ワールドリワインド (恒例行事)
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第一次侵攻

こんな感じの物語好きだからもっと流行れ


 街中が破壊の渦に巻き込まれている。

 

 巨大な白い身体の怪物が、家を壊し瓦礫を砕き人を喰らい斬り撃ち穿ち殺す。

 

 地獄――そうとしか表現できない。

 

「――んだよ、これは……」

 

 呆然と、そう呟くことしかできない。今朝は普通に目が覚めて。昼は幼馴染に勉強を教えてもらい――何時もの日常。

 

 なのに――なんだこれは。

 

「――(めぐる)……ッ!」

 

 幼馴染が話しかけてくる。おいおい、俺に構ってる状況じゃないだろ。

 

「待ってて、今助けるから……!!」

 

 無駄だよ。家の崩落に巻き込まれて生きてるだけまだマシだろ。俺の事は置いて、先に逃げてくれ。

 

「――ッ! 何でそんなこと言うの!」

 

 事実じゃんか、だってもう――身体の感覚が分かんないし。

 

「いい、から……! 逃げるの!」

 

 ……このままじゃお前も巻き込まれる。頼むから逃げてくれ。

 

「嫌!」

 

 頑固だな、全く……

 

「~~~ッ!! も、う……!! 重た、すぎッ! 待っててね、すぐ助けるか……ら……」

 

 お前だけ、は……生きてて、くれ……

 

 

「ねぇ待って! 返事してよ! ね――」

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「――る。――る」

「ん……」

 

 目が覚める――目を開けると目の前には幼馴染の顔。

 

「……は?」

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ガクガクと肩を揺さぶられる。いや、それよりもだ。

 

「……あるじゃん、感覚」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 先程感覚の無かった下半身を動かす為に、幼馴染をどける。

 

「ちょ、ちょっと何すんのよ」

 

 そのまま幼馴染を座っていた椅子に座らせ、肩を掴む。むにーと頬を引っ張るとそのまま伸びていく。

 

「ら、らにすんの」

 

 若干頬を赤らめ――恐らく頬を引っ張ったから――文句を垂れる幼馴染を放置してさっきのがなんだったのか考える。

 

 思い返してみても、あの時の記憶はある。

 

 確か、一人で留守番する事になったから出かけた幼馴染を見送って家でゆっくり漫画読んでた気がする。そしたら突如外が騒がしくなってきて、何だと思って窓から外をのぞいたら――変なでかいのが空から降ってきた。

 

 そしたら家の崩落に巻き込まれて、下半身が動かないことに絶望しながらパニックになってたら――幼馴染が来た。

 

 以上、回想終わり――いや、わかんねぇよ何だこれ。

 

「訳が分からん」

「それはこっちの台詞!」

 

 うがーと牙をむいて来た幼馴染に対し、座ったままのデコを押さえつけて届かないようにする。

 

「いや、ちょっと悪夢みたいな何かを見てさ。変な夢だったわマジで」

「悪夢? 何それ」

「さてな。俺が知りたい」

 

 一体何だったんだろうか、俺の夢だったのか?

 

「それにしてはリアルな感覚だったわ。下半身動かなかったし」

「それマジでやばい奴じゃん……やっぱ一緒に居ようか?」

「いや、いいよ。お前にそんな迷惑かけてられないし」

 

 出かける寸前だった幼馴染を見送る為、玄関まで向かう。

 

「じゃあ行ってくるから、本当に調子は大丈夫なの?」

「おう、平気だ。楽しんできな」

「……ん。分かった! じゃあ行ってきます」

「おういってら――」

 

 そう言ってドアを開けようとした幼馴染と、ドア周辺が一瞬で外に繋がった。

 

 周辺が一気に消えた――そのまま、消えうせたのである。

 

「……は、あ」

 

 何だと思い上を見上げる――そこに居たのは、さっきも見たでかい白い怪物と少し小さめの四本足の変な奴。

 

 でかい怪物の口は閉じられており、その口からドアと思われる素材と――人間の足の様な物が見えた。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 あの足は一体なんだ?うちに来るまで誰かが犠牲になったんだろう。

 

 ――否。

 

 じゃあ誰が?決まっている。

 

 脳が現実を認識したがらない。拒否したい、逃げ出したい、否定したい。

 

 だが、現実が嫌と言うほど押し付けてくるその事実は――残酷で無慈悲なものだった。

 

 

 

「――てめえええぇぇぇぇぇえぇぇ!!」

 

 

 武器の様な物など何もなく――素手で走り詰め寄る。人を飲み込むような怪物だぞ、勝てるわけがない――うるさい。

 

 そういう話じゃないんだ。

 

 

 ――好きな人を奪われて、黙っているなんて男じゃない。

 

 

「その人を、返せえええぇぇーーーー!!」

 

 

 そして小型の四本足の奴が前に出てきて――その身体のブレードに切断され、呆気なくその人生の幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……ああ、何だ。そういう事だったのか。

 

 さっき聞いたばかり(・・・・・・・・・)の言葉に既視感を感じながら、俺は目を開ける。

 

 視界に映りこむのは、さっきと変わらない幼馴染の顔――その事実にどうしようもない程安堵を抱く。

 

「何だよ……そういう、事かよ……」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 さっきと変わらない台詞、さっきと変わらない表情――間違いない。

 

 俺は、死んでは巻き戻る特異体質を得たらしい。

 

「ごめんな」

 

 そう言って肩を揺さぶるために彼女の手を取り、座っている俺に引き寄せ抱き締める。

 

「ちょ、なななな、なにすんの!? まだ昼だし!?」

「ごめんな……ごめん……」

 

 どうやら俺が思っていたより、さっきのは堪えたらしい。彼女が生きている――その事実がどうしようもなく有難い。

 

「……怖い夢でも、見たの?」

「怖い夢、か……確かに、とびきりの悪夢かも」

 

 終わりのない物――この無限ループには恐らく、終わりなんて存在しないのだろう。かつて見た漫画やゲーム、小説でも似たような話はあった。

 

 突如巻き戻しの能力を身に宿してしまった主人公が、自らの命を犠牲に何度も何度もやり直して世界を、国を、街を、人々を、仲間を、大切な人を救う。

 

 ありふれた英雄譚だが、そのミソは主人公があくまで凡人であるという点である。

 

「最悪だ……本当に」

 

 抱き締めた彼女の温もりを、俺は恐らく生涯忘れることは無いだろう。

 

 そして抵抗しない彼女の温もりを味わいながら――再度、意識が暗転した。

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

「……ああ、聞いてるよ」

 

 気だるげに肩に置いてある手を取る。

 

響子(きょうこ)

「何?」

 

 そう言ってこっちを見つめる彼女――響子に、俺は宣言する。

 

 

「今日一日、俺とデートしないか?」

 

 

 さぁ、逃走劇を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……ああ、また駄目だったか。

 

 最早何度目のやり直しかすらわからない程繰り返し――また失敗した。その事実が俺の重くのしかかる。

 

 四足歩行に斬られて死んだ。

 

 でかいのに飲み込まれて死んだ。

 

 でかいのに踏み潰された。

 

 どこからか飛んできた銃弾に撃ち抜かれて死んだ。

 

 彼女が斬られて死んだから、後を追って自殺した。

 

 彼女が踏み潰されたから、俺も踏み潰された。

 

 失敗失敗失敗――成功の二文字が酷く遠く感じる。

 

 

「何が駄目なんだ……」

 

 

 わからない、わからない。どうやったってうまくいかない。まるで世界が俺たちを殺しに来ている――そんな風にすら考えてしまう。

 

 それでも。

 

 とにかく模索する。どれだけ失敗して死んでも、彼女が殺されても――俺の精神が死なない限り、俺たちは死なないのだから。

 

「絶対助けるからな」

「はぁ? 何言ってんの、寝ぼけてる?」

 

 もう何度聞いたかすらわからない彼女のそんな声を聞いて、俺は再度計画を練り直す為に思考し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 聞いてるよ。次は別の道を試そうか。

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 うん。痛い思いさせてごめんな。次こそ助けるから。

 

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 ……おう。聞いてるよ。

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる!?」

 

 何故だ。さっきまであのタイミングで四足歩行は出てこなかっただろ。何だ、俺の行動で少し変わったのか?あの少年を助けたのが駄目だったのか?

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞いてる

 

 人を助けると未来の行動が変わり、結果的に死が近くなる。でも、見殺しにするのは違うだろ。でも、見殺しにしないと俺たちが生きていけない。クソったれ。

 

 

 

 

「ちょっと廻! 聞い

 

 あの少年とあそこの婆さんは無視だな。逆にあそこのOLは助けた方がいい。後から囮にできるから。そうなるとあそこの場面で四足歩行を意識する必要は無くなるな。響子の息切れだけが問題だけど、それは俺が担いでいけば問題ないだろ。

 

 

 

 

「ちょっと廻!

 

 くそっ、何だあのおっさん。折角うまく行ってたのに、これじゃ最初から練り直しだ。あのおっさんが出没する理由は恐らく途中のガキ(・・)を助けたからだな、今度は無視だ。

 

 

 

 

「ち

 

 上手く行ったと思ったんだが、駄目か。結局、ほぼ全部見殺しにするのが正解。避難所に辿り着けばまた少しは変わるのか?でも、避難所の手前までたどり着いてやり直しがかかるってことは避難所もダメなんだろ。どこだ、安全圏はどこにあるんだ?そもそも奴らはどこから発生してるんだ?何故来た?生物なのか?機械なのか?改めて考えてみても、謎ばかりだ。

 

 ……考えてみる必要がある。

 

 そもそも奴らに攻撃したことは無かった、試してみよう。

 

 

 

 

 

 

 一

 

 試しに鉄パイプで殴りつけてみたけど、ダメージは通ってないっぽい。感触もクソ硬かったし打撃は入りそうにない。次は包丁かなんかで斬ってみるか。

 

 

 二

 

 包丁じゃ傷一つ付かない。斬るって言っても本当に切れ味が良くないとダメそうだ。そもそも馬力はどんくらいなんだ?車で轢いてみたら意外といけるか?試す価値はある。

 

 

 三

 

 ぶっ飛ばしたら、反対向きになって起き上がれずにじたばたしてた。どうやら倒すことは出来なくても、四足歩行は何とかなりそうだな。ただこれをやると無害な奴まで一緒に轢いちまうし、俺へのダメージが半端ないしな。

 

 

 四

 

 四足歩行を何とかなるとか言ったが、あれは嘘だ。殴り掛かる前に斬り殺されたわ。

 

 

 五

 

 アレ、どうやって近づいたんだっけ?何かすぐ殺されるなぁ。

 

 

 六

 

 ああ、そうか。誰かが(・・・)一緒に居たんだっけ。あれ、すごく大切だったと思うんだが。

 

 

 七

 

 何を考えてるんだ俺は彼女を守ると決めたのにむざむざ危険な目に遭わせるとか幾ら死に戻るとはいえ苦しい思いを何度もさせるわけにはいかないだろう最初に誓ったことを忘れるなよこのアホカスなにをしてでも助けると決めたんだろう貫き通すぞこの野郎

 

 

 八

 

 あのクソ四足歩行野郎俺の事を狙わず響子を狙うとは絶対許さねぇいつか車で轢き殺してやるあのクソガキ俺たちの退路塞ぎやがって調子に乗るなよ邪魔をするな俺が殺してやろうか(・・・・・・・・・)

 

 

 九

 

 次だ

 

 

 十

 

 ああああぁぁぁ!!クソ、うまく行きそうだったんだ!!邪魔すんなよおっさん……!!

 

 

 十一

 

 駄目だな。あいつが生きてるといいことない――殺すか。

 

 

 十二

 

 殺すのに手間取って人が寄っていて邪魔された。次は全員殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 

 

 四十一

 

 どうやっても響子が殺される。どうすればいい、どうする。考えろ、考えろ、考えろ。考えて考え抜いて試して幾らでも挑戦しろ。俺にできるのはそれだけ――繰り返す。

 

 

 

 

 

 四十五

 

 今回はでかいのに飲み込まれてから少し時間があったから、自殺用に持っておいたカッターで手首を首を何度も切り裂いて死んだ。一つ不思議なのが、これまで一瞬で死んでた気がするが何故か生きていた。これに謎があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 五十

 

 響子に否定された。何でだ、何で分かってくれないんだ。だってそいつは、お前を何度も殺した男なんだぞ。殺すしかないだろ、分かってくれよ。お前のためなんだ、全部全部全部――お前のためなんだよ。

 

 

 

 

 

 五十五

 

 消えろよ。邪魔だ、俺たちの邪魔をするな。全部が全部、全て一切合切――邪魔だ。殺す。いや、殺すというのか?こいつらはもう人間じゃない、怪物を連れてきた人を殺すんだ――それはもう人じゃない。敵だ。殺すべき敵だ。目的の邪魔だ。障害物。消す。消すに限る。消すしかない。だから――分かってくれよ響子。

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「ちょっと廻! 聞いて――」

「行くぞ」

 

 行動開始。何度目の繰り返しになるかも分からないが、正攻法は存在しないことが分かった。

 

 条件としては、人を殺さず、邪魔者を避け、四足歩行から逃げ、デカブツから逃げ、人の多い所まで逃げる――とりあえず避難所まで行ったらそこを翔け抜けて隣町まで行くのがベストか。

 

 手早く一番近くにあるカッターを手に取りポケットに入れ、何故か(・・・)お洒落をしている響子の手を取り玄関に向かう。

 

 靴はスニーカーではなく、効率重視の安全靴。これを履く履かないで足の負傷率ががらりと変わった。

 

「ま、待って廻! どこに――」

 

 ドアを開け、まず左に駆けだす。T路地のちょうど中心にある家から左に駆けだし、凡そ一分ほど走ると大きな通りに出る。

 

 通りの南側では既に騒ぎが起きている為、ここで北上する。北に向かえば学校があり、簡易的な避難所として機能しだす。一度だけ響子を預けたことがあったが少し離れた隙に避難所が襲われていたため自殺してやり直した。

 

 学校を素通りし、徐々に人が学校に集まるために歩き出しているのを認識する。

 

「ね、ねぇ! 廻、聞いてる!?」

「聞いてる」

「と、止まって! お願い!」

「駄目だ。ここで止まったら死ぬ」

 

 響子の意見をねじ伏せ、進み続ける。仕方ないじゃないか、前に休憩したが――結果死んだ。

 

 あと数歩で逃げ切れたのに、その数歩が足りなかった。

 

 だから今回は休憩させない。無理やりその数歩を付け加えさせる。

 

 走れなくなった響子を背負い、駆ける。ひたすら隣町に向かって歩き、走り、四足歩行とデカブツに見つからないように冷静に、急いで向かう。

 

 そして隣町を繋ぐこの橋を渡り――ここからが本番だ。一番邪魔なおっさんをどうにかして避けなければならない。殺すのはNG、突き飛ばしたりしても響子に後でどやされるのは確認済みだ(・・・・・)

 

 街の中央まで凡そ十分ほどだが、その間に沢山の障害物がある。一番はデカブツと四本足。デカブツに関しては身を隠していてもこっちを補足してくるため、どれだけ遠くから先に発見するかに限る。まぁ既にいる場所は大体覚えたから、こいつらはなんとかなる。

 

 次に人。殺したら響子に文句言われるし、周りの人間にリンチにされる。どうにかして無害な奴の近くを通る――こうするしか方法が無かった。道は全部で二本、おっさんを選ぶか四足歩行を選ぶか。

 

 四足歩行に関してはもう倒せないと結論付けた。硬すぎるし、車ですら無傷でひっくり返るだけとか正直どうしようもない。二人いればどっちかを犠牲に倒せるが――それじゃ意味がない。

 

 響子だけは守るって決めたんだ――それだけは、忘れないようにしなきゃいけない。

 

 最終的に選ぶのはおっさん。あいつさえどうにかすれば、響子は(・・・)逃がせる。

 

 

 

 

 

「廻……」

 

 廻――私の幼馴染。

 

 今よりもっと小さい頃に両親が行方不明になり、沢村家に引き取られた子。

 

 私より四つも年下なのに、私と正反対の事ばかりする。

 

 喧嘩はするし、口調は荒いし、勉強をあんまりしないくせにテストの点数だけはいいし――その癖私に優しいし。

 

 家族、っていうよりは――好きな男の子、なんだろう。

 

 普段廻は変なことはしない。たまに部屋から気味の悪い笑い声が聞こえてきて様子を見たら漫画読んでたとかそういう事はあったけど、今回みたいなことは初めてだった。

 

 突然居間のソファで気絶するから彼の肩をゆすって起こしたら、いきなり外に連れていかれて。

 

 こっちは走りづらい格好してるのにもお構いなしに走って、話を聞こうとしても全然聞かせてくれないし。

 

 騒がしい後ろを振り向けば、何かでかい白いのが人を襲ってるし。

 

 訳が分からない事ばかりで、混乱が解けない。混乱が解けないまま彼に連れられ走り続けてた。

 

 息が切れて動けなくなったら背負って走ってる。私だってそれなりに重たいのに、全然気にせず走るんだもん。振動だってすごいし、お陰でたまに変な声でちゃう。

 

 だから――心配。

 

 何が廻をここまで豹変させたのか、その正体がさっぱりわからない。

 

 まるで未来が見える(・・・・・・・・・)かのように振舞う廻に、少し恐怖を感じてしまった。

 

 でも、それでも――私を守ろうと、そうしてくれてるのだけは分かる。

 

 だから待つ。

 

 騒ぎが去って、説明してくれるその時を――。

 

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁ!! た、助けてくれええぇぇ!!」

 

 

 瞬間、私の意識が声の元に向く。

 

 一人の男性が、でかい白い奴に追いかけられてこっちに迫ってくるのを。

 

 世界がスローで見える、そう錯覚する。命の危機になると瞬間的に感覚が鋭くなるというのは、あながち嘘じゃない――そんなどうでもいいことを考えながら、私はその男性を見続けた。

 

 でも、廻はそんなことはなく。

 

 まるで男性何て居ないかのように走り続ける。

 

 

 ねぇ、待って。あそこに助けを求める人がいるよ。

 

 助けないの。見殺しにするの。

 

 

 そんな言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡るけど、廻は止まる気配がない。

 

 そうこうしてるうちに、男性は追いつかれ――パクっと、何の遠慮もなく口に咥えられた。

 

 

「ぁ――」

「見るな」

 

 

 そう言って走り続ける廻に、私はどうしてと感想を持ってしまった。

 

 何で、そんなあっさりと人を、今の今まで生きてた人なんだよ、どうして?

 

 そんな感想を置き去りにして、廻は走り続ける。気が付けば後ろからさっきのでかい白いのが追って来てる、廻もそれに気づいているんだろう。足を進める速度は上がったし、息も切れてきている。

 

 でも、白いのはそんなこと知らないと言わんばかりの速度で近づいてくる。

 

 すると、突如廻が進行方向を変えた。裏路地の様な所に入り、一気に距離を短縮するつもりらしい。

 

 そして路地を進んでいると、突如視界が暗くなった。上を見上げると――さっきの白い奴。

 

 思わず叫びそうになったけど、ぎゅっと廻が力を込めて抱き締めてくれた。後ろ手だからあんまり力は入ってないけど、私の為にわざわざそうしてくれたという事が嬉しい。

 

 白いのは追いかけてくるばかりで、くらいついてくる気配がまだない。路地の先が見えて、もう少しで抜けれそうだ。もしかして抜けた先で食べるつもりなの――そう思う。

 

 廻は一生懸命走ってるから、それを伝えると若干驚いたような顔をして――「大丈夫。響子だけは守るから」――と言った。

 

 私だけは――?

 

 そう思った次の瞬間――私は路地を抜けた先へと投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――届いた。

 

 

 この路地を抜けた先には――自衛隊の車がある。

 

 前々回程にそれを発見し、あと数歩という所で二人とも飲み込まれて死んだ。

 

 だから今回は――響子だけでも逃すことにした。

 

 どうやら白いデカブツは段々死にづらくなっているので、うまく行くかもしれないというある種の賭け。

 

 

 こっちを驚愕の表情で見つめる響子の顔を最後に――意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーリー出来てるけど書く時間内から出来上がり次第投稿します


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始まり①

 ――目が覚める。

 

 ガバっと起き上がり周りを見渡しても、独房に入れられてるようで何もない。視界すら満足に見えない程の暗闇に包まれている為、響子がどうなったのかすらわからない。

 

 音も何もない空間に一人――いや、周りに本当は人がいるのかもしれないが、暗くて見えない。

 

 俺の心にあるのはただ一つ――響子は無事なのか、そうじゃないのか。

 

 ここで一度自殺をしてみるべきか?いや、上手くいったかもしれない。ここで巻き戻すともう一度やり直す事になる――いや、もう一度やるべきだ。

 

 その場で舌を噛み切り自殺するために出血する。激痛に身を悶えもがくが周りが動く気配はない――つまりそう言う事だ。

 

 次第に意識が薄れ――意識を失った。

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 ――目が覚める。

 

 体を動かす事なく、周りを見渡すために目を開ける。

 

 そこにあったのは闇。只々闇としか形容しようのないほどの暗闇。

 

 成る程、ここが次の巻き戻しポイントになるらしい。響子は助かったのだろうか?だが確かめたくても確かめられない。死んでも巻き戻らないというのは思ったより心に来る。

 

「ああ、くそ、何で……」

 

 言葉が漏れる。心の奥底で思っていた言葉は、何の抵抗もなくするすると口から出てきた。

 

 俺は彼女を守ると誓ったのに――◼︎◼︎響子を。

 

 

 絶望に包まれて、心が折れそうになりながら――冬の寒さに耐える雑草のように、ゆっくりと意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

「三十五番、起きろ」

 

 前回とは違い、響子の声じゃない目覚めの声――不愉快だ、消え失せろ。そう思いつつ目を開けると独房の前に三人の男が立っていた。

 

「貴様らはトリオンが最低限しか無い落ちこぼれだ。戦場じゃ役に立たない――だが、素手で戦場に送り込むつもりもない。あとで武器を支給してやる。有り難く思えよ」

 

 こっちの意見など無視して一方的に言葉を紡ぐ男に思うところはあったがそれはそれ。こっちは攫われてきた言わば奴隷、そんな存在に一々丁寧に説明する奴がいるのだろうか。

 

 だが、さっきの自殺で既に分かったことがいくつかある。

 

 一つは確実にこちらの命をどうでもいいと思っていること。

 

 暗闇の中薄れゆく意識で、音だけは何とか聞こうとした。だが、決してどこかから慌てるような音や動く音は聞こえなかった。

 

 仮に監視しているなら、様子を見にきたり何かしらのアクションがあるはずだ。それすらないと言う事は、こちらの命をどうでもいい正しく奴隷だと思っているのだろう。

 

 もう一つは、他にも攫われた人間が居るという事。

 

 この偉そうな奴の口ぶりから察するに、三十五番と言うのは俺の事。そして三十五番という数字が上からか下からかは如何でもいいが、三十五番という数字をつけるくらいには人がいるという事。

 

 そして、言語が通じる事。

 

 脳に細工でもされたのか、それともたまたまかは知らないが――どうしてか日本語が通じる。英語でもない日本語が、だ。

 

 薄暗いので相手の顔は見えないが、カタコトな様子はない。つまり日常的に使用しても支障の出ないほどに言語に慣れている事。

 

 魔法かなんかを使って翻訳してるならまだしも、あんな非科学的な機械か生物かも分からない変なのを使ってきてるんだしもう訳がわからん。

 

「明日、お前には戦場に出て貰う。精々壁になって死ね」

 

 ここまで清々しいといっそ感動すら覚える。奴隷という扱いを完全に理解して行動している。

 

 そう言って出ていく偉そうな男と付き人の兵士を見送って、俺は再度自殺した。

 

 

 

 

 

 

 

「三十五番、起きろ」

 

 前回との変更点――いきなりこの偉そうな男と会話していること。どうやら何らかのタイミングの後に更新されるようだ。

 

 この状況的に言えば、【絶対に覆せない物】を通り過ぎた後だろうか。

 

 諦めたくは無いが、響子を助けるのはアレがベストだったのだろう。いや、そう思わないと生きていけない(・・・・・・・)。頭がおかしくなりそうだ。何度も死んだのに覆せなかったなんて――耐えられない。

 

「ああ、そうだ。大丈夫、アレが最善なんだ、これ以上は無かった。しょうがない、違う大丈夫、これしかなかった。これ以上の終わりは無い、俺は生きてるしあいつも恐らく助かった、な?アンタもそう思うだろ?」

「……大尉、これは……」

「壊れて使い物にならんか。殺せ――ああいや、待て。せめて肉壁にはなってもらう。今から送り込むぞ」

 

 ああ、そうだ。だから許してくれ。分かってくれ。生きててくれ。俺が俺で有る為に、どうか弱い俺に生きる理由で居てくれ。

 

「転送しろ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

 怒号で意識が覚醒する。ああ、クソ、どこだここはお前は誰だ響子はどこだ無事なのか今すぐ帰らせろいや帰るぞ死んでやる。

 

「――おい、お前頭おかしいんじゃないのか…?」

 

 止めるな、死なせろ。そこらへんに落ちてる木材でも目から本気で貫通させれば脳味噌はぶち抜けたし、頭蓋骨も貫通できた。人間意外とやろうと思えばできるものだ。

 

「誰か! そこの馬鹿ども! 手伝え!」

 

 近寄るななんだお前ら俺は響子に会いに行くんだどけよクソ野郎お前らは呼んでない必要じゃない俺が求めるのは■■響子だけだ。

 

「クソっ、押さえつけろ! すげぇ力で自殺しようとしやがる!」

 

 うるせぇ、死んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

 ――はぁ、取り乱した。死にたくなってくる。

 

 この死に戻りに目覚めてから度々混乱してしまう。これも恐らく、心の何処かで否定している自分がいるからなんだろう。

 

 大丈夫、響子は死んでない。天下の自衛隊だ。守ってくれる。それよりも、どうやって再会できるかを考えよう。

 

「聞いてるのか!!」

「うるせぇな、聞いてるわボケ」

 

 ああイライラする。お前らなんぞどうでもいい、俺は響子に会いたい。こんなどこの国のどんな奴なのかも知らない奴の声を聞き続けるより、響子の声が聴きたい。

 

「貴様、奴隷兵の分際で……!!」

 

 そう言って腰に携えていた剣を振りかざしてくる。オイオイ死んだわ俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい新入り! いつまで寝てやがんだ!」

 

普通に人の事殺すんだな。まぁこれではっきりした。確実にここは正常な世界じゃないってことが。

 

「俺はお前らゴミムシ以下の存在を押し付けられた憐れな士官だ。お前らには何の期待もしていない、さっさと盾になって道を作って死んで来い」

 

お前らという言葉に反応し周りを見渡すと、確かに日本人の――と言うより、アジア系と言った方がいいのだろうか。確実に俺の同類の様な奴らが死んだ目をして佇んでいる。

 

三十人ほどだろうか、それだけの数の男女が呆然としている姿は流石に恐怖する。

 

「む? 何だ貴様、武器も持ってないのか。仕方ないな……ほら、これをやるから適当に突っ込んで死んで来い」

 

其処ら辺に立てかけてあった剣を渡される。マジ?そこらへんにあったもの適当に渡すのは流石に予想外。

 

「ふん、精々壁になってこい」

 

光があたりを包む―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――過剰なほどに与えられた浮遊感と、それに伴う不愉快な感覚でゲロを撒き散らしながら光から覚める。

 

「援軍……いや、奴隷兵士か」

 

ゲロを吐きながら声の主の方を見ると、そこに居たのは騎士の様な鎧が立っていた。

 

「ちょうどいい。ここから南東に50キロ進んだところで友軍が交戦中だ。行ってこい」

「……歩いて?」

 

「そうだ。お前たちに何度もワープを使うのは勿体無い」

 

 

……は、はは。どうやら、覚悟はしてたけど甘かったらしい。

 

本気で人間だとみていない。奴隷は奴隷だと割り切っている。

 

生きてても死んでても変わらない――人間以下の何か。それが俺たちの価値なんだろう。

 

 

「……行こう」

 

 

歩き出す。ともに送られてきた仲間が付いてくるかは知らないが、とにかく進む。もう元には戻れない、幸せだったあの頃は帰ってこない。

 

ならば、もう一度取り戻す。

 

響子は助かり、俺は生きて地球へ帰る。

 

死んでも元に戻るのだ。何度繰り返すことになっても――必ず会って見せる。

 

それが、沢村響子に救われた星見廻の使命なのだから。

 

 

――長い戦いが、始まった。

 

 

 

 



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始まり②

 一

 

 友軍の居る場所への行軍とは名ばかりの、俺たち奴隷兵を体よく処分する作戦が始まった。食料がそもそもないし、服装も皆スニーカーとか革靴とか安全靴とかバラバラである。そんな状態で行軍とか言われても出来るわけがない。

 

 戦場からは離れてるからそこまで敵襲的なモノは警戒しなくてもいいかもしれないが、如何せん何もない。この絶望的な状況じゃ普通の人間は何も考えられずパニックになるだろう――そう、普通なら(・・・・)

 

 生憎俺は普通じゃない。確かにあいつらが求める条件には何かが達していないんだろう。

 

 だが、俺には皆にない――やり直しが存在する。

 

 セーブを勝手に世界によって決められ、【最善】と思われる行動を行えば次に進む――それは果たして、人間と呼べるのだろうか。

 

 こんな俺の(ざま)でも、たった一つ――一つだけ、胸に抱く思いがある。

 

 俺を救ってくれたたった一人の人間を救う事。

 

 それだけを胸に――何度死んでも、生き延びてみせよう。

 

 

 

 一先ず愚直に進んでみることにする。皮肉なことに時間は無いが時間がある、なんという矛盾だろうと思ったがその通りだ。例え世界に時間が無くても、俺には何時までだって時間がある。

 

 思考しろ、実行しろ、練り直せ、思考しろ、実行しろ――これの繰り返し。思考と実験の連続――科学の実験に似たような物だ。

 

 進んで一時間程だろうか、仲間の一人が小休止を取っている間に消えた。仲間?ああ、仲間だよな。殺してこないし、同じ待遇なのだから仲間で間違いない筈だ。

 

 消えたのは男性が一人――大方現実に耐えれなくて逃げたのだろうか。まぁ実際逃げ出したくもなる。

 

 俺の様に現状命に限りは無い無限コンティニューを持っているならまだしも、たった一つの命でこの道を歩き戦場に行って死んで来いなんて命令されたら普通逃げ出す。いや、でも……逃げ出せない程精神が疲弊していたら別だが。

 

 そういう意味ではここに残った人間はそういう意思がない――というより逃げたい、逃げなくちゃいけないという思いと逃げても意味が無いという諦観の想いが重なっているのだろう。実際今ここで逃げ出そうという事を切り出す人間は居ない。

 

 

「逃げても行く場所は無い」

 

 

 つまりそういう事だ。絶望して圧し潰されて諦めて――もう、心が死んでいる。

 

 このままじゃ駄目だ。この先の未来で、仲間が必要になるかもしれない。ならどうするか――具体的な方法は今はまだない。

 

 進んで進んで、解決策を考えるしかない。俺はまだ一度目、何度だってやり直せるさ。

 

 

 

 凡そ5時間程経っただろうか。一度休憩をとるために声かけをしてその場に座り込んだところ、ある一人の女性から大きな音が聞こえた。空腹の合図である。

 

 そう言えば食料も何一つ渡されていない――辿り着かせる気がそもそもないんじゃないか、いやきっとないな。

 

 ここまで歩いて来たが生物や食料になりそうなものは何一つなかった――詰んだなこりゃ。

 

 俺自身腹は減ってるから、この状況で一番避けるべきなのは――仲間割れである。仲間割れするほど元気があるかは謎だが。

 

 人間を食べようと思い始めたらもうそれは終わりだ、だからどうにかして生きてる人間以外に目を向けさせる必要がある。

 

 試しにそこら辺の土を口に放り込んでみる――うん、土の味だ。まずい、まずい――これ食って意味あるのかってレベル。

 

 俺のその姿を見て、腹を鳴らした女子が何かに耐える様に土を手に取った。やめとけ、別に土は食っても意味ないだろ。

 

 空腹の足しになる物は何もない――それが事実だった。だが、何もないとは言うが土はある。石はある。

 

 三十人ほどの人間の腹の中に収まるような物なんて地球でも自然じゃロクに遭遇しない。

 

 つまりこの時点で選択肢が分かれるのだ。

 

 

 一、死に戻って食料を要求する。

 

 これは意外といけそうな気がする、軽い食料程度なら持たせてくれる――かもしれない。成功率十パーセントくらいか?

 

 二、ひたすら進行してさっさと目指す。

 

 これが一番現実的か。只管進んで進んで、友軍とやらに合流する。友軍が全滅してたら死に戻って別の道を探すし、友軍がまだ粘っていたら恐らくセーブポイントは新しくなるだろう。

 

 

 なら最初は二番を選択する。一先ず友軍への合流を目指す。

 

 

 その旨を仲間に伝えると、微妙な反応ではあるがとりあえずついていくという反応が返ってきた。

 

 まだ意外といけるかもしれない、ここで絶望するのは早いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二

 

「援軍……いや、奴隷兵士か」

 

 しまったな、そう言えばあいつら白い変なのを忘れてた。

 

 結局戦場まで一気に行くのがよさそうだな。戦い方に関しては徐々に慣れていくしかない――今回は何度も休憩を取ったから遅くなったがもう少し早く行けば仲間ともっと早く合流できるはずだ。

 

 今回の死因としては、シンプルに色々試しながら向かったからだ。着いた頃には友軍とやらはかなり追い詰められてて、合流するにはしたがその瞬間敵の白いのが襲い掛かってきて仲間の半分くらいを殺された。結局俺もそこから逃げられず死に戻った。

 

 ならばさっさと行く――前に食料を要求してみる。

 

 

「は? 食料……ふむ、まぁ転送はそう何度も出来ないが食料程度ならいいだろう。ただし二日分だ」

 

 

 意外と行けた。もしかして転送出来ないのは本当にできないからなのか?だとしたら別の日に向かわせろよコンチクショウ。

 

 

「転送はトリオンが大量に必要なんだ、お前らミソッカスを送るために私達隊長クラスのトリオンが丸一日分使われてはたまらん」

 

 

 結構話すじゃねぇか。説得したら行けそうな気がしてきた――けど、多分そこは無理。食料もらえた上に、この現場指揮官みたいな奴が結構喋れるって分かっただけ儲かってる。

 

 仲間に一声かけてから歩き出す、その歩幅は割と早めに設定している。前回とは違い食料がある為、休憩時間を食料を食べ終わる時間と設定すればさっきの様に不規則な休憩はとらなくて済む筈だ。

 

 

 が、現実は非常。貰った食料の半分を奪ってさっき脱走した男と他三名が逃げ出した。全員男。まぁそうなるよな、あいつみたいに絶望の中でも逃げれるようなメンタルがあればそりゃあ飯持って逃げるわ。

 

 逃げたもんは仕方ない、次に回そう。

 

 そうすると食料が減るのは当たり前のことで、三十人の二日分の食料のうち半分でなんとか食い繫ぐ。俺は幸い前回土を口に含める事が判明してるので、さっきの空腹少女にでも食料を分けて最低限で食っていく。

 

 そうして進行しているとあっという間に友軍と合流。所属を聞かれたが奴隷兵だから「奴隷兵です」と答えたら、さっさと前線に行って死ねと言われた。

 

 普通少しはねぎらいの言葉のひとつでも掛けるだろ、こいつらほんと頭おかしいな。まぁ言われたもんは仕方ない、しょうがないと前線に向かいだした俺に空腹少女が声をかけてきた。

 

 

「本当に行くんですか?」

 

 

 そりゃあ行くよ。それ以外にやる事ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 へぇ、ここからになるのか――アレが最善?いいやそうではないだろ。

 

 前回までは【最善がセーブポイントになる】と思っていたが、どうやら違うっぽいな。流石に最善で固定だったらなんてご都合主義、俺はそんな舞台装置ではないという事か。

 

 余計条件が分からないな、メタ的な考えをするとイベントフラグが進むのか?なんにせよもう少し条件に付いて考える必要が出てきた。

 

 前回は問答無用で死ねだった。奴隷兵で所属が無いのが問題なのでは、と思ったので今回は所属を聞いてみる。くそ、こうなるんだったら階級とか名前とか(・・・・・・・・)もっと聞いておくんだったな。

 

 

「俺は三等級十五位、アレクセイ・ナンバーだ」

 

 

 三等級十五位――がどれくらいすごいのかは知らん。けど、ある程度の階級であることは間違いないのだろう。

 

 三等級十五位のこの情報からわかることは、何等級に分かれている――簡単にいえば、一二三に分かれている可能性があるという事。そして更にその等級の中に順位という物が存在してることも理解できた。

 

 

「お前たちは――ああ、証無し(・・・)という事は奴隷兵か。なら早速で悪いが前線へ向かってもらう」

 

 

 さっきより柔らかい言い方。ファーストコンタクトの差によって扱いが若干変わるのだろうか――いや、その場の気分だな。二日ほど歩き通しで合流した兵に向かって奴隷兵なら死んで来いと命令するような奴がまともな筈がない。

 

 脳に刻め。こいつらは人間じゃない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。こいつらは侵略者だ、人の皮を被った悪魔だ。

 

 無害で何の責任も持ってない俺たちを攫い、人権を無視する奴らだ。普通じゃない、付け込まれるな、事情を理解しようとするな――そう自分に暗示する。

 

 

 アレクセイと名乗った男と対面していた状況から、無言で踵を返し向かう。

 

 

 

「本当に行くんですか?」

 

 

 

 ああ、行くよ。

 

 

 

 

 

 

 四

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 うーむ、あの白い何かがまるで倒せる気がしない。味方と協力して斬りつけてみたが、支給されたこの変なロングソードが弾かれて反撃されて胴体に穴を開けられて死んだ。

 

 勝てる気がしないが、どうやってこいつらは倒しているのだろうか。

 

 

「奴らを倒す方法?ああ、トリオン兵の事か――いや待て。そんなことも知らずにきたのか?」

 

 

 そんな事なんも知らされてない、変な武器を渡されただけだ。そう伝えるとアレクセイは頭を抱え、その中世の騎士のような鎧をガシャンと音を出す。

 

 

「何考えてるんだ本部の連中、これじゃ無駄死にさせるだけだろ……本当上層部ってアレだな。いや、申し訳ない。せめて使い方くらいは伝えとけよ……」

 

 

 ぶつぶつと頭を抱えて何かを言うアレクセイに、僅かな親近感を持ち――一瞬で全てを捨てた。

 

 騙されるな、アレは演技だ。中身は悪魔、人間ではない。あの仕草も俺たちの理解を得るためにやっている仕草の一つだし、俺たちに気を許させるためにやっていることだ。

 

 わざわざあの最初の場所にいた奴らが何も言わずに送り込んだ理由もこれだろう、飴と鞭――その言葉に尽きる。騙そうとしてるのが見え見えだ。

 

 他の連中は一度で終わりだが、俺は違う。何度でもやり直してお前たちの企みは全て理解してやる舐めるなよ――

 

 

「ああ、そうだすまないな。これの使い方は簡単だ。握って体の中の血を操るような感覚でトリオンを流し込めばいい」

 

 

 感覚派過ぎて理解できん、扱えるようになるのは何時になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 五

 

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 無理だ。俺にこれを使いこなせる気がしない。

 

 例の少女は一瞬で扱えるようになってた――やはり……天才か。俺は全く扱えなかった。ただ少女も限界はあるようで、前回の戦場では五体程斬って真っ二つにした直後に斬れなくなってその場に倒れこんだ。

 

 俺が前に出て試しに血液を操作するとかいうバカみたいな感覚を練習してみたが、さっぱり理解できずにそのまま白い奴――そういえば、前回奴がトリオン兵と言っていた――に斬りかかって殺された。

 

 まぁ幸いなのは俺に武器を使う才能が無くても、何度も練習できるところだろうか。

 

 要は死に続けるしかないという事――クソったれめ。

 

 

 

 

 

 

 六

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 少女にコツをいっそのこと聞いてみた。

 

 

「なんかぎゅーってやればうまく行きますよ!」

 

 

 だめだこりゃ、お前ら分かる?わからんか、俺もわからん。

 

 

 

 

 

 

 七

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 若干分かった……かもしれない。前まで微塵もダメージの入っていなかったトリオン兵の身体に、少しだけ傷がついた。少女みたいにズバァン!真っ二つ、とはいかなかったけど十分進歩しただろう。

 

 感覚を思い出す為に何度か握ってみてるけど、正直分からん。実際に斬れるか斬れないかで何度も繰り返すしかないのか。まぁそれだけが俺の唯一ある才能だと思えばいい。

 

 

 

 

 八

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 駄目だな、どうにもダメージが入らない。もしや本当にその手の才能が無いのか?戦う事が出来ないとなると、正直無理だ。これから生きていく自信は無い――死ぬことは無いわけだが。

 

 ああ、クソ。どうするか。でもまだそんなに繰り返してない筈だ、漸く死ぬのにも慣れてきた。落ち着け俺。敵に咀嚼されて死ぬわけじゃないし、身体を遊び感覚で千切られるわけじゃない。いつか見た創作物の人物たちよりまだまだマシだ。

 

 安心して死ね、何度でも繰り返せ。それが俺に出来る唯一なのだから。

 

 

 

 



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始まり③

 九

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 トリオン兵に斬りかかるも無事死亡、何故うまく行かないんだろうか。ていうか、俺自身に本当にそんな能力的なものがあるのかすらわからん。

 

 いっそのこと空腹少女にそういうの感じ取れないかどうか聞いた方が早いのでは……?

 

 一先ず毎回最早通例となった戦闘方法をアレクセイに聞くこれは、アレクセイがぶつぶつ何かを言いながら頭を抱える所までテンプレになった。あ、先に誰かにやってもらって変化あるかどうかみればいいじゃん。

 

 

「え? 言われたとおりにですか? はい!」

 

 

 そう言いながら死にそうな顔をしていた筈の少女が若干嬉しそうな顔でブンブンロングソードを振るう。恐怖すら感じる状況だけど何も感じ取れない。

 

 オイオイ、落第者とかそういう次元じゃないぞ。これは本格的にどうやって生き延びようか躊躇うレベル――あれ、待てよ。

 

 最初のころの俺の死因ってなんだった?思い出せ、何かに繋がる気がする。四足歩行に斬られ撃たれ、殺されてた。その他に数度、あのでかいのに飲み込まれて死んでた筈なんだ。

 

 おかしいぞ、そういえば俺が最終的に決めた道では飲み込まれたはずだ。なのに生きてる。

 

 ……どういう法則があるんだ?たまたまなのか?

 

 確証がない以上変な可能性に賭けるわけにはいかないが、何度か死んでその回数によって俺のそのトリオンとやらが増加、もしくは変化するのか?

 

 一考の余地はある――まぁ、既に何度死んだかなんてわからない訳だが。

 

 

 ぶおぉんぶおぉんとちょっと俺の持ってる武器とは違う勢いで振り回される武器と空腹少女を見ながら、再度戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

 十

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 くそっ、また駄目だった。傷はつく、傷はつくがその程度だった。相変わらず数匹ずばずば斬って死にかける空腹少女を庇って死ぬ繰り返しである。どうすればそこまで切り裂けるのか俺には分からん。うーむ、何が足りてないのだろうか。

 

 ん?待てよ。そもそも敵の数を把握してないな。

 

 現状自分の力で突破できないのだから、どうにか周りの力を頼らざるを経ない。最も戦闘力を発揮しているのは黒髪の空腹少女。他の奴らがどうかはさっぱりわからないがこの子を起点に立ち回るしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 十一

 

「援軍か? 所属を答えろ」

 

 敵の数は多くこそないが、俺たちだけじゃ確実に勝てない。一番の戦力である空腹少女が四、五体で止まるのに対して敵の数は恐らく百は超えるだろう。これ何て無理ゲー……。

 

 希望も救いもない現状に頭が痛くなってくる。ああクソ、どうすりゃいい。どうすれば生き延びれる。俺が力になれないだけで、こんなにも絶望的だなんて――

 

 

「どうしました?」

 

 

 ああ、ごめんな。お前の所為じゃないんだ。俺が悪いんだ。俺が、俺が、俺が、俺に、才能が無かったから……駄目なんだ。ああ、折れるな。まだ数回死んだだけだ。響子を連れて逃げた時を思い出せ。思い出そうとしても思い出しきれない程に死んで死んで繰り返した地獄をお前はもう乗り越えただろ。

 

 死んだ顔から少しだけ希望があるような表情に変わった空腹少女を見て、俺自身に何故その力が無いのかと心の奥底で思ってしまう。

 

 本当は、ただの無意味な嫉妬だと分かっている。彼女のその才能があっても、恐らく彼女と同じように四体ほど倒して殺されておしまいだろう。この状況では、俺が最も可能性がある人間なのは間違いないのだ。

 

 繰り返せ、何度でも。それだけが俺にできる唯一なのだから。

 

 

 

 

 

 十二

 

「援軍か? 所属を

 

 少女を中心に立ち回ってみたがうまく行かなかった。結局のところこの中で一番才能のある空腹少女でもミソッカスな事に変わりはないらしい。神様がいるなら今すぐ祈って救ってほしいと思うほど絶望的な状況だが、大丈夫だ。

 

 俺の心が折れない限り、俺たちは死に続け生き続ける。

 

 

 そうだ、再度■■響子に会うために――俺は何度死んででも帰って見せると誓ったんだ。

 

 

 

 

 十三

 

「援軍か?

 

 やった!傷を一つ付けるだけじゃなく、あいつらの武装の一つであるブレードを根元から斬る事が出来た。まぁその直後に撃たれて死んだが。それに、若干だが自分の中の力が分かった気がする。血液を操って注入とか意味不明過ぎるアドバイスだったけれど案外あってるかもしれない。

 

 ……でもこれ、何度も死んだ俺がやっと出来るんだから他の奴ら出来ないんじゃないか?

 

 まぁ大丈夫か。その場合は俺が何度でも死んで繰り返せばいい。目の前の人間を救うために遠回りくらいは、響子も許してくれる筈だ。

 

 

 

 

 

 ――斬る。

 

 ただそのひとつに集中する。

 

 目の前を駆けるトリオン兵を待ち受け、周りの警戒も行いつつこのトリオン兵を斬ることに全神経を集中させる。チャンスは一瞬、感覚は覚えた。何度も何度も何度でも練習できるのだ、必ず使いこなせるようにだってなる筈だ。

 

 瞬間駆け出し、四足歩行の目の前に躍り出る。

 

 そして手に持った剣を振りぬく。自動車ほどのサイズだが、この謎の力――トリオンならばうまく行くはずだ。何より、ぶった斬るという行動はもう何度も見たからイメージが出来る。

 

 砲口から刃を滑り込ませ、その瞬間に前に更に加速する。その巨体を飛び越えるかのように飛び抜け、そのまま真っ二つにする。

 

 よし、うまく行った――!!

 

 何度死んだかは数えてないが、ようやく単独で殺すことができた。ここからだ、ここから漸く反撃が始ま

 

 

 

 

 

 

 

 十四

 

 無慈悲にも一体殺したところで横合いからの砲撃で死んだ。流石に容赦なさすぎる……てかあの空腹少女はあんな即砲撃飛んでくるような状況で五体も殺してたの?頭おかしいんじゃないか。

 

 それはそうと、やっと自分の力を自覚できた。どうやらこの剣、トリオンを流し込むとトリオンを纏って攻撃する仕組みらしい。非効率的すぎるだろ……他になんかないのか。トリオンがミソッカスな奴にこんな効率悪いモノ渡すとか本当にこの国は頭がおかしいな。

 

 一体殺す事が出来たら後は何度も繰り返して繰り返して繰り返す。殺し殺されの繰り返しを永遠に続けるだけだ。

 

 次だ次、何度だって繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 十五

 

 一体殺して、次に飛んでくる砲撃を避けてもう一体殺せた。行動パターンが大きく変動しないのは前回で学習済みだ、出来るだけ覚えて最高の未来を手にしてやろう。

 

 

 

 

 十六

 

 三体まで殺した。

 

 

 

 十七

 

 五体殺したところで、足が消し飛んだ。てか、六体目が斬れなかった。どうやらトリオン量に関してはやはり空腹少女もその他も俺も等しくミソッカスらしい。足が消し飛んだ時に空腹少女が助けに来てくれたけど、俺に気を取られてる間に他のトリオン兵に殺されてた。クソったれ、俺なんかを庇うなよ。俺は何度だってやり直せるけど、お前らは違うだろ?

 

 殺すことに夢中になって仲間を忘れちゃいけない。俺にとって■■響子が一番大事だが、彼女は今は無事な場所に居る――筈だ。

 

 そして俺は無事ではないが死ぬことは無い。ならばそのうち確実に再会できるのだ。だからこそ、俺は仲間を大切にしなくてはならない。今この世界に居る唯一同じ民族なのだから。

 

 

 

 十八

 

 これ、斬る瞬間だけトリオン流し込めばいいんじゃないか?結局前回も七体までだったが、最後の最後で極少数のトリオンを流し込んだらその一瞬だけ斬れた。つまり、流し込む時間を減らせば殺せる数も増える。

 

 流し込む時間を減らすという事は、それだけ早く斬る腕が必要になるという事だ。ああ、いいだろう。何度でも斬ってやる。

 

 

 

 

 十九

 

 一体を本当に極少数のトリオンで殺す練習をした。結果的に言えばいきなりは無理だった。何度も繰り返さないと無理だなこりゃ。毎度毎度手足が千切れてくが、最近痛みをあまり感じなくなってきた。いちいち苦痛を感じなくていいから精神的には楽だな。

 

 

 

 

 二十

 

 まだ無理。でもなんとなく感覚は分かった。一瞬だけ流し込むっていう事は意外と難しくない……いやごめん嘘。めちゃ難しい。試しに空腹少女に聞いてみたら、

 

 

「一瞬だけ、ですか? ……あ、出来ました」

 

 

 やはり……天才か。天は二物を与えずとはよく言ったものだとつくづく実感するよ。つーか流し込む才能があっても剣を振るえなきゃ意味ないし。アレ?そう思えばなんで空腹少女いきなりあんな早く剣振るって動けるんだ?

