ブレイククラッカーズ (silofuku)
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#01
クラッカー・リダイブ - 01


アンタはブレイクデカールって知ってる?
簡単に言えばゲームのチートツール。
なんだかんでコイツとは因縁がある。
離れたはずなのに気づいたら俺の傍にいるのさ。
俺が近づいて行ったのか、それともあっちが近づいてくるのか…。

次回 ブレイククラッカーズ#01

クラッカー・リダイブ

これも合縁奇縁何かの縁…ってね。








部屋の中でPCの画面を眺める男が一人。

左手で頬杖をつき、右手はマウスで画面をスクロールさせながらあるコミュニティの話題を流し見していた。

最近の話題はいつも同じネタで持ちきりだった。どうせ昨日と変わりなく、頭ではなんとなく分かってはいながらも指は画面を下へと走らせる。

見ているコミュニティはGBNに関するコミュニティだ。

 

GBN-ガンプラバトルネクストオンライン───現実のガンプラを電脳仮想空間「ディメンジョン」へスキャニングし、

自分のプレイング機体としてゲームやイベントを楽しめるホビーコンテンツである。

ガンプラだけでなくそれに登場する自分のアバターを設定、様々な遊び方が可能な今人気の体感型MIXヴァーチャルアトラクションである。

 

「ブレイクデカール、ブレイクデカール…相変わらずこいつの話題で持ちきりだねえ。」

 

そう考えている間も指は意識と関係なく画面を下へ進めていく。

 

ブレイクデカール…今GBN中で急速に普及が広まっている非公式の外部ツールプログラムである。

作成者は不明、原理も不明だが使用する事でゲーム内での自分のガンプラのパラメータ設定を改竄し、強化するパッチである。

ゲーム内での自分の機体が弱くて悩むもの、周りの皆と合わせた強さが欲しいもの、

理由は様々だが使用しても証拠が残らず手軽に戦力の強化が行えるという事で使用者は増加の一途を辿っていた。

証拠は残らずともゲーム内でのブレイクデカール使用者の報告は続々と上がってきており大きな問題になっている。

 

「やっぱ目新しい情報は無し…か。」

 

一通り確認をしてため息をつく。

ふいにPCから確認音が鳴った。ポップアップウィンドウに小さくテキストが表示される。

 

「今出られるか?いつもの場所で。駄目なら時間を。」

 

「OK。」

 

簡易返信で素早く返事してやるとヘッドホンのマイクを口元へ寄せ、ブラウザを別のサイトに切り替える。

そこは不特定多数の人がボイスチャットが可能なサイトであった。

チャットルームのタイトルを探すと既に先方は部屋を立てていた。

パスワードを入れて入室をすると真っ白なスペースと参加者が表示された画面になる。

ここは画面に参加者同士が絵を描くことも出来るコミュニケーションルームだ。

 

「来たか。急な呼び出しですまないね。」

 

「気にしないで下さい。特に用もありませんので。それで今回は…」

 

真っ白な画面に黒ペンカーソルで「J」の文字を描く。

 

「ああ。GBNの話をしたくてね。」

 

男は眉をひそめ画面にさらに文字を描いた。

 

「BD」

 

瞬間画面がまた真っ白になった。相手がペイント画面のクリアボタンを押したようだ。

まるでそれを画面に描くことが憚られると言わんばかりの早さだった。

 

「皆気になってそわそわしてるようでね。」

 

「今あそこはその話ばっかりですよ。」

 

「まあ細かいことは後でまた。さて、コーヒーでも飲むとするか。」

 

相手が退室し一人取り残される。男は少し考えた後に続いて退室した。

 

「ブレイクデカール絡みのお仕事…か。どんな仕事やら。」

 

JはJOBのJ。仕事の依頼を意味していた。相手がBDの文字に反応していた所を見るとブレイクデカール絡みでほぼ間違いない。

ブラウザで画像アップローダーサイトを開く。直近の投稿画像を探すとコーヒーチェーン店の画像を見つけた。

画像をダウンロードしてアプリケーションを通してテキストファイルに変換、展開する。

 

「ブレイクデカール絡みの仕事を頼みたい。知っての通り近年不正なツールとして広まりを見せてGBN内で問題となっている。

 依頼内容はブレイクデカールの入手とプログラムの解析、そして改竄だ。

 ブレイクデカールには大きな問題がある。

 主に叫ばれるゲームバランスの崩壊などは些細な事だ。重要なのはゲームシステムに干渉してバグを引き起こす事にある。

 ブレイクデカール使用者のガンプラがステータスの変化だけでなく形状の変化やサイズの変化、

 果てはワールドに影響を及ぼしてそのデータを破壊する。クライアントはこの点を大きく憂慮している。」

 

大方予想通りの内容だ。プログラム作成で小遣い稼ぎをしている自分にする依頼なんてものは決まっている。

運営が手をこまねいて被害が拡大している現状、自分達でブレイクデカールに対する防衛手段を準備したい。そんな所だろう。

…ただブレイクデカールがステータス以外でもゲームワールドに影響を及ぼすバグを引き起こすというのは初耳だ。

運営も把握していないのか、それとも意図的に隠しているのか…。やはり又聞きだけじゃわからない事も多いものだ。

最近はGBN絡みのツール作成の仕事もブレイクデカールに取って代わられてあまりGBNにはログインしていなかったのもあるが。

しかしこのブレイクデカール、広く普及した割には随分雑なプログラムじゃないか。飯の種で稼ぎ場を潰しちゃ意味がないだろうに。

男はそのまま依頼を読み進めていたがはたと動きを止めた。

 

「…なんとまあこりゃ、面白そうじゃないかね。」

 

思わず口角が上がり言葉が出た。

 

「クライアントが望む仕様はワールドを破壊するバグの修正、ただしガンプラの異常変化については残す事。

 可能であれば人為的に変化を制御出来るようにすることが望ましい。

 理由としてクライアントはブレイクデカールによるユーザーのガンプラの強化自体は問題としていない。

 むしろ自分達も何かに使えるものとして新しい玩具の誕生を歓迎している。だがワールドのデータ破壊だけはいただけない。

 玩具は玩具。遊び場を壊すものではいけないという事だ。

 これはブレイクデカールの調査も含むために経過や調査報告にも一定の報酬が出る。

 GBN絡みの仕事を多くこなしてきた君にだから頼む仕事だ。いい返事を期待している。

 報酬の詳細だが───。」

 

純粋に遊んでいるプレイヤー達にとって、チートとはそれだけで忌むべきものであろう。

それはゲームのルールにのっとって遊んでこそ楽しいといった考えもあるだろうし、ただ盲目的にルールに従おうという人もいるだろう。

だがそんな事は関係なく自分だけ得を出来ればいいとチートに手を付けるプレイヤーもいる。

そしてさらにそのチートやチートプレイヤーをひっくるめて自分の玩具にして遊ぼうとするプレイヤーも…。

 

つい口から笑い声がこぼれた。

 

まさかブレイクデカールへのリカバリパッチでなく自分達がコントロールするための改造パッチがお望みとは思わなかった。

プレイヤー達は実に逞しい。彼らはブレイクデカールの作者の意図などどうでもいい。自分達が遊びやすいように乗っ取るつもりなのだ。

さてどうしようかと迷うそぶりをしてみても心の中では既に答えは決まっていた。

まあ実際BGN向けのツールのシェアを奪われてあまり面白くなかったというのもあるし、単純に報酬もかなりいい。

それに何よりやはりブレイクデカール自体のプログラムに興味がある。

ふてくされてそっぽを向いてみても、気づけばブレイクデカールの話題を探す自分がいるのは誤魔化せない事実なのだ。

難攻不落のGBNメインシステム。今まであのメインシステムに侵入できた奴の話なんて聞いたことはない。

だがブレイクデカールの動作を見るとプレイヤーのインターフェースから弄れる範囲を明らかに逸脱している。

ブレイクデカールの作者は侵入はともかくとしてGBNのメインシステムに何かしら干渉できる方法を知っているとしか思えないのだ。

 

相手先へ依頼受諾の手続きを済ますと男は棚の周りのダンボール箱を漁り始める。

少し距離を置いていたとはいえ薄く埃がかかったダイバーギアとGBN端末、そしてガンプラの箱を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 

「久しぶりにGBNで遊んでみるとするかね。」

 

バイザーを装着し、ダイバーキアを端末にセット。電源を入れる。

鈍い機動音と共にギアが発する淡い緑色の光が下から男の顔を照らした。

 

ID date converted. Please scan your Gunpla.

 

機械音声のガイドがログインを催促する。

箱から取り出した愛機を久しぶりに手に取った。

まるで宇宙服のヘルメットのような顔の丸い機体。それはガンダムAGEに登場するジェノアスの改造機だった。

男は久方ぶりに握る愛機の感触を楽しみつつギアにセットする。

 

LogIn date convert Are you Ready?

 

「of course!」

 

音声承認でログインが成立する。

 

OK!Dive start now!

 

バイザー越しに世界が電脳空間に包まれた。

目の前の空間に大きく投影される Welcome to GBN の文字。

招かれざる客で悪いね。と男は思わず苦笑する。

表示される文字が切り替わった。

 

Are you Survie?

 

目の前が白く白く染められていく。この光の先にGBNの世界がある。

 

間を置いたログインというのもある。

それに今から始まる「お仕事」に対する期待感もあるのだろう。

自分でも驚くほどに新鮮な感情が心に広がるのを感じていた。

 

「面白い仕事になるといいけどね。」

 

他人事な口ぶりとは裏腹に男の目は輝きを増していた。



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クラッカー・リダイブ - 02

見渡す限りのアバターの群れ。ゲートを抜けると見覚えのあるいつものGBNフロントだった。

いざこの統一感の無いアバター達が闊歩する場所に立つと、本当にGBNに来たんだなという実感がある。

 

「ようこそGBNへ!お久しぶりですピックラックさん。

 一か月以上ログインが無かったようですが更新履歴を確認なさいますか?」

 

受付NPCがお決まりのガイダンスプログラムを始める。

 

「ああいや大丈夫。ありがとう。」

 

ピックラックとは自分のGBNネームである。名前はガンダムAGEのウッドビットからもじって、

格好もガンダムAGE後期のロディ・マッドーナスタイル。青い作業着にジャンパーを羽織る。

なんでその恰好を選んだのかと言われると少し考えてしまうが、

どうしても目的上あまり目立たないアバターを選びたいという心理があるのだろうか。

それでもなんだかんだ長く同じアバターを使っていると愛着が沸いてくるもので、今ではこの格好が一番しっくりくる。

 

さてとりあえずは機体のコンディションチェックをして目的地にでかけるとしよう。

箱にしまっておいたから特に問題は無いと思うがついでに必要なスキルの編集もしておきたい。

共用ハンガーへ移動しようとした所で子供姿のアバターに不意に声をかけられた。

 

「ちょっとちょっとお兄さん、いい話があるんだけど少し時間あるかい?」

 

随分お決まりの誘い文句だ。こういう所は仮想でも現実でも変わりはない。

久しぶりのGBNフロントだから調子に乗って周りを見過ぎていたからか、初心者にでも見られたのだろうか。

 

「へえ?いい話ってのは一体どんないい話だい。」

 

それでもあえて話に乗るのは今回の目的のものがブレイクデカールという規約違反に抵触するものだからだ。

蛇の道は蛇。いきなり当たりが掴めるとも思えないが何かしらの手掛かりになるかもしれない。

 

「お兄さんGBNは初めてかい。分からない事があればオイラが色々教えるよ?」

 

「いや、実は最近ログインしてなかっただけで久しぶりに遊びに来たのさ。お気遣いどうも。」

 

「なぁんだ、じゃあ話は早いや。久しぶりのGBNだ。何をするにもポイントが物入りだろ?

 どうだい、気軽に稼げる方法知りたくないかい?」

 

「アカBANされるチートは御免だよ。ポイント稼げてもアカ消えたら意味無いからね。」

 

少年が歯を出して屈託なく笑う。

 

「大丈夫大丈夫。稼ぐのはもちろんお兄さんが自分で稼ぐのさ。ただそのサポートになるものがあるんだ。」

 

「…まさかブレイクデカール?」

 

「知ってるって事は興味あり、かな?運がいいよお兄さん。丁度今新しいの手に入ったところでね。

 どう?試してみたくない?今じゃみんなこれ使ってポイント荒稼ぎしてるよ。」

 

脈あり。こんなにトントン拍子で進むとは思わなかったがあちらから来てくれるならありがたい。

しかしこんなに人が多いGBNでフロントでも大っぴらに取引を持ちかけてくるとは。

ブレイクデカールも相当普及しているという事なんだろうか。

 

「是非欲しいね!いっぺん使ってみたかったんだよねブレイクデカール!!」

 

こちらも相手が食いつくように大げさに興味を示してみせる。

 

「おっと、でもタダじゃあ渡せないな。こいつにも元手がかかってるんだ。」

 

「なんだよ稼ぎをサポートしてくれるんじゃないの?」

 

「先行投資って奴さ。こいつを一度手に入れれば後は稼ぎ放題だぜ?

 そのためにちょっとコイン払うくらい安いもんだろ?」

 

「ちなみにいくらで譲ってくれるのさ。」

 

「10万ポイント。これでも相場よりは随分お得なんだぜ?」

 

「あー、ちょっと手持ち足りないな。今日稼いで払うからさ。フレンドリスト登録してくれない?頼むよ。」

 

10万ポイントは確かに手頃な値段だ。初心者だってちょっと頑張れば何とか稼げる額ではある。

実は手持ちには80万ポイント程あるのだが、せっかく寄ってきた魚だ。このまま終わらせるのはもったいない。

上手くすればもっとブレイクデカールの情報が得られるかも。どこまで引き出せるかわからないが逃がす手は無い。

 

「なんだよシケてんなー。手持ちいくらあんの?ちょっとくらいまけてあげてもいいよ。」

 

流石にそう上手くはいかないか。しょうがない、とりあえず現物だけでも確認しておこう。

 

「そこまでよっ!」

 

そんな事を考えていると突然大きな声が響き渡った。声の先にいたのは麗しきお姉さん。

…ではなくガタイのいい屈強なお兄さんだった。

 

「チッ!せっかくいい所だったのによ!」

 

「コラッ待ちなさい!あぁんもう!」

 

子供のアバターが即座にログアウトして目の前から消え失せた。慣れているのか決断が速い。

 

「あっらーもうアナタ大丈夫?ヘンな事されてなぁい?」

 

お兄さんが内股でこちらに走り寄り体を触り始める。

 

「あーハイ大丈夫です大丈夫。本当に大丈夫ですから。しかし何なんです?」

 

丁重にお触りをお引き取り願うと相手の公開パーソナルデータを確認する。

フォースアダムの林檎所属のスミカとあった。

 

アダムの林檎はGBNの中にある集団、通称フォースの中でもかなり有名なフォースだ。

バトルランキングでも上位のフォースだが、有名な理由はそこではない。

その名を一躍広めている理由、それは構成員がみんなそっち系の人で固められている事である。

そういえば初心者のサポートと治安の改善も兼ねてフォース全体でGBNフロントの自警団的な事もやっていたのを思い出した。

 

「アナタと話してたダイバーね、ここいらじゃ有名な詐欺の常習犯なのよぉ。

 あんまりゲームに詳しくないダイバーにあの手この手で吹っかけて小銭巻き上げてるのよねぇ。

 お兄さん何か変な話持ちかけられられなかった?」

 

「ブレイクデカール買わないかって言われましたよ。10万ポイントで。」

 

「あらヤダッ!ヤダわもー!それがまさに常套手段なのよぉ!

 違法性のあるブレイクデカールをちらつかせてポイントをだまし取ってそのままトンズラするのっ!

 被害者は規約違反のものを買ってるわけだから誰にも相談できず泣き寝入りするって寸法なのよぉ!

 もしかしてお金払っちゃった!?払っちゃったの!?」

 

「大丈夫ですよ。払う前にえーと…スミカさんが来てくれたので。」

 

「あらそう、なら良かったわぁ。間一髪だったわねぇ。でもまさかお兄さんブレイクデカール欲しいの?」

 

「いやー、どんなものか興味はありますよね。誰でも簡単に強くなるってどうゆう仕組みなんでしょう?」

 

軽く返してやるとスミカさんの顔がみるみる悲しそうになる。

 

「バカッ!ブレイクデカールになんか手を出しちゃダメよっ!

 私の知り合いにもそういう子がいたわ。あんまりバトルが強くないからってデカールに手を出して…。

 結局それがフレンド達にバレて…チーターと一緒に思われたくないってみんなその子から離れていったわ。

 いーい!?安易な気持ちでクスリに手を出すのは一瞬でも後悔は一生なのよ!

 零れ落ちたものはその手に戻ってくる事はないのよぉ!!」

 

「いやクスリて。というかブレイクデカールってそんな広まってるんですか?ここらでも頻繁に取引が?」

 

「いーえ。ここいらで取引されてるってのは聞いた事ないわね。私達も頻繁に見回りしてるけど見た事ないわ。」

 

あいつ本当にただの詐欺か。まあそんな美味い話もないか。

 

「でもブレイクデカール使用者が増えているのは本当よ、悲しいことにね。

 私達もデカール撲滅のために動いてるの。お兄さんももし情報あったら教えてちょうだいね?

 手に入れても使おうなんか思っちゃダメよ!機体がおかしくなるバグもあるなんていうし…。」

 

「わかりました。何かあれば連絡しますよ。」

 

情報が欲しいのはこっちの方なんだけど、と思いつとりあえず話を合わせる。

 

「ところでアナタ初心者なの?何か私に手伝えることあるかしら?」

 

「いえ、最近ログインしてなかっただけで経験者です。久しぶりに復帰したんですよ。」

 

「そうなの。それなら大丈夫ね。これからどこへ?」

 

「とりあえずフランチェスカフィールドへ行こうと思ってます。」

 

「フランチェスカフィールド!あそこはいい所よね~。皆で遊びに行くのはいい所じゃない。

 でも今はちょっとやめておいた方がいいかも。」

 

「何か問題でも?」

 

「最近まさにブレイクデカール使用者がポイント稼ぎにあそこを荒らしてるって話があってね。

 フランチェスカに行く人はそんなにバトル重視じゃないからまぁ小遣い稼ぎくらいの感覚なんでしょうけど嫌ぁねぇ。

 相手を騙して軽くバトルしようって言いながら始まった途端デカール使ってボコボコにするんですって。」

 

「へぇ…。そんなこすい連中もいるんですね。」

 

「止めはしないけどバトル持ちかけられたら注意してね。それと最近ちょっとフランチェスカフィールドの動作が不安定だって話もあるから。」

 

「ありがとうございます。危なくなったら即逃げしてきますよ。」

 

スミカと別れ、ハンガーで機体のチェックを行う。燃料の補給を待ちながらさっきの話を思案していた。

入ってすぐブレイクデカール絡みの話が2件。想像以上に普及は進んでいるようだ。案外現物の入手も簡単かもしれない。

燃料の補給終了のアラートが鳴った。

 

「とりあえず行ってみようかね。」

 

久しぶりの愛機の乗り心地を楽しみながら発進シークエンスを進めていく。

 

「ジェノアスクラッカー、GO!」

 

一面の青空へ向かってジェノアスが飛び立つ。機体が陽光を反射し気持ちよさそうに手足を伸ばす。

ふと依頼を忘れ、この世界を満喫する自分に気づいてピックラックは微笑んだ。

そしてそのまま機体を加速させると、挙動のチェックをし急降下からのバレルロール。

彼は童心に返ったように愛機の操縦を楽しんだ。

 

フランチェスカフィールドでピックラックを待つのは吉か凶か。その答えはもう目前に迫ってきていた。



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クラッカー・リダイブ - 03

フランチェスカフィールドはポケットの中の戦争に登場した観光地のコロニーを模したフィールドである。

劇中ではその様子が描写される事はなく、初めて訪れた者はその景観に驚くものも少なくない。

見渡せば寛ぎながら浜辺を歩いたりビーチバレーや海水浴を楽しむアバター達。

ブレイクデカールとは無縁とも思える雰囲気にピックラックは拍子抜けした。

 

「平和そのものって感じだけどねぇ…。」

 

照りつける日差しに寄せて返す波の音、フィールドに体を委ねれば、力も抜けて自分のやる気も波に流されていくようだ。

 

「…とりあえず聞き込みでもしてみるかな。」

 

まずはアバター用のアロハシャツとサングラスを購入し、場所に合わせた身支度を整え情報収集を開始する。

 

 

「えー、私達観光に来ただけだからわかんない。ねー。」

 

「ねー。」

 

「今日はここでフォース対抗イベントあるから来たんだよ。あんたもそうじゃないの?」

 

「ここはいつも誰かがビーチバレーしてるから水着のアバターのスクショ取り放題なんだよ!!」

 

 

「…ダメだなこれ。」

 

ピックラックは顔をしかめると頭を掻き毟った。

 

ここいらを通るのは殆ど観光目的の旅行者でブレイクデカールの事情に詳しそうな奴がいない。

近況を知るんだったらこのフィールドをホームにして活動してる奴を探さないと話にならない。

 

ユーザーメニューからフランチェスカに拠点を構えるフォースを検索する。

フォースネストと呼ばれるフォース用の建築物まで所有してる大規模なフォースなら何らかの情報を持っているだろう。

 

検索の結果ヒットした一番規模の大きなフォースは「サンセットビーチ」。

フランチェスカの中で活動するフォースのまとめ役もやっていてユーザーイベントの主催や後援もしているようだ。

メールを送って聞くような話でもないし直接コンタクトを取った方がいいだろう。ネストに行って適当なメンバーを捕まえるとしよう。

 

サンセットビーチのフォースネストは崖の上建てられたまさに避暑地のコテージといった装いである。

その崖の下はちょっとしたプライベートビーチになっていた。

フランチェスカフィールドに拠を置くフォースらしい佇まいだ。

大規模なフォースだしネストに常時数人はたむろしているだろうとタカをくくっていたのが、見る限り誰の姿もない。

 

「おかしいな。流石に誰もってのはな…。」

 

あまり近づいて目立ちたくは無かったが意を決してネストの入口へと向かう。

 

「すいませーん、誰かいらっしゃいませんかー?」

 

チャイムを押すと音声メッセージが流れた。

 

「こちらサンセットビーチです。本日はフォース対抗イベント参加のためにメンバーは全員浜辺の会場へ集合となっております。

 御用の方はお手数ですが日を改めるか、メール等で連絡をお願いいたします。急ぎでしたら会場までお願いします。

 あ、これ聞いてるメンバー!ログインしてるならサボらず参加よろしくー!」

 

そういえばさっきイベントやってるなんて話聞いたな。接触するかどうかはともかく顔出してみるか。

時間を確認すると開催までまだ一時間程時間がある。何はともあれ会場へ向かうことにした。

 

 

 

会場の浜辺ではイベントに参加するらしいアバターが受付に列を成している。

 

「フォース対抗MSビーチバレー当日受付はこちらになりまーす!

 間もなく受付を終了しますので参加希望の方は最後尾のスタッフに声をかけてくださーい!」

 

列を誘導しているアバターや受付アバターの頭上にはスタッフアイコンが点滅している。

彼らがサンセットビーチメンバーで間違いないだろう。が、皆てんてこまいでどうにもイベント外の話を聞ける雰囲気ではない。

この様子だとイベントが終わってもそんなに話を聞ける感じでもないだろう。

 

「どうしたもんかね…。」

 

周りを見回すと受付の横にもう一つテントがあるのに気づいた。テントには「当日ボランティアスタッフ受付」とある。

 

「…これしかないかなぁ。」

 

────────────────────────────

 

 

「はい、じゃあ今日一緒にイベントを手伝ってくれるスタッフさんです!自己紹介お願いしまーす!!」

 

「こんにちわ!ピックラックといいまーす!前々からフランチェスカでやってるイベントに興味があって~、

 自分も一回イベント準備する側になってみたいなぁ~って思ってスタッフやらせてもらう事になりました!よろしくお願いしまーす!」

 

んなワケないだろ。という心の声を押し殺し、場の雰囲気に合わせたキャラで周りに溶け込もうとする。

暖かい拍手と「よろしくー。」「楽しくやろうぜ!」といった激励をくれるスタッフのやる気に圧倒される。熱い人達だ。

ここまで来たらもう勢いで乗り切るしかないだろう。乗り切るしかないんだろうな。まあこれはこれでもう割り切って楽しもう。うん。

 

「じゃあピックラックさんは会場警備お願いしたいんですけどいいですか?

