Scarlet Busters! (Sepia)
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序章 『僕らの出会い』
Mission1 きょーすけが帰ってきたぞーっ!


 

 

「きょーすけがかえってきたぞーっ!」

 

 遠くから声がする。

 しかし、言ってる意味が眠気でどうにも釈然としない。

 それはいったいどこから聞こえてくる声なのだろうか。

 そんなことすら今の自分には認識することができないでいた。

 

 

「ついにこのときがきたか……」

 

 しかし。

 続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目が覚める。

 それは決戦を目の前にした戦士の声であった。二段ベットの下の段で寝ていた僕は、ごろんと毛布ごと横に転がり、声の主を確認する。  

 

「真人。こんな時間にどこいくのさ?」

 

 恐る恐る聞いてみた。どうせろくな答えなど返ってはこないだろう。

 そんなことは分かり切ってはいたが、聞くだけ聞いておくことにする。

 

「……戦いさ」

「――――――は?どこで?いま朝の三時くらいだけど」

「ここ」

 

 真人は親指で床を指す。

 そのまま不敵な笑みを残し、勢いよくドアを開け放って部屋から出て行った。

 

(ここって……まさか、寮内のこと?)

 

 少年、直枝理樹は事実に気づき、急いでルームメイト真人の後を追うことにする。

 今すぐにでも追いかけて駆け出したいが、まずはマヌケなパジャマ姿から着替えることから始めることにした。

 

 

          ●

 

 真人を見つけだすことになんの苦労もいらなかった。食堂の前に、大勢の野次馬が押し寄せていたからだ。中を覗くと案の上というべきか、大立ちまわりを繰り広げている二人の姿があった。片方は先程出て行ったルームメイトの井ノ原真人。もう片方は、袴姿の男、宮沢謙吾。二人とも理樹の幼馴染である。昔から犬猿の中で、意見を違わせては喧嘩をくりかえしてきた。ゆえに、定期的な二人の喧嘩は友情に絶望的なまでのヒビが入るような深刻な事態だとは周囲は思わない。むしろ、プロレスやレスリングのようなスポーツ観戦をするかのように野次馬が集まってきている。よくもまあ、こんな深夜だが早朝だが分からない時間帯にこうも人が集まるものだと感心する。

 

「おおっ!!」

 

 真人が打って出る。全身を使って、大振りな拳を繰り返す。

 けど、謙吾には命中しない。その代わりと言ってはなんだが、真人の拳が命中した後ろの机にバキバキという気持ちのいい音を響かせながらひびを入れていた。

 

「さすがだな、井ノ原」

「部活にも入らず。強襲科も専攻せず、無駄に鍛え上げられた筋肉をここぞとばかりに見せつけてくれやがる……ッ!」

 

 適当な解説が聞こえてくる。

 喧嘩を止める気はないらしい。

 野次馬達は我関せずの観戦を決め込んでいるようだった。

 

「はっ!!」

 

 今度は謙吾の反撃。手にはすでに竹刀が握られている。一瞬、その手がブレて見えた。

 

「うおぉ!?」

 

 真人は早すぎる剣撃に反応して一歩背後に引いたものの、全くの無傷というわけにもいかなかったみたいである。真人の胸板に十字の切り傷ができていた。

 

『でたぞ!思春期の性衝動を抑え込んで完成させた一太刀』

『なんと切り傷がオッパイと読めるらしい』

『いや、あれは鬱屈と書いてあるらしいぞ』

『何!?これはものすごい画数じゃないか!?』

 

 憶測はさらなる憶測を呼ぶ。ゆえにものすごい盛り上がりをみせていた。

 

「だれかとめてやってよ!」

 

 そんな中、理樹が一人野次馬たちに訴えた。しかし、その訴えをまともに聞いてくれる人なんているはずもなく、逆になんだこいつはというような冷たい瞳を向けられた。第一、割って入ろうにもこの真人と謙吾の二人を相手に実力で止められる人間なんてほとんどいないに等しい。

 

「じゃあ、お前が止めればいいだろ」

「あ……うん。そうだね」

 

 とは言ったものの、直枝理樹は知っている。経験則から知っているのだ。

 真人と謙吾も大切な幼馴染だ。家族といっても何の違和感もない。

 そんな二人の喧嘩を止められるものなら止めたい。けれど、残念ながら、

 

(……僕に、そんな力は無い!!!)

 

 生憎と、そんなことは自分にはどうやってもできないだろう。正直、理樹でなくてもこの二人に割って入って止められる人物なんてそうそういない。理樹が知っている人間だと一人しかいない。だから、理樹は素直に真人と謙吾を止められるたった一人の人物に――――棗恭介に頼ることにした。理樹は思考を切り替え、全力で恭介を探しはじめた。

          

「恭介ー、どこー?」

 

 けど、恭介はいくら探しても見当たらない。いないなんてことはないはずなのだ。

 目的の人物は見つけられなかったけれど、代わりに見知った顔を見つけた。 

 遠山キンジ。

 卒業時の生存率が97.1%といわれる「明日なき学科」の二年の主席候補だった男。

 理樹のルームメイトの一人だ。

 

「遠山君!」

 

 理樹は目を輝かせながら遠山キンジに話しかける。

 そうだ彼なら。彼ならばきっと。

 そんな心からの期待を込めて彼の名前を呼んだ理樹だったが、

 

「いやだ、無理だ、やめてくれ」

 

 要件を言う前に断られた。

 

「遠山くーーーーーん!!!」

「悪いが他を当たってくれ」

 

 何事もやる前からそんなやる気のないあきらめたような態度を取るのはいかがなものかとも言いたくなったが、キンジの顔を見た理樹はそうも言えなかった。キンジの顔は何時になく疲れて、いや眠たそうだったのだ。理樹の相手がめんどくさいからそっけない返答をしたというわけでもないように見える。

 

 きっと、今の遠山キンジなら誰が相手だったとしても今のような返答をするだろう。

 

「どうしたのさ」

「ああ、ちょっと単位が0.1ほど足りなくてな。昨日先生にお願いして0.1単位分の仕事をつくってもらったのはよかったんだが、そのあとこき使われまくったのさ」

「……じゃあせめて、恭介がどこ行ったか知らない?」

「棗先輩なら隣で寝てるぞ」

「へ?」

 

 どうせ無駄だと思いながらもダメもとで聞いてみたら、すぐ見つかった。横にはキンジの隣で気持ちよさそうに寝ている恭介の姿があった。今まで気が付かなかったのは、寝ている姿があまりにも自然すぎたからだろう。両手を広げて仰向けに倒れている姿は正直、酔っ払いのダメダメオヤジを連想させる。制服姿の恭介は、よく見ると体中に土や枯れ葉がついていたせいか、中年のおっちゃんの哀愁すら漂わせていた。まだ高校三年生のはずなのに。恭介はいったいどこをほっつき歩いていたんだろか。ちょっくらまた海外に行ってくるという話は聞いていたが、どこに行くのか具体的なことは聞いていなかったため疑問ばかりが残った。けど今は、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「恭介、やばいって。二人を止めて。」

 

 恭介を全力で揺さぶる。するとその目が薄く開いた。

 ただあくまでもうすく反応したという程度であり、理樹の話がしっかりと彼の耳に届いているかは甚だ疑問である。

 

「……なんだ理樹か。悪いが昨日寝てないんだ。しばらく眠らせてくれ」

「なにいってるのさ。恭介が帰ってきたから真人と謙吾が喧嘩をはじめたんだよ! ちゃんと怪我しないように見てやってよ」

 

 これは彼らが結んでいるルールのひとつであった。恭介のいない間に、本気の喧嘩は禁止。

 いくら制服が防弾仕様だといっても、真人と謙吾という爆弾のような二人のことだ。

 本気で二人が何かやろうとすると、一体何が起きるか分かったもんじゃない。

 それは思いやりのようであり、唯一年上の彼が、兄貴風を吹かしているともいえる。

 だが、事実、恭介に反発した奴が割を食う。

 恭介の危惧したことが現実となるのか、彼が未来を予想しているのか、よくわからない。 

 けど、そういう理由から彼らは小さなころから関係を変えずに今に至っていた。

 

「わかったよ」

 

 恭介は理樹の手を押しのけて、隣で寝てた遠山キンジを叩き起こし、ゆらりと立ち上がる。

 

「じゃあ、ルールを決めよう。」

 

 彼はそう宣言した。

 

『おい、みたか。面白くなってきたぞ』

『ああ。分かっている。棗先輩、遠山、井ノ原、宮沢と有名な奴らの勝負だ』

『ああ、遠山は仮にも強襲科での主席卒業候補。井ノ原や宮沢の実力は言うまでもなく、棗先輩も探偵科の三年の主席。実績は武偵でも最高クラスにあたる。何しろあのイギリス清教で仕事をしているという噂も有る』

 

 恭介が立ち上がると同時。野次馬の歓声が上がってきた。

 棗恭介という人間の周りでは、面白いものが見られることが多いのだということを、彼らも知っているのだ。

 

「素手だと真人が強すぎる。逆に竹刀を持たせると、今度は謙吾が強すぎる」

 

 今度は野次馬たちに向き直り、

 

「お前らが、何でもいい。武器になりそうなものを適当に投げ入れてやってくれないか。それはくだらないものほどいい」

 

 今度は真人と謙吾に向き直り、

 

「その中からつかみ取ったもの、それを武器にして戦え。それは素手でも竹刀でも、まして銃でもないので、今よりは危険は少ないはずだ」

 

(……なるほど)

 

 恭介の発言を受け、理樹は感心していた。いくら防弾制服を着ていて二人とも強いといっても本気を出すことに何の変わりもない。そこら辺に転がっているような武器なら、万が一にもケガをすることなく喧嘩を終わらせることができる。

 

「いいな」

 

 恭介の有無を言わせぬ雰囲気に押されて、その場の誰もが納得していた。

 そう、ただ一人を除いて。

 

「……棗先輩」

「なんだ遠山」

「俺は何の為にここまで連れて来させられたんですか?」

「まあ待ってろ。真人。謙吾。」

「邪魔だ。恭介。怪我したくなかったらすっこんでろ!」

「お前ら本当に両方とも強いんだろうな」

「どういう意味だ」

「俺のいない間に、ふたりとも同じ低レベルになったわけはないよな」

「「あたりまえだ!」」

 

(……え!? このパターンはまさか)

 

 いやな予感がした。

 この雰囲気は……全員が巻き込まれそうな予感が。

 

「まずは前哨戦だ。お前たちと理樹、遠山のタッグと勝負してもらう」

「「ふん。いいだろう」」

「え!?ちょちょちょっと二人とも、それでいいの?自分を見失ってない?」

 

 相変わらず単純な二人だった。いや、ここはオブラードに負けず嫌いと表現しておこう。さすがというべきかこの二人はこのルールをすでに認めているようだ。

 

(ん?ちょっと待て)

 

 しかし、理樹はこの発言の問題点に気づく。それは、

 

(僕が剣道一直線の謙吾と純粋な筋肉と勝負だって!? 勝てるわけないじゃないか!?)

 

 そう、一応安全なルールに基づいているとはいえ、理樹は自分が勝てる見込みがあるとは思えなかったのだ。そのことを恭介に目で訴える。ヤバイヤバイと訴える。そもそもまともにこの二人と戦えるのならば、わざわざ恭介に頼ったりなどするものか。最初から自力で何とかする。

 

(大丈夫だ。理樹。何のためのルールだとおもっている)

 

 恭介の瞳はそう伝えてきた。すると、

 

(……もしかして恭介は僕の力で喧嘩を止められる方法を考えてくれたのかもしれないな)

 

 そう考えると自然とやる気が出てくるというものだ。

 今の彼には真人と謙吾と同じく、いいように使われているだけという発想は浮かばない。

 

(――――――フ。任せてよ)

 

 この勝負。機転がある奴が有利だということは明白である。

 相方が遠山君である以上、よくよく考えれば理樹には勝算があることに思い至る。

 相手が体格からして一回りは大きいであろう真人と謙吾と勝負ということだけに気を取られていたが、そんなものは今回の場合関係ない。

 

(なにしろ、この勝負の鍵を握るのは個人の能力ではなく武器の性能!!)

 

 謙吾はともかく、真人が考えて武器を選択するはずがないと分かりきっている。

 

「直枝。止めとこ……」

「いくよ遠山君!さあ真人!謙吾!覚悟しろ!」

 

 遠山キンジのいうことを遮り、直枝理樹は二人に自信満々に宣戦布告した。

 

「なんで俺まで……」

「だって、そのほうがおもしろいだろ」

「棗先輩……」

 

 諦めろ遠山キンジ。恭介から逃げられると思うなよ。

 

「それじゃ――――――バトルスタート!」

 

 恭介の宣言と同時、勝負が始まった。

 

 

      ●

 

 

 しばらくは戸惑っていた野次馬達だったが、一人が何かを投げ入れると、まるでそれを合図にしたかのように活気づいた。お祭り騒ぎのように一斉に”くだらないもの”が投げ入れられる。

 

「やるのか……理樹」

「もちろんだよ」

「手加減はしてやらねえぞ」

「そっちこそ、後でハンデが欲しいといっても聞いてあげないよ」

 

 真人に決意を表明すると同時、謙吾が目を伏せる。

 その前には怒涛のように投げ入れられる、野次馬の投げるSomething。

 心の目でつかむように手を伸ばしていた。何かを握りしめていた。

 武器が選ばれたことに、どよめきがあがった。

 

「なんだあれは!?銃か?」

 

 銃が投げられるわけがない。銃とは彼ら武偵が命を預ける道具でもある。

そんな大事なものを、みすみす手放すはずがない。謙吾が引き金を引くが、小さな銀玉がででくるだけ。コロコロと。さしずめ、銀玉鉄砲というところだろう。玩具の。

 

「これでなぐっていいのか」

「ダメ。本来の使用方法で戦うこと」

「……」

 

 謙吾の武器が確定したところで、注目は他の三名に向く。

 

 遠山キンジは団扇を持っている。

 真人は手に妙なものをぶら下げていた。

 茶色の立派な毛皮をまとっているふてぶてしい顔を不機嫌そうに浮かべている物体。  

 

(あ……あれは!?)

 

 その正体は、

 

「……真人」

「理樹。なんだ」

「どうして猫なんか持ってるの?」

「武器だよ」

「……なんだって?」

「オレの武器だよ、わるいかあああああ。てか、どうやって戦えばいいんだよ」

 

 真人の必死の抗議に対し、寝ている恭介は顔すら上げずに平然と答えた。

 

「猫で戦うこと」

「なんでだよ!」

 

 この光景を見て、理樹はこの勝負はもらったと言わんばかりのガッツポーズを内心でしていた。敵の獲物が猫と玩具の銀玉鉄砲である以上、認められるレベルの刃物の入手に成功した彼の敵ではないからだ。喧嘩に刃物持参は卑怯以外の何物でもない。しかし、これは神聖なる勝負によって選ばれた武器だ。恭介に確認をとったが、承認とのこと。

 

「この勝負は―――――――――もらった」

 

 余裕の表情とともに、理樹は親友二人に対し、ちょっと大きめの爪切りを構えた。

 



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Mission2 僕らの出会い

 

 謙吾が地味にピコピコと撃ってくる銀玉は、遠山キンジの団扇によってガードされる。

 どうやらキンジは自分自身の防御に全力を注ぐ方針らしい。(理由がやる気がなさそうであるということは、この際伏せておく)

 

(……けど、十分だっ!!)

 

 直枝理樹にとってこの勝負の最大の目的は真人と謙吾の喧嘩を止めることだ。

 ゆえに、真人を止めることができるのならば十分といえるだけの結果だということができる。

 

「ニャー!」

 

 ひっかく攻撃!

 猫の攻撃範囲などたかが知れている。真人は両腕で猫をつかんでいるため、無防備だ。

 このタイミングを逃さず、理樹は手に持った防弾仕様の爪切りでーーーー

 

「って、爪切りで勝てるわけがないじゃないか僕のバカぁ!」

 

 理樹は思わず膝から崩れ落ちる。よく考えたら爪きりで戦えるはずがない。

 

(刃物は刃物だけさ……防弾爪切りっていつ使うんだろう?)

 

 

「「……理樹(直枝)」」

 

 すでに頭が冷えているように見える謙吾と遠山君の視線が痛いと理樹は思った。

 とりあえず、理樹は爪切りでできそうなことを考えてみることにする。こうなったら真人を深爪にしてやろうか。深爪は痛いぞ。しばらく何かの拍子にのたうち回ることになるかもしれない。

 

「こうなったら、爪切りでもやってやろうじゃないか!真人の筋肉が相手である以上、素手よりは遥かにましなはずだ!」

「こい。理樹」

「いくよ真人!!」

「来い。親友同士、正々堂々と勝負だ。おおおおおおーーーーーーー」

 

 二人のバカの大声が食堂に響いた。

 謙吾とキンジの二人は、バカ二名に対して呆れはてた視線を向けていた。

 

 

           ●

 

 

「こらあああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 野次馬の歓声を引き裂くように響く怒声が響く。今の状況に割って入り、こんな大声を出せる人物など理樹は一人しか知らない。事実、理樹と真人という愚か者二名はこの怒声を聞いて動きを止めていた。

 

「おお!我らが鈴様のご登場だ!」

 

 野次馬が一気に湧き上がる。

 その女子は、恭介の妹で棗鈴(なつめりん)。彼女も理樹の幼馴染だ。

 

「よわいものいじめは、めっだ!」

「弱い者? 分かってないな鈴。プライドをかけた勝負に、弱い者も強いものもない」

「その通りだよ鈴。今真人と親友同士いいところなんだから邪魔しないでよ」

 

 真人のいうことは正しい。少なくとも理樹はそう思っている。

 神聖なる決闘の結果をもってきまった結末に文句を言える人間なんていないはずなのだ。理樹は真人とアイコンタクトを交わすと、彼自身が望んでいた返答が戻ってくる。

 

(……真人)

(安心しろ、理樹。オレは充分理解している)

 

 真人を分かっている。笑っているのは、この勝負を楽しんでいるからこそだろう。

 男同士の間の友情というものを鈴に邪魔される前に、一瞬で決着をつける。それこそ理樹と真人が互いに異論はない答え。

 互いに視線で牽制しあい、最良の時を見計らって。

 

 会場が勝負を見守るためか、静寂に包まれる。(今が朝3時すぎであり、うるさい方がおかしいことはこの際忘れておく)

 

 ----------サクッ-----------

 

「「!」」

 

 静まり返った会場は小さな音すら響く。

 たとえ、だれかがカロリーメイトを食べた音でさえも。

 その音をきっかけに、状況は動いた。行動開始はこの後の動き次第ーーー!

 

 

 ニャー(真人の猫がひっかく攻撃をくりだす音)

 

 カチャ(攻撃をかわしネコの爪に、爪切りをセットした音)

 

 ニャーーーーーーーーー!(ネコが凶暴化した音)

 

 バタバタバタバタ(理樹と真人が二人して『乱れひっかき』の餌食となった顔を押えてのたうち回る音)

 

「……鈴よ。このような激しい戦いに参加せず、傍観を決め込んだ謙吾こそが弱い者なのさ」

「おい、笑わせるな。お前より格下に見られるだと?」

 

 未だにのた打ち回る愚か者(りき)をほっといて再び二人が激突する。

 真人の武器は、筋肉によってようやく捕えることに成功した、凶暴化したネコだ。

 

「ふん……果たしてこの戦いの後にも、同じことが言えるだろうか。いけえ!我が支配にあるネコよ!」

「ニャー」

「そのねこだーーーーーーー!」

 

 ずがんっ! 鈴のハイキックが炸裂する。

 首が間横にひんまがったままの状態で、真人が答える。

 

「あ、これね」

「それ、どうしたんだ」

「だれかが投げてきた」

「ああ、それ、恭介のやつが投げ入れてた」

 

 なんだとこの野郎、と鈴は裏切り者へと視線を向けるものの、当の恭介はというと仰向けになっていびきをかいて寝ていた。見事なまでの倒れっぷりは未だに起き上がれない理樹といい勝負かもしれない。

 

「じゃあ、あたしのだ!」

 

 鈴が真人から猫を奪い取る。鈴にとっては大切な猫を奪還したという認識だが、真人にとっては神聖な決闘のための武器を略奪されたという認識になる。ルールで決められた以上は武器がなければ勝負すら続けることができない。だから、真人が野次馬に要求することは、

 

「ああ、オレの武器っ!? だれか、あたらしい猫をくれっ!!一番凶暴なやつをだッ!!」

 

 真人の宣言とほぼ同時、バキィ!!と、真人の顔面に鈴の蹴りがヒットした。

 くっきりの足跡が残り、真人の首がおかしな方向に曲がってしまっている。

 

「猫を使うな」

「あい」

「で、喧嘩の理由はなんだ」

「ああ、聞け鈴。この剣道バカがオレに『目からゴボウ』という嘘のことわざを教えやがったんだ。おかげでこの間、何気ない会話の中で、『そりゃ目からゴボウだな』って使っちまったじゃねいかよ!」

 

 かなりどうでもいい理由だった!

 

「馬鹿。思い出せ。お前から訊いてきたんだろうが、『目からゴボウ』ってどういう意味だって。 おそらく『目から鱗が落ちる』のことだろうから、『急に物事がはっきりと理解できることだ』、と答えたまでだ」

「なら間違ってるって先に教えろよ。なんだよ、目からゴボウって!」

「そんな義理は無い」

「なんだと! てめえ何年の付き合いだと思ってやがる。てめえには情ってものがねえのかよ!」

「これでどっちが悪いか、はっきりしただろう、鈴」

 

 謙吾の方は完全に頭が冷えているようだ。銀玉鉄砲を投げ出して、戦意喪失をアピールしながら、退散を決め込もうとしていた。 迷惑そうな顔をしていたキンジも、安心しきった顔をしている。

 

「んだよう!逃げんのかよてめえ!」

 

 真人の方はやはり簡単にはいかない。ちなみに、

 

(……ちくしょう)

 

 理樹は爪切りを強く、より強く握りしめるが、いまだに動けないでいた。

 真人は追いかけようとしたところで鈴に振りかえり、

 

「鈴。それがオレの武器なんだ。返せ」

「そんなこと、あたしが許さない」

「なんだ、やんのかよ、鈴」

「猫を弄ぶようなやつにはお仕置」

 

 いつの間にか対戦カードが変わっている。鈴も雰囲気に乗せられてしまったのだろうか。

 

「恭介の妹だからって、容赦しねえぜ……」

「ふん」

 

 雰囲気から判断して、その場の誰も介入できそうにない。

 

(くそ……猫にやられたダメージが消えていれば、爪切りでどうとでもできるのに!!)

 

「「てめえら(おまえら)武器をよこせ!」」

 

 真人と鈴の周りに、武器が投げ込まれていった。

 勝敗を決めるのはこの瞬間にかかているといっても過言ではない。

 みんな準備をしていたのか、種類は様々なものだった。

 

「これだっ!」

 

 鈴がつかみ取ったのは……三節棍!?

 

「じゃあオレはこいつだっ!」

 

 対して真人がつかみ取ったのは……ビニール袋に入れられた、小さな和菓子。

 浜名湖と遠州灘の豊かな水と自然が育んだ浜松の銘菓。

 

「う、うなぎパイだと……。で、お前はなんだよ。それ本物の武器じゃねっ!?」

 

 カーーーーーーーーーーーーン!!

 だれかがわざわざ持ってきたのか、コングの音。勝負開始の合図が響き渡った。

 

 

     

         ●

 

 

 鈴が三節輥を振り回す。

 反応速度という点で鈴に分があるため、先に動いたのは、当然というべきか鈴だった。

 しかし、真人は回避しようとしない。

 

(真人はあえて一撃を受けて、鈴をうなぎパイでめったうちにするつもりなのか)

 

 真人の行動を見て理樹はこう思う。頭がいいじゃないか、真人。

 猫と爪切りといったリーチの差ならともかく、うなぎパイと三節輥では、工夫が必要だ。三節輥の一撃は普通の人間ならば一撃でKOだが、逞しい筋肉をもった真人ならではの方法だ。

 

「しねっ」

 

 真人は鈴が振り回した三節輥を受け止た!

 

「今度はこっちからいくぞ!」

 

 真人の反撃。理樹は親友の勝利を確信していたが、

 

 ポキッ!! (うなぎパイが折れる音)

 

「うああああああああああああーーーーーーーーっ!

うなぎパイがああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

(なん・・・だと!?)

 

 真人の作戦は距離をつめ、反撃されないうちに、うなぎパイによる連続攻撃で一気になぎ倒す、というシンプルなもの。すなわち、一気に倒せなかったら、今度は鈴の連続攻撃をくらうということを意味する。しかも三節輥なのだ。いくら真人が筋肉だといっても、さすがに耐えられない。

 

「うわあああああああああぁぁぁーーーーーーーーーーーー」

 

 真人の声が響いていた

 

 

         

 

            ●

 

 

 今も鈴をたたえる喝采が続いている。結果的に何の役にも立てなかった役立たずの少年、直枝理樹はひとり輪から離れて事の成り行きに茫然と立ち尽していた。こんな非日常な光景はこれが初めてではなく、今日に限ったことでもない。幼いころに出会い、彼らとつるむ様になってから、ずっと繰り返されてきた日々だった。

 

(……ああ、いつも通りだな)

 

 目の前の騒がしい光景を見て、理樹は静かに思い出す。

 

 一番つらかった日々。

 両親を亡くしてすぐの日々。

 毎日ふさぎこんでいた日々。

 そんな僕の前に、四人の子供たちが表れて、僕に手をさしのばしてくてた。

 

「強敵があらわれたんだ!きみのちからがひつようなんだ!きみの名前は?」

「…………なおえ……りき」

「よし、いくぞりき!」

 

 一目でリーダーと分かる少年は、一方的に手をつかみ、僕を引きずるように走り出した。

 

「ねぇ、きみたちは!?」

 

 こけないように、転ばないように。

 当時の僕は掴まれた手を離すまいと握りしめて。

 必死に付いて行きながら、そう聞いた。

 

「おれたちか?悪をせいばいする正義の味方。ひとよんで『リトルバスターズ』さ」

 

 歯をにやりとみせ、そう名乗った。

 

 

 敵は、近所の家の軒下にできた、大きな蜂の巣だった。

 まさしく強敵だった。

 何度も返り討ちにあった。

 くじけそうにもなった。

 そのとき、一番大柄な男の子が突然上着を脱ぎ捨て(なぜかは今もわからない)、なぜかハチミツを素肌にべったりと塗ると、

 

「後は、頼んだぜ」

 

 そう言って、仲間たちに親指を突き上げ見せた後、果敢に敵陣へと突っ込んでいった。

 当然のように無数の蜂に群がれる。そこへ残るひとりが殺虫スプレーの先を向け、もう一人が噴出口の真下にライターを添えた。

 

「まさと、おまえのぎせいは忘れん!」

 

 声と同時にスプレーから火が放たれ、大柄な子の体がぼぅ!と燃え上がり、火柱と化す。

 

「うおおぉぉおおぉぉーっ!んなこと頼むかあぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 燃えながら突っ込みを入れるあの姿は今でも目に焼きついて離れない。

 直後、後ろでつまらなさそうにしてた子が、燃え上がる男の子を一蹴りで卒倒させ、さらに地面を転がるようにけり続けていた絵も忘れられない。(結局そのおかげで鎮火し、彼は助かった)

 

 

 

     

   その後、消防車と救急車が駆けつける大騒ぎとなった。

   学校では校長室に呼び出され、叱られたりもした。

   そこで僕は彼らの名を知った。

   真人を蹴っていた鈴が女の子だと聞いて驚いたことも覚えている

 

 

   それが、僕らの出会いで、そしてそんなお祭り騒ぎのような日々の始まりでもあった。

 

 

  ずっと、そうして彼らと生きていたら、僕はいつの間にか心の痛みも寂しさも忘れていた。

              

             ただただ、楽しくて・・・

 

          いつまでもこんな時間が続けばいい。 

 

           それだけを願うようになった。

 



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1章 『武偵殺し』
Mission3 空から来たる女の子


 

 空から女の子が降ってくるとおもうか?

 

 ま、映画や漫画ならいい導入かもな。

 それは不思議で特別なことが起こるプロローグ。

 主人公は、正義の味方にでもなって、その子と一緒に大冒険がはじまる。

 だけどそんなことを望むのは、あさはかってもんだ。

 

 だってそんな子はーーーー普通なわけが、ないからだ。

 

 だから俺、遠山キンジは、女の子なんて降ってこなくていい。

 

 そう思っていた。

 

 

       ●

 

 ――――――――――――ピンポーン。

 

(……ん? 今は……何時だろう?)

 

 遠山キンジはつつましいチャイムの音で目を覚ました。

 彼は探偵科(インケスタ)の寮にある食堂での騒ぎのあと、棗先輩を直枝と二人で運ぶはめになったのだ。見るからに力持ちの筋肉に頼もうしても、理樹(バカ)が何かのスイッチが入ってしまったのか、

 

「……筋肉っ!!筋肉っ!!!」

 

 とか言い出してしまった。

 おかげで、彼は余計に疲弊し、眠り込んでしまったのだ。

 眠たい目をこすりながら時計を見ると、時刻は7時を指していた。

 この時間帯に訪ねてくるということは、来客者はいったい何時から準備をしてきたのだろうか。

 

(こんな朝っぱらから誰だよ。まあ、あのチャイムの音なら見当はついてるけどさ)

 

 とりあえず制服を着こなし、キンジは玄関を開けた。

 そこにはキンジが予想した通り、彼の幼馴染である星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)の姿があった。

 

「やっぱりお前か白雪」

「おはよう。キンちゃん」

 

 遠山キンジ。だからキンちゃん。

 幼い子供が考えそうな呼び方である。実際にこの名前で呼ばれていたのは小学生の時だったか。

 白雪はキンジの顔を見た途端にぱあっと顔を明るくして、そんな呼び名で呼んできた。だが、慣れたとはいえその呼び方になんとも思わないわけではない。実を言うと、高校二年にもなってちゃん付けで呼ばれるのは正直恥ずかしい。

 

「いい加減その呼び方やめろって言ったろ? 俺は遠山キンジだ。キンちゃんじゃない」

「ご、ごめんね。でも私、キンちゃんのこと考えていたら、キンちゃんを見たら、つい、あ、私またキンちゃんって、ご、ごめんなさい」

「もういい」

 

 文句をいう気にもなれなかった。

 幼なじみという関係はちょっとやそっとで覆るような柔い関係ではないのだ。

 今でもリトルバスターズだなんてかわいい名前で活動している連中だっている。 

 それに比べば、呼ばれ方くらいかわいいもんだと思えてくる。

 

「白雪、ここはもともと直枝と井ノ原の部屋なんだ。俺は強襲科(アサルト)をやめて、探偵科(インケスタ)の寮に引っ越す際に受け入れてもらえた外様の身なんだから、俺はともかくあいつらだけには迷惑はかけるなよ」

 

 そう、ここはもともとはキンジの部屋じゃない。

 探偵科(インケスタ)所属の直枝理樹と井ノ原真人の二人で使用していたもともと四人部屋だ。最も住んでいるのは理樹と真人の二人だけだったから、部屋に空きがあったことは事実なのだが、そのことでキンジはちょっとした引け目も感じていた。部屋が狭くなるというのに人ひとり分を受け入れてもらえたことは今でも本当に感謝している。だから、彼等にはこれ以上の迷惑はかけたくはないと思っている。

 

「謙吾君は気にしなくてもいいと言っていたよ」

「そっか。宮沢も超能力捜査研究だったな。もう話ができるようになったか?一年のころは会話もできてなかったけどさ」

「まだちょっと無理だよ……。いくら親戚みたいなものだといっても、幼なじみのキンちゃんとは違うから」

「そうか。とりあえず入れよ」

 

 立ち話もなんなのでとりあえず白雪を家に上げることにした。

 結局のところ、白雪が来た時点で、学校に向かうべきだったのかもしれない。

 結果として彼、遠山キンジは7時58分のバスに乗り遅れることとなり、生涯、

 

     

     生涯、彼はこのバスに乗り遅れたことを悔やむからだ。

 

     なぜなら、空から女の子が降ってきてしまったからだ。

 

      そう、ーーーーーーーーー神埼・H・アリアが。

 

 

 

 

           ●

 

 

 直枝理樹は当然のように寝不足だ。ゆえに、彼の目覚めはどんよりとしたものになった。

 

「ヤバイ。今滅茶苦茶眠たい。やっぱり無理にでも身体を起こして真人と一緒に走りに行くべきだったかな?筋肉きんに……く……きん…に……」

 

 遠山君と一緒に恭介を運んだまではよかったが、やはりというべきか自室に戻ってきた途端に寝てしまったらしい。さすがは朝のベッド。なんて魔力だ。四人部屋の中で理樹が寝室として利用している部屋は真人との相部屋であるが、真人はいない。さっき、『オレは朝の筋トレにいってくるぜ!』とか言っていたから、そのまま学校にいったのかもしれない。真人は学校に行くのに手ぶらの身一つで行く人だから、荷物に困ることもない。

 

(手ぶらで学校行って何も困らないなんて……ホント、すごいよ)

 

 親友の筋肉の所業に感心しつつ、彼は行動を起こす。

 寝起きにすることはただ一つである。現在時刻の確認だ。

 今が七時なら朝食の時間。七時半なら朝飯抜き。八時なら遅刻確定。

 さて、時計が示している時間帯は――――

 

(ふむふむ7時50分。うん、見事なまでの寝坊だ)

 

 人間、窮地に立たされると緊張で一瞬で血の気が引いていくものである。一気に眠気がさめた理樹は、全力で準備を開始した。けど、そこからが一苦労だった。リビングに行くと遠山キンジが時間の経過を忘れてメールチェックしている姿を目撃し、二人で慌てて脱ぎ散らかってる防弾制服を着て(爪切りがポケットにあるのが理樹のものである)、パソコンのシャットダウン時にウイルスにやられていることにきづいたキンジを慰め、自転車に空気を入れようとしてパンクしていることに気づき、恭介がもってきた予備の自転車を倉庫から取り出している間、何件もかかってくるキンジへの白雪からのメールの着信音と電話音がいつまでも鳴り響いていた。

 

 

 

         ●

 

 

「なあ、直枝」

「なに?」

 

 人間、やればできると理樹は信じている。寝坊少年直枝理樹はキンジと二人でチャリをこぎながら学校に向かっていた。ギリギリではあるが、十分に間に合う時間だという余裕も作った。これなら信号無視を繰り返しての全力疾走をする必要もない。さすが自転車、文明の利器。

 

(さすが自転車だ。便利だなぁ。)

 

 このとき理樹は上機嫌だった。遅刻という名の絶望に打ちひしがられていたにも関わらず、何とかなりそうだと活路への希望が見えてきたのだ。無理もないことだろう。

 

「なあ直枝」

「なーにー?」

「さっき白雪が来たときに言ってたんだが、『武偵殺し』って知ってるか?」

「武偵殺し? 確かそれって」

 

 武偵は金で動き、武偵法の許す範囲内ならどんな荒っぽい仕事でもくだらない仕事でもこなす『便利屋』である。だから、その性質上、誰に恨みを買っても違和感はない。『武偵殺し』というのは、噂では武偵に恨みを持つ人物が復讐のために武偵のみを標的と定めた復讐者。その手段は確か、

 

「たしか、武偵の車なんかに爆弾をしかけて自由を奪ってから、ラジコンヘリで追いまわして、海に突き落とす手口のやつだよね。だけど、たしか捕まったんじゃなかった?」

 

 武偵殺しの実害にあったわけではないけど知識としては知っている。

 確か恭介の見ていた四コマ目当ての新聞に記載されていた気がする。

 武偵殺し、ついに逮捕!!!とかなんとか。犯人はいったいどんな人物だったっけ?

 特別興味があったわけではないから覚えていない。女性だったっけ?

 

「白雪いわく、模倣犯がでるかもしれないから、気をつけろだとよ」

「何をいっているのさ遠山君!僕らは自転車にのってるんだよ。逆に安全じゃないか!そんな危険性があったなら、いつも乗ってる7時58分のバスに乗れなかったことは好都合だったかもしれないよ」

 

 そうかもな、と二人で笑いあう。なにしろ

 

(チャリをジャックするなんてことは、バカ以外のなんでもないじゃないか!)

 

 そうして、むしろ安全に関して最新の注意を払っている自分に感心していた。

 後にこう思うことになる。ああ、フラグたったなぁ、と。

 事実、妙な声が聞こえてきた。

 

『その チャリには 爆弾 が しかけて ありやがります』

 

 有名なボーカロイドの声だった。

 

「――――へ?」

 

 今なんて聞こえた?振り返ると、『セグウェイ』と呼ばれる乗り物が。その乗り物にはスピーカーと短機関銃が装着されていた。自分が今どういう状況に立たされているかんて考える前に悟ってしまう。遠隔操作されているであろうセグウェイのコントローラーが、リモコンのボタン一つで自分とキンジの二人の命を消すことができりということだ。全力で自転車をこぐ今の理樹に『満身創痍』という言葉はなんど似つかわしいことか。

 

(まてまて、今何て聞こえた?『そのチャリには爆弾がしかけてありやがります』だって?)

 

 なぜ僕達が狙われねばならんのだ。WHY?

 分かる人がいたら急いでここにきて、説明してほしい。

 でも、説明より先にこの状況を打破する方が先だ。心臓に悪い。悪すぎる。

 

「遠山君!!  どうする!?」

「どうするもこうするもないだろう。俺達で対処できない以上、自転車で解決してくれそうな奴が見つかるまで全力でこぎ続けるしかない」

「分かった!!」

 

 

 さて、どうするか。こういうときは冷静に(顔は必死)、シュミレーションだ。

 

  

  ・パターン1 恭介に助けを求める。

 恭介は今もおそらく寝ているだろう。よって、却下だ。

 

  ・パターン2 真人に助けを求める。

 真人は学校についたら、いつも寝ている。よって却下だ。

 

  ・パターン3 鈴か謙吾に助けを求める。

 どこにいるか不明であるが、携帯を使えばいいだけのこと。彼らの場所に向かうとしたら、そう時間はかからないはずだ。

 

『チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります』

 

(甘いぞ。脅迫犯)

 

 理樹は絶対的余裕の笑みをみせ、携帯電話で謙吾に助けを求めようとして、

 

『助けを 求めてはいけ ません 携帯を使用 した場合も爆発し やがります』

「ちくしょうおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

(バカな!先を読まれた!くそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!)

 

 理樹の叫ぶ声が響いていた。思いついた打開策は一つだけ。しかもそれを防がれた。これがゲームや漫画の物語なら、そろそろヒーロー、ヒロインの登場か、主人公の生まれもった特別な能力の初公開の機会なんだろう。しかし、直枝理樹は現実を理解している。

 

(……残念ながら僕に、そんな力はない!!)

 

 一応物語の主人公らしく、直枝理樹は超能力を持っているといえば持っている。でも、彼の超能力は使える場面が限定的なものだ。どちらかというと受動的であり、能動的に使えるものではない。少なくとも今この場でさっそうと使って自分もキンジも無傷で救出して事件解決へと導くようなものではないのだ。理樹はどうやらこの場面では完全な役立たずのようだが、主人公に似つかわしい男がこの場所にはもう一人いる。その名は遠山キンジ。

 

「そういえば、遠山君の――――」

「何だ!?」

 

 遠山キンジの持つ主人公的体質『ヒステリアモード』発動したら、変身後のスーパーヒーロータイムである。発動さえすれば、発動さえすれば!! ……見事なまでの失敗フラグである。

 

 それでは発動条件を発表しよう。発動条件は、性的興奮だったはず。

 自分の命が握られている危機的状況においてはどうやったところでどうにもならない。

 

(くそ……こんなことなら!!)

 

 こんなときのために、二年Fクラスのクラスメイトの来ヶ谷さんからプレゼントされた女装道具フルセットを常に携帯しておくべきだったかもしれない。制服の下にあらかじめ着込んでいて、ピンチになったら『変身!』という恭介の好きそうな言葉と一緒に制服を脱ぎ棄てる。そしたら、女性向けの下着まで完璧に装着した理樹の女装姿にうっとりして、ヒステリアモードと化した、ヒーロー『遠山キンジ』と僕、いや私、直枝……名前は後でクラスメイトの博識そうな西園さんにでも考えてもらえばいいだろう。

 

 

『加速 させ てください。 増加 が 認められない場合 爆発し やがります』

 

 

 一気に現実に戻された気がした。命をねらっている相手にいうのもなんだが、ありがとうと感謝しておく。だって『変態』と呼ばれる一線を越えずにに済みそうだから。

 

(こうなったら……僕の超能力で……。遠山君には病院で寝ていてもらおうか。仕方ないよね、うん)

 

 少年、直枝理樹も一応、分類的には『超偵』となる体質的な能力をもっていが、自分で制御できるようなものじゃない。自分は助かっても、キンジを無傷で助けるのはMU☆RI! 後で真人と一緒にお見舞いに行こうと思っていると何かが引っ掛かった。

 

(……真人?)

 

 親友の名はある事実を思い出させてくれた。

 そうだ! 僕にも筋肉があるじゃないか! こうなったら筋肉で何とかするしかない、と理樹が一人で何らかの覚悟を決めた瞬間、二人は信じられないものを見た。

 

 

 

 

           ●

 

 

 グラウンドの近くにある7階建ての女子寮の屋上に一人の女の子が立っていた。

 遠目にも分かるピンクのツインテールの女の子だ。

 そして、ツインテール少女はいきなり屋上から飛び降りた。 

 

 



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Mission4 奴隷宣言の宣告者

     

 

 グラウンドの近くにある7階建ての女子寮の屋上。そこにそいつは立っていた。

 遠目にも分かるピンクのツインテールがいきなり屋上から飛び降りるのをキンジは目撃する。そして、キンジにつられるようにして理樹もその方向に目を向けた。

 

「ええええ!」

 

 野郎二名は銃口を向けられながらも仰天してその光景を見ることとなる。

 少女はバラグライダーを展開してゆっくりとこちらに向かってきたのだ。

 

「ば、馬鹿こっちにくるな! この自転車には爆弾が……」

 

 キンジが慌てた様子で叫ぶと、少女が左右の太もものホルスターから黒と銀の大型拳銃(ガバメント)を抜いた。

 

「ほら、そこのバカたち! さっさと頭を下げなさいよ!」

 

 2丁拳銃の水平撃ち。乗り物はばらばらになってぶっ壊れた。

 少女は2丁拳銃をホルスターに戻すとさらに近づいてくる。

 

(……このまま僕らを助けるつもりなの? けど……どうやって?)

 

 理樹は彼女が取ろうとしている方法が分からず疑問視するが、同時に希望が見えてきた。希望が与えられ、それを奪われた時は絶望へ変わるようだが、今はまだ夢も希望もあるんだと理樹は信じている。

 

(――――――これなら助かるかもしれない)

 

 直枝理樹にとっては向けられていた銃口こそが唯一にして最大の問題であったのだ。それが解決された今、残る問題はチャリに仕掛けられた爆弾のみである。キンジの方にもついている爆弾はどうしようもないが、自分の自転車につけられていてる爆弾くらいなら理樹でも自力でなんとかなるかもしれないのだ。なら、遠山キンジの方は、あのツインテールの女の子の方になんとかしてもらえればいい。直枝理樹は自力で対処する方向性で結論を出した。

 

「ねえ!! 僕の方はこの爆弾をなんとかできるから、もう一人の彼のほうをお願い!!!」

 

 わかった!という返答が帰ってくるのは迅速だった。

 キンジは何を言っている!?とでも言いたげな顔をしてたが、

 

(――――――心配ないよ、遠山君)

 

 理樹は全く焦ってなどいない。別に理樹は自分の命を引き換えにして大切な仲間の命をつなぐだなんて自己犠牲を選ぶわけではないのだ。ちゃんとした勝算がある。とはいえ遠山君が心配するのも無理はないな、と思った。だって、遠山キンジには直枝理樹の持つ能力を教えていない。

 

(――――よし!)

 

 理樹は手榴弾を取り出す。しかも、科学の結晶のものではなく、謙吾が作ってくれた魔術による一品である。それも、そこらにでも転がっているような一般的な量産型霊装ではなく、『宮澤』家による特別製のオーダーメイドによる一品。

 

 魔術。

  

 信じられないかもしれないが、超能力や魔術というものは確かに存在している。

 理樹はこれから魔術で何とかしようとしているのだ。

 

 一般的な手榴弾はピンを抜くを自動的に発動する。だが、今理樹が持っている魔術的手榴弾は魔力により起動する。とはいえ、理樹自身特別なことは一切やっていない。彼がやっている動作自体は通常の手榴弾のそれとと全く変わらないのだ。ただ、爆発の仕方が爆薬を使うものではなく魔術によるものであるということぐらいの差でしかない。

でも、理樹にとってはその差が大きな意味を持つ。

 

「――――――――――それっ!」

 

 霊装を発動し、自転車から飛び降りる。

 そして、彼と自転車の間に手榴弾を投げ入れて、その後爆発した。

 ドッカーンッ!という音が響き、その後爆発の煙が周囲を染めた。

 

 

       ●

 

 

 武偵とは凶悪化する犯罪に対抗するために作られた国際資格である。

 武偵免許を取ったものは武装を許可され逮捕権を有するなど警察に近い活動ができる。

 警察と違うのは金をもらうことで武偵法の許す範囲ならどんな荒事でもこなす。

 要するのに便利屋なのだ。

 風紀委員や保健委員などのある種の特別な資格を手に入れると専門的になる。

 法律を専門として活動してみたり。

 医療を専門として活動したり。

 学科だなんて枠組みに囚われずに行動しているのだ。 

 

 なので、その性質上、だれに恨みを買ってもおかしくはないのだが、

 

 

「――――――――ふう」 

 

 狙われていた武偵、直枝理樹はため息をついていた。無傷というのは、普通ならありえない。なにせ爆弾が近距離で爆発したのだ。魔術は学問である。魔術というのものは法則を知っていれば、実は誰でも発動できるものである。

 

 しかし、超偵とよばれる『超能力』を使う人間もいる。厳密にいえば、超能力ではなく人間が生まれつき持っている固有魔術みたいなものだ、と謙吾はかつて言っていた。魔術師ともよばれる人々は、魔力を生成し、術式を構築し、魔力を通すことによって発動する。しかし、超能力者は術式ともいえる固有魔術がすでに存在しているため、魔力を通すだけで異能の力を使うことができる。これが『超偵』だと個人的に思っている、

 

 一方、『体質』としての能力者も存在している。

 『ヒステリアモード』の遠山キンジもそのひとり。

 そして、直枝理樹もその一人に数えることができるだろう。

 

 

 彼の能力は『魔力を打ち消す』ということに尽きる。

 とはいえ、彼自身も自分の能力がよく分かっていない。

 分からないがゆえに『魔力を打ち消す』ということにしているが、魔力の篭っていない霊装を破壊してしまったりと、例外が多くて正確には定義できていない。魔術に詳しい謙吾に聞いても、まるで意味が分からないとまで言われてしまった能力である。

 

 この能力はあくまで相対的な能力であるため、基本的に使うことは無い。

 しかし、能力を過信する超偵、魔術師相手ならば、彼にだって相手ができる。

 彼の戦術は多人数を相手にする方が得意だ。

 相棒の筋肉である真人に背後を守らせて、前方に魔力の爆発物を投げる。

 これだけで大爆発で全滅→彼らだけは生き残る、というわけだ。

 これでオマエラ地獄行き、俺無事!!という奴だ。

 

――――まぁ、そもそも探偵科(インケスタ)を本職としている理樹には戦う機会自体がそんなになかったりもするのだが。

 

 仮に室内で使用してしまった結果、建物が崩壊してしまったとしても、真人がいてくれたら安心だ。天井が落ちてきても、自慢の筋肉でなんとかなる。してくれる。

 

 といっても、

 

(――――――死ぬかと……死ぬかと思った)

 

 あいにくこの能力の効果範囲は右腕一本分。一歩間違えたら自分の命も危ないのもまた事実。とりあえず生き残ったことに安堵しつつも、命の危機に瀕していたもう一人の仲間がどうなったかを見に行くことにした。

 

「遠山君はどうしたかな。ちょっと様子を見に行ってみるか」

 

 何だかんだで心配だったから、直枝理樹は彼らの後を追った。

 別に先ほど助けに来てくれたツインテールのことを信頼していないわけではないが、ルームメイトがどうなったかを見もせずに学校に行くのは薄情だろう。無事に助かった姿を見ることができると信じて疑わなかったのだが、     

 

『強猥男は神妙に――――――わきゃお!?』

「………」

 

 遠山キンジが心配で様子を見に来た理樹が最初に聞こえたのはそんな声だった。

 ステーンと倒れた少女が踏んだのは銃弾のようだった。

 

「……白、か」

 

 なんで僕は今パンツの色を確認しているのだろう?これじゃまるでHENTAIだ。

 そんなことを思いつつも、大丈夫かと手を振った理樹に対し、キンジは手を振り返すこともなく全力疾走でその場をかけた。

 

「え、ちょっと、遠山君!?」

「直枝、逃げるぞ!」

「え?」

 

 キンジと理樹は走るスピードにそこまで大きな違いがあるわけではない。

 理樹が少々出遅れてしまったとはいえ、キンジに置いて行かれるようなことはなかったのだが、突然のことで状況理解の方が追いついていなかった。そういえば、さっきのツインテールにお礼を言っていなかったなと思い、ちらっと後ろを振り返ると、そこには般若がいた。アノヤロウ、ゼッタイコロス。そんな怨念が彼女の背後から見て取れた。

 

「遠山君!」

「なんだ」

「なにをやったのさ遠山君! ヒステリアモードで強猥男ってまさか……まさか!」

 

 直枝理樹に脳裏によぎる1つの結末。それは、遠山キンジ(HENTAI)は彼女に対してエロの心に満たされ、無理やり唇をうばったりして、彼女を虜にする。しかも魔の手は彼女のみならず星伽さんを始め最終的には出会う女の子人すべての唇を奪い、挙句の果てにはキンジハーレムというものをつくってしまうというものだった。

 

「誤解だ」

 

 振り返るとツインテールを揺らしながら両手の腕をぶんぶん振っている少女が見えた。

 

(……そうか、可哀想に。きっと遠山君にエロい……事を)

 

 出会いというものはきっと素敵なものなのだろう。大切にすべきものなのだろう。

 けど、それが美しいものであるとは限らないと思った。

 

 

 

          ●

 

 

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 一定以上の恋愛時脳内物質が分泌されるとそれが常人の30倍以上の量の神経伝達物質を媒介し大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進させる能力、いや体質である。

 

(……すごい能力だと思うけどなぁ)

 

 けど、遠山キンジはこの能力のことを隠している。最初は理樹だって気がつかなかった。

 どうして知ったかというとやはりというか、恭介が教えてくれたのだ。

 恭介の解説は簡単だった。

 

『遠山はエロいことを考えると覚醒してしまう超能力者なんだ』

 

 分かりやすさを極めていた。

 試しに真人の筋トレグッズをすべて排除し、エロ本を並べてみたところすんなり白状してくれた。

 

 何らかのトラウマがあるらしく、落ち込んでいたが、『すごい能力じゃないか! しかも発動条件は自分がなんとかできればいつでもスーパーヒーローじゃないか!』と励ましてみたが、しばらくは口を聞いてもらえなかったことを覚えてる。今は別に理樹とキンジは仲が悪いわけでも、喧嘩しているわけでもないのだが、もともとキンジは理樹に対してそんなに頼みごとをするタイプではないのだ。だから、わざわざ理樹のいる二年Fクラスの教室までやってきてが『助けてくれ』といってきた時は自分の耳を疑った。

 

「どうしたの?」

「ああ、聞いてくれ。実はな……」

 

 キンジはよほど追い詰められているようなので、放課後の学生寮の部屋で話を聞いてみることにした。

 真人は「筋肉、筋肉」、と筋トレに行っているため今はいない。

 やけに暗いキンジを心配した理樹が話を聞くと、朝の少女は神埼・H・アリアさんというらしい。彼女はキンジの所属する二年Aクラスに転校生としてやってくると、

 

「先生、私あいつの隣に座りたい」

 

 などとのたまったらしい、

 それからクラスは大騒然。ちなみにキンジは絶望に陥ったらしい。

 

(……どこからか銃音が聞こえてきたと思ったら、Aクラスだったのか、僕の所属するFクラスからは距離的にいちばん遠いはずなんだけどなぁ)

 

『よ、よかったなキンジ、なんか知らんがお前にも春がきたみたいだぞ。 先生、俺喜んで席かわりますよ』と武藤君も乗ってきたと聞いたところから、何でか分からないが同情してきた。もちろんモテない武藤君に対してである。とっても共感しようじゃないか。リア充爆発しろとかいう声が心のどこかから聞こえてくるようであった。遠山君? あぁ、この人はくたばればいい。理樹の中ではそんな結論に落ち着きつつあった。

 

「直枝」

「なに?」

 

 理樹の気も知らず、人類の敵はこう言ってきた。

 

「頼みがある」

「ああ、そういえばそんな話だったね。で、なに?」

 

 遠山君からの依頼は、神崎さんについて調査して欲しい、とのことだった。

 峰理子さんという彼のクラスメイトで、同じ探偵科(インケスタ)のAランクの友達にも依頼したらしいが、神崎は只者じゃなさそうなので、取れる手段はできるだけ取っておきたいそうだ。

 

(さて、どうしよう?)。

 

 理樹の取り打る方法としては恭介に頼るのが最も手っとり早い。

 けど、

 

(……恭介は忙しいんだよな)

 

 優秀な奴は色んなところから依頼が入る。企業を起こそうとしている奴がいても珍しくはない。

 それに、恭介は本日帰ってきたところだ。日ごろの多忙ゆえ、帰ってきている方が珍しい。

 

 それに、『アドシアード』とよばれる年に一度の国際競技会のことで、呼び出されている。

 本人はどうやって断ろうか、とか考えてたけど。

 昔から恭介は忙しいし、今度はいつからいなくなるのかもわからないところだ。

 

(仕方ない。こうなったら自力で頑張ってみるか)

 

 とかなんとか考えていたところ、ピンポーンという部屋のチャイムの音がする。

 真人かな、と思ったのは浅はかだった。

 真人ならチャイムを鳴らすような事はしないし、鍵がかかっていても筋肉でこじ開けることも可能なはずだ。……やっていいか悪いかは度外視して。

 

「遅い! あたしがチャイムを押したら5秒以内に出ること!」

 

 両手を腰に当て、赤紫色の目をぎぎんと吊り上げたのは制服姿の神崎・H・アリア。

 今の件の人物である。

 

「Hello」

「I can not speak English!!」

 

 英語を聞いた瞬間に反射的に理樹は扉を閉めようとしたが、

 

「アンタ何してんのよ」

 

 あいにくと、理樹の抵抗はちっぽけなものだったようである。

 気分を害されることもなく、平然と阻止されてしまった。

 

「えーと、神崎さんだっけ?」

「アリアでいいわよ」

「では、アリアさん。あなたはなぜここにいらっしゃるのでしょうか」

「太陽はなぜ昇る?月はなぜ輝く?」

「……哲学の話?」

「もっとよく考えなさい」

 

 無視して勝手に上がりこんでくる。見ると遠山君はガタガタ震えていた。

 アリアさんは窓のそばまで行き、夕日を背に浴びながら振り返ると、

 

「キンジ、あんたあたしの奴隷になりなさい!」

 

 遠山キンジを支配する奴隷宣言を行った。

 



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Mission5 強襲のアリア

 

 

「アンタ、あたしの奴隷になりなさい!」

 

 少年、直枝理樹が聞いたのはそんな声だった。

 アリアという強襲科(アサルト)Sランクの来客はにはどうやら常識というものがないらしい。

 念のため、理樹は警察に通報しておくことにする。

 危険を察知したら警察に連絡することは市民の義務だろう。

 少年は無言で携帯を取り出して1、1、0とボタンを押すが、

 

「もしもし警察ですか」

 

 ガッ!(理樹の携帯がアリアの銃で撃たれ、破壊される音)

 

「ああああああぁぁぁぁぁ 僕の携帯がああああああああああぁぁぁぁ!」

「ほら! さっさと飲み物ぐらいだしなさいよ! 無礼な奴ね!」

 

 理樹の携帯電話は無残にも破壊された。震えてまともに声も出ない理樹を平然と放置して、アリアという名の独裁者は早速恐怖政治を開始した。傍若無人というのはこのことだろう。恭介や真人も勝手といえば勝手な人物ゆえ、対変人経験値の高いはずの理樹であったが、携帯が大破したことに呆然としてしまい、しばらくは呼びかけてもうんともすんとも反応しなかった。無残な姿を見せるルームメイトの姿を見て、一体無礼なのはどちらなのだろうかとキンジは思ってしまった。

 

「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内!」

 

 こんなことは無視してやってもいい。

 方法は簡単だ。『そんなもの知りません』と言い張ればいいだけのことだ。

 実際キンジは珈琲になんてこれっぽっちの興味もないため、そんなものなんて用意できるはずもない。けど……、

 

「ああ、はい。お客さんにはお出迎えしないとね……」

「お、おい直枝……」

「ええ、分かればいいのよ」

 

 虚ろな目をしたままの理樹であったが、ふらふらとした足取りのままキッチンへと向かい、しばらくすると三人分のコップを持ってテーブルに着いた。

 

「はい、どうぞ」

 

 そう言ってアリアの前に飲み物を差し出した。

 

「ん、ありがと」

 

 これまた当然のようにアリアは受け取る。この女、理樹のことを召使か何かだとでも思っているのかもしれない。事実、理樹の従順たる姿勢に満足していたアリアであったが、差し出された飲料を口にした瞬間、余りの味にすぐに吹き出すこととなった。そこには主人の優雅さなんてものは皆無であった。

 

「なによこれ!?」

「真人特性、マッスルエクサザイサードリンクだよ。アリアさんは中学生だから、もっと体が成長するように、僕なりに気を使ったんだけど……」

 

 理樹は満面の笑顔を浮かべながらそう答える。

 彼としては気を使った結果なのだろう。ゆえに、達成感に浸っているため理樹は気づかなかった。キンジの顔が引きつっていることに、彼はまだ気づかない。

 

「わ、わたしは中学生じゃないわ!」

「ああごめん。勘違いしてたよ。失礼なことを言ってしまってごめんね」

 

 理樹は割と素直な人間だ。変にプライドが高いような人間ではないため、悪いと思ったことは素直に謝ることができる。大人っぽいとは一般的には褒め言葉であるが、誰もが褒められていると感じるとは限らないのだ。ひょっとしたらアリアちゃんにとっては侮蔑の言葉だった可能性もある。ここは年上の大人らしく、誠心誠意の謝罪しておくべきだろう。

 

「ああ、ごめん。インターンで入ってきた小学生だったんだね。けど、高二に飛び級しているなんてすごいじゃないか!ごめんね、アリアちゃん」

「……こいつッ!」

 

 その後、探偵科(インケスタ)のとある部屋にて銃声が鳴り響いた。

 怖かったよう、と防弾ソファーの影に隠れて始めた理樹は使い物にならないと判断したキンジは一人で話を進めることにした。どのみちアリアの目的は自分だろう。

 

「今朝助けてくれたことには感謝してる。でも、なんでだからってここに押し掛けてくる?」

「なんか食べ物はないの?」

 

 せめてルームメイトの理樹にはこれ以上の不安を与えまいとしたキンジだったが、現実は話すら聞いてすらいない。前途多難だ。

 

「――――あ、あるよ!!」

「あんたは黙りなさい!」

「………………はい」

 

 

 

         ●

 

 

 さて、ことの顛末から述べておこうか。

 直枝理樹は遠山キンジは二人仲良く探偵科(インケスタ)の部屋から追い出されることとなった。

 

(……な・に・が『分からず屋にはおしおきは必要だわ!』だ!頭おかしいだろ!)

 

 キンジはアリアと名乗った少女に憤るものの、事実として男二人して一人の少女に部屋をたたき出されたというのは情けない醜態をさらすこととなったのだから文句を言っても悲しいかな、負け惜しみにしか聞こえないのだ。理樹だってそのことが分かっているからなのか、考えているのはアリアに対する文句ではなかった。彼が今考えていることといえば、

 

(……どこで寝ようかな)

 

 寝場所の確約であった。

 今はまだ4月。冬場は過ぎて春の季節になったとはいっても外で一晩過ごすのは勘弁したいのだ。最悪公園のベンチででも一晩過ごそうと思えばできるだろうが、そんなホームレス生活なんてしたいわけがない。

 

「遠山君」

「なんだ」

「いままで楽しかったよ」

「おい!見捨てるな!」

 

 アリアがやってきたそもそもの原因は隣の男にあると決めるけて、理樹は決める。

 とりあえず真人を見つけだして、謙吾のところに止めてもらうことにしよう。

 遠山君は星枷さんのところがあるだろうし、教室で寝ても大丈夫だろう。

 恭介に提案して、テントを張って野郎四人で野外活動もいいかもしれない。

 

 案外、理樹は部屋から追い出されたにも関わらず、そんなに後ろ向きなことは考えてはいなかった。むしろ、楽しいことでもできるかもしれない。そんな風にすら考えていた。

 

 

              ●

 

 

 結局、野郎4人を集めてテントを張ることとなった。

 

「そうか、災難だったな、理樹」

「うん、ありがとう、謙吾」

 

 謙吾が同情してくれた。心の友だ。

 

「なんだよ、理樹。このオレに言ってくれたら、オレが追い払ってやったのによ」

「真人、僕は平和的に解決したいんだ」

 

 真人が暴れたらそれこそ寝床に苦労する。

 

「なるほどな、部屋でバカが戦闘なんかしたら、跡形も残らないだろうな」

「てめえ、謙吾!!一体どういう意味だ!?」

 

 彼らは割とのんびりとしていた。

 なにしろこれは遠山キンジの問題であり、理樹と真人は巻き込まれたに過ぎないからだ。

 向こうのターゲットはキンジのようだし、サポートはしてあげようとかそう思いながら、夕食のバーベキュー(もちろん無許可)を楽しんでいた。

 

(……ああ、いつも通りの平和な光景だなあ)

 

 理樹はつかの間の安らぎを感じていたが、この変態!と聞き覚えのある声がどこかから聞こえてきた。気のせいだろうか、問題となっているの部屋の方から聞こえてきた。

 

 

 

 

           ●

 

 

 遠山キンジは困っていた。困り果てていた。

 友人直枝理樹が裏切り、一人でどこかにいってしまった以上はどこで寝るかという問題が発生する。井ノ原?あの筋肉は放置プレイで大丈夫だろう。

 

(どこ行こうか? つか、直枝はどこ行ったんだ?)

 

 遠山キンジにも不知火といった心の優しい友人がいることはいるのだが、強襲科(アサルト)の頃の友人を頼るのことはどうにも気が引けた。強襲科(アサルト)に戻るつもりは全くないし、残された選択肢は……情けなくも自室に戻ることだけだった。

 

(せめて、直枝や井ノ原に迷惑のかからないようにはするんだ、それだ目標だ)

 

 今キンジが住んでいる部屋は元々は直枝と井ノ原の二人の部屋である。

 入れてくれた恩がある以上、迷惑はかけられない。

 そう思って帰ってきたら、勝手に浴室を使っている女が一名。

 自信の研ぎ澄まされたの防衛本能にのっとり、武器を没収しようとする。つまり、風呂場に走る。

 風呂の途中に帰ってきたのがバレたら殺される。

 

 普通に考えて、彼はさっさと外に逃げればよかったのだ。しかし、焦りは判断を鈍らせたのだろう。風呂に駆け込みアリアの制服が入ったカゴに手を突っ込んだ瞬間、風呂場のドアが開いた。

 

「…………」

「…………」

 

 それは、アリアは目を合わせることを意味していて、沈黙は発生すると同時、時は止まる。

 

(……ああ、いい匂いがするな)

 

 場違なことを考えている場合ではない。

 ツインテールをほどいてロングヘアーになっていた全身壁のごとき絶壁のアリアは、

 

「へ、変態!」

 

 ばっと右手で胸を左手でお腹の下を隠した。

 そして、制服に突っ込まれてるのを見て鳥肌を立てている。

 

(……ヤバイ!!!)

 

 さて問題だ。

 女性の下着に手をかけている男性を当事者の女性が見たら、どう思う?

 

「ち、ちが!」

 

 弁解しようと手をあげる。日本刀の鞘にパンツ、ホルスターにブラ、小さなトランプのマークがいっぱいプリントされた子供っぽいものであった。この状況は、

 

(…………うん)

 

 死刑は、免れない。

 

「死ねぇ! ド変態!」

 

 この『ド変態』という叫びは大きすぎて、多くの人に聞かれることとなる。

 

 

 



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Mission6 コーナー『直枝理樹は見た!!』

      

 

 ヒステリアモードという爆弾を抱える少年、遠山キンジは窮地に立たされていた。

 銃を向けられているといった直接的な命の危険こそないものの、どうしたものかと考えを巡らせる。キンジが気づいた時にはAクラスのクラスメイトどもに囲まれていたのだ。どうしてそんな状況になったのかといえば、

 

『キンジめ……あの女たらしが!』

『女の子に興味ないんじゃなかったの!?』

『俺達を差し置いて……裏切り者!』

 

 遠山キンジ本人の意見としては、全くもって心当たりのないことが原因であった。

 自分が悪いなんて全く思ってもいないので、わざわざ警戒するようなことも起きていない。そう考えていたことこそが、彼が逃げ遅れた原因であるだろう。まぁ、そんなことを考えてももはや過去のことだ。ヒステリアモードでもなんでもないキンジには打開策は一つも思い浮かばないでいる。

 

「おいキンジ! アリアとの出会いはどんなのだったんだ?告白はもうしたのか?」

「おい待て武藤。話がとんでないか?」

「まあまあ止めなよ武藤君。遠山君も恋愛話を聞かれたくはないと思うよ。僕らはそっと影から二人の様子を……」

「不知火、お前はもうしゃべるな」

 

 武藤と不知火という悪友二人に牽制するも、二人が自分を助けてくれるような気配なんて微塵もない。変に勘ぐっている人間には何を言っても無駄だとは分かっていながらも、打開する方法なんて一切の接点がないことを分かってもらうくらいしかないのだ・

 

「だいたい、俺とあいつは何もない。勝手に面白がるな」

 

 ゆえにキンジは自分の考えを率直に口にするが、

 

『おい、あいつ、何もないだとよ』

『うわ…………最低』

『キンジの隣をわざわざ指名したってのに何もないわけがない!!』

 

 そんなこと、当然聞き入れてもらえない。

 なぜか、キンジ死ね!という形で二年Aクラスの意識が総意としてまとまりつつある中、Aクラスきってのおバカキャラである峰理子が発言した。

 

「まぁまぁ、キーくんはこういいたいんだよ。――――――『アリアは俺のものだ。これ以上探るつもりなら・・・どうなるか、分かってるな』ってねッ!!!」

 

 キャー、とクラスの女性陣の声を聞きながら、キンジは即返答した。

 しなければ大変なことになる。

 

「お前……でたらめをっ!」

「ん?なにかななにかな、この理子りんが嘘を言っているというのかな?かな?じゃー真実を第三者に聞いてみよー!」

 

 理子がそういうと、第三者の証言者が登場した。

 

「さーて言ってみよう!!ゲストは二年Fクラスのこの方でーーーーす!!!」

 

 

 

            ●

 

 

 

 コーナー『直枝理樹は見た!!』 (司会は探偵科(インケスタ)二年、峰理子でお送りします)

 

           

            ●

 

 理樹はあくまで二年Fクラスの人間。立場からしたらAクラスとしては部外者に当たるため、二年Aクラスの中に理樹のことを知らないやつがいたら困るからと、理子は紹介を始めた。

 

「彼は私と同じ探偵科(インケスタ)の直枝理樹くんで―す! 皆拍手〜〜〜〜〜」

『パチパチパチパチ』

「あ、どーもです!理子さんに呼ばれてやってきた、筋肉探偵のうちの片割れの直枝理樹といいます。どうぞよろしくー!」

「いやー、理樹くん。今日はどんな筋肉ですかな?」

「そうですねー。本日の筋肉占いは、女の敵しばくべしと出ていますねー!では、みなさんご一緒に、筋肉筋肉ー!」

『『『筋肉!、筋肉っ!!筋肉ッ!!!』』』

 

 Aクラスの中で謎の筋肉コールがわきあがる中、Fクラス所属の直枝理樹は理子に聞いた。

 

「ところでさ、理子さん今日はどうしたの?僕なんて呼ばれたのかまだ何も知らないんだけど」

「お前知らないのにこんなところで変に盛り上げようとしていたのか!?」

「いやだってほらよく見てよ遠山くん。今日はいい筋肉なんだよ?」

「知るかッ!!」

「今日は理樹くんに、キーくんとアリアの出会いを語ってもらおうと思います!」

「僕もよく知らないんだけど、僕が見た正真正銘のありのままの事実だけでもいいの?」

「もっちろんだよ理樹くんッ!!」

 

 直枝理樹は筋肉でも探偵科(インケスタ)だ。状況判断能力は何気に高い。ようは、アリアさんと遠山君の関係を探ろうとして、Aクラスが一致団結したというのが妥当なところだと判断した。うちの二年Fクラスでも前に似たようなことをしていたから分かる。ちら、と遠山君を見ると、助けてくれ、という視線が飛んできた。

 

(……よし)

 

 理樹は方針を決める。きっと誤解があると思ってるのだろう。

 誤解を解くのは真実を知っているものの務めである。

 

「そうだね……」

 

 そのためにはまずは何から話すべきだろうか?

 教卓の前に立ち、先生になったみたいな気分で理樹は教室を見渡した。 

 そこにはAクラス一堂が自分の席にきっちり着席している姿があった。

 

(……うん。比較的まともだなぁ)

 

 彼が所属する二年Fクラスではこんな冷静に人の話を聞こうなんてやつはいない。

 即座に飛び掛かる連中なのが二年Fクラスだ。

 この間なんてクラス一丸となってどうでもいいことの会議してたくらいだ。

 自分のクラスと比較して、どれだけまともなクラスであるのかを自覚した理樹は、面白い話をするために誇張することもなくありのままのことを答えることこそ義務であると思った。

 

「さて、何から話そう?リクエストかなんかある?」

「じゃ、キーくんとアリアの運命的出会いからお願い!」

「OK、分かったよ理子さん」

 

 それじゃ、理子さんからの要望に応えておこう。よく覚えてるあの日の朝は―――、

 

「まず、その日の朝は、いつものように星伽さんが遠山君に手料理を持ってきたんだ」

 

 まだアリアに関する話など一切似ていないのに、一斉にキンジに対するブーイングがクラス中から沸き起こる。

 

『なんだとっ!?』

『くたばれキンジ!』

『星伽さん可哀相……すでに遠山君の毒牙に』

『てめえ星伽さんになんてうらやましいことを!』

 

 30人近い人間が一斉に言葉を発しているはずなのに、どういうわけか武藤君の叫びだけなんだか切実に思われた。

 

「誤解だ!」

 

 当然遠山キンジは反論するものの、なのがどう誤解なのか具体的な説明はない。

 何しろ理樹が言ったのはありのままの事実のみ。

 星伽さんが遠山くんのことをどう思っているかとか、そんなことは一切口にしていない。

 ただ、星伽白雪が朝早くに料理を持ってやってきた。

 その事実だけが提示されたのだ。

 

「そして、僕ら二人は寝過ごしたりいろいろしてバスに乗り遅れ、チャリジャックに巻き込まれてしまったんだ」

「それで?」

 

 武偵高では殺人未遂くらいは『そうか』で流されてしまうのが現実だ。

 けど、チャリジャックとは言え事件は事件。

 みんな興味深く聞いてくれる。

 

 

「二人してチャリを必死に漕いでたら、彼女が現れたんだ――――そう、アリアさんが」

『『『ゴクリッ』』』

「アリアさんの活躍のおかげで問題はチャリに仕掛けられた爆弾のみとなったんだ。僕は筋肉で何とかしたんだけど、遠山くんは筋肉ではどうにもならなかったみたいでね」

『『『フムフム』』』

 

 ツッコミは当然入らない。

 

「遠山くんはアリアさんに助けてもらったんだ。とは言え先に危機を脱した僕が遠山くんが心配で様子を見に行くと――――」

 

 話が最も大事な部分に入る。教室はより静かに理樹の言葉を待っていた。

 ただ一人、暴れる哀れな男を除いては。

 

「顔を真っ赤にしたアリアさんが、遠山くんのことを『強猥男っ!』とか叫んでいる姿だった」

『『キャーッ!!』』

 

 女性陣の騒ぐ声が響く。

 

「誤解だ! 俺とあいつはなにもないっ!」

「え? アリアさんにそう言われたということは事実でしょ?」

「……事実っ……だがっ!」

「お―――っ!キーくんやる――っ!で、どこまでしたの?」

「なにがだ」

「エッチいこと!」

「するかぁ!」

 

 もはや誰ひとりとしてキンジを信じるものはいないようである。

 

(……そうだ。それだけじゃないんだ)

 

 その程度ならまだマトモだ。挙げ句の果てには、

 

「みんな、落ち着いて。決定打がある」

『『『…………(ゴクリ)』』』

 

 静まり帰る一堂。物分かりがいいクラスでうらやましい。

 もちろん遠山キンジのことなどもはやだれも気にかけてない。

 

「アリアさんは僕らの部屋を愛の巣にすべく僕と真人は野宿を強いられるとに……」

「ちょっと待て直枝!俺も一緒に追い出されたよな!?な!?」

 

 後の祭りである。

 クラスはキンジを無視し、盛り上がっていく。

 まず、理樹は真人と一緒に今日はどこに泊まろうか、部屋に戻れるかな、と考え、

 武藤は喜びの嬉し涙を流し、

 不知火は友人の恋愛に口を挟むのは無粋と、ただキンジの肩に手を置き、

 理子はルンルンと踊ってる。

 

 その光景をみて、キンジは

 

(くそ、狂ってやがる!!)

 

 武偵高がいかに狂った場所か再実感していたが、すべての動きが急に止まった。

 クラスに新たな人物が入ってきたからだ。

 その人物は噂の人物、神崎・H・アリアであった。

 

 

            ●

 

 

 予想よりもずっと面白い話が聞けたものだと、峰理子はうれしがっていた。

 

(ねぇ、理樹くん、理樹くん!)

(どうかしたの?)

(結局のところどうなの?キーくん脈ありそう?)

(やっぱり女の子はこういう話が好きなの?)

(うん!)

(じゃあ、試して見ようか。正直ツンデレの遠山くんの意見は当てにならないし)

(うん!じゃ、よろしく!)

(へ?僕が?)

(大丈夫大丈夫。ヤバくなったら私がかばってあげる)

 

 それなら安心だな、と理樹は覚悟を込めて聞いてみた。

 

 

 

              ●

 

 

「ねぇ、アリアさん。ひょっとして、HENTAIの遠山くんにオパーイを揉まれるなんて非道なことされなかった?」

 

 

              ●

 

 

 

 同時刻。

 中庭でサンドイッチを食べていた二年Fクラスの少女は3階から落ちてくるバカの姿を確認した。

 

              

              

              ●

 

 

「り……理樹くん!」

「直枝!?」

 

 アリアにより直枝がやられた。三階の窓から突き落とされた理樹のことを気にかけている奴なんて、一緒に悪だくみをしていた理子ぐらいのものであった。他の連中はというと、顔を真っ赤にしてキンジを強猥男と罵る姿はクラス中に一つの事実を確認していた。

 

『『『事実だな』』』

 

 つまり、キンジの社会的な死を意味する。

 けど誰も言葉を口には出来なかった。なぜなら、

 

「あたしは、武偵!! 恋愛なんて、時間の無駄!! ましてやこんなやつ!!!」

 

 無言でキンジを蹴りつづけたアリアに人類は恐怖してしまったのだ。

 そして同時にこう思う。

 

(((ああ、下手にアリアを弄ったら殺される)))

 

 

 

 

              ●

 

 

 

「理樹くん! 大丈夫だった?」

「心配ないよ」

 

 午後の授業の時間となり、専門科目である探偵科(インケスタ)の時間がやってきた。

 その時に理子は、同じ学科であるし、理樹に先ほどは大丈夫だったのかととりあえず様子を見に来たのだ。

 

「昔から恭介たちと遊んでいたら落下とか日常茶飯事だったしね」

「でも、ごめんね。理子が変なことをお願いしたばっかりに」

「こうして理子さんが心配してくれた。それで充分だよ。ありがとね」

 

 アリアにたたき落とされたときはどうなるかと思ったが、そこは筋肉でなんとかなった。その事実に理樹は、真人に感謝しておくことにした。ありがとう真人。

 

「なんだよ理樹。オレの顔を見て」

「真人のおかげで助かったと思ってさ」

「そうか? なんかよくわからねえが――――ありがとよ」

 

 どういたしまして、と理樹はとりあえずいっておく。と、

 

「ねぇ、理樹くん、一つ聞いていい?」

「何? 遠山くんのことなら正直―――」

「そうじゃなくてさ、どうやって理樹くんはチャリジャックを退けたの?」

 

 困っな、と理樹は思った。見ると、興味深々という表情で理子に覗き込まれていた。

 

(どうしよう?)

 

 実は僕は超能力者でして、というのはたやすいが、

 

(……恭介に止められてるんだよな)

 

 理樹の能力は他人には秘密にしろ、と恭介から言われている。しかも、明かしていいのはリトルバスターズのメンバーや、非常時で人を助けるときだけにしろ、と厳しく言われている。基本的に恭介の言い付けは守りたいが、

 

(さて、この笑顔をどうやって乗り切ろう?)

 

 可愛い女の子の満面の笑みを裏切りたくはないし、理子さんになら言っても(多分)大丈夫だと思っている。でも、何よりも恭介を優先させたい。

 

『おい、理樹、俺が知恵を貸してやろう』

 

 僕の中の悪魔が登場した。おお、悪魔。相談に乗ってくれるのか。

 

『ここはやはり恭介の言う事に従っておくべきだろう。恭介がいった事に今まで間違いはあったか?』

(たしかに、僕は恭介のことを信じてるよ。疑ってなんかいないさ)

 

 悪魔の囁きに対するは、もちろん天使の施しであった。

 

『何言ってるのさ悪魔!!理子りんのような可愛い女の子の質問を誤魔化すのかい!?』

 

 僕の中の天使が登場した。すると、

 

(―――――――――ん? 君は誰だい?)

 

 理樹の心の中に悪魔、天使につぐ第三の相談者が現れた。

 ここは僕に任せてくれ。そんな自信に満ち溢れたような力強い声が聞こえた気がした。彼はこう言ったのだ。

 

『―――――――――筋肉さっ!!』

 

 

   

           ●

 

 

 

「―――筋肉さ」

 

 

 結論は出た。隣の席が真人なのも幸いし、

 

「真人! この僕と筋肉の無限の可能性について語り合おうじゃないか!」

「臨むところだ!!」

 

 申し訳ないな、理子に対してとちょっとだけ罪悪感は持ちつつも、

 

『『筋肉っ!筋肉っ!!筋肉っ!!!』』

 

 真人と筋肉することにした。

 

 

           ●

 

 峰理子は頬を膨らます。

 ちなみに理樹はその動作が可愛いと思っていた。

 

(筋肉って何の答えにもなってないじゃん)

 

 理子は前々から思っていたことだが、

 

(どうしてたかが『筋肉』で押し通せるんだろう?)

 

 筋肉二名は持ちネタが一つだけなのに、とバカキャラとしてなぜか敗北感がある。

 理子は秘密を探るのが好きだ。『情報泥棒』とまで呼ばれている。だから、

 

(いつか絶対見せてもらう……待っててね!!)

 

 理子はひそかに企んでいた。

 筋肉、筋肉、筋肉!そう言っているバカどもの立場を秘密をいつか見つけてやる。

 



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Mission7 昔馴染み アリア&来ヶ谷

 

「てめえ!! なんだと!?」

「単細胞の筋肉は黙ってろ!!」

 

 真人と謙吾は仲が悪い。彼らは今日も喧嘩する。

 でもそれは『喧嘩するほどなんとやら』であり、当人達はともかく、端から見ていてほほえましいものである。彼らは今日もどうでもいいことで喧嘩していた。

 

「・・・ねえ、いい加減喧嘩よしたら?」

 

そんな光景を見るのは日常茶飯事だとはいえ、理樹はとりあえず止めなければならなかった。

なぜなら―――――、

 

(・・・真人と謙吾が喧嘩するのはいいけど、大方の被害は僕にくるんだ!!)

 

 喧嘩とはいえ小学生二人のほほえましい喧嘩ではないのだ。

 強襲科(アサルト)の単細胞たちみたいに実物の拳銃を押し付けあうような命の危険はない。

 一応、真人は拳を、謙吾は竹刀をもっているから、けど、

 

(・・・真人の拳も、謙吾の竹刀も正直言って洒落にならない!!)

 

 過去の実績をあげてみよう。

 教室大破、プール大破、道場大破、廊下大破。

 結論から言って必ず『大破』におちつくのだ。

 ここでの最大の問題は、

 

(・・・二人が大破したものを片付けるは、たいてい僕の仕事になってしなうんだよ!!)

 

 二人が理樹に仕事を押し付けるようなことをするのではない。

 二人に任せたら、また喧嘩が起きて原型をとどめなくなってしまうのだ。

 結果、理樹が介入したほうが手っ取り早い。

 

「みんな喧嘩とめるの手伝ってよ!!」

 

 Fクラスのクラスメイト達にそう呼びかける。そしたら、

 

『いまレキ様の写真公表会やってるんだ。邪魔するな』

 

 と、同じ教室にいて、みなさま落ち着いて自分のしたいことをしていらっしゃる。

 ところで鈴さん?

あなたはなぜ僕の手伝いではなくて、村上君たちが持っているレキさんの写真を見ているのですか?

 

「・・・ええい、こうなったら恭介を探すか・・・」

 

 真人と謙吾の喧嘩を止められるのは恭介しかいないことは分かっている。

 幼いときからのルールとして、『恭介がいないときに本気の喧嘩は禁止』というものがある。

 

(さて、二人の喧嘩の度合いは――――)

 

 理樹は視線を向けた瞬間、レキの写真に見入っていた変態集団に物体が飛んでいった。

 

『な、なんだこれは!? 机か!?』

『レキさまの写真は無事か!?』

『た・・・大変なことになった。少々しわが付いてしまった!?』

『なにい? 何してるんだお前は!?』

 

 わりと本気のようだった。というかこれでいいのかFクラス。

 真人と謙吾の前に、このクラスを何とかしなければならないと思う。とはいえ、

 

「恭介を急いで探しに行こう」

 

 真人と謙吾の喧嘩がおきることは恭介がいることを意味している。

 急いで理樹は探しに向かった。

 

               ●

 

 

 

 中庭に入る。恭介は依然として見付からない。

 

「恭介・・・どこ行ったの・・・」

 

 心が挫けそうになる。

 ここは覚悟を決めて一緒に罰則を受ける気持ちでいたほうがいいかもしれない。

 すると、

 

『こっちだ、少年』

 

 呼びかけてくる声がする。振り返るっても誰も見えない。

 声だけ聞こえてくるなんてホラーかと、正直思った。

 でも待とうか。僕はこの感覚に覚えがある。たしか・・・

 

『どこを見ている、こっちだ』

「いや、声で正体は分かってるんだけど・・・・出てきてよ、来ヶ谷さん」

『もう出てるけどな』

 

 いきなり背後から声がした。

 反射的に振り返ると、大人の雰囲気が漂う女性が一名。

 来ヶ谷唯湖。理樹のクラスメイトだ。

 

「うわっ!」

 

 理樹が驚くのも無理はないだろう。

 なにしろ、さっきは声が後ろから聞こえたと思って振り向いたら、実際は正面にいたのだ。

 勘違いで済ますには武偵としては致命的だ。

 気がついたら背後をとられていて銃を突きつけられていましたなんてシャレにならない。

 

「今のは『横や後ろばかりではなく、前を向いて生きろ』ということを示唆してみたわけだが」

 

 このように来ヶ谷さんはつかみどころのない女性で、正直何を考えているのかよく分からない。真人や恭介の考えていることが意味不明なのは彼らがバカだからであり、バカの思考を読みきれないからであるが、この人は純粋に何がしたいのかが理解できない。

 

 天才、というのは彼女に似つかわしい表現だろう。

 

「どうしたんだ? そんなに驚いて」

「いや・・さっき来ヶ谷さんの声が後ろから聞こえたような気がするんだけど・・・」

「なんだ? 幻聴か? それはよくない傾向だな。保健室でも行って見てもらうといい」

 

 はあ、と頷くしか出来ない。

 

「さっきバカ二人と棗兄弟が走っていったが、また何かやってるのか?」

「うわ・・・恭介、もう止めに入ったんだ」

 

 入れ違いが起きてしまった。

 

「ごめん来ヶ谷さん。僕はもう行くよ」

 

 理樹も急いで現場に行こうとしたが、ガスッ!!と肩をつかまれる。

 

「待て、君はここでゆっくりとして行くといい」

「え、でも……」

「……」

「どうしたの?」

「いや、私はどうして君がそんなに懸命なのかと思ってな」

「……どうして? とうぜんじゃない?」

 

 来ヶ谷さんの言いたいことがよく分からない。

 

「今までいろんなバカ連中を見てきたが、君にはあの本能的バカ二人を止める事はできないだろう」

 

たしかにそうだ。でも、

 

「・・・友達だしさ。協力するのは当たり前じゃない?」

 

 思ったことを正直に口にする。

 言いたいことが伝わるかは微妙だと思ったが、来ヶ谷さんは満足そうだった。

 

「そういえば、先ほど面白いことを聞いたんだ」

「何?」

「あのアリア君が来てるんだって?」

 

 

         ●

 

 強襲科の生存率は97%だ。

 まあ、必ずしもそうではないし全員が卒業できた年もあるにはあるらしい。

 遠山キンジは強襲科に帰ってきた。もう二度と帰らないと決めていたのに帰ってきた。

 これもすべて、

 

(……あの野郎のせいだっ!!!)

 

 キンジは先日の直枝の裏切りを思い出す。

 井ノ原と一緒にどこかに行きやがったため、一人で寮の自室(元々理樹&真人の部屋)に戻る羽目になり、『変態』の烙印を押された挙句に、一度だけだが一緒にチームを組むことになってしまった。

 

(俺は武偵なんてやめてやると決めているのに……っ!!)

 

 けど、なんで帰ってきてしまったんだろう。

 きっとあの疫病神(アリア)のせいだ。そう心に刻んでおく。

 憂鬱を隠し通すことも出来ずに懐かしの強襲科(アサルト)の扉を開けると、

 

『おーぅ! キンジ! お前は絶対帰ってくると信じてたぞ!さあ、ここで1秒でも早く死んでくれ!』

「まだ死んでなかったのか夏海。お前こそ俺よりコンマ1秒でも早く死ね」

『キンジぃ! やっと死にに帰ってきやがったか! お前みたいな間抜けはすぐ死ねるぞ! 武偵っていうのは間抜けから死んでいくからな』

「じゃあ、なんでお前が生き残ってんだよ」

 

 昔は有名人だったからか、早速囲まれる。

 死ね死ねと連呼するのはいじめ問題に繋がりかねないが、武偵高では強襲科(アサルト)流のあいさつなのだ。

 つまり、『死ね死ね』と言うのが『おはよう』や『こんばんは』と同義ないかれた場所。

 そこがかつてキンジがいた場所、強襲科(アサルト)

『死ね死ね団』という愛称までついている。

 

 

「キンジぃ! 俺は嬉しいぜ! さあ、死の世界にGOだ」

「何言ってんのか分からねえよ! お前こそ爆発に巻き込まれて死ね」

 

 正直放っておいてくれ。そう思っていると、

 

「キンジ」

 

 呼びかけてくる声があった。

 キンジが顔を上げると校門の前にいたアリアがこちらにかけてくる。すると、

 

「じゃ、じゃあなキンジ」

「は、早く死ねよ!!」

 

 彼らはアリアの姿をみたら、急によそよそしくなって消えていった。

 

「あんたって人付き合い悪いし、ちょっとネクラ?って感じもするんだけどさ。ここのみんなはあんたには一目置いてる感じがするんだよね」

 

 ずばっと言ってくれた。

 

(そうだな、それは入試の時のあれを覚えてるからじゃねえか?)

 

 昔のことを思い出す。

 白雪でヒスってしまったあの日。俺のここでの黒歴史の始まりの日。

 

「あのさキンジ」

「なんだよ」

「ありがとね」

「何をいまさら・・・」

 

 アリアは小声ながらも心底うれしそうにする。

 

「勘違いするなよ。俺は仕方なくここに戻ってきただけだ。事件を1件解決したらすぐに探偵科に戻る」

 

 これがキンジの出したの条件。最大限の譲歩。

 

「分かってるよ。でもさ」

「なんだよ?」

「強襲科の中を歩いているキンジなんかかっこよかったよ」

「…………」

「あたしになんか強襲科(アサルト)では実力差がありすぎて誰も近寄って来られないのよ。昔は能力的に合わせることができた人もいたんだけど、方針の違いで喧嘩したことがあっちゃってね。まあ、あたしは『アリア』だからそれでもいいんだけど」

「お前は強襲科(ここ)で浮いてるような感じだったが、友達がいたのか?」

「昔はね。でも今どこで何してるかも知らない。派閥が変わっってしまったから。『アリア』って、オペラの『独奏曲』って意味もあるんだよ。1人で歌うパートって意味なの。1人ぼっち・・・あたしはどこの武偵高でもそう。 ロンドンでもローマでもそうだった。前に実力で組めるやつもいたんだけど、結局私と組んでくれそうな人はいなかった」

「それで俺を奴隷にしてデュエットにでもなるつもりか?」

 

 言ってやる。キンジには完全に皮肉のつもりだった。

 するとアリアはクスクスと笑った。

 

「あんたおもしろいこと言えるじゃない」

「そうか?」

「うん」

「キンジは強襲科に戻った方が生き生きしてる。昨日までのあんたは自分に嘘をついているみたいで苦しそうだった。 今の方が魅力的よ」

「そんなことは……ない」

 

今度は言い切れなかった。だからキンジはアリアを振り払うように、

 

「俺はゲーセンに寄っていく。お前は1人で帰れ! ていうかそもそも今日から女子寮だろ。一緒に帰る意味がない」

「バス停までは一緒ですよーだ!!」

 

 アリア嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。

 

「ねえ、ところで『げーせん』って何?」

「ゲームセンターの略だ。 そんなことも分からないのか?」

「帰国子女なんだからしょうがないじゃない。 じゃあ、あたしもいく。今日は特別に一緒に遊んであげるわ。ご褒美よ」

「いらねえよ。そんなのご褒美じゃなくて罰ゲームだろ」

 

 あ!?という鋭い眼光により結局、二人でゲームセンターに行くことになった。

 

 

         ●

 

「かわいー・・・」

 

 クレーンゲーム。

 その商品の可愛さにうっとりしていた。その愛らしさに思わず、

 

「やってみるか?」

 

 キンジは声をかけていた。アリアの顔がぱっと輝く。

 

「できるの?」

「やり方を教えてやろうか?」

 

 やり方を教えてやる。けど、取れない。

 アリアは今度こそ本気の本気と何度も言いまくっていた。

 

(ハハハ、取れないんだな?)

 

 ズイっと前に出てアリアをどかす。

 プライドの高いアリアは当然のごとく反発するが強引に押しのけた。

 だが、その願いはかなわずに、キンジの操るクレーンは人形を掴みあげる。

 

「キンジ見て!2匹釣れてる。キンジ放したらただじゃおかないわよっ!!」

「もう、俺にどうこうできねえよ」

 

 取れた。それも二体。

 

「やった!」

「っしゃ!」

 

 無意識に本当に無意識にパチイと俺達はハイタッチしてしまう。

 

「「あ」」

 

 目と目が合い二人はは目を背けた。

 

「ま、まあ馬鹿キンジにしては上出来ね」

 

 アリアは取り出し口から人形を2匹わしづかみにし取り出し、

 

「かぁーわぁいいー!」

 

 ぎゅうううと 人形を思いっきり抱きしめている。

 この子も年相応の女の子なんだなと思った。すると、

 

『うむ。相変わらず元気そうで何よりだ』

 

 気配は突然やってきた。声がなければ完全に気がつかなかっただろう。そいつは突如アリアの背後に現れる。キンジは思わず銃を手に取ろうとしたが、そいつの方が動きが早かった。

 

「誰!?」

 

 アリアも慌てたようだ。仮にもSランクの称号は単なる飾りではないのだ。

その彼女を持っていままで接近してきた人物に気が付かないというのは相当の大物であることを意味する。

 

(……相手の目的は何!? こんな場所で何かをしでかそうというの!?)

 

 背後を取られている以上不利はどうしようもないが、せめて背後に隠している刀で迎撃をしようとして。

 

『……白、か』

 

 変質者にスカートをめくられた。ゲームセンターにアリアの悲鳴が響き渡る。

 

 

           ●

 

「なにやってるのさ、来ヶ谷さん」

 

 直枝理樹はあきれ果てていた。

 もうちょっとまともな行動は取れないのかと。

 才能の無駄使いだった。

 

「久々の友人との再会なんだ。ちょっとしたインパクトがあってもいいだろう。サプライズだ」

 

 今しがたアリアのスカートをめくった変質者、もとい、来ヶ谷唯湖は笑っていた。

 はっはっはと笑っていた。

 

「すまないなアリア君。君がおもしろいことやってると聞いて様子を見に来たんだ。私とはずいぶんと久しぶりになるのかな?」

 

 来ヶ谷唯湖はイギリスの帰国子女。つまり、アリアと同じ。

 彼女は武偵の免許はイギリスでとったイギリス武偵だと聞いたことがある。

 イギリスからの仕事をやってた関係上、一年生の時のの後半に転校してきたアリアとは日本で会えないでいた。

 

「え……あなたまさか……リズ?」

「やあアリアくん」

 

 リズと呼ばれた少女はアリアの右手を握り、彼女の手に唇を重ねた。

 イギリス的な挨拶である。

 来ヶ谷は笑いながら、アリアは恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら。

 

「ところで来ヶ谷さん。質問いい?」

「なんだ?」

「リズって何?」

 

 理樹は疑問を口にする。

 すると、アリアのほうから返答があった。

 

「イギリスで優秀な人間はミドルネームを女王からじきじきにもらうことがあるわ。イギリス時代には『エリザベス』という名前が付けられた。私の『リズ』は愛称の一つよ」

「リズべスと呼ばれることの方が多いけどな」

「へぇ」

 

 アリアは淡々と説明する、けどその様子は、

 

「リズ!! 久しびりね!! 元気してた?」

 

 誰もがとてもうれしげに見えた。

 

「ねえねえいつから日本にいたの? 強襲科には在籍してないわよね?いま何してるの?」

 

 樹にはアリアが小さな子供にも見えた。

 来ヶ谷さんはハハハと笑い。

 

「・・・心配なさそうだなアリアくん。今はほら、私のことじゃなく」

 

 来ヶ谷さんはアリアを見て、安心したような温かい笑みを見せ、クレーンゲームに向き直らせる。

 ほら、と彼女はいう先に、アリアは見た。

 キンジと二人でゲットした人形があることを。

 

「キンジ!」

 

 喜んでアリアは人形を押しつけてた。そして言った。

 

「2人で分けましょう」

 

 釣り目気味の細目をにっこり細めたアリア。キンジは不覚にもドキッとしてしまう。

 

「なんだか悔しいけどな」

 

 負け惜しみのようなことを言いながらキンジは受け取り、それが携帯のストラップになっていると気づく。

その段階で、

 

「あれ?来ヶ谷さん、もう行くの?」

「ああ。もともと様子を見ても声をかけるつもりはなかったんだ」

「へ?」

「アリアくんがあの様子なら、心配も何もないだろう。じゃ、行こうか、少年」

「どこへ?」

「somewhere」

 

 二人は出て行った。

 何しに来たんだあいつら、と感じるキンジは半ばあきれながらも、無邪気に喜んでいるアリアと入手した人形を見て、

 

(・・・ま、いっか)

 

 遠山キンジはつかの間の安堵を手にしていた。

 



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Mission8 7時58分のバスジャック

 

「昨日はすまなかったな、少年。わざわざ案内までさせて」

「ああ、別に気にしてないからいいよ」

 

 直枝理樹は早朝から学校に来ていた。

 別に彼自身の意思ではなく、来ヶ谷唯湖からのに呼び出しをくらったためである。理樹の用事ならもれなく筋肉さんが一緒についてくるはずであるからだ。朝一番に彼女が礼を言ってきたことについてはありがたく素直に受け取っておくことにするが、

 

「ねえ、ここどこ?あとなんで僕を呼び出したの?」

 

 彼が来ヶ谷唯湖に呼び出されたは場所は武偵高にある第三放送室。

 理樹自身、なぜ今この場所に来ることになったのかをいまいち把握していないのだ。

 理樹と来ヶ谷の関係は簡潔にいうなればクラスメイト。ただそうはいっても、普段から仲が良かったというわけでもない。というか、来ヶ谷は授業に出るどころかみかけることすら稀な存在である。

 

「最初の質問から答えていくとしよう。ここは私の自室と化してるんだ」

「へ?」

「ほら私、自分の委員会持ってる放送委員長だから。忘れているかもしれないが、私は委員会連合に所属する委員会の長の一人だぞ。……まぁ、この学校には同学年にあと二人同じ立場の奴がいるからそんなに珍しいともいえなくなっているがな」

「へえ……ってええ!?」

 

早朝から、理樹の驚く声が学校に響きわた―――――

 

「ここは防音だから好きなだけ叫ぶといい。『好きだー!』とか『パンツ見せて!』とか」

 どうやら響き渡たることはないようだ。

 とはいえ理樹が驚くのは無理はない。

 そういえば、来ヶ谷唯湖といえばこの東京武偵高校二学年の誇る筆頭問題児三人のうち一人であった。待遇からして来賓のようなVIP扱いで、授業すら免除されているという三人の成績優秀者。ただ、三人とも性格に難点が挙げられるとかなんとか。

 

「そういえば、来ヶ谷さんも委員長の一人だったね。昨日ゲーセンでアリアさんのスカートをめくっていた人とは思えないよ」

 

自分の委員会を持っているということは、ある意味で一つの会社の長みたいなものである。委員長というだけでレアではあるが、委員会連合の所属ともなると話はまた違ってくる。SランクやAランクの武偵というものが一種のネームバシューとして機能するように、委員会連合に所属している委員会の委員長というだけで信頼を証明していると言える。プロ野球のチームを持っている会社が世界における信頼を受けやすいといえばわかりやすいだろうか。世間的な評価として、信用できるだけの実力があると太鼓判を押されたようなものだ。

「そんなに驚く事はない。私はちょっと特別なんだ」

「というと?」

「私はまともに国の仕事なんかすると思うのか?」

 

 来ヶ谷からの質問に対し、理樹の率直な感想を正直に言わせてもらうとすると、

 

「全く思わないです」

 

 正直、全くそんな印象はない。

 お前は仕事なんて全くしていないじゃないか、ともとれる失礼な言い分に対して来ヶ谷は怒ることもなく、そうだろう?、は笑っていた。

 

「私は武偵としてはイギリスでの活動のほうが長いんだ。というか、私の本職は武偵ではなく外交を中心とした政治家だ。だから、血統こそ日本人だが主な活動はイギリスから入っている仕事をしていてな、外交の関係上私が行動したほうが手っ取り早いという場合がたまにあるんだ。私は『イギリス清教』所属だから世界を飛びまわることがあって、その功績で委員長という肩書きが与えたれたにすぎないんだ」

「でも来ヶ谷さんって、委員会の仲間とかって東京武偵高校でいるの?正直三枝さんくらいしか一緒にいるところを見たことがないんだけど」

「葉留佳君か?葉留佳君は別に私の委員会の一員ではないぞ。ただ、入学当初から何か気があったのかよく一緒にいる。いつの間にか私の仕事を手伝ってもらっているうちに、側近ともいえるだけの働きをするようになってしまっていただけだ。彼女がその気なら、いつでも私の委員会に入ってもらいたいんだけどな……」

「何か問題でも?」

「葉留佳君の本心は、私にあるのかといわれたら微妙なところなんだよ。良くも悪くも、彼女にとって一番大切なものがはっきりとしているだけにどうにも誘えない。だからまぁ、委員会の仲間はこの学校にはおろか、日本よりもイギリスにいる」

「それじゃ割と好き勝手しているよね」

 

 来ヶ谷唯湖の委員会がどういう人間で構成されてるのかを理樹は知らない。

 ひょっとしたら名ばかり委員長なのかもしれないし、純粋に彼女をしたっている人間で構成されているのかもしれない。三枝葉留佳という人間が来ヶ谷唯湖をしたっている様子を見たことがある以上、来ヶ谷は誰かに尊敬され、慕われるだけの何かを持っている人間だ。

 

 そんな人間が、仲間たちをイギリスという場所に大半を残したまま、当の委員長は二本という外国に留学している。

 

 無責任だとは言わないが、それでも好き勝手やっているという評価になってもおかしくはないはずだ。 

 

「確かに私みたいなタイプは珍しいかもしれないな。でも東京武偵高には私みたいな特殊なタイプじゃなくて、典型的な委員長といえる人間もいるし、本当なら私もそうあるべきなのかもしれないな」

「誰?」

「二木女史」

 

ああ、と理樹は思い出す。同じ学年の二木佳奈多さん。

 

(二木さんか。たしかにいつも『風紀』の腕章をつけてたっけ?)

 

 風紀、というクリムゾンレッドの腕章をつけている少女。

 理樹からみた感想としたら、おっかなさそうということしかない。

 

「二木さんってそんなに優秀なの? よく知らないんだけど」

「機会があったら見ておくといい。面白い戦い方をするよ、彼女は」

「そうなの?」

「ああ。何しろ委員長レベルとなると、今私が自由に使っているこの放送室のように、授業でなく個人で使っていい部屋がついてくるのだからな。彼女の場合は応接室だったか。豪華だぞ」

 

 理樹としては今の探偵科(インケスタ)寮での暮らしに当面の不満はない。

 でも、応接室を普段から自由に使ってもいいというのはうらやましいと素直に思った。

 

「ところで、本題だけどさ」

「何だ?」

「アリアさんについて、教えてくれない?」

 

 一瞬だけ怪訝な顔をした来ヶ谷さんであったが、すぐにああ、と納得した表情を見せ、

「遠山少年から頼まれたか?」

「わかってるなら聞かないでよ」

 

それもそうだな、と来ヶ谷さんは言ってから、

 

「…………」

 

わずかにまた表情が曇った。

 

「どうかした?」

「変な電波が出てる」

 

 

言われた意味が分からなかったが、電波と聞いて理樹は嫌な思い出がよみがえる。

つい先日、リモコンで操作されたセグウェイに何をさせられたか。

必死にチャリを漕ぎまくって、遠山くんに『変態』の称号をあたえるきっかけとなってしまったではないか。

 

「アリアくんが昨日の夜に尋ねて来てな。変な電波があったら知らせてくれという内容だった。整備委員長をやってるあの厨二病にお願いしてサンプルの情報は手に入れることはできたんだが―――――これは、見事に一致してるな」

「来ヶ谷さん!」

 

どこで検知されたんだと、せかしてしまい。

 

「チャリジャックの次はバスジャックか。7時58分の探偵科からでているバスだ。もしかして君も馴染みがあったりするのか?」

 

 

 

              ●

 

 

  遠山キンジにはなんだかんだでいつもの日常が帰ってきたはずだった。

  白雪が大量につくった料理の残りを食べながら、メールのテェックをして、学校に行く。ただそれだけの、いつもの日常のはずだった。

 

おかしい。そう思ったときは手遅れの場合がある。

 

アリアがいなくなり、早めに寮をでることができたはずなのに、7時58分のバスに乗り遅れた。

 

(……いつもならこんなことはまずないのにッ!!)

 

 経験則から言って、7時58分のこの時間バスは混むことは分かり切っている。

 しかも、今日は雨だ。

 普段からして混んでいるのに、自転車が使えない今日はバスを通学手段とする人間も多いはず。本当なら普段よりも少しだけ早く寮を出てバス停で待っている必要があったのだ。

 

「やった! 乗れた! やった!やった! よう、キンジ、おはよう」

 

キンジが到着したころには、同じくギリギリで乗り込んだであろう武藤のバカ野郎万歳していた。そのときまでキンジは余裕を持った行動をしていた。めずらしく駆け込みでバスに乗ることもないだろうとか考えていたのだ。

けど、数少ない友人である乗り物バカが乗っているということは、

 

(あれは……俺が乗っているいつものバスじゃないか!!)

 

いつものバスに乗り遅れたことを意味していた。慌てて追いかけてみるが、乗れるはずがない。

 

「くそっ!!」

「あーぼよーキンジー!!」

「このやろういらつく笑いかたなんてするなぁッ!!」

 

勝ち誇ったような笑みを見せる武藤をそのまま見送る羽目になり、この大雨のなか、遅刻確実で徒歩で学校に向かうこととなった。一時間目はたしか国語だったはずだ。国語は銃技みないなものではなく、社会に出てから、つまり、一般高に転校してからも役立つ教科。なので受けておきたかったため、

 

(……サボりたくないなぁ)

 

 そんなことをと思っていたところに、一本の電話がかかってっきた。

 

『キンジ、今どこ?C装備に武装して女子寮の屋上に来なさいすぐに! 』

 

 それは聞きたくない声だった。それに何のようだろう?

 強襲科は五時間目からだろう?

 

『授業じゃないわ事件よ! あたしが来ると言ったらすぐ来なさい!』

 

キンジは約束していたのだ。どんな簡単な事件でも一件だけ一緒に活動してやると。

それはつまり、どんな困難な事件でも一件だということを意味した。

 

(……まいったな)

 

 どうやら大きな事件になりそうだ。

 せっかくなら小さな事件がよかった。そうつぶやきながらも約束は約束だ。

 無視するわけにもいかず、アリアの指示に従ってキンジは集合地点に到着する。

 

 

「―――――――――――――――レキ」

 

 集合地点にいたのはアリアだけではなかった。

 一緒に召集をかけられていた女の子の名を呼ぶが、返答が返ってこない。

 その名はレキ。狙撃科のSランク。名字は本人も知らないらしい。

 

「ようレキ。お前もアリアに呼ばれたのか?」

「………」

 

 置物のように微動だにしない、いつもヘッドホンをしている変な女。

 それがキンジから見たレキの評価である。

レキの肩をとんとんと叩くとようやくレキはヘッドホンを外してこちらを見上げてきた。

 

「いつも何の音楽聴いてんだ? 一回聞いてみたかったんだ」

「音楽ではありません」

「じゃあなんなんだ?」

「風の音です」

 

 いつものことだが、レキが何を言っているのか分からない。

 キンジがどう話せばいいものかと悩んでいると、レキがドラグノフ狙撃銃を肩にかけ直した。レキはすでにアリアの方に向いている。レキが動いたということは、アリアの方も動き始めたということだった。

 

「―――――――そう。ありがとリズ」

 

通信を終えたアリアが愛想のレベルが平均をきる二名の方を見る。

 

「Sランクがもう一人が欲しかったとこだけど他の事件で出払ってるみたい。リズも今から召集をかけるには遅い場所にいるみたいだしね」

 

(アリアの中では俺ら全員Sランクなんだな。俺はしょせんEランクなのに)

 

アリアは、作戦を共にする仲間を見て宣言した。

 

「じゃ、作戦を開始するわよ!」



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Mission9 バスジャック事件

 

 

 

 

「バスジャック?」

 

 ヘリの中、キンジとレキの二人は自身の装備の確認を行いながらアリアの説明を聞いていた。バスジャックと聞いて一つ心当たりがある。今日、キンジはいつも使っている通学バスに乗り過ごしている。

 

「武偵高の通学バスよ。あんた達の寮の前に7時58分に停車しているやつね」

「犯人は車内にいるのか?」

 

 いつもあのバスは混んでいる。身動きだってロクにできない状態かもしれない。

 緊迫した状況だということは、頭での理解より先に実感としてやってきた。

 

「分からないけど多分いないでしょうね。今回のバズジャックもたぶん今までと同じ同一犯。あんたたちの自転車に爆弾を仕掛けた犯人と同じ犯人ね」

 

 爆弾。

 この言葉が先日のチャリジャックを思い起こさせた。

 

「キンジ。これは『武偵殺し』。あのチャリジャック犯と同一だわ」

 

(『武偵殺し』――――――――――だって!?)

 

 武偵殺しというのは白雪が話題に出した連続殺人犯の通称である。

 でも、武偵殺しというのは、

 

「奴は毎回減速すると爆発する爆弾をしかけて自由を奪い。遠隔操作でコントロールするの。でも、その操作に使う電波にパターンがあって今回もあんた達を助けた時もその電波をキャッチしたのよ。今回出ている電波はあたしが集めたものと同じだということはリズが証明してくれたわ」

「待て、武偵殺しは逮捕されたはずだぞ」

 

 武偵殺しはとっくの昔に捕まっているはずだ。

 白雪だって言っていたじゃないか。

 武偵殺しの模倣犯がでるかもしれないから気を付けてね、と。

 

「それは真犯人じゃないわ」

「待て、なんでそんなことを断言できるんだ?それに……一体お前はなんの話をしているんだ?」

 

 直観としての違和感を感じる。よくよく考えてみればこの話はあちこちおかしな点がある。第一に、アリアがいくら優れた武偵だとしても、事件発生から対処までの準備が早すぎるのだ。昨日アリアは『リズ』という名の友人に再会して、協力してしてもらったとしても行動が早い。

 

「説明している暇なんかないし、あんたが知る必要もない。リーダーはあたしよ。事件はすでに発生している」

「リーダーをやりたきゃやれ! でも状況をもっとッ!!」

「武偵憲章1条仲間を信じ仲間を助けよ!被害者は武偵高の仲間よ!それ以上に説明はいらないわ」

 

 上空からヘリの音が聞こえてきた。ヘリの音は緊張感を伝えるのには充分だった。なのに、彼女は笑っていた。こんな状況にも関わらずアリアは笑っていた。

 

「キンジ。これが約束の最初の事件になるのね」

「大事件だな。俺はとことんついてないよ」

「約束は守りなさい。あんたが実力を見せてくれるの楽しみにしてるんだからね」

 

           ●

 

「見えました」

 

 レキの声よりキンジは防弾窓の下を見た……が、台場の町が見えるがバスなんて見えない。

 それどころかまだ何も見えない。本当に存在しているのかすら疑わしかった。

 

「どこだレキ!」

「ホテル日光を右折しているバスです。窓から武偵高の生徒達が見えています」

「よ、よくわかるわねあんた。視力いくつよ?」

「左右共に6.0です」

 

 お前はアフリカの原住民か。

 そんな突っ込みをしながらも状況を把握したアリアが作戦を説明した。

 

「じゃあ、パラシュートでバスの上に降りるわ。あたしはバスの外側をチェックするからあんたは周囲を警戒。レキは待機。キンジは車内を確認、報告。簡単でしょ?」

「内側って、中に犯人がいたらどうするんだ。人質が危険だ」

「『武偵殺し』なら、車内にはいない」

「そもそも『武偵殺し』じゃないかもしれないだろ!」

「違ったら自力で何とかしなさいよ。あんたなら、どうにかできるはすだわ」

 

 ――――――――――コイツッ!?

 

 探偵科(インケスタ)に入ってから、チームとしての行動は棗先輩がリーダーのものしか見ていない。

 あの人は作戦も行動も予想の斜め上をいっていたて、今のアリアみたいにぶっ飛んだことを言う事もあった。けど、今のキンジたちにはないものがある。信頼度。棗恭介を中心としての信頼度は完璧といっても問題なかった。

 リトルバスターズ。何より彼らには『信頼』があった。

 けど、おれはアリアのことを信頼できそうにない。アリアが独奏曲なのが分かった気がした。

 それでも今の状況ではアリアを止めることはできやしない。事態は一刻を争うことは事実なのだ。

 

 「作戦スタートッ!!」

 

 バスが行ってしまう。俺は落下していく。距離的に死にはしないがバスが追えない。

 レキの報告を受けたらしいアリアが通信機越しに怒鳴りつけてくる。

 

「うわっ!」

「よう武藤、早い再会だったな!」

「あ、ああ畜生。 俺はなんでこんなバスに乗っちまったんだ?」

「友達見捨てたバチがあたったのさ」

 

 アリアに散々怒鳴られながらもなんとかバスにヘリから飛び移ることには成功した。

 

「遠山先輩!助けてください!」

 

 後輩が泣きそうな顔で携帯を差し出してくる。するとその携帯には、

 

 『速度を 落とし やがると爆発 し やがります』

 

 聞き覚えがある。間違いない。とりあえずは報告だ。

 

『アリアの予想通りだ!遠隔操作されてる!爆弾は!』

『バスの下にプラッチック爆弾!このバスなんか簡単にけし飛ぶ量よ』

 

 消し飛ぶ量ということはこのバスに乗った客はみな、キンジたちの手にかかっているということだ。

・・・そう、普段はただのFランクの少年の手に。

 

『え?』

 

 アリアの戸惑いの声が通信機から漏れる。

 

 (・・・・・!)

 

 

 見ると後方から1台のオープンカーが距離を取っている所だった。

 その座席には俺達を追いまわしたあのセグウェイと呼ばれる乗り物があった。

 

 (・・・・やべえ!)

 

「みんな伏せろ!」

 

 指示は間に合った。みんなが伏せた瞬間機関銃が車内にぶち込まれる。だが、一応は無事だ。

 

「みんな大丈夫か!」

 

 ぐらっとバスが変な揺れ方をしたので慌てて運転席を見ると運転手がハンドルにもたれかかるように倒れていた。

 

 (・・・・気絶したか!)

 

 運転手さんは一般人だ。むしろ、これまでもってくれたことすらありがたいと思うべきだろう。

 

 「武藤!運転変われ早く!」

 

 ヘルメットを投げながら言うと武藤は慌ててそれを頭につけて運転席に座る。武藤はバカだが素直な奴だ。状況を理解している。

 

「俺、この間改造車がばれて1点しかもう、違反できないんだぞ?」

「ハハハ、友達見捨てた罰だ。速度違反で免停確実だな」

 

 ワイヤーを戻しながら言うと後ろから武藤の怒声が響いてきた。

 

「落ちやがれ引いてやる!」

 

 バスは高速でレインボーブリッジに入っていく。こんな都心で爆弾が爆発したら大惨事になる。

 キンジはアリアの様子を見ようとして、ぎょっとする。アリアはヘルメットをつけていなかった。

 

「アリア!ヘルメットはどうしたんだ!」

「さっき、ルノーにぶつけられた時ぶち割られたのよ! あんたこそヘルメットどうしたのよ!」

「武藤に渡してきた。今はあいつが運転してるんだ」

「―――――――――――ッ!? このバカッ!」

 

アリアの怒声が響くが、焦ったような声だった。何だと振り向くと猛スピードでルノ―が突っ込んでくる。そして・・・銃口はまっすぐ自分を見据えていた。

 

(俺はこんなところで……死ぬのか? ――――――――兄さんっ!?)

 

「後ろ! 伏せないさいよ馬鹿!」

 

 

 死を覚悟したキンジは時間が止まったように動けはしない。呆然とするキンジに対し、アリアがタックルして―――――――鮮血が飛び散った。

 

「アリア!」

 

 ごろごろとアリアが転がってくる。見ると機関銃が破壊されている。アリアが交差の時にやったらしい。なんて奴だ。あのタイミングであわせたのか!

 

「アリア……アリア!」

 

とりあえずルソーがいなくなったことには安心している暇はない。アリアは俺をかばって撃たれたのだ。アリアの意識も飛んでしまっている以上、早く医師に見せないと!

だが、現実はアリアの心配もしていられない。また三台ものルソーが銃口をむけて現れたからだ。

 

「ちくちょうっ!」

 

 いや、正確には四台だった。三台のセグウェイに、一台の車。

 残り一台にのっているのは、見慣れたルームメイト。

 

            ●

 

「く、来ヶ谷さん! 随分とあぶない運転するんだね!!」

「仕方がないだろう、少年。こうでもしないと追いつけないからな」

 

 理樹と来ヶ谷はチャリジャックの電波を捉えた後、アリアに連絡をして、なおかつ自分たちで現場に向かっていた。人命に関わるということで車輌科(ロジ)に行って絶賛被害者の武藤の車を勝手に拝借した。後で武藤に怒られそうな気もするが、人命救助の役に立てたのだからそれくらい見逃してくれるだろうとは来ヶ谷の言い分である。

 

「行くぞ、少年、準備はいいか?」

「うん。いつでも。そっちこそ、大丈夫?」

「私を誰だと思ってるんだ?」

 

 来ヶ谷唯湖が運転しているの車はオープンカー。しかも、二人乗りのタイプである。来ヶ谷が荒くもスピードを出して前方に追いつこうとするのに対し、理樹は体を乗り出した。正確には、右手を前に差し出した。本当なら真人も一緒にいたなら、しっかりと支えてもらえたかもしれないが、いかんせん時間がなく、恭介も今どこでなにやってるか分からないため、二人で来ることになった。

 

(僕の能力は魔術に対し有効な能力!!)

 

 ジャックされたバスに付いている爆弾に対してはこちらから取れる手段はない。なら、標的となるのは、三台のセグウェイだ。

 

「少年、この銃借りるぞ」

「え!?」

 

 理樹の持っている銃はコンバット・マグナム。

 それをいつ掠め取ったのか分からないが、来ヶ谷は勝手に理樹の銃を取り出して、片手で運転したまま、

 

「そらっ」

 

 片手でマグナムを連射する。そして、いとも簡単にセグウェイに付けられた銃口を破壊した。

 

(すごい!! 恭介みたいだ!!)

 

 なんて人だろう。来ヶ谷さんは軽い気持ちで問題を1つ解決した。

 となると、残りも問題はただ1つ。

 

「さて、出番だぞ、理樹くん」

「分かってるよ」

 

 セグウェイ自身にも爆弾が付けられている。その爆弾を何とかするのが理樹の仕事だ。

 

(大丈夫。この間みたいに解決すればいい)

 

 以前チャリジャックされた時と同じようにやる。来ヶ谷さんもいるし、失敗する要素はない。

 

「構えろ、少年!」

 

 来ヶ谷さんは今度は爆弾を取り出す。しかも、魔術による爆発を起こす特別製を。来ヶ谷さんの動きは適格だった。セグウェイにぶつかった瞬間に爆発するように時間を見計って投擲する。以前理樹が使用したものよりも爆発範囲が広く、本来なら二人が乗っている車も巻き込まれるはずだが、

 

「――――――――!!!」

 

 理樹もいる。理樹は右手を必死に前に出し、オープンカーに飛んでくる爆風を無効化する。

 

(僕だって役に立つんだ!! 来ヶ谷さんに迷惑をかけるわけにはいかないし!!)

 

 来ヶ谷さんに負担はかけられない、と、爆風に思わずはじかれそうになる右腕を必死に前に伸ばし、

 

「……やった」

 

 やりきった。少年は打ち消すことに成功した。おつかれ、と少年は少女とともにとりあえずの安堵を得たことに優しい笑みを見せ、こう言った。

 

「じゃあ、後はお願いねレキさん」

 

 

          ●

 

 

 遠山キンジはアリアをその胸に抱えたまま、ことの成り行きを見ることしか出来なかった。

 ルームメイトとこの間会った変質者が助けてくれたのに、今起こっていることは何かを正しく理解することが出来ない。ただ分かるのは、アリアをなんとかしなければという焦りのみ。その時、上空にやってきたヘリから声が聞こえた。

 

 

 

『――――――――――私は、一発の銃弾』

 

 

 私は1発の銃弾。レキの声。レキのお決まりのセリフだ。

 撃つ時、レキは集中のため言う言葉だとキンジは思っている。

 

『銃弾は人の心を持たない。 故に、何も考えない』

 

『ただ、目的に向かって飛ぶだけ』

 

 バスの鹿から部品が落ちて転がっていく。

 部品から火花があがり宙を飛び、ガードレールを飛び越え海に落ちていった。

 

(すげえ・・・さすがレキだ)

 

 レキはヘリに乗ってる不安定な状態で、ガードレールの隙間から動いているバスに付けられた爆弾の接着部分を一つづつ狙撃し、爆弾を叩き落した。海中に落ちた爆弾は巨大な水しぶきを上げる。バスジャックはこれで解決したことになるだろうが、キンジには勝利の余韻に浸ることなどできない。

 

「アリア・・・・しっかししろ、アリア!!」

 

(額から血がでている。早く病院に・・・・)

 

 

 バスは次第に減速して止まる。

 結局、最後まで何の役にも立たなかった男は、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。



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Mission10 病室の二人

 

 

遠山キンジは病院に訪れていた。この病院は普通の病院ではない。東京武偵高の衛生科が所有する病院だった。この病院では今大忙しのようで、今だって衛生科(メディカ)の武偵たちの声が病院内に響き渡っている。

 

『おい、怪我人の手当てはこれで全部終わったか!?』

『気絶していた奴が目を覚ましたぞ!すぐに来てくれ!!』

 

 バスジャックの際、バス内にいた強襲科(アサルト)の人達が反撃に出たが、セグウェイにのせられていた熱反応式の銃に撃たれた者が多数いたからだ。これでも被害はまだ小さかった方になる。キンジたちが駆け付けるのが遅れたら、どうなっていたか分からない。

 

とは言え、

 

(……俺は何も出来なかったんだな)

 

 所詮はただのEランクだと思い知らされた。

 あの場で俺が出来たことなど何があっただろうか?

 

 事実、キンジはアリアに怪我を負わせてしまった。

 今病院にキンジがいるのも、彼の力のなさが招いた結果なのだろう。

 無力をかみしめるものの、彼にだって弁明がないわけではない。

 

(でも、手を抜いたわけじゃないんだ)

 

 手を抜いたわけじゃない。それだけは確かなのだ。本気でやった。実力が出せなかったわけじゃない。事実、キンジは探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)が徹夜で調査してくれた資料を手にアリアの病室に向かう。 すると、その途中である人に会った。

 

 

「……来ヶ谷か」

 

 何も出来なかったどこかの無力な少年とは違い、バスジャックから多くの人を救った立役者に出会った。来ヶ谷はキンジを一瞥したが、元々キンジと来ヶ谷の間にこれといった接点があるわけではなかった。彼女からは何も聞いてはこなかったので、キンジの方から口を開いた。

 

「直枝は?」

「理樹くんなら武藤少年に真人少年と二人して謝りに行ってるよ。勝手に車動かしてゴメンと」

 

 実際の所、武藤の車を勝手に拝借したのは来ヶ谷であって理樹ではない。真人に至っては全く関係の無いことでもある。世の中の公安委員の中には勝手にやるだけやってなんのフォローも入れない輩も存在する。謝りに行くあたり、彼らの人のよさが出ているといえるだろう。

 

「で、どんな感じだった? アリアくんとの作戦は?」

「やってられない」

 

 素直に言ってやった。

 来ヶ谷唯湖はアリアの昔馴染みの友人だという。彼女の友人を侮辱するような発言を今からすると自覚しながらも、それでもキンジは止めなかった。

 

「セオリーの無視もいいとこだ。あいつは自分のことしか考えてない」

 

 ひょっとしたら、これは何もできなかった自分に対する嫌気がアリアへの八つ当たりとして出てきたのかもしれない。対して来ヶ谷唯湖はキンジに対して昔馴染みを怪我させたことに対して文句を言うわけでも、アリアを擁護する言葉を口にするわけでも無かった。

 

 ただ。

 

 そうかい、と口にしただけだった。

 

 

「……お前は何か俺に言いたい事があるんじゃないか?」

「何も無いさ」

 

 来ヶ谷は即答した。

 

「私とアリアくんの関係は知らないだろうから説明しておく。私たちは実力的にチームを組めないわけじゃないんだ。イギリスにいた時は仲が悪いわけではなかったしな。私もアリア君も、当時は友達が少なかったし割と気が合ったよ」

 

 アリアが独唱曲(アリア)である所以は、アリアの持つ実力についていける人間がいないことである。その大前提がないと、来ヶ谷は言ったのだ。

 

「けど、イギリスでは考え方が違うゆえに私が彼女とチームを組むことは無かった。組んだとしても、のちに方針の違いからの破局は免れなっただろうな。私はイギリスにいた頃も、自分で身体を動かすよりは影で悪だくみでもしている方が好きだったタイプだしな」

「何が言いたい?言いたいことがあるなら直接はっきりと言え」

「私から言いたいことは何もない。けど、聞かせてやりたいことはある。昨日アリア君

が私のとこにあれから訪ねてきてな」

 

  

『ねぇ、リズ!聞いて!』

 

 なんだ。

 

『あたし、ようやくパートナーが見つかったかもしれないの!』

 

 そうなのか?

 

『あたしとキンジが組めば、どんな難事件だって解決出来るわっ!』

 

 そうか、それはよかったな。

 

『まだ乗り気じゃないみたいけど、リズと違ってやる気を出してくれそう!』

 

 それは私がやる気無しということか?まぁ何はともあれよかったな、アリア君。

 

『うん!』

 

 

「久しぶりだったんだ。アリア君のあんな顔を見たのは。君の事情は知らない。アリア君の意見なんて君からしたらやっがいごとの迷惑でしかないのかも知れない。それでも、彼女は喜んでいたんだ」

「―――――――――――俺には関係ないっ!」

 

 反射的に叫ぶキンジに対し、来ヶ谷は驚くこともなにもせず、

 

「じゃあな。私は忙しいので」

 

 来ヶ谷は去っていくと同時、キンジもアリアのいる病室へと向かい歩き出した。キンジは無言で歩いてはものの、アリアが今何を考えているのだろうかとかそんなことを考えてしまっていた。衛生学部(メディカ)の生徒、神北小毬からキンジはアリアの容態は予め聞いている。

 

『アリアの容態はどうなんだ?』

『うーんと、まず命には別状はないんだけどね。えっと……』

『頼む、はっきりと言ってくれ』

『おでこに傷跡が残りそうなの』

『……そうか』

 

 かつてキンジは猫探しの依頼をアリアと共に行った。

 その際アリアは自身のでこを自慢の一つとか言っていた。

 一生治らない傷をつけてしまった。

 

 ――――――――俺はアリアとなんて話せばいいんだろう。

 

 考えても考えても分からない。それでも行かなければいけない。

 それがキンジの義務だ。

 

「――――――――どうぞ」

 

 ノックして病室に入る。ぱっと見では神北が言っていた傷跡がよく分からなかったが、アリアの髪型が変わってることに気づく。どうしても気づいてしまう。おそらくは傷跡を隠すようにした髪型にしたのだろう。

 

 髪型のことを話題に出すことはできなかった。無言を貫くアリアに対してキンジの口から出てきたのは今回の事件の結末といった事務的なことだけ。そして、アリアにバスジャック事件のレポートを渡すと、

 

「そう」

 

 アリアは一瞥もせず、そのまま個室に付いているごみ箱に入れた。

 

「お前っ! 仲間の努力を!」

「事件は終わったの。こんなのもう必要ないじゃない。どうせ犯人は分からないとしか書いてないんだから」

「ッ!」

 

 キンジはアリアに対し引け目がある。アリアを怪我したのは自分のせいだから。俺がしっかりしてればアリアは無傷で済んだかもしれないから。そう思う気持ちは確かに存在している。けど、これだけは思った。

 

『この女とはやっていけない』

 

 あの来ヶ谷とかいう女も、性格の不一致で無理だったのだろう。アリアが独奏曲なのは、こいつの性格に他ならないはずだ。これでお別れとなるだろう。だから、最後にアドバイスをしておくことにする。

 

「お前、もっと気楽にしたほうがいいぞ」

 

 いうことは言った。

 もうキンジは部屋から出て行こうとして、

 

「――――――なによ」

 

 弱々しい声を聞いた。怒っているような声を聞いた。失望したかのような声を聞いた。

 

「あたしはあんたを信じてたのに!」

 

 アリアは普段から遠慮というものをしなかった。常識外れだった。だから今も全力でぶつかってくる。

 

「現場に連れていけば、またあの時みたいに実力を見せてくれると思ったのに!」

 

 その一言はキンジには禁句だった。

 バスジャックで所詮はEランクだと認識させられ、ありもしない実力に期待されたキンジには。

 キンジには最初から分かっていたのだ。

 もし、自分にそんなスーパーヒーローみたいな力が備わっているのならどんなによかったことか。

 

「何度も言ってるだろっ!俺にそんな実力はない!」

「嘘よ!」

 

 二人は互いに譲らない。譲りはしない。

 

「あんたには才能がある! どうしてそれを使わないの!?」

「仮に才能があったとしても、そんなものは俺には必要ない!俺は武偵を辞めるんだ!!」

 

 武偵を止める。この事実を知ってるやつはほとんどいない。ルームメイトの直枝と井ノ原には気づかれてるし、幼なじみの白雪には言ってある。けど、感情を剥き出しにしてこの事実を言うのは初めてだ。

 

「何よ! 武偵をやめるって! どうせあんたが武偵を止める理由なんて、私が戦う理由に比べたらたいしたことないくせにっ!!」

「――――――ッ!?」

 

 気づいたらキンジはアリアに詰め寄っていた。

 初めてみせる、キンジの鋭い眼光にさしものアリアも何よと怯む。

 そして、キンジは理解してしまう。したくなかったのに。

 

(……ああ。こいつと俺は似ているんだな)

 

 俺は今、誰にも見られたくない嫌な顔をしているのだろう。

 俺はなんて情けないのだろう。

 俺とこいつはそれぞれ過去にあったことに縛られてるんだ。

 俺はひたすら後ろ向きに。

 アリアなひたすら前向きに。

 

 後ろ向きの少年は、前向きの少女を直視できない。彼女はとても眩しくて。

 だからキンジは逃げるように、

 

「とにかく、これでお前とのパートナーも解消だ。事件を一件、解決した」

 

 すると、彼女はもう突っ掛かっては来なかった。

 ただ、こう言うだけだった。

 

「――――あたしの探してた人は、あんたじゃなかったんだわ」

 

 キンジにはなぜだから本当になぜだか分からないが、アリアの一言は心に響いた。

 どうしても、忘れることができなった。

 

 

 

          ●

 

 

 武偵高は殺人未遂程度なら軽く流されてしまうある意味では問題のある学校だ。しかし、それは殺人未遂が武偵高では日常茶飯事だからだ。だが、バスジャックみたいなものに対しては、

 

『くそ!バスジャックの犯人の手がかりすら掴めないのかよっ!!』

『探偵科と鑑識科が徹夜で調査してくれたのによっ』

『仲間がやられたのに俺達は何も出来ないのか!?』

 

 反応はスルーではない。仲間のように心配する。

 武偵高の雰囲気がいつもとは一変する中、無言で書類をまとめている少女がいた。

 

「これでとりあえずは終ったか」

 

 第三放送室という自室で書類をまとめたのは来ヶ谷唯湖という少女。

 彼女は放送委員、しかも委員長ということもあり、国に提出する書類を書いていた。

 ここでいう国、というのは二本のことではなくイギリスのことだ。

 もともとアリアはイギリス公安局でのエリートだったため、こういうことがあったという事実を彼らは求めているのだ。

 

(……ま、普段仕事を休ませてもらってる分こんなものは安いものかな)

 

 武偵は基本金で動く。

 しかし、今回のバスジャックのような金の絡まない事件や、なんらかの不祥事が発覚した場合、書類をまとめて提出しなければならない。マスコミと同様に情報を武器にして渡り歩く。武偵社会の闇を追及を暴く。それが放送委員会だ。そして、来ヶ谷が数少ない『委員長』の資格を持っているのは、日本とイギリスの国家機密を知っているからでもある。気分直しとしてコーヒーでも飲もうとした来ヶ谷は来客に気がついた。

 

「―――どいつもこいつも怒り狂っちゃって。普段は死ね死ね言ってるくせして勝手なものだと思いませんか」

 

 その人は、同じく書類をまとめた人物だった。

 提出先こそ違えても、来ヶ谷と同じような立場にある人間だ。

 

「やぁ、佳奈多君」

 

 二木佳奈多。

 委員会連合所属の風紀委員長。立場的には来ヶ谷の近い立ち位置の存在である。

 

「私のほうは終わりましたから」

「そうか」

 

 バスジャックは東京武偵局などの国の機関が対処するべき問題である。

 なら、学生が解決した以上、ある程度は武偵局と関わりがある風紀委員の学生が書類を書くのも無理はない。むしろ義務といっても仕方がない。

 

「『仲間が仲間が』って騒がしいですね。これ、犯人がその大切な『仲間』とやらならどうするのかしらね」

「二木女史。それは照れ隠しだ。いわゆる『ツンデレ』というやつだ」

「私にはよく分かりませんが、間違いなく狂ってますね」

「全くだ」

 

 いつもと変わらぬ無愛想な反応に放送の委員長ははつい笑いそうになった。

 

「どうかしました?」

「佳奈多くんは相変わらずで安心したよ。バスジャックなんてあってもいつもと変わらないのだな。感情に身を任せて行動する人間は人間としては百点満点でも、責任ある立場だと一概にはそうとはいえない。二木女史は相変わらずでなによりだ」

「文句でもおありですか?私もあの辺の連中みたいに怒りを表せと?」

「まさか。かくいう私だって『武偵殺し』に対して怒っているように見えるか?」

「見えないです。もし本気で怒っているのなら、今頃あなたは私につかみかかっているでしょう。それだけの理由があるとは思いますよ。でも、あなたはそれどころか面白いものを見つけた子供のような顔をしているじゃないですか」

「ああ、これから面白そうなことが起きそうなんだ」

「なにかありました?」

 

 ああ、と来ヶ谷は頷く。

 

「様々な思いが交差して、あの二人に変化が起きそうだ。それもとても大きな」

 

 彼女とて昔馴染みの友人のことが気にならないわけはない。少しくらいは気にかける。けど、助けてやろうとは思わない。そんな資格があるとも思わないし、何より彼女自身にそんなつもりは毛頭ないつもりだ。 佳奈多にはよく分からなかったし、理解するつもりも毛頭ないけれど、同僚の委員長に対しこう言った。

 

「あなたが何を思っているかよくわかりませんし、正直私には関係なさそうなので気にもなりません。私は他人に興味がないからこう思います。けど、興味あるものに対しては、無視は出来ないみたいですね」

「君にだって分かってるじゃないか」

 

 ええ、と風紀委員長は返事をし、

 

「私にとってあの辺の連中のことなんかどうでもいい。だから来ヶ谷さんが何をしたいかなんて私には今一つわかりませんけど、あなたが興味がある、つまり、気にしてるってことくらいは分かりますよ」

 

 バレたか、とハッハッハと放送委員長は笑っていた。

 風紀委員長はそんな彼女の優しさに対し、やれやれと静かで優しいため息をついていた。

 

「それで、今日は一体どうしてきたんだ?」

「私の立場はご存知でしょう?私がここに来たのは、あなたに対しての義理立てのためです」

「わざわざそんなことをしなくてもいいんだぞ」

「そういうなら帰ります」

「……君も面倒くさい立場にいる人間だな」

「そうです。どうしてこうなってしまったのか、自分でも思いますよ。もっとも、人生をやり直すことができたとして、どこで間違えたのかもよく分かってはいないのですが」

 

 




風紀委員長、二木佳奈多登場!!
風紀委員という役職をなんとか付けたいと思ったら、こういう形での登場となりました!
彼女の活躍は、また今度のお楽しみに!


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Mission11 依り所の喪失者達

 

ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

この体質を利用して、遠山一族は代々正義の味方をやっていた。

時代により職業は異なっていたが、いつだって弱いもののために戦い続けてきたのだ。

キンジが尊敬し憧れた大好きな兄だって正義の味方であり、人生の目標となる存在だった。

 

『いつか俺も兄さんみたいに――――』

 

大好きだった。自慢だった。いつか兄さんと一緒に、正義の味方として困ってる人を助けるんだ。そんな思いとともに、キンジは自分から喜んで武偵高の強襲科に入学したのだ。中学時代にはトラウマになることもあったヒステリアモードであるが、キンジは前向きだった。

 

『兄さんは使いこなしてるんだ。俺だって―――』

 

むしろ、兄と同じ体質であることが唯一無二の兄弟である証明だとも捉え、そう考えると自然と頬は緩んでいた。しかし、遠山キンジが高校一年生の冬。まだ強襲科(アサルト)にいたころにとあるニュースが流れた。

 

豪華客船、アンベリール号が沈没したという事故だった。

 

なんの関係のない事件だったら、そうかの一言で片付けられたかもしれない。

けど、遠山キンジには人生を左右することが起きる。

彼の最愛の兄がアンベリール号に武偵として乗り込んでいて、命を張って乗客を安全な場所まで避難させた。船が沈没してしまうという緊張状態の中、兄はただ一人現場で戦い、命を落とした。兄は全員を退避させるべく、最後までアンベリール号にいて、結果、逃げ遅れて帰らぬ人となった。

 

(・・・・兄さん)

 

最愛の兄を失った。彼の不幸はそれだけでは済まなかった。

 

『武偵なんだから、事件を予め防いで欲しいものですね』

 

問題が起きたら責任を取らされる者がいる。今回の事件の責任は誰にいきついたか?

無情にも人を助けるために命を落とした英雄に非難の声は向けられた。

 

『やはり、武偵は無能なのでは?』

 

止めろ!兄さんはあんたたちを守るために命を落としたんだぞ!

『被害者に謝罪の言葉は無いんですか!?』

 

 あんたたちには俺がどう見えるんだ!

 俺がいま持っている兄さんの葬儀のための写真が見えないのか!?

 

 『謝罪も無しとは・・・このような世の中は間違ってますね』

 

 マスコミの報道。社会からの非難の声。俺を社会のゴミだと哀れむような視線。

 ・・・やめてくれ。やめてくれ!――――やめ

 

 

 「「――――筋肉っ!!」」

 「ぐわっ!」

 

 ルームメイト二人(馬鹿)に一撃を与えられ、キンジは目を覚ます。

 

 (・・・またあの時の夢か)

 

 気づけば馬鹿二人は心配そうに覗き込んでいた。

 

 「遠山くん、大丈夫?汗だくだけど」

 「ああ、ありがとう」

 

 キンジはまた自分がうなされていたのだと理解した。おそらく、心配した二人が俺を悪夢から解き放とうとしたのだとも。ルームメイト二人はキンジの過去を知っている。キンジが探偵科になってから、この部屋にやってきたのだ。移転のいきさつは分かってる。キンジが何にうなされたか?二人がその答えを出すのに苦労はしなかった。

 

 (ほんと、感謝してる)

 

 キンジは移転のいきさつから彼らに感謝している。ただ何も言わず、何も聞かすに馬鹿やっていたが、それがありがたかった。

 

 (今は何時だ?)

 

 今の時刻は午前6時。起床しても悪くない時刻だった。

 

「遠山。とりあえずシャワーを浴びとけ。ほら、タオルは用意しておいたから」

「・・・ありがとう。直枝、井ノ原」

 

 馬鹿だが不器用なルームメイトたちに礼をいい、お言葉に甘えてシャワーを浴びさせてもらう。

春とはいえ午前6時はまだ寒い。汗もかいたし、温かいシャワーが恋しかった。キンジは促されるままバスルームに向かう。

 

 

 

         ●

 

 

 

『あれ?真人。今月のガス代払ったっけ?』

『いつも払ってるだろ?理樹が』

『今月は確か何かあった気が・・・』

『あぁ?何言ってんだよ理樹。神崎を追い出す作戦に・・・・』

『『あ』』

 

 

 

         ●

 

 

 

 キンジは馬鹿二人に感謝しつつも今だ今ひとつの体を動かし、シャワーを浴びようとし、

 

(・・・ああ。温かいシャワーが愛しいな)

 

 6時の寒い中、冷水の直撃を浴びた。

 

 

 

        ●

 

 

 

「お前ら!なんの嫌がらせだっ!」

 

 温かいシャワーを浴びようとして不意打ちを食らったキンジはリターンした。

 馬鹿たちは顔を見合わせ、

「遠山君。そういや言い忘れてたんだけど」

「なんだ」

「今ガス止められているから水しかでない」

「なんでそうなった!?」

 馬鹿たちは土下座にトランスフォームして、

 

「アリアさんを追い出そうと、僕らは考えたわけだ」

「何を?」

「アリアさんを追い出すには、この部屋を使えなくしたらいいんじゃないかなって。この間真人と徹夜で考えたんだけど、どう?」

 

 どう?じゃない。作戦としてはありかも知れないが、その後住めなくなることを考えていなかった。

とは言えこの部屋の主は土下座なのでそこまで責められない。

二人の土下座のうち、筋肉は体型を土下座から筋トレにまたまたトランスフォームして、宥めるように言った。

 

「まあ落ち着け遠山。まず、手や足に水をつけてから、徐々に心臓へと――――」

「誰が冷水シャワーの浴びかたを言えと言った!?」

「何熱くなってんだ?そうだ、冷たいシャワーを浴びて冷静になるばいいんじゃないか?なぁ理樹」

「うん。真人の言う通りだ――――」

「浴びたから熱くなってんだわかれ馬鹿!」

 

 前言撤回。感謝してるがこいつらが馬鹿であることを考慮するのを忘れていた。けど、

 

(・・・・?)

 

 馬鹿二人は笑っていた。なんだ、と、不機嫌に問うと、

「遠山くん。すっかりいつもの調子に戻ったね」

「あぁ、一安心だ」

 

 こんな二人をみて、怒る気も正直起きなかったキンジは、

 

(あぁ。なんだかどうでもいいや)

 

 気持ちが少しすっきりした気がした。そのことだけは感謝しておこう。そして今は、

 

「あれ?どこ行くの?」

「また一眠りする。寒くてかなわん」

 

 あまりの寒さに凍えそうだ。シーツは代えてくれたようだし、本日は休日だ。また眠るとしよう。

今度は気分よく、悪夢に悩まされることなく眠れる気がした。

 

 

 

             ●

 

 

 気持ち良く眠れた。

 

 せっかくだから外を出歩くのもいいかもしれない。ルームメイト二人はガス代払いに出かけたが、キンジにはやることがこれといってなかったが、とりあえずぶらぶらする。その帰りに知った顔を見かけた。

 

(・・・? 何をしてんだ?)

 

そう、アリアを見かけた。あいつとはもう関わらない。関わりたくもない。

そう決めていたはずなのに、なぜだかアリアのことが気になってしまった。

なにしろアリアは私服で白地に薄いピンク柄の入ったワンピースを着ていたのだ。

 

(・・・デートか?)

 

柄にもなくそんなことを考える。第一アリアがデートだとしても俺には関係のないことなのに。

いつの間にか追跡していた。これをストーカーと社会では表現されるような気もするが気にしないで置こう。アリアは電車に乗り新宿で降りた。

 

(・・・ちくしょう。何言ってんだかな・・・)

 

別にキンジはアリアの恋人であるわけでも、来ヶ谷のような昔からの顔馴染みであるわけでもや好きな相はいのに。そのままストーカーは己の行動を変更することもなく時間は流れ、ある場所にたどり着いた。

 

(新宿警察署? 何でこんなとこに・・・)

 

 武偵と警察は『犯罪者と戦う』という点において同じ目的を持つことから仲がいいと世間的には思われるが、実際はそうではないのが。風紀委員とかは同じ武偵からにすら『国家の犬』とまで蔑まれた目で見られている事実があることは否定はできない。だから、警察所に顔を出すのは風紀委員や図書委員みたいな特殊な立場にいる人たちぐらいなのに・・。

 

「下手な尾行ね。しっぽがちょろちょろ見えてるわよ」

 

 突然会話が振ってきた。

 振り返らずにいきなり言ってきたアリアに対し、キンジは負け惜しみを言うように、

 

「自分で探るのが武偵だろ?」

 

 それらしいことを言っておく。

 

「教えるかどうか迷ってたのよ。あんたも『武偵殺し』の被害者だから。・・・でも、ここまで来たらもうしょうがないわね」

 

 なんなんだと思いながらもキンジは警察署にアリアに続いて入っていった。

 

 

 

 

           ●

 

 

 

 

 遠山キンジが行き着いたのは留置人面会室だった。だれだ?と思ったが、すぐに知ることとなる。

 

「まあ、アリア その人は彼氏さん?」

「ち、違うわよママ」

 

 アリアの母。どちらかといえばお姉さん見たいな感じがする女性だった。

 

「じゃあ、大切なお友達かしら? へーえ、アリアもボーイフレンドを作るお年頃になったんだ。友達を作ることも下手だったアリアがねぇ。前に同姓のお友達ができた時のはしゃぎ様は今でも覚えているわ。喧嘩別れしたとか聞いたけど、仲直りはできたの?」

「いつの話をしてるのよ、ママ」

 

 それに、とアリアは前置きして、

 

「違うの!!こいつの名は遠山キンジ! そういうのじゃないわ絶対にっ!!」

 

 俺はどんな風に思われているんだろう?そんなことを考えつつ、キンジはアリアの母と目が合い、

 

「・・・キンジさん初めまして。私はアリアの母で神崎かなえと申します。娘がお世話になっているそうですね」

「い、いやぁ」

 

 口ごもってしまう。俺の社会適応能力値が低いことがうやまれる。

 しかし、アリアはそれを無視するそうに、

 

「ママ、時間が3分しかないから手短に話すけど、こいつは武偵殺しの3人目の被害者なのよ。一応被害者はこいつだけじゃないけど、先週武偵高で自転車で爆弾を仕掛けられたの」

 

 間抜けな話だった。何回聞いてもそう思うだろう。

 

「・・・まあ・・・」

 

 かなえさんは表情を固くし、

 

「さらにもう一つ、奴は一昨日バスジャック事件を起こしてる。奴の活動は急激に活発になってきているのよ」

 

 それはつまり?

 

「――――――ってことはもうすぐ尻尾を出すはずだわ。だから、あたし狙い通りまず武偵殺しを捕まえる。東京にリズが来ていることも幸いだわ。奴の件だけでも無実を証明すればママの懲役1064年から942年まで減刑されるわ。他の事件も最高裁までにはあたしが全部なんとかするから」

 

 事実上の終身刑。かなえさんに課せられた罪名。

 けどそれは冤罪で、

 

「そして、ママをスケープゴートにした『イ・ウー』の連中を全員ここにぶちこんでやるわっ!!」

 

 アリアの決意は横から見ていても分かるくらいだ。けど、母はそんな娘を落ち着かせるように、

 

「――――――アリア。気持ちは嬉しいけどイ・ウ―に挑むのはまだ早いわ―『パートナー』は見つかったの?」

 

 彼女は詰まった。そしてキンジも。

 彼は彼女に期待されながらも、ただ傷を与えるだけだったから。

 

「それは・・・どうしても見つからないの。 誰も、あたしにはついて来れなくて・・・」

「駄目よアリア。あなたの才能は遺伝性のもの。でも、あなたは一族のよくない一面 ――――――プライドが高くて子供っぽい一面も遺伝してしまっているのよ。かつてイギリスにいた頃に唯一の友達と大喧嘩したのを忘れたの?アリア、あなたはこのままでは半分の能力も発揮できないわ。あなたにはあなたを理解して、あなたと世間を繋ぐ橋渡しができるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーはあなたの能力を何倍も引き出してくれる。曾お爺様にもお祖母さまにも優秀なパートナーがいらっしゃったでょう?」

 

 母親の言葉は素直に娘に届くものだ。

 

「・・・それはロンドンで耳がタコになるぐらい聞かされたわよ。いつまでもパートナーを作れないから欠陥品とまでいわれて・・・でも・・・」

「人生はゆっくり歩みなさい。早く走る子は転ぶものよ」

 

 慌て急いでいるアリアとは違いmかなえさんは落ち着いていた。

 その瞳は最愛の娘だけを見据えていた。

 

「・・・ママ・・・」

 

 そこに。

 

『神崎。時間だ』

 

 管理官が時間を見ながら告げる。実に機械的な口調だった。

 

「ママ、待ってて!必ず公判までに犯人は全員捕まえるから」

「焦っては駄目よアリア。あたしはあなたが心配なの。1人で先走ってはいけない!!」

「やだ!あたしはすぐにママを助けたいのっ!!」

「アリア!私の最高裁は弁護士先生が必死に引き延ばしてくれてるわ。おなたの古いお友達が昨日来て、同級生の風紀委員さんと一緒に資料集めをしてくれたわ!だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーを見つけなさい。その額の傷はもう、あなた1人では対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」

 

 事実だった。母はどこまでも正しいことを娘に言った。

 

「やだやだやだ!」

 

 けど、事実は残酷だ。娘は肉親を救おうとして、しかし無力ゆえに叶えられていない。

 無力をかみ締めるのはキンジも同じで――――アリア、と小さな声で呼ぶ子をしか彼はできなかった。

 

『時間だ』

 

 興奮するアリアをなだめようしたのだろう。アクリル板の向こうから身をのりだした管理官がはがいじめにし、娘から母親を無理やりにでも引き裂こうとする。それが管理官としての仕事だった。

 

「やめろ! ママに乱暴するな」

 

 アリアは激高し、アクリル板に飛びかかる。けど。びくともしない。

かなえさんはアリアを悲しそうな目で見ながらも管理官2人に力づくで引きずられ向かいの部屋から運ばれていった。

 

 

 

           

              ●

 

 

 

「訴えてやる! あんな扱いしていいわけがない。絶対に訴えてやるっ!!」

 

 曇り空の下。新宿駅に向かうアリアの後ろでキンジは声をかけられずにいた。

 

(――――ああ、分かったよアリア)

 

 彼女が戦う理由もなにもかも。

 すべては『イ・ウー』という組織に濡れ衣をきせられた母親を助けるためだということは。

 

「・・・」

 

 それどもキンジは何を言ってあげればいいのか分からない。何も言ってあげられない内にアリアの歩く足が突然止まる。止まり見ると、アリアは手を握り締め肩を怒らせ顔を伏せていた。その足元に水滴がぽたぽたと落ち始めている。アリアの・・・涙だ。

 

「アリア・・・」

「泣いてなんかない」

 

 怒ったように言う。けれど、アリアの肩は震えていて。

 

「おい、アリア」

 

 少年は泣いている少女の前に出て声をかける。

 少女は歯を食いしばりながらもきつく閉じた目から涙をあふれさせ続けていた。

 

 糸が切れたように泣き始める。子供のように・・・大きな声で

 

「うあああああぁあ! ママぁー・・・ママあああぁぁぁぁぁ!」

 

 新宿のネオンの光が道を照らしまるでアリアの涙に呼応したように通り雨が降り出す。

 ただ、悲しいと言う感情だけが少年の心を支配する。

 

(―――――俺は・・・)

 

 俺は?

 一体なにを言おうとしたのだろう?

 でも、泣き続けるアリアに何もしてあげることはできなかった。

 こんな時、ルームメイトのバカどもならなんて言うのだろう?

 あのバカ達なら、今のアリアを救ってやることができるのだろうか?

 根拠はない。でも、バカならバカみたいは方法で泣いている少女を救えたかもしれない。

 でも、俺にはただ、なにもできず、無言でその時間は過ぎていった。

 

 




理樹&真人のコンビが大好きです。


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Mission12 可能性事件

 

遠山キンジは見た。

 

「こちら・・・『真剣に妹に恋しなさい』他、ギャルゲ五点になります」

「うむ。大義である」

 

ルームメイトの直枝理樹(バカ)が、Aクラスの峰理子(バカ)にギャルゲを渡しているのを見た。

 

「何してんだ?」

「なにいってるのさ遠山君!理子さんにギャルゲを渡してるだけじゃない」

「ほんと、キー君はそんなことも分からないの? だからアリアに振られるんだよ」

 

 どうしよう。話についていけない。

 意味が分からないうちにカラオケボックスに連れてこられたし。

 

「あ、そうだ。はいこれ」

「なんだ?」

 

 直枝が何か渡してくるのをキンジは受け取り、

 

(―――――――いっ!?)

 

 愕然とした。約三万円と書かれてる。手渡されたのは領収書だった。つまり、払えとのことだろう。

 

「なんで俺がギャルゲの代金約三万を払わなきゃいけない!?」

「情報は命綱だよ。まさか、ただってわけないでしょ?」

 

 バカに何言ってんだコイツみたいな目で見られた。

 

「遠山君がアリアさんについて調べてくれっていったから、これは経費で落としといてね」

 

 アリアとは既に縁を切った。今のキンジにはアリアの情報なんてどうでもいい。

 

「まっかせといて!! 理樹くんから貰ったギャルゲの分は働いたから!」

 

 理子はギャルゲマニアのバカだ。

 この間なんかギャルゲを買おうとしたが、外見が幼く見えるが故に買えなかったらしい。

 ゆえに依頼料としてギャルゲを所望することがある。

 

「・・・なんでこいつなんだ。お前なら来ヶ谷ってやつに聞けばいいんじゃないか?」

「は? 僕に女装しろと?」

 

 最近バカの言ってる意味が分からない。

 

「・・・まぁ、それも一つの手段なんだけどさ」

「・・・なんだ」

 

 あいつら昔馴染みなんだから調べるまでもないだろ。

 

「来ヶ谷さん、今はアリアさんに協力して裁判の資料集めを風紀委員長の二木さんとやってるみたいで、忙しいんだ」

「・・・・あ―――――」

 

 やってしまったと思った。裁判というのはかなえさんのことだろう。

 

(また俺は、自分のことばかり)

 

 自己嫌悪に陥るが、ふと思う。このバカは、アリアの裁判のことをどこまで知っているのだろうか?

 

 

 

               ●

 

 

 

「さて、じゃ、今からアリアについて話すけど」

 

 理子は語り始める。

 

「アリアはある有名貴族の末裔なんだよね〜」

「なら、来ヶ谷さんも貴族?」

「そこまではわかんない。あの人の情報は多すぎて逆に信憑性がないから」

 

 理樹は恭介のやり方を思い出していた。

 作戦など、呼びのプランをたくさん用意して、何が本命か分からなくしていたな、と。

 来ヶ谷さんは仮にも放送委員長。

 ダミー情報をいくらでも仕込むなんて余裕なのだろう。

 

「アリアに話を戻すけど、襲名はしてないみたい。本人はするつもりみたいだけど」

「・・・え?襲名だって!?」

 

 理樹はキンジと二人、顔を見合わせてしまう。

 『襲名』というのは師匠の名をつぐことを意味する。

 けどそれは、

 

(常に勝ち続けなければならないことの証じゃないか!)

 

 襲名というのはたいていは誰もが知っている人物の名前の襲名である。有名な例を挙げると、探偵科(インケスタ)の教科書に載っている人物達。

 シャーロック・ホームズや世紀末の大怪盗リュパンの激闘は今でも語られている出来事だ。

 

 

襲名者として有名なのを挙げると・・・

 

(襲名者で有名なのは・・・ルパン三世か)

 

 

 

ルパン三世は初代リュパンの名前を襲名している。

○世というのは血縁関係を表す場合もあるが、血縁関係が関係ない場合もあるのだ。

例えば、仮に理樹や真人のようななんの血縁関係のない人物がリュパンの名を襲名しようとしたら、は実力で今代のリュパンだと言い張れる実力を見せればいい。

事実、ルパン三世は今代のリュパンを名乗るだけの実力があった。

 

 

「でも、アリアさんほどの実力で襲名ができないなんて、よほどその襲名先が破格なんだね。アリアさんって確か犯人を逃したことがないと言われていたくらいだし」

 

 理樹はキンジが急に喉を詰まらせたのが気になった。

 

「まーねー。アリアはその襲名先の子息にあたるわけだけど、家庭での折り合いが悪いみたいだからね」

 

 襲名が認められなかったら、例え子息でも勝手に名乗ってるだけの扱いだ。例えば、理樹が『僕は直枝・理樹・リュパンだ!』とか言っても『あっそ』で終わるみたいに。

 

 

「ところで、遠山君は襲名しないの?」

「・・・は?」

「ほら、遠山君のご先祖様って」

 

遠山キンジのご先祖様であり、ヒステリアモードを最新使った人物は、遠山金四郎だ。

『遠山の金さん』という表現の方が馴染みがあるかもしれない。

 

「俺は武偵は止めるんだ」

「そうだっけ?」

 

まぁアリアさんに関する前置きはこんなものでいいだろう。

前置きの終わり、つまり、本題だ。

 

「で、理子さん。『武偵殺し』に関する新情報ってなに?」

 

理樹も、そしてキンジも武偵殺しの被害者だ。理樹はこのために来たと言っても過言ではない。

幸いにも命は無事だが、チャリジャックでひどい目にあった。

キンジにはバスジャックでも。キンジはごくん、と息を呑む。

 

「可能性事件って知っている?」

「「?」」

 

(まてよ。探偵科(インケスタ)の時間にやった気がする)

 

 たしか・・・真人に・・

 

『おーい、理樹。可能性事件ってなんだ?』

『あのね真人。事故とされてるけど、実は事件かも知れない事件のことだよ』

『オレにも分かるように頼む』

『そうだね。真人のたくましい筋肉で無傷ですんだことも、本来なら重傷だったかも知れない可能性?』

 

 とりあえず筋肉とつなげておく。わかりやすい。

 

『なるぼど。よく分かったぜ。つまり、オレの筋肉は、いや、筋肉は素晴らしいということだな』

『真人ならそれでいいんじゃない?』

『ありがとよ』

 

 こんなことがあったはずだ。なら、何かの事件に関連性がある可能性があるのだろうか?

 

「遠山金一」

「「!」」

 

 理子がぼそっと口にした言葉は野郎たちを硬直させた。だってそれは、

 

( ―――確か、遠山君のお兄さんの名前!?)

 

 身近で起きたこと他人事では済まされないこと。

 

「 キー君のお兄さん事故ってさ・・・・シージャックだったんじゃない?」

 

 

 

             ●

 

『キー君のお兄さん事故ってさ・・・・シージャックだったんじゃない?』

 

 何を言われたか遠山キンジは理解できなかった。

 さっきまではアリアの話をしていたはずなのに。

 

(なぜなんだ。どうして兄さんを――――)

 

 疑問は不審に変わり、最後には怒りへと変貌する。

 

「いい・・・いいよキンジ。その眼だ。理子、そういう眼が好き」

 

(―――理子?)

 

 不審ががる時間は、ルームメイトのバカの発言により掻き消される。

 

「ふぅん。なら、遠山くんは『武偵殺し』となんならの形で関わっているんだね」

 

(――――俺が、すべて関わっているだと?)

 

 何をバカなことをルームメイトに言おうとして、

 

(―――待てよ。なら・・・・)

 

 遠山キンジがすべて絡んでいるということは。

 ある事実を意味している。

 

「!!」

 

それに気づいた瞬間。キンジはカラオケ屋を飛び出し走りだしていた。

 

 

 

            ●

 

 

 

 

 理子に会計をお願いし、直枝理樹もキンジを追い掛け走っていた。

 

(なるほど。そういうことね)

 

 理樹は探偵科(インケスタ)だ。真人みたいな筋肉バカや元強襲科一年首席だったキンジを見てると誤解を招きやすいが、理樹は体を動かすより考えるほうが実は好きだったりする。去年のルームメイトが増えたことや、今しがた理子さんから聞いたことを含めると、『武偵殺し』に関するとある考察はたった。

 

 (遠山くんが絡んでいる、ね・・・)

 

 自分で発言しておきながら、遠山君が走り出すまで気がつかなかった。

 全て遠山キンジが絡んでいるということは、

 

(すなわち、遠山君のパートナーたるアリアさんに絡んでいるということ!)

 

 なら、『武偵殺し』の事件は全て繋がる。来ヶ谷さんは言っていたのだ。アリアさんがどうしてあんなにも必死だったのかを。他言できる内容ではないが、なぜだか教えてくれた。

 

(確かに、これはアリアさんへの宣戦布告だな)

 

 チャリジャック、バスジャックと続いて疑問は感じていた。

 

(・・・襲名がからんでるのかな?)

 

 武偵が狙われる理由はたくさんあるだろう。

 その中で、アリアさんだけを狙う理由としては、襲名が考えられる。

 

(アリアさんの先祖の他の襲名候補。アリアさんを潰せば襲名が楽になるのか?)

 

 詳しいことは分からない。

 でも、僕が現場に駆け付けても何もできはしないだろう。

 

 恭介ならこんなときどうするだろう?

 今から恭介や真人に連絡しても時間的にアリアさんの乗る便に間に合わないだろう。

 

(僕に出来るのか? 恭介の力も借りず、何か出来るのか?)

 

 僕は恭介みたいなヒーローじゃない。

 謙吾みたいに心強いわけではない。

 真人みたいに強くない。

 

 でも、きっと何かできる。そうバカなりに信じて行こうと決めた。

 携帯電話を取り出して、

 

『もしもし』

「あ、来ヶ谷さん! 僕は今からイギリス行きの便に飛び乗るからサポートよろしく!!『武偵殺し』が乗ってるんだ!」

『・・・・・そうか』

「ゴメン、急に」

『少年』

 

 何を言われるかと思った。けど、彼女が言ったのは一言だった。

 

『おねーさんに任せとけ』

 

ありがとう、と彼はいい、キンジを追ってそのまま走り続けた。

 

 

 

           

            ●

 

 

 

 キンジは走る。

 

(アリア、アリア・・・・アリア!!)

 

 一度は見限った人のために走り続ける。

 

(アリア、乗るんじゃない! その航空便には、『武偵殺し』が乗っている!)

 

 兄さんは誰よりも正しかった。

 兄さんは誰よりも優しかった。

 そして。兄さんは誰よりも強かった。

 

 もし、兄さんが『武偵殺し』と戦った結果、帰ってこなかったのだとしたら、

 

(アリア。今度はおでこの傷じゃ済まないぞ!)

 

 このままだとアリアは殺される。でも、

 

『俺が駆け付けたところでどうなる?』

 

 この問題に対する答えは出てこない。

 どうして俺は今走っているのだろう?

 どうして俺は命を捨てるようなことをしてるのだろう?

 

 俺はバスジャックの時、役に立たなかったはずなのに。

 キンジは迷いながらも考え続けて、二歩、三歩と走るうちに―――――考えるのを止めた。

 考えるのを止め、走り続けた。

 




では、次回からハイジャックです。
お楽しみに。


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Mission13 航空機内の挑発者

 

 

 

 

第三放送室。

この場所で一人の少女は首を傾げていた。

 

「・・・?」

 

放送室にいる少女は当然ながら来ヶ谷唯湖.

彼女はディスプレイに設置された情報を見て疑問を感じていた。

 

「昨日アリアくんが礼と一緒に言っていたのはこのことか」

 

昨日昔馴染みが訪ねてきた。何かと思えば母親の裁判の資料の礼と、イギリスに帰るということの報告らしい。私はイギリスに帰るという彼女に何も言わなかったが、気にはなった。

 

(なんでアリア君はイギリスに帰る気になったんだ?)

 

遠山少年が役立たずなのは分かった。でも、日本からイギリスに帰る理由としてはなんだろう? 母親が日本で拘留されている以上、裁判のことも含めて日本にいたほうが便利だろうに。

『一時的に帰るのか?』

『いいえ。活動拠点をロンドンに移すわ』

 

それこそ意味が分からない。アリアがイギリスに帰ったところで、裁判がうまくいくとは思えない。むしろ王室派にいいように使われる気がする。だから少し調べてみようと思った。で、見つけた。

 

「これだな」

 

来ヶ谷が見つけた情報は以下の通り。

 

『イギリスの王室派が優秀な武偵に帰還命令をくだしている』

 

でもそれは、

「イギリスで何かあったのか?」

 

もちろん、来ヶ谷とて放送委員長を務めるくらいに優秀だ。だが、その彼女に帰還命令がなかったのは彼女が『王室派』ではなく『清教派』に所属するからだろう。

 

(・・・騎士のバカでもを牽制するため?いや、しかし・・・)

 

結論を出しかねていた。

そんな時だった。来ヶ谷に電話がかかってきたのは。

 

(・・・理樹くんか)

 

 どうしたんだろう?

 ひょっとして、彼の女装写真集を出そうとして準備してることがばれたのだろうか?

 とりあえず携帯を耳にあて、彼女は聞いた。

 

『あ、来ヶ谷さん! 僕は今からイギリス行きの便に飛び乗るからサポートよろしく!!「武偵殺し」が乗ってるんだ』

 

 なんだそれは、と思った。今からイギリス行きの便に乗る? 私の知らない所で事態は進行していたようだ。外国に行ったことがない少年が飛行機に飛び乗るなんて普通はしない。率直にいえばバカな行為だ。しかも、そのバカを通す方法が友人に入れる一本の電話とは。ここで私が電話に出なかったらイギリスについてからどうするつもりだったんだろう?これで『武偵殺し』が乗っていなかったらただの不法入国だ。

 

でも―――――

 

(――――面白いな)

 

 面白いと思った。このバカに力を貸してやろうと思った。だから言った。

 

「おねーさんに任せとけ」

 

 ありがとうと返事が来て、電話は切れた。

 

「・・・・」

 

 しばし無言になる彼女に対し、放送室に入ってきて声をかけてくる人物がいた。

 

「よう。どうだ、日本は」

「・・・恭介氏か」

 

 棗恭介。

 直枝理樹が最も頼りにしている、リトルバスターズリーダー。

 

「・・・楽しいよ」

 

 優秀な武偵が海外の武偵高に留学するなんてよくある話だ。来ヶ谷がまだイギリスにいた中学時代に、恭介はイギリスに留学したことがある。その時の面識があるのだ。

 

「そうか。お前を日本に来いと誘ってみてよかったぜ」

 

 日本にくるに至って、彼にはいろいろ世話になった。

 私が理樹くんと関わっているのも、彼の存在もあったのだろう。

 リトルバスターズとはどんな連中か?

 ちょっとばかり興味があった。

 

「理樹くんなら、イギリス行きの飛行機にのったぞ」

「そうか」

「嬉しそうだな」

「いや、あいつも成長してると思ってな。いつまでも何かあったら俺に頼る理樹じゃ無くなってきてるのだからな」

「その割には寂しそうだな」

「ばれたか」

 

 来ヶ谷は恭介と二人して笑い飛ばし、

 

「さて、始めようか」

 

 自分の仕事をすることにした。

 

 

 

 

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・なんとか間に合った」

 

 理樹とキンジの二人はアリアの帰る飛行機に乗り込む。時間ギリギリだ。

 

(早く機長さんに止めるように言わないと・・)

 

『武偵だ! この飛行機を止めろ!』

 

 キンジが怒鳴り付ける。けど、飛行機は止まることなく、

 

「うわぁっ!?」

 

 動き出した。

 理樹は思いもよらぬ足場の振動に尻餅をついてしまう。

 

 「あ痛ーーー」

 

 こんなんで本当に役に立てるのだろうか?

 

『どうして飛行機を止めなかった!?』

『規則でこちらからは止めれません! というか、あなたたち本当に武偵なんですか? 機長は何も聞いてないぞって・・・』

『・・・・バカ野郎っ!』

 

 理樹は会話を聞いて、現状の大方の見当はついた。

 

(あ、メールだ。来ヶ谷さんからだ)

 

メールを開く。その内容は・・

『少年。その飛行機にアリアくんが乗ってるのはイギリスは分かってる。だから「武偵殺し」が現れてもアリアくんに解決させて何事もなかったようにするつもりだ。その飛行機はイギリス王室が絡むほどの豪華なものだから、まず運航中止はない。なにしろ事故でも起きたならあっさり解決して隠したほうがてっとり早いからな』

 

 内容は理解した。どっちみちなら今は、『武偵殺し』が動く前に行動を開始するべきだ。先手必勝!!

 

「遠山くんは、アリアさんのほうをお願い」

「俺は最初からそのつもりだが、お前はどうするんだ?」

 

 理樹はこの場で何をするか?それは走りながらすでに考えてある。

 

「とりあえず、機長さんに会いに行くよ。それからはとりあえず隠れてようと思う」

「そうか。分かった」

「遠山君。最初に言っておくことが歩けど」

「なんだ?」

「僕を『戦闘』ための戦力には数えないでね」

 

 率直に言って、直枝理樹の戦闘能力などたいしたものではない。もしも戦闘がおもることがあるのならアリア&キンジの一時とはいえコンビを組んだ二人に任せるのがベストの選択だろう。何もないならないでそれでいい。来ヶ谷さんの迎えが来るまでイギリス観光を楽しむまで。理樹はキンジに別れをいい、単独行動を開始する。

 

 

 

 

               ●

 

 

 時間がない。ゆえに理樹と分かれた遠山キンジはアリアの個室の前に来るとノックもしないで扉を開く。目の前には驚愕するピンクがいた。

 

「な、何!? キンジ!? !」

 

アリアは驚き、紅い目を見開いく。

 

「さすがリアル貴族様だなこれ片道20万するんだろ?」

 

 やはり住む世界が違うなと思いつつ、なんで俺はこんな場所にいるんだろうとかキンジは考えていた。

 

「断りもなく部屋に押し掛けてくるなんて失礼よ」

「いや、アリアそれ言う資格ないだろ」

 

 以前キンジと理樹&真人の三人が住んでいる四人部屋にアリアは押しかけてきて、野郎三名を追い出した過去が有る。説得力は微塵もない。

 

(なにしろあの後俺は冷たいシャワーを浴びるはめになったんだ)

 

 ルームメイトのバカと筋肉が下手な気を使ったせいで、とremaindしながら遠山が言うとさしものアリアも黙りこんでしまった。相手が何もいえないことをいい事にキンジは言う。

 

「武偵憲章第2条 依頼人との約束は絶対に守れ」

「・・・?」

「俺はこう約束した。 強襲科(アサルト)に戻って1件目の事件をお前と一緒に解決してやる。『武偵殺し』の1件はまだ解決してないだろ?」

「何よ!何もできない役立たずのくせに」

 

 がぅと!小さいライオンが吠えるようにアリアは犬歯を向く。

 だが確かに事実だ。バスジャックの際にはキンジは役に立たずだったのだ。

 

「帰りなさいっ!あんたのおかげでよく分かったの。あたしはやっぱり独奏曲(アリア)なのっ!あたしのパートナーになれるやつなんか世界のどこにもいないんだわ!だからもう武偵殺しだろうがなんだろうがこれからずっと一人で戦うって決めたのよ!」

「ならもっと早く言えばよかったろ?」

 

 アリアがいまさら決めてももう遅い。キンジはもう巻き込まれている。

 

「ロンドンに着いたらすぐ帰りなさい!エコノミーのチケットぐらいは手切れ金代わりに買ってあげるから! あんたはもう他人!あたしに話しかけないことっ!」

「元から他人だろ?」

「うるさい!しゃべるの禁止!」

 

 飛行機は東京湾を出る。

『武偵殺し』がいつでてくるかわからない以上、キンジはいまここにいる理由を説明しておきたいと思った。

 

『―――――お客様にお詫び申し上げます。当機は台風による乱気流を迂回するため到着が30分遅れることが予想されます』

 

(機内放送か・・・。悪天候とはこれまた不運だな)

 

そんなことを思った次の瞬間。

 

ガガ―ン!!! ガガガ―ン!!!!

 

(うわ!? 雷か!?)

 

 突然の轟音に驚いてしまう。男子の方は『ちょっと驚いた』程度ですんだようだが、

 

「・・・怖いのか?」

「こ、こここ怖いわけないじゃない。バッカみたい。ていうか話しかけないで」

 

少女の方はそうはいかない。続けてまた雷光と轟音が連発して、

 

(お、また近い雷が・・)

「きゃ------------------------------------」

 

二人の反応は対照的だった。

 

(はは。アリアの苦手なもの発見だな)

 

雷が苦手な少女。なんかかわいく見える。

 

「雷が苦手ならベッドにもぐって震えてろよ」

「う、うるさい」

「ちびったりしたら一大事だぞ」

「バ、ババ馬鹿!」

 

ガガ―ン!!!!(落雷)

 

「うあ!」

 

アリアは飛び上がってベッドに飛びこんで布団をかぶってしまう。

 

「ハハハハハ!」

 

キンジ大笑いする。まれで、日ごろの恨みが込められているように。それでも、

 

「~き、キンジぃ」

 

少女は毛布から助けを求めるように手を伸ばしたていた。

どうしても怖い。だから少年の袖を掴む。

少年の方はが気をまぎわらすようにテレビをつける。と、そこに映ったのは有名な時代劇だった。

 

『この桜吹雪見覚えねえとは言わせねえぜ』

 

(あ、俺のご先祖様だ)

 

 遠山の金さん。

 彼は肌を露出することでヒーローとなる力を手に入れたらしい。

 

「ほら、これでも見て気を紛らわせろよ」

「う、うん」

 

ぶるぶる震えながらぎゅっとキンジの手と袖を握る姿は、ただのかよわい女の子そのものだった。

 

(だたの・・・・・女のみたいだ)

 

 キンジはアリアのパートナーにはならないと決めていた。

 決めてからここに来た。それでいて、こう思う。

 

(パートナーにはなれなくても、普通の友達になら・・・)

 

 ルームメイトの友達はキンジの危機に何も言わずに助けにきてくれた。

 今なにやってるか知らないが、サポートしてくれている。

 だから。

 

(俺もあいつみたいに、お前に危機には助けに行ってやるよ)

 

 友達としてなら。

 そう考えて、雷に震える一人の女の子と接していこうと考えて、彼はある音を聞いた。

 

 

    パン! パァン!

 

 音が響く。聞きなれた音だった。すなわち、銃声。

 

(現れたか!?)

 

キンジは警戒し、そして機内放送を聞いた。

 

『Attention Please.で やがり ます』

 

それはかつて聞いた『武偵殺し』の声。

二度と聞きたくはなかった声。

 

『この 飛行機には 爆弾が仕掛け てあり やがります』

 

(ついにきたか)

 

彼にはこれは予想していたことである。

変化はないかと周囲を見渡し、ベルト着用サインが点滅を始めるのを見つけた。

 

(和文モールスか)

 

 訳すと、

『おいでおいで イ・ウーはてんごくだよ おいでおいで。わたしはいっかいのばーにいるよ』

 

 明らかな挑発。

「やっぱり現れたな」

「やっぱろってキンジあんた・・・・これを予測してたの?」

「ああ。俺には、いや、俺たちには確信があった」

 

アリアは信じられないものを見ているかのような瞳を見せる。

 

「誘ってやがるな。アリア、どうする?」

「上等よ。風穴あけてやるわ」

 

アリアは眉をつりあげてガバメントを2丁スカートから取り出した。

双銃双剣(カドラ)のアリア。

彼女は一人、独奏曲として立ち上がり、

 

「俺も一緒に行ってやるよ。役に立つかどうかは分からないけどな」

「来なくていい!」

 

アリアの叫んだ言葉は、ガガ―ン!という雷鳴に打ち消された。

 

(直枝の奴なんか、『僕を戦力に数えるな』とかいったんだ。俺だってそれぐらいずうずうしくてもいいだろう)

 

強気でアリアについていこうとするキンジに対し、アリアの方は、

 

「く、くれば?」

「・・・・」

 

完全に雷にビビりきっていた。

こんなんで本当に勝てるのだろうか?そんな一抹の不安がキンジによぎった。

 

 

 

 

 

             ●

 

 

 

 

 ヤツは座っていた。

 二人は指定されたバーに入ると、アテンタントがカウンターに足を組んで座っていた。

 

(あれは・・・俺が飛行機を止めるように命じたアテンダントさん?)

 

「今回もきれいに引っかかってくれやがりましたねえ」

 

 だが、先ほどキンジが遭遇していた気の弱そうなフライアテンダントさんではない。

 彼女はその顔にかぶせられた薄いマスクみたいなお面をべりべりとはがしめる。

 

(・・・マスクか。素顔が出てくるな)

 

 キンジは警戒に警戒を重ね、そして見た。

 その素顔は・・・。

 

「・・・嘘・・・だろ?」

 

 その素顔は見慣れたクラスメイト。

 Aクラスのアイドル。人気者。彼女の名前は、

 

「――――――り、理子か!」

 

 峰理子。

 

「こんばんは」

 

 そして彼女は青いカクテルをくいっと飲み、ぱちりとウインクしてきた。

 そう、いつもの笑みを浮かべながら。

 




さて、次回はアリアVS理子ですね!!


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Mission14 神崎・H・アリアVS武偵殺し

 

 

 

 

 

 少年、直枝理樹は機長のいる操縦席に到着していた。

 そこで彼が見たものは、

 

「・・・機長さん?」

 

 気を失った機長さん達の姿だった。

 

(『武偵殺し』にすでにやたれたか・・・とりあえず手当てしないと)

 

 殺されているわけではない。だけどケガをしていないわけではない。

 一応応急処置をしておくが、命に関わるような状況ではないことを確認して一安心する。

 

(・・ん?待てよ。機長さんたちが怪我をして気絶しているということは・・・)

 

 なら、一体誰が操縦をしているのだろうか?

 そもそも機長さんがコックピットにいない時点でおかしなことが起きている。

 ハイジャックなんだから、やはりコックピットに『武偵殺し』が陣取っているのだろうか?

 

「・・・(ゴクリ)」

 

 緊張し、銃を抜き、理樹は一気に操縦席に突入し、

 

「・・・誰もいない?」

 

 誰もいないのを見た。

 

(ハイジャックなのに誰も運転していない? ハイジャック犯も、機長さんも)

 

 自動操縦というやつなのだろうか?

 それにしてもなんだか釈然としない理樹はなにかないかを探し、

 

「―――――さっぱりよく分からない」

 

 改めて言おう。理樹は探偵科インケスタだ。操縦席に色んなボタンが並んでいて、さまざまなものにランプが付いているが、なにがどんなものをあらわしているのかはさっぱりだ。こういうときはどうすればいい?困り果てた理樹であったが、ガガッと機長さんに通信が入る。

 

「・・・出るべきか?」

 

 とりあえず音源である機長さんの衛星電話を受け取り、もしもし、と不安一杯でボタンを押す。

 

「あ、あああああのもしもしこちらなお―――機長代理の」

『・・・・なにやってんだ、少年』

 

 テンパってうろたえるとあきれたような声が返ってきた。聞き覚えがある声だ。

 

「もしもし? どちらさまですか?」

『・・・切るぞ』

「ごめんなさい!助けてください来ヶ谷さん!!」

『素直で結構』

 

 こんなところにかけてきてくれるのはこの人ぐらいだ。

 

「来ヶ谷さん助けてください。操縦とか一切分かりません」

『よくそれで一緒にハイジャックされた飛行機に乗り込もうとか考えたな・・・』

 

 正直、何も言い返せない。はぁ、と自分の力のなさにため息をついていると、とある放送が聞こえてきた。

 

『おいでおいで イ・ウーはてんごくだよ おいでおいで。わたしはいっかいの ばーにいるよ』

 

「・・・行ってみるか」

『少年?どうかしたか?』

 

 電話は機長さんから拝借しておく。

 もしもの場合には頼れる人の助力が得られるからだ。

 

「来ヶ谷さん。ハイジャック犯からの挑発が入ったから少し様子を見てくるよ。大丈夫、戦えば十中八九負けるから見てくるだけだから!!」

『・・・・そうか』

 

 なんでだろう。放送室で冷たい眼をしている人がいる気がする。

 しかし、ここにいてもこれ以上できることがないのもまた事実。

 なら、隠れて遠山くんとアリアさんに戦闘は任せて、終わったら手当てしてあげよう。

 そう思って機長さんを手当てをした看護少年は応急箱を手にしたまま舞台へと向かう。

 とりあえずは途中で『武偵殺し』と遭遇しないように必死に祈っておこう。

 

『待て、少年』

「どうしたの?」

『確認したいことがあるんだが―――――』

 

 

 

 

         ●

 

 

 武偵殺しがいる。これから戦う必要がある。そう考えてキンジはここにやってきた。それなのに、そこで見た人物とは、 

 

「・・・理子」

 

 峰理子。彼のクラスメイトだ。

 

「こんばんは」

 

 いつもの笑みを浮かべながらウインクをしてくる。そして、語りだす。

 

「アタマとカラダデ戦う才能ってさけっこー遺伝するんだよね。武偵高にもお前達見たいな遺伝形の天才が結構いる。でも・・・お前の一族は特別だよオルメス」

 

 隣にいるピンクのツインテールが膠着したのをキンジは見た。

 

(オルメス? アリアの名前か?)

 

 アリアの本名は神崎・H・アリア。

 だとしたら俺の知らない『H』の部分に関することなのだろうか?

 

「あんた・・・一体・・・何者?」

「理子・峰・リュパン4世。それが理子の本当の名前」

 

(リュパン・・・だって!?)

 

 リュパンとは世紀末の大怪盗の名前だ。

 

「・・・待てよ」

 

 そういえば、ここに乗り込む前に直枝と理子と三人であることを話していた気がする。

 

『アリアに話を戻すけど、襲名はしてないみたい。本人はするつもりみたいだけど』

『・・・え?襲名だって!?』

『でも、アリアさんほどの実力で襲名ができないなんて、よほどその襲名先が破格なんだね。アリアさんって確か犯人を逃したことがないと言われていたくらいだし』

『まーねー。アリアはその襲名先の子息にあたるわけだけど、家庭での折り合いが悪いみたいだからね』

 

 アリアは襲名していないと。でも、理子は自らをリュパン四世と名乗った。なら、

 

「理子お前・・・襲名者なのか?」

「そうだよ。今代のリュパン。先代ルパン三世の後継者」

 

 でも、と彼女が言った。

 だからそこなのか、とも彼女は言った。

 

「でも、家の人間はみんな理子のことを名前で呼んでくれなかった。 お母様がつけてくれたこの可愛い名前を、呼び方がおかしいんだよ」

「おかしい?」

 

 アリアが聞き返す。

 

「4世4世4世さまぁぁぁ! どいつもこいつも使用人どもまで・・・理子をそう呼んでたんだよひどいよねぇ」

 

 口調こそいつものものだった。けど、雰囲気で分かる。

 声が絶望した人間の声だった。

 

「そ、それがどうしたってのよ。4世の何が悪いのよ?」

 

 アリアは襲名していないと聞いた。そして、襲名を望んでいるとも。

 なら、襲名できている理子がうらやましいという感情もあったのだろう。

 はっきり言ったアリアは何が悪いと言い切るが、理子は目玉をひんむく。

 

「悪いに決まってんだろ!! あたしは数字か! あたしはただのDNAかよ! あたしは理子だ! 数字じゃない! 遺伝子じゃない!! どいつもこいつもよ!」

 

 この怒りは誰に向かっているのかわからなかった。

 だが、一つだけ分かるのはこいつを野放しにしてたらだめだということ。

 

「・・・別に私の襲名先が怪盗リュパンであることには不満はないんだ。単純に実力だけで今代のリュパンだといえれば問題なかったんだ」

 

 けど、

 

「私は初代リュパンの直系。曾おじい様を越えなければ一生あたしじゃない!単なるリュパンの曾孫として扱われる!!!」

 

 アリアは深刻な面持ちで聞いてた。襲名に関すしては彼女もいろいろあったのだろう。

 けど、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

「だが、今はそんなこと話すときじゃない。武偵殺しは全部お前の仕業なのか?」

「武偵殺し? あんなものプロローグをかねたお遊びだ。本命はオルメス4世―――――アリアお前だ」

 

 その目はいつもの理子の目ではなかった。

 獲物を狙う獣の目。世の中を呪ったかのような目。

 

「100年前曾おじい様同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を倒せばあたしは曾おじいさまを越えたことを証明できる。キンジ、おまえはちゃんと役割を果たせよ」

「役割?」

「初代オルメスには優秀なパートナーがいたんだ。だから条件を合わせるためにお前らをつけてやったんだよ」

「迷惑な話だな」

 

 だが、とちょっとだけだが考えてみる。

 こいつは今までどんな気持ちだったのだろうか?

 直枝や井ノ原みたいな本物のバカではなく、こいつはバカを演じてたんだけ。 

 そう、誰にも気付かれずにずっと・・・。

 

「バスジャックもお前が?」

「くふ、キンジぃ。武偵はどんな理由があっても時計を預けたりなんかしたら駄目だよ。狂った時計見たら遅刻しちゃうぞ」

 

 キンジはあのバスに乗り遅れる前はどう思った?

『今日はバスにも余裕で乗れるな』

 確かにそう思い、しかし、実際は無理だった。つまり、あの時から理子は細工を始めてた。

 

「何もかもお前の計画通りかよ!」

「んーそうでもないよ。予想外のこともあったもん。チャリジャックで出会わせて、バスジャックでチームも組ませたのにくっつききらなかったのは計算外だったもの。それに理樹くんたちを巻き込むなんて思っていもいなかった。それに、キンジがお兄さんの話を出すまで動かなかったのは意外だったよ」

「兄さんを・・・兄さんをお前が?」

 

 兄さん。スケープゴートさせられ、実際はシージャックで死んだ最愛の家族。

 

「くふ、ほらアリア。パートナーさんが怒ってるよ。一緒に戦ってあげなよ」

 

 あ、そうだ、いいこと教えてあげる、と彼女は言って、

 

「キンジの兄さんは今―――――――理子の恋人なの」

「いいかげんにしろ!」

「キンジ!これは挑発と!! 落ち着きなさい!」

 

 挑発なんて事なんか分かりきっている。だけど、

 

「これが落ち着いていられるかよ!」

 

 理子にはそれが計算なんだろう。俺が兄さんのこととなると黙っていられないのが分かっているのだろう。でも、だからといって落ち着けはしない。キンジは反射的にべレッタを理子に向け、その瞬間、飛行機が揺れた。

 

「うわ!」

 

 気付いた時にはキンジのべレッタはばらばらになり地面に落ちていた。

 理子の手を見るとワルサ―P99が握られている。

 

「ノンノンだめだよキンジ。オルメスのパートナーな戦うパートナーじゃない」

 

 キンジは分かりきった策略を回避することも出来ず、あっけなく敗北した。だが、その瞬間を見逃すほど、Sランクの称号は甘くはない。バンッと床を蹴り、2丁拳銃を構えてアリアは理子に襲いかかる。

武偵の戦いは防弾制服があるため拳銃は一撃必殺の武器にはならない。つまり、打撃武器なのだ。

 

(・・・ワルサー1丁とガバメント2丁の装弾数は互角だ)

 

 近接銃撃戦で力の差がほとんどない場合、モノをいうのは装弾数だ。つまり、勝負は五分五分。

 だったのだが、

 

「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思ったら間違いだよ」

 

 理子はカクテルを投げ捨てると新たなワルサ―をスカートから取り出した。

 

「!」

 

 だが、アリアは止まらない。

 

「くっこの!」

「アハハ。アハハハハハ」

 

 2人は至近距離から互いに銃を撃ち、射撃戦を避け、かわし、相手の腕を自ら弾いて戦う。銃弾には限りがあるため戦えば戦うほど装填数でおとるアリアが不利になってくる。アリアはついに弾切れを起こしてしまうが、次の瞬間、アリアは両脇で理子の両腕を抱えた。2人は抱き合うような姿勢になり銃声が止む。格闘ではアリアがわずかに上なのだろう。

 

「キンジ!」

「分かってる!!」

 

 言われるまでもない。装填数では圧倒的に負け、格闘術などにも大きな差がないアリアには、理子にはない決定的な強みがある。それは、遠山キンジというパートナーの存在だ。

キンジはバタフライナイフを理子に向け、

 

「終わりだな理子」

 

 キンジは理子にチェックメイトを告げるが、理子は平然と語りだす。

 

双剣双銃(カドラ)。奇偶よねアリア、理子とアリアはいろんなとこが似てる。家系、キュートな姿、それと2つ名」

「?」

「あたしも2つ名を持ってるのよ双剣双銃の理子。でもねアリア」

「アリアの双剣双銃(カドラ)は本物じゃない。お前はまだこの力のことを知らない」

 

何をする気だ?考えた瞬間が致命的だった。その一瞬でまるで神話のメデューサのように動いた理子の髪は、背後の隠していたと思われるナイフを握り、アリアに襲いかかる。

 

「なっ!?」

 

こんなことになるなんて誰が想定しただろうか?

驚愕に支配された一瞬のうちにナイフはアリアに鮮血を飛び散らせた。

 

「アリア!!」

 

 崩れていくアリアを見て、考える。どうすればいい?

 しかし、時間は一秒、また一秒と過ぎていくだけ。

 その一秒すら自分の命を縮めているというのにも関わらず。

 理子から逃げ、アリアの手当てに入らなければアリアの命はヤバイ。

 だが、アリア抜きで理子に立ち向かえるような気は全くしない。

 

(・・本格的にどうする!?)

 

「じゃあね」

 

 何も思いつかないまま、何もできないままキンジは理子のワルサーの銃口を向けられ、そのまま引き金を引かれそうななったとき、変化が訪れた。

 

 バンッ!!と理子のワルサーがはじかれたのだ。

 

「!!」

 

 理子のワルサーをはじいたのは明らかに銃撃だった。

 この状況下において、銃なんてものを持っているのはただ一人だろう。

 その人物とは、

 

「――――――――やぁ、理樹くん」

 

 理子が名前を呼んだその人物は直枝理樹。

 キンジと一緒に乗り込んだルームメイトだった。

 

 



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Mission15 直枝理樹VS 峰理子


さて、がんばれ主人公!!


 

 

 遠山キンジはアリアを抱えながら、ルームメイトの少年の言葉を聞いた。

 

「医療セットはここにおいておくよ」

 

 彼は緊急措置用の道具を左手にもち、コンバット・マグナムを右手に抱えて立っていた。

 

「・・・直枝」

 

 状況は一刻を争うのだ。

 早くアリアを手当てしてやらないと命はないと思っていた。

 ゆえに、キンジにとっては蘇生道具を持ってやってきたと理樹の存在は天の助け。

 でも、現実的な問題として理子の存在がいる。

 

(・・・くそ、どうする!? 直枝に理子の相手をさせるのか!?)

 

 

 今、東京武偵高の強襲科のトップが純粋な戦闘により重傷を負い、意識不明の状態にまで追い込まれた。そんな化け物相手に友達をぶつけてもいいのか?ここは俺が戦ったほうがいいんじゃないか?キンジは結論が出せなかった。しかも、直枝理樹は典型的な探偵科の人間。くらべてキンジは、仮にも一年生のときは強襲科の主席候補といううわさがヒステリアモードのせいで言われた人物。データだけを見たら、アリアが負けた以上、理樹が戦ったところで勝算はなく、キンジのほうが時間稼ぎができそうなもの。

 

 

 なのに、

 

「遠山君。アリアさんを早く手当てしてあげなよ」

 

 友達はこういった。

 ここは自分がなんとかする、と。

 キンジの対応は迅速だった。

 理子のことを振り返らず、アリアを抱えて

 

「ああ、助かる!」

 

 キンジはひたすら走った。

 

 

 

     

        ●

 

 

 

 飛行機の中。相対する少年と少女がいた。

 

「理子さん」

 

 それでいて、少年はいつもの調子で話し掛けた。

 それに対し、少女もいつもの調子で応える。

 

「なぁに〜理樹くん」

 

 二人は端から見れば対立しているような雰囲気を微塵も見せず、それでも敵対する。

 

「まさか理樹くんがここで出てくるとは思わなかったよ。オルメス倒すのに邪魔だから出てってくれる? 理樹くんなら見逃してあげてもいいから」

「逃げ出すくらいならわざわざ出て来はしないさ」

 

 それに、もとより逃げ場なんて存在しない。

 今キンジがアリアをつれて離脱することを武偵殺しが簡単に許したのは、どうせ逃げ場がない場所だ からということもあるのだろう。それにしても・・・

 

(・・・なにやってんだろう、僕は)

 

 自分でもわけがわからない。

 

「ふーん。変なの。ところでさ、何しに出て来たの? 理樹くんじゃ私に勝てないでしょ?」

 

 そんなことは分かってる。理子の表情はAクラスにいた時のように満面の笑みだ。

 そんな中で、少年はいまここに立っている理由を考えてみる。

 

(なんで僕は出て来たのかな?)

 

 普通に考えてみよう。強襲科での成績優秀なアリアさんと遠山くんを同時に相手できる化け物相手に、一体僕に何ができるというのだろう?ここには真人もいない。恭介が守ってくれるわけでもない。

 

「さぁ、なんでだろうね」

 

 本当によく分からない。 でも、何か僕にも出来ることがあるような気がする。

 気のせいかもしれないが、そう思い込んでおく。

 

「理子さん、僕はね。例えアリアさんたちがやられようと、出てくるつもりはなかったんだよ」

 

 もともと乗客の安全を優先するつもりだった。なのに、どうしてだ。

 

「どうして?」

 

 理子さんも聞いてくる。特別な答えは用意していない。だから、

 

「僕は、リトルバスターズだ」

 

 そう答えた。

 

 

         

        ●

 

 

 

 これ以上は時間の無駄かと判断したのか、理子はワルサーを理樹に向ける。

 

「クフフッ!!」

「え!?ちょ!?」

 

 理樹は迫りくる銃弾を必死で回避する。銃をしまい、走り回る。力の温存とかを全く考えてはいない。正真正銘の全力回避。

 

「・・・今何で銃をしまった?」

 

 凶戦士は素直にそう思い口にした。

 仮にも学校では一緒に探偵術を学んだのだ。

 ある程度は相手の知識は持っている。

 たしかに両手が使える分、回避はいろいろとやりやすくなるだろう。

 けど、銃をしまうということはこの状況下においてメリットよりデメリットのほうが大きいだろう。

 

「僕は恭介に憧れてるから、どうしても真似してしまうのだろうね」

 

 バーのカウンターに隠れた理樹は、律儀に返事をした。

 つまりは、憧れの存在の真似。

 リュパンの襲名者なる理子には、その気持ちが理解できる。

 なら、と凶戦士は考えてみる。

 目の前のバカが憧れている存在は、どうして銃をしまうようなことをするのだろうか、と。

 

「恭介は僕にこう言ったことだあるんだ。『――――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』」

 

 普通に考え、理樹程度の相手なら理子の負ける要素は見当たらない。けど、

 

(―――――――ッ!?)

 

 背筋が凍った。一瞬だが、恐れを感じた。

 同時。

 跳弾が理子を襲う。その正体について、バカは言う。

 

反射弾(リフレク・ショット)

 

 恭介が教えた銃技の一つだ。机の角見たいな場所に銃弾を撃ち込み、跳ね返った銃弾で攻撃する技。

 銃という武器な性質上、銃弾は直線上にしかとばない。すると、実は簡単に避けられてしまう。

 事実、理樹にすら避けることが出来る。しかし、一度曲がれば戦術は一気に広がる。

 

「チッ!!」

 

 理子は下手に動けず、様子見になってしまう。

 だが、銃は性質上直線的な攻撃であるため、意外と素人でも回避できる。

 その上、武偵である理樹は人を殺せないし、防弾制服を着ている理子にとってはたいしたことはないとか考えていたが、

 

「―――――痛ぁっ!?」

 

 理子が受けたのは予想だにしない衝撃だった。

 威力が問題なのではない。防弾制服だって衝撃はそのままなのだ。

 問題は衝撃の場所だ。衝撃が手の平に来た。

 彼女は痛みでワルサーを持てず、落としてしまう。

 

(左手を撃たれた? けど・・・・)

 

 防弾制服を着ているからと言って無敵ではない。

 剥き出しの顔面に銃弾を受ければ即死は当然だし、手の平に当たればもう銃なんか持てはしない。

 だから、馬鹿が反射弾が撃てると分かった時は注意した。

 反射した弾丸にも対処できるように観察していた。なのにくらったということは、

 

「特殊弾? いや、ゴム弾かっ!?」

 

 いくら馬鹿が相手とはいえ、万が一がにあように気を使ってたんだ。

 本来なら当たるはずははいんだ。なら、反発係数が異なる弾丸を使われたということだ。

 理子の左手が貫かれていない以上、使われたのはゴム弾だ。

 

「バレたか」

 

 ネタ隠しするつもりもさらさらない馬鹿の銃撃が止む。

 おろらくは、

 

(弾切れか?)

 

 同じ探偵科だからこそ、どんな銃を扱うかくらいは知っている。

 理樹の銃はコンバット・マグマムだ。

 回転式の銃で、早打ちに優れている。しかもあの銃については、

 

(あの銃は、理子のお父様の相棒が好んで使っていた銃!)

 

 なら当然、利点も知っていて、

 

(さっきのゴム弾みたいな一発限りの特殊弾も簡単に装填できるっ!!)

 

 マガジンに銃弾をいれて装着する理子のワルサーとは違い、理樹のような特殊弾を多用するタイプには持ってこいだ。しかしその半面、

 

(装填できる弾数が少ないのもまた事実っ!!)

 

 弱点も熟知している。連射できるのはたったの六発。しかも、リロードはめんどくさい。

 特殊弾を扱う場合ならまだしも、単純な時間を考えたら優位は理子にある。

 

「いくよっ」

 

 相手の銃を見て、装填できる弾数が分からないほど理子は馬鹿じゃない。なら、今が絶好のチャンス。理樹の優位点はバーのカウンターという障害物で銃弾を防げることしかない。いくら理子が先程の銃弾を左手にくらい、二丁拳銃が使えないとはいえ、弾切れの単細胞相手に責めきれないはずがない。なにより理子には、『髪を動かす』超能力がある。理樹の銃撃が止んでからの凶戦士の切り返しが速かったため、理樹はリロードをする隙なんかなかった。

 

 否、与えはしないっ!

 

(精々特殊弾をリロードしたとしても一発くらいだろうっ!終わりだ、直枝理樹っ!)

 

 仮に理樹がリロードを完了していたとしても、近接戦闘で理子が負けるはずがない。単純な装填弾数の絶対的差もあるし、特殊弾を一発詰めたとしても、

 

(この状況で何が使えるっ!?)

 

 戦いは上空を飛行する飛行機の上なのだ。大掛かりな武偵弾や霊装を使い、飛行機に穴を開けるわけにはいかない。それに、下手なものを使えば殺人という武偵の禁忌を侵すことになる。

つまり、理子の勝ち。

 

 理子は先程はオルメスを倒したのだという絶対の自信も伴いバーのカウンターを飛び越えようとして、

 

「!?」

 

 信じられないものを見た。

 バカはこのままでは勝ち目のないことを自覚して、手榴弾を理子の着地地点に二、三個投げ込んだ。

 

「なにやってるんのこのバカっ!」

 

 だって、理子は理樹に飛び掛かるようにしたのだ。

 なら、着地地点とは則ち、理樹の足元。

 

「さぁ理子さん。―――――――― 一緒にアフロになろうZE!」

「勝手にやってろバカ――――っ!?」

 

 自爆か、と理子は思った。たしかに、勝てないなら相打ちに持ち込めたなら理樹としてはいいかもしれない。凶戦士とバカと共倒れになった場合、遠山キンジという今は逃げた仲間がなんとかするだろう。でも、そんな結末は、

 

(冗談じゃないっ)

 

 バカの勝手な自爆に巻き込まれるのはたまったもんじゃない。慌ててバーのカウンターに掴まり、緊急回避しるしかない。しかし、左手は使えない。髪を操作して掴まるにしても、体全身を持ち上げることなどできはしない。なら、右手のワルサーを捨てて、右手でカウンターに掴まり空中からの緊急回避をするしかなかった。

 

 

 バコーン、と手榴弾が爆発する音とともに、爆風が飛んでくる。

 

 

(――風のタイプか!)

 

 

 武偵殺しとしての理子は爆弾使いだ。当然、爆弾の種類くらいは知っている。

 大きくわけて、爆弾には二つの種類がある。今回のように爆風ですべてを吹き飛ばすタイプと、手榴弾自体が鋭利な刃物として襲い掛かるタイプ。

 

 

 

「―――――くっ」

 

 

 ギリギリの緊急回避でなんとか直撃は避けたが、被害はあった。

 一応爆風の影響を受けて地面にたたき付けられ、身体の芯が揺さぶられた。

 

「・・・左手を強く打ったかな?」

 

 緊急回避に左手を使ってしまったがゆえ、爆発に巻き込まれて左手が使えない。数分待てば回復するレベルの負傷だ。でも、

 

「勝った」

 

 バカの自爆は失敗に終わったのだ。

 今頃オルメスが息を吹き返したかもしれないが、左手が回復したらトドメをさしにいけばいいだけだ。

 

 でも、ふと思う。

 

『理子さん。一緒にアフロになろうZE!』

 

 あのバカはとても自爆するという雰囲気ではなかったではないだろうか?

 ふとした疑問から理子は爆心地を見て、理子は見る。

 信じられないことに、無傷のバカが突っ込んできたのを見た。

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 理樹は拳を握りしめ、理子に突撃する。

 

(―――――自爆なんてするはずがないでしょ?)

 

 昔から恭介に超能力のことは隠すようにしろと言われていたのだ。

 バスジャックの時は非常時ゆえ来ヶ谷さんの前で使ってしまったが、恭介の助言で武偵高の先生にすら教えてない能力がある。それは自分でも定義がよく分からない能力であるが、

 

(少なくても、魔力を打ち消せる能力だっ!)

 

 手榴弾は謙吾特製の魔術タイプで、自分では作れないレアな一品だ。

 彼は自分の超能力と組み合わせて、タイミングを見計らえば無傷で周囲を爆破できる。

 

「うおおおおぉぉぉ」

 

 隙は作った。

 普通にやって勝てないなら、普通じゃない手段を取ればいい。

 恭介はいつだってそうしてきて、理樹はその姿を見てきた。

 理子の左手は銃撃を受けて使えない。

 理子の右手には回避のためにワルサーは捨てられた。

 

「チィっ!」

 

 理子に残された手段としては『髪を自在に操る』能力がある。

 

 (まだだ!まだ終わらないよっ!)

 

 ナイフを出す時間はない。でも、方法はある。

 バカは素手で突っ込んできた。

 なら、髪を操作してバカの動きを封じ、ナイフで刺せばいい。

 そして、理子はまた衝撃の展開に左右されることとなる。

 

 

 

          ●

 

 

 

 直枝理樹のとる行動はただひとつ。

 拳での攻撃だ。

 理子が髪で搦め捕ろうとしてきたのを見て、

 

(・・・理子さん。君はなにをそんなに必死になってるんだい?)

 

 ふと、そんなことを思ってしまった。

 彼女がアリアさんと戦っているのを見ていて、正直アリアさんと遠山くんに加勢する気が無くなった。もとから無かったというのも紛れもない事実だが、いっそう無くなったのもまた事実。

 

 だって、

 

(僕が可哀相だと、救いたいと思ったのは君なんだよ)

 

 犯罪者に何言ってるのだと僕を皆は批難するかもしれない。

 でも、僕には彼女が今にも泣きそうに見えたんだ。

 本当は、助けを求めてる小さな女の子に見えたんだ。

 いや、カッコつけるのはよしておこう。率直なところ、

 

(・・・恭介に出会い、救われる前の自分と重なって見えんだよなぁ)

 

 だから、

 

(今は君を止める)

 

 

 そして話をしてほしい。

 助けてほしいなら、助けてと叫んでほしい。

 だって、僕はリトルバスターズだから。

 恭介みたいに僕がうまくできるとは思ってない。けど、僕だってきっと。

 だから、

 

「き・ん・に・く――――いぇいえーい!」

 

 今は理子を倒す。

 理樹の右手が理子の髪に触れた瞬間、理子の超能力は意味を無くし、ただの髪に戻る。

 

「――へ?」

 

 

 想定外の出来事は一瞬隙を生む。

 その一瞬は二人の勝敗を決めるには決定的だった。

 理樹はそのまま全力で――――――凶戦士の顔面を殴り飛ばした。

 

 




理樹の戦闘はこんな感じです。
基本的に負けることが前提の戦いをします。
あとは、どのようにして勝つための舞台を整えるかというのが彼の勝負ですね。


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Mission16 リュパンとオルメス

 

 遠山キンジはアリアを抱え、走っていた。

 彼はアリアをお姫様抱っこで抱えている。時と状況次第ではロマンチックなのだろうが、

 

「・・アリア!しっかりしろ!」

 

 現実は最悪だ。

 アリアは軽い。でもそれは、彼女が脱力しきっているから。

 

(はやく手当てしないと・・・)

 

 あの武偵殺しは直枝が引き止めてくれている。だが、彼一人でなんとかなる相手とも思えない。イギリスが予約したアリアのスィートルームに逃げ込んだキンジは彼女をベッドに横たわらせる。血まみれの顔面をタオルで拭き、

 

「う・・・っ・・」

 

 キンジは見てしまった。

 アリアのこめかみの上の、髪の中には深い傷がついている。

 

(まずい。側頭動脈がやられてる)

 

 頸動脈ほどの急所ではないにしろ、命に関わることに違いはない。

 

「しっかりしろ!傷は浅い」

 

 嘘をついた。

 

 本当は傷は深く、キンジは本音を言うとどうしたら分からず、逃げ出したかった。直枝から渡された医療セットに入っていた止血テープでアリアの傷を塞ごうとしても、その場しのぎにしかならない。

アリアは力無く笑った。おそらく彼女にはキンジがついた優しい嘘がバレているのだろう。

 

「アリア!」

 

キンジはキレ気味に、武偵手帳のペンホルダーから『Razzo』とかかれた小さな注射器を取り出す。

 

「ラッツォいくぞ!アレルギーは無いな!?」

「・・・・・な・・ぃ」

 

 ラッツォとは、アドレナリンとモルヒネを組み合わせて凝縮したかのような一品。

 つまり、気づけ薬と鎮痛剤を兼ねた復活薬。

 

「ラッツォを心臓に直接打つ薬だ。いいか、これは必要悪だぞ!」

 

 彼は、アリアの小さな身体にまたがるようにベッドに上がる。

 瀕死のブラウスのジッパーを乱暴に下ろし、打とうとする。

 

「アリア、聞こえてるか、打つぞ!」

 

 けど、彼女は答えない。

 ピクリとも動かない。

 なんでかって?

 アリアの心臓の鼓動が――――止まっているからだ。

 

「――――戻って来いっ!」

 

 迷いは失敗を生む。だからキンジは殴るように注射器を突き付け――――――

 

 

「――――!」

 

 びくん、とアリアが反応した。

 

「う・・・・!」

 

 薬の激しい威力に、可愛い顔が歪む。

 キンジはアリアが苦しむ姿を見て、

 

(――――よかった)

 

 一安心した。

 アリアが薬で苦しんでいるということは、アリアが紛れも無く生きていることを表しているから。

 生きている。

 生き返った。

 

 だが、まだ安心はしてはいけない。まだどうなるかなんて分からない。

 

(さて、どうなる?)

 

「・・・・って、え!? ななな何これ!む、胸!?」

 

 アリアは上半身を起こすくらいまでには回復したけれど、

 

「キキンジ!またアンタの仕業ね! こ、こ・・・こんな胸、なんで見たがるのよ!イヤミのつもり!小さいからか!どうせ身長だって万年142センチよ!」

 

 薬のせいか、記憶が混乱していた。

 

「お前は理子にやられて、俺がラッツォで―――」

「りこ・・・・理子――――ッ!!」

 

 錯乱者は自分の胸に突き刺さった注射器を見て悲鳴をあげ、強引に引っこ抜き、服を整え、フラフラした様子で部屋を出ていこうとする。

 

(まずいな)

 

 ラッツォは復活薬。しかし同時に興奮剤。

 目の前の千鳥足は正気を失い、戦略把握が出来ていなかった。

 

「待てアリア! 理子は今直枝がなんとかしてくれている! あいつが稼いだ時間を無駄にするんじゃない!」

「そんなの関係ないわ! 理子を倒せるやつなんて、この飛行機には私しかいないわ!」

「静かにするんだアリア!チームワークが働いていないとバレる!」

 

 一人であの凶戦士に勝てるとは思わない。だからこそのチームワークなのに、

 

「構わないわ! あたしはどうせ独唱曲(アリア)!そもそもアンタたちなんて来なくてもよかったのよ!」

 

 キンジを睨むその瞳は激しい興奮を潤ませている。到底落ち着かせることもできそうにはない。早く直枝のところに行かないと行けないのに。

 

「あんた、あたしのこと嫌いなんでしょ!? あたしは覚えるんだから!」

 

 なぁアリア。

 どうしたらお前のことを黙らせることができるんだい?

 

 両手はアリアの銃を押さえるのに使ってる。

 仮に手を離したらアリアは邪魔者を撃ち、すぐに部屋を出ていくだろう。

 この状況をなんとかする方法は――――

 

(・・・無くはない)

 

 遠山キンジには最後の手段がある。でもそれは、

 

(・・・ヒステリアモード、か)

 

 嫌な思い出がある、最愛の兄を破滅させたあのモード。

 自分からは絶体になりたくなくあの状態。

 だけど、

 

(―――背に腹は変えられない!)

 

 このままだと、どうなるのだろう?

 直枝が理子を、なんとかしてくれるのを信じるか?

 いや、それは信じるということではない。

 単なる押し付けだ。

 少なくともこのままだと、アリアは殺されてしまう。それだけは、

 

(絶対にいやだ!)

 

 アリア、許してくれ。

 

「あたしは覚える!アンタはあたしのこと嫌いって言った!あたしがパートナー候補だと思ったやつは皆そう! リズも、きっと本心ではあたしのことなんて――」

 

 喚く独唱曲の口を、キンジは。

 口で塞いだ。

 

 

「――――――!!!」

 

 赤紫(カメリア)の瞳を飛び出させんばかりにして恋愛苦手少女は石化する。

 

(・・・これは諸刃の剣なんだよな)

 

 桜の花びらみたいなアリアの唇は、柔らかくて。

 キンジの全身へと火炎を広げた、

 

(――――ドクン)

 

 体の中心がむくむくと強張り、ズキズキと疼く感覚。

 

(―――こんな猛烈なヒステリアモードは、生まれて初めてだ)

 

 彼らは口を離し、同時に息を継いだ。

 

(アリア。許してくれ)

 

「・・・か・・かざあ・・にゃ・・」

 

 ふら、ふららと恋愛苦手独唱曲はその場にへたり込んでしまう。

 

「・・・ファーストキス、だったのに」

「安心しろ。俺もだよ」

 

 ヒステリアモードの彼は、屈み、彼女に視線を合わせていた。

 

「どんな責任でもとってやる。でも、仕事が先だ」

 

 いつもより低く、落ち着いた声。アリアの表情が変わる。彼女は何かを、おそらくはチャリジャックにて初めて会った時のことを、思い出しているのだろう。

 

「武偵憲章一条。仲間を信じ、仲間を助けよ。俺は、アリアを信じる」

 

 二人で協力して、武偵殺しを倒そう。そう思う一方、ヒステリアキンジには気掛かりがあった。

 理樹だ。

 

(直枝はどうなった?)

 

 

 

 

      

     ●

 

 

 

 直枝理樹では武偵殺しには勝てないだろう。キンジも、理樹本人でさえ、そう思っていた。けど、そんな前評判を覆し、理樹はリュパンの襲名者の前に立っていた。策略を立て、襲名者に全力の一撃をお見舞いした。だが、それだけだった。彼はそれ以上のことをしようとはしなかった。

 

「・・・」

「・・・ねぇ、理樹くん」

当然、武偵殺しである襲名者は顔面に一撃拳をくらった程度では倒れはしない。そんなことは分かりきったことなのに、

 

「・・・何?」

 

 理樹は追い撃ちをかけず、チェックメイトだとマグナムを突き付けることもしなかった。

 理子は大の字でひっくり返ったまま、

 

「・・・どうして?」

 

 理由を尋ねる。

 理子にとって、不可解なことが多すぎた。

 だが、

 

「どうしてって・・・何が?」

 

 馬鹿は首を傾げていた。

 

「私が起き上がってもう一度戦えば―――理樹くんは負けるよ? 殺されるよ?」

「だろうね」

 

 意に介した様子も無く、馬鹿は返答した。だって、

 

(・・・紛れも無い事実だしなぁ)

 

 事実を否定するつもりはない。恭介に言われて自分に宿る超能力のことは先生方にも隠してきた。

 知っているのはリトルバスターズの皆だけで、たくさん協力してくれた来ヶ谷さんにすら言ってない。今理子に一撃を与えられたのは単純に、理子が彼の能力を知らなかったからにすぎない。理樹が何かしらの超能力者だとバレた以上、今からもう一度戦えば警戒されて理樹の敗北は揺らがないだろう。

でも、

 

「仮に僕に君を倒せたとしても意味がないからね」

 

 理樹は理子がキンジたち二人と戦っている姿を見て、こう思っていたのだ。

 あぁ、理子さんを倒すなり逮捕するなりしても、意味がなさそうだなぁ。

 

「僕は昔に恭介に救われたことがあってね。僕は恭介みたいに誰か救いたいと思って武偵になったんだ」

 

 あの1番つらかった日々。両親をなくしてすぐの日々。

 だけど、恭介に出会って一変した日々。

 僕はいつしか、心の痛みを忘れていた。

 

 こんなこというとアリアさんたちに殺されそうだけど、と彼は前置きして、

 

「……僕が救うべきと思ったのは君なんだ。リトルバスターズに救われた僕が今度は同じように誰かを救っていいたいんだ」

 

 今の理子を逮捕しても、彼女は世界を呪ったまま生きていくだけだろう。そんなのは嫌だ。

 

「………ねぇ、理樹くん。今から私が君を殺そうとしたらどうする?」

「君はそんなことしないでしょう?」

 

 経験がある。だからわかる。

 誰かに認めてほしいのなら、僕が認めてあげればいい。

 誰かの助けが必要なら、僕が助けてやればいい。

 

「僕の言うことが単なる綺麗事に聞こえるかもしれない。この場を説得すらための言葉に聞こえるかもしれない。だけどさ、」

 

 だけど、

 

「今の君には、バカみたいな綺麗事すら眩しく聞こえるはずだ」

 

 僕を救ってくれた人達はバカだった。

 でも、覚える。

 彼の姿は、今の僕を形成するほど眩しかった。

 

 

         ●

 

 

 

 理子はバカがバカなことを言うのを聞いた。

 

(……眩しく映る、ね)

 

 確かにバカがいってることは事実だった。

 できることならハイジャックなんてしたいとは思わない。

 でも、

 

(……私には私の理由がある)

 

 リュパンの名を越えないといけない。さもないと……自分がどこにもいなくなる。

 

(でも……)

 

 助けてもらえるたら、救ってもらえたら、どんなにうれしいだろう。

 

(だったらさ………)

「私が今から助けてと叫んだら、助けてくれる?」

「もちろん」

 

 バカは言った。

 

「私はイ・ウーを天国のように思ってるんだよ?」

「僕もリトルバスターズを天国のように思ってるから同レベじゃない?」

 

 そして、バカは言った。

 

「僕がリトルバスターズを大切に思ってるように君がイ・ウーが大切なら……別にイ・ウーをやめろとは言わないさ」

 

 バカは問題発言をする。

 僕はバカだからそもそもイ・ウーってなんなのか知らないけど、という問題発言と共に、

 

「理子さんは理子さんで本当にしたいことを、やればいいんじゃない?」

 

 自分のやりたいように行動し、私を捕まえる気があるのか分からないバカはそう言った。

 

(……私が、理子が、本当にしたいこと?)

 

 それは。

 もし、許されるのならば。応えてくれるというのなら、

 

「私を助けてよ」

 

 助けてと叫びたい。

 そして彼女は、分かったよというバカの返事を聞いた。そして、

 

「ほら」

 

 この手を掴め、と言わんばかりに手を差し延べてきた。

 私はこの手を掴むべきなのだろうか?

 

(……理子は……)

 

「ありがとう、理樹くん。……でも」

 

 理子は、差し延べられた手を掴む、だが、

 

「……え…」

 

 起き上がった瞬間。理樹の腹に強烈な一撃を与えた。

 

「……り…こ……さん?」

 

 バカは油断しきったからか、その場で倒れ込む。どうして、と彼は呟いた。

 

(……ゴメンね。うれしかったよ)

 

 でも、理子は一度掴んだ手を離した。

 

(……君の言うことは正しいよ。だけど、君は弱すぎる)

 

 理樹みたいなことをいうバカがいることに、理子は安心する。しかし同時にこう思う。

 君みたいな馬鹿を、死なせるわけにはいかない。

 

「――――――君みたいなバカには死んで欲しくない。だから」

 

 だから、ごめんね。

 下手にイ・ウーを相手すると消されてしまう。

 私の抱えているものはそんな危険をともうのだ。

 でも、それでも。

 

「――――君の手を掴めなかったこんな私だけど……、今度助けてくれっていったら、もう一度手を差しのべてくれる?」

 

 私は何を言っているのだろう。なんて未練がましいのだろう。

 だけど、

 

「……それが僕の戦う理由だから、いくらでも」

 

 倒れて未だ起き上がれていないバカは、こんな私にそう言ってくれた。

 だからこそ安心して、気を楽にして、

 

「ありがとう」

 

 そう言える。そして、

 

「じゃあね」

 

 バカに対して別れを告げた。

 伸ばされた手をつかむことはしなかった。

 

 



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Mission17 航空機内の放送者

バカがいた。

ハイジャック犯を救おうとしたバカがいた。

 

『ねぇ、きみ達は?』

『俺達か?悪をせいばいする正義の味方……ひとよんで、リトルバスターズさ!』

 

 昔救われたように、僕も誰かを救っていきたい。

 そう願った純粋な少年は、差し延べた手を掴んではもらえなかったという現実を突き付けられて床に倒れていた。

 

「……」

 

 恭介のようにできたと完全に油断しきったため、まだ床から起き上がれてもいない。

 

「…………」

 

 棗恭介。

 理樹は憧れの姿を追いつづけ、今まで生きてきて、努力もしてきたが、

 

(……失敗した)

 

 救えなかった。

 恭介みたいにできなかった。

 現実の自分と理想とする自分との差を思い知らされた。

 だが、それがどうした?

 直枝理樹という少年はこの程度ではくじけない。

 

「……あの野郎」

 

 彼にとって、憧れの姿はそう簡単に超えられるものではないと、恭介みたいになるのは簡単ではないことなんて分かりきっていたことだ。ちょっと失敗したからって、たった一度のミスでくじける理樹じゃない。だってリトルバスターズなんてバカな名前を名乗っているのだから。

 

 

「――――こうなったら、無理矢理だろうがなんだろうが、あの手を掴みあげてやるっ!」

 

 決めた。向こうが変な意地を張るでなら張るで勝手にすればいい。

 こちらも勝手にやらせてもらうだけだから。

 まずは、

 

「――――筋肉ッ!!」

 

 筋肉で起き上がる。

 彼の方針は変わらない。

 やることは一つ。

 意地っ張りな泥棒に、手を差し延べることのみ。

 

 

        

 

          ●        

 

 

 

 委員会連合の一員、放送委員の来ヶ谷唯湖は情報を集めていた。

 放送委員会は情報を収集し、交渉などを行うこともある国家組織の一員だ。

 彼女は日本に来る前はイギリスで働いていたことがある。

 その経緯で委員長というレアな権限を持っている。

 彼女の情報収集交換速度は凄まじいの一言につきた。

 

「……ん?」

 

 彼女は知ることの出来る情報はニュースで知ることが出来るレベルのものとは大違いだ。一つの事件が起きた場合、政治的な意味を考えた上で行動するような仕事にも携わってきたのだ。ゆえに、ある彼女が見つけたとある情報は経験則により危険なものであると導くのは簡単なことだった。一抹の不安を招くような情報を手にするのは時間の問題だった。

 

「恭介氏、これは……」

「なんだ?」

 

 第三放送室の中、いすに腰掛け来ヶ谷が拾ってきた情報を片っ端からものすごい速度で見ている少年に声をかける。恭介だ。

 

「恭介氏はどう判断する?」

 

 棗恭介と来ヶ谷唯湖はイギリスで出会っていて、来ヶ谷は恭介たちに誘われる形で日本に来た経緯を持つ。日本人とはいえ帰国子女たる彼女は日本に来たこともかった彼女はその際にいろいろと世話になった。その経緯があるとはいえ、来ヶ谷ほどの思わず声をかける内容をみつけたのだ。

 

『防衛省が自衛隊を動かした』

 

 彼女のイギリス時代。来ヶ谷はイギリス王室に関わる仕事として、イギリス騎士団の連中を動かしたことがあったが、そんな場合は大抵がろくなことにはならなかった。ゆえに結論づける、自衛隊が動くということは、十中八九ロクなことにはならないことだ。

 

「リスクの問題だろう。面倒なことになったな。……来ヶ谷、突き返せるか?」

「私の権限では無理だ。分野の関係で二木女史ならまだ干渉くらいまではいけたかもしれないが、彼女は興味がなさそうだからな。彼女がわざわざ止めようとはしないだろう」

 

 自衛隊をなんとかして止めたいが、下手に介入はできそうにない。

 さて、どうしようかと思った来ヶ谷に、一本の電話が入る。

 誰だろうか?

