力を借りたいことは分かったけど、それはつまり、七賢人としてのぼくの正体を知っているということだ。力を貸すがどうかはともかく、手紙の送り主を調べたよ」

 

ぼくは手紙にもヒントを残していたし、彼の能力なら、ぼくまで辿り着けると考えていた。

そして、ぼくに力を貸してくれるなら、接触してくるだろうと。

 

 

「君は手紙の送り主としての住所を、君の出身校にしていた。それが大きなヒントだったね。後は簡単だったよ」

 

ぼくが手紙を依頼した業者は匿名やニックネームでも、依頼を受けてくれる業者だった。

ぼくはブルースターの名前で依頼をしていた。

なら、手紙に残したブルースターという名前から、フリズスキャルヴの力を使えばすぐに業者を特定し、ぼくが業者に送ったメールの情報を閲覧できただろう。

そして、ぼくが送信に使った端末に辿り着く。

 

ぼくは当時、端末の設定を操作し、位置情報サービスを有効にすることで、使用していた検索エンジンの企業に、携帯端末の位置情報とその周辺の電波状況などが送信されるようにしていた。

そこから端末の位置情報を割り出すことができたはず。

 

アメリカ大陸合衆国アリゾナ州フェニックス、USNA参謀本部直属魔法師部隊育成施設。

スターライトの育成に使われている施設だ。

 

「その施設に所属している中で、君と同じ出身校のものはいない。それに、同級生という手紙の言葉。君は僕と同い年だからね、確信したよ。ブルースターの正体は、アンジェリーナ=クドウ=シールズ准尉、君だとね」

 

「お見事ですね」

 

「いや、あれだけヒントを残されて、フリズスキャルヴの力を使えるなら当然だよ。――それより僕は、君がどうやってフリズスキャルブの存在を、そして七賢人がぼくであると、特定したのかが気になるんだけど?

いくら調べても、それだけは全く分からなかったんだ」

 

「秘密です。フリズスキャルヴだけが情報収集手段の全てではない、ということです。勉強になったでしょう?」

 

「なら、今回の報酬はその秘密ってことでどうかな?」

 

 

ウィンクでもしそうな表情で、彼は言った。

秘密も何も、知っていただけなのだが、それをそのまま話しても彼は信じてくれはしないだろう。

とはいえ、まずは報酬の前に依頼だ。

 

 

「報酬も何も、まだ依頼もしていませんが」

 

「僕に出来ること何だろう?じゃなきゃ頼らない」

 

 

理屈の上ではレイモンドの言っている通りなのだが、無茶なことを言われるかもしれないとか考えないのだろうか。

この過剰な自信が、フリズスキャルヴという力によるものなのか、元来のものなのかは分からないが、12歳という年齢に不相応な行動力や思考はこうした性格の上に成り立っているのだろう。

 

 

「……では報酬についてはそういうことにしましょう」

 

了承してしまったが、転生についてをそのまま伝える訳にはいかない。これは今晩から頭を捻って何か代案を考えておくしかない。今はまず、依頼を受けてもらう方が大切だ。

 

「……依頼は、私の日本への亡命のアシストです」

 

「亡命?どうして?」

 

「言えません」

 

「それを報酬に含むのは?」

 

「……貴方の頑張り次第で追加しましょう」

 

 

彼は好奇心の塊のようだった。

フリズスキャルヴという『オモチャ』でも手に入らない情報が気になって仕方がないのだろう。ぼくの言葉にウキウキとした年相応の表情を浮かべている。

 

 

「じゃあ、具体的な話し合いをしようか。君の亡命計画の」

 

 

そして、そのウキウキとした表情のまま、新しいゲームを始める前の子供のように、彼は言う。

 

 

いよいよ始まるのだ。

ぼくの、命を賭けたUSNA亡命計画が。




亡命編本格スタート。
ここからオリジナル展開へと入ります。

さて、明日も0時に投稿します。


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第10話 ブランシュ

レイモンドと会談した翌日。

ぼくは、一人で街の公園にいた。平日の昼間だからか、人気のない公園に申し訳程度に置かれたベンチ。そこに座って、携帯端末によりレイモンドと通信していた。これはレイモンドから受け取った特別製の端末で盗聴の心配はないらしい。

図書館ではレイモンドのフリズスキャルブの力を使えなかった。だから、話し合いについてはほとんど、ぼくからの依頼の詳細を伝えて終わりになったのだ。

そして、今日この時間、この端末で、レイモンドから具体的な案が提示される予定になっていた。

しかし、レイモンドが最初に口にしたのは、工作員の動向についてであった。

 

『君たちが追っていた工作員が、今夜、サウスボストンから出港する小型客船で逃亡を図っている』

 

この話で思い出したのだが、そもそもボストンでの任務は、未登録魔法師の反抗と推測されていた、ボストンの魔法研究に対する工作を、地元の警察では対処できそうにないことから、ぼくが任務として赴くことになったのだ。

 

『プラズマリーナ、二度の出動で工作員どもは、もう網に掛かったみたいだね。流石だね、プラズマリーナ』

 

「プラズマリーナを繰り返さないで下さい、ぶっ飛ばしますよ!」

 

仮面の魔法少女なんて意味不明な者の登場が、彼らの警戒心を刺激したのは間違いないのだろうが、あんなコスプレ任務が結果を出したなんて認めたくない。

しかし、考えれば考えるほど、この任務の有用性を理解させられる。

 

あれだけ目立つ格好で魔法を使って暴れていたら、工作員に向けてこちらは魔法の行使を躊躇わないというデモンストレーションとして抜群だっただろう。

さらに、あの扮装は、違法捜査をカモフラージュする為のものだと、工作員が勝手に深読みしてくれた可能性すらある。

プラズマリーナ、中々良くできた作戦なのだ。最悪なことに。

 

『ごめんごめん、冗談だよ』

 

「全く、さっさと話を進めてください、レイ」

 

 

若干鬱になりつつも、レイに話を進めさせる。ちなみに、レイというのは、レイモンドのコードネームだ。昨日の話し合いで決めたのだが、そんなことより、もっと決めておくべきことがあった気がする。

 

『りょーかい。それで、その工作員なんだけど、軍は既に人員を手配済みだ。工作員を捕らえて、船は爆破、乗客もクルーも行方不明というのが軍のシナリオさ。

ボストン港内や、マサチューセッツ湾で船を爆破すればボストンの海運に少なくない被害が出ることが予想される。でも軍は機密の保持を優先し、爆破作戦に踏み切ったというわけ。それだけ工作員の逃亡を警戒しているし、力を入れている。つまり――』

 

「今夜は逃亡する絶好のチャンス、というわけですね」

 

 

今夜は、この作戦のために人員が多く割かれている。

それに、船に乗り込む捕縛作戦も、秘密強襲作戦に慣れたメンバーだけで行われる様で、ぼくの参加はまずない。

レイモンドによると、アンジーも任務に参加する様なので、ぼくは間違いなく研究所での待機。

 

作戦を隠れ蓑に出来る上、アンジーの目を盗んで行動できるという、正に絶好のチャンス。

 

 

『亡命の手筈は整えておいた。とはいえ、昨日の今日だったからね、大分遠回りにはなる』

 

「仕方ありませんね。ですが、このチャンスを逃すわけにはいきません」

 

今日、工作員が拘束されてしまえば、ぼくの任務は近い内に終了、正式にスターズへと配属させる可能性が高い。最早、猶予はないのだ。

 

『逃亡後、最終的な目的地は、北米の一大物流拠点であるロサンゼルス港だ』

 

「遠いですね」

 

『急だったのもあるし、日本への亡命を考えたら仕方ないと思うけど、遠いのは確かだね。ボストンからの距離は約30000マイル、車をぶっ続けで走らせても2日はかかる』

 

「ですが、その方が軍の目を欺けるのは確かですね。まさか、ボストンからロサンゼルスを目指すとは考えないでしょう」

 

 

そもそもぼくが逃亡したところで、それが亡命目的である、とはすぐには特定できないだろう。

元々、日本へ亡命しようというなら、ロサンゼルスからの海路は、考えていた一つ。

ぼくにはロサンゼルスとの接点も特にないし、逃亡先として無しではない。

 

『最終的な目的地が分かったところで、具体的な逃走手段とルートについてだけど……』

 

最終的な目的地がレイモンドの口から語られたことからも分かる通り、亡命に対する手段は全てレイモンドに任せていた。ぼくが自由に行動できない立場であることからも仕方のないことだったのだが、若干不安ではある。

 

 

『ブランシュって知っているかい?』

 

「反魔法国際政治団体の一つ、ですよね?社会的差別の撤回を掲げて様々な反魔法活動を行っている」

 

『そ。そのブランシュ。市民活動とか言って好き勝手やってるけど、実態は大亜細亜連合に使嗾されたテロリスト集団。ちなみに、日本にも(・・・・)支部がある』

 

「まさかですが」

 

『亡命ブローカーに動きがあってね、どうやら人員を密入国させるらしい』

 

「つまり、その一員として日本へ密入国しろ、と?」

 

『That's right』

 

 

ブランシュ。

原作1、2巻における黒幕であり、読者に司波兄妹の力を印象付けるための噛ませ犬として、日本支部が壊滅させられた組織だ。

原作知識があるから、ザコそうに感じたが、実際は大組織な上、七賢人の一人、ジード・ヘイグがバックに付いている。

密入国くらいお手のものなのかもしれない。

 

 

『密入国する人員同士にまだ面識はないし、インターネット上のやり取りしかしてない。その一人と入れ替わるんだ』

 

「手筈は整えてあるのではなかったのですか!?てっきり人員の一人として組み込んでもらえたものだと」

 

『一日でそんなことできるわけないでしょ。でも、全員の身元は分かってるし、現地でブローカーと会われる前に入れ替わるのなんて、楽勝だろ』

 

穴だらけの作戦だが、確かに一日でやってくれたにしては上出来だ。ぼくだけじゃ、ここまで出来なかっただろう。レイモンドの情報力にものを言わせた作戦なのだから。

 

「簡単に言ってくれますね……ですが、やらなければならないのは確かです」

 

『納得してくれた様で良かった。さて、ここらで状況を整理しようか。密入国の船が出航するのは二十日後。それまでに君は、密入国の一人と入れ替わり、ロサンゼルス港まで辿り着かなくてはならない。ワクワクするね、映画みたいだ』

 

 

目の前にいたら殴ってただろうな、と素直に思った。レイモンド、次にあったら問答無用で一発な。

 

楽しそうに話すレイモンドに、ぼくはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

「思ったより早く網に掛かったわ。私たちが追っていた工作員が、今夜、サウスボストンから出港する小型客船で逃亡を図っているの。どうやら彼らは新ソ連と通じていたみたいね」

 

 

夕方、レイモンドの言った通りの情報がアンジーより告げられた。

 

 

「それで、どうするんだい?今晩出て行く工作員が全員というわけじゃないだろう?

下手に手を出すと、草を抜いて根を残す結果になりかねないと思うけど」

 

「確かにその可能性もあるけど、黙って逃がしてあげるわけにもいかないわね」

 

 

軍は機密の保持を優先している。草を抜いて根を残す結果になろうとも、些細な情報も持ち帰らせない方針なのだろう。

 

 

「では、踏み込むと?」

 

「手を出すのは海上に出てからよ」

 

「船に乗り込んで捕らえるか」

 

「人員は既に手配済み。具体的にどうするかは内緒」

 

「作戦上の秘密か」

 

 

アンジーは「当然でしょ」という顔でアビーを見返した。先日の二人の腹の探り合いからも分かるように、あくまで協力者でしかないアビーには、必要最低限の情報しか与えられていない。今夜の任務についても、今ここで語られたことしか知らないだろう。

 

 

「アンジー いえ、少尉殿、小官はどうすれば?」

 

ぼくは二人の言葉が途切れた瞬間に割り込んで口を挟んだ。ここで、任務への参加を言い渡されれば、作戦は白紙、もしくは任務中の強行、ということになる。

 

「リーナ、捕縛作戦に参加したい貴女の気持ちは分かるけど、船に乗り込むのは秘密強襲作戦に慣れたメンバーばかりなの。残念だけど、ここで待機よ」

 

「――了解しました」

 

 

――第一関門突破。

ぼくのアンジーへの問いかけを捕縛作戦参加への打診だと思ってくれた様だし、ぼくの逃亡は一切疑われていない。今までそんな素振りは見せていないのだ。当然といえば当然なのだし、レイモンドによる調査でもぼくの亡命は疑われてすらいなかった。が、油断は出来ない。

 

 

「ところでアビー、リーナ」

 

 

話が一段落したところで、アンジーが心底奇妙そうにぼくらの名前を呼んだ。

 

 

「貴女たち、それ(・・)は何なのかしら?」

 

 

ぼくは今、アビーの膝の上に座っていた。後ろからアビーにぎゅっとされ、ふわふわな女の子の柔らかさに包まれている。髪を撫でられたりすると至福だ。

実はぼくたちは、このスタイルでずっとアンジーとの真面目な会話を展開していたのである。

 

 

「何ってコミュニケーションさ」

 

「昨日までそんなことなかったわよね?どうしちゃったのよ?」

 

「実験のためだよ。今度リーナには誰も発動することが出来なかった魔法、『メタル・バースト』の実験をしてもらうことになっているからね。お互いの信頼関係を築くためさ」

 

アビーと友人になった日から、アビーのスキンシップが激しい。特にぼくを膝に乗せるのがお気に入りなのか、何かとこれだ。今朝も朝食はこのスタイルで食べることになって、あーんとかされて、至福だった。

つまり、実験とか何も関係ない。

 

 

「貴女との信頼関係で実験に変化が生じるとは思えないけど……まあいいわ、貴女が突飛なのは今に始まったことではないし。

それじゃあ、私は任務があるからここで失礼するわ」

 

「ああ、成功を祈っているよ」

 

 

アンジーも、実験とは何も関係ないことだろうと考えたのか、ジトッとした目を向けながらも、部屋を出ていった。今はアビーの戯れに付き合っている場合ではない、ということだろう。

 

そうして、アンジーが出ていったことで、この部屋にはぼくとアビーだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、リーナ。君は何をしようとしているのかな?」

 

 

そんなアビーの確信めいた言葉が、やけに大きく部屋に響いた。

 




イチャイチャからシリアスに転換していくスタイル。

さて、明日も0時に投稿します。


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第11話 いたい場所

「日本へ亡命します、決行は今日です」

 

静寂の中、口を開いたぼくの声がやけに大きく響く。アビーにはリスクを負ってでも言わなくてはならないと思った。

出会って数日でおかしいかもしれないが、アビーは間違いなく、今世で最も大切な親友だ。

誤魔化したりはしたくなかったし、しても無駄だろうと思った。

 

 

「理由は?」

 

「この国の軍のやり方は気に入りません。ですが、私は軍にいることを強制されています。それ故の亡命です」

 

「日本へ亡命する理由は?」

 

「私には日本で高い地位を持つ家系の血が流れています。亡命後、援助を求めることを考慮しました」

 

 

一通り、質問が無くなったのか、アビーが黙る。

彼女が何を考えているのかは分からない。でも、彼女がどんな行動に出ようと、ぼくはそれを否定しないし、彼女を害さない。そういう覚悟で口に出したし、それくらい彼女を親友として想っている。

 

だからぼくは、彼女が口を開くのを待った。

 

 

 

「理解した。十分待ってくれ、支度をする」

 

「……は?何がですか?」

 

 

聞き取れた。一語一句逃すことなく。なのに意味が入ってこない。あれ?

 

 

「亡命の準備だよ。流石に着の身着のまま、というわけにはいかないからね」

 

「う?え?益々分からないのですが」

 

どうやら、亡命への緊張からか、急に英語が聞き取れなくなってしまった様だ。12年間慣れ親しんだ言語でも、こうして頭からぶっ飛んでしまうことがある様だ。

全く、言語とは不思議なものである。

 

 

「私も君と共に逃げる、ということだ」

 

 

アビーが力強く、ウィンクしながら言う。

 

 

「はあああああぁぁ!?」

 

 

流石にもう誤魔化せないよ!いやいやいやいや、決断力!こんな簡単に決めていいことじゃないでしょ!国捨てるんだよ!?今まで築いてきたものオールリセットだよ!?