 

 やっぱ選ばれた人類なのか……? もしそうだとしたら逆に納得する。戦闘するために産まれてきた血族とか言われても正直疑わない。

 

 初手で俺がズタボロにされてるのに初見で動ける空腹少女は正直おかしい。もうこれやっぱ空腹少女の存在がどうにも必要に感じるけどな……。

 

 

 うーむ、やはり何度も試してるがなんとなくでしか上手くいかない。まぁいいか、どうせ何度でも繰り返せるし。

 

 

 

 

 



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始まり④

 四十

 

 トリオンを一瞬だけ籠める――めちゃくちゃ難しい。全然うまく行かない。

 

 相変わらず空腹少女は一回で成功させてにぱーと笑顔を向けてくるがこっちはその才能を素直に羨ましいと思うほかない。ああ……自分が醜くていやだな。彼女はたまたま生きる上で必要のない才能を持ってた所為でこんなところに連れてこられてるんだ。だから余計な感情を抱くな。彼女は仲間で俺が救うべき一人だ。

 

 

「どうしました?」

 

 

 いや、何でもないよ。頑張ろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

 トリオンを一瞬だけ込めるのに成功した。籠めるのに成功したのはいいが、籠めるのが一瞬過ぎて結局ちょっと刃が食い込んで終わりだった。やっぱり剣を振るう速度自体が早くないと駄目だな。どうするか、剣を振る速度の強化なんてどうにもならんぞ。

 

 うーむ、こっちは生身だしな。ただの人間の身体能力じゃ無理だろ。……あれ、そう考えると空腹少女が本当に人間かどうか怪しくなってきた。ちょっと違う生物なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 四十六

 

 剣を振るう速度を意識してみたが、駄目だな。どうにもうまく行かない。ちょっと空腹少女に例の一瞬だけトリオンを籠めて斬る方法を教えたら、一人で五匹同時に相手してた。頭おかし……じゃなくて、動きがヤバかった。あれ絶対堅気じゃねぇよ。どこぞの格闘漫画出身だろあの子。

 

 敵のブレードを掻い潜って、飛んできた砲撃を切断しそのまま二体同時に斬り残り三体を相手にする。

 

 彼女だけ世界観が違う、これは間違いないと思う。

 

 折角だし彼女の動きを見て真似してみよう。動けてるイメージが自分の中で存在しないからその動きが出来ないのであって、まずはイメージを確立させるところから始めよう。

 

 

 

 

 四十七

 

 目で追えるけどわけわからん、どうやったらあんな変態挙動出来るんだ……?やはり彼女は格闘漫画とか異能バトル世界の出身に違いない、いやまぁ異能バトルなのはこの世界も一緒か。

 

 でも若干イメージはついてた。彼女の場合なんていうかアレだな、トリオン兵の攻撃が来る前に反応してる気がする。やばすぎだろ。

 

 とてもじゃないが真似できそうにないけど、現状彼女を参考にするほかないよな。

 

 

 

 

 五十

 

 少しだけ理解できたかもしれない。彼女恐らくだけど、【勘がいい】。

 

 ……それだけ?と思うかもしれんがこれ、それだけだと思う。勘が良くて、身体を動かす才能があって、戦う才能がある。主人公かな?いやー選ばれた人間って本当にいるんだなってつくづく思わされるね……俺も選ばれた人間だと思うけど。神様じゃなくて悪魔に。

 

 俺には生憎戦う才能もないし動く才能もないし勘も良くない。オイオイ何も持ってないじゃねぇか。大丈夫、何も持ってない俺でも何度でもやり直せればどうにか出来る。それは既に証明済みだから、問題ない。

 

 さ、次に行こう。この程度で止まってる暇はない。

 

 繰り返せ、学習しろ、実験しろ――死を恐れずに突き進め。

 

 

 

 

 

 五十五

 

 彼女の観察をしつつ、すこしずつでも剣を振る速度を上げられるように練習する。一対一なら負けなくなってきた。逆にここまでやり直して漸く一対一で勝負になる様になるって所にセンスの無さを感じる。まぁいいさ、あいつらは一回で終わりだけど俺に終わりは無い。精々これまで殺してくれた感謝を込めて一振りで終わらせてやろう。

 

 それはそうと、やっぱり俺たちの中で一番異常なのは空腹少女だ。いつやっても常に複数体相手にしてそれで生き残るのだからすごい。やり直すたびに限界がリセットされてるから何体か倒したら動けなくなって死ぬからその度に代わりに俺が死んでるんだけど。

 

 剣を振るうと意識して振るうのではなく、身体が勝手に動くとかそういう領域になるまで極めるしかない。俺は彼女の様な才能はないのだから、ひたすら身体に染み付かせる。

 

 視認する、斬る――ではなく、視認した、既に斬ったへと変更しなければならない。

 

 殺して殺して殺されて、その繰り返し。

 

 

 

 

 

 六十

 

 一体一体殺意を籠めて。

 

 漸く斬る速度が追い付いて来た。

 

 やはり何度も繰り返して行うというのは体が勝手に反応するから良いモノだ。

 

 

 

 

 六十五

 

 一体を殺す時間が凡そ十秒程度に短縮できた。殺すどころかボコボコにされ続けてた奴をこういう風に殺せるようになるとアレだな、なんつーか気が楽になる。状況は絶望的だから気は抜けないんだけど。

 

 

 

 

 七十

 

 二対一で囲まれても何とか対応できるレベルになった。ただやっぱり二段攻撃とか同時攻撃が来ると呆気なく死ぬから、まだまだ油断はできない。一つずつ慎重に積み重ねていこう。

 

 

 

 

 七十五

 

 二対一無理。これ勝てる気がしないわ。何度やっても多段攻撃が対応できない――あークソ、どうすればいいんだ。俺自身に腹が立つ、何故ここまで才能が無いのだろうか。物事がうまく進んでるときはいいが、下手な失敗をしたりうまく行かなくなると精神的に不安定になっちまう。

 

 大丈夫、俺は凄い奴だ。出来る。問題ない、トリオン兵なんざぶち殺せ。

 

 それに、俺はいつか再会すると誓ったんだ。

 

 ……誰に、誓ったんだっけか。

 

 おい、嘘だろ。誰に、誓ったんだ?やめろよ、何でどうして。俺は、そう、■■■■に――ああ、嘘だろ。いや待て、まだ覚えてる。俺はあの人に会うと決めた、守ると決めた。■■響子を守ると決めたんだ、それだけで十分だろう。そうだ、俺は覚えてる。問題ない。

 

 

 

 

 八十

 

 試しに空腹少女の闘い方を再度観察してみたが、どうやら彼女は狙ってなのか無意識なのかはわからないが敵に囲まれないように立ち回ってるっぽい。一体ずつおびき寄せ、近くに寄せて斬る。

 

 そして回避し再度おびき寄せる――鮮やかな戦闘方法だ。効率的で合理的。相手をおびき寄せるというのも参考にさせてもらおう。

 

 

 

 

 八十一

 

 真似してみたが、おびき寄せるのはいいがそのまま追い付かれて死ぬ。彼女はすんなり回避してるけど初見じゃ無理だろこんなん。何度も繰り返しやってみるしかないな。

 

 

 

 

 八十五

 

 ああ、そうか。一人に視点を集中させすぎなんだな。こういう時は一度冷静になってみるべきだ。一対一に慣れ過ぎたと言うべきか。

 

 考えを変える必要がある。ここは戦場で、一対一で正々堂々と戦うような場所じゃない。卑怯外道姑息何でもありだ。俺には絶望的なほど戦う才能が無い。通常の人間が一回やれば覚えれるようなことが俺は十回やらねば理解できないし行動に移せない。

 

 ――だから、こんな能力なのか。そんなことはどうでもいい、切り替えろ。

 

 だからこそ、俺はやり直す。

 

 今度は視界を広めに、一体の動きに集中するのではなく周りを見渡せ。

 

 

 

 

 

 九十

 

 やっぱり上手くはいかない――が、少しづつ対応できるようになってきた。

 

 左右両方に居るトリオン兵を相手に、少し時間はかかるが殺せるようになった。左のトリオン兵を斬り殺し、瞬間砲撃が飛んでくるから右にいるトリオン兵に突撃して振るわれるブレードを回避しそのまま斬る。

 

 無茶な姿勢から斬ると中々力が入りづらいから、最初のころは一対一でも全然速く斬れないとかはあったが流石に慣れた。腕で振るうのではなく、身体全体を動かして斬る。エネルギーの流れを無理やりに動かさず、自然に動かせばそれなりに速度と力が乗る。

 

 二体倒せたことに安堵しつつ、砲撃を向けてきたトリオン兵に意識を向けようとしたら――

 

 

 

 

 

 九十一

 

 まぁ二対一はなんとかなる様になってきたか……問題は意識外からの砲撃。俺たちの持ってる武器は現状このロングソードのみで遠距離武器なんざ一つもない。

 

 これ遠距離に居るやつらをどうにかする方法を編み出さないとずっとここで繰り返すことになるな……どうするか。他の武器を探すくらいしか方法は無いんだが。そこらへんの石にトリオン籠めたら兵器にならないか――流石に無理だ。

 

 空腹少女に斬撃伸ばせるか聞いてみるか。

 

 

「斬撃を伸ばす……?」

 

 

 ブオォン!!と少女が剣を振るうとちょっとだけ、ちょっとだけ切っ先より少し先くらいにあった土がえぐれた。これじゃ流石に無理だな、てか伸ばせんのか……やはり天才か。

 

 百体くらいいる内の凡そ十体は協力して狩れるようになった――何だ、着実に進歩してるじゃないか。焦ることは無い、じっくり作戦を考えて手段を思いつき実行すればいい。

 

 

 

 

 九十二

 

 試しに剣をぶん投げてみた。トリオンを注入した分だけ稼働する武器なので、勿論弾かれた。バカか俺は。

 

 

 

 

 九十三

 

 シンプルにひたすら動き回ってみる。これまでで最高の十匹を自分だけで殺せたが、息切れと体力の消耗がヤバすぎて遠くの敵に撃ち殺された。

 

 

 

 

 九十四

 

 遠距離の敵の動きを見張れる奴が居ればいいんじゃないか?ツーマンセルで組ませて、俺と空腹少女の二人がメインでトリオン兵を狩る。残りの組みで一体ずつ処理させて、余った組でやられそうになってる所の援護や遠くの様子をうかがわせる。

 

 お、これ最強の作戦じゃないか?

 

 

 

 

 

 九十五

 

 そもそも剣を満足に振れる奴がほぼ居ない件について――当たり前なんだよな……俺も普通に剣振るうだけで苦労したのに、それに対して彼ら彼女らは初見で剣を振って敵を殺せと言われる。

 

 いや、そりゃ無理だな。俺も感覚がマヒしてたかもしれない。俺が出来るのは繰り返したからで、才能があったわけではないという事。

 

 これからは先に誰が出来て誰が出来ないかを見定めて、そのうえで振り分けをしよう。

 

 遊撃隊として動くのは俺と空腹少女。他の組は互いをカバーし合える程の近距離である程度固まって、死角が無いようにすること。空腹少女が力尽きるその瞬間までにこの百数体を殺しつくさなきゃ最低でも生き残れないハードモードだが、俺も一人で一割持っていけるようになったし協力すれば絶対うまく行く筈なんだ。

 

 これで何度か繰り返して、どうしてもだめな場所があったらもう一度考え直そう。

 

 

 

 

 

 

 

 




死に戻り主人公の良い所を私が思っている限り伝えようと思います
まずやはり一番の理由としてはその精神性の強さですね何度絶望を叩きつけられ死を迎えても決して折れずに自分の思い描く未来を手に入れる為に挑戦するのは控えめに言ってかっこいいしそれに対して段々表側の態度が壊れていく様子を見るのはまさに愉悦私個人の趣味としてはやはり某ハリウッド小説がかなり理想なんですけどあそこまで死を恐れないと私としては素晴らしいと感じます何度かやり直すことで把握し自分の置かれた状況を利用して何とか生き残ろうとするその心意気はとても素晴らしいもので私が実際に自分がそんな能力を押し付けられても瞬間で諦める自信がありますなので私は彼らが大好きです証明完了Q.E.D


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始まり⑤

 九十六

 

 どうやら半分くらいの人達はやり方を教えると実行できるらしい。才能の塊すぎて非凡な俺には辛い現実があったけど、そのお陰で助かるのでセーフ。

 

 流石に空腹少女の説明は擬音だったから理解できる奴は居なかったけど、俺が少しだけ理論的に解説したらすぐ出来るようになるやつが数人いた。

 

 それと流石にこの一瞬だけ斬るやり方は無理らしい。こんな状況なら空腹少女ばりの才能持った奴らがうじゃうじゃいてくれてもいいのによ……。

 

 とりあえず剣にトリオンを込めて、それが正常に動くメンバーを集める。大体……うん、さっきも確認した通り半分くらいだな。これだけいれば二人一組で一体ずつ相手にするとして、理論的には一グループ一体で十五体のそれを二回のルーチンで三十体。俺と空腹少女でそれぞれ三十五体以上!

 

 アホか。

 

 ひとまずとりあえず武器を扱えるメンバーを中心に組みを分けて、それぞれ二対一の形に持っていくようにと伝える。さて、それじゃあ行ってみようか。

 

 

 

 

 

 九十七

 

 少し手が足りなかったな。あと半分まで持ち込んだんだが、そこでトリオン切れで俺が戦えなくなって手足もげて死んだ。いくら回避を重視して戦ってるとは言え、何手か躱したら斬る戦略なので無限に躱せるほど体力と力はない。

 

 普通に考えて無理だろ。俺と空腹少女で三十体以上はアホ。あーくそ、せめてトリオンがどちらか一方にもっとあればいいのに……と一瞬思ったけど、トリオンあったらミソッカス扱いされてねーな。

 

 どうしてもトリオンが足りない。どうするか。トリオンが足りないと確実に奴らに勝つ時がやってこない――ああまてやめろ。切り替えろ。無駄な思考をするな。

 

 暗い考えをするな、俺はまだやれる。才能がある。いける。倒せる。帰れる。またあの日々に戻れる。

 

 

 ――よし、行こう。

 

 

 

 九十八

 

 だーーくっそ、今度は空腹少女に頼りすぎた。かなりシビアだなこれ、空腹少女に頼りすぎてもダメだし俺が無理しすぎてもダメ……ある程度周辺の敵を倒したら仲間と合流してもいいかもしれない。

 

 仲間と合流して、周りを安全にして少し休憩を取るのはどうだろうか。トリオンが回復するしないにしても、精神身体共に回復できれば少しは変わるだろうか。

 

 

 

 

 九十九

 

 一度小休止を挟むことによって、遥かに進み具合が変わった。愚直に殺すという作戦だけではダメで、少女の体力や俺の集中力的に一度回復するくらいの余裕を持った方が良さそうだ。

 

 最後の十数体まで殺せたが、最後の最後で囲まれて砲撃によって死んだ。少女の動きも鈍っていたし、俺の集中力もそれなりに落ちてた。まぁ仕方ない、勝てる要素が逆になかった。

 

 くそっ、やっぱり課題は最後のあそこか……二人であの数を相手にするのに無理があるのか?いや、待てよ。

 

 俺が走り回ってなんとか囮になればいい……のか?空腹少女の最後の息切れと俺の息切れを防げばいいんだが、かなり前に走りまくった経験がある。自分の限界はある程度見極めた。

 

 一度に数十体相手にするのは流石に始めてだが、それまでを抑えながら戦おう。

 

 あと少し、あと少しなんだ。最後のあの数十体さえ相手にできればなんとかなるんだよ。だから、頼むぞ。

 

 

 

 

 百

 

 一、二、三四五。

 

 リズムに合わせ左右に揺れ動き、トリオン兵の攻撃を誘発させる。トリオン兵がブレードで挟み込むように動いてきたその瞬間俺の後ろにいた空腹少女が素早く前に躍り出てそのままトリオン兵を両断する。

 

「左に二体砲撃右三体」

「左カバーします」

「任せた」

 

 互いにたった今両断されたトリオン兵の亡骸を盾に直進する。砲撃が来る――何かが背筋を撫でるようなゾクリとした感覚に従い亡骸を投げつける。

 

 飛んでった亡骸に砲撃が直撃し、トリオン兵から俺の姿が直視できなくなった。その隙をついて姿勢を低くして更に加速し一気に懐に潜り込む。

 

 勢いを殺さぬまま、奴の胴体の下を滑る――腹部から胴体を断ち切るために地面とトリオン兵に挟まれる形になるが、問題ない。

 

「オ――ラァッ!」

 

 胴体を斬り裂き、真っ二つにする。その瞬間左右にいるトリオン兵が此方を認識してブレードを振ってくるが、右のトリオン兵に接近することでブレードを回避する。

 

 真横から振るわれるブレードに対し、上空に身を捻りながら跳ぶことで確実に避ける。地面に身を伏せる、と言うのは基本的にあまり得策ではない。

 

 後ろにもう一体いて、ブレードを振り翳している状況だから上に避けた。これが砲撃の準備をしていた時は砲撃を優先して躱す。

 

 それだけ砲撃というのは厄介だ。なにせ気がつけば次のループに突入するのだから。だからこそ一体に集中するのではなく、複数の視点を持ち様々な作戦を考える。

 

 上空をすれ違いざまにトリオン兵を両断し、地面に着地する隙を晒さないように、着地と同時に転がり止まるタイミングを無くす。

 

 その瞬間着地した場所に砲撃が飛んでくる。ドゴン!と陳腐な爆発音が響き渡るという訳の分からない状況だが落ち着いて対処する。

 

 焦るな、冷静になれ。仲間はちゃんと戦えてるし、空腹少女も複数体を相手にしてまだ生存してる。トリオンが無くならないよう一瞬だけ斬るこのやり方は空腹少女の生存率を大幅に向上させた。

 

 流石に他の仲間にこんな事の出来る奴らは居なかったが、一人いるだけで大分助かる――というより、正直な話この子が居なければ俺の精神は折れていたと思う。

 

 もう一体近くにいるトリオン兵が砲撃を放とうとしている。しかしその直前に再度背筋に凍りつくような感覚が現れたので、直感に従い斜め左に上半身を一気に下げ、速度を落とさず走り続ける。

 

 先程まで上半身があった場所に正面と背後から砲撃が飛んできて、目の前のトリオン兵に背後からの砲撃が直撃する。

 

 グラついたその隙を見逃さず、一気に肉薄し両断する。

 

 背後からの砲撃が先程あったので、その場に留まることなく走り始める。ただし全力ではなく軽く流す程度に。

 

 一番良くないのは見晴らしの良い場所で動きを止めること。

 

 現在荒れ果てた荒野で、石くらいしか身を隠せるものが無い上に死角がどこにあるのかすらわからない。

 

 戦闘の音が少し離れた方向で聞こえるので、友軍の場所と方向だけはわかる。つまり音とは反対方向に敵がいるという事だ。

 

 一旦空腹少女と合流する為に後方へ下がる。一人で突出しすぎても良いことは無いし、仲間と足並みを揃えるのが大事だ。

 

 時々飛んでくる砲撃を気にしつつ、空腹少女と合流する。既に五体撃破したようで若干肩で息をしているがまだ戦えそうだ。

 

「一旦皆の所まで下がろう。この付近のトリオン兵は大体片付いたから、少しは休憩出来るはずだ」

「はい、わかりました」

 

 二人で後ろを警戒しながら仲間の元へと後退する。トリオン兵の姿はちらほら見えるが、まだこっちまで射程が届くような距離ではないのか砲撃を撃つ様子はない。

 

「攻撃してきませんね。これくらい距離があるとこっちに届かないんでしょうか」

「どうだろうな。こっちにとっては好都合だ、さっさと合流しちまおう」

 

 

 

 仲間達と合流すると、どうやらこの付近のトリオン兵は粗方片付けたみたいだ。大量のトリオン兵の残骸が残っていて、それに身を隠しつつ休んでいる。

 

 やはりこのやり方が正解か、少し安堵の息を吐く。

 

「にしても、すごいな嬢ちゃんに兄ちゃん」

「そうだそうだ、お陰で助かったぜ」

 

 先程まで死にそうな絶望しきった顔をしていた仲間達が話しかけてくる。その表情に疲労は見えるが若干目に光がある。

 

「いやいや、私なんかよりお兄さんが、ですよ」

「……お前の方が多分すごいぞ、最初は格闘漫画の世界から連れてこられた人間なのかと思ってた」

 

 えっ、とその場でビシリと固まる少女に、お前も同じだと周囲の人間に目を向けられる。やめろやめろ、俺はお前達と一緒だ。無いもの同士仲良くしようじゃないか。

 

 それにしても、と仲間の一人が切り出す。

 

「あいつらなんなんだ? 兄ちゃんの説明のお陰で何となくわかったが――生物?」

「機械だろありゃ。あんなヘンテコ生物いてたまるか」

 

 俺の説明――アレクセイに毎度のことそれとなく聞き出し、仲間に噛み砕いて説明する。そうすれば怪しまれないし、ただ理解力のある人間の一人として思われるだけだと判断した。

 

「トリオン兵――そもそもトリオンとやらが何かわかってないから現状不可解なモノであることだけは間違いない。それに、一つだけ分かってることがある」

「分かってることですか?」

 

 そう、何もわからないこの状況でも俺たちに分かることがある。

 

 

「――あいつらは敵だ」

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 小休憩を終え、再度戦う。

 

 仲間達には相変わらずの戦法で戦って貰い、俺と空腹少女の二人で数を減らす。

 

 ここ数回で、俺にも直感というかなんか変なのが備わったのか知らないけど躱すタイミングとかが分かるようになってきた。お陰で戦いやすくていい。

 

「どうします?」

「前に四体、その後ろに一、ニ、三四五………どうにか出来るか?」

「二人なら出来ますよ」

 

 空腹少女の信頼が厚く涙が出そうだ、こんな醜い嫉妬だらけの男なのに信用してくれてるのは非常に嬉しい。

 

「カバーするから好きに動いてくれ」

「――はいっ!」

 

 そう言って二人で駆け出す。左右見渡しても近い距離にトリオン兵は見えない為、少しだけ警戒を緩めて正面のトリオン兵に相対する。

 

 空腹少女が一気に加速し、トリオン兵の砲撃の照準から外れる。その代わりにターゲットが俺に変わるが、問題ない。

 

 その隙を突いて空腹少女が肉薄し、眼前にいた四体の内二体を両断しすぐさま後方に跳ぶ。その姿を再認識しトリオン兵がブレードを振るおうとしたその瞬間――俺が懐に入り込んでいたことに気が付かないトリオン兵は、そのまま両断される。

 

「来るぞ」

「はい」

 

 互いに口数が減ってくる。流石に一度に沢山の相手をすると精神的に疲弊してくるのだ。死への恐怖や、痛みへの恐怖が――俺はそこまで響かないが。

 

 死――今現在最も俺と遠く俺と近い物だ。

 

 痛み――気がつくとあまり感じなくなっていた。身体の危険信号が痛みだと昔なんかの本で読んだことがあったが、それを是とすると俺の身体はどんな刺激を受けても危険信号と受け取らないのだろう。

 

 人間は適応する生物である――つまり、【死】と【痛み】に若干耐性ができたという訳だ。数え切れないほど手足が千切れてればそりゃ慣れるよ。

 

 先程の四体の後ろに控えていたトリオン兵達――ざっと見て十体ほどだろうか。この数を相手にするのは正直厳しい。いくら小休止したとは言え俺たちのトリオンは回復してるのかどうかも分からないものだ。

 

 精神面で少し回復しているのはまぁ認める。肉体的にも。

 

 しかし一番肝心なトリオンは謎――絶望しか感じない。

 

「でも、やるしかないんだよ……」

 

 心に言い聞かせる。勝てる。やれる。負けない。俺たちは強い。自分の心を無理やり奮い立たせろ。俺が折れない限り、この戦いは終わらないのだから!

 

 

「やるしか、ないんだよ!」

 

 

 ――瞬間、加速する。正面に散らばっていたトリオン兵の亡骸を蹴り飛ばす(・・・・・)。少し離れた所に居たトリオン兵に直撃し、その身体を巻き込んで跳ねる。

 

 直後、砲撃が吹き飛んでくるので右に旋回して回避していく。正確に俺の動く未来を予測して放たれるその砲撃を心底厄介だと心の中で悪態をつきながら、次々飛んでくる砲撃を辛うじて避ける。

 

 そして俺が半周ぐるりと回って奴らが完全に後ろを向いた瞬間――左の一体が突如半分に割れた。俺が囮で空腹少女が本命であり、基本俺は逃げ回る。流石に少女よりかは男の俺の方が体力があったので俺が役割を担う事にしている。

 

 半分にしたトリオン兵を足場に、いまだにターゲットが俺から移っていないトリオン兵を飛び移りそのまま斬り結んでいく。そして残り四体まで減った段階で漸く空腹少女を認識した奴らの隙をついて俺が接近する。

 

 彼女に砲撃とブレードによる接近攻撃を仕掛けようとしたその隙に背後から二体斬る。両断されたその身体を蹴り、そのまま残った連中に叩きつける。

 

 錐もみ状態になったトリオン兵を空腹少女と同時に一体ずつ斬る。

 

 すぐさま亡骸になったトリオン兵に隠れて少しの間息を潜める。流石に死ぬのに慣れたとはいえ、ここまでうまく行ったのは初めてだ。だから緊張する。

 

 

「はぁ……ハッ……」

「大丈夫か」

「は、い。ちょっと、息が……」

 

 

 流石に空腹少女も限界が近づいて来たらしい。かくいう俺もそろそろ膝が笑い出すところだが。

 

 

「……戻る、か」

「でも、今は……」

 

 

 周りの様子があまり分からない。それが一番怖い所である。友軍の居る所とはあまり離れていない筈だが、戦闘音が聞こえないのだ。ここまで来て失敗か――いや、信じろ。こんなところで終わってたまるか。負けてない。そもそもあんまり数が向こうには回っていない筈だ。

 

 

「……動けない、か」

 

 

 現状動けないため、この場所で息を潜めるしかない。トリオン兵が近づいてこないことを祈る。味方は今頃どうしてるだろう。無事だろうか。誰か一人でもかけてないだろうか。

 

 不安だ。どうしようもなく不安だ。

 

 これまでは自分が戦場を理解していた――死に戻りという性質上、俺が一番戦場を理解していたのだ。殺しの空気、死んだ仲間、発狂する人間――巻き込まれて殺害される俺たち。それをこれまでも何度も見てきた。

 

 仲間が発狂して俺たちに被害が及ぶなんて、もう何度も繰り返した。斬る練習をしている頃なんて、俺は仲間に対して何もしていなかったからそれこそもっとひどかった。

 

 だが今は違う――戦場を支配しているのは、紛れもなくトリオン兵であり俺たちはあくまで戦場の駒。

 

 百対三十という数の暴力を何とか凌ごうと、生き残ろうと明日を掴むと意気込んでいる駒なのだ。

 

 だからこそ不安だ。何かまた新しい要素が来るのではないか、また変な敵が出てくるんじゃないか――ああ、不安だ。

 

 

「――大丈夫ですよ」

「……何がだ」

 

 

 空腹少女が若干震えだした俺の手を取ってそう言う。

 

 

「――誰も、死んでません。負けてません。私たちは、死にません」

 

 

 そうはっきりと告げる彼女に、俺は何も言えなくなった。

 

 違うんだ。もう何度も皆死んでいて、今回たまたま上手く行ってるんだ。本来呆気なく死ぬものなんだよ――そう心の中で思うが、決して口にはしない。そんなことをいって信じられる人間なんかよっぽどの物好きくらいだろう。

 

 

「だってほら。私は生きてます」

 

 

 そう言う彼女は、トリオン兵の亡骸で身を隠しながらも僅かに顔を覗かせ空を見る。何度も死に、絶望し、その命を散らした少女はこちらに顔を向けずに語りだす。

 

 

「こんな名前も知らない、どこかも知らない、地球なのかもわからない様な場所に放り出されて突如殺し合いをしろなんて滅茶苦茶です。でも――生きてます」

 

 

 そう言ってこちらを振り向いた彼女の顔は、とても輝きに満ちていて。

 

 

 

 

 何故だかそれが、非常に眩しく思えた。

 

 

「だから――え」

 

 

 

 少女が此方を振り返ると、なんだか奇妙な物でも見たかのような表情をする。なんだろう、変なものでもあったのだろうか。

 

 唐突に喉の奥から込み上げてきた吐き気と液体に驚愕しつつ、どうした、と声を出そうとして声が出ない。

 

「ぁ……?」

 

 辛うじて発した戸惑いの声と、腹に異物感がある事に気がつく。ふと見ると、背から腹にブレードが生えていた。

 

「は、ん……くそったれ」

 

 流石に意識が遠のいてくる。痛みが少ないとは言え、腹を突き破られて無傷で居られるほどではなかったらしい。ズブリと抜かれるそのブレードをどこか他人事のように見つつ、そのブレードの先にあるトリオン兵の姿を見た。

 

 既に真っ二つになっており、その背後には全身を鎧で覆われた人型の姿があった。

 

 目を閉じる瞬間、空腹少女の泣いている顔とその横に佇む人型の鎧(・・・・)を見つめながら、意識を落とした。

 

 

 

 



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決意/始まり

 ゆっくりと、目が醒める。

 

 これまでに一度も見た事のない景色――というより、若干古びた木の板。俺たちの言葉風に言えば、それは天井と呼ぶのだろうか。

 

 周りを見渡そうとするも、周りは白いカーテンで区切られているので全く様子を伺うことができない。

 

 腕には点滴だろうか、液体の入ったパックがいつもの銀色の奴に引っかかって俺の腕に繋がっている。

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 どうやら冗談を言う程度には回復出来た――始めて見た景色ということは、俺はどうやら生き残ったらしい。

 

 

 一

 

 

 暫く何もせず布団で睡眠を貪ることにして、誰かが来るまで待つ。仮にここが軍の基地だったとしたら、目を覚ましたことで何らかの処遇があるだろう。ああでも待て、奴隷兵士に処遇を与えるような気はあるのだろうか。

 

 目が覚めた次の瞬間、次の戦場へ行ってこいというパターンも無くは無い。ああクソ、考えがまとまらない。

 

 ここはどこだ。俺は今生きているのか。死んでいるのか。考え事が出来ているのだから生きているに決まっている。だが、俺は何度死んでも思考を繰り返した。その事実から考えると、今の俺は死んでいると言っても過言ではないのじゃないだろうか。そもそも生きてるとは何だ。何が基準だ。

 

 そんなことはどうでもいい。切り替えろ。

 

 あの後どうなった。俺の腹が刺され、空腹少女が泣き、鎧姿の変なのがトリオン兵をぶった斬っていた。最後に見た景色はそれだった。

 

 簡単に状況を整理すると、鎧姿の変なのが俺たちを助けてくれた――つまり友軍だったのだろう。友軍……今さら考えるのもアレだが、果たしてこの星?世界?の人間を仲間だと思っていいのか。

 

 侵略者で、略奪者で、支配者だ。奴らは俺たちをゴミだとしか思っていない。

 

 それを仲間だと思っていいのか?

 

 違うだろう。仲間というのは、空腹少女や他の連れ去られてきた同じ人たちのことを言うのだ。好き勝手に俺たちを利用し、その命を無駄に散らして盾になれと命令してくる奴は仲間とは――呼べない。

 

 そうだ。仲間なんかじゃない。俺が命を張るのは、捨てるのは、あくまで俺達のためだ。

 

 それは連れ去られた仲間たちであり、空腹少女であり――ああいや待て。そうじゃない。俺の命は、たった一人のためのものだ。そう、■■■子。■■響子。そうだ。思い出せ。忘れるな。俺は彼女に会うために生きるんだ。間違えるな。

 

 そこを履き違えてはならない。そうだ。

 

 

「あ、目が覚めたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 どうやら俺たちは簡単な防衛拠点まで下がって来たらしい。アレクセイ率いる本隊が、俺たち奴隷兵士が正面から囮をやっている最中に横から突撃して前線を押し上げる――そういう作戦だったらしい。

 

 勿論作戦を立てたのはアレクセイではなく、本部の連中だそうだ。

 

 そんなことは心底どうでもいいが、少女曰く先程の闘いで特に活躍したと証言された俺と少女はアレクセイに呼ばれているらしい。目が覚めたら即戦場では無くてよかったと安堵する――が、束の間その思考を捨てる。

 

 次は何だ。また戦場か?また捨て駒か。肉壁になれと?

 

 ああ嫌だ、嫌悪感しか生まれない。人のことを人だと思っていないクソ野郎共。勝手に攫って、お前らは無能だと烙印を押し死ねと命令する。

 

 クソだ。人の形をした別の生物。しっかりと刻み付けろ。

 

 

 

 

 

 アレクセイの話を纏めると、俺達二人は特に使える奴隷兵だと本部に認識されたそうでこれからあちこちの前線へ投入されることが決まったらしい。本当にクソったれだなこの国。

 

 それについてアレクセイも思うところがあるらしく、申し訳ないと謝罪してきた。そう思うならせめてもう少しマシな装備を寄越せ。それか元の世界に返せ。まぁこいつに言っても仕方ないし、黙っておくことにした。

 

 もう少し人材を貴重に扱ったりしないのか――実は、本部の方で攫われた俺たちの内トリオン量が多かった連中は丁重に扱われているらしい。前線に投入されるのも少なくとも一年はされないという話で、装備もアレクセイが使っている全身を鎧に変換する武装――トリガーという物をわざわざ用意するらしい。

 

 何という充実っぷり、才能ある奴らは羨ましいね全く。

 

 その代わりと言っては何だが、アレクセイが可能な限り便宜は払うと言ってくれた。ああ、ありがた――待て。洗脳されるな。等しくこいつらは同じだ。これも最初と同じで、上が鞭でこいつが飴だ。騙されるな、疑え、自分を確立させろ、簡単に覆させるな。

 

 取り敢えず、もう少しまともな武器はないか聞いてみた。

 

 

「あるにはあるが、その……君たちのトリオン量が微妙過ぎて、あまり使い物にならないと思う」

 

 

 喧嘩売ってんのかこいつ……悪かったな俺たちが底辺で。ほら見ろ!お前のせいで空腹少女もめっちゃ微妙な顔してんじゃねぇか!あんな射程足りない近接限定装備でどうやって前線を生き残れってんだよ。結局今回だって、俺と空腹少女の二人が幾ら頑張っても助かる未来は無かった。

 

 別の勢力の介入――まぁ簡単に言うとアレクセイの部隊がいなければまたループしていた訳だ。そういう所だぞミソッカス。

 

 まぁそんなことはどうでもいいので、切り替える。一番俺が聞きたいことはこれだ――元の世界に戻れるのか。

 

 

「……現状、君たちの世界に帰る方法は一つ。この国のトップクラスの実力者たちが戦力を求め近くに飛んできた国を侵略するのだが、そのタイミングで君達がそのトップチームに参戦するほか無い」

 

 

 そりゃまた、ミソッカスには厳しい現実だ。この世界から帰るには、この国でも有数の実力者にならないといけないらしい。その上、他の国、他の世界を侵略し戦力を補充する――つまり今の俺たちのような存在を新たに生み出す侵略に参戦するしかない。

 

 思わず、ため息が出る。ああ、やめろ。こんなところで折れるな。まだ終わらない。可能性はある。そうだ。たった今こいつが自分の口で言っていたじゃないか。この国有数の実力者になれば侵略に参戦できると。

 

 ならば逆に好都合だ。この国で上を目指すのなら、どちらにせよ実力が無いといけない。奴隷兵士の今の俺を認めさせ、侵略に出すような信頼を築く。

 

 そう考えれば、強制的に戦場に出されるのは好都合だ。俺は力をつけられる、国は戦争に勝利できる。あぁ、こうだな。

 

 だから余計な事を考えるのはやめよう。

 

 この国でも有数の実力者になり、侵略に参戦し、どんな国や世界を犠牲にして恨みを買っても――俺は■■響子に出会うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

『ようこそ、ボーダーへ』

 

 その言葉を最後に、城戸の挨拶が終わる。公式に新ボーダーとして創設してから始めての入隊式になるので、一番上の人間が挨拶に出てきた。

 

 そして、古株――旧ボーダーと呼ばれる組織の頃から所属する青年、迅悠一もこの場にいた。

 

 サングラスを常に頭に引っ掛け、飄々とした表情と言動で周りを混乱させ――そして、未来を見通す力を持つ。

 

 彼がいる理由――それは一重に、ボーダーの未来を案じて城戸に呼ばれたのである。その目で直接見た人の未来を確認し、ボーダーに不利益を見通す人物がいた時は早期に対応する為。

 

 そんな迅は、会場全体を見渡し未来を見続けた。知らない人間の未来を勝手に見るというのは気が引けるが、その重要性を知らないわけではない。伊達や酔狂でボーダーという組織に所属しているわけではないのだ。

 

(……ま、今のところそんな人は居なさそうだな)

 

 密かに安心する。自分達はトリオン兵や近界民から人を守るためにあるのであり、決して守るべき人を裏切り傷つける為にあるのでは無いのだ。

 

 問題も無さそうだと報道陣の方にも目を向けて、この生放送の直後SNSで話題になる未来を見通し苦笑し――そして、再度入隊する予定のメンバーに目を向けた時、見たことの無い未来が見えた。

 

 それは、一人の女性だった。硬い表情に、意志の強い瞳。

 

 加えて一人。顔が見えないが、体格からして男だろうか。ローブの様な服装に身を包み――彼女と話す姿。

 

 何だ、この未来は――そう思った瞬間、その光景は消えた。未来を見ては勝手に消えるなど初めての事だったが、それほど可能性の低い未来だったのだろう。

 

 仮に百回チャンスがあっても、一度訪れるか訪れないか――そういう領域の話だ。ならばそう気にする必要も無いか、そう判断し再度未来を見渡し始めた。

 

 

 



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地獄へ①

 一

 

 まぁ戦場に出るまで一週間程時間はあるらしいし、少しでも英気を養うかそれとも訓練するかで迷ったが折角だし試せなかった事を試そうと思う。

 

 空腹少女の限界とか、俺の限界とかちゃんと見極めないといけない。一応前回の戦いで限界は訪れているが、恐らくあの状況だと碌に理解できていないだろう。

 

 なので空腹少女に一度全力でトリオンを武器に注入してもらう。俺は何度も繰り返すことで必要最低限は覚えたが、まだまだ未熟。生き残るにはごく僅かなトリオンすら貴重だ。

 

 俺も全力でトリオンを注入した結果、一分程度で枯渇した。二人揃ってミソッカスすぎて笑ってしまった。笑った空腹少女の笑顔を見ると頭痛がしたが、ひさびさに笑いすぎて痛めてしまったのだろうか。

 

 どうやらトリオンも飯を食ったり休憩をとることで回復するらしい。俺があの時休憩をしたのはあながち間違いではない――のか。結果論的には。

 

 しかし――飯がまずい。というより、全然味がしない。こんな物を美味そうに食える辺り、空腹少女も割と過酷な生活をしてきたのかもしれない。飲み物すら味がしないしな。

 

 飯を食って、一先ず腹を膨らませたら剣を振るう。並のトリオン兵相手なら一対一で負けない程度の力は付けたつもりだが、やはり対人である程度練習しないと自分の粗や拙い部分の洗い出しが出来ない。空腹少女とアレクセイの両名に剣を見てもらう。

 

 

「スッと行ってズバーンですね!」

 

 

 アレクセイに助けを求める様に視線を向けると、それは無いだろう的な表情で空腹少女を見ていた。それは俺も同意するわ、仲間に教えるのに空腹少女が感覚派過ぎて全く参考にならなかった話するか?

 

「あぁ……た、太刀筋と言うか剣が奔っている部分はいい。抵抗なく、斬る事に特化した剣だな。トリオン兵を相手にするうえで困ることは無いだろう――そのトリオン量さえ気にしなければ」

 

 やっぱりか……トリオン量を増やすことは出来ないのか?

 

「一応、【トリオン器官】と呼ばれる場所を鍛えればトリオン量が増加する事は研究で発表されている。使えば使うほど増える筈――だが、その……君は増加量が著しく低いんだと思う。先日と今日、比べてみても大差ない」

 

 ミソッカスに変わりはねーじゃねーか!どうせ戦場に投入されるから、そう悲観する事でもないかもしれないが。

 

 結論、素の身体能力を強化することにした。筋肉を付け、体力をつける――トリオンなんかなくても物理でトリオン兵殺すわくらいまで強くならないとマジで厳しいかもしれん。

 

 オイ、何逃げようとしてんだ。お前もだぞ空腹少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目、相変わらず飯がまずい。そこら辺の土とかと変わらないんじゃねーかこれ。飯を食い、湯で身体を洗ったら即トレーニング。ひたすら剣を振るって振るって振る。一人で二時間程振ってたけど、途中から空腹少女と模擬剣みたいので訓練する事に。

 

 まぁ対人も出来ていた方がいいに決まってる、アレクセイに聞いたが俺たちの武器――トリガーと呼ばれるモノらしいが、それを扱う他国の【トリガー使い】とやらとその内戦うことになるかもしれないのだから。そうだ、全員殺す。俺が生き残り帰るのに邪魔だ――だから死ね。

 

 そして相変わらず空腹少女は天才だった。普通避けれないだろそのタイミングって所で無理やり回避する。どうしてその身のこなしが出来て体力がないのか。走り込みだ、体力付けるぞ体力。

 

 二人でわいわい走っていると、アレクセイの部隊の奴らがちょっかいかけてきたから走り勝負をした。お陰で体力が無駄に削がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにやら外が騒がしい、もう真夜中だぞ全く。アレクセイのお陰で与えられた部屋の窓から外を見渡してみると、びっしりとトリオン兵で外が埋め尽くされていた。オイオイマジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 二

 

 窓から少しだけ顔を見せただけで撃ち抜いてくるとかやべーな。つーか巻き戻る時点はここかよ。

 

 今度は何が起きているか把握している為、肌身離さず持っている剣を握りしめ一先ず仲間との合流を目指す。俺に与えられた部屋はアレクセイの部屋からそこまで離れてはいない。歩いて三十秒と言ったところだろうか。

 

 その間に空腹少女の部屋もある為、ついでに寄れば一石二鳥。地味に変な所で天然だからまだ寝てるかもしれないし。

 

 部屋を出て、トリオン兵の目が無いか身を伏せながら周囲を見る。窓の外を見れば大量にいたが、どうやらまだ中には入りこんでいないらしい。

 

 廊下を音をできるだけ出さずに移動する。廊下の窓から見えないように度々屈みながらも、なんとか空腹少女の部屋までたどり着いた。

 

 ドアを開けて少女のベッドを見る。そこには膨らみがあったので、まだ寝ているのかと安堵の息をつく。窓から見えないよう、回り込んでベッドに接近して少女を起こす。

 

 ゆさゆさと動かしてみたが、どうやらかなり熟睡しているらしい。あんだけ走ればまぁ疲れるよな……仕方がないので少女を背負い、少し重量は感じるがまだまだ余裕だ。走って逃げるくらいの体力はある。

 

 部屋の外に出て、アレクセイの部屋を目指す。と言ってもほぼ一直線の廊下を駆け抜けるだけなので、先程までと同じように時に屈みながら部屋に向かう。爆発音や叫び声が外から聞こえるが、一切を無視する。悪いな、俺は俺だけで忙しいんだ。

 

 アレクセイの部屋の前まで到着したが、この状況下でこいつが黙って部屋に居る気はしなかった。でも一先ずは合流すべきだろう。駄目なら死ねばいい(・・・・・・・・・)

 

 そう思いながらドアを開けると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 三

 

 空腹少女を抱えてからじゃ遅い……のか?既にアレクセイの部屋にはトリオン兵が侵入していて、アレクセイの手足が飛散し既にこと切れた死体が一つあっただけ。

 

 あの感じだと助けてからじゃ遅いが、そもそも今の時点でアイツ生きてるのか?戦闘音が聞こえないし、窓が割れたような音も聞こえなかったが外の音に紛れただけという可能性も無くは無い。

 

 一先ず空腹少女を置き去りにして、アレクセイの部屋へと向かう事にする。何故か頭痛がしたが(・・・・・・・・・)そんなのは無視、さっきの要領でアレクセイの部屋まで忍び足。

 

 アレクセイの部屋のドアを蹴破り侵入すると、ちょうど窓の外にトリオン兵が張り付いていた。うわ、マジかよ。

 

 咄嗟にドアを投げ飛ばし、窓に引っ付いたトリオン兵を叩き落とす。ダメージは入らないが時間は稼げる。その間にベッドに寝ているアレクセイの頭を掴み一気に廊下に躍り出る。

 

 廊下に出て後ろから追いかけてくるトリオン兵から何とか逃げる様に全力で駆ける。目標は空腹少女の部屋である。

 

 わき腹を砲撃が掠めていって肉が抉られたが、死ぬほどじゃないし痛みも少ないから気にしない。そのまま空腹少女の部屋まで転がり込む。流石のアレクセイも砲撃の衝撃や走る振動で気が付いたらしい。俺の腹を見ながら大丈夫かと聞いてくるが、問題ないことを伝えて空腹少女を起こす。

 

 ゆさゆさ揺さぶっても目が覚めないあたり、本当に筋金入りだと思う。

 

「まさかここまで速く侵略されるとは思っていなかった。指揮官の私の失態だな」

 

 そう言いながら絶望した顔で言うアレクセイだが、生憎そんな泣き言を聞いている暇はない。こっちは次から次へと思考を繰り返し実行する必要があるのだ。そうしなければ、いつまでたっても明日への手掛かりが掴めない。

 

 悪いがこのクソトリガーで我慢しろ、そう言いながら空腹少女の剣を投げる。

 

「……まさか再度これで戦うことになるとはな」

 

 少し気になることを呟くアレクセイだが、口ぶりから察するにこの剣で戦ったことがあるのだろう。そもそも戦力として心配はしていない。俺達ミソッカスないない尽くし奴隷兵士とは違って、階級も持っているのだから。

 

「私の部隊と合流したいところだが――この有様だ。もう間に合わないだろうな。先ず君の傷を止血する」

 

 わき腹の抉れた部分を覆う様に、アレクセイが空腹少女の寝ていたベッドのシーツを千切り巻く。その手慣れた動作に、やはりベテランは救った方がよかったと思い若干頭痛がしたが(・・・・・・・・)、気にせず作戦を考える。

 

 現在俺とアレクセイが動けて、空腹少女が戦えない。空腹少女を持つのがどっちになるのか――俺か、アレクセイか。何度か試してみてもいいかもしれない。

 

 

 先ずは俺が空腹少女を片手で持ち、右手に剣を持って移動することにした。アレクセイには驚かれたが、俺も■■で響子と暮らしていたころより力が上がっているのは薄々理解していたが、少女一人を抱えて移動できる程だとは思っていなかった。

 

「ここは説明した通り前線基地になっている。その所為で本部との場所はかけ離れているから、助かる方法は身を潜めてやり過ごすかトリオン兵より速く後退するしかない。だが、身を隠すのは得策じゃないな」

 

 一先ず、無難に後退する。身を隠しても、食料が無いのだ。例えこの侵攻をやり過ごせても、この基地に敵が必ず残る。発見されるのも時間の問題だそうだ。

 

 ならば――道を切り開いて突破する他ない。

 

「一応ここから三十キロ程で、別の前線基地がある。だが、そこが無事であるという保証はない」

 

 ここが侵攻されているのだから、他が侵攻されていないという理由は無い。簡単な話だが、残酷で現実的な話だ。現状そこを目指す以外に手が無いので、そこに向かう旨を伝える。全く、戦うのは一週間後だと思っていたんだがな。

 

「……とりあえず、向かう方向はあっちだ。私が基本先行するから、後ろは任せた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 四

 

「……とりあえず、向かう方向はあっちだ。私が基本先行するから、後ろは任せた」

 

 クソ、なんだかんだ言って荷物があるとかなり動きづらい。途中まではかなり順調に移動できていたが、アレクセイの部隊がトリオン兵に囲まれて蹂躙されている場面を見てからアレクセイが一気に変わった。

 

 トリオン兵の集団へ突撃し、十体くらいのトリオン兵に囲まれて全身滅多打ちにされて死んだ。その間にアレクセイの部隊も全滅し、残ったのが俺と空腹少女だけになって脱出は不可能だと判断。俺は空腹少女を地面に置いて戦闘した。

 

 結果、五体くらいは殺したが残りにバスバス撃たれた。まぁ今回は腕が片方無くなっても戦えるということを知ったいい経験だと思っておく。

 

 前回アレクセイが戦闘音がすると言って生き残りがいる可能性を考えてそっちに行ったが、今回は無視。無駄だと言って違う方向へと進ませる。

 

 お前らの所為でこれ以上死んでたまるか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、そう思うと頭痛がしたが構わずアレクセイに更に先導してもらう。

 

 ちょくちょく一体とか二体には遭遇するが、現状どうにかできている。実際アレクセイの戦闘能力は大したもので、俺や空腹少女より数倍速く斬り伏せている。そのおかげでこっちは楽だ。

 

「そろそろ基地の出口に差し掛かる。まだここまで侵入されてはいないと思うが、一応警戒はしておいてくれ」

 

 後ろからくる敵をちらちら探りつつ、アレクセイの言う通りにする。この前までしていた、背筋が凍るような感覚はしないし今はまだ大丈夫だろう。

 

 

 

 

 基地を脱出し、広がる森の中に駆けこむ。基地から聞こえる爆発音は次第に小さくなっていき、闇に包まれた自然の中に迷い込む。腕に抱えた空腹少女はいまだにぐーすか寝ているのがかなり腹立つ。こいつ天然にもほどがあるだろ。

 

 

「兎に角、基地から離れる。……幸いこの森だ、トリオン兵と言えども周囲の制圧を優先するから一直線で切り抜ければ何とかなる筈だ」

 

 

 本当かよ全く、背後にはトリオン兵に目の前には暗闇に包まれた森。トリオン兵の進行速度的にさっさと森を抜けて合流しないとすぐ追い付かれるだろう。何一つうまく行かないな、ため息をつきながら手に抱えた寝坊助を揺らして嫌がらせしつつ歩き出す。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ②

 四

 

 少女を抱えたまま、黙々と歩く。一寸先すら見えないこの暗闇は、自然と心を不安にさせる。もしかしたら目の前には既にトリオン兵が居て、先行しているアレクセイは既にこと切れているかもしれない。

 

 俺の背後には既にトリオン兵が居て、俺のことをずっと追い続けているのかもしれない。そんな不安な妄想が俺の心に現れる――が。

 

 全てを振り払う。俺の目の前にアレクセイが居て、既にトリオン兵に殺されているとしたら?そんなもの決まっている、もう一度やり直すだけだ。いつ、どれくらいの時間歩いた、身体の感覚はどのくらいの時だ。

 

 そう言った要素全てを計算に含む。

 

 普通の人間なら精神的に参ってしまうだろうが――生憎俺は普通じゃない。

 

 死への恐怖など、とうに乗り越えた。

 

 出来るだけ夜の間に進んでおきたい。トリオン兵に夜間専用の探査モードとか搭載されてるかもしれないし、何より基地からもっと離れないと。

 

 体の疲労具合から言って、恐らく歩き出して1時間程度だろうか。まだ目の前を先行するアレクセイの音は途切れていないし、若干だが獣道のようなものが出来ているので人を一人抱えている俺を考慮して道を作っているのだろう。

 

 すると、目の前でドガッという音が聞こえてアレクセイがふらふら後ろに下がってくる。一体どうしたと声をかける前に、こちらに振り返って額を抑えながらこう言った。

 

「……木にぶつかった」

 

 少し痛そうに額をこするアレクセイに少しだけ気が抜けた。トリオン兵にぶつかるよりはマシだろう。

 

「そ、それより調子はどうだ?」

 

 調子?何のことだ、そう思ったがそう言えば怪我してたような気がする。脇腹に目線をやると血で赤く染まっていた。今のところ意識が薄れて来たりとか、そう言う現象は起きてないからまだ平気だ。

 

 そのお陰で腕に抱えた空腹少女は血が染みてきてるが。目を覚まさないお前が悪い。

 

 そんなことより先に進もう。時間は無限にあるが、今は有限なんだ。

 

 

 

 

 歩き始めて3時間ほど経過したか、一旦疲労も溜まって来たし小休止することになった。今だに周囲は暗闇に包まれているが、流石に少しづつ目が慣れて来た。ぼんやりとだが周りの様子が分かるようになった。

 

「ふぅ、まさか正規兵になってこんな目に合うとは」

 

 アレクセイが溜息をつきながらそう零す。

 

「元々私は君達と同じ連れ去られて来た人間なんだ」

 

 独白を始めるアレクセイ。たしかに他の連中に比べれば、アレクセイはこっちを気遣っていたような。こいつの部隊の奴らも――やめろ。あいつらは死んだ。俺が見捨てた。

 

 そうだ、そもそもこいつらを信用しきるのがおかしい。疑え。俺を騙そうとしていると。

 

「私は君達よりはトリオンがあったからな。奴隷兵士よりは扱いがまともだったよ。……それでも、使い捨てだったけれど」

 

 本当この国クソだな。

 

「何年も何年も戦って、殺して、傷付いて……気がつけば、正規兵になっていた。だから君を見て思い出すんだ」

 

 懐かしい光景を思い出しているのか、暗闇の中空を見上げるアレクセイに俺は何も言えなくなった。

 

 ああ、やめろ。信用するな。これ以上知ってしまっては、駄目だ。

 

 アレクセイの部隊の奴らは、ちょっかいはかけて来たがそれは嫌味からではなかった。これから共に戦うからと、そんな理由で少しでも打ち解けようと突っかかって来た。

 

 もしかすると、あいつらも元は――やめろ。これ以上考えるな。こいつらは全部敵で、信用できるのは俺だけ。ああ、そうだ。俺が正しくて、こいつらは侵略者だ。

 

 ああ、頭痛がする。ズキズキと頭を蝕むその痛みに内心悪態を付きながら思考を切り替える。

 

 侵略者で、もう死んだ。

 

 一度死んだ者は、蘇らない。そうだ、俺以外等しくそうだ。理解しようとするな。俺を理解する人間はただ一人――響子だけだ。

 

 

 少し休んでいると、漸く寝坊助が目覚めた。うぬうぬ悶えながら寝返りを打ってもう一度寝ようとしたので流石にぶっ叩いた。何寝ようとしてんだテメー、俺が寝てーよ。

 

 

「いっ……たぁー!何するんですかもごっ」

 

 

 めっちゃでかい声で叫ぶから慌てて口を塞ぐ。ずんずん進んできたとは言えそんな油断出来る状況では無いのだ。

 

「やはり彼女は大物だな」

 

 この状況で疑問を抱かず真っ直ぐストレートで俺に文句を言ってくるあたり流石としか言いようがない、アレクセイも皮肉げな表情でそう呟いた。俺も同意するよ、その図太さはもっと別なところで生かしてくれ。例えば体力トレーニングの時とか。

 

あえぇ?はんもみねないんでふけど(あれぇ?何も見えないんですけど)

「それでいいのか……」

 

 いや、決して良くないと思う。もう少し緊張感をだな。

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 よく分かってないんだな、そうか。それでも分かったと言う程度にはアレクセイの事を信用しているのか――頭痛が酷い。ここまでの痛みは初めてだ。

 

 手足が千切れてもそこまで痛いと感じない癖に、なんで頭痛如きがここまで痛むのか。あぁクソ、イライラする。今すぐ暴れてやりたい気分だ――だが抑えつける。

 

 頭痛がなんだ、痛みがなんだ。たかが人の機能の一部程度が、俺の道の邪魔をするな。

 

 前を行く二人の気配を朧気に感じるので、俺もそれについて行こうとして一歩踏み出して――バランスを崩して倒れ込んだ。

 

「どうし――」

 

 

 

 

 五

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 クソっ、この頭痛は持ち越しか。頭がガンガン痛むが何とかそれを抑えつけ、前を歩いて行こうとする二人を抱えて走る。なんか二人とも文句言っているような気がするが無視。

 

 直後、後ろから背筋を撫でるような感覚がした。右腕に抱えた空腹少女も一瞬ブルリと震えたので、自らの予感が偽物ではない事を確信する。

 

 直観に従い右に全力で跳ぶ。――が、跳んだ場所にあった木に激突して、勢いが付きすぎてた所為で一瞬で口から血を吐きながら倒れた。くそっ、身体が動かねぇ。

 

「避け――!!」

 

 

 

 

 

 六

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 どうする。実際昼間だったら逃げられただろうが――真夜中で場所を理解できていないのが厳しい。何よりトリオン兵の射撃が昼とは相変わらずだ。

 

 つまりあいつらは視界が暗かろうが明るかろうが関係ないという事だ。これはマジで困った。一先ず周囲の地形の把握をしていくしかない――頭痛が相変わらず酷いが、取り敢えず二人を抱えて真っ直ぐ突き抜けてみる。

 

 猛ダッシュ、後ろからゾクリという感覚はあるが気にせず真っ直ぐ突き進む。一先ず真っ直ぐ突き抜けて逃げれるかどうかを試す。走っていると、不意に足が地面に着かなくなって転んだ。今度は足を撃ち抜かれた――ていうか両足とも膝から先が無くなっている。

 

 ちっ、真っ直ぐじゃ駄目k

 

 

 

 

 

 

 七

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 俺が抱えて逃げるより、二人に伝えた方がいいのではないか?空腹少女の勘の良さを信じて突っ切ってもらうのもいいかもしれない。

 

 俺が伝えるよりも早く少女が反応する――ことは恐らくない。一番最初の時、彼女は気が付かず俺が倒れるまでこちらを振り向くことは無かった。こっちが注意を向けるほかないだろう。

 

 走れ――他に何も伝えずに無言で俺が先に駆けだす。二人とも一瞬だけ何を言われたか理解できず動きが止まっていたが、すぐさま俺についてくる。

 

「凄いな――よく、気が付いたな」

 

 アレクセイが背後から木が揺れる音を聞いて気が付いたらしい。全く、どうやってここまで音を出さずについてこれるんだ。それに早すぎる。たまに休憩はしていたが、そこまでゆっくり進んでいたつもりはない。

 

 一先ず少女に先行してもらう。木を避けながら走れないかと伝えると意図を把握したらしくはいっ!と返事をして俺より先に行った。あいつあんなに飛ばして体力持つのか――ああ、これまで寝てたから体力あんのかな。

 

 暗闇で少女の姿もほぼ見えないが、なんとなく感覚でわかる。少女の走った跡をたどりこっちも同じように走る。基本的に少女・アレクセイ・俺の順番で走る。俺もある程度暗闇の中でトリオン兵の攻撃を回避できるからこの順番なんだが、空腹少女の辿る道がやばい。

 

 木の枝を掴んで跳んで、木の上に足を付け地面に跳んで更に着地の瞬間ローリングで前転して回避して更に加速する。人間というかアレだな、野生染みた動きだ。

 

 てか普通についてくアレクセイも凄いな。俺もなんだかんだついて行ってるけど、どこかでミスしそうでこわ

 

 

 

 

 

 

 八

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 くそッ、また気が付かない間に攻撃喰らってたっぽいな。やっぱりある程度回避できなきゃ意味無い。後ろに意識を集中させて何とか躱し続けてみるか。

 

 

 

 

 

 

 九

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわからないけどわかりました」

 

 後ろに意識を集中させすぎた結果、ついていけなくて一人になって木に激突して動けなくなったところに集中砲撃喰らって死んだ。こりゃある程度まで通る道を覚えていくしかないか。

 

 

 

 

 

 

 十

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

「うーん……なんかよくわから

 

 さっきよりはマシになった頭痛に耐えつつ、さっきまでと同じ行動を繰り返す。

 

 伝えて先導してもらい、ひたすら道を覚える。体が勝手にその動きを再現するまで何度も何度も繰り返し行う。跳ぶ、木を跳ねる、枝を掴む、地面に着地する、駆ける。ひたすらその繰り返しになる。

 

 繰り返せ考えろ実行しろ――頭に何度でも刻み込め。お前に残された道はそれしかないのだから。

 

 アレクセイが途中で着地に失敗して錐もみ状態になった。どうやら空腹少女もそれに気が付いて足を止めたが、もう遅い。助からないんだし、先に行こうと考えると酷く頭痛がしたが(・・・・・・・・)耐えて先に進む。

 

 大丈夫だ、また死ねば会えるさ。だからそんなに悲しそうな顔をするなよ。

 

 

 

 

 

 

 十一

 

「ふむ、彼女も起きた事だし向かおうか。あまり森の中で休んでいてもいつかトリオン兵に追いつかれてしまいそうだしな」

 

 もう一度、もう一度だ。アレクセイがあの場所で転ぶことが分かっていれば助けられる。ああ、大丈夫。何度だって繰り返そう。

 

 

「後ろからトリオン兵が来てる」

 

 

 彼女が駆ける、アレクセイも続く。背後から忍び寄るクソ共から逃げる為に、俺は再度暗闇へ身を翻した。

 

 

 

 



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地獄へ③

 十二

 

 これ、先に死ぬ確率の高い場所を定めといたほうがいいな。そうしたら対策も取りやすいし、少しずつ死んだ場所を意識してみるか。現状の場所も踏まえて進んでみよう。

 

 

 

 十三

 

 背後からの攻撃の死亡率の高さ半端ねぇ……どうするか、相変わらず背筋が凍るような感覚を頼りにアレクセイの後ろをついて行く。問題点としては足を撃ち抜かれるのと即死クラスの砲撃を喰らう事、この二つを特に意識していこう。

 

 

 

 十四

 

 機動力を削がれるのはやはりマズイ。手足は絶対死守だな。にしてもどこまで逃げればいいのか――こうも暗闇ばかり見ていると流石に気が滅入って来る。ああ待てよ、落ち着け。気を強く持て。俺は大丈夫、まだいける。正常だ。さぁ、もう一度だ。

 

 

 

 

 十五

 

 これいっその事斬りかかったらどうよ?殺しに行った方が早いまでありそう。逃げても逃げても手足捥がれるか撃ち抜かれるのどっちかだし、最悪見えなくても斬れる。ん?ていうか空腹少女に斬ってもらえばいいんじゃ――俺天才かよ。

 

 もう敵が近いぞ的な事を伝えて空腹少女にステンバイしてもらう。何故か俺に砲撃が飛んできて腕を吹き飛ばされた、解せぬ。

 

 トリオン兵は無事に空腹少女が斬り伏せた。どうやら斥候というか、たまたま森に放たれていた少数部隊の数体だったらしい。それなら最初から無駄に死ぬ必要なかったじゃん、死に損だ。

 

 腕が片方無くなってしまったので自殺しようとしたら、二人にめっちゃ止められた。

 

「待て、早まるな!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 ごめんなさいはこっちの台詞だよ、いやー悪いな何度も見苦しい所見せて。まぁ暗いから見えないんだが。

 

 スパッと自分の首を掻っ切る。ぴゅーと自分の血が飛び出ていくのを見るのは何度目か忘れたが相変わらずいい気分ではない。暗いから表情は見えないが、割と近くにいたから血がびしゃびしゃかかってる気がする。ごめんな。

 

 

 

 

 十六

 

 今度はさっきの砲撃を警戒しつつ、空腹少女に再度倒してもらう。暗闇の中でも問題なく勘が働くってすげーな。

 

 空腹少女がピクッと動いた瞬間、アレクセイの頭を掴んでそのまま地面に伏せる。地面スレスレで俺は止まったけど、アレクセイはそのまま地面に顔面を叩きつけた。おいおい何してんだこいつ。

 

 ヒュッと音がして俺たちの頭上を砲撃が突き抜けていき、空腹少女のいた方面でガサガサッと音がした。

 

「~~~~!! ~~~~ッ!!」

 

 あ、地面に押し付けたままだった。顔面を地面に押さえつけられ悶絶するアレクセイの頭からパッと手を離すと、ものすごい勢いで呼吸をしていた。悪いな、死ぬよりマシだろ……?