 

「はいもしもし」

『あ、つながった!?来ヶ谷さん、いますぐ教えて欲しいことがあるんだけど』

 

 

 理樹だ。

 

            

 

          ●

 

 

 

 ヒステリアモードこそ最強。銃撃戦を行うにおいて、遠山キンジはつくづくそう思う。普段は頼りない自分でも、ヒステリアモードになれば双銃双剣のアリアをもしのぐ戦闘能力を手にすることが出来る。

 

 そして、今。キンジは武偵殺しと再び対峙していた。

 キンジはアリアと作戦を立てて対峙したが、武偵殺したる理子に右にも左にも回避できない銃撃を受けて、彼はあることをやった。

 

「……わぉ。銃弾をナイフで斬ったか」

 

 理子の感嘆の声が聞こえてくる。

 自分でやっといて、相変わらずヒステリアモードはすごいと思う。

 キンジは自分がナイフで斬った弾丸が弾丸切りといったところだろう。

 

「アリア!」

 

 もう以前のような情けないチームワークではない。

 天井の荷物入れに潜んでいたアリアは、合図とともに理子を強襲する。

 理子に向けられるは白銀のガバメント。

 アリアの銃撃は、精密に理子のワルサーを弾き落とす。

 

「!」

 

 攻撃最大の防御。

 その理念を実行するかのように、アリアは空中で銃を放し、背中から日本刀を二本抜く。

 

(そうだ。アリアは近接戦闘でこそ本領を発揮するっ!)

 

 抜刀と同時。

 振り返った理子の左右のツインテールを切断した。

 茶色いくせ毛を結うテールが、握っていたナイフごと床に落ちた。

                                                                            

             ●

 

 

 直枝理樹という名前の優しいバカとの相対の後、『武偵殺し』に戻った理子は、アリアにツインテールを切断され、オルメスに対し初めて焦ったかのような声を揚げていた。

今理子の心境はヤバイというより、

 

(……私、何やってんだかなぁ)

 

 ふとした疑問だった。

 オルメスとの対決で油断はしていなかったはずだ。するはずがない。

 優しいバカとの相対で、これからは心を鬼にしてでも戦うの考えていたではないか。

 

「峰・理子・リュパン四世」「殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 

 私は何を考えているのだろう。

 

「ベッドにいると見せかけて、シャワールームにいると見せかけて。ちっさいアリアをキャビネットに隠してたのか」

 

 私は何を思っているのだろう?

 

「ダブルブラフってよほど息があってないとできないはずなんだけど」

 

 そして、思い出す。

 ブラフって最近見なかった?

 

『さあ理子さん――――――一緒にアフロになろうZE!』

 

 あぁ。あいつも使っていたっけ?

 単純な戦闘だけならまず勝ち目は無いから、ブラフとはったりを多様する少年。

 

 そして、理解した。

 

(……皆必死なんだ。私だけじゃないんだ)

 

 生き方を誰かに何か言われる筋合いはない。

 理樹は理樹で恭介の後を追いのに必死だし、アリアはアリアで母親の無実の証明に必死だ。

 

「……」

 

 理子は髪を動かし、リモコンを操作し、

 次の瞬間。

 機体が大きく急降下した。

 姿勢を崩したアリアやキンジを見て、

 

「ばいばいきーん」

 

 理子は脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

(……今更何をやってんだ、私!)

 

 決めたんだ。

 アリアを倒して自由を手にすると。

 例え他人の幸福を犠牲にしてでも自分の幸福を手に入れてやると。

 

「狭い飛行機の中、どこへ行こうというんだい、子リスちゃん」

 

 キンジが追ってきた。

 キンジは敵だ。でも、聞いておきたいことが出来た。

 

「……人の数だけ、物語がある。この考え方、どう思う?」

「どうもこうも、そのままの意味だと思うよ」

 

 

 なら、

「ねぇキンジ、イ・ウーに来ない? イ・ウーには、お兄さんもいるよ?」

「これ以上怒らせるな。武偵法9条を破ってしまいそうだ」

 

 そっか、と理子は返答する。

 きっとキーくんは心の底からの殺意が沸き上がってるんだろうな、とも。

 

(……私は・・・)

 

 一生懸命な連中がいて、そんな連中といられるのは幸せなのだろう。

 たくたん努力をして、仲間と一緒に幸せを手にするのは素晴らしいことなんだろう。

 でも、それは最低限の幸せが約束されている奴らのいる舞台だ。

 

 理子は世界は綺麗事じゃ回らないことを知っている。

 最低限の幸せすら約束されない人達をたくさん見てきた。実際、私もそうだった。

 そんな連中の願いはいつも、たった一つの単純で、普通なら当たり前に約束された願いだった。

 

(……私も、ただ自由に生きたいだけなんだよ)

 

 本当からリュパンの名前にだって執着はない。襲名なんてどうでもいいのだ。

 

 友達を作って、女の子らしく可愛い服を集めたりして。

 恋バナにキャーキャー騒ぐ。

 そんな普通なら当たり前の生活にすら憧れを感じ、ハイジャックなんて事件を起こして、オルメスと勝負しなければならないくらいに追い込まれている。

 

(……キンジ。お前が言う武偵なんかやめて普通の生活を送りたいという気持ちは、私には分かる)

 

「じゃあね」

 

 理子は設置していた爆弾のリモコンを握りしめる。

 飛行機に穴が空け、飛び降りればいつでも逃げられるように。

 表の舞台で生きている彼らから目を背けたかったのかもしれないけど。

 そんな時、理子はリモコンのスイッチを押そうとして、放送機ごしの声を聞いた。

 

『聞こえる?』

 

 とあるバカの声だった。

                                                                                                                                

       ●

 

 

 直枝理樹は、友人の来ヶ谷から放送器具の使い方を聞き出して、放送をかけていた。

 ちょっとした文句も言いたいことがある人物が今どこにいるかは知らない。 

 だから、どこにいても聞こえるように、全域に放送をかけよう。

 

(これで聞かれていなかったらマヌケだよな。僕なら充分に有り得る話だけど)

 

 何をするのかと来ヶ谷さんに聞かれ、ありのままを答えたら爆笑された。

 嘲笑うようなものではなく、気持ち良く笑い飛ばしてくれた。

 でも、恭介ならこれくらいはやる。だから、僕もやる。

 だから、言う。

 

 

 

 僕らの方針は変わらない。助けての声を聞いたら、絶対に助け出す。

                                                                                                                                                   

         ●

 

 

 理子は、バカが言うことを聞いて、驚きあきれ、目を見開いた。

 

(……アハハ。アッハッハッハ)

 

 バカは、最後までバカだった。

 あいつは私に裏切られてもまだ懲りていないらしい。

 だからそこか、今は気分よく爆弾のスイッチを押す。押せる。

 

 気持ちのいいバカを見て、いろいろ悩むのがバカらしくなる。

 こうなったら、私もいよいよバカになるのもいいかもしれない。

 何しろAクラスではおバカキャラだったのだ。

 こんなことを考える以上、そろそろ私もバカに感化されたか。

 

「じゃあね」

「待て!理子!」

 

 キンジ。そしてアリア。

 あなたたちにはごめんなさい。私の方が先に救われてしまった。

 理樹君。私、頑張ってみるよ。

 

(……忘れてたなあ)

 

 最低限の幸せを知らない奴らは、当たり前のことを知らないことがある。

 例えば、助けてほしいなら、助けてと叫べばいい。

 そんなことすら知らないのだ。

 

 

 叫べば答えてくれる連中がいる。

 それだけで理子は充分だった。

 

キーくん(・・・・)。理樹くんたちに伝えといて」

 

 泥棒は、開けた穴から空に飛び出しながら、最後にこう言った。

 

 また、会えたら遊びましょう。

 



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Mission18 上空からの帰還者達

 

 

 

じゃあ、また会えたら会いましょう。

遠山キンジがその一言を聞いた瞬間、理子は空へと飛び出した。

 

「――理子!」

 

 理子の制服はフルフリがついた可愛らしい特別仕様。

 だが、武偵が単に可愛いだけの装備を着るはずがない。

 理子の制服はパラシュートに変形し、理子はそのまま飛び去って行った。

 

(逃げられたか)

 

 逃がしてしまった。それだけならまだよかったのだ。

 

「…………!?」

 

 逃げた理子と入れ違いになるようにして、雲間から飛来するものをキンジは見た。

 飛来する、というのも表現として正しいか分からない。何しろ光がやってくるみたいだったから。

 

(あれは……)

 

 だが、今のキンジはヒストリアモード。

 飛来する謎の物体の招待を単純な動体視力で捉えた。

 あれは…………ミサイル!?

 

 

       ●

 

 

 次の瞬間。

 AN600便を乗る乗客は、激しい揺れを感じた。

 

 

      

 ●

 

 

「……何か破壊されたかな?」

「ア、アンタ、よく落ち着いてられるわね」

 

 操縦席にて、理樹とアリアの二名は操縦捍を握っていた。

 

「確か……こう」

 

 理樹は大胆に操縦捍を引き、機体が水平となる。

 経験はほとんどないとはいえ、一操縦できていた。

 

「あなた、飛行機どれだけ操縦できる?」

「現実維持が限界。アリアさんは?」

「私も似たようなものよ」

 

 二人は、暗にこう言っていた。着陸はできない、と。

 

『――31――で応答を。繰り返す。こちら羽田コントロール。AN600便、応答せよ』

 

 すると、声が聞こえてきた。応えるように、

 

「こちら600便。当機はハイジャックされたが、コントロール権は取り戻した。今は乗り合わせた武偵が操縦してる。機長と副機長は負傷した。僕は、直枝理樹。あと神崎・H・アリア、そして遠山キンジ」

 

 遠山くんは今いないけど、と理樹は思いながらも会話を進める。

 とりあえずは羽田との通信はつながったのだ。

 後は羽田の指示にしたがっていくしかない。

 何かが破壊されたような音が聞こえてきたし、羽田に引き返すのが理想だ。

 

『……600便。操縦はどうしてる?自動操縦は切らないように』

「とっくに破壊されて、他にも何か破壊された可能性が高い。危険を考慮した結果、羽田に戻ることが最善手であるから、その準備をお願いします」

 

 分かった、と羽田から返事があった。

 とりあえずは待つしかないかな、と考える理樹は、キンジがやってくるのを見た。

 

「やった!これで着陸も問題なさそうだ」

「直枝、無事だったのか」

 

 友人の安全を確認するが、安心するにはまだ早い。

 

「直枝、衛星電話持ってるよな?」

「使うの?」

「あぁ」

 

 キンジは電話をかける。その相手は………

 

 

         ●

 

 

 

 武偵、武藤剛気は携帯が鳴るのを見て、誰だ?と思った。知らない番号からかかってきたからだ。

 

『武藤、変な番号からでスマナイ』

「キンジか!? いまどこだ!? お前の彼女が大変なことになってるぞ!」

『カノジョじゃないが、アリアならここにいる。直枝も一緒だ』

 

 

      ●

 

 

「か……かの、かの!?」

「アリアさん止めて!錯乱して銃を取り出すのは止めて!」

 

      ●

 

 

 武藤は、キンジとの会話で向こうの状況を把握する。根暗で女嫌いというあだ名のキンジに乗り物オタクと言われる男だ。オタクの名は伊達ではない。状況は手にとるように分かる。

 

(AN600便は最新技術の結晶だ。たとえエンジンが二基でも問題なく飛べる)

 

 だとしたら、心配すべきことは、

 

(――――燃料計の数値か)

 

 聞く。

 ある場所についているメモリはどうなっているか。

 

『数字は今、540になった。少しずつ減っているみたいだ』

「!」

 

 分かる。何が起きてるかが想像できる。

 

「燃料が漏れてるぞ!」

『燃料漏れ!?止める方法を教えなさいよ!』

「止める方法はない。B737‐350の機体のエンジンは燃料系の門も兼ねているんだ。だから、壊された以上どこを閉じても漏出を防げはしない」

『あとどれくらいもつの』

 

言いたくはない。けど、言わないわけにはいかない。

「…………15分。飛べて15分だ」

 

 キンジは直枝が羽田にすでに引き返すように行動した、と言った。

 それなら時間的にギリギリだろう。だが、

 

(――着陸はどうする?)

 

 いきなりの素人がやれるものではない。だが、悪友はとんでもないことを言う。

 

『武藤、それに羽田の操縦士。手分けして一度に言ってくれ』

「お前……聖徳太子じゃあるまいし……」

『今の俺ならできる。すぐにやってくれ。時間がない』

 

 キンジが何を考えているかを考えるのをやめにしよう。今はただ、友を信じるしかない。

 

 

 

           ●

 

 

 直枝理樹は、なんとかなったと一安心していた。友人たる遠山キンジはヒステリアモード。

キンジは11人からなる言葉から着陸の方法を理解していた。

 

「さすがだね、遠山君」

『あぁ、いつものマヌケはキンジとは思えないぜ』

 

 理樹は衛星電話にて乗り物オタクと会話していたが、

『……』

「武藤くん?」

 

 急に声が届かなくなった。電波が悪くなったかな、と思う。しかしこの電話は衛星電話。

電波が悪くなった程度で使えなくなる代物ではない。

 

「……」

 

 嫌な予感がする。それを証明するように、

 

『ANA600便。こちら防衛省、航空管理局だ』

 

 衛星電話から、オタクの代わりに図太い声が聞こえてきた。

 三人は顔を見合わせる。

 

(……防衛省?)

 

『羽田空港の使用は許可しない。羽田空港は今自衛隊により封鎖している』

「何言ってんの!?」

 

 理樹は反射的に叫んでいた。

 

「燃料が漏れている以上、飛べたとしてあと10分!羽田空港しかないはずでしょ!」

『私に怒鳴っても無駄だ。これは防衛大臣の決定だ』

 

 直枝、というキンジの呼びかけで理樹はようやく気づく。隣のアリアも息を呑んでいる。

 

(あれは確か……F‐15Jイーグル?)

 

 専門が強襲科ではないからあやふやな知識だけど、あれは確か自衛隊の戦闘機。

 戦闘機がピッタリと後をつけてきていた。

 

「あれは……」

「おい防衛省。あんたのお友達が見えるんだが」

『それは誘導機だ。誘導に従って千葉方面に向かえ。私たちで安全な着地点まで誘導する』

 

(…………)

 

 アリアはさっそく指示に従おうとしたが、

 

「……」

 

 理樹は無言で衛星電話を切った。

 

「何してるの!」

 

 このバカァ!と理樹に突っ掛かろうとしたアリアの手を、キンジは黙って握りしめ、

 

「俺も直枝と同意見だ」

「キンジ?」

「防衛省は俺達が無事に着陸できるとは思っちゃいない。海にでたら撃墜される」

「そ、そんな……!この飛行機には一般市民も乗ってるのよ!?」

「公には『武偵殺し』に爆破されたとかになるんじゃない?」

 

 さて、と理樹は操縦捍を握る手が汗ばむのを感じた。

 汗ばんだ手で、理樹は横浜方向へ舵をとり、彼等は方針を決める。

 

「向こうがその気なら、こっちだって人質をとるぞ。直枝、アリア、地上を飛ぶぞ」

 

 

         ●

 

 

 ANA600便はついに東京都に入った。

 アリアは燃料のゲージを見る。あと七分だ。

 

(……すぐにでもこれからどうするべきか決めないと)

 

 焦る。だが、焦れば焦るだけ一秒、また一秒と時間が過ぎていくのを感じられる。

 アリアの才能は遺伝性のもの。

 しかも、受け継いたのは戦闘に関するものだけだ。

 作戦みたいに頭を使うタイプは正直苦手。事実、これからどうしたらいいか皆目検討もつかない。

 

(曾お祖父様なら解決策が思い付いたのかしら)

 

 きっと、そうだろう。

 私は理子と戦って、パートナーの必要性を思いしらされた。

 そして、今はパートナーがいる。

 けどキンジもどうするか決めかねているようだ。

 対して、理子も救おうとしたバカは逆に落ち着いていた。

 まるで自分がこれからなにをするべきか悟ったかのような達観した印象を受ける。

 

(……ひょっとして、こいつには何か秘策があるの?)

 

 アリアも、そしてキンジも落ち着き払っている理樹に期待の視線を向け、彼等はバカの一言を聞いた。

 

 バカは衛星電話で誰かに連絡を入れて、

 

「誰かぁあああぁぁ――――――――――助けて下さぁぁあああぁぁい!!!」

 

 助けてと叫んだ。

 

 

      ●

 

 

 理樹は、アリアからもらったタンコブをイタタとさすりながら、信じていた言葉を聞いた。

 

『そうだ。それでいい』

 

 それは、理樹が最も信頼している人の声で。

 

『自分の力でどうしようもなくなったら助けてと叫ぶ。これは当たり前のようでなかなかできないことだ』

 

 それは、理樹が今1番聞きたかった声だった。

 

「恭介!」

 

 

         ●

 

 

 武偵、武藤剛気は当然切れた電話を前に戸惑っていた。

 

「武藤分かったぞ! この電波パターンどこかで見たことあると思ったら……防衛省が関与してやがる!」

 

 通信科の仲間が言う。

 防衛省。

 武藤はキンジたちの状況を理解しながら何も出来ることはないことを悟り、絶望しかかっていた。

 

「クソ!俺達はまた何も出来ないのか!」

 

 また、というのは以前のバスジャックで何も出来なかったから。

 制限時間は分かってる。

 でも今からお役所仕事に対し文句を突き付けてもゲームオーバー。

 キンジたちを救うべく集まった仲間たちが集う教室全体が俯く中、変化があった。

 パソコンの画面が変わる。テレビ電話だ。

 そして、映し出されたのは一人の女学生の顔。来ヶ谷唯湖だ。

 

(……委員会連合の女が何を言いにきたっ!)

 

 来ヶ谷唯湖は放送委員会の一員。つまり、国の一員だ。なら、国の命令で武藤たちを止めにきたのだと思ったが、彼等は予想を反する言葉を聞く。

 

『彼等を助けたかったら今すぐ行動しろ! 助かる方法が一つだけあり、成否は君達にかかっている!』

 

 

 

          ●

 

 

 キンジとアリアの二人は、恭介の提案に対し言葉が出せなかった。

 

「……しょ、正気ですか棗先輩」

『やらなきゃ死ぬだけだ』

 

 本気で言っているのかと戸惑うキンジに対し、恭介が示すのは単純だが確実な事実。

 お前ならできる、なんていう励ましの言葉ではなかったが、それゆえに腹をくくるしかなくなった。 

 

『エンジン2期のB737‐350なら着陸に2450mは必要だが、レキからの報告によると風速は南南東で41,02m。だったら着陸距離は2050mでいい』

「……ぎりぎりだね、恭介」

 

 アリアは今だに言われたことに硬直しているが、理樹はというとすぐに準備を始めていた。こういう無理や無茶なら、場慣れしているもんである。

 

「な、直枝!マジでやるつもり!?」

「『学園島』に突っ込むわけじゃないでしょ?」

「そうだけど……」

 

 棗先輩はこう言った。

 人口浮島たる『空き地島』へ突っ込めと。

 

「しかし棗先輩。あそこは本当にただの浮島ですよ。誘導装置も誘導灯も何もないはずです」

『それなこっちで何とかする』

「無茶よ!実現できない理想論にすぎないわ!」

 

 だがアリアは無茶を無茶と言いきった。

 だから、

 

「なら、俺達と一緒に心中するか」

「死んでもお断りよ」

「初めてアリアと意見があったな」

「なにそれ」

「俺も――アリアを死なせたくない」

 

 真っ赤な顔の女の子を見ながら、キンジは改めて決意する。

 アリアを死なせはしない。俺とアリアと直枝、三人とも無事に帰るんだ。

 

 飛行残り時間が三分を切ったあたりで、東京湾が見えてきた。

 ゆうに、ヒステリアモードは結論をだす。

 

(こんなん……どうしろってんだ)

 

 東京湾は暗闇に包まれている。

 当然、誘導灯も誘導装置もない。着陸のための角度や高度、一切分からない。

 

 直枝から受け継いたメインの操縦捍を握りながら、絶望感がキンジを襲う。

 そこに、

 

「大丈夫よ。キンジ、アンタならできる。武偵を止めたいなら武偵のまま死んだら負けよ。それに私だって――――まだママを助けてない!」

 

 そして、

 

「心配ないよ」

 

 自分の仕事は終わったとばかりになぜかRELAXしている直枝は言った。

 

「僕は基本的に何もできない。けど、皆は僕と違って何かできる」

 

 皆。皆とは誰かと聞こうとしたら、その皆が話し掛けて来る。

 

『キンジ!見てるかバカ!』

「武藤!?」

 

 友人は叫んでいた。

 

『お前が死ぬと泣く人がいるんだ!だから俺、車輌科で一番デカイモーターボートパクってきちまったんだぞ! 装備科(アムルド)懐中電灯(マグライト)もみんな無許可だ! 全員分の反省文、後でお前が書けよ!』

 

 

      ●

 

 

 キンジ達を助けようとしたのは武藤だけではなかった。

 

『――――キンジ!』

『機体が見えてきたぞ!』

『後少しだ!がんばれ!』

 

 かつてバスジャックに巻き込まれ、彼等に助けられた人達だった。しかも、それだけではない。

 

「お、来たな」

「お前まで来ることなかったんじゃないか?」

「そういうな、恭介氏」

 

 来ヶ谷に恭介まで見に来ていた。

 見に来ているだけで、来ヶ谷は今何かをしているわけではない。ただ見てるだけだった。

 でも、それだけでよかったのだ。もう彼女がすることはこの場にはなかったから。

 

(……見事に光ってるな)

 

 武藤たちは学園島から空き地島に渡り、装備科の懐中電灯で誘導灯を作っていた。

 これなら誘導に乗り、理樹くんたちも帰ってこれるだろう。

 

(……非常識だな)

 

 目の前の光景を見て、みんな真剣なところ悪いとは思うがおかしくなってしまう。

 

「恭介氏」

「ん?」

「いつもこんなバカな真似をしてるのか?」

「なんだかお前……楽しそうだな」

 

 楽しそう?

 なら、私は今笑ってるのかな?

 

「そうか?」

「ああ、そうだ。あのおてんば姫が意識を失ってから、お前はしばらくの間自分を責め続けていた。イギリスにいたお前を日本に来ないかと誘ったのは俺だったが、お前、少しだけだが昔のように戻っているぞ」

「……せっかくさそってもらったのに、入学早々東京武偵高校から一年近く離れていたとことは悪いことをしたと思っている」

「別にいいさ。気にもしていない。それがお前にとって必要なことだったんだからな。実際に無条件でというのもどうかと思っていた。お前にとって気に入らないようなら、好き勝手にお前はお前でやるべきだと思っていたからな」

 

 そうか。なら、

 

「こんな最高にバカな真似ができるのはそうはいない。そして、バカは見るよりする方がいい」

 

 だから、

 

「返事が遅くなったが、楽しませてくれよ」

 

 ザシャアアアアアア!と強行着陸をした非常識な航空便を見ながら、来ヶ谷唯湖は言った。

 

 

「さて、私の入るチームの仲間を回収しに行くか」

 

 風力発電所の柱に翼を当てて、グルリと機体を回すように滑らした航空便を確認してから、来ヶ谷はある人を見つけ、声をかける。

 

「二木女史。君も来ていたのか」

「……無茶な真似をしますね」

「これからは私もそんなバカの一員だから何も言えないな。ところで、佳奈多くんは何しにここへ?」

「予想ついてることを聞くのは趣味がいいとは思えませんよ、来ヶ谷さん」

「風紀委員としての取り締まりなら一斉検挙だ、大手柄だぞ」

 

 そうですね、と風紀の長は賛同しつつ着陸に無事成功した仲間の名前を呼ぶ武偵たちを見てから、

 

「……私が来たのは国からの命令ですが、後で始末書書かせればいいでしょう。あなたの方で校則違反者をリストアップしておいて下さい」

「了解した」

 

 二人の委員長はやれやれと、しかし優しげな笑みを浮かべていた。

 



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Mission19 独唱曲のBGM

 

 

「さっさと書きなさい」

「……はい」

 

 理樹や武藤、キンジといったハイジャックに少しでも関わった人物達は風紀委員の監視の元、始末書を書かされていた。

 

(あてて)

 

 理樹は無茶な着陸のせいで身体が数日たってもまだ傷んでいた。

 

(恭介や来ヶ谷さんだって来てたのに「見に来ていただけ」で始末書書かないなんて、なんか不公平だ)

 

 ちょっとした文句も言いたくなるが、横でめんどくさそうに書類を埋める親友の筋肉を見てまぁいっかという気分になる。

 

「謙吾の野郎…………合宿とやらでいなかったから始末書書かないなんてなんかセコいぜ」

「そういわないであげなよ真人」

「いや……待てよ。オレは理樹のピンチに駆け付けたから始末書を書いているのか?」

「そうだね、真人、ありがとう」

「つまり……この書類はオレが理樹を助けた証明書ということになるのか?」

「前向きなそんな真人が僕は好きだよ」

「ありがとよ」

 

 真人はよく分からない理屈で喜んでいた!

 

「黙りなさい」

「……はい」

 

 けど、二木さんの一喝で黙らさせられる。恐い。嬉しそうに書類を埋める真人と一緒にある程度の書類が書き終わった。とはいまだ半分終わったくらいだ。そんなときに二木さんから声がかけられた。

 

「井ノ原、直枝、あなたたちはもういいわよ」

「へ?」

「ま、まさか…………書いても意味がないくらいヤバいことを僕はやらかしたの!?」

 

 書類程度では取り返しがつかないことをやらかしたというのだろうか?

 武藤君たちはまだまだ書かせられている中、主犯格が解放とは……。

 

「どうしたの、二人とも。腰を直角にして平謝りして」

「僕が悪かったです。許して下さい」

「理樹は悪くねぇんだよ、ほら、恭介の野郎がきっとへんなことを……」

 

 ガタガタと震えるバカ二人を見て風紀委員はため息をつき、もう一度

 

「もういっていいわよ」

「それは刑務所に行けということでしょうか」

「…………は?」

「あれ?違うの?」

 

 死刑宣告を受けたような顔をするバカに対し、執行人は告げる。

 

「あなたたちの司法取引の書類は来ヶ谷さんがいろいろとやってくれたから、あなたたちはもうここにいる必要はないわ」

「オレと理樹は自由ってことか?」

「えぇ。邪魔だから出て行ってちょうだい」

 

 やった!と真人と二人教室で抱き合っていたら二木さんに追い出された。武藤君たちの裏切ったなアイツラっ!という負け惜しみを聞きながら筋肉たちは自由という存在に感謝した。

 

「これからどうしようか?」

「そうだな。オレは今日一日絞られると思ってたから特に予定は考えてなかったしな」

 

 うーん、と考えてとりあえず筋肉いぇいえーいをしていると、電話が入った。

 

「恭介、どうしたの?」

『理樹、真人。二人ともいるな?』

「うん。どうして?」

『理樹の無事の帰還を祝って、今夜はバーベキューをするぞ。今から準備だ』

「……了解」

 

 理樹は相変わらず唐突だなぁと感じながら、戻ってきたんだと実感する。とりあえず今は、

 

「一緒に肉を買いに行こうか、真人」

 

 

         ●

 

 

 河川敷にて、ジュージューと肉が焼ける食欲をそそる音がする。

 

「真人、そんなに食うの?」

「タンパク質は筋肉に必要なんだよ!」

 

 真人と謙吾といういくらでも食べることができる体力バカ二人がいる以上、食材は自分が食べると思った分は各自持参。それがまだ小学生だったころに初めてバーベキューした時に恭介が決めたルールだった。

 

「まだか!恭介!」

「お前は食べることしか頭にないのか?」

「謙吾。理樹を手助けできなかったお前には負け惜しみしかいえないようだな」

「何!? やる気か!?」

「望むところだ」

 

 放っておいたらすぐに喧嘩する筋肉と剣道を恭介が仲裁する。

 

「そういうな。謙吾は理樹が心配でSSRの合宿を途中で切り上げて帰ってきたんだから」

「ちっ。引き分けということにしといてやるよ」

 

 

 よく分からないが、勝負は決着がついたらしい。

 

(そういえば……アリアさんが押しかけてきて部屋を追い出された時もバーベキューしたっけ)

 

 あの時もみんなで夕食をバーベキューで楽しんだ。あんな事件の後なのに変わらないな、と理樹が感慨深く感じていると、以前との違いを見つけた。前より食材が多いのだ。しかも、焼鳥や野菜といったメニューだ。余りが出たら均等に持ち帰えるのがルールだから、単純に持ってきた量が増えたということを意味する。

 

「以前よりメニューが増えたね。真人と謙吾はなんだかんだて肉しか食べないし、恭介がこんなに食べるの?」

「いや、今回はこれであってるんだ」

「?」

「もう一人前用意しておいたからな」

 

 もう一人前。

 つまり、誰か来るというのだろうか?

 

「よし、焼けた。そろそ……」

 

 肉や野菜を焼いているのは恭介一人だけだ。鈴は料理音痴だし、謙吾がやると真人が対抗してヒドイことになる。器用さを考えて肉を焼いたりできるのは恭介だけだった。

 

「いったっだっきまーすっ!!」

 

 真人がオレが一番乗りとばかり肉に手を出そうとしたが、真人が取ろう串が何者かにさらっと取られた。

 

「てめぇ、謙吾!」

 

 真人が抗議しようとしたが、真人から串を奪い取ったのは謙吾ではなく、

 

「来ヶ谷さん!」

 

 来ヶ谷さんだった。

 どうしてここに?という質問をするまえに答えをリーダーが応えた。

 

「紹介しよう。我らがリトルバスターズの新メンバーの来ヶ谷だ」

「うむ。よろしく頼む」

 

 え?というリトルバスターズに驚きの声が響く。

 

「来ヶ谷のことはお前ら同じクラスなんだから紹介はしなくていいだろ」

「うん。よろしく、来ヶ谷さん」

 

 恭介がメンバーと認めたんだし、ハイジャックでは世話になった。

 理樹としては異論があるはずがない。

 

(……恭介が用意したもう一人前は来ヶ谷さんの分だったのか)

 

 あとは、

 

(新メンバーか。真人たちはなんて反応するかな?)

理樹は親友の筋肉を見て、筋肉たちの反応を疑ったが、

 

「理樹を助けたんじゃメンバーに入れない訳にはいなかいな」

「うむ」

 

 男二人はよく分からない納得の仕方をしていた。

 鈴は僕の背後に隠れてしまったけど、

 

「…………よ、よろしく」

 

 挨拶はした。

 はいはい、と恭介がしきり、

 

「じゃ、今から理樹の帰還祝いと新メンバーの親睦会を始めようか」

 

 

         

         ●

 

 

 遠山キンジと神崎・H・アリアが解放されたのは理樹たちよりも遥かに遅く、気がついたら夜になっていた。夜景がやけにキレイだ。

 

「東京でこんなキレイな夜景を見れるとは思わなかったわ」

「台風一過ってやつか」

 

 二人は満天の星空の下、ベランダで語り合っていた。

 

「ママの公判が延びたわ。『武偵殺し』な件は冤罪だと証明できたから。年単位の延長みたい」

「……そうか」

 

 報告みたいな会話。

 少し迷ったが、アリアは言いたかったことを言うことにした。

 

「わたし、なんでパートナーが必要なのか分かったの」

 

 飛行機の上で思い知らされた。きった私一人なら理子に殺されていただろう。

 だから、

 

「だから今日はキンジにお別れを言いに来たの」

「……お別れ?」

「約束だから、一回だけって」

 

 キンジが強襲科に戻ってチームを一回だけ組んでくれる。それが約束だった。そして、キンジはわざわざ飛行機に乗り込んでまで約束を果たしてくれた。

 

「キンジ。あなたは立派な武偵よ。だからもうドレイなんて呼ばない。だから…………もう一度……」

 

 そんな彼だから諦められない。けど彼は、

 

「……悪い」

 

 彼は前から言っていた。武偵なんて嫌だ。戦うなんてゴメンだと。

 拒否の応えを聞いてアリアは――――

 

「い、いいのよ。私はまだまだ独唱曲だから。それにほら、あんたのおかげで世界に誰もいないというわけじゃないって分かったし」「……見つかるといいな、パートナー」

「うん」

 

 せめて明るく振る舞うことにした。

 二人はそれからあははと笑いあった。

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃね」

「約束でもあるのか?」

「うん。お迎えが来るのよ。ロンドン武偵よ。局がヘリで迎えにくるの」

 

 一度は帰るつもりで飛行機に乗ったんだ。これ以上なんの未練がある。

 自分に言い聞かせながら、別れを告げる。

 

「そっか。じゃあな。ガンバレよ」

「うん。バイバイ」

 

 振り返らずにドアを開き、アリアは一人外に出る。

 一人だった。

 キンジはいない。昔の友達もいない。

 

「……やだよ」

 

 涙がこぼれる。両手で必死に拭っても隠しきれない。でも、時間はない。

 

 女子寮にあるヘリポートにいかないと行けない。アリアは人があまり通らないということで河川敷を歩き、寮に向かうことにする。途中でバーベキューしている一団を見つけた。

 

(……あ、リズ)

 

 その中に、昔馴染みの友人の姿が見えた。直感的に判断したら、友は楽しそうだった。

 

(……あたしもいつか、ああなれるのかな?)

 

 昔は同じだと思っていた。類い稀なる才能を持つがゆえ、周囲と溶け込むことができず、尚且つ自らは自分が皆にとって当たり前のことができない欠陥品と思う存在。

でも今リズは笑えている。以前リズは当たり前のことが当たり前でないことなどよくあることだと言った。それでも、アリアは自分が取り残された気分だった。

 

 

       

        ●

 

 

 河川敷にて、来ヶ谷唯湖は焼鳥を食べていた。

 

(……こういうのもいいものだな)

 

 イギリスにいた時は高級料理を食べていたが、それとはまた別の風情がある。夜景も綺麗だ。

 

「来ヶ谷さん」

「理樹くんに真人くんか」

「書類な件、ありがとうね」

「礼には及ばないさ」

 

 友人と一緒に夜にバーベキューをする。

 以前の私に考えられただろうか?

 

(……私も変わったのかな?)

 

 どうでもいいことを話す。でもそんひと時が楽しい。

 

「いつもこんな感じなのか?」

「こんな感じって?」

「いや、いい」

 

 まったく、無自覚のバカというのはある意味で恐ろしい。

 

『リズ!あなたはどうして……』

 

 昔の友人と大喧嘩した時のことを不用意に思い出す。私が変わるというのなら、彼女だってあの時とは違うものになるのだろうか?

 

「…………」

 

 来ヶ谷は自らも一員となったバカどもを見て、

「来ヶ谷さん、どうかした?」

「悪い、ちょっと席を外す」

「どこか行くの?」

「あぁ、笑えるものを見てこようと思ってな」

「よく分からないけど、行ってらっしゃい」

「あぁ行ってくる」

「なるべく早く帰ってこいよ」

「分かってる」

 

 

        ●

 

 

 ヘリポートにてアリアは言う。

 

「……私を笑いに来たの?あの時正しかったのはリズだって」

「笑いに来たのは事実だ。けど、私は王室派のロンドン武偵局の連中を笑いに来たのさ」

 

 ヘリポートではリズが待っていた。さっきまでバーベキューしていた彼女に先回りされたのは何故だろう?リズは何も言わなかったから、

 

「……私に言うことがあって来たんじゃないの?」

「アリア君に言うことなんか何もないぞ?」

 

 相変わらず謎の女だ。

 何がしたいのかもサッパリだ。

 

「……ママの裁判のことはありがとう。それじゃ」

 

 昔馴染みにも別れを告げ、アリアはヘリに乗り込み、これからの未来を考えてみる。まず、王室派の一員として仕事さそられるだろう。王室派なんだったら、王室に使える騎士の中からパートナー候補を探すのもいいかもしれない。とは言え、

(……キンジ以上のパートナーは、いないでしょうけど)

 

 忘れられない一人の少年のことを思い出していると、アリアは今一番聞きたい声を聞いた。

 

『――――アリア!』

 

      

       ●

 

 

 遠山キンジは女子寮のヘリポートまでやって来た。

 バスは無かった。

 チャリは壊れた。

 だから走った。

 ゆえに心臓がアラートを発している。

 

「アリア!」

 

 俺は何してるのだろう?

 アリアを散々疫病神だと思っておいて。

 ヒステリアモードなどいやだと思っておいて。

 武偵なんか止めると書いた書類を破り捨ててまで。

 

「アリア! アリア!」

 

 息切れを起こしてまで。

 喉が張り裂けそうになったまで。

 

「アリア――――――っ!!」

 

 叫んでいて、分かる。

 あぁ、俺はこいつの味方になりたいんだ。

 

      ●

 

 そして、来ヶ谷唯湖は見た。

 

「バカキンジ!遅い!」

 

 アリアがワイヤーをヘリに括りつけて、強風の中飛び降りてくるのを。

 

(……自由落下みたいだな)

 

 来ヶ谷は何もするつもりはない。だから素直に感想が出る。

 金網があったから助かったが、一本間違えたら転落する着地だった。

 そして、アリアを追かけてロンドン武偵局の連中が降りてこようとする。

 

「来ヶ谷!」

「私はだから何もしないって」

 

 助けを求める視線も一蹴する。

 

(さて、どうするかな、遠山キンジくん?)

 

 

 どうでるか楽しみに見ていると、キンジは、

 

「悪いなアリア。今の俺にはこんなことしか思い付かないんだ」

「?」

「アリア!お前は独唱曲かもしれない。でもな!」

 

キンジは金網をジャンプ台みたいにして、

 

「――――俺がBGMくらいにはなってやる!」

 

 空を飛んだ。

 

(あはは。アッハッハッ)

 

 来ヶ谷は笑った。バカなことをしてるなと。とは言え私は今やリトルバスターズの一員。私も人のことを言えないようなバカなことをやっていくのだろう。

 

「エリザべスだな。そこをどけ」

「王室派の連中のいうことなど聞く必要はないが…………まぁいいか。私もバーベキューに戻らないといけないし」

 

 ゆっくりと戻りながら、友人のことを思う。よかったな、と。

 

 

 

 

「何してるんだ?」

 

 来ヶ谷が戻った時、バーベキューはまだやっていた。対して時間も起っていないから野菜や肉がまだ残ってるのは当たり前だが、何故かメニューが増えていた。しかも魚や貝。

 

「見たか真人! やったぞ!」

「こっちだって負けてられるか!?」

 

 真人少年と謙吾少年が何かやっていた。

 

「あ、お帰り、来ヶ谷さん」

「ただいま。あのバカたちは何してるんだ?」

「来ヶ谷さんにプレゼントする貝や魚を捕ってるんだ」

「この寒い中?バカなのか?」

「うん」

 

 焼けたぞーというリーダーの声を聞きながら、来ヶ谷は思った。

 

「私もやってみるか」

 

 とりあえずリーダーが焼いた魚を食べてから、私も魚や貝をとってみようか。




これで「武偵殺し」編は終わりになります。
次からは「アドシアード」編になります。お楽しみに!


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2章 『アドシアード』
Mission20 探偵科寮大戦!


さて、今回は巫女のお話です。


 

 

 

 

「神崎……ホームズ……アリアだって?」

「そう。あたしはシャーロック・ホームズ4世よ!で、あんたはあたしのパートナー、J・H・ワトソンに決定したの!」

 

 ロンドン武偵局の連中から逃げきったキンジとアリアの二人は探偵科の寮に帰ってきていた。走り回ったせいで疲れきっている。

 

(……ありえんだろ、こんなホームズ)

 

 シャーロック・ホームズというのはイギリスで活躍した名探偵の名前だ。

 拳銃と格闘術の達人であり、武偵というものの基礎を構築したとされている。ホームズはフランス語ではオルメスと発音するらしい。だから理子がアリアを狙った理由がなんとなく理解できたキンジではあったが、

(……こんな……ちっこかわいいホームズ!)

 

 正直、世も末だと思う。

 

「お前、まさかと思うがここにまだ住むのか?俺がお前のパートナーになったんだから、ここにいる理由はもうないと思うが」

「『武偵殺し』の一件はまだ解決していないでしょ?理子を捕まえるまでよ」

 

 走った疲れと精神的な疲れが一気にきたキンジであるが、疲れることというのは続くのが世の中である。キンジは疲れてソファーに座るとピピピという音がした。メールだ。

 

(……うわ、溜まってる)

 

 しばらくメールを見てなかったから、大量のメールが溜まっていた。迷惑メールならまとめて削除で終わりなのだが、

 

「……逃げろ」

 

 メールは未読が58件。留守番サービスが23件。しかも発信元はすべて同一人物。

 『星伽白雪』と表示されていた。

 

内容は

『キンちゃん、女の子と同棲してるってホント?』

『さっき恐山から帰ってきたけどね、神崎・H・アリアって女がキンちゃんをたぶらかしているって聞いたの!』

『……キンちゃん、どうして返事くれないの?』

 

 メールがだんだん狂喜じみていく。

 恐怖で急にガタガタ震える男は、どどどどどという急接近する足音を聞いた。

 

「ア、アリア、逃げろっ!」

 

 そして、金属音と共に玄関のドアが斬り開けされた。

 そこにいたのは巫女装束の幼なじみ、星伽白雪。

 

 ぜーぜーと息を切らせた巫女はバーサーカーとなり、

「この泥棒猫っ!」

 

 アリアに襲いかかった。

 

 

 

         ●

 

 

 その日の少年、直枝理樹の機嫌はよかったのだ。

 風紀委員の監視の元での書類の山から解放され、来ヶ谷唯湖という新たな仲間ができたのだ。しかも、夕飯にバーベキューを楽しむとい充実極まりない生活を送れたのだ。

 今日は本当にいい一日だったと思うのは何一つ不思議なことではない。

 

「バーベキュー楽しかったね、真人」

「ああ」

 

 ルームメイトである真人と一緒に自室に帰ってきた理樹は、あとはぐっすり眠るだけだと思っていたが、彼は見てしまった。

 

「……」

「……」

 

 ドアが文字通り一刀両断されている。

 

『白雪!なに勘違いしてるんだ!』

『キンジ!何とかしなさい!あんたのせいでしょ!?』

『キンちゃんは悪くないっ!』

 

 中の様子を確認すると、乱闘が繰り広げられていた。

 

「……な、直枝!井ノ原!ちゅうどいいところへ!白雪を止めてくれ!」

 

 キンジから理樹たちへ救難信号が発っせられた。

 だが、理樹は聞き入れない、だって理樹が見てるのは……

 

「僕の……部屋が……テレビが……せっかく仕入れたソファーが……」

 

 切り刻ざまれ破壊された日用品の数々。

 探偵科の寮ゆえ比較的平和だから、防弾加工をしなかったのが裏目に出たか。

 

「……真人」

「おう!」

 

 真人は防弾学ランのポケットから防弾グローブを装着し、理樹は下駄箱を開け、大量の魔術爆弾を取り出した。

 

『天誅ぅ――――ッ!』

『何なのよこの女っ!?』

 

 ホームズと巫女の戦いが過激化するなか、バカは叫んだ。

 

「天誅はこっちのセリフだバカヤロウッ!!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 暴走巫女に襲われていたアリアは、バカが何か投げてきたのを見た。

 なんだと思ったが、自分の相棒(キンジ)が急いで防弾物置に隠れ、巫女がこちらを襲うのを緊急Cancelして投擲物から距離をとったのを受け、危険なものと判断した。

 アリアは魔術に疎く、それが魔術爆弾だと見てわからなかったが回避はできた。

 

「爆弾っ!? 何考えてんのよアンタ!」

「うるさいっ! 直撃しても死にはしない!せいぜいアフロになる程度だっ!」

 

 アフロは嫌だ。アリアは最優先対処事項を巫女からバカにChangeして、バカに向かって発砲したが、

 

「――フンッ!」

 

 隣の学ラン筋肉に拳で打ち返された。

 

(――――い!?)

 

 拳で防御、ではなく打ち返してきた。まるでそのまま銃で撃ったかのような速度で飛んできた銃弾を慌てて避け、こう思う。

 

(あいつ、なんてバカ力なの!?)

 

 銃弾を弾くだけでも大変な力がいるのに、打ち返すときた。

 

「オレの筋肉の力はまだまだこんなもんじゃないぜ」

 

 しかも、当の本人は筋肉の力と断言した!

 二丁拳銃で連射しても、すべて両手で打ち返してきた。

 しかも、打ち返す場所は狙いをきちんと定めている。

 

 (なんであんなヤツが強襲科じゃなくて探偵科なの!?)

 

 どうするか、と考えたアリアは巫女がバカに切り掛かるのを見た。

 

 

 

      

       ●

 

 

「邪魔をするなぁー!」

 

 星伽の巫女は武装巫女だ。神社というのは神を敬うものだから、神の奇跡、すなわち魔術を代々受け継ぐことがある。星伽神社は鬼道術という魔術を受けづいている。

もちろん単純な肉体強化の魔術もあるので、白雪は爆弾を捌きつつ投げてるバカに切り掛かろうとしたが、

 

「!?」

 

 わりとあっさり回避される。ウソ、と思うが理由はすぐに思い浮かぶ。謙吾くんだ。

 普段から最高峰の剣技を見て特訓してきるから、白雪の剣技ではバカどもを捉えられないのだ。

 それどころかてりゃ!とカウンターぎみにチョップをくらった。

 チョップ自体は威力皆無。何しに触れたんだという感じだったが、

 

(…………え!?)

 

 白雪の力が抜ける。薬か何かを打たれたというよりは、

 

(……私の鬼道術が術式ごと消された!?)

 

 体を覆っていた術式が強制Cancelされた挙げ句破壊された。これは理樹の本人すらよく分かっていない能力のせいだが、白雪は知らないがゆえ困惑する。

 

 キンジが探偵科に移籍する際に理樹&真人の部屋に移ると聞いて、彼ら二人のことを調べた時のことを思い出す。この二人は一発芸バカであるが、タッグを組んで戦えば強襲科相手でも平然と返り討ちにするだけの実力があるらしい。聞いたときは不思議だったがその理由が今なら分かる。

 直枝くんに魔術的な何かがある以上、単純な物理攻撃は井ノ原くんがすべて弾き返し、魔術攻撃は直枝くんが対処する。しかも、幼なじみゆえに息は抜群!その上、近接戦闘では爆弾や筋肉が無双する。

 

(確かに、強いっ!)

 

 二人の強さを知った上でも、暴走巫女は止まらない。

 だって、キンちゃんのために泥棒猫を排除しなければならないのだから。

 

「邪魔をするなら、あなたから消しますっ!」

「部屋をなんてことにしてくれたんだぁーっ!!」

 

 話は平行線。ゆえに白雪は切り掛かかるが、今度は理樹が慌てて回避したため、左手にもっていた大量の魔術爆弾を床に落としてしまった。

 

「あ」

 

 直後、防弾ガラスが割れる大爆発が起きた。

 

 

 

         ●

 

 

 

「え―。これから話し合いを始める」

 

 悲惨なことになった部屋を見ながら、遠山キンジは休戦を提案した。

先程まで戦っていた四人は、このまま続けたらより悲惨なことになると大爆発により悟り、休戦した。

大爆発があったとはいえそれは見た目だけで、威力はさして強くもなかったようだ。

 

 キンジは防弾物置にニートして、直枝は能力で無傷、井ノ原は筋肉ですぐに隠れ、アリアは防弾テーブル(白雪に切られて半分のサイズ)を盾にして回避した。白雪に至っては魔術で強引に爆風を吹き飛ばしたらしい。あれだけ派手に爆発して全員が無傷というのがさすが武偵といっておこう。

 

 

「では、こちらの要求はただ一つ」

 

 直枝が言う。言う内容にキンジは緊張せざるを得ない。

 なんだかんだでこの部屋の主は直枝理樹その人なのだから。

 こいつに出ていけと言われたら素直に出ていかなければならないだろう。

 

「三人で用意しておいてね」

 直枝は紙になにか書き込み、三人に見せる。請求書だった。かるく100万は越えている。

 

「な、なんであたしが用意しなきゃいけないのよ!?あたしは被害者よ!」

「別にアリアさんが払わなくても遠山くんが全額用意してくれたら問題ないよ」

 

 爆弾つかったやつがスゴイこと言ってる。

 対して素直に反省するやつが一名。

 

「キ、キンちゃん様!死んでお詫びしますっ!」

 

 白雪だ。

 

「キンちゃん様が私を捨てるんなら、アリアを殺して、私も死にますっ!」

 

 相変わらず意味不明だ。

 

「……捨てるとか何言ってんだ?」

 

 泣き顔巫女は、顔を上げ、

「キンちゃんと恋仲になったからっていい気になるなっ!」

「恋仲!?」

 

 恋愛苦手ホームズは真っ赤になり、絶叫する。

 

「ババカ言わないでよ!あ、あああたしは恋愛なんてどうでもいいし憧れたことなんかないんだから。憧れたことないんだから!憧れたことないんだから!」

「じゃあキンちゃんとはどういう関係!?」

「キ、キンジは私の奴隷よ!」

 

 場が完全に固まった。

 冷たい雰囲気が支配するなか、最初に反応したのは井ノ原という名前の筋肉さんだった。

 井ノ原という筋肉はわなわな奮え、キンジに対して裏切りのような視線を向け、

「遠山……この部屋を……オレと理樹の友情の巣を、お前の女との愛の巣にしようというのか!」

「何言ってんだ!?」

「そ、そんな……。キンちゃんにそんなイケナイ遊びまでさせてるなんて」

 

 誤解した井ノ原と白雪相手にキンジは弁明を開始する。

 

「いいかよく聞け。俺とアリアは武偵同士一時的に組んでるだけだ」

「……そうなの?」

「もちろんだ。俺のあだ名を言ってみろ」

「……女嫌い」

「だろ?」

「でも……」

 

 これで説得できると思ったが、従順巫女が珍しく口答えする。

 キンジとアリアの二人のポケットを見た涙の巫女は叫んだ。

 

「ペアルックしてるううう――――!!」

 

 かつてゲーセンでとったレオポン君だった。

 

「ペアルックは好きな人同士ですることだもん!私、私!何度も夢見てたのに!」

「だーかーら、あたしとキンジはそんな関係じゃない!」

「何ぃ!?オレと理樹だってペアルックしてるんだが、これは仲良しの証じゃなかったのか!?」

 

 筋肉さんがアリアに吹き飛ばされた。

 真人!真人!というバカの声を無視し、キンジは話し合いを元に戻そうとする。

 

「こら白雪。俺のいうことが信じられないのか?」

「そ、そんなこと……信じてます……」

 

 一安心した暴走巫女だったものは笑顔になり、

 

「じゃあ、キスとかはしてないのね」

 

(キスか。ですか。キスですか)

 

 キンジはアリアと顔を見合わせ、黙ってしまう。

 

「えぇ!?何!?二人とも!? 僕が必死に命かけながら理子さんと相対していたときにそんなことし――(ドガッ)」

 

直枝が吹き飛ばされ、筋肉さんの上に落ちた。

 

「し……た……のね?」

 

 巫女の瞳孔が開き、表情は失われ、うふふ、うふふふ、うふふふふと笑う。

 流石に命の危険を感じたアリアもキンジに加勢して弁明を開始する。

 

「そ、そういうことはしたけど、で、でも、大丈夫だったのよ!」

 

 アリアは弁明した。

 

「子供はできていなかったから!」

 

 白雪の中からかつて白雪だったものが抜け落ち、真後ろに倒れる。

 

「……もらった……ぜ」

 

 筋肉とバカと巫女の三人が倒れ、部屋も何とか原形を留めている程度の中、最後にバカはなぜか勝ち誇ったような顔をして眠りについた。アリアの問題発言が携帯で録音されていて、公開されたくなかったら部屋をすべて元に戻せ(金はキンジ負担)とキンジが理樹に脅されたのは翌日の話。

 




巫女だけでなくみんな頭おかしいような気がします。


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Mission21 実況通信

 

直枝理樹は全身の痛みに襲われていた。原因は分かりきっている。昨日探偵科寮大戦に参戦して、結果として真人と一緒に床に転がって眠ることになってしまったからだ。だから、帰ったら寮が悲惨になっていることいえ、夜のふかふかベットが恋しい。僕と真人の勉強&睡眠部屋の扉だけは徹底的に頑丈にしておいてよかったとつくづく底思う。

 

「ほれ、理樹」

 

 体が痛い理樹とは対照的に、脳みそ筋肉は疲れや痛みなど感じさせない様子だった。

やはり鍛え方が違うのだろうか?真人は朝のHRが始まるちょっと前の時間に何かを投げてきた。

ビニールで封印されている。

 

「何これ?」

「前借りてた四文字熟語辞典」

「何でビニールに入ってるの?」

 

 というかガムテープでぐるぐる巻きになっていて取り出せなかった。

 

「さて、次の時間は現国だな、ヨシューをするかヨシューを」

 

 真人は追及から逃れようとするが、まだまだ甘い。

 理樹はジト目のまま親友の筋肉を見つめて問い詰めることにした。

 

「真人、どうやって逆さまにもった英語の教科書で現代文の予習をするか聞かせてもらおうか」

「……」

「ほら、白状してよ」

「そう疑心暗鬼になるなよ」

「四文字熟語辞典だからって、なにうまいこと言おうとしてるんだよ」

「単刀直入にいうと……前代未聞だ」

「遠まわしだからね」

「……以心伝心」

「伝わってこないから」

 

 親友からの冷たい視線を受けて良心が揺さぶられた筋肉はようやく観念したようだった。

 

「つまりだ。机んなかに入れっぱなしにしといたらさ、いろんなものと混ざっちまってな……ほら、食い物とかさ。阿鼻叫喚な状態に」

「えぇ!?」

「オレは無我夢中に救出を試みたさ。しかしブツはすでに絶体絶命。開き直って抱腹絶倒」

「いやいやいや」

「というわけで、返したぞ、理樹」

「どうしてそんなに誇らしげなの?」

 

 真人の顔はほめてくださいと言わんばかりだ。

 

「オレは……借りた借りは必ず返すんだ」

「そんな勝ち誇ったような顔をして……」

 

 新品を買ってきてください。それに、それは元通りにしてから言ってほしい言葉である。だが、もともと授業で暇な時に眺めておくものだったから別にいいとしておこうか。探偵科寮大戦は勃発して、あの部屋にあって無事だったものは真人の筋トレグッズだけだったから、今は帰ってきたことに素直に喜んでおこう。理樹が色んな角度から封印されし四文字熟語辞典を眺めていたら、Fクラスへの来客を見つけた。

 

「やーやーおはよーおはよう。理樹君、真人君もおはよー!」

「おはよう」

「ん? 誰だ?」

 

 真人は人の顔を覚えるのが苦手なのだろうか?

 誰だ?と真人に言われたその女の子は失礼発言を気にした様子もなく、

 

「そろそろ覚えてほしいなぁ。いつもこのクラスに遊びに来てるでしょ?三枝葉留佳だよ」

「サエナイイルカ?」

「さ・い・ぐ・さ・は・る・かぁ!!」

 

 現れたのは三枝さんだった。

 三枝葉留佳。

 理樹や真人の所属する二年Fクラスの生徒ではないが、仲の良いひとがいるのか、よく遊びにくる。

 

「急がないとまた遅刻しちゃうよ」

「または余計かな? 今日も遅刻なのさっ」

「・・・どうして僕の周りにはなにもかもそれが誇らしいという顔で言うんだろう」

「類友ってやつじゃねえか」

 

 その類友が言うべき言葉ではない。

 

「あんまり遅刻していると、寮長や風紀委員の人に目をつけられるよ」

「もうつけられているから大丈夫。でもおかげで珍しいものも見れたし」

 

 なんだろう。すごく気になるのは人間心理というやつだろうか

 

「私も仮にも超能力調査研究科だから、白雪姫とは面識があるんのさ。いつもは生徒会長ということもあってしっかりしているんだけど、朝の予鈴がなるまでずっと花占いしてたんだよ。あの好き、嫌い、好き、とか言って一枚ずつちぎっていくやつっ!!」

 

 あの大和撫子はいったい何をしているんだろう?と理樹は真人と二人して思う。

 原因は何かというと、

 

(……昨日の乱闘なんだろうなぁ)

 

 苦笑いしていると三枝さんは何かを渡してきた。

 

「姉御から、これ」

「姉御って……来ヶ谷さん?」

「そ。来ヶ谷の姉御が理樹君と真人くんに渡すようにって」

「なんだこれ?」

「さぁ? 昼までに携帯電話にそのデータを入れてアップロードしておけって」

「それじゃ、私は他にも渡す人がいるから!!」

 

 三枝さんはそういうとすぐに姿を消してしまった。

 なんなんだろうと思って放送委員の仲間に電話してみる。

 

「もしもし、来ヶ谷さん?」

『少年か? 葉留佳くんから貰ったか?』

「うん、けど、これなに?」

『実は昼から教務科に呼ばれていてな。さっさとダウンロードして会議に参加できるようにしてくれ』

 

 

 

         ●

 

 

 棗恭介と来ヶ谷唯湖の二人は教務科(マスターズ)からの呼び出しを受けていた。

 

(……教務科はなるべく来たくはないんだよなぁ)

 

 強襲科(アサルト)

 地下倉庫(ジャンクション)

 教務科(マスターズ)

 

 東京武偵高の中で三大危険地域と呼ばれている物騒なゾーンである。

 とは言え呼び出されたからにはいかないといけない。

 来ヶ谷は面倒なことになったと思いながら恭介についていき、呼び出された部屋に入ると人が待っていた。

 

「……二木女史じゃないか。なんだ、寮会からの依頼だったか」

 

 待っていたのは寮の女子寮長と風紀委員長の二木佳奈多。二人とも寮会の一員だ。

 

 寮会というのは世間的には寮の管理をしている組織だと思われるが、ここは武偵高。

 いつものように寮会とて一般高とは意味が違う。

 はば広い人脈を駆使して指名での依頼を与える組織である。

 寮会からの依頼は一般の依頼より単位も報酬も豪華ゆえ寮会から指名が入るとみんな好んで受ける。

 

(単位も出席日数も関係ない『委員長』の役職持ちの私には関係ないがな)

 

「相変わらずあなたはやる気あるのかないのか分からない人ですね、来ヶ谷さん」

「どっちだと思う?」

「やる気ないのでしょう?」

「それは褒め言葉と受け取っておくよ、佳奈多くん」

 

 さて、と女子寮長が言って、恭介と来ヶ谷も用意された椅子に座り、持ってきたパソコンを開く。

 

「で、俺達に依頼したいこととは?俺と来ヶ谷という二人が呼び出された以上、リトルバスターズへの依頼と見ているがそれでいいのか?」

「流石棗くん。話が早いわね」

「なら、パソコンによるサポートを受けたいが構わないな」

「えぇ、もちろんよ」

 

 会話を聞いて、来ヶ谷がパソコンを操作した。

 

        ●

 

「あ、できた」

「オウ!バッチリだ!」

 

 直枝理樹と井ノ原真人の二人は裏庭にあるベンチにて、携帯電話とパソコンのバージョンアップに成功していた。来ヶ谷から渡されたマイクロソフトのデータを本体に入れておけと言われたが、何が変わったのか分からない。

 

「何かが変わったようには見えないね」

「そうだな。だが、恭介が言うにはオレたちは携帯電話からチャットで参加するんだろ?」

 

 二人で何もせずにベンチに座り缶コーヒーを飲んでいる、Application「実況通信」と表示された。

 

(……これか)

 

 

 実況通信とはチャットのことだ。

 チームが交渉とかをする際に、仲間からのサポートを受けながら話し合いをしたりできる文章会議システムだ。メンバーが多い時に重宝する。

 

・姉 御『そっちにちゃんと音声が届いているか?』

・筋 肉『オウ!バッチリだぜ!』

 

(僕も早く参加しないと……)

 

 ニックネームは何にしようか?三文字以内だから……理樹……りき……力?

 

・パワー様が入場しました。

 

 理樹だからパワー。なんか安直だ。

 

 

・剣 道様が入場しました。

・ネ コ様が入場しました。

 

 みんなそのままだ。何の捻りもない。

 

・姉御『よし、準備はいいな?恭介氏、始めてくれ』

              

 

          ●

 

 

 棗恭介は女子寮長からの依頼を聞いた。

 

「まず、これは秘密依頼(シークレット)よ」

「分かった。それで?」

「じゃ、説明をお願いね、かなちゃん」

「かなちゃんと呼ばないで下さい、あーちゃん先輩」

 

 説明者が二木へとShiftした。

 本当はあーちゃん先輩とか呼ばれた女子寮長の役割だったのだろうが、話を振られて説明する役目を押しつけられた佳奈多はやる気を微塵も感じさせないような事務的な口調で説明を始めた。

 

「バチカンのローマ正教から一つの要請が入ったの」

「ローマ正教?」

「えぇ、アドシアードの期間中に東京に『バルダ』という魔術師がやって来る可能性があるみたいだから、逮捕に協力してほしいみたい」

「……」

 

・筋 肉『ってことはなんだ?その「バルダ」ってやつを捕まえればいいのか?』

・姉 御『それができたらベストだろうが……捕まえるのは無理だろうな』

・パワー『何で?』

・姉 御『アドシアードに何人外部の人が来ると思ってるんだ?そのバルダという人物を見つけることすら危ういぞ。魔術師というからには銃や剣みたいな武器を一切使わないから検査も軽く通るしな』

 

 アドシアードとは武偵によるインターハイやオリンピックみたいなものだ。

 今年は東京武偵高で行われる行事だ。もともと世間へのイメージアップのための行事でもあるから一般客も大勢来る。逮捕どころか何もできない可能性がある。それを分かった上で恭介は聞いた。

 

「協力というのはどのレベルでだ? 魔術師というからには日本の警察では魔術に疎く、対応できないとは分かったが、どっちみち『可能性がある』という程度なんだろう?」

「棗先輩のいう通りで恐縮です。委員会連合としては、『ローマ正教からの要請に応じた』という言い訳ができる程度で充分です。棗先輩や来ヶ谷さんならどの程度がお分かりですね?」

 

 

       ●

 

 

 ふむ、と理樹は思う。正直言って、

 

・筋 肉『スマン!全く分からない!』

・パワー『僕も!』

 

 全く分からない。

 というかそもそもの疑問なんだけど、

 

・パワー『というか、何で二木産のところの風紀委員会でやらないの?』

・姉 御『別に佳奈多くんが動かないわけじゃないんだ。ただテロリストが来るならまだしも、来るとされているのは魔術師だ。警察では魔術なんてものに対応できないだろう。だから外部の組織ということで二木女子のところに持ちかけられたのだろうが、それだけじゃ知識として不十分なんだ。対応するならするで、日本の場合は魔術の専門家たる星伽神社やイギリス清教に依頼を出して、ようやくローマ正教への言い訳ができるのさ。この手の政治的な問題については、私と二木女史がいれば何とでもできる。だから、今回の依頼は警察というか運営委員会から私と二木女史の二人へと持ち掛けられた依頼ということになるのかな。恭介氏が呼び出されているのは、二木女史には私たちのリーダーだと知られているからだ』

 

 だったら、

 

・パワー『ローマ正教の人たちに来てもらって解決してもらっちゃだめなの?』

・姉 御『政治的に日本の問題を外国からの力を借りて解決したらたかが知れると判断されるからな』

・ネ コ『イギリス清教とやらは?これも外国じゃないのか?』

・姉 御『イギリス清教(うち)はちょっと特別でな』

・筋 肉『特別?』

・姉 御『イギリス清教のトップは日本人だったから、政治的にはトラブルが起きなくなったんだ。で、私もイギリス清教所属だから私が動くだけで言い訳はできる』

 

 まさかとは思うけど……

 

・パワー『来ヶ谷さんが基本的にやる気ゼロなのに委員長の役職をもらえてる理由って……』

・姉 御『私の立場が政治的に便利だからだ』

 

 

            ●

 

 

 風紀の長は言った。

 

「もちろんアドシアードの期間中に『バルダ』という人物を探せとはいいません。探しても見つからないでしょうから。それにアドシアードには優秀な武偵がたくさん訪れますから大事件をおこすことなないでしょう。もちろん私の委員会の方で当日の見回りはやらせますが、もしなにかあったらそちらの方でも現場に向かって下さい」

 

・ネ コ『なんで大事件を起こさないって言い切れるんだ?』

・剣 道『それは当然だろ。アドシアードの選手になにかあるようなことになれば、それはその国すべてを敵に回すようなものだ。オリンピック会場にテロが起きない理由と一緒だ』

・姉 御『つまり、何か起きるとなれば全て後でに回るような規模の事件しかない、ということだな』

 

「分かった。つまり、魔術関連でトラブルがあったら急行できればいいわけだな」

「ありがとうございます」

 

 おおよそは分かった。だが、恭介は疑問が一つだけある。

 確かにアドシアードで事件を起こすのは世界に喧嘩売るようなものだから、テロみたいなものは警戒する必要はなけれど、

 

「この依頼はいわば魔術関連に対応できる人を用意するだけだろ?」

「そうですね。バルダというのが魔術師ではなかったらこんな依頼は発生しませんしね。私だって本当はこんな面倒くさい依頼受けたくないんですよ」

「ならなんで星伽神社にもっていかないんだ?」

「それは……その……」

 

 なぜか二木はいいにくそうだった。だが、女子寮長は平然と、

 

「星伽の白雪ちゃんが、魔剣(デュランダル)に狙われてるっていう情報があるの」

魔剣(デュランダル)?」

「そう。教務科としては護衛をつけて守らせるみたい」

 

・パワー『そうなの、謙吾?』

・剣 道『たしかにこんな予言がSSRで出ていたな。しかし……』

 

 魔剣(デュランダル)というのは超能力者ばかりを狙う誘拐犯だ。

 でも、その存在自体が疑問視されている都市伝説みたいなものだ。

 いわゆる教務科の過保護みたいなものだ。

 星伽白雪は東京武偵高校が誇る優秀な生徒。万が一なんてあってほしくはないのだ。

 

(……こりゃ先に星伽神社に持って行って断られたみたいだな)

 

 しかも、拒否の理由が都市伝説。

 そりゃ風紀委員長である佳奈多は、立場上依頼主の痛いところを突くようなことはしたくないのだろう。

 

「……星伽神社への依頼金2000万をそのまま私たちへの依頼金とします。リトルバスターズはアドシアード当日に魔術関連のトラブルが起きたら対処に向かうチームを編集して行動して下さい」

「佳奈多くんのところとの依頼金はいいのか?」

「仮にも委員会を動かしているわけですから、私たちとしてもお金のことはきっちりとまた後で二人ででも話し合いましょう。動かす規模、人員でどうやってわけるかも変わっていますしね」

「それもそうだ。けど、2000万円使って依頼するなり自分たちでなんとかしろ、という意味と見ていいのか?」

「えぇ。好きにしてください。アドシアード当日のイベント手伝いは結構ですから、よろしくお願いします」

 

     ●

 

 リトルバスターズのアドシアードに向けての方針は理解した。

 でも理樹には疑問があるから聞こうする。ちょうど新しいアプリのおかげでいっせいに送れる。

 

「あれ? 実況通信ってこっちからどうやって立ち上げるんだっけ?」

「アプリを立ち上げて呼び出したい相手を選択するんじゃなかったか?」

 

(……あ、あった)

 

・パワー『アドシアード当日の動きは分かったけど、それまではどうするの?』

・遊び場『そうだな……「バルダ」というやつについてちょっと調べてみるか』

・ネ コ『どうやって?』

・遊び場『ローマ成教からの要請なんだから、ローマ武偵高に行けばなにか分かるかもしれないな。ちょっと行ってくる』

・筋 肉『へぇ、土産を頼むぜ!』

・遊び場『いい機会だ。真人、お前もついて来い。一度本番の魔術文化を見てみてもいいだろう』

・筋 肉『へ?』

 

 

 理樹は隣の筋肉に話し掛ける。

 

「真人、いってらっしゃい」

「そんな……理樹と離れ離れになるのか!?」

 

 極端に落ち込む筋肉さんをあやしながら、

 

・パワー『僕らはどうすればいい?』

・遊び場『一応万が一のために医療技術があるやつが欲しい。来ヶ谷は委員会連合の仕事があるから、理樹と鈴で誰か用意しておいてくれ』

・剣 道『俺は?』

・遊び場『一応自由に動けるやつが欲しいから、謙吾には何もない』

 

 方針は決まった。けど、

 

(……誰かいたかなぁ……)

 

心当たりがまったくないが、とりあえず探してみようか。

 

 

 



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Mission22 覗きの部屋

おまたせしました!
今回は「ハーメルン」にて掲載中の草薙先生の作品、『緋弾のアリアー緋弾を守るもの 』より、あのキャラが登場します。クロスオーバーの許可をいただき、草薙先生への感謝の気持ちをこめて、書かせていただきました。
なお、原作ではレキは二年Cクラス所属でしたが、この作品ではレキは二年Fクラスの所属です。よろしくお願いします。


 

 直枝理樹と棗鈴の二人は困りながら二年Fクラスへと向かう廊下を歩いていた。

 困っているというのは他でもなく、人探しだ。

 

「医療技術が使える人ってったってねぇ」

「見込みは0だな」

 

 アドシアードに向けて、どこかの委員会に所属している人達は皆かり出されているらしい。例えば保健委員のような医療関係者だと、急なけが人が出たときのための対処や、自分の委員会の病院に緊急連絡してなんとか治療できるかどうかなどの打ち合わせで忙しいらしい。委員会の一員どころか、委員会のトップたる委員長である来ヶ谷唯湖なんてもう一般科目の授業すら出ていない。いや、彼女の場合はいつも通りであったか。

 

「恭介と真人はローマ武偵高まで調べ物にいっちゃったしね」

「あの筋肉は役に立つのか?」

「さぁ?」

 

 鈴のひどい発言を軽く流しつつ、理樹は学校全体の雰囲気を見てみる。活気づいていた。

 

(……やってるやってる)

 

 アドシアードの期間までは授業は午前中のみ行われる、午後はそれぞれ準備の時間となる。

 例えばクラスメイトのレキは狙撃競技の日本代表ででるからその練習を行っているし、風紀委員会を自前で持つ二木佳奈多なんて忙しそうだったという目撃情報があった。

 

「理樹、誰か心当たりがあるのか?」

「何、心配ないよ。素直にクラスメイトに聞けばいいさ」

 

 チームメイト、ルームメイト、そしてクラスメイトは仲間と呼ぶには十分すぎる存在。理樹は素直にクラスメイトに、医療関係者で手の空いている人間は誰かいないかを聞くつもりであった。人知りの鈴はこういう事に対しては全く役にたたない以上、理樹は僕が何とかしないと、と張り切っていた。

 

『おい!アドシアードのイベントのことだが……』

『チアの配置は大丈夫!?』

 

 己のクラスである二年Fクラスへと向かう最中に、他のクラスでどんな活動をしているかはわざわざ覗くまでも無かった。空気で伝わってくる。

 

(……いいな、この雰囲気。大騒ぎは好きだ)

 

 Fクラスでもアドシアードに向けて大騒ぎしているのかもしれない。確か二年Fクラスからはアドシアードの出場選手は狙撃科のレキだけだったはず。もし会議の途中だったら少し邪魔しちゃうかもしれないし、そうだったら申し訳ないなと思いつつも理樹は教室へ向かう。

 

「さて、我が二年Fクラスに到着だ!」

「理樹。それはいいんだがな」

 

 理樹は気分を弾ませながら扉を開けて、見てしまった。

 

「……だれもいないぞ、理樹」

 

 二年Fクラスには、

 

「……なん……だと!?」

 

 誰ひとりいなく、教室の電気すら消えていた。

 他のクラスとは違って、活気なんて微塵も感じられなかった。

 

 

         ●

 

 

・パワー『ねぇ!?どういうこと!?なんでFクラスだけ人がいない上に電気すらついてないの!?』

・剣 道『俺が知るか』

・パワー『謙吾は二年Fクラスのクラス代表でしょ!!何か知らないの?』

 

・姉 御様が入場しました。

 

・姉 御『ん?そりゃそうだろう』

・パワー『なんで?』

・姉 御『二年Fクラスの諸君はこの私の手足となって働いている最中だからな』

・パワー『あなたの仕業か!!』

・姉 御『なんだ、誰かに用だったのか?』

・パワー『クラスメイトに聞きたいことがあってね……』

・姉 御『なら、今から少年も来るがいいさ。みんな視聴覚室にいる』

 

 

         ●

 

 

 『クラスメイト一同が教室に誰ひとりいない』というアドシアードという一大イベントの前とは思えない珍行の謎を説き明かすべく、チャットでチームメイトから聞いたことを頼りに視聴覚室に向かった理樹は見た。

 

「なんだ……これは!?」

 

 理樹が鈴を連れて視聴覚室に向かえば、二年Fクラスのクラスメイトたちの大半がそこで仕事していた。皆真剣な様子だ。

 

「来ヶ谷さん? これはいったい……」

「うむ。我が二年Fクラスからアドシアードの出場選手がいることは知っているな」

「レキだろ?」

 

 なんと極端な人見知りの鈴が即答した。レキは鈴が普通に話せる数少ない一人でもある。

 

(……そういえば鈴ってレキさんとは話せたんだった)

 

 どこに接点があるかというと、やはりというか接点となるのは恭介だった。

 恭介は依頼でイギリス行ってみたりしたり、昔から何かといなくなることが方が多い人物だが、その分恭介のネットワークはかなり広くなっている。だから恭介は単なる調べ物に「ちょっとローマ行ってくる」みたいなことを言うのだ。レキさんは恭介の知り合いの妹らしく、いろいろと面倒を見てるらしい。

 

「……で、レキさんがどうかしたの?」

「我々二年Fクラスはレキ君を応援すべく日々水面下で行動しているのだ!」

 

 何っ!と慌てて理樹はクラスメイトたちの作業を凝視する。

 応援ポスターの製作やアドシアード出場記念品を作っていた。

 

「ここにいる人達は……」

「西園女史みたいに依頼でそもそも帰っていない人が何名かいることも確かだが、そんな連中を除けば全員いる。少年と鈴君に謙吾少年には恭介氏から言い渡された仕事があるから伝えていなかった。悪いことをしたか?」

「そんなことないよ」

 

 悪いことをしたな、と思ったのは理樹の方だった。何しろ理樹は他のクラスとは違いアドシアードのイベント準備で午後は自由時間となっている中何をしているのだと思っていたのだから。

 

「く、来ヶ谷さん!僕は……僕はこのクラスの皆のことを誤解していたよ!」

 

(このクラスは……二年Fクラスは最高のクラスだ!)

 

 僕も早く人探しを終らせてFクラスの一員として協力しよう。そう思った理樹は、

 

『来ヶ谷!盗聴器と盗撮器の準備は完了したぞ』

「うむ。ごくろう」

 

(…………うん?)

 

 聞いてはいけないフレーズを聞いた気がした。

 

『ふぅ。やっと一段落したぜ』

『まだまだだ。レキ様の麗しい姿をこの眼に焼き付けてはいない』

『そうだな。レキ様のために、我らがこの程度でくじくるわけにはいかんのだ』

 

 おかしい。とうとう幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか?理樹はさっき最高のクラスだと思った二年Fクラスに違和感を感じてしまうようになっていた。

 

「配置はどうなっている?」

「女子寮にはさすがに手が出せないが、すでに校内に至るところに設置は完了した」

「女子寮は佳奈多くんがうるさそうだし止めておこう」

「分かった」

 

 どうやら思い違いではないと少年は確信した。

 

「なにやってるのさ」

「見て分からないのか?」

「僕には盗撮器を仕掛けてるように見えるんだけど」

「分かっているじゃないか。その通りだ」

 

 悪びれもせずに平然と答える姉御に対し何も言えないでいる理樹に、さっき姉御に話し掛けていたFクラスの男子生徒が話し掛けてきた。村上だ。

 

「直枝、ひょっとしてお前は勘違いをしているのではないか?」

「勘違い?」

「そうだ。別に俺達は盗撮器を学校の至るところに設置したが、使うのは来ヶ谷一人だ」

「来ヶ谷さん?」

「あぁ。放送委員の仕事だ。私は二日目以降、解説担当として葉留佳くんと一緒に実況をやることになっているのだが、そのためにはいろいろな場所を映すためのカメラが必要なんだよ」

「何っ! 来ヶ谷さんがまともに国の仕事をしているだって!?」

「……少年は私をどんな風に思ってるんだ。これでも私は、ちゃんと職についていて責任ある立場にある人間なんだぞ」

 

 とは言えそういうことなら理樹としては納得するしかない。

 きっと彼女も仕事で仕方なく―――― 

 

「まぁいい。そしてこの私は可愛い女の子の写真は取り放題だということさ」

「……ん?」

「二年Fクラスの諸君! 協力感謝する! ではこの私の写真館『覗きの部屋』をしばらくしたら始めることとする!」

「「「いいぃやっほうー!」」」

 

 歓喜をあげるFクラスの皆に「待ってください」と理樹は思わず敬語で話しかけていた。

 

「どうかしたか少年?」

「どうもこうもないよっ!皆揃いも揃って何してるのさ!」

「今まで隠してたが――――私は可愛らしい女学生が大好きなんだ」

「知ってるよこのバカ!」

 

まさかこの才女に「バカ」と叫ぶことになるとは思わなかった。

 

「直枝、落ち着くんだ」

「落ち着くべきは僕じゃなくて君達だと思うんだけど……」

「まぁ待て。これを見てみろ」

 

 そう言われて理樹が村上から渡されたのは一枚の写真だった。

 

「……」

 

 レキの写真だった。

 レキといえば無表情、無口、無反応とあだ名は「ロボットレキ」とすら言われている女の子なのだが……かなり可愛かった。いや、かなり可愛いく写るように撮られていた。

 

「分かったか少年?」

「何が?」

 

 姉御は理樹の肩に手を乗せ、自信満々に言い切った。

 

「可愛らしい女の子の写真を撮るということにおいて、この私を越えられると思うなっ!」

「これ来ヶ谷さんが撮ったの!?」

「もちろん。そして私が可愛らしい女の子の写真を隠し撮るために校内に隠しカメラを葉留佳くんに設置させたんだが……」

「ゴメン。どこからツッコメばいいか分からない。あと三枝さんも一体何をやっているんだ……」

 

 もうどこから突っ込みを入れるべきかもわからないが、とりあえず一つ一つ聞いていくことにする。まずは……

 

「放送委員の仕事というのは?」

「そんなものバレた時の言い訳に決まってるじゃないか」

 

 まともな返事が返ってくると思ったのに、姉御はどうどうと私欲丸出しであると言い切った。

 

「皆!どうして来ヶ谷さんの願望極まりないことに協力してるのさ!?」

 

 なぜこんな堂々としているのかと、おかしいのではないかと理樹はクラスメイトたちに訴えると、二年Fクラスの仲間たち一同を代表して村上という名の少年が答えた。

 

「いいか直枝。よく聞けよ」

「うん」

「俺達はな、ただ純粋に――――――――――――レキ様の写真が欲しいんだ」

 

 うんうんと頷くクラスメイト一同を見て理樹は違和感を感じないわけにはいかない。

 

「来ヶ谷に協力したらレキ様の写真を我らが手に入れやすくなるからな」

「『我ら』?」

 

 なんだ知らないのか、とクラスメイト一同から哀れみの視線をうけたバカは、

 

(……どっちが可哀相なのかなぁ)

 

 とか考えつつ、『我ら』の正体を聞くこととなる。

 リーダー格の少年村上を筆頭にクラスメイト達は宣言する。

 

「我々は!」

『『『レキ様のストーカーにあらず!』』』

「我々は!」

『『『レキ様を愛でる宗教にあらず!!』』』

「そして我々は!」

『『『己のすべてわ彼女のために!!!』』』

「故に我々は!」

『『『レキ様を影から支える集団!!!』』』

「その名も」

『『『レキ様ファンクラブRRR!!!!』』』

 

 理樹は迷わず逃げ出した。

 

 

 

      ●

 

 

 

 直枝理樹は走っていた。全力で走り続けていた。

 

(……僕のクラスメイトが……最高だと思っていた二年Fクラスのクラスメイト達がっ……)

 

 評価が『最高のクラスメイト達』から『ただの変態集団』へと一分足らずで堕ちたのだ。

 彼が現実から目を背けて逃げ出したくなるのも無理はないだろう。

 理樹はどこに向かうかも決めず走りつづけ、二年Fクラスの教室近くで比較的常識人を見つける。

 謙吾だ。

 

「理樹、どうかしたか?」

「謙吾……どうしてここに?」

「星伽の護衛で引っ越しがあるから手伝ってくれと前に言ったのはお前じゃないか。真人は恭介とバチカン行ったしな」

 

(やっぱり謙吾はまともだ)

 

 クラスメイトが一人でもまともでよかったと思うが、理樹は気づいてしまった。

 謙吾は相変わらず袴姿だった。よく考えたら頭がおかしい。

 

「うわぁあああぁあ――――ん」

「あ、おい、理樹!」

 

 謙吾を置いて理樹はもう嫌だとDashした。

 

    

 

    ●

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ここで一息つこう」

 

 しばらくはクラスメイトには会いたくないと理樹が避難したのは屋上だった。

 

(風が気持ちいいな)

 

 空には雲一つない青空が広がっていて、嫌な気分など吹き飛んでしまいそうだ。

 

「まさか二年Fクラスが変態集団だったなんて……」

 

 だがよく考えてみたら、

 

「僕も充分なバカじゃないか!」

 

 昔から真人や恭介みたいのと遊んでいたから無駄な特技も多い。

 

「よし!今度村上くんたちにレキさんの魅力について語り合ってみようか」

 

 勝手に自己解決したバカは大丈夫、僕はあのクラスでもやっていけると間違った方向に決心していると、ガン!!という音を聞いた。何かが何かにぶつかった音だ。

 

「ん?」

 

 何だろうか。聞こえた場所から考えて、

 

(屋上に入るドアの上にある給水タンクかな?)

 

 気になったからついている梯子で上ってタンクの様子を見てみると、頭を押さえている女学生がいた。地面には大量のお菓子が転がっていて、本人はなぜかタンクと地面の間に存在する空間に入っている。

 

(……さっきのは頭をタンクにぶつけた音だったのか)

 

 大丈夫?と聞こうとしたが、聞く前に向こうがしゃべった。慌てて言い訳をするかのような声だ。

 

「ご……ごごごごめんなさいっ!」

 

 こちらを見もせずになぜか謝ってきた。

 

「世の中には不思議なことがたくさんあって、これもきっとそうなんです! お菓子とかお菓子とかお菓子さんとかが降ってきました――!」

 

 そんなことを口走った女の子は痛みがようやく引いたのか、こちらの方にようやく顔を向け、ニッコリと日だまりのような明るい笑顔を向けてくれた。

 




というわけで、レキ様ファンクラブRRRとその会長村上が登場しました。
草薙先生からは、「今後も自由に登場させても構わない」というありがたいお言葉をいただいたため、彼らは今後も出てきます。
では、改めて彼らへの敬意をこめて。
では!


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Mission23 二年Fクラスのまとも人

少年、直枝理樹は屋上でタンクの下の空間になぜかいた女の子と出会った。

 理樹はお星様のリボンを二つつけているこの女の子を知っている。

 

「……えっと……とりあえず大丈夫?」

「その声は……なおえ……くん?」

 

 神北小毬。理樹のクラスメイトだ。

 小毬は先程頭を打ったからか涙目で声も震えている。

 

「ちょっと待ってくださいねー。今出てきますから」

 

小毬はなんとか出てこようとしたが、

「どうしたの?」

「困りました!出られません!」

「へ?」

「直枝くん引っ張って――」

 

 筋肉の活きるときがきた。フン!と引っ張るがびくともしない。

 

(何か挟まってるなこりゃ)

 

 そうでないと彼の筋肉は見かけ倒しだということになる。

 何が引っかかっているか原因を理樹は確認してしばし無言になり、

 

「スカートが引っかかってるよ」

 

 直後。バカは女の子に悲鳴を出させてしまった。

 

         ●

 

 あうぅうぅ、とスカートを押さえながらも神北小毬は給水タンクからの脱出に成功した。

 脱出したのはいいが、

 

(……見られたかなぁ?)

 

 パンツを見られた危険性がある。だから、

 

「……アリクイ?」

「あ、あれアリクイなんだ。アルマジロかと思ったよ」

「うわぁーん。み、見られたー!」

 

 パンツを見られたけとが確定した。

 

(大丈夫! まだ許容範囲だよ!)

 

 だが隣の男の子は平然と、おそらくはフォローのつもりで、

 

「大丈夫!可愛いかったから」

「うわーん!もうお嫁もらえない」

「大丈夫!いざとなったら女装するから!」

「直枝くんは変わった人なんだね」

 

 小毬はアハハと苦笑いして、

「直枝くんに迷惑かけるわけにはいかないし、頑張っていいお婿さんもらうよ」」

 

 言っててなんか恥ずかしい。こういう時の対処法は……そうだ、あれがある。

 小毬はパンツを見た相手をまず指差して、

「よし! 見なかったことにしよう。オッケー?」

「オ、オッケー」

 

 今度は自分を指差して、

「見られなかったことにしよう。これで万事解決だね」

「解決なの?」

「うん。だから直枝くん」これからはお菓子タイムGOなのです」

 

        ●

 

「せっかくなので、ワッフルをどうぞ〜。お茶もあるよ」

「ありがとう」

 

 直枝理樹はなんとか変態にならずに済んだと一安心していた。クラスメイト達が変態の集まりと化して逃げてきたのに彼も変態の仲間入りしたらなんだか負けたような気分になる。あいつらと一緒に『変態』として一くくりされたくはない。

 

(神北さんが優しい人でよかった)

 

 鈴なら問答無用で蹴りをしかけてくるだろう。

 来ヶ谷さんから脅迫してきそうだ。

 アリアさんなら命はないだろう。

 二木さん? 彼女は考えたくもないね。

 

「そういえば聞いたよ直枝くん」

「何を?」

「ハイジャックを解決したんだってね」

「ああ、それ?」

「私はあの時武偵高の外に出ていて駆け付けられなくてごめんね。バスジャックが起きた時までは武偵高にはいたんだけど……」

 

 どうやら一連のことは聞いたらしい。

 

(それにしてもいい子だなぁ……)

 

 ホント、村上くんたちとは大違いだ。あいつら駆け付けなかったし。

 

「……」

「ど、どどどどうしたの直枝君!? 無言で涙なんか流して」

「クラスメイトが……まともだっ」

「それは泣くことなの!?」

 

 優しい神北さんには僕の気持ちなど分かるまい。

彼女にはFクラスの狂気にさらされないでほしい。

 

「えーと、甘いもの食べて元気だそ」

「……うん」

 

 理樹は手にしたワッフルを一口食べ、おいしいと口にした。

 

「えへへ。ちょっとは元気が出たね」

「……そうかな?」

「うん!甘いものを食べるとちょっとだけ幸せな気持ちになれるよね。だから甘いものは偉大なのです」

「そうかも」

 

 涙もろいバカは「元気だそ、ゆー」という言葉を受けてちょっとだけ元気になった気がした。

 ちょっとだけ元気になったバカの様子を見て、小毬も幸せそうに笑う。

 

「誰かが幸せになると、こっちもなんだか幸せな気分になるよね」

「嬉しそうだね、神北さん」

「うん!あなたが幸せだと、私も幸せ。私が幸せだと、皆も幸せ。ずっとずっと回ってほら、幸せスパイラル」

 

(……幸せスパイラル……か)

 

 そんな考え方を持てる人は今の世の中にはそうはいないだろう。

 

「ところで直枝君は何しに屋上に来たの?」

「それは……現実から目を背けに、かな?」

 

 でも、

 

「でも、神北さんと話したらなんだか元気が出たよ。ありがとう」

「えへへ。こちらこそありがとう」

 

 ありがとうの礼にありがとうを返す。それは素敵なものに思えた。

 

「直枝君とこうして話すのは初めてかもしれないね。クラスは一緒だけどいつも直枝君は井ノ原くんたちといるから」

「幼なじみだしね。そういえば神北さんって依頼を受けることが多いよね? 普段教室にいないような気がするんだけど……」

「ほら、私は衛生科だから」

 

衛生科(メディカ)

武偵活動の現場における、医療・救助活動を習得する学科だ。

つまり、

 

(――――意外なところで候補者発見っ!)

 

 理樹の人探しの候補者だ。

 クラスメイトが非常に残念な以上、彼女がダメならクラスメイト達は全滅だ。

 

「か、神北さんっ!」

「な、なに!?」

 

 急な大声にびっくりしたほんわか少女に、バカは聞いた。

 

「アドシアード当日って仕事ある?」

「アドシアード? うーん、どうだろ?まだわかんないや。私は武偵高に帰ってきたのがついこの間だし」

 

 来ヶ谷唯湖は視聴覚室に集まったのは「依頼でそもそもいない人物を除いた全員」だといっていた。だから小毬は視聴覚室におらず、屋上でのんびりしていたのだろう。そして、アドシアード当日は全員何かしらの仕事をする義務があるが、それすら分からない、と。

 

「どうして?」

「僕のチームがアドシアード当日の事件対処チームとして行動するんだけど、医療技術がある人が欲しいっていう話になったんだよ」

「そうなんだ。でもごめんね。私がやれたらいいんだけどすぐには返事出来ないや」

「いや、気にしないで」

 

 アドシアード当日の予定が空いているのならこのFクラスの狂気に染まっていない優しい女の子に頼ろうと理樹は考えていると、屋上に来る新たな人物がいた。

 

「ここにいたのか、理樹」

 

 謙吾だ。謙吾を見て思い出すのは、

 

「あ、しまった!星伽さんの引っ越し手伝いがあるんだった!ゴメン謙吾。忘れてたよ」

「手伝ってくれと言ってきたやつが忘れるんじゃない。まあいい。早く行くぞ」

 

 うん、とバカはすぐに返事をして、

 

「じゃあ、またね神北さん」

「うん。直枝君も宮沢君も頑張ってね〜」

 

 挨拶をしてDashした。

 

        ●

 

 武偵は金さえもらえば何でもやる何でも屋である。何でもやるから武偵の違法行為というものが現実には存在し、ゆえに風紀委員会が組織されたのであるが、武偵の仕事にもPopularという仕事がある。ボディーガードだ。大抵は護衛対象の家に住み込みで行われるが、護衛対象の強い希望により、逆に護衛対象がやってくるという事態が発生していた。そして、今は絶賛引っ越し中だ。

 

「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ!」

「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 そして、本来の部屋の主たる直枝理樹と本日からの住居者星伽白雪は互いに見事な姿勢でのお辞儀を繰り出していた。

 

「こ、これはつまらないものですがっ!」

「お、ありがたく頂きます」

 

 理樹と星伽の二人が典型的謙遜日本人の平和な会話を繰り広げているのを見て、まるで理樹は大家さんだな、とか謙吾は思う。

 

「理樹。とりあえず星伽に部屋の説明をしておいたらどうだ」

「そうだね」

 

 理樹は立ち上がり、白雪はついていく。

 

「星伽さんは知ってると思うけど、この探偵科の四人部屋は元々僕と真人の二人で使ってたんだ」

「キンちゃんから聞いてるよ。確かキンちゃんが強襲科から探偵科へ転科するときに受け入れてくれたのが直枝君と井ノ原君だって」

「まぁそうだね。だけどこの部屋は元々僕と真人には広すぎたから、四人部屋をReformして二人部屋が二つ、という配置になってるんだ」

 

 例えば、と理樹は自身の部屋を見せる。

 二段ベッド一つと勉強机二つとみかん箱があった。

 

「こんな感じの部屋が二つあって、それ以外は誰でも使える大広間としてるんだ。いわばここはプライベートルームみたいなものかな?」

「あの、直枝君。リフォームしたなら私はどこに住めばいいの?」

「ん?遠山君のプライベートルームだけど」

 

!!と白雪は迅速なるを反応した。

 

「プライベートルームは厳密な部屋の持ち主としてるから、この僕と真人の部屋には遠山君は入らない。同様に星伽さんが探偵科寮で暮らすのは遠山君の都合だから遠山君のプライベートルームについてる二段ベッドで寝てほしい。ダメだった?」

 

 白雪は固まった。

 

「数日後真人が仕事から帰ってくると思うけど、僕も真人も星伽さんが泊まる部屋には入らないから安心して」

 

 白雪は硬直からとけて、天国だと言わんばかりに、

『キンちゃんと私の二人のプライベートルーム』

『直枝君と井ノ原君の邪魔は全く入らない』

『これは神様が与えてくれたチャンス……』

 

 と呟いた。

 

「理樹。遠山の部屋は確か……」

「あ、そうだった」

 

 謙吾に言われて何かを思い出した根本的なバカは爆弾発言を平然とする。

 

「今あの部屋にはアリアさんが住み着いているんだった」

「!?」

「でもこれは遠山君と星伽さんの問題だから星伽さんの方でどうするか交渉しておいてね」

「は、はい!分かりましたっ!」

 

 

 白雪は荷物から日本刀を取り出しつつ、理樹に寒気がするくらいの満面の感謝の笑みを浮かべながら頷いた。そして言う。

 

「それじゃ、今からアリアと交渉してくるね!!」

 

          ●

 

 星伽白雪の護衛を担当することになったSランク武偵、神崎・H・アリアは魔剣対策に向けて部屋の要塞化を行っている最中だった。その最中のことだ。護衛対象の巫女が目を充血させて刀を振りかざして突進してきたのは。

 

「な、何すんのよ白雪っ!!」

「アリアなんか天誅に遭えばいいんだっ! そしたら私とキンちゃんは二人だけで暮らして行けるっ!」

「また頭が狂ったのっ!?」

 

『お、五千円で買った花瓶が割れた、七千円で請求しよう』とか言って被害を呑気にメモしているバカを無視して、アリアはついに覚悟を決めた。

 

「来るならかかって来なさいっ!受けて立つわ!」

 

          ●

 

 遠山キンジが部屋に帰ってきたのは夕方近くだった。アドシアードでは武藤、不知火といった友人たちとバンドを組むことになっていたため、その練習があったからだ。帰り道に武藤に『星伽さんがお前の部屋に住むとはどういうことだ!?』と突っ掛かって来るのを回避していたら意外と遅くなってしまった。

 

(……帰って来ちゃったよ。嫌だなぁ)

 

 今は自室は安全地域ではない。ただいま、と言って部屋に入ったキンジが見たのは壮大に破壊されたリビングだった。下駄箱なんかガムテープで補強されている。

 

「あ、お帰り遠山君」

「直枝。またアリアと白雪が揉めたのか?」

「うん。そしてこれが今回の被害総額ね」

 

 ルームメイトに当然とばかりに手渡されたのは請求書。

 

「……これ」

「ヨ・ロ・シ・クッ!」

 

 バカは満面の笑顔だった。

『おーい理樹!夕飯が出来たぞー!』

 

 悲惨なことになっているであろうリビングから声が聞こえてきた。

 借金が増えて泣きたい気分のキンジに理樹は何一つ気にした様子もなく、

 

「謙吾も呼んでるし、夕飯食べよ。今日は星伽さんが腕によりをかけて作ってくれたんだよ」

 

 

 リビングには中華料理の皿がズラリと並んでいた。

 カニチャーハンにエビチリなミニラーメンといった中華メニューのオンパレードだ。

 

「まだあるの? 食事運ぶの手伝おうか?」

「直枝君も謙吾君も座ってて」

 

 理樹は白雪の手伝いを買って出るが拒否された。

 

(しかし、すごいメニューだな)

 

 見れば、制服エプロン星伽さんはお盆にジャスミンティーも運んで来て、そしたらようやく席に座った。これで理樹、謙吾、キンジ、アリア、そして白雪の五人が全員テーブルについたことになる。

 

「さ、食べて食べて。全部キンちゃんのために作ったんだよ」

「何かごめんね。遠山君のために作ったのに僕らまでご馳走になって……」

「そうだな。俺なんて理樹とは違いこの部屋の住人ですらないのにな」

「直枝君も謙吾君も引っ越しの手伝いをしてくれたからそのお礼だよ。ありがとう」

 

 なんか申し訳ない気分になっていた理樹と謙吾の二人であったが、そう言ってもらえるとうれしい。

 

「「「いただきまーす」」」

 

 野郎三名で合掌し、白雪の料理に手をつける。普通に美味しい。

 

「お、美味しいですか?ですか?」

「うまいよ」

「……うれしい。あなた……」

 

 白雪はキンジの『うまい』発言により幸せの絶頂とばかり頬を緩めるが、対称的にヒクヒクこめかみを震わせる人物がいた。アリアだ。

 

「……で?なんであたしの席には食器すらないのかしら?」

 

 アリアの席にはなに一つとして置かれていなかった。

 ちなみに野郎たちは無視して最高の料理を食べつづけている。

 

「アリアはこれ」

 

 あ、忘れてた、と大袈裟なReactionをした制服エプロンは白飯を出した。ワリバシが刺さってる。

 

「なんでよ!」

 

 しかもワリバシは割られてすらいない。

 

「文句があるならボディーガードは解任します」

「下手に出てやればっ!」

「喧嘩なら受けて立つよ。私、まだ切り札を隠してたもん」

「あ、あたしだって二枚隠してたわっ」

「私は三枚隠してましたっ」

「いっぱい!!」

 

 不毛なやり取りが女同士で行われている間、男どもはというと呑気に料理を食べつづけていた。

 




平和な光景ですねぇ。


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Mission24 白羽取りの習得者

 

 

 直枝理樹と井ノ原真人の部屋にて、理樹は謙吾と二人で黙々と霊装を作っていた。

 理樹がハイジャックで使用したり、探偵科寮大戦で大量に使ってしまったために補充しておく必要があったのだ。余分につくるつもりのため、理樹の部屋で謙吾は泊まりがけになる。真人もいないしちょうどよかった。

 

「ごめんね。この前に大量に使っちゃって」

 

 理樹は右手にとある能力を宿している。

 武偵としての分類は一応超偵ということにはなっているが、実際は魔術はからっきしだ。

 霊装を左手でなんとか発動できるが、自分の力では魔術は発動できない。

 いや、ひょっとしたらそもそも体質的に自力では発動できないのかもしれない。

 

「仲間だからこれくらいは別に構わないが……作るのは前と同じ手榴弾のタイプでいいのか?形はいろいろあるが……」

「デサインはまた考えておくよ。でもとりあえずはそれで」

 

 手榴弾というのは理樹が武器として使う魔術爆弾のことだ。

 化学反応ではなく、魔術による爆発を起こす一品故に理樹の能力で無効化できるのだ。

 だが、

 

「しかし、お前のその能力はよく分からない能力だよな」

「魔術を受け継ぐ家系である謙吾でも、正体が分からないの?」

「仮説はいくらか立つんだけどな……どれもこれも説明には決定打が足りないな」

 

 そう。理樹の能力自体が本人すらよく分からない能力なのだ。

 

「恭介は『魔術ではない』と言い切ってたけどね」

「事実として魔術や超能力を打ち消してるんだがな。俺の視点からしたら、魔術や超能力(ステルス)に干渉できる以上は魔術的なものだと思うのだが……」

「矛盾がある、と?」

「まぁな。理樹の意思とは関係なく自動発動する時点でおかしいんだ。体質という説明が無難だとしか言えないな」

 

 理樹と謙吾は難しいことを考えた反動か頭がちょうどだけ痛くなった。

 だからコーラでも飲もうかという結論に至り、

 

「コーラでも取って来るよ」

「ありがたい」

 

 リビングにある冷蔵庫まで行こうとして扉を開けると、木刀で殴られている哀れな少年遠山キンジの姿があった。

 

            ●

 

 木刀で殴られてのたうちまわるキンジは、本来の部屋の持ち主にうわぁ、という引いた視線で見られているのを認識し、

 

「な、直枝! 助けてくれ」

「話だけ聞こうじゃないか」

「アリアが真剣白羽取りの特訓を課してくるんだっ!」

 

 ルームメイトにHelpを求めた。

 アリアは木刀に変えてやったんだから感謝しなさい!とか意味不明なことを言ってくるし、このままではタンコブ量産は間違いない。

 

(木刀だろうがなんだろうが痛いのは変わらないからな!)

 

 防弾制服にも弱点はある。

 最大の弱点はむきだしの顔面に対する一撃には何の耐性もないことだ。

 

「全くだらしないわねぇ。それでもこのあたしのパートナーなの?」

「うるさい! 真剣白羽取りなんてピンポイントの技が出来るやつがそうはいるか! な? 直枝?」

 

 ルームメイトによる肯定を経て、アリアに反論しようとしたキンジであったが、

「え? 遠山君。まさかとは思うけど――――真剣白羽取りできないの?」

 

 思わぬ裏切りにあった。

 

「ほら、直枝もできるって言ってるのよっ!アンタもさっさとできるようになりなさい!」

「ちょ、ちょっと待て! お前、白羽取りできるのか!?」

「昔から恭介にそんなのばかり教わってたから」

 

 論より証拠、と言わんばかりに不意にアリアは理樹に木刀にて襲い掛かった。結果として――

 

「…………これが?」

 

 理樹は片手で受け止めて見せた。しかも左手。

 

「実戦なら両手使うけどさ、木刀程度なら片手でキレイに取れるよ」

「なん……だと!?」

「直枝!アンタもやるじゃない! ほら、キンジ!!あたしの相棒ができないはずがないわ!やるのよ!」

 

 アリアはどうだと勝ち誇った顔をしている。それにしても直枝が白羽取り出来たのは驚きだが、

 

(……そういやこいつはあの時白雪の攻撃を普通に回避してたな)

 

 探偵科寮大戦で爆弾を投げつづけるだけでなく切り掛かってきた白雪に反撃までしていた。

 ひょっとして……

 

「直枝。お前って……戦ったら強いのか?理子相手に生きてるし」

「ん?僕はあの時普通に負けたよ」

「じゃあなんで生きてんだ?」

「さぁ? でも僕の専門は戦闘ではないしね」

 

 よく分からないやつだった。

 

「星伽さんは?」

「白雪なら風呂だ」

 

 そうか、と返事するルームメイトに対し自身のパートナーは提案を持ち掛けた。

「面白いやつね。こんどあたしと模擬戦してみる?」

「死にたくないのでやめてください」

 

 そういうと直枝は冷蔵庫からコーラとコップ二つを取り出して部屋に戻って行った。

 

       

       ●

 

 

「あいつ、変わったやつね」

「そうだな」

 

 アリアは理樹のことをほとんど知らない。ハイジャックで一緒に戦った仲だとはいえ、あの時は成り行きだった。だから、この際だから聞いておこうと思う。

 

(あのリズと一緒にいた人だからね)

 

 昔の友人のことを思い出す。彼女は昔、つまらなさそうな瞳が特徴だったが、仕事は正確な仕事人間だったと思う。それが再会したら、女の子のスカートを平然とめくる変人と化していた。正直言いたい。リズ、あなたに何があった?

 

「あいつは結構変わってるやつでな、専攻は探偵科で自由履修で超能力捜査研究科を取ってる」

「……は?」

「ちなみに探偵科としてのランクはAで、超能力捜査研究科としてのランクはEらしい」

「意味不明ね」

 

 超能力捜査研究科をとるということは多分超偵であるということだけど、

 

「Eランク? 超偵のEランクなんて聞いたこと無いわよ。ロンドンで魔術なんて珍しくもなかったけど、魔術はそもそも『才能無い人』の為の技術じゃない」

「そうなのか?俺はその辺りは詳しくないが、あいつは自力で魔術を全く使えないらしい。本来ならFランクだが、ペーパーテストがよかったからEランク見たいだ」

 

 絶句する。世の中には変なやつがいたもんだ。まぁ、リズも変人だけど。

 そういえば、リズは言っていた。

『今の私はリトルバスターズの来ヶ谷唯湖だ』

 

「リトルバスターズって?」

「あいつが所属するチーム名前だ」

「チーム?この時期から?」

「昔から存在する幼なじみ集団みたいだ。直枝と井ノ原が仲がいいのはそれが理由だな。今向こうにいる宮沢もその一員で、最近新しいメンバーが入ったとか言ってたな」

 

 おそらく、それはリズのことだ。

 

「何するチーム?」

「そこまでは知らない。だが直枝には明確な目標があるみたいだ」

「目標?」

 

 何だろうか?

 私の目標はイ・ウーを壊滅させてママを救い出すことだ。もう一つは……

 

「三年で棗恭介っていう探偵科首席の先輩がいる。リトルバスターズのリーダーだ」

「棗恭介?」

「昔救われたことがあるみたいで、直枝にとってはヒーローみたいな存在なんだって言ってた。あいつは棗先輩のようになりたいらしい」

 

 同じだ、とアリアは思った。あたしにはまだ叶えていないの二つの夢がある。

 一つはママ救出でもう一つは……

 

(……曾お祖父様)

 

 曾お祖父様。すなわち、シャーロックホームズ。

 名探偵としての名前が持ち上げられているが、武偵の始祖でもある。

 

(あたしは曾お祖父様の半分でも名誉を得ようと武偵になった)

 

 だから理解できる。

 

「直枝は、その先輩のことが本当に好きなのね」

「そうみたいだな。幼なじみといっても、棗先輩だけば別格みたいだな」

「……キンジ?」

 

 そう言うキンジは寂しげに見えた。なぜだろう?

 普段から推理力は無いと自覚しているが、その直感が間違っていないように思えた。

 

「あいつがうらやましいの?」

「え……あっ…いやっ……」

 

 ひょっとしたらキンジにもいたのかも知れない。

 自分にとって神様みたいな人が。あたしにとっての曾お祖父様が。

 

「大丈夫よ。キンジ」

「アリア?」

「キンジはやればできる男よ。キンジが誰に憧れているか知らないけど、キンジはその人を越えることができる」

 

 だって。

 

「キンジはこのあたしのパートナーなんだからねっ!」

 

 

        ●

 

 

 遠山キンジはアリアの笑顔を見て思う。俺は今何をやってるのかな、と。

 アリアは大好きな母親を助けるために戦っている。

 バカなルームメイトは敵わないと知りつつも目標とする人に少しでも近づけるように努力してる。

 なら、俺は?

 大好きだった兄を失い、武偵なんかやめると決めて。正直目をそらしたくなる。

 武偵として正面から諸悪に立ち向かおうとしているアリア。

 昔の自分のように憧れの存在に向かって成長しようとする直枝。

 アリアと出会う前もそうだったが、直枝理樹という存在はキンジにあることを思い出させるのには充分だった。

 

(……俺も昔、兄さんみたいになりたくて努力したなぁ)

 

 アリアと知り合ってからはその思いが強くなった。

 白雪は俺のことを『正義の味方』と言ってくれる。だが、いつからだっただろうか?

 

(……『正義の味方』の名前が、後ろめたいと感じるようになったのは)

 

 自分は正義の味方にはなれなかった。だけど、

 

(……きっとアリアの味方にはなれる)

 

 俺にだって、それくらい。アリアがイギリスに帰ると言ったあの日、来ヶ谷に爆笑されながらも走ったことを忘れはしない。

 でも、

 

「アリア。今日はもう遅いなら練習はやめよう。明日から部屋の要塞化を手伝ってやるから」

「え? そ、そう? キンジがそう言うならそうしようか」

 

 今は頭がタンコブ量産で痛いから休んでおこう。

 

 



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Mission25 星伽の巫女

 

 

 

星伽白雪が探偵科寮にやってきた!その日の夜は、どちらがキンジのプライベートルーム(二人部屋)で眠るかまたしても喧嘩になるという安心と信頼の騒動があったものの、結局はアリアと白雪の二人が使うことになった。ちなみにキンジはというと、寝袋を用意して風呂場で寝た。キンちゃん様にそんなことさせられません!とか言っていた白雪も、キンジが『寝ろ!』と命令したらアリアに殺気を放ちながらも渋々従った。そんな愉快な夜も明け、朝の5時半過ぎにはすでに心地好い陽射しが飛び込んでいる。日々の習慣でこんな朝早くの時間に起きた白雪は、

 

(……朝ごはんを作らないと)

 

 すっかり若奥様気分で朝食準備にかかろうとする。とは言え白雪はつらいとは思わない。むしろいつもよりも楽だ。いつもは料理を用意して朝7時にキンジのもとに行き、一緒に朝食を食べるなんてことをしていたのだ。移動がないだけ楽といえる。(アリアを抜いて)四人前作るのも、一人分調理するのと大差はない。朝のメニューは何にしようかな、とか考えつつリビングに出た白雪は、自分の他にも起きている人がいることに驚いた。その人はリビングの席にて、コーヒーを入れていた。

 

「謙吾くん、おはようございます」

「星伽か。おはよう」

 

 謙吾だ。

 

     ●

 

「ついでだ。星伽の分も入れておこう」

「あ、ありがとう」

 

 感謝の言葉を口にしつつも、白雪は戸惑いがあった。

 

「謙吾くんはいつもこんな時間に起きてるの?」

「今日はたまたまだな。真人の布団で寝るのがいやだったからわざわざ一式持ってきたはいいが、環境が変わったせいか早く起きた」

 

 鈴ほどではないにしろ、白雪にも人見知りの部分がある。

 そんな白雪が謙吾のことを『謙吾くん』と呼ぶのには、やはりそれなりの理由があるのだ。

 つまり、二人は昔からの知り合いにあたる。

 白雪の実家な星伽神社と謙吾の実家の宮澤道場は親戚なのだ。

 宮澤家は星伽の分家の一つ、というと、わかりやすいかもしれない。

 

(……えーと……)

 

 だが、幼いころに何回か家の都合で会ったことがあるという程度の関係しか持たないゆえ、キンジのように白雪にとっては『幼なじみ』どころか『友人』と言えるかどうかすら危うい。だから思うのは、

 

(……何を話せばいいんだろう)

 

 家の事情は知られてはいるものの面識が中途半端なのだ。だったら何を話せばいいのか分からないのも仕方のないことだろ。どうしようかと考える白雪とは別に、謙吾の方ははさして気にした様子もなく、

 

「ほら」

 

 コーヒーを差し出してくれた。温かかった。

 

「うまいか?」

「うん」

「俺が相手だからって『星伽』のことなんか気にしなくていいさ」

「いいの?」

「巫女は人を斬れないんはずなんだが……この部屋の状況を見たら今更じゃないか?」

 

 そうかも、て白雪は苦笑いする。その様子を見た謙吾も微笑んだ。

 

「どうしたの?」

「星伽は神崎と仲いいんだなと思ってな」

 

 白雪は何を言われたのかが理解できなかった。だけど反応は反射的に、

 

「悪口はいいたくないんだけど……アリアってうざい。キンちゃんのことだって何も分かってないし……キンちゃんに失礼な態度ばらりとって……私はキライっ!」

「……本当にそうか?俺には生き生きとしているように見えたが」

 

 白雪の言葉にも、謙吾は平然と返す。

 お前はそうは思ってないだろ、と。

 

「俺は真人といつもちょっとしたことですぐ喧嘩ばかりしているが――――嫌いではないんだ」

「……」

「だからかもしれないが、喧嘩ばかりしていることが仲が悪い証拠だとは思えない」

「……確かに、謙吾ちゃんと井ノ原くんは仲が悪そうには見えないけど……」

「俺にはお前らもそう見えている」

 

 謙吾の発言を受けて、白雪はそうかもしれないと思っていた。

 確かに、私とキンちゃんの世界に銃弾のように真っすぐに踏み込んできたアリアはすごいと思う。

 しかも、自身の全力をもってしても一歩も引かなかった。でも、だからこそ、

 

(……キンちゃんを取られたくはない)

 

 アリアが魅力的なのは分かってる。

 キンちゃんのチームメイトとしてこれから絆を深めていくのだろう。

 

(……幼なじみ……か……)

 

 自分とのつながりを考えてみる。チームメイトと幼なじみ。

 彼にとってはなにか違うものなのだろうか?

 

「ねぇ謙吾くん。幼なじみってどう思う?」

 

       ●

 

 宮沢謙吾は聞かれたことの意味が理解出来なかった。

 だから聞き返す。

 

「何が聞きたいんだ?」

「ほら、人間関係にもいろいろあるでしょう? 友達、幼なじみ、恋人、夫婦、家族。幼なじみってどんな存在なのかなって。キンちゃんの中で私はどんな存在なのかなって」

 

(……どんな存在なのか、か)

 

 自分の場合はどうだろう?

 謙吾は自身の幼なじみのことを考えてみる。

 真人、理樹、鈴、そして恭介。リトルバスターズ。

 

 理樹は家族だと思ってると言っていた。なら俺は?

 最近メンバーになった来ヶ谷はあいつらと何が違う?

 すぐに答えは出なかった。

 

「星伽にとって遠山はどんな存在だ?」

「キンちゃんは私のヒーローだよ」

 

 とりあえず聞いてみた感想は、まぁそんなだろうな、というものだった。

 

「キンちゃんは昔から私のことを知っていてくれて。それが私にはとっても幸せ。星伽神社から出たことがなかった頃のことから、ぜんぶぜんぶ、覚える」

「小学生の時に父に連れられて星伽神社に行った際、星伽が話すことは全部遠山のことだったからな。今更聞かなくても覚えてる」

「そうだっけ?」

「『キンちゃんが花火大会に連れていってくれた』とかよく話してくれた。人に話すということはよほど嬉しかったんだろうなっ思って俺は聞いていたからな」

 

 小学生のころに聞かされたのは仲良しの友達の話。神社から出てはいけないという決まりゆえに外の世界を知らない女の子を外の世界に連れ出してくれた男の子の話。

 

「楽しかったんだろ? 嬉しかったんだろ?そんな思い出は忘れるものじゃない。それだけじゃ不満か?」「そんなことないよ」

「ならいいじゃないか。そんなことで悩むのは」

 

 そうかな、と考えている人を励ますように謙吾はこう言った。

 

「ほら、なら遠山のためにうまい朝ごはんでも作ってやれ。昨日の晩飯の時に分かったが、俺には全く分からないが、星伽はあいつの好物は知ってるようだからな」

 

うん!と白雪はコーヒーを飲みきり、エプロンを装備した。

 

          ●

 

 白雪がキンジの部屋に来て数日がたった。

 だが魔剣は今日も現れない。アリアの努力は空回りする一方だ。

 

『魔剣はあたしのママに冤罪を着せている敵の一人なの。迎撃できればママの刑が残り635年まで減らせるし、うまくすれば高裁への差戻審(さしもどししん)も勝ち取れるかもしれない』

 

 と、アリアは言っていた。魔剣とは超偵ばかりを狙う誘拐犯だがその存在が疑われている都市伝説みたいな存在であるが、アリアにとって魔剣とは単なる都市伝説では済まされない。最近のアリアは魔剣の情報収集に勤しんでいるが、頼ろうとした数少ない友人が別件で忙しくて頼れない状況ゆえに自身であちこち動かざるをえなかったらしい。しかし、アリアの相棒たる少年、遠山キンジはというと、

 

(……魔剣が実在するとは思えないんだよなぁ)

 

 アドシアード準備委員会の末席にて、することもないからそんなことを考えていた。

 アドシアード準備委員会は国の組織の『委員会連合』と開催場所の『東京武偵高生徒会』のメンバーでほぼ構成されている。白雪は東京武偵高生徒会長ゆえ、準備委員会の長とも言える。勿論、キンジがここにいるのは白雪のボディーガードのためだ。

 

(……早く終わらないかな)

 

 実際の所、委員会連合からはなんの介入もないため、会議は生徒会のメンバーだけで進んでいた。

 来賓扱いでPlateが置かれている『風紀委員長』『放送委員長』『整備委員長』の三つの席は実際空席だし。大丈夫かこの学校?

 

「星伽先輩は美人だし、報道陣も好印象を持つと思います」

「あたしもそうおもうなー。武偵高、しいては武偵全体のイメージアップにつながるよ」

「今回なアル=カタの振り付けを考えたのも星伽さんですし、自分でもやったらどうですか?」

「は、はい。でも私はその――あくまで裏方で貢献させてください」

 

 何でもいいから早く終わって欲しい。

 

「――では今日はこんな時間ですし、これにて会議を終了します」

 

 そんな思いが以心伝心したのか会議は終了した。

 アクビをするといい危機感0の行動を取りつつも、キンジは席を立つ。

 

「じゃあ、行こうか白雪」

 

        ●

 

 夕焼けの道を白雪と並んでキンジは歩いていた。

 会議をやっていたクラブハウスから男子寮は近い。

 

「きょ、今日はキンちゃんが見ていたから緊張しちゃった。私……どうだった?」

「みんなに信頼されてるんだな。いいんじゃないか?」

「……キキンちゃんに……ほ……ほめ……ほめられちゃった」

 

 下級生から信頼されていた生徒会長は顔を染めていたら電柱に激突した。

 

「そういやお前、チアには出ないのか?」

「チアはもっと明るくかわいい女の子が……」

「チアなんか、やってるときだけ明るい演技すればいいさ」

「でも……」

「魔剣にビビってるのか?そんなもん、実在しないさ」

「分かってるよ。だけど……でも、ダメなの」

 

 なんで?とキンジは聞いた。

 どうせまた自分を卑下する悪い癖だろうな、と思っていたら、意外な答えが反ってきた。

 

「――――星伽に怒られちゃうから」

 

(……実家の星伽神社のことか?確かにあそこが白雪にいろいろ制約をつけているのは知ってるが)

 

「私は神社と学校以外には許可なく出ちゃいけないの。勿論義務教育とかもあるけど、それも最低限しかダメなの」

「どういうことだ?」

 

 人権侵害じゃないのか、それ。

 

「星伽の巫女は守護(まも)り巫女。生まれてから逝くまで星伽を離るるべらかず。私は本来、一生星伽神社にいるべき巫女なの」

 

 まるで独り言のようだった。

 

「でも、お前はいまこの東京武偵高に通ってるじゃないか。そんな習わし、守ることはない。なにいい子ぶってんだ」

「……」

「白雪?」

 

 白雪はしょぼん、と視線を落としていた。

 

「私は小学校も中学高も由緒ある女巫(めかんなぎ)校を出たこともなくて、お買い物や買い食いみたいのを……一度はしてみたいけど……うまくやれる自信がない」

「自信?」

「私は何も知らないから。テレビも、音楽も、流行も。……みんなとは理解しあえないの」

 

 私はそもそも生きる世界が違うから、といわんばかりの白雪に、何とか反論しなければ、と思った。

 

「……宮沢がお前の親戚とか言ってたな」

「……」

「あいつもお前と同じ環境なのか?あいつが……あいつらがお前と同じことを考えているとは思えないんだが」

「……謙吾くんも昔はそうだったよ」

 

 昔は。なら、

 

「なら、あいつは自分のやりたいようにやってるってことだろ。白雪も自分のやりたいことをやれないわけじゃないはずだ」

 

 でも、白雪は首を横に振る。

 

「何があったのかはよく知らないけど、謙吾くんはちょっとだけ特別なだけ。キンちゃん、キンちゃんには信じられないかもしれないけど、魔術を受け継ぐ家系では私みたいのが一般的なんだよ。学校にも行かず、一族の秘宝を守りつづける存在なんて、キンちゃんが知らないだけで山ほどいる」

「白雪……」

「学校に行かせてもらえただけ私は幸せなの。それに、私にはキンちゃんがいる。キンちゃんが私のことを理解してくれる。本当の私を知り、いつも通りに接してくれる。だから、私には抱えきれないくらいの幸せをもう貰ってるの」

 

      ●

 

 白雪の言葉を聞いたキンジは何も言えなかった。

 

(……白雪、お前)

 

 思いはした。けど言えなかった。

 

(……お前それじゃ、あの頃と同じじゃないか)

 

 兄さんが星伽巫女たちのことを哀れんでこう呼んでいた。

 『かごのとり』、と。こんなに星伽神社からは離れていても、

 

(お前まだ、かごのとり、なのかよ)

 

 でも、とキンジは考えてみる。白雪は宮沢もかつては自分と同じだったと言った。

 

『謙吾くんはちょっとだけ特別なだけ』

 

 もしあいつも白雪と同じ『かごのとり』だったなら。

 誰かがあいつを救って『かごのとり』から脱却したならば、

 

(俺にも、白雪を救うことができるのだろうか?)

 

 白雪の友人として、幼なじみとして。

 自分に何ができるかな、と彼は考えていた。

 



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Mission26 来ヶ谷唯湖VS井ノ原真人

 

 

 昼の食堂は賑やかだ。事実、少年、直枝理樹の本日のお昼は静かなお昼だった。謙吾と鈴の三人でとる昼食は慌てる要素など一つもない。なんで落ち着いていられるのか、その理由は分かりきっている。ルームメイトの筋肉が調べ物でちょっくら海外までついて行ったからだ。

でも、静かな昼は今日までになるだろう。

 

「恭介達が帰ってくるのは確か今日だったな」

「もう武偵高には着いている頃じゃない?」

「あのバカ二人は帰って来なくてもいい」

 

 鈴が幼なじみを何だと思っているか不明なことを言うが、反論する前に彼らは声を聞いた。

 

『てめぇっ!謙吾ぉぉおおお――――っ!!』

 

 それは、理樹には聞き慣れた親友の声だった。

 

     ●

 

 外国から帰ってきての第一声。それは、ただいまの挨拶でなく、友人を怒鳴る声だった。

 

「なんだ騒々しい」

 

 謙吾も経験則により慣れているのか、格別大きな対応はしなかった。

 だからルームメイトたる筋肉さんに対し、とりあえずの感じで聞いてみる。

 

「どうしたの?」

「聞け! 実はな」

 

 では、真人の回想スタート!

 

         ●

 

 先日のことだった。単細胞とはいえ学ぶ意欲を(申し訳程度には)有している筋肉、井ノ原真人には分からないことがあった。極寒(ごっかん)という漢字を見て、読み方が分からなかったのだ。

 

「……えーと、これはなんて読むんだ?」

「お前はゴッサムとでも読んでおけ」

「へー。そうなのか。『今年の冬はゴッサムだねぇ』とか言うのか。よし、今年の冬に早速使ってみるぜっ!!」

 

         ●

 

 だが、と真人は憤る。

 

「向こうが予想より寒かったから使ってみたが、全くに伝わらない。だから気になって調べてみたが……こいつはっ!極寒(ごっかん)と読むらしいじゃねえか!」

「ふん。そんな漢字も読めん奴が悪い」

「あぁ?てめぇだって中等部の頃、美術の粘土細工の時間に『鞄』と『靴』を間違えて一人で靴を作ってたことがあっただろうがっ!」

「……何が言いたいんだ?」

 

 真人は、勢いをそのままに宣言する。

 

「てめぇの方がバカだってことだ!」

 

        ●

 

 宮沢謙吾は自分の頭に血が上るのを感じた。

 

(……なんだとう?)

 

 昔から真人とはちょっとしたことですぐに衝動していたが、いつでも正しかったのはどちらかと言えば俺の方だろう。だから、少なくとも、

 

「――――バカに、バカ呼ばわりされる筋合いはないっ」

 

 俺をバカと呼んだことを後悔させてやろう。立ち上がり、真人と向き合う。あわわ、と理樹がうろたえ出したが、心配することはない。安心しろ理樹。すぐに勝負はつく。見ろ、鈴なんて俺の勝利が分かってるから無関心にゼリーを食べているじゃないか。

 

「やる気か。受けてたつぜ」

 

 無言で真人と睨み合う。そんな時だった。

 

「邪魔だバカ」

 

 真人に背後から蹴りを叩き込み、崩れさすことに普通に成功している女が現れたのは。

 真人と言えば筋肉だ。

 その鍛え上げられた筋肉にダメージを与えることは容易ではないのだ。

 強襲科の生徒の一撃すら、格闘戦で真人に勝つには関節技にでも持って行かないと勝機はないだろう。

 それほどの筋肉を平気で吹き飛ばしたその女は、

 

「あ、来ヶ谷さん」

 

 来ヶ谷唯湖。リトルバスターズ新メンバー。

 

「てめぇ来ヶ谷ぁ! 何しやがる!」

「それはこっちのセリフだ。こんな場所で何してやがる」

 

(…………)

 

 来ヶ谷の介入で、場の雰囲気が変わる。つい反射的に対応した謙吾も一息いれることができた。

 だからなのか、

 

「興が冷めたな。ここまでだ」

 

 謙吾は落ち着くことが出来た。いつもの謙吾だ。所詮はバカにバカ呼ばわりされただけ。バカの言うことなど一々聞く意味はなかったと自己完結する。一方でまだ怒っている筋肉は謙吾を逃がさんとしているが、無視しておこう。食事も終わってるし、食堂を一足先に出ていくとしよう。

だが、友人のよしみとして置き土産を残しておこう。

 

「……これは忠告だ。真人、その女を舐めない方がいい」

 

          ●

 

 直枝理樹は自分のチームメイト二人の対立を見て、どうしようかと考える。

 真人と謙吾の喧嘩などいつも通りと言えばいつも通りだからさして気にすることでもないが、

 

(……止めるべきかな?)

 

 真人と謙吾なら二人とも話を聞かない体力バカだから止められるとしたら恭介くらいだ。

 でも真人と来ヶ谷さんの二人なら何とか話し合いには持って行けそうな気もする。

 

「てめぇ来ヶ谷!よくも邪魔しやがったな。謙吾を逃がしちまったじゃねえか」

「それはなんだ?私に喧嘩を売ってるのか?」

「脅してんだよ。お前に売るには喧嘩は勿体ねぇ」

「ほほう。このおねーさんを泣かせられる男などそうはいないぞ。君はどうかな、真人君?」

 

 いけない空気だ、と理樹は思う。来ヶ谷さんがすごい人であることは認めるが、

 

(……来ヶ谷さんって強いの?)

 

 恭介がイギリスに留学していた一時期の間にできた面識の関係で引き込んだという話は聞いている。委員長を勤めていることからもただ者でないことは分かってるが、だからと言って安心する要素にはならない。

 

「オレが勝ったら……今後お前のことをらいらいだにと呼ぶぞ」

「……なんだそれは?」

「二年のクラス分けのときの名簿で来ヶ谷さんの名前の漢字を見て素でそう読んだんだよ」

 

 呆れ顔の来ヶ谷さんに解説する。

 野次馬どものアホだ、というざわめきもあり、空気が穏やかなものに一瞬でChangeした。

 

「オレは己の間違いも、この拳で真実に変えてみせるぜ」

「なら私が勝ったら、ブログにて『本日の井ノ原くん』という貴様の恥ずかしい行為を赤裸々に公開するコーナーを設置してくれよう」

 

 一瞬で笑えない状態にReturnした。

 

「望むところだぜ」

「望まない方がいいと思うよ」

 

 真人の自信がどこから沸いてくるのか理解不能だが、もうどうでもいいかと考えていると、すぐ隣から声がした。

 

「オー。おもしろいことになっているみたいデスね!」

 

 いきなりの声に反応が遅れる。その声の持ち主は、

 

「うわっ!さ、三枝さん。いつからここに?」

「……今?」

「なんで疑問形?」

 

 三枝葉留佳。頭にQuestionMarkを浮かべているのはこちらの方だろうに。とは言え、

 

(……僕が気づかなかった?)

 

 勿論、食堂には多くの人がいるため、三枝さんが食堂に入ってくるのには気づかなかったというのなら分かる。だが、理樹が気づかなかったのは隣の席に座られたことだ。いくら戦闘は専門外だとはいえ、尾行、追跡は探偵科の技術だ。

 

(……そういえば、来ヶ谷さんにも突然背後に回られたことがあったな)

 

 それを考えるひょっとしたら僕がザコなだけなのだろうか?

 もしそうだとしたら何だか悲しくなってきた。

 

「しかし、姉御と真人くんの勝負ですカ」

「止めなくていいの?」

 

 確か三枝さんは来ヶ谷さんのことを『姉御』と呼んで慕っていたはず。

 なら、心配しないのかと思ったが、

 

「え?何で?」

 

 素で聞かれた。

 

「だって来ヶ谷さん、危険じゃない?」

「あ、ひょっとして理樹君は姉御の方を心配をしてる?」

「姉御の……方?」

「はるちんは真人くんの方を心配するべきだと思うのです。だって姉御は――――強いから」

 

           ●

 

 謙吾に忠告されるまでもなく、真人とて来ヶ谷を舐めるつもりはなかったな。

 何しろ恭介が引っ張ってきた女。嘗めてかかれば痛い目を合うのはバカでも分かる。

 

「さて、やるか」

「せいぜい私を楽しませてくれよ、真人君」

「ぬかせ!」

 

 真人も来ヶ谷もリトルバスターズ。なら、決闘方法はやはり、リーダーが決めた方法だろう。つまり、

 

(投げ込まれた武器で、本来の使い方を使って戦うっ!)

 

 前回は武器がうなぎパイになったために敗北したが、今回は違う!

 

「これだっ!」

 

 来ヶ谷さんが野次馬達を煽り、武器が投げ込まれる。

 

(……先手必勝っ!!)

 

 真人は『あおひげ危機一髪!』を手にした。

 

         ●

 

 理樹は己の親友が掴んだ武器を見て、見なかったこととしてもう一方を見た。

 

「オー。流石姉御!運も実力も並ではないですネ!」

「うむ」

 

 来ヶ谷さんが手にしたのは、

 

「……それ、本物?」

「本物を投げるやつはいないさ。模造刀さ。ただ……殴られるととても痛いだろうがな」

 

 あおひげVS模造刀。勝負ありだと思うが、

 

「へっ。上等だぜ」

 

己の親友は不敵に微笑んで見せる。

 

「あーあ。真人君にもまともな武器がきていれば面白い勝負になったのになー。ま、はるちんは姉御がどっちにしろ勝つと思うけど」

「……どこからその自信が湧くの?」

「知らないなら今から分かるよ」

 

 葉留佳が呟いたとほぼ同時、二人が動いた。

 

          ●

 

 真人の取れる戦闘手段はたった一つ。あおひげの本来の使い方。つまり。

 あおひげにおもちゃのナイフを突き刺し、飛び出したあおひげを当てることだけだ。

 

「この武器で不可能を可能にする男の名をほしいままにしてやるぜ!」

「どうやって?」

「不可能を可能にしてだっ!!」

 

 やることは一つ。ゆえに迷わず手にしたおもちゃのナイフを全部あおひげの樽に突き刺すが、

 

(……ん? )

 

 出てこない。

 

「……」

 

 一瞬沈黙が食堂を支配した。

 

「なら、こちらから行かせてもらおう」

 

 来ヶ谷が動く。真人には筋肉というオートガードが働いているが、当たると痛いものは痛い。だが、交わし続けたら向こうの体力はなくなり、あおひげの一撃も当たりやすくなる。だからまずはせまりくる来ヶ谷の刀の打撃を交わし続けようと思ったが、

 

「……ん?」

 

トラブルが発生した。敵を見失った。来ヶ谷は正面にいたはずだ。常識的に考えて見失うはずがないのに。

 

「こっちだよバカ」

「っ!!」

 

 本能的な危機を感じた筋肉は即断の反応で数歩前に出た。来ヶ谷がさっきまでいたはずのスペースは空いている。そこに転がり込んで逃げ込んだ。

 

(いつ後ろに回り込まれた!?)

 

 疑問にはするが考えている暇はない。

 

「まだまだ。行くぞ」

 

 一撃目は回避した。でも、二撃目は回避できない。追い込まれた筋肉さんではあるが、

 

(……昔恭介にやらされて散々練習したんだよ!)

 

 回避できないならできないですることがある。

 

「――――ふん!」

 

 真剣白羽取りだ。理樹から遠山が最近白羽取りの特訓をしていると聞いたが、真人は昔随分と練習したから動きは自然と身についている。第一、真人のライバルは謙吾なのだ。いくら来ヶ谷の動きが素早く、対処できていないとはいえ、

 

(謙吾の一撃に比べればたいしたことはない!)

 

 今の姿勢で白羽取りに成功している以上、次もやろうと思えば出来ないことはないと思う。とある事情で特訓に特訓を重ねた技だ。動きは忘れはしない。だから真人は負けることはないと核心し、宣言する。

 

「お前の攻撃はこのオレには通用しねぇ。お前の体力とオレの体力。どっちが続くかは分かってるよな。手加減できるかはわからねぇ。降参するなら今のうちだぞ来ヶ谷」

「ここの期に及んで手加減とは片腹痛し。貴様こそ、泣いて喚いて哀願すれば許してやらんこともないぞ」

 

 よく言った、と真人は思った。オレのチームメイトならば、これくらいのことは言えるべきだとも。

 だから、真人も全力で応じてやるのが礼儀だとも。

 

「へっ。悪いがお前の勝ちはない。なぜなら、お前は今このオレの最後のリミッターを外しちまったのさ。――――今、このオレの怒りが有頂天に達したぁ!」

 言ってやった。

 

「頂点だよ真人」

「頂点に達したぁ!」

 

 言い直してやった。

 

「……分かったから君は有頂天でひゃっほうとでもやってろバカ」

 

 ものすごい勢いでバカにされている気もするが、気にしないでおこう。

 今大事なのは、

 

「くらいやがれっ!このオレの怒りを込めたあおひげの一撃をっ!!」

「……何万発当てるつもりだ?」

「勝つまでだ!」

 

 勝つまでオレを止めることは出来はしない。

 根性で負けるはずがないし、後は時間の勝負だなと考えて余裕の笑みを真人は浮かべた。

 勝ち誇った笑みとともにあおひげを放つ真人であったが、

 

「……私がリトルバスターズに入ったのはバカをやるためでもあったんだが――――正直付き合ってられん」

 

 来ヶ谷はこともあろうに飛んできたあおひげを模造刀で遠くに弾き飛ばした。

 カーン!という綺麗な音がする。

 

「Nooooo――――!なんてことしやがる!あれ一個しかねぇんだぞ!」

 

 さっきまで勝者の笑みを浮かべていた男とは思えないくらいうろたえた筋肉さんは四つん這いモードに変形してサーチを開始した。

 

「あおひげよー!お前の帰る場所はここしたないんだぞー。帰ってこーい!!」

 

          ●

 

 理樹や鈴、葉留佳といった見物人達はコメントに困っていた。

 

「あおひげよー。どこだー。オレにはお前が必要なんだー!」

 

 彼らが見ているのはあおひげを四つん這いで血眼になって探す筋肉さんと、筋肉さんを後ろから模造刀でズバズバ攻撃している姉御の姿だった。シュールだ。そしてなんと言っても、

 

「「「哀れだ」」」

 

 それ以外の感想が出てこない。あえて言うとしたら、

 

「タフだね真人」

「あのバカはそれだけが取り柄だからな」

「それでも異常なんじゃない?」

 

          ●

 

 姉御こと来ヶ谷唯湖もなんだか面倒くさくなってきた。1番嫌いな言葉は『努力』で次に嫌いな言葉は『責任』であると普段から公言する彼女である。当然、『面倒』も嫌いな言葉に入る。模造刀は切れないとはいえ当たると痛いことには変わりない。にも関わらず、

 

「あおひげよー! オレを置いていくなんてあんまりじゃないかー!オレ達は一蓮托生で来ヶ谷を倒すと誓った仲じゃないかー!!」

 

今もとりあえず模造刀をぶつけてみるがびくともしていない。理由は単純で、真人がキチガイじみた体力バカということだ。

 

(……模造刀なんかでは無理か)

 

もちろん本気でやろうと思えば今よりも強烈な一撃を放てるだろう。だが、それをすると模造刀は折れてしまう。比較的折れやすい模造刀での攻撃はこれが限界だ。それで勝ったとしての刀が折れたならそれはそれでなんだか負けなような気がする。

 

(……状況的には私が勝ったと思うんだけどなぁ。いつの間にか体力勝負になってるなぁ)

 

 もうめんどくさくなってきた。

 

「……いつまで続ける?」

「オレが勝つまでだ!」

「ならが、楽しいお仕置きタイムといこうか」

 

 来ヶ谷は蹴りをぶち込んだ。遠慮も容赦もなかった。

 

       ●

 

 模造刀での攻撃ではびくともしなかった真人ではあるが、蹴りを入れられたらDownした。

 

「真人!真人!! 大丈夫!?」

「……筋肉……いぇいいぇーーい」

 

 返事がある。ただの筋肉さんのようだ。

 真人をただの筋肉さんにした張本人はというと、

 

「おっと。武器以外の攻撃は禁止だったな。私の負けだよ真人くん」

 

 そう言うと去っていった。姉御ー、待ってくださいヨー、と三枝さんが来ヶ谷さんを追いかけていったため、無関心と鈴と筋肉さんの親友の理樹だけが取り残された。

 

「真人の勝ちだって」

「……畜生っ! あれだけ虚仮(こけ)にされてオレの勝ちのわけあるか」

 

 床に倒れている真人に対し、なんて声をかけるか迷っていると、不意打ち的に声をかけられた。

 

「みーつけたっ!」

 

 それは、気が抜けるほどのんびりした声だった。その声の持ち主は、クラスメイトの

 

「神北さん?」

「探したよ。でも騒ぎがあったから見つけやすかったよ」

 

 理樹の所属する二年Fクラスの良心、神北小毬さんだ。

 

「前に頼まれてたやつあったでしょ?私、それ、やるよ」

「アドシアードでの仕事?」

「うん」

 

 日だまりの様な笑顔だった。

 

「メンバーってどうなってるの?」

「恭介をリーダーに、僕と真人に謙吾、そして鈴と来ヶ谷さん」

 

 神北さんはすぐに鈴の方を向いた。満面の笑顔に人見知りは恐怖し逃げ出そうとしたが、神北さんが詰め寄る方が早かった。

 

「棗さんもメンバーなんだね!一緒にガンバロー!」

「ぇ……ぁ……」

 

 鈴の手を握り、やる気を見せる神北さんと人見知りで縮こまる鈴の二人は対照的だった。

 

「とりあえず、仕事頼んでいい?」

「うん。何でもいいよ〜」

 

 せっかくなら、最初にやって欲しいことは、

 

「……きん……に……」

 

 とりあえずは、真人の手当を手伝って貰おう。おもにメンタルケアを。

 




そういうわけで、小毬ちゃんもアドシアードまでは仲間になります。
今のところは来ヶ谷とは違い、リトルバスターズの正式メンバーではなく、アドシアード終了までの臨時雇用です。アドシアードが終わってからどうするかは、また楽しみにしていて下さい。


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Mission27 衛生科の薬剤師

今回は小毬の伏線回?です。



 少年、直枝理樹は自室の二段ベッドの下の段にてぶっ倒れていた。

 理由は極めてわかりやすい。体温計は38度を示している。熱だ。

 

「理樹ぃ、大丈夫か?」

「んー。頭がくらくらとする」

「必要なものがあったらオレが用意してやるぜ!」

「アリアさんと星伽さんが部屋を大破させたから、部屋にはろくに物もないもんね。でも……真人は学校行って」

「いいのか?」

「今から眠るし、真人に学校休んでもらってまで看病してもらうほどでもないよ」

「それにほら、ここ最近はアドシアードの関係で午後の授業はないでしょ。午前中は少なくても寝てるから安心して」

 

 そもそも何でこうなったのだろう?

 昨日、来ヶ谷さんに散々な目にあわされた真人をあやしながら二人で部屋に帰ってきたら、

 

『キンちゃんやめて!手を放して!』

『大人しくしろ!抵抗するな!』

 

 目を潤ませた外見上乱れた巫女装束と必死な半裸のバスタオルがいて。事実を処理できなかったから真人と二人で現実逃避の筋肉いぇーい!を開始したらちょうど帰ってきたアリアさんとエンカウンターし、錯乱した名ばかり名探偵が乱射した銃弾から逃げ切るために夜の東京湾にDiveしたからか。元凶たる男遠山キンジも風邪を引いて寝込んでいることに対しては同情の余地はないとして、なんで一緒にDiveした真人は無事なのだろうか?やはり筋肉が違うのだろうか?ちなみに来ヶ谷さんからは、

 

・姉 御『アリア君には抗議のメールを送っておくとしよう。ちなみに真人少年と比べて落ち込むことはない。バカは風邪引かないんだよバカは。よかったな、少年。これで少年は生粋のバカでないことがわかったぞ』

 

 との感想をいただいております。何か違うと思うが、今はゆっくりと寝ておくとしよう。ついでに真人には帰ってくる時に買い出しをお願いしておこうか。日用品は消費アイテムだしこの際溜め込んでおいても悪くない。

 

「何かあったらすぐ呼べよな」

「うん。いってらっしゃい」

 

       ●

 

 目が覚める。今は何時だろうか。窓からは柔らかな日差しが差し込んできていて、真人もいない。

 時計を見ると、どうやら2時すぎのようだ。

 

(……38度、か)

 

 熱は下がっていない。でも、体は少しだけマシになった。

 理樹はもう一度寝ようとしたが、自分の汗に気づく。

 

(……水分補給しないとな)

 

 病人特有のふらついた動きでリビングまで出ると、テーブルにスーパー袋が置かれていた。中を覗くと大量のスポーツ飲料とワンカップもずくが入っている。おそらく来ヶ谷さんだろう。前に携帯食糧としてワンカップもずくを持ち歩いていたのを見たことがある。普段から授業に出ていないし、気を利かせて持ってきてくれたのだろう。礼をしようと携帯電話を取り出すと、実況通信にログが残っていて、

 

・0  『スマン理樹。今ちょっと忙しくて様子を見に行けそうにない』

・筋 肉『オレは理樹との友情のために……授業を受けるぜ!』

・姉 御『なら私がもずくとスポーツドリンクを差し入れに持って行っておいてやろう』

・筋 肉『なっ、テメェ!来ヶ谷(らいらいだに)!授業に普段から出てねえからってここぞとばかりにおいしいとこ食べやがって』

・姉 御『ん、食べる? 真人少年ももずく食べるか?』

・筋 肉『ありがとよ』

・ネ コ『こいつバカだ!』

・剣 道『まぁ……お大事にな』

 

(……みんな相変わらずだなぁ)

 

 ともあれ皆に心配をかけるわけにはいかない。チームとして仕事を受けている身だし、今日一日で体調を元通りにしよう。そう思ったと同時、彼はピンポーンという音を聞いた。部屋のチャイムだ。

誰だろうか、と思って部屋の扉を開けると、笑顔がいた。

 

「なーおーえーくんっ!お見舞いに来たよ」

「神北さん」

 

 神北小毬さん。二年Fクラスのクラスメイトであり、アドシアードでは一緒に仕事する仲間だ。

 

「どうしてここに?今は専門科目の時間だけど」

「私はアドシアード終了までリトルバスターズの専属なのです。勿論、メンバーの体調管理も私のお仕事」

 

 契約自体は当日の怪我人の手当てだったはずだ。優しすぎて涙が出そうな子だ。

 

「でも……思っていたより顔色良さそうだね」

「一眠りできたからね」

「なら何か作ってあげるよ。お腹すいたでしょ?」

「……うん。ありがとう」

 

 理樹は小毬をリビングに案内する。ガムテープで補強された椅子を見て彼女は驚いていたが、結局は「武偵高にはよくあること」で済ましてくれた。作ってもらったお粥をリビングにて食べてみて、

 

「おいしい?」

「涙がでそうだ」

「ならよかった。よほどひどそうなら私がお薬作ろうと思ってたんだけど、必要なさそうだね」

「薬?」

 

 薬を作る、という言い方に理樹は疑問符を浮かべる。武偵高の衛生学科といえば医師を育成するところであるが、武偵高の医師というば一般高のとは意味が違う。

車輌科(ロジ)の場合、車だけでなく新幹線からヘリコプターまで、多種多様の乗り物を運転する機会と技術が得られるため、その免許目的で武偵高に通う人がいる。そのような人は珍しくはない。だが、医師になろうとして武偵高に通う人などほとんどいない。武偵高の平均学力が低すぎるというのもあるだろうが、病院勤めの医師になるには一般高から一般大学の医学部に入学するのが最も手っ取り早いのだ。

 

 武偵高の衛生学科は衛生科と救護科。

 衛生科(メディカ)というのは病院ではなく現場で活躍する武偵を育成する学科。例えば、火災などの現場に向かい、応急処置を行ったり、強襲科のメンバーと一緒に乗り込み、負傷した仲間を手当したり。カルテを見てからゆっくりと方針を決めるのではなく、一瞬の判断が命を左右する現場だ。

 

 対し、救護科は武偵病院で働く人材を育成する場所。武偵の内情に詳しい武偵専門の病院に勤務する武偵を育成する場所だ。どちらかと言えば薬というのは救護科の領分でもあるので、疑問が出てくる。

 

「神北さんって確か衛生科(メディカ)だったよね?」

「そうだよー」

「なのに薬を扱えるの?それってどっちかというと救護科(アンビュラス)の領分じゃない?」

「扱えるっていうより、そもそも私は医師というより薬剤師という表現の方がしっくりくるの。薬剤師の免許持ってるしね」

 

 話していて分かったが、この人はイメージ的に言えば衛生科というより救護科という印象だ。

 衛生武偵は強襲チームに参加することもあるため、ある程度の戦闘訓練を受ける。

 しかし、神北さんが戦えそうな印象を理樹は持つことができない。いや、事実、戦えないだろう。

 

(……まぁ、真人が強襲科ではなく探偵科にいることはみんなからしたら疑問なんだろうけどさ)

 

 真人のことを考えてみたら、予測が一つ思い付いた。真人が強襲科ではなく探偵科にいる理由は、正直やることがないからだ。優秀な武偵が外国に留学する時は、専門学科を変えるということがざらにある。真人は中等部の時点で強襲科の高校三年生くらいの実力を身につけたため、今は探偵科にいるわけだ。足りない脳みそを振り絞って今は一緒に探偵術を学んでいる。

 

「中学の時は救護科(アンビュラス)だったりしたの?衛生科では薬の作り方なんて習わないと思うけど」

「救護科でも習わないよ。習うとしたらどの薬をどんな状況での使うかぐらいじゃないかな。ほら、車の運転方法を知っていても仕組みは理解していない人がたくさんいるように」

「そうなの?」

「私が薬の知識持ってるのは……なんで私が知っているのかも自分でもよく分からないの。薬剤師の資格だって、持ってるけど、いつの間にか持ってたっていう感じかな?」

 

 神北さんはちょっとだけ困ったように笑った。

 

「私……昔のこと全然覚えてないの」

 

       ●

 

 神北小毬はふと思う。なぜ私はこんなことを話しているのだろうか、と。

 理樹が話しやすそうというのもあるのだろうが、聞いてもらいたいという気持ちもあるのだろうか?

 

「覚えて……ない?」

「うん。いわゆる記憶喪失ってやつ」

「いつから?」

「小学生六年生までの記憶がないの。知識は残ってるけど思い出はみんな忘れてしまった。なんだか悲しいことだね」

 

 自分がどこで、いつ薬の勉強をしたのか覚えていないし、そもそもなぜ薬の勉強をしたのかさえ分からない。両親に聞いても覚えていない私には実感が持てない。でも、

 

「私は私の覚えていないことでいっぱい感謝された。記憶を失う前の私がやったことは、今の私にいっぱい帰ってきてるんだよ。最初は戸惑ったけど、幸せがぐるぐるぐるぐる回ってるってわかった。きっと、悲しいことなんてないんだよ」

「それは……前に聞いた神北さんの幸せスパイラル?」

「うん!」

 

 そう。きっと悲しいことなんてないはずだ。

 記憶喪失だと言うと、普通の人は気を使ってくる。大丈夫か、とか言ってくる。

 だけど目の前の男の子はこう言った。

 

「そう。なら、僕は今からぐっすり寝て、幸せを受け取っておくよ。そしたら神北さんにも幸せが回っていくはずだから」

「うん、お休みなさい」

 

 

       ●

 

 

 理樹はすぐに寝静まった。ひょっとしたら、小毬と話をすること自体が体調的にしんどかったのかもしれない。小毬は、とくにすることもないのでリビングを片付けようとして、ビニール袋に目がいった。

理樹からは来ヶ谷さんが持ってきてくれたんだと思う、と聞いていたやつだ。

 

(……来ヶ谷さんってどんな人なんだろう?)

 

 小毬は来ヶ谷のことをよく知らないのだ。わかるのは目の前の袋から好物がもずくだということぐらい。今回、同じチームとして依頼をする仲間とはいえ、まだ依頼を受けてから会っていない。そもそも小毬は薬剤師の資格を持っている以上、仕事には困らないわけで、学校に行かなくても生きていけるだけの収入はすでにあるし、武偵病院勤務よりもボランティアでいろんな場所に行く方が好きだから救護科(アンビュラス)ではなくフリーな武偵が多い衛生科(メディカ)に在籍している。

 

(……そもそも会えないんだよね)

 

 救護科(アンビュラス)の武偵が研修名目で武偵病院勤務であることからわかるように、医療関係の武偵は授業よりも実習が多い。頭でっかちでは話にならないという理由もあるだろうが、医師免許をとるのは相当大変なのだ。偏差値が低い武偵高校に通っていて医学を一から学ぼうとする人はいない。武偵高の衛生学科に所属している人は、元々技術があって、早い段階から使いたいという人向けなのだ。

 

「それでも、私、来ヶ谷さんと会ったことあったっけ?」

 

 よく考えてみると、来ヶ谷さんもいつも授業に出ていない気がする。そもそもエンカウント率が低い人だ。だから二年Fクラスでも彼女がチームに入ったというのは話題になったらしい。理樹くんから聞いた話によると、凄いけど頭がおかしい人。会うのが楽しみだ。

 

「よしっ!頑張ろうっ!」

 

 ともあれ私は今出来ることをやっておこう。さっき理樹からお願いされたこともある。この部屋には風邪で寝てる人がもう一人いるから、何かあったら手伝ってあげてね、と。その際に、

 

『星伽さんにこの部屋で会ったら急いで逃げるかリトルバスターズ関連だって慌てて言うんだよ!いいね!!命が惜しかったらそうするんだよ!』

 

 と必死に説明された。説明の際には思い出したかのように顔が急に青ざめていたが、その時すでに体調がひどかったのだろう。キンジが布団を敷いて寝ている部屋を覗き込むと、彼の枕のそばにもビニール袋があった。中を覗き込んでみる。

 

「これ……特濃葛根湯(とくのうかっこんとう)?」

 

 特濃曷根湯はマイナーだけど強い薬だ。漢方薬の店でもアメ横にある店ぐらいしか取り扱っていない。それだけ取扱いには注意が必要な薬だ。薬が効きづらい体質の人くらいしか使わないし、看病の差し入れに持ってくるものでもない。

これがあるということは、

 

「私が今回やることはなさそうだね」

 

 理樹はあと一眠りしたらなんとかなりそう。

 キンジはそもそも薬が効きにくいから下手に薬をつくる必要はない。

 なら、今、私が出来ることは、

 

「どうやったら鈴ちゃんと仲良くなれるかなぁ」

 

 気になる人と仲良くなる方法を考えることだ。 

 

「鈴ちゃんも来ヶ谷さんも、今何やってるんだろうなぁ」

 

 とりあえず、仲良くなるために下の名前で呼んでみようか。

私も小毬ちゃんって呼んでもらおう。

 

 

 



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Mission28 神北小毬VS来ヶ谷唯湖

 その日は見事な五月晴れだった。暖かた陽射し。絶好の昼寝日和。

 特濃葛根湯のおかげですっかり翌日には元通りとなった遠山キンジは屋上にて優雅にゴロ寝を満喫していた。心地の良い睡眠はこの場が楽園のような感触を抱かせる。

 

(白雪……どうかしたのかな?)

 

 特濃葛根湯は薬の効きにくいキンジに唯一めざましい効果を示す。目覚めたら枕のそばに置かれていたが、誰が置いたかといったらおそらく白雪だろうと思う。でも、礼を言ったら戸惑っていた。どうしたのだろうか。至る所でチアの練習が行われているために、ヒステリアモードの危険性から逃げるようにやってきたこの場所ではあったが、周囲には誰もいないために平穏を味わうことができた。しかし、平穏というものはいつもあっけないもの。彼の前に平穏を破壊するデストロイヤーがやってきた。

 

「!」

 

 具体的には、顔面に白いスニーカーが落ちてきた。

 遠慮なく容赦なく、顔面をPRESSしようとしていた。

 

「なにサボってんのよ!ちゃんと白雪をガードしなさいよ!」

 

 デストロイヤーはポンポンを手に持ち、チアガールの格好をしていた。恰好だけ見たらやたらとかわいいデストロイヤーはチアとは異なる動きで右足を天高く振り上げ、ぎらっと太陽をその足にかすめていた。

 

(……こいつ、まさか)

 

 キンジは気づく。

 この女神崎・デストロイヤー・アリアは蹴り足を白羽取りさせようとしている。

 キンジの白羽取りは柏手を打つだけで、あっけなくカカト落としは脳天を直撃した。蹴られたり殴られたりするのは強襲科(アサルト)で慣れてしまったことだが、痛いものは痛い。

 

「もうっ!あたしのパートナーなんだから一度くらい成功させなさい!直枝みたいはバカでも簡単に左手でやってのけるのよ!」

「……あいつは練習したって言ってたが」

「ありがたいことじゃない。練習すれば出来るようになるという成功例がいてくれるなんてね。なんあんら今からコツでも聞いてくる?」

「あ……あのなぁー」

 

 キンジは結局蹴られた頭を押えながら立ちあがった。

 

「パートナーなんだからコンディションも少しは考えろ。俺は病み上がりなんだからな。どっかのバカに、冷たくて汚い、夜の東京湾にたたき落とされたんだからな」

「そ、それは悪かったと思ってるわよ。リズからもメールで『うちのバカ共に何しやがる』って抗議文(メール)が送られてきたからね」

「まぁ、風邪のことはあいつらには謝ってやれ。俺のことはもういい。白雪がくれた『特濃葛根湯』のおかげで治ったからな」

「え」

 

 申し訳なさそうにしていた元デストロイヤーの顔が急に驚きに支配される。

 真ん丸お目々だ。

 

「あ、あれは、あたしがリズに……店、聞い」

「なんか言ったか?」

「…………。あたしは貴族だし、ガマンしてあげる。自分の手柄を自慢するのは不様なことだし」

「お前らしくないぞ。言いたいことはいつもはっきり言うじゃないか」

「よかったわね、白雪に看病してもらえて、もう白雪と結婚しちゃえば!」

 

 アリアは突如ヒートアップした。何か地雷でも踏んだかとおもったが、地雷が何かキンジには分からない。その後は一方的に不機嫌オーラをたたき付けられたキンジは、なぜだか頭に血が上ってきた。なぜなのだろう? どうしてこんなに腹が立つのだろう?

 

「この際だから言わせてもらうぞ!白羽取りの練習なんて、もうやめだ!あんなもん、達人技だ!そうやすやすと出来るわけねーんだよ!」

「ダメよ!魔剣は鋼をも切るガード不可の剣を持ってると言われている。白雪が襲われた時――――」

「白雪が襲われることはない! 魔剣なんていねえんだよ!」

 

 アリアの事情は知っている。

 大好きな母親を助けたいためだということはわかってる。

 だからこそ、、思うことがある。

 

「お前は魔剣に『いてほしい』って思っているだけだ!」

「違う!『いる』! 私のカンでは、すぐ近くまで迫ってきてる!」

「そういうのを妄想っていうんだ!どっかいけ! 白雪のボディーガードなど俺一人で充分だ!お前はズレてんだよ!」

 

      ●

 

 神崎・H・アリアは何も反論できなかった。

 理論的にどうこうできないのではない。反論する気持ちがが全く沸き起こってこない。

 

「あんたも……そうなんだ」

 

 悲しみよりも怒りが込み上げてくる。

 なぜあたしのことを理解してくれないのだろう?

 なぜあたしのことを独り決めと表現するのだろう?

 

「みんな、あたしのこと分かってくれない。みんな、あたしのことを弾丸娘、ホームズ家の欠陥品と呼ぶ。直結の子息なのに襲名は叶えられず、一族からは失望の視線を浴びせられて。あたしには分かるのよ!白雪に危機が迫ってきてるって!直感で分かるのよ。どうして信じてくれないの?」

「何なら証拠を出せ!そしたら信じてやるよ!何度も言うが、魔剣なんていねぇ!もし白雪になにかあったというのなら、あいつは俺に言ってきてる!」

「あー、もうっ!ならアンタ一人でやって、大切なものを失ってもしらないわよ!」

 

 デストロイヤーは二丁拳銃をぬいた。

 

「このバカァああああ」

 

      ●

 

 遠山キンジがアリアの銃撃により恐怖にさらされていたのと同時刻。

 来ヶ谷唯湖と棗鈴の二人もいろんな意味でのChallengerに恐怖していた。棗鈴は人見知りである。だが、来ヶ谷との関係は良好ともいえる関係だ。最初は来ヶ谷加入に戸惑うかと理樹に心配されるくらいだったが、来ヶ谷の抱きしめ攻撃や頬擦り攻撃により緊張という言葉とは程遠い状態となってしまった。いや、むしろ警戒されまくっている。

 そして、二人を恐怖させるChallengerとは、

 

「鈴ちゃーん、ゆいちゃーん」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「どうしたのゆいちゃん?」

 

 向けられる満面の笑顔を前に、リズベスはどうしてこうなったか考えていた。

 理樹の風邪が治ったことでバカの筋肉さんが焼肉いこう!とかほざき出したので、男子には焼肉行かせてとりあえず女子の方で親睦会でもやろうと考えて鈴と小毬の二人を呼んだのだ。寮会への報告としての佳奈多との打ち合わせも終わり、アドシアード当日までとりあえず急ぎの用事はなっていた。この分だと近いうちに行われる花火大会も見にいけそうだった。

 

(美少女二人とキャッハウフフとやる計画が! 計画がぁあああ)

 

 最初の方は目論み通り、ヤロウドモの邪魔が入らないから『鈴ちゃーん』、と呼びかけられて恥ずかしがる鈴の姿を可愛い可愛いと目を充血させながら存分に堪能していたのだ。独り占めだ。恭介氏はさぞかし悔しがるに違いない。人見知りが奮闘する姿は可愛いものだ。だが、それからはどうした?

 

『ゆいちゃん?』

 

 誰のことかと思った。

 脳内がお花畑故にいもしないエア友達と会話しているのかとも思ったら、どうやら私のことらしい。

 

「ゆいちゃん?」

「スマン小毬君、普通に反応できない。それに私はもともと名前で呼ばれるのがあまり好きではないんだ」

「それはきっと、呼ばれなれていないだけだよ。きっと、好きになるよ」

 

 確かに名前で呼ばれ慣れていないのは事実だ。確かに両親からは唯湖という日本人らしい名前をもらったが、両親からもその名前で呼ばれたことはほとんどない。愛称で両親からはリズベス、友人からはリズと呼ばれているが、『エリザベス』の名前は英国女王陛下から直々にいただいたものだ。

ちゃんと『来ヶ谷・E・唯湖』と名乗る資格はある。イギリスにしたなら唯湖と呼ばれるよりもリズベスという名前で呼ばれる方が馴染みやすかった。日本にきたのはほんの二、三年前のことであり、つまり何が言いたいかといえば、唯湖と呼ばれても自分が呼ばれていると自覚できない。

 

「せめて来ヶ谷ちゃんと呼んでくれー!」

「センスないぞお前」

 

 鈴からひどいことを言われたが気にしていられない。第一、そんな余裕はない。

 

「ダーメッ! 私は名前の方が好きだからゆいちゃんと呼ぶのっ!」

「えぇい。こうなったら仕方ない。私も手段は選んでいられない……っ!! 小毬君! なら今日から君のことを『コマリマックス』と呼ぶぞ。どうだ、恥ずかしいだろう!」

 

 決まった。これなら回避できるはず。小毬君も妥協せざるを得ないはずだ。

 そう確信した来ヶ谷……あらためゆいちゃんであったが、

 

「うん!別にいいよー」

「なん……だと!?」

「えへへ。なんだかカッコイイねそれ。ありがとうゆいちゃん。カッコイイ名前をつけてくれて」

「うわ、やめろ! そんな純粋に輝いた瞳で私を見ないでくれぇえー!」

 

 神北小毬。この女の子は私の天敵なのかもしれない。

 ゆいちゃんと化した姉御は本能からそう悟っていた。

 自分にとって天敵ともいえる相手なんて一人だけでいい。

 その一人が自分にとってすでに心に決めた相手がいる以上、もう一人なんて増やしたくない。

 

(何か……何か手はないのか!?)

 

 考える。考えて考えて考える。この間三秒。思い付いた。流石私。やればできる女。

 

「小毬君。よく聞いてくれ」

「うん?」

「私の知人の戦妹(アミカ)に『ユイ』っていう女の子がいるらしいんだ。会ったことはないんだが、その女の子を今回のアドシアード見学に連れて来るなんて聞いてるから、『ゆいちゃん』なんて言われるとごっちゃになってしまって困るんだ……だからっ!!」

「うん。分かったよ」

「分かってくれたのか小毬くんっ!」

「でも、私にとってのゆいちゃんはゆいちゃんだけだよ。だからノープロブレムなのです」

「NooooOOOOOOOOOOO――――――」

 

 こうなったら無視を決め込もう。無視だ無視。パソコンを広げて仕事を開始しよう。

 

「さて……私のほうに仕事の依頼は――――四件か。一つは寮会からのメールで、もう一件はイギリスから。あとの二件は……まあ、個人的な報告書と、お?メヌエットから連絡が来てる。ああもうかわいいなぁ」

「ゆいちゃーん?」

「……」

「いいもん。返事してくれなくたって、ゆいちゃんって呼ぶもん」

 

 無視を決め込んだ。しばらく『ゆいちゃんコール』が連続で連打されたが、リズベスはそのすべてを無視した。理樹でもいたら、人が悪いとパソコンがただいまのお友達たる少女を咎めたのかもしれないが、あいにく今ここにいるのは重度のHITOMISIRI。戦力外だ。

 

(心を鬼にしろ、私)

 

 いくらかわいいものが大好きだと普段から公言していても、駄目なものは駄目だ。落ち込んでいるかなと思ってちらりと小毬のほうを向くと、

 

 

「――ゆいちゃんって呼んだら、ダメ?」

「そんなの勿論ダ……」

 

 悲しそうな表情が目に入った。正直めちゃくちゃ可愛かった。

 

「ダ、ダメはわけないじゃないか!好きなように呼ぶがいい!」

「やったー!ありがとうゆいちゃん」

「…………やっぱりゆいちゃんは勘弁してくれ」

 

 天才、来ヶ谷唯湖は無惨に敗北した。

 ちょろいな、という鈴の呟きが聞こえた気がするが、気にしない。

 何しろ私はまだ16だが大人だ。だが腹いせとして、

 

「な、何するんだくるがや!」

「ははははは。鈴君も私が苦労した名前呼ばれ攻撃を今一度くらうがいい!」

「鈴ちゃーん!」

「うにゃあああああ。放せ、放すんだくるがや」

「逃がすものかぁ!」

 

 喧嘩などしたアリアとキンジとは違い、こちらは平和な光景だった。

 そして、

 

『ここが東京ですか。初めて来ましたよ』

 

 アドシアードに向けて、東京にやってくる人たちもいる。

 アドシアードというイベントは、もうすぐ先まで迫ってきていた。

 




最近来ヶ谷視点が多いような気がしますね。
今度鈴視点も書いてみたいと思います。
さて、最後に出てきた人物は誰でしょう? 次回正解がわかります。


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Mission29 戦妹達の出会い

 八つ当たりという言葉がある。意味は関係のない人間に対し怒りをぶつける、という意味だ。

 ぶつける方はストレス発祥できるかもしれないが、ぶつけられる方はたまったものではなく、

 

「本当に腹が立つっ! 遠山キンジっ!」

 

 アリアの戦妹(アミカ)間宮(まみや)あかりは憤っていた。

 アリアという強襲科(アサルト)のエリートは友達が少ない。アリアが友達と呼べる相手などリズベスとレキくらいだろう。アリアが有する圧倒的な才能が原因で、『才能』という観点での一般Peopleたる同級生達はついていくことができなかったのが原因である。しかし、腐っても強襲科(アサルト)Sランク武偵ゆえ、尊敬して慕ってくる後輩はいるのだ。後輩ならば、才能の差を感じることなく純粋な憧れとして見てくれるからだ。そもそも戦姉妹(アミカ)とは兄弟のように接して技術を高めていく制度だ。戦妹(いもうと)の方から契約を申請するため、必然的に戦妹(いもうと)戦姉(あね)を慕っているということになる。基本的には一年契約であり、この人について行こうと思う人物でないと話にならない。何しろ人生を左右する師匠に自ら弟子入りするようなものなのだ。つまり、間宮あかりという強襲科一年の後輩は盲信的にアリアを慕っているということは必然である。ゆえに、八つ当たりの被害を受けても、

 

(……遠山キンジさえいなければっ! 遠山キンジさえいなければっ!!)

 

 当然、思考はこんな感じになるわけだ。間違っても敬愛する先輩を責めたりはしない。

 

「あかりさん。私は八つ当たりするアリアの人間性にも問題があると思いますよ」

「人格者のアリア先輩が怒るほどの原因をつくる方が悪いの!」

 

 何がなんでも敬愛するアリア先輩の悪口はいわない。戦妹とはこんなものである。

 

「あかりさん。とりあえず私の家でおいしいものでも食べて元気出しましょう!」

「……いいの?」

「もちろんです!」

「ありがとう志乃ちゃん!」

 

 あかりがキンジヘの不満を口にする一方で、間宮あかりの大親友を自称する(事実だが)探偵科(インケスタ)一年の少女、佐々木志乃(ささきしの)の怒りはアリアへと向いていた。

 

(アリアなんているからっ!アリアなんているからっ!!)

 

 八つ当たりの被害を受けたのは志乃も同じだ。探偵科の生徒ゆえにどうしてアリアが怒っているのかを把握した結果、パートナーたる遠山キンジとの方針の違いにより大喧嘩したらしい。つまり、後輩たる自分達には無関係のことで被害をこうむった。あかりと志乃の二人は寮生ではないがゆえ、二人で仲良く文句をいいながら帰宅していた。文句を言い続けた結果、何だかんだで前向きな二人は、

 

(遠山キンジのようにはなるもんかっ! 私はアリア先輩みたいな立派な武偵になるの!)

(私はアリアみたいにはなってたまるもんですか! 私はあかりさんの大親友としてあかりさんのためになる人物となるっ!)

 

 今後の自分達の目標を明確にした。人間は目標ができるとやる気になる。よし、やってやるぞと思っていたそんな時、二人は見た。

 

『おい、金だせよ』

『お嬢ちゃんかわいいね。どうよ、俺たちと一晩遊ばない?』

『それどこの制服?見かけないね、修学旅行かなにか?』

 

 一人の可愛らしい女の子が、柄の悪い連中に囲まれているのを見た。

 次の瞬間。顔を見合わせたあかりと志乃は八つ当たり的に不良どもへ突撃を開始した。

 

 

          ●

 

 勝負にもならなかった。怒りとは怖いもので、

『来んな!来んなよな!』

『お、俺達は別におまえらが恐くて逃げるわけじゃないんだからね!』

『た、頼むからその銃と剣をしまってくれ!』

 

 不良どもはさっさと逃げていった。武偵という組織が結成されるほどには治安が悪くなっているこの世の中、一般高校の不良とはいえ拳銃を持っていたとしても正直驚くに値しない。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 安否を確認する。恐怖がしみついてトラウマになることもあるのだ。怪我をしたら手当てをすればいいかもしれないが。、メンタルのダメージはそうそう回復するものでもない。もしもそうなったら大変だと心配したが、

 

「もちろんですよ! あったりまえじゃないですか!でも……ありがとうございました」

 

 ああいった恐喝みたいなものすら珍しくもないのが今の世の中だ。だから武偵なんてものが生まれたわけでもある。武偵高が立地する東京でも起きたということが事実であると物語ってる。あかりは、からまれていた少女を見て、

 

(……修学旅行生?)

 

 ふと違和感を覚えた。東京の学校の制服はある程度職業柄把握しているが、見たことがなかったからだ。でも、修学旅行生にしては疑問がある。危険にさらされた後の状態とは、普通は怯えているか、怖がってしまうものであるが、この少女にはそんな様子はない。それに、彼女が背中に担いでいるのはギターの箱のように思える。

 

「全く! この私ユイにゃんが余りにもかわいいからってナンパは困りますよ!これでも彼氏持ちなんですからねっ!あ、改めてまして助けていただいてありがとうございましたっ!私、ユイっていいます。どうかよろしくお願いしますっ!」

「ユイちゃんだね。私、あかり。間宮あかり。こっちはお友達の志乃ちゃん」

「佐々木志乃です」

 

 しかも、自己紹介までしてきた。

 かなり元気だ。雰囲気的にはお転婆娘、といえばわかりやすいかもしれない。

 

「やっぱりどこ行ってもあんな連中はいるもんですねー。私が武偵だからよかったものの、本当に可愛いだけの娘だったらどうなっていたんでしょうね?」

「え?ユイちゃん武偵なの?」

「気づいていたんじゃないのですか?」

「そうなの志乃ちゃん?」

「私はなんとなくは。不良にからまれて平気な表情をできるのは武偵か不良のどっちかでしょう。少なくてもユイさんは不良には見えませんでしたから」

「うれしいですね、そう言ってもらえるなんて」

 

 ユイはアクセサリーをたくさんつけていた。でも、ワルというよりは単に可愛いという印象を受けるだけだ。はぁ、と曖昧な返事したできないあかりに対し、彼女はこう言った。

 

「これもきっと何かの縁なのでしょう。あのー、よろしければ東京案内してくれません?」

 

           ●

 

 

 あかりは志乃の自宅で美味しいものを食べるという予定を変更し、あかり、志乃、ユイの三人で公園のベンチに座り、屋台のクレープを堪能していた。いちご、ティラミス、プリンとより取り見取りだった。

 

「ユイさんはどこの所属なんですか? 私はその制服は見たことないのですが」

 

 当然といえば当然だが、武偵高ごとに制服は違う。例えば名古屋女子武偵高校の制服はへそ出しであることが有名な場所だ。学校ごとに特徴があるので、大半は見たら分かるはずだが、志乃は分からなかった。左肩にかかれているエンブレムには『SSS ‐rebel against the god‐』とかかれている。GOD、つまり『神』という単語を使うからには、キリスト教系だろうか?

 

「私は架橋生(アクロス)です。だからこの制服を見たことないのは当たり前だと思いますよ」

「え? ユイちゃん架橋生(アクロス)なの?」

「はい! 私は純粋な武偵と呼ぶには自分でも違和感がありますからね」

 

 架橋生(アクロス)とは日常的に武偵高の外で研修を受ける生徒のことを指す。例えば、風紀委員。二木佳奈多のように委員会連合に所属する人材だけでなく、風紀委員には警察に通勤している人物だっている。彼らは事実上企業に就職しているような武偵達だ。佳奈多の場合は専門科目としては超能力調査研究科に在籍してはいるが、専門科目の授業には出ていない。一般科目の授業が終わったら、すぐに風紀委員会や寮会の仕事をしている。格別変わったことではない。三年になると、専門科目の授業に出るより依頼を受けることが多くなるからだ。だとしたら、見たことないこの制服はユイが所属している組織の制服ということだろうか?

 

「でも、うちはかなり特殊な組織なんで気にしないでください。民間の武偵企業なんかに就職してるというイメージだと大きく違ってはいないと思いますよ」

「はぁ」

「今回も、依頼か何かで東京に来たとども思っていてください。まぁ依頼なんですけど」

 

 いろいろ気になる所はあるが、二人はスルーすることにした。

 変なことがあったとして、武偵にはよくあることだ。

 ちょっと変わってたっていちいち反応していられない。していたら疲れるだけだ。

 

「そういえば依頼はいいの? 待ち合わせ場所とかあるなら案内するけど」

「大丈夫です。私は単なる付き添いですから」

「付き添いですか?」

「私の戦姉(アミカ)がアドシアード当日にやることがあるとかで東京に行くことになったので、せっかくだから見てみろと言われまして。今はただの観光です」

「ユイちゃん戦姉(あね)がいるの!?」

 

 あかりに変なSwitchが入った。

 強襲科(アサルト)の一年、間宮あかりにとって戦姉妹(アミカ)制度とは馴染み深いものである。何しろ憧れのアリア先輩直々に指導を受けられ、鍵の交換もしているからいつでも訪ねて行ける。あかりにとってはありがたすぎて神に感謝するレベルだ。

 

「ねえユイちゃん!ユイちゃんの戦姉ってどんな人?」

 

 聞かれた途端。ユイも何かSwitchが入った。

 ユイは急に目を輝かせ、口調はまるでファンクラブが語りだすような感じで早口になり、

「えっとー、私の戦姉はまずかなりの美人で大人びているんですけど、本人は全くの自覚がないんですよ」

「美人系! 私の戦姉は可愛い系です!」

「性格の方はかなりの天然が入ってますね。天然というか興味のないことにはかなりの無頓着といいか。着飾ったら絶対綺麗なのに『興味ない』と一蹴して」

「分かる! 分かるよその気持ち!!」

「しかも頭がかなりいいんです! うちはリーダー代理すら頭が悪いという残念な連中なので、いっそう輝いて見えます!」

「学力! やっぱり勉強ができる人には憧れるよね!」

「私なんかよく勉強教えてもらっちゃって……英語とかペッラペラでしゃべれるんですよ!!!」

「私のアリア先輩は帰国子女だから、私にはどこの言語かも把握できないいくつもの言語を簡単につかうんですよ、カッコいいですよねぇ」

「カッコいいといえば、私の大好きなあの人は時間あればギター弾いて歌ってるんですよ!その姿が格好よくて格好よくて!!」

「ひょっとして、ユイちゃんが背負ってるそれってカモフラージュのためのものじゃなくて……」

「正真正銘のギターです!私も始めました!まだまだ下手くそですけどね」

 

 あかりとユイの二人は、憧れの存在が戦姉いるという共通点ゆえかシンクロした。

 しばらくの間マシンガントークを繰り広げ、

 

「ユイちゃん!」

「あかりちゃん!」

 

 即座に意気投合した二人であったが、

 

「「それに比べて私は……」」

 

 即座に二人して落ち込んだ。

 

「だ、大丈夫ですよあかりさん! あかりさんは立派な武偵になれますよ!」

 

 先程まで置いてきぼりをくらっていた志乃がフォローする。

 フォローをうけた戦妹達(いもうと)二人はやけくそ気味にクレープを食べきり、今度はベビーカステラの屋台に挑戦する。食べ物のPowerというものはすごいもので何とか立ち直ったユイは、辺りを見渡してこう言った。

 

「……しかし、この辺屋台が多いですね。祭か何かが近いのですか?」

「あ、ユイちゃんは知らないのか。志乃ちゃん、プリント持ってる?」

「持ってますよ」

 

 志乃から差し出されたプリントをユイは見る。

 

「……5月5日、東京ウォルトランド・花火大会……一足お先に浴衣でスター・イリュージョンを見に行こう……?」

「思えば、大規模な花火大会が近いから祭の雰囲気にあわせて屋台の数が増えてるのかもしれないね。葛西臨海公園もここからだと近いしね」

 

 花火大会、と聞いてユイはしばし考えてみた。

 

(……花火大会かぁ)

 

 もともとユイは付き添いでこの東京にやってきたのだ。アドシアード当日は素直に武偵オリンピックとまでいわれるイベントを楽しむとしても、アドシアード当日までは特にすることもない。東京に来たのが初めてだったから、東京の観光でもしようかとも考えたが、一人だとやはり味気ない。いくら東京に来たのが今回が初めてだとはいえ、都会に大騒ぎするほどの環境で過ごしてきたわけでもない。

 

(……一緒に行ってくれるかなぁ)

 

 自身の大好きな存在のことを考え、『興味ない』とか言われそうだと思ったけれど、ここは前向きに考えることにした。何しろ自分の取柄はとにかく『元気』なことなのだ。多少のことでめげるものか。

 

「私は自分の戦姉(アミカ)誘って行ってみるとしますよ」

「そう? よかったら一緒にと思ってたんだけど」

「あ、あかりさん! 私とも一緒に行きましょうね!!!」

「もちろんだよ志乃ちゃん。ユイちゃんも、困ったことや聞きたいことができたら素直になんでも聞いてね、、もう私たち友達だから」

 

 一緒に行こう。そんな風に誘ってくれる友達ができてうれしい、と素直に感じた。ユイが所属している組織には先輩は多くいるが、同級生などほとんどいなかったから、新鮮な気分になる。 

 

「はい! また機会があったら私が敬愛する人を紹介しますよ!!!」

「あたしも機会があればアリア先輩を紹介してあげるね」

 

 二人は笑いあう。

 同じことを考えている友人ができてうれしいのだろう。

 三人はメアドを教えあい、また会おうと約束して、

 

「ユイちゃーん! あたしもあなたも、目標に向かって頑張りましょうねー!!!」

 

 ユイは大きく手を降り、去っていく。

 バイバーイ!、と昔からのお友達のような気軽さで。

 

「あかりさん。うれしそうですね」

「そう?」

 

 あかりの志乃。二人は八つ当たりの被害による不機嫌さから解放させていた。

 親友二人は笑いあい、それぞれの目標を再確認する。

 

「私たちにはそれぞれ目標があって、やらないといけないことが多いけどさ。……まずは花火大会を楽しもうか、志乃ちゃん」

「うん!」

 

 アドシアードの前に、すぐイベントが迫る。

 この花火大会は、目標を持つ人たちにとってアドシアードという大会の前の休息になるのだろうか?

 

 『白雪、一緒に花火大会に行くぞ』

 

 それとも、何かが変化する予兆となるイベントになるのだろうか?





前回に姉御が言及した『ユイちゃん』が登場しました。
さて、ユイの戦姉とは誰でしょう? すぐわかると思いますが。


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Mission30 花火大会の参加者達

                     

花火大会だ!屋台もならんでいるぞ!

 こういうイベントは見逃せないと、リトルバスターズメンバー達は花火大会に繰り出していた。

 浴衣装備というわけではないが、Enjoyしていることには変わりない。

 だが、理樹は仕事のことも気になって、フランクフルトを装備している姉御に話しかけた。

 

「ねぇ来ヶ谷さん」

「なんだ少年」

「僕らはこんなことしていて大丈夫なの?」

 

 理樹が聞きたいのはアドシアードに関する依頼のことだろう。

 寮会から依頼を受けている身だ。こんな場所で素直にFestivalを堪能していていいのかという気持ちになる。けれど、姉御は平然と問題ないためらいなく言い切った。

 

「アドシアード当日にしても、現状にしても、バルダとやらの捜索は私と二木女史の二人でやるから基本的には理樹くん達のやることないぞ。恭介氏はイベント運営をやらされるみたいだがな」

「そんな適当なのでいいの?」

「依頼金2000万って言ったら理樹くんには大金に思うかもしれないがな、私に言わせて見ればはした金なんだよ。本当にヤバい魔術士を実際に相手にする時の単位は億か丁だから」

「そういうものなの?」

「実際見つかったら動かざるを得なくなるが、私も二木女史も、『たとえ見つけられなくても問題ない』という意見だぞ。事実、寮会にしても接触しなければ見逃しても問題ないという姿勢だ。寮会からはローマ正教の連中に言い訳さえ出来ればいいと踏んでるから、イギリス清教の私が動いた時点で依頼は達成したともいえる。……一応はな」

 

 はぁ、と返答する理樹はリーダーの方を見る。

 リーダーはタコ焼きを手にしていて、おいしそうに食べている。

 

「理樹も食べるか?半分分けしよう」

「ありがとう恭介」

 

 リーダーもこんなだし、大丈夫かと理樹は仲間たちを見渡した。

 筋肉さんと剣道はというと、

 

「謙吾! 今から俺と金魚すくいで一勝負といこうぜ!」

「……ふっ。仮にも『水』が重要な要素となる勝負でこの俺に挑むとはな。いいだろう。後悔させてやる」

 

 相変わらず勝負事だ。決着がついたら屋台の食べ歩きを始めるのだろう。

 女性陣を見れば、笑顔の薬剤師が人見知りに向かって、

 

「鈴ちゃーん。一緒に綿菓子食べよう。おいしいよ」

「え……えと」

「小毬くんの綿菓子か!? 食べる食べる。是非!!」

「ゆいちゃんもどうぞー」

「でもゆいちゃんはやめてくれぇええ」

「……ゆいちゃん?」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 リトルバスターズは今日も平和だった。だが、理樹が今日も平和だなぁと感じている一方で、姉御は疲れ果てている。理由はゆいちゃんと呼ばれ続けてメンタルダメージが蓄積されたからだ。わかりやすい。花火大会というイベントに乗っかったためか屋台は意外と多く、彼らは一定時間ごとに拠点とする場所を決めて動いていた。で今の拠点はドーナツの屋台。用意されている机でドーナツを食べるのだ。

 

「鈴ちゃん、次は私と半分個しよう」

「……う、うん」

「えへへ。鈴ちゃんと仲良く半分分け。あ、そうそう。私のことは小毬って呼んでね」

「こ、ここ」

「こ?」

「……こまだ」

「私、こまだって名前じゃないー」

「……可愛さで死ねばいいのか? 可愛さで死ねばいいのか!?」

 

 周囲のラーメンの屋台で筋肉と剣道がラーメンと格闘中であるが、姉御は目の前におかれたドーナツを口にすることもなく、照れる鈴と半ベソになる小毬を見ながらブツブツ言っていた。端から見たらただの変人だ。周囲の人間も自然と彼女の周りから退避している。そんな光景を見て、リーダー恭介が流石に見かねたからか一応声をかける。

 

「……お前、大丈夫か?」

「くそっ! 何で私はカメラを持って来なかったんだ!」

「大丈夫じゃなさそうだな」

「いつも通りだ、安心しろ」

「それはそれで問題がある気もするが」

 

 恭介が呆れる一方で、姉御はそういえばいいのか?と唐突に尋ねた。

 

「何がだ」

「恭介氏が今私たちと祭をEnjoyしていていいのかって意味だ」

「俺は仕事が忙しくてあいつらと一緒にいられる時間があまり取れてないからな。こんな時ぐらいは一緒にいるさ」

「……わざわざ呼んだんだろ?」

「アドシアードの時、もしものための人材だ」

「……愛想尽かされても知らんぞ」

「あいつはあいつで戦妹(アミカ)連れて花火見に行くとか言ってたからな。ひょっとしたらここで会うかもしれないな」

 

(……ん?)

 

 姉御はふと思った。戦妹を連れているということは、

 

「ユイって子も来てるのか! 探し出して小毬君に紹介してやる!」

 

 名前がかぶったらさすがにもう『ゆいちゃん』とは呼ばれなくなるだろう。

 ユイって女の子と直接面識はないが、探し出してやる! 

 

「待ってろよ!私のメンタルのために!」

 

 姉御はDashした。

 

「あれ?来ヶ谷さんは?」

「女の子探しに行った」

 

        ●

 

 夜の8時。遠山キンジと星伽白雪の二人はようやく探偵科(インケスタ)の寮を出たところだった。アリアが喧嘩してから雲隠れしたが、キンジの予測通りアリアはレキの部屋に仮住まいしていたのでレキを通してアリアに報告などをしていたら時間が意外とかかってしまったからだ。『ここ数日は、風に何か邪(よこしま)なものが混じっています』とかレキが電波じみたことを言っていたが、何なのだろうか?

 

「白雪、ごめんな。かなり遅れてしまった」

「ううん。大丈夫だよ」

 

 待ち合わせは7時。実際に出ることになったのは8時。白雪は浴衣まで着て待っていた。玄関を出るとき、おろしたてっぽい女物の桐下駄(きりげた)をそっと履く。その動作は完璧な日本美人だった。

 

「……涼しいな」

「う、うん」

「白雪も、夜たまに散歩したりするのか?」

「ううん。キンちゃんとじゃなきゃ、こんな時間に出歩かないよ」

「そうか」

 

 会話が続かない。

 

「あ、あの」

「何だ」

「こ、これ……その、な、な、なんだか……デ……トみたいだったり……したり、しなかったり……」

「何だ?」

「デートみたい……だね」

「これはデートじゃない。外出する依頼人をボディーガードが護衛するだけだ」

「そ、そうだよね」

 

 白雪は悲しそうな表情を一瞬だけ向けてから、作り笑いのような笑顔を向けてきた。

 その笑顔を見て、キンジはあることを聞いた。それは前々から思っていたことで、

 

「なあ、白雪。不安はないのか?俺みたいなEランク武偵が護衛なんかで」

 

 アリアがいなくなってから、いろいろ考えた。

 拳銃さえも頼りなく思えてきた。もしも。

 万が一、魔剣が実在したら。

 億が一、白雪が狙われていたら。

 丁が一、何かあったら。

 

(……俺は白雪を守れるのか?)

 

 自問する。何回考えても答えは『無理』、だった。でも、

 

「不安なんてないよ。キンちゃんがいてくれるなら」

 

 白雪は安心の笑みを見せてくれた。夢みたい、とも言ってくれた。

 キンジが不安を何となくだが感じている一方。星伽白雪は昔のことを思い出した。昔、青森の花火大会に連れ出してくれたことを。初めて星伽神社を出た日のことを。あの花火の光景は今でも覚えている。今、星伽神社ではなく東京にいる。でも、状況はあの時となんら変わらないように思えた。

 

『今度はお好み焼き食べましょう!』

『……こら、ユイ。食べすぎると太るぞ』

『うどん屋台を食べ歩こうとした人には言われたくないです。それに、ひなっち先輩はそんなこと気にしないと思います!』

『ユイ、こっちこい。ユイの浴衣写真を撮影してあたしが日向のやつに売りつけてやる』

 

 祭りということもあり、周囲が騒がしかったのも昔と同じだ。

 昔と違うのは年齢だけ。

 昔とは違い、ちょっとした会話すら続かない。何を話したら喜ばしてやれるかすらわからない。

 だから、

 

『理樹、一緒に筋肉さんがこむらがえったしようぜ』

『課題やってからね』

『課題?何かあったか?』

『忘れちゃったの? 英語で文法のテストがあったでしょ。英語は将来的にも確実に使うんだから、勉強しておきなよ』

『オレには理樹がついてるからな』

『まったくもう』

 

 周囲からは白雪とはどんな関係かと聞かれたら幼馴染だと答えるが、ルームメイト二人を見ていたら、それもどうなのかと考えてしまう。あれが幼馴染の典型例だとしたら、なんだか違うような気もしてくる。アリアが来るまでは唯一会話していた女子ではあるが、仲がいいとはいえるのだろうか?

 

          ●

 

「すぐに見つけられると思ったんだがなぁ」

 

 来ヶ谷唯湖はちょっとだけ困ったさんオーラをかもしだしていた。メンタルのために探しているユイという少女との面識はないが、その戦姉(アミカ)との面識はある。彼女のことだからギターでも弾いて歌ってるか、うどんでも食べているかのどちらかだとふんでいた。どちらにしても人だかりはできるだろうから見つけられないのは自分でも意外だった。ひょっとしたら戦妹に連れ回されているのかもしれない。

 

(……これ以上は面倒なだけだな)

 

 自身が要領のよい方であると自覚する彼女には、これ以上探すのは割に合わないと判断した。

 素直に鈴くんでも観察しよう。インスタントカメラも買っておこう。

 

・姉 御『諦めた。合流するけど次の拠点どこだ?』

・0  『人工なぎさ。花火の打ち上げが近いからそこで花火を見る。食べ物は買っておけよ』

・姉 御『了解』

 

 

 とりあえず、タコ焼きと焼きそばを購入して人工なぎさに向かう。

 人工なぎさは文字通り人工の砂浜であるが、海水浴や釣り、バーベキューなども禁止されているので人気がない。確かに花火を見るには穴場だと来ヶ谷は思う。

 

「当然といえば当然だが、私が一番乗りか」

 

 屋台がたくさん並んでいる地点からも少しだけだが離れている。焼きそばはともかく、タコ焼きでものんびり食べて待ってようかと考えていた彼女だが、彼女は背後から声を聞いた。

 

「イギリス清教のリズベスだな」

 

 それは低い男の声だった。

 声のが飛んできた方向に振り向くと、彼女は顔面目掛けて迫りくる数本のナイフを確認する。

 

「!」

 

 気づいた時にはナイフは近距離まで迫っていたため、弾くことは無理だと判断し、首を強引に捻り回避した。気づくのが一瞬遅れていたら死んでいた。

 

「殺す気か!」

「今のを回避するとは、イギリス清教のリズベスで間違いないようだな」

「人違いだとしたら?」

「それならそれで別に問題はない」

「……」

 

 対面する。来ヶ谷が見たのは身長が180はある長身の男のようだ。

 視覚から入る情報はすぐにすべて認識した。けれど、わからないこともある。

 何よりも彼女に疑問符を浮かべさせたのは、

 

(……いつからつけられていた?)

 

 一年生の時は授業にも出てこないHIKIKOMORIだったのだ。

 外に顔を出すようになったのさえつい最近の話である、単に私の情報をみるだけならこの花火大会に来ているなんて考えもしないだろう。それに、今は一人だが祭に仲間と一緒に来ていたのだ。襲撃を受けるにしては容量が悪い。最大の問題は、なぜ私が気づかなかったか、ということだ。

 

(私は元ロンドン武偵高校インターン強襲科。いくらHIKIKOMORI生活が長かったからと言って、尾行に気づかないほど衰えてはいないぞ)

 

 嫌な予感を感じつつ、直観的な確信とともに聞いた。

 来ヶ谷レベルの危機察知能力を無視できるとしたら、

 

「誰だか知らないが……お前。魔術師か?」

 

 返事は投げられた数本ナイフで示された。





手持ちの装備がたこ焼きなんかで大丈夫でしょうかね?


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Mission31 花火大会の乱入者

「オヤジ! 焼鳥三本追加で! つくねとモモと、えーと……」

「まだ食べるのか?」

「財布は気にするなって言ってくれたじゃないですか」

 

花火大会は東京ウォルトランド主催で大々的に行われていた。ウォルトランドの敷地外でも食べ物などの屋台が建ち並び、お祭り騒ぎだ。そんな中、食べ歩きをこれでもかというくらいに楽しんでいるペアが一組。いや、子供と保護者のコンビが一組。子供みたいな方は焼鳥屋台の前で焼き上がるのをまだかなまだかなと瞳を輝かせていた。

 

「いくら食べてもいいけどさ、前みたいにあたしがユイを背負って宿に帰らないといけないとかは勘弁してくれよ」

「ご飯忘れて作曲していて結果、空腹で行き倒れる人に言われても説得力ないです」

「それもそうか。でもユイ、お前、やたらと嬉しそうだぞ」

 

 えへへ、とユイは見ている人すべてにほほえましいと感じさせる笑みを浮かべる。

 

「夢でしたかね。こうやって、祭に出向いて焼鳥とか食べるのは。昔はできませんでしたし」

「『ギルド』で実質食べ放題みたいなものだと思うけど」

「それとこれとは別問題です?」

「そんなもんか。まぁ、車椅子生活していたのは遠い昔の話じゃ無いんだから、念のため程々にはしておけよ」

「了解ですっ!」  

  

        ●

 

『ゆいちゃん』と呼ばれて真っ赤になって『ゆいちゃんと呼ぶな』と反論する方のゆいちゃんこと来ヶ谷唯湖にとって、今回襲撃を受けることは予想だにしていなかったことだった。

 

(全くなんで私が襲撃されなきゃいけないんだ。思い当たることなんか……あれ?いっぱいあるぞおかしいな)

 

 武偵というのは実は正義の味方とは言いきれない。

 委員会に所属する場合は正義で動くかもしれないが、基本的に動くのは金が理由だ。ゆえに、恨まれることなどよくあること。恨まれて襲われかねない武偵を守るために武偵を護衛に雇うなども珍しさのカケラもない。単に襲撃された程度なら『いつものこと』で済まされるのだろうが、

 

(問題は、こいつ私のことリズベスって呼んだよな)

 

 エリズベスの名前は日本では使ってない。つまり、狙われる理由はイギリス時代関連だろう。しかし、それが分かったところで狙われる理由は相変わらず多すぎて判断できない。

 目先の問題は飛んできた投げナイフではあるが、

 

「……」

 

 来ヶ谷は大きく動きはせず、足を一歩引く程度の動作であっさりとかわす。右手に持っていたタコ焼きを焼きそばを入れた袋の中に叩き込み、飛んできた最後のナイフを右手で白羽取りする。彼女の表情には襲撃を受けたことに対する焦りではなく戦闘による違和感を浮かべていた。

 

「なんのまねだ」

 

 掴んだナイフを相手に向けながら宣言する。来ヶ谷が抱く疑問は単純だ。『本当に私を殺すつもりがあるのか』。来ヶ谷は人知れず我知らず浮かれていたのか両手に持っているのはタコ焼きと焼きそばゆえ、殺そうと思えばチャンスはいくらかあったはず。投げられたナイフも、ギリギリ回避できるようなタイミングで叩き込まれた。暗殺するならもう少しマシな方法があるだろう。

事実、来ヶ谷はあっさりとナイフこと掴むことに成功している。達人が投げるナイフならば、そうやすやすとはいかない。そもそも対投げナイフは強襲科の授業に出てくるほどの驚異を示す。

 

 

「……お前、魔術師だろう?」

 

 来ヶ谷が目の前の男が魔術師だと断定した理由は二つ。一つはナイフの扱い方。防弾制服を彼女は着用しているため、剥き出しの顔面を目掛けて投げるというのは狙いがいいとは思うが、それは実際は顔を捻る程度で回避できるのだ。事実そうしてかわした。隙を作ってからならともかく、いきなりで行うとはとてもじゃないが、達人が行う行動とは思えない。

 

 そしてもう一つ。

 

 これが来ヶ谷が判断した最大の理由だが、

 

(……向かい合っている今でも全く気配が感じられない)

 

 気配が全くないし、殺気すらない。

 元々彼女の鋭敏な感覚は人の気配を逃しはしないのだ。

 そのくせして全く気配が感じられないとは彼女には違和感しか生まない。

 殺気がない時点で戦う気があるのかすら怪しい。

 正直、視覚に映っているから目の前の存在が把握できる、という程度だ。

 まるで気に止めることのない背景のようだった。

 

 

(考えられるとしたら、魔術だろうな)

 

 気配を消す超能力なんて聞いたことはない。魔術を使う、という点だけなら魔術師か超能力者か特定できないが、超能力者(ステルス)は特化系だからおそらくは魔術師だろう。否定もされなかったし。来ヶ谷の気配探知能力は狙撃の距離でも把握できるレベルゆえ、ナイフ一つ達人とは思えない人物が自身の感知を逃れられるほどの実戦経験をつんでいるプロだとは思えなかった。だから単なる体術の線もないだろう。

 

「で、私に何のようだ」

 

 とりあえず聞いておく。魔術師ということはイコールで犯罪者ではないのだ。ナイフを投げてきた以上はヤバイ奴の可能性しかないが、話ができるならそれにこしたことはない。

 

「貴女を試したことは無礼だった。謝罪する」

 

 返答は意外にも礼儀正しいものだった。

 目の前の男は優雅な一礼を取る。一礼の仕種から判断して、ローマ由来のものだろう。

 その動きの自然な美しさに教養を感じさせるものだった。

 昔嫌というほど見たことがある。この感じは経験から言うと、

 

「お前は貴族出だな」

「左様」

「私とは面識が?」

「いえ、お初にお目にかかります。エリザベス様」

 

 先程はイギリス清教のリズベスと呼び捨てにされたのにいきなり敬語になった。

 しかも様付けときた。

 

「その名前はもう使ってないし、いい大人が年下相手に様付けはよせ。気色悪い」

「いえ、そういうわけにはいきません。私が用があるのはイギリスでかつて天才の名前を欲しいままにしたエリザベス様なのですから」

 

 また面倒な奴に出会ったな、と思った。

 

「帰れ。私は今見てのとおり花火大会を楽しんでいたんだ」

「エリザベス様がいい返事をくださればこの場はすぐにでも退散いたします」

「……言ってみろ」

「では。エリザベス様には是非私どもの仲間になっていただきたい」

「何故私を?」

「人というのは数より質です。他の誰を無視してでも、あなたを口説き落とした方が有意義です」

 

 確かに武偵という職業は数より質と言える。

 だからロンドン武偵局はアリアをイギリスへ連れ帰ろうとしたのだから。

 

「優秀なやつなら世の中にはたくさんいるだろう。他を当たれ。私でなくてもいいだろ」

「貴女は自分のことを過小評価しておられる」

「……」

「あなたが委員長を勤める放送委員会の構成を調べさせてもらいましたが、貴女はあの程度に収まる器ではありません」

「おいおい。委員長って言ったら本来憧れのはずだぞ」

 

 委員長というのは数が少ない。Sランク武偵であることが絶対条件としてあるというのもあるが、それ程に委員長の資格を得るのは困難なのだ。学校の授業を堂々とサボれると嬉しそうに公言するのは来ヶ谷唯湖この人くらいであり、委員長の特権というのは『自分の組織を持てる』という一点に尽きる。例としてただの風紀委員なら正義の名の元に警察の仕事をしているが、風紀委員長となると自分の部隊を持ち、言わば国営の武偵企業を作ることができる。保健委員長なら専門の医療チームを構成できる。どこぞの大学病院の教授のような扱いだ。つまり、国営武偵企業の長という表現すら検討違いではない。来ヶ谷も一応委員長。普段の行動言動がおかしいが、これでも偉い人なのだ。なのに。目の前の男は私には相応しくないと言った。

 

「私には何が相応しいって?」

「世界」

「は?」

「貴女は世界のすべてを手に入れるに相応しい」

「頭がイカれたか、よほどの馬鹿なのか、お前」

「少なくとも今の貴女の放送委員会は有り得ません。自由に引き抜けるはずの他の放送委員には一切目もくれず、貴女自身は特に何も行わない」

「書類上は東京武偵高にも部下が一人いることになってる。まぁ、部下だと思ったことは一度もないがな」

「私どもの組織では、貴女の側近としてあんな無能ではなく優秀な部下を――――」

 

 言葉は最後まで紡がれなかった。

 先程来ヶ谷が右手で白羽取りした投げナイフを胸元目掛けて投げ返したからだ。対し、襲撃者の方も動揺はない。銃弾にも勝らずとも劣りはしない速度で強襲するナイフに対して身動き一つ取らなかった。そのまま刺さるかと思われたナイフは、襲撃者の身体に触れた瞬間にまるで余計な力など何も加わってはいないかのように重力の法則に従い地面の砂浜に落ちていった。

 

「お前が何の魔術を使うかなんて私の知ったことじゃないし、興味もない。けどこれだけは言っておくぞ」

「……」

「私の放送委員会は私自ら構成や活動を考えて作ったものだ。国からの職員紹介も無視して人員とかも一から自分で決めた。だからお前にどうこう言われる筋合いはないし、」

 

 そして何よりも、

 

「人の友人を無能といって馬鹿にするのは止めてもらおうか。わかりやすい挑発に乗ってやる。かかってきな」

「……。では行かせていただきますエリザベス様。できれば、単なる貴族にすぎなかった私の実力を見て、我が組織の素晴らしさを理解していただけたら光栄です」

 

         ●

 

 とは言え、来ヶ谷は今の段階で目の前の魔術師を倒せるとは全く考えていなかった。銃を扱わせても一級品である彼女であるが使わないからという理由で銃を持ち歩きもしない。バスジャックの時も銃は理樹のマグナムを借りていた。

 

(手持ちは焼きそばにタコ焼き。そして割り箸が二つ。こりゃどうしようもないな)

 

 足場が砂浜なのも彼女には痛い。コンクリートの足場で本来の速度が出せるならただの蹴りでも何とか行けそうだが、砂浜故にどうしても本来の速度が出ない。最低限の武装はしておくべきだったかと後悔したが、砂浜での戦闘なんて普段考慮することはないと考えたら後悔は消し飛んだ。

 

(……まぁ、勝てないなら勝てないでいいか)

 

 思考をすぐに切り換えて来ヶ谷は自身の勝利条件を定める。

 相手が魔術師だということは分かり切っているため自然と導き出される勝利条件は、

 

(……相手の扱う魔術を見極めるて生き残ること!)

 

 身近の友人に超能力者(ステルス)がいるので実感として理解できることであるが、魔術が流行らない理由として魔術師では超能力者に『才能』という面で遠く及ばないのだ。科学技術が進歩しているなら科学の方が手っ取り早いというのもあるし、普通の人が魔術を学んだところで超能力者が扱う魔術には及ばないのが最大の理由だ。具体例として、超能力持ちのくせにSSRでEランク(ペーパー試験でのお情け)相当の変人超能力者直枝理樹は例外中の例外として、星伽白雪と遠山キンジの二人を挙げてみる。

 

 同じ魔術を使わせてみたときに、その効果は一目瞭然。キンジの魔術は白雪の魔術の半分の力も出せないだろう。一応キンジが白雪と同レベルの魔術を発動させる方法もあるが、その方法はとてもじゃないが手間と努力が必要だ。

その現実は、魔術師が扱う魔術でその人の過去が連想できることがあるという事実を示唆する。

 

(……割に合わない魔術まで使うからにはそれ相応の過去がある)

 

元々裕福で不自由のない生活を送る貴族が魔術を学ぶ時点で妙な話なのだ。

扱う魔術が判明したら、後で調べればどういう人物か特定できる可能性が高い。

「さて、逃げるか」

 

 来ヶ谷は全力で後退し始めた。

 投げナイフが彼女には脅威にならない以上、魔術を使わせるには逃げるのが一番いい。

 それでもし帰ってくれるなら大万歳だ。

 

 

        ●

 

 本人達(現実は男の方のみ)が言うには違うらしいが、遠山キンジと星伽白雪の二人は事実のみ言うと、どこからどうみてもデートしていた。

 

「何とか始まる前にこれたな。よかった」

「……」

「白雪?」

「……夢みたい」

「夢なんかじゃないぞ。これから一緒に花火見るんだから、今の段階で幸せ一杯の表情なんかするな」

 

 うん、と微笑んだ白雪だがそれは一瞬のことで、すぐにまた不安げな表情に戻った。

 

「でも、私が外に出歩くと何かありそうで……」

「何もないさ。それに今は、俺もついてるだろ」

 

 そうだ。きっと何もない。何も起きはしない。

 キンジは自分に言い聞かせていた。白雪が不安がるのを見て、キンジまで何かあったらという気になってきたからだ。アリアが魔剣(デュランダル)の存在をやたらと現実だと考えているようだが、あんなのただの空想だ。

 

(……そうだ。ただ一緒に花火を見に来ただけじゃないか。何も起きるはずはないさ)

 

 話でもして気を紛らわそうとキンジが考えた瞬間だった。

 

「キンちゃんあれ!」

「え?」

 

 彼ら二人がやってきた人工なぎさの砂が、割と近くで柱のように立ち上がったのを見た。

 そう。きっと、砂浜に埋まっていた地雷が爆発したら、こんは風になるだろう。

 

「!」

 

 地雷とは違い、爆発音はしなかったが、なにかあったのだと元強襲科()の経験則から白雪を庇う位置にキンジは立つ。

 

「キ、キンちゃん!」

「大丈夫だ白雪。俺の後ろにいろっ!」

 

 白雪を安心させるために強めの口調で言ったか、キンジとしては不安で一杯だった。

 

(……どうしてこんな時にっ)

 

 アリアがいなくなってから、一人では何かあったら白雪を守れないんじゃないかって考えていたからだ。爆発により一時的な砂の柱が次々形成されていき、その余波として砂煙が二人を襲った。

 

(……くそ!砂煙で視界が悪い!)

 

 何があったのか分からないが、よくない状況が発生したのは事実だと思う。白雪が狙われたのかも、そもそも何か全く関係のないことに巻き込まれただけなのかも分からない。だが、キンジには白雪だけは守らなければならないという意識があった。

アリアもいてくれたらと思ったが、

 

(……俺が弱気になってどうする! 白雪だって、勇気を出してここまで来たんだ!)

 

 思い出す。白雪は生徒会の仲間とお台場で服とかの買い物に行くのすら恐いと言っていた。内気な白雪のことだから、今起きたことでやっぱり外に行かなければよかったなんて白雪は思ってしまうだろう。だから弱音は言っていられない。

 

 だから、今は単なる見栄でもいいから言ってやるべきだと思った。

 

「安心しろ、白雪! お前だけはこの俺が守ってやるっ!」




さて、姉御の部下とは誰でしょう?
よかったら考えてみてくださいね!
それはそうと、このタイミングでキンジが危機感を覚えるイベントに出くわすのは作品としては珍しい気もしますね!


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Mission32 狭き世界の臆病者

今回は、白雪のお話です。


 星伽白雪は聞いた。

 

「白雪!俺から離れるなよ!」

 

 それは、彼女にとっては頼もしい声だった。

 

「何があってもお前だけは守ってやるっ!」

 

 それは、彼女にとっては誰よりも心強い声だった。

 

         ●

 

 遠山キンジは視界を遮る砂煙の前に、様子見を決め込むことにした。何が原因でこのような状況が起きたのか知る必要があるからだ。白雪は浴衣姿だし、何かあったら何とか出来るのは自分しかいない。

兄さんの形見のバタフライナイフを展開し、注意深く周囲の様子を探る。

視界からの情報が何も入らずとも、キンジには強襲科で鍛えられた耳がある。

 

(……何かが近づいているな)

 

 砂を蹴る足音と、追い掛けるように近くでワンテンポ遅れて大量の砂が浮き上がるような音がした。

 耳を澄ませば足音の方が近づいてくるのが分かる。それは、高速回転するトンファーが空気を切る音のような音を伴っていた。やってきたのは、ソースの香りを漂わせたビニール袋を高速回転させている、

 

「……スカートめくり女?」

「なんだその不名誉な名前は。心外だ」

 

 いつぞやの女だった。

 アリアの背後をいとも簡単にとった少女。リズとか呼ばれていたアリアの昔馴染み。

 

「ひょっとして、さっきからの爆発みたいのは直枝の無音式魔術爆弾か?脅かすなよ」

「現実逃避する前にさっさと避けろ」

 

 そう言って後ろの白雪ごとキンジを蹴り飛ばした来ヶ谷は、その反動を利用したジャンプで距離を稼ぐ。何する、とはキンジは言えなかった。次の瞬間、足場に何かが突撃した。

 

「大砲の弾が砂浜に突撃したらこんな感じになるのかな?」

「お前、意外と余裕だな」

「砂嵐の中だとしても気配で飛来物なら大体分かるからな」

「すごいやつだなオイ」

 

 白雪の手を引いて体勢を立て直したキンジは、来ヶ谷に向き直る。

 

「来ヶ谷、これは何だ?」

「ん?魔術師に襲われているんだが何か」

 

 サラっとすごいこと言われた気がする。

 

「まぁ、私が買ったタコ焼き半分ずつプレゼントしてやるからそれで堪忍してくれ。砂よけのために袋にいれて回したから潰れている可能性も否定できないが」

「軽いな!」

「なんだ。なにが不満だ」

「……もういい」

「しかし浴衣でデートとか、武偵として気を抜きすぎだぞ。いつ怨まれて報復行為されるかわかったもんじゃないのだから最低限の注意くらいは払っておけよ」

「タコ焼き抱えた女に言われたくはねぇ!」

「なんだと!ピチピチの大和撫子誘ってデートを決め込んだやつに言われる筋合いはないっ!」

 

 魔術師を前にしているとは到底思えない会話を繰り広げる。はっはっはと笑う来ヶ谷は笑みを浮かていた。それはキンジと白雪を安心させる意図が彼女にはあったのかもしれないが、如何せん作り笑顔が下手な彼女の笑顔はおどけているようにしか見えなかった。

だが、少しは落ち着きを取り戻したキンジは白雪を気遣う余裕ができた。大丈夫かと白雪を見る。

 

 白雪は――――真っ青になって震えていた。

 

 

         ●

 

 

 星伽白雪という少女は星伽神社から出たことがなかった。

 

 世間に発覚したら人権侵害だと訴えられてもおかしくないことであったとしても、星伽巫女のように超能力を扱う一族は例外として扱われてきた。ずっと神社の中で、テレビの世界がまるで別世界のような感覚で過ごす毎日。

 

 けど、一度だけ外に出たことがある。

 それは自分の意思だったかと言われたら強く頷くことはできなくとも、外に出てみたいと思っていたことは否定できない事実であった。

 

『白雪、一緒に花火大会に行こう!』

 

 幼なじみが、あの時のたった一人の友達が連れ出してくれたあの日のことをわざわざ思い出す必要はない。だって、忘れたことなんてないのだから。勿論あの後大人達には一日かけてのお説教をくらった。

 

 どうして私が外に出たらダメなのか。

 どうして私が神社の中にいないと行けないのか。

 その理由を理解させられた。

 

 何も無かったからよかったものの、二人で行った花火大会で何事も起きなかったという幸運に後で何日も感謝したことを覚える。

 

 もしもそのまま事件が起きないままだったら、私は星伽神社を出るのにもそう抵抗は無かったのかもしれない。キンちゃんを追いかけて武偵に通うのが精一杯の恩返しにはならなかったのかもしれない。

 

・剣 道『相談ってなんだ?』

 

 花火大会に行こうと誘われた時は本当に嬉しかったが、何か起きるのではないかと心配になった。だから内情を理解している知人になれないチャットまで使って相談した。

 

・巫 女『あのね、キンちゃんから花火大会に行こうと誘われたんだけど』

・剣 道『よかったじゃないか。デートのお誘いだな』

・巫 女『……行っても大丈夫だと思う?』

・剣 道『何が不安なんだ?』

・巫 女『星伽の掟では外にでちゃ行けないし』

・剣 道『一緒ではないが俺も行くから気にするな』

・巫 女『でも私、最近のお洋服とか分からないから何着て行けばいいか分からないし、』

・剣 道『花火大会なんだから浴衣でも着ればいい』

・巫 女『でも、私、浴衣なんて持ってないし』

・剣 道『通販の1番高いやつなら間違いないだろ。予算が分からないなら、生徒会の後輩にでも聞いてみればいい』

・巫 女『でも、私、キンちゃんと何話したらいいか分からないし』

・剣 道『幼なじみが分からないならみんな分からないから安心しろ』

・巫 女『でも』

・剣 道『星伽は俺に「大丈夫だ」とでも言ってほしいのか?』

 

 私は何がしたいのか自分でも分からなくなる。

 不安を書き込んだで解決策を教えてもらって。不安を消そうとしてもらって。

 

・巫 女『謙吾くんも行くの?』

・剣 道『恭介が珍しく東京にいるから、行くに決まってるだろうな。来ヶ谷や神北も一緒だ』

 

 昔は似たような立場はだったはずなのに、どうして私と謙吾くんにはこんなにも差がついてしまったんだろう。リトルバスターズ。来ヶ谷さんが入ったとは聞いたが、元々は幼なじみの集まりだ。

仲の良い武偵同士がチームどころか武偵企業を立ち上げるという話は聞くものの、実際はこんな感じなのかと漠然と思う。

 

・巫 女『謙吾くんはさ、怖くないの?』

・剣 道『何が?』

・巫 女『ほら、三年前、まだ最近のことだけど、日本の超能力(ステルス)業界を揺るがす事件があったでしょ?』

 

 実際のところ、私が何に脅えているのかは本当な気づいていた。

 三年前。まだ中学生で神社の巫女さんなんかが通う女巫(めかんなき)校に通っていた時に起きたとある事件。内容の危険度ゆえにニュース等で世間には一切公表されず、一般に知られてはいないが星伽神社には秘密裏に伝えられたとある事件。白雪は恐ろしくて口にすら事件の名を口にすらできない。けれど親戚の知人は差を見せ付けるかのようにあっさりとその名を口にする。その事件の名は、

 

・剣 道『二年前というと……「四葉(よつのは)事件」のことを気にしてるのか?』

 

 星伽に比べ歴史は全くといっていい程ないが、単純な戦闘力だけなら星伽巫女を上回るとされる超能力持ちの一族が、一夜にして皆殺しにされたという前代未聞の事件。その事実は日本にあるどの一族も武力では勝てないだろうという結論を暗示していた。

 

・巫 女『あの一族が太刀打ちできなかったのなら、星伽巫女だって勝ち目は薄い。もしそんなのに目をつけられていたら』

 

 有り得る話だと思った。

 イギリス清教も日本と関連があるとはいえ、あそこは表向きは大半が普通の宗教。星伽巫女のような戦闘部隊でもなんでもなく、学校帰りにハンバーガーでも友人と食べて、幸せそうな笑顔を浮かべるような一般人が大半だ。多国籍企業の要領で関連企業が日本で立ち上がったらしいが、武偵みたいな戦うものとは無関係なものだ。つまり、日本の魔術関連で狙われるとしたら星伽神社。そしてその筆頭巫女は私だ。

 

・巫 女『魔剣(デュランダル)が実在するかは分からないけど、やっぱり正体不明の相手に狙われているというのは恐かった。でも、キンちゃんが護衛してくれることになって不安は消えた。だけど、また別の不安が生まれてきて』

・剣 道『どうせ遠山がとばっちりで狙われないかと心配してるんだろうが、一応聞いておきたかったことがある』

 

 なに?

 

・剣 道『お前さ、明日死んだらどうするんだ?』

 

 それは、

 

・巫 女『仕方のないことだよ。星伽の巫女は守護(まも)り巫女。身も心も誰かのために尽くすのが、生まれた時からの使命なんだから』

 

 スラスラでてくる言葉だ。昔、言い聞かせるように口にした言葉だからだろう。けれど謙吾くんは、

 

・剣道『使命のためならいつ死んでも構わんと教育されて、そのまま鵜呑みにするような奴なら確かにいつ死んでもいいとは思う。だが俺はそんなのゴメンだな。だが、遠山が死んだらどうする?』

 

 それは、

 

・剣 道『武偵なんて命の危険も否定できない職業だ。いくら世の中の犯罪が凶悪化して武偵みたいなのが正当化されたとしても、武偵の存在なんて本来はない方がいいに決まってる。つまり、俺やお前に限らず、誰だっていつ死んでもおかしくない時代に生きてるんだ。戦争がないだけマシというレベルのな』

 

 彼が何をいわんとしているのか、私には今一分からなかった。

 

・巫 女『何が言いたいの?』

・剣 道『結局、俺が星伽に聞きたいことは一つだ』

 

 何だろう?

 

・剣 道『この間のハイジャック事件の事を聞いた際、遠山がそんなに心配ならどうしてお前は合宿からすぐに戻って来なかった?』

・巫 女『え?』

・剣 道『俺はハイジャックされた飛行機に理樹が乗ってると連絡を受けたとき、合宿を切り上げて戻ってきた。結局は間に合わず、真人のやつに「オレはお前と違って理樹の危機に間に合ったぜ!見ろ!始末書だっ!」とか自慢された時は腹が立ったが、理樹の無事だった顔を見た瞬間にまぁどうでもいいかと思えたんだ』

 

 ようやく分かった。謙吾くんは私を、

 

・剣 道『俺はお前が戻って来るまでに、来ヶ谷という新メンバーをを加えてのバーベキューまでする時間の余裕があった。そのあと探偵科の寮でもめたらしいが、遠山が本当に心配で心配で仕方ないならなぜお前は帰って来なかったんだ?例え無事だと分かっていても顔を一目でも見るのと見ないのでは違う』

 

 彼は、私を責めてるんだ。

 

・巫 女『……星伽の掟では、』

・剣 道『掟より大事なもの、見つかるといいな』

 

 ・剣道様が退室しました。

 

(……星伽の掟より大事なもの?)

 

 考える。考えて考えて考えて、何度考えたって答えは変わらない。

 

(……私は、キンちゃんとのひと時が大事だ)

 

 だから、行ってみようと決意した。

 だが、その決意は魔術師遭遇するという結果を生み出してしまった。

 

 魔術師というのは格別戦闘技術を学んだプロではない。魔術を学ぶだけで、戦闘技術を学ぶだけの時間を食いつぶされるからだ。所詮は超能力者には及ばない才能なき負け犬とも言える。そんな魔術師相手に超能力者(ステルス)たる勝ち組の白雪は本当なら何一つ怯える必要はないはずだ。けど、今の白雪には目の前の魔術師が死神に思えてきた。星伽の掟を破った私に罰を与えるために現れたのだとも感じた。

 

(……ごめんなさいゴメンなさいゴメンナサイごめんなさいごめんなさいゴメンナサイごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンなさいゴメンナサイ)

 

 そんな時だった。

 

「はい、あーん」

「!?」

 

 危機感などなさそうな来ヶ谷さんに何かを無理矢理食べさせられたのは。

 それは熱々の食べ物で、

 

「アチッ、あつっ、あっ!? いやっ!?」

 

 結論から言うと熱いタコ焼きだった。

 

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 私は罪悪感から一転、口の中に広がる熱さにのたうちまわることになった。

 

             ●

 

 遠山キンジはあっつあつのタコ焼きを口に入れられてのたうちまわる己の幼なじみを見て、あぁ、こいつは昔も同じ事をしていたなぁと感じていた。昔、一緒に花火大会へ出向いた時、兄さんから渡されていた小遣いでタコ焼きを二つ買い、一緒に食べた。

 あの時は初めて食べるタコ焼きに目を輝かせて食べた白雪は熱さにのたうちまわった。

猛暑の様な暑さや鍛冶などで発生する熱には体質的に強いんだよとか白雪は言い訳をしていたが、当然熱い食べ物には耐性はなかったらしい。

 

「おいしかったか?」

「く、来ヶ谷さん!何をするんですか!」

「いやだってお前、いきなりゴメンナサイゴメンナサイと懺悔し始めたから、気分を変えてやろうと」

「だからっていきなりは……」

「いきなり? よし、先に宣言しよう。今からあーんを繰り出してやる。タコ焼きも幸い潰れていなかったようだしまだまだあるからな」

「あのいや、今、マジメな展開じゃ……」

 

 本来このような雰囲気でいるべき場面ではないが、白雪が突然懺悔し始めた時は本能的に危機を感じたから助かったと思う。

 

「白雪。お前には何一つ謝ることなんて無いはずだ。俺達はただ巻き込まれただけなんだからな。白雪には危機なんて迫ってないんだよ」

「……」

「来ヶ谷、お前からも言ってやれ」

 

 白雪を安心させてやってくれ。

 そう思うキンジだったが、来ヶ谷の返答は意外なものだった。

 

「……ようやく分かったよ。どうしようもなく要領が悪いと思ってたんだ」

 

 それは、来ヶ谷を襲撃した魔術師に向けられた言葉で、白雪に向けられた慰めの言葉ではなかった。

 周囲の砂煙もおさまるとともに、魔術師の姿もあらわになる。二十代後半くらいの男だった。

 

「……足手まといが増えたようですな」

「お前について大体の予測ができた。まず、お前はおそらく元ローマ貴族。結局お前が扱う魔術がなんなのか分からないが、気配が感じられないところを見ると減衰できるタイプの魔術か何かだと思ってる。そして、その魔術は尾行に持ってこいだ」

「それで?」

 

 来ヶ谷は、こう言った。

 

「お前、ホントに私を狙っていたのか?」

 

 嫌な予感がしてきた。だからキンジが問うのは、

 

「待て。こいつは来ヶ谷を狙ってきたやつじゃないのか?」

「私に用があったのも事実だろう。だが、最初から付けていた相手は私ではない」

「どういうことだ?」

「考えても見ろ。棗恭介、直枝理樹、井ノ原真人、棗鈴。探偵科の上位ランクが四人もいて、尾行に気づかないはずがないんだ。私に関しては言えば、偶然この人工なぎさでタコ焼き抱えた呑気な少女とエンカウントしたから予定を変更して接触しておきたかったって所だろう」

「じゃあ……」

 

 キンジの嫌な予感は、実像として身を結ぶ始めた。

 

「お前、誰を狙っていた?」

 

 誰を狙っていたかキンジは考える。

 人工なぎさに来るのが分かっていて待ち構えていたとしたら?