大体、ぼくの亡命理由、ぶっちゃけ下らないからね!?

 

 

「格好つけるのを止めて、正直に言いましょうか!私は軍が嫌なだけなんですよ!訓練なんてしたくないし、国のためにどうこうする気もないし、休みないし、給料少ないし!そんな下らない理由なんです!

亡命して、アニメや漫画を楽しんでやるって、そんな馬鹿みたいな理由なんですよ!」

 

「でも、どんな理由であれ、ここがリーナのいたい場所でないことは確かなのだろう?ならば、そこを出ていくことは当然のことだ。私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい。リーナにとってのそれが、ここではなく、やりたいことが日本にあるというのなら、その理由などどうでもいいことなのだよ」

 

「だとして、貴女がついてくる必要はないでしょう!」

 

 

ぼくの亡命を認めてくれるのは嬉しい。彼女と仲を違えて、日本へ行くのは悲しすぎるし、彼女とこうして、最後の会話を出来ることも嬉しいのだ。

でも、彼女の人生をぼくのせいで棒に振らせるわけにはいかない。何もかもを捨てさせて、命すら賭けての亡命など、彼女にはさせたくない。

 

彼女には幸せになってもらいたいのだ。

 

 

「言っただろ。私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい、と。――私のいたい場所がリーナの側なのだから仕方あるまい」

 

「はにゃ!?な、ななな何を言っているのですか!?」

 

 

 

いつものクールな笑みではない、満面の笑みで言うアビーに、ぼくは赤面するしかなかった。

 

 

 

「ほらリーナ、準備をするから手伝ってくれ」

 

 

「ちょ、話は終わってませんよ!」

 

 

未だに混乱中のぼくの頭を撫でて、部屋を出ていってしまったアビーをぼくは慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、この一連の出来事の間、ぼくはずっとアビーの膝の上にいたのだが、それはシリアスが一気に吹き飛ぶ絵面なため、内緒だ。

 

 

 

 

 

ボストンの石造り、レンガ造りの建物が建ち並ぶ古い街並み。

街灯の灯りと月の光に照らされたそれは、オカルティックで、映画の舞台の様だ。

その街並みを二つの影が移動している。人通りの極端に少ない、深夜に近い時間を歩くには無用心なことに、女の二人組。

しかし、この二人を襲おうものならば、その者の未来は、散々なものになるだろうことは間違いない。

 

何故ならぼくが、気絶するまでスパークをお見舞いするからだ。

 

結局、アビーに押し切られる形で、ぼくらは二人、ボストンからの脱出を目指していた。

アビーはぼくみたいな未だ正規軍人ですらない小娘とは違う。軍の重要実験を任される程の天才博士。彼女が逃走したとなれば、軍は血眼で探すだろう。ぼく一人で逃げるより、その難易度は爆上がりだ。

軍が本気出す上に、アビーという非戦闘員を連れての逃走となるのだから。

 

それでも、ぼくは押し切られた。

だって無理だもの、断れないもの。

 

アビーに一緒に行きたいって言われて嬉しかったし、ぼくだってアビーとは離れたくなかった。だから一緒に逃げちゃおうぜ、というのも短絡的な話ではあると思うのだけど――私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい――そんなアビーの言葉に覚悟は決まった。

 

ぼくは、アビーと一緒にいたい。

アビーと一緒にやりたいことも沢山ある。

 

それに――アビーとは次の休みに一緒に映画を観に行く約束をしていたのだ。

 

 

ぼくは何があってもアビーを守る決意をして、こうして一緒に研究室を出た。

 

 

「この魔法は反則なんじゃないか?この魔法があれば、潜入任務が楽になる。軍は何故研究しない?」

 

「この魔法は軍では申告していませんし、世に広く知られている類いの魔法でもないので」

 

アビーの特徴的なショートの髪は、黒髪のロングに。中性的で時折少年の様な表情を覗かせる端整な顔立ちは、端正なものの女性的な凛々しい顔立ちとなっていた。

 

正直なところ、アビーの同行を許したのは、この魔法(・・・・)があればこそだ。

 

 

「それに、この魔法は私が最も得意とする魔法です。絶対に見破られない自信があります」

 

 

仮装行列(パレード)

 

日本人の祖父から母へ、そしてぼくへと受け継がれた九島家の秘術である系統外魔法。

簡単に言うと、自分自身の外見に関するエイドスを措き換えて別人に偽装する魔法だ。

亡命に絶対役立つと考え、ぼくが最も力を入れていた魔法でもある。

 

 

「これだけの精度ならそうだろうな。だが、使い手を選ぶ魔法でもある。魔法による変身は不可能である、というのが現代魔法学の定説、それを覆す……いや、覆した様にすら見せる(・・・・・・・・・・)魔法だ。並みの使い手では維持できない」

 

 

昔話には人間を蛙に変えたり自らドラゴンに変化したりする魔法がある。しかしこれらの古い術式は、光を操って幻影を見せたり精神干渉により幻覚を見せたりするものであることが分かっている。変身を実現する為には肉体を構成する分子の配置を変更するだけに留まらず、物質変換や質量変換まで必要になる。それは、魔法に可能な限界を超えている。それ故に、アビーの言うとおり、魔法による変身は不可能である、というのが現代魔法学の定説となっているのだ。

そして、それは仮装行列(パレード)も例外ではない。仮装行列(パレード)も自分の外形を変える魔法ではなく、変えられるのはあくまでも外見だ。

 

「可視光の操作による幻影と、赤外線の操作による幻温と、加重系魔法による幻体。それに精神干渉系魔法を使った幻覚を被せ、無系統魔法でエイドスを読み取る魔法師の眼すら偽る。

様々な魔法を少しずつ組み合わせ、足し合わせることで、魔法を使っていること自体を覚らせない偽装魔法の一つの極致ですから。一朝一夕で使いこなせる程簡単ではありませんよ」

 

「そして、これは、その高難易度の魔法のさらに発展系というわけか」

 

「ええ、仮装行列(パレード)を自分以外にも発動する私のオリジナル、仮装祭礼(カーニバル)です」

 

 

対象が近くにいなくてはならないが、自分以外にも仮装行列(パレード)を発動できるメリットは途方もなく大きい。

実際、ぼくたちは何の問題もなく、あっさりとボストンの脱出に成功した。

 

 

 

 

 

この時、天才と言われるアビーでさえ、この魔法の本当の(・・・)異常性には気が付かなかった。

それは亡命中というイレギュラーな状況だけでなく、彼女が魔法師ではなく、魔法研究者であったからだろう。

 

二人がこの魔法の異常性を正しく認識するのは少し後のことだった。




アビーが仲間に加わった!

さて、明日も0時に投稿します。


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第12話 頭の無い竜

ケビン・ネルソンとマーク・ネルソン。

 

二人はカリフォルニアに住む大学生であり兄弟。

 

それが、ターゲットだった。

 

 

『彼らは二人組であること以外、インターネット上では性別すら明かしていない。入れ替わるには打ってつけだと思うよ』

 

「船の出港まで後1週間以上あるとはいえ、雲隠れされる前に入れ替わりたいですね」

 

『彼らが亡命ブローカーとお互いを認識するためのコードは入手済みだから、彼らを捕らえてくれれば入れ替われるはずさ』

 

 

カリフォルニア州バークレー。

 

ぼくらの捜査は行われている様だが、レイモンドから随時、捜査の状況は連絡されているし、仮装行列(パレード)もある。何ら危なげなく、ここまで辿り着くことができた。

むしろ楽しいまであった。何せ、アビーと二人旅だ。レイモンドの情報力があれば、警戒は最低限で済むし、外見も大きく変えられるため、余裕があったのだ。油断するな、という話なのだが、あまり旅行などに行ったことがなかったのか、電車に乗ったりしただけではしゃぐアビーが可愛すぎたのがいけない。窓から外を眺めて目をキラキラさせているのだ、これで萌えない訳がない。普段クールなのに、こういうギャップを見せてくるのがアビーのズルさ。アビーがギャップ萌えの最終兵器であることは間違いないだろう。

 

そして、ギャップといえば、アビーの生活力の無さだろうか。何でもこなせてしまいそうな彼女ではあるが、実は炊事・洗濯・掃除という、生活に不可欠な三つが壊滅的なまでに出来ない。

特に、掃除が酷い。荷物をトランクに詰め込む様子を見ていたのだが、ぐちゃぐちゃでとても見ていられなかった。服は畳まず丸めただけ、色々な小物もポーチなどにまとめれば良いものを、そのままトランクにぶち込む。当然、荷物が入りきらず、ぎゅうぎゅうのトランクを無理矢理閉めるという力業で解決しようとするのだ。

それに、物をめちゃくちゃ散らかし、片付けるということを知らない。

彼女の研究室は整理整頓されていたが、それは恐らく彼女の部下がやってくれていたのだろう。服を脱ぎ散らかして放置するアビーがそんなことをするわけがないのだ。

 

どこに何があるかは、私が把握しているから問題ない、という考えらしい。

天才と称される少女だ。その記憶力は常人を遥かに凌駕する。整理整頓、という行為が彼女にとっては不必要なものなのだろう。

誠に厄介である。

 

アビー自身が困らないことには、それを改善しようとは思わないだろうし、させるのは困難だ。

これは、亡命後しっかり解決しなくては、と今から考えている案件の一つである。

 

『彼らは別々に住んでいて、一緒になることも殆どない。ただ、学内で行われているとあるセミナー(・・・・・・・)には二人とも参加しているみたいだね』

「セミナーですか?」

 

『まあ、セミナーとは名ばかりで、実際は政治色を嫌う若年層を、ターゲットにした勧誘だね。随分熱心に活動している様だ』

 

アビーのことばかり考えてしまっているが、今はレイモンドとの作戦会議である。アビーには、レイモンドのことはあくまで協力者として伝え、その正体を教えてはいないため、態々アビーには席を外してもらって会議をしているのだ。一人寂しく、カフェで待っているだろうアビーのためにも、しっかりと会議をこなさなくては。

 

思考を切り替えて、レイモンドの話を咀嚼してみたのだが、ふと疑問が湧いた。

 

 

「ブランシュは表だってそういった活動をすることを控えている印象があったのですが」

 

 

『彼らの自主的な活動だよ。兄弟は人間主義者なんだ。

人間主義っていうのは「人間は人間に許された力だけで生きよう」と主張して、反魔法主義を掲げるキリスト教亜種のカルト運動なんだけど、彼らはその熱狂的信者なんだよ。

それでブランシュに加入したんだけど、過激な活動を繰り返し当局から犯罪予備軍として目をつけられて、最近は行動を制限されている。それで、日本へ行くことを決めたんだと思うよ』

 

 

人間主義者の過激分子が、魔法師の存在そのものを否定する暴力行動に出ることがあるのは有名な話だ。

ブランシュの活動方針を無視するところといい、彼らは間違いなく自身を正当化し、正義として過激な行動をするタイプ。

人間主義を建前とした、魔法師排斥運動が目的なのではなく、純粋な信者なのだろう。

魔法師としては、最も厄介なタイプの人間だ。

 

 

「大体、人間像は分かりました。後はこちらで彼らの行動パターンを調べてみます」

 

『了解。また捜査に動きがあったり、何か分かったりしたら連絡するよ。そっちも何かあったら連絡してくれ』

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

通話を切り、アビーが待つカフェへと向かう。

向かう、と言ってもすぐ側であり、数十秒で店に着いた。アビーはテラス席でコーヒーを飲んでいたのだが、何故か相席している人物がいた。

周囲にはいくらでも席が空いており、それが強制的なものではなく、作為的なものであることは確かだろう。

アビーは今、パレードによる偽装ではなく、ウィッグとメガネによる変装をしていた。これは私がアビーから離れるがための措置であったのだが、そのせいで正体がバレた、という可能性が頭を過るが、アビーは談笑している様に見え、危機的状況にはない、と判断。

 

まずは、声をかけてみることにした。

 

 

「アビー、お待たせしました」

 

「リーナ、思ったより早かったね」

 

「ええ、まあ。それよりそちらの方は?」

 

 

アビーの対面に座っているのは、アビーと同い年か少し年上くらいに見える少女だった。

 

一本に編んで左肩から前に垂らした髪は、解けば腰上に達するであろう長さ。少し吊り上がり気味の大きな目と、無駄のない、しなやかな動きが、猫や豹をイメージさせる。

顔立ちは明らかに東洋系で、肌の色はコーカソイドのように白い。

 

特徴を並べてみたが、最も分かりやすく、最も重要なことをまとめると、彼女は美少女だということだ。

蠱惑的な笑みを浮かべて姿勢良く座っており、リーナさんの美少女センサーがビンビンに反応している。

 

 

「実はちょっと騒動があってね」

 

 

アビーの話をまとめると、どうやらアビーは巻き込まれたらしかった。

まず、アビーはテラス席で一人コーヒーを飲んでいたらしい。テラス席にしたのは、私がすぐに分かるようにと、いざというときの逃げ易さを考えたためだろう。少し肌寒い今日の気候でテラス席に座っている物好きはアビーだけだったのだが、そこに突然座ってきたのが謎の美少女だ。

彼女は、このカフェに来るまでの間、ずっと男に絡まれていた様で、それを煩わしく思い、たまたま目に入った、テラス席に座るアビーの対面に座り、彼女と待ち合わせをしていたの、と宣言し、男を追い払ったのだ、という。

何とも豪胆な行動ではあるが、その少し吊り上がり気味の大きな目を見ていると、強い意思の力を感じ、彼女ならそれくらいはやるだろうと思ってしまった。

 

 

「私の勝手で本当にご迷惑をお掛けしました」

 

「いや、特に迷惑とは思っていないよ。むしろ、一人で退屈だったんだ。君が話し相手になってくれて助かったよ」

 

 

申し訳なさそうな美少女に、アルカイック・スマイルで答えるアビーがイケメン過ぎる。

今朝、荷物が詰められなくて涙目になっていた少女と同一人物とはとても思えない。

 

 

「アビーもこう言っていますし、気にする必要はありませんよ」

 

「はい、ありがとうございます。あ、貴女には自己紹介がまだでしたね。私は――」

 

 

鈴の音のような声で言った彼女の名前に、何故か一瞬引っ掛かりを覚えたのだが、ぼくはその時、気に止めることはなかった。

 

 

「リン゠リチャードソンです。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 

故に、彼女との出会いが、如何に数奇で、運命的なものなのかということを、この時のぼくはまだ知らなかった。

 

後に、香港系国際犯罪シンジケート『無頭竜』の新たなリーダーとなるのが彼女であることを、原作知識としては、知っていたにもかかわらず、その名前を忘れていたのだから。




美少女投下。

さて、明日も0時に投稿します。


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第13話 六対一

……サブタイトルが思い付かない。


「強引な勧誘、ですか」

 

「はい、以前、私の大学でとあるセミナーに参加したことがあるのですが、それ以来、大学内外問わず勧誘されています」

 

「私の大学時代も、確かに優秀な生徒を確保しようとする教授もいたが、そこまで強引なものはなかったな。一体どんなセミナーだったんだ?」

 

アビーは17歳でありながら既に大学を卒業しているらしい。そりゃ、研究所で博士をやっているのだから当然なのだが、最近彼女の天才振りを忘れかけていたため、思い至らなかった。リンがアビーに敬語を使っているのは、アビーが大学を卒業したというような話をしたために、年上だと勘違いしているからだろう。ちなみにアビーがため口なのはデフォルトだ。年上ばかりの職場で博士をしていたために、明確に立場が上の人間にしか敬語を使わない。彼女が若くして博士にまでなったために、年功序列という考えがないのだろう。

 

 

「『魔法師と非魔法師の政治的待遇差と魔法能力の有無による社会差別について』というセミナーです」

 

「随分尖ったセミナーだな。明らかな反魔法師思想促進活動だ」

 