 妨害目的のユーザーとか見かけたら本部に連絡くれるだけでいいんでスタッフアイコンつけて会場の見回りお願いしますー。

 スタッフアイコンつけると他にも迷子やフリマ探す人に色々聞かれると思いますけど、

 細かい対応こっちでしますんで基本全部グループチャットで連絡してくれればいーですよー。」

 

「わかりましたー。あ、そういえば要注意人物とかいます?常習犯的な。」

 

「いるいる。いつも邪魔する暇な連中とかいるから困っちゃうよねー。ブラックリストと会場の地図データそっちに送るから確認しといてねー。」

 

切り込むタイミングは今しかないな。そう思い核心に触れてみることにした。

 

「そういえば聞きましたよ。ここらへんで最近ブレイクデカール被害結構出てるって。どうなんです?」

 

「あー、知ってるんだ。そうなんだよね。ウチらは被害受けたのいないんだけどイベントに来たユーザーとか結構やられてて困ってるんだよ。

 ウチのフォースの本拠地でそういう事されるとさー。」

 

「おっかないですねー。外から来た人だけ狙うってどんなやり口なんです?自分も狙われるのアレだし聞きたいですよー。」

 

「それがねー…」

 

 

────────────────────────────────

 

 

 

会場の砂浜とその周辺はイベント参加者だけでなく見物客も含めてアバターでごった返していた。

砂浜から見える沖の小島ではMS達がビーチバレーで熱戦を繰り広げている。

どんな攻撃にもダメージを受けない頑丈なボールを用いて繰り広げられる手も、足も、武装も解禁されたビーチバレー。

選手への攻撃は反則負けだが、ボールに対して全ての火器の使用が認められるなんでもありのバトルに会場は熱狂していた。

 

ウィングガンダムがバスターライフルで空高く打ち上げたボールを真流星胡蝶剣で相手コートへ叩き付けるドラゴンガンダム。

アシュタロンハーミットクラブがハサミでうまくそれをいなすとガンダムグシオンがハンマーでホームランをかます。

 

実にいいバレー…バレー?の試合が繰り広げられていた。

 

自コートへ飛んできたボールにウィングがマシンキャノンを当て速度を削ぐと空へ飛び上がりビームサーベルで相手コートへ叩き返す構えを取った。

が、そんなウィングにボールは逆に頭上の180mmキャノン砲を叩き付け大地へと突き落す。

 

会場が大きな歓声に包まれた。

そう、ボールはボールでもこの競技に使われるボールはMSのボールである。

自分から移動はしないが選手を攻撃するように設定されており、時折発生するアクシデントによる珍プレー好プレーがこのイベントの大きな目玉であった。

プレー再開時にボールはリセットされ、時折ハロやオッゴやサイコロガンダムなども登場している。その度に会場からは笑いが起こっていた。

 

「見応えあるなぁ。」

 

会場を練り歩き客に対応しつつもやはり試合の方に目が行ってしまう。

 

普段見れないMSバトルに自分もそんな気は無くてもついつい楽しくなってきた。こりゃ飲み物とツマミが欲しくなるな。

だがもちろんただ普通に会場警備をしているわけではない。試合を見ながらも目線は時々観客の方へと向けていた。

探しているのは怪しい奴ら。特に試合でなく観客を物色しているような連中だ。

 

「すいませーん、フリーマーケット会場探してるんですけど。」

 

「あっ、はいちょっとお待ちください。…こちらB2地区ピックラック。フリマのお客様5名誘導願いまーす。」

 

「はいこちらC1フリマのシャールです。ピックラックさんの所に飛んでお客様送迎しまーす。」

 

もちろん人探しだけしているわけでもなく、こんな感じでスタッフとしての仕事もちゃんとこなしている。

スタッフはグループを組んでいてお互いの位置を確認できるようになっていた。

グループ機能は便利なもので他にもメンバーの所に一瞬でテレポートしたりメンバー内だけに見たり聞いたりできるチャットが使える。

 

話が逸れた。探している奴らとははもちろんブレイクデカール使用容疑者だ。

先程スタッフに聞いたブレイクデカール絡みの話を纏めると以下のようになる。

 

 

・フランチェスカに詳しくない観光客を狙ってバトルを仕掛けてポイントを稼ぐ二人組がいる。

・最初はただのフリーバトルを仕掛けた後にポイントの賭けたバトルを提案してくる。

・勝てそうになると相手の機体の動きが急に変わって強くなる。

・少額のポイントを賭けてバトルをしたはずなのに、バトルが終わると大量のポイントが減っている。

・ログを調べても最初から大量のポイントをかけた事になっている。

・相手に問いただしてもいちゃもんをつけるなと突っぱねられ逆に運営に通報されたりする。

・運営の調査でも相手からは不正をしたという証拠は見つからないらしい。

・最近三人組になったという噂がある。

 

 

観光客を狙うのは顔の割れていない相手をカモにするためだろう。それとフランチェスカをホームにする連中に隠れてバトルするため。

情報を調べているユーザーならともかく、遊びにここに来た一見ならそんな詐欺をしているなんて知らないから簡単に引っかかる。

機体の強さが変動するのは演技でなければ恐らくそれがブレイクデカール。ポイントの変動や不正が見つからないのもそうだろう。

相手のネームとID自体は情報を調べて割れたが、真正面から問い正した所で煙にまかれるだけだ。

真偽を確かめるなら自分で直接確認するしかない。

 

容疑者のユーザーネームはアントンにカイレー。アバター自体は変更可能だから見た目の情報はアテにならない。実際に姿は変えているようだ。

ネームも変更可能だが変更制限があるし、それで制限を無視して頻繁に変えたりしていたら自分が不正者だと運営にバラしてるようなものだ。

直近の二か月で変更した形跡はなく、よっぽどの事が無ければネーム変更は無いと見ていい。

使用ガンプラはアントンがイフリート、カイレーがガブスレイ。

そして情報の少ない三人目。名前とIDは分からないが最近見かけられるようになり度々ジェムズガンでバトルに乱入する事があるらしい。

 

目の前に外部デバイスの画面を表示させる。画面には「NO HIT」の表示。

サーチボタンを押すとピコーンという電子音の後、画面が更新された。表示は変わらず「NO HIT」。

これは自作のプログラムでソナーアプリだ。周囲の一定範囲のユーザーのIDを検索し、設定したIDを発見すると反応する仕組みだ。

5分間隔で自動更新するように設定しているが、今の所ソナーに目標の反応は無い。

 

ちなみにGBNにおいてユーザーインターフェイスのカスタムは一部認められているが、外部デバイスやツールの仕様は原則禁止である。

このソナーアプリもバレればもちろん運営から何かしらの措置が取られるだろう。

 

と、スタッフ用グループチャットに通信が入った。

 

「こちらA3地区バジェッフ。ブラックリストユーザーを発見するも見失った。警戒されたし。

 繰り返すこちらA3地区バジェッフ。ブラックリストユーザーを発見。ユーザーネームはアントンにカイレー。

 見た目はヒューマン男、特徴は───」

 

ビンゴ。最初はどうなるかと思ったが人探しは人海戦術がやはり強い。

頭上の目立つスタッフアイコンを消すとアバターの見た目をワーウルフに変更した。

現在グループ状態のスタッフの位置をMAPで確認し、A3地区スタッフの位置へ自分をグループ機能で転送。

すかさず人ごみに紛れスタッフから隠れるとソナーアプリを起動させた。

ピコーン…。電子音の後に画面に表示されたのは「FISH」。当たりだ。

連動してMAPに対象IDの位置が表示される。

 

「間に合えよ…!」

 

ソナー画面を更新しつつ相手が範囲から離脱する前に距離を詰める。いた!

目視でユーザーネームを確認するとGBN内の缶ジュースアイテムを装備して素知らぬ顔で相手にぶつかった。

 

「おっと、何だ?」

 

「あっ、すいませんぶつかっちゃいました。」

 

ぶつかった方がガタイのいい方…アントンだな。

 

「気を付けなよー。会場混んでるからね。」

 

こっちのちょっと細身の男の方はカイレー。情報通りだ、間違いない。

 

「本当すいませんね。お詫びと言っちゃなんですけどこのジュースどうぞ。さっき大量に買ったんで。」

 

「そんな気にしなくていいよ。」

 

「いやぁこれも何かの縁ですから。」

 

半ば強引にジュースを押し付けると二人と別れた。

ログでアイテム取引の成立を確認する。今後ジュースをどう扱うにしても二人は一度あのアイテムを所持したことになる。

 

アバターを元に戻すと自分の警備担当B2地区へと転送で戻り、素知らぬ顔でスタッフアイコンを再点灯する。

この間10分弱だろうか。特にグループで異常だと感付いたスタッフもいなかったようで、確認や連絡の催促も無いようでほっと胸をなで下ろす。

外部デバイス画面を開いて別のアプリを確認する。2つのユーザーIDと現在の位置、ログイン状態が表示された。

 

あのジュースはビーコンだ。実はアイテムにはステルスプログラムが仕込んである。

ユーザーが受け取るとアイテムから切り離されそのユーザーIDの情報を収集し、確認できるようになるプログラムだ。

深い情報まで確認できるようになると運営に見つかる確率が高くなるが、

位置情報とログイン情報を見るくらいならユーザー権限で使用できるグループやフォースシステムの応用だ。

よっぽどの異常が無いと運営が捜査に乗り出す事はしないだろう。

 

「ゲームセット!」

 

会場から歓声が上がった。どうやらビーチバレーの試合は勝負がついたようだ。

デバイス画面を閉じ誰へともなく呟く。

 

 

 

「いいや、ゲームスタートさ。ここからな。」

 

 

 

 

 

 




全部遊びだよ。人生は暇つぶし。
でもね、一番面白いのもその遊びなんだよね。
だから全力で馬鹿をやるのさ。みんなそうだろ?

次回 ブレイククラッカーズ #02 

ファイターズ・ウォークライ

何だって楽しんだもん勝ちさ。


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#02
ファイターズ・ウォークライ - 01


「クソッ!なんだってんだよあのイフリート!!」

 

壁を強く叩き、怒りの言葉をアラートの鳴り響くコックピットに吐き捨てた。

自機であるサーペントのダメージは耐久力の7割を超えている。

立て直しは絶望的な状況であった。

それでも遠距離攻撃に特化したサーペントなら、相手との距離を保ち弾をばらまき続けられれば状況を覆す事は可能である。

相対する敵機を睨み付ける。相手イフリートとの距離は1kmといったところだろうか。

薄っすらと黒い炎のようなものを纏ったイフリートは周りの情景に溶け込むのを拒むようにありありとその姿を誇示していた。

 

「くたばれこの野郎!!」

 

武装選択で両肩の8連装ミサイルランチャーを選択し全弾発射する。

その瞬間けたたましい接近警報が鳴った。体が反応し画面を見て絶句する。

そこには遠方にいたはずのイフリートが目の前に迫り、今まさにヒートソードを振りぬこうとしている様が映し出されていた。

 

「うわああああああ!!」

 

ありえない。

いくら推力を強化した近接特化型のイフリートとはいえあの距離を一瞬で詰めるなんて量子テレポートでもなければ不可能だ。

 

あの炎だ。

 

さっきまでは自分が優勢だったはずなのにイフリートがあの炎のようなものを纏ってから急に動きが変わった。

動きだけではない、装甲も、攻撃力も何もかもその前とは桁違いだ。まるで全く別のガンプラを相手にしているようだ。

 

咄嗟にサーペント胸部に仕込んだ隠しガトリングを展開し前方へ掃射する。

だが既にイフリートの姿はモニターには映っていなかった。

 

「畜生!畜生畜生畜生畜生畜生!!」

 

最早正常な判断を失ったサーペントはなりふり構わず全方位へすべての武器をばら撒く。

そこにはもう勝ちに向かう意志は無かった。

 

突然、サーペントの動きが止まった。

その機体には深々とヒートソードが突き刺さっている。

空中からヒートソードを投げたイフリートは、そのまま動かなくなった相手にラケーテンバズを打ち込んだ。

 

 

 

BATTLE ENDED

 

 

 

「アントン、今の奴結構ポイント持ってたぜ。もうちょっと剥いでも良かったんじゃねえのか?」

 

後方のガブスレイから通信が入る。

 

「そうだな、たんまり持ってるだけあって結構やる奴だった。こっちもデカール使う羽目になっちまった。」

 

アントンは語気に少し苛立ちを含んでそう答えるとイフリートのブースターを少し強めにふかした。

アントンとカイレーはいつものように手頃な観光客を見つけては辺鄙な場所で賭けバトルを繰り返していた。

二人は今フランチェスカフィールド外れの森林地帯からメインである浜辺へと向かっている。次の相手(カモ)を探すためだ。

 

森林地帯フィールドから二体がエリアアウトすると、何もない森林の中から機体が現れる。

ソレスタルビーイング由来の光学迷彩粒子でコーティングしていたピックラックのジェノアスクラッカーである。

その手にはアストレイアウトフレームのガンカメラを持っていた。

 

「ブレイクデカール、確かに撮らせてもらったよ。」

 

アントンとカイレーにビーコンを付けてから三日、ピックラックは二人の動向を密かに監視していた。

本当に二人がブレイクデカールを持っているのかの確証が欲しかったからである。

随分じらされたがこれで彼らがデカール所持者だという裏が取れた。

情報に聞いた通り二人は観光客にバトルをふっかけてポイントを巻き上げてはいたが、中々ブレイクデカールを使わない。

これは長期の張り込みになると覚悟していた矢先の出来事だった。

 

「本当にログに残らないなんて事があるのかね。」

 

散々巷で聞いた話とはいえ、多少プログラムに精通する身としてはイマイチ信じられない。

 

「ま、解析してみれば分かる事だろ。」

 

遠雷の音が響いた。向こうからやってくる雨雲を見やり、ピックラックも森林地帯から退散することにした。

 

 

 

「マジかよ。」

 

ログアウトした後、記録映像を確認したピックラックは思わず呟いた。

ガンカメラの録画映像からはイフリートを包んでいたオーラのようなものが綺麗さっぱり無くなっている。

戦闘もイフリートのありえない挙動やスピードがマイルドになっており、

サーペントの撃破された地点も実際よりイフリート側に寄っている。

ログを漁っても記録映像と同様のデータが出て来るばかりだ。

本来は高速で突撃してくるイフリートに圧倒されたサーペントが、記録映像ではまるで突撃するイフリートに吸い寄せられるような動きになっていた。

 

どういうことだ…?映像とログが改竄されている…?

いや第三者が気づかれずに秘密裏に記録したものにそんな事を出来る奴なんてまずいない。

しかも記録してから一日も経ってないのにそんな事は不可能なはず…。

 

ピックラックはこの不可解な現象の答えを導き出そうと思考を巡らす。

 

引っかかる…。そうこの映像は何かが引っ掛かるのだ。

そもそも映像自体が事実と異なっているがそういう事ではない。

映像の違和感、映像だけでは気づけない違和感。何だ…考えろ…何が引っ掛かる…。

事実と違う…事実と映像…あの時、俺が見た実際の戦闘との違い…その違和感…。

 

ピタリ、と動きが止まる。

 

「そうだ、改竄じゃない。これは補正だ。流れを作っているのか?

 記録映像のブレイクデカールの痕跡を消しつつ、実際の戦闘後の結果に辿り着くように?

 …まさか。」

 

違和感の答え。合っているかどうかはともかく自分の直感はそれが正しいと言っている。

だがどうやって?その方法、手段は全く手掛かりが掴めないままだ。

この記録映像だけではこれ以上の手掛かりも得られない。

裏付けのための検証材料が圧倒的に不足していた。

 

データがいる。この推論を裏付けるための実戦データが。

ならば現状やれる事は一つだ。

 

「仕掛けるか。」

 

呟いてハンガーのジェノアスクラッカーを見つめる。

 

久方ぶりのGBNでのガンプラバトル。やるんだったらとことん楽しくやろうじゃないか。

相手はあのブレイクデカール。だったらこちらも全力でやらなきゃいけない。

 

 

 

そう、使えるものはなんでも使って、だ。

 

 



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登場ガンプラ - 01

・ジェノアスクラッカー

 

 

GBNで活動する際にピックラックが使用するガンブラ

GBNに仕事でログインする際に参考に視聴したのがガンダムAGEで、丸みのあるジェノアスが気に入りベースに採用。

ただ細い腰回りに不満があったために腹から下はアデルベースとした。(胸の装甲はジェノアスの方がかっこいいので残した)

なので実際の性能はアデル準拠である。故にAGEウェアの換装も可能になっている。

カラーリングは青と白のジェノアス2カラー。

そこに独自の武装を取り付けカスタムしたものがジェノアスクラッカーとなる。

つまりジェノアス頭のアデルがオリジナルのクラッカーウェアを装備したものともいえる。

 

主な武装は両腕に装備したシールド兼マルチビームユニット、

両肩のバックパック接続型クラッカーキャノン、

左右両腰アーマーにマウントしたドッズショットガン。

 

マルチビームユニットは形状がジェノアスのシールドに似ていることからAGE3の腕部一体型シールドの改造品を装着。

エネルギーはAGE3と同じく本体から供給し、ビーム射出口からブレードを形成できるほか対中距離用ビームランチャーとしても使用可能。

ユニット前方だけでなく後方にも射出口があり合計2つ×2ユニット。

シールド機能を高めるために面積を広げ、形は長方形から正方形に近づいている。

 

ドッズショットガンは手持ち花火をヒントにしたロングノズルライター型のビームショットガン。

花火のように持ち、まるで花火を人に向けるように打ち込む。

中近距離広範囲に小出力のドッズビームを拡散発射する武器である。

腰にマウントしながら発射も可能だが前面に拡散するため、自機にも被害が及ぶ可能性があり危ない。

主に牽制または近距離兵器として役に立つ。

 

クラッカーキャノンは真上に巨大なビーム球を射出する大筒のキャノンである。

キャノン自体が前方に向け120°程稼働し、前面に発射する事も出来る。

一定時間経過すると発射した光球が爆発を起こし美しい花火がGBNの空を彩る。

 

戦闘もできるが賑やかしも出来る機体。

普段は使わない機能が色々とあるらしい。

 

─────────────────────────────

 

・イフリートカスタム

 

 

アントンが使用しているガンプラ。主に今まで登場しているイフリート系の武装を盛り込んだカスタム機

 

武装は脚部ミサイルポッド、肩部のコールドクナイ、碗部のグレネードランチャー、

手持ちの射撃武器にラケーテンバス、ショットガン。

さらに左手にガトリングシールドと近接戦闘用のヒートソードで構成されている。

 

全距離に対応はしているが特に接近戦を得意としており機動力を重視した改造をしている。

脚部のミサイルポッドは取り外し可能であり、必要とあれば武装を捨てても機動力を確保し、接近戦で勝負をつけるスタイル。

 

ブレイクデカールを使用している機体であり、デカール適用時は各ステータス、

特に特徴であるスピードがさらに強化され、その動きを捉えるのは非常に困難。

ただ機体速度が急上昇し制御難度も跳ね上がるため、ダイバーであるアントンも制御しきれていない。

デカールを発動させると相手にとにかく接近して滅多切りにして勝負を決めるといった雑な操作になってしまっているようだ。



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ファイターズ・ウォークライ - 02

フリーバトルエリア───そこは相手の承認を必要とせずにエリア内のガンプラとバトルする事が出来る場所だ。

主に初心者から中級者が暇つぶしから腕試しまで様々な目的でやってくる。

たまに場を荒らしに来るダイバーもいるが、勝っても負けても特に得るものもないため飽きて帰るか、それとも相手が帰るかで基本的には平和なエリアである。

そんな性質から特に戦闘をせず雑談所として利用するダイバーもいる。

 

フランチェスカフィールドのフリーバトルエリアも例に漏れず穏やかな場所で、

景観の人気も相まって観光ダイバーからの人気も高い。

 

アントンとカイレーはいつものようにバトルをしているダイバーの値踏みをしていた。

これから自分たちが引っ掛ける相手を探しているのだが、人を騙してハメるにも色々とコツがある。

まず前提としてあまり警戒心も無く、ちょっとした話にホイホイ付いてくるような相手でなければいけない。

だがそんな間の抜けたダイバーでも多少の強さが無ければ今度はバトルが成立しない。

賭けバトルを承認するような奴は、なにかしら自分が勝てる自信がある。自身の無い奴はそういったものには手を出さない。

 

「アントン。」

 

カイレーがアゴで向こうを示唆する。

バトルしているMSが2機。使っている機体はガイアガンダムとジェノアス。

そこそこ動ける奴らだが、特に目を見張るものも無い。カモとしてはうってつけだった。

 

「いいね、ちょっくらお邪魔するとしようぜカイレー。」

 

バトルの終わりを見計らってアントンは二人に声をかける。

 

「すいません。俺達もフリーバトル混ぜてもらっていいかな?」

 

「ええ、いいですよ。どっちとやります?」

 

「タッグでもシングルでも構わないけど…二人は知り合い?」

 

「いやさっきバトルエリアでお互い相手探しててたまたまです。ねえ?」

 

「そうそう。ちょうど相手してもらって助かっちゃって。」

 

「ああ、そうなんだ。じゃあとりあえずこっちの二人とそちらの二人別れてシングルでやろうよ。」

 

「わかりました。じゃあ俺とガブスレイでやります?同じ可変機同士。」

 

ガイアに乗っていたダイバーがカイレーにバトルを申し込む。

 

「俺?いいよ。カイレーって言うんだ、よろしく。」

 

「俺はディードです。お手柔らかに。」

 

「お前はガイアとやるのね。じゃあ俺は…。」

 

アントンはジェノアスに乗っていたアバターを見る。

 

「ピックラックと言います。よろしくお願いします。イフリート、カッコイイですね。」

「俺はアントン。そっちのジェノアスもゴツいキャノン背負って強そうじゃない。よろしく。」

 

アントンのイフリートはピックラックのジェノアスと、カイレーのガブスレイはディードのガイアとそれぞれバトルを始める。

 

うまくやれよ、とカイレーに合図するとアントンはイフリートへ乗り込みジェノアスへと向き合う。

 

「よろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします。」

 

 

BATTLE START

 

 

バトルが始まるなりジェノアスが肩のキャノンを撃ってきた。

アントンはそれを難なくかわし距離を詰める。すると今度は腕のビームユニットからショットを撃ちながら距離を詰めてきた。

実にスタンダードな戦い方だ。だがそれ故に対処もしやすい。動きも素直で何かを狙っている素振りも無い。

 

(これなら簡単に騙せそうだ。)

 

アントンはわざと2、3発ビームショットを食らってやると肩のクナイを投げつける。

ジェノアスも回避運動を取るが、全ては避けきれず一部被弾する。

これで相手のある程度の反応速度も分かった。後は接近戦に持ち込んで上手く相手を削りつつも接待してやればいい。

 

脚部のミサイルポッドを目くらましにしつつジェノアスに向かって回り込み、クロスレンジへの侵入を試みる。

 

「がら空きだ!」

「懐に入られた!?」

 

ジェノアスは腰のサイドアーマーにマウントした火器をこちらへ向け狙いも定めず発射した。

ビームの散弾がイフリートの装甲表面を焼く。

 

「ショットガンか!いい趣味してるぜ。」

 

「流石に浅いか!」

 

「ショットガンなら、こっちも得意でね!」

 

イフリートも自前のショットガンを構えジェノアスへ撃ちこむ。

奇しくも同じショットガン持ち同士、気づけば近~中距離の射撃戦となり、状況は硬直状態に陥った。

アントンとしては機動力を生かして得意の格闘戦へ持ち込みたい。

相手のジェノアスは見たところ全距離対応のオールラウンダーである。こちらの得意分野に持ち込めればこの均衡は崩せるだろう。

それに今回は勝つ必要は無いのだ。強引に行ったところで何の問題も無い。

今までの撃ち合いから一転、アントンはバックダッシュで距離を取るとミサイルからのラケーテンバズ掃射で戦闘のリズムを崩す。

突然間合いを外されたジェノアスは一瞬動きが遅れた。応戦して肩のキャノンを撃つもその動きは悪手であった。

機動力に特化したイフリートはそのままキャノンを避けガトリングシールドを打ち込みながら最短ルートで距離を詰める。

キャノンの発射で硬直したジェノアスはその対応に大きな後れを取った。

 

「さあどうするよ!?」

 

イフリートはヒートソードを抜きそのままジェノアス胴体へ向かって横へと薙ぎ払う。

 

「っ!!ぁあっ!!」

 

瞬間、ジェノアスは腕のビームユニット兼シールドでそれを受け止めるとイフリートへ向かってショットガンを打ち込んだ。

 

(あれを凌いだか!)

 

アントンはピックラックの反応に感心し、クナイで牽制しつつ距離を取った。

散弾でも密着して被弾すればただではすまない。一気にイフリートの耐久値を削られた。

 

「潮時か。」

 

アントンは呟くと碗部グレネードで牽制しつつ後退しながらバズーカをばら撒く消極的な戦法に切り替える。

これを好機と見たピックラックは逆にビームショットで弾幕を貼りつつ詰めにかかった。

そしてじわじわとイフリートの耐久を削り続け、結果ジェノアスの勝利で戦いは決した。

 

「ありがとうございました。強いですね。一気に距離詰められたときはもう駄目だと思いました。」

 

「いや負けたのは俺の方だし、あそこで決められなきゃどうしようもないって。完敗だよ。」

 

バトル後にお互いを褒め称え談笑していると、カイレーとディードが戻ってきた。

 

「カイレーお疲れ、どうだった?」

「いやー、ガイア強いわ。4脚なのに飛んできて接近戦も出来るし。」

「結構接戦だったじゃない。ガブスレイも動き早いし。」

「でも次やったら俺ガイアに勝てそうな気するんだよね~。」

 

カイレーはアントンに目配せをする。

 

「ああ、それじゃ二人とももうちょっとバトルやらない?

