ワールドリワインド (恒例行事)
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第一次侵攻

こんな感じの物語好きだからもっと流行れ


 街中が破壊の渦に巻き込まれている。

 

 巨大な白い身体の怪物が、家を壊し瓦礫を砕き人を喰らい斬り撃ち穿ち殺す。

 

 地獄――そうとしか表現できない。

 

「――んだよ、これは……」

 

 呆然と、そう呟くことしかできない。今朝は普通に目が覚めて。昼は幼馴染に勉強を教えてもらい――何時もの日常。

 

 なのに――なんだこれは。

 

「――(めぐる)……ッ!」

 

 幼馴染が話しかけてくる。おいおい、俺に構ってる状況じゃないだろ。

 

「待ってて、今助けるから……!!」

 

 無駄だよ。家の崩落に巻き込まれて生きてるだけまだマシだろ。俺の事は置いて、先に逃げてくれ。

 

「――ッ! 何でそんなこと言うの!」

 

 事実じゃんか、だってもう――身体の感覚が分かんないし。

 

「いい、から……! 逃げるの!」

 

 ……このままじゃお前も巻き込まれる。頼むから逃げてくれ。

 

「嫌!」

 

 頑固だな、全く……

 

「~~~ッ!! も、う……!! 重た、すぎッ! 待っててね、すぐ助けるか……ら……」

 

 お前だけ、は……生きてて、くれ……

 

 

「ねぇ待って! 返事してよ! ね――」

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「――る。――る」

「ん……」

 

 目が覚める――目を開けると目の前には幼馴染の顔。

 

「……は?」

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ガクガクと肩を揺さぶられる。いや、それよりもだ。

 

「……あるじゃん、感覚」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 先程感覚の無かった下半身を動かす為に、幼馴染をどける。

 

「ちょ、ちょっと何すんのよ」

 

 そのまま幼馴染を座っていた椅子に座らせ、肩を掴む。むにーと頬を引っ張るとそのまま伸びていく。

 

「ら、らにすんの」

 

 若干頬を赤らめ――恐らく頬を引っ張ったから――文句を垂れる幼馴染を放置してさっきのがなんだったのか考える。

 

 思い返してみても、あの時の記憶はある。

 

 確か、一人で留守番する事になったから出かけた幼馴染を見送って家でゆっくり漫画読んでた気がする。そしたら突如外が騒がしくなってきて、何だと思って窓から外をのぞいたら――変なでかいのが空から降ってきた。

 

 そしたら家の崩落に巻き込まれて、下半身が動かないことに絶望しながらパニックになってたら――幼馴染が来た。

 

 以上、回想終わり――いや、わかんねぇよ何だこれ。

 

「訳が分からん」

「それはこっちの台詞!」

 

 うがーと牙をむいて来た幼馴染に対し、座ったままのデコを押さえつけて届かないようにする。

 

「いや、ちょっと悪夢みたいな何かを見てさ。変な夢だったわマジで」

「悪夢? 何それ」

「さてな。俺が知りたい」

 

 一体何だったんだろうか、俺の夢だったのか?

 

「それにしてはリアルな感覚だったわ。下半身動かなかったし」

「それマジでやばい奴じゃん……やっぱ一緒に居ようか?」

「いや、いいよ。お前にそんな迷惑かけてられないし」

 

 出かける寸前だった幼馴染を見送る為、玄関まで向かう。

 

「じゃあ行ってくるから、本当に調子は大丈夫なの?」

「おう、平気だ。楽しんできな」

「……ん。分かった! じゃあ行ってきます」

「おういってら――」

 

 そう言ってドアを開けようとした幼馴染と、ドア周辺が一瞬で外に繋がった。

 

 周辺が一気に消えた――そのまま、消えうせたのである。

 

「……は、あ」

 

 何だと思い上を見上げる――そこに居たのは、さっきも見たでかい白い怪物と少し小さめの四本足の変な奴。

 

 でかい怪物の口は閉じられており、その口からドアと思われる素材と――人間の足の様な物が見えた。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 あの足は一体なんだ?うちに来るまで誰かが犠牲になったんだろう。

 

 ――否。

 

 じゃあ誰が?決まっている。

 

 脳が現実を認識したがらない。拒否したい、逃げ出したい、否定したい。

 

 だが、現実が嫌と言うほど押し付けてくるその事実は――残酷で無慈悲なものだった。

 

 

 

「――てめえええぇぇぇぇぇえぇぇ!!」

 

 

 武器の様な物など何もなく――素手で走り詰め寄る。人を飲み込むような怪物だぞ、勝てるわけがない――うるさい。

 

 そういう話じゃないんだ。

 

 

 ――好きな人を奪われて、黙っているなんて男じゃない。

 

 

「その人を、返せえええぇぇーーーー!!」

 

 

 そして小型の四本足の奴が前に出てきて――その身体のブレードに切断され、呆気なくその人生の幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……ああ、何だ。そういう事だったのか。

 

 さっき聞いたばかり(・・・・・・・・・)の言葉に既視感を感じながら、俺は目を開ける。

 

 視界に映りこむのは、さっきと変わらない幼馴染の顔――その事実にどうしようもない程安堵を抱く。

 

「何だよ……そういう、事かよ……」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 さっきと変わらない台詞、さっきと変わらない表情――間違いない。

 

 俺は、死んでは巻き戻る特異体質を得たらしい。

 

「ごめんな」

 

 そう言って肩を揺さぶるために彼女の手を取り、座っている俺に引き寄せ抱き締める。

 

「ちょ、なななな、なにすんの!? まだ昼だし!?」

「ごめんな……ごめん……」

 

 どうやら俺が思っていたより、さっきのは堪えたらしい。彼女が生きている――その事実がどうしようもなく有難い。

 

「……怖い夢でも、見たの?」

「怖い夢、か……確かに、とびきりの悪夢かも」

 

 終わりのない物――この無限ループには恐らく、終わりなんて存在しないのだろう。かつて見た漫画やゲーム、小説でも似たような話はあった。

 

 突如巻き戻しの能力を身に宿してしまった主人公が、自らの命を犠牲に何度も何度もやり直して世界を、国を、街を、人々を、仲間を、大切な人を救う。

 

 ありふれた英雄譚だが、そのミソは主人公があくまで凡人であるという点である。

 

「最悪だ……本当に」

 

 抱き締めた彼女の温もりを、俺は恐らく生涯忘れることは無いだろう。

 

 そして抵抗しない彼女の温もりを味わいながら――再度、意識が暗転した。

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

「……ああ、聞いてるよ」

 

 気だるげに肩に置いてある手を取る。

 

響子(きょうこ)

「何?」

 

 そう言ってこっちを見つめる彼女――響子に、俺は宣言する。

 

 

「今日一日、俺とデートしないか?」

 

 

 さぁ、逃走劇を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……ああ、また駄目だったか。

 

 最早何度目のやり直しかすらわからない程繰り返し――また失敗した。その事実が俺に重くのしかかる。

 

 四足歩行に斬られて死んだ。

 

 でかいのに飲み込まれて死んだ。

 

 でかいのに踏み潰された。

 

 どこからか飛んできた銃弾に撃ち抜かれて死んだ。

 

 彼女が斬られて死んだから、後を追って自殺した。

 

 彼女が踏み潰されたから、俺も踏み潰された。

 

 失敗失敗失敗――成功の二文字が酷く遠く感じる。

 

 

「何が駄目なんだ……」

 

 

 わからない、わからない。どうやったってうまくいかない。まるで世界が俺たちを殺しに来ている――そんな風にすら考えてしまう。

 

 それでも。

 

 とにかく模索する。どれだけ失敗して死んでも、彼女が殺されても――俺の精神が死なない限り、俺たちは死なないのだから。

 

「絶対助けるからな」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 もう何度聞いたかすらわからない彼女のそんな声を聞いて、俺は再度計画を練り直す為に思考し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 聞いてるよ。次は別の道を試そうか。

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 うん。痛い思いさせてごめんな。次こそ助けるから。

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……おう。聞いてるよ。

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 何故だ。さっきまであのタイミングで四足歩行は出てこなかっただろ。何だ、俺の行動で少し変わったのか?あの少年を助けたのが駄目だったのか?

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる

 

 人を助けると未来の行動が変わり、結果的に死が近くなる。でも、見殺しにするのは違うだろ。でも、見殺しにしないと俺たちが生きていけない。クソったれ。

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞い

 

 あの少年とあそこの婆さんは無視だな。逆にあそこのOLは助けた方がいい。後から囮にできるから。そうなるとあそこの場面で四足歩行を意識する必要は無くなるな。響子の息切れだけが問題だけど、それは俺が担いでいけば問題ないだろ。

 

 

 

 

「ちょっと廻!

 

 くそっ、何だあのおっさん。折角うまく行ってたのに、これじゃ最初から練り直しだ。あのおっさんが出没する理由は恐らく途中のガキ(・・)を助けたからだな、今度は無視だ。

 

 

 

 

「ち

 

 上手く行ったと思ったんだが、駄目か。結局、ほぼ全部見殺しにするのが正解。避難所に辿り着けばまた少しは変わるのか?でも、避難所の手前までたどり着いてやり直しがかかるってことは避難所もダメなんだろ。どこだ、安全圏はどこにあるんだ?そもそも奴らはどこから発生してるんだ?何故来た?生物なのか?機械なのか?改めて考えてみても、謎ばかりだ。

 

 ……考えてみる必要がある。

 

 そもそも奴らに攻撃したことは無かった、試してみよう。

 

 

 

 

 

 

 一

 

 試しに鉄パイプで殴りつけてみたけど、ダメージは通ってないっぽい。感触もクソ硬かったし打撃は入りそうにない。次は包丁かなんかで斬ってみるか。

 

 

 二

 

 包丁じゃ傷一つ付かない。斬るって言っても本当に切れ味が良くないとダメそうだ。そもそも馬力はどんくらいなんだ?車で轢いてみたら意外といけるか?試す価値はある。

 

 

 三

 

 ぶっ飛ばしたら、反対向きになって起き上がれずにじたばたしてた。どうやら倒すことは出来なくても、四足歩行は何とかなりそうだな。ただこれをやると無害な奴まで一緒に轢いちまうし、俺へのダメージが半端ないしな。

 

 

 四

 

 四足歩行を何とかなるとか言ったが、あれは嘘だ。殴り掛かる前に斬り殺されたわ。

 

 

 五

 

 アレ、どうやって近づいたんだっけ?何かすぐ殺されるなぁ。

 

 

 六

 

 ああ、そうか。誰かが(・・・)一緒に居たんだっけ。あれ、すごく大切だったと思うんだが。

 

 

 七

 

 何を考えてるんだ俺は彼女を守ると決めたのにむざむざ危険な目に遭わせるとか幾ら死に戻るとはいえ苦しい思いを何度もさせるわけにはいかないだろう最初に誓ったことを忘れるなよこのアホカスなにをしてでも助けると決めたんだろう貫き通すぞこの野郎

 

 

 八

 

 あのクソ四足歩行野郎俺の事を狙わず響子を狙うとは絶対許さねぇいつか車で轢き殺してやるあのクソガキ俺たちの退路塞ぎやがって調子に乗るなよ邪魔をするな俺が殺してやろうか(・・・・・・・・・)

 

 

 九

 

 次だ

 

 

 十

 

 ああああぁぁぁ!!クソ、うまく行きそうだったんだ!!邪魔すんなよおっさん……!!

 

 

 十一

 

 駄目だな。あいつが生きてるといいことない――殺すか。

 

 

 十二

 

 殺すのに手間取って人が寄っていて邪魔された。次は全員殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 

 

 四十一

 

 どうやっても響子が殺される。どうすればいい、どうする。考えろ、考えろ、考えろ。考えて考え抜いて試して幾らでも挑戦しろ。俺にできるのはそれだけ――繰り返す。

 

 

 

 

 

 四十五

 

 今回はでかいのに飲み込まれてから少し時間があったから、自殺用に持っておいたカッターで手首を首を何度も切り裂いて死んだ。一つ不思議なのが、これまで一瞬で死んでた気がするが何故か生きていた。これに謎があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 五十

 

 響子に否定された。何でだ、何で分かってくれないんだ。だってそいつは、お前を何度も殺した男なんだぞ。殺すしかないだろ、分かってくれよ。お前のためなんだ、全部全部全部――お前のためなんだよ。

 

 

 

 

 

 五十五

 

 消えろよ。邪魔だ、俺たちの邪魔をするな。全部が全部、全て一切合切――邪魔だ。殺す。いや、殺すというのか?こいつらはもう人間じゃない、怪物を連れてきた人を殺すんだ――それはもう人じゃない。敵だ。殺すべき敵だ。目的の邪魔だ。障害物。消す。消すに限る。消すしかない。だから――分かってくれよ響子。

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「ちょっと廻! 聞いて――」

「行くぞ」

 

 行動開始。何度目の繰り返しになるかも分からないが、正攻法は存在しないことが分かった。

 

 条件としては、人を殺さず、邪魔者を避け、四足歩行から逃げ、デカブツから逃げ、人の多い所まで逃げる――とりあえず避難所まで行ったらそこを翔け抜けて隣町まで行くのがベストか。

 

 手早く一番近くにあるカッターを手に取りポケットに入れ、何故か(・・・)お洒落をしている響子の手を取り玄関に向かう。

 

 靴はスニーカーではなく、効率重視の安全靴。これを履く履かないで足の負傷率ががらりと変わった。

 

「ま、待って廻! どこに――」

 

 ドアを開け、まず左に駆けだす。T路地のちょうど中心にある家から左に駆けだし、凡そ一分ほど走ると大きな通りに出る。

 

 通りの南側では既に騒ぎが起きている為、ここで北上する。北に向かえば学校があり、簡易的な避難所として機能しだす。一度だけ響子を預けたことがあったが少し離れた隙に避難所が襲われていたため自殺してやり直した。

 

 学校を素通りし、徐々に人が学校に集まるために歩き出しているのを認識する。

 

「ね、ねぇ! 廻、聞いてる!?」

「聞いてる」

「と、止まって! お願い!」

「駄目だ。ここで止まったら死ぬ」

 

 響子の意見をねじ伏せ、進み続ける。仕方ないじゃないか、前に休憩したが――結果死んだ。

 

 あと数歩で逃げ切れたのに、その数歩が足りなかった。

 

 だから今回は休憩させない。無理やりその数歩を付け加えさせる。

 

 走れなくなった響子を背負い、駆ける。ひたすら隣町に向かって歩き、走り、四足歩行とデカブツに見つからないように冷静に、急いで向かう。

 

 そして隣町を繋ぐこの橋を渡り――ここからが本番だ。一番邪魔なおっさんをどうにかして避けなければならない。殺すのはNG、突き飛ばしたりしても響子に後でどやされるのは確認済みだ(・・・・・)

 

 街の中央まで凡そ十分ほどだが、その間に沢山の障害物がある。一番はデカブツと四本足。デカブツに関しては身を隠していてもこっちを補足してくるため、どれだけ遠くから先に発見するかに限る。まぁ既にいる場所は大体覚えたから、こいつらはなんとかなる。

 

 次に人。殺したら響子に文句言われるし、周りの人間にリンチにされる。どうにかして無害な奴の近くを通る――こうするしか方法が無かった。道は全部で二本、おっさんを選ぶか四足歩行を選ぶか。

 

 四足歩行に関してはもう倒せないと結論付けた。硬すぎるし、車ですら無傷でひっくり返るだけとか正直どうしようもない。二人いればどっちかを犠牲に倒せるが――それじゃ意味がない。

 

 響子だけは守るって決めたんだ――それだけは、忘れないようにしなきゃいけない。

 

 最終的に選ぶのはおっさん。あいつさえどうにかすれば、響子は(・・・)逃がせる。

 

 

 

 

 

「廻……」

 

 廻――私の幼馴染。

 

 今よりもっと小さい頃に両親が行方不明になり、沢村家に引き取られた子。

 

 私より四つも年下なのに、私と正反対の事ばかりする。

 

 喧嘩はするし、口調は荒いし、勉強をあんまりしないくせにテストの点数だけはいいし――その癖私に優しいし。

 

 家族、っていうよりは――好きな男の子、なんだろう。

 

 普段廻は変なことはしない。たまに部屋から気味の悪い笑い声が聞こえてきて様子を見たら漫画読んでたとかそういう事はあったけど、今回みたいなことは初めてだった。

 

 突然居間のソファで気絶するから彼の肩をゆすって起こしたら、いきなり外に連れていかれて。

 

 こっちは走りづらい格好してるのにもお構いなしに走って、話を聞こうとしても全然聞かせてくれないし。

 

 騒がしい後ろを振り向けば、何かでかい白いのが人を襲ってるし。

 

 訳が分からない事ばかりで、混乱が解けない。混乱が解けないまま彼に連れられ走り続けてた。

 

 息が切れて動けなくなったら背負って走ってる。私だってそれなりに重たいのに、全然気にせず走るんだもん。振動だってすごいし、お陰でたまに変な声でちゃう。

 

 だから――心配。

 

 何が廻をここまで豹変させたのか、その正体がさっぱりわからない。

 

 まるで未来が見える(・・・・・・・・・)かのように振舞う廻に、少し恐怖を感じてしまった。

 

 でも、それでも――私を守ろうと、そうしてくれてるのだけは分かる。

 

 だから待つ。

 

 騒ぎが去って、説明してくれるその時を――。

 

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁ!! た、助けてくれええぇぇ!!」

 

 

 瞬間、私の意識が声の元に向く。

 

 一人の男性が、でかい白い奴に追いかけられてこっちに迫ってくるのを。

 

 世界がスローで見える、そう錯覚する。命の危機になると瞬間的に感覚が鋭くなるというのは、あながち嘘じゃない――そんなどうでもいいことを考えながら、私はその男性を見続けた。

 

 でも、廻はそんなことはなく。

 

 まるで男性何て居ないかのように走り続ける。

 

 

 ねぇ、待って。あそこに助けを求める人がいるよ。

 

 助けないの。見殺しにするの。

 

 

 そんな言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡るけど、廻は止まる気配がない。

 

 そうこうしてるうちに、男性は追いつかれ――パクっと、何の遠慮もなく口に咥えられた。

 

 

「ぁ――」

「見るな」

 

 

 そう言って走り続ける廻に、私はどうしてと感想を持ってしまった。

 

 何で、そんなあっさりと人を、今の今まで生きてた人なんだよ、どうして?

 

 そんな感想を置き去りにして、廻は走り続ける。気が付けば後ろからさっきのでかい白いのが追って来てる、廻もそれに気づいているんだろう。足を進める速度は上がったし、息も切れてきている。

 

 でも、白いのはそんなこと知らないと言わんばかりの速度で近づいてくる。

 

 すると、突如廻が進行方向を変えた。裏路地の様な所に入り、一気に距離を短縮するつもりらしい。

 

 そして路地を進んでいると、突如視界が暗くなった。上を見上げると――さっきの白い奴。

 

 思わず叫びそうになったけど、ぎゅっと廻が力を込めて抱き締めてくれた。後ろ手だからあんまり力は入ってないけど、私の為にわざわざそうしてくれたという事が嬉しい。

 

 白いのは追いかけてくるばかりで、くらいついてくる気配がまだない。路地の先が見えて、もう少しで抜けれそうだ。もしかして抜けた先で食べるつもりなの――そう思う。

 

 廻は一生懸命走ってるから、それを伝えると若干驚いたような顔をして――「大丈夫。響子だけは守るから」――と言った。

 

 私だけは――?

 

 そう思った次の瞬間――私は路地を抜けた先へと投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――届いた。

 

 

 この路地を抜けた先には――自衛隊の車がある。

 

 前々回程にそれを発見し、あと数歩という所で二人とも飲み込まれて死んだ。

 

 だから今回は――響子だけでも逃すことにした。

 

 どうやら白いデカブツは段々死にづらくなっているので、うまく行くかもしれないというある種の賭け。

 

 

 こっちを驚愕の表情で見つめる響子の顔を最後に――意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーリー出来てるけど書く時間内から出来上がり次第投稿します


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始まり①

 ――目が覚める。

 

 ガバっと起き上がり周りを見渡しても、独房に入れられてるようで何もない。視界すら満足に見えない程の暗闇に包まれている為、響子がどうなったのかすらわからない。

 

 音も何もない空間に一人――いや、周りに本当は人がいるのかもしれないが、暗くて見えない。

 

 俺の心にあるのはただ一つ――響子は無事なのか、そうじゃないのか。

 

 ここで一度自殺をしてみるべきか?いや、上手くいったかもしれない。ここで巻き戻すともう一度やり直す事になる――いや、もう一度やるべきだ。

 

 その場で舌を噛み切り自殺するために出血する。激痛に身を悶えもがくが周りが動く気配はない――つまりそう言う事だ。

 

 次第に意識が薄れ――意識を失った。

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 ――目が覚める。

 

 体を動かす事なく、周りを見渡すために目を開ける。

 

 そこにあったのは闇。只々闇としか形容しようのないほどの暗闇。

 

 成る程、ここが次の巻き戻しポイントになるらしい。響子は助かったのだろうか?だが確かめたくても確かめられない。死んでも巻き戻らないというのは思ったより心に来る。

 

「ああ、くそ、何で……」

 

 言葉が漏れる。心の奥底で思っていた言葉は、何の抵抗もなくするすると口から出てきた。

 

 俺は彼女を守ると誓ったのに――◼︎◼︎響子を。

 

 

 絶望に包まれて、心が折れそうになりながら――冬の寒さに耐える雑草のように、ゆっくりと意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

「三十五番、起きろ」

 

 前回とは違い、響子の声じゃない目覚めの声――不愉快だ、消え失せろ。そう思いつつ目を開けると独房の前に三人の男が立っていた。

 

「貴様らはトリオンが最低限しか無い落ちこぼれだ。戦場じゃ役に立たない――だが、素手で戦場に送り込むつもりもない。あとで武器を支給してやる。有り難く思えよ」

 

 こっちの意見など無視して一方的に言葉を紡ぐ男に思うところはあったがそれはそれ。こっちは攫われてきた言わば奴隷、そんな存在に一々丁寧に説明する奴がいるのだろうか。

 

 だが、さっきの自殺で既に分かったことがいくつかある。

 

 一つは確実にこちらの命をどうでもいいと思っていること。

 

 暗闇の中薄れゆく意識で、音だけは何とか聞こうとした。だが、決してどこかから慌てるような音や動く音は聞こえなかった。

 

 仮に監視しているなら、様子を見にきたり何かしらのアクションがあるはずだ。それすらないと言う事は、こちらの命をどうでもいい正しく奴隷だと思っているのだろう。

 

 もう一つは、他にも攫われた人間が居るという事。

 

 この偉そうな奴の口ぶりから察するに、三十五番と言うのは俺の事。そして三十五番という数字が上からか下からかは如何でもいいが、三十五番という数字をつけるくらいには人がいるという事。

 

 そして、言語が通じる事。

 

 脳に細工でもされたのか、それともたまたまかは知らないが――どうしてか日本語が通じる。英語でもない日本語が、だ。

 

 薄暗いので相手の顔は見えないが、カタコトな様子はない。つまり日常的に使用しても支障の出ないほどに言語に慣れている事。

 

 魔法かなんかを使って翻訳してるならまだしも、あんな非科学的な機械か生物かも分からない変なのを使ってきてるんだしもう訳がわからん。

 

「明日、お前には戦場に出て貰う。精々壁になって死ね」

 

 ここまで清々しいといっそ感動すら覚える。奴隷という扱いを完全に理解して行動している。

 

 そう言って出ていく偉そうな男と付き人の兵士を見送って、俺は再度自殺した。

 

 

 

 

 

 

 

「三十五番、起きろ」

 

 前回との変更点――いきなりこの偉そうな男と会話していること。どうやら何らかのタイミングの後に更新されるようだ。

 

 この状況的に言えば、【絶対に覆せない物】を通り過ぎた後だろうか。

 

 諦めたくは無いが、響子を助けるのはアレがベストだったのだろう。いや、そう思わないと生きていけない(・・・・・・・)。頭がおかしくなりそうだ。何度も死んだのに覆せなかったなんて――耐えられない。

 

「ああ、そうだ。大丈夫、アレが最善なんだ、これ以上は無かった。しょうがない、違う大丈夫、これしかなかった。これ以上の終わりは無い、俺は生きてるしあいつも恐らく助かった、な?アンタもそう思うだろ?」

「……大尉、これは……」

「壊れて使い物にならんか。殺せ――ああいや、待て。せめて肉壁にはなってもらう。今から送り込むぞ」

 

 ああ、そうだ。だから許してくれ。分かってくれ。生きててくれ。俺が俺で有る為に、どうか弱い俺に生きる理由で居てくれ。

 

「転送しろ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

 怒号で意識が覚醒する。ああ、クソ、どこだここはお前は誰だ響子はどこだ無事なのか今すぐ帰らせろいや帰るぞ死んでやる。

 

「――おい、お前頭おかしいんじゃないのか…?」

 

 止めるな、死なせろ。そこらへんに落ちてる木材でも目から本気で貫通させれば脳味噌はぶち抜けたし、頭蓋骨も貫通できた。人間意外とやろうと思えばできるものだ。

 

「誰か! そこの馬鹿ども! 手伝え!」

 

 近寄るななんだお前ら俺は響子に会いに行くんだどけよクソ野郎お前らは呼んでない必要じゃない俺が求めるのは■■響子だけだ。

 

「クソっ、押さえつけろ! すげぇ力で自殺しようとしやがる!」

 

 うるせぇ、死んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

 ――はぁ、取り乱した。死にたくなってくる。

 

 この死に戻りに目覚めてから度々混乱してしまう。これも恐らく、心の何処かで否定している自分がいるからなんだろう。

 

 大丈夫、響子は死んでない。天下の自衛隊だ。守ってくれる。それよりも、どうやって再会できるかを考えよう。

 

「聞いてるのか!!」

「うるせぇな、聞いてるわボケ」

 

 ああイライラする。お前らなんぞどうでもいい、俺は響子に会いたい。こんなどこの国のどんな奴なのかも知らない奴の声を聞き続けるより、響子の声が聴きたい。

 

「貴様、奴隷兵の分際で……!!」

 

 そう言って腰に携えていた剣を振りかざしてくる。オイオイ死んだわ俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

普通に人の事殺すんだな。まぁこれではっきりした。確実にここは正常な世界じゃないってことが。

 

「俺はお前らゴミムシ以下の存在を押し付けられた憐れな士官だ。お前らには何の期待もしていない、さっさと盾になって道を作って死んで来い」

 

お前らという言葉に反応し周りを見渡すと、確かに日本人の――と言うより、アジア系と言った方がいいのだろうか。確実に俺の同類の様な奴らが死んだ目をして佇んでいる。

 

三十人ほどだろうか、それだけの数の男女が呆然としている姿は流石に恐怖する。

 

「む? 何だ貴様、武器も持ってないのか。仕方ないな……ほら、これをやるから適当に突っ込んで死んで来い」

 

其処ら辺に立てかけてあった剣を渡される。マジ?そこらへんにあったもの適当に渡すのは流石に予想外。

 

「ふん、精々壁になってこい」

 

光があたりを包む―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――過剰なほどに与えられた浮遊感と、それに伴う不愉快な感覚でゲロを撒き散らしながら光から覚める。

 

「援軍……いや、奴隷兵士か」

 

ゲロを吐きながら声の主の方を見ると、そこに居たのは騎士の様な鎧が立っていた。

 

「ちょうどいい。ここから南東に50キロ進んだところで友軍が交戦中だ。行ってこい」

「……歩いて?」

 

「そうだ。お前たちに何度もワープを使うのは勿体無い」

 

 

……は、はは。どうやら、覚悟はしてたけど甘かったらしい。

 

本気で人間だとみていない。奴隷は奴隷だと割り切っている。

 

生きてても死んでても変わらない――人間以下の何か。それが俺たちの価値なんだろう。

 

 

「……行こう」

 

 

歩き出す。ともに送られてきた仲間が付いてくるかは知らないが、とにかく進む。もう元には戻れない、幸せだったあの頃は帰ってこない。

 

ならば、もう一度取り戻す。

 

響子は助かり、俺は生きて地球へ帰る。

 

死んでも元に戻るのだ。何度繰り返すことになっても――必ず会って見せる。

 

それが、沢村響子に救われた星見廻の使命なのだから。

 

 

――長い戦いが、始まった。

 

 

 

 



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始まり②

 一

 

 友軍の居る場所への行軍とは名ばかりの、俺たち奴隷兵を体よく処分する作戦が始まった。食料がそもそもないし、服装も皆スニーカーとか革靴とか安全靴とかバラバラである。そんな状態で行軍とか言われても出来るわけがない。

 

 戦場からは離れてるからそこまで敵襲的なモノは警戒しなくてもいいかもしれないが、如何せん何もない。この絶望的な状況じゃ普通の人間は何も考えられずパニックになるだろう――そう、普通なら(・・・・)

 

 生憎俺は普通じゃない。確かにあいつらが求める条件には何かが達していないんだろう。

 

 だが、俺には皆にない――やり直しが存在する。

 

 セーブを勝手に世界によって決められ、【最善】と思われる行動を行えば次に進む――それは果たして、人間と呼べるのだろうか。

 

 こんな俺の(ざま)でも、たった一つ――一つだけ、胸に抱く思いがある。

 

 俺を救ってくれたたった一人の人間を救う事。

 

 それだけを胸に――何度死んでも、生き延びてみせよう。

 

 

 

 一先ず愚直に進んでみることにする。皮肉なことに時間は無いが時間がある、なんという矛盾だろうと思ったがその通りだ。例え世界に時間が無くても、俺には何時までだって時間がある。

 

 思考しろ、実行しろ、練り直せ、思考しろ、実行しろ――これの繰り返し。思考と実験の連続――科学の実験に似たような物だ。

 

 進んで一時間程だろうか、仲間の一人が小休止を取っている間に消えた。仲間?ああ、仲間だよな。殺してこないし、同じ待遇なのだから仲間で間違いない筈だ。

 

 消えたのは男性が一人――大方現実に耐えれなくて逃げたのだろうか。まぁ実際逃げ出したくもなる。

 

 俺の様に現状命に限りは無い無限コンティニューを持っているならまだしも、たった一つの命でこの道を歩き戦場に行って死んで来いなんて命令されたら普通逃げ出す。いや、でも……逃げ出せない程精神が疲弊していたら別だが。

 

 そういう意味ではここに残った人間はそういう意思がない――というより逃げたい、逃げなくちゃいけないという思いと逃げても意味が無いという諦観の想いが重なっているのだろう。実際今ここで逃げ出そうという事を切り出す人間は居ない。

 

 

「逃げても行く場所は無い」

 

 

 つまりそういう事だ。絶望して圧し潰されて諦めて――もう、心が死んでいる。

 

 このままじゃ駄目だ。この先の未来で、仲間が必要になるかもしれない。ならどうするか――具体的な方法は今はまだない。

 

 進んで進んで、解決策を考えるしかない。俺はまだ一度目、何度だってやり直せるさ。

 

 

 

 凡そ5時間程経っただろうか。一度休憩をとるために声かけをしてその場に座り込んだところ、ある一人の女性から大きな音が聞こえた。空腹の合図である。

 

 そう言えば食料も何一つ渡されていない――辿り着かせる気がそもそもないんじゃないか、いやきっとないな。

 

 ここまで歩いて来たが生物や食料になりそうなものは何一つなかった――詰んだなこりゃ。

 

 俺自身腹は減ってるから、この状況で一番避けるべきなのは――仲間割れである。仲間割れするほど元気があるかは謎だが。

 

 人間を食べようと思い始めたらもうそれは終わりだ、だからどうにかして生きてる人間以外に目を向けさせる必要がある。

 

 試しにそこら辺の土を口に放り込んでみる――うん、土の味だ。まずい、まずい――これ食って意味あるのかってレベル。

 

 俺のその姿を見て、腹を鳴らした女子が何かに耐える様に土を手に取った。やめとけ、別に土は食っても意味ないだろ。

 

 空腹の足しになる物は何もない――それが事実だった。だが、何もないとは言うが土はある。石はある。

 

 三十人ほどの人間の腹の中に収まるような物なんて地球でも自然じゃロクに遭遇しない。

 

 つまりこの時点で選択肢が分かれるのだ。

 

 

 一、死に戻って食料を要求する。

 

 これは意外といけそうな気がする、軽い食料程度なら持たせてくれる――かもしれない。成功率十パーセントくらいか?

 

 二、ひたすら進行してさっさと目指す。

 

 これが一番現実的か。只管進んで進んで、友軍とやらに合流する。友軍が全滅してたら死に戻って別の道を探すし、友軍がまだ粘っていたら恐らくセーブポイントは新しくなるだろう。

 

 

 なら最初は二番を選択する。一先ず友軍への合流を目指す。

 

 

 その旨を仲間に伝えると、微妙な反応ではあるがとりあえずついていくという反応が返ってきた。

 

 まだ意外といけるかもしれない、ここで絶望するのは早いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二

 

「援軍……いや、奴隷兵士か」

 

 しまったな、そう言えばあいつら白い変なのを忘れてた。

 

 結局戦場まで一気に行くのがよさそうだな。戦い方に関しては徐々に慣れていくしかない――今回は何度も休憩を取ったから遅くなったがもう少し早く行けば仲間ともっと早く合流できるはずだ。

 

 今回の死因としては、シンプルに色々試しながら向かったからだ。着いた頃には友軍とやらはかなり追い詰められてて、合流するにはしたがその瞬間敵の白いのが襲い掛かってきて仲間の半分くらいを殺された。結局俺もそこから逃げられず死に戻った。

 

 ならばさっさと行く――前に食料を要求してみる。

 

 

「は? 食料……ふむ、まぁ転送はそう何度も出来ないが食料程度ならいいだろう。ただし二日分だ」

 

 

 意外と行けた。もしかして転送出来ないのは本当にできないからなのか?だとしたら別の日に向かわせろよコンチクショウ。

 

 

「転送はトリオンが大量に必要なんだ、お前らミソッカスを送るために私達隊長クラスのトリオンが丸一日分使われてはたまらん」

 

 

 結構話すじゃねぇか。説得したら行けそうな気がしてきた――けど、多分そこは無理。食料もらえた上に、この現場指揮官みたいな奴が結構喋れるって分かっただけ儲かってる。

 

 仲間に一声かけてから歩き出す、その歩幅は割と早めに設定している。前回とは違い食料がある為、休憩時間を食料を食べ終わる時間と設定すればさっきの様に不規則な休憩はとらなくて済む筈だ。

 

 

 が、現実は非情。貰った食料の半分を奪ってさっき脱走した男と他三名が逃げ出した。全員男。まぁそうなるよな、あいつみたいに絶望の中でも逃げれるようなメンタルがあればそりゃあ飯持って逃げるわ。

 

 逃げたもんは仕方ない、次に回そう。

 

 そうすると食料が減るのは当たり前のことで、三十人の二日分の食料のうち半分でなんとか食い繫ぐ。俺は幸い前回土を口に含める事が判明してるので、さっきの空腹少女にでも食料を分けて最低限で食っていく。

 

 そうして進行しているとあっという間に友軍と合流。所属を聞かれたが奴隷兵だから「奴隷兵です」と答えたら、さっさと前線に行って死ねと言われた。

 

 普通少しはねぎらいの言葉のひとつでも掛けるだろ、こいつらほんと頭おかしいな。まぁ言われたもんは仕方ない、しょうがないと前線に向かいだした俺に空腹少女が声をかけてきた。

 

 

「本当に行くんですか?」

 

 

 そりゃあ行くよ。それ以外にやる事ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 へぇ、ここからになるのか――アレが最善?いいやそうではないだろ。

 

 前回までは【最善がセーブポイントになる】と思っていたが、どうやら違うっぽいな。流石に最善で固定だったらなんてご都合主義、俺はそんな舞台装置ではないという事か。

 

 余計条件が分からないな、メタ的な考えをするとイベントフラグが進むのか?なんにせよもう少し条件に付いて考える必要が出てきた。

 

 前回は問答無用で死ねだった。奴隷兵で所属が無いのが問題なのでは、と思ったので今回は所属を聞いてみる。くそ、こうなるんだったら階級とか名前とか(・・・・・・・・)もっと聞いておくんだったな。

 

 

「俺は三等級十五位、アレクセイ・ナンバーだ」

 

 

 三等級十五位――がどれくらいすごいのかは知らん。けど、ある程度の階級であることは間違いないのだろう。

 

 三等級十五位のこの情報からわかることは、何等級に分かれている――簡単にいえば、一二三に分かれている可能性があるという事。そして更にその等級の中に順位という物が存在してることも理解できた。

 

 

「お前たちは――ああ、証無し(・・・)という事は奴隷兵か。なら早速で悪いが前線へ向かってもらう」

 

 

 さっきより柔らかい言い方。ファーストコンタクトの差によって扱いが若干変わるのだろうか――いや、その場の気分だな。二日ほど歩き通しで合流した兵に向かって奴隷兵なら死んで来いと命令するような奴がまともな筈がない。

 

 脳に刻め。こいつらは人間じゃない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。こいつらは侵略者だ、人の皮を被った悪魔だ。

 

 無害で何の責任も持ってない俺たちを攫い、人権を無視する奴らだ。普通じゃない、付け込まれるな、事情を理解しようとするな――そう自分に暗示する。

 

 

 アレクセイと名乗った男と対面していた状況から、無言で踵を返し向かう。

 

 

 

「本当に行くんですか?」

 

 

 

 ああ、行くよ。

 

 

 

 

 

 

 四

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 うーむ、あの白い何かがまるで倒せる気がしない。味方と協力して斬りつけてみたが、支給されたこの変なロングソードが弾かれて反撃されて胴体に穴を開けられて死んだ。

 

 勝てる気がしないが、どうやってこいつらは倒しているのだろうか。

 

 

「奴らを倒す方法?ああ、トリオン兵の事か――いや待て。そんなことも知らずにきたのか?」

 

 

 そんな事なんも知らされてない、変な武器を渡されただけだ。そう伝えるとアレクセイは頭を抱え、その中世の騎士のような鎧をガシャンと音を出す。

 

 

「何考えてるんだ本部の連中、これじゃ無駄死にさせるだけだろ……本当上層部ってアレだな。いや、申し訳ない。せめて使い方くらいは伝えとけよ……」

 

 

 ぶつぶつと頭を抱えて何かを言うアレクセイに、僅かな親近感を持ち――一瞬で全てを捨てた。

 

 騙されるな、アレは演技だ。中身は悪魔、人間ではない。あの仕草も俺たちの理解を得るためにやっている仕草の一つだし、俺たちに気を許させるためにやっていることだ。

 

 わざわざあの最初の場所にいた奴らが何も言わずに送り込んだ理由もこれだろう、飴と鞭――その言葉に尽きる。騙そうとしてるのが見え見えだ。

 

 他の連中は一度で終わりだが、俺は違う。何度でもやり直してお前たちの企みは全て理解してやる舐めるなよ――

 

 

「ああ、そうだすまないな。これの使い方は簡単だ。握って体の中の血を操るような感覚でトリオンを流し込めばいい」

 

 

 感覚派過ぎて理解できん、扱えるようになるのは何時になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 五

 

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 無理だ。俺にこれを使いこなせる気がしない。

 

 例の少女は一瞬で扱えるようになってた――やはり……天才か。俺は全く扱えなかった。ただ少女も限界はあるようで、前回の戦場では五体程斬って真っ二つにした直後に斬れなくなってその場に倒れこんだ。

 

 俺が前に出て試しに血液を操作するとかいうバカみたいな感覚を練習してみたが、さっぱり理解できずにそのまま白い奴――そういえば、前回奴がトリオン兵と言っていた――に斬りかかって殺された。

 

 まぁ幸いなのは俺に武器を使う才能が無くても、何度も練習できるところだろうか。

 

 要は死に続けるしかないという事――クソったれめ。

 

 

 

 

 

 

 六

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 少女にコツをいっそのこと聞いてみた。

 

 

「なんかぎゅーってやればうまく行きますよ!」

 

 

 だめだこりゃ、お前ら分かる?わからんか、俺もわからん。

 

 

 

 

 

 

 七

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 若干分かった……かもしれない。前まで微塵もダメージの入っていなかったトリオン兵の身体に、少しだけ傷がついた。少女みたいにズバァン!真っ二つ、とはいかなかったけど十分進歩しただろう。

 

 感覚を思い出す為に何度か握ってみてるけど、正直分からん。実際に斬れるか斬れないかで何度も繰り返すしかないのか。まぁそれだけが俺の唯一ある才能だと思えばいい。

 

 

 

 

 八

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 駄目だな、どうにもダメージが入らない。もしや本当にその手の才能が無いのか?戦う事が出来ないとなると、正直無理だ。これから生きていく自信は無い――死ぬことは無いわけだが。

 

 ああ、クソ。どうするか。でもまだそんなに繰り返してない筈だ、漸く死ぬのにも慣れてきた。落ち着け俺。敵に咀嚼されて死ぬわけじゃないし、身体を遊び感覚で千切られるわけじゃない。いつか見た創作物の人物たちよりまだまだマシだ。

 

 安心して死ね、何度でも繰り返せ。それが俺に出来る唯一なのだから。

 

 

 

 



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始まり③

 九

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 トリオン兵に斬りかかるも無事死亡、何故うまく行かないんだろうか。ていうか、俺自身に本当にそんな能力的なものがあるのかすらわからん。

 

 いっそのこと空腹少女にそういうの感じ取れないかどうか聞いた方が早いのでは……?

 

 一先ず毎回最早通例となった戦闘方法をアレクセイに聞くこれは、アレクセイがぶつぶつ何かを言いながら頭を抱える所までテンプレになった。あ、先に誰かにやってもらって変化あるかどうかみればいいじゃん。

 

 

「え? 言われたとおりにですか? はい!」

 

 

 そう言いながら死にそうな顔をしていた筈の少女が若干嬉しそうな顔でブンブンロングソードを振るう。恐怖すら感じる状況だけど何も感じ取れない。

 

 オイオイ、落第者とかそういう次元じゃないぞ。これは本格的にどうやって生き延びようか躊躇うレベル――あれ、待てよ。

 

 最初のころの俺の死因ってなんだった?思い出せ、何かに繋がる気がする。四足歩行に斬られ撃たれ、殺されてた。その他に数度、あのでかいのに飲み込まれて死んでた筈なんだ。

 

 おかしいぞ、そういえば俺が最終的に決めた道では飲み込まれたはずだ。なのに生きてる。

 

 ……どういう法則があるんだ?たまたまなのか?

 

 確証がない以上変な可能性に賭けるわけにはいかないが、何度か死んでその回数によって俺のそのトリオンとやらが増加、もしくは変化するのか?

 

 一考の余地はある――まぁ、既に何度死んだかなんてわからない訳だが。

 

 

 ぶおぉんぶおぉんとちょっと俺の持ってる武器とは違う勢いで振り回される武器と空腹少女を見ながら、再度戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

 十

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 くそっ、また駄目だった。傷はつく、傷はつくがその程度だった。相変わらず数匹ずばずば斬って死にかける空腹少女を庇って死ぬ繰り返しである。どうすればそこまで切り裂けるのか俺には分からん。うーむ、何が足りてないのだろうか。

 

 ん?待てよ。そもそも敵の数を把握してないな。

 

 現状自分の力で突破できないのだから、どうにか周りの力を頼らざるを経ない。最も戦闘力を発揮しているのは黒髪の空腹少女。他の奴らがどうかはさっぱりわからないがこの子を起点に立ち回るしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 十一

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 敵の数は多くこそないが、俺たちだけじゃ確実に勝てない。一番の戦力である空腹少女が四、五体で止まるのに対して敵の数は恐らく百は超えるだろう。これ何て無理ゲー……。

 

 希望も救いもない現状に頭が痛くなってくる。ああクソ、どうすりゃいい。どうすれば生き延びれる。俺が力になれないだけで、こんなにも絶望的だなんて――

 

 

「どうしました?」

 

 

 ああ、ごめんな。お前の所為じゃないんだ。俺が悪いんだ。俺が、俺が、俺が、俺に、才能が無かったから……駄目なんだ。ああ、折れるな。まだ数回死んだだけだ。響子を連れて逃げた時を思い出せ。思い出そうとしても思い出しきれない程に死んで死んで繰り返した地獄をお前はもう乗り越えただろ。

 

 死んだ顔から少しだけ希望があるような表情に変わった空腹少女を見て、俺自身に何故その力が無いのかと心の奥底で思ってしまう。

 

 本当は、ただの無意味な嫉妬だと分かっている。彼女のその才能があっても、恐らく彼女と同じように四体ほど倒して殺されておしまいだろう。この状況では、俺が最も可能性がある人間なのは間違いないのだ。

 

 繰り返せ、何度でも。それだけが俺にできる唯一なのだから。

 

 

 

 

 

 十二

 

「援軍か? 所属を

 

 少女を中心に立ち回ってみたがうまく行かなかった。結局のところこの中で一番才能のある空腹少女でもミソッカスな事に変わりはないらしい。神様がいるなら今すぐ祈って救ってほしいと思うほど絶望的な状況だが、大丈夫だ。

 

 俺の心が折れない限り、俺たちは死に続け生き続ける。

 

 

 そうだ、再度■■響子に会うために――俺は何度死んででも帰って見せると誓ったんだ。

 

 

 

 

 十三

 

「援軍か?

 

 やった!傷を一つ付けるだけじゃなく、あいつらの武装の一つであるブレードを根元から斬る事が出来た。まぁその直後に撃たれて死んだが。それに、若干だが自分の中の力が分かった気がする。血液を操って注入とか意味不明過ぎるアドバイスだったけれど案外あってるかもしれない。

 

 ……でもこれ、何度も死んだ俺がやっと出来るんだから他の奴ら出来ないんじゃないか?

 

 まぁ大丈夫か。その場合は俺が何度でも死んで繰り返せばいい。目の前の人間を救うために遠回りくらいは、響子も許してくれる筈だ。

 

 

 

 

 

 ――斬る。

 

 ただそのひとつに集中する。

 

 目の前を駆けるトリオン兵を待ち受け、周りの警戒も行いつつこのトリオン兵を斬ることに全神経を集中させる。チャンスは一瞬、感覚は覚えた。何度も何度も何度でも練習できるのだ、必ず使いこなせるようにだってなる筈だ。

 

 瞬間駆け出し、四足歩行の目の前に躍り出る。

 

 そして手に持った剣を振りぬく。自動車ほどのサイズだが、この謎の力――トリオンならばうまく行くはずだ。何より、ぶった斬るという行動はもう何度も見たからイメージが出来る。

 

 砲口から刃を滑り込ませ、その瞬間に前に更に加速する。その巨体を飛び越えるかのように飛び抜け、そのまま真っ二つにする。

 

 よし、うまく行った――!!

 

 何度死んだかは数えてないが、ようやく単独で殺すことができた。ここからだ、ここから漸く反撃が始ま

 

 

 

 

 

 

 

 十四

 

 無慈悲にも一体殺したところで横合いからの砲撃で死んだ。流石に容赦なさすぎる……てかあの空腹少女はあんな即砲撃飛んでくるような状況で五体も殺してたの?頭おかしいんじゃないか。

 

 それはそうと、やっと自分の力を自覚できた。どうやらこの剣、トリオンを流し込むとトリオンを纏って攻撃する仕組みらしい。非効率的すぎるだろ……他になんかないのか。トリオンがミソッカスな奴にこんな効率悪いモノ渡すとか本当にこの国は頭がおかしいな。

 

 一体殺す事が出来たら後は何度も繰り返して繰り返して繰り返す。殺し殺されの繰り返しを永遠に続けるだけだ。

 

 次だ次、何度だって繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 十五

 

 一体殺して、次に飛んでくる砲撃を避けてもう一体殺せた。行動パターンが大きく変動しないのは前回で学習済みだ、出来るだけ覚えて最高の未来を手にしてやろう。

 

 

 

 

 十六

 

 三体まで殺した。

 

 

 

 十七

 

 五体殺したところで、足が消し飛んだ。てか、六体目が斬れなかった。どうやらトリオン量に関してはやはり空腹少女もその他も俺も等しくミソッカスらしい。足が消し飛んだ時に空腹少女が助けに来てくれたけど、俺に気を取られてる間に他のトリオン兵に殺されてた。クソったれ、俺なんかを庇うなよ。俺は何度だってやり直せるけど、お前らは違うだろ?

 

 殺すことに夢中になって仲間を忘れちゃいけない。俺にとって■■響子が一番大事だが、彼女は今は無事な場所に居る――筈だ。

 

 そして俺は無事ではないが死ぬことは無い。ならばそのうち確実に再会できるのだ。だからこそ、俺は仲間を大切にしなくてはならない。今この世界に居る唯一同じ民族なのだから。

 

 

 

 十八

 

 これ、斬る瞬間だけトリオン流し込めばいいんじゃないか?結局前回も七体までだったが、最後の最後で極少数のトリオンを流し込んだらその一瞬だけ斬れた。つまり、流し込む時間を減らせば殺せる数も増える。

 

 流し込む時間を減らすという事は、それだけ早く斬る腕が必要になるという事だ。ああ、いいだろう。何度でも斬ってやる。

 

 

 

 

 十九

 

 一体を本当に極少数のトリオンで殺す練習をした。結果的に言えばいきなりは無理だった。何度も繰り返さないと無理だなこりゃ。毎度毎度手足が千切れてくが、最近痛みをあまり感じなくなってきた。いちいち苦痛を感じなくていいから精神的には楽だな。

 

 

 

 

 二十

 

 まだ無理。でもなんとなく感覚は分かった。一瞬だけ流し込むっていう事は意外と難しくない……いやごめん嘘。めちゃ難しい。試しに空腹少女に聞いてみたら、

 

 

「一瞬だけ、ですか? ……あ、出来ました」

 

 

 やはり……天才か。天は二物を与えずとはよく言ったものだとつくづく実感するよ。つーか流し込む才能があっても剣を振るえなきゃ意味ないし。アレ?そう思えばなんで空腹少女いきなりあんな早く剣振るって動けるんだ?

 

 やっぱ選ばれた人類なのか……? もしそうだとしたら逆に納得する。戦闘するために産まれてきた血族とか言われても正直疑わない。

 

 初手で俺がズタボロにされてるのに初見で動ける空腹少女は正直おかしい。もうこれやっぱ空腹少女の存在がどうにも必要に感じるけどな……。

 

 

 うーむ、やはり何度も試してるがなんとなくでしか上手くいかない。まぁいいか、どうせ何度でも繰り返せるし。

 

 

 

 

 



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始まり④

 四十

 

 トリオンを一瞬だけ籠める――めちゃくちゃ難しい。全然うまく行かない。

 

 相変わらず空腹少女は一回で成功させてにぱーと笑顔を向けてくるがこっちはその才能を素直に羨ましいと思うほかない。ああ……自分が醜くていやだな。彼女はたまたま生きる上で必要のない才能を持ってた所為でこんなところに連れてこられてるんだ。だから余計な感情を抱くな。彼女は仲間で俺が救うべき一人だ。

 

 

「どうしました?」

 

 

 いや、何でもないよ。頑張ろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

 トリオンを一瞬だけ込めるのに成功した。籠めるのに成功したのはいいが、籠めるのが一瞬過ぎて結局ちょっと刃が食い込んで終わりだった。やっぱり剣を振るう速度自体が早くないと駄目だな。どうするか、剣を振る速度の強化なんてどうにもならんぞ。

 

 うーむ、こっちは生身だしな。ただの人間の身体能力じゃ無理だろ。……あれ、そう考えると空腹少女が本当に人間かどうか怪しくなってきた。ちょっと違う生物なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 四十六

 

 剣を振るう速度を意識してみたが、駄目だな。どうにもうまく行かない。ちょっと空腹少女に例の一瞬だけトリオンを籠めて斬る方法を教えたら、一人で五匹同時に相手してた。頭おかし……じゃなくて、動きがヤバかった。あれ絶対堅気じゃねぇよ。どこぞの格闘漫画出身だろあの子。

 

 敵のブレードを掻い潜って、飛んできた砲撃を切断しそのまま二体同時に斬り残り三体を相手にする。

 

 彼女だけ世界観が違う、これは間違いないと思う。

 

 折角だし彼女の動きを見て真似してみよう。動けてるイメージが自分の中で存在しないからその動きが出来ないのであって、まずはイメージを確立させるところから始めよう。

 

 

 

 

 四十七

 

 目で追えるけどわけわからん、どうやったらあんな変態挙動出来るんだ……?やはり彼女は格闘漫画とか異能バトル世界の出身に違いない、いやまぁ異能バトルなのはこの世界も一緒か。

 

 でも若干イメージはついてた。彼女の場合なんていうかアレだな、トリオン兵の攻撃が来る前に反応してる気がする。やばすぎだろ。

 

 とてもじゃないが真似できそうにないけど、現状彼女を参考にするほかないよな。

 

 

 

 

 五十

 

 少しだけ理解できたかもしれない。彼女恐らくだけど、【勘がいい】。

 

 ……それだけ?と思うかもしれんがこれ、それだけだと思う。勘が良くて、身体を動かす才能があって、戦う才能がある。主人公かな?いやー選ばれた人間って本当にいるんだなってつくづく思わされるね……俺も選ばれた人間だと思うけど。神様じゃなくて悪魔に。

 

 俺には生憎戦う才能もないし動く才能もないし勘も良くない。オイオイ何も持ってないじゃねぇか。大丈夫、何も持ってない俺でも何度でもやり直せればどうにか出来る。それは既に証明済みだから、問題ない。

 

 さ、次に行こう。この程度で止まってる暇はない。

 

 繰り返せ、学習しろ、実験しろ――死を恐れずに突き進め。

 

 

 

 

 

 五十五

 

 彼女の観察をしつつ、すこしずつでも剣を振る速度を上げられるように練習する。一対一なら負けなくなってきた。逆にここまでやり直して漸く一対一で勝負になる様になるって所にセンスの無さを感じる。まぁいいさ、あいつらは一回で終わりだけど俺に終わりは無い。精々これまで殺してくれた感謝を込めて一振りで終わらせてやろう。

 

 それはそうと、やっぱり俺たちの中で一番異常なのは空腹少女だ。いつやっても常に複数体相手にしてそれで生き残るのだからすごい。やり直すたびに限界がリセットされてるから何体か倒したら動けなくなって死ぬからその度に代わりに俺が死んでるんだけど。

 

 剣を振るうと意識して振るうのではなく、身体が勝手に動くとかそういう領域になるまで極めるしかない。俺は彼女の様な才能はないのだから、ひたすら身体に染み付かせる。

 

 視認する、斬る――ではなく、視認した、既に斬ったへと変更しなければならない。

 

 殺して殺して殺されて、その繰り返し。

 

 

 

 

 

 六十

 

 一体一体殺意を籠めて。

 

 漸く斬る速度が追い付いて来た。

 

 やはり何度も繰り返して行うというのは体が勝手に反応するから良いモノだ。

 

 

 

 

 六十五

 

 一体を殺す時間が凡そ十秒程度に短縮できた。殺すどころかボコボコにされ続けてた奴をこういう風に殺せるようになるとアレだな、なんつーか気が楽になる。状況は絶望的だから気は抜けないんだけど。

 

 

 

 

 七十

 

 二対一で囲まれても何とか対応できるレベルになった。ただやっぱり二段攻撃とか同時攻撃が来ると呆気なく死ぬから、まだまだ油断はできない。一つずつ慎重に積み重ねていこう。

 

 

 

 

 七十五

 

 二対一無理。これ勝てる気がしないわ。何度やっても多段攻撃が対応できない――あークソ、どうすればいいんだ。俺自身に腹が立つ、何故ここまで才能が無いのだろうか。物事がうまく進んでるときはいいが、下手な失敗をしたりうまく行かなくなると精神的に不安定になっちまう。

 

 大丈夫、俺は凄い奴だ。出来る。問題ない、トリオン兵なんざぶち殺せ。

 

 それに、俺はいつか再会すると誓ったんだ。

 

 ……誰に、誓ったんだっけか。

 

 おい、嘘だろ。誰に、誓ったんだ?やめろよ、何でどうして。俺は、そう、■■■■に――ああ、嘘だろ。いや待て、まだ覚えてる。俺はあの人に会うと決めた、守ると決めた。■■響子を守ると決めたんだ、それだけで十分だろう。そうだ、俺は覚えてる。問題ない。

 

 

 

 

 八十

 

 試しに空腹少女の闘い方を再度観察してみたが、どうやら彼女は狙ってなのか無意識なのかはわからないが敵に囲まれないように立ち回ってるっぽい。一体ずつおびき寄せ、近くに寄せて斬る。

 

 そして回避し再度おびき寄せる――鮮やかな戦闘方法だ。効率的で合理的。相手をおびき寄せるというのも参考にさせてもらおう。

 

 

 

 

 八十一

 

 真似してみたが、おびき寄せるのはいいがそのまま追い付かれて死ぬ。彼女はすんなり回避してるけど初見じゃ無理だろこんなん。何度も繰り返しやってみるしかないな。

 

 

 

 

 八十五

 

 ああ、そうか。一人に視点を集中させすぎなんだな。こういう時は一度冷静になってみるべきだ。一対一に慣れ過ぎたと言うべきか。

 

 考えを変える必要がある。ここは戦場で、一対一で正々堂々と戦うような場所じゃない。卑怯外道姑息何でもありだ。俺には絶望的なほど戦う才能が無い。通常の人間が一回やれば覚えれるようなことが俺は十回やらねば理解できないし行動に移せない。

 

 ――だから、こんな能力なのか。そんなことはどうでもいい、切り替えろ。

 

 だからこそ、俺はやり直す。

 

 今度は視界を広めに、一体の動きに集中するのではなく周りを見渡せ。

 

 

 

 

 

 九十

 

 やっぱり上手くはいかない――が、少しづつ対応できるようになってきた。

 

 左右両方に居るトリオン兵を相手に、少し時間はかかるが殺せるようになった。左のトリオン兵を斬り殺し、瞬間砲撃が飛んでくるから右にいるトリオン兵に突撃して振るわれるブレードを回避しそのまま斬る。

 

 無茶な姿勢から斬ると中々力が入りづらいから、最初のころは一対一でも全然速く斬れないとかはあったが流石に慣れた。腕で振るうのではなく、身体全体を動かして斬る。エネルギーの流れを無理やりに動かさず、自然に動かせばそれなりに速度と力が乗る。

 

 二体倒せたことに安堵しつつ、砲撃を向けてきたトリオン兵に意識を向けようとしたら――

 

 

 

 

 

 九十一

 

 まぁ二対一はなんとかなる様になってきたか……問題は意識外からの砲撃。俺たちの持ってる武器は現状このロングソードのみで遠距離武器なんざ一つもない。

 

 これ遠距離に居るやつらをどうにかする方法を編み出さないとずっとここで繰り返すことになるな……どうするか。他の武器を探すくらいしか方法は無いんだが。そこらへんの石にトリオン籠めたら兵器にならないか――流石に無理だ。

 

 空腹少女に斬撃伸ばせるか聞いてみるか。

 

 

「斬撃を伸ばす……?」

 

 

 ブオォン!!と少女が剣を振るうとちょっとだけ、ちょっとだけ切っ先より少し先くらいにあった土がえぐれた。これじゃ流石に無理だな、てか伸ばせんのか……やはり天才か。

 

 百体くらいいる内の凡そ十体は協力して狩れるようになった――何だ、着実に進歩してるじゃないか。焦ることは無い、じっくり作戦を考えて手段を思いつき実行すればいい。

 

 

 

 

 九十二

 

 試しに剣をぶん投げてみた。トリオンを注入した分だけ稼働する武器なので、勿論弾かれた。バカか俺は。

 

 

 

 

 九十三

 

 シンプルにひたすら動き回ってみる。これまでで最高の十匹を自分だけで殺せたが、息切れと体力の消耗がヤバすぎて遠くの敵に撃ち殺された。

 

 

 

 

 九十四

 

 遠距離の敵の動きを見張れる奴が居ればいいんじゃないか?ツーマンセルで組ませて、俺と空腹少女の二人がメインでトリオン兵を狩る。残りの組みで一体ずつ処理させて、余った組でやられそうになってる所の援護や遠くの様子をうかがわせる。

 

 お、これ最強の作戦じゃないか?

 

 

 

 

 

 九十五

 

 そもそも剣を満足に振れる奴がほぼ居ない件について――当たり前なんだよな……俺も普通に剣振るうだけで苦労したのに、それに対して彼ら彼女らは初見で剣を振って敵を殺せと言われる。

 

 いや、そりゃ無理だな。俺も感覚がマヒしてたかもしれない。俺が出来るのは繰り返したからで、才能があったわけではないという事。

 

 これからは先に誰が出来て誰が出来ないかを見定めて、そのうえで振り分けをしよう。

 

 遊撃隊として動くのは俺と空腹少女。他の組は互いをカバーし合える程の近距離である程度固まって、死角が無いようにすること。空腹少女が力尽きるその瞬間までにこの百数体を殺しつくさなきゃ最低でも生き残れないハードモードだが、俺も一人で一割持っていけるようになったし協力すれば絶対うまく行く筈なんだ。

 

 これで何度か繰り返して、どうしてもだめな場所があったらもう一度考え直そう。

 

 

 

 

 

 

 

 




死に戻り主人公の良い所を私が思っている限り伝えようと思います
まずやはり一番の理由としてはその精神性の強さですね何度絶望を叩きつけられ死を迎えても決して折れずに自分の思い描く未来を手に入れる為に挑戦するのは控えめに言ってかっこいいしそれに対して段々表側の態度が壊れていく様子を見るのはまさに愉悦私個人の趣味としてはやはり某ハリウッド小説がかなり理想なんですけどあそこまで死を恐れないと私としては素晴らしいと感じます何度かやり直すことで把握し自分の置かれた状況を利用して何とか生き残ろうとするその心意気はとても素晴らしいもので私が実際に自分がそんな能力を押し付けられても瞬間で諦める自信がありますなので私は彼らが大好きです証明完了Q.E.D


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始まり⑤

 九十六

 

 どうやら半分くらいの人達はやり方を教えると実行できるらしい。才能の塊すぎて凡人or平凡あたりな俺には辛い現実があったけど、そのお陰で助かるのでセーフ。非凡は平凡じゃないって意味です

 

 流石に空腹少女の説明は擬音だったから理解できる奴は居なかったけど、俺が少しだけ理論的に解説したらすぐ出来るようになるやつが数人いた。

 

 それと流石にこの一瞬だけ斬るやり方は無理らしい。こんな状況なら空腹少女ばりの才能持った奴らがうじゃうじゃいてくれてもいいのによ……。

 

 とりあえず剣にトリオンを込めて、それが正常に動くメンバーを集める。大体……うん、さっきも確認した通り半分くらいだな。これだけいれば二人一組で一体ずつ相手にするとして、理論的には一グループ一体で十五体のそれを二回のルーチンで三十体。俺と空腹少女でそれぞれ三十五体以上!

 

 アホか。

 

 ひとまずとりあえず武器を扱えるメンバーを中心に組みを分けて、それぞれ二対一の形に持っていくようにと伝える。さて、それじゃあ行ってみようか。

 

 

 

 

 

 九十七

 

 少し手が足りなかったな。あと半分まで持ち込んだんだが、そこでトリオン切れで俺が戦えなくなって手足もげて死んだ。いくら回避を重視して戦ってるとは言え、何手か躱したら斬る戦略なので無限に躱せるほど体力と力はない。

 

 普通に考えて無理だろ。俺と空腹少女で三十体以上はアホ。あーくそ、せめてトリオンがどちらか一方にもっとあればいいのに……と一瞬思ったけど、トリオンあったらミソッカス扱いされてねーな。

 

 どうしてもトリオンが足りない。どうするか。トリオンが足りないと確実に奴らに勝つ時がやってこない――ああまてやめろ。切り替えろ。無駄な思考をするな。

 

 暗い考えをするな、俺はまだやれる。才能がある。いける。倒せる。帰れる。またあの日々に戻れる。

 

 

 ――よし、行こう。

 

 

 

 九十八

 

 だーーくっそ、今度は空腹少女に頼りすぎた。かなりシビアだなこれ、空腹少女に頼りすぎてもダメだし俺が無理しすぎてもダメ……ある程度周辺の敵を倒したら仲間と合流してもいいかもしれない。

 

 仲間と合流して、周りを安全にして少し休憩を取るのはどうだろうか。トリオンが回復するしないにしても、精神身体共に回復できれば少しは変わるだろうか。

 

 

 

 

 九十九

 

 一度小休止を挟むことによって、遥かに進み具合が変わった。愚直に殺すという作戦だけではダメで、少女の体力や俺の集中力的に一度回復するくらいの余裕を持った方が良さそうだ。

 

 最後の十数体まで殺せたが、最後の最後で囲まれて砲撃によって死んだ。少女の動きも鈍っていたし、俺の集中力もそれなりに落ちてた。まぁ仕方ない、勝てる要素が逆になかった。

 

 くそっ、やっぱり課題は最後のあそこか……二人であの数を相手にするのに無理があるのか?いや、待てよ。

 

 俺が走り回ってなんとか囮になればいい……のか?空腹少女の最後の息切れと俺の息切れを防げばいいんだが、かなり前に走りまくった経験がある。自分の限界はある程度見極めた。

 

 一度に数十体相手にするのは流石に初めてだが、それまでを抑えながら戦おう。

 

 あと少し、あと少しなんだ。最後のあの十数体さえ相手にできればなんとかなるんだよ。だから、頼むぞ。

 

 

 

 

 百

 

 一、二、三四五。

 

 リズムに合わせ左右に揺れ動き、トリオン兵の攻撃を誘発させる。トリオン兵がブレードで挟み込むように動いてきたその瞬間俺の後ろにいた空腹少女が素早く前に躍り出てそのままトリオン兵を両断する。

 

「左に二体砲撃右三体」

「左カバーします」

「任せた」

 

 互いにたった今両断されたトリオン兵の亡骸を盾に直進する。砲撃が来る――何かが背筋を撫でるようなゾクリとした感覚に従い亡骸を投げつける。

 

 飛んでった亡骸に砲撃が直撃し、トリオン兵から俺の姿が直視できなくなった。その隙をついて姿勢を低くして更に加速し一気に懐に潜り込む。

 

 勢いを殺さぬまま、奴の胴体の下を滑る――腹部から胴体を断ち切るために地面とトリオン兵に挟まれる形になるが、問題ない。

 

「オ――ラァッ!」

 

 胴体を斬り裂き、真っ二つにする。その瞬間左右にいるトリオン兵が此方を認識してブレードを振ってくるが、右のトリオン兵に接近することでブレードを回避する。

 

 真横から振るわれるブレードに対し、上空に身を捻りながら跳ぶことで確実に避ける。地面に身を伏せる、と言うのは基本的にあまり得策ではない。

 

 後ろにもう一体いて、ブレードを振り翳している状況だから上に避けた。これが砲撃の準備をしていた時は砲撃を優先して躱す。

 

 それだけ砲撃というのは厄介だ。なにせ気がつけば次のループに突入するのだから。だからこそ一体に集中するのではなく、複数の視点を持ち様々な作戦を考える。

 

 上空をすれ違いざまにトリオン兵を両断し、地面に着地する隙を晒さないように、着地と同時に転がり止まるタイミングを無くす。

 

 その瞬間着地した場所に砲撃が飛んでくる。ドゴン!と陳腐な爆発音が響き渡るという訳の分からない状況だが落ち着いて対処する。

 

 焦るな、冷静になれ。仲間はちゃんと戦えてるし、空腹少女も複数体を相手にしてまだ生存してる。トリオンが無くならないよう一瞬だけ斬るこのやり方は空腹少女の生存率を大幅に向上させた。

 

 流石に他の仲間にこんな事の出来る奴らは居なかったが、一人いるだけで大分助かる――というより、正直な話この子が居なければ俺の精神は折れていたと思う。

 

 もう一体近くにいるトリオン兵が砲撃を放とうとしている。しかしその直前に再度背筋に凍りつくような感覚が現れたので、直感に従い斜め左に上半身を一気に下げ、速度を落とさず走り続ける。

 

 先程まで上半身があった場所に正面と背後から砲撃が飛んできて、目の前のトリオン兵に背後からの砲撃が直撃する。

 

 グラついたその隙を見逃さず、一気に肉薄し両断する。

 

 背後からの砲撃が先程あったので、その場に留まることなく走り始める。ただし全力ではなく軽く流す程度に。

 

 一番良くないのは見晴らしの良い場所で動きを止めること。

 

 現在荒れ果てた荒野で、石くらいしか身を隠せるものが無い上に死角がどこにあるのかすらわからない。

 

 戦闘の音が少し離れた方向で聞こえるので、友軍の場所と方向だけはわかる。つまり音とは反対方向に敵がいるという事だ。

 

 一旦空腹少女と合流する為に後方へ下がる。一人で突出しすぎても良いことは無いし、仲間と足並みを揃えるのが大事だ。

 

 時々飛んでくる砲撃を気にしつつ、空腹少女と合流する。既に五体撃破したようで若干肩で息をしているがまだ戦えそうだ。

 

「一旦皆の所まで下がろう。この付近のトリオン兵は大体片付いたから、少しは休憩出来るはずだ」

「はい、わかりました」

 

 二人で後ろを警戒しながら仲間の元へと後退する。トリオン兵の姿はちらほら見えるが、まだこっちまで射程が届くような距離ではないのか砲撃を撃つ様子はない。

 

「攻撃してきませんね。これくらい距離があるとこっちに届かないんでしょうか」

「どうだろうな。こっちにとっては好都合だ、さっさと合流しちまおう」

 

 

 

 仲間達と合流すると、どうやらこの付近のトリオン兵は粗方片付けたみたいだ。大量のトリオン兵の残骸が残っていて、それに身を隠しつつ休んでいる。

 

 やはりこのやり方が正解か、少し安堵の息を吐く。

 

「にしても、すごいな嬢ちゃんに兄ちゃん」

「そうだそうだ、お陰で助かったぜ」

 

 先程まで死にそうな絶望しきった顔をしていた仲間達が話しかけてくる。その表情に疲労は見えるが若干目に光がある。

 

「いやいや、私なんかよりお兄さんが、ですよ」

「……お前の方が多分すごいぞ、最初は格闘漫画の世界から連れてこられた人間なのかと思ってた」

 

 えっ、とその場でビシリと固まる少女に、お前も同じだと周囲の人間に目を向けられる。やめろやめろ、俺はお前達と一緒だ。無いもの同士仲良くしようじゃないか。

 

 それにしても、と仲間の一人が切り出す。

 

「あいつらなんなんだ? 兄ちゃんの説明のお陰で何となくわかったが――生物?」

「機械だろありゃ。あんなヘンテコ生物いてたまるか」

 

 俺の説明――アレクセイに毎度のことそれとなく聞き出し、仲間に噛み砕いて説明する。そうすれば怪しまれないし、ただ理解力のある人間の一人として思われるだけだと判断した。

 

「トリオン兵――そもそもトリオンとやらが何かわかってないから現状不可解なモノであることだけは間違いない。それに、一つだけ分かってることがある」

「分かってることですか?」

 

 そう、何もわからないこの状況でも俺たちに分かることがある。

 

 

「――あいつらは敵だ」

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 小休憩を終え、再度戦う。

 

 仲間達には相変わらずの戦法で戦って貰い、俺と空腹少女の二人で数を減らす。

 

 ここ数回で、俺にも直感というかなんか変なのが備わったのか知らないけど躱すタイミングとかが分かるようになってきた。お陰で戦いやすくていい。

 

「どうします?」

「前に四体、その後ろに一、ニ、三四五………どうにか出来るか?」

「二人なら出来ますよ」

 

 空腹少女の信頼が厚く涙が出そうだ、こんな醜い嫉妬だらけの男なのに信用してくれてるのは非常に嬉しい。

 

「カバーするから好きに動いてくれ」

「――はいっ!」

 

 そう言って二人で駆け出す。左右見渡しても近い距離にトリオン兵は見えない為、少しだけ警戒を緩めて正面のトリオン兵に相対する。

 

 空腹少女が一気に加速し、トリオン兵の砲撃の照準から外れる。その代わりにターゲットが俺に変わるが、問題ない。

 

 その隙を突いて空腹少女が肉薄し、眼前にいた四体の内二体を両断しすぐさま後方に跳ぶ。その姿を再認識しトリオン兵がブレードを振るおうとしたその瞬間――俺が懐に入り込んでいたことに気が付かないトリオン兵は、そのまま両断される。

 

「来るぞ」

「はい」

 

 互いに口数が減ってくる。流石に一度に沢山の相手をすると精神的に疲弊してくるのだ。死への恐怖や、痛みへの恐怖が――俺はそこまで響かないが。

 

 死――今現在最も俺と遠く俺と近い物だ。

 

 痛み――気がつくとあまり感じなくなっていた。身体の危険信号が痛みだと昔なんかの本で読んだことがあったが、それを是とすると俺の身体はどんな刺激を受けても危険信号と受け取らないのだろう。

 

 人間は適応する生物である――つまり、【死】と【痛み】に若干耐性ができたという訳だ。数え切れないほど手足が千切れてればそりゃ慣れるよ。

 

 先程の四体の後ろに控えていたトリオン兵達――ざっと見て十体ほどだろうか。この数を相手にするのは正直厳しい。いくら小休止したとは言え俺たちのトリオンは回復してるのかどうかも分からないものだ。

 

 精神面で少し回復しているのはまぁ認める。肉体的にも。

 

 しかし一番肝心なトリオンは謎――絶望しか感じない。

 

「でも、やるしかないんだよ……」

 

 心に言い聞かせる。勝てる。やれる。負けない。俺たちは強い。自分の心を無理やり奮い立たせろ。俺が折れない限り、この戦いは終わらないのだから!

 

 

「やるしか、ないんだよ!」

 

 

 ――瞬間、加速する。正面に散らばっていたトリオン兵の亡骸を蹴り飛ばす(・・・・・)。少し離れた所に居たトリオン兵に直撃し、その身体を巻き込んで跳ねる。

 

 直後、砲撃が吹き飛んでくるので右に旋回して回避していく。正確に俺の動く未来を予測して放たれるその砲撃を心底厄介だと心の中で悪態をつきながら、次々飛んでくる砲撃を辛うじて避ける。

 

 そして俺が半周ぐるりと回って奴らが完全に後ろを向いた瞬間――左の一体が突如半分に割れた。俺が囮で空腹少女が本命であり、基本俺は逃げ回る。流石に少女よりかは男の俺の方が体力があったので俺が役割を担う事にしている。

 

 半分にしたトリオン兵を足場に、いまだにターゲットが俺から移っていないトリオン兵を飛び移りそのまま斬り結んでいく。そして残り四体まで減った段階で漸く空腹少女を認識した奴らの隙をついて俺が接近する。

 

 彼女に砲撃とブレードによる接近攻撃を仕掛けようとしたその隙に背後から二体斬る。両断されたその身体を蹴り、そのまま残った連中に叩きつける。

 

 錐もみ状態になったトリオン兵を空腹少女と同時に一体ずつ斬る。

 

 すぐさま亡骸になったトリオン兵に隠れて少しの間息を潜める。流石に死ぬのに慣れたとはいえ、ここまでうまく行ったのは初めてだ。だから緊張する。

 

 

「はぁ……ハッ……」

「大丈夫か」

「は、い。ちょっと、息が……」

 

 

 流石に空腹少女も限界が近づいて来たらしい。かくいう俺もそろそろ膝が笑い出すところだが。

 

 

「……戻る、か」

「でも、今は……」

 

 

 周りの様子があまり分からない。それが一番怖い所である。友軍の居る所とはあまり離れていない筈だが、戦闘音が聞こえないのだ。ここまで来て失敗か――いや、信じろ。こんなところで終わってたまるか。負けてない。そもそもあんまり数が向こうには回っていない筈だ。

 

 

「……動けない、か」

 

 

 現状動けないため、この場所で息を潜めるしかない。トリオン兵が近づいてこないことを祈る。味方は今頃どうしてるだろう。無事だろうか。誰か一人でもかけてないだろうか。

 

 不安だ。どうしようもなく不安だ。

 

 これまでは自分が戦場を理解していた――死に戻りという性質上、俺が一番戦場を理解していたのだ。殺しの空気、死んだ仲間、発狂する人間――巻き込まれて殺害される俺たち。それをこれまでも何度も見てきた。

 

 仲間が発狂して俺たちに被害が及ぶなんて、もう何度も繰り返した。斬る練習をしている頃なんて、俺は仲間に対して何もしていなかったからそれこそもっとひどかった。

 

 だが今は違う――戦場を支配しているのは、紛れもなくトリオン兵であり俺たちはあくまで戦場の駒。

 

 百対三十という数の暴力を何とか凌ごうと、生き残ろうと明日を掴むと意気込んでいる駒なのだ。

 

 だからこそ不安だ。何かまた新しい要素が来るのではないか、また変な敵が出てくるんじゃないか――ああ、不安だ。

 

 

「――大丈夫ですよ」

「……何がだ」

 

 

 空腹少女が若干震えだした俺の手を取ってそう言う。

 

 

「――誰も、死んでません。負けてません。私たちは、死にません」

 

 

 そうはっきりと告げる彼女に、俺は何も言えなくなった。

 

 違うんだ。もう何度も皆死んでいて、今回たまたま上手く行ってるんだ。本来呆気なく死ぬものなんだよ――そう心の中で思うが、決して口にはしない。そんなことをいって信じられる人間なんかよっぽどの物好きくらいだろう。

 

 

「だってほら。私は生きてます」

 

 

 そう言う彼女は、トリオン兵の亡骸で身を隠しながらも僅かに顔を覗かせ空を見る。何度も死に、絶望し、その命を散らした少女はこちらに顔を向けずに語りだす。

 

 

「こんな名前も知らない、どこかも知らない、地球なのかもわからない様な場所に放り出されて突如殺し合いをしろなんて滅茶苦茶です。でも――生きてます」

 

 

 そう言ってこちらを振り向いた彼女の顔は、とても輝きに満ちていて。

 

 

 

 

 何故だかそれが、非常に眩しく思えた。

 

 

「だから――え」

 

 

 

 少女が此方を振り返ると、なんだか奇妙な物でも見たかのような表情をする。なんだろう、変なものでもあったのだろうか。

 

 唐突に喉の奥から込み上げてきた吐き気と液体に驚愕しつつ、どうした、と声を出そうとして声が出ない。

 

「ぁ……?」

 

 辛うじて発した戸惑いの声と、腹に異物感がある事に気がつく。ふと見ると、背から腹にブレードが生えていた。

 

「は、ん……くそったれ」

 

 流石に意識が遠のいてくる。痛みが少ないとは言え、腹を突き破られて無傷で居られるほどではなかったらしい。ズブリと抜かれるそのブレードをどこか他人事のように見つつ、そのブレードの先にあるトリオン兵の姿を見た。

 

 既に真っ二つになっており、その背後には全身を鎧で覆われた人型の姿があった。

 

 目を閉じる瞬間、空腹少女の泣いている顔とその横に佇む人型の鎧(・・・・)を見つめながら、意識を落とした。

 

 

 

 



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決意/始まり

 ゆっくりと、目が醒める。

 

 これまでに一度も見た事のない景色――というより、若干古びた木の板。俺たちの言葉風に言えば、それは天井と呼ぶのだろうか。

 

 周りを見渡そうとするも、周りは白いカーテンで区切られているので全く様子を窺うことができない。

 

 腕には点滴だろうか、液体の入ったパックがいつもの銀色の奴に引っかかって俺の腕に繋がっている。

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 どうやら冗談を言う程度には回復出来た――始めて見た景色ということは、俺はどうやら生き残ったらしい。

 

 

 一

 

 

 暫く何もせず布団で睡眠を貪ることにして、誰かが来るまで待つ。仮にここが軍の基地だったとしたら、目を覚ましたことで何らかの処遇があるだろう。ああでも待て、奴隷兵士に処遇を与えるような気はあるのだろうか。

 

 目が覚めた次の瞬間、次の戦場へ行ってこいというパターンも無くは無い。ああクソ、考えがまとまらない。

 

 ここはどこだ。俺は今生きているのか。死んでいるのか。考え事が出来ているのだから生きているに決まっている。だが、俺は何度死んでも思考を繰り返した。その事実から考えると、今の俺は死んでいると言っても過言ではないのじゃないだろうか。そもそも生きてるとは何だ。何が基準だ。

 

 そんなことはどうでもいい。切り替えろ。

 

 あの後どうなった。俺の腹が刺され、空腹少女が泣き、鎧姿の変なのがトリオン兵をぶった斬っていた。最後に見た景色はそれだった。

 

 簡単に状況を整理すると、鎧姿の変なのが俺たちを助けてくれた――つまり友軍だったのだろう。友軍……今さら考えるのもアレだが、果たしてこの星?世界?の人間を仲間だと思っていいのか。

 

 侵略者で、略奪者で、支配者だ。奴らは俺たちをゴミだとしか思っていない。

 

 それを仲間だと思っていいのか?

 

 違うだろう。仲間というのは、空腹少女や他の連れ去られてきた同じ人たちのことを言うのだ。好き勝手に俺たちを利用し、その命を無駄に散らして盾になれと命令してくる奴は仲間とは――呼べない。

 

 そうだ。仲間なんかじゃない。俺が命を張るのは、捨てるのは、あくまで俺達のためだ。

 

 それは連れ去られた仲間たちであり、空腹少女であり――ああいや待て。そうじゃない。俺の命は、たった一人のためのものだ。そう、■■■子。■■響子。そうだ。思い出せ。忘れるな。俺は彼女に会うために生きるんだ。間違えるな。

 

 そこを履き違えてはならない。そうだ。

 

 

「あ、目が覚めたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 どうやら俺たちは簡単な防衛拠点まで下がって来たらしい。アレクセイ率いる本隊が、俺たち奴隷兵士が正面から囮をやっている最中に横から突撃して前線を押し上げる――そういう作戦だったらしい。

 

 勿論作戦を立てたのはアレクセイではなく、本部の連中だそうだ。

 

 そんなことは心底どうでもいいが、少女曰く先程の闘いで特に活躍したと証言された俺と少女はアレクセイに呼ばれているらしい。目が覚めたら即戦場では無くてよかったと安堵する――が、束の間その思考を捨てる。

 

 次は何だ。また戦場か?また捨て駒か。肉壁になれと?

 

 ああ嫌だ、嫌悪感しか生まれない。人のことを人だと思っていないクソ野郎共。勝手に攫って、お前らは無能だと烙印を押し死ねと命令する。

 

 クソだ。人の形をした別の生物。しっかりと刻み付けろ。

 

 

 

 

 

 アレクセイの話を纏めると、俺達二人は特に使える奴隷兵だと本部に認識されたそうでこれからあちこちの前線へ投入されることが決まったらしい。本当にクソったれだなこの国。

 

 それについてアレクセイも思うところがあるらしく、申し訳ないと謝罪してきた。そう思うならせめてもう少しマシな装備を寄越せ。それか元の世界に返せ。まぁこいつに言っても仕方ないし、黙っておくことにした。

 

 もう少し人材を貴重に扱ったりしないのか――実は、本部の方で攫われた俺たちの内トリオン量が多かった連中は丁重に扱われているらしい。前線に投入されるのも少なくとも一年はされないという話で、装備もアレクセイが使っている全身を鎧に変換する武装――トリガーという物をわざわざ用意するらしい。

 

 何という充実っぷり、才能ある奴らは羨ましいね全く。

 

 その代わりと言っては何だが、アレクセイが可能な限り便宜は払うと言ってくれた。ああ、ありがた――待て。洗脳されるな。等しくこいつらは同じだ。これも最初と同じで、上が鞭でこいつが飴だ。騙されるな、疑え、自分を確立させろ、簡単に覆させるな。

 

 取り敢えず、もう少しまともな武器はないか聞いてみた。

 

 

「あるにはあるが、その……君たちのトリオン量が微妙過ぎて、あまり使い物にならないと思う」

 

 

 喧嘩売ってんのかこいつ……悪かったな俺たちが底辺で。ほら見ろ!お前のせいで空腹少女もめっちゃ微妙な顔してんじゃねぇか!あんな射程足りない近接限定装備でどうやって前線を生き残れってんだよ。結局今回だって、俺と空腹少女の二人が幾ら頑張っても助かる未来は無かった。

 

 別の勢力の介入――まぁ簡単に言うとアレクセイの部隊がいなければまたループしていた訳だ。そういう所だぞミソッカス。

 

 まぁそんなことはどうでもいいので、切り替える。一番俺が聞きたいことはこれだ――元の世界に戻れるのか。

 

 

「……現状、君たちの世界に帰る方法は一つ。この国のトップクラスの実力者たちが戦力を求め近くに飛んできた国を侵略するのだが、そのタイミングで君達がそのトップチームに参戦するほか無い」

 

 

 そりゃまた、ミソッカスには厳しい現実だ。この世界から帰るには、この国でも有数の実力者にならないといけないらしい。その上、他の国、他の世界を侵略し戦力を補充する――つまり今の俺たちのような存在を新たに生み出す侵略に参戦するしかない。

 

 思わず、ため息が出る。ああ、やめろ。こんなところで折れるな。まだ終わらない。可能性はある。そうだ。たった今こいつが自分の口で言っていたじゃないか。この国有数の実力者になれば侵略に参戦できると。

 

 ならば逆に好都合だ。この国で上を目指すのなら、どちらにせよ実力が無いといけない。奴隷兵士の今の俺を認めさせ、侵略に出すような信頼を築く。

 

 そう考えれば、強制的に戦場に出されるのは好都合だ。俺は力をつけられる、国は戦争に勝利できる。あぁ、こうだな。

 

 だから余計な事を考えるのはやめよう。

 

 この国でも有数の実力者になり、侵略に参戦し、どんな国や世界を犠牲にして恨みを買っても――俺は■■響子に出会うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

『ようこそ、ボーダーへ』

 

 その言葉を最後に、城戸の挨拶が終わる。公式に新ボーダーとして創設してから初めての入隊式になるので、一番上の人間が挨拶に出てきた。

 

 そして、古株――旧ボーダーと呼ばれる組織の頃から所属する青年、迅悠一もこの場にいた。

 

 サングラスを常に頭に引っ掛け、飄々とした表情と言動で周りを混乱させ――そして、未来を見通す力を持つ。

 

 彼がいる理由――それは一重に、ボーダーの未来を案じて城戸に呼ばれたのである。その目で直接見た人の未来を確認し、ボーダーに不利益を見通す人物がいた時は早期に対応する為。

 

 そんな迅は、会場全体を見渡し未来を見続けた。知らない人間の未来を勝手に見るというのは気が引けるが、その重要性を知らないわけではない。伊達や酔狂でボーダーという組織に所属しているわけではないのだ。

 

(……ま、今のところそんな人は居なさそうだな)

 

 密かに安心する。自分達はトリオン兵や近界民から人を守るためにあるのであり、決して守るべき人を裏切り傷つける為にあるのでは無いのだ。

 

 問題も無さそうだと報道陣の方にも目を向けて、この生放送の直後SNSで話題になる未来を見通し苦笑し――そして、再度入隊する予定のメンバーに目を向けた時、見たことの無い未来が見えた。

 

 それは、一人の女性だった。硬い表情に、意志の強い瞳。

 

 加えて一人。顔が見えないが、体格からして男だろうか。ローブの様な服装に身を包み――彼女と話す姿。

 

 何だ、この未来は――そう思った瞬間、その光景は消えた。未来を見ては勝手に消えるなど初めての事だったが、それほど可能性の低い未来だったのだろう。

 

 仮に百回チャンスがあっても、一度訪れるか訪れないか――そういう領域の話だ。ならばそう気にする必要も無いか、そう判断し再度未来を見渡し始めた。

 

 

 



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地獄へ①

 一

 

 まぁ戦場に出るまで一週間程時間はあるらしいし、少しでも英気を養うかそれとも訓練するかで迷ったが折角だし試せなかった事を試そうと思う。

 

 空腹少女の限界とか、俺の限界とかちゃんと見極めないといけない。一応前回の戦いで限界は訪れているが、恐らくあの状況だと碌に理解できていないだろう。

 

 なので空腹少女に一度全力でトリオンを武器に注入してもらう。俺は何度も繰り返すことで必要最低限は覚えたが、まだまだ未熟。生き残るにはごく僅かなトリオンすら貴重だ。

 

 俺も全力でトリオンを注入した結果、一分程度で枯渇した。二人揃ってミソッカスすぎて笑ってしまった。笑った空腹少女の笑顔を見ると頭痛がしたが、ひさびさに笑いすぎて痛めてしまったのだろうか。

 

 どうやらトリオンも飯を食ったり休憩をとることで回復するらしい。俺があの時休憩をしたのはあながち間違いではない――のか。結果論的には。

 

 しかし――飯がまずい。というより、全然味がしない。こんな物を美味そうに食える辺り、空腹少女も割と過酷な生活をしてきたのかもしれない。飲み物すら味がしないしな。

 

 飯を食って、一先ず腹を膨らませたら剣を振るう。並のトリオン兵相手なら一対一で負けない程度の力は付けたつもりだが、やはり対人である程度練習しないと自分の粗や拙い部分の洗い出しが出来ない。空腹少女とアレクセイの両名に剣を見てもらう。

 

 

「スッと行ってズバーンですね!」

 

 

 アレクセイに助けを求める様に視線を向けると、それは無いだろう的な表情で空腹少女を見ていた。それは俺も同意するわ、仲間に教えるのに空腹少女が感覚派過ぎて全く参考にならなかった話するか?

 

「あぁ……た、太刀筋と言うか剣が奔っている部分はいい。抵抗なく、斬る事に特化した剣だな。トリオン兵を相手にするうえで困ることは無いだろう――そのトリオン量さえ気にしなければ」

 

 やっぱりか……トリオン量を増やすことは出来ないのか?

 

「一応、【トリオン器官】と呼ばれる場所を鍛えればトリオン量が増加する事は研究で発表されている。使えば使うほど増える筈――だが、その……君は増加量が著しく低いんだと思う。先日と今日、比べてみても大差ない」

 

 ミソッカスに変わりはねーじゃねーか!どうせ戦場に投入されるから、そう悲観する事でもないかもしれないが。

 

 結論、素の身体能力を強化することにした。筋肉を付け、体力をつける――トリオンなんかなくても物理でトリオン兵殺すわくらいまで強くならないとマジで厳しいかもしれん。

 

 オイ、何逃げようとしてんだ。お前もだぞ空腹少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目、相変わらず飯がまずい。そこら辺の土とかと変わらないんじゃねーかこれ。飯を食い、湯で身体を洗ったら即トレーニング。ひたすら剣を振るって振るって振る。一人で二時間程振ってたけど、途中から空腹少女と模擬剣みたいので訓練する事に。

 

 まぁ対人も出来ていた方がいいに決まってる、アレクセイに聞いたが俺たちの武器――トリガーと呼ばれるモノらしいが、それを扱う他国の【トリガー使い】とやらとその内戦うことになるかもしれないのだから。そうだ、全員殺す。俺が生き残り帰るのに邪魔だ――だから死ね。

 

 そして相変わらず空腹少女は天才だった。普通避けれないだろそのタイミングって所で無理やり回避する。どうしてその身のこなしが出来て体力がないのか。走り込みだ、体力付けるぞ体力。

 

 二人でわいわい走っていると、アレクセイの部隊の奴らがちょっかいかけてきたから走り勝負をした。お陰で体力が無駄に削がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにやら外が騒がしい、もう真夜中だぞ全く。アレクセイのお陰で与えられた部屋の窓から外を見渡してみると、びっしりとトリオン兵で外が埋め尽くされていた。オイオイマジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 二

 

 窓から少しだけ顔を見せただけで撃ち抜いてくるとかやべーな。つーか巻き戻る時点はここかよ。

 

 今度は何が起きているか把握している為、肌身離さず持っている剣を握りしめ一先ず仲間との合流を目指す。俺に与えられた部屋はアレクセイの部屋からそこまで離れてはいない。歩いて三十秒と言ったところだろうか。

 

 その間に空腹少女の部屋もある為、ついでに寄れば一石二鳥。地味に変な所で天然だからまだ寝てるかもしれないし。

 

 部屋を出て、トリオン兵の目が無いか身を伏せながら周囲を見る。窓の外を見れば大量にいたが、どうやらまだ中には入りこんでいないらしい。

 

 廊下を音をできるだけ出さずに移動する。廊下の窓から見えないように度々屈みながらも、なんとか空腹少女の部屋までたどり着いた。

 

 ドアを開けて少女のベッドを見る。そこには膨らみがあったので、まだ寝ているのかと安堵の息をつく。窓から見えないよう、回り込んでベッドに接近して少女を起こす。

 

 ゆさゆさと動かしてみたが、どうやらかなり熟睡しているらしい。あんだけ走ればまぁ疲れるよな……仕方がないので少女を背負い、少し重量は感じるがまだまだ余裕だ。走って逃げるくらいの体力はある。

 

 部屋の外に出て、アレクセイの部屋を目指す。と言ってもほぼ一直線の廊下を駆け抜けるだけなので、先程までと同じように時に屈みながら部屋に向かう。爆発音や叫び声が外から聞こえるが、一切を無視する。悪いな、俺は俺だけで忙しいんだ。

 

 アレクセイの部屋の前まで到着したが、この状況下でこいつが黙って部屋に居る気はしなかった。でも一先ずは合流すべきだろう。駄目なら死ねばいい(・・・・・・・・・)

 

 そう思いながらドアを開けると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 三

 

 空腹少女を抱えてからじゃ遅い……のか?既にアレクセイの部屋にはトリオン兵が侵入していて、アレクセイの手足が飛散し既にこと切れた死体が一つあっただけ。

 

 あの感じだと助けてからじゃ遅いが、そもそも今の時点でアイツ生きてるのか?戦闘音が聞こえないし、窓が割れたような音も聞こえなかったが外の音に紛れただけという可能性も無くは無い。

 

 一先ず空腹少女を置き去りにして、アレクセイの部屋へと向かう事にする。何故か頭痛がしたが(・・・・・・・・・)そんなのは無視、さっきの要領でアレクセイの部屋まで忍び足。

 

 アレクセイの部屋のドアを蹴破り侵入すると、ちょうど窓の外にトリオン兵が張り付いていた。うわ、マジかよ。

 

 咄嗟にドアを投げ飛ばし、窓に引っ付いたトリオン兵を叩き落とす。ダメージは入らないが時間は稼げる。その間にベッドに寝ているアレクセイの頭を掴み一気に廊下に躍り出る。

 

 廊下に出て後ろから追いかけてくるトリオン兵から何とか逃げる様に全力で駆ける。目標は空腹少女の部屋である。

 

 わき腹を砲撃が掠めていって肉が抉られたが、死ぬほどじゃないし痛みも少ないから気にしない。そのまま空腹少女の部屋まで転がり込む。流石のアレクセイも砲撃の衝撃や走る振動で気が付いたらしい。俺の腹を見ながら大丈夫かと聞いてくるが、問題ないことを伝えて空腹少女を起こす。

 

 ゆさゆさ揺さぶっても目が覚めないあたり、本当に筋金入りだと思う。

 

「まさかここまで早く侵略されるとは思っていなかった。指揮官の私の失態だな」

 

 そう言いながら絶望した顔で言うアレクセイだが、生憎そんな泣き言を聞いている暇はない。こっちは次から次へと思考を繰り返し実行する必要があるのだ。そうしなければ、いつまでたっても明日への手掛かりが掴めない。

 

 悪いがこのクソトリガーで我慢しろ、そう言いながら空腹少女の剣を投げる。

 

「……まさか再度これで戦うことになるとはな」

 

 少し気になることを呟くアレクセイだが、口ぶりから察するにこの剣で戦ったことがあるのだろう。そもそも戦力として心配はしていない。俺達ミソッカスないない尽くし奴隷兵士とは違って、階級も持っているのだから。

 

「私の部隊と合流したいところだが――この有様だ。もう間に合わないだろうな。先ず君の傷を止血する」

 

 わき腹の抉れた部分を覆う様に、アレクセイが空腹少女の寝ていたベッドのシーツを千切り巻く。その手慣れた動作に、やはりベテランは救った方がよかったと思い若干頭痛がしたが(・・・・・・・・)、気にせず作戦を考える。

 

 現在俺とアレクセイが動けて、空腹少女が戦えない。空腹少女を持つのがどっちになるのか――俺か、アレクセイか。何度か試してみてもいいかもしれない。

 

 

 先ずは俺が空腹少女を片手で持ち、右手に剣を持って移動することにした。アレクセイには驚かれたが、俺も■■で響子と暮らしていたころより力が上がっているのは薄々理解していたが、少女一人を抱えて移動できる程だとは思っていなかった。

 

「ここは説明した通り前線基地になっている。その所為で本部との場所はかけ離れているから、助かる方法は身を潜めてやり過ごすかトリオン兵より速く後退するしかない。だが、身を隠すのは得策じゃないな」

 

 一先ず、無難に後退する。身を隠しても、食料が無いのだ。例えこの侵攻をやり過ごせても、この基地に敵が必ず残る。発見されるのも時間の問題だそうだ。

 

 ならば――道を切り開いて突破する他ない。

 

「一応ここから三十キロ程で、別の前線基地がある。だが、そこが無事であるという保証はない」

 

 ここが侵攻されているのだから、他が侵攻されていないという理由は無い。簡単な話だが、残酷で現実的な話だ。現状そこを目指す以外に手が無いので、そこに向かう旨を伝える。全く、戦うのは一週間後だと思っていたんだがな。

 

「……とりあえず、向かう方向はあっちだ。私が基本先行するから、後ろは任せた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 四

 

「……とりあえず、向かう方向はあっちだ。私が基本先行するから、後ろは任せた」

 

 クソ、なんだかんだ言って荷物があるとかなり動きづらい。途中まではかなり順調に移動できていたが、アレクセイの部隊がトリオン兵に囲まれて蹂躙されている場面を見てからアレクセイが一気に変わった。

 

 トリオン兵の集団へ突撃し、十体くらいのトリオン兵に囲まれて全身滅多打ちにされて死んだ。その間にアレクセイの部隊も全滅し、残ったのが俺と空腹少女だけになって脱出は不可能だと判断。俺は空腹少女を地面に置いて戦闘した。

 

 結果、五体くらいは殺したが残りにバスバス撃たれた。まぁ今回は腕が片方無くなっても戦えるということを知ったいい経験だと思っておく。

 

 前回アレクセイが戦闘音がすると言って生き残りがいる可能性を考えてそっちに行ったが、今回は無視。無駄だと言って違う方向へと進ませる。

 

 お前らの所為でこれ以上死んでたまるか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、そう思うと頭痛がしたが構わずアレクセイに更に先導してもらう。

 

 ちょくちょく一体とか二体には遭遇するが、現状どうにかできている。実際アレクセイの戦闘能力は大したもので、俺や空腹少女より数倍速く斬り伏せている。そのおかげでこっちは楽だ。

 

「そろそろ基地の出口に差し掛かる。まだここまで侵入されてはいないと思うが、一応警戒はしておいてくれ」

 

 後ろからくる敵をちらちら探りつつ、アレクセイの言う通りにする。この前までしていた、背筋が凍るような感覚はしないし今はまだ大丈夫だろう。

 

 

 

 

 基地を脱出し、広がる森の中に駆けこむ。基地から聞こえる爆発音は次第に小さくなっていき、闇に包まれた自然の中に迷い込む。腕に抱えた空腹少女はいまだにぐーすか寝ているのがかなり腹立つ。こいつ天然にもほどがあるだろ。

 

 

「兎に角、基地から離れる。……幸いこの森だ、トリオン兵と言えども周囲の制圧を優先するから一直線で切り抜ければ何とかなる筈だ」

 

 

 本当かよ全く、背後にはトリオン兵に目の前には暗闇に包まれた森。トリオン兵の進行速度的にさっさと森を抜けて合流しないとすぐ追い付かれるだろう。何一つうまく行かないな、ため息をつきながら手に抱えた寝坊助を揺らして嫌がらせしつつ歩き出す。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ②

 四

 

 少女を抱えたまま、黙々と歩く。一寸先すら見えないこの暗闇は、自然と心を不安にさせる。もしかしたら目の前には既にトリオン兵が居て、先行しているアレクセイは既にこと切れているかもしれない。

 

 俺の背後には既にトリオン兵が居て、俺のことをずっと追い続けているのかもしれない。そんな不安な妄想が俺の心に現れる――が。

 

 全てを振り払う。俺の目の前にアレクセイが居て、既にトリオン兵に殺されているとしたら?そんなもの決まっている、もう一度やり直すだけだ。いつ、どれくらいの時間歩いた、身体の感覚はどのくらいの時だ。

 

 そう言った要素全てを計算に含む。

 

 普通の人間なら精神的に参ってしまうだろうが――生憎俺は普通じゃない。

 

 死への恐怖など、とうに乗り越えた。

 

 出来るだけ夜の間に進んでおきたい。トリオン兵に夜間専用の探査モードとか搭載されてるかもしれないし、何より基地からもっと離れないと。

 

 体の疲労具合から言って、恐らく歩き出して1時間程度だろうか。まだ目の前を先行するアレクセイの音は途切れていないし、若干だが獣道のようなものが出来ているので人を一人抱えている俺を考慮して道を作っているのだろう。

 

 すると、目の前でドガッという音が聞こえてアレクセイがふらふら後ろに下がってくる。一体どうしたと声をかける前に、こちらに振り返って額を抑えながらこう言った。

 

「……木にぶつかった」

 

 少し痛そうに額をこするアレクセイに少しだけ気が抜けた。トリオン兵にぶつかるよりはマシだろう。

 

「そ、それより調子はどうだ?」

 

 調子?何のことだ、そう思ったがそう言えば怪我してたような気がする。脇腹に目線をやると血で赤く染まっていた。今のところ意識が薄れて来たりとか、そう言う現象は起きてないからまだ平気だ。

 

 そのお陰で腕に抱えた空腹少女は血が染みてきてるが。目を覚まさないお前が悪い。

 

 そんなことより先に進もう。時間は無限にあるが、今は有限なんだ。

 

 

 

 

 歩き始めて3時間ほど経過したか、一旦疲労も溜まって来たし小休止することになった。今だに周囲は暗闇に包まれているが、流石に少しづつ目が慣れて来た。ぼんやりとだが周りの様子が分かるようになった。

 

「ふぅ、まさか正規兵になってこんな目に合うとは」

 

 アレクセイが溜息をつきながらそう零す。

 

「元々私は君達と同じ連れ去られて来た人間なんだ」

 

 独白を始めるアレクセイ。たしかに他の連中に比べれば、アレクセイはこっちを気遣っていたような。こいつの部隊の奴らも――やめろ。あいつらは死んだ。俺が見捨てた。

 

 そうだ、そもそもこいつらを信用しきるのがおかしい。疑え。俺を騙そうとしていると。

 

「私は君達よりはトリオンがあったからな。奴隷兵士よりは扱いがまともだったよ。……それでも、使い捨てだったけれど」

 

 本当この国クソだな。

 

「何年も何年も戦って、殺して、傷付いて……気がつけば、正規兵になっていた。だから君を見て思い出すんだ」

 

 懐かしい光景を思い出しているのか、暗闇の中空を見上げるアレクセイに俺は何も言えなくなった。

 

 ああ、やめろ。信用するな。これ以上知ってしまっては、駄目だ。

 

 アレクセイの部隊の奴らは、ちょっかいはかけて来たがそれは嫌味からではなかった。これから共に戦うからと、そんな理由で少しでも打ち解けようと突っかかって来た。

 

 もしかすると、あいつらも元は――やめろ。これ以上考えるな。こいつらは全部敵で、信用できるのは俺だけ。ああ、そうだ。俺が正しくて、こいつらは侵略者だ。

 

 ああ、頭痛がする。ズキズキと頭を蝕むその痛みに内心悪態を付きながら思考を切り替える。

 

 侵略者で、もう死んだ。

 

 一度死んだ者は、蘇らない。そうだ、俺以外等しくそうだ。理解しようとするな。俺を理解する人間はただ一人――響子だけだ。

 

 

 少し休んでいると、漸く寝坊助が目覚めた。うぬうぬ悶えながら寝返りを打ってもう一度寝ようとしたので流石にぶっ叩いた。何寝ようとしてんだテメー、俺が寝てーよ。

 

 

「いっ……たぁー!何するんですかもごっ」

 

 

 めっちゃでかい声で叫ぶから慌てて口を塞ぐ。ずんずん進んできたとは言えそんな油断出来る状況では無いのだ。

 

「やはり彼女は大物だな」

 

 この状況で疑問を抱かず真っ直ぐストレートで俺に文句を言ってくるあたり流石としか言いようがない、アレクセイも皮肉げな表情でそう呟いた。俺も同意するよ、その図太さはもっと別なところで生かしてくれ。例えば体力トレーニングの時とか。

 

あえぇ?はんもみねないんでふけど(あれぇ?何も見えないんですけど)

「それでいいのか……」

 

 いや、決して良くないと思う。もう少し緊張感をだな。

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 よく分かってないんだな、そうか。それでも分かったと言う程度にはアレクセイの事を信用しているのか――頭痛が酷い。ここまでの痛みは初めてだ。

 

 手足が千切れてもそこまで痛いと感じない癖に、なんで頭痛如きがここまで痛むのか。あぁクソ、イライラする。今すぐ暴れてやりたい気分だ――だが抑えつける。

 

 頭痛がなんだ、痛みがなんだ。たかが人の機能の一部程度が、俺の道の邪魔をするな。

 

 前を行く二人の気配を朧気に感じるので、俺もそれについて行こうとして一歩踏み出して――バランスを崩して倒れ込んだ。

 

「どうし――」

 

 

 

 

 五

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 クソっ、この頭痛は持ち越しか。頭がガンガン痛むが何とかそれを抑えつけ、前を歩いて行こうとする二人を抱えて走る。なんか二人とも文句言っているような気がするが無視。

 

 直後、後ろから背筋を撫でるような感覚がした。右腕に抱えた空腹少女も一瞬ブルリと震えたので、自らの予感が偽物ではない事を確信する。

 

 直観に従い右に全力で跳ぶ。――が、跳んだ場所にあった木に激突して、勢いが付きすぎてた所為で一瞬で口から血を吐きながら倒れた。くそっ、身体が動かねぇ。

 

「避け――!!」

 

 

 

 

 

 六

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 どうする。実際昼間だったら逃げられただろうが――真夜中で場所を理解できていないのが厳しい。何よりトリオン兵の射撃が昼とは相変わらずだ。

 

 つまりあいつらは視界が暗かろうが明るかろうが関係ないという事だ。これはマジで困った。一先ず周囲の地形の把握をしていくしかない――頭痛が相変わらず酷いが、取り敢えず二人を抱えて真っ直ぐ突き抜けてみる。

 

 猛ダッシュ、後ろからゾクリという感覚はあるが気にせず真っ直ぐ突き進む。一先ず真っ直ぐ突き抜けて逃げれるかどうかを試す。走っていると、不意に足が地面に着かなくなって転んだ。今度は足を撃ち抜かれた――ていうか両足とも膝から先が無くなっている。

 

 ちっ、真っ直ぐじゃ駄目k

 

 

 

 

 

 

 七

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 俺が抱えて逃げるより、二人に伝えた方がいいのではないか?空腹少女の勘の良さを信じて突っ切ってもらうのもいいかもしれない。

 

 俺が伝えるよりも早く少女が反応する――ことは恐らくない。一番最初の時、彼女は気が付かず俺が倒れるまでこちらを振り向くことは無かった。こっちが注意を向けるほかないだろう。

 

 走れ――他に何も伝えずに無言で俺が先に駆けだす。二人とも一瞬だけ何を言われたか理解できず動きが止まっていたが、すぐさま俺についてくる。

 

「凄いな――よく、気が付いたな」

 

 アレクセイが背後から木が揺れる音を聞いて気が付いたらしい。全く、どうやってここまで音を出さずについてこれるんだ。それに早すぎる。たまに休憩はしていたが、そこまでゆっくり進んでいたつもりはない。

 

 一先ず少女に先行してもらう。木を避けながら走れないかと伝えると意図を把握したらしくはいっ!と返事をして俺より先に行った。あいつあんなに飛ばして体力持つのか――ああ、これまで寝てたから体力あんのかな。

 

 暗闇で少女の姿もほぼ見えないが、なんとなく感覚でわかる。少女の走った跡をたどりこっちも同じように走る。基本的に少女・アレクセイ・俺の順番で走る。俺もある程度暗闇の中でトリオン兵の攻撃を回避できるからこの順番なんだが、空腹少女の辿る道がやばい。

 

 木の枝を掴んで跳んで、木の上に足を付け地面に跳んで更に着地の瞬間ローリングで前転して回避して更に加速する。人間というかアレだな、野生染みた動きだ。

 

 てか普通についてくアレクセイも凄いな。俺もなんだかんだついて行ってるけど、どこかでミスしそうでこわ

 

 

 

 

 

 

 八

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 くそッ、また気が付かない間に攻撃喰らってたっぽいな。やっぱりある程度回避できなきゃ意味無い。後ろに意識を集中させて何とか躱し続けてみるか。

 

 

 

 

 

 

 九

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 後ろに意識を集中させすぎた結果、ついていけなくて一人になって木に激突して動けなくなったところに集中砲撃喰らって死んだ。こりゃある程度まで通る道を覚えていくしかないか。

 

 

 

 

 

 

 十

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわから

 

 さっきよりはマシになった頭痛に耐えつつ、さっきまでと同じ行動を繰り返す。

 

 伝えて先導してもらい、ひたすら道を覚える。体が勝手にその動きを再現するまで何度も何度も繰り返し行う。跳ぶ、木を跳ねる、枝を掴む、地面に着地する、駆ける。ひたすらその繰り返しになる。

 

 繰り返せ考えろ実行しろ――頭に何度でも刻み込め。お前に残された道はそれしかないのだから。

 

 アレクセイが途中で着地に失敗して錐もみ状態になった。どうやら空腹少女もそれに気が付いて足を止めたが、もう遅い。助からないんだし、先に行こうと考えると酷く頭痛がしたが(・・・・・・・・)耐えて先に進む。

 

 大丈夫だ、また死ねば会えるさ。だからそんなに悲しそうな顔をするなよ。

 

 

 

 

 

 

 十一

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

 

 もう一度、もう一度だ。アレクセイがあの場所で転ぶことが分かっていれば助けられる。ああ、大丈夫。何度だって繰り返そう。

 

 

「後ろからトリオン兵が来てる」

 

 

 彼女が駆ける、アレクセイも続く。背後から忍び寄るクソ共から逃げる為に、俺は再度暗闇へ身を翻した。

 

 

 

 



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地獄へ③

 十二

 

 これ、先に死ぬ確率の高い場所を定めといたほうがいいな。そうしたら対策も取りやすいし、少しずつ死んだ場所を意識してみるか。現状の場所も踏まえて進んでみよう。

 

 

 

 十三

 

 背後からの攻撃の死亡率の高さ半端ねぇ……どうするか、相変わらず背筋が凍るような感覚を頼りにアレクセイの後ろをついて行く。問題点としては足を撃ち抜かれるのと即死クラスの砲撃を喰らう事、この二つを特に意識していこう。

 

 

 

 十四

 

 機動力を削がれるのはやはりマズイ。手足は絶対死守だな。にしてもどこまで逃げればいいのか――こうも暗闇ばかり見ていると流石に気が滅入って来る。ああ待てよ、落ち着け。気を強く持て。俺は大丈夫、まだいける。正常だ。さぁ、もう一度だ。

 

 

 

 

 十五

 

 これいっその事斬りかかったらどうよ?殺しに行った方が早いまでありそう。逃げても逃げても手足捥がれるか撃ち抜かれるのどっちかだし、最悪見えなくても斬れる。ん?ていうか空腹少女に斬ってもらえばいいんじゃ――俺天才かよ。

 

 もう敵が近いぞ的な事を伝えて空腹少女にステンバイしてもらう。何故か俺に砲撃が飛んできて腕を吹き飛ばされた、解せぬ。

 

 トリオン兵は無事に空腹少女が斬り伏せた。どうやら斥候というか、たまたま森に放たれていた少数部隊の数体だったらしい。それなら最初から無駄に死ぬ必要なかったじゃん、死に損だ。

 

 腕が片方無くなってしまったので自殺しようとしたら、二人にめっちゃ止められた。

 

「待て、早まるな!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 ごめんなさいはこっちの台詞だよ、いやー悪いな何度も見苦しい所見せて。まぁ暗いから見えないんだが。

 

 スパッと自分の首を掻っ切る。ぴゅーと自分の血が飛び出ていくのを見るのは何度目か忘れたが相変わらずいい気分ではない。暗いから表情は見えないが、割と近くにいたから血がびしゃびしゃかかってる気がする。ごめんな。

 

 

 

 

 十六

 

 今度はさっきの砲撃を警戒しつつ、空腹少女に再度倒してもらう。暗闇の中でも問題なく勘が働くってすげーな。

 

 空腹少女がピクッと動いた瞬間、アレクセイの頭を掴んでそのまま地面に伏せる。地面スレスレで俺は止まったけど、アレクセイはそのまま地面に顔面を叩きつけた。おいおい何してんだこいつ。

 

 ヒュッと音がして俺たちの頭上を砲撃が突き抜けていき、空腹少女のいた方面でガサガサッと音がした。

 

「~~~~!! ~~~~ッ!!」

 

 あ、地面に押し付けたままだった。顔面を地面に押さえつけられ悶絶するアレクセイの頭からパッと手を離すと、ものすごい勢いで呼吸をしていた。悪いな、死ぬよりマシだろ……?