セミナーのタイトル、『魔法師と非魔法師の政治的待遇差と魔法能力の有無による社会差別について』とはつまり、魔法師と非魔法師の格差(・・)を強調したものだ。明確に魔法師と非魔法師を区別し、それを良く思っていないことが強く伝わってくる。

アビーの明らかな反魔法師思想促進活動というのは、飛躍しすぎかもしれないが、反魔法師思想の者が多く集まることは確かであるし、講師もそういう思想の持ち主だろう。

 

「以前から噂は耳にしていましたし、私もそう思い、参加する気はなかったのですが、友人にどうしてもと頼まれ、参加を断れず一度だけ参加したのです」

 

「すると、強引な勧誘を受けるようになった、と」

 

「ええ」

 

 

ただ事ではない様子で友人はリンに頼んできたという。どうやら、セミナーへの勧誘にノルマがあるらしく、その人数合わせに必死らしいのだ。

ノルマ、とはリンの友人が自分の属している研究室の先輩から強要されているものであり、そうしたことが大学内の至るところで起きていて、セミナーの参加者を徐々に増やしている様だ。

 

 

「そのセミナーにケビン・ネルソンとマーク・ネルソンの兄弟はいませんか?」

 

「強引な勧誘を主導しているメンバーです。学内でも何度か問題行動を起こしていますから有名な二人です」

 

 

兄弟はブランシュの国外活動に志願する程の反魔法主義者。そんなセミナーがあれば当然参加しているだろうと思ったが、どうやら開催している側らしい。

 

レイモンドの調査では二人はブランシュであることを隠している。彼らはブランシュの中でも実働部隊ではなく、主に勧誘を任されており、ブランシュにもインターネットでしかやりとりをしていない徹底振りだ。

それが今回、国外での活動というバリバリの実働部隊に名乗りを上げたのは、勧誘だけでは満足できなくなったからだろう。

人間主義の熱狂的信者である彼らは、自分達でそれを広めていくことに、一種の興奮と優越感を抱いている。勧誘という間接的な形ではなく、自身の手で、より明確に、より大胆に、より派手に、活動したいと考えるようになるのは必然だ。

 

この強引な勧誘も、そうした心情故だろう。彼らは勧誘することで、自身が幸福を分け与えたかのような感覚、神にでもなったかのような万能感に溺れているのだ。

 

 

「何故、貴女達がその二人を?」

 

「私たちが軍人だからです」

 

 

ぼくの言葉にリンが目を見開く。

今のぼくは仮装行列(パレード)を使っていないため、年相応に低い背丈は軍人というにはそぐわないだろう。リンが驚くのも無理はない。

 

 

「兄弟は反魔法国際政治団体ブランシュとして活動しており、国外逃亡の恐れがありますので、我々が調査中というわけです」

 

嘘は言っていない。

確かに兄弟は反魔法国際政治団体ブランシュとして活動しているし、国外に行こうとしているし、ぼくたちは調査中だ。

正し、それは彼らを捕らえ入れ替わるため、という私的なものだが。軍人と言えば任務だと勘違いしてくれるだろう。守秘義務とか箝口令とか適当に言って誤魔化しやすいと思ったのだ。

 

 

「随分可愛い軍人さんなのね」

 

「確かにリーナは可愛いな」

 

「あの、二人で髪を撫でるの止めてくれませんか」

 

 

もみくちゃにされながら髪を撫でられるぼく。美少女二人からそうされること自体は嬉しいのだが、周囲の視線を集めているから止めて欲しい。

 

 

「まあ、リーナが照れているからこの辺で止めておくとして」

 

「照れていませんが?」

 

「照れてるわね、お耳が真っ赤よ」

 

 

この二人、組ませちゃいけない二人だった!いつの間にかぼくが遊ばれている!

ぼくが真剣に話してるのに、酷くないかな!特にアビーはぼくの目的を知ってるんだから協力してくれるべきなんだよ!なんで積極的に場を荒らすの!?

 

 

「拗ねるな拗ねるな。リン、本題なのだが、その兄弟のところまで案内してもらえないか」

 

「出来ればそうしたいけど、最近二人はセミナーに顔を出していない様なの。正確にはセミナーには参加しているけど、裏方に徹している、と言うべきかしら」

 

「勧誘の指示に徹し始めたということか。海外逃亡の準備と見るべきだろうな」

 

先程のやりとりで二人は何か通じるものを感じたらしく、リンがため口になっている。

そのリンから情報を聞き出し、どうだ仕事をしたぞ、という顔でぼくを見てくるアビー。そのドヤ顔の頬を伸ばしてやりたい気持ちに駆られるがそれをやるとまた話が脱線するので、ぐっと堪える。

 

 

「急いだ方が良さそうですね」

 

「いや、リーナ。どうやらその必要はないようだぞ」

 

 

アビーが指差す先に大学生くらいの5,6人の男達がいた。こちらに向かってきているのだが、その表情から読み取るに明らかに招かれざる客だろう。

 

 

「あー、連中が強引な勧誘をしてきた奴らよ」

 

「お迎えに来てくれたようですね、案内をお願いしましょう」

 

 

既にお会計は終わっていた様なので、そのまま席を立ち移動する。向かう先は先程までレイモンドと電話していた公園。既に調査済みなのだが、あの公園は随分と昔に作られ、利用者も少ないからか、カメラが設置されておらず、お話(・・)するには丁度良かった。

 

 

「リン゠リチャードソン、今日のセミナーには参加してもらうぞ」

 

 

公園にまで来たところで、男の一人が声をかけてきた。少し訛りのある英語は威圧感があり、リンが平然としていられることには驚かされる。男に囲まれて、こんな威圧的な態度で出られたら、普通の女子なら頷くしかないだろう。正に強硬な勧誘だ。

恐怖の欠片もない様子で、煩わしそうにしているリンが異常なのだろう。どんな修羅場を潜り抜けてきたのか、肝が据わっている。結婚したら尻に敷くタイプなのは間違いないだろう。

 

 

「嫌だと言ったら?」

 

「強制はしない。しかし、そうせざるを得ないことになると言っておこう」

 

「そう、分かったわ」

 

 

リンの言葉に男が満足気な表情を浮かべたことで空気が弛緩したのを感じる。リンが男たちの脅しに屈したと勘違い(・・・)をしたのだろう。

 

 

「断るわ」

 

 

リンの返答に、一瞬唖然とした後、怒気が場に溢れる。

 

 

「聞こえなかったのかしら、断る、と言ったのよ」

 

 

リンさんちょっと挑発し過ぎじゃないですか!?相手の男、血管切れるんじゃないかってくらいに顔を真っ赤にしてぶちギレてますけど!?

何それを見て愉悦感丸出しの顔してるんですか!?

 

 

「てめぇ、こりゃもう穏便には済まねーぞ」

 

「結構よ、さっさと――」

 

「ああ、もうリンさんはちょっと後ろで大人しくしていましょうね、お兄さん方が激おこですから」

 

リンさんがまた余計なことを言う前に前に出る。今のぼくはハッチング帽を被り、眼鏡をかけただけの簡単な変装だ。まさかこんなことに巻き込まれるとは思っていなかったし、簡易のものにしていた。

自分で言うのもなんだけど、目立つ容姿のため、顔を見られたくはない。出来れば穏便に案内してもらいたかったけど、やっぱりお話(・・)になってしまった。

主にリンさんのせいで。

 

念のためにお話(・・)のしやすい場所に移動しておいて良かった。

 

 

「さて、お兄さん方、どうかされましたか?」

 

「ガキは怪我する前に帰れ、俺たちは本気だぞ」

 

 

突然出てきたぼくに、訝しげな顔をした後、そう脅しをかけてきた。完全にぼくを子供と侮っている様だ。

 

 

「ねえアビー、六対一だけどリーナ大丈夫なの?」

 

「ああ、リンは知らないからね。リーナは小さくて可愛い私の天使だが――」

 

 

男が拳を振りかぶる。

男はぼくの二倍はありそうな巨体で、その腕は丸太のように太い。

でも――

 

 

「――近接格闘術のスペシャリストだ」

 

 

――圧倒的に遅い。

 

 

男たち全員が地に伏したのは、それから1分後のことだった。

 




リーナ、暴れる。

さて、明日も0時に投稿します。


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第14話 青星

マーシャル・マジック・アーツ。

元々はUSNA軍海兵隊が編み出した魔法による近接格闘技術である。

魔法で肉体を補助して高い戦闘力を発揮するということで、スターズでも取り入れられているのだが、実はぼくはそれを得意としていた。

 

生まれた時から転生したのだと理解していたぼくは、勉強頑張ったし、魔法が使えると分かれば訓練したし、転生というアドバンテージを活かそうと幼少期から努力をしてきたが、どういうわけか身体能力はそうした努力とは無関係で優れていた。

 

原作において、アンジェリーナ・クドウ・シールズの身体能力があまりに高いというような描写はなかった。軍人をしているのだから、一般的な同年代女子と比べれば、勿論身体能力は高いのだろうが、作中で格闘を描写されている司波達也や、その師である九重八雲を越える程かと言われれば違うだろう。

つまりは、原作のアンジェリーナ・クドウ・シールズは、ズバ抜けて身体能力が高かったり、近接格闘を得意としていたわけではなかったのだ。

 

これは、ぼくの推測でしかないのだが、転生というイレギュラーが、優れた身体能力を生み出したのだと考えている。

優れたスポーツ選手というのは、幼少の頃からそのスポーツをやっていて、そのスポーツのための体を作っていることが多い。だから、スポーツ選手の子供は幼少の頃からそれに馴染みがあるために、優れたスポーツ選手となることが多いのではないだろうか。

 

では、生まれた時から、体の動かし方を知っていたならばどうだろう。

転生したのだから、それは生まれたときから、体の動かし方を無意識に理解しているということ。

その、ぼくの体の動かし方、理想の通りに、ぼくは成長したのではないだろうか。

言うならば、生まれた瞬間からぼくがもっとも動きやすい様に調整され続けた体こそが今のアンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

この推測が合っているのか間違っているのか、それはどうやっても確かめることのできないことだけども。

 

確かなのは、ぼくの身体能力はスターライト内でも最高クラスであり、特に反射神経と動体視力で異常な数値を叩き出したということ。

 

そして、ぼくがスターズの候補として挙げられたのは、その魔法力を評価されたからであるが、スターライトの訓練時、ぼくが最も高い成績を修めていたのは近接格闘術だということだ。

 

魔法では本気を出さないようにしていた、というのもあるが、セクハラを防ぐためには魔法なしでも防衛する手段が必要だった、という悲しい理由もあり死ぬ気で取り組んだ結果だ。

ぼくに不用意に触ろうとしてきた輩には鉄拳制裁を繰り返し、いつしかそういうことをしようとする人間はいなくなっていた。

ぼくにとってはマーシャル・マジック・アーツを含む近接格闘術は必須技能だったのである。

軍人なんて皆脳筋だから、一度ボコって黙らせれば寄ってこないしね。

スターライトなんて劣悪な環境にぶちこまれたせいで、ぼくも若干脳筋思考(困ったらとりあえずぶっとばすコマンド連打)になりつつあったが、大丈夫、まだ引き返せるはず……っ!

 

 

「さて、とりあえず全員ぶっ飛ばしてしまったのですが、誰に案内を頼むのが良いんでしょうか?」

 

「脳筋ね」

 

「ああ、嬉々としてボコっていたしな」

 

「誰が撲殺魔法少女ですか!?」

 

「うん、誰も言っていないな」

 

 

リンとアビーが脳筋とか、嬉々としてボコっていたとか言うから、つい変なことを言ってしまった。

ワタシ、ビショウジョ、カレンデ、カワイイ、リーナサンヨ。

 

 

「うぅ……」

 

「あ、まだ起きないでくださいね」

 

 

ちょっと目覚めかけていた男がいたので、寝てもらった。

 

「蹴り飛ばしたな」

 

「笑顔だったわね」

 

「鬼だな」

 

「鬼は貴女達ですよね!?いたいけな女の子をいじめて楽しいですか!?」

 

人が気にしていることを嬉々として攻めてくるからね、この人たち!これを鬼と言わずして何を鬼と言うのか。

 

 

「男六人を瞬殺する女の子はいたいけではないし、何より、リーナをいじめるのは極めて楽しい」

 

「良い笑顔で言わないでくれませんか!?」

 

 

アビーが最高の笑顔で言うが、本当に止めてほしい。確かに、一度戦闘のスイッチが入ると多少暴力的な思考になるかもしれないが、ぼくは元々、温厚で頭脳派なのだ。出来れば戦闘は避けたいとすら思っているのに、軍なんて劣悪な環境にぶちこまれたせいで、そういう機会が多くなり、結果的に力には力、みたいな感じになってしまっているだけなのだ。

今回だって先に手を出してきたのは向こうなんだから正当防衛ってやつである。

 

 

「リン、リーナがいじけてしまったからもうリーナいじりは止めて、話を進めようか」

 

「そうしましょうか。ほら、そこにいる男がたぶんこのグループのリーダーだと思うわ」

 

 

ぼくは全くいじけていないが、アビーが頭をヨシヨシしてくる。

そういう子供扱いをするのなら、脳筋とか鬼とか言うのは止めてほしいんだけど。まあ、アビーがからかっているのは分かっていて、それも可愛いと思ってしまうのは、もうぼくがアビーの魅力にすっかりやられてしまっているからなのだろう。

 

 

「全く調子が良いですね」

 

 

リンに言われた男は、完全に気絶していた。また脳筋とか言われるのは嫌なので、拳で起こすのではなく、近くにあった水道でバケツに水を汲み、顔の上でひっくり返す。

男に慈悲なんてないのだ。

 

 

「あれ?起きませんね?どうしましょうか?もう一杯いっておきましょうか」

 

「容赦ないわね、ちょっとあいつが可哀想……って、あ……」

 

「ん?どうしたリン?何か気がついたのか?」

 

 

二杯目の水をかけたところで、何やら声をあげたリンに、アビーが気がつく。

すると、少し気まずそうに、リンが話始めた。

 

 

「そいつ、どこかにカードキー持っていない?前に、そいつらが集まっている研究室にカードキーで入るのを見たことがあるの。たぶん、兄弟もそこにいると思うし」

 

「リン、それを先に言ってくれれば、彼に水をかけずに済んだのですが」

 

「それも、二杯な」

 

「……記憶って、あまり頼りにならないものよね」

 

 

露骨に誤魔化すリンにはジト目を送りつつ、男のポケットを探ると、カード入れが入っていた。中にはいくつかのカードキーがあり、どれが本命なのかは分からない。

 

 

「たぶん、これね。これだけ見たことのないカードだわ」

 

リンの話では、他のカードは、寮のカードキーや、学生証などらしく、運良く一枚に絞ることが出来た。どうやら彼は、学校で使うカードを一つにまとめておくタイプだったらしい。

 

 

「では、私たちはその研究室に向かいましょうか」

 

「そうだな。それではリン、情報提供感謝する」

 

 

兄弟のいる場所と入る手段があるのなら、後は簡単だ。しばらく二人の調査をして、適切なタイミングで誘拐し、快く(・・)亡命の立場を貰えば良いだけだ。偶然リンと会うようなことがなければ、もう少し荒っぽいやり方になっていただろう。

……軍人たるもの、この程度は荒っぽいに入らないのだ。

 

 

「ねえ、一つ聞いて良いかしら?」

 

 

彼女とは仲良くなったが、もうぼくたちはこの国を去る。名残惜しさはあるものの、変に感傷的にならず、あっさりと別れようと思ったぼくらの背中に声がかけられる。

振り返ると、リンがタブレットのようなものを操作していた。

 

 

「これ、貴女達よね?」

 

 

そうして見せられたタブレットに表示されていたのは――。

 

 

 

 

 

 

「トントン拍子、とは正にこのことだな」

 

「私としては、あまりに上手く行きすぎて困惑しています……。まさかこんなに簡単に……」

 

 

ぼくたちは今、豪華客船で船の旅をしていた。

行き先は日本。つまり、亡命の真っ最中である。亡命、というには、豪華客船のラウンジで海を眺めながらティータイムとシャレこんでいる現状はそぐわないかもしれないが。

 