 今度はちょっとしたポイントとかかけてさ。その方が燃えるじゃん?」

 

「へえ、面白い。俺やりますよ!」

 

勝った事に気をよくしたのかピックラックが食い気味に乗ってきた。

手加減されたのも知らずにちょろいもんだ。

 

「あー、ごめん。面白そうだけどそろそろ落ちるわ。また会ったらね。」

 

ディードの方はそんなに乗り気にならなかったようで、そのまま挨拶するとログアウトしてしまった。

とりあえず一人引っ掛けられただけでもよしとするか。気を取り直してアントンとカイレーはピックラックに話しかける。

 

「次は俺のガブスレイとね。ジェノアスとやるのは初めてかも。」

 

「それじゃ場所変えようか、バトルの後に良ければそこのミッションとか手伝ってもらえると嬉しいな。」

 

「いいですよ。お任せします。」

 

「あ、でもポイント賭けるって言っても無ければ別にいいよ。ランク戦でやろう。」

 

「今ポイントの手持ちそこそこあるんでどっちでも行けますよ。腕も同じくらいだしガンガンやりましょうよ。」

 

完全に調子に乗っているピックラックを見てアントンとカイレーはほくそ笑んだ。

こいつはとことん絞りがいがありそうだ。

 

三人は談笑をしながらフリーバトルエリアから森林地帯へと場所を移動する。

 

この時、その様子をずっと伺っていた一人のアバターがいたのだが、三人とも終ぞ気づく事は無かった。

彼は三人が移動したのを確認すると自分も後を追うようにフリーバトルエリアから姿を消したのだった。



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ファイターズ・ウォークライ - 03

ここまでは順調。

 

ピックラックは先導するガブスレイとイフリートを見る。

詐欺のカモとして見てもらえるかどうかが一番の賭けだったがなんとかお眼鏡には適ったらしい。

これでダメなら人を雇わなければならない所だったが手間もかかるし危険も増える。

なによりブレイクデカールのデータは自分自身で対峙したデータが欲しい。

武装も最近のビルドから変更は見られない。シミュレーションと録画である程度の対策は立てたつもりだ。

問題はブレイクデカール使用時の相手に自分の腕でどこまで持つか、だ。

最初から勝てるとは思ってないが、データを取るためには出来るだけ戦闘を継続させて様々なシチュエーションを見ておきたい。

動きは前回の目視の感じでは最大2倍速の動きに対応できれば問題は無いと思う。

…問題はシミュレータで2倍速の相手に対する勝率が5割まで持っていけなかった事だが。

他の手もある事はあるが、これは効くかどうかは相手にもよるものなので博打になる。

個人的に勝算は多いとみているが…。

 

「よし到着だ。」

 

ガブスレイから通信が入りピックラックは我に返る。

 

「ここいらでいいだろ。降りようか。」

 

イフリートも続けて森林地帯の開けた場所に着地する。

ピックラックもそれに続いてジェノアスを降下させた。

 

「フランチェスカにこんな所あったんですね。」

 

さも知らなかったかのようにピックラックは話題を振ってみせた。

 

「観光用のフィールドだけど郊外は結構自然の景観がそのままの場所もあるのさ。デカい滝がある場所もあるぜ。なあカイレー。」

 

「まあまあそんな事より早速俺のガブスレイとやろうぜ?ちょいと賭けてさ。」

 

「やる気ですね。でもまだカイレーさんとは一回もやってないし、練習を兼ねてフリーバトルでやりましょうよ。」

 

「え?ああもちろんいいよ。」

 

カイレーは少し拍子抜けしたようだが申し出を快諾した。

その微笑みが一瞬苛立つ表情に変化したのをピックラックは張り付いた微笑みで流す。

ジェノアスのコックピットに乗り込むとガブスレイとお互い距離を取った。

 

「カイレーさん、時間5分いいですか?エリアはどうします?」

 

「ああいいよ。エリアは2×2のクローズでいいかな?」

 

「了解です。」

 

ここでの2×2は2km×2km四方にバトルエリアを設定するという事である。(GBN基準)

ダメージを与えたら逃げて時間切れによる勝ちを狙う、という戦法をある程度防ぐためのもので、練習やシングルマッチでよく用いられる広さだ。

なお制限高度に言及が無いときは基本的にフィールドの基準高度が設定に用いられる。

エリアラインをオーバーすると負けになるラインか、エリア内にガンプラを閉じ込めるかのクローズの設定が可能だが、

ガンプラとダイバーの地力だけで勝負を決めたい場合はクローズを選択するのが一般的である。

 

 

BATTLE START

 

 

開幕ガブスレイはフェダーインライフルによる狙撃で牽制を行う。

 

(いきなり変形して突っ込んでは来ない…まずは様子見か。)

 

ジェノアスもビームショットで応戦する。キャノンではフェダーインライフルの弾速で硬直を狙われかねない。

 

アントンのイフリートとは逆でカイレーのガブスレイは遠距離戦にアドバンテージのある機体だ。

恐らく元々は二人でタッグバトルをメインにしていたのではないだろうか。

ガブスレイが援護をしながらイフリートが敵に攻め込む。そう考えるとしっくりくる構成だ。

足りていないのは中距離における武装だが、カイレーは碗部ビームサーベルをキュベレイタイプのアームビームガンに換装している。

射程に穴のないガブスレイは使い手によっては相当な脅威だ。

 

撃ちあいをしながら互いの距離が詰まる。実際にはジェノアスがじりじりと距離を詰めているのだが。

ガブスレイも後退しながら距離をキープし、じわじわライフルでこちらの耐久値を削ってくる。

この距離で付き合うとこのまま削り負ける。なんとか中距離戦に持ち込みたい。

 

「ここだ!」

 

ピックラックはビームショットの牽制を止め、一気にブーストを噴かせるとガブスレイとの距離を詰める。

この距離なら機動力で相手の射線を外しながら戦わなければならない。中距離戦の間合いだ。

長距離狙撃向きのフェダーインライフルではこちらを狙うのも厳しいはずだ。

するとガブスレイも慣れたもので、右手に持ったフェダーインライフルを右手の指でくるりと180度回転させた。

銃の尾からビームサーベルが光を放つ。左手の碗部アーマーからはアームビームガンを展開、機動戦の構えを取った。

 

「そうくるよなぁ!」

 

ピックラックはガブスレイがその構えを変える瞬間、ジェノアスの肩キャノンを発射する。

体に大きなGがかかり機体がガクンと揺れた。

耐G警報が鳴り響く中そのまま反動を殺さぬようにブースターを逆にふかして一気に大きく距離を取る。

予想外の動きにガブスレイもその動きを一瞬止めた。だがキャノンの直撃はすんでの所で避けてみせる。

 

「味な真似を!」

 

ガブスレイが追撃のためMAに変形しようとしたその時、避けたはずのキャノンの弾が爆発した。

 

「なんだと!?」

 

爆発したビーム球が拡散されガブスレイを襲う。予想外の攻撃にカイレーは近距離でかなりの散弾を食らってしまった。

 

(あのビームキャノンは球自体を爆発できるようにも設定できるのか!)

 

カイレーは遠ざかるジェノアスを見つめる。

 

「ショットガンといい随分散弾が好きなんだな。しっかり相手に当てる自信がないのか!?」

 

カイレーは負けじと肩のメガ粒子砲をジェノアスへ向けて撃ちこみ、MAへ変形する。

向こうからはさらに1発、2発と追撃のキャノンが飛びこんでくる。

一発はメガ粒子砲で相殺、2発目は爆発より先に高速でかわして突っ切り、ジェノアスへ迫る。

 

「ガブスレイの距離は遠距離だけじゃねえ!」

 

フェダーインライフルが正面のジェノアスを捉える。ビームショットを難なくかわしその胸元へ撃ちこんだ。

 

「やべっ!」

 

すんでの所でライフルをかわすピックラック。瞬間、がくん。と機体の動きが止まった。

 

「捕まえたぞ。」

 

見るとジェノアスの足がガブスレイの脚部クローに掴まれていた。いつの間にか半MA形態に変形している。

上半身はMSだが下半身のはクローの異形、相手を捕えて弄る為の形。

 

「っと離せよ!」

 

腰部アーマーにマウントした左右のドッズショットガンをガブスレイに向ける。

しかし、ガブスレイのもう片方の脚部クローがショットガンを一つ握り潰し、フェダーインサーベルがもう片方を突き刺した。

 

「だがまだ!!」

 

ピックラックは両腕のビームユニットをガブスレイへ向け、そのままビームサーベルを形成して突き刺そうとする。

それを読んでいたカイレーはアームビームサーベルで大きく薙ぎ払った。

 

「近接も!ガブスレイのテリトリーなんだよ!!」

 

腰部拡散ビーム砲と頭部バルカンを同時に掃射するガブスレイ。ジェノアスの耐久値がみるみる低下していく。

 

「んならこっちもヤケだ!!」

 

ジェノアスの肩キャノンをガブスレイへ向ける。この距離で爆発すればジェノアス自身もただでは済まない。

 

「本気か!?」

 

「確かめてみなよ!!」

 

間髪入れずにキャノンからビーム球が放たれた。二機の間に巨大な爆発が起こる。

互いの視界が一瞬遮られたが、ジェノアスは既にビームユニットをガブスレイへ向けていた。

そしてそのままビームショットをロックカーソル頼りに乱射し距離を取る。

 

「ぐああああっ!!」

 

追撃をまともに食らったガブスレイが体制を立て直そうとアームビームガンをジェノアスへ向ける。

だが時既に遅く、ダメ押しのキャノンがガブスレイを捉えていた。

 

 

BATTLE ENDED

 

 

「ピックラック君強いね。いけると思ったんだけどな。」

「正直密着された時は負けたと思いましたよ。ガブスレイの近接武装やばいですね。」

「くやしいなぁ。でも次は負けないよ。お互い手の内は見せたし、ガチでやろう。」

「わかりました。じゃあ取りあえずポイント賭けてやってみますか。」

 

タヌキが。

 

ピックラックは内心毒づいた。

あの時、目の前でキャノンを撃ちこんでお互いの視界が死んだ時、こっちはロック機能に頼ってビームを撃ちこんで形勢を逆転した。

だが気づいていた。こちらがガブスレイを目視できていなくても、モニターにはガブスレイからのロック表示が映されていた。

撃とうと思えばあちらもこっちを撃てたはずだ。残りの耐久値的には撃ちあえば負けたのは自分のはず。

大方こちらをわざと勝たせて調子づかせようとしたといった所だろう。

 

カモを逃がす気はない…ってか。ピックラックは微笑んだ。

 

「始めましょう。こっちもやる気出てきましたよ。どっちからやります?」

 

ここからが本番だ。ここでこいつらにブレイクデカールを使わせないと次は無い。

一度食い散らかしたカモはもうエサとして見てもらえないだろう。

エサがどこまで食らいつけるかはわからないが、やってやるさ。

バトル時間5分中出来れば2分…いや3分、デカールのデータを収集できればこちらの勝ちだ。

 

突然けたたましいアラートが鳴り響いた。

驚いてモニターを見ると、バトル要請を出した機体の接近表示が点灯していた。

ピックラックは困惑した。

 

「バトル要請!?何で俺に!」

 

接近する機体が目視できる距離まで近づく。

 

「あれは…」

 

その機体を見てピックラックの脳裏に一つの記憶が呼び起される。

サンセットビーチのメンバーに不正者の聞き込みをしていた時の話だ。

 

 

「最近その詐欺ってる奴らの仲間が増えたみたいなんだよね~。二人じゃなくて三人でなんかやってるの時々見られてるんだ。」

 

「増えたんですか。じゃあ今は三人組で活動してるんですね。」

 

「いやでも二人だったり三人だったりマチマチみたいよ。基本は二人だって~。」

 

「はぁ。ちなみにその三人目が乗ってる機体ってわかります?」

 

「見た人の話によるとね~…」

 

 

「…ジェムズガン!」

 

 

純正グレーカラーのジェムズガン。その背中にはビームバズーカとランスのようなものをキャノンのようにマウントしている。

機体自体は多少汚れた印象だが、手持ちの武装だけは見るからに手の込んだカスタムを施されていた。

 

(何て間の悪い!!)

 

ピックラックは焦った。

三人目の事は知っていたが、森林地帯へ来た時点で今回は出てこないものとタカをくくっていた。

まさかこのタイミングで出てくるとは。最悪だ。こいつに関してはジェムズガンに乗っているらしいとしか情報が無い。

こいつもブレイクデカール使用者だとしたら使わせる前に倒せるかどうか、俺の腕じゃ予習無しじゃ可能性は低い。

 

ジェムズガンのコックピットが開き、一人の男のアバターが顔を出した。

 

「よう、やってるな。俺も混ぜろよ、いいだろ?」

 

ピックラックは舌打ちをしながらアントンとカイレーを見た。

 

だがその表情はピックラックが想像したものと違っていた。

アントンとカイレーも先程の柔和な表情を捨て、むき出しの敵意をその男に向けていたのだ。

 

「そう嫌な顔するなよ。いつもの事だろ。」

 

「また来やがったのか。馬鹿は死んでも治らねえみたいだな。」

 

ピックラックの前だというのにアントンとカイレーは最早取り繕う気は無いようだった。

 

どういう事だ?こいつらは仲間じゃないのか?

 

不明瞭な状況に戸惑うピックラック。

互いに威嚇し対峙する三人のデカールプレイヤー。

 

 

事態は混迷の様相を見せて始めていた。

 

 

 

 

 

 

 



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ファイターズ・ウォークライ - 04

突然の来訪者に場の空気が張りつめる。

特に状況が読めないピックラックは警戒しながら目の前の状況を見守るしかなかった。

ジェムズガンで乱入してきた男とこの二人。面識はあるようだが、話で聞いたような仲間とも思えない。

それは彼らの態度からも明らかだ。

 

「またこんなこすい事やってるのかよお前ら。」

 

乱入者の男は続ける。

 

「そんなにポイント欲しいなら面倒な事せずに俺と戦いな。」

 

「ふざけるんじゃねえ!毎度毎度突っかかってきやがって!何度ボコッてやれば懲りるんだてめえは!」

 

アントンが男を怒鳴りつけた。どうやら二人は何度か戦ったことがあるらしい。

 

「いいだろそれで。そっちはポイント貰えるんだから。

 なんならランクマッチだっていいぜ。

 それとも何か、負ける要素の無い俺と戦うのが怖いのか?」

 

「見ての通り今は他の奴とバトルしてるんだ、邪魔するんじゃねえよ。」

 

「バトル…ね、おいアンタ。」

 

男がピックラックに話を振る。

 

「アンタこいつらがどんな連中か知っててバトルしてんのかい?」

 

「えっ、いや今日たまたま出会って一緒に遊んでるだけだけど…。」

 

(あっ、コレヤバイわ。)

 

ピックラックは嫌な予感がした。予感というよりももうほぼ確信と言っていい。

 

恐らくこの乱入者はデカール被害者で、被害を受けた後もアントンとカイレーに付きまとっているのだ。

しかも二人の前でこちらに詐欺の事を暴露して未然に被害を防ごうとまでしてくれている。

度々ジェムズガンが目撃されていたのも恐らくそういう事なのだろう。

 

(なんともありがたくて涙が出そうだ。間が最悪すぎるぞクソッタレ。)

 

ピックラックは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「こいつらはここらへんで観光客相手に詐欺働いてる奴らなんだよ。

 ひっかかりそうな相手見つけては、フィールドの外れに連れてって賭けバトルでポイント奪ってるケチな奴らさ。」

 

「おい!人聞きの悪い事言うんじゃねえよ!好き勝手言いやがって!」

 

アントンは男を怒鳴りつけ牽制する。

だが、カイレーの方は既にバトルを諦めたのかふて腐れているのが見て取れた。

 

ヤバい、このままだとバトルが流れる。せっかくここまで詰めたってのに!

 

「そうですよ!そんなに悪く言うのはやめてください!失礼ですよ!

 俺たちはただ楽しくバトルしてただけなんです!」

 

ピックラックも複雑な苛立ちを含みながら男に食ってかかる。

助け船を出してくれると思わなかったのか、アントンとカイレーはピックラックの行動に驚く様子を見せた。

先程出会ったばかりなのにどうしてこんなに真剣にこちらを擁護してくれるのか。

理由の知らぬ二人には混乱しかない。

 

(ここまでやっといてご破算にしてたまるか。

 この状況で逃せばもうこの二人とのバトルは絶望的だ。

 今までの仕込みを全て無駄にするわけにはいかない。

 そのためにはアントンとカイレーのやる気を削ぐわけには!)

 

「そりゃ今までの話だろ。アンタ俺が来なかったらバトル始めてたはずだ。

そしたらもう遅い。

 教えてやるよ。俺もコイツラにひっかかった事があってね。

 今のアンタみたいに遊んだ後、一緒にランクバトルした事がある。

 そしたらコイツ等の動きが全然違うのさ。きっと手加減されてるぜアンタも。」

 

(わかった。わかったからもう黙れ。頼むから黙ってくれ。)

 

ピックラックは喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

事態は最悪の方向へ向かっていた。

これ以上得意げにペラペラ喋られたらこの白けた空気を覆すのは不可能だ。

逆ギレで押し切るにも限度がある。これでもしブレイクデカールにまで言及された日には…

 

「しかもこいつらそれだけじゃない、チーターだぜ。聞いた事あるだろ?ブレイk」

 

「ぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

男とアントンとカイレーは驚いて声の方を見やる。

ピックラックが叫んだ。腹の底から怒気を含んだ声だ。

目は見開き、天を見上げ、拳を握りしめながら吠えていた。

こんな本気で感情の乗った声を聞くことも滅多にない。そこまでの怒り方だ。

 

「さっきから聞いてればなんですかアンタは!

 よってたかって人を悪人にして雰囲気悪くして!

 なんですか!もう本当何なんですか!そんなに人の邪魔がしたいんですか!

 ふざけるなよお前ちょっとコッチ来い!!!」

 

「え?あ?え?」

 

ピックラックは男の腕をむんずと掴むと林の中へ入っていく。

アントンとカイレーは呆気にとられその状況を見ているしかなかった。

と、二人にバトル申請が飛んできた。ピックラックからだ。

 

「ちょっとこの人と話しつけて来るんで待っててくださいね!!

 後でちゃんとバトルやりますから帰らないで下さいよ!!」

 

「え…あ、はい…。」

 

怒り収まらぬピックラックの剣幕に飲まれ二人はそう答えるしかなかった。

林の中に消えた男達を見送った後にアントンとカイレーは顔を見合わせる。

 

「なあ…これ待ってないといけねえのか?」

 

「…一応はい、って言っちまったしなぁ。待たないといけない…のか?」

 

あまりの急な状況変化に二人の思考は纏まらない。

考えても彼らの困惑は消えず、とりあえずその場に留まる事にしたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

「オイアンタ何処まで行くんだよ!この手離せって!聞いてるのかオイ!」

 

男が叫ぶと、ピックラックは投げ捨てるように腕をほどいた。

 

「ったく何だアンタベラベラと余計な事捲し立てやがって!!」

 

ピックラックも男に食って掛かる。

 

「何が余計な事だ?アンタカモられる所だったんだぞ?

 しかも奴らブレイクデカール持ちの札付きだ。」

 

「知ってるんだよんな事ァ!!」

 

先程のやり取りを思いだしたのかピックラック語気が強まる。

 

「知ってる?アンタあいつらの事知っててバトルしてたのか?」

 

「そうだよ!観光客騙してこすいシノギやってんのも、

 ブレイクデカール持ってんのも全部分かってんだよ!」

 

「…アンタ何者だ?まさか運営の調査員か何かじゃないだろうな?」

 

男は多少警戒した様子を見せる。

確かにブレイクデカール持ちに近づく物好きなんて極一部の限られた連中なので当然である。

ピックラックは息を整えると改めて男に向き直った。

 

「俺はピックラック、結論から言えば運営の人間じゃない。

 個人的な興味でブレイクデカールを追ってる。

 あいつらに接触したのもブレイクデカールの実働データを集めたかったからだ。

 …こっちの素性は話したぞ。次はアンタの番だ。」

 

「…俺はスレード。大体はさっきのやりとりの通りだ。

 あいつらにやられてからずっとバトルを挑み続けてる。」

 

「挑み続けてる…って事は勝ててないって事だな。」

 

「いや、勝てる。」

 

強い口調でスレードは言い切った。

ピックラックは思わず鼻で笑う。

 

「口だけでなら何とでも言えるさ。アンタも随分やられたんだろ?

 ブレイクデカール使ったガンプラにどうやって勝つって?」

 

「勝てるさ。実際イフリート相手には勝てる所まで行ってる。」

 

「…は?」

 

ピックラックはスレードの目を見る。その目はこちらを真っ直ぐ見つめ返していた。

嘘をついているようには思えない。

 

「スレード…でいいんだよな。その話、詳しく聞かせてもらえるか?」

 

「俺はアントンのイフリートにやられてからずっとあいつらを追ってる。

 でもな、最初から奴よりも俺の方が腕は上だった。だがこっちが勝ちそうになると…」

 

「ブレイクデカールを発動してねじ伏せてくる。」

 

ピックラックの言葉にスレードは頷く。

 

「最初は全く動きに付いていけなかった。…ボコボコにされたよ。

 だけどそのままで終わるのは癪だろう。何度も挑み続けた。」

 

「物好きだね全く。わざわざチート野郎に挑むなんてしなくてもいいだろうに。」

 

ピックラックはあきれ声で答えるも、スレードは意に介さない。

 

「関係ないさ、相手がチートを使おうが使わまいが。

 問題はそいつが倒せるかどうかだ。後は俺の腕の問題だ。」

 

「何だいバトル馬鹿か。俺にゃわからん世界だよ。

 …でもさっき勝てるって言ってたよな。」

 

「ああ、何度もやる内にアイツの動きがなんとなく読めるようになってきたんだよ。

 ここ数戦、実際にデカール使用状態のイフリートと近接でやりあえるようになった。

トドメをさせる所までな。」

 

「じゃあなんで負けてるんだ?」

 

「カイレーさ。」

 

スレードの表情が険しくなる。

 

「イフリートが負けそうになるとガブスレイが乱入してこっちを潰しにかかってくるんだよ。」

 

「ちょっと待てよ。乱入ってタイマンでやってるバトルに乱入なんて出来るのか?」

 

「理屈は知らないがな、それで邪魔されて結局勝ち星は0ってわけだ。」

 

ピックラックは情報を思い出していた。

アントンとカイレー相手にポイントを賭けて戦うと、

バトル後に実際の賭けた数値が異なっているという報告があった。

そして1vs1のバトルに途中からの乱入。つまり…

 

「ブレイクデカールはバトル設定部分もいじくれるオプションがある…って事か。」

 

自分の直感が警告を発するのをピックラックは感じた。

その理由はアントンとカイレーがどうこうといった事ではない。

本当に危険なのはブレイクデカールの性質が自分の想定と異なっている事だ。

 

本来チートツールとはプレイヤーが自分のプレイングの補助のために用いるもの。

これが基本原則のはずだ。

他プレイヤーとの競合するコンテンツのあるPvPゲームにおいては、他プレイヤーに差をつけるために使われる事が主な目的。

ブレイクデカールもそのためのもの、そのはずだ。だが…

 

認識がズレている。

 

ピックラックはそう感じた。

ブレイクデカールのガンプラ強化はチートツールの原則に乗っ取っている。これは明らかだ。

だがバトル設定の強制変更、これは違う。これはチートツールの原則に反する。

 

PvPにおけるチートツールにはもう一つ原則がある。

それはあくまで「他のプレイヤーと同じルールの勝負の中で優位に立てるようにする」という事だ。

 

ポーカーでの勝負であろうと、麻雀の勝負であろうと、丁半勝負であろうと、

イカサマはあくまで他のプレイヤーと同じ土俵の上で行われるものだ。その前提を破るのであればチートツールを使う意味が無い。

 

ブレイクデカールのルール変更機能はポーカーで負けそうになったら相手を直接殺しているようなものだ。

相手を殺してしまえば確かに負ける事は無いだろう。だがそれで勝利を得た者を周りは勝者とは認めない。

そして他者はそいつと戦えばポーカーの手札に関係なく殺されると認識し、挑む事を避けるようになる。

勝負は成立しなくなり、最後は賭場に誰もいなくなる。

 

PvP向けチートツールを使う奴は相手に負けたくない、相手より優位にいたいという虚栄心と執着力が強い。

ならば殊更同じ土俵で相手を倒して、自分が優位だと見せつける事が大事なのだ。

それをルールごと捻じ曲げてしまえばGBNにおけるガンプラバトルというゲーム自体が成立しなくなる。

デカール使用者が数を増やし、まともなバトルができなくなれば正規プレイヤーはゲームから離れる。

GBNはチーターの遊び場となり、飽きたチーターもゲームを捨て次の遊び場へ。

行きつく先はコンテンツの死だ。

 

ブレイクデカールは市場のデカいGBNで一山稼ぐためのもの、そう思っていたが…。

 

ブレイクデカールから微かな香りが漏れ出し始める。

それは悪意という香りだ。

ブレイクデカールというプログラムの先にある製作者の悪意だ。

だがあくまでそれはピックラックの推測にすぎない。今はまだ。

しかしその香りは煙のように思考に纏わりつく。

 

もし本当に自分の考えが当たっているとして、だ。

ピックラックは呟いた。

 

「どうしてGBNを壊す必要がある。」

 

 

「おい大丈夫かアンタ…ピックラックさんよ。」

 

スレードが怪訝な顔でピックラックを見ていた。

 

「ああ、悪いちょっと考え事してた。えっと、どこまで話したかな。」

 

「ガブスレイが乱入するんでイフリートにトドメをさせないって所まで。」

 