 

「た、たった今君に殺されかけたけどね……!」

 

 ぜーはーと肩で息をするアレクセイに謝りつつ、空腹少女が忍者みたいな感じで木から飛び降りてくる。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ。特に攻撃は食らってない」

 

 視界が良くないからあまりよく見えないが、アレクセイの顔とか土めっちゃついてそう。昼間じゃなくてよかったな!

 

 兎に角追っ手が来る前に距離を離そう。そう伝えて、更に空腹少女に賛同してもらう。お前ならきっと何となくで道がわかるよ、そこまで急がなくていいとは伝えた。あまり急ぐとアレクセイが途中で事故ったり俺が事故ったりするかもしれないし。

 

 さっきまでより遅く、それでも明かりのない中森を進んでいるとは思えないほどの速さで進行していく。あれ、これもしかして空腹少女が起きてたらもっと楽にこれたのでは……?

 

 やめよう、虚しくなる。

 

 

 

 

 

「さ、流石に少し休みませんか……?」

「わ、私もそろそろ休憩するのに賛成だ……」

 

 膝をガクガク言わせながら若干明るくなってきた空を見上げている俺にそう言ってきた。オイオイお前ら、ミソッカスの俺より才能ある癖にだらしねぇぞ。

 

「いや体力とトリオンは関係ないですから!!それにトリオンだって私たち同レベルですよ!?」

「どうなってるんだ……正規兵の私もここまで疲労感があるのに君は本当に人間か?」

 

 人間ですー、お前らよりよっぽど人間らしいです〜。まぁ俺も足はガクガクしてんだけどさ、正直あんまり疲労感感じないんだよな。さっきまで感じてた気はするけど。

 

「も〜無理です!私寝ます!」

 

 そう言いながら倒れこむ空腹少女にため息をつく。まぁ仕方ないか、この暗い中道を作ってもらいながら進んでたのだ。暗闇というのは思っていたより心身に来るものだ。特に見知らぬ場所だと。

 

「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」

 

 ……うーん、実際一回休んでもいいとは思う。少しだけ明るくなってきたおかげで、ある程度周囲は見渡せるようになった。まぁ森だから木しかないけど。

 

 トリオン兵が一方的に見つけて追ってくる暗闇ではなく、こちらも視界が通用する。交代で休憩してもいい気はする。それに基地のすぐそこまでトリオン兵を放ってくるとは考えにくい。

 

 まぁでも、基地の状況は一度は把握しておきたい。潰れてるのか残ってるのか戦闘中なのか、それで判断しよう。まぁ判断するのは次のループだが。

 

「……そもそも基地が残ってるか分からないしな。わかった、基地まで行こう。ここからは私でも道がわかる」

「でももう疲れました〜……」

 

 そう言う空腹少女を仕方なく抱える。でも右腕で勘弁しろよ。

 

 あわあわ暴れる空腹少女を適当にあしらい、アレクセイにさっさと案内するように伝える。すると、アレクセイが珍しく呆れた顔をしてきた。んだよ、そんな顔する暇あったらさっさと案内しろ。

 

 

 

 

「そもそもこの基地は森の中から奇襲されないために高台に建てられている。私達の前線基地をプレハブだとすれば、この基地は拠点だ。防衛線を張ればそれなりに持ち堪えられるはずだ」

 

 本当かよ、一晩で壊滅させられた実績があるからさ……まぁ今さら疑ったところでどうにもならないが。

 

 すっかり腕の中でぶらーんと垂れ下がる空腹少女はその姿勢で寝ている。くかーと寝息を立て寝るその姿に少しイラッとするが、こいつらしい。俺とは違って死への恐怖というものに耐えながら暗闇の中を先導したのだ。それは疲労も溜まる。

 

 もうすぐ基地に到着するそうだが――それにしては物音がない。

 

「戦闘が現在進行形で行われている、という事は無さそうだな」

 

 少なくとも戦闘中であるなら、多少は音が聞こえる筈だ。砲撃の音にしろなんにしろ、何かしら聞こえる。だがそれが無いという事は、そもそも戦闘中ではないという事。戦闘が終わったのか、そもそも戦闘等起きていないのか――見てみなければわからない。

 

 少し覚悟はしておくか――全く、ままならないなほんと。

 

 

 

 

 

 

 十七

 

「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」

 

 まだ基地は陥落していなかった。夜通しの襲撃を受けていた所為で敵味方の区別がつかなかったようで俺に攻撃してきた。アレクセイが必死に止めようとしていたが間に合わず、俺の首が飛んだ。

 

 今度はアレクセイに先に行ってもらおう。まぁ友軍がまだ生存しているとわかっただけまだマシだな、これで敵に占領でもされていたら心が折れてたかもしれない。

 

 

 

 アレクセイに先導してもらい、今度はちゃんと合流する。アレクセイが上の人間と話をするそうなので、俺と睡眠中の空腹少女は二人で控え室で待つことに。それにしても、眠いのに寝れない。緊張なのかなんなのか、理由は分からないがかれこれ一日以上は活動してるのに一向に寝れない。

 

 こいつよくもまぁこんな寝れるな……与えられた部屋のソファに横になって涎を垂らしながら寝る空腹少女を見てしょうがないから涎を拭う。いや、普通に考えて汚いじゃん。

 

「うへへ……」

 

 なににんまり笑顔で寝てんだこの野郎、また叩き起こしてやろうか――そうも思ったが、やめた。別に常に気を張ってる必要もないしな。

 

 こいつが休む分、俺が気を張ればいい。なぁに大丈夫、俺は死なないから。

 

 

 

 

 アレクセイが戻ってきた。とりあえず基地へ滞在の許可は得たらしい。そういえばこいつって一応階級だかなんだか所持してたよな。もしかしてそれなり出来るやつなのか……?立場的に。

 

「うん? ……ま、権力何てこういう時に使う物だ。こんな物より欲しいモノは沢山あったんだがなぁ」

 

 そのモノが何を示すのか、なんとなく察しはついたが口には出さない。俺が腹に抱えるものがあるように、こいつが腹に抱えるものもあるのだ。そう、少しは理解した(・・・・・・・)。別に情で絆された訳じゃない。だけど――俺だけが必死で生きようとしてるわけじゃないって、考えが付いただけだ。

 

 俺の目的は■■響子の元へ再度帰る事。アレクセイが何を考えているかわからないが――まぁ、邪魔にはならないんだ。そう、邪魔にならない事がわかったんだ。なら少しくらい理解したって罰は当たらないだろう。この世界に罰を与える都合のいい存在がいるのかは知らないが。

 

「さて、君も少しは寝たらどうだ?流石に私も眠いが」

 

 ああ、そうだな。少しだけ、少し、だけど………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前でゆっくりと目を閉じて睡眠を始めた青年を見て、アレクセイはふと思う。一体何がここまで彼を必死に生き延びようとさせるのか。

 

 最初の出会いの時は、それはもう酷かった。死にかけの顔でどうやれば剣で敵を斬れるのかを聞いて来た。本部の連中が無能でアホなのは自分が使い捨ての兵士だった頃に理解してはいたが、改めて自分がそれを見ると泣き言の一つでも言いたくなる。

 

 一先ず剣にトリオンを籠めれば敵は斬れると伝えはしたが、恐らく使用はできないだろうと内心考えていた。奴隷兵士に選ばれるという事は、それ相応の能力しかないという事が基本だから。

 

 なのだが――この少女と青年は異常だった。

 

 伝えた瞬間に剣にトリオンを流し込み、あまつさえそのミソッカスなトリオンで戦って生き残る(・・・・)為に工夫をしていた。あり得ない、と思う。

 

 普通この状況で、心が折れない筈がない。自分で言うのもなんだが、それなり以上に最悪な目にはあってきた。だからこそわかる、無力の絶望感と死への恐怖という物が。

 

 それでも――二人は折れずに仲間を導いた。その全てを生き残らせた。

 

 英雄だ。トリオンが無くて戦場の中でもただの奴隷兵士の一人でしかないとしても、英雄だ。それだけのことはやった。人間の子供が大人のゾウと本気で殺し合って生き残ったような物だ。普通は勝てない、そういうものを覆した。

 

 彼には確固たる目的があるのだろう。恐らく、死んでも達成する(・・・・・・・・)という命よりも大事な目的が。

 

 基地で食事をとるとき、君は口に料理を運んだ瞬間眉間に皺が寄った。それでも無言で口に運び続けていたが、あまり口には合わなかったのだろうか。……隣で何も気にせずバクバク食べまくってた少女もいたが。

 

 自分たちの世界へ帰る――そう口にしてはいるが、それがどれほど難しいか彼は分かっているんだろう。国の中でもトップクラスの実力者で、黒トリガー使い相手に対抗できると判断できる程の実力者が選ばれるのだ。

 

 彼が、なれる筈がない。そんなことは気が付いてるはずなのに、彼は気が付かないふりをしている。戦場に駆り出されるのを好都合と考え、生き延びる為に空腹少女と訓練までする。

 

 あの暗闇の逃亡でも、彼は決して退くことは無かった。敵に真っ先に気が付き、砲撃されそうになった私を救った。……方法は少々手荒だったが。おかげでセルフ顔面土パック(効果なし)を行う羽目になった。

 

 そして、目には常に警戒の色が出ていた。唯一その色が取れるのは、少女と共に居る時だけ。だから、彼が心の底から信用しているのは彼女だけであり彼女も心の底から信用しているのは彼だけなのだろう。羨ましく思う。自分には、そんな人は最初からいなかったから。

 

 だからこそ目をかけてしまう。まるで、昔の自分が果たせなかった事をしている二人が羨ましくて。失敗してほしくなくて。

 

 彼らがせめて――目的を達成するその日が訪れるのを。

 

 

「……今はせめて休むといい。私も休むけどね」

 

 

 そう言いながら割り当てられた部屋の備え付けのソファに腰掛ける。四つあるうちの二つで彼と少女が寝ている為、自分のソファを勝手にここだと決めて寝る。

 

 

 

 

 

 

 ――ん?ちょっと待て。そういえば彼って脇腹抉れてなかったっけ?

 

 

 

 

 

 

 ふと思い、目を閉じて寝ている彼に近づき脇腹の布を見る。もう黒く変色しており、血は止まっているかのように思えた――が。

 

 包帯に触れた瞬間、ぬちゃぁ……と嫌な音と感触が手を襲った。粘ついた感覚と水分の部分が手に付着し不快感が増大する。そして黒くない赤い血も付着していてそれはいまだに少しずつ血が出ていることを示しており――よく見ると顔が青白い。これは典型的な貧血ではないだろうか。

 

 

 

「……衛生兵!! 衛生兵はいるかーー!!」

 

 

 

 前線の緊急設備で、軽く手術を行うことになった。普通気が付くだろ!何で自分の痛みにそんなに鈍いんだ……。手術中、落ち着かない様子でうろうろ周りを歩き回る少女が特徴的だった。治す治療でまさか患者が死ぬわけ……ない……よな?

 

 

 

 

 



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地獄へ④

 十七

 

 まさか自分の受けた怪我を忘れて死にかけるとは……この海のリハクの目をもってしても見抜けなかった。

 

 目が覚めたら何かベッドに寝かせられててその上点滴もぶっさされてびっくりした。しかも何故か横で空腹少女が寝てるし。とりあえず状況を確認しようと思い、空腹少女を揺り動かすとぐわんぐわん頭を振るだけで起きなかった。――あれ、そう言えば今何時だ?

 

 明かりがついてる上に、周りの光景が見えないようにカーテンしてあるから状況がわからない。動こうにも点滴があって邪魔くさい、どうするか――そう迷ってるときにカーテンが開かれ男が入ってきた。

 

 

「む、もう起きたのか。いや、やっとと言うべきか」

 

 

 お前かアレクセイ、ここはどこで俺は何があった。そう聞いた時

 

「仮にも自分の身体の事だから把握しといてほしいんだが……君、脇腹から出血し続けてたから血が足りなくて死ぬところだったぞ」

 

 ……マジかよ。

 

 

 

 

 そしてアレクセイに「君はもっと自分の身体を労われ」とか「我々だって君を心配している」とか「この子を見ろ!こんなになるまで君を看病していたんだ」とか言って爆睡かまして涎を俺の布団にかけ続ける空腹少女を指さして、シンプルに汚かったから叩いた。

 

「あだっ……あれ、あれ?」

 

 きょとんと俺の顔を見る空腹少女の顔が、あまり見ない表情で笑ってしまった。

 

 

 

 アレクセイの交渉の結果、俺たち三人は防衛力として扱われることになったらしい。まぁ攻め入るには使えなさすぎるよね。

 

 一通り設備の使い方を教えてもらい、さて訓練するかと思った瞬間腹が鳴った。どうやら二人も食事を取っていなかったらしく、三人同時に腹の音が鳴った。

 

「……先に食事にしようか」

 

 アレクセイの言葉に同意する。空腹少女は相変わらず美味そうに食べるが、俺は相変わらず無味である。かー、お前ほんと味覚すげぇな。これが塩分取りすぎた現代人の末路だと思うとやはり塩分は控えるべきだったと後悔する。

 

「うーん、この謎肉ハンバーグ美味しいんですけど肉がなんの肉なのか分かんないから怪しいですね」

「考えないほうがいいぞ。この国は真っ黒だからな」

 

 空腹少女の一言にアレクセイの無慈悲な一撃が突き刺さり、流石の空腹少女も躊躇うかと思ったがそんなことはなくまぁいっか!と言いながらバクバク口に運んでる。こいつメンタル強すぎだろ。俺はちょっと嫌になったよ。

 

「それで、君たちはこの後どうするんだ?君は病み上がりだから無理しない方がいいと思うが」

 

 病み上がりとはいえ訓練しない事には強くならないからなぁ。でもまぁ無理のし過ぎは良くない。それはわかった。今回空腹少女が爆睡してなかったらあと何人かは生き残れた筈だ。

 

 そして空腹少女が爆睡していた理由は昼間の訓練が原因である。つまり俺のせい。……ま、俺は自分のことで手一杯なんだ。悪いな。

 

 ズキリと頭を鈍い痛みが襲ったが気にしないと抑え込む。

 

「体力をつけるのには賛成だ。君達二人はトリオン体を作れもしないからな」

 

 だいぶ遠慮がなくなってズバズバ言うようになったなお前。ただし事実である。いいもんそんな便利なもの無くても俺死なねーし。死ぬけど。

 

「え……ま、またあの走り込みですか?」

 

 当たり前だろ、お前体力無くて途中でダウンしたよな?

 

「そ、それだったらアレクさんもです!!私だけなのは不公平だと思います!!」

「悪いが私の本体はトリオン体だから、別に素の体力は必要じゃないんだ」

 

 膝から崩れ落ちる空腹少女。飯食いながら崩れ落ちるとか器用だなー。

 

「ぜ、絶対訓練なんかに負けません!」

 

 

 

 

 

 

 

「はひぃ……も、もう無理ぃ」

 

 訓練には勝てなかったよ――即堕ちすぎる。即堕ちと言っても既に三時間は走りっぱなしだから俺も汗だくで疲れてるが。少女ほど酷くないがな!

 

「あ、アレクさーん! 助けてー!」

「……さて、私はトリオン体操でもしてくるかな」

 

 様子を見に来たアレクセイが空腹少女に声をかけられた瞬間さっさと逃げる。意気地なし!と空腹少女が罵声を浴びせるもまるで効果なし、既に視界の外に消えた。なんだそのトリオン体操って、初めて聞いたぞ。

 

 まぁそろそろいいか……こう言うのは積み重ねて実るものだしな。

 

「……! じゃあご飯食べに行きましょうご飯!!」

 

 その前に汗を流せ。話はそれからだ。

 

 

 

 

 相変わらず無味の料理を口に放り込み、横でバクバク食べる空腹少女をチラリと覗き見る。いつもは抜けた要素の多い年相応の子だが、戦闘や命の危機に瀕した途端異常な勘の良さを発揮する。

 

 ……こうしてれば普通の少女なんだがなぁ。あの鬼神っぷりとの差が激しすぎる。

 

「アレクさんおかわり下さい」

「本当に良く食べるな君は」

 

 そう言いつつご飯を装いに行くアレクセイ。いやお前パシられてんのかよ、初めて知ったわ。正規兵として前線を支えていた男が一人の奴隷兵士にパシられてる姿を眺めつつ、彼女が話しかけてくる。

 

「美味しいですね!」

「……ああ、そうだな」

 

 内心一ミリも思ってない同意をする。美味しい?んなわけあるか、味がしない料理は料理とは言わない。飲み物も、料理も、味は土と変わらない。

 

 匂いだってそうだ。料理らしい匂いはしないし、少女が言うまでさっきのハンバーグだって何の肉かなんて考えなかった。考える気すらなかった。何を食べても変わらないから。

 

「本当に……美味しいよ」

 

 

 

 

 脇腹が抉れていたが、痛みを感じないのでシカトして汗を流す事にする。どうやら幸いシャワー施設が広めに作ってあるらしい。日本人としては風呂に入りたいものだが、このクソ国家に期待するだけ無駄である。

 

 服を脱ぎ生まれたままの姿を晒し、板で区切られただけのシャワールームに入る。ある程度プライバシーには配慮してあるが、本当は奴隷兵士はこんな所は使用できないらしい。使えて川の水だそうだ。アレクセイ様々だな。

 

 ノズルを捻ると、頭の上からシャワーが出てくる。まだ水だからクッソ冷たいけど、それが逆に心地いい。

 

 こうやって落ち着くのは、何だかんだ久しぶりな気がする。普通に過ごしてたら突如侵略され、殺され、生き返ってまた死んで、生き返ってあの人だけはと抗い続けた。

 

 結果がこれだ。元の星じゃない、どこにあるかもわからない人間を人間として見ないゴミ国家。そんな所で、ゴミ国家の為に、トリオン兵と戦っている。くそったれめ、現実にムカつく。

 

 例え死んでも覆せないその事実が心底憎い。俺は本来こんな所にいるはずじゃない、俺には相応しい場所があったのだと。心の何処かで思う。

 

 いつのまにか暖かくなっていたシャワーを浴び続け、汗と血を流す。脇腹が抉られているのに痛みを全然感じない。

 

 益々人間離れしたなと自嘲する。痛みは感じないし、口に入れたものの味すらわからない。本当はとっくに理解していた。それでも、脳が拒否していた。

 

 俺は普通だ。正常だ。異常じゃない。まだ正常だからこそ――響子に出会えると無理やり納得させていた。

 

 軽口でも叩いていないと頭がやられそうだ。そんな絶望に包まれても――その全てを振り払う。

 

 そうだ、俺の生きる目的は何だ?もう一度、アイツに出会う為だ。帰る方法がほぼない?絶望的?はっ、抜かせよ。

 

 協力してくれる奴が少なくとも二人いるんだ――天才とベテラン。ほら、何も絶望的な物なんかあるもんか。逆に希望だ。

 

 

「そうだ。大丈夫だ。俺は、俺は、まだ、大丈夫だ。正常だ、出会える。そう未来があるんだ。安心しろ、気を張れ、足を止めるな……!」

 

 

 壁に拳を打ち付ける。壁は凹み、パラパラと破片が落ちる。打ち付けた手から血が溢れるが構いやしない。

 

「どうした!?」

 

 ドタドタとアレクセイが下着姿で突撃してくる。やめろよ、野郎の下着姿なんて見て何になるんだ。

 

「……ハァ、君は本当に学習しないな。いいかい?君がそうやって自分を蔑ろにしたり傷つけると一番大変なのは私なんだ。あの子はそれはもう悲しむし、そのまま放って置けないし君は何もしないしで私がやるしかないんだよわかるかい?最近ご飯の時とか何も言い返せなくなってきたじゃないか、別に私は尻に敷かれる為に君達と行動を共にしているわけじゃないんだ。もうほんと、彼女には勝てないよ……だから頼むからそういう行動はしないでくれ!」

 

 お、おう、善処する。

 

「絶対だぞ!」

 

 

 

 シャワーを終えて、アレクセイを待ちつつ適当に水分を拭う。タオルの貸し出しまであるとは正直驚きだ。奴隷兵士の身分なのにこんな贅沢していいのか。

 

「ふぅ、やはりこれだけは良いものだな」

 

 シャワーから上がってきたアレクセイの顔には、でかでかと満足と書いてあると思うほど幸せそうだった。お前綺麗好きなのな。

 

「ああ、湯浴みは私達人間のできる最高の技術の一つだと思うくらいには好きだな。正規兵の私が言うのもなんだが、この国は本当に上層部がクソだからな。前線の兵士の楽しみといえば食事と湯浴みと夜の街を歩き回るくらいしかないのさ。まぁ夜の街を歩く機会なんか人生でも数回あるかないかレベルだが」

 

 ほーん、こいつが風呂に出会ったら死んででも自宅に導入しそうだな。

 

「風呂……?」

 

 おうそうだよ。桶っつーのかな、人間一人がゆっくりと腰を下ろして身体に負荷を与えないくらいの大きさに掘られた穴に湯を張るんだがこれがまた良いんだよなー。

 

「……ぜひ詳しく教えて頂きたい」

 

 めっちゃ目が輝いてますけど、こいつテンプレかってくらいキャラクター出来てるな。あと俺は専門家じゃないから教えられないぞ。見様見真似でやっても失敗するだけだし。

 

「こうなったら君達の国まで行くしかないな……!」

 

 それでいいのか正規兵。……ま、暇が出来たら教えてやるよ。俺のにわか知識でよけりゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑤

 十七

 

 基地付近にトリオン兵が出現したと言うことで、早速俺たち三人が動くことになった。十分休んだし、戦う準備は万端である。

 

 そもそも真夜中じゃないしな。視界開けてるしなんとかなるだろ。

 

 そのトリオン兵の出現した場所付近まで走って向かう。ほらな、体力つけといて良かっただろ。

 

「いや、まぁ、たしかに、そうですけど……」

 

 めっちゃ微妙な顔で言うね君。こちとら体力不足で何度も死んでんだ、他人事じゃないんだぞ!

 

「そもそも私としては普通の身体でトリオン体に付いてくるのが異常としか言いようが無いんだが……二人とも本当は種族違ったりしないか?」

 

 そんなこと……ないと思うぞ。多分。

 

「いや私は普通ですから」

「それは無い」

 

 空腹少女の言い訳にアレクセイの無慈悲な一撃、走りながら崩れ落ちるという変態挙動を空腹少女が行い、それに引きながら走る。その天才性もう少し別な方向に活かせない?

 

「っと、おしゃべりはここまでだ。近いぞ」

 

 切り替える。思考を極限まで戦闘に特化させ、全てを理解し把握するくらいの気持ちで。

 

 空腹少女がピクッと反応する。俺に背筋が凍るような感覚は来ないから俺を目掛けてのものでは無い。少女が真横に飛び出し加速するのを見届けてアレに比べたらまだ人間らしいんじゃ無いかと内心思う。

 

 ――まぁ、どっちも似たようなもんだ。

 

 若干遠くに見えたトリオン兵が、砲撃を放とうとしてるのが見える。木に紛れつつ進んでいたのに場所を把握されてるあたり本当索敵能力の高さが素晴らしい。

 

 地面を蹴り、木を足場にして接近する。次の木に跳んで、また木を蹴り加速する。運動エネルギーを余すことなく利用して自分の出せる最高速度を引き出す。

 

 背筋が凍るような感覚が来るので、その感覚に従って砲撃を回避する。そして次の砲撃を放とうとするトリオン兵をすれ違いざま真っ二つに斬る。

 

 まだいるかと思い周りを見渡したが、どうやら既に二人が片付けたらしい。剣を抑えて俺の方へ向かってくる空腹少女とアレクセイを見て、安堵の息をつく。

 

 

 

 

 ――この基地で防衛戦力として戦い始めてから、三日は過ぎた。

 

 基地内で人を遊ばせている余裕は無いから、休みなしで戦場へ赴く死んだ目の兵士達を見送りつつ走って斬って走る毎日。

 

 お陰で少しは体力が付いた。飯はもう諦めた。

 

 空腹少女も二時間はぶっ通しで走れるようになった。すごい進歩だなとも思ったけどとっくの昔にそんくらいやってたなそういや。アレ?あんまり変わってなくね。

 

 敵を探して斬って戻って休んで探して斬っての繰り返しをここ二日間程行ってきた。程よく休めるし、身体に大きな負担も無い。

 

 大丈夫だ、順調に進んでる。焦ることはない。

 

 目の前でパクパク料理を口に放り込む空腹少女を見つつ、今後のことについて考える。やはり一番帰還する確率の高いのは、この国の侵略部隊に入る事だろう。

 

 それがどれほど遠い道のりか――そんなことは分かってる。だが、それでもそれしか道が無いのだ。だったら答えは一つ。突き進むのみだ。

 

「ていうか今更思ったんですけど、私達こんな一杯ご飯食べていいんですかね……?」

 

 空腹少女の今更すぎる疑問。初日のドカ食いの時点で気付こうな!

 

「問題ないだろう。この国はこう見えてもそれなりに大きな軍事国家だ。トリオン体を操る正規兵は食料は普通の量でいいし、奴隷兵士は本来食料はあまり貰えないからな。正直君達二人はトリオン量が最底辺付近なのに何故そこまで生身が強いのか……」

 

 トリオンだけを絶対視しているのは本部の連中のみで、意外と戦場に出たことのあるものはトリオン体ではない死が身近にある生身で活躍する人間は大事に扱う傾向があるらしい。まぁトリオンが多かったら空腹少女なんざ最強格だからな。こんなん誰が殺せるんだよ。

 

 何度も死んだ彼女の顔がフラッシュバックする。ああ、やめろ。今は生きてるんだから問題ない。切り替えろ。

 

 ズキズキ痛む頭を無視し、ひたすらモノを口に運ぶ。

 

「じゃあいっか!」

「その切り替えの早さと能天気さは見習うべき物があるな……」

 

 アレクセイが割と重いことを言ったけど、全てを無視して食事に集中する空腹少女のメンタルに心底感服する。ほんと鬼メンタルすぎだろ。

 

「でもあれですね。故郷の料理も少し恋しくなりますね」

 

 故郷の料理、か。……もう、味も忘れちまったな。響子が良く作ってくれた料理さえ覚えていない。一つまた一つと抜け落ちている自分の記憶を発見した自覚する度に溜息が出る。

 

 だが、それがどうした。

 

 料理も覚えていないのなら、再度覚えればいい。帰って、再会して、また作って貰えばいいのだ。食べればいいんだ。

 

 そうだ。響子に出会えば――

 

「ふむ。君たちの故郷の料理か……少し興味があるな」

「そこまで大きな違いはないですけど、やっぱり細かい部分の味付けが違うかな〜」

 

 和気藹々と会話する二人を見て、一瞬思考が止まるがそれでも無視して切り替える。そうだ、俺の目的は◼︎◼︎響子に再会するのだ。俺が文字通り死んででも助けようとしたあの人に、再度出会うのだ。

 

 

 ――何のために?

 

 

 …………さあな。そんなの、俺が聞きたいよ。でも、会うんだよ。理由なんか無い。理由がないなら今作ればいい。それこそ料理を作ってもらうとか、好き勝手に理由をつけろ。

 

 それで俺は生きていける。足を止めなくて済む。この現実を受け止めなくて済む。

 

 

「それで、甘い果物とかケーキとかアイスクリームとか色々乗っけたパフェって言うのがあって」

「ケーキ……アイスクリーム……ふむ、未知の単語だ。それも甘いのか?」

「えぇ、とびきり美味しいですよ!」

「それは気になるな……!」

 

 

 ああ、それも良いかもな。響子に会うのは当然だが、アレクセイと空腹少女と三人で地球観光なんてしても良いかもしれない。そうだ。生き延びるんだ。いつの日かまた帰る為に。

 

 

「虫を……食べるのか?」

「? ええ、味付けで煮込んでそのまま」

「……ちょっとトイレ行ってくる」

 

 

 ちょっと待て。地球の食文化がゲテモノ食いみたいに思われるじゃねぇか!

 

 

 

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。その感覚に身を任せ、アレクセイを突き飛ばす。

 

 突き飛ばした瞬間、伸ばした左腕の肘から先が切断された。

 

「――ッ」

 

 せめて正体を見極めようと見て、その姿に驚いた。通常のトリオン兵とは違い、人間そのものと言っても過言ではない。顔のパーツも、身体のパーツもまるで人間。

 

 嘘だろ、トリガーつか

 

 

 

 

 

 

 十八

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。くそっ、マジかよこれまでで最悪のループだ。一先ずさっきと同じようにアレクセイを突き飛ばして剣の軌道からどうにか引き剥がしたいが、俺の腕が持っていかれる。それは避けたいがアレクセイを見殺しにもしたくない。

 

 ならば、こちらから仕掛ける。

 

 立ち上がる勢いを利用し先程敵がいた場所に腕を振る。ガッ!!という音と共に腕がなにかを捉えて吹き飛ばす感覚を掴む。

 

 背筋が凍るような感覚は来ないので、一先ずこれで十分かと判断して武器を構える。基地内で武器持っててマジよかったわ……前回みたいに武器なくて逃亡しかできませんは話にならないから。

 

「完全に死角からの一撃だぞ……?チッ、一体どんな仕掛けだよ」

 

 悠長に喋るトリガー使いに向かって跳ぶ。一瞬だけ、一瞬あればいい。跳んだ衝撃で空に舞ったテーブルやイスの破片を足場に加速する。踏み場なんて少しあれば十分だ。

 

 人型を殺すのなら何処が一番良いのだろうか。やはり首か胴体になるのか。まぁ一先ず斬ればいいだろう。斬れなければ、斬れるまで斬り続ける。それだけだ。

 

 狙うは首、すれ違う瞬間に剣を抜き斬り捨てる。

 

 

 

 ――斬

 

 

 

 

 

 十九

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。嘘だろ、反応したってのか。こっちなんざあれで仕留めれるとまで思ってたのに、見てから回避して斬って来やがったくそっ、なんだそれ反則だろ。

 

 ああくそ、反応が遅れた。面倒だ死の

 

 

 

 

 

 二十

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。慌てるな、俺はこいつと違って何度でもリトライできる。こいつが反応できないタイミングで仕掛ければいいだけだ。

 

 取り敢えず先程と同じで腕を振り回し殴り飛ばす。そしてここだ。この殴り飛ばした瞬間に剣を抜刀し斬る。

 

「うぉっと――あぶねぇなァ」

 

 ちっ、上手く耐えられた。まぁ凌がれる気はしてたが。だから二手三手連続でかかる。

 

「ちょっ、待」

 

 俺の背後から空腹少女が斬りかかり、敵の首を刎ねた。流石としか言いようがない身のこなしにやはり頼りになると思いつつ敵のトリオン体が解けるのを確認する。

 

「……嘘だろオイ、かんっっぜんに不意打ちだっただろ。何で分かるんだ?」

 

 こいつの話には微塵も興味がない。取り敢えずどうするべきかアレクセイに聞く。

 

「必要ないな」

 

 よしわかった、殺

 

 

 

 

 

 二十一

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。問答無用で殺すべきだな。この時点で斬りかかれば良くないか?

 

 敵の剣の軌道は既に知っている、そこに剣を振ればいい。キィン!と甲高い音が響き敵の表情に驚きが見えるがそんなもの知ったことではない。即座に切り替え斬り殺す。

 

 右から左から前から上からを繰り返し、空腹少女が陰から敵の首を刎ねる。そしてトリオン体が解除された瞬間、有無を言わせず斬り殺す。

 

 身体を真っ二つに縦に割る。何だ、めっちゃ楽だな。人を殺すときは苦労したような気がするが、そんな昔のことどうでもいい。基地の中に突如トリガー使いが現れるとか笑えねぇぞ。一先ずアレクセイに指示を仰ぐ。

 

「……この国の防衛機構もう駄目じゃないか?」

 

 おっ、なかなか身を張った自虐だな。

 

「冗談じゃない……取り敢えず友軍が生きてるか確かめよう。というか周りから戦闘の音はしないな」

 

 初手でぶっ殺されてるのか、それとも此処だけだったのか……狙いは定かではないが、襲撃があったことだけは確かだ。友軍に手が届くかは不明だが、せめて俺たちは生き残ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑥

 二十一

 

 基地を襲撃してきたトリガー使いは、結局全員で五人。どうやら隠密に特化した連中で基地の探索装置を潜り抜けて侵入してきたらしい。

 

 一人は俺たちのいた食堂に、指揮官室に二人、訓練中の正規兵に喧嘩売ったアホが一人、住み込みしてる区域に侵入したのが一人。

 

 指揮官室の二人は指揮官にズタボロにされて捕虜になってた。この世界って戦えないと指揮官役になれないっぽいな、覚えとこう。

 

 訓練中の正規兵に喧嘩売った奴は……うん。五人くらいに囲まれてボコボコにされてた。馬鹿じゃないかな。

 

 住み込みしてる地区に侵入した奴は、ただの掃除の業者の持っていたこれまたクソ効率の悪い護身用トリガーで刺されてトリオン体解除されて囲まれてボコられてた。

 

 なんか俺らのとこに来た奴だけ殺意高くねぇか……?

 

 そして俺が殺した奴を除いて四人が捕虜として捕らえられた。捕まえられても自殺しないってのは、味方が助けに来てくれるって信頼があるからなのか単純に自殺するっていう方法を思いつかないのかどっちだ。

 

 そして敵を捕まえたことで、救助する為に大規模な攻略が行われる可能性が高くなった。指揮官直々に防衛の指揮を執り万全の体制で構えるらしい。

 

 俺たち三人は遊撃、向かう場所は通信設備で案内してくれるらしい。無線みたいな何かを持たされた。風呂ないのに無線はあるんだな。

 

 試しにボタン色々弄ってめっちゃシェイクしたり叩きつけたりしたけど全然壊れない。これすげぇな、俺にこんくらいの耐久力ある腕当てとかくれない?

 

『喧しいからやめなさい!』

 

 通信先の人に怒られた、正直申し訳ないと思ってるが反省はしてない。いやほら、これまでの経験上ね?色々試さないといけないかなーって思ったんだよ。

 

「急にトチ狂ったのかと思ったよ」

「何か不安な事があるなら相談してくださいね!」

 

 やめろお前ら、確かに色々狂ってるけどそういう意味ではまだ狂ってないから。不安な事しか無いが――ああいや、不安な事なんて無いさ。安心しろよ。

 

 

 

 

 

 

「はー、さっぱりしましたー」

 

 風呂上がりの少女がほかほか湯気を発しながら部屋に入ってくる。中々ここでの生活にも馴染んできたかもしれない。

 

 しかし困ったな、レーダーの仕組みは知らないがレーダーをすり抜けて来るって言う技術が敵に存在してるのはマズイ。また夜の間に基地が侵略されてお陀仏とかありそうだ。

 

 そうなると嫌だなー、これから先ずっとそんな逃亡を繰り返して繰り返してじゃいつまで経っても進めやしない。ここで攻撃に出るべきか?

 

 けど焦っても仕方ない、くそ。焦れったいな。

 

「あれ?髪の毛に白髪混じってますよ。抜きますか?」

 

 俺はまだそんな歳じゃねぇ!まぁいいや、抜いてくれ。こう、根元からな。プチっと千切るんじゃなく、根元からするっと。

 

「はい!」

 

 ブチっ!

 

 この野郎……てへっと苦笑いで逃げようとする空腹少女を捕まえて、アイアンクローで頭を握りしめる。

 

 あがががうごごごと悶えながらギブアップする空腹少女にアイアンクローをかけ続け、この後どうするべきかを考える。ちゃんと考えるべきか?アレクセイと少女に話を通すべきか?

 

 俺はちゃんと話すべきだと思う。この死に戻りという謎現象は置いといて、俺の将来的な目的を。

 

 そうだな、信用して話すべきだ。二人は仲間なんだから。

 

 

 

 

 

 

「正直君が元いた場所に帰りたいと思っているのは知ってた」

「まぁ私も」

 

 なん……だと……?

 

「普通元の国に帰る方法を聞いて、あるって答えてあんな笑顔になってたら気付くさ」

「何となくわかります!」

 

 アレクセイはともかく空腹少女の理由が納得いかない。いや逆に納得行くけど。

 

「ふっ、気にするな。私は仮にもこの国の正規兵だが、生きる為に死に物狂いで努力した結果さ。それに今は君達の国に興味がある」

 

 こいつ風呂と食い物に釣られやがった……食事は実際大切だけどな。日々のストレスってのは食事や運動によって解消するものだ。特に戦場っていう状況下に置かれている生身の人間とかは無意識にストレスが溜まる。俺みたいにある程度特殊な事例だと少し違うかもしれないが。

 

 にしてもそうか。とっくにこいつらは気が付いてたんだな。気が付いた上で、触れようとせず邪魔をしないようにしてきたのか。

 

 生きる為に利用して、何度も死なせた俺を――こいつらは。

 

 そうか……そうか。

 

「……君、そんな表情も出来るんだな」

 

 あ?なんだそれ、そんな変な顔してたか。そう思って頬を掌でぐにぐに触るが特になにもわからない。そりゃそうだ。

 

「……ふっ、ははは」

「……ふふっ、あははは!」

 

 おいおいなに笑ってんだ、全くよくわかんねぇ奴らだな。そう困惑する内心とは裏腹に、何故だかいつもより頭はスッキリしていた。二人の笑いのツボはわからないが――いつもより安心して寝れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅあぁ……そろそろ寝ます」

 

 おう、お休み。いつも通りの時間に欠伸をしながら寝床に向かう空腹少女を見送りつつアレクセイが持ってきた謎の飲み物に手をつける。

 

 湯気が立ってるからある程度熱いはずだけど正直どうでもいいので一口で行く。ぐいーっと口に入れ喉を通す。

 

「……毎度思うが君の口の中はどうなってるんだ?」

 

 味がしないし熱さも感じないし、まぁ魔境?少なくとも人間が普通に生きてたら味わえない感覚だとおもうよ。感覚ないけど。ふーっふーっと息を吹いてから飲み物を口にするアレクセイ。なんかちょっとした動作の一つ一つが割と丁寧なんだよな。

 

「うん?ああ、私は正規兵になる時にある程度教育を受けたからな。この国は体裁も気にするんだ。上に立つものの振る舞い、というものかな」

 

 その割には奴隷兵士にパシられたりしてますけど。

 

「あれはノーカン」

 

 真顔でそう言い切られると俺も何も言えないわ。それでいいのか正規兵。片手で通信機をゆらゆら揺らして遊びながら、先程二人と話した内容を思い返す。

 

 敵襲があるとすれば、夜。それが結論だった。レーダーをすり抜ける手段があって、尚且つそれを一番活かせるとすれば視界が良くない夜になるだろう。それぞれローテーションを組んで夜待機して襲撃に備える。

 

 空腹少女の寝床――というか同じ部屋で寝てるので最初の基地の様な事にはならない。部屋を一つに纏めてあるので前回の様に助けに行く手間もない。まぁ空腹少女には悪い気がするが、少女自身は気にしないと言っているからそのやさしさに甘えた。

 

 いつか敵がやってくるのをわかってるので、心境的に楽だ。突如敵が来るよりかは対応しやすいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来たわ、居住地区にトリオン兵が出現。数は大体――二十くらい』

 

 

 通信機から聞こえてきたその声に反応する。アレクセイは仮眠を取っている為、この知らせを聞いたのは俺しかいない。仮眠してるアレクセイをペシペシ叩いて起こして、爆睡かましてる空腹少女を起こす。

 

「む……ああ、来たのか」

 

 居住地区だってよ。俺たちの出番があるか知らないけど、取り敢えず起こしとくぞ。

 

「ああ。いつ新手が来るかはわからないからな」

「ふ……あぁぁ」

 

 お、起きたな。

 

『三人の居る場所に反応が向かってるわ!注意して!』

 

 噂をすればなんとやら――流石の空腹少女も意識を覚醒させて戦う気満々である。こうなると心強

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十二

 

『三人の居る場所に敵が向かってるわ!注意して!』

 

 チッ、部屋ごととかいくら何でも大雑把すぎるだろ。遠距離から、っていうか敵は囮だなこりゃ。本命はさっきの砲撃。

 

 取り敢えず二人を抱えて窓から飛び出す。射程がどれくらいまであるかは分からないが、逃げる。それを知る為ともいうのだが。飛んできた砲撃が部屋を破壊する。うお、建物ぐしゃぐしゃじゃねぇか。

 

 着地――くそ、マジk

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十三

 

『三人の居る場所に反応が向かってるわ!注意して!』

 

 窓から飛び降りた先にトリオン兵が出待ちしてた。あークソ、これ抱えて出れねぇな。二人に窓から外に出るよう伝えて俺が先に出る。

 

 窓に足をかけて、さっきトリオン兵が居た場所へ跳ぶ。砲撃を準備しているけどもう遅い。発射される瞬間に腕を大きく振ることで軌道を変えて回避する。一体しかいなかったから一撃で終わった。アレクセイと空腹少女も普通に着地したようだ。

 

『三人はとりあえず、居住区に居る敵を片っ端から倒してって』

 

 無線がそう伝えてきたので、アレクセイと空腹少女に伝える。また戦ったことのないタイプが敵に居るな。あんだけの砲撃をバスバス撃たれちゃ溜まったもんじゃない――だからどうした。近づいて殺す。

 

「さっきの砲撃がどこから飛んできたかは流石に分からないな……わかるか?」

「すみません、わかんないです。……あ、でも方向だけならわかりますよ」

 

 そう言って空腹少女が指さす方向には、軍司令部がある。オイオイマジかよ、もう手遅れって事か?いや、まだ焦る状況じゃないな。無線は飛んできたし、全滅はしてない筈だ。なら、先に軍司令部の援護に行くのがいいか。

 

「そうだな。私もそれでいいと思う。居住区は何だかんだ言って正規兵が何人もいるからそこまで心配はしなくていいだろう。司令塔を崩されるともう撤退しか選択肢がなくなるからな」

 

 アレクセイがそう言うなら、この選択で間違ってないんだな。よし、それじゃあ司令部に向かうか。

 

 

 

 

 



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地獄へ⑦

 二十三

 

 司令部に向かう道中、合計三体のトリオン兵に遭遇した。居住区に侵入したトリオン兵が二十体で俺たちが討伐したのが合計四体だから残り十六体か。その程度の数だったら他の正規兵がどうにかしてそうだな。

 

 居住区以外――まぁ普通の施設がある場所とかはどうなってるのか不明だ。無線から連絡来ないが、壊れてることは無さそうだし恐らくまだ緊急を要する状況じゃないんだろう。

 

 

「右に跳んでください!」

 

 

 後ろを走る空腹少女が叫び、その声に疑問を抱く前に右に跳躍する。直後先程まで走っていた場所に対して何発もの砲撃が飛んでくる。背筋が凍るような感覚を受け、その感覚に従い動く。右に左に斜めに後ろに。ありとあらゆる動きで砲撃を回避。

 

「私が前に出よう、回り込んでくれ」

 

 トリオン体を唯一持つアレクセイが前に出て敵の注意を惹く。その隙に空腹少女と俺で左右に分かれて移動を開始。

 

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。ゾワリと鳥肌が立ち今すぐ逃げろと脳が警告してくる。後ろに飛び跳ね、その直感に従う。

 

 

 何だ、視界がズr

 

 

 

 

 

 

 

 二十四

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。後ろじゃダメか。なら次は右だ。敵がどこから仕掛けてきてるかわからない今、とにかく何度も繰り返すしかない。

 

 右に避けて――クソ、また視界

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十五

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。右でもダメ、か。この視界がズレるのは一体何なのか、それを知る必要が先にあるか?まぁでも先に逃げる場所を試す。一撃回避さえしてしまえば次から確定で回避できるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十六

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。左も駄目。なら次は前だ。後ろ左右がアウトって事は意外と範囲広いのか?砲撃か……それとも、長い剣でも振り回してるのか。姿を隠して潜んでいるのかのどれかになる。一番確立が高いのは砲撃だが、視界がズレるという事象と関連しない。切断されているのか?だとすれば斬撃系統になるな。

 

 一先ず前に踏み込み、どうなるかを確かめる。視界はズレないな、あれでも足が動か

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十七

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。前に踏み込むと胴体と下半身で真っ二つにされた。こりゃ斬撃で間違いなさそうだな。ただ問題としては姿が視認できないところにある。遠距離から斬撃を飛ばす……か?あり得ない話じゃない。空腹少女だって射程伸ばしてたしな。

 

 俺達みたいなミソッカス軍団じゃなくて天賦の才をもってトリオン量も多いとかいうガチの天才がやれば普通に強い。ただせめて斬撃が飛んでくる方向を読まなきゃいけない。

 

 前に踏み込み、先程は胴体を真っ二つにされたので身体を前に沈めて回避する。瞬間頭の上をチリッという音と共に刃が駆けて行った。お、俺の髪の毛が……。

 

 跳んできた方向は前――これで前方にいるのは確定。空腹少女だったら回避できるかもしれないが、アレクセイは多分回避できないな。早々に殺さないと味方への被害が多そうだ。

 

 背筋にゾワッと感覚が来たので横に跳ぶ。縦に真っ直ぐ斬撃が飛んできた。どうやら一本ずつしか飛ぶ斬撃は出せないらしい。なら好都合、癖を掴んで一気に詰める。屈みながら前に進む。屈んでいるという事は、敵は必然的に縦か横の一閃で来るしかない。

 

 縦に来るとすれば横に身を回避すればいいだけなので、俺だったら放たない。どちらかと言えば回避が難しい横で斬る。斜めと言う線も捨てきれないが、その時はその時。次に対応しよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十八

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。うへ、斜めに斬ってきやがった。横だと思ったんだがな……まぁ切り替えろ。先程と同じで前に飛び込みながら屈み初撃を回避。今回は髪の毛は減らなかった。ただでさえ白髪が増えてんのにこれから更に薄くなってたまるかよ……!

 

 縦の一撃を回避し、次に備える。左斜めの斬撃だったから――あれ、受け止めれる物じゃないのか、これ。一旦試してみるか。

 

 斜めに放たれる一撃を手に持った剣で斬る。一瞬籠めたトリオンで十分、斬撃を分断して回避できた。おお、これでいいじゃん。さて、本体はどこにいるのか――居た。建物の陰からこっちに向かって斬撃を放ってたらしい。こそこそしやがってこの野郎。

 

 再度放たれる斬撃だが、その程度見てから回避できる。スッと身体を横に逸らしつつ駆ける。発見されたことに気が付いたのか、慌てて後ろに下がる。もう遅いぞ、この距離なら逃さな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十九

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。もう一人いたのか。建物の上からこっちをずっと見てやがったな。つーことは下の斬撃野郎は一番の本命で、保険として上にバックアップ要因が居たって感じか。うーむどうするか、遠距離攻撃できる装備なんて贅沢な物無いしな。

 

 建物の上に居ることが分かってるなら最初から向かうのもいいか。とりあえず前に屈みながら駆けて回避、建物を横目で確認すると確かに屋根の上に居た。あんな堂々と居たら狙撃飛んできそうだけどな。

 

 さっきの感じからして、こいつも砲撃タイプで問題ないだろう。斬られたような死に方じゃなかったし、先に接近して仕留めるか。足場を作るために、斬撃を回避してから地面を思いっきり踏みつける。巻き上がった砂に隠れて一気に建物へ肉薄する。

 

 ゾワッという感覚と共に斬撃が飛んでくるのを肉眼で確認したので、さらに加速して斬撃を回避。建物に足をかけ、一気に駆け上がる。建物の上に居るトリガー使いがこっち目掛けて銃を構えるのを視認し、更に飛び跳ねる。空中で身動きが取れなくなると困るので先程蹴り上げていた外壁を足場に更に加速しガンナーの首を切断する。

 

 トリオン体が解除された瞬間更にもう一閃ぶち込んで確実に殺す。首と胴体が分かれたのを確認し、斬撃飛ばしの方に向かう。向かおうと駆け出した瞬間、ゾワッと背筋が凍るような感覚がしたので急いで飛び退く。

 

 俺の居た場所を建物ごと斬る斬撃が飛んできたが何とか回避、下を見てみるとアレクセイと戦っていた奴がその斬撃に当たっていた。何だ、敵国に来てるくせに連携取れてないな。

 

 そのまま真下に落下し空腹少女と斬り合ってるやつを上空から襲撃、頭から真っ二つにする。トリオン体が解除されるその瞬間にもう一度斬り殺し、後は残った斬撃野郎を殺して終わり。

 

 まだ対人戦は少ししかやったこと無いが、少しずつ慣れてきた。剣についた血を振るって落とす。

 

「やはりレーダーをある程度無効化できる様だな。仮に感知できていれば通信が入る筈……この感じだと、本部がどうなってるかわからないな」

 

 間に合う事を祈るしかないな、兎に角向かうか。

 

 

 

 司令本部に到着すると、既にトリガー使いは全員捕縛されていた。あれ?もしかして一人残らず殺したの俺達だけ?ま、まぁ反撃される可能性あったし仕方ない。

 

 居住地区の制圧も終わり、大きな損害は無かったそうだ。精々数人死んだ程度で、まだ前線を支えるという役目は十分果たせる――そうアレクセイは若干苦い顔で言っていた。

 

 今回もそう苦労せず乗り越えられたことに内心安堵する。何度死んでもやり直せるとは言え、繰り返しの場所はわからないのが不安で仕方ない。その内、取り返しのつかない場所でやり直すことになるのでは――切り替えろ。

 

 そんな先の事を考えていても仕方ない。そうだ見据えるべきなのはそんな場所じゃない。頂点だ。今回殺した程度の雑魚相手が頂点だと思うな。

 

 もっとだ、もっと強くならなければ。

 

 一度も死ぬことが無いくらい。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑧

 二十九

 

 防衛任務が無い時は、ひたすら剣を振る。鋭く、速く、そして正確に。寸分違わず狙いすました箇所を斬る緻密さ――一瞬の勝負に於いて無駄になる物はない。そう俺は思っている。

 

 中には初見で意味不明な動きもする天才とかもいたりするけど、そういう例外を除いて全てを左右するのは経験だと思う。初見殺しの攻撃を、既に知っていたら――それほど強いモノは無い。

 

 既に二週間はそうして過ごしている。トリオンは相変わらず増える気配は無いが、日々の鍛錬の中で少しずつだが自分が成長しているのが分かる。アレクセイと戦って勝てるようになってきたし、空腹少女にも喰らいつける様になった。……いや、おかしくない?空腹少女軍属じゃないよな?奴隷兵士だよな?

 

 

「ここかなーって感じがしたら身体が動きます!」

 

 

 この子やべぇな、勝てる気がしねぇや。逆にこれだけ心強い存在が居ることに感謝するべきだな。

 

「もっと早くこの子が居ればこの国はもう少し前線が安定していたかもしれないな……」

 

 まぁトリオン無いから少ししか戦えないバッドステータス、てか全てにおいて弱点過ぎるだろ。避けて避けてじゃ殺し合いには勝てないからな、相手を明確に殺害する手段が必要だし。

 

 結局あれ以来トリガー使いとは戦ってないから、自分がどれくらい戦えるようになったかというのはこの模擬戦でしか分からない。流石に普段の防衛任務でミスるような動きはしないけど、たまに頭痛が酷くて全然思うように動けないってときはある。

 

 そういう時は二人がカバーしてくれるから正直助かる。……やっぱ一人じゃ限界あるなぁ。

 

 痛覚は少ないのに頭痛は異常に感じるから余計イライラする。どうせなら全部の痛みが少なく感じるようになりゃいいのにな……。

 

 んな事はどうでもいい、切り替えろ。

 

 これまで何度も死んだり殺したりしてきたが、一番の問題として一番重要なのはやはり機動力。今は周りが森だったり建物があったりとかで割と戦いやすいが、最初の頃みたいに荒野で足場を作れないとかそういう状況だと本当に厳しい。

 

 即興で地面を蹴り上げて足場にしたりとか、そういう技は少し扱えるが……一番は空中で更にジャンプする技術だな。これが出来れば戦闘が本当に楽になるんだけどな。

 

 流石に空腹少女も無理だろうな。これは純粋に身体能力の問題だから、アレクセイなら出来るかも?

 

「む、空中でジャンプ? トリオン体ならできなくも、ないかもしれないが……君は何を目指してるんだ?」

 

 ただ必死なだけだよ。文字通り、な。

 

 

 

 

 

 

 

 身体が浮遊感に包まれている。ここはどこなんだろうか、またよくわからない内に死んだのだろうか。

 

 一先ず死ぬか――そう考えて常に腰に差していた剣を手に取ろうとしたが、何故か存在しない。いや、そもそも手が動く感覚が存在しない。どういうことだ――そう思ったその時、唐突に視界が暗闇に包まれた。くそ、どこだここ。状況がさっぱり読めない。

 

 

 ――■。

 

 

 うん?何だ、何かが聞こえたがする。

 

 

 ――(■■■)

 

 

 ……何だ?ノイズがかってるから聞き取れない。ただ、どこか懐かしい声だな――そう思う。

 

 

 ――■……■って■ね。絶■■■けるから。

 

 

 何だ、何て言ってるんだ――そう答えようとして、声が出ないことに気が付いた。クソ、何だ、何を伝えたいんだ!俺に何を、一体おまえは誰なんだ。

 

 そう心の中で思ったとき、唐突に腹部に衝撃が来て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「あ、やっと起きましたね!」

「いや、明らかに魘されてたと思うんだが」

 

 目が覚める。何だこの腹の圧迫感、まるで人一人が乗っているかのような――いや乗ってんじゃねぇか。目を開けると横になっている俺の腹部に空腹少女が馬乗りしていた。そりゃ息苦しいわ。

 

「え、なんでしょ――あだだだだッ!!!」

 

 取り敢えず空腹少女の頭を掴み、握りしめる。この野郎、よくも快眠の邪魔してくれやがったな……!ま、そうは言ってもかなり眠れた方だ。寝る時に何度も自分の死ぬ映像を見てきたが、見なかったのは今日が初めてになる。

 

 そう思った途端変な声に呼ばれる始末――全く、どうにも神様ってのは俺の事が嫌いらしい。寝る時くらい休ませてほしい。

 

「ふっ、まぁそのくらいにしてやれ。こう見えて彼女、結構心配してたんだぞ?」

「あっ、ちょっと何言ってるんですか!」

 

 本当君達仲いいな――響子もこんな感じだったか。ああうん、そうだったな。

 

 すまん、ありがとうな。心配かけた。

 

「……いえ、いいんですよ!」

「気にするな、私たちの仲だろう?――所で、一体どんな夢を見ていたんだ?普通じゃない魘され方だったぞ」

 

 ああ、うーん……夢って言うのかな。誰かが、俺を呼んでた気がするんだ。遠い所から、誰かがさ。

 

「そうか。……いつか、はっきりするといいな」

 

 ああ、そうだな。いつか、いつかな。俺が地球に帰って、響子に会って、そのあとまた考えよう。

 

「とりあえずご飯にしましょうご飯!」

「君は相変わらずそればっかりだな」

「いいじゃないですか! お腹空くんですから、食べないと死んじゃいますよ!」

 

 ……そうだな。食事に、しようか。俺も何時か、また味わえるのかな。うん、いつかは味わえるだろう。なんてったって、俺に終わりは訪れないのだから。何時の日にか、また味わえる。

 

 

 

「ああ、そうだ。あと一ヵ月もすれば大々的な制圧作戦が実行されるそうだ」

 

 えっなんだその情報。はじめて聞いたぞ。チラッと空腹少女の様子を窺ってみたが、我関せずと言わんばかりに飯を頬張ってた。少しは話聞けや。

 

ふぇ~、ほうはんでふね(へー、そうなんですね)

「飲み込んでから喋りなさい。……んんっ、それでその制圧作戦だが。この基地と、もう一つの基地を中心に攻め込む――まぁつまり前私たちが居た前線まで押し返して、強固な要塞を建て直すらしい。正直やっつけ工事だったのは流石の本部でも理解してるらしく、今度こそはと意気込んでるよ」

 

 最初からそうして欲しかった――そう呟くアレクセイの表情は心なしか暗かった。……そうだよな。こいつの部隊はもう。

 

「ああいや、すまないな。食事の場で持ち出す話じゃなかったか」

 

 いや、気にするな。俺もたまにめっちゃ暗い顔するときとかあるしな。

 

「おかわりください!」

「……ふっ、そうだな。よし大盛りでいいか?」

 

 はい!と元気な声で返事をする空腹少女を見て苦笑しながら取りに行くアレクセイ。相変わらずこいつには弱いな……アレクセイの過去は知らない。けど、何かあったんだろうな。どこか彼女に弱いのは、そういう事なんだろうか。

 

 踏み込むべきじゃない、アイツが自分から近寄ってくるまでは。俺の事を理解してくれて、邪魔をしないように助けてくれた二人なんだ。少しは信用しろ。

 

 

 

「で、だ。その制圧作戦は私達も駆り出されるらしい」

 

 アレクセイは兎も角、ミソッカス奴隷兵士に頼るとかマジ?やっぱこの国クソだわ。

 

「戦果を挙げたものには褒賞を約束するだとさ。本部の事だ、どうせ適当な余り物を寄越すつもりだろう」

 

 よし、やろうか。褒賞を与えるって事は、どんな形にしろその存在を認知するという事だ。つまり、ただの奴隷兵士という認識から多少は戦える奴隷兵士という印象に変わる。

 

 それは好都合だ。どちらにせよこの国で実力を高めなければならない、非常に忌々しい事だが。

 

「君ならそう言うと思ってたよ。……トリオン体すら無いのに戦いたがるのは君達くらいだ」

 

 もしゃもしゃ飯を喰らい続ける空腹少女(満たしてる途中)と俺を見ながらそう言うアレクセイ。いや、俺はともかくこの子はあれじゃん。戦いのセンスがね?

 

「……! ……?」

 

 いやそんな顔されても……飯くらいゆっくり食べな。ああほら口元にガッツリついてんじゃねぇか汚れがよぉ!仕方ないからナプキン的な布で拭う。お前は子供か……ああうん、少なくともこの中で一番子供だな。

 

「むぐぅうぐぐ」

 

 呻いてんじゃねぇ!余計広がるだろ!黙って拭かれとけ。

 

「……続けばいいな」

 

 ふとアレクセイが漏らした一言を聞き取る。……そうだな。誰も欠ける事なんてないさ。俺がいるんだから。

 

 それに、ただ続くだけじゃない。俺たち三人で、地球に帰るんだろ?

 

「……ふっ、そうだったな。ああ、まだ君に『ふろ』とやらの詳細を聞いてない。あと『ぱふぇ』という食べ物もな」

 

 まだまだやりたいこともやるべき事も残ってる――そうだ。まだこの程度でくたばる訳にはいかない。

 

「ご馳走様でした! パフェは美味しいですよ!」

「新手の煽りか? ふむ、良いだろう受けて立つ」

 

 おいやめろ、お前大人気ないぞ。

 

「男には引けない場所がある……!」

 

 こんな所で意地張ってんじゃねぇ!お前もだ腹ペコ!煽るな!全くお前ら……

 

 そんな喧騒の中で食べる飯は、いつも通り味はなかったけれど――不快な感覚はしなかった。

 

 

 

 

 



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地獄へ⑨

タイトル回収オメデトウ


 あれから一月――ついに制圧作戦の日程が近づいて来た。基地に戦力を集中させたりはしない。転送と言うクソ便利な移動方法があるからな、トリオン量は異常に使うがこういう時に大規模な侵攻を何の前触れもなく行えるのは非常に強い。

 

 歩兵部隊として俺は移動するけど、どっちかというと先遣隊に組み込まれてる。基地の司令官にはある程度戦えるって事は理解されてるしな、俺達三人組だ。

 

 あと二日でまた戦いが始まるのか――模擬戦だとか何だとかやってたかからどれだけ戦えるようになったのかは気になる。あくまで二の次だけどな。一番は自分達の生存だ。前ほど酷い状況にはならないと思うけど、それでも不安はある。

 

 今度は裏切りでもあるんじゃないかと暗い側面が勝手に憶測する――切り替えろ。今の俺にそんな考えは不要だ。起きてから考えればいいだろ、そういう事が出来る力があるんだから。

 

 アレクセイと少女――三人で生き残る。これが目標だ。最終目標は勿論地球に帰ることだが、一先ず一つ一つの闘いを乗り越えよう。

 

 大丈夫、なんとかなるさ。いや、なんとかするさ。

 

 

 

 

 準備を追えて、深夜に襲撃するために朝から移動する。前回俺達三人が移動してきた時間と、実際地図を見て作ったルートを組み合わせて決めたらしい。日が出てる間って逆に警戒薄そうだな……。

 

「徹夜にはならなそうだな。二時間位は寝れるだろう」

 

 何で戦場に出るのにコンディション悪くするんだ、どうにかしてくれマジで。なぁお前も腹いっぱい飯食った後戦う方がいいよな?

 

「はい!」

 

 おーいい子だ……いや待てそうじゃない。はいじゃないが。俺も何狂った質問してんだ、そうじゃないだろ。クソどうでもいい話題は捨てておいて、実際問題これは大事な事だと思う。少なくともこいつは腹を満たすことでストレスを解消しているのだろう。

 

 アレクセイはよく知らないが、俺は最近寝ることで少しずつ、少しずつだが休めている。前までは夢が酷かったから全く休みにならなかったが、寝れるようになってから少しずつ頭痛が減っている。

 

 人間擦り切れた様に見えて案外限界は深いらしい――しみじみ実感する。どうしようもなく人間とかけ離れた俺だけど、それでもまだじわじわ『喪っている』と感じる感性は残っている。それが救いであり、絶望でもある。

 

 切り替えろ、今は俺の話じゃないだろ。

 

 俺の事は置いといて、俺達を邪魔する要素が現れないかどうかが不安だ。アレクセイが寝不足で――こいつはトリオン体だからまぁよし。空腹少女が睡眠不足で隙をつかれたら?やり直せばいいが、必ずやり直して救える訳では無い。

 

 そもそもやり直しの定義が決まっていないのだ、必ず助けられるという確証は存在しない。だからこそ、不安要素を取り除きたいのだ。これまでは自分を見ていれば良かったが、今は違う。この二人は仲間なんだ。この二人だけは、別なんだ。

 

 他の有象無象を殺してでも、この二人は生き延びさせる。そうだ、刻み込め。お前はあの二人と共に地球に帰るんだ。だから死なせてはいけない。

 

 思い出せよ、響子を助けた時の事を。

 

 あれだけ死んで諦めなかったじゃないか。挑んだじゃないか。やり直したじゃないか。

 

 

「それでは出発だ。準備はいいか?」

「はい!」

 

 

 軽く荷物を背負うアレクセイと、ふんすと息を鼻息を立ててやる気満々というポーズをとる少女。その二人を見て、頭痛がしたが抑え込み俺も続く。

 

 

「……行こう」

 

 

 気張れよ、■。お前は、折れることを許されていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 二十九

 

 制圧作戦が始まった。と言っても俺たち十人くらいの少数がまず先に行って、本隊とは別のルートで向かう。要するに陽動って事だ。

 

 俺たちが戦闘開始してから十分後に本隊が攻め入るらしい。初見殺し的な攻撃はこっちでどうにかしろと。んまぁ言いたい事は分からなくもない。大規模な砲撃が本隊に直撃したら目も当てられないしな。

 

 一先ず所定の位置まで徒歩で移動する。転送装置を組み立てて、そこを中継地点にするらしい。だから本隊は後から来る。こういう役目があるなら少数精鋭も納得だけどさ。その後戦わせる必要無くないか?死ねと言われている気がしてしょうがない。

 

 それでも戦って名声を得ないと元の故郷に帰れないと。ほんとこの国クソだな。

 

 やるしかない――心にそう刻め。お前は進むしかない。後ろを振り向くな。自分の死を犠牲にして突き進め。

 

 転送装置をもった技術部兼トリガー使い達と共に歩き出す。所定の位置まで歩きでおよそ五時間ほどかかるから、少しずつ進む。一気に進軍して相手に気取られてはまずい。

 

 あくまで俺たちは発見されても問題ないが、転送装置の場所は発見されてはいけない。発見される前に設置して、その場所とは離れた位置で発見される必要がある。

 

 つまり俺たち三人は別働隊になる必要がある。本隊の場所とは離れた場所で発見されるために。なので途中まで味方に同行し、その後三人になって敵の方へと近づいていく。

 

 夜に本隊が攻撃するため、夕方に何度か戦闘しておく必要がある。あーくそ、やる事多いなちくしょうが。

 

 ザクザク音を立てて歩く後ろのトリガー使い達を横目に確認しつつ、周囲の警戒に気を割く。奴らはレーダーを無効化する手段がある――それはつまり、こっちのレーダー技術を上回っているという事だ。

 

 いつ発見されるかは不明だが、不意打ちが来ないわけが無い。俺だったら不意をついて数を減らす。それくらい先手を取れるのは大事だ。

 

 俺たちの場合空腹少女とか俺がいるからまだ反応出来るけど、普通の部隊にこんな命令出したら速攻死ぬからな。覚えとけよ本部!

 

 

 まだ何も起きていないが、一旦中休み。既に歩き始めて二時間経つのでそろそろ別れる必要がある。

 

 アレクセイはまだトリオン体にはなってない。お前一人だけ体力作りサボってたからちょっと疲れてんじゃねーか。

 

「いやこれは……違うんだ。ちょっと暑いだけで」

 

 息少し荒くなってないか?ほら見ろ!体力作りをちゃんとした俺たち二人は問題ないぞ!

 

「……ソウデスネ」

「……私が言うのもなんだが、可哀想だな」

 

 く、空腹少女の目から光が……?いやでも疲れて無さそうだし、うーん元気はないな。仕方ないなんかやるか。おっとこんな所に俺が持ってきた干し肉が。

 

「……! はい、基礎トレーニングは大事ですよ?」

「こ、こいつ……物で釣ったな……」

 

 手段は選んでられねぇ――俺も必死なんだよ……!そんなものに必死になるなとアレクセイに睨まれるが知ったことではない。フハハ、俺たちは絆で結ばれてるからさ。悪いな。

 

 ぐぬぬと悔しがるアレクセイを尻目に、干し肉をガジガジ噛んで食べる空腹少女を見る。うーんいつ見ても幸せそうな顔で食うな。俺はもう食べる事で幸せになれる事は無いだろうから、それが心底羨ましく思う。

 

 客観的に自分を分析出来るようになったのは自覚してる。前まではもっと精神的に不安定だったからな……この二人のお陰で少しはマシになった。

 

「そもそもアレクさん私が走ってる時見捨てましたよね?」

「いや違う!落ち着きたまえ!あれは別に見捨てたとかそう言う訳ではなく」

「でもトリオン体操とか言って何処か行きましたよね?」

「……はい」

 

 うーん残念すぎるぞこの正規兵、休憩中に何時もの漫才が始まった事で周りの技術兵もニヤニヤしながら見てる。ああやっぱそういう感じで見てたのか。

 

 赤い髪を切り揃えて前髪を上げてワイルドに顔を見せるイケメンなのに、何故ここまで残念なのか。俺たちが絡まなければ普通かもしれん。

 

 ……これから殺し合いをするとは思えない雰囲気だな。ま、ずっと張り詰めてても疲れるだけだ。俺はこんなもんでいいと思う。

 

 その場その場で切り替えろ、常にスイッチを入れる必要はない。

 

 

 

 

 技術兵達と別れて、回り道をして敵の基地へ向かう。

 

 腹を少し満たして満足そうな顔をしている空腹少女を尻目に、周囲への警戒を増やしていく。レーダーがどれだけ見ているのかは知らないが、少なくとも俺たちの基地にあるのよりは広い範囲を見れるだろう。

 

 俺たちが歩き続けても、転送されてくる本隊との差はあまりない。回り道して進んでるから、直線距離的には変化が少ないのだ。だからこそこんな無茶な作戦を組み立てたんだろうが、ちょっと無茶が過ぎる。俺達三人をなんだと思ってるんだ。

 

 一人――正規兵階級持ち。あれ、この時点で十分じゃないか?

 

 二人――奴隷兵士、謎の勘で攻撃を回避しまくり敵を刹那の合間に斬る忍者みたいな奴。……奴隷、兵士?

 

 そして俺――死んでも死んでも死なないで死ななくなるまでやり直し続ける異常生物。

 

 あれ、意外と妥当なメンバーじゃないか?何だ余裕だ、と調子ぶっこいてたら死ぬのが俺だからな。気にかけていけ。俺は死んでもいいが、二人をむやみやたらと死なすわけにはいかない。そこを心に再度刻め。

 

 

「しかし半日歩きっぱなしは流石に脚に来るな……」

 

 

 体力的には持つけど、純粋に脚が辛い。その気持ちはよくわかる。

 

 

「そ、そうですねー」

 

 

 あ、こいつ意外と余裕だな?周りに合わせようとしただろ今。流石は天才、いつの間にか俺の事も追い抜いて行ったか……寂しくなるな。

 

「君たちはやっぱりおかしい」

 

 誠に遺憾である。お前らトリオンある連中はトリオン体に頼り過ぎなんだよ!もっと俺達ミソッカス奴隷兵士を見習え!

 

「そうですよ!大体トリオン体あるからって油断してるから首取られるんじゃないですか!」

「いやその理論はおかしい」

 

 うん、その理論はおかしい。

 

 俺が否定すると嘘だ!みたいな目つきで俺を見てくる。オイオイこの子いつの間にこんなアグレッシブな子になったんだ?……最初からか。

 

 いじけてぷりぷり怒りながら先に歩いて行く少女を見つつ、若干微笑ましい気持ちが沸いてくる。

 

「……あの子は大切にしろよ」

 

 ああ。わかってる。勿論お前もだぞ?パフェ、食うんだろ?

 

「当然だ。『ちょこぱふぇ』なる物を食べるまでは死ねんのだ」

 

 それでいいのか正規兵。いやまぁこの国だしな。そんなくらいでちょうどいいか。先に行って姿が遠くなりつつある空腹少女を思い出し、さっさと追いかけることにする。

 

 全く気が早いな、焦らなくてもいいだろうに。追いついて三人で横に並ぶ。闘いの前だというのに、いつまでもこの光景が続けばいいなと――そう思った。

 

 

 

 

 

 

 ――刹那、どこからか飛来した弾がアレクセイの頭部を吹き飛ばす。飛び散る脳漿、零れる血液。重力に逆らわずにゆっくりと地面に落下していく目玉を見るのは初めての光景だ。

 

 ああ、そんなことを考えたいんじゃない。どこだ。誰がやった。違う、そんなことはどうでもいい。死ななければ。アレクセイが死ぬ前の時間に。

 

 

 ぬるま湯の世界から地獄へ――自分のスイッチを入れ替える。あれほど油断するなと言った癖にこの様だ。頼む、どうにかなってくれ。

 

 そうだ、忘れるんじゃない。この世界は等しく地獄。俺たちは今まさに、地獄へ向かっているのだと。

 

 素早く剣を抜き自らの首を切断する。

 

 

 地獄へ――その言葉を刻み付けろ。

 

 戦いはまだ、終わってなんかいない。ずっと、ずっと続いているんだから。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑩

ギリギリセーフ!!一日一投稿遵守!!(昼休み無しサビ残一時間帰宅時間2100)

書ききれる訳がないんだよなぁ、逆によく書いたな俺。

そしてなんと!!腹ペコ少女を書いてくれた方が居ました!!容姿も伝えたらう~ん、これは神!w

https://img.syosetu.org/img/user/38465/47261.jpg

url間違えてたらすみません、俺も疲れてるんだ……。


 三十

 

 ――意識が覚醒する。周囲の把握から始める。周りを歩くのはアレクセイと空腹少女。ああ、よかった。どうやらなんとかなったみたいだ。安堵の息を吐く前に、やるべきことをやらなければ。

 

 アレクセイと少女に砲撃が飛んでくることを伝える。二人ともそれを疑うことなく警戒を強める。先程の砲撃がなんだったのか、正体は理解してないが恐らくトリオン兵ではないと思う。

 

 かなり遠くからなのか、それとも純粋にステルス性能が高いのか。それを知りたいがこれ以上二人を死なせる訳にもいかない。一先ず先程は真正面から飛んできたので、前にいると仮定して動く。

 

 横へ移動し先程の弾丸のルートからは一先ず離れる。アレクセイは既にトリオン体に換装しているので問題は俺と少女の二人。まぁ最悪俺たちは死ぬ前になんとなくわかるから避けれるかもしれないが、油断はしない。

 

 その油断がさっきの光景を生み出したんだ。弁えろ、切り替えていけ。

 

 さっきとは違い、弾丸は飛んでこない。俺たちの事をレーダーではなく肉眼で認識してる可能性があるな。ならば一ミリも隙を見せない。お前たちが撃とうという気持ちにならなくなるまで動いて動いて、目の前に引き摺り出してやる。

 

 撃ってくる可能性も考慮しつつ、前に進み続ける。偶に少女がピクッて反応するけどその度に弾は飛んでこないから、少女の勘の良さに気がついてるのかもしれない。

 

 警戒しながら進み続けて三十分って所だろうか。何処からか何かに見られている気がする。イライラするな、勝手に見てんじゃねぇぶち殺すぞ。

 

 ――次の瞬間、遠くから吹っ飛んできた狙撃が俺の左腕を貫いた。チッ、よりにもよって腕かよ――これはやり直すしかない。

 

 誰かが死ぬ前にさっさと死ぬ。剣を手に取り自分の首に突き刺す。それだけでは即死出来ないのでそのまま横にずらす。

 

 後ろからか細い声が聞こえたがスルー、さっさと次に行く。見極めるしかない。ヒントは少ないが、選択肢は多い。その全てを虱潰しにしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 三十二

 

 再度二人に注意を呼び掛けて動く。下手に動くと致命傷にならなくて攻撃を感知できない――そもそも俺のこの嫌な予感はなんなんだ?まぁそんな事どうでもいいか。大事なのは事実。

 

 俺は致命傷を感じ取れて、回避できるという事。どうにか俺に致命傷が来るように立ち回るしかないか。他二人より甘く動いて、敢えて規則性のある動きを見せる。俺たちが感知できない距離から狙撃してくるような奴が、この規則性に気が付かないわけがない。

 

 そこをついて、わざと致命傷になるよう撃ち抜いてもらう。そうでもしないと反応できないから。

 

 二人が木に隠れたり走りだしたり転がったりと不規則な動きをする中、俺はただ木に隠れて数秒後に走ってを繰り返す。流石にすぐ気が付くと思うが慎重なのか中々手を出してこない。

 

 さっさと撃ってくれ――瞬間、ゾワリと背筋が凍るような感覚が襲う。ここだ。その感覚に身を任せて回避し

 

 

 

 

 

 

 

 三十三

 

 おいおい、同時に二発以上は流石にずるいだろ。まぁこれで俺の誘いに乗ってくることは分かったから、次は躱してやろう。

 

 さっきと同じように注意し、二人にちゃんと逃げてもらう。大丈夫、方向は把握した。正面から一発と、真上から一発――弾が曲げられるのか、それとも上空に居るのか。

 

 上空に居るとすれば、そもそもこの世界がどうなっているのかを理解しなければいけなくなる。地球と同じで円形で星なのか、平らな世界なのか。そもそも宇宙という概念はあるのか?何故昼と夜に分かれているのか――やめよう。キリがない。

 

 そんなことは何時だって考えられる。それよりも、事実を確認しよう。

 

 弾が飛んでくるのは正面と上空。躱す方向は前に進むか横に跳ぶか。後ろに躱すのは直線状だから駄目な手かもしれないが、下がることで敵の弾の軌道が最後まで見れる。どうする、一度試してみるべきか?

 

 価値はある。大丈夫、二人さえ死ななければ大丈夫だ。

 

 

 背中に凍るような感覚が来た瞬間に、後ろに下がる。勢いよく下がったことで、上から飛んでくる弾は見れた。正面から飛んでくる弾はそのまま突き抜け――お

 

 

 

 

 

 

 

 三十四

 

 曲がってるな。あの弾二発とも。……これ、敵が目の前に必ずいるとは限らないな。目の前から飛んでくるから前に居ると思ったが、そうとは限らない。曲がるなら幾らでも潜み放題だ、特にこの森の中なら。

 

 敵はこっちのレーダーを無効化する技術を持っていて、こっちの場所はレーダーで知れる――なんだこれ、普通に考えて勝つ気がしない。どうする、このままじゃ無駄に死んで無限に繰り返すだけだ。

 

 敵の先手を躱して、弾が飛んでくる方向という物を見極める――これが一番現実的か……?前に居るのか横に居るのか後ろに居るのか。膨大な時間がかかりすぎる……だが、いま最も確実か。俺たちはレーダーなんて便利な代物持ち歩いてない、つまり必然的に自分たちで探し出すしかない。

 

 はぁ、いきなり難易度高いぞ。まぁでもやるしかない、覚悟決めろ。

 

 

 

 

 

 

 三十五

 

 飛んでくる弾を見極めるのがまず無理。飛んでくる速度が普通じゃないんだよな――あれ、何でさっきは見れたんだ?後ろに下がった時は見れたはず……もう一度試してみるか。

 

 

 

 

 

 

 三十六

 

 後ろに下がると弾が見える――てかこれ、単純に速く動いてるからその分見えるだけだな。飛んでくるタイミングさえ測っちまえば意外と簡単かもな。こういう時時間を正確に測れる道具があれば便利なんだけど、ないものねだっても仕方ない。

 

 見極められ無さそうだったらタイミングを測って回避しよう。時間はかかるが、繰り返し繰り返し学ぶ。

 

 それが俺の長所だから。

 

 

 

 

 

 

 

 三十七

 

 回避は出来なかったが、タイミングは若干掴んだ。飛んでくる瞬間に回避しても絶対追尾してくるから、どうにか振り払う必要があるな。

 

 ……斬れるか?

 

 

 

 

 

 

 三十八

 

 タイミングはあってた。けど回避したところで追いかけてきたから結局無意味だった。やっぱり斬るしかないか?流石にあの速度で飛んでくるものを斬れる自信はない――けどまぁそれ以外に方法が無さそうなんだよな。

 

 斬る……斬るか。残念なことに斬ることに関して才能は無かったからな。何度も繰り返すしかないか。

 

 

 先程同様、飛んできたタイミングを予知し剣を振る。トリオンを籠め、その一瞬だけ武器を活性化させ

 

 

 

 

 

 

 

 三十九

 

 だークソ、やっぱり振り遅れるか。結構自信あったけどなぁ、才能は無かったが。あんだけ積み上げたものが通用しないとやっぱりアレだな、少し心に来る。

 

 けど、振り遅れさえしなければ斬れそうだ。なら望みはある。

 

 斬って死んで斬って死んで斬って死んで――何度だって繰り返そう。二度と失わない為に。

 

 

 

 

 

 

 四十

 

 一発目を斬ることができたが、残念なことに二発目は無理だった。一発目が斬られた時点で俺を一旦迂回して再度後方から突撃してきやがった。どういうシステムで動かしてんだこの弾。

 

 こりゃ本隊が俺たちに放り投げるわけだ。こんなの軍隊相手にやられたら溜まったもんじゃない。完全にこっちの理解の範囲外の攻撃だぞこんなの。

 

 ……落ち着け。まだそんな慌てる必要はない。そう、一発斬れたんだ。なら次も斬れるまで続ければいい。そして二発斬って敵を見つけて殺す。ほら、簡単だろ?

 

 挫けるなよ、こんな所で止まってる暇は無いんだ。

 

 

 

 

 

 四十一

 

 やはり一発目を斬ってからがキツい。二人に助けてほしい所だが、二人に助けてくれと伝えると十中八九こっちが気が付いてることに気づかれてその隙をついて腕を撃ち抜いてくる。それじゃあ駄目なんだ、これは俺がなんとかしないといけない。

 

 敵の場所さえ、場所さえ割れてしまえばこっちの物なんだ。探し出せ。幾多の屍を乗り越えて、辿り着くために。

 

 

 

 

 

 

 四十二

 

 あと少し、少しで斬れる。体は反応するようになってきたから、後は斬り伏せる。そして敵を発見する。わかってるな、目的を忘れるな。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 四十三

 

 規則性を持った動きを繰り返して、敵の油断を誘う。既に何度も繰り返した動きだ、身体が覚えたのか割と勝手に動く。走って木に隠れて何秒後に出てまた走って――その繰り返し。

 

 そして規則性を見せてから凡そ十分で、敵が痺れを切らして撃ってくる。そのタイミングを逃さずに、冷静に弾を斬り捨てる。

 

 ――背中にゾワリと、凍えるような感覚が襲ってくる。

 

 その感覚に身を任せ回避を――しない。そんなことはお構いなしに剣を抜刀しそれと同時にまずは上空から飛来する弾を斬る。前の弾から斬ってしまうと、上空の弾がどこに行くのかさっぱり見当もつかない。だから先に上の弾を斬る。

 

 そして背後に回ろうとする弾を、横に移動してる最中に斬り伏せる。

 

 トリオンで構成された弾だからか、斬られた瞬間霧散して空気中に消えていく。

 

「あっちです!」

 

 ああ――そうか。それもわかるのか。本当頼りになる。

 

 空腹少女が指さした方向を睨みつけ、今度は先程とは違い不規則に移動を開始する。とりあえず何度も殺してくれた礼だ、手始めに斬り殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑪

 四十三

 

 駆けて駆けて駆ける――只管森の中を進む。進行速度を上げ、狙撃手を殺す為に全速力で駆ける。既に俺達三人に退く道は無い――この作戦が失敗しては、またあの前線基地が侵略される可能性がある。そうなると、不意を突かれて二人が死ぬ可能性が出てくる。それじゃあ駄目だ。

 

 せめてあの二人に被害が向かないようにしないと。

 

 だからこそ、この敵は何とかしなければいけない。俺達三人全員等しく遠距離から戦う装備と言うのを所持していないから、一番の天敵なのだ。

 

 時折飛んでくる弾も、焦りからか素直に飛んでくるから回避できる。流石に追われている最中に弾をコントロールすることは出来ないらしい。

 

 ある程度接近すると、パタリと狙撃が止んだ。逃げに徹するつもりらしいが生憎逃す気は無い。

 

 どっちに行ったかわかるか?

 

「……多分、あっちです」

 

 元気無さげにそう伝えてきたので、その方向を睨む。……どうする。ここで仕留めたいが、深追いすると逆に待たれる可能性がある。逃げる?だが退路がない。逃げてその先はどうする?また狙撃されて二人が死んだら元も子もない。俺とは違って死が重いんだ。

 

「引いても良いんじゃないか? 私達が戦闘してるここは既に本隊突入位置から十分離れているから役目は果たしただろう。命令としては先遣隊として戦ってこいだが、一戦交えたのだから問題ない」

「一度引き返して、また来ましょう!」

 

 二人が諭してくる。……次か。次、もし二人のうちどちらかが撃ち抜かれたとして元に戻れる保証はない。逆に言えば今が確実に二人を死なせる事なく敵を追い詰められる。

 

 逆に敵が罠を仕掛けている可能性も無くはない。冷静に考えて見れば、突然撃ってこなくなるのは怪しすぎる。さっきまで撃ちながら逃げてたのに?

 

 頭を冷やせ、冷静に行こう。無理な突撃は俺一人の時にするもんだ、二人を巻き込むわけにはいかない。

 

 ああ、そうだな……戻ろうか。焦っても仕方ない。

 

 そうだ。二人を犠牲にするくらいなら、本隊が犠牲になれ。俺一人でだって基地は取り返してやる、だから二人をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。

 

「……もし君が私達二人を大事に思っているのなら、心配は無用だ。私はトリオン体があるから、少なくとも君達二人より死なない。彼女だって、その、何というか。……アレだろう?」

「アレってなんですか! アレって!」

 

 うん。まぁ言いたいことはわかる。……そうだな。ちょっと気にしすぎたかもしれない。

 

 まさか目の前でアレクセイが死ぬだけでここまで精神的に不安定になるとは思わなかった。はぁ、だめだめだな。自己分析が全くできてない。自分が死ぬのはいい、けどこの二人が死ぬのはだめだ。

 

 取り戻せないモノだってあるんだ――気を引き締めろ。地獄へ向かってるんじゃない、既にここは地獄なんだ。

 

 切り替える。ここから逃げる場合、捜索範囲が広がって本隊の方に注意が向いてしまうかもしれない。それは避けなければ。

 

「ふむ……。ならば、索敵範囲からは離れず、それでいて手出しするのを躊躇う程度の距離を維持すればいいんじゃないか? 時折前に出て後退して、を繰り返すだけで相手にとっては大分ストレスになるだろう」

 

 流石に戦いを経験してきた正規兵は違う。そうやっていればそのうち痺れを切らして突撃してくる可能性もあるから、そこを上手くつけばいいって事か。

 

 少しずつ後退しながら、また狙撃が飛んでこないか注意する。後ろから撃たれちゃ流石に反応のしようが無いし、初手で致命傷を与えてくるかもわからない。そもそも俺を狙ってくるとは限らない。

 

 駄目だな、悪い方向に考えるから良くない。少しは二人を信用しよう。アレクセイはトリオン体だし、少女はいつも通りの回避性能。つまり現在一番死ぬ確率が高いのは俺だ。致命傷以外は本当に見てから回避しないと躱せないから。

 

 一発受けて、それが腕を断ち切ったとかそういう類のものは死に戻らないと。腕一本なくなっちまったら、流石に戦えなくなる。

 

 敵はどうやら警戒しているようで、迂闊に手は出してこない。その間にもこっちはどんどん距離を離しているからここまでくれば逃げ切れる筈だ。

 

 逃げ切っちゃ意味がないが、レーダーの範囲には入っている。そのくらいの距離を保ちたい。レーダーの範囲を俺たちの使用している範囲だと計算して、アレクセイが元々使用していたレーダー範囲を覚えていたのでそれよりは離れない程度に近くにいる。

 

 流石に狙撃されるような距離ではないな。ここまで狙撃できたらそりゃもう人間じゃない。人の皮を被った化け物だな……俺が言うと滑稽だ、やめよう。

 

 囲まれない程度に緩やかに移動しつつ、時折近付きプレッシャーを与える。何度も繰り返すとバレてしまうので、たまに本当に奥深くまで進む必要がある。

 

 その役割は俺がやる。

 

「君にばかり負担をかけるのはな……それに君は生身で、私はトリオン体だ。私に任せてもらえないか」

「いえいえ、こう言う時は若い人が行くんですよ! という訳で私が行きます」

 

 いや待てお前ら、お前らは駄目だ。

 

「そんなこと言ったら君もだ。私にとって二人は大切な仲間なんだ、わざわざ死地に向かわせるわけにはいかない。それにこれは私の譲れない所でもある、これ以上仲間を死なせたくはない」

「私だってこれまで助けられてばかりで、肝心な時に役に立って無いんです。少しは頼ってください!」

 

 ……駄目だ。二人は、ダメなんだ。

 

 頼む。お前達二人は、生きてて欲しいんだ。死んで欲しくない。お前ら二人が死んだら俺はもう……生きて、いけない。

 

「私だって、そうです」

 

 腹ペコ……。

 

「え、私そんな呼ばれ方してたんですか!?」

「……これはひどい」

 

 は、腹ペコ……そう言って崩れ落ちる空腹少女にデジャヴを覚える。ああ、そう言えば基地に来てすぐの頃はよく走りながら崩れ落ちるとかいう訳わかんないことしてたなぁ。

 

「……な、名前そういえば教えてなかったし聞かれてなかったかも……」

「逆に君達どうやってコミュニケーション取ってたんだ? そこが気になるんだが」

「なんとなく?」

 

 なんとなく、うん。確かにそれがしっくり来る。

 

「……もしやこんな連中ばかりなのか? そんなキチガイ達を攫ってきて捨て駒にしてるのか?」

 

 おいやめろよ、俺達がまるでキチガイみたいな言い方。空腹少女はともかく、俺はある程度まともだぞ。ちょっと死に戻れるだけで。

 

「何か酷い扱いされてる気がしますけど……それはいいんです! あのですね、私だって死んでほしくないんですよ?」

 

 それは、まぁ……分かるけど。俺も死んで欲しくないんだよ。二人ともだ。

 

「だから、それも一緒です。私達三人とも、互いが欠けちゃダメなんです。一人でも欠けちゃったら、もう駄目なんです」

 

 それは、少女の勘の良さから導き出された答えなのか――それとも彼女が考えて考えて考え抜いて出てきた答えだったのか。正直、彼女もかなり疲弊している事には気が付いていた。俺が死ぬとき、空腹少女の顔は毎度絶望に染まっていた。その光景を見ながら、敢えて見て見ぬふりをしてきた。これ以上背負えないと、自分に言い聞かせる為に。

 

「彼女の言う通り、だな。……ふ、いっその事本隊を犠牲にしてしまおうか?」

 

 正規兵とは思えない言動だが、その裏には俺達を心配する表現が受け取れる――ああくそ、なんでこいつらはここまで。

 

「私たち三人が居れば大丈夫ですよ! ちょっと顔出して、ちょっと戻って。情報収集してるとでも思わせるような立ち回りだと思えばいいんです!」

 

 ……天才か?

 

 アレクセイと二人で固まる。おい、その手があったか。

 

「盲点だった……そうか、それなら奴らもある程度まで踏み込んでくるし、それでいて無理やり突破するほど労力は割けない。必然的にある程度使えるが絶対的ではないという敵がやってくる」

 

 おおう、もう、なんというか……。

 

 そもそも作戦がガバガバだった、それに尽きる。……ちゃんと二人を信用して、踏み込むべきか。だけど、この二人を失ってしまえばきっと俺は――もう元には戻れない。漠然と、予感がするのだ。

 

 駄目だ。これまで二人が死んだ記憶が多すぎて、頭が痛い。クソ、こういう時に限ってひどい頭痛だ。

 

「ではわざと情報収集している様な痕跡を残そうか。それでいけば何とかなるかもしれない」

 

 そうだ、何とかするんだ。これ以上失わない為にも、二人も俺も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑫

 四十三

 

 それとなーく、それとなく情報収集している素振りを見せる。前の襲撃事件からずっと持っていた連絡用装置を手に取って喋っている振りをしたり、メモしたり時折時間を気にするような仕草をしたり。

 

 監視の目が増えていると感じる――というよりも、こっちに割かれる割合が増えてる。現状まだ本隊側は発見できていないのか、こっちにかかりきりなのか。どちらにせよ作戦的には上手く行ってる。

 

 まだ直接的に攻撃は仕掛けてこないが、これはあくまで情報収集であると思わせることが大事だ。

 

「大分時間は稼いだが、日はまだまだ落ちないな……。どうする?休憩を挟もうにも下手に動けば不都合なところが出てくるぞ」

 

 わかってる。あくまで情報収集をしている部隊と思わせて、他に敵がいるとは思わせない動きをする。やることはわかってるがいざ実行となると難しい。

 

 もっと簡単に言えば、俺たちの姿が見えなくなってはマズイ。だがずっと見えたままでは怪しい。いっそのことその場でめっちゃ高速移動してレーダー困らせてやるか。

 

「それは最早嫌がらせだな」

 

 うん、自分でもそう思う。ただもう何する?これ以上手のつけようがないと思う。

 

 ぐううぅぅ~。

 

 ……ふむ。

 

「……いや、違うんですよ。今のは私じゃないです。勝手にお腹が音を出しただけで」

 

 つまり腹が減ったんだな?腹ペコ。

 

「う、うううぅ……! そ、そうですよ! お腹すいたんです! 文句ありますか!?」

 

 そんな悔しそうな顔するなよ……大丈夫、それがお前のいいとこだ。ぷんすか怒る空腹少女を尻目に、少し考える。どうする。現状を維持するにしろ、体力は少しずつ消耗していく。限られた選択肢の中で、最も生存できる物を選ぶしかない。

 

 生存できる道を選びつつ、更に基地を取り返せる作戦を思いつかなければいけない。いや、基地を取り戻すのは正直俺たちの仕事じゃないからそれは考えなくていいな。一番大事なのはやっぱりこの気を引くという事。

 

 今の正確な時間はわからないが、今はまだ昼過ぎ位だ。それでこの手詰まりなんだからもうどうしようもない気がする。本隊襲撃予定地から反対側に現在俺たちは居るが、それだけで十分なのだろうか。レーダーの範囲を広げていてもおかしくはない。

 

 ……今そんなことを考えてても無駄だな。それは無し、うまく行っている過程で考えよう。

 

 敵には現状ただの斥候三人組だと思われてるはずだ。何故か奇襲を回避してあまつさえ初見殺しに対応して逆に斬り殺そうと接近する俺と、攻撃のほぼすべてを回避する変態軌道少女と、純粋にトリオン体での戦闘経験が豊富で強者のアレクセイ。うん、俺だったら相手にしたくないな。

 

 ということは、ある程度レベルの高い奴が今俺達を見張っている筈だ。肉眼で見てるかどうかは流石に分からないが、少なくともレーダーで捕捉はずっとしている筈。

 

 迂闊に動けないが、動いてしまえば敵も動かざるを得なくなる。だが、今はまだその時じゃない。

 

 まだだ、まだ耐えるんだ。本隊の接近に伴いこっちも進み始めよう。敵の狙撃手の位置は不明だが、大丈夫。初見で対応できなくても、俺を狙う様に立ち回ればいい。

 

 で、腹は大丈夫か。

 

「大丈夫です!!」

 

 そうか。まぁ腹が減るのは仕方ないな。あの暗闇を三人で歩いたあの時よりかは状況は良いが、それでも緊張をずっと保っているんだ。そりゃあ腹も減る。……逆に食が細くなりそうだな。

 

 ロングソードを手でチャキチャキさせつつ、少し移動する事を提案する。同じ場所にとどまるより、何個か移動することでその場所に何か痕跡を残したんじゃないかと疑わせる。

 

 俺たちが移動してる隙に近づいて、その場所を調べさせて時間を稼ぐ。これをずっとやっていこう。ある程度こっちの戦力も把握した相手だからこそこうやって悠長な選択を取る事が出来る。敵もまさかこうやって工作した日の夜に突撃してくるとは思わないだろう。

 

 少しずつ休憩をはさんでトリオンを回復させながら、夜の闘いに備える。

 

 我慢しろ、ここはまだ本番じゃない。本当の闘いは次にあるんだ。

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 日も沈み、暗闇で辺りが包まれる頃。そろそろ本隊が進軍を開始する時間だ。

 

 俺たちもそれに合わせて準備する。目は見えないが、空腹少女を頼りについて行く。ある程度の距離だったら薄っすらぼんやりと見える位には目は慣れた。少なくともこの前みたいに少女を抱えて逃げるみたいなことにはならないからな。

 

 少女もアレクセイも準備は出来たらしい。後は本隊が襲撃にギリギリまで気づかれないように俺たちが動き回る。そうすれば後は本隊が襲撃して任務終了だ。

 

 

「――行こう」

 

 

 俺の声を合図に、空腹少女が暗闇の中走り出す。その音と気配を頼りに辿り、ぐんぐん距離を詰める。今頃見張り役は大慌てだろうな、突然基地に進軍しだした連中が居たら。流石にすぐには襲ってこないが、それにしたって静かすぎる。俺たちの移動する木々の音以外は何も音が聞こえない。風を切る音がびゅうびゅう耳に響くが、他に音は一切ない。

 

 

「――来ます!」

 

 

 空腹少女のその声に合わせて、その場で横に跳ねる。前回の暗闇で無闇に動きまくると木に激突する事は把握しているので木に体の一部が触れた瞬間体を捻り木を滑る様に回避する。そして先程まで走っていた地点から大きな物音がしたので、恐らく昼間のような曲がる狙撃ではなく大きい威力の砲撃が飛んできたのだろう。

 

 二人と別れてしまったが、問題ない。既にアレクセイはトリオン体だし、空腹少女に関してはどうせ躱すだろうし。

 

 よって俺が一番の問題なのである――背中が凍るような感覚がしたので、急いでその場を飛び退く。後ろに思い切り飛び跳ね微かに見える枝を踏み台に更に跳躍。距離を離し、その冷たい感覚が通り過ぎるまで移動する。

 

 地面に着地する瞬間抜刀し、前方へ斬りかかる。透明化のトリガーがあったとしても、この暗闇では意味がない。それに、真っ暗闇で戦うのは初めてではないから。どこに振れば当たるか、なんとなくでわかる。敵の胴体を切断し、トリオン体から通常の身体になる瞬間に再度斬りつけそのまま絶命させる。

 

 身体を縦で真っ二つにされ、腸を撒き散らしながら地面に倒れる――筈だ。うっすらとしか見えないが、恐らくそう。

 

 二人はどこまで行ったのだろうか。正直俺が離れただけだから何とも言えないが、あの二人の生存を早く確認しておきたい。頭痛がする。急げ、急げ。手遅れになる前に。

 

 歩き出した時、木にぶつかった。ああ待て落ち着け。まだ慌てるような時じゃない。クールに冷静に、大丈夫。あの二人なら大丈夫だ。

 

 走り出して、足を引っかけて転んだ。盛大に転んだせいで二回転くらいした。イライラする、頭痛がする。落ち着け。大丈夫。

 

 地面に顔を叩きつけたけど、ゆっくりと呼吸をする。何も匂いがしない。よし、いつも通りだ。落ち着けよ、ここで信じなくてどうする。あの二人は俺が助けないといけない程弱くないぞ。手で鼻から垂れる血を拭い、そのまま再度走り出す。

 

 走ると言っても自分の視界にあった速度だから、全然速くはない。けど気持ち少しでも早く、もっと早くと足を動かす。逃げてきた方向は覚えてるから、そっちに向かう。

 

 脚を動かせ、思考する時間を取りこぼすな。

 

 ――刹那、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。

 

 その感覚に従い、剣を抜き背後を斬りぬく。走りながら振るったという事を一切気にさせず、何度も繰り返し練習した成果がここで発揮される。不利な体勢から剣を振る――その動作はもう何度も繰り返し繰り返し行ってきた。今更崩れることなどありえない。

 

 一瞬でトリオン体を破壊し、追撃の一閃。絶命させ、それを確認する事もなくまた走り始める。邪魔だどけ、お前たちなど必要ない。俺に必要なのは、あの二人だ(・・・・・)

 

 急げ、だが焦るな。ああ、微かに音が聞こえる。そっちに向かって急いで足を向かわせる。木と木を跳ね、這うように進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、食料あるぞ。食べるか?」

「あ、頂きます! ……なんですかこれ」

「わからん。……動物? 丸焼き?」

 

 何してんだお前ら、人が全力で来たってのに。

 

「む、そっちは片付いたのか。いやなに、襲ってきた連中を適当にあしらってたら横からこの子が乱入してきてな。なし崩し的に乱戦になったから、同士討ちを多発させて封殺した」

 

 流石は正規兵、戦い慣れてるな……。

 

「……それで、どうだ? 私たちは頼りになるだろう?」

 

 頼りにはしてるさ、ずっと前からな。

 

 変な生物の丸焼きを手に取り、そのまま固まって動かない空腹少女は置いといて顔は良く見えないが自信満々な顔をしてそうなアレクセイを見る。まぁ暗くてよく見えない。

 

「大丈夫だ、安心したまえ。君が思っているより、私たちは強い」

「そうですよ! 所でこれ何かわかります?」

 

 いやわからん。何だその謎生物の丸焼き。……ね、ね……ネズミ?変な生物だな。

 

 そんなことはさておき、二人が俺より強いのは当然だ。俺は所詮凡人なのだから。

 

 だけど、二人が死ぬ映像がいつまでも脳から離れないんだ。これは多分、一生消えることは無いんじゃないだろうか。それは映像であり、記憶である。紛れもない真実だからこそ、余計に消えない。

 

 

「人間何時かは死ぬものだ――なんて、そんなことを言って欲しいわけじゃないだろう? いいか、私たちは仲間だ。互いが互いをカバーする、そういう物なんだ。だから――もっと頼れ」

 

 

 ……あ、あ。ああ。そう、だな。もっと、頼って、いいのか?

 

 

「存分に頼るがいい。私はこう見えて大人だからな、君たち子供の面倒くらいみてあげよう」

「お腹すきました!」

「すまないが少し黙っててくれるか?」

 

 

 は、はは、そう、だな。大人は、頼るもんだな。

 

「……表情があまり見えないのが残念だ。全く、君の驚く顔が見たかったんだがな」

 

 ……趣味悪いぞ。全く。でも、そうか。じゃあ、もっと頼るよ。

 

 

「うむ、どんとこい。何時でも待ってるぞ」

「私の事もですよ!」

 

 ああ、わかってるよ。ありがとうな。

 

 

 

 ……本当に、ありがとう。

 

 

 

 ああ、なんだか少し。

 

 

 

 ――救われた気がする。

 

 

 

 

 

 

 



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想い/思い

二日に一話更新に切り替えます。


 ――妙な浮遊感に包まれている。この感じは覚えてる、これはきっと夢の中だ。何度も何度も味わったこの感覚に既知感を覚えながら目を開ける。当然夢の中なのだから何が見えるかなど分かることもなく、うっすらぼんやりと白い空間が広がるだけだ。

 

 瞬間、唐突に胸に激痛が走る(・・・・・)。痛みなんて感じたのは久しぶりで、あまりの痛みに本気で悶えてしまった。これが夢の中でよかったかもしれない。連続して体中に激痛が走りだし、その痛みに耐えることが出来ず思わず叫ぼうと口を開く。

 

 腹の底から叫ぼうと、何度も声を張り上げようと呼吸をするが――そもそも息が吸えない。その事実に気が付いた途端急激に苦しくなる。身体が空気を求めて呼吸を繰り返すが、一向に吸うことは出来ずにどんどん苦しくなってくる。

 

 声にもならない声をヒューヒュー発しながら、無様に呼吸をしようともがき続ける。どうにもならないその状況を恨みながら、意識が薄れてくるのを自覚する。ふざけるな、なんだこれは――ああ、苦しい。苦しいし痛い。こんなに苦しくて辛いのは初めてだ。いや、もしかしたら初めてじゃないかもしれない。

 

 次第に呼吸を繰り返し過ぎて、まともに考える事すら不可能になってくる。くそ、何なんだよ。この状況は、誰か――■■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

 ――目が覚める。目を開いた瞬間、視界に眩い光が入り込んできて目を細める。目が慣れるまでじっくりと耐えて、自然と活動できる領域まで我慢する。

 

 全身に染み渡る光と、寝ても回復しない頭痛にストレスを感じながら身を起こす。うん、いつも通りだ。目覚めが悪いとか、そういうレベルじゃないと思う。布団からゆっくりと身体を出して少しずつ馴染ませる。

 

 窓の外には、崩れた建物とそれを立て直す人たちの姿が見える。

 

 

 

 

 ――制圧作戦から既に一週間経った。俺達三人はあのまま本隊が襲撃を仕掛けたタイミングで参戦。二、三度俺が死んだが二人は一度も死ぬこと無く切り抜けた。これ以上ない程にうまく行ったと思う。

 

 アレクセイは現在基地周辺の哨戒任務に就いている。トリオン体を扱える実力者だから、当然でもある。そして空腹少女は今基地の拡張工事を兼ねた復旧作業に勤しんでいる。

 

 適当に身支度を整える。奴隷兵士とは思えない程マシな部屋を与えられ割と服装とかそこらへんも充実している。黒いズボンと白のジャケットを身に着け、無いと寝れない領域になったいつもの剣を腰に携えて部屋を出る。

 

 前日の内にシャワーは浴びたので、朝からシャワーに入る必要はない。取り敢えず朝食を済ませる為だけに食堂に向かう。

 

「む、君か。よく寝れたか?」

 

 ああ、いつも通りな。お前こそ今日は居るんだな。

 

「ああ、今日で一通り付近の哨戒は終了だ。これからはレーダーを等間隔に配置して二十四時間稼働体制の防衛システムを組むらしい」

 

 そりゃまた大変だな、主に見張る役が。

 

「本部から増員も来たし大丈夫だろう。なに安心しろ、私は階級を剥奪されたからただの正規兵だ」

 

 ……ああ、やっぱりそうなったのか。トリガー奪われてたしな。

 

「これで敵が保存していてくれたらまだ残れたんだが、生憎向こう側に送られてしまったようでな。トリガーは少し自分で手を加える為に勉強もしたし思い入れのある物だった」

 

 なんだかんだ言って少し悲しそうだな。とりあえずいつも通り匂いの欠片も感じない料理を口に運ぶ。今日のメニューはうどんの様な何かだ。本当にそうとしか表現しようがないが。

 

 ずるずる啜りながら口に運ぶ。うん、いつも通り味がしない。ズキリと痛む頭を抑えつつ、アレクセイと話しながら腹を満たす。

 

「しかし相変わらず簡単に食べるな……それ、かなり辛くないか?」

 

 うん?そうなのか。正直辛い甘いも分からん。等しく無味無臭――食事をとるのはぶっちゃけただのエネルギー源だからなのだ。もっと効率のいい方法があるならそっちを取る。

 

 それでもまぁこうやってある程度手の込んでいる物を食べているのは、忘れたくないからなのかもしれない。自分が人である作法というか、まだまともだった頃にやっていたことを一つでも忘れたくないんだと思う。

 

 

 味はわからん、鼻は利かん。そんな状況でも俺は飯を食べる事が出来る、まだ人間らしいと思っていたいんだ。多分、そうだ。

 

「……そうか」

 

 味は気にしてない、そういう旨の事を伝えただけなんだがな。どうにも雰囲気が重くなる。ずるずる麺を啜る俺と黙々と飯を喰らうアレクセイ。おい、誰か何とかしろよ。

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 ガチャン!!と料理の乗った盆を机に叩きつけながら颯爽と空腹少女が乗り込んでくる。おうお前落ち着けや。

 

「ああおはよう、今日も元気だな」

「私はいつも元気ですよ!」

 

 がつがつ料理を食らう鬼と化した少女を見つつ変わらないなぁと感想を抱く。今日も朝早くから復旧工事をしてきたのだろうか、少し髪が艶やかに光っている。あれ、これはもしかしてただ若いだけ……?