「リンから私たちのデータを見せられたときには焦ったがな、快適で良いじゃないか」

 

「そうなのですが、実感がなくて落ち着きません。もっとこう隠れ忍んで、こそこそと……」

 

「亡命のイメージが偏り過ぎだよ、実際、コネがあれば堂々としたものさ。たぶん」

 

 

「はぁ、アビーって基本的にバカですよね」

 

「おい、曲がりなりにも天才と称されていたんだぞ、私は」

 

「曲がりなりにも、な時点で認めてますよね、それ」

 

 

ゆるい。実にゆるい。

が、これが簡単かつ確実な亡命方法であることは間違いない。

 

 

「まさかリンから亡命に繋がるとはな」

 

 

このような豪華客船での亡命をすることができたのはリンの手引きによるものだ。

リンの父は、香港系国際犯罪シンジケートに関わっているらしく、ぼくたちが今回亡命に使ったルートも、その組織が持っているものなのだが、なぜ、それをぼくたちに使ってくれたのかといえば、リンは自身が狙われた際の亡命先として日本を考えているらしい。

組織内で父の立場が悪くなり、自分が狙われる、という状況に陥った場合のため、組織外の協力者を日本に置いておきたかった、ということだ。

そのため、軍などから情報を流してもらい、脱走兵や亡命者の親族など、協力者になり得る人物のリストを持っていた。

ぼくらが脱走したのはつい最近のことだから、リンもリストで確認していて、ぼくらのことを知っていた、というわけだ。実際に、その目でぼくの戦闘能力を確認し、協力者にすることにしたのだろう。

 

 

「うう、私はこんなに上手くいってしまって、日本で何か大変な不幸なことが起きるのではないかと不安しかありませんよ。だってどういう確率です?この状況」

 

「リーナは気にしすぎだ。偶然というのは確率で考えるべきものではないさ」

 

 

やっと日本への亡命が出来そうだというのに、ぼくは期待よりも不安で胸をいっぱいにしていた。

そして、得てしてこうした不安というのは、悪いことほど的中するものであるということを、このときのぼくは、まだ知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、貴方の思惑通りになったかしら?七賢人(・・・)さん?」

 

『ああ、ご協力感謝するよ。リン゠リチャードソン……いや、孫 美鈴(スン メイリン)

 

「はぁ、その名前で呼ばないで。それより、どうしてこんな回りくどいことを?彼女達をアシストするのが貴方の目的なら、こんな芝居させないで初めから私と接触させれば良かったのに」

 

『分かってないな、これはゲームなんだよ、僕と彼女とのね』

 

 

 

 

レイモンドはリンとの通話を終えると、ディスプレイに目を向ける。そこに表示されていたのは、リアルタイムのリーナとアビーの様子だった。船内の防犯カメラの映像を盗み見ているのである。

 

「報酬は君の秘密ってことだったけど、それは止めとくよ。やっぱり僕自身で解き明かしたいじゃないか」

 

レイモンドはリーナのフリズスキャルブでも解き明かすことのできない秘密を知りたかったが、それを種明かしされることをつまらない、と感じるようになっていた。それは、攻略本に頼らずにゲームをクリアしようとする子供のような、そんな感情。

彼にとってリーナは唐突に現れた面白いゲームだった。

 

今回のリンとの接触は偶然ではない。リンが協力者を探していたのは本当のことであるが、リストなど持ってはいなかった。リーナとアビィの情報を七賢人として与え、接触させ、亡命させたのは彼なのだ。

 

何故、彼がそれをリーナに伝えなかったのか。

答えは面白そうだから、の一言に限る。

普通にリンと接触させて、亡命させるのではドラマが足りない。それでは物語として面白くない。

 

レイモンドはリーナを通して、勇者(ヒーロー)になりたいのだ。自分にはない才能を持つ彼女をアバターに、彼は冒険をする。

そして、リーナの秘密を解き明かし、ゲームクリア。

 

彼は笑う。

なんて、楽しいのだろう。これからどうやって秘密を暴いてやろうか。

 

彼はアバターを操作するプレイヤーであり、ゲームマスター。

これからのリーナの冒険をどうメイクしようかと、考えるだけで楽しくなる。

 

 

「ふふ、折角見つけたんだ。もっと楽しませてよ、僕の青星(シリウス)

 

 

 

リーナは、まだ逃げられていないのかもしれない。

 

 




これにて亡命編は完結です。
次話から日本での活躍となり、まだまだ盛り上がっていきますので、よろしくお願いします!



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二章 守護者編
第15話 二人の変化


今話から二章になります。
原作キャラとガンガン絡ませていきたいと思っていますので、今章もよろしくお願いします。


日本へと亡命をして、2ヶ月が経った。

 

リンの手引きによって、日本へとやって来ることに成功しただけでなく、偽りの身分までも手に入れたことで、案外簡単に潜伏できている。

しかし、亡命の成功、というにはまだ一歩足りない。

 

ぼくは確固たる安全と平穏が欲しい。

そのためには、偽りではない正式な身分と、USNAの手出しを許さない強力な後ろ楯が必要だ。

 

身分と後ろ楯。

これはイコールで結ばれる。

正式な身分を与えられるような権力を持つ人間ならば、後ろ楯にもなれるのだから、つまりはぼくの目的を達成するために求められるのは、権力者とのコネクション。

 

しかし、それはそう簡単なことではない。

接触を誤れば、USNAにつき出されて終わりだ。

ぼくらの価値が、USNAに渡すよりも有益であると証明しなくてはならない。

そして、この価値が高すぎてもいけない。

ぼくの目的はあくまで、確固たる安全と平穏。

 

価値を高くし過ぎると平穏が遠ざかってしまうからだ。

このバランスが難しく、ぼくらは2ヶ月という時の中で、生活基盤を整え、ただ日常を送っていた。

 

 

日本に来て大きく変わったことと言えば、ぼくの口調だ。

 

今までぼくは、頭で考えるときには前世の口調そのままでいたが、話すときにはある程度女の子らしい口調になっていた。これは女の子として生まれ、育てられたことで、自然とそうなったのであるが、それが日本へとやってきた瞬間、思考の口調に変化した。

いや、正確には日本語で話し始めたことで(・・・・・・・・・・・・)、だ。

 

日本へと亡命するにあたり、日本では基本的に日本語を使う、ということをアビーと決めていた。これは単純にその国に慣れるため、というのもあるが、一番は日本という地域の中により溶け込みやすくするためだ。その国の言語を話すことで、自身の中でその国に存在するあらゆる感覚をその国に合わせるのだ。

 

海外留学をしたら突然性格が明るくなったり、味や服の好みが変わったりすることがある。

これは極端な例であるが、その国の言語を操ることは、如実に自己形成へ影響を与える。

 

だから、日本語を使うことにしたのだが、これがぼくに思わぬ影響を与えた。

この日本語で話す、という提案をしたのはぼくで、それは、前世が日本人であるぼくは勿論、オタクであるがために無駄に天才を発揮し習得していたアビーも、日本語を使えるからこそなのだが、ぼくの日本語は前世に由来したものである、というのが、この場合影響した。

 

がらりと変わったぼくの口調に、アビーには「ぼくっ娘というのは今でも愛されるジャンルだが、些かキャラを盛りすぎなんじゃないか」と見当外れなことを半笑いで言われ、小一時間程、喧嘩になった。

故に、アビーには一人称こそ「ぼく」であるが、USNAでの口調を意識している。

 

 

「アビー、大切な話があります」

 

「なんだい、リーナ?」

 

毎週日曜日に放送されている女児向け魔法少女アニメシリーズを見ていたアビーが、アニメを止めて振り返る。

……ここで、アビーの服装を描写しておくと、デカデカと桃色の髪をした魔法少女がプリントされたTシャツに、ジーンズとシンプル且つオタク感溢れる格好でありながら、外国人故か、彼女の中性的な美貌故か、妙にスタイリッシュ。しかし、平日の昼間から、その服装でそのアニメを見るのは、壊滅的と言える。天才と言われた少女がこんなことになってしまい、ぼくは若干遠い目で、自分の選択が本当に正しかったのか考えさせられる。

この娘、こんなアニメとか見てないで、もっと世界のためになることが出来る娘なのだが。

果たして、これって、ぼくのせいなのだろうか。

 

 

「リーナ、そんな引きこもりの我が子を見て、昔は優秀だったのにどうしてこんなことに、と自身の教育が悪かったのかと振り返る母、のような表情を止めてくれないか」

 

どうやら自覚はあった様で、気まずそうにぼく言う。

そのまま現状の堕落から抜け出して欲しいところではあるが、アニメは止めたものの、手元で忙しく魔法少女のソシャゲを進めているので、とても無理そうである。

 

 

「はぁ……話が逸れるところでしたね、それで本題なのですが」

 

 

この本題というのが、アビーの堕落とも関係していることなのだ。

そして、命に関わる問題でもある。

 

 

「資金が底を尽きました」

 

 

リンから、日本へと亡命する際に活動資金を貰っていた。その額、100万円。

偽造の身分証こそ用意して貰ったものの、即座に日本円を手に入れるのは面倒であった。そもそも、USNAでもそこまで資金があったわけではない。

ぼくは安給料であったから、頑張って亡命用の資金を貯めていたものの、精々二十数万円だった。アビーはとんでもない額の給料をもらってはいたが、急に準備させたために、資金面ではほとんど用意できなかったから、ぼくらはその二十数万円で、逃亡生活をしていた。

 

だから、リンからポンと100万円を渡されて、ぼくは驚愕した。

100万円と言ったら大金だ。

前世でも今世でも未成年かつ、バイト代や安給料でしか賃金を得ていないぼくからすれば、見たこともない金額。

それが、リンからポンと手渡されたのである。勿論、今の時代、現金ではなくマネーカードなのだが、そこには確かに100万円の札束と同じ価値がある。

 

それを当たり前みたいな顔で渡すリンも、平気な顔で受けとるアビーも信じられなかった。

100万円って、そんなお小遣いみたいな感じで、貰っていいものじゃないと思うんだ。

 

 

「また、リンに貰えば良いじゃないか」

 

「最高にクズな提案をありがとうございます」

 

 

全くの真顔で、引きこもりのニートみたいなことを言うアビー。手元でソシャゲを続けているのもまたクズい。

が、その意見にもアビーなりの理由がある。

 

 

「リンと私たちはギブアンドテイクなんだ。資金は引き出せるだけ引き出せば良いだろう」

 

「ギブアンドテイクだからこそですよ。なるべく『借り』を大きくしたくありません」

 

リンがぼくらの亡命に手を貸したのは、何も仲良くなった友達のため、というわけではない。

リンの父は、香港系国際犯罪シンジケートに関わっているらしく、ぼくたちが今回亡命に使ったルートも、その組織が持っているものの様だ。

そして、リンは自身が狙われた際の亡命先として日本を考えているらしい。だから、ぼくらを亡命させておくことで、そうなった時の護衛や拠点確保などのため、という理由もあるのだ。

組織内で父の立場が悪くなり、自分が狙われる、という状況に陥った場合、組織外の協力者は重要だ。

ぼくらを日本に置いておくことは彼女にもメリットがある。

 

「大体、100万円って普通、2ヶ月で無くなるような金額じゃないんですよ」

 

 

ここで、ぼくたちがどのようにして100万円を失ったのか、振り返っていこう。

 

まず、ぼくたちは日本に着いてすぐ、生活の拠点となる場所として、短期賃貸マンションの部屋を借りた。

所謂、マンスリーマンションというやつだ。1ヶ月単位で部屋を借りられのである。

その上、敷金・礼金・保証金や保証人といった煩わしいものもないし、家具に加え、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの白物家電から電気釜や電子レンジなどの生活用品が一通り揃っているという至れり尽くせり。

とりあえず3ヶ月で契約し、ここで大きな出費をしたが、これは仕方ないだろう。

 

 

生活の拠点を手に入れたことで、二人でしばらくダラダラと過ごした。

そうして、日本に慣れてきたところで、ぼくらは秋葉原へと乗り出す。

夢にまで見た秋葉原。

ぼくらは、はしゃいだ。それはもう凄まじいテンションだった。何なら泣いた。号泣だった。

USNAでは手に入らないようなオタクグッズの数々を前に、やっぱり亡命は間違っていなかったのだと確信した。

 

が、財布が軽くなった。

そう、一番の原因はこれだ。何せ、オタクグッズに軽く50万は使っている。

その後、アビーがハマった魔法少女のソシャゲに課金したり、ぼくが集めているトレーディングカードをダース買いとかしてたら……残金が無くなっていたのである。

 

うん、日本という国のオタク文化が悪いんだ。

中々出ないソシャゲの期間限定キャラとか、ダース単位で買っても当たらないサインカードとか、そういうのが悪いのである。

 

ぼくらは適切に100万円を使っていた。

2ヶ月もったのは、むしろ偉業である。まあ、最初にこの部屋を借りたときに、電気・ガス・水道などが込みでなかったらとても無理だったが。

正直、オタクグッズ以外の生活は質素なものだった。基本、自炊だったしね。

ぼくの数少ない女子力、料理が火を吹いたね。ま、一回物理的にコンロが火を吹いてビビったのだが。まあ、美少女にドジっ娘属性は基本装備だから(震え声)

 

しかし、この状況、どうしたものか。

冷蔵庫に多少食材はあるものの、残っているお金は財布にある3047円。

とりあえず、部屋は3ヶ月で契約したから後1ヶ月は大丈夫だが、この金額で1ヶ月生活は絶望的である。餓死する。

 

「ふむ、要はお金を稼げば良い、ということだな」

 

「アビー、まさか何か名案が!?」

 

ぼくの投げ掛けに、アビーがドヤ顔で、答える。

それは驚愕を通り越して、何故か冷静になってしまうような、そんなとんでもない案だった。

 

 

 

「リーナが体を売れば良い」

 

 

 

 

次回、リーナ体を売る。

 




リーナさん、色々ピンチ。


さて、明日も0時に投稿します。


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第16話 (から)

お金の無くなったぼくらがやるべき行動とは、つまり後回しにしていたこの国に来た目的。

 

USNAから逃げ回る生活から脱し確固たる地位を手に入れる、そのための後ろ楯探し。これに限るだろう。

 

この2ヶ月、ぼくらは何もオタク行動ばかりしていたわけではない。それでもこの後ろ楯探しが難航しているのはそれだけ難しいからだ。

 

 

「後ろ楯、パトロン、スポンサー、私たちに必要なのはそういう存在だ。今まで頓挫していたが、急ぐべきだろうな。いつまでもUSNAの追っ手がない、とも限らないのだから」

 

 

全くもってその通りなのだが、今まで上手くいってなかったものが、急に上手くいったりはしない。

 

それ相応にリスクを負って、行動する時が来たのだろう。

 

 

「それにしても、体を売るという言い方は止めてくれませんか!」

 

 「リーナの資本が体しかないのだから仕方ないだろ。それとも私のように何か実績が?もしや、研究室でリーダーでも?」

 

 

アビーのどや顔が極めてうざいが、確かにぼくには何の実績もなく、精々、元スターライトという肩書き程度。資本と言えるようなものは、魔法技能と九島家の血、そしてこの超美貌(自画自賛)くらいだ。確かに体しか売るものがなかった。つんつんしてくるアビーに何もいい返せない。

 

アビーの言う、体を売る、というのは極めて酷い言い方なのだが今後の行動をざっくりまとめると、そう言えないこともないのである。

 

 

「さて、リーナをからかうのもここまでにして、もう何度か話していることだが、一度確認しようか」

 

 

アビーは天才博士として、いくつかの功績があるし、彼女の才能の凄さは一角の魔法師ならばすぐに分かることだし、確固たる実績もある。チップとしては申し分ないのだが、彼女には日本に対する一切の共通項がない。

 

その点は曲がりなりにも、日本の名家の血が流れているぼくが強い。

 

アビーの実績とぼくの血筋、この二つがぼくらの大きな武器だ。

 

 