 

「た、たった今君に殺されかけたけどね……!」

 

 ぜーはーと肩で息をするアレクセイに謝りつつ、空腹少女が忍者みたいな感じで木から飛び降りてくる。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ。特に攻撃は食らってない」

 

 視界が良くないからあまりよく見えないが、アレクセイの顔とか土めっちゃついてそう。昼間じゃなくてよかったな!

 

 兎に角追っ手が来る前に距離を離そう。そう伝えて、更に空腹少女に賛同してもらう。お前ならきっと何となくで道がわかるよ、そこまで急がなくていいとは伝えた。あまり急ぐとアレクセイが途中で事故ったり俺が事故ったりするかもしれないし。

 

 さっきまでより遅く、それでも明かりのない中森を進んでいるとは思えないほどの速さで進行していく。あれ、これもしかして空腹少女が起きてたらもっと楽にこれたのでは……?

 

 やめよう、虚しくなる。

 

 

 

 

 

「さ、流石に少し休みませんか……?」

「わ、私もそろそろ休憩するのに賛成だ……」

 

 膝をガクガク言わせながら若干明るくなってきた空を見上げている俺にそう言ってきた。オイオイお前ら、ミソッカスの俺より才能ある癖にだらしねぇぞ。

 

「いや体力とトリオンは関係ないですから!!それにトリオンだって私たち同レベルですよ!?」

「どうなってるんだ……正規兵の私もここまで疲労感があるのに君は本当に人間か?」

 

 人間ですー、お前らよりよっぽど人間らしいです〜。まぁ俺も足はガクガクしてんだけどさ、正直あんまり疲労感感じないんだよな。さっきまで感じてた気はするけど。

 

「も〜無理です!私寝ます!」

 

 そう言いながら倒れこむ空腹少女にため息をつく。まぁ仕方ないか、この暗い中道を作ってもらいながら進んでたのだ。暗闇というのは思っていたより心身に来るものだ。特に見知らぬ場所だと。

 

「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」

 

 ……うーん、実際一回休んでもいいとは思う。少しだけ明るくなってきたおかげで、ある程度周囲は見渡せるようになった。まぁ森だから木しかないけど。

 

 トリオン兵が一方的に見つけて追ってくる暗闇ではなく、こちらも視界が通用する。交代で休憩してもいい気はする。それに基地のすぐそこまでトリオン兵を放ってくるとは考えにくい。

 

 まぁでも、基地の状況は一度は把握しておきたい。潰れてるのか残ってるのか戦闘中なのか、それで判断しよう。まぁ判断するのは次のループだが。

 

「……そもそも基地が残ってるか分からないしな。わかった、基地まで行こう。ここからは私でも道がわかる」

「でももう疲れました〜……」

 

 そう言う空腹少女を仕方なく抱える。でも右腕で勘弁しろよ。

 

 あわあわ暴れる空腹少女を適当にあしらい、アレクセイにさっさと案内するように伝える。すると、アレクセイが珍しく呆れた顔をしてきた。んだよ、そんな顔する暇あったらさっさと案内しろ。

 

 

 

 

「そもそもこの基地は森の中から奇襲されないために高台に建てられている。私達の前線基地をプレハブだとすれば、この基地は拠点だ。防衛線を張ればそれなりに持ち堪えられるはずだ」

 

 本当かよ、一晩で壊滅させられた実績があるからさ……まぁ今さら疑ったところでどうにもならないが。

 

 すっかり腕の中でぶらーんと垂れ下がる空腹少女はその姿勢で寝ている。くかーと寝息を立て寝るその姿に少しイラッとするが、こいつらしい。俺とは違って死への恐怖というものに耐えながら暗闇の中を先導したのだ。それは疲労も溜まる。

 

 もうすぐ基地に到着するそうだが――それにしては物音がない。

 

「戦闘が現在進行形で行われている、という事は無さそうだな」

 

 少なくとも戦闘中であるなら、多少は音が聞こえる筈だ。砲撃の音にしろなんにしろ、何かしら聞こえる。だがそれが無いという事は、そもそも戦闘中ではないという事。戦闘が終わったのか、そもそも戦闘等起きていないのか――見てみなければわからない。

 

 少し覚悟はしておくか――全く、ままならないなほんと。

 

 

 

 

 

 

 十七

 

「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」

 

 まだ基地は陥落していなかった。夜通しの襲撃を受けていた所為で敵味方の区別がつかなかったようで俺に攻撃してきた。アレクセイが必死に止めようとしていたが間に合わず、俺の首が飛んだ。

 

 今度はアレクセイに先に行ってもらおう。まぁ友軍がまだ生存しているとわかっただけまだマシだな、これで敵に占領でもされていたら心が折れてたかもしれない。

 

 

 

 アレクセイに先導してもらい、今度はちゃんと合流する。アレクセイが上の人間と話をするそうなので、俺と睡眠中の空腹少女は二人で控え室で待つことに。それにしても、眠いのに寝れない。緊張なのかなんなのか、理由は分からないがかれこれ一日以上は活動してるのに一向に寝れない。

 

 こいつよくもまぁこんな寝れるな……与えられた部屋のソファに横になって涎を垂らしながら寝る空腹少女を見てしょうがないから涎を拭う。いや、普通に考えて汚いじゃん。

 

「うへへ……」

 

 なににんまり笑顔で寝てんだこの野郎、また叩き起こしてやろうか――そうも思ったが、やめた。別に常に気を張ってる必要もないしな。

 

 こいつが休む分、俺が気を張ればいい。なぁに大丈夫、俺は死なないから。

 

 

 

 

 アレクセイが戻ってきた。とりあえず基地へ滞在の許可は得たらしい。そういえばこいつって一応階級だかなんだか所持してたよな。もしかしてそれなり出来るやつなのか……?立場的に。

 

「うん? ……ま、権力何てこういう時に使う物だ。こんな物より欲しいモノは沢山あったんだがなぁ」

 

 そのモノが何を示すのか、なんとなく察しはついたが口には出さない。俺が腹に抱えるものがあるように、こいつが腹に抱えるものもあるのだ。そう、少しは理解した(・・・・・・・)。別に情で絆された訳じゃない。だけど――俺だけが必死で生きようとしてるわけじゃないって、考えが付いただけだ。

 

 俺の目的は■■響子の元へ再度帰る事。アレクセイが何を考えているかわからないが――まぁ、邪魔にはならないんだ。そう、邪魔にならない事がわかったんだ。なら少しくらい理解したって罰は当たらないだろう。この世界に罰を与える都合のいい存在がいるのかは知らないが。

 

「さて、君も少しは寝たらどうだ?流石に私も眠いが」

 

 ああ、そうだな。少しだけ、少し、だけど………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前でゆっくりと目を閉じて睡眠を始めた青年を見て、アレクセイはふと思う。一体何がここまで彼を必死に生き延びようとさせるのか。

 

 最初の出会いの時は、それはもう酷かった。死にかけの顔でどうやれば剣で敵を斬れるのかを聞いて来た。本部の連中が無能でアホなのは自分が使い捨ての兵士だった頃に理解してはいたが、改めて自分がそれを見ると泣き言の一つでも言いたくなる。

 

 一先ず剣にトリオンを籠めれば敵は斬れると伝えはしたが、恐らく使用はできないだろうと内心考えていた。奴隷兵士に選ばれるという事は、それ相応の能力しかないという事が基本だから。

 

 なのだが――この少女と青年は異常だった。

 

 伝えた瞬間に剣にトリオンを流し込み、あまつさえそのミソッカスなトリオンで戦って生き残る(・・・・)為に工夫をしていた。あり得ない、と思う。

 

 普通この状況で、心が折れない筈がない。自分で言うのもなんだが、それなり以上に最悪な目にはあってきた。だからこそわかる、無力の絶望感と死への恐怖という物が。

 

 それでも――二人は折れずに仲間を導いた。その全てを生き残らせた。

 

 英雄だ。トリオンが無くて戦場の中でもただの奴隷兵士の一人でしかないとしても、英雄だ。それだけのことはやった。人間の子供が大人のゾウと本気で殺し合って生き残ったような物だ。普通は勝てない、そういうものを覆した。

 

 彼には確固たる目的があるのだろう。恐らく、死んでも達成する(・・・・・・・・)という命よりも大事な目的が。

 

 基地で食事をとるとき、君は口に料理を運んだ瞬間眉間に皺が寄った。それでも無言で口に運び続けていたが、あまり口には合わなかったのだろうか。……隣で何も気にせずバクバク食べまくってた少女もいたが。

 

 自分たちの世界へ帰る――そう口にしてはいるが、それがどれほど難しいか彼は分かっているんだろう。国の中でもトップクラスの実力者で、黒トリガー使い相手に対抗できると判断できる程の実力者が選ばれるのだ。

 

 彼が、なれる筈がない。そんなことは気が付いてるはずなのに、彼は気が付かないふりをしている。戦場に駆り出されるのを好都合と考え、生き延びる為に空腹少女と訓練までする。

 

 あの暗闇の逃亡でも、彼は決して退くことは無かった。敵に真っ先に気が付き、砲撃されそうになった私を救った。……方法は少々手荒だったが。おかげでセルフ顔面土パック(効果なし)を行う羽目になった。

 

 そして、目には常に警戒の色が出ていた。唯一その色が取れるのは、少女と共に居る時だけ。だから、彼が心の底から信用しているのは彼女だけであり彼女も心の底から信用しているのは彼だけなのだろう。羨ましく思う。自分には、そんな人は最初からいなかったから。

 

 だからこそ目をかけてしまう。まるで、昔の自分が果たせなかった事をしている二人が羨ましくて。失敗してほしくなくて。

 

 彼らがせめて――目的を達成するその日が訪れるのを。

 

 

「……今はせめて休むといい。私も休むけどね」

 

 

 そう言いながら割り当てられた部屋の備え付けのソファに腰掛ける。四つあるうちの二つで彼と少女が寝ている為、自分のソファを勝手にここだと決めて寝る。

 

 

 

 

 

 

 ――ん?ちょっと待て。そういえば彼って脇腹抉れてなかったっけ?

 

 

 

 

 

 

 ふと思い、目を閉じて寝ている彼に近づき脇腹の布を見る。もう黒く変色しており、血は止まっているかのように思えた――が。

 

 包帯に触れた瞬間、ぬちゃぁ……と嫌な音と感触が手を襲った。粘ついた感覚と水分の部分が手に付着し不快感が増大する。そして黒くない赤い血も付着していてそれはいまだに少しずつ血が出ていることを示しており――よく見ると顔が青白い。これは典型的な貧血ではないだろうか。

 

 

 

「……衛生兵!! 衛生兵はいるかーー!!」

 

 

 

 前線の緊急設備で、軽く手術を行うことになった。普通気が付くだろ!何で自分の痛みにそんなに鈍いんだ……。手術中、落ち着かない様子でうろうろ周りを歩き回る少女が特徴的だった。直す治療でまさか患者が死ぬわけ……ない……よな?

 

 

 

 

 



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地獄へ④

 十七

 

 まさか自分の受けた怪我を忘れて死にかけるとは……この海のリハクの目をもってしても見抜けなかった。

 

 目が覚めたら何かベッドに寝かせられててその上点滴もぶっさされてびっくりした。しかも何故か横で空腹少女が寝てるし。とりあえず状況を確認しようと思い、空腹少女を揺り動かすとぐわんぐわん頭を振るだけで起きなかった。――あれ、そう言えば今何時だ?

 

 明かりがついてる上に、周りの光景が見えないようにカーテンしてあるから状況がわからない。動こうにも点滴があって邪魔くさい、どうするか――そう迷ってるときにカーテンが開かれ男が入ってきた。

 

 

「む、もう起きたのか。いや、やっとと言うべきか」

 

 

 お前かアレクセイ、ここはどこで俺は何があった。そう聞いた時

 

「仮にも自分の身体の事だから把握しといてほしいんだが……君、脇腹から出血し続けてたから血が足りなくて死ぬところだったぞ」

 

 ……マジかよ。

 

 

 

 

 そしてアレクセイに「君はもっと自分の身体を労われ」とか「我々だって君を心配している」とか「この子を見ろ!こんなになるまで君を看病していたんだ」とか言って爆睡かまして涎を俺の布団にかけ続ける空腹少女を指さして、シンプルに汚かったから叩いた。

 

「あだっ……あれ、あれ?」

 

 きょとんと俺の顔を見る空腹少女の顔が、あまり見ない表情で笑ってしまった。

 

 

 

 アレクセイの交渉の結果、俺たち三人は防衛力として扱われることになったらしい。まぁ攻め入るには使えなさすぎるよね。

 

 一通り設備の使い方を教えてもらい、さて訓練するかと思った瞬間腹が鳴った。どうやら二人も食事を取っていなかったらしく、三人同時に腹の音が鳴った。

 

「……先に食事にしようか」

 

 アレクセイの言葉に同意する。空腹少女は相変わらず美味そうに食べるが、俺は相変わらず無味である。かー、お前ほんと味覚すげぇな。これが塩分取りすぎた現代人の末路だと思うとやはり塩分は控えるべきだったと後悔する。

 

「うーん、この謎肉ハンバーグ美味しいんですけど肉がなんの肉なのか分かんないから怪しいですね」

「考えないほうがいいぞ。この国は真っ黒だからな」

 

 空腹少女の一言にアレクセイの無慈悲な一撃が突き刺さり、流石の空腹少女も躊躇うかと思ったがそんなことはなくまぁいっか!と言いながらバクバク口に運んでる。こいつメンタル強すぎだろ。俺はちょっと嫌になったよ。

 

「それで、君たちはこの後どうするんだ?君は病み上がりだから無理しない方がいいと思うが」

 

 病み上がりとはいえ訓練しない事には強くならないからなぁ。でもまぁ無理のし過ぎは良くない。それはわかった。今回空腹少女が爆睡してなかったらあと何人かは生き残れた筈だ。

 

 そして空腹少女が爆睡していた理由は昼間の訓練が原因である。つまり俺のせい。……ま、俺は自分のことで手一杯なんだ。悪いな。

 

 ズキリと頭を鈍い痛みが襲ったが気にしないと抑え込む。

 

「体力をつけるのには賛成だ。君達二人はトリオン体を作れもしないからな」

 

 だいぶ遠慮がなくなってズバズバ言うようになったなお前。ただし事実である。いいもんそんな便利なもの無くても俺死なねーし。死ぬけど。

 

「え……ま、またあの走り込みですか?」

 

 当たり前だろ、お前体力無くて途中でダウンしたよな?

 

「そ、それだったらアレクさんもです!!私だけなのは不公平だと思います!!」

「悪いが私の本体はトリオン体だから、別に素の体力は必要じゃないんだ」

 

 膝から崩れ落ちる空腹少女。飯食いながら崩れ落ちるとか器用だなー。

 

「ぜ、絶対訓練なんかに負けません!」

 

 

 

 

 

 

 

「はひぃ……も、もう無理ぃ」

 

 訓練には勝てなかったよ――即堕ちすぎる。即堕ちと言っても既に三時間は走りっぱなしだから俺も汗だくで疲れてるが。少女ほど酷くないがな!

 

「あ、アレクさーん! 助けてー!」

「……さて、私はトリオン体操でもしてくるかな」

 

 様子を見に来たアレクセイが空腹少女に声をかけられた瞬間さっさと逃げる。意気地なし!と空腹少女が罵声を浴びせるもまるで効果なし、既に視界の外に消えた。なんだそのトリオン体操って、初めて聞いたぞ。

 

 まぁそろそろいいか……こう言うのは積み重ねて実るものだしな。

 

「……! じゃあご飯食べに行きましょうご飯!!」

 

 その前に汗を流せ。話はそれからだ。

 

 

 

 

 相変わらず無味の料理を口に放り込み、横でバクバク食べる空腹少女をチラリと覗き見る。いつもは抜けた要素の多い年相応の子だが、戦闘や命の危機に瀕した途端異常な勘の良さを発揮する。

 

 ……こうしてれば普通の少女なんだがなぁ。あの鬼神っぷりとの差が激しすぎる。

 

「アレクさんおかわり下さい」

「本当に良く食べるな君は」

 

 そう言いつつご飯を装いに行くアレクセイ。いやお前パシられてんのかよ、初めて知ったわ。正規兵として前線を支えていた男が一人の奴隷兵士にパシられてる姿を眺めつつ、彼女が話しかけてくる。

 

「美味しいですね!」

「……ああ、そうだな」

 

 内心一ミリも思ってない同意をする。美味しい?んなわけあるか、味がしない料理は料理とは言わない。飲み物も、料理も、味は土と変わらない。

 

 匂いだってそうだ。料理らしい匂いはしないし、少女が言うまでさっきのハンバーグだって何の肉かなんて考えなかった。考える気すらなかった。何を食べても変わらないから。

 

「本当に……美味しいよ」

 

 

 

 

 脇腹が抉れていたが、痛みを感じないのでシカトして汗を流す事にする。どうやら幸いシャワー施設が広めに作ってあるらしい。日本人としては風呂に入りたいものだが、このクソ国家に期待するだけ無駄である。

 

 服を脱ぎ生まれたままの姿を晒し、板で区切られただけのシャワールームに入る。ある程度プライバシーには配慮してあるが、本当は奴隷兵士はこんな所は使用できないらしい。使えて川の水だそうだ。アレクセイ様々だな。

 

 ノズルを捻ると、頭の上からシャワーが出てくる。まだ水だからクッソ冷たいけど、それが逆に心地いい。

 

 こうやって落ち着くのは、何だかんだ久しぶりな気がする。普通に過ごしてたら突如侵略され、殺され、生き返ってまた死んで、生き返ってあの人だけはと抗い続けた。

 

 結果がこれだ。元の星じゃない、どこにあるかもわからない人間を人間として見ないゴミ国家。そんな所で、ゴミ国家の為に、トリオン兵と戦っている。くそったれめ、現実にムカつく。

 

 例え死んでも覆せないその事実が心底憎い。俺は本来こんな所にいるはずじゃない、俺には相応しい場所があったのだと。心の何処かで思う。

 

 いつのまにか暖かくなっていたシャワーを浴び続け、汗と血を流す。脇腹が抉られているのに痛みを全然感じない。

 

 益々人間離れしたなと自嘲する。痛みは感じないし、口に入れたものの味すらわからない。本当はとっくに理解していた。それでも、脳が拒否していた。

 

 俺は普通だ。正常だ。異常じゃない。まだ正常だからこそ――響子に出会えると無理やり納得させていた。

 

 軽口でも叩いていないと頭がやられそうだ。そんな絶望に包まれても――その全てを振り払う。

 

 そうだ、俺の生きる目的は何だ?もう一度、アイツに出会う為だ。帰る方法がほぼない?絶望的?はっ、抜かせよ。

 

 協力してくれる奴が少なくとも二人いるんだ――天才とベテラン。ほら、何も絶望的な物なんかあるもんか。逆に希望だ。

 

 

「そうだ。大丈夫だ。俺は、俺は、まだ、大丈夫だ。正常だ、出会える。そう未来があるんだ。安心しろ、気を張れ、足を止めるな……!」

 

 

 壁に拳を打ち付ける。壁は凹み、パラパラと破片が落ちる。打ち付けた手から血が溢れるが構いやしない。

 

「どうした!?」

 

 ドタドタとアレクセイが下着姿で突撃してくる。やめろよ、野郎の下着姿なんて見て何になるんだ。

 

「……ハァ、君は本当に学習しないな。いいかい?君がそうやって自分を蔑ろにしたり傷つけると一番大変なのは私なんだ。あの子はそれはもう悲しむし、そのまま放って置けないし君は何もしないしで私がやるしかないんだよわかるかい?最近ご飯の時とか何も言い返せなくなってきたじゃないか、別に私は尻に敷かれる為に君達と行動を共にしているわけじゃないんだ。もうほんと、彼女には勝てないよ……だから頼むからそういう行動はしないでくれ!」

 

 お、おう、善処する。

 

「絶対だぞ!」

 

 

 

 シャワーを終えて、アレクセイを待ちつつ適当に水分を拭う。タオルの貸し出しまであるとは正直驚きだ。奴隷兵士の身分なのにこんな贅沢していいのか。

 

「ふぅ、やはりこれだけは良いものだな」

 

 シャワーから上がってきたアレクセイの顔には、でかでかと満足と書いてあると思うほど幸せそうだった。お前綺麗好きなのな。

 

「ああ、湯浴みは私達人間のできる最高の技術の一つだと思うくらいには好きだな。正規兵の私が言うのもなんだが、この国は本当に上層部がクソだからな。前線の兵士の楽しみといえば食事と湯浴みと夜の街を歩き回るくらいしかないのさ。まぁ夜の街を歩く機会なんか人生でも数回あるかないかレベルだが」

 

 ほーん、こいつが風呂に出会ったら死んででも自宅に導入しそうだな。

 

「風呂……?」

 

 おうそうだよ。桶っつーのかな、人間一人がゆっくりと腰を下ろして身体に負荷を与えないくらいの大きさに掘られた穴に湯を張るんだがこれがまた良いんだよなー。

 

「……ぜひ詳しく教えて頂きたい」

 

 めっちゃ目が輝いてますけど、こいつテンプレかってくらいキャラクター出来てるな。あと俺は専門家じゃないから教えられないぞ。見様見真似でやっても失敗するだけだし。

 

「こうなったら君達の国まで行くしかないな……!」

 

 それでいいのか正規兵。……ま、暇が出来たら教えてやるよ。俺のにわか知識でよけりゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑤

 十七

 

 基地付近にトリオン兵が出現したと言うことで、早速俺たち三人が動くことになった。十分休んだし、戦う準備は万端である。

 

 そもそも真夜中じゃないしな。視界開けてるしなんとかなるだろ。

 

 そのトリオン兵の出現した場所付近まで走って向かう。ほらな、体力つけといて良かっただろ。

 

「いや、まぁ、たしかに、そうですけど……」

 

 めっちゃ微妙な顔で言うね君。こちとら体力不足で何度も死んでんだ、他人事じゃないんだぞ!

 

「そもそも私としては普通の身体でトリオン体に付いてくるのが異常としか言いようが無いんだが……二人とも本当は種族違ったりしないか?」

 

 そんなこと……ないと思うぞ。多分。

 

「いや私は普通ですから」

「それは無い」

 

 空腹少女の言い訳にアレクセイの無慈悲な一撃、走りながら崩れ落ちるという変態挙動を空腹少女が行い、それに引きながら走る。その天才性もう少し別な方向に活かせない?

 

「っと、おしゃべりはここまでだ。近いぞ」

 

 切り替える。思考を極限まで戦闘に特化させ、全てを理解し把握するくらいの気持ちで。

 

 空腹少女がピクッと反応する。俺に背筋が凍るような感覚は来ないから俺を目掛けてのものでは無い。少女が真横に飛び出し加速するのを見届けてアレに比べたらまだ人間らしいんじゃ無いかと内心思う。

 

 ――まぁ、どっちも似たようなもんだ。

 

 若干遠くに見えたトリオン兵が、砲撃を放とうとしてるのが見える。木に紛れつつ進んでいたのに場所を把握されてるあたり本当索敵能力の高さが素晴らしい。

 

 地面を蹴り、木を足場にして接近する。次の木に跳んで、また木を蹴り加速する。運動エネルギーを余すことなく利用して自分の出せる最高速度を引き出す。

 

 背筋が凍るような感覚が来るので、その感覚に従って砲撃を回避する。そして次の砲撃を放とうとするトリオン兵をすれ違いざま真っ二つに斬る。

 

 まだいるかと思い周りを見渡したが、どうやら既に二人が片付けたらしい。剣を抑えて俺の方へ向かってくる空腹少女とアレクセイを見て、安堵の息をつく。

 

 

 

 

 ――この基地で防衛戦力として戦い始めてから、三日は過ぎた。

 

 基地内で人を遊ばせている余裕は無いから、休みなしで戦場へ赴く死んだ目の兵士達を見送りつつ走って斬って走る毎日。

 

 お陰で少しは体力が付いた。飯はもう諦めた。

 

 空腹少女も二時間はぶっ通しで走れるようになった。すごい進歩だなとも思ったけどとっくの昔にそんくらいやってたなそういや。アレ?あんまり変わってなくね。

 

 敵を探して斬って戻って休んで探して斬っての繰り返しをここ二日間程行ってきた。程よく休めるし、身体に大きな負担も無い。

 

 大丈夫だ、順調に進んでる。焦ることはない。

 

 目の前でパクパク料理を口に放り込む空腹少女を見つつ、今後のことについて考える。やはり一番帰還する確率の高いのは、この国の侵略部隊に入る事だろう。

 

 それがどれほど遠い道のりか――そんなことは分かってる。だが、それでもそれしか道が無いのだ。だったら答えは一つ。突き進むのみだ。

 

「ていうか今更思ったんですけど、私達こんな一杯ご飯食べていいんですかね……?」

 

 空腹少女の今更すぎる疑問。初日のドカ食いの時点で気付こうな!

 

「問題ないだろう。この国はこう見えてもそれなりに大きな軍事国家だ。トリオン体を操る正規兵は食料は普通の量でいいし、奴隷兵士は本来食料はあまり貰えないからな。正直君達二人はトリオン量が最底辺付近なのに何故そこまで生身が強いのか……」

 

 トリオンだけを絶対視しているのは本部の連中のみで、意外と戦場に出たことのあるものはトリオン体ではない死が身近にある生身で活躍する人間は大事に扱う傾向があるらしい。まぁトリオンが多かったら空腹少女なんざ最強格だからな。こんなん誰が殺せるんだよ。

 

 何度も死んだ彼女の顔がフラッシュバックする。ああ、やめろ。今は生きてるんだから問題ない。切り替えろ。

 

 ズキズキ痛む頭を無視し、ひたすらモノを口に運ぶ。

 

「じゃあいっか!」

「その切り替えの早さと能天気さは見習うべき物があるな……」

 

 アレクセイが割と重いことを言ったけど、全てを無視して食事に集中する空腹少女のメンタルに心底感服する。ほんと鬼メンタルすぎだろ。

 

「でもあれですね。故郷の料理も少し恋しくなりますね」

 

 故郷の料理、か。……もう、味も忘れちまったな。響子が良く作ってくれた料理さえ覚えていない。一つまた一つと抜け落ちている自分の記憶を発見した自覚する度に溜息が出る。

 

 だが、それがどうした。

 

 料理も覚えていないのなら、再度覚えればいい。帰って、再会して、また作って貰えばいいのだ。食べればいいんだ。

 

 そうだ。響子に出会えば――

 

「ふむ。君たちの故郷の料理か……少し興味があるな」

「そこまで大きな違いはないですけど、やっぱり細かい部分の味付けが違うかな〜」

 

 和気藹々と会話する二人を見て、一瞬思考が止まるがそれでも無視して切り替える。そうだ、俺の目的は◼︎◼︎響子に再会するのだ。俺が文字通り死んででも助けようとしたあの人に、再度出会うのだ。

 

 

 ――何のために?

 

 

 …………さあな。そんなの、俺が聞きたいよ。でも、会うんだよ。理由なんか無い。理由がないなら今作ればいい。それこそ料理を作ってもらうとか、好き勝手に理由をつけろ。

 

 それで俺は生きていける。足を止めなくて済む。この現実を受け止めなくて済む。

 

 

「それで、甘い果物とかケーキとかアイスクリームとか色々乗っけたパフェって言うのがあって」

「ケーキ……アイスクリーム……ふむ、未知の単語だ。それも甘いのか?」

「えぇ、とびきり美味しいですよ!」

「それは気になるな……!」

 

 

 ああ、それも良いかもな。響子に会うのは当然だが、アレクセイと空腹少女と三人で地球観光なんてしても良いかもしれない。そうだ。生き延びるんだ。いつの日かまた帰る為に。

 

 

「虫を……食べるのか?」

「? ええ、味付けで煮込んでそのまま」

「……ちょっとトイレ行ってくる」

 

 

 ちょっと待て。地球の食文化がゲテモノ食いみたいに思われるじゃねぇか!

 

 

 

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。その感覚に身を任せ、アレクセイを突き飛ばす。

 

 突き飛ばした瞬間、伸ばした左腕の肘から先が切断された。

 

「――ッ」

 

 せめて正体を見極めようと見て、その姿に驚いた。通常のトリトン兵とは違い、人間そのものと言っても過言ではない。顔のパーツも、身体のパーツもまるで人間。

 

 嘘だろ、トリガーつか

 

 

 

 

 

 

 十八

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。くそっ、マジかよこれまでで最悪のループだ。一先ずさっきと同じようにアレクセイを突き飛ばして剣の軌道からどうにか引き剥がしたいが、俺の腕が持っていかれる。それは避けたいがアレクセイを見殺しにもしたくない。

 

 ならば、こちらから仕掛ける。

 

 立ち上がる勢いを利用し先程敵がいた場所に腕を振る。ガッ!!という音と共に腕がなにかを捉えて吹き飛ばす感覚を掴む。

 

 背筋が凍るような感覚は来ないので、一先ずこれで十分かと判断して武器を構える。基地内で武器持っててマジよかったわ……前回みたいに武器なくて逃亡しかできませんは話にならないから。

 

「完全に死角からの一撃だぞ……?チッ、一体どんな仕掛けだよ」

 

 悠長に喋るトリガー使いに向かって跳ぶ。一瞬だけ、一瞬あればいい。跳んだ衝撃で空に舞ったテーブルやイスの破片を足場に加速する。踏み場なんて少しあれば十分だ。

 

 人型を殺すのなら何処が一番良いのだろうか。やはり首か胴体になるのか。まぁ一先ず斬ればいいだろう。斬れなければ、斬れるまで斬り続ける。それだけだ。

 

 狙うは首、すれ違う瞬間に剣を抜き斬り捨てる。

 

 

 

 ――斬

 

 

 

 

 

 十九

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。嘘だろ、反応したってのか。こっちなんざあれで仕留めれるとまで思ってたのに、見てから回避して斬って来やがったくそっ、なんだそれ反則だろ。

 

 ああくそ、反応が遅れた。面倒だ死の

 

 

 

 

 

 二十

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。慌てるな、俺はこいつと違って何度でもリトライできる。こいつが反応できないタイミングで仕掛ければいいだけだ。

 

 取り敢えず先程と同じで腕を振り回し殴り飛ばす。そしてここだ。この殴り飛ばした瞬間に剣を抜刀し斬る。

 

「うぉっと――あぶねぇなァ」

 

 ちっ、上手く耐えられた。まぁ凌がれる気はしてたが。だから二手三手連続でかかる。

 

「ちょっ、待」

 

 俺の背後から空腹少女が斬りかかり、敵の首を刎ねた。流石としか言いようがない身のこなしにやはり頼りになると思いつつ敵のトリオン体が解けるのを確認する。

 

「……嘘だろオイ、かんっっぜんに不意打ちだっただろ。何で分かるんだ?」

 

 こいつの話には微塵も興味がない。取り敢えずどうするべきかアレクセイに聞く。

 

「必要ないな」

 

 よしわかった、殺

 

 

 

 

 

 二十一

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。問答無用で殺すべきだな。この時点で斬りかかれば良くないか?

 

 敵の剣の軌道は既に知っている、そこに剣を振ればいい。キィン!と甲高い音が響き敵の表情に驚きが見えるがそんなもの知ったことではない。即座に切り替え斬り殺す。

 

 右から左から前から上からを繰り返し、空腹少女が陰から敵の首を刎ねる。そしてトリオン体が解除された瞬間、有無を言わせず斬り殺す。

 

 身体を真っ二つに縦に割る。何だ、めっちゃ楽だな。人を殺すときは苦労したような気がするが、そんな昔のことどうでもいい。基地の中に突如トリガー使いが現れるとか笑えねぇぞ。一先ずアレクセイに指示を仰ぐ。

 

「……この国の防衛機構もう駄目じゃないか?」

 

 おっ、なかなか身を張った自虐だな。

 

「冗談じゃない……取り敢えず友軍が生きてるか確かめよう。というか周りから戦闘の音はしないな」

 

 初手でぶっ殺されてるのか、それとも此処だけだったのか……狙いは定かではないが、襲撃があったことだけは確かだ。友軍に手が届くかは不明だが、せめて俺たちは生き残ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑥

 二十一

 

 基地を襲撃してきたトリガー使いは、結局全員で五人。どうやら隠密に特化した連中で基地の探索装置を潜り抜けて侵入してきたらしい。

 

 一人は俺たちのいた食堂に、指揮官室に二人、訓練中の正規兵に喧嘩売ったアホが一人、住み込みしてる区域に侵入したのが一人。

 

 指揮官室の二人は指揮官にズタボロにされて捕虜になってた。この世界って戦えないと指揮官役になれないっぽいな、覚えとこう。

 

 訓練中の正規兵に喧嘩売った奴は……うん。五人くらいに囲まれてボコボコにされてた。馬鹿じゃないかな。

 

 住み込みしてる地区に侵入した奴は、ただの掃除の業者の持っていたこれまたクソ効率の悪い護身用トリガーで刺されてトリオン体解除されて囲まれてボコられてた。

 

 なんか俺らのとこに来た奴だけ殺意高くねぇか……?

 

 そして俺が殺した奴を除いて四人が捕虜として捉えられた。捕まえられても自殺しないってのは、味方が助けに来てくれるって信頼があるからなのか単純に自殺するっていう方法を思いつかないのかどっちだ。

 

 そして敵を捉えたことで、救助する為に大規模な攻略が行われる可能性が高くなった。指揮官直々に防衛の指揮を執り万全の体制で構えるらしい。

 

 俺たち三人は遊撃、向かう場所は通信設備で案内してくれるらしい。無線みたいな何かを持たされた。風呂ないのに無線はあるんだな。

 

 試しにボタン色々弄ってめっちゃシェイクしたり叩きつけたりしたけど全然壊れない。これすげぇな、俺にこんくらいの耐久力ある腕当てとかくれない?

 

『喧しいからやめなさい!』

 

 通信先の人に怒られた、正直申し訳ないと思ってるが反省はしてない。いやほら、これまでの経験上ね?色々試さないといけないかなーって思ったんだよ。

 

「急にトチ狂ったのかと思ったよ」

「何か不安な事があるなら相談してくださいね!」

 

 やめろお前ら、確かに色々狂ってるけどそういう意味ではまだ狂ってないから。不安な事しか無いが――ああいや、不安な事なんて無いさ。安心しろよ。

 

 

 

 

 

 

「はー、さっぱりしましたー」

 

 風呂上がりの少女がほかほか湯気を発しながら部屋に入ってくる。中々ここでの生活にも馴染んできたかもしれない。

 

 しかし困ったな、レーダーの仕組みは知らないがレーダーをすり抜けて来るって言う技術が敵に存在してるのはマズイ。また夜の間に基地が侵略されてお陀仏とかありそうだ。

 

 そうなると嫌だなー、これから先ずっとそんな逃亡を繰り返して繰り返してじゃいつまで経っても進めやしない。ここで攻撃に出るべきか?

 

 けど焦っても仕方ない、くそ。焦れったいな。

 

「あれ?髪の毛に白髪混じってますよ。抜きますか?」

 

 俺はまだそんな歳じゃねぇ!まぁいいや、抜いてくれ。こう、根元からな。プチっと千切るんじゃなく、根元からするっと。

 

「はい!」

 

 ブチっ!

 

 この野郎……てへっと苦笑いで逃げようとする空腹少女を捕まえて、アイアンクローで頭を握りしめる。

 

 あがががうごごごと悶えながらギブアップする空腹少女にアイアンクローをかけ続け、この後どうするべきかを考える。ちゃんと考えるべきか?アレクセイと少女に話を通すべきか?

 

 俺はちゃんと話すべきだと思う。この死に戻りという謎現象は置いといて、俺の将来的な目的を。

 

 そうだな、信用して話すべきだ。二人は仲間なんだから。

 

 

 

 

 

 

「正直君が元いた場所に帰りたいと思っているのは知ってた」

「まぁ私も」

 

 なん……だと……?

 

「普通元の国に帰る方法を聞いて、あるって答えてあんな笑顔になってたら気付くさ」

「何となくわかります!」

 

 アレクセイはともかく空腹少女の理由が納得いかない。いや逆に納得行くけど。

 

「ふっ、気にするな。私は仮にもこの国の正規兵だが、生きる為に死に物狂いで努力した結果さ。それに今は君達の国に興味がある」

 

 こいつ風呂と食い物に釣られやがった……食事は実際大切だけどな。日々のストレスってのを食事や運動によって解消するものだ。特に戦場っていう状況下に置かれている生身の人間とかは無意識にストレスが溜まる。俺みたいにある程度特殊な事例だと少し違うかもしれないが。

 

 にしてもそうか。とっくにこいつらは気が付いてたんだな。気が付いた上で、触れようとせず邪魔をしないようにしてきたのか。

 

 生きる為に利用して、何度も死なせた俺を――こいつらは。

 

 そうか……そうか。

 

「……君、そんな表情も出来るんだな」

 

 あ?なんだそれ、そんな変な顔してたか。そう思って頬を掌でぐにぐに触るが特になにもわからない。そりゃそうだ。

 

「……ふっ、ははは」

「……ふふっ、あははは!」

 

 おいおいなに笑ってんだ、全くよくわかんねぇ奴らだな。そう困惑する内心とは裏腹に、何故だかいつもより頭はスッキリしていた。二人の笑いのツボはわからないが――いつもより安心して寝れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅあぁ……そろそろ寝ます」

 

 おう、お休み。いつも通りの時間に欠伸をしながら寝床に向かう空腹少女を見送りつつアレクセイが持ってきた謎の飲み物に手をつける。

 

 湯気が立ってるからある程度熱いはずだけど正直どうでもいいので一口で行く。ぐいーっと口に入れ喉を通す。

 

「……毎度思うが君の口の中はどうなってるんだ?」

 

 味がしないし熱さも感じないし、まぁ魔境?少なくとも人間が普通に生きてたら味わえない感覚だとおもうよ。感覚ないけど。ふーっふーっと息を吹いてから飲み物を口にするアレクセイ。なんかちょっとした動作の一つ一つが割と丁寧なんだよな。

 

「うん?ああ、私は正規兵になる時にある程度教育を受けたからな。この国は体裁も気にするんだ。上に立つものの振る舞い、というものかな」

 

 その割には奴隷兵士にパシられたりしてますけど。

 

「あれはノーカン」

 

 真顔でそう言い切られると俺も何も言えないわ。それでいいのか正規兵。片手で通信機をゆらゆら揺らして遊びながら、先程二人と話した内容を思い返す。

 

 敵襲があるとすれば、夜。それが結論だった。レーダーをすり抜ける手段があって、尚且つそれを一番活かせるとすれば視界が良くない夜になるだろう。それぞれローテーションを組んで夜待機して襲撃に備える。

 

 空腹少女の寝床――というか同じ部屋で寝てるので最初の基地の様な事にはならない。部屋を一つに纏めてあるので前回の様に助けに行く手間もない。まぁ空腹少女には悪い気がするが、少女自身は気にしないと言っているからそのやさしさに甘えた。

 

 いつか敵がやってくるのをわかってるので、心境的に楽だ。突如敵が来るよりかは対応しやすいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来たわ、居住地区にトリオン兵が出現。数は大体――二十くらい』

 

 

 通信機から聞こえてきたその声に反応する。アレクセイは仮眠を取っている為、この知らせを聞いたのは俺しかいない。仮眠してるアレクセイをペシペシ叩いて起こして、爆睡かましてる空腹少女を起こす。

 

「む……ああ、来たのか」

 

 居住地区だってよ。俺たちの出番があるか知らないけど、取り敢えず起こしとくぞ。

 

「ああ。いつ新手が来るかはわからないからな」

「ふ……あぁぁ」

 

 お、起きたな。

 

『三人の居る場所に反応が向かってるわ!注意して!』

 

 噂をすればなんとやら――流石の空腹少女も意識を覚醒させて戦う気満々である。こうなると心強

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十二

 

『三人の居る場所に敵が向かってるわ!注意して!』

 

 チッ、部屋ごととかいくら何でも大雑把すぎるだろ。遠距離から、っていうか敵は囮だなこりゃ。本命はさっきの砲撃。

 

 取り敢えず二人を抱えて窓から飛び出す。射程がどれくらいまであるかは分からないが、逃げる。それを知る為ともいうのだが。飛んできた砲撃が部屋を破壊する。うお、建物ぐしゃぐしゃじゃねぇか。

 

 着地――くそ、マジk

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十三

 

『三人の居る場所に反応が向かってるわ!注意して!』

 

 窓から飛び降りた先にトリオン兵が出待ちしてた。あークソ、これ抱えて出れねぇな。二人に窓から外に出るよう伝えて俺が先に出る。

 

 窓に足をかけて、さっきトリオン兵が居た場所へ跳ぶ。砲撃を準備しているけどもう遅い。発射される瞬間に腕を大きく振ることで軌道を変えて回避する。一体しかいなかったから一撃で終わった。アレクセイと空腹少女も普通に着地したようだ。

 

『三人はとりあえず、居住区に居る敵を片っ端から倒してって』

 

 無線がそう伝えてきたので、アレクセイと空腹少女に伝える。また戦ったことのないタイプが敵に居るな。あんだけの砲撃をバスバス撃たれちゃ溜まったもんじゃない――だからどうした。近づいて殺す。

 

「さっきの砲撃がどこから飛んできたかは流石に分からないな……わかるか?」

「すみません、わかんないです。……あ、でも方向だけならわかりますよ」

 

 そう言って空腹少女が指さす方向には、軍司令部がある。オイオイマジかよ、もう手遅れって事か?いや、まだ焦る状況じゃないな。無線は飛んできたし、全滅はしてない筈だ。なら、先に軍司令部の援護に行くのがいいか。

 

「そうだな。私もそれでいいと思う。居住区は何だかんだ言って正規兵が何人もいるからそこまで心配はしなくていいだろう。司令塔を崩されるともう撤退しか選択肢がなくなるからな」

 

 アレクセイがそう言うなら、この選択で間違ってないんだな。よし、それじゃあ司令部に向かうか。

 

 

 

 

 



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地獄へ⑦

 二十三

 

 司令部に向かう道中、合計三体のトリオン兵に遭遇した。居住区に侵入したトリオン兵が二十体で俺たちが討伐したのが合計四体だから残り十六体か。その程度の数だったら他の正規兵がどうにかしてそうだな。

 

 居住区以外――まぁ普通の施設がある場所とかはどうなってるのか不明だ。無線から連絡来ないが、壊れてることは無さそうだし恐らくまだ緊急を要する状況じゃないんだろう。

 

 

「右に跳んでください!」

 

 

 後ろを走る空腹少女が叫び、その声に疑問を抱く前に右に跳躍する。直後先程まで走っていた場所に対して何発もの砲撃が飛んでくる。背筋が凍るような感覚を受け、その感覚に従い動く。右に左に斜めに後ろに。ありとあらゆる動きで砲撃を回避。

 

「私が前に出よう、回り込んでくれ」

 

 トリオン体を唯一持つアレクセイが前に出て敵の注意を惹く。その隙に空腹少女と俺で左右に分かれて移動を開始。

 

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。ゾワリと鳥肌が立ち今すぐ逃げろと脳が警告してくる。後ろに飛び跳ね、その直感に従う。

 

 

 何だ、視界がズr

 

 

 

 

 

 

 

 二十四

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。後ろじゃダメか。なら次は右だ。敵がどこから仕掛けてきてるかわからない今、とにかく何度も繰り返すしかない。

 

 右に避けて――クソ、また視界

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十五

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。右でもダメ、か。この視界がズレるのは一体何なのか、それを知る必要が先にあるか?まぁでも先に逃げる場所を試す。一撃回避さえしてしまえば次から確定で回避できるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十六

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。左も駄目。なら次は前だ。後ろ左右がアウトって事は意外と範囲広いのか?砲撃か……それとも、長い剣でも振り回してるのか。姿を隠して潜んでいるのかのどれかになる。一番確立が高いのは砲撃だが、視界がズレるという事象と関連しない。切断されているのか?だとすれば斬撃系統になるな。

 

 一先ず前に踏み込み、どうなるかを確かめる。視界はズレないな、あれでも足が動か

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十七

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。前に踏み込むと胴体と下半身で真っ二つにされた。こりゃ斬撃で間違いなさそうだな。ただ問題としては姿が視認できないところにある。遠距離から斬撃を飛ばす……か?あり得ない話じゃない。空腹少女だって射程伸ばしてたしな。

 

 俺達みたいなミソッカス軍団じゃなくて天賦の才をもってトリオン量も多いとかいうガチの天才がやれば普通に強い。ただせめて斬撃が飛んでくる方向を読まなきゃいけない。

 

 前に踏み込み、先程は胴体を真っ二つにされたので身体を前に沈めて回避する。瞬間頭の上をチリッという音と共に刃が駆けて行った。お、俺の髪の毛が……。

 

 跳んできた方向は前――これで前方にいるのは確定。空腹少女だったら回避できるかもしれないが、アレクセイは多分回避できないな。早々に殺さないと味方への被害が多そうだ。

 

 背筋にゾワッと感覚が来たので横に跳ぶ。縦に真っ直ぐ斬撃が飛んできた。どうやら一本ずつしか飛ぶ斬撃は出せないらしい。なら好都合、癖を掴んで一気に詰める。屈みながら前に進む。屈んでいるという事は、敵は必然的に縦か横の一閃で来るしかない。

 

 縦に来るとすれば横に身を回避すればいいだけなので、俺だったら放たない。どちらかと言えば回避が難しい横で斬る。斜めと言う線も捨てきれないが、その時はその時。次に対応しよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十八

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。うへ、斜めに斬ってきやがった。横だと思ったんだがな……まぁ切り替えろ。先程と同じで前に飛び込みながら屈み初撃を回避。今回は髪の毛は減らなかった。ただでさえ白髪が増えてんのにこれから更に薄くなってたまるかよ……!