 

 自分の髪の毛を触ってみる。ガサガサ。……あれ?おかしいな、俺まだ――……幾つだったっけ。いいか、まぁそんなこと。別に対して重要じゃないし。すまんちょっと髪触っていいか?

 

「はい? まぁいいですけど」

 

 料理を食らいながら返してきたので、邪魔にならない程度に触る。うーんサラサラしてる。何だろうこの差は、男と女だからか?いや、でもこれまでの生活はほぼ同じだしな……そこまで明確に差が出るとは思えない。

 

 もう一度自分の髪を触ると、パラパラと少しだけ毛が抜け落ちた。見てみると、三本落ちた中の一本は白髪だった。……いや、まだ俺若い筈。うん、多分まだ若い。白髪が生えるような年齢じゃない。それは確かだと思う。

 

「君も大分頭が白くなってきたな」

 

 うるせー、お前は頭真っ赤じゃねぇか!なんで俺だけこんな辛い思いしてんだ。

 

「大丈夫ですよ、多分白いのも似合います!」

 

 いやそう言う問題じゃないから。精神的な問題だから。悲しくなるだろ!

 

 残った汁を飲み干し、一息つく。ああうん、やっぱりこういう何気ない日常が俺はとても好きらしい。どうにも心が落ち着くというか、安らぐ。頭痛は相変わらずだが、この静かな三人でいる空間が心地いい。

 

 制圧作戦を生き残れたのは二人のお陰だ。恐らく、二人が居なければ俺はもう死んでいた。本当の意味で死ぬことは無くとも、恐らく心が。

 

「今日はこれは……なんでしょうこれ。シュークリーム……?」

「私はそのしゅーくりーむとやらがわからないが、確かに何だろうなこれ……ふむ、甘い」

 

 二人が手に持つ謎の食べ物――クソ国家あるある、よくわかんないデザート。

 

「……うん、甘いですね。本当に、甘い。甘いだけなんですけど」

「これは……うん、何とも言えないな。甘いんだが、美味くはない」

 

 微妙な顔でちびちび食べる二人を見て、頼まなくて正解だったと思う。土食ってもデザート食っても俺は変わんないけど。二人に了承を取り、先に席を立つ。俺には俺の仕事があるから、ある程度時間も限られている。

 

 食堂を出て、真っ直ぐ訓練施設へ向かう。通りかかる正規兵達が挨拶をしてくるので、俺もそれに返答する。

 

 少しずつ、少しずつだが俺達三人の立場という物は変動している。ただの奴隷兵士からキチガイ奴隷兵士、更にそこから今は変態人斬りと呼ばれるようになった。いやおかしいだろ。

 

 訓練所について、何時もと同じメンバーが居る事を確認する。

 

 ――今俺は、この前線基地に叩き込まれた奴隷兵士に戦い方を教える教導官をやっている。

 

 奴隷兵士も戦えるように、本部と違い余裕のない前線だから遊ばせる戦力は一つもないということで育成する事になったんだが、生憎正規兵は誰も暇じゃなかった。

 

 そこで俺達三人に白羽の矢が立ったが、空腹少女は感覚派過ぎてボツ。アレクセイは仕事があるからボツで結果俺になった。俺の闘い方でいいのか?

 

 今はまだ、一瞬だけトリオンを籠める練習をさせてる。先ずはここからだ。大丈夫、着実に前に進めてる。まだ希望を持てる。だから前を向こう。

 

 いつか帰るんだ。その事を忘れないように、必死にしがみつけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら地獄だったなんて話、誰が信じるのだろうか。少なくとも、()は信じない。こんな物語の中であったような記憶は信じたくない。

 

 唐突に変な場所に連れてこられて、死んで来いだなんていわれて誰がすぐ冷静になれるだろうか。信じるなんてことは、とてもじゃないけどできない。けれど、それはどうしようもない程に現実だった。

 

「――よいしょっ!」

 

 資材を運び、崩壊した建物に取り付ける。専門的な知識なんて無いから、とりあえず言われた通り何か変なのを塗る。これで固まるらしい、よくわからない話だ。

 

 突如連れてこられた場所で、突如強制させられた戦いを生き残るために必死で戦ってきた。そんなことしたこともなかったから、訳が分からなかった。今も一緒に居るお兄さんが居なかったら、とっくに死んでたと思う。

 

 一番最初に助けられたのは多分、歩いている時だった。

 

 少し休憩を取っているあの時、貰った乾燥した変なパンみたいな奴を食べたけど全然満足してなかった私に自分の持ってた分を分けてくれた。何故かそのあと土を食べてたから、正直頭おかしいんじゃないかなって思った。

 

 しかも無表情でご飯食べるから、味覚がどうかしてるんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。食事中のあの不愛想な顔を思い出して笑ってしまう。

 

 その癖戦う時は異常なまでにギリギリの動きをするものだから心臓に悪い。あの時だってそうだ、最初の戦いの時。

 

 皆がギリギリだったあの時、斬ったトリオン兵に身を隠して息を整えていた際の会話の途中。言葉を伝えて、顔を見ようとしたらお腹からブレードが生えていたのは流石に本気で驚愕した。

 

 音もなく近づいて来たトリオン兵もそうだけど、それに全く気が付かないあの人もあの人だ。傷から流れる血の量が多くて、死んでしまう(・・・・・・)と思った私はそれはもう取り乱した。わんわん泣いた。できれば記憶から消えていて欲しい。

 

 今思い出しても恥ずかしい、何であそこまで取り乱したんだろうか。アレクさんが応急処置をして、前線基地――今復旧中のこの基地に移動してからも心配で毎日見に行ってた気がする。ていうか見てた。

 

 熱くなる頬を自覚しつつ、振り払う様に資材を持ち上げる。なんか遠巻きから見られてるような気もするけど気にしない。ああ恥ずかしい、その場の勢いの行動って本当後に来る。

 

 木を突き刺し、崩壊した建物の土台を組み上げながら思い出す。あの基地から逃げる時も、爆睡する私を抱えて逃げてくれたらしい。わき腹が砲撃で抉れてたのにも関わらず。基地に辿り着いた時、出血し続けてたことに気が付かないでそのまま放置して手術になったのは心底呆れた。

 

 何で自分の受けた傷を忘れているんだろう。痛みも全然感じてないんじゃないかな、多分。心配だったから落ち着かなくて、ウロウロしてるところをアレクさんに笑われた。落ち着かなかったからしょうがないじゃん!

 

 何故そこまで自分を犠牲に出来るのか――根本的に、優しいからなんだと思う。なんとなくそう思う。人が傷つく姿は見たくなくて、そうなるんだったら自分を犠牲にしてでも助ける――それがあの人なんだろう。

 

 助けてくれたその恩は未だに返せていない。ていうか、返せる日は来るんだろうか。現状助けられてばかりだし、いつか私も助けられるといいな。

 

 

 

 朝の修復はとりあえずここまでなので、食堂へ向かう。この時間の食堂にはいつもあの人がいるから。そろそろ名前は聞きたいけど、聞いちゃいけないって感じがする。理由はさっぱりわからないけれど、そう思うんだ。

 

 仲間だと、私たちを信じてほしいと伝えた時の顔は暗闇だったから見えなかったけど嫌な顔はしていなかった……筈。多分。きっと。自信はない。だけどそんな気がする。

 

 いつも通り食べる物を選び、今日もハンバーグ(謎肉)とデザート(これも謎)定食にする。この肉は本当に何なんだろうか、一体――やめよう。ご飯が食べられなくなってしまう。

 

 ちょっと食堂の中を見渡して――居た。赤い髪は少ないから見やすくて助かる。二人とも何故か無言で箸を進めている、何でそんなに暗い雰囲気なんだろう。

 

 少し息を整えて、いつも通りの調子で声をかける。私は私らしく、元気良くいた方がいいんだ。なんでかわかんないけど、そんな気がする。

 

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 元気よく突撃して、あの人の隣の席に座る。無表情だけど少し驚いた仕草をするのがまた彼らしい。私が食べだして数秒で会話が始まった。……いきなりさらわれてきたこの場所だけど、巡り合った出会いは良いモノだと思う。

 

 

 いつかあの人も、心から笑える日は来るのかな――うん、きっと来る。助けられてばかりだからこそ、私がいつか笑わせてあげるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




君達の妄想を信じろ(適当)


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犠牲①

 視界が暗闇に包まれている。真っ暗で何も見えない――ここは何処だ。誰か居ないのか?

 

 周りが全く見えないが、それでも見渡す。眼前に広がるのは暗黒に包まれた空間。

 

 ――……す。

 

 何だろう、遠くから声が聞こえる気がする。聞き覚えのある声が。

 

 

 ――…です……から!

 

 

 何だ、この声は。聞こえるが聞こえない、もっとはっきり喋ってくれ。

 

 

 ――……の……いに……こう……を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

「あ、起こしちゃいました?」

 

 ……いや、別に。最近夢見が悪くなったような気がする。ストレスっていうか、なんて言うんだろうな。疲労が取れない――のは前と同じだけど。

 

 凝り固まった筋肉をほぐすため、身体を伸ばす。バキボキ音が身体から発生するが、感覚がわからん。ガタゴトと振動を感じながら、取り付けられた窓から外を見る。辺り一面に広がる荒野を見て溜息をつく。

 

 

 あの制圧作戦から一ヶ月の時が経った。

 

 

 アレクセイは基地で正規兵として駐在し、俺と空腹少女は前線へと放り出された。既に幾つか戦場は潜り抜けたけど、トリオン兵しかいない所ばかりだった。こないだの制圧作戦でトリガー使いを纏めて捕獲したり殺したりしたからその影響は出てるのかもしれない。

 

 お陰でかなり前線は上がって、俺たちがいた基地は今や最前線ではなくなっている。代わりに中継基地として活用されているが。

 

 そして今は新たな戦場へ向かっている途中、と言うわけだ。転送でもなく徒歩でもなく、車のような何かで。トリオンを動力として動く乗り物らしいが、俺たちは一ミリも供給していない。捕まえた捕虜のトリオンを抜き取ってその分で補っているらしい。

 

 ふんふん鼻歌を歌いながら外を眺める少女を尻目に、なんだか聞き覚えのある歌だと頭の中で思う。なんだったかな、なんか聞き覚えあるんだけど思い出せない。

 

「え? この歌ですか? 地球にいた頃好きだったんですよー」

 

 あぁ、そうか。なんかそんな気もしなくもない。ちょっと前に流行ってたんだっけ?もう曲名もリズムも思い出せないけど。でも何か聞き覚えあるんだよな。

 

「…….女の子には人気の曲だったんです」

 

 へぇ、そうなのか。……俺も帰ったら、音楽とかそう言うの聞いて楽しめるのかな。まだ耳は聞こえるから望みはある。そういう感性が残ってるかは謎だけど。

 

「いいですね! 帰ったらカラオケとか行きたいです!」

 

 ああ、カラオケか。うん、カラオケ……なんだったっけ。ええとアレだ。歌う所だろ、覚えてる。誰かは忘れたけど、誰かといった気がする。

 

 妙に頭に残る少女の鼻歌のフレーズを聞きながら、戦場へ向かう。少しは慣れたが、油断は禁物だ。気を引き締めろ。

 

 

 揺られること数時間程で拠点に到着。拠点と言ってもプレハブ、転送装置すら無い程度の施設なんだが。正規兵数十人で維持しているこの基地だが、前線まで歩いて三十分という驚異の立地。いやもう少し考えて建てろよ。絶対すぐ襲われるだろこれ。

 

 既に三度に渡ってトリオン兵が襲撃してきているらしい。そろそろトリガー使いも来るんじゃないかという話になって俺達が増援に呼ばれたそうだ。俺達程度を呼ぶ前に階級持ちを呼べ。どこもかしこも人手不足、階級持ちは現在色んな場所に散らばってるらしいから残念なことに固まって作戦を行うとかそういう事がない限りめったに会えない。そういえば元階級持ちが居たな。

 

 アレクセイの事を頭の隅に置きつつ、トリガー使いと遭遇した時の事を考える。トリガー使いの厄介な所は、ストレートにその個々によって性能が違う事だ。完全遠距離な奴もいれば完全近距離な奴もいるし全距離対応可能な奴もいる。

 

 初見で対応し辛いのがトリガー使いを相手にするときの辛い点だ。少女は初見でも回避できるチート性能だし、俺もある程度死ねば耐性は出来る――だが、確実に無理なタイミングというのは存在する。要するに、どれだけそういう状況に持ち込まれないかが大事。

 

 俺たち二人と正規兵数十人、この人数で敵を何とかしなければならない。状況は芳しくないが、逃げている途中より全然マシだ。先ずは敵の戦力の詳細を知るところから始めるしかないな。

 

 俺達がある程度戦えることは認知されてるそうで、正規兵に悪い顔はされなかった。やっぱりこの国って上がクソなんじゃないかな。

 

 とりあえずローテーションを組んで見張り作業をする。レーダーを突き抜けて来るのは既に認知されているため、物理的にカメラも用意して警報が鳴るシステムも作ったらしい。

 

 動物がロクに存在しないこの荒野だから出来る荒技、赤外線機能も付けてるから近寄ってきた敵は絶対感知できる――できる。多分、設計上は。

 

 一番可能性が高いのはやはり深夜だろうか。俺達は初日ということもあるから、夜の見張りは明日からでいいらしい。と言うわけで今日は施設内をブラついておしまい。

 

 食堂はない代わりに、効率のいいエネルギー補給剤が大量に保管してある。おう不満そうな顔すんな腹ペコ。

 

「うぐっ……だ、だって美味しいほうがいいじゃないですか!」

 

 そうかなぁ、いやそうだったような気もする。俺には正直関係ないけど。

 

「じゃ、じゃあ私がご飯を作ってあげます! そうして美味しいご飯の有り難みって奴をおしえてあげますから!!」

 

 おう、楽しみにしといてやるよ。今んとこ料理作ってるところ見たことないけど。

 

……れ、練習しとかないと……

 

 ……聞かなかったことにしとくか。うん、そうしよう。その内食事を楽しめる様になったら食わせてもらおう。

 

 ちょっと青い顔でぼそぼそ何かを呟く少女は普段とは違う姿で、少し新鮮だった。

 

 

 

 そして割り振られた部屋は当然の様に同室――てかそもそも雑魚寝じゃないだけマシか。少女除いて男しかいないしな。

 

 ぼふっと音を立てながらベッドに倒れこむ少女を見ながら、俺も自分の寝床に腰掛ける。荷物らしい荷物は無いが、軽い衣服程度の荷物だけはある。アレクセイに持たされた黒ベースの赤い線が入ったYシャツを広げる。

 

 流石に衣服の交換無しで何日間も滞在する訳にはいかない。いくら色々カツカツとは言え、そこは味方の士気にも関わるからしっかりしろ――アレクセイの有難いお言葉である。

 

 半ば押し付けられたこの服だが、そもそもこの国で買い物なんぞしたことないしする金も無いので俺としてはどっちでもよかったが少女の後押しもあり貰っておいた。

 

 明日からまた戦場である――その事を考えると頭痛がするが、切り替える。大丈夫、何とかなるさ。いや、どうにかする。

 

 布団の中でもぞもぞ蠢く少女のベッドを見て何やってんだと思ったがそう言えばこいつも着替えてんのか。……一応目を逸らしておこう。言ってくれりゃあ出てくんだがな。

 

 ぷはっと布団から身を出した少女は服装が変わって――変わって……変わ……変わってんのかそれ?ああでも細かい部分の色は変わってるかも。いや、すまん正直よくわからん。悪いな違いの分からない男で。

 

「いやちゃんと変わってますよ!? ほら! 肩! 丸出しですから!」

 

 ん?あ、本当だ。

 

 ぷんすか膨れる少女に謝りつつ、明日から起きるかもしれない戦いに目を向けながら寝ることにする。大丈夫、乗り切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚める。未だ外は暗闇に包まれている。最近こういうのが多くて寝不足が続く――ぼんやりした頭でそう考える。

 

 隣のベッドを見てみるとすやすや寝息を立てて爆睡している少女が居る。ていうか暗闇なのに割と見えるようになってきてるのやばいな、遂に視覚も人間超えて来たか。

 

 ナチュラルに寝る時もすぐ取れる様に腰に付けといた剣を引っ提げ、ベッドから身体を起こしつつゆっくりと動く。床に足を付けギシリと軋む床を気にせずに歩き出す。また目が覚めちまったしトイレでも行くか。

 

 扉を開け、廊下に出ようとしたその瞬間に背筋が凍るような感覚がしたので急いで抜刀する。

 

 感覚に従い剣を振るうと、その場でキンッ!と甲高い音が鳴り廊下に響き渡る。深夜に侵入され過ぎだこの国は――文句を言いつつも手は動かす。夜襲に対してはもう慣れた。

 

 適当に剣を振るい、相手のトリオン体を破壊する。

 

「な――」

 

 んで、とその言葉は続けさせない。問答無用で殺す。敵に慈悲等必要ない。殺さなければこっちが死ぬのだ。だから殺す。付着した血を振り払い、少女を起こす為に部屋に戻る。はぁやれやれ、この国の警備体制これでも足りてないのか?

 

 ドアを開け、部屋に戻る。

 

 窓が開いていて、既に中に誰か入っているんじゃないか。

 

 ……嫌な予感がする。頭が痛い。やめろ、余計なことは考えるべきじゃない。

 

 足が重い。やめろ、余計な考えは捨てろ。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 一歩、また一歩と近づいていく。

 

 

 

 すぐそこまで近づいて来た。あとは布団をめくるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団をめくるために手を伸ばし、その場で止まる。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しめくると、彼女の黒い髪が見える。指が震えてるのが露骨に分かる。落ち着け。大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あ

 

 

 

 

 

 



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犠牲②

 四十五

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱっちり瞳孔まで開かれたその無機質な目には、いっそ恐怖すら感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 生気があるのかどうかも分からない程に開かれたその目には、明らかに絶望の色が混じっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視線を下にずらす。顔から首へ、首から胸へ、胸から腹へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹部を見たとき、手に何かを握っているのに気が付いた。

 

 それはいつも俺達が使用している剣であり、ずっと使ってきた武器である。

 

 

 

 

 

 

 

 何故そんなものを持っているのだろうか、その剣が伸びる先を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく見れば、彼女の手と剣は血で濡れている。そして、手から伝わって腹部、胸部も血で濡れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…………ぇ…………な……ん……で………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の手から伸びた剣は、俺の腹部へと突き刺さっていた。

 

 

 それを確かめる様に手で剣を握る。ああ、確かに刺さってる。

 

 

 呆然とする彼女の頬に触れると、剣を触った時に付着した血液が顔に塗られる。

 

 

「な……んで? え? う、そ。うそだ、そんな、そんな、そんな」

 

 

 悪い、汚すつもりは無かったんだけどな。身体の奥から何かが上がってくるのを感じ、急いで手で口を押さえようとしてバランスを崩し少女に向かって倒れこむ。

 

 

 ギリギリで体重を掛けずにベッドに手を当てるが、その所為で口を押える手が使えず液体が出てくる。

 

 

 赤い液体――血液。

 

 

 彼女に向かって吐血してしまったのでこれは後で怒られるなと苦笑しつつ、血で真っ赤に染まった服を見て申し訳無く思う。

 

 

「ぁ……あ、ああ……あああああ!!

 

 

 そんな顔するなよ、俺が不注意だった。まだやり直せる。

 

 

 彼女の剣を引き抜き、そのまま首に突き刺す。

 

 

 彼女の叫び声が響き渡り、窓の外に届いて行く。

 

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 ぶつぶつと、壊れたかのように同じ言葉を続ける彼女に申し訳なく思う。

 

 

 大丈夫、死ねば会えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十六

 

 ――目が覚める。

 

 ゆっくりと身体を起こし、隣のベッドにある膨らみを確認する。

 

 

 ああ、良かった。無事だ。

 

 

 顔を覗いてみると幸せそうな面で寝てる。ふにふに頬を触ると、むず痒いのか若干嫌そうな顔をして顔を逸らす。

 

 生きてる。生きてるんだ。死んでない。

 

 

 視界がぼやける。あれ、おかしいな。こんな風になるのは初めてだ。

 

 

 あ、くそ。なんだこれ。全然無くならない。ああくそ、なんなんだ。

 

 

 ここまで死に戻って、遂に頭の血管でも千切れたか?拭えきれず、必然的にポタポタと下に垂れていく。勿論下では少女が寝ているのでその顔にポタポタ垂れていく。悪い、さっきも汚しちまったのに。

 

 少女の顔に垂れた液体を拭う為に布を手繰り寄せ、少女の顔を拭く。その動作の際に目が覚めたのか、ぼんやりと目を開ける。

 

 相変わらず視界はぼやけたままだし、液体が零れ落ちるのも止まらない。

 

ぁ……え、えーと、その、まだ私達、そう言うのは、早いんじゃないかなって、思うんですけど……

 

 ああ、ごめん。邪魔だよな。ちょっと今目が見え辛くて、ごめんな。少女の真上に居たからどく。

 

「……そうですよね、そうじゃないですよね……泣いて、いたんですか?」

 

 泣く? ……ああ。

 

 

 これが、涙か。

 

 

 そうか。涙か。泣いてたのか。

 

 

 俺はまだ、泣くほどの感情が残っていたのか。

 

 悲しい(・・・)。そうか、これか。こんな感じだったな。悲しいってのは。ああ、そうか。

 

 自覚した途端更にポロポロと涙が零れ落ちる。駄目だ、止まりそうにない。

 

 

「……えいっ」

 

 

 そっと手を伸ばして、涙を拭い続ける俺の手を取る少女。何故だろう、何も感じない筈なのに、どこかいつもと違う感じがする。

 

 

 

 

「……どうですか? 少しは落ち着きますか?」

 

 

『……■い夢■も、見■の?』

 

 

 

 

 

 頭に、他の誰かの声が混じる。聞き覚えのある声でありどこか懐かしい声。急に頭痛が増し、いつもの数倍の痛みが頭を蝕む。くそっ、何でこんな時に限って――!

 

 痛む頭と零れ続ける涙の中で、さっきの絶望した少女の顔が頭に浮かんだ。

 

 それは、駄目だ。そんな顔して欲しくない。彼女らしく、笑っていて欲しい。

 

 そうだ。そんな顔は似合わない。お前は笑っているべきだ。なあ、そうだろ。俺の手を握るその手を軽く握り返す。ああ、大分落ち着いたよ。ありがとう。

 

「……私も、泣く事はあります。私って結構弱虫なんですよ?」

 

 ……ああ、知ってるさ。少なくとも、俺やアレクセイが死んだ時の取り乱し方的に考えて。

 

「最初だって、苦しくて、悩んで、諦めて……そんな時にあなたが居たから立ち直れたんです」

 

 そうだっ……え、そうだったっけ。ああ、そんな気もする。うん?そうだったっけ。やべぇ自信無い。

 

「……ま、まぁそんな事もあったんです。前にも言いましたけど、私達もあなたを大事だと思ってます。大切な仲間だと」

 

 ああ、そうだな。俺もそれは今更疑わないよ。

 

 キィ、と扉の開く音が僅かにした。少女もそれに気がついたのか、話そうとしていた口を止めている。

 

 ああ、そうだ。仲間だ、守るべき対象なだけじゃない。共に戦う仲間だ。思い出せ。

 

 窓から一人来る、対応できるか?

 

 嬉しそうに笑顔になり、手を握り返してくる。ああ、そうだ。お前らしい。

 

 

「――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という事がありました」

「……もういい加減この国の防衛システム組みなおした方が良いんじゃないか?」

 

 赤い髪を掻き上げた高身長の男性と、セミロングの髪を後ろで纏める――所謂ポニーテールの少女。

 

 二人が椅子に座りながら、シュークリームの様な何かを口にして微妙な顔をしながら話を続ける。

 

「夜に侵入されるのが最早デフォルトになってきたな。夜勤システムを早急に組み立てる必要が……?」

「あ、私は年齢的に寝ますね」

「駄目だ」

 

 がーんと口に出しながら変なのを頬張る少女。そして微妙な表情をしつつ話を切り出す。

 

「……ギリギリでした」

「……そうか。よく、無事で帰って来たな」

 

 何時もとは違い、元気のない姿でそう言う少女。

 

「……疲れたなぁ」

 

 吐き出すように、声が漏れる。恐らくその声には色々な感情が詰まっているのだろう。

 

「ふ、帰るのを諦めるか?」

「まさか」

 

 諦めるわけがない、そう言わんばかりに目を輝かせる。

 

「私たちは帰るって決めたんです。だから帰る。帰って美味しい物食べて、温泉行ったりして、三人旅行して――ね?」

「当然だ。私だってそれは非常に気になるからな」

 

 若干笑顔を取り戻し、手に持った変なのを口に一気に放り込み微妙な顔に戻って咀嚼する。

 

「……本当甘いだけですねこれ」

「……流石に味音痴が作ったとしか思えない」

 

 二人して微妙な顔をして食べ終えて、少女が椅子から立って伸びをする。手を上に、思い切り背中を伸ばす。

 

 

「――よし!」

 

 

 頬をパシンと軽くたたき、気合の一言。

 

「頑張ります。あの人は弱音何て吐きませんから」

「その通りだな。私の方が年上だ、少しは頼ってもらえるようにならなければ」

 

 

 食堂を出て、廊下の窓から見える大きなグラウンド。剣を振り、ひたすら素振りをする数十人の男の姿がある。

 

 

「……うん、頑張らないと」

 

 

 そんな呟きを残し、先に歩いて行った少女を見送ってアレクセイもグラウンドを見る。その視線の先には、剣の振り方を身振り手振りで何とか伝えようとしている黒髪の男がいた。

 

「……せめて君にもっと頼られるようにならなければな」

 

 まだまだ先は長い――そう心の中で呟きながら、自らの仕事に戻る。戦いは続いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲③

 七十六

 

 色んな場所を回った。荒野の戦場、草原の戦場、森の戦場、市街地での戦場――ほぼすべての戦場という戦場を回った。

 

 何度も死んだ。首を刎ねられ、胴体を断ち切られ、銃撃が当たって、砲撃で消し飛んで。

 

 それでも進んだ。前を向いた。

 

 希望をもって、目的を忘れずに。

 

 必ず帰る、それだけを胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「――こうして三人揃うのも久しぶりだな」

 

 アレクセイが言う。確かに三人全員揃うのは随分久しぶりかもしれない。少なくとも俺の記憶の中では、凡そ三か月振り(・・・・・・・)になる。

 

 俺と少女は相変わらず戦場を駆け、アレクセイが新たに構築した夜間防衛システムを広める為に色々やった。本当に色々あった。

 

 最近になってセミロングから伸びた髪をごまかす為によくポニーテールにしている少女が、その黒い髪を揺らしながら言う。

 

「私は定期的に帰って来てましたけど、どこかの誰かさんが戦ったまま帰ってこないとかよくありましたからねー。その度にどれだけ心配したか……」

 

 ジト目でそういう少女に何も言えなくなる。いや、悪いとは思ってる。でもあれじゃん、撤退するときって殿が必要じゃん?

 

「へぇ~~~~~」

 

 すみませんでした。

 

「分かればいいんですよ。……やめるつもりは無いんでしょうけど

 

 チクリと胸が痛む。最近になってよくこういう痛みが出るようになったから更にイライラが募る。どうせ痛みを感じないなら何も感じないようにしてほしい。そっちの方が効率良いから。

 

 余計なことは置いておいて、俺達がこうして集まったのにも理由がある。

 

……いつの間にか尻に敷かれてる……んん、それで本題に移っていいか?」

 

 おう、頼む。

 

「ついに敵に(ブラック)トリガー使いが現れたらしい」

 

 黒トリガー……ってなんだっけ。

 

「トリオン能力が優れた人間が、その命の全てを籠めて作るトリガーだ。ある程度トリガーを理解していて且つトリオン能力が優れていないと作れない所為で優秀な人材しか作る事が出来ない。ただしその分その性能はワンオフ、単騎でノーマルトリガー相手ならどれだけ戦っても負けることは無いだろうな」

 

 それってこの国にもあるのか?

 

「あるにはある。だが本数が少ないからな、階級制度があっただろう? あれは黒トリガー適合者を探し、優秀な人材を見つける為に始めた物らしい」

 

 今のところ味方で使ってるやつは見たことないけどな……。そんな強力な奴が居たらあそこまで苦戦してないし。

 

「第一等級の奴しか使えないからな。というより、第一等級は黒トリガー使いしか居ないんだ」

 

 侵略部隊として他の国に侵略する役割はどうなってんだ。第一等級は黒トリガー使いしかいないってことは、第二等級までが通常のトリガー使いの限界なのか?

 

「そういう事だ。侵略部隊は第二等級総勢三十名から半分選ばれる」

 

 成程ね、第二等級の上位になれば確実って訳か……あれ、てかそもそも黒トリガーなんて強力なものがあんならそんな出し惜しみしてるんだ。

 

「性能がバレてしまうと、それを完全に対策する戦略を組む事が出来るからだな。だから防衛の際も、本当にギリギリまで使わない。そして今このタイミングで使用してきたという事は相手もここで押し切るという自信があるという事だろう」

 

 ちっ、嫌になるな。そう言うのはこっちの黒トリガー使いに任せて欲しい。俺達下っ端が戦っても死ぬだけじゃねぇのかそれ。

 

「何、こっちの黒トリガー使いもその内出てくるさ。流石に彼らは馬鹿じゃない。自分たちの力の価値や有用性をよく理解しているからな」

 

 だと良いんだがな。どう足掻いても死しかないって状況だけは避けなきゃいけない。

 

「大丈夫ですよ、私達なら」

「……ああ、そうだな。私達ならば平気だ」

 

 そうだな。俺達なら大丈夫だ。

 

 心配するな、三人で協力して、生き延びるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふふふんふーん」

 

 もう耳に染み付いたと言っても過言でない程聞いた少女の鼻歌を耳にしつつ、支給された簡易携行食を口にする。少女やアレクセイからは不評だったが、俺としては効率がいいので採用した。どうせ味覚何てねーしな、二人と食べる時だけちゃんとした物食べてりゃいいんだよ。

 

 腹が空いたという感覚も既に存在してないけど、時間をある程度決めれば身体的には問題ない……筈。

 

 相変わらずガタゴト揺れる車のような何かに乗り、目的地に向かう。転送で向かうよりも消費トリオンがまだマシという理由でこんな方法を取っているけど、トリオン量が多い連中とかは普通に転送で向かうらしい。羨ましい話だ。

 

「せめて少し風景でも良ければマシなんだがな……」

 

 辺り一面に広がるのは荒野である。余りにも寂しいその光景を眺めた良い景色などと言う程感性は壊れてなかった。

 

「見慣れちゃいましたねー」

 

 そう、見慣れた。何度も何度も繰り返して、脳に刻み付いている。死んだ場所までは覚えていないが、言うなればデジャヴ。既に何度も見た光景だと、そういう感覚がする。

 

「君達の世界は違うんだろう?」

「はい! 高い建物が一杯あって、人の住む住宅があって、森があって、山があって、どこに行っても人が居ました」

 

 ……そうだったか。住む家があった。それは覚えてる。森があったかどうかは覚えてない。人が居た……ああ、確かに何処に逃げても人が居た気がする。

 

 少しは覚えていないと、いざ帰った時に本当に其処が俺たちの故郷なのかわからなくなってしまうから。三人で帰れば少女が覚えてるだろうが、俺も覚えていて損はない。

 

 それに、態々忘れたいとは思わない。三人でした約束は覚えてる。甘い物を食べる、温泉に入る。それは忘れちゃいけない。それだけは。

 

「天に届くほどの建造物は流石に嘘だろう」

「いや本当ですよ! 空と同じくらい高い塔とかありましたから!」

 

 名前は忘れたけどあったなぁ。見に行った記憶がある。

 

 その記憶を思い出そうとすると、頭痛が更に酷くなる。あぁクソ、痛ぇな。割れるのでは無いかと疑うほどの頭痛を堪えつつ、二人の会話に混ざる。

 

 この三人でどうか無事に帰れますようにと、柄にもなく祈りながら。

 

 

 夜になり、昼はあれだけ話していた少女も寝付き静かな空気が漂う。こういう雰囲気も嫌いでは無いが、やはり少女のように元気があってその場の空気を変えれるような子といると騒がしいあの空気が心地よくなる。

 

 それに、静かなのより騒がしい方が俺は好きだ。静かなのは、怖いから。一人しかいないんじゃ無いかと弱気になってしまうから。人が居て、話して、現実を直視しなくて済む。

 

 アレクセイと二人で適当に食い物を摘まみながら、外を見る。相変わらず暗いが、暗い中でも見える様になってしまったのであまり関係がない。

 

 昼も夜も変わらず広がる荒野を無気力に眺めて、溜息を吐く。嫌なもんだ。気が付けば、故郷の記憶が薄れてきている。

 

 必死に足掻いて足掻いて足掻いて、とにかく全力で前に進もうとしてたから無理やり意識しないようにしていたが――深く考える時間が出来てしまうと辛い。

 

 少女は色んなものが有ったと言う。

 

 でも、俺の中には残ってない。

 

 それがどうしようもない程に悲しくて、辛くて、やりきれない。

 

 でも、それでも、だからこそ。未来に希望を持つ。

 

 美味い飯の記憶が無い、味が分からない?――だったらもう一度食べる。味覚を取り戻す。

 

 夜目が異常に利く?普段生活するのが楽になるだけだ。

 

 痛みを感じない?それがどうした、痛みを感じないのは良いだろう。苦しみの一つが減るのだから。トリオン体が出せないんだ、それくらいのハンデはくれたって良いだろう。

 

 何度も何度も死ぬのに、その度に痛い思い何てしたくない。

 

 ……駄目だな、マイナスな方向に思考が寄ってしまう。それは良くない。

 

 

「……良い夜だな」

 

 

 アレクセイがぽつりと呟く。そうか、良い夜か。

 

「ああ、良い夜だ。平和だ。静かだ。……私も、自分の事を深く考える時がある」

 

 自分の事を深く、ね。それは今の存在をってことか、未来を憂いてか、過去を嘆いてか。

 

「全てだな。過去において、私は大きな大きな失敗をした。仲間を失い、一人我武者羅に戦い続けた。私を隊長と慕ってくれた部下も失い、唯一手に入れた階級も失った」

 

 こう見えて、絶望という物の味はよく知っている――グイッと手に持った飲み物を飲み干し、床に置く。

 

「そして今……私は、君たちに自分の過去を重ねてるんだ」

 

 俯きながら語るアレクセイに、何も言えなくなる。自分の過去を重ねる、か……それは、どうなんだろう。それは、何か悪い事なのか?

 

「さてな――善悪で測れるものなのかどうかなんてこと、私には分からない。答えがあるとすれば、そう言われたものが不快であるかそうでないかだ」

 

 最もだな。過去の自分と重ねられた所でどうもしやしない。少なくとも、今のお前は俺達と一緒に行動する仲間だろ。それが答えだ。

 

「……ふ、はは。全く、随分信頼されたものだ。いいのか?私は君たちを攫った一員かもしれないんだぞ」

 

 それこそありえん。俺達を攫うような作戦を出すのは上層部のカス共であって、前線で戦う奴らはそれどころじゃない。生き残るので必死だろ。

 

「そうだな。前線は、それどころじゃない。黒トリガーも出現して、もっと、沢山の仲間が死ぬだろうな」

 

 はぁ、とため息を吐く。そのため息に込められた思いを俺が知ることは出来ないが、少なくともアレクセイの抱えている悩みや葛藤が多く混ざっているのだろう。胸の中でぐるぐる渦巻くもやもやした感覚――ああ、お前も俺と同じなんだな。

 

 そうだ、俺だけじゃないんだ。苦しんで、悩んで、必死に乗り越えようと努力して、それでもだめで、諦めるやつもいれば往生際の悪い奴もいる。

 

「……すまない、ただ愚痴を言っただけになってしまったな。私はね、君たちに幸せになって欲しいんだ」

 

 そう言いながら外を見るアレクセイにつられて、俺ものぞき込む。やはり変わることのない荒野だが、アレクセイの言葉を待つ。

 

「ごく普通の食事を仲間で楽しんで、君達の言うぱふぇなる物を食べ、君達の広い世界を冒険して、好きなように生きて――実感してほしい。自分は、生きているのだと」

 

 生憎私はそんな経験はしたことないが、と自虐気味に言うアレクセイは、どこか疲れた顔をしていた。

 

 おいおい、お前も一緒に楽しむんだろうが。飯食って、温泉入って、旅行して、ああそうだな。俺たちの故郷の名物とか巡って――だろ?

 

 それに俺は今もちゃんと生きてるさ。息をして、自分の意志を導き出せる。確かに所々普通の人間とは違う場所があるかもしれないが、それでも今は胸を張って生きていると言える。

 

 死んだら巻き戻るんだし、死んでるわけがないからな!

 

「勿論私も付いていく。君たちに幸せになって欲しいのと同じくらい、私は未来の姿を楽しみにしてるんだ。思うことすらなかった、想像すらできない未知の世界だ。――ワクワクしない訳がない」

 

 ……は、はは。そうか、ワクワクか。そんな感覚忘れちまったよ。けど、そうだな。

 

 うん、そうだ。故郷という考えも良いが、未知の世界と考えてもいいかもしれない。

 

 甘いものもロクに覚えてない――否、これから知る。うん、そっちの方がしっくりくる。

 

 ふ、ははは、そうか。そういう考え方があったか。ああ、いいなぁそれ。

 

「だ、大丈夫か!? 急に笑い出してどうした!?」

 

 いや、なんでもないさ。うん、なんでもない。そうだな。記憶を失くしたなら、新しく楽しみにすればいい。その通りだ。

 

 無駄に深く悩む必要なんかない。ワクワクか。うん、そうしよう。例え過去現在が地獄でも、未来の見通しが悪いとは限らない。光は必ずあるのだと。

 

 アレクセイの近くに落ちてたボトルを拾って、一気に飲み干す。うん、相変わらず何の味も感じないし楽しみもクソもない。けど、これが何時か味が分かる様になるのだろうか。

 

 甘いのだろうか、辛いのだろうか、しょっぱいのか、すっぱいのか。

 

 考えるだけで楽しみだ。

 

「お、おい! 今君が飲み干したのは――」

 

 あん? 何言ってんだアレクセイ、俺は何も起きな

 

 

 

 

 

 ――瞬間、視界が一回転した。

 

 

 あれ? おかしいな、なんだこれ。

 

 立とうとするけど、身体に力が入らない。うお、新たな病気か何かか。

 

 ぐわんぐわん揺れる視界に、だんだん吐き気がこみあげてくる。なん、だこれ。段々意識が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲④

 七十六

 

 目を開け、状況を整理する。夜だった筈だが外は明るいし、俺は寝っ転がっている。

 

 何があったんだっけ、どうにも思い出せない。こんな最近の事すら思い出せないとか、いよいよ限界だな。

 

「あ、おはようございます」

 

 おはよう。でもなんだか久しぶりによく寝た気がする。

 

 ゆっくりと身を起こし、身体の感覚を確かめる。うん、問題ない。

 

 いつも通りする頭痛は放置して、目的地までどれくらいか確認する。大体あと一時間程度で着くみたいだな。

 

「おはよう、一気飲みしてぶっ倒れるとは正直思ってなかったよ」

 

 大丈夫、俺もそんな事思ってなかった。てか普通そんな度数あるとは思わねーだろ。

 

 凝り固まった身体をほぐすために、ゆっくりと柔軟をする。身体を前に倒し、背中と足を延ばす。

 

 自分の身体からポキポキボキ言ってるのを聞きながら、ゆったりと動く。別に今は急いでも仕方ないからな、休める時にしっかり休むのが大事だ。

 

 常に気を張って、神経を使っているといざという時に困る。集中力が切れたり、ふとした瞬間に手遅れになる。それだけは避けなければいけない。

 

「手伝いますよ!」

 

 お、ありがとう。身体を前に倒す俺の背後から更に背中を押す。グンッ!と押され完全に地面と俺の身体が水平になった。いや勢いあり過ぎじゃない?殺す気でしょこれ。

 

 明らかになってはいけない音を発生させた俺の背中を心配しつつ、少女に抗議するような目線を向ける。

 

 目を思い切り逸らしながら、真っ直ぐ立って後ろに手を回してもじもじしながら答える。

 

「あ、えーと、そのー……だ、大丈夫ですよ!」

 

 根拠が無ぇ!鬼だ、鬼がいるぞ。

 

「君達を見ていると退屈しないな」

 

 そこ、茶化してんじゃねぇ。割とマジで背中が心配なんだが?

 

 

 

 

 

 

 

 わちゃわちゃしながらも時間は進み、基地に到着した。手続等はアレクセイが既にしてくれていたらしく、するする拠点に入れた。

 

 指定の駐車場で乗物から降りて思いっきり伸びをする。ふう、やっぱり窮屈な体勢より広い空間で運動したほうがいいな。

 

「同じ姿勢でいると疲れますからねー。と言うわけであとはお願いします」

 

 はいどーぞと言いながら腕を広げる少女をシカトしつつ、これからの日程について考える。

 

 そもそも俺たちが移動している理由は応援だ。純粋に前線で戦う人間が足りない。黒トリガーに正規兵が殺され過ぎて、前線が崩壊しつつある。

 

 何故そこでトリオン体にすらなれない俺たちを招集したのか、全く理解に苦しむね。黒トリガー使い呼べよ。前線どうにでもなるだろそうすれば。

 

ほら、まだチャンスあるかもしれないだろ。元気を出せ。……さて、取り敢えずどうするか。私達の役割としては基本的に遊撃になるからな」

 

 仲間の顔くらいは覚えておいても損はない――と言うより、覚えておかないといけないだろう。腕を広げたまま動かない少女に声をかけるアレクセイがそう言う。

 

 悲しそうな顔で固まる少女がいつまでも動かないので、仕方なく頭に手を置く。手を置いてわしゃわしゃ動かして髪の毛を静電気で立たせる。よかったな、これでお前も電撃使いだ。

 

「こうじゃない……! 私が望んだのはこんなのじゃ……!」

 

 おうめっちゃシリアスに言うのやめろよ。髪を無言で元に戻す少女を尻目に役割を考える。

 

 そうか、また遊撃か。まぁこんなピーキーな連中勝手に動けとしか言いようがないよな。黒トリガー相手……か。嫌だなぁ。

 

「……仕方ないさ。それが私達の役割だからな。大丈夫だ、いざとなれば逃げればいい」

 

 黒トリガー使いだって最強ではあるが無敵ではない――つまりそう言う事だ。正面から戦ってダメなら、裏を掻けばいい。絡め手をどんどん使い、消耗させて消耗させて殺せるタイミングで殺す。

 

 遊撃と言うポジションなんだ。正面からかち合う奴らと違い、圧倒的に先手を取れる。それを活かせ。そうしなければ死ぬのはこっちだ。

 

 どれだけ相手の嫌な事を出来るかどうかにかかっている。これまでと同様――いや、これまでよりも数段以上格上だ。いつもと同じ動きをしていては詰まされる。そういう領域だと考えろ。

 

 考えることは沢山ある。せめて黒トリガーの詳細を知れればいいんだがな。

 

 対策をする。徹底的に不自由に戦わせる必要がある。地形を把握し、味方の能力を把握し、何が出来て何が出来ないのか。黒トリガー使いだって元は人間、手足を切断し首を断ち切ってしまえば活動は難しいだろう。

 

 そうと決まれば行動は早い方がいい。周囲の地形と、味方の総戦力の把握。

 

 資料とかで確認できればいいが、現状そんな便利な物を見た記憶は無いので一人一人聞いて行く。相変わらずの非効率さだが、そこはもう慣れるしかない。

 

 一先ずやることを整理して、三人で纏めよう。俺だけでどうにか出来る規模ではない。使えるものを全て利用し、三人で生き残る。

 

「ここのご飯は美味しいんですかね? ここまで大きいのは久しぶりなんですけど」

「少なくとも不味い事はないだろう。あの謎デザートはよくわからんが」

 

 いつも通りの会話を交わす二人を見て安心しつつ、俺も会話に混じる。その謎デザート俺はよくわかんないけどな。

 

 大丈夫、なんとかなる。いざとなれば、他を犠牲にすればいい(・・・・・・・・・・)。大事なのは三人で生き残る事だ。

 

 他は切り捨てる覚悟を持て。全てを救おうなんて、自分の命ひとつ守れない男が出来るわけがない。心に刻むのはただ一つ(・・・・)、二人と一緒に帰る事だ。

 

 履き違えるな、間違えるな。ビキリと頭にヒビが入ったのかと勘違いする程の痛みが襲ってくるが、いつもより少し痛いだけなので無視する。

 

 俺が求めるのは――■■だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り熱くも冷たくもない液体を身体全身に浴びながら、汚れを落とす。流石に車の中で身体を洗う訳にはいかないから、移動している最中は必然的に汚れる。

 

 流石に夜の森を歩き回ったあの時よりは汚れてないが、鼻の利かない俺はともかく少女やアレクセイは大変だろうな。

 

 汚れを落とし、自分の身体を見る。記憶にあまり残っていないが、少なくとも攫われる前よりは筋肉が付いたんじゃないだろうか。

 

 筋肉が増えたというより、身体が引き締まった――悪く言えば痩せた。

 

 ……栄養は取ってるはずなんだがな。少しずつ身体に変化が起きているのを自覚するのは、分かってても辛い。

 

 自分がどんどん人から外れていく――いい気分にはならない。

 

 駄目だな、一人になるとすぐこれだ。切り替えろ。大丈夫、未来を考えろ。

 

 未来を考える。本当に考える暇があるのか?脅威は目の前にあるんだぞ。そんな悠長にしていられるのか?

 

 そうやってまた繰り返すのか――切り替えろ。

 

 大丈夫、大丈夫だ。しっかり計算すれば大丈夫。失わない。死なない。大丈夫。平気だ。

 

 流れてくる水を止め、身体を布で拭き水分を取る。付いてても付いてなくても差は無いが、敢えて言うならばそういうものだから。

 

 未来で風呂に入るときに、俺が身体を拭きとらなかったらみっともない。だから忘れないように習慣付けている。

 

 下着を着て、アレクセイが押し付けてきたパーカーを羽織る。白い生地に軽く入ってる黒い線が特徴のごく普通のパーカー。こんなものが普通に存在してるなら軍隊の服装とかもっとちゃんと決めればいいのに。

 

 ズボンも普通のジーンズにそっくりな何か――まぁジーンズでいいだろう。

 

 そしていつも通り剣を腰にぶら下げて準備完了。うん、やっぱりこいつがないとしっくりこない。なんていうか、不安というか。気が付けば周りを警戒しながら歩いてしまう。

 

 シャワー室を出て、真っ直ぐまずは食堂へ向かう。

 

 どうせいつも通り飯を食べてるんだろうし、ゆっくり向かう。取り敢えず今この基地に駐在している正規兵の情報はある程度聞いた。まだ知れてない奴も多いけど、そこはアレクセイに任せた。元々あいつの方が顔広いしな。

 

 射撃型の正規兵が多めに駐在している。基地の防衛という性質上斬りこむ近接より遠距離で戦うことが可能なのを取ったのだろう。

 

 今回はそれが助かる。黒トリガーの詳細が分からない以上、不用意に近づいてはい死にましたじゃ話にならない。遠距離から時間を稼いで、じわりじわりと消耗戦にしなければならない。

 

 現状分かってる情報は味方が全滅させられているという情報だけで他には何もない。そこがまた困ったところだが――まぁいい。嫌でもわかる様になると思う。

 

 基地の運営体制は、五人態勢で三時間に一回見張りを交代しているらしい。そこに文句をつけるつもりは一切無いが、どうにか黒トリガー相手に先手を打ちたい。

 

 せめて近接か遠距離かどっちもか――それを知りたい。そうなれば色々対抗策を練れる。

 

 

「あ、もう上がったんですか?」

 

 

 通路を歩いている途中、少女とバッタリ遭遇した。珍しい……事も無いか。広いとは言え同じ施設内だしな。これから飯か?

 

「はい。一緒にどうですか?」

 

 勿論一緒に行くさ。俺の楽しみの一つなんだし、奪わないでくれよ。

 

 にぱっと笑顔を見せて歩く少女を見て、ズキリと痛む頭を無視しつつ一緒に歩く。

 

 

 ……ま、飯の間くらいは考えなくてもいいだろう。平和な時間は、しっかりと味わっておかないと。忘れないように。

 

 

 いつか平和な時間が来て、それが普通になるのだから。

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑤

 七十六

 

 周辺の地形の把握をするために、自分の足で歩く。あまり遠くまで行くと危険だが、一キロ程度なら平気――な筈だ。まぁ駄目だったら俺が死ぬだけだし問題ない。

 

 木の大きさや、岩の大きさ等もある程度メモして覚えておく。こんなのが役に立つのかと言われれば立たないかもしれないが、そこにある物を記憶するのは重要だ。

 

 潜伏し、隙を伺い、情報を得る。その為にはありとあらゆるものを使わなければいけない。

 

 どの木がでかいか。岩が使えそうか。地形はどうなっている。人一人隠れられるか。逃げるのに有効か。

 

 そういう要素を全て考える。作戦に含む。実行までに出来ることは何度だってやる。把握できないことがあるというなら、死に戻りをして時間を作り出してもいい。それだけの準備を行う必要がある。

 

 いきなり戦闘なんて馬鹿な事をやってはいけない。悪手にもほどがある。

 

 俺が調べ、皆で共有し、更にそれを更に調べて確実性を持たせる。そこまでやって漸く情報収集の準備が整う。

 

 それだけ甘く見てはいけないのだ。

 

 情報を束ねて束ねて、準備に準備を重ねて漸く戦える。俺はもう失う訳にはいかないんだ。

 

 

 黒トリガー以外にも、普通のトリガー使いが来る可能性だってある。幸い射撃型で固めているこの基地には現状トリオン兵がたまに来る位で大きな侵攻の予兆等は無いそうだ。

 

 それでもちょくちょく来ているという事は、偵察目的であることは間違いない。すぐに来なくてもいつかは来る――索敵範囲を広げて、情報をもっと集めなければ。

 

 味方のトリガー使いと話して、黒トリガーの対策を一緒に考えてもらう。今回要になる遠距離トリガー使いと連携を取り、早期に発見してもらう必要がある。

 

 円滑に話を進めれるよう、基地の司令とも話を付けておかなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が経って、遂に黒トリガーが出て来たらしい。五人で戦って、二人だけ帰還した。持ち帰った情報によると敵は爪の様な物を手に装着していたらしい。

 

 遠距離から見ていたが、突如目の前に現れて勢いそのままトリオン体を二人解除させられてそのままダウン。残り三人で引きながら態勢を立て直して一人犠牲にしつつも――という話だった。

 

 爪がメイン武装で間違いなさそうだな。そして目の前に現れたという情報が一番大事だ。

 

 瞬間的な加速によるものなのか、それとも瞬間移動なのか。これはかなり大事な情報だ。しっかりと精査して、どっちでも対応できるようにしなければいけない。

 

 正解が不明な以上ある程度憶測が混じるが、的外れという事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黙々と飯を食いながら、ひたすら考える。足りない脳を捻り、どうにか打開策を見つける。瞬間移動に近い移動をして来て、尚且つ一撃で仕留めてくる。対策なんてあるのかって感じだが、そこをどうにかしなければいけない。

 

 戦力は正規兵が五十人程、俺、少女、アレクセイ。階級持ちは誰一人来ていないらしい、使えねー。

 

 もそもそ飯を口に運んで、痛む頭を押さえつつ考える。足りない。手札が足りない。俺と正規兵は出せる。問題ない。少女とアレクセイは出せない。

 

 リスクが高すぎる。少しでもあの二人が死ぬ可能性が増えるのは控えるべきだ。

 

 最近になって、更に頭痛が増してきた。その所為で夜も寝れないときがある――まぁ寝る時間を削って考える時間が増えるから俺としては都合がいい。

 

 はぁ、どうする。少なくとも三人で離脱しようとして、一人完全に犠牲にして漸く逃げ切れる位力の差がある。そして射撃型のトリガーを使用する正規兵は、誰かが近寄られて盾にされてしまえば攻撃を少しは躊躇うだろう。

 

 そうなってしまえば確実に全滅する。それだけは避けなければ。

 

 誰かが囮になって、集中砲火する隙を作る。これが一番確実な戦法になるだろう。

 

 問題は誰が囮になるかだが――正規兵か俺。

 

 俺の勘が上手く働けば、俺が一番メタ的な存在にはなる。まぁそもそも死んでやり直せる時点で俺が一番正解なんだが。

 

「――ふむ、一緒してもいいか?」

 

 おう、お疲れ。飯を抱えながら歩いて来たアレクセイに返答しつつ、飯を口に運ぶ。

 

「……いつもより酷い顔をしているな」

 

 ……そうか?

 

「ああ。今にも死にそうな顔をしてるぞ」

 

 はは、そりゃ皮肉なこった。死ぬことなんてないのにな。

 

 うまく笑えているのだろうか。自分の表情がどうなっているのかなんて、とっくの昔に忘れてしまった。笑顔、笑顔か。前は、こんな感じだったか。

 

「その死にそうな顔をやめたまえ、なんというか、その……嫌な予感しかしないから」

 

 どういう顔なんだそれは。はぁ、俺も彼女みたいに常に笑顔でいればいいのだろうか。

 

 試しにニコッてしてみるか。おいアレクセイ、これどうよ。

 

「壊れた笑顔は恐怖感が増すからやめてくれないか?」

 

 おかしい、結構まじめだったんだけど。

 

「どうも、お疲れ様で……ど、どうしたんですか。何があったんですか。もしかして遂に心が……!?」

 

 お前もか少女よ、人の笑顔をなんだと思ってるんだ。

 

「それだけ酷い顔をしていたという事だ――君、最近ちゃんと休んでるのか?」

 

 ……休んでるよ。ちゃんと寝てるし。

 

「嘘だな。君が深夜一人で外に行くのは何度か見たことがある。寝てる時間すらほとんどないんじゃないか?」

 

 一日二時間くらいは寝てるよ。寝れないこともあるけど。

 

「……はぁ。本当に目が離せないな君は。黒トリガーは君一人が悩んだってどうにか出来る事ではないだろう?」

 

 そうだけど、そうじゃない。俺が考えなくちゃいけないんだ。俺は死に戻れるのだから、チャンスが一番あるのだから。……なんて、馬鹿正直に言ってしまえたらどれだけ楽な事か。

 

『死んだら元に戻ります』なんて言って、信じてもらえるわけがない。そもそも信じてもらう必要もない。結果が大事なんだ。

 

 二人に理解してもらえなくても仕方ない。生きてさえいればいいんだ。そうだ。そこを間違えちゃいけない。

 

「……あのー、ですね。こっちとしても、全然頼られないのはちょっとそのー、寂しいといいますか……」

 

 ……頼ってるつもりなんだけどなぁ。少なくとも日常的な面では世話になってるし。

 

「そうじゃないんですよ! その、何て言いますか。そうやって悩んでるときにこそ頼って欲しいと言いますか……

 

 悩んでるときに、か。……この状況で二人を頼ったら、絶対自分たちも前に出るって言うからな。頼れる訳がない。それで死んだら元も子もない。

 

「別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!」

 

 若干やけくそになってそういう少女に対し疑問を抱くが、それはそれとして。

 

 そうだな。少女はともかくアレクセイは元階級持ちだ。そういう黒トリガーとの戦いは経験したこと無くても、他のタイプの理不尽という物を知っているか。

 

「……哀れだ……」

 

 ぴしりと固まっている少女を見てアレクセイが呟く。ズキリと頭が痛むのを抑えつつ、飯を掻き込む。

 

 ああ、わかったよ頼ればいいんだろ頼れば。それはもう存分に使わせてもらうからな。

 

 周囲の地形の地図を纏めて隠れれそうな場所をメモしたとこを記して、敵の黒トリガーの情報を纏めて戦力を共有させるための資料作成とか基地司令への交渉とか戦闘訓練とか色々やってもらうからな。

 

「……はい!」

 

 にぱっと笑顔でそう答える少女を見て、胸がズキンと痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を動かす。地図に要所としてメモしておいた箇所を精査して、本当に大丈夫かどうかを複数人で検証してきたのでその結果を描き込む。

 

 俺一人で場所を探索し、その結果を数人で精査して本当に問題ないかどうかの確認。こうすることで俺一人の主観ではなく、数人の意見が入って正確性が付与される。

 

 最終的にこうする予定ではあった。けれど、やはり最初から複数人に頼んでしまえば早かった。……どうにも失う事への恐怖が焦りを生むというか、正常な思考が出来なくなってしまう。

 

 それほどあの二人が大切なんだ。うん。そういうことにしておこう。

 

 夜も更け、完全に真っ暗な空間で描く。夜が完全に意味の無い物になった今、昼夜の逆転とかそういうレベルではない。まぁ寝る必要はあるんだが。

 

 夜だから寝るのではなく、寝る必要があるから寝るんだ。うん、ちゃんと寝ないとな。

 

「……まだ、寝ないんですか?」

 

 少女が話しかけてくる。お前こそまだ寝てなかったのか?

 

「え、えへへ……さっきまで寝てたんですけどね。ちょっと目が覚めちゃいました」

 

 そりゃ悪いことしたな。俺もここまでにしとくよ。大体書き終えた地図を机の上に放り出してもそもそ寝床に移動する。

 

「あ、すみません。邪魔しちゃいましたね」

 

 いいんだ。もう終わりかけだしな。起こしちまって悪かったな。

 

「……いいんですよ。それに何だか、こういうのも良いです」

 

 そういうもんなのか?

 

「はい!」

 

 ま、お前がいいならいいか。凝った身体をポキポキ伸ばしつつ、寝床に入る。温もりも何もないから正直布団をかぶる必要は一切ないが、気分である。

 

「……うまく、行きますよ」

 

 そうだな。うまく行くさ。みんな協力してるんだ。

 

 俺だけじゃない。俺達三人だけじゃない。皆だ。基地に居る全員が力を合わせようとしてる。

 

 うまく行く。無理やりにでもうまくやらせる。何度繰り返しても、絶対に。

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑥

前話見てない人は気を付けてください。


七十六

 

――遂に、その日が近づいて来た。

 

近くにやってくるトリオン兵の数が増え、徐々に人型も確認され始めたらしい。ここまで露骨に『これから戦争仕掛けますよ』と行動されると逆に罠かと疑ってしまうがそれはない。

 

普通なら罠だが、トリオンという物を扱う以上普通の戦争とは違う。敵の戦力を把握して準備をして攻め入って壊滅させるのがトリオンを用いた戦争だ。

 

最終的に人が勝敗を決める戦争なんだ。準備に準備を重ねる。

 

味方と調整をして、その時に備える。いつ襲来しても良いように、見張りの人手も増やした。射撃型の正規兵には迷惑かけるが、死ぬよりかはマシと言いながら自分達でローテーションを組んでたりしてた。

 

いつ来てもいいように、心構えをしておく。

 

何時もより強めにギシリと剣を握りしめ、剣を振る。大丈夫、なんとかなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正規兵達がある程度の射程まで侵入してきた敵を迎撃し、それを突破してきた敵を俺・アレクセイ・少女の三人で分かれて迎え撃つ。

 

三人の内どれに黒トリガーが来るかは不明だが、ある程度来る確率が高くなるように手は打った。

 

俺が敵の真正面に相対して、尚且つ味方にも黒トリガーをできれば俺の方に誘導してくれと頼み込んである。

 

これでどうにか誘導できればいい。出来なければ応援に行けばいいだけだ。

 

既に遠くで戦闘が始まってるのか、木が倒れる音が聞こえる。最近になって良くなってきた聴覚がこういう所で地味に役に立つ。

 

 

 

 

 

――来る。

 

 

 

 

瞬間、目の前の森から二つ影が飛び出してくるのを確認。左右に分かれて逃げようとする姿を捉え、先ず一体ずつ処理する。

 

初手で殺しに来ない時点で例の黒トリガーではなく、別動隊の通常トリガー使いだろうと当たりを付けて一気に踏み込む。

 

初速で右に避けていった奴に追いつき、勢いを殺さずそのまま剣を抜く。いつものように、呼吸と同じ。エネルギーに一切の無駄を発生させず、首を断ち切る。

 

スッ、と何の抵抗もなく首に通る刃を見て殺った(やった)と確信した瞬間、背筋に凍るような感覚が奔る。ああわかった、ここは死んでやる、だがせめてどこからやってくるかは把握させてもらうぞ。

 

感覚を研ぎませ――ても正直痛みとか感触はさっぱりだから、耳で捉える。少しの風切り音で発生源を特定しろ。

 

ヒュンッ!と背後から音がする。ああわかった、それ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十七

 

 

――来る。

 

久しぶりの死に戻りだからかは知らないが、いつもの数倍の頭痛が襲ってきた。ああクソ、こういう時に限って悪い方向に進むな。

 

痛む頭を押さえつつ、さっきと同じように右の奴に向かって踏み込む。もうめんどくさいしここで殺す必要も無いか。

 

その勢いのまま回転し、踵落としを叩き込んで地面に埋め込む。背後から飛んでくる弾を上体を捻ることで回避し、その回避した勢いのまま剣を振りめり込ませた敵を斬る。

 

流石に身体真っ二つになって活動できるトリオン体はねーだろ。解除されて生身になったのを軽く確認して足で踏みつけ頭を潰す。

 

頭の中身がぐしゃぐしゃにミキサーされて、若干ピンクの様な色のついた脳漿と真っ白な骨がぐちゃぐちゃになって出てくるその様子は見てて嫌悪感を抱かざるを得ないが、悪く思うなよ。

 

これは戦争で、俺が勝ってお前が負けた。俺にトリオンの高い力は無くて、お前にはあった。俺に死に戻る力があって、お前にはなかった。

 

それだけの話だ。

 

もう一人の避けていった奴がどこに行ったかを確認するために周囲を見渡し、もう一度背筋に凍り付く様な感覚が襲ってきたので今度は感覚に身を任せる。

 

唐突に視界が暗くなったので、上から来ていたのだろうか。後ろに跳び退きその攻撃を回避する。そしてその場に着地して、居合の様な形を取った。

 

ああ、何か見覚えあるぞそれ。そうだ、確か斬撃伸ばす奴だよな。

 

なら予測は容易い。振られる剣の軌道を予測しその線に沿って剣を振る。それだけで伸びる斬撃は封じれる。

 

いつも通りトリオンによる衝突で音もなく消えうせた相手の斬撃を尻目に、その場で加速し踏み込む。一・二・三のリズムで足を地面に打ち付け更に加速、通り過ぎるその刹那に首を斬る。

 

トリオン体を解除し、絶望した表情でこっちを見る敵に一瞬、一瞬だけ誰かが被って見えたが――振り払って斬り捨てる。

 

頭から真っ二つ、内臓を撒き散らし血の池に沈む死体を見てこうはなりたくは無いと考えつつ次を考える。

 

まだだ、まだ序章。これは始まりに過ぎない。先程の死に戻りからずっと痛む頭を押さえつつ、次に備える。さぁ、俺のところに来いよ黒トリガー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、森の中でも喧噪が止んだ。先程まで聞こえていた怒号や、破壊の音の一切が途絶えた。これは――来たか?

 

剣を構える。普段は来てから抜刀というスタイルだが、それじゃ確実に間に合わない。黒トリガーの戦闘方法が少なくとも瞬間移動に近い物だとするならば、振ってからでは遅い。確実に一度は死ぬ。

 

そういう点で言えば俺は完全なメタ存在だが、それを知る事実は俺だけだ。

 

何時森から出てくるかわからない。移動音すら聞こえないこの状況では少なくとも下手に動くことは出来ないだろう。いや、逆に動くべきか。

 

二人の方向に敵が行ってしまっては仕方ない。黒トリガーだけは俺がどうにかしなければいけない。

 

どうする、ここは敢えて踏み込むのもありか。うん、そうだな。基地の防衛なんぞより、二人が生き残る可能性を優先しよう。

 

 

 

剣を握りなおし、一歩足を前に踏み出す。僅かに嫌な感覚がする。

 

 

 

もう一歩森に近づく。今度こそ明確に、ゾクリと背筋に感覚が奔る。ああ、この先に進めば確実に死ぬと、これは最早予知等というレベルではない。

 

 

 

それでももう一歩近づく。死ぬんだ、そういう感覚が全身を駆け巡る。これまで何度も死んだからか、それとも研ぎ澄まされた勘か、俺の勘違いか。勘違いであればどれほどいいか、そんな都合よく事が運ばれる世界なら俺はそもそもこんな場所にはいないか。

 

 

 

 

一歩また一歩と森へ足を運び、その度に駆け巡る死の感覚を全身で受け止めながら更に足を運ぶ。俺一人が死ぬくらいが何だ。それで二人が救えるのなら何度だって死んでやる。

 

 

 

 

森にあと一歩で踏み込める、そういう距離まで近づいた。背筋は凍り付く様な感覚は既に消えうせ、代わりに久しく忘れていた心臓の鼓動という物を感じている。バクンバクンと、動き過ぎで死ぬんじゃないかと勘違いする程の感覚。

 

 

 

 

 

 

『別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!』

 

 

 

 

 

 

脳裏に声が反芻し、足を動かそうと考えていた思考が止まる。大事な時――今この瞬間は、紛れもなく大切な時なのだろう。こういう時に頼るのが、仲間であると――彼女は言っていた。

 

でも、今この状況で頼ったりしたら。駄目だ、それだけは駄目だ。

 

けど、ここで頼らなければ彼女に文句を言われるだろう――ああ。文句を言われる方がマシだ。下手に頼ると死ぬ可能性が増してしまう。それは駄目だ。

 

駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 

ぐっと剣を握りしめ、改めて森を見る。音が完全に途絶え、死の気配しかしない悍ましい森。

 

それがどうした、寧ろ死は――俺の味方だ。歓迎しろ、受け入れろ。

 

今更死ぬことに恐怖するな、お前が恐れなければならないのは死ぬことじゃない。失う事だ。

 

覚悟決めろよ。何度死んでも諦めるな。そこにお前が求めるものがあるんだ。それを掴み取れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……れ……こへ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――森に飛び込んだ。既に音を無くして、完全に何が潜んでいるかどうかすらわからない環境だが恐れはしない。

 

黒トリガーは愚か、通常トリガー使いすらいない。姿かたち何もかも見えない。

 

味方のトリガー使いが潜伏していた筈の場所を先に回る。何か形跡はないかどうか、出来るだけ音を立てながら。俺が森に既に侵入している事を敵に伝える必要がある。

 

そうするためにわざわざ敵が居そうな場所を音を立てながら回る。

 

味方がいたはずの場所には既に事切れた死体が幾つかあるだけで、敵の姿はどこにも無かった。……退いた?このタイミングで?ありえない、黒トリガーなんて破格な物があるのに退く必要性が全くない。

 

そもそも現時点で圧倒的に有利なのは向こう側だ、退く利点が一切ない。という事は、既に森を抜けて向かったかまだこの森の中に潜んでいるのかのどっちかになる。

 

森を抜けているという可能性もなくは無いが、そもそも森の中での戦闘音が途絶えている。その時点で森の中で何かしらの行動を行ったと見て間違いないだろう。

 

ならまだ潜んでいる筈だ。もしくは周辺に居る筈。黒トリガーにデメリットでもあるならば辻褄はあるが、十中八九それは無いだろう。恐らくこれは、俺達三人をおびき寄せて戦闘員を無力化し基地に黒トリガーの情報を一切通さず終わらせる気だ。

 

そう考えた方がしっくりくる。

 

耳を研ぎ澄まし、音の一つの聞き漏らしも無いよう集中する。

 

風の音ひとつ聞き逃さない、今ここに全てを集中させろ。

 

 

瞬間、背後でガサリと音がする。

 

 

 

剣を抜き、振りかぶり――

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑦

七十七

 

振りかぶった剣の先を見る。

 

黒い髪に、強い意志の宿った瞳。顔立ちの整ったその表情は綺麗というより可愛い、笑顔のよく似合う表情。

 

――慌てて剣を上に斬り返し軌道をずらす。

 

「――……ちょっと、ビックリしました」

 

馬鹿野郎、心臓止まるかと思ったぞ。あ――……マジでビックリした、俺じゃなかったら死んでたな。主に心臓止まって。

 

「えへ、すいません」

 

すいませんじゃねーよ。コツンと額を小突いてあうっと言いながら仰け反る少女に安堵の息を吐いて、周囲の警戒を再開する。今みたいに騒いでもあまり変化がなかったが、それでも怪しい事には変わりはない。

 

ていうかお前何で来たんだ、持ち場はどうした。

 

「あ、そうだ! そうですよ! 私が誰も来ないからこっちに来たら何か森に突撃してくし、何でだろうと思って付いてったら凄い目立つ行動してるし……こっちの台詞ですよ! 何してるんですか!」

 

待て待て声がでけぇ!これ絶対気付かれたパターンだろ、俺にはわかる。

 

少女の口を押え、横抱きにして抱える。その場を跳び退き走り出す。くそっ、こんなことならもっと後ろ警戒しとくべきだった。

 

もごもご唸りながらじたばた動く少女を抱えて走る。いつ敵が来るかもわからない現状、下手な行動は出来ないが――こうするしかない。あんな大声で話した時点でバレないわけがない。

 

はぁ、ままならないなどうにも。

 

 

 

 

 

――刹那、背中にゾワリと何かが這い上がってくるような感覚が襲ってきた。

 

 

 

この感覚はマズイ。今の状況で喰らう訳にはいかない。少なくとも少女が死ぬことの無いように感覚的に大丈夫だと判断した方向へ投げる。

 

そして感覚に従い、後方に下がって回避を試みる。何が来るかもわからないが、何故かこうするほかないと勘が告げている。

 

前方に突如爪が現れ、それに付き添う様に徐々に粒子が集まってきて形を成していく。腕、胴、足、顔――これが、黒トリガー使い。

 

 

「――黙って死ね」

 

 

 

剣を振

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十八

 

 

「――黙って死ね」

 

マジか、さっぱり捉えられなかった。どう動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十九

 

「――黙って死ね」

 

考えるより先に身体を動かす。現状やられ方がわからないから、とにかく色々試してみるしかない。取り敢えず前方に出現している事だけは確かな筈、後方に下がって射程から下がれないか試してみる。

 

スッと身を翻し、目に見えて危険そうな爪を注視する。どこからどうみてもアレがトリガーにしか見えないが、消えて出てきた時点で搦め手も行けるに決まってる。

 

ならば今確かめるべきは死ぬタイミングと方法、相手の手をとにかく探し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八十

 

「――黙って死ね」

 

シンプルに爪で貫かれた。現状直接攻撃しかされて無いが、恐らくあのテレポートを利用した戦法も出来るだろ。取り敢えず相手の力を引き出すしかない。

 

後方に避けるのではなく横に避ける。少女が俺から見て右側に居る筈なので、攻撃に合わせて左側へ避ける。

 

真っ直ぐ突きだされる爪に対し左に転がり避け、そのまま手に持った剣で斬り返す。狙いは首、黒トリガーだろうがなんだろうが殺せる可能性があるのは人体と同じ箇所である。

 

脚を斬れば動けなく出来るし、腕を斬れば剣が振るえない。胴を切り離せばトリオン体を解除できるし首も同様だ。黒トリガー相手に徐々に戦力を削るなんて真似出来っこない、速攻で殺す。

 

いつもと同じように剣を振るい、斬る。殺す、必ず息の根を止める。そう意思を籠めて斬る。

 

敵の黒トリガー使いと目が合う。人を、明確に敵だと認識している敵意の籠った目。

 

――斬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八十一

 

「――黙って死ね」

 

純粋に技量の問題か――切り返した刃が到達する前に爪で身体を縦に割られた。死ぬ間際の目線がグラついてたから今も若干違和感があるがそこは切り替える。

 

先程同様左に転がり剣を振るい、前方に動く。

 

爪の射程圏内というのを正確に理解できていないから駄目なのか。常に殺すという意思を籠めて、尚且つ相手を把握しようとしなければ。

 

このタイミングで殺す、そう決めつつも次につなげる為に相手をしっかりと注意する。大丈夫、現段階で少女がターゲットに向いていない。

 

完全にターゲットは俺に向いている。ならば何度死のうと問題はない。

 

繰り返し、考えて、実行して、繰り返し――やがて成功を引け。

 

先程同様真正面から振るわれる爪を注視して、その爪目掛けて剣を振る。爪の軌道上に完璧に割り込まれた剣は爪と接触し、その勢いを止めることに成功した。

 

よし、爪自体は止められるな。形状の特殊さに初見殺しされたが、現状判明している消えて出てくる能力は確定と見て良さそうか。

 

ともかく通常攻撃を防げるようにならねばなんの対処も出来ない。爪自体にワンオフの能力が付与されてる可能性も考えて、取り敢えず吐き出させる。

 

そのまま受け止めた爪を弾き、少女の方を気にしつつ再度斬りかかる。

 

黒トリガーだけを相手にしているわけではない、これは戦争である。必ず他の通常トリガー使いがいる筈。そいつらが少女の方に行くのを少しでも見たらリセットせねばならない。

 

……いや待て、ここで無理に詰めるべきか?一度引いてアレクセイと合流するのもいいかもしれない。少女を向こうに任せて、黒トリガーは俺が相手をする。

 

二人いれば通常トリガー使いに負けることは無いだろう。そうするべきか。

 

振りかぶった剣を無理やり止め、即座に後ろに跳ぶ。若干怪訝な顔をしてこちらを睨みつける黒トリガー使いを警戒しつつ、その場で剣を構える。

 

チラリと少女の方を覗いてみれば、既に立ち上がってこちらへ向かってきている。

 

どうにか少女とアレクセイを合流させたいが、この状況じゃ逃げれるか不明。というかそもそもこいつテレポートみたいな行動できるし、逆に逃げるような行動は良くないかもしれない。

 

……危なかった、冷静に考えていかないと。死んで戻るとは限らないんだ。詰まされるのだけは回避しろ。

 

 

「……トリオン体じゃないのか」

 

 

黒トリガー使いがそう言ってくる。

 

「成程な、道理でレーダーにもかからねぇわけだ。アレはトリオンに反応するもんだからな」

 

怪訝な表情から、納得したような表情で頷く黒トリガー使いを警戒しつつ少女とアイコンタクトを取る。

 

 

――逃げられるか?

 

 

目をぱちくりさせる少女。あっ駄目だこれ通じてねぇわ。

 

 

 

――瞬間、目の前に突如黒トリガー使いが現れる。先程同様粒子の揺らめきがあるが、断然早い。

 

だが対応する。既にその攻撃は見た。

 

目の前に現れきるより前に近くまでやってきていた少女を抱える為に後ろに跳び、剣を持ってない方の腕で抱え込む。ぐえっという声を少女が発したのを耳にしながら、目に黒トリガー使いを捉えたまま下がる。

 

 

「逃げるなよ、黒トリガーを潰すチャンスだぞ? ま、逃げようとすれば潰すがな」

 

 

今更その程度の挑発には乗らない。乗らないが……考えろ。

 

事実、今の状況はかなり有利だ。どこかに潜んでいる通常トリガー使いも、少女なら急な襲撃に対応できるだろうし俺も死んでも戻れる。尚且つ黒トリガーが目の前に居て、現状は戦おうという意思を見せている。

 

このまま逃げる事を選択すると、まだ黒トリガーの見せてない能力で追ってくるかもしれない。粒子になって移動できるのは把握したが、まだ隠していることがあるに決まっている。粒子になれる時点で、サイズも同様に弄れたり数も弄れるとすれば――駄目だ。

 

逃げるのはリスクが高すぎる、かと言って正面から戦って少女が死ぬ可能性も無くは無い。けれど、ここで退くという選択を選んだ場合のリスクの方が高い。

 

……選ぶ、しかない。逃げて死を無理やり回避し続けるか、戦うか。

 

自然と足を止め、依然としてその場から動かない黒トリガー使いを睨みつけながら考える。

 

腕に抱えていた少女も降ろし、考えろ。どうすればいい、どうすればいい。

 

戦う?死なせたくはない。だが逃げても死ぬ。戦いから逃げれば生き残れる訳では無い。ならばやはり戦うしかない。二人で?黒トリガー相手に。リスクがありすぎる。だが、これ以外に現状道がない。

 

剣を握る力が強くなる。ギシリと音を発しながら揺れる剣を更に握りしめ、必死に考える。どうする、どうする。

 

少女を横目で見る。俺を見るその瞳には、強い意志が見て取れる。

 

……本当に、強い奴だ。俺なんて、こんなに情けないのに。怖くて怖くてたまらない現実を、足りない頭で考えてるのに。

 

お前は何時だってそうだ。あの時(最初の絶望)あの時(夜の森を彷徨ったとき)も、あの時(基地を防衛した)も、何時だって。

 

 

 

 

 

 

『別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!』

 

 

 

 

 

……ああ、わかった。今が、その時なんだな。

 

頼らせてもらうぞ、お前の事を。

 

 

「――任せてください」

 

 

本当に、頼もしい奴だ。じわりじわりと歩いて距離を詰め始めた黒トリガー使いを再度睨みつけ、覚悟する。

 

ここが正念場だ。戦って、繰り返して――勝つぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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刹那

 八十一

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 俺の居た場所に突如現れる爪を見て、やはり粒子化からの攻撃が本命だったと理解する。あれだけ粒子になれるのをチラつかせていれば気が付く。

 

 視線を黒トリガー使い本体に目を向けると、その手に爪は無かった。現状間を開けて粒子化しているが、そこに制限があるとは考え辛い。これもミスリード、こちらの油断を誘っているのだろう。黒トリガーが、その程度の性能の筈が無い。

 

 そもそも粒子化が可能と言う事は、トリオン体を再構成しているのだろうか。それとも既存のトリオン体を保存し、組み立て直してるのか。

 

 粒子化してるのに思考が可能なのか?つまり粒子そのものに身体的な機能、脳の機能を乗せることができるのではないだろうか。

 

 つまり、直接斬って意味があるかどうかが不明という事。もしダメだったらどうするか。……まあ、それでも斬るしか能がないんだが。

 

 そうなれば、粒子を斬るまでやり直す。それだけだ。

 

 若干粒子を浮遊させてる黒トリガー使いに対し、一瞬で加速し懐に入り込み剣を振る。斬る、断つ、殺す、絶命させる。一刀に全てを乗せろ――とまでは言わないが、必死の覚悟を乗せて剣を振る。

 

 俺がこうやって剣を振るその瞬間少女が死ぬ可能性だってあるのだ。油断はしない、無駄にしない。

 

 剣が到達するその寸前に目の前から消えて、視界から完全に消え去る。どこだ、何処に沸く。

 

 恐らく背後にだろう――予想し、前方に転がり取り敢えず速攻の攻撃だけ回避するために動く。転がりつつ背後を確認すると、確かに粒子が集まりつつある。

 

 

 ――その粒子が形作る前に、斬る。

 

 

 粒子が集まってトリオン体を作るのならば、その粒子がトリオンで構成されてることは間違いない。なら斬る。斬れる。斬ってみせる。

 

 転がり、片膝状態から一歩踏み込む。

 

 踏み込んだ勢いを保ち、剣を振る。粒子化から戻る身体を狙うのではなく、粒子そのものを狙う。トリオンで出来た物質だってこれまで何度も斬って来た。

 

 斬れない理由はない。

 

 徐々に形作られる身体を無視し、狙い澄まし斬る。

 

 スッ、と軽い音を発生させながら振るう剣の感触に集中する。柔らかいのか?固いのか?軽いのか?重いのか。

 

 要素を全て受け止める。その情報ひとつが、俺たちの生存の可能性を上げるから。

 

 粒子そのものに対し、接触するその瞬間――敵の爪が振るわれるが無視する。そんなもの今更避ける必要すらない。今必要なのは、俺の生存ではなく敵の情報である。

 

 ならば死んでやろう。何の慈悲もなく、躊躇いもなく。

 

 振るわれる爪が左肩に接触する。

 

 それがどうした。そんなもの痛くも痒くも無い。

 

 爪が俺の身体を断ち切るまでに、斬ればいい。

 

 いつもと同じだ。剣を振り――斬る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十二

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 駄目か、粒子そのものを斬ることは出来なかった。正確には斬るには斬れたが、分裂しただけだった。

 

 次は粒子で形作られた身体を斬れるのかどうかを試してみるか。

 

 前方に距離を詰め、そのまま斬り抜くと見せかけて敵の黒トリガーが後ろに移動した瞬間に向きを変える。単なるフェイントだが、未来が分かる俺だからこそより効果的に使用できる。

 

 爪を振るわれる前に斬る。形作り始めた身体に剣を振り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十三

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 駄目か、流石に黒トリガー。そもそも身体を斬るまでに死ぬ。どうにか隙を作り出さなければいけない。俺を狙って攻撃してくる場合、避ける事に集中するか斬ることを決めて死にながら斬るかのどちらかしか無い。

 

 斬りながら避ける程の実力はなかった、悲しいな。

 

 俺を囮に少女に斬って貰おう。多少リスクはあるが、彼女なら問題ない、筈だ。

 

 先程同様に転がり、そして後ろを詰める事なく姿を現わすまで待つ。睨むその先に徐々に形作られていく身体をみて、一番最初の時に比べて遅く生成されてる事に気づく。

 

 一番最初に奇襲された時はもっと早かった筈だ。これもミスリードか?それとも制限があるのか。

 

 制限があると考えるにはまだ早いが、そういう思考を持っても良いだろう。そこを調べるように立ち回っても良いかもしれない。

 

 取り敢えず少女の手でシンプルに斬ってもらうために、少女にアイコンタクトを取る。ちょうど俺のいたポジションの後方にいたから、現在移動中の黒トリガーの若干後ろで剣を構えている。

 

 俺が正面でにらみ合い、その隙を狙ってもらう。まぁ狙ってもらうだけで、実際危なそうだったら彼女ならやらないだろう。

 

 チラリとみてから、黒トリガー使いを顎で示す。やれるか、そういう意図を伝えたかったのだがそれを理解してもらえただろうか。

 

 一瞬怪訝な顔をしてから、何か納得したように力強く頷く。……これ大丈夫か。ちょっと不安だな。

 

 いや、大丈夫。信用しよう。ここで信じなければ、いつ信じるんだ。

 

 黒トリガー使いの頭が形成される前に飛び込む。足に力を込め、何時もと同じように、初速でトップスピード付近に到達させる。奴にとって俺を脅威と認識させ、少女を警戒させない必要がある。

 

 既に攻撃を回避している俺を脅威と認識してくれてるのか、先程までと同じならば俺を狙ってくるはず。だが急に彼女を狙わない理由もない。

 

 彼女も俺も、どっちの攻撃も本命である必要がある。だから踏み込む。

 

 懐に潜り込み、それと同時に俺に対して爪が振るわれる。そして爪を振るわれるのは予想済み、振るわれる爪に対し剣で防ぐために軌道を変える。

 

 そしてこの爪が確実にそのまま振るわれる筈がない。必ず、絶対どこかで搦め手を使用してくる。そう、例えば――首を取ったと、敵が油断したその瞬間。

 

 俺の剣と爪が接触するその瞬間になって、目の前から一瞬で爪が消える。やっぱりこれは罠、恐らくさっきの転移速度もミスリードで間違いない。

 

 転移速度で制限があるのではと疑わせ、攻勢に出て詰ませたと相手が油断した瞬間に確実に刈り取る。シンプルな作戦だが、命の奪い合いに於いて黒トリガーという詳細不明な物を扱っているのでこれ以上ない程の作戦だ。

 

 だが、俺もそこまでは予想出来ていた。だからこそ、その瞬間にもう一歩詰める。こうなれば俺を狙ってくるはずがない。後ろから接近する彼女を狙うはずだ。ならばそこをつく。彼女に被害が及ばぬよう、奴の転移速度を上回って斬る。

 

 爪の軌道上に振るわれてた剣をそのまま更に加速させ、無理やり奴の身体に持っていく。視線は変わらず此方を見ているが、そんなものは無視。今大事なのはこっちに警戒を向けさせつつ斬る事。

 

 先程の速度を維持したまま、殺すという意思とトリオンを籠める。

 

 剣が首に伸びていくのを見て、殺した(とった)と脳が理解する。これまで何人も殺してきた経験がここで生きてくる。

 

 届――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十三

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、後ろに跳び退く(・・・・・・・)

 

 届かない。駄目だった。確かに殺したと思ったが、そんなに甘くは無かった。首に届きはしたが、爪がもう一つ出てきてそれで身体を貫かれて死んだ。

 

 そうか、もう一つは隠し玉として残しておいたのか。この爪が果たしてトリオンの練り直しで無限に作成できるのかそれとも爪は爪で個数が決まっているのかは不明だが、厄介なことに変わりはない。

 

 そして、先程までとは違い後ろに下がる。俺が前方に転がるのを確認して尚後ろに転移し続けたというのがさっきまでの条件だったが、改めてもう一度考える。

 

 そもそも粒子化の最中は思考出来てるのか?――これに関しては恐らくイエス。粒子化して移動していても思考はしている。でなければ人型に戻る最中に攻撃は出来ないだろう。

 

 粒子化の最中視界はどうなっている?――これはなんとも言えない。恐らく見えているだろうが、そうなるとこいつの各器官はどうなっているんだという話になる。トリオン体だからと言って目の場所を変えたりできる様な話は聞いていない。……まぁ、見えていると考えていいだろう。最悪を想定して対策するのは悪い事ではない。時間がある俺ならなおさら。

 

 前二つを確かめる為にも、背後に飛び退いた。彼女も同様に飛び退いて、俺の隣にいる。

 

 粒子化してから、まだ現れない。ある程度の距離を粒子化でワープできるとすればこれ以上厄介なことは無い。消える、移動する、消える、移動するの繰り返しで俺達二人は封殺される。

 

 大丈夫、彼女の勘を信じよう。ピクリと反応するその瞬間を見逃すな。

 

「…………あの、あんまり見られるとちょっと」

 

 ……すまん。反応を見逃さまいとみていると、ちょっと困った感じの笑顔でそう言われた。悪いな、そういうのに鈍くて。

 

 そんなこと話してる場合じゃない、それより黒トリガー使いだ。未だに現れないその姿が恐ろしい。一息ついたその瞬間とか、そういう時が恐ろしいのだ。気を抜けない、緊張感を保ち続けるのはとてつもなく神経を使う。

 

 このままじゃ埒が開かない。油断を誘うか?いや、それも恐らく見抜かれるだろう。余計こっちが精神を擦り減らすだけ。これは我慢勝負だ。先に動いた方が負ける。耐えるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣に佇む少女の、既に聞きなれた呼吸の音が耳に入る。空気が入り、肺から浅く吐き出される呼吸のリズム。互いに背中合わせで剣を構え、既に何時間たったかすらわからないくらいには時間が経った。いや、もしかしたらそんなに時間が経っていないのかもしれない。

 

 だが、それくらい時間が経ったと錯覚する程集中している。全神経を聴覚に集中しているせいで、僅かな風の音すら聞き逃さない。遠くから少し木々を揺さぶるような音は聞こえはするが、戦闘らしい戦闘の音は相変わらずしないし話声もまったく聞こえない。

 

 すぐそこにいる少女の吐息が一番よく聞こえる。アレクセイはどうなったんだ。基地は?黒トリガー使いは既にいないんじゃないか?思考がぐるぐる回り続ける。そして思考に集中しようとする脳を無理やり止め、再度耳に集中する。

 

 それを繰り返し繰り返し、既に何度繰り返したかわからない。

 

 一瞬、一瞬だけ深く息をする。深呼吸にはならないが、深く息をする。鼻から空気を吸い肺を満たし、口から軽く出す。一度頭をリセットし再度集中しなおそうとした瞬間――突如、頭痛が酷くなる。

 

 瞬間的に襲ってきた痛みについ眉を顰めて、一瞬だけ視界が途切れる。

 

 ――その瞬間、目の前に粒子が集まってきたのを見た。クソ、このタイミングかよ。

 

 けどまぁいいだろう、このタイミングだと分かっていれば次は確実に対応できる。

 

 甘んじて爪を受け入れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドン、と後ろから急に押される。背後にいるのは少女一人のみ、押されるというよりは右に突き飛ばされると言った方が正しいか。

 

 急に押された所為で抵抗のしようもなく重力に引かれていく俺の身体を、どこか他人の身体の様に感じながら少女を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か俺を押しのけて前に出た少女を見て、動悸が激しくなるのを自覚する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おい、何してんだよ。何でお前がそこに居るんだよ。

 

 

 

 

 

 はやくどけろよ。そこは危ないぞ。

 

 

 

 

 

 倒れながら、剣を持ってないほうの腕――左腕を振り、少女に手を伸ばす。何してんだよ、早く避けろよ。俺は大丈夫だから、頼むから。

 

 

 

 

 

 

 ああ、頼む。頼むから早く避けてくれ。

 

 

 

 

 

 彼女のすぐそこまで迫る爪を見て、呼吸が止まったような感覚がする。今この瞬間、生きている心地がしない。

 

 

 

 

 

 爪に対し、俺を押しのけた形なので無防備な体勢の彼女はこっちを見て笑う。おい、何してんだ。笑ってる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 ああ、やめてくれ。お願いだ。

 

 

 

 

 

『――ごめんなさい』

 

 

 

 

 

 

 



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選択

 八十三

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 嘘だろ、悪い冗談だ。

 

 思考がうまく纏まらない。ああ、違う。そうじゃない。

 

 取り敢えず死ななければ。

 

 彼女の腹を突き抜けた爪が引き抜かれ、力なく彼女が倒れ込んでくる。ドスンと音を立てて倒れ込んできた彼女の表情は、薄く笑っている。

 

 ――手に持つ剣にトリオンを込め、少女を抱えながら自分の首に突き刺す。突き刺した剣を更に捻り、確実に自分の息の根を止める。

 

 ぐちゃぐちゃと音を立て、血液と肉が混ざり合う不愉快な音が耳に入るが気にしない。それより早く死ね。

 

「……気……狂っ……」

 

 黒トリガー使いが何か言っているが、耳に入れるつもりもない。

 

 早く、早く死ななければ。

 

 ごめんな、今すぐ巻き戻すから。

 

「な………で……」

 

 彼女のか細い声が聞こえてくる。大丈夫、大丈夫だ。次は俺が先に動く。

 

 だから、早く。薄れていく意識の中、死に近づく為に更に手を動かす。もう面倒だ。出血多量で死ぬのではなく、首を断ち切る。

 

 これで死

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十四

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ――酷い頭痛がする。

 

 再度、剣を振るい自らの首を切断する。

 

 頭が胴体から切り離されていく間の視界のブレに既視感を感じながら、さっさと息絶える。

 

 駄目だ、これは駄目だ。さっさと死ななければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十五

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 まだだ、まだだ。

 

 決して、認めるわけにはいかない。認められるわけがない。こんな現実、俺は認めない。

 

 再度首を切り落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十六 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 また首を斬り落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十七

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十八

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 駄目だ。それだけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 

 認めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ……認め、られない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めるわけには、いかない。認めてしまったら、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎五

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ………………ク、ソったれ。

 

 何だ、何でこうなってしまった。分かっていたはずなのに、理解していた筈なのに。

 

 認めるわけにはいかない。認め何てしない。だが、だが……もう、元には、戻れない。それを理解してしまった。

 

 頭痛がやかましく鳴り響く、痛みという領域ではない程の頭痛を堪え、倒れてくる彼女を抱えて後ろに下がる。

 

 ああ、吐き気がする。気持ちが悪い。頭が痛い。動悸が止まらない。呼吸が出来ているのかすらわからない。 自分に嫌悪感しか沸かない。今すぐ死ぬことで元に戻れるのなら、何度だって死んでみせるのに。

 

 彼女を抱え、その場から走る。まだだ、諦めるわけにはいかない。諦めてたまるか。まだ死んでない。生きてる。走る。足を動かせ。

 

 基地に戻れば、治療が間に合う。

 

 そうだ、まだ死んでない。失ってない。

 

 走れ、只管走れ。それ以外考えるな。

 

 間に合わせろ、救え。お前が出来ることはそれだけだ。自分に刻め。最悪を考えるな。救える、そうだ生きてるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、背後に強烈な寒気が――どうでもいい。

 

 

 そんな事より、今はただ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■八

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 その瞬間飛び込み、少女を腕に抱く。

 

 勢いを殺さぬまま少女に負担をかけないよう、()を蹴り飛ばして後ろに跳ぶ。

 

「っ、おい……滅茶苦茶やる」

 

 話を聞く気なんぞ一ミリもない、跳んだ勢いのまま駆ける。走りながら肩辺りから腕の服を食いちぎり、剣を握ってないフリーの指で少女の腹に巻き付ける。出血の量が兎に角やばい、止血しなければ間に合わない。

 

 血を止める為に少し強めに締めて、少女が呻き声のような声を上げたのを聞いて胸が締め付けられるような感覚を感じる。大丈夫、ここではこうするしかない。それは既に、何度も経験した(・・・・・・・)

 

 とにかく、とにかく急ぐしかない。時間との戦いになる、今更一人(・・)如きに手こずっていられない。

 

 

「ぁ、は、ぁ……す、みません」

 

 

 えへ、と顔に汗を滲ませながら無理やり作った笑顔で言う少女に胸を引き裂かれるような感覚を抱くが、全てねじ伏せる。振動で揺れてしまうが、それも最低限にするために工夫する。少女を抱えていない腕――つまり剣を持っている腕に力をかける。

 

 背後から迫る敵の気配を察知し、前方に向かって剣を振る。

 

 ――大丈夫、既に見た(・・)。粒子が正面に集まるが、集まりきる前に正面から叩き割り蹴り飛ばす。邪魔だ、お前如きが道を阻むな。

 

 上半身が完成する前に距離を取る。距離を詰めてきたら再度斬る。また距離を取る。

 

 これの繰り返しだ。ある程度までは見た(・・)のだから、対応できない理由がない。たかが一人の敵如きに邪魔されるわけがない。

 

 

「ごめ、んなさ、い。わた、し……」

 

 

 息も切れ切れに、少女が苦しそうに話す。ああ、話すな。傷に響くだろ。大丈夫だ、お前は死なせない。

 

 彼女の服が徐々に紅に染まっていくのを見て無意識に剣を握る手に力を込める。ギリッと剣が音を発するが構わない。大丈夫、大丈夫だ。まだ、彼女は一度も死んでない。だから大丈夫、うまく行く。助けられる。必ず。

 

 俺の腕の中で揺られながら、彼女がゆっくりと口を開く。その声を聞き逃さないと聴覚を集中させ、警戒しつつも耳を傾ける。

 

 

 

「わた、し……いつも、助けられて、ばっかり、で。恩、を。返した、くて」

 

 

 

 こんな風に、なっちゃいましたけど。そう今にも死にそうな顔で言う彼女を見て、どうしようもない程自分を責める言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 ――油断した。間抜けが。学習しないカスめ。だからあれ程。さっさと死ねば。俺が死んでいれば。俺が――最初から、死んでいればこんなことは。そうだ、俺に死に戻りなんてものさえなければ――。

 

 切り替え、ろ。切り替えろ。切り替えるんだ。今は自分を責めて心を安心させる暇はない。大事なのは彼女を生還させることだ。俺の事はどうでもいい。

 

 再度敵が背後から寄ってくるのを感じ、今度は右に避ける。先程まで走っていた場所に銃弾が飛んできて、俺が避けた先に粒子が集まってくるのを確認し――粒子の中に少女の剣を叩き込み、そのまま顕現した時に剣が内部から突き出てくるようにする。

 

 これで倒すことは出来ないが、時間は稼げる。

 

 そして更に接近してきて今にも飛び掛かろうとしている透明の野郎が居る事は既に知っているので、その場所を剣で斬る。

 

 ほぼ同時に四回、左右左右で上から斜めに斬っていく。トリオンは消極的に、それでいて大胆に斬っていく。

 

 トリオン体を解除された敵が生身を晒すが、そんなものに興味は無いのでそのまま剣で生成に手こずっている敵へとその生身を蹴りでぶち込み再度駆け出す。

 

 抱える少女の心臓の鼓動がわからないが、まだ死んでいない筈だ。声をかけると、少しだが呻き声のような物で返事が返ってくる。大丈夫、あと少しだ。あと少しで森を抜けて基地に着く。基地についたらアレクセイと合流して、いや、その前に治療室に突撃しよう。急げ、まだ間に合う。

 

 走って走って、ようやく森の終わりが見えてきた。大丈夫、間に合う。徐々に少なくなっていく木を尻目に、しっかりと基地へと目を向ける。

 

 ああ、やっと森を抜け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げれると思ったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から聞こえてきた声に反応し、咄嗟に前方へと転がる。勿論その際も少女に衝撃を与えないように自分を身代わりにする。少しおかしな方向に曲がった腕を無理やり直し、少女を抱えなおす。

 

 粒子化する、彼女の腹を開けた本人にその他数人がそこに居た。邪魔をするなよ、目的地はすぐそこだ。お前たちなんぞ、どうでもいい。

 

 

「……チッ、何て目してんだ」

 

 

 うるせぇ、喋るな。お前たちみたいな奴が居るから、俺達は――殺す。

 

 

 

 斬りかか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめ、んなさ、い。わた、し……』

 

 

 脳裏に彼女の姿が浮かび上がり、斬ろうとしていた手を無理やり止める。落ち着け、落ち着け。

 

 俺が今やるべきなのは、こいつらを殺す事じゃない。彼女を助ける事だ。

 

 そうだ。アレクセイと合流をしなければ。いや、基地に入って治療せねば。どうする、どうする。

 

 

 アレクセイを探すか、彼女を先に治療室に運ぶか。

 

 

 

 

 選ばなければ、いけない。

 

 

 

 



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運命

■■■

 

アレクセイを探すか、彼女を治療室に運ぶか。

 

選択肢は限られている。彼女は既に呼吸が浅くなってきた、このままではマズイことは一瞬でわかる。アレクセイもどうなってるか分からない、こっち側にはまだ居ないだけなのか、それとも――……分からない。

 

どうする、どうするどうするどうすればいい。彼女は治療しなければ、だがアレクセイも危機的状況にあるかもしれない。

 

くそ、どうする。ここでこいつらを全滅させようにも出来ないし、かと言ってこの距離では直ぐに追いつかれる。

 

考えろ、考えろ考えろ考えろ。俺に出来るのは考えて行動することだ。アレクセイは基地の反対側を担当しているから、アレクセイに合流するとなると基地に逃げ込んだ方が早い。だが、基地にこいつらを押し返すほどの戦力は既になかったはず。

 

基地に入って潜伏するか?いや、発見されるのは時間の問題だ。どうする、考えろ。

 

俺達の方向に数十人、アレクセイ一人に対してそれほど多くの戦力を割いてるとは思えない。そもそも反対側から戦闘の音は聞こえない。戦闘そのものが発生していないか、既に戦闘は終わったか。

 

どうにか時間を稼ぐか?いや、彼女には時間がない。急がなければ間に合わない。

 

こう考えてる間にも、敵は黙っていてはくれない。クソ、どうする。どうする、どうするどうするどうする。何か無いか。何だって良い、この状況をどうにか打破する方法は。

 

 

「――……置いて、行って、くだ、さい」

 

 

キュッと服の裾を掴みながら、喋るのさえ大変だろうにそう伝えてくる。断る、お前は絶対見捨てない。三人で(・・・)帰るんだろ。

 

苦しそうに浅く呼吸を繰り返す彼女を再度しっかり腕で抱きなおし、決める。

 

基地に逃げ込んで、他に生き残ってる奴がもしいればそいつを餌にして隠れる。少なくとも彼女の血を止めれれば、少しは戦闘できる。

 

ここから基地まで恐らく三秒程度、彼女の事を考えると五秒。敵に追いつかれるだろうし、どうにか回避しないといけない。もう、死に戻りで回避出来るとは限らない。この一回で回避しなければ。

 

 

できるのか?

 

全部俺一人で。

 

これだけの数を一人で捌けるか?

 

 

――捌ける捌けないじゃない、ここで捌くんだ(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

――駆けだす。敵に向いていた身体を反転、基地を目標に足に力を込める。

 

その瞬間、背後から何かが飛んでくる気配がした。その物体を回避するよう、上半身を少し斜めにずらし避ける。

 

「おい、うっそだろ……!?」

 

飛んできたモノ――恐らく銃弾。不安定な体制のまま地面を蹴り加速する。最高速度にはならないが、彼女に負担をかけさせないためには仕方がない。

 

正面背後左右上――至る所からの警笛が脳に鳴り響く。

 

その全てに集中し、一つずつ処理していく。

 

上から斬りかかってきた野郎を急加速する事で回避し、背後からの攻撃をそいつに押し付ける。

 

左右から挟み込んでくる連中を、右に剣を振り斬る。一瞬でトリオン体から通常の身体に戻った奴を無視し、そのまま左側から詰めてきた奴を瞬間的に剣を伸ばし(・・・・・・・・)首を切断する。

 

正面に回り込んだ例の粒子化野郎に対し、どう対処するか一瞬逡巡する。

 

 

 

 

「――迷ったな」

 

 

 

 

その瞬間、彼女を抱えている重さを感じなくなった。なんだ、何を食らった。左腕を見る。肩付近に、奴の爪が生えている。腕が切断されたか。

 

しょうがない、一度死んで――

 

 

 

 

 

 

瞬間、剣を放り捨てて左腕と一緒に空中に留まっていた彼女を拾い上げ、そのまま右に転がる。

 

俺達の居た場所に、無数の爪が転移してくる。最後の仕留められそうな場所で切り札か、けどもう見えた。それはもう喰らわない。だけどどうする。剣が無いから死ねない。舌を噛み切るか?

 

いや、うまく行くとは限らない。死んでさっきの状況に戻れれば回避できるかもしれないが、舌を噛み切って即死できるとは限らない。即死できなかったら、その間に彼女が殺されて巻き戻れなくなるかもしれない。

 

駄目だ。ここで死ぬ方法は俺だけを殺してくれることを願うくらいしかない。

 

さっきのを考えればそれは現実的じゃないのがわかる。駄目だ、別の方法を探せ。

 

周り全てを囲まれてる、どうする。

 

 

「……なぁオイ、もう諦めたらどうだ」

 

 

喧しい、無視する。こいつの不意を突いて逃げられるか。逃げたとして他の連中が居る。そもそもこいつは爪を転移させて俺達を殺す事が出来る。その時点で逃げる場所を視界から最低限外さなければいけない。

 

クソ、どうするどうするどうする。右腕に抱えた彼女の血が染み出し、地面にポタポタと落ちていく。急げ、急げ急げ急げ。

 

視界が少しふらつく、恐らく斬られた腕からの出血だろうか――気にしない。出血多量で死んだところで俺は死なない。そんなもの考えるだけ無駄だ。

 

何がある、何が残ってる。手札は他に何がある。彼女の剣も、俺の剣もない。利き腕は斬り飛ばされて使用不能、彼女は死にかけ。何がある。考えろ、考えろ。

 

 

「……せめて、苦しまねぇように殺してやる。生身でここまで逃げたのは、お前らが初めてだ。誇れよ」

 

 

蹴る? 否、効果は無い。

 

殴る? 否、効果は無い。

 

目潰し? 否、効果は無い。

 

考えれば考える程詰んでいる、そう脳が認識してくる。今すぐ内臓そのものを吐き出してしまいたいと思うほどの吐き気と頭が物理的に割れるのかと言うくらいの頭痛が襲ってくる。自然と呼吸が荒くなる。

 

爪を手に転移し直して、どんどん歩いて近寄ってくる。どうする、どうするどうするどうする!考えろ!全てを捻りだせ!

 

視界が眩む。明確に迫る詰み(終わり)をどうしようもない程認識してしまい、胸がずしんと重くなり呼吸が止まったように感じる。やめろ、考えるな。詰んでない、詰んでない詰んでない終わりじゃないまだ助けられる。

 

今更死ぬのは怖くない。

 

 

怖いのは、この状況を打開する術がないと理解してしまう事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 

――刹那、歩み寄っていた敵の身体が縦に真っ二つに割れる。目の前まで迫って眼前が埋まっていたが、粒子化するよりも早くズレる身体の先の景色が見える。

 

赤い髪に、若干筋肉質で高身長。トリオン体ではない、生身で剣を両手に持つ男。

 

 

「――ッ」

 

 

一本を敵が転移しようとした場所に縫い付け固定化し、その間に立ち上がる。周りの敵もこちらに向かってきているが、それよりこっちの方が動くのが早い。

 

すぐさま基地に向かって走る。走るというより跳ぶと言った方が正しいかもしれない。地面を踏みつけ、その場を抉り爆発的な加速で基地に向かっていく。

 

視界が霞むのは相変わらずだが、まだ耐えられる。

 

基地に滑り込み、彼女を医務室に真っ先に連れていく。間に合え、大丈夫だ。間に合う、問題ない。

 

廊下を走りつつ、若干覚束ない足取りになったのでそれに気を付ける。

 

誰一人居ない廊下を走り抜け、医務室に到着し彼女を誰も使用した形跡のないベッドに寝かせる。彼女の苦しそうな顔を見ると心臓が鷲掴みされたかのような錯覚をするが、それは気にしない。

 

適当に机を漁り、置いてあった包帯を手に取る。いいのかこれで、だけど血を止めなければ。そうだ消毒、けど傷口とかそういうレベルじゃないぞ。どうすればいいんだ。

 

 

 

「――無事だったか」

 

 

 

開けっ放しだった扉から、アレクセイが入ってきた。頭から血を流し、左肩に穴が開いている。お前もヤバいな、治療しないと。

 

「正直、この基地を警戒するのもあと数十秒だろう。レーダーを回して、我々のような生身の人間が他に居ないか探索して終わりだ」

 

困った顔で左肩を抑えるアレクセイに、何も言えなくなる。いや、まだだ。大丈夫だ。先ずは治療して、俺が道を切り開くから、彼女はお前に任せて。

 

「……ふ、やはり君は――……」

 

そう言って、俺の持っている包帯を取って俺の左腕に巻き付ける。そう言えば肩から斬り落とされてたな。

 

「いいか、よく聞け」

 

アレクセイが真面目なトーンでそう切り出したので、彼女の元へ包帯を持っていきつつ話を聞く。

 

 

 

 

 

 

「――三人で生き残るのは、不可能だ。だから、君に全てを任せる」

 

 

 

 

 

 

…………何、言ってんだ?