「リーナの候補では血縁関係のある九島が最有力である、ということだったが、交渉のチップとして『血筋』だけでは少し薄いな。それに、リーナの亡命先として真っ先に考えられるのがその家系だ。USNAによって何らかの監視がされていても不思議ではない。交渉が上手くいく前に横槍が入ってしまうリスクは高いだろう」

 

 

ぼく一人では考え付かなかったリスクが、アビーの口からはポンポン出てくる。如何に、魔法少女アニメにハマろうとも、ソシャゲに重課金しようとも、アニメTシャツを着ようとも、彼女は天才。その頭脳は健在だ。

 

 

「となると現状繋がりのある有力候補はない、というわけだ。よって、今後やっていくべき行動は、縁。繋がりを作ることだ」

 

 

何をするにもまずは知り合うこと、これが必要だ。とはいえ、日本の有力者とどうやって知り合うか、というのが問題になってくるわけだが。

 

 

「最も簡単に繋がりを作れるのはリンに紹介してもらうことだろう。日本への亡命ルートを独自に持っているくらいの組織ならば、日本の有力者と何らかの繋がりはあるはずだ」

 

 

ぼくらの亡命はこの亡命ルートを使ったし、偽造の身分証明書なども用意してもらった。これだけ整った環境を持っている、ということは日本にも強いコネクションがあるのだろう。

 

 

「が、この場合、私たちはもうリンと対等の立場ではなくなる。リンの一声で私たちの処遇が決まってしまうこともあるからな。それに、リンは組織外の協力者を望んでいる。その点からすると、私たちの行動は拒否される可能性が高い」

 

 

リンにはリンの目的があってぼくたちに協力してくれた。その目的に反するような行為をすれば、今の立場ですら怪しくなってしまう。状況の悪化を招くかもしれないこの行動は、リスクが高すぎた。故に、今までもしてこなかったのだ。

 

 

「まとめると、現状、選択肢が限られている上にリスクが大きく成功率も低い、ということだ」

 

 

ぼくらの亡命計画は、計画とすら言えないほど杜撰で行き当たりばったりのものであった。その皺寄せがこれだ。

 

 

「で、あるならば自らでその選択肢を増やす必要がある。それが繋がりを作る、ということだ」

 

 

アビーが胸を張って言う。Tシャツに描かれた魔法少女が強調されているが、頼もしい限りだ。きっと良い案があるのだろう。

 

ぼくは、少し興奮気味に訊ねる。

 

 

「どうやってですか?」

 

 

「それはまだ考えていない。これから考える」

 

 

「ちょっと、その辺のフィギュア売ってきますね」

 

 

「あー!私の可愛い魔法少女たちがっ!」

 

 

ぼくは立ち上がり、並べられていたフィギュアを段ボール箱に詰め始めた。止めようとしてくるアビーであるが、身体能力は圧倒的にぼくが勝っている。さっさと詰め終えたぼくは、それを持って家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部売っぱらってしまう気だったが、アビーに泣きつかれて、部屋に何体か残してきてしまったけど、仕方ないと思う。決して、ぼくがアビーに甘いわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

『困ってるんだろう?助けてあげようか?』

 

 

いくつかのオタクグッズを手放し、何とか二週間程度は生活していけそうな金銭を手にいれたぼくは、その足でショッピングモールへと来ていた。

買い物もあったし、雑多に人の行き交うここは、秘密の電話をするのに丁度いい。

 

電話の相手はレイだ。

彼との協力関係はUSNAからの逃亡に成功した時点で終わっていたのだが、彼の方から電話をしてきたのである。

 

 

「助けてくれるならば助けてほしいのですが、何が目的ですか?」

 

彼は結局、協力の報酬を受け取らなかった。

報酬とはぼくの秘密であり、それはぼくが転生者であるということであり、この世界の未来を知っているということだ。

どうやら彼は、その秘密を自分で解き明かしたい、と思った様で、ぼくもその方が好都合であったため、報酬の受け渡しはなかった。

 

『君の秘密を暴くのに、そろそろ行動しようと思ってたんだ。それに、君をサポートするのは、それはそれで楽しいのさ』

 

 

前から思っていたが、レイはぼくの亡命を楽しんでいる。ゲームのアバターを操作するように、ぼくを見ているのだろう。

レイにとってぼくがアバターやおもちゃだと言うのならそれでも良い。別に楽しんでくれて構わない。ぼくが期待するのはフリズスキャルブの情報収集能力。情報さえ正確に伝えてくれるのならば、それくらいは気にならない。

 

『あ、そうそう。九島に接触するのは止めた方が良いね。USNAがすぐにでも情報を察知してやってくるよ』

 

「想定通りです。ですが、そのせいで困っている、とも言えます」

 

『USNAは君たちが日本へと逃亡したことに確信は持てていない。けど、可能性は高い、と予想してる。下手に動けば察知されるかもね』

 

「確信に変わる前に決着させたいですね……ですが、そう簡単な話ではなくてですね」

 

 

ぼくは、レイにアビーとの話し合いの内容を話した。彼が力を貸してくれるのは、今のぼくたちにとって、とても大きい。フリズスキャルブの情報収集能力があれば、誰と繋がりを持つべきか、その判断が随分と楽になる。

 

 

『考えは間違っていないけど、それって、君一人なら即座に解決することなんじゃない?』

 

 

一瞬、周囲の雑音が消えたかのようにすら感じた。

 

 

『たぶん君だけならUSNAもショーグンのいる九島を敵に回してまで処分しようとはしないでしょ。九島に泣きついて国に保護してもらえば、それで終わり』

 

楽しそうに、レイが言う。

九島に接触すればUSNAに察知されるが、ぼくだけならば、そこで諦める、ということだろう。

 

『でも、君と一緒にいるアビゲイル・ステューアット博士は違う。彼女はUSNAの数々の魔法研究に携わっている。USNAだって本気さ。実際、逃亡したのが君だけだったら、とっくにまともな捜査は打ち切られてるよ』

 

 

アビーが以前言っていた言葉が甦る。

 

『私が思うに後ろ楯を見つけ、日本へ正式に亡命をする。この目的の達成だけならば(・・・・・)難しくはないだろう。が、自慢ではないが私はUSNAで魔法研究に携わり過ぎた。正式に亡命が成功したとして、果たしてUSNAが手を引いてくれるかどうか』

 

 

アビーは天才だ。17歳で研究室のリーダーを務めるくらいには。

いくら実力主義のUSNAとはいえ、ぼくがすんなりとスターズになれなかったように、年齢のハンデは存在する。それはステレオタイプな古い考えの大人がまだ一定数いるからで、年齢という色眼鏡は評価を正当なものとして判断させないからで、そんな中でそれほどの地位にいたアビーはUSNAにおいても貴重な研究者。

その重要度は高いし、他国に知られたくないような研究にもいくつも携わっている。

 

『正式に亡命が成立する、ということは私たちの痕跡がこの国の情報機関に残る、ということだ。そこから一切USNAに情報が流れない、とは私は思っていない。つまり、後ろ楯の選定はチャンス一回限りで、USNAも手出しできないほど強力でなくてはならない』

 

USNAも無能ではない。正式ということは、情報を残すということ。それを察知できない程、大国の情報収集能力が低いわけがなかった。

 

 

『この条件を満たせないのであれば、むしろ今の状態の方が安全といえる』

 

 

これが、現状維持を続けてきた2ヶ月の真相とも言える。

 

 

『難航している理由ってさ、君がアビゲイル・ステューアット博士と一緒にいるからなんじゃ――』

 

「それは覚悟の上で、私は彼女を連れてきました」

 

 

声を荒らげなかったのは、ここがショッピングモールであることをまだ認識できていたから。せめてもの理性だった。

 

ぼくは彼女のために生じる全ての障害を背負う覚悟で日本へ連れてきた。彼女を切り捨てることはありえない。

 

 

 

『君の覚悟は分かったけどさ……それ、彼女はどう思っているのかな?』

 

「……どういう意味です?」

 

『彼女は、天才だよ?自分がいることで君の亡命の大きな足枷になっていることを理解していたし、何より……そんなこと最初から(・・・・)分かっていたんじゃない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に帰ると、そこにアビーはいなかった。

 

乱雑に散らかったグッズと丁寧に並べられた魔法少女フィギュアだけが、アビーの痕跡を僅かに残すばかりだった。




アビー、消失。


さて、明日も0時に投稿します。


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第17話 アビーの行方

お話の都合上、今話は短めです。


ボストン、ウエストエンド地区にあるショーマット魔法研究所。

この研究所では、正午になると音楽が流れる。研究者という生き物は寝食を忘れて没頭することが多く、こうして生活習慣というものを身につけさせないといつまでも研究を続けてしまうからだ。

 

その音楽が流れはじめて数十秒。

 

セミロングの赤い髪は女性的であるが、その中性的な顔立ち故か不思議とユニセックスな、どこかボーイッシュな印象を消しきれない、しかしそれが彼女のミステリアスな雰囲気となって魅力を引き出している。

そんな少女、アビゲイル・スチューアットがリーダーを務める研究室にノックの音が響く。

 

入ってきたのはアンジェラ・ミザール少尉だ。ややくすんだ黒髪の巻き毛に白人にしては濃い肌の色。アビーとは対照的にあまり特徴のない容姿であるが、穏やかな美貌といえる。

 

 

「アビー、今日はもう終わりなの?」

 

「ああ、というよりやることが無くてね。ただ座っていただけさ」

 

 

部屋の作業机のようなところに置かれていたのは、歩兵用ミサイルランチャーにも見える金属製の筒。それは中から放射状に広がるようにして先が潰れており、控えめに見ても機能するようには見えない。

これがアビーの研究する魔法を最大限活かすための魔法兵器『ブリオネイク』である。但し見た目通り壊れているのだが。

 

 

「どうやら私はまだまともに研究させてもらえないらしいからね」

 

「当たり前でしょ、こうして自由にいられるだけでも感謝しなさい」

 

 

アビーがリーナと共に亡命を謀ってから半年。リーナと別れてから数ヶ月が経っていた。

リーナと共に住んでいた部屋から消えたアビーは、その後USNAへと連絡を取っていた。より正確には旧知の仲であるアンジーに、であるが。

 

 

「最初、貴女からリーナと亡命する、とメッセージがあった時にはどうしようかと思ったわ」

 

 

アビーはリーナと共に亡命をする直前、アンジーにそのことを部屋に残したメモで伝えていた。そして、戻ってくることも。

 

 

「もし私がリーナの誘いを断っていれば、口封じのためにあの場で殺されていただろう。こうして生還できただけでも褒めてほしいものだが」

 

「そのことは軍も考慮してくれているわ。貴女の行動は殆ど正当性が認められている。だからこうして自由の身でいられるんじゃない」

 

「自由とはいうが、私以外の職員は研究室を転属になり今このCPBM研究室に所属しているのは私一人、研究に協力してくれる魔法師の申請も通らない、こんな状態では何の研究も進まないのだが」

 

「正当性が認められただけで、貴女一度国を出ているのよ?重大な研究には携わらせてもらえないわよ。まあ、それも後少しの辛抱なんじゃない?私の任務もそろそろ終わりらしいから、そのタイミングで貴女の状態も改善させるでしょう」

 

アンジーの現在の任務はアビーの監視及び護衛である。アビーはリーナに連れ去られたということになっている。アビーの説明に矛盾はなく、実際亡命を開始する前にメッセージを残していたことから、その正当性こそ認められたものの、それに異を唱えるものもいる。そのために、こうして派遣されてきたのがアンジーだ。

護衛、というのは現状の調査では、日本の工作員がリーナを説得し、亡命を手引きしたとされており、リーナがアビーを誘ったのは日本の指示であった、ということになっている(・・・・・・・・・・・)からである。

 

 

「貴女がもっとしっかり情報を伝えてくれていれば、国内で捕らえられたのに」

 

「言っただろ、リーナには優秀なサポートがついていた。軍の情報は筒抜けだったし、私が下手な動きをすれば即座に察知され殺されていた」

 

アビーは最初の一度のメッセージを最後に、連絡を一切しなかった。

その理由としてアビーは、リーナのサポートを挙げたのだ。

 

「軍の調査では、彼女に協力していたのは『七賢人』ではないか、ということよ。実際、貴女達を一度も捕捉できずにいたわけだし、こっちの情報は完全に漏れていたのでしょうね。そんなことが出来る人間はそうそういないし、何より、軍としてはこの失態の責任を『七賢人』という訳の分からない存在に押し付けたいのよ」

 

二人の亡命はすぐに発覚し、捜査チームが組まれたが、何の情報を掴むことが出来ず、一度も捕捉することなく、あっさりと国外に逃亡されてしまったのだ。

USNAの情報機関が全力で調査しても正体を掴めていない七賢人の関与、ということにして、少しでもこの失態を何とかしよう、という悪あがき的行為からなのだが、この調査結果から、アビーの正当性はより強固なものとなった。

 

「アンジー、私に何か用があったんじゃないのか?」

 

「あ、そうだったわ。ランチに誘いに来たのよ」

 

 

長話をしてしまったが、アンジーの目的はそもそもこんなことではなかったのだ。

 

 

「そうか、では着替えてくるとしよう」

 

「ええ、出来たばかりのお店だけど評判良いのよ」

 

「それは期待できるな。研究所の仲間達は食事にこだわりのない連中ばかりだからな、そういう情報を持ってくるのは君だけだよ」

 

「アビーもこだわらないでしょ。何か好きな食べ物とかないの?」

 

アンジーとアビーは旧知の仲であり、何度も食事を共にしているが、アビーの食事の好みは思い浮かばない。

 

 

「簡単には思い付かないな……考えとくよ」

 

 

アビーは少し考えたものの、諦めたのか回答を先送りにした。

 

「呆れた。じゃ、私は外で待ってるわよ」

 

好きな食べ物なんて、そんな深く考えて出すような答えではない。やはりアビーも「食事にこだわりのない連中」の一人なのね、と呆れをそのまま口に出してアンジーは部屋を出た。

 

「ああ、すぐいく」

 

アビーの研究室には更衣室が備え付けられている。着替えには五分とかからないだろう。

アンジーが出ていって部屋に一人になったアビーは、どこか上の空な様子で呟いた。

 

 

「……でも手作りの料理が恋しいかな」

 

 

アビーは、日本の狭い部屋で二人で食べていた姿を思い出しながら、白衣をそのまま脱ぎ捨てた。

畳むこともなく机に放られた白衣。

 

 

机の隅にひっそりと置かれた金髪ツインテールの魔法少女フィギュアの視線は、どこかそれを咎めているようにも見えた。

 




今話は少し未来のお話なので、次話からは日本に戻り、時間軸も戻ります。

さて、明日も0時に投稿します。



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第18話 決意

時間軸が前話から戻ります。


結局ぼくは九島に接触することはなかった。

 

 

単なる意地で、自己満足で、非合理的だと分かっていたが、それをしてしまえば、ぼくがアビーの行動を認めてしまうことになるような気がしたからだ。

 

 

レイは、アビーが最初からこうすることを決めていた、という。

実際、レイの調べでは、アビーはUSNAに受け入れられており、殆ど処罰を受けていない様だから彼女は最初からぼくを日本へ送り届けたら、帰るつもりだったのだろう。彼女は自分の価値を知っている。天才であることを理解し、その自分がぼくの枷になってしまうことを判断することができていたのだろう。

 

 

「でも、2ヶ月も一緒にいてくれたのは、アビーもぼくと一緒にいたいって思ったからなんじゃないんですか……」

 

 

ぼくが彼女と別行動をする機会は沢山あった。その間いつだって彼女は抜け出せたのだ。それなのに、彼女はギリギリまで一緒にいてくれた。長くいればいるほど自分の立場が危うくなることを分かっていたのに。

一緒にいて楽しかった。安心した。ずっと一緒にいたいと思った。それは彼女も一緒だと思っていた。いや、絶対にそうだ。

 

赤い髪が素敵で、中性的な神秘さがあって、天才で、片付けが出来なくて、オタクで、なんでも美味しいって食べて、ぼくを膝の上に乗せて髪を撫でるのが好きで。

 

 