そうだ、今はそんな答えの出ない問題に悩んでる場合じゃない。

まずは目の前の問題を片づけるのが先だろう。

 

「じゃあガブスレイが乱入しないなら勝てるのか?イフリートに。」

 

「勝てるさ。勝つ。」

 

「それだけじゃ弱い。」

 

ピックラックはスレードにぐいと顔を近づける。

スレードはそれでも目を逸らさずにピックラックを見ていた。

 

「根拠を聞かせろ。確実にイフリートを倒せるという根拠。勝てるっつうんなら言えるはずだ。」

 

「動きの癖。」

 

スレードは間髪入れずに言い放つ。

 

「ブレイクデカールで奴のイフリートの機体性能は強化される。

 だけどそれでも変えようがないものがある。」

 

「それが動きの癖か?」

 

「そうだ。」

 

「続けてくれ。」

 

「デカール使った奴と戦い続けて気づいた事がある。

 デカールでイフリートの動きは確かに速くなる。目で追うのが難しいくらいにな。

 しかしそれが弱点にもなってる。」

 

「どういう事だ?」

 

「速すぎるんだよ。俺にとっても、アントンにとっても。

 デカール使用後のイフリートの攻撃は力まかせだ。丁寧さが無い。

 アントンはデカールの強化を制御しきれないんだ。」

 

「随分冷静に見てるじゃないか。」

 

「何度もやられてりゃ嫌でも気づくさ。仕掛けてくる格闘攻撃が直線的すぎる。

 恐らくロックカーソルに反応があったらただ切りかかる。

 この繰り返しでラッシュをかけて来てるだけだ。

 あのスピードだ、他の事がしたくても奴の腕ではそれしか出来ない。

 それが俺の出した答えだ。」

 

ピックラックは黙り込んだ。そして少し考え込み、スレードへ問いかけた。

 

「本当にそうだとして、それでもアンタがイフリートに勝てる理由にはならない。

 教えてくれ、そのラッシュを捌いてアンタが勝てるって思える理由を。」

 

「右側だ。」

 

スレードは答えた。

 

「奴が右手のヒートソードで切りかかった後右側に回ると姿勢制御でこちらを向くまでに左側に回るよりも時間がかかる。

 さっきも言ったように奴のラッシュは短調だ。ロックオンされてからこちらに切りかかるタイミングも覚えた。

 相手の攻撃を避けて、揺さぶって、右側に回って俺のショットランサーを直接ぶち込む。」

 

愛機のジェムズガンを見つめ、スレードは肩にマウントした改造ショットランサーを指さした。

 

「実際それでイフリートをあと一歩まで追いつめてる。

 ガブスレイが来て2対1の状況にならないのなら…」

 

スレードの目に光が宿る。

 

「勝つのは、俺だ。」

 

「乗った。」

 

ピックラックが不敵な笑みを漏らした。

スレードはまだ言葉の意味を理解できずにいた。

 

「乗ったってどういうことだ。」

 

「そのまんまの意味さスレード。アンタの勝負に俺を混ぜろ。」

 

「混ぜろって…。」

 

「タッグマッチだ。俺がガブスレイを引き付ける。

 アンタがその間にイフリートを倒す。シンプルだろ。」

 

「シンプルって…、お前ガブスレイに勝てるのかよ。

 さっきの戦闘見てたけど手加減されて互角だったろ。」

 

「それはお互い様。」

 

さらりと返すピックラックにスレードは面食らった。

ピックラックの言葉に淀みは無い。

今までの話、そしてこの言動、目の前の男は少なくとも「真面目」なプレイヤーでは無い。

 

「ピックラック、アンタがガブスレイと互角かそれ以上に戦えるとしても、

 恐らく奴もデカール持ちだぞ。」

 

「分かってる。一応設定できる範囲でシミュレーションバトルはやってきた。

…勝率は半々以下だけどな。」

 

「駄目じゃねえか。」

 

「だから聞きたい。イフリートがデカール使ってから何分持たせればお前は勝てる。」

 

一瞬の間があった。

 

「5分…いや3分。」

 

「5分だな。やってはみるけどあんまり期待するな。

 3分くらいなら俺も…なんとかしてみせるさ。」

 

ピックラックはスレードを強く見据える。

 

「手はある。」

 

しばし二人は無言で見つめあった。

最初に口を開いたのはピックラックだった。

 

「どうだい?」

 

「乗った。」

 

スレードは笑みで問いに答える。

二人は互いに破顔すると、自分の愛機を見つめた。

 

ピックラックに通信が入る。相手はアントンだった。

 

「なぁ…もう大丈夫か?そろそろどうするか聞きたいんだが…」

 

「ああ待たせてすみません。話は付きましたのでそちらに向かいます。」

 

ピックラックはちらりとスレードに視線を向ける。

 

「詳しい話はそちらで、ね。」



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登場ガンプラ - 02

・ジェムズガンカスタム

 

 

スレードがGBNで使用するガンプラ。

 

元は名前の通りジェムズガンである。理由はシンプルな形状に一通りの武装が揃っていて使いやすいため。

カスタムと命名してはいるが本人に機体改造に対する意識がそこまで無く、

防御強化のためとりあえず両腕にビームシールドを付けたり、

外見に関しては動きの邪魔になるという理由で肩アーマーを削る、

腹の赤色が気に食わないと言う理由で黒に近いグレーに変える(ジムコマンドコロニーカラー)、

腰部前方の連邦軍マークを消すといったシンプルな改造に留まっている。

 

インナーフレームに関してはGBNにおける動作の補正が大きいために戦闘毎に調整を行っており、

内部のVフレームは切り貼りや増設によって別物と化している。

そのためスレード本人の癖に完全に馴染んだ動きをするが、他人が動かすと思い通りに動かないワンオフ仕様と化している。

 

一番大きな改造はバックパックブースターをジャベリンの物を基本に改造したものにしている事と追加武装のショットランサーである。

バックパックは左右にジャベリンユニットを取り付けるのではなく、

F91のウェスバーユニットのように約120度稼働するマルチウェポンラックにしている。

主に懸架するのはビームバズーカとマルチランサー(ショットランサーの改造品)で、装着したまま武装の発射も可能になっている。

 

武装はジェムズガンの基本装備であるビームライフルににビームバズーカ、

左右腰部アーマーにビームサーベル、頭部バルカンに加えて左右腕部にビームシールド。

オリジナル武装としてショットランサーを改造したマルチランサーを装備している。

これはジェムズガンの近接武装がビームサーベルのみのため、近接特化の相手に押し負けないように採用したもの。

基本的にはクロスボーンバンガードのショットランサーを元にしているが、取っ手を延長し長槍のように振り回すことも可能になっている。

また、穂先部分はマトリョーシカ形式ではなく、一点ものに変更された。

穂先を連続発射できなくなった代わりに強度と威力が増している。

これは近接戦闘におけるアドバンテージを重視するためで、

炸薬による遠距離射出はあくまで最終手段としている。

台座ユニットにはガトリングガンはなく、ビーム発生装置がついている。

ランスの底部を囲むように円形にビーム噴出孔があり、等間隔の3か所に一際大きなスリット状の噴出孔が設けられている。

大きな3つの噴出口はビームの発射角度を真横から上部へ向けて100度程度の角度調整が可能であり、

ビームをサーベル状に出す事や、ライフルの代わりにショットとして打ち出す事も可能である。、

3本のビームサーベルを真横へ展開して回転させれば竹トンボのようなカッターになり、

3本を縦に展開し頂点を合わせればワイヤーフレームのようなビームランスにもなる。消費を抑えるために一本だけ展開することも可能で、

一本のサーベルでつばぜり合いをしながら別の噴出口からライフルとして弾を浴びせるといった使い方もできる。

円形の噴出口からはビーム膜を出し、ランスをビームでコーティングしてさらに突貫力を高める事ができる。

台座はレールガン射出と同じ原理の電磁誘導でランスと共に回転しながら杭のように打ち出すことが出来る。

このビーム噴出口の採用により、穂先を射出してしまった後も、ビームサーベルを生成させ台座を回転射出する事で、

貫通力を高めた近接兵装として威力を発揮できるようになっている。

 

中近距離は基本的にこのマルチランサーで戦うためビームサーベルとビームライフルを使うことはあまりない。

ビームライフルはもっぱら補助武器として空いている手に持つか足のウェポンラック兼ハードポイントに付いている事が多い。

 

発進時はバズーカとランサーをバックパックにマウントしてビームライフルを装備、

またはバズーカとランサーを装備してライフルを足のハードポイントへマウント、

もしくはランサーとライフルを装備してバズーカを後腰のハードポイントへマウントしているパターンになる。

他のハードポイントには状況に応じて追加武装を付ける事もある。

 

GBNのガンプラ読み込み補正としてフレーム改造比重が大きい分機動性への補正は多くかかっているが、

装甲の改造や仕上げはほとんど無い分撃たれ弱いのが弱点となっている。

 

 

─────────────────────────────

 

 

・ガブスレイカスタム

 

 

カイレーが使用しているガンプラ。

ガブスレイがベースだが大きくはいじられてはおらず、細かな調整に留まっている。

これは元々ガブスレイのガンプラバトルにおける優秀さによるものである。

 

武装は手持ちの長距離ビームライフルのフェダーインライフル。

銃尾の引っ掛ける鉤爪の部分が廃され、代わりにビーム発振機が取り付けられている。

これによって2方向からビームサーベルを出す事が可能。追加した発振部は元の銃尾のサーベルとは位置が90度程横になっている。

口が長く大きく、出力も強めに設定されており、まるで鎌のように大型のビーム刀身が形成される。

頭部にバルカン砲。肩には左右に1門づつのメガ粒子砲。

碗部アーマー内にはビームサーベルをマウントする代わりにキュベレイタイプのアームビームガン。

もちろんビームサーベルとしての使用も可能である。

腰部には拡散ビーム砲が2門。脚部にはクローが内臓されている。

 

MA形態に変形が可能であり、MA変形中もフェダーインライフルの向きを変えれるように一部機能を増設している。

このため近接時にはビームサーベルを展開したまま相手に突撃する事も可能になっている。

追加した大型のビームサーベルですれ違いざまに切り裂いたり、クローで相手をつかんでサーベルで突き刺すといった動きも可能になっている。

また、足だけクローを露出して上半身はそのままという半MA形態にも変形可能。

 

カイレーはタッグバトルでは主に遠距離からアントンのサポートを行っているが、近接戦闘もこなせる。

シングルバトルではカイレーの方がそつなく戦闘をこなしているらしい。

 



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ファイターズ・ウォークライ - 05

「タッグマッチ?」

 

アントンとカイレーは顔を見合わせた。

 

「そう、そっちの二人と自分達二人で。」

 

ピックラックは自分とスレードを指さして見せる。

 

「いやバトルをするとは言ったけどな、そいつも入れてってなるとな…。」

 

アントンはスレードをじろりと睨み付けた。スレードも半分笑いながら睨み返す。

既に一触即発といったところだ。

 

「まあまあそう熱くならないで。

 話してみたらこっちの…スレードさんはアントンさんとやりたいって話なんで。

 タッグマッチといっても実質タイマンのように戦えばいいんじゃないかなって。

 俺はカイレーさんと戦うと。

 もちろんタイマンで2組に分かれてもいいと思いますよ。

 こっちはバトルしたいだけなんで、それさえできれば。」

 

あくまで場の雰囲気を抑えるようにピックラックはニコニコと話して見せた。

 

「俺としちゃイフリートとやれればどうでもいいんだけどな。」

 

悪態をつくスレードにピックラックは笑顔のまま肘鉄を撃ちこむ。

今度はこちらが一触即発の状態である。

 

「…どうするよカイレー?」

 

「とりあえずこの状況でも下りないんだからそのまま倒しちまえばいいんじゃねえか?

 俺はこのジェノアスの相手やるからお前はいつも通りそっちの野郎をやっちまえよ。

 やるならそれぞれタイマンにした方が良さそうだがな。

 何も知らないカモがいるとやりずらいだろ。

 お互いさっさとカタつけちまおうぜ。」

 

カイレーは最近アントンがジェムズガンに押され始め、デカールを使う事を分かっていた。

ただ直接それを言ってしまうとアントンが気を悪くするのがわかっているので、それとなく言葉を濁す。

 

「そうだな。それじゃさっさと片付けて今日は店じまいにしようや。

 …ピックラックさんよ!それじゃそれぞれタイマンでやるとしようぜ!」

 

「はい、了解しました。

 それじゃあお互いバトルスペースが干渉しないように離れてやりましょうか。」

 

ピックラックとカイレーが森の奥へと移動し、アントンとスレードだけが残される。

二人が見えなくなるまで見送るとアントンは態度を変えた。

 

「これでもう誰に気兼ねする必要もねえな。」

 

「そりゃこっちの台詞だ。とっととやろうぜ。」

 

お互いにそれぞれの愛機へと乗り込む。何度も繰り返されたやりとり。

その動作に淀みは無かった。

 

 

BATTLE START

 

 

──────────────────────────

 

 

遠くから発砲音が聞こえてきた。スレードがアントンとバトルを始めたのだろう。

こちらもそろそろ始めなければならない。

 

「ピックラックさん、ここいらでいいんじゃないか?」

 

「そうですね。それじゃあさっきの続きを…とちょっとすいません。

 少し待ってください。」

 

ピックラックのアバターの動きが止まる。眼前に一時離席の表示が出た。

 

「やれやれ調子狂うな…。さっさと終わらせたいんだが。」

 

向こうの戦闘音を聞きながらカイレーは気を揉む。

 

「すみません、お待たせしました。それじゃやりましょう。」

 

二分弱でピックラックは戻ってきた。

きっとトイレか何かだろう。自分も行っておけば良かったか。

ガブスレイに乗り込みながらカイレーはそんな事を考えていた。

一瞬悩んだがすぐに思い返す。

 

いいや、どうせすぐに終わらせる。

 

 

BATTLE START

 

 

先程の戦闘とは一転、ガブスレイは様子見をせず即座にMAへ変形した。

そしてそのまま一気にジェノアスとの距離を詰めにかかる。

フェダーインライフルの狙撃距離に入ると同時にジェノアスへ撃ちこんだ。

ジェノアスは発射の瞬間左へと機体へブーストをかけた。

だがカイレーはそこへ間髪入れずメガ粒子砲による追撃を行う。

先程の戦闘とは違い攻撃の間隔が段違いに早い。

カイレーが遊びをやめて真面目にバトルを始めたのだ。

メガ粒子砲の着弾のエフェクトが発生した。だがカイレーは違和感に身構える。

HITの表示が出ないのだ。

瞬間着弾後方からビームショットが飛んでくる。

勘が当たった。

ジェノアスはメガ粒子砲着弾前に後方へバックダッシュして避けきったのだ。

ビームショットを避けつつMAからMSへ変形するガブスレイ。

互いにアドバンテージを得られぬままミドルレンジでの戦闘になる。

 

(前の動きを見る限りではあの連続攻撃を避けられるようには見えなかったが。)

 

ガブスレイは碗部からアームビームガンを展開すると、ジェノアスへ撃ちこみながらさらに接近する。

 

(ならこの距離は捌ききれるか?)

 

フェダーインライフルを逆に持つと大型のビ-ムサイズを展開するカイレー。

ジェノアスに接近戦を仕掛けようとそのままブーストで加速する。

 

だがジェノアスはその誘いに乗らず、後退しつつ肩のビームキャノンで阻害して距離を取る。

先程キャノンの爆発をモロに食らったカイレーは思わず突進をやめて距離を取る。

 

(接近戦に持ち込ませないつもりか。ショットガン持ちなのにチグハグな戦法だな。)

 

ジェノアスはなおもビームショットで牽制しつつ後退し距離を取ろうとする。

カイレーも攻めの手を決めかねているのか積極的には攻めてこない。

戦闘は硬直状態に陥る。

 

(とりあえずは順調…っと。)

 

ピックラックはガブスレイの動きを注意しつつ適度にショットを撃ちこんで見せる。

出来るだけ戦闘を長引かせること、それがピックラックの第一目標である。

あくまで今回のバトルの目的はデカールのデータ収集。勝利は二の次である。

本来なら自分で相手にブレイクデカールを使わせてやるつもりだったが、思わぬ味方が現れた。

あのスレードという男の言う事が本当かどうかはわからないが、本当にイフリートに勝てるのならこちらがリスクを負う必要は無い。

なら自分のやるべきことはカイレーを出来る限り足止めして、アントンへの合流を防ぐことだ。

十中八九カイレーもブレイクデカールを持っている。

下手に戦闘が白熱してデカールを使われたらこっちが勝てる可能性はほぼ無い。

なら適度に攻撃しつつ逃げまわるのが一番だ。

 

(後は痺れを切らしたカイレーをどう捌くか…だな。)

 

ガブスレイのフェダーインライフル狙撃からのメガ粒子砲、変形の隙を消しつつの接近。

ピックラックもカイレーの動きが前回の戦闘と動きが全く違う事を肌で感じていた。

恐らく今度は本気で来る。と心構えがあったから上手く回避出来たものの、かなり際どかったのも事実だ。

 

(でもこれくらいなら操作テクニックは俺とトントン。

 最高難度CPUで練習した分、当てられはせずとも避けるだけならいける!)

 

それにこちらはまだ本来のスピードで攻めていない。

一度限りだが奇襲できるアドバンテージがある。

 

(タイミング…大事だぜ。)

 

徐々に互いの緊張感が高まる。ジェノアスの後ろに森林地帯が見えてきた。

中に入ればジェノアスの動きはガブスレイに見えにくくなる。

だがジェノアスからもガブスレイの動きが木々に阻害され把握できなくなる。

ターニングポイント、二人は戦局の変わり目を感じ取っていた。

ピックラックは経過時間を確認する。

 

(二分半か、あっちの戦局はどうなってる?)

 

イフリートがブレイクデカールを発動したかどうか、それによってここからの戦法が変わってくる。

攻めに回るか受けに徹するか、悩む時間はもう残っていない。

 

「スレード!こっちは順調!そっちの今の状況だけ言え!」

 

ピックラックは予め開いていた1対1のクローズ回線でスレードに通信を入れる。

 

 

──────────────────────────

 

 

「返す余裕はねぇなあ!!」

 

思考を介さずそのまま叫ぶスレード。意識は全て目の前のイフリートへ向いていた。

今まさにジェムズガンとイフリートはクロスレンジの格闘戦を繰り広げている最中であった。

 

目の前で振り下ろされたヒートソードをショットランサーでいなすジェムズガン。

そこにすかさずイフリートの左手からグレネードが放たれるが、すかさずビームシールドを展開して防ぐジェムズガン。

そしてそのままビームシールドで前方を薙ぎ払うも、後退したイフリートはそのままショットガンを撃ちこもうとする。

しかしジェムズガンも脚のハードポイントにマウントしたビームライフルで牽制して相手の攻勢を許さない。

両者好むに好まざるに対戦を繰り返した結果、お互いの手の内が分かるようになってきていた。

互いの必殺の距離でも決定打が中々飛び出さない。

アントンはいつものように苛立ちを募らせる。

 

「今の所いつも通りだ!そろそろ動きが雑になってくるから攻勢をかける!」

 

「デカールは?」

 

「そこで追いつめてからだ!」

 

「OK。もうちょっと足止めはするけどなるべく急いでくれよな!」

 

イフリートは左手のガトリングシールドで弾幕を張りつつ、バズーカを織り交ぜてスレードに息をつく暇を与えようとしない。

 

「おうよ!もうちょっと頼むぜ!!」

 

ジェムズガンも回避運動でバズーカの致命傷をさけつつ、ランサーとライフルから撃つビームで相手の攻勢を削ぐ。

そしてまた吸い寄せられるようにクロスレンジへ突入する両機。

ヒートソードとショットランサーが鍔迫り合い、火花が飛び散った。

互いに一歩も引こうとしない。

接近戦なら自分の方が上だと言わんばかりに両者の意地がぶつかり合う。

その意地は力になり、せめぎ合い、弾きあって、またぶつかりあう。

 

「いい加減に負けを認めたらどうなんだ?毎回毎回よ!うざったいんだよ!!」

 

アントンからスレードに通信が入る。

 

「ああそうだな、ここいらでハッキリさせてやるよ。」

 

スレードはショットランサーの表面にビームを纏わせる。

 

「強ぇのは!俺の方だってな!!」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

(少なく見積もってデカール発動まであと三分は覚悟しないといけないか。)

 

ピックラックは後退したまま加速して森林地帯へ突っ込む。

それを見たカイレーは一旦前進を止めて距離を取った。

 

「どうしたい、随分消極的じゃないか。それじゃ勝てないぜ。」

 

カイレーからピックラックに通信が入る。

 

「戦略ですよ。機動戦でやりあったらガブスレイ相手じゃ分が悪い。」

 

返事をしつつ森の奥へ奥へ歩を進めるジェノアス。

 

「そうかい、気分はポケ戦のバーニィってかぁ!?」

 

距離を取りレーダー範囲からジェノアスが消えた瞬間、カイレーはガブスレイを変形させて最高速で距離を詰める。

相手から離れた一瞬の気の緩みをつかれたピックラックは対応が遅れた。

 

「でもGBNじゃ事前に罠は貼れないな!」

 

ガブスレイのメガ粒子砲とフェダーインライフルの掃射がジェノアスを襲う。

 

「クソッ!やっぱり速え!!」

 

相手の奇襲にジェノアスはビームシールドを展開して防ぐ。

直撃は防いだもののダメージは免れなかった。

ガブスレイはそのまま攻撃を止めずに接近する。

あれ程開いていた距離が最早目と鼻の先まで縮まっていた。

カイレーはMA状態のまま減速せずクローで掴みにかかる。

 

「残念だったな!」

 

「まだまだ!」

 

しかしジェノアスはシールドを構えたままノーロックでビームキャノンを発射していた。

両者の間で爆発が起こる。

全方位へビームの散弾が飛び散った。先程の戦闘の再現だ。

だが今回はジェノアスはシールドを構えている。

対するガブスレイは加速したまま散弾の壁へと突っ込んだ。

キャノンによるダメージの差は歴然であった。

 

「クソッ!思ったよりやる!」

 

カイレーはピックラックを素人に毛が生えたレベルの強さだと思っていた。

実際先程の戦闘では負ける要素は見受けられなかったのだ。

認識を改めなければならない。カイレーはそう感じた。

少なくともピックラックは危機的状況に陥ってもパニックにならず対処する冷静さと度胸はある。

 

「それなら嫌でも機動戦に付き合ってもらうぜ!」

 

ガブスレイは加速するとジェノアスから距離を取りフェダーインライフルによる狙撃を始める。

ジェノアスの耐久力を細かく削り取る算段だ。

ジェノアスの動きは森林で読みにくいが、あちらも動きを制限されつつこちらを狙いにくい。

だがガブスレイはMAで上空を抑えながら動き回りつつ絶え間なく攻撃を撃ちこめる。

長期戦になればどちらが不利かは目を見るより明らかである。

 

「さあ追いつめたぜジェノアス!」

 

「くっ!」

 

「森で空から嬲られるか、平地で正面からやられるか!好きな方を選びな!」

 

カイレーから慢心が消えた。動きに隙が無くなる。

ジェノアスもビームショットで応戦するが、飛び回るガブスレイに上手く当てることが出来ない。

射程距離からもビームショットではフェダーインライフルと撃ち合える地力は無かった。

 

(だが、これでいい。)

 

ピックラックは追い詰められつつも冷静であった。

ガブスレイがロックに入るととりあえずビームを撃つが当てる気はない。

気持ちは回避に専念して被弾を避ける事を優先していた。

 

(開始五分経過…、そろそろこっちも勝負かけないと怪しまれるな。)

 

ピックラックは通信回線を切りかえる。

 

「スレード!そろそろ時間稼ぎも限界だ!

 こっち仕掛けるから後はなんとかしてくれ!!」

 

そう叫ぶとピックラックは森から開けた場所へ飛び出した。

 

 

──────────────────────────

 

 

「了解!こっちもそろそろだ!」

 

接近するイフリートの攻撃をかわしながら、隙をみせた所をビームバズーカで確実に大きく耐久力を削るスレード。

頭に血が上ったアントンの動きは明らかに先程より精彩を欠いていた。

対して幾度も対戦を重ねて相手の癖を覚えたスレードの攻撃は冷静であった。

徐々にイフリートのダメージが蓄積していき、ついに耐久力が危険域に達する。

 

「どうしたアントンさんよ?そろそろ負けを認めたらどうだよ!」

 

「あぁ!?何勝ったつもりになってるんだテメェ!」

 

スレードはアントンを煽り、さらにラッシュをしかける。

アントンは舌打ちすると画面のボタンに手を伸ばした。

 

「そんなにやられてえなら!いつも通りそのジェムズガン、壊してやるよ!」

 

一瞬スレードの動きに負荷がかかった。

スレードだけではない。同じ瞬間、ピックラックにもカイレーにも体感できる程のラグが発生した。

それはこのバトルフィールド全域に影響を及ぼすものだった。

誰もがその理由を察知する。

 

 

ブレイクデカール!