 元々来ヶ谷へと接触は予定に無かったとしたら?

 だとしたら、

 

「お前が魔剣(デュランダル)か!?」

 

         ●

 

「いや、違うだろ。私が聞いた魔剣の話とは全く違うし、第一こんな風に姿を表すとは思えない」

 

 来ヶ谷さんの言うように、魔剣ではないだろう、と白雪は思った。 

 でも、もっと別の、何か薄気味悪いものに思える。

 一応敬語で話しているだけで、本心は不気味になものに思える。

 

「……貴女にお目にかかれてよかったです。エリザベス様」

「急にどうした?」

「貴女はやはり頭の回転が速い。今は大人しくしているにせよ、警戒するに値すると分かりました」

「ん?帰るのか?」

「本心を言えば、一度貴女様をこの目で見ておきたかったのですよ。ですが、このまま貴女に付き合うとリスクの方が高そうですね」

「つれない奴め」

「誰だって勝ち目のない戦いは挑みませんよ」

 

 魔術師は海へと目を向けた。ただ砂浜へと一定のペースで打たれるはずの波打際の水が、不自然な潮の動きをしていた。波打つ水が、不自然な小さな渦を作り出している。

 

(……あれは)

 

 白雪は知っている。あれは、

 

「では、さらば」

 

 魔術師は軽く地面を蹴り、重力を受けていない宇宙空間にいるかのように自然に何メートルも上空へと後退した。

 

直後。

 

魔術師がいた場所に水の弾丸が通過した。

 

「ちっ。バレてたか」

 

 水の魔術。知っている。これは、

 

「……謙吾くん!?」

 

 来ヶ谷さんの舌打ちを聞いて岸の方に目を向けると、手をかざしている知人の姿が見えた。

 

        ●

 

「真人っ!」

「オオオオオオオオオオ」

 

来たのは謙吾と真人の単純バカ二人だった。井ノ原真人は砂浜による抵抗を筋肉により強引に突っ走る。全力疾走だ。

魔術師が空中に風船のように漂いながら後退する速度より速く、砂浜を翔ける筋肉は、来ヶ谷に向かって一直線に走る。

キンジが銃を取り出すより早く、彼らは動いた。

 

来ヶ谷(らいらいだに)!」

「行くぞ。堪えろ」

 

 筋肉は来ヶ谷を引き殺す電車の如く一直線に突撃し、ぶつかりそうになった瞬間、来ヶ谷唯湖は真人に蹴りかかる様に見えた。厳密には蹴ってなどいない。真人に両足がぶつかるような角度でジャンプをした結果、相対的に蹴ったように見えただけ。カウンターの要領で加速度付きの足場を確保した来ヶ谷は、そのまま飛んだ。

 

「……なっ!?」

「待てよ」

 

 正確な角度で打ち出された来ヶ谷は、そもそも打ち出されたスピードが違うためあっという間に魔術師に追いつく。空中での交差ゆえ、彼女のチャンスは一度きり。

 

「あまり私をからかわないほうがいい。痛い目を見るぞ」

 

 そのまま来ヶ谷が空中で繰り出した蹴りは顔面に命中した。

 

(……ん?なんだ、この感覚は)

 

 命中はしてる。けれど力が伝わった感じがしない。力が逃げている感覚だ。おそらく魔術。

 

(……チッ。まぁいい。ここで魔術だけは見極めてやる)

 

 来ヶ谷唯湖は二撃目を繰り出す。

 今の体勢は空中ゆえに大きく動けはしないが自身の右足が顔面に触れている。

 

(……このまま地面にたたき付けてやるっ! さ)

 

 魔術で浮いている魔術師とは違い、来ヶ谷は単にジャンプしただけゆえに重力の法則に従い落ちてゆく。その時に魔術師の足を掴み、そこを支点にして叩き降ろしてやるつもりだったが、

 

(……!?)

 

 失敗した。足を掴んだはいいものの、自身の体重を支えきれずに手を離してしまったのだ。

 

(……何故!? 引きこもってたことによるブランクか? いや、そこまでバカじゃないぞ)

 

 下で走り続けていた筋肉に落下は助けてもらったものの、砂浜に落とされた来ヶ谷は疑問が残りつづけた。

 

「それではまた。来ヶ谷唯湖様に星伽巫女」

 

 魔術師は気球のように浮いて飛んで行った。

 

「……なんだったんだ?」

 




どうでしたか?
白雪メインのお話をあまり見かけないのではりきってみました!
白雪さんがすごい伏線はりましたが、ちゃんと回収するのでご安心を。


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Mission33 ケースD7の失踪者

「それではこれより、アドシアードを開催したいと思います」

 

 GWという連休も終わり、アドシアードがついに始まった。東京武偵高校生徒会長、星伽白雪による開会式の宣言がマイクにより各地に響く。

 アドシアードの開会式場にいるのは、各国から集められた優秀な選手達や、国家のお偉いさん達。

 ここでの主役はあくまで選手たち。キンジのように競技に参加しない一般生徒達はチケットのモギリをやったりして運営に携わっている。そして、東京武偵高校の生徒のくせ来賓席に座っている人物が二名がいた。

 

「……なぁ。聞いていいか」

「私にこたえられることなら」

「どうして私がこんな場所に座らされてんだろうな?」

「あなたはここにいるだけで、それだけでいいと言われているのですから、何もすることがないことに文句言わないでください来ヶ谷さん」

「やはりあの野郎の仕業か。私はカメラ片手にハイアングルからいろいろ撮影するつもり満々だったものを……。まぁいい。それは村上少年を中心としたFクラスの同士達に期待しておこう」

 

 来ヶ谷唯湖と二木佳奈多だ。二人の関係は同僚とも言える。

 

 二人とも若くして自分の委員会を持つことを認められた実力者だ。

 プロであっても委員会を持つことは難しいため、学生でありながら委員会を持つのは疎まれることもある。そのため、立場的には微妙な所もあるのは否定できない。境遇が近いせいもあって、二人はちょっとしたことで一緒にお茶をすることがあるのだ。少なくとも、ビジネスライクな関係を築き、険悪な空気になったことは今までなかった。

 

「あなたもヒマな人ですねぇ」

「君だってそう変わらないんじゃないか?本来予定がなかったからこそ、今私と二人でここにいることになったんだろうに」

「どのみち誰か護衛につけないといけないなら、私がやるしかないじゃないですか。あーちゃん先輩からもお願いされましたし、何より、あなたの護衛をろくに実力も知らない人にやらせても意味がない。それなら葉留佳でも連れていればいいんですよ。今のあの子なら問題ないしょう。それができないのは、イギリス清教から来ているあなたの立場に釣り合うのが私くらいだったからでしょう。立場としては牧瀬でもいいかもしれませんが、荒事なら私の方が向いている」

「そもそも、単純な戦闘能力で君に勝てる人はこの東京武偵高校にはいないからな。……先生方を含めたとして、君がいる限り私の安全は保障してくれるんだろう?」

「確か来ヶ谷さんは神崎さんとは知り合いでしたよね?星伽さんに護衛という先約がなければ、神崎さんでもよかったとは思いますが、あいにくと彼女は手が離せないようで……。ところで、花火大会の時に魔術師に襲われたそうですが、それが寮会で依頼していた『バルダ』という奴で間違いないのですか?」

「多分。確率論になってしまうが、あいつの一礼はローマ式のものだったから、ほぼ間違いないだろうな」

 

 面接試験を受ける際に、一般に挨拶一つで人物像が分かるとされる。

 軍隊のような教育を受けさせられていた昭和の戦前ならともかく、今の世の中挨に生きる人間は挨拶一つをろくにできないやつは大勢いるのだ。野球武所属の生徒がすぐに分かるように、一瞬で分かるものだ。

 

「一礼を見ただけでだいたいの教養が分かる。ローマ貴族だということは間違いないし、だとしたらバチカンの連中が情報を公開したくなかったことにも合点がいく」

「来ヶ谷さんはイギリス貴族でしたね」

「くだらない世界だが一応は。私の家は、元々イギリス王室補佐なんかやっていたところだ。父さんや母さんには悪いことをしたと思ってるよ。ところで、私たちの依頼はどうなってるんだ?」

 

 来ヶ谷からの疑問の依頼とは寮会からの依頼についてだ。内容は『アドシアード期間中に現れる魔術師の迎撃』。外交上の大義名分ができるレベルなら何でもいいらしい。外交問題なら佳奈多より来ヶ谷の方が詳しいが、今後どうするかは依頼主たる寮会に一任だ。

 

「私が接触した時点で寮会からの依頼は達成したとも言える。交渉士としても悪名高い私がやれば文句を言わせないこともできるだろうが、これからどうしたらいい?」

「……バルダは貴女に仲間になれと言ってきたそうですね」

「そうだ」

「私の意見としては、来ヶ谷さんが私の委員会に入ってくださるなら、他の誰を無視してでも来ヶ谷さんを口説きにかかるのは当然のことです」

「お、モテモテだな。照れるじゃないか」

「事実でしょう。単に銃を持って戦う能力が高いやつよりも、頭脳が優秀な人間の方が役に立ちますから。私にできることなんて、せいぜい向かってくる相手を蹴散らす程度のことしかできませんが、最低限の仕事はやってみせましょう」

「随分と気合い入ってるんだな。白雪姫に関しては拉致られても奪い返すプランがあるから問題ないとか言ってることを考慮したら破格の対応だ」

 

 風紀委員長が直々に護衛してくれるとなれば、それは頼もしい。

 頼もしいのだが、

 

「別に佳奈多くんの護衛はいらないぞ? 恭介氏たちと離れなければいいだけのことだし、私には書類上とは言え部下もいる。こんなでも慕われてるし頼めば快く引き受けてくれるはずだ。それは佳奈多くんが1番よく分かってると思うが」

「勿論です。ですが棗先輩たちにはアドシアードが終わるまでは何かあったときのために待機していてもらいたいですし、貴女には中途半端な護衛は足手まといでしょうから、私が任命されました」

 

 そうかい、と来ヶ谷は納得しておくことにした。

 マスコミ関係者への対応の仕事も入ってる関係でバスターズの面々とも1時別行動をとる予定もあるためにちょうどいいといえばちょうどいいからだ。無理して断るだけの理由もない。

 

「バルダは私と接触したのは偶然で、本来白雪姫を狙っていたみたいなことを言っていたが、どう思う?」

「魔術超能力を扱う一族ですからね。狙われる理由は尽きないでしょう。魔剣(デュランダル)に狙われているとSSRの予言で出たみたいですけどそれと関係あると?」

「さあな。仮に関係あるとしたら姿を見せない噂話たる魔剣にはデメリットしかない」

「……魔剣(デュランダル)はともかく、バルダは何がしたかったのでしょうね?」

「……本来に知らないのか(・・・・・・・・・)?」

「誰に嘘つき呼ばわりされれようが、来ヶ谷さんにだけは嘘は尽きませんよ」

「…………」

「気になりますか?」

「調べてくれ」

「了解しました。でも対して期待しないで下さいね。調べるにのは時間もかかりますけど、それでもいいでしょうか」

「じっくりでいい。その際に必要な情報はこちらで用意する」

「助かります」

 

           

       ●

 

 

 親友同士、直枝理樹と井ノ原真人の二名は白雪の開会式における宣言を聞いた後は、二人で競技を見て回っていた。依頼を受けている身ではあるが、棗恭介という圧倒的カリスマ性を持つリーダーがいる以上は、緊急の指示には困らないために心の余裕があるわけだ。今は見回りも兼ねて競技を楽しんでいる。それで今は強襲科(アサルト)のガンシューティングの競技を見ていた。

 

「見てみて真人! 不知火君が出てるよ!」

「おっ。本当だな。アリアが辞退したから補欠で上がってきたんだっけか?」

「遠山くんがそんなこと言ってたね」

「真人は何か出たくなかったの?」

「オレは銃はどっちかというと嫌いだからなぁ」

「真人ってハンマー投げとか向いてそうじゃない?」

「あぁ!?『その筋肉はせいぜい弾を遠くに飛ばすことぐらいしか能がなさそうだなぁ』とでもいいたげだな!?」

「そうは言ってないさ」

 

 

 真人は不知火たち強襲科の面々が行っている行動を見て、

 

「……理樹もガンシューティングならアドシアードに出られたんじゃないか?

 お前、リロードと早打ちは得意だろ」

「空中リロードはまだできないよ。練習はしてるけどさ」

「ありゃ恭介が器用すぎるんだよ。気にすんな」

「それに、僕はできるなら強襲科みたいな戦う人じゃなくて、恭介みたいな勇気ある人として有名になりたい」

 

 お前ホント恭介好きだな、と笑い合う二人であったが、ふと理樹は真人に疑問を問い掛ける。

 

「そういえばさ、Fクラスのみんなは今頃どうしてるのかな?」

「うちのクラス?」

「うん。クラスメイトのレキさんがアドシアードの狙撃競技の日本代表に選ばれたから、みんなで応援段幕作ってたじゃない」

 

 あの時の気持ちは忘れもしない。最高の友達想いのクラスメイトたちだと思ったら、実はただの変質者集団だったことは。その筆頭はチームメイト来ヶ谷唯湖。

 

「さぁな。でもクラスメイトであるレキのことを大事に思ってるのは事実みたいだし、普通に応援していると思うぞ」

 

 

        ●

 

 

 競技の無い生徒の仕事はシフト表に張り出されていたが、シフトは交代してもらったりで変更できた。

 だから、彼らは集まることができた。

 彼らは狙撃競技の会場の応援席に陣取った40名余りの集団だった。

 

「皆のものっ! レキ様のために集まらなかった不届き者はいないか確認せよ!」

「村上会長!村上会長! 直枝と井ノ原、宮沢と来ヶ谷がいません!」

 

 ちなみに鈴と小毬はいる。

 

「……他には?」

「西園辺りがいないかと」

「あいつはそもそも武偵高に帰還していないはずだ。仕方あるまい。だが、二年Fクラス諸君っ。シフト変更できなかったという不届きものはいないなっ!!」「「「当然ですとも、村上会長っ!!!」」」

 

 村上会長はレキの写真がプリントアウトされたTシャツを配り始めた。

 

「む、村上会長!? こ、これは!?」

「そうだ。我等二年Fクラスを母体として作り上げた、われら『レキ様ファンクラブRRR』製のオリジナルTシャツだ」

「村上会長!村上会長!流石ですっ!」

「よし、撮影班、準備はいいか!?」

「「「当然だ!!!」」」

「段幕班、準備はいいか!?」

「「「当たり前だ!!!」」

「よし、レキ様の出番は午後4時以降。今は午後2時だ。皆の集、いつものいくぞ!」

 

 オウ!と気合いの入った返答が帰ってきた。

 

「我々は!」

『『『レキ様のストーカーにあらず!』』』

「我々は!」

『『『レキ様を愛でる宗教にあらず!!』』』

「そして我々は!」

『『『己のすべてを彼女のために!!!』』』

「故に我々は!」

『『『レキ様を影から支える騎士である!!!』』』

「その名も」

『『『レキ様ファンクラブRRR!!!!』』』

 

 彼らはレキの出番までレキのことを考えて集中力を高める作業に入った。

 

 

         ●

 

 

「白雪、おつかれ」

「あっ、キンちゃん」

 

 白雪の護衛役、遠山キンジは缶ジュースを手に生徒会の仕事をしている白雪の元に訪れていた。

 

「仕事、うまくいってるか?」

「うん。マスコミとかの報道陣には放送委員長の来ヶ谷さんがうまいこと対応してくれてるし、お偉いさん方の案内は風紀委員会の人達が頑張ってくれてるし」

「委員会連合もちゃんと仕事してくれていたんだな。打ち合わせの時は空席だったのに」

「あの人たちはすごい人たちの集まりだから、面倒でやってられなかったんだと思うよ」

 

 白雪と会話をしながら、キンジはこう思っていた。

 このまま何も起こりませんように、と。

 魔剣(デュランダル)など存在しない。

 そう言い切ってアリアと喧嘩したキンジではあったが、花火大会でもことが危機感が生んでしまった。

 

『星伽の巫女が狙われる理由など今更考えるまでも無い』

 

 宮沢はこう言った。

 

『ふーん。元々は私をつけてたわけではないな』

 

 遭遇した魔術師に来ヶ谷はこう言った。

 

「来ヶ谷はどうしてるんだっけ?」

「寮会から護衛に二木さんをつけさせられたみたいだよ」

 

 学校側としては、Sランクの武偵を護衛につけておけば問題ないと、Sランクを全面的に信頼する方針みたいだ。風紀の長がついているなら来ヶ谷の安心は保障されたようなものだろう。でも、白雪は?

俺がアリアというSランクを追い出してしまったせいでこんなEランクが護衛になった。

 

「白雪の今後の予定はどうなってるんだ?」

「へ? あぁ、私の予定ね……」

「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」

「な、なんでもないよ。私の生徒会長としての仕事は閉会式までは事務的なものばかりだよ」

「ということは一人の時が生まれてしまうのか?」

 

 花火大会まで、キンジはこれっぽっちも不安なんて抱いていなかったため、シフトの変更ができなかったのだ。白雪が開会式の挨拶をしている時間帯辺りで仕事を入れられればよかったのだろうが、二年Fクラスの連中が全員シフト変更したとかでこれ以上の変更は受け入れてもらえなかった。

 

「俺は午後の3時から武藤と入れ替わる形でモギリの仕事がある。しばらくはつきっきりで一緒にいられない。白雪、俺のいない期間はどうしてる?」

「心配しなくて大丈夫だよキンちゃん。魔剣(デュランダル)なんていないんだから」

 

 魔剣(デュランダル)なんて存在しない。

 自分で言った言葉がこれ程無責任に感じるのはどうしてだろう。

 

「私もは来ヶ谷さんと二木さんに協力してマスコミ関係の接待でもしていようかなと思う。人も多いから安全だよ」

「そうか。なら安心だな」

 

 その時、キンジのケータイに電話が入る。

 

『キンジ!もうじき時間だから早く来いよな!』

「悪い、今行く。じゃあ白雪、また後でな」

「うん。いってらっしゃい」

 

 キンジはここで白雪と別れてしまった。

 彼は後にこのことを後悔することとなる。

 

 

         ●

 

 

 

 強襲科(アサルト)による模擬格闘戦を見ていた少女ユイは、突然頬に冷たい何かが触れて飛び上がった。

 

「ひゃんっ」

「ほら、飲み物買ってきたぞ」

「い、岩沢さん! 驚かさないで下さい!ビックリするじゃないですか」

「驚かすつもりはなかったんだが……まぁ悪かった。ほら、どっちがいい?」

 

戦姉(アミカ)が出してきたものを見る。

 天然水とミネラルウォーターだった。

 

「どっちも同じじゃあー!」

「そんなことはないぞ。値段は……」

「違うんですか?」

「値段は同じだったな」

「……じゃあなんですか!」

「商品の名前が違う」

「んなもん見りゃわかるわぁ!!」

「……怒りっぽいユイにはカルシウムたっぷり牛乳の方がよかったかな。なら、こっちのミネラルたっぷりの方で」

 

 差し出されたのは天然水だった。

 

「……もういいです」

 

 この戦姉(アミカ)に関しては、知れば知るほどイメージが瓦解していく。勉強面で家庭教師もしてもらってるから、頭がいいことは違いないは分かってるのだが、所詮はアホばかりのうちの組織のメンバーなんだと悲しくなることがある。

 

「岩沢さんって、天然入ってますよね」

「ミネラルウォーターだし天然なんじゃない?」

「……自覚なし、と」

 

 これが私の組織の女性陣のリーダーなんだから驚きだ。カリスマ性がヤバいのは認めるが、ひさ子先輩が苦労するのもよく分かる。そして、天然ボケ同士あの麻婆豆腐先輩と仲がいいのも何となく分かる。

 

「私たちの予定はどうなってるんですか?」

「何にも連絡入らなかったら何もない。じゃ、お休み」

 

 岩沢さんは観客席の椅子に座ったまま眼を閉じ、眠りはじめ――――

 

「え? あの、岩沢さーん!」

「ZZZZZ」

 

 

           ●

 

 

 この日、アドシアードに関わる人々はそれぞれ思い思いのことをしていたのだ。

 一人は連れてきた戦妹をほったらかしで眠りだし、あるクラスはクラスメイトの応援に盲信的なまでに団結し、筋肉さんたちは筋肉していたりして。

 けれど、この後送られる周知メールにより、彼らの行動の変更を余儀なくされる。

 

 そう。

 

 ケースD7が発生したというメールが着たからだ。それはつまり、星伽白雪の失踪を意味していた。




草薙先生ごめんなさい。
それはそうと、ユイの戦姉が判明しました。
予想通りでしたか? 


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Mission34 失踪人の捜索者達

 メールが一部の関係者に届いた。

 ケースD7の発生を知らせる周知メールだった。

 ケース『D』とはアドシアード期間内に、武偵高校内部での事件発生を意味する。

 

(……ただし、『D7』となると事件かどうかは不明確で故に連絡は一部の者にしか行かない、だったな)

 

 保護対象者の身の安全のため、みだりに騒ぎ立てることは厳禁で、アドシアードも予定通り信号するいう指示でもある。来賓席に座っている不敵な笑みを浮かべた少女来ヶ谷は隣に座っている佳奈多に話し掛ける。彼女達二人の立場からすると、非道と思うかもしれないが失踪した白雪よりもアドシアードのことを気にかけなければならない。

 

「白雪姫の件、君はどう思う?」

「私は何もしなくていいと想います。学校側も何食わぬ顔でアドシアードを通常運営するみたいですし」

「さすが武偵高。生徒が失踪しようが一々構っていられないか。……しかし、東京武偵高校の生徒会長が行方不明となると、どうやってアドシアードを進行させるんだろうな?白雪姫に頼りっぱなしだった残りの生徒会メンバー達じゃ、とてもじゃないが運営なんてできないだろうに」

 

 意味深なことを佳奈多に言うのは、佳奈多は自身の委員会を持つ委員長であると同時に、東京武偵高校においては寮会の一員だからだ。寮会の普段の仕事は、武偵高の生徒たちに指名の依頼を出すこと。適材適所の仕事を渡すことだ。

 

「白雪姫の代役は決まってるのか?まさか、生徒会の後輩たちだけでやらせはしないだろう」

「勿論です。生徒会長代理として仕事してもらう人物の目星はついています。寮会は迅速に決定を下し、今から依頼をするところです」

「仕事が早いな。誰に決まった?」

 

 誰でもいいけどとりあえず把握しておこう。

 そんな気軽さ担当者の名前を聞いた姉御は、

 

「くる――」

「サラバッ!!」

 

 悪寒を感じて逃げ出した。刹那の判断だった。

 判断、決断、実行の三段階を一瞬にして行った彼女は逃げる。迷いなどない。

 

「逃げないで下さい来ヶ谷さん!私はあなたの護衛役なんですから、手間かけさせないで下さい!」

「そんな面倒なことやってられるかっ!」

「退屈じゃなかったんですか!?」

「より退屈だよバカ!」

「バカ!? バカってなんですかバカって!?」

 

 

           ●

 

 仕事といっても遠山キンジに与えられたのは講堂でのモギリの仕事。そもそも講堂自体武偵高のかなり奥にあるためにセキュリティを必要としていなかった。やることがないということはヒマを生み、ヒマは眠気を生んだ。一緒にモギリをやっていた武藤は先輩の運転競技(ドライビング)の車の整備の最終点検を突如依頼されて途中でいなくなっていたし、話す相手もいなかった。

眠気の誘いに負け、ぐっすりとしたバカはゲンコツとタバコの火により叩き起こされる。

 

「……綴先生?」

「遠山!星伽はどこだ!?」

「白雪なら、来ヶ谷や二木と一緒なんじゃ……」

「馬鹿をいうな遠山!! あの二人はこの東京武偵高校の生徒のくせして委員長の資格持ってるキチガイどもだぞ!! いちいち相手にするのが面倒だから一緒に今回行動させてるんだ。星伽の相手なんかするわけがないだろう!」

「え、でも白雪は一緒にいるって」

「Sランクオーバーがボランティアなんてするはずがない!」

 

 ということは、

 

「おい、遠山、どこにいく!?」

 

         ●

 

 白雪が失踪したというのに緊張感のカケラも感じられない低レベルな理由(一人にとっては切実なことではある)のために生じた委員長二人の追いかけっこは、堅物とお気楽の相反する視点ならの不毛な平行線の論争の結果、別の代理を姉御が立てるという結論で小休止を迎えた。

 

 よって、

 

「恭介氏。白雪姫の代理をしてくれ」

 

 二人は恭介のもとに訪れていた。恭介は屋上で寝転がっていた。そもそも三年生は外部での研修や依頼での外出が多いため、三年生はアドシアードでは実質自由登校だ。

 

「……なんかあったのか?」

「生徒会長の星伽さんが失踪しました。ケースD7です」

 

 恭介は三年生だからということもあるが、そもそもバスターズの面々には周知メールが届いていない。こういった周知メールはたいていごく少数に送られたりするものだ。来ヶ谷と佳奈多に届いたのは独自の立場が理由である。そもそも周知メールは予め各クラス代表に届けられ、クラス代表が誰に出すか決め、クラス代表が一斉送信するものである。クラス代表と連絡が取れない場合は寮会の仕事のなるが、恭介らには出さないと決めたのだろう。

 

「失踪か。追跡の方はどうなってる?」

「星伽さんには護衛がついていましたから彼らを中心に動いていることでしょう」

「なるほど。事情は把握したが、寮会から受けていた依頼はどうすればいい?」

 

 恭介がいう依頼とは、バルダと呼ばれる魔術師の迎撃。

 

「俺はもともとバルダなんて実在しない作り話だと思ってたんだがな」

「……なんのためにですか?」

「理由ならいろいろあるさ」

「ローマの人達が何か隠しているのにもですか?」

「隠しごとなんて一つだけではないだろう? けど、花火大会で来ヶ谷が魔術師と遭遇したことで無視は出来なくなったと思うがどうだ?」

「……その魔術師がバルダであると仮定したら、狙いは来ヶ谷さんでした。なので私が今彼女の護衛に任命されています」

 

 寮会としては、バルダを捕まられなくても別に構わないとしている。

 ただ、行動しましたという大義名分が欲しいだけだ。

 だから、ひとまずは気にしなくていい。寮会の代表者はそう言った。

 

「分かったよ」

「じゃ、任せたぞ恭介氏」

「来ヶ谷さんはどうするのですか? 一緒に生徒会の仕事を手伝っていただけたら私としては楽なのですが」

 

 恭介にやっかいごとを押し付けて退散を決め込んだ姉御は至極当然とまでに言うのは、

 

「そもそも生徒会の仕事が白雪姫一人の手腕で回っていたなら、出来る奴一人いればなんとかなる。私一人にできるなら恭介氏にも出来ないはずはない」

「すごい上から目線だな」

「ほっとけ。私は白雪姫を探すとするよ。その方がヒマしない」

「……言葉選んでいいますけどあなたに動き回られたら護衛としては『迷惑』です」

「おいおい二木女史。まさかとは思うが、この面倒くさがりの私が実際に心当たりを歩いて回るなんていうアナログな方法に頼ると勘違いしてないか?時代はデジタルだ。君は引きこもる私の隣に座ってればいいさ」

 

 疑問符を浮かべる護衛に、面倒くさがりは言う。

 

「……簡単なことさ。昔から人探しの基本は決まっている」

「……それは?」

「人海戦術」

 

           ●

 

 

 雰囲気は大事な要素だろう。おはようの一言一つとったとしても、爽やかな健康的スポーツ少年(ただし筋肉にあらず)の挨拶と引きこもりネット廃人(ただし美少女は除く)の徹夜明け挨拶では与える印象が違う。誰ひとりとして何も喋らない状況においても、明るい人間がいるのと暗い人間がいるのでは全体として与える印象は必然的に変わってくる。

 

 つまりだ。

 

 狙撃競技(スナイピング)のアドシアード会場は奴らによって支配されていた。

 

「「「…………」」」

 

 一言で言うと、お葬式ムードだった。

 奴らはオーラとしては底辺から会場をどんよりと支配していた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 会場を支配するくらいの陰気、陰欝、陰性、陰湿な感情を出している連中の名前はRRR。正式名称レキ様ファンクラブRRR。村上と呼ばれる偉大なる勇者をリーダーとしておいた集団であり、二年Fクラスは男女問わずほぼ全員がメンバーであった。勢力は日々拡大する一方のルーキーとも言える。レキの応援をするためにアドシアードのシフトに関し、銃で脅すなんて生易しい方法を使わず、口にするのもはばかられる手段で脅してまでシフト表を変更してレキの応援に駆け付けた彼らゆえに、衝撃は大きかった。

 

 レキが、失格になったのだ。

 

 反則行為をした訳ではない。

 無論レキはそんなことをする少女ではない。

 世界記録(ワールドレコード)を目前としたレキが、狙撃競技(スナイピング)の競技中にレーンを離れたために失格になった。

 

 どうして、という気分が彼らを支配する。

 

 理由が分からないために発生した無気力空間は、レキの狙撃科(スナイプ)の仲間たちのレキを責める声を黙らせてしまったくらいだ。

 その時、チャットの二年Fクラス通信に書き込みがあった。

 

・姉 御『我か二年Fクラスのアイドルレキが失格になった理由は、失踪した星伽白雪嬢の捜索らしい。誘拐された可能性が大なために、一秒が惜しかったみたいだな』

 

 そこには理由が書き込まれていた。

 

 実質のレキ様ファンクラブ通信と普段は化している二年Fクラス通信を見た奴らは、理解し納得した。

 

(((……レキ様は自分の記録よりも他人の安全をとったのですねっ!!)))

 

 アドシアードのメダルがあったら将来の就職に有利だ。けれど、レキはそれを蹴って白雪の捜索に向かった。そのことを聞いたファンクラブは自身の崇める少女の偉大さに敬服すると同時、このような事態を招いた現況に殺意した。

 

「村上会長! レキ様にメダルを蹴らせるような事態を招いた奴が許せません!」

「村上会長!レキ様が動いている以上、我ら真実を知る者がじっとしてはいられません!」

「村上会長! 星伽誘拐犯に天誅を下してやりましょう!」

 

 彼らはすでにブラックオーラから復活し、殺意を秘めたダークオーラを漂わせながらリーダーの指示を待った。彼らはすでに軍隊のように統制させていた。

 

「俺達は武偵。だが、その前にレキ様ファンクラブRRRでもある」

 

 順序がおかしいことにツッコミを入れる者は当然いない。

 

「全力で天誅を下す。だが、殺してはならない。後は分かるな?」

 

 かつて真人と来ヶ谷が投げ込まれた武器を用いて決闘したことがある。あの時は全力で戦ったが、(来ヶ谷には)身の危険など無かった。武器さえ選べば、武偵法を意識することなく加減なく戦えるということだ。

 

「全力全開でやれる準備を整えたか?」

「村上会長!釘バット四ダースの準備が完了しました!」

「よし、ではいくぞ!!」

「「「はい!!!村上会長!!!」」」

 

 彼らは釘バットを片手に出撃した。

 

          ●

 

 そして、直枝理樹と井ノ原真人の二人はリトルバスターズ内でのチャットで見た。

 

・姉 御『恭介氏。謙吾少年がチャットに反応がないが、それ以外は全員揃ったぞ』

・0  『なら、いるものだけでも指示を出す。鈴は小毬を連れて俺のとこに来い。あと真人もだ』

・筋 肉『なんで?』

・0  『何かあったときに必要なのは、医療技術を者をいち早く運ぶことだ。小毬には悪いが、小毬が自分の足で走るよりは真人が担いで走った方が早い。車を使えればよかったが、車輛競技(ドライビング)の点検でどこも車を貸してくれないからな。だから真人は俺のとこまで来たら、手伝いはしなくていい。いつでも走れるように準備しとけ』

・筋 肉『オーケー』

・0  『理樹と謙吾、そして来ヶ谷の三人は捜索に加われ。方法は任せる』

・パワー『アバウトだね』

・姉 御『ま、私に任せとけ』

 

 真人は単純バカではある。

 しかしそれは、的確な指示を出せる人間のもとにいるだけで解決できる短所でもある。

 

「じゃあ、オレは先に戻ってるぜ」

「ちょっと待って真人」

「どうした?」

「周知メール届いてた?」

「メール?」

 

 真人の携帯を確認した理樹は、やたり真人にも届いていなかった事実を確認した。

 

「それがどうかしたか?」

「謙吾と連絡がつかないことどう思う?」

「寝てんじゃね?謙吾は星伽の失踪なんて知らないだろ。オレたちですら今チャットで知ったんだぜ」

 

 いや、と理樹は首を横にふる。

 

「謙吾は二年Fクラスのクラス代表。周知メールはどんな内容であれ謙吾に届けられるはずなんだよ」

「……と、いうことはだ」

「謙吾は必ず動いてる。しかも、一人で」

 

 謙吾は強い。

 真人との勝負ではいつも勝つ。常勝無敗の男。味方としては頼もしいことこの上ない。

 少なくても理樹よりは間違いなく強いため、何も心配する必要はないのかもしれないが、

 

「あの野郎、シバき倒してやる」

「まぁ僕らには別の依頼が入ってたわけだしなぁ」

 

 文句を言っても始まらない。

 真人には真人の、理樹には理樹の役目が出来た。

 

・姉 御『捜索範囲はある程度絞ってやる。ちょっと待ってろ』

・パワー『いつでもいいよ』

 

「じゃあ、始めようか」

「オウ、じゃあ待たな!」

 

 それじゃ、

 

「「ミッションスタートだ」」

 




ギャグをやりたいのかシリアスをやりたいのか不明です。
あと草薙先生ごめんなさい。


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Mission35 広き世界への案内人

 情報と一言にいっても考古学のように『真相』が重要視されるタイプと、日々新聞等の速報に掲載されるような『鮮度』が重要視されるタイプがある。扱うタイプにより名前が異なり、前者のタイプは図書委員、後者のタイプは放送委員と呼ばれたりもする。それぞれ図書館とマスコミのイメージより名前がつけられた。

 実際、彼女来ヶ谷唯湖は聖徳太子のように一度に数多くのことを把握できる能力を兼ね揃えていた。例えば音声情報として聞こえてくる声として、

 

『どこだ星伽誘拐犯っ!レキ様に迷惑をかけやがったやつは!』

『俺達の手で正義の裁きを与えてやるぜっ!』

『釘バットの点検を日々怠らなかった成果を見せてやるぜ!』

『レキ様の敵は俺達の敵だっ!!レキ様を敵に回したことを後悔させてやるぜ!』

 

 なんかいろいろ残念なものが聞こえた。

 

(……んー。もうちょっと範囲の絞りこみに時間がかかるかな)

 

 現在、二年Fクラスを中心に失踪した白雪を捜索中であるが、レキ様ファンクラブRRRの会長村上の圧倒的カリスマ性により統率された集団により着実に死角が一つ、また一つと潰されていっていた。これぞまさに人海戦術。いいことなのではあろうが、素直に感心出来ないのはなぜだろう?

 

 

『星伽誘拐犯を捕まえてレキ様の前に懺悔させるぞ!』

『『『Yes、村上会長!!!』』』

 

 

 彼らは今日も絶好調だ。

 来ヶ谷の護衛役はこの光景に心の底からの軽蔑したした視線を送る。

 護衛は第三放送室のモニター画面に映るコメントしずらい光景を見て、

 

「…………」

「どうした二木女史」

「いえちょっと…………引いているものですから」

「君の委員会もあそこまでの統率力はあるまい」

「ここまで暴走もしません」

「笑えるからいいじゃないか。うちのクラスは楽しそうだろ?」

「……ノーコメントでお願いします」

 

 とは言え、

 

「こんな情報に頼っていいのですか?チャットに書き込まれた内容なんてデマかもしれないですよ」

「あいつら仮にも武偵だし大丈夫だろ。一応真偽は私が全部判断する。それに」

「それに?」

「普通はこんなバカらしい事態を想定しない。誘拐犯も他クラスのチャットなんて警戒しないだろう」

 

 佳奈多は否定できなかった。したかったわけでもないけど。

 とりあえずため息をついておく。そして、Fクラスの一員でなかった幸運に感謝しておく。

 

 

           ●

 

 遠山キンジはEランクの武偵だ。強襲科(アサルト)乾桜(いぬいさくら)という中学生がインターンでAランクで存在していることを考慮すれば、たいしたことない武偵という表現もできる。Eランクである理由は試験をボイコットしたからという理由からではあるが、キンジは客観的に自身の実力はEランク相当だと思っている。

 

 直枝理樹のように憧れの人を目標に必死に日々努力するわけでもなく。

 井ノ原真人のように自分をさらに磨くために転科して探偵科になったわけでもなく。

 

 ふて腐れて仕方なく転科して探偵科になった。武偵を辞めて一般高に移ると言いつつもそのための努力は何もせず、毎日をただ流されるように生きてきた。

 褒められたところは何もない。ルームメイトのバカたちにかつての自分を投影し、辛くなるけともあった。嫉妬することもあった。そして、そんな自分が嫌だった。クズだ、と思い否定できなかったこともある。

 

 だけど。

 

(……白雪を見捨てたら、それこそ本当のクズだっ!)

 

 そんなことは動かない理由にはならない。

 武偵だとか、依頼だとか、義務だとか、責任だとかそんな言葉は相応しくないだろう。

 ただ、友達を見捨てられない。

 

(……白雪は当然として、アリアも電話でないか)

 

 頼りになるアリアにも連絡はつながらない。けれどそれは自分の愚かさが招いた結果。

 

『お前は敵がいた方がいいと思っている、だから、それがいつの間にか「いる」に変わっているんだ!』

 

 アリアに言った言葉は逆だった。俺はいない方がいいと思っていただけだった。

 花火大会の日。不幸に巻き込まれてやっかいなやつに遭遇したと思ったが、白雪が狙われていることが言及され、その瞬間に頭を下げてでもアリアを呼び戻すべきだったのだ。

 宮沢はよくあることと言っていたし、白雪はいつものことだからと笑っていたが、あの笑みが本心か偽りかも今では怪しい。

 

「……くそ! どこに行けばいいんだよっ!!」

 

 昼行灯の名前をもつキンジには友人が少なく、友人に助けも呼べない。仕事が入っているやつを除外すると不知火はアドシアード出場選手だから武藤と二人でなんとかするしかない。

不安は焦りを生み、焦りは冷静さを喪失させる。冷静さがない人間などただのチンピラと同じ。

 

 その時だった。

 彼の携帯に電話がかかってきた。

 

『キンジさんですか?レキです』

 

 彼に救いの手が差し延べられたのは。

 

 

         ●

 

 地下倉庫(ジャンクション)。隅から隅まで物騒とされる武偵高ですら危険とされる場所であり、強襲科(アサルト)教務科(マスターズ)に加わり三大危険地域とさえ呼ばれる場所だ。地下倉庫(ジャンクション)とは対外的な優しい言い方であり、現実を言えば火薬倉庫である。(くだん)の人物星伽白雪は星伽巫女としての巫女装束を着てそこへと訪れていた。失踪には二種類ある。一つは力により無理矢理誘拐された場合。もう一つは自分の意思で姿をくらました場合。今回、白雪に当て嵌まるのは後者だった。

 

 白雪は日本刀、イロカネアヤメを握りながらもその手が震えていることに気づく。

 地下倉庫(ジャンクション)な中でも最も危険な弾薬などが集約されている、大倉庫と呼ばれる場所に彼女は立っていた。

 この場所こそが白雪と魔剣(デュランダル)の取引場所だった。

 

「どうして私なんかを欲しがるの、魔剣(デュランダル)。大した能力もない……私なんかを」

 

 魔剣(デュランダル)は実在していたのだ。けれど白雪にとって1番怖かったのは魔剣が実在したことではなかった。花火大会の夜、白雪は謎の魔術師と遭遇している。あの夜はなんとか助かったものの、今後もキンちゃんの身にあんなことが降り注ぐかもしれない。そう考えると怖かった。

 

(……キンちゃんは優しい)

 

 だから、気にするなとは言ってくれるだろう。

 でも、こんなことが今後も何度も続いたら?

 

(……いつしかキンちゃんは私を捨てるかもしれない)

 

 それが、何より怖かった。それならばいっそ、と思った。

 だから、謎の魔術師が去ってから間もなく届いたメールに、白雪は従うことに決めたのだ。

 

「……裏を、かこうとする者がいる。表が、裏の裏であることを知らずにな」

 

 聞こえてきた声は、時代がかかった男喋りの女の声だった。

 

「和議を結ぶとして偽り、陰で備えるものがいる。だが闘争では更にその裏をかくもの。我が偉大なる始祖は、陰の裏、すなわち光を身に纏い、陰を謀った」

「何の……話?」

「敵は陰で、超能力者を研磨し始めた。なら我々はより強力な超能力者を手に入れようとする。当然のことだ。それに、知っているはずだ」

「……何を?」

「『一族皆殺し事件』」

 

 まるで常識を語るかのように、魔剣はその名を口にした。

 

「あれなんて世界の縮図だろう。裏をかかれた為に、より強い超能力者により破滅の道をたどらされたのだ。つまり、世界を動かすのはより強い超能力者だ。そして、欠陥品にしか守られていない原石に手が伸びるのは当然のことだろう」

 

 世界を動かすのは超能力者。極端な話ではあるが、気になるのはそこではない。

 

「誰のことを言ってるの!」

「遠山キンジだ。やっかいそうなホームズをわざわざ退けてくれた」

「違う!私がキンちゃんに迷惑かけたくなかっただけ! キンちゃんはあなたなんかに負けはしない!」

「ほう。なら比べてみるか」

 

(……比べる? 何……と?)

 

「宮沢謙吾。私としては白雪よりも欲しかった男だ。あいつの持つ魔術は特殊だ。知っているだろ?」

 

 謙吾くん。星伽神社の分家出身の少年。彼が持つ魔術の属性は『水』であるが、ちょっとだけ特別だ。水は水でも、『火を消すことに特化した水』だ。

 

 

「ただ、星伽巫女を完封するために存在する魔術。自分たちの力を恐れたお前の祖先が開発した魔術だ。剣を司る宮澤道場、弓を司る古式道場、星伽神社を手に入れるには二つの分家の魔術を手に入れるだけで充分なのだ」

「……星伽神社を潰す気?」

「『一族皆殺し事件』を実行したのは我がイ・ウーだ。そんなことするまでもなく潰すだけなら今すぐにでも出来る。宮沢謙吾を手に出来れば、星伽のすべてを無条件のままに手にできたも当然だった」

 

 

 『だった』。その言い方はそうはならなかったと伝えていた。

 

「棗恭介。それに最近ではイギリスのリズベス。あいつについているのは化け物だらけだ。とてもじゃないが手を出せる相手ではなかった。だが、お前は違う。お前を守っていたのは、ただな雑魚。今のお前の危機にも昼寝していたような奴だ。そして、」

 

 そして?

 

「今もお前を目の前にして殺されるような男だ」

 

 今も、という言葉に悪寒が走り振り返る。

 そこには、

 

「……白雪を返してもらうぞ、魔剣(デュランダル)っ!!」

 

 緋色のバタフライナイフを展開し、突撃をしてくる私の大好きな人の姿があった。

 

 

        ●

 

「待ってろ白雪!俺が今度こそ守ってやるっ!」

 

 白雪が失踪したと聞いてから、キンシは後悔だらけだった。

 花火大会の夜、魔剣(デュランダル)とは全く関係のない奴だったにしろ、少しでも危機感を感じた時点で、土下座することになろうがどうしてアリアに謝りに行かなかったのか。いくらシフト表の変更の締め切りが過ぎていたからといって、どうして寮介へと頼みに行かなかったのか。

挙げ句眠気に負け、レキの助言を受けなければここにたどり着くこともできなかったであろう体たらく。

 

 白雪を奪い返すタイミングを見計らう過程で『イ・ウー』の名前を聞いて落ち着くのも一苦労した。

 

 アイツラが、オレノ大好きな兄さんヲ奪っタンダ。

 

 白雪も兄さんみたいに奪われてしまう。いなくなってしまう。

 

(……そんなのは嫌だっ!)

 

「白雪逃げろ!」

 

 キンジは駆ける。

 地下倉庫(ジャンクショ)は火薬庫ゆえに、彼は銃を使えはしない。

 だが、それは向こうも同じ条件!

 

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ」

 

 白雪までの距離は50メートル。キンジの足で七秒。その七秒の間に、白雪の悲鳴が響いた。

 

「逃げてキンちゃん!武偵は超偵には勝てない!」

 

 知ったことではなかった。彼はただ走る。

 だが、目にも止まらぬ速さで飛来した何かが足元に突き刺さった瞬間、彼は動けなくなった。

 

(……何だ? 足が縫い付けられたみたいに……っ!)

 

 足元に視線を向けると、白いものが足元を固定していた。冷たい。これは、

 

「氷!?」

 

 バタフライナイフで足元を固定するナイフを破壊しようとしたら、ナイフを持つ右手までパキパキと氷が広がっていく。焦るキンジは、より深刻な状況に立たされることになる。

室内の非常灯が消え、周囲は完全な闇に包まれた。そして、

 

「い、いやっ!やめてっ!何をするの!」

「白雪?白雪!?」

 

 返事はない。白雪からの返事の代わりにヒュウ、という何かが空気を切る音が聞こえた。

 暗闇ゆえに分からないが、刃物とは違う何かだった。青いような塊。

 冷気の塊だと、彼は気づきはしない。

 そして、世の中『わからないもの』が最も恐怖を与えるものだ。

 

(…………くそ!)

 

 また何も出来なかった。悔しさを抱きつつも何もできない状況を前に、どうしようもない時に、突如、キンジの目の前に水が生成された。水が空中に浮いていた。

 

「なんだ!?」

 

 水は人間の活動気温範囲内で気体、液体、固体のすべてを目にできる物質だ。

 つまり、空気にも水蒸気として水が含まれている。

 

 空中に浮く生成された水は、気体中の水蒸気が液体に変化して現れたように滲み出る。

 

 滲み出る水の量があっという間に1リットル、2リットルと増え、5リットルくらいの量にあり、キンジへと向かう青い飛来物の盾となった。

 

 ゴト、と、水は青い冷気を受け止めて氷となり、重量物としつ床に落下した。

 

「これからはバトンタッチよ」

 

 暗闇を切り裂くアニメ声が聞こえたと同時、部屋の片隅の天井に電気が灯る。

 漆黒の闇が、純白の光に塗り替えられていく。

 

「そこにいるわね、魔剣(デュランダル)! 未成年者略取未遂の容疑で、逮捕するわ!」

 

 現れたのは、武偵高のセーラー服を着た少女だった。

 かつてキンジが追い出してしまい、そのことを後悔しているキンジが助けを求めていた少女だった。

 

「ホームズ、か」

 

 姿なき女の声は、アリアという強襲科(アサルト)Sランクの登場にも動揺した様子は感じられない、むしろ、笑いを隠そうとしている声だった。女の声は、アリアを無視してまだ登場していない人物へと向く。

 

「……さっきの私の攻撃を防いだのは水の魔術。いるんだろ!宮沢謙吾っ!!」

 

 呼び掛けに応じるように一人の少年が現れる。

 その少年は、日本刀を持つ袴姿の少年だった。

 

「……はは。はーはっはっは。宮沢謙吾。お前がわざわざ来てくれるなんてな。我が一族は光を身に纏い、その実体は陰の裏――――策士の裏をかく、策を得手とする。この私がこの世で最も嫌うもの、それは『誤算』だ。だが、今回は運命は私に味方したらしい」

「……御託はいい。魔剣(デュランダル)。お前に言っておきたいことがある」

 

 現れた少年、宮沢謙吾は宣言する。

 かつて『かごのとり』とさえ称された一人がいうのは、

 

「俺も星伽も、広い世界へと連れ出してくれる案内人ならすでに存在している。お前は不要なんだ」

 

 明らかな拒絶の言葉だった。

 謙吾は、更に言う。

 

「世界を動かすのはお前みたいな超能力者(ステルス)じゃない。仮にそうだとしても、俺はとびきりのバカが動かす世界の方が楽しいと思う」

 

 だから、

 

「お前はここで俺が斬る」

 

 

 



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Mission36 四葉事件の余波

 

 来ヶ谷唯湖によるパソコンと睨めっこしながらの情報収集は継続していた。hとはいっても先ほどから続けているが特に進展はない。レキ様の名に懸けて、絶対に星伽誘拐犯を逮捕するんだという感想を述べづらい声なら絶え間なく響いてきているが。

 

(……こうなったら校内に仕掛けた隠しカメラすべてを起動させて調べるか?)

 

 来ヶ谷唯湖はアドシアード中にかわいい女の子の写真を隠し撮るために二年Fクラスの協力のもとカメラをいたるところに設置している。してはいるのだが、

 

(……その場合は、後ろにいる護衛が黙っていないだろうなぁ)

 

 リスクのわりに効果が期待できない。だからやめておくことにする。

 来ヶ谷としては、自分が必ず見つけ出さなければならないという使命感はないのだ。 それは万が一が起きた時の保険の存在を知っているからではあるが、さてどうするか、と考えだしたときに、携帯が鳴った。パコパコーン!!というバカっぽい着信音だ。音だけで誰からのものかすぐに察しが付いた。

 

「二木女史。コーヒーを用意してくれるか?」

「缶コーヒーでも買いに行けというのならお断りします。私はあなたの護衛なので」

「まさか。君にそんなパシリみたいなマネなんてさせられないさ。コーヒーならすぐそこにあるんだ」

 

 来ヶ谷は部屋の中にある棚を指差した。

 ヒマだったからか新聞の詰将棋をやっていた佳奈多にお願いすることは、

 

「そこにイギリスから取り寄せたコーヒー豆がある。お湯を沸かして入れてくれないか。もちろん私と君の二人分な」

「あら。私もいただけるのですか?」

「勿論。私がイギリスから金もらっていろんな店だしてるのは知ってるだろ」

「……この間は『秋葉原に店を出したZE!!』とか言ってたじゃないですか。忘れませんよ。そして私は絶対にメイド服なんて着ませんから」

 

 イギリスコーヒーが楽しみなのか佳奈多がお湯を沸かし始めたと同時、来ヶ谷は実況通信を見た。

 

・姉 御『どうした?』

・ビー玉『白雪姫が失踪したとお聞きしやして。姉御もなんかやってるなら、姉御の忠実なる部下である私はどうすればいいのかなと』

・姉 御『私は、君を、部下だと思ったことはない』

・ビー玉『はるちん一人芝居!?』

・姉 御『ともかく、君は待機だ葉留佳くん』

・ビー玉『どうしてです?』

・姉 御『問題はお姫様誘拐事件だけじゃないんだよ。私は別件も抱えている』

 

 寮会からの依頼。バルダとかいう魔の魔術師。

 その存在は単なる虚構に過ぎないとばかり思っていたのに、実際に遭遇したことによって来ヶ谷は寮会から強制的に護衛をつけられることになった。その護衛が佳奈多である以上、本人の感覚では仕事仲間とゆったりとすごしているだけなのだが、その実自由がある程度制限されるものまた事実であった。

 

・ビー玉『バルダってやつの話でしたっけ? でも、それはいないって姉御は言ってませんでしたか?』

・姉 御『私もそう思ってたんだが、実際に魔術師にこの間遭遇したんだ』

・ビー玉『それがバルダです?姉御の読みが外れるなんてレアですね』

・姉 御『確率論からいくとそうだと思うが……違うかもしれないとも考えはじめた』

・ビー玉『へ?』

・姉 御『いざとなったら、君に魔術師と戦えという指示を出すかもしれない。そうでなくとも、接触だけはしてもらうかもしれない。葉留佳君の超能力なら、すぐに現場へと急行できる。不確定要素が多いからなんともいえないが、とにかく君は待機してろ』

・ビー玉『ラジャ!!』

 

 

         ●

 

 

「ZZZZZZZ」

「あのー、岩沢…………さーん」

 

 SSSと描かれた紋章を制服に持つ少女ユイは己の尊敬する大好きな人が平然と眠りだした状況にどうしたものかと困惑していた。

 

 飲み物は買ってきてもらったばかりだし、緊急に必要なものは特にない。ぶっちゃけ、ヒマ!!

 

 むろんユイにはアドシアードを観戦するという選択肢もあるにはあるのだが、イマイチ面白みを感じることができなかった。

 

(……アドシアードを見ていたら分かるけど、うちの組織って戦闘力だけ(・・)は高かったんだなぁ)

 

 自分の所属する組織の連中の方が、各国のアドシアード代表選手と比較しても遜色はないように思える。

 

 そう。戦闘能力だけは(・・・・・・・)

 

(……うちの身内は、頭がホント残念な連中しかいないしなぁ)

 

 いわば、アホしかいないため、トータルで考えたら代表選手たちには及びもしないだろう。

 余りにストレートに表現すると自分の身が悲しみに覆われてしまうため傷つかないように言葉を選んで言うと、アホとキチガイと中二病しかいない。

 

 岩沢さんから聞いたことだが、身内の麻婆豆腐先輩が作った魔術の最初の名前は『聖なる栄光の輝き(セイクリット・ホーリー・セイバー)』という名前だったらしい。さすがに岩沢さんがやめさせたみたいだけど。岩沢さん、GoodJobです。

 

「あれー、ユイちゃんじゃん」

「……へ?」

 

 名前を呼ばれて振り返る。

 そこには先日知り合った友人がいた。

 

「あかりちゃんに……志乃ちゃん?」

 

 間宮あかり。それに佐々木志乃。二人とも知合ったこの前に知り合った友達だ。

 

「えーと、そちらは?」

「うん、紹介するね。私たちの友達のライカと麒麟ちゃんだよ」

 

 女子にしては比較的背が高い女の子と、その子にべったりな小さな子だった。二人は順に火野(ひの)ライカ、(しま)麒麟(きりん)と名乗った。こちらもユイです、と名乗っておく。友人を紹介されたからにはこちらも私の敬愛する人を紹介するべきかと思い、岩沢さんを起こすべきかと考え、しかし安かなな眠りを邪魔していいものなのだろうかとユイは心の中で論争を繰り返しては結論を出すループに入った。

 

「ユイちゃんの戦姉(アミカ)も来てるの?来てるのなら後で紹介してよ」

「後でって私と同じ制服着てる人が隣に…………ってあれ!?いない!?」

 

 後ろを確認するといなかった。

 どこかにいったのだろうか?いや、それはない。寝ていた人がいきなりどこかにいくわけもない。考えられるとしたら、

 

(……依頼でも入ったのかな?)

 

 だとしたら、

 

「置いていかれた!?――――――また!!」

 

 彼女の悲しげな声が響いた。

 

 

 

         ●

 

 お前を斬る。

 謙吾は魔剣(デュランダル)に対し宣言した。

 けれど、魔剣(デュランダル)の返事は無かった。

 どこかの扉が閉まる音がして、しばらく静寂が空間を支配した。

 

「逃げたわね」

 

 事実確認をアリアは述べるが、謙吾はすぐに方針を立てる。逃がしはしない、と。

 謙吾はすでに駆け出した。

 

魔剣(デュランダル)は俺がやる。お前は遠山の氷を砕いてから星伽を捜索してくれ!」

 

 謙吾は、魔剣(デュランダル)に時間を与えるのは不利だと考えたのだろう。

 すぐに追いかけて、罠を張ったりする時間を与えたりはしない!!

 

「俺は超能力者(ステルス)との相対経験がある! ここは任せておけ!」

「分かった。『仲間を信じ、仲間を助けよ』。すぐに行くわ、リズの友達!」

 

 宮沢だ、と言い残して謙吾は駆け出した。

 

 

         ●

 

 アリアとキンジの二人は、倉庫の壁際にて立ったまま鎖で縛られている白雪をすぐに発見できた。

 口を布で封じられ、んーんー!とノドを鳴らしている。

 

 布を外したときに真っ先に出てきたのは、

 

「キンちゃん大丈夫!?怪我しなかった!?」

 

 大事な人を心配する声だった。

 白雪に巻き付けられた鎖は一つ一つがハンバーガーみたいに巨大で分厚い壁ぎわを使う鋼鉄パイプへ と繋がれている。錠前な『ドラム錠』と呼ばれる代物で、三箇所もロックされている難儀なもの。キンジとアリアは白雪の鎖の解除を試みるが、よほど複雑に出来ているのか一つも開かない。

 

「……謙吾くんは?」

「あいつはすぐに魔剣(デュランダル)を追った」

 

キンジの返事に、白雪はただで暗い顔色をより青ざめていく。

 

「いけない!キンちゃん!!アリアを連れて謙吾くんを引き戻して、ここから逃げて!」

「ああ。お前を助けてからな」

「私のことはここに置いといていいからっ!!」

「……白雪?」

 

 白雪は焦っているようだった。

 アリアはそんな白雪の様子を気にかけたのか、捕われの巫女に尋ねる。

 

「白雪、取引材料はなんだったの?」

「学園島の爆破と、キンちゃんを殺すって」

「ブラフだ。今はアドシアード期間中だ。俺の殺害はともかく、学園島を爆破なんてしたら日本だけでなく、代表選手たちまで死ぬ。世界中を敵に回すことになる。そんなバカなことをするわけがない」

「人死にが出ないと思っているな大間違いだよ!実際、『四葉事件』で実際に多くの人が殺されたし、星伽神社だけでなくいろんな場所に影響が出た!!ブラフなんかじゃない!!私はキンちゃんを死なせたくないっ!!だから私をおいて謙吾くんも連れ戻して逃げてっ!」

 

 白雪は怖いのだろう。

 自分の命一つで大勢の人間の命が救われるという選択肢が与えられた人間は、一体どういう選択をするのだろう?

 一般論など言えはしないが、白雪は自分の命を捧げるという選択を選んだのだ。

 今からでも間に合うかもしれない。だから逃げろと宣言する巫女に対し、独唱曲と呼ばれたアリアは言った。堂々とした声だった。

 

「『四葉事件』は確かに影響は大きい事件よ。私はイ・ウーと今までも戦い続けてきて、ママの冤罪のうちほぼすべての真犯人が分かった。だけどね、」

 

 だけど、

 

「『四葉事件』の計画犯だけは分からなかった。日本政府が情報を隠したせいでロクな情報もないし、残っていた情報もすべて消された」

「アリア。ひょっとして……」

「えぇ。私のママにつけられた冤罪のうち、116年はあの事件の計画犯としての罪。真犯人はおそらくイ・ウーの中でもかなりの上層部。イ・ウーの上位メンバーを捕まえて吐かせるしかないのよ」

 

 

 キンジは『四葉事件』なんて聞いたことがない。武偵をやっていたら有名な事件なら聞いたことがないはずがない。となると、それだけ機密度が高い事件なのだろう。普段のキンジでは関わることすら場違いなものなのだろう。

 でも、何も知らないからこそ言えることがある。

 白雪とは違い、何も知らないからこそ怯えることもない。

 

「アリアが戦うというのなら、俺も戦う。そう決めたんだよ、白雪」

 

 真っ赤になったアリアと、ポカンとした白雪。キンジは二人に言った。

 

「どっちみちだ。白雪。気にすることじゃない。将来的には俺がぶちあたる壁なんだ」

 

 キンジはこれから、アリアと一緒に困難な道を辿ることになるだろう。

 

「宮沢はその事件のこと知ってるんだな?」

「……うん。気にしてないみたいだけど」

 

 謙吾も気にしてないように見えて、気にしているのかもしれない。だから謙吾は一人でこの地下倉庫にやってきた可能性だってある。謙吾が何を考えたかなんてキンジには分からないから、ここは自分の意見を言う。

 

「白雪。俺はお前が何にいつから怯えていたかなんて全く気づきもしなかった」

「……」

「さっきだって俺は何もできないという無力を突き付けられたばかりだ。そして今、お前の口から真実を聞いた。俺の考えなんて甘かった。すまなかったよ」

「……キンちゃん」

「だけどすべてを知った上で、俺――――俺達は言う」

 

 キンジはアリアと目を合わせる。

 

「「白雪、助けにきた」」

 

 大好きな人のために命をささげようとした巫女は、涙を流した。

 

 ありがとう、と。

 

 

       ●

 

 魔剣(デュランダル)は、エレベーターホール辺りに立っていた。

 ただし、部分的に身体を覆う、西洋の甲冑を着ている。戦闘のやる気が窺える。

 彼女の姿は、ともかく美しいという表現が似つかわしい。

 刃のような切れ長のサファイアの瞳。

 二本の三つ編みをつぶじの辺りに上げて結んだ氷のような銀髪。

 

 彼女はひたすら、準備を整えて待っていた。

 それは決闘を前にした一人の騎士の姿を彷彿させる。

 そして、決闘相手がやって来る。

 

「ずいぶんと嘗めたマネをしてくれるな。超能力を使って自分の場所を俺にわざわざ伝えるなんて」

 

 宮沢謙吾。

 その声が聞こえてくる。

 

「嘗めているのではない。邪魔が入らないようにするためにそうしただけだ」

「俺に増援が必要だとでも?」

「逆に聞こう。お前が私に勝てるとでも?」

 

 魔剣には魔剣の、謙吾には勝てる根拠がある。

 

「お前は魔術を使う超偵に分類される。しかし、お前はどちらかと言えば超能力者(ステルス)というよりは魔術師だ。魔術師が超能力者(ステルス)…………しかも、イ・ウーで研磨されたこの私に勝てるとでも思っているのか?」

「…………」

「私としては現実が優位な方に勝手に転がり込んでくれてうれしいのだよ、宮沢謙吾。元々白雪を拉致した後、それを餌にお前だけを呼び出すつもりだったのだからな」

「……わざわざご苦労なことだな。俺になんの用があった? 恭介たちを引きはがし、星伽を誘拐する手順を経てまで俺を手に入れたかった理由はなんだ?」

 

 フフフ、と魔剣は笑う。

 魔剣は先程白雪に対し、星伽神社を滅ぼすだけならできると宣言している。なら、個人的な理由のはずだ。

 

「我が一族は、策の一族、聖女を装うも、その正体は魔女。私たちはその正体を闇に隠しながら、誇りと、名と、知略を子々孫々に伝えてきたのだ。我が名は第30代目ジャンヌ・ダルク。それが理由だ」

 

 

        ●

 

 ジャンヌ・ダルク。

 知らない名前ではない。世界史の教科書には載ってる名前だ。

 

「……子孫がいたなんてな」

 

 通説によると確か、

 

「火炙りにあって彼女は十代の若さで亡くなったはずだが」

「それは影武者だ」

「しかし、我が始祖が火に処せられるところだったのもまた事実。それでこの力を代々研究してきたのだ」

 

 ああ、なるほど、と謙吾はようやく魔剣(デュランダル)の意図を理解する。

 

「お前、火が怖いんだな」

超能力者はどうやって生まれるか知っているだろうか?突然変異で超能力を持って生まれてくることがあるという事実も確認されてはいるものの、それは少数派に過ぎない。一般的に、超能力者(ステルス)とは普通、先祖が魔術師である。魔術が一族に受け継がれていくに辺り、その使用魔術に適した身体になっていった結果、超能力者(ステルス)と呼ばれる体質の人間が生まれてくる。超能力者(ステルス)Versionと言えばわかりやすいだろうか?

 

 それゆえに超能力業界で重要視されるのは歴史だ。

 いつ生まれたか、どれだけの年月が流れたか。それだけで一種のブランドになる。

 

「星伽の術は典型例であるが、魔術には体質依存系統のものが多数存在する。超能力者(ステルス)に扱えて、魔術師には扱えないタイプの魔術だ」

 

 だから、魔術師と超能力者(ステルス)では格が違うなんて言われるのだ。

 ただ、積み重ねた年月が違うだけなのに。

 そして、火に対する徹底的なメタができる魔術こそ、謙吾の持つ魔術だ。

 ジャンヌが個人的に白雪より謙吾に用事があった理由が理解できた。

 

「ジャンヌ。お前に扱えるとでも?」

「我が一族は600年の歴史を持つ。系統も似ているしできないはずがないさ。宮沢、降伏するなら今のうちだぞ」

 

 疑問符を浮かべた謙吾に、策士は交渉カードを提示した。白雪を黙らせたカードを出した。

 

「抵抗するなら、『四葉事件』を襲った戦力がお前の仲間達を襲う。白雪にはこの地下倉庫(ジャンクション)を爆破させると言ったが、それが単なるハッタリでないことは『四葉事件』で実際に大量の死人が出ていることから分かるはずだ」

 

 だから白雪は黙らざるを得なかった。

 ハッタリと言い切り捨てられなかった。

 けれど謙吾は提示されたカードを対し、嘲笑う。

 

「ハハ。ハッハハハハ。お前、面白いこと言うな」

 

 謙吾は全く気にも止めなかったのだ。

 

「それはない、ジャンヌ・ダルク」

 

 ああ、そうだ。そんなことはない。

 宮沢謙吾は確信を持ちながら、答え合わせをしようとした。

 

「何故そう言える?」

 

 だから、ジャンヌな声がなぜだか動揺しているように聞こえた。

 感覚とは怖いものだ。見方一つで見えるものが違ってくる。

 

「俺は星伽のような優等生ではないから平然と口にするぞ。三年前に起きた『四葉事件』。またの名は『四葉公安委員会壊滅事件』や『三枝一族皆殺し事件』だったか。その犯人はお前の言うようにイ・ウーなんだろうが、イ・ウーもお前の意思一つでそこまで動く組織ではない」

「何を根拠にそう言える」

「『四葉事件』は、とある強力な超能力(ステルス)を有する一族が皆殺しにされたという日本の超能力(ステルス)業界ではポピュラーな事件だ。その一族の扱う超能力は、星伽神社のような歴史によるものではなく、突然変異により生まれた超能力。ゆえにその一族は閉鎖的で、外部との交流は取りたがらなかった。だから詳しい情報が出回っていないんだ」

 

 一般人に見せていい事件ではないため、政府による揉み消しがあったのかもしれないが、それでも少しでも接点があるのなら推測できる事実もある。

 

 けど、俺は知っている。

 

「……事件発生の夜、その一族は分家も含めて親族会議をするためにほぼ全員(・・・・)集まっていた。そうだろ?」

「そして、我がイ・ウーが滅ぼしてやったのだ」

「ああ。でも全員じゃなかったはずだ。親族会議に参加したやつは皆殺しにされたが、会議に出なかったやつがいる。そいつはまだ生きている」

「……お前はイ・ウーについて何も知らないのか?イ・ウーに関わったやつは、実在したことすら消されるのだ。学校は勿論、生まれたという事実さえ無かったことになる」

 

 確かに、そんなことができるだけの組織力があるなら生き残った人がいたとしても直接手を下さずとも『社会的』にこの世から抹消できるはずだ。バカでも分かる理屈。でも、謙吾という名前のバカは理解しなかった。

 

「具体的な名前を出してやろう」

 

 ジャンヌの話が根本から否定するには、例外を出すしかない。そして、謙吾はその例外に気づいている。

 

「内容が内容だから本人に直接確かめたことはないが、『三枝葉留佳』というのは、あの『三枝一族皆殺し事件』の生き残りなんだろ?最強の超能力者集団とされた三枝一族は、いざとなったら一人でも多くの人間を殺せるだろう。そんな人間が、自分の一族を滅ぼされて何も思わないはずがない。復讐を考えるだろう。なのに、殺さないのは殺せないからなんだろう?」

 三枝一族皆殺し事件には生き残りがいる。

 だからお前の言うことはハッタリに過ぎない。謙吾はジャンヌに事実を突き付けた。

 

「…………」

 

 それに対し、返答はない。

 ただ、無言というのは黙秘する動作であると同時、場合によっては肯定を示す動作だ。

 

 元々の疑問は三枝葉留佳という少女ではなく、来ヶ谷唯湖という女に対してだった。来ヶ谷は謙吾の東京武偵高における一年生の時のクラスメイトだった。ただし、姿を見かけたのはテストの時ぐらい。彼女の教室の席はいつも空白だった。

『委員長』の資格を持っているから授業に出席義務はないという話を聞いた一年生の時はそれで納得したものだが、違和感は二年になって現れる。

 

「おはよう謙吾少年」

 

 二年になってから、来ヶ谷というサボり魔は学校の授業に出始めたのだ。最初は亡霊を見たかとも思ったものだ。今でもよくサボる女だが、二年生になってから最初の一週間で去年一年間で見かけた時間を上回った。変化はそれだけではない。

 

『あーねごー!!ちょっといいですカー』

 

 三枝葉留佳という少女が、来ヶ谷を訪ねて頻繁に二年Fクラスを訪れるようになっていた。葉留佳も謙吾や白雪と同じSSRに所属しているが、SSRの授業で見かけたことがない人物だった。ボッチ同士二人がつるんでいただけならまだしも、ハイジャックの後事情が変わる。

 

『では、これからよろしく頼む』

 

 来ヶ谷がリトルバスターズに入ったのだ。恭介に聞けば、イギリスに留学したときの知り合いらしい。なら、スカウトということになる。なら、すぐにでもリトルバスターズに加入するはずだった。恭介が仲間に加えるといえば反論するやつはいないだろう。つまり、来ヶ谷唯湖がリトルバスターズに入るのは彼女が日本に来た時から決められていたのではないか?

 

 自分の委員会を持つ資格がありながら、二木佳奈多のような大々的委員会を構成しないのはリトルバスターズというチームの一員としての活動をメインとしていくためだったのではないか?

 

 推測はすでに結論を出しつつあった。

 

 その場合、ほとんどの疑問が解消されるが、残る疑問もある。

 

(……来ヶ谷は一年生の時に学校にも来ないで一年間何をしていた?)

 

 リトルバスターズが自分に合う組織か見極めたかった。いや、これは違うだろう。そんなことに一年間はかからないし、俺達との接点はなかった。そこで注目したのが、来ヶ谷を姉御と慕う葉留佳だ。恐らく三枝は来ヶ谷と一年間何かをしていた。

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳にどのような接点があったのかなど知らないが、二人が『友達』だったとしたら?

 三枝葉留佳が一族皆殺し事件の生き残りで、イ・ウーに狙われていたところを、『友達』の来ヶ谷が守ろうとしたとしたら?

 

 ひょっとしたらの思いは、そうだという事実へと変貌する。強力な後ろ盾がある人物に容易に手が出せるものではないように、来ヶ谷は三枝を自分の委員会に率いれ、『イギリス清教のリズベス』の名前でおそらく彼女を保護していたのだろう。

そして、もう必要ないという段階まできたから引きこもりを止めた。リトルバスターズへと加入した。

 

「……来ヶ谷唯湖というのは、そんなに恐ろしい奴なのか?それともイギリス清教か?」

「イギリス清教など所詮は新参者の組織。歴史が深いわけでもない」

「となると来ヶ谷か。あいつ、モテるんだな」

「だが、リズベスも棗恭介もここにはいない。お前を守るものは何もない」

 

 謙吾は鞘から剣を抜く。

 謙吾の答えだ。

 

「名刀、『雨』か。いい刀ではあるが、私のデュランダルには遠く及ばない。刀の質も違う、魔術も体質的に勝てなどしない。それでも私と戦うと?」

「……試してみろ」

 

 そして、二人の剣士は激突した。

 

 




さて、一族皆殺し事件に対してどのような印象を抱きますか?
白雪のようにおびえるのが一般的ですが、皆さんはどう感じましたか?
では!


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Mission37 水と氷

 

 ジャンヌ・ダルクは氷を操る超能力者(ステルス)である。

 氷を操る超能力の神髄は、物を冷却することにある。

 さて、ガード不能の剣と言われたらどのような剣を想像するだろう。

 絶対的切断力を持つ剣?

 圧倒的速度を有する剣?

 

 実はいろいろあるが、ジャンヌの剣もガード不能の剣と呼ばれる類のものであった。

 

 正確には『触れてはならない剣』。

 

 超能力により冷気を纏った聖剣デュランダルに触れたものは銃であれ剣であれ人ですら凍らせてしまう。

 故に剣士などジャンヌの敵ではない。

 ジャンヌを攻撃しようとして、冷気を纏った聖剣デュランダルに触れてしまった場合、剣が凍りついてしまう。凍りついた剣など、切断力もなくただの棒に過ぎず、空気との接触面積の関係からどうしても剣を振る速度を鈍らせてしまう。

 

 だから、謙吾が力の限り打ち込もうとするのを見て愚の骨頂だとジャンヌは思った。

 

(……バカめ。この聖剣デュランダルを持つ私に剣で勝負を挑もうなどと)

 

 宮沢謙吾とジャンヌ・ダルクの勝負は、謙吾の剣がジャンヌの持つ聖剣デュランダルに触れた瞬間に勝負が決する――――はずだった(・・・・・)

 

「…………?」

 

 けど、そうはならなかった。

 謙吾の剣は凍りつかなどしなかったのだ。

 

「不思議そうだな」

「チッ! なにかしたな!!」

 

 ジャンヌは今までに剣士との相対経験がないわけではない。むしろ、常人よりも経験豊富であろう。だが、勝負になったことなどなかったのだ。剣士と剣士の戦いにおいて、互いの剣を一度もぶつけず勝利を修めるには実力差の歴然なる差が必要だ。しかし、銃弾すら見切る人物同士ではその差はない。今までの相手はジャンヌのデュランダルに触れた瞬間に自滅する運命を辿っていた。切れ味皆無の刀など恐ろしくはないからだ。

 

 けれど一度のみならず、謙吾は迷うことなく剣を振るう。

 剣が凍るかもしれないことなど微塵も気にした様子もなく迷わず攻制にでる。

 謙吾は凍りつかないことを確信していたからだ。

 

(……謙吾の持つ剣は名刀『雨』。確かにいい刀ではあるが…………名刀止まりの刀だ)

 

 『雨』は名刀とは言っても剣としてのランクはジャンヌの持つ聖剣デュランダルに及びはしないし、第一、聖剣デュランダルと同じランクの刀となるとイギリス一の天才に与えられたという宝剣でも持ち出してくるしかない。

 

(……しかし、謙吾はどういう魔術を使っているんだ?)

 

 水を操る能力者と氷を操る能力者では相性の優越が存在する。

 水を操る能力者は、氷の能力者を前にしたら空中の水分を増やすという結果になる。

 

(……だからこっちが一方的に魔術をしようできるはずだったのに)

 

 正体が判明している物と判明しないものでは、明らかな脅威差がある。

 ジャンヌの場合は謙吾の使っているトリックを理解できたら後は対処すればいいだけだ。

 幸い宮沢謙吾という人物に対する前情報はある。

 

(……私が調べた結果、星伽神社の分家の宮澤道場に伝わる魔術には実用性がないはずだ)

 

 宮澤道場に伝わる魔術は『火を消せる水を生成する』のみだ。いくらなんでも使える状況が限定的すぎるだろう。水を作ったところで、肝心の水を操る特別な技術は存在しない。あるのはSSRの授業で習うような一般的なものだ。『厄水の魔女』のように自在に操れる魔術は持たないはず。

 

(……空気中の水が増えるということは、私にとっても優位になる)

 

 ジャンヌは火を使う超能力者(ステルス)ではないので本来謙吾の魔術の出番はない。そして、水なんて作ればそれだけ空気中の水蒸気が増えてジャンヌは氷をつくりやすくなる。だから、謙吾は魔術など使う機会がなく、ただの剣士になってしまうはずなのだ。

 だから、この戦いは選ばれた超能力者(ステルス)によるワンサイドゲームのはずだった。

 

「……こんなものか?」

「クソッ!」

 

 実際は、ジャンヌは謙吾の剣に押され始めていた。

 ジャンヌは今まで超能力を用いることで剣士を名乗る相手を瞬殺してきた。

 だから単純な剣士としての相対経験がほとんどない。

 

 対し謙吾は実家の魔術が役に立つことなんてほぼないからひたすら剣技を磨いてきた。

 謙吾が自身を魔術師ではなく剣士と名乗ったのがその事実を明らかにしている。

 超能力を関係なしとした場合の、単純に剣にかけた年月の差が生まれ始めている。

 

 超能力者が世界を動かすと思うジャンヌ。

 バカが世界を動かした方が楽しそうと言う謙吾。

 

 もとは同じ『火』へのメタとしての存在なのに、いつからこう食い違ってしまったのだろう?

 

「……お前っ!! 宮澤道場の魔術以外にも魔術を学んでいるのかっ!?」

「人に聞くなんて策士が泣くぞジャンヌ・ダルク」

 

 謙吾の重たい一撃をガードしながら、トリックを考える。

 

(……私の氷は炎への対抗策として研究されてきた魔術っ! 本来炎にすら対抗できるのに、比熱の小さな金属が凍りつかないはずがないのだ)

 

 実際にも今まで銃や剣など金属を凍らせてきたし、熱された金属だって冷却できた。最も、金属は比熱が小さいからすぐに変化できるということもあるのだろうが。

 

(…………ん?)

 

 ジャンヌは何か引っ掛かった。

 

(……比熱?)

 

 よく思い出せ。比熱とはある物質一グラムをセルシウス温度にして一度高めるのに必要な熱量だ。

 一度低めるのに必要な熱量ともいえる。

 

「…………『雨』に水を纏っているだけだったのか!」

「バレるまでもう少しかかると思ってたんだがな」

 

 世の中には多種多様な物質が存在する。中には沸点が300度オーバーの物質もあるし、融点が−500度くらいの物質もあるだろう。水なんてたった100度で沸騰するし、0で呆気なく凝固する。100度なんてヤカンで辿り着ける温度だし、0度は冷凍庫に入れるだけで容易にいく。人間は呆気なく水の変化を人間の生活範囲内で目にできるので知られていないが、水は存在する物質の内最大の比熱を持つ。つまり、世の中に存在する物質の内最も冷えにくいのは水だ。

 

(……おそらくは、道場で学んだ特殊な水を見えないようにして纏っているな)

 

 沸点100度融点0度はあくまで純粋な水の話。

 砂糖水のように何かが水に融解している場合、蒸気圧曲線は単純な値を示してなどくれはしない。

 キンジを殺すための盾となった水はあっさり凍って固体となったが、あれは水はジャンヌの冷気の前には役に立たないということを印象付けたかったのだろう。おそらくあの時に使われたのは水道水のような変哲のない水。

 

 今の場合、謙吾の剣に纏っていた水に溶けているのは、

 

「物に何かを纏うタイプの魔術は珍しくない。水を見えないように纏い、その水に自分の魔力を通しているな?」

 

 おそらくは、それが宮澤道場の魔術の正体。

 元々星伽巫女たちの暴走を止めるために生まれた魔術と言われているが、実際問題として星伽白雪が宮沢謙吾に勝てないかということは分からないのだ。

 科学技術の進歩に伴い、銃という近代兵器の誕生とともに魔術なんかに頼らなくても科学でどうこうできることの方が多くなった。

 平安時代とかであるならば病気にかかった人がいるならば医術に特化した陰陽術士に頼らなければならなかったのだが、今の世の中は保険証片手に病院に行くだけでいい。

武装巫女である星伽巫女と戦うだけなら、昔ならともかく近代において拳銃という科学で対抗すればいいだけなのだ。

 

 そこで、唯一の取り柄たる魔術ですら効き目のない人物がいたらどう感じるものだろう?

 

 おそらくは、萎縮してしまうはずだ。

 

 星伽巫女に心理的な枷を作る。それが宮澤道場の魔術の正体だ。

 

「星伽神社の関係者がなんて呼ばれているか知ってるよな?」

「……『かごのとり』、だろ」

「俺の魔術はな、あいつらを縛り付けるカゴの一つなんだよ」

 

 まったく、嫌になる。

 謙吾はそう言ってから、『雨』に今度は目に見えるくらい大量の水を纏った。

 

「……火の魔術が効かない。俺の魔術には本来それだけの効果しかない。俺に効かないのは火だけでなく冷気のように熱全般だったみたいだが」

 

 魔術が効かない。

 はたしてそれはどれだけの効果があるのだろうか?

 直枝理樹という少年にはあらゆる魔術、超能力触れただけでを消す能力があるが、彼に宿る能力はどれだけの価値があるものなのだろう?

 

 理樹自身は魔術が全く使えなくていい迷惑だと思っているかもしれないが、魔術しか取り柄のない人には怖くて怖くて仕方がないだろう。

 かつて恭介は理樹にこう助言した。

 

『理樹。お前の右手に宿る能力のことはリトルバスターズの仲間意外には誰にも言うな。学校の先生達にも、仲良くなった友人にも、俺達以外の全員にだ』

 

 この助言は正しいことだと謙吾は思う。

 何せ、理樹の超能力は魔術について詳しい謙吾にも説明が全くできない。

魔術師と超能力者(ステルス)の定義にも、何に注目するかで分類が変わってしまう。ジャンヌ・ダルクは謙吾を魔術師よりと言ったが、ジャンヌの使う定義とは別の視点に着目すると謙吾は超能力者《ステルス》になる。|

 

 視点なんて体質、魔術、由来、なんでもあるが、それでも理樹の能力は説明の方向性すら見えないのだ。そもそも本人の意思によらない自動発動の時点で魔術かどうか怪しく、体質としか言えない。

 

 そんな理樹の超能力が公になれば、間違いなく大きな問題になるだろう。

 そして、今この場にいる氷の魔術が効かない脅威は宣言した。

 

「お前は今までその氷の超能力で多くの人間を倒してきたのだろうが、効かない人間がいることを理解しておけ」

 

これからは、選ばれた超能力者(ステルス)と選ばれなかった人間のワンサイドゲームではなく、

 

「これからの戦いは純粋な剣と剣の戦いだ」

 

 

           ●

 

 

 アリアとキンジの二人が真っ先にすることは捕われた白雪を解放してやることだった。

 

「アリア。さっきの氷……」

「超能力よ」

「うん。あれ……国際分類でいえば種超能力者(クラスⅢステルス)だと思う」

「ありえねぇ」

「一流の武偵は驚かないものよ。私はローマ武偵高経験者だから分かるけど、経験則から言って鉛弾の敵じゃないわ」

 

 そういうアリアの言葉に返すようにしてズズン、というくぐもった音が地下倉庫に響き渡った。

 

           ●

 

 剣と剣の戦いをジャンヌと繰り広げながら、宮沢謙吾は階下で何かあったような音を聞いた。

 

「何をした!!」

「お前が悪いんだぞ謙吾」

「?」

「我が超能力は効かないとなると、単純な剣な勝負となるが、ある程度の時間がかかる。その間に増援がきたら面倒だからな」

「お前っ!!」

「白雪は殺すことにした。お前が手に入るなら私としては充分だよ」

「単純な剣で俺に勝てると思ってるのか?」

「まともにやれば、勝ち目が薄いことなど先程から百も承知。だが、私は策士だ」

 

 つまり、

 

「時間が迫る、体力も減る、いつ超能力を使って攻撃されるかも分からない。星伽神社の役割に準じて死んだ奴を知ってるお前に、こんな悪条件でどれだけ戦えるかな?」

 

 ジャンヌの冷気が効かないとはいっても、謙吾のトリックは魔術を使ったただの科学現象だ。理樹のように自動発動ではないため、つねに水を纏う必要も出てくる。そして、魔術を使うとなると体力も普段の倍消費される。

 時間に迫られると人間は本来の力を発揮できないとも言われる。

 これだけの悪条件を突き付けられながら謙吾は宣言する。

 

「……お前さ、やっぱり根本的にズレてないか?」

「どういう意味だ」

「根本的に言うとな、俺では星伽を助けることなんて不可能なんだよ」

 

 そもそも謙吾には白雪のために命をかける理由は存在しない。

 知った顔が殺されて気持ちのいいはずはないが、謙吾と白雪の関係なんて友達かどうかすら怪しいのだ。

 

「俺はあいつ(・・・)との『約束』があるから駆け付けた。それだけだ」

 

きっと星伽白雪という人間を宮沢謙吾という人間では助けられない。理樹でも、アリアでも、きっと恭介でも無理だ。

 

「星伽白雪という人間(・・)を救えるのは世界でたった一人だけだ」

 

それは、

 

「遠山キンジ。それが星伽を広い世界へと導く案内人だの名前だ。覚えておけ」

 

 

        ●

 

 地下倉庫に何かが壊れるような音が響き渡った瞬間に変化はあった。

 床にある排水穴から排水ではなく逆に水が出ているのだ。海水だ。

 水量はみるみるうちに勢いを増し、一分もたたずに噴水となる。

 

 いくら体育館のように広い大倉庫といったところで水没までに時間がない。

 そして、キンジはそのない時間で白雪を救いださなければならない。

 一刻を争うのでアリアを謙吾の加勢に行かせたがそれでも多分、間に合わない。

 

「キンちゃん……もう行って」

「俺はお前を助けに来たんだ!おいて行けるはずがないだろう!」

「……わたし、嬉しかった。キンちゃんが来てくれたことがなによりも嬉しかった」

 

 けなげな笑顔だった。

 幼なじみのキンジにはそれが作り笑顔だとすぐに分かった。

 白雪は語り出す。

 

「ねぇ、キンちゃん。私ね、人を見捨てたことがあるんだ」

 

 中学生の頃。

 まだ私が星伽神社にいた時の話。

 

「星伽神社は男性禁制の神社。入れるのは星伽の関係者だけ。でもある日、一人の男の子がやって来たの」

 

 その少年は、たまたま迷い込んだ少年ではなかった。

 星伽神社がどういう場所か知った上でやってきた少年だった。

 何か大切な話があってやってきたのだろう。

 

「でも、星伽神社は『掟』だからと話すら聞いてあげなかった。その子、多分私達の同い年くらいの子で魔術も何も知らない子だった。多分助けを求めに来たんだと思う。星伽神社は何日も追い返し追い返し追い返し一ヶ月が立って――――ようやく話を聞こうとした時には、もういなくなっていた」

 

この話を謙吾くんにしたらきっと激昂するんだろうな、とか物思いにふける。

 

「……その子はきっと星伽神社を怨んでる。ううん、その子だけじゃない。あんなことがあって、謙吾くんだって本当は星伽神社が憎いはずなの」

「神社なんてどうでもいい!俺は白雪のため(・・・・・)に来たんだ!」

 

「星伽の巫女は、守護(まも)り巫女。誰かのために身も心も捧げるのが定め。キンちゃんはまだ逃げられる。もう避難して」

 

白雪はキンジが来たときも逃げろといった。

あの時とはすでに状況が違う。海水はすでに口元まできている。バカでも分かる。これ以上この場にいるたら死ぬ。

 

「私は、いいの。私が死んでもきっと誰も泣かないから。私のことを本当に好きな人なんてきっといない。星伽巫女としての超能力(ちから)が持ち上げられていただけで、私自身に価値はない。今までだって、星伽の役割に順じた人だって実際に私は知っている。私は報いを受けるだけだから……あぷっ……」

 

 すでに泳がないと持ちこたえられない状態だ。

 

「ボディーガードの依頼は…………取り消します。……生きて」

「白雪! ああ、チクショウ……俺のせいで……こんなことに……」

「キン……ちゃんは――――悪く、ない」

 

 白雪はその言葉を最後に目を閉じたまま、水面下に沈んでしまう。

 

(……白雪っ!)

 

 白雪はおそらく、誰かに対し引け目があるのだろう。誰かは分からない。

 謙吾かもしれないし、星伽神社を訪れた名前も顔も知らない少年かもしれないし、星伽神社の役割に順じた人にかもしれない。

 ひょっとしたら俺かもしれない。

 

 だけどな、

 

(だからと言って、白雪が死んでいい理由にはならねぇだろうが!!)

 

 今すぐに白雪が死ねばさしものキンジも水から避難するだろう。キンジは覚悟を決める。

 

 キンジには奥の手がある。

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 

 幼なじみの白雪にすら隠してきた忌まわしき力。

 ルームメイトのバカ二人が怪しんで大量のエロ本を部屋に送り付けるぞコラという脅しに屈し、バカ二人には説明したことがあるが、兄さんを死に追いやった原因の力を好きになれない。

 そんな力を使う理由は、責任の上ではないはずだ。

 白雪は逃げろと言ったし、護衛も解除すると言った。

 逃げたければ逃げられる。ハイジャックの時みたいにキンジは命の危険はない。

 だから使うなら自分の意思で使うことになる。言い逃れはできない。

 

 彼は大きく、大きく、大きく息をすいザブンと潜る。脱力していた白雪の両肩をつかみ、白雪を抱きしめ――――――キスをした。

 

 通常ならキンジの全防連認定錠に対する鍵開けの時間は平均12分。

 しかし、ヒステリアモードへと覚醒した彼は一分とかからずすべてな錠を解除した。

 二人はそろって水面に顔を出す。

 

「間に合った」

 

 天井に頭がぶつかりそうと言えど、大倉庫はまだ沈没していない。

 キンジは海水で濡れた手で白雪の耳から頬にかけてをそっと撫でてやる。

 

「白雪、泣いている時間は終わりだ」

 

 これからは反撃の時。

 



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Mission38 宮沢謙吾VSジャンヌ・ダルク

 

 

 すっかり加屋の外の(一応)主人公、直枝理樹だって一応行動していた。

 理樹の本職は探偵科《インケスタ》。

 特殊な超能力者だから戦闘も近接戦闘に限りそこそこいけるが、彼は元々戦うより考える方が得意なのだ。

 星伽白雪の失踪からいろいろ行動して見た結果、彼は違和感を見つけた。

 

 なぜ遠山キンジは電話に出ない?

 

 失踪した白雪の携帯に電話しても反応なしと言うのは自然なこと。

 はいもしもし星伽です、と電話に応答されたらそれはそれで逆にえ?、となる。

 あなた、失踪したんだよね?なんで電話にでるのとなる。

 理樹が気になったのはキンジが電話に出ないということよりは、

 

『おかけになった電話番号は、ただ今電源が入っていないか、電波の届かないところに……』

 

 無機質なアナウンスが聞こえたことだった。

 

(…………圏外?)

 

 理樹と真人、そしてキンジはルームメイトだ。

 勉強して寝る部屋が違うというだけで、基本的共有スペースでは一緒なのだ。

 昨日携帯電話に充電していたのを理樹は見ている。

 

(携帯が圏外になりそうな場所って……)

 

 で。考えた結果彼は地下倉庫(ジャンクション)の前にやって来た。

来ヶ谷唯湖が盗撮用にしかけたネットワークが存在するが、そのネットワークの目的は女の子の盗撮だ。つまり、ネットワークに引っ掛からない場所とは則ち女の子が行きそうにない場所であることを意味する。

大体の場所は村上くんたちが捜索しているし、残るのは三大危険地帯ぐらい。三大危険地帯とは強襲科(アサルト)地下倉庫(ジャンクション)教務科(マスターズ)

 

 強襲科所属の村上は迷いなく強襲科へと捜索に行ったし、佳奈多が護衛で動けないとなると寮会の先輩方で教務科へと見に行くのだろう。で、理樹の担当はここ。

 

「行きたくないなぁ」

 

 理樹が地下倉庫に行きたくない理由は地下倉庫が爆薬の倉庫だからだ。彼の戦闘スタイルは超能力使用を前提とした近接爆術師(ボムフォーサー)という珍しいというかすでに名前からして矛盾しているタイプのものだ。

 

 つまり、爆弾使い。

 

 武偵殺しこと峰理子が科学の力による爆弾魔だとすると彼は魔術の力による爆弾魔。

 

 地下倉庫で爆弾なんか使うと他の弾薬に引火してドッカーン!!!だ。

 

 情けないことに地下倉庫を前に怯えていると、地下倉庫全体に響く音がした。

 理樹は知るよしもなかったが、ジャンヌが排水穴を破壊した音だ。

 そんな音は何もなければ聞こえるはずがない。

 

「もー、ここで何かあること確定じゃん。うわぁ……」

 

 何度か顔を叩き、気合いを入れ直して出発しようとした時に、彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「やぁ」

「?」

 

 振り向いたらそこには女の子がいた。女の子、というのは失礼かもしれない。

 かなり大人びた容姿をしていて、多分年上だろう。

 着ているのが東京武偵高の制服ではなくどこか知らない他校の制服だから、何かの異変でも感じて駆け付けたアドシアード出場選手かもしれない。

 

地下倉庫(ジャンクション)見てきてくれって頼まれたんだけどさ、私外部の人間でよく知らないから案内してくれない?」

「えーと、どちら様で……」

「……あれ? こんな時間にこの場所にいるってことは恭介(・・)が寄越した使いじゃないの?」

 

 意外な名前が出てきた。

 

「恭介って……」

「頭のいいバカ。この表現で該当するやつに心当たりは?」

「ものすごくあります」

「なら話は早いな。えーと、とりあえずはじめましてになるのかな。あたしは――――」

 

 

 

     ●

 

 

 宮沢謙吾とジャンヌ・ダルクの剣による勝負は続く。

 キンキンキンッ!と金属音が幾度も鳴り響いていた。

 

(……参ったな)

 

 ただし。先程から全く変化がなかった訳ではない。

 二人の勝負はどちらが勝つにしろ時間の問題だろう。

 

(……策士を名乗るだけはあるな。こちらの弱点がバレてるな)

 

 謙吾の魔術の正体は特殊な水を剣に纏うという、言ってしまえばただそれだけの物だ。謙吾が生成できる水には『鎮静』の効果や毒の『解毒』効果など便利な効果もついていることはついているのだが、それは相手の身体に触れなきゃ効果のないもの。

 

(……持久戦に持ち込まれたら厄介だ。まぁ、すでに持ち込まれてるが)

 

 本来謙吾の魔術は星伽巫女相手に絶対的な力を持つ判明それ以外には役立つ機会がなかったりする。毒のような効果を剣に不可できるとはいえ、総合的な効率を考慮して、魔術を使うのに使う体力を考えたらそれだったら最初から剣に猛毒でも麻痺毒でもなんでもいいから塗っておきましょうという結論になる。

 

 魔術にも多様な種類があり、当然肉体強化の魔術というのも存在するが、肉体強化の魔術は正直流行らない。スピードに自信がはい人ですらマラソンのオリンピック選手のようなスピードで走ることも可能にしてくれる魔術だとはいえ、走れて50メートルだろう。

 その理由は魔術というものの根本を知っているなら明らかだ。一般に、超能力を使う超偵は長時間戦えないとされるが、それはどうしてだろう? 魔術を使う場合、魔力が必要になってくるが、魔力は何もしないで生まれてくるわけでも、寝ていれば勝手に回復してくれるわけでもない。魔術的な作業をして初めて生まれてくるのだ。つまり、超偵と呼ばれる人達は身体の内と外で同時に運動をしているようなもの。スクワット一回ではさして疲れずとも何回と繰り返せば疲労が溜まるのと同じ様に、魔力生成作業が超偵の体力を蝕む。謙吾のように質が重要視されるタイプならなおさらだ。これが超偵が長く戦えない理由。

 

 

 (……勝負をかける必要が出てきたな)

 

 現在、謙吾とジャンヌの二人は人技を越える剣技を続けることができているが、疲労が先に見えてきたのは謙吾の方だった。いつ冷却の剣がくるか分からない以上は常に水を纏う必要が謙吾にはあり、ジャンヌはべつに超能力を使わなくてもいいからだ。

使う体力には歴然の差がある。

 

 

(……さて)

 

 勝負は、間もなく決まる。

 

 

         ●

 

 

(……なんて体力しているっ!!)

 

 これがジャンヌ・ダルクが謙吾に抱いた感想として正直なところだ。

 剣技では完全に謙吾の方が上の様だが、それはジャンヌが敗北することを意味してなどいなかった。

 元々ジャンヌの剣は攻撃より防御メイン。

 超能力特有の考えではあるが、攻撃を防ぎさえすれば超能力でどうとでもなるからだ。

 

 剣技で勝てずとも防御がついていければそれでよい。剣を凍らせられないようにするために水を常に纏わなければならない謙吾はそれだけで攻め疲れて勝手に疲弊していく。

そもそも謙吾の剣は凍らないのではなく、『凍りにくい』だけだ。ただの科学現象によるものなので、渾身の力を混めれば凍らせられる気がする。

 

(……私の力のチャージがもうじき完了する)

 

 あとは、謙吾が疲れきりよろめいた瞬間でも見計らい叩き込めばいいはずだが、

 

(……こいつ、いつになったら疲れるんだっ!?)

 

 これだけ撃ち合ってジャンヌとて疲れは溜まってくる。

 冷却を司る超能力者の特有なのか熱を冷却して体力の消費を最小限にすることも可能なジャンヌにも疲労はあり、策士の一族ゆえに表情は変わらないが剣の動きが一秒、また一秒と僅かにノロくなる。けど謙吾はようやく汗をかいてきたレベル。

 

 

(……基礎体力がただのバカなのか!?)

 

 

 マラソンで優秀な成績を出したいならスピード系列の魔術を学ぶよりひたすら走って体力をつけたほうが効率がいい。まさかこいつ、魔力量を増やして長時間戦うタイプじゃなくただの体力バカで魔術併用してもノープロブレムという頭の悪いタイプなのだろうか?

 

『魔術使って体力減るなら、魔術使っても問題ない体力つけようぜ!!』とかいうバカなのだろうか?

 

(……あと十秒あればチャージ完了)

 

 一秒毎に体力という優位性を失う謙吾。

 一秒毎に超能力の力をためているジャンヌ。

 

 この条件でなら、謙吾が勝負にでないはずがないっ!!

 

「「いざっ!!」」

 

 ジャンヌの読み通り、謙吾はジャンヌから距離を取る。軽く下がるような気軽な動作により五メートルは下がった謙吾は剣先を床につけ、モノを掬い上げるような動きで水の柱を形成する。

謙吾は水を自在に操る能力者ではなく水を作る能力者。神髄は剣術にある。

続けて何本も水の柱を立て、数本の水柱は天井にて一カ所にぶつかり、人工的な滝が形成された。

 

(……なるほど、滝という障害物を私達の間につくって姿をくらますつもりだな)

 

 おそらく謙吾は奇襲をかけるつもりなのだろう。

 ジャンヌは奇襲されるかもしれない状況を前にしても怖じけなどしない。

 

(……奇襲とは裏をかいて初めて通用するもの。この私相手に通用するものか)

 

 ジャンヌには策の一族としての誇りがある。プライドがある。自信がある。

 完全に全力状態で冷気を纏ったデュランダルを見て不敵に笑う。

 

 なに、案ずることなどなにもない。どうせバカが思い付くことなんかたかがしれている。

 

 遠山キンジを拘束したように足場を凍らせる技を使うのもありだが、冷気は水の壁でとまってしまうのは事実として確認している。

 

 それならば不意をつこうとした謙吾に全力の超能力にて迎え打つ方が現実的だ。

 

(……さて、どうなるかな?)

 

 読む。謙吾がやりそうなことをひたすら何パターンも浮かべる。

 読みきったら勝ちだ。

 

 動きがあった。

 ジャンヌの背後に水の壁が形成された。まるで後ろには逃がさないといわんばかりの壁。

 

(……壁? 私を逃がさないように背後に壁を作ったのか?)

 

 なら、正面から勝負を仕掛けてくるのだろうか。

 

(……分かったぞ!謙吾の狙いがっ!!)

 

 宮沢謙吾が作ることのできる水は対星伽巫女用の一種類ではないはずだ。おそらく、毒のような沈静作用を持つ水の壁をジャンヌの背後につくったと見せかけて、本当はただの水だろう(・・・・・・・・・・)

 

(……正面から仕掛けると思わせておいて、背後から仕掛ける作戦か!! )

 

 考えたようだが、所詮はバカの浅知恵。

 正体を確信したジャンヌは振り返り、水の壁と向き合い、そして見た。

 

 水の向こうから謙吾が突撃をかけてきている。

 

(奇襲はバレたら奇襲ではなくなる。作戦のミスだな)

 

 勝利を確信したジャンヌはタイミングを見計らい、水の壁に冷却の剣をぶつけた。

 

 謙吾が水の壁を食い破ってでてくる最中なら、水の壁ごと氷着けだろう。

 緊急回避しようにも、謙吾の突撃スピードを見ると、氷となった壁への大激突は避けられないだろう。

 見た所、作戦変更のできないスピードを謙吾は出していた。

 

「あは、アハハハハハ。やった。やったぞ。アーーハッハハハハ……」

 

 勝利は決まった。さて、謙吾はどうなったか?氷着けになったか?それとも大激突で自滅したか?

 どっちかなと思ったジャンヌは、信じられないものを見る。

 

「……え?」

 

 相変わらず、謙吾がもの凄いスピードで近づいてきているのが壁から映るのだ。

 

(……まさか。まさか私が凍らせたのはっ!!)

 

「水面に映った影だよマヌケ」

 

 声に振り返る。

 すぐ後ろに謙吾が迫っていた。もはや対応できる距離でもなく、一瞬のスキが致命的となる。

 

「攻式、豪雨」

 

 水を纏った謙吾の一撃をジャンヌはまともにうけた。一撃必殺の名に相応しい一振りだった。

 

 

    ●

 

 

「くっ……」

「今の一撃で鎮静作用を持つ水を流し込んだ。俺の勝ちだ」

 

 謙吾の水は放置しておくと危険な毒というわけではない。

 だが、元々が鎮圧用のもののため、ジャンヌはデュランダルに入れる力が入らない。

 

「まさか、一族の技にこんな子供騙しがあるなんてな」

「だからお前は負けるんだ。視野が狭い」

 

 謙吾は呆れた様な表情を浮かべ、

 

「子供騙し?まぁそうだろうな。恭介が昔遊びでつくった技だから、正真正銘子供の発想だ」

 

 正真正銘の子供の発想。

 だが何も知らない子供ゆえに、一族に執着した人物よりは頭が柔軟た。

 

「お前みたいな余計なことまで考えるやつには、単純な技が予想外に通用する」

「単純バカがっ!」

「バカでいい」

 

 勝負はついた。

 謙吾はジャンヌに剣先を向けながら質問する。

 

「ジャンヌ・ダルク。お前に聞きたい事がある。『バルダ』とは誰だ?何か知っているのか?」

 

 謙吾は白雪とは違い、迷惑がかかるからという台詞を吐くような男ではない。

 恭介に散々な目に合わされてきたため、恭介に限りなら迷惑を押し付けるのに何一つ抵抗はない。

 

「お前と『バルダ』は関係があるんだろ?」

 

 謙吾が白雪の失踪を聞いてから行動しようとした時にまず最初に驚いたのは、見事なまでに動ける人材がいないことだった。リトルバスターズは魔術師に備えなければならなかったし、白雪の代理も必要だ。佳奈多一人でも自由ならまだしも、護衛任務で動ける人がいない。

しかも、先程白雪の次の狙いは謙吾だとジャンヌは言っていた。

 

「お前の都合のいいように出来過ぎていた。こういう場合十中八九ロクなことはない。でも、策士が考えたなら合点がいく。バルダの存在は俺達の動きをことごとく妨害した。バルダというのはお前の部下か!?」

 

 問い詰める謙吾に対し、ジャンヌは逆に疑問符を浮かべた。

 言っている意味がわからない、という不可解な表情だった。

 

「……やはりバカだ。なんでそんなことが分からないんだ?」

「何?」

「そこまで分かっているなら、『バルダ』という存在自体がこの舞台を整えるための作り話だと普通に分かるだろうに」

 

 時間が停止したかと思った。

 

(……作り話?)

 

 待て。ちょっと待て。待て待て待て。

 バルダは実在は確認されている存在なんだろ?

 

「委員会連合を騙すには外交が絡む存在がベスト。ローマ関係は機密が多いから治外法権だ」

 

 だとしたら、存在自体がデマ?

 そういえば、恭介はなんて言っていた?

 

『実在するかはさておいて、テロリストみたいに現れることはないだろうな。下手すると国際問題になるし』

 

 来ヶ谷はなんて言っていた?

 

『魔術師絡みは相場が高くなるとはいえ、2000万程度の依頼金の奴ならたいしたことない』

 

 だが、花火大会の日、魔術師が存在することは発覚している。

 

「嘘だ。来ヶ谷を花火大会の夜襲ったのは魔術師だった!」

「……だからなんの話だ。遠山に危機感を与えるようなことを直前に起こすはずがないだろう」

 

 今度こそ。

 謙吾は背筋が凍るかと思った。

 散々冷気をぶつけられたが1番体の芯が凍りつきそうだった。

 

「じゃあ……」

 

 謙吾が要点だけをまとめようとした時の事だ。そいつは気配も音もなく、謙吾のすぐ後ろに迫ってきていた。まるで、獲物を狙う蛇。謙吾は自分の耳元で囁かれる不吉で不器用で得体の知れない声を聞く。

 

『わたしは、だぁれ?』

 

 

 



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Mission39 スパイは誰?

 

 過去のことだから客観的に思い出せる。昔の、ずっと昔の話だ。客観的に判断して、宮沢謙吾いう少年は星伽白雪という少女ののとを心の底から軽蔑していたのだ。かごのとり呼ばわりされている星伽巫女たちを哀れんで、現状から脱却しようともしない彼女たちを軽蔑したわけでない。

 

「……あのね、この間キンちゃんがね」

 

 白雪の頭には一人の友達のことしか頭になかったことに対して軽蔑していた。

 そんなことをばかり考えていたことに何してるんだと思っていた。

 

 かごのとり? 言わせておけばいいじゃないか。

 

 だって、自分たちは普通とは違う存在なのだから。

 特別な存在なのだから。

 魔術というものを受け継ぐ家系に生まれて、世界のために戦うという運命があった。

 それはまさに、選ばれた限られた人間にしか与えられないものではないか。

 かごのとり呼ばわりする連中の戯れ事なんて気にしなくていい。

 所詮は守られるだけしか能がない役立たずなのだろう。

 俺達みたいな選ばれた人間には、世界という大きなものを守ることだけを考えていればいいだろうに。

 今振り返ると嫌な子供だったなと思う。

 そんなことを平然と主張できる謙吾に変化が訪れたのは、一つの出会いからだった。

 

 そいつは、どういうわけか道場の敷地内に勝手に入ってきたやつだった。

 なんでも勝手に山篭もりなんて始めた身内《バカ》の回収に来たらしい。

 

 一つだけ年上の少年だった。遊ぼうぜ!と言ってきたそいつに俺はなんて返したんだっけか?

 

「俺には世界を守るといい選ばれた者が持つ使命がある。くだらない遊びに付き合っているヒマなどない」

 

 たしかこんなだったか?

 そしたらそいつは俺のことを面白い奴だ、と笑った。

 何がおかしい、と問い詰めたら奴はこう言ったのだ。

 

『お前さ、世界がどんなものか知ってんのか?』

 

 予想外の答えであった。

 どこかささくれ立っていた何かに刺激を与える程度には。

 背筋が凍ってしまうような衝撃を一瞬で体験してしまう程度には。

 

 

       ●

 

『わたしは、だぁれ?』

 

 蛇に見込まれた蛙は恐ろしさのあまり身がすくんで動けないという。

 ジャンヌと平然と超能力を併用した戦いを繰り広げれられる謙吾が感じたのは純粋なる恐怖。

 得体の知れないものは、何より1番怖い。

 突然の状況に恐怖する。

 まるで毒蛇にかまれそうになっている状況を知覚したようだった。

 

(……なっ!?)

 

 反射的に距離を取ろうにも背中を向けた状態で真後ろを取られている。

 何かされても回避はしきれない。すぐにでも殺される可能性も否定できない。

 

「!?」

 

 反応はほぼ反射的だった。蜂が皮膚に触れているなら迷わず振り払おうとするかのように、考える時間など存在しなかった。謙吾は急いで水を背中付近に割って入るように生成し、爆発の要領で弾けさせる。理樹の魔術爆弾を制作しているのは謙吾だから、どうやれば水を爆発させられるかも分かっている。

 

「がぁあっ!!」

 

 元々爆弾は中距離兵器。近接戦闘で使うものではない。自身の近くで使用した場合、巻き込まれてしまうことが多いからだ。理樹とコンビを組む場合でしか使用しない魔術だが、この際そんなことを言っていられなかった。この不気味な存在と、無理矢理にでも距離をとらなければ殺される。そんな直感があった。爆発により10メートルは軽く飛ばされた謙吾は、地下倉庫(ジャンクション)のコンピュータにたたき付けられる。

地下倉庫は爆薬の倉庫だが、謙吾たちがいる広間は無数のコンピュータが立ち並ぶHPCサーバー。いわゆるスーパーコンピュータ室。床を抜くレベルの爆発物でない限り、引火はない。

 

(……痛ッ!!左腕が逝ったか)

 

 いた仕方なかったとはいえ爆風で距離を取るなんて元々無理がある。死にはしない出力だとはいえ、爆風を生身で受けてコンピュータに身体を変な姿勢でたたき付けられて左腕一本ですんでマシだと判断すべきか。

 

(後ろを向いていた以上剣では間に合わなかったとは言え……及第点だとはとても言えないな)

 

 

 いや、問題は、

 

(……背後を取られても話し掛けられるまで存在に気づかなかった? この俺が?)

 

 感知できなかったことだ。そういえば、来ヶ谷も話し掛けられるまで気づかなかったとか言っていた。

 あの女がボケっとしていて気がつかなかったなんてずいぶんとマヌケな話だとは思っていたが、そんなわけがない。なにかある。警戒を解かず、必死に情報を集めようとして、彼は思考がとまる事実を聞くことになる。

 

「……お前、誰だ?」

 

(……!ジャンヌも知らないのか!?)

 

 ジャンヌが名前を聞いた。

 ならば、ジャンヌの仲間が駆け付けた、ということではないのだろう。

 第一こんな不気味な奴が不意打ちの爆発程度で倒せるとは思わない。

 距離を稼ぐ目的ゆえにそこまで強く使えなかったということもある。

 疲れでなく冷や汗をかく謙吾が聞くのは丁寧な言葉遣いの言葉だった。

 

「私の名前ですか。そうですねぇ。何ならバルダでいいですよ。ジャンヌ・ダルクさん」

「ふざけるな。バルダは委員会連合を欺くために私がつくった架空の存在だ」

「では、名前をお借りします。はじめまして、バルダといいます」

 

 貴族らしい丁寧な言葉使い。

 この場においては不気味さを強調する部品にしかならない。

 爆風による煙が消えて現れたのは無傷の男だった。

 一本足りとも移動していない。

 

(……不意打ちのあの距離で無傷?バリアでも張っているのか?)

 

 理樹のようなふざけた能力は考える必要はないだろう。あんなのが世界に何人もいたら星伽神社の権威なんて当の昔に失墜している。吹き飛ばされた謙吾は感覚から判断して、おそらく左腕腕の骨にひびが入った。左腕に力が全く入らない。左腕に水を薄く纏い、痛みを鎮火する。あくまでその場凌ぎ。根本的にはなんの解決にならない。右手で『雨』を持ち、謙吾はバルダに向かい合う。怖じけたら負けだ。

 

「宮沢謙吾さん。そういえばあなたには花火大会の夜に邪魔してくださった借りもありましたね」

「その時の復讐か? お前の狙いは来ヶ谷だろ」

「本来の目的は違いますよ」

 

 やつは狙いをあっさりと口にする。

 

「私の組織のことを裏でコソコソと探っているスパイのような奴がいます。私達は目障りな犬を消したいのです」

「スパイだと?」

「私の見立てによると、犬はエリザベス様の手の者だと思っていたんですけどね。……警告のつもりで実際にエリザベス様と接触し、部下について言及してみても手応えがありませんでした。また、あの後彼女の周りについて調べてみても特に何も出てこない。私個人の意見としまして、エリザベス様の来日はイ・ウーを探るようにとのイギリスからの命令かとでも考えていたのです違ったようです」

「……なぜ?」

「元々ジャンヌ・ダルクの計画に対する対応を見て判断するつもりでした。委員会連合へと放ったこちらのスパイからはエリザベス様は白だという報告を受けていますが、私としては正直疑わしい所でしたので。自分で調べてみるのが1番手っ取り早いですからね」

 

 待て、と一息入れたのはジャンヌだった。

 

「……私の計画を詳しく知っているのは峰・理子・リュパン四世と夾竹桃、そしてあの女だけだ。一人はしくじって刑務所だから、お前の理論だと理子かあいつがスパイということになる。あの女がスパイははずがないだろう」

「えぇ。でも、何が原因で心変わりするかわからないものですよ。私は彼女が多重スパイかと疑ったのですが、違ったみたいです。スパイは内部の人間でないことが分かりました」

 

 気になることを言われた。

 

「委員会連合に……スパイがいる?」

 

 どいつもこいつも一癖も二癖もある連中の中に、イ・ウーに精通するスパイがいるということなのだろうか? あんなキチガイじみた連中の中にいて正体がバレていないとしたら、よほど危険な奴だろう。

 

(だからジャンヌ・ダルクはこんな状況を作り上げることが出来たのか?)

 

 ジャンヌはバルダという架空の存在を作り上げた。

 目の前にいる男はバルダと名乗っているが、ただ架空の存在の襲名をしているだけ。別人だ。

 

 ジャンヌの協力者たるスパイがバルダという存在がいることを委員会連中に流し、事件への対応者に制限をかけたのだろうか?

 

 そのスパイの手腕により恭介は白雪の代理運営に回され、風紀の長の資格を取れる実力者はいもしない存在を警戒する護衛役として釘付けにされ、そして、バルダがテロリストみたいなことを始める場合のためにもある程度の人数は残しておかなければならない状況下におかれたということだろうか?

 

「委員長連合にいるイ・ウーのメンバーが、ジャンヌの協力者。そんなこと口にして大丈夫なのか?」

「えぇ。所詮私の言葉です。どうせ誰だかわかりませんし、嘘なら嘘で勝手に疑心暗鬼に陥るのも私的にアリです」

「で、来ヶ谷にはどう思ったんだ?」

「なんとも言えませんねぇ。ジャンヌ・ダルクの計画を知っていた場合、こんな状況にはならなかったはすです。事実、今回来たのはあなただけだった」

「……」

「しかも、星伽白雪さんの捜索に人海戦術という手段を使いました。勿論、あれだけの人数を動かせる能力があるのは見事なものです」

 

 いや、動いたのがうちな残念なクラスメイトたちならレキが賞賛されるべきだろう。いや、勇者村上か。

 

「しかし、人海戦術を取るということは無知だと示していることになります」

「じゃあ知らなかったんだろ。知ってる方がおかしい」

「私にはアピール(・・・・)しているようにも思えるのですよ。私はイ・ウーについてなんか知りません、とね。これではどちらが疑心暗鬼に陥っているのか分からないものですけど」

「考えすぎじゃないか?」

「エリザベス様なら腹芸なんか普通にやるでしょう。ですが、総合的に考えた結果杞憂に終わりそうです」

「なぜ?」

「花火大会の夜、実際に見てみて思ったことは、エリザベス様に関して聞いていた事前情報と実物がどうしても噛み合わない。類い稀なる才能ゆえに誰とも付き合えない一人ぼっち。見かけたときは驚きました」

 

 謙吾が見てきた来ヶ谷唯湖という少女は確かに一人ぼっちだった。授業には出ない、そのくせテストはいつも1番。一年生の時、クラスの女子に嫌がらせされていても何一つ動揺せずに降り懸かる火の粉を消し飛ばしていた。確かに来ヶ谷にはぼっちの素質があるとは思う。

 

(……でも、あいつは)

 

『来ヶ谷さーん!こっちのタコ焼きも食べる?来ヶ谷さんのなくなっちゃったでしょ』

『有り難くいただこう。ほら鈴君!おねーさんが直々にあーんしてやるから膝に座るといい!』

『絶対嫌じゃーっ!』

『ゆいちゃん、変なことをしたらダメだよー』

『だからゆいちゃんは勘弁してくれっ小毬君!!』

 

 楽しそうだった。

 ぼっちを経験している人間は友達なんて数少ないが、その分だけ出来た友達を大事にする。

 ソースは俺。

 

「エリザベス様が白となると、こちらの動きを探っているのは誰だ? いや、どこの組織だ?」

「……お前は、」

「はい?」

「スパイなんて探って何をしたいんだ」

「不安材料を消し飛ばす。エリザベス様が関わっていないななら、それならそれでいい。けど、誰が私を嗅ぎまわっているか確定はさせます」

「ヤバい計画持ちか」

「私は魔術師です。目的のためならなんでもやります。魔術師に自分の目的を捨てろとでも? それは無理な相談ですよ」

 

 魔術師。

 魔術なんて極端な奇跡に望みを求めてしまう人たちだ。

 ただ家の都合で魔術を受け継いだひとたちとも、ただ生まれ持っている超能力があるだけの超能力者(ステルス)とも違う。

 彼らは彼らの、執念がある。

 

「……俺の仲間に、何かするつもりか」

「場合によっては。あなたたちが脅威となりうるのなら」

「……なら、今ここでお前は潰す」

「それは私にも言えること。脅威にならないならそれでよし。あなたはスパイへの牽制に生かしてあげます。脅威になるならここで死んで下さい」

 

 

         ●

 

 

 謙吾は『雨』を右手に構えた。

 左手が使えない以上は片手で持つしかない。

 ジャンヌとの戦いから連戦になるため疲れはあるが、そんな泣き言は言っていられない。

 勝たなければならない場面で負けるのはただの負け犬だ。

 

(勝負は短気決戦が望ましい)

 

 謙吾はバルダまでの十メートル近い距離をゆっくりと詰め、三メートル近くなった瞬間、一気に踏み込んだ。水を纏う謙吾の剣はバルダの胴体に当たるが、手応えがない。

 

「……魔術を使ってこんなものですか?」

「……」

 

 別に謙吾は驚きはしなかった。

 手応えが逃げていく間隔がしたという仲間からの前情報もある。

 

(……手応えはない。けど触れた(・・・)

 

 謙吾は水を操る能力者というより特殊な水を作る能力者。

 麻痺系統の毒のような効果を持つ水を触れさせた。

 

(……俺の剣に触れるだけでバルダの力は自然と抜けていく)

 

 あとは、隙という綻びができるまで続けるだけ。

 イマイチ効いているとは思えない剣劇を繰り返し、その時が来た。

 バルダの足が一瞬ふらついたのだ。

 

「……おや?」

 

 今がチャンス!

 謙吾は一歩踏み込む!!

 

(……攻式、一の型)

 

 謙吾が求めるのは一瞬の勝負。ゆえに使う剣は最速の居合切り。則ち、

 

「――――燕返し!!」

 

 鞘を捨てた剣による居合切り。空気抵抗を最小限にすることにより生み出される最速の剣。

 バルダを殺さないために峰を使用したため威力はわずかながらに下がっているとは言え、人間を吹き飛ばすにはお釣りがくる。

 

「おっと」

「!?」

 

 バルダがとった対応は回避だった。謙吾の剣を紙一重で回避した。

 それも、危ないじゃないかと子供の遊びを微笑むかのように気楽な動作で。

 

(……どういうことだ!? ふらついたのが演技だったとして、『水』を受けたなら回避するだけの力なんてないらないはずだっ!!)

 

 呆然としてはならなかった。そんな暇はない。

 剣を振りきった今、謙吾とバルダの攻守は完全に逆転した。

 バルダは拳で今にも謙吾の顔面を殴り付けようとする。

 どちらかというと素人じみた拳。ただし、触れたらヤバい。ただの拳とは限らない。

 その時だった。

 

 バンバンバン!と銃声(・・)が鳴った。銃弾はバルダの拳を撃ち抜くことはできず、力を失ったように地面に落ちたがバルダの拳をずらすのには充分だった。すぐに謙吾は距離をとり、銃声を主を見る。

 

「悪い宮沢。遅くなった」

 

  人が変わったような雰囲気を醸し出す少年だった。

 情けない様子はなく、頼もしさを見せる少年だった。

 彼は、星伽白雪の大切な人白雪が命に換えても守りたかった人。

 

「……遅かったな」」

 

 遠山キンジ。

 彼はもう、自分の無力を嘆くだけの存在ではない。

 彼はもう、立派な白雪を広い世界へと連れ出してくれる、広い世界への案内人だ 。

 




さて、次回はキンジ回の予定です。
それはそうと、スパイという単語が出てきましたね!!

この時点でわかっているのは、委員会連合にジャンヌの協力者たるスパイが一人いるということ。

イ・ウー関連のことを嗅ぎ回っているスパイがいるということ。

バルダは同一人物だと思ったようですが、スパイが一人なのか二人なのか、楽しみにしていてくださいね!!


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Mission40 遠山キンジVSバルダ

キンジ回です。


 

まず最初に、打ち合わせがあった。

 

「キンジ!白雪!無事だったのね!」

 

キンジが白雪を連れて水没した部屋から脱出したすぐのことだ。

白雪を拘束していた鎖の鍵を魔剣(デュランダル)から取り戻す可能性にかけて謙吾の後に魔剣(デュランダル)の捜索を開始していたアリアと遭遇することができた。

 

「アリア。敵は俺がやる」

「キ、キンジあんた……なれたのね?」

「ああ」

「それで、あいつらどこだ?」

 

魔剣(デュランダル)の呼びかけに応じるように先に行った謙吾の居場所を聞くが、アリアは首を横に振る。

 

「それが、分からないのよ。地下の水の音がうるさくて戦闘音も聞こえないし。この辺りはワイヤートラップが張り巡らされているから違うと思うけど、ともかく罠が多くてね」

 

 謙吾は罠を突破して先に行った訳ではなく、氷によるマーキングをたどっていった。魔剣《デュランダル》が謙吾との直接対決の際に邪魔が入らないようにと謙吾に正解なマーキングをわざわざ残していたのだ。氷のマーキングゆえに、現時点では完全に消えている。

 

「……あっちだよ」

 

 ふと、白雪が指を指す。

 

「あっちから微かだけど魔力を感じる。でもあれ……三種類?」

 

自信がなさそうに白雪は告げる。二つは魔剣(デュランダル)と謙吾で間違いないが、あと一つが分からない。

 

魔剣(デュランダル)の他に誰かいると思うわ。勘だけど、前々から変なやつがいるんじゃないかと感じていたの」

 

キンジと白雪は花火大会の夜に魔術師に遭遇している。あいつだろうか?

 

「……信じてくれる?」

 

アリアは不安げに尋ねてきた。先日『信じられるか!』と相棒に言われてしまったことがトラウマになっている。確かに今だって、気のせいだと言い切ることはできるかもしれない。

だが、キンジはこう言った。

 

「あの時の俺はバカだった、許してほしい。俺はアリアを――――生涯信じるよ」

「しょ、生涯!?」

「たとえ世界中がアリアの敵に回っても、アリアを誰も信じなくても、俺は一生アリアに味方する」

 

アリアはイチゴのように真っ赤になった。

 

「俺と白雪は花火大会の日に魔術師に出会っている。そいつの可能性が高いと思うから、俺と白雪で行く。アリアは伏兵(アンブッシュ)を頼む」

「キンジは超能力を使う相手との相対経験がないはずよね。私が戦ったほうがいいんじゃない?」

「俺は実際に魔術を眼で見てるし、いざという時のスピードならアリアの方が上だ。最終的に決めてとなるのはアリアだ。俺が合図したら、全力で攻撃してくれ。タイミングだが…………俺を信じられるか?」

 

 一生信じるとさえ言ってくれた人を信じないわけにはいかないだろう。

 勿論、とアリアは頷いた。

 

「わかった。合図をするまで絶対に出て来ないでくれ。いくぞ、白雪」

 

 

 キンジは白雪が指差していた方向へと向かおうとする。

 白雪はキンジを追う前にアリアに札を手渡した。

 

「アリア。念のため、これを渡しておくね」

「この札は?」

「貼付けると熱を燈す。超強力なカイロだとでも思っていて」

 

 ありがとう、と受けとったアリアに白雪は微笑んだ。

 

「悪いけど、アリアの出番はないかもよ。私とキンちゃんでやるんだから。それと……お願いしておきたいことがあるの」

「あら。なにかしら」

「潜んでいる間に、魔剣(デュランダル)に奪われた私のイロカネアヤネと探してみてくれない?」

「刀が必要なら私の双剣一本持っていく?」

「私の超能力に耐えられるのは私のイロカネアヤメくらいだから。見つかったらでいいけど」

「じゃあ見つけたらね」

 

 しばらく待つ。タイミングを外してから、アリアはキンジと白雪からワンテンポ遅れて付いていく。

 決して存在を気づかれないように注意しながら様子を見る。

 キンジがリズの仲間の危機を救い、一歩前に踏み出した所だった。

 

(さて、お手並み拝見といきましょうかキンジ、白雪)

 

 

 

         ●

 

 

 彼は、頼もしさを感じさせる雰囲気を醸し出していた。

 

「白雪。下がってろ。まずは俺がやる」

 

 キンジは一人、一歩前へ。背後の白雪を守るような立ち位置だ。

 今の彼に、怯えはない。

 

「まずは、超能力者との戦闘経験がない俺からだな。白雪、お前は見てろ」

 

 一般に、武偵では超偵に勝てないと言われている。

 ならここは白雪が出る場面かもしれないが、相手が何が出来るかをその前に把握しておく必要がある。

 万全の状態で白雪につなぐためにも、まずは彼の出番というのも分からなくはない。

 何より、イロカネアヤメがないのは白雪には致命的すぎる。

 

(……できることなら、俺一人でケリをつけたいが)

 

 そう甘くはないだろう。

 左手にバタフライナイフを展開し、右手にベレッタを構えながら、キンジは前へ。

 

「花火大会の時とは雰囲気がまるで違いますね。何かありましたか?」

「あの時の俺と一緒にしないほうがいい。嘗めていると後悔するぞ」

 

 今の彼は、弱虫ではない。一人の勇敢な戦士だ。

 

 

               ●

 

 前に出たキンジと入れ替わるように下がった謙吾は、近くの壁を背にして座った。

 疲労が溜まっているから、少しでも休んでおいた方がいいという判断だろう。

 

「よぅ星伽。生きているようで何よりだ」

「謙吾くん?……その、左肩……」

「折れてはいないはず。ヒビは確実だと思うがな」

「すぐに私が治療をっ」

「よせ。お前の回復魔術は体力を回復出来ても骨のヒビまでは治せない。痛み止めなら出来てるから気にするな」

 

 謙吾は鎮静作用を持つ水を精製できる。

 痛みを和らげることができるといえば便利そうな気もするが、強力すぎて鎮静されるのは痛みだけではないのだ。左肩付近に集中させたから身体全体としては問題はないが、左手には全く力が入らない。

 

(……肩の状態を抜きにしても全体の疲労度がヤバい。後一回でも魔術を使ったらそれこそぶっ倒れるだろうな)

 

 謙吾と戦ったジャンヌも立とうとして今だ立ち上がれないのはダメージが大きいからではなく、全身に力が入らないからだ。

 

「俺は……いい。お前は俺を無視してでも、遠山だけを見てろ」

 

 今、白雪の大切な幼なじみは戦っている。

 バルダが何をしているかを見つけようとしているのだ。

 

(……ジャンヌのことはしばらく放置していても問題はないだろう。なら今は、バルダが何をしているか考えるんだ)

 

 

 謙吾は今までの情報から考えうる考察をまとめる。

 あいつは何が出来た?

 まず、花火大会からだ。

 確かあの日、空中に風船のように浮いていたような光景を目にした。

 

 風船の原理は浮力だ。

 物質にかかる重力よりも浮力の方が大きくなると、その物質は浮く。

 タンカーなんか、浮力を大きくするためだけに大きな空洞のスペースを設けているくらいだ。

 

(……重力操作?)

 

 花火大会の夜に真人という筋肉を壁にして跳躍した来ヶ谷は追撃の蹴りを入れようとして失敗している。空中に浮いたバルダの足を掴み損ねたことが原因だが、来ヶ谷にかかる重力を増やして片手で支えきれなくした結果だと考えればどうだろう?とりあえずのつじつまはあうような気もする。保留。

 

 次、さっきの相対。

 名刀『雨』による打撃を完全に分散させて、魔術『水』による鎮静作用を吹き飛ばして技『燕返し』を回避した。

 

(……これは重力操作では説明できないな)

 

 保留案消滅。

 第一、身体に入らなくなった力を取り戻すにはそれ相応のパワーアップが必要だ。

 先程考えたバリア案は鎮静作用が働いたことと燕返しを回避した(・・・・)ことから違うだろう。

 何もかも防御できるなら、回避という選択肢は候補にすら挙がらない。

 

 

 最後。

 ローマ正教の連中が隠していた。

 バルダというのがジャンヌによる作る話だったとしても、ローマ正教の連中が情報を開示しなかったのもまた事実。おそらく、ジャンヌが作り上げたバルダというのは目の前に現れた魔術師の話の真実を織り交ぜて作られた存在だ。嘘の中に真実に混ぜるというのは嘘をつく技術としてポピュラーなもの。花火大会までは実在はするけど現れないだろう、という意見だった。

 

(……なら、ローマ正教の連中が言いたくないことってなんだ?)

 

 花火大会の日に元ローマ貴族だということは発覚した。

 ローマ関係の暗部を知られているということかもしれないが、ヒントとなる可能性もない訳ではない。

 

(……身近な例で考えろ。例えば星伽神社にとって公表したくないことは何だ?)

 

 星伽巫女の実態を明かされたら、どこかの教育委員会辺りが黙っていないかもしれないが、今は魔術絡みのことだ。何を思い付く?思い付かないから聞いてみた。

 

「星伽。星伽神社が公表したくないことと言ったら何が思い付く?」

「魔術の理論?」

「歴史的な話でだ」

「緋々……」

「?」

「いや、何でもないです」

 

 このお利口さんに聞くのは馬鹿だったか。

 こうなったら一般論で攻めて行こう。

 例えば、一族皆殺し事件なんかは政府により存在自体をひた隠しにされた。そういう類で何かないか?

 

(……そういえば、星伽神社は陰陽術師を迫害したという話があったな)

 

 あくまで噂話であり、星伽神社は否定している話ではある。どの道真実は分からない。

 平安時代、則ち医学が神様仏様に祈るくらいしかなかった時代において、陰陽術師は活躍していた。

 しかし、その時代くらいでしか陰陽術師の存在は確認されず、現代では生き残っている陰陽術師がいるのかさえ疑問であるくらいの存在だ。陰陽術師はとにかく何でもできたという話もあることから、有能さを警戒された結果抹消されたという説もある。

 

 この陰陽術師抹消案が事実だとすると、そんなことができるのはどこかと問われた場合に消去法にて星伽神社となる。イギリス清教なんて歴史の浅い組織だからまだ誕生してすらいないし。

 

 源氏物語において、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)という光源氏の愛人となった女性は執念により正妻葵の上を生き霊となり取り殺し、死後も死霊となりて紫の上・女三の宮を苦しめるということをやってのけるが、陰陽術師の魔術ではそれが実現可能とされていた。

便利とは、優れているということだけを意味しない。優秀すぎる物は、時に恐怖の対象だ。

 

(……待てよ。有能さでローマで迫害された魔術?)

 

 バルダの名乗った魔術師の魔術は正体不明とは言え便利そうに見える。

 どういう理屈かまだわからないが、衝撃を分散させ、今見てる分には力を増強し――――

 

「……待てよ」

「どうかしたの?」

「気になることがある」

 

 

       ●

 

 

 ヒステリアモードのキンジの戦闘能力は高い。

 強襲科(アサルト)のSランク武偵であるアリアと初めて出会ったときに彼女を子猫ちゃん扱いしたほどだ。

 ハイジャックの際には銃弾をナイフで切る銃弾切りという技を披露している。

 

 だが、相手は魔術師。

 

 銃弾を不意打ちの様に浴びせても効果がなかった敵だ。

 普段防弾制服を着用している武偵であっても剥き出しの顔面に銃を突き付けられたら降参のポーズをとるしかないが、魔術師はそれでも怯まない。

 

 キンジが近距離から銃弾を浴びせても、全く効果がなかった。銃弾はバルダの身体に触れた瞬間に力を失い、重力に従い地面へと落ちていく。どういった魔術をつかっていか今だ不明だが、銃という近代兵器が通用しない相手であることには変わらなかった。

 

 キンジの武装である違法改造のベレッタ・M92F、三点バーストどころかフルオートも可能な代物(キンジモデル)ですらただのおもちゃのようだ。

 

 けど。

 

 それが彼、遠山キンジが敗北することに繋がることを意味するわけではない。

 

 

「――――おおおおおおおおおおおおおぉぉらっ!!」

 

 バルダを殺す、というのならば難しいことかもしれない。

 けれどキンジは武偵だ。殺し屋ではない。ただ、相手を制すれば彼の勝ちなのだ。

 

(銃が効かないから効かないで、やりようはあるんだよっ!!)

 

 キンジは今、銃もバタフライナイフもしまっていた。素手だ。

 

(……真正面からの打撃が効かないなら、関節技に切り替えるまでっ!)

 

 正面からの打撃も、斬撃も無効なら、間接的なものはどうだ? バルダという魔術師は炎を出したり雷を出したりするようなわかりやすい超能力者ではなく、身体自身に何かしているタイプ。つまり、動き自体は一般人のものと変わりなどしない。

 

「…………このっ!」

 

 バルダは武器を持たず、魔術により戦う人物。

 キンジが回避して壁にぶち当たったバルダ拳は壁に亀裂を走らせる。

 破壊力抜群だ。おそらく、魔術で力を増幅している。

 

 当たれば内臓から破壊しかねない拳でキンジを殴るが、今のキンジはヒステリアモード。

 銃弾を対応する彼に通用する拳ではない。

 

「井ノ原のバズーカみたいなパンチに比べたら、どうってことないんだ……よっ!」

 

 キンジは恐れない。

 彼は拳を最小限で回避して、カウンターの要領でバルダの顔面に蹴りを入れた。

 キンジとってはそれは牽制にすぎないものだったのだが、

 

「――――ぐっ!」

 

 効いた。

 

(……ん?効いた?さっきまで効果がなかったのに?)

 

 すぐに蹴りの衝撃が消されていき、バルダの拳が飛んでくるが、再びカウンターで二度、三度と確実に打撃を与えてみる。そのすべてが有効だった。

 

「――――がはっ!」

 

 再び効いた。

 バルダはつまった息を吐き出すような悲鳴を上げる。

 

(銃弾が効かないのに、俺の拳が効いた?)

 

 どういうことかと考えて、ふと思う。今のキンジの攻撃はカウンターによる物。なら、

 

「……お前の魔術、いくつも同時に使えないんだな」

 

 弱点を見つけた。

 カウンター限定とはいえ勝算がついた。

 とはいえ愛銃ベレッタを取り出して戦うことはしない。

 カウンターを狙うのならば、確実性充実で徒手で挑むべき。

 

「この無能力者!邪魔しないでいただきたい!!」

 

 殺気が発っせられた。

 先程まで余裕の表情で飄々としていた魔術師が、弱点が見つけられたことで焦っているのだろうか?

 

「焦れば焦れるほど、拳にキレがなくなるぞ魔術師!」

 

 破壊力満天だとはいえ素人さが残る拳と、カウンター狙いのキンジの拳。

 一撃必殺の拳を持ちながらキンジを捕らえられないというのは、ある意味では必然なのかもしれない。

 

 だって、キンジは武偵であり、バルダは所詮魔術師だ。魔術師というのはそもそも戦闘のプロではない。魔術という便利な技術によりとりあえず戦いも可能というだけで戦闘訓練を受けている訳でもない。バルダの拳に素人さが残るのはそれが理由。

 

 

 対しキンジはこんなでも元強襲科(アサルト)

 最愛の兄の死亡を聞くまでは、憧れを実現するための努力を惜しまなかった人。

 ヒステリアモードという強力な力を持っていることを無視したとしても、戦闘訓練を受けてきた少年。

 

 蹴り技(キック)

 組み技(グラップング)

 極め技(サブミッション)

 投げ技(スロウイング)

 そして、建築物(オブジェクト)地面(グラウンド)を使った戦い方。

 頭突き(バッティング)噛み付き(バイティング)

 

 憧れの兄と一緒に悪と戦うという夢はもはや叶わないけれど。

 もう、武偵なんかやめて一般高校に転校して一般人になると決めてはいるけれど。

 もはや叶わない夢に捧げた時間は、決して無駄にはならないのだ。

 

 

「うおおぁぁあああああああああああああっっ!!!」

 

 決して、無駄なんかじゃ、なかった。





武偵高退学くらってからのキンジをみて、からは素でもそこそこいけると思いました。
努力の成果、という形ですね!


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Mission41 俺の人生

謙吾回です。


 

 

 隠れて様子を窺っていた少女、神崎・H・アリアは素直に感嘆の声を心の中で発していた。

 

(……キンジ。あんたやっぱりやればできる奴じゃない)

 

 魔術師を相手に一歩も引かず、むしろ圧倒している己の相棒を思い、自慢げな気分に浸る。

 何しろこれからはもう独唱曲(アリア)でなく、生涯信じてくれると言ってさえくれたパートナーなのだ。

一件落着したら自慢しようかと思えど自慢できるような仲の友達が殆どいないことに気づく。

 

(……それにしても)

気のせいだろうか?

魔術師(バルダ)と名乗るあの男、どこかで見たことがあるようなないような?

 

 なら、

 

 私は彼を知っているのだろうか?

 それとも彼は私を知っているのだろうか?

 

 

 

        ●

 

 

 キンジの拳がバルダの腹にヒットする。だが、手応えがない。

 手応えがない場合はどうしようもないことが分かっている以上、キンジはすぐに数歩の距離を取った。

 

「だいたい分かった。お前は、衝撃を強めたり弱めたりできるが、二つ同時にできないんだな」

 

 キンジは魔術というものに疎い。

 それはキンジが悪いのではなく、一般の人間みんなそうだ。

 そもそも魔術なんてものが存在することを知る人間なんて武偵だけでもどれだけいるだろう?

 一クラスに一人もいなくても驚くようなことではない。

 彼の所属する二年Aクラスに超能力者(ステルス)なんて――――あ、理子がいたか。

 

 ともあれ、キンジは魔術超能力初心者だ。

 だからこそ思考が柔軟で、どんなことでも驚かずに対応できる。

 何でもアリだと思っている分、魔術という理論の世界にありがちな常識にとらわれずに思考できる。

 

「お前は倒せない相手ではない。大人しく捕まってくれないか」

「……ならば、こちらも絶対に負けない戦い方をすればいいだけですよ。こちらの目的はあなたたちの殺害ではなく調査ですしね」

 

 キンジはバルダから数歩の距離を取った。

 バルダもまたキンジに対して数歩の距離を取る。

 こうして二人は十五メートル近くの距離が開いたことになる。

 

 自然な動作で対等な条件になったと思うだろうか?

 バルダは防御に徹すれば、銃弾を無効化できる魔術を有している。

 つまり、遠距離からの攻撃は危機はしないのだ。

 遠距離攻撃戦で不利になる。

 

「しまった!」

 

 バルダが背後から投げナイフを取り出した瞬間にその事実を悟ったキンジは、ナイフを飛来するナイフを捌く手段に回避を選ぶ。

 

(……アリアに合図して奇襲による勝負にでるか? いや、飛んでくるナイフのスピード自体は一般人のそれだ。おそらく、力を増幅する魔術は使ってない)

 

 なら、力を減衰させる魔術がいつでも使えるということだ。

 投げナイフから逃げるキンジを追い詰めるように、ぐるりと円を描くようにしてバルダも移動する。

 

(どうする?ナイフが無くなるまで粘ってベレッタで反撃するか?)

 

 それともアリアという隠し技をここで出すか。

 思案している最中のことだ。キンジの背後から三枚の札がバルダに向かってとんでいき、札が途中で炎を燈し、サッカーボールほどの大きさになった。

 

(……魔術?けど、意味あるのか?)

 

 白雪が行ったのか宮沢が行ったのかわからないが、キンジには意味がある行動とは思えず首を傾げてしまう。しかし、それが意味があると思い知らされることになった。

 

「……え?」

 

 サッカーボールほどの火の玉をバルダは回避したのだ。

 戸惑うキンジの後ろ、謙吾が確信した表情を浮かべ宣言する。

 

「……回避した、な。お前は火の玉にはそもそも触れることがマズいことだったんだ」

 

 謙吾は、核心を告げる。

 

「お前の魔術は………『黒魔術』だな」

 

 

           ●

 

 

 謙吾は告げる。

 

「カウンター限定とは言え遠山の攻撃が有効だったことから考察できたことは、お前の魔術は万能ではないということだ」

 

 銃弾を無効化にできる壁みたいな能力をつくれるのならば、最初からずっと継続していればいい。

 それだけで絶対に負ける要素はない。

 

「おそらく、力を増幅させる魔術と力を減衰させる魔術は全くの別物というよりは、ベクトルが正反対という感じだ。だから同時に使えない。だからカウンターで攻撃が有効になる」

 

 魔術師というのは基本的に特化型だ。

 炎を扱う魔術師は冷気を扱うことが苦手だし逆もまたそうだ。

 だが、体温を操る超能力者(ステルス)は熱と冷気を両方操ることができる。

 その一方で熱と冷気を同時に扱えない。

 つまり、ベクトルが真逆の魔術両方使えても同時に発動できないのだ。

 

「力を減衰させる黒魔術。力を増幅する白魔術。この二つを同時には発動できないが、片方ずつ切り替えて使ってる。それがお前の魔術の正体だよ」

 

 黒魔術に白魔術。

 神聖ローマ帝国の時代に誕生し、いつ滅んだかは明白にされていない魔術だ。

 白魔術により腕の力を増幅させている瞬間のキンジの攻撃が有効だったのは黒魔術を並行して使えなかったから。花火大会の夜、空中戦で来ヶ谷唯湖を彼女にかかる重力を白魔術により増幅して叩き落とした。銃弾の衝撃を黒魔術により消し去った。

 

 

「炎のサッカーボールを回避したのはそもそも『炎』は触れるわけにはいかなかったからだろ?増減できるのがエネルギー体である以上、そもそも触れたら問題がある魔術には回避しかできないはずだ」

 

 

 理樹みたいなぶっとんだ超能力者が近くにいたことも理解に助かった。

 理樹の超能力は本人の意思とは関係ない常時発動(オートメーション)であるため効果の発動も瞬間的であり、炎ですら熱を感じる前に粉砕できていた。

 

 対し魔術は任意発動の手動発動(マニュアル)であるため発動がコンマの世界で遅れてしまう。

 銃弾対応の時点で誤差の範囲内ともいえるかもしれないが、コンマ数秒の世界は決定的な差を生んでしまうものだ。

 

 キンジと白雪が加勢にくる前の相対で謙吾は鎮静作用つきの名刀『雨』の峰で打撃した際に、結果的に直後の燕返しは回避されたが、直前に水の魔術の鎮静作用が有効だったことは確認している。おそらく鎮静作用で下げられた力を白魔術により増幅したのだろう。

 

「お前は勝てない相手ではない。ネタがバレた以上、有効な戦い方をすればいいだけだ」

 

 謙吾の発言は実質の勝利宣言であり、警告になっていた。

 謙吾たちは炎の魔術を乱発すればいいだけなのだ。

 バルダと名を語る魔術はやれやれとため息をつく。

 

「……バレてしまいましたか。困りましたね。本当に困りました」

 

 魔術師は本当に困ったと苦笑う。

 

「エリザベス様が黒なら黒で今後の方針も決まったものの、結局黒白よく分からず、スパイ牽制のために私の存在を明らかにしたまではよかったが…………私の魔術の正体がバレるのは割に合わないですね」

 

 だから、

 

「ここにいる全員皆殺しにして口封じにするしかなくなったじゃないですか」

 

 黒魔術師兼白魔術師は仕方ないと、ただそれだけの面倒だという気分で恐ろしいことを口にする。

 

「そちらの星伽神社の関係者の二人はともかく、遠山キンジさんを殺したくはなかったのですがね」

 

(……あいつの余裕感はなぜだ?まだ何か奥の手でもあるのか?)

 

 不思議に思う謙吾は、先程のバルダとキンジの戦闘の中でバルダが移動した場所に気づく。バルダの背後五メートル近く。そこに謙吾の水の魔術をもろに浴びて起き上がろうとして起き上がれないジャンヌ・ダルクと聖剣デュランダルが転がっていることに気づく。

 

(……ヤバい)

 

 水の魔術の効果は白魔術により吹き飛ばせることを見ている。

 バルダが五メートル近く一歩で跳躍し、聖剣デュランダルを拾い上げた時点で謙吾は叫んだ。

 

「下がれ遠山っ!!冷気が飛んでくるっ!!」

 

 キンジと入れ替わるように前に出た謙が右手に抱えた『雨』にはすでに目に見えるレベルの大量の水が纏われていた。

 

(……体力を考えたら危険だがやるしかないっ!)

 

「白魔術により増幅したものが、ただの冷気だと思わないで下さいね」

 

 バルダは聖剣デュランダルを一振りした。

 直後、謙吾やキンジたちを目掛けた吹雪が吹き荒れ、銀氷(ダイヤモンドダスト)の世界が完成した。

 

 

          ●

 

 

 (嘘……でしょ? 超能力(ステルス)でこんなことまでできるの!?)

 

 伏兵をしている少女、神崎・H・アリアは目の前で起きた光景に驚愕していた。

 事前に白雪から貰っていた魔術カイロみたいな札のおかげで氷点下となりつつかる環境の中平然としてはいられたが、キンジたちの安否を考えると気が気でなかった。

 

 吹雪が吹き荒れた場所では謙吾が直前にバラまいた水が空中で氷の結晶となり、雪のように舞っていた。

 ダイヤモンドダストという現象だ。

 宝石が舞うような超常的な美しさである。

 観光の最中ならば何分でも見入る光景でも、今はそんなことをしている場合ではない。

 

 

 (……キンジは?白雪は?どうなったの?)

 

 

          ●

 

 

 

 

 カラン、という音がした。

 謙吾が持つ名刀『雨』が右手からこぼれ落ちだのだ。

 ワンテンポ遅れて刀の所有者の肉体もガタンと崩れ落ちる。

 魔術の使いすぎで体力を使いきった結果である。

 

「……宮沢!しっかりしろ!」

「謙吾くんっ!」

 

 呼び掛けられる声に振り返ることすらできていないが、しっかりした声が聞こえるということは俺は吹雪から二人を守りきったということだろう。

 

(……よかった)

 

 彼の前には氷の壁が氷山となり出来ていた。

 今は氷山が壁となりバルダの姿は見えず、追い打ちはかけられない。

 

「キンちゃん!今度はキンちゃんは下がってっ」

「だがっ」

「キンちゃんはアリアと二人でイロカネアヤメを探してきてっ! しばらくは謙吾くんの『雨』を使う。だけど『雨』では本来の力だ出せないし、あれがないとどの道勝てないと思う」

 

 しかし、今の一撃を防ぎきったところで危機には変わらない。

 

 (……俺は、ここまでなのかなぁ)

 

 謙吾は今までの人生を振り返る。

 魔術というものを受け継ぐ特別な環境の中に生まれ落ち、生まれながらの使命を背負わさせた。

 それでも嫌なことばかりでなく、うれしいこともあった。

 

 毎日世界のためだと剣の稽古をしていた日々。

 だけど自分の生涯をかけてまで守りたいものなんて無かった日々。

 そんな中、友達が出来た。あの日のことはわざわざ思い出す必要などない。

 だって、忘れたことなどないのだから。

 

 使命があるから一緒には遊べないと伝えたら、道場破りまで行った根性あるバカどもだ。

 まだ来ヶ谷が、理樹ですらいなかったころのリトルバスターズ。

 恭介に真人それに鈴に俺。まだ四人だけの小さなもの。

 

『お前の親父は、俺達が倒してやったぜ』

 

 白羽取りの特訓をしたとかも言ってたっけか。

 ああ、そういえば真人のバカがタンコブ量産していたな。

 

『お前には、天賦の才があるのかもしれないが、それでこんな暮らしなら同情するぜ』

 

 ああ。全くだよ。

 

『師範ですら勝てなかった俺達に勝てるはずがないって、何かあれば俺にすべて押し付ければいいさ。だから……行くだろ?一緒に』

 

 ああ。連れていってくれ。

 

『そうだ。大事なことを聞いていなかったな』

 

 なんだ?

 

『俺は恭介だ。お前の名は?』

 

 宮沢謙吾。

 

『よし。謙吾。今日から俺達は友達だ。一緒に外の世界というものを見に行こう』

 

 もうどうしようもないくらいだったな。

 あの後たくさん怒られて。

 それでも説教の最中に顔を見合わせては密かに微笑んで。

 

 ちょっと前、ある一件が星伽神社で起きてからずっと考えていたことがある。

 

『結局、俺の人生は幸せだったのだろうか?』

 

 今なら答えられる。

 俺は友達という宝物に恵まれた。

 いつの間にかいることすら『当たり前』になっていたから気づけなった。

 

『当たり前』すぎて、それが大切で特別なものだと気が付かなかった。

 

(……俺はもう、あいつらがいなかった人生なんて考えられないんだな)

 

 恭介。鈴。真人。そして理樹。

 幼なじみ。

 

(変な意地を張らなければ、俺はもっていろんなことを手にできたのかな)

 

 俺はあまのじゃくで。ちっとも素直じゃなくて。

 ピンチになったら助けてと素直に叫べる理樹がうらやましくもある。

 

 だから、最後だというのなら。

 ちょっとだけ素直になってもいいかもしれない。

 

「…………だれか……たすけてくれ」

 

 小さな声で、近くにいたキンジや白雪にすら聞こえない声だった。

 それでも、呼び掛けに応じるかのような反応が起きる。

 ドン!という音が地下倉庫(ジャンクション)に響いたのだ。

 

 

 

         ●

 

 

 ドン! ドンドン!

 銃弾の発砲音のような機械的な音ではなく、床に蹴るような原始的な音が響く。音は一回ではなかった。

 

「……上? 天井からか?」

 

 バルダも。キンジと白雪も。隠れているアリアですら全員動きを止めていた。

 音の発生源は天井。

 原因を探るために全員が見た天井に、ピキッと亀裂が走る。

 

 

『―――――――Guard Skill』

 

 何者かの声が聞こえた瞬間、天井が崩れて銀氷の世界が崩壊した。

 穴があいた天井から人が降ってくる。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 それはほとんど悲鳴であった。

 涙目で悲鳴をあげながら降ってきた人物が落下地点の氷山に激突し、右手(・・)が触れた瞬間に氷山が粉々となりクッションとなる。銀氷(ダイヤモンドダスト)の世界が崩壊し、後にしたのは普通の世界。

 魔法なんて存在しないといわんばかりの雰囲気の世界。

 

 その世界の中心に居座っているのは、

 

「…………理樹」

 

 直枝理樹。

 謙吾にとって大切な友達だ。

 彼は来た。突然いなくたなってしまった友達を連れ帰すために。




ようやく主人公(笑)が出てきました。
こいつ、仕事するのかなあ。


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Mission42 SSSからの使者

 

 

「謙吾大丈夫!?」

 

 倒れている親友の姿を確認した理樹はすぐに謙吾に駆け寄った。

 怪我をしているようではあるが、命取りになるような外傷はないみたいで一安心する。

 むしろ深刻なのは疲労困憊だ。

 

「――――よかった。生きてるみたいだし、間に合ったみたいだね」

 

 理樹は屈んでいた状態から立ち上がり、黒魔術師と向かい合う。魔術超能力問わず粉砕する超能力者である少年と魔術超能力問わず増減する魔術師である男の視線が交差した。

 

 しかし、格別因縁があるでもない二人の視線はすぐに別のものへと向けられる。

 

 

 バルダの視線は穴が空けられた天井に向いていた。

 その天井から理樹に続くように人が降ってきた。

 彼女は悲鳴をあげるでもなく、静かに降りてきた。

 自然な動作で着地した彼女(・・)が呟くのは、

 

「……全く。スカートで飛び降りなんてするようなものじゃないな」

 

 何が入っているかは分からないものの、楽器ケースを背負っている少女の姿がそこにあった。

 彼女が着ている制服の右肩上がりに一つの紋章(エンブレム)が。

 SSS‐Rebels Against The God‐とある。

 

 

 

            ●

 

 

 SSS‐Rebels Against The God‐という紋章(エンブレム)を持つ少女の一人、ユイは強襲科(アサルト)のアドシアード会場にて号泣していた。

 

「どうせあたしなんて……あたしなんてっ!!」

 

 大好きな人から置いてきぼりをくらったことがメンタルにダメージを与えていた。

 あかりと志乃は大粒の涙を浮かべた体育座りを必死に宥めることになる。

 

「だ、大丈夫ですよユイさん!ユイさんもいずれきっと憧れている人の様になれますって!」

「……そんなことは……そんなこと……、きっとありますよねっ!!」

 

 無理矢理PositiveSwitchをオンにしていた。

 

「このあたしユイにゃんもいずれはカッコイイCOOLな大人の女性になれますよねっ! よし、ユイにゃんも張り切っていくぞっ!」

「……キャラがクールとは程遠いし無理じゃね?」

「お姉様! ライカお姉様! キャラ属性チェンジはほど難しいものがないという現実を突き付けてはいけません! 真実は時に人を傷つけるものですから……あれ?」

 

 ユイは再び俯いた体育座りにリターンした。

 瞳には大粒の涙を浮かべている。

 

「ほ、ほら、えと、あれだ。キャラ属性は暴走する方へのチェンジは簡単じゃないか。なぁ志乃」

「なんで私を見るのですか?」

 

 あかりさん大好きお嬢様は首を傾げていた。

 彼女は自身が親友(あかり)のストーカーになりつつある現状を自覚していない。

 

「うわぁああああん。どうせあたしなんてたいしたことないですよ!なんで戦妹(アミカ)にしてもらってるか不明な少女ですよ! どうせ……どうせあたしはキャリアに傷をつけるだけの少女ですよ!!!」

「ユイちゃん、そんなことないよ。私もアリア先輩という掛け離れた戦姉(アミカ)がいるから分かるけど…………あれおかしいな、涙が、」

 

 落ち込んだ体育座りが二人になった。

 あかりの大親友志乃はフォローに入る。

 

「だ、大丈夫ですよ!白雪お姉様がおっしゃっていたことですけど、大事なのは好きなことだって!」

「し、志乃がまともなこと言ってる!?」

「ライカさん失礼な!大好きだからこそ、ストーカー並の行動をとったりすることすら失礼に当たらないと白雪お姉様はおっしゃって――――」

 

 麒麟はうんうんと頷いていた。

 戸惑っているのはどうやら一人だけのようだ。

 いつの間にか体育座り二人は気力を回復していたようだ。

 

「ファンから始まって、追っかけになってストーカーレベルになるのも無理はないことですよねっ!」

「そうそう。私も経験あるよ!部屋に大きなポスター貼ったりとか」

「ぬいぐるみ作ってみたり……」

 

 一歩間違えたらヤバい連中を前にして、ライカはドン引きしていた。

 

「「「ヤッホー!!!」」」

 

 無駄にハイテンションになった三名は冷静さを取り戻すのにしばらくかかった。

 

「あーすっきりした」

「はしゃぎすぎましたね」

「そうだね。ライカも麒麟ちゃんもゴメンね」

「仕方のないことですわ。麒麟もお姉様のことを語れと言われたら数時間はかたっ―――」

 

 顔を真っ赤にして己の戦妹(アミカ)、島麒麟の口を封じたライカは、話題を変えるための標的をユイへと向けた。

 

「えっと、ユイだったか?お前の戦姉(アミカ)はどんなやつなんだ?強いのか?」

「格別戦うタイプということでもないんですけど――――超強いですよ。少なくとも、うちの組織(SSS)の頭の残念な野郎どもじゃ勝ち目はないくらいには」

 

 

        ●

 

 地下倉庫(ジャンクション)にいる人物の視線は皆、一人の人物へと注がれていた。

 その少女は別に殺気を放つわけでも警戒心を表にするでもなく、あくまで自然体で降臨する。

 敵か味方か。

 涙目で一緒に落ちてきた理樹が平然としていることから少なくとも味方だろう、とキンジは判断する。

 

「お嬢さん」

「…………」

「お嬢さん?」

「ん、あたしのこと?」

「そうですよ、美しいお嬢さん。貴女は一体……」

「初対面でお嬢さんなんて言葉使う奴始めて見たな。さてはお前、口説き魔か?」

「女性はすべからく美しいものです。女性を褒めることが口説くことにはつながりません」

「ははーん。さてはお前、未来は人妻に手を出してナイフで刺されるタイプだな」

「女性を両手で抱いて死ねるなら本望ですよ」

「死因Jealousyで死ぬなよ……マジで」

 

 ヒステリアモードは女性に優しいモードだ。女性を褒め倒すことなでざらである。その過程で女性という女性をいいたり状態にしてきたキンジは一切の混じり気ない可哀相なものを見る視線を本気でぶつけられてメンタルダメージを負った。なにせ、お嬢さんとか言えば大抵の女性は照れるものだが、彼女は全く照れなかったのだ。年上美人に手を出すのは控えようとかも考えてしまったくらいだ。

 

「……待って下さいよ」

 

 キンジを現実に引き戻したのは、白魔術師の声だった。

 

「なんであなたが出てくるのですかっ!」

 

 バルダは、この少女を知っていた。

 

「仲村グループのところの人物が、なんでこんな場所にいるのですか?場違いでしょう」

「別にあたしは組織として来たんじゃなく、個人的に呼ばれたからせっかくだしな。戦妹(アミカ)連れてアドシアード見に来ただけだからな」

 

 チッ、と舌打ちした白魔術師は再び聖剣デュランダルを振るった。

 もう冷気が大して残っていないのか、先程の吹雪のような規模ではない。

 

「あらら」

 

 小さいけれど強力は冷気は乱入してきた少女に直撃した。

 

「おまえら何もしなくていいからな」

 

 足元からピキピキ凍っていく少女は大して、というか全く危機感を抱かないまま理樹たちにそう言って、そのまま氷漬けになった。

 

 

         ●

 

 バルダは近くにいるジャンヌの側まで行き、ジャンヌに触れて白魔術を発動させた。

 謙吾の水の魔術の鎮静作用を吹き飛ばすためだ。

 吹き飛ばすことができると、自身の身体で実証している。

 

「この剣は返しますよ。これは貴女のものです」

「……一体なんのつもりだ?」

 

 バルダが戦闘を行い理由は最初はただのスパイへの牽制のためだった。しかし今は理由が変わっている。黒魔術と白魔術を扱いということを知られるのは割に合わないから皆殺しにしてやろうということだった。おそらく、その皆殺しの対象にはおそらくジャンヌも入っていた。

 

「この場で私について判明したことは、私が白黒魔術師であることのみです。バルダという名前は貴女が勝手話の空想でしかないですし、貴女が私が白黒魔術師だと宣言しない限りはイ・ウーの連中にも正体がバレませんよ」

 

 つまり、バルダは暗黙の了解の下にこう言っているのだ。

 自分に関することはすべて見なかったことにしろ、と。

 犯罪というものはバレなければ罪に問われることはない。

 宮沢謙吾も、星伽白雪も。

 遠山キンジも皆殺しにしてジャンヌ自身が黙っている限り、自身は狙われることはない。

 

「宮沢謙吾はすでに戦える状況にないため彼へのリターンマッチは果たせませんが、雪辱を果たす機会も得られたのですから、いい取引でしょう?」

「……確かにな。悪くない」

 

 あのままの状況だと、ジャンヌはバルダに殺されていた。雪辱の機会とジャンヌのバルダからの身の安全が保障された今、天井を破って降りてきた乱入者には命の恩人として感謝するべきなのだろうが、

 

(……あいつ、そんなに危険な奴なのか?)

 

 すでに氷漬けになっている段階で勝負ありのはずだが、勝負がついていないことがすぐに証明された。

 ピキ、と氷にヒビが入ったのだ。

 

 そしてパリンッ!と全身の氷が砕けちる。

 

「いきなり何するんだ、危ないじゃないか」

 

 先程まで氷の中にいたとは思えないほど楽な声だった。

 彼女はキンジたちに振り向いて言う。

 

「君らには自己紹介がまだだったな。あたしはSSSの岩沢まさみ。来ヶ谷なんかからはまさみ嬢とか呼ばれてるけど、お嬢さんじゃないぞ」

 

 

 

         ●

 

 

 SSS、と聞いて反応があったのは白雪のみだ。キンジは首を傾げている。

 

(SSSって確か……)

 

 星伽巫女としての仕事をしていた頃に聞いたことがある組織の名前だ。

 確か、魔術師の集団だとか聞いている。

 その実力は、、

 

「『魔女連隊』と全面戦争すら可能とさえ言われている、あの?」

「……さすがにそれは買い被りだ。ゆりが旅に出た今、うちにはバカしか残ってない。うちの組織の弱点はアホなことだし……あ、それは昔も今も変わらないか」

 

 まだ話の途中だが、バルダが突っ込んできた。

 空中に浮きながら、低空飛行の航空機のような勢いで一直線に岩沢に向かっていく。

 

「さて、この状況で『Howling』なんか撃ったら巻き添えがでるな。つまりおまえら邪魔だから……とっ!」

 

 岩沢はロケットのような勢いのバルダをしゃがむことで回避し、

 

「Guard Skill―――『Over Drive』」

 

 バルダを下から蹴り上げた。

 銃弾すら無効にする白魔術を発動した身体をそのまま吹き飛ばすだけの威力がある蹴りだ。

 バルダは彼女が乱入者してきた天井の穴を通り抜け、上の階へと強制的に移動することになる。

 

「じゃ。あたしは上行くから、お前ら達者でな」

「あ、あのっ! あの魔術師は白黒魔術師です」

「白魔術に黒魔術? レアなもん使う奴だな。ま、魔術師の相手ならあたしみたいのに任せときな。あの手の人間の思考なら熟知しているから。じゃあな」

 

 彼女はそのままただのジャンプにより天井まで上がっていった。

 天井にあいた穴から上の階へと二人の魔術師はすぐに消え去った。

 

「さて、向こうは任せてこちらも始めようか」

 

 消え去った二人のことなどさっさと頭から消した理樹は、聖剣デュランダルを構えたジャンヌに向き合う。

 バルダを追って行った岩沢まさみが心配という気持ちは彼には存在していない。

 存在しているとしたら、嫉妬だろう。

 彼女は魔術師が来ると聞いて恭介がとりあえずといえど呼んでおいた存在だ。

 つまり、恭介に頼られることができるだけの実力を持つ存在。

 

 恭介は理樹にとっての憧れであり、また同時に大切な友であり仲間であるが、恭介の実力に理樹は正直ついていけていないのだ。

 

 恭介はいつも一人どこかに行ってしまうことが多い。

 

 一人で仕事をするのは学年が一つ違うということも大きいけれど、実力差があることもまた事実。

 

「僕も負けてはいられないな」

 

 対抗心を燃やせ。

 理想を現実のものとしろ。

 

「僕は、リトルバスターズだ」

 

 




主人公が活躍する……そんなことはありませんでした!
次回に期待しましょう。
でもこいつ、活躍できるのかなぁ?


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Mission43 幼馴染キンジ&白雪

 

(やっと見つけた!白雪の刀!)

 

 神崎・H・アリアは白雪からの頼まれごとであったイロカネアヤメの捜索に成功していた。

 白雪の話によると、白雪の超能力に耐えられる刀はこれくらいらしい。

 魔術というものに疎いアリアでも、刀の質は重要であることは理解出来る。

 オカルトが絡む以上、やはり質は最高峰ものを使うべきなのだろう。

 

(……見つけたのはいいものの、どうしようかしら?)

 

 勿論、このまま刀を白雪に届けるべきなのは事実だ。だが、今アリアは隠れている状態。存在自体を悟られていない。今のアリアの状態は一瞬のアドバンテージだ。アドバンテージを失ってでもイロカネアヤメを白雪に届けるか、アドバンテージを維持する方向で行くか。

 

(……私の強襲と同時に白雪にこの刀を投げ渡すのがベストかしら)

 

 そうなると、隙ができるまではアリアは動けないということになる。そもそもジャンヌとキンジたちの戦いが超能力(ステルス)によるワンサイドゲームになるならそんな贅沢は言っていられない。アドバンテージを失ってでもイロカネアヤメを届ける必要がある。

 

(とりあえず……あいつ次第か)

 

 直枝理樹。

 彼がどんな仕事をするかで、今後の行動が動く。 

 

 

 

          ●

 

 

「直枝理樹……だったな。お前を倒せばここを制したも当然だな」

「あれ?意外と僕のこと好評価だったりするのか。参ったな」

 

 ハイジャックの際に理樹が理子に勝てたのは相性と偶然と油断の産物だ。

 もう一度戦えば確実に負ける。土下座ルート一直線だろう。

 

(油断してくれたほうが楽だったんだけどなあ)

 

 理樹としてら嘗められることを屈辱と感じることはない。

 むしろ、油断してくれてラッキーとまで考える口だ。

 警戒されるのは普通に困り、彼は照れではなく純粋に弱った顔をする。

 

「今だ姿を見せないホームズも、遠山キンジも所詮は私の超能力の前に無力。イロカネアヤメのない白雪は戦力にならないし、宮沢謙吾はすでにリタイアだ。なら、後はお前だけ。お前……なんの超能力者(ステルス)だ?」

「……さぁ、なんの話?僕は超能力捜査研究科(SSR)にしたらお情けEランクの人物だ」

「しらばっくれるなよ。ただの武偵相手に理子が遅れをとるはずがない」

「僕は普通に負けましたが、何か?」

 

 生きているのは理子のお情けだ。

 理子は理樹を殺す機会があったのだ。

 

「そういえば、理子さん元気?」

「考え事をしているようだがな。―――まぁな」

「そう。ならよかった」

 

 端からみたらおかしな会話だ。

 理樹は自分を殺しかけた人物の様子を聞いて、元気そうならなによりだと言ったのだ。

 ひょっとしたら、彼もどこかおかしな存在なのかもしれない。

 それとも、殺されかけたことすら些細なことだと考えてしまうほどバカなのだろうか?

 馬鹿なのか大物なのか、どっちなのだろう。

 

「……じゃあ謙吾。バトンタッチだ」

「……あぁ」

 

 床に倒れている謙吾の手を握った後、理樹は視線はジャンヌから反らさずにキンジに話しかける。

 

「僕がスキをつくるから、後はよろしく」

「お前、勝てるのか?」

一対一(サシ)なら多分勝てない。けど、負けはしないと思う。第一、僕の勝利条件は勝つことじゃない」

 

 理樹の援護に回ろうにも、キンジの銃弾の残弾は少ない。

 バルダとの戦いを途中から素手に切り替えていたとは言え最初は銃を使っていたのだ。

 今援護に銃を使うと、最後の勝負所でキンジは決め手がなくなってしまう。

 

「君は武偵では超能力者(ステルス)に勝てないと思っているようだけどさ、」

 

 理樹とジャンヌの距離は五メートル近く。

 剣で踏み込むには一歩では足りない距離。

 つまり、

 

「筋肉の力をバカにすんなよっ!」

 

 直枝理樹も十分オカルトじみた超能力者。

 しかし一般的超能力者(ステルス)からは掛け離れている能力者。

 キンジの遠山一族の遺伝体質であるヒステリア・サヴァン・シンドロームのような体質と表現した方が近いかもしれない。

 

 何せ、本人もよく分かってない能力なのだ。いつから備わっていたかも不明。

 理樹の能力はあくまで相対的能力であるため、彼の戦い方は超偵より一般の武偵に近かったりするのだ。

 

 だから。

 

 彼は五メートルという一方的に銃撃できる距離において、普通に科学の力を選択する。

 

「筋肉関係ねえ!?」

 

 バンバンバンッ!

 

 六連早打ち。

 一方的な銃撃が、ジャンヌを襲う。

 ジャンヌは聖剣デュランダルで銃弾を弾き飛ばすという達人技により対応する。

 銃撃を防ぎきった後は、攻守のターンが入れ替わる。

 理樹が使う銃コンバット・マグナムは回転式である。

 彼はマグナムを選んだ理由は特殊弾を多用することと不意打ちの全力攻撃には自動拳銃よりも早いからだ。

 

 回転式の銃の、一発一発の銃弾を好きなように特殊弾を自分で込められるという利点があると同時、最大連射数において自動拳銃に劣るという弱点にがある。

 

 直枝理樹の持つ回転式拳銃(リボルバー)コンバット・マグナムの装弾数は6発。

 峰理子の持つ自動式拳銃(オートマティック)ワルサーP99mp装弾数は15発。

 

 連射力という観点にいて、どうしても自動式拳銃に見劣りしてしまう。

 となると当然、リロードにも時間がかかってしまう。

 理樹がリロードを完了することには、ジャンヌは既に剣撃の射程に理樹を捉えていた。

 デュランダルを振りかぶるジャンヌに対し理樹がとった行動は冷静なもの。

 一歩後ろに引く程度の最小限の動きで、彼は回避に成功する。

 

 直枝理樹という少年はあくまで探偵科(インケスタ)

 にもかかわらず理子にもジャンヌに対し一歩も引かず相対できたのは彼が特別な超能力を持っているからではなかったのだ。

 

 彼の強さの理由は、ただ仲間に恵まれたこと。

 

 銃技には棗恭介。

 剣術では宮沢謙吾。

 格闘技術は井ノ原真人。

 

 トップクラスのレベルを傍で見続け、尚且つそれらを仮想敵としてそばで見続けてきた少年。

 

 だから、単純な剣技において宮沢謙吾に勝てないジャンヌ・ダルクの剣は理樹にとってはいつもより優しい一撃なのだ。

 

 剣士との戦いも身体が慣れている。

 何回も謙吾に鍛えてもらった動き。

 

 ハイジャック時にアリアを圧倒できた理子相手に一矢報いることができたのも、それを考えたらただの偶然だけじゃないのだろう。

 

「謙吾より楽な剣だ魔剣(デュランダル)っ!」

 

 理樹はすでにリロードを完了している。

 もう一回六連早撃ち。

 

 先程と変わらずジャンヌは聖剣デュランダルで弾くが、理樹の口元は緩んでいる。

 

(……銃声は六回。弾いたのは五回。後一発は?)

 

 ほぼ同時に放たれた六発のうち五発も対処できている時点でジャンヌも達人と言えるが、ジャンヌは五発の対処のうちにあさっての方向へと放たれた一発を見逃してしまう。

 

(……待てよ。こいつ確か)

 

 ハイジャックの際も似たようなことをしたという理子からの事前情報がある。

 連射した銃弾の中に特殊弾を忍ばせていたという。

 

 悪寒を感じて後ろを視線を向けると、頭に一直線に跳んでくる銃弾を確認した。

 ゴム製特殊弾。

 高い反発係数と素材により、当たっても大丈夫な弾。

 

 武偵は人を殺せないが、死なない弾で容赦なくむきだしの部分を狙ってきた。

 

「ナメるな直枝理樹っ!!」

 

 ジャンヌは背後からの銃弾を無視して理樹に切り掛かる。

 不意打ちの銃弾はジャンヌが皮膚に展開した氷の鎧により止まった。

 

「嘘ぉ。そんなことができるの?便利な能力だなぁ」

一発、二発と連続の刃から逃げ惑う中、彼はポケットから丸い球を落とした。

 

「お前が爆弾魔だということは知っている!!」

 

 理子は不意をつかれて負けた。そのスキを作ったのは爆弾だと聞いている。どういうわけか自爆覚悟の爆発の中無傷でいられる超能力を持っていると聞いているが、私は理子とは違う。

無傷でいられることを知っている。

 

「『ラ・ピュセルの枷』罪人とされ、枷を科される者の屈辱を知れっ!」

 

 今まで超能力を使わずに溜めていた分、強力だった。

 三メートルくらい離れた理樹の足場ごと、理樹の落とした球が凍りついた。

 足を氷が張り付いているため彼はもう逃げ回れない。

 

「直枝っ!」

 

 ルームメイトのキンジの呼ぶ悲鳴が聞こえるが、理樹は相変わらず口元が緩んでいる。

 

「――――爆弾だと思ったでしょ?」

 

 動けない理樹に止めを刺そうとしていたジャンヌの目の前で、落とした球が光り輝く。

 

「閃光弾は凍りつこうが関係ないでしょ。『光』が凍るわけないんだから」

 

 とっさに眼を閉じたものの、強烈な光はジャンヌの世界を一色にする。

 

(……何も見えないが、動けない標的の場所くらいはわかるっ!)

 

 理樹は足元が凍りついて動けない。

 光り輝く閃光の中、ジャンヌは動けない標的を切り付ければいい。

 武偵が人を殺せないが以上、下手に銃で反撃もされない――――はずだった(・・・・・)

 

 ジャンヌは止めの一撃を空振りしたのだ。

 

(……この私が、標的の場所を見誤った?有り得ん!)

 

 真相は理樹が閃光の中、自身の超能力で足元の氷をさっさと破壊して逃げただけだが、理樹の能力を詳しく知らないジャンヌにはそのことに気づかない。

 

「……くっ!」

 

 閃光が晴れる。

 そしたら次は、

 

(……霧?)

 

 目隠しのためか世界が曇っていた。

 宮沢謙吾が扱う魔術は、水。

 謙吾がノックアウト状態だとしても、謙吾から霧をつくる魔術を学んでいてもおかしくはないが、

 

(……私が冷気を操ると知っていて、霧なんて作るか?)

 

 氷とは水が凝縮したものだ。空気中に水分が多ければ多いほど、氷は作りやすくなる。

 疑問を覚えたその時だ。シューッという放出音を聞いた。

 疑問に感じる時間は本来ジャンヌはつくってはいけなかった。

 ジャンヌはさっさと口元を抑えるべきだった。

 呼吸に不都合が生じてきた。口の中がむせる。

 

「あの野郎っ! 粉塵タイプの消火器を私に向かって放出したなっ!!」

 

 ここは地下倉庫(ジャンクション)

 万が一引火したらドッカーン!であるために消火器は探せばすぐ見つかる場所にある。

 

 ゴホゴホと詰まった咳をしていたら、消火器による擬似的な霧も時間とともに消えうせた。

 そこには、

 

「もう……やめようジャンヌ。私は誰も傷付けたくないの。それが例えあなたでも」

 

 イロカネアヤメを手にした白雪が、そこにいた。

 決意を秘めた瞳で、ジャンヌの前に立っていた。

 

「傷付けたくない……か。笑わせるな。お前は超能力(ステルス)くらいしか取り柄のない。大粒の原石と言えど、お前ではイ・ウーで研磨された私を傷付けられないさ」

「私は(グレード)17の超能力者(ステルス)だよ」

 

 (グレード)

 魔術師では超能力者(ステルス)には勝てないとされる理由の一つがこれ。

 コンデンサーに電気容量があるように、人間にも魔力容量が存在する。

 その大きさを(グレード)という単位で表していた。

 超能力者(ステルス)とそうでない者では、そもそも精製できる最大魔力が違うのだ。

 だから元が一般人たる魔術師では超能力者(ステルス)に一般的に勝てない。

 

 

「―――ブラフだ。G17など、この世に数人しかいない」

「あなたも感じるはずだよ。星伽に禁じられているけど……この封じ布を、解いたときに」

「仮にそうだとしても、お前は星伽を裏切れない。裏切れるなら宮沢謙吾のようになっているはず」

「――――謙吾くんには引け目がある。謙吾くんは星伽神社を憎んでいるんだと思う。きっと私も……嫌われている。でも、来てくれた」

 

 白雪にとって、謙吾が助けに来てくれたことは正直意外だった。

 中学の時のある一件以来、明白な溝が出来ていたからだ。

 

「友達の力って、すごいんだね。私は今まで気づかなかった」

 

 理解を求めるでもない言葉。

 

「普段の私は臆病者。自分より偉大な人達の影に隠れているだけの小さな存在。でも今は、星伽のどんな掟だって破らせるたった一つの存在が、そばにいる」

 

 謙吾の傍には常にリトルバスターズがいた。

 そして白雪の傍には……今はキンジがいる。

 理樹が謙吾のもとに駆け付けたように、キンジが白雪のもとに駆け付けた。

 

「キンちゃん。今から私、星伽に禁じられた禁制鬼道を使うよ。だけど……」

 

 

 キライにならないで欲しいな。

 そのセリフは言葉にならなかった。

 でも、

 

「安心しろよ。俺達二人は幼なじみだ」

 

 リトルバスターズ。

 元は幼なじみの集まりからできた集団。

 彼らのように遠慮なく笑い合えたらどんなに素晴らしいことだろう。

 

「早く帰ってこいよ」

「……うん」

 

 白雪は髪に留めていた白いリボンを解いた。

 

「すぐに、帰ってくるから」

 

 白雪は、もう迷わない。

 ちなみに理樹は粉末消火器の粉を吸ってしまい、謙吾の傍でゴホゴホとむせていた。

 いろいろと残念な奴である。

 

 




どうですか!
これが最近ニートだった主人公のちか……らです。はい、ホントもう。


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Mission44 焔の魔女

 

 かつん、と白雪は赤い鼻緒の下駄を鳴らして白雪は刀を構えた。

 その構えは普段の八相とは違ってる。

 柄頭のギリギリ先端を右手だけで握り、刀の腹を見せるようにして横倒しにして頭上に構えている。

 剣道、とはおそらく言えないだろう。

 

「ジャンヌ。もう、あなたを逃がせない。星伽の巫女がその身に宿す魔術を見るからだよ。流派は鬼道。そして魔術では歴史がモノを言う」

 

 アリアは150年。

 ジャンヌ・ダルクは600年。

 

「私たちはおよそ2000年。魔術は生まれたのが早ければいいというものではない。千年前に滅亡した陰陽術師の例から分かるように、魔術を受け継いだ年数はそのまま強さの証明となる」

 

 白雪の刀、イロカネアヤメの先端にゆらっと緋色の光が灯る。

 その名は(ほのお)

 

「『白雪』っていうのは、真の名前を隠す伏せ名。私の(いみな)、私の正体は――――緋色の巫女。『緋巫女(ひみこ)』の襲名者」

 

 白雪は床を蹴り。火矢のようにジャンヌに迫る。

 イロカネアヤメとデュランダル。

 二つの剣は宝石のようなダイヤモンドを散らし、瞬時を蒸発させながら交差する。

 

 白雪の刀は、傍らのコンピューターを音も立てずに切断する。

 原料は単純で、高熱でコンピューターを溶かしているから音がでないのだ。

 

 片や、すべてを燃やし尽くす熔解の剣。

 片や、すべてを凍らせる冷却の剣。

 

 二人の超能力(ステルス)が対称的なのは偶然ではない。

 

「炎……!」

 

 初代ジャンヌ・ダルクは火炙りにあって処刑されたと歴史にある。

 それが影武者であったとしても、自身を殺しかけたものが怖かった。

 だから氷の魔術が生まれた。

 恐怖という名の挫折から誕生した魔術。

 

「星伽候天流初弾、緋絃毘(ヒノカガビ)。次は緋火虞鎚(ヒノカグチ)。それで、おしまい。このイロカネアヤメに斬れないものはないもの」

「それはこちらのセリフだ。聖剣デュランダルに斬れないものはない」

 

 火に怯えたかのように見えたジャンヌの瞳には闘志があった。

 ジャンヌの魔術は元々火への対抗策として生み出された魔術。

 星伽巫女の炎に対抗できれば、魔術としては申し分ないことの証明になる。

 もともと。炎を克服するために白雪を狙ったのだ。ここで怖気づいてどうする!

 

「……ふん。おもしろい。この戦いで、我が一族の魔術の研究の成果が実証されることになろう。火を討ち滅ぼす。そのための魔術なのだからなっ!」

 

 ギン!ギギン!

 二人の刀を何度もぶつかり合って激しい音を立てるが刀自体には傷一つとして変化はない。

 熔解の剣が凍ることはなかったし、冷却の剣が燃えることもなかった。

 

「うわー。割って入りたくないなー。割って入ったらこれ絶対死ぬよね?ね?」

 

 この上なく臆病なことを言っている少年は、彼女たちと同じく剣の専門家に尋ねる。

 

「理樹の右手で触れたらあの氷の剣は普通に無力化できるとは思うが……」

「あれに触れって? やるとしたら右手一本の白羽取りになるし、あのレベルのを白羽取りするのは……博打になるな。それよりどんなものなの? 星伽さん勝ってる? 勝ってるよね? ねぇ?」

「俺は星伽巫女の魔術について知ってるが――――あれはとにかく質は最高級だがコスパが最悪なんだ」

 

 百点満点のテストにおいて、二十点を四十点にするのは簡単なこと。

 しかし、八十点を九十点にするのは至難の技。

 つまり、最高級の技は、質を一ランク上げるだけでとてつもない苦労がかかる。

 

「俺は体力にモノを言わせて魔術を使っていたが、星伽は多分、すぐにバテる。長くはこの戦いは続かないぞ」

 

 超偵は強い。

 けど、扱う魔術というものはつきつめれば学問に過ぎない。

 理論に基づいて発動しているのだ。

 魔力精製作業を身体の内側で行いつつ外では戦闘を行いとしたら、身体の内と外の両方で動いているようなもの。体力消費を考えたら、長くは戦えないのは必然である。

 

(……なら、謙吾。不意打ちの全力攻撃をするべきタイミングは分かるね)

(あぁ、もちろん、俺は身体がもう動かないが、今みたいにアイコンタクトでなら行ける)

 

 アイコンタクト会議。

 長年一緒にいたからこその芸当だ。

 

「遠山くん。僕がジャンヌの攻撃はなんとかするから、やってくれるね」

「もちろんだ。そもそもこれは俺の仕事だ」

 

 

         ●

 

 

 炎と氷の戦いは、もうかつての勢いはない、

 白雪は息をとめているかのように、歯を食いしばりながら刀を奮う。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 対するジャンヌも尻餅をつくような形で、壁際に倒れた。

 

「お前は氷砂糖のように甘い女だな。私の肉体ではなく、聖剣デュランダルばかりを狙う。私の聖剣を斬ることなど不可能だというのにな」

 

 白雪がピンチだ。

 キンジは今すぐにでも駆け出したい衝動を必死に抑える。

 理樹と謙吾。

 この二人が、幼なじみという築きあげた年月が、まだだという。

 

 白雪もジャンヌも、ろくに力は残ってない。

 なら、最後に溜めた一発をどう使うか?それが勝敗を分ける。

 チャージが早かったのはジャンヌだった。

 バルダが白魔術により冷気を強めた時のような冷気が放出され始めた。

 再び、ダイヤモンドダストが舞い上がる。

 これが、銀氷(ダイヤモンドダスト)の魔女。

 

「銀氷となって散れ――――――『オルレアンの氷花』」

 

 デュランダルが青白く輝きだす。その瞬間だった。

 

(いけ理樹!)

(オーケー謙吾っ!)

 

 理樹が駆け出した。

 

 

      ●

 

 

 白雪との戦いに集中していたジャンヌは、理樹の接近にハッとした。

 先程から消火器ぶっかけられたり、あの少年はバカというか斜め下の行動をとる。

 普通の思考では読みきれない。だから、先に排除しようと決める。

 

「お前は邪魔だっ!すっこんでいろっ!」

 

 冷気が理樹に向かって一直線に跳ぶ。

 力を溜めていたために、人間すら凍らせるほどの冷気だったはず。

 理樹がとった行動は、右手を前に出したままひたすら前進するだけ。

 理樹を盾にするように、キンジも続く。

 

「知らないようだから教えてあげるけど――――僕は、超能力を過信するタイプにはやたら強いんだ」

 

 冷気の勢いに身体が後ろに押されるものの、理樹の右手は冷気を粉砕する。

 パリンッ!と銀氷(ダイヤモンドダスト)が飛び散り、見ている者を魅力する光景だ。

 

(いくぞアリア!!)

(えぇ!キンジ!!)

 

 少し後ろに押された理樹と入れ替わるように、キンジが前に出る。

 キンジとアリア。

 かつて魔剣(デュランダル)の存在の有無で喧嘩した二人は、再び信頼を取り戻した。

 

 まずはキンジからだ。

 ベレッタ・M92F、三点バーストどころかフルオートも可能な通称キンジモデル。

 三点バーストモードのベレッタにて、ジャンヌの正中線を銃撃する。

 ジャンヌはその三発を、既に引き戻していたデュランダルで弾く。

 コンバット・マグナムによる縦断を弾いていたのを見ていたキンジにはそんなことなど予想の範囲内。

 

(……こっちに集中したな)

 

 元々本命は、

 

「行けアリアっ!」

 

 アリアの強襲だ。

 キンジより。理樹より。

 誰よりも強襲に慣れている少女は、背中から寸詰まりの日本刀を二本抜きつつ、銃弾のように飛び出した。

 

「このっ!ただの武偵がっ!」

 

 ジャンヌは謙吾には及ばずとも、白雪と互角に戦える剣の達人。

 しかし、アリアも天才だ。

 キンジに意識が行っていた一瞬の分だけ、アリアの分があった。

 足元を二刀流で払う攻撃。

 防御が出来ないなら、跳躍して回避するしかできない。

 

「――――甘い!」

 

 ジャンヌの跳躍した先にはキンジがいた。

 迎撃するキンジの銃弾を剣で受けながら、その力を使って剣身を大きく回転させ、脳天目掛けて斬り下ろす。攻守のターンが入れ替えられ、ジャンヌはしてやったと笑うが、アリアにも悔しそうな表情はなく、むしろ楽しそうだ。

 

「何を笑ってる?」

「そりゃ嬉しいわよ。だって今のあたしは、一人であんたを倒さなくていいもの」

 

 今まで一人で何でもしてきた少女は、こんな状況でも楽しそう。

 何でも一人でやれるからといって、それがうれしいこととは限らないのだ。

 

 神崎・H・アリアにしろ、来ヶ谷唯湖にしろ。

 一人で何でもできるような天才だって、誰かと一緒にいたいと思うものだ。

 天才だと持て囃され、別世界の住人のように捉えられとも、人間であることには変わりなどないのだから。

 アリアが自分のパートナーを見つめた先には――――白羽取りで魔剣、デュランダルを受け止めていた遠山キンジ(パートナー)の姿があった。

 

「…………バカめが。触れたな(・・・・)。ちょっとくらいは使えるんだ」

 

白羽取りされた態勢のまま、ジャンヌはほとんど残ってない冷却の効果を発動させる。人間をまるごと凍らせることは無理でも、雪だるまに手を突っ込んだ時ぐらいに手をかじかませることぐらいはできる。手がかじかんだ状態で銃など撃てるはずのないのだから、これで一人、葬った――――はずだった。

 

「君は、超能力(ステルス)を過信しすぎたんだ」

 

 キンジのすぐ後ろに理樹がいる。

 だから理樹はすぐに聖剣デュランダルに手が届いた。

 理樹に触れられていた聖剣デュランダルは、冷気など持ち得なかった。

 

 そして。

 

 もう、勝負はついていた。

 カッ!カカカッ!赤い鼻緒の下駄を鳴らす音と共に、それはやってきた。

 

「キンちゃんに!手をだすなぁあああああああッ!!」

 

 白雪は。

 

「――――緋緋星伽神(ヒヒノホトギカミ)―――!」

 

 鞘に収めていた刀を抜きざまに、下から上に走らせる。

 緋色の閃光が刀に纏う。

 切り上げた刃は、デュランダルを通過して触れてもいない天井にまで焔の渦が沸き上がる。

 

 岩沢まさみに天井に穴を空けられていたため、元々耐久性が低下していた天井はガラガラと崩れ落ちていく。ガレキが降ってくる中でジャンヌは、呆然としていた。

 

「…………! 」

 

 自身の呼び名のデュランダル。

 斬れないものなど何もないと公言していた聖剣は……断ち切れていた。

 最後の最後まで訪れた想定外の出来事に対し、想定外に弱い策士はサファイアの瞳を見開くことしかできないでいた。その隙に、アリアが純銀の手錠をかける。

 

「逮捕よ!」

 

 結局、ジャンヌの敗因はなんだったのだろう?

 誤差を生じてしまったことか?

 よくよく考えると、人間は機械ではないのだ。

 だから、人間を理解した気になっていると絶対に足元を救われる。

 一族皆殺し事件、というのがあった。

 ジャンヌは世界の縮図、と称したが、それはイ・ウーの超能力者(ステルス)としての意見。

 別の人間が見たら、別の味方も出てくるかもしれない。

 白雪にはただ、自分達もそうなるかもしれないという恐怖の対象だった。

 

 他の人が見たらどうだろう?

 

 例えば…………ただ、人を殺しただけの、無慈悲な事件だとか、そんなところだろう。

 

 何が事実であれ真実は一つなのかもしれないが、真実なんて人それぞれだ。

 だから、

 

「キンちゃん……こ、怖く……なかった?」

 

 超能力を使って怖がられたと思い込んでいる少女の言うことも、本人的には真実でも事実とは違うことがあるのだ。

 

「何がだい?」

「さっきの私……あ、あんな」

 

 白雪は黒い瞳を潤ませる。それに対するキンジの顔は優しい笑顔だった。

 

「怖いもんか。とてもキレイな強い火だ。ずっと昔、二人で一緒に見た花火みたいな、な」

「キンちゃん……う……あぁ……」

 

 泣き出した白雪をキンジわそっと抱きしめ、背中を撫でてやる。

 昔一緒に行った花火大会の後、大人達に怒られて泣いていた白雪にしてあげたことと一緒で、昔と何も変わらないように思えた。

 

(……いや、違う。何もかもが同じじゃない)

 

 白雪は何も変わってない。けど、強くなった。

 鳥篭から飛び出し、自分の意志で戦えるようになった。

 

「もう。二度と俺の前からいないなるんじゃないぞ」

「……うん」

 

 キンジと白雪。

 幼なじみ。

 昔からずっと一緒というわけではなかったけど、昔大切だったということは、何よりも大切な思い出だ。

 

 そんな幼なじみの光景を見て、理樹も自分の幼なじみに視線を向ける。

 謙吾は、とても優しい視線を白雪に向けていた。

 

「……どうかした?」

「ちょっと、懐かしいことを思い出してな」

 

 どんなこと?とは聞きなどしない。

 あまのじゃくな謙吾の性格は昔からよく知ってる。

 照れ臭いことは絶対に言わないだろう。

 だから、理樹はこう言った。

 

「じゃあ僕たちも(・・・・)……帰ろっか(・・・・)

 

 そうだな、とすぐに返事が返ってきた。

 あとは上の階のほうの、もう一人の魔術師の問題を解決するだけだ。

 帰るべき場所まで、あと少しだ。

 

 

 

 

       ●

 

 

 岩沢まさみとバルダ。

 二人の魔術師は理樹たちがジャンヌと戦っている階より上の階で相対していた。

 二人は戦いではなく、言葉を交わす。

 

「さて……どうする?」

「どうする、とは?」

「お前、あたしと闘ってメリット無いだろ」

 

 現在の状況を総合的に考えてみると、バルダと名乗る魔術師の不利はいなめない。

 岩沢まさみには勝てないだろうとか、そういった勝負に以前の問題として、今のバルダの勝利条件にある。

 岩沢が知るよしもないが、謙吾に言ったことが事実だとしたらバルダの目的はスパイ探しだということになる。だとしたらスパイどころか何も知らない部外者の人物を相手にするのは不毛なことだ。

 

「このまま逃げるか?でも、お前がこのまま逃げたとしても、下の階にいる冷気の超能力者(ステルス)が捕まったらお前もマズイんじゃない?」

「それは問題ないですよ。『バルダ』という名前は棗恭介さんやエリザベス様みたいな面倒な人達を外交上の理由により動けなくするためにジャンヌ・ダルクが仮想した作る仮面ですからね。彼女が捕まったとしても、どの道私の正体はバレません」

「お前が困らなくても他に困るやつがいりんじゃない?ほら、『バルダ』なんていう仮面の噂で恭介たちを表立って動けなくした奴とかさ」

 

 

 バルダという話が無かったら、岩沢がこの場にいることは無かっただろう。

 白雪失踪に対し、リトルバスターズ総出で捜索すればいいだけだったのだ。

 しかし、バルダとかいう魔術師の存在のせいで『もしも』の場合を想定して人数を割かねばならなくなった。恭介は(面倒事を嫌った来ヶ谷により)白雪の代理をしなければならず、再び来ヶ谷が魔術師に襲撃される

 

 だから恭介は東京武偵高校からの介入を一切受けることのない人物としてわざわざ彼女を呼び寄せたわけだ。こんな面倒な状況を作り上げたとることができたのは、間違いなくイ・ウー側の内通者(スパイ)が委員会連合内部にいたからだろう。

 

「イ・ウーの内通者もおそらく一緒に捕まるぞ。それでも構わないと?」

「ええ、構いません。私はイ・ウーの内通者が二重スパイであり、私が探している奴である可能性も捨て切れないと思ってましたから。噂は聞いていますがどうせ面識はないですし、逮捕されて検挙されたらされたでスパイ候補が一人消えるだけです」

「お前、疑いすぎじゃないか?」

「そうですかね。まぁ、彼女(・・)には治外法権で手が出せないという結果に終わると思いますよ」

「……じゃあ、逮捕されることないじゃないか」

 

 呆れたような岩沢はふと、右手を背中にかづいた楽器ケースに伸ばす。

 彼女の視線はバルダと名乗る魔術師を見つめているも、意識は背後に向いていた。

 

「さて。確か不確定要素たる魔術師は一人ってあたしは聞いてたんだけど」

 

 独り言を呟いた後、彼女は誰もいないであろう暗闇に話し掛けた。

 

「誰だお前」

 

 すると、返事が帰ってくる。

 

「SSSのメンバーにこんな場所で会えるとは。しかも魔術を使うタイプとなると、かなりの下っ端風情でなく幹部クラス。これは光栄ですわね」

 

 姿が明らかになる。現れたのは典型的な三角ハットと魔女のマントを羽織っている少女だった。

 歳は、おそらくは年下。

 自身の戦妹(アミカ)と同じくらいだろうか。

 

 すぐに外見から気が付く特徴として、その魔女には――――逆卍の紋章を左肩についていた。

 つまり、逆鉤十字(ハーゲンクロイツ)と呼ばれ恐れられている紋章があった。

 

「その紋章は確か……」

「ふふん。恐れをなしましたか」

「ハーゲンダッツの紋章だっけ?」

「ハーゲンクロイツですっ!誇り高き魔女連隊(レギメント・ヘクセ)紋章(エンブレム)ですよっ!」

 

 魔女連隊(レギメント・ヘクセ)

 確か魔女ばかりによるテロリスト集団だったはず。

 

「あたしはコスト的にホームランバーが……」

「ねぇ、バカにしてます?ねぇ!?」

「あぁ!?あたしにデザートのアイスを食べるなっていうのか?アイスを食べるためになら晩飯を抜いて金をためろと!?」

「あなた組織の中でもトップクラスの人物でしょう!?どんな食生活してるのですか!?」

「……で、何のよう?」

 

 あくまでマイペースを崩さないのは余裕の証かバカなのか。

 人の意図は不明にしても、結果的に岩沢まさみは挑発に成功している。

 

「ゆりのやつががまたなんかやらかして、その報復にでも来たか?なら」

 

 岩沢は告げる。

 

「SSSと魔女連隊。出会ったのも何かの縁だ。せっかくだし、世の中のはみ出し者同士としてここで殺し合いでも始めるか?」

「やめておきましょうよ。私とあなたが本気でここで戦ったら地下倉庫《ジャンクション》が崩れるかもしれませんし、そうなったらアドシアードというイベントが台なしになりますよ。そして何より、互いの本隊が出てきて抗争になるかもしれません」

 

 それもそうか、と岩沢は答えた。残念がったようすは彼女には見られないとは言え、殺し合いをするならするで構わないみたいな雰囲気もあった。

 

「全面戦争ならまたいずれ。それは今じゃないでしょう」

「ゆりもいないしな。今はそれに賛成だ」

 

 二人の魔女はは一本ずつ足を引く。

 暗黙の了解のもとに行われる、敵意無しの合図だ。

 SSSにしても魔女連隊にしても。

 互いに関わりたくはないというのが実際の所だろう。

 どちらの組織も身内が殺されるような自体になればすぐにでも全面戦争になりかねないとはいえ、偶然すれ違った程度で戦争になるような組織ではないのだ。

 

 必要なら踏み込むにしろ、気軽には互いに手を出せない相手だった。

 イ・ウーの魔術師二人が去っていこうとした中で、バルダと名乗った白黒魔術師が振り向いた。

 

 

「あ、そうそう。イ・ウー主戦派の間でのみささやかれている面白い話を最近噂にしました。聞いてくださりますか、岩沢まさみ嬢」

「ん、噂?」

「現在行方不明となっているイ・ウーの魔術師が拠点としている秘密の部屋が、この東京武偵高校に存在するという話です」

「……お前、まさか本命はその魔術師の捜索だったのか?」

 

 白黒魔術師は何も答えなかった。

 

「待て。おまえらの名前だけ教えてくれ」

「私はただの元ローマ貴族。本名ではないですが……あなたにはバジルと名乗っておきます」

「私は魔女連隊のジュノンといいますよっ!」

 

 では、といい二人は数歩であっという間に移動してしまい見えなくなった。

 

「魔女連隊まで出てきたか。こりゃ、近い内に何かおこるかな」 

 

 何かが進行している。それは何なのかはわからないけど今は、

 

『岩沢さーん!生きてますかーっ!!』

 

 下の階の連中が無事だったことを喜んでおこう。

 

 




次回でチアをやってもいいのですがせっかくなのでアドシアードはもうちょっと続きます。
さて、危機はさったとしても、疑問がいくつか残る章でしたね。

さて、スパイは誰でしょう?
イ・ウーを探っている奴が一人、ジャンヌの協力者のスパイが一人。
のべ二人のスパイが誰なのか、よかったら考えてみてくださいね!



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Mission45 喫茶店トロピカルレモネード①

アドシアード二日目です。
三日目にチアをやって、アドシアード編はおしまいです。
では、戻ってきた日常をお楽しみください。

この話はバカテス3.5巻の喫茶店のお話を原作としています。

リトルバスターズでやってみたいなと思った結果がこれです。


 アドシアード初日に白雪が失踪したり、魔術師が現れたりといろいろトラブルは起こったものの、誰ひとり欠けることなく一日を終えることが出来た。その翌日、アドシアード二日目の午前9時。

 

 理樹、真人、謙吾の野郎三名と来ヶ谷唯湖は喫茶店トロピカルレモネードの前にやってきていた。

 

 午前9時というのは喫茶店の開店には早すぎるだろう。なら、彼らがそこにいる理由は、

 

「なんか悪いな。謹慎くらってしまって」

「別にこれくらいいいよ。みんな無事だったんだし」

 

 そこで仕事をするためだろう。

 魔剣(デュランダル)を逮捕することができたのはよかったものの、不都合も同時に発生したのだ。アドシアード期間中、来ヶ谷の護衛を勤めるはずだった佳奈多が魔剣(デュランダル)ことジャンヌ・ダルクの逮捕に伴い、彼女は風紀委員としての仕事を優先しなければならなくなったのだ。

 

 アドシアードは三日あるため、後二日は来ヶ谷は護衛なしのフリーとなってしまう。

 来ヶ谷自身としては願ったり叶ったりなのだが、外交の関係上護衛をつけないわけにはいかなかったが来ヶ谷唯湖は佳奈多以外の護衛を拒否したため、来ヶ谷には人目のつく場所で仕事をさせるということに落ち着いた。

 

 ということで本日は、喫茶店で仕事だ!

 

「今日だけでいいの?」

「明日は放送委員として実況解説頼まれてる。なら、明日はどのみち人の目に触れる場所にいるということになるから今日だけだな」

 

 恭介と鈴、それに小毬はこの場にいない。

 恭介が白雪の代理をやっていた最中にイタズラ心でアドシアードのアル=カタ出場メンバーに星伽白雪の名前を付け加えたのだ。

 区切りも悪かったし、白雪にはアル=カタに専念してもらうとして、アドシアード運営は恭介がやっている。鈴たち二人は恭介の手伝いだ。最も、鈴の場合は『接客』の単語が出た瞬間に逃げられた。あの人見知り、なんとかならないだろうか。

 でもまぁ、今は鈴よりも、

 

「こんな所にいていいの謙吾?」

「問題ない」

 

 左腕に包帯を巻いた謙吾に聞く。左肩にヒビが入ったという話だったはず。

 病院のベットで寝てろとは言わないまでも、こんな場所にいていいのか疑問だ。

 

「昨日あの後武偵病院で神北にレントゲンをとってもらったし大丈夫だ」

「でも……」

「問題、ない」

 

 断言された。

 

「別に問題ないだろうさ。片手でやればいいだけだろ」

 

 不安を残しつつ、彼らは本日の職場へと入っていく。

 

「あぁ……。よく来てくれたね。今日は一日よろしく頼むよ……」

 

 そしたら彼ら四人は今にも倒れそうな店長による弱々しい歓迎を受けた。

 瞳の焦点も定まってない。これは歓迎といえるのかは甚だ疑問だ。

 

(……ねぇ真人。この店長大丈夫だと思う?)

(オレはこの店長が飛び降り自殺したとか聞いても驚けないぞ)

(……だよねぇ)

 

 理樹には店長がそれほど弱りきっているように見える。真人も同意見のようだった。

 

(来ヶ谷さんは何か知ってる?)

(二木女史から聞いた話だと、なにやら店長の姪が東京武偵高校の生徒らしいんだ。ひょっとしたら喧嘩でもして落ち込んでいるのかもしれないな)

 

 喫茶店トロピカルレモネードは武偵さんご用達。

 なら、その子はよく来ていたけれど喧嘩でもしてしまって来てくれなかったことに店長はショックを受けているのかもしれない。

 

(……なら、僕らがしっかり働いて店長を元気付けてあげないとっ!)

 

 やる気を出したところで喫茶店の制服を店長から渡される。 

 しっかりと畳まれた、黒をベースにした清潔感のある制服だ。

 

「それじゃあ、サイズが合わなかったら言ってね」

 

 制服を受けとった瞬間。

 

「「「サイズが合いません」」」

 

 理樹を除く三人の声が見事に一致した。

 わざわざ言うまでもなく真人と謙吾の図体はデカイため、きっとサイズは二人ともLLになるだろう。

 

 一方来ヶ谷は、小学生にも間違えられるアリアと比較したら随分と大きく見えるものの、実際のところ身長は理樹と大差がない。

Sサイズはさすがに無理でも、MかLなら正直どちらでもいいという感じだ。

 

「あれ……おかしいや。これでもボク……昔は探偵科(インケスタ)の武偵をやってたから観察力には自信があったんだけど……」

「でも店長。来ヶ谷さんの場合はちょっと間違えただけかもしれますんけど、真人と謙……井ノ原と宮沢は明らかに着られないと思いますよ」

 

 真人と謙吾に渡された服は着られないほど小さすぎて、来ヶ谷さんに渡されたのは明らかに大きすぎた。どうやら昔は探偵科(インケスタ)の店長の観察眼も随分衰えてしまっているみたいだ。単に弱っているだけかもしれないけど。

 

「宮沢君はSで、井ノ原君はMで、来ヶ谷さんはエロ――――じゃなくてLLだと思ったんだけどなぁ」

 

 この店長、意外と侮れないと思った。

 元探偵科(インケスタ)は伊達じゃない。恐ろしいまでの観察眼だ。

 

「店長。サイズの交換をお願いする」

 

 いくらなんでも着られないので謙吾が制服を一つに畳み直して店長に手渡していた。

 

「そっか……そうだよね。うっかりして制服と性癖を間違えちゃったよ……」

 

 なんて豪快な間違いだ。

 そんなことよりも、

 

「あの、店長。僕に渡された性癖はサイズはピッタリなんですがウェイトレスの制服ですよ。まさか、女装が性癖とは思ってるんじゃないですよね!? これはただ純粋に間違えただけですよね!?ね!?」

 

 GOOD!!と親指を立てた姉御をあえて意識にいれないようにしつつ、ウェイトレスの制服をわなわな握りしめた理樹は僕にはそんな趣味はないと必死に言い聞かせていた。女物の服を握りしめてわなわなと震えている男の姿がそこにはあった。

 

「それじゃ理樹君、レディーファーストということで先に一緒にウェイトレスの制服に着替えに行こうじゃないか」

「止めて!そんな風に自然に僕誘うの止めてっ!」

 

 僕にそんな趣味はないんだからねっ!

 

 

        ●

 

 

「…………(ぼー……)」

 

 なんとかウェイトレスではなくウェイターの制服を入手して着替えた理樹は椅子に座ったまま魂を吐き出してる店長の姿を発見した。理樹はそんな店長の様子をスルーすることはできなかった。

 

「て、店長。大丈夫ですか?」

「……ん、ああ、大丈夫、大丈夫さ」

 

 返事も曖昧。不安要素しかない。

 この店長、味付けを間違ったりしないだろうか?

 

(……来ヶ谷さん。やっぱりあの店長ヤバくない?)

(あいにく、私は危険なやつなんて見慣れてるしなぁ。私はおそらく危機感等イロイロと感覚が狂ってしまってる)

(じゃ、僕がちょっと確認して見るよ)

(どうやって?)

(僕は仮にも探偵科(インケスタ)だし、変人の相手は慣れてるからコミュニケーション能力はこれでも高い方はずだ)

(この私と会話できるのだからな、そうだろうな)

(来ヶ谷さんって、『魔の正三角形(トライアングル)』の一人だしね)

 

 理樹は店長に話し掛ける。まずは、

 

「店長。今日はいい天気ですね」

 

 困ったときの定番からだ。

 

「あぁ、そうだね。加齢臭って嫌だよね」

 

 いい天気が台なしだった。

 作戦変更。

 直枝理樹は棗恭介を筆頭とした頭おかしい人物に囲まれて育った人間ゆえに、アドリブに強い人間だ。恭介のすることやることいつも不安要素だからだったからだ。いや、今も進行形で不安要素しかないこともある。

 

「午後もお客さんいっぱいくるといいですね」

「…………」

 

 反応がない。ただの店長のようだ。

 

(どうしよう)

(武偵やってる姪っ子の話は?)

 

 話題提供を貰った理樹は再チャレンジに挑む。

 

「店長の姪っ子さんって一体どん……」

 

 理樹の言葉はを遮り、ドン!という衝撃音が響く。

 一瞬にして理樹が床に叩き伏せられたのだ。

 

「五秒やる。神への祈りをすませろ」

 

 そして、彼の首筋に冷たい何かが。

 

「ま、待ってください店長!そのナイフはいつ出したんですか!?」

 

 店長が元武偵である以上、ナイフくらい常備していても不思議ではないが、いつ抜いたのか全く分からなかった。理樹の戦闘力が低いのか、店長の戦闘力が高いのか、理樹としては後者だと信じたい。

 

「あぁ……ゴメンゴメン。君は寮会から派遣されたヘルプの子だったね」

「そ、そうですよ!だから早く僕の頸動脈を解放してくださいっ!」

 

 ちょうどこの時。着替え終わった真人と謙吾が戻ってきた。野郎二人は取り乱した。

 

「理樹が襲われている!?待ってろ!今度は俺が助けてやる!!」

「待て謙吾!理樹を守るのはパートナーであるこのオレと筋肉の役目だ!」

「……君達もか……君達もボクからあの子を奪うつもりなんだな!?」

「て、店長!どうでもいいからナイフをしまってくださいっ!!頸動脈が人質というのはシャレにならないです!」

「……どうでもいいがモノは壊すなよバカども。弁償なんて冗談じゃないからな」

 

 直後。

 暴走して乱心した店長のナイフを来ヶ谷が掻っ攫い、真人と謙吾が店長に飛び掛かり乱闘となった。

 

 

        ●

 

 

「……来ヶ谷さん。ちなみにこの店長はセーブ?それともアウト?」

「チェンジ」

「アウト三つ?」

「コールドゲームにしなかっただけマシだと思うぞ」

 

 大暴れした店長は今、白目を剥いて倒れている。

 幸い店内の被害はなさそうだったけど、

 

「店、どうしよう?」

 

 さすがに未経験者だけで喫茶店を開けるのは無理がある。

 

「店長がこんなでもやるしかないだろう。それが依頼なんだしら何より形だけとはいえペナルティの依頼で問題を起こしたくない」

「でもよ来ヶ谷の姉御。オレたちケーキなんて作れないぞ」

「ここは出来立てが売りの中華料理店やファーストフードハンバーガーの店ではないんだぞ。注文を受けてから作るなんてするわけないだろ」

「……やけに詳しいんだな」

「私の委員会はこういった店持ってるからな。大体分かる」

 

 来ヶ谷さんに先導されてついていくと、すぐに予め作られているケーキ類を発見した。

 

「……この分だと午前中くらいは余裕だ。正午までに店長が起きてくれれば、臨時の仕込みのための閉店時間をつくれば午後だっていける。明日の仕込みも間に合うだろうよ」

 

 武偵はなんでも屋。

 やりもしないのに出来ませんでしたでは笑い者だ。

 来ヶ谷唯湖はこの場において、誰よりも頼もしかった。

 なんでもできることが優れた武偵の条件だといわんばかりだ。

 理樹や真人が呆然とするなか、来ヶ谷は一人メニュー表を見る。

 理樹は彼女の表情が僅かに曇ったのを見逃さなかった。

 

「……問題は注文を受けてから作るタイプのデザートか。なぁ、クレープってなんだ?」

「そういえば来ヶ谷さんは、金銭感覚もおかしい人だったね」

 

 2000万円をはした金という人だ。

 クレープなんて食べたことないのだろう。

 ちょっと前まで探偵科の部屋に入り浸っていたアリアから学んだことだが、金持ちには100円単位のものには目もくれない。ちょっとお茶しようとかしたら、サイフから軽くお札が跳んでいく。しかも万札がだ。

 

「どの道人手は多いことにこしたことはないから、誰か手伝いに呼ぼうよ。来ヶ谷さんの委員会の人で、呼べる人いる?」

「みんな自分の店で忙しいだろうし、今から呼んで間に合うのは葉留佳君ぐらいだが……彼女には準備があるから無理だな」

「準備? なんかあるの?」

「私、アドシアードが終わったら三週間ほどアメリカ行くんだよ。大学で講義してくれという依頼が来て、せっかくだし引き受けた」

「相変わらずスペックが狂ってるひとだね。となると……」

「小毬君を呼ぼう」

 

 

        ●

 

 連絡したところ、小毬はすぐに来てくれた。

 迷惑だったかとも思ったが、満面の笑顔を見ればそれはないだろう。

 午前10時。

 喫茶店トロピカルレモネード開店の時間なる。

 

「さてと。まずは私たちからだな」

「そうだね」

 

 役割分担をどうするかと相談した結果、まず小毬がキッチンであることは言うまでもないとして、ウェイターの仕事は理樹&来ヶ谷のコンビということになった。真人は搬入や買い出しなどの力仕事の方が筋肉の使いところだし、腕に包帯を巻いている謙吾がウェイターというのはさすがに印象が悪いだろう。ウェイターには二人くらい欲しかったため、消去法により確定したコンビだ。どのみち店長が復活するまでだ。不安要素もあるが、意外となんとかなるかもしれない。

 

 カランコロン。

 

 どうやら早速お客様が来たようだ。

 

「ふむ。では、まずはこの私がプロの接客というものを見せてやろう」

 

 ウェイトレス姿の来ヶ谷さんはメニューを片手にお客さんに歩み寄る。

 

「二名様ですね?それでは、こちらへどうぞ」

 

 本日一組目のお客さんを連れて来ヶ谷さんは窓際に向かう。お客さんが席にかけたところで一旦その場を離れ、お冷やをトレイに載せて再びその場に向かった。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

 

 来ヶ谷さんは丁寧に頭を下げて、カウンターに戻ってきた。

 お客さんは時に違和感なく席についてくれたようだ。

 

「どうだった?」

「すごいよ来ヶ谷さん! まるで違和感なかったし、淑女の気品というものが感じられたよ」

 

 やっている内容は普通のことなのだろうが、一礼一つとっても決定的に何かが違った。

 これが教養というものなのだろう。

 まるで中世ヨーロッパ辺りの高貴なる貴族みたいだった。

 普段の引きこもり面倒屋とは思えない。

 

「よしっ!僕も頑張らないとっ」

「その意気だよ少年。だが、あまり気負いすぎるなよ。緊張は身体の動きや滑舌に影響を与えるからな」

 

 昔、イギリスで名の知れた天才としての経験者の助言を理樹は真摯に受け止める。

 大事なのは『転ばないこと』そして『台詞を噛まないこと』だ。

 

――――カランコロン

 

 とか思う思ううちに、次のお客さんがやって来る。

 

(……僕だってやればできることを見せてやるっ!ポイントは『噛まない』と『転ばない』っ!)

 

「いらっチャ!」

 

 噛んだ。

 

「「「…………っ!」」」

 

 入店してきた一般のお客さん三人組は必死に笑いを堪えている。なんだかすぐにでも逃げ出したい気分を抑え、理樹は再チャレンジに挑む。彼は一度の失敗くらいでくじけるような情けない少年ではない最近失敗だらけだから、少しはいいところをみせてやろう!

 

「――――いらっチャ」

 

 理樹はダッシュで逃げ出した。

 

「あっ!キミ、案内は!?」

「大丈夫だよ!私達笑ってないから!」

「もう一回だけ頑張ってみて!」

 

 どうして僕はこうも不器用なのだろう。

 

「どうした!? どうして涙目で戻ってくるんだ!?」

 

 ダッシュで戻ってきた姿を見た来ヶ谷さんは驚いていた。

 

(……逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ)

 

 めげずに彼はお客さんのところにリターンする。

 

「すいません。ちょっと気が動転してしまいました」

 

 お客さんは笑顔で許してくれた。

 不器用な自分に絶望したところを才能溢れる姉御に慰められている間に、最新に入ってきたお客さんの注文が決まったようだった。どっかの馬鹿とは要領のよい少女は注文を取りに行く。

 

『ご注文はお決まりでしょうか?』

『エスプレッソとカプチーノ、それに本日のデザートを二つ下さいな』

『畏まりました。エスプレッソとカプチーノ、そして本日のデザートをお二つですね。では、少々お待ち下さい』

 

 メモをとり、来ヶ谷さんが戻ってくる。

 

「エスプレッソ一、カプチーノ一、日替わりデザート二だ。理樹君、向こうの注文も決まったみたいだぞ」

「あ、ホントだ」

 

 先程の失敗を覆す好機だ。

 今、『ご注文はお決まりでしょうか?』と切り込めばいいところを見本として見せてもらったところだ。今度こそ完璧な接客をしよう。理樹は大きく息を吸い、

 

「ごチュっ!?」

 

 噛んだ。

 

「…………ご注文は、お決まりでしょうか?」

 

 逃げ出したい。すごく逃げ出したい。

 

「え、おと、私はアイスココアとチーズケーキ。あ、あのっ、頑張ってね」

「私はオレンジジュースとショートケーキ。頑張ってね」

「あ、あたしはホットケーキとロイヤルミルクティーで。が、頑張って!」

 

 簡単にメモをとり、店長に告げる。

 

「アイスココア、オレンジジュース、ロイヤルミルクティ、ホットケーキ、ショートケーキ、チーズケーキを一つずつと、頑張ってを三つ」

「……なんで君は客に励まされているんだ?」

 

 器用な来ヶ谷さんにこの気持ちは分からないだろう。

 料理を持って行った時、『よくできたね』と褒められたのがなんだか切なかった。

 

 



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Mission46 喫茶店トロピカルレモネード②

バカテス3.5巻のお話です。


 ヒマすぎず忙しすぎず。

 いいペースで喫茶店トロピカルレモネードは回っていた。

 

「いらっしゃいませっ!」

 

なんとか噛まずに言えるような見事(?)な成長を見せた理樹は、入ってきたお客さんに笑顔で対応する。

入ってきたのは、

 

「……何してんだ直枝」

 

 キンジだった。

 一緒にアリアと白雪もいる。

 ルームメイトとはいえ一応お客さん。 

 きちんと頭を下げてから席に彼らを案内し、お冷やとメニューを出した。

 

「それでは、ご注文がお決まりでしたらお呼び下さい」

 

 会釈してウェイターの定位置に戻るとカウンターで氷を割っていた謙吾か話しかけてきた。

 

「どうしたの謙吾?」

「ドリンクなんだが、今日はミルクの搬入が遅れているようでもう在庫がない。来ヶ谷が真人に確認に行かせていたが、注文が入ったら気をつけてくれ」

「わかったよ」

 

 新鮮なミルクはこの店の売りだったはず。予想よりもミルクを扱う注文は多いかもしれない。

 ふと、理樹は来ヶ谷の方に意識を向けた。

 

『ご注文はお決まりでしょうか?』

『えっと、ブレンドコーヒーとアイスミルクティーを一つずつお願いします』

『申し訳ございません。只今ミルクを切らしておりまして、アイスミルクティーはアイスティーになってしまいますが、それでも宜しいでしょうか?』

『え?んーと、ならブレンドコーヒー二つでお願いします』

『畏まりました。少々お待ち下さい』

 

 対応がやたら手慣れていてプロだと思った。

 

(なるほど。ああやって断りを入れるのか)

 

 感心していたら、キンジたちの方から注文を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「お決まりですか?」

「俺は、アイスコーヒー」

「わ、私もキンちゃんと同じでっ!」

「ならあたしは……そうね、いつもならコーヒーだけどたまには違ったものもいいわね。なら、このオススメにかかれてるアイスミルクで」

 

 キンジと白雪は問題なし。

 だが、アリアの方で早速ミルクを用いるものがきた。しかし理樹はここで慌てるような少年ではない。彼は先程プロの対応を見たばかり。彼は何一つ動揺せずに告げた。

 

「お客様、申し訳ありません」

「……ん? どうかした?」

「只今ミルクを切らしておりまして、アイスミルクはアイスになってしまいます。ご了承下さい」

「それただの氷よね!?」

「では、少々お待ち下さい」

「話を聞きなさい!どこいくの直枝!?」

 

 頭を下げてカウンターを戻る。飲み物ばかりのせいかスグに出来上がった。

 

「お待たせしました。アイスコーヒーです」

「おう」

「ありがとう直枝くん。えへへ、キンちゃんとお揃いだ」

「どういたしまして。そしてこちら、アイスになります」

「いらないわよ!」

 

 アリアさんはなぜか怒りだした。

 

(何かサービスでもするか。ミルク切れはこっちの落ち度だし)

 

 考える。できるサービスといえば、

 

「ご安心下さいお客様。料金は半額で結構ですよ」

「これお金とるの!?」

 

 せっかくのサービスなのにやたら驚かれた。

 

「ミルクないならブレンドコーヒーちょうだい!」

「畏まりました」

 

 伝票に追加としてブレンドコーヒーを記入してからカウンターに戻る。

 

「謙吾――――ってあれ?謙吾?」

 

 カウンターに謙吾の姿がない。

 どうしたものか。

 謙吾が帰ってくるのを待つのも選択肢としてはアリだろうけど、今のアリアを放置するのはマズイ気もする。アリアという少女は、気に食わないことがあればすぐ発砲することくらいは寮生活で分かっている。

 

「……仕方ない。自分で作るか。でもブレンドってどうやって作るんだろう?」

今までにブレンドコーヒーを飲んできたことはあるが、成分なんて知らない。ブレンドなんだからSomethingを混ぜ合わせていることは分かるけど。

 

(……さっき来ヶ谷さんが注文をとったお客さんも、ブレンドコーヒー注文してたよね)

 

 理樹は謙吾が作り置きしたコーヒーを片手にブレンドコーヒー作成作業に移り、完成させてカップに入れてトレイに載せた。

 

「お待たせしました。ブレンドでございます」

「えぇ、待たされたわ」

 

 アリアは偉そうにふんぞり返りながらカップを手にした。

 

「おいしいわね。ところで、このブレンドには何を入れてるの?」

「アイスコーヒーとホットコーヒーでございます」

「その二つは混ぜたらぬるくなるだけでしょ!?」

「でもアリア。今おいしいわねって」

「き、気のせいよ!」

 

 動揺するアリアをよそにして、理樹は入口の扉に意識を向けた。

 カランコロンッ!と音がして、新たな二人組のお客さんが入ってきたのだ。

 

「早く入りましょうよ!!」

「そんなに急がなくてもいいだろう?」

 

 その人物の一人に見覚えがあった。

 

「……岩沢まさみさん?」

 

 昨日、地下倉庫(ジャンクション)で助けてくれた人だった。この人がいなかったらどうなっていたか分からない。恩人だ。

 

「……直枝、だったか?アルバイトか?」

「まぁそんなものです」

「岩沢さん、知り合いです?」

「昨日ちょっとな」

 

 入口で話をしても仕方ないので席に案内しようとしたら、

 

「まさみ嬢!!」

 

 カウンターから来ヶ谷さんが出てきた。

 彼女は岩沢さんのすぐ隣の人物を見て瞳を輝かせた。

 

「よう来ヶ谷。お前もバイト――――ってのはないな。ペナルティか」

「そんなことはどうでもいいことだ!それより、隣のカワイイ娘は?」

「……へ? あたし?あたしってやっぱりカワイイですか?カワイイですよね!」

戦妹(アミカ)

「ユイちゃんきたぁ――――――!!」

 

 来ヶ谷はユイを全力で抱きしめた。

 ユイは特大オパーイの感触を味わい、

 

「――――おおぉ。なんだかとてもふくよかで幸せな気分に。で、でもユイにゃんは浮気しないぞ!岩沢さんから浮気しないぞ!」

「そこであたしの名前が出てくるのか。日向のやつ泣くぞ」

 

 岩沢(大人びた少女)はユイの彼氏から恋仇だと思われている現状を理解していない。

 

「まさみ嬢! ユイ君ちょっと借りるけどいいな!?」

「ご自由にどうぞ」

 

 来ヶ谷はユイをガッシリとホールドしたまま、厨房に向かった。

 

      ●

 

 

『小毬君!小毬君!!』

『どうしたのゆいちゃん?』

『どうしてあたしの名前知ってるんです?さてはあなた、あたしのファンですね!?』

『……へ?』

『このカワイイ娘が知り合いの戦妹(アミカ)のユイ君だ。ゆいちゃんだと名前被るだろ!?だからゆいちゃんはもう勘弁してくれっ!』

『そっか、そうだね。名前被っちゃうね』

『分かってくれたか小毬君っ!』

『あ、だったらわかりやすいようにしよう!そうしたら大丈夫!』

『え……ど、どんな』

『んっとね、特徴を押さえて「CUTiE★ユイちゃん」と「Lovely☆☆ゆいちゃん」で』

『冗談だよな!?そんなメルヘン丸出しの名前冗談だよな!?』

『カワイイと思うよLovely☆☆ゆいちゃん』

『あたしはCUTiE★ユイにゃんでお願いしますね』

『……ゆいちゃんでいいです。いいですから絶対にやめてくださいお願いしますっ!』

 

 

        ●

 

 

 しばらくして、ふらふらの来ヶ谷さんが厨房から出てきた。

 

「ど、どうしたの?」

「強烈な精神攻撃を受けてな」

「……お前、花火大会のことといい災難続きだな」

 

 ふらふらの来ヶ谷さんを前にしても岩沢さんはマイペースでメニューを見ていた。

 ユイ、と呼ばれている後輩が戻ってくるまで待っていたようだ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「オススメ二人分」

 

 なんて男らしいんだ。

 

「岩沢さん!どうしたんですか!? 今日は太っ腹じゃないですか!いつもなら水とか言うくせに!」

「いつもは付け合わせに塩も頼んでいるだろう?」

 

(……オススメか。何かあったかな)

 

 そういえば、

 

「前に遠山くんとアリアさんがここに来たとき、クレープ辺りがおいしかったと」

 

 ガシッ!