 

 

 

腰にぶら下げていた剣を、右腕でぎゅっと握りしめるアレクセイ。そのまま俺達の元へと歩いて、腹から血を流し続ける彼女を見て嘆息する。

 

 

「全く、あれ程後悔は残すなと言ったのに……いいか。彼女はここの医療器具で生き残らせるのは無理だ。君の傷だって、今はまだ何とかなっているが出血多量で死んでもおかしくない」

 

 

そのままベッドに腰掛け、彼女の頭を撫でる。

 

 

「そして私も既にトリオン体は破壊され、基地に置いてあったこれ()で何とか君達を助けられた。君は片腕を無くし、彼女は戦闘不能。……――結論から言うと、詰んでいる」

 

 

アレクセイが言ったその言葉が、ストンと胸に落ちる。

 

 

……ああ、わかってるよ。わかってるさそんなこと。だけど、だけど……それを、認めて何てたまるか。俺は、絶対に認めないぞ。

 

 

「ああ、わかっている。だから、最後の手段だ。誰か一人が生き残るために――いや、考えれば私の役目は最初から……」

 

若干晴れた笑顔でそう呟くアレクセイに、激しい頭痛を感じる。

 

 

何だ、何か手があるのか。お前が犠牲になるようなモノだっていうなら俺は認めない。彼女を見捨てるのだって認めやしない。三人で、戻るんだろ。

 

 

「ああ、三人で(・・・)だ。……彼女と君を生き残らせるには、これしかない」

 

 

そう言って、アレクセイの持つ剣が淡く発光し始める。何だ、何してるんだ。

 

 

「彼女を中にしまい込むから、君のトリオン体を作る事は出来ない。だが、少なくとも彼女はこれで生き延びれる。だから、だから――……いいな。何時か、何時か彼女を救うために……!」

 

 

剣の光が増えた瞬間、遠くの方から爆発がする。どうやら基地を強引に突破してきたらしい。

 

 

「もう時間もない、か……君に全てを押し付けることを申し訳なく思う。だが、だが君ならば……」

 

 

どんどん光が部屋に満ちて、視界が明るく満たされていく。やめろ、やめてくれ。待ってくれ、何をしようとしてるんだ。

 

その光の中、アレクセイを止めようと腕を伸ばそうとして腕が無かったことに気が付く。クソ、何だ。やめてくれ、待ってくれ。何度だって死んでやるから、死んで見せるから。頼むから、待ってくれ。

 

そうだ、彼女は。彼女は大丈夫なのか。ベッドの方向に腕を伸ばし、ベッドそのものに足を引っかけ転ぶ。眩い閃光に満たされた視界の中で、微かに失った筈の感覚が蘇った。手に、人肌の感覚――ああ、まだ居るんだな。そこに居るんだな。

 

彼女の力の入らない手を握り、それに安心する。頼む、止まってくれ、何が起きてるんだ。

 

そして、彼女の温もりを感じて――唐突に、それが消えた。

 

何故だ、何でだ。どこに行った。おい、どこにやったんだ。

 

混乱と驚愕に脳を支配されて正常な思考ができないまま、光の中で声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――後は、頼んだ。(ごめんなさい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決別

 ■■■

 

 ――……光が、収まる。

 

 急な明暗の変化により見えない視界を、手探りで感触を確かめようとする。何かに当たっている。柔らかい――ベッドだろうか。弄って、右手が不意に硬いものに当たる。

 

 何だ、こんな物さっきまで有ったか……?

 

 少しずつ見えてきた視界に、赤いものが映る。なんだ、血か?それにしたって、こんな赤くはない。まるで、誰かの髪色のような(・・・・・・・・・)色。

 

 そう考えた瞬間に、思い出す。そうだ、二人はどこだ。アレクセイは、彼女は?

 

 どこからどう見てもベッドに彼女は居ないし、アレクセイもどこにもいない。どうなった、何があったんだ。

 

 ベッドに手を押し当て、それを軸に立ち上がる。クソ、何なんだ一体。どこに行ったんだ。あいつは一体何をしたんだ。この状況でふざけてる場合じゃないだろう。

 

 不意に頭痛がズキリと響く。クソ、イラつくな。ああ、違う。お前らにイラついてるわけじゃ無く――と。

 

 痛む頭を押さえようと手をのせ、視界に何かが映りこむ。パラパラと、白い粉のような物が零れ落ちていく。なんだ、これはどこから来た。乾燥しすぎた手の皮でも剥けたか、それとも血か。

 

 血にしては無色過ぎる、これは一体――

 

 

 

 

 

 

 息を呑む。手を見る為に視線を下に移動させ、見てしまう(・・・・・)。室内に、唐突に沸いた砂のような何かを。

 

 何だ、これは。さっきまで、こんな物どこにも無かった。

 

 地面に積もる、砂のような何かを追っていく。地面に薄く広がり、それがどんどん盛られていく。厚く盛られている面へと向かうほど、何故か息苦しくなる。

 

 なんだ、これは何だ。わからない、考えたくない。こんなものが発生する理由なんて、だって、一つしか考えられないじゃないか。

 

 やめろ、考えるな。悪い方向に持っていこうとするな、大丈夫。さっきは不穏な事を言っていたアレクセイだって、真実どうにかできるかもしれない。元階級持ちだぞ、実力があるんだ。

 

 そうだ、大丈夫だ。ああ、大丈夫。

 

 視線を先に向け、最も盛られている場所を見る。何故か人の形をしており、見覚えがある。顔の造形まで残ったソレは、見覚えがある――なんてレベルではなく、つい先ほどまで見ていた。

 

 自然と右手に力が籠り、ギリッと音を発する。頭痛が酷い。吐き気がする。体の震えが止まらない。ああ、待て。待ってくれ。それは、それは駄目だ。認められない、クソ、駄目だ。

 

 どこからどうみてもこれは、どうみたってアレクセイじゃないか。

 

 

 死のう、死ぬしかない。認められない、駄目だ、まだ他に方法がある筈だ。何か、まだ諦めるには早い。そうだ、やり直せば――元に、戻れる……筈、なんだ。

 

 元に戻れるはずなのに、死のうと思った手が動かない。何でだ、どうしてだ。何度も死んできただろう。そこに落ちてる、赤黒い剣で自分を斬って――赤黒い、剣?

 

 ふと、赤黒い剣を見る。両刃で、さっきまで持っていた俺達の剣に形は似ている。だが、決定的に違う部分がある。

 

 カラーリングは全く別物だが、それよりも――剣に、何かが付いている。鍔の部分、と言うのか。何とも言えない、黒と赤で剣が構成されている中で、鍔がやけに立体的な形をしている。ああいや待て。

 

 そもそもこれは何だ。剣なのか。ならば死ねる筈だ。手に取り、トリオンを流し込む。

 

 トリオンを流した瞬間、鍔の部分が淡く光る。何だ、俺はそんなにトリオンを流し込んだ覚えは――いや、待て。

 

 赤と黒。ここで、真っ白な砂の様な物になっているアレクセイ。消えた少女。そして、前に聞いた黒トリガーについて。

 

 動悸が激しくなるのを自覚する。力が入らない。アイツは言っていた。黒トリガーは、ある程度トリガーを理解していて尚且つトリオン能力が優れていないと作成できないと。

 

 そして、あいつ自身――自分のトリガーを作る為に勉強したと。

 

 やめろ、やめてくれ。点と点が線によって結ばれていく。繋がっていく。いやだ、やめろ。こんな現実俺は認めない。

 

 彼女を生かす為に、俺を生かす為に、三人で生きて帰るという約束を守るために。

 

 やめてくれ、やめて、くれよ……。

 

 何度だって、死んで見せるから――頼むよ、なぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 ――目を開ける。そこにあるのは、変わらない景色。先程までそこに居た彼女も、アレクセイも居ない。その事実が俺に強く深く圧しかかる。

 

 思わず、込み上げてきた吐き気に逆らわず嘔吐する。二人の居なかった、どうでもいい床に向かって。中身をぶちまけ、それでもまだ続く吐き気に耐えながら赤と黒の剣(アレクセイと彼女)を手に取る。

 

 頭痛が酷い。眩暈もする。今すぐ座って休みたい。死んで解放されるなら今すぐ死にたい。けど、死んでも死んでも死ぬことは出来ない。

 

 ……死に戻り何て、できなければよかったのに。

 

 悔やんで悔やんで、悩んで悩んで、苦しんで考えて考えて何度も死んで――今。認める。認めたくなんてない。でも、認めるしかない。この、クソッタレな理不尽に包まれた現実を。

 

 俺達が、何をしたって言うんだ。ただ、帰りたいと。故郷に帰りたいと願う事は、悪い事なのか。三人で共に、戻りたいと。うまい食事を味わいたいと。別の文化を楽しみたいと。薄れた人間性の中で、楽しめる娯楽を探したいと。

 

 そう願う事は、悪かったのか。何故だ、何故なんだ。なぁ、俺達が何をしたんだよ。……誰も、応えてはくれない。

 

 声をかけてくれる彼女も、アレクセイも、もう、居ない。すぐそばにいるのに、声は届かない。

 

 いつか、こうなる気はしていた。だからこそ、ずっと注意をしてきた。備えてきた。こうならないようにと。積極的に自ら死んで。なのに、なのに。

 

 見通しが甘かった。考えが浅かった。現実は甘くなかった。それだけの事実が、どうしようもない程俺に降りかかってくる。今すぐにでも折れたい。折れて、考えることを放棄したい。俺と言う人格を放り捨てて、楽になりたい。

 

 

 ――でも、それは出来ない。

 

 

 

 だって、こんな所で折れたら――それこそ、あの二人を犠牲にしてしまうから。

 

 

 

 アレクセイは言った。いつか、彼女を救うためにと。

 

 彼女を生き残らせる方法が、これだと。

 

 ならば、信じる。あいつが信じてくれたのに、俺が裏切るわけにはいかない。死なせはしない。二人とも、死なせはしない。

 

 黒トリガーが人からできているのなら、逆も可能なはずだ。

 

 俺が、いつか必ず助ける。アレクセイの黒トリガーを解除し、彼女を治療し、そして、そして――いつか三人で、また笑い合おう。

 

 その日を迎えるんだ。手繰り寄せろ。そのためなら、どんな地獄だって這いずって見せる。ごめんな、絶対元に戻すから。頑張るから。何度死んだって良い。

 

 

 刺され、焼かれ、潰され、叩かれ、割られ、千切られ、斬られて息絶えても――貴女(貴方)を救うその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レーダーに反応無し、トリオン体は存在しません」

「はん、って事は生身の死に損ないが数人いるだけか」

 

 手こずらせやがる、そう言う男の顔は少し笑っている。

 

「何笑ってんだよ、もう何人もやられてんだぜ」

「ハッ、何言ってやがる。トリオン体を作れねぇ程度の落ちこぼれに、俺たちは此処まで粘られたんだぜ。これを笑わずにいられるかよ」

 

 拳に爪を生やし、身体全体から微かに白い粒子を漂わせ皮肉気に笑う。

 

「黒トリガー一人、黒トリガーを討伐できると判断された精鋭十数人、トリオン兵、その他諸々……それだけ合わせて、取れるのはこのちっぽけなしょぼい基地一つ」

 

 割に合わない、そんなレベルじゃないと吐き捨てる。

 

「あり得ない、どう考えたって理解できねぇ。ただの生身で、斬る事しかできないクソトリガーで、俺を、黒トリガーを凌ぎきる? 普通じゃねぇ、狂ってやがる」

 

 それに、と言葉を続ける。

 

「自分の事は全く考えねぇ立ち回りだ。腕を斬り落とされたってのに、即座に仲間を回収して逃げようとしやがった。イカれてやがる、気狂いだ」

「……さっさと、殺しちまおう。黒トリガーになられたらお終いだ」

 

 そう言って、大きめの銃――ライフルと呼ばれる類の物を手に取り伏せて構える。狙う先にあるのは建物、彼らが基地と呼んだ場所である。

 

「ひたすらぶっ壊すから、逃げたらヨロシク」

「しゃあねぇな、お前ら準備しろ」

 

 構えた銃の先から、光が飛び出て――建物に着弾し、大きな音と共に一角を吹き飛ばす。続けて二発、三発と撃ち続けその手を止めることは無い。

 

 面積を徐々に削られていく建物にを眺めつつ、手に爪を持った男は警戒を怠らない。目を集中させ、視覚で見落としが無いか確実に確認する。飛び散った破片の中に人体は?

 

 人の影は?隠れられそうなスペースはないか?

 

 最大限の警戒を持つ。黒トリガーという無敵に近い物を持っていても、油断はしない。何故なら、これまでの経験がそう告げているから。油断をすれば足元をすくわれるどころか、首を食い破られると。

 

 その間にも砲撃は続き、じわりじわりと削られていき――建物は、倒壊した。

 

 ガラガラ崩れ落ちた建物を、警戒しながら近寄る。少しずつ、少しずつ距離を詰めていき倒壊した建物に近づく。

 

 十数人で近寄り、どこか不穏な空気を感じながら確認する。

 

 

「……流石に、死んでるよな」

「……腕斬り落とされてアレだけピンピンしてたんだぜ。そう簡単に逝くか?」

 

 

 会話しながら破片を撤去して捜索する二人組に、緩み過ぎだと注意しようとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、黒い斬撃が二人組の首を斬り飛ばす(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 トリオン体を一瞬で解除させられた二人を確認し、どこからだと確認しようとして――視界がズレる。

 

 

「あぁ゛……!?」

 

 

 舌打ちを挟みつつ、自らを転移させる。転移する場所は後方、砲撃手が居た場所まで粒子となり転移する。

 

「チッ、一体何が――」

 

 そう言い、視界を瓦礫の山に向ける。

 

 先程まで十数人近くいた筈の仲間たちは、全員既に瓦礫に身を伏せ、悉くが首を既に切断され息絶えている。

 

 

「……オイオイ、マジかよ」

 

 

 瓦礫の山から、ゴトリと音を発しながら起き上がってくる。パラパラと破片を散らしながら、隻腕で右腕に剣を持った白髪の男。

 

 

 幽鬼の様に、ゆらりと身体を揺らす。不気味な雰囲気を漂わせ、こちらを覗くその眼に瞬間的に恐怖を覚える――が、そこで退かない。

 

「こっちはテメェよりどれだけ黒トリガー(これ)を使ってきたと思ってやがる……!」

 

 口は獰猛に、獲物を見つけた肉食獣の様に吊り上がる。カタリ、と腕に装着した爪が鳴る。

 

 

「オイ、退け」

「……あとは任せた」

 

 

 砲撃手に退くように伝える。ここで全滅のリスクを増やすより、一人逃がして確実に情報を与えた方が良い。もしもの為に、そう言う部分は無くさない。

 

 

「さて、やるか気狂い。仲間の黒トリガーでどれだけやれるか見物」

 

 

 ――スパッと、何の躊躇いもなく黒い斬撃が伸びてくる。首を斬り落とし、そのまま消える。

 

 

「……オイオイ、マジ」

 

 

 更にもう一度、黒い斬撃が振るわれる。身体を縦に割られるが、まるで効いていないかのようにそのまま元に戻る。

 

 

「……喋ることは無い」

 

 

 幽鬼の様な、死者の様な空気を漂わせて言う。その空気に圧されつつ、その場に踏みとどまる。

 

 

 

 

 

 

「――殺す」

 

 振るわれる斬撃を、これまでと同じように受け止めつつ反撃しようとして――その赤い斬撃(・・・・)に、身体を両断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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孤独

 ■■■

 

 

 首を斬り飛ばし、赤の斬撃を更に伸ばす。折り返し枝分かれした斬撃は、そのまま敵の身体を串刺しにし更に伸びて折り返す。ザクザクと全身を貫き、最早奴の身体に剣の刺さっていない箇所は無い――そういう領域になるまで伸ばす。

 

 

「テ、メェ……クソが、そう言う事かよ……!」

 

 

 今更何をされているのか気が付いたのか、必死に粒子化しようとするが遅い。既に効果は発動している。

 

 粒子が次々固定された赤い斬撃によって吸収(・・)されていく。粒子を吸収する斬撃は、みるみる内に赤く紅く朱く染まっていく。濃く、色濃く。まるで胎動しているかのように、トリオンを吸収し続ける。

 

 

「クソが、こんな辺境で――俺が、黒トリガー使いが……!」

 

 

 じわりじわりと、トリオン体そのものを削っていく。脚が、腕が、胴体が維持できず、次々と崩れ落ちていく。

 

 

「俺が、こんな場所で、こんな、トリオン体すら作れねぇ死にかけ野郎に……!?」

 

 

 そう言う間にも崩壊は止まらない。ボロボロ落ちていくそのトリオンの残りカスを見届け、赤の斬撃を巻き戻す。刀身は鈍く赤黒く光って、まるで生きているかのように感じ取れる。

 

 ――……あぁ……そう、なんだな。やっぱり、そうなんだ。

 

 胸の内に、ストンと事実がのしかかる。認めたくなかったけど、認めるしかない。ああ、嫌だ。嫌で嫌で、この現実から逃げたい。頭が痛い。吐き気もする。ああ、最悪だ。本当に――……最悪だ。

 

 トリオン体が解除され、その場に座り込む敵の元へと跳ぶ。先程までの、前までの圧倒的な戦闘能力は既に無く。そこにいるのは、ただの生身の人間が一人いるのみ。

 

「……ハァ、クソッタレめ。こんな奴がいるなんざ聞いてねぇぞ」

 

 俯きそう呟く敵を確認し、無意識に右腕が動く。脳裏で言葉が浮かび上がる。

 

 ――こいつが、二人を殺したんだ。

 

 感情が一気に噴き出る。自らへの怒りや失望、純粋な悲しみも全て殺意となって浮かび上がる。お前が、お前さえいなければ。お前は、お前が――……どんな言葉で言ったって、意味はない。殺す。それだけだ。

 

 剣に無意識に力を込めるが――堪える。ただの剣じゃない。二人なんだ。そう、二人そのものなんだよ。改めてそう認識し、再度胸が締め付けられるような感覚がする。俺は、俺は――

 

 

「……早く殺せよ。テメェら三人(・・)の勝ちだ」

 

 

 不意に、そんな声をかけてくる。嫌味かよ、皮肉かよ。大事な仲間を救えなかった、俺に対する挑発か。イラつく、ああイラつく。お前の言う通りだよ。俺は所詮、一人じゃ何もできないんだ。だから、だから……せめて死のうと。喪わないために。死んで、巻き戻して。何とかしようと、必死にもがいて。

 

 それでも足りなくて――結局、助けられた。自分の情けなさに、心底怒りが沸く。沸くが――どうこうしようという気にもなれない。でも、こいつだけは殺す。殺して、そのあとは……そうだ。二人を元に戻さないと。悔やんでる場合じゃない。折れている場合じゃない。

 

 俺に託してくれたんだ。信じてくれたんだ。命を、預けてくれたんだ。助けてくれたんだ。俺はまだ、何も返せてない。

 

 共に旅行をして、好きな物を食べて。好きな様に生活する――そうだろう。まだだ。まだ、こんな場所で折れている場合じゃないんだ。

 

 ああ、そうだ。俺の勝ちじゃない。俺達、三人(・・)の勝ちだ。お前が負けて、俺達が勝ったんだ。そう、勝ったんだよ。勝ち、なんだ。

 

 勝ちなのに、勝ち、なのに……こんなにも、悲しい。胸に穴が空いたようで、それでいて常に締め付けられる。

 

 剣を握り、振るう。トリオンを籠める事もなく、首を斬る。躊躇いもなく、スッパリと一撃で斬り落とす。地面にゴトリと落ちる生首を見て、特に何も考えずにトリガーを漁る。たしかこいつは、黒トリガーだった筈だ。

 

 そうだ。これを持って、拠点に帰れば少しは手柄になるだろう。

 

 二人のためにも、そうだ。手柄を立てて、侵略の部隊に――……なる必要は、あるのだろうか。黒トリガーを解除するのに、何が必要なんだろうか。そこを考えないといけない。

 

 これがトリガーだろうか、腕に巻かれているバンドを見る。……こんな、こんなモノで。二人は苦しんで。犠牲になって。剣になったのか。

 

 

 何がトリガーだ。何がトリオンだ。そんなもの、一ミリだって欲しくは無かった。俺は、俺達はただ――少しでも、幸せになりたいと願っただけなのに。

 

 

 ……戻ろう。拠点に。

 

 二人を連れて、戻ろう。

 

 俺が絶対助けるから。頑張るから。倒壊した瓦礫の中から、鞘を探す。流石に抜身のまま持ち歩く気にはならない。ただの剣ならそれでもいいが、大事にしなければ。

 

 武器と言う認識などではない。二人を振るうなど、最初は出来なかった。振るえるようになるまで何度も繰り返した。無駄にしたくなくて、絶対に何かの糧にしないといけないと脳と身体に刻み込んで。

 

 鞘を腰に着けようとして、片腕だからとてもやりづらい事に気が付く。ああ、不便だな。でも、俺はこうやって一人で生きていける。呼吸ができる。

 

 でも、二人はそれすらできない。贅沢なんて言う気にならない。俺の為に、こんな姿になっているんだ。

 

 何とかぶつけたりしないように鞘に納めて、例のトリガーを右腕に口を使って嵌める。これくらいは良いだろう、許せよ。お前も中に人がいるのだろうか。そう考えると、無駄に考えてしまう――やめよう。

 

 俺にそんな強さは無い。現実を受け止めるのですらギリギリなんだ。俺がやるべきことは、二人を元に戻す事。

 

 探そう。黒トリガーから元に戻す方法を。考えよう、時間が無くなれば死ねばいい。

 

 

 拠点に向けて、歩き出す。どれだけ時間がかかるかなんて知らないが、帰ると決めたんだから帰る。死なないんだし、それくらいの無茶はしても許されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無茶ばかりしたら駄目ですよ!(君は無茶ばかりするな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、後ろを振り向く。当然そこに広がるのはただの瓦礫のみであり、二人の姿は無い。――……さっきまでいた二人がもう居ないと考えると、ますます胸が苦しくなる。ああいや、居るにはいるんだ。でも、声は聞こえないし、声は届かない。想いも聞こえない、届かない。

 

 頭痛が響く、吐き気がする。……駄目だな。でも、忘れたくはない。ああ、うん。忘れるより、聞こえた方が断然いい。仮に幻だとしても、その記憶が薄れるよりはいいのだ。その大事な物を抱えて、俺は生きていきたいから。

 

 頭の中で浮かび上がる、プンスカ怒る彼女とため息をついて呆れる表情をするアレクセイの姿に、ああ、何だと思い――唐突に、涙が出る。

 

 会えないんだ。もう、会えない。悲しい。悲しいよ。ああ、クソ。涙が、止まらない。

 

 ボロボロ目から溢れて地面に落ちていく涙を眺め、拭く様な事もしない。そうする気力もない。

 

 

 

 

 

 

 ――……ごめんなさいは、こっちの台詞だ。

 

 

 

 

 

 

 頬に感じる筈のない仄かな熱を感じながら、その感情に身を任せる。浸かる様に、染み込ませるように。

 

 

 

 

 

 

 ……少しくらい、こうしていても許してくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ぼやける視界に遠い空の色を感じながら。静かに、涙を零し続ける。噛みしめるように、忘れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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現実

 ◼︎◼︎◼︎

 

 ――……目が、覚める。

 

 差し込む光を浴びながら、いつも通り感じる頭痛と吐き気に溜息を吐きつつ身体を起こす。眠気、という物を最近感じ取れなくなってきた。見慣れた光景を目にいれ、溜息をつく気にもならず静かに寝床から起き上がる。

 

 自分の足で立ち、バランスのおかしさを感じ取る。片腕が無いからまぁ仕方ないが、やはり違和感に慣れるには時間が必要だ。

 

 腰に付けた剣を一撫でして、息を吸い込む。息苦しい、重たい感覚が身体を引き摺っている。体調の悪さに苦笑いしながら、誰もいない部屋を出る為に歩く。

 

 この部屋に寝る場所は幾つもあるのに、使われているのはただ一つ。俺の使っている場所だけ。そう思うと心がずしんと重くなるが、何とか振り払って部屋を出る。

 

 既に明るく日差しが差している廊下を歩く練習をしながら進む。人が増え、中継地点として使われるようになったこの拠点は建物が拡張されてかなり広くなっている。一つの軍事区間とでも言うのだろうか。

 

 ゆっくりと、馴染ませるように歩く。時に駆け足で、時に忍び足で。この状態になれるまでは、とにかく自分の身体に覚え込ませるしかない。

 

 食堂に向かい、一先ず飯を食う。腹を満たす感覚すら知らないが、取り敢えずそれは行っておく。そこは譲れない、忘れてはいけない物だ。

 

 到着し、いつも通りの物を注文する。適当に定食を注文して――……あぁ、そうだな。これも、付けとくか。よくわからない謎のデザートをセットに追加し、出てくるまで待つ。

 

 

 帰還してから、既に一週間が過ぎた。敵の黒トリガーを渡して、二人は死んだと伝えた。恐らく指揮官には気が付かれてるだろうが、何も言わないでくれた。それが俺には、少しだけありがたく感じる。

 

 片腕が斬り落とされたから、少しずつ身体を慣らすためにリハビリをして一週間過ごした。走るという行動ですら中々面倒に感じたが、走り込み・筋トレ・日常生活の繰り返しを行って何とか馴染んで来た。少なくともトリオン兵に殺されることは無くなったんじゃないか。

 

 顔に見覚えのある連中は、俺の腰の(二人)を見て何も言わないで「そうか」で済ませてくれる。その度に少しずつ心が苛まれていく感覚がする。

 

 出てきた飯をトレーごと右腕で持って、席を探す。ぽつらぽつらと空席があるから、適当な場所に座る。いつものように(・・・・・・・)複数人が座れる席に座り。食べ始める。

 

 味は相変わらずしない。食感もわからない。匂いもわからないから、泥なのかスープなのかも判断できない。ただまぁ文句を言う奴が食堂に居ないという事は、これはれっきとした料理なのだろう。片腕で食べ辛いと思いつつ、飯を口に放り込む。

 

 変わらない。周りは変わっていくのに、俺は何もかも変わらない。何も知らないまま、何も覚えていないまま、周りが変化していく。ズキリと痛む頭を気にしつつ、更に口に放り込む。

 

 結局、あの二人の言う甘いだけのデザートの味もわからない。そもそも、甘いとは何だったか。味とは、何だっただろうか。嬉しいとは、何だっただろうか。

 

 わからない。俺には一つもわからない。あれだけ教えようと、伝えようと色々二人が奮起してくれたのに。俺には結局理解できないままだった。

 

 ……少しでも、残っていれば良かったのに。少しでも、ちょっとでもいいから、共感できる場所が残っててくれれば――……。

 

 ……やめよう。飯を食うだけでこんなになってどうするんだ、切り替えろ。嘆く暇はない、黒トリガーから元に戻す方法を考えなければ。無いのなら、自分で作ればいい。

 

 やることは、沢山ある。こんな場所でつぶれてる場合じゃない。まだだ、まだ折れるべきじゃない。例え折れたとしても、まだ倒れる訳には行かない。

 

 ぐっと堪え、席を立ちあがる。やるべきことがあるんだから、集中しろ。うだうだしてる場合じゃない。

 

 進め、前に前に。俺が出来るのは、それだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振る。訓練用の模造剣で、リハビリをする。

 

 剣を振るときにも、黒トリガーという物について考える。そもそもトリガーとは何だ。トリオンとは何だ。そこを俺は理解しなければいけない。

 

 文献か何かがあればよかったが、流石に今は読めない。腕がもう一つあれば読みながら、という作業にも出来たのだが。

 

 敵の黒トリガーは一つ奪ったが、まだ来る可能性だってある。そもそも、敵は一人じゃない。国だ。国が敵なんだ。戦争なんだ。敵の国を全て一片の塵も残さないくらいズタズタに打ち滅ぼす――その覚悟を決めなければ、また、手遅れになってしまう。

 

 ……手遅れ、か。あぁ……手遅れ、だよ。

 

 失った。アレだけ嫌だと、否定して、やり直したのに。俺は無力だ。無能だ。いても居なくても変わらない、そんな存在なんじゃないかと自分を責め立てる。

 

 そして、そうすることで少しだけ安らぐ自分の心が――とても、醜く思う。彼女だったら、アレクセイだったら、あの二人だったら。そう考えてしまう。そしてその思考の沼に漬かっている自分に、更に苛立つ。

 

 情けない。情けない。こんな、自分を責め立てて安心してる場合じゃないのに。俺は、俺は――……弱い。どうしようもなく、心が。

 

 あの二人が、全てだったのに。全部、全部、二人の為だけに(・・・・・・・)頑張って来たのに……

 

 

 

 

 やめ、よう。一々感傷に、浸るのは。

 

 俺がここで折れたら、二人を救えない。なぁ、そうだろう。折れてる場合じゃないんだ。現実から目を逸らして、自分だけ楽になろうとするな。

 

 考えるんだ。まだ、何の答えだって出ていない。トリオンとは、トリガーとは、この国は、黒トリガーとは、トリオン体とは。まだだ。まだ考えるべきことが沢山あるんだ。

 

 剣を振る手を止め、腰につけている(二人)を撫でる。なぁ、待っててくれよ。

 

 

 アレクセイ、お前は言ったよな。

 

『いつの日か、必ず彼女を――』って。なら、お前の中には既に答えはあったんだろうな。

 

 お前はトリガーを理解していた。トリオンをある程度理解していた。その上でお前は、これしかないと判断したんだろう。なら、大丈夫だ。お前が示してくれた。遺してくれた道があるんだ。

 

 

 ……どうやって勉強したのか、聞いときゃよかったな。

 

 

 足りない、何もかもが足りてない。でも、うん。さっきよりかは、大丈夫だ。俺は、まだ折れてない。進める。だから――……待っててくれ。

 

 

 

 

 

 

 



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苦悩

 ■■■

 

 

 ――考えれば考える程、知れば知るほど嵌まる。陥る、と言った方が正しいのか。

 

 トリオンとは、トリガーとは。そして――黒トリガーとは。人づてに聞く訳にも行かないから、ある程度信頼できる……というより、三人共通の顔見知りに聞く。

 

 少しずつ理解出来てきたが、それでもまだまだ分からないことが多すぎる。

 

 そして理解できないものが出るたびに、苛立ちが増えていくのは一番面倒くさい。自分でさえそう思う。分からない、そこから生まれる焦りというのか。

 

 焦っても仕方ないと頭の中でわかっているつもりでも、苛立つ。

 

 現状、黒トリガーを元に戻す方法は存在しない。この国ではそう言う風に言われているらしい。正確な情報かどうかはわからないが、少なくとも誰に聞いても方法があるという答えは返ってこなかった。

 

 ……まぁ、そうだよな。仮に黒トリガーから元に戻す方法があれば、そんなに重宝される物ではないだろう。恐らくもっと簡易的に大量に黒トリガーが存在している筈だ。

 

 そもそも元に戻す方法を誰か模索したのだろうか。その果ての成果なのだろうか。いや、そうとは限らない。

 

 こんな国だ。黒トリガーを減らされたら困ると、制限しているのかもしれない。情報の正確性をしっかりと見極めなければ。どこかに、きっとどこかにある筈だ。絶対に。

 

 諦めてたまるか。まだ、やれることは沢山ある筈だ。探し出せ、その方法を。見つけろ、試せ。

 

 

 

 飯を無言で食う。口に放り込み適当に咀嚼し、再度放り込む。そのルーチンを繰り返しながら、考える。どうする、どうすればいい。足りない。情報が足りない。誰に聞いても、黒トリガーなんてものを理解していない。

 

 クソ、二人を使う訳にも行かない。そうなれば他の黒トリガーを手に入れるしかないが――……生憎手に入れた分は渡してしまった。もっと考えていれば良かった。

 

 痛む頭を抑えつつ、どうするか考える。もう一度黒トリガーを奪う。だが、奪っても何かを研究するような場所はない。問題が山積みだ。そう思うと更に嫌な気分になる。

 

 やめようやめようと考えて、また戻る。その思考が嫌になり、更に繰り返す。駄目だ、このままじゃ駄目だ。進歩がない。どうにか、前に進まないと。少しでも前に進まないと。

 

 トリガーという物を、トリオンを、全てを理解しなければ。だが、そういった施設は今のところ確認できていない。どうにか学習できる物が欲しい。教材、それに準ずる物が必要だ。少なくともトリガーを作成できるのだから、そういった専門職の人間は存在するはずだ。

 

 そうだ。確かエンジニアの様な連中がいた筈だ。そいつらを探そう。どこにいるかはわからないけど、どこかに居る筈だ。

 

 席を立ち、片付ける為にトレーを持つ。こんな時アレクセイが居れば――……ああ、居れば、よかったのに。本当に、あいつが居れば……。

 

 俺じゃなくて、こんな無様な俺じゃなくて。あいつら二人だったら、もっとうまくやれていたのに。苛立つ。イライラする。トレーを下げ、食堂を出る。

 

 軍の情報網なんてもの持ってるはずも無い。軍の上層部や深い部分に居る人間に迂闊に話せば、二人の事がバレる。こっちから接触して、バレないように立ち回るしかない。

 

 二人の事がバレてしまえば、最悪奪われる。それだけはどうにか防がないといけない。

 

 マシな道筋としては、新たな黒トリガー使いとして認識されある程度の特権を与えられる事だが……俺は、奴隷兵士だから。正規兵に黒トリガーを渡すよう命令が下ってお終いだろう。

 

 いっそのことこっちから交渉を仕掛けにいくか。この国の上層部に対して、黒トリガーがあることをアピールする。そして……駄目だな。うまく行く気がしない。どうする、どうすればいい。なぁ、どうすればいいんだ。

 

 教えてくれ。俺には、わからない。

 

 ……わからないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ガタゴト揺れる乗物の中で、静かに気を休める。

 

 ……ああ、疲れたな。

 

 もう、休んでいたい。

 

 二人の元へ、俺も――……。

 

 心が圧し潰されそうになる。現実は非情、世界はいつだって残酷な事実を突きつけてくる。わからない。黒トリガーとはなんなのか。トリガーとは。そもそも、トリオンとは何なのか。

 

 少しでも聞いておけばよかった。もっと頼っておけばよかった。後悔ばかりだ。悔やんで、悔やんで――もう、戻れない。その事実が深く重く圧しかかる。

 

 二人を握り、深く呼吸をする。考えたくない。

 

 もう、死にたい。

 

 最近はそうとしか思えなくなってきた。現実に圧し潰されて、逃げたい。この世界から、生きているという事実から。でも、逃げられない。

 

 俺は、死に戻るから。俺だけは、死ねない。それが無性に腹立たしい。死にたい。楽になりたい。

 

 息苦しくなって、何だと思うと自分で首を絞めている。そんな事が、最近増えてきた。考えることに、疲れてきた。考えても考えても、どこにも答えは無い。俺の知識じゃ、何も解決できない。

 

 俺は、生きる意味があるのだろうか。人を犠牲にして、助けられて、そうしなきゃ生きていけない。死ねない癖に、助けられる。

 

 こんな無能がのうのうと生きて、あの二人がこんな姿になる必要はあったのだろうか。

 

 どうして。何故なんだろう。ぐるぐる思考が回って、考え続ける。自分に対する呪詛を、憎しみを。俺は生きる必要があったのだろうか。生きている意味は、存在価値は――……必要、ないだろう。

 

 でも、死ねない。死なない。死にたい。どうしようもない程、焦がれてる。二人に、会いたい。会って、話をして……俺は……。

 

 ……死んだところで、二人はいない。二人は死んだのか、それとも生きてるのか。それだって、わからない。本当の事は何もわからないまま、置いて行かれた。俺も連れて行って欲しかった。そうすれば、三人で一緒だったのに。

 

 なぁ、アレクセイ。俺は、どうすればいいんだ。このまま探して、探して……見つかるのだろうか。二人を、元に戻す方法は。

 

 カチャリと剣を鞘越しに動かしてみるが、反応は無い。

 

 ああ……そうだよな。答える筈もない、よな。

 

 息を吐き、再度深く呼吸をする。

 

 

 

 アレクセイ。今、彼女はそっちで何考えてんだろうな。腹、空かせてんじゃないのかな。お前が面倒見てやってくれよ。

 

 いつものように、お腹がすきましたって、お前を困らせてるんじゃないのか。そう言っている姿が目に浮かぶし、それに対して困惑しているお前の姿も鮮明に映る。

 

 俺も、そこに混ざりたい。一緒に居たかった。ずっと、三人で。

 

 

 

 

 

 ……そうだ、な。まだ、諦めるには早い。

 

 例え方法が見つからなくても、知識を得られなくても。この国に無いだけかもしれない。まだ、まだ。諦めるには程遠い。

 

 折れそうになる度に思い出せ。二人を。言葉を。大切さを。

 

 思い描け。未来を。望む世界を。

 

 約束は沢山ある。何一つ一緒に出来ていない。諦めてたまるか。折れても折れても進み続けろ。

 

 

 

 

 ――カタリ、と。

 

 

 少しだけ、腰の二人が動いたような気(・・・・・・・)がした。

 

 

 

 



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節目Ⅰ

 ――深く、呼吸をする。いつも通りのリズムで、あくまで日常のままに振舞えるように整える。

 

 自然体で、緊張する事が無いように。別に緊張してもいいのだが、それが原因で失敗したりすると恥をかくから気を付ける。

 

 

「今日が正式配属日、か……」

 

 

 この国の正規兵になって、初めての実配備。訓練は一通り行ったが、それでもまだ自分の実力が戦場で生き残れるほど高いとは思えない。自分が一丁前に戦えると思うな――と、訓練校の教官は言っていた。

 

 これから殺し合いをするのだから、慢心や油断は捨てろ。

 

 心の中で何度も唱え、いざと言う時の為に自分自身に擦り込んでおく。それが最終的に自分の身を救う事になる。

 

 配属する基地に転送される時間を確認し、静かに覚悟する。自分の人生が、どう変動していくのかを。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

「――君達は、今日からこの基地に配属される。貴重な戦力として役立ってくれることを期待している」

 

 敬礼し、部屋から立ち去る。扉を開け、外に出ると涼しい空気が流れ込んできて少しだけ緊張した身体を解してくれる。

 

「よし、じゃあ一通り施設回ろうか。そんで後は宿舎の案内だな」

「はい!」

 

 俺ともう一人、そして案内役の上官について行く。

 

「ここは元々前線基地の一部だったんだよ。ある人たちが色々やって、今みたいに大きな中継地点として活用されるようになったけどね」

「前線基地、ですか……」

 

 噂に聞く、前線。死亡率が途轍もなく高く選ばれた精鋭でも全滅する事が多いと聞く。

 

「前線だった頃は、中々大変だったけどね。今ほど押してなかったし、寧ろ押されてたよ。昼間に敵が侵略してきたこともあったなぁ」

「……やってけんのかな」

「少なくとも今はそんなことないよ」

 

 ほっとする。そんな環境に置かれてまともに生きていける気がしない。

 

「ま、度々別の拠点に放り込まれることもあるけれど最初に来る場所としては良いんじゃないかな。即死はしないだろうし」

「そ、即死ですか……」

 

 はははと笑いながら説明する上官に冷や汗を掻きつつ、やはり戦場というものは恐ろしいモノだと再度認識する。

 

「それじゃあ取り敢えず、食堂にでも行こうか。腹減っただろ」

 

 確かに、朝からずっと食べてないしそろそろいい時間だ。

 

 食堂に向かいつつ、廊下を歩く。窓から日差しが適度に差し込み、俺の考えていた戦場の基地というイメージからは少しだけ離れている。もっとこう、暗くて、生活感が無い物を想像していた。

 

 到着し、中に入る。流石に案内役は慣れたもので、すらすら注文している。メニューはあるにはあるが、やはり所詮基地の物なのだろうか。味にはあまり期待できないかもしれない。

 

 定食を注文し、出てくるまで待つ。

 

 その間にもう少し話を聞こうとして――食堂の一角に、目が行った。

 

 暗い。物理的にではなく、空気が。重たい。あの場所だけ、空気が死んでいるというか、なんというか。

 

「……あの、すみません。あそこは……」

「ん? あぁ、先生(・・)か」

先生(・・)……?」

「こっちが勝手に呼んでるだけだけどね。……前は、もう少しまともだったんだけどな」

 

 白い頭に、死んだような顔つき。まるで死人と言われても納得できる、そういう領域。溜息をつきながら、飯を食らう。横に紙を置き、一本しかない腕を器用に使いまわしパラパラと捲りながら咀嚼する。

 

「大分前、それこそ一年くらい前(・・・・・・)かな。あの頃はまだ三人で、あの人自体もまだ奴隷兵士だったんだけど」

「奴隷、兵士……」

「そう。あの人出身が別の国だから、攫われてきたんだよ」

 

 愕然とする。存在は知っていたが、まさかこんなにも早く目にするとは思っていなかった。

 

「先生と、もう一人少女が居た。そして国の元階級持ちとのトリオだったんだけど……ま、色々あってね。変わっちゃったんだ」

 

 押せば折れそうな、叩けば潰れそうな。頼りないその姿を見て、何故先生と呼ぶのかが気になる。

 

「ああ、剣の腕が凄まじくてね。斬るという事に関しては多分、この国でもトップクラスだと思うよ。というか他に比肩する様な人居るのか……?」

「剣、ですか」

「うん。気づいたら首斬られてるからね。今はどうなってるんだか……」

 

 それは実力が測れない、という意味なのだろうか。ただ、少なくとも恐ろしさは感じ取れる。戦場に立ったことのない自分ですら、うっすらと感じ取れる。

 

「変な事しない限り問題ないと思うよ。前に絡んだ人がぶった斬られたから気を付けとかないと」

「……もしかして、生身で?」

「流石にトリオン体だったよ。でもそれ以来、誰も近寄らなくなったかな……」

 

 少しだけ悲しそうに言う上官に、何とも言えない気持ちになった。

 

 ガタリ、音が鳴る。先程の、先生と呼ばれた男性がゆっくりと立ち上がりこちらへ向かってくる。

 

 脳に警笛が鳴り響く。こっちに対して向けられてる物でも何でもないのに、感じる。わかる。今こっちに向かってきているのは、濃密な死だと。

 

 薄っすらと汗をかき始め、無意識に手を握る。ぎゅっと力が入り込み、爪が食い込む。死ぬ。間違いなくここで死ぬ。

 

 足が震えるのが感じ取れる。嫌だ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 脚が、腕が、首が斬られる。その未来を幻視し、更に汗が噴き出る。

 

 ゆっくりと、食器の乗ったトレーを持って歩いてくるその人を見て更に恐怖する。明確に、理解する。

 

 息が苦しい。焦点が定まらない。

 

 死ぬ、というのは。

 

 死というのは。ここまで恐ろしいモノか。

 

 助けて、誰か助け――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、目が覚めたら見知らぬ部屋に寝かされていた。あのまま倒れて、医務室に運び込まれたらしい。

 

 ……確かに今思えば、斬られるなんて事は無かったと思う。

 

 

 だけど。

 

 

 首を斬られる、と感じたこの感覚は正しい物だと思う。

 

 人間として、生物として。

 

 

 命の危険を感じ取ったのは、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 怠い。剣を振り斬撃を飛ばしながら、ボソボソ呟く。

 

 怠い。重い。面倒くさい。もう、生きてるのが面倒くさい。

 

 死ね、死ねよ。トリオン兵如きが今更出てきてどうする。

 

 赤い斬撃を伸ばし、トリオン兵全てのトリオンを吸収し稼働できなくさせる。一体吸い取り更に枝分かれさせ次のトリオン兵、そして更に伸ばし――繰り返す。戦場を覆っていた白いトリオン兵は色を失い、ガラクタとなって転がる。

 

 失せろ。お前らに興味は無い。どうでもいい。邪魔だ。邪魔なだけだ。

 

 先程まで劣勢だった戦場が、一瞬で形勢逆転する。ああ、見慣れたものだ。押される味方も、押し返すこの光景も。

 

 

 こんな事をしている暇は無いんだ。もっと、もっと探さないと。中枢まで潜り込まないと。浅い部分の情報だけじゃ、何も解決できなかった。

 

 一番必要なトリガーの作成方法や、黒トリガーについての情報なんて一つも無かった。トリオンについてはある程度知れたが、それだけだ。

 

 足りてない。足りてないんだ。まだ。

 

 

「今回も助かったよ。ありがとう」

 

 

 次はどこにする。基地から繋がれる場所には粗方探った。なら、残ってるのは。

 

 国の中枢しか――

 

 

 

「――オイ」

 

 

 

 ……ああ? 邪魔だ。剣を振り、首を切断する。何の抵抗もなくするりと斬ったその首の行方を追う事もなく、踵を返す。

 

 思考を邪魔された。ああ、イライラする。クソが、消え失せろ。

 

 

 

 

 

 ――瞬間、腹を突き破り黒い刃が突き抜けてくる。

 

 ハァ、やかましいな。後ろを振り向き、何が起きたかを確認する。

 

 

 

「ハッ、(サル)が。舐めた態度取ってるからそうなんだよ」

 

 

 

 どうやらこいつも同類らしい。斬った筈の首が元通りになっている。ああ、そうか。

 

 

 なら、死ぬまで斬ろう。

 

 

 刃を引き抜かれ、血がボタボタと零れる。気にせず剣を振り、再度首を切断する。そして、そのままでは終わらせない。

 

 首を斬り転がり落ちる頭を両断し、両腕を切断。胴体と下半身を分け、更に分割する。どうせ再生系だろう、ならば殺す方法を見つけるまで殺す。

 

 バラバラになった身体がそれぞれゴポリと音を立て、鋭い刃となって襲ってくる。

 

 捌ける分は捌いて、捌けない分はそのまま喰らう。致命傷だけ避ければいい。グサグサと体中に突き刺さる刃を気にせず、思考する。どうせトリオンで構成されているんだから、吸収してしまえば終わりだ。

 

 ああ、次はそうしよう。斬るのすら面倒だ。

 

 トリオンを吸収して、トリオン体を維持できないようにすればいい。

 

 血が抜けていき、薄れていく。視界の端で、身体を構成していく姿を見て理解する。ああ、そういうことか。

 

 

 ならいい。次は殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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節目Ⅱ

 ■■■

 

「――オイ」

 

 その声に合わせ、剣を振る。背後にいる黒いマントで身体を隠した野郎の首を切断し、そのまま赤い斬撃を放つ。

 

 顔に斬撃を当て、そのまま枝分かれさせ身体に突き刺しまくる。トリオンを吸収し、トリオン体として機能できないようにする。

 

 吸収する度に脈打つ斬撃(・・)を見ながら、トリオンを漏らすことなく吸われ続ける敵を見る。

 

 するとその場でぐにゃりと形を崩し、液体となってその場からずれる。横に移動し、斬撃の範囲から避けるその姿を捉えながら斬撃を元に戻す。

 

 

「チッ……やり辛ぇな」

 

 

 液体で身体を作り直し、再度こちらに構える。ああ、面倒だ。一瞬で終わってくれれば楽だったのに。

 

 舌打ちして、斬る。斬撃を飛ばし、もう一度吸収するために斬りこむ。

 

 液体化し、斬撃の当たるその場所だけピンポイントに避けられる。ムカつく、面倒くさい。黙って死ね。

 

 

「ハッ、雑魚が――何度も見てりゃ避けれんだよ」

 

 

 液体をそのまま伸ばし、斬撃が届かないまま刃を放ってくる。その刃の軌道を読み、足場にして接近する。遠距離の斬撃が通用しないならば接近して斬る。

 

 次々と生まれてくる刃をそのまま足場にする。地面から伸びる刃、空気中から伸びてくる刃、その二つを交互に足場にする。

 

 どんどん狭くなっていき、皮膚を斬られるが問題は無い。毒が塗っている訳でもないし、死んでもやり直せばいい。

 

 剣を振り、届かせる。物理的には届かない距離だが、伸ばせばいい。

 

 刃と刃の間、ほんの少しの隙間を狙って伸ばす。真っ直ぐ突き進む赤い斬撃の軌跡を目に入れつつ、体を捻り刃を潜り抜ける。

 

 一振りで刃を破壊する為に、その場で回転する。足に力を込め、思いっきり蹴り上げる。その反動でくるりと回転し刃に向かって剣を振る。

 

 バキバキと壊れていく刃を見つつ、敵の方向を見てみると奴もまた移動して回避している。

 

 地面に着地し、赤い斬撃も回避されたことを見て更に苛立つ。面倒臭い奴だ。さっさと死ね。

 

 

「チッ……めんどくせぇ奴だ。生身の癖にトリオン体についてくるとか頭おかしいんじゃねーのか……?」

 

 

 周りの砕け散った破片がゴポリと音を立てて奴の方向に向かっていく。面倒臭い。ただただ面倒臭い。

 

 全身貫いて駄目なら、細切れになるまで刻んでやろう。そうしてゆっくり全身からトリオンを吸収すれば良い。

 

 剣を振り、黒い斬撃を放つ。刃で防御しようとするが、残念ながらこの斬撃は切れ味特化なんだ。スパスパ斬り裂き、奴の腕を切断する。そのまま元に戻し、再度振るう。

 

 今度は首を斬り落とす。そのつもりで剣を振るがそれは回避される。イライラする。苛立つ。

 

 

「――何手こずってるのかしら」

 

 

 胸から黒い何かが突き出てくる。この感じだとさっきまでの刃では無いだろうし、新手か。

 

 そのまま抜けて血が溢れ出るが、特に気にしない。それよりも新手の正体と、何処にいるのかを見なければ。

 

 

「ッチ……別に手こずってねぇよ。俺を雑魚と一緒にすんな」

「いい勝負してるように見えたけど?」

「ああ? 殺すぞ」

 

 

 頭に角が生えた女――ああ、よく見ると二人とも黒い角が生えてる。成る程、遂にこういう変な奴が現れるようになったか。

 

 

「それにしても……本当に生身なのね」

「そのくせ身体能力はトリオン体と差がねぇ。こんなトリオン体すら作れねぇ雑魚が……」

「でも黒トリガーらしい反応はあったわ。トリオン量はそれなりにあるはずだけど」

 

 

 ああ、喧しいな――……喋るなよ。殺す。今すぐ殺してやる。邪魔だ。お前らの全てが、存在が鬱陶しい。

 

 お前らと遊んでる暇はないんだ。やらなきゃいけないことがある。この国の中枢に潜り込んで、情報を探さなきゃいけない。構ってる暇はない。

 

 

「……来るわ。ヴィザ翁が来れるまで大体十分って所かしら」

「ハッ、そんだけありゃ十分だ。それまでにぶっ殺してやるよ」

 

 

 失せろ、失せろよ――死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 赤い軌跡が奔る。地を這い空を駆け、幾つにも枝分かれして奔る。まるで斑模様みたいに空間そのものを埋め尽くしていく。

 

 相対する二つの人型は、それぞれの手段を用いる。

 

 一人は液体にも気体にもなれる対人最強クラスのトリガーを。

 

 一人はワープゲートを作り出し、縦横無尽に戦場を支配するトリガーを。

 

 

「時間を稼いで頂戴。そうね……二十秒でどうかしら?」

「舐めんなクソが、稼ぐどころか――俺が始末してやる」

 

 

 赤い軌跡に対し、黒い刃がグワリと地面から発生し伸びる。その数は膨大、視界を埋め尽くすと言っても過言ではない程。

 

 黒と赤が衝突してその場でぶつかり合う――ことは無く、黒い刃が赤い軌跡を貫き進む。

 

 赤の軌跡を放った男はその場から退避しようと後ろに跳ぼうとするが、その瞬間背後から伸びてきた黒く細長い何かを察知し剣を後方に振る。

 

 

「残念、本命はこっちなの」

 

 

 背後から迫りくる刃を避ける為に、動こうとする男の足に女の放った攻撃が刺さる。黒い細長いソレは鋭く、容易く肉を突き破り貫通する。通常であれば痛みで動けない傷だが――男は気にせず走る。

 

 走りながら、横にくるりと一回転し剣を振る。黒く、闇と形容しても差し支えない程暗い色が真っ直ぐ刻まれていく。刃を突き抜け、その先に居る男に突き刺さる。

 

「だからよ――無駄だって言ってんだろうがぁ!」

 

 斬られた場所が、再生していく。切断された部位と本体がくっつき何事も無かったかのように元に戻る。

 

 だが、その刹那に刃を超えて上空から赤い軌跡が降り注ぐ。

 

「チッ……猿の一つ覚えかよ、邪魔くせぇ!」

 

 再度刃を生成し、そちらにリソースを割く。勢いよく上に広がっていく刃を見て満足げに笑い、高らかに言う。

 

「テメェのその赤いのは、トリオンを吸収する効果だ。そしてトリオンならほぼ何でも斬れる――だが、物理的なものは斬れねぇ」

 

 ぱらり、と手に握った土を地面に落とす。

 

 

「ちょっと混ぜただけでこれだ。そんなゴミトリガー(・・・・・)で何ができ」

 

 

 ――スパリと首が落ちる。気が付けば伸びていた黒い斬撃に首を落とされるが、再生する。

 

 

「ハッ、喰らわねーよ雑」

黙れよ

 

 

 ピクリと反応する。後ろに対して刃を展開するが、既に遅い。次の瞬間に身体を五分割され、更に刻まれる。暇なく一ミリの隙も無く。

 

「手間がかかる……!」

死ね

 

 背後から再度蜂の巣にしようとゲートを展開していた女は、男の黒い斬撃によって腕を真っ二つに叩き落とされる。

 

 

死ねよ。死ね、今すぐ死ね。カスが。今すぐだ。死ね。消えろ

 

 

 ブツブツと、何かを呟き続けながら斬る。

 

 黒い刃を放っていた男の身体を斬り刻み――最早斬られていない場所は存在しない。

 

 ドン、と大きな音を立てて煙幕を発生させる男に対し更に剣を振る。ヒュンっという音と共にその場で手応えがない事を確認し再度周りを見渡す。

 

 

「……冗談はやめて欲しいわね。エネドラ」

「チッ……悪ぃな」

 

 

 声を聞き、その方向へと放つ。黒く、暗い色が刻まれ煙幕を掻き分けて進んでいく。振り切ったその姿のまま、後ろに軽くステップを踏む。

 

 横から飛び出てきた自分の攻撃を見て、晴れてきた煙幕の先を見る。先程までのマント姿とは違い、ただの服を纏った黒い角の生えた男と片腕を斬り落とされ断面を抑えている角の生えた女。

 

 

「……誰が、何だって?」

 

 

 ゆらりと、不気味に動く。俯きながら、少しずつ歩き出す。

 

 

「おい。何が、クソトリガーだって?」

 

 

 ふらふらと、今にも倒れそうな足取りで歩く。反撃に繰り出されるワープゲート越しの攻撃を適当に捌き、更に続く。

 

 

「……ああ、思い出した。そういえば、元々お前みたいな奴の、所為だったな」

 

 

 顔を上げ、はっきりと二人の事を見る。青白く、全体的に白い印象が感じ取れるその風貌は不気味に、悍ましく受け取れる。

 

 

「なあ。いつも、いつもいつも、いつもいつもいつも――……いつだって、お前らみたいな奴が。俺たちの邪魔をする。何でだ。何でなんだ」

 

 

 吐き出すように言う男に対し、二人は何も答えない。二人が行えるのは、この場で死なないために最大限の注意を払い備える事である。

 

 

「いい加減にしろよ。俺達が何をしたってんだ。何もしてねぇ。生きようと、必死だっただけなのに。こんな訳の分からない場所に連れてこられて、頑張って、必死に、必死に――……やって、来たのに」

 

 

 ギシリ、と剣を握り睨む。

 

「……防げる確証はないわ」

「チッ、クソが……」

 

 

 

 

「なぁ、頼むからもう――死んでくれ」

 

 

 剣を振る。黒い軌跡が真っ直ぐ伸びて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサリ、と音が鳴る。

 

 ワープゲートを用意していた女の目の前で突如止まった黒い軌跡に困惑しつつ、目の前を見る。

 

「……倒れたの?」

「……そういや生身だったな」

 

 血を流して倒れた男を見て、若干安堵の息を吐く。

 

「……一応、ハイレイン隊長に聞いてみるわ。目標の一つである訳だし(・・・・・・・・・・・)

 

 大きめのワープゲートを作り、別の場所へと繋ぐ。

 

 

「それに、貴方も彼を雑魚とは言い難いでしょう?」

「……チッ」

 

 

 さっさと戻せと言わんばかりに舌打ちをする男を見てクスリと笑いつつ、女がワープゲートの先へ消えていく。それに男も付いて行き――やがてその場には、倒れた男のみが残った。

 

 

 

 

 



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神の国

 薄暗い。居心地の悪い、そんな感覚。

 

 重たい。全身が怠い。このまま眠りについて、楽になりたい。目が覚めたら、いや。いっそのこと、目が覚めなくたっていい。もう、楽になりたい。

 

 ずっと、ずっと。三人で居られれば、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 眩しい。目に直接入り込む光に目を細めつつ、ゆっくりと息を吸う。

 

 鼻から吸い込み、肺が空気で満ちた所で吐く。

 

 何度か繰り返し、身を起こし自分の置かれている場所を確認する。どこだ此処は。普段より、これまでよりずっと見た目が飾られた布団に寝させられている。

 

 豪華、と言うほどでもないが綺麗。整えられている。

 

 一先ず状況を確認するために身を起こし、部屋を見渡す。

 

 カタリ、と音が鳴ったので見てみると腕に手錠が付けられており、その接続先である壁から離れられないようになっている。

 

 ……どう、なったのだろうか。わからない。確か、あの変なマント野郎とワープ女を斬ろうとして。それで、それで――……記憶が、無い。

 

 グッと手錠を引っ張ってみるが、ビクともしない。恐らくトリオンで構成されているのだろう、強度が桁違いだ。

 

 

「――おや、目覚めましたか」

 

 

 声の方へと意識を向ける。ドアから音もなく入ってきたその老人はこちらを真っ直ぐ見ている。

 

 ……見覚えのない顔だ。髪色や顔から国の人間かどうかは理解できないが、少なくとも見たことのあるタイプではない。ただ、ここまで年老いた顔は見たことがない。

 

「……ふむ。あまり状況を把握できてないようですな」

「……ここ、は?」

 

 疑問を投げる。少し驚いたような動きをするが、すぐさま元に戻り余裕のある姿を見せる。

 

「ここは、貴方の所属していた国とは別の場所――アフトクラトル、という国。直前で二人の男女と戦っていたのは覚えていますかな?」

 

 ……覚えてる。ただ、最後の瞬間どうなったかは覚えていないが。

 

 

「幾ら黒トリガーとは言え、隻腕でお二人を相手にギリギリまで追い込むのは素晴らしい技能と実力の持ち主である証拠。そんな人材を相手国に保有させたままなのは勿体ない――という訳で、出血で意識を失った貴方をこちらで確保させて頂いた……と言うのが此処までの流れです」

 

 少々手荒で申し訳ありませんが、と腕についている手錠を見て言う。

 

 

 ……そう、か。まぁ、どうでもいい。

 

 そんなことは気にしてない。それよりも、大事な事がある。こんなくだらない事より、大事な事。

 

 

「――……なぁ。俺の、いや……二人(・・)は、どこだ?」

 

 

 気付かない筈がない。

 

 これまでずっと身に着けていたのだ。その重みは、最早慣れ親しんだ物。

 

 ずっとずっと、大切に持っていた。肌身離さず、失くさないように。これ以上、耐えられないから。

 

 

「二人……と、その言い方からすると貴方の使っていた黒トリガーの事ですかな」

 

 

 ふむ、と顎に手を当て何かを思案する老人に対し苛立ちながら、答えを待つ。早く答えろ、どこにやった。

 

 頭痛がする。頭を押さえようと手を動かし、手錠が引っかかる。ああ、クソ。邪魔だな。苛立ちを抑えようにも、頭痛で更に苛立つ。

 

 

「――結論から言いますと」

 

 

 顎に当てていた手を下げ、こちらに目を向ける。

 

 どうにも嫌な感覚がする。

 

 ギュッ、と手に力を籠める。

 

 

 

「今、貴方の黒トリガーはこちらで保有してあります」

 

 

 

 …………そう、か。

 

 なら、まだマシだ。向こうに置いて行かれて、俺だけ連れていかれた訳では無い。

 

 まだ、間に合う。取り返せる。どうにかできる。絶望的じゃない。重く受け取るな。良かったと思え。

 

 希望はまだある。黒トリガーが欲しいだけなら、俺は必要ないだろう。恐らく、こいつらは二人を奪う事だけを目標としている訳じゃないだろう。

 

 

 また這い上がればいい。泥を啜ってでも、地べたを這いつくばっても。諦めるには、まだ早い。

 

 

 

「――ヴィザ翁」

 

 

 扉から、見覚えのある女が入ってくる。頭から生えた角に、少し長いセミロング位の髪の毛。

 

 ああ、此間のワープ女か。こちらを見て、少し眉間に皺を寄せる。

 

 

「……隊長が呼んでました」

「ふむ、承知しました」

 

 

 それでは、と言い残しヴィザ翁と呼ばれた老人が退出していく。ワープ女の口振りから察するに、【隊長】と呼ばれる者の下にそれぞれ構成されている様だ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 残ったワープ女が、無言でこちらを見てくる。何度か口を開こうとして、微妙に口ごもる。……なんだ。言いたいことがあるのなら、早く言ってほしい。

 

 

「……あの、黒トリガーは」

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、待たせてしまいましたかな」

 

 ある大きな部屋――部屋の中に、丸く円卓が配置されている。席が幾つかあり、既にその席はほぼ埋まりつつある。

 

「いや、まだ揃っていない」

「それはよかった。さて、今回は……」

 

 頭から角を生やした、水色の髪を持つ男性に対し目線を向ける。

 

「ああ。彼の様子は?」

「早い物で、既に意識を取り戻していました。いやなに、若いというのは素晴らしいですな」

「もうか! はは、それは凄いな!」

 

 ほっほ、と笑いながら席に座る老人の話を聞いて、一人豪気に笑う男。

 

「益々いい戦力になってくれそうだな」

「……まだどうなるかは分からない。現状、不確定要素が多すぎる」

「相変わらず慎重だな」

「慎重にもなる。相手は生身でトリオン体と渡り合ったんだ。警戒しないのは愚者のやる事だろう」

 

 溜息を吐き、ジロリと老人――ヴィザの事を見る。

 

「何か、言っていたか」

「えぇ、そうですな。黒トリガーの事を【二人】と表現しておりました」

「ふむ……何か事情がありそうだな」

「少なくとも、黒トリガーの事を大切に思っているのはわかります」

 

 持ち帰って正解だった、と呟く青い髪をした男性。

 

「ミラとエネドラの二人がかりで、斬るという事にほぼ全リソースを割いている武器であそこまで追い詰める実力者はそうそういない。ヴィザ、お前ならどうだ」

 

「ふむ……星の杖(オルガノン)を使えば可能かもしれません。ですがその限られた性能に加えて生身となると――厳しいでしょうな」

 

 どこか楽し気な様子でそう語るヴィザに、珍しい物を見る様に見る男二人。

 

「そう楽し気なヴィザ翁は久しぶりに見るな……」

「いやはや、恥ずべき事ではありますが――とても楽しみにしております」

 

 ニコリ、と口の端を緩やかに曲げて笑う。楽し気に、心地よさように。

 

「それだけの剣の腕。この国全体の練度上昇に大いに役に立つでしょう。それに――個人的にもとても興味がある」

 

 ただ、と言葉を続ける。

 

「それ故に、慎重に進めなければいけない。かなり、持っている(・・・・・)様に見受けられますからな」

 

「ああ。だからこそ、どこに預けるかを考えていた」

 

 トン、と額に手を人差し指と中指を当て考える仕草を見せる。

 

「それならば、あの家が最適だろうな」

「ふむ。恐らくそうでしょうな」

 

 二人が納得した仕草を見せ、その姿を見て頷く。

 

「そうだ。あそこならば、幾つか同時に(・・・・・・)実行できることがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 ……突然何を言い出すかと思えば、唐突に質問を投げ入れてきた。

 

 何。俺にとって。そんなのは決まっている。

 

 俺にとって、全てだ。

 

 俺の生きる意味も、諦めない理由も、捨てたくない理由も、全て全て全て――全部が、二人の為だ。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

「……そう」

 

 

 呟き、扉に向かっていく。結局、なにが聞きたかったのだろうか。

 

 

「こういっては何だけど。クソトリガー何て言ってしまってごめんなさい」

 

 

 そう言いながら、扉を開けて出ていく。

 

 ……別にワープ女が言った訳じゃ無いと思うが。これは、代わりに謝ったという事なのか。

 

 ――切り替えろ。

 

 駄目だ。まだ何とかなると言う事がわかったから、少し緩んでいた。

 

 ここで甘えるな。どうせ、こいつらも変わらない。前の連中と変わらない。ここで俺を生かしておく理由は恐らく戦力としてか、国との交換用の捕虜としてだろう。

 

 そこで緩むな。油断するな。

 

 ただ一つの感情に絞れ。目的を合わせろ。ただ二人の為に――それを心に刻みなおせ。

 

 国から離れた。ならば、次はこの国でひたすら調べてやろう。死ぬことは無い。取り戻して、調べて調べてやり直せ。

 

 

「――ふむ、君が噂の剣鬼君か」

 

 

 突如聞こえた声に、思わず反応する。

 

 いつの間にか空いていた扉から、ゆっくりと入ってくる。

 

 金色の長髪、ロングヘアーと言うのだろうか。真っ直ぐ伸びたその髪は腰まで届くいている。

 

 自信に満ちたその表情を見ると、何故か少しだけ頭痛がする。

 

 

 

「私の名前はエリン。ベルティストン家に仕えるエリン家の現当主だ」

 

 

 

 そして、と言葉を続けてこちらに近づいてくる。

 

 

「これから君を預かることになっている。よろしく頼むよ、剣鬼(・・)君」

 

 

 

 

 

 

 

 



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神の国Ⅱ

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

『それじゃあゆっくり身体を休めると良い――私は別の用事があるから失礼するよ』

 

 

 そう言って外を出ていったエリンと名乗る変な奴を見送って、これからの事について考える。

 

 俺の身柄は現状、捕虜という扱いでいいのだろうか。捕虜に対しての扱いにしては手厚すぎる。懐柔しようとしてると考えればまぁおかしくはない。

 

 それにしたって、無防備に敵の前に出過ぎだろう。生身で現れて挨拶しにくる上層部が果たして存在するのだろうか。

 

 少なくともあのクソ国家なら居ない。というかさっきの老人もそうだが、情報を与え過ぎじゃないか。何を狙っているんだ。わからない。

 

 ドアがノックされ、その後少し間を空けて再度ノックされる。なんだ、捕虜相手なんだから勝手に入ればいいだろう。

 

 取り敢えず好きにしろ、と声をかけ入ってくるのを待つ。

 

 

「……今いいかしら」

 

 

 さっきのワープ女が、扉越しに声をかけてくる。好きにしろと言っただろう、捕虜に対して何故こんな扱いをするのだろう。わからない。

 

 

なんで私がこんなことを……取り敢えず、軽い食事を持って来たわ。口に合うかは知らないけれど」

 

 

 湯気の立っている、小さめの鍋の様な物を手に持って部屋に入ってくる。……食事、か。そういえば、俺が気を失ってからどれくらいなのだろうか。

 

 

「貴方が気を失ってから――というより、私達と交戦してから一週間は経つわ」

 

 

 一週間――……か。随分長い間、休んでたみたいだ。手錠で抑えられている右腕を開閉させ、問題がないかどうか確かめる。特に違和感は感じない、いつも通り。

 

 

「取り敢えず、胃に優しい物を作ったという話だから少しずつ食べなさ――……」

 

 

 すぐそばまで寄ってきて、手に持った鍋と俺の方を何度か交互に見て固まるワープ女。

 

 ……どうしたのだろうか。何か変な格好でもしてるのだろうかと思い自分の身体を軽く見てみるが、上半身裸に傷口に包帯が巻かれている。今更気が付いたが割と丁寧に治療されているのだろうか。

 

 少なくとも、死なせようという意思は感じない――なん、だろうか。何故なんだろう。わからない。

 

 

 「……そういうこと。正気なの? だから持っていけって言ったのね……!」

 

 

 一人で何か憤慨しているが、こちらとしては正直訳が分からない。何か不快になる要素でもあったのだろうか。……まあ、いいか。そんなもの、気にしなくて。

 

 スプーンを鍋に突っ込み、そのまま一掬い。そのスプーンをこちらに突き出してくる。

 

 ……正気か?

 

 

「……仕方ないわ。私に出された指令はあなたに食事を摂らせる事で、貴方は隻腕でそのうえ身動きが取れないから仕方ない。だから仕方ないの。そう、仕方ないの」

 

 

 そこまで露骨な態度を取るならば最初から嫌だと言えばいいのに――ズキン、と頭痛がする。

 

 眉を顰め、このままでは埒が開かないので口を開ける。

 

 正直、毒が入っている可能性は無いだろう。純粋に生存させるために栄養を摂らせる――恐らくそうだろう。流石に無償でここまで手を尽くす理由がわからない。

 

 

「……ん」

 

 

 口の中にスプーンを突っ込まれる。正直、視覚があるから自分の口に入っているのが理解できるが感覚はしない。湯気が立っていたが、まぁワープ女が何も言わないという事は、別に熱くないのだろう。

 

 無言で咀嚼する。味は無い。熱も無い。全ての感覚がない。逆に今はそれが安心する。それがあるからこそ、俺は忘れないで済むから。

 

 いつかまた三人で――そこだけは、履き違えてはならない。俺の目的。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 何故こんな事をしているのだろう――ワープ女、ミラはそう嘆かざるを得ない。

 

 捕まえた黒トリガー使いの捕虜を、取り敢えず一週間ぶりに起きたので食事を摂らせるという話になった。そしてそのために軽い粥の様な物を作った。

 

 そこまではいい。そこまでは。

 

 腕を封じられている所為で身動きの取れないあいつ(剣鬼)が自分で食べれる訳もなく。

 

 異性に物を食べさせるとか、そんなことはしたことがない。国中でワープ女と恐れられている事実があるから、それは間違いない。

 

 でも、指令は食事を摂らせる事。仕方ない、仕方ない。そもそも今更考えた所で後の祭り――仕方ない、のだ。

 

 自分に無理やり暗示しつつ、一先ず食器を片付けに戻す。意外と食いつきは良く、突っ込めば突っ込むほど食べていくから割と楽し――じゃない。

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わず溜息を吐く。別に、そこまで気にしてはいないのだが。それでもある程度気にはする。

 

 他にも何かこう、やりようは無かったのだろうか。流石に拠点内で唐突にトリオン体になって安全を確保したうえで自由にさせるわけにはいかないし、誰かが食べさせるしかない。

 

 このままだと世話全部押し付けられる――そんな未来が一瞬見えた。

 

 ……流石に無い、と信じたい。これでも黒トリガー使いの遠征にも選ばれる人材なのだ、そこは自信を持とう。

 

 

 食器を片付ける為に厨房に辿り着く。中に入れば、そこには先程の粥を作った調理人。

 

 特に問題は無かったと報告して、そのまま立ち去ろうとして――ふと、自分自身が食事を摂っていなかったことを思い出す。

 

 

 ……軽く、貰おうかしら。

 

 

 そう考え、温めなおしてもらう。少な目で、軽食程度に摘まむ。あまり間食はしないし、好みはどちらかというと粥とかではなくパンケーキなのだが折角作ってあるのだし食べる。

 

 自分で軽くは作れるが、流石に本職の作る料理に勝てるとは思わない。

 

 温めてもらう粥に何かアレンジが欲しいかと言われ、特に必要は無いと答える。味が濃いのより、標準位がちょうどいい。

 

 

 新しい鍋によそってもらい、厨房の一角で食べることにする。軽く食べる程度の物をわざわざ移動して席を確保する必要はないだろう。

 

 スプーンを入れ、一口分掬う。そのまま息を吹き熱を冷まし――ふと、思う。

 

 

 ――……そういえば、あいつ(剣鬼)に食べさせる時って熱くなかったかな。

 

 

 ……若干湯気の立っている粥を、口に入れる。

 

 熱い。シンプルに熱を持っている所為で、味がわからない。いや、わかるけどわからない。

 

 急いで飲み物を取りに行く。水を器に注いで、そのまま飲む。口の中を水で満たし、熱を冷ます。

 

 

 ……かなり、熱い。軽く冷まして、これ。

 

 

 もしかして、熱いまま口の中に放り込み続けたんじゃ――そんな考えが脳に浮かぶ。もしかしたら、口の中を火傷しているかもしれない。

 

 そこまで気にする必要は無いが、こちらの不手際で何か起きたらマズい。少なくとも、何をしたんだと問い詰められる。

 

 せめて水くらい持っていくべきだろうか。

 

 一瞬迷って、取り敢えず水を持つ。火傷していると決まったわけではない、もしかしたら冷めてて食べやすかっただけかもしれな――いや、確実に湯気は立ってた。

 

 若干早歩きで向かう。そういえば水すら飲んでないのではないのだろうか。一週間寝たきりで、水も何も取らないでいきなり粥――もしかしなくてもよくない対応してるんじゃないだろうか。

 

 扉の前に着き、コンコン、とノックする。少しして、小さな声で返事が聞こえてくるのでゆっくりと開ける。

 

 身を起こし、窓から外を見ている。光を受けて反射している白髪と、片腕のないアンバランスさが目に付く。

 

 

「……どうした」

「いえ、特に用があるわけじゃないわ。その……さっき、粥を食べたでしょう」

「ああ」

 

 

 感情の全く籠ってないぶっきらぼうな声を聞きながら、少しずつ近づく。

 

 

「……結構、熱いまま食べさせたから。多分、口の中火傷してると思って」

 

 

 そのまま水を器に注ぎ、差し出そうと思ったがこれも飲めないことに気が付く。もう面倒くさいから手錠解放してやろうか。

 

 

「問題ない、特に感じてない(・・・・・・・)

「一応確認するわ。火傷程度で死ぬわけないでしょうけど」

 

 

 死なれたら困るから確認するという事を暗に意思表示しつつ、口を開かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――赤い口内に、所々に白く異常な皮膚が存在している。喉付近の場所は、ほぼ一面が白くなっている。

 

 

 

 

「――……な、に……これ」

 

 

 

 

 異常だ。明らかに異常だ。舌に至っては、全体に亀裂が走り、まともに機能しているかどうかもわからない。ゾクリ、と身震いする。

 

 普通じゃない。絶対に普通じゃない。

 

 

「……っ、ねぇ……」

 

 

 こんな状態で、物を口に入れたのか。何故それで平気な顔をしているのか。

 

 聞こうとして、目を見る。

 

 深い、深い闇。暗い、黒という物以外浮かんで来ない。恐ろしい、恐ろしい。呑み込まれそうな、惹き込まれそうな、とてつもない。通常ではない、一種の狂気。

 

 

 

 

 「問題ない、特に感じてない(・・・・・・・)

 

 

 

 

 再度、そんな事を言う。思わず手に持った器を落として後ずさりしてしまう。

 

 特に、という事は。味はしてないのだろう。そして、さっきの様な熱いのを放り込まれても――特に何も、感じていない。

 

 それは、それでは――口としての機能が、全く動いていない。

 

 

「一体……何時、からっ……?」

 

 

 口から、言葉が漏れる。衝撃が、身体を突き抜ける。こんな状態で、こんな身体で。ずっと、追いかけていたのだろうか。黒トリガーになった人を大切にしている、という話は聞いた。

 

 まさか、本当に全部投げ出してでも追いかけ続けていたのだろうか。

 

 

「――……覚えてない。気が付いた頃には、こうだった」

 

 

 だから、味なんてものは覚えていない――そう言う姿に、嫌悪感と恐怖が増し口を抑える。

 

 何が、何がそこまで追い詰めたのだろうか。一体、何があったのだろうか。ゾクリ、と鳥肌が立つ。背筋が凍る。嫌な感覚という物を、ずっと味わい続けている。

 

 

「……ごめんなさい、そんな風になってるとは、思わなくて……!」

 

 

 謝る。それ以外にやりようもない。

 

 確かに、色々おかしい点はあった。

 

 黒トリガー使いなのに生身で、トリオン体を形成する様子は無い。

 

 襲ったあの時も、周りの兵士はそそくさと撤退していった。助けよう、というより早く逃げたいという様子で去っていった。目標が剣鬼だったから優先したが、今になってみれば妙に感じる。

 

 

「……別に、お前が気にすることじゃない」

 

 

 至極どうでもいい、という態度で語る剣鬼にゾワリとする。狂ってる、何でそこまで無感情になれるのだろうか。

 

 こんな状態で、闘っていたのだろうか。ずっと、仲間を手にして。一人で、孤独に。

 

 

「ッ……」

 

 

 目を逸らして、落としてしまった器と水を片付ける為に下を向く。

 

 そそくさと回収し、扉に向かう。

 

 何とも言えない感覚を胸に抱きつつ、部屋を出て扉を閉める。チラリと見えたその隙間から、外を見る剣鬼の姿が見える。

 

 それを見て、顔を顰める。

 

 何でそこまで、どうして、何があって――様々な疑問が浮かぶ。エネドラを斬った時に言っていた。

 

 

 必死に、必死に生きてきた――と。

 

 

 それは、そのままだったのだろう。

 

 自分の事に気を配るなんてことも出来ず、ただ一人で悩んで悩んでそれでも生きてきた――その証が、あれ(ボロボロの身体)なのだろう。

 

 扉を背に、ずるずると座り込む。ぺたん、と尻もちをついて地面に腰を下ろす。

 

 はぁ、とため息をついて額に手を当てる。

 

 

「……どう、すればいいのよ――……」

 

 

 わからない。あんな風に追い込まれた人間に対し、どう接するかなんてわからない。

 

 ヴィザ翁に伝えなければ。隊長に、情報を共有しなければ。とんでもない地雷だ、思ってもいなかった。

 

 

 

 時間はあまり、残ってないのかもしれない――先程の、暗黒の様な瞳を思い出し身震いしながらそう心に思う。

 

 



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神の国Ⅲ

 

 

朝日が窓から差し込み、部屋中を照らす。少しづつ温かい空気に変化していくのを感じ取りながら、重い瞼(・・・)を無理やり持ち上げ目を擦る。

 

 

「……朝、かぁ……」

 

 

――結局、眠れなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

若干ふらつく足取りで、ベッドから降りる。はらりと伸びる髪を気にしつつ服を着替える。

 

鑑の前に立ち、自分の事を見る。幼少期から頭についているトリガー(ホーン)も大分成長して最早身体の一部と言っても過言ではない。

 

 

「……酷い顔ね」

 

 

自分の顔を見る。目に隈は出来てるし、肌も若干荒んでいる。徹夜なんていいことは無いと改めて自分に言い聞かせながら、瞳を見る。

 

……別段、どうってことはない。普通だ。変な要素は無い。

 

脳裏で思い返すのは、あの瞳。暗い、暗い闇の底の様な瞳。吸い込まれそうな、惹き込まれそうな、塗りつぶされそうなそんな瞳。

 

思い出して、更に身震いがする。

 

駄目だ。良くない。考えない方が良い。腕を交差させて摩り、悪寒を抑えようとする。ふぅぅ、と息を吐いて落ち着かせる。

 

ゾワリ、と言う鳥肌の立つ感覚。恐怖、という物なのか。それとも――……

 

 

「……いえ、考えるべきではないわね」

 

 

切り替えよう。頬を叩いて、顔を横に振る。私が考える事じゃない。大丈夫。気にするべきことじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……おは、よう」

「……ああ」

 

 

昨日と同じように、食事を持ち込む。食事と言っても、エネルギーと栄養を重要視しているメニュー。あまり味は良くないと不評ではあるが――病人が食べるのなら最適だろう。

 

 

「……その、食べれる?」

 

 

無言で右腕をじゃらん、と鳴らす。……そうよね。

 

ベッドまで食べ物を持っていき、また食べさせる。開かれる口の中を見て、ゾクリとする。

 

本当に、この傷だらけの中に突っ込んでいいのだろうか。躊躇う。

 

若干震える手で、口の中にスプーンを入れる。明らかに亀裂が走りボロボロの舌でスプーンに触れた感触がして、悪寒がする。

 

 

「っ……」

 

 

無言で構わず口の中で咀嚼する剣鬼に、思わず目をそらす。見てはいけない、考えてはいけない。必死に頭の中で言い聞かせ、次々と口の中に投入する。

 

水を飲ませ、一気に流し込む。なんの抵抗もなくするする喉を通過していき、一杯分の水をすぐ飲み干す。

 

 

「……片付けてくるわ」

 

 

カチャカチャと使用済みの食器をまとめ、部屋から出る準備をする。

 

味覚を感じるための舌も、喉も、口内はボロボロ。いつ壊死してもおかしくないのでは、と思う。

 

昨日報告はしたが、上が動くかわからない。あくまで剣鬼はサードプラン、そこまで重要という訳でもないからだ。

 

黒トリガーの適合者が他に見つかって仕舞えばそこで役目は終わり。エリン家の預かりになるから酷い目には遭わないと思う。けれど、タダ飯食らいを置いておく余裕は無いはずだ。

 

彼にとって、何が一番良いのだろうか。そのボロボロの身体で、また戦いに行くのだろうか。私達と戦った時のように、一人で――……

 

 

「……ねぇ、剣鬼」

「……何だ」

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

唐突に、ワープ女が話しかけてくる。

 

名前、名前……お前達は俺の事を既に呼んでいるだろう。

 

そう答えるとううん、と首を横に振り此方を見る。

 

「貴方の名前。剣鬼なんて呼び名じゃなく、貴方が仲間達から呼ばれてた名前」

 

……仲間達から、呼ばれてた。

 

名前、俺の名前か……そんなもの、覚えてないな。彼女と、アレクセイの事だけ考えていたから。自分の事は、覚えていない。

 

「……っ……そ、う」

 

生まれた場所も、生きた場所も、育った場所も、自分の事も、他の事も――いっさい、覚えちゃいない。

 

料理の味も、幸福の味も、なにも、何も。

 

毎日毎日戦った。取り戻す為に、失くさないように。その度に自分が自分じゃなくなる感覚はしていた。

 

徐々に喪われてく自分に、それでもと言い続けて、ずっと。

 

 

なぁ――……これ以上、何をすれば良いんだ?

 

 

俺は、どうすれば良いんだ。どうすればよかったんだ。どこで間違えたのだろうか。わからない。振り返っても、そこには何も無い。

 

……だからこそ、諦めたくないんだ。俺に、こんな何もなかった俺に……託してくれた、二人だから。

 

……悪い、関係ない話したな。俺は自分の事を、覚えてないよ。だから好きに呼べ。

 

 

「……そ、うね。なら、これまで通り、呼ばせてもらうわ」

 

 

震えた声でそう言って扉へ向かっていくワープ女を見送って、窓を見る。外は明るく、眩い光が差し込んでいる。

 

外を見ても、そこに争いの気配は無い。

 

 

……平和だ。

 

誰も彼も、戦いに備えていない。血反吐を吐くほど訓練をしていない。怒声は聞こえない。

 

……最初から、こうして、ここで出逢えてたら。俺たちは――……きっと。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、失礼するよ」

 

ノック無しに、いきなり入ってくる。

 

「身体の調子はどうかな?」

 

少なくとも痛みは感じない、至って普通だろう。

 

「ふむむ……うん」

 

近づいてきて、俺の体に巻かれた包帯をベリベリ剥がしていく。少し身体を引かれる感覚はするが、特に違和感はしない。そもそも感覚はしないが。

 

「……君、これで痛くないっていうのかい?」

 

包帯を取り、胸を指差してくる。……? 何かあるのか。よくよく見てみれば、穴が空いている。ああ、まだ治ってなかったのか。まぁ、死ぬものでもない。

 

痛みは無い――ただ、それだけだ。

 

「……それは、ちょっと……ミラの言う事は本当だったな

 

顎に手を当て、何かをぶつぶつと喋るエリンを尻目に自分の身体を見る。随分細くなった右腕に、穴の空いた胸。他の場所がどうなってるかは知らないが、まともな状態ではなさそうだ。

 

まともだろうが異常だろうが、関係ないが。

 

「……もしかして、感覚ってものがわからない?」

 

そう言いながら、穴付近を触ってくる。触れられていると目で見て理解できるが、そこに手の感触はない。

 

「一体、何をすればここまで……」

 

触れさせていた指を離し、一人で考え込む。

 

……痛み、か。相変わらず頭痛はするから、よく分からない。痛みを感じないと言うならば、この頭痛もどうにかしてくれれば良かったのに。

 

 

「……ごめんなさい、今大丈夫かしら」

 

 

コンコン、とノックされエリンが振り向く。

 

「どうぞ、よく来たね」

「……いらっしゃったなら言って下さい、それとここは貴方の部屋では――……」

 

エリンが扉を開けに行き、開かれた扉の先に若干ジト目のワープ女。手には、四角の箱を持っている。

 

「……その、やっぱりまだ治ってないのね」

 

俺の身体を見て眉を顰め、そう言うワープ女に一瞬疑問を抱く。……ああ、そう言えばこいつの付けた傷だったな。

 

「痛むでしょう。包帯、交換しようと思って」

 

そう言ってエリンにチラリと視線をやってから、こちらに近づいてくる。手に持った箱を椅子に置き、中を開ける。

 

ぐるぐる巻きにされた包帯を取り出し、そそくさと付けていく。割と手慣れた手つきに若干感心しながら、ワープ女に聞く。

 

 

――何で、そこまでするんだ? 俺には、それがわからない。

 

 

ピタリと包帯を巻く手が止まったから、話を聞いてると判断して言葉を続ける。

 

 

俺を生かしてる理由は分かってる。恐らくだが、二人(黒トリガー)の適合者が居なかった場合を考えてだろう。

 

次への繋ぎとして(・・・・・・・・・)、俺は残されている。

 

 

「……ま、大筋はそんな物だね。私らはともかく、一番上が策略や陰謀が好みだからそこは仕方ない」

 

 

やれやれ、と肩を竦めるエリン。

 

 

「君のその生い立ちを考えるに、正直黒トリガーの適合者は出ないと思っている。私も、ミラも」

 

 

黒トリガーは、だからこそ強いんだけどね。そう続け、更に言葉を紡ぐ。

 

 

「君を欲しいと言ったのは私だよ。上から言われた、っていう事もあったけれど――それ以上に、君自身の魅力かな」

 

 

俺自身の、魅力――……か。

 

 

「自分を過小評価しているみたいだけど、君は控えめに言って天才だ。生身でトリオン体相手に戦い、うちの誇る黒トリガー使い二人を相手にかなりギリギリまで追い詰める。それだけでも十分私達としても欲しがる理由があるのさ」

 

 

……違う、違うんだよ。それは俺の才能なんかじゃない。俺の力なんかじゃない。二人が、全部二人がやってくれたんだ。あの二人のお陰なんだ。俺の力じゃない。俺だけじゃ、そんな力は無い。

 

全部、全部全部全部。

 

二人のお陰なんだ。あの二人が、全てを投げうってでも俺を助けようとしてくれて。それで、俺は。

 

 

頭が痛い、思わず呻く。頭を抑えたいが、手錠が邪魔をして動けない。手錠をガシガシならしながら、どうにか頭を抑えようとする。

 

ああ、クソ。イライラする。

 

 

「……動かないで、傷に響くわ」

 

 

そう言ってワープ女――ミラが、手錠のついている部分に手を当てる。そのままエリンの方を向き、互いに視線を合わせた後――俺の手錠を外した。

 

パキン、と音が鳴り手錠が外れていく。トリオンの粒子となって散っていくその手錠を見送り右腕を動かす。

 

 

「……もう、良いでしょう。彼に、戦闘の意志はありません」

「うん、十分だろう。私が上手く言っておくよ」

「ありがとうございます」

「いいのさ、その内彼は私の家に来るんだしね。――と言う訳で剣鬼君、もう暫くゆっくり休むと良い。少なくとも私達は、君の居た国の人間とは違うからね」

 

 

そう言いながら扉から出ていくエリンの後ろ姿を見送って、中途半端に投げ出された包帯を見る。

 

「……ぁ、と、ごめんなさい。途中だったわね」

 

再度包帯を戻し、綺麗な部分を使い巻きなおす。

 

無言で巻きなおすミラに特に何も言わず、ミラも何も言わない。互いに何も言わない、無言の空気の中で時間が進んでいく。

 

 

「……その」

 

 

ミラが話しかけてくる。ああ、どうした。

 

 

「……正直私は、貴方みたいな境遇の人に会ったことが無いの。貴方が初めてと言ってもいいくらい」

 

 

きゅっ、と包帯を絞り巻き終える。

 

 

「その辛さも、努力も、何を思ってきたのかも――……わからないわ」

 

 

椅子に座り、こちらをまっすぐ見てくる。

 

 

「私が貴方を攻撃したことは、謝る気は無いわ。それが、戦争ですもの。……でも、せめて」

 

 

何か一つ、貴方が思い出せるように――私は、協力する。

 

 

 

 

 

そう言って真っ直ぐこちらを見てくる目に――ひどく、頭痛がした。

 

 



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神の国Ⅳ

 

 

「やあ、元気かな剣鬼君」

 

相変わらずノックも何もせずに突撃してくるエリンに飯を食いながら顔を向ける。既に粥ではなく固形の食料に切り替わっている為、パンを適当に咀嚼する。

 

「おや、食事中だったか。すまないね」

「そう思うのなら少しは配慮して下さい」

 

当然の様にいるミラがエリンに苦言を呈するが、そんな物知らんと言わんばかりの態度で近づいてくる。

 

「ちょっと急ぎの用、というか。君に伝えなきゃいけないことがある」

 

真剣な顔でそう言うエリンに、パンの最後の一欠片を口に放り込み話を聞く。

 

 

「――私たちのボスが、君に会いたいらしい。申し訳ないけど一緒に来てもらえるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この星――というか国は、四人の領主が管理してる」

 

廊下を歩きながら、軽く説明を受ける。

 

「それぞれの家が保有する戦力によって領地が変わる。他家が取れば狭くなるし、自分の所が戦力を補強すれば当然増える」

 

だから君を迎え入れた――成程、そういう理由があるなら納得できる。黒トリガー一つ増えれば、それは戦力の増加に繋がるという事なのだろう。

 

「うん、そういう事。黒トリガーを手に入れる事なんてそうそう無いから、今回は時間かかったね」

 

今回は――という事は、普段もある程度警戒しているのだろうか。

 

「そりゃあね。トリオン体にならない限り危険は少ないと言っても、敵の国の人間をそう容易く信頼する訳にはいかない。特に領主クラスは色々抱えてるからね」

「……言っておくけど、私は普段捕虜の手当てとか世話なんてやらないわよ」

 

ミラがいつも通りの顔でこっそりと呟いた言葉を聞き逃さず、それでいて特に反応もせずにエリンに話を聞く。

 

 

「まぁ私はしがない一家の主だから特に気にしてないんだけどね!」

 

 

どこか誇らしげにそういうエリンの姿が彼女(■■)と被さり一瞬鋭い痛みが頭を襲うが、少し眉を顰めて我慢する。相変わらず頭痛ははっきりするのが憎たらしい。

 

「特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ」

 

あくまで指揮官としては、というあたり割と他にも事情が存在しそうだな。

 

まぁ、いい。駒扱いだろうが何だろうが、俺のやることは変わらない。

 

黒トリガーの研究を、解析を、全てを、暴いて理解しなければならない。そうしないと、助けられないから。

 

それが俺の、生きる理由だから。

 

 

「――……よぉ」

 

 

声をかけられ、思考を中断し声の主の方を見る。エリンもミラも俺が向いたのと同時に足を止め同時に見る。

 

斜めカットの前髪に、ギラついた目つき。見覚えのあるその顔は、どこか苛立ちを感じさせる。

 

「エネドラ」

「チッ、なにもしねーよ」

 

ミラの言葉に苛立ちを隠す事もなく舌打ちをして、嫌そうに顔を顰める。ああ、思い出した。コイツ、あの時のもう一人か。

 

「……ハッ、随分惨めだな」

 

俺の姿を見て、惨めだと言ってくる。ああ、間違ってない。俺は間違いなく、誰がどう見ても惨めだ。

 

愚かで、無能で、惨めで、見苦しい。

 

「……エネドラ」

「うっせーな、分かってんだよ」

 

少し低めの声を出すミラに言葉を吐き捨て、さっさと歩いて行く。その背中を見届けて、こちらも歩き出す。

 

 

「……その、ごめんなさい」

 

 

沈んだ空気の中ミラが謝ってくるが、別に気にしてない。そもそも本当の事だ。

 

 

仲間を、二人を救わなきゃって自分に擦り付けて、正当化して、心を保たないと生きていけない。醜い何か。それが俺だ。

 

だから、一切お前が何かを気負う必要は無いし悲しむ必要もない。俺に謝る必要も、何もない。

 

 

「っ…………」

 

 

ミラを見て言っていたが、顔を逸らされたのでこちらも顔の向きを変える。後ろを歩いていたミラに顔を向けていたので正面を見る。

 

 

「君は――……もう……」

 

 

いつの間にか歩みを止め、振り返っていたエリンがこちらを見て何かを呟く。驚いたような表情をしているが、何かあったのだろうか。

 

行かないのか、と声をかけるとハッとしたように歩き出す。一体何だったのだろうか。

 

 

先程よりも重苦しい空気の中、廊下を歩く。ふと外を覗いてみると、晴れているのが良く見える。栄えた街並みと、明るい空気。どれもこれも、二人と共有したい物。

 

戦争の重苦しさじゃなく、殺し合いの陰湿さではなく。

 

生活の楽しさと、助け合いの喜び。

 

欲しいモノは、こんなにもそばにあるのに――肝心の、大切な二人が居ない。

 

ああ、クソ。惨めだ。こうやって何度も何度も繰り返して、進んでない。時は止まったまま、進んでなんかない。

 

でも、進んでないからこそ。

 

まだ、忘れてない。忘れたくない。忘れてはいけない。それだけは、誓っていなきゃいけない。目的を、理由を、明確に鮮明に。

 

 

 

 

「――着いたよ。ここが、領主の部屋だ」

 

 

気が付けば到着していた様で、特に他の部屋と変わりのない扉の前に立つ。これまでの偉い連中の部屋は多少なりとも目印があったからわかりやすかった。

 

 

「領主の部屋、と言っても別にここで生活してるわけではないの。ここはどちらかと言えば【遠征部隊】の部屋と言った方が正しいわ」

「まーまー、細かい所はいいじゃないか」

「よくないです」

 

 

エリンのずらした答えにミラが解説するが、まぁどうでもいい。遠征部隊だろうが何だろうが関係ない。

 

コンコンコン、とエリンが三回ノックする。特に特徴的な叩き方とか、そういう訳では無い。本当にそのまま三回ノックしただけ。

 

 

「おや、エリン殿ですかな」

「ヴィザ翁、わざわざ申し訳ありません」

 

 

中から、最初に見かけた――ヴィザ、と呼ばれる老人が出てくる。

 

柔らかい顔つきに、丁寧な態度。エリンもわざわざ敬語を使っていることからある程度上の人間なのだろう。

 

 

「こちらへどうぞ。既にお待ちになっております」

「はい。――と言う訳で、漸く我らがボスの場所に行くよ」

 

 

ヴィザが歩き出し、エリンがそれを追っていくので俺も付いて行く。

 

後ろからミラが付いてくるのを音と気配で感じ取る。成程、慎重というのはどうやら本当らしい。わざわざ黒トリガー使いを背後に配置し、念の為を用意している。用意周到、完全に負の可能性を出来るだけ消している。

 

扉の先は更に廊下になっており、少し長めの廊下に扉が幾つかある。右に三つ、左に三つ、正面に一つ。正面に真っ直ぐ進んでいくので、恐らくあそこにいるのだろう。

 

扉に手をかけ、そのまま開ける。順番に入っていって、部屋に入ると正面に黒い角の生えた水色の髪の男が座っている。

 

 

「お待たせしました、ハイレイン隊長。彼が剣鬼です」

 

 

隊長、と呼ばれた男はこちらをゆっくりと見定めるかのように視線を送ってくる。そこにあるのは悪意や好意だとか、そんな簡単なものではない。

 

 

 

『特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ』

 

 

 

不意に、その言葉を思い出す。成程な、そういう事か。

 

 

「――……君に聞くことはただ一つ」

 

 

口を開き、問いをかけてくる。

 

 

 

 

「我々の邪魔をするか、しないか。どちらだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

「――邪魔をするもしないも、俺はそもそも今は捕虜だ。命令する権利はお前達にある」

 

 

だから、この問答は無駄だ。そう言い捨てた彼を後ろから見て、若干ハラハラする。大丈夫だろうか。あまり不用意な発言をすると必要無いと判断されるのでは――と思い、その思考を捨てた。

 

駄目だ、あんまり入れ込んでは。彼自身がそう言った通り、まだ捕虜なのだ。所属はこちらではない。……既に半分以上エリン家みたいな扱いはしてたけど。

 

 

「……君は良くても、俺は良くない。命令する権利が俺にあるのなら、納得いくまで質問に答えてもらう」

「好きにしろ。何だって答えてやる」

 

 

あくまで態度は変えない彼に肝を冷やしつつ、その様子を後ろから見守る。

 

 

お前(・・)の黒トリガー、これに関しては適合者が見つかったと言ったら?」

「…………」

 

 

瞬間、何か寒気の様な物が襲ってくる。ゾワリと、不意に首を触ってしまう。まだ、つながっているという事を確認してしまった。

 

エリンも、私も、ハイレイン隊長も冷や汗を流している。それほどまでに、明確に死を感じ取れる。

 

 

「ほっほ、凄まじいモノですな」

 

 

ただ一人、ヴィザ翁だけ飄々としている。何故こんなに楽しそうなのだろうか、訳が分からない。

 

 

「……冗談だ。実際の所適合者は一人もいなかった。だからここに呼んだ」

「……俺を使い手にするのか」

「ああ。その為に、色々条件を付ける為にな」

 

 

そう言って話を本題に持っていく隊長。

 

 

「まず、これは話を聞いてると思うがエリン家に入ってもらう。そして正式な配属として、遠征部隊に入ってもらう」

 

 

遠征部隊――その名の通り他の星に遠征し、トリガーやトリガー使いを奪い戦力にする。彼の黒トリガーの能力が有れば、それはかなり楽になるだろう。

 

 

「あと、必要に応じて新たな任務を行ってもらう事もある。いいな?」

「……構わない」

 

 

話は以上だ、と言って席から立ち上がる隊長を見てこちらも退出するタイミングだと測る。

 

 

「ヴィザ」

「はい」

 

 

そう言うと、傍に控えていたヴィザ翁が何か包みを持って来る。落とさぬように、両手で持っている。

 

 

「剣鬼殿」

 

 

彼が目を向けて――その目をいつもより開き、ヴィザから受け取る。

 

「ここではなく、あちらの部屋で。さ、行きますか」

 

そう言いつつ先導するヴィザに無言で付いて行く彼とエリンの後を追おうとする。

 

 

「ミラ」

 

 

急に隊長に声をかけられ、立ち止まる。振り向き姿勢を正し話を聞く。

 

 

「……いや、何でもない」

「……そう、ですか。わかりました、失礼します」

 

 

何かを言おうとして、飲み込んだ隊長に言葉を残し後を追いかける。扉を開け、先程通ってきた道を歩く。急いでも仕方ないし、別にそんな焦ってるわけじゃない。

 

既に姿のない三人をゆっくりと追いながら、何を言おうとしたのか考える。何だろう、彼についてだろうか。まぁ、それ以外に他に言うべきタイミングでもないし恐らくそうなのだろう。

 

信用できるのか、とかそういう事では無いと思う。ヴィザ翁をわざわざこうやって寄越したという事は信用してないのだろう。ある程度行動でわかる。

 

だから、少し気になるが――……何だろうか。わからない。

 

そんな風に考えつつ歩いていると、部屋の前に着いた。いつも通りノックをし、開けるのを待つ。

 

返事が何時ものように聞こえてくる――筈だが、聞こえてこない。耳を澄ませてみると、何かが物音はする。いるけど、手を離せないのだろうか。

 

 

――……何か、良くないことが起きてるんじゃないでしょうね。

 

 

嫌な予感を胸に抱きつつ、扉に手をかける。

 

ソロリ、と扉を開け中の様子を伺う。微かに聞こえる、うめき声。

 

普通ではないと判断し一気に扉を開こうとして――背後から肩を掴まれ止まる。

 

 

「……何でしょうか」

「今はそっとしておいてあげな。少し、参ってるみたいだから」

 

 

何故か外に居た二人に言われ、扉から手を離す。よく、耳を澄ましてみると――微かに、ほんの少しだけ聞こえてくる。

 

 

「……っ…………」

 

 

静かに、噛み締めるかのような声。彼が、淡白な声以外で初めて出す声。

 

痛みも、感覚も、味覚も、ありとあらゆる物を失っても――喪う辛さと痛みは覚えている。

 

 

「……そんな、ことって……」

 

 

それでは、あまりにも――あまりにも、救いが無さすぎる。

 

どれだけ頑張っても取り戻せるか分からない物ばかりで、掴み取れるとは限らない。それなのに、続ける。それしかないから。彼にとっては。

 

 

「……どうにかしてあげたい、けどねぇ」

 

 

そう、うまく行くものではない。それは誰もが思うだろう。

 

 

「そう、焦る必要もありますまい」

 

 

ヴィザ翁が零したその言葉に、振り向く。

 

 

「剣鬼殿がどう思ってるかはわかりませんが、少なくともこれからは共に戦い生活をするのです。その中で、少しずつ、少しずつ近づいて行けばいい」

 

 

焦ってもいい事にはならない――そう、告げていた。

 

長い時間を生きたヴィザ翁の言葉に、それもそうだと納得して改めて考える。

 

前にも協力するとは告げたけれど、ほんの少しずつでいい。無駄に嘆かなくていい。彼にも、希望を持ってほしいから。

 

 

「……そう、ですね。少しずつ、歩んでいければ」

 

 

これから仲間(・・)になるのだから――少しずつ、知っていこう。

 

 

 

 

 

 

 



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神の国Ⅴ

 

――ゆっくりと、呼吸を繰り返す。馴染ませ、馴染ませ――自らの身体を調整する。

 

これまで、身体を休ませすぎた。少しずつ、少しずつ体調を整える。ふう、と息を抜き再度取り込む。

 

何度も繰り返し、身体が慣れるまで繰り返す。

 

腰にぶら下がる重みが懐かしい。ずしりと主張をする剣を手に取り、握る。掌の感覚はもう無いけれど、この重みは忘れちゃいけない。

 

「……や。今いいかい?」

 

そうやって鳴らしていると、ドアの向こうからエリンが声をかけてくる。問題は何も無い、と伝えるとドアを開き入ってくる。

 

「正式に遠征部隊に入ることが決まったから、顔合わせしたらどうかと思ってね。うちの家から一人、優秀な子が選ばれてるのさ」

 

おいで、と言い扉の先に視線を向ける。

 

「……エリン家のヒュースだ。お前が、噂の剣鬼か」

 

若干不機嫌そうな顔で入ってきた、まだ幼さが目立つ顔つき――成る程、角付きか。

 

「ヒュースはまだ十四歳だけど、君と同じくつい最近まで剣を使っていたのさ」

 

十四歳――……か。俺は今、幾つだっただろうか。……駄目だな。覚えてない。まぁ、どうでもいいか。

 

「……ミラとエネドラを相手に、戦闘不能寸前まで追い詰めたと聞く」

 

ちらり、と俺が手に持つ(二人)を見る。

 

「それが、お前の黒トリガーか」

 

……ああ。俺には勿体ないくらいさ。だから俺は、やらなきゃいけない。お前たちの思惑が何だろうが、俺は……と。悪いな、最近どうにも考えてることが脇道にそれてしまう。

 

手に持った剣を腰に戻し、改めて話を聞く体制を作る。

 

「やっぱりトリオン体は作れない?」

 

エリンが横から話してくる。ああ、トリオン体は作れない。作っても、トリオン体を保存しておく媒体が存在しないからな。正確には【作れるが使用できない】と言った方が正しい。

 

そもそもトリオン体は、トリガーの中に保存する別領域が存在するから換装出来る。生身の上にトリオン体を乗っけている訳ではない――調べていくうちにある程度理解できた。

 

だから、必然的に。

 

このトリガーの中には、彼女がいる筈なんだ。

 

「……そっか。君の言う彼女、どういう子だった?」

 

彼女は、そうだな。腕白で、快活で、人懐っこい――……いい子、だったよ。俺みたいな人間を外れたような奴でも、人扱いしてくれた。文化の良さを、よく教えてくれた。音楽、食事、日常での会話……ああ、そうだ。よく食べる奴だった。幸せそうに、うまいうまいって食べるんだ。

 

懐かしい。そう感じてはいけないと思うが、そう思ってしまう。

 

人と話すなんて、久し振りだったから。誰かに話すなんて、久し振りだったから。

 

「――……うん。そう、だね」

 

エリンが少し驚いたような表情を見せる。微笑むような、慈しむような仕草で話を聞いていたから何がどうして驚いたのかはわからない。

 

「……エリン様。私はこれで」

「ん、そうかい。私はもう少し話してから戻るよ」

「……失礼します」

 

ヒュースが一足先に帰ると言い、扉から出て行く。その後ろ姿を見届けて、あいつがこれから味方になるのかと考える。

 

遠征部隊――他の国に侵入して、トリガー使いや優秀なトリオン能力を持った人間を捕まえる。……そこに何か思わない訳でもない。恐らく、俺があの国にいた理由はそれなんだろう。

 

もう覚えちゃいないが、最初からあの国にいた訳じゃない筈だ。

 

……どうでもいいか。大事なのは事実、今この場において過去のことは必要ない。

 

他の人間がどうなろうが知った事じゃない。俺は、二人を救わなきゃいけない。絶対に、確実に。

 

そのためなら、どれだけ手を汚したって構わない。手が汚れた位で、止まってられない。死んでも死なない、その点を活かせ。

 

「遠征部隊の部隊構造も説明しておこうか。多分ぼんやりわかってると思うけれど、説明された方が理解しやすいだろうしね」

 

そう言いながらエリンが何処からかスケッチブックを取り出す。さ、座って座ってと言いながら寝床に押されて座り込む。

 

どさり、と座り込んだ俺の横にエリンも静かに座り絵を描いて行く。

 

「まず、一番上。領主であるハイレイン様が隊長」

 

水色の髪を持った角が二本生えたデフォルメされた男が描かれる。その下に線を何本か繋がるように引き、描き込んでいく。

 

「遠征部隊の要、窓の影(スピラスキア)を操る紅一点ミラちゃん」

 

此方もまた先程のハイレイン同様、デフォルメされたミラが描かれる。口が独特の形をしているから、特徴的で覚えやすい。

 

本人が見たら怒りそうだなと適当に考えながら話を聞く。

 

「そして泥の王(ボルボロス)を使う万年キレ気味エネドラくん」

 

斜めカットが特徴的な前髪のデフォルメされたエネドラ。万年キレ気味という事は、常にあんな感じで苛立っているのだろうか。

 

「隊長の弟で見た目超パワーファイターだけど射撃戦が得意、雷の羽(ケリードーン)を使うランバネイン」

 

赤色の髪を持つ、ハイレインより若干大き目に描かれたその姿は見たことがない。恐らく、まだ俺が会った事は無いだろう。

 

「君も知ってる、この国の中でも有数の実力者――国宝、と言われる特殊な黒トリガーを扱うヴィザ翁」

 

剣の腕もピカイチ、ヒュースの剣の師だよ――成る程。実際にやりあってないからわからないが、ヴィザが最上位に近い実力を持っているのは分かった。ミラとエネドラの二人よりも恐らく強いのだろう。

 

「最後に、最新のトリガー蝶の盾(ランビリス)を扱う新世代ヒュース」

 

やはり、少人数で構成されてるのはどの国も変わらないらしい。先ほど見た顔をデフォルメして描かれたヒュースを見て特徴を覚える。

 

「まだ君の場合身体が治りきってないから、参加はもう少し先になると思う。……実力面の心配はしてないけどね」

 

少し小さな声で呟かれたその声を拾うが、何も言わない。身体、か。治る治らないの問題ではなく、既に普通がわからない。

 

感覚がして、頭痛以外の痛みがして、味がわかって、温度がわかって――……全部、忘れた。今更急に出てきても、困るだけだ。

 

俺だけが、救ってもらった俺だけがそんな思いしても意味がない。二人に、伝えないと。共有しないと意味がないんだ。

 

だから、身体の状態はどうだっていい。

 

「……でも、私達はそれを見るのが辛い」

 

吐き出すような言葉に、反応する。

 

お前達がなぜ辛くなる。どうしてだ。所詮、敵の国から拉致られた捕虜一人にすぎない。そんなに親身になる必要なんてどこにも無い。無感情に、適当に扱えばいいんだ。

 

「それは……それじゃあ、駄目だ」

 

なんでだ。無償の信用なんて、クソにもならない。

 

哀れだ、可哀想だ。そんな感情を抱いていると言うなら、今すぐ捨てろ。同情は求めてない、哀れみは求めてない。

 

俺の中ではただ一つ、あの二人だけなんだ。あの二人が全てなんだ。

 

 

「……で、も。私は、君にもっと幸せになって欲しい」

 

 

先程よりも、絞り出すような声を聞き話を続けるよう促す。

 

 

「……私は当主の娘に生まれて、不自由なく生きてきた。幼い頃から朝起きる時に誰かが起こしにくるし、食事も誰かが作ったものを食べていた」

 

 

スケッチブックを膝に置いて、顔を俯かせながら話を続ける。

 

 

「当主として恥ずかしく無い行動を、と幼い頃から教育は受けてきた。常識と言われるものも身に付けた。教養も付けた。戦争にも出た。現実を知った。その上で――……自分は、勝者なんだと思っていた」

 

 

現実に勝ったと。他の人間より優れているぞ、と。

 

 

「そして、自分の下に敗北した人間が沢山いる事を知った。私が生まれた時から約束されていたこの地位は、誰かが羨んで止まない場所かもしれない。そういうものから、目を逸らして来た」

 

 

顔を上げ、後ろを振り向き窓の外を見る。

 

 

「ヒュースは元々、平民出身なんだ。この国ではトリオン能力に優れている子供がいると兵士として育てるって風習があってね。エリン家に引き取って、兵士にしたんだ」

 

 

罪滅ぼしとは、少し違う。古い風習に従って、国の為にとやったこと。

 

 

「家族としての愛はある。責任もある。どっちかというと年の離れた弟、って感じなんだ。……私は、君ほど追い詰められてるのに気を保っている人間は、見たことがない」

 

 

限界ギリギリ、崖っぷちに掴まって宙にぶら下がっている。

 

 

「もしかしたら、私が追い詰めた人の中にもそういう人はいたかもしれない。いや、いたんだろうね。けど、私の目に触れる前に消えていった。国に、家に、人に押し潰されて。……だから私は、君を見捨てたくない」

 

 

当主としては間違っている。けれど、人として――ここで、選ばなければ。

 

「きっと私は――胸を張って、名乗れなくなってしまう」

 

だから、君には幸せになってもらいたい。誰の為でもない、自分の為に。

 

 

「きっと君を幸せに出来たら、私は人として胸を張れるから。……私が私として、生きていられる間にね」

 

 

少し儚げな表情で微笑むエリンに、既視感を覚え――ズキリ、と頭が痛んだ。



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神の国Ⅵ

暗い。ただただ暗い。

 

真っ暗な視界、首をどう動かしても視界の変化はない。現実感の無さに、夢かと思う。

 

……手の感触が、ある。ああ、何だ。違和感がある。無いはずのものが、付いている。

 

左腕がついてる。動く。感覚がある。触れた感触がはっきりとする。

 

気持ち悪い。失った物を思い出した筈なのに、気持ち悪い。急激な変化が怖い。これが、触る感触か。恐ろしい。自分は今、何を触っているのだろうか。

 

果たして本当に腕を触っているのだろうか。いや、もしかしたら別の物を触ってるかもしれない。そもそもこれは本当に触れた感触なんだろうか。

 

わからない。だからこそ気持ち悪い。

 

 

『――私……局……後も……なさ……』

 

 

ふと、遠くから声が聞こえた。

 

音の出所は、分からない。遠い遠い、どこか。

 

けれど、遠い何処かだが――近い場所にある。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

◼︎

 

「……おはよう」

 

目が醒める。日差しが眩しいくらいに差し込んで、寝起きの目には中々厳しい。目を細め、ゆっくりと身を起こす。

 

既に部屋に来ていたミラに、何時か確認する。

 

「今? 大体昼くらいよ、寝坊助さん」

 

若干険しい目で返してきたミラに、機嫌が悪いのか尋ねる。どうしたのだろうか。

 

「……何でも、ないわ。それより寝汗凄いわよ。汗を流してきたらどう?」

 

そう言われ着ている服を確認すると、確かに汗で濡れている。……そんなに暑かっただろうか。俺自身、暑さや寒さを感じることは無いが身体は別だ。

 

斬撃に痛みを感じなくたって、出血という結果が残るように身体の不調が出ると言うことは何かしら理由があるということである。

 

死なないから気にして無いが。死んでから考えればいい問題は、今は後回しにする。

 

とは言え、別に不衛生なままいるつもりはない。二人を助けた時に、身なりが整っていないと笑われてしまうから。いや、笑われてもいい。けれど、最低限やっておかなければいけない事はずっと続けてきた。

 

食事、身嗜み、文化――……は、正直忘れてしまった。

 

流石に音楽を楽しむ余裕はなかったし、そもそも存在してなかった。けれど、その文化という概念は覚えてる。

 

今もまだ、二人の記憶は覚えてる。鮮明に、では無いけれど。二人の顔も、声も、まだ忘れてない。忘れる訳にはいかない。

 

……そうだな。先に、汗を流そう。帰ってきたんだ。戻ってきたんだ。俺の元に。

 

だから、焦らなくて良い。遠征部隊に選ばれ続ければ、二人と離れる事はない。不幸中の幸いと言うか、ここの連中はあの国の上層部の様な奴らじゃない。

 

裏切られたら、死んでやり直せば良い。舌を噛み切るでも、心臓を潰すでも、頭を叩き潰すでも、自分で死ぬ方法はいくらでもある。合理的に行こう。それが二人を救う一番の近道になる。

 

俺一人でダメなら、他を巻き込めば良い。同じ目的か、それに準ずる意思を持った他の誰かを。

 

……そんな人物がいるのか、わからない。けれど――俺も、進まないと。手遅れになる前に。

 

攫われて、別の国に来た。あの国にはあの国なりのやり方が、この国にはこの国なりのやり方があるはずだ。折角黒トリガー使いの集まる部隊に配属されることになったんだ。

 

怪しませない程度に探って、情報を集めなければ。やる事は沢山ある。露骨に減った腕の筋肉を見て、また鍛え直しだと呟きながら外を見る。

 

変わらず陽の光は、眩しく差し込んでいる。でも――さっきよりも、優しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ剣鬼君、調子はどんなもんかな」

 

黙々と腕立て伏せを行っていると、エリンが入ってきた。最近割と遠慮なく入ってくるようになったが、まあいい。

 

「おや、トレーニングかい? ……そういえば来た頃結構筋肉あったね」

 

ほぼ寝たきりだったせいで大分落ちたが、仕方ない。まだ時間はある。せめて元と同じくらい動けるようにならなければいけない。

 

「ほうほう。 まあ、ゆっくり頑張るといいさ」

 

そう言って何故か俺の寝床に腰掛けるエリンを尻目に、腕立てを続ける。実際の所、戦闘の際に筋肉があるかないかというのはかなり重要だ。

 

普段から変な姿勢で戦ったり、指の小さな運動を使って剣を振るうという事が発生したときに身体は正直だ。動ける動きしかしないし、絶対に届かない領域と言うのは存在する。

 

だからこそ、普段から鍛えておくことが重要――……ああ。大分前にこうやって誰かに説明した気がするな。確か、あの時は……彼女だったか。

 

少しの思考で、一瞬で過去に思いを馳せてしまう。これが良い事なのか悪い事なのか――うん。忘れるよりはいいだろう。特に、俺みたいな場合。

 

無言で回数を重ねて慣らしていく。幸い筋肉痛とかそういうのとは縁がないから、暇さえあればトレーニングを行えるのが便利だ。流石に腕が震えてバランスが取れなくなった場合は別のトレーニングをするが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

言葉を交わす事もなく、俺の腕立てと呼吸が部屋の中に響く。エリンはそれに何かを言う事もなく、腰掛けたままである。

 

こちらとしても別に用があるわけでもないし、向こうに何か用があるのかもわからない。まあ、別になんでもいいか。邪魔しに来たわけではない。その事実が大事だ。

 

「そういえば、剣の腕って一日でも休めば下手になるみたいな話を聞いたことあるけど大丈夫?」

 

剣の腕、か。……さあ。実際に斬ってみない事にはわからない。

 

少なくとも前ほどうまく戦えはしないだろう。こう、長い間剣を振らなかったのもそうそうなかった。

 

「ふむ……君さえよければヒュースと模擬戦とか頼むけど、どうかな?」

 

模擬戦、か。確かに味方のレベルを理解するのは大事だしこちらも勘を取り戻す必要がある。条件を考えれば願っても無い事。

 

「流石に今すぐは無理だけどね! 一週間とか、その位期間は空くよ」

 

一週間あれば、少しはマシになる筈だ。ヒュース――剣の腕がどれほどかはわからないが、黒トリガーに混じって遠征部隊に選ばれるほどだ。実力は確かなのだろう。

 

別に殺し合う訳じゃ無い。これまでとは違うんだ。もし殺す気で来たら、殺さず無力化すればいい。敵だと上層部に思われるわけにはいかない。仮に殺してしまったら、自殺しよう。

 

「……そうなると、髪の毛邪魔じゃないかい?」

 

ふと、見てみる。ああ、確かに邪魔だな。視界を若干塞いでいる前髪に気が付き腕立てを一度やめる。なあ、何か切れるもの無いか?