 

 

イフリートの周りを縁取るように黒い炎が揺らめきだす。

スレードは深呼吸すると大きく息を吐き出した。

 

「さぁ、決着付けようぜ…アントン!」



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ファイターズ・ウォークライ - 06

「手間をかけさせやがる、なぁスレードさんよ。」

 

イフリートが纏った炎のようにゆらりと揺らぐ。

 

「何回ボコれば諦めて消えてくれるんだ?…なぁ!!」

 

瞬間イフリートが凄まじいスピードでジェムズガンへ接近する。

先程とは比べ物にならない速さだ。

だがスレードはブーストを少し噴かして歩幅一歩分後退すると、位置を調整しランサーでヒートソードを受け止めてみせた。

このやりとりももう何回目になるだろうか。

 

「もうわかってんだろ?俺の性格上テメエに勝つまでやめねえよ!!」

 

ジェムズガンは膝で蹴りを入れるとそのまま脚のビームライフルを撃ちこむ。

イフリートは全く怯む様子を見せない。スレードはお構いなしに攻撃を続けた。

舌打ちしたアントンは自分からイフリートを退かせる。

 

ブレイクデカールによって引き起こされる装甲の強化と衝撃耐性の強化。

スレードは過去の対戦でデカールの力をある程度理解している。

デカールを使ったイフリートには生半可な攻撃ではダメージを与えられなくなる。

さらにはバズーカなどによる衝撃の強い攻撃でも怯みにくくなる。

厄介な強化ではあるが、念頭に置いておけば対処はできる。

スレードは今までの戦闘経験からそれを可能にしていた。

デカールを使うとアントンは動きが雑になる。装甲強化にかまけて回避行動もろくに取らなくなる。

だが怯まなくても至近距離で攻撃され続ければ、蓄積ダメージを考慮して距離を取らざるを得ない。

そこから取るべき戦法は…

 

スレードはショットランラーをバックパックにマウントすると、脚にマウントしたライフルを右手に蹴り投げる。

バックパックにランサーとバズーカ、手持ちにはライフル。射撃戦の構えだった。

アントンは訝しげにジェムズガンを見る。

 

「どうした?いつもはこのままガンガン殴りあいする所だろうが。」

 

「言ったろ、決着付けようってな。今日は勝つぜ。」

 

「何企んでるか知らねえが、それで俺の攻撃を捌ききれると思ってんのか!」

 

またもイフリートがジェムズガンへ迫る。

肩のコールドクナイを投げつけると相手の真横へ急制動をかける。

 

「もらった!」

 

クナイとソードによる二面攻撃。アントンは勝利を確信し、ヒートソードを横に薙ぐ。

 

「効かねえよ!」

 

ジェムズガンは両腕のビームシールドを展開して両面の攻撃を防ぎきる。

そのままシールドの先端でイフリートを斬りつけた。

ついでにおまけと言わんばかりにビームライフルを接射する。

これにはたまらずイフリートもその場を退いた。

間髪入れずスレードはバックパックのランサーとバズーカで追撃する。

アントンは反応が遅れた。いや遅れていなくても防ぎきることは不可能な間合いの攻撃だった。

しかしデカールで強化されたイフリートは驚異的な瞬間加速で直撃を避けてみせる。

 

「テメエ…そんな亀みたいな戦法で俺に勝つつもりか!」

 

「今ので勝てりゃ楽だったんだがな。救われたなぁ、デカールによ!」

 

「…ぶっ殺してやる!」

 

 

──────────────────────────

 

 

(今のフィールド全体にかかったラグ、前にデカールの発動を見た時と一緒だ。)

 

ピックラックはスレード達のいる方を見やる。

 

(やったのかスレード?)

 

「よそ見してる余裕はねえぞ!」

 

ビームサイズを構えたガブスレイが突っ込んでくる。

ジェノアスはビームユニットからソードを形成して同じくガブスレイを迎え撃つ。

だがサイズが振り下ろされる前に、腰のショットガンを撃ちこみ間合いを外して距離を取った。

カイレーが幾度接近戦を挑んでもピックラックは鍔迫り合いには持ち込ませない。

 

「そのショットガン厄介だな!」

 

「お褒めにあずかりどうもってね!」

 

ピックラックはそのまま肩のキャノンを撃ちこんでガブスレイを引き剥がす。

 

カイレーはジェノアスを攻めあぐねていた。

平地に出れば完全にこちらが優位と踏んでいたのだが、実際に戦うと思いの他動きが良い。

今までジェノアスが森に潜んでいた分、その動きに目と感覚が慣れていないようだ。

思うようにアームビームガンの攻撃がジェノアスに当たらない。

逆に距離を取ろうとすれば、キッチリこちらに付いてきて変形のタイミングを与えてくれない。

隙を見せればキャノンを撃って体力を削りに来る。

かといって接近戦に持ち込もうとすると絶妙なタイミングのショットガンで間合いを外される。

カイレーの脳裏にある考えが浮かぶ。

 

(誘い込まれたのは俺の方なのか?…いや、そんなはずはない。)

 

この時、状況の変化にピックラックも多少焦っていた。

スレードに連絡を取りたいが、カイレーとの通信がオンになっていて不用意にオフにすると怪しまれかねない。

スレードからの連絡がくれば、受信だけして相手に悟られず状況が分かるが音沙汰がない。

デカール相手にこちらと喋る余裕がないのか、それともあちらも会話中でこちらに話しかけられないのか。

どちらにしろ現状では自分で判断して動くしかない。

 

(スレードはもうすぐだと言っていた。

 それにそろそろカイレーもこっちの動きに慣れてくるだろう。

 なら俺も出し惜しみしてる余裕はない。…あいつを信じるしかないな!)

 

覚悟を決めたピックラックはガブスレイにビームショットを撃ちこみながら突進する。

最早守りに入っている段階じゃない。こちらも出し惜しみはやめだ。

アントンがデカールを使ったのなら、ベストなのはアントンからカイレーへ呼び出しが来る前にケリを付けることだ。

 

(こっちのバトルがうやむやにされる前にガブスレイを削りきる!)

 

カイレーはビームショットを避けながら近接攻撃狙いで勝負をつけに前へ出る。

クロスレンジの瞬間、ジェノアスはまたも腰のショットガンで相手のリズムを崩しにかかった。

 

「そう何度も同じ手が通じるか!」

 

だが、それを読んだカイレーがジェノアスから時計回りに回り込むように外側に膨らんで回避する。

そのままお返しとばかりに拡散ビーム砲と頭部バルカンを撃ちこんだ。

ジェノアスはビームシールドを展開し猛攻を防ぐが、その隙を突かれ背後に回り込まれる。

 

「もらったぞ!」

 

「やべえ!」

 

ジェノアスを袈裟切りにしようとビームサイズが振り上げられる。

 

「背後からなら肩のキャノンも撃てないな!!」

 

「ところがどっこい!」

 

ジェノアスは背後に肘打ちするポーズを取るとビームユニットの反対側の射出口からビームソードを突き出す。

ガブスレイの無防備な胴体に深々とソードが突き刺さった。

 

「んなっ!」

 

「伊達にユニットにゃ穴は二つ開いてないんだぜ!」

 

虚を突かれたカイレーは茫然とその様を見るしかなかった。致命傷である。

 

「こいつで終わりだ!」

 

ジェノアスは腰にマウントしたショットガンを後方に回転させてガブスレイに撃ちこむ。

 

 

その瞬間、先程と同じ大きなラグが発生した。

 

 

ピックラックは即座に後ろを見た。強烈な危機感を感じたからだ。

そこにトドメを指したはずのガブスレイの姿は、無い。

 

「そんな馬鹿な!」

 

ピックラックは思わず呟いた。そして呟きつつも頭ではその理由を理解していた。

 

 

「…まさか俺までこいつを使う羽目になるとはな。」

 

 

カイレーから通信が入る。ぽつり、と呟く冷めた声だった。

その声色に先程までの高揚感は感じられない。

 

ピックラックはレーダーを確認する。

だが目視する前にロックオンの警告表示が画面に現れた。

ジェノアスはその場にしゃがんで両手のビームユニットからビームシールドを展開した。

そこに間髪入れずフェダーインライフルらしき攻撃が当たる。

らしき、と表現したのは威力がフェダーインライフルのそれではなかったからだ。

まるでレールガンでも叩き付けられたような衝撃がピックラックを襲う。

 

(今の衝撃、方向は左後方!まさか一瞬でそこまで移動したのか!?)

 

受けた衝撃を殺さずにブーストを入れてそのまま森へ飛び込むジェノアス。

レーダーを横目で見ると高速でレーダー範囲内から外へ消える光点が一瞬目に入った。

 

「それがアンタのブレイクデカールってわけか、カイレー!」

 

返信の代わりにメガ粒子砲が光点の消えた方向から飛んでくる。

まるで戦艦の主砲のようなそれは、木々を薙ぎ倒しジェノアスの姿をむき出しにした。

 

刹那、互いの機体の目線が交錯する。

 

MAに変形しているガブスレイ。イフリートと同じくその周りには煌々と黒炎が揺らめいていた。

その暗闇から光が煌めく。

ピックラックは舌打ちすると、弾かれるように残った林へ逃げ込む。

フェダーインライフルがジェノアスがいた地面を焼き払った。

 

(想像以上!こりゃまともにやりあったら殺される!)

 

カイレーは最早こちらの質問に答える気は無い。このまま勝負を決める気だ。

現状でなんとか可能な策を思い巡らせるピックラック。

しかし攻撃を避けながらの状況では思考もままならなかった。

 

と、モニターに水滴が付く。それはぽつぽつと数を増し、すぐに本降りの雨になった。

戦闘に夢中で気づかなかったが、いつの間にか天候は雨雲が空を覆う曇天になっている。

 

(雨?今日のフランチェスカで雨を降らせる予定は無かったはずだぞ。)

 

ピックラックは戦場のコンディションをチェックするために当日のフィールド天候予定をチェックしていた。

今日のフランチェスカは一日晴れ。しっかり確認した上で今回の勝負に臨んでいる。

 

空を覆う雨雲の色がどんどん黒くくすんでいく。

ゴロゴロ…と雷の音まで聞こえてきた。

 

(これもブレイクデカールの影響なのか?)

 

ジェノアスが空を見上げると、すぐ横をビームが掠めた。

ピックラックは慌てて場所を移動する。

 

(とりあえずこっちの対処が先か!)

 

何はともあれこちらの攻撃が当たる距離にガブスレイを連れ込まないと話にならない。

 

(身を隠せて、敵の動きと射線を制限出来る崖か峡谷!そこまで奴をおびき寄せる!)

 

以前下見したフィールドの地形を思い返すピックラック。

使えそうな近場の崖へ行くまでには、一度森を出て平地でその身を晒す必要があった。

 

(第一関門だな…!)

 

呼吸を整え平地へ飛び出すピックラック。

 

「出てきたなジェノアス!」

 

まるで獲物を見つけた鷹のようにガブスレイは空中からジェノアスに襲い掛かった。



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ファイターズ・ウォークライ - 07

こちらを目視すると急接近するガブスレイ。

ピックラックは確かに距離を縮めたかったが、周りに何も障害物の無いここではこちらの不利にしかならない。

上空をガブスレイに抑えられた状態で近づかれれば動きに翻弄されて落とされるだけだ。

ブレイクデカールで強化されているなら尚更である。

 

「悪いがここでやりあう気はないんだよ!」

 

ガブスレイへ機体正面を向けながらジェノアスはバックダッシュで崖へ向かう。

まだ射程距離よりずいぶん遠いが、構わずガブスレイへ肩キャノンを一発撃ちこんだ。

即座にキャノンを爆発させて手前に弾幕を貼る。

最初からガブスレイに当てるつもりはない。

崖にたどり着くまでに少しでもその行動を阻害できれば良かった。

一発目のキャノンの爆発を迂回したガブスレイを確認して、もう一発キャノンを撃ちこむ。

しかし、それに反応したガブスレイはそのままキャノンに突っ込み接近する。

 

「終わりだ!」

 

「…!速い!」

 

キャノンを爆発させるも、強化されたガブスレイが飛び交う散弾のスピードを上回る。

反応しきれないジェノアスに向かって脚のクローが飛びかかった。

何とか右腕のビームシールドを前面へ展開するジェノアス。

だが勢いのついたクローはビームシールドへその刃を食いこませ、ビームユニット基部まで達した。

…はずだった。

 

「刺さりが浅い!?」

 

カイレーがジェノアスを見るとその違和感の正体が分かった。

ピックラックはガブスレイのクローがヒットする直前にブーストを噴かせて空中へ飛んんでいたのだ。

ジェノアスはそのまま後方へ下がりつつクローの威力と衝撃を受け流していた。

 

「最後の抵抗か!」

 

だがそれでも圧倒的なスピード差は衝撃の相殺を許さない。

二体は空中でもつれ合い、移動していく。

徐々にガブスレイのクローがジェノアスのビームユニットへ沈み込んでいった。

カイレーは追撃の手を緩めることなくメガ粒子砲を合わせて撃ちこむ。

シールドごとジェノアスの耐久力を削り取るつもりだ。

ピックラックの顔に焦りが滲む。最早この状況から抜け出す策は見受けられなかった。

 

「そのまま…潰れろ!!」

 

だがそれでもピックラックの目は諦めていなかった。

ディスプレイに映るガブスレイを睨み付けながらカウントを呟く。

 

「…3、…2、…1!」

 

突然機体の下の大地が開けた。平地を抜け、峡谷地帯の崖に達したのだ。

 

「間に合った!!」

 

ジェノアスはクローが刺さったまま腕を振り回すとガブスレイの上に乗り、強く押さえつけた。

 

「なんだと!?」

 

「腕一本はくれてやる!だがその代わりに最後まで…付き合ってもらうぜ!」

 

ピックラックはビームシールドを解除しビームユニットをクローへ深く押し込む。

ジェノアスの右腕がビームユニットと共に爆発する。地面へ向かって弾き飛ばされるジェノアスとガブスレイ。

2体のガンプラはそのまま峡谷の底へと姿を消した。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

アントンとスレードの戦いは長期戦の様相を見せていた。

今までであればスレードがアントンの接近戦に応じ、お互い守りなしの消耗戦へとなだれ込むのが常だった。

だが今回のスレードは動きが違った。

アントンの近接攻撃を回避と防御でいなしつつライフルやバズーカで確実にダメージを与えに来る。

ピックラックという協力者を得て、カイレーを分断している安心感からか、スレードは普段よりも冷静に戦局を見ていた。

 

「改めて見りゃあ、動きに穴が多い。」

 

気づけばイフリートの弱点を探しながらその攻撃に対応できる程になっていた。

しかし、いくら相方を分断できたと言ってもピックラックがずっとカイレーを抑えられるとはスレードも思っていない。

カイレーがデカールを使った場合、その力は未知数だからだ。

それでもデカールを知っていてなお共闘を持ちかけてきたピックラック。

時間稼ぎにならなくても、あいつに任せてみようかという気持ちが生まれていた。

久方ぶりのタッグバトルという事もあり、気分が高揚していたのもあるだろう。

博打に身をゆだねるギャンブラーの心持ちとも言えようか、スレードはこの状況に昂ぶりを覚えていた。

 

逆にアントンの焦りは時間と共に肥大していく。いつもと明らかに違う流れ、傍にいない相棒。

そして良くない方向に進むバトルの流れ、アントンは無意識に忍び寄る危機を感じとっていた。

 

「クソッ!どうしてこうなる!ふざけんなよ!!」

 

アントンはその原因を考えるが答えには行きつかない。

まさか自分が引っ掛けたピックラックが罠を張っていたとは思わない。

さらに突発的に乱入してきたスレードの存在がその思考へ至る道を完全に遮断していた。

そんな状態でこの二人が共闘体制を敷いているなどとどうして想像できただろう。

 

アントンの困惑は操作へと滲み、イフリートの動きを鈍らせる。

ヒートソードを薙いだ後、ニュートラル状態へ戻るその刹那。

何千回と繰り返したいつものムーブ、普段ならブーストでキャンセルをかけるその動きの間に生じた操作の遅れ。

何度叩き潰されながらもイフリートと戦い続けたスレードはその隙を見逃さなかった。

 

「見せたな!」

 

攻撃を避けたジェムズガンは左手で腰のビームサーベルを抜くとヒートソードを弾き飛ばす。

 

「はあ!?」

 

これまでで初めての事態にアントンの頭の中は真っ白になる。

連動するようにイフリートの動きが完全に固まった。

 

「長かったぜ!!」

 

ジェムズガンはバックパックにマウントしたランサーを外し、そのままイフリートの無防備な右脇腹へと突き刺す。

 

「言ったよな!俺が…勝つってな!!」

 

ランサーの穂先が電磁誘導で加速し、撃ち出される。

イフリートの装甲がひしゃげ、爆発が起こった。

 

視界が奪われ距離を取るスレード。ディスプレイに勝利の文字は出ない。

まだ戦いは終わっていなかった。

 

「…しぶとい!デカールの強化ってのはここまで…!」

 

臨戦態勢を解かないジェムズガン。

だが、攻撃を受けたイフリートは茫然自失で立ち尽くしていた。

 

「ありえねえ…。デカールを使って普通のガンプラに負けるなんてあるはずがねえ…。」

 

「アントン!!」

 

「ひっ!」

 

通信から響く怒号に反射的に後退するイフリート。それはアントンの本能が敗北を認めた証だった。

はっとしたアントンは目の前の相手へ怒りと憎しみを滲ませる。

例え本能が敗北を認めても、今まで積み上げてきたプライドは敗北を認めない。

今まで勝ち続けてきた相手への敗北を認めるわけにはいかない。

 

「負けねえ…俺は負けてねえ!!お前なんかに俺が負けるはずはねえ!!」

 

その瞬間、フィールドにラグが走った。

 

「デカールの反応か!?」

 

スレードは即座にイフリートから離れる。

だが、イフリートは動かない。見た目の変化も無い。

そこに聞こえてきたのは逆に困惑したアントンの呟きだった。

 

「まさかカイレー…お前も使ったのか…デカールを…」

 

2回目のラグ、それは2度目のブレイクデカール発動を意味する。

その事に一番衝撃を受けたのはアントンであった。

今のラグは、カイレーがブレイクデカールを発動せざるを得ない状況に追い込まれたという事。

それも「あの」ピックラックにだ。いつものカモでしかない雑魚ダイバーに劣勢になったという事だ。

 

スレードも遅れて事態を察する。

 

「あいつ、やるじゃねえか!カイレーの野郎に使わせたかよ!」

 

ピックラックは約束を守った。ならばこちらもそれに応えなければならない。

スレードはマルチランサーを両手で構えるとイフリートに狙いを定める。

 

「今度こそ終わりにする!アントン!!」

 

「終わり?…終わりじゃねえ!俺は…俺は負けねえ!!」

 

救援は絶望的だ。

それでもアントンは脳裏に浮かぶ敗北のビジョンを振り払うようにジェムズガンへ突貫する。

その動きは最早戦略も何もない破れかぶれなものだ。

スレードの集中力も極限まで達していた。

だが、恐怖に支配されたアントンの動きを見ているせいか、スレードの頭の一部はどこまでも冷静だった。

 

勝てる。

 

力むでもなく、油断するでもなく、スレードはまるで導かれるようにイフリートへとランサーを突き出した。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

機体とモニター画面が激しく揺れ、転がり、何かに激突した感覚。

カイレーは一旦目をを閉じ視覚情報と思考をリセットする。

改めて辺りを見回すと、そこは切り立った岩壁に囲まれた道であった。

前後に道はどこまでも続いているが左右には機体5機分の余裕も無さそうな一本道である。

上を見上げれば壁の上には曇天が覗き、大粒の雨を降らせていた。

地形と雨のせいか地面はぬかるみ、機体の足へとへばりつく。

三次元機動戦が得意なガブスレイにとって最も不利なフィールドであった。

操るカイレーもまたその事を瞬時に理解する。

 

「ハメられたか…だが…」

 

前方で同じく起き上がるジェノアスを見る。

右腕は吹き飛び、ダメージも大きい。

ブレイクデカールによる強化でダメージを抑えたガブスレイとの体力差は明らかだった。

 

「地形的に不利になったところでこちらの優位は変わらない。」

 

「…だろうな。」

 

「閉所で正面から撃ちあえば勝てると思ったか?

 ジェノアスが万全ならともかくそんな状態ではな。」

 

ガブスレイがゆっくりと強襲の構えを取る。

 

「いや、例え万全だとしても、デカールを使ったガブスレイには勝てんよ。

 閉所でのパワープレイは望むところだ。今はな。」

 

ジェノアスはガブスレイの動きに呼応するように迎撃態勢に移行した。

 

「それでもこっちが勝てそうな目はもうこれしかなくてね。」

 

憎まれ口を叩くも武装のタネは割れ、既に満身創痍。

ジェノアスの打つ手は無いように思われた。

 

「お前はよくやったよピックラック。ここまで粘られたのは初めてかもな。

 お蔭であっちの救援にも…」

 

はた、とカイレーの口が止まる。

猛烈な悪寒、今の自分の位置とアントン達がバトルしている位置を確認する。

気づけば相当な距離が開いていた。今から全速力で救援に向かっても多少の時間を要するだろう。

アントンはバトル中だからグループ機能を使ってのキャラ指定のテレポートも不可能。

今まで絶えずカイレーの脳裏にちらついていた違和感、ここに来てそれは明確な形を成す。

 

「…まさか最初からそれが目的か?

 あの野郎をタイマンでアントンとやらせるために!」

 

「ご明察!あっちもデカール発動してんだろ?そろそろ勝負がつくだろうさ。

 どっちが勝つかは分からねえが、賭けるかい?」

 

アントンとスレードの戦いをずっと傍で見てきたカイレーである。

今二人が戦えばどちらが勝つか、それはカイレー自身が一番分かっていた。

 

「最初からハメられてたってわけか。

 こっちがデカール持ちなのも承知で挑んできた…大した奴だよ。」

 

ガブスレイに纏わりつく炎が一段と勢いを増す。

それはまるでカイレーの怒気をそのまま表しているようだ。

 

「だがそれは勝負の結果とは関係ない…こちらの掛け金はしっかり回収させて貰おうか!!」

 

プレッシャーを感じたジェノアスが一歩下がった瞬間、弾かれたようにガブスレイが前に出る。

 

「ぐっ…うおおお!!!」

 

ピックラックは肩のキャノン、腰のショットガン、左腕のビームショット全てを撃ちこむ。

散弾で前面に壁を作りガブスレイを押しとめるつもりだ。

 

だが同じ手は既に何度も食らっている。カイレーはその行動を読んでいた。

射程距離目前で空中へ飛びそのままMAへ変形、クローを構えジェノアスへと突っ込んでいく。

 

「上!!」

 

ジェノアスは残った左腕のビームユニットからビームシールドを展開し構える。

ふっ、とカイレーは嘲笑した。

シールド目前まで迫るとMS形体へ変形しそのまま着地しつつ旋回。

アームビームガンからサーベルを生成すると、背後から残ったジェノアスの左腕を斬り飛ばした。

 

「っ!!!」

 

「同じ手を何度も食うか!」

 

腰のショットガンをガブスレイへ向け回転させるジェノアス。

だが銃口がこちらを向くよりも早くガブスレイはジェノアスを蹴り飛ばした。

両腕を失ったジェノアスは受け身も取れずに岩壁へと激突。そのまま地面へ倒れ込む。

 

ガブスレイがフェダーインライフルの狙いをジェノアスへ定めた。

 

「俺の勝ちだなピックラック!!」

「いいや…さっき言ったこと忘れたのかよ?」

「ああ?」

「俺は勝ち目があるっていったんだぜ?」

「減らず口を…」

 

二人の会話を遮るようにガブスレイのコックピットにアラートが鳴る。

モニターには上部からのCAUTION表示。

反射的に上を見上げたカイレーは思わず固まった。

その目に映ったのは今まさに自分へ降り注ごうとする空一面のビーム弾の群れだった。

 

「なん…!?」

 

普段であればすぐに回避行動を取る場面だ。

だがデカールを使った安心感、勝利確定の油断、ありえないはずの攻撃、全ての要素がカイレーの思考をフリーズさせた。

 

「大盤振舞だカイレー、遠慮しないでたらふく食えよ。」

 

「!?てめっ…!!」

 

一瞬足を止めたガブスレイに容赦なくビームのシャワーが降り注いだ。

それは轟音と共にデカールの炎ごとその装甲を削り取る。

ひと時の後静寂と共に残されたのは無惨に食い散らかされたガブスレイの残骸のみだった。

 

 

BATTLE ENDED

 

 

ふぅーっ、とピックラックは大きく息を吐くと全身の力を抜いてコックピットへ体を沈めた。

 

「負けた…?あの体力から削りきられたのか…?」

 

状況を飲み込みきれずに呆然とするカイレー。だが、一つの答えが頭に浮かぶ。

 

「そうか…ピックラック!てめえも何かチートしてやがるな!!