――私のいたい場所がリーナの側なのだから仕方あるまい。

 

 

そう言ってくれたアビー。

アビーのことならなんでも知ってる、そう言えるほどぼくたちの付き合いは長くない。知っていることなんて、きっと彼女の極一部だ。

 

でも、これだけは言える。何よりも強く思う。

 

 

ぼくは絶対、アビーを取り戻す。

 

 

彼女が何と言ったって全部無視してやる。どんな障害だって振り払ってやる。

アビーが二度と去らないように、ずっと一緒にいられるように。

 

もうぼくは、逃げない。

全てを捩じ伏せて、アビーを取り戻す。

 

 

『なんか覚悟決めたみたいな雰囲気だしてるけど、君この二週間ずっとぐだぐだ落ち込んでたよね?』

 

 

ディスプレイに映し出されている金髪碧眼の白人少年、レイこと、レイモンド・S・クラークが呆れたようにこちらを見ていた。

そして、ディスプレイの画面が切り替わり、映し出されたのは、ここ二週間のぼくの姿だ。

 

アビー、アビー、と呟きながら床をゴロゴロしてみたり、泣きながら魔法少女のフィギュアを並べてみたり。

 

最初の三日間くらいは本当に何のやる気も起きなくて、無気力な状態だったのだが、それが過ぎると、とてつもない寂しさ悲しさに襲われてどうしようもなくて、そんなヤバい行動を繰り返していた。

その間、ぼくの言葉を聞き続けてくれたレイは本当は良いやつなのではないか、と勘違いしそうになるが、あいつはぼくが悲しんでるのを見て笑っていた。アビーを取り戻した暁には、ついでにぶっ飛ばす。

 

 

『何か僕に八つ当たりしてない?』

 

「気のせいです」

 

 

レイはまともに学校へ通っているため、ニートのぼくと違って平日の昼間は忙しい。そして、魔法教育は放課後に各自が塾などで学ぶことが多く、レイもその例に漏れない。

そのため、レイと話が出来るまとまった時間は土曜日の午後(土曜日も半日は学校があるため)か、日曜日。

今日は日曜日であり、貴重な休日をぼくのために使ってくれているレイなのだが、寂しさで死にそうになっているぼくを笑って見ていたのは許せない。何なら不安を煽るようなことを言ってきたりして、ぼくを追い込んでいた。アビーがいなくなったことに、レイは直接関係しているわけではないが、八つ当たりということではなく、これは正当な怒りだ。

 

 

『笑ったのは悪かったけどさ。励ましてもあげてたろ?それなのに酷いなー』

 

夜の短い時間だけだが、ほぼ毎日レイと連絡を取り合っていた。こいつは励ましてあげてた、なんて言ってるし、実際、それっぽいことも言っていたが、内心、面白がっていたことは間違いない。こいつは、人が悲しみにくれているのを、面白おかしく観察していただけだ。実際、その会話で、多少でも寂しさが紛らわされていたのだが感謝はしてやらない。感謝して欲しかったら、ぼくより可愛い女の子でも連れてこい!

 

 

『で、立ち直ったのなら、今後のことを考えないとね。九島には接触しないんでしょ?』

 

「ええ、他に接触したい人がいます。調べてもらえますか?」

 

『いいね、面白くなりそうだ』

 

 

画面の向こうのレイは、心底楽しそうに笑う。

ぼくは、これからやらなければならないことを考えると、憂鬱で泣きたくなった。

 

 

アビー、君に会いたい。

 

 

そのために頑張るというのに、そんな矛盾したことを考えながら、ぼくは、この二週間で溜まっていた家事を片付けるために立ち上がった。

 

控えめに言って、カッコ悪かった。

 

 

 

郊外の病院は静けさに包まれていた。

平日の昼間は見舞客も比較的少なく、ここだけ時間の流れが遅いようにすら感じる。

 

その病院の個室。部屋にはテレビもあるが電源は入っておらず、そこに入院している女性は、ただ何もない空間を眺めていた。

ベッドの横の棚には数冊の本が置いてあったが、読んだ形跡はなく、彼女が朝からずっと、そうしていたことが窺える。

 

彼女が入院しているのは、精神的病が原因ではない。しかし、決して無関係ではなかった。

病は気から、と言うように、この彼女の憂鬱は体調を左右している。この状態が続けば、年内はずっと病院にいることになってしまうだろう。

 

 

司波深夜。

それが彼女の名前だ。が、世界的に有名なのは旧姓である四葉深夜の方だろう。

その名は『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』の異名と共に広く知られ、伝説となっている。

 

そんな彼女がここまで塞ぎ込んでいるのは、最も信頼できる腹心の部下、桜井穂波を失ったせいだった。

ため息を吐くとか、愚痴をこぼすとかそういう分かり易いサインはなかったが沖縄から帰京して以来、塞ぎ込んでいるのだから、この深い憂鬱の原因は明らかだった。

 

穂波は、深夜にとって単なるボディガードではなかったのだろう。

雇い主とその使用人。このけじめは二人とも穂波の最期の時まで、堅く守っていた。

しかし、単なる使用人ではなかった。最も信頼できる腹心の部下で、股肱の臣、片腕とさえ頼れる存在だった。穂波は深夜にとって精神的支柱だったのである。

それを失ったことで、彼女は物事に取り組む気力を失い、無気力状態になってしまったのだ。

 

 

「……誰かしら?」

 

 

――無気力状態にあった彼女の精神は、些細な気配によって、切り替わる。魔法を酷使し、ミッションをこなしていたあの頃のように。

音や匂いではない。それは経験からくる曖昧で不確かな気配。しかし、魔法師はその曖昧で不確かなものこそを信じなくてはならないことを深夜は知っている。

シーツの下でCADを操作、迎撃の準備は即座に出来ていた。

 

「ご安心を。私は敵ではありません」

 

 

隠密系の魔法で姿を隠していたのか、深夜の声に反応し、目の前に一人の女が現れた。

特徴という特徴のない、日本人の女。黒いスーツを着込み、直立している姿に何か特別な点はない。

 

 

「敵ではない人間は忍び込まないわ。ここは、ただの病院ではないのよ」

 

 

この病院は四葉家の息のかかった病院だ。深夜のために造られた、と言っても良い。そのため、この深夜の部屋の警備は国家の重鎮にも劣らないものとなっている。院内を歩く看護師でさえも四葉のエージェントであり、入院患者の中にも警備の人間が混じっている。

その警備の中、部屋にまで侵入してくるのは並大抵の困難ではなく、また、それを出来るだけの手練れであるならば、深夜の勝算はあまり高くはなかった。

 

 

「忍び込んだのは、そうする他、貴女に接触する機会が当分ないと考えたからです。私は正当な手順を踏んで貴女に会えるような立場にもありませんしね」

 

「貴女は私が、どういう存在なのか認識しているようね」

 

 

深夜のことは四葉によって巧妙に情報操作され、四葉との関係は全くないことになっている。それは十師族や他国の情報機関が詳細に調べても分からないほどの厳重なもので、司波深夜という新しい存在を生み出していた。

そのことを知っている人間は身内を除けば、極限られている。

しかし、これまでの会話で、女が四葉との関係を知った上で、深夜を『司波深夜』ではなく『四葉深夜』だと認識した上で、忍び込んだことを確信した。

 

 

「私は貴女にお願いがあって来ました」

 

「お願い?こんな病院から出られもしない私に何のお願いかしら?」

 

 

自虐的な深夜の言葉は、自身の今の状況を快く思っていないために、出たものであった。

気丈に振る舞ってはいても、弱っていく自分に不安を抱えていることは間違いないのだから。

精神的支柱であった穂波を失い、そうした弱い部分がふと漏れてしまうのだろう。

 

そんな自分の一面に気がつくこともなく、深夜は相手の言葉を待った。

 

この隙に魔法を使うことも過ったが、それが上手くいくとは思えなかった。それに、それが上手くいくような相手ならば、返事を待ってからでも対処できる。

深夜は、CADこそ隠したまま手放さなかったが、話を聞く姿勢を見せたのである。

 

すると女は、一呼吸置いて言葉を発した。

 

 

 

「――私を、貴女の守護者にしてください」

 

 

それは、深夜が思わず用意していた魔法式を誤って霧散させてしまうくらいには理解不能で、もし暗殺でも計画していたのなら絶好の隙となってしまっていた。

 

――言葉のせいではない(・・・・・・・・・)

 

 

勿論、言葉の意味も理解できなかったが、深夜がこれほどまでに無防備になっているのは、視覚的なものだった。

 

 

深夜が理解できないのを置き去りにするかのように、彼女はその場に跪いた。

先程まで、そこにいたのは何の特徴もない女だったはずだ。

その記憶を疑ってしまう程に、変化は著しかった。

 

 

日本人特有の無個性な黒髪黒目は、煌く黄金の髪と澄み渡った蒼穹色の瞳に。

黄色かった肌が、部屋に溶け出してしまうのではないかという程、真っ白で透明感のある瑞々しい肌に。

頬の線は柔らかく、身体つきは華奢に。

身長すらも、僅かに縮んで見えた。跪いていても、その小ささは歴然だ。女性というよりも少女。

 

 

 

 

 

深夜の目の前に跪いているのは、天使と見紛うばかりに美しい、西洋人形のような少女だった。




四葉、始動。
ネタバレになってしまうので章タイトルを付けられませんでした。


さて、明日も0時に投稿します。


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第19話 守護者生活

ただイチャイチャするだけの話です。


髪を撫でられるのは気持ちいい。

これは男性では中々分からない気持ちかもしれない。優しく触れる手が、髪をさっと撫でる感触は心地よくて、全身の力がどこかにふわっと飛んでいく。

櫛でもいい。

指では再現できない繊細なタッチと、均一に髪が流れていく感触は、手でのしっとりとした、こう、広い海をボートの上でのんびり寝そべっているような、雄大な心地よさとは、また違うのだ。例えるなら空だ。

流れていく雲を上から見下ろして、忙しそうだなと他人事みたいに覗いている。そんな感じ。

 

 

「随分面白い表現ね」

 

 

真っ白な肌を飾るように揺れるのは艶やかな黒髪。

蠱惑的な紫の瞳はアメジストのように高貴で気品があり、右目の下の泣き黒子が妖艶さとなって過剰なアクセントを加える。

異性を妖しく惹きつけずにはおけないであろう、大人の可愛いらしさが同居した美しさ。

鮮烈な美貌。

そんな美女、司波深夜の寝るベッドに座り、彼女に後ろから抱き竦められるようにして、髪を撫でられているのは、何を隠そうこのぼく、アンジェリーナ・クドウ・シールズである。

 

上半身を起こしている深夜様は、片手でぼくを抱き竦め、空いている手で優しく頭を撫でている。

ぼくは、瞼が落ちないように、ただひたすらに頭を回転させ、抵抗しているという有り様だった。

 

 

「ほら、もう眠いのではないの?気持ちいいでしょう?」

 

 

声が遠くで聞こえている気がする。髪を撫でる間隔が徐々に大きくなり、その緩急が、ぼくを眠りに誘う。抵抗は無意味だった。

 

 

「おはよう、随分可愛らしい寝顔だったわよ?でも、守護者が主人を前にして寝てしまうのは減点ね」

 

 

時が飛んでいた。いや、眠っていただけなのだが。

ぼくは深夜様のゴッドフィンガーによって頭を撫でられ、20分ほど眠っていたのだ。

 

 

「賭けは私の勝ちね。はい、これ衣装」

 

 

手渡された紙袋。

入っていたのはメイド服だった。そんじゃそこらのメイド服ではない。生地からして違う。間違いなく高級品で、粉うことなき特注品だ。最近、深夜様が寝不足気味だったのは、この服のデザインを考えていたからに違いない。今の時代、金さえあれば、デザイン画から1日でオーダーメイドなんて難しくない。

金と暇両方持っている深夜様のとんだ凝り性の賜物である。金持ち引きこもりめ。

 

 

「ねえ、それともこっちのバニーガールの方がお好みかしら?」

 

 

少し不敬なことを考えただけでこれである。取り出されたバニーガールの衣装が臍が出ている上に生足仕様であるところに、深夜様の業の深さを感じる。流石に露出面積が広すぎるため、まだメイド服の方がマシだ。ぼくは全力で首を横に振り、メイド服一式を持って、隣の部屋へ移動する。隣はぼく用に用意してもらった部屋だ。中には殆ど何もなく、最低限の生活用品や家具が置いてあるくらい。住んでいるのは未だにあの、最初に借りた部屋であるため、私物はそちらに全部置いてあった。

 

 

「着方が良く分かんないな」

 

 

ぼくは、深夜様の守護者(ガーディアン)になっていた。どういう理由であんな無茶なお願いを了承してくれたのか、ぼくには分からないが、やっている仕事といえばこんなんばっかであるため、もしかしたら寂しかったとか、そんな少女っぽい理由なのかもしれない。

 

深夜様の守護者になって数週間が経ったが、やっている仕事といえば、ほとんど毎朝ここにやってきて、深夜様に髪を撫でられながらツインテールにしてもらい、おしゃべりとかして、昼食を一緒に食べて、深夜様の膝枕でお昼寝し、夕食を一緒に食べて、帰宅。うん、考えてみると、えっ、仕事とはという状態である。

ちなみに、今日やっていたのはぼくが深夜様のなでなでを本気で耐えれば寝ない、と言ったことを発端に、じゃあ、もし眠らなかったらご褒美をあげるわ、と深夜様が言い出したので、ぼくは、もし眠ったならなんでも言うこと聞いてあげる、と大口を叩き、始まったゲームだ。

 

深夜様は笑顔で言った。負けたらメイド服ね、と。深夜様はぼくがそういうフリフリとした服を苦手としていることを知っているはずなのに、だ。

いつもここに来るときはパーカーにジーンズとか、そういうボーイズファッションか、アビーのようなユニセックスな服装であるし、そもそも、ぼくは口に出して伝えている。言い逃れの余地のないくらい確信犯で、深夜様はメイド服を用意したのである。

嫌なものでないと罰ゲームにならないでしょう?という深夜様の言葉に丸め込まれ始めてしまったゲームだったがまんまと敗北した。何なら開始30秒くらいでもう眠かった。なでなで魔法とか、そういう固有の魔法があるのかもしれない、と疑うくらいの速攻だ。

 

 

「着ましたよー」

 

「随分かかっていたわね、逃げちゃったかと思ったわ」

 

「それやったら地の果てまで追いかけてきて、身ぐるみ剥がされそうなので、逃げませんよ。着方が難しかっただけです」

 

「あら、良く分かっているじゃない。ちなみにそれだけじゃなく、精神構造干渉で、本人には無自覚で語尾に『にゃん』を付けてしまうようにするわ」

 

「果てしなく陰険な上にえげつないですね!?え、ぼくまだそれやられてないですよね!?」

 

「さて、どうかしら?」

 

「深夜様!?ねぇ、深夜様!?」

 

 

深夜様なら本当にやりそうだから怖すぎる。もう何度も深夜様の前で爆睡かましてるわけだから、やられてても気が付かない。ただでさえ、一人称『ぼく』であざといとか言われてるのに、そんなことになったら、なんかヤバい奴だ。なまじ見た目が超美少女(自画自賛)なため、余計にイタイ。

 

 

「冗談よ。ほら、もっとこちらへいらっしゃい」

 

 

ご機嫌な深夜様に手招きされ、ぼくはベッドに近づいた。上半身を起こして座っている深夜様と、立ったままのぼくだと、ややぼくの方が低い。

 

 

「可愛いわ。とても似合っているわよ」

 

 

このメイド服は深夜様のデザインであるが、各所が四葉家本家のメイド達が着ているメイド服と似通っている。

エプロンドレスのような形状のシックなモノトーンのデザインなのだが、スカート丈が短くなっていたり、フリルが増量されていたり、全体的に乙女チックになっている。背についた大きなリボンや、大きめなボタンなど、随所にこだわりが見られ、時間をかけてデザインしたのであろうことが分かる。

こうまでこだわりを見せられると、もしや四葉のメイド服も、現当主である四葉真夜の趣味なのではないか、と疑ってしまう。

 

 

「まだ胸元を開けるには成長が足りないから、フリルで可愛らしいデザインにしたのは正解ね」

 

「あの、暗に貧乳と指摘されているのはまあ良いとして、もし成長が足りてたらどのようなデザインに?」

 

「胸元はざっくり開けて、肩も出すわ」

 

「ありがとう貧乳!万歳貧乳!」

 

 

胸があったら、そんなアニメキャラくらいしか着なそうな主人誘惑する気満々なメイド服を着せられるところだった。

 

「仕事着ではないのだし、ファッションだと思えばそこまでおかしなものではないと思うわよ」

 

「世ではコスプレと言われるファッションですがね!」

 

 

こすぷれ?と首を傾げる深夜様は可愛らしいのだけど、それを知らずにこの衣装を創造していたことが恐ろしい。この引きこもり、先天的に萌えを知っている。

 

 

「リーナ、そこで回ってみてくれるかしら?」

 

 

それからぼくは深夜様に言われるがままにポージングをさせられた。手でハートを作ってウィンク、と言われたときには思わず小突きそうになったが、何とか我慢してポーズを取った。そんな恥ずかしいポーズを色々させられ、写真も撮られてしまい、ぼくの黒歴史確定なのだが、深夜様は心底楽しそうで、そんな様子を見ていると、まあ別にいいか、という気になってきてしまうのだから、ぼくもつくづく忠犬体質である。わんわん。

 

 

「あの、それで、この格好はいつまで?」

 

「ずっとよ」

 

 

 

仕事着ではないのでは!?そんな悲痛なぼくの言葉が認められるほど、この職場で、ぼくの発言権はない。

 

まあ、上司がこんなにも美人なのだから、ぼくとしてはそれだけで、スターライトより断然マシなのだが、服装だけは軍服の方が良かった、と思った。

しかし、軍でも魔法少女コスプレをさせられたことを思い出し、ぼくは気がついてしまった。

 

 

ぼく、まともな上司に当たっていなくない?、と。

 

 

「たまに、このバニーガール衣装も着てもらいましょうか。折角作ったことですし。きっと可愛いわよ」

 

 

本当、まともな上司ってこの世にいないのかな!?