 

「切れるもの……包丁とか? それともカッターとか」

 

何でもいい。邪魔だから切る。

 

「……自分で?」

 

他に誰がやるんだ。自分で切るに決まってるだろ。

 

「切ってあげようか?」

 

そう言いながら手を上げ人差し指と中指を動かし挟むような動作をしてニヤっと笑うエリンを見て、どこか増した頭痛を無視する。

 

まあ、いいか。別に俺が切ってもお前が切っても変わらない。それじゃあ頼む。

 

 

「……まさかそんなに素直に了承するとは」

 

 

そそくさと寝床から立って扉に向かうエリンを見送り、軽く前髪を摘まむ。確かによく見てみれば視界が若干薄暗くもない、何故気にもしてなかったのだろうか。

 

最近ミラが持ち込んだ鏡を思い出し、手に持つ。ああ、確かに長いな。

 

後ろ髪も肩甲骨あたりまで伸びてるから若干ヒラヒラしている。このくらいの髪の長さだと、アレだな。彼女と同じくらいか。

 

彼女とは違って綺麗な黒髪じゃなく薄汚れた白髪で、元気な瞳じゃなく今にも死にそうな程淀んだ目。快活な表情はどこにもなく、そこにあるのは死人の様な無表情。

 

……これで、いいんだ。俺はこうでいいんだ。俺らしい。

 

酷く擦れてても、見失わなければ。なあ、二人とも。鏡を置き、腰に付けた二人を撫でて呟く。

 

 

 

――……■は……■……に……

 

 

 

脳に響いたその小さな声を、どうにも思い出せず――少し、頭痛が引いたような気がした。

 

 

 

 



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神の国Ⅶ

ハァ、と息を吐く。

 

吸って吐いて、吸って、吐いて。呼吸を合わせる。

 

右手に握る感覚に懐かしく感じながら、構える。構えと言っても我流、そんな大層なものではない。腕を降ろし、いつでもどうにでも対応できるようにする。腕の振りが遅れればその分不利になるが、身体全体を使用する。

 

目を閉じて、音に集中する。風が草を掻き分ける音を聞いて、心を落ち着かせる。

 

「……どうかしら。何か違和感はある?」

 

いいや、無い。はじめて握る物だけど、どこか懐かしい。一振り、下から上に斬り上げる。空を斬る音を聞き、そこまで調子が落ちていないことを確かめる。

 

そのまま一度、更にもう一度と振る。

 

「問題なさそうね」

 

ああ、と答えてそのまま目を開く。地面を見れば一面緑に包まれゆらゆらと揺れ、自然に静かな空気にしてくれる。

 

身体を動かすのも久しぶりだから、ある程度身体を解さなければ。トレーニングはやっていたが、使えていない部位は勿論ある。そういった場所を動かす方法――は、正直分かってない。俺は専門家じゃない。

 

構造で理解できてるのは、斬れば死ぬ場所とかそんな感じだ。自分で必要だと思えなかったところの知識は当然少ない。

 

そもそも痛みとか無視して無理やり動かせるから、気にしてすらなかったとも言う。それが原因で死んだら巻き戻るだけ。

 

ああ、死んだのか。なら何故死んだのか。原因はこれか。なら別の手段を試そう。

 

このサイクルだ。……守る筈の人は、守れなかったけど。もっと別の方法があったんじゃないか。他にやりようがあったんじゃないか。そうやって思考の沼に嵌まることは何度でもあった。

 

そうやって悔いて悔いて悔やんで悔やんで、諦めきれなくて――でも、だからこそ覚えてることだってある。悔やむ事は、悪い事じゃない。

 

「準備が良かったら呼んで来るけれど、どう?」

 

思考を中断し、ミラの問いに問題ないと答える。

 

トリガーを使用して穴を開き、何処かに向かっていったミラを見送って切り替える。まぁ模擬戦だ。そんなに気を張る必要はない――きっと。

 

風が吹き、びゅうびゅう音がする。ああ、この音も久しぶりだ。

 

「――お待たせ」

 

ワープホールからぬるりとミラが出てくる。

 

今回の模擬戦を行うに当たって、念には念を入れてヒュースはトリオン体、俺はそのままで頼んでいる。ヒュースには舐めているのかと文句を言われたが、仕方ない。生身同士での斬り合いなんて随分久しぶりなんだ。

 

彼女との斬り合いは絶対回避されるしこっちもなんとなくでわかるから勝負にならないし、アレクセイの時はトリオン体になって貰ってた……筈だ。

 

生身を斬るなんて、それこそ最後のとどめを刺す時位しかやってない。だから不安だ。

 

「……一つ確認しておく」

 

ミラと共に現れたヒュースがマントを靡かせ問いかけてくる。

 

「加減はしない。貴様の剣の腕が、恐らくオレより上なのはわかっている」

 

だからこそ、トリオン体で来いと言ったのだろうと続けて更に言葉を紡ぐ。

 

「それに生身で黒トリガー二人を相手にして戦えるという事は既に証明されている。……よく考えなくても、わかる話だ。生身で猛獣に戦いを挑めば大半の生物は勝てない、という事」

 

剣を抜き、構える。向こうも気合十分で今にも飛びかかってきそうな空気を醸し出している。

 

ハァ、と一拍タイミングを計る意味を兼ねて呼吸をする。瞼を閉じて音に集中し――目の前のヒュースが動く気配を察知する。

 

服のこすれる音、呼吸の音、剣に力を入れる音。ありとあらゆる音を聞く。

 

ここまで集中するのは随分と久しぶりだ。記憶の限りでは、本当に数少ない位――ああ、懐かしい。

 

ヒュースの動く音を聞き、頭の中で考えるより早く体が動く。

 

 

これまでの経験――何十何百何千、数え切れないほどの死の感覚。それが身体に、脳に染み付いてる。

 

 

死ぬ、という感覚を身で感じるより先に反射で動ける。

 

ヒュ、と風を切る音が真っ直ぐ突き抜けてくるのを感じ取り首を捻る。真横から風が流れてくるのを感じて更に身体ごと捻り横薙ぎされる剣を回避する。

 

不安定な姿勢のまま足に力を込めてその場から飛びヒュースの顔を蹴り飛ばす。上手く当たった衝撃が伝わり、自分の身体から勢いが失われていくのを感じ着地する為に剣を地面に突き刺す。

 

突き刺した剣を起点にぐるりと回って着地、思ったより身体――というより勘の良さ。

 

それはまだまだ健在だった。少し安心する。

 

 

「……本当に人間か?」

 

 

相変わらず戦った連中に人間かと問われるが、いい加減慣れた。

 

剣を引き抜き、再度構える。

 

「……問題無さそうね」

 

ああ、と答えヒュースに相対する。

 

息切れとか、そういう具合も確かめなければならない。ヒュースには悪いが、まだ付き合ってもらおう。

 

 

 

「…………もう少ししっかり考えておくべきだったか」

 

 

 

自嘲気味に笑い剣を構えるヒュースに、既視感を覚え頭痛を感じるがそれを抑えて斬りかかる。

 

人と研磨するのは――何故か、少しだけ楽しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

少し離れた草原で、剣で斬り合う二人を見ながら顎に手を当てる老人――ヴィザ。

 

何かを思案するような仕草で悩まし気な表情を見せ、片方の手で杖を持っている。

 

「別に侮っているつもりはありませんでしたが――成程。こればかりはハイレイン殿の慧眼だ」

 

ふ、と笑いながら呟く。

 

 

星の杖(オルガノン)を持ち出してまで警戒しろとは、言い過ぎかと思いましたが……そう思わせるだけの実力は保有している」

 

 

そう言いながら笑顔で見つめ続けるヴィザの真横に、ミラの作ったワープホールが発生する。

 

 

「どうだヴィザ翁、剣鬼の調子は」

「おや、ランバネイン殿」

 

 

赤い髪に角――ランバネインがぬるりと出てくる。

 

「ほう、これは――……成程。噂通り、というか話に聞くよりアレだな」

「流石に見たことがありませんな」

 

生身でトリオン体相手に立ち回って、ダメージが与えられないのに殴ったり蹴ったり斬ったりしてるのを遠めに捉えて会話を続ける。

 

「ヒュースが可哀想に見えて来たな」

「トリオン体だから、生身相手に加減する等と言う甘えた考えは既に捨てているでしょうが――相手が悪い、ですな」

 

これが仮に戦場ならば、すでに何度も死んでいる。

 

「まぁ、そうならないための模擬戦だからヒュース殿の修練と剣鬼殿の勘を取り戻す為だと思えば良い事でしょう。生身であそこまで極まった人物は、流石に見たことがない」

「ほう、ヴィザ翁ですら見たことがないか」

 

興味津々、と言った様子で二人を見つめるランバネイン。

 

 

「俺では近づかれたらひとたまりもないな!」

 

 

ガハハと豪快に笑い、マントをひらりと翻す。

 

「全く、トリオン体になってからじゃないと見物を許可しないとはずいぶん慎重だと思ったが――これなら納得だ」

「もう行かれるので?」

「ああ。どうせこれから何度も顔を合わせるだろうからな」

 

トリガーを通じてミラに連絡をし、ワープホールを作ってもらいそのままその場から立ち去る。

 

まだ遠くで斬り合っている二人を見て、再度ヴィザが笑う。

 

 

「若い世代が着々と育つのを見ると――老婆心が疼く」

 

 

手に持った杖を両手持ちに変え、正面に構える。

 

 

「やれやれ、これからが楽しみだ」

 

 

一層笑みを深くして、その場から離れることなく見続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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神の国Ⅷ

 ふわりと、身体が浮いている様な感覚。

 

 何時もの様な鈍く押さえつけるような重さは無く、常に頭に響く痛みも無い。

 

 視界は闇に包まれているから、自分がどういう状態なのかは不明だが――ああ、夢かと理解する。

 

 微かに聞こえる声を頼りに、その方向を見る。身体の向きが変わった感覚は無いが、夢の中なのだから少しは好き勝手させてくれるだろう。

 

 

『――っ……みは……人……?』

 

 

 聞き覚えのある、言葉。何時の日かアレクセイに言われた言葉だろうか。

 

 懐かしい気持ちになり、そして即座に思い出す。

 

 忘れるな。俺は、二人を元に戻すんだ。この国で幸せに暮らすのが目的じゃない。充実した日々を送るのが目的じゃない。

 

 二人を戻さないといけないんだ。絶対に、何があっても。

 

 

 

 

 

 

 

『…………■■■』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 トントン、とドアがノックされる。

 

 その音で目を覚まし、何か夢を見ていたような気がするが――思い出せない。

 

 まあ、所詮夢だしどうだっていい。気にすることじゃない。

 

 入って問題ないという旨の回答をして寝床から身を起こす。相変わらず寝てかく汗の量が多くて自分でも驚くが、まあいいだろう。

 

 

「おはよう。調子はどう?」

 

 

 最早来ることが当たり前になりつつあるミラにいつも通りだと答え頭を抑える。

 

 深く空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

 こうすると、少しだけ頭痛が和らぐ。

 

 常に襲ってくる頭痛にも慣れてはいるが、ないなら無いでいい。そっちの方が気にならない。切り傷とかそういうのは感じない癖に何時までも響く頭痛にイラつきつつ着替える為に立ち上がる。

 

 コンコン、とドアがノックされる。エリンはノックしないし、いつも来るミラは既にいる。残る候補としてはヴィザかエネドラだが――ヴィザなら声をかけてくるだろうしエネドラの性格上しない。

 

 つまり――ヒュースか。

 

 

「……起きていたか」

 

 

 ドアを少しだけ開き、顔を隙間から覗かせてきた。……どこか幼いその表情が誰かと被って見え、頭痛が激しくなるが一瞬眉を顰めて堪える。

 

「む、どうかしたか」

 

 いや、何でもない。それより何の用だ。

 

「……まぁいい。いや、ちょっとした頼みごとがあって来た」

 

 俺の寝床まで歩みを進めて来たヒュースは、置いてある椅子に座る。

 

「これから定期的にオレと模擬戦して欲しい。条件は先日と同じで構わない」

 

 ……それは、こっちにとっても好都合だ。勿論構わない。

 

「ふ、助かる。……少し剣から離れただけで、まさかこうも変わるとはな」

 

 言葉の意味を察するに、最近あまり剣を使っていなかったからリハビリも兼ねてという事だろうか。

 

「まぁ、そうそう剣を使うようなことにはならないと思うがな。オレの使うトリガー――蝶の楯(ランビリス)は遠近中全て戦える万能型になっている」

 

 そう言いながら待機状態のトリガーをチャラリ、と手の中で鳴らす。

 

「……一緒に戦う場合、相性は悪くない。お前の黒トリガーがどんな効果なのか耳にはしている」

 

 その機会があれば教えよう、と言いチラリとミラに目線を送って話を続ける。

 

「その、なんだ。此間はすまなかったな。これから改めて、よろしく頼む」

 

 くるりと身を翻し、ドアへと歩んでいくヒュースを見送り俺自身も活動を再開する。ヒュースとの模擬戦で自分の技量はある程度理解できた、後はこれを仕上げて自分の目的――黒トリガーの情報収集を開始する。

 

 裏切ろうって訳じゃ無い、あくまで俺の目的の為に利用するだけだ。

 

 だから、悪い事じゃない。全然、良い筈だ。ああ。二人の為なんだから――そうに決まってる。

 

 『――……。……で――……か』

 

 立ち上がりながら、考える。俺の今の実力をアフトクラトル基準で測ってみよう。

 

 まず一番上に持ってくる人物――個人的にだが、ここのメンバーは全員実力が高い。

 

 黒トリガー使いの時点で実力があるのは当然で、その上それに平然と同行できる最新型のトリガー使い。

 

 単体で見れば一番手強い――……現時点で戦ったことは無いが、恐らくヴィザだろうか。底が見えない、壁の厚みが超えられそうにもない――あそこまで老練したトリガー使いに出会ったことは無かった。

 

 基本若者がトリガー使いとして中心を担うのが当たり前――というより、年を取ればとるほどトリオン能力は劣化していく。それは既に理解している。

 

 その中で、どれだけ使い成長させ続けたかによってトリオン能力の衰弱という物は決まる。つまり、この段階で黒トリガー使いであるヴィザは少なくとも衰弱することが無い位には闘い続けているという事。

 

 俺のようなループでもしてるなら別だが、その線は無いだろう。俺の惨状とはあまりにも違いすぎる。

 

 つまり純正の実力のみで生き残っている――という仮説。

 

 他にもいくつかヴィザが一番実力者だろう、と思う材料はあるがカット。現時点でトップはヴィザで問題ないだろう。

 

 その下はそれなりに平行線だが、順当に見るならばエネドラだろうか。エリンが前に紹介した時にもう一人いた筈だが、忘れた。だからエネドラだ。

 

 単純に黒トリガーとしての性能と扱う技量がマッチしている。後はあの慢心癖が無ければもっと強いと思うが――あれは気性だ。簡単に治せるようなものでもないし、治してほしいとも思わない。簡単に言えばどうでもいい。

 

 そして次点にヒュース。遠近中をこなせるという点でミラより戦闘面でのバリエーションは広い。恐らく二人とも連携で光るタイプのトリガーで間違いないだろう。

 

 ミラと誰かが組めば、それだけでかなり戦いづらくなる。現に俺はやり辛かった。

 

 服を支給されたものに着替え、腰に剣を付ける。ホルダーを付けてくれたのは有難い、これで手で持つ必要がなくなる。

 

 剣を揺らし、懐かしい感触に口角が上がるのを自分で理解する。ああ、俺は思っていたより待ち望んでいたらしい。

 

 俺の今の実力は――決してヴィザには届かず、それでも他の連中に負ける気はしない。いつか届かせて見せる。

 

 二人の存在証明を、俺が絶対に――叶える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ」

 

 食堂へ向かう廊下の途中、偶然エネドラに遭遇した。いつも通りキレ気味の表情と仕草を見せていることから、やはりこの気性を治すのは無理だなと再度思いつつ歩く。

 

「オイ」

 

 呼び止められたので、後ろに振り向く。

 

「……相変わらず死んだ目してやがる。まあいい。テメェ、今度俺と戦え」

 

 ……模擬戦、という事だろうか。今後エネドラの様な奴に遭遇しないとも――いや、既に遭遇してるな。エネドラが、二人目だ。

 

 問題ない、という事を伝えて食堂に向かうために身を翻す。

 

 

 

「――次戦り合う時は、テメェも黒トリガー使え」

 

 

 

 ピタリ、と歩む足を止める。

 

 

「条件はあん時と同じ、俺とお前で一対一だ」

 

 

 互いにある程度初見殺しの戦法――一度対策が出来てからが本番、と言うのもわからなくはない。実際、何度かあの頃にやった。一度戦って手を抜いて、相手が勝てると慢心したところを容赦なく踏み潰す。

 

 こうすることで、相手の指揮系統に罅を入れられる。自分たちの作戦が通用しない、実力が違いすぎる――勝てないと。そういう風に戦う意思そのものを折る。

 

 そもそも俺が一番最初から戦場に出ることは殆どなかった。それこそエネドラとミラを迎え撃ったのが、緊急扱いだったから。

 

 国も流石にこいつらを警戒していたのだろうか――どうでもいい、カット。

 

 構わないと告げ、先程と同じように前から見る。

 

「……次は勝つ。ボコボコにしてやるよ」

 

 そう言いながらどこかへ歩いて行くエネドラの後ろ姿を見送り、改めて食堂へ向かう。

 

 ……何故だろうか。とても、懐かしい気持ちになった。こう、言葉に表すのが難しい。幸せ、とは違う。少しだけ、満たされたような感覚。

 

 互いに模擬戦を行って、実力を高め合い、認め、協力する。

 

 懐かしい。あの二人が居た頃、散々やったことなのに――とてつもなく、愛おしく思える。

 

 相手は全然違うのに。肝心の二人は居ないのに。何故なんだろう。

 

 

「――……あ、れ」

 

 

 ふと、涙が零れ落ちるのを自覚する。一滴、また一滴と左右両目から少しずつ。それに困惑して戸惑いつつ、右手で擦って拭いて行く。

 

 少しで止まり、何だったのだろうかと自分で思う。まぁ、そんなに重要なものではないだろう。切り替えて、再度歩み始める。

 

 

 

 

 

 そういえば――こんな風に味方に話しかけられたのは、いつ以来だったかな。

 

 そんな他愛もない事を、考えながら。

 

 

 

 

 



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神の国Ⅸ

@Aitrust2517 碑文つかささんに我らが空腹少女を描いてもらえました。大変可愛いですね。
すごく可愛いので皆さん是非Twitterをフォローしてください(ダイマ)


【挿絵表示】




 

カチャリ、と右腕に持った剣を見る。

 

今度エネドラと模擬戦する際に使用しろと言われたが――手に取って、見つめる。

 

今二人はどんな状態なのだろうか。外の様子を理解しているのだろうか。トリオン体と置き換える技術を利用して彼女を仕舞っている筈だが、その場合どういったシステムになるのだろう。

 

トリオン体と生身を換装しても、視覚情報や脳の処理に弱体化やラグは発生しない。逆に感覚が鋭くなり、戦闘能力が向上する。

 

という事は、トリガーに収納した生身の思考という点に変わりはない筈。中継地点、つまりタイムラグの問題か。

 

人間の身体は反射神経や運動能力がある程度限界がある為、それこそ俺や彼女の様にある意味反則の手を使わなければ太刀打ちできないだろう。

 

 

「――……どうなんだろうな」

 

 

今二人は、どうなっているんだろう。身体があるのか、思考できるのか、意識があるのか。

 

トリガーの中に身体を収納して、即死を免れた何て話どこにもなかった。どれだけ調べても探っても漁っても、黒トリガーになった人間の経験談なんてない。

 

……いや、それでも。理論的に言えば、死んでいる訳では無いと言える。

 

 

黒トリガーに存在する唯一の共通点――それは、使い手を選ぶという事。

 

 

これはどんな黒トリガーでも同じ。俺はエネドラやミラのトリガーは恐らく使えないだろうし、二人に(二人)は使えないだろう。

 

黒トリガーの元となった人物の好みによって使用できる人物が変わるならば、恐らく――まだ生きていると言える。

 

 

なあ、今何を思ってるんだ? 飯も食わなくて大丈夫なのか? そもそもどういう状況なんだ? どんな感覚なんだ? まだ――生きてる、よな?

 

 

…………返事なんて、帰ってくるはずも無い。何度も何度も行った。一度たりとも、帰って来たことは無い。

 

 

胸を締め付けられるような感覚が襲ってきて、更に激しい頭痛に頭を抑えそうになるが――歯を噛み締めて耐える。

 

分かりもしない事を悩んで、現実から目を逸らしている場合じゃない。もっと他にやるべきことがある。

 

息を思いっきり吸い込んで、吐き出す。胸の内に溜まった重たい重たいモノを吐き出すつもりで、思い切り。苦しくなるまで吐き出し続ける。

 

 

……気を引き締めろ。これからだ。これからもっと、新たな情報は得られる。折れてる場合じゃない。

 

 

折れたって前に進め――俺にはもう、これしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再度、ヒュースと剣を交えたあの場所まで移動する。と言ってもミラに転送して貰うだけなのだが、肝心のミラが見当たらない。

 

なので現在敷地内を歩いて捜索中なのだが――どこにもいない。

 

自分から吹っ掛けて来たのだからそこら辺の予約はしておいて欲しい――エネドラに内心文句を言いつつ探し続ける。

 

それなりに遠い、という事は分かるが実は詳細な場所を把握してるわけじゃない。ミラのトリガーによって移動が基本なので、そこに至るまでの場所は覚えていない。

 

少しは自分で動いていれば良かったか――そう思いながら足を止める。

 

がむしゃらに探しても見つかりそうにないし、エネドラを探してミラが居ないという事を伝えた方が早いと判断して探す目標を変える。

 

エネドラと合流しておけば少なくとも何も伝えられず互いに行違う、という事は起きない筈だ。

 

最初に紹介された遠征部隊の集まる部屋を訪ねよう、エネドラとミラが居なくても何かしたのヒントはあるかもしれない。

 

廊下を歩きながら、エネドラとの戦いについて考える。

 

エネドラの黒トリガー――液体・気体・固形の三つの形に変化するトリガーを扱って戦う。液体状になれば普通の斬撃は効かないし、固形にすれば相手を貫く強度に出来るし気体になれば相手のトリオン体内部に侵入して攻撃が出来ると聞いた。

 

簡単に言えば万能、器用貧乏と言うほど使い勝手は悪くないので万能が一番正しいだろう。

 

泥の王(ボルボロス)、と彼らは呼んでいた。普通に戦うとすると初見ではやりようがないだろう。せめて液体状の変化をしている際に斬っても無意味、という情報が無いと戦いにすらならない。

 

完全に初見殺し、まぁ黒トリガーとは大体そういう物だろう。

 

ミラのワープも、俺の斬撃も、エネドラの刃も、あの時の粒子野郎も――全部初見に対して圧倒的な強さがある。

 

トリガー同士での戦いは基本、情報が物を言う。俺のような巻き戻しと言うのはこの戦いに於いて絶対的に優位を取れるアドバンテージになる。

 

……巻き戻しでも、間に合わない物はあるが。

 

感傷に浸るのは止そう、それより別の事だ。エネドラとの戦い――……いきなりトリオン吸収を行っても意味ないだろうな。既に何かしらの対策は行われている筈だ。

 

様子見できる相手でもない。時間をかければ気体で攻撃してくるが、速攻で攻めれば新しい手を打ってくるだろう。

 

難しいな。若干搦め手を用意するのが良いかもしれない。

 

敢えて液体の攻撃を誘って、そこから急襲の形で斬撃を放つ。わかりやすい攻撃だが、鋭く早く相手が対応できない速度で行えば関係ない。

 

液体から固形に変形する際に刃の形にするのが基本攻撃の筈だから、その変化の隙を狙うしかないか。

 

 

「――おや、どうしたんだい?」

 

 

声をかけられ、思考を中断して反応する。後ろを振り向けばエリンが立っている。……傍らにヒュースを連れて。

 

どうもこうも、ミラを探している。何か知っているか?

 

「んー……正直わからないかな。遠征部隊って結構仕事抱えてるから、今それ関係で忙しいのかも」

 

仕事……か。ヒュースは何か知ってるか?

 

チラリとエリンを見て、頷くのを確認してからヒュースが話す。

 

「俺達は別に常に連携してるわけじゃない。個人の仕事を行う時も連絡し合うほどの仲では無いし、そもそもそんなに協力する体制である訳でもない。ミラが何か仕事を抱えているなら、それは申し訳ないがわからない」

 

確かに俺に連絡が来てない時点でそうか。……簡単な話だったな。

 

「何か用事があるなら隊長に聞くが?」

 

いや、大したことじゃない。エネドラと模擬戦をするんだが、肝心のエネドラとミラが見当たらなくてな。

 

「……ふむ。その二人が居ないとなると、なんだろうねぇ」

 

どうしたものか。まぁ、急に決まったものであるから他のことをして時間を潰すしかないか。

 

二人に感謝を述べて、部屋に戻る。空いた時間を利用して、トリオンについての研究を行いたいが――いい場所はあるだろうか。これだけの国の大きさなんだから確実にあるはずだが……待てよ。

 

……エリン、一つ聞きたいことがある。

 

「ん、なんだい?」

 

足を止めて振り返り、声をかける。

 

――エリン家で、トリオンの研究は行なっているのか?

 

そう聞くと一瞬目を細め、けれど顎に手をやり考える仕草を見せる。トリオンの研究はすなわち、その国の国力と等倍だとも言われている。

 

様々な国が乱立するこの世界では、トリオン技術の優劣が国の優劣を決める。黒トリガーを持った三人とノーマルトリガーの三十人では圧倒的に黒トリガーの方が強い。

 

だからこそ、エリンも躊躇うのだろう。いくら遠征部隊に入ったとはいえ、それは監視の意味も含めての配属。あのメンバーなら俺を止められるという思惑も多分に含んでいるはずだ。

 

 

「…………うん。ここで立ち話もなんだ、移動しないか?」

 

 

ああ、と返事をして着いて行く。……素直に教えて貰えれば、良いんだがな。

 

「……おい、剣鬼。どうしてそんなことを聞く」

 

エリンの後ろに付いていたヒュースが小声で聞いてくる。……そうだな。俺の目的に、必要なんだ。

 

「目的……?」

 

ああ。

 

そう言いながらチャリ、と腰に下げた剣を揺らす。そうするとヒュースは納得したように頷き、それと同時に険しい表情になった。

 

「それは……」

「ヒュース」

 

ヒュースがなにかを口にしようとした時、エリンに遮られる。

 

「――ダメだよ、ヒュース」

「……わかりました」

 

飲み込んだヒュースとエリンに疑問を覚えるが、まぁいい。

 

俺の身柄は現在、遠征部隊所属ではあるが正確にはエリン家の人間になる。だからエリン家のトリオン研究に混ざるのは決して悪い手ではない。

 

……もしやっていればの話だがな。ヒュースという優秀な人物を輩出出来るのだから、やっているだろうという賭け。

 

やっていなかった場合、ある程度実績を打ち立ててから交渉という形になる。あの時の領主か、ヴィザか。それよりかはエリンの方が協力してくれる確率は高いだろう。

 

黙々と歩くエリンの後ろに付いて、考える。

 

やってみるしかない。試すしかない。全ての可能性を試せ。実行するんだ。考えて考えて考えて、最適な答えを見つける。

 

なぁ、二人とも。そう思うだろ?

 

ピクリとも反応しない剣に問いかけ、やはり反応がない事を確認する。……ああ、神の国なんて言うのなら――なんでも解決してくれる神くらい居てくれよ。

 

 

――一瞬、剣が紅く鈍く輝いたような気がした。

 



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神の国Ⅹ

ブン、と一振り。

 

久しく使われていなかったその感覚を寸分違わず思い出し、呼び覚ます。握る感触は覚えてない、けれど力の入れ方は覚えてる。どれくらいの速度で振って、どれだけの力を入れて。

 

懐かしい――とまでは行かなくても、そういった感覚を感じる。

 

「……貴方、そんな顔出来たのね」

 

――……君、そんな表情も出来るんだな。

 

ズキリ、と頭が痛む。思わず顔を顰めるが、そのままを保つ。

 

自分が女々しくて、少し鬱に感じる。何時までも二人に頼りきりで、お前は進歩なぞしていないと言われているようで。

 

でも、それで構わない。

 

二人に頼りきりで、何が悪い。仲間なんだ、頼ってこそだろう。それこそ忘れてしまうより全然良い。俺は二人のことを忘れたくない。

 

どれだけの時が経っても、記憶に刻んでいたい。

 

「……ごめんなさい。迂闊だったわ」

 

ミラが謝ってくるが、別に気にしていない。こうやってふとした瞬間に言われると、自分の中の記憶から急に思い出せる。

 

ははは、と二人に笑われたのを思い出して哀しくなる。ああやって笑いあった俺たちの姿はもう無くて、二人に全てを託された俺という一人の小さな人間が居るだけ。

 

……だから、こうしてなんとかしようとしてる。

 

「――エネドラから連絡が来たわ。迎えに行ってくる」

 

ヒュ、とゲートを作り消えていったミラを尻目に考える。俺は、何をしているんだろう。二人の為にだとか言っておきながら、戦おうとしてる。

 

信用させるためとか、そんな言い訳はいくらでも出来る――けれど、それは本当なのだろうか。俺は本当に二人の為にと、心の底からそう思えているのだろうか。わからない。自分の感情がわからない。

 

自分の事が把握できない。そもそも俺のこの想いはなんなのだろうか。

 

疑問が疑問を生み、自らの形を保てなくなる。

 

ずんずんと思考の沼に嵌って、抜け出せない。そんな自分を嫌悪して、全身浸かっていく。

 

 

「――切り替えよう」

 

 

声に出して、無理やりリセットする。頭の中で切り替えると念じるより、声に出した方が切り替えやすい。問題点として、声を出すのも辛いと感じる場合が殆どという所。

 

昔の俺は、どんな風だったかな――それも、二人にまた会えればわかるか。

 

 

「……おう、待たせたな」

 

 

ぬるりとゲートから身を乗り出してきたエネドラに対して、そんなに待っていないという旨の事を伝えて剣を握る。

 

ス、と無言でいつもの形に持っていくとエネドラも静かに構えを変えた。前とは違い、マントから手を出して腰辺りで構えている。

 

 

「――ムカつくが、テメェに負けてからずっとあの時の事を考えてた」

 

 

目を細め、思い出すかのような仕草でこちらを睨む。

 

 

「初手で、確殺できる状態だった。別の手を考える必要がないと思う程度にはな」

 

 

そう言いながらハァ、と息を吐き項垂れる。

 

「――だが、殺せなかった」

 

だから――そう続け、語りだそうとした瞬間に違和感に気が付く。手に持った剣が、赤く胎動している。ドクン、ドクンと何かを吸い続け――まるで生きているかのように。

 

 

「――こうすることにした」

 

 

――瞬間、俺の胸の中から刃が飛び出してきた。喉の奥から何かがせりあがってくる不快感を感じつつ、それに逆らわずに勢いを保ったまま吐き出す。

 

多量の赤黒い血を吐き、緑一色だった地面を赤黒く染める。

 

 

 

「――エネドラ!!」

 

 

 

ミラの怒声が聞こえ、そちらを見る。俺の正面に立つエネドラに対し、ミラが横から詰め寄っている。

 

……いい加減目障りになったから、殺しに来たか? なるほど、無くはない。新たな使い手が現れれば俺は必要なくなるから、そう考えるのが一番正しいだろう。

 

次点として、エネドラの暴走。まぁ無くはない話だが、前提として領主がこうなる可能性を考えていなかったという事が出てくる。それほど無能には見えないし、そもそも最初から仲違いさせて殺すなんて面倒なことしないだろう。

 

そうなるとやはり、上で殺すという結論が出ていても可笑しくはない。

 

――やはり、どの国も信用出来たもんじゃないな。少し信じてまたこれか、俺も成長しない。

 

血を吐きながら、二人の様子を伺う。仮にエネドラの暴走だったとしたら、殺すのはまずい。だから、ここは素直に殺されておく。久しぶりに死ぬが――まあいい。減るものでもない。

 

右腕を動かし、力を籠めて思い切り剣を首に突き刺す。

 

赤黒い剣が俺の首を突き抜け、腹の奥から上がってきた血と混ざって大量に吐血する。ゲホ、と咳き込む音と共に地面を赤に染め上げる。

 

 

「――なに、を、してるの……?」

 

 

ミラの呆然とした声が聞こえる。この感じだとミラは今回の件に関与してなさそうだな。わざわざ俺を無力化するなんて手間を使う必要は無いだろうし、殺すつもりなら殺す計画だったのだろう。

 

エネドラの体内への攻撃――トリオンを吸収する剣が反応していたから、恐らくそこに理由はあるのだろう。気体にでもなって、風に流したか……まあ、種さえ割れてしまえば問題ない。

 

そのまま首を切断する様に剣を横に振り抜き、首の皮一枚で繋がっている状態になる。この状態でも死に戻りが発生しないって言うことは、まだ生きている判定か。つくづく人間離れしたな。

 

ズレていく視界の中に、呆然とするミラと怯える様なエネドラを捉えて――どこか、懐かしい様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こうすることにした」

 

――瞬間、大きく息を吐く。身体の中の酸素全てを吐き出す勢いで、全てを出し切る。

 

気体になって俺の身体に侵入しているとすれば、無理やり排出する事である程度軽減出来るはずだ。

 

そのまま無呼吸で剣を振る。半ば居合に近い形での抜刀だが、リーチがこちらは幾らでも伸ばせる。

 

赤い斬撃を飛ばして伸びきるその寸前でスパッと斬れるようには力を調整する。吸い込まれるようにエネドラの首を貫いた斬撃を操作して、さらに周囲に張り巡らせる。

 

 

「ぐ……!」

 

 

苦し紛れに腕を大きく凪ぎ、その手からブレードが飛び出してくるが――これはブラフ。本命は俺の周囲に巡らせたトリオンを利用した不意打ち。

 

こんな正面から叩き潰す、みたいな口調をしておいて不意打ち上等という精神には逆に感心する。これもまた一つの戦い方――ああいや、前の奴も似たような感じだった。案外こういう搦め手を使う奴は荒い口調になりがちなのかもしれない。

 

斬撃を維持したまま、真後ろに思い切り飛ぶ。

 

刹那、俺の元々いた周囲から斬撃が伸びてくる。エネドラが目を見開くのを見て、少しだけ頭痛が引くのを実感する。

 

 

「……テメェ、トリオンの感知でもできるってのか……?」

 

 

身体の至る所に斬撃を突き刺されているエネドラが、呆然と呟く。感知なんざできやしない、ただ異常なまでに勘がいいだけだ。

 

そう告げると、エネドラが有り得ないモノを見たような顔をする。

 

 

「……終わりね。エネドラ、あなたの負けよ」

「……クソッ、タレが……」

 

 

終わりと言うので、取り敢えずここで斬撃を納める。ただしいつでも何かしらの攻撃に対応できるように剣を構えて、目的を理解するまで警戒を続ける。

 

先程まで赤く胎動していた剣が鈍く収まっていくのを見て、本当に納めているのだなと少しずつ理解する。

 

「……チッ、認めてやる。俺じゃテメェに勝てねぇ」

 

睨みつけるような、諦めるような視線をこちらに送ってくる。恨み言、と言うより自分に言い聞かせているという意味合いの方が多いかもしれない。

 

「――けど、それは今だけだ」

 

一層鋭さが増した目からは、叛逆の意図が見て取れる。

 

貴様なんぞに負けてたまるか、俺がお前に負けてたまるか――ひしひしと伝わってくるその感情に、単なる敵意や殺意とは違うものを感じた。

 

……成る程。

 

つまり奴は俺に対して本気の殺意を持って純粋に挑んできていたらしい。それで一度殺されてる身としては何とも言えないが、それだけしないと俺には勝てないと踏んだのだろう。

 

つまりこれはエネドラの暴走――というより、最初からただの模擬戦だった。ただし、死んでも事故という条件が密かについた。

 

本気で俺を殺そうとしていたエネドラに気がついたミラが詰め寄るのを眺めつつ、考え過ぎだったかと自嘲する。そもそも人との関わりなんて、あの二人を除けば殆ど居ない。

 

 

……俺も、少しずつ変わるべきなのだろうか。今の状態で二人に会っても心配されてしまうだろう。

 

こんな俺を人間扱いしてくれた、数少ない仲間なのだから。

 

 

「わーったようるせーな、次はやんねーって言ってんだろ」

「そういう問題ではないでしょう! 生身なのよ?」

 

 

わーわー言い合う二人の姿を見て、どこかとても懐かしい感覚を覚える。二人ともどうでもいい事でわいわい騒いだ記憶がある。

 

懐かしいな。本当に、懐かしい。

 

 

「……何だテメェ、何笑ってんだ」

 

 

エネドラに突っ込まれて、思わず顔に触れる。

 

 

「……いや、何でもないさ」

 

 

僅かに胸の中に灯った、痛みとは別の何かを少し感じながら二人の元へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 



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神の国Ⅺ

 

「――それで、エネドラ。どう感じた?」

 

少し厳かな雰囲気の声が響き、エネドラに語りかける。

 

「どう感じた――……ってもな」

 

はぁぁと大きく溜息をついて、腕を組み脚を組む。態度としては最悪だが、相対する男――ハイレインが特に気にする様子はない。

 

「ありゃ異常だ。最初の接触のときからある程度はやばいってことをわかってたが――そういうレベルじゃない。あいつ自身がトリオンで作られたナニカって言われた方がまだ納得できる」

「そうか……様子はどうだった?」

「様子だぁ? あー……アレだな。急に動いた」

 

光景を思い出すように、天井を見上げて目を細める。

 

「俺の泥の王の気体化攻撃を何故か察知したのか知らんが、その直後に大きく息を吐いたんだよな」

「……息を?」

「ああ、息を」

 

顎に手を当て、何かを考えるような仕草を出すハイレイン。

 

「……昔、まだまだ先代が健在だった頃。ある話を耳にしたことがあります」

 

ハイレインの後ろに佇んでいたヴィザが、口を開く。

 

「……先代の頃、か」

「ええ。あまり現実的ではないという要素から頓挫した計画ですが」

 

自信なさげにそう語るヴィザに珍しいと目を見開くエネドラを尻目に、ハイレインが問う。

 

「構わない。ヴィザが何かあると感じたのならそれを知っておくに越したことは無い」

「……んで、何があんだよ」

「そうですな。特に面白い話題ではありませんが――まぁ、それなりの話でした」

 

そう言って何かを懐かしむ様に目を細めた後、口を開いた。

 

 

 

 

「トリオン能力の、副作用(・・・)による特殊能力の付与

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶるりと、身体が震える。寒いとかそういう話ではなく、何故か唐突に震えた。

 

若干勘がよくなってから(・・・・・・・・・・・)あまりこういう事は無かったが、なんだろうか。気にしてても仕方が無いため無視する。

 

――結局、エネドラとの戦いでリハビリ等も特に問題ないという結論が出た。これから割と積極的に模擬戦を組んでいるとミラが言っていた。

 

エネドラはともかく、ヒュースやヴィザとの戦いという物は割と楽しい。

 

特殊型の武器を扱うエネドラやミラは純粋な剣の闘いと言うのが出来ない。あそこまで特殊なトリガーを使うのもそうそう居ないだろうから、あまり経験にならない。

 

そんなことを言ってしまえばぶっちゃけ俺はいくらでも死に戻れるから経験もクソも無いが。

 

適当な事を考えながら、食堂へ向かう。現状、黒トリガーを自由に見れるチャンスは無い。黒トリガーそのものを見れなくてもいいから、何かしらの研究情報が欲しい。

 

ここまで大きな国なのだ、必ずどこかにある筈。流石に警戒されているのか、そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。

 

 

「おや、剣鬼君じゃないか」

 

 

考えながら歩いていると、横から出てきたエリンに声をかけられた。当然の様に後ろについているヒュースに最早安心感を覚えつつ返事をする。

 

「元気そうだな」

 

あまり表に感情が出てこないヒュースだが、それなりに味方として認めてくれているのだろうか。

 

「ふっふっふ、剣鬼君やい。聞いておくれよ、うちのヒュースの殊勝さを」

「あの、エリン様」

 

若干悪い顔で腕を組んで仁王立ちするエリンに、ヒュースが控えめな声をかけるが全く遠慮せずに言葉を紡ぐ。

 

「君に模擬戦でボコボコにされた後、蝶の盾(ランビリス)の操作と並行して剣術を再度学び始めてね。いやー君にやられたのが相当効いたんだろうね」

「エリン様」

「しかもトリオン体じゃなく、生身で修練してるんだよ! 何でか聞いても教えてくれないし、これはもう確実に」

「エリン様」

 

暴走するエリンを死んだ目で後ろから見つめるヒュースになんとなく憐みの目線を送ると、『お前の所為だぞ』と言わんばかりの視線を受けた。

 

「……言っておくが、別に貴様に負けたからではない。生身相手にトリオン体で勝利できなかった俺が情けないからやっているだけだ」

 

ツン、と若干突き放すような言い方をされるがニヤニヤしているエリンがヒュースの頭に手を置く。

 

「こんな風に言い訳作ってるけど明らかに君に負けたからだと思うから、これからもヒュースの事を頼むよ」

「エリン様!」

 

声を荒げてエリンに文句を言うヒュースが若干涙目になっているのを見て、仕方ないなと言った感じで了承する。ヒュースがこれ以上強くなるというなら、それはそれでいい。純粋な実力者相手に模擬戦を行うというのは実際役に立つ。

 

「それじゃあ会議があるからこの辺で。無茶はしないでね?」

「…………」

 

優雅に手を振って去っていくエリンと、疲れた悲哀の漂う雰囲気で歩いていく主従の関係に心の中で苦笑いしながらこちらも目的の食堂へと歩く。

 

腰にぶら下げた剣の重心を懐かしく感じつつ、それに慣らすように歩いていく。決して早くはなく、それでいて遅くもなく。

 

ずっとこの状態で生きていたとは言え、流石に暫くつけてないと身体の感覚も変わる。そもそも筋力量もある程度変わっているのだ。前と同じ感覚――そもそも感覚も感じ取れないが――で振るえる訳がない。

 

だからこそ食事を取って栄養を吸収して、肉体に変えなければならない。根性や意思で身体が動くのは限界がある。

 

痛みも感じない、疲労も感じない――けど、身体が動かない。それはもう、身体が動くための要素が足りていないからだ。

 

だから緊急の時に、詰みにならないように普段からある程度心がける。……無論、そうやっても防げないものはあるけれど。

 

「お、おはようございます」

 

この家で雇われている人間に挨拶を返して、食堂に着く。

 

食堂もあるし、部屋も多い。そもそも家としての大きさがでかいのでそれ相応に雇われの人間はいる。そう言った人間に何故か怯えられているせいで普段から避けられている様な気がする。

 

……まぁいい。俺にとって必要ではないから。けれど、二人が人間だと認めてくれたのにこうも引かれてばかりだと――情けない。

 

 

 

 

適当に注文して、空いてる席を探す。隻腕だから最初はある程度心配されていたが、今となっては慣れたのか特に何も言われない。前の国の時は心配はおろか見向きもされてなかったが。

 

空いてる一人掛けの席に座り、口にする。

 

いつも通り味はせず、けれど慣れたから口に運んでいく。こうやって味覚が無くなって、口の中の感覚も消えて――然程不便に感じたことはない。

 

だが、どうにも自分が人間離れしたなと自嘲はする。

 

「お、剣鬼ではないか」

 

自信満々と言った顔で近づいてきた男を見る。特に見覚えはないそいつの頭に角が生えているのを見て、こいつもトリガー使いかと推測する。

 

「俺はランバネイン。しがないトリガー使いだ」

 

気の広そうな様子を見せて、隣にいいか?と聞いてくる。特に断る理由も無いので了承し、ランバネインの為のスペースを若干作るために避ける。

 

「ああ、すまん。図体ばかりでかくなってしまってな」

 

ワハハと笑いながら語るランバネインに、中々愉快な奴という印象を持つ。

 

「……して、剣鬼よ。どうだ、うちの遠征班は」

 

真面目なトーンでそう問いかけてくる。どうだ、と言うことは……他国と比べて、と言うことだろうか。それを踏まえて回答すると、十分どころじゃなく戦力は足りているだろう。

 

俺との模擬戦を行った二人――ヒュースは剣技でしか戦っていなく、最新のトリガーを使いこなせば恐らく相当に化ける。黒トリガーに混じって通常トリガー使いとして遠征班にいるのだ、実力が低い訳がない。

 

エネドラは、あの慢心癖が少し抜ければ俺も危うい。昨日だって一度死んでる訳だし、初見の相手に負ける要素は無いだろう。液体に変化することまでは理解できても、まさか気体にまでなれるとは思わない。

 

内部から貫いて終了、それで確殺出来るのだから短期決戦における最高戦力といっても過言では無い。

 

それでいて、ワープホールをある程度自由に作成できるミラ。ミラと誰かが組んだだけで、相当な連携になる。エネドラの気体をワープホールから遠くに伸ばせば、それだけで殺せる。

 

ヴィザの実力の高さは見ればわかるし、後は隊長と――もう一人、だったか。

 

「うむ、そこだ。領主であるハイレイン――ああ、隊長でも構わんがな。トリオンに関しては恐らく最強格だろうな」

 

その分お前の様な生身には弱い、と笑いながら言うが普通は生身でトリオン体相手に戦おうとする奴はいないから大丈夫だろう。もし居ても、俺の様な死に戻りや彼女の様な勘の良さが無ければ普通に死んで終わりだ。

 

「そして最後の一人――遠近中全距離対応できる射撃トリガー使いだ。火力に関して言えば、この中でも一番か二番手だろう」

 

飯を買いながら話すランバネイン。射撃型、か。遠近中全距離対応可能、と言うのはどう言うことなのだろうか。

 

「単純に火力が馬鹿みたいに高い。遠くへの射撃でも火力が維持されたままで、精密射撃も出来るトリガーだ」

 

そんないいとこ取りをしただけのトリガーを開発したと言うのなら、素晴らしいことこの上ない。もしもそれがあってアレクセイが持っていたなら――……いや、関係ないな。

 

「流石の剣鬼も射撃型相手はある程度やり辛く感じるのか?」

 

それは特に無いな。なんとなくで相手のいる場所は分かるし、守らなきゃいけないとかそう言う条件が付かない限りは問題ない。

 

「ほほう、それは凄い。……なんとなく、と言うのは?」

 

そのままだ。なんとなく、そんな気がするから行ったらいる。

 

「……凄まじく勘が良いのか? 無意識にトリオンでも感じ取っているのか……」

 

トリオンを感じ取ってる――成る程、そういう考えもあるのか。ただ漠然と勘が良い、と言うよりかは理に適っている。明らかにトリオンが関係ない場面は流石に覚えてないから、それをどうこうしようと言うつもりもない。

 

そもそもそんなのどうでもいい。重要なのは勘で理解できるか、出来ないか。

 

食い終わったのでさっさと先に戻ることにして、ランバネインに先に行くことを伝える。おう、と返してそのまま食事を続けるランバネインを置いて部屋に向かう。

 

しかし、そうか。トリオンか。

 

 

 

トリオン――……ああ、そうか。成る程。少しだけ、希望が見えたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

食事を続けつつ、ランバネインは考える。

 

噂の剣鬼と接触し、直接会話をした。たしかに雰囲気は死んでるし、ある程度近寄り難い空気は出ているがいざ話しかけてみると案外まともであった。

 

「勘がいい。勘がいいか……」

 

エネドラやヒュース、ミラから戦闘時の異常なほどの勘の良さと身体能力については聞いていた。すでに痛みや感覚を幾つか失っているとも聞いているし、身体能力に関しては恐らく――脳の機能が壊れているのだろう。

 

医学というものに対して明るくないランバネインだが、こう見えても領主の血縁関係に当たる。幼い頃から教養は身につけている。

 

脳の機能が不全――それがあの勘の良さに繋がるのだろうか。そもそも、何となくで行動して最善の行動を取るあたりヤバイ。確実に普通ではない。

 

思いついた中で、トリオンを無意識に感知しているというのを呟いたがなくはなさそうだ。相手のいる方がなんとなくわかる。これはそれで証明できる。

 

勘の良さ――これがわからない。脳の機能が壊れて勘が良くなるのならもっとそういう人物が出ている筈だ。戦争の最中は特に、精神を病む者が多い。

 

誰もが戦いたい訳ではない――ランバネインはそれを知っている。仕方なく戦う者もいる。それこそ、前の剣鬼の様に。

 

「まあ、考えるのは俺の仕事ではないがな」

 

そう言いつつ最後の一口を食べる。

 

取り敢えず悪意は見えなかった。実力の高さもヴィザのお墨付き。味方になるのなら心強い。

 

次の遠征に期待しよう――心の中でそう呟いた。

 

 



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神の国Ⅻ

「――っ!」

 

 

ブン、と素早く振られる剣に対して正面から対応する。

 

軌道を読み力のかかり方を観察し、受け流す為に最適の角度に腕を動かす。正確には、勝手に腕が動く。こうすればいい、このタイミングで挟めばいい――ある程度の事は経験が助けてくれる。

 

キ、ギイイィ!と不愉快な金属同士の擦れる音を耳に入れつつ右腕を上に掲げて徐々に逸らしていく。

 

そのまま右半身を前にだして踏み込み、逸らす勢いを保ちつつ左足で蹴る。素直に真っ直ぐ蹴り抜き、相手の腹に直撃する。

 

 

「ご――ぼぇっ」

 

 

衝撃で口から物を撒き散らしながら吹き飛んでいく男――ヒュースを見てまだやるか、と問う。

 

 

「――とう、ぜんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度か模擬戦を繰り返していく内に、ヒュースとの実力差がそこそこ縮んで来た。と言っても流石に負けはしなかったが、危うい場面は幾つか出てきた。

 

年齢的にもまだまだ成長する時期だから、簡単に追いついてくる。それに若干の嫉妬を覚えなくもないがそれはそれ。前にもそんなのと一緒にずっといたのだからその程度簡単に抑えられる。

 

 

「はぁ……」

 

 

顔に幾つかの打撲痕、それに細かい切り傷を作り地面に座り込むヒュースを尻目に予め用意しておいた治療箱を手に持つ。

 

「……少しは追いつけたのかと思ったんだが」

 

体育座りの様な姿勢で顔に手を当て呟く。まぁ、そんな短期間で追いつかれる様だったら生き残ってないさ。

 

「それはそうだが……こっちも修練してきた年数というものがある」

 

それはそうだ。俺の場合最初から実戦で、基礎なんか学んでなかった。逆に言えば強くなるしか無かったのさ。

 

布を取り出し、消毒液をかける。一体どこからこういう必需品を生み出してるのか不明だが、密かに別の星と取引でもしているのだろうか。

 

そのままヒュースの顔に持って行き、切り傷に当てる。血を拭き取るのと、雑菌を取り除くのを意識して当てる。

 

「――〜〜っ……」

 

少し深いところまで切れてるところもあるので、そう言った場所は染みるのだろうか。なんにしても俺には既に味わえないもの――別に進んで味わいたいものではないが。

 

傷口にテープを軽く貼り止血、今日の模擬戦はここまでだと告げる。

 

「……助かる。あとこれからは自分でやる」

 

にしても、なんで急に生身でやろうなんて言いだしたんだ?

 

「それはだな……トリオン体を解除させられた場合を想定してだ」

 

まぁ確かにトリオン体を解除させられた場合、ほぼほぼ詰みである。俺とか彼女が異常なだけで、普通は生身で戦おうなんてことはしない。

 

「剣鬼、トリオン体を解除した奴に対してどういう対応してた?」

 

即殺してた。

 

「……そういう訳だ。普通は捕らえて交換条件用の捕虜として扱う。最初期のお前の様に」

 

残念ながらあの戦場じゃそれどころじゃ無かったんでな。殺して殺され殺して殺す。少なくとも俺とあと一人、この中に入ってる奴は殺しに特化していたよ。

 

「……そう、か」

 

剣を軽く揺らし、アピールするとヒュースは納得する様に言葉を飲み込んだ。

 

……それにしても、模擬刀で刃を潰している筈なのに斬れてしまった。まぁ、頼りきりにならなくてもある程度これなら戦えそうだ。

 

刃や鋭さで斬るのではなく、完全に速度と威力で斬っていた。斬るというより切るの方が正しいかもしれない。

 

ス、と構えて虚空と相対する。目の前に浮かべるのは――彼女。

 

記憶の中にあるその動きを思い出し、それに対応する様にこちらも動く。気が付けば振られている剣に対応し、こちらからも剣を振る。

 

 

『――えいっ!』

 

 

そう言いながら描かれる軌道に対して、懐かしくて――一つ、違和感を覚えた。

 

ピタリ、と動きを止める。何だ、今の違和感は。

 

何か、何かがおかしい。ズレている。なんだこれは。

 

何に違和感を感じた。一体どうした。

 

 

「……どうした?」

 

 

ヒュースの声が聞こえてくる。ああ、いや。何でもない。

 

……気のせいだろうか。こういう時に感じた違和感は出来るだけ放置しない方がいいんだが。

 

何か、取り返しのつかないものにならない様に――覚えておこう。感じた違和感を。

 

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、お前はそんなもんで足りるのか」

 

ヒュースと共に飯を食う事にしたので、食堂までやって来た。適当に頼んで出て来たのは名前も忘れた何か。

 

食事にこだわりは無い、けど食事は取りたい。

 

味なんてどうでもいいんだ。要は、俺が飯を食べているという事実をしっかりと取りたいだけで。

 

「そうか」

 

んが、と口を開いてスプーンを口に運ぶヒュースを尻目にこれからどうするか考える。現状、俺の目的を達成する為に協力者が欲しい。

 

遠征メンバーは頼れない。黒トリガーあっての俺だと思っているから黒トリガーをわざわざ元に戻したいなんていう事には付き合ってはくれないだろう。逆に止められるかもしれない。

 

一番個人的に協力してくれそうだと感じているのは、エリン。家の当主ということもありそれなりに偉い立場、まぁ裏は何かしらあるだろうがこの技術を表に出さないことを条件に協力してくれるかもしれない。

 

黒トリガーを元に戻す、仮にこの方法がもっと手軽で敵に使用できる物であれば戦争の戦力と言うものが大きく変わる。

 

黒トリガー使いは強いが、対抗策を持たれていると無力な個人に成り下がるのだ。そういう面で言えば協力してくれなくも無い。

 

リスクが大きすぎて、あまり賛成はしてくれ無さそうだが。

 

「前に、お前の目的と言うものを聞いたな」

 

タイムリーな話題をふって来たヒュースに心でも読んだのかと内心思いながら答える。

 

そう、だな。俺は目的がある。何年かかっても、どれだけ時間を使っても――絶対に達成しなければならない。

 

「……黒トリガーの中を、どうするんだ」

 

そもそも俺のこの剣の中には、今二人いる。トリオン体を作る為の場所に、一人。そしてこの黒トリガーを作った本人。

 

二人共俺なんかよりもっともっと優秀な奴だったよ。こんな、一人じゃ何もできない落第者と違ってな。

 

だから、元に戻す。黒トリガーから元の人間に、必ず戻す。

 

方法が無いって言うのなら、俺が作ってやる。諦めてたまるか。俺は誓ったんだよ、あの日全てを失ってから。

 

「…………そうか。俺は応援するぞ」

 

ずぞぞ、と最後の一杯を飲み干したヒュースが言葉をこぼす。

 

……ああ、ありがとう。

 

そのまま口に飯を運ぶ。食い終わったのに待ってくれてるヒュースに申し訳なく思う。

 

「気にするな。エネドラとは違ってお前といるのは別に不愉快じゃ無い」

 

なんだ、エネドラと仲悪いのか。

 

「あいつは目上の人間への敬意が足りない。この間だってヴィザ翁相手に――……なんだその顔は」

 

話を聞いていると、怪訝な表情をされた。別に変な顔はしていなかったと思うのだが。

 

「ふん……あいつは仲間だが、気に入らない奴だ。共に居たい奴じゃない」

 

成る程、そういう考え方もあるのか。俺にとっての仲間はあの二人だけだし、他に味方はいても仲間はいない。どこかから攫われた、という記憶はある。けれど、故郷の事は覚えてない。

 

でも、いつか帰る。三人で帰るって決めたから。

 

「……境遇を馬鹿にしたり、軽く冗談で言うわけでもないが――そういう関係は少し、羨ましいな」

 

気兼ねなく仲間と言い張れ、そこに打算や裏のやり取りは存在しない。互いに互いを尊重するからこそ生まれる信頼。

 

――でも、お前にはエリンがいるだろ?心から信頼する主人が。

 

「ああ。だから少し羨ましい。別に本気で羨んでる訳じゃない」

 

だろうな。

 

最後の一口を放り込み、待たせたことを詫びつつ席を立つ。なんだかんだ言って、別に俺の事を殺そうと考えている奴じゃない。別に殺されても損はないが。

 

食堂の外に出て、少しだけ同じ道を歩く。俺が先に歩き、ヒュースが後に。

 

「……お前の目的、少しでいいなら協力してやる」

 

後ろから声をかけられ、思わず振り向く。

 

「なんだ、応援すると言っただろう。お前がどう思っているかなんて知らんが――別に俺はお前の事が嫌いじゃない」

 

だから手伝ってやる。呆れた顔でそう言うヒュースに思わず呆然としてしまう。

 

「お前の境遇も、過去も、ある程度聞いた。同情するからじゃない。そんな目に遭っても折れないお前だからだ。そこを勘違いするなよ」

 

その一言で、今までの自分の嘆きや葛藤を丸ごと受け止められたような気がした。

 

……そう、か。そうか。ありがとう、ヒュース。

 

少し、楽になったよ。

 

「……ふん、だが他人にあまり言うなよ。その目的は――」

 

ああ、分かってるよ。散々考えて、何度も浮かんだ可能性だ。そこは十分に気をつける。

 

ほんの少しだけ軽くなった胸と対象に、痛む頭を抑えながら歩く。まだ、これからだ。忙しくなるのはこれからなんだ。

 

 

 

 

 

 

 



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神の国XIII

――高い。

 

それに厚い。

 

雲の果てまで届く様な高さに、山の如き厚さ。

 

目の前に相対するその人物から感じるソレは、恐らく勘違いでも何でもないだろう。文字通り【最強】、その称号が相応しい。

 

 

「思っていたより、慎重ですな」

 

 

マントを靡かせ、悠々杖を構える老人――ヴィザ。

 

アフトクラトルでも有数の実力者であり、国宝と謳われる黒トリガーの使い手。

 

 

お前(頂点)相手に……無警戒に行ける程、俺は死にたがり(無知)じゃない」

「ほっほ、そう構えなくとも問題はない。何よりそちらから来ないというのなら――こちらから行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういえば。ヴィザ翁が貴方に会いたがってたわ」

 

遠征の際、連携を高める為に戦闘時の打ち合わせや訓練を行っていた別れ際にミラがそう言ってきた。

 

「あぁ? 今はここ(アフトクラトル)にいねーんじゃねーのか」

「その筈よ。けれど今日の集まりで伝えなさいって言われてね。申し訳ないけど、私も詳しく聞いたわけじゃないの」

 

特に用事があるわけでもないし断る理由もない。それに、俺自身ヴィザの実力には興味がある。

 

どこへ向かえ、と言っていた?

 

「取り敢えず、前にヒュースと戦ってた場所にと言っていたわ。一応私が送る?」

 

あー……そうだな。頼む。

 

「ん、わかったわ」

 

ギュン、と開くワープホールに歩む。わざわざあの場所を指定するのだ――目的はある程度分かっている。入る直前に足を止めて、少し落ち着く。息を整え目を閉じて集中する。

 

遂に、か。

 

逆にここまで手を出されなかった事に疑問を抱く。ミラとエネドラと戦い、ヒュースと戦い、エリンや他のメンバーと少しずつ理解を示して――少しだけ、馴染めてきた今。

 

ヴィザに俺の目的を知られるわけにはいかない。いや、知られても問題ないのだろう。要するにハイレインまで情報がいかなければいい。

 

目的はなんなのだろうか。俺の実力――は既に分かっているだろう。となると、俺の勘の良さの正体を掴みにきたか?

 

ここで考えても仕方がない。仕方がないが、ある程度考えてしまう。

 

ただで戦いに来るなど意味がない。何か目的があるはずなんだ。

 

……いざとなれば、死に戻ってでも見つけなければ。数人に対して、理解はした。けれど上の人間というのは必ず裏があるものだ。ここまで大きい国なら、尚更。

 

覚悟を決めて、一歩踏み出す。

 

鬼が出るか蛇が出るか――少なくとも、鬼は出てる。ならば出てくるのは決まってる。

 

 

 

 

 

 

 

鋭く振られた剣を首の動きで回避して、居合の要領で抜刀する。音を置き去りにして振られるその剣を受け流され、隙ができる。

 

その隙を逃さず突いてくるその剣を無理やり上げた脚で撥ねとばす。

 

「――やる……!」

 

大きく後ろに後退したヴィザに対し追撃、跳ね上げた足を地面に思い切り叩きつける。その衝撃が地面を大きく陥没させるが気にしない。若干の姿勢の変化などあってない様なものだ。

 

反発を利用して初動で最高速度の踏み込みを行う。

 

一気に懐まで突撃し、そのまま蹴る。まだ、まだ剣じゃない。この相手に生半可な剣は通用しない。全身全霊、己の全てを賭けて足下に届く。

 

蹴りが当たるが、明らかに軽い手応えに回避されたと舌打ちをする。

 

流石にそう上手くもいくはずも無い、俺の積み重ねよりも多く多くもっと大量の修羅場を潜り抜けてきた男だ。

 

 

「その若さでこの実力――これでまだ成長の兆しもある……」

 

 

楽しそうに呟くヴィザに、老練な相手ほどやり辛い相手は居ないと内心思う。

 

油断しないのだ。彼らは。

 

自らの理解できない領域の天才がいると、知っている。

 

自らの力の届かない領域の実力者がいることを、知っている。

 

自らの格下の決死の一撃が時に数多の強者を屠ることを、知っている。

 

余裕を持つのと油断をするのでは全然違う。引き出しの量が多いから、焦る必要も無いのだ。だから油断しない。余裕を持って冷静に、何処までも合理的に対応することが出来る。ある意味、俺の辿り着く場所とも言える。

 

「剣技がいい」

 

ポツリと呟かれたその言葉を聞き取る。

 

 

「片腕が無いということを感じさせない程身体能力も申し分ない。思考能力もよく鍛えられている、判断力も素晴らしい」

 

 

――瞬間、ゾワリと明確な死を自覚する。

 

自分の勘に従い、身体を思い切り伏せる。

 

ヒュバッ!と大きな音を立てながら自らの真上を剣が通過していくのを見届けて追撃を警戒する。

 

「ほほ、 星の杖(オルガノン)を初見で躱すとは――」

 

ヴィザを中心に、凡そ三本の円軌道が佇んでいる。大きく円を描くのもあれば、ヴィザのすぐ周りにあるのも。

 

そしてその円にそれぞれいくつかの剣が取り付けられ、回転している。

 

 

「やはり、その勘の良さ(・・・・)――……何かがある」

 

 

グア、と急激に広げられた円軌道に対して一瞬で目を通す。

 

通り抜けられる場所、安全圏を探す。一番接近してきている円軌道の隙間を縫って進んで、その先に安全地帯が存在しない。

 

となると――下がるしかない。

 

後ろに跳び、距離を取る。

 

「それは悪手だ」

 

再度大きく広げられた円軌道から剣が伸びてくる。――が、それは読んでいた。

 

同じトリオンで生成された円軌道を斬れない筈がない。このタイミング、一本だけ先に回ってくる剣に狙いを定める。

 

居合の形に構え直してインパクトのタイミングを調整する。感覚的にどのタイミングで斬ればうまく行く、とかそういうのはある程度理解している。

 

下から上へ、全力の力を籠めて振る。

 

 

――だが、それは無駄に終わる。

 

円軌道を行なっていた剣が、唐突に速度を遅くした。対応出来るはずもなく、無様に空振りして空いた胴体に剣が突き刺さる――寸前で、止められた。

 

 

「……ふむ。ここまでですかな」

 

 

そう言って剣を納めるヴィザに、思わず困惑する。

 

「ああ、これは申し訳ない。此方としても貴方と本気で戦いたいのですが――少々時期がよろしく無い」

 

遠征を控え、戦力の休息と鍛錬をそれなりに計画して行い始めている時期。俺は正直寝てエネルギーさえ補給できれば幾らでも活動出来るが、他のメンバーはそうじゃない。

 

「次の遠征で共に戦う、その信頼を確かめるためとでも思って頂きたい」

 

ほほ、と笑うヴィザが何かを隠しているのはわかる。わかるが、それに対してどういうアクションも取れない。

 

 

――負けた。完膚無きまでに、完全に負けた。

 

 

殺しにすら来てなかった。あくまで俺が対応出来るギリギリを突いて、如何にも全力であると見せかけていだだけ。黒トリガーを解放されただけでこれだ。

 

 

――……強い。今の俺より、これまで戦ってきた相手より。

 

 

全部総合してもこの高みには登れない。今の俺では、勝てない。

 

直接的に殺しに来るような人間ではない――そこが唯一の救いか。老練で熟成された経験とは、これ程のものか。

 

情けない。やはり俺一人ではこの程度。二人さえ、二人さえいればもっともっとやれるのに。いや、俺が居なくたって二人なら。

 

 

「…………さて、私は戻る事にします。剣鬼殿もお早めに」

 

 

歩いていくヴィザの背中を見届けて、思わず息を吐く。

 

ここで俺の弱さが露呈した。圧倒的な格上で、殺意をあまり持たない相手に対して俺は弱い。自殺できれば問題ないが完全に封殺されていると――勝てない。

 

自力を底上げするしかないが、それが一番難しい。

 

今はまだ、敵ではない。その事に安心する。

 

いつか倒さねばならん時が来る――そんな予感を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツカツカと音を立てながら、ヴィザは廊下を歩く。

 

今回、自らの上司であるハイレインに「剣鬼の秘密」を暴く、もしくは感じ取って来いと命令され戦ってきた。

 

戦闘時の異常な勘の良さ、 確実に彼はそれを感じ取っている。それでいて利用している。

 

やはりトリオン能力の副作用なのか――それとも。

 

「根っからの戦闘狂――いや、修羅か……」

 

こちらとしては今回殺す気は一切無かった。これまでのヒュース、エネドラ両名は毎度殺すつもりで戦っているという。ならば今回はある程度余力を残して戦おう――そういうつもりであった。

 

普通の攻撃に関しては、実力は申し分ない。だが、即死に繋がるような攻撃は今回対応できていなかった。

 

これまでありとあらゆる初見殺しに対応して来たはずなのに。

 

「そこに何かがある……まぁ、それがわかっただけでも十分ですかな」

 

部下を預かるという立場上、疑いから始めなければならないハイレインとは違いヴィザにはまだ余裕がある。

 

ほほ、と笑いながら歩き続ける。

 

 

 

その顔には、笑みが浮かんでいた。



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遠征I

――狭い。

 

シンプルに狭い。

 

部屋の大きさはそこまででもないが、この密室空間に人間が七人は多すぎる。

 

「……狭いなオイ」

「フン、こっちだって狭いんだ。文句ばかり言うな」

「いや狭いもんは狭いだろが」

「やめなさい、ただでさえ狭いんだから」

 

あーだこーだ話を続ける三人組を放置して、目線を他所に送る。

 

腕を組んで面白そうにその様子を見る赤毛の男――ランバネイン。こいつ、遠征のメンバーだったのかよ。そうなると射撃型ってこいつか。

 

嘘だろ、どっからどう見ても肉弾戦メインだろうが。

 

「お、どうした剣鬼」

 

何でもない。見た目で判断するのは良くないな。

 

 

 

――遠征開始二日目、既に船内の光景に慣れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征艇――実は、狭い。

 

少なくとも七人もの人間が不自由なく暮らせると言う程広くはなく、制限がある。一応一人一部屋付いてるが、寝床が付いてあとは空間なしの様な感じ。

 

寝れるだけマシっちゃあマシなのかもしれない。少なくとも行軍中に完全に安全に寝れると言うのは素晴らしいことだ。

 

誰か一人が起きてレーダー見張りをする、それだけで済む。

 

隊長であるハイレインが動けないというのが起きるとマズいので、ハイレイン以外のメンバーで周回している。

 

今日は俺の番であり、反応があるかどうかを確認するだけ。

 

 

円卓の様な長い机の端に座り、待つ。

 

この国――アフトクラトルに囚われ、前に進んだ。あの国で絶望して絶望して、半ば折れていた状況が覆った。

 

まだ先がある、未知がある。手段がある。

 

……今思えばやはり、あの国では手詰まりだった。認めようと何てしないと思うが、恐らく。少しだけ考える余裕が出来たから、過去を思い出してしまう。そんなことやってる暇なんてない。

 

そっと、腰に携えた(二人)を慈しむように撫でる。

 

随分変わった。あの頃の地獄の環境から、今の環境に。

 

頭痛はする。だけど、あの絶望感は無い。何をしても駄目で、考えても考えてももう先がないと理解しているあの感覚。

 

心が少しだけ、楽になった。ヒュースやヴィザと剣の鍛錬を行うのは心地いいし、ミラやエリンが俺に気を回してくれてるのもよくわかる。

 

だからこそ、俺が――いや。俺だけは、ここで納得してはいけない。

 

足りない。俺が満足するには、人として生きていくには足りない。人として生きていけなくたっていい、二人の存在があれば。

 

こうやって強く想い続けなければ――いつか忘れてしまうような気がして。それだけは嫌だ。

 

たとえ人間ではないと否定されても拒絶されても、俺だけは何時迄も抱えてないといけないんだ。救われたんだ。

 

頭痛が鈍く響く。重くのし掛かってくるその痛みに歯噛みしながら考える。

 

ハイレインがどういう人間なのか、俺は知らない。遠征の指揮官であり、国の四大領主の一人。

 

黒トリガーを元に戻すのも、ハイレインの協力が無ければ難しいだろう。黒トリガーというのは国の機密的にも最上級のものだ、それは恐らくどの国でも変わらない。

 

ミラやエネドラの使用する黒トリガーだって機密情報の筈だ。……ミラは国中に名が知れ渡っているが。

 

スパイや潜在的な捜査員と言うものは配置しないのだろうか。少なくとも前の国のやり方なら幾らでもスパイを入れ放題になる。

 

アフトクラトルの場合はどうなのだろうか。俺はその部分には触れてない、というより運営体制にどうこう言える立場ではない。それを考えるのはハイレインやエリンの仕事で、俺やエネドラが口を挟むことではない。

 

だが、対策してないとは考え難い。何かしらの方法は取っているのだろう、多分。

 

ガタリ、と後ろから音がする。振り向くと、何故かそこにはミラが居た。

 

「……目が覚めたのよ」

 

そう言いながら隣の椅子に座り、何処からか持ってきた飲み物を置く。俺の前にも差し出されたそれを受け取り礼を言う。

 

湯気が立っているが、変わらず熱気も感じない。手で触れても何も起こらない自分の指に相変わらずだと皮肉気味に笑いながら飲む。

 

二人分の飲む音が響く。互いになにかを話すことも無く静かに時間が経過していく。

 

「今度の遠征」

 

ミラが唐突に話し始め、それに耳を傾ける。

 

「基本はトリオン兵を出して、相手の戦力を引き出す。底が見えて、その上でこちらに得が多い場合に私達が前線に出るわ」

 

道理であの時唐突にエネドラが来た訳だ。黒トリガー使いを戦場に放り込むのは簡単だがハイリスクハイリターン。俺と言う得を見つけたから確実に潰せる戦力を送ってきた。

 

今度の場合もそうなるのだろう。とは言え俺は直接戦闘でしか戦力としてカウント出来ない。ミラやエネドラの様に絡め手を使用することはできないから。

 

そうなれば、相手は黒トリガーかそれに準ずる戦闘能力を持った奴。その事に対して不満は特に無い。死なないのだ、文句をつける理由も無い。

 

……うん? 待てよ。レーダーで識別していると言っているが、どうやって個人を判別しているのだろうか。

 

トリオンで認識しているのなら、そのトリオン情報を登録……?

 

仮にそうだとすれば、どうやってそのトリオン情報を登録しているんだ? トリオンに、まさか個人的な差でもあるのか?

 

トリオンそのものに何かしらのパラメータを割り振って登録しているという考えの方が可能性としては高い。

 

だが仮に、もし仮にトリオンそのものの情報を何かしら手に入れる方法があると言うなら――それは、鍵になる。

 

そこら辺も詳しく探らなければならない。この国の技術を担う人間を探さなければいけない……か。

 

恐らく接触はまだ出来ないだろう。ハイレインがまだそれを許可するとは思えないし――いやだが待て。

 

この遠征のメンバーに詳しい技術を持つ者が居ないのなら、それを理由に俺が教わると言うのはアリだ。

 

遠距離遠征中に機械トラブルが起きた場合対応出来ないし、ならばそれを回避するために一人くらい有識者がいても問題ない。もしかするとヒュースが既に習っている可能性はあるが――試してみる価値はある。

 

ずず、ともう一度飲み物を口に含む。思わず前進した可能性に少し嬉しくなる。

 

これで上手くいけば、俺の知りたい情報が手に入るかもしれない。いや、手に入らなくても何かしらのヒントは知れる。

 

「……どうかした?」

 

いや、何でもない。ありがとう。

 

 

「……………………え?」

 

 

まだ終わりじゃない。先がある。どうとでもなる。手遅れじゃない。

 

残ってる液体を全部飲み干し、持ってきたメモ帳に記す。ミラが目の前にいるが、そんなの気にしない。

 

見えない様に書けばいいだけだ。そして後はダミーのメモ帳とすり替えておけばいい。

 

最近どうにも記憶が飛ぶことがある(・・・・・・・・・・)から、その対策の一環として持ち込んだ。

 

どこか信じられない様なものを見た顔をしているミラを尻目に、作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……眠くなってきたし、先に寝るわね」

 

時間が経った後、ミラが眠そうにしながらそう言った。別に強制してるものでもないし、寝たければ寝ればいい。俺は見張り番だから寝れないが。

 

それにもうすぐ朝だろう。外の景色とかそう言うのは無いが、時計はある。人が起き始める時間だ。

 

「……え、嘘」

 

いや本当だが。

 

「…………やっちゃった」

 

頭に手を当てて悩ませるミラに少し笑いつつ、いいから寝てこいと伝える。1日くらいサボっても何も起きないだろ。

 

フラフラ歩いていくミラに気をつける様に伝えて、改めてレーダーを見る。反応なし、何事もなく平和に終わった。

 

これから俺たちは戦争を起こすって言うのに。自分があれだけクソだと否定した国と同じようなことをしようとしてる事に頭痛がする。

 

――構うものか。一切合切踏み抜いて押し退けて踏み台にしてでも、進むと決めたんだ。

 

退路はない。俺に許されるのは過去の全てを背負って進むこと。

 

この国の人間も利用して、二人を救うんだ。

 

 

ズキンと鈍く主張する胸の痛みに、気付かないフリをしながら。

 

 



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遠征Ⅱ

それなりに綺麗に整えられた居住地に、白い怪物――トリオン兵が押し寄せる。

 

民族的な衣装を身に付けた人間達が、次々と捕まる。

 

捕らえられ、そのままキューブ状にされる者も居れば鋭利な爪によって胸を引き裂かれ絶命する者もいる。

 

阿鼻叫喚、地獄と言うほか無いその光景に思わず言葉を吐き出しそうになりながらも堪える。

 

今更俺が何かを言う権利は無い。これまで散々殺してきたんだ、何も言えない。

 

例え過去の連中と同じ事をしていても、それを受け入れなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時にも増して頭痛がする。

 

ズキズキと、ガンガン鈍器で殴りつけられたかのような痛みが走っている。

 

あまりにも酷く響き続けるそれに、眉を顰めながら耐える。

 

……やるしかない。決めたんだ、俺は。

 

何を犠牲にしても、二人を助ける。そのためには手段は選ばない。そう決意したんだ。

 

 

「――ミラ、北東から攻める数を増やせ。誘導して黒トリガー使いがいるかどうか調べる」

「はい」

 

 

その光景を見て、複雑な気分だ。

 

実際に調べられて炙り出された身としては、こういう風につられていたんだなと戦場の動き方を把握できる。

 

画面を見てみれば、既に複数人見たこともない衣装に身を包み鎌のような物を振り回している連中が出てきた。これがこの国のトリガー使いで間違いは無さそうだ。

 

……二人に、同じ罪を背負わせる訳にはいかない。全部俺が決めたのだ。責任は俺にある。

 

 

「……反応無し、か。ラービットの実戦投入にはちょうどいい」

 

 

ハイレインが言うその言葉に、少しだけ反応する。ラービット、そんな奴が居ただろうか。

 

後ろの蜂の巣状の保管箱に手を伸ばし――ああ、成る程。トリオン兵か。ゲートを開くと同時に画面にラービットと呼ばれた二足歩行の怪物が現れる。

 

目の前にいたトリガー使いを一体叩き潰し、そのまま残った二人のうち一人を巨大な手で殴りつけ吹き飛ばす。

 

残った一人が立ち向かった瞬間、手で掴み動けなくなったところで腹を開く。うねうね何本か触手のようなものを出しながらそのトリガー使いを収納した。

 

捕獲も出来て、単独の戦闘力も高い。並のトリガー使いでは勝てないだろう。

 

これはある意味切り札と言える。三体もいれば黒トリガーの無い小国ならひねり潰せるのではないか。

 

そんなラービットの前に、新しい四人組が現れる。三人が鎌を持ち、一人が拳銃のようなものを両手に持っている。

 

「お? こいつらは中々やれそうだな」

 

ランバネインの言葉を聞き、それに誰も反応せず画面を見る。

 

確かに画面上ではラービットの攻撃を避け、どこが刺さりやすいか探っているように見える。

 

「それなりに優秀な戦士だな」

「ハッ、実戦投入間もないトリオン兵にこんな手こずってるようじゃ程度が知れるだろ」

「とは言えラービットは莫大なトリオンをつぎ込んで作成している。トリオンが強さを決める訳ではないが、少なくとも頑丈さ素早さなどはトリオンによって決まるだろう。

 

――つまりラービットはそれなりに強い」

 

そう、あくまでそれなり。俺が斬れば一太刀だろうし、エネドラがやっても五秒と持たない。ヒュースも完封するだろうし、ミラに関しては勝負にならない。

 

「駒にはなり得ない。このままラービットを潰されても勿体無い――エネドラ、剣鬼」

 

ピクリと反応する。

 

「黒トリガー使いを探して確保する。それがお前達の任務だ」

 

命じられたそれを実行するべく、頭痛を無視して立ち上がる。ああクソ、最悪な気分だ。やってる事は奴らと変わらない、俺たち三人があれだけ否定した連中と――違う。

 

仕方ない。やるしかない。だって、俺の邪魔をしたんだから。

 

俺の目的を邪魔した。ならどうする。斬るしかない。全部斬り捨てるしか無い。運が悪かった。それで諦めてくれ。

 

二人は関係ない。俺の、俺だけの目的の邪魔をしたんだ。恨むなら俺を恨め。

 

開いたゲートを通過して、地面に降り立つ。ラービットと戦闘中だった四人がこちらに反応して隙を見せる。

 

――刹那抜刀、赤黒い斬撃が伸びてその内の一人の首を切断する。

 

 

「――首、置いてけ」

 

 

 

 

 

 

制圧し、その場にごろりと転がった四つの死体を一瞥して切り替える。ころころと転がってくる生首を避け、その場を後にする。

 

黒トリガー。どこだ。何処にいる。数が増えて余裕ができれば、研究に使用する事が可能になるかもしれない。俺が確保して手柄を立てなければいけない。

 

 

――頭痛は治まった、気分は最悪だ。

 

 

そんな事関係ない。俺がどれだけ悪だと見做されようが関係ない。二人を助けさえすればそれでいいんだ。

 

ここまでやったんだ。躊躇いなんかしない。

 

首にピリついた感覚が発生したのでその方向に対して剣を振る。伸びた斬撃の先にいた狙撃手の様な遠距離攻撃をしてきた者をもう一手振るって殺す。腰から上が半分になって血液を噴き出しながら死んだその姿を確認する事なく、次の方向へと剣を振る。

 

同じ様に当たった相手のトリオン体が解除され――近くの建物から鎌を持った奴が二人飛び出してくる。

 

ほぼ同時に近づいてくるが関係ない。左を優先して殺すために左に剣を振り、斬撃を伸ばす。伏せて回避されるがそれも織り込み済み、斬撃を変化させ地面ごと突き刺す。

 

両手足を切断した所で右から近寄ってきた奴に剣を振る。近距離が出来ないとでも判断したのか既に射程内だった為普通に斬る。

 

「ぐ、くそっ……!」

 

生身になり、既に動きもしないトリガーを構える男。後ろを見れば両手足がない為に達磨状態でごろごろ転がってる女。

 

……まぁ、いいか。無力化してしまえば別に。

 

二人を一瞥してその場を後にする。全員殺す必要はない。

 

「ま、待て!」

 

倒れた女が声をかけてくる。気が付けば先程の男は既に女の近くまで寄っており、庇う形でトリガーを構えてる。

 

「何が目的だ! 何で俺たちを――」

「うるせぇなカスが、死ね」

 

続いて喋った後この体をズシャ、と地面にから生えてきた刃がズタズタに突き刺す。白目を向いて全身から血を流して絶命したその男だった物を見た後、やった本人を見る。

 

「どいつもこいつもクソつまんねー奴らしかいねぇ。黒トリガー使いが一人はいるって話だが――この感じだと雑魚だな」

 

ほいほい黒トリガーを出している俺たちが異常――生身になって逃げていく女を見て、そのまま無視する。

 

「あ? おい猿、何処行ってんだよ」

 

エネドラが追撃しようとして――止める。

 

「……んだよ」

 

別に殺さなくたって問題無いだろ。それより先に黒トリガーを見つけるのが優先だ。

 

「わーってるよ、ったく……」

 

渋々といった様子で追撃を辞めたエネドラを連れて歩く。先程の連中を除いてこの地域にトリガー使いは居なくなった。捕虜にするのと殺すの。どちらも差はない。

 

それに捕虜にするのはトリオン兵がメインでやっている。俺たちは相手の戦力を削るのが仕事だ。

 

「ああ?」

 

エネドラの胸を何かが突き抜けていく。高速で突き抜けたそれを目で軽く捉えて、弾丸が飛んできたのを認識する。

 

遠距離からの狙撃――まぁ、別に手を出さなくてもいいだろう。エネドラも場所は見つけてるみたいだし俺が手を出す必要はない。

 

『剣鬼、聞こえる?』

 

ミラからの連絡――腕につけたミラのトリガーを通して通信を可能にしている。

 

『そこから真っ直ぐ中央に向かった辺りで大きなトリオン反応が発生したわ。トリオン量からして――黒トリガーよ』

 

 

 

 

 

 

――黒トリガー使いは焦っていた。

 

予想もしない大侵攻、正体不明のトリオン兵。戦闘力の高さから前線を支えるための人員が多く狩られてしまった。

 

その後エース部隊がいくつか出て、前線は安定した様に思えたのもつかの間。敵のトリガー使いが現れ、上位チームを瞬殺。東には動く砲台と称しても申し分無い程の火力を保有した男、西には謎の技術を操り次々とトリガー使いを撃破していく青年。

 

北には――エース部隊を瞬殺した、恐ろしい斬撃使い。躊躇いなく四人を殺害して中央へ歩みを進めるその姿は画面越しであっても恐怖でしか無かった。

 

恐らく同じ黒トリガー、勝算はある。

 

こちらは相手の情報を知っていて、相手はこっちの情報を知らない。

 

初手で潰して優位を取る。他にも優秀な戦士が何人も送り込まれているが、自分がいる限りまだ可能性はある。

 

そう思い拳を握り、レーダーで反応があると通信が来たのでそちらを見る。

 

ゆっくりと道の真ん中を歩いてくる、白い男。ゆらゆらと足取りが若干不安定なのが更に不気味な感覚を増すがここで構える。

 

発動に必要な条件を考え、改めて黒トリガーを展開する。通常の鎌より漆黒に染まり、装飾も少し施され荘厳な雰囲気が漂う。

 

武器を敵に向かい放り投げ――唐突に相手の目の前に瞬間移動する。

 

投擲後に座標移動による奇襲を可能とするこの黒トリガーは、この男より前の時代に作られたものだ。その背景やストーリーに男は興味を持ったことは無かったが、黒トリガーになった時点で相当な覚悟や戦いがあったのだろうと確信している。

 

だからこそ敬意を持ち、それを扱うに値すると判断された自分の実力を疑っていなかった。

 

確実に殺った。回避できるタイミングでは無い。

 

白い男の首に鎌が到達するその瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

――視界が反転した。

 

 

 

 



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計画

「――こんなものか」

 

 最後の詰めになって、ハイレインが出撃してきた。周囲を飛び回る動物の形をしたトリオンが手当たり次第にトリガー使いに飛び付き、その身をキューブへと変えていく。

 

 理解出来ないその攻撃に対応出来るものは少なく、呆気なく制圧されていく。既に黒トリガーも抑えて、相手は万策尽きた状態であろう。

 

 詰めの一手――成る程、ハイレインの黒トリガーはトリオン体に対して無敵だ。

 

 削られた体も周囲のトリオンキューブを使用して修復できて、相手への攻撃にもそのまま転用できる。普通はトリオン体を解除しないため、まさに戦争中の秘密兵器。

 

 重要度で言えばヴィザより高い。これ一つあれば確実に小国の一つは落とせるだろう。

 

 ――俺には意味ないが。そういう意味では俺との相性はいい。向こうはこっちへの誤射を気にしなくていいし、こっちは味方の援護を気にせず戦える。

 

 戦意喪失し、降伏を飲んだ事で戦闘状態を解く。ただ集中するのをやめるだけだが、この意識の変化は大きい。

 

「……終わりね。私達の勝ちよ」

 

 …………勝ち、か。何が勝ちで何が負けなのか――そんな事すら俺には分からない。生き延びれば勝ちなのか。相手を只管に打ちのめし、残虐な限りを尽くすのが勝ちなのか。一騎打ちに勝利して、華々しく終えるのが勝ちなのか。

 

 戦争とは何なのだろうか。

 

 俺には俺の目的がある。難しいと言われようと、出来っこないと言われても諦めるつもりは無い。

 

 それを邪魔されたら? 