 

 縦の一撃を回避し、次に備える。左斜めの斬撃だったから――あれ、受け止めれる物じゃないのか、これ。一旦試してみるか。

 

 斜めに放たれる一撃を手に持った剣で斬る。一瞬籠めたトリオンで十分、斬撃を分断して回避できた。おお、これでいいじゃん。さて、本体はどこにいるのか――居た。建物の陰からこっちに向かって斬撃を放ってたらしい。こそこそしやがってこの野郎。

 

 再度放たれる斬撃だが、その程度見てから回避できる。スッと身体を横に逸らしつつ駆ける。発見されたことに気が付いたのか、慌てて後ろに下がる。もう遅いぞ、この距離なら逃さな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十九

 

 ――瞬間、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。もう一人いたのか。建物の上からこっちをずっと見てやがったな。つーことは下の斬撃野郎は一番の本命で、保険として上にバックアップ要因が居たって感じか。うーむどうするか、遠距離攻撃できる装備なんて贅沢な物無いしな。

 

 建物の上に居ることが分かってるなら最初から向かうのもいいか。とりあえず前に屈みながら駆けて回避、建物を横目で確認すると確かに屋根の上に居た。あんな堂々と居たら狙撃飛んできそうだけどな。

 

 さっきの感じからして、こいつも砲撃タイプで問題ないだろう。斬られたような死に方じゃなかったし、先に接近して仕留めるか。足場を作るために、斬撃を回避してから地面を思いっきり踏みつける。巻き上がった砂に隠れて一気に建物へ肉薄する。

 

 ゾワッという感覚と共に斬撃が飛んでくるのを肉眼で確認したので、さらに加速して斬撃を回避。建物に足をかけ、一気に駆け上がる。建物の上に居るトリガー使いがこっち目掛けて銃を構えるのを視認し、更に飛び跳ねる。空中で身動きが取れなくなると困るので先程蹴り上げていた外壁を足場に更に加速しガンナーの首を切断する。

 

 トリオン体が解除された瞬間更にもう一閃ぶち込んで確実に殺す。首と胴体が分かれたのを確認し、斬撃飛ばしの方に向かう。向かおうと駆け出した瞬間、ゾワッと背筋が凍るような感覚がしたので急いで飛び退く。

 

 俺の居た場所を建物ごと斬る斬撃が飛んできたが何とか回避、下を見てみるとアレクセイと戦っていた奴がその斬撃に当たっていた。何だ、敵国に来てるくせに連携取れてないな。

 

 そのまま真下に落下し空腹少女と斬り合ってるやつを上空から襲撃、頭から真っ二つにする。トリオン体が解除されるその瞬間にもう一度斬り殺し、後は残った斬撃野郎を殺して終わり。

 

 まだ対人戦は少ししかやったこと無いが、少しずつ慣れてきた。剣についた血を振るって落とす。

 

「やはりレーダーをある程度無効化できる様だな。仮に感知できていれば通信が入る筈……この感じだと、本部がどうなってるかわからないな」

 

 間に合う事を祈るしかないな、兎に角向かうか。

 

 

 

 司令本部に到着すると、既にトリガー使いは全員捕縛されていた。あれ?もしかして一人残らず殺したの俺達だけ?ま、まぁ反撃される可能性あったし仕方ない。

 

 居住地区の制圧も終わり、大きな損害は無かったそうだ。精々数人死んだ程度で、まだ前線を支えるという役目は十分果たせる――そうアレクセイは若干苦い顔で言っていた。

 

 今回もそう苦労せず乗り越えられたことに内心安堵する。何度死んでもやり直せるとは言え、繰り返しの場所はわからないのが不安で仕方ない。その内、取り返しのつかない場所でやり直すことになるのでは――切り替えろ。

 

 そんな先の事を考えていても仕方ない。そうだ見据えるべきなのはそんな場所じゃない。頂点だ。今回殺した程度の雑魚相手が頂点だと思うな。

 

 もっとだ、もっと強くならなければ。

 

 一度も死ぬことが無いくらい。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑧

 二十九

 

 防衛任務が無い時は、ひたすら剣を振る。鋭く、速く、そして正確に。寸分違わず狙いすました箇所を斬る緻密さ――一瞬の勝負に於いて無駄になる物はない。そう俺は思っている。

 

 中には初見で意味不明な動きもする天才とかもいたりするけど、そういう例外を除いて全てを左右するのは経験だと思う。初見殺しの攻撃を、既に知っていたら――それほど強いモノは無い。

 

 既に二週間はそうして過ごしている。トリオンは相変わらず増える気配は無いが、日々の鍛錬の中で少しずつだが自分が成長しているのが分かる。アレクセイと戦って勝てるようになってきたし、空腹少女にも喰らいつける様になった。……いや、おかしくない?空腹少女軍属じゃないよな?奴隷兵士だよな?

 

 

「ここかなーって感じがしたら身体が動きます!」

 

 

 この子やべぇな、勝てる気がしねぇや。逆にこれだけ心強い存在が居ることに感謝するべきだな。

 

「もっと早くこの子が居ればこの国はもう少し前線が安定していたかもしれないな……」

 

 まぁトリオン無いから少ししか戦えないバッドステータス、てか全てにおいて弱点過ぎるだろ。避けて避けてじゃ殺し合いには勝てないからな、相手を明確に殺害する手段が必要だし。

 

 結局あれ以来トリガー使いとは戦ってないから、自分がどれくらい戦えるようになったかというのはこの模擬戦でしか分からない。流石に普段の防衛任務でミスるような動きはしないけど、たまに頭痛が酷くて全然思うように動けないってときはある。

 

 そういう時は二人がカバーしてくれるから正直助かる。……やっぱ一人じゃ限界あるなぁ。

 

 痛覚は少ないのに頭痛は異常に感じるから余計イライラする。どうせなら全部の痛みが少なく感じるようになりゃいいのにな……。

 

 んな事はどうでもいい、切り替えろ。

 

 これまで何度も死んだり殺したりしてきたが、一番の問題として一番重要なのはやはり機動力。今は周りが森だったり建物があったりとかで割と戦いやすいが、最初の頃みたいに荒野で足場を作れないとかそういう状況だと本当に厳しい。

 

 即興で地面を蹴り上げて足場にしたりとか、そういう技は少し扱えるが……一番は空中で更にジャンプする技術だな。これが出来れば戦闘が本当に楽になるんだけどな。

 

 流石に空腹少女も無理だろうな。これは純粋に身体能力の問題だから、アレクセイなら出来るかも?

 

「む、空中でジャンプ? トリオン体ならできなくも、ないかもしれないが……君は何を目指してるんだ?」

 

 ただ必死なだけだよ。文字通り、な。

 

 

 

 

 

 

 

 身体が浮遊感に包まれている。ここはどこなんだろうか、またよくわからない内に死んだのだろうか。

 

 一先ず死ぬか――そう考えて常に腰に差していた剣を手に取ろうとしたが、何故か存在しない。いや、そもそも手が動く感覚が存在しない。どういうことだ――そう思ったその時、唐突に視界が暗闇に包まれた。くそ、どこだここ。状況がさっぱり読めない。

 

 

 ――■。

 

 

 うん?何だ、何かが聞こえたがする。

 

 

 ――(■■■)

 

 

 ……何だ?ノイズがかってるから聞き取れない。ただ、どこか懐かしい声だな――そう思う。

 

 

 ――■……■って■ね。絶■■■けるから。

 

 

 何だ、何て言ってるんだ――そう答えようとして、声が出ないことに気が付いた。クソ、何だ、何を伝えたいんだ!俺に何を、一体おまえは誰なんだ。

 

 そう心の中で思ったとき、唐突に腹部に衝撃が来て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

「あ、やっと起きましたね!」

「いや、明らかに魘されてたと思うんだが」

 

 目が覚める。何だこの腹の圧迫感、まるで人一人が乗っているかのような――いや乗ってんじゃねぇか。目を開けると横になっている俺の腹部に空腹少女が馬乗りしていた。そりゃ息苦しいわ。

 

「え、なんでしょ――あだだだだッ!!!」

 

 取り敢えず空腹少女の頭を掴み、握りしめる。この野郎、よくも快眠の邪魔してくれやがったな……!ま、そうは言ってもかなり眠れた方だ。寝る時に何度も自分の死ぬ映像を見てきたが、見なかったのは今日が初めてになる。

 

 そう思った途端変な声に呼ばれる始末――全く、どうにも神様ってのは俺の事が嫌いらしい。寝る時くらい休ませてほしい。

 

「ふっ、まぁそのくらいにしてやれ。こう見えて彼女、結構心配してたんだぞ?」

「あっ、ちょっと何言ってるんですか!」

 

 本当君達仲いいな――響子もこんな感じだったか。ああうん、そうだったな。

 

 すまん、ありがとうな。心配かけた。

 

「……いえ、いいんですよ!」

「気にするな、私たちの仲だろう?――所で、一体どんな夢を見ていたんだ?普通じゃない魘され方だったぞ」

 

 ああ、うーん……夢って言うのかな。誰かが、俺を呼んでた気がするんだ。遠い所から、誰かがさ。

 

「そうか。……いつか、はっきりするといいな」

 

 ああ、そうだな。いつか、いつかな。俺が地球に帰って、響子に会って、そのあとまた考えよう。

 

「とりあえずご飯にしましょうご飯!」

「君は相変わらずそればっかりだな」

「いいじゃないですか! お腹空くんですから、食べないと死んじゃいますよ!」

 

 ……そうだな。食事に、しようか。俺も何時か、また味わえるのかな。うん、いつかは味わえるだろう。なんてったって、俺に終わりは訪れないのだから。何時の日にか、また味わえる。

 

 

 

「ああ、そうだ。あと一ヵ月もすれば大々的な制圧作戦が実行されるそうだ」

 

 えっなんだその情報。はじめて聞いたぞ。チラッと空腹少女の様子を伺ってみたが、我関せずと言わんばかりに飯を頬張ってた。少しは話聞けや。

 

ふぇ~、ほうはんでふね(へー、そうなんですね)

「飲み込んでから喋りなさい。……んんっ、それでその制圧作戦だが。この基地と、もう一つの基地を中心に攻め込む――まぁつまり前私たちが居た前線まで押し返して、強固な要塞を立て直すらしい。正直やっつけ工事だったのは流石の本部でも理解してるらしく、今度こそはと意気込んでるよ」

 

 最初からそうして欲しかった――そう呟くアレクセイの表情は心なしか暗かった。……そうだよな。こいつの部隊はもう。

 

「ああいや、すまないな。食事の場で持ち出す話じゃなかったか」

 

 いや、気にするな。俺もたまにめっちゃ暗い顔するときとかあるしな。

 

「おかわりください!」

「……ふっ、そうだな。よし大盛りでいいか?」

 

 はい!と元気な声で返事をする空腹少女を見て苦笑しながら取りに行くアレクセイ。相変わらずこいつには弱いな……アレクセイの過去は知らない。けど、何かあったんだろうな。どこか彼女に弱いのは、そういう事なんだろうか。

 

 踏み込むべきじゃない、アイツが自分から近寄ってくるまでは。俺の事を理解してくれて、邪魔をしないように助けてくれた二人なんだ。少しは信用しろ。

 

 

 

「で、だ。その制圧作戦は私達も駆り出されるらしい」

 

 アレクセイは兎も角、ミソッカス奴隷兵士に頼るとかマジ?やっぱこの国クソだわ。

 

「戦果を挙げたものには褒賞を約束するだとさ。本部の事だ、どうせ適当な余り物を寄越すつもりだろう」

 

 よし、やろうか。褒賞を与えるって事は、どんな形にしろその存在を認知するという事だ。つまり、ただの奴隷兵士という認識から多少は戦える奴隷兵士という印象に変わる。

 

 それは好都合だ。どちらにせよこの国で実力を高めなければならない、非常に忌々しい事だが。

 

「君ならそう言うと思ってたよ。……トリオン体すら無いのに戦いたがるのは君達くらいだ」

 

 もしゃもしゃ飯を喰らい続ける空腹少女(満たしてる途中)と俺を見ながらそう言うアレクセイ。いや、俺はともかくこの子はあれじゃん。戦いのセンスがね?

 

「……! ……?」

 

 いやそんな顔されても……飯くらいゆっくり食べな。ああほら口元にガッツリついてんじゃねぇか汚れがよぉ!仕方ないからナプキン的な布で拭う。お前は子供か……ああうん、少なくともこの中で一番子供だな。

 

「むぐぅうぐぐ」

 

 呻いてんじゃねぇ!余計広がるだろ!黙って拭かれとけ。

 

「……続けばいいな」

 

 ふとアレクセイが漏らした一言を聞き取る。……そうだな。誰も欠ける事なんてないさ。俺がいるんだから。

 

 それに、ただ続くだけじゃない。俺たち三人で、地球に帰るんだろ?

 

「……ふっ、そうだったな。ああ、まだ君に『ふろ』とやらの詳細を聞いてない。あと『ぱふぇ』という食べ物もな」

 

 まだまだやりたいこともやるべき事も残ってる――そうだ。まだこの程度でくたばる訳にはいかない。

 

「ご馳走様でした! パフェは美味しいですよ!」

「新手の煽りか? ふむ、良いだろう受けて立つ」

 

 おいやめろ、お前大人気ないぞ。

 

「男には引けない場所がある……!」

 

 こんな所で意地張ってんじゃねぇ!お前もだ腹ペコ!煽るな!全くお前ら……

 

 そんな喧騒の中で食べる飯は、いつも通り味はなかったけれど――不快な感覚はしなかった。

 

 

 

 

 



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地獄へ⑨

タイトル回収オメデトウ


 あれから一月――ついに制圧作戦の日程が近づいて来た。基地に戦力を集中させたりはしない。転送と言うクソ便利な移動方法があるからな、トリオン量は異常に使うがこういう時に大規模な侵攻を何の前触れもなく行えるのは非常に強い。

 

 歩兵部隊として俺は移動するけど、どっちかというと先遣隊に組み込まれてる。基地の司令官にはある程度戦えるって事は理解されてるしな、俺達三人組だ。

 

 あと二日でまた戦いが始まるのか――模擬戦だとか何だとかやってたかからどれだけ戦えるようになったのかは気になる。あくまで二の次だけどな。一番は自分達の生存だ。前ほど酷い状況にはならないと思うけど、それでも不安はある。

 

 今度は裏切りでもあるんじゃないかと暗い側面が勝手に憶測する――切り替えろ。今の俺にそんな考えは不要だ。起きてから考えればいいだろ、そういう事が出来る力があるんだから。

 

 アレクセイと少女――三人で生き残る。これが目標だ。最終目標は勿論地球に帰ることだが、一先ず一つ一つの闘いを乗り越えよう。

 

 大丈夫、なんとかなるさ。いや、なんとかするさ。

 

 

 

 

 準備を追えて、深夜に襲撃するために朝から移動する。前回俺達三人が移動してきた時間と、実際地図を見て作ったルートを組み合わせて決めたらしい。日が出てる間って逆に警戒薄そうだな……。

 

「徹夜にはならなそうだな。二時間位は寝れるだろう」

 

 何で戦場に出るのにコンディション悪くするんだ、どうにかしてくれマジで。なぁお前も腹いっぱい飯食った後戦う方がいいよな?

 

「はい!」

 

 おーいい子だ……いや待てそうじゃない。はいじゃないが。俺も何狂った質問してんだ、そうじゃないだろ。クソどうでもいい話題は捨てておいて、実際問題これは大事な事だと思う。少なくともこいつは腹を満たすことでストレスを解消しているのだろう。

 

 アレクセイはよく知らないが、俺は最近寝ることで少しずつ、少しずつだが休めている。前までは夢が酷かったから全く休みにならなかったが、寝れるようになってから少しずつ頭痛が減っている。

 

 人間擦り切れた様に見えて案外限界は深いらしい――しみじみ実感する。どうしようもなく人間とかけ離れた俺だけど、それでもまだじわじわ『喪っている』と感じる感性は残っている。それが救いであり、絶望でもある。

 

 切り替えろ、今は俺の話じゃないだろ。

 

 俺の事は置いといて、俺達を邪魔する要素が現れないかどうかが不安だ。アレクセイが寝不足で――こいつはトリオン体だからまぁよし。空腹少女が睡眠不足で隙をつかれたら?やり直せばいいが、必ずやり直して救える訳では無い。

 

 そもそもやり直しの定義が決まっていないのだ、必ず助けられるという確証は存在しない。だからこそ、不安要素を取り除きたいのだ。これまでは自分を見ていれば良かったが、今は違う。この二人は仲間なんだ。この二人だけは、別なんだ。

 

 他の有象無象を殺してでも、この二人は生き延びらせる。そうだ、刻み込め。お前はあの二人と共に地球に帰るんだ。だから死なせてはいけない。

 

 思い出せよ、響子を助けた時の事を。

 

 あれだけ死んで諦めなかったじゃないか。挑んだじゃないか。やり直したじゃないか。

 

 

「それでは出発だ。準備はいいか?」

「はい!」

 

 

 軽く荷物を背負うアレクセイと、ふんすと息を鼻息を立ててやる気満々というポーズをとる少女。その二人を見て、頭痛がしたが抑え込み俺も続く。

 

 

「……行こう」

 

 

 気張れよ、■。お前は、折れることを許されていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 二十九

 

 制圧作戦が始まった。と言っても俺たち十人くらいの少数がまず先に行って、本隊とは別のルートで向かう。要するに陽動って事だ。

 

 俺たちが戦闘開始してから十分後に本隊が攻め入るらしい。初見殺し的な攻撃はこっちでどうにかしろと。んまぁ言いたい事は分からなくもない。大規模な砲撃が本隊に直撃したら目も当てられないしな。

 

 一先ず所定の位置まで徒歩で移動する。転送装置を組み立てて、そこを中継地点にするらしい。だから本隊は後から来る。こういう役目があるなら少数精鋭も納得だけどさ。その後戦わせる必要無くないか?死ねと言われている気がしてしょうがない。

 

 それでも戦って名声を得ないと元の故郷に帰れないと。ほんとこの国クソだな。

 

 やるしかない――心にそう刻め。お前は進むしかない。後ろを振り向くな。自分の死を犠牲にして突き進め。

 

 転送装置をもった技術部兼トリガー使い達と共に歩き出す。所定の位置まで歩きでおよそ五時間ほどかかるから、少しずつ進む。一気に進軍して相手に気取られてはまずい。

 

 あくまで俺たちは発見されても問題ないが、転送装置の場所は発見されてはいけない。発見される前に設置して、その場所とは離れた位置で発見される必要がある。

 

 つまり俺たち三人は別働隊になる必要がある。本隊の場所とは離れた場所で発見されるために。なので途中まで味方に同行し、その後三人になって敵の方へと近づいていく。

 

 夜に本隊が攻撃するため、夕方に何度か戦闘しておく必要がある。あーくそ、やる事多いなちくしょうが。

 

 ザクザク音を立てて歩く後ろのトリガー使い達を横目に確認しつつ、周囲の警戒に気を割く。奴らはレーダーを無効化する手段がある――それはつまり、こっちのレーダー技術を上回っているという事だ。

 

 いつ発見されるかは不明だが、不意打ちが来ないわけが無い。俺だったら不意をついて数を減らす。それくらい先手を取れるのは大事だ。

 

 俺たちの場合空腹少女とか俺がいるからまだ反応出来るけど、普通の部隊にこんな命令出したら速攻死ぬからな。覚えとけよ本部!

 

 

 まだ何も起きていないが、一旦中休み。既に歩き始めて二時間経つのでそろそろ別れる必要がある。

 

 アレクセイはまだトリオン体にはなってない。お前一人だけ体力作りサボってたからちょっと疲れてんじゃねーか。

 

「いやこれは……違うんだ。ちょっと暑いだけで」

 

 息少し荒くなってないか?ほら見ろ!体力作りをちゃんとした俺たち二人は問題ないぞ!

 

「……ソウデスネ」

「……私が言うのもなんだが、可哀想だな」

 

 く、空腹少女の目から光が……?いやでも疲れて無さそうだし、うーん元気はないな。仕方ないなんかやるか。おっとこんな所に俺が持ってきた干し肉が。

 

「……! はい、基礎トレーニングは大事ですよ?」

「こ、こいつ……物で釣ったな……」

 

 手段は選んでられねぇ――俺も必死なんだよ……!そんなものに必死になるなとアレクセイに睨まれるが知ったことではない。フハハ、俺たちは絆で結ばれてるからさ。悪いな。

 

 ぐぬぬと悔しがるアレクセイを尻目に、干し肉をガジガジ噛んで食べる空腹少女を見る。うーんいつ見ても幸せそうな顔で食うな。俺はもう食べる事で幸せになれる事は無いだろうから、それが心底羨ましく思う。

 

 客観的に自分を分析出来るようになったのは自覚してる。前まではもっと精神的に不安定だったからな……この二人のお陰で少しはマシになった。

 

「そもそもアレクさん私が走ってる時見捨てましたよね?」

「いや違う!落ち着きたまえ!あれは別に見捨てたとかそう言う訳ではなく」

「でもトリオン体操とか言って何処か行きましたよね?」

「……はい」

 

 うーん残念すぎるぞこの正規兵、休憩中に何時もの漫才が始まった事で周りの技術兵もニヤニヤしながら見てる。ああやっぱそういう感じで見てたのか。

 

 赤い髪を切り揃えて前髪を上げてワイルドに顔を見せるイケメンなのに、何故ここまで残念なのか。俺たちが絡まなければ普通かもしれん。

 

 ……これから殺し合いをするとは思えない雰囲気だな。ま、ずっと張り詰めてても疲れるだけだ。俺はこんなもんでいいと思う。

 

 その場その場で切り替えろ、常にスイッチを入れる必要はない。

 

 

 

 

 技術兵達と別れて、回り道をして敵の基地へ向かう。

 

 腹を少し満たして満足そうな顔をしている空腹少女を尻目に、周囲への警戒を増やしていく。レーダーがどれだけ見ているのかは知らないが、少なくとも俺たちの基地にあるのよりは広い範囲を見れるだろう。

 

 俺たちが歩き続けても、転送されてくる本隊との差はあまりない。回り道して進んでるから、直線距離的には変化が少ないのだ。だからこそこんな無茶な作戦を組み立てたんだろうが、ちょっと無茶が過ぎる。俺達三人をなんだと思ってるんだ。

 

 一人――正規兵階級持ち。あれ、この時点で十分じゃないか?

 

 二人――奴隷兵士、謎の勘で攻撃を回避しまくり敵を刹那の合間に斬る忍者みたいな奴。……奴隷、兵士?

 

 そして俺――死んでも死んでも死なないで死ななくなるまでやり直し続ける異常生物。

 

 あれ、意外と妥当なメンバーじゃないか?何だ余裕だ、と調子ぶっこいてたら死ぬのが俺だからな。気にかけていけ。俺は死んでもいいが、二人をむやみやたらと死なすわけにはいかない。そこを心に再度刻め。

 

 

「しかし半日歩きっぱなしは流石に脚に来るな……」

 

 

 体力的には持つけど、純粋に脚が辛い。その気持ちはよくわかる。

 

 

「そ、そうですねー」

 

 

 あ、こいつ意外と余裕だな?周りに合わせようとしただろ今。流石は天才、いつの間にか俺の事も追い抜いて行ったか……寂しくなるな。

 

「君たちはやっぱりおかしい」

 

 誠に遺憾である。お前らトリオンある連中はトリオン体に頼り過ぎなんだよ!もっと俺達ミソッカス奴隷兵士を見習え!

 

「そうですよ!大体トリオン体あるからって油断してるから首取られるんじゃないですか!」

「いやその理論はおかしい」

 

 うん、その理論はおかしい。

 

 俺が否定すると嘘だ!みたいな目つきで俺を見てくる。オイオイこの子いつの間にこんなアグレッシブな子になったんだ?……最初からか。

 

 いじけてぷりぷり怒りながら先に歩いて行く少女を見つつ、若干微笑ましい気持ちが沸いてくる。

 

「……あの子は大切にしろよ」

 

 ああ。わかってる。勿論お前もだぞ?パフェ、食うんだろ?

 

「当然だ。『ちょこぱふぇ』なる物を食べるまでは死ねんのだ」

 

 それでいいのか正規兵。いやまぁこの国だしな。そんなくらいでちょうどいいか。先に行って姿が遠くなりつつある空腹少女を思い出し、さっさと追いかけることにする。

 

 全く気が早いな、焦らなくてもいいだろうに。追いついて三人で横に並ぶ。闘いの前だというのに、いつまでもこの光景が続けばいいなと――そう思った。

 

 

 

 

 

 

 ――刹那、どこからか飛来した弾がアレクセイの頭部を吹き飛ばす。飛び散る脳漿、零れる血液。重力に逆らわずにゆっくりと地面に落下していく目玉を見るのは初めての光景だ。

 

 ああ、そんなことを考えたいんじゃない。どこだ。誰がやった。違う、そんなことはどうでもいい。死ななければ。アレクセイが死ぬ前の時間に。

 

 

 ぬるま湯の世界から地獄へ――自分のスイッチを入れ替える。あれほど油断するなと言った癖にこの様だ。頼む、どうにかなってくれ。

 

 そうだ、忘れるんじゃない。この世界は等しく地獄。俺たちは今まさに、地獄へ向かっているのだと。

 

 素早く剣を抜き自らの首を切断する。

 

 

 地獄へ――その言葉を刻み付けろ。

 

 戦いはまだ、終わってなんかいない。ずっと、ずっと続いているんだから。

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑩

ギリギリセーフ!!一日一投稿遵守!!(昼休み無しサビ残一時間帰宅時間2100)

書ききれる訳がないんだよなぁ、逆によく書いたな俺。

そしてなんと!!腹ペコ少女を書いてくれた方が居ました!!容姿も伝えたらう~ん、これは神!w

https://img.syosetu.org/img/user/38465/47261.jpg

url間違えてたらすみません、俺も疲れてるんだ……。


 三十

 

 ――意識が覚醒する。周囲の把握から始める。周りを歩くのはアレクセイと空腹少女。ああ、よかった。どうやらなんとかなったみたいだ。安堵の息を吐く前に、やるべきことをやらなければ。

 

 アレクセイと少女に砲撃が飛んでくることを伝える。二人ともそれを疑うことなく警戒を強める。先程の砲撃がなんだったのか、正体は理解してないが恐らくトリオン兵ではないと思う。

 

 かなり遠くからなのか、それとも純粋にステルス性能が高いのか。それを知りたいがこれ以上二人を死なせる訳にもいかない。一先ず先程は真正面から飛んできたので、前にいると仮定して動く。

 

 横へ移動し先程の弾丸のルートからは一先ず離れる。アレクセイは既にトリオン体に換装しているので問題は俺と少女の二人。まぁ最悪俺たちは死ぬ前になんとなくわかるから避けれるかもしれないが、油断はしない。

 

 その油断がさっきの光景を生み出したんだ。弁えろ、切り替えていけ。

 

 さっきとは違い、弾丸は飛んでこない。俺たちの事をレーダーではなく肉眼で認識してる可能性があるな。ならば一ミリも隙を見せない。お前たちが撃とうという気持ちにならなくなるまで動いて動いて、目の前に引き摺り出してやる。

 

 撃ってくる可能性も考慮しつつ、前に進み続ける。偶に少女がピクッて反応するけどその度に弾は飛んでこないから、少女の勘の良さに気がついてるのかもしれない。

 

 警戒しながら進み続けて三十分って所だろうか。何処からか何かに見られている気がする。イライラするな、勝手に見てんじゃねぇぶち殺すぞ。

 

 ――次の瞬間、遠くから吹っ飛んできた狙撃が俺の左腕を貫いた。チッ、よりにもよって腕かよ――これはやり直すしかない。

 

 誰かが死ぬ前にさっさと死ぬ。剣を手に取り自分の首に突き刺す。それだけでは即死出来ないのでそのまま横にずらす。

 

 後ろからか細い声が聞こえたがスルー、さっさと次に行く。見極めるしかない。ヒントは少ないが、選択肢は多い。その全てを虱潰しにしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 三十二

 

 再度二人に注意を呼び掛けて動く。下手に動くと致命傷にならなくて攻撃を感知できない――そもそも俺のこの嫌な予感はなんなんだ?まぁそんな事どうでもいいか。大事なのは事実。

 

 俺は致命傷を感じ取れて、回避できるという事。どうにか俺に致命傷が来るように立ち回るしかないか。他二人より甘く動いて、敢えて規則性のある動きを見せる。俺たちが感知できない距離から狙撃してくるような奴が、この規則性に気が付かないわけがない。

 

 そこをついて、わざと致命傷になるよう撃ち抜いてもらう。そうでもしないと反応できないから。

 

 二人が木に隠れたり走りだしたり転がったりと不規則な動きをする中、俺はただ木に隠れて数秒後に走ってを繰り返す。流石にすぐ気が付くと思うが慎重なのか中々手を出してこない。

 

 さっさと撃ってくれ――瞬間、ゾワリと背筋が凍るような感覚が襲う。ここだ。その感覚に身を任せて回避し

 

 

 

 

 

 

 

 三十三

 

 おいおい、同時に二発以上は流石にずるいだろ。まぁこれで俺の誘いに乗ってくることは分かったから、次は躱してやろう。

 

 さっきと同じように注意し、二人にちゃんと逃げてもらう。大丈夫、方向は把握した。正面から一発と、真上から一発――弾が曲げられるのか、それとも上空に居るのか。

 

 上空に居るとすれば、そもそもこの世界がどうなっているのかを理解しなければいけなくなる。地球と同じで円形で星なのか、平らな世界なのか。そもそも宇宙という概念はあるのか?何故昼と夜に分かれているのか――やめよう。キリがない。

 

 そんなことは何時だって考えられる。それよりも、事実を確認しよう。

 

 弾が飛んでくるのは正面と上空。躱す方向は前に進むか横に跳ぶか。後ろに躱すのは直線状だから駄目な手かもしれないが、下がることで敵の弾の軌道が最後まで見れる。どうする、一度試してみるべきか?

 

 価値はある。大丈夫、二人さえ死ななければ大丈夫だ。

 

 

 背中に凍るような感覚が来た瞬間に、後ろに下がる。勢いよく下がったことで、上から飛んでくる弾は見れた。正面から飛んでくる弾はそのまま突き抜け――お

 

 

 

 

 

 

 

 三十四

 

 曲がってるな。あの弾二発とも。……これ、敵が目の前に必ずいるとは限らないな。目の前から飛んでくるから前に居ると思ったが、そうとは限らない。曲がるなら幾らでも潜み放題だ、特にこの森の中なら。

 

 敵はこっちのレーダーを無効化する技術を持っていて、こっちの場所はレーダーで知れる――なんだこれ、普通に考えて勝つ気がしない。どうする、このままじゃ無駄に死んで無限に繰り返すだけだ。

 

 敵の先手を躱して、弾が飛んでくる方向という物を見極める――これが一番現実的か……?前に居るのか横に居るのか後ろに居るのか。膨大な時間がかかりすぎる……だが、いま最も確実か。俺たちはレーダーなんて便利な代物持ち歩いてない、つまり必然的に自分たちで探し出すしかない。

 

 はぁ、いきなり難易度高いぞ。まぁでもやるしかない、覚悟決めろ。

 

 

 

 

 

 

 三十五

 

 飛んでくる弾を見極めるのがまず無理。飛んでくる速度が普通じゃないんだよな――あれ、何でさっきは見れたんだ?後ろに下がった時は見れたはず……もう一度試してみるか。

 

 

 

 

 

 

 三十六

 

 後ろに下がると弾が見える――てかこれ、単純に速く動いてるからその分見えるだけだな。飛んでくるタイミングさえ測っちまえば意外と簡単かもな。こういう時時間を正確に測れる道具があれば便利なんだけど、ないものねだっても仕方ない。

 

 見極められ無さそうだったらタイミングを測って回避しよう。時間はかかるが、繰り返し繰り返し学ぶ。

 

 それが俺の長所だから。

 

 

 

 

 

 

 

 三十七

 

 回避は出来なかったが、タイミングは若干掴んだ。飛んでくる瞬間に回避しても絶対追尾してくるから、どうにか振り払う必要があるな。

 

 ……斬れるか?

 

 

 

 

 

 

 三十八

 

 タイミングはあってた。けど回避したところで追いかけてきたから結局無意味だった。やっぱり斬るしかないか?流石にあの速度で飛んでくるものを斬れる自信はない――けどまぁそれ以外に方法が無さそうなんだよな。

 

 斬る……斬るか。残念なことに斬ることに関して才能は無かったからな。何度も繰り返すしかないか。

 

 

 先程同様、飛んできたタイミングを予知し剣を振る。トリオンを籠め、その一瞬だけ武器を活性化させ

 

 

 

 

 

 

 

 三十九

 

 だークソ、やっぱり振り遅れるか。結構自信あったけどなぁ、才能は無かったが。あんだけ積み上げたものが通用しないとやっぱりアレだな、少し心に来る。

 

 けど、振り遅れさえしなければ斬れそうだ。なら望みはある。

 

 斬って死んで斬って死んで斬って死んで――何度だって繰り返そう。二度と失わない為に。

 

 

 

 

 

 

 四十

 

 一発目を斬ることができたが、残念なことに二発目は無理だった。一発目が斬られた時点で俺を一旦迂回して再度後方から突撃してきやがった。どういうシステムで動かしてんだこの弾。

 

 こりゃ本隊が俺たちに放り投げるわけだ。こんなの軍隊相手にやられたら溜まったもんじゃない。完全にこっちの理解の範囲外の攻撃だぞこんなの。

 

 ……落ち着け。まだそんな慌てる必要はない。そう、一発斬れたんだ。なら次も斬れるまで続ければいい。そして二発斬って敵を見つけて殺す。ほら、簡単だろ?

 

 挫けるなよ、こんな所で止まってる暇は無いんだ。

 

 

 

 

 

 四十一

 

 やはり一発目を斬ってからがキツい。二人に助けてほしい所だが、二人に助けてくれと伝えると十中八九こっちが気が付いてることに気づかれてその隙をついて腕を撃ち抜いてくる。それじゃあ駄目なんだ、これは俺がなんとかしないといけない。

 

 敵の場所さえ、場所さえ割れてしまえばこっちの物なんだ。探し出せ。幾多の屍を乗り越えて、辿り着くために。

 

 

 

 

 

 

 四十二

 

 あと少し、少しで斬れる。体は反応するようになってきたから、後は斬り伏せる。そして敵を発見する。わかってるな、目的を忘れるな。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 四十三

 

 規則性を持った動きを繰り返して、敵の油断を誘う。既に何度も繰り返した動きだ、身体が覚えたのか割と勝手に動く。走って木に隠れて何秒後に出てまた走って――その繰り返し。

 

 そして規則性を見せてから凡そ十分で、敵が痺れを切らして撃ってくる。そのタイミングを逃さずに、冷静に弾を斬り捨てる。

 

 ――背中にゾワリと、凍えるような感覚が襲ってくる。

 

 その感覚に身を任せ回避を――しない。そんなことはお構いなしに剣を抜刀しそれと同時にまずは上空から飛来する弾を斬る。前の弾から斬ってしまうと、上空の弾がどこに行くのかさっぱり見当もつかない。だから先に上の弾を斬る。

 

 そして背後に回ろうとする弾を、横に移動してる最中に斬り伏せる。

 

 トリオンで構成された弾だからか、斬られた瞬間霧散して空気中に消えていく。

 

「あっちです!」

 

 ああ――そうか。それもわかるのか。本当頼りになる。

 

 空腹少女が指さした方向を睨みつけ、今度は先程とは違い不規則に移動を開始する。とりあえず何度も殺してくれた礼だ、手始めに斬り殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑪

 四十三

 

 駆けて駆けて駆ける――只管森の中を進む。進行速度を上げ、狙撃手を殺す為に全速力で駆ける。既に俺達三人に退く道は無い――この作戦が失敗しては、またあの前線基地が侵略される可能性がある。そうなると、不意を突かれて二人が死ぬ可能性が出てくる。それじゃあ駄目だ。

 

 せめてあの二人に被害が向かないようにしないと。

 

 だからこそ、この敵は何とかしなければいけない。俺達三人全員等しく遠距離から戦う装備と言うのを所持していないから、一番の天敵なのだ。

 

 時折飛んでくる弾も、焦りからか素直に飛んでくるから回避できる。流石に追われている最中に弾をコントロールすることは出来ないらしい。

 

 ある程度接近すると、パタリと狙撃が止んだ。逃げに徹するつもりらしいが生憎逃す気は無い。

 

 どっちに行ったかわかるか?

 

「……多分、あっちです」

 

 元気無さげにそう伝えてきたので、その方向を睨む。……どうする。ここで仕留めたいが、深追いすると逆に待たれる可能性がある。逃げる?だが退路がない。逃げてその先はどうする?また狙撃されて二人が死んだら元も子もない。俺とは違って死が重いんだ。

 

「引いても良いんじゃないか? 私達が戦闘してるここは既に本隊突入位置から十分離れているから役目は果たしただろう。命令としては先遣隊として戦ってこいだが、一戦交えたのだから問題ない」

「一度引き返して、また来ましょう!」

 

 二人が諭してくる。……次か。次、もし二人のうちどちらかが撃ち抜かれたとして元に戻れる保証はない。逆に言えば今が確実に二人を死なせる事なく敵を追い詰められる。

 

 逆に敵が罠を仕掛けている可能性も無くはない。冷静に考えて見れば、突然撃ってこなくなるのは怪しすぎる。さっきまで撃ちながら逃げてたのに?

 

 頭を冷やせ、冷静に行こう。無理な突撃は俺一人の時にするもんだ、二人を巻き込むわけにはいかない。

 

 ああ、そうだな……戻ろうか。焦っても仕方ない。

 

 そうだ。二人を犠牲にするくらいなら、本隊が犠牲になれ。俺一人でだって基地は取り返してやる、だから二人をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。

 

「……もし君が私達二人を大事に思っているのなら、心配は無用だ。私はトリオン体があるから、少なくとも君達二人より死なない。彼女だって、その、何というか。……アレだろう?」

「アレってなんですか! アレって!」

 

 うん。まぁ言いたいことはわかる。……そうだな。ちょっと気にしすぎたかもしれない。

 

 まさか目の前でアレクセイが死ぬだけでここまで精神的に不安定になるとは思わなかった。はぁ、だめだめだな。自己分析が全くできてない。自分が死ぬのはいい、けどこの二人が死ぬのはだめだ。

 

 取り戻せないモノだってあるんだ――気を引き締めろ。地獄へ向かってるんじゃない、既にここは地獄なんだ。

 

 切り替える。ここから逃げる場合、捜索範囲が広がって本隊の方に注意が向いてしまうかもしれない。それは避けなければ。

 

「ふむ……。ならば、索敵範囲からは離れず、それでいて手出しするのを躊躇う程度の距離を維持すればいいんじゃないか? 時折前に出て後退して、を繰り返すだけで相手にとっては大分ストレスになるだろう」

 

 流石に戦いを経験してきた正規兵は違う。そうやっていればそのうち痺れを切らして突撃してくる可能性もあるから、そこを上手くつけばいいって事か。

 

 少しずつ後退しながら、また狙撃が飛んでこないか注意する。後ろから撃たれちゃ流石に反応のしようが無いし、初手で致命傷を与えてくるかもわからない。そもそも俺を狙ってくるとは限らない。

 

 駄目だな、悪い方向に考えるから良くない。少しは二人を信用しよう。アレクセイはトリオン体だし、少女はいつも通りの回避性能。つまり現在一番死ぬ確率が高いのは俺だ。致命傷以外は本当に見てから回避しないと躱せないから。

 

 一発受けて、それが腕を断ち切ったとかそういう類のものは死に戻らないと。腕一本なくなっちまったら、流石に戦えなくなる。

 

 敵はどうやら警戒しているようで、迂闊に手は出してこない。その間にもこっちはどんどん距離を離しているからここまでくれば逃げ切れる筈だ。

 

 逃げ切っちゃ意味がないが、レーダーの範囲には入っている。そのくらいの距離を保ちたい。レーダーの範囲を俺たちの使用している範囲だと計算して、アレクセイが元々使用していたレーダー範囲を覚えていたのでそれよりは離れない程度に近くにいる。

 

 流石に狙撃されるような距離ではないな。ここまで狙撃できたらそりゃもう人間じゃない。人の皮を被った化け物だな……俺が言うと滑稽だ、やめよう。

 

 囲まれない程度に緩やかに移動しつつ、時折近付きプレッシャーを与える。何度も繰り返すとバレてしまうので、たまに本当に奥深くまで進む必要がある。

 

 その役割は俺がやる。

 

「君にばかり負担をかけるのはな……それに君は生身で、私はトリオン体だ。私に任せてもらえないか」

「いえいえ、こう言う時は若い人が行くんですよ! という訳で私が行きます」

 

 いや待てお前ら、お前らは駄目だ。

 

「そんなこと言ったら君もだ。私にとって二人は大切な仲間なんだ、わざわざ死地に向かわせるわけにはいかない。それにこれは私の譲れない所でもある、これ以上仲間を死なせたくはない」

「私だってこれまで助けられてばかりで、肝心な時に役に立って無いんです。少しは頼ってください!」

 

 ……駄目だ。二人は、ダメなんだ。

 

 頼む。お前達二人は、生きてて欲しいんだ。死んで欲しくない。お前ら二人が死んだら俺はもう……生きて、いけない。

 

「私だって、そうです」

 

 腹ペコ……。

 

「え、私そんな呼ばれ方してたんですか!?」

「……これはひどい」

 

 は、腹ペコ……そう言って崩れ落ちる空腹少女にデジャヴを覚える。ああ、そう言えば基地に来てすぐの頃はよく走りながら崩れ落ちるとかいう訳わかんないことしてたなぁ。

 

「……な、名前そういえば教えてなかったし聞かれてなかったかも……」

「逆に君達どうやってコミュニケーション取ってたんだ? そこが気になるんだが」

「なんとなく?」

 

 なんとなく、うん。確かにそれがしっくり来る。

 

「……もしやこんな連中ばかりなのか? そんなキチガイ達を攫ってきて捨て駒にしてるのか?」

 

 おいやめろよ、俺達がまるでキチガイみたいな言い方。空腹少女はともかく、俺はある程度まともだぞ。ちょっと死に戻れるだけで。

 

「何か酷い扱いされてる気がしますけど……それはいいんです! あのですね、私だって死んでほしくないんですよ?」

 

 それは、まぁ……分かるけど。俺も死んで欲しくないんだよ。二人ともだ。

 

「だから、それも一緒です。私達三人とも、互いが欠けちゃダメなんです。一人でも欠けちゃったら、もう駄目なんです」

 

 それは、少女の勘の良さから導き出された答えなのか――それとも彼女が考えて考えて考え抜いて出てきた答えだったのか。正直、彼女もかなり疲弊している事には気が付いていた。俺が死ぬとき、空腹少女の顔は毎度絶望に染まっていた。その光景を見ながら、敢えて見て見ぬふりをしてきた。これ以上背負えないと、自分に言い聞かせる為に。

 

「彼女の言う通り、だな。……ふ、いっその事本隊を犠牲にしてしまおうか?」

 

 正規兵とは思えない言動だが、その裏には俺達を心配する表現が受け取れる――ああくそ、なんでこいつらはここまで。

 

「私たち三人が居れば大丈夫ですよ! ちょっと顔出して、ちょっと戻って。情報収集してるとでも思わせるような立ち回りだと思えばいいんです!」

 

 ……天才か?

 

 アレクセイと二人で固まる。おい、その手があったか。

 

「盲点だった……そうか、それなら奴らもある程度まで踏み込んでくるし、それでいて無理やり突破するほど労力は割けない。必然的にある程度使えるが絶対的ではないという敵がやってくる」

 

 おおう、もう、なんというか……。

 

 そもそも作戦がガバガバだった、それに尽きる。……ちゃんと二人を信用して、踏み込むべきか。だけど、この二人を失ってしまえばきっと俺は――もう元には戻れない。漠然と、予感がするのだ。

 

 駄目だ。これまで二人が死んだ記憶が多すぎて、頭が痛い。クソ、こういう時に限ってひどい頭痛だ。

 

「ではわざと情報収集している様な痕跡を残そうか。それでいけば何とかなるかもしれない」

 

 そうだ、何とかするんだ。これ以上失わない為にも、二人も俺も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄へ⑫

 四十三

 

 それとなーく、それとなく情報収集している素振りを見せる。前の襲撃事件からずっと持っていた連絡用装置を手に取って喋っている振りをしたり、メモしたり時折時間を気にするような仕草をしたり。

 

 監視の目が増えていると感じる――というよりも、こっちに割かれる割合が増えてる。現状まだ本隊側は発見できていないのか、こっちにかかりきりなのか。どちらにせよ作戦的には上手く行ってる。

 

 まだ直接的に攻撃は仕掛けてこないが、これはあくまで情報収集であると思わせることが大事だ。

 

「大分時間は稼いだが、日はまだまだ落ちないな……。どうする?休憩を挟もうにも下手に動けば不都合なところが出てくるぞ」

 

 わかってる。あくまで情報収集をしている部隊と思わせて、他に敵がいるとは思わせない動きをする。やることはわかってるがいざ実行となると難しい。

 

 もっと簡単に言えば、俺たちの姿が見えなくなってはマズイ。だがずっと見えたままでは怪しい。いっそのことその場でめっちゃ高速移動してレーダー困らせてやるか。

 

「それは最早嫌がらせだな」

 

 うん、自分でもそう思う。ただもう何する?これ以上手のつけようがないと思う。

 

 ぐううぅぅ~。

 

 ……ふむ。

 

「……いや、違うんですよ。今のは私じゃないです。勝手にお腹が音を出しただけで」

 

 つまり腹が減ったんだな?腹ペコ。

 

「う、うううぅ……! そ、そうですよ! お腹すいたんです! 文句ありますか!?」

 

 そんな悔しそうな顔するなよ……大丈夫、それがお前のいいとこだ。ぷんすか怒る空腹少女を尻目に、少し考える。どうする。現状を維持するにしろ、体力は少しずつ消耗していく。限られた選択肢の中で、最も生存できる物を選ぶしかない。

 

 生存できる道を選びつつ、更に基地を取り返せる作戦を思いつかなければいけない。いや、基地を取り戻すのは正直俺たちの仕事じゃないからそれは考えなくていいな。一番大事なのはやっぱりこの気を引くという事。

 

 今の正確な時間はわからないが、今はまだ昼過ぎ位だ。それでこの手詰まりなんだからもうどうしようもない気がする。本隊襲撃予定地から反対側に現在俺たちは居るが、それだけで十分なのだろうか。レーダーの範囲を広げていてもおかしくはない。

 

 ……今そんなことを考えてても無駄だな。それは無し、うまく行っている過程で考えよう。

 

 敵には現状ただの斥候三人組だと思われてるはずだ。何故か奇襲を回避してあまつさえ初見殺しに対応して逆に斬り殺そうと接近する俺と、攻撃のほぼすべてを回避する変態軌道少女と、純粋にトリオン体での戦闘経験が豊富で強者のアレクセイ。うん、俺だったら相手にしたくないな。

 

 ということは、ある程度レベルの高い奴が今俺達を見張っている筈だ。肉眼で見てるかどうかは流石に分からないが、少なくともレーダーで捕捉はずっとしている筈。

 

 迂闊に動けないが、動いてしまえば敵も動かざるを得なくなる。だが、今はまだその時じゃない。

 

 まだだ、まだ耐えるんだ。本隊の接近に伴いこっちも進み始めよう。敵の狙撃手の位置は不明だが、大丈夫。初見で対応できなくても、俺を狙う様に立ち回ればいい。

 

 で、腹は大丈夫か。

 

「大丈夫です!!」

 

 そうか。まぁ腹が減るのは仕方ないな。あの暗闇を三人で歩いたあの時よりかは状況は良いが、それでも緊張をずっと保っているんだ。そりゃあ腹も減る。……逆に食が細くなりそうだな。

 

 ロングソードを手でチャキチャキさせつつ、少し移動する事を提案する。同じ場所にとどまるより、何個か移動することでその場所に何か痕跡を残したんじゃないかと疑わせる。

 

 俺たちが移動してる隙に近づいて、その場所を調べさせて時間を稼ぐ。これをずっとやっていこう。ある程度こっちの戦力も把握した相手だからこそこうやって悠長な選択を取る事が出来る。敵もまさかこうやって工作した日の夜に突撃してくるとは思わないだろう。

 

 少しずつ休憩をはさんでトリオンを回復させながら、夜の闘いに備える。

 

 我慢しろ、ここはまだ本番じゃない。本当の闘いは次にあるんだ。

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 日も沈み、暗闇で辺りが包まれる頃。そろそろ本隊が進軍を開始する時間だ。

 

 俺たちもそれに合わせて準備する。目は見えないが、空腹少女を頼りについて行く。ある程度の距離だったら薄っすらぼんやりと見える位には目は慣れた。少なくともこの前みたいに少女を抱えて逃げるみたいなことにはならないからな。

 

 少女もアレクセイも準備は出来たらしい。後は本隊が襲撃にギリギリまで気づかれないように俺たちが動き回る。そうすれば後は本隊が襲撃して任務終了だ。

 

 

「――行こう」

 

 

 俺の声を合図に、空腹少女が暗闇の中走り出す。その音と気配を頼りに辿り、ぐんぐん距離を詰める。今頃見張り役は大慌てだろうな、突然基地に進軍しだした連中が居たら。流石にすぐには襲ってこないが、それにしたって静かすぎる。俺たちの移動する木々の音以外は何も音が聞こえない。風を切る音がびゅうびゅう耳に響くが、他に音は一切ない。

 

 

「――来ます!」

 

 

 空腹少女のその声に合わせて、その場で横に跳ねる。前回の暗闇で無闇に動きまくると木に激突する事は把握しているので木に体の一部触れた瞬間体を捻り木を滑る様に回避する。そして先程まで走っていた地点から大きな物音がしたので、恐らく昼間のような曲がる狙撃ではなく大きい威力の砲撃が飛んできたのだろう。

 

 二人と別れてしまったが、問題ない。既にアレクセイはトリオン体だし、空腹少女に関してはどうせ躱すだろうし。

 

 よって俺が一番の問題なのである――背中が凍るような感覚がしたので、急いでその場を飛び退く。後ろに思い切り飛び跳ね微かに見える枝を踏み台に更に跳躍。距離を離し、その冷たい感覚が通り過ぎるまで移動する。

 

 地面に着地する瞬間抜刀し、前方へ斬りかかる。透明化のトリガーがあったとしても、この暗闇では意味がない。それに、真っ暗闇で戦うのは初めてではないから。どこに振れば当たるか、なんとなくでわかる。敵の胴体を切断し、トリオン体から通常の身体になる瞬間に再度斬りつけそのまま絶命させる。

 

 身体を縦で真っ二つにされ、腸を撒き散らしながら地面に倒れる――筈だ。うっすらとしか見えないが、恐らくそう。

 

 二人はどこまで行ったのだろうか。正直俺が離れただけだから何とも言えないが、あの二人の生存を早く確認しておきたい。頭痛がする。急げ、急げ。手遅れになる前に。

 

 歩き出した時、木にぶつかった。ああ待て落ち着け。まだ慌てるような時じゃない。クールに冷静に、大丈夫。あの二人なら大丈夫だ。

 

 走り出して、足を引っかけて転んだ。盛大に転んだせいで二回転くらいした。イライラする、頭痛がする。落ち着け。大丈夫。

 

 地面に顔を叩きつけたけど、ゆっくりと呼吸をする。何も匂いがしない。よし、いつも通りだ。落ち着けよ、ここで信じなくてどうする。あの二人は俺が助けないといけない程弱くないぞ。手で鼻から垂れる血を拭い、そのまま再度走り出す。

 

 走ると言っても自分の視界にあった速度だから、全然速くはない。けど気持ち少しでも早く、もっと早くと足を動かす。逃げてきた方向は覚えてるから、そっちに向かう。

 

 脚を動かせ、思考する時間を取りこぼすな。

 

 ――刹那、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。

 

 その感覚に従い、剣を抜き背後を斬りぬく。走りながら振るったという事を一切気にさせず、何度も繰り返し練習した成果がここで発揮される。不利な体勢から剣を振る――その動作はもう何度も繰り返し繰り返し行ってきた。今更崩れることなどありえない。

 

 一瞬でトリオン体を破壊し、追撃の一閃。絶命させ、それを確認する事もなくまた走り始める。邪魔だどけ、お前たちなど必要ない。俺に必要なのは、あの二人だ(・・・・・)

 

 急げ、だが焦るな。ああ、微かに音が聞こえる。そっちに向かって急いで足を向かわせる。木と木を跳ね、這うように進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、食料あるぞ。食べるか?」

「あ、頂きます! ……なんですかこれ」

「わからん。……動物? 丸焼き?」

 

 何してんだお前ら、人が全力で来たってのに。

 

「む、そっちは片付いたのか。いやなに、襲ってきた連中を適当にあしらってたら横からこの子が乱入してきてな。なし崩し的に乱戦になったから、同士討ちを多発させて封殺した」

 

 流石は正規兵、戦い慣れてるな……。

 

「……それで、どうだ? 私たちは頼りになるだろう?」

 

 頼りにはしてるさ、ずっと前からな。

 

 変な生物の丸焼きを手に取り、そのまま固まって動かない空腹少女は置いといて顔は良く見えないが自信満々な顔をしてそうなアレクセイを見る。まぁ暗くてよく見えない。

 

「大丈夫だ、安心したまえ。君が思っているより、私たちは強い」

「そうですよ! 所でこれ何かわかります?」

 

 いやわからん。何だその謎生物の丸焼き。……ね、ね……ネズミ?変な生物だな。

 

 そんなことはさておき、二人が俺より強いのは当然だ。俺は所詮凡人なのだから。

 

 だけど、二人が死ぬ映像がいつまでも脳から離れないんだ。これは多分、一生消えることは無いんじゃないだろうか。それは映像であり、記憶である。紛れもない真実だからこそ、余計に消えない。

 

 

「人間何時かは死ぬものだ――なんて、そんなことを言って欲しいわけじゃないだろう? いいか、私たちは仲間だ。互いが互いをカバーする、そういう物なんだ。だから――もっと頼れ」

 

 

 ……あ、あ。ああ。そう、だな。もっと、頼って、いいのか?