 

 

 

 

アンジェリーナ・クドウ・シールズ、13歳にして、この世にセクハラ・パワハラのない職場なんて存在しないことを知る。

 




リーナ社畜化計画。

さて、明日も0時に投稿します。


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第20話 初仕事

遂に、原作メインヒロイン参上です。


司波深雪はしんとした静けさに包まれた病院を通い慣れたルートで歩く。世間はクリスマスが近いこともあり、賑やかな音楽と陽気な声に溢れていたが、病院内は当然のことながら、いつきてもこの静寂を保っている。

 

中学校のセーラー服を身に纏った深雪は、顔立ちに幼さが残り、体付きも年相応に未熟だが、既に傾城の美を備えていた。

未熟な段階で既にこの世の者とも思えぬ美少女だ。

あと2、3年もすれば、絶世の、という形容がむしろ控えめに感じられる程になるだろう。

 

そんな、稀有な美少女も、所詮は中学生。今日は終業式であり、その手元には学校からの連絡物が詰まった情報端末。その中には通知表も含まれている。

どの家庭にもあるだろう、通知表を母に見せる、というイベントが彼女には控えていた。

 

それ自体は何ら恐れるに足らない。彼女の通知表には最高評価ばかりが並んでいて何の欠点もないからだ。

しかし、学校の成績とは関係のない、彼女にとっては学校の勉強よりも重要なことが、まだ上手くいっていなかった。

 

「深雪さん、魔法の練習は進んでいますか?」

 

――魔法。

それは、彼女の家系にとっては何より重要なものだった。人権すらも蔑ろにされるほどに、家族さえも実験材料にしてしまうほどに、愛を捨て去ってしまうほどに、重要だった。

 

 

「はい、お母様。ニブルヘイム以外はお言いつけのあった魔法をマスターしました」

 

 

入院する前から、深夜が深雪の魔法修行を直接指導することはなかった。

深夜が病気がちになったのは魔法の使いすぎによるもので、今では教師役を務めるだけでも身体に大きな負担となってしまうからである。

直接指導する代わりに、四葉家から派遣された深雪の家庭教師にカリキュラムを指示する形で深雪の魔法教育に関わっていた。

 

「ニブルヘイムが上手くいかないのですか?あれは魔法師としての深雪さんにとって、主軸となるものですのに」

 

「……すみません」

 

「分かっていると思いますが、コキュートスは軽々しく使ってはならない切り札です。アピールする際は、貴女本来の精神干渉系魔法ではなく、冷却系魔法を使わなければなりません。ニブルヘイムはそれに最適な魔法です」

 

コキュートス。

それは深雪の持つ固有の魔法だ。その効果は絶大であり、掛けられた相手は、精神が凍結され肉体に死を命じることも出来ず、停止・硬直してしまう。

未だ「精神」の正体は未解明であり、この魔法の使い手である深雪も精神の何たるかを理解している訳ではない。使い手である深雪本人にとってもブラックボックス的な魔法だ。

その為、精神の凍結とはいえ、分類としては未知の即死魔法とされておりとても世に出せるような魔法ではない。深雪にとってコキュートスは使わないことが最善である魔法と言えた。

 

 

「はい、理解しています」

 

 

それは深雪も理解している。彼女は4か月前に戦争を経験し、自らも、その命を散らす寸前にまで陥った。自身の持つ魔法の恐ろしさは、命の重さをより深く知ることで、より大きくなっていた。

 

 

「自分では何が原因だと思いますか?」

 

 

しょげ込んで俯いた娘に、深夜は少しだけ優しげな眼差しを向けた。深雪の頭に手を置いて、そっと優しく撫でる。記憶にある限り、そんなことをされたことはなく、深雪は目を丸くして驚いた。

 

最近、母の体調は頗る良い、と深雪は思っている。

塞ぎ込み憂鬱に囚われ、無気力になっていたのが嘘のように活力を取り戻していた。年内に退院することは難しいとされていたのが、今ではもうその可能性の方が低いくらいだ。その急激な深夜の回復について理由は分からなかったが、母が調子を取り戻すことは単純に嬉しい。が、こうして会話をしていると、ただ回復に向かっているだけでなく、何か大きな変化が母にあったのだと分かる。

 

一体何があったのか。気になるが、今はそれよりも答えなくてはならないことがある。

深夜の問いに、深雪は一所懸命答えを探す。母親を失望させないように。

 

 

「躊躇いがあるのだと思います。コントロールを失敗して凍らせる範囲を広げてしまっては、大きな被害が出ますから」

 

「冷却プロセス自体はできているのですね?」

 

「それは、できていると思います」

 

「そう……」

 

 

深夜は小さく頷き、しばしの間考え込む。しかし、その間も深雪を撫でる手は止まることはない。

深雪は自分の顔が熱を帯び、赤くなっているのが分かった。母親から頭を撫でられている、という事実はこの思春期の難しいお年頃の女の子には、何かすごく恥ずかしいことのように思えてならなかったからだ。そんな照れやら羞恥やらで、頭がいっぱいいっぱいの深雪を他所に、深夜は考え続け、答えを出した。

 

 

「では深雪さんの為に、練習場を用意しましょう。そこでこの休みの間に、ニブルヘイムをマスターしていらっしゃい」

 

赤かった深雪の顔からさっと熱が引いていく。

 

ニブルヘイムは最高等魔法の一つ。

術式自体は複雑なものではないが、要求される事象干渉力が通常の魔法に比べて桁違いに大きい。自然の事象を書き換える程度が大きければ大きい程、その制御も困難になる。既に半ばマスターしているとはいえ、それをたった二週間で完全に修得することは不可能ではないかと深雪には思われた。

 

 

「――はい、お母様」

 

 

しかし、深雪の口から「できない」とは言えない。優秀な魔法師になることは彼女の血筋に課せられた義務であり、魔法は母と子の絆だ。それに兄のことで深夜に逆らっている深雪はこれ以上母親を悲しませたくなかったのだ。

 

 

「……そうだ、深雪さん。今回の練習中教師が必要でしょう」

 

「いて下さると助かります」

 

たった二週間で完全に修得するのは不可能なのではないか、と思っていたところだ。教師が付いてくれるのなら、それは渡りに船。深雪に断る理由はない。

 

 

「ではここにお呼びしますね」

 

「え?」

 

 

ここ、とはつまり正にこの場所で病院の一室だ。四葉の本家ではないのだ。深雪の家庭教師は四葉から派遣されている。それは魔法であっても変わらない。本家であったなら呼び出すことも可能かもしれないが、ここは病院なのだ。

 

 

「今、私の守護者(ガーディアン)を務めている方です。もうしばらくは入院することになりますし、その間、彼女には指導にあたってもらいます」

 

守護者(ガーディアン)とは、四葉家において、特定の要人を自分の命を犠牲にしてでも守る役目を負ったボディーガードのことだ。

4ヶ月前、深夜の守護者であった桜井穂波が亡くなり、後任はそう簡単には決まらないだろう、と深雪は思っていた。

深雪にとっても穂波の死は、未だ心に強く残っている。深雪の目から見ても穂波と特別な信頼関係で結ばれていた深夜には、より強く影響を与えているはずだ。実際、最近までの無気力状態はそれが原因であると深雪は考えていた。そんな特別な存在の後任があっさりと決まるはずがないのだ。

 

 

「失礼します」

 

深夜の守護者ということは、近くに待機していたのだろう。深夜が連絡するのとほぼ同時に、部屋がノックされた。

 

 

「アンジーです。よろしくお願いします、お嬢様」

 

 

日本人ではないだろう。

165㎝程の身長、白人にしては濃い肌の色と、ややくすんだ黒髪の巻き毛。人目を惹く華やかさこそないが、穏やかな美貌の持ち主だった。

 

「アンジーは変装のスペシャリストよ。今の姿も本来の姿ではないの」

 

変装、と言われても元が分からない深雪にはそれがどの程度のものなのか分からない。ピンとこなかったために、微妙なリアクションしか出来なかった。それに、守護者に変装能力が必要なのだろうか?という疑問もあった。

 

 

「あの、それで私は何をすれば?」

 

 

首を傾げてそんなことを言うアンジーに、深雪はニブルヘイム完全修得を、この時点で半ば諦めた。

 

 

 

 

 

深雪が去った後の病室。

アンジーというアンジェラ・ミザール少尉をモデルに作り出した仮装行列による変装を解除し、服もスーツからメイド服に変化する。その際、少し緩くなっていた背の飾りリボンをノールックで結び直す。

 

もはやリーナはメイド服に慣れていた。

 

 

「あの、深夜様。何故本来の姿では駄目なんですか?名前も偽名ですし」

 

「貴女まだ手続きが終わっていないから違法滞在者なのよ。もしかしたら名前を変えることになるかもしれないし、折角そんな魔法を使えるのだから、まだ隠しといた方が楽でしょ。説明するのも面倒だし、その方が面白いわ」

 

「え!?そんな重要なこと、なんで今まで黙ってたんですか!?面倒とか面白いとか全体的に適当ですし!」

 

「そうそう、深雪さんは飛行機移動なのだけど、そんなわけで貴女は飛行機には乗れないのよ。四葉に船を用意させたから、そちらで移動しなさい」

 

「無視ですか!?そしてその説明は全て終わったみたいな顔止めてくださいよ!まだ何も聞いていないのですが!?」

 

 

理不尽に叩きのめされながら、リーナの実質的な初仕事が決まった。

そこで待ち受ける試練のことなど、知ることもなく。




リーナさん、実はまだ四葉非公認の守護者です。梨の妖精と一緒です。


さて、明日も0時に投稿します。


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第21話 主人公

司波達也。

この世界の主人公。お嬢様こと司波深雪の兄であり、守護者。国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊に所属する軍人。戦略級魔法師。高名な忍術使い、九重八雲の門下。正体不明の天才魔法工学技師トーラス・シルバーの片割れ。

 

軍の環境上、原作知識を自分の中から出力して保存しておくことが危険であったために、ぼくの記憶だけが頼りであり、そのため、原作の時系列を正確に覚えているわけではない。

だから、現時点での彼がそうであるかどうかは定かではないのだけど、将来的にはこの全てが彼を指す言葉となる。詰め込み過ぎて爆発するんじゃないか、というくらいの設定なのだが、これは序の口だ。

彼の生い立ちや固有の魔法もまた、これらの盛りに盛られた設定に相応しいものとなっている。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「すみません……うっ」

 

 

 

ぼくは、そんな主人公を前にして、船酔いによりダウンしていた。転生して13年、主人公と対面を果たした感動とか、そんなものも感じないくらいに気持ちが悪い。

 

日本へ来るときにも船には乗っていたのだが、あのときは大型客船だった。

今日乗ったのはボートで、大型客船とはどうやら勝手が違ったらしい。

 

移動手段の関係上、ぼくの方が後に到着したのだが、空港のロビーで待っていた二人の元へ着いてそうそう、この様である。

お嬢様に背をなでなでしてもらっている現状、心なしか司波達也の目が冷たい気がする。

 

 

「今回指導役としてついてきたのに、いきなりこんな失態を、うぅ、ん」

 

「話さなくて良いですから、無理なさらないで」

 

 

お嬢様の優しさが染みる。流石は主人公の妹にしてメインヒロイン。超絶美少女過ぎて若干近寄り難い感じだったけど、こうして優しく接してもらえるとそのイメージも変わるというものだ。原作での兄への対応を見るに、元々世話焼きな性格なのだろう。

 

 

「お水飲まれますか?」

 

「うぅ、かたじけない」

 

 

ペットボトルの蓋を開けてもらい、コクコクと水を飲む。流し込まれる水分が、口内に蔓延していた気持ち悪さを少しだけ払拭してくれた。

 

一時は気持ち悪過ぎて仮装行列が解除されてしまいそうになったが、慣れ親しんだ魔法はなんとか発動を続けることができた。深夜様から本来の姿は見せても良いけど、その時にはそれなりのエンターテイメントを用意しなさい、と無茶振りをされている。

船酔いで気持ち悪くてバレました、なんて言ったら一週間はバニーガールだ。前に一度だけ着せられたけど、後ろ姿が本当に恥ずかしい。深夜様にしか見られないのだから良いのでは?と思うかもしれないが、写真に撮られるので潜在的には何人に見られてもおかしくはないのだ。そう思うと恥ずかしさは抑えられない。

 

 

「医務室までお連れしましょうか?」

 

この()の職員なのであろう女性下士官が、そう言ってくれたが、なんとか落ち着いてきた。

 

 

「いえ、お気遣いなく。大分良くなりました。もう行けそうです」

 

 

司波達也の何も写していなそうな目が、なに今さら格好つけてんだよ、と言っているような気がしてツラい。

 

 

「そうですか。もしまた体調を崩されたら言ってください。では、ご案内します」

 

 

お嬢様にニブルヘイムの『練習場』として与えられたのは島だった。

東京から約190キロ、三宅島東海上約50キロに位置する『巳焼島』という名の小島だ。

この島は2001年、巳年の海底火山活動によって形成された。

『巴焼島』という名前は隣に位置する三宅島の名前の由来の一つと言われている『御焼島』の「御」を、干支の「巳」に置き換えて命名されたものだ。

二十一世紀最初の年にできたことから誕生した年の『二十一世紀新島』とも呼ばれている。

 

溶岩原からなる島の面積はおよそ七平方キロ。二十年世界群発戦争時には国防軍の基地が置かれたこともあるが、2050年代の度重なる噴火で基地は放棄され、現在は島の西端に犯罪魔法師を収監する施設『巴焼島軍事刑務所』が置かれている。

 

お嬢様の練習場にここが選ばれたのは、なんと、この島が丸ごと四葉家の私有地だからだ。ブルジョアである。刑務所だけど。

 

この島の魔法師監獄の管理に責任を負っているのは警察ではなく国防軍だが、実際の運営は四葉家がダミー会社を通じて受託しているのだ。

このことは他の十師族の間にも知られていないことらしいのだが、では何故そんな秘密の仕事を四葉が任されているかといえば、そこには怖い話がついてくる。

 