 右肩に背後から手が置かれた。

 なぜだろう。ものすごく嫌な予感がする。

 恐る恐る振り返った理樹は、満面の笑顔の白雪な姿を見つけた。

 

「……な、なんでしょうか、お客様」

「直枝くん。その話――――詳しく聞かせてもらってもいい?」

 

 笑顔なのにどうしてかやたら恐かった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 アリアによって白雪から引き離された理樹は、アリアからマバタキ信号によるコンタクトを受けとった。

 

(……いい!?話をあわせなさい!決して白雪にはあたしとキンジが二人きりでこの店に来たことはバレないようにしなさいね!)

(よ、よくわからないけど分かったよ!)

 

 喫茶店トロピカルレモネードをどこぞの探偵科(インケスタ)寮にするわけにはいなかい。第一次喫茶店トロピカルレモネード大戦なんてまっぴらだ。理樹とアリアは、喫茶店を守るための防衛ミッションに挑む!

 

「直枝、あなたも一緒だったわよねっ!」

「そうだね、あの時は来ヶ谷さんもいれた五人で来たんだったね!」

 

 ゴキン!!

 理樹はアリアにより左肩の関節を外された。

 

「ぐわぁあああああああああ。か、肩が、肩がぁああああああああ」

「なんでアンタはそんな底の浅い嘘しかつけないのよ!!リズはすぐそこにいるんだから確認されたらバレちゃうでしょうが!!」

「……なぁ、ちなみにオススメって結局なんなんだ?」

 

 関節を外されて悶え苦しみバカを前にしても、岩沢さんは合も変わらずマイペースだった。

 ちっともぶれない。

 

「直枝くん。あと一人は誰?」

 

 白雪は笑顔のままだ。

 怪我人を前にして笑顔ってどういうことだろう?

 理樹の特殊系超能力のせいで、慌てて魔術による治療をされても効果はないとは思うけど。

 

「あ、あと一人はあの人だよね」

「そ、そうだよ。えっとね、」

 

 必死に足りない頭を動かす。

 最近ていたらくが目立つ彼ではあるが、こんなでも探偵科(インケスタ)ではAランク相当なのだ。

真人とのコンビで探偵科(インケスタ)としてはSランクあるんじゃないかとも言われる優秀(笑)な生徒。

でもどうやらバカ正直な性格のせいで騙しあいはサッパリのようだ。

 

(か、考えろ。この場にいる連中は確認されるからダメだとして、僕らと繋がりがないのは現実味にかける)

 

 探偵科(インケスタ)では、現実味にかける嘘はすぐにばれると教えられた。

 

(理子さん……は、名前を出した時点でアリアさんからしばかれそうな気もするから除外して、鈴は人見知りだからアウト。それにこの店にくるのは村上君みたいに野郎よりも女の子の方が自然だから。あ、そうだ、星伽さんの護衛関連の人なら問題ないんだ。つまり、)

 

「えっと、綴先生と一緒に来たんだよ!」

 

言った瞬間にアリアに左肩の関節をハメられて、また外された。

 

「ぎゃあああああああ」

 

無表情になった白雪はバカを放置してキンジを問い詰める。

 

「キ、キンちゃん? 綴先生と一緒にお茶ってどういうことですか?」

「え、な、なんのことだ!? どうしてそんな話になってるんだ!?」

 

来ヶ谷さんは爆笑している。助けて下さい。下手打ては死人(理樹)がでそうな一発触発の雰囲気の喫茶店に、救世主が現れた。

 

「君達! 一体何をしているんだっ!」

 

 芯のこもった力強い叱咤だった。来ヶ谷さんすら爆笑をやめ、白雪も静かに落ち着く。

 

「お客様の前で何をしているっ!」

「て、店長?」

「人が倒れている間に何をやってるんだ。お客様の前でこんな真似をしているなんて、何を考えているんだ!」

 

力強い声に思わず背筋を伸ばしたいところだが、左肩の関節が外された理樹はキリってできない。

 

「直枝君。どうしたのだ」

「右肩の関節が外されました」

「見せてみろ」

 

ゴキン!

店長は見事に関節をハメ治してくれた。

弱っていたとしても、元武偵の店長は頼もしかった。

 

「お客様、大変失礼致しました。どうぞお気になさらずごゆっくりと」

 

 店長が頭を下げてフォローに入る。これでなんとか喫茶店が戦場になることもなく平和なものになるだろう。

そう思って理樹が胸を撫で下ろしていたら、

 

カランコロン

 

 新たなお客様が来店した。

 

「ここってわたしのおじ様が経営している喫茶店なんですよ」

「へぇ、志乃ちゃんの家ってすごいんだねぇ。実家も豪華だったし」

 

 入ってきたのは二人組の武偵の女の子だった。

 ユイはその二人組を見て声をかけた。

 

「あ!あかりちゃーん、志乃ちゃーん!」

「あら。ユイさんこんにちは」

「こんなとこで会うなんて奇遇だねユイちゃん!」

 

 女の子特有のキャハハウフフの空気に喫茶店が包まれる。

 この喫茶店、さっきから変貌が大きすぎる。

 

「昨日は無理だったので紹介しますね、こちらがあたしの岩沢さんです!」

「……どうも」

「うわ、ずっごい美人」

「別嬪さんだね。あ、白雪お姉様、いらしていたんならちょっといいですか?」

「アリアせんぱーい! 友達に自慢したいので来てもらってもいいですかー!」

 

 あかり、志乃、ユイ。

 それぞれが己の大好きな戦姉(アミカ)を自慢する空気の中、戦姉(アミカ)達の対応はそれぞれだ。

 

アリアは後輩たちの前では完全無敵の強襲科(アサルト)Sランクの出来る女を演じ。

白雪は東京武偵高校の代表たる生徒会長として何一つ恥じることなどない日本美人の大和撫子の姿に。

 

「ねぇ、注文したオススメまだ?」

 

 岩沢は我関せず。マイペースでブレない。

 

 先程までの危険人物が落ち着く中、店長が女の子たちの一人に話かけた。

 

「……し、志乃?」

「あ!おじ様! お元気でしたか?」

「……しばらく来なかったから心配していたんだぞ」

「ごめんなさいね、おじ様。最近あかりさんとやることが多くて多くて」

「そうだね。最近はずっと一緒だったね」

「これからも私はずっと一緒ですよ」

「うん!よろしくね志乃ちゃん!」

 

 

 どうやら店長の姪っ子とは志乃のことのようだ。

 店長の視線はあかりへのシフトした。

 

「あの、店長?」

 

 店長の敵意すら感じられる視線に理樹は嫌な予感を感じた。

 

「……貴様が、」

 

 店長は、

 

「貴様が志乃をたぶらかす女かぁああああ」

 

 地獄の底から響くような小さく低いささやき声の後、暴走した。

 

「店長!店長!!落ち着いて下さいっ!下手すれば、また星伽さんあたりが暴走しかねなっ」

「ボクは聞いていたんだっ!志乃が悪い奴に騙されている可能性があるって!!」

「店長!店長!!『志乃をたぶらかす女』という言葉はどこかおかしいことに気づきましょうよ!志乃さん女の子ですよ!?ねぇ!?ねぇってば!?」

 

『ねぇ、アリア。やっぱりキンちゃんと二人だけでこの店に来たんじゃ……』

『ち、ちがうんだから!』

「店長!落ち着いて――――って店長!?その刃物で何をするつも――――」

 

『来ヶ谷。爆笑してないで水くれ』

『岩沢さん。こんな状況でゆったりしてるなんて大物です!素敵です!』

『お前らも大概だな』

 

「や、やめて店長!だ、誰助け――――っ」

 

 

 結局、喫茶店は混沌に支配されることになった。

 

 





というわけで、バカテス3.5巻のお話をやってみました。
当然、ごめんなさいは言っておきます。
でも、どうしてもこいつらでやってみたかったんです。
弁明はしません。

流石にまずいと思われる場合は遠慮なく指摘してください。


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Mission47 祝福の花吹雪

 

 アドシアード最終日の三日目。

 誰かが失踪したり、正体不明の魔術師が現れたり、平和なはずの喫茶店に混沌が訪れたりすることなどなくこの日は何事もなく進行した。こうして言ってみると平和そのもののように思えるが、それが当然のことであることを考えたら素直に喜んではいられない。

 

 何かトラブルがある方が稀なはずであるが、ここ数日のトラブルとのエンカウント率を考えたら平和な方が珍しい。

 

『――――――――以上を持ちまして、アドシアードの競技はすべて終了となります。本日の実況解説は、委員会連合所属、放送委員長来ヶ谷唯湖と、』

『アシスタントの三枝葉留佳でお送りしましたっ!』

『それではこれより、東京武偵高校の女性陣によるチアが始まります。邪魔な野郎どもはいませんので、どうか眼の保養にでも』

『あ、姉御!オンエアなんだから邪魔とか言わないほうが……』

『それではお楽しみ下さい』

 

 イメージアップ戦術のチア、アル=カタ。

 ステージに立つのは見栄えする女の子たちで、野郎たちの姿は排除されている。

 

I'd like to thank the person(感謝させてほしいよ)

 

 野郎どもは舞台裏に隠れ、ギターを弾いたりして音だけ送っているのだ。

 

Who'shoot the flash(その一閃を放った人に)

 

 曲が急にアップテンポになると同時、左右からポンポンを持ったチアガール姿の女性陣が笑顔で舞台に立つ。そして、チアガール姿の女性陣の花形、つまり中央に立っていたのは、

 

(……私、なんでこんなところにいるんだろう?)

 

 東京武偵高校が誇る秘蔵っ子である生粋の箱入り娘、星伽白雪だった。

 

 思い出す。白雪がこんな場所に立っている理由はなんだったか。確か失踪した白雪の代わりにアドシアード運営をやらされていた棗先輩のいたずら心で出場メンバーの所に名前を書き換えられたからというものだったはず。棗先輩曰く、面白そうだから。

 

『な、棗先輩!私はチアなんてできません!』

『いいじゃないか、チアくらい。ふりつけ考えたのは星伽だって聞いてるぞ。別に踊り方を知らないわけでじゃないんだろ?』

『それはそうですけど……』

『星伽神社のことならそう気にするな。お前は神社にとって大事な人間だ。そうそう無下に扱われたりしないって。いざとなったら、うちの謙吾でもつれて説得にいかせるからさ。それに……やってみたいんだろ?遠山だって見てるぞ』

 

 勝手に失踪した負い目もあるせいで白雪は恭介に強く出れないでいた。

 それに、本当はやってみたいと思っていることを指摘されて即座に否定できないことが、彼女の本心を物語っていた。

 

 一応アドシアードの運営は委員会連合と東京武偵高校生徒会の共同で行われているため、監督者の許可が必要だと反論してみたものの来ヶ谷さんに笑顔でGO!サインを出された。

 

 東京武偵高校在籍の三人の委員長のうち、風紀委員長である二木さんはジャンヌ逮捕に伴いやることができたため運営などに構ってられず、整備委員長の牧瀬(まきせ)くんに至ってはここ最近姿すら見せないのだ。牧瀬くんは頭がいっちゃって――――ちょっとだけ残念な人だから、邪魔だから出てくるなと言われているのかもしれないけど。

 

 消去法により事実上の代表は来ヶ谷さんだった。

 

 チアの練習なんてしていないと反論したら二日目に練習すればいいとアリアに一蹴され、生徒会の仕事に逃げようにも棗先輩にすべて持って行かれた。

 

 しまいに、やらなければ先日の花火大会にキンジと二人で出向いたことを星伽神社にばらすと謙吾くんに脅され、ものの見事に外房を埋められた。見事なまでに手際がよかった。

 

(……やるしかない、ね)

 

 こうなったらもう、白雪は覚悟を決めるしかとれる選択肢がない。

 

the shot like the bangbabanbabang'a?(バンババンババンって、あの一閃は誰が?)

 

 だから白雪は笑顔を作り――――

 

 

       ●

 

「……うわぁ。珍しいものを見た気がする」

 

 

 先程までアドシアードの実況解説者のアシスタントをしていた少女、三枝葉留佳は驚きの声を上げていた。視線の先は東京武偵高校生粋の優等生、星伽白雪。葉留佳と白雪は格段仲良しというわけでもないが、同じ学科に所属するものとして面識があるだけ予想外であったのだ。葉留佳の中に、白雪がこうした表舞台に出てくるイメージがないのだ。

 

「どうした葉留佳くん。ひょっとして君もチアに混ざりたかったのか?衣装ならあるぞ。なんなら今から参加するか?」

「い、いやそれは遠慮しておきたいかなーって。それにしても、一昨日は白雪姫が失踪したって聞きましたけど案外元気そうデスナ」

「そりゃ元気だろうさ。何せ、失踪というより誘拐に近かったんだ。問題の本質が白雪姫本人にもあったとはいえ、外部から何の接触がなければ何もなかった以上、彼女本人が戻ってきたら完全に元の鞘に戻ることが出来る。失踪してから時間もあまりたってないから時間の溝という大きな壁ができることもないしな」

 

 失踪には大きくわけて二つある。

 一つは、誘拐という形で連れ去られた場合。

 もう一つは、自分から姿をくらました場合。

 前者は他人に、後者は自身に本質的な問題がある。

 どちらが解決が難しいかといえば、明らかに後者だろう。

 誘拐なら犯人を見つけだして奪い返せば万事解決といくが、自分の意思で姿をくらましたなら見つけたところでどうしようもない。見つけたところで当の本人の意思が変わらなければ何の意味もないのだ。

 

 今回は誘拐の類だったため、何事もなく元の鞘に戻ることが出来た。

 白雪をわざわざ説得するまでもなく、彼女はもともとの居場所に残ることを望んでいたのだから。

 

「……失踪した人が戻ってきてくれたら、また以前のように暮らるものですかネ?」

「喧嘩したみたいな明白は理由が分かっているならまだしも、理由不明の突然の失踪なら難しいだろうな。謝って万事解決にしようにも、それ以前にどうしてという戸惑いが邪魔をする。今回の白雪姫のことだって、地下迷宮で見つけられなかったらお蔵入りになっていたんだろうな」

「……やっぱりそうなるですカ」

「君は失踪と聞いて何か思うところでもあるのか?」

「……へ?あっ、いや!、なんでもないですよ!」

 

 そうか、と言って来ヶ谷は追求はしなかった。

 葉留佳は一人、チアをやっている白雪を見てやはり何か思うところでもあるのだろうか、誰に言うでもなく心の中で呟いた。

 

(……また、あんな風に笑ってくれないかなぁ)

 

 葉留佳は一人、切なげな表情で優等生(しらゆき)を見ていた。

 葉留佳自身白雪とは話をしてみたい、とは何度か思ったことがある。

 星伽神社という場所に生まれ落ちて、超能力というものを受け継ぐ一族に生まれ落ちて幸せだったのか聞いてみたいと思っていたのだ。

 

 その答えは、あの笑顔を見ていれば分かってしまう。

 

 別にうらやましいとは思わなかったが、なぜだか悲しい気持ちになるのはどうしてだろう。葉留佳は白雪のことを考えているはずなのに、彼女の視線はいつの間にか笑顔でチアをやっている白雪ではなく、本日空席となっている風紀と書かれている来賓席を見つめていた。そして、そのことに葉留佳本心は気が付いていなかった。

 

 

       ●

 

 

「おいこの大バカ野郎」

「……ん?」

 

 生徒会長星伽白雪に代わり、生徒会長代理としてアドシアード運営をやっていた少年、棗恭介は呼ばれて振り返った。バカと呼ばれて自然と振り返るとか、悲しくはないのだろうか。のんきに振り返った瞬間、恭介は顔面をわしづかみにされた。

 

「いたたたたたっ!痛い痛いっ!」

「よくもまぁ気軽に呼び付けてくれたなぁ」

「おいやめろ!なんか頭蓋骨がミシミシ軋む音が聞こえる!『OverDrive』も割とキチガイじみてるんだから勘弁してくれっ!」

「今のあたしはオカルト系は一切使ってないぞ」

「……え?お前こんなパワーキャラだっ悪い悪い!パワーキャラ呼ばわりしたのは悪かったから握力強めないでくれ!」

 

 頭蓋骨を人質に取られた恭介は降伏するしかなかく、頭蓋骨が解放されるまでしばらく時間が必要だった。

 

「――――ったく。今日はこの辺で許してやる」

「……怒ってる?」

「いや別に。久々に会えたんだしよしとしとくさ」

 

 恭介は目の前に立つ人物を見つめる。

 岩沢まさみ。

 アドシアードの際の有事のためにわざわざ恭介が呼んでおいた人物だ。

 

「まず礼を言っておく。お前がいてくれて助かった」

「あぁ、初日のこと?なんだかよく分からん連中だったなぁ」

「謙吾は怪我したみたいだが、生きていてくれたならそれでいい」

「そういってもらえたら時間がなかったから壁ぶっこわして進んだかいもあったよ」

 

 岩沢まさみはアドシアード初日、地下倉庫(ジャンクション)で階段を使って降りている時間が惜しかったから魔術を使って強引に階下に降りた。急いだ方がいいという直感的な判断だったがそれは実際正解だった。おかげで修理代に依頼報酬の大半を持って行かれたわけだが、全員が生きて帰ってこられたことを考えればそんなことはどうでもよかった。

 

「2000万だっけ?ぶっとんだが、まぁ許してくれ」

「いくらか残ったみたいだけど、来ヶ谷が寮会に金いらないから別のものよこせと交渉したらしい」

「あいつ何したんだ?」

「一つは謙吾の単位と治療費に200万ぶんどって終わりにした。あいつは金もらうより恩売った方が特だと思ったんだろうな」

「……あいつも相変わらずみたいだな。リスクリターン計算がえげつない。会計なんてやってたらそんな人間になるか。そういや、レキは元気?」

「変わりないさ。あいつの場合、それがいいことなのか悪いことなのかよくは分からないがな。なあ、この後時間あるならご飯でも一緒に食べに行かないか?」

「そう。せっかくだけど、戦妹(アミカ)連れて来てるからまた今度でいいや」

「そいつも一緒に連れて来いよ」

「あたしの意図分かってる? ちょっと前から来ヶ谷が私の戦妹(アミカ)紹介してくれとか言ってくるのもなんだか嫌な予感がするし、何よりも恭介みたいな変態(ロリコン)に会わすわけにはいかないと直接言ったら傷つくだろうから言葉を選んだつもりで言ったんだが」

「ちょっとまて!」

「久々に顔見れてうれしかったよ。じゃ」

「おい、待てまさみ。待ってくれ。いや、待ってくださいっ!そして話し合おうじゃないか、な!?」

 

 先程とは違う意味での悲鳴が恭介から響いた。

 

 

       ●

 

 

 白雪も参加させられたアル=カタ。

 このチアを見ている人物の中には謙吾もいた。

 

 左肩にヒビが入ったと自己分析する容態であった謙吾は、小毬に包帯を巻いてもらっただけでチアを見にるためにこの場に来た。

レントゲンを撮った方がいいと言われたものの、後でと言ってワガママで行動しているようなものだ。

 

Each time we're in frooooooont of enemies! (敵の真っ正面に出たって、)We never hide'n sneak away!(逃げ隠れなんか絶対にしない)

 

 謙吾はチアを見てはしゃくでもなく、ただ静かに眺めているだけだった。けど、

 

「……謙吾?」

 

 謙吾には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「どうかしたの?」

「……なんでもないさ、理樹」

 

 なんでもない。それは理樹に言ったことでもあると同時、自分に言い聞かせたかのような言葉だった。

 

(……そうだ。これくらいはなんでもないことだ。この程度のことで一々感傷的になってどうする)

 

 星伽巫女として白雪に与えられている使命は知っている。かつては謙吾自身だって、星伽神社の使命に準ずることこそが生まれた意味であり、幸せなのだと考えていたことがある。

 

 世間的には人権を無視されているような扱いだったとしても、世界という大きな物を守るという偉大な使命を貫くことこそ、特別な自分に相応しいとさえ考えた。けど、違ったんだ。もう自分はそんな風には思えない。

 

(……世の中にとって特別な人間なんて存在しない)

 

 世界にとってはだ。

 けど、個人は違う。

 謙吾はリトルバスターズが大切だし、白雪はキンジが大切だ。

 

 今はこう思う。

 星伽巫女には世界なんてものは絶対に守れない。

 世界を守る宿命があったとしても、白雪には無理だ。

 

 昔、山篭もりとか始めたバカを回収しにやってきた恭介と初めて会った時に聞かれたことだ。

 

『お前、世界なんてものがどういうものか知ってるのか?』

 

 俺はなにも知らなかった。

 知って、初めて守りたいと本気で考えるようになった。

 自分は友達と思える人たちと出会い、弱くなった。もう世界のためになんて理由で戦えない。

 同時に自分は昔よりもずっと強くなった。大切なものがなにか分かっているから。

 

『よし謙吾。今日から俺達は友達だ。一緒に世界を見に行こう』

 

 くだらないことから大切なことまで、いろいろ学んだ。

 それは星伽神社なんかに引きこもっていたら絶対に手に入らないもの。

 いくら優れた魔術を受け継いていたって、そんなものはたかだか魔術程度にすぎないのだ。

 

(……俺がもっとしっかりしていたら、あいつにもしてやれることがあったんだろうな)

 

 謙吾は星伽神社の一員として殉職した奴も知っている。

 それが幸せだったのかどうかなんて分からないけれど、違う未来もあったんじゃないかと思うと後悔が止まらない。

 

「……あれ?」

 

 気がついたら、謙吾の瞳から涙が溢れていた。

 悲しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのか。

 本人ですらそれは分からない。

 

Who the person, I'd like to hug the body (誰なんだそいつは、抱きしめさすておくれよ)

 

 アル=カタをやっている女子達がポンポンを天高く投げ捨て、ポンポンの中に隠し持った拳銃にと空砲をバンバン撃っていた。

 

It makes my change atall dramatic!(それが私の人生をリセットさせたんだから)

 

 舞台にセットされていた銀紙の紙吹雪が、チアの女子達の回りに巻き上がる。

 

(……白雪(・・)。お前はもう、神社の外に出てきたんだ。もう『かごのとり』なんかじゃない)

 

アル=カタのチアをやっているのも、地下倉庫(ジャンクション)で星伽巫女の魔術を使って戦ったのも、すべては白雪が自分で決めたことだ。

 

 

 昔、謙吾が恭介に連れられて遊びに出かけたのもそう。

 昔、白雪がキンジに連れ出されて花火大会に行ったのもそうだ。

 

 結局は、自分のやりたいことをやっただけの話なのだ。

 まだまだ問題は残っていて、白雪は星伽神社の抱えていることに立ち向かっていかなければならないだろう。それでも今だけは、ちょっとでも前に向かって進みだしたということを祝福しよう。

 

「……よかったな」

 

 アル=カタのチアで息を切らし、今はもう屈託なき笑顔を会場に向けている白雪を見て謙吾は呟いた。

 その呟きは会場の歓声に掻き消され誰の耳には届かなかったが、白雪には届いたかのように紙吹雪が舞う。アル=カタな演出のための紙吹雪。それは今、謙吾にとっては白雪が踏み出す新たな人生への祝福を示しているかのようだった。

 

 




これにてアドシアード編は終了です。
次回から新章に入ります。


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3章 『流星の魔法使い』
Mission48 風紀委員と公安委員


 アドシアード三日目の夜。

 秘匿回線の実長通信にて。 

 

・風 紀『なんとか確認が取れました。イ・ウー所属の魔術師がこの東京武偵高校に潜伏しているという噂がイ・ウー主戦派(イグナティス)でささやかれているのは事実みたいです』

・姉 御『この噂知ってたか?』

・風 紀『あなたが知らなかったことを、私が知ってるわけないじゃないですか』

・姉 御『イ・ウーがかかわることについて、二木女史が知らないことを私が知っているわけがないじゃないか』

・風 紀『あの子に何か言われましたか』

・姉 御『そもそも私だってなんでもかんでも知ってるわけじゃない。私はイギリス清教所属といっても星伽巫女たちのようなオカルトトラブル対応部門ではなく一般の経営職だからな。それに、ローマ正教がイ・ウーを必要悪として許容しているように、イギリスとしても基本方針は放置だ。正直言って、いちいち相手したくない』

・風 紀『……。それで、どうしますか? 魔剣(デュランダル)すら存在自体を知らなかった不審な魔術師の言うことを鵜呑みにしてもいいと?』

・姉 御『私はいると思ってる』

・風 紀『では。単刀直入にお聞きします。イ・ウー主戦派(イグナティス)の魔術師がこの東京武偵高校に潜伏しているとして、どこに潜んでいるとお思いですか?』

・姉御『消去法で行こうか。まず、生徒の中にイ・ウーの魔術師がいるというのはないだろう。まさみ嬢から聞いた話によると、バルダとやらはその魔術師の正体自体は知っているようだったからだ。次に、ジュノンとかいう魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の少女が探っていたのが地下倉庫(ジャンクション)であったことから、私の第三放送室や君の第五応接室のように元々あった設備ではないアジトがあると思われる。最後に、アドシアードという開放的イベントの中で捜索できなかった場所が最有力候補。ゆえに、導き出される結論は一つだ』

・風 紀『それは?』

 

・姉 御『――――――――だ』

 

・風 紀『……正気で言ってるんですか?確かにつじつまはあいますけど……』

・姉 御『「魔の正三角形(トライアングル)」の三人で多数決でもやるか?牧瀬の奴は賛成してくれると思うぞ』

・風 紀『あれと多数決しなくとも、あなたの意見ならむげにはしませんよ。牧瀬のポンコツ野郎は無視しましょう』

・姉 御『あれ。あいつと接点あったか』

・風 紀『委員会持ちはあいつ含めて三人しか東京武偵高校に在籍していません』

・姉 御『一人いれば十分だろう』

・風 紀『そして、あなたたち二人が自分勝手な分、しわ寄せはこっちに来てるですよ』

・姉 御『助っ人送ろうか。葉留佳君とか』

・風 紀『いりません。とにかく話を進めてください』

・姉 御『じゃあそうするが、まさか常識な判断だけで否定したりはしないよな。人間は皆、気づくまでは気づかない』

・風 紀『確かに盲点でした。魔術師が相手ということですけど、来ヶ谷さんはこれからどうするつもりですか?』

・姉 御『イギリス清教としては何もしないからな。下手打てば外交問題になるし。アドシアードの時みたいにSSSみたいな外部戦力も呼べないから、やるなら東京武偵高校の内部戦力でやることだな。あ、私はこれからアメリカの大学で数学講演やるから戦力には数えないでくれよ。ついでに三週間くらいバカンスしてくるから』

・風 紀『えらく他人事みたいですね。あと、あなたがアメリカ行くのはバカンスが目当てが本命なんじゃないですか?楽しい旅になるはか知りませんけど』

・姉 御『だって、私がわざわざ何もしなくても君が排除してくれるんだろ?』

・風 紀『……。分かりました。正直疑問はありますが、あなたが戻ってくるまでには一段落つけておきましょう』

・姉 御『頼もしい限りだ』

・風 紀『こちらも、頼もしい限りですよ。あの子のこと、よろしくお願いしますね』

 

 

 

         ●

 

 

「アリアなんて消えちゃえぇぇぇえええええええええええええええええええっ!!!!!」

「なんなのよっ、もう!」

 

アドシアードもなんとか終わりを迎えた日の夜。とある探偵科(インケスタ)寮で大爆発が起こった。

 

 

         ●

 

 さて。ここで寮会というものについて確認しておこう。

 寮会というのは、生徒たちに指名での仕事を仲介する場所である。

 元々は寮会は、各寮をまとめるためのものに過ぎなかったのだが、寮をまとめるということはどんな実物がいるか把握しているという意味でもあったため、比較的信用がかかっている依頼を誰に頼むかを考えるための組織として自主的に設置されたと聞く。

 

 やる気ない教師陣が、生徒たちに自主的という言葉で仕事を押し付けたなんて言ってはいけないのは暗黙の了解だ。元々は寮の管理をするための場所なのだ。ダムダム弾を密輸したりした生徒を見つけだしたこともある。

 

 つまりだ。

 

 さすがに許容出来ない問題が寮で発生したら、すぐに寮会のメンバーの厄介になるのだ。たとえアリアや白雪が武力で追いかえすことができたとしても、そうなってしまっては立場の問題から何もできずに黙って話を聞くしかないのだ。

 

「さて。最近発砲音やら叫び声やらいろいろ聞こえてきて迷惑だとは聞いていたけど……」

 

 ということで、理樹に真人。キンジ、それにアリアと白雪は五人そろって正座して説教タイムへと突入していた。寮会の一員としてやって来た少女、二木佳奈多は部屋の惨状を見て言った。

 

「……なにか、言い訳はある?」

 

 部屋の壁には焦げ目、切り傷が無数に存在し、椅子や机は粉砕している。

 まさしく、戦争でも行った後のようだ。

 

「「こいつが悪いんです!!」」

 

 反論するアリアと白雪の声がハモった。

 見事なことにお互いを指差す姿勢まで全く同じ。

 人差し指が互いを頬を突き破らんとつきささっている。

 

「明らかに悪いのは白雪じゃない!アンタが襲ってこなければこんなことにはならなかったのよ!」

「アリアが調子にのっているからいけないの!わ、わ、わ、私だって、キンちゃんとキスしたんだからぁー!」

「な、なんなのよそれ!?」

「引き分け!だから引き分け!!」

「こ、こらドレイ二号!ドレイの分際で主人に何をするのよ!鎮まりなさいっ!」

「そっちこそメカケの分際で――――盗っ人たげだけしい」

「キンジ!白雪にキスって何よ!? あ、あ、あんた、依頼人(クライアント)にキスしたの!?このハレンチ武偵!」

 

 誰が悪いのか女子二人が揉めているのを見て、佳奈多はため息をついていた。

 

「……もういい。わかったわ」

「わかってもらえたようで何よりだわ。なら白雪!今から決着つけましょうか!」

「望むところよ泥棒猫!」

 

どうやら佳奈多は女子二人から話を聞くのを諦めたようだ。今度は男性陣に向き直る。

どうやらアリアと白雪は話にならないと判断されたらしい。

 

「あなたたちはどう思う?」

「正直言ってどっちもどっちだとしか……」

 

 佳奈多の質問に対し、ひきつった笑みで理樹が答えた。真人と謙吾が喧嘩した場合も喧嘩の原因はなんだと聞かれた場合はこいつが悪いと二人は互いに責任を押し付けるが、傍から見ている分には両方悪い場合がほとんどだ。最も、アリアと白雪の場合は止められる人物がいないというのが惨状を生む最大の原因ではあるのだが。理樹やキンジだって止められるものなら止めている。それができないから被害が拡大する一方なのだ。

 

「……とりあえず、あなたたち三人は部屋が入寮前まで修復されるまでは別の部屋に泊まっていてちょうだい」

「この部屋から出ていけってこと?」

「泊まりがけの民間の依頼でも受けて留守にするという形でもいいわ。なんなら寮会の方で依頼を探しておいてあげる。あなたたちが部屋を留守にしている間に、彼女たちに直させるから」

 

 部屋を直すというのは散らばった部屋を片付けるのとは違うのだ。

 タンスやテーブルだって買い替えないといけない。そのための金は誰が出すのだろう?

 理樹と真人はアドシアードの時の魔術師迎撃依頼のお金が臨時収入として手に入ったものの、多数決の結果、あれはリトルバスターズとしての積立金にすることに決定した。

 

 よって、今の彼ら二人の財力ではテーブル補強のガムテープは買えたとしてもテーブル本体を買うことなどできやしない。自分で壊してしまったものを弁償するのならいい。

 

 けど、何が何だか分からない内に壊れてしまったものに対してお金を出すのは不本意だ。

 下手に部屋の修復を手伝って金を出すはめになるなんて真っ平だろう。

 ゆえに、貧乏学生遠山キンジが真っ先に反応した。

 

「分かった。あいつらが部屋を修復するまでは別の場所に泊まることにしよう」

 

 ヒステリア・サヴァン・シンドロームという地雷を抱える彼にとって、合法的に女子から離れられる上、尚且つ部屋の修復をすべて押し付けられるの手段を提示されているのだ。乗らない手はないだろう。

 

「俺は武藤か不知火の部屋にでも泊めてもらうことにする。お前らは?」

「恭介がまたどこかいっちゃったしね。僕らは謙吾の部屋に泊めてもらうとしようかな。謙吾の部屋は個室だけど、SSRの部屋は広いから三人でも問題ないしね。それでいいよね真人?」

「オレは理樹と一緒ならどこでもいいぜ!」

「じゃあ、部屋の修復が確認されたら寮会からメール回すわ」

 

 それじゃ、と言うことは言ったとして去ろうとする佳奈多をキンジが呼び止めた。

 どうやら質問があったようである。

 

「違う場所に泊まるのはいい。けど、いつまでに戻れると思う?あいつらがこの部屋に住み着いたら、俺達はずっと戻ってこられなくなるぞ」

「その心配はないわ。SSRの合宿が間近である以上、十日かそこらには必ず直ってるはずだから。もしも直っていなかったら寮会の方に連絡をしてちょうだい。私が出なくても、誰かが対応してくれるはずだから」

「分かった。ありがとう」

「これが仕事よ。別にいいわ」

 

 じゃあね、と今度こそ佳奈多は出て行き、キンジと理樹は各自の寝室にて荷物の整理を始めた。部屋に戻ってこないということは、授業で使うものは持っていく必要があるだろう。ちなみに教科書すべてを置き勉している真人の手荷物は服だけだった。

 

 そして。

 

「キンちゃん!一緒にこの女を排除しましょう!後始末ならすべてやっておくから!」

「キンジ!あたしに加勢しなさい。さもないと、風穴あけるわよ!」

 

 少女二人の言葉を聞いている人物は、誰もいなくなった。

 

 

   ●

 

 

 アリアと白雪。割と切り替え自体は早いタイプなのか、野郎が誰もいなくなった探偵科(インケスタ)寮にて仲良く(?)片付けをしていた。アリアはイギリスの有名貴族で、白雪は日本の魔術部門大手、星伽神社の巫女。良くも悪くも二人とも金だけはあるのだ。二人は家具の買い替えというものに金を出すことに一切ためらわなかった。

 

 アリアはぶつぶつと文句を言いながらも作業を行う手を休めたりしない。

 魔剣(デュランダル)ことジャンヌ・ダルクが密かにしかけたという盗聴器を探しながら、自分たちに片づけを強制させた佳奈多に対しての文句が心の底から湧き出ていた。

 

「……あの風紀委員。絶対諜報科(レザド)でしょ」

「二木さんは今はSSRだよ。確かに諜報科(レザド)のSランク武偵として有名だけどね」

「やり方が汚いのよ」

 

 風紀、という言葉は規律という意味を隠し持つ。

 つまり、風紀委員というのは、規律、則ち法律の専門家である。

 武偵を武力を持つ探偵と表現するなら、風紀委員は武力を持つ弁護士、つまり武装弁護士だとでも言えばいいだろうか。

 

 多少戦闘ができるため勘違いされやすいが、風紀委員の本職は公安委員のような戦闘職ではなく知識職だ。

 法律に精通するということは、ルールという絶対的な壁を振りかざすと同時、抜け穴にも精通しているということ。

 

 頭でっかちが多い公安委員の天敵でもある。

 強襲科(アサルト)出身者は公安委員を目指す人が多く、諜報科(レザド)出身者は風紀委員を目指す人が多い。やり口の差異から強襲科(アサルト)諜報科(レザド)と相性がすこぶる悪いのだが、それは公安委員と風紀委員でも同じようだ。

 

 昔、イギリス公安局所属の公安委員をやっていたアリアが現役風紀委員長によりなんだかんだで片付けをさせられている事実からも分かるだろう。

 

 佳奈多がアリアと白雪に通達したことは一つ。

 

『あなたたちが破損させた探偵科(インケスタ)寮の部屋を入寮前の状態まで直すまで、あなたたちの部屋を使用禁止にするけどいいわよね?』

 

 男子寮に女子が住んでいたことを責めるでもなく。

 住みたきゃ勝手にしろ、ただしずっとそこにいろよ。

 見事なやり方だった。

 流石に自室を完全撤去は困る。

 しかも、寮会からの指名による正式な依頼として費用自己負担、報酬金無しの部屋の修復依頼を強制的に受けさせられた。依頼放棄は認めないとまで注意書きが書かれている。

 

 訳すると、終わるまで授業出るなよということが書かれている。

 星伽神社の巫女として、間近の合宿をこんな理由でバックレたことを星伽神社に知られるわけにはいかない白雪だって文句を言っていられない。

 

「だいたい、こんな回りくどい手を打たなくても直接武力でこればよかったのよ。あの風紀委員、リズの護衛に選ばれるくらいなんだから強いんでしょ?実際に、あたしたち二人を前にしても全くビビッていなかったし」

「二木さんが戦う所は見たことがないんだけど……護衛役に選ばれたのは強さよりも性格によるところも大きいんじゃないかな。おなじ『魔の正三角形(トライアングル)』の一人だし」

「まぁ、確かにまともな神経の奴にリズの相手ができるとは思えないわね」

 

 数少ない友人のことを考え、アリアはどこか遠くを見ているような瞳となる。

 案外狂った友人の相手ができる人物ということで興味が出たのか、二人の話題は件の人物へとシフトする。

 

「白雪は、あの風紀委員がSSRって言ってたわよね。ならあいつは超能力者(ステルス)なの?」

「……さぁ?どうなんだろう」

「白雪?」

「ごめんアリア。正直よく分からないんだ」

 

 白雪の返事には、意地悪をしてとぼけている感じが全く無かった。

 おそらく本当に知らないのだろう。

 知っていて隠したとして、別にアリアに対する嫌がらせにもならない以上はとぼける必要もない。

 

「二木さんは委員長だから、そもそも授業の出席義務からしてないし。午前中は寮会で仕事の仲介をして、午後からは自分の委員会の仕事をしているんだよ。そもそも二木さんってよくわからない人なんだよね」

 

 委員会に所属しているということは就職しているという意味でもある。

 将来就職のために学校で技能を学ぶ必要もないということだ。

 アリア自信、強襲科(アサルト)ではVipルームが割り当てられているから実感ができるのだが、学校として優秀な生徒がいた実績が欲しいために呼んだゲストということも大きいのだろう。

 

「それに、SSRの授業は超能力者(ステルス)しか受講できないわけじゃないしね」

「そうなの?」

「SSRの生徒からの推薦状あれば大丈夫なんだよ」

 

 理樹は自分が意味不明超能力者だということを隠してSSRを履修しているが、そんなことが出来たのは謙吾が推薦状を書いてくれたからだ。理樹一人では門前払いされていたかもしれない。

 

「SSRは秘匿性が高いから、超能力者(ステルス)じゃなくても専門をSSRとしている人がいてもおかしくないからね。元々イギリス清教推薦枠では来ヶ谷さんがSSRとして自由履修をするつもりだったなんて話も聞くし。私は二木さんが超能力者(ステルス)だなんて話は聞いたことがないから、自分の委員会の情報を守るためにSSRの肩書を使っているだけかもしれないね。もしくは委員会の仕事をしていくうち、魔術がらみの事件に対応できるように受講しておいたってことも考えられる。どのみち本職は諜報科(レザド)の人だってことはみんな知ってるしね」

「イギリス清教の推薦枠?リズじゃないなら誰がイギリス清教推薦枠で入ってきたの?」

「三枝葉留佳さんっていう来ヶ谷さんの……委員会の人?関係性がよく分からないけど、とにかく来ヶ谷さんの身内の人だね」

「……三枝?」

 

 三枝、という苗字からアリアは思い出したことがあった。

 ジャンヌ・ダルクが証言した部屋の中の盗聴器の数と自身が見つけだした盗聴器が一致していることを確認して、白雪に聞いた。

 

「白雪。キンジもいないし、今の内に聞いておきないことがあるわ」

「……なに?」

「地下倉庫で言っていた『四葉(よつのは)事件』について知ってること全部教えて」

 

 不意に。

 テーブルを拭いていた白雪の手が止まった。

 

「……」

「あたしのママの冤罪の一つなの。お願い」

 

 話していいのか躊躇を見せていた白雪は、ゆっくりと口を開く。

 

「……アリアは、どこまで知ってるの?」

「何も。実行犯はイ・ウーの誰かだとしか分かってない」

 

 それはジャンヌが地下倉庫(ジャンクション)にて言及したことだ。

 

「どうも国の隠蔽対応が早過ぎたようにも思う。資料が全然残ってない。もちろんイ・ウー関連のことをタブーとして国が隠すのはいつものことだけど、その中でもなんだか異彩を放っているように思うの」

「……」

「ママの敵を捕まえていく過程で何か知ってる奴がヒットするまで何も掴めないと思ってたんだけど、何か知ってるなら教えてよ」

 

 白雪は玄関の方を確認する。誰も戻ってきたりはしてないかチェックした後語り出す。

 

「日本の政府の隠蔽が早かった理由はだいたい分かる。前提として聞いておくけどアリアはあの事件をどんな事件だと思ってる?」

「一族特有の技術を持っていて、それをイ・ウーが差し出すように要求した。その結果、イ・ウーの反発に合い、滅ぼされた」

 

 アリアの戦妹(アミカ)に間宮あかりという少女がいるが、彼女もそうだった。一族特有の技術をイ・ウーに迫られ、開示を拒否したため襲撃されて一族は散り散りになってしまった。

 

「……。アリアは『四葉事件』のもう一つの名前は知ってる?」

「三枝一族……」

「それじゃない。正式名称の方だよ」

「正式名称?」

「四葉事件というのは、あくまでも苗字がついただけの略称。内容はアリアの知っての通り、三枝一族皆殺し事件。あくまで一族の心中ってことで処理されたけど、本当の形は違うの。本当の名は、四葉公安委員会壊滅事件。あれは一族心中なんかじゃない。四葉公安委員会に所属していた人間は、何者かによって全員殺されたの」

 

 

 白雪はアリアと喧嘩している時のようなふざけた感じは一切感じさせなかった。

 

「一つの公安委員会のメンバーを……皆殺しに?」

「それも、公安0に1番近いとされていたほどの公安委員会。戦闘において最強ともいえる超能力を持ってその実力を示していた戦闘特化の委員会」

 

 公安0課。

 武装検事と並んで日本において1番物騒な言葉だ。

 

 どちらも職務上で人間を殺しても罪に問われることのない、いわゆる『殺しのライセンス』を持つ闇の公務員。彼らの強さはシャレにならない。

 

 なのに……

 

(公安0に1番近い公安委員会を皆殺しですって!?)

 

 公安0は殺しのライセンスを持つ先頭集団。彼らが出て着る場合、人権なんてものは無視されるのが常だ。そんな物騒な連中に一番近いということは、四葉公安委員会は民間の公安委員会においてならば日本においてもっとも優れている公安委員会だったということになるだ。

 

「でも、そんなことができるのって……」

「アリアもジャンヌと戦って超能力者(ステルス)の恐さは分かったはずだよ。間違いなく、世界でも最強クラスの超能力者(ステルス)の仕業だよ」

 

 ふと、白雪は事件が起きた二年前のことを思い出す。

 謙吾君が知ったら激怒するような話だ。

 二年前、星伽神社を訪ねてきた少年がいた。

 でも、星伽神社は男子禁制の場所。

 それだけの理由で追い返した。

 その少年は何日も何日も神社の入口で頭を下げ、話だけでも聞いてくれと主張した。

 けど、掟の名の下に何もしなかった。

 いずれは諦めて帰ってくれるだろうと、楽観的な対応だった。

 

 良心の呵責に堪えられなくなって会いに行った時、すでにその少年はいなくなった。

 

 一族皆殺し事件が起こったのはその直後だったのだ。

 

 事件と関連付ける証拠などない。

 でも考えてしまうことだ。

 ひょっとしたら、あの少年は何か知っている人物ではなかったのだろうかと。

 

 もし、私があの時『かごのとり』ではなかったのなら。

 何か、今とは違った未来があったのだろうか。

 

 こと戦闘能力という点に関してのみならば星伽神社なんて比較対象にすらならず、公安0に手が届くような四葉(よつのは)公安委員会をも平気で壊滅させられるほどの正体不明の超能力者(ステルス)に怯えることもなく。

 

 アドシアードで大切な幼馴染に迷惑をかけることもなかったのだろうか?

 

 いまさらではあるけど、人を守るための神社でありながら見捨てるしかなかったあの時の報いをいつか受けることがあるのだろうか?

 

 それはまだ、分からない。



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Mission49 記憶喪失の薬剤師

 

『あ、見た?見た?流れ星が見れたねこまりちゃん!!』

『うん。わたしもちゃんと見たよ。キレイだったねぇ』

『こまりちゃんも流れ星に関するお話って知ってるでしょ。なにかお願いするの?』

『うん!なにがいいかなぁ……よぅしっ!』

『あ、また流れ星が来たよ!こまりちゃんは、なにかおねがいした?』

『うん! ――――ちゃんのねがいごとが叶いますようにって』

『あたしのおねがい?こまりちゃん自身のおねがいは?』

『んー。今はまだよくわかんないや。――――ちゃんが幸せなら、わたしもきっと幸せになれるから』

『そ、そう? えーと、じゃ、じゃあどうしようかなぁ。 あたしのおねがいは……あ、そうだ。思いついた』

『どんなもの?』

『魔法使い。流れ星に願ったことをかなえてあげる優しい魔法使いになる。それだったら、いつかこまりちゃん自身のねがいごとだって、なんでもかなえてあげられる』

『えへへ。――――ちゃんのねがいがかなったら、わたしも幸せになれるね。幸せが巡ってるみたい』

『そうだね。じゃあ、あたしまほうつかいになる。お星さまにこめられたねがいごとをかなえてあげる、ながれぼしのまほうつかいになる!』

 

 

          ●

 

 

 アドシアードも無事?に終わりをむかえ、学校の時間割も通常のものへと戻った。

 昼休み、隣の席の真人が熟睡しているのでやることもなくのんびりとKeyコーヒーを飲んでいた理樹は、自身を呼ぶ声に振り返る。

 

「どうしたの、鈴?」

「これ」

 

 手渡されたのは一個のキャンディーだった。

 メロン味。

 ハッカ味はいらんからと押し付けられたわけではなさそうだ。

 

「くれるの?ありがとう」

 

 キャンディーを食べようとしたら、突然蹴りが飛んできた。

 鈴の蹴りは理樹の顔面のすぐ隣を通過する。

 

「な、なに!?」

「お前のじゃない」

「じゃあ誰の……あっそうか、真人起き……」

 

 今度は寸止めの蹴りが繰り出された。

 

「……。これは一体誰にあげるつもりだったのでしょうか?」

「こ、こま……」

「神北さん? てか、まだ名前呼べてないの?来ヶ谷さんやレキさんは呼び捨てで呼んでるのに」

「うるさい!あいつら相手に照れる要素はない!」

 

 来ヶ谷さんにしてもレキさんにしても、マイペースを極めたような人達だ。

 鈴は重度の人見知りであるが、この二人が平然と鈴と話せるのは鈴の人見知りが恥ずかしいというタイプだからだろう。

 

 このタイプの人見知りは一線を越えると平気で会話ができる。

 来ヶ谷唯湖に関していえば抱き着かれたり頬ずりされたりとすき放題されて恥ずかしいというより警戒心が上回った。恥ずかしいとかそんなことを言っていられなくなった人物だ。

 

 一方でレキに関しては、会話で苦労することはない。

 無口で無表情でついたあだ名がロボット・レキである。彼女とはもともと会話すると沈黙が空間を支配することになってしまう。ゆえに、口下手な鈴にとって会話が続かないことが当たり前と化しているレキは普通に話せる存在なのだ。お互い黙っていても全く気まずくなんかない。そんなすごく悲しい理由により、鈴はレキが平気だった。

 

「へぇ、どうしてまた」

「アインシュタインが……」

「猫がどうしたって?」

「アインシュタインが怪我してて、手当てしてくれた。ありがとうっていっておいてくれ。こ、こま……」

「小毬、さんに?」

「ああ」

「自分で言えばいいじゃない」

「それが言えれば苦労はしないんじゃ……ボケ」

 

 鈴の人見知りは重症だ。

 贈り物をすることを進歩とすべきなのだろうが、この程度のことを喜ぶのは甘やかしているような気もする。

 

「じゃ、頼んだからな」

 

反論はさせない、と鈴はキャンディーを手渡すとさっさと教室から出ていってしまった。

 

「来ヶ谷さんがリトルバスターズの一員になって、少しは鈴も変わったと思ったんだけどなぁ」

 

 どうやら例外が一人増えただけのようだ。

 

「誰か、神北さん見なかった?」

 

 二年Fクラスのクラスメイト達に聞いてみたが誰も答えてくれない。薄情だ。

 全員写真やTシャツやらなんだが話している。

 こっちに向いてすらくれない。

 すると、そんな理樹を哀れんだのか窓側の席でボーッと虚空を眺めていたレキが助け船を出してくれた。

 

「神北さんなら先程、大量のお菓子を携えているところを屋上で見かけましたよ」

「ありがとレキさん」

 

 レキに感謝の言葉を述べた理樹は、早速屋上に向かうために教室を出ようとした所で、薄情なクラスメイトたちの話し声を聞いた。聞こうとして聞いたのではなく、聞こえてしまったのだ。

 

『直枝のやつに助け船を出しなさるとは……流石レキ様、お優しい』

『あぁ、全くだ。それにしても、レキ様に声をかけてもらえるなんて、なんてうらやましいやつめ』

『待て。そういや俺は、棗先輩はレキ様を妹みたいに可愛がってるって聞いたことがある。直枝が声をかけてもらえるのはその関係かもしれんな』

『レキ様を妹にだと?まさか奴は、レキ様に「お兄ちゃん」と呼ばせているのか!?』

『だとしたら、我等が村上会長に報告書を提出し、正式に異端審問会を開く必要があるな』

 

 二年Fクラスは平常運転だった。

 

 

      ●

 

(……いたいた)

 

 屋上にたどり着く。

 前に(偶然)アリクイを目撃してしまった場所でもある。

 今度は変な粗相を働いて、神北さんにお嫁をもらえなくさせるわけるわけにはいかない。

 ……もともとお嫁はもらえないけど。

 

「神北さん?」

 

 神北さんは前と同じで、何かあったらすぐに隠れられるようにするためか給水タンクのそばにいた。

 呼び掛けても反応がない。

 どうやら眠っているようだ。ただの屍というわけではなくて安心する。

 

(……ずいぶんと気持ち良く眠っているな)

 

 寝顔はとても幸せそうだ。

 だったら、見てる夢もやはり幸せなものなんだろうか?

 

「……おや?」

 

 理樹は見た。

 神北さんがヨダレを垂らしてぐっすりだった。

 

(……待て。この状況はなにげにピンチなんじゃないか?)

 

 変人しかいない二年Fクラスで相対的にまともな人に嫌われるわけにはいかない。

 ここはきわめて紳士的に、ポケットティッシュでヨダレを拭いてあげることを一瞬だけ考えたが、

 

(……え?それっていいの?付き合ってるわけでもない女の子にそんなことしていいの!?)

 

 ウブな理樹にはそれができない。

 口説き魔呼ばわりされる遠山君にはこの気持ちはわからないだろう。

 仕方ない。

 諦めてここは退散しようと決めた時に、彼は聞いてしまった。

 

「……あ…ちゃん……お兄……ちゃん」

 

 寝言を聞いてしまった。

 次の瞬間、小毬は寝返りを給水タンクに頭をぶつけた。

 

「……あ……う……」

 

 目覚め時の朦朧とした頭の小毬は、気まずそうな顔をしているクラスメイトの姿を発見し、自身の状況を省みて、

 

「ひゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 恥ずかしさに悲鳴を上げた。

 

 

         ●

 

「見なかったことにしよう、オッケー?」

「お、おっけー」

「見られなかったことにしよう。うん、これで万事解決だね」

 

 屋上でぐっすりヨダレまで垂らして眠りこけていたということはなさったこととしてスルーしてもらえた。ちょっと気に食わないことがあればどこぞの探偵科(インケスタ)寮を粉砕する名探偵(笑)や巫女(笑)とは大違いだ。

 

「なんて……なんて素直な人なんだっ!」

 

 またしても理樹は感動で涙がでそうになる。

 どうやら最近、自分で思っているよりもメンタルの消耗が激しかったみたいだ。

 

「だ、大丈夫直枝くん!?」

「……うん。大丈夫」

 

 本来なら泣いている人物と慰めているが逆なんじゃないだろうか。

 

「とりあえず、ワッフルをどうぞ〜」

「ありがとう神北さん」

「小毬でいいよ。あ、それじゃこれからは、直枝くんのことを理樹君と呼びましょう」

「え、じゃあ、小毬さんで」

 

 一口ワッフルを食べてみる。ものすごくおいしかった。

 感想を一言。砂糖だった。

 

「そういえば、小毬さんお兄さんいるんだね」

「ふぇええ!?やっぱり寝言聞かれてた!?」

「大丈夫だよ、それしか聞いてないから」

 

 なら安心か、と小毬は言った後、彼女は理樹から視線を外して空を見上げた。

 その姿は普段の明るい彼女の姿からはほど遠く、なんだか悲しげに見えた。

 

 

「……小毬さん?」

「でもね、私は一人っ子。兄弟とかはいないんだ。だから、夢の中にだけいるお兄ちゃん。両親のことだってホントはよく覚えてないんだよ」

「そういえば、記憶喪失だって……大丈夫なの?」

「うん。別に歩きかたとかお箸の持ち方みたいに生活に直結することは何一つ忘れてなかった。記憶は残らなかったけど知識は残ったみたい」

 

 理樹は前にこの屋上で聞いたことを思い出していた。

 私はどちらかと言えば薬剤師に近いって小毬さんは言ってた。

 

「……中学入学までの記憶がないなら、武偵になろうと思ったのはどうして?」

「やっぱり知識として残ってた薬の知識の影響かな。すぐに役に立てる力を持ってるから、すぐに活かしたかったんだと思う。私もよくわかってないんだけどね」

 

 理樹は自分の右手を見る。

 いつから宿ったか知らないが、魔術みたいなオカルトを打ち消すことができる能力。

 こんな能力は努力というものにより得られたものではなく、いつの間にか持ってたもの。

 気が付いたらあったという異質なもの。

 魔術を司る家に生まれた謙吾ですら意味不明とさじを投げた超能力だ。

 厳密には超能力なのかわからない。でも超能力とかいいようのない能力。

 

(……正直、不気味だと思わなかったといえば嘘になる)

 

 恭介は心配ないと言ってくれて、ずいぶんと気が楽になった。

 それでも、すぐに使いたいとは思わなかった。

 今はありがたく使わせてもらってるけど、昔は不気味で仕方がなかった。

 

「小毬さんは……怖くなかった?」

「ふぇ?」

「自分の記憶にない力を持っていてさ、恐ろしいとは思わなかった?」

「夢に見るんだ。優しいお兄ちゃんと、大好きな友達と三人で一緒に笑ってる夢」

「…………」

「きっとそれは、私が持ってない記憶がこんなだったらいいなっていう願望が夢に現れているんだと思う。夢にだけでてくるお兄ちゃんがいつも日だまりみたいな笑顔を向けてくれるのも、きっと私が自分自身を励まそうとして。だったら、がんばって見ようと思ったんだ」

 

 そう言って小毬は笑う。

 それは理樹が初めて見る、少しだけ寂しそうな笑顔だった。

 

「……前に、幼馴染って関係がうらやましいって言ってたよね」

「ふぇ?」

「……友達。一人っ子ならお兄さんはいないみたいだけど、大好きな友達が実在しているといいね」

「……うん!」

「そうだ。これ、鈴から。アインシュタインのお礼だって」

 

 渡しておいてと言われたキャンディーを手渡す。

 小毬が瞳を輝かせる姿を見た後理樹は、空を見上げた。

 

(……友達、か)

 

 ハイジャックでのことを思い出す。

 理樹と理子は同じ探偵科(インケスタ)の生徒ではあるが、友達だと言えるほど仲がよかったかといえば違うだろう。

 

(……もし僕が理子さんの友達なら、力になってやれたのだろうか?)

 

 今思えばハイジャックのあの時彼女を理解することなんて不可能だったのかもしれない。

 彼女が抱えているのは『友達』でもない人間にどうこうできる問題ではないはずだ。

 なら、友達なら力を貸してあげることができる。

 

 だとしたら、答えは明白だ。

 理樹は視界に広がる青空を見る。

 世界中どこにいたって、いつでも見ることができる空。

 理子もどこかで見ているのかもしれない。

 理樹は空をぼんやり見つめて思う。

 今度こそ、彼女とは友達になりたいな。

 

 

     

       ●

 

 ニューイングランド地方。

 イングランド、と名前がついているがイギリスの地名ではなく、アメリカ合衆国北東部の地名である。

 メーン、ニューハンプシャー、バーモンド、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネティカットの6州の総称だ。

 

 1614年ロンドンの商人が渡来し、そのときの船長が名付けた名前だとされている。

 伝統的な繊維工業に加え、エレクトロニクスハイウェーと呼ばれる先端技術の集積地域。

 その中でも歴史的にも文化や経済の上でも中心となっているニューイングランドの中心都市、マサチューセツ州のボストンに存在するとある大学の教壇に立っている人物がいた。

 

 教壇に立つのだから大学教授が一般的なのだろうが、今立っている人物は大学教授ではなかった。

 

 アジア系の顔立ちだったし、何より東京武偵高校の制服を見にまとっている。

 彼女は大学から呼ばれて、数学の講義をしていた。

 アメリカというのは実力主義の世界。

 実力さえ認められれば、誰だって教壇に立てる。

 

 では、東京武偵高校の生徒でありながらわざわざ大学から講義を依頼されるほどの人物と言えば誰だろう。

 

「中々楽しかったな」

 

 講義が終わり、教壇にて呟くのは案の定というか、来ヶ谷唯湖という名前の少女。

 文句なしの天才。

 きっと才能に愛されているという言葉は彼女のために生まれたと思えるほどの存在。

 

「エリザベス」

 

 大学を出たところで、彼女は自身の名前を呼ぶ声を聞いた。

 来ヶ谷唯湖、ではなくエリザベス。

 イギリスで使っていた名前であり、日本ではほとんど名乗っていない名前だ。

 となると、間違いなく呼び掛けてきた人物は彼女のことを詳しく知ってる存在。

 

「……君とは一応初めましてになるのかな?」

 

 リズベスという愛称で天才としてイギリスで名をはせた少女は、呼び掛けに応じた。

 

「初めまして、峰理子くん」

 

 




しばらくアメリカでのお話になります。
え? 理樹?
しばらくニー……出てきませんけど何か?

……これでホントにいいのかな。


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Mission50 白衣の少年

「そろそろ会えると思ってたよ峰くん。いや、『武偵殺し』って呼んだ方がいいか?」

 

来ヶ谷唯湖と峰理子。

まずは来ヶ谷が口を開いた。

彼女の前に立つ理子にはAクラスの明るくおバカな人気者としての姿はない。

むしろ、自分から話し掛けておきながら来ヶ谷を警戒しているかのように冷たく鋭い視線を彼女は宿している。一方で、Fクラスの引きこもりの少女(決して出番とか活躍だとかいう意味ではない)には武偵殺しに対する敵意や殺意は感じられない。

 

それでも、理子は来ヶ谷を脅威のない相手だとは思わなかった。

殺気がない人間と殺気を完全に隠せる人間では、表に見せる仕種は同じだとしても本質は全く違うものである。来ヶ谷唯湖は昔イギリス王室の関係者として外交を担当していた少女だ。

 

世間様のことを何も知らないガキが出てきたと見くびっている相手をカモにして交渉相手にトラウマを植え付けてきた人間でもある。政治が分かる人間特有の腹芸ができる以上、殺気を完全に隠し通すことができたところで不思議なことはなにもない。

 

それに、来ヶ谷は理子のことを『武偵殺し』と呼んだ。

本来そのことを知るはずはないのだ。

武偵少年法により犯罪を犯した未成年の武偵の情報は公開が禁止とされていて、そのプロフィールをやり取りすることは仲間の武偵同士でも禁忌とされ、知ることができるのは被害者と限られた司法関係者しかいないのだ。

 

キンジもアリアも、彼女のチームメイトの直枝理樹だって誰にも教えていないはずなのだ。

 

「おいおい。そんな顔するなよ。誰から聞いたなんて分かりきっていることだろう? かわいらしい顔が台なしじゃないか。第一、君の方から声をかけてきたんだ。失礼だとは思わないのか?」

「一般論を語る前にお前は自分の過去を見つめ直せ。前にローマ正教とイギリス清教の総長同士の正式な会談の際に、書記をしていたローマの武装シスターを何十人も失神させたそうじゃないか」

「え、あれ私が悪いのか?。向こうが陰謀論を信じているみたいに勝手に私を警戒して緊張して、なんか向こうが緊張の許容量超えたみたいに失神しただけなんだが……。私は今君に何もするつもりはないからとりあえず安心しておけ。……働きたくないし」

 

 おそらく、彼女は敵意を表に出さないように隠しているのではなく、ホントに敵意がないのだろう。

 理子とこうして遭遇したことなんて、道端で知り合いと偶然出くわした程度のことだと言わんばかりだった。

 

「とりあえず礼をのべておこうか。うちのバカを殺さないでくれてありがとう。死亡による欠員が出たチームに入れ代わりで加入というのは、さすがの私だって後味の悪いものを感じるからな」

「別にお前に感謝されることじゃない。理樹があの飛行機に乗り込むことは直前に連絡を受けてたし、今後もあいつ(・・・)の協力を得るための必須条件だっただけだ」

「……。誰のことだか知らんが、じゃあそいつに感謝しておくとするよ」

 

 来ヶ谷はかばんを広げ、何かの書類一式が封入されているであろうA4サイズの大きな封筒を取り出す。紐とボタンで封がなされたタイプのものだ。

 

「君に渡すように頼まれていたものだ。渡す前に聞いておきたいことがあるがいいか?」

「聞くだけならすきにすればいいさ」

「『バルダ』って何者だ?」

「お前みたいなめんどくさい連中の行動を制限するためにジャンヌが作った架空の仮面だろ?それが分からないお前ではないだろう」

「……そうか」

 

「どうかしたか?」

「アドシアードでバルダと名乗った魔術師が現れた。魔剣(デュランダル)ことジャンヌ・ダルクですら面識のない得体の知れない奴だ。行方不明となっているイ・ウー所属の魔術師が潜んでいるとか言い残して消えた」

「……お前は、東京武偵高に実際に魔術師が潜んでいると思うのか?私がちょっと前まで通っていた中で」

「灯台下暗しって言葉がある。私はいると思ってる。場所が東京武偵高という外部からの介入がしにくい環境であるから、アドシアードの時のようにイギリス清教の魔術師みたいな外部戦力も呼ぶことなんかできない」

 

 そうかい、と理子は封筒を受けとる。

 そして、ふと思い付いたかのように一人の少年の名前を口にした。

 

「なぁ、理樹くんは元気か?」

「君に振られた程度で落ち込んで何もできなくなるような少年ではないさ。気になるならさっさと東京に戻ってきてくれ。敵の敵は味方の概念より、君も東京武偵高校にいてくれた方が都合がいいしな」

「私が言うのも変かもしれないけどさ、やっぱり狂ってるよオマエ。いやオマエラか?佳奈多とモミジと合わせて『魔の正三角形(トライアングル)』とか呼ばれてる三人、手が付けられないと教務科(マスターズ)が手を焼くのもわかる気がする。真っ当な正義感でも持ってたら、私に対する敵意があるはずだしな」

 

 今理子の前に立っている来ヶ谷にしても、この対応は異常なことのはず。

 峰理子とは、自身の昔馴染みの母親に冤罪の罪をなすりつけた相手だ。

 峰理子とは、自身の昔馴染みを殺そうとした敵だ。

 峰理子とは、自身の仲間の理樹がハイジャック以来ずっと気にかけている相手だ。

 峰理子とは、バスジャックにより多くの武偵高校の生徒を傷つけた相手だ。

 

 それでいて、理子のことをよく分かっている友達だと思っているわけでもないのに彼女への敵意がないとはどういうことだろう。それに敵の敵は味方だとしても、共通の敵に立ち向かうためにあっさりと仲良く手をつなげる人間は良くも悪くもそうはいない。きっとまともな人間の思考ではないのだろう。

 

「じゃあな」

 

 しかも、書類を渡したら要件は済んだというように来ヶ谷はあっさりと理子に別れの挨拶を口にして去ろうとする。理子はそんなマイペースな少女に声をかける。

 

「ちょっと待てエリザベス。私と取引しないか?」

「嫌だめんどくさい。本来ヨーロッパ人特有の長期休暇(バカンス)のつもりでアメリカまで来てるんだ。仕事なんてしたくない」

「じゃ、言い方を変える」

「……」

「エリズベス、お前を楽しませてやるから私を助けてくれ」

「――――――ふむ。して、何をする?」

 

 

 

            ●

 

 

 ボストンはニューイングランドの中心都市だ。

 イングランドという名前がついているけどイギリスではなくアメリカの地名である。

 アメリカ独立運動の拠点となった場所でもあるからニューイングランドは歴史的に見ても史跡や博物館も多い観光の名所でもあるのだ。

 

(……姉御はイギリス清教の人間だから、わりとゆかりがある場所なんだろうけどさ、)

 

 そして。とあるボストンの博物館の前で。

 

「……英語わかんないから観光案内見ても全然わかんないんだよねぇ」

 

 三枝葉留佳は一人、地図を片手に途方に暮れていた。

 葉留佳は来ヶ谷の持つ委員会のメンバーであるため、助手ということでアメリカまでついてきたのはいいものの、来ヶ谷が大学で講演している間はすることがない。

 

 わりと数学が好きではあるが講演が英語で行われる以上、講演を聞くという選択は論外だ。

 ゆえに、せっかくだし観光の名所をとりあえず回っていたわけではあるが、

 

「……まいったなー。完全に迷子だ」

 

 葉留佳は現在地が分からなくなっていた。

 見渡せども見渡せども見えるのは高層ビル。

 

 英語ができない以上は道行く人に助けを求めることができない。

 

 一応地図には宿泊先のホテルに丸をつけているから最終手段タクシーというのがあるが、わざわざタクシーを使うような距離ではない。

 

 ヒマだしちょっと外を出歩いてみようとか考えてしまった結果がこれだ。

 後でため息をつかれるかもしれないけど、最悪姉御に迎えに来てもらおう。

 

「……やるしかないか」

 

 葉留佳はバッグから本を取り出した。

 アメリカ行きの航空機のビジネスクラスに乗っている際、熟睡する姉御の真横で目を充血させて読んでいた本である。タイトルにはこう書かれていた。

 

『今日から始める英会話。〜中学レベル〜』

 

 入国審査の英語ですらカンニングペーパーを用意した葉留佳では不安要素だらけなのが現実である。

 

「プリーズ、テール、ミーザ……」

 

 ヒドイ棒読みカタカナ英語を復唱しながらなんとか地図で現在地だけは認識して置くことにして、

 

「……あれ?」

 

 ふと。

 どこかで見覚えがある服を見た。

 というか、

 

(……あれって東京武偵高の制服?)

 

 葉留佳の視界に映ったのは、見慣れた東京武偵高校の制服を着ている少年だった。

 正確には、制服の上から一回り程大きいサイズの白衣を着ている少年だ。

 白衣、ということは衛生学科(メディカ)あたりの武偵病院に勤務しているお医者さんだろうか?

 

 白衣が邪魔して制服をよく確認できないけど、肌の色は有色系。アジア人だろう。

 確認してみる価値はある。もし仮に東京武偵高の生徒でなかったとしても、日本語が伝わるならば、ノープロブレムだ。

 残念な迷子という立場から無事に脱却できる。

 これで相手が後輩だったとかなら格好悪い姿を見せることになってしまうが背に腹は代えられない。

 

「あ、あのっ!」

 

 呼びかけてみたが、振り向いてすらくれなかった。

 

「あのっ!そこのお方っ!」

 

 平然と無視される。

 白衣の人物は何事もなかったかのように自分の足を緩たりはしなかった。

 

「白衣を上に着ている東京武偵高の制服のお方っ!」

 

 ひょっとしたら薄情な人なのかもしれないが、こちらには人を選り好みできるだけの余裕はない。

 けど、どうやらそんな心配は杞憂だったようだ。特徴を示して呼びかけたら振り向いてくれた。

 

「ん?」

「やっと返事してくれた……。いじわるで無視されているのかと思った」

「いや、違う人のことだと思って。俺に話し掛けてくるやつなんてそうそういないからな」

 

 日本語で返事をしてくれたことに葉留佳は安堵の表情を浮かべ、顔を確認する。

 

(……それにしてもこの人、どこかで見たことあるような、ないような)

 

 身長は170センチくらい。赤茶髪の髪の色をした人物だった。

 武偵高校の制服の上に白衣を着ているなんてファッションセンスがおかしいのではないだろうか?

 格好からして独創的なので、学校では目立つはずだ。

 にもかかわらず葉留佳は普段学校でこんな人物は見たことがない。

 ひょっとしたら武偵病院勤務のお医者さんなのかもしれない。

 もしそうなら普段見かけないのも納得できる話だ。

 でも、どこかで見たことはあるような気がする。

 直接見たのは初めてのような気がするなら、写真か何かだろうか?

 葉留佳の思考を遮るように、白衣の少年は話しかけてくる。

 

「それで、俺に何か用か?」

「……実は道に迷いまして」

「なんだ、迷子か。マヌケな奴だな」

「なんだって何ですカ!私、英語できないから相当心細かったんですよ!今だって、日本語が通じる相手でどれだけ安心したと……

「お、おいおい。分かったから涙目になるなよ。何かおごってやるから元気だせ、な?な?」

 

 20分後。

 ベンチに座ってカリフォルニアオレンジと紙コップにアルファベットで書かれているオレンジジュース(定価7ドル)を笑顔で飲んでいる少女の姿があった。

 

 近くの屋台で売っていた高級オレンジジュースだ。

 

 機嫌が治った葉留佳を見て、一緒にベンチに腰掛けながら自販機の安物ミルクティー(定価1ドル)を飲んでいる白衣の少年は呆れた様な声を挙げる。

 

「……金を出した俺に何か一言あってもいいと思うのだがな」

「うん!ありがと」

「一言かよ。にしても、おいしそうに飲むな。食べ物で機嫌とろうとした俺が言うことではないけど小さい子供みたいだぞ」

「アハハ。でも、オレンジジュース好きなんだよ。なんか、飲んだら身体の疲れが治るどころか、体力も戻るし」

「……お前、超能力者(ステルス)なの?」

「え?い、いや!? 違うけどどうして?」

「お前たしか超能力調査研究科(SSR)の人間だったかなと思って。ん?待てよ。超能力調査研究科(SSR)の連中はこの時期は確か……稲荷神社に合宿だったと思うが」

「そうだけど、私の場合はちょっと特別なんだ。来ヶ谷の姉御がイギリス清教として超能力調査研究科(SSR)の資料を自由に拝見する権限を欲しさにわざわざ委員会の一員である私の推薦状を書いて、無理矢理編入させてもらったタイプだから魔術とか言われても正直全くわかんないんだよね」

「……まぁ、あそこは魔術を学ぶ場所というよりは超能力者(ステルス)が自身の超能力をコントロールするための場所だからな。別に俺はそれでも問題ないとは思うぞ」

 

 ふと。

 今の言葉に葉留佳は疑問を感じた。

 今、この少年はさらりと魔術やら超能力者(ステルス)という言葉を口にした。

 超能力調査研究科(SSR)は機密性が高い学科であり、同じ武偵高の生徒でも実状を知る者はほとんどいない。

 

 いや、それ以前に魔術や超能力という技術さえも一般には知れ渡ってすらいないのだ。

 なのに、この人物は料理人が料理の際に隠し味のワインをどのタイミングで入れるかを語るみたいな実際に慣れ親しんだ者の口調で言った。

 

 ひょっとしたらこの人は能力者(ステルス)なのだろうか?

 医療系の超能力を持つ超能力者(ステルス)だとか。

 

「えっと……」

 

 そのことを聞こうとしたが、名前すら聞いてないことに気づく。

 向こうは私のことを知ってるみたいだけど、私は知らないから聞くのを忘れていた。

 

「どうしんだ?」

「名前、聞いていい?私のことは知ってるみたいだけど、私は超能力調査研究科(SSR)二年の三枝葉留佳」

 

 ああ、と言ってから白衣の人物は名乗った。

 

「俺は牧瀬(まきせ)装備科(アムド)二年の牧瀬(まきせ)紅葉(こうよう)だ」

 

 

 

 




姉御が理子のことを誰から聞いたかわかりますか?
理樹でもアリアでもないですよ。
よかったら考えてみてくださいね。
……まあ、すぐにわかるような気もしますけど。


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Mission51 装備科の問題児

東京武偵高校装備科(アムド)二年、牧瀬(まきせ)紅葉(こうよう)

白衣の少年はそう名乗った。

装備科(アムド)は装備品の調達、カスタマイズやメンテナンスを行う学科だ。

武偵の必須アイテムである銃を改造してもらう人が多いと聞くが、いかんせん銃というものをほとんど使わない葉留佳には縁がない所である。

 

(……装備科(アムド)って言ったら、あややのとこか)

 

装備科(アムド)と聞いて葉留佳が真っ先に連想したのは平賀(ひらが)(あや)という人物だった。

 平賀源内という小学校の社会の教科書にすら出てくる江戸時代の発明家の子孫で、機械工作の天才児。

 彼女は能力的に言えばSランクの能力を持っているみたいだけど、依頼料金の無駄な高さと時々の仕事のいい加減さが問題視されてAランクに留まっている。

 

 そういえば、今年の二学年には装備科(アムド)にもう一人掛値なしの天才問題視がいると聞いた。

 

 『魔の正三角形(トライアングル)』の一人としてあの二人と同列視されているからには能力もおそらくSランクオーバーなのだろうが、相当頭もおかしい人物のはずだ。

 

 けど、そっちについてはほとんど知らない。

 装備科(アムド)所属の『魔の正三角形(トライアングル)』については能力調査研究科(SSR)ではなぜか禁句になっているのだ。

 前にどんな人物か気になって超能力調査研究科(SSR)の同級生に聞いてみたら、皆なぜか顔を真っ赤に変えて二度と話題に出すなと強く釘を刺された。

 名前出しただけで避けられるなんて流石は『魔の正三角形(トライアングル)』だとしか言いようがない。

 なんて名前だったっけ?確かほ……ほう……ほ?

 

「それで?どこ行きたいんだ?」

 

 『魔の正三角形(トライアングル)』を基準にするのは間違っているのかもしれないけど、それに比べたら牧瀬君はずいぶんまともな人間に見える。

 姉御は姉御で頭おかしいし(バカとは言ってない)。

 

「迷子なんだろ?どこへと行き方が知りたいんだ」

 

 地図を出す。

 宿泊先のホテルは予め大きな丸をつけておいたからすぐに分かるようになっていた。

 牧瀬君は周囲を見渡して現在地を確認すると、迷わず地図に指先を伸ばした。

 

「現在地はこの場所だ。向こうが地図の東側。だからお前が進むのはここから見える歩道橋の方面だ」

「あ、ありがとう」

「そうか。それじゃあな」

 

 そして、牧瀬君はやるべきことはやったといわんばかりにあっさりベンチから立ち上がり去っていこうとする。

 

「ちょ!ちょちょちょちょっと待って!」

「……まだ何か?」

「私英語読めないしできれば案内を頼みたいなー、なーんて……」

 

 

     ●

 

 

 20分して。

 牧瀬君は露骨に嫌そうな表情を一瞬は浮かべたものの、文句は何もいわずにきちんと案内してくれた。

 宿泊先のホテルはもう見えている。

 

「見えター!」

「そりゃあな。地図あって間違う方が間違っている」

「でも、牧瀬君は全く迷わなかったよネ」

 

 歩いている際牧瀬君は地図すら全く使わなかった。

 おそらく、一度歩いたことがあるのだろう。

 

「牧瀬君はアメリカに地理感覚があるの?」

「俺はアメリカに実家があるんだ。アメリカといってもボストンじゃないけど、この町には何度か学会で来たことがある」

「……学会?」

 

 

 今この人ものすごく頭よさ気な発言をしなかったか?

 学生でありながらも大学に講演を依頼されたことがあるのは姉御の例で分かってる。

 ひょっとして、この人実はすごい人なんだろうか?

 

「そう言えば牧瀬君は何か予定あったの?ここまで送ってもらってなんだけどサ、用事あったならゴメンネ」

「別にいいさ。今日でないといけない急な用事だったわけじゃないし、明日に回してもいいし、なんなら今からでも時間的には何の問題もな――――――ッ!!」

 

 急に牧瀬君は足を止め、すぐ近くにあったホテルの名前がかかれた看板石に身を隠す。

 反射的に私も真似をして隠れてしまったけど、どうして隠れなきゃいけないのか分からない。

 何があったのか確認するために牧瀬君が見ている方向を確認したら、見覚えのある顔があった。

 

「あれって……小夜鳴(さよなき)先生?」

 

 小夜鳴(さよなき)(とおる)

 東京武偵高救護科(アンビュラス)の非常勤講師だ。

 海外の大学を飛び級で卒業したとかいうエリートで、どうみても二十歳くらいにしか見えない遺伝学者である。

 東京武偵高では一般科目の生物の授業を担当している。

 

「……小夜鳴先生も私と姉御が宿泊しているホテルに泊まっていたんだね。偶然ってあるもんでスネ」

「偶然というほどでもないだろうよ。小夜鳴教諭は生物学では名の知れた天才だし、ボストンは大学が多い学術都市でもあるからな。おそらくこの辺で生物学の学会でもあるんだろう。お前らが宿泊しているホテルは武偵企業のスポンサーにもなっている武偵御用達でもあるし、寮会に宿の手配を手配を頼んだのだとしたら宿が被るのは必然だろう」

「詳しいんだね。……ところでさ、何で隠れたの?」

 

 強襲科(アサルト)蘭豹(らんぴょう)先生や尋問科(ダキュラ)(つづり)先生に会いたくないというのは分かる。

 禁句ワード『結婚』を聞いてやさぐれた先生の八つ当たりなんて誰だってくらいたくはないし、気まぐれで余計なメンタルダメージは負わされたくはない。

 

 けど、相手はあの小夜鳴先生。

 性格は聖人のように優しいときてる。

 しかも礼儀正しく、誰にでも敬語で喋るため武偵高教師にしては珍しい人材だ。

 『王子』というあだ名まであるくらいだから出会って困るということはないはずだ。

 女子だったら迷わず声をかけていてもおかしくない。

 ……私?

 私は小夜鳴先生には会いたくないね。

 なぜなら、

 

「牧瀬君『も』生物のレポート出してないの?」

「お前出してないのか……単位落としてもしらんぞ」

「ヤハハハ」

「俺はそもそも物理選択者だから生物の授業は受けてない。なんなら卒業単位持ってるから学校の授業に出てないまである」

「じゃあ何で?」

「分からないのか?そうか。なら教えてやるが――――――イケメンは基本男の敵だからだ」

 

 

 なんかすごいことを言ってきた。

 イケメンが敵?

 確かに小夜鳴先生はイケメンと言えるだろう。

 眼鏡をかけている姿は知的の印象を与え、スラッとした細身で長髪が似合い、背も高く、鼻も高く、ベランドもののスーツにネクタイを決めていて、足だって長い。

 クールさをメインにおくファッション雑誌のモデルとして採用されていても不思議はない。

 

「あんな砂糖加多なトレンディードラマの主人公みたいな奴の前に立ってみろ。不知火みらいにモテる奴ならともかく、大抵の奴は挨拶一つで本能的に負けを認めてしまう。そんなの惨めな思いなんてしたくはないからな。ゆえに、俺は戦略的撤退を選択したまでのこと」

「……え、えーと。あは、あははは」

 

 卑屈だ。卑屈過ぎて苦笑いしかできなかった。

 この胸につかえる微妙な気持ちは何だろう?

 同情とも哀れみとも違う。

 

 (……なんか懐かしい感じだなぁ。ツカサ君みたいなこと言う人だ)

 

 とりあえずフォローしなければと思う。

 あのクソイケメンめがっ!と傍で亡霊のようにぼやく牧瀬君がブサイクだとは思わない。

 むしろ、顔立ちは整っている。

 黙っていればいいのにとすら思う。

 あとクソイケメンという表現は、けなしているつもりかもしれないけど悪口になってないと思う。

 

「ほ、ほら!牧瀬君だって顔はそうは悪くないんだし、まずはその変なファッションをどうにかした方がいいって!」

「変?どこがだ?」

「いや、制服の上に白衣ってどう考えたっておかしいと……いや、似合ってないとは思わないけど白衣は外出時に着るものじゃないト……」

「おかしなことを言う奴だな。お前だって制服着てるじゃないか」

 

 どうしよう?

 清々しいまでの純真無垢な瞳で疑問視された。

 牧瀬君が何言ってるか全く理解できない。

 経験から判断してこの手のタイプは前提としているものからして食い違ってる。

 話が理解できないのは私のせいではないととりあえず信じておこう。

 私は悪くない!!……はず。

 

「……制服?」

「当然だ。高校を卒業するまでは制服を外出時も着ていても変じゃないだろう?」

「……その白衣、制服のつもりなの?」

「当然だ。研究機関に所属している人間にとっては白衣こそがユニフォームだと俺は教わった。勿論、防弾繊維で作られたれっきとした防弾白衣だ」

 

 なんだか頭が痛くなってきた。

 変わった人のような気はしてたけど姉御クラスの変人の可能性がある。

 頭を押さえている間にどうやら小夜鳴先生は去ったようだった。

 

「まぁ、イケメン云々の冗談はさておくとして……」

「冗談に聞こえなかったんだけど……」

「気のせいだ。ともあれ、小夜鳴教諭はいい噂を聞かないのも確かだ」

「どんな?Aクラスには幼なじみの女の子に朝ご飯と晩御飯を毎日作らせておきながら別の女とイチャついてるヒモがいるって噂なら聞いたことがあるんだけど……」

「そいつ誰だ!? 絶対許さないっ!!」

 

 牧瀬君はクワッ!と目を見開いた。

 目はいつの間にか充血していて、薬物中毒者のような危ないオーラが漂い始めた。

 

 「ヒモだと……!?なんてやつだ…っ!?いや、専業主夫でないだけいいのか……?」

 

 このままでは危険だと思い、話題をAクラスのヒモから小夜鳴先生に戻す。

 

「そ、それで小夜鳴先生の噂ってどんなもの?」

「ん? ああ、小夜鳴教諭が間借りしている研究室からフラフラになった女子生徒がいるとかなんとか。きっと小夜鳴教諭は武偵高講師という立場でありながら邪悪な研究に見入られて、巨大な陰謀を企てているに違いないっ!」

 

 そうであって欲しいという願望が含まれているような気がした。

 なんてコメントしようか悩んでいたら、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「楽しそうな意見だな。今度検討してみるとしよう」

「……姉御?」

 

 大学から帰ってきたのかと思って振り向くと、そこにいたのは姉御だけではなかった。

 顔見知りが一人。峰理子ちゃんこと通称りこりん。

 

「あれ、りこりん? りこりんもアメリカに来てたの?ヤハー!」

「ヤハーはるちゃん! 」

 

 姉御とりこりん。珍しい組み合わせだと思う。

 怪訝な表情を浮かべてしまったのはどうやら私だけではないようで、牧瀬君は苦虫を噛んだような今すぐに帰りたそうな表情を浮かべている。姉御とは目をあわせようともしない。

 

「知り合いが来たんならもう大丈夫だな。じゃあ」

「待て牧瀬」

 

 牧瀬君は自然なタイミングでの離脱を図ったが、姉御に肩を捕まれて失敗した。

 

「姉御、牧瀬君と知り合いなんデスカ?」

「こいつは牧瀬紅葉(こうよう)。東京武偵高校第二学年が誇る筆頭問題児『魔の正三角形(トライアングル)』の一角で、メンテナンスのプロの整備委員長だ」

「嘘ぉ!?え、だってこの人『は』案外まともデシタよ!?」

「……君が私をどう思ってるかよく分かった。今晩じっくり話し合おうじゃないか」

「Oh…………しまった……」

 

 失言だったか、と後悔する葉留佳は理子が驚いているのに気がついく。

 視線は牧瀬に向いていて、唖然とした表情を浮かべていた。

 

「……誰だお前?」

「どしたのりこりん?」

「いや、私が知ってるモミジとは雰囲気が全然違っていて。モミジって素はこんななんだ……」

「あ?お前だって俺と似たようなもんだろ。普段からあんな薄っぺらい笑顔振り向きやがって素を隠してるやつに驚かれる筋合いはない」

「……薄っぺらい笑顔?」

 

 葉留佳は牧瀬が何をいっているのか理解できなかった。

 峰理子は二年Aクラスの人気者だ。でも、それが本来の姿ではないとでも言っているのだろうか?

 

「まあまあ。おい牧瀬、協力しろ。私と君の仲なんだからいいだろ?」

「おい待て。お前と俺に今までどんな接点があったというんだ?」

「私たちは教務科からは『魔の正三角形(トライアングル)』と一括りにされた仲じゃないか」

「お前にしろ、二木にしろ、確かに俺の知り合いではあることは認めよう。だが!俺たちに格別な仲間意識なぞありはしない!友達かといわれたら違うからな!」

 

 仲間でないと言われても、姉御は楽しそうに笑っている。

 

「悪いようにはしないから安心するといい。そういえば、お前どうしてここにいるんだ?お前は病気で療養中と聞いていたが」

「え!? 牧瀬君病気って大丈夫なの!?」

「心配ないさ葉留佳君。こいつの病気は癌だとか肺炎だとか命にかかわるようなものじゃない。……いつものあれはどうしたんだ?」

「アメリカには里帰りのつもりで来てるからな。アメリカではやらないって決めてるんだ。……病気のことがバレたら母さん絶対泣いちゃうし」

「マザコンなのか?」

「マザコンだけは否定してもらうぞ! 知り合いにシスコンがいるから分かることだが重度のシスコンはマジでヤバイからな。あんな愛が重すぎる連中と同じにだけはされたくないな!」

「そうか。とにかくお前も手伝え」

「……何するつもりですカ?」

 

 葉留佳は嫌な予感がした。

 牧瀬君は巻き込まれまいと奮闘しているが、私の場合はすでに参加確定となっているはずだ。

 人事ではない。

 姉御は『ちょっとそこのお茶取って』の気軽さでとんでもないことを言う人なのは知っている。

 さて。何を言い出す?

 案の定。

 姉御はとんでもないことを。

 

「私に葉留佳君。それに峰君と牧瀬科学者の四人一組(フォーマンセル)で、世界屈指の魔女『砂礫のパトラ』のアジトに潜入する」

 

 さらりとのたまった。

 

 




このアメリカ編はブラド編とパトラ編に入る前の前置きくらいのつもりです。
ふと思ったんですが、一度できたことは次から何回でもできる風潮にある『緋弾のアリア』という作品において、パトラって今どれくらいの強さなんでしょうね。

少なくともアリアが勝てる相手ではないと思っているのですか……みなさんはどう感じているのでしょうね?

では!


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Mission52 ステルスのアイデンティティ

 

 

『砂礫の魔女』のアジトに潜入すると姉御は軽く言ったが、来ヶ谷唯湖という人物は彼女の昔馴染みのなんちゃって名探偵とは違い、無策で乗り込んでいくような脳筋じみた愚かな真似はしない。

 彼女はいくつもの呼びプランを立案するタイプの人間で、計画が息詰まったら作戦を切り替えることで突破口を開こうとする人間だ。ゆえに、まずは作戦会議である。

 

・姉 御様が入場しました。

・ビー玉様が入場しました。

 

 実況通信。ようはチャットで会議は行うことになっていた。

 牧瀬がオンラインゲームやるために家に帰りたいとか言い出した結果である。

 今回の会議の目的は具体的な計画の最終確認ではなく、魔女というものに関しての認識の温度差をなくすことにある。

 

・大泥棒様が入場しました。

 

 午前0時、作戦会議は開始されることになっている。ノリが完全に夜更かし女子会であった。

 男が一名混じっているのは気にしない。

 

喪魅路(モミジ)様が入場しました。

 

 葉留佳はビジネスホテルの二人部屋の一室にてベッドに寝転がりながら、持参したタブレットPCの画面で四人が揃ったことを確認した。

 

「姉御ー!全員揃ったみたいデスヨ!」

「よし、なら始めるとしようか」

 

 

          ●

 

 

 

・姉 御『さて、まずは「砂礫の魔女」パトラに関する詳細についての確認といこう。魔術なんて絡む連中を相手にする場合のアプローチは、思想から入る必要がある』

・ビー玉『なんでデスカ?』

・姉 御『魔術は確かに便利な技術だ。けど、本来魔術がなければ生きていけないというほどの技術ではない』

 

 魔術とは学問ゆえに、学べば誰でも使えるようになる。

 けど、必要不可欠な技術ではない。

 例えば魔術で火を起こせるようになったとする。

 でも、だから何だといわざるを得ない。

 水田に水を与えるために雨乞いに走らなければならない弥生古墳平安時代ではないのだ。

 もはやそんなもの科学でどうとでもできる時代がやってきている。

 

・姉 御『魔術は苦労と成果がどうしたって釣り合わない。認知されていない環境では胡散くらい詐欺師のように叩かれる可能性だって否定できないんだ。中世の魔女狩りなんて最たるものだろう』

・ビー玉『ふむふむ』

・姉 御『ゆえに、「魔術師」と呼ばれる奴らは科学でなんとかならなかったことを覆す最後の希望に縋り付く感じで絶望の中魔術を学んだ連中のことをさす。だから、目的さえ達成できれば手段を選ばない側面もあるんだ。自分の目的のために人生すべてをかけた奴らなのだから、目的さえつかめれば行動だって読みやすい。逆に言えば、目的さえ達成できればなんでもいい連中ゆえに交渉の余地を残した奴らともいえる』

・ビー玉『なるほど』

・姉 御『もちろんこれはあくまで「魔術師」とか呼ばれる連中の話だ。絶望からではなく「人の役に立ちたい」みたいなポジティブな感情から魔術を学んだ奴らを「魔法使い」なんて呼ぶみたいだが、牧瀬、君の場合はなんて呼ぶのだろうな?』

・喪魅路『何を言っているのか皆目見当がつきませんねぇ』

・ビー玉『……牧瀬君って魔術とか言われてわかるの?』

 

 そういえば、と葉留佳には思い当たることがある。

 牧瀬紅葉は秘匿性が高い超能力調査研究科(SSR)の実状について知っていた。

 本来なら魔術やら超能力とか言われても一くくりにオカルト扱いしてしまっても疑問はないというのに。

 

 葉留佳自身超能力調査研究科(SSR)への編入組だし、高校入学からずっといたわけじゃない。

 

 クラスメイトたちが牧瀬紅葉のことを禁句にしているのだから葉留佳が知らない間に何かあったのだろう。

 

 

・喪魅路『一年間くらい超能力調査研究科(SSR)にお邪魔していた時があったからな。母さんが「魔術」という技術があることを教えてくれたから見てみたくて編入しただけだから、魔術師みたいに人生をかけるほどの望みがあるわけではない。行動原理とかの思想についてなら現役でイギリス清教なんていう王手に所属している奴には勝てないとはいえ大体は分かる』

・大泥棒『科学者のくせしてオカルト肯定するんだ……。そういやモミジのママって確か』

・喪魅路『よせ峰。俺はそのことを言われるのが好きじゃない。勿論母さんのことは俺の自慢の一つであることは否定しないけど、それでも出会い頭「二世」呼ばわりされた時にはさすがの俺もイラッとくる。ずっと前に小夜鳴教諭にそう呼ばれた時なんて地獄に堕ちろと思ったからな。理屈ではそんな風に思われることは仕方ないことだと思っていても、だからと言って俺が何も思わないわけじゃない』

・大泥棒『……そうだね。それはよく分かるよ』

・ビー玉『あー。身内にすごい人がいるパターンか……』

 

 両親でも兄弟でも、どうしたって比較対象になる。

 葉留佳にはそれが嫌というほど理解できた。

 競え合えるのならまだいい。

 少なくとも牧瀬君の場合は自分の委員会を持てるほどなのだから勝負できていないことはないだろう。

 けど、スペックに圧倒的なまでの差がある場合、何をしたって負け続けなければならないことになる。

 実のところ牧瀬君や理子りんがどういう立場にあるのか私には分からないけど、大体の相場は決まっているものだと思う。

 

・姉 御『さてと。前置きはこの辺でいいだろう。私から言わせてもらうと、「砂礫の魔女」というのは超能力をアイデンティティとしる典型的な超能力者(ステルス)という印象を受けた』

 

 超能力をアイデンティティとする超能力者(ステルス)

 正直、葉留佳はそう言われても今一ピンとこなかった。同じ部屋にいることだし、直接聞いてみることにした。

 

「どういう意味デスカ?」

「どうもこうもそのままの意味だ。葉留佳君、超能力者(ステルス)の君は分からないとは言えないはずだ。大して理解できていないみたいだから聞くが、君は自分が超能力を使えるようになったときどう思った? 何一つとして思わなかったのか?この力を使って何かしよう人の役に立つことをしようとか、この力を持っているのはきっと何かしらの意味があるんだとか。そんなポジティブなものでも、なんで自分なんかにこんな能力が宿っているんだという純粋な恐怖を感じたみたいなネガティブなものだって何だっていいんだ。葉留佳。君にだって何かあっただろう?」

「……私は」

「ん?」

「私は、……こんなものが大事だったのかと。私はそう思ったよ」

 

 そうかい、としか姉御は言わなかった。

 三枝葉留佳は超能力者(ステルス)だ。

 ただし、まともに超能力を使えるようになってからまだ一年も経っていない超能力初心者でもある。

 ゆえに、能力的には超能力者(ステルス)であったとしても、考え方が生まれながらの超能力者(ステルス)のそれとは違うのだ。

 でも、姉御が言わんとしていることは理解できた。

 

・姉 御『他人とは違うことが、自分にしかできないことがある。その事実は優越感を与え、自分を優れた人間だと錯覚させる。度が過ぎれば自身は他人を導く義務があるみたいな脅迫概念の虜となる。私の昔馴染みの友達は才能ある人物はそれを発揮する義務があると考えていたし、私も昔はその通りだと思っていた』

・大泥棒『今は違うと?』

・姉 御『そうでなかったらほとんどいなかった友達と喧嘩別れしてまで王室の仕事を辞めたりはしない』

・喪魅路『ほぅ。伊達に「才能の無駄使い」と呼ばれてはいないようだな』

・姉 御『「無断使い」なら君だって大差ないだろう。病気が高い基本スペックすべてを台なしにしてるくせに』

・喪魅路『好きでやってることにとやかく言われる筋合いはないな』

・姉 御『別に病気を治せとは言ってないさ。私はあれはあれで見ていていつも大爆笑してるからな』

 

 来ヶ谷唯湖と牧瀬紅葉。

 ログを見ながら、峰理子はこの二人のことがうらやましいとちょっとだけ思った。

 二人とも才能だけなら世界レベルの人材だが、非常に面倒な性格をしてすべてを台なしにしている人間だ。けど、自分の欲望に忠実に生きている。

 他人からの評判がどれだけ酷かろうが、それでも幸せそうだとに思えてくる。

 

・ビー玉『つまり、その「砂礫の魔女」とやらは超能力を使えて優越感に浸っている人間だという認識でいいのデスカ?』

 

 思えば魔剣(デュランダル)ことジャンヌ・ダルクもそうだったように理子は思う。

 世界を動かすのは超能力者(ステルス)だとすら思い超能力を過信し、その結果は敗北だ。

 

・姉 御『そうだな。例えば「きれいな花を腐らせる」みたいな無かった方がマシなマイナス要素丸出しの超能力ならともかく、便利な超能力を持つ人間にはその傾向がある。星伽神社という所はわざわざピンポイントメタ魔術まで用意して身内の超能力者(ステルス)の優越感をくじき社会的劣等感を植え付けることで反乱を防止する「かごのとり」なんて称される心理的管理システムを構築しているくらいしな』

・喪魅路『おいおい、イギリス清教の人間がそんなこと言って大丈夫なのか?』

・姉 御『それっぽい理屈つけてみただけだし、この「姉御」のアカウントの人物が来ヶ谷唯湖である証拠は何もないから何一つ問題ない。ただ、現実問題として星伽神社の「かごのとり」は不要なものだと断言でできないところが悲しい所だ』

・ビー玉『なんで?』

 

 勿論、「かごのとり」のシステムがあることは幸せに生きられないこととイコールではない。

 左腕にヒビをいれたどっかのバカなんて今やたら幸せそうだし、神社の巫女さんは幼なじみの世話をやいて毎日頬を緩めている。

 

超能力者(ステルス)でないお前に生まれてきた価値も生きる意味もないんだよ』

 

 それでも、本来劣等感を植え付けるなんてあってはならないことのはずだ。

 

・大泥棒『ここからはりこりんが説明するよ。「砂礫の魔女」パトラはちょっと前、戦争を引き起こそうとしているんだよ!』

 

 

           ●

 

 戦……争?

 なんだそれは、と葉留佳は思った。

 

・ビー玉『クーデターってやつ?』

・大泥棒『クーデターとはちょっと違うかな。クーデターは失敗した革命みたいなものだけど、厳密には戦争は起きなかった。多分だけど、何か重大な誤算が生まれたんだよ』

・ビー玉『にしても戦争って……』

・大泥棒『パトラは誇大妄想のケがあるんだよ。自分は生まれながらの覇王(ファラオ)だと思い込んでいる。いずれまた、自分の王国を作るための戦争を起こし、世界制服すら実現させるつもりなんだよ』

 

 さっきまでどんな議論をしていたっけ?

 自分にしか出来ないことがあるという事実は優越感を与えてくれる。

 そんな話だった。

 その結果が、戦争?世界征服?

 自分は生まれながらの覇王(ファラオ)

 

・ビー玉『正気なの?』

・大泥棒『ああ』

・喪魅路『バカな奴だ。そんなことできるはずがないのにな』

・ビー玉『そ、そうだよね!世界征服だなんてそんなバカげたことなんて……』

・喪魅路『当然だ。何しろ世界の支配構造に混沌と変革をもたらすのはパトラなんかではなくこの俺だからな』

・ビー玉『牧瀬君もおかしいよ!?』

 

 おかしい。

 牧瀬君はまともな人だと思っていたけど、腐っても『魔の正三角形(トライアングル)』の一人だったのか。

 

・大泥棒『パトラについては割と有名な話なんだけど……葉留佳は本当に「砂礫の魔女(パトラ)」という名前に心当たりがないの?』

・ビー玉『……どういう意味?』

・大泥棒『……深い意味はない。聞いてみただけだ』

 

 知恵熱でも出てきたのだろうか。葉留佳はなんだか頭が痛くなってきた。

 

「姉御ー。世界征服なんか企むようなイカレタ奴相手に私たち四人でどうにかできるんデスカ? イギリス清教の魔術のプロをお呼びした方が……」

「私たちがやるのは強襲ではなく潜入だ。砂礫の魔女なんて面倒なやつをまともに相手にするつもりなんて、もとよりない。それに、魔術師というのは魔女相手に潜入するにはかなり難しいんだ。これは、パトラがどうこうという問題よりは魔術というものの本質にある」

 

 そういえば、前に魔術と超能力の違いについて聞いたことがある。

 超能力というものは本来生れつきのものだ。

 葉留佳自身超能力者になった(・・・・・・・・)から実感できることだが、超能力者(ステルス)が超能力を使うために必要なのは慣れだけだ。

 事実、葉留佳は自分の超能力の理屈なんて全く知らない。

 去年一年、思い出しただけで車酔いにでもなりそうな姉御のスパルタ教育によりなんとかまともに発動できるようになったが、その時理論なんて全く教えられなかった。酔いになれろ、とひたすらジェットコースターに乗せられた。メリーゴーランドとかもう見たくない。

 おかげで遊園地恐怖症だ。どうしてこうなったのか、今も疑問に思っている。

 

「魔術というものはな、どうしても魔力という形で痕跡が残ってしまうものなんだ。東京ドームの中に一円玉が落ちていてもそんなものは誰も気がつかないだろう。しかし、書道をするときの和紙に墨でもこぼれてしまえば、どんなに小さな墨でも気になってしまうだろう?」

「まあ……そうデスネ」

「つまり、魔術は使った瞬間に感知されてしまう。葉留佳は超能力者がステルスと呼ばれている理由を知っているか?」

 

 名前の由来なんて大して気にとめたことなんてない。

 知らないことだったが、話の流れから推測できることだ。

 ステルス(stealth)という言葉から真っ先に思い付く意味は隠密の意味。

 無色透明であるというような意味。

 

  無色透明なものはいくらおいてあっても気づかれない。

 例えば、空気。

 今日は空気が少ないね、とか言う人間がいたら病院を紹介しなければならないだろう。

 

「超能力って……跡が残らないの?」

「そうだ。魔術的な探知に引っ掛からない無色透明なもの(ステルス)。それが超能力者がステルスと呼ばれている理由だよ」

 

 だとしたら、魔術以外の技術が一般人の域をでない魔術師では潜入なんてできないだろう。

 魔術師が砂礫の魔女を欺くには、少なくとも彼女と同レベル、もしくはそれ以上の魔術師でないと不可能だ。

 

・ビー玉『で、どうするんですカ?何をするにしても、向こうだけがオカルトを振りかざしてくるなんて、不公平もいいとこじゃないですか』

・大泥棒『そうでもないよ、はるちん。パトラはね、後ろ盾となってくれるような組織はもう何もないんだよ。戦争を起こす一歩手前までいった過去がある以上、パトラを始末するために放たれた追っ手は世界中にいる。下手に魔術なんて使ったところをイギリスやローマの連中に悟られたらピンチなんだよ。でしょ?』

・姉 御『あぁ。魔術を使うこと自体は罪にはなりえないが、パトラの場合は晴れてお尋ね者だ』

・喪魅路『何でもいいんだけどさ、何しにパトラのアジトに行くんだ?まさかパトラ逮捕が目的というわけでもないんだろ?』

・姉 御『資料貼り付けたから読め』

 

 実況通信に挙がったのは、盗難品のリストだった。

 率直な感想としては金目のものが見当たらない。どれもこれも遺品ばかりである。

 国際カジノ辺りから金塊とか盗んだ方が金になりそうだ。

 

・喪魅路『これは……いわゆる「一世の遺品」とか呼ばれているものだな。前に母さんから聞いたことがある。確か十年くらい前のことだったと思うが「一世」なんて呼ばれるほどの偉大な人物にゆかりのある品々が相次いで盗まれたらしい』

 

 銭形平次の五円玉だとか。

 エジソン手製の蓄音機やら。

 ワトソンの虫眼鏡やら。

 

 そんなもの盗んでどうするんだというものばかりだった。

 

・ビー玉『パトラっておばさんなの?』

・姉 御『いいや。歳は私らと大差ない。どういう経緯でパトラに渡ったかは知らないが、そんなことは大した問題じゃない』

・ビー玉『にしても、なんでこんなの必要なんでしょうね。……あ、これは売れば高そうじゃないですカ?「騎士王の剣」っていかにも高価そうな……』

・喪魅路『ん?エクスカリバーか!?』

・ビー玉『きゅ、急にどうしたの牧瀬君!?』

・喪魅路『……なんでもない。忘れてくれ』

・大泥棒『プククク……』

・姉 御『「エクスカリバー」ってのはイギリス王室に伝わる宝剣でな。はっきり言うと、私はそれが欲しい』

 

 一年程度の付き合いとはいえ、すでに姉御の性格は熟知している。

 物を欲しがるなんて珍しいなと葉留佳は思った。

 

「イギリスでは面白い風習があってな、その時代のイギリス一の天才とされる人物にはイギリス王室から宝剣を貸し与えられるんだ。いわば、天才の証明書だな。エクスカリバーは昔、シャーロック・ホームズ卿に貸し与えられたんだが、ホームズ卿の失踪と同時に行方不明となっていたんだ。今でもホームズ卿が生きていて使っているとかならまだしも、超能力者(ステルス)であることを鼻にかけるような魔女風情が持つのは気にくわん。私は血統的には日本人だが育ち、つまり心はイギリス人だ」

「おおー。じゃ、もし取り返せたら姉御はイギリス人として盗まれた宝物を取り戻すんですね!」

「私が自分で使うために決まってるだろ。何言ってるんだ。パトラの奴が持っていたら宝の持ち腐れだしな」

「えぇー!?パトラって奴はどうするんですカ!?」

「そんな奴ほっとけ」

 

 やはりというかなんというか。

 

・喪魅路『あのさ、今後取り戻すことがあったら俺にも一度貸してくれよ。エクスカリバー握ったとこ写真で撮って父さんへの自慢話にするから。きっと悔しがるだろうからな』

・姉 御『いつか取り戻すことがあったら見せてやるよ』

・大泥棒『んじゃ、基本事項の確認もすんだことだし基本方針を決めるよ!まずはねぇ――――』

 

 

          ●

 

 

 砂礫の魔女、パトラ。

 彼女はとある高級ホテルの最上階に存在するスウィートルームから下の景色を見下ろしていた。

 彼女はスウィートルームにいるもう一人の人物に話しかける。

 

「……のぅ。あいつはホントに来ると思うかの?こんなもので、あいつを招き出せると?」

 

 パトラは何かを両手で転がしていた。

 それは、デリンジャーと呼ばれる超小型銃だった。

 

「リュパン四世の母親、峰不二子の形見の銃です。間違いなく四世は取り返しに来ます。ですが、四世の能力では一人であなたを相手にすることは不可能な以上、おそらくパーティーを組んでやってくるでしょう。貴方を相手取る場合、『銀氷の魔女(ジャンヌ・ダルク)』が檻の中である現状において四世が声をかける筆頭候補はどう考えても彼女でしょう。誘い出す材料には充分なりえるかと」

「ふーん……。誰が来るから知らんが、あいつが来てくれるといいのう。妾が『教授(プロフェシオン)』になるためにはどうしても邪魔な存在ぢゃ。研磨派(ダイオ)の連中が指名している次期教授(プロフェシオン)の命を握って『教授(プロフェシオン)』と交渉しようにも、今下手に狙ったらあの女は間違いなく妾が手に入れる前に殺してしまうぢゃろうからのう」

「敵の手にくれてやるくらいなら、というやつですかね」

「いずれ邪魔者は全員殺すと決めてはいるが、あの女(・・・)だけは今すぐにでも殺してやりたいのぢゃ。あいつはいくら呪ってもすぐ解呪するから、殺すなら直接対決ぢゃろう」

「私も研究が邪魔されてはかないませんからね。彼女には死んで欲しいと思っていましたところですよ。ですから、その峰不二子の銃(デリンジャー)は私からのプレゼントです。それでは、また」

 

 パトラは部屋から出て行こうとしる人物を呼び止める。

 

「ふむ。ありがたく受け取っておくとしよう。のうブラド」

「今は――――――です」

「殺したいほど憎んでいる相手を、どうやって殺してやろうか考えるのは楽しいものぢゃのう」

 

 そう言って。

 砂礫の魔女は笑みを浮かべた。

 魔女の名に相応しい、残虐な笑みだった。

 




今回はアドシアード編の総評みたいなものでしたかね?いろんな疑問点が出てきた回だと思います。
また、超能力者がステルスと呼ばれている理由や星伽神社の「かごのとり」の存在理由など、それっぽいことが書けたのではないかと思っています。
本当のところは分かりません。

あと、モミジの両親が誰だか分かりましたよね?



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Mission53 コッド岬の美女

 

 強襲と潜入は全くの別物である。

 成功条件がまるで違うのだから当然だろう。

 強襲は武力を用いて敵をひたすら倒して行けばいい。

 一方潜入は必要な情報を入手できればいい。

 

 でも、一般的にどちらが難しいとは安易に断言することはできはしない。

 

 例えばマフィアや暴力団を相手にしたとする。

 

 元イギリス公安局所属の公安委員の強襲科(アサルト)Sランク武偵であるアリアならば、他人を寄せつけないレベルの戦闘能力を用いて直接武力壊滅させるだろう。

 聞きたいことがあるなら壊滅させた後に尋問科(ダキュラ)にでも放り込んで無理矢理にでも吐かせる。

 ちなみに諜報科(レザド)の生徒は強襲科(アサルト)のこのやり方を頭でっかちの脳肉だと嘲笑していたりする。

 

 『魔の正三角形(トライアングル)』の一角に数えられる現役風紀委員長であり、中学時代に諜報科(レザド)Sランクを取ってる二木佳奈多ならば内部壊滅させる方法をとるだろう。

 暴力団関係者にでも接触して情報をかき集めて組織内部の信頼感をうまく破壊して人間不信からの内部崩壊に追い込むだろう。

 これは武偵というものが警察のように正義で動く正義の味方ではなく金で動く何でも屋であるという身軽な立場ならではの方法だ。もし警察のトップや官僚政治家が高級寿司屋あたりで暴力団やマフィアと会談していたことがバレたら翌日の新聞の朝刊の第一面を飾るスキャンダルになりそうなものだが、武偵に限ってはそうはならない。スパイとして潜り込む潜入調査すら合法化されている時代なのだ。

 こんなやり方を行う諜報科(レザド)の人間を、強襲科(アサルト)の生徒は人道無視の卑怯者と軽蔑していたりする。

 

 強襲科(アサルト)の人間は組織を外部から潰してから必要な情報を集める。

 諜報科(レザド)の人間は情報を集めてから組織を内部から崩壊させる。

 

 犯罪者は許せないというような近しい目的を掲げたとしても、強襲科(アサルト)諜報科(レザド)では根本に存在する考え方が違うのだろう。元強襲科(アサルト)所属の遠山キンジは諜報科(レザド)所属の後輩を戦妹(アミカ)にしているという事実もあるものの、諜報科(レザド)の生徒と強襲科(アサルト)の生徒の中は一般的にはあまりよろしくないみたいだ。

今回のパトラの一件に関しては、諜報科(レザド)のやり口に近い……というより強襲科(アサルト)からはあまりにもほど遠いみたいだ。

 

 戦争を起こそうとまでした国際犯罪者であるパトラを野放しにはしておけない。

 必ず自分達で捕まえて罪を償わせてやるんだ。

 

 ただでさえ面倒な性格をしてる『魔の正三角形(トライアングル)』二人を抱えてるため協調性という点に関しては不安要素しかない四人パーティーではあるが、そんなこと善良なことをを考えていないという点で無駄に一致団結しるようだった。

 四人は今、理子が借りたボストンにあるマンションの一室に集合している。

 床には大量の女性向けファッション雑誌が転がっていた。

 ファッション雑誌に囲まれる中でも牧瀬紅葉と峰理子の二人は地味にチクチクと布に糸を通していた。

 裁縫である。

 なんてことはなく、ただ防弾繊維で服を作っているだけだ。

 潜入なんていう目立たないことが最優先される作戦において東京武偵高校の制服なんて目立つ格好は論外。 かといって私服では心許ないので防弾繊維から防弾私服を作っているわけだ。

 防弾繊維で作られた服を取り扱っている店くらいアメリカならあるのだろうが、デザインと好みの関係上自分で作った方が好都合という結論にいきついた。

 

 理子は自分の制服をロリータ改造しているくらいだから裁縫くらいは余裕にこなすだろう。

 ただ、意外なダークホースだったのは牧瀬紅葉にやたら高い裁縫能力があったこと。

 自分で裁縫に挑戦しようとして針に糸一本通すのに5分かかった葉留佳とは大違いで、来ヶ谷は牧瀬の慣れた手つきを見て素直に感心した。

 

「……慣れたもんだな」

「――――――フ。伊達に昔、邪気眼発動してノリノリで闇の衣とか自作して母さんを真っ青にさせとら……」

「…………」

「――――はっ!?お前誘導尋問うまいな。ついうっかり全部しゃべっちまうとこだったぞ」

「まだ何も話していないんだが……」

「まぁ黒歴史の一つや二つや三つや四つや五つくらいなら公になった所で今更ダメージはないからいいか。イタかったのは所詮昔の話だし」

「黒歴史多いな……。あと自覚ないのかもしれないが、お前今でも充分イタいぞ。真名とか平気で言い出すやつが何言ってるんだ」

 

 グサッ!と傍で会話を聞いていた理子は心に何か刺さるのを感じた。

 

「イギリス清教なんていう魔術業界王手に就職してるやつには言われたかないな。、これでも父さんに比べたらまだマシらしい」

「君の一家はどうなってるんだ……」

「自分で言うのも何だがさ、一家の中では俺はまともな方だと思うぞ。母さんに父さんとの出会いを聞いてみたら『運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択により予め定められていた邂逅を果たした』なんて返ってきたからな」

「ドイツ語と英語が混在しているな。特に意味はないとは思うがどういう意味なんだ?」

「おそらくは運命だと言いたかったんだと思うぞ」

 

 運命の出会い。

 恋愛ドラマのテーマとしてはありふれたようで、しかしそれは王道を意味するものだ。

 ロマンチックだと絶賛する人だって少なくないはず。

 なのに、

 

「使った言葉のせいで一気に黒歴史臭がしてきたな……。ちなみに私の感想はそんな親にしておまえありみたいなもんだからな」

 

 あなたと私が出会うのはきっと運命だったのよ。

 これが運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だよ。

 おかしい。

 同じ内容を言ってるはずなのに与える印象がまるで違うのはどうしてだ?

 ムムムと魔の正三角形(トライアングル)二人は聞き耳立ててる理子を巻き添いにしながら身内の黒歴史という名の地雷を踏みながら心に傷を負っていく中、葉留佳が一つ疑問を挙げた。

 

「……邪気眼って何ですカ?」

「え!? はるちゃんそれ聞いちゃうの?」

「りこりん分かるの?」

 

 説明を求む視線をうけて、理子は全力で顔を背けた。

 どうしてか分からないが理子は自分で説明したらメンタルダメージをくらう気がしたのだ。

 

「ああ、邪気眼ってのはな――――」

「あ、超能力の一種だとか?でもなんだかカッコイイ名前デスナ。名前からの推測ですが悪意を敏感にできる感知系の超能力だとかしたら便利そうですヨね…………あれ?どうして姉御と牧瀬君まで顔を背けるの?」

 

 代わりに説明しようとした牧瀬は、本物の超能力者(ステルス)たる葉留佳の素直な感想を前に何も言えなくなってしまった。

 説明することは小さな子供に大人の世界の現実を突き付けて夢を壊すようなものに思えてきた。

 汚れきった人間には小さい子供特有の眩しい瞳を直視できないのである。

 

「ほら、できたぞ」

 

 だから牧瀬は強引に話を逸らす作戦に出た。

 

 まだ仮縫いの段階であるが、服全体としては有名ファッション雑誌にでも掲載されていそうな素敵なものができあがっていた。

 ファッション雑誌からデザインを丸パクしたのだから当然である。

 いくら牧瀬の裁縫能力が予想外に高かったにしろ、普段着として制服の上から白衣を常に着用している人間のファッションセンスなど端から期待されているはずもなく、ファッション雑誌の外見をそのまま再現しろと女性陣に釘をさされた。部屋のあちこちに女性向けファッション雑誌が転がっているのはカタログの扱いしたからのようだ。

 

 理不尽に思えるかもしれないが、当の牧瀬紅葉からしたら自分のセンスでデザインすると色はまず漆黒がベースとなるため中学生男子には絶賛されても女子高生にはドン引かれることは経験から悟っている。だから素直にありがたいとすら感じていた。

 

「では葉留佳君。君はひとまず向こうの部屋で試着してくるといい」

「ラ、ラジャー!」

 

 試着のため別室へと移動した葉留佳を見送った後、牧瀬は理子へと視線を向ける。

 その視線は完全に冷めていた。

 

「――――――で? 俺が渋々ながらも地味にチクチクしている側でオマエは何やってんの?」

 

 裁縫をしているのは理子も同じだったが作っているものが牧瀬のものとは明らかに違う。

 牧瀬が作っているのは葉留佳と来ヶ谷の防弾私服であるが、理子が作っていたのは普段着にすらなれないはずのものものだ。

 

「メイド服なんか作ってどうするんだよ。今度のコミマにでも参加するのか?」

「理子ってば、実はロリータ業界ではちょっと有名なデザイナーだったりするんだよねー!どう、似合うと思う?」

「お前が着ると学園祭のノリで着ているようなイラっとくるメイドコスにしか見えないと思う」

「モミジ酷い!!エリザベスは?」

「作り笑顔さえできればメイド喫茶の客なんて八割は騙せるから心配ない。ソースはAクラスでの君」

「こいつら正直者だなぁ……」

 

 理子は呆れたような声でそう言った。

 言いたいことをはっきりといえることは、一般的には美徳とされている。

 だが、悪くいえば自分勝手で協調性がないとさえいえる。

 

「ちょっと聞いときたいんだけどさ、モミジはどうして私に協力してくれるの?」

 

 牧瀬がアメリカには里帰りのつもりで来ていたらしい。

 牧瀬は絶対に理子のことを仲間とも友達とも思っていない以上、家族と会う時間を割いてまで理子に協力する理由はまずないはずだ。

 心当たりはある。

 エリザベスとの間にどんな密約があったのかはわからないが、こいつはパトラという言葉に反応していた。

 

「科学者が自分の時間を割いてまでやることなど一つしかない」

「何?」

「実験だよ。ちょいと実験(ため)してみたいことができた。だから正直に言うと、俺はお前に協力するつもりなんてさらさらない。偶然利害が一致して、それがお前にとって都合のいいものだったってだけだ。こんなドライな人間関係も悪くないだろ?」

 

 ドライな人間関係。

 その言葉は理子には不思議と腑に落ちた。

 

(……そっか。そういうことだったのか)

 

 おそらく来ヶ谷唯湖も牧瀬紅葉も理子のことを完全に信用していたわけではなかった。

 最初から疑ってかかっている。

 今まで辿ってきた人生がそんな懐疑的な性格を築き上げたのだろう。

 来ヶ谷なんてわかりやすい過去がある。

 外交なんて建前と守りもしないような口約束を並べる世界にいた住人には『信用』という言葉は冗談でしか使うことができくなってしまったのだ。

 素直に思ったことをいい合える。

 たったそれだけのことが来ヶ谷には眩しく映るのだろう。

 来ヶ谷が牧瀬と会話していてる時、理子には楽しそうにしてるなと思った。

 

 互いにボロクソ言い合いメンタルダメージを受けてはいるものの、そんなもの素直に思ったことを言える楽しさに比べたら大したことないのだろう。

 事情、言葉に排他的な棘など感じられなかった。

 

(……こいつらが私と協力できる理由がやっと理解できた)

 

 予め断っておくと、理子は自分が信用されるような人間だとは微塵にも思っていない。

 武偵殺しの正体であり、アリアの母親に冤罪をきせた。

 バスジャックでは東京武偵高の生徒を傷つけた。

 ハイジャックでは手を差し延べようとさえしてくれた人間さえ裏切った。

 

 こんな人間をすぐに信じられる人間なんてそうはいない。

 少なくとも理子ならばすぐに信じられないと思うだろう。

 今度いつまた裏切るかと疑心暗鬼になってもおかしいことはなにもない。

 

(……こいつら二人は、私がいつか裏切ることを前提に考えているんだな)

 

 裏切られるかもしれないだなんて全く不安がっていない。

 最初から裏切られるものだと諦めにも近い達観に行き着いている。

 だから、裏切られるかもしれないだなんて不安はない。

 

(……ったく。不器用な奴らめ)

 

 ひどいように思われているようにも感じるが、なぜだか悪い気はしなかった。

 断言できる。

 来ヶ谷も牧瀬も、こちらから裏切らない限りは向こうも裏切るようなことはしない。

 

 利用してなにかしようくらいは考えているだろう。

 でも、絶対に切り捨てたりはしないはずだ。

 人間の汚い部分を嫌というほど見てきてなお、人を信じてみたいと思ってるのだろう。

 裏切られるのが当然、だけど違ったらいいな。

 その程度にしか人間を信じられない。

 裏切られたとしても、あぁやっぱりかとしか思えない。

 そんな風に育ってしまっている。

 

 そう思えば牧瀬にも心当たりがある。

 『二世』だなんて呼ばれて、どれだけ努力しても『才能』だとか、生まれが違うとか陰口をたたかれる。

 

 それを考えたらリトルバスターズなんて安心できるだろう。

 裏切り裏切られるとかいう以前に、そんなこと考えるだけのオツムが足りない。

 情けない理由でも、無条件で人を信じられなくなってしまった人間が安らぎを感じることができる理由ではあった。来ヶ谷と牧瀬の二人が楽しげに会話できるのは、互いに本音だと感じているからだろう。

 

(……こいつらにも心の底から信じてもらえるような日が来るのだろうか?)

 

 普通なら信じてみたいとすら思ってくれない。

 人が人を評価するのは固定観念と印象だ。

 

 犯罪者という印象を持っている人間とは打ち解けることはできないだろう。

 

 例えば、葉留佳。

 東京武偵高では割と仲はよかった方だけど、理子がイ・ウーの関係者と知ったらどんな反応をするだろう?

 

(……きっと憎悪で顔が歪むだろうな)

 

 そこには友情だなんて言葉は失われているはずだ。

 もし仮に理子に犯罪を犯してまでやらなければならないような事情があったとしても事情なんか全く聞いてはくれないだろう。

 

 なら、事情を聞いて自分の問題のように本気で悩んでくれる人なんているのだろうか?

 

『私が今から助けてと叫んだら、助けてくれる?』

『もちろん』

 

 理子は一人ハイジャックで起きたことを思い出し、もしもの未来に思いを寄せる。

 

(……あの時、あの手を取っていたら何か変わったのかな?)

 

 後悔しているわけじゃないはずだ。

 どう考えても合理性はあの手を取らなかった今の未来にある。

 もしもの仮定なんて言っても仕方ない。

 でも。

 

(……なんでだろうね)

 

 今度はあの手を取ってみたいと思うのはどうしてだろう?

 

 

 

         ●

 

 

 作戦が実行に移される日になった。

 コッド岬。

 アメリカ合衆国、マサチューセッツ州南東部に位置する半島である。

 長さにして約105キロメートル、幅20キロメートルの逆L形の島で氷河堆積物から成り、砂質で潟や小湖が多い。沖合を寒流であるラプラドル海流が流れ、コッド(タラの別名)が採れたことからその名がついたとされている。寒流の影響で避暑地としての観光業(リゾート)もさかんである。ボストンからは一時間にも満たない船旅で行くことができる。

 

 砂礫の魔女パトラが現在拠点としている場所は、コッド岬のリゾートホテルの一室にあった。

 リゾートホテルは近くに砂浜もあり、お昼辺りからは海水浴を楽しむ客だっている。

 

 朝6時。

 本来ならばホテルのモーニングタイムすら始まっていないような早朝にホテルが経営する砂浜に足を踏み入れる人物がいた。

 

 早朝はさすがに冷えるのだろうか、真っ白なマントを羽織っている。

 姿からはイスラム教徒を連想させるが、イスラム教徒ならばメッカに向かっての一日五回の礼拝のうちの一回目をやっている時間帯のはずだ。少なくともこんな誰もいないような時間帯に砂浜にくるはずがない。

 

「……そろそろ出てきてもらおう」

 

 白いマントが服装を隠してはいるものの、顔はまる見えだ。

 ツンと高い鼻。

 恐ろしくプライドの高そうな切れ長の目のおかっぱ頭の美人。

 そう。彼女こそが砂礫の魔女、パトラ。

 

 パトラは海の浅瀬へと視線を投げる。

 ちょうどロケットを横倒ししたかのような金属が誰もいない砂浜へと海から打ち上げられるところだった。 オルクス。

 そう名付けられた、イ・ウーで好んで使われる小型潜航艇だ。

 砂浜に打ち上げられたオルクスから一人の少女が出てくる。

 

「……パトラ。あたしのお母様の形見の銃を返してもらうぞ」

 

 峰理子。

 彼女は一人でパトラと対峙した。

 

 

 




モミジの両親が確定的になりました。
息子に何教えているのでしょうねぇ……

次回、理子VSパトラ?



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Mission54 峰理子VSパトラ

Q.集団を最も団結させる存在はなんでしょう?

A.共通の敵の存在である。

 

 

 団結するには共通の意思が必要であり、善意より悪意の方が集まりやすい。

 なんということはなく、ただそれだけの理屈である。

 ならば。

 来ヶ谷唯湖。

 三枝葉留佳。

 峰理子。

 牧瀬紅葉。

 

 能力はあっても結束力皆無のこの四人がパトラという共通の敵を前にして一致団結して立ち向かい、本当の意味での仲間となることはできるのだろうか?

 

 答えは否である。

 直枝理樹や遠山キンジのようなチューナーの役割を果たす人間でもいたら目的を一つにシンクロさせてパトラとルールを守って楽しく決闘(デュエル)!とすることだってできただろう。

 

 パトラを倒すことだってできたかもしれない。

 だが!しかし!

 パトラなんて正直どうでもいいとすら考えている連中では悪意や殺意すら集まらない。

 

 葉留佳にいたってはパトラが持つ最強の魔女の一角という称号にビビッているし、来ヶ谷と牧瀬の二人は何考えているのか分からない。葉留佳から見て、今回の作戦にやる気を出しているのは理子ただ一人のように思えてくる。

 

(ホントに大丈夫かなぁ)

 

 葉留佳が心配でならない作戦をこれより説明しよう。

 

 パトラを『なんとかして』おびき寄せて部屋から除外する。

 パトラを『なんとかして』しばらく足止めする。

 その隙に『なんとかして』部屋に潜り込んで物色する。

 『なんとかして』各自撤収。以上である。

 

 超A・BA・U・TO!

 見事なまでにパトラとまともに戦うつもりが微塵も感じられない作戦だった。

 戦わずして勝つという極意を残したのは孫子だったか。

 逃げるが勝ち。ステキな言葉である。

 

 逃げるという名の勝ちを一応は取りに行っているとはいえセオリー無視だとか作戦の立案者を糾弾することはできないだろう。

 まず、魔術超能力(オカルト)が絡むために敵の戦力が未知数である。

 そして味方が手の内を見せるつもりがないため、いやできないために味方のはずの戦力と意思が不明確である。

 

 ゆえに作戦方針が単純なものである以上は重要となってくるはずの『なんとかして』の部分は各自に一任するということになった。

 

 肝心な部分の情報を共有できない以上は信頼関係がものをいってくるが特に問題はない。

 

魔の正三角形(トライアングル)』は性格に難点が挙がろうが実力に関してだけならば全面的に信用に値する。むしろ性格くらいしか難点がないまである。

 

 どんな手段に出るにしろ与えられた役割をきちんと結果として残すことだけは絶対だと信用しているのだ。

 これがプロのレベルの住人が持つ実力主義の世界の考え方だ。

 

 あいにくと、葉留佳はまだその域へと至っていない。

 だが、あくまで今回一人で行動するわけではなく、判断力に優れた姉御はすぐそばにいてくれている。不安がないとはいわないが、それでもあまり感じていなかった。

 

「葉留佳君、いけるな?」

「当然!」

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳。

 パトラの部屋へと侵入するのはこの二人である。

 彼女達は現在パトラと同じホテルにある一室陣取っていた。

早朝にホテルにチェックインしたのではない。作戦前日からにチェックインして度胸のあることにパトラの同じホテルで堂々と就寝して作戦決行の朝を迎えていた。

 夜襲でも受けるのではないかと葉留佳はビビりまくって中々寝付けなかったみたいだが、対称的に来ヶ谷はぐっすりと気持ちよさそうに眠りについた。余裕の表れというよりはバレるはずがないという自信からだろう

 チェックイン時には変装だってしたし、何より前日からホテルに宿泊していることは来ヶ谷と葉留佳の二人だけの秘密だ。牧瀬紅葉にも峰理子にも教えてない。

来ヶ谷と葉留佳の二人で部屋の鍵といったセキュリティを二人だけで『なんとか』しなければならないのだが、来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人だけなら普段秘密にしている能力を堂々と解禁できる。

 

 超能力。

 

 魔術と違い、超能力ならいくら使った所でパトラにバレる心配はない。

 向こうが頑張って『なんとか』パトラを足止めしている内に超能力を使ってこっそりと侵入させてもらうとしよう。

 

「冷蔵庫に冷えたオレンジジュースがあったはずだ。飲んでおくといい」

「ラジャ!」

 

 葉留佳は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して一気飲みした。

 超能力者(ステルス)である彼女には面白い体質がある。

 超能力者(ステルス)は特定の栄養素を摂取することで体力魔力ともに回復することができるのだ。

 具体的な栄養素は不確定だが葉留佳の場合は柑橘類全般でいけることだけは分かってる。

 100パーセントフロリダオレンジジュースなら文句なしだ。

 

 準備万端。

 

 これで葉留佳はいつでも万全の状態で超能力を使うことができる。

 葉留佳の持つ超能力は、一族特有の魔術再現の難しいレアな超能力。

 そして、あの星伽神社の武装巫女の白雪すら恐れた戦闘特化の超能力。

 

「あーねごー。いつでもいいですヨ!」

「では行くぞ。ミッションスタートだ」

 

 来ヶ谷と葉留佳の二人は牧瀬紅葉手製の防弾私服を着て行動を開始した。

          

 

         ●

 

 

 コッド岬の海岸線にて、峰理子はパトラの前に立つ。

 パトラを『なんとかして』足止めする役割を担うのは峰理子と牧瀬紅葉の二人。

 あくまで計画に従うならば時間稼いで逃げ切れば、命さえあれば勝ちということになっている。

 

 理子ならばパトラという世界屈指の魔女相手を相手にしても逃げ切れないということはないだろう。

 峰理子は怪盗リュパンの襲名者、つまり今代の大泥棒。

 理子は四世と呼ばれることが嫌なだけでリュパンの血を引いていることを嫌がっているわけではないのだ。

 家族仲はよかった。

 母親のことは大好きだった。

 そうでなければ今こうして形見を取り戻そうとなんかしていない。

 名探偵シャーロック・ホームズの名前を継ぐことができないのは探偵として最も重要な能力は推理力。

 対し、泥棒として最も必要な能力は戦闘能力ではなく逃走能力。

 

 先代の大泥棒ルパン三世にしても、

 

『俺を捕まえられるのは銭形のとっつぁんだけだ』

 

 とまで言い切っているくらいだ。

 それを考えたらこの作戦はうまく考えられているだろう。

 自身の腹の内を見せられない面子で無理に足並みを揃えることもなく、各自自分の能力をフルに生かせる形での計画だ。

 

 葉留佳は超能力を使えても度胸と判断力、何より経験値が足りてない。

 そこを超能力こそ使えないが知識と経験、何よりとっさの決断力がある来ヶ谷ならば補うことができる。

 

 では、理子の最たる能力は何か?

 当然泥棒としての能力だろう。

 峰理子は逃げるための技術を誰よりも磨いてきた人間だ。

 逆に言えば、理子に逃げ切れなければ誰が逃げ切れるというのだろうか。

 逃げ切るか。捕まるか。

 

『なんとかして』時間を稼ぐ必要がある以上、理子は泥棒としての戦いをすぐには始めない。

 こと時間稼ぎという点に関してならば『魔の正三角形(トライアングル)』の二人にすらできなかったとしても、自分ならできると理子は確信していた。

 

 なぜなら――――――

 

「久しいのぅ、リュパンの曾孫よ」

 

 理子とパトラ。

 二人は知り合いだからだ。

 

「あたしには理子という名前がある。お前とは二年前にイ・ウーを退学して……いや、無理矢理させられて以来だな」

 

 なにせ、理子とパトラは同じ組織に所属していたのだから。

 イ・ウー。

 アリアが追っている謎に包まれた組織。

 作戦実行にあたりどうやってパトラを足止めするか一任されて詳細を全く聞かれなかったのは理子にとってはありがたいことだった。

 

 理子はお前たちを信じていると言って、来ヶ谷と葉留佳がどうやって部屋の鍵を攻略するのか一切聞かなかった代わりに、自分がどうやってパトラ相手に時間を稼ぐつもりであるかを言わなかった。

 

 いや正確には言うわけにはいかなかったんだ。

 知られるわけにはいかなかった。

 

 イ・ウーによって人生を変えさせられた人間に対し、『あたしはパトラと同じイ・ウーの構成員だったから会話で時間を稼げると思う』だなんて、どうして言える?

 現実はどうあれ第三者から見たらイ・ウー内部のことなんて関係ない。内部抗争で敵対していたとしても同じ組織の仲間に見えてしまう。

 でも、ぱっと見た感じでは理子とパトラに親しげな雰囲気は全く感じられなかった。

チーム単位ならまだしも組織レベルともなると同じ組織にいたということは二人が仲良しだったことを意味しないのだ。

 

「昔話をしに来たわけぢゃないぢゃろう。理子、お主が欲しいのはこれぢゃろう?」

 

 パトラは袖から小さな手の平サイズの拳銃を取り出した。

 デリンジャー。

 理子の母親の形見であり、今回の目的(ターゲット)

 パトラが自分で持っているなんて事実は作戦の根本を覆すようなものであるはず。

 なのに、理子には大した動揺は見られない。

 

「――――やっぱりお前が自分で持っていたか」

 

 むしろ、予想通りだとでもいう反応を見せた。

 

「返せ。それはあたしのものだ」

「あぁ、返してやるとも。これなお前にとっては大切なものでも妾にとってはガラクタ同然ぢゃからな」

 

 ただし、とパトラは告げる。

 

「ただで返すつもりもない。取引しようぞ。引き受けてくれたら手付にこの銃は返してやろう」

「ほほぅ。ずいぶん気前がいいな」

 

 気前がいい。理子はそう口にしたものの本心では全くそうは思っていない。皮肉として言っている。理子の目的が母の形見のデリンジャーであることが明白な以上は脅迫材料にだってできたはず。

 でも、脅迫は相手に一方的に要求を告げることができという大きなメリットがあるとともに裏切りという大きなデメリットを持つ。

 

 おそらくパトラは太っ腹だなんて気前の良さからではなく対等な交渉と名目でデメリットを取り払いにきたなだろう。

 

「――――で、報酬に何をくれるって?まさか、世界征服した暁には言う悪者のテンプレみたいなふざけたことを言うつもりではないよな?研磨派(ダイオ)から主戦派(イグナティス)にくら替えしてまでやるべきことなんかなさそうだが」

「『無限罪のブラド』」

 

 

 たった一言。

 たったその一単語だけで理子の表情が固まった。

 戸惑い。恐怖。理子が表情に浮かべたのはそんな風に呼ばれるものだったのだろう。

 それを見逃すパトラではない。

 

「報酬として『無限罪のブラド』を殺してやる」

「……なぜ?」

「妾がイ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』を狙っていることは知っているはずぢゃ。イ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』の候補者は妾を含めて五名。主戦派(イグナティス)から二人、研磨派《ダイオ》から三人。内二人が辞退している以上は実質候補は残り三人ぢゃ。三人のうち二人が死んだりしたら、消去法で妾が次期『教授(プロフェシオン)』ぢゃろう?ブラドはそのための一人にすぎない」

「…………」

「問題はもう一人ぢゃ。もう一人の方をどうにかするためにはまず張り付いているあの女(・・・)を殺さなければならない。それ以前に、イ・ウーを退学にさせられた私怨もある」

「…………お前があたしにしてほしいことが大体分かったよ」

 

 理子は提示された条件と関係からパトラの要求を言われる前に理解できた。

 

あいつ(・・・)を殺す手引きをしろってことだな?」

「あぁ。どうぢゃ?悪い話ぢゃないはずぢゃろ」

 

 理子は瞳を閉じた。

 パトラの誘いに乗るか考えているのだろう。

 さて、自問自答といこう。

 パトラが用意した報酬に不満はあるか?

 人を殺す手引きをすることに抵抗があるか?

 なら、自分をイ・ウーと一員だと知ってめなお信じてみたいと思ってくれた『魔の正三角形(トライアングル)』を裏切るができるのか?

 

 この問題に対する答えは理子にとっては答えることが難関でも何でもない。

 すぐにコッド岬の海岸線に立つ少女は結論を告げた。

 

「分かったよ。その話に乗った」

 

 

 

          ●

 

 

 峰理子はパトラから受けとったデリンジャーを見つめていた。

 このデリンジャーが装填できるのは一発だけ。

 戦闘目的の武器ではなく隠し持つ暗殺平気の意味合いが強いの武器だから仕方ない。

 理子は自分のデリンジャー用の弾丸を装填し、海に向かって発砲した。

 

「……本物みたいだね。砂から作られた偽物かとでも用意してるのかと思ったよ」

「そんなことしても意味がない。妾が約束を破ると思われたら協力してくれないと思ったからな」

 

 それもそうだなと理子は同意の言葉を口にしたと同時、発砲音が響き渡る。

 理子の手には既にデリンジャーはなく、別の銃が握られていた。

 二丁のワルサーP99。

 パトラに対して背を向ける形となっていた理子は不意をつく形でパトラに発砲したのだ。

 まさか理子が反旗を翻すとは考えていなかったのか、発砲した銃弾はすべてパトラにヒットする。

 パトラを撃った理子はバカらしいとばかりに方をすくめる。

 

「信用?はっ!ふざけんな!自分の計画を破綻に追い込まれた逆恨みをするような魔女風情があたしのことを考えてくれているはずがないだろうがっ!」

 

 銃弾がパトラに当たったにも関わらず、理子が警戒を解くことはない。

 パトラの身体には出血も見られなければ、痛みを訴える表情もない。

 パトラの身体は砂となり、着ていた服だけを残して崩れ落ちた。

 砂人形。

 超能力で動く操り人形だ。

 

「お前の言っていることの半分は事実だろうよ。でも、ここまで回りくどいことをしてくれた本音としては、お前にとってブラド以前にあいつが邪魔だったからだろう。でも、残念だったな」

 

 もはや理子にはパトラに対して友好的な声色が感じられない。

 

「あたしは最初から『魔の正三角形(トライアングル)』には信用されてないんだよ」

 

 理子はパトラの思惑を推測する。

 理子が形見のデリンジャーを取り戻すためにはチームを組むと考えたのだろう。

 だから、チーム内の協調性を崩壊させて結束力を削ごうとした。

 ひょっとしたら理子が自分の目的のために裏切るかもしれないと、そう思わせようとした。

 

 一人が一人足を引っ張り合い、チーム自体を崩壊させる。中々に合理的だ。

 けど。

 最初からバラバラなメンバーをバラバラにすることはできないのだ!

 ……悲しい理由だ。

 

『残念なのはこちらぢゃよ。ここが海岸線なのを忘れたか?』

 

 どこからかパトラの声が聞こえると同時、理子の背後に不自然な穴があく。

 理子が振り向く間もなく穴の底の砂が持ち上がり、人間が出てきた。

 砂礫のパトラ。

 本物のパトラは砂浜の中に潜んでいたのだ。

 パトラは理子が振り向くより先にナイフで背後から理子を刺し、防弾制服を貫いた。

 

 

「…………ガハッ……パ、パトラぁああああああ」

「理子。お前が妾との取引に応じるだなんて最初から考えていなかった。お前が敵になりうる(・・・・・・)と判断した時点であの女(・・・)はお前を殺すことは分かっていたからな。つまり、引き受けた時点であの女がいないと教えたようなもんぢゃよ」

 

 疑わしきはもう信じないという考え方。

 信用できないからと戸惑うくらいなら殺してしまえば不安要素は消えるという発想だ。

 短絡的でも効果的だ。

 

 パトラは魔女。

 中世ヨーロッパでは魔女は人を不幸にする存在として恐れられたらしい。

 

(……?)

 

 魔女に弄ばれて人生を終える。

 それが峰理子の最後となるはずだったのに、理子の様子が変だ。

 背中をひと突きされてなお生きているだけじゃない。

 理子は脇の角度が直角になるように両手を挙げる。

 そして、揃えた両足を軸にしてコマのように高速回転した。砂嵐まで余波で巻き起こり視界が悪くなる。

 

「あたしはまだ、死んでやるつもりはない」

「……ぶっ!?」

 

 高速回転している腕のどちらかがパトラの顔面に当たったため、パトラは数メートル吹き飛ばされた。

 

(……あの腕の感覚、生身の人間のものぢゃない。あれは金属か?)

 

 金属バッドが生み出すものに近い衝撃を受け、ツー、とパトラは自分の額に流れるものを自覚した。

 とっさに頭に触れた自分の右手の色は鮮やかな赤に染まっていた。

 ぬるりという嫌な感覚と共に自覚する。

 頭のどこかからに出血してしまったのだ。

 

(……よくも。よくも覇王(ファラオ)に血を流させたなっ!?)

 

 憎悪を隠しもせずにパトラは理子だったものを見つめる。

 けど、見つめた先にあったのは人間の形をした理子ではなく、そもそも人間とも別のものだった。

 一応は人間をベースにはしているものの、生身にの人間ではないと一目で分かる。

 まず、顔が人間のものではなく狐のものだ。

 人間の頭の部分を狐の頭と入れ替えたらこうなるのだろう。

 間接の部分は機械で作られ、薄気味悪い紫をベースにした女物の着物を着せてある。

 そして、首には二本のネジが刺さっていた。

 

『巻き込め、ネジマキシキガミ』

 

 理子のものとは明らかに違う人物の声が聞こえてきたと同時、パトラに向かって機械の人間が蹴りかかってきた。砂浜の砂を操り機械人形を拘束し、パトラは周囲を急いで見渡した。

 

(……妾が砂人形を身代わりにしていたように、理子もこの機械人形を身代わりとして立てていたのか!?)

 

 騙されたこと、そして不意打ちとはいえ負傷させられたことに怒りを抑えられなかった。

 

(……でも、どこから?魔術なら感覚で感知できる。なら、超能力?)

 

 パトラは魔力が感じられないか調べてみる。

 でも、辺りを調べても不思議とパトラ自身の魔力しか感じられない。

 もしこれは魔術によるものならば、すぐにでもわかるはずなのに。

 

(……ん?)

 

 待て。

 

(……どうして妾の魔力なんか感じるのぢゃ?)

 

 砂人形は超能力で作った。

 いくら自分のものとっても辺りに魔力なんかあるはずがないのだ。

 砂に魔力が込められているのならまだ分かる。

 でも。

 なんで海から自分の魔力を感じるのだ?

 

「そこっ!」

 

 パトラは砂を超能力で宙に浮かせ槍の形を形成し、そこで魔術を発動させた。

 錬金術と呼ばれる類のもので、砂で形作られた槍は一本の純金の槍へと変わる。

 辺りを付けて何本か作った槍を海へと投擲すると変化があった。

 

 海の表面に機械で作られた馬のようなものが急に浮上したのだ。

 馬は海面を走り、海岸線まで走ってきた。

 

 トロイの木馬というものを知っているだろうか?

 ギリシャ神話の重要なテーマを示すトロイア戦争においてギリシャ軍がトロイア軍を欺くために屈強な兵士を中に潜ませた巨大な木馬のことだ。

 故事成語にすらなっているほど有名だから知っているはずだ。

 パトラが受けた第一印象はそれだった。

 中に人が入るだけの大きさがある。

 実際、コッド岬の海岸に降り立った馬の背が戦車のようにパカッ!と開き、人が降り立つ。

 一回りは大きいんじゃないかと思う白衣を着用した少年だった。

 

「お前がパトラでいいのか?」

「いかにも、妾が砂礫の魔女パトラ。イ・ウー次期教授(プロフェシオン)にして未来の覇王(ファラオ)を前に無礼ぢゃぞ。貴様も名を名乗れ」

「それもそうか。確かに正々堂々と名乗りを挙げた奴にはどんな奴であろうと答えてやるのが礼儀ってものか。ならば、最低限の礼儀としてこちらも正々堂々偽名などではなく真実の名前で答えてやるとしよう」

 

 いいか、よく聞いておけ。

 そう勿体振って少年は白衣をバサッと広げ、

 

「俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院喪魅路だっ!!」

 

 世界屈指の魔女相手に堂々と名乗った。

 




今回明らかになりましたがイ・ウー次期教授の候補者は五人です。
●主戦派より
・パトラ
・リサ(他薦)

●研磨派より
・ブラド
・???(他薦)
・???(教授推薦)

となっております。

さて、パトラが言っているあの女とは誰でしょう?


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Mission55 魔女と科学者

牧瀬紅葉についてですが、彼の父親のせいかcv宮野真守さんの印象があるかもしれませんが、個人的にはcv細谷佳正さんをイメージしています。
理由は……ある一言が言いたかっただけです。



 「さて。こっちはこっちでさっさと終わらせるとしようか」

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳。

 この二人の役割はパトラの宿泊している部屋へと侵入して証拠品を探ること。

 彼女たちは割とすんなりとパトラが宿泊しているスウィートルームへの侵入を果たしていた。もちろん許可など取ってない。

 

 パトラが国際犯罪者である以上はホテル側に協力を依頼することだってできただろう。

 しかし、とても面倒な手順を踏まなければならない。

 ここがイギリス国内だというのならまた話は楽だったのだが、ここはアメリカ。

 基本的に治外法権の地。

 いくらコッド岬がイギリス清教ゆかりの地だとはいえ、ホテルを運営しているのはアメリカの企業だ。

 

 最近は武偵なりすまし詐欺とか流行っているため、正式な協力要請のためにはアメリカ政府に承認をもらう必要がある。そんなことをやっている時間はないし、何より承認が下りるとは来ヶ谷は全く思わなかった。

 

 武偵の基本を構築した人物はイギリス出身の名探偵シャーロックホームズ卿ではあるが、武偵社会というものを現代に作り上げたのは世界のアメリカさんである。

 

 しかし、そんな世界のアメリカさんは魔術業界においての発言力はほぼ皆無。

 イギリス清教だとかローマ正教だとか星伽神社とかいう連中にすべて持っていかれている現状を気に食わないとしているだろう。

 

 昔、王室勤務の両親から聞いた話だったか。

 アメリカはそんな現状を打破するためにあるプロジェクトを実行しているらしい。

 なんでも、今から魔術方面で成長させていくのではなく科学の力を発達させて魔術よりも科学の方が優れていることを証明するとかいう内容だった。

 最終的な目標は生まれついての体質は神様と似ているために、魔術を扱う生まれついての天才である『聖人』を科学で武装して倒すことだそうだ。

 

 ありえそうな話だな、と聞いた当時は素直にそう思ったものだ。

 

 実際のところはどうだかわからないものの、辺に迷うくらいならイギリス清教の持つ魔女狩りの特許をつかってゴリ押ししたほうがいいと判断した。

 

 そうして解決した例もいくつも存在する。

 特に有名なのは、ヨーロッパのとある国で偽札が発行されていたという事件だった。

 国の名はカリオストロ公国。

 当時、明白な証拠が明らかになり、国際連合での秘密理に会談まで開かれるという異常事態にまで発展したものの、世界に与える影響力を考慮して出撃命令を出せなかったそうだ。

 

 それどころか委員会連合に対して何もするなという牽制までしたらしい。

 

 インターポールの銭形という男は当時カリオストロ公国で予定させていたカリオストロ侯爵と姫クラリスの結婚式をルパン三世が襲撃するという話を聞きつけ、『ルパンが絡めば天下御免で出動できる』という特許を使って埼玉県警の部下たちとともに強硬突撃した。

 

 同様に。

 イギリス清教の来ヶ谷は『魔女』が絡むので天下御免ということで、葉留佳の超能力によりロックという物理的セキュリティをあっさりとスルーして合法侵入させてもらっている。

 来ヶ谷としては理子の求めるデリンジャーはパトラ自身が持っているような気がしていたので部屋に何もなくても失うものなど何もないと気楽な感じで突撃したのだが、

 

「……まさか、こんなところにあったとはな」

 

 来ヶ谷は一本の宝剣を見つけてからあからさまに機嫌がよくなった。

 葉留佳は原因となっているのであろう宝剣を見て、きれいな剣だという印象を受けた。

 西洋の剣らしく鍔は日本刀のようにシンプルなものではなく、サファイアのように輝く宝石による装飾が施されている。

 

 長さは三十センチメートルくらいだから刀というよりナイフと表現するほうがしっくりくる。刃はフランベルジェのようにジグザグであり、刃は三回曲がっていた。

 

「それがエクスカリバーってやつですカ?」

「半分は正解だ。こいつはエクスカリバーを作る前の過程で生まれた試作品。言ってしまえば準神格霊装ってところか。こいつは確か、イギリス王室博物館に展示させていたはずがいつの間にか無くなっていたなんて言う意味不明な説明を受けていたんだが……うん、これはうれしい誤算だ。正直EXカリバーンの話は期待しなかったからな」

 

 元々来ヶ谷がアメリカに来たのはイギリス清教からの密命からではなく、一数学者としての実力を買われて学術都市であるボストンから是非にというお呼びがかかったからだ。

 休暇中まで仕事したくはない彼女にとって、自分がパトラと戦うという選択肢は最初からない。パトラの滞在が確認できる証拠品でも見つけたら、手柄欲しさに瞑想するローマ正教あたりの神職貴族どもにでも情報売って稼ごうかなとかくらいの成果しか期待していなかった彼女にとって、まさしく予想外の幸運だった。

 

「え? でも姉御。それって準神格霊装だなんていう貴重なものですよネ?」

「そうだが?」

「ここにおいといていいものですカ? そういう便利なものは携帯しません?」

 

 葉留佳に疑問は最もだろう。

 霊装と言ってもピンキリである。

 簡単なものはセロハンテープとコップ一つずつでも作れるが、高級なものとなると国家予算すべてを投資しても足りないものまである。

 準神格霊装だなんて、この世にいくつあるのだろうか?

 そんなものを気軽に部屋に置きっぱなしにしておく神経が葉留佳には理解できなかった。

 ナイフとして使用過ぎるには大きすぎるとはいえ、見たところ携帯性が不憫だというわけでもなさそうだ。

 

「ああ、こいつの場合はちょっと特殊でな。並の霊装みたいに魔力を込めれば発動するなんていうようなわかりやすい霊装じゃないんだ。パトラにとってはきっと、持ち運ぶには不便な金属の刃程度の価値しかなかったんだろう。使えないものを持っていたところで意味はないからな」

 

 神格霊装EXカリバーンはある別名はついている。その名は騎士王の剣。

 その名の通り、イギリスの騎士が使うことを前提にして設計されている。

 忠義に生きる人間たる騎士のための剣は、自分の欲望のままに魔術をふるう魔女風情に使えていいものではないのだ。

 

「こいつには特別な使用条件がある。パトラに無理でも私なら問題ないはずだ。……うん、案外手に馴染む。持ち運びをしやすいように後で牧瀬の奴にでも専用の鞘とベルトでも作ってもらおう」

「自分で使う気満々じゃないですカ……。そういえば、向こうの方は大丈夫ですかネ?」

 

 海岸線の方であえて魔術を使うことにより、自分はここにいるとパトラを挑発しておびき寄せるという手はずになっていた。

 魔術を使った痕跡は一般の観光客は気づかないだろうがパトラはきっと気づく。

 超能力と比較したときのデメリットをうまく活用した方法だ。

 

「牧瀬君は『伊達に超能力者どもを本気で怒らせて殺させかけてなどいなし、会話で時間を稼げると思う』とか言ってましたケド、牧瀬君って強いんですカ?」

「あいつ呪い解除系統のお札を白衣の内ポケットに大量につっこんでいたから、パトラに呪われてもちょっとくらいなら生きていられると思うぞ。まぁ、本来は外交とか政治系の交渉を本職としている人間として言わせてもらうとすると、知識職の人間に戦闘を期待されても正直困る。そもそもあの厨二病に会話なんてできるのか疑問だな。科学者なんてのは典型的研究職だし……ん?」

 

 言っている最中で実況通信の方に連絡が入っているのを確認した。

 

・姉 御『トラブったか?』

・大泥棒『モミジの奴がいきなり通信切りやがったんだけど!?』

・姉 御『そんなことはどうでもいい。それよりも目的のデリンジャーはパトラがやっぱ持っていたか?』

・大泥棒『ああ。今どういう状況下今一つ不明だけど』

・姉 御『じゃ、これからはこっちはこっちで好きにやらせてもらうからな。牧瀬の奴は回収しとくし、このまま帰るなり君も来るなり好きにしたらいい。じゃあな』

・大泥棒『あ、おい!?』

 

 言いたいことを言うだけ言って今度は理子の同時期に入っていたもう一方の実況通信を開く。こちらは個人間の秘匿回線だ。

 

・喪魅路『バレだ。時間稼ぎはもう終わりだ。デリンジャーは回収したし、これからは実験を開始する』

 

 任務了解、と来ヶ谷唯湖は返事を打ち、すぐに葉留佳に告げる。

 

「海岸線まで飛ぶぞ。行けるな?」

「ラジャッ!」

 

 葉留佳は来ヶ谷の手を握る。

 次の瞬間、パトラの部屋にいたはずの二人の姿はどこにも確認できなくなった。

 まさに一瞬の出来事であった。

 

 

 

         ●

 

 

 コッド岬の海岸線では魔女と科学者が対峙していた。

 科学者はあくまでも研究者。

 戦闘職の人間ではないので普通に考えたら魔女の方が圧倒的有利だろう。

 それにもかかわらず、白衣の少年は何一つとして恥じることなどないとばかりに名を名乗った。

 俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院喪魅路、と。

 科学者の堂々たる名乗りを聞いて、パトラは楽しげで、それでいて残虐な笑みを浮かべる。

 元々科学と魔術は相いれないもの。

 この世界の誕生に仕方だって、科学者はビックバンによって生まれたと言い切るだろうし、魔女は神に手で創造されたという意見を覆すことはないだろう。

 

 だから、魔女を前にして科学者を名乗るモミジは度胸があるといえるだろう。

 

「ほほう、おもしろいものぢゃな。科学者風情が、魔女であるこの妾に歯向かおうとするなんて、今まではいなかったものぢゃしな」

「違う、間違っているぞ魔女。俺は科学者ではない! 俺は正確には混沌を這い寄る狂気のマッドサイエンティストだ!」

「……何が違うのか分からんが、結局のところどちらにしても変わりはない。魔女を倒せるのは魔女だけぢゃ」

 

 パトラの言葉と共に砂嵐が舞い上がった。

 竜巻のように何もかもを風で吹き飛ばしてしまうような威力を持ったものではなかったが、少なくとも視界が悪くなる。

 

 でも、科学者の視界を悪くすることが魔女の目的ではなかったようだ。

 なぜなら砂嵐は十秒と立たずして収まってしまったからだ。切り傷のような派手な外傷はない。

 ただ、砂嵐発生前と違うのは、

 

「うぅ……う……うがあぁぁあああああああああああああああああああああああ」

 

 科学者が悲鳴を挙げ始めたことだった。

 彼の身体から白い煙が発生している。

 

「な、なんだ!? の、のどが……、のどが急に乾いて……」

「真理というものを教えてやろ、科学者よ。科学では魔術に勝てないことは自明の理。何も知らぬ好奇心ばかりの無礼者の科学者が魔術のテリトリーへと足を踏み入れ死体となって発見された例はいくつもある。そういえば、科学者というものは標本とか好きなのぢゃろう? 妾にはブラドのようなコレクター趣味はないが、せっかくぢゃしミイラにして博物館にでも飾らせてやろうぞ。光栄に思うがよい」

「う……う、し、視界が……何も見えなくなってくる!? なんだ……目から煙が……目が……目があぁああああああああああああああああああああああ」

 

 ミイラ取りがミイラになるという諺がある。

 パトラはことわざなんかではなく、文字通りの意味でミイラにするといった。

 その言葉が言葉通りの意味だとしたら、牧瀬紅葉の体の表面から湧き出ている煙はおそらく水蒸気。

 人間の身体の大半は水分でできているのだ。

 のどが渇く程度では済まされない。

 身体の水分すべてを抜かれたら、内臓だって腐り果てガイコツトなってしまう。

 

「ほほほ、滑稽ぢゃのう。人が死にたくないと絶望に浸りながら死んでいく姿はいつ見ても心がそそる。特に、お前のように理屈に生きる科学者が自身に起きている現象すら観測できずに無念に死んでいく姿は心がそそられる」

 

 科学者の悲鳴を耳にして、パトラは愉快げな感情を隠しもしなかった。

 パトラは自分の憎らしい人間がこの科学者のような現実を迎える未来を投影し、愉快な気持ちになる。

 でも、それもほんの一時のことでしかなかった。

 

(……なんぢゃ?)

 

 パトラの表情には困惑が浮かび始めたのだ。

 今だって牧瀬紅葉は悲鳴を挙げ続けている。

 苦しい。死にたくない。助けてくれ。

 そんな悲鳴は今もなお聞こえてくるのに――――――彼から水蒸気はもう出ていなかった。

 

「……何をした?」

「目がああああああああああ!!! こ、これがかの『天空の城(マシュ=マック)』の伝承にもある『破滅の呪文(バルス)』の力かっ!?」

「何をした!?」

「がぁあああああああああああ……あ、あ……あううう……う、フ。フフ、ファーハッハッハ!!」

 

 苦しんでいる様子から一転。

 牧瀬紅葉は突然高笑いを始めた。

 つい先ほどまでもがき苦しんでいたはずなのに、今は苦痛など一切感じていないように見える。

 

「ふん。あいにくだが、俺はすでに呪われている身なんでね。半分『堕天』しているこの俺は本来ならば貴様の砂の呪いなどはわざわざ気に掛けるまでもないんだ」

「堕天……?」

「今まで俺が苦しんでいたのはお前ごときの呪いがわが身を蝕んでいたからではない。お前の砂の呪いに反応して、わが身に宿る『封印されし闇の力(エクゾディウス)』が暴走しようとしたからだ」

「エクゾディウス……?それは確か、かつて偉大なる黒魔術師が封印したとされるもののはずぢゃ。おぬし、まさか黒魔術を使えるのか!?」

「俺は来るべき『最終決戦(ラグナロク)』のための準備を怠ったことなど一度もない。ゆえに、この程度のことなど造作もな……ぐッ!? こんな……時にッ!? し、鎮まれ……俺の右手ェエ」

 

 科学者は今度は右手を左手で押さえてうずくまる。

 表情を苦痛でいっぱいにし、片膝までついていた。

 その様子を見たパトラは自分の中での結論を出す。

 

「お前、さては超能力者ぢゃろ。おそらくはその右手に魔力操作系統の能力を宿しているとみた。しかも、お前はまだ自分の力を制御すらできていない」

「……なん、だと!?」

 

 牧瀬紅葉はパトラの解答を受け、顔面いっぱいを驚愕で埋め尽くしてしまう。

 白衣の内側に大量のお札を隠し持っているだけの厨二病の、とても演技には見えない驚愕の表情をみて、パトラは自分の推測が正しいと確信した。

 

 

「しかし、とんだ恥知らずもいたものぢゃな。お前、選ばれた超能力者のくせしてこともあろうか科学者を自称しているとはな」

「……恥? お前今恥っていったか?」

 

 恥知らず。

 その言葉を聞いて牧瀬紅葉の様子が変わる。

 パトラを見る瞳は氷と表現するのさえ生ぬるいほどの冷たいものへとなっていく。

 

「妾が何かおかしなことを言ったか?」

 

 先ほどまでだって科学者であることをパトラに馬鹿にされ続けていた。

 天才科学者を母に持ち、比較されなくないと思いながらも誇りにも思っている彼にとって、本来それは自分の家族のことを馬鹿にされることと同意義のはす。

 それでも牧瀬紅葉はパトラの侮蔑の視線をさらりと受け流してきたのだ。

 なのにだ。

 

 パトラという魔女を否定するのではなく、俺は狂気のマッドサイエンティストだと誇り気に自称し続けた彼が、初めてパトラに対する嫌悪感というものを明らかにした。

 

 本来であればさらりと受け流すことだってできる言葉のはずだったのに。

 彼は片膝をつくのをやめ、正面から魔女を見据えた。

 

「おい魔女。お前、自分が超能力者だからって特別優れた人間だとでも思っているのか?」

「誤解?違うな、真実ぢゃよ科学者。妾は生まれながらの覇王。いずれが世界を征服し、この世界を総べる王になる存在ぢゃ。本来ならばお前のような恥知らずが口を聞いていい存在ではないのぢゃぞ」

「ふふ。フフフ。アッハハハッハハ」

 

 牧瀬紅葉は笑う。

 先ほどの高笑いとはまるで違うものだった。

 聞いただけでわかる。

 牧瀬の今の笑い方は、決して自己主張なんかではない。

 さっきまで、魔女が科学者を嘲笑していたものと同じものだ。

 魔女が科学者を存在から否定したように、今度は科学者が魔女を否定する。

 牧瀬紅葉という人間がパトラという人間を否定する。

 

「何がおかしい?」

「何が?わかりきっていることだろう。お前、二年前のことを経てまだそんなこと言っているのか。これは傑作だ」

 

 二年前の一件。

 何のことを言われているかなんて、わざわざ考えるまでもない。

 イ・ウーを退学にさせられた時のことを言われているのだ。

 

「ハハッ!! なあ、笑えるだろぅ? 事実、あの一件でお前はイ・ウーから追い出され晴れて表舞台から追放。イギリス清教のような魔女狩りの特許を持っていることころだけでなく、アメリカのような魔術に関連のほとんどないところからも命を狙われる身となった。いつ『機関』の妨害工作が入ってくるかを気にしなければならない毎日はどうだった? お前の予定では本当ならば今頃は世界の覇王になっているはずだったのな」

「……貴様」

「その一方であいつは今では文句なしに極東エリア最強の魔女。ちょっと前まではお前の方が魔女としてのランクが高かったのに、今ではもう随分と差がついたものだ。悔しいでしょうねえ」

「……お前、妾とどこかで会ったか?」

 

 パトラは目の前の科学者に対して、どうしようもない殺意と同時に疑問が出てきた。

 目的は理子のデリンジャー。

 これは間違いない。

 でも、理子から聞いたとは思えない。

 理子がイ・ウーから追放された後の自分がどうなったかなんて知らないはずなのだ。

 

「最初に聞いただろうが、お前がパトラか?ってな。もしお前がパトラとは顔も形の違う別人だったとしても俺は気が付かないだろう。第一、そんなことはどうでもいい。お前が学んでおくべきことは、お前が世界の覇王になることなど不可能だということだ」

「なせぢゃ!?」

「決まっている。世界の支配構造に混沌と変革をもたらし、新世界の神になるのはお前ではない。この、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院喪魅路だからだッ!!!!」

「……もういい。お前は潰す」

 

 パトラが立っている付近の砂は空中に持ち上がった。

 約5平方メートルくらいの大きさの砂が、一つの大きな塊と化す。

 そして、砂の塊は金の塊へと変わった。

 物理的な質量に任せて科学者を押しつぶそうとしたパトラだったが、彼女の動きが止まる。

 いや、止めさせられてしまった。

 

「………あれ、オマエラ案外早かったな」

 

 パトラと牧瀬の間を割って入るようにして一瞬で現れた二人組に注目せざるをえなかったのだ。

 

「姉御。牧瀬君の前で超能力見せてよかったんですカ?」

「こいつには前もってバラすと説明しただろ」

「でもそれって理子りんを仲間はずれにしてません?」

「別にそれくらい問題にならないだろ」

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳。

 この二人は一瞬にして現れた。

 海岸線の砂浜に、彼女たち二人は立っている周辺に足跡は残っていない。

 真っ当な物理現象に従うのなら、こんな状況は発生しない。

 正真正銘、その場に一瞬で現れたというほかに説明はできないだろう。

 牧瀬は乱入者に驚くことなく声をかける。

 

「……峰は?」

「さあ? どこに陣取っているのかも聞いてない。それより今どんな状況だ?」

「今あることないこと吹き込んでひたすら煽っている最中だ。精神攻撃は基本だからな」

「調子はどんなもんだ?」

「こちとら厨二病としてのキャリアが違うんだよ」

 

 三枝葉留佳はこの二人相性絶対いいよねと心の中で思っていると、パトラがこちら側を凝視していることに気づく。いきなり敵の戦力が増えたら驚くだろうし、何よりも来ヶ谷唯湖という人物の知名度を考えたら当然かとも思ってしまった。

 

 だから葉留佳は気が付かない。

 

 パトラが全神経を研ぎ澄ませてまで見ているのは自分だということに。

 イギリス清教のエリザベスでもなく。

 散々コケにしてくれた自称マッドサイエンティストでもなく。

 

(……空間転移(テレポート)。そうか。こいつがあの女の妹か! 理子の奴め、考えたな!?)

 

 

 パトラの視線は葉留佳一人に向いていた。

 でも、葉留佳はそのことに気が付いていない。

 彼女が気づく前に、牧瀬が一歩前に出たからだ。

 

「パトラ。ありがとう。お前はいい実験材料(モルモット)だったよ」

「……ようやく思い出した。お前は確かあ……」

 

 葉留佳がパトラの様子をうかがうと、砂礫の魔女はあからさまにイラッとしていて完全に視線が牧瀬にシフトした。散々科学者に煽られたパトラであったが、彼女が行ったことは厨二科学者を攻撃することではなく砂嵐を起こすことだった。牧瀬紅葉と来ヶ谷唯湖はパトラがどう動くか、いざというときの準備もしながら観察する状態に入っていたが、葉留佳だけは経験値不足かちょっとかわいい情けない悲鳴を挙げてしまう。

 

「ひゃあああ、す、す砂が、砂が!」

「じっとしてろ葉留佳君」

「あ、あい!」

 

 またもや砂嵐はすぐに消え去った。

 でも今度は身体から水蒸気があがっている人物は誰もいない。

 

「あれ? パトラってやつは?」

 

 代わりにパトラの姿が消えていた。

 葉留佳は周囲を見渡すが、どこにもそれらしい影は見つからない。

 

(……逃げたの? まさか、世界でも屈指の魔女が?)

 

 パトラは少なくても攻撃態勢は整っていた。金属の塊を投げつけてくるだけでも、十分な脅威となる。計画では空間転移という超能力を使って無理やりにでも姉御と牧瀬君を回収して離脱する予定だった。そのための隙をどうやって作ろうか考えていただけに、相手の方が逃げたという状況には違和感を感じずにはいられない。

 

(そりゃ、姉御は強いし準神格霊装なんていう武器もかっさらってるけどさ。それでも『砂礫の魔女』と砂浜で真っ向から戦うには分が悪いはず)

 

「どうして?」

 

 葉留佳の心の内には疑問が残った。

 でも、いくら考えても納得のいく答えを見つけることができなかった。

 

「フハハハハハ!! さてはこの俺の邪悪なるオーラに恐れをなして逃げ出したのだな!!フーハハッハハハハハハハ!!」

「じゃあ、パトラが戻ってきたら牧瀬ひとりで戦うといい。私たちは君を置いてさっさと撤収するから」

「ごめんなさいマジでやめてくださいどうかこの通り!!てか、俺が殴る蹴るの原始的直接戦闘力皆無であることを考えたら、会話だけで時間を稼いだことは称賛に値すると思うんだが、どうだ?」

「私としてはどうして会話が成立していたのかが不思議でならないのだがなぁ」

「……実は俺もびっくりだ」

 

 牧瀬と来ヶ谷の愉快げな会話が聞こえてくるのとは裏腹に、葉留佳には意識しなければ気づけないくらいの小さなトゲが刺さったように感じた。

 どうして。

 どうして急に、パトラは撤退を選んだのだろう?

 



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Mission56 家族の喪失者たち

 

 

『……はるか。何をしているの? 早くこっちにいらっしゃい』

『はるか。誕生日のプレゼントが届いたの。――――誰からかはわからないけど。きっと私たちのお母さんから。四つあるから半分個にしましょう』

『はるか。私ね、諜報科ってところでSランクの資格が取れたの。ツカサは自分は四葉(よつのは)の家を出ていくから四葉の屋敷は自由に使ってくれてもいいって言ってくれているし、これでようやくあなたと一緒に暮らすことができるわ』

『はるか。私にとってあなたは――――』

 

        ●

 

(かなっ……なんだ。ただの夢か)

 

 三枝葉留佳は教会にて目を覚ました。

 なんで教会にいるかというと、パトラを見事に撃退?したあと四人は、このままボストンに帰るのも味気ないしせっかくだから観光の名所たるコッド岬を観光しようということになった。コッド岬はイギリス清教にゆかりのある場所だからちょうど大きな教会があったし、そこに一晩泊まろうということになった。さっさと帰ってニートしたいとか言い出していた牧瀬君も、準神格霊装を預けてやると言われてあっさりと引き下がった。元々姉御は万が一の場合、ここに逃げ込むつもりであらかじめ連絡を入れていたようだ。

 

「……今、何時なんだろう?」

 

 今葉留佳が眠っていたのはシスターたちが暮らすための小さな二人部屋。

 元々がただの空き部屋であったため、贅沢品はおろか生活用品すらまともに見当たらない。

 

 来賓用の豪華な部屋も一応あったことはあったし、最初はそちらを勧められたのだが姉御は断固としてうんとは言わなかった。そっちはあくまで来賓席ということで牧瀬君と理子りんの二人に一部屋ずつ案内して、姉御と二人でシスターさんが暮らしているのと同じランクの質素な部屋に泊まっていた。

知らなかったことだけど、来ヶ谷唯湖という人物はイギリス清教において相当のお偉いさんらしい。詳しいことは聞いてないけどシスターさんたちがやたら委縮してしまっているように見えたのはきっと勘違いではないのだろう。いくらなんでも立場分相応だといわれるかもしれないとか考えていたのかもしれないけど、姉御は眠ることができる環境さえ整っていれば問題なかったらしい。

 

 現に、姉御はとなりのベットに入るなりさっさと寝た。

 本人曰く、遅くまで起きていて身内に変な気を使わせたくはないらしい。

 確かに寝ている人間に変な気を使うことはない。

 

「えーと今は……午前三時? これまた微妙だなぁ」

 

 外は当然のように真っ暗だ。

 提出していない生物のレポートはもう諦めた以上は急を要してやることはない。

 この中途半端な時間帯でやれることといえばせいぜいじっくりとした睡眠を取ることぐらいのはずなのだが、もう一度眠る気にどうしてもなれなかった。

 

(……昔の夢なんて、もうほとんど見なくなったのに)

 

 先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 悪夢、というものではなかったはずだ。

 眠れなくなるような怖い夢というものでもなかったはずだ。

 

 いやむしろ。

 

 幸せと呼ばれるようなものだったはずだ。

 本来ならばいいことがあったと幸福な気分になれるはずなのに、今、三枝葉留佳の心は沈んでいた。

 何より、葉留佳は自分でそのことを自覚していることがつらかった。

 

「眠れないのか?」

 

 そんな葉留佳に声がかけられる。

 部屋にいる人物はもう一人しかいないため、誰が話しかけてきたのかなんてわざわざ考えるまでのない。ひょっとしなくても起こしてしまったか、と少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

「あれ、姉御起きてたんですカ?」

「いや、君は起きたのでつられて起きた」

「……やっぱりそうですカ、起こしてしまってごめんなさい」

「気にすることはない。どうせ私は三分あればどんな環境でも熟睡できる。昔イギリスのある組織のどこかのバカに暗殺されかけたことがあったからか、敏感になってしまった」

「うわぁ……悲しい理由だ」

 

 ちなみに来ヶ谷がさっさと眠れる人間であるのは彼女がまだイギリス王室で仕事をしていた頃、移動時間といった仕事の合間の短時間に熟睡するだった頃にさっさと技術が体調管理のための必須スキルだったからである。すごいのか悲しいのかいまひとつ判別に困る理由である。

 

「……どうした?」

「……ちょっとした夢を見て」

「それで眠れないと? 別にこのまま電気をつけて起きていても私としては一向に構わないぞ。私はその気になれば、どんなに外界がうるさくてもすぐ眠れる」

「なんか悪いですネ」

「どうしても暇だとでもいうのなら、気分転換がてらに教会の礼拝堂の方に行ってみたらどうだ? 何か祈ってくるといい」

「……姉御って神様を信じてますカ?」

「私が神様を信じていたとして、それは君が神様を信じることの理由にはならない。たとえ君が神様の存在を全面否定する人間だとしても、ちょっとした祈りをささげるくらいのことをしても罰は当たらないんじゃないか?信じていないなら、自分の願望を確認するために利用するくらいいいじゃないか」

「じゃあ、ちょっと外にでも行ってきます」

「ん、お休み」

 

 それもそうか、と思い、葉留佳は寝室を出た。

 礼拝堂へと向かう途中、彼女は大広間に誰かいることに気が付いた。

 普段シスターさんたちが集まって食事をしている場所のため大きなテーブルがあるが、電気もつけずにそこに座っていたのは、

 

「あれ、牧瀬君?」

 

 牧瀬紅葉は大広間の席に腰かけて缶ジュースを飲んでいた。

 テーブルには他にもいくつかの缶ジュース置かれている。

 ブラックコーヒーとドクトルペッパー。

 とてもじゃないが寝る前に飲むようなものではなかった。

 

「――――ん? お前寝てなくていいのか」

「それはこっちのセリフだよ。何してるの?」

「息抜きだ。いままでずっと論文書いてたからな。一応一段落はしたから、ちょっとばかりの休息を入れておこうと思ってな」

「休息ってことは今からまたやるの?身体は大丈夫?」

「それについては問題ない。決して自慢するわけではないが、ことインドアに関して言えば俺は重度のネラーの血を受け継いているという血統からしての選ばれた人間、つまりエリートだからな」

「ほんと自慢にならない……」

「ともあれ、俺はいまさら徹夜程度ではビクともしない。そもそも研究に没頭してしまっていつの間にか朝だったなんていうのは俺にはよくあることだからな」

「で、でもほら! 徹夜なんかしてたらいざという時に動けなかったらどうするの?」

「俺はそもそも授業免除の特権あるから授業も出てないし、東京武偵高校に友達はいないから急用ができることもない。……そうだ、そうだよ。俺は自分の健康くらいは言われるまでもなくわかってるんだ。少しは運動と気分転換しろか言われて無理やりながらアウトドアなんかさせられなければ体調を崩すことなんてないんだよ、ていうか、気分転換に隣町までサイクリングってどうして俺にそんな体力があると思っているんだ? ニートはちょっとした運動で過労死するってことを鈴羽姉さんはいい加減に理解してもいいと思うんだがなぁ。それ以前にレイヤーの血筋なのにどうしてあんな体力が宿ってるんだ、一体どういうことだってばよ」

「あれ、おーい、牧瀬くーん?」

 

 なにかさらりと悲しいことを言っていたような気もするが、そんなことよりも小言でブツブツといい始めて精神が暗黒面に堕ちかけている自称狂気のマッドサイエンティストは第三者が見れば完全にただのヤバい人だった。ヤバい人になっていると本人に伝えたら案外歓喜する可能性も捨てきれないが、彼を現実へと戻すために葉留科は半場無理やり話題をそらすことにした。

 

「ろ、論文の内容は何?」

「超能力者の特有の思想について」

「へっ!?」

「以外だったか?」

 

 牧瀬紅葉な普段から白衣を身にまとっている人間である。

 いかにも科学者っていう風な見た目だ。

 だから、てっきり研究内容も万能細胞の研究というような科学丸出しのものだと思っていたためにかなり意外だった。

 

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

「嫌だ」

「即答だ!?」

「その聞き方をされて俺がよかったことなんて一度もない。ちょっと掃除当番代わってくれとか、ちょっと一緒に暴力団を壊滅させようとか、今回魔女を相手に話術で時間を稼げだなんて無茶なことを言われたくらいだ」

「……なんか、ごめん」

「で?」

「……へ?」

「聞くだけ聞いてやる。とりあえず言ってみろ」

 

 聞きたくないのか教えてほしいのか、どっちなんだろうと葉留佳は思った。

 嫌だ嫌だと言いつつも、牧瀬君はきちんとこちらを気にかけてくれているようだ。

 素直な人じゃないのかもしれない。いわゆるツンデレ?……というわけでもないようだ。

 最初嫌だと言ったときは本気で嫌そうな表情だった。

 

「牧瀬君ってパトラとなんかあるの?」

「なんでまたそう思った?」

「だって、パトラは最後の一瞬で牧瀬君のことすごく睨み付けていたんだもん」

 

 葉留佳が超能力を使って海岸線までかけた時、パトラは牧瀬君を敵意をむき出しにして睨み付けていた。

 そもそも、休暇で来ているはずの牧瀬君が理子のデリンジャーを奪還する協力をする理由が見当たらない。 ちょっと会話してみての印象としては、牧瀬紅葉は言いたいことは反感を買ってでもいうような人だ。

 そういう人間のことはよく知っている。

 ちょっとでも気が向かなければ、やりなくないと素直に言っただろう。

 まして、相手が魔女ゆえに怖気づいたところで誰も文句は言わないはずのに。

 

「科学者は基本オカルト否定派だからな。あいつが科学者を名乗った俺のことが存在からして否定したくても不思議じゃないと思うぞ。俺にだってあいつ個人に対して、というよりは魔女に対して思うことがあるしな」

「じゃあ、超能力者(ステルス)っていうものに対してどう思う?」

「それは超能力のことをアイデンティティとするような典型的な奴らのことでいいのか?」

「うん」

 

 姉御はパトラのことを典型的な超能力者(ステルス)だと称した。

 自分に超能力が宿っているのは自分が選ばれた人間だからだという。

 それが間違いなのか、正しいことであるのかは分からない。

 多数決に従ったとして大多数を占める意見こそが正解だとは限らないからだ。

 でも、同じ超能力者(ステルス)として言わせてもらいたい。

 そんなに超能力というものが大事なのか?

 

「ここはいいとこだよな。きっと今のイギリス清教自体が割と開放的なんだろうな。で、しかも俺みたいな部外者も来賓扱いとして泊めてもらえるときたもんだ」

「突然何を言い出すの?」

「例えば星伽神社だとこうはいかないだろうということだよ。なぁ、知ってるか? 星伽神社では『かごのとり』なんて称される教育システムによって掟が絶対視されていてな、話だけでも聞いてくれって言って一か月近く鳥居の前で頭を下げた人間を『掟だから』と取り合わなかったなんてことを聞いたことがある。もしも大切な人のためなら掟を破ることができたとしても、それは裏を返せばどうでもいい人間ならあっさりと見捨てるような人間を育てているということだ。でもな、イギリス清教の総長は、教会に遊びに来た小さな子供たち相手に泥まみれになりながらサッカーボールを蹴って遊んでいたって話だぜ? 来ヶ谷の奴にでも総長のエピソードでも聞いてみるといい。つまりだ。パトラにしろ星伽巫女たちにしろ、悪いのはあいつら個人ではなくて社会の方だと俺は思うよ」

 

 掟が絶対。

 しきたりに縛られる。

 馬鹿らしいと断言できるのはいつだって神様視点の第三者でしかない。

 それを口にできるのは、自分の立場を無くすことを厭わない本当に強い人間でしかない。

 牧瀬君の話が本当だとしたら、星伽神社は頼ってきた人間を見捨てる決断をしたという。

 理由は掟だから。

 その時、星伽巫女たちはいったいどういう心境だったのだろうか? 

 実はものすごく苦しんでいたのか。

 それとも馬鹿な奴だと蔑んでいたのか。

 本当のところがどうであれ、本心というものはだれにもわからない。

 

「お前も超能力者(ステルス)として思うところはあるんだろうよ。けど、思いつめることなんて何もない。お前がどんなことを思っているかなんて知らんけどな、それを他人に押し付けなければいいだけだ。どんなことを思おうが自分だけが思う分には誰にも迷惑が掛からない」

「……」

「……じゃ、俺はもう行くよ。論文は連名で書いているから時間も惜しいしな」

「あ……うん。ありがと」

「じゃあ、お休み。しっかり休めよ」

 

 他人に押し付けない限り、どんなことを思おうが構わない。

 牧瀬君はそう言った。

 じゃあ、私はいったいどんなことを思っている?

 

(……私が偉そうにいえたことではないか)

 

 葉留佳自身、パトラについてどう思っているかと聞かれても答えることができない。

 そもそも、今私が考えているのはパトラのことなのだろうか?

 今、こんなにも気分が沈んでいるのは何を思い出してのことだったか?

 自分の思いもわからないまま葉留佳は礼拝堂へとたどり着く。

 

 何姉御は何か神様に願い事でも祈ってきたらどうかと言ってくれたが、実際に何を願うかは決めていない。どうしようかと考えているうちに、葉留科は先客の存在に気が付いた。

 

「理子りんまでどうしたの?」

「ちょっとした考え事をしていてね」

 

 峰理子は礼拝堂の際前席に座り、手にもった母親の形見を見つめている。

 家族について考えていたのだろうと、葉留佳は思った。

 奪われた母親の形見を取り戻すことができて、勿論理子はうれしいはずだ。

 でも、うれしいだけでは終わるなんてことなどないはずだ。

 形見、というからには理子の母親はもうこの世にいないということを意味している。

 大好きな母親と暮らしていた幸せな時間を思い出してしまったのだろう。

 幸福な過去というものは、今に現実を苦しめる毒になりうるとうことを葉留科がよく分かっていた。

 そして、ようやく自分の気持ちに向き合うことができた。

 自分が何を考えているか、正しく理解した。

 

(……理子りんも、ひょっとしたら今の私と同じ気分なのかな)

 

 今考えていることは超能力のことでも、パトラのことでもない。 

 昔の、幸せだったころの話だ。

 大切な思い出は捨てることなんてできない。

 でも、帰ってこないことを理解しているからどうしようもなく悲しくなる。

 

「はるちゃんは、どうして?」

「眠れなくて。せっかく教会にいるんだし、祈りの一つでささげておこうと思ってネ」

 

 葉留佳は理子が座っている方とは別サイドの最前列の席に座り、両手を組んで瞳を閉じる。

 一体何をお祈りしようか?

 それはもう決まっていた。

 神様なんて信じていないけど。

 叶わなかったからといって神様を責めることなんてしないけれど。

 神様にお願いするという形で、自分の気持ちを確認することくらいには利用させてもらってもいいだろう。

 

(……空間転移(テレポート)。私が手に入れた超能力(・・・・・・・・)。便利な能力だけど、こんなものいらない。私はいつ捨てたって構わない)

 

 だから、

 

(たった一人の私の家族を、返してください)

 

 目を閉じて、祈る。

 学校での騒がしい姿を知っているものにはとても不似合いな光景に見えただろう。

 でも理子は、似合わないだんて笑うようなことはしない。

 とてもじゃないができない。

 理子は葉留佳が真剣に祈っているのを見て、何をお願いしているのかの想像がついていた。

 

(……ねぇ葉留佳)

 

 今回パトラを相手にするに至って理子がやたらと気にかけたことがある。

 それは自分がイ・ウーの一員だったと知られないようにすることだ。

 葉留佳の人生を大きく変えた出来事にイ・ウーが関わっている以上、自分は無関係だとは言い切れなかったし、葉留佳も納得はしなかっただろう。

 

 どこかのバカは、イ・ウーというものについて何も知らなかったから何も変わらず力になりたいと言ってくれた。

 エリザベスは詳細をある程度は知っていながらも、どうでもいいとして敵意を見せてはこなかった。

 牧瀬紅葉についてはよくわからない。

 あの厨二病はどこまでが冗談でどこまでが本気なのか今一つわからないところがある。

 なら、葉留佳は?

 

(……ねえ葉留佳。もしあたしが大切なものを奪ったイ・ウーのメンバーだって知ったら、お前はいったいどうするんだろうね)

 

 

           ●

 

 

 カツンと廊下を歩く音が響く。

 夜の学校とは不気味なものであるが、歩いている人物は恐怖など微塵も感じていないようだ。

 暗闇の中でも一切周囲を気にすることもなく、堂々と前だけを向いて歩いていた。

 

(……イ・ウー主戦派(イグナティス)のメンバーでこの東京武偵高校に潜伏している奴がいるなんてよほど命知らずか度胸があるやつだと思っていたけど、やっぱりあなただったのね)

 

 夜の校舎を歩いていた人物、二木佳奈多は廊下からあるものを拾い上げた。

 砂。

 魔術というものを知っている人間にしかわからない感覚であるが、魔術を使った痕跡が残っている。

 

(……跡が残っているってことは超能力ではなくて魔術。なら、本人はアメリカで遭遇したって峰さんが言っていた。私は無視したけど、そもそも決闘を申し込んできたのはあなただったはずよ。だから本人ではないのでしょうけど。どうせあなたの関係者なんでしょ、パトラ)

 

 二木佳奈多は砂を握りしめて思う。

 

(……いい加減目障りよ。鬱陶しいからあなたの望みは何もかもをつぶしてあげる。生まれたことすら後悔させてあげる。あの時私に殺されていた方が幸せだったとでも思わせてあげる。あなたと私、魔女としての格の違いを見せてあげる)

 

 だから、

 

「楽しみにしてなさい、砂礫の魔女」

 

 彼女のつぶやきは冷たい夜の校舎の中へと消えていった。

 




これにてアメリカ編は終わりですが、『流星の魔法使い』編はまだ終わりません。
むしろ、これから本格スタートするくらいです。
さて、では次回予告と行くとします。

???「ついに僕が動く時が来たようだ」

デュエルスタンバイ!


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Mission57 手帳の落し物

今回は理樹が登場します。


 

 

「ついに僕が動く時が来たようだね」

 

 最近すっかりご無沙汰だった主人公はそんな言葉を口にした。

 真人と謙吾との三人で円を組むようにして座り、彼はただいま真剣な表情で謙吾の持つ二枚のカードを凝視している。何ということはない。絶賛トランプ中である。

 

「理樹っち! アドシアード以降、テンションが微妙にズレちまった謙吾の野郎に一泡吹かせてやれ!」

「もちろんだとも!!怪我人相手に何回も負けてあげるほど僕は優しくなんてない!」

「ふっ。この程度、ちょうどいいハンデだ。理樹、お前がそこの脳筋とタッグを組んだところでこの俺は倒せない」

 

 もちろんトランプの強さと実際の腕のケガにはなんの関係性もないのだが、そんな当然のとこにツッコミをいれるような人間は三人の中にはいなかった。無粋なことは言わないというよりは、関係がないということを理解している人間が純粋にいないような気もする。

 

「それはどうかな?これだッ!!」

 

 主人公は謙吾の持つ二枚のトランプのうち一枚を選択して『運命の選択(デステニードロー)』を行った。真の決闘者(デュエリスト)の決闘は必然。ドローカードすらも想像できるという。さぁ、直枝理樹(主人公)が持てる己の運命力にて引いたカードは……

 

「僕が引いたカードは、ジョーカーだ!!」

 

 ジョーカー。

 ポーカーや大富豪においては最強のカードである。

 だが残念。

 いま三人がやっているゲームはババ抜きだ。

 ジョーカーはあいにくだが外れということになる。

 理樹の番が終わり、今度は謙吾の番になる。

 謙吾は真人の持つ三枚のカードを引いて見事にペアとなる組み合わせを引き当てた。

 

「ふぅ。これで俺の33連勝だな。さぁ、次は何をやろう!?」

「……ちょっと休まない?さすがにつかれてきたよ」

「な、何ィ!?」

 

 探偵科(インケスタ)の寮はアリアと白雪の決闘により大破した。こいつが悪いと責任を押し付けった女子二名は二人して探偵科の部屋の修復をさせられている最中だ。しばらく止まる場所がないということで謙吾の部屋にお邪魔していたのだが、どういうわけか謙吾が遊ぶことに夢中になって妙なテンションになっていた。友達ともお泊り会となればテンションが上がることは理解できるとはいえ、それが何日も続くと疲れてくる。

 

(なあ、理樹っちよう。謙吾の野郎どうしちまったんだ?)

(さぁ? うれしいことでもあったんじゃない? どうせしばらくしたら元通りに戻ると思うから今はほっとこうよ。疲れる以外の実害はないんだしさ)

(それもそうだな)

 

 理樹と真人がアイコンタクトによる意思相通を図ったとき、部屋の扉がバンッ!!と強引にあけられた。

 ん?とそちらに視線を向けると、走ってきたためか息切れをおこしていた鈴がいた。

 

「おい理樹!!助けてくれ!!」

「どうたの?」

 

 鈴にも探偵科の部屋の惨状と結末は伝えていたため、ここに理樹と真人がいることは知っていたはずだが、理樹自身は来ないだろうなと思っていたため純粋に驚いた。最初は鈴も入れた幼なじみ四人で遊んでいたのだが、

 

『あたし、もうこいつについていけない』

 

 とか言って野郎二名を見捨てて逃げ出したのだ。

 まさか、帰ってくるだなんて全く思ってもみなかった。

 

「おう鈴。やっぱりお前もまた一緒に遊びたくなったのか?しょうがないやつだなあ」

「うるさい。お前には用はない。理樹、ちょっとこい」

「なんでまた?」

「いいかた来い」

「了解、じゃ、ちょっといってくるよ」

「おう、待ってるぜ!」

 

 謙吾の個室部屋の玄関から寮の廊下に出たところで、理樹は要件を聞いてみた。

 

「頼む理樹! お前も一緒にこい!」

「だからどこに?」

「こ、こ……」

「こ? こって何さ?こ……こ……古典?古典のノートなら真人に貸出し中だから見せられないよ。ごめん鈴」

「古典のノートなんてどうでもいい!!」

「じゃあどうしたのさ」

「こ……こま……」

 

 棗鈴は重度の人見知りである。

 けど、一度身内に認識されればズバズバものを言ってくる。

 幼なじみである彼らの間には遠慮という言葉が存在しない。

 だから、鈴が顔を真っ赤にしてまで言いよどんでいることなんてそうそうない。

 あるとしたら……

 

「まさか、小毬さん?」

「……」

「まさか、まだ名前で呼べていないとか言わないよね?」

「……」

 

 返答は無言だった。

 しかし、この場合の無言は肯定と同意味である。

 理樹の視線は完全に呆れ果てたものへと変わり果てた。

 一体何をやっているのかと。

 

「名前で呼んでって言われているんだから、呼んであげればいいのに」

「う、うるさい!あたしにだって心の準備というものがだな」

「どーせ心の準備なんかいつまでたってもつかないんだから、準備なしで呼んでみればいいじゃないか」

「それができれば苦労しないんじゃ……ボケ」

「全くもう……」

 

 今までの鈴ならば名前で呼んでみたいということを思うことすらなかっただろうと思うと随分とした進歩であるが、ここで甘やかしたらいけないだろう。でも、ちょっとくらいのきっかけをつくってやるくらいならいいだろう。

 

「わかったよ。この僕に任せといて」

「ほ、本当か?」

「うん、今から小毬さんに鈴が名前で呼びたいのに恥ずかしくて悩んでいるということを伝えてくるね」

 

 次の瞬間。ドガッ!!という音が廊下に響き渡った。なんの音かと確認しに出てきた筋肉さんは、自身のルームメイトが頭を壁にぶつけて目を回している姿を確認した。蹴り飛ばされて壁に叩きつけられてあとはいえ、理樹の筋肉は思ったよりタフのようで、意識はまだあるようだ。

 

「り、理樹ィいいいいいいいいいい!? おい鈴、てめえ、オレの理樹になにしやがる!?」

「いつから理樹はお前のものになったんだ?」

「ずっと昔からだ!」

「具体的には?」

「ずっと昔からだ!」

 

 真人と鈴の言い争っている最中に、理樹は意識だけは完全に回復していた。

 身体はまだ動かないが、会話する分には支障はない。

 

「……そういえば、一緒に来いって言ってたね。どこに行けって言おうとしていたの?」

「――――――老人ホーム」

「……なんでまた?」

「流れ星……一緒に……景色……」

 

 ポツポツと鈴の口から出てくるのはあくまで単語であり、今一つとして言いたいことがわからない。

 直接聞いてみた方がいいと理樹は判断した。理樹は携帯電話を取り出して、実況通信を立ち上げる。小毬をなんとか呼び出してみたけど反応がない。

 

「……出ないね。ひょっとすろと今忙しいのかな」

「……屋上で寝てる」

「は?」

「今、一般校舎の屋上で寝てる。さっき声かけようとして寝てたからやめた」

「……」

 

 これは進歩と言ってしまってもいいのではないだろうか?あの鈴が、人見知りも大概にしろといいたくなることすら多々ある鈴が、自分から人を訪ねていった。この事実は理樹の両目を驚愕で染め上げてしまう。さすがに寝ているところを起こすのはまだハードルが高い行為のようだけど、このままだと次第に大丈夫になってくるような気がした。今は恭介も多忙の身で鈴のプライベートまで構っている時間が対して取れないため、レキにしろ来ヶ谷にしろ鈴自身が必要に迫られた場合のコミュニケーションは意外となんとかなることは分かっている。なら、ちょっとくらいはサービスしてあげてもいいと思うのは甘やかしなのだろうか。

 

「だから、ちょっと行っておまえも行くって話をつけてきてくれ」

 

 けど、一つ言えることがある。野郎の理樹にとって、寝ている女の子を起こすという行為だって相当ハードルが高いのだ。口説き魔呼ばわりかつ強姦魔呼ばわりされるキンジとは違うのだ。直枝理樹という少年の心は意外に初心である。だから起こすことだけは鈴にやってもらおうとしたのだが、そのことを話す前に鈴は消えていた。逃げたのだ。

 

「……仕方ない、こうなったら小毬さんが起きるのを待って、いかにもちょうどやってきたみたいなタイミングで話しかけよう」

 

 どうやら直枝理樹という少年は、なんだかんだで面倒見もいいらしい。

 

            ●

 

「案の定というか何というか……相変わらず無防備な人だなあ」

 

 理樹が一般校舎の屋上に行くと、鈴の証言通り小毬は屋上で寝ていた。

 本日暖かなお日様が気持ちのいい昼寝日和。ただし、今回はへそが丸出しスタイルである。あまりに緊張感のかけらすら見受けられない姿は、とても武偵の姿のようには思えないが、よくよく考えてみたら武偵らしくない人物なんて山ほどいる。本職を戦闘においている人間ではないので別に構わないかもしれないが、仮にも健康管理系統の職の人間がおへそ丸出しで眠りこけていて風邪をひきましたというのはさすがにダメだろう。

 

(……いいか直枝理樹。そっとだ。絶対に起こさないようにして直すんだ)

 

 本格的に鈴を連れてこなかったことが悔やまれる。そもそも野郎に女の子の服を整えるだなんてイベントはハードすぎるのだ。HENTAIの烙印を押されないためにもなんとか切り抜けるしかない。では、いざいかん!!理樹は抜き足差し足忍び足。音もなくひっそりと小毬に近づいていき、小毬の腹部の服装をつかむ。ちょうどその時だったか?

 

「……お兄ちゃん、どこ?」

 

 寝ているはずの小毬がそんな言葉を口にした。理樹は前回の反省点を生かしていたためか、反射的に服を離して五歩くらい退避する。そして相手の機嫌次第では土下座も辞さない考えであったのだが、小毬からは激怒したような様子はない。でも、実際に小毬は怒っているというよりは……

 

「あの、小毬……さん?」

「ふにゃ?」

 

 単に目覚めで意識がしっかりとしていないようにも見えた。これならばとりあえず社会的な死が訪れることはないと安心した理樹であったが、

 

「あ……お兄ちゃん。待ってよお兄ちゃん。行かないで、死んじゃうよ……わたし、嫌だよ……」

「え、あの、その、小毬さん!? ちょちょ!? まッ!? アーーーーーーーー!!!???」

 

 ふらふらとした足取りのまま近づいてきた小毬に抱きしめられて、純情少年直枝理樹は脳のカイロがショートしてしまった。顔はタコさん顔負けなくらいには真っ赤になっているが、かと言って小毬を強引に引き離すという行動には移すことができないようだ。女の子に抱きしめられるという経験を一秒でも味わっていたいなんて下心すら考えられなくなるくらいにパニックに陥っている。もちろん、ここで理樹の方からも抱きしめるなんて選択肢はない。それができるのは口説き魔呼ばわりされた遠山君ぐらいのものだ。

 

「……ふぇ? あれ、私今何を……って、ふええええええええええええええええええええええ!?」

 

 しばらく理樹に正面から抱き付いていた小毬はしばらくしたら意識がはっきりとしていたらしい。自分の置かれている状況に気が付いたために慌てて理樹から離れようとするが、その際に理樹を押しのける形になってった。頭がショートしていた彼は、ブルァァアアアアアアア!!!!という謎の悲鳴を挙げながら頭から地面に倒れこんだ。

 

「ご、ごごごごごごめんなさーい!!」

「…………」

「あれ、理樹くん?……。よし、なかったことにしよう。OK?」

 

ハッとした小毬の謝罪は、目を回したままの理樹には届いていてはいなかった。その後、直枝理樹が再起動するたために要した時間はおよそ五分かかった。

 

「と、とりあえず、ワッフルでもどーぞ」

「ありがとう小毬さん……」

 

 直枝理樹は自分の体たらくにほとほど自分で呆れるものの、人格者として完璧な小毬さんの対応には見事なものだ感嘆せずにはいられない。魔の正三角形(トライアングル)のように、他人に迷惑をかけないように他人には基本興味を示さない連中や、ことあるごとに銃や剣を振りかざすアリアさんや星伽さんのような暴走武偵とは大違いだ。もらったワッフルは砂糖過多のものではないはずなのに、やたらおいしいものに感じられた。前に屋上に来た時に小毬からもらったものと同じもののなずなのに、味が格段に違うものに思うのはどうしてだろう? 心が自然と満たされていく中、理樹は先ほどの小毬の様子を思い起こしていた。小毬さんは自分のことを兄だと勘違いして抱き付いてきた。別に純情を踏みにじられたなんてことを考えているわけでもない。兄妹仲がいいんだなと微笑ましく思うくらいだ。

 

『……小毬さん?』

『もね、私は一人っ子。兄弟とかはいないんだ。だから、夢の中にだけいるお兄ちゃん。両親のことだってホントはよく覚えてないんだよ』

 

 でも、それは実際に兄がある場合の話だ。以前に小毬さん本人から聞いたところによると兄はいない。前にそう聞いている。神北小毬は小学校の頃の記憶がなく、家族のことすら完全に覚えているわけではないとのことだったはず。兄がいたら、とか妹がいたら、なんて想像することな格別不思議なことではないだろう。理樹だって、恭介が本当の兄だったらと考えて妹である鈴がうらやましいを思ったことも昔はあったくらいだ。おそらく、よく覚えていないも家族を思い出そうとして現実が空想がごっちゃになったという程度のものだと考えていたのだけど、

 

(……でもそれは、僕を兄と間違えて抱きしめるような行動に出るくらいのものなんだろうか?)

 

 それにしては行動が具体的すぎる。行かないでワッフルさん!とかならまぁ小毬さんらしいなって笑い飛ばせるのに。どうして僕は、そんなもの単なる夢の中の空想にすぎないといいきることができないのだろう? 理樹は自分の不安を打ち消そうとして、自然と言葉は出ていた。

 

「また、お兄さんの夢を見ていたの?」

「うん、笑う?」

「いや、笑わないよ。小毬さんは素敵な人だって知っているから笑わない。でも、どんな夢を見たのか教えてもらってもいいかな? 行かないでとか言っていたような気がするけど……お兄さんってどんな人なの?」

 

 勿論、小毬さんの言うお兄さんというものは記憶喪失に伴う障害により生まれた空想の産物だと思っている。その場合、小毬さんの言う理想的な人物を聞いていることになるのでちょっと躊躇いはした。あなたの好きなタイプは何ですか?と聞いているようなものだと思う。でも、小毬さんはそのことに気づいていないのかすぐに答えてくれた。

 

「優しい人だよ。いつも陽だまりみたいなあったかい声で、私に絵本を読んでくれるんだ」

「絵本? かぐや姫とかシンデレラとか赤ずきんちゃんとか?」

 

ちなみに理樹の一番好きだった絵本はスイミーだ。かつては全文を暗記したまであるくらいには好きだった。でも、小毬さんが口にしたものは理樹が知らないものだった。

 

「ある一人の優しい魔法使いのお話だよ。流れ星へささげられた祈りを叶えていくんだ」

「流れ星?それなんて絵本?」

「よく覚えてないんだけど、確か実在した絵本だったと思うよ。確かにこの絵本は読んだことがあるような気がするしね。あ、そうだ!流れ星!!」

 

 小毬さんは自分で口にした流れ星という単語に反応した。同時に理樹も思い出す。そもそも小毬さんを訪ねて屋上にやってきた僕の理由はなんだっけ?

 

「そうだ!理樹君も来ませんか、流れ星!!」

「そのことなんだけど、流れ星って何のこと? 鈴が小毬さんに誘われたって言っていたんだけど、恥ずかしがって今いち容量を得なかったからさ。老人ホームがどうこう言ってもいたし」

「私が薬剤師としての拠点としてるのがある老人ホームなんだよ。そこの屋上は、きれいな星空を見ることができるんだ。だから、今度来る流星群をそこで一緒に見ようって言ってたの」

 

 鈴は誘われてうれしかったんだろうな、と思った。あの人見知りが無理だと即答しなかったということは、鈴はなんとかしてでも参加したいということだ。

 

「よかったら謙吾くんもどう?謙吾くんの骨のレントゲンも取りたいし、理樹くんだってトロピカルレモネードで脱臼してるでしょ?私の老人ホームで検査してあげるよ」

「じゃあ真人も一緒にかな。一人だけハブにされたら落ち込むだろうし」

 

来ヶ谷さんはアメリカだし、恭介は今どこ行ったのかも分からない。全員とはいかないけど、参加可能なリトルバスターズメンバーは全員行くことになるだろう。理樹の脱臼は喫茶店トロピカルレモネードの店長の治療は肩に違和感なんて感じていないベテランのものだったけど、万が一ということもある。悪い話じゃない。

 

「それじゃ、僕らも行かせてもらうね。いつ流星群がくるのか知らないけど。楽しみにしているよ」

「うん!」

 

 一番楽しみにしているには小毬さんだろうなと、そう思わせてくれる笑顔を僕に見せてくれた。でもどうしてだろう。今の小毬さんの現状が好ましいものだと無邪気に喜ぶことができなかった。空想の産物たる架空の兄がいることを痛々しいことだとは思ったりなんかしない。何を心の支えとしているかなんてのは他人がどうこう口出ししていいものではないはずだ。亡くしてしまった記憶がこうだったらいいなという願望のまま自身の理想の家族を作りあげる。責められるものではない。

 

「……理樹」

 

なのに、どうして心に引っかかるのだろう。どうして軽く流すことができないのだろう。考えてみたらその正体に気が付いた。小毬さんが言った絵本。優しい兄が読み聞かせてくれたという、優しい魔法使いを主人公とした実在している絵本。この説明が具体的すぎたことだ。夢なんてものは曖昧なもの。色んなものがごっちゃになっても不思議じゃない。知恵が浮かばない案山子。心を持たないブリキ。勇気が沸かないライオン。オズの魔法使いで知られるこの三人が、きびだんごで仲間になって竜宮城へと鶴の恩返しをしに行くようなハチャメチャ物語になっても夢なんだから疑問はないと思う。

 

「……おい理樹!」

「あ、ごめん真人。次が僕の番だけ?」

「いや、今回はお前の負けだよ。これから次のゲームだ」

 

 探偵科(インケスタ)の寮の部屋が大破して以降、居候している謙吾の部屋では深夜からの野郎三人によるトランプ大会が恒例と化していが、どうやら考え事をしていたせいで身が入っていなかったようである。真剣勝負ができなかったせいか謙吾がしかめっ面を浮かべていた。……謙吾ってこんな奴だっけ?

 

「何か心配事でもあるのか?このオレの筋肉でなんとかしてやるぜ」

「ありがと真人。でも、何でもないよ。ちょっと外に気分転換がてら飲み物でも買ってくるね」

「じゃ、オレはプロテインだ。謙吾っちは?」

「俺も真人と同じでいい」

「え、謙吾もプロテイン飲むの?」

 

 なら僕もプロテインでいいかなと一瞬思ったけれど、やっぱりプロテインだけというのはちょっと嫌だ。近くの自動販売機で炭酸飲料でも購入したあと、理樹はプロテインの回収のための東京武偵高校へと向かった。超能力調査探究科(SSR)の男子寮からの距離は往復で二十分。散歩だと考えたらちょうどいい時間だ。深夜特有の冷たい風は理樹の心を落ち着かせるのには十分すぎるくらいであり、二年Fクラスの教室へとたどり着くころには考え事はしなくなっていた。理樹と真人の机の中には、健康飲料の要領でビンの真人特性プロテインが置いてある。プロテイン三人分を手にし、さて帰ろうかとか考えていなときに、理樹ののんきな思考を打ち砕く事態が発生した。

 

――――――バァン!!!

 

 銃声が聞こえたのだ。現時刻は深夜を回っているため、本来は校舎に人は誰もいないはずだ。もちろん今の理樹みたいな例外もあるけれど、事件の可能性もあるわけだ。

 キンジがアリアを怒らせて発砲されただなんていう平和(?)な光景が広がっているのならいいが、それなら何らかの声も響いてきてもいいだろう。誰もいないということは、それだけ音もよく響くということだからだ。愛銃のコンバット・マグナムを取り出し、万が一戦闘になったとしても対処できるようにしながら感覚で方向をつかみ、銃声の発生源へと近づいていく。でも、誰もいない。人一人見つけることもできない。どこにいったんだろう? そう思った直後には、直枝理樹は床に頬をなすりつけられていた。

 

(……バカな!? いつのまに!?)

 

 背後からの奇襲になすすべがなく、理樹が状況を把握した時にはすでに襲撃者との勝敗は決していた。背中をおさえられ、片腕がうねられている。見じろぎ一つするだけで、脱臼させられそうなほどの殺気が背中から伝わってくる。喫茶店トロピカルレモネードでも体験しているからわかるが、脱臼はとても痛いのだ。だから理樹が無抵抗のまま余計なことは何もしなかった(できなかったでも可)は仕方ないことだと信じたい。

 

「この学校の生徒だな。なぜこんな時間にいる」

 

 意外なことに、聞こえてきたのは女の声。この時点で、深夜に学校を徘徊している生徒を武力成敗する教師のお仕置きではないということは確定した。質問に答えなければならないが、プロテインを取りに来たなんて信じてもらえるのだろうか。

 

「教室に忘れ物を取りに来たんですが……」

「…………」

 

 静寂が訪れる。

 答えをあやしんでいるようだったが、どうやら向こうもどうやらこんなことで時間をかけたくはないようであり、決断は早かった。

 

「振り返らずに廊下をを走り切り、正面にある非常口から外に出れるか?」

「非常扉の解除に戸惑うかもしれませんが……」

「普通に開く」

「ご丁寧にどうも」

「手を離したらスタートだ。いいな」

 

 手が離れた。すぐに理樹は立ち上がり、言われた通りに駆けた。下手に振り向いていいことなんてない。

 非常口までたどり着くとノブを捻って表へ出る。

 背後でドアが閉まる。いったいなんだったんだろうか?

 好奇心は猫を殺す。そんなことは分かっている。

 けど、理樹は非常口から出た後もすぐに真人と謙吾という心強い仲間が待っている部屋には戻らなかった。

 深追いはするつもりはないが、どこから襲われたのだろうと非常口から先ほど襲撃された地点を見る。

 当然のように証拠品は何も残っていない。

 

「いったい何だったんだ?」

 

 ここにいても危険だと判断しさっさと帰ることにした理樹は、非常口の近くにある落し物の存在に気が付いた。暗かったため最初はなんだかわからなかったそれは、東京武偵高校の生徒に支給される武偵手帳であることに気づく。こんな大切なものを落とすだなんて、とんだうっかりさんだと思いながら手帳を開いてみた。そこには名前が記されている。

 

 諜報科(レザド)二年 朱鷺戸(ときど)沙耶(さや)

 





現時点で判明しているのは、イ・ウー研磨派のスパイが一人。バルダについて探っていたスパイが一人ののべ二人がいることがわかっています。そのうちの筆頭候補がようやく登場ですね。


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Mission58 屋上の罠

 

 夜の校舎にて謎の襲撃者と遭遇した翌日のことだ。学校の授業が始まる前に、直枝理樹は自身の所属する二年Fクラスの教室ではなく別の教室に訪れていた。

 

 この教室に知り合いと呼べるだけ親しい人はいない。

 それでもわざわざ訪ねていったのは『朱鷲戸沙耶』という名前が書かれている武偵手帳を届けるためである。名前からして間違いなく女の子だろう。彼女の武偵手帳が落ちていた経移はよくわからないけど落し物なら届けるべきだという判断のもとに彼女を訪ねてみることにした。けど、届けに行くといっても元々面識があるわけではない。

 

「あ、ああああの!ちょっといいですか?」

 

 なので理樹は彼女と同じクラスの人間に聞いてみることにする。入口の一番近くにいたのは女生徒だったけど、なんとか勇気を出してに聞いてみた。緊張のせいなのか若干噛んでしまったけれど、うわあぁ……というドン引きの表情が帰ってこなかったことに安堵しておこう。

 

「は、はい」

「朱鷲戸さんて……どの人ですか?」

「朱鷺戸さん?朱鷺戸さんならあの中心の子よ」

 

 ……中心。指さされた方向にはいたのは談笑している女の子の集団。そして、その中に一人、人に囲まれる女の子がいた。その集団の中で誰が中心人物であるかということが見ただけでわかる。彼女には一種のカリスマ性というものがあるのかもしれない。けれど、彼女は雰囲気からして大人びているというわけでかった。むしろ顔立ちは幼い方に見える。それが柔和に微笑んでいた。それは本当に美しく、誰も心をも奪ってしまうようなものだった。

 

 その光景を見て、理樹は恭介のことを思い出す。恭介は自身の教室でマンガを読みふけっているときがあるが、その姿は他のクラスの女子が見物に訪れるほど、なんというか神聖なものであるのだ。笑い、怒り、時に泣く。昔と全く変わらない少年のような表情が人を無自覚にも惹きつけている。朱鷺戸沙耶という人物のこと絵尾実のところは何も知らないのだけれども、恭介と似ているところがあるのかもしれないとか、そんなことを理樹は思ってしまった。とりあえず武偵手帳を渡すという当初も目的を思う出した理樹ではあったが、あいにく彼にはあの女子集団の中に割って入っていくだけの度胸はない。朱鷺戸さんと名前を呼んでみるのは注目を浴びそうで嫌だ。

 

「朱鷺戸さんに何か用?」

「これ……朱鷲戸さんの生徒手帳なんだけどさ、拾ったから渡してあげてくれない?」

「ねえ、朱鷲戸さーん」

 

 渡してもらおうと思った矢先、朱鷺戸さんのクラスメイトの少女は朱鷺戸さんのことを呼んだ。どうやら朱鷺戸沙耶という人物は、そう気兼ねなく話ができる人物のようだ。

 

「はーい、なに?」

 

 呼びかけに応じ、朱鷲戸さんが振り返りこちらに向く。

 そのきれいな顔が理樹と女生徒を交互に見た。

 

「これ、あなたが落とした生徒手帳だって」

「エッ!?」

 

 いままでにこやかに話していた彼女であったが、慌てて上着のポケットを手で押し、他のポケットすべてを高速で確認する。どうやらその時点でようやく手帳を落としていたことに気付いたようだ。。

 

「…………」

 

 その後、彼女は驚きの表情を素早く消し、まっすぐに理樹をを見つめる。彼女の視線の中に、何かを探るような冷血な視線が混じる。それは一瞬のことだったのに、理樹は彼女の視線の冷たさに硬直してしまう。でもすぐに朱鷺戸さんは先ほどまでと何一つとして変わらない微笑みを浮かべていたため、気のせいだったのか今一つ判別ができない。ボケっとする理樹に対し、彼女は一歩距離を詰めて名前を名乗った。

 

「初めまして、朱鷲戸です」

「な、直枝です。え、えっと、あのそのこの……こ、これ! 落ちてましタッ!」

 

 渡す際に、声がうわずる。

 なんだか自分が悲しかった。

 

「直枝君ね、ありがとう」

 

 お代を払いたくなるような笑顔で彼女は受け取ってくれた。真人のいいがかりもお代を払っても見たくなるものだがこれもまたいい。わざわざ別の教室まで足を運んだかいがあったというものである。用件も済んだことだし、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴ったため、理樹はこれにておさらばすることにした。二年Fクラスの教室に戻ってからは何事もなく時間が過ぎていく。結局昨日夜の校舎にいた人間は何者だったんだろうとか考えながら三時間目の古典の授業のを軽く流して聞いていた理樹であったが、メールが届いたことに気づいた。今は依頼は受けていないし、授業時間帯に送ってくるあたりアメリカにいる来ヶ谷さんあたりからかなと確認してみると、送信者は不明だった。

 

『先程はありがとうございました。次の休み時間探偵科教義錬の屋上でまっています。 T 』

 

 けれど、内容から判断して、すぐに朱鷲戸さんからのメールだと気づいた。先ほどが初対面のはずなのに、どうして自分のメールアドレスを知っているのかとかも思ったけど、アドレスくらいなら寮会のメーリングリストでも見ればわかることだ。けど、わざわざ手間のかかることをして何の用なのかなと疑問に思った。お礼なら朝に見せてくれたかわいらしい笑顔だけで十分だというのに。おっと、勘違いはしないでほしい。同じクラスの村上君達なんて、レキさんが教室にいてくれるだけで幸せで頬が緩んでいるのだから、決して僕がHENTAIというわけではないはずだ。

 

 考えても仕方がないので、古典の授業が終わってから探偵科教義錬の屋上へと向かった。屋上へと続く階段には立ち入り禁止の文字が書かれている。ということは、朱鷺戸さんは誰もいないところで話がしたいということだろうか? 屋上にたどり着いた理樹であったが、まだ朱鷺戸さんは来ていないようだ。誰もいないのですることもなく、ヒマつぶしがてらに屋上から見える景色を眺めてみることにした。今はまだ昼前の時間帯ゆえに、グラウンドで身体を動かす生徒たちの喧騒も聞こえてこず、静かなそよ風が心地よい。そういえば、昨日小毬さんがぐっすりと眠っていた場所もここではないにしろ屋上だったか。無防備な姿で眠りに落ちてしまうのは気持ちいいだろうなとか考えていたら、背後からの気配に気が付いた。背後に振り替えると。朱鷺戸さんが立っていた。

 

「さっきは、どうも」

 

 とりあえず無難な話題でのあいさつをするが、理樹はすぐに違和感を覚えた。いまの朱鷲戸沙耶はさっき教室で見た彼女ではなく似ているだけの別人のように思えたのだ。今の彼女には教室で浮かべていた穏やかな微笑みなど見る影もない。あの可愛らしい表情はどこへ行ってしまったのだろう?