 

 ――そういうことだ、戦争は。

 

 人が人としてある限り、戦争は続く。何処でも、何にでも。

 

 そしてまた新たな俺たちの様なのが生まれ、散っていく。巡り巡って続くのだ。

 

 ……許してなんて言わない。だけど、譲る気はない。俺は果たすと決めたから。

 

「おい、お前殺しすぎじゃねーか」

「お前が言うのか……?」

 

 エネドラが茶化す様に声をかけてきて、ヒュースがそれに突っ込む。二人の方を見るために振り返れば、その視界に崩壊した建物と荒れた道、血の赤に濡れる草木が映る。

 

 全部俺の作った景色――ああ、上等だ。全部抱え込んでやる。

 

 そうするしかないのなら、嬉々として踏み締めてやる。血に濡れた道で、その先に希望があるのだ。何を躊躇う必要がある。

 

「……その面やめろ。なんかアレだ」

「不気味を通り越して悍ましいぞ。取り敢えず顔の血を拭いておけ」

 

 ぼすんと投げられたタオルを手に取り、顔を拭く。ばっと見てみれば確かにタオルが血だらけである。

 

 気が付けば何時もの頭痛が響いている。いい加減治らないのかこれは……どうでもいいか。俺が耐えればいいだけの話だ。

 

 黒トリガーを確保したから、出来ればこの調子で数を増やしたい。黒トリガーを使用して確認したいことは無数にあるのだ。

 

 アフトクラトル所有の黒トリガーでやる、と言ってしまうと反逆行為と見なされ処分されるかもしれない。それ自体は特に問題ないが、それによって有用な研究施設を失うのが良くない。

 

 だから態々他国の黒トリガーを奪った。俺の意思で、必要だから。

 

 

 

 ――頭痛が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 遠征は成功――星を動かす元となっているマザートリガーも抑え黒トリガーも奪い完全な勝利となった。

 

 目的としてはこの二点が完全な目的であった。

 

 マザートリガーを抑えることで、国を完全に属国とする。配下と言っても差し支えないくらいに。とは言っても理不尽な支配体系があるわけではない、いざという時に盾になって貰う――そういう風に言っていた。

 

 力ある者が、この世界で権利を得る。

 

 それを体現する遠征だった。俺の試験でもあったのかもしれないが、ハイレインの考えてることは正直理解できない。自分と相対することも早々ないし、話す機会すらない。

 

 まぁでもそれでいい。邪魔してこないから。

 

 少しずつ有用だという所を見せて、引き出さなければ。ハイレインは領主である、この事実はどう頑張っても覆せない。ならば領主であることを利用する。

 

 新たに手に入った黒トリガーをどう使うのかはどうでもいい。まだ時間はあるのだ、一つや二つなら手に入るだろう。それを以て、どう交渉するかが大事。

 

 ヒュースは協力すると言ってくれた。……だが所詮二人ともただの遠征部隊で、権力や力は無い。

 

 せめて研究機関か何かに接触できれば進むのだが――……やはり、巻き込むしかないか。ヒュースには恨まれるかもしれないが、しょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

「――やあ、おかえり」

「……ただいま」

 

 少し広めの空間の中央に置かれている机――エリンが椅子に腰かけ書類と格闘している。

 

 何時もはかけてない眼鏡をかけて、眉を顰めながら机に向き合っている。その姿を白髪隻腕の男がチラリと見た後に椅子に座る。

 

「遠征は成功、だったね。お疲れ様」

「……まぁ、そうだな。目的は達成したよ」

 

 俺にとっても、国にとっても。内心のその言葉を出すことなく答える男。

 

「ヒュースはどうだい? 実践を多く経験した君から見て」

「そうだな……まだまだ伸びる。あの年齢で豊富な戦闘の選択肢があると言う時点で優秀であることは間違いないが、今回の遠征でも攻めの起点として扱われていた。まだまだこれからだろうな」

 

 男が伝えると、そっか……と言い微笑む。

 

「なら安心だね。もうヒュースは子供じゃないって改めて感じれたよ」

「……まるで巣立ちの時を迎えたような言い方だな」

「アハハ、少し違うけどね。似たようなものさ」

 

 もう手のかかるだけの子供ではない――エリンの脳裏に浮かぶ幼いヒュースの姿はもう無く、一人の戦士として確固たる己を築いている。

 

「三年か、五年か、十年か――……いつになるか、分からないけどね」

「…………」

 

 エリンと男、共にタイムリミットを抱えた者同士――何か感じ取れるものがあるのか。不気味な程に静まった部屋の中で、二人の呼吸の音が微かに響く。

 

 

「……それで、何の用だい?」

「……悪い」

「気にしなくて良いさ。私は君の主人だよ」

 

 

 パッと笑顔を見せるエリンと仏頂面な男、美しいまで正反対な二人はそれを気にすることも無く話し始める。

 

「今回の遠征で黒トリガーを一つ確保した」

「マザートリガーと一緒に、ね。それは聞いたよ」

「単刀直入に聞く。――俺は、黒トリガーを元に戻す方法を探してる(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ――シン、と部屋の中が静まる。

 

 エリンも男も、声を発することはない。二人だけの空間で、二人が声を発しなくなる。

 

「……そう、だよね。ある程度予想はついてた」

「だろうな。ヒュースにも言われたよ」

「……ヒュース」

 

 その短い言葉で、どれだけの情報が詰まっているのか。そして、どれだけ情報を読み取っているのか。高度な情報戦と迄はいかない。会話での探り合い、腹の見せ合いと称した方が正しいかもしれない。

 

 男は覚悟を決めた。エリンも覚悟はしている。

 

「俺はお前に協力して欲しい」

「それは……エリンとして? それとも――」

「どっちもだ。お前としても、エリン家当主としても」

「……欲張りだね」

「よく言われたよ」

 

 軽口を叩きながら、エリンが改めて眼鏡を外して男の元へと歩いていく。男の前に向き合う形で設置された椅子に座り、正面から話す。

 

 

「じゃあまず簡潔に。――エリン家は、これより全力を以て支援します」

「…………は?」

 

 

 その答えに呆ける様に反応した男に対してエリンが口元に手を当てクスクスと笑う。

 

「何を言ってるんだい? 元からこのつもりさ、言っただろう? 君を幸せにして見せるって」

「……」

「信じてなかっただろう? それで良いのさ。君がこうやって私を頼りにしてくれて、その手段を話してくれる。そんなのでそれを実行できるとは思わないけど、大きな一歩だと思う」

 

「少しは信用がなければ、頼ることだってないだろう?」

 

 男は黙り込んだ。その通りだと考えたのか、何か否定する言葉を探しているのか。

 

「だが、全体でとなると――」

「そこは問題ない。縦社会とは言え、こう見えて結束が強いんだ。そもそも黒トリガーの研究自体はこれからもっと進むだろうし、研究機関が一つしかないより数多くあった方が確実に効率はいい。表立って研究だって実際不可能じゃないんだ」

「…………そう、か」

 

 何となく、苦虫を噛み潰したような表情に見えなくもない表情で頷く男にエリンは笑う。

 

「安心してくれ。未来の決まってる私だけど――身内の願いくらいは叶えて見せる」

「――…………ありがとう」

 

 ニッ、と笑うエリンに伝えたい感謝――その言葉にどれだけの意味が込められていたか。それは、本人にすら理解しきれないだろう。

 

「それで、どうする? こっちからアプローチをかけるという事も出来なくはないけど」

「危険だな。ある程度旨味を精査してハイレインが納得しなければ難しいだろう。エリンが関わる以上、発見されても無言で処罰は無いとは思うが」

「そうだね。ベストなのは発見される前に旨味を見つけて、見つかった時若しくはバレた時に同時に成果を伝える。それが一番かな」

「スパイは居ないだろうが、配下にハイレイン直属の兵がいたりは?」

「少なくとも二、三人はいるだろうね。でも参加させようと思ってるメンバーは私にとって信頼の置ける人間だけ。目星は付いてるからそこまで警戒しなくてもいいかも」

 

 緻密に続々と練られていく計画。そこにあるのは希望であり未知であり――絶望でもあり運命でもある。

 

 

 




進行度――##%


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ボーダー

 ──パタン、とノートを畳む。横に目を向けてみれば既にいくつも積み重なっており、書いた際の筆圧か少々元より膨らみが目立つ。

 

 あの日(・・・)を境にガラリと変わった生活を懐かしむ様に記憶を思い出す。

 

 そう、あれは三年前──第一次近界民(ネイバー)侵攻と呼ばれる最悪の日から。

 

 

 

 

 あの時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。

 

 始まりはなんでもない、変哲のない日。友達と出掛けるから少しお洒落して、一緒に暮らす──うん。暮らしていた(・・)男の子となんでもない会話をしていた。

 

 そうしたら急に手を引かれて、家の外に走りだした。

 

 外の景色は私の知っている街並みじゃなくて、知らない変な白い機械みたいな奴が沢山いた。家を壊し、人を食い、爪で裂き貫く。テレビや動画で見たことのある現実感のない悲惨な光景。

 

 惨たらしく、尊厳など無い。警察が来ても意味はない。法なんてもの機能してなくて、常識が通用しない。至る所から聞こえる悲鳴や怒声を耳に入れながら、なんでこうなったのだろうと考え続けた。

 

 軍隊だって歯が立たない。銃は効かない。殴っても意味がない。包丁やナイフでも効果はない。車で引いたって外傷一つつかない。そんな化け物相手に、どうすればよかったんだろうか。

 

 彼は、私の身代わりになった。手を引かれて走るだけの私を引っ張り続けて、時には、その──……人を見殺しにもした。

 

 人が急に変わって、すごく疲れてる顔だった。その前まで、ほんの前まで彼だったのに。

 

 怖くはなったけれど、そこで恐怖で逃げる事はなかった。彼は彼、一線は超えなかった(・・・・・・・・・)し、奥底に私を気遣うのがすぐわかった。……私が彼を最後に見たのは、あの時。

 

 どこか満足そうな顔をして怪物に飲み込まれていく彼を見て、手を伸ばして──届かなかった。私は助かって、彼──廻は助からなかった。

 

 今じゃこの街ではありふれた出来事の一つ。だけど、私にとっては生涯忘れることの出来ない──大事な(憎い)記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 カタカタと薄暗い部屋にキーボードを叩く音が響く。広く、講義室と言われても問題ないと思えてしまうほどの部屋に静かに鳴っていた。黒色の髪を肩で切り揃え、眉間に皺を寄せて一心不乱にキーボードを叩き続ける女性。

 

 時折目頭を揉んだり、マグカップの中の飲料を口に含んでいるあたり休憩は挟んでいるのだろう。それでも集中して仕事をしているということがわかる。

 

 ひと段落ついたのか、一時間ほどモニターと向き合った後に身体を解すために上半身の柔軟を行なっていた。

 

「──まだ残っていたのか」

「忍田さん」

 

 忍田、と呼ばれた男性は隊服の様なもので身を包んでおりその手に栄養剤が握られている。

 

「まだ資料が完成してないんですよ。どうにも不慣れで……」

「一ヶ月前まで現役だったんだ、それは仕方ない」

 

 あははと笑う女性に、少し眉を顰めて話す忍田。

 

「あまり根を詰めすぎるなよ。君の気持ちは分かるが──」

忍田さん(・・・・)

 

 何かを言おうとした忍田を遮り、女性が口を挟む。名前を呼んだだけの短い言葉だが、そこに秘められた想いと意味は計り知れない。

 

「私がやるって言ったんです。そんな、戦えなくなりつつある(・・・・・・・・・・)からと言って止まるわけにはいきません」

「……それは分かる、だがもう少し自分を労わるんだ。持たないぞ」

「適度に休んでますし、大丈夫ですよ。自分のことはある程度わかってるつもりです」

 

 そういいつつ軽く伸びをして再度モニターに向き合う女性。その姿を見て「今日もか(・・)」と内心嘆息しながら女性の机に栄養剤を置く。

 

「せめて身体は大切にな。私は先に戻る」

「はい、お疲れ様です」

沢村くんも(・・・・・)程々に、な」

 

 部屋から出ていく忍田を尻目に、作業を続ける沢村と呼ばれた女性。

 

 

「……諦めてなんて、たまるか」

 

 

 

 

 

 

 

「ん? おー響子さんじゃん、久し振り」

「そんな久しぶりでもないでしょ」

 

 界境防衛機関──通称ボーダーと呼ばれるこの組織に沢村響子は属していた。

 

 三年前に起きた、宇宙人──後に近界民(ネイバー)と呼ばれる存在に受けた大規模な侵略行為以来、世界と世界を繋ぐ【ゲート】が開くこの街を守るために設立された民間防衛機関である。

 

 トリオンと言われる特殊技術を操り、偵察でやってくるトリオンで作成された兵士を返り討ちにして街を守る、謂わば警備団。

 

 所属する人間も、特殊な訓練を受けた軍人などではなく民間から募集・スカウトされた【トリオン】の多い若者が中心になっている。そんな中、ボーダー設立当初から前線に立ち続け、ノーマルトリガー使い最強と謳われた忍田とチームを共にし続けた女性──それが沢村響子。

 

 トリオン兵を斬っては投げ斬っては投げ、時にはトリオン体を破壊されることもあったが何かに取り憑かれた様にトリオン兵を狩り続けた響子はボーダーの中でサイドエフェクトなどという特殊な才能や、特異な天才を除いて上位の戦闘能力を持っていた。

 

 年齢によるトリオン能力の減衰が始まってから少しずつ前線から離れ、今ではボーダー本部にて忍田の専門オペレーターとして日々過ごしている。

 

米屋(よねや)君、どう? ランク戦する?」

「お、珍しいねー。アンタ(響子さん)から誘ってくるなんて」

「たまにはいいの。どうする?」

「勿論お受けします」

 

 ふざけた物言いをするこの男──米屋陽介はこう見えてボーダーでも指折りの実力者である。孤月と呼ばれる刀のトリガーを改造し、孤月槍を使用する天才。ランク戦と呼ばれるトリオンを利用した模擬戦闘で、ボーダーは急速に成長していた。それこそ、何度死んでもやり直せるように(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「いやー負けたわ……」

「油断したわね」

 

 十回戦って、七勝三敗。沢村響子の勝ちである。

 

「なんで前線退いてんのに強くなってんだこの人」

「普段の行いがいいからじゃない?」

「それなら俺は今頃個人ランキング一位(剣バカ戦闘狂)超えてるぜ」

 

 はははと笑いながらブースを退出する二人を、遠くから見る目が多数。C級隊員と呼ばれる、ボーダーに入りたての卵達である。

 

 A級・B級・C級の三つに分かれて階級のあるボーダー。米屋は現役のA級で、響子は元A級である。周りのC級隊員からしてみれば雲の上の存在、戦闘能力的に言えば化け物。

 

 そんな二人が肩を並べて歩いていると恐ろしいが、一応仲間であるために“憧れ”を抱く者も少なくはない。人間、さらに若い年齢になると英雄という物に憧れを持つことが多い。実際ボーダーに入隊する者の中にはそう言った考えの者も居る。

 

 だが、篩にかけられドロップアウトしていくのだ。自分は天才などではない、ただの凡人だと──真の天才(怪物)に叩きつけられていく。それでも心が折れなかったものは比肩するほどの実力を成長して持つ者も居る。だが、多くの人間はそう高潔に生きてはいけない。

 

 だからこそ、ずっと最前線で戦い続けているA級と言うのは知名度が高い。それほどずっと戦い続ける、その理由を人々は知りたがる。

 

「どうなの、オペレーター業の方は」

「……それ、聞いちゃう?」

「気になる気になる」

「はぁ……全然ダメ。慣れない作業ばっかりやっててもう悲惨よ」

「……それはもう」

 

 はぁ、と心底疲れた溜息をこぼす響子に流石に何も言えなかったのか米屋がなんとも言えない顔をする。

 

「あートリオン兵斬ってるだけのあの頃に戻り……たくは無いかな」

 

 どうせ戻れるならあの頃へ──三年前を思い出し、

時が巻き戻るなんて有り得ない事を妄想する(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。ぶんぶん頭を横に振って考えをリセット、現実逃避してる場合では無いと切り替える。

 

 ──貴方は今、どこで何をしていますか。

 

 彼を攫ったトリオン兵が殺傷能力は薄く、拉致が目的のトリオン兵ということはとうの昔に判明している。だからこそ、響子は生きているのでは無いかと思いを重ねてしまう。

 

 可能性は低くても、どこかの国で生きているのでは──そう思い続け、戦ってきた。

 

 こうやって前線で戦い続ければ、いつかゲートの向こうからやってきてくれないか──浅はかな考えだと言われても、甘い考えだと言われても諦めるつもりはなかった。

 

 彼も諦めず自分を救ってくれたのに、自分だけもう諦めるなんて薄情すぎる。

 

 けれど──三年という年月は、長い。自分も戦えなくなりつつある。限界が見えてきてしまった。今は米屋に勝ち越せたけれど、次もそうであるとは限らない。そうなってしまえば緊急出動すら無くなってしまうだろう。

 

 だからこそ、トリオン器官を長生きさせるために定期的にランク戦を行なっている。好戦的なものが多いため相手に困ることはない。

 

 いつになったら会えるのだろうか。死んだとは思いたくない。一応、御墓参りには毎年行っている。けれどそこで死を悼んだことはない。

 

「……ままならないわね、本当に」

「ん、どうかした?」

「何でもないですー」

 

 零した言葉を米屋に聞かれていたので誤魔化す。自分の戦う理由を知っているのは上司である忍田と他数名、別に知られてもいいがそれを理由にイジられるとめんどくさい。耐える自信はない。

 

 

 いつかまた会える──いや、会うのだ。頭に刻み込んで、響子は今日も生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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迅悠一①

 ──斬られる。

 

 建物が、人が、ありとあらゆるものが。

 

 抵抗していくモノも、抵抗しないモノも関係なく無差別になにもかも。蹂躙、と形容することすら生温い光景。

 

 先日まで話していた友人も、気の許せる幼い頃から仲の良い者も、世話になってばかりで恩がある人も。全員等しく斬り捨てられる。

 

 ああ、これは夢──いや、未来(副作用)か。何度も繰り返し見ている光景に思わず溜息をつきたくなる。けれど、目を逸らしてはいけない。

自分にしかできないことだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 どれだけ血反吐を吐くことになっても、この未来は避けてみせる。ずれ落ちる視界の中で、そう誓った。

 

 

 迅悠一は、未来が見える。

 

 これは嘘や誇張ではなく、真実である。トリオンによる副作用(サイドエフェクト)、その中でも最上位に存在する能力。

 

 自分の目で見た人間の、数秒先か数分後か数時間後か明日か一週間後か──もっと遠い未来か。戦っている際にいくつも未来が分岐して見えるし、街中を歩くだけである程度何が起きるか理解できる。

 

 ボーダーの中でも、未来視などと言う物を図らずも手に入れてしまったのは迅一人。

 

 これまで何度も利用してきた。情報を伝え、ボーダーの為にと願い続けて。──その果てに待っていたのは、恩師の死であったが。

 

 見えているのに回避できない、悔しさと情けなさでなにもできないこともあった。表面上誤魔化せていても、恐らくわかる人にはわかっただろう。未来がわかっても人一人救えないと、自分で絶望していたこともあった。

 

 けれど、一人ではなかった。仲間が居た。絶望の沼に浸かる身を掬い上げてくれた者達がいるのだ。

 

 だからこそ、諦めない。自分を掬って(救って)くれた人達のために、守りたい世界のために、想い描く未来のために。

 

 

 

 

 

 

「迅──自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

「えぇ、城戸さん。俺は自分が何を言っているのかはわかっているつもりです」

 

 左眉辺りに傷跡を残し、髪をオールバックにした男性──城戸正宗と迅は相対していた。

 

「お前は自分で風刃を本部に渡した。それを──返して欲しい?」

「そうするしか無いので」

「それは些か勝手がすぎるのでは?」

「ですから、用が終わった後はどうして頂いても構いませんよ。その時に必要なんです」

 

 ボーダー本部上層部、メディア対策室長である根付からも横槍が入るがそれをまるで受け流すように自分の意見を押し通す。

 

「……話にならないな。メリットが無い」

「メリットならありますよ。限りなく可能性の低いメリットですが」

「一応聞いてやろう」

 

 城戸の氷のような眼差しを軽く受け止め、真面目な顔で返す。

 

「俺が強くなる」

「話にならん」

 

 はぁ、と溜息をつく城戸と対照に笑顔を見せる迅。

 

「しょうがないじゃないですか、俺が証明出来るものは俺の副作用(サイドエフェクト)だけなんで」

「それは分かっている。だからこうして態々主要人物に召集をかけたんだ、詳細を話せ」

「ははっ、今のはあくまで最終手段です」

「最終手段で押し通すつもりなのか……」

 

 先ほどの雰囲気とは打って変わった空気になった会議室、ボーダーの主要人物達が勢揃いするこの場で話す。

 

「本題ですけど、簡単に言います。いつになるかは不明ですが、近い内に近界民(ネイバー)による侵攻が確実にあります」

「それは前言っていたのと一緒か?」

「うん、一緒」

 

 A級五位、嵐山隊隊長である嵐山(あらしやま)(じゅん)が質問を投げ掛ける。何やら事情を把握してそうな疑問に、別の人物が食いつく。

 

「それは前から予期できていたのか」

「漠然と。ですけど確定したのはちょっと前ですね」

 

 B級一位、二宮隊隊長二宮(にのみや)匡貴(まさたか)が口を開く。腕を組んで睨みつける二宮を軽くあしらい迅が続ける。

 

「それでちょっと困ったことがあってですね、皆さんに力を借りたいと思ってたんですが」

「困ったこと、か……」

「すごい簡単な問題なんですけど、一番難しいんですよね」

「回りくどいのはやめろ、さっさと話せ」

 

 いつもとの茶化した表情とは違い、神妙な顔つきで話す迅に誰もがふざけているわけではないと理解する。だからこそ早く話せと急かした。

 

「じゃあ簡潔に。──現状の防衛成功確率がめちゃくちゃ低いです。割合で言うなら九分九厘失敗します」

 

 シン、と会議室が静寂に包まれる。迅の発言の意図を読み取ろうとしている者、素直に受け止めた者、飲料を口に含んだ者──様々な人間がいた中、真っ先に口を開いたのは城戸だった。

 

「……仮に。仮にお前の言う通りに全て従った場合の勝率は?」

「変わらないですね」

 

 風刃という黒トリガーを握っても、ボーダー総出で戦っても、作戦を立てても──現状可能性は変動しない。

 

「原因は?」

「わかりません。でも手がかりが一つだけ」

「それは何だ」

 

 城戸に問われ、迅が一瞬何かを躊躇う仕草を見せた後にある人物を見た。

 

「──この場にいる全員、未来が同じなんです。トリオン体とかトリオン体じゃないとかそういうの全部吹き飛ばして、等しく死んでいるんです。でも、ただ一人だけ違う未来がある」

「それはこの場にいる人間か?」

「えぇ。その為に呼んでもらいました(・・・・・・・・・)──沢村さん」

「……え?」

 

 名前を呼ばれた女性──沢村(さわむら)響子(きょうこ)は呆けた声を出す。まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう、予想外と言った表情だ。

 

「貴女だけ、死ぬ光景が出てくるまでラグがある。ボーダー中、全職員はおろか街中を歩く関係ない人を見てもそんな人は連れ去られる人以外居なかった」

「わ、私が?」

 

 心当たりがない、というより全く訳がわからないと言った声を出す響子に別の場所から声が飛ぶ。

 

「彼がそう言うのならそうなんでしょう、何か思い当たるものはありますか?」

「……本当に、何にもないです」

 

 何かあったかと思い記憶を探るが何もない、答えようがないその問いに返事をする。

 

「ラグ……他に何か情報は?」

「申し訳ないですけど、これ以上は特に何も──ん」

 

 響子を見て目を細める迅。その仕草を見て、忍田が聞く。

 

「何か視えたか(・・・・)?」

「……うーん……少しだけ、見えた、かな?」

 

 歯切れ悪く答える迅だが、とりあえず見えたものを共有する為に口を開く。

 

「ええと、墓……が見えましたね」

「……それは、誰の?」

「誰のかは分かんないですけど、多分アレです。第一次侵攻行方不明者石碑だと」

 

 その場にピリ、と緊張感の様なものが走る。

 

「そこで沢村さんがなんかしてるとか、そう言うのでは無いんですけど……墓が」

「……そう、か。もしかすると、第一次侵攻と時期が同じなのかもしれない」

「なるほど、それは確かにありえますね。後一ヶ月もすれば四年目だ」

 

 B級六位、東隊隊長である(あずま)春秋(はるあき)が答える。

 

「辻褄は合う。だが疑問は俺達で視る事が出来るかだ」

「んー……いえ、見えないですね」

 

 二宮の言葉の意図を組み、迅が試すが効果はない。

 

「墓、墓か……あり得るとすればそれくらいだな。後は単純に墓のある場所を襲ってくるとか」

「それもあり得ますね。読み取れる情報が少ないですけど今はそれくらいしか」

「……だが、それでは終われん。我々は守る為にいるのだ」

 

 城戸が声を出し、会議にいる者全員が同じ感情を抱く。

 

「迅、先程の風刃の件だが──許可する。お前の裁量で使用しても誰に渡しても構わん」

「それは有難いですね」

「身内争いで防衛失敗では話にならない。これより二日に一度今いるメンバー全員集まり会議を行うことにする。すまないが、個人の予定がある者もある程度優先して貰いたい」

「玉狛は問題ないです。逆にひとつ提案したい事があります」

 

 短めに揃えた髪と、服の上からでもわかる筋肉で身を包んだ男性──A級ランク外、玉狛第一(木崎隊)隊長木崎(きざき)レイジが挙手をして発言権を求める。

 

「何だ」

「玉狛所属のメンバーを全員こちらに連れてきて会議に出席させてもよろしいでしょうか」

 

 ピクリ、と身体を反応させる者が一人いるがそれを気にせず木崎は話を続ける。

 

「構わない。情報の共有は何より大事だ──だが、防衛任務は行え」

「それはこちらで分けます」

 

 城戸の了承を得た木崎はそれで言うことは終わりだと言わんばかりに椅子深く座り直す。

 

「それでは今日の会議はここまでにする。この情報は各隊員に伝えて貰いたい。これは──ボーダー史上最大規模の戦闘になる」

 

 

 

 

 

 

 

 会議室を出て、人気のない自動販売機の前までやってきた。

 

 ここならば誰も見てないだろう──迅は一人ベンチに腰掛け、溜息をついた。

 

「……大丈夫、未来は動き出している。新しい情報だって視えた(わかった)、まだ大丈夫だ」

 

 ここまでどうしようもない未来を見てしまったのは初めてだ──胸の中央あたりがジクジク痛むのを自覚しながら購入した缶コーヒーを一気に流し込む。苦味と冷たさで頭がスッと切り替わっていくのを感じつつ、考えることは辞めない。

 

「やっぱりここにいたのか」

「……准」

 

 嵐山が通路の陰から出てきて声をかけてくる。

 

「あんまり悩むなよ、俺達も居るんだから」

「ああ……分かってる」

 

 自分一人にしか未来は見えない──それはとてつもないストレスだ。見たくないものだって見えるのだ、辛くないわけがない。他人には一切共有出来ず、その果てにあるものも孤独。

 

「なんだか久しぶりだな、そんな状態のお前を見るの」

 

 嵐山と迅は、割と長い付き合いになる。だからこそ、迅が最も荒れていた時期を知っている。掴もうとした未来を必死に追い続け、手に入れることはできなかった──あの時。

 

「あの時とは違うぞ」

「そう……だよな。わかってるつもりなんだけどな」

 

 これまで色んなものを視てきた。だからこそ今回は余計不安なのだ。このまま何も分からなかったらどうしよう、どうにもできなかったらどうしよう──この悩みは迅にしか分からない。

 

 城戸にも忍田にも嵐山にも、共有出来ない。

 

「……何かあったら教えてくれよ。頼りにしてるぜ」

「ありがとう、助かるよ」

 

 先に帰っていった嵐山を見送って、迅は一息つく。

 

 仮に共有できる(未来がわかる)人物がいたら──もっと楽だったのだろうか。そこまで考えて切り替える。あり得ないことを考えてても仕方ない、ありえる可能性を考えよう。

 

 未来を掴み取るために、可能性を探し続ける。それが今出来ることだ。

 

 ふらりと歩き出し、その場には誰も残らない。人気のない自動販売機が、明かりを灯しつづける。

 

 

 

 

 

 



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迅悠一②

「や、どんな調子?」

「お、迅さん」

 

 ボーダー玉狛支部のて訓練を行う白髪の少年──空閑遊真に声をかける。

 

 近界民(ネイバー)であり、彼の父親はボーダーを作り上げた人間の一人であったりなかなか色々な要因が渦巻いているが今は玉狛支部でのんびり暮らしている最中。

 

 黒トリガーを所持しており、ボーダー本部と衝突したこともあったが──それは置いておいて。

 

「そこそこかな。小南先輩相手には相変わらず勝ち越せないけど」

「そう簡単に勝たせないわよ、何言ってんの」

 

 現役女子高生アホの子小南桐絵──口では不遜な態度を取る彼女だが、何だかんだ言って人がいい。良すぎてすぐ騙される位には。

 

「スコーピオンの使い方にも慣れてきたよ。これ作ったの迅さんなんだっけ」

「おーそうだぞ。孤月じゃ限界感じてな」

 

 未来視というサイドエフェクトを持ってしても追い抜けなかった個人一位(太刀川慶)を思い浮かべつつ回答する。

 

「いいね、これ。身体のどっからでも出せるのがいい」

「孤月は一度出したら仕舞えないけど、それは兎に角いろんなバリエーションがあるからな。壁を貫通させて背後から刺す、なんて事も可能だよ」

 

 イエイとぼんち揚げを食べながら適当にアドバイスして、少し真面目な顔つきになる。

 

「んで、遊真にちょっと話があるんだけど──レプリカ先生も一緒で」

「ん? わかった」

 

 レプリカー、と遊真が声をかけるとにゅっと背後から黒い物体が浮いて出てきた。

 

『どうした、ユーマ』

「迅さんが話があるんだってさ」

「聞きたいことがいくつかあってね、できれば遊真にも聞いてほしい」

 

 訓練終わりで別室にいたため、リビングに移動する。リビングにはすでに木崎ともしゃもしゃヘアーの男前、烏丸京介が待機していた。

 

「京介はバイトが休みらしいから捕まえておいた」

「捕まりました」

「手間が省けるからオッケー」

 

 真顔でぼんち揚げをばりばり食べる京介の前に袋を置いて、卓を囲むように椅子に座る。迅の正面に遊真とレプリカが座り、その左右に小南と京介が座る形になった。

 

「さて……何から話したもんかな。聞きたい事を聞く前に色々説明しないといけないんだけど」

「それは俺からするか?」

「いや、いいよ。まず結論から──近い内に大規模な近界民による侵略がある」

 

 ぶふっと大きな音を立てて飲料を口から噴き出した小南と、その隣で少し目を細めた遊真。

 

「へぇ、迅さんが見たの?」

「ああ、そゆこと。前から情報はあったけど確定してなかったからな」

「て言うことは確定したんだ」

「困ったことに難易度激ムズだよ」

 

 ゲホゴホ言っている小南と、それは放置して話を進める男四人。

 

『大規模な侵攻……それが可能な国はそう多くはない』

「今度本部を交えて、レプリカ先生に情報提供して欲しいと思ってる。勿論タダでとは言わないよ」

『私はユーマの安全を買えればそれでいい。情報を提供するのは構わないし、それを条件にある程度吹っかけることも可能だ』

「逞しくて助かるよ。それで、簡単に説明すると俺の未来予知だと現状九分九厘防衛失敗するんだよね」

「……ウソじゃないんだ」

 

 遊真のサイドエフェクト──嘘を見抜く能力で迅の真偽を確かめたがそれは真実であった。

 

「……九分九厘ってほぼ確定じゃない!?」

「遅いな」

 

 復活した小南が驚き、それに対して木崎がツッコミを呟く。

 

「失敗どころか殆ど死ぬ。トリオン体とか、そういうの関係なしに」

「……それもウソじゃない。本当なんだ」

『今の玄界(ミデン)の戦力は精鋭国家とまではいかないが十分すぎる戦力はあるだろう。それを軒並み倒し殺しきるのは──尋常じゃない』

「しかもそいつは見えないし、手掛かりは一つしかないしで正直お手上げ」

 

 少し影のある表情を一瞬表したが、すぐさまいつも通りの顔に戻る。

 

『今近づいている国でそれを可能とするのは……四つ、いや二つだ』

「国と国が協力する可能性は?」

『無くはないが、あまり現実的な話ではない。可能性のある二つ──神の国と呼ばれる近界(ネイバーフッド)最大級の軍事国家、アフトクラトルと雪原の大国キオンは仲が良くない』

「ロシアとアメリカみたいな物ですかね」

「それはちょっと違うんじゃ……?」

 

 レプリカの説明に京介が例えるが、迅から若干否定じみた言葉を言われて少し肩を落とす。

 

『キオンとアフトクラトルが近いという時点で、すでに緊張状態が続いている筈だ。アフトクラトルが二年前から更に力を増し続けているために』

「二年前から……?」

『ああ。まだ戦争中だったあの星に滞在している時に、風の噂で舞い込んできた』

「ん……なんかあったっけ」

『アフトクラトルが、戦争している国のマザートリガーを奪っていっているという話だ』

「マザートリガー?」

近界(ネイバーフッド)で星の大元になっている母体だ。これがなくなれば、星は生活できる圏内が著しく減少して夜は明けず昼は来ない。暗闇に包まれた空間になる』

「ああ、あったなそんな話。何でも黒トリガー使いに何人かヤバいのがいるとか」

「黒トリガー使いか……何人いるとかは?」

『前の情報でよければ十三、少なくともそれ以上減ることはないだろう』

「じゅ、十三……?」

 

 風刃一つの取り合いで、黒トリガーの圧倒的な性能を遺憾なく発揮して優秀な上位エース部隊を追い返せるのにそれが十三──想像もつかない。

 

「……参ったな。話を聞けば聞くほど──お」

 

 黒トリガーを纏った遊真、傍に浮くレプリカ。場面は変わり、風刃を持つ自分(・・・・・・・)と相対する影。

 

「ううん、何だこれ」

「視えたのか」

「ちょびっと。影……ううん影か……」

 

 なんとも言えない、貴重な情報ではあるが分かりづらい物に若干ため息をつく。まあ仕方ない、と切り替える。

 

「少なくとも遊真が戦う所と、俺が風刃を使うところは見えた」

「結局風刃使うのね」

「多分、そうなんだろうな。俺のサイドエフェクト以上に風刃と相性がいいのは無い」

 

 戦力的に考えて単独である程度の近接戦闘が可能な迅に風刃をもたせず、他に持たせた方がいいという話もある。理解もできるし迅自身その方がいいと考えることはあるが──どうにも嫌な感覚は拭えない。

 

 だからこそ許可を取った。侵攻が終わった後に借りを作ることになっても構わない。遊真を寄越せだとか、変に理不尽なことを言われたら流石にそんなもの知った事かと言わんばかりに立ち回るつもりだが現状取らぬ狸の皮算用。

 

 まずは無事に侵攻を乗り切らなければならない。それは城戸も理解しているからこそ。

 

「……とりあえず、レプリカ先生と遊真には会議に来て欲しい。さっき話した内容を共有してもらいたい」

「俺は問題ないよ」

『ユーマが決めたのなら』

 

 

 

 

 

 

 

「──と、言うわけで現状怪しいのは一番はアフトクラトル。二番にキオンって形」

「……アフトクラトル、か。特徴としては“角”があるという事」

「黒トリガーが十三本、というのも脅威だ。仮に半分の数だとしても六個、侵攻されては戦力がいくらあっても足りないだろう」

「天羽くんに負担を強いる事は確定、ですかねぇ……」

 

 ボーダー本部にある会議室──ホログラムの投影図にレプリカの所持している知識を加え、膨大な近界図を作成。それを元に対策を予測を行なっていた。

 

「……一つ、レプリカさんにお聞きしたい事があります」

『私に?』

「はい、沢村響子と申します。レプリカさんの知識で、第一次侵攻の国を調べる事は可能ですか?」

 

 ピタリ、と空気が止まる。その場の時が静止し、妙な緊張感が走る。

 

『難しいが出来なくはないだろう。だが恐らく今回の件とは何の関連性もない』

「完全に私情にはなりますが、後日教えて頂きたいのですが」

「沢村さん……」

 

 迅は知っている。沢村響子がこのように問う訳を。

 

 第一次侵攻で想い人でもあった家族を喪い、取り返す為に死に物狂いで戦っていた事。四年の歳月が経とうとしている今、前線から離れて尚諦めてはいない。こんな形で、レプリカという膨大な知識を持つ希望が現れたのだ。食いつかないはずがない。

 

『私は構わない。しかし──』

「それは後日、やって貰おう。今は侵攻対策会議の筈だ」

「はい、失礼しました」

 

 腰を折って礼をして、オペレーター業務へと戻る。

 

「それで、他にアフトクラトルの特徴……というより、戦力で分かる事は何かあるのか?」

『当時──七年前か。あの時に新型のトリオン兵を作成していた記録が残っている。名前はラービット、詳しい性能は流石に知り得なかったがトリオン体をキューブに変換し取り込む能力を持っている。トリガー使いを捕獲するためのトリオン兵だ』

「トリガー使いを……!?」

『作成に使われるトリオンの量は他のトリオン兵と比べてもかなり多い。A級隊員であったとしても一対一で相対するのは危険だ』

「七年前にすでに作成が始まっていたとするならば、完成していてもおかしくはない。早急に対応が必要だな……」

「……緊急脱出(ベイルアウト)が重要になるな」

 

 仮に敗北して捉えられるその寸前で脱出できる緊急脱出(ベイルアウト)は非常に強い武器になる。数時間経てばトリオン体を作り直せる者もいるため、長期戦とするならば非常に大きな要素になる。

 

「ああ、いやうーん……多分だけど、長期戦はやめといた方がいい」

「──何か視えたのか」

「いや、そうじゃないんですけど長期戦を考えて戦力を出せば多分一瞬で潰されますね」

 

 最初から全力でないと、ぶつかり合うことすらできない。暗にそう告げる迅に城戸は目を閉じ何かを考える仕草を見せた。

 

「……今スカウトに向かっている部隊にも出来るだけ帰ってくるように命令を飛ばしてある。加古隊は合流に間に合うだろう。それと特例で部隊ランク戦も休ませる。恐らくボーダーのほぼ全戦力が三門市に集まる筈だ」

「えぇ、その未来は見えてます。でも……」

「変わらない、か。……だが、それでは話にならない」

 

 最悪が見えているのに、防ぎようがない。そんな状態に歯噛みしたのは、もう何度になるのだろうか。

 

「東西南北に分かれて防衛ラインを敷く。これは最初から決まっている対策だ。あとは配置する人員だが──」

 

「南東は天羽に任せたらどうですか」

「……えぇー、嫌だよ。めんどくさいし代わりに迅さんがやってよ」

「俺はやんなきゃいけない事が多すぎるからパス」

 

 ぶぶー、と手でバッテンを作って唯一のS級隊員である天羽に答える。

 

「確かに、多方面を相手するという事に関しては天羽が一番適任だ。無事に守りきれば、評価しよう」

「んー……迅さん、視える?」

「ん?」

 

 天羽に呼ばれ、迅が天羽の方を見る。迅の視界に映るのは、黒トリガーを展開した天羽と──いや、見えない。

 

「……悪いけど天羽しか見えなかった」

「そっか」

 

 少し気を落としたような仕草で別のことに意識を向ける。

 

「……?」

 

 ふと、何か考えに引っかかっていることに気がつく。何か、何か重大なことを忘れていないか。何かなかったか。

 

 違和感が襲ってくる。ぐるぐると頭の中で巡るその違和感に、探りを入れて──

 

「取り敢えず、今日はここまでにしよう。その時が過ぎるまで警戒態勢を敷いておくから、各員携帯は携帯しておいてくれ」

「おお、うまい」

「洒落じゃないだろ……」

 

 忍田の言葉に楽しそうに笑う遊真と、それに突っ込むB級隊員の三雲修に気をとられる。

 

 遊真の過去は、重い。彼は既に天涯孤独の身なのだ。幼い頃からランク戦などではない命の奪い合いを経験し、実の父を目の前で無くしている。そんな遊真に笑って生きて欲しいから、こうして死に物狂いで毎日を過ごしている。

 

 兎に角、やるしかない。何かを見つけるしかない。先ほどの違和感を頭の片隅に入れたまま、遊真の元へと歩いて行った。

 

 

 

 




何か、見落としているものがあるんじゃないか?
→???

気の所為か。
→全滅√

そもそも何かあったっけ?
→全滅√


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迅悠一③

 ボーダー本部にある一室、大きな体育館のような広さがあり多くの人間が集まっている。

 

 皆似たような白い服に身を包んでおり、既にある程度グループが形成されているのか四、五人で固まっている者が多い。その中で一人だけ黒い服装に身を包み、髪色は特徴的な白い髪の少年──空閑遊真がいた。

 

「──ボーダー本部長、忍田(しのだ)真史(まさふみ)だ。君達の入隊を歓迎する」

 

 数日前に作戦会議で顔を合わせた、忍田が登壇し挨拶をする。

 

 ボーダー正式入隊日、近界民(ネイバー)であるがボーダーにとって無害であり尚且つ色々な交換条件を以て入隊を許可された空閑は漸くボーダーの一員として扱われることとなった。

 

「詳しい説明は嵐山隊に一任する、あとは頼む」

「はい、忍田本部長」

 

 新たに入る隊員──C級隊員達の前に四人の男女が並ぶ。右から嵐山隊長嵐山准、エース木虎(きとら)(あい)、狙撃手佐鳥(さとり)(けん)、オールラウンダー時枝(ときえだ)(みつる)

 

「嵐山隊……!」

「本物だ!」

 

 相変わらず人気だなー、と他人事のように頭の中で考える空閑。ボーダーで最初に遭遇した嵐山隊は、その人柄の良さと誠実さで空閑の中でも信用できる人物達としてカテゴリされていた。

 

 嵐山隊に騒めくC級隊員達を小馬鹿にするような態度をとる者達もいたが、別段空閑にとっては興味の沸くものでは無かったため無視した。

 

 空閑のサイドエフェクト──嘘を見抜く力によって、心の底からそう言っていることが分かってしまった為どうでもよくなったのである。ただの愚か者に対して構っているほど空閑は優しくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──一閃煌めき、訓練用トリオン兵の身体を真っ二つに叩き斬る。

 

 危険も何もない、戦闘用ですらないトリオン兵が対象ならこんなもんかと内心思いながら訓練室からでる。

 

 トリオン兵は愚か、もっと強くて意地悪で性格の悪い連中と年中戦ってきた空閑からしてみればこの程度戯れにしかならない。驕りや生意気な感情で言っているわけではなく、そうとしか言いようがないのだ。

 

 猛獣の退治をずっと続けてきた人間が、アリの巣に水を流し込む作業を難しいと思うだろうか。

 

 トリガーの練習もずっと小南と行なっているから、そこらへんの新兵と同じではないのである。本来ならば最初から経験者として扱うべきだが──ボーダーで近界民(ネイバー)を特別扱いするわけにはいかない、と判断され他の隊員と扱いは変わらない。

 

 新人で才能があった者達が文句をつけてきたためにもう一度行なったが、先ほどの記録がコンマ六秒なのに対し今度はコンマ四秒で記録を縮めただけだった。

 

「流石だな空閑!」

「サンキューアラシヤマ」

 

 口を3の形へ変えてデフォルメされた顔をする空閑、どういう技術でそうなっているかはわからない。嬉しそうな顔で褒めてきた嵐山に返事をして、遠くから見ていた三雲へと目を向ける。

 

「正隊員になったら三雲くんと組むのか?」

「うん、そう」

「そうか、それは楽しみだな!」

 

 とことん人のいい嵐山と会話しつつ、気がつけばいた見知らぬ人物に目を向ける。

 

「あれ、あの人は?」

「ん? ああ、A級三位風間隊の人達だな。右側の少し小柄の人が風間(かざま)蒼也(そうや)、真ん中の髪が長い子が菊地原(きくちはら)士郎(しろう)、一番左の大きい子が歌川(うたがわ)(りょう)

「ほほう、A級三位……強い?」

「強いぞ。A級三位以上っていうのは少し特別で、正確には遠征に行くために【黒トリガーに対抗できる部隊】として認められてないといけないんだ」

「なるほど、三輪隊よりも強いんだな」

 

 ピクリと顔を動かしてこっちを見てきた菊地原に手を振るがシカトされる。

 

「嵐山、訓練室を一つ貸せ」

「何をするんですか?」

「迅の後輩とやらの実力を確かめておきたい」

「ん、おれ?」

 

 風間が階段を降りて近づいてくる。トリオン体に換装して準備を整えた風間に対し、話の流れ的に自分だろうと空閑は推測して答える。

 

「待ってください! 彼はまだ訓練生ですし、トリガーだって訓練用だ」

「違う、そいつじゃない」

 

 嵐山が空閑を庇うと、風間は違うと否定の声をだした。

 

「俺が見たいのは──お前だ、三雲(・・)

「……え?」

 

 メガネをかけて正隊員の隊服に身を包んだ男子──三雲修が困惑の声をあげた。

 

 

 

 

「うお、透明になれたりするのか」

「風間隊の象徴とも言えるトリガー、カメレオンだな。彼等はこの透明からの奇襲のコンビネーションがとても上手い」

 

 模擬戦という形で三雲を一方的に斬り続ける風間を見ながら空閑がいう。

 

「迅の後輩、か……まぁ確かに気になるな」

「ん、迅さんが何か言ったの?」

「迅が黒トリガー持ってたのは知ってるか?」

「うん、聞いたよ」

 

 ぽりぽりと頰をかきながら、少し言い辛そうにする嵐山。

 

「その、な。ちょっと前に空閑の黒トリガーを奪おうとする動きがあってな……」

「ほほう」

 

 キラリと目元を光らせ話を聞く空閑に苦笑いしながら申し訳なさそうに嵐山が続ける。

 

「本来隊員同士の基地外部での私闘は禁止されている。だけど、正式にボーダー本部から命令されたA級上位三部隊と迅、そして俺たち嵐山隊が戦ったんだよ」

「ふむ……それは何だか申し訳ない」

「君は確かに近界民(ネイバー)だけど、別に全員が全員悪者なんて話じゃない。そんな都合のいい話は無いんだ」

「そういって貰えるとたすかる」

「話を戻すと、迅はその私闘の代償に風刃を本部に引き渡したんだ。自分から」

「……確か師匠の形見って言ってたよね?」

「そうだ」

 

 それは確かに気になる話だ。あの迅が、と言えるほど空閑は仲良く詳しくなったわけでは無いが一筋縄ではいかない人間である迅がそこまで裏で動くのは一体何を見たのだろうか。

 

「そこまでしてくれたんなら言ってくれればいいのに、特に返せるものはないけど」

「迅がそう決めたんなら無駄なことじゃ無いし、きっと君達にも必要なことなんだと思うよ。多分だけど──」

「おーす二人ともー」

「あ、噂をすれば」

 

 自称実力派エリート、迅悠一が訓練室に入ってきた。

 

「むむ、何やら楽しそうなことやってるね風間さん」

「お前の後輩の実力を確かめたいんだってさ」

「その節ではお世話になりました」

 

 ぺこり、と礼をする空閑に本気でなんのことかわからない迅は疑問を浮かべる。

 

「……なんのこと?」

「俺のこと庇ってくれたんでしょ? ありがとうございます」

「あー……准?」

「聞きたいって言われたからつい」

 

 ははっ、軽い笑みを浮かべる嵐山に迅ががっくりと肩を落とす。

 

「こう、なんていうか、暗躍がバレるとすごい恥ずかしい。お前本当はすごい気遣いできるじゃん! とかそういうの言われたみたいで超恥ずかしい」

「心の底から恥ずかしがってるね」

「そのサイドエフェクトずるくない? 人のこと追い詰める才能あるね」

 

 よよよと顔を手で覆い崩れる迅に笑いつつ、三雲と風間の戦いを見る。

 

「三雲くんに勝率は?」

「無いでしょ、申し訳ないけど」

「みればなんとなくそんな気はしてた」

 

 実際嵐山もそう思ってたのか、二人の意見に同意する。

 

「才能ある方じゃないし、経験もない。勝てはしないだろうけど、面白いことにはなるぜ」

「ほほう、視えた?」

「まあね」

 

 いつも通りの表情でそういう迅に、何か期待を裏切ることをやってくれると期待する嵐山。

 

「多分だけど──メガネくんはみんなが思ってるより強いよ」

 

 

 

 

「しかし、これで晴れて遊真は正式にボーダーになった訳か」

 

 模擬戦を終え、結果的にあまりいいとは言えないが一つ引き分けをもぎ取った三雲を出迎えに行った空閑と嵐山を見送って迅は呟く。

 

「こんな時期に来たのが、よかったのか悪かったのか──少なくとも俺たちにとっちゃ有り難い」

 

 ボーダーにとって、黒トリガー使いが一人増えるのは純粋にとてつもなく大きい。城戸司令率いるボーダー過激派集団(致し方なし)と争っている場合ではないほどの最大級の危険が迫っている中、助かる要素でしかない。

 

「……大丈夫、未来はもう動き出してるさ」

 

 少しずつ、少しずつ見える情報が増えていく現状に進んでいることを実感する。全滅しか見えなかった道が、少しずつ個人の戦う姿が見えるようになってきた。

 

 大きな大きな進歩だ。

 

「凌いで、遊真の黒トリガーも奪わせない。不利な条件もつけさせない──全く忙しいなぁ」

 

 そうボヤく割に嬉しそうな顔をする迅。

 

「喜べよ遊真、世界は思っているより楽しいぞ──入隊(・・)すればもっと色んな奴が……?」

 

 入隊、その言葉が唐突に脳裏に浮かぶ。

 

 何だっただろうか。入隊、入隊──去年? いや、何もなかった。一昨年? それも何もなかったはずだ。そうだ、そういえばあの違和感──まてよ。確か沢村さんが入隊した時に何かを見た。そうだ。そうだ! 

 

 ガタ、と手すりを掴む。大きな音が鳴ったので少し目線を集めるが全く気にせず考えを集中させる。

 

 思い出せ、何を見た。沢村さんが、今のオペレーター服の様な物を着ていたはずだ。なら時系列は今であっている。四年前のあの日、俺は何を見た。

 

 沢村さんと、誰か。何だった、思い出せ。

 

 男、そうだ男だ。男──沢村さん……ひとつだけ、繋がる要素はある。ただ一つ、ものすごく低い確率が。安易に伝えることはできない、無責任に希望を持たせる訳にはいかないから。

 

 レプリカ先生と遊真の情報を照らし合わせ、あり得るかどうかの話をしなければ。時間はもうあまり残っていない。

 

 もしかすれば、逆転の一手になるかもしれない──その可能性に賭け、進めよう。こちらを見上げる遊真達を視界に入れて、迅も歩いて向かっていく。

 

 プライドを見せてくれた後輩を労うため、自分達の未来を救うため。

 

 

 

 

 

 





next→終章:大規模侵攻編


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大規模侵攻①

 

 

「……ん」

 

 ボーダー本部屋外、屋上にて迅は座り込んでいた。

 

 曇り空、何か不穏な気配が漂う中じっくりとその場に待機する。雲が動き、風に流されていくのを観察しながらじっと待つ。手に握った黒い待機状態のトリガー、風刃をちょこちょこ触って空を見続ける。

 

 高い場所であるからか、風が吹き荒ぶ。顔に打ち付けるように響く風切り音を聴きながら、ぼうっと空を見上げる。

 

 ピク、と眉を動かし目を閉じる。

 

 一度深呼吸、静かに瞑想をして気持ちを落ち着かせる。頭の中に浮かんだ未来に目を通して、自分の思い描く未来が無いことを再度確認する。その上で、必ず手にして見せると誓い目を開く。

 

「──よし」

 

 予知は不十分、備えも不十分、たどり着くためのヒントも正解もありはしない。

 

 けれど、その答えを見つけると決めた。だからやる。それ以上でもそれ以下でもない。迅悠一という存在の全てを賭けてでも──例えば、生命を捨てることになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな」

 

 遊真や三雲が通う学校の屋上──昼食を食べ休息を取っていた遊真達は突如大量に開いたゲートを目視で確認していた。

 

「これが……」

「とりあえず先生方に説明して、その上で避難してもらおう。千佳と夏目さんは避難誘導をやってもらえるか?」

「うん」

「了解っすメガネ先輩!」

 

 屋上から駆け下り、すぐさま教員へ説明と自らの責務であるボーダー正隊員としての仕事をするべく外へ出る。

 

「空閑」

「ん?」

「一緒にトリオン兵を食い止める。一緒に来てくれ」

「そうこなくっちゃ」

 

 拳を打ち合わせやる気十分である、という様子を見せる遊真。

 

「ああ、そうだ。チカにもちびレプリカを渡しとく。あぶない時は呼んでくれ、俺かオサムが絶対助けに行く」

「──うん」

 

 小さく分裂したレプリカを傍らに浮かせ、千佳はトリガーを展開しトリオン体へと換装する。

 

「いくぞ」

「オーケー、トリガー起動(トリガーオン)!」

 

 トリオン体へと換装し、駆ける二人。その姿を見送って千佳と夏目も学校や付近の住民の避難誘導を開始した。

 

 

 

『ボーダーとトリオン兵が戦い始めた様だな』

「状況は!?」

『数では圧倒的にトリオン兵が多い──が、なぜか戦力を分散して投入している。元々全戦力を掻き集めて対応しているボーダーからしてみればこの程度(・・・・)と言われてもおかしくないだろう』

「けど、油断するなよ。基本的に戦いってのは数が多い方が有利だ。しかも相手は戦力的に圧倒的に格上の奴らが来る可能性の方が高いし、先日の探査型トリオン兵を潜ませていた国だとすればこっちの戦力はある程度把握していてもおかしくない」

 

 実際に何年も戦争を行なってきた遊真やレプリカは、自分たちの経験以外にもさまざまな情報を抱えている。大国が小国に逆襲された例もあるし、大国が全てを蹂躙したという事例も知っている。

 

「いいかオサム、戦争に絶対は無い。迅さんの予知がどれだけ正確だったとしても、絶対じゃ無いんだ」

「……ああ!」

 

 その言葉は油断や慢心を取り払うものであり、また未来は変えられると自分たちを奮起させる言葉の意味も含まれていた。

 

 

 

 

 

「……ふん」

 

 二宮隊隊長、二宮匡貴──今でこそB級であるが、ある事件が起きるまではA級上位チームで尚且つ元A級一位であった部隊に所属していた精鋭中の精鋭。類稀なるトリオン量と、その本人のストイックな努力もあり彼は射手(シューター)一位の座を冠していた。

 

『こちら犬飼、近辺のトリオン兵は全部斬りましたー』

『辻、同様に』

「それなら次だ。奴の予知によればまだ序の口らしい」

『人型とか勘弁してほしー』

 

 その実力の高さもあり、和気藹々──とまではいかないが、平常の空気を保ったままトリオン兵を駆逐していく二宮隊。

 

『──待ってください。そこのトリオン兵の死体から反応があります』

「……なに?」

 

 二宮のすぐ真横、先程自分で片付けたトリオン兵の中に別反応。遭遇したことのない事例に、警戒心を持ち距離を取る。

 

「未確認のトリオン反応か」

『これは登録されていません──出てきます!』

 

 がら、と音を立てて死体を退ける様に出てきたトリオン反応──うさぎの様な耳に肥大化して両手足、そして通常のトリオン兵より人間の形に近づいたソレは静かに二宮の事を見据えた。

 

「──面白い」

 

 二宮の背後に、巨大なトリオンキューブが二つ生成される。アステロイドと呼ばれるシューターの装備の一つを放つ。

 

 並大抵のトリオン兵では耐えることは愚か、原型を保つことすら難しいその攻撃に対し──バン! と大きな音を立ててその場から飛び跳ね民家の屋根へと逃れるトリオン兵。

 

「小賢しいな」

 

 スラックスのポケットの入れていた両手を広げ、なにかを仰ぐ様に構える。

 

「──徹甲弾(ギムレット)

 

 合成弾と呼ばれる、弾と弾を合成し特化した性能へと変化させる技。予め用意していた弾道に沿って、合成弾を撃ち出す。ギムレットと呼ばれるソレは貫通力と破壊力を増したもので、アステロイドでは出せない威力を持つ。

 

 アステロイドよりも弾速を強化し、先程と同じ様子で避けようとしたトリオン兵は胴体を貫かれ飛ぶ動作の最中にバランスを崩す。

 

「アステロイド」

 

 再度背後に展開される大きなトリオンキューブを確認したトリオン兵が両腕でガードの体制を取る──が。

 

「無駄だ」

 

 トリオン量が多ければ多いほど、シューターの武器というものは強化されていく。それは威力であったり、弾の数であったり。通常の隊員の一撃と、二宮の一撃では文字通り次元が違う。

 

 そう、それが例えアステロイド一発だとしても。

 

 ──ズガガガッ!! とトリオン兵の身体を貫き破壊していくトリオン。身体を貫かれ、静かに地面へと落ちていくその姿にさらに追撃を放つ。完全に沈黙して地面に激突したトリオン兵を尻目に、オペレーターに連絡を取る二宮。

 

「うお、流石」

「他の連中よりは歯応えがあったが──所詮人形だ」

 

 全く新たな敵を相手にしたというのに、そこには余裕以外ない。これが射手個人一位、二宮匡貴である。

 

「情報を伝えろ。新型の様な、見たことのないトリオン兵が身体の中に潜伏している。人型に近い、うさぎの耳の様なモノがついてる。それと戦闘能力が通常のトリオン兵より高い」

『はい、詳細と映像を本部に送ります』

 

 オペレーターが応じて、しっかりとデータを送るために精査する。

 

「……犬飼、辻。警戒を続けろ」

 

 隊員へと指示を出し、何も居ない空を見る。

 

 何処と無く、嫌な感覚を覚えたのはその歴戦の経験か──どちらにせよ、その勘は正しかった。

 

『っ──! ゲート開きます!』

「──アステロイド」

 

 来る前から既に構えておく、新型がどれだけ投入された所で、この俺が負ける訳ないと言う絶対的な自負。

 

 ゲートが三つ開き──新型トリオン兵が三体投入される。その真ん中の個体には、頭から右腕にかけて丸が七つ刻まれていた。本部へと報告するため、本部オペレーターである沢村の元へと回線を繋げる。

 

「二宮隊、暫定新型三体と戦闘に入る」

『──了解しました、増援に影浦隊を要請します』

「……了解した」

 

 別に必要はないと思いつつも、新型の機能がどうなっているのかを把握出来ていないため増援は必要。自分達が新機能によって初見殺しされる可能性もなくはないのだ。

 

「辻、犬飼──三分で片付けるぞ」

「了解」

 

 銃を構えた犬飼と、孤月と呼ばれる近接用トリガーを手にする辻。たとえ一人欠けていても、そのチームワークには寸分の狂いも無かった。

 

 

 

 

 

 

「──ハッ、オイオイ。もうラービットがやられてるじゃないか!」

「ケッ、やられたのはプレーン体の雑魚だろが。……確かに玄界(ミデン)の猿にしちゃあやる方だがよ」

 

 暗い室内、ローブの様なものに身を包んだ男女が円卓を囲む様にして座っている。

 

「……今のところ、雛鳥達の居場所は分からないな」

「はい。雛鳥を戦闘に出すとは思えないので恐らく後方にいるのではないかと」

 

 ラッドと呼ばれる偵察用小型トリオン兵を前もって送り込み情報を収集し、狙い通りの戦況を作り出している。

 

 正隊員を前線に押し上げ、トリガー使いに成熟していない雛鳥達を捕える。襲撃者達──近界民達の狙いは領地や即戦力ではなく、新たな次世代を担う雛鳥達。

 

 ラービットと呼ばれるこの国でしか使用していないトリオン兵を使い、狙いがバレない様に分散させていく。徹底したリスクの管理を行い、自らの目標を必ず達成させる。

 

「ほっほ、玄界の進歩も目覚ましいですな」

「──まどろっこしい、さっさと俺達を投入しろよ」

「まぁ待てエネドラ」

 

 腕を組んだ、大柄な男性が文句をつけた前髪斜めカットの男──エネドラに声をかける。

 

「あくまで俺達は雛鳥を捕まえるのが狙いだ。あと少し、戦力が割れたと判断すれば俺達も出るさ」

「それに追い詰め過ぎれば黒トリガーを生み出す可能性もある。そう簡単に詰めれはしない」

 

 冷静に、論理的に会話を続ける二人に対しエネドラは何も言わずに舌打ちをする。

 

「……プレーン体ではない、ラービット相手にどのような対策をするのか見ものですな」

「あ? ……あぁ、そう言うことか」

 

 三体のラービットと戦闘する二宮の映像には、肩に丸が刻まれたラービットが腕から斬撃のようなモノを放って戦っている様子が描かれていた。

 

「剣鬼、テメェのラービットだぞ──勝てると思うか?」

 

 剣鬼、と呼ばれた存在──白い髪に窶れた姿、人が見れば死人か何かと勘違いする者もいるだろう。生気を感じない眼をゆらりと開き、返事を返す。

 

「…………どうでもいい」

 

 ──全部、斬ればいい。

 

 腰に携えた黒と赤の剣を一撫し、興味無さそうに映像を見据えた。

 



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大規模侵攻②

 

『新型トリオン兵──おそらくそれはラービットだ。映像はあるか?』

「ああ。沢村くん、映像を抽出して送ってくれ」

「はい」

 

 ボーダー本部、本部長である忍田はレプリカと通信を行なっていた。

 

『先日話をした通り、ラービットはアフトクラトルで実用化へ向けて開発されていた新型トリオン兵だ。データスペックだけでも、正直な話B級隊員では歯が立たない位の性能がある』

「二宮隊で良かったな……」

 

 これが諏訪隊や柿崎隊であったなら、申し訳ないが全滅していたと心の中で思う忍田。信頼していないわけではないが、未知数で強力な相手に対して確実に勝利できる実力は無いと考えている。

 

「現在二宮隊が三体の新型を相手にしている。実力的に問題はないと思うが、緊急時や念のために影浦隊を派遣中だ」

『影浦隊がどれほどの実力を持っているのか不明だが、生半な部隊で相手をさせないほうがいい。それこそA級部隊で相手をするべきだ』

「影浦隊は元A級だ、実力に関しては問題ない」

『そうか。……ラービットに、何か変な要素はあるか?』

「変な要素……?」

『すまない、言葉が良くなかった。変な要素というより、他の個体や先程の個体と比べて違和感はあるか?』

 

 そう言われ、戦闘中の二宮隊の映像を見る。辻が前方へ突出し、それを犬飼がカバーする。二宮は単体で二体のラービットを相手に抑え込んでおり、その実力の高さが伺える。

 

 そして辻と犬飼が相手にしているラービットが、不自然な動き──というより、何かを振るように腕を回す。すると両腕から赤と黒の何かが飛び出し、犬飼の左腕を斬り落とした。

 

「あれは──!?」

『映像をリンクさせてくれ──成る程、ラービットに個性を持たせているのか』

 

 片腕を落とされた犬飼へ追撃の何かを飛ばすが、それは辻の孤月によって阻まれる。

 

『ふむ、赤と黒──何か意味があるのだろうが、今は解析不能だな。とりあえずアレに触れてはいけないという事だけはわかる』

「厄介だな。辻と犬飼程の使い手でこうなるとA級隊員を当てなければ……」

「忍田本部長、風間隊より通信です!」

 

 考察の最中、唐突にA級の風間隊から通信が入る。

 

「諏訪隊、諏訪隊長が新型に捕獲された──これより新型と戦闘を開始する!」

 

 

 

 

 

 

 

「チッ──!」

 

 アステロイドを展開し、正面のラービットへと放つ。煌めきを残し、四方から迫り来る弾丸を全て回避し接近してくるラービットに対し更にアステロイドを放つ。

 

 グワ、と振られる腕に対しシールドを展開し防御する。高いトリオン量からシールドの硬さも他の比肩を許さぬ硬度を誇る二宮のシールドはそう易々と破られたりはしない。

 

「ぐ──」

 

 しかし、衝撃は通ってくるもの。突き抜ける様に襲ってくる衝撃を堪えつつその勢いを利用して一気に下がる。

 

「──メテオラ」

 

 勢いを殺しきる前にメテオラを放ち、一気に爆撃する。爆煙を突き抜けて再度突撃してくるラービットに対し、合成弾を使用。ギムレットを放ち不意打ち気味に装甲を削る。

 

『隊長、後ろから来てます!』

 

 オペレーターから通信が入り、急ぎ左に回避行動をとる。

 

 先程までいた場所にゾン!! と斬撃の様なものが奔り地面諸共斬り裂いていく。進行方向にいたラービットに直撃する寸前でふ、と消え失せる。

 

「うはー、やり難いことこの上ないね」

「こっちの奴が放つアレ──射程が不明だし、何より不規則過ぎる」

 

 辻と犬飼も合流し、三人で警戒する。気がつけばラービットが近くまで寄ってきており、ちょうど目の前に一体ずついる形になった。

 

「……チッ、面倒だ。どの程度やられた」

「腕一本持ってかれました」

「こっちは擦り傷幾つか程度です」

 

 戦況で言えば五分五分と言ったところだろうか。どちらも突出した一体が残りをカバーする形になっている。

 

「僕が崩します。追撃お願いします」

「賛成」

「右から仕掛けていくぞ。犬飼は真ん中の面倒臭い奴の相手だ」

「えぇーマジすか」

 

 口では嫌そうな素振りを見せながら、隻腕で銃を構える犬飼。

 

「──行きます」

「メテオラ」

 

 辻が腰に孤月を納刀した瞬間、二宮がメテオラを放つ。榴弾のような爆発力を伴い、大きな爆煙が広がる。

 

「──旋空」

 

 ス、と辻が孤月を引く。爆煙を振り払うようにラービットが二体前に出てくるが二宮が前に出るように動く。その二宮に対して横から赤と黒の何かが飛んでくる──が。

 

「残念」

 

 犬飼が足から生やしたスコーピオンと呼ばれる近接用トリガーによって半ばで折られる。

 

「──孤月」

 

 ブア、と辻の孤月から斬撃が飛び突出してきたラービットの顔を二つに断ち切る。その先を見逃さず、残った二体のうち無個性の方を対象に二宮が動く。

 

「──アステロイド」

 

 背後に巨大なトリオンキューブ、残り防御態勢をとるラービットの身体に突き進み──そして、寸前で全てのキューブが背後に回り込んだ。

 

「馬鹿が」

 

 完全に無防備な背中に大量のアステロイド──否、追尾弾(ハウンド)を直撃させる。背中からズタズタに破壊して、ラービットの活動を停止させる。

 

『対象沈黙──残りは特殊個体のみです』

「やっと二体かー……」

 

 いつの間にか合流した犬飼の前に辻が立ち、一定の距離を保つ。

 

「正直かなりめんどくさいですね」

「一体に減ったとは言え、個体差が激しい。どうします? 他にも似た様なのが居るとすればもう少し情報が欲しい所です」

「……一体撃破した直後に増援が送られている。今の俺たちの状態も監視されていると考えた方が妥当だ」

「そうなると時間稼ぎはしても意味ないですね」

 

 こうやって相手している間にも、背後から急に襲われる可能性も無くはない。

 

「考える時間が無駄だ。現状本部から何も指示が来ない以上、俺たちで撃破するのが任務だ」

 

 残りは一体、たとえ特殊な技能を有していたとしても所詮はトリオン兵。三人で連携すれば打ち崩すのは難しくないと二宮は判断した。

 

「了解しました──旋空」

 

 辻が旋空孤月という遠距離に斬撃を飛ばす技を用意し、その間犬飼が屋根伝いに移動していく。ラービットが危険度を優先したのか辻に対して赤い(・・)何かを放ってきた。

 

「フルガード」

 

 旋空孤月で浮かせ、それを犬飼が掬い、さらに二宮が追撃する。シンプルな作戦にはなるがそれ故に連携がしっかりと生きれば強力な技となる。

 

 だからこそ二宮はフルガードを使用し、確実な一手を選んだ──が。

 

 放たれた赤い何かはサク、と何の抵抗もなく二宮のガードを貫通しそのまま辻へと突き刺さった。

 

 

「な──!」

「チッ」

 

 ガードを切り替え、咄嗟にアステロイドを展開して放つ。苦し紛れで辻が旋空孤月を放つが、先程の一撃よりも短くなった斬撃は届くことが無く二宮のアステロイドも容易に回避される。

 

「──無傷でやる訳には行かないなぁ」

 

 未だに赤いなにかを辻と繋げたまま移動するラービットに対し、完全な死角からスコーピオンを振る。空中で動くことの出来なかったラービットはその一撃を脇腹から一閃、後ろから前までスッパリ斬り捨てられたラービットはバランスを崩したまま着地した。

 

 さり気無く退く最中に赤い何かを切断した犬飼はそのまま二人と合流する。

 

「大丈夫辻ちゃん」

「何とか……っ」

『辻くん、トリオンが異常なほど減ってるわ』

「なに……?」

 

 元々二宮や犬飼に比べればあまり多くはないトリオン量の辻だが、流石に数度の旋空孤月やたった一度のダメージで危険領域まで落ちる程少なくはない。

 

「犬飼よりもか」

『はい、片腕のなくなっている犬飼さんと比べても』

「それはまた厄介だなー」

「……すみません」

 

 トリオンが漏れている訳ではないが、既に長い間戦えるほどトリオンの残っていない辻が小さく謝る。

 

「あいつの赤と黒──恐らく赤色にトリオンを削る能力でもあるのか知らんがそういった能力がある事は間違いなさそうだ」

『敵新型のトリオン量が先程よりも少し増加しています。傷の修復等は行われていますか』

「うわ、折角斬ったのに」

 

 自分でつけた傷が少しずつ塞がっていく様子を見て犬飼が嫌なそぶりを見せる。

 

「トリオンを吸収、その上回復も可能か……」

「火力で押しつぶすしか無いですね。うーん……」

「……ふん」

 

 二宮がアステロイドを展開し、ポケットに手を入れたまま言う。

 

「──ならば別から火力を補えばいい(・・・・・・・・・・・)

 

 

 ──瞬間、ラービットへと大量の爆撃が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『強』印(ブースト)五重(クインティ)

 

 ドゴッ!! ととてつもない音を立ててラービットを吹き飛ばす。十メートル、二十メートルと吹き飛び漸く止まったラービットを無視して倒れている三雲の元へと走る。

 

「大丈夫かオサム」

「空閑、お前……黒トリガーは使うなって──」

「けど、このままじゃマズイだろ。チカ達はまだ避難誘導してるし、新型も出てきた上にこれだけ沢山トリオン兵がいるとなると結構難しいぞ」

 

 空閑のいう言葉に納得する三雲。しかし、それで空閑の立場を悪くしてでも使わせてしまう自分の弱さに内心嘆くが──それどころでは無いと切り替えて先頭へと思考を変える。

 

「出し惜しみしてる場合じゃ無い、だろ?」

「……ああ」

 

 吹き飛んだラービットがむくりと起き上がるのを見て空閑が再度警戒する。先程までのボーダーのC級隊服を真っ黒に染めた服とは違い、黒トリガー使いとして戦場で戦ってきた慣れた姿へと変わっている。

 

『ユーマ、ラービットは捕獲用のトリオン兵だ』

「例のアフトクラトルのやつか」

 

 その場から跳躍し、異常な速度で突撃してくるラービットに対して三雲を腕に抱え足元に何かを展開する。

 

『弾』印(バウンド)

 

 大きく空に飛び、三雲を別の民家の上へと移動させる。

 

「うわ、すごいパワーだな」

 

 地面が大きく陥没しており、ラービット本体の戦闘力が伺える。

 

「あれじゃ『盾』印(シールド)もやめといた方がいいな」

『正面きっての殴り合いは分が悪い。分散させて攻撃、若くは『響』印(エコー)で反応するかは試してみてもいいかもしれない』

「いいね。オサム、こいつは俺が抑える。他の連中頼んでもいいか」

「……わかった。頼んだぞ!」

 

 屋根伝いに移動していく三雲を見送り、下から見あげるラービットに対し空閑は獰猛に笑った。

 

 

 

 

 



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大規模侵攻③

「──『強』印、五重!」

 

 バキッ! と大きな音が響き渡る。連続して何かがぶつかる様な音が鳴り、場が静まる。

 

「ふいー、やっと倒した」

『ラービット──単独での戦闘なら問題はないが、これが三体連続となると面倒だ』

 

 にゅ、と空閑の腕からレプリカが飛び出してラービットへと近づいていく。

 

『オサムから緊急の連絡は無い。ラービットの解析を行おう』

「……さっきから上の方で飛んでる奴。探査型の奴だな」

『ふむ、あれだけの数を戦場に出す意図か……』

 

 空を漂うトリオン兵をみて、レプリカと空閑は考察する。

 

「ただ戦力を測るって言うなら、こんな大々的な戦争は行わないでしょ」

『ああ。それこそラッドによる侵入を繰り返すだけで十分だ』

「何か他の理由がある……うーん」

 

 歩いてくるトリオン兵を適当にあしらいながら、空閑が悩む素振りを見せる。

 

「……何だろ。一際優秀なトリオン能力を持つ人間を探してるとか」

『無くはない。噂ではマザートリガーをも抑えて様々な国を襲っていたそうだから──……』

「……ふむ。マザートリガーか」

『だが玄界にマザートリガーは存在しない』

「アフトクラトルのマザートリガーって、周期幾つなんだ」

『そういう事か』

 

 空閑のレプリカに対する質問で、察してその先を告げる。

 

『基本的に母体となるトリオン能力に左右されるが、数百年単位になるだろうな。そこまで昔の文献等はデータに入っていないから不明だが』

「可能性としては無くはない、か」

『真の目的がそれだとすればある程度辻褄はあう。これだけの戦力を投入しておいて未だ様子見に徹しているのはシンプルに勝利条件が違うからだ』

「トリオン能力の高い奴──チカか」

『遠距離でトリオンを計測する力があれば別だが、そこまで進化はしていない筈だ。どちらにせよ向かった方がいいな』

 

 結論を出し、早急に千佳達が避難誘導している方へ向かう空閑とレプリカ。

 

「オサムはどこにいる?」

『現在、何処かの部隊と合流しているようだ。ここからそう離れてはいない、通り道だ』

「うーん、そうか。おれの事を知らない部隊だと攻撃されそうで怖いな」

『たしかに接触は避けた方がいい。こちらの事情を理解している部隊ならばいいが』

「危険な橋は渡らない方がいいでしょ」

『最終的にそれを決めるのは私ではない』

「じゃあ少し確認して、知ってる人だったら行こう」

 

 息のあった、戦場であるにもかかわらず慣れた会話をする二人。道すがらトリオン兵を何体か撃破しつつ、三雲についてる小レプリカの位置を頼りに向かっていく。

 

 一分も経たない程度の頃に、目視で確認できる距離まで接近した空閑が一度立ち止まる。

 

「あー……アラシヤマ隊だ」

『ならば問題ないな』

 

 少しニヤリと笑いながら先程よりも早く跳んでいく。流石に目の前に衝撃を与えながら着地するのは良くないと判断したのか、勢いを殺すため民家の屋根で軽くブレーキをかけてから躍り出た。

 

「空閑!」

「やあやあ皆さんお揃いで」

 

 キラリと顔を輝かせ挨拶をすませる空閑。それに対して嵐山が声をかける。

 

「空閑くんか! 先程新型と当たったそうだな」

「中々強敵だった……」

『相手はかなりの装甲を有している。弱点である口の中を攻撃するのが一番だろう』

「そうか、空閑くんで手強いと感じるのか……本部、こちら嵐山隊。空閑隊員と合流──……?」

 

 嵐山が本部へと連絡を取ろうとしたところ、通信がうまくいっていない事に気がつく。

 

「何だ、本部で何か──!?」

 

 ドゴォン!! と一際大きな爆発音が響き、ボーダー本部から衝撃が疾る。見てみれば本部の建物へ向かって大きな空を飛ぶトリオン兵が何体か突撃しており、まだ後続に三体程続いている。

 

「イルガー!?」

 

 爆撃用トリオン兵であるイルガーには、二つの機能が備え付けられている。一つは爆撃モード。上空を泳ぎ、居住区や基地への爆撃を可能としている。そしてもう一つ──これがこのトリオン兵の最も厄介な要素。

 

「もう自爆モードだ」

 

 装甲を強固に、自爆を行う特別なモード。その堅牢さは目を見張るものがあり、空閑でさえ正面から叩き潰すのは悪手だと判断するほど。

 

「マズイ、本部が──」

「──いや、大丈夫だ」

 

 三雲の焦りの声に対し、嵐山が冷静に返答する。

 

「ボーダー本部には──個人総合一位がいる」

 

 ──ゾン!! と自爆モードへと突入していたイルガーの体が四つに分かれ墜落していく。

 

「自爆モードのイルガーを斬って墜とすのか、凄いな」

 

 硬さをよく知る空閑も、黒トリガーでならともかく通常の弧月で斬り捨てた事に驚きを示す。

 

「現状本部にはA級部隊の面子がそれなりに詰めてる筈だから、防衛力に関しては心配しなくてもいいと思う。──と、通信が返って来た」

「へぇ……」

 

 まだ戦力に余裕があるという点で、密かに安心する。ボーダーの内情に明るいわけでは無い空閑からしてみればどれだけの戦力が保有されどれだけ対処に当てられているのか不安に思っていた。迅や小南、玉狛のメンバーの戦力の高さは分かっている。他に本部で知っている戦力と言えば一戦交えた三輪隊くらいだ。

 

「はい、はい。わかりました──空閑くん! 城戸司令が話があるそうだ」

「おれに?」

「オープンにするから、交代できるか?」

「わかった」

『──空閑隊員、聞こえるか』

「ん、聞こえてる」

 

 空閑に対してボーダー本部、城戸から話があるだということで嵐山が回線を開きスピーカー状態にする。

 

『……黒トリガーを使った事は非常事態故、特に問わない』

「どーも」

『ただし今後空閑隊員は、嵐山隊について新型の撃破をしてもらう』

「──っ!?」

 

 この言葉に最も動揺したのは空閑でも嵐山でもなく、三雲である。

 

 少し離れた場所で避難誘導を行なっている千佳、夏目をいち早く安全地帯へ連れて行きたい三雲からしてみれば空閑が居た方が圧倒的に成功率が高い。実力が決して高くない今、自分一人の力で救えるとは考えていない。

 

「おれの仲間を助けなきゃいけないんだけど」

『組織に属した以上は、命令に従ってもらう』

「それで間に合わなかったら?」

『黒トリガーという力を持っている以上、より強い力にぶつけるのが最適だ。救援は三雲隊員達正隊員が向かう』

「……ふーん」

 

 チラ、と三雲を見る空閑。トリオン体である筈だが顔は苦悶の表情を浮かべており自信のなさや緊張を感じる。自分のような命の奪い合いをする経験は積んでない、新兵と言っても差し支えないのだ。

 

 流石にこの状態の三雲を一人で行かせるわけにはいかないと考え、どうにかついていける手段が無いか考える。本人がたとえ平気だ、と言ってもとてもそうとは思えない。

 

「──隊長、私が三雲くんについて行きます」

「木虎」

 

 嵐山隊のエース、木虎が答える。

 

「そうすればC級隊員の保護、そして新型の撃破も問題ないと思います」

『……いいだろう。問題はない』

「悪いなオサム」

「いや……僕にもっと戦う力があれば良かったんだ。謝るのはこっちだ」

 

 空閑が三雲に対してついていけずすまない、という意図で謝罪を送ると三雲が謝罪で返してきた。

 

「それは今言っても仕方ないわ。それに──あの時とは違って、もう正隊員でしょ?」

 

 木虎の言葉に含められた意味を受け取り、三雲が少し強めに頷き返す。

 

『では頼む』

「はい!」

 

 城戸が通信を切り、指示の通りに進める嵐山。

 

「三雲くん、すまないが空閑くんを借りるぞ」

「いえ、戦力を考えれば仕方ありません。木虎、すまないけど力を貸してほしい」

 

 こく、と頷く木虎。

 

「行こう」

「ええ」

 

 その場から跳んで、屋根の上を駆けていく二人。無人の家を走って、トリオン体という事もあり早々に小さくなっていった。

 

「俺たちも行こう、新型がどこにでているかは知ってるか?」

「いや、全然」

「先ず二宮隊の所に三体。風間隊が一体、東さんが率いるB級部隊の所に三体だな」

『ニノミヤ隊の三体に関しては見た。個別にカスタマイズされた特別個体が紛れているようだ』

「どうやら太刀川さん──さっきのトリオン兵を斬った人だ。あの人も新型狩りに出ているみたいで先にB級部隊の場所に向かったらしい」

「じゃあニノミヤ隊の所か」

「二宮隊は影浦隊が援護に行っているから問題ないと思う。だから俺たちが行くべきなのは──」

 

「ちょっと待ってもらってもいいか?」

 

 判断を下そうとしていた嵐山を止める声が響き、声を出した人物の方を見る。

 

「迅」

「や、ども」

 

 青い玉狛の隊服に身を包んだ迅がそこに居た。

 

「悪いんだけど、遊真を借りてもいいか?」

「何か見えたのか?」

「うん。ちょっとマズい感じのがね」

 

 いつも通りの笑みを見せつつ、少し焦った様子で話す迅。

 

「……わかった! 空閑くん、悪いけど迅の言うことを聞いてくれるか?」

「わかった。迅さん、オサム達の所?」

「流石察しがいいね。俺はちょっと別のところに向かわなきゃいけないから単独で行ってもらえるか?」

「りょーかい」

「あ、そうだ。B級隊員がその姿を見たら勘違いするかもしれないけど、今B級は固まって行動してる。だから空を跳んでっても大丈夫だぜ」

「それはありがたい」

 

 跳ね飛んで、先に向かう空閑。

 

「お前はどうするんだ?」

「俺はちょっと、どうしても出なきゃいけない場所があってね。多分だけど、そこが分かれ道だ」

「……決まるって事か」

「うん。そこから先は見えないけど、あそこをクリアしなきゃ何も始まらないみたいだ」

 

 たははと笑う迅に、少し真剣な顔をした嵐山が話す。

 

「迅。何か手が必要なら言ってくれ」

「ありがとう准。けど、ここだけは俺じゃないとダメみたいだ。他の誰でもない俺だけ」

 

 そういうと、少し離れた場所で爆発音が鳴る。

 

「トリオン兵か……! 迅、しっかり片付けてこいよ!」

「ああ、任せとけ」

 

 何たって俺は実力派エリートだぜ、そう言って走っていった嵐山隊を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっほー、どんな感じ?」

「お、ゾエじゃん。てことは今の爆発はゾエのメテオラか」

 

 ──特殊個体のラービットを包んだ爆発は、現場に到着した影浦隊の支援によるものだった。

 

「やっほカゲ、助かったよ」

「チッ」

「酷くない?」

 

 影浦隊隊長である影浦に舌打ちをされ少し悲しそうな声を出す犬飼。しかし顔は笑ったままである。

 

「辻くんが相当やられたって聞いたけど」

「ちょっと刺されただけなんだけど、トリオン吸収能力を持ってたっぽい。あんまり長くは持たないかな」

「チッ、めんどくせぇ」

 

 ガリガリと頭を掻く影浦。

 

「多分、まだ終わってないよ。なんで出てこないかわかんないけど」

「警戒は怠るな。影浦、お前には伸ばしてくる刃をへし折って貰いたい」

「あぁ? ぶった斬ればいいだろが」

「奴はトリオンを吸収して自己再生に当てる能力がある。俺たち遠距離で削って潰しきるのが一番効率がいい。絵馬もいるんだろう」

「向こう側でもうスタンバイしてるよ」

 

 少し離れた場所の建物を指差す。

 

「なら問題ない。奴が空を飛んだら撃ち落とすように伝えろ」

「オッケー。……にしても本当に出てこないや」

 

 微妙に散開し、未だ煙に包まれてるその場を見る。

 

『トリオン反応増加、これは──ゲート信号です』

「増援か、時間をかけすぎた」

 

 そういってアステロイドを構える二宮。

 

「……あ?」

 

 影浦のサイドエフェクト──感情受信体質。相手の差し向けてくる感情が、肌に触られた様な、突き刺さる様に感じ取れる副作用。特に負の感情であれば余計突き刺す様に感じ取れ、相手の攻撃の前兆を予測可能であったりする。

 

 しかしトリオン兵相手に感情は無く、この新型も同様であると考えてた影浦は少し驚いた。自分の首へ、本気の殺意を向けられたのだから。

 

「おい、来る──」

 

 ぞ、と。

 

 その言葉は告げることが出来なかった。いや、告げることは出来た。ただし間に合わなかった。

 

 

 ──シュン、と静かな音が響き渡る。

 

 

 影浦のみが、自らへの攻撃を察知していた為何が起きたか理解できた。回避行動を取り──いや、自分の予測より圧倒的に早く到達した黒い斬撃が首を裂いた。

 

「チッ──」

 

 転がる様に地面に手をつき、煙の向こうへと構える。ゆらり、と風が靡き煙が晴れていく。サク、と場違いな歩行音が鳴り注目を集める。

 

「……まず一人。いや、二人か」

 

 煙の向こうから声が聞こえ何のことだ、と影浦は思った。狙われた自分は存命である、ならば何を持って一人だと判断したのだろうか。そう思ったところで──後ろにいた他のメンバーのことだと気がつく。

 

「そういうことかよ……!」

 

 後ろを振り返ると、二宮を庇う様に前へと押し出た辻の体が胴と下半身で真っ二つに割れ──そして、その後ろにいる二宮は縦に分割されそのまま次の句を告げるまでもなくベイルアウトした。二人を尻目に残った人員は警戒を最大限に強めて対応を待つ。

 

「……おい、声が聞こえるってことはよ」

『うっそ!? 確かに一瞬ばかでかいトリオン反応はあったけど──今反応してるのはさっきの新型だけ!』

 

 サク、サクと音が続き小さな音のはずが響き渡るように鳴る。煙を分け、歩み姿を現す。

 

 白髪で染まった頭部に、若干覚束ない足取り。手に握られた剣は赤黒く鈍く輝き、胎動の様な運動を繰り返し行っている。ゆら、と何かその姿を中心に何かが揺めき空気の振動を伝える。

 

「……人型近界民」

 

 誰かが呟いたその言葉に特に反応する事もなく、離れた場所で警戒を続ける影浦達を軽く見た。

 

「……もう、時間がないんだ……構ってる暇なんて何処にもない、早くやらなきゃいけないんだ」

 

 だから、と言葉を区切って剣を握りこう言った。

 

 

「──死ね」

 

 

 その瞳は、赤く血液の色で濁っていた。

 

 



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大規模侵攻④

「二宮隊長、辻隊員強制脱出(ベイルアウト)……!?」

「相手は!?」

 

 ボーダー本部、司令部では各地で唐突に開いたゲートとその増援への対処に追われていた。

 

「人型だそうです! 剣をメインで扱って、遠距離へ斬撃を放ってくるトリガーを使用! 出力から察するに──黒トリガーです!」

「一人目の黒トリガーか……! 他はどうなってる!?」

「今情報を纏めます! 東隊員が率いるB級連合の場所、影浦・二宮隊の場所──そして太刀川隊員が単独で人型近界民と戦闘中です!」

「慶が単独か……風間隊はどうしてる?」

「風間隊──も、既に戦闘へ突入したそうです!」

「動かせる駒が一気に減ったな……!」

 

 顎に手を当て、何かを考える仕草を取る。オペレーターである沢村はその間にも忙しなく手を動かし各所へと連絡を行う。

 

「……三輪隊は?」

「現在本部周辺へ押し寄せているトリオン兵の対処に当たっています。それと緑川隊員も三輪隊と共に行動しています」

「緑川と米屋を援護に向かわせよう。そういえば出水は何をしている?」

「出水隊員は現在B級連合の元へと向かっている最中です」

「よし、合流させよう。あの三人にB級連合は任せて──空閑くんは何をしてる?」

「はい、空閑隊員ですが──……連絡が来ていません。連絡してみます」

 

 沢村が通信を繋ぎ、出るかどうか試す。

 

「……駄目です。どうやら嵐山隊とは別の場所に居るようです」

「それならば三雲くんに繋いでくれ。おそらく共に行動してるはずだ」

 

 忍田の言葉に従い三雲へと連絡する。よくみてみればC級部隊の援護に向かい、新型と戦闘を開始するとの文が送られてから連絡がない。

 

「玉狛が既にC級部隊の元へと向かっているから問題はないと思うが……」

「現状連絡がありません。──追加です! ……絵馬隊員、ベイルアウトです」

「何……!?」

 

 遠距離の攻撃が可能という話は聞いていたが、影浦や北添に犬飼までもがいるのに後方に控えてる絵馬をベイルアウトさせる相手に驚愕を示す。

 

「黒トリガーか……」

 

 黒トリガーには黒トリガーを。一瞬その言葉が脳裏をよぎったが思考を切り替える。ふと、そういえば迅は何をしているのかと疑問を抱いた。

 

「沢村くん、迅は今何をしている?」

「迅くんは……現在、ある地点へと移動中です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 ヒュガ、と容赦なく降り注ぐ斬撃を何とか避け続ける。絶え間なく繰り返される遠隔斬撃のパターンを見切ろうと只管前線に出続けるが、少しずつ逆に捉えられつつある。

 

 何本か、赤い奴はヤバいと聞いてなるべく破壊する様に意識してはいるが剣速が異常なまでに速い。察知できる影浦でなければ既にベイルアウトしていただろう。

 

「……?」

 

 ピクリと一瞬動きを止め、何かに反応するように腕を振る相手。 ドゴ、と音が鳴り空中で大きな爆発が起きる。その爆風に靡きながら再度影浦へと武器を向ける。

 

『っはー、嘘でしょなんで気付いたの!? そして普通斬り落とす!?』

『ユズル、援護出来そうならしな!』

 

 北添の放った榴弾メテオラを事前に察知し斬り落とし、攻撃を再開しようとした相手に対して狙撃が入るがそれも当たる寸前で斬り捨てる。

 

「……ハッ、白髪の奴は大概おもしれーな」

 

 サイドエフェクトによって攻撃の事前察知が可能な影浦と言えど、ここまでの曲芸は出来ない。確かに狙撃者の攻撃はある人物を除いてわかるし、近接でも敵なしと言えるほどには強い。

 

 だからと言ってメテオラは撃ち落とさないし狙撃は斬らない。旋空孤月を相手にしていて正解だったと珍しく心の中で呟いて、他のメンバーにターゲットが向かないよう接近する。

 

 今回の戦闘、影浦が落ちることによって全てが崩れる。あの遠距離攻撃では絵馬へも射程が伸びる可能性があるし、北添では耐えきれない。犬飼が付近に潜んではいるが、まだチャンスを作れてないため前に出てくることはない。

 

 ならば──と意気込み前に出る。

 

『ゾエ、カバーしろ。攻めるぞ』

『了解!』

 

 影浦が対抗するように黒い斬撃に対してマンティス──スコーピオンを二つ合わせ射程を伸ばす影浦の考えた技を使用する。孤月に対して強度で劣るスコーピオンだが、相手の斬撃に対し絡ませるように伸ばす。

 

「……」

 

 数瞬しか伸びない斬撃に対し的確に絡ませ、相手の剣を振る速度を遅らせる。生まれたタイムラグを逃さず北添が左手に持ったグレネードランチャーからメテオラを撃ちつつ右手のライフルからアステロイドを放つ。

 

 数秒の事であったが若干振る速度が遅れたものの、北添の弾丸全てを斬る。曲芸といっても差し支えないその動きに対し──影浦は珍しく笑った。

 

「──隙だらけだね」

 

 背後から近づいていた犬飼のスコーピオンによる攻撃を、後ろを見てもいないのに躱す。犬飼の左足を斬り、そしてその間に再度放ってきた北添の攻撃を避ける。避けた先に移動していた影浦がスコーピオンによる接近戦を仕掛け、それを犬飼が地面に横たわりながらもアステロイドで援護する。よく見れば隻腕である相手に、もう対処する手が無いと言わんばかりの連携。

 

 最後に──遠距離から飛んできた絵馬の狙撃が頭を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぐら、と頭が動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──遠くにいた絵馬へ、超遠距離射程の斬撃が伸びる。一瞬で街を分割したその一撃に対し、避けることも出来ずに絵馬はベイルアウトした。

 

「……何だ、死なないのか」

 

 それは果たして、自分の事なのか。それとも、ベイルアウトした絵馬の事なのか。

 

 狙撃が当たった。確かに頭に命中した。それはこの場にいる誰もが見ていたし、他にも北添の弾丸が数発当たっている。それでもなお無傷、と言うことは。

 

 

「……テメェ、まさか……!?」

 

 

 影浦の絞り出すような声が、辺りに響く。ボーダーの武装は市民に対して被害を加えぬように生身に決して実害のあるダメージが入らないように設定されている。

 

 だが、それでも気絶する程度の衝撃は与えているはずなのだ。何故それを食らって平然としているのかまでは影浦達は理解出来ない。

 

「まぁいいか。もう避ける必要もない──死なないなら、殺せばいい」

 

 刹那、影浦の身体中にチクリと突き刺さるような感覚が奔る。順番は追えない、ならば自分に攻撃が来ると言うことだけ把握し回避行動を取る。

 

「ラービット」

 

 ──が、回避のために横にステップを踏んだ先にラービットが突撃してくる。身体中は敵意に塗れているが、そのどれもが先程と変化ない。つまりラービットの敵意はないと言うこと。

 

「クソがッ」

 

 ラービットに対してマンティスを放ち、振りかぶってくる腕を切断しようと試みる。その間にも迫ってくる斬撃の対処が間に合わないことを悟ってラービットの戦力を削ることを優先。

 

 振りかぶった腕に対し、犬飼が最後のトリオンを振り絞ってアステロイドで妨害を行う。バチチッ! と直撃し、少しだけ軌道を変えたその腕の関節部にマンティスを直撃させる。

 

 硬さを感じさせずスルリと入っていった刃はそのまま腕を斬り落とし、犬飼のベイルアウトの音と共にもう一度マンティスを放つ。狙いは──迫り来る斬撃。

 

 一つ、足狙いの黒い斬撃を半ばで折る。二つ、腰狙いの黒い斬撃を斬る。三つ、胴体狙いの黒い斬撃を腕で叩き折る。四つ、間に合わず胴体を斬られる。五つ、首狙いの攻撃を身を捻り回避する。

 

 北添の援護が入り、ラービットの弱点部位を打ち崩す。寸前で口を閉じられたもののラービットの意識を北添へと向けさせ、そのままメテオラを人型に対して放つ。

 

 一旦影浦への攻撃をやめ、空中から降り注ぐメテオラを斬り捨ててラービットを下げる。やられた箇所の修復を行なっているラービットの隣に佇み、残りの戦力を計ろうとしているのかゆっくりと周囲を見渡す。

 

「……残り一、二……ラービット」

 

 そう言葉を告げると、ラービットがその場から跳んでどこかへ向かう。

 

『ゾエ、わざとアイツを狙わないでメテオラを撃て』

『家狙いって事? あんまり壊すのは良くない気がするんだけど』

『アイツの隙を作って反撃するには手が足りねぇ。チッ、セーフティ外せねーのかよ』

『流石にそれはマズ──うわっとと』

 

 回線で会話していた北添と影浦に対し、ほぼ同時に斬撃が飛んでくる。家を真っ二つに叩き斬り、次々と倒壊させていく攻撃をなんとか避けつつ合流を試みる。

 

『でもぶっちゃけどうしようもなく無い? 流石にセーフティ個人で外せる機構にはなってないでしょ』

『チッ……わかってる。オイ、本部に報告は』

『もうしてる! そのまま耐えて欲しいって連絡が来て、それ以来は何もなし!』

「耐えろって言われてもさー……」

 

 トリオンを漏れ出し、既に満身創痍の影浦といちおうほぼ無傷ではあるが近接戦闘は向かない北添。合流は果たしたものの時間を稼ぎ耐える事は難しい。既にいくつもあった家はほぼ倒壊しており、視界が広くなっている。崩れたその風景はまるで災害の後のようであり、人智の及ばぬ領域のようにも感じ取れる。

 

「……うぜぇな」

「ん?」

 

 影浦が小さく呟く。

 

「ずっと突き刺して来やがる。殺す、死ね、殺意の塊みてーな奴だ」

「うは、怖いなー……全身?」

「どこを攻撃するだとかそういうのは最早ねぇな。身体中切り刻んで殺してやるくらいに感じるぜ」

 

 珍しく、本当に珍しくため息を吐く影浦。

 

 サク、と歩く音が聞こえもう来たかとその後の方向を見てみると確かに接近して来ている。

 

「……ったく」

「やるしか無いよねー、ゾエさんこんな接近戦するタイプじゃ無いんだけど」

 

 シュドッと榴弾メテオラを放ちつつ、先に前へと出る北添。メテオラを手前で爆破して、煙を立ち上げた後にその中に紛れる。

 

 人型の前方がほぼ全て煙で包まれ、それをぼうっと見つめている。手に握った武器を一瞥し、赤く染まった瞳で一点を見続けてカタ、と剣を震わせ煙の中を見る。

 

 煙を分け突出して来た影浦に対し、刹那の居合で真っ直ぐ叩き斬る。

 

 半分になった影浦の後ろから北添がアステロイドを放ってくる。ピクリと反応して、アステロイドを回避して時間差で降り注ぐメテオラを斬る。

 

 

 その流れで北添を斬り──世界が歪む

 

 

 



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大規模侵攻⑤

 

 

「──」

 

 北添を斬った、その直後。

 

 ピク、と身体が反応し唐突に後ろへと跳ぶ。

 

 ──ザン! とその場に幾つかの斬撃が奔りその場にあった瓦礫を細切れにし、北添の遅れて放ったメテオラが降り注ぐ。ドゴ、と大きく音を立ててまたも爆風が靡き視界を悪くする。

 

「──おいおい、これを避けるのか……」

 

 ザ、と歩く音を鳴らしながら歩いてくる。

 

 ブア、と煙を掻き分け伸びてきた斬撃を手に持った剣で防ぐ。二度三度と立て続けに振られる斬撃を剣で受け流し笑みを見せる男──迅悠一。

 

「どうも、アフトクラトルの黒トリガー使いさん。俺は実力派エリートの迅悠一です」

「……ミラ」

 

 ギュア、と男の後ろに黒い穴が開く。渦巻いて不気味さを醸し出すそこの中から、ミラと呼ばれた角が生えた一人の赤い髪の女性が出てくる。

 

「こいつは」

「……恐らく黒トリガーね。任せて良いかしら?」

「ああ」

 

 そう告げると再度黒い穴の中へと戻っていく。

 

「なるほど、今のがゲートを開く人か……結構厄介だな」

 

 ビュッ! と男の剣が振られる。下から上へと唸るように振り切られた黒い斬撃に対し、手に持った風刃で対処する。

 

「ふむ……なるほど(・・・・)。そうなる訳か」

 

 ス、と風刃を上段に構える。その間にも連続して斬撃が襲い来るが、軽く身を捻ることで回避する。ぐ、と力を込め一気に振り下ろす。当然何も出ない──訳がない。風刃から伸びた一つの斬撃が、男の身体を貫く。地面から生え、右足と右腕を文字通り断ち斬った。

 

「っ……おいおい、マジかよ」

 

 右腕と右足が身体から離れ、血液を大量に噴き出す。それに伴ってバランスが取れなくなったことで大きく身を崩し地面に倒れこむ。

 

「生身って、そんなのありかよ……」

 

 つまり、この隻腕も。真っ白な頭も真っ赤な瞳も全部本当の身体。倒れ込んだその姿にしたのは自分で、もがくことすらせずに此方を見るその瞳から──思わず目を逸らした。

 

 

──世界が歪む。

 

 

 

 

 

「──っ!?」

 

 ピタ、と剣を振る腕を止める。汗がタラリと雫となって落ちていくような感覚を肌で感じる。暑いからとか、そういう理由ではない。トリオン体である以上そんな過度な影響は出ないが──緊張や焦りはしっかりと発生する。

 

「…………気のせい、か?」

 

 ゆらりと佇む目の前の白髪の男を見る。そして視えてくる映像を確認し、あまり大差ないことを確認する。

 

 生身。

 

 完全に生身である。トリオン体による戦闘が当たり前の今、いや。玄界からしてみれば狂気すら感じるモノである。

 

 心臓の鼓動が喧しい、そんな気分だ。

 

「……なんだ、来ないのか」

 

 その言葉を言われた瞬間、目の前に光景が浮かび上がってくる。

 

 真っ二つにされた自分。膾切りにされた自分。手足をもがれ、動かなくなったところをラービットに捕らえられた自分。風刃を奪われる自分──ありとあらゆる失敗が雪崩れ込み、さしもの迅も顔を歪める。

 

「……こりゃ一筋縄じゃいかなそうだ」

 

 再度、汗が垂れたような気がして額を拭う。当然何も流れ落ちないが──少し気が紛れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 黒い斬撃が街を刻む。

 

 家を断ち、地を断つ。その射線上に乗ったモノは等しく斬られ分割される。遠くから見ても分かるものであり、最早単独の戦闘とは思えない。時が違えば──それこそ太古の時代であれば、この世の終わりと勘違いされても遜色ない。

 

 それが──個人へと向けられる。なんの躊躇いもなく、容赦なく。

 

「──っと!」

 

 予知によって視えた攻撃を避ける。先程までは一刀ずつ伸びる斬撃であったから余裕があった。だが今はどうだ。

 

 目に見えないほどの速度で振られる剣、その一つ一つの動作に斬撃が生成され襲いかかってくる。辛うじて防ぎ、タイミングを見計らい攻撃しようとするも自分の死が視えるだけ。

 

 思わず手を止め、再度チャンスを探り──その繰り返し。

 

「あっぶねー……これで生身だってんだから信じらんない」

 

 ふう、と一息ついて少し離れた場所にいるその男を見る。遠距離戦は出来なくはない、かえって好都合だ。風刃は、目の通る場所に物質を通じて斬撃を放つ黒トリガー。

 

 正直今この瞬間にも当てることは可能である。可能ではあるが──それによって敗北しか見えないのだ。だから手を出さない。出さない。ただし相手の攻撃は容赦なく飛んでくる。

 

 それに、何時迄も防戦一方でいるつもりはない。あまり時間をかけて仕舞えば戦局が悪い方向に進むのだ。

 

「くっそー……沢村さん、何処までなら範囲的に拡大できる?」

『ちょっと待って──ええと、大体迅くんから見て後方ね。つまり本部方向よ』

「これ以上下がったらそっちに通っちゃうかもな……」

『映像はこっちでも確認してる。今のところ他の箇所がそこまで追い詰められてないから誰か増援に回せるけど』

「いやいいよ、こっちは俺で抑える。沢村さんは俺が連絡したらとってくれ」

 

 先程までと打って変わり動かない相手を見て思わず苦笑する。よくわからん奴だ、と内心思いながら屋根の上から降りる。

 

「なぁ、アンタ名前はなんて言うんだ?」

「…………」

 

 何も答えることはない。しかし手に握った剣を振る仕草も見せない。

 

「俺はあんた達近界民とも、ある程度は仲良くしたいと思ってる。そっち側に行った事だってあるしな」

 

 揺さぶりをかけ、他に手がないか探る。

 

「…………?」

 

 ふと、顔を歪ませる男。唐突なその仕草に迅も警戒して、未来を見逃さぬように気を張り詰める。

 

「──……ら……?」

 

 なにかを呟き、頭を殴りつける。剣の柄でぶん殴り、少し切れたのか頭から血を流す。

 

「……おいおい、何してんだ」

「……う、……い……」

 

 ブツブツとなにかを呟く男の不気味さに思わず風刃を握り直す。

 

「──違う、要らない。俺は違う。そんな奴は知らない。二人しか、俺には二人しかいないんだよ……!」

 

 ギリ、と歯を噛み締め睨みつける。血走って狂った目をギラつかせ迅を見る。

 

「どけよ……! 他に何もないんだよ……!」

 

 ごくり、と自然に喉を鳴らす。その気迫に、後ずさる。

 

「そこを──どけ!」

 

 なにかを散らすように叫び、剣を振る。間一髪身を捻り回避した迅の背後は断ち切られ、ボーダー本部にさえその一撃は届いていた。

 

「…………マジかよ」

 

 耳に入ってくる沢村からの通信に意識を向けることも無く、真っ直ぐ男を見る。

 

「……ごめん沢村さん。出れないわ」

 

 風刃を抜刀、いくつも斬撃の帯が出来上がる。躊躇うこと無く、振ろうとして──止まる。

 

「どういう絡繰かは不明だけど……めんどくさいな、あんた」

「……違う……そんな奴は居ない。俺には、もう……あいつしか、あいつらしか……」

 

 いつもの薄い笑みを消し、余裕のない顔で言う。

 

「悪いけど、ここで倒すよ(・・・)

 

 風刃を掲げ、今度こそ躊躇いなく──振り切った。

 

 

 

 

『──……ん』

 

『……れで……か?』

 

 

 

 

 鬼はまだ、目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そんで爺さん、アンタら何しに来たんだ?」

 

 ボーダー個人総合一位(ソロNo. 1)、太刀川慶。飄々とした表情で余裕を常に醸し出しつつ、その圧倒的な実力で敵を薙ぎ倒していく実力者。

 

「ふむ……そうですな。散歩のようなモノですよ」

「おいおい、散歩で人間殺すかよ」

 

 相対する老人──マントを靡かせ、手に持った杖を支えに立っている。

 

「ほっほ、それもそうですな。では、趣味で遊びに来たとでも」

「近界民は趣味で人間を殺すのか、流石だな」

「それほどでもありません。出来るだけ早く穏便にやるべき事をやって、帰りたいのですよ」

「何だ、じゃあさっさと帰ってくれよ」

 

 腰に携えた二本の孤月に手を置く。ノーマルトリガー最強の男、忍田真史の弟子である太刀川は彼の二刀流も受け継いでいる。その実力は前述の通りボーダー内で個人一位という結果になるほど。

 

 そして本人は戦闘狂である。強い者と戦う事を生き甲斐としており、趣味をランク戦で勝利する事だと公言している。その太刀川が、仮にも存分に戦えるであろう敵に対して「帰れ」等と言うのだろうか。

 

否、通常であれば言わない。

 

「(……ったく、冗談きついぞ迅の奴。何が『太刀川さん、強い人ならあっちの方にいるよ』だ。これ……)」

 

 上手いこと乗せられたと内心愚痴る。実際強い相手と戦えるのならそれでもいいのだが、いろんな相手と戦いたいのだ。いきなりラスボスクラスに当てられるなど考えてもいなかった。

 

 逆に考えれば自分以外相手できなかった、若しくは迅の予知の上で俺以外誰もいなかったと考えれば気分は少しは晴れる。

 

 先程からビュンビュン飛びまくってる黒いなにかを視界の端に入れて、目の前の老人に声をかける。

 

「あの黒いの、そちらの誰か? 少なくともウチにあんなもん振り回せる奴いないんだけど」

「えぇ、そうですね。私の星の杖(オルガノン)程ではありませんが有数のトリガーと使い手です。……剣技だけで言えば、最強に近いのではないでしょうか」

「へぇ、成る程ね。それで、最強がアンタか?」

「……ふむ、やはり玄界の戦士は成長が早い」

 

 ス、と構える老人に対し最大限の警戒をする太刀川。

 

「最初はお譲りしましょう。子供には加減をするものですから」

「……言うじゃん」

 

 警戒は解かず、戦意を漲らせていく。ここまで露骨に侮られて憤らない太刀川ではないし、何より強敵を前に何時迄も燻っている自分ではない。

 

「──斬るぜ、アンタ」

 

 敵が強いから何だ。そんなもの最初からわかっている。その上で斬るのだ。それが太刀川慶という男だ。

 

 両手に孤月を握りしめ、腰を落とし一気に脱力する。ふら、と抜けたその刹那に急転し孤月を抜刀する。

 

「──旋空」

 

 腕を十字に交差させ、力を損なわない様に丁寧に。それでいて豪胆に振り上げる。下から唸る様に迫り来る斬撃に対し──老人は笑った。

 

「──孤月」

 

 振り切られた剣の先端、遠心力等の力が全力で全て割り振られ幾度となく相手を両断してきた絶対的な一撃が老人に肉薄する。老人に接触する刹那──姿がブレたその瞬間に旋空孤月の軌道が変わる。

 

「……ま、だろうな」

 

 一撃を、杖から抜刀した剣で受け流して防御した老人。そのくらいは出来るだろうと考えていた太刀川は慌てることもなく、至って冷静に反応する。

 

 

「──うし、ここで斬る。悪いけど付き合ってくれよ」

「ほほ、いいでしょう。少しだけ、お付き合いします」

 

 

 

 

 



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大規模侵攻⑥

「──よっと」

 

 一閃煌めき、続いて二閃瞬く。

 

「ほっほ、元気がいい」

 

 軽く受け流し、続いて接近して剣を振る太刀川の剣撃を容易くあしらう。

 

「おいおい、自信失くすぜ」

 

 そう言いながら次々と斬撃を浴びせていく二刀流を尻目に、老人は軽薄に笑う。

 

「こちらも重ねた物がある故──そう簡単に譲りはしません」

 

 二つの攻撃をほぼ同時に剣を振りぬくことで対処する。剣技うんぬんの前に、根本的な性能差があると太刀川は感じた。

 

 ──それがどうした。

 

 目の前の敵を斬るのに、それは必要な情報ではない。

 

「やかましい」

 

 キ、と弧月を加速させる。これまでの剣速より二段程上昇した旋空弧月を振るい首を狙う。

 

「──ふむ」

 

 それも容易く受け流される──が。それを予測していた太刀川が左手の弧月で追撃。家を巻き込みながら薙ぎ払い逆手旋空弧月が襲い掛かる。首を軽く捻って回避する老人だが、今度は正面に真っ直ぐ剣を振るう。振り下ろしの速度で一気に踏み込む。

 

 

 ──キン! と音が鳴り旋空弧月が受け止められる。

 

 

「……はは、ったく」

 

 当然の様に受け止められ、トリオンとなって霧散する旋空弧月の刀身を見てからその場で納刀する。

 

「全く、アンタヤバいな。しかも全然本気出してねぇだろ」

「いえいえ、それなりにやっております」

「なーにがそれなりだ。いいね、益々斬りたくなってきた」

 

 グラスホッパーと呼ばれる、小さなジャンプ台の様なものを足元に生成する。トリガーのオプションの一つであり、攻撃手の者たちが貴重な機動用として扱うもの。

 

 当然太刀川も所持している。射程の足りなさと言うものを補う必要もあるため、大きく飛びたい時や距離を詰めたい時に使用する。

 

 今回は後者、距離を詰め剣戟に持ち込むためである。

 

 ダ、とこれまでとは違い一瞬で老人の懐まで詰め寄る。小柄な部隊員が使用するグラスホッパーではあるが、大柄な隊員でも十分使用する事は可能である。

 

 勢いを保ったまま剣を新たに生成した二刀を振りかぶり、老人が攻撃してきても対応できるようにする。

 

 ──旋空孤月。

 

 空中で動いたまま片腕で放つ。もう片方の手で何もしないことで、反撃に備えることも考えている。

 

「残念ながら、飛んでくる斬撃には慣れてるものでして」

「だろうな、アレを見てれば予想出来る」

 

 いとも容易く回避されたことに腹を立てることすらなく、空いてる手で孤月を再度振る。純粋な剣術ですらのらりくらりと躱されている現状、相手が格上なのは承知の上ではあったが──少々堪える。

 

『……もしもし本部、繋がってる?』

『どうした慶』

 

 本部へ連絡をしたところ、忍田が直接電話に出た。

 

『いやね、俺の戦ってる爺さんだけど──これちょっと無理っす』

『……お前でダメか』

『三輪隊とか、そこら辺の方が刺さるかもしんないすね。トリガーらしき物持ってんのに全く性能発揮されないどころか攻撃すらしてもらえん』

 

 そう言いながら次々と剣戟を繰り広げられる辺り太刀川も大概なのだが、それを軽々と剣一本で防ぎ抜く老人も大概である。

 

『悔しいすけど完全に格上。多分突破されるから次考えといて下さい』

『──わかった』

 

 そう言って剣に意識を戻し、再度振り直す。

 

「考え事はおしまいですか?」

「おーこわ、バレてら」

 

 鍔迫り合いのような形になり、啀み合う二人。といっても互いに余裕そうな表情を保っており、互いに命を取り合っているとは思えない。

 

「実際の所何目的で来たワケ? 流石に散歩でここまではこねーだろ」

「いえいえ、本当になんでもないのですよ。ただ少しだけ、時間を頂ければ」

「よく言うぜこの爺さん」

 

 一二三、目にも留まらぬ孤月二刀流に対し一本の杖で全部斬り結ぶ老人。

 

「いや、本当スゲーな。よく一本でそんだけ振りまくる」

「そちらこそ、よくそれだけの長さを振り回す。鍛錬がしっかりしている証拠ですな」

 

 会話しながら、常に斬り合う。

 

「──……ふむ」

「おわっと」

 

 突如老人が剣を持ち直し、反撃に転じてくる。

 

「申し訳ありません、玄界の戦士よ。どうやら此方もあまり遊んでいる場合ではなくなってきたようです」

「それじゃ困るな、キッチリ俺と遊んでて貰わないと」

 

 攻勢を捌きつつ、隙を狙って孤月を振る。防がれるが読み通し、これまでと同じように振り続ける。

 

「ふむ、それだけの剣術──我が国にもそうそうお目にかかれるものではない」

「だろ? もっと楽しんでってくれよ」

「それもいいのですが、今回は事情があります故」

 

 どんどん加速する剣の速度に合わせて、太刀川も対応していく。互いに攻撃と防御を繰り返し、周囲に少しずつ被害を出す。表情の変わらない老人と、口元の薄ら笑いが消えつつある太刀川。

 

 どちらが有利かは、一目瞭然。

 

 それでもなお──総合一位(太刀川慶)は再度笑った。

 

「やってみろよ──こう見えて俺もアンタと同じなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!」

 

 剣を振る。剣そのものの攻撃と、それに付随する斬撃により時間差多段攻撃を放つ。剣を防ぎ、相手の足元と側面の壁から生えた斬撃を回避される。

 

 追撃で二つ、斬撃を放ち予知した位置へと先手を打つがそれすらも避けられる。

 

「……全く、未来でも見えてんの?」

 

 迅が思わずそう小さく呟く。こちらが予知した上でのこの行動である。予知を上回り、完全に未知の戦いになっている。こんな物は久しぶりだと内心思いながらも相対するその姿に再度意識を向ける。

 

 時々人体を無視した挙動を行うあたり、何か謎があるのだろうか。自分と同じ、何かしらのサイドエフェクトを持っていてもおかしくはない。身体能力の強化か、五感の補強か、それとも──時間軸に関する何かか。

 

 先程からずっと見える様々な死の光景は何なのだろうか。果たして本当に戦いの果てに待っているのか。

 

 風刃を構えて再度前進する。相手の特徴はあの射程が無限にでもあるのだろうかという恐ろしく長い斬撃であり、それさえ防げば簡単にという話ではないが選択肢の一つは減る。

 

 ぐにゃぐにゃ伸び縮みも可能だし、接近した方がかえって風刃を活かすという点でははっきり言って良くない悪手である。

 

 だが、それでも前に出なければいけない。これ以上振らせてしまうと、取り返しのつかないことになる。それは、この街にとっても(・・・・・・・・)未来にとっても(・・・・・・・)

 

 真正面から風刃を振りかぶり、思い切り振り下ろす。まるで受け流す様に綺麗に逸らされて、空いた胴体を真っ二つにしようと剣を振るってくる。

 

 しかしそれは予知によって把握済みのため、前もってこうなる事を予見し逸らされる方向まで確定させておいた。逸らされる勢いをそのまま使い上体を捻る。

 

 ぐい、と若干無理のある体勢になるが気にせず片足でバランスを取る。頬のすぐ真横を通過していった剣を見て若干ビビりながらも風刃で斬る。ほんの少しだけ後退、髪に触れたか触れてないか程度の攻撃しか通らなかったのを確認してそのまま風刃の斬撃が放たれる。

 

 流石に避けようもなかったのか大きく飛び上がり瓦礫と化した家へと着地する。

 

「やっぱり未来見えてない? 気のせいじゃないでしょ」

「…………」

「明らかに攻撃が入るタイミングで、完全に理解された動きしてんだよね。こうも綺麗に何度も躱されるとさ、疑いたくもなるよ」

 

 笑みを浮かべながら話しかける迅。対照的に、冷徹で機械のような瞳をしている男。

 

「因みに俺は未来が見えるよ。どんな動きをするのか、とかね」

「……未来なんて」

 

 ボソ、と呟く。

 

「未来なんて、見えちゃいない……ただ、生きてるだけだ」

「…………生き、てる?」

 

 自分の予測はあたっていたのかと思い、それと同時に何か違和感を感じる迅。何か、大事な事を忘れていないか。

 

「何度も何度も何度も何度も、斬って斬られて死んで殺して殺されて──……そうとしか、生きられないだけ」

「──……いや、ちょっと待て」

 

 その言葉に、迅は思考を早める。仮に言っている事が本当だとすれば、厄介どころではない。天敵という次元でもない。

 

「……なあ、一つ聞いていいか」

「…………」

「一番最初、俺が来た時。あんた、死んだだろ」

 

 

「──それがどうした」

 

 

 カタ、と手に持った剣を揺らす男。

 

「……成程、そういうことね。そりゃ全滅もするよ」

 

 納得したような表情で風刃を構え直す迅。それを見て男は特に構えを変えることもなく、瓦礫になった家から降りる。

 

「──あんた、名前は?」

「……剣鬼」

「そりゃまた──その通りだ」

 

 剣の鬼と書いて、剣鬼(けんき)

 

「俺は──何度繰り返すことになっても、諦めない……!」

 

 傷つこうが構うことか、死ぬことなど恐れてなるものか。恐れるものは諦めという現実、構うことは二人(・・)の生命。

 

 ヒュガッ! と音がなり迅に高速の斬撃が奔る。

 

「(やべ、見逃してた──!)」

 

 未来を見るが、自分で選んで未来は読めない。見えた未来を必死に探り戦う迅と、何度死んでも復活する剣鬼。

 

 迅に段々と斬撃が近づいていき──そして、ある声が響く。

 

 

「──旋空孤月」

 

 

 ──横から突如乱入してきた孤月が、剣鬼の斬撃を遮って迅にたどり着くまでのタイムラグを生み出す。瞬間的にその方向へと剣鬼が剣を振るが、その攻撃は迅がカバーする。

 

「すまん助かっ……何で来てんですか?」

 

 援軍としてやってきたその者に、思わず迅が突っ込む。

 

 足元まである季節外れの黒いロングコートを身に纏い、手に握られた孤月。

 

迅くん(・・・)が急に連絡切るから、迎えって言われたの。まだまだ鈍ってないから安心してね」

 

 男性ではない高い声、肩口で切り揃えた黒髪に身体はコートの上からも女性的な丸みがほんのりと見て取れる。

 

「……成る程。そういう訳ね──沢村さん(・・・・)

 

 元忍田隊攻撃手、沢村響子。現役を退いても、その願いを叶えるために自らの力を磨き続けた女性。

 

「この人があの斬撃の使い、手──……」

 

 剣鬼を視界に収めると、ピタリと止まる。映像で確認できたのはあくまで攻撃や姿であり、詳細な顔や体格は不明だった。

 

「──うそ、でしょ……?」

 

 カラン、と孤月が地面に落ちる。

 

 記憶の中にある姿を即座に思い出し、目の前の人物と見比べる。ああ、どこを見ても同じには見えない。片腕がないし、目は充血か何かで真っ赤になっている。お揃いであった黒い髪も白に染まり、随分と窶れた顔。

 

 けれど、忘れるわけがない。いつか見つけるために、遠征部隊と定期的に通信も行える本部長付きオペレーターになったのだから。

 

「──……廻?」

「──……沢、村……?」

 

 奇しくも互いに疑問を口に出す。それが果たして同じ疑問か否かは──わからない。

 

 

 

 



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大規模侵攻⑦

「──知らん。お前はなんだ」

 

 沢村の放った言葉に、剣鬼が言う。

 

「……え? で、でも……」

「お前の事など知らない。俺の名前なんぞ知らん」

「え? 名前を知らないって、どういう」

「──そんなもの知らん」

 

 突き放すその言葉に、思わず後退る沢村。

 

「俺の名前など必要ない。俺の事なんぞ必要ない。……もう、何も……」

 

 声を小さくして、少し呟く。

 

「斬る。斬るしかない。全部、斬って斬って斬って斬り伏せて、救わなくちゃいけないんだ。やらなくちゃいけないんだ。これだけは、諦めちゃいけないんだ」

 

 カタリ、と剣を再度構える剣鬼。相対する沢村は未だ戦闘状態を取らず、絶好の的になっている。剣を振りかぶり、斬撃を飛ばし──受け止められる。

 

「待ちな」

 

 横から入ってきた男──迅悠一が受け止めながら声をかける。

 

「沢村さん、勘違いとかではない?」

「……っ、え、ええ。覚えてるもの、それにほら」

 

 鎖のついた、時計のようなもの。コートのポケットから取り出して迅に見せる。

 

「この、隣の男の子」

「あー……たしかに面影があるように見えなくもない」

 

 目を凝らし、剣鬼を見る。

 

「ん、成る程成る程……そういう訳か」

 

 微かに覗き見た未来を把握して、次にする行動を決める。

 

「ん……? え、ああ。あーっ……」

 

 一人でもごもごと言葉を紡ぎ続ける迅に痺れを切らして、剣鬼が剣を振る。横薙ぎに振られる黒い斬撃に対し、沢村は避けることを選択して迅も上体を捻って回避する。

 

「あぶねっ」

 

 続いて風刃を振り、相手の手足を狙う。容易く回避され、反撃を振られるがそれは復帰した沢村がなんとかカバーする。

 

「いやー助かります」

「それより、廻がどうして……? 何で、わかんないよ」

 