 

 

「存分に頼るがいい。私はこう見えて大人だからな、君たち子供の面倒くらいみてあげよう」

「お腹すきました!」

「すまないが少し黙っててくれるか?」

 

 

 は、はは、そう、だな。大人は、頼るもんだな。

 

「……表情があまり見えないのが残念だ。全く、君の驚く顔が見たかったんだがな」

 

 ……趣味悪いぞ。全く。でも、そうか。じゃあ、もっと頼るよ。

 

 

「うむ、どんとこい。何時でも待ってるぞ」

「私の事もですよ!」

 

 ああ、わかってるよ。ありがとうな。

 

 

 

 ……本当に、ありがとう。

 

 

 

 ああ、なんだか少し。

 

 

 

 ――救われた気がする。

 

 

 

 

 

 

 



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想い/思い

二日に一話更新に切り替えます。


 ――妙な浮遊感に包まれている。この感じは覚えてる、これはきっと夢の中だ。何度も何度も味わったこの感覚に既知感を覚えながら目を開ける。当然夢の中なのだから何が見えるかなど分かることもなく、うっすらぼんやりと白い空間が広がるだけだ。

 

 瞬間、唐突に胸に激痛が走る(・・・・・)。痛みなんて感じたのは久しぶりで、あまりの痛みに本気で悶えてしまった。これが夢の中でよかったかもしれない。連続して体中に激痛が走りだし、その痛みに耐えることが出来ず思わず叫ぼうと口を開く。

 

 腹の底から叫ぼうと、何度も声を張り上げようと呼吸をするが――そもそも息が吸えない。その事実に気が付いた途端急激に苦しくなる。身体が空気を求めて呼吸を繰り返すが、一向に吸うことは出来ずにどんどん苦しくなってくる。

 

 声にもならない声をヒューヒュー発しながら、無様に呼吸をしようともがき続ける。どうにもならないその状況を恨みながら、意識が薄れてくるのを自覚する。ふざけるな、なんだこれは――ああ、苦しい。苦しいし痛い。こんなに苦しくて辛いのは初めてだ。いや、もしかしたら初めてじゃないかもしれない。

 

 次第に呼吸を繰り返し過ぎて、まともに考える事すら不可能になってくる。くそ、何なんだよ。この状況は、誰か――■■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

 ――目が覚める。目を開いた瞬間、視界に眩い光が入り込んできて目を細める。目が慣れるまでじっくりと耐えて、自然と活動できる領域まで我慢する。

 

 全身に染み渡る光と、寝ても回復しない頭痛にストレスを感じながら身を起こす。うん、いつも通りだ。目覚めが悪いとか、そういうレベルじゃないと思う。布団からゆっくりと身体を出して少しずつ馴染ませる。

 

 窓の外には、崩れた建物とそれを立て直す人たちの姿が見える。

 

 

 

 

 ――制圧作戦から既に一週間経った。俺達三人はあのまま本隊が襲撃を仕掛けたタイミングで参戦。二、三度俺が死んだが二人は一度も死ぬこと無く切り抜けた。これ以上ない程にうまく行ったと思う。

 

 アレクセイは現在基地周辺の哨戒任務に就いている。トリオン体を扱える実力者だから、当然でもある。そして空腹少女は今基地の拡張工事を兼ねた復旧作業に勤しんでいる。

 

 適当に身支度を整える。奴隷兵士とは思えない程マシな部屋を与えられ割と服装とかそこらへんも充実している。黒いズボンと白のジャケットを身に着け、無いと寝れない領域になったいつもの剣を腰に携えて部屋を出る。

 

 前日の内にシャワーは浴びたので、朝からシャワーに入る必要はない。取り敢えず朝食を済ませる為だけに食堂に向かう。

 

「む、君か。よく寝れたか?」

 

 ああ、いつも通りな。お前こそ今日は居るんだな。

 

「ああ、今日で一通り付近の哨戒は終了だ。これからはレーダーを等間隔に配置して二十四時間稼働体制の防衛システムを組むらしい」

 

 そりゃまた大変だな、主に見張る役が。

 

「本部から増員も来たし大丈夫だろう。なに安心しろ、私は階級を剥奪されたからただの正規兵だ」

 

 ……ああ、やっぱりそうなったのか。トリガー奪われてたしな。

 

「これで敵が保存していてくれたらまだ残れたんだが、生憎向こう側に送られてしまったようでな。トリガーは少し自分で手を加える為に勉強もしたし思い入れのある物だった」

 

 なんだかんだ言って少し悲しそうだな。とりあえずいつも通り匂いの欠片も感じない料理を口に運ぶ。今日のメニューはうどんの様な何かだ。本当にそうとしか表現しようがないが。

 

 ずるずる啜りながら口に運ぶ。うん、いつも通り味がしない。ズキリと痛む頭を抑えつつ、アレクセイと話しながら腹を満たす。

 

「しかし相変わらず簡単に食べるな……それ、かなり辛くないか?」

 

 うん?そうなのか。正直辛い甘いも分からん。等しく無味無臭――食事をとるのはぶっちゃけただのエネルギー源だからなのだ。もっと効率のいい方法があるならそっちを取る。

 

 それでもまぁこうやってある程度手の込んでいる物を食べているのは、忘れたくないからなのかもしれない。自分が人である作法というか、まだまともだった頃にやっていたことを一つでも忘れたくないんだと思う。

 

 

 味はわからん、鼻は利かん。そんな状況でも俺は飯を食べる事が出来る、まだ人間らしいと思っていたいんだ。多分、そうだ。

 

「……そうか」

 

 味は気にしてない、そういう旨の事を伝えただけなんだがな。どうにも雰囲気が重くなる。ずるずる麺を啜る俺と黙々と飯を喰らうアレクセイ。おい、誰か何とかしろよ。

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 ガチャン!!と料理の乗った盆を机に叩きつけながら颯爽と空腹少女が乗り込んでくる。おうお前落ち着けや。

 

「ああおはよう、今日も元気だな」

「私はいつも元気ですよ!」

 

 がつがつ料理を食らう鬼と化した少女を見つつ変わらないなぁと感想を抱く。今日も朝早くから復旧工事をしてきたのだろうか、少し髪が艶やかに光っている。あれ、これはもしかしてただ若いだけ……?

 

 自分の髪の毛を触ってみる。ガサガサ。……あれ?おかしいな、俺まだ――……幾つだったっけ。いいか、まぁそんなこと。別に対して重要じゃないし。すまんちょっと髪触っていいか?

 

「はい? まぁいいですけど」

 

 料理を食らいながら返してきたので、邪魔にならない程度に触る。うーんサラサラしてる。何だろうこの差は、男と女だからか?いや、でもこれまでの生活はほぼ同じだしな……そこまで明確に差が出るとは思えない。

 

 もう一度自分の髪を触ると、パラパラと少しだけ毛が抜け落ちた。見てみると、三本落ちた中の一本は白髪だった。……いや、まだ俺若い筈。うん、多分まだ若い。白髪が生えるような年齢じゃない。それは確かだと思う。

 

「君も大分頭が白くなってきたな」

 

 うるせー、お前は頭真っ赤じゃねぇか!なんで俺だけこんな辛い思いしてんだ。

 

「大丈夫ですよ、多分白いのも似合います!」

 

 いやそう言う問題じゃないから。精神的な問題だから。悲しくなるだろ!

 

 残った汁を飲み干し、一息つく。ああうん、やっぱりこういう何気ない日常が俺はとても好きらしい。どうにも心が落ち着くというか、安らぐ。頭痛は相変わらずだが、この静かな三人でいる空間が心地いい。

 

 制圧作戦を生き残れたのは二人のお陰だ。恐らく、二人が居なければ俺はもう死んでいた。本当の意味で死ぬことは無くとも、恐らく心が。

 

「今日はこれは……なんでしょうこれ。シュークリーム……?」

「私はそのしゅーくりーむとやらがわからないが、確かに何だろうなこれ……ふむ、甘い」

 

 二人が手に持つ謎の食べ物――クソ国家あるある、よくわかんないデザート。

 

「……うん、甘いですね。本当に、甘い。甘いだけなんですけど」

「これは……うん、何とも言えないな。甘いんだが、美味くはない」

 

 微妙な顔でちびちび食べる二人を見て、頼まなくて正解だったと思う。土食ってもデザート食っても俺は変わんないけど。二人に了承を取り、先に席を立つ。俺には俺の仕事があるから、ある程度時間も限られている。

 

 食堂を出て、真っ直ぐ訓練施設へ向かう。通りかかる正規兵達が挨拶をしてくるので、俺もそれに返答する。

 

 少しずつ、少しずつだが俺達三人の立場という物は変動している。ただの奴隷兵士からキチガイ奴隷兵士、更にそこから今は変態人斬りと呼ばれるようになった。いやおかしいだろ。

 

 訓練所について、何時もと同じメンバーが居る事を確認する。

 

 ――今俺は、この前線基地に叩き込まれた奴隷兵士に戦い方を教える教導官をやっている。

 

 奴隷兵士も戦えるように、本部と違い余裕のない前線だから遊ばせる戦力は一つもないということで育成する事になったんだが、生憎正規兵は誰も暇じゃなかった。

 

 そこで俺達三人に白羽の矢が立ったが、空腹少女は感覚派過ぎてボツ。アレクセイは仕事があるからボツで結果俺になった。俺の闘い方でいいのか?

 

 今はまだ、一瞬だけトリオンを籠める練習をさせてる。先ずはここからだ。大丈夫、着実に前に進めてる。まだ希望を持てる。だから前を向こう。

 

 いつか帰るんだ。その事を忘れないように、必死にしがみつけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら地獄だったなんて話、誰が信じるのだろうか。少なくとも、()は信じない。こんな物語の中であったような記憶は信じたくない。

 

 唐突に変な場所に連れてこられて、死んで来いだなんていわれて誰がすぐ冷静になれるだろうか。信じるなんてことは、とてもじゃないけどできない。けれど、それはどうしようもない程に現実だった。

 

「――よいしょっ!」

 

 資材を運び、崩壊した建物に取り付ける。専門的な知識なんて無いから、とりあえず言われた通り何か変なのを塗る。これで固まるらしい、よくわからない話だ。

 

 突如連れてこられた場所で、突如強制させられた戦いを生き残るために必死で戦ってきた。そんなことしたこともなかったから、訳が分からなかった。今も一緒に居るお兄さんが居なかったら、とっくに死んでたと思う。

 

 一番最初に助けられたのは多分、歩いている時だった。

 

 少し休憩を取っているあの時、貰った乾燥した変なパンみたいな奴を食べたけど全然満足してなかった私に自分の持ってた分を分けてくれた。何故かそのあと土を食べてたから、正直頭おかしいんじゃないかなって思った。

 

 しかも無表情でご飯食べるから、味覚がどうかしてるんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。食事中のあの不愛想な顔を思い出して笑ってしまう。

 

 その癖戦う時は異常なまでにギリギリの動きをするものだから心臓に悪い。あの時だってそうだ、最初の戦いの時。

 

 皆がギリギリだったあの時、斬ったトリオン兵に身を隠して息を整えていた際の会話の途中。言葉を伝えて、顔を見ようとしたらお腹からブレードが生えていたのは流石に本気で驚愕した。

 

 音もなく近づいて来たトリオン兵もそうだけど、それに全く気が付かないあの人もあの人だ。傷から流れる血の量が多くて、死んでしまう(・・・・・・)と思った私はそれはもう取り乱した。わんわん泣いた。できれば記憶から消えていて欲しい。

 

 今思い出しても恥ずかしい、何であそこまで取り乱したんだろうか。アレクさんが応急処置をして、前線基地――今復旧中のこの基地に移動してからも心配で毎日見に行ってた気がする。ていうか見てた。

 

 熱くなる頬を自覚しつつ、振り払う様に資材を持ち上げる。なんか遠巻きから見られてるような気もするけど気にしない。ああ恥ずかしい、その場の勢いの行動って本当後に来る。

 

 木を突き刺し、崩壊した建物の土台を組み上げながら思い出す。あの基地から逃げる時も、爆睡する私を抱えて逃げてくれたらしい。わき腹が砲撃で抉れてたのにも関わらず。基地に辿り着いた時、出血し続けてたことに気が付かないでそのまま放置して手術になったのは心底呆れた。

 

 何で自分の受けた傷を忘れているんだろう。痛みも全然感じてないんじゃないかな、多分。心配だったから落ち着かなくて、ウロウロしてるところをアレクさんに笑われた。落ち着かなかったからしょうがないじゃん!

 

 何故そこまで自分を犠牲に出来るのか――根本的に、優しいからなんだと思う。なんとなくそう思う。人が傷つく姿は見たくなくて、そうなるんだったら自分を犠牲にしてでも助ける――それがあの人なんだろう。

 

 助けてくれたその恩は未だに返せていない。ていうか、返せる日は来るんだろうか。現状助けられてばかりだし、いつか私も助けられるといいな。

 

 

 

 朝の修復はとりあえずここまでなので、食堂へ向かう。この時間の食堂にはいつもあの人がいるから。そろそろ名前は聞きたいけど、聞いちゃいけないって感じがする。理由はさっぱりわからないけれど、そう思うんだ。

 

 仲間だと、私たちを信じてほしいと伝えた時の顔は暗闇だったから見えなかったけど嫌な顔はしていなかった……筈。多分。きっと。自信はない。だけどそんな気がする。

 

 いつも通り食べる物を選び、今日もハンバーグ(謎肉)とデザート(これも謎)定食にする。この肉は本当に何なんだろうか、一体――やめよう。ご飯が食べられなくなってしまう。

 

 ちょっと食堂の中を見渡して――居た。赤い髪は少ないから見やすくて助かる。二人とも何故か無言で箸を進めている、何でそんなに暗い雰囲気なんだろう。

 

 少し息を整えて、いつも通りの調子で声をかける。私は私らしく、元気良くいた方がいいんだ。なんでかわかんないけど、そんな気がする。

 

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 元気よく突撃して、あの人の隣の席に座る。無表情だけど少し驚いた仕草をするのがまた彼らしい。私が食べだして数秒で会話が始まった。……いきなりさらわれてきたこの場所だけど、巡り合った出会いは良いモノだと思う。

 

 

 いつかあの人も、心から笑える日は来るのかな――うん、きっと来る。助けられてばかりだからこそ、私がいつか笑わせてあげるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




君達の妄想を信じろ(適当)


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犠牲①

 視界が暗闇に包まれている。真っ暗で何も見えない――ここは何処だ。誰か居ないのか?

 

 周りが全く見えないが、それでも見渡す。眼前に広がるのは暗黒に包まれた空間。

 

 ――……す。

 

 何だろう、遠くから声が聞こえる気がする。聞き覚えのある声が。

 

 

 ――…です……から!

 

 

 何だ、この声は。聞こえるが聞こえない、もっとはっきり喋ってくれ。

 

 

 ――……の……いに……こう……を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

「あ、起こしちゃいました?」

 

 ……いや、別に。最近夢見が悪くなったような気がする。ストレスっていうか、なんて言うんだろうな。疲労が取れない――のは前と同じだけど。

 

 凝り固まった筋肉をほぐすため、身体を伸ばす。バキボキ音が身体から発生するが、感覚がわからん。ガタゴトと振動を感じながら、取り付けられた窓から外を見る。辺り一面に広がる荒野を見て溜息をつく。

 

 

 あの制圧作戦から一ヶ月の時が経った。

 

 

 アレクセイは基地で正規兵として駐在し、俺と空腹少女は前線へと放り出された。既に幾つか戦場は潜り抜けたけど、トリオン兵しかいない所ばかりだった。こないだの制圧作戦でトリガー使いを纏めて捕獲したり殺したりしたからその影響は出てるのかもしれない。

 

 お陰でかなり前線は上がって、俺たちがいた基地は今や最前線ではなくなっている。代わりに中継基地として活用されているが。

 

 そして今は新たな戦場へ向かっている途中、と言うわけだ。転送でもなく徒歩でもなく、車のような何かで。トリオンを動力として動く乗り物らしいが、俺たちは一ミリも供給していない。捕まえた捕虜のトリオンを抜き取ってその分で補っているらしい。

 

 ふんふん鼻歌を歌いながら外を眺める少女を尻目に、なんだか聞き覚えのある歌だと頭の中で思う。なんだったかな、なんか聞き覚えあるんだけど思い出せない。

 

「え? この歌ですか? 地球にいた頃好きだったんですよー」

 

 あぁ、そうか。なんかそんな気もしなくもない。ちょっと前に流行ってたんだっけ?もう曲名もリズムも思い出せないけど。でも何か聞き覚えあるんだよな。

 

「…….女の子には人気の曲だったんです」

 

 へぇ、そうなのか。……俺も帰ったら、音楽とかそう言うの聞いて楽しめるのかな。まだ耳は聞こえるから望みはある。そういう感性が残ってるかは謎だけど。

 

「いいですね! 帰ったらカラオケとか行きたいです!」

 

 ああ、カラオケか。うん、カラオケ……なんだったっけ。ええとアレだ。歌う所だろ、覚えてる。誰かは忘れたけど、誰かといった気がする。

 

 妙に頭に残る少女の鼻歌のフレーズを聞きながら、戦場へ向かう。少しは慣れたが、油断は禁物だ。気を引き締めろ。

 

 

 揺られること数時間程で拠点に到着。拠点と言ってもプレハブ、転送装置すら無い程度の施設なんだが。正規兵数十人で維持しているこの基地だが、前線まで歩いて三十分という驚異の立地。いやもう少し考えて建てろよ。絶対すぐ襲われるだろこれ。

 

 既に三度に渡ってトリオン兵が襲撃してきているらしい。そろそろトリガー使いも来るんじゃないかという話になって俺達が増援に呼ばれたそうだ。俺達程度を呼ぶ前に階級持ちを呼べ。どこもかしこも人手不足、階級持ちは現在色んな場所に散らばってるらしいから残念なことに固まって作戦を行うとかそういう事がない限りめったに会えない。そういえば元階級持ちが居たな。

 

 アレクセイの事を頭の隅に置きつつ、トリガー使いと遭遇した時の事を考える。トリガー使いの厄介な所は、ストレートにその個々によって性能が違う事だ。完全遠距離な奴もいれば完全近距離な奴もいるし全距離対応可能な奴もいる。

 

 初見で対応し辛いのがトリガー使いを相手にするときの辛い点だ。少女は初見でも回避できるチート性能だし、俺もある程度死ねば耐性は出来る――だが、確実に無理なタイミングというのは存在する。要するに、どれだけそういう状況に持ち込まれないかが大事。

 

 俺たち二人と正規兵数十人、この人数で敵を何とかしなければならない。状況は芳しくないが、逃げている途中より全然マシだ。先ずは敵の戦力の詳細を知るところから始めるしかないな。

 

 俺達がある程度戦えることは認知されてるそうで、正規兵に悪い顔はされなかった。やっぱりこの国って上がクソなんじゃないかな。

 

 とりあえずローテーションを組んで見張り作業をする。レーダーを突き抜けて来るのは既に認知されているため、物理的にカメラも用意して警報が鳴るシステムも作ったらしい。

 

 動物がロクに存在しないこの荒野だから出来る荒技、赤外線機能も付けてるから近寄ってきた敵は絶対感知できる――できる。多分、設計上は。

 

 一番可能性が高いのはやはり深夜だろうか。俺達は初日ということもあるから、夜の見張りは明日からでいいらしい。と言うわけで今日は施設内をブラついておしまい。

 

 食堂はない代わりに、効率のいいエネルギー補給剤が大量に保管してある。おう不満そうな顔すんな腹ペコ。

 

「うぐっ……だ、だって美味しいほうがいいじゃないですか!」

 

 そうかなぁ、いやそうだったような気もする。俺には正直関係ないけど。

 

「じゃ、じゃあ私がご飯を作ってあげます! そうして美味しいご飯の有り難みって奴をおしえてあげますから!!」

 

 おう、楽しみにしといてやるよ。今んとこ料理作ってるところ見たことないけど。

 

……れ、練習しとかないと……

 

 ……聞かなかったことにしとくか。うん、そうしよう。その内食事を楽しめる様になったら食わせてもらおう。

 

 ちょっと青い顔でぼそぼそ何かを呟く少女は普段とは違う姿で、少し新鮮だった。

 

 

 

 そして割り振られた部屋は当然の様に同室――てかそもそも雑魚寝じゃないだけマシか。少女除いて男しかいないしな。

 

 ぼふっと音を立てながらベッドに倒れこむ少女を見ながら、俺も自分の寝床に腰掛ける。荷物らしい荷物は無いが、軽い衣服程度の荷物だけはある。アレクセイに持たされた黒ベースの赤い線が入ったYシャツを広げる。

 

 流石に衣服の交換無しで何日間も滞在する訳にはいかない。いくら色々カツカツとは言え、そこは味方の士気にも関わるからしっかりしろ――アレクセイの有難いお言葉である。

 

 半ば押し付けられたこの服だが、そもそもこの国で買い物なんぞしたことないしする金も無いので俺としてはどっちでもよかったが少女の後押しもあり貰っておいた。

 

 明日からまた戦場である――その事を考えると頭痛がするが、切り替える。大丈夫、何とかなるさ。いや、どうにかする。

 

 布団の中でもぞもぞ蠢く少女のベッドを見て何やってんだと思ったがそう言えばこいつも着替えてんのか。……一応目を逸らしておこう。言ってくれりゃあ出てくんだがな。

 

 ぷはっと布団から身を出した少女は服装が変わって――変わって……変わ……変わってんのかそれ?ああでも細かい部分の色は変わってるかも。いや、すまん正直よくわからん。悪いな違いの分からない男で。

 

「いやちゃんと変わってますよ!? ほら! 肩! 丸出しですから!」

 

 ん?あ、本当だ。

 

 ぷんすか膨れる少女に謝りつつ、明日から起きるかもしれない戦いに目を向けながら寝ることにする。大丈夫、乗り切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚める。未だ外は暗闇に包まれている。最近こういうのが多くて寝不足が続く――ぼんやりした頭でそう考える。

 

 隣のベッドを見てみるとすやすや寝息を立てて爆睡している少女が居る。ていうか暗闇なのに割と見えるようになってきてるのやばいな、遂に視覚も人間越えて来たか。

 

 ナチュラルに寝る時もすぐ取れる様に腰に付けといた剣を引っ提げ、ベッドから身体を起こしつつゆっくりと動く。床に足を付けギシリと軋む床を気にせずに歩き出す。また目が覚めちまったしトイレでも行くか。

 

 扉を開け、廊下に出ようとしたその瞬間に背筋が凍るような感覚がしたので急いで抜刀する。

 

 感覚に従い剣を振るうと、その場でキンッ!と甲高い音が鳴り廊下に響き渡る。深夜に侵入され過ぎだこの国は――文句を言いつつも手は動かす。夜襲に対してはもう慣れた。

 

 適当に剣を振るい、相手のトリオン体を破壊する。

 

「な――」

 

 んで、とその言葉は続けさせない。問答無用で殺す。敵に慈悲等必要ない。殺さなければこっちが死ぬのだ。だから殺す。付着した血を振り払い、少女を起こす為に部屋に戻る。はぁやれやれ、この国の警備体制これでも足りてないのか?

 

 ドアを開け、部屋に戻る。

 

 窓が開いていて、既に中に誰か入っているんじゃないか。

 

 ……嫌な予感がする。頭が痛い。やめろ、余計なことは考えるべきじゃない。

 

 足が重い。やめろ、余計な考えは捨てろ。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 一歩、また一歩と近づいていく。

 

 

 

 すぐそこまで近づいて来た。あとは布団をめくるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団をめくるために手を伸ばし、その場で止まる。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しめくると、彼女の黒い髪が見える。指が振るえてるのが露骨に分かる。落ち着け。大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あ

 

 

 

 

 

 



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犠牲②

 四十五

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱっちり瞳孔まで開かれたその無機質な目には、いっそ恐怖すら感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 生気があるのかどうかも分からない程に開かれたその目には、明らかに絶望の色が混じっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視線を下にずらす。顔から首へ、首から胸へ、胸から腹へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹部を見たとき、手に何かを握っているのに気が付いた。

 

 それはいつも俺達が使用している剣であり、ずっと使ってきた武器である。

 

 

 

 

 

 

 

 何故そんなものを持っているのだろうか、その剣が伸びる先を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく見れば、彼女の手と剣は血で濡れている。そして、手から伝わって腹部、胸部も血で濡れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…………ぇ…………な……ん……で………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の手から伸びた剣は、俺の腹部へと突き刺さっていた。

 

 

 それを確かめる様に手で剣を握る。ああ、確かに刺さってる。

 

 

 呆然とする彼女の頬に触れると、剣を触った時に付着した血液が顔に塗られる。

 

 

「な……んで? え? う、そ。うそだ、そんな、そんな、そんな」

 

 

 悪い、汚すつもりは無かったんだけどな。身体の奥から何かが上がってくるのを感じ、急いで手で口を押さえようとしてバランスを崩し少女に向かって倒れこむ。

 

 

 ギリギリで体重を掛けずにベッドに手を当てるが、その所為で口を押える手が使えず液体が出てくる。

 

 

 赤い液体――血液。

 

 

 彼女に向かって吐血してしまったのでこれは後で怒られるなと苦笑しつつ、血で真っ赤に染まった服を見て申し訳無く思う。

 

 

「ぁ……あ、ああ……あああああ!!

 

 

 そんな顔するなよ、俺が不注意だった。まだやり直せる。

 

 

 彼女の剣を引き抜き、そのまま首に突き刺す。

 

 

 彼女の叫び声が響き渡り、窓の外に届いて行く。

 

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 ぶつぶつと、壊れたかのように同じ言葉を続ける彼女に申し訳なく思う。

 

 

 大丈夫、死ねば会えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十六

 

 ――目が覚める。

 

 ゆっくりと身体を起こし、隣のベットにある膨らみを確認する。

 

 

 ああ、良かった。無事だ。

 

 

 顔を覗いてみると幸せそうな面で寝てる。ふにふに頬を触ると、むず痒いのか若干嫌そうな顔をして顔を逸らす。

 

 生きてる。生きてるんだ。死んでない。

 

 

 視界がぼやける。あれ、おかしいな。こんな風になるのは初めてだ。

 

 

 あ、くそ。なんだこれ。全然無くならない。ああくそ、なんなんだ。

 

 

 ここまで死に戻って、遂に頭の血管でも千切れたか?拭えきれず、必然的にポタポタと下に垂れていく。勿論下では少女が寝ているのでその顔にポタポタ垂れていく。悪い、さっきも汚しちまったのに。

 

 少女の顔に垂れた液体を拭う為に布を手繰り寄せ、少女の顔を拭く。その動作の際に目が覚めたのか、ぼんやりと目を開ける。

 

 相変わらず視界はぼやけたままだし、液体が零れ落ちるのも止まらない。

 

ぁ……え、えーと、その、まだ私達、そう言うのは、早いんじゃないかなって、思うんですけど……

 

 ああ、ごめん。邪魔だよな。ちょっと今目が見え辛くて、ごめんな。少女の真上に居たからどく。

 

「……そうですよね、そうじゃないですよね……泣いて、いたんですか?」

 

 泣く? ……ああ。

 

 

 これが、涙か。

 

 

 そうか。涙か。泣いてたのか。

 

 

 俺はまだ、泣くほどの感情が残っていたのか。

 

 悲しい(・・・)。そうか、これか。こんな感じだったな。悲しいってのは。ああ、そうか。

 

 自覚した途端更にポロポロと涙が零れ落ちる。駄目だ、止まりそうにない。

 

 

「……えいっ」

 

 

 そっと手を伸ばして、涙を拭い続ける俺の手を取る少女。何故だろう、何も感じない筈なのに、どこかいつもと違う感じがする。

 

 

 

 

「……どうですか? 少しは落ち着きますか?」

 

 

『……■い夢■も、見■の?』

 

 

 

 

 

 頭に、他の誰かの声が混じる。聞き覚えのある声でありどこか懐かしい声。急に頭痛が増し、いつもの数倍の痛みが頭を蝕む。くそっ、何でこんな時に限って――!

 

 痛む頭と零れ続ける涙の中で、さっきの絶望した少女の顔が頭に浮かんだ。

 

 それは、駄目だ。そんな顔して欲しくない。彼女らしく、笑っていて欲しい。

 

 そうだ。そんな顔は似合わない。お前は笑っているべきだ。なあ、そうだろ。俺の手を握るその手を軽く握り返す。ああ、大分落ち着いたよ。ありがとう。

 

「……私も、泣く事はあります。私って結構弱虫なんですよ?」

 

 ……ああ、知ってるさ。少なくとも、俺やアレクセイが死んだ時の取り乱し方的に考えて。

 

「最初だって、苦しくて、悩んで、諦めて……そんな時にあなたが居たから立ち直れたんです」

 

 そうだっ……え、そうだったっけ。ああ、そんな気もする。うん?そうだったっけ。やべぇ自信無い。

 

「……ま、まぁそんな事もあったんです。前にも言いましたけど、私達もあなたを大事だと思ってます。大切な仲間だと」

 

 ああ、そうだな。俺もそれは今更疑わないよ。

 

 キィ、と扉の開く音が僅かにした。少女もそれに気がついたのか、話そうとしていた口を止めている。

 

 ああ、そうだ。仲間だ、守るべき対象なだけじゃない。共に戦う仲間だ。思い出せ。

 

 窓から一人来る、対応できるか?

 

 嬉しそうに笑顔になり、手を握り返してくる。ああ、そうだ。お前らしい。

 

 

「――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という事がありました」

「……もういい加減この国の防衛システム組みなおした方が良いんじゃないか?」

 

 赤い髪を掻き上げた高身長の男性と、セミロングの髪を後ろで纏める――所謂ポニーテールの少女。

 

 二人が椅子に座りながら、シュークリームの様な何かを口にして微妙な顔をしながら話を続ける。

 

「夜に侵入されるのが最早デフォルトになってきたな。夜勤システムを早急に組み立てる必要が……?」

「あ、私は年齢的に寝ますね」

「駄目だ」

 

 がーんと口に出しながら変なのを頬張る少女。そして微妙な表情をしつつ話を切り出す。

 

「……ギリギリでした」

「……そうか。よく、無事で帰って来たな」

 

 何時もとは違い、元気のない姿でそう言う少女。

 

「……疲れたなぁ」

 

 吐き出すように、声が漏れる。恐らくその声には色々な感情が詰まっているのだろう。

 

「ふ、帰るのを諦めるか?」

「まさか」

 

 諦めるわけがない、そう言わんばかりに目を輝かせる。

 

「私たちは帰るって決めたんです。だから帰る。帰って美味しい物食べて、温泉行ったりして、三人旅行して――ね?」

「当然だ。私だってそれは非常に気になるからな」

 

 若干笑顔を取り戻し、手に持った変なのを口に一気に放り込み微妙な顔に戻って咀嚼する。

 

「……本当甘いだけですねこれ」

「……流石に味音痴が作ったとしか思えない」

 

 二人して微妙な顔をして食べ終えて、少女が椅子から立って伸びをする。手を上に、思い切り背中を伸ばす。

 

 

「――よし!」

 

 

 頬をパシンと軽くたたき、気合の一言。

 

「頑張ります。あの人は弱音何て吐きませんから」

「その通りだな。私の方が年上だ、少しは頼ってもらえるようにならなければ」

 

 

 食堂を出て、廊下の窓から見える大きなグラウンド。剣を振り、ひたすら素振りをする数十人の男の姿がある。

 

 

「……うん、頑張らないと」

 

 

 そんな呟きを残し、先に歩いて行った少女を見送ってアレクセイもグラウンドを見る。その視線の先には、剣の振り方を身振り手振りで何とか伝えようとしている黒髪の男がいた。

 

「……せめて君にもっと頼られるようにならなければな」

 

 まだまだ先は長い――そう心の中で呟きながら、自らの仕事に戻る。戦いは続いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲③

 七十六

 

 色んな場所を回った。荒野の戦場、草原の戦場、森の戦場、市街地での戦場――ほぼすべての戦場という戦場を回った。

 

 何度も死んだ。首を跳ねられ、胴体を断ち切られ、銃撃が当たって、砲撃で消し飛んで。

 

 それでも進んだ。前を向いた。

 

 希望をもって、目的を忘れずに。

 

 必ず帰る、それだけを胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

「――こうして三人揃うのも久しぶりだな」

 

 アレクセイが言う。確かに三人全員揃うのは随分久しぶりかもしれない。少なくとも俺の記憶の中では、凡そ三か月振り(・・・・・・・)になる。

 

 俺と少女は相変わらず戦場を駆け、アレクセイが新たに構築した夜間防衛システムを広める為に色々やった。本当に色々あった。

 

 最近になってセミロングから伸びた髪をごまかす為によくポニーテールにしている少女が、その黒い髪を揺らしながら言う。

 

「私は定期的に帰って来てましたけど、どこかの誰かさんが戦ったまま帰ってこないとかよくありましたからねー。その度にどれだけ心配したか……」

 

 ジト目でそういう少女に何も言えなくなる。いや、悪いとは思ってる。でもあれじゃん、撤退するときって殿が必要じゃん?

 

「へぇ~~~~~」

 

 すみませんでした。

 

「分かればいいんですよ。……やめるつもりは無いんでしょうけど

 

 チクリと胸が痛む。最近になってよくこういう痛みが出るようになったから更にイライラが募る。どうせ痛みを感じないなら何も感じないようにしてほしい。そっちの方が効率良いから。

 

 余計なことは置いておいて、俺達がこうして集まったのにも理由がある。

 

……いつの間にか尻に敷かれてる……んん、それで本題に移っていいか?」

 

 おう、頼む。

 

「ついに敵に(ブラック)トリガー使いが現れたらしい」

 

 黒トリガー……ってなんだっけ。

 

「トリオン能力が優れた人間が、その命の全てを籠めて作るトリガーだ。ある程度トリガーを理解していて且つトリオン能力が優れていないと作れない所為で優秀な人材しか作る事が出来ない。ただしその分その性能はワンオフ、単騎でノーマルトリガー相手ならどれだけ戦っても負けることは無いだろうな」

 

 それってこの国にもあるのか?

 

「あるにはある。だが本数が少ないからな、階級制度があっただろう? あれは黒トリガー適合者を探し、優秀な人材を見つける為に始めた物らしい」

 

 今のところ味方で使ってるやつは見たことないけどな……。そんな強力な奴が居たらあそこまで苦戦してないし。

 

「第一等級の奴しか使えないからな。というより、第一等級は黒トリガー使いしか居ないんだ」

 

 侵略部隊として他の国に侵略する役割はどうなってんだ。第一等級は黒トリガー使いしかいないってことは、第二等級までが通常のトリガー使いの限界なのか?

 

「そういう事だ。侵略部隊は第二等級総勢三十名から半分選ばれる」

 

 成程ね、第二等級の上位になれば確実って訳か……あれ、てかそもそも黒トリガーなんて強力なものがあんならそんな出し惜しみしてるんだ。

 

「性能がバレてしまうと、それを完全に対策する戦略を組む事が出来るからだな。だから防衛の際も、本当にギリギリまで使わない。そして今このタイミングで使用してきたという事は相手もここで押し切るという自信があるという事だろう」

 

 ちっ、嫌になるな。そう言うのはこっちの黒トリガー使いに任せて欲しい。俺達下っ端が戦っても死ぬだけじゃねぇのかそれ。

 

「何、こっちの黒トリガー使いもその内出てくるさ。流石に彼らは馬鹿じゃない。自分たちの力の価値や有用性をよく理解しているからな」

 

 だと良いんだがな。どう足掻いても死しかないって状況だけは避けなきゃいけない。

 

「大丈夫ですよ、私達なら」

「……ああ、そうだな。私達ならば平気だ」

 

 そうだな。俺達なら大丈夫だ。

 

 心配するな、三人で協力して、生き延びるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふふふんふーん」

 

 もう耳に染み付いたと言っても過言でない程聞いた少女の鼻歌を耳にしつつ、支給された簡易携行食を口にする。少女やアレクセイからは不評だったが、俺としては効率がいいので採用した。どうせ味覚何てねーしな、二人と食べる時だけちゃんとした物食べてりゃいいんだよ。

 

 腹が空いたという感覚も既に存在してないけど、時間をある程度決めれば身体的には問題ない……筈。

 

 相変わらずガタゴト揺れる車のような何かに乗り、目的地に向かう。転送で向かうよりも消費トリオンがまだマシという理由でこんな方法を取っているけど、トリオン量が多い連中とかは普通に転送で向かうらしい。羨ましい話だ。

 

「せめて少し風景でも良ければマシなんだがな……」

 

 辺り一面に広がるのは荒野である。余りにも寂しいその光景を眺めた良い景色などと言う程感性は壊れてなかった。

 

「見慣れちゃいましたねー」

 

 そう、見慣れた。何度も何度も繰り返して、脳に刻み付いている。死んだ場所までは覚えていないが、言うなればデジャヴ。既に何度も見た光景だと、そういう感覚がする。

 

「君達の世界は違うんだろう?」

「はい! 高い建物が一杯あって、人の住む住宅があって、森があって、山があって、どこに行っても人が居ました」

 

 ……そうだったか。住む家があった。それは覚えてる。森があったかどうかは覚えてない。人が居た……ああ、確かに何処に逃げても人が居た気がする。

 

 少しは覚えていないと、いざ帰った時に本当に其処が俺たちの故郷なのかわからなくなってしまうから。三人で帰れば少女が覚えてるだろうが、俺も覚えていて損はない。

 

 それに、態々忘れたいとは思わない。三人でした約束は覚えてる。甘い物を食べる、温泉に入る。それは忘れちゃいけない。それだけは。

 

「天に届くほどの建造物は流石に嘘だろう」

「いや本当ですよ! 空と同じくらい高い塔とかありましたから!」

 

 名前は忘れたけどあったなぁ。見に行った記憶がある。

 

 その記憶を思い出そうとすると、頭痛が更に酷くなる。あぁクソ、痛ぇな。割れるのでは無いかと疑うほどの頭痛を堪えつつ、二人の会話に混ざる。

 

 この三人でどうか無事に帰れますようにと、柄にもなく祈りながら。

 

 

 夜になり、昼はあれだけ話していた少女も寝付き静かな空気が漂う。こういう雰囲気も嫌いでは無いが、やはり少女のように元気があってその場の空気を変えれるような子といると騒がしいあの空気が心地よくなる。

 

 それに、静かなのより騒がしい方が俺は好きだ。静かなのは、怖いから。一人しかいないんじゃ無いかと弱気になってしまうから。人が居て、話して、現実を直視しなくて済む。

 

 アレクセイと二人で適当に食い物を摘まみながら、外を見る。相変わらず暗いが、暗い中でも見える様になってしまったのであまり関係がない。

 

 昼も夜も変わらず広がる荒野を無気力に眺めて、溜息を吐く。嫌なもんだ。気が付けば、故郷の記憶が薄れてきている。

 

 必死に足掻いて足掻いて足掻いて、とにかく全力で前に進もうとしてたから無理やり意識しないようにしていたが――深く考える時間が出来てしまうと辛い。

 

 少女は色んなものが有ったと言う。

 

 でも、俺の中には残ってない。

 

 それがどうしようもない程に悲しくて、辛くて、やりきれない。

 

 でも、それでも、だからこそ。未来に希望を持つ。

 

 美味い飯の記憶が無い、味が分からない?――だったらもう一度食べる。味覚を取り戻す。

 

 夜目が異常に利く?普段生活するのが楽になるだけだ。

 

 痛みを感じない?それがどうした、痛みを感じないのは良いだろう。苦しみの一つが減るのだから。トリオン体が出せないんだ、それくらいのハンデはくれたって良いだろう。

 

 何度も何度も死ぬのに、その度に痛い思い何てしたくない。

 

 ……駄目だな、マイナスな方向に思考が寄ってしまう。それは良くない。

 

 

「……良い夜だな」

 

 

 アレクセイがぽつりと呟く。そうか、良い夜か。

 

「ああ、良い夜だ。平和だ。静かだ。……私も、自分の事を深く考える時がある」

 

 自分の事を深く、ね。それは今の存在をってことか、未来を憂いてか、過去を嘆いてか。

 

「全てだな。過去において、私は大きな大きな失敗をした。仲間を失い、一人我武者羅に戦い続けた。私を隊長と慕ってくれた部下も失い、唯一手に入れた階級も失った」

 

 こう見えて、絶望という物の味はよく知っている――グイッと手に持った飲み物を飲み干し、床に置く。

 

「そして今……私は、君たちに自分の過去を重ねてるんだ」

 

 俯きながら語るアレクセイに、何も言えなくなる。自分の過去を重ねる、か……それは、どうなんだろう。それは、何か悪い事なのか?

 

「さてな――善悪で測れるものなのかどうかなんてこと、私には分からない。答えがあるとすれば、そう言われたものが不快であるかそうでないかだ」

 

 最もだな。過去の自分と重ねられた所でどうもしやしない。少なくとも、今のお前は俺達と一緒に行動する仲間だろ。それが答えだ。

 

「……ふ、はは。全く、随分信頼されたものだ。いいのか?私は君たちを攫った一員かもしれないんだぞ」

 

 それこそありえん。俺達を攫うような作戦を出すのは上層部のカス共であって、前線で戦う奴らはそれどころじゃない。生き残るので必死だろ。

 

「そうだな。前線は、それどころじゃない。黒トリガーも出現して、もっと、沢山の仲間が死ぬだろうな」

 

 はぁ、とため息を吐く。そのため息に込められた思いを俺が知ることは出来ないが、少なくともアレクセイの抱えている悩みや葛藤が多く混ざっているのだろう。胸の中でぐるぐる渦巻くもやもやした感覚――ああ、お前も俺と同じなんだな。

 

 そうだ、俺だけじゃないんだ。苦しんで、悩んで、必死に乗り越えようと努力して、それでもだめで、諦めるやつもいれば往生際の悪い奴もいる。

 

「……すまない、ただ愚痴を言っただけになってしまったな。私はね、君たちに幸せになって欲しいんだ」

 

 そう言いながら外を見るアレクセイにつられて、俺ものぞき込む。やはり変わることのない荒野だが、アレクセイの言葉を待つ。

 

「ごく普通の食事を仲間で楽しんで、君達の言うぱふぇなる物を食べ、君達の広い世界を冒険して、好きなように生きて――実感してほしい。自分は、生きているのだと」

 

 生憎私はそんな経験はしたことないが、と自虐気味に言うアレクセイは、どこか疲れた顔をしていた。

 

 おいおい、お前も一緒に楽しむんだろうが。飯食って、温泉入って、旅行して、ああそうだな。俺たちの故郷の名物とか巡って――だろ?

 

 それに俺は今もちゃんと生きてるさ。息をして、自分の意志を導き出せる。確かに所々普通の人間とは違う場所があるかもしれないが、それでも今は胸を張って生きていると言える。

 

 死んだら巻き戻るんだし、死んでるわけがないからな!

 

「勿論私も付いていく。君たちに幸せになって欲しいのと同じくらい、私は未来の姿を楽しみにしてるんだ。思うことすらなかった、想像すらできない未知の世界だ。――ワクワクしない訳がない」

 

 ……は、はは。そうか、ワクワクか。そんな感覚忘れちまったよ。けど、そうだな。

 

 うん、そうだ。故郷という考えも良いが、未知の世界と考えてもいいかもしれない。

 

 甘いものもロクに覚えてない――否、これから知る。うん、そっちの方がしっくりくる。

 

 ふ、ははは、そうか。そういう考え方があったか。ああ、いいなぁそれ。

 

「だ、大丈夫か!? 急に笑い出してどうした!?」

 

 いや、なんでもないさ。うん、なんでもない。そうだな。記憶を失くしたなら、新しく楽しみにすればいい。その通りだ。

 

 無駄に深く悩む必要なんかない。ワクワクか。うん、そうしよう。例え過去現在が地獄でも、未来の見通しが悪いとは限らない。光は必ずあるのだと。

 

 アレクセイの近くに落ちてたボトルを拾って、一気に飲み干す。うん、相変わらず何の味も感じないし楽しみもクソもない。けど、これが何時か味が分かる様になるのだろうか。

 

 甘いのだろうか、辛いのだろうか、しょっぱいのか、すっぱいのか。

 

 考えるだけで楽しみだ。

 

「お、おい! 今君が飲み干したのは――」

 

 あん? 何言ってんだアレクセイ、俺は何も起きな

 

 

 

 

 

 ――瞬間、視界が一回転した。

 

 

 あれ? おかしいな、なんだこれ。

 

 立とうとするけど、身体に力が入らない。うお、新たな病気か何かか。

 

 ぐわんぐわん揺れる視界に、だんだん吐き気がこみあげてくる。なん、だこれ。段々意識が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲④

 七十六

 

 目を開け、状況を整理する。夜だった筈だが外は明るいし、俺は寝っ転がっている。

 

 何があったんだっけ、どうにも思い出せない。こんな最近の事すら思い出せないとか、いよいよ限界だな。

 

「あ、おはようございます」

 

 おはよう。でもなんだか久しぶりによく寝た気がする。

 

 ゆっくりと身を起こし、身体の感覚を確かめる。うん、問題ない。

 

 いつも通りする頭痛は放置して、目的地までどれくらいか確認する。大体あと一時間程度で着くみたいだな。

 

「おはよう、一気飲みしてぶっ倒れるとは正直思ってなかったよ」

 

 大丈夫、俺もそんな事思ってなかった。てか普通そんな度数あるとは思わねーだろ。

 

 凝り固まった身体をほぐすために、ゆっくりと柔軟をする。身体を前に倒し、背中と足を延ばす。

 

 自分の身体からポキポキボキ言ってるのを聞きながら、ゆったりと動く。別に今は急いでも仕方ないからな、休める時にしっかり休むのが大事だ。

 

 常に気を張って、神経を使っているといざという時に困る。集中力が切れたり、ふとした瞬間に手遅れになる。それだけは避けなければいけない。

 

「手伝いますよ!」

 

 お、ありがとう。身体を前に倒す俺の背後から更に背中を押す。グンッ!と押され完全に地面と俺の身体が水平になった。いや勢いあり過ぎじゃない?殺す気でしょこれ。

 

 明らかになってはいけない音を発生させた俺の背中を心配しつつ、少女に抗議するような目線を向ける。

 

 目を思い切り逸らしながら、真っ直ぐ立って後ろに手を回してもじもじしながら答える。

 

「あ、えーと、そのー……だ、大丈夫ですよ!」

 

 根拠が無ぇ!鬼だ、鬼がいるぞ。

 

「君達を見ていると退屈しないな」

 

 そこ、茶化してんじゃねぇ。割とマジで背中が心配なんだが?

 

 

 

 

 

 

 

 わちゃわちゃしながらも時間は進み、基地に到着した。手続等はアレクセイが既にしてくれていたらしく、するする拠点に入れた。

 

 指定の駐車場で乗物から降りて思いっきり伸びをする。ふう、やっぱり窮屈な体勢より広い空間で運動したほうがいいな。

 

「同じ姿勢でいると疲れますからねー。と言うわけであとはお願いします」

 

 はいどーぞと言いながら腕を広げる少女をシカトしつつ、これからの日程について考える。

 

 そもそも俺たちが移動している理由は応援だ。純粋に前線で戦う人間が足りない。黒トリガーに正規兵が殺され過ぎて、前線が崩壊しつつある。

 

 何故そこでトリオン体にすらなれない俺たちを招集したのか、全く理解に苦しむね。黒トリガー使い呼べよ。前線どうにでもなるだろそうすれば。

 

ほら、まだチャンスあるかもしれないだろ。元気を出せ。……さて、取り敢えずどうするか。私達の役割としては基本的に遊撃になるからな」

 

 仲間の顔くらいは覚えておいても損はない――と言うより、覚えておかないといけないだろう。腕を広げたまま動かない少女に声をかけるアレクセイがそう言う。

 

 悲しそうな顔で固まる少女がいつまでも動かないので、仕方なく頭に手を置く。手を置いてわしゃわしゃ動かして髪の毛を静電気で立たせる。よかったな、これでお前も電撃使いだ。

 

「こうじゃない……! 私が望んだのはこんなのじゃ……!」

 

 おうめっちゃシリアスに言うのやめろよ。髪を無言で元に戻す少女を尻目に役割を考える。

 

 そうか、また遊撃か。まぁこんなピーキーな連中勝手に動けとしか言いようがないよな。黒トリガー相手……か。嫌だなぁ。

 

「……仕方ないさ。それが私達の役割だからな。大丈夫だ、いざとなれば逃げればいい」

 

 黒トリガー使いだって最強ではあるが無敵ではない――つまりそう言う事だ。正面から戦ってダメなら、裏を掻けばいい。絡め手をどんどん使い、消耗させて消耗させて殺せるタイミングで殺す。

 

 遊撃と言うポジションなんだ。正面からかち合う奴らと違い、圧倒的に先手を取れる。それを活かせ。そうしなければ死ぬのはこっちだ。

 

 どれだけ相手の嫌な事を出来るかどうかにかかっている。これまでと同様――いや、これまでよりも数段以上格上だ。いつもと同じ動きをしていては詰まされる。そういう領域だと考えろ。

 

 考えることは沢山ある。せめて黒トリガーの詳細を知れればいいんだがな。

 

 対策をする。徹底的に不自由に戦わせる必要がある。地形を把握し、味方の能力を把握し、何が出来て何が出来ないのか。黒トリガー使いだって元は人間、手足を切断し首を断ち切ってしまえば活動は難しいだろう。

 

 そうと決まれば行動は早い方がいい。周囲の地形と、味方の総戦力の把握。

 

 資料とかで確認できればいいが、現状そんな便利な物を見た記憶は無いので一人一人聞いて行く。相変わらずの非効率さだが、そこはもう慣れるしかない。

 

 一先ずやることを整理して、三人で纏めよう。俺だけでどうにか出来る規模ではない。使えるものを全て利用し、三人で生き残る。

 

「ここのご飯は美味しいんですかね? ここまで大きいのは久しぶりなんですけど」

「少なくとも不味い事はないだろう。あの謎デザートはよくわからんが」

 

 いつも通りの会話を交わす二人を見て安心しつつ、俺も会話に混じる。その謎デザート俺はよくわかんないけどな。

 

 大丈夫、なんとかなる。いざとなれば、他を犠牲にすればいい(・・・・・・・・・・)。大事なのは三人で生き残る事だ。

 

 他は切り捨てる覚悟を持て。全てを救おうなんて、自分の命ひとつ守れない男が出来るわけがない。心に刻むのはただ一つ(・・・・)、二人と一緒に帰る事だ。

 

 履き違えるな、間違えるな。ビキリと頭にヒビが入ったのかと勘違いする程の痛みが襲ってくるが、いつもより少し痛いだけなので無視する。

 

 俺が求めるのは――■■だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り熱くも冷たくもない液体を身体全身に浴びながら、汚れを落とす。流石に車の中で身体を洗う訳にはいかないから、移動している最中は必然的に汚れる。

 

 流石に夜の森を歩き回ったあの時よりは汚れてないが、鼻の利かない俺はともかく少女やアレクセイは大変だろうな。

 

 汚れを落とし、自分の身体を見る。記憶にあまり残っていないが、少なくとも攫われる前よりは筋肉が付いたんじゃないだろうか。

 

 筋肉が増えたというより、身体が引き締まった――悪く言えば痩せた。

 

 ……栄養は取ってるはずなんだがな。少しずつ身体に変化が起きているのを自覚するのは、分かってても辛い。

 

 自分がどんどん人から外れていく――いい気分にはならない。

 

 駄目だな、一人になるとすぐこれだ。切り替えろ。大丈夫、未来を考えろ。

 

 未来を考える。本当に考える暇があるのか?脅威は目の前にあるんだぞ。そんな悠長にしていられるのか?

 

 そうやってまた繰り返すのか――切り替えろ。

 

 大丈夫、大丈夫だ。しっかり計算すれば大丈夫。失わない。死なない。大丈夫。平気だ。

 

 流れてくる水を止め、身体を布で拭き水分を取る。付いてても付いてなくても差は無いが、敢えて言うならばそういうものだから。

 

 未来で風呂に入るときに、俺が身体を拭きとらなかったらみっともない。だから忘れないように習慣付けている。

 

 下着を着て、アレクセイが押し付けてきたパーカーを羽織る。白い生地に軽く入ってる黒い線が特徴のごく普通のパーカー。こんなものが普通に存在してるなら軍隊の服装とかもっとちゃんと決めればいいのに。

 

 ズボンも普通のジーンズにそっくりな何か――まぁジーンズでいいだろう。

 

 そしていつも通り剣を腰にぶら下げて準備完了。うん、やっぱりこいつがないとしっくりこない。なんていうか、不安というか。気が付けば周りを警戒しながら歩いてしまう。

 

 シャワー室を出て、真っ直ぐまずは食堂へ向かう。

 

 どうせいつも通り飯を食べてるんだろうし、ゆっくり向かう。取り敢えず今この基地に駐在している正規兵の情報はある程度聞いた。まだ知れてない奴も多いけど、そこはアレクセイに任せた。元々あいつの方が顔広いしな。

 

 射撃型の正規兵が多めに駐在している。基地の防衛という性質上斬りこむ近接より遠距離で戦うことが可能なのを取ったのだろう。

 

 今回はそれが助かる。黒トリガーの詳細が分からない以上、不用意に近づいてはい死にましたじゃ話にならない。遠距離から時間を稼いで、じわりじわりと消耗戦にしなければならない。

 

 現状分かってる情報は味方が全滅させられているという情報だけで他には何もない。そこがまた困ったところだが――まぁいい。嫌でもわかる様になると思う。

 

 基地の運営体制は、五人態勢で三時間に一回見張りを交代しているらしい。そこに文句をつけるつもりは一切無いが、どうにか黒トリガー相手に先手を打ちたい。

 

 せめて近接か遠距離かどっちもか――それを知りたい。そうなれば色々対抗策を練れる。

 

 

「あ、もう上がったんですか?」

 

 

 通路を歩いている途中、少女とバッタリ遭遇した。珍しい……事も無いか。広いとは言え同じ施設内だしな。これから飯か?