 

「あなたは死ぬのよ」

「あの……今、なんて?」

「あなたは死ぬの、これから。かわいそうに」

 

 意味がわからなかった。そんなことを言われなければならない経移が全く理解できない。

 どうしてこんなことを言われなければならないんだろう。

 

「僕が死ぬ?どうして?」

「そうね、夜中に校舎をうろついていたからでしょうね」

 

 朱鷺戸沙耶は理樹に向かって一歩、また一歩と近づいていく。彼女は書類を読み上げるような無表情ではなく、理樹に対して憐れみの表情を浮かべていた。身体が触れてしまうような距離まで来ても、彼女は歩みをとめない。そして、朱鷺戸沙耶は話についていけていない理樹の顔を覗き込んだ。

 

「あなたは今夜にでも拉致されるでしょう。そして尋問を受ける。夜の校舎でだれと会ったかを」

「あ、そうか。あそこにいたの君だったんだ」

「……エ!?」

 

 一瞬にして朱鷲戸さんが固まった。もしもーしと腕を朱鷺戸さんの顔面の近くで振って反応をうかがってみるが、あっけにとられているせいか彼女は何の反応も示さない。

 

「まさか……気づいてなかった!?」

「え、ま……うん。なんかゴメン」

「墓穴掘った……」

 

 朱鷺戸沙耶は理樹から顔どころか身体からして背け、地面を向いてブツブツと何らかの言葉を紡ぎだす。よくよく見てみると、朱鷺戸さんの身体は細かくではあるもののわなわなと震えていた。もうとっくに二人の間に死ぬだとか拉致されるだとかいう緊張感は消え失せていた。

 

「あの、朱鷲戸さん?」

「なによ……そうよ、勘違いして墓穴掘ったのよ、滑稽でしょ、笑えるでしょ、笑えばいいじゃない!」

「あはははははははーーーーーーーー」

「笑うなーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

 笑い飛ばしてネタにしてあげようという心遣いをすると顔面パンチというお礼が返ってきた。朱鷺戸さんの顔は真っ赤になっているものの、廃人状態からは復帰したようである。彼女はビシッ!!と理樹を指さして宣言する。

 

「たとえ知らなかったにせよ、尋問で結果的に、そこにいたのがあたしだということを探り当てるわ。鼻の聞いた猟犬のように!そして購買部に新商品が出ることを知った生徒たちのように!!」

 

 たとえが一気に身近になった。

 けれど、彼女がその後の行動は意外なもので、

 

「だから、あなたはここで死ぬの」

 

 理樹に抱きつきような姿勢でに沙耶は一気に距離を詰める。

 理樹はおもわず後ずさったが、背後にはそんなスペースはなくフェンスが背中に当たる感覚がする。

 屋上に来た時には暖かく感じられた風は、今となっては冷たいものにしか感じられない。

 

「ゲーム……スタート」

 

 囁くような甘い声。心の芯まで響き渡るような声に、理樹の反応は一瞬であるが遅れてしまう。そして、その一瞬が命取りだった。朱鷺戸沙耶にポンッと正面から押し出された理樹は背後のフェンスにぶつかってしまい、フェンスはギリッという嫌な音がして外れてしまう。

 

「な!?」

 

 当然、安全確保の目的で作られたフェンスが人間一人分の体重くらいで外れるようなやわなものではない。けど、今の理樹にそんなことを考えていられるだけの余裕なんてあるはずがない。何の心の準備もなく落ちていかされた中、反射的に手を伸ばせたのは経験の賜物だろう。落ちないようにと屋上の塀の部分をつかむが、かと言って理樹の安全が保障されたわけではない。今の理樹の命をつなぎとめているのは自分の握力のみ。しかも右手だけだ。

 

(死ぬ!!死ぬ死ぬ死ぬ!!僕はまだ死にたくないんだ!!)

 

 頭上には朱鷲戸沙耶の姿が見える。助けてもらえるとは思えないので自力で登るしかない。

 仮にも理樹は男子であり、いくら非力の部類に入るとはいえ女子に比べえたらマシなはずだ。

 

「ふっーーーーーーー筋肉!!!」

 

 理樹は筋肉の力により一気に力を込める。上ろうとした。いっぽうで彼女は鼻でふっと笑う。

上がろうとする理樹の顔に上履きの裏を突きつける。さっさと落ちろ、と無言の圧力により脅しをかけてきていた。

 

「足をどけてよ!!」

「……」

 

 応えはなく、そこあるのは完璧な殺意のみ。

 

「朱鷲戸さん……君はなにか勘違いしてるよっ!」

「あたしの行動は一生徒としてしかるべきなの。あなたに構っている時間なんてとっとと終わらせて、友達の輪の中に戻って楽しい楽しい麗しの友情ごっこを続行しなければいけないの」

「僕を殺して?」

「そう」

「僕は君の敵じゃないし、何もしゃべらないよ!」

「薬には抵抗できない」

「誰がそんなもの使うんだよっ!」

「そうね。イ・ウーなんてどう?」

「……へ?」

 

 イ・ウー。

 直枝理樹とって全く聞きおぼえのない組織の名前ではない。

 ハイジャックの時に峰理子が、アドシアードの時に現れたジャンヌ・ダルクが口にしていた名前。

 生憎だが理樹は名前こそ知っていてもその詳細を詳しくは知らない。理子曰く天国とのことがだが抽象的すぎて実感が沸いてこない。

 

「だからあなたは黙ってここで死ぬの」

「冗談でしょ?」

「じゃ、これは?」

 

 落ちまいと必死に屋上の塀にしがみついている理樹に突きつけられたのは銃口だった。引き金を引くだけで理樹の命を奪える状況ではあるが、沙耶は発砲なんかしない。する必要がない。今発砲して理樹を殺した場合、死体には風穴という証拠ができる。何もしなければ勝手に落ちての事故死だといいはることもできるだろう。沙耶としてはこちらの方が望ましい。今は時間さえ稼げれば理樹が自信を支える力は限界にきてしまうだろう。

 

(……うっ、これ以上は……筋肉が……)

 

 理樹はもう持ち堪えられないことを悟る。その時だった。ずっと昔から聞きなれた声が聞こえてくる。

 

「理樹ーーーーーー!!」

 

 振り向かずともわかる。真人が自分を呼んでいる。

 

「校舎の壁をロッククライミングか。すげえじゃねいか!よし、すぐに追いついてやるぜ!」

「ごめん真人、受け止めてッ!!」

 

 真人が自分のいる場所がどこか分かっていることが確認できた以上、理樹はあっさりと手を離した。もう限界だったということもあるけれど、真人が来てくれたという安心感も大きいのだろう。重力という名の物理法則に従って落ちていく中、直枝理樹が最後に見えたのは半眼で無表情に見下ろす朱鷲戸沙耶の姿だった。

 

「……」

 

 落下した理樹の姿を見ると、彼女は運のいいやつだと理樹のことを思う。

 運がいい人間は現実に実在する。

 

 人のよい人に訪れた悲劇はより印象に残る、などといった感情的な個人の印象ではく、本当に実在するのだ。

 

 けれど、あくまで一回。

 サイコロを振れば、一定の確率において自分が望んでいた数値は出てくる。

 何回も、何回も幸運など続きはしない。

 

「今回は助かったみたいだけど。一体次はどうなるかしいら」

 

 『幸運』を持つ超能力者が実在したとは聞いているが、沙耶は理樹のことであるとは思っていない。だだ、次の手を撃っていこう。そう心に決めて、標的を定めることとした

 

 

 

 

 

 




沙耶を見て恭介を連想するあたり、こいつ何やってんだろうと思います。
実は理樹は主人公力よりもヒロイン力の方が高かったりして?

沙耶が主人公で理樹がヒロインとか、ありえそうですな。


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Mission59 砂の顔面像

 

 

「――――――ン?ここは……謙吾の部屋?」

 

 直枝理樹が目を覚ましたのは超能力捜査探究科(SSR)の謙吾の部屋。探偵科(インケスタ)の寮の部屋が修復されるまではと居候させてもらっている部屋だ。どうやら謙吾が普段使っている布団で理樹は今まで寝ていたのらしい。起き上がると優しそうにこちらを覗き込んでいる真人の姿が見える。助けてくれたんだということを認識するまでに多少の時間がかかった。もっとも、真人のことを信頼していたから安心して手を屋上の塀から離したわけではあるけれど。

 

「真人……」

「よう、起きたか」

 

 真人はすぐに気付いてこちらを向いた。

 

「何ともねえよな? すげえキャッチだったんだぜ、だが誰もいやしねえ。ったく、みんなに見せてやりたかったぜ」

「ありがとう真人。信じてたよ」

「へへへ……ったく。なんで目撃したやつがいねえんだ。すげえアンラッキーだったんじゃねえか。幸い中の不幸をいうか」

「僕はラッキーだったよ」

「そっか。じゃあいいや。とりあえず助かって何よりだ。それにしても危なっかしいったらありゃしねえ、フェンスが緩くなっていたみてえだな」

 

 そうみたいだねと返事を言いつつも、あれが偶然なんかじゃないことぐらい想像はついていた。

 

『ゲームスタート』

 

 そう告げた彼女の姿を思い出す。理樹が朱鷲戸沙耶の殺意を思い出す。どうしてそんなものをもたれたのだろう? 屋上にて彼女は『夜の校舎』がどうのこうの言っていた。理樹としては夜の校舎においては銃声が聞こえたと思ったら、いつの間にか取り押さえられていたという認識でしかない。しかし彼女にとっては違うのだ。直枝理樹にとってなんでもないことであったとしても、朱鷺戸沙耶にとっては致命的は出来事だったのだろう。

 

「とりあえず助かって何よりだ。危機一髪だったな」

「うん、真人と真人の筋肉にはどれだけ感謝の言葉を並べてもたりないよ」

「はっ、よせよ。筋肉が恐縮してるぜ」

 

 真人がいなければ死ぬところだった。これは紛れもない事実である。けど、困ったことに今の理樹には情報が少なすぎる。朱鷺戸沙耶が自分を事故に見せかけて殺そうとした理由がわからない。今回は偶然通りかかった真人に運よく救われた。けど、偶然なんてそうそう続くもんじゃない。こういう時に頼りになる味方は今はいないのも痛い。恭介はまたどこにいったか分からないし、こういう場合連絡すら取れないこともある。来ヶ谷さんだって今はアメリカに仕事で行っている。謙吾は先日のアドシアードでのケガがまだ治っていない。ならば、直枝理樹のとれる選択肢は一つだけ。

 

(……僕がもう一度あの朱鷺戸沙耶とかいう女の子と相対するしかないか)

 

 生憎、この東京武偵高校において殺人未遂だなんて日常茶飯事のことでしかない。アリアと白雪が本気の殺し合いをしている光景を自分の部屋で見てしまっているし、殺人未遂程度のことで教務科(マスターズ)が取り合ってくれるはずがない。時計を見ると時間は四時くらい、つまり夕方に差し掛かる時間帯だった。心配する真人に礼を言った後、朱鷺戸沙耶を探すために彼女が所属する諜報科(レザド)一階の渡り廊下を歩いていた理樹であったが、圧倒的なまでの胸騒ぎの前に立ち止まざると得なくなった。

 

(不自然なほど静かだ……誰もいない)

 

 異質な気配を感じて振り向いたら砂がいた。もちろん砂が廊下にあること自体はおかしくもなんともない。問題は砂が人の顔の形を形成していることである。顔面しかないという気持ち悪さで頭がくらくらしてくる。おそらく魔術による代物なのだろうと頭では分かっているのだ。そして、理樹には魔術に対しては絶対的な能力があることも。けど、あまりに不気味な光景は、まるで異世界に迷い込んだようにすら感じられた。

 

『2年Fクラス出席番号22番、直枝理樹』

 

 そいつがしゃべった。

 

『2年Fクラス出席番号22番、直枝理樹』

 

 繰り替えした。理樹が何の反応もしめさなかったからか。

 

『TK-010がお前と接触した。心当たりがあるだろう。それは誰だ』

 

(なんだ? 何を聞かれているんだ?)

 

『そうか……なら今回のことは誰にも話すな。話したら――――』

 

 理樹は怖くなって逃げ出した。直枝理樹の持つ超能力に、魔術だろうが超能力だろうが問答無用で粉砕するという一種の超能力者(ステルス)キラーの能力が宿っている。砂だけで作られた顔面像がどうみたって真っ当な物理法則によるものではない以上は理樹の右手で触れば粉砕できるだろう。しかし、だからと言ってすぐに立ち向かえるかと言われれば話はまた別である。戦うんだとういう決意とともに立ち向かうには、心の準備をする時間が足りなかった。相手の正体が謎であるということも不安を助長していた。

 

「……ハぁはぁ……はぁ……」

 

 理樹が隠れる場所として選んだのは、近くにあった男子更衣室。グラウンドのそばにあるこの更衣室は誰でも利用できるものだ。更衣室に駆け込んだ理樹は立ち止まってようやく汗をびっしりと書いていることに気が付いた。息切れも激しいのが、単に全力で走ったからだけではなく恐怖から生じた不安も交じっている。あれがイ・ウーからの刺客なのか。峰理子。ジャンヌ・ダルク。イ・ウーという言葉を口にした彼女たちが可愛らしくすら感じる。なんとか心を落ち着かせようとした理樹であったが、どうやら現実というのは薄情らしい。

 

「――――――ッ!!」

 

 この更衣室はグランドで運動する人たちのためのものゆえ、意外に砂が更衣室内部に存在しているのだ。この砂が一か所に集まって再び顔を形成した。悲鳴を挙げて慌てて出ていこうとした理樹であったが、彼が更衣室から出ようとしてドアを開けた瞬間に彼の首に何かが巻き付いた。引っ張り出されて空中へと浮かんだときになってようやく縄のロープだと気が付いた。罠だと思うだけの心の余裕すらない。今の理樹はロープで首を絞められる苦しみの前に意識が遠のいていく。

 

「はっ!」

 

 気合とともに一閃。理樹の首に蛇のように巻き付いていたロープが切断され、理樹の体が地面にたたきつけられる。そのままへたり込む。解放されてからもしばらく息を整えるのに時間がかかったが、謙吾が助けてくれたんだということすらわからなくなるほど動揺してはいなかった。

 

「大丈夫か? イタヅラにしてはたちが悪いようだが」

「大丈夫、ありがとう」

「――――――ん?」

「どうしたの?」

「今更衣室の後ろを誰かが走って行ったな」

「それって砂? それとも女の子!?」

「砂?また妙な質問だな。しいていうなれば……影だ。人影で、俺の目に狂いがなければおそらく女生徒だろう」

 

 謙吾の目に狂いなんてあるはずがない。なら、女生徒というのは一人しかいない。朱鷲戸沙耶。

 彼女の可能性が高い。自殺に見せかけてまた殺そうとしたのだろう。

 

 

       ●         

 

 

(……どこだ。どこだ?)

 

 直枝理樹は夜の校舎を歩いていた。二度失敗したからと言って、朱鷺戸沙耶が理樹の暗殺を諦めてくれたなんていう保証なんてどこにもない。この一件にはきれいさっぱりとした決着をつけない限り、理樹の精神は疲弊していくことは明白だ。だから先に動くことにした。朱鷺戸沙耶にしろ、あの砂の顔面にしろ。何か手がかりをつかまない限りは現状を打破することはできないだろう。

 

 角を曲がるときは、まず先をのぞき見る。常に精神を消費する行動は常に感覚を研ぎ澄ます。頭が痛くなってくる。昨日は油断していたんだだなんて言い訳は実戦では通用しない。気を抜けば一発アウト。即死だってありうる。

 

『あなたは今夜にでも拉致されるでしょう』

 

 そう言っていた彼女の言葉がいよいよ現実味を帯びてきた。焦っては相手の思うつぼだと自分に言い聞かせた心臓の鼓動を無理やりにでも抑え込む。夜の校舎をうろついてみるが何の手がかりもつかめないままじりじりと時間だけが過ぎていく。朱鷺戸沙耶がすぐにでも襲撃してくるような気配はない。仕方ないので目標を砂の顔面に切り替えて、砂が多いグラウンドの方に向かうことにした。グラウンドの近くに位置する体育館の傍を通りかかったとき、理樹はビリリッ!という電気音を聞いた。

 

「ええ!?」

 

 反射的に振り向くと、ゆっくりと電柱が倒れてくるところだった。倒れて地鳴りのような倒壊音が鳴り響く。聞いた電気音の正体はショートした電線だった。どういう操作をしているのかは分からなかったが、電気を帯びた電線が束になって理樹を襲う。最初の一本目はかろうじてかわすが、バウンドした電線はさらに絡まり、次第に全く予測できない動きになっていく。辺りを見ればそこかしこに切れた電線が蛇のようにとぐろを巻いている。

 

 

「うわぁああああああ!!!」

 

 理樹は電線の鞭をくらってしまったが、彼に命中したのは幸いにも電気の部分ではなくて、感電しないようにと設置されているゴムの保護カバーの部分。なんとか感電による即死だけは免れることができた。

 この時点で分かったことは相手はここでわかりやすく銃で狙ってきてはいないということだ。ここは仮にも武偵高であるので、直枝理樹が銃で撃たれて死ぬようなことがあっては問題なのだ。第一に犯人は逃げられないし、事件があったことが公に公表されてしまう。ひそかに行動したい者たちには問題があり、事故に見せかけようとしている。

 

 理樹を殺すだけなら狙撃手でも雇えばいいのだ。理樹の観察能力は注目できるレベルであるが、遠くまでは見きれない。なにより、直枝理樹がまだ生きていることがなによりの証拠だ。

けど、だからと言って安心する要素にはならない。今が夜ということで視界も悪かったことが作用したのか、理樹は頭上からの飛来物に気が付かなかった。謎の飛来物は理樹に当たった瞬間にはじけ飛び、中身が理樹の全身にふりかかる。自分の頭にぶつかったものを確認すると、破けた風船とその中に入っていた液体。

 

「――――――しょっぱい!! これ、もしかしなくても塩水!?」

 

 しかも、体にかかった水からは若干の塩辛さまで感じていた。

 水。この物体に恐怖を覚えた。宮沢謙吾の扱う魔術は水だ。

 だからこそ理樹は水について詳しく勉強したことがある。

 そして、一般常識としては水は電気をよく通すことなんか今更でもある。

 水に濡れれば感電しやすくなる上に、塩水なら効果倍増だ。

 

 風船が次々に割れ、周囲に塩水による水たまりができる。

 このままでは水たまりを通して理樹の関電は確実だ。

 

(落ち着け、冷静になれ。この状況を打破するには……あれだ!!)

 

 理樹の異能の力は魔力にたいしては最強の力を誇る一方で、科学の力に対しては何もできない。やってくるものが魔術による電流ならば立ったままでも受け流せるが、今のままでは黒焦げが確定だ。しかも本人には電流から逃げ切れるだけの運動能力はないときている。

 

 なら。

 

 狙うのは、電気をかわすことではなく電気自体をとめること。

 狙いはただ一つ。倒れた電柱の先にある変圧器から伸びるケーブル。

 

 筋肉での破壊は真人ならともかく理樹にはできないが、理樹には己の銃コンバットマグナムがある。この銃は『歴代最強の大泥棒』とされたパーティーの一員の次元大輔という男が愛用したことでも知られる銃だ。破壊力にも定評のあるマグマムにおいてこれくらいの破壊は造作もない。

 

「――――――!!!」

 

 理樹が急に振り向いた理由は本人にもわからない。気配を感じたとか、殺気を感じたとか、第六感に基づくような事前の予兆はなかったはずだ。でも振り向いた。どうしてだが理屈での説明は他人どころか自分ですら納得できるものを用意することはできないけれど、後ろにいることが分かってしまった。実際、サーカスの玉乗りで使われるほどの大きさ砂の顔面像が、大きく口を開けて理樹の首をもぎ取ろうとしているところだった。

 

「ヤバいマミるッ!!!」

 

 これに対処できたのはほぼ偶然に等しい。理樹がとった行動は何とか距離を取ろうとして砂の顔面像を両手で押しのけただけだ。一応は理樹の右手にはオカルト粉砕超能力が宿っているから、右手で触れただけで砂の顔面像は粉砕はできる。……できるのだが、不意打ちに対処できるかといえば微妙なところだ。理樹本人としては最初から右手の超能力で乗り切ろうとしたわけではなく、たまたま自動発動(オートメーション)超能力が偶然作用したという認識の方が正しいだろう。超能力で粉砕するだなんて選択肢を持てるだけの心の余裕がなかったとも言える。結果だけを言えば理樹は生き残ってはいるものの、超能力がなければ今頃首ちょんぱになっていたかと思うとぞっとする。もう何も怖くないなんて言わなくてよかった。めちゃくちゃ怖かった。

 

「理樹君。あなたおもしろいわ」

 

 ビクビクしていた理樹に声がかけられる。正面を向くと朱鷲戸沙耶が目の前にいた。

 彼女は理樹を威嚇するでもなく、自然体で彼の正面に立っている。

 

「あたしはもう、あなたを殺さないことにしたわ」

「……本当かな?」

「あなたは三度、あたしの罠を掻い潜って生き抜いて見せた」

「内二回は友達に助けられたんだけど」

「偶然であったとしても現にあなたは今生きている。『聖人』なんかは露骨に表れるんだけど、運にうまれつき恵まれている人間は現に存在しているわ。あなたはもそういう星のもとに生まれてきた強運の持ち主なのよ。……それに、今見せてくれた超能力。あたしに必要なものを持っているんだわ」

 

 何が言いたいのか、と理樹は直接聞いてみた。

 今まで暗殺しようとしてきた人間が態度と一変させる理由は何なのだ?

 

「あたしと手を組みなさい」

「君に殺されかけた、僕と?」

「ちょうどパートナーが欲しかったところなのよ。生憎と今、『機関』の仲間が外に出ているしね」

「なんて都合のいい……」

「あなたは仮にも武偵でしょ?武偵は過去のことを禍根に思っているようではやっていけないわよ。第一、あなたには選択肢なんて最初からないはず。イ・ウーにマークされたのなら、あなた一人でどうこうできる相手ではない。どうするの?あなた一人では逃げ切れないと思うけどね」

 

 朱鷺戸沙耶が行っていることは交渉ではなく強迫だろう。理樹に要求を呑む以外の選択肢が現時点では与えられていない。沙耶の言っていることを要約すればこうなるのだ。

 

『協力しなかったらあなた、近いうちにイ・ウーに殺されるけどそれでいいの?』

 

 そうだ。根本的な話からいうと、直枝理樹にはイ・ウーだなんてアリアですら対抗できるかわからない組織を相手にできるはずがない。沙耶の要求を呑むにしても、イ・ウーと戦う未来になることは間違いないことだ。直枝理樹の生存確率を上げるためには朱鷺戸沙耶の要求を飲んで彼女に協力するよりも、棗恭介や来ヶ谷唯湖にでも泣きついて戦わずして逃げ切る道を模索する方が確実性がある。理樹だって自分の命を簡単にどぶに捨てられるような人間ではない以上、本来なら即答で逃げるという選択をするのが当然だ。きっと責められるようなことではない。

 

 ただ、彼はその選択をしないのは気にかけていることがあるからに過ぎない。

 峰理子。

 ハイジャックの時に相対したイ・ウーに所属する少女。

 彼女のことがずっと気がかりになっている。友達になって力になりたいと本気で思っている。

 

 自分の命の安全性をとるか、それとも危険を冒してイ・ウーというものに近づいてみるか。

 あの謙吾ですら不覚を取るような相手だ。下手を打って仲間を巻き込むわけにもいかない。

 天秤が微妙に揺れ動く中、朱鷺戸沙耶はもう一つのメリットを提示した。

 

「……あなたの超能力の正体、知りたくない?」

 

 沙耶は爆弾発言をする。

 魔術を代々受け継ぐ星伽神社の関係者たる宮沢謙吾がさじをなげた意味不明超能力の正体。

 彼女はそのことに言及した。

 

「君は……この能力のことを知っているの?」

「全容を知っているわけではないわ。けど、少なくともあなたが知らないことは確実に知っているはずよ。どう?働きによっては教えてあげてもいいわよ」

「僕は恭介の『リトルバスターズ』の一員だよ?」

「別に公式なパートナーになれっていうことじゃない。私の協力者になってほしいだけよ」

 

 理樹はリトルバスターズの人間として生きる。これだけは命を懸けたって譲れない。チームの一員を引きぬくのは難しくても、協力、いわば同盟見たいのを組んでいる組織なら実は多く存在している。

 

(……悪い条件ではない。彼女が僕を狙ったのは彼女の障害になるというだけで、それがなければ問題はあの砂を操っている者だけだ)

 

 自分が安全であるための理屈を考えているが、心のどこかで思っていた。

 この人は別に悪い人じゃない、と。

 探偵科の人間としては、先入観を持って行動するのは悪いことだけど。

 理樹の直感では信じてもいいと思う。

 

「わかったよ」

「じゃ、よろしく」

 

 彼らは握手を交わし、先行き不安なコンビが誕生した。

 

 







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Mission60 機関のエージェント

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶が手を組むこととなった。

 これは沙耶の方から(強制的に)持ち出された話ではあるけれど、理樹としてもこれといった異論はない。あんな不気味めいた砂の顔面像に一人で立ち向かうとなるとぞっとする。ただ、沙耶と組むにあたり一つだけはっきりとさせておかなければならないことがあった。

 

「朱鷺戸さんって、いったい何者?」

 

 今でこそ朱鷺戸沙耶は理樹に対して友好的な態度を示してはいるものの、先ほどまでは殺そうとしていたことは事実である。アメリカで来ヶ谷唯湖や牧瀬紅葉が峰理子と結んだ『裏切ることを前提とする』チームではなく、信頼関係の名の元に命を預けるタッグを組む以上は最低限度の信頼が必要である。だからこの部分だけははっきりとさせておきたい。背に腹は代えられないとはいえ、理樹だって知らず知らずのうちに犯罪組織の片棒を担ぐなんてことはしたくはないのだ。

 

「あたしは諜報員。いわばスパイよ」

「どこの出身か聞いてもいい?答えられないならそれでいいけどさ」

 

 正直、答えてもらえなくても仕方ないと納得するしかないギリギリの質問だ。来ヶ谷唯湖のように自分の所属する組織を堂々と公言する人物は珍しい人間である。イギリス清教や星伽神社のように表の舞台でも名前があがる組織ならばいいとしても、暗部の組織ならば絶対に公表しない。

 

 例えば、公安0。

 闇の公務員とも呼ばれる公安0に関するとある噂話がある。

 殺人のライセンスを持つことで有名であるが、何よりも変わっているのは公安0の最大の特徴としては、誰が公安0のメンバーであるかはたとえ公安0の仲間同士であったとしても知らないというのだ。

 

 例え犯罪者を抹殺したとして世間からは称賛されたとしても、家族を殺されたとしたら復讐心と疑念心が宿る。公安0の秘匿性はその報復から身を守るためであるとされているが、そんなことを信じている人間はよほど素直な人間くらいなものだろう。一般の警察や民間の武偵では、下手をしたら自衛隊でも解決できないような問題の矢面に立たされるためには倫理なんてものを気にしていられないはずだ。ゆえに、マスコミなんかに公表されようものなら国家の信用問題にもかかわる事件を隠ぺいするためであるという噂もあるが、真偽は分からない。暗部の組織の名前は公表してもいいことがない。

 

「あたしが正直に教えたとして、あなたはそれを信じるのかしら?」

「それでも、全く知らないよりはいい。少なくとも君に対する印象が変わる」

 

 例えばローマ正教のような正規の宗教団体の人間と、どこぞの指定暴力団の一員というものでは受ける印象が全く異なる。それに、最初から敵だとわかっている人物よりも、仲間のふりをして近づいてくる人物の方が危険度は高い。今明かさせる衝撃の事実!!ジャジャジャジャーン!!とか言って仲間だと思っていた相手との思い出が実は友情ごっこにすぎなかったこととなったらメンタル的なダメージが大きすぎる。

 

「あたしが所属する組織は、便宜上『機関』と呼ばれているわ」

「機関ね……。これまた具体性のない名前だね」

「どのみち今の状況にはちょうどいいと思わない?どうせあなたにはあたしの言葉の真偽を確かめるすべを持たないんだし、変に具体的な名前出しても意味ないだろうし」

「それもそうか」

 

 機関のいう名前には思いのほかしっくりときた。本来機関という名前には何の具体性はないが、今の場合は名前なんてあったところで真偽が判明しない以上はうまいこと沙耶の立場を表していると思った。さすがに『機関』というのが本当の名前だとは思わないけど、朱鷺戸沙耶のことを機関のエージェントだととりあえずは認識しておくとする。

 

「現時点でのあたしの任務は、この東京武偵高校に潜伏している『敵』の排除」

「敵って?」

「理樹君もさっき見た砂の顔面像を操っている奴よ。正体はイ・ウーから追放された砂礫の魔女パトラと接点を持つ錬金術師ヘルメス」

 

 超能力捜査研究科(SSR)の授業で聞いたことがある。錬金術師という人種は、科学者によく似ているらしい。誰かのために魔術を学ぶわけでもなく、ただ単に真理の追究を目的として魔術を研究する人間とのことである。ただ、研究に没頭するためには莫大な資金が必要なため、たいていはローマ正教のような大手の一員として支援を受けて研究しているのが一般的らしい。企業のお抱え研究者のようなものだ。

 

「ところでさ、イ・ウーってなんなの?」

 

 ずっと気になっていたことである。

 峰理子にしろジャンヌ・ダルクにしろ思わせぶりなことは言っていたが、断片的すぎて全体像が見えてこない。以前それとなく来ヶ谷さんに聞いてみたら、『一応機密だから、どうしても知りたいならイギリス清教に就職するか?』という返答が返ってきた。機密扱いということも事実だろうけど、言いたくなかったということも確かだろう。

 

「教えてあげない」

「どうして?」

「だってあなた、下手に知ると消されるわよ。あたしだってせっかくできた協力者を早々に失いたくはないしね」

「消されるって、殺されるってこと?」

 

 理子もジャンヌも、本来直枝理樹が一人で太刀打ちできるような相手ではない。

 もしもイ・ウーからの刺客が自分相手に送り込まれでもしたら、殺される可能性は十分にある

 けれど、沙耶が言いたいのはそういうことではなかったようだ。

 

「違うわ。消されるというのはそんな優しいものじゃない。戸籍からレンタルショップの会員カードまで、あげくには大切な友達や家族の記憶からもあなたの存在はなかったことにさせるの」

 

 友達や家族の記憶からも消す。常識的に考えてそんなことはできるはずはないと思う。

 けど、沙耶から飛び出す物騒な単語が現実に起こりうると示していた。

 

「下手に探って周りに危害を加える前にと、公安0や武装検事に狙われたくはないでしょう?」

 

 公安0に武装検事。

 闇の公務員という別名を持つ彼らならば、被害を最小限にするために戸籍を抹消しかねないと思う。

 名前だけで関わってはいけないという圧迫感を与えてくる。

 僕はそんな恐ろしい連中の影が見え隠れする相手と戦わなければならないのだろうか。

 

「なに、そんなに心配することはないわ。錬金術師っていうのは典型的な探究職の人間だし、直接的な戦闘能力はないわ。理樹君の超能力があれば、居場所さえつかんで直接対決に持ち込むことふができればわまず負けることはないと思うわ」

「それは安心でき――――――待って。居場所さえわかれば?」

 

 沙耶の一言に安心しかけた理樹であったが、すぐに現実へと引き戻される。

 居場所が分かれば、なんていう言い方をするということは、

 

「今、居場所が分かってないの?」

「居場所が分かっているのなら、相手があなたの行動に注目して手薄になっている間にとっとと一人で忍び込んでいたわよ」

「それじゃ、これからもあんな不気味な砂の化け物に襲われるということ!?」

 

 居場所が分かっていないことは、状況的には芳しくない。

 朱鷺戸沙耶はともかくとして、直枝理樹の顔は錬金術師にバレているだろう。

 向こうからはまた砂の化身みたいな送ることができるのに対し、こちらからは攻めに行くことができないのだ。どうやったって防戦一方になってしまい、勝ち目は見えてこない。

 どうしたものかと考える理樹であったが、どうやらエージェントはすでに策を持っているようだった。

 やたら自信満々である。

 

「安心なさい。なんのためにこのあたしがあなたを抹殺するのをやめて手を結ぶことにしたと思っているの?大船に乗った気持ちでいいわよ直枝理樹。いや……理樹くんのほうがいいか」

「どっちでもいいよ。えっと……」

「朱鷲戸よ」

「よろしくね。朱鷲戸さん」

「まっかせときなさい!この『機関』が誇る凄腕エージェントの実力を見せてあげるわ!!」

 

 

 

           ●

 

 

 さて、これより(自称)凄腕エージェントの考えた作戦を発表するが前に、まずは現状の確認から行こう。直枝理樹と朱鷺戸沙耶にとっての当面の最優先目的は、イ・ウーとのかかわりを持ち、東京武偵高校のどこかに潜んでいる錬金術師の居場所を突き止めることである。

 

 そこで、朱鷺戸沙耶により直枝理樹に与えられた指令は『何もしない』ことである。

 

 それでは作戦の詳細を説明する。そもそも朱鷺戸沙耶が直枝理樹を殺そうとした理由は、自分が『機関』のエージェントであることがバレないようするためだ。それは逆にいえば、敵からしたら朱鷺戸沙耶の正体はまだバレてはいないということでもある。おそらく不気味な砂の顔面像を理樹の前に姿を現したのは、自身を探るスパイのような人物の正体を偶然とはいえ知ってしまったであろう理樹から無理やりにでも聞き出すためだろうとのことである。なら、敵はおそらく再び理樹を狙ってくるだろう。そこを返り討ちにする。いわゆる囮作戦というやつである。もちろん囮役の利器はビクビクしていたのだが、

 

『なに、大丈夫よ。理樹君はあたしの罠を三度掻い潜ったほどの無駄なしぶとさを持ってるんだから、どんな危機的状況においてもなんらかの補正で生き残れるわ。あとはあたしに任せときなさい』

 

 という凄腕エージェントの言うことを信じておくことにした。

 この作戦において理樹が自発的に行うことは何もないので、生き残るにはどうしたらいいのだろうかという漠然としたことだけを理樹は考える。答えは出ないけど。

 

 そんな暇人の直枝理樹とは違い、どちらかというと忙しいのは朱鷺戸沙耶の方である。

 護衛と言えば、アドシアードの歳にはどこから来るかも分からない魔剣(デュランダル)の魔の手から白雪を守るためにアリアは白雪に張り付いて行動していたけれど、今回の場合沙耶が理樹と四六時中一緒にいるわけにはいかない。白昼堂々と直枝理樹と朱鷺戸沙耶が一緒にいたらタッグを組んでいることを公表しているようなものである。

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶が手を結んでいることがバレてないという唯一といってもいいアドバンテージを失わないためには、沙耶には誰にも見つからないようにこっそりと理樹をマークし続ける必要がある。

 

 ここで困ったことが起きた。

 いかに朱鷺戸沙耶が優秀な諜報員だったとしても、武偵の育成機関たる東京武偵高校において誰にも見つからないように理樹をマークし続けることは困難であるのだ。

 

 ということで、理樹は東京武偵高校から離れ、老人ホームへとやってきた。

 人里離れたこの場所なら、いざという時に誰もいない場所へと移動して周囲の被害を抑えられる。

 

「理樹くんありがとね。ちょうど人出が欲しかったところだったんだよ」

「ううん、別に。僕も民間の依頼(クエスト)を受けていない身だし、アリアさんと星伽さんが僕らの部屋を修理するまでずっと謙吾の部屋に泊めてもらうもの申し訳ないと思っていたところだしね」

 

 朱鷺戸さんが言うにはどうやら寮会には『機関』の協力者がいるらしい。あくまで協力者であって正規の『機関』の構成員ではないみたいだから誰がそうであるのかは知らないみたいだったけど、自然な形で学園島の外に出ることができた。寮会が手配するボランティア活動の一つであり、報酬金は出ない代わりに単位がもらえるという内容だ。またいつの間にかいなくなっていた我らのリーダー棗恭介とアメリカに行っている来ヶ谷唯湖を除いたリトルバスターズのメンバーは、老人ホームへとやってきた。

 

「でも小毬さん。どうして老人ホームを拠点としているの?」

 

 しかも、この老人ホームは小毬が薬剤師としての仕事をするのに拠点としている老人ホームである。

 小毬とは顔見知りだし、何かと都合がいい。

 

「紹介してもらったんだよ。記憶喪失の時にカウンセリングをしてくれた人がこの場所を使ってもいいって言ってくれたんだ。私が作る薬は薬草から作っているから、病院の薬みたいに大量生産できないしね。それに、幸せの陽だまりを作るのです」

「というと?」

「お年寄りの皆さんとお話したり、お掃除とかするんだよ。さみしがってる人も多いと思うんだ。みんなが喜んでニコニコになったら、陽だまりがぽかぽかなのです」

 

 なんとなくだけど、小毬さんらしいなと思った。

 病院の大きさに比例して受け持つ患者さんの数だって増大する。

 大抵の場合一人一人全員の顔だって覚えられないだろう。けど、小さな老人ホームなら違う。もちろん自分が受け持つことができる人数では大手の病院には敵わないけれど、その分一人一人を大切にできる。小毬さんにはそちらの方が向いている気がした。事実、

 

「みなさんこーんにーちはー!!」

「ああ小毬ちゃんだわ」

「おお小毬ちゃん。よくきたね」

「おばあちゃん風邪治った?」

「楽になってきたよ。いつものど飴ありがとうね」

「よかった、じゃあまたもってくるよ」

「またお話ししましょうね。小毬ちゃんとお話しすると元気になるの」

「うん!」

 

 小毬さんは老人ホームで大人気であった。アイドルオーラ全開である。

 

「なんて……なんていい光景なんだッ!!」

 

 単純な少年になりつつある謙吾は目の前で繰り広げられる光景を前に感動していた。

 

「じゃあ、みんなはお部屋を回っておそうじとかお話をしてあげてください」

「え!?」

 

 人見知りの鈴は真っ先にどうしたらいいのかわからないといわんばかりの反応を示したけれど、それは理樹だって大差ない。物騒な世界の住人たる武偵をやっているためただでさえ一般的な世間の話題に疎いのに、そのうえ相手はお年寄りときている。共通の話題なんて見つかりそうにない。そのことを聞いてみた理樹であったが、

 

「問題ない。ようしっ!」

 

 小毬からはなんともいいがたい返答が返ってきた。

 

「何だその『ようしっ』ってのは」

「前向きマジック。なんかへこんじゃいそうなときにそれを口に出して、最後にようしってつけるの。そしたらほら、ネガティブがポジティブに」

「ようしっ!」

「それじゃ、始めよう!」

 

 リトルバスターズのメンバーがそれぞれようしっ!と口にしたのを聞いて、小毬は笑顔で仕事の開始を宣言した。小毬や鈴、謙吾と別れ、直枝理樹は相棒の筋肉さんこと真人と一緒に部屋を回ることにした。

 

「ちわーっす!筋肉、いかがっすかーっ!!」

「それじゃいただこうかね、筋肉」

「毎度あり」

 

 筋肉を普通と受け入れている老人の寛大さを有する年の功に驚愕しながら、理樹はあることを考えていた。ようしっ!と宣言することと、真人の筋肉により老人と接することへの不安はなくなっている。考えているのは別のことだ。前向きマジックをもってしてもぬぐいきれない一つの不安が理樹を襲っていた。

 

 考えているのは自分の命を脅かす存在たる砂の化身を操る魔術師のことではなく、小毬の兄のこと。

 

『優しい人だよ。いつも陽だまりみたいなあったかい声で、私に絵本を読んでくれるんだ』

 

 小毬さんが見る夢の中に出てくるという優しい兄。

 記憶喪失になっているから、こうだったらいいなという願望が現れたのではないかと本人は言っていたけれど、今の――――沙耶と出会ってからの理樹には別の考えが浮かんでいた。

 

『教えてあげない』

『どうして?』

『だってあなた、下手に知ると消されるわよ。あたしだってせっかくできた協力者を早々に失いたくはないしね』

『消されるって、殺されるってこと?』

『違うわ。消されるというのはそんな優しいものじゃない。戸籍からレンタルショップの会員カードまで、あげくには大切な友達や家族の記憶からもあなたの存在はなかったことにさせるの』

 

 もちろん証拠なんて何もない。

 常識的に考えたら、理樹の不安なんて身勝手に考えた陰謀論にすぎないのかもしれない。

 それでも、朱鷺戸沙耶からイ・ウーについて聞いた時から思ったしまったことがある。

 

『あ……お兄ちゃん。待ってよお兄ちゃん。行かないで、死んじゃうよ……わたし、嫌だよ……』

 

 もしかして。

 小毬さんの兄というのは架空の存在なんかではなく実在していて。

 イ・ウーに消されてしまったんじゃないかと、そんなことをふと考えてしまった。

 






???『機関のエージェントがついに作戦を開始した!』

実は『機関』って言葉使ったのは沙耶が初めてではありません。
では!


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Mission61 二木佳奈多VSジャンヌ・ダルク

 さて問題。

 東京武偵高校第二学年が誇る筆頭問題児『魔の正三角形(トライアングル)』の中で一番まともな人間は誰だろう?

 

 東京武偵高校の生徒でこの質問に答えられる生徒はほとんどいないと言ってもいいだろう。三人全員似たり寄ったりだからではない。単純な才能のみを評価しようにもそれぞれ分野が違うし、第一人間性を評価する以上は必要となってくる『三人全員と面識を持つ』という最低条件をクリアすることが難しいからだ。知らない人間を正しく評価できるわけがない。寮会で仕事の仲介をしている二木佳奈多ならまだしも、残りの二人と接点を持つことはほぼ皆無だ。

 

 まず、来ヶ谷唯湖。

 ハイジャック事件の後、すなわち彼女がリトルバスターズの一員となった後ならば姿を見かけることぐらいはできるようになったが、一年生の時はクラスメイトだった謙吾ですら指で数える程度しか顔を合せなかった。重度の気分屋の彼女の最近のお気に入りは、授業時間帯に自分の委員会が経営するコーヒー専門店に赴いて超高級コーヒー『青眼の珈琲(ブルーアイズ・マウンテン)』(定価一杯3000円)を一人で飲むことらしい。この前アリアを誘って二人で飲んでみたら好評だったので豆から売りつけたらしい。友人相手にも一切の割引などせずに商売したようである。事件が発生したと聞いても気が乗らなければ平気で協力要請を無視するため、彼女自身の自己申告によると自分の合う仕事が見つからないニートとのことである。

 

 次、牧瀬紅葉(こうよう)

 鳳凰院喪魅路(モミジ)という真名を持つ彼の性分は根っからの研究者なのだろう。常に引き込もって研究ばかりしている。彼の専門は物理学と機巧工学という分野であって曰く機械工学は趣味の領域でしかないらしい。それでいて機械工学の分野でその道の天才児たる平賀文にライバル視されるほどの技術を持つが、彼の持つ委員会はメンテナンスの仕事を受け付けていない。来ヶ谷唯湖のもつ委員会がイギリス清教の仕事のためのものであるように、彼の委員会もどうやらどこかしらの企業または組織のためのもののようである。よって、彼にメンテナンスの依頼をする場合は彼の委員会への依頼ではなく牧瀬紅葉個人への依頼となる。迷子の道案内を引き受けてくれるあたりは案外まともな人物であるようだが、生憎厨二病によるコミュ難を患っているため、彼に依頼する人物なんてそうそういない。超能力捜査研究科(SSR)超能力者(ステルス)たちに至っては彼の名前を聞いただけで羞恥芯から顔を真っ赤にさせるまである。アドシアードの時なんて、科学者として親子そろって有名人である彼と接点を作ろうとスカウトマンが何人かやってきていたみたいだが、

 

『今はまだ俺が動く時ではない』

 

 とか教務科(マスターズ)に報告したきり一向に姿を見せなかった。いったい彼は何と戦っているのだろう?じゃあ彼はアドシアードの時何をやっていたかといえば、どうやら東京武偵高校にいたことはいたらしい。ただ、アウトドア系列の競技が中心となるアドシアードではお呼びではないだろうとおとなしく自室である第四理科室でベットに寝転がりながら@ちゃんねるを覗いてオンラインゲームに熱中していたらしい。

 

『レイヤーの娘が運動神経抜群のアウトドアになるのは例外中の例外に過ぎない。ネラーの息子が運動音痴のインドアになるのは本来当然のことである。部屋から全く出たくないと俺が思うのは全く持って自然の摂理と言えるだろう。ゆえに、俺はアドシアード期間中においては絶対に部屋から出ない。出ないと言ったら出ない。……で、出ないんだからな!!』

 

 とは彼の弁。

 自称、動く時がまだなニートである。

 そんなでも科学者としての知名度がそれなりにはある科学者なのだ。

 悲しいかな、これが『魔の正三角形(トライアングル)』の実態である。

 

 知らなければミステリアスなんていう素敵な言葉で着飾ることができるのに、知ってしまえば三人中二人がニート。すごいものだ。これはヒドイ。腐っても教育者たる教務科(マスターズ)にはニートをまともな人物だとは言うことができないので、候補者三人の中からニートを除外した結果一人しか残らなかった。

 

 二木佳奈多。

 

 委員会連合への加入を認められる委員会を形成している若き風紀委員長。知名度だけなら生徒会長の星伽白雪よりも高い。風紀委員というのは法律を専門として扱う武偵を指す。弁護士のような典型的知識職においたとしても、暴力団やマフィアといった裏勢力が絡んでくる場合には武力が必要になってくる。世の中、正論を言いたくても暴力という名の脅しをかけられて何もいえなくなるなんてことがざらなのだ。

 

 なら、風紀委員という人たちは相手の武力というカードを無視して正しいことを言うことができる人間と言えるだろう。

 

 今、若き風紀委員長二木佳奈多は新宿警察署を訪れていた。この場所は以前アリアが母親である神崎かなえとの面会に訪れた場所でもある。面会の旨を受付で伝え、面会用待合室で待機していると、五分ともかからずにやたらガタイのいい男の警察官二人がやってきた。

 

「二木佳奈多様。お待ちしておりました。では、こちらへどうぞ」

 

 当然のことではあるが、お役所仕事が五分とかからずに終わるはずがない。面会の人数や時間、一日の面会の数、差し入れできるものなど厳しい規定がある中で、このスピード対応はありえない。けど、それは真っ当な面会の場合だ。事実。佳奈多が案内されたのはアクリル板つきの面会室ではない。

 

 取調室。

 

 椅子が二つに大きな机が一つ。

 陰湿だと思われるくらいに部屋は暗く、それゆいに蛍光灯の光すらまぶしく見える。

 

「それでは、ごゆっくりと」

 

 佳奈多が取調室へと足を踏み入れたら、案内役の警察官二人は部屋から出ていった。通常、面会には警察官の立ち合いが必須であり、面会の最大時間は15分と定められている。ごゆっくりととは、これまた掟破りにもほどがあるだろう。別に佳奈多とて、政治的圧力でもかけて面会時間を無理やりに引き延すだなんて優遇措置を依頼したわけでもないのだから。佳奈多は先に取調室にと入れられていた人物を見る。そこにいたのは純銀製の手錠をはめられて椅子に座らされている少女だった。

 

「お久しぶりね、魔剣(デュランダル)。あなたとはアドシアード以来になるわね」

「……佳奈多か」

 

 魔剣(デュランダル)

 かつてはその存在自体が都市伝説とまで言われていた超能力者(ステルス)ばかりを狙う連続誘拐犯。

 先日のアドシアードでは星伽神社の巫女である白雪を誘拐しようとしたが失敗し、逮捕された人物でもある。その正体は冷気を操る『銀氷(ダイヤモンドダスト)の魔女』ジャンヌ・ダルク30世。ジャンヌは佳奈多を忌々しげに睨み付けるが、佳奈多は恨まれなれてでもいるのか気に留めた様子は見受けられない。むしろ涼しげな表情を浮かべている。

 

「あら、どうかしたの?お腹でもすいた?なんなら取調べらしくカツ丼でも買ってきてもらいましょうか。これは公式な面会ではないのだから、時間ならたっぷりとあるしね」

「……いったい何の用だ?」

「そんなことすら理解できないのだとしたら幻滅するわよ。あなた頭いいんじゃなかったの? 本当に分からないような役立たずには私は用はないの。あなたが今後の人生を楽しい服役生活で過ごしったいというのであれば私もとやかく言うつもりはないけれど、その場合はせっかく私が持ってきてあげた司法取引をなかったことにするわね。一応言っておくと、私はそれでも別に構わないわよ」

「……バルダとかいう奴が言っていた話か。それで、極東エリア最強の魔女様が一体私に何をさせようとしているんだ」

「皮肉が言えるくらい回復したようで何よりだわ。綴先生にいじめられていたときのトラウマはもう大丈夫……ではないみたいね」

 

 綴先生の名前を出した途端に銀氷の魔女の瞳は光を失い、全身が震えだした。どうやらよほどひどい目にあったようだ。プライバシーの名の万能の盾により、少年武偵法では犯罪を犯した未成年の武偵の情報を公開することは禁止されている。そのプロフィールをやり取りできるのは仲間の武偵同士であっても禁忌とされ、知ることができるのは被害者と限られた司法関係者のみである。

 

 そう、司法関係者なら知ることができる。

 

 つまり、風紀委員長たる二木佳奈多にはGW前のハイジャック事件、それにアドシアードの一件の綿密な詳細を知る機会があったのだ。勿論、委員会連合に加入している風紀委員長という肩書があれば誰でも観覧できるわけではない。被害にあった星伽白雪と同じ東京武偵高校の生徒であることといった他の条件も考慮した結果だろう。

 

『そろそろ会えると思ってたよ峰くん。いや、「武偵殺し」って呼んだ方がいいか?』

『おいおい。そんな顔するなよ。誰から聞いたなんて分かりきっていることだろう?かわいらしい顔が台なしじゃないか。第一、君の方から声をかけてきたんだ。失礼だとは思わないのか?』

 

 アメリカで理子に遭遇した来ヶ谷唯湖が理子のことを『武偵殺し』だと知っていたのも佳奈多からこっそりと聞いたとすれば合点がいく話だ。二木佳奈多にしろ来ヶ谷唯湖にしろ、国家機密レベルの脅威とされているイ・ウーの危険性は承知している。

 

「ジャンヌ・ダルク。あなたにやってもらうことがあるわ」

「で、私はこれからどうすればいい?」

 

 策を巡らす銀氷の魔女がやたらと素直なのは、今が囚われの身であることからによる妥協だけではない。ジャンヌ・ダルクは目の前に立つ風紀委員長のことを佳奈多と名前で呼んでいた。つまり、この二人は以前からの面識があるということになる。二木佳奈多とて『銀氷の魔女』がどういった人物か全く知らないのならば協力させようとする行為はリスクが高すぎて使おうと思わなかっただろう。ジャンヌが裏切ろうものなら、責任問題として矢面に立たされるのは佳奈多である。ゆえに、佳奈多はジャンヌが自分を裏切ることができないだろうという確信して接触しているということになる。

 

 事実、その通りである。

 

 ジャンヌ・ダルクは二木佳奈多を裏切れない。策を張り巡らす魔女らしく佳奈多を裏切り欺こうとした場合、自分がどういう目にあわされるかをよく理解していた。どのみち今のジャンヌには佳奈多に従うほか選択肢はない。

 

「あなたへの大まかな要求は二つ。一つはバルダが言い残した情報にあった、東京武偵高校に潜伏しているイ・ウー主戦派(イグナティス)の魔術師。こいつを排除に協力しなさい」

「……わかった。望むところだ。で、もうひとつはなんだ?」

 

 イ・ウー主戦派と戦うことについてはジャンヌとて異存はない。自分一人でやる分には分が悪いが、佳奈多に協力という形ならリスクを軽減できる。例え武力絶賛主義のイ・ウー主戦派であったとしても、極東エリア最強の魔女とまで噂される人物と一戦を交えたくはないはずだ。司法取引の条件としては自分に不利はない。けど、次に佳奈多がジャンヌに告げたことは二つ返事はできなかった。

 

「―――――――――しなさい」

 

 佳奈多の要求に対して、銀氷の魔女の顔は血の気が引いていき蒼白になった。

 瞳には自分に降りかかるものを考えたからか恐怖がありありと浮かんでいる。

 

「ま、待て。待て佳奈多!!そんなことしたら私は殺される!!!」

「どの道従わなければイ・ウーの魔術師ともども私がこの手であなたを殺す。昔あなたがちょっかい出してきたとき勝負にもならなかっらことをお忘れではないのでしょう?いくら私の超能力が弱体化しているとはいっても、私は超能力なしでも諜報科(レザド)Sランク程度の実力はある。あなたを殺すだけなら秒単位でできるわ。掟厨の星伽巫女ほど私は甘くないわよ。なんなら、今からそれを教えて差し上げましょうか?」

 

 星伽巫女を怖がらせた銀氷の魔女を震え上げさせるほどの明確な脅しだった。

 佳奈多がジャンヌを見つめる瞳は恐ろしいほどにまで冷たいものになっていく。

 銀氷の魔女をして、身体が凍り付いてしまうかと思ってしまった。

 もしも第三者がいたとして氷の女王としてふさわしいのはどっちと言われたら誰もが佳奈多を選ぶだろう。

 

「私を敵に回すか。あの魔女を敵に回すか。選択肢は二つに一つ。別に難しいことを言っているわけではないでしょう?特攻隊の一員に選ばれたというわけでもあるまいし。あなたが神崎かなえさんにやったことを別の人物でやれと言っているだけなのだから。ちなみに峰さんは二つ返事で了承してくれたわよ」

 

 殺すという言葉を言うだけならば誰にだって言える。けど、冗談だとかノリで言ってみただけだとかで済まされるはずである。しかしジャンヌは理解していた。二木佳奈多は言葉こそは冗談のように軽き言い、表情だって事務仕事でもしているような機械的なものである。それでいて冗談でもなんでもなく自分を殺すだろうということを知っていた。

 

「お前……そんなことができると思っているのか?」

「できる。そもそもなんで私の風紀委員会が一体何の為に存在しているのか考えたことがある?確かに今回のように司法取引関連の権利があるということもあるけれど。来ヶ谷さんのイギリス清教しかり、牧瀬の奴の……あいつの場合はいいか。ともあれ、たかだか高校二年生に過ぎない小娘風情が委員会連合に加入できるほどの委員会を持つためにはそれ相応のバックがついてるに決まっているでしょ」

「まさか、そのために風紀委員長なんかやっているのか?」

「さあね。所詮はどうでもいいことよ。気まぐれだとでも思ってくっればいいわ。でも、百パーセント悪い話というわけでもないでしょう?……あなたにとっても、ね?」

 

 沈黙が二人の間を支配した。時間的には十秒もたっていないはずなのに、ジャンヌには10分にも近い時間がすでに経過しているように感じた。時間の経過とともに室温が徐々に絶対零度に近づいているような錯覚まで受けた。早く何か答えなければ。意識は先行しているものの、自分の口が震えていることにジャンヌ自身は気づいていない。いいだろう、と返事をするまでにどれだけの時間がたったのだろうか?

 

「……そう。じゃあ、しばらくしたらここから出してあげる。よかったわね、自分の自慢する超能力をいかせる機会がやってきて。精々その優秀と自称する頭脳でよからぬことでも考えながら待っていなさい」

 

 もう用はないと言わんばかりに、じゃあねと一言だけ告げて佳奈多は取調室から出ていった。

 佳奈多の姿が見えなくなったこと途端、ジャンヌは安堵の息を吐いている自分に気が付いた。

 私はいったいいつの間にこんなに汗をかいているのだろうか?

 

(……優しい魔女? どこがだ? ひょっとしたら理子はいいように騙されるだけなんじゃないか?)

 

 ジャンヌ自身の佳奈多についての感想は、高校一年生の時の理子から聞いた話とはとてもじゃないが一致しない。佳奈多自身の目的のためにうまく利用されているだけのような気もする。イ・ウー研磨派(ダイオ)の連中とも平気で接触してイ・ウー主戦派(イグナティス)の連中の情報を集めている魔女。研磨派のジャンヌとしては当面の命の危機はないが、とても佳奈多は自分の手に負える相手ではないと思った。バルダいう仮面は元々ジャンヌがアドシアードのために作り上げたもの。護衛とかいう最もな理由で二木佳奈多を星伽白雪捜索に加わらせないようにするためのものだった。もし、戦うことになっていたらと思うとゾッとする。

 

 二木佳奈多。

 彼女はジャンヌらイ・ウー研磨派(ダイオ)にとってどういう存在になるのだろう?

 

 イ・ウー主戦派(イグナティス)を滅ぼす幸運の女神となるのか。

 イ・ウー研磨派(ダイオ)を滅ぼす不吉の死神となるのか。

 

 答えは神のみぞ知る。




佳奈多&ジャンヌがこれより行動開始します。
理樹&沙耶のドジっ子コンビでは先を越されそうな気も……ガンバレ!!

さて、今回は答え合わせの回でもありました。
どうして来ヶ谷が理子のことを『武偵殺し』だと知っていたのかは、佳奈多から聞いたからです。
みなさんは分かっていましたか?

では!


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Mission62 流れ星への祈祷者

 老人ホーム。

 かつては養老院だなんて呼び名もあった老人ホームには目的で分類すると大きく分けて二種類存在する。

 一つは生活サービスを提供するもの。共に同じ生活空間で過ごすことにより、人肌恋しくなったおじいちゃんおばあちゃんの孤独を解消することができる。誰だって一日中だれとも会話しない生活なんてむなしく感じるものだろう。

 

 もう一つは老人福祉を行うためのもの。

 今入浴、食事の提供、機能訓練、介護方法の指導及びその他の便宜を提供するだけでなく、その老人ホーム自体が一種の病院として機能しているもの。

 

 今直枝理樹がいる老人ホームは規模こそは小さいものの病院としての機能を有するためこちらに該当する。この老人ホームでアドシアードで負ったケガの診察をしてもらうという約束もしていたくらいだ。

 

 理樹は喫茶店トロピカルレモネードにて脱臼を、謙吾はアドシアード初日に骨にひびを入れている。

 小毬の時間が空いたため、診察をしてもらうために理樹は裏庭へと謙吾を呼びに行っていた。

 この老人ホームは都会の中心部から離れ、すぐ近くに森林があり、綺麗な山が見える自然に恵まれた場所である。森林に囲まれたグリーンセラピーを体験できるとでもいえばいいのだろうか。

 

 小毬さんから聞くとことによると謙吾は今、薪を斧で割っている最中のようだ。

 いくらボランティアと言っても包帯で腕をぶら下げている人間に介護してもらいたくはないだろうということで、謙吾は一人で黙々と薪を割ることにしたらしい。

 片手で大丈夫かと聞いてみたら問題ないと言っていたけど本当だろうか?

 

「謙吾。小毬さんが呼んでるから一緒に……謙吾?」

「ああ、理樹か」

「どうかした?なんか考え事しているように見えるけど」

 

 謙吾の近くには割られた……というよりバッサリと切られた薪が山積みにされている。仕事の方ははかどっているようだけど、なにやら考え事をしているようだ。長い付き合いだ。何も言わなかったとしてもそれくらいは分かる。

 

「さすがに片手で斧で割っていくのは流石に疲れると思ったから、『雨』で魔術を用いて切っていったんだが……ここ、魔術の調子がちいつもとはちょっと変わっていてな」

「調子悪いってこと?」

 

 科学の力とは違い、魔術の力はその日その日によって力が変動することがある。

 科学の兵器の典型例たる銃の場合、いつ引き金を引こうが威力に違いは出てこない。

 

 理樹の超能力みたいに相対的だが不変の能力も存在することは事実であるが、魔術や超能力といった異能の力の場合は場所や時間によって威力が異なることがある。そのため超偵は全力で戦うことができる時間が限られているため、自分のコンディションをいちいちテェックしているらしい。理樹は謙吾が魔術をうまく扱えなくなっているのかとも思ったけれど事実はどうやら違うようである。

 

「いや、逆だ。むしろ調子はいい。……良すぎるんだ」

「なら問題ないんじゃない?何も実害は出てないんだしさ」

「それはそうなんだが、この感触は似ていると思ってな。ちょっと気になったんだ」

「似ている?どこと?」

 

 実家が魔術を受け継いでいるから超能力捜査研究科(SSR)に籍を置いているとはいえ、自由に受講できる民間の依頼(クエスト)において魔術関係の依頼をとることはない。代わりに理樹らリトルバスターズの一員として活動するために探偵科(インケスタ)系統の仕事をとっている。だから、謙吾が魔術を使うことはほとんどない。謙吾が魔術を使うとしたら、

 

「星伽神社だよ」

 

 消去法的に自然と謙吾の実家たる宮澤道場に関係のあるところとなる。

 星伽神社。イギリス清教さえも新参者と断言するような伝統と格式のある男子禁制の神社。

 

「星伽神社と似てるって……つまりどういうこと?」

「青森の恐山なんかは霊を呼びやすい場所して有名だ。それと同じように魔術の恩恵を受けられる場所というものがある。この老人ホームもひょっとしたら地脈でも通っているのかもしれないな」

「それって問題あるの?例えばおじいちゃんおばあちゃんの健康を害している要因になりうるとかさ」

「むしろラッキーな方だろう。魔力を使うのに体力が必要ということは、逆にいえば魔力をもらえれば気休め程度でも体力を取り戻すことができるということなんだ。この老人ホームを設計した人間はラッキーだったな」

 

 ちょっと見て回っただけであるが、ここで生活しているご老人たちはみんな元気がある。

 謙吾の言うように地脈による恩恵を受けることができるというもの理由の一つであるだろうが、病院と言っても差支えのないほどの医療設備のおかげだと思う。でも、そもそもの疑問は一つ。病院と言っていいほどの設備を、なぜ一介の老人ホームにあるのだろうか?

 

 理樹は医療関連にさほど詳しいわけではないものの、個人経営の病院よりも豪華な機材がそろっている。後で小毬にそれとなく聞いてみようかと考えていた理樹は、謙吾と一緒に診察室に入ると

 

「ゴホッ……ッ!!」

 

 苦しそうに肩を上下させながら激しく咳をしてむせてしまった。

 その理由は、

 

「初めまして、朱鷺戸です」

 

 小毬にこれから診察すると言われて案内された診察室に入室した理樹を、隠れて見守っていると言っていた朱鷺戸沙耶が白衣を上に着て出迎えたのだ。予想だにしていなかった展開に息が詰まる理樹を謙吾は心配そうにのぞいていた。

 

「風邪かしら? 専門ではないけれど、そっちの方も見ておこうかしら。じゃあ直枝君。診察するからこっちの椅子に座って」

「あ……はい」

「じゃあ沙耶ちゃん、理樹君お願いね。私はこれから謙吾君とレントゲン取りに行くから。それじゃ、行こうか謙吾くん」

「分かった。じゃあまたな、理樹」

 

 謙吾と小毬が出ていった後、理樹はジト目で沙耶を見つめた。

 

「……何やってるの朱鷺戸さん」

「あたしは諜報科(レザド)に所属しているけど、現場に乗り込むタイプの衛生武偵でもあるの。手術よりも応急処置特化だけど、医師免許だってちゃんと持っているわ。だから、これからあたしが診察してあげるわよ。小毬ちゃんは宮沢くんのレントゲン写真撮ってるみたいだしちょうどいいでしょ」

「そうじゃなくてさ、朱鷺戸さんは隠れて僕を見張っているのだとばかり思っていたからさ」

「別にそれでもよかったんだけど、こうした方がいろいろやりやすいかと思ってね。ほら、医師と患者という組み合わせなら話していても疑問はないでしょ?」

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶が東京武偵高校において会話してはならない理由は、急な接近によって錬金術師に沙耶の正体が露見することを避けるためである。でも、そこに理由があったなら?病院で医師と話すことには疑問はない。朱鷺戸沙耶は自然な形で理樹と接近してきたのだ。

 

「小毬さんと知り合いだったの?」

 

 先ほど小毬さんに案内されたとき、小毬さんは朱鷺戸さんのことを沙耶ちゃんと呼んでいた。小毬さんは人懐っこいから二人が友達であるかはまだわからないところだけれど、面識があるのは確かだろう。

 

「この老人ホームは『機関』が経営しているのよ。もしも何かあったときのために一般の病院だと政府の手がかかってしまうから、万が一の時の隠れ家としてこういった個人経営の場所が必要だったのよね。他にもなん箇所かあるわよ」

「だからこんなに設備が充実しているのか……。ん?ってことは小毬さんって朱鷺戸さんと同じ『機関』の人間?」

「この老人ホームを拠点に活動しているから完全に無関係だとはいいがたいけど、小毬ちゃんは『機関』のことは何も知らないわよ。『機関』が裏組織であることは否定できない事実だけど、犯罪組織ではないから安心なさい。……まあ、全くの白とはいいがたいけど。第一、あの子がエージェントって感じがする?」

「それもそうか」

 

 朱鷺戸さんが言っていることが本当ならば、これほど心強いことはない。

 錬金術師オルメスが襲撃してくるとしても、こちらは自分のホームで戦うことができるのだ。

 しかも、仮に負傷してしまったとしても医療関連の道具に困ることもない。

 

「ねえ朱鷺戸さん」

「何?」

 

 沙耶によって左腕を物は試しと動かされている最中に、理樹は尋ねてみる。

 

「イ・ウーの魔術師。本当に来ると思う?」

「さぁね。来るとしても本人ではなくてあの砂の人形かなんかだと思うわ。理樹君の話によるとあれは会話できるみたいだしね」

「その場合でも大丈夫なの? 返り討ちって言っても倒すだけじゃ意味ないでしょ?」

 

 魔術師にとって式神は使い捨ての道具に過ぎない。犬やカラスなど動物をもとにしている場合は別だとしても紙や砂の場合は失っても何も痛くない。現に理樹だっていったい錬金術師の式神を右手で粉砕している。人間相手ならともかくとして、砂なんていう具体性のない流動的なものを捕まえることはできるのだろうか。しかも、理樹の場合は右手で触れただけで粉砕しかねないときている。仮に捕まえることができたとして、拷問しても意味がない気がする。それでは目的である錬金術師の居場所を突き止めることができない。

 

「そこは任せておきなさい。あたしに策があるわ」

「どんな?」

「教えないわ。これは私一人で実行できるものだし、変に感づかれたくはないからね」

「無茶だけはしないでよ」

「あら、あたしの心配をしてくれるの?」

 

 現在進行形で命の危険性があるとしたら沙耶ではなく理樹である。自分の心配だけをしていればいいのに他人に気を配るなんて変わって奴だと沙耶は率直に思った。そして、そんな余裕があるのだとしたら別の人間に向けてほしいとも思う。

 

「あたしのことはいいから、理樹君は友達の心配をしてなさい。『機関』は犯罪組織ではないとはいえ、『機関』やイ・ウーになんかは小毬ちゃんを絶対にかかわらせたくはないからね」

「うん、気を付ける。でも、なんだかんだで朱鷺戸さんも気を配っているんだね」

 

 現時点でも朱鷺戸沙耶ン対する理樹の評価は出会ったころとは一転している。最初の出会いは最悪だった。なにしろ命を狙う暗殺者(アサシン)とその標的(ターゲット)だ。その理由は沙耶による一方的な都合からときている。理樹にとっては迷惑以外の何物でもなかったし、短絡的に人の命を消そうとするような人間だと思っていた。

 

 でも違ったのだ。

 もう理樹は沙耶に対してそこまでの悪印象は抱いていない。

 

「朱鷺戸さんも今日の流れ星を一緒に見ない?」

 

 鈴の付き添いという形での参加だとはいえ、小毬さんと一緒にみることになっていた流れ星。

 この老人ホームの屋上で見るということになっている。そんなことをして小毬や鈴に巻き添えによる危険があるのではないかと危惧して専門家の意見を聞いてみたら大丈夫と判断されたので流れ星を見ることになっている。真人や謙吾は興味なさそうな反応だったけど、朱鷺戸さんはどうだろう?

 

「遠慮しておくわ」

「屋上には砂なんて存在しないから襲ってくることは杞憂だと思うけど、監視のために来ることは充分に考えられるからね。あたしは一応理樹を遠くから見張っていることにするわ。うまく見つけられたら御の字だしね」

「なんかゴメンね」

「目立つ形で一緒にはいられないけどあたしも流れ星くらいなら見ることができるかもしれないから、気にせず楽しんできなさい。――――――うん、腕の方はもう何ともないみたい」

 

 沙耶は動かしていた理樹の腕を離す。それと同時に小毬が謙吾を連れて帰ってきた。

 

「ほら、身体の方での障害もでてないみたいだしもう行きなさい」

「うん、またね」

 

 何を話していたの?と聞いてきた小毬に対して何でもないよと答えた理樹は、仕事のボランティア活動を再開することにした。

 

 

      ●

 

 

 夜になる。小毬と鈴の二人は老人ホームの屋上に出た。理樹は一歩下がって二人の後をついてきている。野郎二人が流れ星なんか興味はないとかいうことで来ていない。さっさと寝るらしい。

 

「知ってる?流れ星が流れたら、三回お願いすれば叶うのです」

「願いごとか……」

「まだ見えないけどね」

 

 朱鷺戸沙耶曰く理樹は稀にしか見られないようなラッキーボーイとのことであるが、理樹自身は運がない方だと認識している。流れ星が見られるかどうかは小毬と鈴の運にかけることにした。

 

「流れ星が流れるようにって、何にお願いすればいいのかな」

 

小毬の発言の思わず吹き出してしまう。

ちょうと理樹も同じことを考えていたのだ。そのことを正直に話すと小毬さんのおかしそうに微笑んだ。

 

「流れ星なんて見るのは生まれてだよ。鈴は?恭介と見に行ったりした?」

「なんであんなバカ兄貴と一緒に見にゃならん」

「ないんだね……」

 

 理樹が恭介と出会ってからの出来事はすべて幼なじみ全員で行ってきたものだ。だから理樹が体験していないことは自然と鈴も体験していないことが多い。流れ星を見ることだってそうだ。いつも恭介がやろうと唐突に言い出して、彼らはそれに飲み込まれていく。流される口なのかもしれないけど、それで後悔したことはない。もしも恭介が流れ星を見に行こうとか幼いころに言っていたら、全員で見ることもあったのかもしれないなとか理樹は考えていた。今まで理樹は流れ星なんて微塵も興味もなかったし、恭介との遊びだってやってみるまで興味のないことが多かった。

 

「恭介といい小毬さんといい、見つけることがうまいんだね」

「何を?」

「素敵なこと。小毬さんの瞳は、普通に人よりもいろんなことが見えるみたいだね」

 

 心からそう思った。

 けど、小毬さんはちょっぴり困ったような微笑みを返してきた。

 

「私は普通だよ。理樹君だって鈴ちゃんだって、今よりももっといろんなことが見えるようになる。それに気が付いていないだけなんだ」

 

 そうだ、思いついた。小毬さんはそう言った。

 彼女は祈るように両手を組み、目を閉じて願い事を流れ星にささげようとする。

 ちょうどその時だった。

 理樹と鈴は、小毬の願い事に呼応するかのように流れ星が流れたのを見た。

 

「あなたの目が、もう少し、ほんのちょっとだけ。見えるようになりますように」

 

 二つ目の流れ星が流れる。

 小毬さんが願ってくれたおかげなのかとも思ってしまう。

 

「どうしたの?」

「思い出したの。マッチ売りの少女のお話」

「マッチ売りの少女?」

「大晦日の夜、マッチ売りの少女は天国へと行くの。最後の流れ星と一緒に、少女の命も燃え尽きちゃうの。……目が覚めて、おにいちゃんの夢が消えていくときと同じように」

 

 小毬さんは心のどこかでお兄さんのことを感じ取っているのかもしれない。

 理樹は祈る。

 小毬さんの兄。実在の可能性だって捨てきれない優しい兄。

 もしも勘違いとかなんかではなく、隠された秘密が存在しているのだとしたら。

 その秘密が、悲しいものではありませんように。

 そう思ったのに。

 

「――――――待って。マッチ売りの少女?流れ星?」

 

 小毬は急に頭をおさえ、何かを考え込んでしまった。

 どうしたのかと顔を覗き込んでいると、小毬の表情が徐々に真っ青になっていったことに気が付いた。

 

「大丈夫か、小毬ちゅん!」

「ッ!!」

 

 急な変化に対して心配になったせいか、鈴が初めて小毬のことを名前で呼んだ。

 小毬は以前からあれだけ鈴に名前で呼ばれたがったのに、うれしく思うような輝かしい笑顔は帰ってこない。それどころか瞳から光が失われつつある。

 

『小毬、流れ星を見に行こう』

『俺がお話を聞かせてあげる。流れ星に込められてた願い事を叶えてくれる優しい魔法使いのお話。タイトルは――――――』

『小毬ちゃん、あなたが全て忘れてしまうとしても、あたしは何一つとして忘れずにいるわ。あなたのことも、拓也さんのことも。だって、あたしは―――――――――』

 

 小毬の口から言葉にならない悲鳴が上がる。理樹と鈴の二人で支えるが、小毬の身体からは力が抜け言っている。小毬は二人によりかかるようにして気を失ってしまうが、その前に一言つぶやいた。

 

「――――――――――――思い、出した」

 

 

          ●

 

 

「………やっと見つけた」

 

 理樹と別行動する形になっていた朱鷺戸沙耶は老人ホームの屋上ではなく裏口近くにやってきていた。

 今、彼女の右手には砂が力強く握りしめられている。

 

(いくらイ・ウーの関係者だとはいえ、この場所が『機関』の拠点だとは思ってなかったでしょ)

 

 謙吾が魔術を使ってみての感覚に違和感を感じたのは理由がある。

 この老人ホームにはある種の結界が貼られているのだ。結界と言っても防御や妨害の目的で作られたものではない。むしろ逆だ。地脈と龍脈の恩恵を受けられてようにしてあるため本来以上の力がだせるようなになっている。そのため、ちょっとした魔術でも大きな痕跡を残す。沙耶は夜という暗闇が支配する環境の中で砂の化身をすぐに見つけられたのはそのためだ。

 

(……東京武偵高校の時に残った砂には理樹君の超能力で痕跡が跡形も残っていなかったけど、この砂があれば問題なく逆探知の魔術が使える)

 

 相手が魔術なんてインチキを使うのなら、こちらも魔術を持って対抗するまでのこと。

 理樹の周辺を監視している最中に見つけた砂の化身をナイフを投擲して倒し、その残った砂を触媒にして逆探知を開始する。

 

(……この場所なら反動も少ない。あたし自身のケガも軽症で済む。手当だってすぐにできる)

 

沙耶は足で地面に円を描き、円の中心部から同距離の位置するようにあらかじめ用意しておいた折り紙の鶴を四か所に配置した。

 

(……あたしの逆探知の魔術は魔力の持ち主の居場所を今の居場所を原点とした座標データとして認識する。つまり、これでアンタのアジトを突き止めてやるッ!!)

 

 沙耶は魔術を使ったと同時、彼女はゴホゴホッ!!と痰が詰まったような息を吐き出して口を押えた。咳が止まると、口を押えていた右手に吐き出された彼女の血が付着している。沙耶は今にも倒れそうになりながらも、それでも結果を出した。ふらつく頭を押さえながら、携帯電話のGPSを立ち上げる。得られたのは座標データだけであり、地図がなければ具体的にどこを示しているのかわからない。GPSにて確認すると、

 

「……え?」

 

 どういうこと?という疑問が漏れる。

 沙耶の魔術の結果出てきた居場所は―――――――――――東京武偵高校、教務科(マスターズ)

 

 





潜伏先は教務科でした。みなさん予測できましたか?
バルダとジュノンがアドシアード期間においても探すことのできなかった場所という条件には当てはまる場所なんですよね。
沙耶についてですが、魔術を使ってみたり小毬の老人ホームが『機関』との関わりを持っていたりと謎が出てきたことだと思います。近いうちに明らかになるので楽しみにしていてくださいね。

では、次回は教務科に忍び込むお話です。
デュエルスタンバイ!!


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Mission63 コンビニの愛好家

 

「小毬の様子はどうだ?」

 

 流れ星を見るとか言って夜に屋上に行った後、帰ってきた小毬は気を失った。

 もう朝になるが、いまだに小毬は目を覚まさない。

 ずっと小毬は眠ったままである。

 真人と謙吾の二人は鈴に聞いてみるが、鈴は首を振るばかり。

 その場にいた鈴でさえ、いったい小毬に何があったのかを理解できていない。

 嫌なことを思い出した。分かっているのはそれだけだ。

 

この老人ホームの設備の一つである個室のベットにて小毬を休ませていて、老人ホームで働いている先生方があわただしく動いている。ただ、その中でいない人物が一人。鈴はその人物に恨みがましくつぶやいた。

 

「ところで、理樹はこんな時に一体どこで何をやっているんだ」

「理樹はやることがあるらしいぜ」

「真人はなんか聞いてないのか?」

 

 責めるような鈴の視線を真人は言い訳するでもなく、正面から受け止めた。

 真人だってこの状況でいない理樹にひとつやふたつくらい言いたいことがある。

 なにか理樹が抱えていることがいい。

 けれど、それを言ってくれないことが残念であった。

 力を貸せといわれたら、迷うことなんて何一つとしてないのに。

 

『真人。お願いがある』

 

 けれど、井ノ原真人はそれ以上に理樹を信じている。

 理樹が何も言わないということは、自分の筋肉の出番はないということだ。

 言いたくないことがあるのなら言わなくてもいい。

 それならわざわざ真人は聞きはしない。

 

「オレは理樹が帰ってくるのを待っているさ。あいつが今の小毬をほったからかしにしてでもやることがあるのだとしたら、それはそれ相応のことなんだろうよ」

 

 

 

      ●

 

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶。

 積極的にしろ消極的にしろ、この二人は解決すべき問題を抱えている。

 具体的には東京武偵高校に潜伏している魔術師の排除。

 本当だったら理樹だって倒れてしまった小毬のそばにいてやりたい。

 それができないのは、理樹が狙われている身の上であることには変わりのないからだ。

 謙吾は腕をケガしているし、小毬なんて一日たってもいまだに目を覚まさない。

 もし相手が人質でも用意しようと考えたら真っ先に狙われるのはなんの抵抗もできない小毬だろう。

 

「小毬さん、大丈夫かなあ」

「あそこは『機関』のアジトの一つなのだから、もうこれ以上はそうそう手を出してはこないはずよ。それより目の前の問題に集中しましょう。小毬ちゃんのお見舞いに堂々と胸を張っていくためにもね」

「……そうだね」

 

 沙耶の逆探知の魔術には欠点がある。『縁』による結びつきの術式を使ったため、相手の居場所をつかんだと同時に自分の居場所が相手にもばれてしまうのだ。でも、それでもいいと沙耶は判断した。あの老人ホームが『機関』の手がかかっているということをそれとなく伝えることができれた以上、そうそう手は出してこないだろう。あの老人ホームにいる限り、倒れている小毬はもちろんのこと腕がまだ完治していない謙吾だって無事でいられる。狙われる心配はないといえる。残る問題はと言えば、

 

「さて、どうやって教務科(マスターズ)に潜入しましょうか?」

 

 匿名で教務科(マスターズ)に『おたくに魔術師が潜んでいますよ』だなんて連絡を入れたとして、到底聞き入れてもらえるとは思えない以上は自分たちで侵入するしかないわけであるが、これが実は難題である。理樹はもちろんのこと、沙耶だって勘弁してくれと言わんばかりの嫌そうな表情を浮かべている。蘭豹先生の物理的制裁と綴先生の精神的な制裁がウェルカムと待ち構えている光景が容易に想像できた。

 

「誰かに協力を頼むのが一番なんじゃないかな」

「……誰に?あたしは理樹君には協力を得るために『機関』のエージェントだという身分を明かしたけど、教務科(マスターズ)の講師たちにまで自分の立場を教えるつもりなんて毛頭ないわよ。それに、なんで教務科なんかに本拠地を作ったんだと思う?」

「そうだね……協力者がいた、とか?」

「そう考えるのが妥当なところよ。おそらく教務科の教師の中にも魔術師とつながっている奴がいるはずよ。いくら『魔術』が絡んで専門外の分野になってしまうとはいえ、そうでもないと百戦錬磨の教師陣が気づかないわけないもの」

 

 あくまで沙耶の仮定であるが、教務科にあるのは錬金術師がアジトとしている場所への入り口なのだろう。沙耶の逆探知の魔術により出てきた座標は地下を指していた。どうやったかわからないが、地下基地を作るために手引きした奴がいることだけは間違いない。そうなると、下手に教務科(マスターズ)へと連絡を入れようものなら奇襲を知られてトンズラされてしまう可能性だってある。頼りにできるとしたら、絶対信頼できると命を懸けても言い切れるような相手のみとなる。真人には小毬さんに何かあったときのためについていてもらいたいし、そうなったら残るのは、

 

「遠山くんなんてどう? 彼ならきっと力になってくれるよ」

「とりあえず様子見をしてからかしらね。教務科(マスターズ)って一口に言ったところで具体的なものは何一つわかっていないから、誰かに協力を頼むならそれからよ。十中八九魔術が絡んでいる以上、今必要となってくる人材は魔術の専門家よ。でも生憎そんな都合のいい人間はいないから結局のところ今のところはあたしたち二人でやるしかないわ」

「そう。じゃあ行こうか」

「潜入する方法を思いついたの?」

「思いついたというより、聞いたという方が正しいかな?」

 

 アドシアードにおいて二木佳奈多はイギリス清教の要人来ヶ谷唯湖の護衛に、神崎・H・アリアは星伽神社の要人星伽白雪の護衛にそれぞれついている。佳奈多の場合は寮会からの指名という形であったがアリアの場合は寮会からの依頼ではなく自分でその仕事をもぎ取っている。なんでも教務科に呼び出された白雪の弱みを握ろうとして忍び込んだ結果、なりゆきでそうなったらしい。白雪の料理という豪華なごちそうに運よくありつけておいしくいただいていたときはこいつら度胸あるなあと感心していた理樹であったが、まさか自分が実行する羽目になるとは思わなかった。

 

 深夜、だれもかもが寝静まったころを見計らって理樹と沙耶の二人は教務科へと忍び込む。

 天井のダクトを通過して匍匐前進にて移動しているが、どこの部屋にて下りるかはまだ決めていない。

 幸いにも地下が怪しいということだけわかっていたので探索するのは一階の部屋だけという絞り込みはできているものの、そんなものはあってないような優位点だ。先行してダクト内部を進んでいた沙耶は一つの部屋の前で止まり、通気口を蹴破って部屋に降り立った。

 

「ここね」

「どうして分かるの?」

 

 沙耶が降り立ったのは空き教室。大体20人くらいは入ることができるだけの容量を持ち、机と椅子もそれだけ並んでいる。とはいえ教室としては使われていない。机だってきれいなものではなく、いつ業者さんが回収に来るのかを考えるくらい使い倒されたものばかり。物置として使用されているみたいだった。

 

「まだ確証はないわ。でもあやしいと思わない?教務科(マスターズ)の教師たちが誰も興味を示さない部屋という条件にはぴったりだわ。都合のいい死角になっている。おそらくだけど、ここに秘密の入口があるのよ」

 

 物置みたいなところに教師たちが直接やってくるだろうか?いや、否だ。物騒な教師たちはこの場所に自分で机を運び入れるなんてことしない。授業の罰とかで、生徒たちにやらせるに決まっている。もし何か変わった変化があったとして、生徒たちは教務科内部のことだと思って関わりたくないと思うし、教師たちはそもそも来ない。

 

「入り方は?」

「それをいまから調べるの。ここが正解かどうかも未確定だしね」

 

 ぱっと空き教室を見渡して見えるのは机と黒板。教室ならあって当然の設備のみ。

 沙耶に続こうとして理樹もダクトから飛び降りる。着地した瞬間、沙耶は怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうかした?」

「今理樹君が飛び降りた時、なんだか地面が傾いたような……」

「ほら、あれじゃない?蘭豹先生の伝説の一つ。震脚でこの学園島の角度を変えてしまったというやつ。この部屋でやったから地盤が緩んでいるんじゃない?」

「いくら地盤が緩んでいたとしても人間一人の体重くらいでそうそう揺れるもんですか。なにか仕掛けがあるわね」

 

 加わる力がキーワードということで、二人並んで移動しながら部屋の様子を探ってみる。

 方や探偵科(インケスタ)。方や諜報科(レザド)

 鑑識科(レピア)の人間にはかなわないとしても二人とも現場の調査能力を高めてきた人間だ。

 二人は部屋の仕組みをすぐに明らかにした。

 

「どうやら床が沈むことはわかったけど……場所によって沈む量が違うね」

 

 床を押してみる。

 指摘なれなければ気がつかなかったような変化であるが、床のタイルが少し沈んだ。

 すべてのタイルを押して回った結果、、教室の中心が一番力が必要だった。

 逆に外周はたやすく沈む。外に向かうにつれ、その傾向がある。

 

 考えてみよう。まず、特徴を挙げるとすると、

 

・外周の正方形は同じ圧力で沈む。

・中心に近付くにつれ、その正方形を沈めるには徐々により多くの質量を必要とする。

 

 と、言ったところか。

 

 

(……そうか! なら床の高さを均等にすればいいんじゃないか!)

 

 幸いにもこの部屋にはおあつらえ向きに机と椅子がたくさん置いてある。

 この教室の完成した構造を頭の中でイメージしろ。さっきの特徴から考えて、

 

「太陽の塔だ」

「え、なんの塔?」

「ほら、太陽の塔だよ。それがここにそびえたったなら」

「なら?」

「……きっと屋上まで突き抜けていけるね?」

 

 自信満々で行ったがゆえに、朱鷺戸さんに呆れた顔をされた

「よくわからないけど、塔ならそうなるんじゃない?。で、あなたの言いたいことは?」

「ごめん、忘れて」

 

 そういえ会えてしまっては何も言えない。落ち着くんだ、直枝理樹。

 お前はやればできる奴のはずだ。落ち着いてもう一度考え直せ。

 

「ローソンさ」

「え、ローソン?」

「コンビニだよ」

「ああ、コンビニね。で、それが何?ローソン型って、ただの単なる直方体よね?」

「そうだよ」

「どこからその自信が出てくるのか分からないけど、そんな直方体なんて単純な解答じゃないはずよ」

「で、でもローソンなんだよ!?」

「いやに粘るわね……だから違うってば」

 

 またまた一蹴された。

 理樹だって途中から薄々と気が付いていた。

 

 (……そうだよ、ローソンなはずがないじゃないか。僕はいったい何を考えているんだ)

 

 そのまま否を認めるのが嫌で食いついてしまった。

 朱鷺戸さんが好きなのはローソンではなくきっと、

 

「ファミマだ」

「え!? ファミマ!? なにそれ」

「え、知らないの? ファミリーマートの略。こっちもコンビニ」

「それも単なる直方体よね?」

「そうだよ。でも、ファミリーマートなんだよ」

「また根拠もなくプッシュしてくるわね。違うわよ」

「うん。時間の無駄だったね」

 

 冗談はほどほどにしておこう。残った選択肢は一つしかない。

 

「ピラミッドだ」

「え、なに?」

「机といすを組み合わせて、教室の床一面を覆い尽くすくらいの大きなピラミッドをつくるんだよ」

「へぇ……ローソンだとかファミリーマートだとかコンビニをあれだけ推していた人物からの発言とは思えない。意外ね」

 

 二人でせっせと椅子と机を並べていく作業はシュールなものに思えてきた。こんなことなら筋肉担当も呼べばよかったかなんて思ってしまうがちょっと待ってほしい。理樹の筋肉だってバカにしてはいかん。いかんぜよ!

 

「何か変化はあった?」

「ええ。後ろの黒板に変化があったわ」

 

 朱鷲戸さんが黒板に近付いていき、それを両手で押し上げてみせた。

 コンクリートの壁に、穴が開いていた。

 一人なら、這いながら通れそうな狭さ。

 光も何もない本当の暗闇だ。まさか自分がはいっていくなんて想像もしたくない。

 

「行くわよ」

「ねえ、やっぱり僕も行かなきゃだめ?」

「当然じゃない。あなたはあたしのパートナーよ?」

「やめたいんですけど……」

「じゃ殺す。ここで殺す。いますぐ殺す」

「しんがりでも特攻隊長でもなんでも任命下さいっ!!」

 

 気分が変わった。

 それはそうと人型使い捨て装甲板作戦を実行する前に確認しておきたいことがあった。

 

「ねえ、このままいくの?いくらなんでも侵入者対策でもしてあるんじゃない?もうちょっとなんかないの?ほら、気づかれないように侵入するための作戦とか安全に敵を倒す方法とか」

「何よ。ならあなたには何か作戦があるっていうの?」

「ちょ!?本当にこのままつっこむの? いくらなんでもここは学校なんだから見つかったときのために万が一のための罠があるって考えるのが普通じゃない? ようするにテロリストが立てこもっているビルに正面から突撃をしようなんてものでしょ!?」

「ダイジョブジョブ。地下で銃なんかつかったら居場所がばれる可能性があるから、トラップがあったとしてもみんな魔術的なものよ。そんなもの、理樹君の右手の超能力の敵ではないわ。大体私はすでに魔術しか警戒はしていないんだから。あ、それから先に言っておくことがあるわ」

「何?」

「あたし、もう魔術は使えないから魔術的なのサポートとかは一切期待しないでね。私たちに残された武器は理樹君の超能力とコンバット・マグナム。それにあたしのコンバット・コマンダーだけよ」

 

   朱鷲戸さんは本当に何も考えていなかった!!!

 

 愕然とする理樹に対して、沙耶は自信満々に答える。

 

「ダイジョブジョブ。理樹くんがそうそう死なないから」

「なんだそんなこと言えるのさ!?」

「世の中にはね、幸運みたいな概念じみた力を持つの超能力者(ステルス)は実在するのよ。だからきっと、理樹君も祝福されているわ」

「いくわよ」

「い、いやだ行きなくない!死んでしまう!」

「この私がついてるんだから死なないわ!行くわよ!」

 

 問題点だらけのコンビはこうして道の迷宮へと続く暗い穴へと飛び込んでいった。

 



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Mission64 地下迷宮の罠

 神崎・H・アリア。

 彼女と白雪には探偵科(インケスタ)のとある部屋をぶっ壊し……ちょっとだけ損壊させてしまったペナルティとして修理が義務付けられている。どういうわけかここで思いの他頼りになったのは白雪である。どういうわけか白雪はこういった後始末に慣れている気がしたのは気のせいだろうか。ともあれ、片づけが一段落したのでアリアは本来の自分の部屋である強襲科(アサルト)のVIPルームへと帰ってきた。

 

「アリアせんぱーい!!おかえりなさーい!!」

 

 出迎えてくれたのは戦妹(アミカ)の高校一年生、間宮あかり。

 先輩が一人の後輩を一年間指導する二人一組(ツーマンセル)特訓制度(トレーニング)である戦姉妹(アミカ)は、実の兄弟のように生活空間を共有する。アドシアードが始まってからというもの護衛任務のためにアリアは探偵科の部屋にて宿泊することになり自分の部屋に戻れないことが多くなるからと、あかりには郵便物があるかどうかのチェックだけはしておいてと前から言っていた。

 

「あかり、さっき言ってたものはどれ?」

「こちらです!」

 

 書類を受け取ると、あかりは申し訳なさそうにしながら顔を覗いてきた。

 

「どうしたの?」

「アリア先輩。わたしこれから志乃ちゃんたちとお泊りしようって話になってて、悪いんですけどあたしは今日はこれで帰りますね」

「そう、じゃあまたね」

 

 あかりが帰るのは正直に言うとちょうどいいと思った。

 今から見るものはあかりには見せたくない。

 アリアが受け取った書類を送ってきたのは裁判所。

 

(……そろそろ来ることだとはおもっていたのよね)

 

 母親の無実を証明して助け出す。もう一度家族で過ごす。そのためにアリアはイ・ウーと戦っている。バスジャックの時は力不足を痛感し、額に一生消えない傷跡まで残してしまった。けれど、遠山キンジという相棒を手に入れてから進歩はあった。ハイジャックでは『武偵殺し』こと峰・理子・リュパン4世を取り逃がしてしまったが、アドシアードでは『魔剣(デュランダル)』ことジャンヌ・ダルク30世の逮捕に成功した。これは大きな進歩である。

 

(……ジャンヌの言い分によると、この東京武偵高校にもう一人イ・ウーの一員が潜んでいることは間違いないのよね)

 

 バルダとかいう魔術師の言っていたことが間違いないとすれば、今の東京武偵高校には彼が探していた魔術師とジャンヌの協力者の二人が潜んでいるということになる。バルダは存在自体がよくわからない人物だったため信憑性に関して言えば怪しいものだが、少なくともジャンヌの仲間がいたことだけは間違いない。わざわざ自分自身で捕まえるまでもなく、ジャンヌが逮捕されたことで一緒に道ずれにできたと思った。そして、ジャンヌともう一人のメンバーの証言から芋ずる式にイ・ウーを追っていけないものかと考えながらアリアは書類に目を通した。そして、

 

「……どういうこと?」

 

 その書類に書かれていたのはジャンヌが言及したと思われる東京武偵高校に潜むもう一人のイ・ウーの人間のことではなく、一つの通達だった。

 

『神崎かなえ容疑者にかけられていた「三枝一族皆殺し事件」の計画犯についての疑いは真犯人が確定したため、今後は裁判においても審議いたしません。よって神崎容疑者にかけられた疑いは「武偵殺し」以下……』

 

 そこに書かれていたのはある一つの事件の結末について記されたものだった。今までアリアがイ・ウーを追ってきた中で手がかり一つ見つけられなかった事件の容疑があっさり消えた。白雪から聞いた話では日本政府としても禁句のような扱いを受けているということらしい。しかも、下手に知ろうとしたら公安0に狙われてもおかしくないレベルのもの。そんな事件とのかかわりが消えたことは間違いなく喜ばしいことではある。でもそれ以上に不気味だとアリアは思った。ひょっとして、あたしが知らないとことで何かが起こっているのだろうか。

 

 

      ●

 

  直枝理樹と朱鷺戸沙耶のコンビは教務科(マスターズ)に隠されていた錬金術師のアジトへの侵入に成功した。地下に立地しているためかコンクリートのような人工物は見られないが、洞窟のように自然のままというわけでもない。自然の洞窟では今のように理樹と沙耶が横に並んで立つだけの空間はそうそうないだろうし、何よりも壁がレンガが積み上げられて作られている。昔なんかのドキュメンタリー番組で見たピラミッドの内部にいるような感じがした。いや、むしろ失われた古代文明の遺産でも見ているというほうが正しいか。

 

「まさか学校の地下にこんな迷宮があったなんて考えたことがなかったな」

「これはそうでしょう。あたしだって正直まだ信じられないくらいよ。アドシアードの最中にこの場所を探している奴がいたって話は聞いたけど、こちゃ見つからないわ」

 

 地下に立地しているという観点においては地下倉庫(ジャンクション)に入り口があると目を付けたバルダとジュノンは実はいい線を行っていたのだろう。けど、さすがに部外者である彼らにはいくらアドシアードという開放的なイベントの最中であっても教務科(マスターズ)は調べることができない。

 地下迷宮。そう呼ぶのにふさわしい場所だと思った。

 地下に長時間いると下手を打てば方向感覚も時間感覚も狂ってしまいかねない。

 なんとかして早急に探索を終わらせて帰りたいところではあるが、

 

「これ、どう考えても今日中には終わらないよね」

「それは理樹君の活躍にもよるところね」

「頭を使うことだったら期待にもそえられるとおもうんだけど、肉体作業となるとどうも」

「ファミマがどうとか言ってたくせに」

「いや、あれはなんか変な電波を受信しちゃって」

「理樹君って、怖いのね」

「めったにないことだからそんなあからさまに距離を取らないで」

 

 常日頃から『風が言っています』だとか、俺は新世界の神だとか電波染みたことを言わないだけマシであるということにしておく。とりあえず今の段階できることは目の前に続く一本道を進むことのみである。蛍光灯なんてあるはずもなく、ところどころにおかれている松明の炎のみが道を照らしている。この炎はずっと燃え続けているのだろうか。だとしたらいったい何を原料にして燃えているのだろう?見れば見るほどわからないことだらけだと考えていると、目の前で懐中電灯を手にしながら進んでいた沙耶が立ち止った。

 

「ん?これは……」

 

 入り口からこれまで一本道であったが、ここで分かれ目である。

 一本道の右手の左手の両方に扉があった。扉を無視してまっすぐ進むこともできることはできるが、

 

「二つの扉のうち、片方が下に降りる階段へ通じているはずよ」

 

 おそらく標的の錬金術師が潜んでいるのはこの地下迷宮の最下層。

 研究者というのは引きこもってばかりいても平気な人間が多いため、魔術分野の研究者たる錬金術師だってその例にもれないはずだ。ここはどちらかの扉を開けなければならないのだが、

 

「さあ、どっちを選ぶ?間違えると(トラップ)にかかって死ぬ可能性が高いわよ。あなた選びなさい」

「…………」

「…………」

「えぇ!? 僕!?」

「反応鈍ッ!? 他に誰がいるっていうのよ!」

「いやいや、『機関』が誇る凄腕エージェントであるという朱鷺戸さんを差し置いて意見なんかそんな」

「あなたはあたしが仕掛けた(トラップ)をことごとく潜り抜けて見せた。そういう運の持ち主なの!ラッキーボーイなの!なんらかの補正がかかってるの!」

「あれは偶然だよ。偶然がそう何度も続くものか」

「あなたは死なないわ。そういう人なのよ。第一、なんのために連れてきたと思っているの?」

「ま、まさか朱鷺戸さん……僕を(トラップ)にかけてむごたらしい殺し方をするために……ッ!!」」

「ここまできてそんな手間のかかることをするか!いいからさっさと決めなさい!」

「えぇ……」

「いい?世の中にはね、『幸運』という呪われているのか祝福されているのか分からないような超能力者もいるの。だから、運というのはそうバカにできないものなのよ」

「外しても恨まないでね」

 

 朱鷺戸さんが怖いのでさっさと決めることにする。

 こういう二者択一を迫られた時の選択は、

 

(……ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な)

 

 神様に任せて言うとおりにしておこう。

 神様の助言というの名の運での判断により、理樹が選んだのは左側の扉だった。

 (トラップ)の可能性も捨てられないので慎重に扉を開けて中に入る。扉の向こうに広がっていたのは部屋ではなく今までと同じような通路であった。ただ、今後は人間が横に並ぶとちょうどくらいの大きさしかない。理樹の後ろに続く形になった沙耶が部屋へと入った瞬間、彼女は焦ったようにしながら理樹の名を叫んだ。ん?と沙耶の方に気を取られていると、沙耶は理樹にとびかかり、彼を押し倒した。

 

「あイテッ!!」

「起き上がるなバカ頭下げてッ!!」

 

 女の子に押し倒されるという男の子ならだれもが夢見るシチュエーションになったにもかかわらず、頭をもろに地面にたたきつけた理樹にはドキマキしている余裕はない。もっとも、理樹は頭を打ち付けていなかったとしてもそんな余裕はなかっただろう。飛んできた見るからに鋭そうな鎌が頭上を通り抜けるようなことがあれば、誰だって血の気が醒めるものだ。他にも飛来物がないかと恐る恐る部屋の奥手を確認すると、今度はドスンッ!!という重量物が地面に落ちてきた音がした。その後はゴロゴロという何かが転がる音がどんどん近づいてくる。理樹と沙耶が音源を見ると、ゴロゴロゴロと直径2メートルくらいの丸い石が転がってきたのを確認した。

 

「また古典的な……」

「感心してないで早く起きなさい!ぺちゃんこになりたいの!?」

 

 理樹と沙耶は今後は全力疾走にてこの部屋からの脱出を試みる。あいにく通路は一本道ゆえ、彼ら二人に取れる手段は来た道を引き換えることだけ。すぐに息切れを起こしてもおかしくないほどのペースで走り続けた理樹は沙耶に尋ねた。

 

「あれ僕の右手で破壊できないか!??」

「あの石が魔術的なものはだと限らないでしょ!? それに、仮に理樹君の右手で打ち消せたとしてもどこまで消せるかわからない!!砂か泥かしらないけど、あれを構築してるものに飲み込まれたらおしまいよ!!」

 

 結局、逃げることしか手段はないのだ。理樹と沙耶は元の通路へと走り、今度は先ほど選ばなかった右側の扉の方へと逃げ込んだ。石は左側の扉を平然と食い破り、通路を挟んで左右対称となっていた右側の扉にぶち当たる。扉の大きさの関係からそれ以上二人を追ってくることはなかったけれど、理樹と沙耶は中に入ったところで息切れを起こして座り込んでしまう。

 

「ハァ……ハァ……僕の勘は外れだったよ!」

「ゼェ……ハァ……でもあたしたちは生きてるじゃない。死ななかったから……ゼェ……よしとしておきましょう」

「ハァ……そういう問題じゃ…ハァ……ないような気もするけど」

 

 とりあえずは一安心か、と一瞬気を抜いたがすぐにまた異変に気が付いた。左の部屋に入ったときに聞こえたゴロゴロという大きな音ではないけれど、確かに音がしている。なんというか、シューツ!!というこの音はスプレーでも噴射しているときに発生する音に似ている。諜報科(レザド)に所属し、犯罪者のアジトへと突入した経験も豊富である『機関』のエージェントである朱鷺戸沙耶はすぐにこの音の正体を看破した。彼女はすぐに手で口を隠して理樹に忠告した。

 

「ガスの匂いよ!!」

「じゃあ、ここもトラップ?」

 

 右手と左手の両方の扉が罠とは一体どういうことだ。半分半分の確率の運に任せるつもりでいたことが前提条件から間違っていたとは思わなかった。沙耶の忠告のおかげでガスは吸う前に対処できたとはいえ、このままこの部屋に居続けると間違いなくガスが蔓延してしまう。毒ガスだが睡眠ガスだがわからないけれど吸ってしまったら一巻の終わりだ。早く脱出しなければならないが、あいにく入ってきた扉は石でふさがれてしまっている。いくた二人がかりだとしてもガスを吸わないように注意しながら見るからに重たそうな石をどかせるとは思えない。

 

「理樹君あそこよ!向こうに扉があるわ!!」

 

 となると、今度の場合に残った選択肢は進むことのみである。

ガスが充満する前にと必死で奥の扉へと向かい走る。最後は扉に先に先行していた沙耶が扉をまず開け、理樹はその中に飛び込むようにして入り込んだ。沙耶もすぐそのあとに続く。これでガスの(トラップ)は潜り抜けた。……のだが、

 

「「あ」」

 

 飛び込んだ扉の向こうには床に大きな穴が開いていて。

 

「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」」

 

 俗にいう『落とし穴』に見事にかかった理樹と沙耶は二人仲良く暗い奈落の落とし穴の中へと落ちて行った。




落とし穴。
そんな古典的な罠に引っかかるのがこの主人公(笑)パーティーです。


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Mission65 研磨派のスパイ

 生徒会長星伽白雪の朝は早い。

 『魔の正三角形(トライアングル)』だなんて呼ばれるような才能と可能性に満ち溢れたどこぞの産業廃棄物とは違い、彼女は教務科(マスターズ)からの信頼も厚い模範的な優等生である。白雪は今、探偵科の部屋を大破させてしまったお詫びということでキンジのここしばらくの朝食の準備をすることにしていた。でも、

 

「…………」

 

 白雪はどこか上の空であった。キンジの朝食を作ることが憂鬱なのではない。そんなはずはない。むしろ彼女にとってはご褒美である。直枝理樹と井ノ原真人という邪魔な……いや、本来の部屋の住人が不在のためにキンジのためだけに料理を作ってあげられる。珍しく白雪がボケーっとしているのは昨晩アリアから聞いた話が原因だ。

 

 アリアの母親の免罪の一つが、取り消しになったらしい。

 それ自体は非常に喜ばしいことには違いない。いくらアリアが気に食わないと思っていたとしても、家族が不孝になっていく姿を見て喜びを感じるような心が冷たい人間ではないのだ。ただ、免罪となっていた事件の内容のことが気になるのだ。

 

(真犯人が見つかった?しかも、アリアのお母様の裁判ではもうこれ以上は取り上げない?)

 

 ご丁寧なことに、アリア宛の書類の中に司法取引の書類もあった。

 今後一切あの事件についてはなかったものとし、公の場に公表してはならないという内容にて機密を知った罪を取り消すというのだ。黙っているだけで犯罪を無効にするというのは司法取引の条件としては破格の内容であることは間違いはないけれど、そもそも前提条件が間違っている。

 

(どうしてアリアが罪に問われるの?真犯人って、いったい誰?)

 

 三枝一族皆殺し事件。別名四葉(よつのは)公安委員会殲滅事件。

 公安0に最も近いとまで言われた四葉公安委員会がたった一夜にして壊滅させられたのだ。

 信用問題にかかわるとして政府がこれを隠ぺいするというのはわからなくはないのだが、それにしたって疑問が多すぎる。

 

(……そもそも。そもそもの問題として、どうして三枝一族に生き残りがいないだろう?)

 

 襲撃を受けた、というだけならまだしも生き残りがいないということに白雪は初めて事件のことを知ったときに驚愕したものだ。

 三枝一族が強力だと言われていたのは一重に一族に宿った超能力が強力だから。

 彼らは瞬間移動(テレポート)だなんて呼ばれる超能力を有する高速戦闘能力に長けた集団だ。

 もし誰かからの襲撃を受けたとして、どうして逃げられなかった?

 物理的な壁として機能する結界でも張られていたのだろうか?

 その場合は三枝一族を皆殺しにした実行犯とは別に、強力な結界を這ったやつが別にいると考えるのがセオリーだ。いくら魔術を極めたとしても、一人で何から何までできるようになるわけではない。最低でも二人、少なくとも組織レベルの人数が必要となる。

 

(今度、そんな強力な超能力者が現れたら私は勝てるのだろうか)

 

 魔術を受け継ぐ星伽神社の一員としては、あの事件は無関係だとは言っていられない。

 今度いつ星伽神社が標的(ターゲット)になるか分かったものではないのだ。

 アドシアードではジャンヌを返り討ちにすることができたけれど、今度はもっと大物が来るかもしれない。もしも三枝一族を滅ぼすほどの大物がやってきたとして、率直で正直な意見を言わせてもらうとすると、

 

(勝てないだろうね。でも戦う)

 

 きっと白雪は勝てないだろう。まだ正体すらロクに分からない相手だけど、勝負にすらならずに殺される未来が容易に想像がつく。だけど、一つだけわかっていることがある。自分のたったひとりの大切な幼なじみがアリアの味方をすると決めた。三年前、星伽神社が襲撃されたことがある。だから今後もそんなことはないとは言い切れない。だったら私も覚悟を決める必要がある。どんな敵が来たって、キンちゃんだけは今度は自分が守ってみせると。

 

『――――――――白雪(・・)。そこをどけ』

『ダメ。通せない。星伽神社の総意として謙吾君に行かせるわけにはいかない。古式みゆきさんのことはほかの人たちを信じて任せましょう』

『そこをどけと言っているッ!!ジャマをするなッ!!』

 

 今なら理解ができる。昔はどうしようもないものだと思っていた。どれだけ現実味がなくたって、どれだけ非合理的であったとして、どれだけ絶望的であったとしてもそれだけでは割り切れないものは存在しているのだ。自分にも命に代えても守りたい大切な人がいたはずなのに、どうしてそんなことを分かってあげられなかったのだろう。

 

 だから、今度こそは絶対に―――――――

 

「白雪?どうした?」

「――――――――ひゃう!? キ、キンちゃん!? お、おおおおはようございます!!!」

 

 気が付いたらキンジが背後に立っていた。

 置時計の時間はすでに7時を指している。起きてきたのだろう。

 硬直している白雪を放置して、キンジはそのまま白雪の額に手を乗せた。

 

「よかった。熱はないようだな」

「キンちゃん?」

「お前が暗い顔をしていたから、何かあったのかと思って心配したんだぞ」

「―――――――分かるものなの?」

「途中にブランクがあるとはいえ、何年の付き合いだと思っているんだよ。お前のことならすぐに分かるさ。……いや、分かるようになってきた、が正しいかな。兄さんが死んだと聞かされてから、何事にも目をそらしてきた俺だけど、お前のことぐらいはちゃんと向きあおうと思ってな」

 

 キンちゃんのお兄さん。

 遠山金一さん。

 白雪もあったことがある。

 そもそもキンジが星伽神社へとやってきたのは兄に連れられてやってきたからだった。

 キンちゃんはお兄さんが大好きで、昔はよく兄との思い出を話してくれた。

 けど、去年お兄さんが事故にあってマスコミにスケープゴートにされてからは全く話さなくなった。

 もう、やめてくれ。

 徐々に心を閉ざしていく幼なじみに対して特別なことは何もしてあげられなかった。

 

「もう……大丈夫なの?」

「武偵はやめる。そのことは変わってない。けど、俺は兄さんのようにはもうなれないよ」

 

 キンちゃんがあこがれた正義の味方。

 私にとってはすでに正義の味方だけど、キンちゃんが言っているのはそういうことではないのだろう。

 

探偵科(インケスタ)に移籍して、この部屋で暮らすようになって。俺は憧れている人を目指してずっと頑張っている人間を同じ部屋で見てきたんだ。そして、気づいた。もう俺は兄さんのようには頑張れない。兄さんを悪く言った世間の連中のためになにかしてやろうとは思えないんだ」

「キンちゃん……」

「兄さんはすごい人だった。金なんかもらわなくても正義のために戦う正義の味方にふさわしい人だった。おにぎり一つで立てこもり事件を解決して、富豪の依頼で得た大金で貧しい地域に病院を建てたこともある」

 

 これは兄さんから直接聞いたわけではなく、じいちゃんから聞いたことだ。

 そんな偉大なことを誇り気に語るでもなかった兄さんのことは素直に尊敬した。

 けど。心のどこかではわかっていた。俺は兄さんのようにはなれないだろう。

 

「なんかキンちゃん……変わったね」

「そうか?」

「うん。ちょっとだけだけど、明るくなった。これもアリアのおかげなのかな」

「バカを言うな。誰か一人だけのおかげなんてことはない。ルームメイトとして同じ空間で寝食を共にした直枝や井ノ原だってそうだし、白雪、お前もそうだ。いつもは言わなかったけど、この際だから言っておく。いつもありがとう」

 

 どうしてだろう。白雪は涙がこぼれどうだった。

 私にとってキンちゃんはかけがえのない人だ。そのことだけは昔からよくわかっている。

 けど、逆はどうだ?

 

 キンちゃんにとって私はどんな存在なんだろうか?

 

 その答えがどうしても出せないでいた。聞くのが怖かったというのもある。事実、キンちゃんを大きく変えられるだけのきっかけを作ったのはアリアだ。私はそれができなかった。けど、大切だと言ってくれた。そのことがたまらなくうれしい。

 

「ほら、ボーッとしていると卵が焦げるぞ。たまには一緒に朝食でもつくろうか」

「え、でも、そんな……悪いよ。これはもともと謝罪のつもりなんだし」

「謝罪するのは本来なら直枝と井ノ原の二人にだ。俺はお前の幼なじみなんだし、遠慮はいらないさ。じゃあ俺は……料理には自信がないからこっちの味噌汁でも見てることにするさ。残りは頼んだぞ」

 

 一緒にやるかとかいいつつも大したことは出来ないキンジであったが、白雪は笑顔で頷いた。

 それじゃあ一緒に何か作ろうか、という時になってキンジのケータイの着信音が鳴った。

 

『部屋に戻ってきているのなら、僕の予備の制服とパンツシャツ着替え一式出しておいてもらえる?』

 

 このメールを見てキンジは思う。

 あいつ、今どこで何をやっているんだ?

 

 

      ●

 

 

「あら、起きた?」

「ここは―――――――――――あれ? ここって外?」

 

 直枝理樹が目を覚ました時に見た光景は、所見で何もかもが目新しい地下迷宮のうす気味悪いレンガの壁ではなく見たことがある場所だった。しかも、お日様の暖かな朝の陽ざしを浴びることができている。現状をまずが把握しようとして、理樹は自分の服が変にしわができていることに気が付いた。一度水に濡れて、それが乾いたためにできたようなシワだ。目の前に広がっているのが東京湾であることから考えるに、僕は東京湾に落ちたのだろうか?でも、どうして? 理樹と沙耶は東京武偵高校の地下迷宮にいたはずである。どうして地上にいるのだろうか?理樹が自分でその答えを出す前に、沙耶が答えを言った。

 

「あの落とし穴は冷たい冷たい夜の東京湾へとつながっていたのよ。私たちは強制的に地下迷宮の外に排出されたってわけ」

「よく僕たち生きてたね」

「だから言ったでしょ?あなたはきっと死なないような強運の持ち主なのよ。ここはあなたを連れて地下迷宮へと向かったあたしの作戦勝ちということにしておきま――――――――ゴホッ、ゴホッ!?」

「大丈夫?悪い咳をしているけど」

「……夜の冷たい東京湾に二人して叩き込まれたことは事実だからね、風邪でも引いたのかしら」

 

 大丈夫、なんてことはないと沙耶は答えたけど、言葉とは裏腹に沙耶の顔色はとても悪い。

 沙耶の額へと手を当ててみたら、熱が出ているわけでも身体が冷え切っているわけでもないようだ。

 第一、体調管理の能力ならば諜報科(レザド)の衛生武偵である沙耶の方が高いはず。

理樹にわかる程度の体調の変化なら自分で自覚するだろう。

 健康を第一として休養を取りたいところではあるが、生憎とそうも言っていられない。

 理樹は砂の化身の襲撃を進行形で受けている身であるし、倒れたまま起きてこれない小毬のことを考えたらこの一件は早期決着をつけるべきだ。

 

「分かったことが一つだけあるわ。あの落とし穴が東京湾につながってたのだから、潜水艇でも使えば食糧とかの必要物資の調達も可能でしょうね。生憎私たちは流された口だから、どこに入り口があるのか分からないけど」

「これからどうしようか? 一度もあの老人ホームに戻るにしても、こうなった以上は錬金術師は問答無用で襲い掛かってくるんじゃないかな」

「そうね。あそこには一般のお年寄りも多いし、なりふり構わない襲撃の可能性を考えたらいくら味方が多かったとしても得策ではないわね。かと言って、次に素直に寮の自室や保健室なんかで眠ろうものなら次に起きた時に監禁されていてもおかしくはないわ」

「なら、いますぐもう一度行く?」

 

 そうは言ったところで問題はある。

 第一に沙耶の調子が悪そうだ。海に落とされたため銃のメンテナンスだってしなくてはならない。

 それに……眠たい。

 深夜に忍び込んで、ついさっきまで探索していたのだ。

 ずっと緊張続きだったために集中力も切れてしまっている。

 

「今すぐ行こうにも、また教務科(マスターズ)に忍び込むところから始めなければならないでしょ?まずは教務科(マスターズ)の様子を確認しておきたいところね。少なくてもそれからよ。だから今は……寝ましょうか」

「どこで?ここらで安全な場所なんかないと思うけど」

「人がたくさんいる場所があるじゃない。今は朝だから人もどんどん集まってくる」

 

 襲撃方法が砂の化身なら、存在自体がばれないようにするような方法で襲ってくることを意味している。なら、逆説的に言って人が集まっていれば襲ってはこれないことになる。その場所は、

 

「学校で授業を受けるの?」

 

 生徒たちの学び舎、学校。

 理樹の所属する二年Fクラスの教室。

 

「午前中の一般科目の時間帯に理樹君は休んでおきなさい。クラスメイトたちが大勢いる授業中には襲ってくることなんてできないでしょうからね。その間にあたしが教務科(マスターズ)に探りを入れてみるわ」

「それは僕がやろうか?僕よりも朱鷺戸さんの方が顔色悪いし」

「探りを入れるのがあたしではなく、寮会にいる『機関』の協力者にやってもらうわ。あたしはそいつの正体は知らないから連絡をつけるまで多少は手間のかかることをしなければならないけど、どのみちあたしも少しだけ休まなければならないでしょうね。最も、半分起きて半分寝ているような半覚醒状態で睡眠をとることができるからちょっとだけの休みで充分よ」

 

 そういうことならば沙耶の言う通りにしておくことにする。

 今から寮に戻ってシャワーを浴びてから通学するとしても今の時間帯ならギリギリ間に合うだろう

 探偵科(インケスタ)の自室の修理が終わったからキンジは部屋に先に帰ってきているとメールで聞いているのでキンジに理樹の制服の控えを出しておいてもらうとする。部屋に戻るとキンジはもう通学したのか、探偵科(インケスタ)寮にはいなかった。リビングに理樹の着替え道具が一式おかれているのを見ると、邪魔にはならないようにと気を効かせてくれたのかもしれない。理樹はシャワーを浴びるとすぐに二年Fクラスの教室へと向かった。自分の机に座るが、いつもと違って隣に真人はいない。

 

(……授業を寝ているのがバレたら先生にしばかれるかもしれないけど、致し方ないか)

 

 特に眠そうと意識したわけではないのに、理樹は教室の自分の席に座るとすぐに眠りに落ちてしまう。

 徹夜というものは案外身体にこたえるものだ。それが命の危険だってあるなかでの緊張感ならその疲労は一気に重たいものとなる。教室に現代文担当の高天原先生が入ってきたところまでは覚えているが、それからの意識は完全にシャットアウトしてしまった。

 

 

 

        ●

 

 理樹が目が覚めたとき、顔に違和感を感じた。

 なんというか、視界が暗い。寝ぼけているのかとも思ったけれど、

 

「お目覚め?」

 

 背後から聞こえる声に、違和感はすぐに確信へとシフトした。もう意識は完全に覚めている。人間、どんな状況でも危機的状況に陥ればすぐにハッと目を覚ますものだ。間違いない。視界が暗いのはボケているのでもなんでもなく、何かで目隠しされている。感じる感覚から考えてどうやら座らされているようだが、身動きは取れなかった。

 

(椅子か何かに拘束されているのか!? マズイ、この状況では一方的で交渉もなにもない!!)

 

 ご丁寧に理樹をわざわざ捕まえることを考えて、相手の目的は自分を殺すことではないと判断する。

 となると、相手のペースに引き込まれたら負けだ。

 『魔の正三角形(トライアングル)』の連中を思い出せ。

 あいつらのように多少言動は滅茶苦茶でも自分のペースに持ち込めばまだ活路はある。

 だから、理樹は叫んだ。

 

「好きだ―――――――――――――ッ!!!」

「この状況で何を言ってるの?」

 

 あきれたような声が帰ってきた。

 それにしてもなぜだろう?理樹はこの声に心当たりがある。

 

「り、理子さん?」

「あっ!さっすがりっきくーん! よく声だけで理子りんのことがわかったね!」

「ほ、本当に理子さんなの?」

 

 一緒に探偵科(インケスタ)で授業を受けていた時のような明るい声が返ってきた。

 けど、すぐに別の声も聞いた。

 

「なら、私のこともわかるかな?」

 

 今度聞こえてきた声は、理子の陽気な声ではなく、凛と張りつめたような声。

 こちらも聞き覚えがある。

 アドシアードの時、地下倉庫(ジャンクション)で聞いた声だ。

 

「――――――――魔剣(デュランダル)!?まさか、そんな!?魔剣(デュランダル)は逮捕されたはず!!」

「そう、なら私の正体は分かるな?」

 

 理子ならまだしも、ジャンヌが今この場所にいるはずがない。

 となると、ジャンヌの声で話しかけてきている人物は銀氷の魔女本人ではなく。

 

「変声……術か!」

「正解せーかい、D☆A☆Iセ~カイ!!!」

 

 全くの別人ということになる。

 理子とジャンヌの声に代えられるということは、理子とジャンヌの共通点であるイ・ウーのメンバーだとしっている人物ということになる。

 

「なら、理子りんの正体もわかるよね!よね!!」

 

 そうだ。こいつは、

 

「はっじめまして理樹くーん!この場の理子りんの正体は、本物じゃないよ!偽物だよ!!わたし、イ・ウー研磨派(ダイオ)に所属するスパイ!!よろしくね」

 

 





アドシアードの頃からちょくちょくと話題には挙がっていたイ・ウー研磨派のスパイがようやく登場しました。


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Mission66 狐の仮面

 私はイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。そいつは理子の声で高らかにそう名乗った。

 おそらくそのことは間違いではない。

 理子とジャンヌの声で会話ができる時点でイ・ウーの関係者だということはだけは間違いはないだろう。

 

(……しまった。敵は錬金術師だけじゃなかったのか)

 

 理樹が授業中に堂々と睡眠をとっていたのは、錬金術師の砂の化身は学校の授業中という人目に付くところでは使ってはこられないだろうという判断のもとの行動だ。しかし、今理樹を拉致したのはイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗った。朱鷺戸さんがちょっただけ教えてくれたイ・ウーの話ではイ・ウー内部にも研磨派(ダイオ)主戦派(イグナティス)という二つの派閥があるらしい。錬金術師が関連しているのは主戦派。なら、研磨派を名乗るこの人物はまだ交渉の余地を残しているかもしれない。

 

「ぼ、僕をどうするつもり?」

「ごめーん!質問するのはこの理子りんだよ!理樹君のターンはないの!これからはずっと理子りんのターンッ!!ドローッ!モンスターカードッ!よってもう一度理子りんの質問だよ」

 

 偽物だとは分かっている。

 けど、目隠しをされていることと相手の話し方のせいで相手の特徴が一体つかめない。

 相手の性別すら判断できないけれど、男が理子の真似をしている……というのはネカマっぽいから考えないことにする。相手は女。そういうことにしておこう。女装だとしたらこのスパイもよくやると言わざるを得ない。

 

「さて、簡単な質問だよ。理樹君が主戦派(イグナティス)の魔術師のアジトの扉を見つけたことはくらい、理子りん把握してるんだからねー。その扉はどこにあるの?その開け方は?」

 

 ここにきてようやく目的と立ち位置についてのある程度の推測が可能となった。

 こいつが錬金術師とグルという可能性はほぼないと言っていいだろう。

 それどころか錬金術師と敵対までしている可能性すら浮上した。

 敵の敵は味方だというのなら、ここは正直に話してもいいのだろうか?

 いや、まだだ。まだ情報が足りない。

 もうちょっと粘るべきだ。ここは偽の情報を吹き込んで錯乱させるんだ。

 

「……仕方ない。正直に言うよ。実は扉には普通の人には気づかないようにと魔術的な仕掛けが施されているんだ。超能力者(ステルス)や魔術師ならともかく、一般の武偵だとしたら教務科(マスターズ)の先生ですら気が付かないと思う」

「ほほう。それで?」

「……セブンイレブンさ」

「セブンイレブン?コンビニのこと?」

「ああ、セブンとイレブン。つまり午前7時から午後11時までの間にしか開かない秘密の扉があるのさ」

「それ、ほぼいつでもどうぞってことじゃない?」

「……痛いところを突いてくるね。午後7時から午後11時の方が信憑性がありそうだな……しまった」

「ねえ、バカにしてる?」

「本気さ」

 

 真顔で言ってやった。

 目隠しされているせいでドヤ顔がしっくり決まっていない気もするが、そこは無視しておく。

 

「うーん。理樹君がこんなバカだとは思わなかったなぁ。こんなの誘拐しても意味がなかったかな」

 

 言い手ごたえだと思った。相手は完全に惑わされている。

 無事に解放されるには理樹自身の人質とての価値を下げてやればいいのだ。

 正直心が痛い。

 

「なんていうとでも思った?下手な時間稼ぎはやめてよね。理樹君が自分から痛い目にあいたい生粋のドMなら仕方ないけどさ、理子りんは素直に話した方がいいと思うのです。なに、理樹君を傷つけると本物理子りんだってきっと悲んでくれると思うから、さっさと吐いちゃいなよ、ユー!!」

「……君は自分のことをイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイだと堂々と名乗った。一件君の正体は僕には全く見当がつかないけど、実はそうでもない。アドシアードでの一件でイ・ウーの一員が逮捕されているのだから、そいつに聞き出せばいいだけの話なんだ」

 

 今の理樹は朱鷺戸沙耶という仲間がいるのだ。もし理樹に何かあった時、どのような立場の人物が理樹を襲ったかなんて容易に想像がつくだろう。その場合に真っ先に疑われるのはこいつのはずだ。

 

「僕になにかあったなら、少なくとも君の存在は明らかになる。それは君にとっても好ましくないはずなんだ。違う?」

「あらら。単なるバカじゃなかったんだね。そこまでの推測は出来ているわけだ。確かに私の正体は峰理子さんはおろか、アドシアードで星伽巫女誘拐に無様にも失敗した『銀氷(ダイヤモンド)の魔女』ジャンヌ・ダルクだけではなくて、イ・ウーに所属している人間ならだれでも知っているわ。その上二木佳奈多からジャンヌ・ダルクにもたらされた司法取引の内容の一つには『東京武偵高校の生徒には危害を加えず、逆にイ・ウーの手から守ること』となんてものもある」

「……司法取引?だったら」

「そう、あなたにもしものことがあれば私の仲間はあの魔女に腹いせとして無残にも殺されてしまってもおかしくはないわ。あの女が一切の手心を加えてくれるとは思えないしね」

 

 でもね、と目の前の人物は語りかけた。

 

「別に、あたしはジャンヌ・ダルクが二木佳奈多に殺されようが知ったことではないんだよねぇ。必要とあらばリスクも犯すし、荒事だってやる。なんならそれを今から証明してあげるよ」

 

 淡々と話すその口調に一切の躊躇はない。 

 そうなってくるともう、理樹に出せるカードはない。

 もう愛を叫んだり、セブンイレブンだとか答えたりしている暇はない。

 こうなったら別のコンビニでしのいでみるかという末期的な考えを浮かべている理樹であったが、

 

「――――――――けど、残念ね。どうやらタイムオーバーみたい」

「へ?」

 

 理樹はドンッ!!という何かが地面に落ちる音を聞いた。小さな物体が地面を二三回跳ねる音も続けて聞こえてきた。その音には心当たりがある。というか、理樹には比較的なじんでいる音である。

 

「誰だ爆弾なんか投げ入れた奴は!?」

 

 破裂音が響き渡った。

 爆風の被害は受けなかったけれど、不意打ち気味で対処ができなかった鼓膜がガンガン響いている。

 

「……ジャンヌ・ダルクのことはどうでもいいとか言っていたくせに、今理樹君を爆弾から守ったわね」

 

 ぷちっという音がして、理樹の手の拘束が解けた。ついでに目隠しも取られる。

 

「と、朱鷺戸さん!!」

 

 そこには『機関』のエージェント、朱鷺戸沙耶が立っていた。

 右手にコンバット・コマンダーを持ち、誘拐犯を油断なく見据えている。

 理樹もその相手を見据える。

 先ほどまで理子の口調と声で話しかけてきていた相手。

 いったいどんな人物なのかを確認しようとしたが、

 

(……なに、あれ?)

 

 こそにいたのは誰かに変装だとかいうわけでもなく、茶色いフードで全身を包んで身体全体を隠している見るからに怪しげな人物だった。顔には狐のような仮面をつけているため、性別もわからない。直枝理樹誘拐犯に対して視覚情報から正体につながるものは何一つ得られない。

 

「そうそう、これは返しておくわね」

 

 カランッという音を立てて何かが地面に落ちる。

 いったい何が落ちたのかを確認したら、それは理樹の携帯電話であった。 

 

「……理樹君の携帯電話のGPSを手掛かりにあたしがこの場所を探り当てるのは気が付いていたのね。あたしを誘っていたのかしら。しかも理樹君の目隠しもあっさり解くなんて、一体どういうつもり?」

「あら?わからないのかしら。あたしからしたら爆弾を投げてきた人間がどういう立場の人間かを把握しておく必要があったんだよ。このコンビニの愛好家の仲間なのか、それとも口封じでもしようと目論む第三者なのか。いちいち捕まえて尋問でもするくらいなら勝手に反応を見て判断した方が手っ取り早い。この男の反応を見る限り、あなたは理樹君の味方だという所かしら?」

「その答えよりも明白な答えがあるわ。あたしはあなたの敵よ」

「……それで?あなたはこれからどうしようというの?」

「決まっている。やっと見つけたあの組織(・・・・)への手がかりをみすみすと逃すものですか。あなたにはここで、知っていることすべてを吐いてもらう」

 

 『機関』のエージェントとイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。

 一件好カードのようにも思われるこの戦いは実のところ互いにハンデを背負っている。研磨派のスパイの方は茶色いローブを羽織り、狐の仮面をつけることによって正体の露見を避けようとはしているもののジャンヌ・ダルクはこの人物の正体を知っているのだ。どういう手段を使ったのかはわからないがアドシアード直後に存在が問題視されなかったこの人物も、実際に学校という名の教育機関で人死が出たとなれば話は別だ。直枝理樹と朱鷺戸沙耶がここで殺されようものなら、誰が殺したのかという頃はすぐにでもばれてしまう。そうなると狐の仮面の人物は相手を殺してはならないというハンデを背負っていることになる。それは沙耶とて同じことか。情報を聞き出したい以上は相手を殺してしまっては意味がなくなる。

 

「あーらら。こんなつまらない戦いなんて理子りんはしたくないもんね。さっさと退散させていただきますか―――――――――と、言いたいところだけど。理子りんもそっちからまだ聞き出さなきゃいけないことがあるんだよね。理樹君は役に立たなさそうだからアナタを標的(ターゲット)として戦うけど……お願いだから死なないでね」

「舐めるなよッ!!」

 

 沙耶は狐の仮面の人物に自身の銃を、コンバット・コマンダーを向けた。

 コンバット・コマンダーはアリアの自動拳銃ガバメントの数ある派生形の中の一つ。

 装填数は七発とガバメントと変わりはないが、ガバメントの銃身が5インチあるのに対してコンバット・コマンダーは4.25インチとなっていてガバメントと比較したら少しだけ短いものとなっている。

 それでもその威力はガバメントと比べてもほとんど衰えはしていない。

 沙耶はパパンッ!!とまずは様子見として連続三連射を行った。

 

(……さあ、どう出る!?)

 

 朱鷺戸沙耶としては、あの全身に纏っている茶色いローブで受け止めるのかと予測していた。

 その場合は全身が防弾性のものを着こんでいるため弱点などないとしてダメージ覚悟の攻撃をしてくることを予測できる。

 

 けど、仮面の人物が取った行動は沙耶の想定外のことだった。

 

 ローブの中から取り出した二本のナイフ。片手に収まるような小さなナイフを両手に一本ずつ持ち、跳んできた銃弾を真っ二つへと切り落とした。

 

(……は!?)

 

 沙耶には驚いている暇はない。相手はナイフ。

 投げることも可能なナイフという武器は、近接戦闘において想像以上の力を発揮する。

 コンバット・コマンダーに残っている残りの弾丸四発を発砲するが、最初の二発はナイフで軌道をずらされ、後の二発は横に交わした。攻撃に対しての迎撃を回避を行っているにもかかわらず、近づいてくる速度には少しも変化は感じられない。むしろどんどん早くなってきている気がする。近づきながらも狐の仮面の人物が手にしたナイフを投げる。その目標はコンバット・コマンダーを持つ沙耶の右手。相手を殺すのは問題でも、死ななければ何の問題もないと言わんばかりの行動だ。毒でも塗ってあることを考慮したら刃に触れるわけにもいかず、沙耶に取れるのは回避の一つしかない。

 

「遅い」

 

 沙耶がナイフを回避したころにはもう、狐の仮面の人物はもう沙耶と密着するくらいの距離へと近づいていた。沙耶が握っているコンバット・コマンダーにはもう銃弾はなく、もう一度リロードしている暇などない。沙耶はコンバット・コマンダーの柄でそのまま仮面めがけてそのまま打撃を叩き込もうとした。人間、脳を揺さぶられたら行動が鈍ってしまう。スポーツなんかでは急所として扱われている場所を沙耶は躊躇なく攻撃したのだが、狐の仮面の人物はとんっと軽く手首を押すだけで勢いを殺さぬように沙耶の打撃を振り払った。

自分自身もその勢いのままその場で一回転し、攻撃がずらされてわずかに体制をくずされた沙耶へとそのまま回し蹴りを放つ。

 

「動きがワンテンポ遅れているように思えるけど、ケガでもしてるの?だったらさっさと休んでおきなさい」

「ほっときなさい」

 

 仮面をしているため、どういう顔でそんなことを言っているのかはわからない。

 けれど、倒れている理樹の方は沙耶の表情は見ることができる。

 はい、そうですかと素直に引き下がるものですか。

 

「ご忠告どうもありがとう。けど、あたしだって単に任務ということで嫌々でやっているわけじゃない。あたしにはあたしの目的があり、そのために引き下がるわけにはいかないのよ」

 

 回し蹴りをまともにくらい床へと叩き付けられた沙耶は、起き上がるのではなく四股を地面につけて飛びかかる。この近距離ならばそれにより立ち上がってから走り出す工程を無視できる。空中に跳んでいる僅かな間にリロードを終わらせた沙耶はコンバット・コマンダーの銃口を向けるが、その瞬間に狐の仮面の人物の姿が幽霊のようにぶれた。

 

「なら、こいつでどうよッ!」

 

 左側のホルスターから二丁目のコンバット・コマンダーを取り出して連射するが、どれも当たらない。

 沙耶の銃の腕前に問題があるわけではない。あったとしても物量でごり押しできるはずだ。

 それができていないのは、姿がぶれて見えるほどの速度で当たるものを回避しているからか。

 

(……こうなったら贅沢は言ってはいられないか。あれ(・・)を使う)

 

 悔しいが狐の仮面の人物が言っているように。沙耶の体調はまだ本調子ではない。

 長期戦は不利になる。実際、今の沙耶ではこの人物を捉えるきることができないでいる。

 銃弾を難なく回避して急接近してきた仮面の人物により沙耶はそのまま蹴り飛ばされた。

 

「朱鷺戸さん!」

 

 理樹の悲鳴が響くが、攻撃を行った研磨派のスパイにはどうやら今の攻撃に違和感があったらしい。動きを止めて理子の声で訊ねてきた。

 

「あなた今、わざと攻撃を受けたでしょ。一体どういうこと?」

「どうしても発動条件を満たすには必要だったんでね。中途半端に手加減でもされえたら無理だったけど、元々の容態のこともあってこれで条件はクリアしたわ」

「あら?」

 

 そして、狐の仮面の人物は見た。

 朱鷺戸沙耶の持つ透き通るような空色の瞳が―――――――――緋色へと変わっていった。

 

「その瞳―――――そうか。あなたは超能力者(ステルス)とはまた本質からして違う超能力者ね。確か『機関』では超能力者(チューナー)なんて呼ばれていると聞く。ということはあなた、『機関』は有する後天的超能力者の一人なのね」

「だったら何?」

「それだけ分かれば十分よ。事前情報なしで超能力者(チューナー)と戦うのはさすがにリスクが大きすぎるし、わざわざあなたと戦わなくても理子りんの知りたいことを知るすべはできたからこれで引かせてもらうわ。なに、もう襲うことはないから安心なさい」

「そっちがどんな事情があるのかは知ったことではないけどね。あたしはあなたに聞きたいことがいろいろとあるのよ。だから、逃がさない」

「仕事熱心なのは構わないけれど、足元を見なさい」

 

 仮面の人物はいつでも不意打ちができるというような構えをとってはいないけれど、単なるフェイクの可能性も捨てきれない。3、2とカウントダウンを口に出して始めたことにより本能的に嫌な予感がして沙耶は言われたとおりに足元を見た。そこには何やら紙で出来たような白い塊が。その正体は、

 

「あ、それ!!僕の魔術手榴弾!!」

 

 魔術で爆発する理樹の手榴弾。

 ゼロ、というカウントとともに部屋一体に爆風が広がった。

 沙耶はとっさに床に拘束されたまま転がっている理樹を盾になるようにして難を逃れる。

 魔術による一品なら、理樹は右手の超能力のおかげで無傷でいられるからだ。

 けれど、爆風が収まったころには狐の仮面の人物はもうどこにも見当たらなかった。

 部屋の奥へと投げられたはずのナイフも無くなっている。

 もう、どこにも正体へとつながる手がかりはない。

 

(……どうやってナイフを回収した? それに、いつ手榴弾を地面に落とした?)

 

 コンバット・コマンダーによる銃弾をナイフでいともかんたんに両断した。単純な戦闘能力だけでも強襲科(アサルト)でSランクは固いだろう。ひょっとすると、Sランクのもう一つ上のランクへと届くかもしれない。あの狐の仮面の人物が今後は明確な敵として現れたらとんでもないことになる。朱鷺戸沙耶は素直にそう分析した。けれど、戦闘能力以上に気になることが出てきた。

 

(……あたしが『機関』の一員だとわかれば充分? そこから知りたいことを聞き出せる?)

 

 イ・ウーのメンバーであるなら裏組織である『機関』のことを知っていてもおかしくはない。

 けど、そこからどう繋がる?

 

(まさか、あいつは『機関』とのつながりがあるというの?)

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイはその存在を明らかにしてなお、謎ばかりを残していった。

 

 




ようやく登場させられたイ・ウー研磨派のスパイ。
同じくスパイという立ち位置にいる沙耶のかませになる……なんてことはありませんでした!

正体の露見といった謎の解明どころか謎が増えた研磨派のスパイですが、それは沙耶にも言えることだったり。

老人ホームで逆探知の魔術を使ったかと思えば地下迷宮に乗り込む際に魔術はもう使えないと言っていたり、今度は新手の超能力者だとか言われていたり。
沙耶が理樹とタッグを組む時に理樹の超能力の正体について言及していたりしているはこの辺が理由だったりします。
それに、そもそも『機関』とは何なのか?
謎の解明まではもうちょっと待ってくださいね。では!


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Mission67 スパイ排除大作戦①

・姉 御『二木女史と連絡が取りたい?なんでまた?』

・パワー『二木さんはアドシアードでは来ヶ谷さんの護衛をやっていたし、連絡先知ってるんじゃないかと思って』

・姉 御『そういうことじゃない。なんでまた二木女史の連絡先が知りたいんだ??』

・パワー『イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗る狐の仮面をつけた人に誘拐されてね。今はもう大丈夫だけど、二木さんが魔剣(デュランダル)との司法取引をやっているみたいなことも言っていたから、確認がてらにも接触しておきたい』

・姉 御『……わかった。理樹君からいきなりというもの戸惑うだろうし、二木女史には私から連絡を入れておくよ。でも、とりあえず寮会の方に顔を出してそちらからの接触(コンタクト)も試しておいてくれ』

・パワー『ありがとう。けど、時差とか大丈夫?』

・姉 御『日本とサマータイム真っ最中のボストンの時差は約13時間。大体半日ずれていることになるけど、こちらには今徹夜で論文書いてる奴も一緒だから大丈夫さ。一応、連絡が取れたらこちらから連絡する』

 

          ●

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶にとって当面の問題は命を狙ってくる錬金術師へルメスだった。

 でもそれはちょっと前までの話。

 それ以上の最優先事項ができてしまった。

 

『はっじめまして理樹くーん!この場の理子りんの正体は、本物じゃないよ!偽物だよ!!わたし、イ・ウー研磨派(ダイオ)に所属するスパイ!!よろしくね』

 

 自身をイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイだと名乗ったあの狐の仮面をつけた謎の人物。

 あの人物を無害と認識していいのか。

 それだけははっきりとさせておかなければならない。

 直枝理樹を誘拐こそはしたものの、特に危害というものは加えてこなかった。

 それに、沙耶との戦いにおいてもあっさりと引き下がった。あのまま戦いを続けていたとしたら、はっきり言って勝てる気がしなかったというのが沙耶をして言わざるを得ない率直な感想である。

 理樹?論外だろう。仮面をつけているため悪くなっているはずの視界の中銃弾をナイフで軽く一刀両断して、沙耶の攻撃をいとも簡単に受け流すような化け物に理樹がどうして敵うというのだ。

 

(あいつ、あたしが本調子ではないことを見抜いていたわね。発動条件からして厳しく使い勝手の悪い『エクスタシーモード』を使ってようやく勝算が見えてくるって、あいつどんだけ強いのよ)

 

 それにわずかな沙耶のわずかな変化すらも見抜いていた。

 万全の状態だったとしても、一対一の真っ向勝負であいつに勝利するのは難しいだろう。

 

 

(あれだけ強い人間のくせにて心当たりがないということは、少なくても強襲科(アサルト)の人間ではないわね)

 

 あれだけの戦闘能力を誇り、普段は東京武偵高校に在籍しているということにも関わらず沙耶にはあの狐の仮面の正体に心当たりはない。あれだけ高すぎる戦闘能力を持っている目立ちそうなものだ。それでもなお心当たりがないとなると、普段は戦闘以外のことをやっているはずだ。

 

 

強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)諜報科(レザド)

 

 支援中心となる狙撃科(スナイプ)は別として、戦闘回数の多いこれらの学科に所属しているのなら心当たりが出てくるはずだ。戦闘能力というものは歩き方一つでも伝わってくるもののため隠しきれるものだとは思えない。現に、キンジはヒステリアモードというものを隠しきれていない。発動条件があるにせよ、真の力というものがあるならその鱗片は隠し切れないものなのだ。となると、考えられる候補としては、他の鑑識科(レピア)のような知識職についているか意外なところで教務科(マスターズ)の教師だったりするかもしれない。教務科(マスターズ)の一室である寮長室の扉の前であの狐の仮面の人物に関しての考察をしていたが、理樹が部屋から出てきたのを確認したところで一旦思考を止めて声をかけた。

 

「どうだった?」

「ダメ。二木さんとはすぐには連絡を取れないみたい」

「そう」

 

 狐の仮面の人物は二木佳奈多がジャンヌ・ダルクとの司法取引がどうこう言っていた。

 今後のことも含めてまずは二木さんと接触するために連絡先を知っているであろう女子寮長に会いに行っていたのだが、二木さんとはすぐには連絡が付かないようである。女子寮長が言うにはこういうことはよくあることらしい。風紀委員長という立場ゆえか、二木さんには仲介とかなしで直接秘密任務(シークレット)が入ることがあるらしい。その最中では寮会からでは一切の連絡が付かなくなるようである。

 

「これからどうしようか?二木さんに会おうにも来ヶ谷さんからの連絡待ちになるし、僕らから出来るなんて教務科(マスターズ)にもう一度忍び込むことぐらいしかないような気もするけど」

「どのみちもう一度忍び込むことはしなければならないでしょうね。でも、その前に確認して起きたことがあるわ」

「何?」

「さっき現れたのはイ・ウー研磨派(ダイオ)を名乗るスパイ。こいつの問題は二木佳奈多と接触するまで実質的な手掛かりはつかめないとしても、似たような奴がいるかもしれないわ」

 

 この東京武偵高校には生徒たちだけでも多様な立場の人間が存在している。

 目の前の朱鷺戸沙耶だって『機関』から送り込まれたエージェントであるし、峰理子だってイ・ウーという組織の人間だった。イ・ウーのスパイだと大胆にも宣言した人物だって残っている。似たような立場の人間がまだいたとしても疑問はないだろう。

 

「だから、ちょっとここいらで実験と行きましょう」

「実験?いったい何をするつもりなの?」

「スパイの排除」

 

 朱鷺戸沙耶はそう言って、不敵に理樹に微笑んだ。

 嫌な予感しかしてこない。

 

「いい?あなたの行動はすべて監視されていると仮定するわ。もし相手が理樹くんを狙っているなら、まずが行動パターンを把握しようとするはずよ。その上で、監視要員が何人必要かを割り出すの。そいつはあの狐の仮面をつけていた奴の仲間かもしれないし、全く別の組織の人間かもしれない」

「監視要員なんているものなの?ここは武偵高だよ?」

「理樹君はアドシアードの事件の当事者と言ってもいいんだから分かるんじゃない?『魔剣(デュランダル)』事件のレポートにはあなたの部屋にいくつもの犯人による監視カメラや盗聴器が仕掛けられていたととか書かれていたわよ。ま、いくらここが破天荒な武偵高だとはいってもそこまで大げさな行動はできないでしょうけどね」

「大げさな行動って?」

「そうね……一人の敵を見張るのに30人くらい投入することもあるわ」

「そんなに……」

「相手が車なら、車やバイクも数台必要だし、作戦指揮を行う簡単な指令室も用意される。常に複数のカメラとビデオでモニタリングすることもあるわ。電話はすべて盗聴され、郵便物も分からないように開封される。留守中を見計らって、自分の部屋は必ず捜索される。本気になった組織から逃げ出せるものはほとんどいない。事実、イ・ウーについて知ってしまった者はレンタルビデオの会員登録まで消されてしまうといわれているわ」

「じゃあどうすればいいの?」

「もし仮に監視している奴がいるとしても、まだ包囲網は完成されてはいないはず。だから偶然をかりて行動するの」

「偶然?」

 

 沙耶は自分のポケットから単語帳のようなものを取り出した。それを受け取った理樹は中身を見てみる。当然のごとくそこに書かれていたのは英単語なんかではない。一枚一枚に異なった行動が書かれていた。

 

「このカードには様々な指示が書かれているわ。相手は理樹くんの行動パターンを把握して、弱みや隙、協力者をさがそうとしてくる。だからこのカードをシャッフルしてランダムに行動するの。一度に三枚めくって書かれた内容を連続して行う。それじゃがんばってね、理樹くん。ま、ゲームだと思って気楽に考えることね」

「やるのはいいんだけどさ、これ意味あるの?」

「この作戦自体無駄に終わるならそれはそれでも一向に構わないわ。どこにいるかも分からないような人物からの連絡をいつまでも待っているわけにもいかないから、この作戦の終わりをタイムリミットとしておくわ。それに」

「それに?」

「あの狐の仮面についてのちょっとした仮説ができた。ちょっとでもその裏付けでもできれば御の字よ」

 

 朱鷺戸さんは考えた仮説というものは何なのかは教えてはもらえなかったけど、考えても仕方がない。

 理樹からはこれ以上これと言って意見や今後の作戦があるわけでもないので素直に沙耶の作戦に行動することにした。朱鷺戸さんから渡されたカードをめくってみる。そこにはわざわざ手書きで文章が書かれていた。やや小さな可愛らしい字だった。

 

 三枚適当に選んで表に向ける。

 真の決闘者(デュエリスト)決闘(デュエル)は必然。

 ドローカードすら決闘者(デュエリスト)が創造する。

 

 さて、直枝理樹の運命の引き(ディステニードロー)の結果は、

 

『裏庭で踊る』

『誰かと手を繋いで歩く』

『冗談を言って驚かせる』

 

 また難易度の高そうな行動を引いてしまったなと思った。特に二枚目。

 一体誰と手をつなげばいいというんだ。困った時の真人も今はいない。

 恭介、帰っていないかな?無理だろうけど。

 でもやらない沙耶に文句を言われそうだったし、理樹としてはやるしかないのだ。

 

「はりゃッ!ほりゃッ!!うまうッ!!!」

 

 まずは裏庭で移動し、彼は思いつく限りのステップを踏んだ。

 幸いにもこの裏庭にはあまり人が寄らない場所だ。

 踊っているというよりは変な電波でも受信してしまったかのような動きをしているので、誰にも見られなくてよかったとつくづく思う。もし見られでもしたら、

 

「…………」

「…………」

 

 見られでもしたら―――――――――はい、思いっきり視線が合いました。

 恥ずかしくて思わず硬直してしまった理樹であるが、向こうはさして気にしていないのか笑われることはなかった。いっそ思いっきり笑ってほしい。無言の圧力が痛かった。そのままだと気まずいままであると思ったのか声がかかる。

 

「先ほどからいったい何をなさっているのですか?」

「西園さん。いつからいたの?」

「直枝さんがこの裏庭へとやってきたときにはすでに私はここにいましたよ。ですから、正確には直枝さんがやってきたということになります」

 

 理樹の目の前には裏庭の木によりかかり、日傘を広げて静かに本を読んでいる少女がいた。

 西園(にしぞの)美魚(みお)

 儚げともいえるほどの物静かな雰囲気をかもしだし、いつも日傘を持ち歩いている少女。

 理樹と同じ二年Fクラスに所属するクラスメイトであるが、彼女は主に依頼(クエスト)を受けることによりで単位を稼いでいるのでクラスメイトとはいえ顔を合わせることは珍しい。アドシアードの時も準備期間の頃からいなかった。

 探偵学部の一つであり、犯罪現場や証拠品の科学的検査を習得する学科でる鑑識科(レピア)に『所属している少女だ。同じ探偵学部の人間だということで探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)は捜査協力をすることが多いけれど彼女の場合は誰かと協力して捜査に当たるということがほとんどなかったりする。

 『魔の正三角形(トライアングル)』のように性格に難があるというわけではない。

 彼女が一人で仕事をしているのは、得意分野が他とは一線をなすからだ。

 暗号解析。

 それも、魔術関連の暗号を解読するのが得意なのだ。

 前に理樹は彼女が来ヶ谷さんと魔術関連の依頼の話をしているのを偶然目撃したことがある。

 

「それで、直枝さんはいったい何をしていたのですか?」

「ほ、ほらね。強い敵が現れたらこう言ったことも必要なんじゃないかと思ってね」

「新技ですか。それにしてはかっこわるかったですね」

 

 西園美魚はうろたえつつも言い訳をしている理樹に対して容赦なく自身の率直な意見を言った。

 素直な感想ほど心に刺さるものはなく、理樹のメンタルに遠慮なく傷を入れていく。

 

「なにより、美しくありません」

「グハッ!」

「……もしかして先ほどの技は酔拳かなにかだったのでしょうか。でしたら失礼を言いました。お酒を飲むことにより普段の態度から一変に、受けから攻めに。これはこれでいけるかもしれません」

「あの、西園……さん?」

 

 何か考え込んでしまった美魚はもう理樹の声など届いてはいない。

 しばらくしたら結論を出したようである。

 

「直枝さん。先ほどの酔拳の新技をもう一度よく見せていただけないでしょうか」

「あ、あの。あれは実は……」

「お願いします」

 

 どうしよう。

 あれは新技でもなんでもなかったということを言い出しづらくなってしまった。

 というか、もう言えない。

 美魚の瞳はいつになくキラキラとしているし、理樹にはもうダメとは言えなくなった。

 

「はーりゃつほーりゃッウマぅッ!!!」

 

 理樹は人に真剣に見られながら自作ダンスを披露するという羞恥プレイを味わうことになってしまった。 

 

 

        ●

 

「うっ……ううっ。恥ずかしかった。超恥ずかしかったようぅ……」

 

 羞恥プレイによるメンタルダメージは想像以上に大きかったようだ。今すぐ寮の自室に帰ってベットの毛布にくるまりたい。そんな精神状態の中でも直枝理樹は次のカードの行動を行おうとしていた。次の指令の内容は『誰かと手をつないで歩く』こと。自分一人ではこの指令は果たせないため、誰かいないものかと今度は中庭を理樹はうろついていた。

 

 ここで最も重要となってくるのは『誰と』手をつないで歩くのかである。

 例えば変にアリアに頼もうものなら風穴!とかいわれてボコられる未来が見えてくる。

 こういう時のための困った時の筋肉さんも今いない。

 どうしたものかと困り果てていると知り合いを見つけた。

 

「レキさん」

「理樹さん。お久しぶりです」

 

 レキ。

 アドシアードの日本代表に選ばれるほどの実力を持つ狙撃科(スナイプ)の麒麟児。

 ロボット・レキとか呼ばれるほどの淡々としている人物であるが、一部ではその様子もミステリアスだとして熱狂的な人気がある(特に男子)。

 

 東京武偵高校のファンクラブの中では最大勢力とまでされるRRRは彼女のファンクラブだ。

 探偵科の直枝理樹と狙撃科であるレキ。

 二人はクラスメイトでもある友人関係にあるのだが、ただそれだけで理樹はレキとこれと言った接点はなかった。

 接点があったのは理樹ではなくて恭介である。

 レキさんは恭介の知り合いの妹らしく、恭介はレキのことを妹のように可愛がっていた。

 理樹や鈴ががレキと話すようになったのはその縁である。

 ちなみに、恭介がレキのことを妹のようにかわいがっていても実の妹の鈴はまったく嫉妬なんかしなかった。

 

(ん? 待てよ。レキさんとならいけるかもしれない)

 

 一応友達ではあるし、何よりレキさんなら事情をとやかく聞いてきたりはしないだろう。

 理樹は勇気を出してレキにお願いしたが出てきた声は上ずっている。

 

「レ、レキさん」

「どうしましたか」

「す、す、少しだけでいいから、僕と手をつないで歩いてほしい」

「別にいいですよ?」

 

 やったー!!

 思わず理樹はそう叫びそうになってしまった。

 レキの手を引いて歩いてみる。

 

(そういえば、昔はよく恭介に手を引いてもらっていたな……) 

 

 女の子と手をつなぐという思春期の男なら誰もが憧れる行為に成功した理樹であるが、この状況で思いつくことが恭介(男)と遊んだ昔の思い出であるのが直枝理樹である。

 

(ああ、冷たくてひんやりしている……)

 

 レキの手の感触を味わって幸せな気分でいたために、次にレキかた発せられた言葉を理解するのが一瞬だが遅れてしまう。

 

「理樹さん、気を付けてください。狙われていますよ」

「へ?」

 

 レキの言葉を理解するだけの時間もなくそれはやってきた。理樹の頭に銃弾が直撃したのだ。

 どういうわけか非殺傷用銃弾(ゴムスタン)が使われていたようなので彼は死にはしなかったが、それでも突然の襲撃は彼の意識を刈り取るのには充分だった。

 

(……て、き。朱鷺戸さんの言うように本当にいたんだ……。マズイ、レキさんだけでも守らないと)

 

 レキを巻き込むわけにはいかない。

 そう思うにも身体は動かなくなっていき、理樹の意識は完全にシャットアウトした。

 

 




???「理樹がやられたようだな」
???「だが奴はリトルバスターズの中でも最弱……」
???「狙撃をあっさりとくらうなど、主人公の名の面汚しよ」

 美魚ちん初登場&レキ再登場!!のはずなのにどうしてこうなった?
 誘拐されたら沙耶に助けられたと思ったらすぐに狙撃されてやられた主人公でした。


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Mission68 スパイ排除大作戦②

 

 

 目が覚める。

 一日のうちに二回も誘拐されるなんてことをやらかす人物なんてこの世界に何人いるのだろうか。

 まるで童話のお姫様だ。

 

(そうだ。レキさんは……)

 

 理樹は狙撃を受けて気絶した。その時すぐ隣にはレキもいたのだ。彼女も一緒に巻き込まれて誘拐されてしまったなんてことになったらどうやって謝罪すればいいのだろう。無事でいてくれと思いながら必死に探す。今回は拘束こそされてはいるが、目隠しはされていない。辺りを見渡すことはできた。机と椅子がが教室の後ろに積みあがられているところを見るにここはどこかの空き教室だろうか。正確には分からない。それよりも意識しなければならないことがあった。

 

「だ、誰だ!?」

 

 全身を暗いローブをはおった連中が理樹をじっと見つめていた。その中のリーダーと思われる人物が教卓に立ち、他の連中が理樹を挟むようにして左右一列に整列している。まるでどこかの騎士団あたりのような厳格な雰囲気を醸し出している。

 

「起きたようだな」

 

 どこかで聞いたことのある声だと思った。僕はおそらくこの人物を知っている。

 はたしてこの声は果して誰のものであったか。

 ゴクリとする理樹であったが、次に発せられて発言は理樹の予想だにしないものであった。

 

「それではこれより裁判を始める。皆の者、静粛に」

「裁判?」

 

 何が起きているのかが一切把握できていない理樹を放置して状況は進んでいくが、感謝するつもりはないがすぐに事態を理解させてくれる決定的な一言を口にした。

 

「会員NO.37。この男の罪状を読み上げたまえ」

「はっ!被告は東京武偵高二年Fクラス所属、直枝理樹。リトルバスターズとか呼ばれる棗恭介のチームの一員であります。偉大なる我らが女神レキ様と手をつないだところを我らが同胞が確保いたしました。今後、この男と女神様との関係について充分な調査を行った後に、この男に対してしかるべき対応を―――――――――」

「御託はいい。端的に結論だけ述べたまえ」

「レキ様と手をつないでいたのが非常にうらやましいであります!」

「うむ。実に分かりやすい報告である。異端者直枝理樹よ。汝は自らのを悔い改め、裁きを受け入れるか?」

「……ちょっと待って」

 

 一連のやり取りで理解した。ここにいるのは前に出会った狐の仮面の人物なんかじゃない。

 神妙な声で話しかけてきたこの人物は、

 

「何をやってるのさ村上君」

 

 間違いなくうちのクラスの連中だ。よく見るとこの教室は理樹らが所属する二年Fクラスの教室である。

 二年Fクラスの中ではレキさんは宗教のようなオカルト的なまでの人気を誇っているため、また何かの集会でも開いでいる最中なのだろうか。アドシアードの時のレキさんの応援のためにオリジナルTシャツまで作っていたことを知った時は正直引いたものだ。鈴もちゃっかり購入してたし。 

 

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「聞いてやろう」

「その恰好何? それに裁きって、いったい何をするの?」

 

 尋ねると、村上君はわずかに目を細めてから告げる。

 

「わからないのか?なら教えてやろう。これは我らレキ様ファンクラブRRRが女神様を影から守り、お前のような異端者を抹殺するための暗躍衣装だ。アドシアードではレキ様に棄権させてしまうという失態を犯してしまったからな。二度とあのようなことが起こらないように我らは常にレキ様に関する情報を集めているのだ。何より、そもそもの原因を作った生徒会長誘拐犯を我らの手で報復することができなかったしな」

「努力の方向性が絶対間違っているッ!!」

「では被告よ。覚悟はできているか?これより刑を執行する」

「な、何をするつもり?」

「多くを説明してしまうと被告にはに余計な不安を与えてしまいかねないため、悪いがヒントしか言えないが――――――――」

 

 村上君は暗幕で閉ざされた窓を見るように顔を背を向ける。

 

「まず、蝋燭を用意して……」

「一体何をするつもりだ!? 蝋燭なんか用意して何をするつもりだ!?」

「安心しろ。俺たちは同じ教室で学を志した仲間だ。せいぜいちょっとだけの火傷を負う程度で許してやるさ」

「ちっとも安心できないのだが?」

 

 僕はいったいどうなってしまうのだろうかと将来に不安を抱えていると、彼に助け船がやってくる。

 

「理樹さんのことは許してあげてください」

 

 拘束されているために方向転換は転がるという形になったが、それでも確認はできた。そこにはどこから持ってきたのか分からないが、やたら高級そうなソファーに座らされている少女がいた。彼女の前のテーブルにはおいしそうなクッキーと紅茶が置かれている。床に転がされているどこかの男とは待遇が大違いである。

 

「レキさんいたの?」

「当たり前だ。我らが女神様にティータイムを提供することができるなど我らとしては至福の極み。お前に対する嫉妬などという見苦しい感情でレキ様との交流の機会を逃すなどそれこそ本末転倒の愚の骨頂。お前たち、レキ様の要望だ。その男の拘束を解いてやれ」

「「「はい、村上会長」」」

 

 とりあえず、命の危機は去ったようだ。

 村上君たちがあまりにもすがすがしいので怒る気がどういうわけかおきてこない。

 結果論ともいえ助かったのだからレキに感謝の言葉を言っておくことにする。

 

「ありがとうレキさん。助かったよ」

「気になさらないでください」

「ところでさ、教室の後ろの方で倒れている人たちは?」

 

 教室の後ろではどういうわけか気を失っている人たちがいた。

 床に寝転がっているものの表情は安らかだ。何があったかの説明は村上君の方から行われた。

 

「そいつらはお前を狙撃した後、追撃しようとしたところをレキ様に狙撃されて返り討ちにあった連中だ」

 

 おのれ直枝……とか寝言を言っているかと思ったら、やたら幸せそうな笑みを浮かべていた。

 幸せな夢でも見ているのだろうか。

 

「本当に……本当にありがとうレキさんッ!!」

 

 元々レキと手をつないだ理樹に原因があると言ってしまえばそれまでであるが、一緒にいたのがレキであったことに理樹は感謝した。レキがいなかったらもう二三発は間違いなく銃弾をくらっていただろう。これで万事解決かと思っていたら、レキは爆弾発言をしてしまう。

 

「ですから気になさらないでください。恭介お兄ちゃん(・・・・・)にはよく可愛がってもらいましたし、その礼が少しでもできればと思ったまでです」

 

 教室の空気が一瞬にして凍った気がした。

 誰もが唖然として口を開けない中、真っ先に立ち直ったのはやはりというかリーダーの村上という少年だ。彼の声は震えていたが、それでもちゃんと口に出した。

 

「あ、あの、レキ様。今なんとおっしゃいましたか?」

「礼が少しでもできればいいなと言っただけです」

「その前です」

「よく可愛がってもらいました」

「その前です。いったい誰に……」

「恭介お兄ちゃんですが?」

 

 村上が口を閉じてしまった以上、再び二年Fクラスの教室に静寂が訪れた。

 そして、しばらくしてその場にいた一同は口をそろえて叫んだ。

 

「「「殺せぇッ!!!」」」

 

 一同は緊急会議を開始した。

 

「あの男、ことのあろうにレキ様に『お兄ちゃん』とか呼ばれているだと……!?なんてうらやま―――――――うやらましいことを!!!」

「今すぐ抹殺計画を立案せよ。今すぐ奇襲部隊を編成しろ」

「「「はい。村上会長!!」」」

「準備が整い次第、我らは宿敵棗恭介へ総攻撃を仕掛ける。皆の者準備を怠るなよ」

「村上会長、我らが宿敵の居場所が現時点は判明していないように思われます。いかがしますか?」

「何を言っている。棗恭介の居場所が分からなければ、人質をとればいいだけの話だ。ちょうどここに、おあつらえ向きの男がいるだろう?」

 

 次の瞬間。

 RRRの連中の視線が一か所へと集められた。

 その視線は当然のごとく理樹へと向けられている。

 

「あ、あはは――――――――――さらばだッ!!」

「「「逃がすかッ!!」」」

 

 クラス単位の鬼ごっこが始まった。

 

 

      ●

 

『奴め、いったいどこへと行った?爆弾なんて使いやがってッ!』

『焦るな、時間はたっぷりとある』

『絶対に見つけだして我らが村上会長のもとへと凱旋するぞ!!』

 

 追ってくるレキ様ファンクラブRRRの連中の声がすぐそばで聞こえてくる。もともと理樹の本職は探偵科(インケスタ)。脳筋である真人や謙吾とは違い、向かってくるRRRの人間に武力で対抗するなんてことはできないのだ。こんなことで普段秘密にしろと恭介から念を押されている超能力を使うつもりはないし、こんな条件下では正直強襲科(アサルト)に所属しているリーダーの村上と一対一(サシ)の決闘と行ったとしても勝てるかどうか。

 

『チクショウ! 見当たらない!』

『焦るな、村上会長からの指示により着実に包囲網は狭まってきている』

 

 レキ様ファンクラブRRR会長の村上のカリスマ性は大したもので、一クラス分以上の人数を指示しながらも、適切な行動を指示している。理樹を囲む包囲網は確実に小さなものへなってきていた。

これからどうしようかと考えていたら、ポンッと理樹の肩に手が置かれる。

突然のことに理樹はわひゃあッ!という情けない悲鳴を挙げてしまった。

 

「どうしたの?そんなに怖いものに怯えるような顔をして」

「と、朱鷺戸さん!」

 

 後ろに立っていたのはRRRの連中ではなく朱鷺戸沙耶だった。彼女は紙袋を手に持っている。

 

「流石にヤバそうだったから助けに来てあげたわよ。はいこれ、変装道具」

「あ、ありがとう!これで村上君たちから逃げられるよ」

「じゃあ早く着替えに行きましょ。こっちきて」

 

 村上君たちに着替えているところを見つかっては本末転倒だ。

 だから誰からも見つからないような場所で着替える必要がある。朱鷺戸さんその場所を知っているみたいだから大人しくついていくと、朱鷺戸さんはこともあろうか女子トイレに入っていった。

 

「はい?」

 

 そしてまたすぐに朱鷺戸さんは女子トイレから出てきた。

 

「誰もいなかったわ。ここで着替えなさい」

「正気!?」

「だって、男子トイレから女の子が出てきたら不自然でしょ」

「女子トイレに男子がいる方が不自然だよ」

「そういえば、言ってなかったわね。その服、女物よ」

「はい?」

「というか、あたしが男物の変装道具を持っているわけないじゃない。捕まりたくなければさっさと着替えてきなさい」

 

 おそらく中途半端な変装ではバレてしまうだろう。やるなら徹底的にやりかしかない。

 理樹は無人の女子トイレのボックスにて女物の下着から着用した。

 下着の色はナ・イ・ショ!

 心ののどこかで本当に引き返せないところまで来ていると思いながら着替えを終わらせて女子トイレから出てくる。

 

「それじゃ、この制服は後でまた返すわね。それじゃ作戦を続けましょうか」

「まだやるつもりのなの?」

「まだって、まだ一セットも終わってないじゃない。確かに思ったより時間はかかったし、最後のカードの指示をこなして終わりにはするけどね」

「効果はあったの?」

「終わってから言うわ。どの道次が最後だし気楽に考えなさい。じゃ、ミッションリスタート」

 

 見事な女装によってRRRの連中の包囲網を突破した理樹は今度は校舎の内部をうろついてみる。

 三枚目のカードの内容な『冗談を言って驚かせる』

 誰に嘘を吹き込もうかと考えていると、三階校舎で知り合いに遭遇した。

 今度はレキさんの時のように熱狂的なファンクラブの妨害が入らない相手だ。

 

「こんにちは。星伽さん」

「あっ。こんにちは。えっと」

 

 星伽白雪。どういった人物であるかは大体ではあるが把握している。

 知り合いならまだやりやすい。冗談を言って驚かせる相手は白雪にすることにした。

 そういえば理樹にとって白雪は顔見知りでも、白雪にとっては今の女装は初対面だ。

 女装本人だって女としての名前を考えていないのだから、白雪だって女装の名前だって知らないだろう。 

 そのことを思い出した女装はいきなりの世間話で考えてもいない名前をごまかすことにした。

 

「星伽さん。アドシアードでは大変だったそうですね」

「はは。でも、私も大切なことを気づけたからいま思えばよかったよ。今日はキンちゃんと一緒に朝食作ることができたしね」

 

 白雪の口から遠山君のことが出てきた。白雪は普段初対面の人間にそんなことをいう人ではない。何やら浮かれているようにも見える。女装は知らなかったが、今日白雪はキンジにお前は大切な幼なじみで、感謝だってしていると彼の口から直接聞いたばかりなのだ。ついつい浮かれてしまっていても仕方がないだろう。

 

(遠山君? そうだ! 真人に筋肉があるように、星伽さんと言えば遠山君じゃないか!?)

 

 二人は幼なじみだ。

 冗談を言って驚かせてしまっても、すぐに嘘だと見抜いて笑ってくれるに違いない。

 理樹だって真人の冗談をすぐに見抜ける。

 何よりこれは女子同士のたわいもない会話ということになっている。

 多少誇張しても問題ないだろう。

 

「そうだ、星伽さん」

「ん?何?」

「実は私―――――遠山君とお付き合いしてるの」

「そう」

 

 アハハ、と二人して笑う。女子同士ってのも案外気楽なものに思えてきた。

 現に白雪だっていつもと変わらず、いやいつも以上の笑顔でニッコリと微笑んでいた。

 

「えっと、何さんだっけ?」

「遠山君の彼女さんですよ」

 

 名前を考えていなかったため強引にごまかした女装は、白雪の口からこんな言葉を聞いた。

 

 

「―――――――――――モウ、イチド。イッテモラエルカナ」

 

 

          ●

 

 神崎・H・アリアは突如連絡を入れてきた友人が最初何を言っているのか分からなかった。前に本人からこれからボストンに観光―――――仕事に行くとか言っていた。とってつけたような誤魔化しに意味がないことをわかっているはうなのに、わざわざ隠そうとしないのも潔い。数少ない友人来ヶ谷唯湖はもともとぶっ飛んだことを言うような人間であったが、それでもなおよくあることだと済ますことはできなかった。

 

・名探偵『リズ、もう一回お願い』

・姉 御『じゃあ要望に応えてもう一度言うぞ。明日の0時から二人一組(ツーマンセル)の三組の計六名でイ・ウー主戦派(イグナティス)の魔術師のアジトに殴り込みをかけることになったから、そのうちの一組として作戦に参加するつもりはないか?』

 

 




さあ、人数を増やして地下迷宮に再チャレンジです。
二人一組三ペアの六名とのこのですが、誰が来るかの予想はつくと思います。

ところで……おい主人公!お前!ちゃんと参加できるんだろうな!?
病院のベッドで寝たきりになったりしないよな!?
作戦参加メンバーにこの時点で確定しているのはアリアだけだという……どういうことだ?

最後に一言。
草薙先生ごめんなさい、また村上会長が暴走しました。

では!


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Mission69 火刑台上のジャンヌダルク

明日の0時から二人一組(ツーマンセル)三組の計六名でイ・ウー主戦派(イグナティス)の魔術師のアジトに殴り込みをかける。『機関』の仲間からそういう連絡を受け取った朱鷺戸沙耶は彼女のパートナーとして作戦に参加する直枝理樹と一緒に集合場所である諜報科(レザド)の校舎の前に来ていた。何時の間に決まったことであるのかなど色々と聞きたいことはあったが、文句を言っていても詳しいことは言えないとか言われたのでおとなしく指示に従っておくことにした。0時から行動開始ということであり、それまでに集合というなんともまあズボラな待ち合わせであった。三十分前には沙耶は理樹と共に集合地点へとやってきたがいまだに誰も来ていない。これが巧妙な(トラップ)であるという万が一の可能性も考慮して彼女無条件に安心するつもりが起きないのはスパイとしての性分なのだろうか。良くも悪くも素直な人間である理樹は罠の可能性なんか考慮せずに前向きに考えそうなものであるが、

 

「怖かった……怖かったよう」

 

 今の彼は前向きとはとても呼べないものになっている。

 膝を抱えて体育座りでうつむいている。声も震えていて鬱モード全開だ。

 聞けば星伽さんを対象にカードの指令である『冗談を言って驚かせる』ことを行ってみたところ、彼女に笑顔のまま切りかかられたらしい。なんとか自力で星伽さんから逃げ切ることに成功したものの、命綱など一切なしにして三階の窓から飛び降りる羽目になってしまったときはここで死ぬのかなと正直に覚悟したとか言っていた。どうやら今の理樹はその時の星伽白雪の恐怖が現在進行形でよみがえっているみたいだ。おそらくよほど怖い目にあったのだろう。ちょっとだけ申し訳ないことをしてしまったのかもかもしれない。それにしてもこの男、今日一日だけでも魔術師のアジトに突入して罠にかかり落とし穴に落ちて夜の冷たい海へと叩き落されたりイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイに誘拐されたりレキ様ファンクラブRRRに狙撃されたりと命にかかわりそうな散々な目にあっているはずなのだがその中でも一番怯えているとうな気がする。やだ、女って怖い。

 

(……さて、どうしたものかしらね。あいつ(・・・)はこの作戦に参加するメンバーについての信用に関しては心配ないって言ってたけどさ)

 

 自身の相棒が現在使い物にならないので沙耶は一人で作戦のことを考えることにした。今から約三十分後に殴り込むということであるが、そもそもこの作戦を考えたのは沙耶ではないのだ。この作戦のことは沙耶と同じく東京武偵高校に通っている『機関』の仲間から聞かされた。あいにく()は今東京武偵高校の外に出ているので詳しいことは聞くことができなかった。どういうことかと問い詰めようにも電話では切られたらおしまいである。詳しいことは聞けてない。詳細を聞いたところで今回の作戦の仲間とも実際に面と向かって打ち合わせをしてみないことには分からないが。とはいえ今後どういったことが実際に起こり得るかをシュミレートしてみると、沙耶は近づいてくる二つの気配を確認した。

 

「アンタも今回の仲間?」

 

 沙耶に話しかけてきたのは長いピンクのツインテールの髪型をしている赤紫色(カメリア)の瞳を持つ人形のように愛らしい美少女。

 強襲科(アサルト)の第二学年の首席、神崎・H・アリア。

 その隣にはちょっとだけ暗そうな雰囲気を持つものの、堂々と彼女の隣に立っている少年がいる。

 沙耶はアリアと直接会話をしたことなどないがアリアは有名人だ。彼女にパートナーができたなんてことになったらすぐに噂として広まるのは仕方のないことである。従って、アリアの隣に立つ少年が誰かもわかる。

 

「神崎さんと遠山君ね。間違いないかしら?」

「ええ、アンタは?」

「あたしは諜報科(レザド)二年の朱鷺戸沙耶。今回はイギリス清教からの依頼を受けて今回の作戦に参加することになったわ。今回はよろしくね」

 

 もちろん沙耶が作戦に参加することになった経緯にそんな事実なはい。が、『機関』の仲間からの連絡により、そういうことにしておくことになった。キンジとアリアにとって初対面である沙耶を信頼させるためにはそれに値するだけの立場をはっきりさせておく必要がある。でも、沙耶としてもこの作戦のためだけに自身が『機関』のエージェントであると打ち明けたくはない。それに『機関』などという具体性のない名前とどこぞの厨二病科学者の普段の言動のせいで打ち明けたところで『厨二病、乙!』とか言われそうだ。あの野郎くたばればいいと思う。

 

 ともあれ、実際のところイギリス清教からの依頼を受けてということならば信憑性的にも合理的だ。

 今回沙耶のパートナーである直枝理樹の所属するチームにはイギリス清教の人間がいる。

 口裏を合わせることもたやすく、何より自然な形を装える。

 

「そう、あんた今回の作戦のことどれだけ知ってる?あたしはリズ―――――――――ある人からの連絡を受けてきたんだけど、集合時間と場所と人数くらいしか聞けなかったものだからね。ミッションの内容を確認しておきたいんだけど」

 

(……リズ?エリザベスのことかしら?となると、この二人は正真正銘のイギリス清教からの推薦ということになるわね。理由は教えて貰えなかったけど、あいつ(・・・)がメンバーは信用できるといった理由がそれか)

 

 仲間だと思っていた人物が実は敵だったとかなったら正直シャレにならない。

 けれどアリアとキンジの場合はその心配はなさそうだと沙耶は判断した。

 となると、問題はあと二人。一体誰が来る?

 

「生憎だけど、この作戦の立案者はあたしじゃない。むしろあたしが聞きたいくらいよ。そもそも二人一組(ツーマンセル)としてあなたたちが来ることも今まで知らなったわ」

「そういえば、アンタのパートナーは誰?」

「あれ」

 

 アリアに聞かれたので沙耶は自分のパートナーである体育座りを指さしてた。一応隣にいたはずなのだか理樹のあふれる白雪恐怖症(ネガティブオーラ)が夜の背景と完全に一致して気が付かなかったのだろうか。キンジは変わり果てたルームメイトを見て動揺を隠せなかったみたいだ。

 

「な、直枝」

「……ッ!!」

 

 キンジに名前を呼ばれた理樹は体をビクンッ!!と小動物のように震えさせる。

 理樹のすがりつくような瞳を見たキンジは柄にもなく可愛いと思ってしまった。

 いったいこいつに何があったんだ?キンジはそう思わずにはいられなかった。

 

「誰が来ると思う?」

「相手は魔術師なんでしょ?だったら強力な超能力者(ステルス)だとかかしら」

 

 アリアが強力な超能力者(ステルス)といったところで理樹の肩がまたビクンッ!と震えた。

 そして今にも泣きだしそうな顔を沙耶に向けた。

 

「きょ、強力な超能力者(ステルス)って……ほ、星伽さんとか来るのかな?」

 

 超能力者(ステルス)と聞いて真っ先に理樹が連想したのは白雪である。

 謙吾は超能力者(ステルス)というよりは魔術師に近いし、何より怪我がまだ治りきっていない。

 それに白雪ならばキンジとアリアとの連携も取りやすい。

 自分の中でほぼ確定的だという結論を出した理樹の顔は暗い中でも分かるくらいに蒼白になっていた。

 けど、キンジが否定する。

 

「いや、白雪は来ないと思おうぞ」

「……え?」

「さっき会ったときにはそんあそぶりは見せなかった。むしろ、『あの女誰!?』とかいうわけが分からないことを言われたな。あまりにもしつこかったから置いてきたけど」

「……ふうん。キンジ、その話詳しく聞かせてもらおうかしら。アンタまた女の子誑かしたのね」

「だから心当たりがないんだって。俺はお前から呼び出されるまでは俺と武藤と不知火に平賀さんの四人でトランプしてたんだからな」

「ホント?」

「あいつらに確かめてもらってもいいぞ。実際本当のことだし」

 

 アリアの機嫌が徐々に悪くなっていく一方で、理樹はパァーッとひまわりのような明るい笑顔を見せるようになった。もとの前向きな明るさを取り戻した理樹は体育座りから変形(トランスフォーム)し、立ち上がる。

 

「もう、なにも、怖くなんてない!! 魔術師だろうがなんだろうが何でもかかってこいッ!」

「こいつ何があったのよ」

「聞かないであげて」

 

 不思議がるアリアとキンジとは違い、沙耶はあきれたような視線を理樹へと向ける。

 今の理樹にはそんな視線など怖くもなんともないようだ。

 まあ、沙耶としては今回の作戦のパートナーが無事(?)に復活してくれて何よりである。

 

「じゃあ一体誰が来るんだろうね?」

「一人は二木さんでしょうね。おそらく彼女が今回の作戦の立案者。後は誰を連れてくるのかということだけど……」

 

 ひょっとしたらイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗ったあの狐の仮面の人物が来るかもしれない。

 あのバケモノじみた戦闘力を誇る奴が来てくれたら厄介ではあるが百人力だ。

 そんなことを考えていた沙耶であったが、すぐに思考を中断しなければならないはめになった。

 近くからハーモニカの音が響いてきたのだ。このメロディーはどこかで聞いたことがある。

 それは一体どこで聞いたものだったか。

 

(……あ、思い出した。アルテュール・オネゲルが作曲して舞踏家のイダ・ルビンシュタインに捧げられたものだったわね)

 

 近代フランスの作曲家の一人、アルテュール・オネゲル作曲の劇場聖譚曲(オラトリオ)

 確かそのタイトルは―――――――『火刑台上のジャンヌダルク』。

 ハーモニカによるセルフBGMとともに姿を現したのは、

 

「ジャ、ジャンヌ!?」

 

 先月のアドシアード期間中に星伽の巫女である白雪を誘拐し、地下倉庫(ジャンクション)にてアリアたちと戦った『魔剣(デュランダル)』ことジャンヌ・ダルク30世。

 

「どうしてアンタがここにいるのよッ!」

 

 アリアはすぐに二丁拳銃のガバメントを抜いてジャンヌに向けるが、東京武偵高校の女子制服を着ているジャンヌは応戦の構えを取らなかった。細長い二本の銀髪おさげを頭の上でまとめたジャンヌは切れ長の碧眼をアリアではなく、アリアの背後にいる人物へと向けた。

 

「私が持ちかけた司法取引よ」

「ッ!」

 

 後ろを振り向くと、発言者がすぐ後ろにいた。いつの間にか人の気配に敏感なアリアの背後をとっていたようであるが、今の今まで気が付かなかったことにアリアは驚愕せざるを得ない。

 

「いつ近づいてきたの?」

「そこのジャンヌ・ダルクがセルフBGMを吹いている最中よ。普段デスクワークばかりやっていたから心配だってけど、ジャンヌが気を引いていてくれたことを差し引いても強襲科(アサルト)の首席を出し抜けたのだから、どうやら私もまだまだ捨てたものではないみたいね」

 

 片手を腰に当て、澄ました顔でそう言う少女の名は二木佳奈多。

 委員会連合に所属できるだけの委員会を持っている若き風紀委員長。

 

(……ふうん、こいつがあの諜報科(レザド)の有名人か)

 

 佳奈多は今でこそ超能力調査研究科(SSR)に所属しているが、彼女は諜報科(レザド)での有名人である。佳奈多は中学二年の時点で諜報科(レザド)のSランクの資格を取り、中学時代にインターンとして一年間東京武偵高校で過ごした経緯を持つ。一時は暴力団やマフィアを潰しまくっていた。現在進行形で諜報科(レザド)に所属している沙耶は彼女に憧れているという話を後輩たちがしているのを何回か聞いたことがある。アリアが強襲科(アサルト)の後輩たちの憧れの的なら、佳奈多は諜報科(レザド)の後輩たちの憧れの的である。

 

「そこのジャンヌが受けた司法取引の条件の一つを大雑把に言うなれば東京武偵高校の生徒となり、生徒たちに危害を加えようとする輩から守ること。だから、ジャンヌが(・・・・・)あなたたちに危害を加えることはないから安心なさい。今のジャンヌはパリ武偵高校からの留学生、情報佳(インフォルマ)二年のジャンヌ・ダルクよ」

「それで、そんな似合わないセーラー服を着ているわけか」

 

 キンジはそう言うが実際のところジャンヌの制服姿はかなり様になっていた。

 もともとが美人ということもあって何を着ても似合うのかもしれない。

 似合わないといったのはせめてもの腹立ち紛れであったのだろう。

 

「私としても恥ずかしいのだぞ。なんだこの服は。いくら女性が拳銃を(もも)に隠すのがデリンジャーからの伝統だとしてもだ、未婚の女性はこんなにみだらに脚を出すものではない」

「ならあなたは一生ジャージでも穿いてなさい」

「一生!?おい待て佳奈多。それは私が一生結婚できないとでも言いたいのか!?」

「そんなことは言っていないわ。被害妄想が過ぎるんじゃない?それとも何、あなたはリサのように『仕えるべき勇者様が見つからない』とか言ってベッドの中で袖を濡らしているような人間だったの?魔女が聞いて呆れるわね」

「ほほう。諸葛の奴に口説かれた実績がある女は言うことが余裕に満ちているなぁ」

「あなたそれ、こないだの意趣返しのつもりかしら。仲間になれってしつこくて私だっていい加減迷惑してるのよ。ジャンヌの方でなんとかしといてくれない?あ、それも司法取引の内容にねじ込んでけばよかったか。失敗したわね」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 

 佳奈多とジャンヌの間で繰り広げられる会話はとても昨日今日会った人間のものではなかった。互いの共通の知人と思われる人物の名前まで出して皮肉を言い合っている以上、この二人は以前からの面識があるということになる。

 

「アンタ、ジャンヌと知り合いだったの?」

「私は以前とある公安委員会で仕事していたことがあって、その時に不本意ながらアウトローとの面識ができてしまったの。イギリス公安局に所属していたことがある神崎さんならなんとなく理解できるのではないかしら」

「その一つがイ・ウーってわけね」

 

 アリアを遮り、沙耶は佳奈多に言葉を紡ぐ。

 突如出されたイ・ウーの名前にアリアもキンジも、そしてその言葉を口にするとは思っていなかった理樹でさえも沙耶の方に向く。

 

「さっきあなた、そこのジャンヌが(・・・・・)私たちに危害を加えることはないって言ったけど、

もう一人の方はどうなの?」

「もう一人?」

「東京武偵イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。こいつは無害であることの証明が私たちにとって最優先事項よ」

 

 アリアはジャンヌに視線を向けた。イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイがいることはアドシアードで分かっていたが、その正体は依然として不明だった。知る手がかりはも何も残っていないとすら思っていたがだけに、アリアは今ここでそのことが言及させるなんて予想だにしなかった。

 

「あれは無視しても構わないわ」

「なぜ?」

「そこのジャンヌは勿論のこと、私もそいつの正体を知っているからよ。あえて言うなれば、あいつに魔術師の情報をなんでもなんでもいいから集めてくれとお願いしたのはこの私でもある」

「「……は?」」

 

 実際に対面した理樹と沙耶にはその心当たりがないわけではない。狐の仮面の人物は、理樹を誘拐こそしたものの取り立てて拷問などはしてこなかった。沙耶との戦闘になった時でさえ防御に徹してさっさと退散を決め込もうとしていた。あれからまた監視しているのではないかと疑い、スパイ排除大作戦を物は試しで行ってみた沙耶が出した結論は理樹は誰にも監視などされてはいないというものだ。

 

「なら今は味方……ということにして一応納得はしておきましょう。けど、それなら今この場にいない理由は何?」

 

 認めたくはないが、あの狐の仮面のスパイの戦闘能力は非常に高い。

 いくら沙耶の体調が本調子ではなかったことを差し引いても軽くあしらわれたのもまた事実。

 味方だというのなら一緒に戦ってくれたら相当な戦力になることは間違いないのだ。

 

「必要ないからよ」

 

 そのことは佳奈多も重々承知しているはずなのに、彼女はいらないとバッサリきった。

 

「探索範囲が広くて私とジャンヌの二人だけだと苦労しそうだから今回手伝ってもろうってだけであって、戦力的には私とジャンヌの二人だけで充分よ」

「これはまた大きく出たわね。じゃあもう一つだけ聞いてもいい?」

「何かしら?」

「あなた、昔は公安委員として働いていたことがあるっていったわね?なら、最年少公安0の人間の噂を聞いたことがある?」

「あ、それあたしもイギリス公安局で仕事してた時に聞いたことがある。なんでも、日本の公安0にあたしと同い年の凄腕公安委員がいるって」

 

 狐の仮面の人物の正体を沙耶が考察した時、一つの仮説が生まれた。

 ジャンヌ・ダルクがアドシアードで捕えられたにも関わらず、同じくイ・ウーのメンバーであるあのスパイが捕まらずに未だ東京武偵高校に在籍していられ理由を思いついた。

 

 ――――――あいつ、多重スパイなんじゃないか?

 

 立場上は味方ということになっているから捕まらなかったのではないか。

 そういう予測が立てられた。

 実際に対面して沙耶の攻撃を軽く流したあの戦闘力を目の当たりにし、それができる人間が思いついた。

 

 公安0。

 

 強襲科(アサルト)のSランク武偵どころか、もう一つ上のランクに届くであろう人間なんてそうはいない。

 そして、ある噂があったのを思い出す。

 最年少公安0の話。なんでも中学三年生の時点で公安0の一員になったという鬼才がいるらしい。

 これは『機関』が集めた情報の中にあった眉唾物の話の一つだ。

 そいつがこの東京武偵高校に生徒として紛れ込んでいるのではないか。

 あくまでも憶測の息を出ないもののごく僅かな可能性の一つとしては考えられると沙耶は踏んだ。

 

「公安0はそもそも警察とも命令系統自体が違うわ。だから、公安委員をやっていたといってもそう会うことなんてないわ。第一、奴らは自分が公安0の一員だと主張してこないし。どうして?」 

「……いや、なんでもないわ」

「そう。なら行きましょうか」

 

 話すことは終わったと佳奈多とジャンヌは歩き出し、アリアとキンジもそのあとに続く。

 沙耶もついていこうとしたが、不安そうにしている理樹に気が付いた。

 

「どうしたの?」

「いや……大丈夫かなって」

 

 この六名の中では、おそらく理樹が敵のアジトに突入するといった経験が少ないはずだ。

 キンジだって昔は強襲科(アサルト)の首席候補とまで言われた男だし、佳奈多とアリアなんてその手のプロの公安委員をやっていたことがある。『機関』のエージェントである沙耶に至っては今でもよくアジトに突入なんてことはザラにあることだ。

 

「空を見なさい。今日は星がきれいね」

 

 そういわれた理樹は夜空を見上げた。雲一つかかっておらず、一番星がひときわ輝いている。

 

「……きれいだね」

「そうね。夜空は心を落ち着かせてくれる。それに今日は星が輝いている。だから、不安だったら星空へと願いなさい。雲一つかかっていないのだから、きっとその願いは届くわ」

「朱鷺戸さんって……割とロマンティストなんだね」

「ほっときなさい。ほら、私たちも行くわよ」

 

 理樹と沙耶もこれから敵のアジトへと向かうことになる。

 星空を見上げたからだろか、どういうわけか二人の心は落ち着いていた。

 

 

        ●

 

 同時刻。

 『機関』が経営しているとある老人ホームにて一人の少女が目を覚ます。

 神北小毬。

 先日流れ星を見に行ってから寝込んでしまい、それから一向に起きてこなかった少女。

 彼女は二日ぶりに目を覚ましたことになるが、今の彼女の瞳は以前の太陽のような輝きはない。

 右手で自身の頭を抱え、上半身だけベッドから起き上がった状態で小さくつぶやいた。

 

「思い出した。思い出したよお兄ちゃん」

 




佳奈多が仲間に加わった!
ジャンヌが仲間に加わった!



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Mission70 Episode Komari

今回は小毬のお話です。


 わたしには大好きなおにいちゃんがいる。

 歳の差は7つ。兄妹としては結構離れているほうかもしれない。歳の差7つというと、わたしが幼稚園を卒業して小学一年生になる頃には、おにいちゃんは中学二年生になっていることになる。幼い頃の一年というものはとても大きなもののせいか、わたしにはお兄ちゃんが身体も心もとても大きな人に見えた。いつも優しくて、穏やかで温かかな笑顔を向けてくれるおにいちゃんが、わたしは大好きだった。

 

 わたしが幼稚園の年中組に上がった直後の頃のことだった。

 家のリビングでおにいちゃんに絵本を読んでもらっていた時、急におにいちゃんがわたしの目の前で血を吐いた。その時はお母さんもおとうさんも仕事でいなくて、わたしとおにいちゃんの二人だけしかいなかったから、わたしはパニックに陥ってしまった。

 

「おにいちゃんっ、おにいちゃんっ!!」

「……だいじょう、ぶ……だよ。心配しないで」

 

 おにいちゃんはどこまでも優しいひとだった。

 自分が苦しんでいるのに、先にわたしのことをしんぱいしていた。

 決して自分のことなんてどうでもいいだなんてことを考えるような人ではなかったけれど、自分のこと以上にわたしを大切にしてくれている人だった。血を吐いて床に倒れて伏してしまってなお、心配させまいようにと気力を振り絞って俺は大丈夫だといつもの変わらぬ優しい声でわたしのあたまをなでてくれてた。

 

 おにいちゃんがなんとか自力で電話して呼んだ救急車によって病院へと運ばれた後、入院することになったおにいちゃんには待っていたのは街の病院の一室で検査などをうける日々であった。わたしは幼稚園の帰りには必ずお母さんをつれてその病院に通っていた。初めは地元の病院で検査する毎日が続いていたが、しばらくしておにいちゃんは隣町のもっと大きな病院へと移されることになる。体調がすぐに悪化したということではなく別の理由からであった。

 

 街の小さな病院で検査していても、どうしてもおにいちゃんが吐血した原因が分からなかったのだ。

 

 レントゲンや血液検査。

 幼稚園児のわたしにはお母さんやお医者さんが何を言っているのかさっぱり理解できなかったけれど、病院であらゆる検査を受けても症状の特定ができなかったみたいなのだ。

 

 心臓だとか肺だとか、具体的にどこかが悪いということでもなにのに身体はガタガタになっているみたいだった。でも、肝心の理由が分からずしまい。癌ではないかと検査しても、どうしても見つけられない。まるで呪いでもかけられたのではないか。お医者さんたちは皆口をそろえてそういった。

 

 それからというもの、おにいちゃんは定期的に血を吐くようになってしまっていた。

 急激な体調の変化もなかったため、当面の命の危険性はないだろうとのこと。

 でも、呪いを連想されるような現状から完治する見込みも見当たらない。

 お母さんのお見舞いの回数は減っていったけど、わたしは一人でも自転車をこいで病院に通った。

 

「ひらひら~」

「……ああ、ひらひらだな」

 

 わたしは病院の屋上が好きだった。

 おにいちゃんがそのことを知ってからは、よくそこに連れ出してくれた。

 屋上に干され、風になびいている白いシーツをつかってかくれんぼともおにごっこともつかない追いかけっこをしてみたり。

 

「小毬、みーつけた」

「……まだみつかっただけだもん。捕まってないもんっ」

「あ、こら、待てよ小毬っ!」

「おにいちゃーん!」

「ははは。こら小毬。自分から抱き付いてきてどうするんだ」

「えへへ」

 

 おにいちゃんの担当の看護師さんに見つかって、怒られたこともあったけ?

 おにいちゃんが怒られているところを見ていてとてもしょんぼりしていたことは思い出した。

 他愛ないことだったんだろうけど、わたしはとても楽しかった。

 おにいちゃんと二人で笑っていられることが、何よりも幸せだった。

 

 でも、わたしが幼稚園の年長組に上がる頃、おにいちゃんの容体が悪化してしまう。

 検査のためにどこかまた別の病院に行くらしい。いづれはまた今入院していた病院へと戻ってくるらしいけど、もう病室まで補助輪付きの自転車を頑張ってこいで行ったとしても会えない日が続いていた。

 

 さみしかった。

 いつおにいちゃんが帰ってくれるのだろう。

 この頃のわたしは、永遠のお別れというものが存在していることを実感として知りなどしない。 

 

 

 初夏の頃。おにいちゃんが病室に戻ってきた。

 その頃にはおにいちゃんはあまり動き回ることができなくなっていたけれど、わたしにはおにいちゃんが帰ってきてくれたことがうれしかった。病室の扉を開けると、いつだってなんだか難しそうなお薬の本を読んでいるお兄ちゃん。それでもわたしの顔を見ると陽だまりみたいな笑顔でニッコリと微笑んでくれる。退屈そうにするわたしに、おにいちゃんはよく本を読んでくれた。

 

「おにーちゃん、これよんで」

「はいはい。えーと、マッチ売りの少女。とても寒い大晦日の日。あるところに……」

 

 病院に行けばおにいちゃんに会うことができるけど、やれることは少ないのもまた事実。原因不明だとはいえ、いつまた血を吐いて倒れるか分からない以上、おにいちゃんに退院許可も外出許可が下りることもない。それに、いつしかおにいちゃんは寝ていることが多くなってしまった。わたしたちができることと言えば、お精々おにいちゃんに本を読んでもらうことぐらいなものしかない。

 

「その夜、マッチ売りの少女は最後の流れ星と一緒に天国へと昇って行きましたとさ」

 

 まだひらがなもまともに読めないわたしに理解できることといえば、絵本くらいなものだったけど。その中ですら知らないものが出てくることだってあった。

 

「おにーちゃん」

「え?」

「ながれぼしって何?」

「ああ、空にお星さまがあるだろう?あんな光が、空を流れていくことがあるんだ。俺も見たことがあるけど、とてもきれいなんだよ」

「でも、それがあるとおんなのこしんじゃうの?」

 

 マッチ売りの少女の祖母は『流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ』と言っていたらしい。なら、流れ星がなければ誰も死なずにすむということだろうか。おにいちゃんはなにも答えなかった。

 

「しんじゃうってなに?こまりおばーちゃんいないから、あいにいかないよ?ながれぼしを見ると、わたしもおにーちゃんもしんじゃうの?」

「あのな、小毬。死んじゃうってことは、いなくなるってことだ」

「いなくなっちゃうの?」

「……うん」

「うぁーんっ!やだよそんなの……」

「ごめんよ。でもこれは悲しいだけの物語じゃないんだ」

 

 流れ星が流れることにより誰かが死んでしまうというのであれば、そんな悲しいものは必要ない。

 どうしてこんな悲しい物語があるのだろう。

 悲しい話なんていらない。ただ、幸せなものさえあればいい。

 そんな風にわたしは思っていたけど、おにいちゃんはどうやら違うようだった。

 

「小毬。これは確かに悲しい物話かもしれない。でも、それだけで終わらせてはいけないんだ」

「ほぇ?」

「世の中には悲しいことはいっぱいある。でも、そこで立ち止まってちゃダメなんだ。悲しさのあまり目をそらしてしまうのではなく、マッチ売りの少女たちのような悲しい結末を迎えないようにと手を差し伸べられるようになりたいとほんの少しでも思うことができたのなら、それはすばらしいことだと思わないか?」

「それでも……悲しいお話はいやだよ」

 

 おにいちゃんの言いたいことはよくわからなかった。でも、嫌なものは嫌だった。そんなわたしはおにいちゃんはどんなふうにおもったのだろうか。駄々をこねる幼い子供とでもおもったか、現実を知らない少女だとでも思ったのかは分からない。けれどおにいちゃんはいつもの優しい笑顔を浮かべていたままだった。

 

「そうか。ごめんよ。もう小毬には悲しい話はしないよ。そうだ、俺がお話を作ってあげる」

「うん!」

 

 それからというもの、おにいちゃんはよくお話を聞かせてくれるようになった。千夜一夜物語というものがある。妻の不貞を見て女性不信となったシャフリヤール王が、国の若い女性と一夜を過ごしては殺していたのを止めさせる為、大臣の娘シャハラザードが自ら王の元に嫁ぎ、千夜に渡って毎夜王に話をしては気を紛らわさせ、終に殺すのを止めさせたという。話が佳境に入った所で「続きはまた明日」とシャハラザードが打ち切る為、王は次の話が聞きたくて別の女性に伽をさせるのを思い留まり、それが千夜続いたという話だ。アラビアンナイトとも呼ばれるこの話を学校の授業のコラムで聞いたとき、おにいちゃんがいつも聞かせてくれるお話みたいだと思ったものだ。

 

 だけど、

 

「……小毬」

「ん」

「流れ星を見に行こう」

「え……やだ」

 

 ある日、おにいちゃんがそう言ったとき、私はすぐに拒否反応を示してしまった。おにいちゃんは違うよと優しく否定してくれたけど、わたしにはどうしてもマッチ売りの少女の悲しい物語が忘れられなかったのだ。

マッチ売りの少女は新しい年の朝、マッチの燃えカスを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいたらしい。流れ星が流れたあと、マッチを灯した少女は祖母の姿を照らしている明るい光に包まれ、幻影の祖母に優しく抱きしめながら天国へと昇っていっくことができた。果たしてそれは幸せだったかな。笑っていたのはきっとうれしかったからだと思う。

 

 もしも。もしもの話だ。

 おにいちゃんがマッチ売りの少女と同じように自身が幸せだと感じながら死んでしまったとする。

 わたしのそばからいなくなってしまったとする。

 その時、わたしにはどうしても幸せだとは思うことができない。

 こんなことを考えたくもないのだ。ずっと一緒がいい。

 

「どうして?」

「流れ星、悲しいから」

「そんなことはない。悲しいことなんて何もないんだよ」

「……流れたら、おにいちゃんいなくなっちゃうかもしれない。そんなの、やだよ」

「いなくなんてならない。俺には会いにいくおばーちゃんだっていない。俺が一番会いたい小毬はここにいる」

 

 わたしが小学生に上がってからは、おにいちゃんはろくに動くことさえできなくなっていた。

 年齢暦には中学2年生のおにいちゃんだけど、中学校には通えていない。

 おにいちゃんは小学校の卒業式すら出席できなかった。

 

『はい。おにーちゃん』

『ああ、ありがとう、小毬……』

『……おにーちゃん、泣いてるの?』

『……』

『かなしーの?こまりなんかわるいことした?』

『いや、うれしいよ。……でも、卒業式って泣くものなんだ』

『うーん?』

『小毬にもそのうち分かるよ』

 

 おにーちゃんはいつも病院の個室で、ぼんやりと外を眺めていることばかりになった。

 わたしに向ける穏やかで優しい笑顔は変わらないけれど、笑顔は弱弱しいものになっていく。

 幸せそうに、けれど儚げに。

 だからなのか、今流れ星が流れたらおにいちゃんの命を燃やしつきそうな気がしたのだ。

 流れ星になんておにいちゃんを連れて行かせはしない。

 わたしはそんな風に考えたのだろうか、病室を出る時からつないだ手を決して離さないようにと握りしめた。

 

 

「おにーちゃん」

「ん?」

「大好き」

「…ああ」

 

 おにいちゃんの手が私の頬に触れる。とても温かい。

 屋上に出ると、いつものひらひらは無くなっていたけど、ベンチが一つ残っている。

 空を見上げると星々が爛々と輝いている。

 

「ほわぁ、すごいきれい」

「うん、そうだろ?……悲しいことなんてなにもないんだ」

 

 おにいちゃんは咳き込んだ。

 

「おにいちゃん?」

「大丈夫。大丈夫だよ小毬。それじゃ、いつものお話をしてあげる」

「おはなし?」

「ああ、お話だよ。それも今回は流れ星に関するお話だ。流れ星へと込められた祈りを叶えて上げる、優しい魔法お使いのお話だよ」

 

 

 おにいちゃんは私に一人の小さな魔法使いの物語を聞かせてくれた。

 むかしむかし、あるところに小さな魔法使いの少女がいた。

 魔法をというものが人を幸せにできると信じている幼い魔法使い。

 でも、なんでもかんでも魔法で願いをかなえていくうちに、人間の欲望というものに直面してしまう。

 金が欲しい、楽がしたい。

 やがて人間不信になった彼女はもう魔法なんて使いたくない、魔法なんてロクでもないものだと考えるようになる。そんなとき、小さな優しい魔法使いはある一人の少女と出会うことになった。冷たい夜風の中、両手を重ねて星空を眺めている幼い女の子。

 

『何をしているの?』

『おねがいごと。流れ星におねがいごとをすると、ねがいをかなえてくれるって聞いたから』

 

 そんなものは迷信だ。どれだけ願ったところで無意味だ。だからもうやめてお家に帰りなさい。

 魔法使いの少女は、流れ星に真剣に祈りを捧げている少女にそう現実を突きつけることはできなかった。

 祈りの内容を聞いてしまったからだ。

 病気の兄がいて、兄の病気を治してほしい。

 お金がないので病院でお医者さんに診てもらうこともできなくて、もう神様に祈るしかできることがない。

 その時だった。

 

『あのね、実は私、魔法使いなの』

 

 もう使いたくないとさえ思っていた魔法の力で兄の病気を治してやろうと打ち明けたのは。

 その後魔法使いの少女は、どうしようもなくなって流れ星にささげるしかなくなった願いだけは叶えていくようになったという。のちに彼女はこう呼ばれることになる。

 

 流れ星にささげられた願いを叶える――――――――流星の魔法使い。

 

「小毬。俺はいなくなってしまうかもしれない」

「……おにいちゃん?」

「だけど、信じてほしい。世の中には悲しいだけの物語なんてない。失敗があるからこそ成功のありがたみが分かるように、悲しい話を知っているから心からの幸せというものを理解できるんだ」

「おにいちゃん?おにいちゃん!!」

「……心配しないで、ちょっと疲れただけだから。ちょっと休めばまた起きてくるから」

 

 それきり、おにいちゃんは倒れるようにベンチに横たわってしまった。わたしはどうしたらいいのか分からず、おにいちゃんのことを必死で呼びかけることしかできないでいたわたしの背後にいつしか人が立っていた。

 

「誰?」

 

 ヒゲを生やした疲れたような表情をしている大人の人がそこにいた。

 その人はわたしの顔を見ると、小さな、それでいて確かに優しい笑みを浮かべてこう言った。

 

「魔法使いだよ」

 

 星空が輝く中で出会った魔法使い。

 この出会いがわたしはある一人の少女と出会うきっかけになる出会いであった。

 その少女の名は、麻倉(あさくら)(あや)という。

 

 

 

 




さて、次回はまた地下迷宮のお話に戻ります。
次こそは主人公が活躍できるのか!?

次回、理樹&沙耶と別れたアリアとキンジはある怪物と遭遇する。

デュエルスタンバイ!!


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Mission71 アリアドネの糸

 さて、魔術師のアジトに侵入するためにはまず手始めとして教務科(マスターズ)へと侵入する必要がある。前回理樹と沙耶が教務科(マスターズ)へと忍び込んだ際には排気口から匍匐前進して少しづつ探ってく必要があったが、今回はその必要がない。今度のメンバーには普段寮会の一員として仕事の仲介をやっている佳奈多がいるのだ。つまり何が言いたいかというと、

 

「開いたわよ」

 

 不法侵入などするまでもなく、正々堂々と鍵を開けて入ることができる。

 

「よくもまあ鍵なんて持ち出せたわね。これ、本来は持ち出し禁止でしょ?」

「本来はそうなんだけど女子寮長が貸した時に合鍵を作らせてもらったのよ。私は教務科(マスターズ)からは筆頭問題児の一角扱いされているけど、私はこれでも寮会では次期女子寮長の候補にあがるくらいには信頼されてるみたいだからね」

「アンタ次の女子寮長になるの?」

「私は秘密依頼(シークレット)でいない時がざらにあるから流石に辞退させてもらうわ。事実、私はちょっと前まで秘密依頼で連絡つかない状態だったしね」

 

 鍵があるおかげで目的の一室へあっさりと行くことができた一向はこれより机を積み上げる作業に入ることになる。が、それはアリアの一声により野郎二人の仕事となった。正直理樹とキンジよりはアリアやジャンヌの方がパワフルなような気がするが、それを口にしたら風穴を開けられてしまいそうである。完成形を知っている理樹が指示を出しながらキンジと二人でピラミッドを作り上げていくが、出来上がっていく図形にジャンヌは怪訝な表情を浮かべていた。

 

(……ピラミッド。佳奈多から聞いた話が本当なら敵はパトラと関わりがあるとのことだ。ならこれはパトラの『無限魔力魔方陣』の再現か?レプリカゆえに効果は薄いとはいえ一つの儀式場として作用するだろうしな)

 

 ジャンヌが一つの可能性として考慮に入れている間に理樹とキンジの野郎二人が作り上げた机を積み上げたピラミッドが完成した。それと同時に沙耶が黒板へと近づいていって黒板を持ち上げる。するとコンクリートの壁に一人ずつならば入れそうな穴が出来上がる。理樹と沙耶が以前の探索で見つけ出した地下迷宮への入り口だ。

 

「これが……」

「ええ、そうよ。それが地下への迷宮へと続く通路。(トラップ)が遠慮も容赦もなくあたしたちの命を脅かす危険な場所でもある。覚悟はいい?」

 

 今回初めての探索となる四人がうなずいたのを確認した沙耶は、経験者として初体験の者を先導しなければならない。そのためにパートナーへと指示を出した。

 

「それじゃ理樹君、一度は行ったことのあるあたしたちから行きましょ」

「はいはーい」

 

 対魔術においてなら絶対的なまでの盾として機能する能力を持つ理樹を先頭にして一同は地下迷宮へと降り立った。蛍光灯のような科学による人工物が一切見らせず、レンガが積み上げられることによってできた壁は失われた古代文明の遺産でも見ているかのような気分にさせる。二回目となる理樹や沙耶ですらこうなのだ。まして、初めて見るアリアやキンジがすんなりと受け入れられるはずはない。

 

「う、うそだろ!?」

「ここ、学校の地下よね?」

 

 これが普通の反応のはずだ。なにせ東京武偵高校が立地している学園島は東京湾に浮かぶ人工浮島を買い取り武偵育成施設へと造り変えた人工島だ。本来であればここはコンクリートの塊のはずだ。こんな遺跡なんてものとは無縁の場所だ。常識を疑うような光景の中、ジャンヌの意識がすでにこの地下迷宮の製造方法へと向いていたのは彼女の魔女としての性分からだろうか?

 

(……錬金術、か?入り口にパトラのピラミッドのレプリカみたいなものもあったし、もともとの材料が砂ならば持ち運びのことを考えたとしても納得がいく話しではあるが、これだけの魔力をどうやって集めた?)

 

 パトラは以前自分が世界の覇王(ファラオ)となるための戦争を起こそうとした過去を持つ。

 イ・ウーという共通点があったにせよ、イ・ウーとて組織である以上は一枚岩ではない。

 ジャンヌが将来パトラと戦わなければならないこともありえたのだ。

 そのため、策を弄する魔女としてパトラのことを調べたことがあるので分かるが――――――魔術で作られたとしてもわからないことがいくつかある。

 魔術は呪文一つで何でもできるほど便利な技術ではなく、それ相応の下準備がいる技術である。

 これほどの地下迷宮を誰にも見つからないようにひっそりと作るにはどれだけの時間がかかったのだろうか。

 下手な魔術だと感知される恐れもあるのだ。実際パトラが何か企んでいたとしても、今隣にいる極東エリア最強の魔女がそれを黙って見過ごしたとは思えない。

 

「なあ佳奈多。お前はどう思う?」

「なんのこと?」

「この地下迷宮が作られた方法だよ」

「私は魔術についてはそんなに詳しいわけじゃないの。あなたが分からないのなら、私にだって分かるはずがないかない」

「随分とまたはっきりというんだな」

「つまらない見栄を張っても仕方ないじゃない。あなたなら『氷』、星伽神社なら『炎』。大体魔女を名乗るような連中であっても自分の専門分野からちょっとでも外れたら何をやっているのかもさっぱりだと平気でのたまうおような連中ばかりなんだのだから、初見で看破できるとしたら噂に聞く『観測の魔女』ぐらいなものでしょうね」

 

 観測の魔女。

 北欧神話系統の魔術を中心にいくつもの魔術理論を発見したとされる魔女だ。

 される、というのは観測の魔女の実態が知れ渡っていないからだ。

 味方に加えることができれば大きな戦力になることは間違いないのでロシア成教を筆頭に正体を突き止めようとしているが、手がかりが全くないらしい。ジャンヌが勝手に作り上げたバルダとかいう仮面の名前のように、架空の存在であり実在はしないのではないかとも言われている。

 

「あれ?」

 

 お前はそれでいいのかとジャンヌがジト目で佳奈多を見つめていると、先頭を歩いていた沙耶と理樹が足を止めた。地下迷宮の入り口かここまでほぼ一本道であったが、ここにきて分かれ道のようである。通路を挟んで左右の壁に扉が一つずつ置かれている。

 

「朱鷺戸さん、この扉って確か……」

「この前来た時に見事に粉砕されたはずだけど、何事もなかったかのように修復されているわね」

 

 以前理樹と沙耶がここへと来た時には最初に左の扉に入り、首を刈り取ろうとしる鎌が飛んできてその直後に転がってくる巨大な石から逃げるという古典的罠につき合わされた。反対に右側の扉を開けて入ると今度はガスが充満してきて、奥にあった部屋へと必死に逃げ込むと落とし穴に落ちて冷たい夜の東京湾へと叩きつけられた。

 

「両方の扉に罠があったよね。なら正解はこのまままっすぐ進むことかな」

「どうでしょうね。あたしはどれを進んでも罠があるような気もするけど」

 

 地下迷宮へと進むための安全なルートというものは必ず存在しているはずだ。

 左右の扉の両方が罠だったのなら素直に考えればこのまま通路を直進することが正解で安全な道ということになるが、そんな理樹の意見をアリアは否定した。かくいう彼女もこれといった理由はないらしい。ただそんな気がするそうだ。

 

「なら、ここで確かめておきましょうか」

 

 佳奈多はそういった後にしゃがみ込んで地面に右手を当てた。

 

「ジャンヌ、何かあったら防御をお願いね」

「お前に死なれたら困るのは私とて同じだからな。任せておけ。ちなみにどれくらいかかる?」

「三分あれば」

 

 言うだけ言って目を閉じた佳奈多はそれきり何も言わなくなった。当然佳奈多が何を始めたのか知っているようなそぶりを見せるジャンヌに視線が集まったので、ジャンヌは説明を始めた。

  

「佳奈多は常時発動の感知系統の能力が使える超能力者(ステルス)だ。なにやらある程度の距離にある建物の構造や位置が把握できるらしい」

「なにその便利な能力」

 

 アリアが今まで見てきた超能力の大半はサーカス芸でも見ているようなものばかりであったが、アリアもこの能力は欲しいと思った。なにせ白雪やジャンヌの能力よりも実用的だ。例えば暴力団のアジトへ乗り込むとする。どこなにがあるか分かるということは伏兵による不意打ちを受けることがないということなのだ。突入して銃撃戦に入る必要がある際ですら敵の現在位置のある程度の推測を立てることだってできる。

 

「お前らが思っているほど便利なものでもないらしいぞ。普段は無意識下のレベルを超えないみたいだし、精度を上げようとしたらどうやっても今のように時間がかかるみたいだ。何より、どれだけ時間をかけても物体の『形』と『位置』しか分からない」

「それが何が問題なの?」

 

 同じくして常時発動の超能力を有している理樹から意見を言わせてもらおう。物体の形と位置しか分からない?どう考えたってそんなものは些細な問題だ。現状、佳奈多の感知の能力はこれといったデメリットが見当たらない。理樹の超能力の場合、魔術に対しての絶対的なまでの盾として機能するという大きなメリットを持つ反面、彼自身一切魔術が体質からして使えないというこれまた大きなデメリットを持つ。おかげさまで彼の主力兵器である魔術爆弾を自作することができない上、挙句の果てには超能力調査研究科(SSR)で不名誉な二つ名まで付けられてしまった。

 

 対し、佳奈多の感知の能力はなんだ?

 

 メリットが想像するよりも小さなものであったとしても、デメリットがないではないか。

 デメリットがないの何事も無いよりは有るにこしたことはない。

 

(……無意識下の域を出ない常時発動系統の超能力。おそらくは超能力者(ステルス)として使う能力の副産物として生み出された能力でしょうね)

 

 狐の仮面の人物に超能力者(チューナー)だなんて呼ばれたある意味では特殊な人間である沙耶はこれを副産物と考える。事実、特殊な体質は何らかの副産物として生み出されることがある。例えば遠山キンジ。彼の薬に効きづらい体質はヒステリア・サヴァン・シンドロームの影響だとかつて自室で理樹と真人に話していた。おそらくは佳奈多の元々の超能力は空間把握に優れているか、それを前提にしているものなのだとうと沙耶は推測した。元々の超能力について問い詰めるつもりはない。いくら仲間だとしても自分の手の内をさらすのは単なる自殺行為だ。

 

「そうね、あえてデメリットを挙げるとすれば……誤認することがあるといったところかしら」

「なにせ分かるのが『位置』と『形』、それも大雑把のレベルとなると人体模型と人間の違いが分からないらしいんだ。モデルガンと実銃なんて全く区別がつかないみたいだ」

「やけに詳しいんだなジャンヌ」

「かつてひどい目に合わされたことがあるんだ。どこへ行っても逃げ切れる気がしなかったね」

 

 何か嫌なことでも思い出したのかジャンヌの顔が徐々に沈んでいく中、佳奈多がようやく顔を上げた。

 どうやら超能力による察知が終わったようだ。

 

「これ、どっちに行っても地下へと進めるみたい」

「へ?」

「左右の扉にもこの先の正面の通路にも地下へと通じている道はある。アリの巣のように全部繋がっているのよ。ただ、ここで扉を開けると罠が待ち受けているというのは実証済み。対して正面を進むと枝分かれする迷路が待ち受けているようね。どの道を行こうが結局は一つの大広間へとつながっているみたいね。迷路は正しい道を選べば罠とかなさそうね」

 

 迷路。

 この地下迷宮の探索の妨害にこれほど適したものはないだろう。

 正しい道を知らなければいつまでも迷路の中を動き回り、無駄に体力を使わなければならない。

 いざとなったら侵入者が余計な時間を消費している間に脱出だってできる。

 どこかに東京湾につながる隠し通路があるのは理樹と沙耶が冷たい夜の海の中へと叩き込まれたことがその証明となるだろう。

 迷路に迷い込むか、それとも確実に罠があると分かっていて左右の扉を開けるか。

 侵入者はその意地悪な二択を選ばなけれなならなくなる。

 

「アンタ、正解が分かる?」

「正解かどうかは分からないけど、階段の場所なら形で把握した。案内できるわよ。さて、どうする?」

 

 でも、それは普通の侵入者の話。

 アリアの質問に佳奈多はあっさりと肯定の頷きを返した。

 佳奈多の感知の超能力は、時間こそかかるが正解を導き出した。

 

「じゃあ、このまままっすぐ進みましょう」

「そう。じゃあジャンヌ、目印お願いね。アリアドネと行きましょう」

「了解した」

 

 佳奈多の言葉を行けたジャンヌは持参した鞄から長く細いロープを取り出し、ロープの先端を地面に触れさせたと思えば、すぐに凍り付かせて地面と固定した。ジャンヌは二三回力強くロープを引っ張り、強度に問題のないことを確認してよしと頷いた。

 

 アリアドネの糸。ギリシャ神話の話の一つである。

 

 テセウスに恋をしたアリアドネは、工人ダイダロスの助言を受けて、恋人たるテセウスが迷宮(ラビリンス)っへと入ることになった際、入無事に脱出するための方法として糸玉を彼に渡し、迷宮の入り口扉に糸を結んで糸玉を繰りつつ迷宮へと入って行くことを教えたという。

 

 結果、テセウスは迷宮の一番端にミノタウロスを見つけ殺した後、糸玉からの糸を伝って彼は無事、迷宮から脱出することができたという。

 

 現状で地形を把握しているのは佳奈多一人のみであるため、もしもはぐれたりしてしまった時などのことを想定したら目印となるものは必要だ。

 

「さて、それじゃ行きましょうか」

 

 佳奈多を戦闘にして迷路を迷うことなく進んでいくと、階段にたどり着く前に大きな広間へと出た。

 もちろん地下迷宮ゆえに電気製品といった科学的なものはなにもなく、壁は天然の洞窟に見られるような石によって作られていた。バスケットコート三つ分はあるであろういう大広間は、天井まで十メートルはあろうということもあり、天然に作られた体育館のようであった。そんな天然の大広間には全く似合わないことに、教室で使われているような扉が一様に壁に並んでいた。その数はおよそ50個程度。他には通路が二つある。もし、迷路に入る前に左右の扉を進んでいたら、あの通路からこの部屋へと来ることになったのだろう。

 

「どの扉を開ければいいのかも分かる?」

「ええ。基本扉はただの張りぼてよ。後ろに通路が続いているのは一つしかない」

 

 あまりの数に声が出なかった理樹やキンジを放っておいて、佳奈多は数多く存在する扉を見ても驚かずまっすぐにある一つの扉へと近づいて行き開ける。そこには地下へと続いている階段があった。やった、と喜ぶ素直な理樹とキンジの二人であったがそれとほぼ同時、沙耶とアリアは何かを感じたのか急にあたりを見渡し、野郎二人は佳奈多に制服をつかまれ階段へと投げ捨てられた。流石に打たれなれているのか、階段に転がされた程度では痛いですんでいるようだ。階段で突き落とされて死亡してしまうようなサスペンス劇場の被害者とは違うのだ。

 

「あイテッ!?」

「何しやがる二木!!」

 

 それでも当たり所が悪かったのかアタタと頭を押さえたままの理樹の分まで代弁するかのようにキンジは声を上げる。が、当の加害者たる佳奈多は二人のことなどすでに見ていない。いや、佳奈多だけじゃない。アリアも沙耶も、ジャンヌでさえも別の場所を見ていた。

 

「砂の化身……。そう、このたくさんの扉はすべて砂で作られたフェイクだったのね」

 

 佳奈多が正解の扉を開いたとほぼ同時、残りの扉が砂になって崩れ落ち、その後新たな形に再構築された。頭を押さえながらも階段を登った理樹には身に覚えがある形である。自分を殺しかけた砂の化身のことを忘れられるはずがない。以前と同じ砂の化身ならば理樹の超能力で打ち消せるのだが、

 

「な、なにあの数!?」

 

 如何せん、数が多すぎた。

 残りの扉がすべて砂の化身へと姿を変え、砂を材料に錬金術で作られたであろう剣を持っている。 その数、およそ50体。この大広間を埋め尽くすには少々足りないだけであり、侵入者を抹殺するためならば過剰ともいえる数だ。

 

(敵は約50体。僕らは六人。互いをフォローしあって戦えば何とかなるか!?これまた意地の悪い罠だなッ!!)