 若干焦燥が感じられる声を上げる沢村に、迅が言葉を返す。

 

「んー……多分大丈夫。見えました」

「見えた……って言うことは」

「全部じゃないすけど、結構」

 

 ニヤリと薄ら笑いを浮かべて、はっきりと言葉を示す。

 

「改めて──俺は実力派エリートの迅悠一。結論から言うと、俺ならアンタの目的を手伝えるよ。廻さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ったく、雑魚共の相手はつまんねーな」

 

 一人、また一人とベイルアウトさせ建物の上に佇む男──エネドラ。欠伸をかき、つまらなそうにボコボコ液体を鳴らす。

 

「おーおー、大暴れしてやがったな剣鬼の野郎。クカカ、こんな所まで斬れてんじゃねーか」

 

 ま、こっちとしては手数が増やしやすくていいと内心思いながら同僚の活躍を賞賛する。

 

「玄界の猿なんぞ、何やってもつまんねーな……なぁオイ、そこら辺で透明になってんだろ?」

 

 先程から透明のまま攻撃を仕掛けてこない敵を挑発するように声を出すが、誰一人として返事を返さない。よく訓練されている、と思うと同時につまらないとも感じる。

 

「チッ……もうめんどくせー。あいつがあんだけ暴れてんだから俺も行くか。それに、全部あいつに擦りつけりゃいいしな」

 

 その場から歩き出し、大きな黒い建物のある方向へと向かう。周囲にいるはずの透明な連中のことは無視し、真っ直ぐ。

 

 その場所は──ボーダー本部。

 

 

「──旋空」

 

 聞こえた声に反応する。完全に戦う気分ではなかったのを切り替えて、戦闘時の高揚感を瞬時に引き出し反撃の形をとる。

 

 声の方向を見てみれば、割と近い道の先に一人の男が片膝をついて腰に手を当てている。その手には孤月が握られており、既に構えに入っている。

 

「(あぁ? その距離から届くのかよ)」

 

 先程までスコーピオン使いと戦闘を行っていたせいで、中距離への攻撃はないかと考えていたエネドラ。しかし、この攻撃によってその考えを改めることになる。

 

「──孤月」

 

 ズア、と一瞬視界に斬撃が残ったあとにパックリと二つに割れる。

 

 その光景に見覚えがあり、あれと同じだと考える。そう、同僚であり非常に腹立たしい事に自分より実力の高い変態。斬撃を操る男──剣鬼に斬られた時と同じ。

 

 つまり身体が半分に割られた、という訳だ。ぐねぐねと身体を動かし、元の形に動かす。

 

「──あれ、なんや斬れてないやん」

「いやいや斬れてる斬れてる。ちょっと死なんかっただけや」

 

 ゴーグルをつけて、髪を少し逆立てた男に同じ服を見に纏った男。

 

「そんじゃもう一回──旋空孤月」

 

 再度ズア、と視界に斬撃が映り今度は身体を斬られる。バランスを失うが既に何度もやられ対策済みなため特に慌てることもなく対処する。

 

「いや死なんやん」

「なんやこいつ」

「うるせぇな猿どもが……」

 

 日頃から同じような斬撃にボコボコにされてる上に、勝てる事が減ってきたエネドラは激怒した。普段から溜め込んだ苛立ちがここにきて爆発した。

 

「クソ猿が──ぶち殺してやる!」

「うわ、急に大きな声出すなや」

 

 B級三位、生駒隊。

 

 その象徴とも言える旋空孤月が、エネドラと衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 膝をつき、無くなった左腕からトリオンの漏出が止まらない。右脚も斬られ、既に満足な機動を行えなくなっている。

 

「──さて、こんなものでしょうな」

 

 キン、と剣を鞘の中に収めた老人が仄かに笑う。

 

「おいおい、そのタイミングで解放はずりーよ。避けれる訳ねーだろ」

「いえいえ、避けるものも居ますよ。流石に初見で躱して反撃してきたのは一人しかいませんが」

「そいつ本当に人間か?」

 

 右腕に孤月を持った太刀川は老人を見上げる。とても接近戦をする距離では無く、中距離と言った方が正しい程の距離。

 

「それに、躱したではありませんか。これでも胴体を狙ったのですがね」

「腕切れちゃあおしまいだっての」

 

 ヘラ、と笑う太刀川。

 

「だけどまあ──諦めるとは言ってない」

 

 下から斬り上げる形で孤月を振る。斬撃が伸び、老人へと迫っていくが──その場で一歩動くことで避けられる。

 

「もう間合いは把握しましたので、無駄な足掻きはやめておいた方がよろしいかと」

「バケモンかよ」

 

 それでももう一度、孤月を振る。斬りさげ、下に思い切り。

 

「ふふ、無駄な──……っ!」

 

 その場で剣を抜刀し、後ろを斬る。スパ、と飛んできた弾丸が斬れて爆発を起こす。爆炎に包まれながら孤月を回避して、話している場合ではないと判断し黒トリガーを解放する。

 

 幾多もの円が剣に浮かび上がり、瞬間的に広がる。

 

 ──その刹那に、孤月が振るわれる。爆炎を斬り開き、太刀川の放った旋空孤月が振り抜かれる。

 

「──面白い」

 

 ニ、と口を僅かに歪めた老人の目の前まで迫った孤月が唐突に割れる。

 

「うそだろ」

 

 そのまま広がった円上にあった太刀川の首が切断される。少し離れた場所にあったビルも斬れて、周囲の建物が壊滅していく。バラバラと崩れていく建物を尻目に老人の周囲を円が回り続ける。

 

 ベイルアウトの光に包まれて太刀川が転送されていく。

 

 回る円の軌道上を何かが目で捉えられない程の速度で移動していく。

 

「──ふむ。このまま気を引け、と。そちらはどうなっておりますかな? ……成る程、ハイレイン殿自ら。ええ、お任せします。陽動は承知しました」

 

 トス、と。僅かに足を踏み出す。向かう先は黒の建物、ボーダー本部。奇しくも単独行動を行おうとしたエネドラと同じ場所を目的地にし、黒トリガーによって災害同然の被害を撒き散らしながら歩く。

 

「さて、先程の攻撃は中々刺激的でしたが……まだ底がある。次はどなたですか」

 

 チラ、と遠くに目を凝らし先程まで黒い斬撃の飛びまくっていた地点を見る。建物が斬られて崩れてるとはいえ、距離があるため肉眼で捉えることは出来ない。

 

 けれど簡単に捕らえられるような人材でもない。

 

「──まあいいでしょう。取らぬ狸の皮算用、とも言いますしな」

 

 ──瞬間、老人へ向かって遠くから飛んできた何かが激突する。黒いボディスーツに、白い髪の毛。

 

「白──おや、成る程。玄界にも白髪の少年はいたのですね」

「何言ってんのかよくわかんないけど、あんた強いみたいだね」

 

 ゆらりと立ち上がる老人から一歩引いて話す少年──空閑遊真。ボーダーに三本しかない黒トリガーを携えて、立ちふさがる。

 

「成る程、その出力──黒トリガーですか」

「それが何?」

「いえいえ、何も。随分と躾の効いた(・・・・・)少年だなと」

「……アンタ意地悪いね」

 

 孫ほどの年齢差もある二人が対峙する。

 

「ノーマルトリガーが通じないのならば黒トリガーを──合理的ですね。ですが少々見通しが甘い」

「……?」

「我々は別に、黒トリガー以外が普通のトリガーであるなどとは言ってないのですよ」

 

 ──バゴ! と大きな音が鳴り響き少し遠くに見えるビルが倒壊する。大きく穴の開いた場所から徐々に崩れていく様を見ながら老人が語る。

 

「汎用ではなく、ワンオフ。それが我々精鋭の考えでして」

「なんだ、奇遇だね」

 

『強』印を結び、その場で構える空閑。

 

「俺も実は、近界民(そっち側)なんだ」

『いくぞユーマ。油断はするな』

「……成る程。面白い」

 

 ニヤ、と笑った老人が手を置く杖が光って──刹那、高速の衝撃が空閑を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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大規模侵攻⑧

「──死ね」

 

 身体を液体へと変化させ、更にそれを刃の形に加工。直後に固形化する事でトリオン体を破壊する攻撃手段へと昇華し相手に放つ。

 

 見るだけならば簡単だが、実際やってみると簡単にはいかない。慣れ親しんだ、使い手の技量あってこその技。

 

「よっ、ほっ、はっ」

 

 ──だが、相手も積み重ねたモノがある。

 

 バキンバギンとエネドラの放った攻撃を弧月で割りながら少しずつ接近する。

 

「──アステロイド」

 

 横にいる水上が上に跳びながら弾丸を放ってくる。回避するのも面倒に感じたエネドラはそのまま受け止め、目の前の生駒への対処を優先する。弾丸が自身の身体に接触する寸前──目の前で爆発する。

 

「残念、メテオラなんすわ」

 

 爆炎に包まれ視界が悪くなった次の瞬間に煙を掻き分け旋空弧月が飛んでくる。

 

「ち──」

 

 エネドラの黒トリガーである泥の王(ボルボロス)の弱点を体内で移動させ、射線から外す。弾丸なら防げるだろうが、流石に剣で斬られてはマズイ。特に何度も斬られて負けた経験がある分、斬撃への対処は一番注意している。

 

「んー……斬った感触はするんやけどな」

「いやいやどっからどう見ても斬れてるやろ。ほら、何か角黒いし黒トリガーなんじゃ」

「そういえばそうやな」

「この猿共が……!」

 

 生駒たちからすれば至って会話しているだけだが、エネドラからすれば黒トリガーを目の前にしているのに全く緊張感の欠片もなくほんわかした空気で戦闘を行われていることに苛立ちを募らせる。

 

 ただでさえ斬撃を伸ばす敵に対して少し忌避感があるのに、こうも神経を逆なでされると──頭にくる。

 

「クソ猿共が──!!」

 

 グワシャ、と大きく液体を渦巻かせる。ぐるぐるとエネドラの周囲を回り、その規模の大きさを容易に悟らせる。

 

「──これヤバない?」

「ヤバい」

 

 普通に背を向けて逃げた生駒隊の二人を尻目に、エネドラは渦に包まれて一人周囲へと攻撃を開始する。

 

「死に晒せ!」

 

 次々と周囲に伸びていく刃、小さな台風と言っても過言ではない程の暴風域を伴って侵略する。

 

「──旋空」

 

 しかし、それを許すわけにもいかない。ボーダー隊員として街を守る生駒は、街をいたずらに破壊するエネドラを止めなければいけない。

 

「──弧月」

 

 ズ、と高速で振り切られ、気が付いた時には斬られている。効果時間を圧倒的に減らし、その分射程距離を伸ばした生駒の象徴ともいえる技。

 

 エネドラの渦へと放ち、確かに半分に斬る。しかしエネドラまでは届かず、渦巻いて攻撃しながら歩いてくるため更に距離を取る。

 

「──これ無理や」

「いや諦めるのはやっ」

「ちょ、見てみい。旋空弧月入らないやん。もう無理やん。どうすりゃええねん」

『なぁに遊んどるんすか』

 

 狙撃手、隠岐孝二が少し離れた屋根の上で腕を組んで話す生駒へと通信を出す。

 

『あんまりのんびりしてるあの感じ、他狙いますよ。もっと気を引いてくれないといかんすわ』

「言われても攻撃入らんし、これは静観が正解やな(・・・・・・・)

「上手い事言ったつもりか」

 

 ゴーグルをつけている所為で顔がよくわからないが、どこか誇らしげな雰囲気を纏って言う生駒に水上がツッコミを入れる。

 

「どないします? 正直突破力がないっすわ」

「二宮隊とかどこいったん」

「もう落ちましたよ」

「ほんまか」

 

「──何時までくっちゃべってんだこの猿共!」

 

 グオ、と雪崩の様にエネドラから攻撃が放たれる。屋根の上に居る二人に向かい地面からの攻撃で、必然上を向く形になる。

 

「うおっ危な」

 

 すれすれで回避する生駒、水上は何の遠慮もなく二つ隣の家まで逃げている。

 

「このままテメェから落としてや──」

 

 る、と。言葉は続かなかった。

 

 キン、と音が遅れて聞こえ、エネドラの落ちていく視界の中に逆さまで振り抜いた姿勢の生駒が映る。

 

「まあ、こんなもんやろ」

 

 エネドラの首を斬り落とした生駒は、何一つ変わらない仕草で再度弧月を構える。首が元に戻るより前に、水上による射撃が入る。バスバス身体に穴を開けられたエネドラは少しずつ弱点をずらして知られるのを回避する。

 

「──旋空弧月」

 

 勿論ただぼうっと見てるわけもない。弾丸が突き抜けてない箇所へと旋空弧月を当てる。修復とダメージ、どちらが早いかの競い合いになり始めた所で──遠距離から飛んできた銃弾がエネドラの身体を貫いた。

 

「こんだけ当ててもまだトリオン体解除されへんのか」

「ムカつきますわ」

 

 適当言いながらバスバスズバズバ攻撃を当てていく生駒隊。

 

 内心煮えくり返るエネドラが一先ず回避の為に再度液体と化したボルボロスを渦巻かせる。攻撃が止んだのを確認しつつ、ゆっくりと相手の位置を確認する。

 

 優先順位を決め、最優先で生駒を墜とす事を選択した。見事に甘く見ていたため、想定以上の実力であることを認識し改める。

 

 我が身を気体にし相手の身体に侵入させ、内部から破壊する。そうすることで確実に相手を潰すことができる。屋外だと使い辛い手ではあるが、最も確実に倒せる。

 

 しかしここで問題となるのが位置関係。生駒は現在少し離れた箇所の屋根の上にある。流石にトリオンと言えども気体になってしまっては風に流される。

 

 少しずつ空気を周りに増やし、相手が接近してくる隙を窺う。

 

「(……ち、流石にそこまでアホじゃねぇか)」

 

 こうなれば近寄ってくることもなく、こちらの射程の中に入ることもない。一応ボルボロスの最大射程を考えれば、届きはするが、届いて確実に撃破できる相手ではない。

 

 苛立ちを隠さず、蓄積されていく。

 

 それはエネドラの周囲を回るボルボロスにも現れており、先程より荒れ狂いながら渦巻くそこに近寄ろうと考える人間はいない程。

 

「ぐるぐるやな」

「ぐるぐるすね」

 

 一向に動かない生駒隊、そろそろ飽きてきたのか適当な会話を再度繰り出す。

 

「そういや、食堂に新しいメニュー増えてたで」

「ホンマっすか?」

「おう。マグロナスカレーや」

「うそつけ。なんでカレーに魚が入るんですか」

 

 中身の無い会話を続け、エネドラが動くまで待ち続ける。

 

「いやいやちょっと待て。まず俺の好きなカレーは知っとるやろ?」

「いや知りませんがな」

「ナスカレーや。そんでもって今回増えたカレーはマグロナスカレーや」

 

 したり顔で言う生駒に若干嫌な予感を感じつつも水上が話を聞く。

 

マグロ(・・・)ナス(・・)カレー(・・・)やで、ウマくない訳がな」

「──死ねや!」

 

 地面から大量に突き出してきたエネドラの攻撃を回避する。言葉を折られ少し寂しそうにする生駒を尻目に水上がその場へとメテオラを放つ。爆発が響き、その場を爆風が占拠する。

 

「チッ、気付いたか……? んな訳はねぇ、ただの目くらましだなぁ!」

 

 続けてボルボロスによる攻撃を立て続けに行い、爆風の中を突き抜け家を破壊して回る。次々と破壊されていく街並みの影から、生駒が静かに孤月を構える。

 

「──旋空」

 

 構えに入り、上段から振り下ろす形で維持する。振り始めのタイミングと、振り切りの力のインパクトを合わせなければ生駒の旋空孤月──通称生駒旋空は成功しない。

 

 標的を視界に収め──てはいない。オペレーターに要請し、レーダーをよる位置を目視で確認できるように設定したのだ。これによって壁越しの攻撃が可能、通常であれば射手がよく使う技だが生駒を含む数人の攻撃手がよく好んで使う。

 

 家の向こう側、二つ先の居住ブロックで暴れるエネドラの位置を把握して振り始める。

 

「──孤月」

 

 グワ、と生駒の攻撃が伸びていく。家を半分に断ちながら鋭く伸びていくその攻撃に対しエネドラは──口元を歪め笑った。

 

「それを──待ってたんだよ猿野郎!」

 

 全力で、液体を向かわせる。液体の中を空洞にし、気体になった自身のトリガーを運ぶことで遠くの敵を確実に処理する。これは剣鬼とのトレーニングで発見した新たな戦闘方法で、同じような種類の敵に対し猛威を振るう。

 

 初見でなく、何度も戦った相手にすら刺さる技。

 

 そして──再度エネドラの首が飛んだ。

 

「(んだと!?)」

 

 まだ、生駒旋空は届いていない。自分の視界の目の前、触れる直前くらいの場所にはあるがそれでもまだ刺さってはいない。で、あるならば。一体何が──と飛んだ視界の中で近くに人間がいるのを確認する。

 

 生駒と同じ隊服に身を包んだ、軽そうな男──南沢海。

 

 ニ、と口元を歪め孤月を振り切った構えで硬直するその男をみて、まだ敵がいたのかと油断していたことを認めるエネドラ。慢心はしているが、油断はしていない。それがバトルスタンスのエネドラからしてみれば相手のペースに引き込まれすぎたと猛省する。

 

 ──ならば、とせめて生駒を落とそうと液体を運ぶのを優先する。ついでに自らの身体を液体と化し、その攻撃と共に移動する。後ろに回り込み、確実に殺す。

 

 ──ズバン! と自身の弱点の真横を通過していった狙撃に思わず驚愕を示しつつ急ぎそちらも対策を練る。硬質化したパーツを増加させ、弱点のダミーをいくつも生成する。仮にバレていたとしても、これで一撃で抜かれることはない。

 

 そう考え、攻撃のために意識を切り替えた途端──エネドラの視界を爆発が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──流石蔵っち、ええ威力しとるわ」

「ちょっと巻き込まれた海がどっか飛んでったんすけど?」

「たまにはそんなこともあるで」

 

 完全に煙と瓦礫の中に埋もれたエネドラを、少し離れた場所から見る生駒と水上。

 

「にしても、なんでこいつわざわざ俺たちの方に寄ってきたんすかね」

「わからん。もしかしたら戦闘狂で太刀川さんタイプだったのかもしれん」

 

 当然のように屋根の上に立つ二人。

 

『視覚サーモで見てますけど、動きありませんなぁ。ていうか、これトリオン目視できるようにとかできひん?』

「うわ、なんやそれ。めちゃ便利そうやん」

「一気に流行る──というかカメレオンが死にトリガーになるやん」

「せやな。あかんわ」

 

 あーだこーだ話す三人だが、一応エネドラの動向は常に確認している。

 

「ん? ていうかトリオン反応を見てもらえれば下に潜ってるとかわかるんちゃう?」

「それだ」

「マリオちゃん、ちょっと見てくれ」

『もう確認しとる。じわーって広がってるわ』

「……さっぱりわからん」

 

 抽象的すぎる例えに、いまいち理解ができなかった生駒。

 

「ちょっと図でくれへん? 隅っこでいいから送ってほしい」

『わかった。とりあえず送るで』

 

 生駒の視界に突如マップが広がる。視界の八割を占拠したマップに思わず文句を言う。

 

「いやデカすぎやろ」

『えっ? あっすまんミスったわ』

 

 右下に縮小された図が映り、今見ている視界に大きく黒のモヤのようなものが広がっている。

 

『この靄みたいのがトリオンや』

「なにも見えへんけど」

「というかトリオンって可視化できるん?」

『──あれ、黒ツノって身体液体とかなんかスライムみたいにしてましたよね』

「せや」

『固めたりもしてましたよね』

 

 隠岐が確認するように言う。

 

『じゃあ他にも変化できるんちゃいます? トリオン反応見る限り』

「──成る程、流石モテる男は違うわ」

『別にそんなモテませんて』

 

 広がるトリオンを相手の身体の一部だと考えれば、再度固めることが可能なのは一目瞭然。生駒と水上は二人目を合わせ、一気にその場から走り出した。

 

 それで一番焦ったのは──瓦礫の下で身体を液体に溶かしていたエネドラである。

 

「(──はぁ!? 何でわかったんだ猿共が!)」

 

 彼の作戦はこのまま風に任せて気体状のボルボロスを送り、前線を張る二人を殺して援護を飛ばしてくる連中を消しとばすこと。

 

 それがなぜかバレて逃げられたのである。たまったものではない。

 

「──クソが!」

 

 急いで地上まで出て逃げた先を確認する。もごもごと蠢き、気体は集めきらないまま液体の身体を寄せ集め──そしてその光景を見た。

 

 ──目の前まで迫る大きな大きなトリオンキューブに、同時にいくつも飛んでくる小さめの弾丸。そして百メートルほど離れた場所に立ち、両の手を胸の前で合わせ拝むようなポーズでこちらを見る生駒に本気で殺意を漲らせながらこう誓った。

 

「(──あいつマジで殺す)」

 

 直後、エネドラの身体は爆散した。

 

 

 



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大規模侵攻⑨

 高速で回転し続ける円に、その周回軌道上に現れた剣。辺りを瓦礫と化し、暴風となって回り続ける。

 

「あれ、厄介だな。目で追える速度じゃ無い」

『ならば落とせばいい。『錨』印+『射』印で払い落とす』

「賛成」

 

 目の前を回るオルガノンに、A級の三輪と戦闘した際にコピーした鉛弾(レッドバレット)を用意する。一つで100キロの重さを誇り、相手の動きを阻害する。

 

「──『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)三重(トリプル)

 

 空閑の右腕から、幾つもの黒い小さな弾丸が飛び出す。レプリカが相手の速度を計測、その上で弾を当てるタイミングを計算して確実に当たるように放った。

 

 狙い通りオルガノンの周回軌道、現在放っている四本全ての剣に命中し速度を一気に落とす。

 

「ほう、これは中々……」

 

 だが、特に慌てることもなく冷静に対処する。剣のタイミングをずらし、交互に当て合う事で殆ど全ての鉛弾を斬り落としてしまう。

 

「さっきよりはマシ、ギリギリ見えるかな」

『対応能力も高い。タチカワを斬ったログは解析したが、純粋な剣技がとてつもない。近づくのは悪手だ』

「でも近寄んないとジリ貧。そもそもこの感じだと逃げに徹しても捉えられそう」

 

 グルグル回り続けるオルガノンの射程から少しずつ離れつつ先を探る。

 

「『錨』印でどうにか動きを封じる」

『シノダからは時間を稼いでくれと言われている。無理に倒しに行かなくても問題ないとは思うが』

「でも、ここで倒した方が絶対良い」

 

 向かってる剣を回避して、黒い弾丸を射出する。先程同様レプリカによる計算を行い確実に当たるように調節して放つ。

 

「──同じ手は通じない」

 

 しかし回転スピードをバラバラに変更されて、難なく回避される。

 

「『強』印、三重!」

 

 地面に強化した拳を叩きつけ、瓦礫を巻き上げる。その中に紛れ込み、老人が斬り捨て完全に瓦礫の一部になった家の下まで退避する。

 

「──さて、どうしよっか」

『時間が経てば此方を無差別的に斬ることもしてくるだろう。あまり無いぞ』

「わかってる。近接戦闘では敵わない、中距離の撃ち合いも不利──……ま、あの時よりはマシか。『響』印」

 

 音を反響させ、瓦礫の下の道を探る。窪みが所々に発生している現状、下から奇襲を行うということが可能になっている。ある程度正確に道を把握し、相手の足元付近まで駆ける。

 

「『強』印+『射』印──四重」

 

 地面の下から強化した射撃を通す。ある程度の位置をレプリカの齎らす情報によって把握し、足元から放つ。

 

「ふむ」

 

 オルガノンを自らの身体へ収束させ、剣で防御する。ただの刃であるはずだが、ラービットにすら傷をつける空閑のトリガーで傷一つ付いていない。

 

 驚異的な硬さを誇るオルガノンに内心呆れながら手を緩めることはしない。

 

「『鎖』印──『錨』印+『射』印!」

 

『強』印と共に放った『鎖』印──鎖が伸び、物と物を繋げることが出来る。瓦礫と老人を繋ぎ、視界を塞ぐ。その間に死角から鉛弾を放つ──が。

 

「なかなかいい攻撃ですが、今ひとつ足りない」

 

 平然とした顔でマントで鉛弾を受け止め、マントを斬り落とす。新しくなったマントをヒラヒラ揺らめかせ、杖に手を置きゆらりと待つ。

 

「次はどうくる? また地面から攻撃ですかな。いや、正面から斬り合いでもいいでしょう。私はここで貴方にいて貰えれば結構ですので」

「……ふーん」

 

 地面から出て、再度地表で相対する空閑は老人を見る。

 

 空閑のサイドエフェクト、嘘を見極めるこの力で老人の言葉をよく噛み砕く。嘘は言っていない、ここで時間を稼ぐのが目的なのは正解。ならば、この感じ取れる嫌な気配はなんだろうか。

 

「……どっちにしても、変わらないか」

 

 過去に父親に言われたことを思い出す。相手の力量を見極めて自分でやれることをやる。それができなかった過去の空閑は身体を損傷し、父親は黒トリガーになって空閑を助けた。

 

 では、今はどうか。相手の力量──自分の全てを総合しても勝ち目のない高さ。やれることはあまりない。けれど頼まれたのだ。

 

「やれるやれないじゃない。やるんだ」

 

 未だ無事な五体に満足し、戦意を漲らせる。ここで止めなければ他がない。ならやる。不退転の覚悟を決め、空閑は再度印を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出てこんな」

「出てきませんなぁ」

 

 瓦礫に沈んだエネドラを遠くから見ていた生駒隊──否、B級連合は集合し陣形を組んでいた。

 

 一番近づくのが生駒隊、その後方に荒船隊が控えている。先程まで王子隊も共にいたが、B級下位チームの助太刀に向かったために今は2チームしかいない。

 

「えーと、荒船隊の狙撃と」

「後は蔵っちのサラマンダーやな。普通だったら吹き飛ぶわ」

 

 だが、普通ではないのが今回の相手。エネドラは黒トリガーの使い手であり、アフトクラトルという大国で限りのある黒トリガー使いに抜擢されるのは並大抵のことではないのだ。

 

 ──生駒達からしてみれば知ったことではないが。

 

「お、何か集まり始めた」

「来るんちゃいます?」

 

 瓦礫の下から先程の黒い液体が集まり、一つに固まっていく。ぐねぐね蠢きながら姿を元に戻すそれを見ながら警戒態勢をとる。

 

「──す」

 

 ズズ、と距離が離れた場所に再生し直したエネドラが何かを呟きながら液体をその場で回転させる。ぐるぐる渦巻かせて、その一本を高速で回し続ける。

 

「──殺す」

 

 先程までの攻撃と全く違う速度で放たれた攻撃に対し、ギリギリで回避する。エネドラ本体に荒船隊の援護が入り、的確に関節部を撃ち抜く。だがバランスを崩すことも無くその場に立ち続け、飛び散った液体を一瞬で元に戻す。

 

「あら、なんかめっちゃ怒っとるやん」

「──ぶっ殺す」

 

 暴風のように渦巻き、一瞬で生駒の目の前まで移動してそのまま攻撃を放つ。液体攻撃と織り交ぜて気体化攻撃も放ち、完全に逃げ場をなくす。

 

『トリオンが広がってる!』

「──メテオラ」

 

 水上のメテオラが入り、爆風が生駒とエネドラを包む。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 水上をターゲットにエネドラの攻撃が突き刺さり、飛び上がって回避しようとした水上の右足を切断する。その間にも荒船隊の狙撃は食らっているが全く怯むことなく攻撃を続ける。

 

 水上のカバーに入った生駒に対し、四方八方から刃が飛び出る。後ろから迫る刃に対して──遠距離から狙撃が突き刺さる。

 

「あぁ?」

 

 先程まで自分を執拗に攻撃してきた狙撃が急に精度を上げて攻撃を放ってきた事に違和感を覚える。これだけの芸当ができるのならば、自分の弱点を撃ち抜くことができる筈だ。ならばこれは偶然か、それとも──新手か。

 

「そりゃあ──後者だろうなぁ!」

 

 だが、生駒をここで殺しきるには十分だ。いくらボーダーでトップクラスの剣の腕を持っていても、これだけを相手に捌くのは難しい。それが庇いながらになると尚更。

 

 それ故に──そこに集中してしまった。

 

 

「──はい終わり」

 

 

 カ、と。突如湧き出た声の主がエネドラの硬質化した弱点を斬り裂いた。

 

「──ん、だと……!?」

 

 目の前でこっちを見ながらベイルアウトしていく生駒を尻目に、背後から駆け抜けていった存在を見る。最初に戦った、透明になるちょこまか動く部隊。

 

 

「──気付いてなかったの、本当に間抜けだね」

 

 

 肩まである髪の毛をあげ、後ろ結びのような形で留めている。気だるげな目と、それとは反して闘志を滲ませる動き。最初にエネドラと会敵していた、A級三位風間隊。唯一ベイルアウトせずにずっと戦場でカメレオンを使用しサポートに徹していた──菊地原士郎。

 

「なんでずっと弱点を狙われなかったとか、少しは考えた?」

「──ク、ソがァ……!」

 

 ピシピシとエネドラのトリオン体にヒビが入っていく。

 

 弱点を攻撃されなかったのは、純粋に相手が把握していなかったから。相手の実力が低かったから。考える力がないと思っていたから。

 

 菊地原が透明になって鳴りを潜めたのは、援軍を呼びに行っていたから。──否。全てが伏線、生駒の攻撃も水上のメテオラも王子隊の援護も全て全て──この菊地原の一撃のため。

 

 表情は悪鬼の様に歪み、憎悪は前面に押し出されて殺意が充満している。そんな中菊地原は特に動揺することもなく、片足を失った水上を庇うようにさりげなく前に移動して話す。

 

「液体と固体だけじゃなく、気体にもなれる。万能で弱点が少ない黒トリガーだけど──使い手が残念だね」

「テメェ……いつか、いつか殺してやる……!」

「やってみなよ──そのチャンスが来るかどうかなんて知らないけど」

 

 ド、とエネドラの身体が爆散する。

 

 煙がその場に巻き上がり、一瞬菊地原の姿が飲み込まれるがすぐに晴れる。

 

「いやー、助かったわ」

「囮どうも、まあ僕一人でも大丈夫でしたけど」

「それは流石に無理があるやろ」

 

 水上が片足を引き摺りながら歩く。

 

「──で、こいつどないする?」

「とりあえず本部に連絡します。──え、何ですか」

 

 菊地原が通信を繋げると、オペレーターから割り込みが入る。

 

『トリオン反応、敵黒トリガーの真横──新手!』

「うっそやん」

 

 水上が思わずその場から飛び跳ねる。菊地原はスコーピオンを構え直し、再度戦闘の準備をする。

 

「うえー、めんどくさ……」

 

 ぶつくさ言いながら少し距離を離して耳を澄ませる。

 

 菊地原のサイドエフェクト──強化聴覚。ただひたすらに耳がいいと言うサイドエフェクトで、ボーダーに入るまでは厄介者扱いであった。

 

 聞きたくも無い陰口を聞き、人の秘密を勝手に聞いてしまう。そのせいで風評被害を受けたことは幸い無かったが、人と関わるのを難しく考えるようになってしまった。

 

 けれどボーダーに入隊し、風間に見初められ部隊として戦うようになるにつれて──このサイドエフェクトはいつしか【呪い】から【武器】へと変わっていった。

 

 今はこの力を使うのに躊躇いはない。無意識に鍛えられたその技能を遺憾なく発揮し一つの音も漏らさない様に気を張り詰める。

 

 そして──聞こえてくる声。

 

「──随分手酷くやられたわね、エネドラ」

 

 赤い髪に、ツノを二本生やした女性。パリッと隊服を着こなし、他のメンバーとは違いマントを身につけていない。

 

「チッ……るせーよ。早く回収しろや」

 

 そう言いながら手を差し出すエネドラに、逃してたまるかと寄ろうとする菊地原。

 

 ──しかし、その行動は無駄骨に終わる。

 

「……ごめんなさいね」

「あぁ?」

 

 瞬間、エネドラの腕を黒い棘のようなものが空中に現れ切断した。

 

「……あ゛?」

 

 その確かな痛みと、無くなった感覚の違和感がエネドラを困惑させる。ボトリ、と落ちた腕を女性が拾い上げて待機状態のボルボロスを引き抜く。

 

「──か、カ──あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!?」

 

 左腕で傷口を抑え、その場でのたうち回る。頭を地面に叩きつけ、痛みを我慢する絶叫をあげる。

 

「テメ、テ、てめぇっ……! どういう、事だぁ!」

「悪いけど、こういう作戦なの。──そう、悪いけれど……こういう、作戦なのよ」

「ざ、ざけんなッ! 返しやがれ! 泥の王(ボルボロス)は俺の──」

 

 直後、エネドラの胴体をいくつもの棘を突き刺し致命傷を与える。血を吐き、左腕を女性──ミラに伸ばしながらエネドラは地面に倒れこむ。

 

「ふ……ざけ……ォレの……」

「──さようなら、エネドラ。……昔の貴方なら、どうしてこうなるかわかった筈なのに」

 

 トドメと言わんばかりに再度棘を突き刺し、動かなくなったエネドラから目線を外して最後に、その場から動かなかった菊地原と水上を見て向こう側へと消えていった。

 

「……はぁ、どうしますか」

『とりあえず連絡はこっちで行っておく。何か持ってないか漁った後──念のため本部へと運べ』

「もう死んでますよ、こいつ」

『救護班は動けない。そこは戦地真っ只中だからな。それくらい我慢しろ』

「はいはい、わかりましたよーっと……いつも貧乏くじだなぁ」

 

 ガサゴソと血塗れになったエネドラの死体を漁る。どこか手慣れたその手つきと表情に、嫌そうな雰囲気がありありと表れていた。

 

 

 



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大規模侵攻⑩

「──……そうか。エネドラは予定通りか」

「はい」

 

 薄暗い部屋の中、二人男女が何かを話している。

 

「金の雛鳥が手に入れば、楽になるがな……」

 

 ボソリと呟き、指を額へを当てる。

 

「……俺も出る」

 

 腰を上げ、椅子から立つ。

 

「ミラ、お前はサポートに回れ。それと──よく監視しておけ(・・・・・・・・)

「……はい」

 

 ゲートが開き、その場から男性が消える。その後ろを、女性が歩く。机の上に何かを置き、そのままゲートをくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっほ、よく動くものだ」

 

 オルガノンの高速周回軌道に、接近も難しくなりつつある空閑。どんどん離れていく距離に少し焦りを感じつつも冷静に行動する。

 

「どうしよっかな」

『自分の手札と、相手の持っているモノを比べよう。その上で対抗策を考える』

「いま武器は殆ど見せた。瞬間的な対応力も、総合的な自力も圧倒的に向こうが上。攻める手段も大体防がれたし、そうなると──そういうのとは関係ない、常識の範囲外から攻撃するしかない」

 

 ぐるぐると回転し続けるオルガノンをなんとか回避しつつ、次の手を考える。戦争において、参った許してくれは存在しない。ボーダーの演習では命の取り合いにはならないが、近界民同士の戦いでは常に命の危険があるのだ。

 

 空閑は、そんな戦いをずっと続けてきた。純粋な【殺し合い】に関してはボーダー内部でも相当なモノだろう。

 

 現にこうして圧倒的不利な状況でも、常に思考することを続けている。どこまでも合理的に、その場を解決する手段を理論立てて考える。

 

 ──そんな空閑でも、手詰まりに近い状況。それでも抵抗を続けるのは、自分の後がない事を知っているから。空閑が抜かれれば、戦力が大きく落ちる事になる。

 

 そうなれば負けが決まってしまう。自惚れではなく、黒トリガーというのはそれだけ強力なのだ。

 

「トリガー……歴戦……達人……」

 

 老人の強い、重要な要素を並べていく。相手の情報を並べた上で、レプリカとともにプロファイリングを行なって正確な対策をとる。空閑とレプリカ、二人いるからできる事だ。

 

「不意打ち……無駄。でも虚を突くしかない」

『経験を逆手に取るのがいいだろう。そうはこない、と確実に思うような一手をとる』

「そうはこない──……ひとつだけ思いつくけど、リスクが高い」

 

 ザ、と一旦瓦礫に足をかけ静止する。射程はまだまだ伸びそうだが、なぜかそこで回転を止めるオルガノンに疑問を抱きつつ作戦を練る。

 

「左腕もない。手数があんまりない」

『ならば一撃で決められる選択をするべきだ。射程の中に入る必要がある』

「それはまた厳しい」

 

 オルガノンを縮めて、再度大きく開いてを繰り返す老人を見つつゆっくりと呼吸を整える。

 

「『強』印と、『鎖』印と……後は何だろ」

『速度を生かすのなら『強』印は二回使用するべきだ』

「じゃあそういう事で、後は──隙を伺うくらいか」

 

 よく目を凝らしてみれば、老人の耳元に黒い小さななにかが現れている。ボソボソと何か話しつつ、情報の共有でも行なっているのか口を動かす老人。

 

「──……どうやら、こちら側の目的も着々と進んでいるようですな」

「ふーん……」

 

 睨むように目線を老人へと向け、真偽を確かめる。

 

「レプリカ」

『今確認している──どうやら、アフトクラトルの黒トリガー使いが一人死んだようだ』

「死んだ? ボーダーの人が殺したの?」

『いや、裏切りだそうだ。ワープ使いが殺したらしい』

 

 本当である事を確認し、それを計画の一部と言う老人に何か疑問を抱く。

 

「……なんか、一枚岩じゃないの?」

「我々もトリガー使いとは言え、人間ですから。色んな要素が絡むのは仕方のない事」

「よく言うよ」

 

 再度オルガノンを回し始めた老人に、少しだけ距離を詰める。

 

「『響』印+『強』印──五重」

 

 右手を大きく振りかぶり、老人に向けて勢いをつけて振り下ろす。

 

 ド、と大きな音が響き衝撃波のような物が飛んでいく。速度をつけ、大幅に強化された『音』が暴力的な勢いで老人に直撃する。

 

「ぐ……っ」

 

 顔を庇うように左腕を前面に押し出し、足で踏ん張れるように肩幅程度まで広げる。キ、と不快な音が爆音で耳に響くがそれの耐え暴風のように一瞬で過ぎ去った瞬間に顔を上げ、空閑の様子をみる。

 

 刹那、オルガノンの高速周回を擦り抜け瓦礫が飛んできた。特に焦ることもなく対応して、左腕で払い落とす。

 

「──……どこへ?」

 

 気がつけば空閑の姿は無く、そこには瓦礫の山が残されたままだった。

 

 じ、とその場で回転させながら待つ。

 

「失礼、ミラ殿」

 

 耳付近に開いたワープゲートから、通信を行う。

 

「黒トリガー使いを一人逃したかもしれません。其方側の具合はどうですかな」

『現在追跡中です。残存ラービット十体投入していますが玄界の兵士の抵抗が中々崩せない状態です』

「ふむ……ヒュース殿は?」

『玄界の部隊と交戦中です。ランバネインも手が離せる状態では無く』

「では私が行って斬りましょう。そちらの方が早い」

 

 ツカ、と足を進める。オルガノンの周回軌道を維持したまま進行を始めて、災害と言っても差し支えない被害を生み出していく。

 

「次は誰を斬れば良いのか、それとも──」

 

 ピク、と反応する。何かを感じとり、再度足元へと警戒する。

 

 刹那、手に鎖を巻き付けた空閑が飛んでくる。オルガノンを全て擦り抜け、老人本体へと接近した。円軌道で勢いを増して、強化された足で助走を付け一気に飛び込む。

 

「──『強』印──」

 

 攻撃の準備を整えて、老人へと足を動かす。これだけの速度であれば、ただ強化しただけでも十分トリオン体を破壊することが可能だ。

 

 しかし老人も慌てる事なく、待っていたと言わんばかりに口を歪ませる。

 

「──少々、正直すぎる」

 

 ス──と空閑の視界がズレ、右目と左目の見えてる位相が変わる。その微妙なズレを不愉快に感じながら、空閑のトリオン体が壊れる。

 

 ド、とトリオン体が壊れる時特有の大きな音が鳴り煙が舞う。

 

「ふむ……自棄にしては妙ですな」

 

 違和感を抱きつつ、老人は既にやることは終わったと考え次を考える。

 

 ──そこが唯一の隙となった。

 

「──『強」印」

 

 ブワ、と煙をかき分けて制服姿の空閑が飛び出してくる。指輪からは光が出て、その効果を確かに発揮している。

 

「な──」

 

 生身でトリオン体は破壊できないはず。

 

 老人はそう思い、そこで思考に疑問を抱いた。

 

 本当にそうだろうか。生身だからトリオン体を破壊できないことなどあるのか。いいや、そうとは限らない。

 

 何故なら、生身で自分に肉薄してくる人間を知っているから。

 

 生身でトリオン体を破壊する技術が生まれていても、そう不思議ではない。そういった専用のトリガーがあっても、おかしくはないのだ。

 

 刹那、オルガノンを振ろうとして──ズシンと重さが響く。

 

「あの時の──!」

 

 鉛弾をオルガノンに受け、咄嗟に右手を離す。国宝とすら謳われる黒トリガーを離すのは中々不安感があるが、そんなこと今は言ってる場合ではない。

 

「──く」

 

 身を捻り、空閑の攻撃に対して何とか対応する。胴体を狙ってきた攻撃に対し、左にスライドする事で攻撃地点をずらす。少しのかすり傷程度ならトリオン体は自動で傷を塞ぐが、大きな穴は塞ぐ事ができない。

 

 致命傷になってもおかしくない一撃が来ると考え、その場で全力を出す。

 

「──二重」

 

 空閑の腕が老人に振るわれ、真っ直ぐ胴体部分へと飛んでいく。

 

 ぐんぐん伸びて、老人にも焦りの表情が浮かぶ。しかしそれと同時に口元を歪ませ、左腕を突き出す。

 

 空閑の腕と左腕が接触し、胴体に当たる寸前の所で横に軌道をずらされる。真っ直ぐの攻撃に対して横から適切な妨害を入れられ、空閑の身体ごと軌道が横に向く。

 

 老人の右腕に辛うじて拳を当て、大きなダメージを与えることには成功した。

 

「……ほんと、やるね」

 

 地面に落ち、転がった場所で再度構え直した空閑が言う。

 

「いえいえ、此方もやられると思いました。まさかの手段だ」

「通用してないでしょ」

「まあ、似たような戦法を使う人間がいましてね。正確には生身ですが」

 

 左腕でオルガノンを拾い直し、空閑に近づく。

 

『ユーマ、ここは退け』

「退けない、後がない」

『いいから退くんだ、連絡が入った』

「連絡……?」

 

 既に老人の射程内へと入った空閑が、レプリカの言葉に疑問を抱く。

 

『ユーイチからの伝言だ──今すぐそこを伏せたほうがいい』

 

 瞬間、空閑が頭を下げ地面に伏せる。それを見てヴィザがアクションを起こすより先に──斬撃が横薙ぎに振るわれる。

 

 赤と黒の入り混じった斬撃を左腕に持ったオルガノンで防ぎ、円軌道をその場で復活させる。

 

「──それは見えてる」

 

 しかし、上から飛んできたある人影が空閑を掻っ攫って再度離れる。絶妙にオルガノンを回避しながら後退していくその青い服を身に纏った青年を見ながら次の攻撃に備える。

 

「いやー、遅くなってすまん遊真」

「いいタイミングで来るね、迅さん」

 

 はっはと笑いながら抱えたままだった空閑を地面に下ろす。額にかけたサングラスをつける事はしないまま、手に持った風刃を揺らす。

 

「悪いけど、メガネくんの助けに行ってくれるか。今秀次と加古さんが抑えてるんだけど突破されてもおかしくない状況なんだ」

「ん、今の俺でいいなら」

「遠くから一、二発撃つくらいで十分だよ。ボーダーのA級もなかなか頼りになるから」

「迅さん一人で何とかなる?」

 

 此方に向かいつつ円軌道を伸ばす老人を見ながら、空閑が質問する。空閑とレプリカの二人でかかって腕一本の相手が、果たして迅一人で何とかなるのか──。

 

 迅の腕を疑っているわけではない。未来を読むというその力は、先程のオルガノンを回避した場面で十分理解できた。目に見えないものをまるで見えているかのように動くそれは、空閑には出来ないことだ。

 

「ああ、大丈夫。そもそも一人じゃない(・・・・・・)

 

 ザ、と歩く音が聞こえる。

 

 空閑が後ろを振り向くと、ある人物が歩いてきた。

 

「ナイス攻撃、廻さん(・・・)

「……お前も、な」

 

 白い髪に紅い瞳──赤黒に染まった武器を手に持つ、剣鬼(星見廻)と呼ばれた青年がそこにいた。

 

 

 

 

 

 





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星見廻①

「改めて──俺は実力派エリートの迅悠一。結論から言うと、俺ならアンタの目的を手伝えるよ。廻さん」

 

 そう話してきた何やら胡散臭い男を見る。ズキズキと頭痛がするのを抑え込んで、目の前の男──迅と名乗る奴に話しかける。

 

「なんだ、お前は。お前達は……」

 

 妙に苛立つ。

 

「廻さんの目的──多分だけど、ある人を救いたいんでしょ」

 

 ──この、何もかもを見透かしたような物言いが苛立つ。まるで未来を見ているようで(俺と同じようで)

 

「……黙れ」

 

 もう聞きたくない。これ以上は求めてない。もう、何も求めてない。俺が求めるのは、あの二人だけだから。

 

「ちょっと迅くん……!」

「大丈夫、任せて下さい」

 

 歩いて近づいてくる迅に対し、剣を向ける。

 

「喧しい、殺すぞ。お前なんかに俺の事は──」

「わかるはずない、だろ」

 

 先に言う言葉を潰されて、更に苛立つ。

 

「確かに俺は何もわかってない。何をしてきて、今何を思って、どうやって生きてきたのかは知らない。けどね」

 

「それは今であって、未来はどうなるかわかんないでしょ」

 

 ──思わず、その通りだと思ってしまった。その事が無性に何故だか悔しく、それと同時に納得もした。

 

「貴方も──変えてきた。だからここにいる」

 

 その言葉で、こいつが何を言いたいのかを理解した。

 

 要するに、俺とお前は同じだと伝えたいんだ。

 

 迅は未来を見て、俺は過去に戻る。違いはそこだけで、あとは同じなんだ。

 

「……それがどうした」

 

 俺とお前が一緒だから、どうなる。それが一体何になる。

 

 帰ってこないんだ。あいつらは帰ってこない。俺のやった事は消えないし、無くならない。二人は犠牲になって、俺だけ残って、何になるんだよ。

 

 未来がわかるからってどうなるんだ。

 

 何も変わらなかった。変えれなかった。無力で、悔しくて、悔しくて堪らない。

 

「だからこそ」

 

 そう言って、俺の剣先に近づく。不思議と、腕を動かす気にはならなかった。

 

「俺がこうして、ここに立ってるんだ」

 

 そう言って首筋に剣を当てられたまま、迅が俺の事を見る。その未来を見る目に、何が込められているのか──俺には察する事は出来ない。

 

「──断言する。貴方の目的は、こっちに来れば達成できるよ」

 

 ふざけるな、ぶち殺す──そう思ったところで、ふと思考に疑問が生まれる。

 

 ──待て。そもそもこいつに、俺は何も話してない。

 

 彼女を救いたいとか、彼奴を救いたいとか──そういう事は何も話してない。なのに、何故それが分かるんだ。

 

 よく考えろ。こいつが何を伝える気なのか。

 

 未来で俺が話した? いや、そういう内容で断言するなどとは言わないだろう。嘘でも、そんなバレやすい事は言わない。

 

 もしあるとするならば、どんな可能性だ。カマをかけているだけか? そうして無力化したところで、奪うつもりか。いや、わからない。

 

 何を以てして、俺の事を見たんだ。何を視れば、あいつは答えに辿りつけるんだ。

 

 ──ふと、奴の言葉を思い出す。

 

『ある人を救う』──何故、そう思ったのか。

 

 

 

「……お前が見た場所(未来)に」

 

 

 

 思わず、声を出す。これは、聞いておかなければならないと思ったから。逃してはいけないモノだと、思ってしまったから。

 

 

 

「──彼女は、居たか?」

 

 

 

 そう問うと、迅はニヤリと笑いこう言った。

 

 

 

「──勿論」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……やろっか、廻さん」

 

 ヴィザと戦闘を行っていた少年を何処かに逃がし、俺と迅が代わる。オルガノンを一度納めて此方の様子を窺う姿を警戒しつつ、迅と話す。

 

「片腕無くしてるとは言え、油断するなよ」

「……う、うん。そうだね」

 

 何故かこっちを見て歯切れの悪い回答をする迅に少し疑問を抱きつつ、続けて話す。

 

「恐らくアフトクラトルでも最強格だ。俺も勝率で言えば三割あるかないか、程度だな」

「それはまた、とんでもない相手だな……」

 

 口で話す言葉とは裏腹に、口元を歪ませ仄かに笑いを見せる迅。

 

「どうだ、何か見えたか?」

「ん……うん、成る程」

 

 風刃と呼ばれる黒トリガーを構えて、その武器から斬撃を奔らせる用意をする。俺もそれに倣って、同じように右腕に剣を持つ。

 

 ──悪いな、後少しだけ付き合ってくれ。そうしたら、今度こそ救って見せるから。

 

 剣にそう祈るように内心想い、構える。

 

「カバーするんで、お願いしても?」

「──任せろ」

 

 未だにオルガノンを展開しないヴィザに一気に接近する。一、二の踏み込みで大きく加速しエネルギーを殺さないように回転する。そのまま振り下ろす形になると、無駄に勢いに対して抵抗することになる。

 

 そのため横薙ぎを行い、出来る限り勢いをそのままにする。

 

 回転の最中、僅かに覗けるヴィザの姿を捉えてその瞬間だけ斬撃を放つ。ピンポイントでヴィザのみを狙うが、おそらく防がれる。だが、それで問題ない。

 

 ──キン! 

 

 鍔迫り合いのような形になり、ヴィザと顔を突き合わせる。

 

「──ふふ」

「何がおかしい」

 

 鍔迫り合いを解除して、蹴り上げる。胴体部分に直撃した俺の蹴りを軽く受け流し、ほぼノーダメージで後ろに後退。その隙を逃さず迅の風刃による援護が入るが──それも回避する。

 

「いえ、いえ……どうにも、こういった場面を迎えると心が躍ってしまいまして。昔からの悪い癖、と言うべきでしょうか」

 

 笑みを深めて言うヴィザにどこか気持ち悪さを感じながら、攻撃の手を緩めない。上段下段回転斬り蹴り突き──ありとあらゆる攻撃手段を取る。

 

「……マジか」

 

 無駄に遠くの声まで聞こえるようになった耳に入る迅の呟きを置き去りにして、お構い無しに斬り続ける。ガキン、とオルガノンによって止められるがそれも後ろに一歩引く事で解決する。

 

「く、くく……ああ、いいですな」

 

 残った左手にオルガノンを持ち、ゆっくりと歩き出す。

 

 ──刹那、首筋に大きく違和感が生じる。ピリつくような不快感が纏わりつき、身体が反応する。考えるより先に動いた身体に感謝を示す暇もなく、残光が迸る。

 

 急いでその場で飛び跳ね、迅のいる場所まで下がる。

 

「……近頃はどうにも、この感覚が薄かった。殺すか殺されるか、自らの生命を賭け金に剣戟というギャンブルに全てを賭ける。その刹那の快楽を愉しみ、勝利したその暁に興奮を覚える」

 

 一旦真顔で静止し、口元を僅かに歪める。

 

「やはり、こうでなくては。戦いとは、こうでなければ」

 

 嬉しそうに顔を歪めて歩み寄ってくるヴィザに若干の嫌悪感を抱きつつ、迅と作戦を練る。

 

「ねぇ廻さん、あの人ヤバくない?」

「色々と、な。それよりどうする、恐らく──さっきよりも格段にギアを上げてきているぞ」

 

 ゆらり、とヴィザの周辺に揺らぎを視る。

 

「ん……そうですね。廻さん、これまで通り、勝ちを描ける戦いをして下さい」

「わかった──任せるぞ」

 

 腰に一度剣を収め、抜刀する。

 

 瞬間的に、爆発のような速さで伸びる斬撃をヴィザに放つ。地面諸共切り裂いて伸びる刹那の斬撃に対し、ヴィザも対応する。

 

 オルガノンを展開、斬撃に対しオルガノンの剣をタイミングよく三回当てる事で逸らされる。反撃と言わんばかりに飛んでくる剣を見て──無視して突き進む。

 

 ドン、と左足で大きく踏み込む。その間にも剣は回ってくるが気にしない。姿勢を低くし、剣を回避するように身を沈める。通り過ぎる寸前で、右足を浮かせる準備をする。ギリギリ頭の上を通過していき、そのタイミングで大きく右足を前に出す。

 

 ドゴン! と大きくクレーターのように足が沈み込み、地面を砕く。その隙を狙って二段俺へと剣が飛んでくるが──後ろから伸びてきた斬撃がそれを防ぐ。一瞬当て、軌道を遅らせる事で俺が踏み込む隙が生まれる。

 

 その隙を見逃さず、再度納刀した剣に手をかけつつ一気に駆ける。

 

 瓦礫を吹き飛ばし、大きく衝撃波の様なものを発生させながら向かう。足を地面にはつけない、勢いを保ち身体が落ちない様に飛ぶと言った方が正しい。

 

 弾丸のように突き抜け、ヴィザを斬るというより叩きつける勢いで剣を振る。ガガガ、と大きく勢いを削りながら地面を滑る俺とヴィザに対して迅の援護が入る。

 

 俺を避けるようにヴィザに突き刺さる風刃だが、当たったように見えてかなり高精度で躱されている。マントで大きく身体の致命傷を避けたヴィザが再度オルガノンを巻き戻し当てようとしてくるが──それは当たらない。ピリつくような感覚が無いから、俺に当たることはない。

 

「勝利した暁に興奮を、なんて言っていたが」

 

 ガキン、とオルガノンが一気に失速する。

 

「何故これが──!」

 

 驚きを露わにするヴィザ。先程まで戦っていた少年が、置いておいた(・・・・・・)トリガー。効果は知らないが、どうやらオルガノンすら失速させる強力なものだったらしい。

 

 迅がそれとなく位置調整を行なっていたのはこれで決めるためか、と一人納得し言葉を続ける。

 

「──お前に勝利は訪れない」

 

 なぜなら、と言葉を区切ってヴィザに剣を振る。胴体ではなく手首を狙って振り切り、ヴィザの力を抑え込む。

 

 

「──俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 

 刹那、ヴィザの身体を数発の斬撃が斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──廻さん!」

 

 最後の一撃と言わんばかりの鋭さで放たれたヴィザの袈裟斬りを受け止め、そのまま流す。こう言った受けの技能も、ヴィザとの戦闘で研ぎ澄まされていった技術。

 

 死に際の不意打ち──何度も何度も食らってきた。今更その程度に負けるわけにはいかない。

 

「く、はは……!」

 

 全身斬られ、トリオンを多く垂れ流すヴィザだがそれでも尚笑っている。

 

 不愉快な笑いだ。ここで、殺してや──

 

 

「避けろ!」

 

 

 ズア、と。

 

 俺の胴体を、砲撃のようなビームが貫いていった。

 

 

 

 

 

 



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星見廻②

──頭痛が響く。

 

「──廻さん!」

 

 ああわかってる、だからそんな大きな声を出すな。響くだろ。先程飛んできた攻撃に合わせて、剣を振る。赤い斬撃が迸って射撃が飛んでくるより先に相手を斬る。

 

「ランバネイン……」

 

 面倒だ。火力の高さと飛び回る面倒さ。

 

 ──だが、もうそんなもの関係ない。

 

「迅」

 

 俺は今、一人じゃないから。

 

「──風刃」

 

 グア、と迅が崩壊した瓦礫を斬りつける。瓦礫を通って斬撃が伝わっていく。

 

 迅の未来視──俺が死ぬ未来を見て、その上で相手の位置を把握する。高等技術どころではない、異常なほどの把握能力がなければ出来ない荒技。

 

 ドン、と大きな特有の爆発音が聞こえ誰かがやられたことを表す。

 

「終わりだ、ヴィザ」

 

 生身のままオルガノンを右腕に抱えたヴィザに剣を突き出す。

 

「……どうやら、その様ですね。我々の目的もまた、失敗したようだ」

 

 気がつくとヴィザの真横に小さな穴が開いていて、それがミラの開けたワープゲート兼通信用の小さなものだとわかる。

 

「……退け。元から、俺とヒュースは置いていくつもりだろ」

「おやおや、それもお見通しですか」

「ハイレインの事だ。確実な手を打ちにくるとは思ってたさ。だからこそ、今回で──……やるしかなかったんだが」

 

 チラ、と迅を横目で見る。目を三のような形に変化させのほほんとしている迅を尻目に、ヴィザに話す。

 

「悪いな。まだ俺は、諦めきれない。いや──諦める必要がなくなった」

「その青年がカギ、という訳ですか……」

「というより、俺も忘れていたが……どうやらここが俺の故郷らしい」

 

 散々暴れたがな、と言葉を付ける。なにもかも覚えていない俺の空虚な記憶にはない俺の故郷。迅と、沢村が言っていた俺の真実。

 

「確かめないといけない。俺の全部、あいつらの全部──そして、救わなきゃならない」

 

 だから、ここでお別れだ。

 

 ヴィザのワープゲートを通じて、ミラにも伝える。声は帰ってこない、ヴィザの真横にゲートが開くだけだ。

 

「──いつか」

 

 それこそ、またいつか──間に合うかはわからない。恨まれるかもしれない。でも、アイツはそんな事気にしないだろう。笑って気にするな、と言ってのけるに違いない。

 

「またいつか、そう遠くない内に」

 

 やってくれるさ、お前の家族が。

 

 ミラでもハイレインでもヴィザでもない何者かへのメッセージを残して、ヴィザを飲み込みゲートは消えていった。

 

「……さて、俺はどうすればいい」

「取り敢えず、武器を取り上げるのは無しの方向で。俺の上司に連絡して玉狛──俺のいる拠点で保護扱いできないか掛け合ってみるよ」

「すまん、助かる。それと──」

「ああ、うん。大丈夫、わかってる」

 

 言わんとすることを理解し、交渉の鍵へとしてくれる。

 

「……晴れたな」

 

 俺たちが来てからずっと曇っていた空は、いつしか晴れていた。眩しい蒼色に、太陽の光が煌めいている。

 

「……やっと、晴れたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィザが消えてから数分、迅と共にある人間を待つ。迅曰く、貴方を最も待ち望んでいた人──らしい。

 

「視えたか」

「それはもう」

 

 肩をすくめておちゃらけて答える迅に、本当にどうにかなったんだなと思う。

 

 俺は、未来なんてわからない。ただ、繰り返しているだけだから。何度も失敗して失敗して失敗して、その果てに首の皮一枚で繋いできたに過ぎない。

 

 あの国でも、アフトクラトルでも、ここでの戦いも。だから俺には、迅の気持ちがわかるようでわからない。けれど、ひとつだけわかる事はある。自分にしかわからないことがある、それを解決しなければならないって言うのは──結構、堪えるものだ。

 

「──……廻」

 

 気がつけば、先を歩いていた迅の横に先ほどの女性が立っている。黒い髪を肩辺りまで伸ばし、セミロングで纏まっている。どこか彼女に似た雰囲気に、思わず懐かしさを感じてしまう。

 

「私は、沢村響子。覚えていますか?」

 

 ──いや、すまない。覚えてない。

 

「…………そっか」

 

 長い沈黙の後に、絞り出すような声が聞こえる。どこか無性に、苛立ちが募る──いや。苛立ちというより、不安感というか。

 

 悪いな、俺には殆ど残ってないんだ。

 

 沢村の顔が少し歪むのを見て、どこか悲しい気持ちになる。

 

 俺の昔の記憶も、いろんなものが抜け落ちてしまった。空虚で哀れで、虚しい存在。それが俺なんだ。

 

「うん」

 

 けど、俺にも大切なものはあったんだ。ずっと心に残ってて、今でもずっとそれを想ってる。

 

「──うん」

 

 だから──それを終わらせた後。俺は、自分のことを知ろうと思う。

 

 それを、手伝ってくれるか? 響子(・・)

 

「──……うん!」

 

 その元気で、儚い笑顔と明るい声に──やはりデジャブを覚える。果たしてそれが彼女なのか◼︎◼︎なのかは、わからないが。

 

 

 

 

 

 そこからしばらく三人で歩いて、会話しながら迅が呼んだ誰かを待つ。車でくる、という話は聞いているがいつまで時間がかかるかとかは聞いていない。そのためどうしても三人でいろんな話をすることになる。

 

「そう、なんだ……」

 

 俺の話がメインになる。別に口外してマズイ内容なんて殆どないから、それなりにストレートに話す。

 

「ああ。一番最初──あの頃は最悪だった。奴隷同然の扱いで戦場に向かって、数少ないトリオンで戦えと強要される。そうしなければ軍人に殺されるし、食料が得られないから自然に死ぬ。そういう環境だった」

 

 懐かしい、最悪の想い出といっても過言ではない記憶を呼び起こしつつ話す。

 

 あの頃は三人いつも一緒だった。今も一緒なのは変わりはないが、そこには大きな変化がある。二人は身を呈して俺を庇って、俺は二人に救われた無能。

 

 最悪だったが──今でも大切な記憶だ。これは、忘れたくない。

 

「……それは、あんまり言わない方がいいかもな」

 

 迅が口に出す。

 

「第一次大規模侵攻──廻さんや、ほかの人達が拐われた四年前の襲撃。あの事件で家族を連れ去られたって人はかなり多くて、今でも生存を待ち望んでいる人がそれなりにいる」

 

 あくまで希望的観測、本当に心のどこかでと言ってからさらに言葉を続ける。

 

「だから、現実の絶望的な話を聞くと──耐えられない人がいるかもしれない」

 

 廻さんには申し訳ないけど、と告げて謝る仕草を見せる。

 

 気にするな、俺のことなんかどうでもいい。俺にとって大事なのは、あいつら二人の事だけなんだ。

 

「……早く、助けたいね」

 

 ああ、早く助けたい。そう願って、生きていたから。

 

 ブロロロ、と独特の音を出しながら車が近づいてくる。かなり足場の悪い瓦礫がそれなりにある道だが、ガタガタ揺れながらも安定性を保って動いている。

 

「来たね」

 

 すぐそこに止まって、運転席から腕を出してくる。

 

「今いくよ、レイジさん。ささ、廻さんもほら」

 

 後ろから押されて、それに逆らわず歩いていく。どうやら沢村は来ないようで、後ろでこっちを見ている。

 

「──また」

 

 また、会える。そう告げてボーダー本部へと向かっていく。

 

 ガチャ、と扉を開いて乗り込むよう仕草を見せる迅。従って乗ると──先客が乗っていた。

 

「……ふん」

 

 頭から角を生やし、まだ若さの残る表情──ヒュース。そうか、やはりお前も残されたんだな。

 

「貴様の裏切りでな。……冗談だ、どちらにせよ俺もお前も置いていかれただろう」

 

 そうだな、俺も同意見だ。

 

「忌々しい。さっさと本国へと帰って阻止せねばならないのに……」

 

 まあ、安心しろよ。そう悪いことにはならないだろうな。

 

「そういう事だ、えーと、ヒュース?」

「気安く呼ぶなっ」

 

 ツン、と窓の外を眺めるヒュースに苦笑いする迅。

 

「とりあえず二人とも、このまま玉狛まで連れて行く。流石に本部に連れて行っちゃうと色々複雑になるからな」

 

 俺はこっちでやることあるからと告げて、迅が扉を閉める。

 

 了解、と言葉を継ぎ俺も外を見る。走り出した車から覗く視界には常に破壊の爪痕が残っており、俺が刻んだ大きな斬撃の痕も残っている。

 

 ……これが故郷、か。

 

 

 未来がどうなるかなんて、分からないモノだ。特に、俺みたいなヤツは。

 

 

 

 

 

 



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星見廻③

 木崎と名乗った男に連れられ、川の上に立つ建物まで連れてこられた。どうやらここが迅や木崎達の拠点──ボーダー玉狛支部、というらしい。

 

 扉を開き、木崎が車を表に止めてくるのを待ってから中に入る。

 

 そして中に入った途端──変なちびっこが居た。

 

「しんいりか……」

「……木崎。なんだこいつは」

 

 キメ顔で呟く子供にヒュースが訳がわからないと言った様子で聞く。大丈夫だ安心しろ、俺も訳がわからん。

 

「こいつは林藤陽太郎──ここの支部長の甥っ子だ」

「よきにはからえ、しんいりたち──あだっ」

 

 木崎のチョップが頭に入り、割と痛そうに悶絶している。いや、というよりなんだその生き物。全身毛皮で包まれたなんか大きい奴の背中に乗っていたことに今気づき、それと同時に見たことのない生物に疑問が湧く。

 

「こいつは雷神丸。カピバラだ」

「……玄界の犬は随分顔がでかいな」

 

 ヒュースが顎に手を当て何か納得したような仕草を見せる。いや、お前はどこに納得したんだ。

 

 ……まぁ、いいか。もう、気を張る必要もない。

 

「まだ二人分の部屋は作ってないから寝床は無いが、まあリビングで寛いでてくれ」

 

 夜までには準備しておくと告げて、そのまま歩いて行く木崎の後ろに俺も付いて行く。

 

「随分警戒心が薄いな」

 

 ヒュースが木崎へと声をかける。それもそうだ、仮にも侵略者で未だトリガーを所持してる奴らへの待遇では無い。

 

「迅が十分だと言ったからな。なら、十分なんだろう」

「……ふん」

 

 ヒュースも別に襲ってやろうなどと考えている訳でもなく、合理的に考えてここで騒ぎを起こす必要がないから大人しい。本国に帰る手段は幾つか残っているが──まあ、十中八九使えないだろう。

 

「さて──ようこそ、玉狛支部へ」

 

 ガチャリと扉を開けると、それなりに広い部屋に出た。机やソファがあって、一つの家庭と言っても遜色ない景観。

 

「支部の連中は皆出張っていてな。ヒュース、だったか。お前とずっと斬り合ってた奴もここの所属だぞ」

「ぐ」

 

 口を変な形に曲げて何か言いたげな表情になった後、横目で俺を見る。なんだ、何か言いたいことがありそうだな。

 

「……別に剣で負けたわけじゃない。貴様と模擬戦をしなくなって久しいから時間を食っただけで、負けてはいない」

 

 唐突に言い訳を始めたヒュースに、思わず少し笑ってしまう。

 

「…………お前が笑うところは、随分久し振りに見た」

 

 そうか? ああ、そうかもな。ずっと、ずっと──……気が狂いそうだった。

 

 静かに、ゆっくりと時間が過ぎて行く。何も進まないまま、解決なんてできないまま。着々と時間だけが過ぎて、タイムリミットが近づいてくるんだ。

 

 気も、狂いたくもなるさ。

 

 それでも──…………進んだんだ。

 

「……そうか」

 

 ああ、そうなんだ。きっと、そうだ。

 

 少し安堵したような表情のヒュースと共に、木崎に寛げと言われたのでお構いなくソファに座る。ヒュースと二人並び、既にトリオン体を解除しているヒュースと元から生身の俺はアフトクラトル特有の服装をしている。

 

「そういえば、ここがお前の故郷だとさっき言っていたな」

 

 ああ、記憶には無いが。

 

 思い出すカケラも、何もない。けど、俺の故郷らしい。

 

「お前を知っている奴も、いたんじゃないのか」

 

 ああ、居たよ。俺の記憶にはない、俺を知っている誰かは。多分、俺が覚えてなきゃいけなかった人も。全部抜け落ちてしまった。でも、俺はそれでもいいんじゃないかと思う。俺は、そんな多くは抱えられないから。

 

 目を細めて、無い腕の傷口を触る。

 

 この腕も、この髪も、この目も、この身体全部──捧げたって、なんの躊躇いもない。一人で生きるのは、辛い。

 

 一応腰から外した剣を手に取り、見つめる。

 

 何を想っているのか、俺にはわからない。どんな感情を抱いていたのか、わからない。恨んでいたのか、羨んでいたのか、憎んでいたのか、愛していたのか……感情っていうのは、難しい。

 

 自分のことすらわからないのに、他人のことなんてわかる筈もないだろ? 

 

「それでも」

 

 木崎が手にマグカップを持って、歩いてくる。

 

「それでも諦めきれなかったから──知りたかったから、走り続けたんだろう」

 

 コト、とソファの前にあった低いテーブルに置く。俺とヒュース、それぞれの前において木崎も俺たちの前に向かい合うように座る。

 

 

「聞かせてくれ。お前の話を──星見」

 

 

 木崎とヒュースに、俺の話をした。覚えている限りの、俺の記憶を。

 

 ヒュースには元々ある程度話していたから、今回話すのはあんまり新鮮ではなかったかもしれない。それでも、時折頷いたり反応を示してくれた。

 

 拐われて、最初の国に行ったらしい事。

 

 最初の国で、この黒トリガーになった奴に出会い──そして、救われた事。

 

 一人で模索し続けて、狂いそうになったところでアフトクラトルに誘拐されて。そこで、ヒュースやミラ──エリンと出会った事。

 

 遠征部隊として動き続け、時に人も殺したという事。

 

 最後に──ここに辿り着いた事。

 

 

「……なる、ほど。それは、大変だったな。とても、こんな言葉じゃ表せないくらい」

 

 木崎が言葉を慎重に発する。こちらを不快な気分にさせないよう、言葉を選んでいることがよくわかる。そういった気遣いが、どこかエリン達に似ていて──少し悲しくなる。

 

 俺は自分で思っていたより、アフトクラトルの連中を大事に思っていたらしい。一部のみだが。

 

「ん、もうこんな時間か」

 

 気がつけば日は暮れて、反射してオレンジに見える太陽の光が窓から差し込む。

 

「迅は夜に帰ってくる。ほかの隊員も、家族や友人と今会ってる途中で夜には帰ってくるだろう」

 

 ソファから立ち上がり、調理場の方へと向かって行く。

 

「今日は俺が飯番だ。口に合うかはわからんが」

 

 そう言って何やら冷蔵庫をガサガサとあさり始める木崎。

 

 ……そう、か。故郷の味、か。隣から浴びるヒュースの視線に、ああ、と頷く。いいんだよ、俺はまだ。一人で先に楽しむ気は無い。

 

「……ふん、協力してやらんこともない。だが、まぁ……いや」

 

 なんでもないと言って、外を眺めるヒュース。ああ、そうだな。なんでもないだろ。

 

 痛いくらい眩しい太陽の光が、日が落ちきるその時までずっと輝いていた。

 

 

 

 

 

「ふーん、アンタがあの星見さん……」

 

 じろじろと、懐疑的な視線ではなく好奇の視線に晒される。

 

 栗色の髪を腰辺りまで伸ばして、所々ハネている髪がある。人によっては生意気とも取れる表情で俺の周りをぐるぐる回る女性。

 

「小南、あんまりジロジロ見るな。悪いな」

 

 小南と呼ばれた女性をずるずる襟を持って引き摺る木崎に気にするなと伝える。

 

「別にとって食ったりしないわよ!」

 

 うがーと暴れる小南に、なんだか懐かしさを感じる。どっちかというとこっちは素の感じがするが。

 

「貴様、案外こっちでは名が知れてるんだな」

 

 そうみたいだな、理由は知らない。

 

「それはおそらく、俺たちだからだな」

 

 木崎が小南を連行し、ついでに食器を運ばせながら言う。

 

「俺と小南、そして迅は今のボーダーという形になるより前に近界民と接触していた事がある。旧ボーダーと呼ばれる、数えれる程度の人数しかいなかった頃の話だ」

 

 そういいながら鍋から料理を皿に盛りつける木崎。

 

「他にもメンバーはいるが……それは割愛する。ボーダーが本格的に姿を現した、あの時。そう、第一次大規模侵攻──つまり、星見が攫われた後。ボーダーは世間に姿を現し、公に隊員を募集した」

 

 コト、と先程と同じように。今度はテーブルと椅子の食事を摂る場所に料理を置いて行く。小南に仕草でちょいちょい、と手招きされたので立ち上がりそっちへ向かう。

 

「一番最初の公募でやって来たのが──沢村さんの世代だった」

「その時に、何でボーダー入ったのか聞いたらね。言ってたのよ」

 

 ──私を救ってくれた人を、いつか救うため。

 

「だから、他にも星見さんのことを知ってる人は居ると思うけど……まあ、そんなに気にしなくていいんじゃない」

 

 木崎がカウンターへ乗せた料理をテキパキテーブルに並べながら、そして座り──俺を見て固まる。

 

「……ちょっと、待ちなさい」

 

 小南が俺に対して制止の声をかけてくる。何かあったのだろうかと考えつつ、とりあえず従っておく。

 

「……ねぇ、もしかしてさ。左手……」

 

 そう言われ、左腕のあるはずの場所でゆらゆら揺れている袖を掴む。これがどうかしたか? 

 

「──すまん。失念していた」

 

 そう言って木崎が急いでスプーンとフォークを渡してくる。ああ、すまん助かる。

 

「……本当にないの?」

 

 小南が恐る恐る左腕のあるはずの袖に手を伸ばしてくる。ヒラヒラと漂う袖にそっと触れて、確かめるように動かす。

 

 ないぞ、どれだけ触っても。

 

「……しょうがないわね。私が食べさせて──」

「ういー、実力派エリート迅悠一ただいま帰宅しました」

 

 バーンと扉を開いて迅が突入してくる。

 

「お、今から夕食?」

「わかってて帰って来たくせに何をいってるんだ」

 

 木崎がため息をつきながら、普通によそって来た新しい料理を別の席に置く。

 

「お、さすがレイジさん。俺のことよくわかってるねー」

 

 そう言いながら、俺の隣の空いていたカウンター席へと座る迅。いただきます、と呑気に言いながら先に口に含む。

 

「ふいー……どう、廻さん。何かあった?」

 

 いや、特に何もない──と言おうとして、その声を遮られた。

 

「ちょっと迅!」

「なんだなんだ」

 

 ドタドタと歩いて迅の元へと行く小南。

 

「アンタわかってて帰って来たでしょ!」

「えー、何のことだよー。食べさせてあげればいいじゃん」

「やっぱり──!」

 

 うがーと暴れながら迅の襟を掴んでグラグラ揺らす小南。

 

「……騒がしいな」

 

 ああ、騒がしいな。けど──いいんじゃないか、こういうのも。

 

「……ふん」

 

 んが、と口を開いて料理を食べるヒュース。普通にモゴモゴ食うあたり、味は気にならないらしい。チラ、と俺のことを見てくる。

 

 それに倣って、俺も口に運ぶ。スプーンでスープを掬って、口の中で転がす。──相変わらずだな、俺も……。決して何も変わったりはしない、か。

 

「どうだ?」

 

 

 ──ああ、美味しいよ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 飯を食い終えて、何とか普通に過ごして少し休んだあと。

 

「ただいま」

 

 白い髪の、小さな少年が入ってきた。いや、見覚えがある。確か──ヴィザと戦っていた奴だ。

 

「よう遊真、長かったな」

「ちょっとオサムと話してた。それで──そっちの人はさっきの?」

 

 ああ。俺は星見廻──と、言うらしい。

 

「……へぇ、そうなんだ。おれは空閑遊真、よろしくねメグルさん」

 

 差し出された手を、取り敢えず握る。右手を出してきてくれたおかげで、こっちも握りやすくて助かった。

 

「レプリカ」

『──お初にお目にかかる。私の名前はレプリカ、ユーマのお目付役兼友人だ」

 

 ふわ、と空閑の腕から出てきた小さなトリオン兵のようなやつを見る。

 

『オルガノンの使い手との戦いの時は助かった』

 

 気にするなよ、あの爺さんはちょっと違うんだ。俺も全然勝ってないからな。

 

 ちょこんと隣に座った空閑に特に何か思うこともなく、俺も特にやることがないので黙る。

 

「そうだ、廻さんと遊真。明日少し時間貰いたいんだけどいいかな」

 

 食事を終え、休んでいた迅が話してくる。俺は特に構わない。

 

「おれも別に大丈夫だけど」

「良かった。実は城戸さんに呼び出され──」

 

 ぶふっと口に含んでいた飲み物を吹き出した小南。木崎も何があったと心配そうに台所から走ってきた。

 

「落ち着け。……迅、いきなり爆弾を打ち込むのはやめろ」

「まあまあ、大丈夫だよ。既に城戸さんには廻さんの事は話してあるから」

 

 のほほんと余裕そうに語る迅に、まぁ余裕なんだろうなと俺も思う。

 

「尋問とかじゃないと思う。俺が辞めさせるけどね」

 

 城戸さんはそんな人じゃないよ、と言いながら欠伸をする。城戸──どんな人物かは知らないが、どうやら評価が二分されているようだ。

 

「遊真が呼ばれた理由は、まぁサイドエフェクト関係だな。悪いけど協力してくれ」

「ん、わかった。明日はよろしくね、メグルさん」

 

 そう言って階段を上っていく空閑。

 

「色々根回しはしてきたから大丈夫、だと思うんだけどなぁ……」

 

 俺は未来がわからない。中途半端に時を刻むことしかできない。けど、もう良いだろう。

 

 救う未来があるんだ。後はそれを掴み取るだけに過ぎない。

 

 ──迅、俺からも手伝って欲しいことがある。頼んでも良いか。

 

 そう告げて、迅の反応を窺う。

 

 一瞬虚を突かれたような顔をして──ニヤリと笑った。

 

 

 

 



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星見廻④

 ──腹に穴が空く。

 

 丸い、何かに穿たれた様な穴。

 

 それにしたって痛みはなく、違和感も感じない。

 

 ──ああ、これは夢か。

 

 いつもの夢、俺の生み出した都合のいい夢だ。

 

『──また来たのか』

 

 ふらりと、唐突に俺の後ろから声が聞こえる。後ろを振り向けば──そこにいるのは赤い髪の男性。

 

 ああ、性懲りも無くまた来たよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日差しが差し込み、太陽の光が俺の顔に当たる。熱と眩しさを感じつつゆっくりと身を起こす。

 

 昨日迅に借りた、青のジャケットと無地のTシャツに着替える。ズボンは適当にジーンズを借りたのでそれでいく。

 

 扉を開き、少し距離のある廊下を歩く。木の軋む音が耳に入り、どうにも心地よく感じる。まるで記憶にはないけれど、身体が覚えているのかもしれない──なんて他愛もないことを考えつつ、階段を降りる。

 

「お、噂の廻くんじゃねーの」

 

 階段を降り切った時に名前を呼ばれ──自覚はあまり無いが、これを自分の名前だと認識するように心がけてる──振り向く。

 

 黒い短髪を逆立て、メガネをかけた男性。

 

「俺は林藤匠──玉狛支部、つまりここの支部長だ」

 

 話は聞いてるよ、と差し出してきた右手を俺も握り返す。

 

「ま、軽く飯でも食って待っててくれ。一応ヒュースは捕虜って形だからそんなに自由には出来ないけど、君は別」

 

 悪いけど、と言葉を付け足す。気にしないさ、俺もヒュースも。

 

 リビングに向かって歩いていく。人気はあまり無いが、かといって閑散とした様子では無い。扉を開き、昨日も見た誰も人のいないリビングへと着く。

 

『──◾︎、大◾︎◾︎……?』

 

 何だろうか、何か──懐かしいような感覚になる。

 

 望郷の地、故郷……いや、そんなのは関係ないだろう。どうにも、少しずつ記憶が混ざっていく感覚がする。誰かと混ざってる訳じゃない、俺の中で──思い出している、のか。

 

 だと、いいな。俺が思い出せているとすれば。

 

「む」

 

 扉を開き、木崎がやってくる。

 

「随分早いな、それにその格好は──迅の服か」

 

 目が覚めてしまったから仕方ない。二度寝するのも面倒だし起きた。

 

「そうか。取り敢えずトーストでも焼くが、食べられないものはあるか?」

 

 いや、特にない。それにトーストならアフトクラトルでも食べてたさ。

 

 

 ──どう、剣鬼。これは味がする? 

 

 ──そう。しない、か。大丈夫、いつかわかるようになるわ。

 

 

 ズキリ、と頭が痛む。

 

 アフトクラトルの記憶──俺が仲間になって、あまり経たない頃。ミラが世話をしてくれてた頃に、俺に気を使って飯を作ってきたことがある。

 

『お前はそれを見捨てたんだ』。──喧しいな、分かってる。その上で、そっちは俺の役目じゃないだろ。

 

 苛立ちが募るが、なんとか抑え込む。クソ、落ち着け。ここにミラはいない、エリンも居ない。大丈夫、別にすぐ死ぬ訳じゃない。

 

「はよー……って早起き、じゃない……」

 

 落ち着け、落ち着け。見捨てた訳じゃない。未来があるから、そっちに賭けたんだ。

 

『随分都合のいい話だな』──うるせぇ。

 

「ちょ、ちょっと! 何してんの!?」

 

 思わず頭を殴ろうとして、小南に腕を止められるが──小南の力では止まらない。額を狙った一撃が、狙いがずれて鼻に直撃する。ブバ、と血管が切れたのか勢いよく血が噴き出る。

 

 ギリギリ服に直撃しなかった為、それに関しては大丈夫そうだ。

 

「ち、血! レイジさん、包帯と何か、ええと、鼻が折れてるんだけどー!?」

 

 慌てふためく小南に、悪いことをしたと思う。でも気にしなくていい。

 

 ──死ねば元に戻るから(・・・・・・・・・)

 

 ス、と腰につけていた剣に手を置き──引き抜いて、首に突き刺そうとする。だが、今度はがっしりと止められる。

 

「ちょっとちょっと、何してんの」

 

 ……? 何って、巻き戻そうとしただけだが。

 

「いや、えと、あのさ……」

 

 珍しく──まだ出会って数日どころの話ではないが──歯切れ悪く話す迅。よく見れば少し汗をかいていて、どこかから走って来たのか息切れも起こしている。

 

「廻さん。それはもう、やっちゃダメだ」

 

 真剣な表情で俺の腕を掴む迅と、目を合わせる。その未来を視る瞳が、何を写しているのかは知らないが──それは了承できない。

 

 俺には、これしかないんだ。死んで、元に戻るしか。他に方法を知らないんだ。何度も何度も繰り返して、正解を見つける……もう、これしか知らない。

 

「俺も手伝うから、他に何かないか探そう。貴方はもう苦しくないかもしれないけれど、俺達はそうして欲しくない」

「ちょ、ちょっと待って。迅、どういうこと?」

 

 蚊帳の外だった小南と、呼ばれて飛んできた木崎が近づいてくる。

 

「……廻さんは、俺と似たようなサイドエフェクトを持ってる。未来視に近いサイドエフェクトをね」

 

 少し躊躇うような表情で、迅が語る。いや、大丈夫だ。俺が言うよ。

 

 木崎が持ってきてくれた白い布を当て、血を抑える。少し話しづらいが、まぁ仕方ない。

 

 

 俺のサイドエフェクトは──死んだ時点から、ある程度前の地点まで巻き戻る。【死に戻り】のサイドエフェクトだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりがいつだったか──それは覚えていない。

 

 それこそ、一番最初に願っていたことは何だったか。今の俺はもう、覚えてない。彼女を助けて、アイツも助ける。それだけを思って、生きてきたから。

 

 あの国で、戦った。ひたすら戦った。

 

 生き残るために自分で訓練して、死んで、殺して、死んで──何度も何度も、繰り返した。そのうち、死んでも特に感じることが無くなってきた。それが悪いことなのかどうかは知らない。

 

 斬られても、手足が千切れても、首が飛んでも、死なない。死ぬけど、死なない。

 

 それを持って、俺はようやく二人に追い縋れた。何度も救われた。最後に、恩を返せないまま──約束を果たさないまま、二人は……。

 

 迅には言ったが、俺はどうしても救いたい奴が居る。どれだけ俺という存在が希薄になって掠れていっても、これだけは忘れてはいけない大事なこと。

 

 

「──……何か、他に聞きたいことはあるか?」

 

 

 ボーダー本部。少し薄暗くて、広めの部屋。静まり返る空気、何か考えているのかとても静かな空間になっている。

 

 俺の目の前に座る、片目に傷の入った男は額に手を当てて目を瞑ったまま反応がない。林藤も近くに座って腕を組むだけだし、迅も壁に寄りかかって目を瞑っている。

 

「……じゃあまずあたしから」

 

 ス、と端の方に座っていた小南が手を挙げる。

 

「アフトクラトルは、サイドエフェクトの事知ってるの?」

 

 いや、知らない。一人だけ、俺の協力者にそれとなく言及された事はあったが──答えてはいない。

 

「……そう」

 

 玉狛のメンバーは、これから恐らく生活を共にするからという理由で木崎を除き呼ばれている。ボーダー本部に俺がいると、多少良くないものがあるらしい。

 

「……私からも一つ」

 

 目の前に座る、片目に傷を負った男が静かに言う。額に当てていた手を机の上に出し、机の上で手と手を合わせる。

 

「君が星見廻という人物である事は確認した。正真正銘、君はこの世界の住人であった星見廻に違いない──その上でまず、謝罪を。私達が無力であり、間に合わなかった」

 

 静かに頭を下げる傷の男を見て、数秒後に頭をあげる。

 

「そして、君には幾つか選択肢がある。これからの、身の振り方──いや」

 

 目を真っ直ぐ此方に向け、言葉を続ける。

 

「──君の人生についてだ。これから君は、ボーダーの庇護下に入るか改めて戸籍を戻し普通の生活に戻る選択肢がある。仮にボーダーに入るのならば、玉狛で番外隊員として暮らしてもらいたい」

 

 それか、と一瞬だけ目線を下に下げてすぐさま元に戻した男はこう言った。

 

「記憶を消し、全く新たな人物として生きていくかになる」

 

 ──断る。

 

「……理由は、聞かずともわかる。そう言うだろうとは思っていた」

 

 だから、これはあくまで選択肢の一つに過ぎないと言ってから言葉を紡ぐ。

 

「君の目的を達成するのも、ボーダーで無ければ恐らく難しいだろう。我々からしても、君のような有識者が増えるのは望ましい……が」

 

 一旦言葉を区切り、口を閉ざす。

 

「──まぁ、俺たちは基本お前を戦わせる事はないよ。そういう奴を生まないためにいるんだ」

 

 若干影のある雰囲気でそういう林藤。

 

 それならば、此方からも願いがある。既に迅には協力を願っているから、後は組織側での支援が貰えれば実行出来るはずなんだ。

 

「……聞こう」

 

 迅、頼む。

 

「OK──まず、これを見て下さい」

 

 壁から、俺の方へとやってくる。その腰につけた剣のような布で包まれたモノを持ち、林藤の机の上に置く。

 

「廻さんの使用していた武器、さっき言っていた通り──便宜上は黒トリガーと呼びます」

 

 丁寧に気遣って置かれ、俺も安心出来る。たとえ意識がなくたって、もう遅くたって──二人は二人なんだ。

 

「昨日、廻さんと話しまして。先ず、この黒トリガーなんですけど──トリオン体を作成できません」

 

 アレクの言っていた言葉を信じ、それを仮定してこれまで考えてきた。アフトクラトルでは結局、細々と研究を続けることしかできなくて──詳しい解析はできなかった。

 

 だからそれを前提に、そうならどうすればいいかと言うのを考え続けた。

 

 トリオン体を作れるほど、俺はトリオンを持っていなかった。しかし、黒トリガーからトリオンを供給されればまた変わる──筈なんだ。

 

「試しに風刃起動してもらおうと思ったんですけど、適性がなくて起動できませんでした」

 

 迅曰く、「最上さんならそうだろうね」──だそうだ。逆に俺のトリガーを起動することは、玉狛の人間では誰もできなかった。

 

「なので昨日、支部長の了承を得て玉狛のトリガー解析装置と空閑のレプリカ先生に頼んで解析しました。結果──トリオン体換装領域が、既に埋まっていることが判明」

 

 レプリカ先生さまさま、と言って戯けて見せる迅。

 

 作る際に、俺がトリオン体を作るスペースは無いと言っていた。それは、彼女の傷ついた身体を守る為にだ。

 

「つまり、今すぐやれば救える可能性があるって事です」

 

 どうか、俺に力を貸してくれないだろうか。

 

 別の星を攻撃するのに、使ってくれたって構わない。どうしてもと言うのなら、人殺しもやろう。今更、もう何度もやった事だ。

 

 痛みだって感じないから、拷問で喋る事もない。単身送り込んで、殺しきってから回収でも構わない。彼女と、アイツを救ってくれれば──

 

「──何、言ってるの」

 

 言葉を遮り、沢村の声が聞こえる。

 

「そんな事、するわけないでしょ……」

 

 酷く掠れた、絞り出すような声が続く。

 

「もう、散々苦しんできたんだよね。もう、辛い思いはしなくていいよね。なのに──なんで自分から、傷付こうとするの……?」

 

 それしか、残ってないから。

 

 俺が使える道具は、これしかないからだ。

 

 殺して、奪って、欲しいものは取りこぼして──俺は、何もできない。そんな俺が唯一出来るのは、これしかないんだ。

 

「…………っ……」

 

 だから、俺の全部どうにでもなってかまわない。命だって捧げて見せるから──頼むから、コイツらだけは……! 

 

「──まぁ、そんなことは俺がさせないけどね。遊真」

 

 迅が空閑に声をかける。

 

「──嘘は一つも言ってないよ。それこそ、全部ね」

「……つまり、痛みなどを感じないのもか」

「うん」

 

 目の前の傷の男が少し思案する様子を見せる。

 

 これで否定されてしまったら──俺はもう、縋るあても無くなる。それこそ、もう何も。頭痛が響く。心臓付近が軋む。さっさと答えを出してくれと言う思いと、頼むからまだ答えないでくれという思いが相反する。

 

「廻さん」

 

 迅に呼ばれ、振り向く。

 

 

「──大丈夫」

 

 

 ──その後に言葉は、続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の話を承諾しよう。君が望むなら、黒トリガーの解析班を新たに立ち上げて研究を始めることも吝かではない」

 

 思わず、告げられた言葉に目を見開く。

 

「ね、大丈夫でしょ」

「ただし」

 

 迅の言葉に被せるように続けられた言葉を待つ。

 

「──その前に、医者の所へ行ってもらう。これが条件だ」

 

 真っ直ぐ、傷の残る瞳に見つめられ──べつに否定する意味もないので頷く。

 

「……班の立ち上げについてはこれから決める。一先ず、玉狛で過ごしていてくれると助かる。まだ、こう言っては申し訳ないが──本部で受け入れるには準備不足だ」

 

 わかってる。自分が如何にイレギュラーな存在からなんてことは。

 

 ……ありがとう、ございます。

 

 ス、と頭を下げる。

 

 俺は、どうしようもない程弱くて、情けなくて、何時迄も記憶に追い縋る事しかできない半端な無能です。

 

 でも、それでも──助けたい、救いたい──また会いたい人がいる。

 

 本当に、本当に──……ありがとう。

 

「気にしないでくれ。我々は、君のような存在を救うためにある」

「……じゃ、行こっか」

 

 迅に呼ばれ、振り向く。ああ、ありがとう。

 

 どうしてか、歩き出す歩幅は──いつもより、広かった。

 

 

 

 

 

 



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星見廻⑤

 

「ほら、もっとこれ食べなさい。栄養が足りてないのよ栄養が」

 

 小南に言われ、差し入れとして持ってきて貰ったカレーを食べる。……うん、変わらない。美味いよ。

 

「どれ、俺も一口」

「あんたはいつも食べてるでしょーが。これは廻さん(・・・)の分」

 

 いつも通りの様子でつまみ食いしようとしてきた空閑に対して小南がツッコミを入れる。それでも変わらずチャレンジ精神を見せる空閑に折れて少し分ける。

 

 

 三門総合病院。そこで言われた通りに検査を受けた俺は──入院することになった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「い、いやぁ〜……数え役満ですね」

 

 めちゃくちゃ赤色のペンで印を付けられた俺の結果報告書を手に取る迅。

 

 検査終了五秒とか、そういうレベルで速攻決まった。付き添いで来た沢村曰く、医者が目を剥きながら検診してるのは初めて見た──らしい。

 

 最初の血液検査、この時点で大分怪しかった。腕に注射器を刺そうとするが全然刺さらない挙句身体の反射反応すら無かったため怪しまれた。

 

 そして心電図と呼ばれる、へんなテープをつけて異常がないか検査する奴。これで完全に医者がフリーズした。何があったかは聞いてないが、あまり良くない結果であったとだけ後に聞いた。

 

「うーん……まぁ、大丈夫でしょう。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 流石に病死した事はないからどうなるかは知らん。もしかしたら、そのまま死ねるかもしれないな。

 

「いや冗談にもならないですよそれ」

 

 手を横に振って否定を示す迅に、少し笑う。冗談だ、気にするな。

 

「……よく、こんだけ症状あるのに普通に活動してましたね」

 

 全身、至る所に問題があったらしい。別に俺は何も感じてないからな。

 

「脳、かぁ……」

 

 難しい顔で顎に手を当てて何かを考える迅。

 

 まぁ、生きてるんだ。別にいいさ。死んでも、死ななくても──変わらない。何も、何一つな。

 

「……廻さんに、一つ聞きたいことが」

 

 真剣な顔でそう言ってきた迅に、なんだと声を返す。

 

「その、凄い答え辛い事だと思うけど……巻き戻った時。どうしても避けられないことがあって、どうにも出来なかったその瞬間──どう感じました?」

 

 冗談や嫌味で聞いてるわけではない。至極真面目、恐らく──迅も似たような経験があるのだろう。絶対にそれだけは避けたくて、でも、どれだけやっても避けられなくて、それでも諦めきれなくて。

 

 踠いて踠いて足掻いて苦しんで、辛くて惨めで恐ろしくて──でもその恐ろしさは、決して保身や我が身可愛さではないんだ。失うことは、諦める事、手が無いと──もう避けられないと、理解してしまうことが恐ろしい。

 

 俺は、そうだったよ。今でも忘れない、あの地獄のような時。

 

「…………そう、ですよね。うん」

 

 若干躊躇いがちに呟く迅。お前も、似たようなものだろう。

 

 俺たちは同じだ。一人だけ未来が見えて、周りとは差がある。見えてる世界も違うし、意識も違う。目の前に突如現れる災害は、俺たちからしてみれば既知の障害になる。

 

 周りは違和感を感じるだろうし、俺たちは既に見た景色を通り過ぎることになる。この温度差と、自分の感情が噛み合わない。

 

 理解を示して貰えない、いや。誰も理解出来ないんだよ、これは。

 

 だからこそ、俺達は走り続けなきゃいけない。俺達以外に、この視点を得ることの出来る人間は居ないから。そうやって、俺もお前も走ってきた。

 

「です、よね。うん、そうだ。そう──……」

 

 ……風刃は、恩人なんだろ。お前はどんな風に歩いてきたんだ。

 

「え、いや、俺は大丈夫ですよ」

 

 いいから。

 

「……その、なんて言うか」

 

 あまり言い慣れてないのだろう、椅子に座り、両手を絡ませたまま話す。

 

「ボーダーに入る前から見えてて、ずっと他人の未来ばかりわかって。中には、近界に攫われる人も居て。けど、その頃の俺は無力だったから」

 

「俺は、最上さんに会って。色んなことを教えてもらって。……未来が、見えたのに、救えなくて」

 

 震えた声で語る。

 

「だから、ずっと悔やんでて。風刃を、最上さんを手放した時も。本当は苦しくて、離したくなんて無くて。でも、それしかなくて」

 

 ツ──と、一雫落ちる。

 

「俺は、俺は──俺も、ずっと、一緒で……」

 

 ……わかるよ、言いたい事。俺も、お前に救われた。だからわかる。誰にも理解されず、同じ奴が居るなんて思ってなかった。

 多分だけど──俺は、お前がいなかったら死んでいた。だから、俺はお前の力にも出来るだけなりたいと思う。

 

 お前もそう、思うだろ? 

 

「っ…………」

 

 思わず、椅子から立ち上がり窓の外を見る迅。──すると、外から人の気配がする。

 

「──……この空気、私達出ていい空気じゃ無いわね」

「おお、こなみ先輩も空気が読めるんだな」

「いつも読んでるでしょーが! アンタこそ生意気なのよ!」

 

 扉の向こう側から聞こえてくる声に、反応する。

 

「……やられた。読み逃した。くそ、あー……これ絶対弄られる」

 

 迅がこっちを見て、少し赤くなった目元をさする。まぁ、たまにはいいんじゃないのか。俺には、共有することしか出来ない。それを解すのは、あいつらだろ。

 

「……十分、過ぎますよ。本当に」

 

 そう言いながら扉を開けて、小南と空閑を招き入れる。

 

「ゲッ、あ、き、気付いてたの?」

『普通あれだけ大きな声で話せば誰でも気づく。それに、玄界の病院は静かにしなければならない場所だろう』

 

 ふわふわ漂うレプリカと、若干目を逸らしている小南。

 

「ど、どうしたの? 何かあったの?」

「隠すの下手くそだ」

 

 空閑の容赦ない呟きが小南に突き刺さる。

 

「うぐっ……そ、そうだ! 差し入れ作って来たのよ!」

 

 ガサゴソと肩からかけてるトートバッグを漁り、中からタッパを出す。

 

「私の作ったカレー、栄養満点だから……その……ほら。血とか、出してたし、栄養足りないかなって」

 

 若干自信無さげに言う小南に、有難うと伝えて受け取る。……全く、思い出してダメージ食らって、俺も成長しないな。

 

 大丈夫、有り難く貰うよ。きっと、美味いんだろうな。

 

「……ええ!」

 

 隣で見てる空閑の、若干鋭い目線に気がつかないふりをして──小南の作って来た差し入れを貰う。

 

「……差し入れにカレーってあり?」

 

 迅のその言葉には、誰も触れなかった。

 

 

 

 

 

 

「よ、元気してるか」

 

 迅、小南が先に抜けて空閑とレプリカだけ残った俺の病室。仕事を終えたのか、林藤が訪ねて来た。

 

「遊真も来てたのか」

「ども」

 

 キラリと輝かせたような雰囲気で返事を返す空閑。

 

「身体の事は迅から聞いた。アイツが大丈夫って言ってんだから大丈夫だろうし、あんま気にするな」

 

 どうせ死なないだろうし、これまでも同じだったんだ。気にしろ、という方が無理がある。それに──もう、死んだって構わないから。

 

「──いいの?」

 

 空閑が聞いてくる。

 

 ああ、二人が救われるならそれで構わない。俺は、もう十分生きたから。

 

「……でも、そこにメグルさんがいなくていいの?」

 

 ……さぁ、な。欲を言えば、居たいのかな。見て、交ざって、三人で約束を果たしたい。彼女の故郷──そうだ。多分、そうだ。

 

「話の腰を折るようで悪いが、その事について聞きたい事があってな」

 

 先程まで迅の座っていた椅子に座る。

 

「廻の大切な人──その人について」

 

 改めて林藤の事を見返して、その言葉の続きを待つ。

 

「もしかしたら、この世界の出身かもしれない。だから今日は特別なリストを持ってきたんだ。遊真……は、見ても大丈夫だな」

 

 ガサゴソと、手に持っていた袋から大きめのアルバムのようなものを取り出す。これは、一体? 

 

「これは──第一次大規模侵攻、つまり廻の戦いが始まったあの事件で行方不明になった人達の名簿だ」

 

 行方不明者、リスト。つまり、俺の名前も載っていて──彼女が、写ってるかもしれないのか。

 

「まぁ、そういう事。焦らなくていいから、見てもらえると助かる。元に戻す前から分かってれば色々手続きしやすくなるからな」

 

 それだけだよ、と言って眼鏡の位置を調整する。

 

 試しに一ページめくり、どう言う中身になってるか確認する。目次にあいうえお順と、そのページ数が記されている。ペラ、と一枚めくる。

 

『あ』の行に刻まれた文字列と、その写真を見る。

 

 誰も見覚えのない、見たことのない。全く記憶にない顔と名前が続いていく。一日で見通すのは無理そうだ──まぁ、いいか。どうせやる事もないんだ。戦う代わりに見て一日を潰すのも、いいかもしれない。

 

「……ま、出来るだけどこにも持ち出さないでくれ。一応城戸司令の承認は得てるんだけど、無くして良いものじゃないからな」

 

 そして、話は終わったと言わんばかりに別の話を切り出す。

 

「で、どうなんだ実際。その、彼女の方はどうにかなる。黒トリガーを元に戻す方法ってのは見つかったのか?」

 

 そういえば、林藤にも話した事を思いだす。……まぁ、なくはない。可能性として、存在する。ただし、それを実行するのは恐らく現時点では不可能だと言う事実がある。

 

「……マジであんの?」

 

 理論上は出来なくもない──筈だ。もっとトリオン全体の研究と、トリオン器官というあやふやなモノについて理解が進めば自ずと開ける。俺がアフトクラトルで得た最終的な成果はこれになるだろう。

 

「……嘘じゃない、ね」

 

 空閑が呟く。……そうか、お前もそうだったな。

 

「うん。馬鹿やって、親父に助けられた」

 

 何だ、俺も同じだよ。馬鹿やって、助けられて──救われた。どいつもこいつも、黒トリガーなんて物を使ってる連中は……馬鹿だよ。どうしようもない、愚者だ。

 

「そう、か……そうか。なくはないんだな」

 

 あくまで理論上だから、実現は無理だ。だけど、もしこの方向で進めるのなら──何れは。

 

「…………それ、まだあんまり口外しないでくれ。悪いけど、ボーダーも過激派が少数存在するからな。然るべき場所で、然るべき人物にそれを伝える機会をその内作る。だから頼む」

 

 わかった、そうしよう。

 

「……さて、暗い話ばっかりで悪いな。明るい話をしようぜ──て訳で、差し入れだ」

 

 差し出された袋を見る。右腕で受け取って中身を確認する。

 

「むむむ、玄界の病院は入院してる人間に対してかなり適当だな」

『それだけ医療が発達しているのだろう。少しの毒程度ならば問題ないという事だ』

「すごいナチュラルに俺が毒盛ったみたいに思われてないか?」

 

 空閑とレプリカのコメントを聞きつつ、袋を開ける。狐色、と呼ばれていた色に包まれたよくわからない物。

 

「それはな──シュークリームだよ。玄界のデザート、おやつともいう」

 

 ──シュークリームみたいですね……? 

 

 ふと、何か頭の中で思い出す。何処かで、そんな言葉を聞いた気がする。遠いあの日、遠い世界の記憶。

 

 取り出して、食べ──ることはせずに、そのまま戻し冷蔵庫に入れる。すまん、林藤。これはまだ食べれない。

 

「ん、そうか。ゆっくり食べてくれりゃいいし、口に合わないなら俺が持って帰るさ」

 

 そうじゃないんだ。まだ俺はこれを食べるべきじゃない。それだけなんだ。まだ、その時じゃない。

 

「……そうか。よし、遊真。そろそろ時間だから行くぞ」

「そんな時間か。じゃあねメグルさん、また来るよ」

 

 ああ、何もないけどそれでよければ。

 

 手を振り、出て行った二人を見送る。明日から本格的な治療が始まるだが何だか言っていたからり多分そんなに時間を取れ無くなるんだろう。

 

 ペラ、と再度ページをめくる。

 

 シュークリームは、食べるのは決めてるんだ。ああ、思い出した。色々と、一緒に行くんだ。思い出せて良かった。一枚ずつめくっていきながら、過去を思い出す。

 

 灯を消され、夜が更けても──その手を止めることはなかった。

 

 



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星見廻⑥

「──よし。準備オッケーだな」

 

 複数の人間が集まり、白衣のようなものを着ている。男女様々な人数がいて──中には、見知った顔の男もいる。

 

「本当に問題ないな──迅」

「えぇ、これで大丈夫。応急処置と、血液採取だけ行って血液型を調べておきましょう」

 

 迅、悠一。その未来を見通す瞳に何が映っているのかは──誰も、わからない。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 毎日のリハビリ──というより、主に検査ばかりやっている。

 

 聴覚だったり、視覚だったり色覚だったり。身体的な検査も行うし、ありとあらゆるものを検査してる。今日は何やら身体検査──器具を使用して、どれ位の値が出るか測るらしい。

 

 ぐ、と持たされた器具に力を入れる。

 

 バキッ!と言いながら壊れた器具を医者に返し、不良品か?と尋ねておく。何やら白目を剥きながら手に持つ変な形の電子機器に値を入力していく医者。

 

「…………そんな気はしてたわ」

 

 今日もたまたま見舞いに来ていた沢村が付き添いで見てるが──何か悟った目をしている。

 

「ううん、なんでもないの」

 

 そうか。

 

 

 むしゃむしゃと差し入れの果物を食べながら、沢村と話す。

 

 昨日は何があったとか、どんなことをしたとか。簡単にだが、毎日起きたことを思い出すように。

 

「……そうなんだ。迅くんが」

 

 アイツも、苦しんでる。今の俺はそこまで酷い症状は無いが、迅はこれからもずっと戦うんだろう。俺も勿論、戦うさ。もう十分戦ったから、休んでいいわけじゃ無い。

 

 やりたいこと成したいことがあるから戦うんだ。

 

「私も、手伝うからね?」

 

 ああ、頼む。

 

 赤いリンゴ──そう言えば、エネドラの好物だったな。

 

 しゃり、と一口。

 

 散々甘いだのなんだの言って来たが──……ああ、そうだな。これも、美味いんだろうな。

 

 

 沢村も休憩が終わり、ボーダーの仕事へと戻っていった。特別に多く休憩を貰っているから、全然大丈夫だといっていたが──なるほど。

 

 あの指揮官、城戸と言う男性。

 

 裏があると思ったが──多分、それはこっちを害さない程度の裏なんだろうな。俺の黒トリガーの研究も許可する、と言ったのは。それの副産物で、黒トリガーの情報を手に入れる。そんなものだろうか。

 

 俺よりも付き合いの長い迅が何も言っていないんだ。なら大丈夫だろう。

 

 ペラ、と一ページ。一人一人写真を見て、名前を確認する。

 

 ……これは。

 

 名前を見る。ほの行、流し読みをしていたらふと目に付いた名前。黒い髪に、少しやる気のない表情。目付きは程よく柔らかく、瞳も特に異常は見られない。

 

 ──星見、廻。

 

 ……本当に、俺はこの世界に居たんだな。

 

 ページを開いたまま持ち上げて、ベッドから降りる。部屋に備え付けられている洗面台の前に立ち、自分の顔を改めて見る。

 

 痩せこけた頬、鋭い目付き。少し充血の残る瞳に、何より最大の違いは──白い髪の毛。

 

 随分変わってしまった、と自嘲する。これが、俺の歩んできた道だ。何で変化したのか、どうしてこうなったなんてことはどうでもいい。これが、俺が守りたいと思ったものに必死になり──俺が、生きてきた証なんだ。

 

 頬に触れてみるが、感覚がない。これもまた受け入れなければならない物の一つ。トリオン体になれば、また少し違うのだろうか。今は痛みを感じない。けど、急にわかるようになってしまったら俺はどうなるんだろう。

 

 痛みで、悶え苦しむかもしれない。泣き叫ぶかもしれない。やめろと大きな声で訴えるかもしれない。……もう、他の人間と同じ様には戻れない。

 

 けど、まあ。それでいいんじゃないか。

 

 ファイルに収められた過去の俺を見る。確かに、そっちの俺の方が楽しそうではある。けど、俺は今を否定する気はない。

 否定なんてしてしまったら、二人との想い出まで消えてしまうから。それだけは、したくないと思える。

 

「……な、星見廻。お前は、守りきったのか?」

 

 過去──恐らく、戦いが始まったその時。俺は、沢村を助けたらしい。何度も何度も繰り返して、未来を予習した上で。

 

 お前は凄い奴だな。二人を失った俺とは、大違いだ。胸を張れよ、星見廻(過去)今の俺(剣鬼)は、一人で生きていくことも出来ない愚か者だ。

 

 ペラ、とページをめくる。

 

 鏡に映る顔は、少しだけ笑っていた。

 

 

 

 コンコン、とドアがノックされる。

 

「──や」

『失礼する』

 

 空閑とレプリカの二人が入ってきた。なんだかんだ言って、一番見舞いにくるコンビだ。

 

「調子はどう?」

 

 可もなく不可もなし、いつもと変わらない。今は頭痛もしないから、少しずつ快調に向かっているんじゃないか?