 

「はい。一緒にどうですか?」

 

 勿論一緒に行くさ。俺の楽しみの一つなんだし、奪わないでくれよ。

 

 にぱっと笑顔を見せて歩く少女を見て、ズキリと痛む頭を無視しつつ一緒に歩く。

 

 

 ……ま、飯の間くらいは考えなくてもいいだろう。平和な時間は、しっかりと味わっておかないと。忘れないように。

 

 

 いつか平和な時間が来て、それが普通になるのだから。

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑤

 七十六

 

 周辺の地形の把握をするために、自分の足で歩く。あまり遠くまで行くと危険だが、一キロ程度なら平気――な筈だ。まぁ駄目だったら俺が死ぬだけだし問題ない。

 

 木の大きさや、岩の大きさ等もある程度メモして覚えておく。こんなのが役に立つのかと言われれば立たないかもしれないが、そこにある物を記憶するのは重要だ。

 

 潜伏し、隙を伺い、情報を得る。その為にはありとあらゆるものを使わなければいけない。

 

 どの木がでかいか。岩が使えそうか。地形はどうなっている。人一人隠れられるか。逃げるのに有効か。

 

 そういう要素を全て考える。作戦に含む。実行までに出来ることは何度だってやる。把握できないことがあるというなら、死に戻りをして時間を作り出してもいい。それだけの準備を行う必要がある。

 

 いきなり戦闘なんて馬鹿な事をやってはいけない。悪手にもほどがある。

 

 俺が調べ、皆で共有し、更にそれを更に調べて確実性を持たせる。そこまでやって漸く情報収集の準備が整う。

 

 それだけ甘く見てはいけないのだ。

 

 情報を束ねて束ねて、準備に準備を重ねて漸く戦える。俺はもう失う訳にはいかないんだ。

 

 

 黒トリガー以外にも、普通のトリガー使いが来る可能性だってある。幸い射撃型で固めているこの基地には現状トリオン兵がたまに来る位で大きな侵攻の予兆等は無いそうだ。

 

 それでもちょくちょく来ているという事は、偵察目的であることは間違いない。すぐに来なくてもいつかは来る――索敵範囲を広げて、情報をもっと集めなければ。

 

 味方のトリガー使いと話して、黒トリガーの対策を一緒に考えてもらう。今回要になる遠距離トリガー使いと連携を取り、早期に発見してもらう必要がある。

 

 円滑に話を進めれるよう、基地の司令とも話を付けておかなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日か経って、遂に黒トリガーが出て来たらしい。五人で戦って、二人だけ帰還した。持ち帰った情報によると敵は爪の様な物を手に装着していたらしい。

 

 遠距離から見ていたが、突如目の前に現れて勢いそのままトリオン体を二人解除させられてそのままダウン。残り三人で引きながら体勢を立て直して一人犠牲にしつつも――という話だった。

 

 爪がメイン武装で間違いなさそうだな。そして目の前に現れたという情報が一番大事だ。

 

 瞬間的な加速によるものなのか、それとも瞬間移動なのか。これはかなり大事な情報だ。しっかりと精査して、どっちでも対応できるようにしなければいけない。

 

 正解が不明な以上ある程度憶測が混じるが、的外れという事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黙々と飯を食いながら、ひたすら考える。足りない脳を捻り、どうにか打開策を見つける。瞬間移動に近い移動をして来て、尚且つ一撃で仕留めてくる。対策なんてあるのかって感じだが、そこをどうにかしなければいけない。

 

 戦力は正規兵が五十人程、俺、少女、アレクセイ。階級持ちは誰一人来ていないらしい、使えねー。

 

 もそもそ飯を口に運んで、痛む頭を押さえつつ考える。足りない。手札が足りない。俺と正規兵は出せる。問題ない。少女とアレクセイは出せない。

 

 リスクが高すぎる。少しでもあの二人が死ぬ可能性が増えるのは控えるべきだ。

 

 最近になって、更に頭痛が増してきた。その所為で夜も寝れないときがある――まぁ寝る時間を削って考える時間が増えるから俺としては都合がいい。

 

 はぁ、どうする。少なくとも三人で離脱しようとして、一人完全に犠牲にして漸く逃げ切れる位力の差がある。そして射撃型のトリガーを使用する正規兵は、誰かが近寄られて盾にされてしまえば攻撃を少しは躊躇うだろう。

 

 そうなってしまえば確実に全滅する。それだけは避けなければ。

 

 誰かが囮になって、集中砲火する隙を作る。これが一番確実な戦法になるだろう。

 

 問題は誰が囮になるかだが――正規兵か俺。

 

 俺の勘が上手く働けば、俺が一番メタ的な存在にはなる。まぁそもそも死んでやり直せる時点で俺が一番正解なんだが。

 

「――ふむ、一緒してもいいか?」

 

 おう、お疲れ。飯を抱えながら歩いて来たアレクセイに返答しつつ、飯を口に運ぶ。

 

「……いつもより酷い顔をしているな」

 

 ……そうか?

 

「ああ。今にも死にそうな顔をしてるぞ」

 

 はは、そりゃ皮肉なこった。死ぬことなんてないのにな。

 

 うまく笑えているのだろうか。自分の表情がどうなっているのかなんて、とっくの昔に忘れてしまった。笑顔、笑顔か。前は、こんな感じだったか。

 

「その死にそうな顔をやめたまえ、なんというか、その……嫌な予感しかしないから」

 

 どういう顔なんだそれは。はぁ、俺も彼女みたいに常に笑顔でいればいいのだろうか。

 

 試しにニコッてしてみるか。おいアレクセイ、これどうよ。

 

「壊れた笑顔は恐怖感が増すからやめてくれないか?」

 

 おかしい、結構まじめだったんだけど。

 

「どうも、お疲れ様で……ど、どうしたんですか。何があったんですか。もしかして遂に心が……!?」

 

 お前もか少女よ、人の笑顔をなんだと思ってるんだ。

 

「それだけ酷い顔をしていたという事だ――君、最近ちゃんと休んでるのか?」

 

 ……休んでるよ。ちゃんと寝てるし。

 

「嘘だな。君が深夜一人で外に行くのは何度か見たことがある。寝てる時間すらほとんどないんじゃないか?」

 

 一日二時間くらいは寝てるよ。寝れないこともあるけど。

 

「……はぁ。本当に目が離せないな君は。黒トリガーは君一人が悩んだってどうにか出来る事ではないだろう?」

 

 そうだけど、そうじゃない。俺が考えなくちゃいけないんだ。俺は死に戻れるのだから、チャンスが一番あるのだから。……なんて、馬鹿正直に言ってしまえたらどれだけ楽な事か。

 

『死んだら元に戻ります』なんて言って、信じてもらえるわけがない。そもそも信じてもらう必要もない。結果が大事なんだ。

 

 二人に理解してもらえなくても仕方ない。生きてさえいればいいんだ。そうだ。そこを間違えちゃいけない。

 

「……あのー、ですね。こっちとしても、全然頼られないのはちょっとそのー、寂しいといいますか……」

 

 ……頼ってるつもりなんだけどなぁ。少なくとも日常的な面では世話になってるし。

 

「そうじゃないんですよ! その、何て言いますか。そうやって悩んでるときにこそ頼って欲しいと言いますか……

 

 悩んでるときに、か。……この状況で二人を頼ったら、絶対自分たちも前に出るって言うからな。頼れる訳がない。それで死んだら元も子もない。

 

「別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!」

 

 若干やけくそになってそういう少女に対し疑問を抱くが、それはそれとして。

 

 そうだな。少女はともかくアレクセイは元階級持ちだ。そういう黒トリガーとの戦いは経験したこと無くても、他のタイプの理不尽という物を知っているか。

 

「……哀れだ……」

 

 ぴしりと固まっている少女を見てアレクセイが呟く。ズキリと頭が痛むのを抑えつつ、飯を掻き込む。

 

 ああ、わかったよ頼ればいいんだろ頼れば。それはもう存分に使わせてもらうからな。

 

 周囲の地形の地図を纏めて隠れれそうな場所をメモしたとこを記して、敵の黒トリガーの情報を纏めて戦力を共有させるための資料作成とか基地司令への交渉とか戦闘訓練とか色々やってもらうからな。

 

「……はい!」

 

 にぱっと笑顔でそう答える少女を見て、胸がズキンと痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を動かす。地図に要所としてメモしておいた箇所を精査して、本当に大丈夫かどうかを複数人で検証してきたのでその結果を描き込む。

 

 俺一人で場所を探索し、その結果を数人で精査して本当に問題ないかどうかの確認。こうすることで俺一人の主観ではなく、数人の意見が入って正確性が付与される。

 

 最終的にこうする予定ではあった。けれど、やはり最初から複数人に頼んでしまえば早かった。……どうにも失う事への恐怖が焦りを生むというか、正常な思考が出来なくなってしまう。

 

 それほどあの二人が大切なんだ。うん。そういうことにしておこう。

 

 夜も更け、完全に真っ暗な空間で描く。夜が完全に意味の無い物になった今、昼夜の逆転とかそういうレベルではない。まぁ寝る必要はあるんだが。

 

 夜だから寝るのではなく、寝る必要があるから寝るんだ。うん、ちゃんと寝ないとな。

 

「……まだ、寝ないんですか?」

 

 少女が話しかけてくる。お前こそまだ寝てなかったのか?

 

「え、えへへ……さっきまで寝てたんですけどね。ちょっと目が覚めちゃいました」

 

 そりゃ悪いことしたな。俺もここまでにしとくよ。大体書き終えた地図を机の上に放り出してもそもそ寝床に移動する。

 

「あ、すみません。邪魔しちゃいましたね」

 

 いいんだ。もう終わりかけだしな。起こしちまって悪かったな。

 

「……いいんですよ。それに何だか、こういうのも良いです」

 

 そういうもんなのか?

 

「はい!」

 

 ま、お前がいいならいいか。凝った身体をポキポキ伸ばしつつ、寝床に入る。温もりも何もないから正直布団をかぶる必要は一切ないが、気分である。

 

「……うまく、行きますよ」

 

 そうだな。うまく行くさ。みんな協力してるんだ。

 

 俺だけじゃない。俺達三人だけじゃない。皆だ。基地に居る全員が力を合わせようとしてる。

 

 うまく行く。無理やりにでもうまくやらせる。何度繰り返しても、絶対に。

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑥

前話見てない人は気を付けてください。


七十六

 

――遂に、その日が近づいて来た。

 

近くにやってくるトリオン兵の数が増え、徐々に人型も確認され始めたらしい。ここまで露骨に『これから戦争仕掛けますよ』と行動されると逆に罠かと疑ってしまうがそれはない。

 

普通なら罠だが、トリオンという物を扱う以上普通の戦争とは違う。敵の戦力を把握して準備をして攻め入って壊滅させるのがトリオンを用いた戦争だ。

 

最終的に人が勝敗を決める戦争なんだ。準備に準備を重ねる。

 

味方と調整をして、その時に備える。いつ襲来しても良いように、見張りの人手も増やした。射撃型の正規兵には迷惑かけるが、死ぬよりかはマシと言いながら自分達でローテーションを組んでたりしてた。

 

いつ来てもいいように、心構えをしておく。

 

何時もより強めにギシリと剣を握りしめ、剣を振る。大丈夫、なんとかなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正規兵達がある程度の射程まで侵入してきた敵を迎撃し、それを突破してきた敵を俺・アレクセイ・少女の三人で分かれて迎え撃つ。

 

三人の内どれに黒トリガーが来るかは不明だが、ある程度来る確率が高くなるように手は打った。

 

俺が敵の真正面に相対して、尚且つ味方にも黒トリガーをできれば俺の方に誘導してくれと頼み込んである。

 

これでどうにか誘導できればいい。出来なければ応援に行けばいいだけだ。

 

既に遠くで戦闘が始まってるのか、木が倒れる音が聞こえる。最近になって良くなってきた聴覚がこういう所で地味に役に立つ。

 

 

 

 

 

――来る。

 

 

 

 

瞬間、目の前の森から二つ影が飛び出してくるのを確認。左右に分かれて逃げようとする姿を捉え、先ず一体ずつ処理する。

 

初手で殺しに来ない時点で例の黒トリガーではなく、別動隊の通常トリガー使いだろうと当たりを付けて一気に踏み込む。

 

初速で右に避けていった奴に追いつき、勢いを殺さずそのまま剣を抜く。いつものように、呼吸と同じ。エネルギーに一切の無駄を発生させず、首を断ち切る。

 

スッ、と何の抵抗もなく首に通る刃を見て殺った(やった)と確信した瞬間、背筋に凍るような感覚が奔る。ああわかった、ここは死んでやる、だがせめてどこからやってくるかは把握させてもらうぞ。

 

感覚を研ぎませ――ても正直痛みとか感触はさっぱりだから、耳で捉える。少しの風切り音で発生源を特定しろ。

 

ヒュンッ!と背後から音がする。ああわかった、それ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十七

 

 

――来る。

 

久しぶりの死に戻りだからかは知らないが、いつもの数倍の頭痛が襲ってきた。ああクソ、こういう時に限って悪い方向に進むな。

 

痛む頭を押さえつつ、さっきと同じように右の奴に向かって踏み込む。もうめんどくさいしここで殺す必要も無いか。

 

その勢いのまま回転し、踵落としを叩き込んで地面に埋め込む。背後から飛んでくる弾を上体を捻ることで回避し、その回避した勢いのまま剣を振りめり込ませた敵を斬る。

 

流石に身体真っ二つになって活動できるトリオン体はねーだろ。解除されて生身になったのを軽く確認して足で踏みつけ頭を潰す。

 

頭の中身がぐしゃぐしゃにミキサーされて、若干ピンクの様な色のついた脳漿と真っ白な骨がぐちゃぐちゃになって出てくるその様子は見てて嫌悪感を抱かざるを得ないが、悪く思うなよ。

 

これは戦争で、俺が勝ってお前が負けた。俺にトリオンの高い力は無くて、お前にはあった。俺に死に戻る力があって、お前にはなかった。

 

それだけの話だ。

 

もう一人の避けていった奴がどこに行ったかを確認するために周囲を見渡し、もう一度背筋に凍り付く様な感覚が襲ってきたので今度は感覚に身を任せる。

 

唐突に視界が暗くなったので、上から来ていたのだろうか。後ろに跳び退きその攻撃を回避する。そしてその場に着地して、居合の様な形を取った。

 

ああ、何か見覚えあるぞそれ。そうだ、確か斬撃伸ばす奴だよな。

 

なら予測は容易い。振られる剣の軌道を予測しその線に沿って剣を振る。それだけで伸びる斬撃は封じれる。

 

いつも通りトリオンによる衝突で音もなく消えうせた相手の斬撃を尻目に、その場で加速し踏み込む。一・二・三のリズムで足を地面に打ち付け更に加速、通り過ぎるその刹那に首を斬る。

 

トリオン体を解除し、絶望した表情でこっちを見る敵に一瞬、一瞬だけ誰かが被って見えたが――振り払って斬り捨てる。

 

頭から真っ二つ、内臓を撒き散らし血の池に沈む死体を見てこうはなりたくは無いと考えつつ次を考える。

 

まだだ、まだ序章。これは始まりに過ぎない。先程の死に戻りからずっと痛む頭を押さえつつ、次に備える。さぁ、俺のところに来いよ黒トリガー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、森の中でも喧噪が止んだ。先程まで聞こえていた怒号や、破壊の音の一切が途絶えた。これは――来たか?

 

剣を構える。普段は来てから抜刀というスタイルだが、それじゃ確実に間に合わない。黒トリガーの戦闘方法が少なくとも瞬間移動に近い物だとするならば、振ってからでは遅い。確実に一度は死ぬ。

 

そういう点で言えば俺は完全なメタ存在だが、それを知る事実は俺だけだ。

 

何時森から出てくるかわからない。移動音すら聞こえないこの状況では少なくとも下手に動くことは出来ないだろう。いや、逆に動くべきか。

 

二人の方向に敵が行ってしまっては仕方ない。黒トリガーだけは俺がどうにかしなければいけない。

 

どうする、ここは敢えて踏み込むのもありか。うん、そうだな。基地の防衛なんぞより、二人が生き残る可能性を優先しよう。

 

 

 

剣を握りなおし、一歩足を前に踏み出す。僅かに嫌な感覚がする。

 

 

 

もう一歩森に近づく。今度こそ明確に、ゾクリと背筋に感覚が奔る。ああ、この先に進めば確実に死ぬと、これは最早予知等というレベルではない。

 

 

 

それでももう一歩近づく。死ぬんだ、そういう感覚が全身を駆け巡る。これまで何度も死んだからか、それとも研ぎ澄まされた勘か、俺の勘違いか。勘違いであればどれほどいいか、そんな都合よく事が運ばれる世界なら俺はそもそもこんな場所にはいないか。

 

 

 

 

一歩また一歩と森へ足を運び、その度に駆け巡る死の感覚を全身で受け止めながら更に足を運ぶ。俺一人が死ぬくらいが何だ。それで二人が救えるのなら何度だって死んでやる。

 

 

 

 

森にあと一歩で踏み込める、そういう距離まで近づいた。背筋は凍り付く様な感覚は既に消えうせ、代わりに久しく忘れていた心臓の鼓動という物を感じている。バクンバクンと、動き過ぎで死ぬんじゃないかと勘違いする程の感覚。

 

 

 

 

 

 

『別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!』

 

 

 

 

 

 

脳裏に声が反芻し、足を動かそうと考えていた思考が止まる。大事な時――今この瞬間は、紛れもなく大切な時なのだろう。こういう時に頼るのが、仲間であると――彼女は言っていた。

 

でも、今この状況で頼ったりしたら。駄目だ、それだけは駄目だ。

 

けど、ここで頼らなければ彼女に文句を言われるだろう――ああ。文句を言われる方がマシだ。下手に頼ると死ぬ可能性が増してしまう。それは駄目だ。

 

駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 

ぐっと剣を握りしめ、改めて森を見る。音が完全に途絶え、死の気配しかしない悍ましい森。

 

それがどうした、寧ろ死は――俺の味方だ。歓迎しろ、受け入れろ。

 

今更死ぬことに恐怖するな、お前が恐れなければならないのは死ぬことじゃない。失う事だ。

 

覚悟決めろよ。何度死んでも諦めるな。そこにお前が求めるものがあるんだ。それを掴み取れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……れ……こへ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――森に飛び込んだ。既に音を無くして、完全に何が潜んでいるかどうかすらわからない環境だが恐れはしない。

 

黒トリガーは愚か、通常トリガー使いすらいない。姿かたち何もかも見えない。

 

味方のトリガー使いが潜伏していた筈の場所を先に回る。何か形跡はないかどうか、出来るだけ音を立てながら。俺が森に既に侵入している事を敵に伝える必要がある。

 

そうするためにわざわざ敵が居そうな場所を音を立てながら回る。

 

味方がいたはずの場所には既に事切れた死体が幾つかあるだけで、敵の姿はどこにも無かった。……退いた?このタイミングで?ありえない、黒トリガーなんて破格な物があるのに退く必要性が全くない。

 

そもそも現時点で圧倒的に有利なのは向こう側だ、退く利点が一切ない。という事は、既に森を抜けて向かったかまだこの森の中に潜んでいるのかのどっちかになる。

 

森を抜けているという可能性もなくは無いが、そもそも森の中での戦闘音が途絶えている。その時点で森の中で何かしらの行動を行ったと見て間違いないだろう。

 

ならまだ潜んでいる筈だ。もしくは周辺に居る筈。黒トリガーにデメリットでもあるならば辻褄はあるが、十中八九それは無いだろう。恐らくこれは、俺達三人をおびき寄せて戦闘員を無力化し基地に黒トリガーの情報を一切通さず終わらせる気だ。

 

そう考えた方がしっくりくる。

 

耳を研ぎ澄まし、音の一つの聞き漏らしも無いよう集中する。

 

風の音ひとつ聞き逃さない、今ここに全てを集中させろ。

 

 

瞬間、背後でガサリと音がする。

 

 

 

剣を抜き、振りかぶり――

 

 

 

 

 

 

 

 



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犠牲⑦

七十七

 

振りかぶった剣の先を見る。

 

黒い髪に、強い意志の宿った瞳。顔立ちの整ったその表情は綺麗というより可愛い、笑顔のよく似合う表情。

 

――慌てて剣を上に斬り返し軌道をずらす。

 

「――……ちょっと、ビックリしました」

 

馬鹿野郎、心臓止まるかと思ったぞ。あ――……マジでビックリした、俺じゃなかったら死んでたな。主に心臓止まって。

 

「えへ、すいません」

 

すいませんじゃねーよ。コツンと額を小突いてあうっと言いながら仰け反る少女に安堵の息を吐いて、周囲の警戒を再開する。今みたいに騒いでもあまり変化がなかったが、それでも怪しい事には変わりはない。

 

ていうかお前何で来たんだ、持ち場はどうした。

 

「あ、そうだ! そうですよ! 私が誰も来ないからこっちに来たら何か森に突撃してくし、何でだろうと思って付いてったら凄い目立つ行動してるし……こっちの台詞ですよ! 何してるんですか!」

 

待て待て声がでけぇ!これ絶対気付かれたパターンだろ、俺にはわかる。

 

少女の口を押え、横抱きにして抱える。その場を跳び退き走り出す。くそっ、こんなことならもっと後ろ警戒しとくべきだった。

 

もごもご唸りながらじたばた動く少女を抱えて走る。いつ敵が来るかもわからない現状、下手な行動は出来ないが――こうするしかない。あんな大声で話した時点でバレないわけがない。

 

はぁ、ままならないなどうにも。

 

 

 

 

 

――刹那、背中にゾワリと何かが這い上がってくるような感覚が襲ってきた。

 

 

 

この感覚はマズイ。今の状況で喰らう訳にはいかない。少なくとも少女が死ぬことの無いように感覚的に大丈夫だと判断した方向へ投げる。

 

そして感覚に従い、後方に下がって回避を試みる。何が来るかもわからないが、何故かこうするほかないと勘が告げている。

 

前方に突如爪が現れ、それに付き添う様に徐々に粒子が集まってきて形を成していく。腕、胴、足、顔――これが、黒トリガー使い。

 

 

「――黙って死ね」

 

 

 

剣を振

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十八

 

 

「――黙って死ね」

 

マジか、さっぱり捉えられなかった。どう動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十九

 

「――黙って死ね」

 

考えるより先に身体を動かす。現状やられ方がわからないから、とにかく色々試してみるしかない。取り敢えず前方に出現している事だけは確かな筈、後方に下がって射程から下がれないか試してみる。

 

スッと身を翻し、目に見えて危険そうな爪を注視する。どこからどうみてもアレがトリガーにしか見えないが、消えて出てきた時点で搦め手も行けるに決まってる。

 

ならば今確かめるべきは死ぬタイミングと方法、相手の手をとにかく探し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八十

 

「――黙って死ね」

 

シンプルに爪で貫かれた。現状直接攻撃しかされて無いが、恐らくあのテレポートを利用した戦法も出来るだろ。取り敢えず相手の力を引き出すしかない。

 

後方に避けるのではなく横に避ける。少女が俺から見て右側に居る筈なので、攻撃に合わせて左側へ避ける。

 

真っ直ぐ突きだされる爪に対し左に転がり避け、そのまま手に持った剣で斬り返す。狙いは首、黒トリガーだろうがなんだろうが殺せる可能性があるのは人体と同じ箇所である。

 

脚を斬れば動けなく出来るし、腕を斬れば剣が振るえない。胴を切り離せばトリオン体を解除できるし首も同様だ。黒トリガー相手に徐々に戦力を削るなんて真似出来っこない、速攻で殺す。

 

いつもと同じように剣を振るい、斬る。殺す、必ず息の根を止める。そう意思を籠めて斬る。

 

敵の黒トリガー使いと目が合う。人を、明確に敵だと認識している敵意の籠った目。

 

――斬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八十一

 

「――黙って死ね」

 

純粋に技量の問題か――切り返した刃が到達する前に爪で身体を縦に割られた。死ぬ間際の目線がグラついてたから今も若干違和感があるがそこは切り替える。

 

先程同様左に転がり剣を振るい、前方に動く。

 

爪の射程圏内というのを正確に理解できていないから駄目なのか。常に殺すという意思を籠めて、尚且つ相手を把握しようとしなければ。

 

このタイミングで殺す、そう決めつつも次につなげる為に相手をしっかりと注意する。大丈夫、現段階で少女がターゲットに向いていない。

 

完全にターゲットは俺に向いている。ならば何度死のうと問題はない。

 

繰り返し、考えて、実行して、繰り返し――やがて成功を引け。

 

先程同様真正面から振るわれる爪を注視して、その爪目掛けて剣を振る。爪の軌道上に完璧に割り込まれた剣は爪と接触し、その勢いを止めることに成功した。

 

よし、爪自体は止められるな。形状の特殊さに初見殺しされたが、現状判明している消えて出てくる能力は確定と見て良さそうか。

 

ともかく通常攻撃を防げるようにならねばなんの対処も出来ない。爪自体にワンオフの能力が付与されてる可能性も考えて、取り敢えず吐き出させる。

 

そのまま受け止めた爪を弾き、少女の方を気にしつつ再度斬りかかる。

 

黒トリガーだけを相手にしているわけではない、これは戦争である。必ず他の通常トリガー使いがいる筈。そいつらが少女の方に行くのを少しでも見たらリセットせねばならない。

 

……いや待て、ここで無理に詰めるべきか?一度引いてアレクセイと合流するのもいいかもしれない。少女を向こうに任せて、黒トリガーは俺が相手をする。

 

二人いれば通常トリガー使いに負けることは無いだろう。そうするべきか。

 

振りかぶった剣を無理やり止め、即座に後ろに跳ぶ。若干怪訝な顔をしてこちらを睨みつける黒トリガー使いを警戒しつつ、その場で剣を構える。

 

チラリと少女の方を覗いてみれば、既に立ち上がってこちらへ向かってきている。

 

どうにか少女とアレクセイを合流させたいが、この状況じゃ逃げれるか不明。というかそもそもこいつテレポートみたいな行動できるし、逆に逃げるような行動は良くないかもしれない。

 

……危なかった、冷静に考えていかないと。死んで戻るとは限らないんだ。詰まされるのだけは回避しろ。

 

 

「……トリオン体じゃないのか」

 

 

黒トリガー使いがそう言ってくる。

 

「成程な、道理でレーダーにもかからねぇわけだ。アレはトリオンに反応するもんだからな」

 

怪訝な表情から、納得したような表情で頷く黒トリガー使いを警戒しつつ少女とアイコンタクトを取る。

 

 

――逃げられるか?

 

 

目をぱちくりさせる少女。あっ駄目だこれ通じてねぇわ。

 

 

 

――瞬間、目の前に突如黒トリガー使いが現れる。先程同様粒子の揺らめきがあるが、断然早い。

 

だが対応する。既にその攻撃は見た。

 

目の前に現れきるより前に近くまでやってきていた少女を抱える為に後ろに跳び、剣を持ってない方の腕で抱え込む。ぐえっという声を少女が発したのを耳にしながら、目に黒トリガー使いを捉えたまま下がる。

 

 

「逃げるなよ、黒トリガーを潰すチャンスだぞ? ま、逃げようとすれば潰すがな」

 

 

今更その程度の挑発には乗らない。乗らないが……考えろ。

 

事実、今の状況はかなり有利だ。どこかに潜んでいる通常トリガー使いも、少女なら急な襲撃に対応できるだろうし俺も死んでも戻れる。尚且つ黒トリガーが目の前に居て、現状は戦おうという意思を見せている。

 

このまま逃げる事を選択すると、まだ黒トリガーの見せてない能力で追ってくるかもしれない。粒子になって移動できるのは把握したが、まだ隠していることがあるに決まっている。粒子になれる時点で、サイズも同様に弄れたり数も弄れるとすれば――駄目だ。

 

逃げるのはリスクが高すぎる、かと言って正面から戦って少女が死ぬ可能性も無くは無い。けれど、ここで退くという選択を選んだ場合のリスクの方が高い。

 

……選ぶ、しかない。逃げて死を無理やり回避し続けるか、戦うか。

 

自然と足を止め、依然としてその場から動かない黒トリガー使いを睨みつけながら考える。

 

腕に抱えていた少女も降ろし、考えろ。どうすればいい、どうすればいい。

 

戦う?死なせたくはない。だが逃げても死ぬ。戦いから逃げれば生き残れる訳では無い。ならばやはり戦うしかない。二人で?黒トリガー相手に。リスクがありすぎる。だが、これ以外に現状道がない。

 

剣を握る力が強くなる。ギシリと音を発しながら揺れる剣を更に握りしめ、必死に考える。どうする、どうする。

 

少女を横目で見る。俺を見るその瞳には、強い意志が見て取れる。

 

……本当に、強い奴だ。俺なんて、こんなに情けないのに。怖くて怖くてたまらない現実を、足りない頭で考えてるのに。

 

お前は何時だってそうだ。あの時(最初の絶望)あの時(夜の森を彷徨ったとき)も、あの時(基地を防衛した)も、何時だって。

 

 

 

 

 

 

『別にそんな無茶言いません! そういう大事な時に頼って欲しいんですよ!』

 

 

 

 

 

……ああ、わかった。今が、その時なんだな。

 

頼らせてもらうぞ、お前の事を。

 

 

「――任せてください」

 

 

本当に、頼もしい奴だ。じわりじわりと歩いて距離を詰め始めた黒トリガー使いを再度睨みつけ、覚悟する。

 

ここが正念場だ。戦って、繰り返して――勝つぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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刹那

 八十一

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 俺の居た場所に突如現れる爪を見て、やはり粒子化からの攻撃が本命だったと理解する。あれだけ粒子になれるのをチラつかせていれば気が付く。

 

 視線を黒トリガー使い本体に目を向けると、その手に爪は無かった。現状間を開けて粒子化しているが、そこに制限があるとは考え辛い。これもミスリード、こちらの油断を誘っているのだろう。黒トリガーが、その程度の性能の筈が無い。

 

 そもそも粒子化が可能と言う事は、トリオン体を再構成しているのだろうか。それとも既存のトリオン体を保存し、組み立て直してるのか。

 

 粒子化してるのに思考が可能なのか?つまり粒子そのものに身体的な機能、脳の機能を乗せることができるのではないだろうか。

 

 つまり、直接斬って意味があるかどうかが不明という事。もしダメだったらどうするか。……まあ、それでも斬るしか能がないんだが。

 

 そうなれば、粒子を斬るまでやり直す。それだけだ。

 

 若干粒子を浮遊させてる黒トリガー使いに対し、一瞬で加速し懐に入り込み剣を振る。斬る、断つ、殺す、絶命させる。一刀に全てを乗せろ――とまでは言わないが、必死の覚悟を乗せて剣を振る。

 

 俺がこうやって剣を振るその瞬間少女が死ぬ可能性だってあるのだ。油断はしない、無駄にしない。

 

 剣が到達するその寸前に目の前から消えて、視界から完全に消え去る。どこだ、何処に沸く。

 

 恐らく背後にだろう――予想し、前方に転がり取り敢えず速攻の攻撃だけ回避するために動く。転がりつつ背後を確認すると、確かに粒子が集まりつつある。

 

 

 ――その粒子が形作る前に、斬る。

 

 

 粒子が集まってトリオン体を作るのならば、その粒子がトリオンで構成されてることは間違いない。なら斬る。斬れる。斬ってみせる。

 

 転がり、片膝状態から一歩踏み込む。

 

 踏み込んだ勢いを保ち、剣を振る。粒子化から戻る身体を狙うのではなく、粒子そのものを狙う。トリオンで出来た物質だってこれまで何度も斬って来た。

 

 斬れない理由はない。

 

 徐々に形作られる身体を無視し、狙い澄まし斬る。

 

 スッ、と軽い音を発生させながら振るう剣の感触に集中する。柔らかいのか?固いのか?軽いのか?重いのか。

 

 要素を全て受け止める。その情報ひとつが、俺たちの生存の可能性を上げるから。

 

 粒子そのものに対し、接触するその瞬間――敵の爪が振るわれるが無視する。そんなもの今更避ける必要すらない。今必要なのは、俺の生存ではなく敵の情報である。

 

 ならば死んでやろう。何の慈悲もなく、躊躇いもなく。

 

 振るわれる爪が左肩に接触する。

 

 それがどうした。そんなもの痛くも痒くも無い。

 

 爪が俺の身体を断ち切るまでに、斬ればいい。

 

 いつもと同じだ。剣を振り――斬る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十二

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 駄目か、粒子そのものを斬ることは出来なかった。正確には斬るには斬れたが、分裂しただけだった。

 

 次は粒子で形作られた身体を斬れるのかどうかを試してみるか。

 

 前方に距離を詰め、そのまま斬り抜くと見せかけて敵の黒トリガーが後ろに移動した瞬間に向きを変える。単なるフェイントだが、未来が分かる俺だからこそより効果的に使用できる。

 

 爪を振るわれる前に斬る。形作り始めた身体に剣を振り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十三

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、前方へと踏み込む。

 

 駄目か、流石に黒トリガー。そもそも身体を斬るまでに死ぬ。どうにか隙を作り出さなければいけない。俺を狙って攻撃してくる場合、避ける事に集中するか斬ることを決めて死にながら斬るかのどちらかしか無い。

 

 斬りながら避ける程の実力はなかった、悲しいな。

 

 俺を囮に少女に斬って貰おう。多少リスクはあるが、彼女なら問題ない、筈だ。

 

 先程同様に転がり、そして後ろを詰める事なく姿を現わすまで待つ。睨むその先に徐々に形作られていく身体をみて、一番最初の時に比べて遅く生成されてる事に気づく。

 

 一番最初に奇襲された時はもっと早かった筈だ。これもミスリードか?それとも制限があるのか。

 

 制限があると考えるにはまだ早いが、そういう思考を持っても良いだろう。そこを調べるように立ち回っても良いかもしれない。

 

 取り敢えず少女の手でシンプルに斬ってもらうために、少女にアイコンタクトを取る。ちょうど俺のいたポジションの後方にいたから、現在移動中の黒トリガーの若干後ろで剣を構えている。

 

 俺が正面でにらみ合い、その隙を狙ってもらう。まぁ狙ってもらうだけで、実際危なそうだったら彼女ならやらないだろう。

 

 チラリとみてから、黒トリガー使いを顎で示す。やれるか、そういう意図を伝えたかったのだがそれを理解してもらえただろうか。

 

 一瞬怪訝な顔をしてから、何か納得したように力強く頷く。……これ大丈夫か。ちょっと不安だな。

 

 いや、大丈夫。信用しよう。ここで信じなければ、いつ信じるんだ。

 

 黒トリガー使いの頭が形成される前に飛び込む。足に力を込め、何時もと同じように、初速でトップスピード付近に到達させる。奴にとって俺を脅威と認識させ、少女を警戒させない必要がある。

 

 既に攻撃を回避している俺を脅威と認識してくれてるのか、先程までと同じならば俺を狙ってくるはず。だが急に彼女を狙わない理由もない。

 

 彼女も俺も、どっちの攻撃も本命である必要がある。だから踏み込む。

 

 懐に潜り込み、それと同時に俺に対して爪が振るわれる。そして爪を振るわれるのは予想済み、振るわれる爪に対し剣で防ぐために軌道を変える。

 

 そしてこの爪が確実にそのまま振るわれる筈がない。必ず、絶対どこかで搦め手を使用してくる。そう、例えば――首を取ったと、敵が油断したその瞬間。

 

 俺の剣と爪が接触するその瞬間になって、目の前から一瞬で爪が消える。やっぱりこれは罠、恐らくさっきの転移速度もミスリードで間違いない。

 

 転移速度で制限があるのではと疑わせ、攻勢に出て詰ませたと相手が油断した瞬間に確実に刈り取る。シンプルな作戦だが、命の奪い合いに於いて黒トリガーという詳細不明な物を扱っているのでこれ以上ない程の作戦だ。

 

 だが、俺もそこまでは予想出来ていた。だからこそ、その瞬間にもう一歩詰める。こうなれば俺を狙ってくるはずがない。後ろから接近する彼女を狙うはずだ。ならばそこをつく。彼女に被害が及ばぬよう、奴の転移速度を上回って斬る。

 

 爪の軌道上に振るわれてた剣をそのまま更に加速させ、無理やり奴の身体に持っていく。視線は変わらず此方を見ているが、そんなものは無視。今大事なのはこっちに警戒を向けさせつつ斬る事。

 

 先程の速度を維持したまま、殺すという意思とトリオンを籠める。

 

 剣が首に伸びていくのを見て、殺した(とった)と脳が理解する。これまで何人も殺してきた経験がここで生きてくる。

 

 届――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十三

 

 ――刹那、背筋に凍り付く様な感覚がする。その感覚に従い、後ろに跳び退く(・・・・・・・)

 

 届かない。駄目だった。確かに殺したと思ったが、そんなに甘くは無かった。首に届きはしたが、爪がもう一つ出てきてそれで身体を貫かれて死んだ。

 

 そうか、もう一つは隠し玉として残しておいたのか。この爪が果たしてトリオンの練り直しで無限に作成できるのかそれとも爪は爪で個数が決まっているのかは不明だが、厄介なことに変わりはない。

 

 そして、先程までは違い後ろに下がる。俺が前方に転がるのを確認して尚後ろに転移し続けたというのがさっきまでの条件だったが、改めてもう一度考える。

 

 そもそも粒子化の最中は思考出来てるのか?――これに関しては恐らくイエス。粒子化して移動していても思考はしている。でなければ人型に戻る最中に攻撃は出来ないだろう。

 

 粒子化の最中視界はどうなっている?――これはなんとも言えない。恐らく見えているだろうが、そうなるとこいつの各器官はどうなっているんだという話になる。トリオン体だからと言って目の場所を変えたりできる様な話は聞いていない。……まぁ、見えていると考えていいだろう。最悪を想定して対策するのは悪い事ではない。時間がある俺ならなおさら。

 

 前二つを確かめる為にも、背後に飛び退いた。彼女も同様に飛び退いて、俺の隣にいる。

 

 粒子化してから、まだ現れない。ある程度の距離を粒子化でワープできるとすればこれ以上厄介なことは無い。消える、移動する、消える、移動するの繰り返しで俺達二人は封殺される。

 

 大丈夫、彼女の勘を信じよう。ピクリと反応するその瞬間を見逃すな。

 

「…………あの、あんまり見られるとちょっと」

 

 ……すまん。反応を見逃さまいとみていると、ちょっと困った感じの笑顔でそう言われた。悪いな、そういうのに鈍くて。

 

 そんなこと話してる場合じゃない、それより黒トリガー使いだ。未だに現れないその姿が恐ろしい。一息ついたその瞬間とか、そういう時が恐ろしいのだ。気を抜けない、緊張感を保ち続けるのはとてつもなく神経を使う。

 

 このままじゃ埒が開かない。油断を誘うか?いや、それも恐らく見抜かれるだろう。余計こっちが精神を擦り減らすだけ。これは我慢勝負だ。先に動いた方が負ける。耐えるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣に佇む少女の、既に聞きなれた呼吸の音が耳に入る。空気が入り、肺から浅く吐き出される呼吸のリズム。互いに背中合わせで剣を構え、既に何時間たったかすらわからないくらいには時間が経った。いや、もしかしたらそんなに時間が経っていないのかもしれない。

 

 だが、それくらい時間が経ったと錯覚する程集中している。全神経を聴覚に集中しているせいで、僅かな風の音すら聞き逃さない。遠くから少し木々を揺さぶるような音は聞こえはするが、戦闘らしい戦闘の音は相変わらずしないし話声もまったく聞こえない。

 

 すぐそこにいる少女の吐息が一番よく聞こえる。アレクセイはどうなったんだ。基地は?黒トリガー使いは既にいないんじゃないか?思考がぐるぐる回り続ける。そして思考に集中しようとする脳を無理やり止め、再度耳に集中する。

 

 それを繰り返し繰り返し、既に何度繰り返したかわからない。

 

 一瞬、一瞬だけ深く息をする。深呼吸にはならないが、深く息をする。鼻から空気を吸い肺を満たし、口から軽く出す。一度頭をリセットし再度集中しなおそうとした瞬間――突如、頭痛が酷くなる。

 

 瞬間的に襲ってきた痛みについ眉を顰めて、一瞬だけ視界が途切れる。

 

 ――その瞬間、目の前に粒子が集まってきたのを見た。クソ、このタイミングかよ。

 

 けどまぁいいだろう、このタイミングだと分かっていれば次は確実に対応できる。

 

 甘んじて爪を受け入れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドン、と後ろから急に押される。背後にいるのは少女一人のみ、押されるというよりは右に突き飛ばされると言った方が正しいか。

 

 急に押された所為で抵抗のしようもなく重力に引かれていく俺の身体を、どこか他人の身体の様に感じながら少女を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か俺を押しのけて前に出た少女を見て、動悸が激しくなるのを自覚する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おい、何してんだよ。何でお前がそこに居るんだよ。

 

 

 

 

 

 はやくどけろよ。そこは危ないぞ。

 

 

 

 

 

 倒れながら、剣を持ってないほうの腕――左腕を振り、少女に手を伸ばす。何してんだよ、速く避けろよ。俺は大丈夫だから、頼むから。

 

 

 

 

 

 

 ああ、頼む。頼むから速く避けてくれ。

 

 

 

 

 

 彼女のすぐそこまで迫る爪を見て、呼吸が止まったような感覚がする。今この瞬間、生きている心地がしない。

 

 

 

 

 

 爪に対し、俺を押しのけた形なので無防備な体勢の彼女はこっちを見て笑う。おい、何してんだ。笑ってる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 ああ、やめてくれ。お願いだ。

 

 

 

 

 

『――ごめんなさい』

 

 

 

 

 

 

 



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選択

 八十三

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 嘘だろ、悪い冗談だ。

 

 思考がうまく纏まらない。ああ、違う。そうじゃない。

 

 取り敢えず死ななければ。

 

 彼女の腹を突き抜けた爪が引き抜かれ、力なく彼女が倒れ込んでくる。ドスンと音を立てて倒れ込んできた彼女の表情は、薄く笑っている。

 

 ――手に持つ剣にトリオンを込め、少女を抱えながら自分の首に突き刺す。突き刺した剣を更に捻り、確実に自分の息の根を止める。

 

 ぐちゃぐちゃと音を立て、血液と肉が混ざり合う不愉快な音が耳に入るが気にしない。それより早く死ね。

 

「……気……狂っ……」

 

 黒トリガー使いが何か言っているが、耳に入れるつもりもない。

 

 早く、早く死ななければ。

 

 ごめんな、今すぐ巻き戻すから。

 

「な………で……」

 

 彼女のか細い声が聞こえてくる。大丈夫、大丈夫だ。次は俺が先に動く。

 

 だから、速く。薄れていく意識の中、死に近づく為に更に手を動かす。もう面倒だ。出血多量で死ぬのではなく、首を断ち切る。

 

 これで死

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十四

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ――酷い頭痛がする。

 

 再度、剣を振るい自らの首を切断する。

 

 頭が胴体から切り離されていく間の視界のブレに既視感を感じながら、さっさと息絶える。

 

 駄目だ、これは駄目だ。さっさと死ななければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十五

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 まだだ、まだだ。

 

 決して、認めるわけにはいかない。認められるわけがない。こんな現実、俺は認めない。

 

 再度首を切り落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十六 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 また首を斬り落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十七

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八十八

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 駄目だ。それだけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 

 認めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ……認め、られない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 認めるわけには、いかない。認めてしまったら、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎五

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 ………………ク、ソったれ。

 

 何だ、何でこうなってしまった。分かっていたはずなのに、理解していた筈なのに。

 

 認めるわけにはいかない。認め何てしない。だが、だが……もう、元には、戻れない。それを理解してしまった。

 

 頭痛がやかましく鳴り響く、痛みという領域ではない程の頭痛を堪え、倒れてくる彼女を抱えて後ろに下がる。

 

 ああ、吐き気がする。気持ちが悪い。頭が痛い。動悸が止まらない。呼吸が出来ているのかすらわからない。 自分に嫌悪感しか沸かない。今すぐ死ぬことで元に戻れるのなら、何度だって死んでみせるのに。

 

 彼女を抱え、その場から走る。まだだ、諦めるわけにはいかない。諦めてたまるか。まだ死んでない。生きてる。走る。足を動かせ。

 

 基地に戻れば、治療が間に合う。

 

 そうだ、まだ死んでない。失ってない。

 

 走れ、只管走れ。それ以外考えるな。

 

 間に合わせろ、救え。お前が出来ることはそれだけだ。自分に刻め。最悪を考えるな。救える、そうだ生きてるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、背後に強烈な寒気が――どうでもいい。

 

 

 そんな事より、今はただ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■八

 

 ――身体を貫かれ、口から勢いよく吐き出された血が俺にかかる。

 

 その瞬間飛び込み、少女を腕に抱く。

 

 勢いを殺さぬまま少女に負担をかけないよう、()を蹴り飛ばして後ろに跳ぶ。

 

「っ、おい……滅茶苦茶やる」

 

 話を聞く気なんぞ一ミリもない、跳んだ勢いのまま駆ける。走りながら肩辺りから腕の服を食いちぎり、剣を握ってないフリーの指で少女の腹に巻き付ける。出血の量が兎に角やばい、止血しなければ間に合わない。

 

 血を止める為に少し強めに締めて、少女が呻き声のような声を上げたのを聞いて胸が締め付けられるような感覚を感じる。大丈夫、ここではこうするしかない。それは既に、何度も経験した(・・・・・・・)

 

 とにかく、とにかく急ぐしかない。時間との戦いになる、今更一人(・・)如きに手こずっていられない。

 

 

「ぁ、は、ぁ……す、みません」

 

 

 えへ、と顔に汗を滲ませながら無理やり作った笑顔で言う少女に胸を引き裂かれるような感覚を抱くが、全てねじ伏せる。振動で揺れてしまうが、それも最低限にするために工夫する。少女を抱えていない腕――つまり剣を持っている腕に力をかける。

 

 背後から迫る敵の気配を察知し、前方に向かって剣を振る。

 

 ――大丈夫、既に見た(・・)。粒子が正面に集まるが、集まりきる前に正面から叩き割り蹴り飛ばす。邪魔だ、お前如きが道を阻むな。

 

 上半身が完成する前に距離を取る。距離を詰めてきたら再度斬る。また距離を取る。

 

 これの繰り返しだ。ある程度までは見た(・・)のだから、対応できない理由がない。たかが一人の敵如きに邪魔されるわけがない。

 

 

「ごめ、んなさ、い。わた、し……」

 

 

 息も切れ切れに、少女が苦しそうに話す。ああ、話すな。傷に響くだろ。大丈夫だ、お前は死なせない。

 

 彼女の服が徐々に紅に染まっていくのを見て無意識に剣を握る手に力を込める。ギリッと剣が音を発するが構わない。大丈夫、大丈夫だ。まだ、彼女は一度も死んでない。だから大丈夫、うまく行く。助けられる。必ず。

 

 俺の腕の中で揺られながら、彼女がゆっくりと口を開く。その声を聞き逃さないと聴覚を集中させ、警戒しつつも耳を傾ける。

 

 

 

「わた、し……いつも、助けられて、ばっかり、で。恩、を。返した、くて」

 

 

 

 こんな風に、なっちゃいましたけど。そう今にも死にそうな顔で言う彼女を見て、どうしようもない程自分を責める言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 ――油断した。間抜けが。学習しないカスめ。だからあれ程。さっさと死ねば。俺が死んでいれば。俺が――最初から、死んでいればこんなことは。そうだ、俺に死に戻りなんてものさえなければ――。

 

 切り替え、ろ。切り替えろ。切り替えるんだ。今は自分を責めて心を安心させる暇はない。大事なのは彼女を生還させることだ。俺の事はどうでもいい。

 

 再度敵が背後から寄ってくるのを感じ、今度は右に避ける。先程まで走っていた場所に銃弾が飛んできて、俺が避けた先に粒子が集まってくるのを確認し――粒子の中に少女の剣を叩き込み、そのまま顕現した時に剣が内部から突き出てくるようにする。

 

 これで倒すことは出来ないが、時間は稼げる。

 

 そして更に接近してきて今にも飛び掛かろうとしている透明の野郎が居る事は既に知っているので、その場所を剣で斬る。

 

 ほぼ同時に四回、左右左右で上から斜めに斬っていく。トリオンは消極的に、それでいて大胆に斬っていく。

 

 トリオン体を解除された敵が生身を晒すが、そんなものに興味は無いのでそのまま剣で生成に手こずっている敵へとその生身を蹴りでぶち込み再度駆け出す。

 

 抱える少女の心臓の鼓動がわからないが、まだ死んでいない筈だ。声をかけると、少しだが呻き声のような物で返事が返ってくる。大丈夫、あと少しだ。あと少しで森を抜けて基地に着く。基地についたらアレクセイと合流して、いや、その前に治療室に突撃しよう。急げ、まだ間に合う。

 

 走って走って、ようやく森の終わりが見えてきた。大丈夫、間に合う。徐々に少なくなっていく木を尻目に、しっかりと基地へと目を向ける。

 

 ああ、やっと森を抜け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げれると思ったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から聞こえてきた声に反応し、咄嗟に前方へと転がる。勿論その際も少女に衝撃を与えないように自分を身代わりにする。少しおかしな方向に曲がった腕を無理やり直し、少女を抱えなおす。

 

 粒子化する、彼女の腹を開けた本人にその他数人がそこに居た。邪魔をするなよ、目的地はすぐそこだ。お前たちなんぞ、どうでもいい。

 

 

「……チッ、何て目してんだ」

 

 

 うるせぇ、喋るな。お前たちみたいな奴が居るから、俺達は――殺す。

 

 

 

 斬りかか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめ、んなさ、い。わた、し……』

 

 

 脳裏に彼女の姿が浮かび上がり、斬ろうとしていた手を無理やり止める。落ち着け、落ち着け。

 

 俺が今やるべきなのは、こいつらを殺す事じゃない。彼女を助ける事だ。

 

 そうだ。アレクセイと合流をしなければ。いや、基地に入って治療せねば。どうする、どうする。

 

 

 アレクセイを探すか、彼女を先に治療室に運ぶか。

 

 

 

 

 選ばなければ、いけない。

 

 

 

 



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運命

■■■

 

アレクセイを探すか、彼女を治療室に運ぶか。

 

選択肢は限られている。彼女は既に呼吸が浅くなってきた、このままではマズイことは一瞬でわかる。アレクセイもどうなってるか分からない、こっち側にはまだ居ないだけなのか、それとも――……分からない。

 

どうする、どうするどうするどうすればいい。彼女は治療しなければ、だがアレクセイも危機的状況にあるかもしれない。

 

くそ、どうする。ここでこいつらを全滅させようにも出来ないし、かと言ってこの距離では直ぐに追いつかれる。

 

考えろ、考えろ考えろ考えろ。俺に出来るのは考えて行動することだ。アレクセイは基地の反対側を担当しているから、アレクセイに合流するとなると基地に逃げ込んだ方が早い。だが、基地にこいつらを押し返すほどの戦力は既になかったはず。

 

基地に入って潜伏するか?いや、発見されるのは時間の問題だ。どうする、考えろ。

 

俺達の方向に数十人、アレクセイ一人に対してそれほど多くの戦力を割いてるとは思えない。そもそも反対側から戦闘の音は聞こえない。戦闘そのものが発生していないか、既に戦闘は終わったか。

 

どうにか時間を稼ぐか?いや、彼女には時間がない。急がなければ間に合わない。

 

こう考えてる間にも、敵は黙っていてはくれない。クソ、どうする。どうする、どうするどうするどうする。何か無いか。何だって良い、この状況をどうにか打破する方法は。

 

 

「――……置いて、行って、くだ、さい」

 

 

キュッと服の裾を掴みながら、喋るのさえ大変だろうにそう伝えてくる。断る、お前は絶対見捨てない。三人で(・・・)帰るんだろ。

 

苦しそうに浅く呼吸を繰り返す彼女を再度しっかり腕で抱きなおし、決める。

 

基地に逃げ込んで、他に生き残ってる奴がもしいればそいつを餌にして隠れる。少なくとも彼女の血を止めれれば、少しは戦闘できる。

 

ここから基地まで恐らく三秒程度、彼女の事を考えると五秒。敵に追いつかれるだろうし、どうにか回避しないといけない。もう、死に戻りで回避出来るとは限らない。この一回で回避しなければ。

 

 

できるのか?

 

全部俺一人で。

 

これだけの数を一人で捌けるか?

 

 

――捌ける捌けないじゃない、ここで捌くんだ(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

――駆けだす。敵に向いていた身体を反転、基地を目標に足に力を込める。

 

その瞬間、背後から何かが飛んでくる気配がした。その物体を回避するよう、上半身を少し斜めにずらし避ける。

 

「おい、うっそだろ……!?」

 

飛んできたモノ――恐らく銃弾。不安定な体制のまま地面を蹴り加速する。最高速度にはならないが、彼女に負担をかけさせないためには仕方がない。

 

正面背後左右上――至る所からの警笛が脳に鳴り響く。

 

その全てに集中し、一つずつ処理していく。

 

上から斬りかかってきた野郎を急加速する事で回避し、背後からの攻撃をそいつに押し付ける。

 

左右から挟み込んでくる連中を、右に剣を振り斬る。一瞬でトリオン体から通常の身体に戻った奴を無視し、そのまま左側から詰めてきた奴を瞬間的に剣を伸ばし(・・・・・・・・)首を切断する。

 

正面に回り込んだ例の粒子化野郎に対し、どう対処するか一瞬逡巡する。

 

 

 

 

「――迷ったな」

 

 

 

 

その瞬間、彼女を抱えている重さを感じなくなった。なんだ、何を食らった。左腕を見る。肩付近に、奴の爪が生えている。腕が切断されたか。

 

しょうがない、一度死んで――

 

 

 

 

 

 

瞬間、剣を放り捨てて左腕と一緒に空中に留まっていた彼女を拾い上げ、そのまま右に転がる。

 

俺達の居た場所に、無数の爪が転移してくる。最後の仕留められそうな場所で切り札か、けどもう見えた。それはもう喰らわない。だけどどうする。剣が無いから死ねない。舌を噛み切るか?