 そうでなきゃあの場面で上からの攻撃があるわけがねえ!」

 

「いいや、あれは正真正銘仕様に沿った攻撃だぜカイレー。」

 

「嘘付け!今まであんな攻撃してこなかっただろうが!」

 

「お前だってブレイクデカールの事はギリギリまで隠してたろ?俺も一緒さ。」

 

ピックラックは肩のキャノンを空中へと放つ。

その玉は空中で弾けると爆発して散弾をまき散らした。

だが次の瞬間、散弾が地面の大岩へ向かって一斉に襲い掛かった。

 

「何だ!?」

 

「AGE3オービタル、知ってるか?ビームの機動を曲げられるのが特色の機体だ。

 こいつにはその機能をスキルとして搭載してる。」

 

「じゃあさっきのビームは…」

 

先程の戦闘を思い出すカイレー。

最後の突進の際に全弾発射をしたジェノアスが脳裏に浮かぶ。

 

「アンタが突っ込んできたときに撃ったビームは全てオートロック曲射設定にしてぶち込んだ。」

 

「あの時か!…だがどうして最初から使ってこなかった。

 それこそ初めて会った時から今までいくらでも機会はあっただろ。」

 

「奥の手は最後まで取っておくもんだろ?なんて格好つけてもあれだけどな。

 一度見れば手品のタネは割れちまうからな。

 最大限の効果を出せる場面まで温存する必要があったのさ。

 それでもデカール使ったアンタに勝てるかどうかは完全に博打だったが…

 運が良かったよ。」

 

「だからってあんな状況になるまで…」

 

カイレーは今までの事を思い出す。

この男は最初にあった時は間違いなく簡単に狩れるカモだった。

だがバトルを始めて見ると思いのほか粘られて決定打が出ない。

だがバトル中にジェノアスの武装は全て把握してブレイクデカールも使い、負ける要素は無かった。

相手の両腕も損壊し最早逆転の手なんて存在しないはずだった。

だが、だからこそか。だからこそ最後の攻撃が刺さったのだ。

しかし理屈では分かっていてもそこまで我慢できるものだろうか。

一歩間違えばジェノアスは何もできずにガブスレイに蹂躙されていたというのに。

…いや、そこまで耐えたからこそ完全に騙されたのだ。

 

「結局最後の最後までハメられてたってワケだ…。」

 

カイレーはため息を吐く。

 

「でもあのスレードって奴が来たのは本当に想定外だったけどな。

 まぁ結果オーライってな。」

 

「そうだアントン!あっちはどうなってる。」

 

「そっちにも通信が入らないんならまだやりあってるんじゃないか?」

 

ピックラックがスレードに確認の通信を入れようと回線を開く。

 

「おーいスレード、そっちは…あれ?」

 

喋り出した時に何か違和感を感じてその正体を考える。答えは即座に出た。

そうだ、音だ。回線を開いた時の音がしない。通常なら一瞬SEが鳴るはずだ。

 

「何だ…チャットが死ん…」

 

 

瞬間画面が乱れた。

いや画面と言っていいのだろうか。視覚にノイズが走った。

一瞬様々なテクスチャが目の前を流れ去る。

視覚だけではなかった。コックピットのオブジェクト、ワールドマップ、その全てが見た事も無いものに変貌する。

まるで自分を見失ったように世界全体の形が崩れ、蠢いたような感覚。

突如スピーカーから様々な音がノイズの波となりなだれ込んでくる。

 

「ぐあっ!!」

 

強制的に視覚と聴覚に割り込まれる情報量にピックラックは思わず目をつぶる。

それはカイレーも同じようでスピーカーから彼のうめき声が聞こえた。

 

ブツッと音が途切れ静寂が訪れる。

恐る恐る目を開くと、まるで何もなかったかのように世界はその姿を取り戻していた。

 

「カイレー、アンタ今の見たか?」

 

「ああ、見た。なんだあれは。」

 

「何だって俺も知らねえよ。ブレイクデカールの影響じゃないのか。」

 

「今まで使ってあんな風になった事はねえよ。…だが、」

 

カイレーは空を見上げる。

雨雲は灰色からよりどす黒い暗雲へと姿を変えていた。

稲光が空を彩り、土砂降りの雨が大地を襲う。

ここまでの大荒れの天気は通常の設定では出ないはずだ。

本来ならイベントでのみ適用されるような局所的な荒天である。

それはまるでGBNの世界が己の異常を訴えているように思えた。

 

「嫌な予感がする…。アントンの所へ行かねえと。」

 

「俺も行く、どっちにしろあっちに合流しないと行けないしな。」

 

ピックラックはメニュー画面を開いて動作に問題が無いか確認する。

 

「いけそうだ。とりあえず機体はハンガーへ転送して森林入口へ一回戻ろう。」

 

「ああ、わかった。」

 

二人の胸の中に不安という靄がかかる。

彼らは分かっていた。その先にある物は杞憂ではないと。

 

雷雨はさらにその激しさを増していた。



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ファイターズ・ウォークライ - 08

ジェムズガンのマルチランサーがイフリートの右胸を深々と抉った。

突進した勢いで、ヒートソードを握った右腕が肩から千切れとぶ。

通常であれば勝負が決するダメージであったが、ブレイクデカールはそれを認めなかった。

 

「これでまだ倒れないのか!」

 

「俺のヒートソードが!」

 

自機の腕がもげるのを見た瞬間、アントンを支えていたものがぶっつりと途切れた。

途端脳裏に忍び寄る敗北の二文字。蘇る苦い記憶。もう二度と味わいたくないあの惨めな体験。

負け続ける程に歪んでいく己のプライド。そんな時、自分に差しのべられたのは…

 

「ああ…うわあああ!!」

 

ジェムズガンに背を向けると回避も被弾も考えずに逃げ出すアントン。

 

負けたくない、負けたくない!もうあんな気持ちになるのは嫌だ!

そうならないために!勝つために手に入れたのがブレイクデカールだったはずなのに!

どうしてこうなった!どうしてこうなってる!

 

ぐちゃぐちゃになった頭で答えの出せぬままアントンは逃げる。

その行為が敗北を認める事だという事実ですら認識できず、彼は半狂乱でフィールドを駆けた。

 

「なんだそりゃ…」

 

スレードは呟く。

 

「なんだそのザマは!!!!」

 

ジェムズガンはブーストを最大に噴かすと、ふらつきながら先を行くイフリートへ高速で詰め寄る。

スレードに怒りが込み上げる。それはもちろん対戦相手のアントンへの不甲斐なさでもある。

今まで散々こちらに勝っておいて、自分が負けそうな時にこんな姿を見せられた事への憤慨。これもある。

だがそれ以上にそんな相手に負けていた自分への怒り、今まで溜まりに溜まったアントンへの鬱憤。

イフリートの逃げをきっかけに、押さえつけていた様々な感情がスレード自身でも抑えきれぬほどに沸き立つ。

 

目の前に迫ったイフリートへ手持ちのライフルとビームバズーカを乱射するジェムズガン。

被弾しながらも逃げ続けるイフリート。

最早それはバトルの体をなさない一方的なワンサイドゲームだった。

じわじわと減っていくイフリートのゲージ、もう少しでその体力は尽きる。

デカールの力でも覆す事はもう出来ない。モニターの表示はアントンへ無慈悲にも現実を突き付ける。

 

「ああクソ!!こんな事があるわけ!!俺は…デカールで!!負けるはずが!!あああ!!」

 

誰へ向けてでもなく喚き散らすアントン。

その時、ビープ音と共にイフリートのモニタにポップアップが表示された。

 

「何だ?」

 

それはアントンも初めて見るものであった。

が、それがどういうものであるかすぐに理解した。

なぜならそれはブレイクデカールを起動する時と同じデザインだったからである。

そこには短い一文が書いてあった。

 

 

さらなる強さと勝利を求める。 YES NO

 

 

それはアントンにとっては願っても無いものであった。

今心から欲していたもの。自分ではどうにもできない状況に差しのべられる救いの手である。

ブレイクデカールにはさらに先があったのだ。まだ戦いは終わっていない。

 

アントンの目に光が戻った。

 

「俺は!負けねえ!!」

 

迷わずにYESのボタンに手を伸ばすアントン。

この状況で誰がYESのボタンを押さずにいられただろうか。

 

そう、例えそれが明確な「悪意」を持って仕向けられていたとわかっていたとしてもだ。

 

 

 

世界が歪んだ。

 

 

 

スレードの画面が、音が、目の前で崩壊し、砕け、再構築され、また歪む。

 

「これはっ…!!ぐぅっ!!」

 

思わずジェムズガンにブレーキをかけるスレード。

まるで車で悪酔いしたような気持ち悪さと嘔吐感が押し寄せる。

頭を振り大きく息を吸うともう一度モニターを確認する。

画像や音声周りの異常は収まっている。モニター表示にも特に異常は無い。

異常は無いが異変は起こっていた。

 

「バトル設定が解除されている…?」

 

モニターは通常画面へと戻っていた。

先程までイフリートととのバトルをしていたはずが、相手とのバトル情報は全て消えている。

 

「どういう事だ!イフリートは!?」

 

先程までイフリートがいた場所を見るもそこにイフリートの姿は無い。

 

「一体どこへ!」

 

レーダーを確認すると自機の遥か後方に機体の反応があった。それは先程イフリートと近接戦をしていた場所である。

 

「一瞬であんな場所に!?いやしかし何故…」

 

レーダーの点は移動をせず、逃げるでもなくじっとそこに留まっている。

先程までの動きとは全く違う。スレードに緊張が走る。

理屈は分からないが本能が警報を発していた。

「何か」が起こったのだ。先程のゲームの異常。

バトル設定の解除、イフリートの場所移動。

間違いなくこちらにとって良い事ではない。

 

スレードの心臓がどっくん、と大きく脈打つ。

呼応するように遠くで雷が落ちる音がした。雨は先程よりも更に強くなっている。

 

「確かめるしかない…か。」

 

レーダーの点へ向かって移動するジェムズガン。視界の先に機影が現れた。

 

「いた!アントン!!」

 

改めてバズーカとライフルを構えるジェムズガン。

 

「いい加減観念しろ!負ける時くらい男らしくしやが…れ?」

 

啖呵を切りかけるもその光景に思わず凍りつくスレード。

そこにいたのは確かにイフリートではあった。だがイフリートではなかった。

自分の千切れた右腕を持つイフリート。その頭部は変形していた。

いや、変形というよりも変容していた、と言うのが正しい。

頭部が上下に分割して大きな口になっていた。そこには牙が生えている。

まるでSDガンダム外伝に登場するMSをモチーフにしたモンスターのようであった。

そいつは自分の右腕を愛おしそうに見つめている。

 

「何だ…これは。」

 

イフリートらしきものはジェムズガンに目をやる。だがすぐに興味を失ったようにまた自分のもげた右腕を見つめた。

 

「アントン!こいつはなんだ!!お前何をしやがった!!」

 

「スレード!?聞こえるのか!?そっちからは通信が繋がるのか!」

 

「何言ってやがる!お前そのイフリートどうなってる!バトル設定変えて逃げやがって!!」

 

「違う!俺はそんな事してねえ!!ボタンを押したら画面にノイズが走って…!!」

 

イフリートが喉からくぐもった唸り声を上げる。それはどう見てもMSのものではなかった。

 

「イフリートが操作を受付けねえんだ!!勝手に動く!

 ログアウトも出来ねえ!!どうすりゃいいんだ!!」

 

スレードは通信を聞きながらもイフリートから目を離せなかった。

信じられないものを見たのだ。

イフリートがにやりと笑った。自分のもげた腕を見て笑ったのだ。

 

「頼む!何とかしてくれ!こいつを…止めてくれぇ!!」

 

イフリートはその大きな口を開けると千切れた自分の腕に噛みついた。

金属のひしゃげる音の後にバキィという重い音が響いた。

自分の腕だったもの咀嚼して、じっくり味わうように噛み砕くイフリート。

それは明らかにプレイヤーが操作するものの動きではなかった。

 

「止めろってったってこいつは…違うぞ。」

 

腕を飲み込み、味を反芻するように首を伸ばすイフリート。

生き物ではないのだから飲み込んだという表現はおかしいのだが、そうとしか表現しようがない。

ゲーム的に言えば取り込んだ、とでもいえばいいのか。

 

ぴたり、とイフリートの動きが止まったかと思うと、つんざくような大きな声でイフリートが叫んだ。

 

「何だ!?」

 

イフリートの見た目にノイズが走る。

するとその表面に貼られているテクスチャが様々に変化していった。

それはMS本来のものから岩や川などオブジェクトのテクスチャだったり、ボタンやアイコンなののメニューのパーツまで節操がない。

さらに頭や腕、体、足のサイズも別々に大きくなったり小さくなったり変動を繰り返す。

まるでイフリートの中で謎の細胞増殖が起こっているように見えた。

 

同時にジェムズガンのモニターが変化し、勝手に設定がいじられてく。

 

「またか!さっきと同じ…」

 

モードが強制的にフリーバトルモードに設定される。

これは本来制限なしでフィールド内にいるものと自由に戦えるモードである。

だが今それは目の前にいるイフリートと交戦可能になった事を意味している。

スレードもそれを即座に理解した。

 

「アントン!本当にこいつ操作できねえんだな!?」

 

「さっきからずっとやってる!でもよぉ!駄目なんだよ!

 通信だってこっちからは送れやしねえ!!」

 

イフリートの変化が収まる。

先程よりも一回り大きな体。再生した腕。

体には所々イフリートの武器が融合している。

それはまるで怪獣のような様相を呈していた。

 

スレードはフィールドからのログアウトを試みるも受け付けられない。

異常は森林フィールド全体に及んでいるようだった。

 

イフリートがゆっくりとジェムズガンへと向き直る。

その体に纏わりつく黒い炎は仄かに紫色に発光し始めていた。

 

 

「終了条件すら分からないが…」

 

ジェムズガンも武器を構えなおす。

 

「やるしかねえみたいだな!!」

 

イフリートが二度目の咆哮を発した。

先程の咆哮とは明らかに違う。

それは獲物を見つけた獣の咆哮だった。

 



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登場ガンプラ - 03

イフリート・ブレイクカスタム

 

アントンのイフリートカスタムがブレイクデカールの影響で変化した姿。

見た目は人型から怪獣のように変化し、大きさも一回り大きくなっている。

武器がそれぞれ体の各部と同化しているのが特徴。

 

体の各所に鱗のようにコールドクナイが突き出ている。射出して攻撃可能。範囲攻撃を行う。

ショットガンは頭部に、ガトリングシールドは左腕と一体化している。

ラケーテンバズは再生した右腕と一体化しており両手の先端にはコールドクナイが爪のように装着されている。

グレネードランチャーはそのまま腕に、ヒートソードは尻尾として再生している。

足にはミサイルランチャーがユニットごと癒着している。分離はできなくなっているようだ。

 

プレイヤーの操作は受け付けず、相手との距離によって自動的に決められた戦闘行動を行っている。

一見本能のままに戦っているように見受けられるが、これは明確にプログラムされた何者かの意志による行動である。

 

変質時にフィールド内にいるプレイヤーのバトル設定を強制的に書き換え、自分以外の全てのガンプラを攻撃対象に設定する事で無差別攻撃を行う。

その際に他のプレイヤーのログアウトを阻害して脱出を不可能にすることで否応なしに戦わせるようにしているようだ。

ブレイクデカールの開発者が何故そのような設計を行ったのか、答えはまだ謎に包まれている。

 

 

────────────────────────────────────

 

追加情報

 

 

ジェノアスクラッカー

 

 

実は戦闘スタイルにAGE3オービタルのビーム曲射を取り入れており、

戦闘においてはクラッカーキャノンは上空に射出した後角度を変えて戦場を飛び回らせる事が出来る。

またビームランチャー等で相手を光球の移動地点へ誘い込み光球を爆発させ巻き込み撃破するといったトリッキーな戦い方を行える。

このビーム曲射を応用し、ショットガンのビームを収束させ瞬間的にサーベルにしたり、収束したビームを撃ち出したりする事も可能。

マルチビームユニットから出したビームブレードを伸ばして鞭のような動きをさせるといった事もできる。

また、変形させたビームを膜のように展開してマルチビームユニットを拡張したビームシールドにすることもできる。

その特性から扱いにかなりのクセがあり、使い手によっては真価が発揮できない機体となってる。

 

状況によって曲射の使い分けを行うが、今回の対カイレー戦では最後の一撃までその存在を隠し通した事が勝敗の決め手になった。



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ファイターズ・ウォークライ - 09

豪雨の中、森林地帯入口へと戻ったピックラックとカイレー。

だがここからではスレードとアントンの姿を確認することはできなかった。

 

「とりあえずもう一回スレードに通信を入れてみる。」

 

「ああ、俺もアントンに呼びかけてみよう。」

 

その時遠くから何かの叫び声が聞こえる。

二人が今まで聞いた事のない得体の知れないものの声であった。

 

「何だあの声は。」

 

「俺達以外ここにダイバーは来ていないはずだが…!?見ろ!!」

 

「メニュー画面がバグってる?」

「設定が変更されてる…どうなってやがる。」

 

ピックラックはもう一度通信を試みる。

 

「おいスレード!聞こえるかスレード!今どこにいる!」

 

「ピックラックか!お前無事か!?」

 

「こっちの台詞だっての!今森林フィールド全体がおかしくなってる!

 バトル設定が固定されて変更できない!」

 

「分かってる!ログアウトも出来なくなってんぞ!原因は今目の前にいる!!」

 

「どういう事だ!?」

 

言い終わるが早いか否か、通信先から先程の叫び声とガトリング音が聞こえてきた。

 

「アントン!そっちの状況はどうなってる!」

 

「カイレー!頼む助けてくれ!!」

 

「落ち着けアントン!何があった!」

 

「俺のイフリートが言う事を聞かねえんだ!手当たり次第に攻撃を…うわぁ!」

 

通信に大きなノイズが入った。思わず目をすぼめるカイレー。

遠くから大きな爆発音と煙が上がった。どうやら二人がいる場所はそこらしい。

 

「取りあえずそっちへ向かう!ちょっと待ってろ!」

 

「頼む!俺じゃどうにも…止めてくれ!!」

 

互いに通信を終了し、顔を見合わせるピックラックとカイレー。

 

「どうやらロクでもねえ事になってるのは確定だな。」

 

ピックラックは大きくため息をついて見せる。

カイレーはアゴに手を添え状況を考え始めた。

 

「しかしイフリートが制御不能ってのはどういう事だ。」

 

「そりゃお前考え付く原因なんてデカールしかないだろ。」

 

「さっきも言ったけど今まで使っててこんな事はなかったぞ。」

 

「デカい事故が起こったときは皆そう言うっての…アンタ、リペアチャージはあるな?」

 

「もちろんだ。」

 

リペアチャージとは自分のガンプラの修理を早めるアイテムである。

通常であればガンプラをハンガーへ格納すると自然回復が始まり修復される。

だが、同じガンプラを連続使用してバトルを行いたい場合は、リペアチャージを使用して強制回復するのが通例だ。

このアイテムはログインボーナスやイベント報酬として広く入手手段のあるアイテムである。

もちろん課金で購入することも可能だ。

 

「急にフィールド全体にフリーバトルが適用された。設定変更も不可だ。

 理由はともかく俺らはここに閉じ込められたって事だ。」

 

反応しないログアウトボタンを指先で叩きながらピクラックは続ける。

 

「アバター状態でガンプラに踏みつぶされでもすれば強制ログアウトされるかもな。

 だがそんなのも御免だろ。」

 

「ああ、気分がいいもんじゃないな。」

 

リペアチャージを使用してガブスレイの修復を進めるカイレー。

 

「気分が良くない…ね。そうだよな。」

 

ピックラックはカイレーの何気ない一言が妙に引っかかった。

 

修理が完了し、ジェノアスとガブスレイが森林地帯に転送される。

 

「ぼうっとしてるなよ。アントンが心配だ、先に行くぞ。」

 

ガブスレイはMAに変形して飛び立とうとする。

 

「待てよ、お前一人でどうにか出来るかわかんねえだろ?俺も連れてけよ。」

 

「かといってお前が役に立つかどうかもわからねえが…わかった、乗りな。」

 

「頼むぜ運転手さん。」

 

「飛ばすぞ、振り落とされるなよ!」

 

ガブスレイの上へと飛び乗るジェノアス。

二機は空中へ飛びあがると、爆発のあった場所へと急行するのだった。

 

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

スレードのジェムズガンは得体の知れない相手に攻めあぐねていた。

今まで戦っていたアントンのイフリートとは戦法が全く違う。

うかつに飛び込むわけにもいかず、牽制を続ける。

 

相手はミサイルを手当たり次第にばらまきながらバズーカとガトリングをこちらに撃ちこんでくる。

元のイフリートより鈍重で機動戦は仕掛けてこない。

ただ先程よりも装甲は分厚くなっているようで、ビ-ムライフルだろうがビームバズーカだろうが直撃を受けてもひるむ様子すらない。

 

(ここまで固いと手持ちで効果がありそうなのはマルチランサーの直接攻撃のみか…だが。)

 

弾幕が激しすぎる。

相手は絶え間なく弾幕を展開しているのに、隙になるリロードタイムが見当たらない。

 

「これだからチートって奴は!」

 

回避に比重を置かないとこの物量相手ではすぐにやられてしまう。接近戦を仕掛けるどころではない。

相手も積極的に接近戦は仕掛けてこない。だが…

 

「接近戦が不得手…なわけでもないんだろうな。」

 

頭と融合したショットガン、コールドクナイで出来た鱗と爪。

攻撃性を剥き出しにした様な武装を見ながらスレードは考える。

 

「今はどうしようもないな。この状況を変えるには…」

 

ジェムズガンに通信が入る。

 

「待たせたなスレード!まだ生きてるか!?」

 

レーダーに大きな光点が一つ。いや、正確には二つの光点が重なっていた。

空を見上げると、ガブスレイに乗ったジェノアスの姿が視認できる。

 

「やっぱ人手がいるな!」

 

イフリートも新たな乱入者の存在を感知する。

ガブスレイへ体を向けると武装の掃射を開始した。

 

「避けるぞ!飛び降りろピックラック!!」

 

「あいよ!」

 

空中で回避機動をとるガブスレイ。

合わせてジェノアスはミサイルを迎撃しつつその背中から飛び降りる。

そのまま二体はジェムズガンの傍へと着地した。

 

ジェノアス、ジェムズガン、ガブスレイ、三体のMSがイフリートと対峙する。

 

「…随分育ったな。こいつ成長期か?なんか周り光ってるしよ。」

 

一回り大きくなったイフリートを見ながらピックラックは冗談を言い捨てる。

 

「見ての通りグレちまったよ。親の言う事も聞かねえみたいでな。」

 

少しヤケクソ気味にスレードは返してみせた。

 

「来たぞアントン!無事か!」

 

「カイレー!ああ俺は無事だ!だがイフリートが…」

 

「今助けてやる!待ってろ!」

 

(だが…こんな化け物相手に有効打は存在するのか?)

 

助けると言ってはみたものの、暴れるイフリートを見てカイレーは舌打ちする。

 

イフリートは増えた獲物を品定めするように見渡すと、もう一度大きく吠えて見せた。

声の圧で大気が震える。振動はコックピット越しに三人へと伝わってきた。

 

その時、幾度か目の大きなラグが森林フィールドに発生した。

 

先程のようにイフリートのテクスチャと大きさが変化し始める。

それを見たピックラックは愕然とした。

 

「何だこりゃ…」

 

「イフリートが今の姿になった時と同じだ!

 あいつあの時もこうやってデカくなりやがった!」

 

ピックラックはブレイクデカールの録画を見た時の事を思い出す。

撮影した時は確かに自分の目に見えていたデカールのエフェクト。

しかしガンカメラで録画したものには映らず、補正された映像が流れた理由。

 

「そうか…そういう事か!」

 

ピックラックの中でばらけていたヒントが実を結び、一つの答えとなる。

 

「やっぱりGBN自体からの補正が働いていたんだ!

 ブレイクデカール使用時にラグが発生する理由もそれだ!