 

 迷路でさんざん迷わせた後、また扉を片っ端から開けて疲れ切ったところを強襲するという罠であったのだろう。佳奈多のおかげでここまで来る段階で疲れ切るなんてことにはならなかったが、単純計算で一人当たり約8体の砂の化身を倒さなければならないということになる。砂の化身は理樹の右手に触れた瞬間に粉砕されることを確認している以上、まだ何とかなるかもしれない。希望が見えてきた所で、佳奈多が信じられないことを口にした。

 

「あなたたち、先に行きなさい。こいつらは私は何とかしといてあげるわ」

 

 本来の戦力差を考えたら問答無用の撤退だって選択肢にいれるべきのはず。

 元が砂で作られているせいか、砂の化身たちが手にしているのはナイフや剣といった近接兵器ばかりで銃といった近代兵器はないが、それでも一人で戦えるような相手ではない。単身マフィアや暴力団のアジトへと乗り込んだこともあるアリアでさえ分が悪いと判断した。

 

「無茶よ!ここは全員で協力して戦いましょう!それでいいでしょ!?」

「アリアの言うとおりだ!仲間を見捨てられるか!?」

 

 武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。

 武偵は決して仲間を見捨てたりはしない。

 佳奈多を置いて先へと行き、錬金術師にこの罠を解除されるなんてことはできない。

 そう言ったキンジであるが、佳奈多はああ、となにか納得したような声を漏らした。

 

「あなたたち、何か勘違いしてない?」

「勘違い?」

「この地下迷宮に侵入する前に言ったわよね―――――――――そもそも、本来この作戦においては戦力的に私とジャンヌの二人だけで充分ななのよ」

 

 仲間を励ますようでも、自分を鼓舞するようにでもなく。

 佳奈多は淡々とした事実を語るように口にする。

 

「それに、こいつらの出現に連動して下でも何か生まれたようね。感覚から判断して、下の階段を降りたら二つの分かれ道がある。私の意識が目の前のこいつらに向いてるせいで大きさまでは分からないけどなにかあるわ。たぶん、一体が砂の化身の一体で、もう一つが件の魔術師のものだと思う。合流されたら面倒なことになるかもしれない。だからとっとと行って倒してきなさい」

「そう。行くわよ理樹君」

 

 もっとも早く決断したのは沙耶だった。

 沙耶は相棒である理樹についてこいと呼びかけると階段をさっそうとかけていく。

 理樹はすぐに沙耶を追いかけていくが、キンジはまだ決めかねているようだった。

 このまま仲間を置いて行っていいのか。

 決断できないでいたキンジに対してジャンヌが言った。

 

「遠山キンジ。この『銀氷(ダイヤモンド)の魔女』の強さを忘れたのか。忘れたのだというのなら、体の芯まで氷漬けにしてやる。だから安心するといい」

「あらジャンヌ。あなたも残るの?こいつら相手なら別に私一人でも問題ないのよ?」

「佳奈多。今の私はお前との二人一組(ツーマンセル)だからな。パートナーが残るのに私だけ先に行くわけにもいくまい」

 

 さっさと行け。

 態度でそう示してきたかつての敵ジャンヌに対し、アリアとキンジは同時に頷いた。

 

「武偵憲章4条、武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事ッ!!さっさと魔術師捕まえてくるから頼んだわよッ!!」

 

 この瞬間、アリアはジャンヌを共に戦う仲間だと呼んだことになる。かつて戦った相手と共闘することになるとはついちょっと、具体的には一時間前までですら考えもしなかったことだ。階段を下りていくと、佳奈多が言ったようにしばらくして道が二手に分かれていた。

 

「どっちに行くッ!?」

「私と理樹君で右側、あなたたち二人で左側ッ!」

「分かったわ!あなたたちも死なないでね!」

「お互い様よ!」

 

 どのようにして別れるかはすでに決まっている。

 アリアとキンジ、そして沙耶と理樹。

 時間がもったいないので適当にそれぞれのタッグが行くべき道を決め、各々は地下迷宮を進んでいく。

 

 アリアとキンジがたどり着いた部屋は、どこかの王様がいるべき場所のようなところであった。

 イギリス王室の宮殿みたいな造りだと、貴族であるアリアをして思わせる。

 今度は正面に王様が座っているのもふさわしいともいえる椅子が置いてあった。

 ただの椅子の時点で人間よりも大きなものである。

 ならば、そこに座っているものだって当然人間ではないのだろう。

 

「こっちは外れみたいね」

「外れっておい。よくもそんな余裕でいられるな。勘弁してくれよ」

「そう?銃主体のアンタにとってはあの場に残って戦うよりもよっぽどやりやすいと思うけど?さて、テセウスが迷宮(ラビリンス)から脱出できたのはアリアドネの糸のおかげだという。なら、糸を置いてきた、あたしたちはどうなるかしらね?」

 

 そして、アリアもキンジも目にすることになる。

 その椅子に座っていたのは牛の頭をして、騎士の鎧を身に纏っている三メートル級の大きな怪物であった。人間を一撃で真っ二つにできるであろうほどの大きな斧を持ち、ドシン、ドシンと足音を立てながら近づいてくる。

 

 その怪物にはギリシャ神話においてこう呼び名が付けられている―――――――ミノタウロス、と。

 





ミノタウロス……理樹がいたら楽勝で倒せただろうになぁ……。
主人公がいないから苦戦しそうだというこれまた珍しい状況が出来上がりました。


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Mission72 強襲科のSランク

 科学者と錬金術師は本質的には同じ人間だとされている。

 科学と魔術。分野こそ違えども彼らの原動力となるのは主に知識欲であるようだ。

 ただ世界の心理を追求したい。

 彼らは本質的にはそれだけの目的のために並大抵の努力では理解もできない学問に志すような連中だ。

 

 なら、言わゆるマッドサイエンティストとか呼ばれている人間とはそんな具体性のない目的のために人として持たなければならない倫理感を捨て去った人間のことをさすのかもしれない。

 

 かつてはローマ正教の一員であり、組織を裏切った錬金術師ヘルメス。

 辞めた、のでなく裏切った。

 いつバチカンからの刺客が送り込まれてくるかも分からない生活を送り、とうとうアジトにしていた地下迷宮に侵入者がやってきたというのに今のヘルメスの様子を見ている限り焦りというものは感じられない。彼は慌てて逃げださなければならないだなんてことは一切考えていないのだ。 むしろ、

 

「全く、いい実験材料(モルモット)がやってきたというものですよ」

 

 侵入者のことを実験材料(モルモット)と称し、まるで盤上の駒を見ているかのような視点をさえ持ち合わせていた。彼にとっては他人などどれも等しく実験材料に過ぎないのだろうか。彼には自分に危機が迫ってきているという認識など持っていないようである。

 

(パトラの奴はさっさと引き上げろとか言っていたが、一体何を恐れているのだか。実験の成果は発表してこそなのに)

 

 先日、と言っても二日前くらいのことだ。 

 突然地下迷宮にパトラの式神が現れた。

 ヘルメスはパトラとは一応の協力関係こそ築いてはいるが、決して仲がいいわけでもない。むしろ仲は悪く、パトラからは嫌われている。互いの利害の一致による協力関係でしかなく、どちらかがもう利用価値がないと判断したらあっさりと切り捨てるだろう。そんな奴からの連絡ゆえに、いったい何の用かと思ったものだ。

 

『ヘルメス。この地下迷宮はさっさと破棄して場所を移せ。気づかれてるぞ』

『別に必要ないでしょう。いざということになっても侵入者が僕にたどり着く前にどうとでも逃げ出せる。そもそもどうして気づかれていると思ったのですか?』

『アメリカに佳奈多が現れなかった。母親想いの理子が形見のデリンジャーと取り戻すために最初に声をかけるのはどう考えても佳奈多のはずぢゃ。なのに佳奈多は来なかった。その理由として考えられることは、(わらわ)を無視してでもあいつにはやるべきことがあったということぢゃろ。それはほぼ間違いなくここしか考えられない。一応の忠告はしといてやる。わかったらさっさと逃げろ。あの魔女に殺されるぞ』

『そんなにヤバいのですか?個人的な意見を言わせてもらえば、今ではSSSの所の未完成の「天使」や「聖人」の方が戦闘能力だけなら高そうな気がしますけどね。第一、あの魔女の超能力は弱体化しているため極東エリア最強の魔女だなんて呼ばれていたのはもはや昔の話なのでしょう?彼女に以前ほどの力がないのなら、砂の化身たちでどうにかなる』

『いいから黙っていうことを聞けッ!!』

『パトラ。あなたが何を考えているのかは知りません。けど、こちらから一つだけ言っておくことがあります』

『なんぢゃ?』

『極東エリア最強の魔女だかなんだか知りませんが――――――――こちらは超能力者(ステルス)なんて、最初っから眼中にないのですよ』

 

 真理を追究することを生業としている錬金術師としては正直な発言なのだろう。でも、人間としてはどこか壊れている発言だ。目の前に危機を無視してアルキメデスという数学者は、戦争そっちのけで自身の研究に明け暮れていたため兵士に殺されることになったという。超能力者(ステルス)なんて眼中にない。それは超能力者(ステルス)を前にしていうことではないだろう。

 

超能力者(ステルス)であるこの(わらわ)を侮辱するか。研究したくてもできないように呪ってやってもいいんだぞ』

『あんたは僕を呪わない。いや、呪えない』

『……根拠は?』

『僕らの間に友情や仲間意識なんか存在しない。いや、殺せるものならすぐにでも殺してやりたいって思っているんじゃないですか?事実、エジプトで「あや」とかいう名の幼き陰陽術師で実験を行ったとき、アンタは逆上してすぐに僕を殺そうとした』

『よく分かっているようぢゃな。そうぢゃ、(わらわ)はお前のことが気に気わない。カナの頼みではければわざわざ生かしてなどやるものか。妾の手でとっくの昔にミイラにして博物館にでも展示させていた。はっきり言うがお前なんて佳奈多に無残に殺されてしまえば思っている』

『そうかいそうかい。でも、僕は引くつもりはないですよ』

『一言言っておく。――――――地獄に落ちろ』

 

 パトラが何か言っていたが、彼女は何も分かっていない。一体、超能力者(ステルス)がなんだというのだ。

 超能力を生まれ持っているだけで世界の覇王(ファラオ)気取りとは何とも短絡的だ。三枝一族にしたってジャンヌ・ダルクの一族にしたって、超能力を有しているから特別な人間だなんて思想を持つのはあまりにも滑稽ですらある。

 

(五年前に一斉に超能力に目覚め、『観測の魔女』によって集められた『機関』のところの超能力者(チューナー)、それにシャーロック・ホームズが足がかりをつくった『緋色の能力者』。超能力者(ステルス)の時代は終わり、これからの時代の主役が誰なのかははっきりしているのに)

 

 いい機会だ。

 研究の成果をみせてやるとしよう。

 だから、

 

「つまらない罠なんかで全滅しないでくださいよ。観客がいないとデモンストレーションは成り立ちませんのでね」

 

             ●

 

 ミノタウロス。知名度はそれなりにある怪物であるが、もとはギリシャ神話に登場する怪物であることまでは失れていない。元々はクレタ島のミノス王と妻パーシパエーの息子であり、その名前は「ミノスの牛」を意味しているらしい。王が約束した雄牛をポセイドンに捧げなかったため、パーシパエーは牛に欲情する呪いをかけられ、その結果ダイダロスが作り上げた雌牛の模型に入ったパーシパエーと雄牛との間に牛頭人身の怪物が誕生した。それがミノタウロスだ。

 

 ミノタウロスは成長するにつれ乱暴になり、手におえなくなったミノス王は工匠ダイダロスに迷宮(ラビリンス)を建造させ、そこに彼を閉じ込めた。ミノス王は食料としてアテネから9年毎に7人の少年、7人の少女を送らせることとしたという。が、最後には食料に紛れ迷宮に進入した英雄テセウスにより倒されたという。

 

「話として聞いたことはあったけど、まさか実物で見ることがあるとは思わなかったわね」

 

 そんな伝説の怪物を目の前にしても、強襲科(アサルト)が誇る我らがSランク武偵は怖気づいたりしない。

 今更こんなことでは驚かない。バケモノが現れたとビビっているキンジとは経験値が違うのだ。

 

「こらバカキンジッ!!怖気づくんじゃないわよッ!!」

「で、でもあんなに大きな斧を持っているんだぞ!あんなのくらったら防弾制服なんかじゃ防ぎようがない!胴体真っ二つだッ!!」

 

 等身大の斧に、三メートルは超えるであろう巨大な身体。

 子供の頃は自分よりも背丈の大きい大人たちのことがとても怖く見えるもの。

 心と共に背丈も成長した結果自分よりはるかに大きな人間を見上げる経験なんてしなくなっていたキンジは、身長差があるというだけでこうも恐怖を感じるものなのかということを思い出した。

 

 それにあの斧。

 あの巨体で振りかざされた斧の一撃を受けてしまったら、たとえ防弾制服を着ていたとしても防ぎようがないだろう。よしんば切断されなかったとしても打撃により撲殺される。

 

「あんなの当たらなきゃいいだけじゃない」

「当たらなきゃってお前……」

「キンジ。人間を殺すのにはあんな見るからに物騒な斧なんか必要ないわ。当たり所が悪ければ突入用の防弾ジャケットを着込んだ武偵だって鉛玉一発で死んでしまう。そうでしょ?それに自分より大きな相手っていうけど、そんのいつものことじゃない。格別変わったことではないでしょう?」

「え?」

 

 ここにキンジとアリアの意見の食い違いが生じてしまった。アリアの身長ははっきり言って小学生と間違われるレベルで小さいのだ。逆にアリアは自分より小さな相手と戦ったことがないまである。理子だって小柄だが、それでもアリアより小さいなんてことはない。

 

「ねえ、その哀れみの視線は何?」

「いや、何でもない。悪い、どうやら俺はまだ腑抜けていたようだったな」

 

 最近の遠山キンジの日常として、アリアに発砲されるということが悲しいことに半分日常と化してきている。だからなのか、銃というものを見せつけられても本気で命の危機を感じることができなくなってきているのだ。ヤバい、死ぬ、殺される。そう思うことはあったとしても、よくあることとして感覚がくるってきてしまっていたのだ。でも忘れてはいけない。人間というものは静寂な生き物だ。生物として他に類を見ないほどの知能を持っていようが、人間の肉体というものは鉛玉一つ当たるだけで容易に死んでしまう。

 

「見た目にビビってられるか。俺たちは今までだって危機を乗り越えてきたんだ」

 

 人類の生み出した近代兵器、拳銃。

 引き金を引くだけで人間を殺すことだってできる兵器。

 そのスピードは音速にも及ぶ。

 兄さんが前に言っていた。拳銃こそ人類が生み出した最強の兵器。

 なら―――――――あんな、振りかざすことぐらいしか攻撃手段のない得物になんて怯えてたまるものか。

 

「よし、行くぞアリアッ!!」

「ええ、やるわよキンジッ! 今回は前衛(フロント)はあたしッ後衛(バック)はアンタッ!!アンタがまだこういう奴との戦闘経験がないみたいだから、今回はあたしの動きをよく見ておきなさい!!」

 

 大きな斧を持つミノタウロスの移動速度は遅そうにも感じるが、その速さは決して遅いわけではなかった。むしろ巨体の割には速いとも言えるだろう。理由は単純であり、三メートルもの大きさがあるミノタウロスは、そもそも人間とは一歩で移動できる距離が違うのだ。ドシン、ドシンと音を立てて距離を詰めてくるミノタウロスに対し、まずはアリアが先行する。

 

―――――バンッ! ババンッ!!

 

 アリアが使用している武器はコルト・ガバメント。

 ガバメントによる二発の銃撃はミノタウロスに当たるがカツンッ!という金属音を立てるだけだった。

 ミノタウロスは赤を基本色とし、黄色のラインによる装飾が施された鎧を頭部と胸部に付けている。

 

(あの鎧は銃弾でどうこうできるような耐久度ではないみたいね)

 

 一刀両断してやろうとこちらへと向かってくる速度には全くの変化はない。

 あの鎧の部分に当てても意味はない。

 そのことを事実として認識したアリアが、今度は剥き出しの腹部である胸割れ腹筋に狙いを変えた。

 幸いにも相手は砂で作られた人形であって人間ではないのだ。

 ゆえに一切の遠慮は無用。

 

「キンジッ!!」

 

 キンジは自身のベレッタを1回の射撃で弾丸を3連射する3点バーストモードに切り替え、ミノタウロスの顔面をめがけて発砲した。頭部には鎧があるとはいえ、正面に立っているキンジからはまだ顔の素肌を狙える位置にいる。この場所なら正面にいるアリアに当たることもない。斧の刃を横にして盾とすることによりキンジの銃弾は防がれてしまったが、別にそれでもかまわない。今のキンジの役割はあくまでもアリアのサポート。斧で自身の顔面をガードしているのなら、アリアがその隙に剥き出しの腹部を狙うことができる。

 

「そらそらーーーーーーーッ!!!」

 

 アリアの二丁拳銃(ガバメント)が火を噴いた。

 接近しながらも一発一発をむき出しの腹部に丁寧にぶち込んでいく。

 

(こんなでかい奴と戦うのは初めての経験だけど、昔聞いた通りねッ!!やれるわ!!)

 

 アリアがまだ東京武偵高校に転向してくる前のことだ。

 彼女が留学していたローマ武偵高校にて、ある講演会が開かれた。

 なんでもローマ正教の聖女が直々にゴーレムの解説をしてくれるというものだった。

 魔術という技術が実在することは知っていても、その実態は全くの素人であったアリアは参考になればと思ってその講演会に参加した。

 

『いいですか?ゴーレムはシキガミ、ブードゥ、ヒトガタというような地域によった様々な呼び名がつかけられていますが、ようは藁や砂、紙切れや石といったものを原料としてできた操り人形のことを言います。超能力には数多くの属性と相性というものがありますが、それらを抜きにするとこれらの操り人形は大まかに二種類にわけることができます。それは、その人形が自身の意識を持っているかということです』

 

 意識を持っているかいないか。

 戦うことになった際、注意すべきポイントはそこだとローマ正教からの講師は言った。

 

『原材料が何であれ、意識を持たない人形は術者がすべて操らなければなりません。ゆえに、その人形はどこか一部が壊れようが全壊するまで動き続けるでしょう。対し、意識を持つ人形は「儀式」によって原材料に意識を植え付けられた哀れな存在です。どこか一部でも壊れてしまえばそれだけで機能を停止します。だから、人形を見つけたら問答無用で首を切り落として差し上げてください。冥府から呼び出された哀れなる魂を返すことができるのですから、彼らは我らに感謝の意をしめしてくれるはずです。ありがとう、ありがとうと!!』

 

 途中から講師のいう内容がどこかの魔女に対する恨みつらみへと変わっていったが、とりあえず理解できたことがある。自意識を持つ人形は首をはねれば倒せるのだということだ。ミノタウロスが全身ではなく頭部を中心とした上半身にしか鎧がないのは、そこが弱点でもあるからだろう。

 

(なら、このバケモノだって倒せないわけはない!!いくら砂を材料にして作られたといっても弱点は人間のものと変わらない!!)

 

 アリアはミノタウロスにあと一歩でぶつかるということろまで近づいてなお、そのまま直進した。

 

「―――――――――そォラッ!!」

 

 狙いは、足。

 ガバメントの銃弾が尽きたと同時に、アリアはすでに武器を切り替えていた。

 普段は背中に隠している小太刀二刀。

 アリアは突撃の勢いを消さぬままミノタウロスの股の間にすべり込み、その瞬間に二刀小太刀でミノタウロスの足に斬撃を与えた。三メートルはあるであろう怪物であるミノタウロスとアリアはでは体格に大きな差がある。小柄で素早いアリアだからこそできたでもある。

 

 この切り替えの早さ、その場その場の状況に合わせた柔軟な戦闘スタイル。

 これこそが強襲科(アサルト)Sランク武偵、『双銃双剣(カドラ)のアリア』。

 

 ミノタウロスの右足の腱を切り、片膝をつかせることに成功したアリアであるが、彼女はこのまま手を休めてあげるほど甘くはない。片膝をついたのならミノタウロスの膝を足場にして跳ぶことだってできる。だからアリアは跳んだ。アリアの狙いは最初から一つ。ミノタウロスの首筋だ。

 

 (自分の意識を持つタイプの式神は結局のところ機械ではなく生物!!なら、不死身ということはない!!)

 

 どれだけ鍛えられようが、どうしようもない弱点はある。そして、今回の相手は砂で作られたバケモノ。

 いつものように、一切の遠慮をする必要がない。もともとミノタウロスは牛の怪物だから当然頭部には角が二つ付いていて、アリアはそこを掴むことで背中に張り付くことに成功した。

 

「キンジ!!」

 

 アリアが使う小太刀は白雪の持つイロカネアヤメよりは小回りが利くものの、触れるほど気かづいている状態で使えるようなものではい。一点を狙うのならば、今の場合はナイフほどの大きさでなければならない。アリアは武器としてナイフを普段から使用していないが、ナイフならキンジが持っている。

 

 アリアの呼び声に応じ、たたまれた状態でキンジがアリアに向かって自身のバタフライナイフを投げつける。ミノタウロスに振り落とされそうになりつつもキンジの緋色のバタフライナイフを受け取ったアリアは一瞬でナイフを展開し、ミノタウロスの首筋を一閃した。

 

 ミノタウロスは悲鳴を挙げ、そのまま砂になり崩れ落ちていく。

 

「え、あ、あ!? ちょっと!!」

 

 空中から投げ出されて地面に落ちていくアリアであったが、慌てて駆け寄ってきたキンジによって受け止められた。いわゆるお姫様抱っこという形になってしまったが、心配そうにのぞき込んでくるキンジを見ているアリアは恥ずかしいという感情よりも怪物を自分たち二人の手で倒したのだという歓喜の感情の方が優っていた。

 

「大丈夫か?」

「ええ、もちろん。あたしたちの勝利よ」

 

 ニッコリと微笑むアリアを見てキンジは一安心したと同時、別々の所で戦っている仲間たちのことを思う。特に考えるのは同じ部屋で時間を共にしたルームメイトのことだった。こちらに目的の魔術師とやらがいなかった以上、理樹と沙耶の二人が魔術師の前にたどり着いているだろう。

 

(……こっちは大丈夫だったぞ、直枝。お前たちはどうなった?)

 

 考え事をしているあまりいつまでもアリアを下ろさなかったため、恥ずかしがったアリアに蹴り飛ばされたのはご愛嬌。 

 

 

       ●

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶。

 アリアとキンジとは別の道を進んだ二人がたどり着いた先は礼拝堂のような造りとなっていた。奥にある教壇に神父さんが立っていれば間違いなく様になっていただろうが、あいにくと教団の前に立っているのは神父さんではなく錬金術師。

 

 

「ようこそ、僕の迷宮へ」

 

 あろうことか、錬金術師ヘルメス本人が彼ら二人の前に立ちふさがっていた。

 錬金術師の本領はあくまでも研究者。本来ならば現場で戦うような人間ではないはずなのに。

 どういうつもりなのかと考えている理樹から沙耶は一歩前に前に出て、

 

「ヘルメス、久しぶりね」

 

 大胆にも堂々と姿を現した錬金術師に対してそう口にした。

 

「どこかで会いましたか?」

「……忘れたのか。お前が、お前たちが実験と称して奪った命を、あの出来事を!!」

「なんのことだかわかりませんね」

「なら覚えておくといい。人間人生がどう転ぶか分かったものじゃない。お前は覚えてもいない恨みのために、このあたしに殺されることになるッ」

「と、朱鷺戸さん?」

 

 『機関』のエージェント、朱鷺戸沙耶。彼女は今までいつだって冷静に物事を見ていた。

 夜の冷たい東京湾に叩き落された時だって、イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗るの仮面の人物に遭遇した時だって常に全体を見て、今何をすべきか正確に把握していた。

 なのに。ヘルメスを目の前にした沙耶は、殺意を隠そうとしているのだろうが隠しきれてはいない。

 

「悪いけど理樹君、止めないでね」

「何を……するの?」

 

 錬金術師を前にして、今の彼女が見ているのは『機関』のエージェントとしての任務なんかではなかった。

 彼女が思い出しているのは遠い昔の過去の記憶。

 そして、もう帰ってはこない大好きだった人との記憶。

 

「さあ、復讐の時間よ」

 



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Mission73 Episode Aya①

 母親はいなかった。

 父の行動についていけなかったのか、それとも亡くなったのか。

 本当のところはあたしは知らない。

 

 父親は医者だった。

 それも、荒れ果てた他国で治療に当たる理想に燃えた医者だった。

 そして、父はその理想を叶えるにたる力を持っている人物だった。

 

 貧しくても使うことができる、科学と対になる技術を父は持っていた。

 その名は魔術。父は魔術師だったのだ。厳密には陰陽術師というらしい。

 東洋術式の一大流派である陰陽術は大陸から渡ってきた陰陽五行説や道教から派生し、平安時代に隆盛を極めた技術でもある。平安時代の大陰陽師安倍清明(あべのせいめい)の名前は歴史物語の『大鏡』、説話集の『今昔物語』や『宇治拾遺物語』とかいうのにも語り継がれているらしい。あたしは読んだことはないからよくわからないけど。

 

 昔とは違い、今の時代に生き残っている陰陽術師はほとんどいないらしい。

 いや、現代に限ったことではないのか。平安時代以降陰陽術師たちは歴史の表舞台から姿を消したと聞いた。

 

 父がその技術を受け継ぐ数少ない生き残りだった。それがあたしにとって結局いいことであったのかはわからない。そんなことすら考えたこともなかった。どのみち父親以外に身寄りのないわたしには、父親の白衣の裾を握るしかなかったのだ。

 

 これは、物心がついたばかりの頃の古い記憶。

 飛行機の窓から見えるのは抜けるような青空。眼下に広がるのは白い雲。

 その先についた場所は、灼熱の太陽と壮大な砂漠しか存在していない国。

 

 屋根だけしかない粗末な小屋が診療所。覚えていることといえばこんな漠然としたイメージくらいのものである。まだ四歳だったあたしにできることなんてなにもなく、ただ父の仕事が終わるのをその部屋の片隅でおとなしく座っていることだけである。あたしにはやることもできることもなく、いつも独りだった。

 

 毎日赤子が、子供が、母親が。

 どんな立場の人間であったとしても、銃撃戦や飢餓による栄養失調と感染病で毎日誰かが死んでいく。そんなどうしようもない現実を父はなんとかしようとしていたのだ。

 

 こればっかりはお金の力では解決できるとは思えない。例えば、募金を募らせて貧しくて日々の国民の食費すら満足にそろえることのできない政府に支援金を送ってみたとする。その結果国民の生活が改善されるようなことはまずあり得ないだろう。名目上のお金がそのまま使われるとは限らない。戦闘のための軍事資金として使われるのが悲しい現実だろう。そんな状況では、鉛筆をはじめとする勉強道具一式を寄付したところで勉強道具よりも今日の食糧がほしいという人間だって存在しているのだ。

 

 風水、占術、錬丹、呪術、祈祷、暦術、漏刻などのさまざまな分野がある陰陽術の中において、父が専門としていたのは風水は、地脈や龍脈の位置から土地の良し悪しを判断したり、大地に根付くエネルギーである地脈や龍脈を呼び込んで魔術を発動するタイプのもの。つまり個人でなく周囲の魔力を利用するタイプの魔術。だから父は環境そのものから改変するということを知っていた。

 

 乏しい国にて医療に応用できる薬草の知識を伝えて死亡率を軽減させたり。

 飢えに苦しむ地域ではその地方では使われていなかった食べ物の調理方法を教えたり。

 日照りに苦しむ地域では、実際に効果のある雨乞いのための儀式を教えてみたり。

 

 これは現実の戦争を理解しなければできることではない。

 とりあえず大部隊を送ったり、とりあえず現金を寄付したり、という方法では解決できないのだ。

 実際の戦場の空気を肌で感じ、そこにいる人々が何を必要としているのかを読み解き、その上で『彼らにもできること』を示すとこで生活の質を向上させる。

 

 父はそうして一定の成果を収めると、次の土地へと移っていく。

 言葉一つまともに通じない他国において、あたしは誰とも打ち解けることができなかった。

 

『ねえ、一緒に遊びましょう』

 

 勇気を出せば子供たちを遊ぶことはできる。でも、別れはすぐにやってくる。その上治安は最悪だ。いつだって誘拐の可能性は潜んでいた。深入りすると悲しくなるから、あたしは自然と立ち寄らなくなっていた。申し訳程度に存在している医療器具に囲まれながら、いっと部屋の片隅で大人しく座り父親の仕事が終わるのをじっと待っていることがあたしの仕事だった。時々は父親以外の医者が父を助けに来てくれて、自然と周囲の医者、看護師があたしにさまざまなことを教えてくれることもある。その時のことを思い出すと今でも笑ってしまう。

 

 日本語、英語、フランス語。

 各国の現地の言葉が入り乱れているため、あたしはどの言語を話しているのかを理解できていなかった。思い返せば滑稽な光景だったようにも思う。

 英語とフランス語が入り乱れる中で教えてもらったことを、さらに日本語を加えて父に報告するだなんてこともしていた。結局は、父が丁寧に教えてくれた日本語が母語になったけれど、一つだけどうしても理解できない言葉があった。

 

 最初は現地の言葉だった。

 

 誰かに訳してもらったけれど、それでも理解できなかった言葉があったとする。言葉は実物に置き換えて覚えることが多かったから、知らないものを探す旅に出かけるような感覚だったのだろう。言葉さがしはやることのないあたしにできる数少ない遊びであり、最大の暇つぶしでもあったのだ。

 

「ねぇ、『Friend』ってどういう意味?どこにあるの?」

 

 何気なく聞いてみた一つの疑問。自分で考えても皆目見当すらつかなかった疑問。

 あたしが質問をすれば、なんでも笑顔で教えてくれた大人の顔が曇ったことは今でもまだ忘れない。

 いつの間にか、熊みたいに大柄で髭の生えた同僚に抱きしめられていた。

 わたしを強く抱きしめるおじさんの力はとても強く、痛いとすら感じてしまう。

 素直に痛いと言えなかったのは、おじさんが泣いていることに気が付いたからだろうか。

 

Here's your friend,sweetheart!(ここに友達がいるよ)

Why do you cry(どうして泣いてるの)? Do you stomach ache(おなかが痛いの)?」

 

 おじさんが泣いている理由がわからず、あたしは戸惑うことしかできなかった。

 おじさんに友達というものの思い出話を聞いたら、学校という単語が出てきた。

 また一つ新しい単語を覚えることとなる。詳細を聞いてみると、どうやら行く場所のようだ。

 同い年の子供たちが集まって先生に勉強を教わり遊ぶ場所だと教えられた。

 同い年の子供たちがいっぱいいる。それだけで夢が膨らむが、あくまでも夢の話でしかない。

 

 そもそも政情不安定の国では、学校自体がないことが多い。

 あたしが今暮らしている地域にも学校はあることはあるみたいだけど、あたしはほとんど通わなかった。

 父はどうやら通わなくてもいいと考えているようでもある。

 勉強は誰かが教えてくれる。

 知識は本を読めば手に入れられる。

 

 わざわざ命の危険を冒してまで学校に通うことはない。

 

 反政府ゲリラが正規軍を襲撃したり、その逆もあったりなんかして闇夜の向こうから軽い爆発音が響いたとする。爆発音が割と近くから聞こえてきたとしても、恐怖と緊張よりも大半はまたかとうんざりすることが多くなっているような生活なのだ。

 

 危険が迫った時の対応は父に言い聞かされていた。

 決められた通り、まず靴を履き、バックリュックを背負う。

 もはや決まりきったルーティンワークでしかなくなってきている。

 

 怖がっていたら何もできない。銃は誰が撃っても当たれば死ぬ。

 役に立たないと思ったら、足手まといにならなけらばいい。

 自由になりたければ戦うしかない。すべて、その土地の人々が教えてくれたことだ。

 その夜は散発的に続き、明け方には終わった。

 

 繋いだ父の手が震えていた。

 問うと、なんでもないよと答えが返ってくる。

 思い返すに、父はおそらく悔しかったのだろう。

 命を使い捨てる現実と、治療しても戦場へと戻っていく人々に対して。

 

 そして、何もなしえていない自分に対して。

 

 そんな折、一度帰ろうと父は言い出した。帰るといわれても今いちぴんと来ない。

 あたしにとって変えるべき家は父の診療所であり、故郷は広大な砂漠であった。

 

 どこに帰るのと聞くと父は生まれ育った国を毎日のように教えてくれた。

 数えきれないほどの車と天井を突き刺すような高層ビル。

 歩いていける距離に店がありなんでも売っている。電気がかならず通っている。

 誰でも飲める水道がどこにでもある。そこではその日の飲み水の心配もする必要がないのだ。

 騒乱に巻き込まれる心配もない。夢のような国だと、あたしは思ったものだ。

 

 穏やか、という言葉が本当にあるのだと知った。

 戦争を知らない人間と、平和を知らない人間の価値観は違うという。

 あたしには父から聞いた故郷の話が現実に存在する光景だとは思えなかった。

 でも、ちょっとだけ期待していることがある。

 

 もしも日本というところがこの場所よりも暮らしやすい場所なのだとしたら、あたしも学校というところに通うことができるのだろうか。結局『Friend』意味は理解できなかったけれど、学校という場所に行っているうちにわかるようになるのだろうか。

 

 一人で遊びに出かけるのも初めてのことだった。あたしがいままでいたところでは遊びといえばサッカーだったので、サッカーボール片手に近くの公園に行ってみる。今住んでいる場所が父が働いている病院の宿舎から、歩いて五分くらいの公園だ。病院近くという立地条件のせいなのか、近所に住む子供たちの遊び場としての公園というよりは、入院しているの患者さんたちが散歩がてらによる公園という感じである。その証拠に、今しがた公園に入ってきている二人のうちの片方は、病院の入院服をきている。

 

「おにいちゃん、はやくはやく!」

「待てよ小毬。もうちょっとゆっくりいこう。そこの自販機でなにか飲み物でも買って休憩しないか」

「わーい!わたしオレンジジュース!!」

「はいはい」

 

 兄妹なのだろうか。仲がよさそうでなによりだ。

 妹に連れまわされながらも優しい視線を向けている兄と、無邪気に微笑んでいる妹。

 彼女は熱帯の砂漠で日焼けしているあたしと比べるとずいぶんと女の子らしく思えたものだ。

 

「小毬。俺はここでしばらく休んでいるから、ちょっと遊んできたらどうだい?ほら、向こうにサッカーボール片手にこっちみてる女の子がいるよ」

「うん!」

 

 一緒に遊ぶなんて何をしたらいいのだろう。

 たぶんあたしは公園という場所には場違いなほど悲しい顔をしていたのだろう。

 

「ねえ、一緒にあそばない?」

「……うん」

 

 自分に声がかけられているということに気づくまで時間がかかり、返事も小さく消えてしまいそうなものしか出てこなかった。不器用なあたしはうまくなかったけれど、それでも楽しかった。

 

 

 そんな日々がいつまでも続くと思っていた。

 家に帰ると父がテレビのニュースを食いつくように見ていた。

 数千キロと離れた別のどこか遠いどこかで爆弾の雨が降っているという話であった。

 父の目を見てどこか納得した自分がいた。

 半島の内陸にある国は、想像していたよりはずっと穏やかな気候であった。

 ただし、国中を鼻を刺すような火薬と焦げたにおいが辺りを包んではいるけれど。

 

 入国は困難を極め、あたしたちは他国から陸路で行くしかなかった。

 それからのことはあまり覚えていない。

 押しつぶされそうな不安、恐怖心と戦っていたのだろう。

 理由は分かっている。

 日本で過ごした日々がわたしを弱くしてしまったのだ。

 

 どうしてこんなことするの?

 父に訪ねると、困っている人々がいるからだという。

 そういわれてしまうと、もう何も言い返せない。

 眼前に広がるこの光景を前にして、自分の希望をいうのは卑怯なことのように思えたのだ。

 

 家を焼き出され、家族を失った人も多い。

 日々の食事にも困り、今後の生きるすべすらない。

 そんな中で、自分一人が恵まれた日本での暮らしを求めるのは心に罪悪感を感じた。

 こんな目にあわせてくれた父に反抗したいとも思った。

 

 友達が欲しい。

 普通に学校に通いたい。

 一緒に遊びたい。

 湧き出てくる欲求を抑えることなどできやしない。

 

 見知らぬ誰かと娘であるあたしはどちらが大切なのか。

 

 そんな風に何度も訴えようと思ったけれど、結局口に出すことはなかった。

 理由は一体何だろう。

 

 一本の抗生物質で元気になった子供を涙ながらに喜んでいる母親の姿だろうか?

 少人数の力では救えない人々がいることに嘆く大人たちの姿だろうか?

 

 手に届く範囲の小さな幸せ。

 その中に確かに、笑顔が、感謝が、確かに存在した。

 

 見方をかえればあたしの父は娘を自分勝手な理念に巻きこんだ人間である。

 学校にすら満足に通わせない、社会の枠から外れた人間だ。

 

 それでも憎む気にはなれなかった。むしろどこかで尊敬さえしていた。

 

 自分のことを何一つ省みず、献身だけで働いているのが幼女のあたしにすら理解できたことだった。

 ただ、どうしても苦しかったことがある。

 治療した父とあたしに、涙を流しながら感謝してくれること。

 

 やめて。

 

 あたしはそんな、いい子じゃない。

 お礼を言われるようなことなんて何もしていない。

 お願いだからそんな素敵な笑顔をあたしに向けないで。

 あたしはあなたたちの幸せなんて、これっぽちも考えずに自分のことを優先させようとした。

 今すぐにでもあの平和な国でのんびりと過ごしていたいだなんてことを考えているの。

 

 

 広大な砂漠の中で父の仕事を手伝って何年かしたときに、父を訪ねてきた青年とあたしは出会うことになる。

 その青年は、かつて父によってどうしようもなかった病気を治してもらい、命を繋ぎとめたのだという。

 彼との出会いが、あたしにとって大きな起点となるものであった。

 その青年の名前は、神北拓也と言った。

 

 



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Mission74 Episode Aya②

「たーくーやーさーんっ!!」

 

 父の仕事の手伝いをするだけの毎日を送っていた中、一人の青年がやってきた。彼の名は神北拓也という。

 日本といううらやましいほどの平和な国で過ごしていたのに、わざわざこんなお世辞にも平和だとは言えないところまでやってきたできた父の弟子。あたしとの年の差は8つだから、今まで会ってきた父の同僚の医師たちのようにおじさんという感じではなく、あたしにとっては優しいお兄さんという感じになっていた。親子ほどの歳の差はなかったからだろうか、いつしかあたしにとっては身近な目標となっていた。拓也さんにはあたしと同い年の妹がいるという。拓也さんは妹に接しているかのようなものだったのかもしれない。

 

「あや、どうかしたか?」

「見て見て拓也さん!魔術練習してたけどやっと成功したよ!」

 

 あたしは父の仕事の手伝いをしてきたけど、それは望んでやってきたことじゃない。何もやることがなく、孤独を紛らわすためのものに近かった。自分でそれが分かっているからこそ、ありがとうの言葉を素直に受け取ることができないでいる。日本という平和な国を見てしまったときにはずっとここにいたいと思ったくらいだ。あんな国、行かなければよかったとも後悔したことだってある。そんなだから過ぎたことをいつまでも引きずっていくばかりで将来ことを考えることをあたしはしてこなかった。強いていうなれば、このまま父を手伝い続けてなんとなくの流れに従って生きていくんだろうなとか、そんな風にすら思っていたのだ。そんなあたしにもようやく目標ができたのだ。

 

 拓也さんのようになりたいな。

 

 純粋に他人のために自分の人生を投げ打ってまで他人のために何かをしてやろうとする父のことだって尊敬しているはずなのに、どうして目標としたのが父ではなく拓也さんだったのかは分からない。父が忙しさのあまりあたしにあまり構ってくれなかったからか。それともあたしにとっての父は遠すぎる存在で目標とするにはあまりにも実感とかけ離れていたからか。そもそもあたしがなんでこんなことをしているのかが分からなくなってしまったからか。確かなことは分からない。それでも一つだけ確かなことがある。

 

「そうか。よくやったな、あや」

「えへへ」

 

 あたしは拓也さんが大好きだった。これだけは間違いないはずだ。あたしが自分の将来のこと考え始めたのは間違いなく拓也さんとで出会ったからだろう。どうしてこんなことをしているの、と拓也さんに聞いてみたことがある。あの平和な国で、家族と一緒に過ごす。なんて幸せな光景なのだろう。わざわざこんな地域へと来る必要なんてないだろうに。あたしにはどうしても分からなかった。そしたら知ってしまったからだと返ってきた。元々拓也さんは原因不明の病気にかかっていたらしい。ずっと入院していたそうだが科学の力ではどうしようもなかったそうだ。あたしと同い年の妹と少しでも一緒にいてあげたくて医学のことを学んでいたものの、結局は雀の涙ほどの期間しか延命できないと思われていた。妹に兄との最後の思い出でも作っててやろうとしたときに、拓也さんは父と出会ったらしい。

 

 その結果、父の持つ陰陽術の魔術によって生きながらえることができた。

 

 本来ならばもうこの世にはいないはずの人間。

 魔法という奇跡によって病死というどうしようもない運命から逃れることができた人間。

 拓也さんは自分自身のことをそう称していた。

 

「あや、この世界にはね……『魔法使い』はいるんだよ」

 

 父から聞いたことある。

 魔術という奇跡の力を使う人間は動機により二種類の人間に分けることができるらしい。

 絶望といったマイナスの感情から魔術という奇跡にすがりつかなければならなかった人間のこと魔術師といい、感謝のようなプラスの感情から魔術を学んだ人間のことを魔法使いというらしい。

 

「おとぎ話にでも出てくるような優しい魔法使いは実際にいるんだ。俺はそのことを知ってしまったんだよ」

「拓也さんは、魔法使いになりたいの?」

「どうなんだろうな。俺がなりたいというよりは、きっと俺はいろんな人に知ってもらいたいのだと思う」

「知ってもらう?何を?」

「この世界はどうしようもないことばかりじゃないことを。たとえどんな窮地に立たされたとしても、決して希望がついえたわけじゃないんだ。絶望せずに前を向いていられる希望が残っているってことを」

 

 希望がある。

 そんなことを言われてもどうしても実感がわいてこない。

 なにがどうやったところでできないものはできないのだ。

 父が受け継ぐ陰陽術の魔術にだって限界はある。

 あたしだって何人もの人間が死んでいくところを見てきた。

 毎日赤子が、子供が、母親が。

 どんな立場の人間であれ、銃撃戦や飢餓による栄養失調と感染病で毎日誰かが死んでいく。

 それが現実だ。

 

 でも、そんな地獄のような環境で生きる人々は絶望していただろうか?

 

 一本の抗生物質で元気になった子供を涙ながらに喜んでいる母親の姿を見て。

 少人数の力では救えない人々がいることに嘆く大人たちの姿を見て。

 手に届く範囲の小さな幸せを見て、涙を流しながら感謝されて。

 あたしは何を見てきたのんだろう?

 

 そこにいたのは地獄のような環境の中でさえ絶望せずに前を向いて生きていこうとした人たちではなかったか?

 

 絶望して何事にも無気力になってしまった人たちだけではなかったはずだ。

 

「カッコいいことを言ってるようだが、実際のところ俺はただ妹に見せてやりたかったんだと思う。夢というものは叶えられるものだって。確かに世の中はファンタジーの世界のように幸せにあふれているわけじゃない。マッチ売りの少女やパトラッシュを抱きかかえたネロのように栄養失調で身体一つ動かせずに死んでいく人たちだっている。でも、希望があった方が夢があっていいじゃないか」

 

 夢はあった方がいい。その言葉にすべてが集約されている気がした。

 拓也さんがここの場所に立つまでにどけだけの苦労があったのかはあたしは知らない。

 それでも、薬剤師の免許を取って早くこの場で活動するためだけに武偵にもなった拓也さんの努力は何大抵のものではないはずだ。同じ境遇にいたとしたらそれだけの努力をあたしはすることができるのだろうか。医学の知識はある。幼いころから父の手伝いをしてきたのだ。まだ診察をすることはできないでいるけれど、適切な応急処置くらいならあたし一人でできるようにはなっていた。技術だけはあるのだ。けど、いつしか父の仕事を手伝う必要がなくなった時、あたしは一体どうするのだろう。

 

 仮に夢であった戦争とは無縁の平和な国で暮らすことができたとする。することもなく父の持つ専門書を意味不明なりにも読みふけっていたこともある。実技として培ってきた技術と知識だけは本物だからその国で医師になることは可能だと思う。

 

 でも、その後は?あたしは何のために医師になるの?

 拓也さんが武偵になったのは魔術をあたしの父の下で学び、自分が感じたように希望があることを見せてやりたいからだという。武偵となったのは手段であって目的でない。

 

 じゃあ、あたしは?

 仮に平和な国で医師になったとして、それで何をしたいのだろう?

 

 11歳という本当なら小学校に通っているはずの年の人間が考えることではないことかもしれない。それでもただ憧れている拓也さんと同じように武偵の資格を取り薬剤師の免許を早々に取ったところであたしは拓也さんのようにはなれないのだと思う。今のあたしはきっと何かが決定的に違うのだ。日本で医師になったとする。けど、それは誰かを治療して笑顔が見たいという感情からではなく、ただ生計を立てるための技術として医学と有しているからなっているだけの人間となるだろう。きっと同僚となる医師たちはどうありたいという信念を持っている気がする。こんな技術だけの人間なんかには負けない立派な人間となるだろう。

 

(……武偵、か)

 

 武偵というものは弁護士や医師とは違い、やりたいことの方向性が人によって大きく異なるものだと聞いた。拓也さんの場合は高校に通ってから大学の薬学部を受験するに行くという正規の手段よりも早く薬剤師免許を取りたかったから。聞けば飛行機や船の免許を取りたくて武偵になる人もいるらしい。

 

(そういえば、今度あたしたちが働くことになる診療所も一人の武偵が設立したんだったかしら)

 

 今はサヘル周辺の貧しい砂漠地域を回っているが今度はエジプトに行くことになっていた。ピラミッドやスフィンクスといった有名な遺産だけではく、世界三大美女の一人に数えられるクレオパトラという人物だって知らない人はいないだろう。古代の遺産とかが割と好きなあたしはかなり楽しみにしていた。砂漠地域の国の代表格のイメージなのになんと農業だってできる。ナイル川周辺限定になるになっても灌漑によって米を作ることだってできるのだ。綿花に至ってはかつては世界的な生産地として名が知られていたくらいらしい。それに、何よりの楽しみがあった。

 

 エジプトが治安のいい国ということもあって、拓也さんの妹さんがエジプトにやってくるというのだ。

 

 貧富の差が大きく、スラム街だってある国なのに戦争をやっていないというだけで平和だと感じてしまうのはあたしの感覚がおかしいのだろうか。これからあたしたちがの仕事場としていく診療所は、とある武偵が富豪の依頼を受けた時の莫大な報奨金によって建てられたものだという。診療所そのものこそは決して大きいとは言えなかったけど、充分といえるだけの設備は整っていた。そもそもあたしにとって診療所に求める条件とは、怪我人を休ませることができるベッド。そして近くに水場あり。それだけの条件を満たしているだけで豪華なのだ。新居に対しては何一つとして文句はない。でも、あたしには別の心配事もできてしまった。

 

「小毬は優しい子だから、あやともきっと仲良くなれると思う。二人が仲良しになってくれると俺はうれしいな」

 

 同年代の女友達。

 今まであたしが付き合ってたのは父の同僚くらいのものであり、年齢的には親子か孫というくらいまで離れていることが多々あった。拓也さんでさえ、友達というのは何かが違う気がする。

 

『ねぇ、「Friend」ってどういう意味?どこにあるの?』

 

 昔理解できなかった『友達』という言葉の意味が、あたしにも理解できるのかが不安だった。

 小毬ちゃんが来る日、あたしはやたらビクビクしていたのを今でも覚えている。

 小毬ちゃんについての最初の感想は、住む世界が違う人間だということであった。

 

 いい子にしていたらクリスマスにはサンタクロースがやってきてプレゼントを渡してくれる。

 小毬ちゃんはそんなことを本気で信じているような人間だったのだ。

 

 戦地を見てきたあたしはどうしようもない悲しい現実というものを知っている。

 

 いい子にしていたからってサンタさんが助けてくれるわけではない。

 銃撃戦や飢餓による栄養失調と感染病で毎日誰かが死んでいく。そこにはいい人も悪い人もないのだ。

 飢えて死にたくなければ窃盗のような犯罪に手を染めなければならないことすらある。

 

 でも、そんな悲しい現実を突きつけてやろうとはあたしには思えなかった。

 小毬ちゃんのことを夢見がちな理想主義者だと断じることなどできなかった。

 小毬ちゃんの言っていることはただの空想に過ぎないのだということはできなかった。

 

 どう小毬ちゃんに接したらいいのか分からないまま過ぎていく中、ある日拓也さんが一つの絵本を作ってくれた。地域の小さな子供たちとの交流をしたいということで、拓也さんはたまに自作の絵本を読み聞かせてあげることがあるのだ。絵本が好きらしい小毬ちゃんに誘われて一緒に聞きに行ったことがある。それは流れ星に関する絵本だった。一生懸命努力するものの報われず最終的に神頼みするしかなくなった少女がいて、彼女は最後に流れ星を偶然見るのだという。流れ星が見えているうちに願い事と三回唱えるとその願いがかなうという話を聞いたことがあった少女は流れ星へと祈ったらしい。当然三回どころか一回とて口になんてできない。その時に魔法使いは現れた。

 

『誰?』

『魔法使いさ』

 

 現れた魔法使いの魔法によって幸せへとつながる糸口を見つけた少女は努力することによって幸せをつかむことができました。そんなお話だ。どうしてかわからないけれど、あたしこの絵本のことが忘れられず拓也さんにお願いして譲ってもらった。それから何度も読み直した。優しい魔法使いが現れなかったら、絵本に出てくる幼い少女は一体どうなってしまっていたのだろうか。願いむなしく命を落としていった兄の死を乗り越えて、精一杯生きていくのだろうか。それとも世の中は無常だと思いながら過ごしていくのだろうか。小毬ちゃんに誘われるまま、診療所の近くから一緒に流れ星を見に行ったときもずっとそのことを考えていた。

 

「あ、見た?見た?流れ星が見れたねこまりちゃん!!」

「うん。わたしもちゃんと見たよ。キレイだったねぇ」

「小毬ちゃんも流れ星に関するお話って知ってるでしょ。なにかお願いするの?」

「うん!なにがいいかなぁ……よぅしっ!」

「あ、また流れ星が来たよ!こまりちゃんは、なにかお願いした?」

「うん! あやちゃんのねがいごとがかないますようにって」

「あたしのおねがい?小毬ちゃん自身のおねがいは?」

「んー。今はまだよくわかんないや。あやちゃんが幸せなら、わたしもきっと幸せになれるから」

「そ、そう? えーと、じゃ、じゃあどうしようかなぁ」

 

 あたしの願い。将来の目標。

 小毬ちゃんを見ていてようやくあたしは分かった。

 拓也さんは夢はあった方がいいと言った。その意味がようやく分かった。

 あたしはもう小毬ちゃんのような誰もが幸せな世界というものを想像できないけれど。

 世界には、どうしようもないことだらけであるだなんて誰にも思ってほしくない。

 小毬ちゃんのように希望はあるんだと信じている人間の夢を壊したくはない。

 

「あたしのおねがいは……あ、そうだ。思いついた」

「どんなもの?」

「魔法使い。流れ星に願ったことをかなえてあげる優しい魔法使いになる。それだったら、いつか小毬ちゃん自身のねがいごとだって、なんでもかなえてあげられる」

「えへへ。あやちゃんのねがいがかなったら、わたしも幸せになれるね。幸せが巡ってるみたい」

「そうだね。じゃあ、あたし魔法使いになる。お星さまにこめられたねがいごとをかなえてあげる、ながれぼしの魔法使いになる!」

 

 

 あたしの目標を定めてくれた一つの絵本。

 拓也さんは描いたその絵本のタイトルは『流星の魔法使い』という。

 そして主人公の名は―――――『ときどさや』という名前だった。

 

 

 




リトルバスターズ原作において、『朱鷺戸沙耶』という名前は恭介の愛読書『学園革命スクレボ』からきていましたが、今作においては『流星の魔法使い』という神北拓也が書いた絵本の主人公の名前からきています。

沙耶とワトソンが結構共通点が出てきたなとも思いました。
同じ医師免許を持つ医師であり、互いに組織に所属するエージェントであったり。
沙耶とワトソンの対決も面白そうですね。

さて、今回出てきた診療所を作ったとある一人の武偵が次回の回想で出てきます。
お楽しみに。


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Mission75 Episode Aya③

 

 

 魔法使いになる。

 そう決めたのはいいもののあたしは具体的な手段として何をしたらいいのかはよく分からなかった。

 父の知る陰陽術の魔術をただ学べばいいのか?それは何かが違うと心が告げている。

 

 魔術の一つすら扱えない人間が魔法使いだなんて呼べるはずがないのもまた事実だけど、魔法を使えることはあたしの憧れた優しい魔法使いになることとイコールであるとは到底思えなかった。

 

 あたしが今まで読んできた本の中において魔法使いという存在は主人公となることはたいしてなかったように思う。むしろ敵として出てくることが多かった。魔法を自分の願望を叶えるためだけに使う存在として登場していたような気がする。大体の物語において、魔女だなんて呼ばれていた。

 

 ある日悪い魔女がお姫様に呪いをかけて、勇者がお姫様を助けるための魔女と戦ったりする。

 

 そんなお話をたくさん読んできた。

 魔法使いと魔女。

 魔術を使うという点は同じはずなのに、どうして違いが生まれてきたのだろうか。

 

(結局のところ、物事の善悪なんて一概に決められるものじゃないしなぁ)

 

 よかれと思ってやったことが、必ずしもいい結果に結びつくことがないことをあたしは知っている。

 誰かのためにと魔法を使ったとしても、その結果として惨劇をもたらしてしまったら残虐な魔女になってしまう。父のもとで陰陽術の魔術を使い、ケガや病気で苦しんでいる人たちを助けて回っている現状にもう文句は出てこない。どうしてこんな場所にいるのだろうか、どうしてあの平和な国で暮らすことが許されなかったのかと思うこともなくなった。それどころかあたしはよく自分が学んだ魔術について考えるようになっていたのだ。

 

(お父さんや拓也さんはこの力、怖くはないのかな)

 

 小毬ちゃんの影響か、考え事をするときは夜の星空を見上げることが多くなっていた。

 父が受け継いだ風水を専門とした陰陽術は便利であると同時に危険な魔術でもある。

 なにせ風水系の陰陽術は自分自身の魔力ではなく周囲の魔力を利用するタイプの魔術なのだ。

 下手を打てば周囲から入ってくる魔力量に身体が耐え切れずに身を滅ぼすだってある。

 現代に生き残っている陰陽術師がいるのかどうか分からないとされているのはこのためだ。

 何もかも願いを叶えまくった代償として命を削ることは真っ平ゴメン。

 どんなことに魔術を使うべきなのかと考えていたところ、一筋の流れ星が流れていくのが見えた。

 

(あ、流れ星。そういえば今日は七夕だったわね)

 

 この間拓也さんは日本における七夕について教えてくれた。

 なんでも織姫様と彦星様が年に一度だけ会うことを許された日らしい。

 ここエジプトにも似たようなことをする神様がいるからなんとなくは分かった。

 けど、面白いのは日本では短冊に願い事を書いて笹につるしているらしい。

 誰かにお願いしているのか、それとも自分自身への願掛けなのかは知らないけど、こう思う。

 

――――流れ星へと願う、ひそやかな幸せくらいは守ってあげたいな。

 

 外も冷えてきたのでもう診療所の方に戻ろうかと思ったとき、あたしは急に目が痛くなってきた。

 思わず目を押さえるが、しばらくしても一向に目を開けることができないでいた。

 

(……砂が飛んできて目に入ったのかな)

 

 どれくらい目を開けることができなかったのかはよく分からない。それでも、きっと五分以上はロクに目を開けることができなっかたはずだ。身だしなみを整えるための手鏡がポケットにあったことを思い出し、自身の瞳を覗き込んでみる。もしかしたら目が充血してるかもしれないなとか思いながら見たのだが、

 

「……え?」

 

 手鏡に映ったあたしの瞳は充血なんていうレベルではなく、瞳の色そのものが緋色へと変わっていた。

 

           ●

「うーん。レントゲン見ても異常は見当たらないな」

「そうですか」

「あやの言うことだから単なる見間違いだなんてことはないとは思んだがなぁ。マリー・アントワネットは心労のあまり一夜にしてきれいな金髪が白髪へと変わってしまっただななんて話が伝承として残っている以上、瞳の色が変わったとしてもありえないことだと切り捨てることできないけど、いつもの瞳の色に戻ってるようだしね」

 

 診療所に戻り、あたしはすぐさま拓也さんに自分の緋色に染まった瞳のことを相談した。ただ、瞳の色はすでに緋色ではなくいつもの透き通るような空色の瞳に戻っていた。レントゲンと言った機材一式で身体の異常がないか調べてみても、なにも見つけられない。 

 

 もちろん、科学的な視点のもとでは一夜にして髪の色が自然に変化することなどない。

 

髪の色を表現しているのは、皮膚にもあるメラニン色素である。毛髪のメラニン色素は毛髪と一緒に毛根で作られ、毛根で色を帯びた髪はやがて頭皮まで押し上げられた結果、ブロンドや黒髪として生えてきます。メラニン色素は非常に壊れにくいので、いったん生えた髪の色はその後もほとんど変化がないものだ。つ。白髪というものは何らかの原因によって毛根でメラニン色素が作られなくなり、色素を持たないまま伸びてきた髪。つまり、白髪は頭皮の中にある時点ですでに白く、ブロンドや黒髪として生えてきた髪が後から白髪になることはないのだ。

 

 と、ここまでが科学の話。

 

「そうなると考えられるのは魔術的なアプローチになるね」

「でもあたし、さっき星を眺めていただけで魔術の練習なんてしてませんよ」

「陰陽術が原因だとは俺は思っていない。第一、あやが使う陰陽術はすべて俺が教え込んだものだ。陰陽術の影響で瞳の色が変わってしまうのなら、とっく俺やあやのお父さんだって変っているはずなんだ。いくら鏡がないと自分自身の顔を見ることができないからと言って、流石に見過ごすとの思えないしね」

「だったらやっぱりあたしの見間違いだったのですかね?夜で辺りも暗かったですし」

「真相がどうあれ今出来そうなことは何もないからしばらくは様子見だね。ちょっとでもまた何かが異変を感じたらまた俺にすぐ言うといい」

 

 はい、と返事をするあたしはきっと暗い顔をしていたのだろう。

 勘違いならそれでいい。間抜けなことをしたもんだと笑い飛ばしてやる。

 でもただの勘違いだとはどうしても思えない。

 砂が目に入ったのだとしては回復に時間がかかりすぎていた。

 

「あや、今度気分転換にでも行ってきたらどうだ?」

 

 考え込んでいるあたしを心配してか、拓也さんは一冊のパンフレットを渡してくれた。

 エジプトの遺跡で発見された一つの石が、エジプトのとある博物館での一般展示が始まるらしい。

 展示は来週の週末からと書いてある。

 

「うん。考えてばかりいても仕方ないし行ってくる」

 

 古代の遺産とかが割と好きだったあたしは一人で件の博物館へと赴いた。観光案内も込めて小毬ちゃん

を連れていこうかと思ったがやっぱりやめた。こういった古代遺産への熱の入れようがあたしと小毬ちゃんではまるで違うのだ。誰だって興味のない話を淡々と聞かされたくはないだろう。この間、熱を入れた話しすぎてちょっぴり引かれたのは関係ない。関係ないったら関係ない。

 

 ともあれ博物館は都会にあるため治安の心配もない。郊外のスラム街とは違うのだ。

 きっと今日は楽しい楽しい休日になる。―――――――――そう思っていた時期もあたしにはありました。 

 

 拓也さんからもらったパンフレット片手に気楽な散歩気分でやってきたのだが、どうやら周囲の様子がおかしいことにすぐに気が付いた。博物館の入り口から人が慌てて出てきているのだ。出口付近では人を押しのけてまで博物館から出ようとしているその表情にはみんな一切の余裕がない。一刻も早くこの場所から、命からがら逃げているようにも見えた。何があったのか、その答えは一瞬で理解することとなる。

 

――――――――――――パアンッ!!

 

 あたしにとって聞きなれた音で、音の正体は考えるより前に気づくことになった。

 銃声だ。銃を持った人間が博物館内部にいるのだろう。

 銃声により混乱状態になってしまった博物館周辺であるがあたしはパニックになることはなかった。

 

(……ホント、嫌な慣れね。こんなこと慣れたくはなかった)

 

 銃声を聞いてパニックに陥らなかったのは一重に経験によるものだろう。小毬ちゃんをここに連れてこなくてよかった、なんてことを考えることができる程度には落ち着くことができていた。もっと幼いころ、それこそ四歳とかその辺の頃からの習慣だった。銃声が聞こえたら落ち着いて非難しなければ戦争に巻き込まれる恐れがあったことによる耐性か。慣れによる恩恵ではあるがあんまりうれしくはなかった。

 

(さっさと避難しよう)

 

 あたしは銃声こそ聞きなれているものの銃を持って戦う傭兵でもなんでもない。銃声こそ聞きなれたものになってしまったが、面と向かって銃を向けられた経験はないのだ。それは危機管理能力を磨き上げ、そのような状況に立たされないようにした結果でもある。

 

 博物館のことは残念だけど落ち着いてさっさと避難しようとしたら、博物館の玄関近くで泣いている幼い女の子を見かけた。このパニックで迷子にでもなってしまったのだろうか。話しかけることは、技術的にはできる。エジプトは英語圏の国だから、父のいる診療所で待っているあたしより幼い子供と話すことはできたから言語が分からないなんてことにはならないはずだ。それでもあたしだって命の危険が少しでもあるのなら無視してでも自分の命を最優先すべきである。そのことは重々承知しているはずなのに、話しかけてしまった。どうして話しかけたのかは、考えても分からない。

 

「何をしているの? ここは危ないわ。早く逃げましょう」

「……ダメ。私はここにいる」

「どうして?」

「おにいちゃんが……ここで待ってろって。ジュース買ってきてあげるからここで待ってろって言って博物館の中に入っていったっきりまだでてきてないの」

「でも、ここにいたら危険だよ?」

「でも待ってる!おにいちゃんが戻ってくるまでここにいるもん!」

 

 涙目ですがりつく女の子を見て、どうしたものかと思った。

 この子の言い分は分かる。こういうものは理屈じゃない。

 でも、じゃあどうしたらいいのかあたしにはわからなかった。

 こういう時、拓也さんはなんていうだろう?

 あの絵本に出てきた優しい魔法使いなら、どういうことを言うのだろう?

 

 ――――――実はね、あたしは魔法使いなの。だからあたしが何とかしてあげる。

 

 言うだけならば簡単だ。

 騙すような形になったとしても、それでこの子が危険なこの場所から離れられるのならばいいとしたい。

 なのに、あたしはその言葉を口にすることができなかった。

 

 あたしに実際にそれだけの力はないのだ。口にしたら最後、この子を裏切って見捨ててさっさと立ち去ることような無責任なことは到底できないと思ってしまったのだ。どういえばいいのか分からずに何も言えないでいると、その答えのような言葉をあたしは聞くことになる。

 

「じゃあ、私があなたのお兄さんを連れてきてあげるわ」

 

 後ろを振り向く。周囲の時が止まってしまったのかとも思うほどの美人がそこにはいた。柔和そうな長いまつげの目は視線そのものに引力を持っているかのようである。肌の色は完全に褐色のアジア系であり、もう少し肌の色が濃ければ世界三大美人であるクレオパトラが生まれ変わって現れたのだと勘違いしてもおかしくはなっただろう。周囲がパニック状態になっているにも関わらず、女のあたしであっても思わず見とれていた。年齢はいくつぐらいなのだろう。あたしよりも年上だと思うけど、そんなに離れてもいない気がする。

 

「ほ、本当に?」

「だから心配しないで、待っててね」

「で、でも!わたし……あだしお礼にできるようなものは何も持ってない!そんなこと頼めないよ」

「じゃあオニギリ一個でももらおうかしら。私はそれで満足よ。それに、子供がそんなこと気にしなくれもいいのよ。こっちにはあなたのためじゃなくて自分のために戦うような人間も一緒なんだから、ね」

 

 その女の人が視線を向けた先には、コブラを象った黄金の冠をかぶったおかっぱの美人がそこにはいた。

 歳はあたしとそうは変わらないようにも思えるが、幼さを残してる顔立ちの中にも落ち着きを感じさせている。

 

「あらパトラ。ずいぶんと不機嫌ね」

「当然ぢゃ。このエジプトで、(わらわ)の国で粗相を働こうとする輩を許しておくつもりはない。このエジプトの覇王(ファラオ)が誰であるかをテロリストでもに思い知らせてやる。悪いが今回、お前の出番はないぞカナ。博物館の中の奴ら全員をすぐにミイラにしてやるからな」

「ダメよ。この子のお兄さんのことだってあるでしょ?」

「知ったことか。エジプトの国民ならばその命は妾のものぢゃろ。どうしようと勝手ぢゃ」

「……パートラ?」

「まあ、でも、なんだ? 我が国民の命を守ってやるのも覇王(ファラオ)としての務めぢゃろ」

「そう、なら行きましょうか。あなたたちも一緒に来てくれる?お兄さんがどの人か私たちには分からないから」

 

 急に美人二人に話しかけられたことを怖がったのか、あたしの背中に張り付いていた女の子は首を縦に振った。

 おそらくは拓也さんよりはあたしと年齢が近いであろう二人組に、あたしは恐る恐ると尋ねる。

 

「何をするつもりなの?」

「黙ってみてろ」

 

 なんと驚くことに、パトラと呼ばれたおかっぱの美人は何を考えたのかテロリストが立てこもっているであろう博物館に正面入り口から堂々と乗り込もうとしていたのだ。

 

「『砂礫の魔女』の力を見せつけてやる」

 






さて、カナさん初登場&パトラさん再登場です。
それでは皆様、よいお年を。


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Mission76 Episode Aya④

 砂礫の魔女。自身をそう名乗ったおかっぱの美人はあろうことか博物館の正面から乗り込もうとしていた。絶句するあたしに何かあったのかとカナとか呼ばれた人が顔を覗き込んできた。

 

「どうかしたの?」

「止めなくていいんですか?どんな力もってる人かは知りませんが、いくらなんでも無謀だと思うんですが」

「何も心配いらないわ。パトラはすごく強いんだから」

 

 自然体でパトラさんについて行こうとするカナさんに背中を押され、あたしたちも博物館の内部に入っていくことになる。どうしても安心なんかこれっぽっちもできず、いざという時のために携帯していた魔術の道具として用いる折り紙を握りしめていた。

 

 ちょっと荒っぽいがヤバくなったらこれで呪いをかけて眠ってもらおう。

 

 心構えだけはしておくものの手に握りしめた折り紙に実用性ははっきりいってない。技術として人を呪う方法は知っている。風水という概念には幸運をもたらす好ましい配置があると同時に、不幸を招く忌み嫌う配置というものが存在するのだ。治療と呪いはその実紙一重。やろうと思えばできるはずだけど、あたしは人を治療することは慣れていても今まで人を呪うことを目的として魔術を使ったことが一度もない。それに、この魔術は性質上一度につき一人にしかかけることができないという欠点がある。

 

 それは魔術に対する耐性のない人間ならばどんなに強靭な肉体を持った人間であったとしても呪い倒せるが、逆にいえばどんな弱い人間でも一度に一人しか倒せないことを意味している。

 

 結論。

 この状況において、魔術なんか使わずに銃使った方が確実に強そうだ。

 

 銃は引き金一つ引くだけで人の命なんて容易に奪うことができる武器だ。この状況においてのあたしの陰陽術の優位性はというと、警戒されずに済むということぐらいだ。現状あたしができたことといえば、周囲に気を配ることではなく、自分より幼い少女を怖がれせまいと抱きしめることぐらいのものだった。折り紙は武器ではなく、お守りみたいなものと化していた。

 

『もう警察が来たのか!?』

『警察だろうがなんだろうが関係ない!「空色の輝石」さえあれば、一生暮らせるだけの報酬はもらえるんだッ!!構わん撃てッ!!』

 

 実際にテロリストと鉢合わせしたときは思わず背中にいた女の子を抱く力が強くなっていく。

 あたしはこの場においては完全なるお荷物であったが、年上の美人二人はそうではないようだ。

 

―――――バンッ!ババンッ!!

 

 銃声が鳴り響いても予測した痛みが一切来ず、何が起きたのかとつむってしまった眼を開けると、楯となるような砂の壁が形成されていた。

 

「この妾に刃向ったのぢゃ。それ相応の報いをくれてやる」

 

 あたしたちの方に銃弾が迫ってきたら砂の壁で防ぎ、狙いを定めては砂の弾丸を飛ばす。

 それだけのことで銃を持つ危険なテロリストたちを次々と沈黙させていった。

 

「ね、パトラは強いでしょ?」

 

 カナさんはあたしたちを少しでも安心させようと優しくそう言ってくれたが、どんな言葉をかけられたとしてもこの時のあたしはまともに反応することができなかったと思う。魔術を使っていた戦闘というものを見るのはこの時が初めてだったのだ。魔女と名乗ったパトラさんの強さにただただ茫然としているたけだった。

 

      ●

 

「あや、おかえり。楽しかったかい?」

「え、えーと……」

「怪我人か?なら急がないとな。あや、準備を手伝ってくれ」

 

 結局博物館にいたテロリストたちは、結局パトラさん一人で鎮圧していた。ホント砂、強かったぁ。ある時は身を守る盾となり、またある時はボールとなり強打する兵器となる。銃をもった相手が相手がだろうが、パトラさんを前にして誰一人傷つけるができなかった。

 

「申し訳ありません。僕が無様にやられなければこんな手間をかけることもなかったのですが」

「気にしなくていいですよ。困っている人を見捨てては武偵の名がすたりますからね」

 

 ただ、テロリストたちに恐怖と絶望を植え付けたパトラさんであってもすでにケガをしている人たちについてはどうしようもない。ケガの治療のために、拓也さんがいるであろう診療所にあたちたちは戻ってきた。本来怪我人はこの診療所よりも大きな都内の病院に搬送されるべきであるが、ちょっとした事情によりそれができないとカナさんは言った。

 

「カナよ。ローマ正教のやつなんて見捨てようぞ。妾は確かに国民たちは守ろうと思ったが、こんな奴は別だ。助けたくもなかったわ」

「そんなこと言わないの。私も確かめておきたいことがいろいろあるしね」

 

 ローマ正教に所属する錬金術師ヘルメス。診療所に連れてきた男性はそう名乗った。

 今回発掘された一品の鑑定にローマ正教から派遣されてきた人物だった。

 ヘルメスさんはテロリストたちに殴られたのか顔が真っ赤に腫れ上がっているものの、手に抱えたトランクをしっかりと抱きかかえて手放さないようにしていた。

 

「どうしてあの博物館にテロリストなんかが現れたのか。確かに美術品は裏のオークションなんかではマニアが高値をつけるでしょうけど、それだけならもっとスムーズに事を運ぼうとするはずよ。その辺のこともローマ正教さんに聞いておきたいしね。いざとなったら私たちの手で匿うことだって考えないといけないわ」

「ローマ正教の奴なんぞそこらでのたれ死のうが通り魔に刺されようが妾には関係ないのぢゃがのう」

「ここは診療所だ。どんな事情があるのかは知らないけど、治療と診察はすぐにさせてもらうよ。話はそれからにしてくれないか」 

「分かりました。私も武偵としてお話があるますので一緒によろしいですか?」

「別にいいさ。あや、この人は俺に何か話があるみたいだから手伝いはやっぱりいいや。小毬が待ってるから行ってあげてくれるかい?俺はこのまま話を聞いておくから」

「うん!!あ、パトラさんは?」

「帰る。付き合ってられん。カナ、妾は先にホテルに戻っているからな。さっさと戻って来い」

 

 拓也さんは自分自身を免許持っているだけと言っていたが、れっきとした武偵の一人であることは確かだ。同じく武偵であるカナさんと武偵同士何か話があるのだと思い、あたしは拓也さんに言われるまま、奥で待っている小毬ちゃんのところに行った。この時素直にいうことを聞いておかないであたしも話を聞いておけばよかったと、のちに後悔することになる。

 

 

「え、パトラさん14歳だったんですか?あたしはもっと年上だと思っていましたよ」

「ちなみにカナも同い年だぞ。そのくせ大人顔負けの成果を上げているのだから、妾としても鼻が高い」

 

 後日、パトラさんが14歳ということを教えてくれた。あたしや小毬ちゃんとは三つも離れていないことになるが、とてもそうな思えなかった。これもパトラさんが教えてくれたことだが、あたしたちが拠点としているこの診療所はカナさんが作った診療所らしい。ある武偵が富豪の依頼を受けた時の莫大な報奨金により建てられたもの。そのことは聞いていたが、どうやらその武偵というのはカナさんだと聞いた時は驚いた。世の中、どんなつながりがあるか分からないものだ。それでも高校を卒業し、薬剤師の資格も取り社会人として働いている拓也さんにはカナさんもパトラさんも年下の可愛い子供に見えたのだろうか。子ども扱いして見くびっているいるわけではないものの、拓也さんが見つめる視線には小さな子供に向けるような温かさがある。この間なんかブツブツと文句を言ったままのパトラさんにキャンディー食べる?と聞いていた。パトラさん、喜んでたけど。あたしも後でもらおう。

 

(パトラさんもなんだかんだ言っていつもこの診療所にるけど、拓也さんたちが何をしているか知知ってるのかなぁ……)

 

 あの博物館での一件以来、カナさんとパトラさんもしばらくはこの診療所にいるということだった。

 ローマ正教なんか知らん。付き合ってられるか。

 カナさんの前でふてくされて早く帰ったのは初日だけであり、なかなかホテルに戻ってこなかったカナさんをわざわざ迎えにきたのかいつのまにかパトラさんも滞在し続けている。

 なにやらカナさんは拓也さんから医学のことを教えてもらっているようで、あたしとしては拓也さんとの時間が減って少し嫉妬だってしたくらいだ。父さんは所用で一か月ぐらい離れると離れると言ったけど今となっては拓也さんとあたしだけで充分診療所は回せるし、どのみちいても多忙で構ってくれないはずだ。拓也さんにも父さんにも相手してもらえなかったけど、その分小毬ちゃんと遊んだりパトラさんが魔術を教えてくれたりしたからいいとしておこうか。

 

「見るがいい!これが砂の城ぢゃ!!」

「おねえちゃんスゴーイ!」

「ふふん、そうぢゃろそうぢゃろ。妾はこれをいずれ実物として作るのぢゃからな、お主らも将来の世界の覇王(ファラオ)のことを今のうちに覚えておくがいいぞよ」

「おねえちゃん、今後はあれ作ってよ、あれ!スフィンクス!!」

「任せておけ。おっきいやつを作ってやる」

 

 パトラさんはカナさんが全然構ってくれなかったせいか何だかいじけたように診療所に診察に来たはずの子供たちと砂で遊んでいる。いつの間にか年上のお姉さんの地位を子供たちの間で確立していた。拓也さんにいろいろと教わっているカナさんを見て拓也さんの一番弟子の地位が危ないとか思ってしまい、いじけているパトラさんに若干共感してしまうあたしもあたしでどうなんだろう。小毬ちゃんが作ってくれたクッキーを口にしながらあたしと同じく蚊帳の外になっている同類に声をかけた。

 

「パトラさんは聞いてます?拓也さんたちは何をしているんでしょうね」

「知らん。何も教えてくれないカナのことなんて知ったことか」

「とか言っても、パトラさんって基本カナさんのこと大好きですよね。用事があったのか知りませんけど、この前の一週間のカナさんが診療所に来なかった時はパトラさんだって来なかったじゃないですか」

「あ、あの時はずっと眠ったままのキンイ……カナを守ってやるという使命があったのぢゃ!」

「眠ったまま……?カナさんは持病でもあるの?」

「持病……確かに病気かもしれぬな。あいつ、次から次へと新しい女を見つけてきやがってッ!ローマ武偵高校に進学してローマ正教の依頼も受け始めるなんてことは妾は認めん、絶対に認めんぞ!将来ローマ正教とは敵となるとこが分かりきっているのぢゃからな!あんな神罰至上主義者どもにカナを取られてたまるものか!聖職者のくせにいかがわしいおっぱいもいるみたいだしなッ!!!」

 

 ローマ正教。

 キリスト系で最も信徒を抱えている最大宗教らしい。

 伝統と格式がものを言ってくる魔術の世界において強大な発言力を持っている。

 あたしや拓也さんの扱う陰陽術なんて日本で本格的に使われ始めたのは平安時代だ。

 長い歴史で見ればすでに滅んだ技術だとはいえ目新しい分類にも当てはまってしまう。

 

『キリスト系の魔術が一体なんぢゃというのぢゃ。妾の超能力は紀元前からのものぢゃぞ』

 

 とは、パトラさんの弁。

 

「ローマ正教といえば、発見された石の鑑定に来ているのヘルメスさんもローマ正教の一員でしたね。何か分かったりしたのでしょうかね」

「教えてあげましょうか」

「……ヘルメスさん?匿われているはずなのにこんなところで出歩いて大丈夫なんですか?」

「ええ、カナさんがローマ正教と無事に連絡が取れたようでして。迎えが来てくださるとのことです」

 

 聞こえてきた声に振り向くと、そこには今はなしていたローマ正教の錬金術師であるヘルメスさんがいた。

 

「拓也さんもカナさんも、パトラさんにさえ教えなかったことをあたしが聞いてもいいんですか?」

「ええ、もちろん。これは世紀末の発見としてどの道世界の誰もが知ることになる。すでに『観測の魔女』にも感づかれているでしょうし、頃合いです。ちょうど実験の許可ももらいましたしね」

「実験?」

 

 いまいち会話がかみ合っていない気がした。どういう意味かと聞こうとした矢先、ヘルメスさんの携帯電話が突如なってしまったため聞きそびれてしまう。これは後で知ったのだか、ヘルメスさんの携帯電話の着信音はかごめかごめという日本の民謡のものだった。

 

 そして、ある組織がシンボルとして使っているものであった。

 

 ――――――――かーごめ、かごめ。かーごのなーかの、とーりーは。

 

「さがれあやッ!!」

「え?」

 

 何かを察したようなパトラさんの声を聞く暇もなく、あたしの身体にズサッ!という肉を切り裂く嫌な音がした。ナイフを腹にさされ、あたしの血がポタポタと地面へと落ちていく。

 

「まさか陰陽術師に生き残りがいるとは驚きました。大人だろうが子供だろうが、陰陽術師には生きていてもらっては困るんですよ」

「あ……あ……あがああアアアアアアァァアアアアあああァあァァアアアッ!!!」

 

  そのまま倒れてしまうあたしを支えたのは砂だった。

 あたしを支えている砂とはまた別に、砂の弾丸がヘルメスさんのほうへと発射された。

 

「あや、あや!しっかりしろッ!今妾が傷を治してやるッ!気をしっかり持てッ!!」

 

 パトラさんに抱きかかえられるが、もうあたしは誰に抱きしめられているのかすら分からないほどに衰弱していた。銃弾を浴びた人の応急処置だってやったことがあるあたしは怪我人は見ているだけで痛々しいと思ったこともあったこともあるが、実際のものは想像以上だった。何も考えられず、何も見えず。ただ、体中から悲鳴ばかりが響いてくる。

 

「おいお主らッ!! ここは妾が何とかする。おぬしらは早く診療所に戻ってカナを連れてくるのぢゃ!!」

 

 パトラさんは突然の出来事にパニックに陥っている子供たちに使命感を与えることで逃がそうとした。

 けど、ヘルメスは自分がしたことはなんてことはないと言わんばかりに落ち着いた人間のものだった。

 

「ああ、カナさんなら来れないでしょうね」

「なぜぢゃッ!!」

「かごめかごめの着信音をあなたも聞いたでしょう?あれは実験開始の合図ですよ。向こうも向こうで大変でしょうからね」

 

 なに?と訝しむパトラは背後から大きな爆発音を聞いた。

 あたしも首だけを転がして、漠然とした意識で振り返る。

 そこには――――――――爆破されて原型をとどめないレベルで崩壊した小さな診療所の姿があった。

 

「なんて……ことを! 妾とカナが二人で作った診療所を……妾の愛する国民たちを……ッ!?ついに血迷ったかローマ正教ッ!!もとから妾がアンタらが大嫌いぢゃったがいよいよ見損なったぞッ!!」

 

 頭がぼんやりとする。あたしは夢でも見ているのだろうか。夢でナないノダトしたラ、アレハナンだ?

 

「ローマ正教? ああ、『砂礫の魔女』とのあろうものが察しが悪い。そんな大それたことをローマ正教みたいなマニュアル貴族どのが許可するわけがないでしょう」

「なんだと……?」

 

 シンリョウジョガ、モエテイル?

 アタシガ、クラシタイ、エガ。

 

「あなたには分からないでしょうね。これは世紀の発見、いや、世界の転換期なのですよ。パトラさん、あなたたち超能力者(ステルス)とは本質からして違う超能力を操る存在が顕現したのです。今回発見された『空色の輝石』が『緋色の研究』でみられる『緋弾』と本質的に同じだとしたら、人工的に超能力者を生み出すことも可能かもしれません。ローマ正教か『機関』か、どっちが先に来るかわかりませんがさっさと実験をやってしまいますか」

「『緋色の研究』?『機関』?お前は一体なにを言っているのぢゃッ!?」

 

 チョウ、ノウリョ ク? セカイ ノ、テンカンキ?

 セカイテキナ ダイハ ッケン?

 

 ソンナ モノノタメ二

 

「……あや? おいあや!? いったいどうした!? その……その緋色の染まった両目は一体なんぢゃ!? それに、お前を包みだしたその空色の衣は一体なんぢゃというのぢゃ!!おい、ヘルメスッ!!お前一体あやに何をした!?」

「ほう、超能力者(チューナー)の一人でしたか。これは面白いこともあったものですね。パトラさん。あなたもよく見ておくといい。これからは歴史の転換期となる」

 

 アタシタチノ ユメヲ コワシタノカ

 ミンナ コロシタ ノカ

 

「僕たちの名は『原罪(メシア)』。せっかくなのであなたもこの名前を覚えておくといい」

 

 アア、モウ、ナニモカモ。コワレテシマエ。

 

 

 

    ●

 

 

 

 『…や。あや。お前はなにも心配することはない』

 

 温かい声が聞こえた気がする。この声を聴くだけで心が自然と落ち着いて温かくなる。

 大好きな人の声だとすぐに分かるのに、一体誰の声なのかすぐには思い出すことができないでいる。

 あたしは一体何をしていたのだろう?

 たしかあたしはヘルメスさんにナイフで刺されたはずだ。

 ひょっとしたらパトラさんが魔術であたしを助けてくれたのかな。

 パトラさんには魔術を教えてもらったけど、あたしだって星占いや治療の魔術を教えたりしたのだ。

 だとしたらパトラさんはあたしの命の恩人だ。後でお礼を言っておかないといけない。

 パトラさん、どこにいるのかな。

 そんなことを考えながら起き上ったあたしが見たのは、

 

「……え?」

 

 廃墟と化した診療所だった。

 周囲の地面はすべて砂と化し、砂漠の中のさびれた一角にいるかのような光景が広がっていた。

 

「拓也……さん? 小毬ちゃん?」

 

 起き上がって崩れ落ちた診療所へと近づいていくが、ただでさえふらふらの身体だ。

 砂に足を取られてこけてしまう。そして、あたしは見てしまう。

 血だらけで倒れている幼い子供たちの姿。

 

『見るがいい!これが砂の城ぢゃ!!』

 

 つい先ほどまでパトラさんと一緒に砂で遊んでいた子供たちが、血だらけになって倒れている。

 戦場での怪我人を見てきたせいか、すぐに分かった。

 

「嫌だ……嫌だよ」

 

 温かかった診療所の面影なんてもはやどこにもない。あたしが今いるのは地獄なのだろうか。あたしが一体何をしたっていうのだろうか。

 

「ひどいもんだな」

 

 触れようとして近づいて、そしてつまづいて倒れたあたしの前に現れたのは二人の人間であった。

 白衣を着ている男が一人、その横に立っている女が一人。

 年齢は20代後半くらいだろうか。哀愁を漂わせてさえいなければ間違いなく若々しく見えただろう。

 苦労を知っていると、人生に苦難を味わってきた人間のみが漂わせる空気を持つ大人の男性であった。

 

「誰?」

「『機関』の創始者」

 

 『機関』というものが何を指しているのかは分からなかったけど、その一言にすべてが集約されている気がした。何も答える気が起きないあたはいつの間にか女の人に抱きしめられる。母親を知らないあたしにとって、まるで本当の母が抱きしめてくれるようにも感じた。遅れてごめんね、皆を助けてあげられなくてごめんね。涙声で言われた言葉すら、あたしは何も感じない。

 

「生存者、一名見つけましたッ!!」

「澤田、すぐに安全な場所まで運べ。しばらくは『戦乙女(ワルキューレ)』からの護衛をつけさせろ」

「了解しました。すぐに手配します」

 

 『機関』とかいう組織の仲間たちなのだろうか、髪の左側が黒色で右側が白髪という特徴的なヘアカラーをしたの大人の男性が一人の女の子を抱えてやってきた。抱きかかえられた女の子を見て、あたしは一言言葉が漏れる。

 

「……小毬ちゃん」

「顔見知りだったの?。大丈夫だから。彼女は私達がしっかりと診るから」

「……拓也さんは?パトラさんは?カナさんは?」

 

 大好きだった人たちのことを聞くが、誰も答えてはくれない。

 あたしは優しく抱きしめてくれている女性を胸ぐらをつかみ、叫ぶように問いかける。

 

「いったい誰がこんなことをしたというの!? ヘルメスがいたとかいうローマ正教!?それともあいつがすべて悪いのかッ!!」

「……それを知って、どうするというの?」

「すべてぶっ壊してあげるッ!!あたしの大事なものすべてを壊したやつも、そいつと一緒に笑っているやつもッ!!」

「お前に一人になにができる」

「あたしは陰陽術師だ。人を呪い殺すことだってやろうと思えばできるんだッ!!」

 

 なんならそれを今から見せてあげる。この人たちが何か知っているというのなら、力づくでも聞き出してやる。そこには医師としての姿も、優しい魔法使いの面影もなかった。今のあたしは、誰が見ても復讐の魔女と化していたのだろう。

 

「――――――――――プハッ!!!???」

 

 そして、魔術を使おうとしたあたしに訪れたのは口元に広がる不快感。体中が魔術を使うなとでも伝えているかのように、気持ちの悪いものが全身へと伝わり、血を吐くことになった。咳が全く止まらず、しばらくは呼吸を整えることすらできない。

 

「やめなさい。超能力者(チューナー)の体質があなたの陰陽術と全く噛み合っていないわ。この先も魔術を使い続けたら、周囲の魔力に身体が押しつぶされてしまうわよ」

「じゃあ……じゃあ!どうしろっていうの!?このまま何もかも忘れて生きていけとでも?冗談じゃないわ」

「どのみちお前ひとりの力で『原罪(メシア)』の連中にどうこうすることなどできないだろうよ」

 

 だけど、と白衣の男性は前置きして、

 

「俺たちと一緒に来れば、チャンスくらいはあるかもな」

 

 あたしに一つの可能性をしめしてきた。

 

「ちょ、ちょっと!! こんな子供にまで戦わせようというの!?」

「どのみち陰陽術師は連中の標的対象になっている。超能力者(チューナー)ならなおさらだ。このまま生きていったとしても、何も知らなければ怯えながら生きていくことになるだけだ」

「……やる」

「もうちょっとよく考えなさい。安全のために書籍上は死亡扱いにして名前と変えて生きていくことになるのでしょうけど、なにもあなたが戦う必要なんてないのよ。この現状を見たらどんな危険な連中か分かるでしょう!?」

 

 陰陽術はもうロクに使えないと見るしかない。チューナーというものがどういったものなのか知らないけど、現時点で過信できるようなものではない。それでも、それでもだ。それでもこのまま黙って引き下がるなんて、真っ平だ。

 

「あなたたちと一緒に行けば、チャンスがつかめるというの?」

「当然だ。俺たちを誰だと思っている。今お前を抱きかかえているのは我が助手にして、『観測の魔女』クリスティーナッ!」

「ティーナって言うなッ!!」

「そして俺は狂気のマッドサイエンティストにして、『原罪(メシア)』が這い寄る世界の支配構造を破壊する者」

 

 わが名は。そうやってもったいぶってから、

 

「我が名は鳳凰院凶真だッ!!」

 

 白衣をバサッと広げて宣言した。

 

「お前は今から俺たちの同士だ。さっき助手も言ったが、陰陽術師であるお前の公式記録は安全のため死亡扱いにさせてもらう。これからは新しい名前を名乗ってもらうことになるが、何か案はあるか?」

 

 あたしの名前。もう麻倉彩として生きていくことはないのだろう。

 これからのあたしの名前は何がいいだろう。そうだ、あれにしよう。

 拓也さんが書いた絵本の主人公の名前。その名は、

 

       ●

 

「あたしの名は、沙耶。『流星の魔法使い』朱鷺戸沙耶(ときどさや)よ。」

   

 地下迷宮。再開した仇敵を前に、沙耶ははっきりと自分の名を宣言した。

 

「知ってるかヘルメス? 巨大な建物も蟻の一穴から崩れると言う。アンタには『原罪(メシア)』いう巨大な敵に対して私達『機関』が穿つ最初の小さな亀裂になって貰う」

 





パトラさん、とパトラに敬語を使うキャラって何気にいないような気がします。
この時点でのパトラは(あやにとって)とってもきれいなパトラさんです。
これパトラ編でパトラVS沙耶とかしたら面白そうだなと思いました。

今回は沙耶の視線での物語のためになにが起きたのか全容はまだ解明されていませんが、いつかやりますので気長に待っていてください。

そして最後。
『機関』メンバーズについて大体推測できたかと思いますが、みなさんこれを予測できましたか?


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Mission77 真理の探究者

 

 あたしは流星の魔法使い、朱鷺戸沙耶。

 そう名乗った彼女に対しての錬金術師の反応は、ただきょとんとするだけである。

 名前から思い当たるものがヘルメスにはないのだ。

 『砂礫の魔女』パトラや、『銀氷(ダイアモンドダスト)の魔女』ジャンヌ・ダルクのように知名度のある名前でなかったとうこともあるのだろう。それでも、向こうが自分のことを知っている以上、何かしら過去に因縁があったとみるべきだが、ヘルメスには気が付かない。

 

「流星の魔法使い?聞いたことがない名前ですね」

「それはそうでしょうね。アンタは『ときどさや』という名前にどんな願いが込められているかも知らないのだから。じゃあこういえば分かる?あたしはアンタとエジプトで出会った神北拓也の弟子でもある最後の陰陽術師よ」

 

 陰陽術。

 平安時代に活躍していたという資料は残っているものの、のちの世の歴史に出てくることはなかったという。

 理由はまだ解明されていないが、星伽神社の文献によれば陰陽術に関してはこのように書かれている。

 

 陰陽術は、その身を滅ぼす。

 

 強力すぎる力は恐れられ、周囲に迫害されたのか。

 それとも自分の力を制御できずに破滅の道を歩むことになったのか。

 ともあれ陰陽術師なんて存在自体がレア中のレア。そうそう目にかかれるものではない。

 それはヘルメスにとっても変わらない。

 彼の過去においても、陰陽術師の心当たりなんて一つしかなかった。

 

「そうか。あなたは、あの時の幼い陰陽術師か。まさか生きていたとは驚きですね。あのパトラですら死んだと思っているはずの少女が生きているのですからね」

「アンタはもっとあたしの気持ちを、どれだけの怒りを有しているのかを考えた方がいい。そもそもアンタさえ何もしなければ、誰も人生を狂わされずにすんだんだ」

「朱鷺戸……さん?」

 

 沙耶の口調と対応から分かる。この二人、何か過去にあったのだろう。

 それは理樹に知る由はないが、思い出すことがある。

 そういえば。

 アドシアードに姿を現したバルダとかいう黒白魔術師が一体何と言っていたっけ?

 姿を消したイ・ウーの魔術師を探している。理樹本人が聞いたわけではないが、そう言っていたとは聞いていた。その言葉に嘘はないのだと理樹は思う。事実、パトラとかいうイ・ウーの関係者との接点があるのは確定的らしい。

 

 でも、その正体は?

 バルダにしろジュノンにしろ、魔術師の正体を口にはしなかった。

 

 なのに、理樹が沙耶と出会った当初、彼女自身の目的の説明を求めた時、彼女はこう言った。

 

『現時点でのあたしの任務は、この東京武偵高校に潜伏している「敵」の排除』

『敵って?』

『理樹君もさっき見た砂の顔面像を操っている奴よ。正体はイ・ウーから追放された「砂礫の魔女」パトラと接点を持つ錬金術師ヘルメス』

 

 そもそもバルダは何のために花火大会で来ヶ谷さんを襲い、地下倉庫(ジャンクション)にまで姿を現したのだろうか。その理由は彼自身が口にしていなかったらしい。こういっていたと謙吾はあのあと教えてくれた。

 

『私の組織のことを裏でコソコソと探っているスパイのような奴がいます。私達は目障りな犬を消したいのです』

 

 あの白黒魔術師が口にした魔術師というのは、間違いなく目の前にいる錬金術師ヘルメスのことだ。

 だったらあの時白黒魔術師が言っていた自身を探っているスパイというのは誰だったのか。

 

 錬金術師の存在を前提として、地下迷宮のことを探っていた人物として理樹が知っている人物は二名。

 一人はイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗っていた狐の仮面をつけていた人物。

 こいつについてもジャンヌとバルダが地下迷宮(ジャンクション)で言及していた。

 

『……私の計画を詳しく知っているのは峰・理子・リュパン四世と夾竹桃、そしてあの女(・・・)だけだ。一人はしくじって刑務所だから、お前の理論だと理子かあいつがスパイということになる。あの女がスパイははずがないだろう』

『えぇ。でも、何が原因で心変わりするかわからないものですよ。私は彼女が多重スパイかと疑ったのですが、違ったみたいです。スパイは内部の人間でないことが分かりました』

 

 理樹はバルダとかいう奴とは一瞬だけ顔を合わせただけ、ジュノンとかいう魔女連隊の少女に至っては恭介の要請によって応援に来てくれた岩沢さんしか鉢合わせしていない。だからどれもこれも人づてで聞いた話でしかなかったが、今となって分かる。もともとバルダのことを探っていたスパイとは朱鷺戸沙耶のことだったのだ。バルダは怪しい人物として来ヶ谷さんと多重スパイの可能性も捨てきれないとして狐の仮面の人物を疑っていが、二人とも違った。イギリス清教だとか委員会連合に潜伏しているイ・ウー研磨派所属のスパイとかいう肩書きに意識が向いてしまっただけのことだった。実際狐の仮面の人物は魔術師の存在こそ知っていても、地下迷宮の存在は知らなかった。対し沙耶は、ヘルメスという名前まで知っていた。

 

「朱鷺戸さん……これからどうするつもり?」

 

 朱鷺戸さんとヘルメスの間に一体何があったのかは知らないけど、朱鷺戸さんがヘルメスに対していい印象を持っているようにはとてもじゃないが思えない。あんな得体のしれない奴が所属している組織を危険を冒してまで探っていたのだ。理樹にだって武偵として犯罪者と正面から向き合うことは今迄にだってあった。犯罪者に対してどう向き合うのかなんて人それぞれだけど、時には相手を殺そうとまでする人だっている。殺人は武偵法で禁じられているが、法律で心までは縛ることはできない。沙耶の出方次第によっては、理樹は彼女を止めなければならなくなる。イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗った狐の仮面の人物と戦った時とは次元が違うほどの明白な殺意が今の朱鷺戸さんからは見て取れた。

 

「錬金術師ヘルメス。こいつはあたしが大好きだった人を奪った元凶となった一人。殺してやりたいのは山々なんだけど、それ以上にあたしはこいつには聞かなけれなならないことがある。だからまずは―――――――数発は顔面をぶん殴ってやる」

 

 言うが早く、沙耶はヘルメスとの間にある十メートルあまりの距離を三歩で詰めた。走るというよりは跳ぶような動きであった。理樹とあっさりと置き去りにし、ヘルメスの正面へと立った沙耶は言葉通りにヘルメスの顔面を殴り飛ばそうする。錬金術師というのは魔術師といっても科学者のような研究者だ。ほぼ一瞬の動きに武偵である理樹ですら沙耶の動きに反応できていないのだから、本質が研究者であるヘルメスが反応できるわけがない。身体を鍛えているわけでもない人間相手なら、沙耶の手刀でも一発で意識を刈り取れるはずだ。なのに、

 

「―――――――」

 

 沙耶は、すんでの所で握りしめた拳をヘルメスの顔面にて止めた。このまま拳を振りぬいてやりたい。そう思っているのに、沙耶は自分の意志で拳を止めた。頭には冷や汗すら出ているほどに、嫌な予感が沙耶の身体全身に回ったのだ。すんでの所で後ろに飛び退く最中、沙耶は愛銃たるコンバット・コマンダーを抜き、攻撃手段を銃撃へと切り替えた。武偵にとって銃は常に着用することを義務づけられているほどの必需品であるが、現場においても発砲する機会よりは脅しの道具として使うことの方が多い武器でもある。銃を使わなければ手が付けられないほどの人物と遭遇したというのならまだしも、研究職の人間相手にするには殺傷能力が高すぎる武器だ。素手で制圧できるのならそれに越したことはなく、沙耶のはそれだけの力量があるはずだ。なのに沙耶は己の直観に従い、わざわざ手刀を中断してまで銃撃を選択したが、それは今回の場合正しかったということになった。

 

 カンッ!カカンッ!!

 

 ヘルメスの身体に当たった沙耶のコンバット・コマンダーによる銃弾は、そんな金属音(・・・)を響かせただけだった。その後カツンッ!と地面に落ちていく。 

 

「……よく気が付きましたね。怒りで正気を保っているのもやっとの人間に感づけるものではないと思っていましたが。どこで気が付いたのか、今度のために聞かせてもらえませんか?」

「あたしだって『機関』に所属する超能力者(チューナー)であることには変わりない。生まれながら異能の力を宿した超能力者(ステルス)達とは違い、突如目覚めた超能力者であるあたしたち超能力者(チューナー)は、異能の力にやたら敏感になっているから無色透明として名づけられた超能力者(ステルス)の超能力だって察知できる」

 

 結局のところ、ヘルメスの皮膚が硬質化していることに沙耶が気が付いたのは感覚という他ない。沙耶の頭に血が上ったまま感情まかせに行動しているというのなら、多少の嫌な予感も無視して行動していただろう。でも朱鷺戸沙耶という人間は知っているのだ。失敗が許させない場面でこそ、感情的に行動してはならない。冷静に物事を見つめなおさなければならないのだ。これは医師として多く一秒一秒の判断が平気で命取りになる応急処置を多く行ってきたことによる経験則か。あのままヘルメスを殴っていれば、沙耶は逆に腕をつぶされていたことになっただろう。

 

「じゃあ、これはどうだ!」

 

 今後は理樹が自身の愛銃であるコンバット・マグナムを発砲しながらヘルメスへと突撃した。

 当然のように理樹の銃弾だってヘルメスの身体に直撃してもビクともしないが、彼にとってそれくらいは想定の範囲内のこと。マグナムによる銃弾の目的はヘルメスの足止めにある。どういう原理を使っているのかは分からないが、身体を金属並の強度にしているとのこと。人間が柔軟な動きができるのは身体が柔らかいからに他ならない以上、今はろくに身動きできないということだ。

 

「うおおおォォォーーーーーー!!」

 

 ヘルメスとの距離を詰めきるまで等間隔で銃撃を行った理樹はとうとう自身の拳を射程圏内に入れる。

 相手の身体が硬質化している?

 銃弾すら通じないほどのものとなっている?

 そんなことは彼にとって知ったことではないのだ。

 ことオカルト相手に限り、彼の右腕はどんな盾をも貫き通す矛と化す。

 事実、ヘルメスの右肩に渾身の一撃を叩き込んだ理樹の右腕はヘスメスの硬質化のガードをあっさりと食い破り、そのまま錬金術師の右腕を吹き飛ばした。錬金術師の右腕は、理樹の拳が当たった瞬間に砂と化して地面に落ちたのだ。

 

(……は?)

 

 予想だにしていなかったことに理樹は反射的に後ろへ一歩飛び退いた。いつでも追撃できるようにとコンバット・コマンダーを構えていた沙耶も、これには驚きを隠せていないようである。

 

「こいつ、あの砂の化身たちと同じような偽物だったの!?」

 

 状況から考えたら理樹が出した結論に行きつくのは自然のこと。でも、沙耶は直観としてそれは違うと感じていた。沙耶自身が言うには、超能力者(チューナー)は魔術といった異能の能力に敏感とのこと。目の前の錬金術師が本物ではなく式神か何かだったとしたらそれを操っている奴がいるはずだ。でも、そんな奴の存在を沙耶は感じられなかったのだ。それに沙耶は一度理樹の超能力をこの目で実際に確かめている。砂の化身にマミり―――頭ごと飲み込まれそうになっていた時、理樹の能力は砂の化身全身を粉砕していた。目の前の錬金術師が砂人形かなにかだったとしたら、今回も跡形もなく全身吹き飛ばしてもおかしくはない。それなのに右腕だけということは、

 

「違うわ理樹君。アンタの右腕、砂で魔術的に作られた義手だったのね」

「ええ、あなたが意識を失った後、逆上した『砂礫の魔女』につぶされましてね」

 

 砂になって地面に落ちたはずの錬金術師の右腕はサラサラと砂の状態のまま地面からもとあった場所へと戻るように浮き上がり、腕を形作って固まってもとのようにヘルメスの右腕と化した。

 

「バケモノめ」

「驚くのはまだ早いですよ。せっかくのデモンストレーションです。しかとその目に焼き付けていくがいい」

「チィ!!」

 

 ヘルメスが両手が地面につくようにしゃがみこんだ。錬金術というのはいうなれば工作だ。今のだって砂を材料にして自分の腕を作り上げた。そして今。地面に手を付けたということは、地面を材料にして何かしようとしていると判断した沙耶はやらせるまいと銃を連射した。ヘルメスが地面を使って何かするより先に沙耶の銃弾の方が速く、コンバット・コマンダーの銃弾は錬金術師にすべて当たるが、沙耶の銃弾は今度はヘルメスの身体を突き抜けていった。ヘルメスの身体を貫通して銃弾が突き抜けていった後の風穴から出てきたものは人間が本来流すべき血ではなく、砂。

 

「何……アンタそれ、その身体は何!? アンタの身体はもう人間のそれなんかじゃない!」

「これが心理を探究したもののみがたどり着ける極地。人類の永遠の夢だって叶えることだってもはやお伽話なんかではありません」

「人類の夢、だって?それは一体何だというんだ!」

 

 錬金術師が科学者のような人間だということは理樹も前から知っている。身体を砂にかえ、砂から身体を作り上げて。そんな人間は離れしたことすら、こいつにとってはその人類の夢のための副産物でしかなかったのか。そう聞き返した理樹に、錬金術師はそんなことも分からないのかというような落胆した声で返答する。

 

「人類の究極の夢、それは永遠の命。すなわち不老不死」

「正気?」

「科学者だってだれもが一度夢見ることです。かつて君島コウという名の同胞は自身の人格や記憶をデータとしてインターネット上に存在させ、本来の身体を失ってもなお生き続けることに成功していた。これも擬似的な不老不死だと言えるでしょう。彼のアプローチも科学者としての一つの答え。では、これより錬金術師がその夢へとたどり着く過程で手にした技術の結晶というものを御覧に入れてみましょう」

 

 理樹と沙耶の二人と錬金術師の間を遮るように地面から柱が浮かび上がってくる。長方形の柱であるが、二人はすぐにその柱にドアのような蓋が付いていることに気が付いた。三メートルはあるであろうドアを開けて柱から出てきたのは、黒山羊の頭部とカラスの翼を持つ怪物。全身の黒い毛が、さらに不気味さをことさら示していた。この怪物の名は、

 

「さあ、暴れろ。『バフォメット』」

 



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Mission78 融合する砂化身

遊☆戯☆王アーク・ファイブ TAG FORCE SPECIALをこの間購入しました。
仕方のないことだとはいえ、王様ボイスの違和感が半端ないッ!
どうか次の映画は風間さんが出演してくださりますように。
……いや、絶望的だとは思うけど。


 

 

 アリアとキンジの武偵タッグの二人は今、必死に階段を駆け上っていた。

 なんでわざわざ来た道を引き換えるよなことをするかというと、仲間の援護に向かうためである。

 

「ハァ……ハァ……急ぐぞアリア!!」

「言われるまでもなく分かっているわよ。アンタはもうちょっとペースを考えなさい!そのままじゃ向こうに戻っても単なる足手まといにしかならないわ!」

 

 この地下迷宮には彼ら二人で来たわけではない。直枝理樹に朱鷺戸沙耶、それに二木佳奈多とジャンヌ・ダルクという二人一組(ツーマンセル)二組を加えた三ペア計六名できている。迷路を潜り抜けた後、大広間へとたどり着いた彼らを待ち受けていたのは50体に及ぶであろう砂で作られた怪物たちだった。キンジたちは、大広間にジャンヌと佳奈多を置いて先に進むこととなったのだ。

 

「もうちょっとでたどり着く。待ってろよ!!」

 

 残って全員で目の前に現れた砂の化身たちを相手にするはずだったが、合流されたら面倒くさそうなのがいるということで先に階段を下りてそいつを倒すことになったのだ。結果、ミノタウロスとかいう三メートル大の化け物と戦い、二人は勝利を手にすることができた。二人の連携によってつかんだ勝利であったが、あいにくと二人にそれを喜んでいられる時間はないのだ。片付いたというのなら、早く戻って仲間の援護にいかなければならない。武偵憲章一条。仲間を助け、仲間を信じよ。

 

「キンジ!そう慌てないで仲間を信じなさい!!キンジだって知っているはずよ!!あの風紀委員はアドシアードでリズの護衛として教務科(マスターズ)から任命されていたほどの実力者ということみたいだし、ジャンヌの強さは実際にあたしたちの目で見たわ。あの二人がそうそうやられるもんですか」

 

 キンジだってあの二人がやられると心から思っているわけではない。

 所詮はEランク武偵である自分が心配すること自体おこがましいほどの実力者たちであるのだと考えている。

 それでも、50体近い相手をたった二人で相手にするのは無茶を通り越して無謀だと思う。

 超能力者(ステルス)は強力な能力を使えはするものの、その分消耗だって激しいのだ。

 最初から全力で超能力を使って、バテて疲れ果てたことにより生まれた一瞬のスキを突かれる可能性だって0ではない。

 

 途中の分かれ道で別れた理樹と沙耶の方も心配だが、おそらく現時点で命の危機が大きいのはジャンヌたちの方だろう。アリアもすぐに加勢できるようにとすでに二丁のガバメントを手にしていたのだが、結論から言ってその必要はなかった。大広間に戻ってきたときにはすでに50体近くいたはすの砂の化身の姿は一体として見当たらなかったのだ。その代わりと言ってなんだが、砂の化身のなれの果てである砂は地面一面を覆うほどに存在している。

 

(あいつら、あれだけの数をたった二人で倒したの? しかもこの短時間だけで?)

 

 アリアは自分たちがこの部屋を離れてから戻ってくるまでの時間を考えても、いくらなんでも早すぎると思った。ジャンヌの冷気を操る超能力は時間稼ぎに使えるから、それでなんとかアリアたちが戻ってくるまでは持たせるつもりだと考えていたこともあるだろう。

 

「―――――――ジャンヌ?佳奈多?」

 

 二人と別れたはずの大広間には、砂の化身たちだけでなく、ジャンヌも佳奈多もいなかったのだ。敗北して連れ去られた、とかいう間抜けなことにはなっていないだろう。そうだとしたら、この一面を覆う砂についての説明がつかない。また、イ・ウーのメンバーであるジャンヌが裏切ってアリアたちをこの地下迷宮に閉じ込めた、ということもあり得ないだろう。帰るために佳奈多とジャンヌの二人が用意していたアリアドネの糸は、今もまだ大広間の入り口付近に存在している。ジャンヌが裏切ったのだとしてらこんな命綱同然の糸を残しておくわけがない。

 

「弾丸を温存出来て助かったけど……あの二人、いったいどこに行ったのかしら?」

 

 

    ●

 

 バフォメット。

 別名「サバトの山羊」。黒山羊の頭部とカラスの翼を持つ両性具有の怪物。

 魔女達に篤い崇拝を受ける悪魔とされ、、ローマ・カトリック教会に反発するサタン崇拝者の儀式である黒ミサ(サバト)に出張するのはたいていこのバフォメットの仕事であるとされている

 

 1300年頃に、十字軍で活躍した騎士修道会・テンプル騎士団が時の為政者フィリップ4世の糾弾を受けた際、彼等がこの悪魔の偶像を崇拝していた、と言う風評が元で広く世に知られるようになったという。

 

「元ローマ正教のお抱え錬金術師が、よりにもよってサタン系統の怪物を呼び出すなんて堕ちたものね」

「この世の心理を探究する。それは僕たち錬金術師の使命であり、本命です。科学者が行う実験と同じようなものですよ。ただ、技術として可能かどうか探究し続ける。そこには善も悪もありません」

「だから何をやってもいいとでも?冗談じゃない」

 

 どんな技術も使う人の意思しだいである。確かにヘルメスのいうことには一理ある。拳銃なんてその最もな例ともいえる。拳銃を何のために手に取るのかと聞かれた時、ある人は人の命の命を奪うためだと答えるかもしれない。けどまたある人は、誰かの命を守るために手に取るのだということだってあるだろう。原子力という技術だって同じだ。発電という形で莫大な恩恵を人々の生活に与えていると同時、一歩方向性が異なるだけで原子力爆弾という大量殺戮兵器と化す。確かに技術自体に善も悪もない。だけど、だからと言って何をやっても許されるわけではない。

 

「ヘルメス。アンタがどんな研究をしていようがアタシには正直言って知ったことじゃない。世界が変わるような世紀末の大発見でも目の前にしたというのならご自由に好きなだけやっていればいい。アンタ一人でやっている分にはあたしだって言うことやることに一々口出しすることもなかったはず。でも、あんたはあたしたちを巻き込んだッ!!アタシや小毬ちゃんから拓也さんを奪っていった!!」

 

 沙耶の口から突然出てきた小毬の名前。拓也という名前には心当たりがない理樹であったが、彼には拓也という人がどのような人物を指しているのか察しがついた。ついてしまった。小毬さんから聞いていた夢の中にだけ出てくる兄の話。小毬さんは大好きなお兄さんと、仲良しだったお友達と笑っている光景を夢に見るという。小毬さんのお兄さんというのは実在していたのだ。そして、夢に出てきた小毬さんと仲良しだった友達だというのは、

 

(―――――――朱鷺戸さんのこと、だったのか)

 

 実のところ、直枝理樹が朱鷺戸沙耶について知っていることなんて微々たるものでしかない。理樹と沙耶の関係は暗殺者の標的という命のやりとりからスタートしたため、どうしても彼女とはヘルメスの居場所を引きずり出すための作戦方針だとか生き抜くための情報交換のやりとりばかりとなってしまった。イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗った狐の仮面の人物が沙耶のことを超能力者(チューナー)だなんて称しているあたり、あんな得体のしれない人物の方が理樹よりも沙耶の理解度で負けている可能性だってある。いや、負けているのだろう。そもそも理樹は沙耶の言う『機関』という組織がどのようなものであるかすら聞いていない。聞いても沙耶は意味がないとして教えてくれなかった。

 

 結局のところ、直枝理樹は朱鷺戸沙耶という人物についてはまだ何も知らないのだ。

 それでも分かることもある。

 朱鷺戸さんは小毬さんのことも、拓也さんとかいう人のこともとても大切にしていたんだろうな。

 

「あたしにとって、アンタが砂を材料にした式神を使っていることも気に食わない。それはパトラさんの技術だッ!!!」

「かつては僕を殺そうとした砂礫の魔女も、今では僕に協力してくれていますよ。仮にも世界の変異ついて嗅ぎまわっている『機関』のエージェントをやっていたのなら知っているでしょう?『砂礫の魔女』というのはもはや砂場で地域の幼く無邪気な子供たちと一緒になって遊んでいたようなおめでたい奴ではなく、世界を自分のものにするための戦争を起こそうとした正真正銘の――――――」

「それ以上ッ!!あたしが大好きだった人たちのことをアンタが口にするんじゃないッ!!」

 

 沙耶は激情に任せてコンバット・コマンダーを発砲したが、銃弾はヘルメスにカツン!という金属音を響かせたまま地面に落ちていくだけだった。ヘルメスには銃弾は効かない。銃弾を無駄遣いすることになると分かっていてもなお、沙耶は自身を抑えることができないでいた。ハァ、ハア、と身体を動かしているわけでもないのに息を荒くしている。

 

「ヘルメス。アンタはそうやって神様気取りで精々高みから見下ろしているといい。すぐにアンタを表舞台へと引きづり下ろしてやる」

「そうですか。そのためにはまずは――――――こいつを止めないといけませんよ」

 

 今まで沈黙を保ってきた怪物が、バフォメットが吠える。咆哮というのはそれだけで威嚇の意味を持ち、人の動きを阻害させる。理樹は心情として気持ちが一歩、後ろへと下がってしまう。その間にヘルメスは次の行動を開始する。

 

「さらにもう一つ!!」

 

 そして、もう一度地面に手を置いたヘルメスは地面からもう一つ棺桶を出現させる。棺桶の蓋がパカッ!と開き、次に現れたのは巨大な一角を持つライオンであった。百獣の王といえば誰もがライオンを想定する。檻という安全装置のない状態でライオンを向き合うのはたとえ武偵であったとしても恐怖の対象となる。

 

「二体目ってこと?何体来ようが変わらない!!」

「それはどうでしょうか?」

「なに?」

 

 山羊の怪物であるバフォメットと、巨大な一角を持つライオン。本物のライオンが相手だとしたら、銃で射殺するしか理樹に取れる手段はない。だが、今の相手はあくまでも砂で作られた怪物。右手で一発当てることさえできれば粉砕できる超能力をば持っている以上、彼が警戒するべきは同時攻撃による対応のおくれのみである。ジャンヌと佳奈多が残って相手にしているような50体の砂の化身のように人海戦術でこられる方が理樹にとっては対応が困難になるこの二体で襲い掛かってくるのかと身構えたが、ヘルメスが取った手段が真逆ものであった。

 

「僕は、この二体で融合するッ!!」

「!?」

 

 二体の怪物の身体がゆっくりと砂へと戻りながら、一か所に集まってくる。そして集められた砂により新たな怪物が生み出された。ライオンの身体を基本としているが、頭が二つある怪物がそこにはいた。バフォメットの持つ羊の頭と一角のライオンの頭。それだけではない。バフォメットが持っていた白い翼がこいつにも生えているばかりか、しっぽは蛇になっていた。ヘルメスは融合すると言っていたが、まさしくこの怪物は先ほどの二体の特徴をそのまま受け継いでいるバケモノであった。

 

「キマイラ。その力で邪魔者を切り飛ばせ」

 

 キマイラと呼ばれた怪物が跳びかかってくる。二メートルクラスの巨体による跳躍はもはや突進というよりは大砲の弾丸のようにすら思えてしまう。反応が遅れたせいで、理樹には左右に飛んで回避するだなんてことは考えもつかなかった。だがそれでも彼は構わないとした。

 

(僕の能力で砂の化身を一撃で粉砕できることは以前に実証済み!融合だかなんだか知らないけど、的が大きくなったと思えばいい!!)

 

 理樹の右手が触れる前に、一方の頭についてある角で貫かれでもしたら即死になるだろう。ゆえに彼はタイミングを合わせ、防御を前提としながらもカウンターぎみに、

 

「そらぁ!!」

 

 拳を打ち込んだ。キマイラの角や爪が理樹を切り裂くよりも先に、彼は自身の拳を当てることに成功する。キマイラを粉砕したという確かな手ごたえと、一歩間違えれば即死は免れないという状況下での成功に心のどこかでほっとしてしまったのだろう。それが次の行動に対して致命的となってしまう。

 

「理樹君、まだよッ!!まだこいつは死んでないッ!!」

 

 危機を訴える沙耶の一言にすら、ワンテンポ反応が遅れてしまった。そして見る。理樹の右手の一撃を受けたキマイラは確かに身体の一部を粉砕させられていたが――――二つあったうちの頭がつぶれ、もとの一角のライオンへと姿を戻していた。

 

「――――――――が……ぁ……」

「理樹君!!」

 

 攻撃を放った直後のことであったためにもう一発拳のタイミングを合わせることができず、理樹はい一角のライオンの体当たりによって吹き飛ばされてしまった。防弾制服を着用していたおかげで撲殺だけはまぬがれたが、大砲をその身に受けたかの衝撃に理樹はすぐに起き上がることができないでいた。

 

「直枝理樹。君の持つ超能力は一度見させてもらっている。見たところ超能力者(ステルス)というよりは超能力者(チューナー)に近い能力であるみたいだが、一度に破壊できるのは一つまでのようだね」

「……なに、を」

「簡単な話さ。キマイラは心臓を二つもっていた。見たところ君はバフォメットの心臓を破壊したようだが、ガゼルの心臓までは破壊できなかったようだね。礼を言うよ直枝理樹。これで吸血鬼のような心臓を複数持つ怪物に対しての呪いの効力に対する仮説を立てることができた。感謝しているよ。だから――――今すぐに楽にしてあげるよ」

 

 倒れている理樹にキマイラが跳びかかる。元々バフォメットが持っていた白い翼や羊の頭などはもはや見る影もないが、それでもまだガゼルの呼ばれた大きな角を持つライオンの姿は健在だ。起き上がろうにも未だに腕一つ動かせないでいた理樹をキマイラは爪で切り裂こうとする。死んだ、と直感的に感じて眼をつぶった理樹であったが彼が予測していた衝撃が来なかった。何があったのかと目を開けた彼が見たものは、キマイラは鋭い爪を振り上げたまま固まっている姿であった。よく見るとキマイラの足元には、周囲を囲むように折り紙が置かれていて、それぞれが六芒星の模様を描くように光の線でつながっている。

 

「陰陽の封印術の一つですか」

「―――――――ゲホッ!!プハッ!?」

 

 その後、咳き込むような声がしたので沙耶の方へとふり向くと、沙耶は口から血を吐き出していた。

 

 

「朱鷺戸さん!?」

「あたしはいいから前を向いていなさい理樹君。この程度は何ともないわ。いや、ちょうどいい状態になってくれた。これなら逆に好都合よ。運は私に向いている」

 

 

 何ともないと沙耶は言うが、そんなはずはない。

 前に二人で地下迷宮へと突入すとき、沙耶は魔術は使えないと言っていた。

 魔術的なサポートは期待するなとも前もって聞いていたのだ。

 使って何ともないのならもっと早くから使っていただろう。

 

 前に謙吾から聞いたことがある。

 魔術というのは、ただ便利なだけの技術ではないのだ。

 個人の魔力許容量が『G(グレード)』という単位で現されているのは、自分自身の『G(グレード)』を超えるだけの魔力を扱おうとしても身体がついて行かずに悲鳴を挙げていくからである。言ってしまえば、身体の出来上がっていない幼い子供を身体が壊れるまで強制的に走らせているようなものだ。現に、今魔術を使ってキマイラの動きをとめた沙耶の身体の状態がいいようには全く見えない。単に血を吐いたという事実からだけでなく、身体を支える芯がどこかぶれているようにすら見えてきた。

 

 それでもなお、沙耶は握りしめた折り紙とコンバット・コマンダーの手を緩めることはなかったが。

 

「……魔術を使った反動ですかね?仲間を守った代償として負傷してしまうのなら、結局は意味のない行為にすぎませんよ」

「……ふふ」

 

 理樹を守るために魔術を使った反動で身体が内部からボロボロになってしまっても沙耶は今、笑っている。

 彼女は自分がこのまま負けるのだという絶望感を味わっているわけではないのだ。

 むしろ、これから仇敵を叩きのめせることへの喜びを味わっていた。

 雰囲気などという目に見えないものではなく、目に見える形として変化が訪れている。 

 沙耶の瞳は――――緋色に染まっていたのだ。

 

「発動条件は満たした。これであたしもまともに戦える」

「その緋色にそまった瞳……なるほど、超能力者(チューナー)としての超能力ですか。なぜ今まで使わなかったのかは疑問が残りますが―――面白いですね。みせて下さいよ」

「ヘルメス、もう一度言う。アンタを表に引きづり出してやる」

 

 沙耶は、緋色に染まった瞳を正面から錬金術師へと向けて宣言した。

 

「エクスタシーモード、発動」

 




おそらく次回で『流星の魔法使い』編はおしまいになります。
もうちょっとでブラド編だ!!
まさかここまでくるのに80話近くかかるとは思いもしませんでした。



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Mission79 一族の裏切り者

 エクスタシーモード。

 瞳が緋色に染まっている今の状態のことを沙耶はこのように口にした。

 沙耶の瞳の色が変わっている状態を見るのは理樹にはこれで二度目になる。

 一度目はイ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイを名乗る狐の仮面を付けた人物を遭遇した時。

 もっともあの時は、沙耶が今の状態になった後すぐにあの狐の仮面の人物は撤収したため、理樹は今だに沙耶がどんな能力を有しているのか知りはしない。

 

(元々発動条件が厳しくて当てにはできないものだからないものと思っていてくれって朱鷺戸さんは言っていたけど、一体どんな能力なんだろう。それに、たとえどんな能力であったにしても……)

 

 元々沙耶は本調子とは程遠い。

 イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイと戦った時も夜の東京湾に叩き落されたせいでフラフラだったが、今だって沙耶は血を吐いてしまっている。身体の状態だけならば、以前の状態よりも今の方が確実に悪いだろう。

 

超能力者(チューナー)が宿している超能力についての研究は『機関』と『観測の魔女』の独壇場となっていますからね。どんな能力を見せてくれるのか正直楽しみです」

「ヘルメス。アンタはあたしたち超能力者(チューナー)について『機関』がどういう結論を出したのか知っているか?」

「知りませんね。確かに超能力者(ステルス)とは本質からして違う能力者であることは認めざるを得ませんが、これからの時代を切り開いているのは『緋色の研究』になってきます。時代遅れの超能力者(ステルス)よりは面白そうですが、それでもやはり興味はなかったですしね」

「そう。じゃあ教えてあげる」

 

 沙耶は彼女自身の魔術によって動きを止められているキマイラへと近づき手を当てて、

 

「神への抑止力。それが『機関』においての認識よ」

 

 一瞬でキマイラを粉砕した。筋力に物を言わせて殴りつけたわけでもなく、添えるように触れただけで、キマイラは元の砂へと戻ってしまった。コンバット・コマンダーによる銃撃ではビクともしなかったキマイラに効果的なものは、現状理樹の超能力のみのはず。沙耶も魔術という奥の手があるものの、それは使った瞬間に血を吐いてしまうという致命的なまでのデメリットを持っている。ならばキマイラを粉砕したものの正体は沙耶の超能力者(チューナー)としての超能力であると理樹は推測したが、

 

(え、でもそれって僕の超能力と同じってことでしょ?それなら魔術なんて使えるはずはないのに)

 

 確かに理樹が右手で触れただけでも、今沙耶がやったように一撃の名のもとに砂へと還すことができるだろうけど、キマイラを粉砕した能力が理樹と同じものだというのなら沙耶が魔術を使えた理由の説明ができなくなる。ヘルメスは理樹の能力のことを超能力者(ステルス)よりも超能力者(チューナー)のものに近いという。超能力の本質が理樹と沙耶で同じものだとしたら、沙耶のものだけが特別だとは思えない。

 

「どんな種類の超能力であったとしても超能力者(チューナー)の超能力には共通の特徴が二つ見られる。一つは超能力者(チューナー)なら誰でも使える共通の能力。そしてもう一つは個人によって異なる固有の超能力。これは汎用性に富んだ超能力者(ステルス)のそれとは違い、限りられた状況でしか使えない限定的なものであるというもの。つまり、一定以上の魔力を持つ人間にしか効果がないというもの」

「それは役に立つのですか?超能力者(ステルス)を能動的な能力者だとしたら、超能力者(チューナー)は受動的な能力者ともいえる」

「汎用性なんてい必要ない。あたしたちはあくまで抑止力として生まれたのだから、自身が兵器となることはあってはならない。言いたいことは分かるか?つまり超能力者(チューナー)の有している個々の固有能力というのは、対魔術超能力(オカルト)特化能力だッ!!」

 

 沙耶は緋色に染まった瞳で部屋全体へを見渡した後で、再びヘルメスへと視界を戻す。

 

「今のあたしは魔力に敏感な存在だ。アンタの本体(・・)がどこにいるのかを感じ取ることだってできる!!」

「本体?何を言っているのですか?僕は本物ですよ」

「いいや、アンタは偽物よ。厳密にいえば、本物そっくりに作られた人造人間(ホムンクルス)よ。だから吹き飛ばされた腕を砂から再び作り出してくっつけるなんていうバカげたことができる。最も、アンタ自身そのことに気が付いていなかった滑稽な存在だったようだけどね」

 

 沙耶はスカートのポケットから折り紙の鶴を三羽取り出し、右手で挟み込んだ後に放り投げた。

無造作に投げられたはずの折り紙は三方向に分かれ、炎をまとった鳥と化す。それはまるで大きな不死鳥が現れたようにも思われる光景であった。沙耶が生み出した不死鳥はヘルメス頭上を通過して、彼の背後の壁を粉砕した。

 

「……何をした?お前一体何をした!?」

 

 今沙耶が行ったことは、近くにあった壁を粉砕しただけだ。それだけではヘルメスには何の関係もないはずなのに、実際にヘルメスに変化が出ていた。彼は自分自身の魔力がなくなって言っているのを肌で感じたのだ。実際のところは違った。結果としてヘルメスの表情は一変し、沙耶を忌々しげに睨み付けている。

 

「この地下迷宮はどんなに強大な魔術師であったにしても一人で作り出せるようなものじゃない。人間一人に許容魔力量はそれほど大きなものではない。だから、この地下迷宮を作り出すのに地脈を利用していることにはすぐに気がついた。だから魔術を使って地脈の流れを止めさせてもらったわ。忘れたの?あたしは元々風水を専門としている陰陽術師であり、パトラさんに風水の概念を教えたのはこのあたしよ。だったら、この地下迷宮の核ぐらいはどこにあるのかは超能力なんて一切使わずとも判断できる」

 

 地脈の流れを止めることなんて、本来は爆弾でも使って地形そのものを変える必要がある。

 けど、それは物理的な破壊の話。風水という概念は、流れを物の位置で制御する技術。

 沙耶の魔術によってはヘルメスへと流れている力をずらしていればいいだけの話だ。

 地脈からのバックアップを受けられなくなったヘルメスの身体は少しずつ砂へと変わり、水滴のように地面に落ちていく。

 

(やっぱりこいつの身体は人間のものではなかったから地脈の莫大な魔力に耐えられたわけか。パトラさんのように魔力容量が桁外れでなければそもそも魔力に耐えられないはず。あたしのように反動で死にかけることになる)

 

 そもそも沙耶が魔術を使ったら反動として血を吐くほどに身体がズタボロになってしまうのは、『観測の魔女』が言うには超能力者(チューナー)の体質になった沙耶の身体が膨大な魔力に耐えられなくなったからだ。元々人間の扱える魔力量というものは決まっている。パトラや白雪のように莫大な魔力容量があるならまだしも、一介の錬金術風情が耐えられるものではない。

 

「アンタを表舞台へと引きずりおろしてやるって言ったはずよ。今すぐにそっちにいってやる」

「おのれ……おのれぇえええええええ!!!」

 

 ヘルメスは拍手するように両手を合わせたと同時、地面が地震が起きたかのように揺れ始める。

 

「僕が、僕が作られた存在だと!?そんなの認めてなるものかッ!!僕が消えるのなら、お前らも道ずだッ!!」

 

 そしてヘルメスを中心にして地面が浮かび上がり、いくつもの直径3メートル大の塊になって沙耶と理樹の方へと飛んでいく。理樹の超能力でも打ち消せるだろうが、大きさから考えて力負けすると判断した沙耶は回避することに決めた。 

 

「しっかりつかまってなさい」

「え?ギャアアーーー!!??」

 

 そして、理樹の左手を自身の右手でしかりと掴んだ沙耶は、理樹を引きずって移動を開始する。

 ただし、移動というには何かが違うような気もする光景だった。

 まず、沙耶は地面を走っているわけではない。

 投擲物のような曲線軌道を描きながら、彼女は空中を移動していた。その姿はまるで流れ星のよう。

 沙耶に引きずられて悲鳴を挙げている理樹の足も、地面についてなどいないかった。

 

「か、肩がちぎれるッ!!と、朱鷺戸さん!!こんなに魔術乱発して大丈夫なの!?」

「今の状態ならいけるッ!!あたしのことは気にしなくていいから準備しときなさいッ!!」

 

 ヘルメスは何個も地面を浮かび上がらせて球を作り、二人を叩き落そうとしているが、何度やっても当たらなかった。球が来る前に、すべて沙耶は安全圏へと銃弾のごとくスピードで移動をする。

 

(……無駄よ、ヘルメス。そんなものでエクスタシーモードのあたしを捕まえることなんてできない)

 

 沙耶のエクスタシーモードで得られる能力は理樹の右手のような常時発動系の能力。

 理樹のように魔術でできた炎を打ち消したり岩を粉砕したりはできないものの、呪いや負荷といったも魔術的なダメージを無効化して自分自身の魔力へと変換することができる。ただし、一定以上のダメージを連続して受けなければならないというやたら厳しい発動条件を持つが。

 

『お前、実はMなんじゃないか?』

『Mって何よMって。失礼なこと言わないでちょうだい』

『だって、ダメージ受け続けることで身体が魔力に対して敏感になっていくんだろ?そして一定量を超えると覚醒して魔術的なダメージが全部魔力に変換する性質なんて、もう痛みが喜びに変わる境地に達したかのよ――――――おい待て。ナイフを持ってこっちにくんな』

『科学者だからって好き勝手言っていいと思うなよこのポンコツ科学者』

『だからちょっと待てくれ。冗談だよね?ね!?す、鈴羽姉さん助けてくれッ!!』

『今のは失言だったかな。大人しく報いを受けたらどう?』

『フ、フフ。だ、だがしかし!この特製防弾白衣の前にはナイフなど――――――剥き出しの顔面を狙うのはやめてくださいホントお願いしますごめんなさいでしたーーーーーッ!!!』

 

 『機関』の仲間には好き放題言われてしまったが、エクスタシーモードとなった沙耶にはあらゆる魔術的なダメージを気にする必要がない。だから、沙耶が学んできた陰陽術の魔術も反動を気にすることなく使用できる。流星の魔法使いとしての力を発揮することができる。そして、魔力に対して敏感になっている今の沙耶にはヘルメスの魔術の動きなど身体全体で感じ取ることができる。相手が魔術や超能力といいた異能の力を全く使わない相手なら何の役にも立たない。その場合は反射神経を何十倍へと引き上げるキンジのヒステリアモードの方が優れているだろうが、こと魔術師相手だというのなら、

 

(感知能力であたしのエクスタシーモードに右に出るものはいないッ!!そして、これでお終いよッ!)

 

 理樹を引きずりながら空中を飛び回っていた沙耶の軌道上に魔法陣が浮かび上がった。

 数は六つ。それぞれの魔法陣が六芒星を描くように線で結ばれている。

 

「逃げながら書いていたのか!?」

「気づいたことろでもう遅い。くらいなさい。『六芒星の呪縛』ッ!!」

 

 ヘルメスを囲むようにして存在している六つの星が彼の動きを阻害している。

 もう二人に迫りくる岩石など存在しない。ゆえにもう攻撃をかわす必要はないのだと、沙耶は動きを止めて緋色に染まった二つの眼をヘルメスに向けた。今の沙耶はキマイラを止めた時のように魔術の反動で血を迫ことはない。

 

「こんなもので、この僕をッ!?」

「いや、もう終わりだよ。やりなさい理樹君ッ!!」

 

 沙耶の魔術によって動きを妨害され、意識を沙耶に向けすぎたのは失策だった。もう一人、動きを気にしなければならない能力を持った人間のことを錬金術師はすっかりと忘れていた。

 

「そらッ!!」

 

 直枝理樹。魔術ならすべてを打ちけすことができる超能力者。

 彼はヘルメスが沙耶へと意識が集中している隙をついて、拳の射程圏内へと接近していた。

 彼の右手の打撃はヘルメスへとヒットして、そのまま錬金術師は砂へと還っていった。

 沙耶の魔術がヘルメスへと還元していた地脈への恩恵を断ち切った以上、もう理樹の超能力で破壊されてしまったらもう復元することなんてできない。

 

「なんだこれ?」

 

 砂へと還った錬金術師の身体の中に手のひらサイズの小さな石がでてきた。理樹には何の心あたりもない石であるが、沙耶には見覚えがある石だった。かつてエジプトで発見され、稀代の発見として博物館に特別展示されていた石。空色の輝石と呼ばれている石だった。

 

「理樹君。その石をあたしに渡してちょうだい」

「あ、うん」

 

 沙耶はふらつく足を倒れまいと押さえながら、理樹が持っていた石を受け取った。

 ヘルメスがとっくの昔にこの地下迷宮から逃げ出しているとは考えていない。

 あの日、パトラさんに腕をつぶされながらも事態を最後まで見届けようとした奴だ。

 錬金術師としての行動を最優先させているだろう。

 

(『エクスタシーモード』の状態なら行ける。わざわざ逆探知の魔術を使う必要だってない)

 

 空色の輝石を握りしめ、目をつむり気配を追う。

 超能力者(チューナー)としての能力を研ぎ澄ませ、沙耶はヘルメス本体を見つけ出した。

 

「ちょうどこの下あたりにいるのね。理樹君、巻き込まれないように下がってなさい」

「何をするの?」

「床をぶち抜いてやる」

「え」

 

 見つけ出した場所はちょうどこの部屋の真下。

 といっても階段は見当たらなかったが、沙耶はわざわざ階段を探しに行こうとは思わなかった。

 床ぐらいぶち抜いてやる。

 アドシアードで岩沢まさみが似たようなことをやった時のことを思い出して真っ青になった理樹を放置して、沙耶は鶴の折り紙を放り投げた。折り紙は炎をまとった不死鳥となり、地面に突撃する。

 

 ドッカーンッ!!

 

 大砲が着弾したかのような轟音が鳴り響いた。見れば理樹たちの前に地下へと続く大穴ができていたが、床を粉砕すると同時、沙耶はとうとう身体を地面へと倒してしまう。

 

「朱鷺戸さん!?」

「……さすがに限界が近いか」

 

 確かに沙耶のエクスタシーモードはあらゆる魔術ダメージを自分の魔力へと変換することができる。

 だが、エクスタシーモードになる前のダメージを打ち消せるわけではないのだ。

 言ってしまえば今の沙耶は、魔術の反動で血を吐いた直後の状態となんら変わらない。

 むしろ流れ星のごとく動き回った分悪化している。

 

「朱鷺戸さんはもう限界だよ。ケガだってひどいし、この下には僕だけで行くよ。任せて」

「限界がきているなんてことあたしが一番分かってる。けど、あたしも行かせてもらう。まだこの手で殴り足りないし、あいつにはまだまだ聞かせてもらわなきゃならないことがあるのよ」

 

 理樹の制止を振り切ってでも行くためにフラフラの身体を引きずってでも立ち上がろうとした沙耶は、理樹とも違う第三者の声を聞くことになる。

 

「朱鷺戸さん、あなたは大人しくここで寝ていなさい。いくら超能力者(チューナー)の身体が特別なものだとしても、これ以上やるとさすがに命が危ないわよ。命が惜しければ安静にしてなさい」

 

 聞こえてきた方向に理樹と沙耶の二人は瞬時に顔を向けた。

 声に聞き覚えがあったのだ。二人の身体に警戒しろとアラームが鳴り響く。

 なにしろそれは地下迷宮に一緒に来たアリアやキンジのものでも、ましてジャンヌや佳奈多のものでもなかっが、理樹はあのハイジャック以前には何回も聞いていた声だったし、沙耶も一度だけ聞いていた声だった。

 

「……なんで、なんで君がここにいるんだッ!!」

 

 そう。聞こえてきたのは理子の声。だが峰理子本人ではないだろう。

 だって、姿を現した声の主は、声こそ理子のものであったが狐の仮面をしていたのだから。

 

「……そうか。そういうことか。だからアドシアード以降でも問題視されなかったのか!!よくもまああたしたちの目の前で白々しい演技をしてくれたもんだッ!!」

「……さすが超能力者(チューナー)と言ったところかしら。仮面をつけていてもバレるものね。私が超能力者(ステルス)の体質を持たなかったらで誤魔化すことができたのかしら」

「朱鷺戸さん?」

 

 

 沙耶の緋色に染まった両目に浮かぶのは困惑しかない。

 

「――――――待って。ということは、アンタまさか」

「さすが、察しもいい。同じ『機関』のエージェントでも、マヌケなところがあるどこぞのなんちゃってマッドサイエンティストとは大違いね」

「どういうこと?こいつの正体が分かったの!?」

「簡単な話よ。こいつの正体は――――――」

 

 沙耶が狐の仮面の人物の正体を口にすることなどなかった。

 それより先に、彼女(・・)は二人の意識を刈り取った。

 

 

  

           ●

 

 

 錬金術師ヘルメスにとって、空色の輝石を失ったことは痛いことだ。なにせあれはエジプトで苦労して手に入れたものなのだ。そう簡単に代用品が見つかることはない。空色の輝石を核として、誰にも命令されなくても自立する式神を試しに作ってみたが、実験結果は取れたのでよしとしておくことにする。沙耶の魔術によって地脈の状態も以前とは別物にされたみたいだし、もう地下迷宮の利用価値は大きなものでもなくなってしまったが、潮時と考えれば別にいいかとも思う。誰かがここにたどり着くよりも先に、東京湾へと続いている抜け道から抜け出されてもらうことにした。次の研究室をどこに作って実験しようかと考えていたら、一つの問題ができてしまった。

 

「――――――これはなんだ?」

 

 抜け道へと続いているはずの通路が、氷の壁により閉ざされていたのだ。

 氷なんて自然発生するわけがなく、ヘルメスの中に危険信号が飛び交った。 

 そしてすぐに、それを現実のものと突きつける声が響いてくる。

 

最低で最悪の結末(バッドエンド)へようこそ」

 

 気づいたときにはヘルメスの右肩にナイフが突き刺さっていた。

 ヘルメスは痛みに悲鳴を挙げ、絶叫する。

 苦痛を訴える声を聞いてもなお、ナイフを突き刺した本人はヘルメスから十メートルは離れている距離から何かを感じるでもなく冷めた眼を向けていた。

 

「なぜ……なぜお前がこんなところまで来れている!?」

「こんなところ?別に、私にとっては距離や障害物なんて大した問題ではないのよ」

「だとしても!お前は大量の砂の化身の相手で忙しかったはずだ。仲間を見捨てたのか?」

「ああ、そういうことね。じゃあ教えてあげる。確かに私の超能力はあの日、弱体化したわ。今じゃ霊装なんていう分かりやすい武器にも頼っている。でもね、あの程度の砂人形くらい、超能力使わなかったとしても私の相手には時間稼ぎにもならないのよ。ありがとうヘルメス。あなたのおかげで、不手際で一緒に連れてくるはめになってしまった神崎さんたちと自然な形で別れることができたわ」

 

 そういえば。

 彼女はバスジャック事件の後、東京武偵高校の他の生徒たちのように武偵殺しに対する怒りを現していたか?

 バスジャック犯の手がかりが何もつかめない状況に、仲間がやられたのに何もできないことへの無力を味わっていたか?

 

 そういえば。

 アドシアードの時、『バルダ』とかいう謎の魔術師の存在をリトルバスターズへと持ち掛けてきたのは誰だったか?そもそも『バルダ』というのは何のための名前だったっけ?確かアドシアードの時、来ヶ谷唯湖のようなめんどくさそうな人間がジャンヌの計画の邪魔をさせないようにするものではなかったか?

 

 そういえば。

 今回の地下迷宮攻略のためだとして、イ・ウーのジャンヌを仲間として連れてきたのは誰だったか?

 星伽神社の白雪よりも優先して、ジャンヌを選んだのはどうしてだ?

 本来、魔術的なトラブルが起きたのなら星伽神社の人間に声をかけるのがいいのではないのか。そうしなかったのは、なぜ?

 

 

 そう。

 彼女こそ。

 イ・ウー研磨派(ダイオ)のスパイ。そして狐の仮面の人物の正体。

 

「二木佳奈多ァァァァ!!イ・ウーに入るための条件として自分の一族を売り飛ばした魔女がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 二木佳奈多。

 諜報科(レザド)が誇るSランク武偵にして、委員会連合に所属する風紀委員会の若き風紀委員長。

 

 そして、知るものぞ知る極東エリア最強の魔女。 

 

 

「あなたが自分にどれだけの存在価値を見出しているのかなんて知らないけど、私にとってあなたの価値なんて大したことなんてない。関わりあいのないその他大勢の中の一人でしかない」

 

 

 佳奈多は冷たい目をヘルメスに向けたまま、錬金術師に別れの言葉を告げた。

 

「さようなら」




???『ジャンジャジャ~~ン!!今明かされる衝撃の真実ゥ!』
はい、作者が決闘者だから言ってみたかっただけです。

なんか後味が悪い終わり方をしましたが、これで『流星の魔法使い』編は終わりです。
アメリカ編から最後まで『機関』メンバーズが大暴れした章でした。

さて、次回からは新章に突入します。やっとブラド編に入ります。

理子が帰ってきて、すぐ近くにはイ・ウーの人間が潜んでいて。
アリア的には、トラブルしか起こりそうにありませんね。


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4章 『暗部の一族』
Mission80 真紅眼の苦珈琲


新章スタートッ!


神崎・H・アリアにとって、今回の地下迷宮への突入作戦は部外者としての意味合いが強い。

 友人である来ヶ谷唯湖から突然連絡が入ってきて、イ・ウーとの関連のある魔術師がいるアジトに突撃をかけるけど君も参加するか?とか言われたのだ。母親の裁判を少しでも有利に進めるためにとれる手段はチャンスは一つたりとも逃すわけにはいかないアリアの返答はYesしかなかったわけだが、この作戦に至るための充分な経緯というものは知らされなかった。そのことについて、らしくないとアリアは思ったものである。来ヶ谷唯湖という人間はアリアにとって片手で数えきれる程度しかいない対等の友達の一人ゆえ、どういった人物であるかは分かっているつもりだ。アリアのよく知っていた天才エリザベスと今の来ヶ谷唯湖には性格には大きな隔たりがあることは事実。それでも再会した友達は才能といった素質だけなら全く変わっていないか、むしろ磨かれているとすら感じさせる人物になっていた。

 

 以前、彼女がイギリス王室の仕事を辞めるとか言い出した時は正気を疑ったものであった。

 血統的には日本人でありながらもイギリス一の天才児と称され、持ち前の頭脳で外交を専門とするイギリス王室直属近衛の一人。名前だけなら誰もが知っている秘密結社である『リバティー・メイソン』から幹部としての参加要請が来ていたらしい。絵にかいたようなエリートコースを歩んでいたにも関わらず、すべて蹴ってイギリス清教での仕事を始めた。

 

 意味のあることなのかと当時は疑問に思ったものだが、時間をおいて会うと違いがよくわかる。

 何というか、今の方が敵に回した時がめんどくさいことになる。

 個人的な感想と言わせてもらえば、彼女には昔よりも余裕ができた。何が何でも何かを成し遂げなければならないという使命感を持たなくなり、他人がつけ入る隙がなくなっていた。悪く言えばどこまでも自分勝手になったが、誰よりも自由を手に入れていた。

 

 ゆえに、来ヶ谷唯湖という人間は必要なことなら何でもする人間だと思っている。

 だからこそだった。どうして彼女はイ・ウーとも関連がある魔術師のアジトに侵入するするのに、計画について何も教えてくれなかったのだろう。彼女が教えてくれたのは、二人一組(ツーマンセル)での参加となることと、今回の作戦の仲間との集合地点と時間だけだった。イギリス清教の一員として、たとえ友達であっても機密は守らないといけないという立場にあることは理解している。

 

 だけど、自分の知らないところで何もかもが終わってしまったと分かった時は、虚無感だけが残ったものだった。ヘルメスは行方不明となり、直枝理樹と朱鷺戸沙耶の二人は意識不明のまま病院へと運ばれた。二人はいまだ目を覚まそうとすらしていない。

 

「理樹は大丈夫なのか!?」

「直枝君も朱鷺戸さんも命に別状はありませんよ。朱鷺戸さんの方は出血多量による貧血具合がひどいようですが、それでも安静にしていれば大丈夫だと思います。とはいえ、二人とも強力な麻酔でも使われたのでしょうか、目を覚ますまではまだ時間がかかるでしょう」

 

 直枝やキンジのルームメイトの一人である筋肉な人間が医師に容態を問い詰めていたが、どうやら二人とも容態は安定しているようでアリアは一安心した。アリアが駆け付けた時にはすでに意識がない状態で二人とも倒れていて、佳奈多とジャンヌの二人にケガの手当を受けている最中のことだった。

 

 今回の一件ではアリアは知らないことが多すぎる。

 アドシアードの時にバルダとかいう魔術師が言っていたことだとは頭のなかでは理解できたものの、だからと言って全く納得はしていない。問い詰めようにも来ヶ谷はまだアメリカから帰ってきていないし彼女は言いたくないことは何が何でも言わないとアリアは知っている。よって、聞き出す対象は別の人物となる。アリアは目的の人物と会うために、理樹と沙耶が運ばれた病院から出て、東京武偵高校へと向かった。件の人物が寮会の一員としても仕事の仲介をしていることを聞いていたからだ。寮長室へと言ってみたが当人はいなかったが、代わりに先輩の女子寮長が答えてくれた。

 

「かなちゃん?かなちゃんなら第五応接室にいると思うわ」

「応接室?まだ随分立派な場所を使っているのね」

「あーら?あなたがそれを言うのかしら。神崎さんだって、強襲科(アサルト)のVIPルームが与えられているじゃない。来ヶ谷さんといい、牧瀬くんといい、自分の委員会を持っていてゲスト扱いとして在籍している人たちは授業時間に仕事部屋として使っていることが多いみたいよ」

「そういえばあいつ風紀委員だったわね。でもありがとう。行ってみるわ」

 

 東京武偵高校にある応接室は主に教育委員会への接待として使われている。お偉いさん方のご機嫌を取って、この東京武偵高校での教育は決して暴力や差別を助長するものではなく、健全に力の使い方を教えているのだと主張しているのだ。そのために使われているのが第一応接室から第三応接室。接待用の場所ゆえに、これは教務科(マスターズ)に存在している。対し、第四以降の番号の応接室はゲストとして生徒を招き入れるためのもの。ノーベル賞を取った人間が在籍していた、ということだけでも学校としては一種のブランドとして作用するように、優秀な人材は学校としては是が非でも迎え入れたいものなのだ。そこには在籍していたという事実だけが重要視され、そこで何を学んだのかは大した意味を持たない。『魔の正三角形(トライアングル)』とか呼ばれている人材だってそう。授業にもロクに出ずに好き勝手やっているにもかかわらず黙認されているのはそのためだ。

 

(委員長やってる奴ってあたしリズしか知らないわけだけど、そういえばあいつってどんな奴なんだろう)

 

 昔公安委員をやっていたことは聞いた。けど、言ってしまえばアリアはその程度のことしか知らない。

 風紀委員というのはどちらかといえば知識職の一つだ。公安委員が戦闘特化の連中であるのに対し、風紀委員は経験と知識で対抗する弁護士の武偵版みたいなもの。例えば暴力団を相手にしたとする。どんなに優秀な弁護士であったにしろ、相手の暴力というカードが怖くて正しいことを口にできないというケースがないとは言いきれない。そんなとき、相手の暴力をいうカードを平然と無視して話ができる人間は必ず重宝する。それこそが風紀委員。武力を有する法律の専門家。

 

(あたしと同じ学年でありながら自分の委員会を持てるだけの実力があるってことは間違いなくあたしよりも口がうまいはず。リズやメヌみたいな連中ほど厄介ではないとは思うけど、うまく口車に乗せられないように気を付けないと)

 

 ここでアリアが思い出したのはイギリスにおける二人の天才、友人エリザベスと実妹メヌエット。

 頭が異常なまでにいい変わり者二人。この二人に会話だけでトラウマをたたきこまれた人間は数多い。

 特に妹のメヌエットなんかは、気に入らない相手には自分から死にたくなるような言葉を会話に平然と交えてくる。しかも急にではなく数日という期間を置いてときた。もっともメヌエットの場合は話術にかかりやすい人間とかかりにくい人間がいるみたいであり、アリアには全くと言っていいほど効果がないようだった。けど、ある日ホームズ家のパーティーが主催されたとき、あろうことか来客を無視してアリアとメヌエットとリズべスの三人でトランプをやっていた時、傍から様子を見ていた人たちが真っ青になっていたのは覚えている。さて、どうなるか。いざとなったら武力行使に出る必要性すらも考慮に入れながら第五応接室の扉を開けた。そこでは、

 

「これはなかなかうまいものだな。我がフランスの好敵手イギリスの珈琲とはいえこれは認めざるを得ないだろう」

 

 銀氷の魔女ジャンヌ・ダルクがティーカップ片手にティータイムを満喫しているところであった。ジャンヌ自身が美女であるせいなのか、カップ一つ持つ姿すらすごく様になっている。茶色のソファーに座りくつろいでいる様子はとても犯罪者への待遇には見えなかった。ジャンヌはアリアに気が付くと、カップをテーブルに置いた。

 

「ん?アリアか。いったい何しに来たんだ?」

「それはこっちのセリフよ。アンタこそここで何してんの?」

「アドシアードでは敵としてお前たちの前に立ちはだかった以上、病院へと運ばれた直枝理樹や諜報科(レザド)の女のもとに見まいに行くわけにもいくまい。直枝の仲間の宮沢謙吾とか間違いなく私を警戒するだろうからな。そんな奴がいても空気を悪くしてしまうのもしのびないしな。私は大人しくしていることにした」

「そういうことを聞きたかったわけじゃないの。あたしが知りたかったのは、」

「そもそもどうしてジャンヌが拘置所から出てくることができたのか、かしら?」

 

 アリアの言葉を遮り、彼女が言いたかったことを言いたてた人物は応接室の奥から姿を見せた。手にお菓子とコーヒーカップを乗せた茶瓶を持っている。どうやらティータイムの準備の真っ最中だったようだ。

 

「佳奈多、だったかしら?」

「ええ。私達はこれからお茶にするけど、せっかくだしあなたもどう?」

 

 牧瀬紅葉が一人で勝手に実験するための場所であると化している第四理科室とは違い、この応接室は元々接待のための場所。佳奈多の場合は自分の委員会への依頼人との話し合いのために来客用のテーブルやソファーを完備している。ジャンヌと佳奈多の二人とアリアが向かい合うようにして席に着いた。

 

「どうぞ」

「それじゃ」

 

 アリアは出されたコーヒーを一口含んだ瞬間、あまりの苦さに咳き込んでしまった。

 普段からももまんとかいう小豆の塊を大の好物としているアリアだ。根っからの甘党であるにはこの珈琲は苦過ぎたようだ。苦さ一つでのたうち回るというかつての宿敵のなさけない姿に見かねたジャンヌが砂糖の瓶をを差し出した。アリアは瓶を受け取るとスプーンで五杯くらいの砂糖を入れた。

 

「……それ、珈琲と飲んでいるというよりは砂糖を食べているといった方が正しいんじゃない?糖尿病には気を付けることね」

「うっさいわね。大体!客人にこんな苦いの出す方がどうかしてるわ!!」

「安心なさい。私は別にあなたのことを客人だとは思っていないわ。今出したものは私が元々飲もうとしていたものをそのまま出しただけだし、客人相手にはちゃんとしたものを前もって用意しておくから」

「よくこんなの飲めるわね」

青眼の珈琲(ブルーアイズ・マウンテン)よりはいいってだけよ。苦いから眠気覚ましにもなるしね」

「じゃこれリズの?」

「ええ。真紅眼の苦珈琲(レッドアイズ・ブラックカフェ)っていうらしいわ。この間来ヶ谷さんから委員会で経営している店で出す新作のお試しってことでおすそ分けをもらったの。生憎とソムリエでないので専門的な感想は言えないのだけど、割とおいしく堪能させてもらっているわ」

「別に無理しなくていいんだぞ。おまえの味覚が子供っぽいことぐらい知ってるんだからな」

「無理はしてないわ。別に苦いのが苦手なわけじゃないし、これなら一気飲みなんかできないから少しずつ味わって飲めるでしょう?」

「この効率厨め」

「ほっといて」

 

 軽口を叩きあう二人を見て、アリアはふと思う。

 

 

「地下迷宮の時も思ったんだけど―――――あなたたち仲いいわよね」

「そう?」

「だって現に、ジャンヌをパートナーとして連れてきたじゃない。アンタたち、昔に面識あったんでしょ?」

 

 まるで友達みたいだ。そう思った。

 どう見ても司法取引を行う役人と犯罪者の関係には見えなかった。

 

「私もジャンヌも思ったことは割と口にするタイプだしね。互いに一切の遠慮がないことが気心を知れているかのように見えているだけだと思うわ。事実、私が地下迷宮にジャンヌを連れていったのはこいつなら囮にしても全く心が痛まないからだし」

「冗談だよな?」

「理由の一つってだけですべてではないから安心なさい」

「冗談だって言ってくれ!!」

「冗談よ」

「ハハ、ハハハ。なぜだ。そんな真顔で言われたら冗談だって気がしない」

 

 ジャンヌの表情に影が差した。

 それを見ても、佳奈多の表情に変化はない。

 愛想もないし、そっけない態度を和らげることもない。

 

「ジャンヌ。私にとってあなたが気を使う必要がない相手なのは確かよ。筋金入りの箱入り娘の星伽さんとかよりもよほどやりやすいとは思っているしね」

「佳奈多ッ!」

「そう喜ばないでうっとおしいわよ」

 

 アリアには理解できなかったことが一つあった。

 

「なんでここで白雪の名前が出てくるの?いや、そもそもあの時のメンバーはどういう基準で集めたの?」 

 

 おそらく地下迷宮へと乗り込むためのメンバーを決めたのはこいつだろう。

 そのためにわざわざジャンヌ・ダルクに司法取引させてまで拘置所から出した。

 

 

「分かりやすく言うと、政治的な問題を考慮した結果と言えばいいかしら」

「政治的な問題?」

教務科(マスターズ)の先生たちの授業態度のように、公になれば問題視されることはこの学校には山ほどあるわ。でも、ある程度のことは学校内部だけで処理される。政府との司法取引を筆頭に、当事者たちだけで問題が片づけられることが多々あるわ。イ・ウーのスパイがこの東京武偵高校に潜り込んでいることすら不祥事として勝手にもみ消されて公にはならなかったようにね」

「スパイ?そういえばいるって言ってたわね。誰?」

「守秘義務があるから言えないわ。それはそうと、どのみちアドシアードの時にあなたたちが接触した『バルダ』とかいう魔術師のおかげであの地下迷宮の存在自体はほぼ確定してしまったの。あのレベルとなると、個人や学校で勝手に解決しようとしてしまうと何かあった時にどうして声をかけてくれなかったのかと叩かれてしまう。元々魔術関連は治外法権が適用されやすいしね。日本における魔術関連の国家レベルのトラブルは大抵は星伽神社かイギリス清教が対応することになっているからイギリス清教である来ヶ谷さんに頼んだの。名目上は彼女とは同じ学年で委員会持ってる人同士付き合いがあるからお願いした、ということになっているのわ。直枝の奴なんて来ヶ谷さんのチームメイトだし、朱鷺戸さんだって似たようなものだったでしょ」

 

 

 朱鷺戸沙耶とか名乗った諜報科(レザド)の少女は、イギリス清教からの依頼でこの場にいるとアリアに説明した。生憎とそれは表向きの理由であって沙耶はあくまで『機関』の人間であるのだが、そのことを知らないアリアは今の説明ですんなりと納得してしまった。自分とキンジのペアがリズから呼ばれた経緯として、疑問点はなにも見当たらない。

 

「…………」

「どうかした?」

「いや、こんなに素直に話してくれるとは思っていなくて」

 

 

 ここはで聞いて、アリアが疑問としていたことの大半は聞くことができた。でも、どこか拍子抜けした部分もある。リズべスやメヌエットのような何を考えているのか分からないような相手と交渉しなければならないと思ってこの場に来ただけあって、佳奈多のことは随分と素直な人間のように思えて仕方ない。だからこそ。疑問が生まれた。

 

 ―――――どうしてこいつが、こんなに素直な人間が教務科(マスターズ)から『魔の正三角形(トライアングル)』だなんて呼ばれているのだろう。

 

 元々は公安委員をやっていた現風紀委員長。

 肩書だけを聞いて、変わった奴もいるもんだというのがアリアの率直な感想である。

 同じく犯罪者と戦うという目的を持っていたとしても、強襲科(アサルト)諜報科(レザド)の人間は本質的には噛み合わないことが多い。直接的な武力をもって犯罪者を捕まえる公安委員と、じっくりと時間をかけて絡め手を使う風紀委員とではまず基本方針だって違うのだ。

 

 

――――――どうしてこんな真っ当な神経をしている奴が、この歳で委員長になんてなることができたんだろう?

 

 相手の話をしっかりと聞いて、答えられる範囲で誠実に答えてくれる。

 自分の気に食わないことがあったらすぐに手を出すことが多い武偵の中では珍しい人間だと思う。

 それと同時にこうも思う。

 

―――――どうして。どうして。どうしてあたしはこいつを、このまま受け入れることに抵抗を感じているのだろう。

 

 風紀委員であり、イ・ウー関連の司法取引を担当しているのなら今後イ・ウーと戦う時に彼女は大きな味方になってくれるような気がする。なのに、アリアは佳奈多を利用しようという気はどういうわけか沸いてこない。下手に舐めて係わったら大火傷しそうな気がするのだ。こいつは単に、大人しいだけの人間じゃない。アリアが自分でもどうしてこんなことを考えるのかと不思議に思っていると、携帯電話のマナーモード特有の振動音が鳴り響いた。

 

「ごめんなさい。少し失礼するわね」

 

 佳奈多は携帯電話を取り出したかと思うと、この応接室の奥の方へと行ってしまった。

 この間にジャンヌに聞いておくことにする。

 

「ねえジャンヌ。そういえば大丈夫だったの?」

「何がだ?」

「ほら、あの地下迷宮で私達はあなたたち二人を置いて先に行ったでしょ?50体近くの砂人形を敵にしたらさすがのアンタでも苦労したんじゃない?」

「アリア。最初に行っておくぞ。平和なお前たちは私のことをあの時仲間だと言ったが、私としてはお前たちの仲間になった覚えはない。別にお前たちのためにあの場に残ったわけではないんだ。佳奈多だって私一人で充分だって言ってたしな」

「じゃあなんで残ったの?あいつと友達だったから?」

「私の身の安全のためだ。お前たちについて行ってヘルメスとかいう錬金術師と戦うより、佳奈多といた方が確実に安全だったからだ」

 

 あの地下迷宮に突入前、ジャンヌが裏切ることはないと佳奈多は断言していた。

 その理由は司法取引によってジャンヌが裏切ることができる立場にあるからではなく、

 

「え、あいつそんなに強いの?」

 

 どうやら単純な力関係のようである。そういえば、アリアたちがミノタウロスを倒して戻ってきたときにはすでに、ジャンヌと佳奈多の二人は元の大広間にはいなかった。その時のことについて詳しく聞こうとしたが、ちょうど佳奈多が戻ってきて話は終わりとなってしまう。

 

「ジャンヌ。お茶の時間はお終いよ。これから用事ができたから一緒にきて頂戴。ごめんなさいね神崎さん。ロクなお迎えもできないで」

「聞きたいことは聞けたし、それはもういいわ。何の用?」

「ジャンヌの司法取引関連のことで、少し。それじゃ鍵をかけるから出ていってくれる?」

 

 三人で応接室を出たら、佳奈多はすぐに部屋のカギをかけた。

 

「じゃあまたね」

「いいかアリア。私はいずれリベンジマッチをしてやるから勝ったと思うなよ」

「来るなら来なさい。返り討ちにしてやるわ」

 

 二人の姿が見えなくなった後、アリアの携帯に電話がかかってきた。

 戦妹(アミカ)のあかり辺りかな、と思って電話に出ると、聞こえてきたのは思いもしなかった声だった。

 

『久しいな、オルメス(・・・・)

 

 電話越しだとはいえ、誰からかかってきたのかはすぐに分かった。

 自分のことをオルメスと呼ぶ人間はたった一人だけだ。

 

「――――――理子ッ!!アンタいまどこにいんの!」

 

 アリアの呼び掛けには理子は答えなかった。理子が言ったのはただ一言だけ。

 今日の午後十時。情報科(インフォルマ)の教育等の屋上にて待つ。

 それだけ聞くと、アリアはツー、ツー、ツーという電話が切れた音しか聞こえなくなった。

 

 




帰ってくるのは理子だけではないですよ!!
アメリカ編メンバーズが帰ってきます。

さて、どうなることやら……。

あと、レッドアイズ新規おめでとうッ!!


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Mission81 空虚なディナー

『葉留佳。今から私と一緒に外に御飯を食べに行きましょう』

 

 今でもよく思い出すことがある。あれは中学一年生の年齢のときだったか。お山の家にやってきたお姉ちゃんが、私にそう言った。

 

『お外?』

『ええ、ファミレスにでも行きましょう』

 

 外にご飯を食べに行ったことなんて私にはなかった。それどころか、学校にもいかせてもらえなかった私には、そもそも家の外に出ることなんて皆無だった。だから、ファミレスという場所がどんなところであるのかなんてこと分かるはずもなく、ただ首をかしげていた。この日は寮生活をしているツカサくんもいて、呆れたような顔をしていたっけ。

 

『初給与は何か特別なことするものだなんてことは聞くが、妹とファミレスって……』

『黙りなさいツカサ。あなたは連れていかないわよ。私は葉留佳と一緒にいきたいの。あなたはいらないわ』

『そんな心配しなくても、頼まれたところで行かないよ。ボクが行っても空気悪くするだけだし、なによりせっかくの家族の時間を邪魔したくはないしね。そんなことよりもボクを超能力を使ってまで半分無理来たくもないこの家に連れてきた理由を教えてくれないかな』

『実はまだ私の仕事は終わってないのよね』

『帰る。帰って相棒と研究の続きをすることにする』

『待ちなさい。残っているのは書類仕事だけなの。これをやってくれたら、私は葉留佳と一緒の晩御飯を食べることができるのよ』

『……つまり?』

『代わりにやっといてちょうだい。あと私の不在をごまかしといてちょうだい』

『待って。ちょっとってどれくらい?キミはそんなこと言って徹夜したことあっただろ!おいコラ目をそらすな。お前まさかッ!』

『さ、行きましょ葉留佳。何食べたい?ハンバーグ?お好み焼き?何でも好きなものを言ってちょうだいね』

『ボクを売りやがったね!?この裏切り者おオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

 

 お姉ちゃんの超能力を使ってこの場から移動する前に聞いたツカサ君の声には、渾身の恨みつらみが込められていた。お姉ちゃんに背中を押されてファミレスへと入った後、私は目の前にメニューを広げられてもどうしたらいいのか分からなかった。

 

『何にするか決めた?』

『……頼んでいいの?』

『もちろん。何を遠慮しているの』

『だって、お姉ちゃんのお金だし』

『私のお金だというのなら、私がどう使おうが私の勝手ということになるじゃない。ほら、早く決めなさい。まずはドリンクバーでも頼みましょ。葉留佳が好きなオレンジジュースだって飲み放題よ』

『飲み放題?どれだけ飲んでもいいの?』

『ええ。身体壊さない程度に好きなだけ飲みなさい』

『うん。じゃあそれお願い』

 

 結局何がいいのか私にはよくわからなくて、私はメニューに載っている人気ナンバーワンのミッスクグリルを注文した。お姉ちゃんは私と同じものを注文して、お揃いだねと微笑んでくれた。違うものと言えばジュースの中身くらいのものだった。

 

『ねえお姉ちゃん』

『なに?』

『迷惑、じゃない?』

 

 このときの私は顔色をうかがうようだったことも覚えている。わたしはずっと不安だったのだ。私のことがお姉ちゃんの負担になって、無理をさせているのではないか。私のことを嫌いにはならないか。お前がいるからこんなに苦労するのだと、憎んだりするようなことにならないかと。

 

『どうして?またあいつらに何か言われたの?』

『だって私、超能力使えないし。お姉ちゃんのためにできることなんて何もないし』

『超能力が何?確かに便利な能力であることは確かだけど、言ってしまえなこんなものは葉留佳の悲しそうな顔を元気づけることすらできない程度の能力でしかないのよ。だからそんな顔しないで。笑って』

『……うん』

『私達はまだ社会で生きていくだけの力がない子供にすぎない。一緒にくらすことだって許してもらえない。けど、いずれ一緒に暮らしましょう』

『……うん』

 

 ウェイトレスさんが持ってきてくれたミックスグリルはとても熱かった。今から思い返せばあんなものは冷凍食品を温めなおしたものに過ぎないのだと思ってしまうけど、家族と一緒のご飯はとてもおいしかった。

 

(……なんで今更あの時のことなんて思い出すんだろう)

 

 三枝葉留佳は飛行機の中で目を覚ましたとき、そんな感想を抱いてしまった。

 アメリカで理子に協力して理子の母親の形見の品であるデリンジャーを取り戻してからというものの、葉留佳はどうしてか昔の夢を見ることが多くなっていた。とても微笑ましく、幸せな夢だ。だからこそ現実と間で揺れ動き、気分が滅入る。

 

『皆様、まもなく着陸いたします。座席のリクライニング、フットレスト、前のテーブルを元の位置にお戻しください。ただ今を持ちまして、機内のオーディオサービスを終了させていただきます。お手元のヘッドフォンを客室乗務員にお渡しくださいますようお願い申し上げます』

 

 英語を理解できない、話せない、聞き取れないの三拍子そろった葉留佳にとって日本への帰国が地獄から解放されたようなものであるはずなのだが、生憎と彼女の帰宅は幸福感にあふれたものにはならなかったようだった。

 

      

 

 

       ●

 

 

 

 

 成田空港。

 国際空港の名に恥じぬだけの人混みの中、安堵するかのような声が聞こえてくる。

 

「ああ、日本語が聞こえてくる」

「ここは日本なのだから当然だろう。一体どうしたというんだ?」

「そうは言いますけど姉御!! 英語が話せない分からない聞き取れないの三拍子そろったこのはるちんににとって唯一の言語たる日本語が聞こえてくるという状況がどれだけ安心すると思っているのですカ!!」

「葉留佳君の日本語も割かしおかしい気もするが……まあいいか」

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳。

 二人はアメリカから帰ってきたのだ。

 アメリカにおいて、砂礫の魔女と遭遇することになったりもした彼女たちであるが、無事に日本に戻ってくることができたようだ。

 

「そういえば理子りんや牧瀬君はいつ戻るか聞いてます?」

「牧瀬の奴は学会が終わった時点で帰ってくるんじゃないか?あいつは厨二病を煩わせているものの世界でもトップレベルの科学者の一人だ。峰君はアメリカで別れた時に調べたいものがあるとか言ってたからもう帰ってきていると思うぞ」

 

 今この場に峰理子や牧瀬紅葉はいない。元々足並みを揃えて行動するような連中ではないのだ。そもそも牧瀬紅葉はアメリカには里帰りの最中だとか言っていたし、学会とやらが終わったとしてもそれから一週間ぐらいはアメリカに滞在しているかもしれない。元々『魔の正三角形(トライアングル)』の連中は東京武偵高校にはゲスト扱いで在籍しているから授業の出席義務からしてないのだし。

 

「姉御はこれからどうします?」

「理樹君がぶっ倒れて病院に運ばれたって聞いたから地下でフルーツでも買って見舞いに行くとするよ。アメリカにいる時も私の委員会からの定時連絡は受けていたし、特にこれと言って今すぐの緊急の用事としてやらなければならないこともないしな」

「それじゃあ私はここで失礼してもいいですかネ」

「ん、どこか行きたいところでもあるのか?」

「……まあ、ちょっと」

「どこに行くのか知らないが、ゆっくりとして来るといいさ」

 

 それじゃあ、と来ヶ谷に伝えて葉留佳はアメリカ帰りの荷物のトランクを引きずったまま離れていく。

 寮生活をしている葉留佳にとって帰る場所と言えば東京武偵高校にある寮の自室である。

 けど、葉留佳が目指したのは自室ではあるがもう一つの方だった。

 

 駅から歩いて40分。自転車ならきっと20分くらいの距離だろうか。

 バス路線から外れた住宅街の一角に目的の家はあった。表札に『三枝』と書かれている家だった。

 ここは葉留佳の両親が住んでいる家。もう一つの家となっている場所だ。

 葉留佳は家のチャイムを押そうとして、ふと動きを止めた。

 

(なんで私、家に帰ってくるのに自然にチャイムを押そうとしてるんだろ)

 

 ここは葉留佳にとって実家となるべき場所のはず。

 両親からは、いつ帰ってきてもいいようにと合鍵だって持たされている。

 わざわざチャイムを押してまで入るような家ではない。

 帰ってくるべき場所として気軽に玄関の扉を開けるべきなのであろうが、葉留佳は玄関の扉に触れる自分自身の手が震えていることに気が付いた。

 

(……私、なんでこんなとこに来たんだろ。普段来ようともいたいとも思わないのに)

 

 息を整え、緊張を無理やり押さえつけて扉を開けようとしたが、ガッ!!という音が響いただけだった。なんてことはない。玄関には鍵ががかかっていただけのことである。

 

「……戻ろうか」

 

 誰もいないことを確信した葉留佳は、自分自身がどこか安堵していることに気づいてしまう。

 これではいけないのだとも思いつつも、これから合鍵で扉を開けて家に入ろうとは全く考えもしまいことであった。東京武偵高校にある自身の寮へと戻ろうと、アメリカ帰りのトランクを引きずったまま後ろへと振り返ったところで、

 

「……葉留佳?」

 

 葉留佳はある人を見てしまう。ニッコリと微笑んでいるものの、疲れているかのようなしわを隠しきれていない女性がそこにはいた。顔立ちがどこか自分と似ているのだと思えてくる大人の女性。葉留佳の実の母親が、そこにはいた。

 

              ●

 

 モノトーンで統一された壁、薄いクリームホワイトのカーペット。

 本棚や机もあるものの、どこかがらんとしている。

 年頃の女の子らしく、机の上にぬいぐるみの一つでもおかれているわけでもない。

 ただ古ぼけたノートや筆記用具が転がっているだけの、生活環などまるでない部屋。

 

 ここに来たからと言ってやることもなく、ただぼんやりとしていたらいつの間にか夕食時となっていたようでる。呼ばれたから部屋から出て、綺麗なダイニングルームについた。そこではセントラルキッチンに揃えられたピカピカに磨かれたステンレスの鍋やフライパンが光っていた。そして明るい赤と青の真新しいテーブルクロスには花瓶が置かれている。醤油やソースと言ったもののみならず、塩や胡椒、七味のトレイがちょこんと揃えられている。所狭しと並べられたおいしそうな料理がそこにはあった。でも、葉留佳はこれがら揃えられてから何年もたっていないことはもう知っている。

 

「水臭いぞ葉留佳。お前が今日帰ってくることを知っていたら、準備して待っていたのに」

「あなた、そんなことは言わないの。葉留佳も忙しいんだから。ねえ、葉留佳。今晩は付き合ってきれてありがとう」

「……別に。仕事帰りに近くを通りかかったからちょっと寄ってみただけ」

 

 

 葉留佳が帰ってきているという連絡を受けたのか、葉留佳の父も急いで帰ってきていた。

 父と母、そして娘。親子が揃って食卓についていることになる。

 家族そろっての食事をするためにわざわざ急いで戻ってきた親を見ても、葉留佳には特に思うことはなかった。

 

 父さんたちの仕事は大丈夫なのか、と心配する言葉を口に出すことも、久しぶりにあえてうれしいよと微笑みかけることも葉留佳はない。

 

(……やっぱりいつもと同じだ。ここでのご飯は、何度食べてもよく味が分からないや)

 

 いつもと同じように、ただ無言で食事を口に含むだけである。

 昔家族と食べたような、温かさなんて葉留佳は感じられなかった。

 

「そういえば葉留佳、最近学校の方がどうなの?」

「テストが終わっても気を抜くんじゃないぞ」

「そうそう、お父さんの言う通りよ。頑張ってね葉留佳」

「予習復習もしっかりとやるんだぞ」

「……」

 

 冷え切った食卓がそこにはあった。

 適当な相槌を打つことさえもない。いや、葉留佳にはその気すらない。そんな気なんて沸いてこない。

 会話は表層を流れていくだけで、誰も互いの言葉など聞いてなんていないのだ。

 

「お友達とはうまくやってる?」

「チームメイトには迷惑をかけるんじゃないぞ」

「大丈夫よ、葉留佳ならきっと。ねえ葉留佳?」

「……」

「そ、そうか。ならいいんだが」

 

 ふと思う。家族との食事ってこんなものなのだろうか?

 こんな、一言一言に気を使わなければならないようなものなのだろうか?

 これでは前、姉御について行った時、交渉という名の緊迫した食事会と何ら変わらない。

 何を考えているのかを探りあって、表面上の笑っているだけの冷え切ったものでしかない。

 こういうものは敵とするべきものであり、身内でやるようなものでじゃないはずだ。

 

(……ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは私と一緒にファミレスに行ったあの日、どんな気持ちだったの?)

 

 両親たちは私からどんな言葉が出てくるものかと怖気づいているようにも思える。機嫌を損ねないように、最大限の配慮がはされているようにも思う。けど、そんなのはいらない。こんなものはむなしいだけだ。だから一言言ってやった。

 

「あのね、同じ会話して楽しい?」

 

 聞くと目の前に座っている大人二人は、箸をおいて黙った。

 

「楽しい?楽しいの?ねえ、こんなことして満足なの?」

「楽しいわよ、葉留佳」

「ああ、楽しんでいる。私たちは楽しんでいる」

 

 葉留佳は茶碗をいきなり壁に投げつけた。がしゃん、というガラスが割れる音が響き渡るが気にすることじゃない。そんなこと気にしてもいられない。葉留佳は椅子から立ち上がり、テーブルクロスを力任せに引っ張った。食器も、グラスも、調味料も。そしてきれいな花が飾られている花瓶でさえも散乱した。

 

「楽しい!?楽しいの!?」

 

 これが。こんなのものが。これのどこが。

 こんなもののどこに楽しいさを見い出せるのだろう。

 

「こんなの私、楽しくない!!」

「…………」

「帰る。私、こんなとこいたくない!!」

「……どこに帰るの、葉留佳?」

 

 この家はどうしてもいたい場所だとは思えない。

 血のつながった家族という本当なら好きな人たちがいるはずの場所なのに、嫌いな人たちがいる家だ。

 自分の居場所と思ってもいいはずなのに、葉留佳にはどうしてもそのようには思えない。

 

 最初に連れてこられた時のことを思い出す。

 食事の時間すら苦痛しか存在しない毎日。

 

 名前入りのフォークを見た時は、嫌味かと思ったものだ。

 

 誰かに思い切り当たり散らす。

 そんなわがままが許されていること自体が、本当ならすごくうれしいことであるはずなのに。

 ただ虚しさしか存在しない。

 

(でも、好きだって言いたくない。嫌いじゃないけど、好きじゃない)

 

 そして、

 

(あそこにいたいけど、いたくない)

 

 矛盾していることは分かっている。でも、どうしても両親のことを家族だと思いたくない。

 大好なたった一人の家族を差し置いて、こんなやつらを家族だと思いたくはない。

 

「――――――葉留佳ッ!?」

 

 悲痛なまでの声が聞こえてきたが、葉留佳は振り返ることもなかった。自分の部屋へと戻り、荷物をつかむと超能力を使って外に出る。行ってきますと声をかけるつもりも起きなかった。

 

 

(―――――こうなるって分かってたはずなのに、どうして私はあんな家なんかに行ったんだ)

 

 向こうは私に気を使ってきて、私はそんな両親たちにイライラして。

 一緒にいたくはないからわざわざ寮生活まで始めたのに、どうして会いに行くだなんてことをしてしまったのだろう。本当は分かっている。私はきっとさみしいのだ。確かに武偵高校では友達もできた。姉御みたいな頼りになる人にだって巡り合えた。けど、家族ではないのだ。仲間と家族では、葉留佳にとって同じ大事なものだとしても大きな隔たりがあった。

 

 

 葉留佳が東京武偵高校の前までたどり着いたときにはすでにお日様も沈み切って暗くなっていた。

 ただでさえ一般入学を受け付けていないため定員の少ない超能力調査研究科(SSR)の寮の前まで行ったものの、人一人見当たらない。それもそうだ。本来超能力調査研究科(SSR)の生徒たちは島根県にある出雲大社に合宿中のはず。残っている生徒なんてほぼいない。イギリス清教からの推薦枠とかいう存在自体が変わった立場にある葉留佳が特別なだけだ。素直に姉御と一緒に倒れたという理樹君のお見舞いでも行けばよかったかなと後悔していたところ、葉留佳を待つ人影があった。

 

「―――――葉留佳」

 

 理子だった。

 なんのようだか知らないが、理子は葉留佳を待つために、彼女の住む寮の前で待っていたようである。

 

「なんだ理子りんか。なんか用?」

「なんか、機嫌が悪そうだね」

「そうだね。だから用事があるならまた今度にしてくれる?八つ当たりなんてしたくはないからさ」

「そうか。そんな葉留佳には悪いけど、あたしは今からお前にバッドニュースを聞かせなきゃならない。先に言っておく、ゴメンな、そして楽しかったよ」

「……一体何のこと言ってるの?」

 

 理子が突然言い出したことの意味がまるで理解できずに困惑していた。

 ここでやめておけばいいものを、理子は葉留佳との仲が絶望的となる一言を口にした。

 

「―――――あたしは、イ・ウーのメンバーだ」

 

 突然の理子からのカミングアウトに、葉留佳がすぐには反応を示さなかった。

 目立った変化といえば手にしていたカバンを葉留佳が落としてしまったことぐらいか。

 それを合図にして、葉留佳はハハ、と笑い出す。

 

 ハハ、ハハハ。アッハハハハぁぁぁアアア―――

 

「そっかそっかあ。理子りんはイ・ウーのメンバーだったのか。いやはや、このはるちんは全く気付きませんでしたヨ。そっかぁ、オマエがわたしの家族を奪った奴の一味だったなんてなぁ―――」

 

 葉留佳は笑い続ける。

 けど、ムードメーカー兼トラブルメーカーであった彼女が普段出しているような明るい笑顔とは大違い。

 何かがなくなり、何かが壊れてしまったような廃人の笑い方であった。

 

「理子りん。君がどうしてイ・ウーにいるのかは知らない。知りたくもない。どうせわたしには関係ない」

 

 だけど、 

 

「オマエはここで、地獄二、堕チロ」

 

 




???『楽しかったぜェwwwお前との友情ごっこォ~~!!』


次回、葉留佳VS理子



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Mission82 三枝葉留佳VS峰理子

葉留佳VS理子!!


 三枝葉留佳と峰理子。

 この二人はアメリカにおいて仲間として行動していた二人である。

 それ以前にも少なからず友人としての付き合いくらいはあったものだ。

 なのに今、葉留佳が理子に向けているものは決して友人に対するそれではない。

 嫌悪の一言だけでは済まない、憎しみを込めているものだった。

 葉留佳は理子に笑いかける。ただ、今の彼女にはもう優しい笑顔ではなくなっていた。

 どこか壊れ、追い詰められた人間がかもしれだす危険な雰囲気を葉留佳は出していた。

 

「まさか理子りんがイ・ウーのメンバーだったとはね。こんな身近に私の敵がいただなんて、ヤーヤー世の中分からないものですヨ」

「気が合うみたいだね。それについては同感だよ。どうだ葉留佳? あたしたち、案外話せばわかりあえたりするんじゃないか?」

「分かり合う?ハハッ!?面白いことを言うんだね。オマエはこのはるちんのことを何も知らないと見える。オマエが私のことを理解しているというのなら、こうして今!!この私の前に立っていること自体が命知らずの行為だッ!!」

 

 葉留佳にしろ理子にしろ、クラスにおいては割と騒がし屋のトラブルメーカー兼ムードメーカーだ。

 ムードメーカーやトラブルメーカーという称号は他人を気遣うことができる人間のことでもある。

 もしも教室で誰か元気をなくしていたりしたら。

 もしも友達が仕事で失敗したりしてふさぎこんでいたりしたら。

 相談に乗ってあげるでもなく、ただ周りから見たら何をやってんだと呆れられるようなことをしていたとしても、確かに誰かを何も言うことなどなくても元気づけることができる人間なのだ。

 うっとおしいと周囲の人間から思われたとしても、空気を読んで他人を気遣うことだできる人間なのだ。

 

 

 それが今、いがみ合っている。

 

 正確には違うか。敵視しているのは葉留佳の方だけのようだし、理子の方は別に葉留佳を恨んでいる様子はない。ただ、葉留佳を見つめる彼女の眼はどこか悲しそうでもあった。

 

 今の葉留佳にしろ理子にしろ、普段の彼女たちを知っている人間からしたら本人なのかどうかと疑うレベルであることは間違いないだろう。

 

「葉留佳。今アタシがイ・ウーだと名乗ってお前の目の前にいることをどう思っているかは知らない。けど、あたしにとってこれは現状もっともベストな選択肢だよ。アメリカでの時と同じようにエリザベスを通してお前を動かすことも考えたが、どうしてもあたしはあの女を動かすだけの材料が見つけられなくてな」

「……ああ、そういうことか。今ようやく分かったよ。お前、私の超能力(テレポート)のことをあの時すでに知っていたんだな?だから姉御や牧瀬君のあんないい加減な作戦で納得していたんだね。姉御は理子りんに私の超能力のことを教えらがらなった理由が今ならなんとなく分かるよ」

 

 来ヶ谷唯湖から葉留佳へと説明されたアメリカでパトラが潜伏していたアジトへと潜入した目的は二つ。

 奪われたイギリスの聖剣と理子の母親の形見の品のデリンジャーを取り戻すこと。

 牧瀬君は何やら実験(ため)したいことがあるとか言ってたけど、それについては教えてくれなかったから知らないが、大体の目的はこの二つだけのはずだと思っている。

 

 牧瀬紅葉と峰理子がパトラとかいう魔女を魔術をあえて使うことで挑発し、海岸線へとおびき寄せている間に来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人が部屋へと侵入するという手はずになっていた。

 

 その際、来ヶ谷唯湖は葉留科の超能力について牧瀬には教えたのに理子には内緒にしろと言っていた。

 去年姉御と出会って超能力のことを知られてから、人前で絶対に使うなとは強く警告されていたものの、理子一人を仲間はずれにしているようで罪悪感を覚えていたものだったのだ。

 

――――まあ、そんな罪悪感は理子りんがイ・ウーだったと分かった今、全く感じていないが。

 

「ハハッ!!唯ねえも人が悪いや。あの時点で理子りんがイ・ウーのメンバーだったって知っていたなら私にも教えてくれてもよかったのに」

「あえて言うなれば、パトラも『元』イ・ウーだ。これは結構有名な話だぞ。あのイギリス女が知らないはずがない。パトラがイ・ウーの関係者だとあの時点で知って入ればお前は勝ち目があろうがなかろうが向かっていくとでも判断したんだろ。あいつ、他人には興味がないとか言っておきながら割と人のこと気にするタイプの人間だしな」

「……まあいいや。どっちみち唯ねえには感謝しなきゃならないや。唯ねえのおかげで今こうして!私の敵が自分から目の前に姿を見せてくれたのだからねッ!」

 

 

 知っていて黙っていることは嘘をついたことになるのだろうか。

 もしそうなのだとしたら来ヶ谷唯湖は葉留佳に嘘をついたことになるが、葉留佳はというと騙されたという気持ちはなかった。あの厳しくも優しい人のことだ。パトラがイ・ウーのメンバーだとあの時点で私が知ったとしたら、今理子が言ったように何もかも放り出してでも殺しに行こうをすると思ったのだろう。そして、こんなことはしてほしくないと思ったのだと思う。事実、葉留佳自身その予測は正しいと思う。今私の目の前に立っている理子とは昨日今日の付き合いではなく一緒に仕事だってしたことがある。一緒に御飯だって食べたことがある。一緒に笑いあったこともある。

 

 それでもなお、葉留佳は理子に対して一切の容赦をするつもりなどないのだから。

 

「理子。アンタは私のことをもっと知っておくべきだった。何を思って私の前でイ・ウーだとカミングアウトしたのかは知らない。そうならざるをえない理由があったのかもしれないが、そんなことは私にとってどうせ関係のないことだ」

「四葉事件での生き残りが、その人生をすべて捧げて復讐に走るか?一応言っておくけど、あたしはあの事件には関わっていないよ」

「知ったことじゃないよ。でも、オマエはイ・ウーだ。オマエを叩きのめし、他のメンバーについて知る。そしてそいつを叩きのめす。これを繰り返していれば、いずれ私の家族を狂わせた奴に行きつくだろうさ」

「葉留佳の家族ねぇ……今のあいつは葉留佳のことを、どうおもっているのかね」

「私は今でも愛しているッ!お前がわたしの姉を語るんじゃないッ!」

 

 葉留佳はスカートをめくりホルスターをあらわにする。

 武偵は帯銃の義務があるため本体そこにあるものは銃のはずだが、葉留佳が武器として携帯していたものは拳銃ではない。

 

 鎖でつながれた二つの棍棒。

 ヌンチャクが、葉留科の手には握られていた。

 遠心力に任せてグルングルンとヌンチャクを振り回し始めた葉留佳に応戦するようにして理子はワルサーを構えるが、叶えた先にすでに葉留佳の姿はない。

 

 葉留佳は理子の頭蓋骨を叩き割ってやると言わんばかりに、理子の背後に移動していた。

 これが葉留佳の超能力。空間を点と点で結んで一瞬で移動する能力。

 

 空間転移(テレポート)

 

 葉留佳の空間転移(テレポート)は高速移動を極めた瞬間移動のタイプのではないため、たとえ銃弾を見切れる人間であっても目で追うことはできやしない。とっさに身体を横へと倒そうとした理子であるが、ワンテンポ遅れての回避では葉留佳の攻撃を回避することはできない。そもそも理子はまだ葉留佳がどこへと移動したのか分からない。そのことを考慮に入れたのならば判断としては上々だろう。実際、ヌンチャクの打撃が当たる部分を頭部から左肩へと変更できていた。そして、

 

「――――――――――――そこッ!!!」

 

 反撃とばかりに、振り向きざまに葉留佳を蹴り飛ばすことができていた。

 理子とて葉留佳が問答無用で襲い掛かってくる可能性を全く考慮しないほどの愚か者ではないのだ。

 その時の対抗策だって用意している。

 

(葉留佳。お前の能力がどの程度のものなのかは大体は分かっているんだよ)

 

 葉留佳の持つ空間転移(テレポート)という超能力は確かに強力なものだ。

 でも、それだけだ。超能力さえなければ、三枝葉留佳という人間は大したことはないと判断した。

 これは葉留佳の才能がどうこうというよりは、彼女の戦闘経験値がものを言ってくることである。

 まだ葉留佳が理子と何も知らない友情ごっこを楽しんでいた時、葉留佳自身が言っていたことだ。

 

 ――――――――私は武偵中学には通っていなかったしね。

 

 葉留佳の武偵生活は東京武偵高校一年生から始まったものゆえに、中学からの進学組と比較しても経験で劣る。直枝理樹のように才能を感じないなりにも何年も努力して今の実力を手に入れた人間とは違い、才能を語る以前の問題としてそもそもの経験値が圧倒的に足りてない。肝心の超能力についてはエリザベスのいいつけを守って隠してはいたようだが、アメリカでの一件でおおよその予測はついていた。

 

(それに、あたしはイ・ウーで何回かその超能力を実際にこの目で見ているッ!!)

 

 理子の推測が正しければ葉留佳が超能力を手にしたのはほんの二年前、あの事件が起こった夜のはずだ。超能力は手に入れたからといってすぐに自由に使えるようなになるものではないことは理子は経験から知っている。理子だって髪を自在に操る超能力を手に入れてから、すぐに自在に操ることはできなかったものだ。おそらく葉留佳の場合はまともに発動さえもしなかったのだろう。超能力で移動した場合、景色の急激な変化に身体がついて行かないことが多々あることは、実際に超能力で跳んだことがある経験から学んだことだ。しかも葉留佳の空間転移は単発式。永続の能力ではないため、使う感覚を身に着けるまで時間がかかる。

 

(ここ一年でエリザベスは葉留佳の超能力を自分自身の意思で使えるレベルにまでは持って行った。あんないい加減な奴でもイギリス清教というれっきとした魔術業界の関係者だ。そこに疑問はない。でも、それだけで精一杯だったようだな)

 

 三枝葉留佳と来ヶ谷唯湖という組み合わせがどうして生まれたのかは分からないが、ともあれエリザベスは葉留佳の超能力を一年かけて実用レベルまでは鍛え上げた。もちろんそれだけでもかけた時間の割には充分すぎる成果を上げたともいえるが、逆にいえばそれだけしかできていない。アリアのように格闘能力が優れているわけでもない。超能力が使えるだけの一般人。それが理子からみた葉留佳の評価であった。だから、こんな返しの蹴り一つ当たった程度でぐらついたいる。

 

(最初から一発もらう覚悟さえ決めれば反撃なんて簡単なんだよッ!!)

 

 理子はあらかじめ手にしていた懐中時計を投げつけた。

 懐中時計はひるまずに睨み付けてくる葉留科の前で小さな太陽となり、閃光が視界全てをまっすぐに塗りつぶしていく。

 

 閃光(フラッシュ)手榴弾(グレネード)

 アルミ、チタン、マグネシウムの合金粉末を瞬時に燃焼させて強烈な光を放つ、強襲科(アサルト)ではおなじみの目くらまし兵器。今使ったのは音の出ないタイプの改良版。この閃光をいきなり見させられたものはどんな歴然の猛者であっても委縮してしまうという。授業ではその隙に制圧してしまえと教わるらしいが、理子は葉留科に追撃をかけることはない。空間転移(テレポート)という超能力は回避や逃亡といった行動において本領を発揮する。しばらくは光が収まらないにしても、葉留佳がすでに超能力で場所を変えているだろう。

 

(さて、今の葉留佳は全くあたしの話を聞いてくれそうにないし、プランを変更するといたしますか)

 

 理子はこの場から離れることにした。

 葉留佳の視界から離脱してしばらくたった後、理子は携帯で葉留佳に電話をかけて言う。 

 

 ――――情報科(インフォルマ)の教育棟の屋上にて待つ。

 

 

      ●

 

 

――――――――情報科(インフォルマ)の教育棟の屋上にて待つ。

 

 果たし状のような電話を理子から受け取ったアリアは相棒たるキンジを連れて理子を待っていた。

 今この場に白雪はいない。白雪は同じくチームメイトとなった仲であるが、今彼女は超能力調査探究科(SSR)の合宿に遅れてではあるが参加することになったためである。アリアとキンジが理樹や佳奈多と共に地下迷宮に潜り込んだ夜にはすでにこの東京武偵高校を離れているようだ。

 

「ホントに理子が来るのか?」

「来る。一度戦ったから分かるわ。あの子はプライドにかけて、約束をほったらかしにすることはない」

 

 アリアは理子が来ることこそは知っていても、理子がどのような立場でやってくるのかは知らない。

 あのハイジャックでの勝負の決着をつけるためのくるのか、それともまた別の目的なのか。

 ジャンヌは司法取引を終えていたようであるが、理子もそうであるのかはアリアは知らない。

 理子から電話を受け取ってからのわずかな間ではキンジを呼び出すことぐらいしかできなかったし、知っていそうな佳奈多とジャンヌの二人はあれからすぐに音信不通となった。

 

 もう一度佳奈多の居場所を女子寮長に聞いてみても、行方不明はかなちゃんにはよくあることとか返ってきた。

 

 ともあれ、アリアは理子と戦うつもりでこの場に臨んでいる。

 しばらく待っていると、理子は階段からではなくフェンスを乗り越えてやってきた。

 

 

「理子?」

 

 思わずアリアの口からはあっけにとられたような声を出してしまった。

 今この場に来ている理子は、見るからにとてもこれからアリアたちとの決闘に臨もうとしている状態ではない。

 頭から血を流し、すでに息も切れかけている。

 すでに誰かと一戦やらかして、逃げのびたきたかのような状態であった。

 

「悪いなオルメス。今のあたしにはお前達だけに構ってやることができなくなった」

 

 理子の言葉とほぼ同時、理子の背後に人影が出現した。大ぶりでヌンチャクを振り回し、そのまま理子を吹き飛ばす。ヌンチャクを握りしめた人物はこちらを一瞥こそしたものの、眼中になどないとばかりに理子をにらみつけたままである。アリアは一瞬の出来事に何が起こったのかを少し遅れはしたものの理解した。

 

「今の、瞬間移動(テレポート)?」

 

 アリアがまだイギリス公安局に所属していた頃、モスクワで一度瞬間移動(テレポート)を使う超能力者(ステルス)を実際に見ている。一度見覚えがあったからこそ、葉留佳が何をしたのかを理解できたと同時に、一つの答えが導き出される。

 

『三枝一族の超能力ってどんなものなの?』

瞬間移動(テレポート)と呼ばれる高速戦闘能力。はっきり言って、私達星伽巫女でも勝ち目はないほどの戦闘特化の超能力だよ。いや、私達だけじゃないかな。真っ向勝負で勝てる人間なんていないと思う』

 

 白雪は三枝一族に生き残りはいないとされているが、もしかしたらと思う奴がいるとは言っていた。さすがに聞きづらくて確証はないとは言っていたものの、今理子を襲っている人物の正体をその動機にについてアリアは自身の中で直観であるが結論を出しつつあった。

 

「アンタ、三枝一族の生き残りね!?」

 

 それと同時、アリアは一つだけひっかかることがあった。

 三枝一族であると思われる目の前の少女によく似た容姿を持つ人物をアリアはすでに知っていたのだ。

 同じ髪の色、おそらくはおそろいの髪留め。

 雰囲気こそまるで違えども、赤の他人というには共通点が多すぎた。

 

(え、待って。四葉(よつのは)公安委員会は、三枝一族はイ・ウーによって滅ぼされたはずでしょ。ならなんで、なんであいつ(・・・)はイ・ウーのメンバーであるジャンヌと自然体で一緒にいられたの!?)

 

 アリアは二丁拳銃のうち、一つを理子に、もう一つを葉留佳へと向ける。

 

「アンタ、止まりなさい!!そしてあたしに何が起きているのか説明しなさい!!}

「なんだ、私の正体バレているのか。第三者の目があるとなった時どうしたものかと思ったけど、バレてるならざわざわざ姉御のいいつけ守ってわざわざ隠す必要もないな。残念だったね理子りん、人目を気にして私が止まることなくて」

 

 銃を向けられているのに葉留佳には焦りというものはない。銃なんて怖くはないという感情があるわけではなく、今の葉留佳には理子のことしか眼中にないようだ。葉留佳は左足につけたホルスターから二つ目のヌンチャクを取り出し、片手で一つずつ回し始める。

 

「理子。お前が私に話があるように、私もお前に聞きたいことがある。でも、だからって手心を加えられると思うなよッ!!お前がここで私に殺されるなら、それはそれでもいいんだよッ!!」

 

 今の葉留佳は武偵として戦っているわけではなく、私情によって戦っている。

 人として何かが壊れてしまいそうな葉留佳の雰囲気に、キンジは危険だと判断した。

 理子よりも先にこいつを何とかしなければ、何をしでかすかわかったもんじゃない。

 

「アリア、まずは三枝を止めるぞ!!」

 

 キンジが葉留佳に銃を向けたころにはすでに葉留佳は駆け出していた。

 やむを得ないと判断したキンジは葉留佳に向けて発砲するが、銃弾が葉留佳に当たることはない。

 ヌンチャクという武器は飛び道具に対し本来一切の抵抗手段を持たない武器。

 しかも、近すぎてもダメ、遠すぎてもダメと威力を最大限に発揮できる距離は決まっている。

 

 でも、そんなものは葉留佳にとって関係ない。

 

 間合い?威力?

 そんなもの、葉留佳の空間転移(テレポート)の前には関係ない。

 

 敵の攻撃や妨害はすべて超能力で回避して、渾身の一撃を叩き込め。

 それが戦闘経験が足りずにまともに取っ組み合いになったら負ける葉留佳が人並みに戦うためい来ヶ谷が出した結論でもあった。今から格闘技術を挙げるより、超能力使えるようにした方が強いだろう、と。危ないからというい理由で来ヶ谷は葉留佳に銃を持たせなかったが、その程度のことは葉留佳にとってハンデにもならない。

 

「じゃあね。これで生きていたら話くらいは聞いてあげる」

 

 葉留佳は一切の遠慮も容赦もなく、冷たい眼をしたままヌンチャクを理子の頭部めがけて振り下ろした。

 理子を殺してしまうかもしれないと考えなかったわけでもない。

 純粋に殺すつもりでやった。

 理子からなにか今後の役に立つ話を聞くことができたかもしれないが、今抱いているこの怒りを少しでも晴らすことができるのならそれでもいいかと思っている。

 だけど、

 

「…………なんで」

 

 なのに、葉留佳のヌンチャクは理子の頭蓋骨を叩き割ることもなく、ただ空中空振りするだけだった。

 目の前にいたはずの理子は、葉留佳の目の前から消えていたのだ。

 

「なんでッ!!!」

 

 葉留佳には理子が消えた理由は分かった。こんなことができるのは彼女の知る中で一人しかいない。

 なんでと叫ぶ葉留佳の疑問はもはや悲鳴であり、絶叫でもあった。

 

「―――――なんでそいつを守るんだ。どうして一緒にいるのが私じゃないんだよ。なんで、見てくるのが私じゃないの?」

 

 振り向いた葉留佳の瞳からは涙がこぼれていた。

 大声をあげて泣いているわけではないのに、今この場にいる誰もに響くほどの嘆きであった。

 葉留佳はただ一言、泣きわめくでもなく一人の名前を叫んだ。

 それでもそこには彼女の嘆きが、絶望が、すべてが集約されていた。

 

「かなたおねえちゃんッ!!」

 

 

 




アドシアード編が白雪と謙吾の物語なら、この章は葉留佳と理子の物語です。
物語の進行役を主人公と定義して、女主人公をヒロインだと定義するというのなら、この章は間違いなくヒロインは葉留佳でしょうね。

まさか理子との再会の場面に理樹(主人公)がいないことになるとは自分でも思わなかったです、はい。

理樹くんさっさと起きてください。
そしてこの悲しい空気をすべて壊すんだ。(無言の腹パン)

あとどうでもいいことですが、オッPとダベリオンがオーバーレイするようです。


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Mission83 三枝一族の生き残り

何?家族とはデュエリストではないのか!?
セレナさんポンコツかわいい。

まさかグレートモスを出す猛者がいるとは思いませんでした。



 

 前にふとテレビをつけたことがある。当時の私は依頼終わりで疲れていて、何か面白いものバラエティ番組でもやっていないものかと宿泊先のホテルにあったテレビのリモコンをオンにした。そこで映っていたのはとある弁護士のドラマであった。弁護士をやっている大人の女性の主人公が、公園でとある小さな子供と出会う。その子供は家で虐待を受けている子供であった。ただ黙って虐待を受けているという事実を知った主人公は、その小学生にもならない年齢の幼い子供にある行動を教える。

 

 小さな拳を握りしめて、相手にぶつけるの。

 

 せめてもの抵抗の意思を見せ、自分自身に対する明白な敵と判断したものに対する行動である。

 虐待を行っている親に対してせめてもの抵抗策を教えたつもりだった。

 小さな子供に対する虐待は、意識が変わらない限りどうにもならない。

 外部から何を言おうが誰もロクに相手にしないことであるし、所詮は子供の言うことだと外部の人間は誰も聞く耳を持たないだろう。警察なんて全くあてにならない。今はまだ、どうすることもできないのだ。

 

 でもいつか。

 いつかその子が成長した時、誰かに助けを求めることができるだけの強さを持つことを祈って、主人公の女性は拳を握りしめることを教えた。

 

 けれど、結果は悲しい結末を迎えることになる。

 主人公が虐待の現場を実際に目撃し、アンタにはこの子は育てる親としての資格なんてないと母親と引き離そうとしたとき、子どもは握りしめた拳を主人公に向けて殴ってきた。虐待を行っている母親を守ろうとして、その子を思って引きはがそうとして女性を敵とみなして殴ってきた。

 

 所詮は小さな幼い子供の拳。

 痛みなんて感じないはずなのに、主人公の女性はとてもつらそうな表情を浮かべていた。

 どれだけ嫌われていても、必要ないものだと思われていても大好きだという気持ちは変わらない。

 一方通行の愛情がそこにはあった。

 第三者から見たらそれはとても悲しくて、どこにも救いなんかないのだろう。

 

「ただいま―――――――葉留佳君?どうかしたのか?」

「エ?な、何がですカ?特になにもおきてないですヨ!」

「だって葉留佳君、泣いてるじゃないか。何か感動するドラマでも入っていたのか?」

 

 私はそのドラマを見ていた時、いつの間にか涙を流していたことに姉御がホテルに帰ってきて指摘されてようやく気が付いたものであった。大好きなのに、大好きだのにその思いは届かない。私がこのドラマを見てどうしようもなく悲しい気持ちになってしまったのは、私の思いもこうなってしまうのではないのかという不安からだったのだろうか。それとも、私の気持ちも一方的なものになってしまったと思ってしまったからならなのだろうか。

 

     

     ●

 

 

 そいつは突然現れた。

 葉留佳はヌンチャクによる一撃を理子の頭部に叩きつけようとした瞬間に理子が消えたと思ったら、別の方向に理子と一緒に立っていた。一瞬で消え、そして一瞬で別の場所に姿を現したのだ。

 

(……やっぱり似ている。揃ってみてみればはっきりと分かる)

 

 かなたおねえちゃん。葉留佳の言葉を受けて、アリアは二人の姿を見比べた。葉留佳の姿を一度見た時から面影があるとは思っていた。同じような容姿に髪留め。瞳の色はどうやら違うようであるが、それでも似ている。お姉ちゃんと呼ぶ葉留佳の言葉が二人の関係を物語っていた。葉留佳が手に握るヌンチャクにはもう力がないっておらず、彼女はただどうしての疑問の言葉を口にしていた。

 

「どうしてそいつを守るの?」

「どうして?これまた面白いことを聞くものね。私でなくとも誰だって、この状況なら峰さんを守ろうとしたと思うわよ。峰さんだから特別守ろうとしたわけじゃない。現に、そこの神崎さんだってあなたを止めようとしてたじゃない」

 

 この場において佳奈多に聞きたいことがあったのは葉留佳だけではない。アリアにだって疑問はあった。葉留佳がアリアたちの目の前で見せた超能力は間違いなくテレポート。その超能力を使う一族は、イ・ウーの手によって滅ぼされたと白雪から聞いていた。それなら今葉留佳という少女が理子を目の敵にするのは分かる。アリアの戦妹(アミカ)の間宮あかりですらそうであった。あの人懐っこくて優しい後輩が、一族を滅ぼした敵を前にして急変していた。それなのに、佳奈多は理子を敵とみなすどころか自然体で守ろうとした。

 

「葉留佳。そもそも今あなたがやっていることになんの意味があるというの?今のあなたは自分の鬱憤を他人で晴らそうとしているだけよ。時間は無限ではないのだから、もっと有意義に使いなさい」

「佳奈多が昔みたいに微笑んでくれたら、こんなこといますぐにだってやめてあげるよッ!!でもそうじゃない!!イ・ウーなんてものがあるから、佳奈多はおかしくなっちゃった!!こいつらがいる限り、佳奈多は二度と私に笑いかけてくれないんだッ!!」

「だからイ・ウーをつぶすと?」

「だってかなた泣いてたじゃんッ!!そうさせたのはイ・ウーだッ!!」

「それはどうかしらね」

 

 なんだこれは、とアリアは思う。妹の方はイ・ウーに対しての恨みつらみを口にしている。なにせ自分の親族を殺されたのだ。誰だってこうなると思う。復讐なんてくだらない。誰もそんなことを望んでいない。そんなきれいごとを口にできるのは偽善者でもなんでもなく、心情を理解できない愚か者でしかない。この状況において異常なのは葉留佳ではなく佳奈多の方だとアリアは思った。

 

 ―――――一族をイ・ウーの手で滅ぼされたのに、どうしてこいつはそんな落ち着いていられるの?

 

 佳奈多はまるで、そのことには何とも思っていないような反応を見せている。

 そうでなければあの地下迷宮に潜り込むとき、『銀氷の魔女』ジャンヌ・ダルクを自身のパートナーとして引っ張ってはこないだろうし、今こうして妹の手から理子を超能力を使って移動させてまで守ろうともしていないだろう。いや、するしない以前にできるわけもないと思う。恨みが理由で理子を見殺しにしたとしてもおかしくはない。それに他にも疑問はある。どうしてこいつは、妹と争ってまで理子を守らなければいけない立場に対して一切の苦悶や葛藤が表情に見られないのだろう。どこまでも自然体でいる佳奈多にアリアは何かうすら寒いものを感じてしまった。

 

「アンタ、どうしてそんなに落ち着いたいられるの? イ・ウーによってアンタの一族はみんな殺されたんでしょ?」

「あら神崎さん。私が三枝一族の出身という所まで気づいているのにまだ分からないの?察しが悪いわね。かの名探偵シャーロック・ホームズ卿の名前が泣いてしまうわよ。葉留佳、せっかくだから教えてあげたらどうかしら。あの公安0に続くとまで言われた四葉(よつのは)公安委員会を滅ぼしたイ・ウーの魔女というのが誰であるかということを。私は別に構わないわよ」

 

 葉留佳の方へと視線を向けるが、彼女は何も答えなかった。

 ただ、悲しそうに姉の姿を見つめるだけである。

 

「まさか、お前……」

 

 キンジの銃は、すでに佳奈多の方へと向いていた。キンジにとっては、その魔女というのが誰を指しているのかすでについていた。キンジはまさか、という驚愕を隠せないまま叫んだ。

 

「お前もイ・ウーのメンバーだったのか!?」

 

 二木佳奈多がイ・ウーのメンバーであることを考えれば、地下迷宮に行く際にジャンヌを連れてきたことについては何の疑問もなくなった。むしろ、あれを取引材料にしてジャンヌというイ・ウーの仲間を救出したともとれる。親しげに会話していたことについては以前からの面識があるからと言っていたが、それはイ・ウーの仲間としての面識だったのだ。

 

「俺たちを騙していたのか!?」

「騙す?人聞きが悪いわね。単に言わなかっただけじゃない。それに言う必要も感じなかった。そもそも私がいつ仲間として一緒に戦おうなんてう友情にあふれたことを口にした?先の地下迷宮での時なんて、あなたたちが勝手に私やジャンヌを仲間だと勝手に信じて、そして勝手に失望しているだけじゃない。バカみたいに素直な直枝の奴はどうだか知らないけど、朱鷺戸さんの方は私の正体のことを疑ってかかっていたわよ。彼女、マヌケなあなたたちとじゃ違ってどこまでかは分からないけど気づいていたことがあるようだったしね」

「待って。アンタ、理子の仲間だというのならひょっとしてあのバスジャックの時のことも全て知っていたの?」

 

 そうなると、アリアの敵はずっと昔から身近に潜んでいたことになる。

 佳奈多は委員会の仕事ということで、事情聴取のためにアリアが入院している病院に何食わぬ顔でやってきていた。その時の彼女はいったいどういう気持ちだったのだろう。本当は誰よりも事情を知っているはずなのに、素知らぬ顔で当事者たちから話を聞いていたのだ。

 

「ええ、もちろん。あの時から峰さんがバスジャック事件の犯人だということも、知っていたわよ」

「じゃあアドシアードの時のこともッ!?」

「『魔剣(デュランダル)』が実在していてその正体がジャンヌであるということかしら?そのことなら最初から知っていたけど、それが何か?」

「何か、だって……!?自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「分からないわね。教えてもらえる?」

「お前は武偵高校の仲間の信頼と努力を踏みにじっているということだよッ!!」

 

 これほど人を馬鹿にしているものはない。こいつは知っているはずなのだ。強襲科(アサルト)の仲間たちがバスジャック犯の手がかりを何もつかめないという現状に対して無力をかみしめている姿をこいつも見ていた。アドシアードの時だって、白雪がどれだけ怯えていたのかだって知っていたのだろう。その上で何もしなかった。こいつは本来全部わかっていて、その気になれば全部自分自身で解決できたはずなのだ。キンジは白雪が正体の分からない『魔剣(デュランダル)』にどれだけ脅えていたか、そして人生を投げ打ってでもキンジを守ろうとしたことを知っていた以上、佳奈多に対する怒りがこみあげてきた。

 

「二木。次期女子の寮長として選ばれるほどの人間だかなんだか知らないが、人のことを馬鹿にするもんじゃない」

 

 キンジは佳奈多に対して銃を向ける。

 こいつには一度痛い目を合わせてやらないと気が済まない。

 

「武偵をやめるんだとか言って、武偵として生きる努力をやめた人間に私を倒せるとでも?」

「お前は武偵なんかじゃない。9条を破った奴が武偵というものを語るな」

 

 今のキンジはヒステリアモードでもなんでもない、ただの遠山キンジだ。

 それでもこのまま引き下がってたまるものかと気持ちがこみ上げてくる。

 けど、キンジのパートナーであるアリアまだ何も言わない。どちらかというと短気であるアリアの性格を考えたら、すぐさま佳奈多につかみかかってもおかしくないはずなのにだ。アリアは未だに何も言わないでいた。

 

「……アンタが」

 

 ようやくアリアが口を開く。

 彼女の言葉は動揺で震えているままである。

 

「アンタがイ・ウーのメンバーで、三枝一族を滅ぼした魔女?」

 

 アリアはいまだ、佳奈多に対しての理解が追いついていないようであった。

 キンジが今佳奈多を敵だとすぐに認識してできたのは、幼なじみである白雪の影響が大きいだろう。

 ただアリアは、訪ねていった時に珈琲を出してくれたこともあってかすぐには納得ができないでいた。

 白雪から話を聞いていたこともあって、三枝一族を滅ぼした魔女がイ・ウーにいることは知っていた。

 

 けれどそいつはもっと冷酷で、人の命なんてなんとも思っていない正真正銘の悪魔のような奴を想像していたのだ。アリアから見た佳奈多の認識は、何考えているかはよく分からないけど温厚で親切な人間だった。頭では分かっているはずなのに、どうしても佳奈多が冷酷な魔女というイメージを持つことができず、何かの間違いではないものかと考えてしまう。でも、妹だという瓜二つの少女の俯いた顔がすべてを物語っていた。

 

「どうして……どうしてアンタみたいな穏やかな人間にそんなことができたのよ!?アンタ、私を殺そうと思えばいつでもできたでしょ!?」

 

 例えばあの地下迷宮の時。

 ヘルメスとかいう錬金術師に殺されたと言いきることで、佳奈多とジャンヌは残りのメンバーを置き去りにすることでアリアたちを殺すことができただろう。

 それにあの応接室にでも訪ねていったとき。あの珈琲に睡眠薬でも混ぜこむ機会が佳奈多にはあった。

 強襲科(アサルト)出身のアリアからしたらそんなことは卑怯者のすることであるが、諜報科(レザド)出身である佳奈多からしたら卑怯なことでもなんでもない。

 

 佳奈多はイ・ウーのメンバーとしてアリアを排除しようと思えばできたはずなのだ。

 

 それなのに、いずれ自分の身を脅かすかもしれない相手を前にして何もせず待つような真似をする。

 そのくせあっさりと自分がイ・ウーだとバラし、友情に付け込もうとすることもない。

 ともにイ・ウーと戦う仲間として行動して、信頼を勝ち取ったところで裏切られたらアリアには為すすべはなかっただろう。

 

強襲科(アサルト)武偵のように喧嘩っ早いわけでもなく、落ち着いて物事を考えるような人間がどうして!?どうして自分の家族を手にかけることができたの!?」

 

 気に食わないから殺してしまえ。世界のルールは自分が決める。

 そんな風に考える自分勝手な魔女みたいに、何もかもが自分の意のままに行かなければ癇癪を起すような人間ではないはずなのだ。

 

「簡単な話よ。ねえ神崎さん。あなたはイ・ウーなんて強大な組織を相手に戦うことができるのはどうしてかしら。あなたは確か、ホームズ家ではできそこないの落ちこぼれとしてまるでいないもののように扱われてきたのでしょう?ホームズ家のために戦う義理も名誉もあなたにははないでしょうに」

「ママを助け出す為よ。そのためならなんでもできる」

「どうして?」

「家族だからに決まっているでしょ!!!」

 

 アリアの言葉を受けて、佳奈多はアリアに微笑んだ。

 なんだ、分かっているんじゃない。当たり前の常識を口にするようにして、佳奈多は回答を口にする。

 

「あいつらのことを家族だと思っていなかった。それが理由よ。だから私には、あなたが言うような家族を手にかけたという認識はないのよ。所詮は赤の他人なんだから、どうなっても構わないでしょう?どこか遠くで誰かが殺された。そんなニュースで聞きながす程度のものでしかないわ」

「血のつながった人間だろうがッ!!お前はなんでそんなことを平然と口にする!?それに、人の命を何だと思っている!?」

「人の命?笑わせないでちょうだい。命の価値だなんて人それぞれでしょう。時に人は、命に代えてもだんて言葉で名誉だとか形のないもののために命を懸けようとする。ならば、人の命よりも尊いものはあるって言うことよ。人間の命の価値は平等と思っているのならそれでも結構。でも、その思想を人に押し付けないで」

「自分の命は特別だとでも言いたいのか」

「どうとでも思ってくれて結構よ。あなたたちに理解してもらうつもりもないし、分かった気になってもらいたくもない」

 

 キンジには佳奈多が今まで仲間に嘘をついて平然と武偵高校で過ごすことができていた理由が少しだけわかった気がした。こいつは結局のところ、他人のことなんてどうでもいいのだ。だから誰かが不安になっていても、不幸になったとしてもなにも思っていない。所詮は自分には関係のない他人のことがから、どうなっても知ったこっちゃない。

 

「二木佳奈多ッ!!お前は今ここで!!俺たちが親族殺しの容疑で逮捕するッ!!」

 

 こんな血のつながった肉親を家族とも思わず、手にかけるような人間を野放しにしておくわけにはいかない。一度とっちめてやる必要があると思い、キンジは銃を握る手に強く力を加えていた。家族の温かさを知る人間として、キンジにはどうしても許すことができないのだ。でも、佳奈多を守るように立ちふさがった人がいた。

 

「やめてッ!!」

 

 その人は両目に涙をためながらも、キンジの銃から身を守る盾になるように両手を広げて立ちふさがった。

 

「やめて……やめてよ。私のかなたにひどいことしないでッ!!」

「どけ三枝ッ!?そいつは魔女だッ!!ここで俺たちでとっちめておかないと、いずれまた何か大きな事件を起こす奴だッ!!」

「そんなことない!かなたはそんなことしないッ!!あんなことになったのは……きっと何かがおかしくなってしまったからなんだッ!!」

「お前はいい加減目を覚ませッ!!そいつのことを家族だと思うのなら、家族として止めてやるのが義務ってもんだろ!?」

 

 決して引こうとしない妹の姿を見た姉は、相も変らぬ穏やかな口調で口を開く。

 

「ええ、それが正解よ葉留佳。さすが来ヶ谷さんのもとでいろいろと学んできただけはあるわね。私をここで逮捕なんてしたら、不当逮捕で逆に自分の身を絞めかねない。母親の裁判を控えている神崎さんのことを考えたら、ここで引かせるのが彼女のためだものね」

「……違うよ。違うよかなた。私がとめるのはそんな理由じゃない。そんな理由じゃないよ」

 

 きっと葉留佳が姉に銃を向けてほしくないと思っているのはきっと、まだ姉のことを家族だと思っているから。

 葉留佳は佳奈多に涙目のまま向き合った。何か言いたげであるが、葉留佳はそれでも言葉が出てこない。そんな妹を無視して姉は控えていた二人に声をかける。

 

「さて、葉留佳にはもう峰さんをどうこうするつもりはないようだし、私の目的は果たしたと言ってもいいわね。遠山、そして神崎さん。私にこれ以上関わらないでくれませんか。私はあなたたちをどうこうするつもりなんてないわ」

「……佳奈多。言うべきことはそんなことじゃないでしょう?アンタは今の状況を見て、妹の泣いてる姿を見てなんとも思わないの!?」

「アリア。もうよせ。こいつに何があったのかは知らないが、こいつはもう手遅れだ。この腐った根性を叩き直してやる必要があるッ!」

「待てキンジ。佳奈多のこともいいが、あたしを無視してもらっても困る」

 

 臨戦態勢に入ったキンジに相対するように、理子もまた佳奈多の隣から一歩前へと出る。

 

「峰さん、やめなさい」

 

 けど、佳奈多は理子を呼び止めた。

 

「リターンマッチの決着をつけたいのなら勝手にすればいいとは思うけど、今のあなたは葉留佳の攻撃をくらってフラフラのはずよ。そんな状態で強襲科(アサルト)のSランク武偵たちなんかと戦えばたたでは済まないわ。それに時間がかかって他の武偵がやってきたりすると面倒なことになるわ。巻き込まれる奴が現れたら人の命がもったいない」

「けど、」

「目的は見失わないようにね。それにやるなら万全の状態でやりたいものじゃない。けど、せっかくの機会なんだし試しておくのも面白そうなのもまた事実なのよね。私なら峰さんと違って、そう時間がかからないだろうし」

 

 佳奈多の気配が消え失せる。アリアたちの目の前に立っているはずなのに、視界にはちゃんと映っているのにどういうわけか気配というものが全く感じられない。そこにいるという認識を持てなくなる。まるでまるで背景でも見ているかのような印象をアリアは受けた。戸惑うアリアに対して佳奈多は気負うこともなく、まるで友達を遊びにでも誘うような気楽さで口を開いた。

 

「さて、せっかくだしちょっと遊んでいきましょうか」

 

 

 



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Mission84 神崎・H・アリアVS二木佳奈多

沢渡さん参戦キターーーーーッ!!
ただ妖仙獣はペンデュラム使わない方が強いっていう……。


 

 遊んでいきましょうか。

 その言葉を文字通りに受け止めるやつはいない。

 佳奈多の視線はアリアへと向いている。

 彼女は笑みを浮かべてはいない。

 憎悪も表情に出ていない。

 

 しかし、小さな子供の遊びに付き合わされる親にも似た、倦怠感はあるように妹は思った。

 

「ま、待て佳奈多ッ!!」

 

 理子は佳奈多に呼びかける。

 今の理子には明確な焦りが見えた。

 

「こいつらはあたしの得物だッ!人の標的を取るような真似はするなッ!!」

 

 今ここにいるメンバーの中で、佳奈多とアリアの両方について知っている人間は理子しかいない。

 

 葉留佳は佳奈多の身内であるが、佳奈多の武偵としての強さを見たこともないし、アリアなんて友人の知人という認識しかないのだ。

 

「分かっているわよ。そんなつまらないことをする気はないわ。峰さん、私はこれでもあなたのことはわりと気に入っているのよ。だからそんな無粋な真似はしないわ。ただちょっと、せっかくの機会だし私も遊んでみたくなっただけよ。それに確認しておきたいこともできたしね」

 

 佳奈多は一歩前へと出ると同時、彼女をかばうようにキンジと向き合っていた葉留佳は佳奈多へと身体を向ける。姉妹が向き合うものの、二人の表情は対照的だ。佳奈多はこれから戦うとは思えないほど穏やかに微笑んでいるし、葉留佳は涙が止まる様子はない。

 

「戦いを遊びだなんて言うとは随分と強気なもんだな」

「それはそうでしょう?だって、私としては私が勝とうが負けようがどちたでも別にいいんだもの。負けて失うものが何もないのなら、おちゃらけでやっているスポーツと何も変わらないわ」

「負けてもいい……ですって?」

 

 アリアはますます佳奈多のことが分からなくなる。アリアだってイギリス公安局で働いてきた経験があるため、いろんな奴を見てきた。Sランクのような明確な実力を持つ奴にははっきりと表れやすいのだが、力を持つ人間は自分自身の力を誇りに思い誇示する傾向がある。強襲科(アサルト)武偵が武力という形を見せつけるために喧嘩っ早くなる人間が多いのもその現れと言ってもいいだろう。でも佳奈多は勝敗には興味がないと言いきった。

 

「神崎さん。あなたたちが私を軽く殺せるだけの力があるというのなら、私はそれはそれで大万歳よ。私の抱えている厄介ごとが一つ消えてくれるしね。むしろ応援してあげるわ」

「アンタ……自分の命をなんだと思ってるの?」

「私の命なんて、そう尊いものでもないでしょう。ねえ遠山キンジ。あなたならそのことがよく分かるのではないかしら。事件を未然にふせげなった無能武偵の命がどのように扱われたかをよく知っているあなたには、ねぇ」

「兄さんを馬鹿にするなッ!」

「あんな暴力装置、私と一体何が違うというの?」

 

 この一言で、キンジの中で何かがキレた。二木佳奈多は自分の命も、そして他人の命も何とも持っていない。キンジはそんな奴が同じ武偵をやっていて平然と今まで近くにいたことも、それに全く気付きもしなかった自分にも腹を立て、キンジは佳奈多に向けていた銃の引き金を引いた。その一発が戦いの合図となる。

 

 カキンッ!!