 

いや、うまく行くとは限らない。死んでさっきの状況に戻れれば回避できるかもしれないが、舌を噛み切って即死できるとは限らない。即死できなかったら、その間に彼女が殺されて巻き戻れなくなるかもしれない。

 

駄目だ。ここで死ぬ方法は俺だけを殺してくれることを願うくらいしかない。

 

さっきのを考えればそれは現実的じゃないのがわかる。駄目だ、別の方法を探せ。

 

周り全てを囲まれてる、どうする。

 

 

「……なぁオイ、もう諦めたらどうだ」

 

 

喧しい、無視する。こいつの不意を突いて逃げられるか。逃げたとして他の連中が居る。そもそもこいつは爪を転移させて俺達を殺す事が出来る。その時点で逃げる場所を視界から最低限外さなければいけない。

 

クソ、どうするどうするどうする。右腕に抱えた彼女の血が染み出し、地面にポタポタと落ちていく。急げ、急げ急げ急げ。

 

視界が少しふらつく、恐らく斬られた腕からの出血だろうか――気にしない。出血多量で死んだところで俺は死なない。そんなもの考えるだけ無駄だ。

 

何がある、何が残ってる。手札は他に何がある。彼女の剣も、俺の剣もない。利き腕は斬り飛ばされて使用不能、彼女は死にかけ。何がある。考えろ、考えろ。

 

 

「……せめて、苦しまねぇように殺してやる。生身でここまで逃げたのは、お前らが初めてだ。誇れよ」

 

 

蹴る? 否、効果は無い。

 

殴る? 否、効果は無い。

 

目潰し? 否、効果は無い。

 

考えれば考える程詰んでいる、そう脳が認識してくる。今すぐ内臓そのものを吐き出してしまいたいと思うほどの吐き気と頭が物理的に割れるのかと言うくらいの頭痛が襲ってくる。自然と呼吸が荒くなる。

 

爪を手に転移し直して、どんどん歩いて近寄ってくる。どうする、どうするどうするどうする!考えろ!全てを捻りだせ!

 

視界が眩む。明確に迫る詰み(終わり)をどうしようもない程認識してしまい、胸がずしんと重くなり呼吸が止まったように感じる。やめろ、考えるな。詰んでない、詰んでない詰んでない終わりじゃないまだ助けられる。

 

今更死ぬのは怖くない。

 

 

怖いのは、この状況を打開する術がないと理解してしまう事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 

――刹那、歩み寄っていた敵の身体が縦に真っ二つに割れる。目の前まで迫って眼前が埋まっていたが、粒子化するよりも早くズレる身体の先の景色が見える。

 

赤い髪に、若干筋肉質で高身長。トリオン体ではない、生身で剣を両手に持つ男。

 

 

「――ッ」

 

 

一本を敵が転移しようとした場所に縫い付け固定化し、その間に立ち上がる。周りの敵もこちらに向かってきているが、それよりこっちの方が動くのが早い。

 

すぐさま基地に向かって走る。走るというより跳ぶと言った方が正しいかもしれない。地面を踏みつけ、その場を抉り爆発的な加速で基地に向かっていく。

 

視界が霞むのは相変わらずだが、まだ耐えられる。

 

基地に滑り込み、彼女を医務室に真っ先に連れていく。間に合え、大丈夫だ。間に合う、問題ない。

 

廊下を走りつつ、若干覚束ない足取りになったのでそれに気を付ける。

 

誰一人居ない廊下を走り抜け、医務室に到着し彼女を誰も使用した形跡のないベッドに寝かせる。彼女の苦しそうな顔を見ると心臓が鷲掴みされたかのような錯覚をするが、それは気にしない。

 

適当に机を漁り、置いてあった包帯を手に取る。いいのかこれで、だけど血を止めなければ。そうだ消毒、けど傷口とかそういうレベルじゃないぞ。どうすればいいんだ。

 

 

 

「――無事だったか」

 

 

 

開けっ放しだった扉から、アレクセイが入ってきた。頭から血を流し、左肩に穴が開いている。お前もヤバいな、治療しないと。

 

「正直、この基地を警戒するのもあと数十秒だろう。レーダーを回して、我々のような生身の人間が他に居ないか探索して終わりだ」

 

困った顔で左肩を抑えるアレクセイに、何も言えなくなる。いや、まだだ。大丈夫だ。先ずは治療して、俺が道を切り開くから、彼女はお前に任せて。

 

「……ふ、やはり君は――……」

 

そう言って、俺の持っている包帯を取って俺の左腕に巻き付ける。そう言えば肩から斬り落とされてたな。

 

「いいか、よく聞け」

 

アレクセイが真面目なトーンでそう切り出したので、彼女の元へ包帯を持っていきつつ話を聞く。

 

 

 

 

 

 

「――三人で生き残るのは、不可能だ。だから、君に全てを任せる」

 

 

 

 

 

 

…………何、言ってんだ?

 

 

 

腰にぶら下げていた剣を、右腕でぎゅっと握りしめるアレクセイ。そのまま俺達の元へと歩いて、腹から血を流し続ける彼女を見て嘆息する。

 

 

「全く、あれ程後悔は残すなと言ったのに……いいか。彼女はここの医療器具で生き残らせるのは無理だ。君の傷だって、今はまだ何とかなっているが出血多量で死んでもおかしくない」

 

 

そのままベッドに腰掛け、彼女の頭を撫でる。

 

 

「そして私も既にトリオン体は破壊され、基地に置いてあったこれ()で何とか君達を助けられた。君は片腕を無くし、彼女は戦闘不能。……――結論から言うと、詰んでいる」

 

 

アレクセイが言ったその言葉が、ストンと胸に落ちる。

 

 

……ああ、わかってるよ。わかってるさそんなこと。だけど、だけど……それを、認めて何てたまるか。俺は、絶対に認めないぞ。

 

 

「ああ、わかっている。だから、最後の手段だ。誰か一人が生き残るために――いや、考えれば私の役目は最初から……」

 

若干晴れた笑顔でそう呟くアレクセイに、激しい頭痛を感じる。

 

 

何だ、何か手があるのか。お前が犠牲になるようなモノだっていうなら俺は認めない。彼女を見捨てるのだって認めやしない。三人で、戻るんだろ。

 

 

「ああ、三人で(・・・)だ。……彼女と君を生き残らせるには、これしかない」

 

 

そう言って、アレクセイの持つ剣が淡く発光し始める。何だ、何してるんだ。

 

 

「彼女を中にしまい込むから、君のトリオン体を作る事は出来ない。だが、少なくとも彼女はこれで生き延びれる。だから、だから――……いいな。何時か、何時か彼女を救うために……!」

 

 

剣の光が増えた瞬間、遠くの方から爆発がする。どうやら基地を強引に突破してきたらしい。

 

 

「もう時間もない、か……君に全てを押し付けることを申し訳なく思う。だが、だが君ならば……」

 

 

どんどん光が部屋に満ちて、視界が明るく満たされていく。やめろ、やめてくれ。待ってくれ、何をしようとしてるんだ。

 

その光の中、アレクセイを止めようと腕を伸ばそうとして腕が無かったことに気が付く。クソ、何だ。やめてくれ、待ってくれ。何度だって死んでやるから、死んで見せるから。頼むから、待ってくれ。

 

そうだ、彼女は。彼女は大丈夫なのか。ベッドの方向に腕を伸ばし、ベッドそのものに足を引っかけ転ぶ。眩い閃光に満たされた視界の中で、微かに失った筈の感覚が蘇った。手に、人肌の感覚――ああ、まだ居るんだな。そこに居るんだな。

 

彼女の力の入らない手を握り、それに安心する。頼む、止まってくれ、何が起きてるんだ。

 

そして、彼女の温もりを感じて――唐突に、それが消えた。

 

何故だ、何でだ。どこに行った。おい、どこにやったんだ。

 

混乱と驚愕に脳を支配されて正常な思考ができないまま、光の中で声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――後は、頼んだ。(ごめんなさい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決別

 ■■■

 

 ――……光が、収まる。

 

 急な明暗の変化により見えない視界を、手探りで感触を確かめようとする。何かに当たっている。柔らかい――ベッドだろうか。弄って、右手が不意に硬いものに当たる。

 

 何だ、こんな物さっきまで有ったか……?

 

 少しずつ見えてきた視界に、赤いものが映る。なんだ、血か?それにしたって、こんな赤くはない。まるで、誰かの髪色のような(・・・・・・・・・)色。

 

 そう考えた瞬間に、思い出す。そうだ、二人はどこだ。アレクセイは、彼女は?

 

 どこからどう見てもベッドに彼女は居ないし、アレクセイもどこにもいない。どうなった、何があったんだ。

 

 ベッドに手を押し当て、それを軸に立ち上がる。クソ、何なんだ一体。どこに行ったんだ。あいつは一体何をしたんだ。この状況でふざけてる場合じゃないだろう。

 

 不意に頭痛がズキリと響く。クソ、イラつくな。ああ、違う。お前らにイラついてるわけじゃ無く――と。

 

 痛む頭を押さえようと手をのせ、視界に何かが映りこむ。パラパラと、白い粉のような物が零れ落ちていく。なんだ、これはどこから来た。乾燥しすぎた手の皮でも剥けたか、それとも血か。

 

 血にしては無色過ぎる、これは一体――

 

 

 

 

 

 

 息を呑む。手を見る為に視線を下に移動させ、見てしまう(・・・・・)。室内に、唐突に沸いた砂のような何かを。

 

 何だ、これは。さっきまで、こんな物どこにも無かった。

 

 地面に積もる、砂のような何かを追っていく。地面に薄く広がり、それがどんどん盛られていく。厚く盛られている面へと向かうほど、何故か息苦しくなる。

 

 なんだ、これは何だ。わからない、考えたくない。こんなものが発生する理由なんて、だって、一つしか考えられないじゃないか。

 

 やめろ、考えるな。悪い方向に持っていこうとするな、大丈夫。さっきは不穏な事を言っていたアレクセイだって、真実どうにかできるかもしれない。元階級持ちだぞ、実力があるんだ。

 

 そうだ、大丈夫だ。ああ、大丈夫。

 

 視線を先に向け、最も盛られている場所を見る。何故か人の形をしており、見覚えがある。顔の造形まで残ったソレは、見覚えがある――なんてレベルではなく、つい先ほどまで見ていた。

 

 自然と右手に力が籠り、ギリッと音を発する。頭痛が酷い。吐き気がする。体の震えが止まらない。ああ、待て。待ってくれ。それは、それは駄目だ。認められない、クソ、駄目だ。

 

 どこからどうみてもこれは、どうみたってアレクセイじゃないか。

 

 

 死のう、死ぬしかない。認められない、駄目だ、まだ他に方法がある筈だ。何か、まだ諦めるには早い。そうだ、やり直せば――元に、戻れる……筈、なんだ。

 

 元に戻れるはずなのに、死のうと思った手が動かない。何でだ、どうしてだ。何度も死んできただろう。そこに落ちてる、赤黒い剣で自分を斬って――赤黒い、剣?

 

 ふと、赤黒い剣を見る。両刃で、さっきまで持っていた俺達の剣に形は似ている。だが、決定的に違う部分がある。

 

 カラーリングは全く別物だが、それよりも――剣に、何かが付いている。鍔の部分、と言うのか。何とも言えない、黒と赤で剣が構成されている中で、鍔がやけに立体的な形をしている。ああいや待て。

 

 そもそもこれは何だ。剣なのか。ならば死ねる筈だ。手に取り、トリオンを流し込む。

 

 トリオンを流した瞬間、鍔の部分が淡く光る。何だ、俺はそんなにトリオンを流し込んだ覚えは――いや、待て。

 

 赤と黒。ここで、真っ白な砂の様な物になっているアレクセイ。消えた少女。そして、前に聞いた黒トリガーについて。

 

 動悸が激しくなるのを自覚する。力が入らない。アイツは言っていた。黒トリガーは、ある程度トリガーを理解していて尚且つトリオン能力が優れていないと作成できないと。

 

 そして、あいつ自身――自分のトリガーを作る為に勉強したと。

 

 やめろ、やめてくれ。点と点が線によって結ばれていく。繋がっていく。いやだ、やめろ。こんな現実俺は認めない。

 

 彼女を生かす為に、俺を生かす為に、三人で生きて帰るという約束を守るために。

 

 やめてくれ、やめて、くれよ……。

 

 何度だって、死んで見せるから――頼むよ、なぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 ――目を開ける。そこにあるのは、変わらない景色。先程までそこに居た彼女も、アレクセイも居ない。その事実が俺に強く深く圧しかかる。

 

 思わず、込み上げてきた吐き気に逆らわず嘔吐する。二人の居なかった、どうでもいい床に向かって。中身をぶちまけ、それでもまだ続く吐き気に耐えながら赤と黒の剣(アレクセイと彼女)を手に取る。

 

 頭痛が酷い。眩暈もする。今すぐ座って休みたい。死んで解放されるなら今すぐ死にたい。けど、死んでも死んでも死ぬことは出来ない。

 

 ……死に戻り何て、できなければよかったのに。

 

 悔やんで悔やんで、悩んで悩んで、苦しんで考えて考えて何度も死んで――今。認める。認めたくなんてない。でも、認めるしかない。この、クソッタレな理不尽に包まれた現実を。

 

 俺達が、何をしたって言うんだ。ただ、帰りたいと。故郷に帰りたいと願う事は、悪い事なのか。三人で共に、戻りたいと。うまい食事を味わいたいと。別の文化を楽しみたいと。薄れた人間性の中で、楽しめる娯楽を探したいと。

 

 そう願う事は、悪かったのか。何故だ、何故なんだ。なぁ、俺達が何をしたんだよ。……誰も、応えてはくれない。

 

 声をかけてくれる彼女も、アレクセイも、もう、居ない。すぐそばにいるのに、声は届かない。

 

 いつか、こうなる気はしていた。だからこそ、ずっと注意をしてきた。備えてきた。こうならないようにと。積極的に自ら死んで。なのに、なのに。

 

 見通しが甘かった。考えが浅かった。現実は甘くなかった。それだけの事実が、どうしようもない程俺に降りかかってくる。今すぐにでも折れたい。折れて、考えることを放棄したい。俺と言う人格を放り捨てて、楽になりたい。

 

 

 ――でも、それは出来ない。

 

 

 

 だって、こんな所で折れたら――それこそ、あの二人を犠牲にしてしまうから。

 

 

 

 アレクセイは言った。いつか、彼女を救うためにと。

 

 彼女を生き残らせる方法が、これだと。

 

 ならば、信じる。あいつが信じてくれたのに、俺が裏切るわけにはいかない。死なせはしない。二人とも、死なせはしない。

 

 黒トリガーが人からできているのなら、逆も可能なはずだ。

 

 俺が、いつか必ず助ける。アレクセイの黒トリガーを解除し、彼女を治療し、そして、そして――いつか三人で、また笑い合おう。

 

 その日を迎えるんだ。手繰り寄せろ。そのためなら、どんな地獄だって這いずって見せる。ごめんな、絶対元に戻すから。頑張るから。何度死んだって良い。

 

 

 刺され、焼かれ、潰され、叩かれ、割られ、千切られ、斬られて息絶えても――貴女(貴方)を救うその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レーダーに反応無し、トリオン体は存在しません」

「はん、って事は生身の死に損ないが数人いるだけか」

 

 手こずらせやがる、そう言う男の顔は少し笑っている。

 

「何笑ってんだよ、もう何人もやられてんだぜ」

「ハッ、何言ってやがる。トリオン体を作れねぇ程度の落ちこぼれに、俺たちは此処まで粘られたんだぜ。これを笑わずにいられるかよ」

 

 拳に爪を生やし、身体全体から微かに白い粒子を漂わせ皮肉気に笑う。

 

「黒トリガー一人、黒トリガーを討伐できると判断された精鋭十数人、トリオン兵、その他諸々……それだけ合わせて、取れるのはこのちっぽけなしょぼい基地一つ」

 

 割に合わない、そんなレベルじゃないと吐き捨てる。

 

「あり得ない、どう考えたって理解できねぇ。ただの生身で、斬る事しかできないクソトリガーで、俺を、黒トリガーを凌ぎきる? 普通じゃねぇ、狂ってやがる」

 

 それに、と言葉を続ける。

 

「自分の事は全く考えねぇ立ち回りだ。腕を斬り落とされたってのに、即座に仲間を回収して逃げようとしやがった。イカれてやがる、気狂いだ」

「……さっさと、殺しちまおう。黒トリガーになられたらお終いだ」

 

 そう言って、大きめの銃――ライフルと呼ばれる類の物を手に取り伏せて構える。狙う先にあるのは建物、彼らが基地と呼んだ場所である。

 

「ひたすらぶっ壊すから、逃げたらヨロシク」

「しゃあねぇな、お前ら準備しろ」

 

 構えた銃の先から、光が飛び出て――建物に着弾し、大きな音と共に一角を吹き飛ばす。続けて二発、三発と撃ち続けその手を止めることは無い。

 

 面積を徐々に削られていく建物にを眺めつつ、手に爪を持った男は警戒を怠らない。目を集中させ、視覚で見落としが無いか確実に確認する。飛び散った破片の中に人体は?

 

 人の影は?隠れられそうなスペースはないか?

 

 最大限の警戒を持つ。黒トリガーという無敵に近い物を持っていても、油断はしない。何故なら、これまでの経験がそう告げているから。油断をすれば足元をすくわれるどころか、首を食い破られると。

 

 その間にも砲撃は続き、じわりじわりと削られていき――建物は、倒壊した。

 

 ガラガラ崩れ落ちた建物を、警戒しながら近寄る。少しずつ、少しずつ距離を詰めていき倒壊した建物に近づく。

 

 十数人で近寄り、どこか不穏な空気を感じながら確認する。

 

 

「……流石に、死んでるよな」

「……腕斬り落とされてアレだけピンピンしてたんだぜ。そう簡単に逝くか?」

 

 

 会話しながら破片を撤去して捜索する二人組に、緩み過ぎだと注意しようとし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、黒い斬撃が二人組の首を斬り飛ばす(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 トリオン体を一瞬で解除させられた二人を確認し、どこからだと確認しようとして――視界がズレる。

 

 

「あぁ゛……!?」

 

 

 舌打ちを挟みつつ、自らを転移させる。転移する場所は後方、砲撃手が居た場所まで粒子となり転移する。

 

「チッ、一体何が――」

 

 そう言い、視界を瓦礫の山に向ける。

 

 先程まで十数人近くいた筈の仲間たちは、全員既に瓦礫に身を伏せ、悉くが首を既に切断され息絶えている。

 

 

「……オイオイ、マジかよ」

 

 

 瓦礫の山から、ゴトリと音を発しながら起き上がってくる。パラパラと破片を散らしながら、隻腕で右腕に剣を持った白髪の男。

 

 

 幽鬼の様に、ゆらりと身体を揺らす。不気味な雰囲気を漂わせ、こちらを覗くその眼に瞬間的に恐怖を覚える――が、そこで退かない。

 

「こっちはテメェよりどれだけ黒トリガー(これ)を使ってきたと思ってやがる……!」

 

 口は獰猛に、獲物を見つけた肉食獣の様に吊り上がる。カタリ、と腕に装着した爪が鳴る。

 

 

「オイ、退け」

「……あとは任せた」

 

 

 砲撃手に引くように伝える。ここで全滅のリスクを増やすより、一人逃がして確実に情報を与えた方が良い。もしもの為に、そう言う部分は無くさない。

 

 

「さて、やるか気狂い。仲間の黒トリガーでどれだけやれるか見物」

 

 

 ――スパッと、何の躊躇いもなく黒い斬撃が伸びてくる。首を斬り落とし、そのまま消える。

 

 

「……オイオイ、マジ」

 

 

 更にもう一度、黒い斬撃が振るわれる。身体を縦に割られるが、まるで効いていないかのようにそのまま元に戻る。

 

 

「……喋ることは無い」

 

 

 幽鬼の様な、死者の様な空気を漂わせて言う。その空気に圧されつつ、その場に踏みとどまる。

 

 

 

 

 

 

「――殺す」

 

 振るわれる斬撃を、これまでと同じように受け止めつつ反撃しようとして――その赤い斬撃(・・・・)に、身体を両断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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孤独

 ■■■

 

 

 首を斬り飛ばし、赤の斬撃を更に伸ばす。折り返し枝分かれした斬撃は、そのまま敵の身体を串刺しにし更に伸びて折り返す。ザクザクと全身を貫き、最早奴の身体に剣の刺さっていない箇所は無い――そういう領域になるまで伸ばす。

 

 

「テ、メェ……クソが、そう言う事かよ……!」

 

 

 今更何をされているのか気が付いたのか、必死に粒子化しようとするが遅い。既に効果は発動している。

 

 粒子が次々固定された赤い斬撃によって吸収(・・)されていく。粒子を吸収する斬撃は、みるみる内に赤く紅く朱く染まっていく。濃く、色濃く。まるで胎動しているかのように、トリオンを吸収し続ける。

 

 

「クソが、こんな辺境で――俺が、黒トリガー使いが……!」

 

 

 じわりじわりと、トリオン体そのものを削っていく。脚が、腕が、胴体が維持できず、次々と崩れ落ちていく。

 

 

「俺が、こんな場所で、こんな、トリオン体すら作れねぇ死にかけ野郎に……!?」

 

 

 そう言う間にも崩壊は止まらない。ボロボロ落ちていくそのトリオンの残りカスを見届け、赤の斬撃を巻き戻す。刀身は鈍く赤黒く光って、まるで生きているかのように感じ取れる。

 

 ――……あぁ……そう、なんだな。やっぱり、そうなんだ。

 

 胸の内に、ストンと事実がのしかかる。認めたくなかったけど、認めるしかない。ああ、嫌だ。嫌で嫌で、この現実から逃げたい。頭が痛い。吐き気もする。ああ、最悪だ。本当に――……最悪だ。

 

 トリオン体が解除され、その場に座り込む敵の元へと跳ぶ。先程までの、前までの圧倒的な戦闘能力は既に無く。そこにいるのは、ただの生身の人間が一人いるのみ。

 

「……ハァ、クソッタレめ。こんな奴がいるなんざ聞いてねぇぞ」

 

 俯きそう呟く敵を確認し、無意識に右腕が動く。脳裏で言葉が浮かび上がる。

 

 ――こいつが、二人を殺したんだ。

 

 感情が一気に噴き出る。自らへの怒りや失望、純粋な悲しみも全て殺意となって浮かび上がる。お前が、お前さえいなければ。お前は、お前が――……どんな言葉で言ったって、意味はない。殺す。それだけだ。

 

 剣に無意識に力を込めるが――堪える。ただの剣じゃない。二人なんだ。そう、二人そのものなんだよ。改めてそう認識し、再度胸が締め付けられるような感覚がする。俺は、俺は――

 

 

「……早く殺せよ。テメェら三人(・・)の勝ちだ」

 

 

 不意に、そんな声をかけてくる。嫌味かよ、皮肉かよ。大事な仲間を救えなかった、俺に対する挑発か。イラつく、ああイラつく。お前の言う通りだよ。俺は所詮、一人じゃ何もできないんだ。だから、だから……せめて死のうと。喪わないために。死んで、巻き戻して。何とかしようと、必死にもがいて。

 

 それでも足りなくて――結局、助けられた。自分の情けなさに、心底怒りが沸く。沸くが――どうこうしようという気にもなれない。でも、こいつだけは殺す。殺して、そのあとは……そうだ。二人を元に戻さないと。悔やんでる場合じゃない。折れている場合じゃない。

 

 俺に託してくれたんだ。信じてくれたんだ。命を、預けてくれたんだ。助けてくれたんだ。俺はまだ、何も返せてない。

 

 共に旅行をして、好きな物を食べて。好きな様に生活する――そうだろう。まだだ。まだ、こんな場所で折れている場合じゃないんだ。

 

 ああ、そうだ。俺の勝ちじゃない。俺達、三人(・・)の勝ちだ。お前が負けて、俺達が勝ったんだ。そう、勝ったんだよ。勝ち、なんだ。

 

 勝ちなのに、勝ち、なのに……こんなにも、悲しい。胸に穴が空いたようで、それでいて常に締め付けられる。

 

 剣を握り、振るう。トリオンを籠める事もなく、首を斬る。躊躇いもなく、スッパリと一撃で斬り落とす。地面にゴトリと落ちる生首を見て、特に何も考えずにトリガーを漁る。たしかこいつは、黒トリガーだった筈だ。

 

 そうだ。これを持って、拠点に帰れば少しは手柄になるだろう。

 

 二人のためにも、そうだ。手柄を立てて、侵略の部隊に――……なる必要は、あるのだろうか。黒トリガーを解除するのに、何が必要なんだろうか。そこを考えないといけない。

 

 これがトリガーだろうか、腕に巻かれているバンドを見る。……こんな、こんなモノで。二人は苦しんで。犠牲になって。剣になったのか。

 

 

 何がトリガーだ。何がトリオンだ。そんなもの、一ミリだって欲しくは無かった。俺は、俺達はただ――少しでも、幸せになりたいと願っただけなのに。

 

 

 ……戻ろう。拠点に。

 

 二人を連れて、戻ろう。

 

 俺が絶対助けるから。頑張るから。倒壊した瓦礫の中から、鞘を探す。流石に抜身のまま持ち歩く気にはならない。ただの剣ならそれでもいいが、大事にしなければ。

 

 武器と言う認識などではない。二人を振るうなど、最初は出来なかった。振るえるようになるまで何度も繰り返した。無駄にしたくなくて、絶対に何かの糧にしないといけないと脳と身体に刻み込んで。

 

 鞘を腰に着けようとして、片腕だからとてもやりづらい事に気が付く。ああ、不便だな。でも、俺はこうやって一人で生きていける。呼吸ができる。

 

 でも、二人はそれすらできない。贅沢なんて言う気にならない。俺の為に、こんな姿になっているんだ。

 

 何とかぶつけたりしないように鞘に納めて、例のトリガーを右腕に口を使って嵌める。これくらいは良いだろう、許せよ。お前も中に人がいるのだろうか。そう考えると、無駄に考えてしまう――やめよう。

 

 俺にそんな強さは無い。現実を受け止めるのですらギリギリなんだ。俺がやるべきことは、二人を元に戻す事。

 

 探そう。黒トリガーから元に戻す方法を。考えよう、時間が無くなれば死ねばいい。

 

 

 拠点に向けて、歩き出す。どれだけ時間がかかるかなんて知らないが、帰ると決めたんだから帰る。死なないんだし、それくらいの無茶はしても許されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無茶ばかりしたら駄目ですよ!(君は無茶ばかりするな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、後ろを振り向く。当然そこに広がるのはただの瓦礫のみであり、二人の姿は無い。――……さっきまでいた二人がもう居ないと考えると、ますます胸が苦しくなる。ああいや、居るにはいるんだ。でも、声は聞こえないし、声は届かない。想いも聞こえない、届かない。

 

 頭痛が響く、吐き気がする。……駄目だな。でも、忘れたくはない。ああ、うん。忘れるより、聞こえた方が断然いい。仮に幻だとしても、その記憶が薄れるよりはいいのだ。その大事な物を抱えて、俺は生きていきたいから。

 

 頭の中で浮かび上がる、プンスカ怒る彼女とため息をついて呆れる表情をするアレクセイの姿に、ああ、何だと思い――唐突に、涙が出る。

 

 会えないんだ。もう、会えない。悲しい。悲しいよ。ああ、クソ。涙が、止まらない。

 

 ボロボロ目から溢れて地面に落ちていく涙を眺め、拭く様な事もしない。そうする気力もない。

 

 

 

 

 

 

 ――……ごめんなさいは、こっちの台詞だ。

 

 

 

 

 

 

 頬に感じる筈のない仄かな熱を感じながら、その感情に身を任せる。浸かる様に、染み込ませるように。

 

 

 

 

 

 

 ……少しくらい、こうしていても許してくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ぼやける視界に遠い空の色を感じながら。静かに、涙を零し続ける。噛みしめるように、忘れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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現実

 ◼︎◼︎◼︎

 

 ――……目が、覚める。

 

 差し込む光を浴びながら、いつも通り感じる頭痛と吐き気に溜息を吐きつつ身体を起こす。眠気、という物を最近感じ取れなくなってきた。見慣れた光景を目にいれ、溜息をつく気にもならず静かに寝床から起き上がる。

 

 自分の足で立ち、バランスのおかしさを感じ取る。片腕が無いからまぁ仕方ないが、やはり違和感に慣れるには時間が必要だ。

 

 腰に付けた剣を一撫でして、息を吸い込む。息苦しい、重たい感覚が身体を引き摺っている。体調の悪さに苦笑いしながら、誰もいない部屋を出る為に歩く。

 

 この部屋に寝る場所は幾つもあるのに、使われているのはただ一つ。俺の使っている場所だけ。そう思うと心がずしんと重くなるが、何とか振り払って部屋を出る。

 

 既に明るく日差しが差している廊下を歩く練習をしながら進む。人が増え、中継地点として使われるようになったこの拠点は建物が拡張されてかなり広くなっている。一つの軍事区間とでも言うのだろうか。

 

 ゆっくりと、馴染ませるように歩く。時に駆け足で、時に忍び足で。この状態になれるまでは、とにかく自分の身体に覚え込ませるしかない。

 

 食堂に向かい、一先ず飯を食う。腹を満たす感覚すら知らないが、取り敢えずそれは行っておく。そこは譲れない、忘れてはいけない物だ。

 

 到着し、いつも通りの物を注文する。適当に定食を注文して――……あぁ、そうだな。これも、付けとくか。よくわからない謎のデザートをセットに追加し、出てくるまで待つ。

 

 

 帰還してから、既に一週間が過ぎた。敵の黒トリガーを渡して、二人は死んだと伝えた。恐らく指揮官には気が付かれてるだろうが、何も言わないでくれた。それが俺には、少しだけありがたく感じる。

 

 片腕が斬り落とされたから、少しずつ身体を慣らすためにリハビリをして一週間過ごした。走るという行動ですら中々面倒に感じたが、走り込み・筋トレ・日常生活の繰り返しを行って何とか馴染んで来た。少なくともトリオン兵に殺されることは無くなったんじゃないか。

 

 顔に見覚えのある連中は、俺の腰の(二人)を見て何も言わないで「そうか」で済ませてくれる。その度に少しずつ心が苛まれていく感覚がする。

 

 出てきた飯をトレーごと右腕で持って、席を探す。ぽつらぽつらと空席があるから、適当な場所に座る。いつものように(・・・・・・・)複数人が座れる席に座り。食べ始める。

 

 味は相変わらずしない。食感もわからない。匂いもわからないから、泥なのかスープなのかも判断できない。ただまぁ文句を言う奴が食堂に居ないという事は、これはれっきとした料理なのだろう。片腕で食べ辛いと思いつつ、飯を口に放り込む。

 

 変わらない。周りは変わっていくのに、俺は何もかも変わらない。何も知らないまま、何も覚えていないまま、周りが変化していく。ズキリと痛む頭を気にしつつ、更に口に放り込む。

 

 結局、あの二人の言う甘いだけのデザートの味もわからない。そもそも、甘いとは何だったか。味とは、何だっただろうか。嬉しいとは、何だっただろうか。

 

 わからない。俺には一つもわからない。あれだけ教えようと、伝えようと色々二人が奮起してくれたのに。俺には結局理解できないままだった。

 

 ……少しでも、残っていれば良かったのに。少しでも、ちょっとでもいいから、共感できる場所が残っててくれれば――……。

 

 ……やめよう。飯を食うだけでこんなになってどうするんだ、切り替えろ。嘆く暇はない、黒トリガーから元に戻す方法を考えなければ。無いのなら、自分で作ればいい。

 

 やることは、沢山ある。こんな場所でつぶれてる場合じゃない。まだだ、まだ折れるべきじゃない。例え折れたとしても、まだ倒れる訳には行かない。

 

 ぐっと堪え、席を立ちあがる。やるべきことがあるんだから、集中しろ。うだうだしてる場合じゃない。

 

 進め、前に前に。俺が出来るのは、それだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振る。訓練用の模造剣で、リハビリをする。

 

 剣を振るときにも、黒トリガーという物について考える。そもそもトリガーとは何だ。トリオンとは何だ。そこを俺は理解しなければいけない。

 

 文献か何かがあればよかったが、流石に今は読めない。腕がもう一つあれば読みながら、という作業にも出来たのだが。

 

 敵の黒トリガーは一つ奪ったが、まだ来る可能性だってある。そもそも、敵は一人じゃない。国だ。国が敵なんだ。戦争なんだ。敵の国を全て一片の塵も残さないくらいズタズタに打ち滅ぼす――その覚悟を決めなければ、また、手遅れになってしまう。

 

 ……手遅れ、か。あぁ……手遅れ、だよ。

 

 失った。アレだけ嫌だと、否定して、やり直したのに。俺は無力だ。無能だ。いても居なくても変わらない、そんな存在なんじゃないかと自分を責め立てる。

 

 そして、そうすることで少しだけ安らぐ自分の心が――とても、醜く思う。彼女だったら、アレクセイだったら、あの二人だったら。そう考えてしまう。そしてその思考の沼に漬かっている自分に、更に苛立つ。

 

 情けない。情けない。こんな、自分を責め立てて安心してる場合じゃないのに。俺は、俺は――……弱い。どうしようもなく、心が。

 

 あの二人が、全てだったのに。全部、全部、二人の為だけに(・・・・・・・)頑張って来たのに……

 

 

 

 

 やめ、よう。一々感傷に、浸るのは。

 

 俺がここで折れたら、二人を救えない。なぁ、そうだろう。折れてる場合じゃないんだ。現実から目を逸らして、自分だけ楽になろうとするな。

 

 考えるんだ。まだ、何の答えだって出ていない。トリオンとは、トリガーとは、この国は、黒トリガーとは、トリオン体とは。まだだ。まだ考えるべきことが沢山あるんだ。

 

 剣を振る手を止め、腰につけている(二人)を撫でる。なぁ、待っててくれよ。

 

 

 アレクセイ、お前は言ったよな。

 

『いつの日か、必ず彼女を――』って。なら、お前の中には既に答えはあったんだろうな。

 

 お前はトリガーを理解していた。トリオンをある程度理解していた。その上でお前は、これしかないと判断したんだろう。なら、大丈夫だ。お前が示してくれた。遺してくれた道があるんだ。

 

 

 ……どうやって勉強したのか、聞いときゃよかったな。

 

 

 足りない、何もかもが足りてない。でも、うん。さっきよりかは、大丈夫だ。俺は、まだ折れてない。進める。だから――……待っててくれ。

 

 

 

 

 

 

 



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苦悩

 ■■■

 

 

 ――考えれば考える程、知れば知るほど嵌まる。陥る、と言った方が正しいのか。

 

 トリオンとは、トリガーとは。そして――黒トリガーとは。人づてに聞く訳にも行かないから、ある程度信頼できる……というより、三人共通の顔見知りに聞く。

 

 少しずつ理解出来てきたが、それでもまだまだ分からないことが多すぎる。

 

 そして理解できないものが出るたびに、苛立ちが増えていくのは一番面倒くさい。自分でさえそう思う。分からない、そこから生まれる焦りというのか。

 

 焦っても仕方ないと頭の中でわかっているつもりでも、苛立つ。

 

 現状、黒トリガーを元に戻す方法は存在しない。この国ではそう言う風に言われているらしい。正確な情報かどうかはわからないが、少なくとも誰に聞いても方法があるという答えは返ってこなかった。

 

 ……まぁ、そうだよな。仮に黒トリガーから元に戻す方法があれば、そんなに重宝される物ではないだろう。恐らくもっと簡易的に大量に黒トリガーが存在している筈だ。

 

 そもそも元に戻す方法を誰か模索したのだろうか。その果ての成果なのだろうか。いや、そうとは限らない。

 

 こんな国だ。黒トリガーを減らされたら困ると、制限しているのかもしれない。情報の正確性をしっかりと見極めなければ。どこかに、きっとどこかにある筈だ。絶対に。

 

 諦めてたまるか。まだ、やれることは沢山ある筈だ。探し出せ、その方法を。見つけろ、試せ。

 

 

 

 飯を無言で食う。口に放り込み適当に咀嚼し、再度放り込む。そのルーチンを繰り返しながら、考える。どうする、どうすればいい。足りない。情報が足りない。誰に聞いても、黒トリガーなんてものを理解していない。

 

 クソ、二人を使う訳にも行かない。そうなれば他の黒トリガーを手に入れるしかないが――……生憎手に入れた分は渡してしまった。もっと考えていれば良かった。

 

 痛む頭を抑えつつ、どうするか考える。もう一度黒トリガーを奪う。だが、奪っても何かを研究するような場所はない。問題が山積みだ。そう思うと更に嫌な気分になる。

 

 やめようやめようと考えて、また戻る。その思考が嫌になり、更に繰り返す。駄目だ、このままじゃ駄目だ。進歩がない。どうにか、前に進まないと。少しでも前に進まないと。

 

 トリガーという物を、トリオンを、全てを理解しなければ。だが、そういった施設は今のところ確認できていない。どうにか学習できる物が欲しい。教材、それに準ずる物が必要だ。少なくともトリガーを作成できるのだから、そういった専門職の人間は存在するはずだ。

 

 そうだ。確かエンジニアの様な連中がいた筈だ。そいつらを探そう。どこにいるかはわからないけど、どこかに居る筈だ。

 

 席を立ち、片付ける為にトレーを持つ。こんな時アレクセイが居れば――……ああ、居れば、よかったのに。本当に、あいつが居れば……。

 

 俺じゃなくて、こんな無様な俺じゃなくて。あいつら二人だったら、もっとうまくやれていたのに。苛立つ。イライラする。トレーを下げ、食堂を出る。

 

 軍の情報網なんてもの持ってるはずも無い。軍の上層部や深い部分に居る人間に迂闊に話せば、二人の事がバレる。こっちから接触して、バレないように立ち回るしかない。

 

 二人の事がバレてしまえば、最悪奪われる。それだけはどうにか防がないといけない。

 

 マシな道筋としては、新たな黒トリガー使いとして認識されある程度の特権を与えられる事だが……俺は、奴隷兵士だから。正規兵に黒トリガーを渡すよう命令が下ってお終いだろう。

 

 いっそのことこっちから交渉を仕掛けにいくか。この国の上層部に対して、黒トリガーがあることをアピールする。そして……駄目だな。うまく行く気がしない。どうする、どうすればいい。なぁ、どうすればいいんだ。

 

 教えてくれ。俺には、わからない。

 

 ……わからないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ガタゴト揺れる乗物の中で、静かに気を休める。

 

 ……ああ、疲れたな。

 

 もう、休んでいたい。

 

 二人の元へ、俺も――……。

 

 心が圧し潰されそうになる。現実は非情、世界はいつだって残酷な事実を突きつけてくる。わからない。黒トリガーとはなんなのか。トリガーとは。そもそも、トリオンとは何なのか。

 

 少しでも聞いておけばよかった。もっと頼っておけばよかった。後悔ばかりだ。悔やんで、悔やんで――もう、戻れない。その事実が深く重く圧しかかる。

 

 二人を握り、深く呼吸をする。考えたくない。

 

 もう、死にたい。

 

 最近はそうとしか思えなくなってきた。現実に圧し潰されて、逃げたい。この世界から、生きているという事実から。でも、逃げられない。

 

 俺は、死に戻るから。俺だけは、死ねない。それが無性に腹立たしい。死にたい。楽になりたい。

 

 息苦しくなって、何だと思うと自分で首を絞めている。そんな事が、最近増えてきた。考えることに、疲れてきた。考えても考えても、どこにも答えは無い。俺の知識じゃ、何も解決できない。

 

 俺は、生きる意味があるのだろうか。人を犠牲にして、助けられて、そうしなきゃ生きていけない。死ねない癖に、助けられる。

 

 こんな無能がのうのうと生きて、あの二人がこんな姿になる必要はあったのだろうか。

 

 どうして。何故なんだろう。ぐるぐる思考が回って、考え続ける。自分に対する呪詛を、憎しみを。俺は生きる必要があったのだろうか。生きている意味は、存在価値は――……必要、ないだろう。

 

 でも、死ねない。死なない。死にたい。どうしようもない程、焦がれてる。二人に、会いたい。会って、話をして……俺は……。

 

 ……死んだところで、二人はいない。二人は死んだのか、それとも生きてるのか。それだって、わからない。本当の事は何もわからないまま、置いて行かれた。俺も連れて行って欲しかった。そうすれば、三人で一緒だったのに。

 

 なぁ、アレクセイ。俺は、どうすればいいんだ。このまま探して、探して……見つかるのだろうか。二人を、元に戻す方法は。

 

 カチャリと剣を鞘越しに動かしてみるが、反応は無い。

 

 ああ……そうだよな。答える筈もない、よな。

 

 息を吐き、再度深く呼吸をする。

 

 

 

 アレクセイ。今、彼女はそっちで何考えてんだろうな。腹、空かせてんじゃないのかな。お前が面倒見てやってくれよ。

 

 いつものように、お腹がすきましたって、お前を困らせてるんじゃないのか。そう言っている姿が目に浮かぶし、それに対して困惑しているお前の姿も鮮明に映る。

 

 俺も、そこに混ざりたい。一緒に居たかった。ずっと、三人で。

 

 

 

 

 

 ……そうだ、な。まだ、諦めるには早い。

 

 例え方法が見つからなくても、知識を得られなくても。この国に無いだけかもしれない。まだ、まだ。諦めるには程遠い。

 

 折れそうになる度に思い出せ。二人を。言葉を。大切さを。

 

 思い描け。未来を。望む世界を。

 

 約束は沢山ある。何一つ一緒に出来ていない。諦めてたまるか。折れても折れても進み続けろ。

 

 

 

 

 ――カタリ、と。

 

 

 少しだけ、腰の二人が動いたような気(・・・・・・・)がした。

 

 

 

 



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節目Ⅰ

 ――深く、呼吸をする。いつも通りのリズムで、あくまで日常のままに振舞えるように整える。

 

 自然体で、緊張する事が無いように。別に緊張してもいいのだが、それが原因で失敗したりすると恥をかくから気を付ける。

 

 

「今日が正式配属日、か……」

 

 

 この国の正規兵になって、初めての実配備。訓練は一通り行ったが、それでもまだ自分の実力が戦場で生き残れるほど高いとは思えない。自分が一丁前に戦えると思うな――と、訓練校の教官は言っていた。

 

 これから殺し合いをするのだから、慢心や油断は捨てろ。

 

 心の中で何度も唱え、いざと言う時の為に自分自身に擦り込んでおく。それが最終的に自分の身を救う事になる。

 

 配属する基地に転送される時間を確認し、静かに覚悟する。自分の人生が、どう変動していくのかを。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

「――君達は、今日からこの基地に配属される。貴重な戦力として役立ってくれることを期待している」

 

 敬礼し、部屋から立ち去る。扉を開け、外に出ると涼しい空気が流れ込んできて少しだけ緊張した身体を解してくれる。

 

「よし、じゃあ一通り施設回ろうか。そんで後は宿舎の案内だな」

「はい!」

 

 俺ともう一人、そして案内役の上官について行く。

 

「ここは元々前線基地の一部だったんだよ。ある人たちが色々やって、今みたいに大きな中継地点として活用されるようになったけどね」

「前線基地、ですか……」

 

 噂に聞く、前線。死亡率が途轍もなく高く選ばれた精鋭でも全滅する事が多いと聞く。

 

「前線だった頃は、中々大変だったけどね。今ほど押してなかったし、寧ろ押されてたよ。昼間に敵が侵略してきたこともあったなぁ」

「……やってけんのかな」

「少なくとも今はそんなことないよ」

 

 ほっとする。そんな環境に置かれてまともに生きていける気がしない。

 

「ま、度々別の拠点に放り込まれることもあるけれど最初に来る場所としては良いんじゃないかな。即死はしないだろうし」

「そ、即死ですか……」

 

 はははと笑いながら説明する上官に冷や汗を掻きつつ、やはり戦場というものは恐ろしいモノだと再度認識する。

 

「それじゃあ取り敢えず、食堂にでも行こうか。腹減っただろ」

 

 確かに、朝からずっと食べてないしそろそろいい時間だ。

 

 食堂に向かいつつ、廊下を歩く。窓から日差しが適度に差し込み、俺の考えていた戦場の基地というイメージからは少しだけ離れている。もっとこう、暗くて、生活感が無い物を想像していた。

 

 到着し、中に入る。流石に案内役は慣れたもので、すらすら注文している。メニューはあるにはあるが、やはり所詮基地の物なのだろうか。味にはあまり期待できないかもしれない。

 

 定食を注文し、出てくるまで待つ。

 

 その間にもう少し話を聞こうとして――食堂の一角に、目が行った。

 

 暗い。物理的にではなく、空気が。重たい。あの場所だけ、空気が死んでいるというか、なんというか。

 

「……あの、すみません。あそこは……」

「ん? あぁ、先生(・・)か」

先生(・・)……?」

「こっちが勝手に呼んでるだけだけどね。……前は、もう少しまともだったんだけどな」

 

 白い頭に、死んだような顔つき。まるで死人と言われても納得できる、そういう領域。溜息をつきながら、飯を食らう。横に紙を置き、一本しかない腕を器用に使いまわしパラパラと捲りながら咀嚼する。

 

「大分前、それこそ一年くらい前(・・・・・・)かな。あの頃はまだ三人で、あの人自体もまだ奴隷兵士だったんだけど」

「奴隷、兵士……」

「そう。あの人出身が別の国だから、攫われてきたんだよ」

 

 愕然とする。存在は知っていたが、まさかこんなにも早く目にするとは思っていなかった。

 

「先生と、もう一人少女が居た。そして国の元階級持ちとのトリオだったんだけど……ま、色々あってね。変わっちゃったんだ」

 

 押せば折れそうな、叩けば潰れそうな。頼りないその姿を見て、何故先生と呼ぶのかが気になる。

 

「ああ、剣の腕が凄まじくてね。斬るという事に関しては多分、この国でもトップクラスだと思うよ。というか他に比肩する様な人居るのか……?」

「剣、ですか」

「うん。気づいたら首斬られてるからね。今はどうなってるんだか……」

 

 それは実力が測れない、という意味なのだろうか。ただ、少なくとも恐ろしさは感じ取れる。戦場に立ったことのない自分ですら、うっすらと感じ取れる。

 

「変な事しない限り問題ないと思うよ。前に絡んだ人がぶった斬られたから気を付けとかないと」

「……もしかして、生身で?」

「流石にトリオン体だったよ。でもそれ以来、誰も近寄らなくなったかな……」

 

 少しだけ悲しそうに言う上官に、何とも言えない気持ちになった。

 

 ガタリ、音が鳴る。先程の、先生と呼ばれた男性がゆっくりと立ち上がりこちらへ向かってくる。

 

 脳に警笛が鳴り響く。こっちに対して向けられてる物でも何でもないのに、感じる。わかる。今こっちに向かってきているのは、濃密な死だと。

 

 薄っすらと汗をかき始め、無意識に手を握る。ぎゅっと力が入り込み、爪が食い込む。死ぬ。間違いなくここで死ぬ。

 

 足が震えるのが感じ取れる。嫌だ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 脚が、腕が、首が斬られる。その未来を幻視し、更に汗が噴き出る。

 

 ゆっくりと、食器の乗ったトレーを持って歩いてくるその人を見て更に恐怖する。明確に、理解する。

 

 息が苦しい。焦点が定まらない。

 

 死ぬ、というのは。

 

 死というのは。ここまで恐ろしいモノか。

 

 助けて、誰か助け――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、目が覚めたら見知らぬ部屋に寝かされていた。あのまま倒れて、医務室に運び込まれたらしい。

 

 ……確かに今思えば、斬られるなんて事は無かったと思う。

 

 

 だけど。

 

 

 首を斬られる、と感じたこの感覚は正しい物だと思う。

 

 人間として、生物として。

 

 

 命の危険を感じ取ったのは、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 怠い。剣を振り斬撃を飛ばしながら、ボソボソ呟く。

 

 怠い。重い。面倒くさい。もう、生きてるのが面倒くさい。

 

 死ね、死ねよ。トリオン兵如きが今更出てきてどうする。

 

 赤い斬撃を伸ばし、トリオン兵全てのトリオンを吸収し稼働できなくさせる。一体吸い取り更に枝分かれさせ次のトリオン兵、そして更に伸ばし――繰り返す。戦場を覆っていた白いトリオン兵は色を失い、ガラクタとなって転がる。

 

 失せろ。お前らに興味は無い。どうでもいい。邪魔だ。邪魔なだけだ。

 

 先程まで劣勢だった戦場が、一瞬で形勢逆転する。ああ、見慣れたものだ。押される味方も、押し返すこの光景も。

 

 

 こんな事をしている暇は無いんだ。もっと、もっと探さないと。中枢まで潜り込まないと。浅い部分の情報だけじゃ、何も解決できなかった。

 

 一番必要なトリガーの作成方法や、黒トリガーについての情報なんて一つも無かった。トリオンについてはある程度知れたが、それだけだ。

 

 足りてない。足りてないんだ。まだ。

 

 

「今回も助かったよ。ありがとう」

 

 

 次はどこにする。基地から繋がれる場所には粗方探った。なら、残ってるのは。

 

 国の中枢しか――

 

 

 

「――オイ」

 

 

 

 ……ああ? 邪魔だ。剣を振り、首を切断する。何の抵抗もなくするりと斬ったその首の行方を追う事もなく、踵を返す。

 

 思考を邪魔された。ああ、イライラする。クソが、消え失せろ。

 

 

 

 

 

 ――瞬間、腹を突き破り黒い刃が突き抜けてくる。

 

 ハァ、やかましいな。後ろを振り向き、何が起きたかを確認する。

 

 

 

「ハッ、(サル)が。舐めた態度取ってるからそうなんだよ」

 

 

 

 どうやらこいつも同類らしい。斬った筈の首が元通りになっている。ああ、そうか。

 

 

 なら、死ぬまで斬ろう。

 

 

 刃を引き抜かれ、血がボタボタと零れる。気にせず剣を振り、再度首を切断する。そして、そのままでは終わらせない。

 

 首を斬り転がり落ちる頭を両断し、両腕を切断。胴体と下半身を分け、更に分割する。どうせ再生系だろう、ならば殺す方法を見つけるまで殺す。

 

 バラバラになった身体がそれぞれゴポリと音を立て、鋭い刃となって襲ってくる。

 

 捌ける分は捌いて、捌けない分はそのまま喰らう。致命傷だけ避ければいい。グサグサと体中に突き刺さる刃を気にせず、思考する。どうせトリオンで構成されているんだから、吸収してしまえば終わりだ。

 

 ああ、次はそうしよう。斬るのすら面倒だ。

 

 トリオンを吸収して、トリオン体を維持できないようにすればいい。

 

 血が抜けていき、薄れていく。視界の端で、身体を構成していく姿を見て理解する。ああ、そういうことか。

 

 

 ならいい。次は殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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節目Ⅱ

 ■■■

 

「――オイ」

 

 その声に合わせ、剣を振る。背後にいる黒いマントで身体を隠した野郎の首を切断し、そのまま赤い斬撃を放つ。

 

 顔に斬撃を当て、そのまま枝分かれさせ身体に突き刺しまくる。トリオンを吸収し、トリオン体として機能できないようにする。

 

 吸収する度に脈打つ斬撃(・・)を見ながら、トリオンを漏らすことなく吸われ続ける敵を見る。

 

 するとその場でぐにゃりと形を崩し、液体となってその場からずれる。横に移動し、斬撃の範囲から避けるその姿を捉えながら斬撃を元に戻す。

 

 

「チッ……やり辛ぇな」

 

 

 液体で身体を作り直し、再度こちらに構える。ああ、面倒だ。一瞬で終わってくれれば楽だったのに。

 

 舌打ちして、斬る。斬撃を飛ばし、もう一度吸収するために斬りこむ。

 

 液体化し、斬撃の当たるその場所だけピンポイントに避けられる。ムカつく、面倒くさい。黙って死ね。

 

 

「ハッ、雑魚が――何度も見てりゃ避けれんだよ」

 

 

 液体をそのまま伸ばし、斬撃が届かないまま刃を放ってくる。その刃の軌道を読み、足場にして接近する。遠距離の斬撃が通用しないならば接近して斬る。

 

 次々と生まれてくる刃をそのまま足場にする。地面から伸びる刃、空気中から伸びてくる刃、その二つを交互に足場にする。

 

 どんどん狭くなっていき、皮膚を斬られるが問題は無い。毒が塗っている訳でもないし、死んでもやり直せばいい。

 

 剣を振り、届かせる。物理的には届かない距離だが、伸ばせばいい。

 

 刃と刃の間、ほんの少しの隙間を狙って伸ばす。真っ直ぐ突き進む赤い斬撃の軌跡を目に入れつつ、体を捻り刃を潜り抜ける。

 

 一振りで刃を破壊する為に、その場で回転する。足に力を込め、思いっきり蹴り上げる。その反動でくるりと回転し刃に向かって剣を振る。

 

 バキバキと壊れていく刃を見つつ、敵の方向を見てみると奴もまた移動して回避している。

 

 地面に着地し、赤い斬撃も回避されたことを見て更に苛立つ。面倒臭い奴だ。さっさと死ね。

 

 

「チッ……めんどくせぇ奴だ。生身の癖にトリオン体についてくるとか頭おかしいんじゃねーのか……?」

 

 

 周りの砕け散った破片がゴポリと音を立てて奴の方向に向かっていく。面倒臭い。ただただ面倒臭い。

 

 全身貫いて駄目なら、細切れになるまで刻んでやろう。そうしてゆっくり全身からトリオンを吸収すれば良い。

 