 これなら辻褄が合う!!」

 

「ちょっと待て、何の話だ?」

 

スレードの問いを遮るようにイフリートが叫んだ。

その大きさは先程よりも一回り大きくなっていた。

それはさながら脱皮をした甲虫のようだ。

天気はさらに荒ぶり、強い風が雨を伴いピックラック達に襲い掛かる。

 

「話は後だ!多分こいつは早めに倒さないとヤバいぜ。

 そうでなくてももっとデカくなったら手が付けられない。」

 

 それにこのままじゃ一番厄介な事に巻き込まれそうだしな…」

 

「どういう事だ?」

 

今度はカイレーが疑問を投げかける。

 

「この暴風雨、どんどん酷くなってるだろ。これは間違いなくこいつと連動してる。

 …いや正確にはブレイクデカールと、だな。

 お前らがデカールを使ってから天気が変わった。

 本来なら今日のフランチェスカフィールドに雨が降るはずは無いんだ。

 しかもこの荒れ具合、複数の天候エフェクトが同時に発生してる。

 ガンプラ一体の異常ならともかくフィールド全体の天候異常となればサーバーへの負荷も尋常じゃない。

 今頃運営の方じゃエラーの警告が出てるはずだ。」

 

「それじゃあ…!」

 

「これ以上負荷が高まってサーバー落ちたなんていったら洗いざらいログ調べられるぞ。

 運営にとっつかまって事情聴取だけで済めばいいけどな。

 俺らはともかくお前ら最近派手にやってたからブラックリスト乗ってるだろ。」

 

「それは困る!何とかしてくれよ!!」

 

アントンから悲鳴が上がった。

 

「こっちとしても今面倒になるのはゴメンだね。運営と顔見知りになる気も無い。」

 

初手から躓いて全部ご破算じゃ意味が無い。

この仕事は始まったばかりなのだから。

 

「クソ面倒な話だけどな…ここは三人、力を合わせて戦うとしようぜ。」

 

 

頷くジェムズガンとガブスレイ。

目の前には未知数の敵。

終結すると思われたバトルは予想外の総力戦へとなだれ込んでいくのだった。



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ファイターズ・ウォークライ - 10

「それで策はあるのか?」

 

カイレーがピックラックに問いかける。

 

「無い。」

 

即答するピックラックにスレードも思わず呆気にとられる。

 

「いやお前なんかわかった風な事言ってただろ!策無いのかよ!?」

 

「理屈が何となく分かっただけであんな化け物に勝つ方法はわかんねえよ!」

 

言い合いを続ける三人へバズーカとミサイルが飛んでくる。

それぞれちりじりにばらけて直撃を避けた。

 

「ただ囮というか削り役は決まってる。頼んだぜ、カイレー!」

 

「今お前囮っていったろ!?」

 

攻撃を避けながらツッコミを入れるカイレー。

 

「相手はブレイクデカールで強化されたバケモンだ。

 ただのガンプラで下手に突っ込んだら火傷程度じゃ済まないかもしれないだろ。

 だから同じブレイクデカールで強化できるお前に頼みたいんだよ。

 ガブスレイならスピードがある分突撃も離脱も容易。

 下手に攻撃食らって即死もないだろうし、相手に削りを入れつつ戦法見極めるには適役なんだよ。」

 

多少腑に落ちない所もあるが、状況が状況だ。

アントンを救って運営が来る前に逃げるためにも迷ってる暇は無い。

 

「わかったよ!メインでやりあうのは俺がやる。

 だが倒せるかどうかは分かんねえぞ!」

 

「ああアイツ相当固いぞ、バケモンになる前より固くなってる。

 ビームバズーカ直撃してもピンピンしてやがる。」

 

スレードも見たままの事を二人に伝える。

 

「決定打か…ジェムズガンのランスにデカール使ったガブスレイのフェダーイン、それに…」

 

「お前の一斉射…というか散弾じゃなくてビーム束ねて撃てないのか?」

 

先程ジェノアスから痛手を食らったカイレーが案を出す。

 

「出来る。曲射の応用でビームの方向性を定めれば一纏めにしてぶち込める。」

 

「へえ、ジェノアスはそんなことできるのか。」

 

スレードは興味深そうにジェノアスの武装を見つめる。

 

「決まりだな、俺がガブスレイで何とか削りながら隙を作る。

 後はタイミングを合わせて全員でぶち込む。」

 

「それくらいしか策は無いわな。」

 

話している間にもミサイルをまき散らしながらイフリートが近づいてくる。

既にガトリングの射程内にまで近づいてきていた。

 

「俺とスレードで援護する!頼むぜカイレー!」

 

「わかった!アントンお前も覚悟決めろよ!」

 

「ああ!だがカイレー、もしモニタにもう一回デカールのポップアップが出たら絶対に押すな!

 俺のイフリートはそれでおかしくなったんだ!」

 

「了解!」

 

(へえ…ポップアップ、ね。)

 

ピックラックは二人の会話を横聞きしながら考える。

二段階目の強化。ブレイクデカールにはどうやらまだ先があるようだ。

 

(興味深いが今は後回しだ!)

 

相手へ銃口を向けるピックラック。

 

「準備いいなスレード!」

 

「よっしゃ!行くぜ!」

 

ジェノアスとジェムズガンによる制圧射撃が始まる。

二人に反応して突撃してくるイフリートを横目にガブスレイはブレイクデカールを発動させた。

ガブスレイはMAへ変形すると、上空からイフリートを揺さぶりにかかる。

 

「我慢しろよアントン!」

 

「気をつけろカイレー!」

 

メガ粒子砲とフェダーインライフルによる攻撃、イフリートは避ける素振りを見せずにその体で受けてみせる。

悲鳴を上げるイフリート。

致命傷とまではいかないが、デカールを使ったガブスレイの攻撃はイフリートへ確実にダメージを与えていた。

 

「よし!これなら行けそうだ!」

 

効果を確認しながら追撃の体制にはいるガブスレイ。

だがここでイフリートの行動に変化が起こる。

 

「何だ?」

 

まるで痛みを感じたかのように、イフリートが体を丸めてうずくまる。

体に生えるコールドクナイが一斉に逆立ち、四方八方に飛び出した。

 

「ぐうっ!」

 

高度を上げて被弾を避けるガブスレイ。

地上にいるピックラック達もシールドで対応する。

 

「範囲攻撃持ちかよ!厄介だな。」

 

「発生に予兆があるだけまだマシって所か。」

 

イフリートの攻撃パターンが確立しきれない。他に使ってない武装はあるだろうか。

二人はイフリートの攻撃方法を思案する。

 

「クナイの攻撃力自体はそこまででもない。もう少し近距離で仕掛ける!」

 

ガブスレイがさらに深くイフリートの間合いへ踏み込む。

この時、スレードの頭に疑問がよぎった。

 

(そういえばあいつ、食った右腕が再生してたけど手に持ってたアレは…)

 

それは一つの予感へと変わる。

 

「カイレー!気をつけろ!!」

 

ガブスレイのモニターに映るイフリート、その足元で一瞬何かが動いたように見えた。

次の瞬間、画面の横に巨大な塊が映り込む。

 

「うおおおお!?」

 

直前のスレードの通信もあり、カイレーの体はその物体に反応した。

ガブスレイはすんでの所で巨大な何かをクローで掴んでみせる。

それはヒートソードである。再生の際に尻尾の先端に融合されたイフリートの主兵装だ。

掴みはしたものの、その質量と速度にガブスレイは機体ごと押し込まれる。

イフリートはそのまま尻尾一薙ぎすると、ガブスレイを森の中へ叩き込んだ。

 

「カイレー!」

 

「大丈夫だ!何とかな。」

 

だが今の一撃は痛かった。ダメージもあるが何より左のクローが完全にひしゃげている。

イフリートの尻尾はまるで敵を警戒する蛇のようにうねうねと空中で蠢いていた。

 

「ありゃあ厄介だぜ。」

 

「そうだな。」

 

イフリートの持つ武装の中で一番攻撃力のあるヒートソード。

それが尻尾に接続されたことで射程が中距離まで伸びていた。

それだけではない。尻尾によるしなりを伴い威力まで増している。

 

「奴さんさっきからバカスカ撃ってきてもリロード時間はほとんどない。弾切れは期待できない。」

 

「その上で近接対策もバッチリと。」

 

「どうする?ここはもう突っ込むしかないか?」

 

構えるスレード。だがピックラックは一人冷静だった。

 

「いや、突破口は見えた。」

 

「本当か!?」

 

「二人とも聞いてくれ、今から全員でコイツに仕掛ける。」

 

「仕掛けるったって…今の攻撃どうするんだ?」

 

カイレーからもっともな疑問が飛ぶ。

 

「むしろ今の攻撃がいい。あれがいいんだ。」

 

「どういうことだ?」

 

「ヒートソードで攻撃する時、他の攻撃が止んだ。付け入る隙はあそこしかない。」

 

そう、イフリートはヒートソードで攻撃する時だけは一瞬他の攻撃を止めていた。

ピックラックはその異変を見逃さなかった。

 

「近接と射撃の攻撃ロジックのかみ合わせか何かは知らないが、相手は結局CPUだ。

 決められた行動しか取れない。あいつが見せた穴を突く!」

 

「…了解した。俺はどうすればいい?」

 

「幸いイフリートは鈍重な見た目に合わせてあまり回避をしないようになってる。

 …ムカつくがな。

 ガブスレイの攻撃が普通に通るのは恐らくデカール使い同士の戦闘は想定してないからだ。

 そのままボディを狙ってダメージを与えてくれ!」

 

「分かった。お前はどうする。」

 

「ある程度ダメージが通ったらドッズビームの纏め撃ちをしつつ囮をやる!

 シメはスレード!お前やれ!」

 

「分かった!だがあのヒートソードのスピード捌けるのかよ?」

 

「無理だな。だから一発勝負になる。どっちにしろそろそろ決めなきゃ時間切れだ。」

 

風はますます強まり、そこかしこで小さな竜巻が発生するまでになっていた。

このままではフィールドすら破壊しかねない勢いだ。

状況を顧みてスレードも腹を決める。

 

「わかった、任された!」

 

「良し!カイレー!」

 

「応よ!!」

 

ガブスレイは飛び上がると変形できる上半身だけMS形態になりイフリートへの全弾発射を行う。

その攻撃に反応してイフリートがガブスレイの方を向く。

対抗射撃が来るも構わず撃ち続けるガブスレイ。

デカールで強化された連続攻撃がイフリートの腹部に直撃する。

 

「のわああああ!!」

 

衝撃に慄いたアントンから悲鳴が上がる。合わせるようにイフリートからも悲鳴が上がった。

 

「今助けてやるからちょっと我慢しな!また揺れるぜ!!」

 

ジェノアスが肩、腰、腕の武装を全てイフリートへ向ける。

 

「こいつがジェノアスの全力だ!受け取りな!!」

 

ジェノアスから一斉にビームが放たれる。

だがそれは今までの散弾ではなく、全てが纏まって一つ塊のとなりイフリートに襲い掛かった。

ロックオンに反応したのかイフリートがジェノアスへ振り返る。

渾身の一撃は見事イフリートの腹部へヒットした。

 

「入った!」

 

だがイフリートは倒れない。

装甲の損壊はあったが、構わずジェノアスへ射撃を続行する。

デカールによるさらなる強化、耐久力は先程までの比ではなかった。

 

しかし想定通りだ。この程度の攻撃でこいつが倒れるわけは無い。

ピックラックはこの事態を想定して動いていた。

 

「こんな状況で都合のいい事なんてあるワケねえよなぁ!!」

 

ビームユニットからビームを放つジェノアス。

ビームソードの形成に、ショットと曲射による形態変化の合わせ技。

まるでワイヤーのようにビームは伸び、イフリートの破損した腹部装甲を貫いた。

イフリートが叫び声を上げる。

ピックラックは刺さったビームの先端を碇状に変形させ、体からすっぽ抜けないよう固定した。

 

「カイレー!もう一回ブチこめ!!」

 

「分かった!」

 

二方向からの同時攻撃がイフリートを襲う。

それが攻撃のスイッチなのか、イフリートが体を屈めてコールドクナイの射出態勢を取る。

イフリートの貼る弾幕が途切れた。

ジェノアスはブーストを強めてさらに距離を詰める。

それを見たスレードが叫んだ。

 

「ダメだ!ピックラック!それじゃクナイを避けられねえ!」

「避ける気なんてねえよ!お前も構えろスレード!

 タイミングはここしかない!行くぞ!!」

 

ピックラックの意図に気づき、はっとするスレード。

ジェムズガンはバックパックからマルチランサーを構えると、穂先にビームを纏わせた。

 

「オッケー、ピックラック!!」

 

ジェムズガンは槍を構えるとブーストを全開にしてジェノアスに続く。

 

「そうだ、それでいい!」

 

イフリートからコールドクナイが襲い掛かる。

ピックラックはビームシールドを展開しながら被弾も構わずに突っ込んだ。

着弾の衝撃が襲い、ジェノアスの速度が一瞬落ちる。

ジェムズガンはジェノアスを盾にしてそのままさらにトップスピードを上げた。

 

三体の距離が縮まる。

 

ぶん、と空気を切り裂く音がした。

ヒートソードがジェノアスの左わき腹から右肩にかけて逆袈裟切りにする。

ジェノアスは体制を大きく崩したがそのままイフリートへ突撃した。

そのコックピット内ではアラートが鳴り響く。

 

「ピックラック!!」

 

「まだ動く!!」

 

イフリートは組みついたジェノアスを両手で掴むと、その手に融合した武装を撃ちこみながら頭突きを始める。

さらに頭突きと合わせてインパクトの瞬間、頭部と融合したショットガンが直接ジェノアスに撃ちこまれた。

ジェノアスのコックピット内に警報が鳴る。撃破されるまでもう数秒も無いだろう。

 

「今だスレード!俺ごと突き刺せ!!」

「ああ!!」

 

イフリートの攻撃ターゲットはより距離の近いジェノアスへと移っている。

ジェムズガンは完全なフリー状態にあった。

 

「こいつで…くたばれ!!」

 

ランサーを突き出す瞬間、イフリートの目がジェムズガンを見た。

頭部ショットガンの発射口に光が走る。

だが、ショットガンが発射される前にイフリートの頭部で爆発が起こった。

 

「もう十分暴れただろ、お前は。」

 

それはガブスレイからのフェダーインライフルによる狙撃だった。

2体との近接戦闘中に飛んできた遠距離狙撃。

優先攻撃対象を計算するイフリートの思考の隙を、マルチランサーは突き破った。

 

イフリートから断末魔の悲鳴が上がる。

その体は萎み、元の姿を取り戻していった。

纏いつく炎が掻き消え、最後に残った紫の火の粉が宙で消える。

その動きが完全に停止すると、待っていたかのように雲の切れ間から光が射し込んだ。

 

長く降り続いた雨が明ける。

 

 

「終わった…のか?

 そうだアントン!無事かアントン!」

 

カイレーはアントンへ通信をかける。

イフリートがフィールドから転送され、跡地からアントンが現れた。

 

「ああ…無事だ…。」

 

「…ったく、心配かけさせやがって。」

 

同じくジェノアスがハンガーへと送られ、ピックラックが姿を現す。

 

「お疲れさん、お前のお蔭で何とかなったよ。」

 

スレードは笑いながらピックラックに労いの言葉を駆けた。

 

「いやー…、ダメかと思ったわマジで。」

 

そう言ってピックラックは力無く笑う。

 

「俺もう当分バトルはしたくないわ。」

 

言い終わるや否や、ピックラックは雨で濡れた地面に大の字で倒れ込んだ。

大きくため息を吐いたその顔は達成感と脱力感に包まれていた。



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ファイターズ・ウォークライ - 11

フランチェスカフィールド、雨上りの森林地帯に次々と転送されるガンプラ。

それは運営の機体であるGBN-ガードフレームであった。

基本的に特定の誰かが操縦するわけでもなく指示に従って動くNPCのガンプラで、

有事があればフィールドの統制や鎮圧に当たる機体だ。

その一個小隊の前に現れるSDガンダムタイプのアバターが一人。

見た目は実弾装備で固めた黄土色のZZガンダム、G-ARMSのガンパンツァーZZであった。

 

「ガードフレームは近隣の封鎖と警護を。近づく者がいたらIDを収集しろ。」

 

ガードフレームの頭部バイザーが数回点滅すると、それぞれの持ち場へと移動を始めた。

ZZが本部へ通信を入れる。

 

「ログの解析はどうか?」

 

「はい、天候の局地的な異常の他に怪しい所は特にありません。」

 

「私はその天候の異常の理由が聞きたいんだがね。」

 

「申し訳ありません。現状ではまだ…。」

 

「件の二人がバトルしていたのは間違いないんだろう。デカール使用の痕跡は?」

 

「すみません…それもいつも通りです。ログに異常は認められません。」

 

「…分かった。引き続き調査を頼む。天候異常と合わせて関連性を探ってくれ。」

 

「分かりました。」

 

ZZは溜息をつく。

 

「異常は認められないだと?そんなはずはないだろう。」

 

そう呟くと木々から滴る水滴を浚う。

 

「奴らがバトルをした時には天候異常が散発している。

 今回の高負荷は初めてのパターンだが、必ず関連性があるはずだ。」

 

強く手を握るとマニュピレーターの隙間から水しぶきが弾け飛んだ。

 

「絶対に尻尾を掴んで見せる。」

 

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

 

「あっちゃぁ、こりゃ近づけないですねぇ。」

 

森林フィールドの外れから双眼鏡で運営の動きを見つめる細目の猫の獣人が一人。

 

「もしもし?もう運営が来ちゃってますね。

 アントンとカイレーも既にフィールドから離脱しているみたいで、戦闘は終わってます。」

 

「デカールの停止はこっちでも確認してる。モンスター化相手だったはずだが。

 相方もデカール持ちだからな。仲間同士でやりあえば無い事は無いか。」

 

通信機から男の声が聞こえてくる。

 

「一緒に戦ってた相手も見たかったんですが。これじゃ無理ですねぇ。」

 

「二人がいないんだ。そいつらももう離脱してるだろ。

 もういい、運営と接触する前に撤退しろ。」

 

「わっかりました~。」

 

「とりあえずモンスター化のいいデータ取りにはなったな。

 コントロールを微調整すればもう最初から変化させられる。

 後は感染者をもっと増やせば…。」

 

「もう大分広まってますよ?

 マスダイバーなんてネット上の呼び名もGBNで定着してきたみたいですしね。」

 

「それでキザキ達はどうしてんだ。もうGBNに来てるんだろ。」

 

「今はトレーニング中ですよ。操作の勝手が違いますからね~。

 もうちょっとすれば普通以上には動けるようになるでしょ。」

 

「祭りの開催には間に合わせるように言っとけ。思ったよりも早まりそうだ。」

 

「はいはい、わかりましたよ…シバ。」

 

そう言うと獣人はフィールドからログアウトして姿を消した。

 

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

 

フランチェスカの浜辺ではアバター達が街頭モニターで森林地帯の定点カメラを眺めていた。

運営が出張してフィールドを確認する異常事態なんてそうそう無い。

一体何が起こっているのか。プレイヤー達の好奇心の恰好の的になっていた。

先程まで森林地帯でバトルをしていた四人もそこにいた。

モニターから少し離れた海岸前の道路にあるテーブルに座りながらざわめくアバター達を見つめる。

冷えた缶ジュースを飲み干すとカイレーが口を開いた。

 

「間一髪だったな。」

 

「もうあんなのはゴメンだぜ。」

 

アントンはテーブルに突っ伏す。

そんなアントンにスレードがせっついた。

 

「結局あのイフリートの変化は何だったんだ。そこんトコ詳しく聞かせろよ。」

 

「俺もわからねえよ。テメエとやり合って負けそうになったらモニターに選択肢が出て…。」

 

「選択肢?」

 

「ああ。更なる強さと勝利を望むかってな。

 状況が状況だし迷わずYESのボタンを押した。そしたら…」

 

「あんなに大きく育ちました、と。」

 

相変わらず場を茶化しに行くピックラック。

カイレーもそこに口を挟む。

 

「俺とピックラックが戦った時は出なかったぞ。」

 

「多分デカールを使ってから体力が一定以下まで減る事が条件なんだろ。

 俺は最後不意打ちで一気にガブスレイ削ったからな。出る前に勝負がついた。」

 

改まって神妙な顔になるアントン。

 

「俺達あんなヤバいものを使ってたんだな…。」

 

「スレードみたいな奴もいるしデカール使ってればどんどん強い相手と戦う事になる。

 遅かれ早かれいつかはあの化け物に行きつくわけだ。良く出来てるよ。」

 

そう言うとピックラックはジュースに口を付ける。

 

「クソッ!何もデメリットは無いとかあの野郎フカしやがって!」

 

アントンが吐き捨てるとピックラックが食いついた。

 

「あの野郎ってお前らデカール誰かから貰ったのか。誰だよ。」

 

「それは…言えない。」

 

「つれない事言うなよ。散々やりあった上に運営に捕まる前に助けてやったんだぜ?」

 

「そんな事知ってどうするってんだよ。」

 

「決まってんだろ。俺もブレイクデカール欲しいんだよ。それでアンタらに近づいたんだから。

 …って思ったけどさっきのアレを見るとなぁ。やっぱいらねえな。

 でもどんな形で配ってるのかは興味あるからな。聞かせてくれよ。」

 

それでもアントンは話すのを渋っていたが、カイレーが助け船を出した。

 

「まあそれくらいなら話してもいいんじゃねえか?

 …俺とアントンは前にフォース入ってたんだけどランク戦で負けが込んでてな。

 そんな時フォースにやってきた奴がいる。

 どうもリーダーが勝つために引き入れた奴らしいが。」

 

「そいつがデカールを配った?」

 

「ああ。それで実際フォースは強くなった。

 デカール使って戦えば連戦連勝さ。だが…」

 

アントンが当時を思い出したのか苦い顔になる。

 

「結局フォースは解散した。」

 

スレードはジュースから口を離すと疑問を投げかけた。

 

「なんでだ?勝ちまくってたんだろ。」

 

「勝てば勝つほど俺達の強さはおかしい、チートしてるって噂も大きくなっていった。

 ネットじゃ誹謗中傷は当たり前。GBNでもフォース宛てに罵詈雑言の嵐。

 皆そんな状況が嫌になってフォース内の空気は最悪。

 毎日言い争いが絶えなくなってな、最後はリーダーが勝手にフォースを解散さ。」

 

「なるほどね。

 そんでお前らは二人でタッグを組んでそのまま小銭稼ぎしてたわけだ。」

 

「悪評が広まっててどこでも雇ってくれねえしな。」

 

「そんなん自業自得だろ。でもまあこれでもう懲りたんじゃねえか?」

 

「ああ。こんなヤバいもん使うのはもうヤメだ。

 これからどうするかのアテはないが、程々に遊ぶさ。」

 

「アテは無いとかいうけどよ、俺との勝負うやむやで終わったじゃねえか。

 決着ついてないからモヤモヤすんだよ。

 とりあえずデカール無しでもっぺんやろうぜ?」

 

「もうそんな気力ねえよ。それに…、分かってるんだ。今の俺じゃお前に勝てない。」

 

「アントン…。」

 

「だから今度は俺が鍛えてお前に挑む。次は自分の力でお前に勝ってやるさ。」

 

鼻息を荒くするアントンを見てカイレーが笑う。

 

「とりあえずお前の動きは雑すぎるんだよ。そこ直さねえとな。」

 

「厳しいなカイレー。まあこれからもよろしく頼むぜ。」

 

二人は微笑みあうとガッチリと手を交わした。

スレードは若干呆れながらそのやり取りを見つめていた。

 

「何かいい感じになってるけど結局俺は勝ち逃げされた気しかしねえんだけどよ…。」

 ま、なんであれまた挑んでくるってんなら大歓迎だ。

 今度はキッチリ決着付けようぜ。」

 

カイレーはピックラックに向き直るとぺこりと頭を下げた。

 

「今回は本当に世話になった。仕掛けといて言うのもなんだが…ありがとうな。」

 

「気にしなさんな。こっちも狙って受けたんだしな。

 それにデカールもバグが相当報告されてんだ、所持金やアイテムがまるっとロストするとかな。

 あんたらもそうなってたかもしれない、使わなくて正解だよ。」

 

「まあなんだ…ありがとよ。」

 

アントンもバツが悪そうに軽く謝る。

ピックラックはお互い様さ、とケラケラ笑って見せた。

 

「そんじゃ俺らはもう行くぜ。首洗って待ってろよスレード。」

 

「ああ、さっさと来ないと俺GBNやめてるかもしれねえからな。早くしろよ。」

 

「ピックラック、俺はお前に負けてるからな、次やる時は勝つ。」

 

「もう武装のネタ割れてるからアンタにゃ勝てねえだろうよカイレー。白旗だ。」

 

カイレーは笑った。

 

「いいや、お前本当はそんな事少しも思ってねえだろ?

 一回戦った今ならわかるよ。…それじゃあな。」

 

そう言って二人は街頭モニターを見つめる雑踏の中へと消えていった。

 

 

残ったジュースを飲み干すと、ピックラックは遠くのゴミ箱に空き缶を投げ捨てる。

カランと小気味良い音を立てて空き缶はゴミ箱へ吸い込まれていった。

 

「さて、と。それじゃあこっちも解散だな。

 今回はお前さんのお蔭で助かったよ。ありがとうな、スレード。」

 

「こちらこそ。結局アントンの野郎と決着はつけ損ねたが…なんかスッキリしたよ。」

 

そういってスレードは笑った。険の取れたいい笑顔だった。

 

「そういやさっきデカールはもういらないとか言ってたけど、アンタこれからどうすんだ?」

 

「別にどうもしないさ。

 趣味で追っかけてるだけだから今まで通りちょこちょこ調べるだけさ。

 いらないってのは自分のガンプラにゃ使わないってだけの事だよ。

 勝手に暴走されたんじゃたまったもんじゃない。」

 

「そうか。…なあピックラック、もしアンタがこれからもデカールを追うってんならさ…俺も混ぜてくれないか?」

 

「混ぜろって、スレードお前何すんだよ。」

 

「デカール調べるってんならその内絶対今回みたいなバトルになるだろ?