 

この監獄が国防軍の管轄となっているのは魔法師が兵器として扱われていた時代の名残だが、収容されている魔法師に外国の工作員が多く含まれているという事情もある。そうした非合法工作員は、法の保護の外にいる、存在しないはずの犯罪者だ。何時処刑されるか分からない。消されても、文句を言う者はいない。故に彼らは、決して大人しく閉じ込められてはいない。常に逃げ出す隙を窺っている。

この島に送り込まれる魔法師は、海という障壁で民間人の住む居住地から隔離しなければならない強者ばかりだ。そんな彼らの脱走を阻止し、抵抗する者を鎮圧する為には看守の方も凄腕でなければならない。

 

だからこその四葉。

国防軍がこの仕事を委託する先として、四葉家は打って付けの存在だ。

なんせ、四葉家の側でも、脱走しようとする犯罪魔法師への対処は貴重な実戦の場となっているのだから。

 

 

世界情勢はまだまだ安定には程遠く、日本でも、わずか数ヶ月前には、沖縄と佐渡が戦場になった。とはいえ、日本周辺で常に戦闘状態が継続しているわけでもない。

お互いの生死を問わない魔法戦闘の経験を積む機会など、滅多にあるものではないのだ。

実際、ぼくも訓練生時代、そうした経験はない。倫理的な問題もあるが、そうした場をコンスタントに整え訓練として使うというのは難しいからだ。

 

その点、巴焼島はその貴重な舞台となっていた。

 

実際、司波達也はここで殺人の訓練を受けてたらしい。

この島は犯罪魔法師の監獄で、脱走者の対応は四葉家から派遣された係員に任せられており、ここではある種の治外法権が成立している。

人を殺す技術は四葉の本拠地にある施設で仕込まれ、この島で殺人に対する禁忌を取り除くことになるのだ。

 

守護者として、人を傷つけ、人を殺すことを躊躇っていては、護衛対象を危険に曝す結果になってしまう場合がある。

四葉家の守護者の位置づけでは、殺さなければ止まらない暗殺者を前にして、殺すことを躊躇していては守護者失格なのだ。

 

ぼくも守護者として、その覚悟を持たなくてはならない。アビーを取り戻すためになら、どんなことからも逃げ出さずに突き進むと決めたのだから。

 

 

「あの……同じ部屋なのですか……?」

 

 

女性下士官に案内され、刑務所の最高責任者である所長に挨拶をし、刑務所とは別棟になっている宿舎にやってきた。

部屋は明らかに重要人物用と思われる、華美ではないが広く立派なものだ――が、部屋は一つだった。

 

寝室とは別になっているリビングで呆然として訊き返すお嬢様。

案内してくれた女性は不思議そうな表情で見返している。

 

「そのように指示されておりますが」

 

 

その一言でぼくは全てを察した。

あの姉妹はどうやら人を困らせるのが楽しくて仕方がないらしい。

 

ここは四葉家の影響下にある施設で、お嬢様は本家の次期当主候補。

そんな指図ができる者は二人しかいない。

つまりは、深夜様か当主である四葉真夜だ。

 

「小官はこれで失礼します。何かご用の際はそちらの内線電話でお呼びください」

 

 

 

ドキドキ♡司波兄妹との同棲生活スタート。




ついに、主人公司波達也参上。


さて、明日も0時に投稿します。


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第22話 兄妹との同棲生活

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!

今話長めです。


女性下士官は、ぼくらを部屋に残して刑務所へ戻っていく。どうやら本当に部屋はこの一部屋しかないらしい。一部屋、といってもここはマンションの一室のようなもので、スペース的には全く三人でも問題はないだろう。が、それはあくまでスペース的には、の話であって精神的には違う。

 

 

「あの……」

 

 

閉ざされたドアを見詰めていたお嬢様が、ぎこちない仕種で振り向いた。視線の先は司波達也。

司波達也は相変わらずの無表情。お嬢様は声を掛けてはみたものの、それに続く言葉が出てこなくなってしまったのだろう。

 

「どうしましょうか?」

 

 

困惑を超えて混乱状態に陥っているお嬢様。すがるように司波達也を見ていることから、ぼくが彼にお嬢様がしたかったのであろう質問の答えを促した。

すると、言い淀んでいたお嬢様も続く。

 

「お兄様……」

 

「仕方が無い。俺はお前の側にいなければならない立場だ」

 

 

守護者は守護対象を、身体を張って守らなければならない。

それが彼の言う「立場」だ。

しかし、この状況がおかしいことも分かっているようで、乏しいながらも何処か諦めを滲ませる表情で答えを返す。

 

 

「お前は嫌かもしれないが、ベッドルームには立ち入らないようにするから少しの間、我慢してくれ」

 

「その……決して、嫌ではありません」

 

 

 

嫌ではなくても、恥じらいがあるのだろう。お嬢様は思春期真っ只中の中学生。たとえ生まれた時から一緒に暮らしている、仲の良い兄妹であっても、同じ部屋で寝起きするのは恥ずかしくなるものだ。

それもこの二人に限っては事情が異なる。兄妹という意識は生まれたときから共に過ごす内に刷り込まれていくもの。それが二人にはなく、お嬢様は八月から劇的に兄妹としての意識を持ち始めた。

異性としての認識の方がまだ強いのだろう。

 

 

「アンジーさん、どうやら部屋は一つで過ごすしかないようなのですが……」

 

お嬢様の初な反応に萌えていると、司波達也が申し訳なさそうに声をかけてきた。

成る程、確かに兄妹でもなんでもない妙齢の女性が異性と同じ部屋、というのはどう考えても忌避する事態だ。切り出しにくい話題だろう。

 

 

「ああ、大丈夫ですよ。私は元々軍人ですから、異性と同じテントで寝たこともありますしお気になさらず」

 

 

軍の訓練では夜営もある。

サバイバル訓練のようなものをさせられて、テントで寝るのだが、勿論男女で分けたりしないので、男と同じテントで寝た。当時のぼくはまだまだ幼い容姿であったために、ぼくに手を出そうなんて不届きものはいなかったが、一応寝ないで一夜を過ごした。徹夜明けの次の日の訓練が死ぬほどツラかったのを未だに覚えている。

 

死ぬほどツラかったと言えば思い出すのが、三日間の野外訓練だ。

この訓練でぼくは完全に亡命を決意したと言っても良い。

 

この訓練、なんとほぼ不眠不休で食事は一日一回。魔法師なら絶対必要ない、やたらと重い装備をつけさせられて、二日間かけて三十キロ森の中を歩かされ、そこから森の中で一日潜伏する、という鬼畜の所業。これを十二歳の少女にやらせる国なんて、絶対滅んだ方が良い。

 

 

 

「お気遣い感謝します。深雪にも言いましたがベッドルームには立ち入らないようにしますので」

 

 

ここで、ぼくは気付いた。

えっ、この感じだとぼくとお嬢様、一緒の部屋で寝ることに決まってね?と。

 

お嬢様を見る。

 

何も疑問に思っていなそうな綺麗な青いお目目だ。

そりゃ常識的に考えれば、女性同士ベッドルーム使ってください、ということなのだろうが、ぼくは普通の女性ではない。

 

元男の転生者だ。恋愛対象は女性だ。お嬢様は美少女だ。お嬢様は中学生だ。

 

事案である。

 

 

「あの、私がお嬢様と同じベッドルームを使わせていただく、というわけにはいきません。今回は指導役として同行させて頂いているとはいえ、守護者ですから。先程も言いましたが、訓練で慣れているので何なら床でも寝れますし、リビングとかで十分です」

 

「そうすると、俺と同じ部屋で寝ることになってしまいますが」

 

「問題ありません」

 

「問題しかありませんよ!?」

 

 

ぼくの発言をお嬢様が食い気味にかき消した。

自分が大声を出してしまったことに気がついたのか、はっとしたように顔を赤くするお嬢様。

 

 

「私は構いませんから、アンジーさんもベッドルームを使ってください」

 

「俺もその方が良いと思います」

 

 

こうまで言われてしまうと、拒否するのは難しい。このまま頑なにリビングで寝ると言い張れば、ただ男と寝たいだけの痴女になってしまう。

 

それに、お嬢様はぼくがお兄様と同じ部屋で寝ることをどうあっても許さないだろう。

まだ原作1巻時程ブラコンではないが、むしろ兄妹としての意識よりも異性としての意識の方が強い分、司波達也に対する感情は曖昧で固まっていない、デリケートなものだ。あまり逆撫でするようなことはするべきではない。

 

 

「ではそうさせていただきます。お嬢様、申し訳ございませんがよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。アンジーさんとはあまりお話する機会がなかったので楽しみです」

 

にこっとお嬢様が笑う。可愛い。幼さの残る美貌は反則級に可愛かった。

守りたいこの笑顔。

 

 

「すみません、私のせいで予定より遅くなってしまいましたね」

 

「いえ、元々訓練開始は午後からの予定ですから。まずは昼食にしましょう」

 

 

一通り、荷物を片付け、整理が終わったところで手持ちぶさたになったぼくは、タイミングを逃していた謝罪をした。

ぼくはこの島のことを聞いたばかりで内部のことは殆ど知らないため、何度か訓練で訪れている達也くん(現状、司波兄妹はぼくが年上だと思っているため、そう呼ぶことになった)が、現状のスケジュールの管理を任されている。船酔いなんて下らない理由で、最初から予定を狂わせたことを心苦しく思っていた。

 

 

「もしよろしければ、お詫びに今日の昼食は私が振る舞いたいと思うのですが……折角こんなに良いキッチンもありますし」

 

 

冷蔵庫の中には一般的な食材がある程度入っており、大体のものは作れそうだった。

今のところ、ぼくは情けないところしか見せられてないし、ここで出来るやつなんだというところを見せておきたい。ぼくの女子力で唯一誇れる料理で、ね!

 

 

料理に関しては少しばかり自信がある。

前世でも多少はやっていたが、リーナとなってからその腕は格段に上がった。

それには悲しくも切ない理由がある。

 

スターライト時代。

訓練施設には娯楽なんてトランプなどのカードゲームや、ビリヤード・ダーツなんかしかなかった。そういうのも楽しいのだけど、施設では賭けが横行しており、ぼくみたいな子供がノコノコと参加できるものではない。

 

つまり、ぼくには娯楽がなかった。

ゲームも、漫画も、アニメも、インターネットすら使えず、同年代の子供もいなければ、まともに外に出られない。

あるのはバイオレンスとセクハラとギャンブルだけ。

 

 

――食べること。

 

 

それだけが、スターライト時代唯一の楽しみだった。とはいえ、食堂のメニューは簡素なもので大して美味しくはないし、男所帯なものだから甘いものなんて出ない。

 

甘いものが食べたい。

 

一度意識してしまうと、もう止まらなかった。最初はそんな動機だったと思う。

 

ぼくは食堂の職員に頼み込み、調理場を使わせてもらえるようにした。そうして、職員の人に仕入れてもらった材料で料理を作っては食べる、というのがぼくの唯一の娯楽となったのである。

初めて作ったホットケーキの味は忘れることはないだろう。ハチミツたっぷりのホットケーキは荒んだぼくの心を癒してくれた。

 

 

「パンケーキにしようと思うのですが、大丈夫ですか?」

 

 

達也くんとお嬢様に了承してもらったため、本日の昼食担当はぼくになった。

過去を思い出していたことによって無性にホットケーキが食べたくなったが、おやつではなく昼食ということで、パンケーキを提案する。

特に反対意見も無く、許可が出たため、パンケーキミックスを混ぜ始まる。

 

楽しい。この、作ってるときのわくわく感がこの上なく楽しい。

料理は好きだし、何ならここにいる間、三食作っても良いくらいだ。

 

 

「何か手伝えることはありませんか?」

 

ぼくがニマニマと崩れそうになる表情をどうにか堪えていると、お嬢様がエプロンをつけながら訊ねてくる。

 

ぼくは、思った。

兵器級に可愛いなこの女の子、と。

 

だって、エプロンお嬢様、髪を後ろでポニーテールにしてるんだぜ?反則だろ?

幼さの残る少女が背伸びしてる感じが最高にキュートで堪らない。

流石は世界のヒロイン、美少女力が止まることを知らない。

 

と、馬鹿なことを考えながらも、折角ここまでやる気を出しているお嬢様の言葉を無下にするわけにもいかない。パンケーキと一緒に食べるフルーツを切ってもらうことにした。

お嬢様が得意気にフルーツの皮を剥く姿は必見である。

 

 

「達也くん、お皿を並べてもらっても良いですか?そこに焼き上がったものから乗せていきますから」

 

 

女子二人の料理風景を眺めていた達也くんにはお皿を並べてもらうことで、きちんとチームの和に入ってもらった。

こういう時、手持ちぶさたなのが一番気まずいものだ。

 

達也くんに並べてもらったお皿の上に、焼き立てのパンケーキを乗せていく。甘く香ばしい匂いは、先程まで死ぬほど気持ち悪かったぼくにも食欲を沸き上がらせてくれる。

その、パンケーキに添えるのは、ふわふわのオムレツとカリカリに焼いたベーコン。

ブラックペッパーを振りかけたオムレツと塩気が強いベーコンは、シンプルな味付けなのだが、そのシンプルさ故に、ほんのり甘いパンケーキと合わさると凶悪なまでに調和された料理へと昇華する。

 

 

「お嬢様に切って頂いたフルーツは、二枚目に使うとして、まずは温かい内に一枚目をいただきましょう」

 

 

パンケーキは出来立てに限る。

早速、パンケーキを一口サイズに切り分けて、オムレツと共に口へ放り込む。

オムレツは自画自賛になってしまうが、絶妙なふわふわ加減で、ブラックペッバーが優しい甘味のアクセントとなって味を引き立てる。

 

次はベーコンだ。

やや厚切りにしたベーコンは滴る程の肉汁をカリカリに焼き上げ閉じ込めた。

噛むと、まずベーコンの塩っぱさを感じた後に、パンケーキの甘さがじんわり訪れる。甘さが一層際立って感じられ、塩味が甘さの引き立て役となっていた。

 

幸せだ。

 

 

「では、二枚目乗せていきますね」

 

 

二枚目はお嬢様に切っていただいたフルーツをふんだんに使ったデザートパンケーキ。

イチゴ、バナナ、オレンジ、ブルーベリー、キウイを盛り付けて、生クリームを添える。チョコレートソースをかけて完成だ。

 

一枚目を食べて、お腹いっぱい、といった表情だったお嬢様も、顔を綻ばせている。

 

 

「つい食べ過ぎてしまいました……」

 

 

空っぽになった皿を見て、少し罪悪感を感じているのか、お嬢様が言う。

パンケーキ二枚、というとペロリと食べられそうと思うかもしれないが、意外なほど重い。別腹という女子の切り札を使っても余裕ではなかっただろう。恐らく、こんなに食べることは普段ないから、罪悪感を感じるのだ。

 

 

「多少の食べ過ぎは訓練を頑張って解消しましょう。予定にはありませんでしたが、軽いエクササイズでもやりますか?」

 

「やります」

 

 

食い気味に返事が来た。どうやらぼくの思っていた以上に食べ過ぎたことを気にしていたようだ。

 

 

「アンジーさん、訓練についてなのですが……」

 

 

食後のコーヒーを飲んでいた達也くんが、声を発すると、お嬢様がはっとしたように顔を赤くした。思春期の女の子には今の会話は恥ずかしかったらしい。

 

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「実は叔母上から頼まれていることがありまして」

 

 

悪い予感がした。

 

達也くんの言う叔母上とはつまり、四葉家の当主、四葉真夜のことで。

ぼくはまだ一度も会ったことがないが、ぼくの主人である司波深夜の双子の妹で。

それは容姿もさることながら、性格も少なからず似ているということで。

 

 

 

「俺と模擬戦をお願いしたいんですが」

 

 

 

悲報。

リーナ氏、主人公に挑む。

 




達也氏、お得意の模擬戦を繰り出す。



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