 

 まず最初に起きたことは、周囲に金属音が響き渡ったことであった。

 

(……今、一体何が起きた?)

 

 キンジには佳奈多が格別何かする動きは見えなかった。銃弾回避することもなく、防弾制服で防御する仕草も見えなかった。そもそも銃弾の亜音速の速度の対応できる人間なんてヒステリアモードのレベルに達している。

 

 佳奈多が何を行ったのかを認識することができなかったキンジだが、ある一つの事実に気が付いた。

 佳奈多の右手には鍔のない、刀身に柄だけの小さな小太刀がいつの間にか握られていた。

 アリアが持っている二刀小太刀よりもっと小さい刀。剣というよりはナイフといった方がいいだろう一品であった。

 

(――――――あれが二木の武器か。まさか、あの一瞬で取り出して銃弾を弾き飛ばしたのか!?)

 

 銃弾を刀で弾き跳ばすという曲技じみた芸当ならば前にもみたことがあった。

 アリアと喧嘩した時の白雪や、地下倉庫(ジャンクション)でのジャンヌも似たようなことをしていた。

 でも二人がやったのは、あくまで剣で銃弾をそらすことである。あくまで盾として剣を使っているだけだった。

 

 キンジが驚愕による膠着状態から復帰する前に、動いたのは葉留佳であった。

 葉留佳は佳奈多に背を向けて、キンジとアリアの二人の肩をつかむ。

 しかし、キンジは葉留佳に文句を言おうとすることはなかった。

 先ほどのように佳奈多と戦うのは止めてくれというのなら聞くつもりはなかったが、今の葉留佳は目に見えるほど焦っていた。

 

「三枝?」

「爆死したくなければじっとしてろッ!!」

 

 そしてキンジは気づく。自分達の足元に、大量の手榴弾が転がっていた。

 

「緊急テレポートッ!!」

 

 いつの間にばら撒かれたのかと驚いている暇はない。葉留佳の超能力(テレポート)によって屋上から脱出すると同時、先ほどまでキンジたちがいた場所は爆風に包まれた。葉留佳の『空間転移(テレポート)』は空間と空間を結んで一瞬で移動するというもの。高速移動を極めたタイプのテレポートではないために物理的な壁を越えて移動することは可能である。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 ただし、慌てていたため葉留佳は移動後には今にも吐き出しそうなほどにまで気分が悪くなっていた。あらかじめこの場所に移動するのだと時間をかけていればこんなことにはならないのだが、一瞬の直感でランダムに移動先を決める緊急テレポートでは酔いを抑えることができない。超能力を使えるようにするための来ヶ谷唯湖との特訓の時にジェットコースターに乗せられまくるという謎の訓練をやらされたせいかまだ耐性が出来てはいるものの、葉留佳は両手を地面につけてうずくまって息を必死に整えていた。

 

「ここは……三階の廊下?」

 

 アリアが移動先を確認したら、どうやら情報科(インフォルマ)棟の三階の廊下であると判断した。

 屋上からは結構な距離があるから佳奈多や理子が追ってくるにしてもまだ時間はかかるだろうと思ったが、アリアはすぐに思い出す。

 

『佳奈多は常時発動の感知系統の能力が使える超能力者(ステルス)だ。なにやらある程度の距離にある建物の構造や位置が把握できるらしい』

 

 地下迷宮へと潜った時、ジャンヌは佳奈多の超能力についてこのように言っていた。

 実際にあの迷路を佳奈多の感知能力で突破しているため、それも嘘ではなかったことは分かっている。そして今は夜。アリアたちの他にはこの情報科(インフォルマ)棟に残っている奴なんていないのだ。

 

(すぐに居場所は気づかれてしまう。早く何とか作戦だけでも立てないと……)

 

 アリアがそう考えた時にはもう遅い。

 すでに佳奈多はアリアたちの目の前に立っていた。

 息を切らせながら逃げた葉留佳の姿を、先ほどまでと表情一つ変えずに見つめていた。

 

(一つ一つの動作が速すぎる。まるで認識できなかった)

 

 理屈はまるで理解できないが、直感としての結論はアリアの中ですでに出ていた。キンジからの銃弾を弾いた時に見せた小太刀に注目を集める囮として、すでに爆弾をばら撒いていたのだ。

 

「……ハァ……ハァ。かなたをナメない方がいい。かなたは中一の時点でSランクになった人だ。そして中二の時に……ゴボッゴホッ」

「大丈夫か?まさかこれほどの奴だなんてな」

「いや、かなたの実力はまだまだこんなものじゃない。この程度のはずがない」

 

 現に、目の前にすました顔で立っている佳奈多は息一つとして切らしてはいない。

 キンジによる突如の銃弾の迎撃、爆弾の散布、そして超能力で逃亡した葉留佳の居場所の探知。

 それらすべてを片手間で行っておきながらも涼しい顔をしたままである。

 

「よく爆弾に気が付いたわね葉留佳。あなたが超能力を手に入れてから一年とちょっとくらいになるのかしら。随分と使いこなすようになったものね」

「運よく……運よくいい指導者と巡り合えたもんでね。超能力者(ステルス)なんて嫌いだってけど、私が超能力者になれたことには今は感謝してるよ。そのおかげでたった一人の家族を取り戻すために戦う力を手に入れた」

「たった一人の家族、ね。あの夜から約半年間姿一つ見せなかった私にそう言ってくれているのはうれしいけど、そんなこと言ったら母さんたちが泣くわよ。せっかく一緒に暮らせると思った人間が家族だとは思ってくれてはいないだなんてね」

「確かにかなたがいなくなったからの半年間は辛かった。長かった。でも、イ・ウーからかなたを取り戻すための力をつけるために必死だった!十何年と一回たりとも顔すら見せなかったのに今更家族面している奴らなんか知ったことかッ!!親族連中が死んでからのこのこ現れて家族面している奴なんかッ!!」

 

 葉留佳と佳奈多。

 この二人の姉妹は何か事情があって喧嘩しているわけではない。

 なにか誤解があってすれ違っているわけでもない。アリアにはそのように見えた。

 妹は姉のことを変わらず大好きな家族だと思っているし、姉の方は別に妹のことをうっとおしいと思っているわけでも、別に嫌いになったわけでもないようである。

 

 ただ、もうどうでもいいと思ってしまったいるだけ。

 

 佳奈多が妹に向ける視線は本来家族に向けるような温かいものではなく、他人に接するようなものと何ら変わらないように見える。

 他人に向ける、という視点から見れば、丁寧にも見える言葉遣いも、家族に向けるものとしてはよそよそしいものである。

 

「どうして……どうしてアンタはそんな風になってしまったの!?」

 

 妹に接する態度を見て、アリアは声を挙げずにはいられない。

 アリアは今まで葉留佳のことは知らなかったけど、この短時間だけでも伝わってきているのだ。

 こいつは、おねえちゃんのことが本当に大好きだったのだろうって。

 

「これだけの力があれば何でもできるのに!?その気になればあたしたちを殺すことだっていつでもできるほどの力がアンタにはあるはずなのにッ!?あたしにアンタほどの力があればきっと――――」

 

 ―――――きっと、ママを助け出すことだってできるはずなのに。

 アリアはどうしてだと叫ばずにはいられない。

 家族(ママ)を助け出すために戦っている彼女にとって、葉留佳の気持ちは痛いくらいに共感できるのだ。

 

 

「どうしてイ・ウーなんかに入ったの!?誰にも負けないだけの力をアンタは持っているのにどうして使い方を誤ったの!?」

 

 こいつにはこれだけ家族だと思ってくれている妹がいた。

 どうして佳奈多は妹の気持ちを裏切ってまでなんでイ・ウーなんかに入ってしまったのだろう。

 そのくせ自分自身の野望が特にあるようには思えない。

 世界を滅ぼす魔女になるだけの力をもっていながらも何もやろうとする気がないようにも思える。

 その気になればなんだってできるはずなのに。

 きっとアリアにこれだけの力があればイ・ウーとだって正面切って戦える。

 そして家族(ママ)を取り戻すことだってきっとできる。 

 家族のためにイ・ウーと戦っているアリアからしたらどうしても理解することができないのだ。

 

「ねえ、どうして!答えなさいッ!!}

「――――――これだけの力っていうけれど、こんなものはなんの役にも立たないわ。私がいつでもあなたを殺そうと思えばできたのと同じように、私だって殺そうと思われればいつでも殺されたでしょう。私が親族たちを殺した時のように、暗殺なら誰にも止めることはできない。そこの葉留佳だって、復讐として私を殺すだけならいつでもできた。ゆえに、テレポートという超能力を有する三枝一族は暗殺特化の暗部の一族でもあった」

 

 テレポートという能力の恐るべきはその汎用性。

 炎を生み出す星伽神社の魔術や冷気を生み出すジャンヌ・ダルクの魔女のように使用用途が限定的なものでもない。ただし、それゆえにテレポートの能力は悪用されかねない。その一つが暗殺だった。来ヶ谷唯湖が葉留佳に超能力(テレポート)のことを秘密にしろと言ったのはこの辺に理由があったりする。葉留佳にどんなことを犠牲にしても成し遂げたいことがあったとしたら、そこに付け込んで協力を約束する代わりにろくでもないことをやらせようと考える輩が出てくるだろう。

 

「そんなことは聞いてないわ!」

「御託はもういいでしょう?いいからさっさとかかってきなさい」

 

 アリアは佳奈多の武器が小太刀であったこともあり、応対するように銃ではなく二本の小太刀を構えて佳奈多に向かっていった。佳奈多もアリアのものよりも短い二刀の小太刀を取り出すが、葉留佳は佳奈多の佳奈多の柄の奥の方に描かれている紋章に気がついた。

 

(あれは確か、ツカサ君がよく使っていた反転四葉のマーク。そしてもう一つは―――――紅葉のマーク?)

 

 一つは四葉公安委員会のシンボルマークとして使われていた茎のついた緑の四つの葉っぱ。

 それを反転して茎を上にして葉を下に描かれたものだ。

 かつて模様を反転することで意味を逆にするものと聞かされたことがある。

 幸運を願って描かれた四葉のマークの反対の意味は不幸になれ。

 

(四葉公安委員会なんて滅んでしまえという意味だとか言って、ツカサ君が用いていた紋章だ。でも、もう一個の紅葉のマークは何のマーク?)

 

 五本に枝分かれした紅い葉っぱ。こんな特徴な葉は秋の紅葉しかない。

 片方に反転四葉マークなんてオーダーメイドの品でないとまず描かれない紋章が使われている以上、あの紅葉マークにも何らかの意味合いがあるはずだが、葉留佳にはその心当たりがない。

 

 カキンッ!!カカカキーンッ!!

 

 葉留佳が自分が分からないことがあることに混乱しているのと同時、アリアも時を同じくして一つの疑問にぶち当たっていた。アリアと佳奈多の小太刀二刀流同士の戦いは傍から見て入れば互角に見える。二人の間に絶対的なまでの差が付けられているとは思わないだろう。けど、実際のところそうでもなかった。

 

(こいつ……まさか)

 

 まだ超能力を使えるだけの回復をしていない葉留佳は無視してもいいとしても、佳奈多は目の前に立つアリアだけでなくキンジの援護を気にする必要がある。けど、いつでもアリアを盾にできる位置を確保しつつアリアの剣劇を軽く受け流している。佳奈多の剣は白雪の剣のように何か特別な型を使っているわけでもなく、一撃一撃が決して重たいものではない。単に威力だけなら白雪やジャンヌのものの方が大きいだろう。けど、今までアリアが見てきた剣の中では誰よりも速かった。佳奈多とアリアの剣の速度の差は現在はそんの小さなものであるけれど、詰将棋のように小さな差を大きくしていきアリアを追い詰めていく。元々銃弾を叩き落すほどの剣速を持つ佳奈多だ。一瞬でも隙を見せれば間違がいなく殺られる。頭では分かっていたとしても単純な速度の差は頭脳では埋まらない。

 

「どうしたの?徐々に反応が遅れてきているわよ。仮にも峰さんが越えようとしている存在がこの程度のわけがないでしょう。もっとあなたの力を見せてくれない?」

「……アンタの動き、構え方といい理子のものと似てるわね」

「それはそうでしょう。彼女に戦いを叩き込んだのは私だし、似ているのは当然よ。分かったらもっと本気で来なさい。峰さんを撃退したという力を見せて頂戴。出し惜しみして私に殺されても知らないわよ」

「超能力は使わないの?」

「私の超能力は基本的に初見殺しの暗殺用だしね。試しに一度使って失敗している以上はこれ以上使うのもかっこつかないし、なにより今はもっと剣で遊びたい気分なの」

 

 佳奈多が超能力が強いだけの魔女ではなく、素の能力からして諜報科(レザド)Sランクというのは嘘ではない。強襲科(アサルト)のSランク武偵であるアリアと真っ向勝負で戦えるだけの実力があるのなら、どうして諜報科(レザド)になんて所属していたのだとも思ったものの、アリアは本当に気になっていたのはそのことではなかった。

 

(……こいつまさか、剣の才能がないの!?)

 

 何というか、佳奈多には才能を持つ者がかもしだす特有の感覚のというものが一切感じられないのだ。

 来ヶ谷唯湖のように才能の塊のような人物の剣にはやはりそれが見られる。

 だが現に、今佳奈多の剣はアリアに追いつくどころか軽く上回っている。

 強襲科Sランク武偵の全力を、ちょっとした遊びの気分で受け流している。

 決して才能に恵まれないが、努力して努力してようやく手に入れることができた剣。

 佳奈多が今までどれだけ努力してきたのかが明確に分かる剣であった。

 

 ――――――ねえ佳奈多。何を思ってそんな剣を手に入れたの?

 

 仮に才能があったとしても今の佳奈多のレベルの剣を手に入れるには執念じみた努力がいるはずだ。

 佳奈多の剣はきっと、夢を描いて執念じみた努力をしてきたときの産物なのだろうとアリアは思った。

 そこにはきっと確かな願いがあったはずなのに、今の佳奈多にはおそらくそれがない。

 だからこんなに無気力そうで何もする気がなさそうな怠惰で強いだけの魔女が生まれてしまった。

 もう何もかもがどうでもいいとすら思っているから人に何を言われても怒ることもない。

 気に食わないという理由ですぐに暴力に訴えることもない。

 

 だからいつもそっけない。愛想だってない。人に対する遠慮だってない。

 

 実際に剣を取って戦っているからこそ伝わってきた佳奈多のことを思い、アリアはどうしようもなく悲しい気持ちになる。アリアが佳奈多とまともに話したのは昨日の地下迷宮の時が初めてだったけど、たった一日とちょっとの時間でも大体の人となり理解したつもりだ。

 

 ―――――こいつはきっと、そんな大げさなものを望んだわけじゃないんでしょうね。

 

 パトラという魔女は、かつて自分が世界の覇王(ファラオ)になるために戦争を起こそうとしたらしいけど、こいつがそんなことを考えるとも思えない。

 

「アンタはいったい、何を求めているのッ!?一体どんな夢を失ったのよ!?」

「夢?」

「だってそうでしょうッ!夢がなければわざわざイ・ウーに入ることもなかったはずよ!」

「私の臨んだことならもうかなった。これ以上望むものなど何もないわ。強いていうなれば、あとの望みとして私が殺される前にやって起きないことはある」

「誰がアンタを殺せるっていうのよッ!!アンタが考えている敵って誰よッ!!」

 

 私が死ぬ前に、ではなく殺される前に。

 強襲科(アサルト)のSランク武偵の攻撃を涼しい顔で軽く流しているような奴がいったい何に殺されるというのだろか。

 

 

「―――――――私には殺しそびれた超能力者(ステルス)がいる。そいつを殺すために私はイ・ウーにいる」

 

 佳奈多の言葉に反応したのが一番早かったのは葉留佳であった。

 殺しそびれた超能力者(ステルス)と聞いて、葉留佳にはすぐに思いつくような心当たりがないのだ。

 けどもしかしたらと思うことがあった。

 

「待っておねえちゃん。私のほかに一族の生き残りがいたの?誰?まさかツカサ君?」

「―――――ああ、そういう奴もいたような気もするわね。けど違うわ葉留佳。あなたが気づかなかったのも無理はないけど、私たちの他にも三枝一族の超能力者でしぶとく生き残った奴はいるわよ。そいつも私の標的(ターゲット)ね」

「じゃあ、私がそいつら全員を殺したらまたずっと一緒にいてくれる?」

 

 葉留佳が希望を得たとばかり笑顔で微笑みながら言った言葉に、アリアとキンジの二人はうすら寒いものを感じてしまった。こいつは今、笑顔で何を口にした?どこか歪んでしまっているのは佳奈多だけではなかったのだ。妹の方もどこか壊れている。姉へと向ける行き場がなくなった愛情は狂気をはらんでいた。佳奈多が何か言うより先に、ケータイ電話がなった。それと同時、佳奈多は一気に剣の速度を上げたと思えば一瞬遅れたアリアの腹を蹴り飛ばして距離を取った。そして、キンジから向けられている銃なんて一切気にも留めずに佳奈多は携帯を取り通話を始める。

 

「今取り込み中なの。悪いけど今度に――――――――――は?ああそう。分かったわ。今から行くわ」

 

 ケータイをしまうとすぐに、佳奈多は持っていた小太刀が粉々に砕け散る。

 散らばった刃の破片は地面に落ちると同時、徐々に薄れて消えていった。

 

「残念だけど用事ができたの。これ以上あなたたちに構っていることはできないわ。ごめんなさいね」

「ま、待ってよかなたッ!!」

 

 背を向けて歩き出した姉を葉留佳は呼び止める。

 彼女には武力で姉をどうこうしようにもできない。縋り付くように名前を呼ぶだけであった。

 

「今の電話はいったい誰から!?用事っていったい何!?」

「……あなたには関係のないことでしょう」

「じゃあ、私もかなたの仲間に入れてよッ!!」

 

 歩いていた佳奈多の動きがピタと止まる。

 彼女は妹に顔を向けることはなかったけど、妹の主張を確かに聞いていた。

 葉留佳はまだ荒い息のままであるが、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

「私、なんでもするよ。泥棒でも人殺しでもかなたのためならなんだってやるよ。昔かなたが私のためになんでもできると言ってくれたように、私だってなんでもやるよ。だから」

「――――――葉留佳。今のあなたが私と一緒に来たとして、できあがるのは虚しい家族ごっこでしかないわよ。家族ごっこがしたいなら母さんたちで充分でしょう。私に利用されるだけ利用されて、用済みになったら捨てられて殺されるわよ」

「それでもいい!!表面すら取り繕えなくなったら本当にすべて終わってしまうッ!!だから私と一緒に―――――」

 

 私と一緒にいてほしい。

 その言葉が実際に口に出されることはなかった。

 超能力(テレポート)で葉留佳の正面に現れた佳奈多は、無言で妹の腹部を蹴り飛ばした。

 そのまま前に崩れ落ちて意識が飛びつつあった妹を前に、佳奈多は一言で切り捨てる。

 

「迷惑よ」

 

 葉留佳は最後、何かを呟いてそのまま気絶してしまう。

 近くにいたアリアは葉留佳が最後に言った言葉を聞くことができた。

 

 ―――――かなたおねえちゃん。

 

 悲しい結末を迎えてしまった姉妹のことを思い、アリアはいつの間にか涙を流していた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

「ここにいたのか」

「あら峰さん。遅かったわね。ちょうどよかったわ」

「何かあったのか?」

「やることができたから私はもう行くわ。でも、暴れたりないやつがいたら相手してやってくれないかしら?ねえ遠山キンジ」

 

 やってきた理子にそう言い残して、佳奈多は一人戦意を喪失せずに睨み付けてくるキンジを無視して去っていこうとした。

 

「待て二木ッ!!お前、こいつを見てなんとも思わないのか!?家族なんだろ!?」

「その言葉は私ではなくあなたのお兄さんに言ってやりなさい。魔女への愛情に狂ってしまったあの男がその言葉でどんな顔を見せてくれるのか、反応を見てやれないのはとても残念だけどね」

「お前、やっぱり俺の兄さんのこともなにか知ってるなッ!!」

「さぁてね?どこぞの無能武偵のことなら私より峰さんの方が詳しいわよ。だから、知りたければ精々峰さんと旨いこと交渉でもするものね。力づくの手段に出たら私からの社会的な攻撃材料になるだけだから精々頑張りなさい」

 

 もう言い残すこともない。佳奈多はキンジたちの顔すら向けずに一瞬でその場から姿を消した。

 

「――――――で、お前たちはどうする?まだ暴れたりないならあたしが相手してやってもいいけど」

 

 問いかけた理子の言葉に返事を返したのはアリアであった。

 

「――――――いいわよ、もう」

「アリアッ!!」

「もういいわ。佳奈多に対する腹いせに理子と戦ってもむなしいだけよ。キンジ、アンタだって分かっているんでしょ?佳奈多をどうにかできるのはあたしたちじゃない。あたしたちができちゃいけないと思う。もしあたしたちだけで佳奈多を変えられるのなら、こいつが報われない」

 

 床に転がって気絶している葉留佳を見てアリアはこう思う。

 佳奈多を正気に戻すのは、こいつだといいな。

 誰よりも家族だと思って大切に想っている人間を差し置いて、佳奈多の心を変えることがあっちゃいけないとそう思う。

 

「それで理子。アンタは話を聞かせてくれるのかしら」

「ああ。お前のママの裁判の証言くらいはしてやるさ。その代わりやってほしいことがある。やってくれたらキンジの兄について教えてやってもいい。うまいこと佳奈多の協力だって取り付けてやるさ」

 

 実のところ、ここで断るという選択肢はキンジたち二人にはない。佳奈多が意味深なことを言い残して消えた以上は何が何でも兄のことを知ろうとしているキンジはどんな手がかりでも見逃すわけにはいかないし、何より佳奈多に下手な嫌がらせでもされたらたまったもんじゃない。ジャンヌの司法取引について佳奈多が担当していた以上、アリアの母親の冤罪についての裁判の証言について消し去ることだってやろうと思えばできるはずだ。佳奈多自身そんなことをするやる気があるとも思えないが、どのみち詳しい佳奈多の立ち位置を知らない以上判断もできない。

 

「何をやれっていうの?」

 

 一体どんなことをやられるつもりかとアリアは緊張しながら聞いてみるが、理子はアリアの不安を払拭するかのようにニッコリと微笑みながら宣言した。

 

「一緒にドロボーやろーよ」

 

       ●

 

 理子がアリアたちに提案を持ち掛けるとほぼ同時刻、病院に運ばれて眠っていたままの少年少女のうちの少年の方がようやく目を覚ました。

 

「うぅ……なんかいつになく頭がくらくらする。ここはだれで僕はどこだっけか」

 

 彼が大泥棒を名乗る少女と再会するまで、後少し。

 

 

 

 

 

 




これ将来的にはキンジも人のことを言えなくなるんですよね……。
そう思うとなんか悲しい気持ちになりそうです。


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Mission85 天才科学者の昔話

 

 

東京武偵高校はれっきとした教育機関であるため、当然テストというものが存在する。

 外部からの依頼(クエスト)を受けることによって単位を得ることもシステム上はできるものの、そんなものは本来救済措置としての制度でしかない。簡単な仕事では何日もの欠席を帳消しにすることはできず、単位が足りずに留年してしまうという間抜けな状態に陥ってしまうのだ。強襲科(アサルト)のエースのアリアのようにSランクでも取れるような実力をすでに有しているのならまだしも、普通は真っ当に授業に出てテストをちゃんと受けなければ進級するだけの単位はもらえない。依頼だけ受けて卒業できる人間なんて、数えられる程度しかいないのだ。もちろんテストの点数は能力を判断する基準の一つとなるため、点数が良ければ良いほど仕事をするのに有利であることには間違いない。寮会からはいい仕事を紹介してもらえるかもしれないし、先生たちから武偵ランク昇格試験の推薦をもらえるかもしれない。なのでやる気を出す人は出すものであるが、

 

(――――――――――こんなことしている場合じゃないのに)

 

 どうやら葉留佳のテストに対する意気込みは低いようであった。

 午前中ぶっ続けで行われた一般教科のテストは解きこそはしたものの集中していたのかと言われると肯定することはできないし、マークテスト式の英語の長文問題なんて鉛筆を転がした。完全に投げやりになっていることも、そうなってしまった理由も葉留佳は自分自身で分かっている。

 

(そりゃ、たかが一年ちょっと武偵というものに関わっただけで、お姉ちゃんに追いつけるなんてことは微塵も思ってはいなかったけどさ)

 

 昨日、佳奈多との力の差というものを散々思い知らされた。佳奈多がこの東京武偵高校に復学してから約半年、佳奈多が何をしていたのかは明確につかんでいる。佳奈多はただ、学校では寮会の仕事を手伝って依頼(クエスト)を紹介し、後輩たちの能力の育成に励んでいただけだ。別に佳奈多自身が剣や銃を持って戦っていたことはない。昔に公安委員として働いていた頃とは違うのだ。特に身体を動かすようなことはしていない。それなのに、半年前にコテンパンに叩きのめされた時と何も変わっていなかった。

 

(やっと、やっとつかんだ手がかりなのに、ただ待ってるだけっていうのも嫌だな。それに、こんなことをしている暇が合ったらお姉ちゃんを探しに行きたいのになぁ)

 

 昨日理子がイ・ウーのメンバーであったことを知って、佳奈多との力の差というものを思い知らされた。そこだけならまだいいが、問題は他にもある。電話がかかってきたかと思うと戦闘を一方的に切り上げてどこかに行ってしまった。

 

(……まあ、昨日はお姉ちゃんとちょっとだけ話すことができたし、それでよしとしとこうか)

 

 悲しいことに、今まで葉留佳はロクに佳奈多と話をすることもできなかった。

 忙しいだとか、そんな都合上のものではないく、単に葉留佳は怖かったのだ。

 話をすれば話をするほど、自分の知っている姉の姿が消えていきそうに思えて怯えていたのだ。

 だからちょっとだけ会話できただけでも葉留佳にとってはうれしく思えてくる。

 本当はそんなことで喜んでいたらダメだと分かっているのだが、そう思っている事実は変わらない。

 

(姉御も姉御でやることができたとといってどっかいっちゃうしなぁ。まあ、いいけどさ)

 

 そして、ようやく佳奈多に関する手がかりを得るための手段を手にした。理子の存在だ。一緒にドロボーをやろうと理子は言ったらしいが、それは窃盗罪で前科一犯つくことになる。アメリカにおいてホテルに侵入した時には何も問題視されなかったが、どこまでがグレーゾンでどこからがレッドゾーンになるのかの判断が付かない葉留佳は信頼のおける姉御に相談したかったのだが、しばらく待てとの連絡がきたっきりで会えてすらいない。理子との交渉に関しての準備はこっちの方でしておくからしばらく待ってろと姉御は言っていたけど、姉御は今、何をやっているのだろうか。

 

 ―――まあ、我儘をいってばっかりもいられない。私は私で、今やれることをやろう。

 

 葉留佳は普段、来ヶ谷の委員会の仕事の手伝いをしている。

 来ヶ谷と違って別にイギリス清教の一員というわけでも、彼女の委員会のメンバーということで書類上に葉留佳の名前が書かれているわけでもないのだが、葉留佳の超能力を実践レベルで使えるように鍛えてくれたのは来ヶ谷だし、何かと一緒に仕事をすることが多い。いつも何かと世話になっている以上、来ヶ谷からの頼みごとを理由もないのに無碍に断ることはできないし、そんなことをするつもりもない。だから今は、頼まれたことをしっかりとこなしておくことにする。

 

「確かここだったよね?テストも受けてないだろうし、ひょっとしたらもう来ているのかな」

 

 来ヶ谷唯湖からの頼み事。それはある人物に協力してサポートに回ることであった。

 本来なら来ヶ谷がやるはずだったことの代役である。

 葉留佳は待ち合わせ場所となっている車輛科(ロジ)のドッグへと行って呼びかけた。 

 

「牧瀬君、いるー?」

 

 牧瀬紅葉に協力する。そのはずになっていたのだが、肝心の牧瀬は呼びかけても返事は返ってこない。テスト期間ということもあるのか、他の人からの返答もない。誰もいないのかとか思いながらドッグを見て回っていたら、葉留佳は中で作業している人を見つけた。彼はどうやらバイクの部品を整理しながら点検して最中のようである。一つ一つの部品をよし、と確認しながら整備していた。なんだいるじゃん。そう思いながら何回か呼びかけたが何の返答もない。バイクを整備する真剣な様子を見ている分に、無視されているのではなく気が付いていないのだと判断した葉留佳が牧瀬の背後から頭部に手刀を全力で振り落とした。

 

「―――――イッタッ!?何しやがる……ってあれ三枝?お前が来るのは昼からじゃなかったっけ?」

「もう昼だよ牧瀬君」

「マジか?まあ許せ。研究者なんてこんなもんだ。没頭すると時間を忘れてしまう」

「わざと無視しているわけじゃないみたいだし、別にいいよ。それで、私に協力してほしいことって何?姉御からは具体的な話は何も聞いてなくて、何したらいいのか全く知らないんだ」

「その前に少しいいか?」

 

 いきなり本題に入りだそうとした葉留佳であったが、牧瀬は深刻そうな顔でそれを遮った。

 

「昼ごはんにしていいか?昨日の夜から何も食べてないんだ」

 

 牧瀬紅葉が今にも空腹で倒れそうなほどフラフラの状態になっていたため、結局話の前に一緒に食事をとることとなった。異性と一緒に食事と言えば聞こえだけはロマンチックになるが、実際のところは購買で買ったおにぎりを同じベンチに座って無言でもくもくと食べているだけだという。

 

「あー、生き返る。なんかやったら久々にまともなものを食べた気がする」

「もうちょっと生活習慣に気を配ったらどう?あのまま作業続けていたら倒れていたかもしれないよ」

「大丈夫だ、問題ない。ホントに倒れたとしても、人間早々死ぬもんじゃない。ソースは俺」

「前も倒れたことがあったの?」

「徹夜で作業していて力尽きてぶっ倒れた場合でも、たいていの場合死ぬ前には誰か来てくれる。俺の相棒であったり、案外心配性な姉さんであったり。同じ委員会の仲間であったり」

「牧瀬君にはお姉さんがいるの?」

「ああ。といっても血のつながりなんてこれっぽちもないし、書類上の家族関係なんて何もないけど俺はいい姉さんだと思っている人がいる」

「……そういうのって、なんかいいね」

 

 ――――――ああ、まただ。またちょっとしたことで、佳奈多のことを考えるようになってしまう。

 

 別に仲のいい家族というものは格別珍しいものではないはずなのに。ちょっとでもそういうものにお触れてしまうたびに、自分の家族と比較してしまう。お姉さんと仲がいいとか、妹のことを大切にしているだとか聞いてしまうたびに、どうしようもなく悲しくなる。

 

 アメリカでの一件からずっとそうだ。

 

 理子は母親の形見の銃(デリンジャー)を取り戻したいといって、私たちに協力を求めてきた。

 失ってもなお、家族のことを大切に想っている理子の姿を見てからずっと頭にちらついてしまう。

 そのせいで、両親に久々に会いにいこうだなんて普段なら考えられないことを実行してしまった。

 虚しいだけだと分かっていたのに、代用品を求めてしまった。

 きっと今度も理子が取り戻したいと思っているものは家族に関わるものなんだろうな。

 だからこそあんなにも必死で、私にイ・ウーのメンバーだったと打ち明けてまで協力してほしいとなりふり構っていられなかったのだろう。

 

 ―――――私の家族(かなた)を狂わせておいてッ!よくも今までおめおめと私に接していたなッ!!

 

 本当はそう叫びそうになった。

 家族の形見が大切だというのなら、目の前でそれを粉々にぶっ壊してやる。

 一度はそう思い、実際にそれをやろうとした。

 理子がどれだけ家族を大切にしているのか知っているからそこを許せなかった。

 けど佳奈多を目の前に見た瞬間、どうしようもない虚しさが私を支配した。

 超能力を使って理子になにかしようだんて思えなくなっていた。

 

「……どうかしたのか?なんかあるなら話してみろ。聞いてやる」

「ごめんごめん。何でもないから気にしないで」

「いいからとりあえず話してみろ。俺を誰だと思っている。俺はこれでもメンテナンスのプロの保健委員長だぞ。一時的とはいえ俺の助手として働いてもらう奴の心のケアぐらいはサービスでしてやるさ。だから言ってみろ。例えお前を騙してでも元気づけてやる」

「……騙しちゃダメでしょ。でも、ありがとう。内緒にしてネ」

「安心しろ。俺には友達がいないからな。プライベートのことを話すような奴は東京武偵高校(ここ)にはいない。―――――――ホント、一人も」

「あっ、泣かないで牧瀬君ッ!!」

 

 慰められていると思ったら、いつの間にか涙声になった牧瀬君を私が慰めていた。

 うつむいてブツブツと悲しいことを自白し始めるような人ではあったけど、今の葉留佳にはそれが逆に心地よく思えてきた。葉留佳にとって、実のところ相談に乗ってもらうという経験なんて皆無に等しいのだ。お姉ちゃんには迷惑はかけたくないと自己完結していたことも多々あったし、ツカサ君は黙って問いただすようなことをする人ではなかった。

 

 何か力になることができるかもしれない。困ったことが合ったらなんでも相談してくれ。

 

 今まで佳奈多しか信じることができずに育ってきた葉留佳にとって、大人たちのこんな思いやりのある言葉ですら偽善的に感じてしまう。

 

『葉留佳。困ったことがあったらなんでも言ってくれ。娘の相談にはいつでも乗るぞ』

『葉留佳。無理だけはしないでね。悩んだことや行き詰ったことがあったら、いつでも帰ってきていいのよ』

 

 両親からの温かいはずの言葉ですら、葉留佳は素直に受け取ることができないでいる。

 

―――――今まで迎えにも来なかったくせに。

―――――親族連中が死んだからって、今更何をしに現れたんだ。

―――――私の家族は佳奈多だけだ。いくら両親だからって家族面するんじゃない。

 

 自分のことを心配してくれているはずの言葉でさえ、なにか裏があるのではないかと考えてしまう。

 本質的には人間というものを信じることができなくなったからなのだろうか、一周して自分本位な発言が安心して聞くことができる。

 

「じゃあ、ちょっとだけでいいから聞いてくれる?」

 

 何かやってやるだとか、話すだけでも楽になると偽善的な言葉なんか聞きたくはなかった。どうせ何もできないのに、そんなことは言ってほしくはない。だからこそ騙してでも元気づけてやるということを言ったかと思うと、涙目になってしまった人物に何をやっているのだと笑いそうになり、少しだけ心を落ち着けることができた。

 

「私の家族のことなんだけどさ―――――――」

 

 詳しいことは話すつもりはない。そんな気は毛頭ないし、できもしないのだ。

 三枝一族の超能力者(ステルス)たちが皆殺しにされたことだって、知る者は当事者と国の役人くらいのものだ。

 三枝本家の近隣の住人は、情報の操作でも行われたのか一家心中ならぬ一族心中であるとされている。

 本当のことを言ってしまうと迷惑をかけることになる。

 だから姉御と慕っている来ヶ谷唯湖にも、葉留佳の口からは一族のことは言っていない。

 葉留佳が牧瀬に話したのは、ありふれた家族仲のこじれのようなものだった。

 

「……ちょっとした昔話を聞かせてやる。ある一人の天才科学者の話だ」

 

 葉留佳が一通り話した後、ずっと黙って聞いていた牧瀬の口から出たのはそんな言葉だった。

 可哀想だなとか同情でもされるかな、とか思っていただけに意外だと思ったものだ。

 

「あ、言っておくが俺の話じゃないからな!!確かに俺は天才科学者だけど俺の話じゃないからな!!」

「なんで二回言ったの?」

「大事なことだからだッ!!――――まあいいか。その天才のそもそも科学者になろうとした理由ってのは、当時科学者であった父親のことが大好きだったかららしい。父親がやっていることに興味を持って、いつしか力になってあげるんだと科学者の道を歩み始めた」

「……素敵な理由じゃない?」

「ところがだ。ちょっとした問題が起こり始めるんだ。その子は天才すぎたんだよ。小学生の時点で大学教授である父親を完全論破してしまうほどのぶっちぎりの天才だったんだ。子供ながらの無邪気さが抜けていなかったせいで父親の論文の矛盾点をひたすら挙げていって否定してしまい、父親の自尊心を気づ付けていることすら気が付かなかった。そしていつしか家族仲はほぼ断絶状態になった。この幼い科学者がどんなに家族を愛していても、一方通行の家族愛でしかなくなった」

「それは……」

 

 悲しい話だなと思った。

 力になってあげたくて、努力した結果待っていたのはすべて失うなんてことになった。

 その科学者はいったいどんな気分だったのだろうか。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうかと嘆いていたのか。

 それとも今の私と同じように、何も気づいてあげられなかった自分を責めているのだろうか。

 

「気が付いたときにはもう遅かった。何をしようにも疎まれる。頑張って何かを成し遂げても素直に誉めてもらえない。挙句の果てには、才能への嫉妬が原因でナイフで殺されかけた」

「……それからどうなったの?」

「その時は偶然通りかかった奴に命を救われたらしい。少女マンガに出てくる王子様のようなかっこいい登場の仕方はしなかったらしいけどな」

 

――――――やめろッ!!

 

 な、なんだ貴様はッ!?

 

――――――フハハハハハ。混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者。そして、お前の野望を打ち砕く者。

知りたいか?我が名は、

 

「その科学者は親になった時、自身の父親とのことみたいなことが起きないか不安になったらしい。愛しているのに、それが一方通行の愛でしかなくなってしまうことが怖くなった。だから息子が科学者になりたいと言ったとき、素直に応援することができなかったみたいだ」

「それは、仕方のないことなんじゃない?」

「そうだ。悲しいことだけど仕方のないことなんだ。でも結局、天才科学者が父親のことを嫌いになれなかったように、息子は精一杯の愛情を注いでくれた母親のことを大好きという気持ちは何があっても変わらなかったらしい。その、つまり……なんだ?」

 

 牧瀬君は口を顔を背けた。

 言いたいことをうまく言えないというわけではないみたいだった。

 照れくさくてできることなら言いたくない。そんな感じに見えた。

 頭をかいて、そっぽを向いてちょっとだけ恥ずかしがりながらも牧瀬君は言った。

 

「お前が家族との間にどんなものを抱えているのかを俺は知らないが、お前は家族のことを大切に想うことができる人間だ。今後どんなことがあったとしても、そのことだけは誇りを持つべきだと思う」

「私は、間違っていないのかな?」

「何が正解で何を間違いだと思っているのかは知らん。けど、お前が家族を大切に想う気持ちだけは何があっても間違いじゃない。そんなことあってたまるか」

「そっか。……ありがとう」

「ふ、フフフ。そうか。ころりと罠にハマったわ。これでお前は作戦に支障をきたすことなく行動できる。計画通りというものよ。それもそのはず、この鳳凰院喪魅路に不可能はないのだからなッ!!」

 

 さっきまでの優しく語り掛けるかのような雰囲気とは一転し、牧瀬君は顔を合わせずにふざけたようなテンションで話し始める。言動だけならひどいようなことを言っているが、葉留佳には一種の照れ隠しのように思えた。

 

「では、さっそく作戦を説明する。いいか、これは重要なミッションだ。失敗は許されないぞ」

「うん、何をすればいいの?」

「その前に確認だ。まず、生物学者の小夜鳴教諭を知っているな?」

「うん、私は選択科目で物理じゃなくて生物を選んだし。小夜鳴先生がなにか関係あるの?」

「無論だ。では本題のミッションの説明の入ろう」

 

 牧瀬君がこっちに振り向く。いつの間にか牧瀬君の顔はイケメンを台無しにするくらいに瞳を充血させて、口をアヒルのように尖らせる歪んだ顔芸を披露していた。

 

「俺とお前で、あのクソイケメンの化けの皮を剥がしてやるッ!!!」

 

 嫉妬に狂ったような顔を見て、私は牧瀬君に感謝する気持ちがなくなった。

 

 



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Mission86 理子と佳奈多

遊戯王の新OPにジャック出演おめでとう!!
EDは見た瞬間にランサーズが仲良し八人組にしか思えなくなった!!
まさか忍者がレギュラーメンバー入りとは……。

ヒロインはもうセレナでいいんじゃないか、うん。
アイドルセレナ可愛かった。
あと、不審者は全力で私の腹筋を壊しにきました。

元キング登場でリゾネーター強化があると思いますが、お願いですからディフォーマーも新規ください!!
スマホだけじゃ環境相手じゃどうしようもないんです!!


 ―――普通じゃない。

 

 午前中の一般教科のテストを終わらせた遠山キンジの頭痛は絶えることはなかった。原因は目の前で繰り広げられているスポーツテストにある。競技自体は普通の50メートル走や反復横跳びだ。そこまでは問題ない。だが、集まっている連中が普通ではなかったのだ。

 

 香港マフィアの愛娘で口調が死ねと殺すの人間バンカーバスターの強襲科(アサルト)教官、蘭豹。

 蘭豹の親友で授業中の今もタバコらしきものを吸ってラリっている尋問科(ダキュラ)の綴。

 背後に立ったというだけで生徒に手刀を叩き込み骨折させたことがある、狙撃科(スナイプ)の南郷。

 諜報科(レザド)のチャン・ウー先生に至っては来ているらしいが姿すら見えない。声は聞こえるのに。

 

(……そういえば、結局あれから教務科(マスターズ)は何もしなかったな)

 

 二木がイ・ウーのメンバーであったということを知ってから、キンジはもちろんそのことを教務科(マスターズ)に連絡した。だが、それからの反応は何もない。それどころか政府の役人がやってきて司法取引の書類を持ってきた。二木がイ・ウーということは公言するなというものだ。いくらなんでも対応が早すぎる。いくら委員会連合に所属する風紀委員長だからって、そんな権限があるのだろうか。

 

(あいつひょっとして、司法取引を終えているのか?)

 

 二木の奴が司法取引を終えているというのならまだ納得ができることであるが、どうにも分からないことが多すぎる。何かあいつのことを知っている奴にでも話を聞く必要がある。そうしないと危険なことに無自覚のまま足を踏み入れかねないと思った。これといった根拠は特にないが、あえて言うなれば武偵としての勘といったところだろうか。他学科の生徒たちが走っている姿をぼんやりと見つめながら考え込んていたキンジであったが、ふと二木のことを知っている人物に遭遇した。

 

「あ」

「あ」

 

 そうだ。どうして忘れていたんだ。こいつがいたじゃないか。

 キンジの知っているイ・ウーのメンバーというのは、何も理子だけじゃない。

 初めて会った時のように鎧で着飾っているわけではなく、東京武偵高校指定の体操服を着ているがこいつも仲間だった。

 

「おいジャンヌ。お前何をやっているんだ」

「何って、スポーツテストに決まっているだろう。お前はそんなことも分からないマヌケだったのか」

「マヌケだということは否定しないさ。よくよく考えてみればあの地下迷宮に潜るときに二木と仲良さげであったことにちょっとして顔身知りという説明を受けただけであとは何の疑問を抱かなかったんだからな」

「なんだ。佳奈多の奴、お前達に自分の正体をバラしたのか」

「そもそも隠す気なかったようにも思えるがな」

 

 今思えば、あいつが自分がイ・ウーであるということを命をかけてでも隠し通すだけの秘密であるとは考えていないように思う。普通にジャンヌと親しげに話している様子は、まるで友達のようであった。憎まれ口を叩いていたが、二人の間に嫌悪感などは存在していなかったように見えた。

 

 もしも二木佳奈多がアリアを本気で騙そうと思えば可能だった思う。イ・ウーと共に戦う仲間として近づいて、信用を勝ち取ってから裏切る。

 

 確かにアリアは勘のいい方であるが、諜報科(レザド)Sランクである二木にはこの手のことはお手の物のはずだ。この手のプロを相手にするなら、さしものアリアとて分が悪い。アリアは何だかんだで一度気を許した人間には甘いところがある。実際佳奈多相手であの時一番戸惑っていたのはアリアだ。もし二木が本気でつぶしにかかってきていたら、何の抵抗もできずにやられていただろう。

 

「確かにイ・ウーでは話すことを禁じられているわけではないからな。佳奈多は強いし、そこらへんに気を配っていないのかもしえないな」

「……そうだったのか?もっと上下関係が厳しい組織だと思っていたのだが」

「知りたいのか。イ・ウーのことを」

「アリアも理子も何も教えてくれないんでな」

「ふむ。イ・ウーは知っているだけで身に危険が及ぶ国家機密だからな。だが私はむしろ教えて、私をこんな目に合わせたお前を奈落の落とし穴へと叩き落してやりたい。だから教えてやろう」

「ならこんな往来で話していていいのか?」

「別に問題ないだろう。確かにイ・ウーは死闘を禁じていないから話す内容によっては私が狙われてしまう。だが、私が話すのはさしあたりのない内容程度のことだ。誰かに聞かれたとしても、私の身の安全に支障はない」

「狙われたとしても、お前ほどの力があればどうとでもやりすごせるだろう」

「――――――ムリだ」

 

 ちょっと皮肉を込めていったつもりだったのに、ジャンヌはやけにはっきりと首を横にと振った。

 そしてキンジが聞きたくなかったことを断言する。

 

「私の戦闘能力は、イ・ウーの中でもっとも低い部類に入るのでな」

「嘘だろ?」

「こんな悲しい嘘をついて何になる」

「まさか二木の奴も弱い部類に入るのか?」

「佳奈多は違うぞ。あれはイ・ウーでも最強候補の一人だ。極東エリア最強の魔女とか呼ばれている奴だぞ。そんな奴が弱いわけがない」

「ちょっと安心したよ。あれより強い奴が何人もいると思うとゾッとする」

 

 認めたくはないが、二木は強かった。

 Sランク武偵であるアリアや、同じく超能力者(ステルス)である葉留佳を同時に相手にしても焦りすら見せなかった。

 ちょっとした遊び気分で剣を握りしめていた。

 

「元々イ・ウーという場所は、全員が教師であり生徒でもある。天賦の才を神から授かったものが集い、技術を教えあい、どこまでも強くなる。いずれは神の領域まで。イ・ウーとはそういう場所だ。だから実は理子に戦闘技術を叩き込んだのは佳奈多だったりする」

「何が目的なんだ?」

「組織としての目的はない。目的は個々が自由に持つものだ」

 

 コンセプト自体は悪くない。むしろいいようにすら思える。

 自分のできることを人に教えあって、互いに切磋琢磨する。

 問題は、ソイツラが遵法精神のかけらもない連中だということぐらいだろう。

 

「そういえばお前もなんだかんだで二木の奴と仲よさげだったな」

「私達は仲はわりといい方だと思うぞ。もちろん中には会うだけで間違いなく殺し合いを始めるような仲の連中もいるが、私は努力家の理子のことが好きだし、佳奈多は魔女とは思えないほどに何もしなかったが話せば分かる奴ではあったからな」

「は?理子は努力家?それに、二木は何もしていなかった?」

「佳奈多がイ・ウーに来た当初、ぼんやりとしているばかりで何かしようとはしていなかったんだ。どこか上の空だし、何考えているのか分からなったな」

「二木のイ・ウーでの目的は何だ?」

「さあ?それは分からん。案外目的がないようにも思う。弱体化した超能力を取り戻そうとすることもなく、ベッドに寝転がりながら本でも読んでいることが多かったからな。あいつはやる気を出せば間違いなく最強を目指せるのに、その気はまるでない」

「弱体化?いったい何のことだ?」

「ん?知らなかったのか?佳奈多の超能力は弱体化している。単純な強さだけだったら、イ・ウーに入る前の方が強いだろうよ」

 

 ジャンヌの話を聞いてキンジの二木に関しての疑問が解消されるどころが増した。

 貪欲に力を求めていたわけでもない。そして、何かイ・ウーに加入してから何かしようとしたわけでもないという。あの夜実際に対峙して思ったのは、佳奈多はアリアのことも、そしてイ・ウーのことでさえどうでもいいと考えている節があるようにすら見える。

 

「私も佳奈多についてそう詳しいわけではない。あいつは他人の過去を探ろうとはしなかったと同時、自分の過去を話そうともしなかったしな。ただ自由を手に入れたとは言っていた。もしかしたらイ・ウーには目的があって入ったのではなくて、イ・ウーに入ること自体が目的だったのかもな。そうだとしたら理子とあれほど気が合う理由にも合点がいく」

「自由?」

「ああ。理子は少女の頃、監禁されて育ったのだ。理子がいまだに小柄なのはその頃ロクに食べ物を食べさせてもらえなかったからであり、衣服に関して強いこだわりがあるのは当時ボロ布しか纏うものがなかったからだ」

「ウ、ウソだろ?リュパン家は怪盗の一家とはいえ、世紀末の大怪盗として名を馳せた高名な一族じゃないか」

「リュパン家は理子の両親の死後、没落したのだ。財宝は盗まれてロクに残っていないそうだ。ちょっと前、アメリカで理子は母親の形見の銃を取り戻したそうではあるがな。ともあれ両親が死んでから、まだ幼かった理子は親戚を名乗るものに『養子に取る』と騙されて、フランスからルーマニアへと移り、そこで囚われて監禁された。そういう過去があったから佳奈多は理子に共感したのかもしれないな。あいつもきっと、超能力者(ステルス)を受け継ぐ一族に生まれ落ちてロクな目に合ってはいなかったようだしな。白雪を思い返してみろ。この間の一件でいろいろ吹っ切れたのだとしても、何かと不自由な宿命を背負わされた奴だとは思えないか?」

 

 白雪のことを考えてみる。もしも白雪が『かごのとり』だなんて称されることが嫌になって、自由を手にするんだと言ってイ・ウーに入ろうとしたら、俺は白雪を止められるのだろうか。白雪は俺にありがとうって感謝の言葉を口にしてくれるが、その実白雪にしてやれたことなんて何もないのだ。あいつは不満を口にすることもなく、ただありがとうって微笑んでいた。

 

――――――いや、そうじゃないだろキンジ。お前はちゃんと思い返せ。

 

 分かっている。本当は気が付いている。白雪は大人しくていい子だ。大人たちはみんなそう口にする。でも実際は違うのだ。白雪はいい子だから、あいつは文句を言おうとすらしていなかったんじゃない。文句を言おうとすることさえ、きっとあいつには考えられなかったんだ。外の世界のことを全く知らない籠の中の鳥。本当によく言い表している言葉だ。あいつはきっと、ささやかな幸せを受け取るだけで自分には過ぎたものだと思うのだろう。そんなものは所詮は閉じた幸福に過ぎないのに。

 

 もしかしたら、白雪にとっては星伽神社なんかと完全に手を切ってイ・ウーのメンバーとなり、自由を手に入れていた方があいつは幸せだったのではないかとふとキンジは思ってしまった。

 

(……でも、それは嫌だな)

 

 けど。その方が白雪にとっていいことだとしても、それで目の前からいなくなってしまうのは嫌だった。

 たとえそれがキンジのエゴでしかないのだとしてもだ。

 

「それでも、お前たちに白雪を渡さなくてよかったと、俺はそう思っている」

「そうか。それは残念だ。ともあれブラドは檻から自力で脱出した理子を追って、イ・ウーの現れたのだ。理子はブラドと決闘したが敗北したが、成長が著しかった理子に免じてある約束をした。初代リュパンを超える存在にまで成長し、それを証明できればもう手出しはしないというものだ」

「なんでそんなことをする必要がある?そのブラドってやつを倒ればいいだけじゃないか」

「ブラドは人間ではない。言うなれば鬼だ。忠告しておくが、もし潜入先でブラドに遭遇したら、作戦を中止して即刻逃げろ。絶対に勝てない。かつて先代の双子のジャンヌ・ダルク達がブラドを純銀の銃弾で撃ち、聖剣デュランダルでついたが奴は死ななかったと記録にある」

「ちょっと待て。先代っていつのことだ?」

「120年ほど前のことだ。言っただろう?あいつは鬼だとな。ブラドが敗れたのは、イ・ウーのリーダーと……あとは佳奈多と戦ったときぐらいか。佳奈多の場合は中断されたからなんともいえないが、あれは実質勝ってたようなもんだしな」

「二木がブラドってやつと、戦っていた?一体どうやったんだ?」

 

 佳奈多の戦闘というものをキンジは一度この目で見ている。何というか、魔女らしい戦いをしているとは思わなかった。武器はナイフに爆弾といった科学丸出しのものだったし、魔女らしいというだけなら炎を出したり氷を作ったりしている白雪やジャンヌの方がそれっぽい。何か特別なことをしたのだろうか。

 

「ブラドを倒すには、全身に四か所にある弱点を同時に破壊しなければならないらしい。四カ所のうち、三カ所までは判明している。以前ローマ正教のが誇る聖騎士(パラディン)に一生落ちない『目』の紋様をつけられてしまったみたいでな」

「どうやって戦ったんだ?いくら超能力があったって、残りの一か所も同時に破壊なんて無理だろう」

「……遠山。お前は『青髭危機一髪』というおもちゃを知っているか?」

「あたりが出たら飛び出すおもちゃだろう?それがどう……まさか」

「そうだ。佳奈多は現時点で判明している三カ所を剣で貫いて抜けないようにし、最後の一か所が出るまでひたすら剣を刺し続けた。当時は蘭幇(ランバン)っていう組織が武器の売り出しに来ていたから剣の数には困らなかったんでな。イ・ウーのリーダーが止めなければどうなっていたのか分からない。止めた時にさえ、ブラドの身体には何十本という剣が身体に刺さっていた。佳奈多のことはまだよくわかっていなかった頃の話だが、あの時は佳奈多のことを正真正銘の魔女だと思わざるをえなかったね。返り血で真っ赤に染まったあいつに私は何も声をかけることができなかった」

 

 当たりが出るまで何十本も剣を刺し続ける。

 いくら相手が人間ではないとしても、そんなことまともな人間がやることではない。

 例えば山奥に熊が出たとする。

 対峙しなければならなかったとして、何発も銃を撃つことができるだろうか。

 技術的な問題ではなく、生きているものに対してそんなことをまともな人間ができるのだろうか。

 

(……どんな環境に育ったら、そんなことができるようになるんだッ!?)

 

 思い返して見ると、おかしいと思ったのはあいつだけではない。妹葉留佳の方だって変だった。

 もし、もしもあの姉妹に起きたことが自分の兄弟で起きたことだと考える。

 代々『義』のために戦ってきた遠山一族の宿命に疲れ果てて、自由を手にするためとか言って兄さんが家族親族たちを皆殺しにしたら、俺は一体どう思うのだろうか。父さんはずっと前に殉職したし、母さんはまだ俺が小さいときに病死した。じいちゃんは生きているけど、一緒に住んでいるわけじゃない。俺にとって家族とは、ただ兄さん一人だけだった。

 

 そんな兄さんが、親族たちを手にかけたと知ったてもなお、犯罪者となってもなお大切に想えるのだろうか。

 

―――――無理だろうな。

 

 アンベリール号事件で死んだと聞かされた時でさえ、どうして俺を一人にしたんだと恨み言を言いたくなることがあった。

 

 なのに、二木の妹は、三枝葉留佳は親族たちのことを責めるそぶりは見せなった。

 お願いだから私を一人にしないでくれと、泣き叫んでいるようにも見えた。

 親族たちを殺した姉ではなく、変えてしまったイ・ウーを憎んでいた。

 たった一人の家族のことを、失ってもなお求め続けている。

 

(……失った家族のことを求め続けているのは、俺だって変らないか)

 

 武偵をやめて、一般高に通う。それは今のキンジの目標だ。

 その目標も、今後は見直す必要が出てくるかもしれない。

 そもそもキンジが武偵をやめようとした理由は大好きだった兄が非業の死を遂げたから。

 もしも兄さんが理子の言うように生きているのだとしたら、自分は一体どうするのだろう。

 

 葉留佳のように、変わらず家族を大好きなままでいられるのだろうか。

 それとも、それともキンジは――――――

 



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Mission87 赤茶髪の少年

遊戯王の新作映画に、AIBO役として風間さんが出演するそうです!!
一時はどうなるかと思いますが、遊戯はやっぱ風間さんボイスじゃないとしっくりきません!!
やったZE!!
原作終了後の話だから、王様はメインでは出ないのかもしれませんが、きっと回想で出るでしょう。デュエルで……笑顔を……。

またGちゃんがヒロインするのかもしれませんね(すっとぼけ)





 午前中は一般科目のテスト。そして午後からは体力テストと身体検査。

 時間割によれば、すべてのテストが終わった後にちょっとした一般教科の科目の補修テストがで行われているらしい。民間からの依頼(クエスト)を受けていたなどが原因で武偵高校の生徒たちが授業に出られないというケースが多々あるため、単位制で進級や卒業の可否を決めている武偵高校のちょっとした救済措置の一つであるとのことだ。

 

 いくら救済措置とは言ってももらえる単位は0.1単位。しかも一教科しか受けられないという制約付きなのでどの科目を選ぶかはしっかりと考えなければいけないのだが、三枝葉留佳は迷うことなく生物のテストに参加した。彼女自身先日提出であった生物のレポートを出していないということもあり、牧瀬の宣言とかは関係なしにどのみち生物の授業を取るつもりだった。彼女にとってはたとえ0.1単位といえでもバカにはできない。ここで確保できるのならしておきたいものなのだ。とはいえ、

 

「ほらほら皆さん。騒がないでちゃんと着席してください。ほら、TPOをわきまえて」

 

 ポンポン、と手を叩いながら周囲を囲んでおる教師の姿を見ながら、牧瀬君が言ったことは本当に正しいのかと葉留佳は疑問に思っていた。彼が言うには、小夜鳴先生はどこかの組織からの回し者だという。

 

(小夜鳴先生の他にも怪しい人ならたくさんいると思うけどなぁ……)

 

 牧瀬君が言うには、どうも教務科(マスターズ)に敵が潜り込んでいることはどうやら間違いないらしい。

 今後のプランを話し合ったときにその理由は教えてくれた。

 

「敵って誰にとっての敵?」

「具体的に言うなれば、来ヶ谷のことのイギリス清教や俺の委員会だな。アドシアード開催直前にあった花火大会で謎の魔術師が現れたことは知っているだろう?」

「うん」

「そいつが探していたであろう錬金術師のアジトがついこの前発見されたんだ。問題となっているのは、その場所への入り口が教務科(マスターズ)だったことでな、そんな場所に入り口を作るなんてことは教務科(マスターズ)の中に協力者がいないとそんなことはまずできないはずなんだ」

「……その協力者が教務科(マスターズ)の人間ということは確定なの?例えば寮会のメンバーだとかさ」

「寮会のメンバーは確かに教務科(マスターズ)に入り込める。けど、そんなことをやろうとしたらどうしても時間切れになる。教務科(マスターズ)に入り込めるだけで、時間いっぱいのタイムオーバーだろうさ。それに、寮会には俺の協力者がいる。協力者が寮会のメンバーならとっくに分かっているさ。本当なら俺と来ヶ谷で探すつもりだったんだが、あいつは生憎と別の要件が入ったみたいでな。俺の委員会もこっちに人手を回すだけの余裕はないし、俺とお前でやる」

「牧瀬君って、協力しあうほど姉御仲良かったっケ?」

「イギリス清教の副団長が俺の委員会の関係者なんだ。その関係で仕事上の付き合いはある。だから有事には協力し合うことになる。プライベートでは何もないぞ」

「確かに。アメリカでもさっさと帰ろうとしてたもんね……」

 

 牧瀬君だけでなく、姉御も教務科に敵がいるって判断しているのなら、それは事実なのだろうと葉留佳は思う。

 姉御の勘はよく当たり、そうそう外れることもない。むしろ、今まで外れたところを見たことがない。

 だから教務科(マスターズ)を探るということについての納得はできたのだか、

 

「でも、なんで小夜鳴先生が怪しいの?姉御が何か怪しいって要素見つけたの?」

「いいや、小夜鳴に目を付けたのは俺だ。いいかよく考えてみろ。女子にモテ、イケメンで、礼儀正しく誰にでも敬語でしゃべって心優しく女子にモテる。そんな奴が現実にいると思うか?いやッ!!断じてそんなリア充はいないッ!!いてたまるものかッ!!あいつは化けの皮をかぶっていると、狂気のマッドサイエンティストであるこの俺の直観は告げているのだッ!!」

「え、そ、そんな理由?他には、他には理由はないの!?」

「ない。以上が俺が小夜鳴が怪しいと思う理由のすべてだ。分かったら奴を監視していてくれ。念のためにお前にはこの発信器を渡しておく。いざという時はこれの信号を追って俺が自ら助けに行くから安心してくれ」

「科学者に助けに来てもらってもなぁ……」

 

 牧瀬君が告げた根拠としている理由がひどすぎるため、どうにも葉留佳には小夜鳴先生が悪者だと決めつけることができないでいた。

 小夜鳴先生は非常勤講師ということもあって、こういった特別講義にしか顔を出さないらしい。

 確かに普段の授業の受け持ちがない分、自由な時間があるという点は怪しい要素となりうる。だが現時点ではそんなものはただの決めつけの域を出ない。犯人はコイツと断言している牧瀬紅葉には私怨が少しだけ入っていそうだし。

 

『遺伝。親の特徴が子に伝えられる遺伝。その法則について学ぼう』

 

 考えてばかりいても仕方ないので、映画館のように広い情報科(インフォルマ)の大視聴覚室の真ん中ぐらいの席に座って、受け取ったテスト用紙であるプリントを見ることにした。プリントによれば、これから『遺伝学』についてのDVDを上映するらしい。それをちゃんと見て、問題文の空欄に当てはまる内容を書き取りせよとのこと。

 

『あるパーティで、女優のマリリン・モンローがアインシュタイン博士にこう言った。「私の美貌とあなたの頭脳を兼ね揃えた子供ができたら、素晴らしいと思いません?」プロポーズともとれるマリリンの言葉に、アインシュタイン博士はこう切り返した―――――――「やめておきましょう。私の顔とあなたの知能を持つ子供が生まれるかもしれませんよ?」……このジョークは我々に、「遺伝」と「変異」を学ぶ上でのヒントを与えてくれる』

 

 ナレーションが始まったので小夜鳴先生のことはひとまず置いておいて真面目にプリントに取り掛かることにした。葉留佳にとっても0.1単位は貴重な単位であることには変わらないのだ。単位がかかっているせいか、それともいつになく最後まで真面目に聞いていたせいか分からないが、講義が終わった後も遺伝によって受け継がれたものについて考えてしまうこととなった。

 

(遺伝かぁ。もし私達が超能力なんて受け継ぐ一族なんかに生まれなかったらどうなっていたのだろうなぁ)

 

 生まれの不幸を嘆いても仕方のないことではあるが、もしもの未来に思いを寄せずにはいられない。

 もしも超能力なんてなかったら、一族が公安委員会だんて設立するはずがない。

 もしも超能力なんてなかったら、佳奈多だって武偵にはならなかった。そんな必要はない。

 そして、佳奈多が狂ってしまってイ・ウーのメンバーになって私の前からいなくなることだってなかった。

 葉留佳が手にした超能力は、確かに自分でも便利な能力だとは思う。

 けれど本来こんなものはいらなかった。本来武偵として生きていくつもりなんてなかったのだ。

 はぁ、と誰が悪いでもないことを理解しながらも、葉留佳は深いため息をついてしまう。

 

「三枝さん」

 

 気分治しに大好きなオレンジジュースでも飲もうかと思い、自動販売機にやってきた葉留佳に声をかけてきたのは彼女と同じく超能力調査研究科(SSR)の学科の生徒であった。

 

「白雪姫じゃん。このはるちんに何か用ですカ?」

 

 星伽白雪。その東京武偵高校の生徒会長もやっている模範的な優等生だ。けど、もともと超能力調査研究科(SSR)の風潮として、閉鎖的ということもありあるせいか同じ学科に所属していながらも葉留佳と白雪の間に接点はあまりない。最も、葉留佳自身白雪を警戒して避けていたというものある。

 

『ん?超能力調査研究科(SSR)に入りたい?なんでまたそんなことになったんだ?』

『いや、ちょっとおねぇ……その、知り合いがそこに復学してきまして、様子を見に行くにはどうしても同じ学科の方が都合がいいと思うのデ』

『いいぞ。私が推薦状を書けばいいだけの話だ。どのみち君は超能力者(ステルス)というものを知らなさすぎる。いくらイギリス清教の人間だ言っても、その手の専門ではない私が教えるのも限界があるし、いっそ自由履修じゃなくて専門履修に変更したらどうだ?』

『そんなことできるんですか?』

『できるできる。権力でねじ込んでやる。どのみちあそこの資料を使うために私の身内を誰か入れる必要があると思っていたからな。葉留佳君が行ってくれるなら、私も一つ手間が省けたというものだ』

 

 もともとの専攻学科が超能力調査研究科ではない葉留佳が今超能力調査研究科にいるのは、イギリス清教のメンバーである来ヶ谷唯湖が閉鎖的な超能力調査研究科の資料の観覧権限が欲しくて身内に推薦状を書いたということになっている。そのせいもあり、葉留佳は自分が超能力者(ステルス)ということを隠している。自由履修でとっている理樹とあわせて実技は仲良く(?)落ちこぼれているのだ。

 

『けど、いいか葉留佳君。その超能力は人前では絶対に使うな。見せびらかすようなことをすると、危険なことに巻き込まれかねない。ただでさえ汎用性が高すぎる能力だ。利用しようとする輩が次から次へとわいてくることだって否定できない。三枝一族が滅んだということになっているのなら、わざわざ生き残りがいると宣言するような真似をすることはない』

『でも、どうしても使わなきゃいけない時が来たら?』

『人生を棒に振ってもいいと思ったときは好きにしたらいい。それは葉留佳君の人生だ。私が口出せるようなことじゃない。けど、気を付けろよ。三枝一族に生き残りがいるってバレたら色んな奴が近づいてくるだろう。復讐を手助けする代わりに仕事をしてほしいとか、容易に裏社会に引き込まれたくなかったらな』

『姉御は、やらないんデスカ?』

『私か?私はこの三年の高校生活は自分勝手に好き勝手やらせてもらうんだ。別に組織最優先とか考えてないからそんなことしないさ。ああ、あと星伽神社の白雪姫には気を付けろよ。超能力を使わなくても下手なことしたら一発でバレる。自分が超能力者(ステルス)だってこと、少しでも気取られるんじゃないぞ』

 

 姉御に警告されるまでもなく、滅んでしまった三枝一族であることをわざわざ周囲に伝えるつもりはなかった。同情されるのだって嫌だったし、あれやこれや聞かれるのも言われるのも嫌だった。だからこそ引いていた一戦だったはずなのに、白雪が意を決した表情でそれをそれを飛び越えてくる。

 

「三枝さん、あなた……あの三枝一族だったんだね」

「あの、と言われても、何のことだか分からないですネ」

「人目を気にしているのなら大丈夫だよ。人払いの結界を張ったから。これでしばらくは誰も近づいてこないはずだよ」

 

 言われて葉留佳は周囲を見渡した。

 いくら屋外にあるとはいえ、この場所自動販売機の前であるのに近づいてくる人間の影も姿も存在しない。

 星伽神社は制約が強すぎるせいで不自由があると聞いていた葉留佳には、今白雪がこうして強硬策に出たことを意外に感じていた。

 

「キンちゃんから聞いたの。あなたが、そして二木さんが三枝一族出身だってこと。そして、一族を滅ぼしたイ・ウーの魔女の正体を」

「それで?生き残りである私に何か用?言っておくけど、壊滅した四葉公安委員会のことならほとんど知らないヨ。むしろ私が聞きたいぐらいだ」

 

 葉留佳は最初は穏やかに、いつもいつも通りの笑顔を浮かべていたはずなのに、いつしか葉留佳の表情はこわばっていく。対して白雪は普段のしっかりとした優等生としての姿はなく、葉留佳に気を遣うように一つ一つ言葉を選んで問いかける。

 

「そんなことじゃないの。三枝さん、場合によってはあなたに謝らないといけないことがあるの」

「……?」

「三枝一族が滅ぼされた数日前に、星伽神社にやってきた少年がいる。タイミングから考えて、きっとあなたと同じ三枝一族の人だったんだと思う。いや、そうとしか考えられないの」

「―――――――名前は?」

「分からない。事情があってアポを取るわけにはいかなったって言ってたみたいだし、そもそもそんなこと聞きもしなかったみたい。その人の特徴として分かっていることは、赤茶髪の髪をしている同年代の男の子だったということだけ」

「赤茶髪?」

 

 白雪の質問に対して葉留佳は何も答えなかった。白雪が恐れているように葉留佳の機嫌を損なったわっけではなかったが、関係ないと切り捨てることはできないことだった。

 

(星伽神社?そういえば、親族たちが四葉の屋敷に訪ねてきたあの日、ツカサ君が青森行きの新幹線のチケットを取っていたってあいつらは言ってような……どうだったっけ?あの日はお姉ちゃんがおかしくなってしたし、それどころじゃなかったからよく覚えてないや)

 

 けど生憎、葉留佳には白雪の言う赤茶髪の髪をした人物に心当たりがない。

 白雪の推測は見当違いのものだろう。そんな奴は一族にはいない。

 残念だが、白雪に教えてやれることは何もない。

 

「……もしその子が三枝一族の関係者だったなら、私達星伽神社に助けを求めてやってきたというのなら、私たちはあなたたちを見捨てたことになる。三枝一族だって壊滅状態にならなったのかもしれない。だから、一言だけでも謝罪がしたくて……ごめんなさい」

「白雪姫はずいぶんと優しいんだね。知らん顔をしていればわざわざ不愉快な思いだってしなくて済むのにこんなことを言ってきてさ。でも、生憎と私はその赤茶髪の人間に心当たりはないや。だから白雪姫が気に病むことは何もないよ。きっと私達とは何の関係もない人だろうし、もし関係者だとしたら余計にそんな言葉は聞きたくなかったかな」

「どうして?やっぱり許すつもりなんて毛頭ないから?」

「いや、私はそもそも白雪姫のことを恨んでなんかいない。そもそも今言われたことなんて、初耳だったからあ、そうですかという感じで特に思うこともない。何を言っているのかまるで理解できない。だけど、思いもしていない同情は聞いていていいものじゃないから、もう二度と言わないでね」

「私は別に、三枝さんに同情しているわけじゃ……」

 

 葉留佳は気が付いているだろうか?

 何とも思っていないと、いつもと変わらない笑顔を浮かべているつもりの彼女の笑った顔が、どこか壊れたものに変わっていることに気が付いているのだろうか。

 親族たちが死んだことを残念に思われている言葉を聞いているはずなのに、心が不愉快になっていく状態に気が付いているのだろうか。

 

「白雪姫。お願いだから惜しむようなことを言わないで。あいつらにそんな優しい言葉をかける必要なんてないんだから。あいつらがそんな気遣いの言葉を受け取ることができるような連中にしないで。むしろ、笑ってやればいい。ああ、よかったと、安心して微笑んでいればいい」

「安心?いったい何に安心できる要素があるというの?」

「だってそうでしょう?うちの一族が滅んだのは、どこかの魔女に目をつけられた結果じゃない。言ってしまえば単なる内輪もめに過ぎないんだから。私のかなたは理由もないのに星伽神社を滅ぼすことはないだろう。だから、白雪姫は笑えばいいんだ。ああこれで、星伽神社が三枝一族を滅ぼすだけの力を持った魔女に狙われることなんてないんだなって安心して微笑めばいいんだ」

 

 この言葉が決定的であった。

 白雪は自分自身の中にあった違和感の正体を知る。

 もともと三枝一族が滅んだことに勝手に罪悪感を感じているのは白雪であり、それは筋違いのものであるとは彼女自身分かっていた。けど、肝心の葉留佳には一族が滅んだことに対しての反応が薄い。薄すぎたのだ。

 

「三枝さん……あなたもしかして、自分の親族たちが殺されたことに対して何も感じていないの?」

「あいつらが死んだからってどんな反応をすればいいの?泣けばいいの?それとも怒ればいいの?ねえ白雪姫。あなたは親族連中が死んで、周りがどんな反応だったか知っているの?」

 

 三枝一族が壊滅したと初めて白雪が聞いた時は信じられなかった。そしてすぐに恐怖へと変わった。

 あの戦闘能力に特化した三枝一族ですら敵わなかった魔女を相手に狙われたらどうなるのだろうという恐ろしさで眠れない日が多々あった。

 

「いい気味だ、だってさ。一族心中ってことでつたえられた近隣住人の反応はそんなものだったよ。私もあいつらに関してはどうでもいいんだ。かなたさえ変わらずいてくれたのなら、これ以上ないハッピーエンドだったんだ。嫌な奴がみんな消えて、大好きな人がずっと一緒にいてくれるんだ。ほら、素敵な話でしょ?」

「三枝さん……」

「あと、さっきから気になってたんだけどさ。白雪姫だって四葉公安委員会が壊滅したことについても何も思ってないんでしょ?星伽神社の前にやってきたっていう見ず知らずの人を見捨てたんだっていうよくわからない罪悪感があるだけで、別にその人のことだって何も考えてない。こんなところまで優等生しなくてもいいんじゃない?」

「私は別に、優等生として行動しようとしているわけじゃ……」

「じゃあなんでこの子の特徴で分かるのが髪の色だけなの?さっきから聞いていたら、人から聞いただけの話で当事者ではないようにも聞こえる。ねえ、ひょっとしてその子の顔も見たことないんじゃない?」

「それは……星伽の掟で、私は会いに行くわけにはいかなったから」

 

 第三者からみたらおかしな話だと思うだろう。

 超能力を受け継ぐ一族では、一般人からでは考えられない掟やルールが多い。

 白雪の幼馴染であるキンジですら理解できなかったことがある。

 休日に友達や後輩とショッピングに出かけることもダメ。

 近くでイベントをやっているからって、ちょっとだけ行って遊んでみるのもダメ。

 あれもダメ、これもダメ。理由はすべて掟だから。

 超能力者(ステルス)は特別な存在なのだからと、独自のルールの中で生きてかなければならない。

 白雪と同じく超能力を受け継ぐ一族に生まれ落ちた者として、葉留佳は白雪に何か文句を言ってやろうとは思えなかったし、そんなことができる資格はないと彼女自身思っている。

 

 だけど、一つだけ。

 同じ境遇を持つものとして、機会があれば聞いてみたいと思っていたことが葉留佳にはあった。

 

「ねえ、私からも一つ聞いていい?姉御から星伽巫女の話を聞いてからずっと白雪姫に聞いてみたいと思っていたことがあったんだ」

「何?」

「白雪姫はさ、超能力なんてものを受け継ぐ一族に生まれ落ちて、幸せだった?」

 

 たとえ万人に理解されなくても、幸せというものはあると葉留佳は思っている。

 それがたとえ閉じた幸福なのだとしても、どこにも救いのない物語なのだとしてもだ。

 例えばマッチ売りの少女は悲しい最期を迎えたが、彼女自身は幸せにその人生を閉じたという人もいる。

 第三者から見たら悲劇の人生を歩んでいようが、当事者がどう感じるかはまた別問題だ。

 下らない掟に縛られていたとしても、世間から見たら可哀想な人でも本人がそう感じているかは分からない。

 

「私にはキンちゃんがいてくれた。今までも、そしてこれからもそれは変わらないと言ってくれた。だから、私はずっと幸せだったよ。そしてこれからも変わらない」

「そう。それはよかった」

「三枝さんは?」

「私?私はね、今と違って昔は超能力なんて持っていなかったから、一族の中でいないものとして扱われてきた。私は生まれてくる来たことが罪なんだって言われて否定され続けてきた。でも、それでも私も幸せだった(・・・・・)よ」

 

 葉留佳の言葉を受け止める前に白雪にはある変化が起こった。白雪は急にあたりを見渡し始めたのだ。

 何かあったのかと葉留佳は聞く前に、彼女の携帯に電話がかかってくる。

 

「―――――もしもし?」

『お前無事か!?ケガとかしてないだろうな!?』

「え、ちょっと牧瀬君、いったいどうしたの?」

『どうしたもこうしたもあるか!!急に発信器の反応は途絶えるわ、なんか人払いに加えて通信遮断系統の結界まで張られているわでお前の身に何かあったんじゃないかって相当焦ったんだぞ!!』

「じゃあ牧瀬君、今何かした?」

『結界ぶっ壊した。だから今こうして電話が通じている』

「そう。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。ちょっと白雪姫と話をしていただけだから。すぐにそっちに向かうよ」

『じゃあ早く戻ってきてくれ。すぐに作戦を始めるからな』

「分かった。ちょっと待っててネ」

 

 用事もあるし、もう話をすることもない。

 

「ウソ……あの結界が、破られた?一体どうやって……」

「じゃあ白雪姫、私はこれで行くね。仲間が私を待っているみたいなんだ」

 

 茫然としている白雪にじゃあねとだけ言って、葉留佳は白雪背を向けて歩き出した。

 結局は白雪の勘違いと罪悪感からくる見当違いな謝罪だったけど、なんだかんだで有意義な時間を過ごせたとは思う。自分の気持ちを確認できたのだ。決して悪いことではなかっただろう。

 

(……そうだ。わたしは決して不幸なんかじゃなかったんだ)

 

 超能力者(ステルス)でないとしてまともに扱われてはこなかったけど、私には確かに家族がいた。

 そう思える人間がずっと一緒にいてくれたんだ。

 

(かなたお姉ちゃん。どうして私を置いて行ってしまったの?一緒に行こうって言ってくれればどこにでもついて行ったのに。なんだってやったのに。私も一緒にイ・ウーのメンバーにだってなったのに)

 

 家族と思える大切な人がいつもそばにいてくれる。

 私はそれだけでよかったんだ。

 あんなくだらない一族の中でさえ、私は確かに幸せだったんだ。

 

 



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Mission88 機巧工学のバイク

この前友人の家にお泊りで遊びに行ったときにとあるカードゲームのアニメ(遊戯王にあらず)がやっていたのでルールも全く分からない状態でしたが見ることになったのですが、アニメでテーブルの上でゲームしていることに違和感を覚えている自分がいることに気付いて愕然としました。

おかしい、バイクに乗ってカードゲームは違和感を覚えないのに、どうして机だと違和感を覚えるんだ。

隣ではまた別の友人がこう呟いていました。
どうしてDホイールと合体しないんだ……。


 

「お、見たところ怪我とかしてないようだな」

 

 葉留佳が牧瀬から聞いていた集合地点に行くと、あいも変わらずバイクの整備を続けていた牧瀬紅葉がそう言って彼女を出迎えた。どうやら彼は本当に心配していたようで、彼自身にほっと気が抜けたように一息をついた。

 

「心配してくれてアリガト。けど、よくあの短時間で反応できたね」

「偶然近くにいたからな。いつもみたいに理科室にでニートしてたら気づかなかったと思う。これから作戦だとはいえ、お前に何かあったら俺はあの女に殺されかねないからな。現状傷一つないみたいで一安心だ。ところで星伽とはいったい何を話していたんだ?」

「わたしもよくわかんないことだったよ。なんだかよくわからない見当違いの謝罪みたいだったし、白雪姫が何が言いたかったのかもよく分からなかったナ」

「……ふーん、ま、いいか。向こうも向こうで魔術を代々継承する由緒正しい家系の人間として、きっといろいろあるんだろうしな」

「ところでさ、別れ際に白雪姫が結界を壊されたことを驚いていたけど、それってすごいことなの?」

「人払いの結界は繊細だ。その性質上、壊す壊さないなたいした問題じゃないんだよ。むしろ、繊細な術式ゆえにぶっ壊すのは割と簡単だったりする。結界が張られていることに気づくか気づかないか、それだけだ。そんなことより今は小夜鳴だ」

「まだやるの?」

「まだ何もやってないだろう。今からお前に見てきて欲しいことがある。これを見ろ。これは来ヶ谷から届けられたものだ」

 

 牧瀬からb5サイズの紙を受け取った葉留佳はその内容に目を通した。

 書かれているのはなんてことのない、ただの連絡事項である。

 

「血液検査の再検査のお知らせ?これがどうかしたの?」

「見ての通りだ。お前がその再検査に忍び込んで見てきてくれ。出来ればその再検査を受けているメンバーを確認してきてほしい」

「……なんで?」

「その再検査を受けるようにと言われている人間が結構いるみたいなんだが、本来再検査をうけるやつなんてなんてそうそういない。心拍数を図っているわけじゃないんだぞ?緊張したからって値がどうこう変わるもんでもないし、精々不幸な機械の不具合に当たってしまったか、そもそも用事かなんかでそもそも検査を受けられなかったから一緒にやるか、それくらいしかない。受けるメンバーが多いのなら、それはそれでおかしいことなんだよ。しかも担当が小夜鳴ときたもんだ。元々小夜鳴教諭には研究室からフラフラになった女子が出てくるっていう噂もあるし、そのこととの関係も否定できない。現状では証拠がないから杞憂かもしれないけど、現状怪しい要素はすべて裏を取っておくべきだ」

「姉御はどうしてるの?私が潜入なんて面倒な手順を踏まなくても、素直に姉御がこの再検査に行けばいいんじゃない?」

「あいつは今も手が空かないみたいだし、出てこれないとさ。再検査は神北っていう奴に頼んで問題なしって結果を書類で送って終わらせるらしい」

「はぁ……」

「頼んだぞ。何かあったらまたすぐ行くから気を付けとけよ」

 

 白雪に葉留佳に危害を加えるつもりはなかったとはいえ、一度は結界の中に閉じ込められた葉留佳を助けるために牧瀬はすぐに行動した。今度も何かあったら本人の言うように助けにくれはくれるんだろうけど、そこまで警戒することではないと葉留佳は思う。

 

「ねえ、どうしてそこまで小夜鳴先生を不信に想っているの?」

 

 これはあくまで直観に過ぎないが、どうにも牧瀬君には小夜鳴先生を嫌っているというよりは不信感が見受けられる。本人の説明によると、リア充よ爆発しろとのことだか、それだけじゃない気がした。

 

「いい人で好かれているのが嘘っぽいって理由だって前は言ってたけど、それだけじゃないんでしょ?」

 

 嫌うのと不審に思っているのでは意味合いが違う。

 同じマイナスの感情であったとしても、嫌うのに明白な理由なんて必要ない。

 ちょっとした仕草が、言動が、何もかもが気に食わない。

 嫌う理由なんてそんなちっぽけでくだらないものでもいいのだ。

 だが不審ともなると、もっとはっきりとした根拠があるはずだ。

 

「……暇つぶしの一環に小夜鳴教諭の論文を読んだことがあるんだ。せっかく有名な生物学者が同じ学校にいるならせっかくだし読んでみてもいいかなって思った結果なんだが、ずいぶんとまた極論が書かれていてな、とてもじゃないがあんな笑顔を振り向いている奴が書くようなものじゃなかったんだ」

「どんな内容だったの?」

「人間の価値は生まれた時に決まる。簡単に言うとそんな内容だった」

「それの何が問題なの?悲しいけど事実じゃない?」

 

 人間の価値というものは生まれた時に決まっているというものは、あながち間違いではないと思う。

 容姿、才能、環境。人は努力でいくらでも生まれ持ったものを覆せるだなんていうけれど、生まれた時からはっきりとしている差があることは否定できない事実だと思う。

 

(……言ってしまえば超能力だってきっとそうだ)

 

 才能なんていう目に見えないものよりも具体的に形に現れるものとして、超能力がある。

 これは本来生まれ持っていなければ使うことができないものだ。魔術ならまだしも、超能力は努力ではどうにもならないものだ。だからこそ、超能力を持っていなかった私は一族の中で疫病神のようにすら扱われた。

 

「お前にみたいに悲しいけど事実だと受け止めているのなら何も問題なかったんだけどな、小夜鳴教諭場合はそんな次元じゃないんだよ。すべては遺伝子によって定められたものだとか考えている。例えば、ある人が努力でなにかを成し遂げたものとする。シャーロック・ホームズのような名探偵やエジソンのような発明家が成功したのは、本人の才能や努力なんかではなく、優秀な遺伝子を持っていたからだということを言っている。例えば俺が科学者になれたのだって、あいつは親の優秀な遺伝子が受け継がれたからだとか思っているんだ。本人の努力なんて一切考慮に入れないで、優秀な遺伝子を持って生まれてきてよかったですねって平気な顔で言うんだぞ。そんな奴が学校の教師?才能ないかもしれないけど、努力して夢をかなえていきましょうとか言っていかなきゃならん立場にいる人間だとは笑わせる。あの野郎め、なにが『無名の父方のほうではなく、科学者として優秀な自分の遺伝子を子供に受け継がせることができて、かの牧瀬教授も喜んでいることでしょう』だッ!!ああ、思い出したらなんだか腹が立ってきた」

 

 はっきりと分かった。牧瀬君はきっと小夜鳴先生のことを気に食わないんだ。

 教務科(マスターズ)の先生たちに裏切り者がいるとして、その人物が小夜鳴先生だったらいいなと思っている。

 自分の委員会を持っていて、そして科学者を自信満々に名乗ることができるまで勉強して。

 努力して努力して頑張ってきたのに、有名な科学者である親の遺伝子が優秀だったんだとか言外であったとしても言われることがどうしても気に食わない。

 

「でもさ、現実問題才能とか能力の遺伝ってあるでしょう?」

 

 例えば同じ親をもつ兄弟姉妹でも能力には絶望的なまでの隔たりがあったり。

 同じことをやってみても、出てくる成果はどれとして同じものはない。

 ここ一年これでもかというくらい才能に愛された人の近くで過ごしてきたからこそ分かってしまう。

 

 ――――ああ、姉御とは才能(もの)が違うや。

 

 自分に才能がないと思っているからこそ、努力しなければならないと思う。

 そしてそのたびに私はある事実と向き合うことになる。

 

―――――一年やちょっと努力してきた程度や、お姉ちゃんには到底太刀打ちできない。

 

 今までずっと、生まれてからずっと努力を強いられてきた人間を相手に一年やちょっとのハンデがあったところでどうにもならない。実際に全く勝負にすらならなかった。悲しいと思うと同時、こうも思う。こんな短期間の努力だけで、あれだけ努力してきた人間に勝ってしまうようなことがあってもいいのだろうか。才能を欲しいとか思うのに、努力してきた人には勝利を手にしてほしいと思う。

 

「牧瀬君はさ、自分が科学者になれたのは親の才能の遺伝とかあったと思う?」

「天才科学者を親に持つ者として、うらやましいと思う連中にはこう言うだけだ」

 

 牧瀬君がニッコリと笑顔を浮かべた。

 どうしてだが嫌な予感がした。

 

「俺は科学者になるまで勉強しかしてこなかったから、友達と遊んだ経験がないんだ」

 

 そして、さみしくて悲しいことをさらりと述べた。

 

「少なくとも俺の才能を妬むのは友達0でずっと勉強ばかりという悲しい学校生活を送ってからにしろとな。今までも何回かこう言ってやったらどいつもこいつも口を閉じたもんだ。ふっ。きっとこの俺の努力に恐れをなしたに違いない。中には目を覆って泣きそうになるのを我慢していたやつもいたしな。己のふがいなさを嘆いていたのだろう」

 

 きっとその人たちは牧瀬君を憐れんでいたのだろう。私も泣きそうだ。悲しい、悲しすぎる。本人はやたら前向きにとらえているけど、これ本来は自慢げに話すことじゃない。どうして牧瀬君はこうも自信満々なんだろう。

 

「わかったらさっさと行け。もうちょっとで再検査が始まってしまう。始まったら潜り込むことなんて厳しくなるぞ」

「え、牧瀬君は一緒に来てくれないの?」

「女子の再検査なんかに男の俺が近づけるか。俺がやろうもんなら覗き魔だとか変態だと陰口を叩かれて人生に余計な傷を負ってしまう」

「私が危険に陥ったらホントに助けに来てくれるんだよね?ね!?」

 

 紳士的というべきなのか、というべきなのかよく分からない。 

 もしも私が危機的状況に陥ったら本当に助けに来てくれるんだろうかと不安になったが、考えないことにして再検査の場所となっている救護科(アンビュラス)棟の一階、第七保健室に向かう。

 

(……あれ、ひょっとしてもう誰か来ている?)

 

 誰かいたような気配を感じたと思ったけど、実際に部屋の中に入ってみたらまだ誰も来ていない。

 さてどこに隠れて様子を探ろうかと周囲を見渡していると、都合のいいことにロッカーがあった。

 ここなら堂々と覗いていられるし、万が一見つかりそうになっても超能力使って外に跳べばいい。

 人が来る前に隠れようと思いながらロッカーをこじ開けると信じられないものを見てしまった。

 

「「あ」」

「え?」

 

 なんと、ロッカーの中で遠山キンジと武藤剛気の野郎二人が仲好く(?)同じロッカーの中に入っていたのだ。 一瞬の沈黙が場を支配した後、葉留佳は無言でロッカーを閉じた。

 

「ふーっ、疲れているのかな。はは、こんなむさくるしい幻覚を見るなんて」

 

 深呼吸を何回かした後、もう一度ロッカーを開ける。

 そこにはあいも変わらず、遠山キンジと武藤剛気の二人が密着している姿があった。

 

「ち、違うんだ三枝っ!!」

「うわー、のぞきだー、うわー」

「待て、早まるなッ!!落ち着いて話を聞けッ!!」

「そうだッ!!俺は女子をのぞくためにここに来たんじゃないッ!!」

「そうなの?あ、うんうん分かった。分かってる」

「おい。お前今何を納得した?」

「なんか、二人だけでお楽しみだったのに邪魔してゴメンネ。前に美魚ちんから聞いてたよ。二人は美しくもない友情で結ばれているって。ダメだな遠山くん。ぬいぬいから浮気したら美魚ちんが怒るよ」

「お前は何を言っているんだ!?」

「だってもう一個ロッカーあるのに、わざわざ同じロッカーに入らなくても……」

「お前が急にきたから慌てたんだろッ!?」

 

 葉留佳が野郎二人の弁明を聞いている時間はなかった。

 葉留佳も葉留佳で人の話を聞かずに自己完結してしまっているし、なにより話を聞いている時間もなかった。女子たちの楽しげな話し声が聞こえてきたのだ。もうだめだ、おしまいだぁと絶望している野郎二人に構っている時間はもう残されていない。葉留佳もさっさと隠れ場所を探す必要があった。

 

 超能力使って二人を排除しようにも、そうなれば武藤に超能力をバラすことになる。それは困るため、葉留佳はごゆっくりと二人にささやいてロッカーを静かに閉じた後、窓際の方にあるロッカーに潜り込んだ。

 

(あの二人、後で覗き行ったとして脅して夕食でもおごらせよう)

 

 自分自身が似たようなことをしていることが女性であるから問題ないということにしく。姉御だってよくやってるんだ。同性だから問題ない!!決してセクハラなんかになることはない!!キンジと武藤のことなんて頭からきれいさっぱりと忘れることにして、牧瀬君からのミッションを遂行することにした。

 

(えっとメンバーは……あややにりこりんに、この間お姉ちゃんと戦ってたアリアって子か。あの子、よくお姉ちゃんについていけたなぁ。あ、レキもいる。なんだこのメンバーは)

 

 ただの再検査と思っていれば気が付かなかっただろうが、牧瀬君からこれでもかというくらいに怪しいと話を聞いていた今、このメンバーには違和感が生じていた。優秀だとされている人間しかこの場にいない。かつては情報科(インフォルマ)に在籍していて、姉御と一緒にイギリス清教のお仕事の手伝いをしていたから大体分かる。どいつもこいつも、優れた血統(・・)のお嬢様たちばかり。

 

(……でも、白雪姫がいないことを考えたらそうでもないのか?でも姉御にも再検査の案内が来たらしいからなぁ)

 

 考え事をしていると、再検査の部屋に小夜鳴先生がやってきた。

 

「ぬ、脱がなくていいんですよー!再検査は採血だけですから。メールにも書いたじゃないですか。はい、服を着るッ!!」

 

 下着姿の武偵たちの姿にうろたえていたものの、小夜鳴先生は何かを呟いていた。

 

(『フィー・ブッロコス』?小夜鳴先生も牧瀬君みたいにおかしくなっちゃったのかな?)

 

 集団勘違いにより服を脱いでいた武偵娘(ブッキー)たちがみな右往左往して自身の服を取りに行く中、ただ一人服を取りに行かず不動の姿を貫いている女子がいた。レキだ。彼女は窓の方へカメラのような眼を向けていたかと思えば、突然リノチュームの床を蹴って走り出した。そして野郎二人が詰まっていた炉ロッカーが開け放たれ、二人のネクタイをつかんで巴投げをするようにして放り投げた。

 

(――――――――何か来るッ!?)

 

 葉留佳が野郎二人に対してご愁傷様だと思う暇もなく、葉留佳は何者かの襲来を肌で感じ取った。

 『空間転移(テレポート)』という超能力を手にした影響か、葉留佳は空間をただで感じ取るセンスは格段に上がってきている。ロッカーに男二人が入っていることまでは分からなかったようだが、急激に近づいてくる者には割と敏感だ。そして方向を感覚で察知した葉留佳は見た。

 

 がっしゃああああああああああああああああああああああああああん!!!

 

 窓ガラスが割れる音を鳴らしと、何かがの部屋に入ってきたのを見た。

 そいつは一目散に葉留佳の隠れているロッカーに向かってやってきた。

 

(い!? き、緊急空間転移(テレポート)ッ!!」

 

 人目につかないように、葉留佳は外への空間転移(テレポート)で脱出したが、慌てていたもので思い切り地面に身体を叩きつけてしまう。痛む背中を押えながら外から中の教室の様子をうかがうと、

 

「え、お、オオカミさん?」

 

 圧倒的な殺気。気品すら感じさせる逞しい肉付き。

 そして100キロに迫ろうかとしている巨体。

 葉留佳は知る由もないが、それは絶滅危惧種、コーカサスハクギンオオカミと呼ばれているオオカミであった。

 このオオカミの登場と同時、覗きをしていたため帯銃していた武藤は威嚇射撃を行ったようだが、どうやらオオカミに大した効果はなかったようだ。

 

「武藤、銃を使うな!跳弾の可能性がある!女子がまだ防弾制服を着ていない!」

 

 キンジが叫ぶが、危機が及んだのは防弾制服を着ていない女子たちではなかった。

 

「――――――――あっ!」

 

 オオカミはなんと、立ちすくんでいた小夜鳴先生を体当たりで撥ね飛ばした。

 本来小夜鳴先生は武偵高校の教師と言えど、本職は研究者。戦闘訓練など受けたことがない非常勤講師だ。科学者を名乗った牧瀬君がパトラとかいう魔女を前にして一歩も引かなかったから忘れていたが、研究者は戦う人間ではないのだ。

 

(うっそ!?小夜鳴先生がやられた!?)

 

 だから、考えれば当たり前のことのはずなのに、丸腰という状況において誰が最も弱いのかを忘れていた。散々怪しいと疑惑がかかっていたこともあって、小夜鳴先生の負傷は葉留佳には予想だにしていなかったことであった。オオカミは自分が破った窓から逃げていこうするが、窓からひそかに覗いていて呆然としてしまった葉留佳は恐怖が迫ってきていることに気付くのが遅れてしまう。

 

(ひいいいィイ!!こ、こっちきた!? あ、そうだ!牧瀬君から発信器をもらってたんだッ)

 

 急いで携帯テープで発信器をくっつけられるようにして、オオカミとぶつかる一瞬で、彼女が体当たりによって弾き飛ばされる直前に発信器を取り付け、その後まだ緊急テレポートを行った。なんとかオオカミから逃げた後、葉留佳はもう一度空間転移を行う。場所は車輛科。どうせ誰もいないと牧瀬君が言っていて、いざとなったら逃げてこいと言った場所でもある。

 

「うわッ!!ビックリした!!やっぱりお前の超能力、どう考えても心臓に悪いぞッ!!」

「牧瀬君!バイク出して!!」

「あ?いきなりどうした?」

「オオカミ出たの!発信器取り付けたの!追跡するからバイク出して!!」

 

 生憎と葉留佳は運転免許証を持っていない。逃げ出したオオカミに追いつくには連れて行ってもらわあいといけないし、そもそも発信器の場所が分かるのは牧瀬君だけだ。葉留佳の話を聞いてからしばらくはレーダーを見ていた牧瀬君であったが、すぐに顔をあげた。

 

「そう遠くには行ってないな」

「追いつけそう?」

「愚問だな。このバイクはこの機巧工学の天才たる鳳凰院喪魅路さんが作り上げた、魔術と科学の結晶の一つ。オオカミごときに後れを取るものか。乗れ。ほらよ」

「え?ちょ、ちょっとなにこれ!?」

 

 牧瀬君はバイクから100円ガチャのカプセルほどの大きさのものを投げてきたと思うと、葉留佳が受け止める頃には頭部を守るヘルメットくらいの大きさになっていた。というかヘルメットになっていた。

 

「このバイクは魔術と科学の両方の技術を結晶したものだって言っただろう?」

 

 渡されたヘルメットをしっかりとかぶり、ハンドルを握る牧瀬君の背中に抱き付くようにしてバイクに飛び乗った。

 

「割と大きいね」

「これ、バイクではあるが霊装としての機能を備えている。設計目的からして移動用ではないしから二人乗っても不自由しないだけの大きさになってるだけだ。さあ行くぞ、舌を噛むなよ」

「うん……うん?」

 

 バイクなのに移動用じゃない?何を言っているのかよく分からなかったが、そんなことを気にしている時間はない。牧瀬君はハンドルを握りしめ、はっきりと出発を宣言した。

 

「Dホイール、アクセラレーションッ!!!」

 

 

 



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Mission89 レキと狼

思い出補正とかもあるんでしょうが、個人的にはアクションデュエルよりもライディングデュエルのほうが好きみたいです。

ライディングデュエル、アクセラレーションッ!!


 オートバイを使った追撃戦において、市街地ではバイクの加速度と制動速度が勝負を分ける。

 さて葉留佳を乗せた牧瀬紅葉のバイク、『Dホイール』の性能はどんなものだったかというと、

 

「ねえ、もうちょっと早く走れないの!?」

 

 どうやら葉留佳にとっては不満があったらしい。一応弁明しておくと、Dホイールの速度自体はお世辞にも目に見えるほど早いと言えるものではなかったが、それでも一般的なものに対して決して遅れをとるものではないのだ。ただ、元々超能力(テレポート)を使った高速戦闘能力者集団として恐れられた三枝一族の出身である葉留佳には、もうちょっと早くは走れないものかと思えてしまうのかもしれない。早くあの狼を見つけて何とかしないと大変なことになるという彼女の危機感も合わさってのことだろう。

 

「走れるぞ。でもここじゃこの速度が限界だな」

「なんで?」

 

 焦りというものを全く感じさせないばかりか、むしろのんびりとしているまである牧瀬の声色に理由を尋ねると、彼は看板を見ろとだけ言った。なんの看板かと思って辺りを見ると、何のことを言っているのか理解した。

 

「一応弁明をしておくよ。これでも法定最高速度ギリギリを出してるんだ。これ以上のスピードは出せないことはないけど、そうしたらスピード違反になってしまう。もうちょっとしたら制限が緩くなるからもっとスピード出せる。それまで待ってろ」

「そ、そんなこと言っている場合!?」

「実際このスピードでも追いつける。何の問題もないんだ。発信器の電波を追いながら運転してるから、これくらいでちょうどいいんだよ。いいか、緊急事態だからと速度制限なんか気にしないような車輛科(ロジ)の連中なんか警察からしたら格好のカモなんだぞ。覚えておくといい」

 

 安全第一。変なところで律儀だった自称マッドサイエンティストであったが、武偵だからと簡単に法律を破るわけにはいかないのもまた事実。現実はしょっちゅう武偵は法律を破り、バレなければ無問題だんなんて考え方が浸透しているものの、問題になったら武偵側に勝ち目は薄い。武偵としての身軽な立場というのは、逆に自信を保護してくれる法律に恵まれていないことも意味しているのだ。

 

(それにしても……このバイク静かだなぁ……)

 

 さっきから気になっていたのだがDホイールとか言ったこのバイク、バイクとは思えないほど静かに走っている。バイクといえばブオンブオーンッ!!と激しいエンジン音を出しながらヒャッハー!!と叫んでいる学ランの暴走族が運転するものというイメージがあるせいだろうか、葉留佳はこの無音の快適性能に素直に感心した。しばらく音もなく進んでいたバイクであったが、突然ブー、ブーと警報のような音が鳴り始めた。

 

「え、マジで?」

「何の音!?」

「Dホイールに搭載している魔力感知レーダーに反応があった。この辺には結界でも張られているのかもしれない」

「……一応超能力(テレポート)を使う準備はしといたほうがいい?」

「いや、それはDホイールから降りてからでいい。今はしっかりつかまってろ。いざとなったらこのDホイールのSp(スピードスペル)を使うから」

Sp(スピードスペル)って何!?」

「このバイクは一種の霊装だって言ったろ。このバイクは術式を読み込まれることであらかじめセットした魔術を発動できるんだ。ゲームソフトとカセットみたいなもんだと思ってくれればいい」

 

 なんでバイクにそんな機能をつけているんだと、いやそれ以前に何を思ってバイクの霊装なんて作ったんだと思ったが、もう気にしないことにした。急に狼が現れて、追っていたら魔力の反応を探知した。狼との因果関係はわからないが、どうにも嫌な予感しかしないのだ。葉留佳にの意識はすでにそちらの方にとられていた。

 

「あそこか」

 

 しばらくしたら工事現場が見えてきた。

 土嚢(どのう)がいくつか食い破られ、散らばった砂に足跡が付いている。

 バイクから降りて、レーダーを片手にオオカミの場所を見てみると、どうやらこの工事現場に潜んでいるらしい。葉留佳と牧瀬の二人はバイクから降りて、建設途中のマンションを見上げた。どうやらまだ骨組みの段階であり、各階には柱くらいしか見受けられない。

 

「……またずいぶんと広いね」

「ああ」

「何階くらいあるのかな」

「10階ぐらいじゃないか?」

 

 ここで問題が一つ。

 オオカミが逃げ込んだ場所までたどり着いたのはいいものの、肝心の狼の居場所が分からない。

 レーダーで大まかな方向だけは分かるのだが、生憎とそれは前後左右の方向であり、上下方向には対応していなかった。地図の上から居場所を点で刺しているようなものゆえ、肝心の狼がこのビルの何階まで行ったのか分からない。

 

「どうしよう。二人で手分けして探す?」

「お前、一人で大丈夫か?」

「いやちょっと不安。科学者である牧瀬くんよりはマシ……だと思いたいけど、牧瀬くんをさっきから見てたらすごい秘密道具とか持って方だし、はるちん一人で出くわしたらどうしようって思い始めた」

「じゃ、一緒にいくか。俺はお前の言うように本職は科学者でしかないからな。いくら霊装を作り出すことができたとしても、俺の根本的な運動能力は姉さんから『話にならない』と一蹴されるレベルでしかないしな。それにどうやら一分一秒を争うような状況でもないみたいだ」

「でも一般の人の前に野生のオオカミなんて現れたら大問題になるよ。誰が襲われるかわからないし……それでいいの?」

「あぁそれについては心配はないぞ」

「どうして?」

「このビル、よくよく見れば人払いの結界が貼られている。さっきのDホイールの反応はこの結界に対してのものだ。一般の人間がここに迷い込むことはないだろうよ。さて、どうしたもんかな。下手なことしたらこっちがやられかねない。敵がお前が見たという狼だけだとも限らないしな」

「どういうこと?」

「よく考えてもみろ。例えば山奥にある田舎に山から熊が下りてきたというのならまだ分かる。けど、この都会で狼だぞ。この時点で何かの偶然とは俺にはとても考えられないね」

「偶然近くの動物園から逃げ出してきたとかじゃないの?」

「ほう。観光地である動物園が偶々狼が逃げられるという不祥事を起こして、そんな失態を今まで偶々隠し通すことができていて、偶々運よく今まで誰も襲われるという事件になってはなく、偶々物騒な武偵高校までたどり着き、偶々オマエが小夜鳴教諭を覗いているところを中断し、偶々なぜか人払いの結界まで張られているところに逃げ込んだ。ふざけんな。こんな偶然があってたまるか。科学者として偶然を認めてやるのは二回までだ。基本的に偶然は三回以上重なったら必然を疑うべきだ」

 

 葉留佳はオオカミが現れたことに対して今まで深く考えてはいなかった。

 でも、こうして言われてみればおかしなことのオンパレードだ。

 おサルさんとかならまだ可愛げもあったかもしれないが、オオカミだと笑えない。

 

「じゃあどうする?警察にでも電話して応援を呼ぶ?」

「お前は野生の狼が現れたって聞いて信じるか?俺は信じないだろうよ。現に、実際俺自身がこの目で見たわけじゃないから半信半疑だしな」

「私は嘘はついてないよ」

「分かってるさ。別にお前を信頼していないわけじゃない。だからここまでついてきた。けど、実際問題警察は元より実際に狼を目にした連中だって人払いの結界の中じゃ、ここまでたどり着けるか分からないしな。超能力者(ステルス)みたいに魔術に慣れ親しんでいたら感覚で分かるもんなんだがどうもな……」

 

 援軍は期待できない。そう結論を出しつつあった時、ブオオオオオンッ!!というバイクのエンジン音が聞こえてきた。葉留佳と牧瀬の二人はほぼ同時に音の方向に顔を向けたが、牧瀬はすぐに視線を変更して黙り込んで俯いてしまった。牧瀬の顔は無表情を装っているが、ちょっとばかり赤くなっている。

 

「エロいなー、牧瀬君エロいなー」

「うっせ、思春期男子をバカするもんじゃないッ!!」

 

 やってきたのは見知った顔。先ほど期待できないと判断した援軍の到着だった。

 BMW・K1200Rという世界最強のエンジンを搭載したネイキッドバイクに二人乗りでやってきた二人組である。 大胆にも女子の再検査を見ていた覗き魔の遠山キンジと、ドラグノフ狙撃銃を背負ったレキの二人がやってきたのだ。

 

「お前等無事か!?オオカミは!?」

「そんなことよりそいつに服着せろバカァ!!」

 

 牧瀬は羽織っていた防弾白衣を脱いで顔もあわさずに投げつけた。

 キンジに抱き付く形でバイクに乗ったいたレキは、再検査の時の下着姿のままだったのだ。

 牧瀬はレキに背を向けたまま、呟くようにして話しかける。

 

「しかし、お前たちこの人払いの結界の中にまでたどり着けたものだな」

「葉留佳さんたちを乗せたバイクがこのビルに入っていくところを目視することができましたから」

「ほるほど、納得だな」

 

 人払いの魔術といえども万能ではない。

 人払いの魔術は魔力に耐性がない人間に無意識下のレベルで働きかけるものだ。

 だから今の牧瀬のように魔術に関して知識があれば難なく気づくことができるし、キンジたち二人のように明白な目的があってきたのだとしたら簡単に突破してやってこれる。

 

三人(・・)いるなら大丈夫そうだな。狼の方は任せたぞ」

「あれ、牧瀬君は一緒にこないの?」

「俺は今はこの場にある結界について調べてみたい」

「一人で大丈夫か?」

「なんだ?お前、見ず知らずの俺のことを心配してくれるのか。別に気にしなくてもいいぞ。俺にはどんな奴と遭遇しようと命だけは守れる自信がある。とりあえず狼を対処したら連絡くれ。そしたらこの人払いの結界をDホイールのSp(スピードスペル)で破るから」

「わかった。無理しないでね」

 

 結界について調べたいといった牧瀬紅葉と別れ、葉留佳、キンジ、そしてレキの三人はオオカミを探すことにした。この三人のうちでも役割分担のためキンジ、そしてレキ&葉留佳組の分かれることにした。

今のキンジはさっきまで覗きをしていたこともありヒステリアモードに入っているため一人でも問題ないということもあるし、いざとなった場合、葉留佳の超能力(テレポート)は機動力のない狙撃手と相性がいいということもあった。

 

 よってキンジは一人、オオカミの足跡を見つけてそれを追っていた。

 一歩一歩慎重に足跡をたどっていると、それが途中で途切れていることに気付く。

 

「!!」

 

 ヒステリアモードによって高速化している思考によって考えられたのは罠であった。

 このオオカミは、一度わざと砂の上に自分の足跡をつけて、その足跡を丁寧に踏んで後退し、自分の行き先を偽装したうえで潜んでいたのだ。

 

「賢い奴だな!」

 

 オオカミはキンジに体当たりしてその牙で噛みつこうとしてきたが、キンジは銃を噛みつかせて身体を守る。その代償として銃をオオカミに奪われて体勢を崩してしまうが、今のキンジはヒステリアモード。そうやられるだけではない。

 

 ベルトにつけられていたピアノ線のワイヤーを飛ばし、オオカミの後ろ足に絡みつかせた後、ベルトと接続していたもう片方のワイヤーを外して近くの工事用パイプに投げつけてた。円を描いて結ばれたワイヤーは、今オオカミとパイプを結ぶ拘束具となっている。この器用さこそがヒステリアモードの本骨頂。

 

「可哀想だがここまでだな」

 

 オオカミはキンジの方へやってきて、そのままキンジを無視して工事中のパイプに体当たりする。

 コンクリートで固められているわけでも何もないため、それだけでオオカミのワイヤーによる拘束は解かれ、逃げられてしまうが問題ない。そこはもう、レキの射程範囲内。

 

「ねえレキュ。麻酔弾でも持ってるの?」

「いいえ。通常弾で仕留めます」

 

 もともとの作戦は、キンジが狼を窓際まで追い詰めること。

 そので別の建設中のビルから狼を狙撃する。

 もともと何階に潜んでいるのか分からないということもあったが、何階であったとしてもここまで追い込めれば狙撃条件は満たす。

 

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない」

 

 葉留佳はレキの隣で、無表情にドラグノフ狙撃銃を構えるレキを見つめていた。

 

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ」

 

 武偵は基本金で動く。そして金でやらせるもの仕事には当然嫌な仕事だってある。

 猛獣駆除なんてまさしくその一つ。

今回のように十分な用意ができない場合、最悪無垢な動物を射殺しなければならない。

 

 ふと、レキは今どんなことを考えているのだろうかと葉留佳は思った。

 

 どんな仕事をするときも眉ひとつ動かさず、自分の任務を感情抜きで確実にこなす。

 冷淡と言えば聞こえが悪いけど、仕事に私情を全く挟まないことは難しいことだ。

 それをそつなくこなせる人間になりたいとは葉留佳は思わないけれど、人間的に敬意を払うべきだと思っている。

 

 さらばオオカミさん。そしてゴメンネ。

 

 心の中で謝りながら、レキが引き金を引いたとき、葉留佳は思わず目を閉じてしまう。

 しばらくして目を開けると、そこには射殺されたオオカミが転がっていると思っていたのに、何もない。

 

「え?」

 

 レキの銃弾は、オオカミの背中をかすめただけで命中はしなかったのだ。

 レキはアドシアードの日本代表として選抜されるほどの天才児。

 外すところが想像つかなかっただけに、茫然としてしまった葉留佳は分かっているはずのことなのにわざわざ声に出して尋ねてしまう。

 

「外したの?」

 

 だけど、レキは葉留佳の疑問を否定で返す。

 

「外していませんよ」

 

 レキと葉留佳がキンジのいたビルの階にやってきたときには、オオカミはすでにその場に倒れていた。

 キンジに射殺されたわけではない。それどころか、オオカミには目立った外傷が一切見受けられない。

 

「何をしたの?」

「お前たちが何かしたんじゃないのか?俺は何もやってないぞ」

 

 何が起きたのか理解できいできていない葉留佳とキンジを無視して、レキはオオカミに近づいていく。

 よくよく見ればこの背、首の付け根あたりに小さな汚れみたいなかすりが見受けられる。

 

「―――――脊髄と胸椎の中間、その上部を銃弾でかすめて瞬間的に圧迫しました」

 

 レキは、二人を置いてけぼりにしてオオカミに語り掛ける。

 

「今、あなたは脊髄神経が麻痺し、首から下が動かない。ですが、五分ほどすればまた動けるようになるでしょう。元のように」

 

 レキが言ったことに、葉留佳は開いた口が閉まらなかった。

 第三者が見たら、それはさぞかしマヌケな顔をしていたことだろう。

 外したと思っていた銃弾は、その実もっととんでもない神業をやってのけていたのだ。

 葉留佳が持つ超能力(テレポート)とは方向性が異なる、オカルトなど一切絡まない単純な技術としての神業。

 

「逃げたければ逃げなさい。ただし次は―――――2キロ四方どこ逃げても、私の矢があなたを射抜く」

 

 噛んで含めるように、しかし余計な感情を交えずにレキは語る。

 オオカミはまるでその言葉が分かっているかのように見つめていた。

 

「―――――主を変えなさい。今から、私に」

 

 舌を出して荒い息をしていた銀狼は、もがくように何度か宙をひっかいてから、よろ、よろ、と起き上がった。麻痺が少しづつ解けてきたらしい。よた、よたと歩いてきた手負いの銀狼は息をのむ葉留佳やキンジの前を通り過ぎ、すりすりと頬ずりした。先ほどまで殺そうと襲い掛かってきた奴を手なずけたのだ。

 

「そのオオカミどうするの?」

「手当します。そして飼います」

「飼う?」

「そのつもりで追いましたから」

「でもオオカミだよ?」

「武偵犬ということで許可をもらいます。お手」

「ガゥ!!」

 

 武偵犬とは警察犬や軍用犬の武偵版で、武偵高では鑑識科(レピア)探偵科(インケスタ)が犯人の追跡に使うものだ。だが狙撃科(スナイプ)で飼っているやつなんて聞いたことがない。しかもオオカミだし。

 

(……まあ、姉御だって国宝の霊装ぶら下げてたしまあいいの……カ?)

 

 よく考えればおかしなやつはこの学校にはたくさんいる。

 ともあれ一件落着したようで一安心だ。後は牧瀬君に結界を解いてもらうだけだと思い、言われていた通り連絡を入れようとすると、何やら葉留佳に寒気が走った。

 

(――――――――なに、いまの?)

 

 身体のどこかに傷を負っているわけではないのに、何かが壊されたような感覚が彼女を襲ったのだ。今は何ともないものの今感じたものを気のせいだということは葉留佳にはどうしてもできなかった。いや、今反応したのは葉留佳だけではない。レキも狼を撫でまわしていた手を動かすのをやめて、どこか虚空を見つめていた。

 

「どうしたんだ?」

 

 急に二人が変な反応を示したのに、何も感じ取ることができなかったキンジは二人に尋ねるが葉留佳には分からない。でもレキは違う。レキは今の現象についての明確な回答を用意した。

 

「たった今、人払いの結界が破壊されました」

「え、でも牧瀬君とは連絡を受けてから破壊するって手はずになっていたはずだけど」

「何か予定を変更しなければならない事態に陥ったと考えるべきでしょう」

「じゃあ……」

「一種の救難信号。そう考えるべきかもしれません」

「ごめん、先行くねッ!!」

 

 葉留佳はレキたちを置いて一足先に駈け出した。

 

        ●

 

 話は少し前にさかのぼる。

 葉留佳たち三人と別れた後の牧瀬紅葉は一人、結界の核となっている場所を探し出していた。

 彼のDホイールにつけられた魔力探知レーダーを見て、このあたりだと目星を付ける。

 

「このあたりで始めるとするか」

 

 実のところ結界を破るだけなら今すぐにでも彼は行うことができる。

 それを行わないのは、結界を破ったことによって関係のない一般人が事件に巻き込まれる危険性排除するためだ。今牧瀬紅葉は、この結界を張ったものの魔力の性質を調べようとしている。

 

 一体誰がここの結界を張ったのか、それを見極めてやる。

 

 もともと魔力の性質というものは、指紋のように人それぞれで異なっている。

 どんな奴だか知らないが、科学者に思考としてとりあえず集めておこうと思ったのだ。

 

(朱鷺戸が起きてこればいざというとときの最終手段として逆探知の魔術が使える。あいつが自分で使うのはリスクが高いからエクスタシーモードになった時にでもやってくれとお願いしてみるか)

 

 ともあれ、これで手掛かりは掴むことができる。そう考えていた矢先のことだ。

 Dホイールからは降りて、フラスコを地面において魔力を回収しているとカツンッという足音を聞いた。

 足音がした方向には一人の男の姿が見える。

 歳は40代前半ぐらいか。ちょうど自分たちとは親子ほど年齢が離れているように見える。

 

「―――――――――――!!??」

 

 目の前の男が一歩前に踏み出そうとしたのを見て、牧瀬紅葉も身構えた。

 何としてでもこのフラスコは持ち帰ろう。

 そのためにも、まずは目の前に現れたこの男を排除する。

 

機巧(ギミッ)……)

 

 隠し持っている霊装の準備をしつつもそんなことを考えていた矢先、牧瀬は反応することもできないまま、地面に叩き付けられていた。

 魔力を回収したいたはずのフラスコも木端微塵に破壊されていた。

 

(おいちょっと待て!?こいつ、さっきまで30メートルは離れた場所にいたよな!?)

 

 この人払いの結界を張った魔術師がここにいる可能性は考えていた。

 だからこそ、超能力(テレポート)で緊急脱出ができる葉留佳をレキたちと行動させた。

 牧瀬自身も狼に襲われる可能性があるからと周囲に意識は配っていたし、仮に狼に襲われてもやり過ごすことぐらいはできると判断していたのだ(勝てるとは言ってない)。

 

 だが実際、牧瀬は何の対処もできなかった。不意打ちならまだ分かる。気配を感じ取ることができなかったというのもまだわかる。でも、今一気に距離を詰められたことをどうやって説明しよう。まともな人間の出せる速度ではない。考えられるとしたら、魔術の領域のものだ。

 

(……まさか、『聖人』?いや違う!『聖人』は肉体が神様に近い体質のためあらゆす出力が上がっているけど、逆に繊細なことは何もできない。こんな人払いなんていう繊細極まりない魔術なんて使えるわけがないッ!!)

 

 そうなると、いったい何だ。

 30メートル近くの距離を一気に詰められる人間っていったいどんな奴だ。

 

(――――――――まさか)

 

 牧瀬紅葉には一つ心当たりがあった。

 その超能力を有する一族が経営する委員会は、かの公安0に続く戦闘能力があるとまでされた超能力を宿した一族があったではないか。

 

「お前まさか、三枝一族か!?」

 

 答え合わせだとばかりに、もう一度牧瀬は頭を地面に叩き付けられた。

 

 

 



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Mission90 死の木馬

本日は、月間遊戯王ことVジャンプの発売日ですね!
私の友人は四冊買うとか言ってました。



 牧瀬紅葉。

 彼にとって武偵とは、別に目指している者でもなんでもない。

 

 東京武偵高校という、れっきとした『武偵』を育成する学校に通ってはいるが、彼には武偵として生きていくつもりは微塵もないのだ。彼のような人間は車輌科(ロジ)なんかには非常に多いのだ。

 

 人間、一度でいいから特別な乗り物を乗りこなしてみたい。

 

 そんな欲望を抱えた人間だって、武偵になれば夢がかなうことがある。

 武偵になるのはあくまで手段であって、最終的な目的でもなんでもないだけだ。

 天才と称された科学者を親に持ち、自分も科学者になるのだと信じていた彼が武偵を始めた理由はといえば……なんてことのない。単なるちょっとした家出である。

 

『姉さんは武偵になるの?』

 

 彼が姉と慕う人間が、自身の夢のために武偵を目指すと聞いたとき、彼は素直にその夢を応援した。このときの彼としては、自分自身も武偵を目指そうなんて思ってもいなかった。

 

『うん。あたしは父さんの手伝いをする。そのためには、武偵となるのが一番だ。そして、いつか私は、父さんの戦乙女(ワルキューレ)の一員となる』

『おじさんは、鈴羽姉さんが遠くに行ってしまうのは嫌だってダダこねてたみたいだけど、よく説得できたね』

『すべては父さんを愛しているからだって言ったら、引き下がってくれた』

『あぁ……ダルおじさんは姉さんに甘いからね。』

『紅葉はどうするの?このままアメリカで過ごすの?』

『……俺は』

『まだ喧嘩したままだったよね。全く、あの人は実の息子に何をしているんだか……』

『姉さんは、母さんたちが今何をやっているのか知っているの?父さんが多忙で会えないのは昔からでもう気にならないけど、母さんだってもう三ヶ月以上も顔すら見てない。何をしているのか聞いても、全く答えてくれない。生きているのかすら、ダルおじさん経由で姉さんから聞いたんだ』

『あまりくわしくは知らないよ。あたし自身父さんがかまってくれないから、私は自力で強くなると決めた。だから武偵になることにした。父さんの側にいたら、あたしは甘えてしまう。家族は人を強くしてくれるけど、同時に弱くもする』

『強いね、姉さん。俺はそんな姉さんが大好きだよ』

『なんなら紅葉も一緒に来る?』

『……へ?』

『紅葉だったら、工学系の部門なら飛び級だってできるんじゃない?それであたしを手伝ってよ』

『一緒に行ってもいいの?』

『あたしとお前の関係は?』

『仲良し姉弟』

『じゃ、何の問題もない』

 

 実際、日本に行って試験を受けてみたら、あっさりと合格通知が届いた。

 武偵中学の正規受験ものではなく、武偵高校のインターンの合格通知ではあったが。

 

 武偵にとっては実力が重視とされる。

 それは、命にかかわる仕事をすることがあるからだ。

 自分の失敗で誰かの人生を台無しにしてしまうだけではなく、そのまま自分の命すら死に直結することだってあるから当然だ。

 

 

『やっぱり俺は浮くなぁ……』

 

 武偵中学を素っ飛ばして、インターンとして東京武偵高校にやってきた彼が最初に出会うのは、同じくインターンとしてやってきていた少年となった。そして、そいつはのちに牧瀬の相棒として行動することになる少年であった。

 

『やぁ。キミもインターン生なの?この時期にやってきたインターン生はボクら含めて三人みたい。同期としてよろしくね』

『あぁ、よろしく頼む。俺は牧瀬。牧瀬紅葉だ。お前の名前は?』

『ボクの名前はね、四葉(よつのは)ツカサっていうんだよ』

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

「お前まさか……三枝一族か!?」

 

 牧瀬への返答は言葉ではなく行動にて行われた。

 襲撃者は牧瀬の頭をつかむとそのまま地面に叩きつけたのだ。

 ガツンッ!!脳天を揺さぶる音が響きわたり、牧瀬紅葉の視界はぼやけかけた。痛みで反応が遅くなりつつあったが、彼はなんとか状況を把握しようとする。彼自身周囲への警戒を怠っていたわけではないのだ。たとえ葉留佳が見たというオオカミが彼の前に不意打ちで突撃してきたとしても、どうにか対処できるだけの用意はしていたつもりだったのだ。それなのに、紅葉はまるで反応できなかった。

 

「ガハッ!?」

「質問するのはこちらの方だ。牧瀬紅葉」

 

 牧瀬には考える暇など与えないと、襲撃者は牧瀬紅葉の思考がはっきりとする前に質問してきた。

 視界がぼんやりとかすみがかるものの、彼はある事実を確認する。というより、思い出した。

 

 ――――――俺はこいつの顔を一度見たことがある。

 

 確か去年の頃だったはず。聞きたいことがあるからと言って訪ねてきた男だ。

 

『牧瀬君ですね。ちょっといいでしょうか?そう時間は取らせませんから』

『はぁ……どちら様でしょうか』

 

 当時の牧瀬紅葉は、委員会を始めてちょうど実績を信用を積み上げてきて委員会連合への加入を推薦でもらえたことであったから、割と多忙で忙しかったころでもあった。インターンで中学の時点から武偵高校に入っていたため単位を揃えていたため、授業を休んでまで仕事を受け持っていた。普通にサボってネトゲやったりしている今とは違うのだ。

 

『あなたのお友達の四葉(よつのは)(ツカサ)君の知り合いのものなのですが、失踪した彼について知っていることがあれば教えてもらいたいのですが……』 

 

 今でもよく覚えている。言葉だけ聞けば、いなくなってしまった身近な人と想って心を痛めながら探している人に聞こえる。けれど紅葉にはとても、そうは思えなかったのだ。どこか探るような視線で射抜いてきたし、何よりニコニコしていることが何よりも胡散臭く感じた。何より、親族のたちの中に人のことを想うことができるような心優しい大人がいるなんてことなど、一度たりとも聞いてはいなかった。

 

 物事の偽装なんて騙される方が悪いとまで言いきるような人間である彼が出した結論は、こいつは嘘をついているということである。ニコニコ微笑えむやさしいはずの笑みは張りぼてのように薄っぺらく感じる笑顔に見え、人を騙す化け狐のようにも思えてきた。どこかの新聞記者だかなんだか知らないが、その時の牧瀬はこう言ってやったものだ。

 

『―――――ハッ!?さてはお前、「組織」が送り込んできたエージェントだな!この俺が混沌を総べる狂気のマッドサイエンティストだとしって刺客を送り込んできたか!!残念だが、オレはあいつのようにはいかんぞ。俺はそう簡単に消されたりはしない!』

 

 こちらのことを向こうはどう思ったのかはわからない。道端でのことだったから周囲の人たちからのひそひそとささやく声が集まってきていたし、不審者がいるということで通報までされた。なにやらあっけにとられていて様子だったし、探るだけ無駄だと判断されたのか通報されたとわかった瞬間にこいつは姿をけした。その後はなぜか牧瀬紅葉がパトカーで連行されるということになったものの、その後こいつは一向に現れる気配もなかった。でも、二年余りの時を経て、今こうして再び牧瀬紅葉の前にこいつは姿を現した。

 

(……待て。待て待て待てよ、待ってくれッ!!どうしてここで三枝一族なんかが出てくるんだッ!?)

 

 牧瀬紅葉は科学者として、感情のままに行動するよりは物事を理屈で考えるほうが得意な人間である。

 だからこそヘルメスとグルであった教務科(マスターズ)のメンバーの筆頭候補にして人気講師小夜鳴こそが怪しいと目を付けていたし、その結果こんな人払いの結界まで張られているいかにもな場所までたどり着くことができた。

 

 だが、そこから先の結末に関しては彼はすぐに結論を出すことなどできなかった。

 急な不意打ちで焦ってしまったということもあるだろう。彼は今、必死に心を落ち着かせようとしていた。もっとも、慌てて落ち着かせようとしている時点で全く落ち着いては居ないのだか。

 

 襲撃者に顔面を床にたたきつけられ、クラクラとする頭で考えられる可能性を考える。

 いまいち頭が回っていない牧瀬紅葉が結論を出すより先に、襲撃者は話しかけてきた。

 

「お前は確か、三枝一族の……ッ!!」

「久しいな、牧瀬紅葉。やっぱりお前は三枝一族のことを知っていたか。あの時はコケにしてくれたもんだ。バカなふりをして誤魔化すとはな」

「おまえがなぜこんなところで出てく――――」

 

 ガツンッ!!ともう一度牧瀬は頭を床に叩き付けられた。

 もともと身体なんて全く鍛えていない科学者の彼には受け身をとることなんてできるはずもなく、痛みを軽減することも到底できはしない。

 

「もう一度言う。お前に聞きたいことがある」

「きき、たいこと?」

 

 ともあれ、現時点では情報が少なすぎる。質問の内容から情報をかき集めていくしかない。

 何を聞かれるのか、と緊張しながら耳にする。

 

「簡単なことだ。ある人物の居場所だよ。どうしてお前がこの場にいるのかは知らんが、のこのことやってきたなら確認するまでのことだ」

「居場所?」

「ああ、お前の相棒は今、どこにいる」

「……知らんなあ。むしろ俺が聞きたいくらいだね。あ、そうだ。二木の奴なら知っているかもしれないぞ。聞いてみたらどうだ」

 

 今の質問で紅葉は確証が持つ。目の前のこの男は間違いなく、三枝一族の者だろう。

 二木という名前を出したとたん、こいつは露骨に嫌そうな表状を浮かべたのを見逃しはしなかった。

 そして、ダメ押しのために牧瀬は一言口にする。

 

「なぁ、三枝葉平(ようへい)

 

 それは、ある人物の名前であった。牧瀬は襲撃者の顔が一瞬とはいえ動揺したのをはっきりと見て取った。牧瀬にとってこの名前は特別なものではなく、何個かある心当たりの中から順番に名前をあげていくつもりであったのだが、反応を見るにいきなりあたりを引いたようである。

 

(こいつが三枝一族の者であることは確定したな。そうなると考えられる可能性は……)

 

 こいつがこのタイミングで出てきたことは偶然ではないはずだ。

 この人払いの結界を張ったのがこいつなら、あの狼の主とこいつは間違いなくつながっている。

 じゃあ、こいつの目的は一体なんだ?

 牧瀬の中では小夜鳴は完全なる黒。小夜鳴とヘルメスはつながっていると思っている。

 だが、こいつがどういうつながりでここにいるのかははっきりしない。

 

「……まあ、細かいことなんていいか」

「何がだ」

「お前が二木が殺しそびれた三枝一族の超能力者(ステルス)だってならッ!それだけで俺がお前を始末しようとする材料にが十分すぎる理由なんだよッ!!」

 

 言うと同時、牧瀬の左目の周辺部分に紫色の紋章が浮かび上がり、彼の左目が緋色へと変わった。

 それを見て襲撃者は、押さえつけていた手を放して反射的に牧瀬紅葉から距離をとった。

 

「おまえ、超能力者(チューナー)だったのか」

「距離をとったな?超能力者(ステルス)にあらずんば人にあらずとまで言っていた三枝一族でも、神への抑止力としてこの世に生まれ落ちた超能力者(チューナー)は怖いか」

「怖い?バカ言うな。そんなことなどたいした問題ではない。俺にとって距離なんてものは関係ない」

「知ってるよ。お前ら三枝一族の者は、戦闘ができることを鼻にかけるような連中ばかりであったことぐらいしっているさ。そんなだったから周りから嫌われる!亡くなっていい気味だなんて陰口を叩かれる!同じ一族の奴からだって、どうでもいいとまで言われるんだッ!!」

 

 牧瀬紅葉は強気でこうは言っているものの頭では理解していた。どうやったところで自分ではこいつを倒すことができないだろう。三枝一族には個人的な恨みがある。本心を言うと、ここでこいつを潰せるものならつぶしておきたい。けれど悔しいが、本当に悔しいが何をどうしたところで勝算はない。三枝一族を相手にして、根性論でどうこうできるような実力差ではないのだ。根性論でどうこうできる相手だというのなら、アリアは佳奈多を倒せているだろう。

 

 そもそも牧瀬がどうこうできるような相手なら二年前の時点で手を打っていた。

 それができるのならば相棒が失踪という形で姿を消すことにはならなかったかもしれない。

 ずっと勉強ばかりしてきて、すっかり理屈っぽくなってしまった自分にようやくできた相棒が守ろうとした人を魔女だと後ろ指をさされるようなまねをにはさせずに済んだのかもしれない。そして、家族からの愛情を失った人の悲しい笑顔を見ずにはすんだのかもしれないのだ。

 

(三枝一族の超能力者は最年少公安0の記録を更新した根っからの戦闘特化の超能力者(ステルス)だ。真っ向勝負ではこいつ相手にまず勝ち目はない。こいつを倒せるのは同じ三枝一族の超能力者(ステルス)か、それこそ公安0のレベルの奴でも連れてこなければ勝負にもならない。俺じゃ論外もいいところだ)

 

 あと可能性があるとしたら、対オカルト特化の超能力を有する超能力者(チューナー)くらいのものか。

 少なくとも相性がいい超能力でもなければ、強襲科(アサルト)のSランク武偵であっても勝ち目は薄い。 

 

(奴はまだ俺のことを超能力者(チューナー)だと勘違いしている。何をやるにしてもチャンスは今しかないと考えるべきだ)

 

 牧瀬の左の眼の周辺に紫色の紋章が浮かび、彼の左目が緋色に代わっていることから三枝一族の男は牧瀬のことを超能力者(チューナー)だと判断したが、厳密なことを言うなら牧瀬紅葉は超能力者ではない。魔術と科学の両方の力でなんとか超能力者(チューナー)の魔力に敏感になる体質を再現しようとしただけのものだ。

 三枝一族を相手にするときは一瞬のスキが命取りとなる。だが、こんなものは少しでも身体が反応できるようにとやっているだけで根本的な解決には至っていない。そもそもの問題として、あくまでも科学者である牧瀬紅葉では超能力者(チューナー)の体質を得たとしてもそこまで動きが変わるわけでもない。反応できたとしても身体が動くかどうかは別問題なのだ。はっきり言って、強襲科(アサルト)で身体を日々動かしている人たちのほうがまだ動けると思っている。

 

(俺にこいつを倒すのは無理だ。三つある俺の奥の手はどれもこれも展開速度で負ける。そして逃げきることも無理だ。アメリカで海に潜れて隠れていたときのように『死の木馬(デストロイ)』の中にでも引きこもれば俺一人くらいならなんとかやりすごせるかもしれないが、向こうに行かせるわけにはいかない。くそ、こいつ相手にするくらいならヘルメスとかパトラとかのほうが絶対気が楽だ。こいつとは相性が絶望的に悪い)

 

 勝てないとわかっているが、援軍は一切期待していない。

 三枝一族相手に下手に頭数だけ揃えても何の意味もないのだ。

 せいぜい人質を取られるのが関の山だろう。そうなると、道は一つ。

 

(こいつから引いてもらうようにしむけるしかないッ!!俺たちとの交戦を、避けるように仕向けるしかないッ!!)

 

 幸いにも牧瀬は三枝葉平(ようへい)という人間の嫌がることを一つ知っていた。

 まともにやったら勝機はないため、はったりでなんとか乗り切るしかない。

 相棒のこともあり三枝一族に存在していた恨みつらみもあって覚悟を早々に決めた牧瀬紅葉は、怖気づいてなるものかと自分を奮い立たせるために言い切った。

 

「いいか覚悟しろッ!!わが名は牧瀬紅葉にあらず!それは世を忍ぶ仮の名にすぎんッ!!我が真名は鳳凰院喪魅路ッ!!世界で最も偉大な科学者の、鳳凰院の名前を受け継ぐ者ッ!!時代遅れのおまえら超能力者(ステルス)ごときに遅れをとると思ったら大間違いだッ!霊装『死の木馬(デストロイ)』、起動ッ!!」

 

 牧瀬がぶら下げていたキーホルダーのようなものに手を触れた瞬間、彼の目の前が突如光に包まれる。もっともこの光は閃光弾のように目くらましにつかえるほどのものではなかった。そのまま直したところで全く支障などきたさないものだ。だが、光という本来物体を持たないものが集まり馬の形を形作り、光が消えたと同時に機械仕掛けの馬が現れた。でも、こいつを馬と言っていいのかもまた微妙なところである。『死の木馬(デストロイ)』と呼ばれたこの馬は人間の体の一部分を切り取ってつなぎ合わせたような気色の悪い見た目をしているし、肝心の足の部分はそれぞれが独立しているのではなく、四つのローラーのついた板につなぎとめられている。

 

「式神か。こんな機械仕掛けの式神なんて初めて見たな」

 

 本来式神とは、魔術師の指示で動く人形である。その材料となるのは砂であったり紙であったりと割と単純なものである。そのほうが作りやすいし、なにより一体にかかる費用がうく。複雑な材料で作ったとしても、元を取れるだけの性能がなければ意味がないのだ。砂や紙ならその辺にあるものを使えばいいだけである。こんな全身機械仕掛けで、コストの面を考量すればどうしたところで割に合わない式神を見て三枝葉平は興味深そうに見つめていた。

 

「科学者が使う魔術人形か。これまた滑稽なものだな。科学者としての道を外しながら、それで科学者を名乗るから魔術師としても異端のものになる」

「さあ、狂気のマッドサイエンティストが作り出した人類の叡智というものを見るがいい。お前ら超能力者(ステルス)が無能力者と見下した一般ピーポーの力を思い知れッ!!『死の木馬(デストロイ)』GO!!」

 

 突如出てきた機械仕掛けの馬が突撃してくるのを見ても、三枝葉平は何も慌てることもなかった。

 もともと三枝一族は高速戦闘能力を有している。銃弾でさえ平気で見てから躱すことができるような人間には、ローラーで突っ込んでくるものなんてたいした脅威にはなりえない。こいつが突撃してきたとしても平然と無視して、葉平ならば平気で牧瀬紅葉本人との距離を詰められる。

 

「こんなガラクタで――――――っておい。どこに行く?」

 

 あきれたような溜息を葉平はついていると、なんと牧瀬は三枝葉平を相手に背を向けて全力ダッシュを行っていた。ペースもなにも考えていない文字通り全力疾走。

 

「逃がすと思うか?」

 

 葉平が足に力を踏み入れたと同時に彼の姿が消える。超能力による高速移動だ。

 そこらの中学生にすら負けるのではないかというスピードの牧瀬では当然逃げ切れるわけもない。

 死の木馬の横を平然と通り過ぎ、牧瀬に迫ろうとした葉平であったが、牧瀬に触れるか触れないかというところまで迫った時に葉平の足はふと止まった。

 

「――――――小賢しいことを」

 

 牧瀬は自分と三枝葉平の一面にワイヤートラップを逃げる途中にセットしていたのだ。

 『死の木馬』を出て意識がそちらに向いた瞬間を見計らって、魔術を使ってワイヤーの罠を張っていた。

 葉平の超能力(テレポート)は葉留佳のもののように空間を一瞬でつなぐタイプの者ではなく、高速移動を極めたタイプのもの。銃弾のごとくの速度で突っ込んできてくれたらバラバラに切り刻まれていた。

 

(……命を刈り取れ、『ナイトジョーカー』ッ!!)

 

 あいにくと、全力疾走中の牧瀬には葉平に話しかけているだけの余裕はない。もちろん今の罠でくたばってくれたら楽だったのにと心の中では悪態をついているが、そんなことを口に出せるほどの余裕は彼にはないのだ。葉平がワイヤーの見えざる壁をぶち壊す前に、牧瀬は次の手段に出た。

 『死の木馬』の背の部分にあるマンポールのような中がパカって開き、もういったい式神が出てきたのだ。等身大の鎌を持つ、トランプのジョーカーの絵に描かれているピエロみたいな人形である。ナイトジョーカーと呼ばれた人形は鎌を振り回しながら葉平を切り刻もうと刃をふるっていた。

 

「遅い。こんなもので三枝一族を相手に通用すると思うな」

 

 そんなことなど百も承知。

 葉平が牧瀬紅葉の機械仕掛けの式神に追われている間も牧瀬は目もくれずに目的の場所へ、Dホイールのある場所へとたどり着りつく。

 

「逃がすと思うのか」

「逃げる?逃げているのはお前のほうだろッ!三枝一族の残党(・・)がッ!!」

 

 あのバイクで逃げるつもりかと葉平は思ったが、牧瀬がやったのはそんなことではない。彼はDホイールに取り付けられたキーボードをカタカタと必死にたたき、Dホイールに魔力を循環させる。

 葉平は知らないのだ。あのバイクが本来移動用として作られたものではなく、一種の霊装としての機能を備えていることなんて知るわけがない。牧瀬紅葉は逃亡のためにバイクに縋り付いたのではなく、勝ち目のない相手に一矢報いるためにバイクを操作しているのだ。そして、牧瀬はホケットからフロッピーディスクのようなものをDホイールに差し込んだ。

 

Sp(スピードスペル)-ハイスピード・クラッシュを発動ッ!!!」

 

 すると周囲にパリンッ!!という何かが砕け散る音が鳴り響いた。

 人払いの結界が粉々に砕け散ったのだ。

 

「フハーッハハハ!!人払いの結界を破壊してやったぞ。これで俺の超能力者(チューナー)としての能力が存分に使える。三枝一族の残党を始末するのも、もう時間の問題だ」

「ほう。どんなものか知らんが、お前みたいなガキがテレポーターをとらえられるとでも?」

「俺じゃない」

「……?」

「お前を倒すのは俺じゃない。それにはうってつけの奴がいるだろ?お前たちを殺したいほど憎んでいる三枝一族の超能力者がな。俺の超能力者(チューナー)としての呪いの類でね、うまく使えば緊急の連絡として使うことができる。俺の相棒の行方を探るために三枝一族のものが接触してくる可能性も考えていたんだ」

「……佳奈多が来るというのか」

「いや、そっちじゃない。来るのはもう一人のほうだ。あいつはそもそもこの場に一緒に来ている。今頃狼の方だって今頃片付いているだろうよ」

 

 一瞬の沈黙が場を支配する。

 佳奈多と葉留佳は同じ超能力を扱える人間であるが、単純な戦闘となると二人の差は大きすぎる。

 来るのは佳奈多ではなく葉留佳だという情報は葉平にとってはありがたいことであるはずなのに、葉平の表情はどうにも優れない。 

 

「アメリカでは面白いことを確認させてもらった。双子の超能力者(ステルス)の特有の現象のせいで、あいつには手を出せないんだろ?あのパトラでさえそうだったんだ。あのパトラとかいう生粋の魔女でさえ、三枝葉留佳を前に交戦を避けた。いや、殺したら都合の悪いことが起きるんだろ?さあ、お前はどう出るッ!!手を出せるか?」

 

 実際のところ、牧瀬紅葉は超能力者(チューナー)ではない。

 あくまで体質を近づけているだけで、超能力者(チューナー)ならだれでも使える共通の能力も、朱鷺戸沙耶が『エクスタシーモード』の状態で使えるような個人の固有の能力も使えない。二つ存在している超能力者(チューナー)の能力のどちらも使うことができないのだ。だから、呪いの有効活用による緊急連絡なんて嘘っぱちもいいところだ。けどそれを葉平に判断することはできない。

 

 

「……そうか。佳奈多に余計なことを吹き込んだのはやっぱりお前ら二人か……ッ!!」

 

 苛立だしいと腹を立てながらも、葉平は牧瀬に背を向ける。

 このまま立ち去ってくれと心の底から祈りながらも、牧瀬紅葉は見た人が世界一むかつくような忌々しい顔芸を披露しながら言ってやった。

 

「ざまあみやがれ」

 

 露骨に舌打ちした葉平がこの場から消えたと同時、牧瀬はぐったりと座り込んでしまう。

 生きた心地がしなかったがなんとか生き延びた。

 気が完全に抜けてしまったということもあるのだろう。

 

(怖かった。本当に怖かったよう……)

 

 基本的にビビりなところがある牧瀬紅葉は安心してしまって結果として泣きそうになりながらも自分は今生きているという事実をかみしめていたとほぼ同時、ちょっと前まで聞いていた声を聞いた。

 

「牧瀬君、大丈夫!?何があったの!?」

「……ああ、お前か。なんとか生きてるよ。そっちはどうだった?」

「なんかネ、レキュがオオカミをペットにしてた!!」

「なんだそりゃ」

 

 葉留佳がやってきたことで、慌てて牧瀬は左目に浮かぶ紋章を消した。

 三枝一族の男と遭遇したなんてことは一言も口に漏らさずに、彼は葉留佳からの報告を聞いていた。

 そして、いつしか牧瀬が葉留佳に向ける表情は微笑ましいものを眺めるようなやさしいものへとなっていた。

 

 ―――――ホントコイツ、普通の人間だよな。

 

 普通の人間のように笑い、怒り、人に気を使う。

 実際三枝一族の大人と対峙してみて心からそう思った。 

 当たり前のことの思えても、その実葉留佳がこのように育ったことは奇跡だと思う。

 

 『砂礫の魔女』のパトラしかり、『焔の魔女』の星伽白雪しかり。方向性こそ異なれど、超能力というもの受け継ぐ一族に生まれ落ちた人間は極端な人間が多い。三枝一族という暗部を代表する一族に生まれてこうも普通に成長できるとは彼には思えなかったのだ。

 

「それで、これからどうするの?結局小夜鳴先生のことは何も調べられなかったけど、また調査する?」

「いや、悪いけど個人的にやることができた。小夜鳴教諭のことは当面放置しておこう。そろそろ俺の仲間が目を覚ましてもいいころだし、お前はお前でやることあるならそっちを優先してくれていいぞ」

「そうは言っても姉御からの連絡待ちだからなぁ」

「あいつならもうじき手が空くと思うぞ。お前をサポートとして派遣できるのはこのテスト期間だけだと言ってたしな」

「本当!?」

「ああ、もうじき連絡が来るんじゃないか」

 

 牧瀬紅葉が言ったことが本当なら、葉留佳はいよいよ自分の目的へと一歩近づいたことになる。

 やることは泥棒の手助けだとはいえ、葉留佳にとっては家族を取り戻す手掛かりをつかむことになる大きな一歩だ。家族と取り戻すんだと意気込む葉留佳を見て、すぐに牧瀬紅葉は何とも言えない悲しそうな表情を浮かべることになる。

 

(……ごめんな)

 

 心の中で謝りながらも、牧瀬は口には出さなかったが葉留佳を心配していた。

 どうか、この子には、幸せを与えてやってください。 

 

 



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Mission91 Episode Haruka①

 

 ねぇ、人間の価値というものがいつ決められるか知ってる?

 

 死んだときだと思う?

 

 例えば、死ぬまでにいったいどんな生き方をしてきたのかとか、そんなことを判断材料にして自分自身の人生を振り返って決めたりするの。過去の自分を振り返ることでようやく自分の価値というものを知るの。偉大な功績を残すことができたとか、何の努力もしてこなかったとか。人間は死ぬときになってようやく自分の価値というものを知ることができるの。そういうのはどうだろう。それはそれでいいと思う。考え方の一つとしてはアリじゃない?

 

 でもね、どうやらそれは間違いみたい。

 

 人間の価値というのは生まれた時にすでに決められている、いわば運命みたいなものらしい。人間の価値というものは死ぬ時ではなく、生まれてきたときに定められている。夢のない話かもしれないけど、それは全く理解できない話じゃないと思う。

 

 仮に、仮にだ。

 悪の大魔王が世界を滅ぼそうとしているとして、世界を救うことができない勇者に生きている価値はあるのかな?そんな勇者は世界に必要だと思う?

 誘拐されたお姫様を救いに行くこともなく、のんびりと世界が終わりを告げるその時まで仲間たちとゆったりと過ごしているような勇者なんて価値があるのだろうか。

 

 いいや、そんな勇者なんていなくてもいい。必要ともされないだろう。

 

 人はみな、使命というものを持って生まれてくるのだろう言う。

 勇者の場合は魔王を倒して世界を救うこと。

 

 その勇者がどれだけの努力を人知れず重ねていたとしても。

 その勇者がどれだけの苦悩を抱えていたとしても。

 その勇者がどれだけの信念を持っていたとしても。

 

 結果、魔王を討伐できないのならなんの意味もない。

 結局過程なんてどうでもいいのだ。結果が出せなければすべてのものは無駄となる。

 使命を果たせないように生まれてきた勇者なんて、存在する価値もない。

 

 そうは思わない?

 

 同様に。

 私には生まれてきた意味も、生きる価値もないらしい。

 

 生まれ持った強力な超能力により公安委員会を構成している一族の中において、超能力者(ステルス)でないわたしは無意味で無価値な存在のようだった。わたしには双子のお姉ちゃんがいるけど、私達姉妹の一族内での扱いは雲泥の差があった。

 

 兄弟姉妹が比較されて育つのはごく自然のことかもしれないけどわたしあいにくとその比較対象にすらなれなかったのだ。

 

 どちらが早くしゃべれるようになったか。

 どちらが先に歩いたか。

 どちらがしつけやすかったか。

 どちらが賢かったか。

 どちらが丈夫なのか。

 

 そんなことよりも明確に、現物として双子の片割れにはできて私にはできないことがあったんだ。

 そしてそれは一族にとって決定的なまでの違い。

 超能力。

 そう、私には超能力なんて使えなかった。

 

 こればっかりはどうしようもない。

 

 頭が悪いというのなら勉強すればいい。

 体力がないというのなら運動すればいい

 けど、超能力が使えないからといって何をすればいいというの?

 こればっかりは努力でどうこうできるものではないでしょ?

 

 親族たちが言うにはね、双子の片割れに超能力は使えて私に使えないのは明白は理由があるんだって。

 もし私達姉妹が遺伝因子の構成が同一である一卵性双生児だったなら私にだって超能力を使えただろう。

 けど、私たちは二卵性双生児。科学的な名称では異父双生児というらしい。

 

 分かりやすく言うと父親違いの双子。

 何を言っているのか分からないと思う。私だってよくわかっていない。

 

 でも、私達姉妹の父親のうちどちらかが、いわゆる愛人の娘とうこともでないらしい。

 私達の母親には夫が二人いたのだ。

 四葉(よつのは)公安委員会を支えている超能力者(ステルス)が途絶えることのないようにと、一族の娘には婿を二人あてがうというしきたりがあったのだ。

 

 そんなの時代錯誤も甚だしい。笑っちゃうでしょ?けど笑えないのは、わたしたちがそうやって生まれてきた子供であるということだ。おかしいと考えた人は私のほかにもいたみたい。昔、時代錯誤のしきたりに我慢できなかった婿の一人、三枝(しょう)が三枝の家をつぶそうと事件を起こした。結果から言うと失敗し、両親は勘当され、今生きているのかもわからない。双子の姉が超能力を使えて、わたしに超能力がつかえないのはわたしが一族の裏切り者の三枝昌の娘なんだからだって言ってた。

 

 三枝一族の超能力は、路頭に迷っていた時に神様が預けれたものらしい。だから、三枝の神様の怒りをかった三枝昌の娘であるわたしは直系の娘であるにもかかわらず超能力を使えない。おかげでわたしは疫病神扱いだ。

 

 三枝の面汚し、ロクデナシの娘、ゴクツブシの役立たず。

 事業でうまくいかないときは私のせい。

 寄り合いでかけ口叩かれるのも私のせい。

 だから、一族で経営している委員会の評判が悪いのだってわたしのせい。

 

 泥水に顔を押し付けられたまま、謝罪させられたこともある。

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい迷惑かけてごめんなさい全部わたしのせいですごめんなさいごめんなさいごめんなさいもう二度と迷惑かけませんから許してくださいごめんなさい』

 

 雲泥の差という言葉はよくできているものだ。姉が遠い雲の存在だとするのなら、わたしはまさしく泥であった。謝罪を神様が聞いてくれたら、無理やりに飲まされている泥水がお酒に変わるんだって奴らは言う。許しをもらえたのなら、わたしにだって超能力が使えるようになるのだという。

 

 ―――――そんな神様、いるわけないのに。

 

 三枝の神様はわたしのことを助けてなんかくれない。それどころかその神様のせいでわたしは殴られる。わたしが左利きなのも神様からの罰を受けているんだって。右手より左手使った方が楽なんだから仕方ないじゃん。左をつかえば殴られて、右手を使って失敗しても殴られる。それもすべては三枝の神様が決めたこと。いいことなんて一つもない。

 

『なんでお前みたいのが生まれてきたんだ』

『超能力を使えないお前になんて何の価値もないんだよ』

『お前は実の親にすら捨てられた存在だ。恨みならせいぜい産むだけ産んで捨てた両親を恨むことだな。育ててやってる俺たちに感謝するんだな』

 

 いいことの代わりといってはなんだけど、たくさんの罵声なら浴びせられてきた。

 でも、

 

『はーるかっ!』

『はるか。甘いキャンディーが手に入ったの。あいつらに見つかる前に、さっさと一緒に食べましょう』

『何してるのはるか。早くこっちにいらっしゃい。いつまでもそんなところにいたら風邪をひくわよ』

 

 わたしだって優しいおねえちゃんがいた。

 おねえちゃんと言っても双子の姉妹だから誕生日は全く変わらないけど。

 いずれ四葉(よるのは)公安委員会の一員として生きていくべく分家の二木家に預けられているからたまにしか会うことはできないけれど。

 

 わたしにだって、たった一人だけど家族と思える人がいた。

 わたしは優しいおねえちゃんが大好きだった。

 おねえちゃんの名前は、三枝佳奈多と言った。

 

 

 

            ●

 

 

 

 超能力の有無は一族における私わたしたち姉妹の扱いを大きく分けた。おねえちゃんは一族が経営している四葉公安委員会の公安委員の一員となるべく分家の二木家に預けられている。銃や剣といった武器の扱い方、そして格闘術と言った戦闘における技術だけでなく、勉強だって英才教育を施されているらしい。対し、わたしはもうどうにでもなれというように、することも何もなく一日中家でじっとしているだけ。超能力者(ステルス)の血統であることには変わらないからと、学校にも行かせてもらえなかった。親族たちと顔を合わせたら嫌味を言われたりこの疫病神と殴られたりもするから誰にも会うこともなく、ただ一人で時間がすぎるのを待っていた。定期的に行われる親族会議では二木の家からもおねえちゃんだってやってくる。

 

 私の日々の日課は、ぼんやりとお姉ちゃんが来てくれる日を楽しみにしながら待っていることだけだった。それまでつまらない退屈な時間を呆然と過ぎるのを待っているだけの日々だ。でも、今日はどうやらいい日のようだ。私に話しかけてきてくれる人がいたのだ。

 

「やぁ、元気?」

 

 わたしに自分から理由もなしに話しかけてくれる変わり者は一族の中で、お姉ちゃん以外にもうひとりいる。というか、わたしと会話してくれるの二人しかいない。その一人が、

 

「あれ、ツカサ君?なんでいるの?今日は親族会議の日じゃないよね」

「ちょっと用事があったから来てるんだよ。そうじゃなければこんなところに来るものか。だが、ちょうどいいや。今はボクもすることもなくてヒマなんだ。少し話しに付きあってよ」

 

 四葉(よつのは)(ツカサ)。三枝本家を支えるための存在している分家の四葉家の人間だ。代々四葉公安委員会の運営自体は四葉家の人間が務めることになっている。だからツカサくんは立場的にいうと、お姉ちゃんの補佐をする立場にある人というこよになる。性別こそ違えど同い年ということもあったのだろうけど、何より四葉の家の人間だということも大きいと思う。

 

「いいの?私と話しているとまたなにか言われたりするかもしれないよ」

「もう遅いよ。ボクは四葉公安委員会現委員長である父を持ちながら、超能力(テレポート)なんて便利な超能力を受け継がなかったことからキミとお一緒で役立たず呼ばわりされているからね。キミとは違って父親が委員長ということがあるから表立っては何かされていないだけで、もうすでに影ではボロクソ言われているから無問題だよ」

「……でもツカサくん、わたしと違って頭いいらしいじゃん。それにツカサ君ってテレポートこそ使えなくても超能力を持ってるじゃん。ステルスってだけでわたしとは立場が違うじゃん」

「ボクの超能力なんて、テレポートみないなものと比べるのもおこがましいようなゴミクズのようなものだけどね。またなんか棘がある言い方だけど、今度はボクと比較されてまたなんか言われでもしたの?」

「…………」

「わかりやすい奴め」

 

 きっとわたしはこの時ツカサくんに嫉妬していたのだろう。

 この一族の中において、超能力を使えないという点においては何も変わらない。

 それでもお姉ちゃんの役に立っているという点ではツカサ君に勝てていない。

 一緒に公安委員として働いてお姉ちゃんの手伝いをすることができないにしても、他の何かで手伝ってあげたいのに、わたしは何もできないでいる。何もやらせてもらえない。

 

「ツカサ君がうらやましいよ」

 

 超能力を仕えるわけでもないのに、お姉ちゃんの補佐役として指名されている。ツカサ君の能力が認められた結果ではなく単純なる血筋で選ばれたということを知っていてもなお、羨望の気持ちを抑えられない。

 

「せめて私も超能力を使えならなぁ……」

 

 もし。もしも私は超能力者(ステルス)であったとしたら。

 お姉ちゃんと同じように、寝る暇も遊ぶ暇もないような英才教育を受けさせられていただろうけど、お姉ちゃんと一緒にいられたのではないだろうか。きっと私は物覚えが悪いだろうけど、お姉ちゃんがまた優しく教えてくれたりしてくれないだろうか。きっと辛いことがたくさんあるけど、少なくても今のように親族たちから苛め抜かれることなんてなかったはずだ。

 

「佳奈多のことがうらやましいのかい?」

「ううん。そうじゃなくてさ。私も超能力者(ステルス)だったらお姉ちゃんともっと一緒にいられたのかなって思うとさ。だからうらやましいとしたら私はツカサ君の方がうらやましいかな。ツカサ君も超能力者(ステルス)でよかったと思う時だっあったでしょ?」

「うーん、どうだろうね。ボクの超能力は、みんなの持ってるテレポートのような分かりやすいものじゃないからさ、実際のところ超能力なのか体質なのかそれとも運命の神様にでも呪われてしまったのかよくわからないんだよね。でも、いいことばかりでないことも確かだよ。超能力なんてあるから、ボクは変に運命に振り回されているような気分になるし、父さんなんて息子のボクをほっといて佳奈多のことばかり気にかけるんだ。まぁ、テレポートなんて使えたとしてもどのみちボクの運動能力じゃ公安委員になるのは無理だったから考えても意味はないんだけどさ」

 

 むしろ、とツカサ君は訂正して告げる。

 

「あえて誰かを羨ましいと言うのなら、はっきり言ってボクはキミのことが羨ましいかな。そう思ったのは佳奈多が原因だけど、ボクは佳奈多よりもキミのことが羨ましいよ」

「へ?」

 

 わたしのことがうらやましい。言われた意味が全く分からなかった。

 親族たちからは褒められたことなんて一度もなく、私に人がうらやむようなものを持っているなんて今まで考えたこともなかったからだ。私が持っているものなんて何もない。私のすべてはかなただけだ。

 

「なんで?」

「この屋敷の裏口にある小屋に行くといいよ。そしたら分かるかもね」

「……ひょっとして伝言を頼まれていたの?それなら素直に言えばいいのに」

「それじゃ面白くないんだ。それにボクは見て見たいのさ。人の愛情の輝きをね!」

 

 ツカサ君がいったい何を言いたかったのかはよく分からなかったけど、私は言われたとおりに裏口近くに行ってみる。そしたら突然左ををつかまれて引っ張られた。歩いている最中だったからそのまま流されるままに小走りをしたが、すぐにすぐに自分の手を引いているのが誰なのか悟った。こんなに優しく私の手を握ってくれるのは一人だけだ。

 

「かなたおねえちゃん?」

「静かに。誰にも見つからないように」

 

 おねえちゃんに手を引かれたままやってきた場所はだれもいない倉だった。

 

「ここなら誰もいないわね。邪魔者もいないし、葉留佳と話をすることもできる」

「どうしたのお姉ちゃん。今日はここに来る日じゃないはずなのに」

「そうね。あまり時間はないから、ツカサが親族連中相手にへたくそながらも時間を稼いでいる間にことを済ませてしまいましょう」

 

 お姉ちゃんはポケットから四つの髪留めを出した。

 ビー玉のような丸い形をしている、ピンク色の装飾がある髪留めだ。

 

「昨日、四葉(よつのは)の屋敷にこれが届いたの。たぶんだけど、私たちのお母さんから」

「おかあ、さん?」

「四つあるから半分個にしましょう」

 

 私達にはお母さんもお父さんもいない。顔だって見たこともない。私たちは捨てられたのだと、望まれて生まれてきたのではないとずっと言われてきた。超能力を使えなかったことで三枝の神様からも見捨てられた疫病神とすらされた。だから、

 

「お姉ちゃんが全部持っててよ。きっとお姉ちゃんに送られてきたんだから」

 

 自然とこんな言葉が出てきた。 

 もしも両親がくれたものだとしたら、それはきっとかなたに対して送られてきたものだろう。

 決してわたしにたいして送ってきたものではないだろう。

 

「ねぇはるか。もうじき何の日か分かる?」

「何かあったっけ?」

「私の、そしてはるかの誕生日よ。これはきっとお母さんから私達二人への誕生日プレゼントだと思う」

 

 誕生日。それは私たちが生まれた日のこと。

 でも今までおめでとうなんて言われたことはない。

 今ではむしろ、うまれてきたことを咎められている。

 

「誕生日、プレゼント?ならもっと、かなたが持つべきだよ」

「お姉ちゃんは、独り占めなんてしないものなのよ。いいから二つ持っていなさい」

 

 おねえちゃんは四つあるビー玉の髪留めのうちの二つを私に差し出してきた。

 受け取っていいものかと手を伸ばしたのに受け取れないでいたけれど、お姉ちゃんは私が手に取るのをずっと待っていてくれた。そして、かなたは笑顔でわたしに言う。

 

「はるか。誕生日おめでとう」

 

 わたしはお姉ちゃんに抱き付いた。

 どうしてかわからない。この時のわたしは無性にかなたを抱きしめたくなったのだ。

 おめでとう。なんて素敵な言葉なんだろう。

 今まで言われたこともなかった言葉。生まれてきてありがろうと、そういってもらえた気がした。

 ありがとうを言いたいのはわたしのほうのなのに、わたしはなにもいえていない。

 

「誕生日おめでとう、おねえちゃん」

「うん。ありがとう。ねぇはるか。今の私達にはなんの自由もない。住む場所だって別々だし、毎日おはようって挨拶をすることも、おやすみなさいっていうことすらできない。でも、私は四葉公安委員会を継ぐつもりはないの。一緒に生きていくならあんな親族たちじゃなくって、私たちを家族だと思ってくれる人たちとのほうがいいでしょう?」

「……うん」

 

 ただ頷くしかできないでいるわたしに、おねえちゃんは自分の夢を語ってくれた。

 

「いつか二人で一緒に、私たちの両親に会いに行きましょう。そして家族で仲良く暮らしましょう」

「うん」

 

 いつか二人、手をつないで。

 今は離れ離れにしかいられない私たちだけど、いつかはきっと。

 そんな未来がやってくると、この時のわたしは信じて疑わなかった。

 




葉留佳過去編がようやくスタートしました。


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Mission92 Episode Haruka②

黒咲さんがシンクロ次元を満喫しているように見えるのはどうしてだッ!
郷に従うの早いですね!

くーろさき!くーろさき!くーろさき!
この人自身は至って真面目なのにどうしてこう笑えてくるのでしょう。
どこかのブックス!を彷彿とさせますね。


 

 中学への入学の時期となると、お姉ちゃんとツカサ君の二人は武偵中学へと進学した。

 ツカサ君はなにか思うところでもあったみたいだけど、私からしたらお姉ちゃんと一緒の学校に行けるなら羨ましい限りである。一方私はというと、中学に通う歳となったからといって学校というところに通ったことはなかった。私には超能力を使えない。その上一族の疫病神としてろくな扱いは受けてはいない。それでも一族の直系であるという事実は変わらない。あいつらが言うには、腐っても三枝の血筋ゆえに狙われる可能性がある以上、学校には行かせられないと親族たちは言ったのだ。そのことで、お姉ちゃんがあいつらともめていたりもした。

 

『な・に・が、狙われる可能性があるから学校には行かせないだ、よ。あいつら、私の葉留佳のために今まで何をしてくれたというの。どうせ葉留佳に何かあっても何もしないくせに。自分たちが星伽神社の巫女たちのように伝統と格式のある由緒正しい家柄だとでも思っているのかしら。金もない、人望もない、そのくせみみっちい。いいところなんて何もないのに。近所から陰口叩かれるのは自分たちにも理由がないと本気で思っているのかしら』

 

 お姉ちゃんは文句を言っていたけれど、お姉ちゃんも私と一緒に学校行けたらいいなと思ってくれているのだろうか。そうだったらうれしいなと思う。

 

 お姉ちゃんが武偵中学に通いだして一年くらいたった時のころだったか。

 ある日、お姉ちゃんが飛び込むようにして三枝の家へとやってきた。

 

「やったわ葉留佳。これであの腐れ親族どもも私に何一つ文句は言うことはできないはずよ。葉留佳、これからは私と一緒に四葉(よつのは)の屋敷で暮らしましょう」

 

 お姉ちゃんが私が住んでいる三枝の屋敷にやってきて私に笑顔でそう言った。

 わたしは突然のことでお姉ちゃんが何を言っているのかすぐには理解することができなかった。

 

「……どうして?」

「私があなたを愛していることを、今から疑うの?」

「そうじゃないの。どうして、そんなことが許されたの?今まで、そんなこと認められなかったのに」

「葉留佳。私ね、諜報科(レザド)ってところでSランクの資格が取ってるけど、今度から正式に私が公安委員として採用されたのよ。それが条件で葉留佳と一緒に暮らしていいっていう親族連中との約束だったし、ツカサは自分は四葉(よつのは)の家を出ていくから四葉の屋敷は自由に使ってくれてもいいって言ってくれている。これでようやくあなたにただいまって言葉をいうことができるわね」

 

 行ってきます。そしてただいま。

 家族ならだれにも使う当たり前の言葉だって、住んでいる家が違う私たちには無縁の言葉だった。

 お姉ちゃんは、それらをこれからは言えるのだと嬉しそうに微笑んだ。

 

「一緒に暮らせるの?」

「ええ。流石に二人っきりというわけではないけど、少なくてもこれからは今までよりはずっと一緒にいられる時間は増えるはずよ」

 

 いつか、ふたりで一緒に。

 昔そう約束したけれど、それはもっと遠い日のことだと思っていた。

 未成年である以上、どうしても親には逆らうことができない立場にある。どれだけ武力という形で力を持っていたとしても、社会的な立場は弱いままだ。お姉ちゃんと一緒に暮らせるようになるのは、大人になって、自分の力だけで生きていくことができるようになってからのことだと思っていた。

 

「本当に?」

「ええ。もちろん。葉留佳に嘘はつかないわ。これから四葉(よつのは)の屋敷にお世話になるのだから、今から幹久(みきひさ)おじさまに二人で挨拶に行きましょう」

「今から?で、でも私なんの準備もしてない」

「準備なんていらないわよ。当分は服なんて最悪私のものを着ればいいだけだし、せっかくだから日用品は心機一転して買い換えましょう」

「でも、あのおじたちが一体どう言うか……」

 

 お姉ちゃんと一緒に行きたいけど、出ていくなんてことを言ったら恩知らずとか言っておじにまた殴られるかもしれない。そう思って言い淀んでいた私に手を指しのべてくれた。何も心配はいらないと、微笑みながら出された手をはねのけるだけの理由はない。きっとお姉ちゃんの手を握った私も笑顔でいられたと思う。

 

「私と一緒に来てくれるでしょう?」

「……うん」

 

 四葉(よつのは)の屋敷はまさしく屋敷と呼ぶにふさわしいだけの広さを持っている。

 ここいらの地域では名家として名を馳せているだけのことはあるのだ。周囲の山や田畑だってすべて四葉家の私有地である。屋敷を囲む外壁には四葉家の家紋である四葉のクローバーの紋章が書かれていた。この模様は委員会に所属している人たちだってつけていたから見覚えがある。

 

「ねえお姉ちゃん。そういえばさ、四葉家の家紋が四葉公安委員会の紋章と同じだよね?なのにどうして今の委員会を取り仕切っているのって三枝の叔父たちなの?」

「四葉家は元々三枝本家を支えるために存在している分家なの。四葉公安委員会だって、もとはと言えば戦後に衰退した一族を立ちなおすために四葉の家の人間がつくったものらしいわね。だから委員長の補佐役には代々四葉の家の人間が選ばれることになっているみたい。ほら、ツカサが私の補佐役をやらされているでしょ?……あいつ、全然やる気ないのにね」

「そうだね。でもお姉ちゃんやツカサ君も、いずれは四葉公安委員会の一員として働いていくんだよね?」

「……それはどうかしらね。私が武偵をやっているのは手段であって目的ではないのだから。私の夢は、葉留佳と一緒に……」

「私と?」

「な、なんでもないわ!恥ずかしいから口にしない」

 

 そういってお姉ちゃんは微笑んだ。昔に佳奈多が言っていたことだ。

 いつ死んでしまうか分からないような武偵なんて仕事はいずれはやめて、静かに一緒に暮らしましょう。

 お姉ちゃんはあの時の約束をまだ覚えてくれている。そのことがなんだか嬉しくなった。

 

 そして今日。その夢の第一歩を踏み出すことになる。

 

「今までは二木の家に預けられて育てられたけど、これからしばらくは幹久叔父様の手伝いをしていくことになるわ。きっと今まで以上に忙しくなるだろうから、同じ家に住んでいるといっても二人だけの時間はそうそう取れないかもしれないわね」

「……それでもいいよ。私の所に戻ってきてくれるならそれでいい」

 

 お姉ちゃんは武偵中学に通っているけど、授業にはテストくらいしか受けていないらしい。単位はすべて、外部からの依頼による報酬点で補っているとのことだ。今でさえそれだけ忙しいのだから、これから本格的に仕事を始めるなら私の相手をしている暇なんてなくなるのかもしれない。でも、それでも別に構わなかった。

 

「待ってたぞ。これからのことで話がある」

「お久しぶりです、幹久(みきひさ)叔父様」

 

 屋敷の正面まで来たところで、私たちを出迎えた大人が一人、そこにいた。名前は四葉(よつのは)幹久(みきひさ)。現四葉家の当主であり、ツカサ君のお父さんでもあり、そして今の四葉公安会委員長でもある。私は今までこの人とは見かけたことこそあれど、まともに話をしたことなんて一度もないから人となりまでは分からない。また何かされるのではないかという不安から、私のこんにちはという挨拶の声は震えていた。大丈夫だよ、と佳奈多が強く握りしてくれた手が温かかった。私たち二人は十畳くらいの座敷の部屋へと通されて、幹久おじさんと向かい会う形で座ることになった。

 

「まずは、佳奈多。おめでとう。武偵中学に通いだして一年ちょっとでこれだけの成果をお前は出した。三枝の名に恥じぬ結果であることを誇りに思う」

「……お誉めに預かり光栄です」

「佳奈多。しばらくはお前は俺の補佐の仕事をすることになる。それは分かっているな?」

「心得ています。それがこの家に葉留佳と二人で住まわせてもらう条件でもありましたから」

「俺の補佐役といっても、これは単なる研修期間のようなものだ。現状、お前の公安0への内定はほぼ確定している。公安0としては最年少での加入となるが、まだ中学を卒業すらしていない歳ということを差し引いてまで選ばれたんだ。俺たち三枝一族にとってこれがどれだけ重要なことだか分かるな?お前には期待してるぞ」

「……」

「くれぐれも、同じく公安0であった三枝(しょう)のようなことだけはしてくれるなよ」

「……心得ております」

「ならいい」

 

 もう言うことはないと、幹久おじさんは立ち上がった。この部屋から出ていこうと引き戸を引いたときに、私に声がかけられた。

 

「葉留佳」

「は、はいッ!!」

 

 わたしは三枝の家ではいないものとして扱われてきた。私は疫病神。私と話せば運気が落ちるし、何か不幸が訪れる。私がいなければすべて万事うまくいったものをと、親族たちは声がかけてくることなんて今までなかったから、声がかけられるなんて思ってもみなかった。

 

「お前は好きに過ごせ」

 

 それだけ言うと、今度こそ幹久おじさんは出ていった。

 それは、私が初めてきいた親族の大人からの、ぶっきらぼうでも悪意はこもっていない声であった。 

 

         ●

 

 それからの生活は、今までとは一変することになる。

 おやよう。そしてお休みなさい。

 家族なら本来誰もが使うであろう言葉を佳奈多から言ってもらえるようになった。

 

 朝起きたらおはようと声がかかる。朝ごはんできてるわよ。一緒に食べましょう。

 お姉ちゃんが帰ってきたらただいまと声がかかる。これから一緒に夕飯の買い物にでも出かけましょう。

 

 こんなことでいちいち喜んでいられることは、本来間違っていることなのだろう。

 本来ならば当たり前に享受して当然のことなんだろう。でも、それが出来てこれなかったことが悲しいことだとしても、私はそれでも別に構わなかった。

 

「お姉ちゃん、おかえりなさい!!」

 

 今まで佳奈多とかわす挨拶の言葉は二つだけ。久しぶり、そしてさようなら。

 住む場所だって扱いだってまるで違う私達姉妹には、こんなことでさえようやくつかみ取った小さな幸せであったのだ。まあ、今まで努力してきたのはお姉ちゃんであって、私に何かできたわけでもない。私はいつもそうだ。いつもお姉ちゃんからもらってばかりで、何もしてあげられていない。超能力があるかないかという違いだけで、私たちは双子の姉妹なのに。

 

「ただいま」

「お仕事お疲れ様。顔色悪いけど大丈夫なの?」

「最近仕事続きでろくに休みも取れていなかったから、今かなり眠たいの。葉留佳、悪いけど今日はもう眠らせてもらうわ。ご飯時になったら起こしてね」

「あ、うん」

 

 四葉の家に来てしばらくしてから、お姉ちゃんは公安0というところで働くようになったらしい。

 公安0というのは聞いたところによると、この日本の治安を守るために存在している最高位に位置している国家による委員会らしい。当然危険度も一般の武偵が取り扱うことができる次元のものではなく、存在が公になればそれだけで大きな事件へと発展してしまうようなものばかりらしい。公安0の仕事は機密性も高いので、お姉ちゃんの補佐役であるツカサくんだって表立って協力することはできないでいる。ツカサくんも何だかんだといいながらもお姉ちゃんの補佐役をしっかりとやっているみたいだけど、それでも大事なことは一人で何でもやっているみたいで、お姉ちゃんは帰ってきたら疲れ切って眠ってしまうことが多くなっていた。

 

「ねえ葉留佳。学校に通うつもりはない?」

「学校?」

「ええ、学校に行くの。私は一緒に通うことはできないけど、きっと葉留佳のためになるわ」

「でも、私今まで学校には通わせてはもらえなかったよ?」

「もうあいつらに許可を取る必要なんてないわよ。葉留佳一人の学費くらいなら、あいつらの手を借りなくても私一人でどうにかできる。もうそれくらいのわがままを通すだけの力を今の私は持っている」

 

 そんな中、ある日佳奈多は私に学校に行かないかと告げてきた。私は学校という場所に行ったことがないので、今一つピンとこなかった。義務教育では中学までは学校で教育を受けることを義務付けられているみたいだけど、それにだって例外はある。学校に通うことにより得られるメリットよりも、それによりこうむるデメリットの方が大きい場合、義務教育であっても例外として処理される。

 

 つまり、超能力を扱う一族には義務教育は適用されていないらしい。

 

 私も、ツカサ君も、そしてお姉ちゃんでさえ、結局小学校には通うことはなかった。

 今でこそお姉ちゃんは武偵中学に通ってこそいるが、単位はすべて依頼でとっているため授業なんて受けたことがほとんどないのだという。実質の形だけの所属だ。まして、今や公安0で働く社会人。学校なんて行っている時間はほとんどない。

 

「そんなことを言うなんていきなりどうしたの?」

「私は二木の家で、ツカサはこの四葉の家で、そしてあなたは三枝の家で今まではずっと一人で過ごしてきた。超能力を使う一族だから、私たちは特別な力をもつ超能力者(ステルス)なのだから、それが掟なのだからと教えられて、何も疑うことなくずっとそれに従ってきた。でも、外に出て超能力者を他の名乗る人たちとも出会って気づいたことがあるの」

 

 お姉ちゃんは私が知らない外の世界のことを知っている。

 実際に見てみたいと思ったことはないというわけではない。

 

超能力者(ステルス)は確かに色んなことができる。私だってこの超能力に命を救われたことが何度かある。きっとこの超能力(テレポート)がなければ私はとっくに命を落としていたでしょう。私には武偵としてやっていく才能はない。自覚があるけど、どうしても変えられない致命的な弱点がある。確かにその力のせいで魔女だと石を投げつけられ、恐れ疎まれることだってあるけれど、だからと言って自分が特別だなんて本気で思い込み、周囲を見下すようなことはあってはならないのよ。そんな奴は間違いなく社会化から淘汰される。この人間社会において、自分が特別なんてことはない。そんなこと言うやつは生きていけないのよ」

 

 超能力者(ステルス)は特別で優れた人間なのだと私たちは教えられてきた。

 だから超能力者(ステルス)ではない私は一族の中では疫病神のようにいないものとして扱われてきた。

 

「葉留佳。どんなことを言ったとしても、私が超能力者(ステルス)であるという事実は何も変わらない。超能力者(ステルス)として生きてきた以上、何だかんだ言っても考え方が超能力者(ステルス)特有のものになってきている。私も、そしてツカサも、武偵という仕事に関わっているせいでそもそもの感覚でさえ狂ってきているわ。このままじゃ、私が武偵をやめたとしても、この一族から離れて葉留佳と一緒に暮らすときには何も分からない。私の普通はもう普通ではなくなっている。これじゃ、あなたとの約束を果たせなくなってしまう」

 

 だから、葉留佳が一般の生活というものを、当たり前に存在している幸せというものを私に教えてくないかしら?

 

 それは佳奈多が私に対して初めて言う、明確な頼み事であった。

 かつてツカサくんは、かつて私が超能力者(ステルス)だったらよかったのにと言ったときに、肯定的な返答じゃくれなかった。その意味を理解したわけというじゃないと思うけど、私はこの時初めて私が超能力者(ステルス)ではなくてよかったと思うことができた。

 

「うん。わかった。私もまだ何も分からないけど、学校に行くよ。いっぱい学んで、今度は私がお姉ちゃんのために何かしてあげられるようにするよ」 

 

 今のわたしにはできることも、そして許されていることも大したことはないのだろう。

 同年代の子供たちと比べて、私が知らないことだってきっと多いはずだ。

 それでも私は幸せだったのだ。

 大好きな家族が傍にいてくれて、大好きだって言ってくれる。

 それさえあれば、他には何もいらなかったのだ。

 家族のためになるとうのなら、学校に全く馴染めなかったとしても諦めずに頑張れるような気がした。

 お姉ちゃんが私のために頑張ってくれたように、私だってきっと頑張れる。心からそう思っていた。

 

 だから、いつからだったのだろうか。

 

 佳奈多がおかしくなってしまったのは、私の幸せが崩れ始めたのはいったいいつからだったのだろうか。

 無表情でそっけないような態度を取りながらも、いつだって私のことを見てくれていたお姉ちゃん。

 目覚めた朝には必ずおはようって言って穏やかな声をかけてくれる佳奈多お姉ちゃん。

 いつだって私のたった一人の家族は、そっけなくとも優しさにあふれた人だった。

 ちょっとしたことですぐ心配性の姿を見せ、慌ててそれを隠そうとする人だった。

 

 そんな佳奈多が、私のたった一人の家族がまるで別人のように変わってしまったのはいつからだっただろう。私と顔を合わせても、一瞥すらせずに横を通り過ぎていくような人になったのは一体いつからだろう。

 

 おはようという挨拶もなく、さよならという言葉も交わさない。

 私のやることに対し何の反応も興味も示さない。

 まるでただの他人のような言葉をかけてくるようになってしまったのはいつからだっただろう。

 

『出てこい佳奈多ッ!!話があるッ!!』

 

 佳奈多が私の前で見たこともないような姿を見せたあの日のことを思い出すと、原因が一つの決定的な出来事だけだとは思えない。私の幸せはどこかできっと、私が気付かなかっただけで以前から綻びはじめていたはずだ。でも、その綻びはいったいいつから始まっていたのだろうか。

 

 




名前だけなら結構前から登場していたツカサ君ですが、こいつ葉留佳視点の物語だとそう出番多くないんですよね……。いつかこいつ主人公で外伝やってもよさそうです。こいつの相棒すでに登場していることですし。


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Mission93 Episode Haruka③

新規レモンTUEEEEE!!!
元キン……ジャックには、王者としての力の差というものを見せつけて欲しいものですね!!
それはそうと、絶望神アンチホープに絶望しました。
あの、エクシーズメタの効果は……?
あんなのがレベル1デッキの救済になると思うなよコンマイッ!
あれならヲーの方がマシだ!
あれ正規召喚で出せるのダストンぐらいだよ!私のレベル1デッキじゃ虹クリボーもフェーダーも除外されて使えないからまず出せないんだよッ!!
しかも、アベルズケインズやデュラハン二体出した方がいい気がするという。

ただでさえ私のレベル1デッキは切り札のライオンハートがホープライトニングとかいう化け物のせいで、ライフ4900がキル圏内になってしまったというのに……。

あ、カオスソルジャーと暗黒騎士ガイア新規おめでとう。


 

 確か私が学校というところに通い始めて半年くらいたったころだったか。

 今まで一度も学校に行ったことなどなかった私は、集団行動というものにはどうしてもすぐに馴染めなかった。

 中学三年生という中途半端な時期からの転入はタイミングが悪かったというのもあるだろう。

 まだ見知らぬ人ばかりでみんな緊張している入学式の日とは違うのだ。 

 友人関係はとっくの昔にみんな出来上がっているし、生憎と私は周囲とそう簡単に打ち解けるだけの話術も持っていなかった。最初のころは気を使ってか話しかけてくれた人もいたけれど、私はというとその心遣いにまともに答えられるだけの余裕もなかったのだ。

 

 いつご飯を食べていいのかだとか、左手を使ったて箸をもったら怒られないかとか。最初はそんなことすら分からなかったのだ。それでも半年もしたら何とか学校生活に慣れることができた。

 

「葉留佳。ボクがいいことを教えといてあげるよ。まず、学校ということころに希望を見いだす必要なんてないんだよ。あそこはリア充とイケメンがクラス内でトップに君臨し、ぼっちがそれに従わざるを得ない空気をかもしだす明白なヒエラルキーを形成している社会なんだ。だからいい?決して自分からは絶対目立つようなことはしないこと。弱みを自分からは見せないこと。逆らえばぼっちになる。ソースはボク。仲良くするなとは言わんから、うまくやりすごして行動するべきだね。そして、佳奈多のことだ好きなら家にいる時間を増やすんだ。なんだかんだ言って、あいつはキミにおかえりって言ってもらうのがすごくうれしいんだ」

「……ねぇ、いくら自分のクラスで居場所がないからって私の葉留佳に変なことを吹き込まないでくれないかしら」

「なにさ。友達いないのはキミだって同じじゃないか。キミがまともに授業を受けてることなんてあったっけ?クラスメイトとの思い出話の一つもないのはお前だって変わらないくせに」

「ほっといて頂戴。仕事で忙しくて授業なんて受けている時間が取れないのだから仕方ないじゃない。はっきりとクラスでハブられているあなたよりはマシよ」

「いいや、ボクには相棒(パートナー)がいるだけどう考えてもボクの方がマシだね。……いや、それはどうでもいいか。より困難な立場に立てばたつほど、人を支える愛情の力の輝きが見られるんだから、それはそれですばらしいことだった!ごめん、ボクが間違っていたよ!キミは間違いなく恵まれた人間だ!」

「喧嘩打っているの?いい度胸してるわね、ツカサァ」

 

 最初はどうしても不安で、学校に通っている身近な二人に相談してみたけど、お姉ちゃんもツカサ君も二人して学校生活がなにやらとても残念なことになっているようなので参考にできることなど何もなかった。立場的には主人と従者と言った感じのはずなのに、なにやら悲しい言い争いをし始める。図らずも、学校生活は私が一番充実しているようだった。こんなので本当にいいのかと思ってしまう。

 

「葉留佳。あなたはどう?学校はどうかしら?」

「楽しいよ。いろいろ大変なこともあるけれど、やることがあるというのは家でじっとしているよりはいい」

「そう。それはよかった」

 

 私が学校に行きはじめると、公安0として日々忙しく働いているお姉ちゃんとは時間の都合上会う機会が以前よりは少なくなった。悲しかったけどこればっかりは仕方ない。お姉ちゃんは実質学校には行っていないとは言っていたけど、武偵中学の生徒でもあるのだ。インターンとして武偵高校にも行っているみたいだし、公安0のお仕事がないからと言って家でずっと休んでいるわけにはいかないのだ。私にはお姉ちゃんしかいないけど、公安0の仕事でいない時は補佐役であるツカサ君がいろいろ助けてくれたから、なんとかやってくることができた。

 

 まだまだよく分からないことばかりだけど、ちょっとずつ前へと進んでいこう。

 

 家で震えて縮こまっていたばかりの私だけど、ようやくそう思うことができたばかりの頃だった。

 でも、そんな生活もすぐに壊れてしまうことになる。

 

 あれはひどい土砂降りの雨の日だった。今でもよく覚えている。公安0の仕事もないし、家で休みにしたというお姉ちゃんに学校の宿題を見てもらっていたら、四葉の屋敷の玄関の方から怒鳴り声が響いてきた。土砂降りの雨の音をすべて打ち消すほどの大声が屋敷中を震撼させたのだ。 

 

「出てこい佳奈多ッ!!話があるッ!!!」

 

 この四葉(よつのは)の屋敷に来てからは親族連中とは顔を合わせることは少なくなっていたとはいえ、居間だって私は会いたいとは思えない。二度と顔を合わせないでいられるのならそうしていたいと思う人間たちの怒鳴り声は私を一瞬にして気を凍らせるには十分すぎるものだった。ビクビクと震えが止まらない私の手をお姉ちゃんが握り、ここで待っていろと言った。その後は、はぁ、と真底嫌そうな顔をして佳奈多は玄関の方へと向かっていった。私はここで宿題の続きをしてろと言われたけれど、どうしても様子が気になってこっそりとついて行った。どうして様子を見に行こうとしたのかはわからない。そもそも雨の日にはいい思い出がないし、何より謝罪のための無理矢理飲まされた泥水の味が忘れられない。決して好奇心なんかではなかったはずだ。理屈では説明できないけど、この時の私はどうしても嫌な予感を振り切れなかったのだ。

 

「これだけの土砂降りの中、わざわざお越しいただいてご苦労様です。用件があるなら電話でいいと思いますが、いったい何の用でしょうか」

「佳奈多。お前に聞きたいことがある。四葉(よつのは)(ツカサ)はどこにいる?」

「ツカサですか?私が知っているわけはいでしょう」

「あのガキはお前の補佐役だったろう!!」

「それが何か?別に四六時中一緒にいるわけでもありませんし、一体何があったのですか?」

 

 佳奈多に怒鳴っている人物は私にも見覚えがある。確か、四葉公安委員会に所属している超能力者(ステルス)の一人だ。確か名前は、三枝葉平(ようへい)……だったか。

 

「ツカサと連絡が取れなくなって一週間たつ。この一族にとって大事なこの時期に、だ」

「それで?ツカサと連絡が取れなくなったからってわざわざみな様おそろいでここまでやってきたのですか?おかしなものですね。超能力者(ステルス)にあらずんば人にあらずと、この一族の中で超能力者(ステルス)でないからというだけで彼を見下してきたのはあなたたちでしょうに」

「ふん。普段ならお前に一からわからせてやるところだが、あいにくとそんなことも言っていられなくなったのでな。佳奈多。お前は一体何を考えている?」

「と、言いますと?言っている意味がよく分からないのですが」

 

 とぼけるな、と親族の一人は佳奈多を怒鳴りつけた。

 

「あのガキが青森行きのチケットを駅で先日購入したことが分かっている。何をしに行ったのか聞いてないか?」

「案外単に指名で秘密依頼(シークレットクエスト)が入ったのかもしれませんよ。あいつ、戦闘能力皆無ですけど腐っても尋問科(ダキュラ)ではSランクですからね」

「そうだといいがな。だが、青森にはあの星伽神社もある。警戒するにこしたことはない。そして何より、この大事な時期に依頼なんぞ受けるわけがない。佳奈多、とぼけるのもいい加減にしろ。お前は一体何を企んでいる?」

「別に何も。言いたいことが言い終わったならさっさと帰ってもらえませんか」

 

 ここからでは佳奈多の顔を見ることはできなかった。

 でも、ものすごく不機嫌だろうことは分かる。

 佳奈多は喜怒哀楽を表情いっぱいで表現するようなタイプではないけど、ずっと一緒にいたから雰囲気だけで分かるのだ。帰ろうとする三枝の家の叔父たちが、傘をさして出ていこうとしたときに、一言だけつぶやいた。

 

「佳奈多。一族を裏切ってみろ。ただで済むと思うなよ。このことさえ忘れてしまったなら、もう一度お前を教育する必要がある」

 

 それからのことは一瞬だった。

 気が付いたときにはもう、押しかけてきた親族たち三人は土砂の中に叩き付けられていた。

 

「―――――教育、ですって?」

「あぁ、なんども言わすなよ、クソガキ」

「笑わせないでちょうだい」

 

 親族たちも佳奈多が自分たちに刃向うとは考えていなかったのか、今自分たちが何をされたのかいまいち状況がすぐにはつかめていないようだった。

 

「アンタたちこそいい加減理解した方がいい。この私がいつまでもアンタらのいいなりのままだと思わないことね。大体、一体誰がこの私を教育するって?汚物にたかる虫けらどもが人様に向かって教育ですって?面白い冗談を言うものね」

 

 この人は一体、誰だ?

 私は目の前に映る人が一体誰であるのか一瞬わからなくなった。

 私はお姉ちゃんのこんな様子は見たことがない。私の名前を呼びながら微笑んでいた時からは想像もできない。

 

「そうだ叔父様方。私、この間学校で魔術を一つ学んだの。見てもらえるかしら?」

 

 お姉ちゃん自身、土砂降りの雨に打たれながらのあまりにも場違いな発言に、何をするつもりだと親族たちは警戒心を強めている。わたしだってそうだ。佳奈多が何を考えているのか、全く理解できないでいる。楽しげに微笑む姿はまるで魔女。

 

「それではこれより、錬金術をお見せしましょう」

「錬金術……だと?」

「ええ。私は生憎と未成年なので、自分では確認を取ることができないで協力してくださいね」

「な、なにをするつもりだ?」

「そう心配しなくてもいいですよ。昔叔父様たちが教育と称して見せてくれた簡単な錬金術です」

 

 佳奈多は笑っていた。愉しげに笑っていた。タノシクッテオカシクッテショウガナイ。

 けれど、そこには私に向けてくれていたような温かさは微塵もなく、あるのはただ残虐性があるだけだ。

 

「レディースエーンドジェントルメーン。それでは皆様お待ちかね。『泥水を酒へと変化させる錬金術』をお目にかけましょう」

 

 宣言と同時、佳奈多の姿が一瞬で別の場所へと移動する。そして、倒れたままの親族の髪を無理やりつかみ、土砂降りで出来た水たまりに顔面を押し付けた。プハッ!!と叔父が咳き込む様子を見せるが、佳奈多はそんなことには気にも留めない。そのまま窒息死しても意に介さないとばかり、お姉ちゃんは親族を泥水に押し付けたままアハハハハハと笑っている。

 

「ねえ、どうです?おいしいですか?酒になりました?私は未成年だから酒の味ってものがよくわからないんですけどねぇ」

「か、佳奈多!お前、こんなことしてただで済むと……」

「こっちは酒になったかって聞いてんでしょうがッ!!!」

 

 佳奈多はもう一度頭を叩きつけた後、今度は足頭部を踏みつけた。

 誰も叔父の一人を助けようとしない。

 数では圧倒的に勝っているはずなのに、佳奈多が怖くて何もできないでいる。

 

「お、おちつけ佳奈多!!」

「お前、自分が今何をしているの分かっているのか!?四葉公安委員会をそのまま敵にまわすことになるんだぞ。いくらお前が公安0の一員だからと言って、何でも許されると思うなよ!!」

 

 傍観していた親族連中の静止の声も、今のお姉ちゃんには全く聞こえていない。

 耳障りだと感じたのか、超能力を使って一瞬で消えては親族たちを水たまりに放り投げていく。

 全員を叩きのめした頃には、佳奈多を止める声はもう出てこず、謝罪する声が聞こえてきた。

 俺たちが悪かった。言いすぎだった。だからもうやめろ。

 それは私が初めて聞く叔父たちの弱気な声である。

 

「―――――――一体何を言っているの?おかしなことを言うものね。私はあんたらが昔やったことをやっているだけじゃない。何の罪もなければ三枝の神様が助けてくれるんでしょう?ほらほら、せいぜい三枝の神様に祈りなさい。かつて私や葉留佳がそうさせられたように!!教育(しつけ)と称してアンタらが私達にやったみたいにッ!!」

 

 佳奈多は叔父の顔面を押し付けた泥の水たまりの泥水を救い上げ、口に含んだ。

 そして、ギラリと叔父たちをにらみつける。

 

「なーんだ。まだお酒になっていないじゃない。本気で謝罪したら三枝の神様が助けてくれるんでしょう?酒に変わるのでしょう?私はアンタたちから教わったのよ。ということは、アンタたちは反省なんてこれっぽっちもしていないようね。それとも私の錬金術が失敗したか。まぁどっちでもいいか。こういうものは練習あるのみよ。付き合ってくださるわよね、オジサマ」

 

 これ以上は止めてほしかった。確かに私は親族たちのことが嫌いだ。だけど、お姉ちゃんの今の姿はこれ以上は見たくはない。だからお姉ちゃんを止めないといけないと、そう思うのに怖くて何も言葉を口にすることができなかった。佳奈多を止めるための音を出したのは私ではなかった。パアンッ!!という銃声が鳴り響いた。いきなりの音に怖気づいてしまったが、すぐに音の発生源については気が付いた。

 

「もうよせ佳奈多。いったい何だというんだ」

 

 幹久叔父さんが帰ってきたところだった。叔父さんの手には銃が握られている。

 

「お前、最近ちょっと変だぞ。公安0の方で何かあったか?」

「……幹久(みきひさ)叔父様。言いたいことはそれだけですか?」

「何がだ?」

「私に言うべきことは、それだけですか?」

「質問するのはこっちの方だ。こんなことをして何のつもりだと聞いている」

 

 アハ。アハハハハ。

 佳奈多はまた壊れたように笑い出す。

 今の佳奈多の笑った顔は、とてもじゃないが痛々しくて見ていられなかった。

 

「幹久叔父様。ツカサのことは聞いていますよね」

「ああ、失踪したんだってな。お前、一体何を企んでいる?」

「あなたが私を前に今言うべきことは!!ツカサについて問い詰めることじゃないのか!!それが親ってもんじゃないのかッ!!それができないから見切りをつけられるッ!!血が繋がっていても家族だと思われなくなるッ!!この際だからはっきりと言っておくわ。私はあなたたちが大嫌いよ。一族、一族、一族とアンタらは呪いのように一族という言葉を口にして、家族という言葉を全く口にしないし大切にもしない。どうせ私のことだって、一族にとって有意義だからもてはやしているだけでしょうに。もう私は知っているのよ。三枝一族をつぶそうとした公安0の裏切り者、三枝(しょう)がいったいどうして―――――」

「佳奈多ッ!!それ以上は口にするなッ!!」

 

 三枝昌。私の実の父親の名前が出たことに、思考が止まってしまう。

 今、お姉ちゃんは何を言おうとした?

 言葉こそ幹久叔父さんにとめられたものの、何を言おうとしたのかは推測できてしまう。

 

 三枝(しょう)

 私にとって、こいつこそが私を不幸へと叩き込んだ元凶だ。いままでそう教えられてきた。

 私がお姉ちゃんと違い超能力者(ステルス)ではないのは、こいつが一族を裏切った罰当たりな人間だから、私には三枝の神様は超能力を奪ったのだと。でも佳奈多の言い方を聞くに何か違う。親族の言うことを信じているわけじゃない。でも、信じていないとやっていられないというのはあった。そうじゃないと超能力者(ステルス)ではないということで蔑まれ、犯罪者の娘だと罵られて生きてきたのは一体なんだったんだ。罰が必要だと、執拗に殴られ続けたのは何のためだ。

 

「もう我慢ならん。幹久!!拘束の命令をくれッ!!」

「拘束?私を取り締るか。やれるものならやってみなさい。私が超能力だけで公安0が務まってきたと思っているのなら大間違いよ」

「佳奈多。一体何が不満なんだ。お前が欲しがったものはすべて与えたはずだ。公安0就任祝いになんでもやると言ったとき、お前は妹との生活以外何も求めなかった。そして、これからわれら三枝一族は何もかも手に入れることになる。手に入らないものが逆に何もない時代が待っているんだ。それなのに、お前は何が不満だというんだ!!」

「……じゃあ聞くけど、アンタらが一体私に何をくれたというの?アンタたちといて私の心が一度でも安らぎを感じたとでも思っているのかしら。私が欲しいものはアンタらはすべて取り上げたじゃない!!この一族がこの先どうなろうと正直どうでもいい。でも、それに私達(・・)を巻き込まないでッ!!私から葉留佳を奪わないでッ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は傘もささずに土砂降りの雨の中走り出していた。裸足のまま冷たい地面を蹴り、佳奈多の背中から抱き付いた。私は怖かったのだ。このまま続けたら、お姉ちゃんが全くの別人のように変わってしまいそうで怖かったのだ。

 

「……何をしているの葉留佳。こんな雨の中外に出てきたら風邪をひくわよ」

 

 そして、お姉ちゃんの口から出てきたのはそんな言葉だった。

 雨に打たれて徐々に身体が冷たくなっていくのに、どうしてか私が抱きしめる力だけは一向に落ちる気がしなかった。

 

「もう、やめて。これ以上はもうやめようよ」

「……温かいお風呂を用意しないといけないわね。先に戻って用意しておくわ。早く来なさいね」

 

 この時お姉ちゃんが何を思ったのかはわからない。けどそう言った途端、お姉ちゃんはその場から消えた。

 きっと超能力で移動したのだろう。

 

「待て。俺たちはまだあいつから謝罪の言葉を聞いていない!ここまでなめられて引き下がれるか!」

「……佳奈多には俺からきちんと言っておく。だから、お前たちも今日はもう帰ってくれ」

「幹久!!」

「佳奈多のことは俺が責任をもって監視する。きっとあいつも公安0での仕事に忙殺されて疲れていたんだ。俺たちが佳奈多にやらせていることを考えればストレスがたまるもの無理はない」

「しかしッ!!」

「……頼む。この通りだ」

 

 幹久おじさんが頭を下げる。幹久叔父さんは四葉公安委員会の委員長。さすがにここまでされると顔を立てないわけにはいかなかったのか、仕方なしとはいえ他の叔父たちも引き下がる。

 

 でも、私はどうしても、何かが変わってしまう前触れような感じを気のせいだなどと思えなかった。




三枝一族が滅ぼされたということはアドシアード編の時点で判明していたことですが、あれから印象が結構変わったのではないかと思っています。いろんなことがわかってきましたしね。


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Mission94 Episode Haruka④

 

 どうしてだろう。親族たちが訪ねてきたあの日から、どこかお姉ちゃんがおかしくなってしまったような気がする。性格変わったとかそんなんじゃない。でも何か様子が変だ。何か考え込むことが日に日に多くなっているような気がする。私を話しかけてもどこか上の空であり、お姉ちゃんがお仕事から帰ってきてもすぐ休むと言って引き込まってしまう。

 

「ただいま」

 

 私が学校に通い始めたころ、私が帰ってきたときにはいつもお帰りなさいという佳奈多の声が返っててきていた。なのに、今玄関はしーんと静まり返っているだけだ。このところずっとそうだ。誰もいないのならともかく、今までいるのに返事をしないことなんて疲れ切って寝ているときぐらいだったのに。

 

(佳奈多の靴はある。帰ってきていないってわけじゃないのに……)

 

 お姉ちゃんは臨時の休暇をもらったからと、最近は家にいる時間の方が多い。

 いつもは休みをもらう時は、大抵わたしと何かをしていた。

 一緒に買い物に行ったり、一緒に何かおいしいものでも食べに行ったりだ。

 けれど今は家で何をするでもなく、ぼんやりと何か考えながら過ごしていることが多くなっていた。

 公安0の仕事がどんなものであるか、私は知らない。

 例え家族であっても仕事の内容については秘匿義務があるらしい。

 事件の存在そのものが公になった時点で大問題になるような案件ばかり抱えているようなところだ。

 疲れることもある。泣きたくなることだってきっとある。もうやめたいということだってあるだろう。 

 それでもなお、佳奈多が公安0の仕事をやめない、やめられない理由をもう私は気づいている。

 

(―――――ねえ、佳奈多。公安0なんて危険な仕事をやっているのは私のためなんでしょう?)

 

 佳奈多はそもそも争いや戦いというものが好きではないのだ。

 性格的に、そもそも争い事には向いていないのだ。

 こんな一族の中に生まれてこなかったなら、超能力なんて持っていなかったのなら自分から武偵になろうだなんてことは考えないはずだ。今武偵として働いているのは、すべて私のためにやっているのだろう。

 

 お姉ちゃんは今まで私のためにたくさんのことをしてくれた。

 三枝の家でいらないものとして扱われていた私に大好きだって言ってくれた。

 私と一緒にくらすことを武偵としての実力を示して親族たちに認めされた。

 いろんなことを学ぶために学校に行かせてくれた。

 

 なにより、私に家族というものを教えてくれた。

 

 対し、私は佳奈多に何をしてあげられたのだろう。

 やってもらったことばかりで、何もできていなかったように思う。

 私と佳奈多は、そもそも超能力を持っているかということぐらいしか違わないはずなのに。

 

「お姉ちゃん。電気ぐらいつけなよ」

 

 なのに、明らかに様子がおかしい佳奈多に私はしてあげられない。何をすればいいのかも分からない。

 八畳の部屋で寝転がって、ぼんやりと天井を見上げている佳奈多にどういう言葉をかけたらいいのかもわからないのだ。ツカサ君に何があったのかを知っているのなら聞きたいとは思ってる。でも、これ以上我儘を言って負担をかけるようなことはやりたくない。だから私が言えるのは、

 

「どうしたの?」

 

 たったこれだけであった。

 それ以上の言葉は口から出てこなかった。

 

「……別に。来週にもまた親族会議があるでしょう?それが鬱なだけよ。ここ最近ボイコットしていたけど、今回はどうにも行くことは避けられなさそうだしね」

「そういえば、最近よく親族会議をやっているよね。四葉公安委員会の方で何かトラブルでもあったの?」

「……トラブルか。トラブルね」

「うん?」

 

 どういうわけか分からないけど最近親族会議が開かれるペースがここのところ早いように思う。

まだ私が三枝の屋敷にいたころ、佳奈多と会えるのは親族会議のために三枝本家にやってくる日だけだったからよく覚えている。あのころは大体三週間に一回くらいの頻度だったはずだ。それが、今では一週間に一度は必ず行われている。親族会議の場所となっているのは毎回違うみたいだど、今度はこの四葉の屋敷で行われるらしい。

 

「あいつらと顔を合わせたら揉め事しか起こらないわよ。ねえ葉留佳。確か会議の日も学校があったわよね?あいつらと顔を合わせないように帰ってくるのは遅くにしなさい。間違っても早く帰ってこようとはいないでね。あいつらに何か言われて落ち込むあなたの姿なんて見たくはないんだから」

「あ、うん……でも大丈夫?」

「何が?」

「よくわからないけど、なんだか嫌な予感がするの。みんな最近何かおかしいよ。ツカサ君もいきなりいなくなちゃったし、お姉ちゃんもあの日からなんだか変だし」

 

 様子がおかしいのはお姉ちゃんだけじゃない。ツカサ君だって急に消えてしまった。親族たちだって急に親族会議を頻繁に開くようになった。何かが起きようとしている。それがいい変化をもたらそうとしているものなのだとしても、私にはこのままでいいのだ。家族が近くにいてくれる、それだけ変わらないのならそれでいい。

 

「お姉ちゃんは、ツカサ君みたいに急にいなくなったりしないよね?」

 

 だから、私が知らなかったた佳奈多の一面を知った時、私は動揺した。

 親族たちへの怨念を表に出し、別人のようになってしまった佳奈多をもう見たくはなかった。

 何もこの一族の中に生まれて辛い思いをしているのは私だけではないことなんて分かっていたはずなのに。私以上に佳奈多の方が苦労して努力しているはずなのに。佳奈多は|超能力者(ステルス)なのだからと、いつしか特別な人間だなんて思ってしまっていた。

 

「……ねえ、葉留佳」

「なぁにお姉ちゃん」

「私と一緒に―――――――――いや、なんでもないわ」

「遠慮しなくていいよ。私、何でもするから。どんなことでも我慢するから。だからなんでも言ってよ」

「…………」

「かなた?」

 

 佳奈多は何も言わなかった。私にどうしてほしいとも、何かやってほしいとも言わない。

 ――――――私と一緒に。

 佳奈多は今、何を言おうとしていたんだろうか。

 佳奈多が私のためにいろいろとやってくれたように、私だって佳奈多のためならなんでもできる。

 どんなことを言われたって、佳奈多と一緒なら怖くはない。さみしくもない。

 

「やっぱり何でもないわ」

「えー。ここまで引っ張っといて何もないなんてあり?」

「私は忙しいの。悪いけど、葉留佳に構ってばかりもいられないわ。また今度ね」

「ブー、ブー!!」

 

 お姉ちゃんはいつも仕事で忙しいから、私には構ってなんかいられないのだと口にする。

 そのくせ何かあるごとに心配性の姿を見せてうろたえて、必死にそれを隠そうとする。

 言動と行動が全く噛み合っていないのだ。

 いつも冷たいようなことを言っておいて、実際は温かな笑顔を向けてくれる。

 私の家族はそんな人だ。だから、いつもと変わらないそっけないような態度が今は逆に心地よかった。

 

 お姉ちゃんは何も変わっていない。

 これからもずっと、一緒にいてくれる。私はこの時、そう思ったのだ。

 

 だから、今度の親族会議の夜だって何事もないと思っていた。

 また喧嘩になるようなこともない。そう思っていたけど、会議が終わったであろう時間に戻る私の足は徐々に早足へと変わり、自分では気づかぬうちに走り出していた。

 

 日が沈みきった夜の時間とはいえあまりにも静かすぎたのだ。

 

 こういった会議の日は、親族どもが夜遅くまで宴会をして騒いでいる。

 いつもは聞きたくもない薄汚い笑い声がずっと聞こえていた。

 会いたくもなく、声だって聴きたくもない人たちの声だったのに、今はまったく聞こえてこないことに不安がつのってきていた。

 

「え……ねえ、ちょっと……」

 

 そして、私は会議が終わる頃を見計らって屋敷に戻ってきた私が見たのは、胸を切り裂かれて倒れている親族の叔父たちの姿だった。あんなにも憎らしかった親族たちが今、こうして目の前で死体となって倒れている。現実とは思えなかった光景に、殺されたという事実を受け止めることができない。そしてすぐに私の意識は別の方へと向いた。

 

 ―――――――お姉ちゃんは、どうなったの?

 

 憎らしい奴らではあったけど、実際こいつら三枝一族の超能力者(ステルス)は強かった。

 こいつらにかてるやつらがいるなんて想像すらできなかった。

 それでも一人二人ならともかく、死体となって転がっているのは何人もいる。

 

 もう殺された親族たちのことなんて頭になかった。

  

 私の頭にあったのは佳奈多お姉ちゃんがどうなったのか、それだけが不安だった。

 

「かなた、ねぇ佳奈多!どこにいるのかなたお姉ちゃん!!」

 

 たった一人の家族の名前を叫びながら、屋敷の中を走り回るが、どこに行っても死体しかない。

 死体。死体死体死体。

 屋敷の扉を開くと嫌でも目にすることなった死体を見るにつれ、佳奈多もこうして死体として転がっているのではないかと怖くて仕方がなかった。

 

 ―――――嫌だよ佳奈多。私を一人にしないでよ。

 

 ツカサ君がいなくなってしまったように、佳奈多までどこかに行ってしまう。

 そのことを想像するのが怖くて私は考えるのをやめていたんだ。

 

 ちょっと考えればわかったはずだ。

 こいつらを殺せるほど強いやつがいるとしたら、それは一体誰だ?

 親族連中に恨みを抱いていて、なおかつバカみたいな強さを持つ超能力者(ステルス)であるこいつらを殺せる奴の心当たりがないわけではないはずなのに。

 わたしは、そのことを考えもしなかった。

 

 だから、佳奈多の後ろ姿を見つけた時には無邪気に安心してしまった。

 

「お姉ちゃん!無事だったんだね!!」

「……はるか」

「大丈夫?ケガなんてしていない?生きてるよね?死んでないよね?殺されていないよね?」

「ええ。私はかすり傷一つとしてもらってないわ」

「じゃあよかった。死んだのはあいつらだけだったんだね」

「……ハハ。アッハハ。アハハハハハハハハァアアアアアア」

 

 私の言葉を聞くと、佳奈多は何が可笑しかったのか急に笑い出した。けれ、それは誰かに私に向けられたものではない。そこには温かさなんてものはなく、今にも消えてしまいそうなほど儚く脆い笑顔があるだけだ。私はその笑顔が怖いと思った。

 

「大丈夫だったか?ケガはなかったか?私が生きていてよかった。葉留佳から出てきたのだ出てくるのはそんな言葉か。いい気味ね。アンタらは殺されてもなお、心配すらされていない。気にも留められていない。ねえ、今はどんな気分かしら?ねえ、ねえ、ねえ!!」

 

 殺された親族の頭を何度も何度も踏みつけながら、いい気味だとほくそ笑む佳奈多を見て、聞く前に悟ってしまった。何よりお姉ちゃんが手にしている二本の剣が血まみれになっていることに気づいてしまったし、お姉ちゃんがいい気味だと笑っている相手を見てしまう。

 

「幹久叔父さん?」

 

 ツカサ君のお父さんで、私たちを一緒に住まわせてくれた恩人を佳奈多は踏みつけているのだ。

 もはや疑いようがない。

 

「お姉ちゃんが……おじたちを殺したの?」

「ええ。そんなこと見ればわかるでしょう?」

「なんで……なんでこんなことしたの!? 確かにこいつらは気に食わない存在だった!!ずっといなくなればいいとも思っていた!!だけど、何も殺すことないじゃない!!!」

「勘違いしているようだけど、何も私は恨みつらみから復讐に走ったわけではないのよ。わざわざ復讐してやる価値もない」

 

 お姉ちゃんは、笑う。

 その笑みはとても残虐で、快楽に身を委ねたかのような恍惚とした表情を見せる。

 

「葉留佳。私ね、この世の天国を見つけたのよ」

「天国?」

「ええ、イ・ウーってところ。そこは何物にも縛られることなどなく、真の自由を手にする頃ができる場所。けど、生憎と私は公安0なんて仕事をやっていたからね。どうしたところでスパイだと疑わえてしまうから、その疑いを晴らす必要があったのよ」

「そのために、あいつらを殺したの?」

「ええ、どのみち私にとっては死のうがどうなろうが知ったことじゃない連中だったしね。さて、後は葉留佳、あなただけか……」

「え……?」

 

 佳奈多は何も言うことなく近づいてくる。

 血で真っ赤に染まった刀が迫るにつれて、ようやく自分自身の命すら危ういと感じた。

 

「私も……私も殺すの?」

「殺せないとでも?確かにイ・ウーというものを知る前の私にとって、葉留佳は私のすべてであった。けど、イ・ウーという素晴らしいものを知ってしまった今、イ・ウーの前ではあなたの存在ですら私にとっては他愛のないことにすぎないの。ささやかな愛情も何もかも、今となってはどうでもいい。だから、こんなこともできる」

 

 お姉ちゃんは髪留めに触れる。

 超能力を使い、わざわざ髪から取り外すまでもなく手に加えた髪留めをそのまま地面に落とし、

 

―――――――パリンッ!!

 

 右足で踏み砕いた。

 

 いつか二人、一緒に手を繋いで両親に会いに行きましょう。

 ずっと一緒だと約束してつけてきたビー玉のデザインの髪留めが今、目の前で粉々になっている。

 佳奈多がずっと大切にしていたおそろいの髪留めをイブンの意志で破壊したという事実を受け止めることはすぐにはできず、私は一歩引いてうろたえてしまう。

 

「ハハ。あんなに大切にしていたはずなのに、何も感じないわね」

「う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だっ!!こんなのお姉ちゃんじゃない……だって」

「だって?殺される前の現実逃避はいい加減にやめたらどう?私はこれから天国へ、イ・ウーへ行くわ。そこで真の自由を手にするの。こんな一族にいたところで未来はないし、殺人ライセンスを持たされるような公安0の仕事なんかやっていたってどのみち使い潰されて終わるわけだけよ。じゃあね葉留佳、何か言い残したいことでもある?どうせ最後なんだし、せっかくだから聞いてあげるわよ」

 

 こんな一族になんかいたくはない。

 ずっと前から思っていたことだ。もしも私たちは生まれたのが超能力なんて使う一族なんかではなく、学校の同級生たちのような一般家庭だったのならよかったと、ずっと思っていた。

 

「あなたの信頼と愛情を裏切った私が憎い?それとも、こんな一族に生まれ落ちた自分の人生が嫌?なんてもいいのよ、言ってみなさい。どうせ最後よ、言ってみなさいな」

 

 だけど、それと同時にこうも思う。

 こんな一族の中に生まれ落ちた私だけど、一族の疫病神として疎まれて生きてきたけれど、私にとってはお姉ちゃんさえいてくれたらそれでよかったんだ。だから、ここで死ぬとしてもこれだけは言っておこう。ずっと言われていたのに、私からは言っていなかった言葉がある。だから、ちゃんと伝えておこう。

 

「大好きだよ、お姉ちゃん」

 

 本来こういうことは笑顔で言うべきなんだろう。今の私は殺されるのだと怖くて仕方ない。だから涙目になっていたし、声だって震えていた。私はここで殺される。でもそれならそれでいいか、と思い始めていた。佳奈多がどこか遠くに行ってしまうのなら、生きていても仕方がない。どのみち佳奈多がいない世界なんて、生きていく価値もない世界でしかない。

 

 目をつむり、やってくるであろう痛みに震えていたが、いつまでたっても想定して死という現実がやってこない。この代わり、頭をガシッ!っと握りしめられたかと思うと、頭の中がガンガンガンと響き始めた。

 

「ガ、ア、ア、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 頭の中に何かが、何かが入ってくる気がする。

 風邪をひいて熱を出した時の感覚ともまた違う、何か得体のしれないものに押しつぶされそうになる感覚だ。

 私はどれだけの間のたうち回っていたのだろう。

 冷たい地面に倒れこみ、涎と涙と悲鳴をまき散らしていたのかはわからない。

 再び意識がはっきりした時にはもう、ロクに立つ頃もできず、佳奈多の姿すらはっきりとは見えなかった。

 

「な、何をしたの!?」

「……気が変わったわ。どうやら、私は自分のことを間違って認識していたみたい」

「……なにを、言って」

「葉留佳。私はあなたに、自分が思っていた以上の愛情を注いでいたらしいわ。だからそんな言葉が出てくるのよ。私があなたに注いだ愛情の分だけ、それは返ってきた。なら、別のものを与えてみようと思ったまでよ」

「かなた……どうしちゃったの?なんでそんなこと言うの?それじゃまるで」

 

 まるで、これまで佳奈多が私と過ごしてきたのは、何か思惑があってのことのようじゃないか。

 

「私の超能力の一部を葉留佳に注ぎ込んだ。双子の超能力者にはおもしろい現象が起こる。もともと双子は二人で一人という考え方があるし、特有の魔術だって存在している。これはその、双子の超能力者特有の現象の一つ。これであなたもしばらくしたら超能力を使えるようになるはずよ」

「超……能力?」

「気が変わったわ。私はあなたがこれからどうなるのか見てみたくなったわ。だから殺すのは止めにしておいてあげる。その超能力を手に入れて、何に使うかはあなたの自由よ。あなたはずっと、私の超能力のことを羨ましいと思い、妬んでいた。さて、精々楽しませてね」

 

 超能力がどうだとか、そんなことを考えている余裕はなかった。

 頭の痛みこそ収まってきたけど、なんとか意識を保つだけでもこれだけで手いっぱいだ。

 

「これからあなたがどうするかは自由よ。あなたの信頼を裏切った私を殺しに来るもよし、超能力なんて一切気にせず今までのように学校にでも通い続けるのもよし。あなたがこれからどうなるのか、楽しみにしておくわ」

「ま、まってよ――――」

 

 このままじゃ佳奈多はどこか遠くに行ってしまう。

 なんとか引き止めなきゃいかないのに、ぼんやりとする頭では佳奈多の顔だってはっきりとしない。

 けど、この場に第三者がやってきたことはわかった。

 

「佳奈多ちゃん、別れはすんだ?」

「―――――――カナ」

 

 どうやら名前はカナとかいうらしい。長い茶髪の美人がそこにはいた。

 意識がもっとはっきりとしていたら、きっともっと素敵な女性に見えたのだろう。

 ただ、どうやらこいつは顔とは違って内面は悪魔に等しいらしい。

 こいつを見た佳奈多は、露骨に顔色を変えた。

 先ほどまでは全く見せていなかった侮蔑の表情を、カナに対してみせたのだ。

 

「よくもまぁ、あなたがこの私の前にのうのうと姿を見せることができたものね。なに?正義の味方として、人殺しは許せないとかいう欺瞞のために魔女を始末しにでも来たの?それとも、あなたの大好きな魔女を殺しかけたかことが原因かしらね。それならそれでお勤めご苦労なことね」

「……イ・ウーからの迎えとして来ただけよ。それじゃ行きましょうか、佳奈多ちゃん」

「指図しないで。私には、あなたを殺す理由こそあれど、感謝するような理由は何一つとして存在しない。なんならここでもう一つ死体を増やしておきましょうか。アンタが死ねば、あいつは悲しむでしょうからね」

「嫌がらせのためだけに人を殺すの?」

「カナ。覚えておくといいわよ。正義の味方だかなんだか知らないけど、あんたは何もわかっていない。あなたじゃ私を殺せない。殺せたとしていも意味がない。こんな魔女を生み落した時点でアンタは失敗したのよ」

 

 そして、佳奈多は私を見た。 

 そこにはカナにぶつけていた侮蔑の表情は消えていた。

 

「人間は誰だって魔女になれるか可能性を持っている。さあ葉留佳。あなたは一体どうなるのかしらね。じゃあ、今度会う時にどうなっているのか楽しみにしておくわ」

「ま、待ってよかなた。行かないで」

 

 待って、待ってよかなた。この場から立ち去ろうとするお姉ちゃんに呼びかけようとしても、もう声を出てこない。意識がもうろうとすする。それでも必死に背中を追いかける。そんなに早く遠ざかっているわけじゃないのに、フラフラで足取りもおぼつかない私ではどんどん離れていってしまった。けど、私は見た。見ることができた。佳奈多は最後にちらっと、私と一瞥した。そして、その時の佳奈多は――――― 

 

「……お前か」

 

 ―――――泣いていた。

 声には決して出さなかったが、一筋の涙が頬零れ落ちていた。

 

「お前かァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 気が付いたら私はその場から一瞬で離れ、カナとかいう女の目の前へと移動していた。

 

「お前、一体わたしのかなたに何をしたッ!!」

 

 どうやったのか分からない。超能力『空間転移(テレポート)』。どうやって使ったのかなんてことはこの際どうでもよかった。そんなことはいちいち気にしていられなかった。

 

「お前が私の家族(かなた)をおかしくしたんだろッ!!お前がかなたを悲しませたんだろッ!!」

 

 一瞬で移動した私は感情のまま殴りかかった。

 

「私のかなたを返せッ!!たった一人の私の家族を返せッ!!」

 

 けど、私の拳が当たることなんてない。

 割って入るように超能力で正面に現れた佳奈多に地面に叩きつけられた。

 

(――――そんな顔しないで、お姉ちゃん)

 

 佳奈多は今、自分がどんな顔をしているのか分かっていないのだろうか。

 何もできずに気を失う前に見たのは、泣いている家族の姿であった。

 このままイ・ウーとかいわけがわからないものにたった一人の家族を連れていかれてなるものか。

 そう思うのに、私の意識はこのまま暗闇へと引きずり込まれていった。



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Mission95 Episode Haruka⑤

 

 私が目覚めたとき、そこはどこかの病院であった。

 他に誰の気配も見せない個室である。

 どうして私は今こんなところにいるのだろう。そんなことをぼんやりと考えて、すぐに思い出した。

 

(――――――――佳奈多ッ!!)