 デカール使った相手の戦闘経験者だ。役に立つと思うぜ。」

 

「そうじゃねえよ。こんな事に関わったってお前にゃ何の得も無いって事。

 どうして今まで散々バトルの邪魔されたデカールに関わろうってんだ?」

 

スレードはほんの少し真面目な表情になる。

 

「俺はアントンの野郎に負けた時はヘコんだよ、デカールなんて使われてボコボコにされてよ。

 でも、諦めきれなかった。落ち込んでると負けた時のアントンの野郎の声が浮かんできてさ。

 そいつを思い出すと絶対倒してやるって気持ちが湧き上がってくるんだ。

 デカールを使ってようが使ってまいが関係ない。俺はあいつをぶっ倒してやるんだ!ってな。

 それで今まであいつに突っかかってきたし、勝つためにずっと練習もしてきた。

 でも今回あの変化したイフリートと戦って勝った時さ、熱いものを感じなかったんだよ。」

 

「熱いもの?」

 

「勝った時はそりゃ嬉しかったけど勝った喜びじゃないんだ。

 これで終わったという安堵感とかそういう気持ちなんだよ。

 そこで気づいたんだ。俺がやりたかった戦いはあんな暴走した化け物相手じゃない。

 本当に求めてたのはプレイヤー同士の戦いだったんだって。

 勝っても負けてもそこにやりあった奴ら同士の中で何かが生まれるんだ。

 俺はそんなGBNのバトルが好きだったんだ。」

 

空き缶を握りつぶすスレード。

 

「デカールを使ったプレイヤーとのバトルなら俺は構わない。

 負けたって勝てるまでやるだけだ。

 でも俺と相手とのバトルを暴走で有耶無耶にするってんなら、俺はデカールを許せない。

 だから俺も知りたいんだよ、デカールの事を。

 見た感じアンタは勝敗にこだわるタイプでも人に嫌がらせがしたい奴でもない。

 アンタに付いていけばデカールの正体に辿り着ける、そんな気がする。」

 

「人の事は言えないけどお前も相当へそ曲がりだね。」

 

「仲間にしてくれるか?」

 

「悪いけどパス。」

 

即答するピックラックにスレードは食い下がる。

 

「何でだよ!?」

 

「申し出はありがたいけどな、デカールに関わるって事は自分から面倒事に首突っ込むって事わかってるか?

 自分からチートツールを漁るって事は、運営から目を付けられてBANされる可能性もあるし、デカール関係者からの嫌がらせを受ける可能性もある。

 どっちもそっちも敵になる可能性があるわけだ。

 俺はその責任を負う気は無いし、最悪組んだせいで芋づる式に捕まって全滅するかも、だ。

 お前を邪険にするわけじゃないけど俺には一人が性に合ってるんだよ。」

 

スレードの握りつぶした空き缶をひょいと取り上げると、さっきのようにゴミ箱に投げ捨てるピックラック。

 

「でも今回は本当に助かった、ありがとな。これは俺の気持ちだ、受け取ってくれ。」

 

そういうとピックラックはスレードに取引コマンドを送る。

取引内容を見てスレードは驚愕した。

 

「500万ポイント!?こんなポイントもらねえよ。行きずりで共闘しただけだぜ。」

 

「いいのいいの、気にすんなって。…それにこれ俺のポイントじゃないしな。」

 

「は?」

 

「いやいや何でもない、こっちの話。」

 

 

 

─────────────────────────────────────────

 

 

 

「一からやり直しだなカイレー。」

 

「そろそろこの小遣い稼ぎも限界だったし丁度いいじゃねえかアントン。

 きっと俺達には必要だったんだよ…もう一回負けるって事がな。」

 

「そうかもしれないな…。そういえばさっきのバトルの賭け金ってどうなったんだ?」

 

「そういや結局バトル途中で終わっちまったんだな。」

 

ステータス画面を開いてポイントを確認したカイレーが素っ頓狂な声を上げた。

 

「どうしたカイレー!?」

 

「ポイントが…無い。」

 

「何だって!?」

 

慌てて自分のポイントを確認するアントン。

そこに表示された0の数字を見て絶句した。

 

「…何で?」

 

「俺が知るかよ…」

 

先程のピックラックとの会話が頭をよぎる。

 

(それにデカールもバグが相当報告されてんだ、所持金やアイテムがまるっとロストするとかな。

 あんたらもそうなってたかもしれない。)

 

「まさかデカールのバグってのはこれなのか?」

 

「そんな…今まで貯めたポイントが…」

 

がっくりとうなだれるアントン。それを見たカイレーは思わず噴き出した。

 

「まあ痛い勉強代だと思うしかねえよ。本当に一からのやり直しだ。」

 

カイレーは笑いながらもなんとなく、これはピックラックの仕業なんじゃないかという考えが浮かんでいた。

 

「バグなのか、それともまたしてやられたか…。

 どっちにしろ、その内借りは返すぜ、ピックラック。」

 

照りつける太陽を見上げるカイレー。

無一文になってしまったにも関わらずその胸中は澄み切っていた。

 

 

 

─────────────────────────────────────────

 

 

「さっきの賭けバトルでがっぽりカイレーから頂いたのさ。

 おすそ分けって奴だ。お前の今までの負け分取り返せたかは知らないけどな。」

 

「それならまあ…ありがたくもらっておくとするか。」

 

「んじゃ本当にさよならだ。縁があったらまた会おうぜ。」

 

「待てよ。俺はまだ諦めてないぜ。」

 

「しつこいね~お前も。駄目だって言ってんだろ?」

 

「あーあ、それじゃあ俺は今日の事周りにベラベラ喋っちゃうかもしれねえなぁ。

 デカール持ちに勝った武勇伝。話はあっという間に広まるだろうなぁ。」

 

「お前…!」

 

ニヤリと笑うスレード。ピックラックは諦めたようにため息を吐いた。

 

「まさか俺が脅される側になるとは…こりゃ引いたのは当たりじゃなくて大外れだな…。」

 

「まあまあそう言うなって!旅は道連れ世は情けって言うだろ?役に立つぜリーダー。」

 

「誰がリーダーだ。その呼び方やめろ、普通に名前で呼べ。」

 

「オーケー、ピックラック。これからもよろしくな!」

 

大きな声で笑うスレード。それは今日一番の盛大な笑顔であった。

対照的にピックラックはしかめっ面で今後の勘定を弾く。

 

 

偶然の出会いから出来た新たな仲間、そしてデカールを巡ってゆっくりと動き出すGBN。

 

 

本人の思いとは裏腹に、ピックラックの仕事は大きなうねりに巻き込まれていくのだった。

 

 

 

 








一攫千金を狙うってのは夢があるよな。
でも実際やってみるとそりゃあ過程は地味なもんさ。
案外ロマンチストってのが一番現実的なのかも知れないな。

次回 ブレイククラッカーズ #03 

トレジャー・ハント

宝を見つけるまでが一番楽しい。
あいつら皆そう言うのさ。


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#03
トレジャー・ハント - 01


…以上が現在まで判明したブレイクデカールの特性、及び使用者拡大の理由である。

引き続き調査を続け、次第は追って報告する。

 

報告書を書き終えてピックラックはモニタに映した映像を見た。

そこにはジェノアスクラッカーと戦うガブスレイカスタムの姿があった。

ジェノアスの腕にガブスレイのクローが刺さっている場面、だがガブスレイにブレイクデカールの炎は確認できない。

一旦その映像を止めると、別の映像ファイルを開く。

こちらも同じくジェノアスとガブスレイの戦闘記録であえる。

ただ先程の映像と異なるのは、こちらの映像にはブレイクデカールの影響がキッチリ映り込んでいる事である。

ビームの太さ、威力、動き、どれもが実際ピックラックが体験した通りの記録だった。

 

(勘は当たったわけだ。)

 

前者の映像はGBNの戦闘記録の映像を保存したものである。

そして後者の映像はピックラックがGBNの戦闘を「外部の映像記録アプリケーションで保存したもの」である。

 

カイレーと戦闘を始める直前、ピックラックはGBNの映像をバイザーだけでなく、別の機器へと出力し録画するようにセットした。

二つの映像が何故違うのか、それは映像ファイルの構造の違いにある。

 

前者の映像はGBNで録画されたものだが、これは厳密には録画ではない。

戦闘ログと画像データからその戦いを再構築し、再生したデータを映像ファイルとしてコンバートしたものだ。

GBN内でも確認できる戦闘映像は、容量の関係もあってあくまでゲーム内データで再構築したものをシミュレートしたものに過ぎない。

対して後者の映像は、その時バイザーに出力される映像をそのまま録画したものである。

 

目撃証言があるのに映像に残らない。

映像には誰かが改竄、または補正が入った形跡がある。

だが、自分で録画してすぐに確認した映像にも同様の形跡が見られた。

 

この事からピックラックは、この現象は恐らく第三者の改竄ではなくGBNの仕様による物ではないか、との仮説に行きついた。

それを実証するためにアントンとカイレーとのバトルに臨んだのだ。

 

(思わぬ成果もあった。)

 

映像を早送りするピックラック。そこにはモンスター化したイフリートが映っている。

GBNの記録映像に切り替える。

こちらではイフリートは怪獣化せず、何か特殊な強化モードを発動させたように見える。

動きはかなり激しいが、あくまで仕様の範囲内に見えた。

ジェノアス、ジェムズガン、ガブスレイの動き、位置ももう一つの戦闘映像とはズレがある。

実際のイフリートはモンスター化してサイズが一回り大きくなっている分、攻撃のヒットした場所が本来と異なっている。

もちろんプログラマが設定すれば実際の当たり判定個所はいじれるが、今回は見た目度通りの当たり判定になっていた。

 

(こうしてみるとハッキリわかるな。)

 

二つの映像のは細部は異なるものの、流れは全く同じである。

最後の決め手もマルチランサーで一刺しだ。

 

(補正がかけられているのはなんとなく分かっていたが、その理由も分かったのはラッキーだった。)

 

後者の映像を巻き戻す。

イフリートが咆哮を上げるとその体のテクスチャとサイズが変化し、フィールドが更に異常を発する。

 

この変化が補正のかかった原因である。実際には起こるはずの無い、ログに痕跡の残らない変化。

これをGBNはシミュレートできなかった。

そのためにGBNにあるデータでその異常を補って構築したものが前者の映像である。

この事を裏付けたのが、二つの映像の天候は全く同じという事実。

天候が大荒れになったのは異常であるが、その天候データ自体はGBN内のデータとして存在してるものだ。

故に天候自体に映像の差異は無い。

 

(だがそれなら…)

 

イフリートを変化させたプログラム、本来は存在しない変化した骨格データ、その他諸々はどこから呼び出されていたのか。

恐らく同時に天候を悪化させるプログラムも実行されていたはずだ。

だがGBNがそのデータを呼び出せないとするなら、どこかGBNが参照できない領域にデータが存在しているはずだ。

 

(運営が把握できないデータ保存領域なんて存在しているのか?)

 

疑念はそれだけではない。

別にガンプラを強化するだけならあれだけの事をする必要は全くない。

攻撃力と防御力の参考値をいじるだけでいい。

変身なんてあんな趣味的な手の込んだ事をする必要は無いのだ。

だがピックラックはその答えも何となく見当が付いていた。

 

(嫌悪感を駆り立てるため、それはプレイヤーに対する悪意だ。)

 

イフリートが変化してからフリーバトルモードになって全域に無差別攻撃するようになった事。

ログアウトが不可能になった事。

 

「アバター状態でガンプラに踏みつぶされでもすれば強制ログアウトされるかもな。

 だがそんなのも御免だろ。」

 

「ああ、気分がいいもんじゃないな。」

 

あの時のカイレーとの会話を思い出す。

 

(そう、気分がいいもんじゃない。)

 

アバターだから実際に踏みつぶされても痛みは感じない。

だがある程度現実感のある仮想現実では死に対する危機感は嫌でも想起される。

踏みつぶされれば心のどこかで死に対するトラウマは蓄積するものだ。

それはそのままGBNでの嫌な思い出としてプレイヤーに記憶される。

 

「幸いイフリートは鈍重な見た目に合わせてあまり回避をしないようになってる。

…ムカつくがな。」

 

嫌な思い出。

ピックラックは自分が吐き捨てた台詞を思い出す。

そう、イフリートは見た目に合わせて回避を行わなかった。

現実ならともかくこれはゲームだ。

設定次第で機体速度なんていくらでもいじれたはずだ。

ゲーム内の最高難度のCPUといっても、実際はプレイヤーが倒せるレベルまで調整されたものだ。

本来であれば、人間の反応速度を超えた動きをするCPUだって設定数値次第で簡単に作れる。

何故それが実装されないのかと言えばこれがゲームだからだ。

絶対に倒せない敵なんてイベント戦闘でもなければただの障害にしかならない。

今GBN内で実装されているのは、耐久力を無限に設定されたGPDガードカスタムくらいのはずだ。

本当に勝てないCPUを相手にするなんて事になれば、プレイヤー達はこぞって匙を投げだしてしまう。

今回のイフリートだってそうだ。

本当に相手を倒すだけなら目に見えないスピードで動き回り、こちらを一撃で破壊する武器を持たせればそれで済む。

そうすればプレイヤーも一気に興を削がれてゲームをやめるだろう。

どうしてそうしなかったのか。

恐らくはプレイヤーがこいつは倒せるかもしれないという希望を持たせるためだ。

 

今回イフリートになんとか勝てたのはカイレーのガブスレイが味方になっていた事が大きい。

ブレイクデカール持ちの味方がいなかったら、あの装甲を貫いて勝てていたかというとまず無理だろう。

十中八九、重装甲重火力のイフリートに嬲り殺されていたに違いない。

 

こちらの攻撃を当てても当てても倒れない怪獣のようなイフリート。

奴は叫び声をあげながらゆっくりと確実にこちらに近づいてくる。

更にログアウト出来ないというストレス環境下での強制戦闘。

これらは全てプレイヤーにトラウマを与えるためのものに思えてならない。

 

「俺もわからねえよ。

 テメエとやり合って負けそうになったらモニターに選択肢が出て…。」

 

アントンはイフリートの変化の原因をそう語っていた。

負けそうになると現れる選択肢。

ブレイクデカールに手を出す人間が最も忌避する事、それは負ける事だ。

つまりこの選択肢もわざとそんな状況下で出現するように設定されていたと見ていい。

だがその誘いに乗った先にあるのは自機の暴走。フィールド全体への高負荷。

運営にもプレイヤーにもフィールドにも被害を与え、周りの全てが自分の敵になる。

行きつく先は破滅だ。

 

(ブレイクデカールはGBNで無双するためのチートツールじゃない。

 そう見せかけて騙したプレイヤーをGBNで苦しめるためのトラップなんだ。

 そしてそれだけじゃない。)

 

ピックラックの目の前で変化したイフリート。

その時スレードが言った事。

 

「イフリートが今の姿になった時と同じだ!

 あいつあの時もこうやってデカくなりやがった!」

 

補足をすれば、デカールを使用した時点で不明なデータの呼び出しは発生していた。

謎の領域からデータを呼び出し、サイズと見た目を変更し、天候も変える。

そしてそれを定期的に行う。

 

ゲームにおいてシステムに一番負荷をかけるのは一体何であろうか。

それは画面への描画の部分だ。デカールの製作者はそれをよく分かってる。

デカールの仕様で機体の周りに発生するエフェクトだって本来はわざわざ描画する必要は無い。

 

デカール発生時のラグの正体は一時的な描画負荷によるものだ。

更にデカールを発生させると天候をめちゃくちゃにして、フィールド全体の描画にも影響を及ぼす。

そうしてどんどん負荷を上げる事で、サーバーにデータを詰まらせて最終的にシステムダウンさせる。

つまりこれはGBNに対する明確な攻撃行為なのだ。

 

(プレイヤーだけじゃない。デカールを作った奴はGBNそのものを憎んでる。)

 

ここまでは推測出来た。だがその理由はデカール作成者本人でもなければ分かるわけもない。

 

「ひとまずはここいらが限界かな。」

 

ピックラックは動画を閉じ、椅子に背を持たれた。

 

今回、この推論とデカールを映した動画は報告書へ加えなかった。

まず何かの拍子に動画が流出するのを抑えたかったという狙いがある。

それにクライアント相手でも必要以上の情報はなるべく伏せて手元に残しておきたい。

 

そしてもう一つは、この推論を誰かに言いたくなかったというのが理由だった。

現状ではあくまでただの妄想。言う事に特に問題があるわけでもない。

だがそれを口に出すと、何かが起こりそうな予感がしていた。

 

そう、見えない悪意が形を成して自分に襲い掛かってくる…そんな予感だ。

 

「それじゃあとりあえず次にやれる事は…」

 

腕組みをして考えるピックラック。

 

「デカールの入手、ついでに売人とルートの確認かな。」

 

自分に確認させるように呟くと、ピックラックは必要な情報を漁り始めるのだった。



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トレジャー・ハント - 02

ある日の夜、相も変わらず人でごった返すGBNフロント。

そこには通路に立ち、ぼんやりと外を眺めるスレードの姿があった。

 

「よっ、久しぶり。」

 

後ろから声をかけられ振り返ると、ピックラックが手を振りながら近づいてきた。

 

「よう、そっちも元気そうだな。」

 

「お蔭さんでね。」

 

「連絡入れてもあんまり素っ気なかったからほったらかされたのかと思ったぜ。」

 

「こっちはこっちで色々忙しいのよ。情報収集もしないといけないしな。」

 

「俺を呼んだって事は何か始めるのか?」

 

「ご名答、と言ってもここで話すのもなんだから場所を…」

 

「あっら~、ピックラック君じゃない!」

 

二人の会話を遮る特徴的な声が響く。

ピックラックはその声に聞き覚えがあった。

 

「あー…えっと、スミカ!…さん?どうも御無沙汰です。」

 

「なーにそんな他人行儀しちゃって!ハグしてくれてもいいのよっ。」

 

そう言い終わるが早いや否やスミカはピックラックを抱きしめる。

ピックラックは力なく笑っていたが、目はどこか虚空を見つめていた。

その状況を見て唖然とするスレードにスミカが話しかける。

 

「こちらのお兄さんは初対面ね。初めまして、私はスミカ、よろしくね。

 あなたもハグする?」

 

「いいえ結構です!」

 

激しく首を振るスレード。

スミカは本当に残念そうに体をすぼめてみせる。

 

「ピックラック…こちらの…スミカさんはお前の知り合い?」

 

「…うん、まあ。一度顔を合わせたくらいだけど。」

 

「んもう、水臭いわねぇ。一度会えば皆友達よ。気軽に何でも相談してね。」

 

「スミカさんはアダムの林檎の人で、フロントの見回りとかもしてんだよ。」

 

「アダムの林檎!?あの上位ランクフォースの!?」

 

スレードの目が輝く。

スミカを見る目がバトルの相手を見る目に変わった。

 

「俺はスレードといいます。スミカさん、よければ俺とバトルしませんか?

 アダムの林檎メンバー、自分の腕が通用するのか試してみたいんです。」

 

「あっらぁ、情熱的ね!私そういうの嫌いじゃないわよ。」

 

「はいはーい、ストップストップ。

 スレード、お前今日の目的速攻ぶん投げんじゃないよ。」

 

前のめりのスレードをピックラックが静止する。

それを見たスミカが笑った。

 

「二人とも仲がいいのね。長い友達なのかしら?」

 

「いやピックラックとはこの前知り合ったばっかりで。

 今日会うのも久しぶりだよな。」

 

「まあそんな感じです。」

 

「二人はどこで知り合ったの?フリーバトルエリアかしら?」

 

「会ったのはフランチェスカの…ぐえっ!」

 

ピックラックからのひじ打ちがスレードの脇腹にモロに入る。

痛みは無いが話の腰を折られるスレード。

 

「フランチェスカでMSビーチバレー見てる時にですね!

 偶然知り合ってウマが合ったといいますか!

 その流れでバトルやなんややって仲良くなったってワケです。なっ!」

 

ピックラックは口を挟む暇も無く早口で説明してみせる。

同意を求めるその目は笑っていた。

だがそれ以上に強い圧力(プレッシャー)がスレードへ向けられていた。

 

「はい!そういったワケです!」

 

「そうなの~、いいわねぇ~。

 そういえばピックラック君、フランチェスカに行くってあの時言ってたものねぇ。

 でも大丈夫だった?最近あそこでフィールドに高負荷がかかって一部地域が封鎖されてたじゃない?

 巻き込まれなかった?」

 

「はい、大丈夫でしたよ。

 浜辺から街頭モニターでコイツと一緒に様子見てました。なっ!」

 

「そうそう、そうです!見てました!」

 

コクコクと頷くスレード。

 

「でもあれ以来フランチェスカフィールドの動作が安定したみたいよ。

 運営も本腰入れてメンテナンスしたのかしらね。

 なにはともあれ平和になっていい事ねぇ~。」

 

「そうですね…本当に。」

 

感慨深そうにスレードは言葉を吐いた。

それを見たピックラックも軽く微笑む。

 

「んじゃそろそろ行こうぜスレード。スミカさん、またその内会いましょう。」

 

「ああ、それじゃ今度是非バトルお願いしますね、スミカさん。」

 

「は~い、二人ともまたね~。」

 

距離が離れても大きく手を振るスミカを見ながら二人はGBNフロントを後にする。

 

「それでどこに行くんだピックラック?」

 

「ああ、今回行くのは…」

 

フィールドガイドシステムの前に立ち、パネルを操作するピックラック。

目的地を見つけるとモニター画面に映しだした。

 

「アラスカフィールドだ。」

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

アラスカフィールド…そこはガンダムSEEDにおいて、オペレーション・スピットブレイクが行われたアラスカ基地があるフィールドとして馴染み深い場所である。

現実においては氷河やそれによって形成された特殊な湾岸地形であるフィヨルド、オーロラが有名なアメリカ最北に位置する州である。

GBNでもそれらは再現されており、観光地として、また静かな場所、雪を好むダイバー達のフォースのネスト候補地として人気が高い。

 

ピックラックとスレードは、そんなアラスカを興味深げに散策する。

いつでもオーロラが見られるように常に夜間を維持するオーロラ特別区を訪れると、その壮大なスケールに圧倒される。

ピックラックもスレードも、開いた口が塞がらないまま空を見つめていた。

メインの観測スポットから離れた人のいない場所、静寂とオーロラだけがそこにあった。

 

「すげぇもんだな、オーロラってのは。」

 

「ああ、ゲームでこんだけのもの見れるんだからお得感あるよな。」

 

ずっと上を見ていた首の調子を戻すように左右と振ると、スレードはピックラックに向き直った。

 

「んで今回は何をする気なんだ。」

 

「それじゃ本題に移ろうか。」

 

ピックラックは氷原に腰を下ろすと手元に仮想モニタを表示させる。

続けてスレードも腰を下ろすと映し出された情報に目を通した。

 

「フォースランク表?」

 

映っていたのはフォースバトルで決定されるフォースランキング一覧であった。

上位ランクにはチャンピオンのクジョウ・キョウヤ率いるトップランクのAVALONから第七機甲師団を始め錚錚たる顔ぶれが並ぶ。

その中には先程出会ったスミカが所属するアダムの林檎の名もある。

 

「強い奴らが上にはうじゃうじゃいる、たまんねえな。

 一度お手合わせ願いたいもんだ。」

 

「やる気出すのはいいけど、俺らが見るのはこっち。」

 

ピックラックは画面をどんどん下にやるとランキング3~4桁代の画面を映す。

それは下位ランクから中位ランクの境目と言われるランク帯で、主にGBNに慣れてフォースを組んだ脱初心者達が切磋琢磨している層だ。

操縦技術も規模も上位ランクのフォースとは比べ物にならないが、彼らは希望を胸に更なる高みを目指している。

 

「ランク1000付近か、ここはいつ見てもフォースの顔ぶれ変わるから見てないんだよな。」

 

「普通そうだよな。当事者じゃなけりゃ、関係ない場所だし。

 だが今回はそれが大いに関係するわけだ。」

 

「デカール絡みか。」

 

頷くピックラック。話を続ける。

 

「この前のアントンとカイレーの話覚えてるか?

 フォースのランクマッチで負け続きの時にデカールを使ったって。」

 

「ああ、覚えてるよ。それがどうした?」

 

「当時アントンとカイレーが所属してたフォースってのを調べてみたんだが、最終ランク800台だった。

 推移を見てるとランク800台まではストレートで登ってきたが800から700への壁で躓いた。

 そこで長く燻ってた末に急な快進撃が始まってる。

 一度は600台に迫る勢いだったが、最後はゴタゴタがあって800台に戻った所でフォースを解散したらしい。」

 

「ゴタゴタってのはアレか。」

 

「間違いなくデカール使用疑惑によるイザコザだろうな。

 そんで気になってな、ここ半年に情報があったマスダイバー容疑者の素性を色々漁って分かった事がある。」

 

モニターに過去にタレコミのあった人物のリストが並ぶ。

そのデータを見てスレードも顔をしかめる。

 

「こいつは…成る程、お前の言いたい事分かったぜ。

 これはあからさまに怪しいな。」

 

「ああ。見ての通り、マスダイバー容疑者は圧倒的にそのランク帯のフォースメンバーが多いんだよ。」

 

「デカールを広めてる奴らは勝ちたい奴らの焦りを利用してるって、そう言いたいわけだな。」

 

「ああ。そもそも上位陣はデカールなんて使う必要を感じないガチ勢だけだし妥当と言えば妥当だな。

 ゲームにもそこまで慣れきってない頃のダイバーが多いだろうし、引っ掛けるにはうってつけだ。

 被害報告を漁ってる限りでは、今でもこのランク帯でデカールの頒布が行われてるみたいだ。」

 

「つまり今回のミッションはデカールを配ってる野郎を見つける事、だな。」

 

「そういう事。」

 

ピックラックは容疑者リストを閉じると他のファイルをいじり始める。

スレードは少し考えるとピックラックに問いかけた。

 

「そうなると、俺は今回何をすればいいんだ?」

 

ピックラックは何かのファイルを開くと、スレードの目の前にモニタを突き付けニヤリと笑う。

 

「傭兵。」

 

 

冷え切って澄んだ空気の中をオーロラは悠然とどこまでも輝く。

それはGBNに忍び寄る危機などどこ吹く風だ。

 

誰からも気に留められぬ氷原の上で今、二人のダイバーの新たなミッションが始まった。

 




更新が少し空くと思われます。
ご了承下さい。


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