 剣を振り、黒い斬撃を放つ。刃で防御しようとするが、残念ながらこの斬撃は切れ味特化なんだ。スパスパ斬り裂き、奴の腕を切断する。そのまま元に戻し、再度振るう。

 

 今度は首を斬り落とす。そのつもりで剣を振るがそれは回避される。イライラする。苛立つ。

 

 

「――何手こずってるのかしら」

 

 

 胸から黒い何かが突き出てくる。この感じだとさっきまでの刃では無いだろうし、新手か。

 

 そのまま抜けて血が溢れ出るが、特に気にしない。それよりも新手の正体と、何処にいるのかを見なければ。

 

 

「ッチ……別に手こずってねぇよ。俺を雑魚と一緒にすんな」

「いい勝負してるように見えたけど?」

「ああ? 殺すぞ」

 

 

 頭に角が生えた女――ああ、よく見ると二人とも黒い角が生えてる。成る程、遂にこういう変な奴が現れるようになったか。

 

 

「それにしても……本当に生身なのね」

「そのくせ身体能力はトリオン体と差がねぇ。こんなトリオン体すら作れねぇ雑魚が……」

「でも黒トリガーらしい反応はあったわ。トリオン量はそれなりにあるはずだけど」

 

 

 ああ、喧しいな――……喋るなよ。殺す。今すぐ殺してやる。邪魔だ。お前らの全てが、存在が鬱陶しい。

 

 お前らと遊んでる暇はないんだ。やらなきゃいけないことがある。この国の中枢に潜り込んで、情報を探さなきゃいけない。構ってる暇はない。

 

 

「……来るわ。ヴィザ翁が来れるまで大体十分って所かしら」

「ハッ、そんだけありゃ十分だ。それまでにぶっ殺してやるよ」

 

 

 失せろ、失せろよ――死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

 

 

 赤い軌跡が奔る。地を這い空を駆け、幾つにも枝分かれして奔る。まるで斑模様みたいに空間そのものを埋め尽くしていく。

 

 相対する二つの人型は、それぞれの手段を用いる。

 

 一人は液体にも気体にもなれる対人最強クラスのトリガーを。

 

 一人はワープゲートを作り出し、縦横無尽に戦場を支配するトリガーを。

 

 

「時間を稼いで頂戴。そうね……二十秒でどうかしら?」

「舐めんなクソが、稼ぐどころか――俺が始末してやる」

 

 

 赤い軌跡に対し、黒い刃がグワリと地面から発生し伸びる。その数は膨大、視界を埋め尽くすと言っても過言ではない程。

 

 黒と赤が衝突してその場でぶつかり合う――ことは無く、黒い刃が赤い軌跡を貫き進む。

 

 赤の軌跡を放った男はその場から退避しようと後ろに跳ぼうとするが、その瞬間背後から伸びてきた黒く細長い何かを察知し剣を後方に振る。

 

 

「残念、本命はこっちなの」

 

 

 背後から迫りくる刃を避ける為に、動こうとする男の足に女の放った攻撃が刺さる。黒い細長いソレは鋭く、容易く肉を突き破り貫通する。通常であれば痛みで動けない傷だが――男は気にせず走る。

 

 走りながら、横にくるりと一回転し剣を振る。黒く、闇と形容しても差し支えない程暗い色が真っ直ぐ刻まれていく。刃を突き抜け、その先に居る男に突き刺さる。

 

「だからよ――無駄だって言ってんだろうがぁ!」

 

 斬られた場所が、再生していく。切断された部位と本体がくっつき何事も無かったかのように元に戻る。

 

 だが、その刹那に刃を超えて上空から赤い軌跡が降り注ぐ。

 

「チッ……猿の一つ覚えかよ、邪魔くせぇ!」

 

 再度刃を生成し、そちらにリソースを割く。勢いよく上に広がっていく刃を見て満足げに笑い、高らかに言う。

 

「テメェのその赤いのは、トリオンを吸収する効果だ。そしてトリオンならほぼ何でも斬れる――だが、物理的なものは斬れねぇ」

 

 ぱらり、と手に握った土を地面に落とす。

 

 

「ちょっと混ぜただけでこれだ。そんなゴミトリガー(・・・・・)で何ができ」

 

 

 ――スパリと首が落ちる。気が付けば伸びていた黒い斬撃に首を落とされるが、再生する。

 

 

「ハッ、喰らわねーよ雑」

黙れよ

 

 

 ピクリと反応する。後ろに対して刃を展開するが、既に遅い。次の瞬間に身体を五分割され、更に刻まれる。暇なく一ミリの隙も無く。

 

「手間がかかる……!」

死ね

 

 背後から再度蜂の巣にしようとゲートを展開していた女は、男の黒い斬撃によって腕を真っ二つに叩き落とされる。

 

 

死ねよ。死ね、今すぐ死ね。カスが。今すぐだ。死ね。消えろ

 

 

 ブツブツと、何かを呟き続けながら斬る。

 

 黒い刃を放っていた男の身体を斬り刻み――最早斬られていない場所は存在しない。

 

 ドン、と大きな音を立てて煙幕を発生させる男に対し更に剣を振る。ヒュンっという音と共にその場で手応えがない事を確認し再度周りを見渡す。

 

 

「……冗談はやめて欲しいわね。エネドラ」

「チッ……悪ぃな」

 

 

 声を聞き、その方向へと放つ。黒く、暗い色が刻まれ煙幕を掻き分けて進んでいく。振り切ったその姿のまま、後ろに軽くステップを踏む。

 

 横から飛び出てきた自分の攻撃を見て、晴れてきた煙幕の先を見る。先程までのマント姿とは違い、ただの服を纏った黒い角の生えた男と片腕を斬り落とされ断面を抑えている角の生えた女。

 

 

「……誰が、何だって?」

 

 

 ゆらりと、不気味に動く。俯きながら、少しずつ歩き出す。

 

 

「おい。何が、クソトリガーだって?」

 

 

 ふらふらと、今にも倒れそうな足取りで歩く。反撃に繰り出されるワープゲート越しの攻撃を適当に捌き、更に続く。

 

 

「……ああ、思い出した。そういえば、元々お前みたいな奴の、所為だったな」

 

 

 顔を上げ、はっきりと二人の事を見る。青白く、全体的に白い印象が感じ取れるその風貌は不気味に、悍ましく受け取れる。

 

 

「なあ。いつも、いつもいつも、いつもいつもいつも――……いつだって、お前らみたいな奴が。俺たちの邪魔をする。何でだ。何でなんだ」

 

 

 吐き出すように言う男に対し、二人は何も答えない。二人が行えるのは、この場で死なないために最大限の注意を払い備える事である。

 

 

「いい加減にしろよ。俺達が何をしたってんだ。何もしてねぇ。生きようと、必死だっただけなのに。こんな訳の分からない場所に連れてこられて、頑張って、必死に、必死に――……やって、来たのに」

 

 

 ギシリ、と剣を握り睨む。

 

「……防げる確証はないわ」

「チッ、クソが……」

 

 

 

 

「なぁ、頼むからもう――死んでくれ」

 

 

 剣を振る。黒い軌跡が真っ直ぐ伸びて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサリ、と音が鳴る。

 

 ワープゲートを用意していた女の目の前で突如止まった黒い軌跡に困惑しつつ、目の前を見る。

 

「……倒れたの?」

「……そういや生身だったな」

 

 血を流して倒れた男を見て、若干安堵の息を吐く。

 

「……一応、ハイレイン隊長に聞いてみるわ。目標の一つである訳だし(・・・・・・・・・・・)

 

 大きめのワープゲートを作り、別の場所へと繋ぐ。

 

 

「それに、貴方も彼を雑魚とは言い難いでしょう?」

「……チッ」

 

 

 さっさと戻せと言わんばかりに舌打ちをする男を見てクスリと笑いつつ、女がワープゲートの先へ消えていく。それに男も付いて行き――やがてその場には、倒れた男のみが残った。

 

 

 

 

 



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神の国

 薄暗い。居心地の悪い、そんな感覚。

 

 重たい。全身が怠い。このまま眠りについて、楽になりたい。目が覚めたら、いや。いっそのこと、目が覚めなくたっていい。もう、楽になりたい。

 

 ずっと、ずっと。三人で居られれば、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 

 眩しい。目に直接入り込む光に目を細めつつ、ゆっくりと息を吸う。

 

 鼻から吸い込み、肺が空気で満ちた所で吐く。

 

 何度か繰り返し、身を起こし自分の置かれている場所を確認する。どこだ此処は。普段より、これまでよりずっと見た目が飾られた布団に寝させられている。

 

 豪華、と言うほどでもないが綺麗。整えられている。

 

 一先ず状況を確認するために身を起こし、部屋を見渡す。

 

 カタリ、と音が鳴ったので見てみると腕に手錠が付けられており、その接続先である壁から離れられないようになっている。

 

 ……どう、なったのだろうか。わからない。確か、あの変なマント野郎とワープ女を斬ろうとして。それで、それで――……記憶が、無い。

 

 グッと手錠を引っ張ってみるが、ビクともしない。恐らくトリオンで構成されているのだろう、強度が桁違いだ。

 

 

「――おや、目覚めましたか」

 

 

 声の方へと意識を向ける。ドアから音もなく入ってきたその老人はこちらを真っ直ぐ見ている。

 

 ……見覚えのない顔だ。髪色や顔から国の人間かどうかは理解できないが、少なくとも見たことのあるタイプではない。ただ、ここまで年老いた顔は見たことがない。

 

「……ふむ。あまり状況を把握できてないようですな」

「……ここ、は?」

 

 疑問を投げる。少し驚いたような動きをするが、すぐさま元に戻り余裕のある姿を見せる。

 

「ここは、貴方の所属していた国とは別の場所――アフトクラトル、という国。直前で二人の男女と戦っていたのは覚えていますかな?」

 

 ……覚えてる。ただ、最後の瞬間どうなったかは覚えていないが。

 

 

「幾ら黒トリガーとは言え、隻腕でお二人を相手にギリギリまで追い込むのは素晴らしい技能と実力の持ち主である証拠。そんな人材を相手国に保有させたままなのは勿体ない――という訳で、出血で意識を失った貴方をこちらで確保させて頂いた……と言うのが此処までの流れです」

 

 少々手荒で申し訳ありませんが、と腕についている手錠を見て言う。

 

 

 ……そう、か。まぁ、どうでもいい。

 

 そんなことは気にしてない。それよりも、大事な事がある。こんなくだらない事より、大事な事。

 

 

「――……なぁ。俺の、いや……二人(・・)は、どこだ?」

 

 

 気付かない筈がない。

 

 これまでずっと身に着けていたのだ。その重みは、最早慣れ親しんだ物。

 

 ずっとずっと、大切に持っていた。肌身離さず、失くさないように。これ以上、耐えられないから。

 

 

「二人……と、その言い方からすると貴方の使っていた黒トリガーの事ですかな」

 

 

 ふむ、と顎に手を当て何かを思案する老人に対し苛立ちながら、答えを待つ。早く答えろ、どこにやった。

 

 頭痛がする。頭を押さえようと手を動かし、手錠が引っかかる。ああ、クソ。邪魔だな。苛立ちを抑えようにも、頭痛で更に苛立つ。

 

 

「――結論から言いますと」

 

 

 顎に当てていた手を下げ、こちらに目を向ける。

 

 どうにも嫌な感覚がする。

 

 ギュッ、と手に力を籠める。

 

 

 

「今、貴方の黒トリガーはこちらで保有してあります」

 

 

 

 …………そう、か。

 

 なら、まだマシだ。向こうに置いて行かれて、俺だけ連れていかれた訳では無い。

 

 まだ、間に合う。取り返せる。どうにかできる。絶望的じゃない。重く受け取るな。良かったと思え。

 

 希望はまだある。黒トリガーが欲しいだけなら、俺は必要ないだろう。恐らく、こいつらは二人を奪う事だけを目標としている訳じゃないだろう。

 

 

 また這い上がればいい。泥を啜ってでも、地べたを這いつくばっても。諦めるには、まだ早い。

 

 

 

「――ヴィザ翁」

 

 

 扉から、見覚えのある女が入ってくる。頭から生えた角に、少し長いセミロング位の髪の毛。

 

 ああ、此間のワープ女か。こちらを見て、少し眉間に皺を寄せる。

 

 

「……隊長が呼んでました」

「ふむ、承知しました」

 

 

 それでは、と言い残しヴィザ翁と呼ばれた老人が退出していく。ワープ女の口振りから察するに、【隊長】と呼ばれる者の下にそれぞれ構成されている様だ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 残ったワープ女が、無言でこちらを見てくる。何度か口を開こうとして、微妙に口ごもる。……なんだ。言いたいことがあるのなら、早く言ってほしい。

 

 

「……あの、黒トリガーは」

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、待たせてしまいましたかな」

 

 ある大きな部屋――部屋の中に、丸く円卓が配置されている。席が幾つかあり、既にその席はほぼ埋まりつつある。

 

「いや、まだ揃っていない」

「それはよかった。さて、今回は……」

 

 頭から角を生やした、水色の髪を持つ男性に対し目線を向ける。

 

「ああ。彼の様子は?」

「早い物で、既に意識を取り戻していました。いやなに、若いというのは素晴らしいですな」

「もうか! はは、それは凄いな!」

 

 ほっほ、と笑いながら席に座る老人の話を聞いて、一人豪気に笑う男。

 

「益々いい戦力になってくれそうだな」

「……まだどうなるかは分からない。現状、不確定要素が多すぎる」

「相変わらず慎重だな」

「慎重にもなる。相手は生身でトリオン体と渡り合ったんだ。警戒しないのは愚者のやる事だろう」

 

 溜息を吐き、ジロリと老人――ヴィザの事を見る。

 

「何か、言っていたか」

「えぇ、そうですな。黒トリガーの事を【二人】と表現しておりました」

「ふむ……何か事情がありそうだな」

「少なくとも、黒トリガーの事を大切に思っているのはわかります」

 

 持ち帰って正解だった、と呟く青い髪をした男性。

 

「ミラとエネドラの二人がかりで、斬るという事にほぼ全リソースを割いている武器であそこまで追い詰める実力者はそうそういない。ヴィザ、お前ならどうだ」

 

「ふむ……星の杖(オルガノン)を使えば可能かもしれません。ですがその限られた性能に加えて生身となると――厳しいでしょうな」

 

 どこか楽し気な様子でそう語るヴィザに、珍しい物を見る様に見る男二人。

 

「そう楽し気なヴィザ翁は久しぶりに見るな……」

「いやはや、恥ずべき事ではありますが――とても楽しみにしております」

 

 ニコリ、と口の端を緩やかに曲げて笑う。楽し気に、心地よさように。

 

「それだけの剣の腕。この国全体の練度上昇に大いに役に立つでしょう。それに――個人的にもとても興味がある」

 

 ただ、と言葉を続ける。

 

「それ故に、慎重に進めなければいけない。かなり、持っている(・・・・・)様に見受けられますからな」

 

「ああ。だからこそ、どこに預けるかを考えていた」

 

 トン、と額に手を人差し指と中指を当て考える仕草を見せる。

 

「それならば、あの家が最適だろうな」

「ふむ。恐らくそうでしょうな」

 

 二人が納得した仕草を見せ、その姿を見て頷く。

 

「そうだ。あそこならば、幾つか同時に(・・・・・・)実行できることがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにとって、何?」

 

 

 ……突然何を言い出すかと思えば、唐突に質問を投げ入れてきた。

 

 何。俺にとって。そんなのは決まっている。

 

 俺にとって、全てだ。

 

 俺の生きる意味も、諦めない理由も、捨てたくない理由も、全て全て全て――全部が、二人の為だ。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

「……そう」

 

 

 呟き、扉に向かっていく。結局、なにが聞きたかったのだろうか。

 

 

「こういっては何だけど。クソトリガー何て言ってしまってごめんなさい」

 

 

 そう言いながら、扉を開けて出ていく。

 

 ……別にワープ女が言った訳じゃ無いと思うが。これは、代わりに謝ったという事なのか。

 

 ――切り替えろ。

 

 駄目だ。まだ何とかなると言う事がわかったから、少し緩んでいた。

 

 ここで甘えるな。どうせ、こいつらも変わらない。前の連中と変わらない。ここで俺を生かしておく理由は恐らく戦力としてか、国との交換用の捕虜としてだろう。

 

 そこで緩むな。油断するな。

 

 ただ一つの感情に絞れ。目的を合わせろ。ただ二人の為に――それを心に刻みなおせ。

 

 国から離れた。ならば、次はこの国でひたすら調べてやろう。死ぬことは無い。取り戻して、調べて調べてやり直せ。

 

 

「――ふむ、君が噂の剣鬼君か」

 

 

 突如聞こえた声に、思わず反応する。

 

 いつの間にか空いていた扉から、ゆっくりと入ってくる。

 

 金色の長髪、ロングヘアーと言うのだろうか。真っ直ぐ伸びたその髪は腰まで届くいている。

 

 自信に満ちたその表情を見ると、何故か少しだけ頭痛がする。

 

 

 

「私の名前はエリン。ベルティストン家に仕えるエリン家の現当主だ」

 

 

 

 そして、と言葉を続けてこちらに近づいてくる。

 

 

「これから君を預かることになっている。よろしく頼むよ、剣鬼(・・)君」

 

 

 

 

 

 

 

 



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神の国Ⅱ

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

『それじゃあゆっくり身体を休めると良い――私は別の用事があるから失礼するよ』

 

 

 そう言って外を出ていったエリンと名乗る変な奴を見送って、これからの事について考える。

 

 俺の身柄は現状、捕虜という扱いでいいのだろうか。捕虜に対しての扱いにしては手厚すぎる。懐柔しようとしてると考えればまぁおかしくはない。

 

 それにしたって、無防備に敵の前に出過ぎだろう。生身で現れて挨拶しにくる上層部が果たして存在するのだろうか。

 

 少なくともあのクソ国家なら居ない。というかさっきの老人もそうだが、情報を与え過ぎじゃないか。何を狙っているんだ。わからない。

 

 ドアがノックされ、その後少し間を空けて再度ノックされる。なんだ、捕虜相手なんだから勝手に入ればいいだろう。

 

 取り敢えず好きにしろ、と声をかけ入ってくるのを待つ。

 

 

「……今いいかしら」

 

 

 さっきのワープ女が、扉越しに声をかけてくる。好きにしろと言っただろう、捕虜に対して何故こんな扱いをするのだろう。わからない。

 

 

なんで私がこんなことを……取り敢えず、軽い食事を持って来たわ。口に合うかは知らないけれど」

 

 

 湯気の立っている、小さめの鍋の様な物を手に持って部屋に入ってくる。……食事、か。そういえば、俺が気を失ってからどれくらいなのだろうか。

 

 

「貴方が気を失ってから――というより、私達と交戦してから一週間は経つわ」

 

 

 一週間――……か。随分長い間、休んでたみたいだ。手錠で抑えられている右腕を開閉させ、問題がないかどうか確かめる。特に違和感は感じない、いつも通り。

 

 

「取り敢えず、胃に優しい物を作ったという話だから少しずつ食べなさ――……」

 

 

 すぐそばまで寄ってきて、手に持った鍋と俺の方を何度か交互に見て固まるワープ女。

 

 ……どうしたのだろうか。何か変な格好でもしてるのだろうかと思い自分の身体を軽く見てみるが、上半身裸に傷口に包帯が巻かれている。今更気が付いたが割と丁寧に治療されているのだろうか。

 

 少なくとも、死なせようという意思は感じない――なん、だろうか。何故なんだろう。わからない。

 

 

 「……そういうこと。正気なの? だから持っていけって言ったのね……!」

 

 

 一人で何か憤慨しているが、こちらとしては正直訳が分からない。何か不快になる要素でもあったのだろうか。……まあ、いいか。そんなもの、気にしなくて。

 

 スプーンを鍋に突っ込み、そのまま一掬い。そのスプーンをこちらに突き出してくる。

 

 ……正気か?

 

 

「……仕方ないわ。私に出された指令はあなたに食事を摂らせる事で、貴方は隻腕でそのうえ身動きが取れないから仕方ない。だから仕方ないの。そう、仕方ないの」

 

 

 そこまで露骨な態度を取るならば最初から嫌だと言えばいいのに――ズキン、と頭痛がする。

 

 眉を顰め、このままでは埒が開かないので口を開ける。

 

 正直、毒が入っている可能性は無いだろう。純粋に生存させるために栄養を摂らせる――恐らくそうだろう。流石に無償でここまで手を尽くす理由がわからない。

 

 

「……ん」

 

 

 口の中にスプーンを突っ込まれる。正直、視覚があるから自分の口に入っているのが理解できるが感覚はしない。湯気が立っていたが、まぁワープ女が何も言わないという事は、別に熱くないのだろう。

 

 無言で咀嚼する。味は無い。熱も無い。全ての感覚がない。逆に今はそれが安心する。それがあるからこそ、俺は忘れないで済むから。

 

 いつかまた三人で――そこだけは、履き違えてはならない。俺の目的。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 何故こんな事をしているのだろう――ワープ女、ミラはそう嘆かざるを得ない。

 

 捕まえた黒トリガー使いの捕虜を、取り敢えず一週間ぶりに起きたので食事を摂らせるという話になった。そしてそのために軽い粥の様な物を作った。

 

 そこまではいい。そこまでは。

 

 腕を封じられている所為で身動きの取れないあいつ(剣鬼)が自分で食べれる訳もなく。

 

 異性に物を食べさせるとか、そんなことはしたことがない。国中でワープ女と恐れられている事実があるから、それは間違いない。

 

 でも、指令は食事を摂らせる事。仕方ない、仕方ない。そもそも今更考えた所で後の祭り――仕方ない、のだ。

 

 自分に無理やり暗示しつつ、一先ず食器を片付けに戻す。意外と食いつきは良く、突っ込めば突っ込むほど食べていくから割と楽し――じゃない。

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わず溜息を吐く。別に、そこまで気にしてはいないのだが。それでもある程度気にはする。

 

 他にも何かこう、やりようは無かったのだろうか。流石に拠点内で唐突にトリオン体になって安全を確保したうえで自由にさせるわけにはいかないし、誰かが食べさせるしかない。

 

 このままだと世話全部押し付けられる――そんな未来が一瞬見えた。

 

 ……流石に無い、と信じたい。これでも黒トリガー使いの遠征にも選ばれる人材なのだ、そこは自信を持とう。

 

 

 食器を片付ける為に厨房に辿り着く。中に入れば、そこには先程の粥を作った調理人。

 

 特に問題は無かったと報告して、そのまま立ち去ろうとして――ふと、自分自身が食事を摂っていなかったことを思い出す。

 

 

 ……軽く、貰おうかしら。

 

 

 そう考え、温めなおしてもらう。少な目で、軽食程度に摘まむ。あまり間食はしないし、好みはどちらかというと粥とかではなくパンケーキなのだが折角作ってあるのだし食べる。

 

 自分で軽くは作れるが、流石に本職の作る料理に勝てるとは思わない。

 

 温めてもらう粥に何かアレンジが欲しいかと言われ、特に必要は無いと答える。味が濃いのより、標準位がちょうどいい。

 

 

 新しい鍋によそってもらい、厨房の一角で食べることにする。軽く食べる程度の物をわざわざ移動して席を確保する必要はないだろう。

 

 スプーンを入れ、一口分掬う。そのまま息を吹き熱を冷まし――ふと、思う。

 

 

 ――……そういえば、あいつ(剣鬼)に食べさせる時って熱くなかったかな。

 

 

 ……若干湯気の立っている粥を、口に入れる。

 

 熱い。シンプルに熱を持っている所為で、味がわからない。いや、わかるけどわからない。

 

 急いで飲み物を取りに行く。水を器に注いで、そのまま飲む。口の中を水で満たし、熱を冷ます。

 

 

 ……かなり、熱い。軽く冷まして、これ。

 

 

 もしかして、熱いまま口の中に放り込み続けたんじゃ――そんな考えが脳に浮かぶ。もしかしたら、口の中を火傷しているかもしれない。

 

 そこまで気にする必要は無いが、こちらの不手際で何か起きたらマズい。少なくとも、何をしたんだと問い詰められる。

 

 せめて水くらい持っていくべきだろうか。

 

 一瞬迷って、取り敢えず水を持つ。火傷していると決まったわけではない、もしかしたら冷めてて食べやすかっただけかもしれな――いや、確実に湯気は立ってた。

 

 若干早歩きで向かう。そういえば水すら飲んでないのではないのだろうか。一週間寝たきりで、水も何も取らないでいきなり粥――もしかしなくてもよくない対応してるんじゃないだろうか。

 

 扉の前に着き、コンコン、とノックする。少しして、小さな声で返事が聞こえてくるのでゆっくりと開ける。

 

 身を起こし、窓から外を見ている。光を受けて反射している白髪と、片腕のないアンバランスさが目に付く。

 

 

「……どうした」

「いえ、特に用があるわけじゃないわ。その……さっき、粥を食べたでしょう」

「ああ」

 

 

 感情の全く籠ってないぶっきらぼうな声を聞きながら、少しずつ近づく。

 

 

「……結構、熱いまま食べさせたから。多分、口の中火傷してると思って」

 

 

 そのまま水を器に注ぎ、差し出そうと思ったがこれも飲めないことに気が付く。もう面倒くさいから手錠解放してやろうか。

 

 

「問題ない、特に感じてない(・・・・・・・)

「一応確認するわ。火傷程度で死ぬわけないでしょうけど」

 

 

 死なれたら困るから確認するという事を暗に意思表示しつつ、口を開かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――赤い口内に、所々に白く異常な皮膚が存在している。喉付近の場所は、ほぼ一面が白くなっている。

 

 

 

 

「――……な、に……これ」

 

 

 

 

 異常だ。明らかに異常だ。舌に至っては、全体に亀裂が走り、まともに機能しているかどうかもわからない。ゾクリ、と身震いする。

 

 普通じゃない。絶対に普通じゃない。

 

 

「……っ、ねぇ……」

 

 

 こんな状態で、物を口に入れたのか。何故それで平気な顔をしているのか。

 

 聞こうとして、目を見る。

 

 深い、深い闇。暗い、黒という物以外受かんで来ない。恐ろしい、恐ろしい。呑み込まれそうな、惹き込まれそうな、とてつもない。通常ではない、一種の狂気。

 

 

 

 

 「問題ない、特に感じてない(・・・・・・・)

 

 

 

 

 再度、そんな事を言う。思わず手に持った器を落として後ずさりしてしまう。

 

 特に、という事は。味はしてないのだろう。そして、さっきの様な熱いのを放り込まれても――特に何も、感じていない。

 

 それは、それでは――口としての機能が、全く動いていない。

 

 

「一体……何時、からっ……?」

 

 

 口から、言葉が漏れる。衝撃が、身体を突き抜ける。こんな状態で、こんな身体で。ずっと、追いかけていたのだろうか。黒トリガーになった人を大切にしている、という話は聞いた。

 

 まさか、本当に全部投げ出してでも追いかけ続けていたのだろうか。

 

 

「――……覚えてない。気が付いた頃には、こうだった」

 

 

 だから、味なんてものは覚えていない――そう言う姿に、嫌悪感と恐怖が増し口を抑える。

 

 何が、何がそこまで追い詰めたのだろうか。一体、何があったのだろうか。ゾクリ、と鳥肌が立つ。背筋が凍る。嫌な感覚という物を、ずっと味わい続けている。

 

 

「……ごめんなさい、そんな風になってるとは、思わなくて……!」

 

 

 謝る。それ以外にやりようもない。

 

 確かに、色々おかしい点はあった。

 

 黒トリガー使いなのに生身で、トリオン体を形成する様子は無い。

 

 襲ったあの時も、周りの兵士はそそくさと撤退していった。助けよう、というより早く逃げたいという様子で去っていった。目標が剣鬼だったから優先したが、今になってみれば妙に感じる。

 

 

「……別に、お前が気にすることじゃない」

 

 

 至極どうでもいい、という態度で語る剣鬼にゾワリとする。狂ってる、何でそこまで無感情になれるのだろうか。

 

 こんな状態で、闘っていたのだろうか。ずっと、仲間を手にして。一人で、孤独に。

 

 

「ッ……」

 

 

 目を逸らして、落としてしまった器と水を片付ける為に下を向く。

 

 そそくさと回収し、扉に向かう。

 

 何とも言えない感覚を胸に抱きつつ、部屋を出て扉を閉める。チラリと見えたその隙間から、外を見る剣鬼の姿が見える。

 

 それを見て、顔を顰める。

 

 何でそこまで、どうして、何があって――様々な疑問が浮かぶ。エネドラを斬った時に言っていた。

 

 

 必死に、必死に生きてきた――と。

 

 

 それは、そのままだったのだろう。

 

 自分の事に気を配るなんてことも出来ず、ただ一人で悩んで悩んでそれでも生きてきた――その証が、あれ(ボロボロの身体)なのだろう。

 

 扉を背に、ずるずると座り込む。ぺたん、と尻もちをついて地面に腰を下ろす。

 

 はぁ、とため息をついて額に手を当てる。

 

 

「……どう、すればいいのよ――……」

 

 

 わからない。あんな風に追い込まれた人間に対し、どう接するかなんてわからない。

 

 ヴィザ翁に伝えなければ。隊長に、情報を共有しなければ。とんでもない地雷だ、思ってもいなかった。

 

 

 

 時間はあまり、残ってないのかもしれない――先程の、暗黒の様な瞳を思い出し身震いしながらそう心に思う。

 

 



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神の国Ⅲ

 

 

朝日が窓から差し込み、部屋中を照らす。少しづつ温かい空気に変化していくのを感じ取りながら、重い瞼(・・・)を無理やり持ち上げ目を擦る。

 

 

「……朝、かぁ……」

 

 

――結局、眠れなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

若干ふらつく足取りで、ベッドから降りる。はらりと伸びる髪を気にしつつ服を着替える。

 

鑑の前に立ち、自分の事を見る。幼少期から頭についているトリガー(ホーン)も大分成長して最早身体の一部と言っても過言ではない。

 

 

「……酷い顔ね」

 

 

自分の顔を見る。目に隈は出来てるし、肌も若干荒んでいる。徹夜なんていいことは無いと改めて自分に言い聞かせながら、瞳を見る。

 

……別段、どうってことは無い。普通だ。変な要素は無い。

 

脳裏で思い返すのは、あの瞳。暗い、暗い闇の底の様な瞳。吸い込まれそうな、惹き込まれそうな、塗りつぶされそうなそんな瞳。

 

思い出して、更に身震いがする。

 

駄目だ。良くない。考えない方が良い。腕を交差させて摩り、悪寒を抑えようとする。ふぅぅ、と息を吐いて落ち着かせる。

 

ゾワリ、と言う鳥肌の立つ感覚。恐怖、という物なのか。それとも――……

 

 

「……いえ、考えるべきでは無いわね」

 

 

切り替えよう。頬を叩いて、顔を横に振る。私が考える事じゃない。大丈夫。気にするべきことじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……おは、よう」

「……ああ」

 

 

昨日と同じように、食事を持ち込む。食事と言っても、エネルギーと栄養を重要視しているメニュー。あまり味は良くないと不評ではあるが――病人が食べるのなら最適だろう。

 

 

「……その、食べれる?」

 

 

無言で右腕をじゃらん、と鳴らす。……そうよね。

 

ベッドまで食べ物を持っていき、また食べさせる。開かれる口の中を見て、ゾクリとする。

 

本当に、この傷だらけの中に突っ込んでいいのだろうか。躊躇う。

 

若干震える手で、口の中にスプーンを入れる。明らかに亀裂が走りボロボロの舌でスプーンに触れた感触がして、悪寒がする。

 

 

「っ……」

 

 

無言で構わず口の中で咀嚼する剣鬼に、思わず目をそらす。見てはいけない、考えてはいけない。必死に頭の中で言い聞かせ、次々と口の中に投入する。

 

水を飲ませ、一気に流し込む。なんの抵抗もなくするする喉を通過していき、一杯分の水をすぐ飲み干す。

 

 

「……片付けてくるわ」

 

 

カチャカチャと使用済みの食器をまとめ、部屋から出る準備をする。

 

味覚を感じるための舌も、喉も、口内はボロボロ。いつ壊死してもおかしく無いのでは、と思う。

 

昨日報告はしたが、上が動くかわからない。あくまで剣鬼はサードプラン、そこまで重要という訳でも無いからだ。

 

黒トリガーの適合者が他に見つかって仕舞えばそこで役目は終わり。エリン家の預かりになるから酷い目には遭わないと思う。けれど、タダ飯食らいを置いておく余裕は無いはずだ。

 

彼にとって、何が一番良いのだろうか。そのボロボロの身体で、また戦いに行くのだろうか。私達と戦った時のように、一人で――……

 

 

「……ねぇ、剣鬼」

「……何だ」

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎

 

「……名前、なんて言うのかしら」

 

唐突に、ワープ女が話しかけてくる。

 

名前、名前……お前達は俺の事を既に呼んでいるだろう。

 

そう答えるとううん、と首を横に振り此方を見る。

 

「貴方の名前。剣鬼なんて呼び名じゃなく、貴方が仲間達から呼ばれてた名前」

 

……仲間達から、呼ばれてた。

 

名前、俺の名前か……そんなもの、覚えてないな。彼女と、アレクセイの事だけ考えていたから。自分の事は、覚えていない。

 

「……っ……そ、う」

 

生まれた場所も、生きた場所も、育った場所も、自分の事も、他の事も――いっさい、覚えちゃいない。

 

料理の味も、幸福の味も、なにも、何も。

 

毎日毎日戦った。取り戻す為に、失くさないように。その度に自分が自分じゃなくなる感覚はしていた。

 

徐々に喪われてく自分に、それでもと言い続けて、ずっと。

 

 

なぁ――……これ以上、何をすれば良いんだ?

 

 

俺は、どうすれば良いんだ。どうすればよかったんだ。どこで間違えたのだろうか。わからない。振り返っても、そこには何も無い。

 

……だからこそ、諦めたく無いんだ。俺に、こんな何もなかった俺に……託してくれた、二人だから。

 

……悪い、関係ない話したな。俺は自分の事を、覚えてないよ。だから好きに呼べ。

 

 

「……そ、うね。なら、これまで通り、呼ばせてもらうわ」

 

 

震えた声でそう言って扉へ向かっていくワープ女を見送って、窓を見る。外は明るく、眩い光が差し込んでいる。

 

外を見ても、そこに争いの気配は無い。

 

 

……平和だ。

 

誰も彼も、戦いに備えていない。血反吐を吐くほど訓練をしていない。怒声は聞こえない。

 

……最初から、こうして、ここで出逢えてたら。俺たちは――……きっと。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、失礼するよ」

 

ノック無しに、いきなり入ってくる。

 

「身体の調子はどうかな?」

 

少なくとも痛みは感じない、至って普通だろう。

 

「ふむむ……うん」

 

近づいてきて、俺の体に巻かれた包帯をベリベリ剥がしていく。少し身体を引かれる感覚はするが、特に違和感はしない。そもそも感覚はしないが。

 

「……君、これで痛く無いっていうのかい?」

 

包帯を取り、胸を指差してくる。……? 何かあるのか。よくよく見てみれば、穴が空いている。ああ、まだ治ってなかったのか。まぁ、死ぬものでも無い。

 

痛みは無い――ただ、それだけだ。

 

「……それは、ちょっと……ミラの言う事は本当だったな

 

顎に手を当て、何かをぶつぶつと喋るエリンを尻目に自分の身体を見る。随分細くなった右腕に、穴の空いた胸。他の場所がどうなってるかは知らないが、まともな状態では無さそうだ。

 

まともだろうが異常だろうが、関係ないが。

 

「……もしかして、感覚って物がわからない?」

 

そう言いながら、穴付近を触ってくる。触れられていると目で見て理解できるが、そこに手の感触はない。

 

「一体、何をすればここまで……」

 

触れさせていた指を離し、一人で考え込む。

 

……痛み、か。相変わらず頭痛はするから、よく分からない。痛みを感じないと言うならば、この頭痛もどうにかしてくれれば良かったのに。

 

 

「……ごめんなさい、今大丈夫かしら」

 

 

コンコン、とノックされエリンが振り向く。

 

「どうぞ、よく来たね」

「……いらっしゃったなら言って下さい、それとここは貴方の部屋では――……」

 

エリンが扉を開けに行き、開かれた扉の先に若干ジト目のワープ女。手には、四角の箱を持っている。

 

「……その、やっぱりまだ治ってないのね」

 

俺の身体を見て眉を顰め、そう言うワープ女に一瞬疑問を抱く。……ああ、そう言えばこいつの付けた傷だったな。

 

「痛むでしょう。包帯、交換しようと思って」

 

そう言ってエリンにチラリと視線をやってから、こちらに近づいてくる。手に持った箱を椅子に置き、中を開ける。

 

ぐるぐる巻きにされた包帯を取り出し、そそくさと付けていく。割と手慣れた手つきに若干感心しながら、ワープ女に聞く。

 

 

――何で、そこまでするんだ? 俺には、それがわからない。

 

 

ピタリと包帯を巻く手が止まったから、話を聞いてると判断して言葉を続ける。

 

 

俺を生かしてる理由は分かってる。恐らくだが、二人(黒トリガー)の適合者が居なかった場合を考えてだろう。

 

次への繋ぎとして(・・・・・・・・・)、俺は残されている。

 

 

「……ま、大筋はそんな物だね。私らはともかく、一番上が策略や陰謀が好みだからそこは仕方ない」

 

 

やれやれ、と肩を竦めるエリン。

 

 

「君のその生い立ちを考えるに、正直黒トリガーの適合者は出ないと思っている。私も、ミラも」

 

 

黒トリガーは、だからこそ強いんだけどね。そう続け、更に言葉を紡ぐ。

 

 

「君を欲しいと言ったのは私だよ。上から言われた、っていう事もあったけれど――それ以上に、君自身の魅力かな」

 

 

俺自身の、魅力――……か。

 

 

「自分を過小評価しているみたいだけど、君は控えめに言って天才だ。生身でトリオン体相手に戦い、うちの誇る黒トリガー使い二人を相手にかなりギリギリまで追い詰める。それだけでも十分私達としても欲しがる理由があるのさ」

 

 

……違う、違うんだよ。それは俺の才能なんかじゃない。俺の力なんかじゃない。二人が、全部二人がやってくれたんだ。あの二人のお陰なんだ。俺の力じゃない。俺だけじゃ、そんな力は無い。

 

全部、全部全部全部。

 

二人のお陰なんだ。あの二人が、全てを投げうってでも俺を助けようとしてくれて。それで、俺は。

 

 

頭が痛い、思わず呻く。頭を抑えたいが、手錠が邪魔をして動けない。手錠をガシガシならしながら、どうにか頭を抑えようとする。

 

ああ、クソ。イライラする。

 

 

「……動かないで、傷に響くわ」

 

 

そう言ってワープ女――ミラが、手錠のついている部分に手を当てる。そのままエリンの方を向き、互いに視線を合わせた後――俺の手錠を外した。

 

パキン、と音が鳴り手錠が外れていく。トリオンの粒子となって散っていくその手錠を見送り右腕を動かす。

 

 

「……もう、良いでしょう。彼に、戦闘の意志はありません」

「うん、十分だろう。私が上手く言っておくよ」

「ありがとうございます」

「いいのさ、その内彼は私の家に来るんだしね。――と言う訳で剣鬼君、もう暫くゆっくり休むと良い。少なくとも私達は、君の居た国の人間とは違うからね」

 

 

そう言いながら扉から出ていくエリンの後ろ姿を見送って、中途半端に投げ出された包帯を見る。

 

「……ぁ、と、ごめんなさい。途中だったわね」

 

再度包帯を戻し、綺麗な部分を使い巻きなおす。

 

無言で巻きなおすミラに特に何も言わず、ミラも何も言わない。互いに何も言わない、無言の空気の中で時間が進んでいく。

 

 

「……その」

 

 

ミラが話しかけてくる。ああ、どうした。

 

 

「……正直私は、貴方みたいな境遇の人に会ったことが無いの。貴方が初めてと言ってもいいくらい」

 

 

きゅっ、と包帯を絞り巻き終える。

 

 

「その辛さも、努力も、何を思ってきたのかも――……わからないわ」

 

 

椅子に座り、こちらをまっすぐ見てくる。

 

 

「私が貴方を攻撃したことは、謝る気は無いわ。それが、戦争ですもの。……でも、せめて」

 

 

何か一つ、貴方が思い出せるように――私は、協力する。

 

 

 

 

 

そう言って真っ直ぐこちらを見てくる目に――ひどく、頭痛がした。

 

 



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神の国Ⅳ

 

 

「やあ、元気かな剣鬼君」

 

相変わらずノックも何もせずに突撃してくるエリンに飯を食いながら顔を向ける。既に粥ではなく固形の食料に切り替わっている為、パンを適当に咀嚼する。

 

「おや、食事中だったか。すまないね」

「そう思うのなら少しは配慮して下さい」

 

当然の様にいるミラがエリンに苦言を呈するが、そんな物知らんと言わんばかりの態度で近づいてくる。

 

「ちょっと急ぎの用、というか。君に伝えなきゃいけないことがある」

 

真剣な顔でそう言うエリンに、パンの最後の一欠片を口に放り込み話を聞く。

 

 

「――私たちのボスが、君に会いたいらしい。申し訳ないけど一緒に来てもらえるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この星――というか国は、四人の領主が管理してる」

 

廊下を歩きながら、軽く説明を受ける。

 

「それぞれの家が保有する戦力によって領地が変わる。他家が取れば狭くなるし、自分の所が戦力を補強すれば当然増える」

 

だから君を迎え入れた――成程、そういう理由があるなら納得できる。黒トリガー一つ増えれば、それは戦力の増加に繋がるという事なのだろう。

 

「うん、そういう事。黒トリガーを手に入れる事なんてそうそう無いから、今回は時間かかったね」

 

今回は――という事は、普段もある程度警戒しているのだろうか。

 

「そりゃあね。トリオン体にならない限り危険は少ないと言っても、敵の国の人間をそう容易く信頼する訳にはいかない。特に領主クラスは色々抱えてるからね」

「……言っておくけど、私は普段捕虜の手当てとか世話なんてやらないわよ」

 

ミラがいつも通りの顔でこっそりと呟いた言葉を聞き逃さず、それでいて特に反応もせずにエリンに話を聞く。

 

 

「まぁ私はしがない一家の主だから特に気にしてないんだけどね!」

 

 

どこか誇らしげにそういうエリンの姿が彼女(■■)と被さり一瞬鋭い痛みが頭を襲うが、少し眉を顰めて我慢する。相変わらず頭痛ははっきりするのが憎たらしい。

 

「特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ」

 

あくまで指揮官としては、というあたり割と他にも事情が存在しそうだな。

 

まぁ、いい。駒扱いだろうが何だろうが、俺のやることは変わらない。

 

黒トリガーの研究を、解析を、全てを、暴いて理解しなければならない。そうしないと、助けられないから。

 

それが俺の、生きる理由だから。

 

 

「――……よぉ」

 

 

声をかけられ、思考を中断し声の主の方を見る。エリンもミラも俺が向いたのと同時に足を止め同時に見る。

 

斜めカットの前髪に、ギラついた目つき。見覚えのあるその顔は、どこか苛立ちを感じさせる。

 

「エネドラ」

「チッ、なにもしねーよ」

 

ミラの言葉に苛立ちを隠す事もなく舌打ちをして、嫌そうに顔を顰める。ああ、思い出した。コイツ、あの時のもう一人か。

 

「……ハッ、随分惨めだな」

 

俺の姿を見て、惨めだと言ってくる。ああ、間違ってない。俺は間違いなく、誰がどう見ても惨めだ。

 

愚かで、無能で、惨めで、見苦しい。

 

「……エネドラ」

「うっせーな、分かってんだよ」

 

少し低めの声を出すミラに言葉を吐き捨て、さっさと歩いて行く。その背中を見届けて、こちらも歩き出す。

 

 

「……その、ごめんなさい」

 

 

沈んだ空気の中ミラが謝ってくるが、別に気にしてない。そもそも本当の事だ。

 

 

仲間を、二人を救わなきゃって自分に擦り付けて、正当化して、心を保たないと生きていけない。醜い何か。それが俺だ。

 

だから、一切お前が何かを気負う必要は無いし悲しむ必要もない。俺に謝る必要も、何もない。

 

 

「っ…………」

 

 

ミラを見て言っていたが、顔を逸らされたのでこちらも顔の向きを変える。後ろを歩いていたミラに顔を向けていたので正面を見る。

 

 

「君は――……もう……」

 

 

いつの間にか歩みを止め、振り返っていたエリンがこちらを見て何かを呟く。驚いたような表情をしているが、何かあったのだろうか。

 

行かないのか、と声をかけるとハッとしたように歩き出す。一体何だったのだろうか。

 

 

先程よりも重苦しい空気の中、廊下を歩く。ふと外を覗いてみると、晴れているのが良く見える。栄えた街並みと、明るい空気。どれもこれも、二人と共有したい物。

 

戦争の重苦しさじゃなく、殺し合いの陰湿さではなく。

 

生活の楽しさと、助け合いの喜び。

 

欲しいモノは、こんなにもそばにあるのに――肝心の、大切な二人が居ない。

 

ああ、クソ。惨めだ。こうやって何度も何度も繰り返して、進んでない。時は止まったまま、進んでなんかない。

 

でも、進んでないからこそ。

 

まだ、忘れてない。忘れたくない。忘れてはいけない。それだけは、誓っていなきゃいけない。目的を、理由を、明確に鮮明に。

 

 

 

 

「――着いたよ。ここが、領主の部屋だ」

 

 

気が付けば到着していた様で、特に他の部屋と変わりのない扉の前に立つ。これまでの偉い連中の部屋は多少なりとも目印があったからわかりやすかった。

 

 

「領主の部屋、と言っても別にここで生活してるわけではないの。ここはどちらかと言えば【遠征部隊】の部屋と言った方が正しいわ」

「まーまー、細かい所はいいじゃないか」

「よくないです」

 

 

エリンのずらした答えにミラが解説するが、まぁどうでもいい。遠征部隊だろうが何だろうが関係ない。

 

コンコンコン、とエリンが三回ノックする。特に特徴的な叩き方とか、そういう訳では無い。本当にそのまま三回ノックしただけ。

 

 

「おや、エリン殿ですかな」

「ヴィザ翁、わざわざ申し訳ありません」

 

 

中から、最初に見かけた――ヴィザ、と呼ばれる老人が出てくる。

 

柔らかい顔つきに、丁寧な態度。エリンもわざわざ敬語を使っていることからある程度上の人間なのだろう。

 

 

「こちらへどうぞ。既にお待ちになっております」

「はい。――と言う訳で、漸く我らがボスの場所に行くよ」

 

 

ヴィザが歩き出し、エリンがそれを追っていくので俺も付いて行く。

 

後ろからミラが付いてくるのを音と気配で感じ取る。成程、慎重というのはどうやら本当らしい。わざわざ黒トリガー使いを背後に配置し、念の為を用意している。用意周到、完全に負の可能性を出来るだけ消している。

 

扉の先は更に廊下になっており、少し長めの廊下に扉が幾つかある。右に三つ、左に三つ、正面に一つ。正面に真っ直ぐ進んでいくので、恐らくあそこにいるのだろう。

 

扉に手をかけ、そのまま開ける。順番に入っていって、部屋に入ると正面に黒い角の生えた水色の髪の男が座っている。

 

 

「お待たせしました、ハイレイン隊長。彼が剣鬼です」

 

 

隊長、と呼ばれた男はこちらをゆっくりと見定めるかのように視線を送ってくる。そこにあるのは悪意や好意だとか、そんな簡単なものではない。

 

 

 

『特にウチのボスは効率的に物事を考えるタイプだから、割と【駒】として戦力を数える。指揮官としてはとても優れてると思うよ』

 

 

 

不意に、その言葉を思い出す。成程な、そういう事か。

 

 

「――……君に聞くことはただ一つ」

 

 

口を開き、問いをかけてくる。

 

 

 

 

「我々の邪魔をするか、しないか。どちらだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

「――邪魔をするもしないも、俺はそもそも今は捕虜だ。命令する権利はお前達にある」

 

 

だから、この問答は無駄だ。そう言い捨てた彼を後ろから見て、若干ハラハラする。大丈夫だろうか。あまり不用意な発言をすると必要無いと判断されるのでは――と思い、その思考を捨てた。

 

駄目だ、あんまり入れ込んでは。彼自身がそう言った通り、まだ捕虜なのだ。所属はこちらではない。……既に半分以上エリン家みたいな扱いはしてたけど。

 

 

「……君は良くても、俺は良くない。命令する権利が俺にあるのなら、納得いくまで質問に答えてもらう」

「好きにしろ。何だって答えてやる」

 

 

あくまで態度は変えない彼に肝を冷やしつつ、その様子を後ろから見守る。

 

 

お前(・・)の黒トリガー、これに関しては適合者が見つかったと言ったら?」

「…………」

 

 

瞬間、何か寒気の様な物が襲ってくる。ゾワリと、不意に首を触ってしまう。まだ、つながっているという事を確認してしまった。

 

エリンも、私も、ハイレイン隊長も冷や汗を流している。それほどまでに、明確に死を感じ取れる。

 

 

「ほっほ、凄まじいモノですな」

 

 

ただ一人、ヴィザ翁だけ飄々としている。何故こんなに楽しそうなのだろうか、訳が分からない。

 

 

「……冗談だ。実際の所適合者は一人もいなかった。だからここに呼んだ」

「……俺を使い手にするのか」

「ああ。その為に、色々条件を付ける為にな」

 

 

そう言って話を本題に持っていく隊長。

 

 

「まず、これは話を聞いてると思うがエリン家に入ってもらう。そして正式な配属として、遠征部隊に入ってもらう」

 

 

遠征部隊――その名の通り他の星に遠征し、トリガーやトリガー使いを奪い戦力にする。彼の黒トリガーの能力が有れば、それはかなり楽になるだろう。

 

 

「あと、必要に応じて新たな任務を行ってもらう事もある。いいな?」

「……構わない」

 

 

話は以上だ、と言って席から立ち上がる隊長を見てこちらも退出するタイミングだと測る。

 

 

「ヴィザ」

「はい」

 

 

そう言うと、傍に控えていたヴィザ翁が何か包みを持って来る。落とさぬように、両手で持っている。

 

 

「剣鬼殿」

 

 

彼が目を向けて――その目をいつもより開き、ヴィザから受け取る。

 

「ここではなく、あちらの部屋で。さ、行きますか」

 

そう言いつつ先導するヴィザに無言で付いて行く彼とエリンの後を追おうとする。

 

 

「ミラ」

 

 

急に隊長に声をかけられ、立ち止まる。振り向き姿勢を正し話を聞く。

 

 

「……いや、何でもない」

「……そう、ですか。わかりました、失礼します」

 

 

何かを言おうとして、飲み込んだ隊長に言葉を残し後を追いかける。扉を開け、先程通ってきた道を歩く。急いでも仕方ないし、別にそんな焦ってるわけじゃない。

 

既に姿のない三人をゆっくりと追いながら、何を言おうとしたのか考える。何だろう、彼についてだろうか。まぁ、それ以外に他に言うべきタイミングでもないし恐らくそうなのだろう。

 

信用できるのか、とかそういう事では無いと思う。ヴィザ翁をわざわざこうやって寄越したという事は信用してないのだろう。ある程度行動でわかる。

 

だから、少し気になるが――……何だろうか。わからない。

 

そんな風に考えつつ歩いていると、部屋の前に着いた。いつも通りノックをし、開けるのを待つ。

 

返事が何時ものように聞こえてくる――筈だが、聞こえてこない。耳を澄ませてみると、何かが物音はする。いるけど、手を離せないのだろうか。

 

 

――……何か、良くないことが起きてるんじゃないでしょうね。

 

 

嫌な予感を胸に抱きつつ、扉に手をかける。

 

ソロリ、と扉を開け中の様子を伺う。微かに聞こえる、うめき声。

 

普通ではないと判断し一気に扉を開こうとして――背後から肩を掴まれ止まる。

 

 

「……何でしょうか」

「今はそっとしておいてあげな。少し、参ってるみたいだから」

 

 

何故か外に居た二人に言われ、扉から手を離す。よく、耳を澄ましてみると――微かに、ほんの少しだけ聞こえてくる。

 

 

「……っ…………」

 

 

静かに、噛み締めるかのような声。彼が、淡白な声以外で初めて出す声。

 

痛みも、感覚も、味覚も、ありとあらゆる物を失っても――喪う辛さと痛みは覚えている。

 

 

「……そんな、ことって……」

 

 

それでは、あまりにも――あまりにも、救いが無さすぎる。

 

どれだけ頑張っても取り戻せるか分からない物ばかりで、掴み取れるとは限らない。それなのに、続ける。それしかないから。彼にとっては。

 

 

「……どうにかしてあげたい、けどねぇ」

 

 

そう、うまく行くものではない。それは誰もが思うだろう。

 

 

「そう、焦る必要もありますまい」

 

 

ヴィザ翁が零したその言葉に、振り向く。

 

 

「剣鬼殿がどう思ってるかはわかりませんが、少なくともこれからは共に戦い生活をするのです。その中で、少しずつ、少しずつ近づいて行けばいい」

 

 

焦ってもいい事にはならない――そう、告げていた。

 

長い時間を生きたヴィザ翁の言葉に、それもそうだと納得して改めて考える。

 

前にも協力するとは告げたけれど、ほんの少しずつでいい。無駄に嘆かなくていい。彼にも、希望を持ってほしいから。

 

 

「……そう、ですね。少しずつ、歩んでいければ」

 

 

これから仲間(・・)になるのだから――少しずつ、知っていこう。

 

 

 

 

 

 

 



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