 

「ほう、頭痛……ずっとしてたの?」

 

 ああ。恒常的に、突き刺す様な痛みが。他の痛みは感じないのに、その頭痛だけは感じ続けたよ。ずっと、ずっとだ。

 

「……おれはさ、メグルさん」

 

 椅子に座って、話し出す。

 

「……人のウソが分かるんだ。例えば、此間メグルさんが言っていた美味しい、とかね」

 

 こっちを真っ直ぐ見てくる空閑。

 

「メグルさん──味覚も、無いの?」

 

 …………ああ、感じないよ。口に入れた物の味も、感触も。肌に触れた物の温度だって分からないし、それが鋭いのか、柔らかいのか、太いのか細いのかもわからない。

 

 熱も感じられない。何が正常なのかなんて──覚えてすら、ないよ。

 

「……こなみ先輩には、黙っておくね」

 

 ……すまん、助かる。別に人を傷つけたい訳じゃないから。あいつは、いい奴だから。知られたくない。

 

「ん」

 

 静かに、俺が一枚ページをめくる。

 

 ページの右端、ふと目線を通していると──とくん、と心臓が動く音がした。

 

 見覚えのある、いや。黒髪を肩付近まで伸ばし、快活な顔。意志の強そうな目つきに、それでいて幼さと女の子らしさが整った写真。

 

 ………………こ、の子は。

 

 名前を確認する。

 

 ──◼︎から始まる名前、そうか。

 

 こんな、名前だったんだな。

 

「……ちょっと売店行ってくる。レプリカも行こ」

『……ああ、そうしよう』

 

 出て行った二人を気にすることもできず、写真を見続ける。

 

 ──お疲れ様です!

 

 頭の何処かで、何かがガッチリハマった様な音がする。

 

 ──でもお兄さんもですよね?

 

 懐かしい、懐古の感覚が俺の中に出てくる。

 

 ──ごめん、なさい。

 

 ……ああ、俺もだよ。ごめんなさいは、俺の台詞なんだ。

 

 静かに嗚咽を鳴らす。ようやく辿り着けたそこに──涙は、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……メグルさん、本当に苦しんでたんだな」

『メグルは自分を犠牲にして生きてきた。それこそ文字通り、命を捨てながら。果たして最初から痛みを感じなかったのか、その過程で感じなくなっていたのかは定かではないが──それでも』

 

 十分過ぎるほどに、戦っただろう。

 

「ボーダーじゃ数少ない、本当の戦争で戦ってきた人が……大丈夫かな。常識で言えば俺と同じくらいだと思うけど」

『それに関しては、我々がある程度援助すればいい。迅曰く、メグルが居なければ私は居なくなっていたそうだからな』

 

 感謝こそすれど、それを面倒に思うことはないと言うレプリカ。

 

「それもそうだ。て言っても俺もよくわかってないけど」

『……勉強のし直しだ、ユーマ』

 

 口を3の形に変えて歩く空閑。

 

 売店に到着し、飲み物を買っていく。わざわざ味を感じない、と言っている人物に味付きの飲み物を買っていくのは嫌味かと思い水を二本購入。

 

 売店を出て、少し時間を置く。すぐさま帰っては、邪魔になるかもしれないから。感傷に浸り、想い出を探っている最中に他人に邪魔されたくはないだろうとの配慮だった。

 

「……おれも」

 

 ポツリと空閑が呟く。

 

「おれも、もし親父が元に戻ったら──泣くかもな」

 

 色々と、我慢していることはある。だが、空閑遊真は──まだ子供なのだ。

 

 戦争を生き延びて、殺すという技術をひたすら磨いたこの数年間であったが。レプリカと共にいたおかげで、人間らしさと言うものは失わなかった。

 

 ある意味、似ている。空閑も、一歩間違えれば──いや。一歩違えば、同じだっただろう。それだけに、放っておく気にはならないのだ。

 

「お、遊真じゃん」

 

 そんな風に考えながら休憩していた空閑の元に、ある人物が話しかけてくる。

 

「──あれ?迅さん」

「よ」

 

 キラリと顔を輝かせ、当然のようにトリオン体で闊歩している。

 

「見舞い?」

「それもあるけど、他の用事もあってね。それが済んだからこれから廻さんの見舞いにいくとこ」

「だったらいまは行かないほうがいいよ」

 

 目を開き、空閑のことをみる迅。

 

「……なるほど、これはそうだな。俺も一緒にここで休むことにしよう」

 

 未来を見ることで、何があるかを把握する迅。

 

「遊真も結構きてるよな」

「うん、まあね。なんだか放っておく気にはならないんだ」

「……そう、だな。俺もそうだよ」

 

 迅と空閑──互いに黒トリガーの使い手であり、どちらも大切な人が黒トリガーになってしまった共通点を持つ。

 

 迅はいまは正確に言えば違うが、それでも同じだ。サイドエフェクトによって人のウソがわかるようになってしまった空閑と、サイドエフェクトによって未来がわかるようになってしまった迅。

 

 良くも悪くも、トリオンというモノに人生を狂わされた者達。

 

「……廻さんに、言われてさ。聞いただろ?」

「……うん」

 

 自分の苦悩や後悔。懺悔の言葉などいくら言っても飽き足らない。それくらいには、抱えているものが大きすぎる。

 

「俺は、自分で思ってるより──弱い」

 

 普段から、考えないようにしている事だ。考えてしまえば、心が折れてしまうから。出来るだけ考えないように、深く深く奥底へとしまいこんである感情と想い。

 

「あの人は、強い」

「……そうだね。強い人だ」

 

 戦闘力だとか、そういう話ではない。

 

「だからこそ、生きてここまで来れたんだ」

 

 ズズ、と先に購入しておいた缶コーヒーを口に入れる迅。

 

「……目が覚めたら、かな」

「何かあるの?」

「いや、何でもないよ。ただ──ちょっとした企みさ」

 

 缶コーヒーを一気に煽り、その場から立ち上がる。

 

「行こうか、遊真」

「……わかった」

 

 病室へと向かう二人。血の繋がりはない二人だが──まるで兄弟のような親しさを持っていた。

 




次回、最終回です。多分。


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星見廻 終

「はい、じゃあ検査は今日までです。お疲れさまでした……」

 

 ぐ、と拳を握る。身体検査を終えて、最終的な結果を待つだけになった。治療と言う治療はまだ行ってない。治療でどうにかなるのかは知らない。けどまぁ、死にはしないだろう。別に元に戻らなくたって構わない。

 

 コキ、と首の骨が鳴る。

 

 これは途中で医者に聞いただけだが、どうやら脳に異常があるらしい。

 

 脳の異常を主原因として、身体に変化が訪れて半ば突然変異に近い形で表れている。異常に強い筋力に、動体視力が何とかこんとか。

 

 そんな専門的な話はどうでもよくて、同じように聞いていた沢村が引き攣った笑みを浮かべていたのが印象に残っている。

 

「お、もう終わったんですか」

 

 ああ、今日で終わりらしい。治療をするのかどうかは知らない。別にやんなくてもいいけどな。

 

「いや、それは流石に……どうなんだろう」

 

 顎に手を当てて首を捻る迅を尻目に、歩いて行く。

 

 そういえば迅、二人はどうだ? 

 

「ちゃんと玉狛で保管してます。ヒュースのトリガーは適当なロッカーに入れたりしてますけど、流石に金庫に入れてますね」

 

 ちょっと狭いかもしれないけど、と付け足す。いや、大丈夫。多分そんくらいの事に目くじらを立てるような奴らじゃないよ。それに、俺の方が散々な扱いしてる。二人を振り回して殺したりしてるから、恨まれてもしょうがないのは俺だ。

 

「……それは、大丈夫だと思いますよ」

 

 お前のサイドエフェクトが、そう言ってるのか? 

 

「言葉潰さないでくださいよ、はは」

 

 自然と笑みを浮かべる。なんとなく、お前の言う事が分かって来たよ。

 

 病室に戻り、窓を開ける、ふわ、と風が入り込んで髪を靡かせる。……帰って、来たんだな。

 

 彼女とどんな約束をしただろうか。三人で、旅行に行こうなんて話もしたな。なあ、迅。俺はどう見える? 

 

「……どう」

 

 ああ。俺は、人らしく生きてるのか。忘れてたけど、思い出したんだ。もっと、身に気を配れって怒られたのを。お前は無茶をし過ぎだ、もっと他人を頼れって──二人に、いわれたんだ。

 

 長い間、彷徨ってたら──もう、気にもしなくなってたけど。

 

「……そうですね。廻さん、らしいと思いますよ」

 

 ……俺らしい、か。

 

 そうか。なら、いいか。ありがとう。

 

「あくまで俺の印象、ですけどね」

 

 いや、いいんだ。お前の言葉を聞きたかった。

 

 ……早く、動けるようになりたい。こうしてる間にも、時間が迫ってるかもしれない。お前から見て、どうなってる? 

 

「大丈夫です。此間と何も変わってないですよ」

 

 なら、いいんだ。

 

 呼吸を落ち着かせるために、深呼吸を行う。自分で先がわからないのが、こうも苛立たしくなるとは思わなかった。いや、きっと前にも味わってるんだろうな。

 

 落ち着け。もう焦る必要は無いんだ。

 

 コンコン、とドアがノックされる。

 

「やっほ」

「お、沢村さん」

「迅くん来てたんだ」

 

 ボーダーの制服に身を包んだ女性──沢村がやって来た。よう、今日で検査は終わりだよ。

 

「え、もう?」

 

 やけに元気のない医者にさっき言われたよ。もう今日で検査は終わりだってな。まるで疫病神みたいな扱いだ。

 

 大体見舞い客が来てくれるので、常に出しっぱなしになった椅子に腰かける。窓から入り込む風で、左腕の袖がひらひら舞う。

 

 ──やっと、だ。やっと、始められる。

 

「……そう、ですね。俺は今日用事があるので、この辺で」

 

 おう、またな。

 

 そそくさと退出していく迅を見送って、沢村に向き合う。悪いけど、今日も教えてもらっていいか? 昔の、俺の事。

 

 

 

 

「やあやあどうも」

「お、お邪魔します……じゃなくて、失礼します」

 

 珍しく、空閑がレプリカではなく別の人間を連れてきた。メガネをかけた、平凡そうな青年。

 

「こいつはオサム、おれの部隊の暫定隊長です」

「初めまして、三雲修と申します」

 

 ん、どうも。星見廻だ。……そういえばお前、黒トリガー使いだったな。

 

「これから玉狛の配属になるから──というより、玉狛に既にいたんだけど顔合わせる機会が無かったからさ。今日連れてきた」

 

 そうか。これから世話になる──右手を差し出して、握手を求める。忘れていたが、これが挨拶……というより、割とみんなやってるからやってるだけだ。

 

 おずおずと手を伸ばしてきて、掴む。

 

「い、いえっ。僕は別に何も……」

「まーまー。世話になることがたまにあるって迅さんも言ってたし、メグルさん悪い人じゃないし」

 

 ね、と目線を向けてくる空閑。俺が悪いかどうか決めるのは俺じゃない、お前だろ。

 

「……何かレプリカみたいなこと言うね」

 

 ……確かにその節はある。別にいいだろ。それに、当のレプリカはどこに行ったんだ? 

 

「ああ、今日は迅さんが用あるからって連れてったよ」

 

 珍しいな、あいつがレプリカに用があるなんて。

 

「あ、あの。星見さん」

 

 俺と空閑の話に入ってこなかった三雲が話しかけてくる。

 

「迅さんに、貴方が居なかったら僕達の被害が大きくなっていたという話を聞きました。それも含めて、お礼をと思って」

 

 ……俺には自覚が無いから、いいよ。あくまで俺がやったことは、俺がやりたいようにやった結果だ。迅のように常に未来を視て動いてないし、俺は二人の為にしか動いてない。

 

 だから、そういう事を含めて──それは、迅に礼を言うべきだ。お前たちを救ったのは、迅悠一だよ。俺も含めて、な。

 

「……でも、そこまで持ってこれたのはメグルさんがきてくれたからだよ」

 

 まあ、そうとも言う。けど、俺は本当に大したことはしてないよ。でもまあ……そうだな。空閑には世話になってるから、何か困ったことがあったら言ってくれ。

 

 迅程じゃないけど、力を貸すよ。首の斬り方でも教えてやろうか? 

 

「オサムを変な方向に導かないで」

「く、首の斬り方ですか……」

 

 はは、冗談だ。それにしても玉狛の人間はどれくらいいるんだ? この感じだと、俺が知らない奴が後何人か居そうだが。

 

「えーっとね、トリオンが黒トリガー並にあるチカって女の子と、もさもさした男前な烏丸先輩がいるよ」

 

 トリオンが黒トリガー並……それ、ハイレインに狙われなかったか? 

 

「お、ご名答」

 

 やっぱりか。アフトクラトルは神を探して出兵してたからな、失敗していなかったらきっと──……今はなかった。

 

「……アフトクラトルの、神?」

 

 ああ。アフトクラトルはもうマザートリガーが保たない時期まで来てる。次の神候補として、出兵で手に入れる予定だった。手に入らなかった場合は──俺とヒュースを玄界に捨てて、エネドラを処分。

 

 ヒュースの親代わりである、エリンを星の神に据える作戦の筈だ。

 

「ヒュースの、親を……!?」

 

 エリンはトリオンが多いが、どちらかと言うと研究者気質な女だ。俺の、黒トリガーの研究に唯一付き合ってくれた協力者でもある。

 

 でも、まぁ──アイツを救うのは俺じゃない。

 

「……成る程ね。迅さんの言ってた意味がわかったよ」

 

 察しがいいな。そう言うことだ、部隊を組むなら考えときな。

 

 冷蔵庫にしまってある水を取り出す。そういえば二人に何も出していなかったことに気が付き、迅の買ってきたジュースを渡す。

 

 来てもらっといて何も出さないのは申し訳ないからな、ほら。受け取ってくれ。

 

「これはこれはお構いなく」

「あ、すみません」

 

 お構いなくと言いながら普通に受け取る空閑。そう言えば、お前はトリオン体だっけか。

 

「ん、そだよ」

 

 トリオン体って、味覚とか再現出来るのか? 

 

「……うーん。どうなんだろう……おれは最初から味覚があったけど、メグルさんの場合脳の方に異常があるんでしょ? 分かんないな」

 

 そうか。可能性があるだけマシ、かな。ああ、そうだ。未来に可能性があるなんて──こんなに希望が溢れることもない、

 

「……だね、違いない」

 

 俺もお前も──な。

 

 少しだけ、無言の静寂が続く。空閑も、三雲も俺も。窓から注がれる風に身を任せ、穏やかな時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

「やほ、廻さん」

 

 ある日──もう退院も決まり、もうすぐで玉狛へ帰ると言った頃。荷物を纏めていると迅が病室にやってきた。

 

 よう、最近あんまり顔見せなかったな──なんかあったのか? 

 

「んー、まぁあったと言えばあったけどないと言えば無い。そんな感じでしたよ」

 

 ……そうか、お前がそう言うならそうなんだろう。で、今日はなんか用か? 荷造り手伝ってくれるのか? 

 

「それは頼まれなくたってやるよ。今日はちょっと別件でね」

 

 ひょこ、と扉の外から空閑が顔を出す。

 

「メグルさんに、会って欲しい人がいる。ちょっと時間貰ってもいい?」

 

 別に構わないが。外に出るとしたら、医師の許可がいるんじゃないのか? 

 

「大丈夫です、既に許可もらいました。それに外と言っても敷地内なんでもーまんたい」

 

 ぐ、と親指でサムズアップする迅。空閑も後ろからサムズアップしていて、年の離れた兄弟に見えなくもない。お前達は仲が良いな。

 

「まぁ似た者同士ですからね──貴方も含めて」

 

 おっと、これは一本取られたな。

 

 病室を出て、迅から借りてる服に身を包んだまま歩く。敷地内──そんなに広かったか? 

 

「中庭とか、駐車場とかで言えばかなり広いですよ。県庁所在地を除く都市では破格の人口を誇るので、それなり以上には」

 

 県庁所在地が何かはわからないが、とにかく広くてでかいと言うことがわかった。

 

「まぁ、治ったらなんでも出来ますよ。勉強、します?」

 

 いいな。旅行に行こうって、文化に触れようって、決めてるんだ。歌を歌って、うまい飯を食って、満足するまで寝て──そうやって、生きたい。

 

「……出来ますよ、きっと」

 

 そうだな、俺もそう思うよ。

 

 

 歩き続けて数分、結局屋上に来た。

 敷地内どころか、普通に上に来ただけじゃねーか。

 

「まぁまぁ、細かい事は良いんですよ。少し待って貰っても良いですか?」

 

 そのくらい待つさ。それで、俺に会いたいって言ってるのはどんな人なんだ? 

 

「んー……そうですね。真っ直ぐで、綺麗で、元気な人です」

 

 へぇ、彼女みたいだな。

 

「そうですね。とても雰囲気とか似てるんじゃないでしょうか」

 

 お前が言うってことは、相当似てるんだろうな。ひらひらと、風で袖が揺らぐ。……眩しいな。

 

 ドン、と屋上の扉から音が聞こえる。

 

「ごめんごめん、待った!?」

 

 扉をあけて出てきたのは──トリオン体の沢村だった。

 

「いや、ちょうど今来たとこ。そっちはどうですか?」

「こっちも準備オッケーだよ。どうにもあーしたいこーしたいって聞かなくてさー。廻、待たせてごめんね」

 

 いや、べつに構わん。どんな人物か気になるだけだ。

 

「そうですね。そろそろ、来てもらいますか」

「ん、わかった。じゃあ連れてくるね」

 

 そう言って扉をあけて、下に向かっていく沢村。

 

「廻さん」

 

 後ろから迅に話しかけられたので、振り向く。どこかこれまでと違う目線で見られているような気がして、むず痒く感じる。

 

「俺はこう見えて、結構貴方に感謝してるんです」

 

 語る。

 

「大規模侵攻、最初は全滅とかばかり見えてて。実はずっと絶望してました。もう駄目だ、これ以上はどうにも出来ない──そう、思ってました」

 

 けど、と言葉を繋ぐ。

 

「貴方に会って──未来を見て。少しずつ変わっていって……結果、こうなりました。感謝しても、しきれません」

 

 だから、それはお前が必死になった結果だ。俺はもう半ば諦めてて、お前が掬い上げた。努力の、結果だよ。

 

「それでも、です。きっと廻さんが居なかったら──この現在(未来)は無かった。だからこれは──」

 

 恩返しだとでも、思ってください。返しきれない程大きい、恩の。

 

 ガチャリ、と扉が開く。にこやかに屋上に上がってくる沢村と──その傍に、一人の少女。

 

 ──ドクン、と。

 

 心臓が、脈打つ。

 

 迅の言った通り、快活で、真っ直ぐで、綺麗で──……。

 

 笑みを浮かべながら、目の前まで歩いてくる。俺より背が低くて、元気で明るくて、強くて……。

 

 

 

 

 

「──お久しぶりです」

 

 お兄さん、と。笑う彼女の顔は──記憶の中と変わらなくて。

 

 言葉が、出ない。言おうと思ってた言葉も、言いたかった感情も、伝えたかった想いも考えてたのに──吹き飛んだ。

 

 は、腹ペコ……。

 

 なんとか言葉を絞り出す。

 

「何で復活して一言目が腹ペコなんですか!?」

 

 むきーと暴れる彼女の姿に、全く変化が無くて、それも全部俺のせいだと考えて──堪らなく、嬉しい気持ちが湧いてきた。あの頃と、何一つ変わってない。

 

 俺は色々あって、元の俺とは言えないかもしれないけど──彼女は、変わってなかった。

 

 ──視界が歪む。じわりと、液体が溢れだす。

 

 拭っても拭っても止まらなくて、気がつけば呼吸も上手くできない。

 

 ああ、クソ。視界が、うまく見えない。迅の奴、何が恩返しだ。こんな、こんな──……ああ。

 

 言葉を、ゆっくりと紡ぐ。

 

 久し、ぶり。

 

 ──ごめんな、時間、かかっちまった。待たせたよな。

 

 そう言った瞬間、バッと胸に飛び込んでくる。その小さな身体を受け止めて、抱き締め返す。相手を労わるように、優しく。

 

「──名前」

 

 私の名前、と言いながらこちらを上目遣いで見る。

 

「知ってますよね? 花言葉」

 

 ああ、聞いたよ。そうだな、遅すぎるも無いか。

 

 

「はい──廻さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──隠してなんておかないで、教えちゃえば良かったのに」

 

 屋上の扉の中、屋上に廻と少女を残して三人は下がっていた。

 

「感動の再会で、いいだろ? それに結構ギリギリだったんだ」

 

 迅の未来視──見た景色は、廻に言っていた景色とは少し違っていた。少なくとも、そんなに時間は残ってない。彼女の命が消えるまで、そう長い期間は残っていなかった。

 

 だからこそ、レプリカの力を借りボーダーの力を借り──一足先に、戻した。

 

「ね、沢村さん。いい子でしょ?」

「……そうね、凄くいい子。健気だもん」

 

 ここまで運んできた車椅子を見る。まだ自分では満足に動けないくせに、無理をしてでも歩いていった。

 

「……妬けちゃうわね」

 

 沢村が屋上から目を逸らし、下の階へと歩いていく。

 

「諦めるの?」

「──まさか」

 

 迅に向かって振り返り、言い放つ。

 

「私は空気の読める女なの──今邪魔するなんて、出来るわけないでしょ」

「大人の女性だ……」

 

 空閑が脳裏で、昔男だと勘違いした事を根に持ち続けた女性を浮かべる。

 

「それにしても、ロマンチックね。あの子」

「ん……? ああ、名前の事ですか」

 

「そうよ──水木華(みずきはな)。両親が名付けた理由が、ハナミズキにちなんで、だって」

「それはまた……ロマンチックな、親御さんだ」

 

 水木華──ハナミズキ。言葉の意味は、返礼、永続性──そして、私の想いを受け取ってください。

 

「……今日は焼肉にする」

 

 一人歩いていく沢村を見送って、迅と空閑が話す。

 

「傷も塞がってるし、大丈夫。……あの二人はもう、大丈夫さ」

「……そっか、なら安心だな」

 

 真偽がわかる空閑が、迅の言葉に同意する。

 

 

 

 未来を見通す迅の瞳に────

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 






廻の戦いは終わりますが、物語は終わりません。

では、また。



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後日談
玉狛支部


完結二日後で申し訳ないと思っているがモチベが沸くから仕方ない。
フォロワー様に書いていただきました。正直本気で号泣しました。




【挿絵表示】




──お疲れ。ただいま。


「──退院おめでとー!」

 

 パンパァン! と大きな音が響く。

 

 ひらひらと俺に向かって落ちてくるやたらとキラキラ輝く装飾を見つつ、頭の上に乗ってるのを取っていく。

 

「いやー、もう退院。早いものですね!」

 

 玉狛のオペレーターである、宇佐美栞が話しかけてくる。前は奇跡的に出会わなかったが、話には聞いていた。

 

「いやー本当ですね! 退院無事に出来て良かったです」

 

 華が普通の服を着てクラッカーを手に持ってる。あれ、なんでお前がここにいるんだ? ていうかお前まだ退院してないだろ。

 

「ふっ、私がそんなつまらないものに縛られるとでも……?」

 

 せめて治るまでは縛られとけよ。おい迅、どうなってんだ。

 

「どうしてもって言うから仕方なく~~」

「と言うわけで脱獄してきました」

 

 ぶい、とピースする腹ペコ。それで良いのか玉狛支部、まぁいいか。俺もいてくれて嬉しい。

 

 ありがとうな、華。

 

「…………はい」

「これはカウンターが完璧に入りましたね」

 

 なぜか押し黙った華と、それにコメントを付ける迅。

 

「で、今日は結局どうするわけ?」

「折角屋上あるんだし焼肉しようぜ」

 

 迅が親指を立てて、サムズアップをしながら言う。

 

「天気も悪くない、いいんじゃないか。俺は賛成する」

「俺も構いませんよ──廻さんさえ良ければ」

 

 レイジと、烏丸が言う。

 

 俺は別に何でも構わないが、皆がいいって言うならそれにしよう。

 

「ほう……焼肉」

『この間、食文化については調べておいた。動物の肉を焼いて食べる──玄界にしては技術のあまり関与しない、原始的な食事だ』

「あ、じゃあ肉の買い出し行ってきます」

 

 三雲がそう言いつつ立ち上がる。それに対して迅が、まぁまぁと言いながら座らせる。

 

「俺が言い出しっぺで無いと思う?」

「……昨日買い物に行った理由はそれか」

 

 ハァ、とレイジが溜息をつく。

 

「と言うわけで、レイジさんは準備手伝って。京介は俺と一緒に野菜切る。小南は──……あー、休んでて」

「あたしだけなんか雑!」

 

 うがーと噛み付く小南に、どこかで見たような感覚を覚える。なんだ、この……既視感と言うべきか。

 

「……これは……まさか……」

 

 いつの間にか隣に来ていた華がぶつぶつその場で呟く。なんかロクでもないことを考えてそうだったので無視しつつ頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「んもぉー!」

 

 ボサボサになった頭を自分で元に戻す彼女に口元を緩ませて、丁寧に撫でるように髪を直すのを手伝う。最初は自分で手を使っていた華だったが次第に動かすのをやめて、されるがままになる。

 

「…………ん」

 

 ぐい、と頭を押し付けてくる。まるで猫みたいな動作に笑いつつも、撫でる。

 

「……ほら、準備しに行くぞ。小南、悪いけど手伝ってくれ」

「任せなさい! 火起こしは得意よ!」

 

 行くわよと言いながら空閑・三雲をズルズル引っ張る。それを見てどうしようかとオロオロ動く小さな女の子──雨取千佳を眺めて笑う。

 

「じゃあ野菜を──昨日の内に切ったのがあるからそれを先に使おう」

「流石の準備のよさですね」

 

 台所で冷蔵庫を開けて、具材をどんどん出す迅。

 

 ほら、行くぞ。何気来るの初めてだろ? 

 

「んー……あとちょっと……もう少し……」

 

 まるで子供のようにしおらしくなった彼女に微笑んで、撫で続ける。別にいいだろう、少しくらい休んで。

 コテ、と身体から力を抜いて甘えてくるのを受け止めながら──緩やかに時が過ぎるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、このっ……!」

 

 ゆっくりした後、屋上に来てみたが──何やら小南が四脚の入れ物と格闘している。それを少し離れた場所から見守る三雲と雨取。

 一体何をしてるんだと聞こうと思ったが、もう一つの場所で火を起こしてるレイジと空閑がいたのでそっちに向かう。

 

「流石に手慣れてるな」

「昔親父と旅してた時に一通り学んだからね、一応できるよ」

 

 火加減の調節をしながら言う空閑。

 

「メグルさんと──……えーと、ミズキさん?」

「ありがと! うーんと、空閑くんだよね」

 

 ぶんぶんと空閑の手を掴んで振りまくる。

 

「歳近いし敬語とかは必要ないから、よろしくね!」

「空閑遊真です、ヨロシク」

 

 顔をいつものように変化させて返事を返す空閑。

 

 あれ、そういや俺って何歳だっけ……? ふと、疑問に思う。四年前に攫われた、その事だけは覚えてる──というより記憶に再度刻んだと言った方が正しいか。

 

 四年前の事を覚えてないせいで、自分の年齢がわからない。……まあいいか、別に年齢なんて。誕生日という文化があるのは理解したが、それももう覚えてない。

 

「……お前は、こういう景色を待ってたんだな」

 

 レイジが話しかけてくる。空閑と仲良さそうに話す彼女の姿を見て、答える。

 

 その通りだよ。きっと俺は、幸せになって欲しかったんだ。自分に、こんな俺に、どうしようもないほど枯れて薄れた俺に──全てをくれた。

 だから、どれだけ時間をかけてでも救うって決めてる──まだ、終わってないけどな。

 

「……そうか」

 

 二人で、少し離れた場所から見る。

 

 やっとだ。ようやくこうして、得たかった光景を見れた。混ざる混ざらない、俺がいるいないではない。彼女がああして、人間らしく──いや。彼女らしく、快活に生きてる姿を待ってたんだ。

 

「おーす、やってるなぁ」

 

 林藤が、傍に誰かを連れて上がってきた。

 

「……ふん、急に連れ出したと思えばなんだ」

 

 ──……ヒュースか。随分久し振りだな。

 

 フードを取って、顔を見せる。ああ、ヒュースだ。何だお前、まだ玉狛に居たんだな。

 

「お前こそ、生きていたんだな。そう簡単にくたばるとは思ってないが」

 

 ふん、と顔を背けるヒュース。

 

「あれ、廻さん。その人は?」

 

 空閑と戯れていた華が話しかけてくる。こいつは──アフトクラトル、俺が二年間くらい居た国の……同僚? 

 

「一番適切な表現だ」

「へぇー、て言う事は一緒に戦ってたんですね? 私、水木華です。廻さんを守ってくれてありがとうございます!」

「おい、剣鬼。おい。どうにかしろ」

 

 ぶんぶん両腕をしっかり握って振りまくる彼女にヒュースが助けを求めてくる。

 そうだヒュース、その子が俺の言っていた子だよ。どうしても助けたい二人の一人──あの中に、入っていた子だ。

 

「……なるほど。剣鬼」

 

 流石にピタリと止めて離れた彼女を尻目に、ヒュースが俺に言う。

 

「──まあ、あれだ。おめでとう、とでも言っておく」

 

 そう言ってそっぽを向くヒュースに、らしいと思う。ありがとう、お前と──エリンのおかげだ。

 

「その言葉は直接言え。どうせ行くつもりなんだろう?」

 

 ピク、と身体が動く。

 ……まあ、そうだが。現状俺が行ける確率は殆どない。戦う必要が無いと判断されているし、トリオン量もいまは多少マシになったがそれでも優先して戦わせるほど多くない。

 

 俺がアフトクラトルに行けることは、無いんじゃないのか。

 

「それは無いだろう。──あの国には、怪物(ヴィザ翁)がいる」

 

 ヴィザ──アフトクラトル最強の剣士であり黒トリガー使い。死に戻りを駆使してなお、勝率が三割に満たないほどの実力を保有する圧倒的な存在。

 

「あれを抑えるには、少なくとも玄界の兵士で言えば──迅と空閑が最低限黒トリガーを所持しているのが条件になる。他の兵士では何人いても変わらない」

「えーと、そのヴィザって人がどれくらいの人かはわかりませんけど……アフトクラトルって、そんなに強大なんですか?」

「少なくとも、これまで相手してきた国にアフトクラトルより強い国はない。黒トリガーの数も使い手の性能も、圧倒的だ」

 

 だからこそ、と前置きをおいて語る。

 

「お前クラスの実力者は、他にいない。そもそも相性が良すぎるんだ、お前は。隊長の攻撃は生身だから効かない、ミラのワープホールやランバネインの射撃をなぜか回避する、エネドラ──……は、もう居ないか。ボルボロスの攻撃を簡単にへし折る、蝶の盾を真っ二つにする。なんなんだお前は」

 

 改めて言われた言葉に、それもそうだなと思う。でも仕方ない、斬れるのが悪い。

 

「貴様、随分精神性がよくなったようだな……?」

 

 ピキ、と額に青筋を作るヒュース。はは、怒るなよ。

 

「……それは置いておいて。仮にアフトクラトルに行くとすれば──お前は選ばれる。否応なくな」

「アンタあたしにずっと足止めされてたくせに何言ってんのよ」

 

 コツン、とヒュースの脇腹を小南が小突く。

 

「あれはノーカウントだ。久しぶりに剣を扱ったから不慣れであっただけで、今度やれば俺が勝つ」

「ふーん、言うじゃない」

 

 ばちばちと視線で戦意をむき出しにする二人。

 

「おいこら、何やってんの」

 

 迅が上まで上がってきて、ヒュースと小南に声をかける。

 両手が塞がっているため、少し動きづらそうにしている迅から一つ奪う。ほら、運ぶからどこに置けばいいか教えろ。

 

「あー! 私が持ちますから休んでてください!」

「いや水木ちゃんも休んでてね? 今日は実質二人を祝う会だからね?」

 

 レイジがやってきて、俺と華から籠を奪う。山盛りになった野菜と肉をテーブルまで運び、置いて準備を開始する。

 

「肉も来たし、焼き始めるぞ。三雲はこんくらいでいいか」

「いや、多く……い、頂きます」

 

 わりと茶碗に山盛りになってる白米を渡され、困惑しつつ三雲が受け取る。レイジの若い奴は食べろという感情が割と伝わっているのかもしれない。

 

「星見は──……どうする?」

 

 普通でいいよ、普通で。こいつは多分多め。

 

「私は少し多めくらいで十分です」

 

 となりにいる華にもご飯が手渡され、茶碗をよく見てみると黒い花模様が入っている。なんだか似合っていて、頬を緩ませる。飲み物を受け取るために、茶碗をテーブルの上に置く。

 

「全員行き渡った感じ? 飲み物も行ったよね」

 

 迅が確認し、全員へと行き渡ったのを確認する。

 

「ていう訳で──廻さん退院&水木ちゃん復活、おめでとうの焼肉パーティーです。肉は結構あるので、安心して食べてね。それじゃあ──乾杯!」

 

 乾杯──と、声を合わせてグラスを揺らす。キン、と軽く隣にいる彼女とグラスを合わせる。

 

 にぱ、と笑う彼女の顔にどうしようもないほど惹かれ──ああ、まだ全て終わった訳ではないけれど。

 

 よかった──そう、心から思った。

 

 

 

 

 

 

「ほら、食え水木。お前もだ星見」

 

 ぽんぽんと皿に盛られていく大量の野菜と肉を見つつ、少しずつ食べる。変わらず味はしないが、寧ろこれが安定してるまである。

 

「廻さん、これ! 美味しい! で!」

 

 ハグハグと色々食べながら話す腹ペコ。お前はもっと落ち着いて食え。

 

「久し振りの美味しいご飯ですよ!? 元に戻ってから食べたのは病院食ですし……!」

 

 張り切って食べる華に、やっぱり腹ペコが似合ってると思いつつ空閑の方を見る。ホクホク言いながら食べてる空閑も、なんだか何処か似ている雰囲気を感じる。

 

「うま、うま」

『ふむ。鶏肉はしっかり焼かないと食中毒が──と思ったが、ユーマに食中毒は効かないな』

「いや、わかんないよ。トリオン体に効く食中毒もあるかもしれない」

『…………無いだろう』

 

 二人仲良く話す姿に、良かったと思う。

 

 俺がいなかった場合、高確率でレプリカが犠牲になっていたという話を何度か聞いた。俺が足掻いた結果として、二人の人生も楽しいものにできたと思うと──少しだけ、嬉しい。

 

「はい、廻さん」

 

 華が俺になにかを差し出してくる。見てみれば、箸で焼いた肉を摘んで──ふう。食えってか? 

 

「どーぞ!」

 

 あーんと言いながらにこやかに笑う彼女に、まあいいかと思いつつ食べる。変わらず味のなさ、だけれども──ああ。美味い。

 

 美味いよ。こんなに、美味いのは、ああ。

 

「……メグルさん」

 

 空閑が話しかけてくる。いつもと違い、真面目な顔付きで話す。

 

 

良かったね(・・・・・)

 

 

 …………ああ。ああ……! 

 

 美味いよ、本当に……! 

 

 目を抑える。ああクソ、こないだ散々流したのにまだ出てくる、

 

 どれだけ流しても、決して尽きることのない涙が。悲しいからじゃない、嬉しさの涙が。

 

 止まらない。

 

「え、ご、ごめんなさい! 何か変でした!?」

 

 いや、違うんだ。嬉しくて、嬉しくて──……止まらないんだよ。

 

「……ふ、ゆっくり食え。まだまだあるぞ」

 

 ああ、ありがとうレイジ。

 

 目を一拭きして、お返しと言わんばかりに華に肉を食わせる。そら、食べろ食べろ。

 

「あ、ちょっと待っ」

 

 有無を言わさず食べさせる。ああ、全く。玄界の飯は──故郷の飯は、美味いな。もがもがと何か言いながら口を動かす華。

 

「……えへ」

 

 ニヘラっと、口元を両手で押さえてだらしなく笑う。目元が緩みきって、笑っているのが丸わかりな顔。

 

 

 

「………えへへ」

 

 

 

 嬉しくて、嬉しくて堪らない。ああ、そうだよ。

 

 俺もそうだよ、華。

 

 

 

 

 

 

 

 



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いつかの約束①

暫く腹ペコのターンです。
仕方ないね、三十話くらい不在だったからね。
少しは優遇してあげたいし俺が書きたい。


 

 

 ──少女、水木華は腕を組み険しい表情をしていた。

 

 これから戦争に赴く歴戦の兵士の顔つき、漂う血生臭い空気感──そう、彼女に取って紛れも無い戦争。

 

 

『じゃ、じゃあ私がご飯を作ってあげます! そうして美味しいご飯の有り難みって奴をおしえてあげますから!!』

 

 

 そう言うと、口元を軽く笑わせる男性。白い髪が目立つようになってきた、まだ両腕あった頃の──いや。

 あの出来事の、少し前。

 

 たしかに約束した、大切な事。

 

 ふふ、いつか食べさせてあげますよ──彼女の天才性は、遺憾無く発揮された。

 退院してまもなく、とりあえず自分達の身分がまだ確定してないために玉狛支部での生活を余儀なくされ、それ自体は特に問題ない(一緒にあの人がいるから)──が。

 

「…………ま、まあ、最初はこんなもんよ」

「だ、大丈夫! 私も最初そんな感じだったから……」

 

 料理を食べさせてあげるため、もとい花嫁修行の為に料理の師となってくれた玉狛支部の宇佐美と小南が励ましの言葉を告げる。

 だが違う、今私は慰めが欲しいんじゃない。切実に、料理のコツが知りたいのだ。

 

「………流石にこれは食べれないかな」

「……わ、わかってます。これはその、少し失敗しただけです」

 

 炭そのもの──そう言った方が正しい領域にまで焼き焦げたナニかが皿に乗ってるのを見つめながら、そう言い訳を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

「まあまあ、一発目でそうそう出来るものじゃないよ。……ちょっとオーブン間違えたくらいだから」

 

 宇佐美に言われ、呻きながらエプロンの紐を結びなおす。

 きゅ、と軽く締めてそのままテーブルにでーんと腕を伸ばし身をくたりと身体をゆるく撓ませる。

 

「うー……まさか温度設定を間違えるなんて」

 

 オーブンの温度を間違え、本来もっと低い温度でやる筈の物を無事に焦がした。焦がしたというより焼き尽くしたと表現したほうが正しいかもしれない。

 

 はぁ、と息を吐き恐ろしい姿になった元料理、現炭を見る。

 

 そんなすぐ身につくものではないと理解はしていた。理解はしていたが、まさか自分にこんな初歩的なミスをするとは考えてなかった。

 野菜を切ったり、肉を切るのは問題なかった。味付けにも問題はなかった。

 

 割と会心の出来だと思ってた上、ダメージがでかい。

 

「……うぐうう……」

「元気出して、華ちゃん。まだ一回目だからしょうがないよ! 私達もよく見ておけば良かったね」

 

 慰めの言葉が突き刺さる。

 

 腕を机の上で組んで、だらしなく背中を伸ばして顔を埋める。

 

「取り敢えず時間はあるから、次作りましょ。今日の晩ご飯作んないと」

「そだね、そうしよっか。華ちゃんも手伝ってもらえる?」

「うー……はい!」

 

 三人で入るには少し狭い台所だが、全体的に小柄であるためそこまで問題なく入れた。これがレイジ三人であったならキャパシティオーバーであっただろう。

 

「それにしても、本当一途ねー」

 

 小南が野菜を切りながらそう言う。

 

「廻さんに食べさせるため、でしょ?」

「ま、まぁそうです」

 

 なんだろう、改めて言われると少し恥ずかしい。

 漠然とそう感じつつも、別に恥じる事ではないので普通に答える。答えてるつもりである。

 

「前に、約束したんです。いつか食べさせてあげますよって」

 

 今でも鮮明に思い出せる当時の記憶、その中でいくつか約束したことの一つ。

 

「結局練習することも出来ずにああなっちゃったんですけどね〜」

 

 ズン、と空気が沈む。あ、これやっちゃった奴だと華が内心把握するも既に時間は巻き戻らない。時間を巻き戻すことができる人物はいないし、そもそもさせない。

 

「あっ、その、いや、そんな重く捉えなくても大丈夫ですよ!?」

「いや重いわよ!」

 

 華の謎フォローに対し、小南のツッコミが入る。

 恋か愛か──そこは別になんだって構わないが、一人の少女が大切な異性に食事を作る約束をした。そして、互いに快諾した。

 

 だが、練習すら出来ずに死んだ。

 

 重い。重すぎる。改めて言われて華はそう思った。

 

「……でも、仕方ないかもね。少なくとも第一次大規模侵攻で攫われた原因の一つは私達旧ボーダーの戦力不足だもの」

 

 ポツリ、と小南が漏らす。

 第二次大規模侵攻──先日起きたこの事件。被害者は僅か数人のC級隊員が連れていかれただけ。それに対して第一次大規模侵攻は、桁違いの被害である。

 戦力差や技術的な要素を踏まえなくても、大変な差がある。

 

「私達がもっといい方法を思いついていたら──また少し、違ったのかもしれない」

 

 あの時ああすれば、こうすれば──たらればの世界。そんなこと思っても意味ないに決まっているが、それでも思ってしまうものだ。

 

「今が嫌いとか、そう言うわけじゃない。少し思うこともあるのよ」

 

 トントン、とまな板と包丁のリズムに乗って音を奏でながら言う。

 

「……テレビを見て」

 

 呟く。

 

「街中の、おっきなショッピングモールとか……駅前の待ち合わせ場所とか。そういう所で、インタビュー受けてる人を見て」

 

「少し、羨ましいなぁって思っちゃいます」

 

 私も、その場所に居たかった──他に望むものはなくても、普通らしい格好はしたかった。普通の暮らしもしたかった。

 

「もう普通に戻れないのは、分かってるんですけどね。戻るつもりも無いです」

 

 仮に私が元に戻っても、あの人は元に戻れない。

 全てを投げ捨てて生きてきたあの人は、なにかを得る事ももう出来ない。

 

 なのに、自分だけ元に戻ろうなんて──そんな事は、出来ない。

 

 気が付けば止まっていた手に、雫が落ちる。

 

「あ、あはは。すみません、変な空気にしちゃって。ちょっと、顔洗ってきます」

 

 包丁を怪我しないようにシンクの中に放り込み、走る。

 少し大きめに作られたお風呂、洗面台。自分の顔を見て、思わず笑う。

 

 ぐしゃりと歪んだ顔、溢れる涙。ボヤけた視界でも見て取れるソレを指で拭き取る。熱が指に伝わる。

 

 この熱も、あの人は感じ取ることができない。

 

 何から何まで、哀しくなる。憐れみや、そんな安い感情ではない。重くのしかかる、辛い感情。堪えるなんてとても出来ない、貴重な感情。

 

 水を出して、手に当てる。ヒヤリと急に冷たくなり、高ぶった感情に打ち付けるかのように感じる。そのまま顔に水をかけ、ゴシゴシと何回か擦る。

 

 冷静に、冷えた頭で考える。こうも感情を取り乱してしまうのは、やはり前にはなかった。いや、無かったわけじゃない。あったけれど、表に出てくることは無かった。

 

 顔を上げて、改めて見る。前髪が水に濡れて垂れ下がり眉辺りで軽く束になっている。赤く腫れた目をタオルで拭いて、解す。

 はぁー、と息を吐いて呼吸を落ち着かせる。大丈夫、大丈夫。

 

 これから待ってるのは幸せだって。あの人が信じた、迅悠一(あの人)も言っている。

 

 なのに、なのに──……こうも悲しくなるのは、何故なんだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふう、取り敢えずこれで終わり。助かったわ華ちゃん」

「いえいえ、殆ど何もしてませんよ~」

 

 料理中、邪魔になってお団子を軽く纏め上げる形で結んだ髪のままソファに雪崩れ込む。思ったより料理というのは疲れる、というより誰かの為に何かをするというのはやはり疲れる。

 

 たとえそれが大切な人のためだと分かっていても、肉体や精神は疲弊する。

 

 でーんと横になりソファを占拠する。置いてあった煎餅に手を伸ばしバリバリと食べる。やはりおいしいモノは良い。というより食べることはいい。

 

 ふとテレビに目を移し、映る景色を見る。山奥に佇む山荘から街中を一望、通常では見渡すことの出来ない光景。

 いつかの日に、見たいと思った景色。そんなものもあったと思いだす。

 

「ほら華ちゃん詰めて詰めて」

「ぐむうう」

 

 バリバリ煎餅を食べつつ、小南に押されたので身体を丸めて横になる。

 

 こうやって、帰って来た。確かに自分の故郷に帰って来た。

 

 けれど、既に自分の居場所はどこにもなかった。いや、少し違う。

 昔の居場所は、無くなっていた。

 

 あの人は、無い。元々無い場所を失って、過去を投げ捨てて私達に全てを賭けてくれた。だからこそ自分だけ元の場所を得るつもりは無い。

 

 挨拶の一つもする事なく、別れの言葉も無くいなくなってしまった両親に申し訳なく思う。それと同時に、どう思えば良いのだろうと思う。

 

 確実にあの地獄の日々が無ければ、私達が出会うことはなかった。

 

 それだけは確かだ。だからと言って、アレを認めて良いのだろうか。認めたい。だけど、認めるには──何もかも、重すぎる。

 

 元に戻れて、幸せな筈なのに……色々考え込んでしまう。

 

「なーに辛気臭い顔してんのよ」

「わぶっ」

 

 わしゃわしゃと小南に頭を撫でられ、髪が崩れる。

 

「……いいのよ、幸せになって」

「え?」

 

「なにも考えず、幸せになっていいの」

 

 小南の一言が、胸に染み渡る。

 

 幸せになって、いい。

 

 なるほど。

 

「沢山苦労して、頑張って、走り続けて──幸せになれなかったら、それこそ嘘よ」

 

 だから、胸を張って幸せにならないと。

 

「…………そう、ですね」

 

 お腹をさする。

 

 刺された時は、もう食べられなくなるんだなと何処か他人事のように思っていた。神様がもしもいるのなら、性格が悪いと呪うくらいに。

 

「……そうです。幸せに、ならないと」

 

 車の音が聞こえてくる。

 

 ああ、帰って来た。あの人が戻ってきた。

 それなら、飛び切りの笑顔で迎えないと。

 

 むくりと身を起こして、玄関に向かう。さっきまで深刻な事を考えていた癖に、また会えると思うと口が緩む。

 

 ……うん。これが、幸せ。

 

 確かに自分の中で答えを出しつつ、開く扉にドキリとする。

 す、と一度呼吸を整えて声を出す準備をする。半開きになる。扉を開く腕が見える。でもまだあの人じゃない。

 

 チラ、と白い髪が見える。ああ、見えた。けどまだ顔が見えない。

 木崎さんが入ってきて、そして──後ろから続いて入ってきた。言わないと、いや。

 

 

 私が言いたいんだ。

 

 

「──おかえりなさい!」

 

 

 

 




この後、実は迅とレプリカのお陰でトリオン体だった廻くんが華が作ったご飯を食べて味がちゃんとした号泣したりする。
もちろん華も号泣する。


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いつかの約束②

 コツコツと、歩く音が響く。長めの通路に、少し殺風景な光景。近未来的なその壁に囲まれた場所を歩きながら話す。

 

「もう少しで着くよ」

 

 迅の言葉に頷く。

 

 ボーダー本部、その施設内。まだ来るには早いと思ったが、迅曰く「今しかない」と言うので訪れた。

 個人的には何だって良いのだが、どうやら本部で秘密裏に作っていたものが完成したとかなんとか。

 

 まぁ、別に実験体になるくらい構わないがな。一度死んでも、これは死ぬから辞めとけって言えるし。

 

「いや、その、流石にそれは……」

 

 迅の死にそうな顔で言う言葉に笑う。嘘だよ冗談だ。

 

「……信用ならん」

 

 ぶつぶつと言いながら前を歩く迅。これは見えたな、そう思いながら後ろをついて行く。

 

「本当にやりかねないからね」

 

 横を歩く空閑が突っ込んでくる。いや、そんなことは無いぞ。多分。

 

「つまんないウソつくね」

 

 はは、お手上げだ。嘘だよ嘘、多分やんない。華が悲しむからな。

 

「……ごちそーさま?」

 

 言うじゃねーか、この。

 空閑の頭をぐりぐり撫で回す。キラリといつもの顔をしてる空閑の頭がグラグラ揺れる。

 

「おお、揺れる揺れる」

 

 ちょっと楽しくなってきた。右手で空閑の頭をむんずと掴みそのまま持ち上げる。そして──シェイク。ガクガク揺れる空閑の顔が残像を残して飛ぶ。

 

「あががが」

「……何をしている」

 

 コーヒー片手に歩いてきた、背丈の低い童顔の……少年、って感じじゃなさそうだな。

 

「あ、風間さん」

「かざま先輩、どうも」

「全く格好ついてないぞ。これはどういう……?」

 

 風間と呼ばれた青年──迅がさん、とつけているところからおそらく年上だろう。

 迅、俺は何て? 

 

「あー……そうですね。この人は星見廻さん。色々事情があって詳しくは話せないけど──同い年だよ」

 

 どうもヨロシク、星見でも廻でも好きに呼んでくれ。

 

「……全く。また玉狛の策略か──俺は風間蒼也。好きに呼べ」

 

 じゃあ風間で。

 

「で、本部に何しにきたんだ。このメンバー……というより、お前と空閑が一緒にいる時点でだいぶ怪しいぞ」

「えー。なんのことやら」

「全く心外だ」

 

 二人揃って風間の声に対し惚ける。自ら何かありますと自白しているようだが、それが二人らしい。

 俺は連れてこられただけだからな、詳しくは迅に聞いてくれ、

 

「おっと丸投げ。まあそんな難しい話じゃないですよ──サプライズです」

「……怪しいな」

「ウソは言ってないから本気で怪しいと思われてるよ」

 

 随分信用ないじゃないか。ま、お前らしいが。

 

「一片たりとも嬉しくないんですが?」

「これは本当」

 

 真偽チェッカー空閑による厳しい判定。

 よよよと崩れる迅を見つつ、どうせ本当の事は漏らさないんだろうなと思いながら適当に話す。

 

「……まあいい。変な行動して目を付けられないようにしろよ」

 

 そう言いながら歩いていく風間。なんだかまた会いそうな気もするし、手を振って別れる。

 で、サプライズって何だ? 

 

「ゲッ覚えてる」

 

 空閑は嘘とも本当とも言ってないからな。必然的に一番怪しくなる。

 

 キラリと顔を輝かせる空閑。

 

「は、嵌められた……!?」

 

 多分自爆しただけだと思うぞ。

 

 

「着いた着いた。ここだよここ」

 

 ボーダー本部開発室──そう名付けられた部屋の前に到着した。

 先に入っていく迅。横の空閑の顔を見ると、大丈夫そうな顔をしてたので入ることにした。

 

 それなりの数の机と人、モニターが部屋の随所に配備されている。ここら辺の電子的な機器に関しては、見てきた国の中でもトップクラスに発達している。

 

「来たか、迅──空閑と星見も」

 

 少し小さい、丸めの中年が話しかけてくる。ああ、城戸と話した時にそう言えば居たな。

 すまないが名前はなんて言うんだ。特に何も知らされてないから、わからん。

 

「鬼怒田本吉本部開発室長──トリガーとか、そこら辺作ってるところの一番上の人だよ」

「ふん、そのくらい事前に知らせておけ。……そんなに気にはせん。例のヤツだろう。アレは雷蔵が担当している、向こうの部屋だ」

 

 そう言いながら自分の席へと戻っていく鬼怒田。

 こうやって偉い人間と会うなら事前に言ってくれ。名前くらいなら覚えるから。

 

「いやあ、別に大丈夫だよ。鬼怒田さんは礼を欠くと怒るけど廻さんはちょっと特殊だからね」

 

 そこら辺、汲み取ってくれてる。

 なるほどな、ボーダーの人間は随分と優しいものだ。

 ……本当に、何もかも。

 

「……さ、行こっか」

 

 歩く迅の後ろをついて行く。例のヤツ、一体何なのだろうか。トリガー等を作成する部屋……か。

 

 扉の中、少し広い……居住空間と言った方が正しそうな部屋に着く。部屋の中心に、何やら変な機械が置いてある。

 これは……ラッドか? 

 

「それはまあ、関係ないんだけど……すいません、寺島さーん」

 

 迅が名前を呼び、少し待つ。空閑がそこに置かれているラッドをグラグラ揺さぶって遊んでるのを横目に、何のために呼ばれたのか少しだけ考える。

 

 サプライズ、それは果たして俺にとってなのかボーダーにとってなのか。迅の言うことだから、あんまり意地の悪い事ではないだろう。

 

「ほいほい、お待たせ──……何してんの」

「中々ラッドを振り回すチャンスは無いもので」

『ユーマがすまない』

 

 ぽ、といつのまにか空閑から出てきたレプリカが代わりに謝る。

 雷蔵と呼ばれた、少しふくよかな男性。飲み物を飲みながら、片手に何かを持って歩いてきた男性がラッドに近づく。

 

「んー……まあそのままでいいか。星見さんだっけ、俺は寺島雷蔵。チーフエンジニアやってるよ、よろしくね」

 

 ああ、よろしく。

 

 飲み物を机に置いて、差し出された手を掴む。

 

「取り敢えず、本題に入ろっか。そんなゆっくりするようなものでも無いしね」

 

 握手した方では無い手から、何かを見せる。

 これは──……トリガー? 

 

「流石に玉狛で聞いてたかな。そうそう、これがボーダーのトリガー。空閑くんも持ってるでしょ?」

「もちろん」

 

 スチャ、とトリガーをポケットから取り出す空閑。

 

「で、迅に頼まれててね。結論から言うと、星見さん専用のトリガーが完成したから受け取って欲しい」

 

 …………俺の? 

 

「そう」

 

 貴方の、と言いながら手渡ししてくる。手に握る感触はない。いつも通り、何の感覚もしない。

 

「通常の人より廻さんはトリオンが少ないからね。余剰に使うトリオンを削って、ある程度の機能を実装した完全ワンオフ仕様。とは言っても、基本規定内で弄ってるから本部のランク戦にはギリギリ出れるのかな」

 

 俺の、トリガー。

 

 それはつまり、迅。

 

 

 つまりだ。

 

 

「──そゆこと(・・・・)

 

 んだよ、迅……そうならさ。

 

 喉から出そうとした声が引っかかる。

 上手いこと、声が出ない。

 

 早く、言ってくれれば、いいだろうが……っ! 

 

 

「……なるほどね。迅さん、あんまり泣かせようとしないでよ」

「別にわざとやってるわけじゃないですー。そもそも察しが良すぎるんですー」

 

 

 ぎゅ、とトリガーを握る。

 そう言うことか。迅の奴、意地の悪いことをしやがる。お前のせいで、俺に泣き虫のイメージがつくだろうが。

 

「はは、そう言わないで下さいよ。起動方法はわかりますよね」

 

 ああ、わかるよ。このために俺に教えたんだろう、意地悪め。

 

 右腕に持ったトリガーを、ぎゅ、と握る。いつもとは違う大きさ、触れてる感覚の無さがスケールを掴むのを困難にさせるが──その程度、なんのハンデにもならない。

 

 

「──トリガー、オン」

 

 

 自分を構成するものが、変わっていく。

 そう、ありえない感覚。自らを構成するものが、認知できないものから──認知できるものへと。つまり、感じ取れるものに変化する。

 

 足先、地面をしっかりと踏みしめる。感覚。軽く、自分の身体ではないような心地。事実自分の身体とは少し違ったものになっているのだろうが、ここまでわかりやすいとは思わなかった。

 

 いや、俺だからか。俺だけか。過敏になっていく感覚に、少し笑う。

 自分の身体より、作り物の身体の方が感じ取れるのだ。これで笑わない奴が居るか。

 

 肌で触れている服の感覚がわかる。手に握ったトリガーの形がわかる。ああ──なんだこれ。

 

 温もりに包まれて、暖かいという感覚がわかる。身体全体を包み込まれて、もう、覚えてすらいない──初見と言っても過言ではない感覚。

 

 

 ……ああ。成程な。

 

 ああ、成程。全く、はは。

 

 

 涙は、こんなに熱いんだな。クソが、わざわざ設定しやがったな。

 トリオン体に、こんな機能無いだろうが。

 

 

 この野郎、ああもう。

 

 最近、こんな事ばかりだ。喪って、忘れて、取り戻せない物が帰ってくる。驚きと、嬉しさと、戸惑いが混じって自分でもよくわからない。

 

 

「言ったろ? 俺のサイドエフェクトがそう言ってる、ってね」

 

 

 その通りだよ、この野郎。信じてなかったわけじゃないが、こんな早く──綺麗に、救われるなんて。思う訳が無いだろうが。

 

 ぐ、と手に力を込める。握る感覚と、それに伴う痛みがあまり無いのが若干違和感があるが……それは既に通った道だ。痛みの無さと、感覚の薄さには慣れた。

 

 服は、見覚えのあるものを着ている。いや、これは……。

 

「あ、気が付いた? 昔着てた服がこんな感じだったって聞いたけど」

 

 これは、あの頃の。あの時の、最悪だった時に。

 アレクセイに、貰った服。なんで、どうして。

 

「──華ちゃんに聞いた」

 

 ……そう、か。だろうな。これを知ってるのは、俺たち三人しか居ない。あの頃との明確な違いは、ヒラヒラと揺れる左腕。

 

「左腕の分のトリオンを別口に回して、消費量を抑えてる。いきなり増えても戸惑うかと思ってね」

 

 寺島がそう言う。

 けど、そんな事はどうだって良い。これが、最良だ。

 

 俺たちの戦ってきた歴史は残り、傷は残り、そこには無駄ではなかったという証明が残る。決して、無駄な戦いを続けてきたわけではないと。

 

 折れて、尽きかけても──無駄ではなかったのだ。

 

 それが、分かってもらえて。

 途轍もなく、どうしようもない程に──嬉しい。

 

 溢れ続ける熱い液体を指で掬うように拭きながら、嗚咽を漏らさないように少しずつ感情を落ち着かせる。

 

 鳴いて泣いて哭いて──多くの未知に包まれながら、ひたすら感謝を続けた。

 

 

 

 

 

「どうだ、星見。元の感覚……とは少し違うが、取り戻した感覚は」

 

 車の中、運転しているレイジが横から話しかけてくる。

 そうだな、こう……なんとも言えない。喩えられる言葉が多すぎて、でもそんなので表しきれない。

 大きな大きな感情だよ。

 

「そうか、良かったな」

 

 ああ、良かった。これで、お前の飯も味わえる。

 

「……ふ、そうだな。だがまぁ、俺より先に味わってやるべき人がいるだろう」

 

 華、か。勿論分かってるさ。けど、アイツはまだ料理の練習も何もしてないだろ。何作ってくれても、美味いんだろうけど。

 

「素朴な料理の方が味わいたいか?」

 

 そうだな。ぶっちゃけ作ってくれた飯なら何でもいいよ。

 味のするしないは大切だし、美味い不味いも大事だろうけど……それ以上にさ。

 

 仮に華が飯を作ってくれて、それを味わえたら──どれだけ幸せか。

 

 そん時は多分、飯どころじゃなくなっちまうな。

 

「なら、楽しみにしておけ。その時までな」

 

 ああ、そうするよ。

 

 

 

 

 

「──おかえりなさい!」

 

 入り口で出迎えてくれた華が、満面の笑みで言ってくる。

 

 ただいま。

 

「華ちゃーん、盛り付けるから手伝って貰ってもいいー?」

「あ、はーい!」

 

 パタパタと歩いていく華の後ろ姿を見つつ、リビングに向かう。

 

「……もう出来てるんだな」

 

 たしかに、匂いが──ああ。なるほど。

 良い匂いだ。腹の奥底を刺激するような、いい香り。これが食事、料理か。

 

 ……本当に、戻ったんだな。

 

「驚くのはまだ早い。これからもっと、たくさんの事を知るさ」

 

 そうだな。もっと沢山、いろんなことがある。

 全部が、俺にとっては大切なものになると思う。

 

「ふ、その意気だ」

 

 リビングの扉を開き、空気が廊下に流れ込んでくる。

 ふわりと香りが鼻から脳へと突き刺さるように刺激してくる。全身でそれを受け止めつつ、ゆっくりと呼吸をする。

 

 ああ、匂いなんて──もう、遠い記憶にすらない思い出が。

 

 濁流のように雪崩れ込んできて、心地いい。不快な気持ちは無く、そこにあるのは多幸感のみ。

 

「さ、早く食べましょ──ほら華ちゃんはこっち。廻さんはこっち」

 

 小南に言われ、華の隣へと座る。

 えへへと言いながらこっちににこやかに笑う華に思わずこちらも笑い返す。

 

 指で、華の頬を触る。

 

 ふわりと、緩やかに──心地よく滑る。人肌ってのは、こうだったか。驚いたような表情を見せた後、目を細めて続きを促すように顔を動かす華。

 

「はいそこ、イチャイチャするのは後にする。取り敢えずご飯冷めちゃうから、食べるわよ」

 

 おう、それもそうだな。

 ここ数日で改めて慣れた箸を持って、料理に目を向ける。

 

 ──いただきます。

 

 手を合わせることができないから、軽く一礼してから手をつける。

 

 ハンバーグ──たしかそう言う名前だった筈だ。

 あの頃食ってたような、謎の肉ではない。正真正銘動物の、肉。

 

 一つ取って、皿に移す。半分に箸で切ると、中から汁が滲み出てきてより香りを強く漂わせる。

 

 さらに半分にして、口に運ぶ。近づけば近づくほどいい香りが漂ってくるのに対し、嗅ぎたくなるのを我慢して口の中に入れる。

 

 まず始めに、熱を感じた。口内を熱が駆け巡り、一瞬で満たす。

 こんな感覚は、知らない──いや。知っている。

 

 遥か昔、遠い記憶の中に紛れる少しの感覚。

 

 そうか。美味いよな。

 

 咀嚼して、ゆっくりと味を味わう。

 

 無味ではない。

 

 無臭ではない。

 

 味がする。感触が不快じゃない。そもそも感触がある。

 

 口惜しく思いつつ、飲み込む。するりと喉を通って、身体の中へと進んでいく。

 

「……どうだ、星見」

「え?」

 

 レイジの言葉に、華が反応してこちらを見る。

 

 ああ、そうだな──……美味い。美味いよ。

 こんなにも、違うものか。全然違うじゃないか。

 

「そうか、美味いか。良かったな、二人とも」

「え? え?」

 

 状況が飲み込めてないのか、華が戸惑いを見せる。

 

「今日の飯、水木が手伝ってるそうだ。どれを作ったのかは、知らないがな」

 

 ……ほんと、迅の、野郎。

 

「えっ? ど、どういう……? ていうか、するんですか!? 治ったんですか!?」

 

 ガバッと身を乗り出してくる華。

 料理に混じって、華の匂いがしてくる。

 

 治っては、ないさ。けど、な。

 見つかったんだよ。あったんだよ。どうにかする方法は、確かにあったんだよ──すぐそこに。

 

「……あっ、た? あ、そ、その服……!?」

 

 俺の服を見て、動揺する。

 

 懐かしいだろ? 俺がアイツに貰って、華が覚えてて。迅が聞き出して──作り上げた。治っちゃいない。

 けど──俺は、漸く二人と同じ場所に立てるようになったよ。

 

 

「……………………」

 

 

 トサ、と。

 

 椅子に呆然と座る。

 

 ど、どうした? 

 

 俯き顔を見せない華に、ちょっと内心怯える。

 何か、彼女の気に触ることをしてしまったのだろうか。

 

 華──と、声をかけようとした時。

 

 ふわり、と香りがする。甘い、いつまでも嗅いでいたくなるような香り。全身抱き締められているような広がり。

 飛び込んできた華を、抱きしめ──ながら転ぶ。

 盛大に後頭部をぶつけたが、そこはトリオン体。無傷でやり過ごす。

 

「ちょっとちょっと、大丈──」

「小南」

 

 小南の心配する声と、レイジの呼び止める声が聞こえる。

 けれど、それは気にしない。

 

「…………す……! ……たですっ……!!」

 

 俺の肩に顔を押し付けながら泣く華。ぎゅ、とどんどん力が増していく。トリオン体だから特に気にはしないが──華に対しては気を遣って抱き締め返す。

 

「本当に……っ! ほん、とうに……!!」

 

 恥も何も気にせず、言葉を続ける華。ああ、そうだな。

 本当に、良かったよ。ったく……ほんとうに、な。

 

 滲む視界と、全身に伝わる多幸感を文字通り味わいながら。

 

 幸せと言うものを、噛み締めた。

 

 





この後感極まって廻くんの寝床に華が突撃してふつうに受け入れて一緒に寝たり朝起きて廻のおはようで華が自分の感情を改めて受け入れたりするかもしれない。


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影浦雅人

 1.影浦雅人と星見廻

 

 

「…………チッ」

 

 ボーダー本部、ランク戦ブース。

 人が多く集まり、日夜研磨が繰り広げられるその場所に影浦雅人はいた。いつもより苛立ちを多く見せ、その事が原因で見知らぬ隊員の視線まで買っている。ムカつく。

 

「何苛立ってんだよカゲ」

「……鋼、おせーんだよ」

 

 チッと舌打ちしながら後ろを振り向く。いつも自分とランク戦を行なっている村上と、横にいる見知らぬ白髪のチビ。

 また白髪かと内心思いつつも影浦が問う。

 

「おいチビ」

「ん?」

 

 どストレートに突っ込んでみたが無反応。悪意や敵意は感じ取れず、突き刺さる感情は──好奇か。

 

「名前、なんつーんだ」

「おれは遊真。空閑遊真だよ」

「ハン、空閑。空閑……空閑ァ!?」

 

 名前を聞いて、驚く。

 

「だはは、お前らこんなチビにやられやがったのかよ! あとで久しぶりにログ見るわ」

「見んなよ」

 

 笑って村上に言う。

 

「んで、何の用だよ。言っとくが暇じゃねーぞ」

 

 不機嫌そうに立ち上がり、苛立ちを見せる。

 

「そう難しい話じゃない。空閑とカゲは──なんだか合う気がした。だから連れてきた」

 

 村上のその言葉に、空閑を見る。

 何を考えているのかわからない目、何よりも──自身になんの感情も突き刺さってこないのだ。影浦からしてみても、初めての経験だった。

 

「むらかみ先輩に事情は聞いたから」

「あぁ? 聞いたからって、お前……」

 

 聞いたから。恐らく、サイドエフェクトを。普通聞いたから感情を向けないように出来るのか。

 

「……お前、おもしれーな」

「どうもどうも」

 

 キラリと笑う空閑に益々興味を持つ影浦。そんな影浦を尻目に──後ろから声がかかる。

 

「や、どもども」

「迅さん?」

 

 元S級隊員、迅悠一。

 いつも通り飄々とした表情を見せて歩いて来たその姿に村上が驚く。

 

「珍しいですね、ここに顔を出すなんて」

「まーね、漸く少し落ち着けるようになったし──ちょっと用事があってね」

 

 ちょいちょい、と影浦の肩を叩く。

 

「なんすか」

「戦って欲しい人が居るんだけど、ちょっとお願いしてもいいかな」

「はぁ、何で俺が──」

 

 そう言って迅の方に振り向く。

 先程とは違い、真面目な表情で見てくる迅に影浦は察する。ああ、この人は本気でそうするのが一番だと言っている。あまりいい気分ではないが……仕方ない。

 

「ッチ……何番すか」

「228番の孤月の人ね、ヨロシク」

 

 若干機嫌悪そうに歩いていく影浦を見送って、村上は迅に話しかける。

 

「どうして急に?」

「んー……まあちょっと事情があってね。けど、見れば納得するんじゃ無いかな」

 

 迅の的を得ない言い方に、この人らしいと思いつつ村上は素直に従う事にした。別にそんな反抗する理由もなければ、影浦と空閑を引き合わせるという本来の目的自体は達成したし影浦の戦闘を先に見せるというちょっとしたハンデも出来た。

 実際に戦ってる訳では無いし、ログと一緒だろ──心の中でそう言い訳をする村上。

 

「始まるよ。──よく見ておきな、二人とも」

 

 

 

 

「……チッ」

 

 街に転送され、周りには人の気配はない。……いや。

 

 正面、道路の先。小さな人影が佇んでいる。左半身を包むような布を纏って、それがヒラヒラと風で揺らいでいる。少しずつ距離を詰めてくるのを見て、影浦もそれに倣うように歩き出す。

 

 玉狛の新メンバーか、それとも支部にずっと居た見知らぬ人間か。ごく稀に支部にずっと居て本部に顔を出さない稀有な人材もいなくもないが、その線は低いだろう。

 なぜならば、迅がわざわざ動くような人物。迅でなければ、俺は戦わないと判断されたのだろう。

 

「…………あぁ?」

 

 肉眼で捉えられるほどになって、そこでふと気がつく。そういえば、こんな感じの奴とついこないだ戦ったような気がしなくもない。大規模進行、忌々しくも強制脱出させられたあの近界民──

 

「──旋空」

 

 ゾクリ、と影浦は背筋が凍るような感覚を味わった。

 まるでこれから断頭台の刃が降りてくるような、既に手遅れな危機的状態に感じるような寒気。その感覚に従って、首筋に奔る敵意よりも先に影浦は動き出した。

 

 身を屈めて相手へと攻撃を繰り出す。ザ、と右足のみを前に踏み込んで左手を後ろに持っていくことでバランスを保つ。キ、と左手と右手からキューブブロックの様なものが生まれる。

 頭の上を駆け抜けていった孤月に目をくれる事もなく影浦は目の前に集中する。狙うのは供給を断ち切るための胸。相手の実力を、あの時の近界民クラスだと想定して動く。確証はない。髪色は白だったはずだが今は黒で、目の色は青色で車のテールランプのように残光を残していたあの時とは違う。

 

 だが、そんなものいくらでも変えれるのだ。だからこそ、影浦は相手をそうだと確信している。なにより迅が連れてきたのだ──そういう相手である、と言ったところだろう。

 

「上等ォ……!」

 

 ニ、と口を薄く歪めながら腕を振るう。振り切った体勢から早くも防御体勢に切り替えた相手に速い、と思いつつそれより先に動けるように意識する。

 相手が一歩先を行くのなら、二歩先を行く。

 

 攻撃手上位ランカーだったプライドが、影浦を奮い立たせる。

 

 スコーピオンを二つ重ねて、中距離への攻撃を可能とする影浦が考案したオリジナル技。マンティスが相手の胸元へと伸びていき──寸前で、止まる。

 

「チッ……」

 

 チク、と影浦の首を突き刺す明確な敵意。届くより早く、先ほどの孤月から察するにマンティスが当たるより早く此方へと攻撃が入ると踏んで回避を選んだが──追撃は、ない。

 

「は──!?」

 

 ザ、と踏みとどまる。

 

「……なるほどな」

 

 口を開いた相手の声が、やはり聞き覚えのあることに気がつく。どういう事かはわからないが、やはり件の近界民で間違いないらしい。

 

「初手の旋空を避けた時点で、何らかの予知がある人間なのはわかった。前回も含めて──……どうやら、相手の視線でも感じ取ってるのかと思って色々探ってみたが違う。それでも、【攻撃しよう】と思った箇所に対する対策は行われた。つまりだ」

 

 自分に向けられた敵意がわかる、そんな所か。

 

「……ハッ、だったらどうするよ、近界民」

「……近界民、か。それもそうだ」

 

 影浦の言葉に、何か自嘲するようなニュアンスで呟く相手。

 

「──旋空」

 

 刀を握り、上段に構える。

 その姿を見て、影浦は最大級の警戒を行う。武器が例の黒い斬撃ではなくなったとはいえ、孤月は似たような武器である上にボーダーの中でも総合的に一番優秀と言えるトリガーだ。個人成績一位の太刀川や、尋常ではない射程を持つ生駒。そういった人物と鎬を削ってきた影浦だからこそ、見える攻撃でもしっかり対策しなければならないことを理解している。

 

「──孤月」

 

 振るわれる孤月を、目に捉える。通常の振りより圧倒的に早いソレを上段から振り下ろされるのは把握している、横に飛んで回避しようとする。その瞬間突き刺さる敵意を無視し、目に見える攻撃に注視。先程の実験で、ブラフとして敵意を出せることを影浦は理解していた。

 この相手には、俺のサイドエフェクトは頼りにならない。それどころか無駄に警戒する数を増やすための弱点にしかならない。

 

 だからこそ、今回自分のサイドエフェクトを頼らなかった。それが正解かどうかは、わからない。

 

 少なくとも──結果として、振るわれる過程でぐにゃりと捻じ曲がった孤月が影浦を貫いた。

 

 

 

 

 

「や、お疲れさん」

「……迅さん、誰っすか」

 

 十本先取ランク戦──十戦十敗という形で終わった影浦は若干不満そうに、それでいて少し楽しそうにブースから出てくる。

 

「え、俺から言わないとダメ?」

「あー……わかってんでしょ」

「まぁね」

 

 影浦は迅が暗に「ここでいう必要がある?」というニュアンスで言っている事を把握している上、迅は影浦の「誰っすか」がただの挨拶のようなものだと理解している。

二人の回りくどい話が、割と周囲の人間からしてみれば疑問符を浮かべざるを得ない程度には曲者。

 

「や、廻さん」

「……今更だが、俺がここで戦って良かったのか?」

 

 少し離れたブースから出てきた、特徴的な布を左肩から靡かせている男が出てくる。

 

「平気だよ。もう正式にどうするかは決まったからね」

「ならいい。影浦、だったか」

 

 相変わらず光の失せた死んだ瞳で話す男。

 

「俺は、星見廻と言うらしい。先ずは、此間いきなり斬って悪かったな」

「……んだそりゃ」

 

 順番がめちゃくちゃだろ──影浦はそう思って、素朴な疑問が出てきた。周りに聞き耳を立てている人間がいない事を確認してから、影浦が聞く。

 

「お前、近界民じゃねーのか?」

「……さて、何といえば良いか。半近界民みたいなもんだな」

「半……?」

 

 一緒にいる村上が疑問を口に出す。

 

「ここで話すのも何だし、ちょっと違うところで話そっか」

 

 迅の言葉に、一同が頷く。普通の事情ではなさそうだと把握した村上と影浦は、そちらの方が混乱せずに済むと納得し歩き出す。

 

「ならウチの隊室でいいすか」

「オーケー、影浦隊はみんなあん時居たでしょ?」

 

 こくりと頷く。

 

「影浦隊……部隊長の名前がそのまま隊の名前になるんだったか」

「そうです。影浦隊は廻さんが相手した二部隊のうち一つで、ボーダーでも指折りの実力者ですよ」

 

 廻さん──迅がそう呼ぶと言うことは、もしや年上なのだろうか。

 第一印象で殺意をぶつけられ、二度目の顔合わせで色々な事を探られた影浦だったが──不思議と、拒絶の感情は沸いてこなかった。

 

 

 

 

 影浦隊の隊室、何時もなら明るく和気藹々とした空気が醸し出されるその部屋の中は異様な空気に包まれていた。重たく、どんよりとした空気。通夜か何かと勘違いするような重さに、ズズズとお茶を啜る音が響く。

 

「…………いや、その。なんかすまん」

「……いや、なんでもないっす。はい」

 

 影浦隊隊室では、偶々北添しか居なかった為に北添を交えて三人に話した。廻のこれまでの人生と、サイドエフェクト等。

 

 影浦は思わず、近界民などと言ってしまった過去の自分がどうしようもない程に悔しく思えた。悪意など無く、いや……悪意は、あったかもしれない。軽口とは言え、それをパッと言ってしまった自分を恥じた。

 

「すんません。……近界民なんて、言っちまって」

 

 軽く頭を下げる。常に攻撃的で直情的だと捉えられがちな影浦だが、別に誰にでも牙を剥くわけじゃない。言っていい事と言ってはいけない事の分別は、ある程度はつけている。

 

「気にするな。別に間違ってないからな」

 

 口元を軽く歪めて笑う廻に、影浦は罪悪感を覚える。実際本人から刺さる視線には負の感情は無く、逆に好意的な視線が飛んできている。それが尚更申し訳なく感じたが──そこで思考を止めた。

 

「見ての通り、根は悪くない奴なんです」

「んな一昔前の不良みたいな紹介してんじゃねぇ……!」

「事実じゃんか」

 

 村上がフォローするように影浦のことを弄る。

 

「……ふ、成る程。迅の言う通りだな」

 

 廻は笑みを少しだけ深める。トリオン体になって身体の筋肉が正常に感じ取れるようになってから違和感が拭えないが、慣れる為に少しずつ自分の身体を動かしている。うまく笑えているのか──まぁ感覚なくても笑えたんだしいいだろ。軽い。

なお、本人が笑えていると思ってるだけで大抵死んだ笑顔だったのは彼女ともう一人の暗黙の了解となっている。

 

「楽しそうだ──いや。楽しいんだろうな」

 

 今はまだ分からないけれど──いつかこれが楽しいと思える日が来る。きっとそうだと内心思う。

 

「詫び、って訳じゃあないすけど……今度ウチに飯食いに来て下さい」

「影浦の家にか?」

「ああ、カゲん家は飲食店なんですよ。お好み焼き……だけだっけ」

 

 へぇ、と薄く声を溢す。

 

「飯、飯か……いいな。必ず行くよ」

「無理して来てもらう事も無いんで、ほんと良かったらでいいっす」

 

 いや、大丈夫だと答える。

 

「大飯食らいが一人いるからな……」

「ああ……うん」

 

 迅が納得したような声を出す。迅ですら納得できるとは、どれほどのものかと影浦は内心驚く。

 

「そん時はゾエさんも連れてってね〜」

「ケッ、お前はいつも来てんだろーが」

「ひどい」

 

 よよよと崩れるゾエに、どこか見慣れた気安さを感じる。

 

「……これが、ボーダーか」

 

 廻が、誰にも聞こえないようにそっと声を出す。呟かれた言葉に込められた想いには、誰も応える事は無いが──戯れる影浦達を見て。

 

 ふ、と小さく──自然に笑った。

 

 

 



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たしかなしあわせ

「ふんふんふふーん」

 

 鼻歌を奏でながら横を歩く華に、つい目を向けてしまいがちになりつつ歩く。ジャケット──ダウンベストと呼ばれる種類の、赤いジャケットを着ている。勿論、華が実費で購入したものだ。肩口から白い服が手まで続いており、それはセーターと言うらしい。

 出かける前に迅に叩き込まれたその知識を頭の中で適当に反芻しつつ、目的地に向かって歩く。

 

 季節は冬真っただ中。とは言っても既に二月、何とか覚えた日付を思い出す。

 

 まぁ、とは言ってもトリオン体。

 元々寒さは感じないが、今は余計何も感じないように設定してある。何の感覚もわからない奴が、急に寒いだとか暑いだとかそういうのに放り込まれたら脳がパニックを起こすだとか何とか。俺にはよくわからない話だ。

 

 首元を覆うマフラーが微妙に首の可動域を邪魔してくる。

 この街で急に襲われることは無いだろうから別にいいんだが、こういう服を着るのは記憶の限りでは初めてだ。結局記憶が戻らない現状、何もかもが初体験になる。

 

廻さん(・・・)、時間は問題なさそうですか?」

 

 ん? あー、待て。今確認する。

 確かアイツが入るのが昼過ぎって言ってたから、出来れば一時くらいに来いって言ってたな。今は……十一時。ちょっとどころじゃなく早いな。

 

「それならあそこ、行ってみません?」

 

 そう言いながら華が指差す場所を見る。

 明らかに俺には合わない空気感、なんかこう、ふわふわしてて、キラキラしてて……なんだ、アレ。

 

「クレープ屋さんです!」

 

 キラキラ瞳を輝かせる華に苦笑しながら、いいよと答える。

 やはり女性というのは、ある程度甘い物が好きらしい。全員が全員そうじゃ無いだろうが、少なくとも玉狛の連中はそう。わりとケーキとか、そういう甘いものを食べてる気がする。というか華に食べさせてる気がする。

 

 甘やかす気持ちも分からなくも無い。というか俺も甘やかす。強請られたら三秒保たない。……果たしてこんなにも俺は弱かっただろうか。

 仕方ない。色んなことが積み重なって、俺はもう逆らえん。逆らう気にもならん。冗談ならまだしもな。

 

「げ、結構並んでますね」

 

 若干眉間に皺を寄せてそう言う。

 別にいいよ、待とう。その位の余裕はあるしな。

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 相変わらず快活に笑う華に、こっちも笑い返す。

 まさかこうやって二人で買い物が出来るようになるとは、正直思ってなかった。俺の事をどう扱っても、結局の所人殺しなんだ。そんな人間を、トリガーという武器を持たせて自由行動させるとは──……有難いが、随分とお人好しだ。

 華にもまぁ、色んな事情がある。 少なくとも一般人として生きていけるかは謎だ。

 

 俺は出来るだけ、平和な場所で暮らして欲しい。

 決してこの地が平和では無いと言ってるわけじゃない。寧ろ平和だろう。トリガーという謎技術、トリオン兵という怪物。こんな連中が跋扈しているのに犯罪を起こす方が珍しい。

 脅威が分からなければ確かにそういう行動も取る可能性があるが、普通に考えてやらない。

 

「これ、メニューどぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 前に並んでいた二人の女性客からメニューを受け取る。

 成る程な、事前にメニューを選ばせておいて注文をスムーズにしてるのか。わかりやすいし、こっちも選びやすい。

 華、お前は何にする? 

 

「う~~~~ん……悩ましい……チョコバナナクレープは王道だと思うんですけど、いちごも捨てがたいですね。キャラメルも美味しいですし、全部乗せまで行くとかえって味を邪魔し合うのでやっぱり単品で行くしか無い……う~~~~ん……」

 

 ……なんか滅茶苦茶悩んでるな。

 俺は普通にチョコバナナクレープにするつもりだが、どうする? 二人で分ければ別の味が食えるぞ。

 

「う……そ、それもそうですね」

 

 何故か俺から顔を背けてメニューを畳む華。

 何してんだ。

 

「何でもないです!」

 

 急に顔を手で覆ってぶんぶん振り回す。

 ……俺に女心はよくわからない。迅、お前には何が見えてるんだ。

 

 ──取り敢えず廻さんは人の心を思い出そうか。

 

 俺の中の迅は随分と非情だった。

 

 そんなこんなで待っていると、目の前の二人組の女性客が注文を始める。もうカウンターが目の前にあり、割と早く着いたなと思う。

 迅に渡された携帯電話の画面を確認すると、時刻は十一時半。それでも大分早いくらいだが、ゆっくり休めば丁度良くなるか。

 

「おー、なんか携帯触ってるとそれっぽいですね」

 

 それっぽいってなんだ、それっぽいって。

 白い髪、充血が治りつつある目、ひらひら舞ってる左腕。……一般人には見えないだろ。

 

「大丈夫、かっこいいですから!」

 

 そういう問題か……? 

 ま、お前がいいならいいか。

 

「……えへへ」

 

 ひらひら舞う袖で遊ぶ華。

 変な風に結ぶなよ、割とめんどくさいから。にまにまと笑う表情が、なんとも言えない気持ちにさせる。

 

 注文の番になり、俺はさっき決めた通りの注文。華はいちご系にしたらしく、なんかダブルなんとかこんとか。……俺に流行りはわからない。なんもわかんねぇじゃねぇか。

 く、これを機に流行りモノを調べるのもいいかもしれん。

 

 出掛けるって事になって、俺は何にもわからんじゃ意味がない。華にだけ考えさせる訳にはいかない。

 文化というものを今一度勉強し直すか。というか、俺はそれを感じ取れる心があるか──試すしかない。無かったら鍛える。

 

 出てきた品を受け取って、代金は注文時にそのまま支払った。ボーダーとして受け取った金のお陰。別に欲しいと要求した訳でもないが、ここで渡さない理由はないとのこと。

 城戸を中心に、必ず渡すようにと規則を見直して金額を正当に支払ったそうだ。俺は口座? も無いから、口座から作り直したらしい。

 

 迅曰く、「攫われて戦ってきた年数分を渡すつもり」。

 

 それに加えて先日の戦いの事もあるので、相当な額になると言っていた。

 

「へぇ~、いつの間にカードなんて作ったんですか?」

 

 合間だよ合間。

 ……全部迅に言われて作ったんだが、もしかしてアイツこの景色も見えてたのか? もしそうだとしたら、頭が上がらん。

 

 カウンター席が空いていたので、そこに座る。華と隣り合って座り、静かに食べ始めた。

 

 トリオン体は便利だ。

 味覚が無くなった者でも、味覚を味わえる。嗅覚が蘇る。視界に色がつくように、空虚な世界に色が塗られるように。まさかこうやって、欲しがった未来が手に入るなんて──やはり、未来はよくわからない。

 

 取り敢えず一口。

 甘い。此間玉狛で食べたケーキ、全体に塗られていた生クリームか。ホイップ? まぁなんでもいい。甘い、けれどしつこすぎない甘さ。ああ、美味いな。

 

 華、そっち一口くれ、

 

「へっ」

 

 あー、と口を開いた状態で何だか惚けた声を上げる。

 ……俺が先に食わせるべきだな。筋が通ってなかった、すまん。

 

「へえっ」

 

 素っ頓狂な声を上げる。

 チョコ嫌いだったっけ? 

 

「いやいやいや! そういう訳じゃないですよ! いただきます! ええ! 勿論……いただきます……」

 

 ごくりと、なぜか何かを飲み込んでから俺の手に持つクレープを見つめる華。何してんだ、食わないのか? 

 

「食べます! ……すぅー、はぁー……っ」

 

 深く呼吸してから、覚悟を決めたのか──何の覚悟かは俺も知らない──俺が差し出したクレープに顔を近づける。はよ食え。

 視線の先のクレープに目を向け……あ。俺の口つけた方差し出してた。悪いことしたな、と言いながら反対にくるりと回転させる。

 

「…………………………アリガトウゴザイマス」

 

 あむ、と口に含む。凄い不服そうな顔をしてる。

 ……反対にひっくり返す。

 

 止まる。

 

 戻す。

 

 口を開ける。

 

 どっちだよ。まあいいや、くれ。

 

「……はいっ」

 

 口元にクリームを付けつつ、華が差し出してきたソレを頬張る。

 甘い、が。チョコの甘みのあった俺のとは違って、いちごの酸味が強い。甘さと酸っぱさが混ざって、うん。美味いな。

 

「……にへへ」

 

 ん、美味いか? 

 

「それはもうっ」

 

 そうか。

 なら、よかった。俺も美味いよ。……甘いよ。

 

 

 

 

 少し休んで二人で雑談しつつ、目的地に向かうことにした。

 と言ってももうそれなりに近い距離にあるようだし、迅に渡されたこの携帯電話の地図機能を使えば場所は分かる。便利だ。トリオン体がデフォルトだった連中はマップ機能が視界に現れるからかえって見ずらくなったとか言っていたが、俺からしてみれば便利すぎる。

 

 何せ、もう我武者羅に走らなくていい。目的地が分かるってのは素晴らしいぞ。

 暗闇の中を進行する必要も無いわけだからな。

 

「……地図ですか?」

 

 そ、地図。

 ていうかお前の方がこういうの得意だろ。年頃だし。

 

「まだ廻さん二十歳行ってませんよね?年頃ですよね?」

 

 知らん知らん。色々捨て過ぎたからな、俺にはお前が居ればいいよ。あとアレク。

 

「…………もー」

 

 ぺこっと脇腹をつついてくる。トリオン体だから効かないけど、触られた感覚は残る。

 何だよ、何か変なこと言ったか?

 

「言ってませんけど……言ってませんけどぉ」

 

 ふんすと頬を膨らませてそっぽを向く。

 ふむ、分からん。俺が他人の気持ちを理解できる日は果たしてくるのだろうか。

 

 そんなこんなで歩いて、少し経った頃。今日の本来の目的地に到着した。既に店の前(・・・)に何人か見知った顔が居る辺り、俺達が一番最後かもしれない。

 

「あ、遊真くんも居ますね」

 

 此方に気が付いたのか、手を振ってくる。レプリカは人の目があるから姿を現わしていないが恐らく一緒にいるのだろう。

 

「や」

「ども」

 

 空閑と共に、前に知り合った村上。

 後は影浦隊のメンバーと、他数名。

 

「ええと、初めまして。水木(みずき)(はな)と申します!ちょっと前までお腹に穴が空いてて黒トリガーの中に居ました」

「いきなりとんでもない情報が出て来たな……」

 

 華のジョーク交じりの自己紹介に、帽子を被ってる男が引き気味に言う。

 前ならこの自虐交じりの自己紹介ですらダメージを喰らっていたが、精神的に少し余裕ができた今の俺は笑う余裕がある。

 

「取り敢えず中に入ってからにしますか。今頃カゲ待ってるだろうし」

 

 それもそうだな。

 店の窓からチラリと中を見て、こっちを睨みつけている影浦を尻目に、俺達は入店した。

 

 

「そんじゃ、改めて。今日はカゲの奢りなんで気にせず行きましょう」

「テメーらコラ、あんまり調子扱いて食いまくんなよ。別にいいけどよ」

「おっ、流石カゲ。ゾエさんも張り切って食べるよ」

 

 鉄板の上で、お好み焼きと呼ばれる料理がじゅうじゅう音を立てて焼かれている。

 それを度々世話する影浦と、眺める空閑と華。

 

「おぉ、かげうら先輩上手い」

「舐めんな」

 

 反対側にひっくり返し、焼く。

 トリオン体だと口の中を気にしなくていいから楽だ。ある程度治ったとは言え口の中は相変わらずヤバい事になってる。具体的に言えば、ようやく人に見せれるレベルに回復した。

 

「おおぉ……おいしそう……」

 

 口を開けてだらりと涎を垂らす華。

 先程着ていたジャケットは脱いで、首元まで覆う白いセーター。腕は肘辺りまで捲り上げて、準備万端と言った感じ。お前本当飯には妥協しないな。それらしいけど。

 

「ふふん、玉狛で作るのとは違いますからね。本業の方が作るお好み焼きですよ?それはもう別物です。家で作るのとは違うんですよ!」

「……そこまで褒めるもんでもねーけどよ」

「照れるな、カゲ」

「うっせーボケ!」

 

 華の言葉に影浦が反応し、それを村上が煽る。

 やはりこいつらの絡みは見ていて楽しい。何だか、前を思い出せる。あの頃の気軽に振舞おうとしていた、三人での生活を思い出す。華が何かを言って、アレクが反応して、俺がそれを見て笑う。懐かしい。

 

「んでええと、水木だったか。さっきの話ちょっと聞いてもいいか?」

 

 帽子を被った男、荒船哲次が話す。

 

「さっきの話──ええと、私が黒トリガーの中に居た話でしたっけ」

 

 チラリと俺を見る華。

 別に、ここにいる連中には話しても問題ないと思うけどな。何か問題があるなら迅が止めてくるだろうし。

 

「……すんごいざっくり言うと、死にかけたのでもう一人──アレクセイっておじさんが居たんですけど、その人が黒トリガーになる時にトリオン体保存領域に私を封じてくれました。その結果死ぬこと無く、何とか出てこれたわけですね」

「黒トリガーに。……あの戦いで星見さんが戻ってきたのはこっそり聞いてたが、まさかそんな事になってたとはな」

 

 さり気なくおじさん扱いされてるアレクに同情しつつ、特に否定もしない。

 あの場では、それが最善だった。それしかなかった。俺が二人をもっと信じていても、俺がもっと強くても、あれ以上は無かった。でも、後悔は幾らしても悔やみ足りない。

 

 むぎゅ、と頬を抓られる。

 何だよ、ちょっと自己嫌悪に浸ってただけだろ。

 

「もー、あれはしょうがなかったんですって。そもそも防衛部隊の数が少なすぎましたし、私達二人に関しては生身ですからね。勝てる要素の方が無いですから!」

「え、てことは水木ちゃんも星見さんばりに動くの……?」

 

 華の方が強いよ。

 俺もまぁ、途中からサイドエフェクトの影響で実力は付いてったけど……コイツは天才だからな。俺が途中で折れなかったのも、華のお陰だよ。

 

「ていう事はサイドエフェクト持ちって事?」

「そうみたいですね。トリオンが少ないのにサイドエフェクト持ちってどういうことだって騒いでましたけど」

「オラ、焼けたぞ。食え」

「わ、ありがとうございます!」

 

 焼きたてのお好み焼きに、ソースとマヨ。あと鰹節を振りかけて、影浦が華の皿へと移す。その次に空閑で、俺が三番目に配られた。

 

「オメーらは自分で焼けよ」

「えー、何かカゲが成長したようでしてなくてゾエさん悲しいよ」

「うるせーボケ」

 

 なんだかんだ言って自分達で焼いていた荒船たちは既に皿にのせている。準備が早い。

 

「そんじゃまぁ、帰還祝い?退院祝い?どっちになんだコレ」

 

 どっちでも構わないさ。祝ってくれるならなんでも、な。

 

「……そうすね。んじゃま、これから(・・・・)に期待して」

「はい、いただきます!」

 

 そうだな。

 これから、だよ。

 

「……はふっ、あふっ」

 

 一番先に口に入れた華が熱そうにしている。

 小さめに箸で切って、片手で問題なく食べれるから安心だな。湯気が立っているのを見て、少しだけ冷まして口に放り込む。

 

 熱い。トリオン体だから感じ取れる熱が、口の中で暴れてる。痛みに対する耐性は無いけど、怪我したところで何にも恐怖が無いからそのまま咀嚼する。うん、美味い。

 色んな味が混ざってて、食べてて飽きない。

 

おいひいれふね(おいしいですね)!」

「はふ、うま」

 

 空閑も同じようにトリオン体だが、熱さを冷ましつつ食べてる。

 焼きたてだからなのか、それともこの料理自体の味か。どちらにせよ美味い事に変わりはない。

 

 そういえば、大分前にも同じような感じで華がもごもご言っていた事があったな。飯食いながら何かを言っていて、それにアレクが反応して。

 

 ……演じる必要なんてもう無い。

 元の華がどんな子だったかなんて知らないが、あの経験が、何かを変えてしまったのは事実だ。それを忘れてはいけない。あの日々が、出来事が、俺達のすべてを変えた。

 

「廻さん」

 

 水を飲んで、髪を後ろに纏めなおした華が俺に話しかけてくる。

 

「私、幸せですよ」

 

 ……そっか。

 また、気を遣わせたな。悪い。

 

「えへへ、食べましょ?」

 

 ああ。

 影浦。

 

「ん、なんすか」

 

 ありがとうな。

 

「……ウス」

 

 影浦のサイドエフェクト──感情受信体質。

 そのサイドエフェクトが、どんなものを感じ取っているのか──少なくとも、今は不快なものは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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まとめの話①

ワートリ短編企画に間に合わなかったのでワーリワのまとめに入ることにしました。許してヒヤシンス〜

あと、時間は少し進んでます。
原作やりたかったけど疲れちゃったの……

ひとつだけ言えるのは、水木華が一番可愛いって事ですね。


「ねえ華ちゃん──ちゃんと寝てるの?」

「えっ」

 

 日曜日、ゆっくりと自分の部屋から出てきてソファに腰掛けた水木華に小南が声をかけた。聞かれた水木は、むにむにと自分の頬を触った後、顔に手を当てたまま俯いた。

 

「……そう、見えますか?」

「……目に隈残ってるわよ」

 

 はああ、と息を吐きだしてソファに横たわる。

 

「……なんでも、ないですよ。何もないです」

 

 吐き出すように、言葉を連ねる。顔を覆う両手は微かに震えて、まるで何かに怯えるようで。だが、助けを求めてはいない。水木華は、決して自分から助けを求めてはいない。それをわかっているから、小南も聞くだけで済ましている。心配をどれだけ重ねても、本人が諦めていないのだ。ならば、まだ手を出すべきではない。

 こうなると(・・・・・)、二人そろって頑固──もう一人の頑固者を頭に浮かべつつ、小南は苦笑した。

 

「駄目そうだって思ったら、相談しなさいよ。私だけじゃなく、他にも居るんだから」

「……はい」

 

 そうして、朝食を用意する。

 時計の針は既に昼前の時間を指しているため、朝食と言うには遅くなり過ぎた時間だが。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ 水木華の憂鬱

 

『──……』

 

 あの人の声だ。誰よりも強くて、誰よりも格好良くて、誰よりも優しくて──誰よりも、哀しい人。あの人は私に救われたなんて言うけれど、全く見当違い。私があなたに救われたんだ、と。

 

『──華』

 

 呼ぶその声すら愛おしくて、心が浮き立つのがわかる。気が付けば、自分の身体が動くようになっていた。そして、その時点で──これは夢なんだな、と理解してしまった。そうなれば、もうこの夢の結末はわかる。

 

 目の前で自分の名前を呼ぶあの人の元へと、歩き出す。何が起きるかはわかってる、知っている。覚悟はしている──けれど、どうしても諦めきれない。

 

 この一回だけは、悪夢にはならないんじゃないかと思ってしまう。

 だから、駆け寄る。抱擁を迎えるかのように待つ彼に。

 

 

 ──そして、お腹の辺りから激痛が奔る。

 

 

 ああ、今回もか、と。諦観を浮かべつつ、笑顔を保つ。だって、あなたが笑顔を好きだと言ってくれたから。絶対に笑顔を下げたりはしない。例え腕が千切れても、例え身体が弾けても──表情だけは変えない。あの時、最後に見せた自分の表情を今でも後悔しているのだから。

 

 ずるり、といつの間にか突き刺さっていた剣が、私の腹から引き抜かれる。その痛みすら鮮明に響いてきて、叫びたくなる気持ちを必死に抑える。堪えろ、私は強い。絶対に叫んでなんかやらない。嘆いてもやらない。零れ落ちる内臓を、笑って見過ごす。そうだ、これは夢なんだから。あの人はこんな事しない。

 

 こんなもの、弱い私が見せてるだけの──ただの夢なんだから。

 

 

 

 夢を見るようになったのは、何時からだろうか。

 ずっと夢を見ている様な感覚だったのは覚えている。黒トリガーの中に入り、あまり正確に理解はしていないが──誰かの悲痛な叫びと嘆きをずっと聞き続けていた。自らを責める声、自らを嫌う声、自らを──殺す声。

 

 ずっとずっと押し潰されそうな程に重圧がかかり、軋む心が破裂するその時を待ち続ける──そんな感覚だった。

 

 そして、救われて、幸せな現在(いま)を見て。

 

 ──夢に見るのだ。

 自分の裂かれた腹を、その時の痛みを、嘆く声を、歪む顔を。そして、最愛の人が幾度となく死に続ける光景を。

 

 死なないで、と。やめてください、と言っても終わらない悪夢。これは私の、いや……私たちの業なんだと、水木華は悔やんだ。彼一人に任せて逝こうとした自分達への罰なんだと。腹を裂かれ、贓物がはみ出す。あの光景は忘れられない。幸せになればなるほど、昔の事を思い出す。それがどうしようもない程に恐ろしくて──そう思っている自分が、嫌いだ。

 

 あの頃は、確かに苦しい物だったが──自分にとって何にも変えることは出来ない宝物なんだ。なのに、どうしてこんなにも恐ろしく思うんだ。

 傷は残った。例え医術が進んでいた故郷であっても、治せなかった。女性らしさとはかけ離れてしまった。

 

 嫌だ。幸せな筈なのに、確かに幸せな筈なのに──とてつもなく不安定で、恐ろしい。明るい性格? 冗談じゃない。そうするしかなかったから、そうなったんだ。演じ続けるうちに、心の底から明るく振舞うようになった。それだけなんだ。何の救いもないあの場所で、きっかけがあれば崩壊する様な戦場で、いや……事実何度も崩壊した。

 それでも何とか生き残ったのは、()が必死に抗ったからだ。自分の命すらも犠牲にして。

 

 最初に味覚を失った。次に痛みを失った。記憶を失った。身体を失った。仲間を失った。そして──道を失った。我武者羅に走り続けるだけの道すら失くして、それでも止まらなかった。茨の道なんて生ぬるい、地獄の業火の中を歩き続けた。

 

 そうして、何もかも失った彼は……現在()を生きている。

 

 

 

 

「──はぁっ……! はっ……!」

 

 布団から飛び起きる。焦ってお腹を探って、贓物が飛び出してないか確認する。よし、何も飛び出てない──古傷は、しっかりと残っている。……また、あの夢だ。

 あの人に呼ばれて、駆け寄って、抱き締めようとして、腹を裂かれる。

 

 強く自分を保とうとして、結局こうやって死に怯えてる。幸せにも怯えて、恐怖にも怯えて……本当に、私は弱い。

 

 汗でぐっしょりと濡れた服を着替える為に、あとふき取る為に布団から出る。柔らかくて、若干自分の汗の匂いが染み付いた布団に、また洗わなきゃと思いつつ当初の目的を達成する為に歩く。

 流石に冬真っ只中、廊下の気温は冷え込んでいる。

 

「さむっ……」

 

 腕を組むように交差させ、摩りながら歩く。少しでも寒さを緩和できるように、と。まあ効果は微々たるものだったが。

 

 階段を降りて、リビングとは正反対──要するに風呂場へと向かう。

 

 暗闇の中、何となく歩く場所がわかるので迷う事なくドアノブを掴んで開く。一週間ほど、連続で繰り返している。理由は分からない。

 夜を迎えて、布団に入る。寝付いて、数時間後にあの夢を見る。そして起きて、その繰り返し。睡眠不足が続いている。

 

 風呂場、もとい洗面台に服を脱いで置く。

 相変わらず未成熟な身体に、節々に残る古傷。決して無傷では潜り抜けられなかった、今も記憶に鮮烈に刻まれる戦い。その全部が、自分にとっては大切な筈なのだ。

 なのに、どうしてあんな夢を見るのだろうか。あの記憶を否定なんてしたくはない。自分の身体を捨て、命を投げ捨てる事で生き長らえるようにしてくれたアレクセイ。死なないからと、何度も何度も痛みに耐えて苦しみを乗り越えた星見廻。

 

 三人で過ごしたあの頃は、誰がなんと言おうと──大切な宝物なんた。

 

 視界が歪む。

 クリアに見えていた視界が、ぼやける。頬を伝う熱が、涙を流しているんだと自分に認識させる。

 この程度で泣くな。あの人は、もっと苦しんだ。それでも泣かなかった。涙を堪えて、走り続けた。なら──私が苦しむのは道理だ。そう自分に言って聞かせ、軋む心を抑えつける。

 

 汗を拭き取って、涙も止まって、リビングに向かう。軽く水分を補給して、再度寝る為に。そして、廊下に出て──気がつく。いつのまにかリビングに明かりが灯っているのだ。誰かが起きてきたのだろうか、大丈夫、目は腫れてないはずだ。

 そーっと扉を開く。

 

 見渡して、誰がいるのかを確認する。……誰もいない。さっきまで明かりは付いてなかったけど、誰が降りてきたのだろうか。

 部屋に入ろうとして、扉を開ききって──後ろから声をかけられる。

 

「華」

「わひゃッ!」

 

 驚きのあまり、変な声を出してしまったことを恥じる事すら忘れて飛び跳ねる。声をかけてきた人──星見は、ケラケラ楽しそうに笑う。それを見て、華も怒る気力は削がれた。

 

「もー、何するんですか! びっくりしましたよ!」

「すまん、着替えに戻ったら居てつい」

 

 随分と人らしくなったなぁ、と感じる。

 前だったら、こういう行動を偶然行なって「すまん、何かしたか?」と平然というタイプだった。今は冗談も遊びも多分に含んでいる、ああ、良かった。

 

「悪いな。……なんか飲むか」

「……はいっ」

 

 先程までのが悪夢だったとしても、今は問題ない。なぜなら、現実世界に悪夢はやって来ないのだから。星見は、決して水木華を見捨てない。たとえどれほどの苦しみが待っていても、輝く未来の為に。

 

 二人でキッチンに立って、牛乳を温める。ストーブも何も入れていないから寒さはそのまま、感覚を殆ど失ってる星見からすれば何ともないが華は寒い。それを察した星見は華に上着を着せる。

 

「あ、す、すみません」

「寒いだろ。無理すんなよ」

 

 砕けた口調。ああ、たしかにあの頃はこうだった。

 ふざけるように、軽口を叩き合う時間もあった。それがいつの間にか、全員がバラバラになってしまった。一人は黒トリガーに、一人は動けない身体に、一人残された者は──……我武者羅に。

 

 そうして残された今、ここにあと一人が欠けているのが苦しい。

 

「……アレクさん」

 

 思わず名前を呟く。

 水木華を救う為、自らの命を投げ打った男。大人としてあろうとして、最後のその瞬間まで仲間として、年上として生きた。死んだわけでは無い。黒トリガーになったのだ。……未だ、黒トリガーを元に戻す手段は無いが。

 

「ん……後は、そうだな。アレクセイが戻れば、約束を果たせる」

「はい。温泉に行ったり、旅行に行ったり、食べ物を食べたり……」

 

 約束、いや、誓いと言ってもいいかもしれない。

 三人であの日誓ったその約束は、未だに根強く残っている。やはり、二人だけでは駄目なのだ。三人揃って、漸く長い戦いは終わるのだ。そう、星見廻にとっても、水木華にとっても──まだ戦いは終わってない。

 

「……私が、もっと役に立てれば」

 

 アレクセイを元に戻す為、星見はボーダーに研究員として参加している。黒トリガーを研究用に使用する為、一から勉強をして入ったのだ。現状飛躍的に効果は出ているし、もっと期間をおけば必ず解析できると思っている。

 

「気にするな、なんて言っても……気にするだろうな、お前は」

「……はい。どうしても、気にします。私だけ無力で、守られるだけの存在で……悔しい」

 

 隣に並んでいたはずなのに、気が付けば守られるだけの存在になってしまった。そうではない。自分が求めているのは、そんな立場ではない。この人の隣に立ちたい。胸を張って、色んな事を叫びたい。だけど、現状の自分ではそんなことは言えない。甘えて甘えて、自分の弱さに打ちのめされているような未熟者では──星見廻の横に並ぶには、弱すぎる。

 

「……俺にとって、華が生きてくれてるだけで有難いが。そういう話でもないんだろ」

 

 こくり、と頷く。とりあえず立ちっぱなしもアレなので、ソファに移動する。座った星見の隣に腰掛けて、その身長差にまた悲しさを増やす。自分だけ子供だ。この我儘も含めて全部。

 

「……夢を見るんです。何度も何度も、内臓を引き摺り出されるような夢を。痛くて、苦しくて、でも悲しくて、諦めてしまうような夢。あなたがそんなことするわけないってわかってるのに、それなのに……弱くて、私が嫌になる」

 

 黙って話を聞く星見。

 体育座りのような姿になって、足を腕で包み込む華、閉篭もるようにして、それでも語る。

 

「救われただけの私が何を、と思うかもしれん。私もそう思います。ただ救われただけの私が、何をそんなにメソメソと泣いているのかって。でも、悲しいんです。幸せなはずなのに、幸せが恐ろしくて」

「また失うんじゃないかって、もう取り戻せないんじゃないかって……なんだか、つらくて」

 

 気が付けば、涙が溢れていた。それを察せぬように、必死に声を押し殺す。

 

「……俺から、気の利いた言葉は言えない。だけど、ひとつだけ言えるとすれば──」

 

 自分の殻に閉篭もるように泣く華に対して、言葉を投げかける。

 その言葉に、華は思わず顔を上げた。

 

「……小っ恥ずかしいからあんまり言わないぞ。最近、少しずつ理解できるようになってきたんだから」

「……え、えっ?」

 

 少しだけ恥ずかしそうに顔を逸らす星見を見て、華は先程までの感情の全てを吹き飛ばす。あまりにも驚きすぎて、内容が吹き飛んだ。それくらい重要な言葉だった。

 

「お前が俺に向けてくれていた想いは、多分これなんだろうな。俺も最近になって、漸く理解出来た。随分と時間が、かかったけどな」

 

 帰還してから早数年──星見廻は、自分の感情と向き合った。

 

「華。俺は多分、お前の事が好きだ」

 

 ……再度紡がれたその言葉に、今度こそ華は言葉を失った。

 どれだけ願っても、決して贈られるとは思っていなかった感情と言葉。

 

「恋愛の好きってのは、こういうモンなんだろうな。心臓が高鳴るってのは」

 

 その、誤魔化すような仕草が、どうしようもないほどに愛おしくて──華は、再度涙を流していた。

 

「……私も、好き、です……っ!」

 

 何とか紡いだその言葉を皮切りに、華は抱きついた。

 たとえどれほどの悪夢だろうが、苦しみだろうが──幸せに勝るものはない。全身に溢れる多幸感に、今度は震えなかった。

 

 



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