 

 一瞬で意識が冴えわたる。眠気など一瞬で吹き飛んでいた。

 だが、どうにもそれが現実だという実感がどうしても湧いてこない。

 きっとそれは、どうしても認めたくないということでもあったのだと思う。

 あれはきっと私が見た夢なのだ。私が病院なんかにいるのはきっと、急な熱か病気で倒れてしまったからなのだと必死に言い聞かせる。事実をごまかし、直視しないようにしている。

 

 でもその内容は、血のつながった親族たちともう会えないという悲しみによるものではない。あんな奴らなんでどうでもいいのだ。野垂れ死のうが殺されようが、正直知ったことじゃない。そして、たった一人の家族が血のつながった人間を殺して笑っていられるような殺人鬼となってしまったことに対してでもなかった。佳奈多がどんな人間になろうが、昔と変わらずいてくれるならそれでいい。

 

(う、嘘だ嘘だ。佳奈多が私を捨てたなんて嘘だッ!!)

 

 佳奈多に捨てられた。私はそのことを受け止めることがどうしてもできなかった。

 私は佳奈多にとって、重荷に過ぎないのではないか。

 そう思うことは何度もあった。

 姉妹と言っても双子の姉妹である私たちは、元々生まれは超能力の有無ぐらいしか明確な差はないはずなのだ。それなのに私はいつも佳奈多から助けてもらって、なんでももらっているばかりで、私は何もしてやれることななかった。いつも迷惑ばかりかける私のことなんて、いつか嫌いになってしまうんじゃないかって考えたことだって何度もある。だが実際に捨てられた今、その現実をどうしても受け止められない。何度も考えは不安になっていた。なのに、今となってはありえないことだと言い聞かせるしかできない。

 

(……そうだ。これはきっと夢なんだ)

 

 こんなものが現実であってたまるか。取り敢えず部屋に飾ってある花瓶で私の頭でも叩き割れば、夢から覚めることができるだろうか。おはようって言って、また穏やかな笑顔を見せてくれるのだろうか。とりあえず試してみることにした。ベッドから起きて花瓶でも取りに行こうかと思ったとき、どういうわけかベッドから出なくても手が届くような気が来た。

 

「……なに、この感覚?」

 

 すると、どういうわけかベッドから出なくても花瓶に手が届くような変わった感覚に襲われる。よくよく考えると花瓶だけじゃない。今いる個室の病室においてあるものなら何でも手が届くと感じたのだ。どうしてだろう。部屋のどこに何があるのかが、はっきりと伝わってくるのだ。この部屋の間取りが具体的な感覚として理解できる。例えばどこか点と点を結んだ距離でも聞かれでもしても、おそらくセンチメートル単位で正解を叩き出せる自信があった。

 

「あイタッ!!」

 

 結論から言うと、私はベッドに寝転がった状態だったものの三メートルは離れた場所にあるであろう花瓶を一秒ともかからず手に取ることができた。なんてことはない。『空間転移(テレポート)』を使って、三メートルという物理的な距離を無視して花瓶をつかんだだけのことだ。どうやって超能力者(ステルス)は超能力を使っているのかいつも疑問に思っていたが、こんなものは理屈じゃなかった。右腕を握る。目を見開く。そんな何気ない行動を行うような気軽さで使うことができたの。ただ、超能力を使う前の状態がベッドに横たわったままだったから、花瓶をつかむと同時にバランスを崩して尻もちをついてしまったが。

 

「………」

 

 自分が超能力を今実際に使ったにもかかわらず、自分が超能力者(ステルス)になったという自覚が持てなかった。

 親族たちから一族の疫病神として扱われてきたのは、超能力を持たずに生まれてきたから。

 だからずっと、私は心のどこかで超能力は選ばれた者にしか使えない特別なものであるという思いがあったのだろう。もしも超能力があったら、もっとお姉ちゃんの力になることができたのではないか。もっと色んなことを知ることができたのではないか。ツカサ君には否定されたけど、超能力者(ステルス)を持っている連中が羨ましいと思ったことがないわけではないのだ。少なくてもあの親族たちには蔑まれずに済んだだろう。自分が疫病神なのだとして殴られることもなかっただろう。必死こいで聞いてもくれない謝罪を泣きながら叫ばなくても済んだのだろう。

 

 でも、超能力を手に入れた今、私はうれしいなどとは思わなかった。

 

「―――――――――こんなものを」

 

 うれしいどころか、浮かんできたのは怒りであり、失望であった。

 ずっと欲しかったものを手にしたとき、下らないものだと理解してしまった時と同じだ。

 

「こんなものを、特別なものだと思っていたの?」

 

 昔、佳奈多が初給料をもらったのだと言ってファミレスへと連れて行ってくれた時、超能力は便利だけど取るに足らない能力だといった。それでもあるに越したことはないものだとずっと思っていたのだ。

 

「こんなもののためにあいつらは私を疫病神扱いしていたのか。こんなもののために私は殴られなきゃいけなかったのか。――――――――ふざけんなッ!!」

 

 私は手にしている花瓶を地面へと叩き付けた。パリンッ!!という花瓶が割れる音が響き渡るが、いちいちそんなことを気にしてはいられなかった。何かにあたらなければやっていられなかったのだ。

 

(……かなたお姉ちゃん)

 

 きっと佳奈多はずっと昔から気づいていたのだ。別に超能力者ステルスは神様に選ばれた人間というわけでも何でもないのだ。親族たちが超能力者にあらずんば人にあらずと言わんばかりの言い分だったのは、最後までそのことが理解できなかったからなのだろう。だから佳奈多は親族たちとの確執が広がるばかりで、あんな結末を迎えることになったのだ。どうして佳奈多が親族たちとは違い、超能力なんて大したものじゃないなんて考えに至ったのかは私には分からない。けど、たった一人で誰にも理解されずにいたからおかしくなってしまったのだ。ツカサくんはどうだったのかは知らない。四葉よつのは公安委員会なんて滅んでしまえばいいとか平然と公言するような人だったから、ひょっとしたらお姉ちゃんのことを理解できていたのかもしれない。けど、ツカサ君もいなくなってしまった。

 

(お姉ちゃんはこんな能力を持っていたことについてどう思ってたんだろ)

 

 私たちは双子の姉妹。

 違いといえば、超能力を持って生まれてきたかそうでないか。ただそれだけの話であった。

 私は超能力を偉大なものだと思っていたから、私は何もできない役立たずだと思っていた。

 けど違ったのだ。超能力を実際に手にした今ならわかる。

 こんなもの、一体なんの役に立つというんだ。

 確かに武器をとって戦う分にはこれほど便利なものはないと思う。

 でも、こんなものがあるからって、おかしくなってしまった姉がもとに戻せるわけじゃない。

 

(ねえかなた。かなたは私に超能力なんて与えて何がしたかったの?)

 

 いなくなってしまう前、かなたは私に超能力を残して去って行ってしまった。

 わざわざ私を殺すのをやめて、だ。

 そこにはきっと何か意味があるはずなのに、それが何なのか全く分からない。

 

「いや、今更そんなことを考えても仕方がないか」

 

  

 意味を考えたところで、かなたが戻ってきてくれるわけではないのだ。

 それに親族連中がいなくなったことなんて、よくよく考えたら私には何の関係もないじゃないか。

 むしろ自分を否定する奴がみんな消えてくれたことを喜ぶべきだろう。だから、私は、

 

「もう私を役立たずなんて呼ぶ奴はいないんだッ!もう二度とあいつらの顔だって済むんだ。だから、だからッ!!」

 

 だから、ここは精一杯笑ってやろう。

 三枝一族に生まれてこなければよかったなんてことはいつも考えていたことだったはずだ。いずれは一族とも縁を切ることを考えていた。ちょっと予定と狂ったが、これはこれで悪くない。親族たちと縁を切るという夢は叶ったのだ。いやな奴はもうこの世にすらいない。私を否定してきた奴はもうどこにもいない。

 

「だから……わたしはッ!!」

 

 でも、私を肯定してくれる人ももういない。仲がよかったのかはよくわからなかったけど、少なくとも嫌いではなかったツカサ君はちょっと前にいなくなってしまったし、何より家族だと心から思えたたった一人の人間ももういないのだ。何もかもが壊れてしまった。今自分で叩き付けて砕いてしまった花瓶のように、きっと私が壊してしまったのだろう。一度粉々に砕け散ったものは二度ともとに戻ることはない。私はすべてをなくしてしまったのだと思うともう何も考える気が起きなかった。

 

「――――――――葉留佳ッ!!」

 

 そんな時だった。私がいた病室の扉が開いたと思うと、二人の男女の大人がやってきた。私とは親子ぐらいの年齢は離れているだろうか。疲れ果てた表情を隠しきれていない二人は、私と地面に散らばった花瓶の欠片を見て息をのむ。どうして彼らが私の名前を知っていたのかなんてこの際正直どうでもよかった。

 

(……なんだ。かなたじゃないのか)

 

 来てくれたのがかなたじゃない。そのことに落胆してしまったのだ。これが全部夢かなんかで、大丈夫かと言ってかなたが迎えに来てくれる。そんな未来だったらよかったのに。

 

「……葉留佳。今までごめんなさい。迎えに行ってやれなくてごめんなさい」

 

 女の人は、花瓶の破片になんか気にも留めずに私にかけよって、思い切り抱きしめてきた。どうしてだろう。彼女が私を抱きしめる腕が震えていた。

 

「……誰?」

 

 ボソリ、と私の口から出てきた言葉はそんな言葉で、これを言うと私を抱きしめる強さは強くなっていた。なんとなくはわかっていたのだ。この人、なんか私と似ている人だ。もう一人の男の人のほうだって、

今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「私は、私たちはあなたの……」

 

 涙に込められていた意味はよく分からない。今まで顔一つとして見せなかったことに対する後悔なのか、それとも私に会えたことに対する喜びなのか。

 

『一緒に生きていくならあんな親族たちじゃなくって、私たちを家族だと思ってくれる人たちとのほうがいいでしょう?」』

 

 昔にした約束を覚えている。忘れるわけがない。

 

『いつか二人で一緒に、私たちの両親に会いに行きましょう』

 

 いつか二人、手をつないで。 

 私たちのことを家族だと思ってくれている人たちと一緒に穏やかに暮らすんだ。

 佳奈多も武偵なんていつ死ぬかもわからない仕事なんてやめて、武器を取ることもなく平和に生きていくんだ。 私はずっとそんな未来が来ると信じていて、その夢は叶ったことになる。

 

 佳奈多がいない。

 

ただそのことを除けば、私が夢見たことはすべて現実のものとなったのだ。

 

 

        ●

 

 

 両親を名乗る二人に引き取られた私は、四葉(よつのは)の屋敷を出て彼らの家で暮らすことになった。ずっと夢見ていた両親との暮らしのはずなのに、どうにもうれしくはなかった。佳奈多が公安0の内定を取ったから、四葉の屋敷で一緒に暮らせるようになったと聞いたときはあんなにもうれしかったのに、どうにも喜べない。私はこの家でぼんやりとしているか、家を出て学校に行っていることのほうが多くなった。少なくとも学校に行っている間は、この家にいなくても済む。

 

「そういえば葉留佳、最近学校の方がどうなの?」

「テストが終わっても気を抜くんじゃないぞ」

「そうそう、お父さんの言う通りよ。頑張ってね葉留佳」

「予習復習もしっかりとやるんだぞ」

「……」

 

 この家はどうにも自分の家だと思えなかったのだ。

 親族たちとは違い、父も母も、私を殴ってくることはない。

 この疫病神と怒鳴りつけてくることもない。

 それでも、一緒にいてうれしいとは思うことはどうしてもできなかったのだ。

 毎回のように同じことを聞かれ、毎回同じことを返すだけの何の面白味のない会話を繰り返すだけだ。

 

(……家族との食事って、こんなつまらないものだったっけ?)

 

 向こうは私に気を使っていて、それが分かってしまう分余計に苛立ってしまう。 

 だって、家族ってそういうものじゃないでしょう?

 

(ねえかなたお姉ちゃん。どうして私を置いて行っちゃったの?)

 

 佳奈多はこの世の天国を見つけたと言っていた。そして、公安0なんてやっている身としては、スパイとして疑いを晴らすためには親族たちを殺して身の潔白を証明してやる必要があったとも。正直親族連中のことはどうでもいいのだ。あいつらの無念を継いで佳奈多に復讐してやる道理なんてない。ただ、もしイ・ウーというところが佳奈多のいうように天国のような場所だったとしたら、

 

(……どうして私も一緒に連れて行ってくれなかったの?)

 

 別に天国のような場所じゃなくてもいいのだ。地獄のようなところでも構わないのだ。

 ただ一緒にさえいてくれれば、私はそれでよかったのに。

 

(ああ、ダメだ。やっぱり捨てきれない。どうしても忘れられない)

 

 私は佳奈多に捨てられたのだ。

 そのことを考えるのが怖くて、私も佳奈多のことを忘れようとしていた。

 佳奈多がそばにいないだけで、昔夢見たことはすべて叶った。あとは佳奈多のことを忘れるだけで、きっと私は普通に暮らすことができる。超能力を使えるようになったものの、別にこんなものは日常生活の必需品なんかじゃない。佳奈多のことをきれいさっぱり忘れることで、普通の子のように生きていくことが可能ははずなのに、どうしても忘れられない。殺されるかもしれないと理解していてなお、引き下がることなんてできなかった。

 

(……取り戻さなきゃ。私の家族(かなた)を取り戻さなきゃ)

 

 だから、気まずくなることを承知で切り出すしかなかった。

 

「ねぇ、どうして佳奈多のことは何も聞かないの?」

 

 両親が現れた時、正直うれしいとは思わなかった。

 今さら何をしに来たんだとすら思ったものだ。

 佳奈多がいなくなって、代わりのようにのこのこ現れていったい何のつもりなんだ。

 これからは家族として一緒に暮らしましょう?ふざけんな。

 

「この家には佳奈多の部屋がない。どうして?あんたたちは佳奈多のことは家族とは思ってないの?」

 

 食事のとき、両親の前でそう切り出したら、二人は箸をおいて私を正面から見つめていた。決して顔をそむけはしなかったが、泣き出したい表情は隠せていなかった。

 

「そんなことはないわ。佳奈多も私たちの娘よ。とても大事な、私たちの……」

「大事だというのなら!どうして話題にすら出さないんだッ!!佳奈多が親族たちのように死んでないことは知っているんだろッ!!それともなに、人殺しはどうでもいいとでも言いたいの?」

「葉留佳ッ!そんなことはないんだ。本来責められるべきは私たちなんだ。私たちはお前たちを迎えに行ってやれなかった」

「迎え?そういや今更迎えに来たのはどうしてだ。私を引き取ることで親族たちの生命保険金でも手に入るから?どうせ私のことも正直どうでもいいとでも思っているんでしょ」

「葉留佳、やめて。そんなことを言わないで。私たちはずっとあなたたちを一緒に暮らしたいと思っていたの。本当なのよ」

「じゃあなんでッ!佳奈多のことを気にかけないんだッ!この家は私のために用意された場所って感じがする。佳奈多の部屋がないのはそういうことなんでしょう?そもそも将来佳奈多と一緒に暮らすことなんて考えてもいないんだろう?」

 

 問い詰めるように叫んでいた私に対する返答はもはや、涙声であった。

 きっとこの二人は、私のことを心から愛しているのだろう。だからこそ、私の言葉が悲しくて仕方なく、涙すら出てくるのだろう。それでも遠慮してやるつもりはなかった。

 

「……許してくれ。俺たちには、佳奈多のことを気遣う余裕はなかったんだ。佳奈多のことは任せるしかなかったんだ」

「任せる?いったい何のことを言っているの。いや、そもそも……どうやって、事件のことを知ったの?私だって何も知らないわけじゃない。あいつらは一族で心中したってことになっていた。迎えに来るにしても、この家を買うにしても、あらかじめ準備してないと無理なはずなんだ」

「……」

「知っていることすべて話せッ!!」

「すまない。無理なんだ。そういう契約なんだ。俺たちのことはいくらでも恨んでくれて構わない」

「私は話せっていっているッ!!!」

 

 ドンッ!!と右手でテーブルを叩き付けて、超能力を使いテーブルを反転させる。

 夕食として揃えされた食事が床に散乱するが、私は荒い息を吐くだけだ。

 

「……いいわ。知っていることを教えましょう。あなた、いいわよね?わたしたちじゃ娘を引き留めることはできないわ。あの二人とはそういう約束だったでしょう?」

「……あの二人?いったい誰のこと?」

四葉(よつのは)(ツカサ)君って知ってるでしょう?彼と、彼の相棒を名乗る二人組が事件の前に私たちに会いにきたの」

「え」

「そして、彼らは私たちに、葉留佳のことだけの見ていてくれって言っていたの。わたしたちじゃ佳奈多のことはどうしようもないから、だから葉留佳のことだけをって。当時の私たちじゃ、言うとおりにするほか何もできなかった」

「じゃあツカサ君は生きているの?今どこに……」

「さあ、それはわからないわ。ただ彼らは、私たちにいざとなったら葉留佳に渡してほしいっていう書類を渡されただけだったから」

「それはどこ!?」

 

 しばらくして、母は自分の部屋から茶色の封筒を持ってきた。

 この中に何か手がかりがあるのかもしれない。

 私は緊張しながら開くと、そこには二つの紙が入っていた。

 一つは手紙。手紙と言っても指示のようなもので、そこにどんな思惑があるのかはわからかった。

 

『葉留佳。佳奈多を取り戻したいのなら、キミはその超能力を使いこなせるようになれ。そして委員会連合に所属するどこかの委員会に入れ。そうしたら、そのうち佳奈多と会える。あと髪留めはそのまま持ってて。将来役に立つから』

 

 書かれていたのはたったそれだけのことなのに、私は心臓が飛び出てしまうかと思った。

 

(……これ、いつ書かれたものだ?事件前のことだよね)

 

 両親たちは置手紙だと言っていた。

 なら、どうしてツカサ君は私が超能力を使えるようになっていることを知っている?

 私がこれを手にしたのは、佳奈多の気まぐれによるもののはずなのに。

 そして、もう一つの紙は推薦入学の書類であった。

 学校名は――――――東京武偵高校。

 

「わたしは……」

 

 私にできた選択肢は二つ。

 佳奈多は自分を捨てた裏切り者だ。

 そんな奴のことなんかきれいさっぱりと忘れて、家族だと思ってくれている人たちと平穏に暮らすこと。

 そしてもう一つは、手にした超能力を使い、佳奈多を取り戻すために戦う道を選ぶこと。 

 

「わたしには、佳奈多じゃないとダメみたいだ」

 

 迷いは、なかった。

         

 

      ●

 

 

「――――――――はッ!?あれ……ここは……公園?」

 

 葉留佳が目覚めたとき、真っ先に目に入ったのはお月様であった。

 どうやら外にいるようであるが、葉留佳はいまいち自分がどうしてこんなところにいるのかを思い出せなかった。ただどうしてだろう。ずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がする。

 

「やっと起きたか」

「あれ、牧瀬君?」

 

 よく見ると自分が寝ていた場所は公園のベンチのようあった。だが、寝ていた経緯がさっぱりと思い出せない。ちょっと前まで狼を追いかけていたような気がするのだが、あの時はまだ昼過ぎだったはず。いつの間にお日様は落ちて、お月様が顔を出したのだろうか。同じベンチに離れて座っていた牧瀬君に事情を聴くことにした。

 

「私どうして眠っちゃったの?あと今何時?」

「今は夜の七時過ぎだ。お前が寝ていたのは、俺のDホイールで武偵高校に戻ろうとしていたときにお前の気分が悪くなったから休憩がてらにここによっただけだ」

「え、じゃあ私何時間もここで寝ていたの?ごめんね牧瀬君」

「別にいいさ。俺もちょっと考え事をしていたらいつの間にか時間が立っていたからそんな気にしてない。

お前も超能力を使い過ぎで疲れたのかもしれないから、元気になったのなら何よりだ」

 

 もし牧瀬が運転していたのがバイクではなく車だったのなら、葉留佳を寮まで送り届けることもできたのだろうが、あいにくとバイクでは寝ている人間を運ぶことができない。誰か迎えに来てもらおうにも、さっきまで誰にも連絡つかなかったのだ。葉留佳は何時間も牧瀬を待たせてしまったことを申し訳なく思っていたが、あいにくと牧瀬のほうも実を言うと心の中で葉留佳に謝罪していた。

 

(……まぁ、お前がぐっすりとしばらく寝ていた原因が俺にあるんだからなあ)

 

 休憩のために公園によったのは本当だ。葉留佳が疲れていたようだから休ませたのも本当だ。ただ、当初の予定では高々三十分程度の休憩のつもりだったのだ。なのに、ぐっすりと眠ってしまった理由は一つ。疲れてぼんやりとしていた葉留佳に、ちょっと葉留佳の超能力に細工をさせてもらったからだろう。

 

(今回はあいつはあっさりと引いてくれた。けど次はどうなるものかわからないな。というかあいつ、どういうつながりで出てきたんだ。小夜鳴教諭とつながりがあるとみていいのか?綯さんが何か見つけてくれたらいいんだが)

 

 牧瀬紅葉の中では、明らかに小夜鳴徹は黒である。ただ、まだ証拠が見つからない。

 だからこれは仮定の話になる。

 ヘルメスとつながっていた教務科(マスターズ)のスパイが小夜鳴だったとして、そいつと先ほど現れた三枝一族の男とのつながりがあると見たら、その目的は何だ?

 

(二木への復讐、か?俺の相棒の居場所を気にしていたことも考えると、真向勝負で二木と戦う気がないようにも見えるが……どうなんだろうな)

 

 ともあれ、敵がすぐ近くに潜んでいると考えてもいいような気がする。

 とりあえず自分はまたしばらくは引きこもっていることにすると決めた。 

 問題は葉留佳だ。

 葉平とかいう三枝一族の男の狙いに確信が持てない以上、葉留佳の身の安全だって保障されない。

 

(とりあえずこいつの超能力にちょっとした仕掛けをさせてもらったが、悪く思うなよ)

 

考え事をしている牧瀬に向かって何かあったのかと心配している葉留佳に対し、牧瀬は心の中を切り替えて葉留佳に話しかけた。

 

「そういえばさっき来ヶ谷から連絡があったぞ」

「ホント?」

「ああ、なんでも準備が整ったからお前を返せって話らしい。俺に突き合せて悪かったな」

「牧瀬くんは一人で大丈夫なの?」

「俺か?俺はいろいろやることがあるし、お前がいなくても何の問題もないさ。ちょっと気になることも出てきたしな」

 

 牧瀬の話を聞いた葉留佳は、いよいよだと思った。

 いよいよ、佳奈多のことを知る手がかりをつかむチャンスがやってくる。

 そのために、あの時死なずに生きながらえてきた。 

 

(絶対に、絶対に私は自分の家族を取り戻す。それを阻むものは、誰だろうと容赦はしない)

 

 その決意だけが自分に生きているという実感を与えてくれる。

 私は佳奈多の妹だ。それだけは何が立ちはだかろうが譲らない。 

 




いい加減理樹出さないとマズイ気がしてきました。


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Mission96 武偵封じの街

いつからライディングデュエルはマリオカートになったんでしょうね。
あ、忍者新規おめでとう。

「それの何がいけないのかな?」

ナチュラルに狂っているあたり、シンクロ次元は相変わらずでしたね!


 

遠山キンジにも理子からどうしても聞き出さなければならないことがある。

 死んだことになっている自身の兄、遠山金一についての情報だ。それを手に入れるために理子と取引をした結果、泥棒の片棒を担ぐ必要がでてきた。もとより兄さんの情報を手に入れるためにはなんだってやってやるつもりであったキンジにとってそのことはいい。しかし、今彼には憂鬱が襲い掛かっていた。

 

「何泣きそうな顔をしているのよ。ほら、さっさと行くわよ」

 

 理子によって場所を指定されたことだって別にいいのだ。暴力団のアジトにでも強襲をかけることと比較したら、命の危険がない分なんだっていいことのように思えてくる。だが問題は、

 

(……どうして集合場所が秋葉原なんだよッ!!??)

 

 よりにもよって理子に指定された場所は秋葉原だった。ここは別名、武偵封じの街。なにせ秋葉原は常に人が溢れかえっているせいで、武偵の象徴ともいえる武器である銃が使いづらい。その上路地が入り組んでいるために犯人の追跡もしづらい。コスプレイヤーなんて珍しくもないため、マスコットキャラにでも変装されても違和感がない。その上キンジには土地勘すらなかった。だから集合場所として指定された店がどこあるのか探すのも一苦労する羽目になっていた。

 

「やっとついたな」

「……ええ。迷ったりなんか変に通行人たちに注目されたりと散々だったわね」

 

 帰国子女であるアリアにも当然土地勘なんてあるはずもなく、キンジと二人してこの店にたどり着くまでにやたら時間をあたりをうろつくことになった。ないとは思うが、また理子がなにか企んでいる可能性も否定できない。だからキンジは強襲科アサルトの頃犯罪組織のアジトに突入した時の緊張感を思い出して、指定された店の扉の取っ手をつかんだ。それと同時、アリアがあれ?と何かに気が付いたような反応を示した。彼女は店の看板付近に書かれた紋章のようなものを凝視している。

 

「……この家紋、すっごく見覚えがあるんだけど」

「どうしたアリア?扉を開けるぞ」

「キンジ、そう警戒しなくてもよくなったわ。さっさと扉をあけて入りましょう。」

 

 なぜかアリアは珍しいことに疲れたようなどんよりとした眼になった。

 ガチャ。

 キンジが緊張とともに扉を開ける、彼の張りつめた気分を一気に吹き飛ばすほどの元気で可愛らしい声が一斉に届いてきた。

 

「「「ご主人様、お嬢様、お帰りなさいませーっ!!!」」」

 

 そう、ここはメイド喫茶。

 室内はピンクと白を基調とした少女趣味全開のお店である。

 

「神崎様ですね?オーナーから話は聞いています。それでは案内いたします」

 

 ニコニコしているメイドさんに案内されるがままに奥の個室に行くと先客がいた。

 

「それ、アメリカで牧瀬が私達の服をせっせと縫っていた横で作っていた奴か?」

「いーや。よく見ろエリザベス。これはあの時お前ら二人にただのメイドコス呼ばわりされてから改良を加えた奴だ。ここのメイドさんたちも気に入ってくれているみたいだけど」

「お客様には大好評だったらしいな。けど、これは流石にやりすぎだ。もうちょっとフリフリ減らしてあざとさを抑えろ。本来メイド服に可愛さなんていらん。いいか、心さえあればメイドというものは服なんて着ていなくてもいつでもメイドなんだ」

「……なんか納得。だがお前、結構条件が厳しくないか?ここにいるのは生粋のメイドばかりというわけでもないだろうし」

「なんなら露出増やしてもいいぞ。いや増やせ。微妙に見えるようで見えないラインでも私は構わない」

「任務了解。それならどうとでもいける」

 

そこには何かメイド服のことで語り合っている理子と来ヶ谷、そしてなぜか遠い目をしてオレンジジュースをストローでぼんやりと吸っている葉留佳の姿があった。

 

       ●

 

「で?リズ、この店はなに?」

 

アリアとキンジの二人が来たことに気づいた来ヶ谷は二人をソファに座らせる。それと同時、アリアは疑問を口にした。この場に来ヶ谷が来ることは聞かされていなかったが、そのことよりも先にどうしてこんな店をやっているのかの方が気にかかったのだ。

 

「私の委員会の副業の一つだよ。あれ、言ってなかったっか?」

「前に珈琲屋に連れていってくれたじゃない。あれだけじゃなかったの?」

「まさか。リアルタイムの情報を集める放送委員長たるもの、いつどこで事件が起きようともその情報が手に入るようにいくつもの拠点を手に入れておくことは必要だ。そして、活動のための資金集めのための場だって当然必要になってくるわけだ」

「まあ、それは分かるけど……なんでメイド喫茶?」

「だって可愛い子にちやほやされたいじゃないか。お帰りなさいませーって言われると心が安らぐ。世の中は辛いことばかりだからちょっとぐらい私情を挟んだところで罰は当たるまい」

「私情しか感じられないんだけど!?」

「財布握っている者の特権と言っておこう」

 

 真顔で返ってきた返答にアリアは思わず頭を抱えたくなった。ホント、昔の来ヶ谷唯湖はこんな人物ではなかったのだ。幼くして仕事を行うための資格という側面も持つ武偵という資格を持つ。来ヶ谷唯湖というのは、武偵として活動する中で才能が発揮されていった人間ではなく、幼くして仕事を受け持つために武偵の資格を手に入れた人間だ。イギリス王室に勤務することができたほどの天才にして、それ以上にないくらいの将来性有望な人材だった。特に外交といった交渉事にはその頭脳をいかんなく発揮し、交渉先にトラウマを植え付けまくっていた人材の現在の実態がこれである。何が原因でこうなってしまったんだろうと、アリアは友人のことながら分からなくなった。

 

「リズが今こんなことしているって聞いたら、メヌが泣くんじゃない?アンタらやたら仲良かったし」

「メヌエットなら知ってるぞ。ちょっと待ってろ。確かこの辺にあったはずだ」

 

 来ヶ谷は席をはずしたかと思ったら、三十秒くらいしてすぐに写真立てを手に戻ってきた。

 その写真にはメイド服を着ている人間が三名映っている。アリアには全員見覚えがある人たちだった。

 一人は来ヶ谷、そしてもう一人は確か来ヶ谷の教育係だった女性。そしてもう一人は、メイド服を着ているのに車いすに乗っているというおかしな女性……というか子供。

 

「……ねえ、なんであたしの妹もメイド服で映ってるの?」

「いやせっかくだから記念写真とろうって話になって、三人で記念写真を撮った。アリア君は当時イギリス公安局の仕事で忙しかったから知らなかったかもしれないが、当時のイギリス清教に入ったばかりの私はよくホームズ家にお邪魔してたぞ。うちの総長からの無理難題を解決するための方法を考えるためにメヌエットと二人で胃薬と頭痛薬常備しながら考え込んでいたことだってざらにあった。おかげでものすごく仲良しだ」

「なにそれあたし聞いてない」

「姉妹だからって隠し事が一つもないなんてことはないだろう。私だって友達の妹として接していたわけでもないし、そういうもんじゃないか?」

 

 アリアの妹メヌエット。彼女は頭が良すぎて学校が合わず友達がいない人間であった。けど、どういうわけか来ヶ谷には懐いていたようにも思っていた。だが、自分の数少ない友達が知らないところで妹すごく仲良くなっていたという事実に対して少なからずアリアがショックを受けた。なんだか知らないうちに友達がとられていた感じである。

 

「……妹がいるの?」

「ん?ええ、腹違いだけどね」

「……そう。姉妹仲がいいんだね」

 

 ズーン!!となぜか気持ちが沈んでいた葉留佳であったが、来ヶ谷はそんな葉留佳のことなど一切気にせず部屋についている呼び出しボタンを押した。するとすぐに、メイドさんがやってきた。

 

「オーナー、お呼びでしょうか」

「この子にオレンジジュースをもう一杯。私に真紅眼の苦珈琲(レッドアイズ・ブラックカフェ)一つ。それから」

「理子はいつものマドルチェティラミスといちごオレ!そこのダーリンにはマリアージュ・フレールの花摘みダージリン。そこのピンクいのにはももまんでも投げつけといて!!」

「ももまんあるの!?」

「あるぞー」

 

 メイド喫茶というものに慣れていない連中を放置して、慣れ親しんだ二人は勝手にメニューを注文していた。いつの間にか話し合いの主導権を取られそうになっていることに気づいたアリアは慌てて追加注文した。

 

「あたしに青眼の珈琲(ブルーアイズ・マウンテン)持って来なさいッ!!どうせあるんでしょ!!」

 

      

           ●

 

 

「……まさか、リュパン家の人間と同じテーブルにつくことになるとはね。偉大なるシャーロック・ホームズ卿もさぞかし天国には嘆いていることでしょう」

 

 理子と来ヶ谷の二人に流されそうになっていたアリアであるが、何とか高級コーヒーを手にすることで貴族としての優雅たる振る舞いの心を何とか取り戻したアリアは厭味ったらしく文句を垂れた。きっとテーブルの上に山のように積まれたももまんさえ無ければきっと気品ある人間に見えただろう。葉留佳は無言でオレンジジュースを飲んでいるし、来ヶ谷に至ってはメイドさんが持ってきた髪の資料を開きながら珈琲を飲むという何をしに来たのか分からないことをやっている。理子に至っては冗談みたいな巨大なパフェををすでに半分食べきっていた。鼻にクリームまでついている。否応なしにもキンジが本題を切り出すことになった。

 

「理子。俺たちはお茶を飲みに来たんじゃない。まず確かめておくが、ちゃんと約束は守るんだろうな?」

 

 なんでこの場にいるのかいまだよく分からない来ヶ谷以外は、この場にいるのは明確な目的がある。

 アリアは、神崎かなえさんの冤罪について裁判で証言すること。

 三枝はきっと、姉についてのこと。

 そしてキンジは、死んだと思っていた兄さんの情報。

 

「もちろんだよダーリン♪」

「誰がダーリンだ誰が」

「風穴開けられたくなかったらいいからさっさとミッションの詳細を教えなさい」

「損害賠償で訴えられたくなかったら私の店で銃抜くな。それしまえ」

 

 早く話を勧めたくていらついてしまったアリアであったが、友人にいさめられて仕方なく抜いた銃をホルスターにしまった。そのことを見てから理子は紙袋から取り出したノートパソコンを起動させ、テーブルに放り投げた。

 

「横浜郊外にある『紅鳴館(こうめいかん)』。一見ただの洋館だけど、これが鉄壁の要塞なんだよねー」

 

 クラスで見せているような人当たりのいい笑顔を浮かべた理子が見せたディスプレイには建築物の詳細な見取り図だけではなく、ビッシリ仕掛けられた無数の防犯装置についての資料がまとめられていた。侵入と逃走に必要とされる経路はもちろんのこと、想定されるケースを予定時間ごとに驚くほど緻密に計画されていた。

 

「これアンタが作ったの?」

「うん」

「いつから?」

「んと、先週」

 

 理子の返答にアリアの赤紫色(カメリア)の瞳が大きく見開いた。

 もともとアリアは計画とか作戦という言葉には無縁に人間だ。

 圧倒的な戦闘能力に物を言わせて事件を一気に解決する生粋の強襲科アサルト武偵だ。

 こんな、プロでも作るだけでも半年はかかるような計画なんてアリアは練ることはできないだろう。

 

「理子のお宝は、ここの地下金庫にあるはずなの。でもここには理子一人じゃ破れない。もうガチのムリゲー。でも、息の合った優秀な二人組と外部からの連絡員がいればまだなんとかなりそうなの。それに、たとえ想定していなかったことが起こったとしても、空間転移超能力者テレポーターがいてくれるならどんなものにも対応できるしね」

「そういえばどうして佳奈多に声をかけなかったの?あの超能力があれば別にあんたと佳奈多の二人でもどうにかなりそうな気がするけど」

 

 理子のことを疑っているわけではないが、アリアは気になったことははっきりとさせておくことにした。

 確かに泥棒をやるなら葉留佳の超能力テレポートは役に立つだろう。奥の手としてこれ以上のものはないだろう。だが、空間転移の超能力を使えるのは葉留佳だけいではない。理子の立場からしたら、超能力の熟練度や人間関係からみたら佳奈多の方がいいことは確かだろう。それに今ならジャンヌもいる。イ・ウーの仲間たち三人で作戦を実行してもよかったように思えたのだ。

 

「佳奈多が協力してくれるならそれでよかったんだか、あいにくとあいつは長い間の時間をとれないみたいでな。ジャンヌも釈放の条件として佳奈多にいろいろ仕事を押し付けられてるみたいだし、何より佳奈多を待っていてブラドにお宝の場所を移されたらたまったもんじゃない。それに、超能力はあくまで保険のつもりだ」

「なるほど。あたしとキンジがメイン。そして葉留佳がバックアップ。そこは分かったわ。他にも確認しときたいことなんだけど、ブラドは一緒にここに住んでるの?住んでるんだったら逮捕しても構わないわよね?知ってると思うんだけど、ブラドも一緒にママに冤罪を着せた奴の一人なんだから」

「あー、それ無理。ブラドはここに何十年も帰ってきていないみたいだしね。まあ、管理人もほどんど帰ってきていないみたいで正体はまだ分かっていない状態だけど」

「それならそうと事前にいいなさい」

 

 仕方のないことだとはいえ、アリアは口をへの字に曲げてしまう。

 パートナーであるキンジはアリアはがっかりすると周囲に八つ当たりする傾向があると知っていたため話題を変えることにした。だが、生憎と変えた話題は地雷でしかなかった。

 

「で、俺たちは何を盗み出せばいい?」

「――――――理子のお母様がくれた、十字架」

 

 ガタンッ!!

 理子の言葉を聞いた瞬間、アリアは立ち上がって机を叩いた。

 テーブルにおかれていたカップから珈琲が零れ落ちるがそんなことは気にしていられない。

 眉を突き上げて犬歯をむき出しにし、理子に問い詰める。

 

「あんたって、いったいどういう神経しているのッ!?」

 

 これほど人を馬鹿にしていることはない。

 理子は『武偵殺し』の犯人だ。そして、アリアの母親に冤罪を着せた人間でもある。

 自分から家族を奪った人間が、今度は家族のものと取り戻すのを手伝えと言ってきているのだ。

 

「アンタはあたしの気持ちを考えたことがあるのッ!?」

「……うらやましいよ、アリアは」

「あたしのなにがうらやましいのよ!!アンタはいつだってママに会いたければ会えるくせに!!電話すればいつでも声が聞けるくせに!!」

 

 あたしなんて、アクリル板の壁越しにほんの数分しか会えないのに。

 大好きだっていって、抱きしめることも抱きしめてもらうこともできないのに。

 そういってやろうと思ったが、アリアは次の言葉を聞いて何も言えなくなってしまう。

 

「アリアのママは生きてるから」

「……ッ」

「理子にはもう、家族がいない。お父様も、お母様も。そして優しくしてくれたおじさんたちももういない。理子が八つの時に、帰ってこなかった。十字架は、お母様が理子の五歳のお誕生日にくださったものなの。もういなくなってしまった家族と理子を繋いでくれる大切なもの。命の次ぐらいに大切なもの。でも……」

 

 ――――あの野郎が、ブラドが、あれを理子から取り上げやがったんだ。

 

「こんな警備が厳重な場所に隠しやがって、ちくしょう――――――ちくしょうッ!!!」

 

 ブラドという人物に対しての憎悪が込められていた。

 じわ……とうっすら悔し涙まで流した理子にアリアは何も言う気にはなれなかった。

 けど、代わりに今まで無言を貫いていた人物が口を開いた。

 生きているから羨ましいとは、すなわちもう家族とは二度と会うことがないということだ。

 だからと言って、彼女(・・)は理子に対して遠慮するつもりがなかった。

 むしろ、だからどうしたとまで吐き捨てうるつもりでいた。

 

「――――――――生きてればいいってもんじゃない」

 

 葉留佳だ。

 彼女は理子の両親のことを聞いてもなお、彼女は冷たく言い放った。

 

「おい三枝!」

 

 もう家族がいない。そのことに同情はしよう。気の毒にだって思おう。何としてでも形見の品を取り戻したいという思いだって理解しよう。だが、葉留佳にとっては聞き逃すことはできなかった。 

 

「アリアのママは生きているからうらやましいって、今言ったな。なら、私のこともうらやましいか?」

 

 そして、理子に問いかける。

 笑って誤魔化すことなんて絶対に許さないと、葉留佳が理子をにらみつけていた。

 けど、すぐに力のない悲しい表情を浮かべるようになる。そして彼女は、深いため息をついた。

 不思議と怒りはなかった。今すぐにでも理子の胸ぐらをつかんで問い詰めてやろうという気もなかった。

 葉留佳自身どうしてかは分からない。

 東京武偵高校に在籍して一年余り、来ヶ谷唯湖の事実上の副官としていろいろな場に出たことにより、こと交渉においてはちょっとは頭は冷えるようになっているせいなのか、それとも姉御の手前ホントは殴りかかりたいのを我慢しているのを耐えているのか。

 

「正直、殺された親族連中のことなんてどうでもいいんだ。親族たちはみんな死んだけど、私の家族は殺されてなんかいない。でもね、今の私と佳奈多の間にはもう何もないんだ。おはようって声をかわすことも、大好きだって言ってほほ笑んでくれることもない。佳奈多は私を見かけても赤の他人のように一瞥すらせずに横を通り過ぎるだけなんだ」

 

 確実に言えるのは、悲しい気持ちでいっぱいだということぐらいだ。

 以前屋上で戦ったと時のようにイ・ウーのメンバーであった理子を恨むような声はない。

「今はどこで何をしているのか分からないけど、確かにお姉ちゃんはちょっと前までは寮会で仕事していたから会いたければいつでも会いに行けたさ。でも、全くの別人のように感じるんだよ。ねぇ理子りん。おまえに全くの別人のように変わってしまった家族の姿を見ていなければいけないわたしの気持ちが分かる?大好きだった時のかなたに戻ってくれるんだっていう現実味のない幻想に縋りつかなければならない気持ちが分かるか?」

 

 葉留佳も理子も、きっと根本は変わらない。

 二人とも当たり前のように受け取っていた家族からの愛情を失った人間だ。

 葉留佳は理子のことをアリアのように怒る気がわいてこないのはそれが原因なのだろう。

 はっきりいって、怒りより悲しみのほうが強いのだ。けど、言ってやらなければ気が済まなかった。

 対し理子だって葉留佳に何も言えないでいる。何を言ってやればいいのか分からない。

 

「―――――――私は、」

 

 だから、理子は聞かれたことは真摯を持って答えることにした。

 いつもみたいに笑顔を浮かべて誤魔化そうという気持ちすら浮かばなかった。

 言った結果、反感を買って殺されることになったとしても正直に口にしよう。

 

「葉留佳。私は、お前のことが誰よりもうらやましくて仕方ない」

 

 葉留佳のことがうらやましい。

 そう言われても葉留佳は怒ることもなく、黙って理子の言葉を聞いていた。

 

「イ・ウーに入るために自分の一族を売った残虐にして残忍な魔女。佳奈多のことをそういう人もいるけど、私は知っているんだよ。あいつには、あいつの中にはお前を大事にする気持ちが残ってる。そうじゃないと説明できないことがあるんだよ」

「……嘘じゃないよね?佳奈多には私のことが嫌いになったわけじゃないよね?」

「この後に及んで嘘なんてつかないさ。やってくれたらちゃんと教えてやる」

「……分かった」

 

 葉留佳も、理子も、そしてアリアも家族を取り戻そうとしている。

 けど、そもそもどうしてこうなってしまったんだろうとキンジは思わずにはいられなかった。

 全員が家族のことを大切にしているのに、どうして失ってしまうことになったのだろうか。

 

「お、おい三枝」

 

 正直キンジにとって、佳奈多に対する心象はものすごく悪い。

 家族と捨ててまでイ・ウーに入った裏切り者。そして何より、今まで何食わぬ顔で東京武偵高校にいた女。

 アリアの母のかなえさんが冤罪を着せられて、アリアがどれだけ必死だったかも知っていたかもしれない。

 魔剣(デュランダル)の恐怖にどれだけ白雪がおびえていたのかだって知っていたのかもしれない。

 

――――――どけ三枝ッ!?そいつは魔女だッ!!ここで俺たちでとっちめておかないと、いずれまた何か大きな事件を起こす奴だッ!!

 

 あの日二木に対して思ったことは今でも変わらない。

 三枝葉留佳にとっては、残念だが佳奈多のことはもうあきらめた方がいいとキンジは思っている。

 どんな事情があいつにあったかは分からないが、それでも血のつながった人間を殺すなんてまともな人間がやるようなことじゃないのだ。

 

「前から思っていたんだか……お前、二木に対して恨みはないのか?」

「どうして私がお姉ちゃんを恨まないといけないの?」

「だってお前……血のつながった人間が殺されたんだぞ。あいつは自分の一族を手にかけたんだぞ」

「それが何?」

「お前もお前でおかしいぞ!あいつにもっとちゃんとした良心があれば、お前は今こんな状況になんてなっていなかったかもしれないんぞ!今だって親戚と仲良く暮らしていられたかもしれないんだぞ。それをすべてあいつはぶち壊したんだ」

「なんであんな連中を家族みたいに思わないといけないんだ」

「……どうしてお前はあいつにそんなにこだわる?どうしてそこまで信じられる?」

 

 キンジも考えてみた。もし自分の兄が、佳奈多と同じことをしたら自分はどうでるのだろうかと。

 どうしても答えが出ない。葉留佳のように、無条件で兄を信じられる自信がなかったのだ。

 

「……かなたお姉ちゃん、泣いてた。だから私は手に入れたこの超能力(ちから)使って、私のかなたを取り戻すと決めた。ここにいればいずれまた会えるって言われて、実際そうなった。一年の後半になってかなたは復学という形でやってきた。でも、やっと見つけ出した私の家族はボロボロだった!すっかり歪んでしまっていた!そうさせたのはイ・ウーだッ!!」

 

 実際のところがどうなのかはキンジには分からない。

 けど、葉留佳にとってはすべてイ・ウーが悪いと思わなければもうやってはいられないのだ。

 

(兄さん。兄さんがいなくなったのは、武偵という職業のせいだと思っていた。でも、あまりにもこれは……)

 

 この場にはもう、憎しみをぶつけ合うことはない。

 ただ、悲しさで打ちひしがれているだけだった。

 

「ほら、泣くんじゃないの。化粧が薄れてブスがもっとブスになっているわよ」

「とりあえずおねーさんの胸で泣くか?この胸を存分に堪能するといい」

 

 葉留佳は来ヶ谷に抱き付いて声を必死に隠しながら泣きはじめたが、よしよし、と優しく頭をなでられていたら徐々に落ち着いていった、理子もアリアからトランプのがらのハンカチを受け取って涙をぬぐう。

 

「……泣いちゃダメ。理子はいつでも明るい子。だから、さあ、笑顔になろうっ」

 

 自己暗示をかけるようであったが、理子はいつもの調子を取り戻そうとする。

 葉留佳が落ち着いてきたこともあって、さっきよりは和やかな雰囲気になることができた。

 

「そうだリズ。あたしアンタにも聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「どうして佳奈多は風紀委員長やれているか知ってる?」

 

 佳奈多がイ・ウーであると知ってから、アリアはこれまでの出来事のつじつまを合わせようとした。

 アドシアードの一件で、佳奈多がイ・ウーであるということは発覚したはず。

 それなのに、アドシアード以後も逮捕もされずにいたのは佳奈多が委員会連合に所属できる委員会を津委員長であるからだと思っていた。

 

 でも、よくよく考えたら前提条件がおかしいのだ。

 

 そもそも、親族殺しなんてことをやらかした奴が、どうして逮捕もされずにいるのだ。

 あの公安0に次ぐとまで言われた四葉公安委員会をつぶしたのだ。

 はっきり言って、司法取引でどうこうなるような罪なんかじゃないのだ。

 バレていないとは考えていない。でも、それにしては佳奈多は口封じなど一切考えもしていないようだった。

 

「バックにいるのがイ・ウーかとも考えたんだけど、なんだかそれも違う気がするのよね。委員会をやるには何かしらバックに組織があったほうがいいでしょ?」

 

 地下迷宮に行くメンバーとしてアリアとキンジに声をかけたのはこの来ヶ谷だ。

 あの時は佳奈多がメンバーに入っていたことから、来ヶ谷とアリアがある程度の接点があったとみている。だから同じ委員会を持つ人間としての意見を聞いてみた。

 

「……バックにいる組織?」

 

しかし、反応したのは葉留佳の方であった。

 

「アンタも妹なんだったら心当たりとかない?昔公安委員をやっていたとは聞いたけど、探してみても資料が無くてホントかどうかも分からない現状なのよ」

「それは本当のことだよ。お姉ちゃんは元―――――」

「よせ葉留佳君」

 

 何か葉留佳に心当たりがあるようだが、来ヶ谷は葉留佳を止めた。

 

「それ以上は言わないほうがいい。無用に二木女史を危険にさらしたくはないだろう?」

「わかった」

「どうしたの?」

「アリア君。悪いが私の口からは何も言えない。余計なことを言って下手なトラブルを起こすぐらいなら知らないほうがいい」

「……まぁ、アンタがそういうなら聞かないでおくわ。じゃあ、ここは素直に理子の十字架を取り戻すことに専念すればいいのね。どうすればいい?」

「ふつーに侵入する手も考えたんだけど、それだと失敗しそうなんだよね。いくら葉留佳の超能力が協力だとしても、葉留佳自身この手のことはずぶの素人同然だし、何よりお宝の場所だって大体しか分かっていない。トラップもしょっちゅう変えているみたいだから、しばらく潜入して内側を探る必要があるんだよ!!」

「せ、潜入?」

 

 潜入する。理子はさらりと言ったのの、潜入となれば武偵としての身分を隠す必要がある。

 警察だと分かっている人間がそう簡単には犯罪組織に受け入れられないのと同じだ。

 

「そこでこの私の出番というわけだな」

「リズ?」

恵梨(えり)君、入りたまえ」

 

 来ヶ谷は個室の入り口付近で待機していたメイドに声をかけた。

 するとやってきたのは、ロングヘアーの可愛らしいメイドさん。

 

「――――――プッ!?」

「どうした理子」

「い、いや!なんでもないよ!?ちょっと思い出し笑いをしただけで、なんでもないよ!」

 

 どういうわけか口を手で押さえてまで笑いを堪えた理子を放置して来ヶ谷はメイドの自己紹介を始めた。

 

「紹介しよう。この子は私の委員会のメンバーだ。このたび理子君と二人で採用を決めた」

奥菜(おきな)恵梨(えり)といいます。このたびは、リズべスからあなたたちの教育係を承りました」

「教育係?」

 

 嫌な予感がすると、アリアは友達ながらにそう思った。

 

「アリア君と遠山少年には、恵梨君のもとで研修を受けるメイドと執事ということで『紅鳴館』に行ってもらう」

 



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Mission97 紅鳴館の主

遊戯王放送777回おめでとうございます。
忍者が有能すぎましたね!

777回、地を這う敗北者たち!!

……うん、いつもの遊戯王でした。
何かがおかしくてもいつものことすぎて気にならないあたりがすごい。

来週はデニスがついに融合を使って、ゲニスになるんでしょうか?
なんか予告ですでに革命機レボリューションファルコンが火を噴いていたんですけど…。
今から楽しみです。


 

(……うぅ。身体中があちこち悲鳴を挙げている)

 

 病院へと運ばれた後ずっと意識不明で眠り込んでいた少女、朱鷺戸沙耶はようやく目を覚ますことができた。ここは一体どこなのだろうかと周囲を見渡して、ここは自分自身が拠点としている老人ホームの一室であることに気が付いた。ヘルメスはどうなったのかなど気になることはいろいろあったが、彼女は一つ真っ先に考えはじめたことがある。佳奈多のことだ。

 

『朱鷺戸さん、あなたは大人しくここで寝ていなさい。いくら超能力者(チューナー)の身体が特別なものだとしても、これ以上やるとさすがに命が危ないわよ。命が惜しければ安静にしてなさい』

 

 地下迷宮にて佳奈多がイ・ウーのメンバーだと分かったあの時、佳奈多は一瞬にして沙耶と理樹の二人の意識を刈り取った。沙耶自身エクスタシーモードになっていたため佳奈多の動きに全く反応できなかったわけではなかったが、反応できたとしても身体が全くついて行かなかった。ただでさえ魔術を使った反動でボロボロだったため、意識だけは対応することができても、身体が動かなければどうしようもない。いや、佳奈多の強さを考えれば万全の状態であったとしてもどうなっていたか確証はない。

 

(あいつ、一体何を考えているのかしら)

 

 今思うと、佳奈多が自分たち二人を瞬殺したのはドクターストップの意味合いもあったように沙耶自身思えてくる。その何よりの証拠として、私は今生きている。口封じをしたいなら、あのまま地下迷宮にでも放置すればいいのだ。そしたらイ・ウーだってことも誰にも知られずに済んだかもしれない。わざわざ気絶した人間を二人も抱えて地上に戻ったのは、佳奈多には最初から私たちには死んでもらっては困ると思っていたからなのだろう。

 

(そういえばあいつ、自分の委員会を持っている風紀委員長だったわね)

 

 佳奈多がイ・ウーのメンバーであったことについては沙耶自身、実をいうとそれほどの驚きはなかった。

 イ・ウー研磨派ダイオのエージェントがいるということはアドシアードの時点で判明していたことである。

 沙耶が気になっているのは、佳奈多がイ・ウーのメンバーであるということではなく、佳奈多が委員会連合に加入できる委員会の委員長をやっているということである。

 

(確か現『魔の正三角形トライアングル』の三人の委員会は、自分で委員会を一から作ったはず。あいつはどういう経移で委員会なんか持つことになった?)

 

 そうなると気になる点が沙耶には一つあった。

 沙耶は地下迷宮で佳奈多がイ・ウーのメンバーだと知ったあの時、アドシアードでイ・ウーの仲間のジャンヌ・ダルクが逮捕されたのに佳奈多には何の影響もなかった。その理由は佳奈多は委員会連合に所属する風紀委員長をやっているからだと思ったものだが、今冷静に考えてみればその解説ではおかしな点がある。

 

―――――そもそもどうやって、委員会連合に加盟できるほどの委員会を作った?

 

 夢を壊すようであるが、委員会連合に加入しているということは一種のブランドである。商売においてプロ野球球団をもっていたら会社としてのブランドとして機能するように、委員会連合の委員会という肩書だけで優秀であると証明しているようなもの。そうなるためには当然、後ろ盾となってくれている組織があるはず。

 

 来ヶ谷唯湖の放送委員会におけるイギリス清教。

 牧瀬紅葉の保健委員会にだってバックについている組織がある。

 なら、二木佳奈多の委員会にもどこかの組織からの支援があるはずだ。

 

 どれだけ超能力が強かったとしても、たかだか17にも満たないような小娘にそんなことなどできるはずがない。

 最初はイ・ウーがバックについている組織かと思ったが、そんなわけがない。

 イ・ウーというのは一つの大きなまとまりであって、具体的な一企業だというわけでもないのだ。

 それにイ・ウーとのつながりが疑われている人間に権力を与えようとするほど委員会連合の審査委員会もマヌケではないはずだ。そうだと信じたい。

 

(……そうなると、あいつがイ・ウーのメンバーになったのはどうしても委員会を作ってからということになるわね)

 

 イ・ウーのメンバーを味方に引き入れるために委員長という席をわざわざ用意した可能性もあることにはある。

 だが、あいにく風紀委員は知識職だ。一朝一夕で勉強したところでなれるはずもない。

 時系列の辻褄合わせを考えたらどうしてもこういう結論になってしまう。

 そしてそれが、佳奈多がイ・ウーのメンバーであるにも関わらず、委員会を形成できている理由なのだろう。

 

「考えてばかりいても仕方ないわね。とりあえずあの野郎に問い詰めに行くとしますか」

 

 手始めに、沙耶は何本の刺さっている注射を引き抜いた。

 

       ●

 

 6月14日。潜入作戦開始の日となった。

 これから二週間、キンジとアリアの二人は計画の通り横浜にある紅鳴館へと潜入する。

 必然的に学校の授業はこれからしばらく欠席することになるのだが、武偵高校には『民間の委託業務を通じたチームワーク訓練』だとか書類に書いて教務科へと提出したらあっさりと通った。この学校はホントに大丈夫なのかとキンジが不安に思っていると、待ち合わせ場所にアリアがやってきた。来ヶ谷のことのメイドさんの特訓によって少しはしおらしくなったのかと期待していたが、期待はあくまで期待で終わる。やってきたのは私物の詰まったトランクを当然のようにキンジに持たせるいつものアリアであったのだ。人間というものはそうそう変われるものではないらしい。

 

「ようアリア。なんか久しぶりに見た気がするな」

「奇遇ね、あたしもそう思うわ。アンタのマヌケ面がなんか落ち着くわ」

「マヌケ面で悪かったな」

 

 潜入に向けてキンジがやった準備はないに等しい。せいぜい荷物をまとめる程度のことである。けれどアリアはそうもいかない。キンジに準備があまり必要なかったのは探偵科寮での召使いのような生活を強いられてきたことによる奴隷根性の産物だ。あまりうれしくはない。対し、ホームズ家で貴族として生活してきたアリアはどうにもメイドというものを演じることができないでいた。

 

『ム、ムリよっ!』

『いいですか神崎様。無理という言葉は人間の可能性を奪う悲しい言葉なのですよー!』

『そ、そうだけど!できないものはできないのよ!!』

『そんなことありません。最初はいらっしゃませ一つ言えに噛んでしまったり、頑張ってねを注文されたりするような体たらくでも立派なメイドさんになることができます!!この私と一緒に頑張っていましょー!!』

 

 ちょっとアリアの訓練を覗いたとき、それはそれは悲惨なことになったいた。

 

『よいではないかーよいではないかー!おーアリアいいニオイ!クンカクンカ!』

『へ、ヘンタイ!ヘンタイね!!』

『文句言わないでください神崎様。理子様の言うとおりにすることが作戦成功の第一歩なのですよ!』

『いーやーッ!!??助けてリズッ!!』

 

 メイドの恵梨さんと理子の二人がメイド服を持ってアリアに詰め寄る姿はなんだか怖かった。アリアが助けを求めた相手である来ヶ谷はやたら高そうなカメラを黙々とセットしていて、いつでも撮れるようにと写真撮影用のレフ板を三枝が持ち上げて待機していた。当時のキンジとしては、迷わずに逃げ出そうとした判断は間違ったものではなかったと思っている。

 

「結局お前は潜入は大丈夫そうか?」

「恵梨さんも一緒に来てくれるみたいだし、何かあってもサポートしてくれるようだから取り敢えずは大丈夫だと思うわ……たぶん」

 

 奥菜(おきな)恵梨(えり)さん。

 来ヶ谷のところの委員会の人間だと言っていたが、そうキンジたちと歳は変わらないようにも見える。

 話してみた感想としたは、ずいぶんと素直な人ではあった。

 素直に笑顔を浮かべて、アリアの無理だという主張を無視し続けてレッスンに取り組んでいた。

 

「なあ、奥菜さんってどこかで見たことないか?なんか初めて会ったって感じじゃないんだが……どこかで会ったことがあったかな?」

「キンジ。またアンタ過去にたぶらかしてた女じゃ……。白雪に聞いたわよ。あんたの彼女を名乗る女がいたって」

「だから俺心当たりがないって言っているだろ」

「どうかしらね」

 

 すぐさま否定するが、アリアがキンジに向ける視線はどこか冷たかった。

 このままでは作戦に支障が出るかもしれないと、どうにかして機嫌を取ろうと考えたキンジであったが、それは実行に移されることはなかった。

 

「……キンジ?」

 

 待ち合わせ場所に奥菜さんがやってきた。そこまではいい。けど、奥菜さんと笑い声を挙げながらやってた人物を見た瞬間キンジは固まってしまった。

 

(――――――カナ!?)

 

 時が静止してしまったかの世に立ちすくんでしまった。

 アリアが自信を呼ぶ声にも返事を返すことができないでいた。それでもすぐに本人ではないことに気づく。このカナは理子が変装したカナである。そもそもの声が理子のものであるし、背丈だって違う。数年前のカナになら顔は似ているような気もしたが、やはり違う。

 

「……理子。なんで……なんでその顔なんだよッ!!」

 

 偽物だとすぐに気づいたが、そこには落胆はなかった。むしろ偽物でよかったとすら思う。もしも本物だったとしたら、今の金縛りから解き放たれる気がしなかったからだ。

 

「理子はブラドの奴に顔が割れちゃってるからさぁ。防犯カメラに映って、ブラドが帰ってきちゃったりしたらヤバいでしょ?だから変装したの」

「だったら他の顔になれ!なんでよりにもよってカナなんだ!!」

「カナちゃんが理子の知っているうちで一番の美人だから。それにキーくんの一番大切な人だしね。だから理子、この顔で応援しようと思ったの。怒った?」

「……いちいちガキの悪戯に腹をたてるほど俺もガキじゃない。さっさと行くぞ」

 

 もし、この作戦を成功させて兄さんの情報を手に入れることができたとする。

 そして兄さんと再会することができたものとする。

 その時、俺の知る兄さんとは別人のように変わっていたとしたら俺は一体どう思うのだろうか。

 

『アリアのママは生きているからうらやましいって、今言ったな。なら、私のこともうらやましいか?』

 

 三枝の話を聞いたとき、少なくともこれは決して他人ごとではないのだと思ったものだ。

 

『正直、殺された親族連中のことなんてどうでもいいんだ。親族たちはみんな死んだけど、私の家族は殺されてなんかいない。でもね、今の私と佳奈多の間にはもう何もないんだ。おはようって声をかわすことも、大好きだって言ってほほ笑んでくれることもない。佳奈多は私を見かけても赤の他人のように一瞥すらせずに横を通り過ぎるだけなんだ』

 

 二木は魔女。血のつながった人間を殺してしまえるほど心を病んでしまった人間。

 キンジは二木佳奈多のことをそう思っている。

 

『今はどこで何をしているのか分からないけど、確かにお姉ちゃんはちょっと前までは寮会で仕事していたから会いたければいつでも会いに行けたさ。でも、全くの別人のように感じるんだよ。ねぇ理子りん。おまえに全くの別人のように変わってしまった家族の姿を見ていなければいけないわたしの気持ちが分かる?大好きだった時のかなたに戻ってくれるんだっていう現実味のない幻想に縋りつかなければならない気持ちが分かるか?』

 

 キンジは三枝葉留佳という人間のことをそんなに知っているわけではない。

 でもわかることもある。

 きっと葉留佳が大好きだった姉の姿は、今のキンジが知っているような人間ではないのだろう。

 大好きだと胸を張って言えるようなお姉さんではあったのだろう。

 そうではければ、あそこまで葉留佳は苦しんではいない。

 

『――――――――生きてればいいってもんじゃない』

 

 この言葉を聞いたとき、慰めの言葉一つキンジは思いつかなかった。

 理子の変装とはいえ、カナを実際に目にして分かった。

 

――――ああ、これは無理だ。耐えられない。何も言えない。

 

 実を言うと、キンジの中には葉留佳に呆れている部分があった。

 佳奈多は東京武偵高校にいたのは一日やそこらみたいな短い期間ではなかったのだ。

 今までいったい何をしていたのかと、そんな風に思っていた。

 

 大切なら話をしてみればいい。時間はたくさんあったんだ。なぜ今まで何もできないでいたのだ。

 

 そんな風に思っていたのに、今カナを目の前にキンジはなぜ葉留佳が今まで何もできないでいたのか分かった気がした。

  

「キーくん、ポッキー食べる?」

「あ、ああ。もらうよ」

 

 横浜へと向かう京浜東北線の中で、理子はカナの顔でずっと奥菜さんと談笑していた。

 話題は聞いている限りくだらないことばかり。 

 それでもキンジは、いつしかカナの顔を眺めているだけで懐かしい気持ちになっていた。

 話を振られたら冷たく返そうとしていたが、悔しいが幸せな気分であった。

 

「ねえキンジ。カナって誰?」

 

 質問されたら受け答えする。そんな当たり前のマナーでさえ、キンジは守ることができないでいた。

 二木がイ・ウーのメンバーだと知った夜、三枝はちょっとした会話ができたことにすら喜んでいた。

 その時は歪んでいると思ったが今は気持ちを理解してしまった以上、もう葉留佳を責めることはできない。

 できることなら、このままずっとカナの顔を眺めていたい。そうとまで思ってしまった。

 

 

        ●

 

 

「の、呪いの館って感じね」

 

 たどり着いた場所は、ホラー映画の撮影会場にでもなりそうな怪しげな洋館であった。

 見取り図を眺めている限り、この禍々しさは読み取ることができないだろう。周囲を囲む鉄柵はドンヨリとした黒雲めがけて真っ黒な鉄串を突き上げており、その内側には茨の茂みが続いているというオマケつき。夜行性のコウモリまで目で見つけることができた。

 

「ねえ、ホントのホントにここなの?アンタの勘違いで別の場所だったりしない?」

「ここで合ってる。行くよアリア」

「あら、神崎様は怖いのですか?」

「こ、こここ怖くなんかないわおよッ!!」

「落ち着け。何言ってるか分からんぞ」

 

 必死に否定こそしているものの、どう見ても怖がっているアリアに対して余裕の笑みを浮かべていた理子であったが、紅鳴館からの出迎えの者を見た瞬間に理子の笑顔も若干ひきつってしまっていた。変わらずニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべているのは奥菜さんくらいのものである。

 

「い、いやー。意外なことになりましたねー。あ、あはは……」

 

 だって出迎えてきたのは武偵高校のイケメン非常勤講師の小夜鳴徹であったのだ。

 この間のオオカミによってやられた腕にはまだギプスが巻かれており、小夜鳴徹は全員をリビングのソファーへと案内したのち、腰を下ろした。

 

「遠山様や神崎様のお知り合いだったのです?」

「あたしたちの学校の先生よ」

「おおー!先生ですか!ということはさぞかし先生もお強いのですよね!こんな理立派なお屋敷にすんでいらっしゃるなんて、見事なものです!!」

「い、いやー。感動しているところ悪いのですが、ここは私の家ではないのですよ。私はここの研究室を借りることが多々ありまして、いつの間にか管理人のような立場になってしまったんですよ。ただ、私は研究に没頭してしまって周囲のことを気に掛ける余裕なんてなくすことが多いですから、ハウスキーパーは武偵さんということは決して悪いことではないのかもしれませんね」

「―――――では、契約の方はこのままでよろしいのでしょうか?」

「ええ、もちろん構いませんよ」

 

 決して顔には出さないようにしていたが、キンジは採用通知をもらったことにより一安心した。

 人間によっては顔見知りは雇いたくないと言い出す人もいる。この時点で不採用をもらったら作戦がすべて台無しだ。人当たりの言い先生をだますことになるのは少しばかり罪悪感を覚えるが、そんなことも言っていられない。

 

「ご主人様がお戻りになられましたら、ちょっとした話題になりそうですね。まあ、この三人が契約期間中にお戻りになられたら……という話ですが」

「いや、彼は今とても遠くにおりまして、しばらくは帰ってこないみたいなんです」

 

 そして、キンジは計画が思いの他好調であると判断した。

 ジャンヌに言われた鬼とやらは戦って勝てる相手ではないと言っていたし、小夜鳴の言っている通りなら、ブラドとやらと鉢合わせすることはない。

 

「では、これより先のことはこの奥菜さんに何でも聞いてください。彼女が責任をもって、仕事を取り仕切ります。私はこれから契約成立と本社の方に正式に伝達に行きますので」

「そうですか。では奥菜さん。よろしくお願いします」

「任せてください先生。教師と先生の関係だとはいえ、手抜きだけは絶対にさせませんので!」

 

 

 

        ●

 

 

 アリアたちが紅鳴館での仕事を開始したと同時刻、棗鈴とレキの二人は小毬が働いている老人ホームへと花束を持ってやってきていた。まだ病院で寝たままの沙耶への見舞いのためと、ペット(?)として飼い始めた銀狼について小毬に聞きたいことがレキにはあったためである。狼を寮の部屋で買うことになったのはいいものの、食事などで気を付けなければならないものなどを知っている人がいたら紹介してもらえたら御の字だと見舞いに行くという鈴にレキはついていった。

 

「そういえば、理樹さんは大丈夫なのですか?理樹さんも病院へと運びこまれたとお聞きしましたが」

「知らん。理樹は退院するなりすぐどこかに行ってしまったからな。おかげでバカ二人が寂しがっててあたしが迷惑だ。早く戻ってこい」

「テストの時もいませんでしたね」

「まあ、きょーすけもくるがやも現状似たようなもんだし、気にすることもないだろ」

 

 ブツブツと文句を言いながらも、二人は小毬がいる老人ホームへとたどり着いた。

 するとどうだろう。今の老人ホームでは、どことなく慌てているような感じがあった。

 

「なにかありましたね」

 

 病院として機能している場所が慌てている時なんて、たいていが非常事態である。

 誰かが意識不明の重体になっているだとか、これから急患が運ばれてくるだとか。

 生憎と、ここは病院設備があるだけであくまでも本質は老人ホームであるらしいので、考えられるとしたら前者だろう。けれど、ちょうどすれ違った小毬は鈴たちとレキを見ると慌てて駆け寄ってきた。

 

「鈴ちゃん!レキちゃんッ!!ちょうどいい時に!あやちゃん見なかった?」

「え?あいつ目を覚ましたのか?」

「病室からいなくなっちゃったッ!!」

 

 



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Mission98 佳奈多の委員会

何!?特別OPは777回だけではなかったのか!?
次回から遊戯王は新OPとEDですね。今から楽しみです。
サテライト・キャノン・ファルコンが宇宙に行くシーンで、ブルーアイズが宇宙を目指すシーンを思い浮かんだのは私だけではないと思います。相変わらず不審者カッコいい。

ねえ、今どこ?

いつからオゾンより上でも問題なくなったんでしょうね。

あと、Charlotteを視聴しました。
同じKey作品ということで、一時期はなんとかからめられないものかとも思っていましたが、どうにも無理そうです。あんなチートをうまく動かせる気がしません。


 朱鷺戸沙耶は本来病院から抜け出していいような体調ではない。

 今まで全く目を覚まさなかったのは、治療のために強力な麻酔を打たれたということもあったが、同じ条件の理樹よりも目覚めが遅くなってしまったことはそれだけ元々のケガの状態が深刻であったということを意味している。正直に言ってしまうと、地下迷宮で佳奈多によって強制的に眠らされずにそのままもう一度ヘルメスの本体とでも連戦を行おうものなら、いくらエクスタシーモードの状態であったにしても命の保証はなかった。佳奈多がどういうつもりで沙耶と理樹を気絶させたのかは分からないが、事実としてそれは沙耶へのドクターストップとして機能していた。

 

 今だって対して体調の根本なら何も変わっていない彼女であるが、それでも問題ないかと考えていた。

 

 いまから会う相手は一応は『機関』の仲間である。

 別にこれから敵と戦いにいくというわけではないのだ。

 動かすのは考えるための頭ぐらいであり、結局のところ会話ですますだけなのだから何も問題ないだろう。

 

「お、落ち着け朱鷺戸!な、な?」

 

 けど、ちょっと荒っぽくなっても一向に構わないだろう。

 今まで詳しい説明など一つしてこなかった相手なのだ。

 自分は何もいわずにこいつを殴り飛ばすだけの権利くらいはあるんじゃないかとすら思う。

 

「いいから説明しろこのなんちゃってマッドサイエンティストッ!」

「な、なんちゃッ!?お前、この俺に向かってなんてことを言うんだ!お前には分からんのか、この俺が醸し出す邪悪なるオーラというものがだな」

「ホラー全般全くダメなくせして狂気とかほざくんじゃない!お前の機巧人形(ガラクタ)全部ぶっ壊してやってもいいのよ。大体なによ、あの人形どもは。あんな気味の悪い人形作れるくせに幽霊とかまるでダメとか意味が分からないわ」

「ふふん、ならばやってみるがいい。この俺の叡智の結晶たる機巧人形(ギミック・パペット)をそう簡単に壊せるものか。いくら今は失われし陰陽術の継承者といえど、魔術が使えない魔術師なんて怖くも痒くも……あぁやめて、父さんの未来機械(マシンガジェット)なんか持ち出さないで」

「こんなもんをそこらへんに置いとく方が悪い」

 

 ここは東京武偵高校の第四理科室。『機関』の仲間、つまりは沙耶の仲間である牧瀬紅葉が拠点としている場所でもある。牧瀬紅葉と朱鷺戸沙耶では武偵としてもタイプがまるで違うために現場で一緒に働くことはほとんどないものの、仕事仲間としてビジネスライクの関係を構築している。沙耶だって銃を使う以上、『機関』のお抱え技術者である牧瀬に銃のメンテナンス等を依頼することはよくあることだ。だが、友達かというとまた微妙なところである。別に沙耶も牧瀬も互いのことを嫌っているわけではないのだが、『機関』の仲間同士であるということを悟られないようにするためにも普段の学校生活ではほとんど交流がない。二人の本質は医師と科学者なのだ。完全に畑が違うため、仲間といっても普段から連絡を密に取り合うような関係ではないのだ。

 

「で、アンタはどこまで知ってるの?」

「お前が何を聞きたいのか分からないな」

「とぼけるな。アンタら『魔の正三角形(トライアングル)』がグルってことはとっくにあたしは気づいてるのよ。あの地下迷宮に行く前にどんな取引があった?」

 

 地下迷宮へ強襲することになったから作戦に参加しろと沙耶に連絡してきたのは牧瀬だった。

 本人はアメリカからの連絡ということで、要件を告げるだけ告げて音信不通になったから詳細を聞くことはできなかったが、今考えれば分かることがある。

 

「一回目の潜入が終わった後、アンタは寮会にいる協力者に教務科(マスターズ)の様子を探らせるって言っていたけど、その協力者というのも二木佳奈多のことなんでしょ?オマエが『機関』の関係者だと知っていたとしか思えないのよ」

 

 そもそも地下迷宮の具体的な場所を見つけ出したのは沙耶と(理樹)の二人だ。

 あの後佳奈多が狐の仮面をつけて二人の前に現れた時、彼女は沙耶のことを『機関』の関係者だと分かって時点でさっさと引き上げた。そして、そのあとすぐに沙耶は牧瀬からの連絡を受けて地下迷宮へと佳奈多たちと一緒に行くことになった。そんなことができたのは、『魔の正三角形(トライアングル)』の三人に元からの接点があったからとしか考えらない。そうでなければ牧瀬紅葉から沙耶に連絡なんてこないはずだ。

 

「地下迷宮に突入前、電話でアンタにその仲間とやらは信用していいのかと聞いたとき、アンタは信用に関しては心配ないって言った。お前は仲間だからって無条件に信頼するような感情論で動く人間じゃない。良くも悪くも科学者らしく理屈をしっかりとしている人間だよ」

「嫌味のつもりか」

「いや、これでもあなたを信用しているのよ。小夜鳴先生が怪しいって普段から言っていても嫌っている理由は具体的なものをあげているような奴だ。それにあなたは素直に人を信じるだなんてことはしない。自分は人の感情なんて平然と切り捨てる狂気のマッドサイエンティストなのだからと言って、人が言いにくいことをズバズバ言うような人間だ。だからあたしは、あなたには二木佳奈多を信じると思っただけの理由があると信じているのよ」

「……」

「だから聞くわよ。お前が二木佳奈多のことをあの時信用しても大丈夫と判断した理由は何?アドシアードでの一件で、イ・ウーのメンバーであるジャンヌ・ダルクが逮捕されたにも関わらず、その仲間である佳奈多がその後も東京武偵高校にいられたのだって、それが理由なんでしょう?」

「……」

「いいから答えろ」

 

 ここまで問い詰めても牧瀬紅葉は何も答えなかった。

 言うつもりがないのなら仕方がない。

 少々手荒になるが、仲間だし許してもらえる範囲で聞き出してやろう。

 そう考えて牧瀬の胸ぐらをつかんで壁に叩き付けたら、その衝撃が伝わったのか本棚の上におかれていた段ボール箱が落ちてきて、その中身が散らばってしまった。薬品がこぼれるなどの危険な状態になっていないかを一応確認しようとして、

 

「あ」

「……おいこらこのポンコツ科学者」

 

 沙耶は見てしまった。散らばったものの中に、沙耶には見覚えのある狐の仮面があったのだ。

 しばしの無言のあと、沙耶から出てきた言葉はなんだかにらみの効いたものになっていた。

 

「……これは?」

超能力者(ステルス)が魔術師の作る結界の中でも感知されないようにと試しに俺が前に作った霊装です。はい」

「やっぱりお前らグルだったんじゃない!!」

「ぐえッ!!」

 

 苛立ちがが我慢を超えた沙耶は、こいつなんかくたばってしまえとばかりに牧瀬の腕をつかんだかと思うとそのまま彼を放り投げ、牧瀬はドンガラガッシャーンという音を立てて自分の作った人形たちの山に突っ込んだ。仕方のないことだと思う。さんざん正体が分かるまで存在しか確認できず、敵か味方かの判断もいまいちつかなかった相手が使っていた仮面が、まさか曲がりなりにも味方の人物からのプレゼントだった知ったら怒っても文句は誰にも言えないだろう。

 

「ちゃんと知っていることを聞かせてもらえるんでしょうね」

「……ここまでばれているなら『機関』の仲間として提示できる事実は一つある。誰にも、家族と思っている人間にも言わないというのなら教えてやる。言っておくが勘違いするなよ。俺が教えるのは『機関』の仲間であるお前には死んでもらいたくないからだ」

「何かしら」

 

 言ってやってもいいとは言っておきながら、牧瀬はしばらく言い淀んでいた。

 けど、言わなければ沙耶が余計なことをやらかすかもしないと判断した牧瀬は口を開くことを決心する。

 

「二木の風紀委員会だがな、あれを作ったのは俺の相棒なんだ」

 

         ●

 

・姉 御様が入場しました。

・ビー玉様が入場しました。

 

・大泥棒様が入場しました。

 

・大泥棒『さあさあやってまいりましたーッ!!「大泥棒大作戦」のお時間ですよーッ!』

・姉 御『おー。といっても私はやることほとんどないけどな。本命の二人が来ないことには会議もできそうにないな』

・大泥棒『それもそうなんだけど、エリザベス達ってここ最近何をしてたの?葉留佳もキンジたちと一緒に紅鳴館に潜入させようかって最初考えてたんだけど、オマエ拒否したじゃん』

・姉 御『最近か?しばらくしたらロシア聖教からの使者が日本にやってくるってイギリスからの連絡受けたから、その為の予定調整とかしてた』

・大泥棒『予定調整?私たち二年はしばらくしたら「職場体験」のための休みがあるだろ?なんか予定でも入っていたのか?』

・姉 御『「職場体験」の期間は「ハートランド」への招待を受けていてな、なんとか日程を変えられないものかと必死なんだ。葉留佳君にも一緒に来てもらうつもりだったから、葉留佳君には単位を取らせまくってたな』

・大泥棒『それにしても、わざわざロシア聖教からアポがあるなんて珍しいんじゃない?大丈夫なの?』

・姉 御『詳しい話はその時にならないと分からないけど、たぶん魔女連隊の話じゃないかな?なんか日本での活動が活発になり始めたって報告を受けているし。こんなことがなかったら潜入の期間を「職場体験」の休み期間にしたさ』

 

・独唱曲様が入場しました。

・キン2様が入場しました。

 

・ビー玉『姉御ー。どうやら全員そろったようですよー!!』

・姉 御『よし、それじゃ』

・大泥棒『「大泥棒大作戦」作戦会議、始まるぞーッ!!』

 

 全員がそろったことで、今後の将来を左右する作戦会議がスタートする。

 まず話を切り出したのはアリアであった。

 

・独奏曲『理子。マズイことになったわよ。掃除の時に確認してきたんだけど、地下倉庫のセキュリティが事前調査の時よりも強化されているの。それも気持ち悪いぐらいにね。物理的なカギに加えて、磁気カードキー、指紋キー、声紋キー、網膜キー。室内も事前調査では赤外線だけってことになっていたけど、今は感圧床まであるのよ』

・キン2『なんだそりゃ』

 

 米軍の機密書類だって、そんな厳重な隠し方はしない。

 ここまでされたら金庫の扉を開けることができたとしても、赤外線の張り巡らされたフロアに入ることができないのだ。仮にその問題をクリアできたとしても、床を踏んだら圧力で警報が鳴る。どうしたものかと思っていると、理子はすぐに計画を立案した。

 

・大泥棒『よし、そんじゃプランC21でいこう。キーくん、アリア。何にも心配いらないよ。どんなに厳重に隠そうと、理子のものは理子のもの!あなたのものも、理子のもの!で、今小夜鳴先生とはどっちの方が仲良しになれているのかま?かなかな?』

・キン2『アリアじゃねーの?お前、新種のバラとか命名されて喜んでたろ?』

・ビー玉『ちょっと待って!小夜鳴先生ってどういうこと!?』

・キン2『そういえばお前と来ヶ谷の二人には言ってなかったな。俺たちが潜入している紅鳴館の主が小夜鳴先生だったんだ』

・ビー玉『ホントに?』

・キン2『嘘をついてどうするんだ。小夜鳴先生がどうかしたのか?』

 

 牧瀬紅葉は偶然はそうそう続くものではないと葉留佳に言っていた。彼が言うには度が過ぎる偶然はすべて必然であるとのこと。来ヶ谷の自室と化している第三放送室で布団を引いて実況通信に参加していた葉留佳は、隣のベッドで寝転がっている来ヶ谷に意見を求めた。

 

「姉御はどう思います?」

「小夜鳴教諭は胡散臭いって話か。確かにここまできたら牧瀬の戯言だとは思えなくなってきたな。狼の出現から人払いの結界が貼られていたり、おかしなことにこれでもかと関わっている」

「理子りんたちに警戒するように言いますカ?」

「それはやめておこう。一人、演技が絶望的な奴がいる。変に悟られるわけにもいかない。でも、聞くだけ聞いてみる必要はありそうだな。恵梨君にでも探らせるか」

 

・姉 御『教師小夜鳴氏の様子はどんな感じだった?』

・独唱曲『リズまで一体どうしたのよ。紅鳴館の主が小夜鳴先生だったってことはリズだって知ってたでしょ?メイドの恵梨さんはリズの部下なんだし、報告してるものだと思ってたけど』

・姉 御『いいから答えてくれ。君たちの視点からの様子を知りたい。食生活でもなんでもいい。変わったことがあればなんでも言ってくれ』

・キン2『小夜鳴の食生活は串焼き肉だけだぞ。なんか焼き方は表面を軽くあぶる程度のレアで、アレルギーの関係でもあるのかニンニクだけは使うなとは指示されたけど、他には何の注文もなかったしな』

・姉 御『毎日か?』

・キン2『ああ。毎日それだけしか食べない』

・ビー玉『うわぁ、栄養バランスが偏りそうなメニューだ……』

・独唱曲『後は……そうね。とても研究熱心というところかしら。仮におびき寄せることができたとしても、すぐに研究室のある地下に戻りたがると思うわよ』

・姉 御『なんの研究をしているか聞いてるか?』

・独唱曲『こないだちょっとお喋りした時に聞いたけど……なんか、品種改良とか遺伝子工学とかって言ってたわね』

・キン2『そうそう。小夜鳴が品種改良したバラで、17種類のバラの長所を集めた優良で名前がついてないバラがあったんだが、アリアもちょうど17ヶ国語を話せることから「アリア」だなんて名づけていたもんな』

・独唱曲『キンジもキンジでどうしたのよ。なんかこの間から不機嫌な感じがするわよ』

・大泥棒『おお?おおおー?痴話げんかってやつですかい?』

 

 小夜鳴徹は生物工学の天才だとも以前牧瀬紅葉は葉留佳に説明した。

 普段から白衣を着ている典型的なまでの科学者を知っているだけあって、小夜鳴先生の行動には葉留佳は特に疑問点は見当たらない。今聞いてみても、世界でも優秀な学者らしい行動をしているものだとか思ったものだ。

 

「気になる点でも見つかりました?」

「現状では何とも。小夜鳴教諭は超能力者(ステルス)みたいなことするんだなって思った程度だな」

「へ?どうしてですカ?」

超能力者(ステルス)の体質は一般のものとは異なるものだ。なにせ、魔術を受け継ぐ歴史の中で身体がそれを使うために特化した体質だったり、突然変異で生まれたような奴らだ。連中はその人その人で決まっている特定の栄養源を取るだけで生きていけるんだよ。葉留佳君だって、オレンジさえ食べていれば生きていける気がするって前言ってたじゃないか」

「確かにそんなこと前に言いましたケド、そう極端なものですかネ」

「そんな極端な体質を持っているから、強力な超能力者(ステルス)は普通の人間が何ともない食べ物ですら猛毒と化すほどのアレルギーを持つ頃が稀にある。君はどうだ?」

「私は別に、そんな毒だなんて思うような……あ」

「ん?」

「ちょっと心当たりが出てきました。確かに毒物を扱っているかのような感じでしたネ」

 

 葉留佳の好物はオレンジを主にした柑橘系全般。

 超能力を使えるようになってからはどういうわけか以前より余計に美味しいと感じるようになっていたが、実は葉留佳は好物のオレンジを家族(かなた)と一緒に食べたことはないのだ。

 

『ごめんなさい。私、柑橘系はアレルギーがあって食べられないのよ』

 

 どれだけ一緒に食べようと誘っても、佳奈多は一回として頷くことはなかった。

 それは一緒に暮らすようになってからも変わらなかった。

 最初は自分に遠慮しているだけとも思っていたが、ホントにダメなのだと知るまでそう時間はかからなかった。

 

「でもニンニクのアレルギーって、ドラキュラでもあるまいし。変わったものを持ってるもんですネ」

「小夜鳴教諭の正体は実は隠れ潜んでいる吸血鬼だったりしてな」

「そんなバカな。というか現実にいるんですか吸血鬼?」

「ローマ正教の文献に、聖なる祈りを捧げたシスターが大剣で吸血鬼の首を切り落としたっていう話があるぞ。本当かどうかは知らん。あいつらの文献全くあてにならないし。そもそもシスターが大剣を持って戦うってどういうことだなんだろうな」

 

・キン2『とりあえず、おびき寄せっていう方針でいいのか?』

・姉 御『いいと思うぞ。恵梨君には邪魔しないように私の方から話をつけておくよ』

・大泥棒『じゃあ、時間で言えばどれくらい先生を地下から遠ざけられそう?』

・キン2『あいつの普段の休憩時間の感覚から判断すると、せいぜい10分ってとこだろうな』

・大泥棒『10分かぁ……』

 

「姉御ー。10分ってそんなに短い方ですカ?私の超能力があれば移動時間は短縮できるのでなんとかなりそうな気もしますけど」

「そうは言っても長くて10分ってところなら安全圏はせいぜい五分くらいだ。元々の距離からしてそう離れているわけでもないみたいだし、短縮できる時間はそうないと思う。過信せず、いざという時の鉢合わせ回避能力と考えた方がよさそうだ。いや、それでも充分なくらいに便利なんだけどな」

 

 黙ってぼけっとしたまま突っ立っているだけなら10分という時間はやたら長く感じるが、作業時間での10分は短いと言っていい。葉留佳の超能力テレポートで移動時間を短縮できたとしても、わずかな時間内に無数の鍵やアラームの仕掛けられた金庫を破り、お宝を奪い痕跡を残してはならないという制約がることにはかわりない。

 

・大泥棒『なんとか15分頑張れないかなぁ。例えばアリアがー』

・独唱曲『たとえばあたしが?』

・大泥棒『ムネ……はないから、オシリ触らせたりして。くふふっ』

・独唱曲『バ、バカ!風穴!あんたじゃないんだから!』

・姉 御『葉留佳君が超能力で跳ばせるのものの条件は自分の手で触れていることだ。しっかりと固定しすることができれば間接的に飛ばせると思うぞ。原理的には人間を跳ばした時に、一緒に持っている剣とかの武器も跳んでいくことと同じかな。ただピンセットとかでつかんだものが一緒に飛べるかというと、また微妙な線を行っている。ともあれ移動は葉留佳君に任せていいと思うぞ』

・大泥棒『おっ。それなら話が早いや。手に入れることにすべての時間を使うことができるね。じゃあ具体的な方法はまらこっちのほうで考えとくよ。りこりんおちまーす!』

・姉 御『それじゃ私達も』

・ビー玉『おやすー』

 

・大泥棒様が退場しました。

・ビー玉様が退場しました。

・姉 御様が退場しました。

 

 三人が退出したことで、実質会議はもう終わりだ。このまま何も言わず解散になるかと思われたが、実際はそうではなかった。たしかにもうこの実況通信に書き込みを入れる人間はいない。このログだって、秘匿のためにもうじき消えるだろう。だが、何も連絡手段はチャットだけなんてことはない。

 

『もしもし……キンジ、いまいい?』

 

 アリアがキンジに電話をかけたのだ。

 

『なんだよ』

『やっぱりなんか変。キンジ、なんだかちょっとおかしいわよ。何かあったの?』

『なんでもない。気にするな』

『気にするわよ。現にアンタ、不機嫌になってたじゃない。何かあったのかって、寝る前に仕事の報告を恵梨さんにしたときにも聞かれてた。みんなわかってるのよ』

『そんなこと、お前には関係ない』

『……』

 

 アリアは何も言わなかった。沈黙に耐えられず、キンジはもう電話を切ろうとした。そのことを伝えたが、アリアにはまだ聞きたいことがあったらしい。

 

『ちょっと待ちなさいよ。この流れだしついでに聞いておくわ』

『なんだよ』

『カナって誰?』

 

 ぶっきらぼうに尋ねたキンジであったが、アリアの一言を前に金縛りにあったように口をつぐんでしまった。この沈黙をアリアが一体どう解釈したのかは分からない。

 

『……あんたの、その……昔の……いわゆる、えっと……』

 

 噛み噛みで、とても言いづらそうでったが聞いてきた。

 

『も、元カノだったり……するの?』

 

 キンジはしばらく黙っていた。このまま黙っていたらアリアの方からあきらめてくれるかもしれない。そう思っていたのに、アリアの方が折れる気配がない。だから言った。

 

『それこそ、お前には関係ない』

 

 カナのことはアリアは何も知らない。かと言って教えるつもりもない。半端な知識ほどたちの悪いものはないのもまた事実なので、アリアが知りたいと思うことは当然なのだ。だけどキンジには、少しばかりきつく返すことしかできなかった。

 

『そうね。関係ないわね。ごめんなさい。自分でもなんでか分からないけど、誰にだって触れられたくない過去はあるものね。今のは踏み込みすぎたわ。謝る』

『いや、今のは俺も言い方がきつかったかもしれん。別にアリアが悪いわけじゃない。こっちこそごめんな』

『……ねえキンジ』

『ん、なんだ』

『どうしてみんな、大好きだった人とは離れ離れになってしまうのかしらね。あたしのママもそう。理子のママだってそう。葉留佳だって今も佳奈多のことがあんなに大好きなのに』

『アリア……』

 

 アリアはわかっていたのだ。キンジにとってカナという人間はきっと、大好きな人間ではあったのだということに気づいていた。それはアリアがシャーロック・ホームズ卿のひ孫だからではない。微塵も推理力が遺伝していないアリアでなくとも、気づくことができたはずだ。紅鳴館へと向かう電車の中、優しく穏やかに微笑みながらカナを見つめるキンジの顔を見た人間ならだれでもわかる。あれは敵に見せるようなものじゃない。心をすべて許した人間にのみ向けられるようなものだ。

 

『それはきっと、誰かが悪いということじゃないのかもね。どうしようもないことなのかもしれない』

 

 そんなことはない、とはキンジは言えなかった。理子の両親はある日突然帰ってこなかったという。もし理子の両親が今もまた健在なら、理子はイ・ウーなどにいなかったかもしれない。ブラドとかいうやつに監禁されることもなく、もっと楽しい子供時代を過ごすことができたのかもしれない。佳奈多は一体どうなのだろう。以前葉留佳に対し、佳奈多さえまともでいたら、お前は今も親族たちと仲良く暮らすような未来があったかもしれないのだぞと言ったことがある。結果はありえないと吐き捨てられた。言っている意味が全く理解できないとまで言われた。

 

『だから、ね、キンジ。アンタには何があったかも知らないし、聞きだすつもりもないわ。けどね、元気出して。あれ、あたし、何言ってるのかしら。ごめんなさい。それじゃ、もう寝ましょうか』

『待ってくれ』

 

 さっきは自分から会話を打ち切ろうとしていたのに、キンジはいつしかアリアを引き留めていた。

 カナのことは気にしないほうがいい。頭ではわかっていても、こればかりはどうしようもなかった。

 そして相談するつもりもない。こればかりは自分で何とかすると決めている。他の誰にもやらせてたまるものか。

 

『今はまだ話せないけど……いつか、俺の話を聞いてくれるか。三枝にとっての二木のように、俺にとってのすべてだと胸を張って言えた人のことを、いつか聞いてくれるか』

『うん……待ってるわ』

『じゃあ……おやすみ、アリア』

『おやすみなさい、キンジ』

 

 どうしてこんなことを言ったのだろう。キンジは分からずに携帯電話を見つめたままだった。

 幼馴染で、少しは事情を知っている白雪にも決して相談すらしようと思わなかったのに。

 三枝葉留佳の気持ちを近くで聞いてしまったからだろうか。

 

 ―――――――かなたお姉ちゃんッ!!

 

 どれだけ冷たく扱われても、もう愛情なんて微塵も感じなくても、それでもどうしても忘れられない。大好きだという気持ちはどうしても変わらない。そんな気持ちを、慟哭を聞いてしまったからだろうか。今まで自分は武偵をやめると言ってきた。それは自分で決めたことと言いつつも、必死に目をそらしてきた結果なのかもしれない。結局のところ、真実は分からない。けど三枝葉留佳によって突き付けられたことはある。

 

(……結局は俺も同じなんだ)

 

 カナのことを自分がどう思っているか。

 それはもう、考えるまでもないことだった。これの答えはとっくの昔に出ていたのだ。

 

 




実は牧瀬さんが『機関』のメンバーだと明言したのは、今回が初めてだったりします。
とっくに皆さんも気づいていたことだと思いますが、一体どの段階で気づかれましたか?

こいつ、出てくるたびに何かしらやらかしているような気がします。
最初完全なるシリアス要因として考えたのに、どうしてこうなってしまったんでしょうね。負荷領域のデジャブ見ながら考えたのがマズかったのか。

あと好きなんですよ、ギミパぺ。
あのとち狂ったデザインが大好きです。

東京武偵高校に現在いる『機関』のメンバーは三人です。
さて、残りの一人は誰でしょう?
どの作品かは言えませんが、原作キャラだとは言っておきます。佳奈多ではありませんよー!

あと佳奈多の背後関係が(葉留佳の知らないところで)だんだん明らかになってきました。『魔の正三角形』のバックについている組織は、

姉御:イギリス清教
モミジ:機関
佳奈多:???

となっていますが、一体何なのかもう想像がついてきたと思います。


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Mission99 超能力の副産物

ストロング柚子さんマジストロング。
なんで無傷なの?


 遠山キンジ。神崎・H・アリア。そしてメイドの奥菜(おきな)恵梨(えり)

 この三人が紅鳴館で働く最終日こそ、理子の母親の形の十字架を取り戻す作戦の決行日であった。

 なぜこの日なのかというと、なんてことはない。根っからの研究者であった小夜鳴と会話で研究所から遠ざけようとしたときに、話題にするなら最後の記念にいう口実が一番もっともらしいからであった。作戦決行は三人が館を去る一時間前、すなわち午後五時を予定している。

 

「では、遠山さんは帰りの荷物の準備をしていてくださいね。私は責任者として、小夜鳴先生と最後の挨拶をしておきますので」

「はい、わかりました」

 

 奥菜恵梨さんは来ヶ谷の委員会の人間だ。詳しい事情を知っているのかは分からないが、少なくとも時間稼ぎには協力してくれることになっている。アリアは今、庭で改良種のバラ『アリア』の話を記念に聞きたいとおびき出していて、奥菜恵梨はアリアの話が打ち切られても何とか時間を稼ぐために隠れてアリアの様子をうかがっている。もともとキンジら三人が来なければ小夜鳴以外誰もいなかった屋敷だ。今屋敷の中にいるのはキンジだけのはずだが、キンジは作戦開始の場所となっている遊戯室の扉を開けると同時にもう一人の人影を確認した。

 

「ヤッホー」

「……便利なもんだな、お前の超能力」

 

 三枝葉留佳。『空間転移(テレポート)』という、物理的な壁を一切無視して点と点を一瞬で移動できる超能力者。彼女はこの超能力によって、カメラや鍵などのセキュリティに一切ひっかかずにここまでやってきた。それはキンジたちによる監視カメラの場所の把握や部屋の間取りの調査があってのことには違いないのだが、それを差し引いても葉留佳の超能力は汎用性に優れている。

 

「それじゃ、さっさと行こうか」

「ああ」

 

 葉留佳は紅鳴館の見取り図を図面上では見てはいるものの、実際の様子などは全く見ていない。図面を頼りに外からいきなり集合地点となっているこの部屋へと転移してきたのだ。したがって、道案内は当然キンジが務めることとなる。

 

「ここだ」

 

 潜入期間中に、キンジがコツコツと掘っておいたトンネルをもとに、二人は地下金庫へと忍び込む。この作戦において大前提となっているのは、とにかく目的のもとを入手するために時間はかけてはいられないということである。葉留佳の空間転移の超能力ならば、扉にどれだけ強固な鍵がかかっていたとしても地下金庫の中に入ることはできるだろう。でも彼女がそのまま地下金庫へと転移するわけにはいかない。そんなことをしたら、すぐに探知の罠に引っかかってしまって作戦が台無しだ。ゆえに、理子が考えた作戦は『鬼畜モグラ(グラン・モール)』。そもそも地下金庫の扉を開けることを回避し、もっと短時間でお宝を盗み出せる大胆な方法だ。まず、地上階から金庫の天井までモグラのように穴を掘って到達して、そしてその天井からお宝を頂戴する。そしてそのまま葉留佳の空間転移で地上階まで問答無用で転移(バウンス)する。どこにアラームがあるかわかっている地上階なら、葉留佳の多少転移場所がずれたとしてもセキュリティに引っかかることはない。やるだけやったらさっさと対戦する。ゆえに鬼畜モグラ。この方法なら、アリアの前持った調査で判明している威圧床を踏むこともない。

 

(……さすが、リュパンの曾孫ってところだよな)

 

 キンジにはこの作戦が合理性を追求した結果のようにも思える。現在の地下金庫の状況、そして自分やアリア、そして葉留佳の超能力といった持てる手札をすべて有効に切っているとキンジは感心してしまった。

 

 でも、問題はここからだ。

 

 薄暗い金庫の中では目的の十字架は陳列棚の上に無防備に置かれているように見える。だが赤外線ゴーグルを使ってみれば、十字架の周囲には縦、横、斜めに複雑に入り組んだ警戒網が張られているのだ。この光の網が一瞬でも途切れようものなら、アラームが鳴り響いて一巻の終わりだ。釣り糸を引っ張り上げてようとしても赤外線の網に引っ掛かる。作戦ではこれを担当するのは葉留佳ということになっているが、キンジがどうするのかと聞く前にキンジと葉留佳の二人がつけているインカムから声が届いた。

 

『葉留佳君、いけるな?』

 

 状況の質問というよりは、確認の内容であった。来ヶ谷唯湖はリアルタイムの情報を扱う放送委員会を自前で持っている。彼女の立場上、作戦全体を見渡して場合によっては計画を変更することも考慮に入れなければならないのだが、口調から判断して彼女には葉留佳が無理という返事をするとは全く思っていないように思える。事実、葉留佳は当然だとすぐ返した。

 

「私が今から言う針金をどんどん私に渡して」

「ああ、分かった」

「B15を二つ連続、c19、c5」

 

 キンジが取り出すよりも先に、葉留佳は自分のベストのポーチから形の異なる針金を二三個取り出してつなげていた。それからはキンジに次の針金の準備をさせて、それを受け取って作業を進めていく。

 

「E12、C7、A16、D6」

 

 葉留佳が手にしている針金は数センチずつではあるが確実に近づいて行く。

 

(……す、すげえ。こいつ、こんな特技があったのか)

 

 葉留佳はノータイムで複雑な三次元の赤外線をどう通り抜けるかを立体的に把握し、それに合う針金を選択しているのだ。それには全体の完成形の把握と、それに至るまでの空間把握が必要になってくる。ヒステリアモードの状態ならまだしも、今のキンジにそんなことはできない。葉留佳の意外な特技にキンジは驚いていたが、よくよく考えてみたらこれはそんなに不思議なことではなかったりする。

 

 魔術師と違い、身体が体質からして魔術を使うのに馴染んでいるタイプの超能力者(ステルス)には超能力の副産物としての体質を手にしていることがある。例えば星伽白雪。炎の魔術を受け継いできた星伽神社の巫女は、炎の魔術を使うのに適した熱に強い体質を手に入れている。鉄をも溶かしかねない炎を扱うのに、使う本人が熱でやられていたら話にならない。そのことを考えると、格別おかしなことではないはずだ。じゃあ、三枝葉留佳の場合はどうなのか。葉留佳は曲がりなりにもテレポートと呼ばれる超能力を利用した高速戦闘能力者集団たる三枝一族の出身の人間だ。もちろん、高速戦闘になっても身体がついてくるようになっているのだろうが、彼女の場合はちょっと特別だ。葉留佳の超能力はテレポートはテレポートでも、高速移動ではなく空間転移。空間を点と点で結び、一瞬で転移させるもの。ゆえに、葉留佳が得ているのは、周囲の空間把握能力。どこに何があるかだけではなく、三次元の立体的な形の把握なんてお手の物だったりする。

 

(第一、この手のことを姉御に散々やらされたんだ!今更失敗なんかするもんかっ!)

 

 実を言うと、一年前はそんなに空間把握能力が優れていたわけではない。超能力を手にしたばかりのころ、すなわちまだ超能力をとてもじゃないが実戦でなんか使えるようなものではなかった頃、来ヶ谷が葉留佳の超能力の特訓場所として選んだ遊園地『ハートランド』でひたすら特訓した。最初はUFOキャッチャーからスタートして、いつの間にか暴力団のアジトに忍び込むことにまでなっていたりした。

 

「C7、A16、A13、D5」

 

 葉留佳が作り出す、複雑に曲がりくねりながら伸びた針金の先端がもうちょっとで理子の青い十字架に届く。キンジのインカムに着けられた小型のデジタルカメラから送られてくる映像を来ヶ谷唯湖の個室たる第三放送室のモニターで見ていた理子は、葉留佳とキンジの方は何も問題がないことを確信していた。だが、問題はもう一方の方。アリアから緊急の暗号が来たのだ。小夜鳴がもうじき研究室に戻ろうとしている。これはアリアがしくじったのではなく、雨が降ってきてしまったのだ。

 

(……運がないわね)

 

 こればっかりは仕方がない。アリアは自分たちの運のなさに内心舌打ちにながら何とか時間を稼ごうとして入るものの、

 

『さ、小夜鳴先生』

『なんです?』

『あ、いえ、なんでもないですけど。えっと』

『……はい?』

『いい天気ですね!』

『え?雨が降ってきましたけど……。でも、こうしてはいられませんね。いくら武偵と言っても、女性が雨に長時間あたっているわけにはいきません。ほら、残念ですが今回はこれで戻りましょう』

『え、あ、ちょ、ちょっとまってくだ』

 

 どうやら全くあてにはなりそうにない。かと言って、どうしたものかと理子が慌てふためくこともなかった。アリアの時間稼ぎが限界が来ても、次には恵梨が控えている。アリアが時間稼ぎの最終防衛ラインというわけではないのだ。恵梨は立場的には来ヶ谷唯湖の仲間であり、すなわちキンジたちの協力者である。だが、あくまで小夜鳴にとってはメイドと執事の研究に来たキンジとアリアを監督する派遣会社の女性という認識なのだ。潜入期間も、恵梨は仲間であるアリアとキンジを前に態度を一切崩さなかった。ゆえに、小夜鳴も武偵高校の生徒ではない恵梨を相手にはそう馴れ馴れしくはできないだろうし、アリアとは別視点の話から時間を稼げるだろう。また学校で、などという一言で会話が終わることもないのだ。

 

「おいエリザベス」

「ん?」

「お前、何もしないのか」

 

 今回の作戦に置いて、キンジと葉留佳の侵入組、アリアと恵梨の足止め組のどちらにも属さない理子と来ヶ谷の二人は現場にいる必要がない。どんな状況になろうがどっしりと不動の構えをしていればいいのだが、来ヶ谷は何もする気がないようであった。予定が変わってきているから葉留佳に急がせることも、状況を伝えることもない。

 

「だって葉留佳君は慌てると失敗しやすい人だからな。このまま黙っている方が成功率が高い」

 

 もとより、本当に限界がきて空間転移による強制離脱を指示する場合を除いて、これ以上はこちらから連絡を入れるつもりは彼女にはなかった。先ほどは確認こそ取ったものの、こうしろなどと指示は出さなかった。それは来ヶ谷が葉留佳ならできると信じているということでもあり、たった一年間とはいえずっと一緒にいた二人の信頼の証でもあった。

 

「そもそも、もしも謝ることがこちらにあるとしたら、君の十字架を取り戻せないことじゃない。この段階となると、泥棒としての君の実力を発揮できる機会が全くないことだ」

「それは別にどうでもいい。私が手を下さなくても、勝手にあたしの大切な宝物を持ってきてくれるというのならそれはそれで本望だ」

 

 実際、理子の泥棒としての能力は高い。理子自身が単身忍び込むことも考えたときは、厳重だったこともありそれだと失敗しそうだとは思ったものの、絶対無理だとは思わなかった。より確実な手段に出るためには、葉留佳の超能力テレポートが魅力的すぎたのだ。最初は理子がワイヤーを潜り抜けるための指示を出す予定だったのだが、そんなことをするまでもなく葉留佳一人で何とかなった。

 

「それより例の約束(・・・・)は守ってくれるんだろうな?」

 

 葉留佳の超能力について一番詳しいのは現状では来ヶ谷だ。今回の作戦においても、葉留佳と来ヶ谷は割と好き勝手にやらせてもらっている。ちゃんとした事前調査と案内さえあれば何の問題もないとまで最初に言い切っていたぐらいだ。何を根拠にそんなことを言うのだとか子供じみたことを言うつもりは理子にはない。二人の実力ならアメリカでの一件のこともあり信頼できる。それに、葉留佳もインカムの向こうの相手が理子よりも来ヶ谷の方が安心するだろう。ただ、成果と引き換えに好き勝手やらせてやる代わりと言っては何だが理子が来ヶ谷と葉留佳の二人に出していた条件がある。……まあ、二人にとって、取引とかいうほどのものではないのだが。

 

「そのことについては私ははっきり言って無関係だし、当事者である葉留佳君なら了承したぞ。だから私たちは君の言う通りにはするが……ホントにそれ、うまくいくのか」

「どういう意味だ?まさかあたしが負けるとでも?」

「いやそういうことじゃない。君のいう計画の大前提となっているのは遠山少年がアリア君のことを異性として意識していることなんだが……そうなのか?」

「それこそ何の心配もない」

「そうだったのか。……お、そろそろ恵梨君が小夜鳴教諭と接触する頃だな。頼んだぞ恵梨君」

 

 

          ●

 

(……ホント、ついてないわねッ!)

 

 アリアは正直焦っていた。急に雨が降ってきたことによる運のなさはこの際あきらめるとしよう。

 雨の中立ち止まらせるような口実なんて思いつかない。

 ここは素直に仲間であるメイドの恵梨さんにすべてを託し、彼女と何気ない会話を挟むことで小夜鳴先生が研究室へと戻るための時間稼ぎに徹しようと思っていたのだが、

 

(ちょっと。恵梨さんどこにいったのよーッ!!)

 

 非常にまずいことに、アリアは恵梨と合流できないでいたのだ。

 

「神崎さん」

「あ、はいッ!なんでしょうか先生!」

「雨にそこまで濡れませんでしたか」

「だ、大丈夫です!」

「そうですか。ならよかった。僕みたいな非常勤の講師ならともかく、神崎さんのような現場で働く武偵にとってはちょっとの風邪でも影響が大きいでしょうからね。なんなら仕事が終わったら、お風呂に入ってから帰られますか?まだメイド服のままのようですし、着替えついでに入って行ってもいいですよ」

「そ、それこそ遠慮しておきます。雨にあたったのはあたしだけですし、それじゃキンジや恵梨さんを待たせてしまって申し訳ないです。先生こそ大丈夫でしたか?なんならあたしが今からお風呂の用意をさせますが」

「こちらこそ大丈夫です。それじゃ、戻りましょうか」

 

 玄関に入ると、幸いにも先生の方から心配そうに体の様子を聞いてくれたけど、その会話も終わってしまった。 そんな時、ガタガタという何かが転げ落ちてくるような音と、ギャーという悲鳴が聞こえた。その悲鳴を聞いて真っ先に顔色が変わったのはアリアだ。

 

(まさか。まさか恵梨さんの身に何かあったの?あたしたちが気づかなかっただけど、先生のほかに誰かいる?まさか、ブラドってやつが戻ってきたんじゃ……)

 

 ブラドがどういう存在か、今一つ分かっていないところが多い。この紅鳴館の主である小夜鳴先生と面識があるのだから少なくとも表向きは友好的な人間を装っていたりするのだろうが、最初に小夜鳴先生に仕事の説明を受けたとき、実のところあまり知らないのだという返答が返ってきていた。

 

「何かあったのかもしれません。見に行きましょう」

「はい!」

 

 泥棒が侵入してきて鉢合わせになった可能性がある、と小夜鳴先生に避難を促す必要があったのかもしれないが、深く考えるよりは行動に移すタイプであるアリアは、小夜鳴を連れて悲鳴の場所まで行くことにした。強襲科(アサルト)のSランクであるアリアにとって本当に不審者がいても小夜鳴くらいなら充分守り切れるという自信もあったし、何よりも本当にブラドが帰ってきていたのなら、友人であるらしい小夜鳴先生にいったんやり過ごしてから、パートナーであるキンジとともに戦った方がいい。さあ、何が出てくるかと緊迫感を感じながら現場にたどり着いたアリアが見たものは、

 

「え、恵梨さんッ!」

 

 二階へと続く階段のそばで、地面に倒れている奥菜恵梨の姿があったのだ。手に持っていたであろう、バスタオルも彼女のすぐそばに散らかっている。アリアはすぐに彼女へと駆け寄り、様子を確かめた。

 

「いったい何があったの!?誰にやられたの!?」

「雨が……雨が降ってきたから、アリア様と小夜鳴様にバスタオルを持って行ってあげようを思っていたのですよ。そしたら……」

「そしたら!?」

「階段から転げ落ちました」

「…………」

「やはり、急いでいたからといって三段飛ばしなんかに挑戦したのが間違いだったのですよ。クッ」

「クッ!じゃないわよ!!」

「グエッ!?」

 

 あまりにも情けない負傷理由に、拍子抜けしてし合ったアリアは感情の赴くままに恵梨の頭部にチョップを叩きこんだ。グシャ!という嫌な音が響いた気がしてやりすぎたかと思ったものの、目を回して倒れたままの恵梨の大きなオパーイを見ているとなんだか苛立ってきて別にいいかと思い始めた。

 

「さ、小夜鳴様。このような失態を見せてしまって、申し訳ありません。とりあえずこのバスタオルは死守しましたので、どうぞお使いください」

「お、奥菜さん。あなたこそ大丈夫なのですか。どこか身体を打ってしまったのではないですか。見たところ捻挫とかはしてはいなさそうですけど……。なんだったら、ちょっと休んでいきますか?」

「大丈夫です、と言いたいところなのですが……たった今、頭を強打してしまいまして、ちょっとくらくらします……うう」

 

 弱弱しい口調でそうつぶやいたかと思えば、恵梨はそのままメイドにあってはならないような白目をむき、意識が飛んだ。小夜鳴が何度か呼び止めるも、恵梨は白目のまま一向に返事をしない。うう、とうめくような反応ぐらいである。どうみても、恵梨にとどめを刺したのはアリアのチョップである。

 

「神崎さん。いきなり人の頭を叩くのはどうかと思いますよ。武偵なんですから、どんな時でも心を落ち着かせましょう。それに奥菜さんは神崎さんの教育のためにいらした方なんですから、そんなことをするべきではないですよ」

「はい、すいません先生」

「このままでも仕方ないので、まずは恵梨さんを運びましょうか。正直僕は非力でして、神崎さんにお願いしてもいいでしょうか」

「分かりました」

 

 アリアは自分の一回りほどは大きな体格を持つ恵梨を抱えると、そのままゆったりと彼女を運び込んでいく。

 

「ほら、しっかりしなさい」

「ひー、ふー、みー?」

「ダメそうねこりゃ」

 

 使えるべき主の手を煩わせてしまうというメイドとしてあるまじき醜態をさらしてしまった恵梨であった。だが彼女の救護をするために時間をくってしまったため、小夜鳴が研究室に戻ることにはもう葉留佳もキンジも自分の仕事を終えて足跡一つ残さず撤収していた。葉留佳に至っては、超能力を使ってこの紅鳴館からすでに完全に離れたようである。はたして恵梨は、役に立ったと言えるのだろうか。

 

「ほえー?」

 

 主人の役に立つ。それがメイドの本質だというのなら、このメイドは一体誰にとってのメイドと言えるのだろうか。




本編の外伝である「ScarletBusters!~Refrain~」の連載を始めました。
よろしかったら、そちらの方も見て見てくださいね!


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Mission100 遺伝子の価値

とうとう地下施設の方が安全という事態に。
権ちゃん、沢渡さん、黒咲さんと、墓地肥やしは完璧ですもんね!

あ、とうとう100話まできました!
だから何だという感じでもありますが、ちょっとうれしかったりします。






 横浜駅に程近い横浜ランドマークタワー。

 その場所が理子との十字架の受け渡し場所ということになっていた。

 いくら美術館におかれるような知名度のあるものを渡すのではないものの、あくまで盗品の受け渡しということもあり理子は人目につかない場所を選んだのかもしれないとキンジは考えていた。

 

 今、ランドマークタワーの屋上には湿った海風が強く吹いている。

 周りにはフェンスないから落ちたら死ぬなーなんてことを考えていると、キンジは葉留佳を見つけた。キンジとアリア二人は、メイドの恵梨さんに案内される形で紅鳴館からタクシーに乗ってやってきていたが、まだ理子の姿を見つけることができないでいた。

 

「理子は?」

「まだ見てないけどもうじきくるんじゃない?」

「ちょっとしてアンタ一人?」

「うん」

 

 今この場に来ているのは葉留佳と奥菜恵梨、そしてアリアとキンジの四人だけだ。てっきり葉留佳は紅鳴館から去ったあと、てっきり葉留佳は来ヶ谷や理子と合流しているものだとばかり考えていたが、どうやら違ったようである。ゆえに、アリアがこの場にいると思っていた人間がいない。

 

「リズは?」

 

 メイドの恵梨さんは、来ヶ谷唯湖からの紹介だった。その彼女が今この場にいるとはいえ、後は勝手にしろとばかりに最後まで見届けずにいるとはアリアは思えなかったのだ。昔と相当性格が違ってきているとはいえ、気に入った人間に対しては割かし面倒見がいいのは変わっていないと思っていただけあって、来ヶ谷が今この場に来ていないのは正直昔からの馴染みとしては意外であった。

 

「ああ、姉御は来ないよ。姉御のことだから近くまでは来ているのかもしれないけど、この場には姿を見せないと思う。というか、板挟みになりたくなって気が変わったら嫌だから行かないって言っていた。アリアちゃん、姉御とは昔からの知り合いらしいね。けど悪いけど、姉御は今回は私の味方なんだ」

「板挟み?」

 

 一体何のことかと危機出す前に、今回の一件の重要人物の間の抜けた声が屋上に響いた。

 

「キーくぅーん!」

 

 蜂蜜色の髪を風になびかせながら例の改造制服を着た理子が二人に駆け寄ってくる。

 

「やっぱりキーくんのチームは最高だよ!理子にできないことを平然ととやってのける!そこにしびれるあこがれるぅ!」

「葉留佳。持ってる十字架さっさとあげちゃて。なんかソイツが上機嫌だとムカつくわ」

「おーおーアリアンや。チームメイトとられてジュラシーですね?わかります」

「いいから離れろ。三枝もさっさと渡してやれ」

 

 葉留佳が取り出した青い十字架を見た理子は声にならない喜びの声をあげたかと思うと、首につけていた細いチェーンに手品のような素早さで繋いでしまう。

 

「乙!乙!らん・らん・る―!」

 

 理子は跳び跳ねたり、両手をしゃかしゃかふりまわすわの最高のハイテンションぶりであった。それも理解できないことではない。母親の形見だというのなら、喜ぶのだって理解はできる。だが、生憎とキンジだって待ってはいられない。キンジだって一秒でも早く話を聞きたいということには変わらないのだ。 

 

「理子。喜ぶのはそのくらいにして、約束はちゃんと守るのよ」

 

 一人だけ目的が一早く達成され、幸せで満たされたような理子に対し、怒りモードのアリアが腕組みしてこめかみをぴくぴくさせながら釘を刺す。

 

「そうだね。それじゃ葉留佳――――――――頼んだよ」

 

 理子の言葉を受けて、葉留佳は超能力(テレポート)により一瞬でキンジの隣へと移動する。

 そして葉留佳はキンジの肩をつかんだ。葉留佳を呼ぶ理子の声は、武偵高校の人気者の明るいものではなかった。裏の、冷たい理子の声色であった。

 

「おい。何をするつもりだ」 

「……」

 

 キンジの質問には答えず、葉留佳が行動を始めた。もう一度超能力と使い、キンジを強制転移させたのだ。

 葉留佳が飛ばしたキンジの転移先はそう遠いものではない。距離だけならせいぜい三メートル程度のものだろう。ちょっとした問題を挙げるのなら、キンジの着地点にちょうどアリアがいるということぐらいか。

 

「え?ちょ、ちょっとキンジ!?」

「うわー。これまたすごい角度で落ちたものだなぁ――――。あたしとしては好都合だけどさ」

 

 当然のようにアリアを押し倒すような形になったキンジだが、ラブコメロマンの欠片もない落ち方をした。キンジの顔面はアリアのスカートに接触していたのだ。はた目から見たら、変態が小学生を無理やり押し倒してスカートから頭を突っ込んで楽しんでいるようにすら思えてくるような光景であった。当然のように、キンジは切り替わることとなる。

 

(……やれやれ。これまた一瞬でなってしまったよ)

 

 ヒステリアモード。

 葉留佳の超能力(テレポート)のようなオカルトじみたものとは違い、科学で立証されている遺伝性の獲得体質としてキンジの持つ能力。その発動条件は、キンジ自身が性的に興奮すること。

 

 

「キ、キキキキキンジッ!?な、なな、ななな何やってんのよいきなり離れなさい!?」

「ごめんねぇーキーくぅーん、アリア。理子、悪い子なのぉ。この十字架さえもどってくれば理子的にはもう欲しいカードは揃っちゃったんだぁ」

 

 怒鳴りつけるアリアに、理子はいつものよなオフザケ一つ返さない。

 たたん、たんっと、屋上のほとんど縁ともいえる場所を回り込むように、華麗な側転を切った。

 そしてキンジたちの退路を塞ぐようにして階下へと続く扉を背に立った。

 

「悪い子だ。約束は全部ウソだった、って事だね。だけど……俺は理子を許すよ。女性のウソは罪にならないものだからね」

 

 相変わらず、ヒステリアモードの時は背筋かかゆくなるセリフを平然と言っていることにキンジは自己嫌悪に陥ることになった。

 

「とはいえ俺のご主人様は理子を許してくれないんじゃないのかな?」

 

 怒りモードのアリアはショックで石化している。

 キンジはパチンと指をならすとアリアははっとして犬歯をむいた。

 その対象は理子だけではない。葉留佳に対してもだ。

 

「葉留佳!アンタ一体何のつもりなの!」

 

 そもそも葉留佳がキンジを強制的に転移なんてさせなければ、アリアがこうした痴漢被害にあうこともなかったのだ。ゆえに、葉留佳は理子に協力しているということになる。

 

「簡単な話さ。単純に利害が一致した。ほら、分かりやすいだろ?」

「どういう意味よ」

「そもそもあたしは、お前たち二人だけなら約束なんて守る気は全くなかった。ママの十字架を取り戻したら、あたしはあたしの目的を果たすだけのつもりだったんだ。最初はそれでもよかったんだが、どうしても安全圏を確保するためには葉留佳は欲しかった」

 

 理子の言う目的とは一体なんなのか、アリアには分からない。

 ただ一つ言えるのは、そもそもの前提条件となっているのは形見の十字架を取り戻すことだということ。

 そのためには葉留佳の持つ超能力は多少のリスクなんて帳消しにできるほど魅力的だったのだろう。

 なにせ、空間と空間を物理的な壁を一切無視して移動できるのだ。

 泥棒をやるなら味方にしておきたいと思うのは必然と言えるほどの能力だ。

 

「じゃあ、いっそのこと葉留佳とも取引して味方にすることにしただけだ」

「何、取引なんて言い方するほど大層なものじゃないよ。理子りんの一存で決められるものに対するちょっとした賄賂みたいなものなだけだ」

 

 取引というと何かと大げさに思えてくるが、その実わざわざ何か用意するほどのことでも、手間のかかることでもない。

 

「順番をどうするか。ただそれだけのことだ」

「順番?」

「そう。私、アリア。そしてそこの遠山君。一体誰の問題から解決するか。まだ決まっていないでしょう?」

 

 もし、一対一の取引だったらこんな問題はおきやしない。

 アリアもキンジも、そして葉留佳も理子に協力しているのはそれぞれの目的のためだ。

 決して理子の境遇の同情したから心からの協力を約束したわけではない。

 当然それぞれの立場による利害関係が出てくる。理子の身体は一つしかないのだ。どれもこれも同時にはできない。今回の作戦において正直なんの得も損もしないのは、来ヶ谷唯湖と奥菜恵梨の二人ぐらいのものだったのだ。

 

「だから、理子りんのちょっとしたお願いを聞く代わりに、私が一番最初に情報をもらう。それだけのことだよ」

「ちょっと葉留佳!それは私たちで決めることよ!」

「確かにそれが道理なんだろうね」

 

 葉留佳にとってはいち早く理子から佳奈多について知っていることを聞き出したいのは確かだ。

 アリアもキンジも、素直に話せば順番を譲ってくれるかもしれない。

 アリアの母親が置かれている境遇は聞いている。

 それだって、解決するために一番手っ取り早いことが佳奈多をイ・ウーから取り戻すことだと考えればアリアにとってもそう悪い話ではないのだ。ただそれは理子が素直に言うことを聞いてくれる場合の話。

 

「でも自分の目的のために裏切るつもりの奴相手なら、その目的を全部終わらせてすっきりさせてから後の時間を全部もらう。ねぇ理子りん。確認するけど、理子りんの目的は今この瞬間に達成されるんでしょ?」

「ああ、もちろん。すべて終わったら、あの時はああだったのだとか、起こった出来事すべてのつじつま合わせに付き合ってあげるさ。納得できるまでずっとお前と向き合ってやる」

「理子!アンタの目的って一体何なのよ!」

 

 葉留佳はおそらくすでに理子の目的というものを知っているのだろう。

 それが時間のかからないものだと分かっているからこそ、理子の提案を呑んだ。

 

「決まっているだろう?お前だってもうわかっているんじゃないか?」

 

 葉留佳がやったのはキンジをヒステリアモードへと切り替えること。

 そんなことをさせた目的は、

 

「簡単さ。あの時の続きをやろう」

 

 勿論、アリアを倒すこと。

 もともとハイジャックの際に『武偵殺し』の正体が理子であると知った時に聞いていたことだ。

 自分はオルメス4世を倒して、初代リュパンを越えたことを証明する。

 

「ま、まあ……こうなるかもって、ちょっとそんなカンはしてたけどね!念のため防弾制服を着ておいて正解だったわ。キンジ、闘るわよ。合わせなさい」

「仰せのままに」

「くふふっ。そう。それでいいんだよアリア。理子のシナリオにムダはないの。アリア達を使って十字架を取り戻して2人を倒す。葉留佳、お前たち二人はそこで見てろ。あたしがオルメスを倒す瞬間を、証人として見届けろ」

 

 葉留佳と恵梨の二人は邪魔にならないようにと、数歩後ろに下がっただけだった。

 

「アンタたちはどうするの?別に理子に加勢したいならしても構わないわよ」

「私たち二人がリズべスから受けている命は、この戦いを見届けることです。どちらかに加勢することはありません。勝負がついたら止めろとは言われてますけどね」

「そうかよ」

「そういうこと。それじゃ先に抜いてあげるよオルメス。ここは武偵高(シマ)の外、その方がやりやすいでしょ?第一お前は、エリザベスみたいな奴と違って交渉なんてものにそもそも向いてない。こっちのほうがお似合いだよ」

 

 理子はスカートからワルサーをP99を2丁取り出して、アリアも小さな手には不釣り合いの漆黒と白銀のガバメントを抜いた。

 

「へえ、気が利くじゃない。これで正当防衛になるわ。こっちも変にいいがかりでもつけられたらたまったもんじゃないしね。でも理子。風穴を開ける前に一つだけ聞かせなさい。なんでそんなモノが欲しかったの?なんとなくわかるけど……ママの形見ってだけの理由じゃないわよね?」

「―――――――――アリア。お前は『繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)』って呼ばれたことある?」

繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)……?」

「腐った肉と泥水しか与えられないで、狭い檻の中で暮らしたことあるかって聞いてるの。ほら、よく犬の悪質ブリーダーが、人気の犬種を増やしたいからって―――檻に押し込めて虐待してるって話があるじゃん?それの人間版。想像してみなよ」

 

 理子は笑っていた。でも、異様な雰囲気が漂っていた。

 理子はアリアに語り掛けているようだが、実際は違うように見える。

 

「何よ……一体なんの話よ。アンタは何が言いたいの?」

「要するに、教育と称して泥のついた靴で頭を踏みつけられたり、飢えをしのぐために食べたくもない新聞紙の紙を自分から口にしてみたり、泥水に顔を押さえつけられたまま謝罪の言葉を述べさせられたことがあるかって話だよ」

 

 理子が言っているのは過去のことなのだろう。それは分かるのに、何を言っているのかアリアはまるで理解できなかった。なのに、葉留佳はなんてことのないようにその内容を口にする。

 

「葉留佳?アンタ一体何を言って?」

「謝罪を神様が聞いてくれたら泥水がお酒に代わるんだって。だから何度でも聞いてくる。お酒になったか?お酒になったか?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!そう何度口にしても殴られ続けたような経験があるかってことだよ。生まれてきてごめんなさいと、何度も何度も口にしなければならないことがあったかって言うことだよ。私はある。だから理子りんの怒りが理解できる。私たちは、道具なんかじゃないんだ。生まれてきたことがそもそもの罪なんてこと言われる筋合いなんてどこにもない」

「そうだ。その通りだよ葉留佳」

 

 理子は葉留佳を肯定し、突如悪魔のような表情になった。

 キンジも、そしてアリアも背筋に寒いモノを感じて息を飲み込んでしまった。

 

「ふざけんなよ!あたしはただの遺伝子かよ!数字の『4』かよ!あたしにはお母さまがつけてくれた理子っていうとっても素敵な名前がある!そうだ。あたしは理子だ!峰・理子・リュパン4世だッ!!『5世』を生むための機械なんかじゃない!」

 

 理子は途中から叫んでいた。ただし、ここにいるッ誰かに向かってではない。

 意味なんてまるでつながっていなかったし、会話だって成立していない。

 だからこそ、今の理子は言葉は彼女の感情のままに放たれていることだけは分かった。

 理子の気迫にこたえるように、海の方から雷が鳴り、アリアがビクンとすくむ。

 アリアもキンジも、理子が何を言いたいのか実感としての理解できず、ただ一人葉留佳だけは理子のことを悲しそうに見ていた。同情なんかではないのだろうが、何かしら思うところがあるのだろう。海風にはほんの一瞬だが、理子のバニラのような妖しい香りが混ざってキンジたちに届くが、それすらも不気味に思えてくる。。

 

「なんでなんなモノがって訊いたよね、アリア。この十字架はただの十字架じゃない。これはお母様が―――――理子が大好きだったお母様が『これはリュパン家の財宝すべてと引き換えにしてもつりあう宝物なのよ』ってくれた一族の家宝。だから理子は檻に閉じ込められたときにも、これだけは絶対に取られないようにずっと口の中に隠し続けてきた。そして――――」

 

 理子のツーサイドアップの髪のテールが、わささっ、とヘビのように動かし始めた。 

 伝説に聞くメデューサのような光景に、キンジは一歩退く。

 

「ある夜、理子は気づいた。この十字架は……いや、この金属は理子にこの力をくれる。それで檻から逃げだせたんだよ。この力で……!」

 

 双剣双銃(カドラ)

 アリアと同じ―――――しかし異なる意味を持つ2つ名の通り、理子は四つの武器を構える。

 

「さあ……決着をつけよう。オルメス。遠山キンジ!お前達はあたしの踏み台になれッ!あたしが自由になるために、人として生きていくための生贄となれッ!!」

 

 心のままに理子がそう叫んだ瞬間。

 バチッッッッ――――――――!!

 小さな雷鳴のような音が上がった。

 理子はその愛らしい顔をいきなりこわばらせた理子はゆっるりではあるが振り返った。

 

「……なん……で、お前が……」

 

 そう呟くことしかできず、理子はそのまま倒れてしまう。彼女が倒れたことにより、背後に立っていた相手が見えてくる。

 

「小夜鳴先生―――――――!?」

 

 そこに立っていたのは大型の猛獣用のスタンガンを持つ、紅鳴館の管理人の姿がそこにはあった。

 一瞬のためらいもなく胸元から拳銃を取り出し、倒れた理子の後頭部を狙う。

 もともと小夜鳴徹には、腕にけがなんてしていなかったかのような動きであった。

 彼の腕には今ギプスもなければ包帯もない。 

 

「おっと。全員動かないでくださいね」

「う……」

 

 小夜鳴徹の持っている銃はクジール・モデル74。

 社会主義時代のルーマニアで生産されていたオートマチック拳銃。

 

(……こいつ、ただの管理人じゃないな)

 

 小夜鳴の後ろから二匹の銀狼が現れる。それはキンジや葉留佳には見覚えがあった。

 二人がバイクで追いかけることになったオオカミをよく似ている。

 

「前には出ない方がいいですよ。今より少しでも私に近づくと襲うように仕込んでありますんで」

「よく飼いならしているな。腕のケガもオオカミと打った芝居だったってわけかよ」

「『魔の正三角形(トライアングル)』の連中が地下迷宮と錬金術師ヘルメスの存在の発覚後、私のことを探っていたものでね。ちょっとした芝居を打つ必要があったんですよ。紅鳴館でのあなたたちの学芸会よりはマシな演技だったと思いますけどね」

 

 笑う小夜鳴の足元で、片方の狼が芸をするようにテキパキと理子の拳銃やナイフをビルの縁まで運んでは眼下へと捨てていった。

 

「……小夜鳴ぃ。牧瀬君はオマエのことが胡散臭くて仕方ないって言ってたけど、まさしくその通りだったな」

「三枝さん。特にあなたは動かないで下さいね。この銃は30年前に造られた粗悪品でしてトリガーが甘いんです。つい、リュパン4世を射殺さてしまったら勿体ないですからねぇ」

「どういうこと?なんであんたがリュパンの名前を知ってるのよ!まさか……まさか、あんたがブラドだったの?」

 

 そう考えるのが自然である。なにせ理子がリュパンの曾孫だと知っているのはごく一部だけだ。理子の青い十字架がしまわれていた地下金庫の防御が事前調査より厳重なものになっていたのもそれで説明がつく。けれど小夜鳴徹は否定した。

 

「いいえ。でも彼は間もなくここに来ます。狼たちもそれを感じて昂ってますよ」

「そう。それにしても、そのブラドから理子のことも聞いて、銃も狼も借りて、そのくせ会ったことがないだなんて半月前はよくも騙してくれたわね」

「騙したワケではないんです。私とブラドは会えない運命にあるんですよ」

「あの時あんた、ブラドはとても遠くにいるなんて言ってたけど……あのあと、コッソリ呼んで立ってわけね。あたしたちを泳がしてたのは一人じゃ勝てないからブラドの帰還を待ってたんでしょ?」

 

 小夜鳴がアリアの返答にこたえる代わりに、ある話を始めた。

 

「三枝さん。ここで君に一つ補講をしましょう。この前の生物のレポートを出さなかった時の補講です」

「補講?」

「遺伝子とは気まぐれなものです。父と母、それぞれの長所が遺伝すれば有能な子、それぞれの短所が遺伝すれば無能な子になります。そして……このリュパン4世は、その遺伝の失敗ケースのサンプルと言えます。ちょうどあなたのたちのように、ね?」

 

 そこまで言うと、小夜鳴は倒れたままの理子の頭を蹴る。

 まるで、ゴミ袋を蹴るような無慈悲さであった。人を人とも思っていない。ただのサンプルケースか何かとしか見ていないのだろう

 

「……なるほど、確かに牧瀬君の言う通りだ。お前みたいのが教師をやっていたなんて笑わせる」

 

 文章には人の思想がにじみ出るものだという。

 きっと牧瀬君は小夜鳴が書いたという論文を読んでみて、小夜鳴の本性を垣間見たのだろう。

 だから全く敬意なんて払っていなかったし、小夜鳴の表の人当たりの言い笑顔を胡散臭いと言って全く信用していなかった。

 

「牧瀬紅葉さんですか。彼は非常に惜しい方と言えます。牧瀬紅莉栖という、かつて天才の名を欲しいままにした科学者の遺伝子を継いでいるため彼も科学者としては一応天才といえる才能を持っています。ですが、彼はあくまでその才能を引き継ぐことしかできませんでした。他の能力はてんでダメ。運動能力は中学生にすら勝てるか分からないレベルであり、挙句の果てに自分のことを『鳳凰院』だとか名乗るような残念な人間になってしまった。これは、いくら母親が優秀でも、どこの馬の骨とも知れぬ父親を持つと台無しになってしまうことの典型例ですね。そして、より悲惨な例がもう一つ。10年前、私はブラドに依頼されてリュパン4世のDNAを調べた事があります」

「お、お前だったのか……ブラドに下らないことを……ふ、吹き込んだのは……」

 

 足元で理子がもがきながら男喋りでうめく。

 

「リュパン家の血を引きながらこの子には」

「い……言、う、な……!お、オルメスたちには……関係……な、い……!」

「優秀な能力が、全く遺伝していなかったのです。遺伝学的にこの子は無能な存在だったんですよ。極めて希なことですが、そういうケースもあり得るのも遺伝です」

 

 言われてた理子は俺達から顔を背けるように地面に額を押し付けた。

 本当に聞かれたくない相手にそのことを聞かれた絶望的な表情だった。

 

「自分の無能さは自分が一番よく知ってるでしょう、4世さん?私はそれを科学的に証明したに過ぎません。あなたには初代リュパンのように一人で何かを盗むことができない。先代、ルパン三世のように精鋭を率いたつもりでも……ほら、この通りです。無能とは悲しいですね。ねえ4世さん」

 

 無能、4世という言葉を繰り返す小夜鳴の足元で理子は涙を溢していた。

 彼女は喉の奥から絞り出すように泣いている。

 ちくしょう、と小さな声が理子の口からこぼれていた。

 

「教育してあげましょう4世さん。人間は遺伝子で決まる。優秀な遺伝子を持たない人間はいくら努力を積んでもすぐ限界を迎えるのです。今のあなたのようにね。ねえ三枝さん。あなたならこのできそこないと同じ境遇の人間として、この事実がよく分かるでしょう?人間の価値は遺伝子で決まる。この現実を一向に認めようとしない小娘に、穀潰しの役立たずとしての経験者として教えてあげたらどうですか」

「……黙れ」

「事実そうでしょう?父親違いの双子の姉妹。半分の異なる遺伝子によって生まれた差は大きなものだった。姉は極東エリア最強の魔女とまで呼ばれるくらいの力を持っていたのに、あなたはそもそも超能力すら使えなかった。優秀な姉と比較され続けて、虐げられ続ける生活はどうでしたか?あなたはいつも、受けづいた遺伝子が逆だったらよかったと思っていたはずですよね」

「黙れッ!!!超能力?こんなものはもともといらなかった。佳奈多がいてくれれば私は幸せだったんだ。それをぶち壊したのは、オマエみたいな連中だッ!!!」

 

 葉留佳の超能力『空間転移(テレポート)』は物理的な壁を無視して空間を一瞬で移動するものだ。

 そもそも狼なんて、人質なんて葉留佳に最初から一切関係ない。

 小夜鳴が理子へと向ける拳銃の引き金を引くより。オオカミが反応して襲い掛かってくるより。

 何をしようが、葉留佳の超能力ならば常に先手を打てる。虚をつける。

 

 一瞬の空間転移で小夜鳴の前に立った葉留佳のそれと両手にはヌンチャクが強く握りしめられていた。

 葉留佳はヌンチャクで小夜鳴の持っている銃を弾き飛ばした。

 一般人に過ぎない小夜鳴に、葉留佳のテレポーターである葉留佳の動きについて行くことはできない。

 すぐに葉留佳は小夜鳴の顔面を叩き割るつもりでヌンチャクを振ったが、それが小夜鳴に命中することはなかった。

 

「!!??」

 

 葉留佳のヌンチャクによる一撃が小夜鳴に当たる前に、葉留佳自身が小夜鳴の目の前から一瞬で移動していたのだ。いや、正確に言うなれば移動させられていた。

 

「……今の、何?ウッ!何?急に目が……」

 

 似たような光景なら前にもあった。

 理子が東京武偵高校に戻ってきて、彼女がイ・ウーのメンバーだと知ったとき、葉留佳は怒りのまま理子の頭蓋骨ごと頭を叩き割ろうとして失敗した。その時は理子が佳奈多の超能力によって飛ばされて空ぶったのだが、今回はまた違う。感覚で分かるのだ。この移動は物理的なものではなく超能力によるものだが、第三者によるものではない。

 

 今のテレポートは、間違いなく葉留佳自身の超能力によるものだ。

 葉留佳の意思とは関係なく、勝手に彼女の超能力が起動してしまったのだ。

 何が起きたのかと考える暇もなく、どういうわけか葉留佳の左目が急に痛み出した。

 

「三枝……オマエ、その目はなんだ?」

「……え?何のこと?」

「まかさかお前……気づいていないのか?」

 

 鏡でもない限り、自分自身の顔は見ることができない。

 だからキンジに指摘されても葉留佳が気が付かなかったのだが、葉留佳の左目に変化があった。

 彼女の左目は―――――緋色に染まっていたのだ。

 それだけではない。葉留佳の左目を中心として、何やら紫色の紋章のようなものが葉留佳の顔の左半分に浮かび始めたのだ。

 

「――――――佳奈多がオマエに仕込んだ『空間転移(テレポート)』だ。いや、仕込んだのはツカサの相棒のあのふざけた科学者か?どちらにせよ、超能力者(チューナー)と呼ばれている連中の技術だ。佳奈多め、やはり『機関』の連中とのつながりがあったか」

 

 葉留佳の疑問に答えるように声が響いた。ただしそれは小夜鳴のものではない。

 キンジたちには聞き覚えはない声であるが、葉留佳には覚えがある声であった。

 

「今のがなければお前をやれたものを、佳奈多は余計なことをしてくれたもんだ。よほどこいつには手を出させたくないと見える」

「どうして……どうしてお前がここにいるんだっ!!アンタは死んだはずだろッ!!」

 

 簡単な話だった。

 瞬間移動超能力者(テレポーター)にならば、空間転移超能力者(テレポーター)である葉留佳に割り込める。

 小夜鳴をかばうようにして葉留佳に立ちふさがったのは、彼女が見たことがある人間だった。

 葉留佳と同じ、三枝一族の親族の一人が目の前に立っていたのだ。

 

 




個人的にいうと、理子のことを一番実感として理解できるのは葉留佳なんじゃないかって思います。アドシアード編が白雪と謙吾で対比する物語だとしたら、この章は葉留佳と理子の対比をイメージしています。二人とも後天的に超能力を手に入れてますしね。


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Mission101 あたしの名前は

「三枝一族の……超能力者(ステルス)?」

 

 アリアたちが理子と再開した夜。佳奈多は自分には殺しそびれた超能力者(ステルス)がいて、その中には三枝一族の者もいると言った。当時のアリアには信じられなかった話だが、葉留佳の様子を見るに目の前に立つ男が三枝一族の者であることは事実なのだろう。

 

「一体、なにがどうなっているの?」

 

 葉留佳にとっては死んだと思っていた人間が生きていた。

 それから急に自分の『空間転移(テレポート)』が勝手に起動して、直後左目が痛み出した。

 佳奈多には三枝一族の人間に殺しそびれた人間が言うるとは聞いていたため、親族の一人が生きていたことに対しての衝撃は大してなかったものの、それでも分からないことが多すぎる。

 

「そんなに気になるなら、今の自分の眼を見てみるといいですよ。ほら」

 

 そう言って小夜鳴は自分のポケットから取り出した折り畳み式の手鏡を葉留佳に対して投げつけてきた。その段階になってようやく、葉留佳自身が自分の左の眼が緋色に染まっていることを認識した。

 

「なに……これ」

 

 鏡を見て分かったことがもう一つある。変化があったのは葉留佳の左目だけではなかったのだ。

 葉留佳がかつて、佳奈多から誕生日プレゼントとしてもらい、それ以来ずっとつけているビー玉のような形をしたピンク色の髪留めまでがうっすらと光を放ち始めていたのだ。葉留佳の持つ髪留めは暗闇でもわかるほど、綺麗な空色の輝きをしめしているのだ。

 

(もしかしてこれ、霊装だったの?いや、まさか。そんなはずはない)

 

 今までこの髪留めに魔術的な効力が秘められているなんて聞かされたことはなかった。でも、ふとあることを思い出す。佳奈多がいなくなって両親と暮らし始めてすぐのころ、ツカサ君の置手紙にはこう書かれていた。

 

『葉留佳。佳奈多を取り戻したいのなら、キミはその超能力を使いこなせるようになれ。そして委員会連合に所属するどこかの委員会に入れ。そうしたら、そのうち佳奈多と会える。あと髪留めはそのまま持ってて。将来役に立つから』

 

 将来役に立つ、とは今のこの現象のことを見越していたのだろうか。なら、ツカサ君は今起きている現象について二年前の時点で気づいていたことになる。私の知らないところで、何か細工をしたのだ。

 

「小夜鳴。お前はこの現象をどう見る?」

「少なくとも、三枝葉留佳の左目が緋色に変化しているのは、先ほど葉平さんがおっしゃったように『機関』のところの超能力者(チューナー)の技術だとみていいでしょうね。あのヘルメスでさえモルモットが集められずに研究をやめた超能力者(チューナー)にはまだまだ未知数なことが多い。どんな術式を組んだのかはわかりませんが、おそらくはあなたの瞬間移動(テレポート)に呼応して起動するようにしていたのでしょうね」

 

 小夜鳴がそう自分の意見を述べた瞬間、葉平と呼ばれた男の姿が消えた。

 うっすらと姿が透明化したのではなく、全員が彼が動いたことを認識できなかったのだ。

 それが高速戦闘能力者集団として恐れられた三枝一族の持つ超能力。瞬間移動(テレポート)

 予備動作もなにもなく、音速の高速移動を可能にする人間だ。

 そして、身体がそれについていくことができる化け物。

 

「!!」

 

 葉平は一秒にも満たない間に葉留佳の顔面を側面から殴り飛ばそうと迫っていた。

 彼のテレポートは葉留佳のように空間を点で結ぶタイプではなったため、葉留佳のように物理的な壁を無視することはできない。だが、音速の速度のまま攻撃を続行することができる。いくら葉留佳が反応したとして、そこから回避することはできないのだ。認識してから準備していたのでは遅すぎるのだ。

 

(――――――――――!?)

 

 今から準備しても間に合わない。だが、葉平の拳は葉留佳の頭をそのまま殴り飛ばすはずだったがそうはならなかった。葉留佳は自分の意志とは関係なく、また超能力が勝手に起動した。飛ばされた場所はほんの三メートル背後あたり。ただ、急なことだったせいもあり、葉留佳は着地に失敗して両手を地面につけるようにして倒れてしまう。

 

「なるほど。確かにお前の言う通りだな。こちらのテレポートに反応するようになっているみたいだ」

「そもそもの疑問として、二木佳奈多がどうして『双子の超能力者(ステルス)』特有の現象について知っていたのかということもあります。あの『観測の魔女』が所属すると噂されている『機関』と繋がっていたならば、そのことにも説明がつきますからね」

「ヘルメス?アンタ今ヘルメスって言った!?」

 

 今小夜鳴は、当然のようにヘルメスの名前を口にした。

 あの地下迷宮への入り口は教務科(マスターズ)であったことから、来ヶ谷唯湖や牧瀬紅葉は敵は教務科に敵がいると判断していたが、彼らがそんなことを考えていたことを知らないアリアにとっては突然のことだった。

 

(……ヘルメス?確か牧瀬君の話にあった東京武偵高校に潜伏していた魔術師だったか。どちらにしろ、小夜鳴先生は敵。じゃあこいつら全員、私にとって明白な敵)

 

 葉留佳にはどうして小夜鳴先生と一族の親族の一人がつながっていたのかは分からない。

 けれど葉留佳にとって分かりきっている事実がある。

 佳奈多はかつて、自分には殺しそびれた三枝一族の超能力者(ステルス)がいると言った。

 そして、姉御や牧瀬君にとっての敵は、たった今小夜鳴だと判明した。

 ならば葉留佳にとってこいつらは敵。

 葉留佳が大切だと思った人間全員にとって、排除すべき明確な敵。

 

「アンタたちがどういう関係かなんて私は知らない。別にそんなことはどうでもいい。アンタら二人とも、地獄に堕ちろ」

 

 未だに痛む左の瞳を押えながらも葉留佳が二人に宣告したと同時、葉平と呼ばれた男が銃弾に迫る速さではあるものの、普通に反応できるくらいには速度を落として葉留佳に接近し、彼女の首をつかんでつるし上げた。

 

「――――――地獄に堕ちろ、か。佳奈多の後ろに隠れて怯えているだけの小娘が言うようになったな。あぁ?」

 

 そして、葉平は葉留佳をそのまま頭から地面に叩きつけた。

 衝撃で意識が飛びかける葉留佳に一切の容赦も遠慮もなく、彼はそのまま葉留佳を踏み砕く勢いで蹴り続ける。

 

「調子に乗るなよ、この一族の疫病神が。お前さえいなければ、佳奈多が俺たちを裏切ることもなく、今頃俺はこんなみじめな生活を送る羽目にはならなかったんだ」

「……なん、だって?」

「すべてお前のせいで、俺たちはすべてを失う羽目になったんだッ!この疫病神がッ!!」

 

 葉留佳をいたぶる葉平の姿には、彼女に対する明白な怒りが見て取れた。

 お前さえいなければ。その言葉の通り、怒りのまま葉留佳を踏みつけ続けた。

 いたぶられる葉留佳を助けようと、同じく倒れたままの理子が必死に言葉を紡いだ。

 

「……よ、よせッ。知らないのか……。はるかを殺せば……はるかが死んだら……かなたの超能力は……」

「ああ、知ってるさ。知らないわけがないだろう。おかげで俺は、佳奈多が生きている限りこいつを殺すことはできない。精々双子に生まれた幸運に感謝するんだな」

「―――――――かはッ!?」

「はるかッ!くそ……」

 

 スタンガンで痺れてしまって全く自由に動かせない身体に鞭を打って、理子は立ち上がろうとする。

 そこには思いやりが見て取れた。葉留佳を死なせるわけにはいかない。死んで欲しくない。

 状況から仕方なくというものではなく、理子は葉留佳を庇おうとした。けど、

 

「あなたは人のことを気にしている暇はないでしょう。ねぇ、失敗作の『4世』さん?」

 

 倒れている理子を、まるでゴミ虫でも扱うかのように背後から小夜鳴は彼女の顔面を踏み抜いた。

 そして、動けないでいる理子の胸元から青い十字架を奪い取った。その代わりに偽物として紅鳴館ですり替えた偽物の十字架を理子の口に押し込んだ。

 

「あなたにはそのガラクタがお似合いでしょう。あなた自身がガラクタなんですから。ほら、しっかりと口に含んでいなさい。昔そうしていたんでしょう?」

 

 理子の口か、う、う、という哀れな嗚咽だけが途切れ途切れに聞こえてくるだけだった。

 もう見てはいられないと、叫んだのは奥菜恵梨である。

 奥菜は周囲にいる狼のことなんか一切無視して叫びあげた。

 

「いい加減にしろッ!!そんな風に人を痛めつけて一体何になるッ!!そんなことして何の意味があるッ!」

「奥菜……さん?」

 

 キンジの知る奥菜恵梨はいつもニコニコ笑顔を浮かべている人間だ。

 だから、激情して人につかみかかる姿が別人のように思えてきた。それと同時にこう思った。

 

 ――――――やっぱりこいつ、どこかで会ったことないか?

 

 この声色、聞き覚えがあるのだ。というか、いつも聞いていた気がする。

 ヒステリアモードの思考力で思い出し、キンジは誰の声と似ているのかを判別した結果、一つの結論にたどり着いた。

 

(……奥菜さん。あなたは―――――いや、オマエの正体はッ!!)

 

 キンジが奥菜恵梨の正体についてある結論を出したと同時、小夜鳴は恵梨に対しての質問に答えた。

 

「――――――――絶望が必要なんですよ。彼を呼ぶにはね。彼は絶望の詩を聴いてやってくる。この十字架だって、わざわざ本物を盗ませたのはこうやってこの小娘を一度喜ばせてから、より深い絶望にたたき落とすためでしてね。そちらの三枝さんにしてもそう。昔のトラウマなんてそうそう払拭できるもんじゃありません。彼女たち二人のおかげで……いいカンジになりましたよ。さて、奥菜さん。よく見ておいてくださいよ?私は人に見られている方が掛かりがいいものでしてね」

「さっきから何を言っているの?」

 

 アリアは何を言っているのかまるで理解できないようであるが、キンジには何が起きているのかが分かった。分かってしまったのだ。 

 

「ウソ……だろ……?」

 

 そして、遠山の人間であるキンジは絶句することになる。

 

「そうです、遠山くん。これはヒステリア・サヴァン・シンドローム」

「ヒステリア……サヴァン?」

 

 ただただ茫然とするキンジに対して小夜鳴は笑いかけてきた。

 

「奥菜さん。遠山くん。そして神崎さん。しばし、お別れの時間です。これで彼を呼べる。ですがその前にイ・ウーについて講義してあげましょう。この4世かジャンヌに聞いているでしょう。イ・ウーは能力を教え合う場所だと。しかしながらそれは彼女たちのように低い階梯の者達による、おままごとです。現代のイ・ウーにはブラドと私が革命を起こした。このヒステリア・サヴァン・シンドロームのように能力を写す業をもたらしたのです」

「聞いたことがあるわ。イ・ウーのやつらは何か新しい方法で人の能力をコピーしてるってね」

 

 アリアの指摘に小夜鳴は首を小さく振った。

 

 「方法自体は新しいものではありません。ブラドは600年も前から交配ではない方法で他者の遺伝子を写し取って進化させてきたのです……つまり、『吸血』で。その能力を人工化し、誰からも写し取れるようにしたのが私です。君たち高校生には難しいかもしれないので省略しますが、優れた遺伝子を集めることも私の仕事になりました。先日も武偵高で優秀な遺伝子を集める予定でしたがそこの三枝さんたちが邪魔してくれたおかけで失敗してしまいました。狼に不審な監視者がいれば襲うように教えたのがあだになりましね。特にレキさんの遺伝子は惜しかった」

 

 これまでの話を聞いて、アリアはぎり、ぎりと歯切りをした。

 

「ブラド。ルーマニア。吸血……そう、そういうことだったのね。どうして気づかなかったのかしら。キンジ。ナンバー2の正体が読めたわ。ドラキュラ伯爵よ」

「ドラキュラ?それは架空のモンスターの名前じゃなかったのか?」

「違うわ。ドラキュラ・ブラドは、ワラキア今で言うルーマニアに実在した人物の名前よ。ブカレスト武偵高で聞いたことあるの。そいつは今も生きてる、って怪談話つきでね」

「なるほど。ドラキュラは吸血鬼だったということか」

「正解です。よくご存じでしたね、三人とも。まもなくそのブラド公に拝謁できるんですよ。楽しみでしょう?」

「でたらめだ!そもそも兄さんの力をコピーしたのならどうして理子を苦しめられ続けるんだ!」

 

 ヒステリアモードは女性を守るもの。

 その原理から言わせてもらえば、今小夜鳴がやっていることは理屈に合わないのだ。

 勿論例外だってあることもキンジは知っている。そうでなければ、女性を相手に戦うことができない。

ヒステリアモードで女性を戦う場合、自分がそれが女性にとって最善であると自分に言い聞かせる必要がある。 まして、痛めつけるなんて論外なのだ。

 

「いい質問ですね。講師は生徒の質問に答えるのが仕事です。順を追って説明しましょう……むかーしむかし……」

 

 小夜鳴は余裕があった。

 ちょっとした昔話を聞かせてやろう。そんなふざけた調子で語り始める。

 

「この世には吸血で自分の遺伝子を上書きして進化する生物吸血鬼がいました。無計画だったらほとんどの吸血鬼は滅びましたが、人間の血を偏食していた一体ブラドは人間の知性を得て、計画的に多様な生物の吸血を行い強固な個体となって存在しました。しかし、ブラドは知性を保つために人間の吸血を継続する必要学生ありました。結果、ブラドには人間の遺伝子が上書きしてされ続けブラドはとうとう私と言う人間の殻に隠されることになりました」

「……」

「隠されたブラドは私が激しく興奮したとき、つまり私の脳に神経伝達物質が大量分泌された時に出現するようになっていきました。しかし永い時が流れるうち私はあらゆる刺激になれ激しくは興奮できなくなってしまったのです」

「そのまま一生閉じこもっていればいいものを」

「辛口ですね、奥菜さん。でもそこに転機が訪れました。遠山金一武偵のDNAです。ヒステリア・サヴァン・シンドロームによる神経伝達物質の大量媒介は……ブラドを呼ぶのに十分なものでした。そして、その発動条件は加虐。幸いにも、私にとって女生徒は人間にとってのチンパンジーのように、全く別の生き物でしてね」

 

 にい、と笑った小夜鳴は踏みつけていた理子の頭をもう一蹴りした。

 理子の口からニセモノの十字架が地面に落ちる。

 まるで、なんにも役にも立たないものの象徴のように地面に転がっていた。

 

 

 

「さあ かれ が きたぞ」

 

 

 

 神様が降臨する。

 そんな恍惚とした小夜鳴の声が響いた。

 

「へ……変、身……!?」

 

 アリアが絶句した声をあげる。

 今や小夜鳴は恵梨たちの前で洒落たスーツが紙みたいに破け、その下から出てきた肌は赤褐色に変色し熊のように筋肉が盛り上がっていく。露出した肌は獣のように毛むくじゃらだ。まさに化け物。そうとしかいいようのない怪物が、そこには現れた。

 

「な、なんて筋肉なんだッ!」

 

 奥菜恵梨が小夜鳴の姿の変化に呆然としていると、ブラドという名の怪物は語り掛けてくる。

 

「初めましてだな」

 

 すでに声帯までの変わっていた。

 

「俺たちゃ、頭ん中でやり取りするんでよ……話は小夜鳴から聞いてる。分かるか?ブラドだよ、今の俺は」

 

 凶暴な目は黄金の輝きを放っていた。

 この変化について、キンジはおおよその予測をたてる。

 

「擬態、みたいなもんだったんだろ?」

「ぎたい?」

「アリアの好きな動物番組でもたまに出てくるだろう。例えばトラカミキリはハチを装って自然界で有利に生きようとするが、その際は単に姿を真似るだけじゃなく動作までハチそっくりにせわしなく動く」

「う、うん。それは見たことある」

「ブラド・小夜鳴の変身はそれの吸血鬼・人間バージョンなんだ。あいつは元々、あの姿をした生き物だったんだよ。それが進化の家庭で人間に擬態して生きるようになった。その擬態は高度で、姿だけじゃなく……小夜鳴という人格まで作り出した。厳密には違うようだが二重人格みたいな状態で吸血鬼の姿と人格を内側に隠してたんだ」

 

 普段とは違う頭の回転速度に、今のキンジがヒステリアモードになってるとアリアは気づいたようだ。

 けど、驚いているわけにはいかない。アリアはちょっと慌てたようにブラドに向き直る。

 

「人間という役になりきってたのね。まるで人間社会への潜入捜査だわ」

「まあ、そんなとことだ」

 

 口調から大雑把な性格が読み取れる。

 説明大好き人間小夜鳴とは大違いであった。

 

「おぅ4世久しぶりだな。イ・ウー以来か?」

「……ブ、ブラ」

 

 震えていた。あの理子が、強襲科アサルトのSランク武偵すら笑いながら戦おうとする理子が心の底から怯えていたのだ。

 

「4世。そういえば、俺が人間の姿になれることをお前は知らなかったんだよな」

「――――――――――だ、だましたな……、オルメスの末裔を倒せば…………あ……あたしを解放するって……約束を」

「ああ、あれはお前に対するちょっとしたサービスのつもりだったんだ」

「……サー、ビス?」

 

 ブラドは理子に対し、ニタァと意地の悪そうな笑みを見せる。ブラドの口元が笑いをこらえているようにも見えた。

 

「希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人間という下等種は一番いい顔をする。それを与えてやるのが、俺からの特大のサービスだッ!!」

 

 ゲゥゥウアババババババハハハ!

 ブラドは牙をむいて笑った。

 それ自体が人類のものではない。

 

「檻に戻れ繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)。少しは放し飼いにしてみるのも面白ぇかと思ったんだがな。結局お前は自分の無能を証明しただけだった。ホームズには負ける。盗みの手際も悪い。弱ぇ上で馬鹿で救いようがねぇ。パリで闘ったアルセーヌの曾孫とは思えねえほどだ。だが、お前が優良種であることは違いはない。交配しだいでは品種改良されたいい5世が作れてそいつからいい血がとれるだろうよ!」

「なにを……えらそうに……。かな、たにイ・ウーで……その紋章がついてる心臓を……全部つぶされかけた奴が……」

「負け惜しみはよせ。お前がかつて縋りついたあの魔女だってもうじき死ぬ。俺たちで殺す。極東エリア最強の魔女とか呼ばれていたとしても、佳奈多は所詮はただの人間だ。いいか4世。お前は一生俺から逃れられねぇんだ。イ・ウーだろうがどこだろうと関係ねぇ。世界のどこに逃げても、お前の居場所は檻の中だけなんだよ」

 

 振り回される理子はもう、すでに強がることすらできていない。

 泣き顔を見せたくないのか、きつく目を閉じる。しかし頬には大粒の涙が零れ落ちていた。

 理子は。自信家だった理子は、小さな声を絞り出す。

 それはきっと誰かに向かって言った言葉ではないのだろう。

 だが、今の彼女の心から零れ落ちた言葉だったはずだ。

 

「…………た……す……けて……」

「「「言うのが遅い!」」」

 

 真っ先にブラドに向かって突撃したのはなんと奥菜恵梨であった。

 彼女の手には何一つとして武器は握られていない。丸腰のままブラドに向かってかけていく。

 理子を一刻も早く助けてやりたいのは分かる。

 だが、それは誰の目から見ても無謀な愚行にしか見えなかった。

 

「そんな小さな拳、効くわけがねえだろうが!」

 

 ブラドの腕と奥菜の腕の大きさの差は一回りや二回りというレベルではない。

 このままぶつかれば、粉々に粉砕されるのは奥菜の方だ。

 

「待ちなさい奥菜さんッ!!一人で行こうなんて無謀よッ!!」

「面白い。てめえら二人はそこで見てろ。この小娘が無残に殴り殺されるところをな。勇敢とは時に無謀なだけの愚行だと教えてやる」

 

 奥菜恵梨への加勢はさせまいと、狼たちがいつでもキンジとアリアに跳びかかれるように足元に力を加えはじめた。

 

「奥菜さんッ!!」

「ハ―ハハハハハ―――ッ!!」

 

 恵梨の身を案じて、アリアが悲鳴を挙げる。

 だが、訪れたのはアリアが予測した未来ではなかった。

 ブラドが拳を握りしめ、どんな金属であっても粉砕しそうな一撃が彼女に当たろうとした瞬間、玉砕覚悟の気迫で走っていた奥菜恵梨は握っていた拳を軽く握り替え、ブラドの一撃を横に回避した。そして、触れるような仕草でブラドの腕についていた紋章に触れた。

 

 ――――――――その時、何かが砕け散る音が響き渡った。

 

「お前ッ!!一体何をした!?」

「心臓が複数あるんだって?あいにくと、()は地下迷宮で似たような奴と戦ったことがあるんだ。あの時は僕の油断で朱鷺戸さんに余計な手傷を負わせてしまったけど、僕の右手(・・・・)で一個一個つぶしていけることはすでに実証されているんだ!」

 

 もう奥菜恵梨はブラドなんか見ていない。メイド服の人間が見ているのはたったひとりだけだった。ブラドの右腕から零れ落ちた理子の青い本物の十字架を左手で拾い上げると、理子を抱きかかえたて離脱する。

 

「野郎どもッ!!さっさとこいつを片付けろッ!!目の前のガキなんか放置してこいつをさっさと片付けろッ!!4世もろともで構わんッ!!」

 

 魔臓を一つ、修復不能なレベルにまで粉砕された。主の危機に、狼たちはキンジたちから狙いを恵梨と理子の二人に変える。そうはさせるかとキンジたちは銃をオオカミに向けるが、二人は恵梨からのマバタキ信号に気づく。

 

―――――――眼を、閉じろ。急げ。

 

「アリアッ!!」

「分かってるわ!!」

 

 この状況で秘密に目を閉じろという指示を出すということは、考えられることは一つだけ。

 奥菜はメイド服の上着を脱ごうとする動きで肌を露出させる。その段階でボロンッ!と地面に落ちるものがあった。

 

「くらえ――――――ダミーオパイ閃光弾(フラッシュッ)!!」

 

 ダミーオパイとして胸に入れていたのは閃光弾。

 ブラドも、そして二人に向かっていた狼たちも閃光を受けて視界が霞んでしまう。

 その隙にキンジは狼たちに発砲する。

 レキが以前見せてくれたように、銃弾をかすめて圧迫し、麻酔をかけた。

 その間に恵梨は、いや、直枝理樹は理子を抱えて離脱した。

 

「ナイスだ、直枝ッ!!そのまま理子を隠してくれッ!俺たちは四つ目の心臓を探しておく!」

「分かったッ!!」

 

 今のやり取りで判明したことがある。

 キンジはジャンヌからブラドを倒すには四つの心臓をつぶす必要があると聞かされていた。

 かつて佳奈多は手当り次第に剣を刺しまくり、青髭危機一髪のように当たりが出るまで試そうとしたという。それはある意味では正攻法のやり方であるが、四つ同時に破壊しなくてもいい方法があると分かった。直枝理樹の超能力は、ブラドの魔臓に有効なのだったのだ。

 

 だが、このまま直枝一人に任せるのはリスクが大きい。理樹自身の、ブラドの攻撃を一度でも食らったらおしまいなのだ。いわば直枝理樹の超能力は奥の手だ。魔臓探しはこちらでやっておいた方がいい。 

 

 あとの問題は、

 

「おいおい。リンクしている魔臓を一撃で切りはなして粉砕しただと?そんな理屈を無視したばかげた能力者だと?そんなことができるということは、あいつはまさか『機関』のところの超能力者(チューナー)か?」

「何のんびりしたことを言っているッ!!早くあいつを殺してこいッ!!」

「ブラド。アンタがそんなに慌てるなんてな。焦らなくてもいいさ。三枝一族の超能力者(ステルス)から逃げ切れるものはいない。あんな女装趣味の奴なんてすぐに殺してきてやるさ」

 

 この三枝一族の人間をどうにかしなければならない。

 悔しいが、瞬間移動という超能力の前には距離なんてあってないようなものだ。

 こいつをどうにかしない限り理樹と理子は逃げきれないのだが、打てる手はキンジにはなかった。

 けど、こいつに対して打つ手のある人間がこの場には一人だけいる。

 

「―――――――待てよ」

 

 葉平と呼ばれていた親族の男の足元を、倒れてうつむいたままの葉留佳はつかんでいた。

 

「私のかなたを殺すだって?」

 

 葉留佳の目が、見ている者誰もを怖気づかせてしまうほどの殺意が込められていた。

 さすがの葉平も、葉留佳に意識が向いてしまう。そして、その一瞬が彼にとっての命取りとなる。

 

「戯言は止めろ。それにオマエにはまだまだ聞きたいことが山ほどある。私に付き合ってもらうぞ。同じ一族のもの同士、二人っきりで楽しい時間を過ごそうじゃないか」

「この―――――――ッ!!」

 

 葉留佳は空間転移(テレポート)を実行した。葉留佳の超能力には姿勢なんて関係ない。葉留佳を振りほどこうと蹴りつけるが、葉留佳は決して放そうとはしなかった。三枝一族の超能力者(ステルス)二人は、一瞬にしてこの場から姿を消すことになった。

 

「よくも……俺の魔臓を。あれを一個作るのにどれだけの時間と年月がかかっていると思っている!?」

「ふん、いい気味よ。行くわよキンジ!」

 

 アリアとキンジがブラドと、そして葉留佳は同じ一族の人間と共に超能力で消えたころにはすでに、理樹は完全に戦線から離脱して、必死に理子に呼びかけていた。

 

「―――――――――――理子さん!」

 

 何度呼びかけても、理子の意識はまだ朦朧としているままだった。

 理樹によって離脱させられたといっても根本的な解決にはなってはいない。

 理子の持つトラウマが、彼女を蝕み続けていた。

 そもそも人間と吸血鬼では一方的な狩りになってしまう。

 ここにいても、勝ち目はない。だから逃げよう、と。

 

 

 最後の最後で希望を見つけた気がしたのに。

 アリアに勝って自由を手にすることをずっと夢見てきたのに。

 結局はブラドに踊らされていて、遊ばれているだけだった。

 

 でも―――――――――。

 

「はい、理子さん。これは君のなんだから、もう離さないようにね」

 

 助けを求めた、どうしてかわからないが助けを求めてしまった、ある一人の少年の左手にあるものが握られていた。母親の形見の青い十字架。それを見るだけで、理子には希望が見えてくる。どうしてもあきらめることなんてできないでいた。

 

「…………どうして」

「これを置いて逃げるわけにはいかないでしょ?」

 

 理子が訊きたいことはそんなことではない。

 でも、いまはそれどころではない。

 なにせ、ブラドの怖さは誰よりも分かっているのだ。

 身体に染みついた恐怖が、理子に戦うことを否定させる。怯えさせる。

 

「これからどうするの?」

「戦うよ。僕の右手はブラドにとっては天敵みたいなんだ。だから戦うよ」

「無理……無理だよ。理樹君死んじゃうよ。あんなバケモノが相手なら、いくら相性がよくても勝てっこないよ!!今すぐここから逃げ出すしか方法はないッ!!葉留佳だって、空間を一瞬で移動できる超能力者(ステルス)なんだから逃げようと思えばいつでも逃げ出せるんだッ!だから、みんなで一緒に逃げようよッ!!」

 

 理子は本当は分かっていた。今自分はきっと、めちゃくちゃなことを言っている。

 きっと葉留佳は自分が殺されることになろうとも、最後まで逃げ出すことなんてないのだろう。

 最初に葉留佳と話をしたとき、臆病な人間だという印象を持った。

 葉留佳はあくまで一般中学の出身の人間だ。

 いくら超能力者(ステルス)だと言っても、彼女はまだ武偵としては未熟者もいいところ。

 銃はおろか、武器なんて自分がもつのも怖くて仕方がないと思う節が見られる人間だ。

 本当なら武器を持って戦うことを選ぶような人間じゃないのだ。

 それでも、佳奈多のことがあきらめられなかったから、武偵となった。

 彼女はどれだけ怖くても、逃げ出したくとも、それでも佳奈多のためならばとなけなしの勇気を振り絞ってでも逃げ出すことはないのだろう。

 

―――――ああ、わたし、なにやってるんだろう。

 

 自分は怖いからってこんなこと言っているって本当は分かっている。

 そして、怖い思いをしているのは自分だけじゃないってことは分かっているはずなのに。

 

「さっきはあいつも油断していたから不意打ちで魔臓一個潰せたかもしれないけど、あんなのは警戒されたらお終いなんだよッ!!これ以上理樹君に一体何ができるっていうの!?」

 

 こんな、八つ当たりみたいなことを言っている。

 手厳しいことを言われても、それでも理樹は笑っているだけだった。

 

「僕に何ができるかって?僕のことだから、きっと何もできないかもしれないね」

「―――――え?」

「そもそも僕の超能力捜査研究科(SSR)でのあだ名を知っている?」

 

 理樹君のあだ名。

 ペーパー試験はある程度できる癖に、全く魔術を使えなかったことからつけられたあだ名。

 才能ないものが最後に縋りつくべきものであるはずの魔術は、本来無限の可能性を持っている。

 その可能性を真っ向から不可能にしていく存在。

 ゆえにその名は確か、不哿(インポッシブル)

 

「こんな不哿(インポッシブル)にできることなんてきっと、他の誰かにだってできることだと思う」

 

 お前に何ができる。そう言われてもなお、少年が微笑んでいた。

 

「僕にできないのなら、その時は素直にヒーローに任せるとするさ。実はもう呼んであるんだ。僕が敵わなかったとしても、本物のヒーローならあいつをきっと倒してくれる。その時は、ヒーローが駆け付けるまでの時間稼ぎでいい。でも、僕らの手で倒したいと思わない?僕一人ならたぶん、いや絶対無理だけど、一緒ならなんとかなるんじゃないかな?」

 

 理子は思い出す。

 この少年、直枝理樹にとってもヒーローとはだれか?

 ――――――――棗恭介。

 理子は恭介のことをよくは知らない。

 どれだけ棗恭介が優秀な存在だとしても、理子にはどうしようもないと思ってしまう。

 

 それでも理樹の表情には、恭介が来たら誰にも負けるはずがないという絶対的な信頼があった。

 でも、理子には、他の何よりも。

 理樹の笑顔こそがブラドと倒すことができるという気にさせた。

 

「こんな不哿(インポッシブル)ができることなんて、僕より強い理子さんにできないはずがない。だから理子さんがあいつと戦えないはずがないんだ。君の言う通り、僕一人じゃきっと負ける。けど、僕より強い理子さんが一緒なら、きっと勝てる」

 

 そして、

 

「強敵が現れたんだ!君の力が必要なんだ!」

 

 直枝理樹はそう言って、峰理子へと手を差し伸べた。

 その言葉は。

 かつて一人の少年が、生きる希望を失った一人の少年を救った言葉でもあった。

 

「君の名前は?」

 

 あたしの名前は。

 それは決して四世なんかじゃない、あたしだけの名前は。

 

(――――――――――あたしの、あたしの名前は……)

 

 以前は振り払った差し伸べられた手が、今一度この場にあった。

 それを理子は、今度は。

 

「―――――――――あたしの名前は……」

 

 

 




理樹「ずっとスタンばってました」

なおえりき→おきなえり。
ただ名前の順番をいじっただけですから、恵梨の正体にとっくに気づいていたと思います。もちろんメイドの恵梨さんはキュートなほっちゃんボイスです。

まさか、このまま理樹の出番がないと思っていた方はいませんよね?
うん、いてもおかしくないと思います。ごめんなさい。

さて、よろしかったらこの作品の外伝の、「ScarletBusters!~Refrain~」の「Refrain1 僕の名前は」と合わせて読んでみてください。


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Mission102 無限罪のブラド

年末にいろいろとやらかしている遊戯王でしたが、今回はまだ普通でしたね!
……闇落ちを普通と感じるのは、一体どうなんでしょう?

ディフォーマーを組んでいた身としては、アポリアさんの時は呆然としてしまったことを覚えています。


 今から大体二年くらい前のことだったか。イ・ウーでちょっとした騒ぎがあった。

 イ・ウー主戦派(イグナティス)の中でも過激な人物であった『砂礫の魔女』パトラがイ・ウーを退学になったというのだ。いや、正確には退学にさせられた、か。

 

「え?あのパトラが退学?」

 

 もちろんイ・ウーだって組織である以上一枚岩ではない。

 自分の力を高めるためにイ・ウーはあるべきだとする一派もあれば、イ・ウーの力は世界の実権を握るにふさわしいとして行動に移そうとする連中だっている。当時のあたしはイ・ウーに入学してまだ日が浅かったこともあり、他人にはさして興味もなかったからパトラの退学を聞いたのは突然のことであった。

 

「『教授(プロフェシオン)』を怒らせるようなことでもしたの?」

「いいや、どうやら違うみたいだ。パトラを退学に追い込んだのは『教授(プロフェシオン)』ではないらしい」

「どういうことジャンヌ?」

「ああ、よく聞け理子よ。これは私たちイ・ウー研磨派ダイオの今後にかかわる重要な話なのだ」

 

 組織の派閥がどうこうとか、あたしは正直あまり気にしたことはなかった。

 別にイ・ウーの誰かが世界征服を成し遂げたとしても、あたしはそれならそれでも一向に構わないのだ。

 あたしが力を手にすることができるなら、別に研磨派の奴だろうが主戦派の奴だろうが接触して力をもらう。

 

「なんでも、パトラを退学に追い込んだのは一人の魔女らしい」

「……魔女?」

「ああ。そいつはパトラの持っていたイ・ウーのスクールリングを奪い去り、パトラをイ・ウーから追放した。そしてこれからパトラに代わってイ・ウーのメンバーとなったのだ」

 

 イ・ウーは誰もかれもを受け入れているわけではない。イ・ウーは世界中から選ばれた天才たちが集まり、技術を提供しあう場でもあるのだ。当然役立たずはいらない。より優れた人間がやってくるとなれば、切り捨てられる人間だって出てくる。パトラのスクールリングを奪うということをやってのけた魔女が新たなイ・ウーのメンバーとして敵ではなく新たな仲間として迎え入れられるのはそのためだ。

 

「そいつ、本当に仲間にして問題ないの?」

 

 完全実力主義。古く弱いものを排除し、新しく優秀なものを迎え入れることは理にかなったことではある。ただ、問題が全くないわけではない。迎え入れるかどうかの基準は優秀かどうかそれだけであり、そこに人の性格というものは一切考慮されていない。優秀でさえあったりしたら、たとえイ・ウーに害をなすつもりの人間であっても迎え入れられてしまう。

 

 もちろん、イ・ウーに一人や二人くらいスパイが入り込んだところで何もできないだろう。

 

 だが、パトラを退学に追い込むほどの力を持っているなら話は別だ。そいつは絶対に、イ・ウーにおいて大きな影響力を持つことになるだろう。

 

「あのパトラを退学に追い込んだってことは、パトラよりも過激な魔女なのかな」

 

 パトラはイ・ウーにおいて優秀ではあったと同時、厄介者でもあった。

 自分自身が次期『教授(プロフェシオン)』であると言って聞かなかったし、実際にその主張を押し通すだけの実力もあったのだ。自分勝手だったがゆえに疎まれてもいたが、それでも誰も手出しができなかったのもまた事実。

 

「過激か……確かにそうだろうな。だが、それゆえに信用はできる。カナと同じように、かつては武偵として働いていたようだが、スパイといったどこかの組織の回し者である可能性はない」

「どういうこと?」

「ああ。そいつはなんと、イ・ウーに入るための条件として自分の親族たちを皆殺しにしたのだ。そんなこと、スパイをやる奴ができると思うか?いくらなんでも、任務のために一族まるごと手にかけるような奴はいないだろう」

「それは……」

「しかも、驚くべきことにそいつを連れてきたのはカナなんだ」

「は?あのカナが?あんなにパトラと仲が良かったのに?」

「ちょっとしたら、いろいろあったみたいだし、もうパトラには愛想をつかせたのかもな」

 

 とんでもない奴がイ・ウーにやってくる。

 ジャンヌから初めて話を聞いたときはそう思ったのだが、実際に会ってみたら印象が全然違ったのだ。

 そこにいたのは、パトラのように野心にあふれた奴なんかではなかったのだ。

 それどころか完全にやる気をなくしたような、抜け殻のような人間だったのだ。

 復讐を終えてやることがなくなったからなのだろうか。

 どちらにせよ、あたしにとって気にくわない人間であることには変わらなかった。

 

―――――――どうして、お前みたいのが強いんだ。

 

 イ・ウーはこの世の天国じゃないか。望みがあるなら何でも叶えればいい。

 どんなことだって、ここならできる。夢物語なんかじゃない。

 一度気になって聞いてみたことがある。お前は一体何がしたいんだ。

 

「イ・ウーでの望み?そんなもの、私にはないわよ」

「そんなわけない。今はなかったとしても、お前ならやろうと思えばなんでもできるはずだ。なんでも叶えられる。お金だって、権力だって、地位だって思いのままだ」

「あなた、そんなものが欲しいの?」

 

 皮肉でもなんでもなく、純粋な疑問として投げかけられたこの言葉は、どうしてかあたしの耳に刺さった。果たして、あたしが欲しいものとは一体何だったのだろうか。

 

        

             ●

 

 

(……どこよ……一体どこに最後の魔臓があるのッ!?)

 

 アリアがブラドの攻撃をなんとか回避しつつも、必死にブラドを観察してブラドの身体についてあるとされる紋章を探していた。紅鳴館での仕事の休息時間にキンジから聞いた話によると、ブラドを倒すには身体のどこかにある四か所の紋章を同時に破壊しなければならないらしい。もしタイミングを少しでも間違えると、魔臓は一瞬で修復されてしまうらしい。ふざけんなと言いたいが、その話はおそらく真実だろう。

 

 そうじゃなければ直枝理樹に魔臓を一つつぶされたとき、すぐさま理子もろとも理樹を殺そうとはしなかっただろう。

 

 ブラドの攻撃は、人間と比較して一回りも二回りも大きい体によるもの。人間を相手にするのに、ブラドはわざわざ武器なんて使う必要はない。爪で相手を切り裂くこともできるし、一度つかめば握りしめることだって簡単なのだ。

 

 つまり、ブラド相手に一撃でもくらったら人間は負けてしまう。

 

 今アリアは武器を二丁拳銃ではなく二本の小太刀を使用している。魔臓をつぶすときのために銃弾は温存しておきたいという理由でもあったし、何よりブラドの攻撃を捌くためには銃よりも剣の方が簡単だということもあった。

 

(……コイツッ!?焦っている?)

 

 ただ、どういうわけかアリアにはブラドの攻撃は単調なものに思えてきた。

 何度もアリアを爪で引き裂こうとしてきていが、それだけだ。

 銃弾をもろともしない耐久力がある以上、ブラドの性格ならいたぶるようにして追い詰めていくタイプだと思うのに、どうにも勝負を急いでいるように感じる。

 

「ハンッ!さっき魔臓一個ぶっとばされたのがよほどきたようね!」

「抜けせガキッ!!」

 

 魔臓を四個同時に破壊しなければならない。アリアにとっても確かにこの条件は厳しいと思う。人間の手は二本しかないのだ。息の合った仲間がいても、四つ同時となると難易度が高いことは変わらない。

 

 だが、三つ同時なら?

 同時破壊対象が一つ減るだけで、難易度は大きく下がる。

 ジャグリングみたいなものだ。一個一個の破壊は難しくても、同時に作業しなければならないから難しくなる。

 もし理樹が現時点で判明している魔臓の紋章に触れるだけで、ブラドは残り一か所の魔臓を銃で撃たれた時点で絶対的アドバンテージを失ってしまうのだ。

 すぐに直枝理樹を始末しようとするのも分かる気がする。

 今理樹は理子についてやっている。

 戦力として惜しい気もするが、今の理子には安心できる仲間が必要だ。直枝にはそこまで期待できない。

 なんとかあたしとキンジの二人だけでも倒してみせると、アリアはそう思っていた時だった。

 

 パァン!!という銃声が響き渡った。

 

 キンジの援護かと思ったが、実際は違った。

 

「直枝!」

 

 理樹が戻ってきたのだ。それも、理子と一緒にだ。理子は右手にコンバット・マグナムを持っている。

 理樹のルームメイトであるキンジには、あの銃の本来の持ち主は理子ではなく理樹であることがすぐにわかった。理子の愛銃であるワルサーP99は先ほど狼たちに捨てられた。理樹の銃を理子が用いることで、理樹は銃という武器を捨てたも同然なわけだが、今はそれでも問題はなかった。

 

「……四世。一体なんのつもりだ」

「あたしは四世じゃない。あたしの名前は理子だ!お母さまがつけてくれた、とっても可愛らしい名前があたしにはあるんだッ!」

「ふん。震えているぞ。四世」

 

 ブラドを前に、コンバット・マグナムを向けたまま理子は叫んだ。

 ブラドと戦う。そう決めたとしても、理子の中にあるブラドに対する恐怖が消えたわけじゃない。

 今だって逃げ出したい。何もかもを放り出して、ここから早く立ち去りたい。

 その結果、一生ブラドから逃げ回ることになろうとも、一刻も早くこの恐怖から解放されたい。

 本当はそう思っているのだろうと、理子は自分自身そう思っている。

 一人ならきっと、すぐにも逃げ出していただろう。だけど、

 

(……あったかい)

 

 理子は銃を持っているのは右手だけ。空いている左手で理子は力の限り理樹の右手を握りしめていた。

 雨が降っていて体が冷えてきたこともあるだろうが、今は何かあたたかなものを握っていたい。

 理樹の右手は、とても暖かかったのだ。

 そういえば、誰かとこうして最後に手をつないだのは一体いつのことだっただろうか。

 誰かの温もりというものを感じたのは、一体いつのことだっただろうか。

 

「アリア。キンジ。協力して。あたしが最後の魔臓をやる。二人は残り二つを頼む」

 

 勝負は一瞬で決まる。

 

 

 

        ●

  

 

 (勝負は一瞬だ)

 

 そのように考えていたのは理子だけではなかった。

 理子がそう思っていた頃とほぼ同時、葉留佳も同じ思考に行きついていた。

 三枝葉留佳と三枝葉平(ようへい)

 葉留佳の『空間転移(テレポート)』により、理子たちのいる横浜ランドマークタワーの屋上から転移した二人がいるのは、近くにはあるもののまた別のビルの屋上であった。建物自体が違うため、他人に邪魔もされないが援護もされない。そんな場所に二人は居る。

 

 だが、そもそも二人の三枝一族の戦いは元々長引くものではない。

 空間転移と高速移動。

 方法にこそ違いはあれど、同じくテレポートと呼ばれる高速戦闘に身体がついていく三枝一族は確かに強い。戦闘においてのみならば2000年の歴史を誇る星伽神社の武装巫女ですら歯が立たないだろう。事実、白雪は三枝一族の超能力者を恐れていた。

 

 だが彼らは欠点として、できるのはあくまでテレポートだけだということがある。

 

 長い歴史の中で魔術を研究し、受け継いで行く過程で身体がそれに適したものへと変化していった星伽巫女たちとは違い、三枝一族の超能力は突然変異によるものだ。一族内でしきたりを決め、重婚を繰り返した結果偶然発生したものであるため、魔術に関して研究してきたわけではないのだ。そのためテレポートの超能力の継承条件がはっきりとせず、いつ超能力者(ステルス)が生まれてこなくなっても不思議でもないというあいまいなものでもある。彼らはあくまで超能力者であり、魔術師というわけではないのだ。

 

 もちろん体質的には魔術が使えないというわけではない。

 もともと魔術は才能なき者たちのための技術。

 理樹のような異例を除けば、誰だって使えるはずの技術。

 

 だが、三枝一族には魔術を学ぼうとするものは今までいなかった。

 理由は簡単だ。

 三枝一族の持つ異能の力はあくまで超能力であるため、発動が魔術よりも早いのだ。

 努力して魔術を学ぶまでもなく、超能力だけでも十分すぎるほど戦える。

 あくまで超能力であるため、科学兵器と簡単に併用できる。

 

 相手が銃を向けてくることには背後に回ることができるし、車で逃げ出されても平気で追いつける。

 銃弾だって、発砲されてから回避しても間に合う速さを見せるのだ。

 魔術になんて頼るまでもないのだ。

 

 ブラドのような耐久力をもつ吸血鬼とは違い、三枝一族はただ速度のみを極めた一族であるといえるだろう。

 それ以外は普通の人間と変わらない。銃弾で撃たれても、刀で切られても死んでしまう。

 耐久力という点に関しては、他の人間と何も変わらない。

 

 だから、葉留佳と葉平の戦いはどちらが先に攻撃を叩きこむかにかかっているともいえた。

三枝一族を相手にするに至り、テレポートという超能力の性質上、手心を加えたら逆にやられるのはわかりきっていることである。葉留佳自身頭に血がのぼりきっていることを無視したとしても、葉留佳は一切の容赦をするつもりなどなかった。葉平という三枝一族の親族に聞きたいことがあるのもまた事実であるが、話を聞くより先に叩きのめす方が先であった。殺す気で挑んで、相手が生きていたら儲けもんだというくらいの気持ちでいかないと、一瞬の躊躇のうちにやられてしまうだろう。

 

「ええい。いい加減うっとうしいな。何度も何度も直前で勝手に跳びやがって」

 

 葉留佳も葉平も、相手をさっさと叩き潰す気でいるのは変わらない。

 それでも、二人はいまだ互いに決定打を与えられないでいた。

 葉平の高速移動(テレポート)は銃弾にも迫る勢いで移動できるもの。

 一瞬でも目を離した瞬間に勝負を決められるものであるが、彼が葉留佳に迫るたびに葉留佳の空間転移(テレポート)が彼女を逃がし続けていた。それに、葉留佳の手にしている武器にも問題がある。

 

 葉留佳が愛用しているのは二本のヌンチュク。

 葉留佳の超能力は自分自身をどこかに飛ばすことをメインとしているため、下手に刃を持つのはあくまで一般中学出身である葉留佳には危なくてとてもじゃないが使えたものではないのだ。

 

 武偵は人を殺してはならない。

 武偵としての不慮の事故による殺人を恐れたのではなく、自分自身を簡単に傷つけかねないものであるのだ。

 

『なんでヌンチャクなんですカ?』

『葉留佳くんがハチョー!ワチャー!とか言いながらヌンチャクを振り回すのが結構様になると思ったからだ』

『え、そ、そんな理由で選んだんですカ!?』

 

 武器を選んだ来ヶ谷唯湖はそんな適当に印象で決めたみたいなことをかつては言っていたが、実際のところ葉留佳には合っていた。空間転移(テレポート)ができる以上、戦闘においては防御よりも回避に重点を置いた方が強いことは確かなのだ。そしてヌンチャクは振り回している限り、何もしなくても攻撃的な盾として機能する。

葉平が急接近による攻撃をためらう程度には効果があった。ただ、

 

(……いい加減に勝負を決めないと、このままじゃジリ根だッ)

 

 このままでは負ける。葉留佳はそう悟っていた。

 葉留佳が葉平の銃弾にも迫る『高速移動(テレポート)』に対応できているのは、葉留佳の緋色に染まった左目と、その周辺に浮かんでいる紫色の紋章の力によるものだろう。原理は全く分からないが、今の葉留佳が葉平の『高速移動(テレポート)』を認識すると同時、葉留佳自身の意志とは全く関係なく『空間転移(テレポート)』が起動して別の場所に彼女を逃がしているのだ。今はこうして対応できていても、そのうち反応が遅れて致命傷を受けると葉留佳は分かっていたのだ。

 

 空間を一瞬で飛び越える『空間転移(テレポート)』は、一瞬で見ている景色を変えてしまう。

 単発ならともかく、何回も使用すると酔ってしまうのだ。

 昔なんとか慣れるための訓練をしたものの、いずれは身体に影響を及ぼしてくる。

 そうなる前に勝負を決める必要が葉留佳にはあったのだ。

 

(何が起こっているのかなんて全く分からないけど、私のテレポートが勝手に発動してくるなら、いっそのこと利用してやるッ!!)

 

 今の葉留佳は自分の超能力に振り回されている状態であるが、要領としては緊急テレポートと変わらないことに気づく。発動に関して全く自分の意志なんて関係なかったが、何度も跳んでいるうちに転移先ぐらいは自分で決めれるようになってきた。ゆえに、葉留佳は葉平が『高速移動(テレポート)』により迫ってきたとき、一歩前に出ることを選択する。

 

「――――――ぐッ!?」

 

 今まで超能力でギリギリで回避していたのを、自分から一歩距離を詰めるようなことをしたのだ。

 当然銃弾の如く飛び込んできた葉平の拳を頬でうけることになってしまったが、葉留佳はそれを覚悟したうえでの行動であった。

 

(……タイミングがあったッ!)

 

 葉留佳の『空間転移(テレポート)』は自分自身を空間を飛び越えて転移させるものではない。

厳密には、身体に触れているものを跳ばすものだ。

 理樹の右手のように、身体の一部分を限定しているものでもないのだ。

 身体のどこであろうと触れてさえいれば、たとえ殴られていようが転移できる。

 一から準備していたらタイミングなんか合わないものの、勝手に発動するなら経験でタイミングを何とかつかむことができた。

 

空間(テレ)転移(ポート)ッ!!)

 

 葉平を跳ばした先は、力の及ぶ限り遠く。それだけなら何の意味もないだろう。

 ただし、上空に向かってということでなければだ。

 

(あいつのテレポートでは上空では身動きが取れない。これで決めてやるッ!!)

 

 屋上の地面から上空30メートルはあるであろうところから葉平は落下してくるが、彼の超能力では何もできない。重力に従ったまま、どんどん加速して落ちていく。このまま叩き落されたら葉平は間違いなく命を落とすだろうが、葉留佳は助けるつもりなど微塵もない。そればかりか、ダメ押しの一撃を叩きこむためにヌンチャクをくるくると回し始めた。

 

 勝負を決めようとしているのは葉留佳だけではなく、ブラドと対峙している理子もそうであった。

 理子は理樹のカウントダウンの元、ブラドに残っている三つの魔臓を同時に撃ち抜こうとしていた。

 理樹に魔臓に一つを完全に破壊されたブラドは、残りの魔臓もほかの三人によって完全にロックされている。一つはアリアが。もう一つはキンジが。そして、最後のいまだ判明していない魔臓は理子によって標的とされている。

 

「ブラド。お前はあたしをいつもいつも馬鹿にして、いつも嘲笑していた。だからあたしは知ってるんだ」

「……なんだと?」

「お前の最後の魔臓の位置をあたしは知っているッ!お前が負けるのは、あたしを見くびっていたせいだッ!」

 

 そして。

 かつて、超能力を持たずに生まれてきたことから疫病神の烙印を押された少女は。

 かつて、優秀な遺伝子を受け継いでいなかったことから欠陥品などと呼ばれた少女は。

 

「わたしは―――――――」

「あたしは―――――――」

 

「「役立たずなんかじゃないッ!!」」

 

 葉留佳は落下してくる葉平の背後に転移して渾身の一撃を後ろから頭部に叩き込み、理子はアリアたちと一緒に三つの魔臓に同時に銃弾を浴びせた。

 

 

 

 

 

         ●

 

 

 

 

(……はぁ……はぁ。やった)

 

 頭部を血で真っ赤に染めたまま倒れた三枝一族の親族の男を葉留佳は見落とした。

 見てる限り、頭骸骨を叩き割った結果なのかもしれない。

 自分はこいつを殺したのだ。

 そのことを悟り、葉留佳は握りしめていたヌンチャクを地面に落としてしまった。

 自分が殺人者になってことに吐き気がしてくると同時、これで最愛の姉の敵を一人始末できたことに喜んでいる自分がいることに気が付いた。そして気が抜けてしまったのか、『空間転移(テレポート)』を短期間で乱発したことによる酔いが葉留佳の全身に回ってきた。気分が悪くなり吐きそうになりながらも、葉留佳は倒れた親族の男を冷たい目で見下したままである。

 

「……おい。お前たちは一体何なんだよ。お前たちは一体何をやっていたんだよ。お前は私のことを疫病神だと言った。私が一体何をしたというんだ」

 

 葉留佳が語り掛けるも、当然返答など返ってこない。

 

「お前たちは、私の佳奈多に一体何をしたんだよッ!」

 

 すでに致死量の血を流している人間を見下ろしながら、葉留佳は叫んだ。

 そこには殺した相手への懺悔なんて含まれていない。

 今までの恨みつらみが、葉留佳からはどんどんと出てきた。

 それは理子も同じことか。

 理子も今まで自分の人生を狂わせてきた相手が倒れている姿を見て、怒りがあふれて仕方がない。

 

「……お前さえいなければ、あたしはこんな風にはならなかった。お母さまもお父様もある日帰ってこなかったけど、それでも自分が役立たずだんて思わずに済んだんだ。友達だってたくさん作って、心の底から笑っていられたかもしれない。イ・ウーになんて関わらず、全うに生きていくことができたかもしれない」

 

 あふれる言葉はたくさんあれど、いつまでもそうしてはいられない。

 葉留佳はとりあえず理子たちの加勢にいかないとと思っていたし、理子だって葉留佳のことを心配し始めてた時のことだった。

 

「―――――――――勝ったと」

 

 その時、名前も知らないビルの屋上にいる葉留佳は自分が殺したと思った親族の男の声を聞き、

 

「――――――――――そう、思ったか?」

 

 横浜ランドマークタワーの屋上にいる理子は自分の人生を狂わせた吸血鬼が立ち上がるのを見てしまった。

 殺したと思い、完全に油断していた葉留佳は一瞬の動揺で身体が固まってしまう。

 三枝一族を前にするなら、その一瞬が命取りだった。

 

「確かお前のその緋色の瞳は、超能力テレポートでなければ反応しなかったな?」

 

 葉留佳はろくに反応することもできず、すぐそこまで背後に迫っていた葉平に背後から頭を掴まれて、

 

「お返しだよ」

 

 そのまま葉留佳は顔を地面に叩き付けられた。

 

「ガハァ!?」

 

 早く立ち上がり、体制を立て直さなければいけない。そう頭ではわかっているのに、葉留佳の意識が痛みで朦朧として、立ち上がることができなかった。それでもなんとか振り返り、敵の姿を瞳に焼き付けようとする。

 

「なッ!?」

 

 その時に葉留佳が見た葉平の姿に、彼女は驚きを隠せないでいた。

 葉平の顔面は血で濡れているものの、傷なんて一つもなかったのだ。

 傷が一つもなかったのはブラドも同じ。

 三つの魔臓に同時に銃弾を浴びせたのにも関わらず、ブラドは平然と立ち上がったのだ。

 呆然とする理子をあざ笑うかのように、ギャハハハという下品な笑い声が響いた。

 

「どうして……どうしてッ!?同時に三つの魔臓を破壊したのにッ!?」

 

 ブラドが平然としている。そのことを理解した瞬間の理子の取り乱し様は見ていられないほどであった。

 昔の恐怖が蘇ってきたのか、はた目から見ても分かるほどに理子は震えていた。

 

「まさか、あたしの知っている魔臓の位置が間違っていたの!?」

「いいや。お前は正しい位置に気づいていた。そして、お前が今縋りついている女装に魔臓を一個破壊されたというのも嘘じゃない」

「じゃあ、いったいどうしてッ!」

「簡単な話さ。魔臓を破壊できなかった。それだけだ」

 

 なんてことなく言われた言葉が、理子は理解できなかった。

 タイミングは完璧だった。誰かが銃弾を外したわけでもない。

 じゃあ、どうして破壊できなかったというのか。

 

「四世。まさかお前、俺様の力がこんなものだと思っているわけじゃないよなぁ。魔臓を四つ同時に破壊しなきゃいけない?あんなものは弱点を克服するために作り出したもので、吸血鬼本来の力じゃないんだよ」

「……本来の力、ですって」

 

 絶句している理子に代わり、アリアが銃を向けたままブラドに尋ねる。

 

「せっかくだから教えてやろう。小夜鳴のような人間の状態が第一形態。人間社会に溶け込んでみた場合の姿だ。そして、今の身体が鬼のように膨れ上がる姿が第二形態。これは吸血鬼としての弱点を魔臓によって克服した時の姿。そして今から見せるのが、第二形態のまま吸血鬼として俺の本来の力を現した姿」

 

 すなわち、

 

「第三形態だッ!」

 

 ピキピキと、何かが固まるような音がして、ブラドの真っ黒い表面肌が銀色に代わる。

 その姿は、全身に鎧を着こんだようにすら見えるものであった。

 

「そう――――――これこそが俺の真の力。自分の身体の硬度を、鉄をも砕く鎧へと変える鎧の吸血鬼。なぁ、どうだ?」

 

 ブラドは理子の前に見せつけるようにして、大きな口から舌を見せる。

 そこにはキンジとアリアが先ほどまで必死に探していた三つ目の魔臓があった。

 キンジは試しにブラドの舌に書かれた紋章に向かって銃弾を放つ。

 

 だが、キンジのベレッタによる銃弾は、金属音を響かせてブラドに舌に弾けれてしまった。

 

「鎧の強度って言っただろう?お前らがそんなおもちゃをいくら使ったところで、俺の鎧の皮膚を撃ち抜くことなんてできないんだよ」

「そ、そんな……そんなのどうやって戦えっていうの?」

「ハハハ!いい、いいぞ四世!そうだ、それだよ。その表情こそ人間が見せる一番いい顔だよ」

 

 ブラドを倒すには三つの魔臓を同時に撃ち抜かなければならない。

 だが、第三形態のブラドには、銃弾なんて通さない。

 もう、理子にはどうすることもできなかった。それが分かり、彼女は身体の震えが止まらなかった。

 もともと過去の恐怖に耐えながらも振り絞ったなけなしの勇気で理子はこの場にいたのだ。

 それが今ので完全に砕かれてしまった。

 

 理子は必死に理樹の右手を握りしめるも、どういうわけか体温が感じられなくなってきたようにすら思えてくる。

 そんなはずは決してないはずなのに。

 さっきまで感じていたはずの人の温もりなんて感じられなかった。

 

下等種(にんげん)どもよ、これが絶望だ」

 

 






ターンエンド。


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Mission103 クリムゾンレッドの腕章

遊戯王新章のエクシーズ次元編で、カイトと明日香さんが出るようです。あと
あの、サンダーは?
おジャマ新規がいい加減欲しいんですよ!

あとレジスタンスのリーダーとして、V兄様とか出ないですかね?

そろそろ終わりが見えてきたシンクロ次元編ですが、セルゲイがDホイールと合体したところであぁ、シンクロ次元だなぁと納得した私がいます。来週はセルゲイがプラシドになるのでしょうかね。


 三枝一族。

 超能力者(ステルス)を有する一族としての歴史はとても浅いが、こと戦闘能力においてはかつて最強の名を欲しいままにしていた一族である。なにせ、テレポートという超能力は汎用性の塊だ。自分自身が銃弾にも勝る速度で移動するタイプや空間そのものを一瞬でつなぐタイプと個人によって差はあるものの、彼らの本質は銃弾が飛び交うような高速戦闘にも身体が平然とついて行くことにある。

 

 銃を向けられても発砲されてからの回避行動で充分対応できる反応速度を誇り、その速度故に相手に一撃を入れることなんてこともない一族連中。

 

 本来人間を殺すのに大層な覚悟なんて必要ない。

 人間なんて、そこらのスーパーで売っているような安物ナイフで刺されただけでも死んでしまうし、その辺に落ちてそうな木の棒であったとしても頭を叩きわることだってできるはずだ。即ち、テレポートという超能力は人間を相手にする分には絶対的な攻撃力を有する超能力ともいえた。彼らは爆弾を放り投げて離脱することだってできる。一瞬で相手の背後に回って相手の頭を銃弾で吹き飛ばすことだってできる。

 

 相手を殺す。その一点を実行しようとしたとき、これほど便利なものはない。

 

 だが、最強の一族ともいえた彼ら三枝一族は今は滅亡している。 

 三枝一族は絶対的な攻撃力を持つが、結局のところそれだけだったのだ。

 打たれ強さという点で見れば、それは一般人と何ら変わらない。

 銃弾が当たらないというだけで、当たれば死んでしまう普通の人間でしかないのだ。

 

 耐久力という面では人並みでしかないのだから、三枝葉留佳と三枝葉平という同じ一族の人間の戦いは、どちらが早く自分の攻撃を相手に叩き込むかにかかっている――――――はずだった。

 

(……く、そ)

 

 事実、最初に攻撃を当てたのは葉留佳であり、そこには一切の加減をしたつもりはない。殺すつもりでやったし、実際に殺したと思っていた。だが今倒れているのは葉留佳であり、立っているのは葉平であった。超能力を乱発し、もともと短期決戦を望むほど疲れてきていた葉留佳は、今は何とか気力と親族に対しる憎しみでなんとか意識を保っているようなものであった。なんとか起き上がろうとしているものの、立ち上がることができないでいた。

 

(一体何をしたんだ、あいつは……ッ!)

 

 上空30メートル近くから屋上の地面に叩きつけられて、その際ヌンチャクによる一撃もプラスしておいたのにどういうわけか立っている葉平に対し、葉留佳の理解は追いつかないでいた。倒れたまま動かない葉留佳を見下ろしたまま、葉平はつぶやいた。

 

「ふん。いい気味だな。臆病者は臆病者らしくさっさと臆病者らしく逃げ出せばいいものを。戦おうとするからそんな風になる。みすみす命を捨てるようなことをしている」

 

 実のところ、葉留佳だけは逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せたのだ。

 先程までは葉平の超能力に反応して葉留佳の『空間転移(テレポート)』が勝手に発動している状態であったが、それでも自分自身で超能力を使えなくなったわけではないのだから自分の超能力で転移して隠れてやり過ごすことはできたのだ。

 

 空間を一瞬で移動できるタイプのテレポーターである葉留佳を追うことなど、例え同じ三枝一族である葉平にも無理なことだった。葉留佳は戦おうとさえしなければ、今こうして這いつくばることはなかったのだ。

 

「……さっきから、よくしゃべるんだね。気に食わないことがあればすぐに私を殴ってたアンタが」

 

 緋色にそまっている左目を押え、必死に息を整えながら葉留佳は呟いた。

 彼女は立ちあがえることもできず、顔だけを向けている状態だったが、それでも眼光だけは決して衰えなかった。

 

「ふん。そうは言ってもお前、さっきから震えているぞ。昔のトラウマなんてそうそう払拭できるもんじゃない。お前、俺が怖いんだろ。今まで佳奈多の後ろに隠れて震えていただけのやつだ。いきなり人が変わるわけじゃない。なぁ、疫病神」

「いちいちバカにしやがって……ッ!あんたらは私のことを疫病神と呼ぶが、どうせ私が超能力を持って生まれてきてもそう呼んでたんだろッ!」

 

 葉平は葉留佳のことをなめきっている。そのことが感じ取れるから、なおさら葉留佳は腹立たしかった。

 テレポーターを前にしたら、一瞬の隙が命取りとなる。それはこいつも理解しているはずなのに、もう何もできないと命を奪わないのがその証拠だ。嫌がらせのために、こいつは私にとどめをささないのだ。

 

(……ホントにそうなの?)

 

 そこで。葉留佳はふと疑問に思った。

 どうして私は生きているのだろうか、と。

 葉留佳自身葉平にはいろいろと聞きたいことがあったが、そのために殺さないように気を配る必要があるとは一切考えなった。それは、頭に血が上っていたからでもあったが、そんなことを言っていては足元をすくわれる相手だと判断したからでもあった。そもそも葉留佳を殺したいなら、チャンスはいくらでもあったように思う。まだ理子たちと離れる前に一度地面へとたたきつけられたとき、こいつは自分を足蹴にして痛めつけてきただけだった。

 

 らしくない、と葉留佳は目の前の親族の男について思う。

 

 気に食わないなら暴力で従えてしまえ。そんな発想ばかりだった親族連中にしては、やり方が手ぬるすぎる。  考えられる可能性としては、葉留佳が死んだことにより、不都合が生じるということだ。

 現に今の戦闘でも、葉平は一切武器を使ってはこなかった。

 適当な棒切れ一本あるだけでだいぶ戦闘を葉平は楽に行えたはずだ。

 ということは、

 

「――――――――そんなにかなたが怖いか」

 

 こいつは私に死なれたら困ると思っている。  

 その心当たりだってある。

 それはあいにく葉留佳が佳奈多の妹だから人質としての価値がある、なんてことではなかった。 

 単純な事実として提示できるものがあった。

 

「『双子の超能力者』の現象に基づき、かなたが完全な超能力者(ステルス)になるのがそんなに怖いのか」

「……やっぱり知っていたか」

「調べたさ。かなたがこの超能力を私に託した意味を知るためには必要なことだった」

 

 三枝一族が滅んだあの日、かなたは言った。

 

『私の超能力の一部を葉留佳に注ぎ込んだ。双子の超能力者にはおもしろい現象が起こる。もともと双子は二人で一人という考え方があるし、特有の魔術だって存在している。これはその、双子の超能力者特有の現象の一つ』

 

 実を言うと自分が超能力を使えるようになったとき、ずっと疑問ではあったのだ。

 どうして自分が超能力を使えるのだろうか、と。

 ずっと使えないものとばかり思っていた超能力が、突然使えるようになったのだ何が原因なのかと。

 そもそも、双子の超能力者特有の現象とは一体何なのだと。

 イギリス清教所属の来ヶ谷の姉御に聞いてみたり、自分で超能力捜査研究科(SSR)の資料を探ったりもした。

 結局見つけたのは姉御の方であったのだが、結論としてある現象のことを知ることはできた。

 

『美魚君から報告があった。なんでもロシア聖教の文献に資料があったそうだ。とはいっても、相当古いものだったらしいから具体的な方法までは分からなかったみたいだが、結論として起きる現象というか、考え方があることがわかった』

『というと?』

『双子っていうのは、もともと二人で一人って考え方があるんだよ』

『まぁ……それは何となくイメージできますケド……それが何か?』

『つまり、双子の超能力者(ステルス)の場合は二人そろってようやく本来の力を発揮する。一人だけでは本来の力には及ばず、二人が一人となったとき、双子の超能力者(ステルス)は覚醒する。つまりだ』

『……つまり?』

『双子の超能力者(ステルス)は二人のうちの片割れが死んだとき、もう片方に死んだ者の超能力のすべてが流れ込み、一人の完全なる超能力者(ステルス)となる。もともと双子の超能力者(ステルス)なんてほとんどいないから資料が全くといっていいほどないが、実際にこの現象は双子の超能力者(ステルス)の「覚醒」とか呼ばれているらしい』

 

 つまり、

 

「私が死ねば、かなたは完全なる超能力者(ステルス)として覚醒するッ!だからアンタは私を殺したくはないのか!」

「ああ、そうだとも。厳密には殺したらマズイことが起こる、だ。別に殺そうとするなら今すぐにだってできるんだ。お前に仕込まれたその緋色の瞳によるテレポートも、こちらが超能力を使わなければ対処できる。お前ひとり、殺していいならとっくの昔に殺しているさ。この疫病神め。さっきも言ったがお前さえいなければ今頃はこんな手下みたいなことをする羽目にはならなかったんだ。だから俺は、お前が死なないように叩き潰すなんて面倒なことをしなきゃならなかった」

「さっきから何をイラついたように言っている?むしろ怒っているのは私の方だッ!!もしもアンタたちが、殺すことに躊躇するだけの人間だったら、お姉ちゃんは一族に絶望することもなく、イ・ウーっていう組織にかかわった程度でおかしくなることなんてなかったんだッ!!今でも私のたった一人の家族として、私を愛してくれたはずなんだッ!!」

「それで、どうしたい?」

「私の家族(かなた)を取り戻す。そのためにアンタが知っていることは力づくでもすべて吐いてもらう。ブラドとかいう奴と組んで一体何をするつもりなのか知らないけど、ことと次第によっては死んででも邪魔してやる。私を見くびるなよッ!」

 

 再会してよく分かった。こいつらは、別に顔を合わせたいと思うような価値がある人間ではない。

 関わらないで済むなら一生会わずにいたい人間だ。

 こいつらの命と引き換えに元のお姉ちゃんが帰ってくるというのなら、私は迷わずこんな奴らは死神に差し出すだろう。そして、そう決断するのに一秒としてかからないだろう。いなくなったところで痛くも痒くもない。

 

「―――――――フッ」

「何が可笑しいッ!!」

 

 けど、三枝葉平はそんな葉留佳の叫びを一蹴した。

 

「何も知らない小娘だと昔から思っていたが――――――まさかここまで無知だとはな。そもそも佳奈多を取り戻すという発言からしてずれている」

「……何だって?」

「そもそも、どうして俺がこんなにもお前を憎んでいるのか分かるか?どうして殺したくて仕方ないお前のことをまだ生かしてやっているか分かるかッ!!なぁ、この疫病神ッ!!」

 

 一族の疫病神。

 昔から葉留佳はそう呼ばれてはいた。 

 三枝一族において直系にあたる血を受け継ぎながらも全く超能力というものを使えなかった葉留佳は、まるで疫病神であった。これから葉留佳のような無能力者ばかり生まれてくるのではないかと、親族たちは怖かったのだ。

 

 超能力が使えなくなったら、当然今の地位は失われてしまう。

 

 そんな暗い未来を暗示する疫病神。

 葉留佳は一族ではそのような意味として疫病神と呼ばれていた。

 けど、今葉平が使っている意味はちょっと違うように葉留佳は思えていた。

 

「さっきから疫病神疫病神とうるさいな。私がいったい何をしたというの?アンタらは私が超能力者(ステルス)でないからってだけでずっと後ろ指を指し、役立たずと言い、生まれてくるべきじゃなかったんだとか言う。アンタらのどこにそんなことをいう権利がある!?」

「決まっている。お前は生まれてくるべきではなかった。お前が生まれてきたことそのものが罪なんだ。お前さえいなければ、佳奈多が一族を裏切ることもなかったんだ。お前のせいで!!一族は滅んだんだッ!!」

「―――――――え?」

 

 葉平の言った言葉を受けて、葉留佳は自分の心臓が止まるかと思った。

 お前なんか生まれてこなければよかったんだ。

 そんな生まれていた意義を否定する言葉に傷ついたわけではない。

 生まれてきてからずっとこいつらに言われ続けてきたことだ。こいつらに言われるのは今更だ。

 もっと、別のことが葉留佳の言葉を揺さぶった。

 

「私のせい?」

「ああそうだよ。お前さえいなければ、一族が滅ぶことはなかったんだ」

「どういうこと?かなたが一族を滅ぼしたのは、当時公安0だったお姉ちゃんがイ・ウーに入るための条件だったんでしょ?イ・ウーがどんな場所か知らないけど、それをためらわせる価値がアンタらにあれば、あんなことにはならなかったんだッ!かなたにとって私がそれを思い留まらせるだけの価値がなかったから、私が悪いと言いたいのか。ふざけんな!そんなことは鏡を見てから言えッ!!アンタらは一度でも私達のことを気にかけたことがあったか?愛情を注いだことがあったか?一度としてないだろう!!そんなことも分からないから、私もかなたもアンタら親族たちが死んだことには何とも思わないんだよッ!!」

 

 私が悪いだって?ふざけるな。

 こいつらは、昔からそうだ。何かあるごとにずっと私が悪いのだと言っていた。

 昔事業がうまくいかないのは私のせい。他の委員会との交渉がうまくいかないのも私のせい。

 何か都合の悪いことがあればすべて私のせい。

 

 ―――――――お前のせいだ。お前のせいだ。この疫病神がッ!!

 

 他の言葉なんて知らないかのように繰り返す。 

 謝れ、謝罪しろ。泥水に顔を押し付けて謝罪を要求してくるような連中がどの口を叩くんだ。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 何度そういってもこいつらは謝罪を聞いてくれやしない。

 殴ることをやめてくれたことなんてない。

 

「イ・ウー?なんだ、お前はその時点から分かっていないのか。とことん佳奈多は報われないな」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味だ。お前がどうして佳奈多が一族を滅ぼすことにしたのか気づいていないとは思っていなかったな。なるほどなるほど。だからこうして明後日の方向に行っているのか。ようやく理解できたよ」

「さっきからお前は何を言っているんだ。一体何が可笑しいっていうんだッ」

「だってよ……」

 

 葉平は笑い出す。ツボにでも入ってしまったのか、しばらくは笑いが収まる気配はない。

 しばらくして、先ほどから微妙に会話の内容がかみ合っていなかったことに葉留佳は気づく。

 それと同時に、心臓の鼓動が聞こえるくらいに緊張が走る。

 なにか、何か見落としてはいないだろうか。何か重要なことを勘違いしているのではないだろうか。

 こいつはいったい、何をそんなにおかしいと感じているのだろうか。

 葉留佳が戸惑う中、決定的なことを葉平は口にした。

 

「佳奈多が一族を滅ぼしたことと、あいつがイ・ウーにいることは無関係だぞ」

「……え?」

「いや、直接関係がないだけか。イ・ウーがなかったらあいつは用済みとしてとっくに殺されていただろうしな」

「殺される?一体お前は何を言っているんだッ!」

「じゃあ教えてやるよ、疫病神。佳奈多が一族を滅ぼした理由をお前は勘違いしている」

「……なん、だって?」

「佳奈多が一族を滅ぼした理由はな―――――――お前を、守るためだよこの疫病神め」

 

 私を、守るため。

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。葉留佳はドクンドクンという鼓動が早まっていくのを感じた。

 

「なぁ。葉留佳。お前だって超能力を使えるようになったんだ。だったら分かるだろう?この能力はすばらしいものだ。生まれ持って優秀な人間は決まっていて、世の中はそんな優れた者の手によって動かされるべきだとは思わないか?」

「な、なにを言って……」

「当時の三枝一族は、ある計画を考えていた。何の力も持たない無能力者が支配するこの世界を、素晴らしい力を扱える神に選ばれた超能力者(ステルス)が支配するという、この理不尽な世界をそんな当たり前の世界に再構築するための計画だ」

 

 葉留佳は何の反応も示さなかった。返せなかったのだ。

 葉平の言っていることがまるで理解できなかったわけじゃない。

 超能力者が支配する。それを当たり前とした世界。それが当然である。

 その主張に対して理解が及ばなかったのではない。そうだったらくだらない戯言だと一蹴していただろう。

 聞き覚えがあったことがからこそ葉留佳は固まってしまったのだ。それを聞いたのはいつのことだったか。

 そしてそれが、夢物語でもなんでもなく実現可能であることを葉留佳は知っている。

 現実に起こり起こりうることだと、葉留佳に教えた人がいた。それはいったい誰だったか。

 

「なぜ神に選ばれた俺たち超能力者(ステルス)が、無能力者どもの命令に従っていなければならない?歴史ばかりで力のない星伽神社の連中に偉そうな顔をで指図されなきゃいけない?なあ、そんなのおかしいだろう?理不尽だろう?そんな時、神様に選ばれた人間である超能力者(ステルス)が頂点に立つ当たり前の世界を作るだけの力を持った集団が現れた。それがイ・ウーだ。そして当時、それは『砂礫の魔女』を中心として実現可能のところまで行っていた。三枝一族にしても瞬間移動を使える戦闘能力集団だ。お前にはばかげた絵空事に想えるかもしれないが、イ・ウー主戦派(イグナティス)の連中と手を組めば実際可能だったんだ」

 

 砂礫の魔女。その名前だけでどこで聞いた話なのか思い出すのは充分すぎた。

 最初に聞いたのはアメリカで。砂礫の魔女、パトラのアジトに行くということでいろいろと姉御から聞いていたではないか。しかも、姉御はパトラが絵空事のようなことを考えるのは別に不自然なことでもないみたいに話していたではないか。

 

(―――――――え。ちょっと待って。だったら、だったらッ!)

 

 姉御からは、砂礫の魔女パトラはかつて世界征服を掲げて戦争を起こそうとしたが、何か身内の方で不具合でもあったのか戦争は起きなかったと言っていた。

 

・ビー玉『クーデターってやつ?』

・大泥棒『クーデターとはちょっと違うかな。クーデターは失敗した革命みたいなものだけど、厳密には戦争は起きなかった。多分だけど、何か重大な誤算が生まれたんだよ』

・ビー玉『にしても戦争って……』

・大泥棒『パトラは誇大妄想のケがあるんだよ。自分は生まれながらの覇王ファラオだと思い込んでいる。いずれまた、自分の王国を作るための戦争を起こし、世界制服すら実現させるつもりなんだよ』

 

 実況通信で会議したあの時のことをよく思い出せ。

 そういえば、あの時の話にあったパトラの一件はいったいいつ起きた話だったか。

 

・大泥棒『パトラについては割と有名な話なんだけど……葉留佳は本当に「砂礫の魔女(パトラ)」という名前に心当たりがないの?』

・ビー玉『……どういう意味?』

・大泥棒『……深い意味はない。聞いてみただけだ』

 

 そういえば、理子は「砂礫の魔女」という名前に心当たりがないか聞いてきた。

 葉留佳の中で今ま経験してきたことがつながっていき、ある事実を導き出していた。 

 

「アンタたちは……パトラと一緒に戦争を起こそうとしてたの?」

「なんだ。パトラのことは知っていたのか。あと間違えるな。戦争じゃない。革命だ。佳奈多さえ余計なことさえしなければ、成功していた計画だ」

 

 突きつけられた事実に、葉留佳は息をするのも忘れるほどに呆然としてしまった。

 

「生憎と佳奈多は消極的でな、一族のために行動してもらうために公安0に圧力をかけたんだが、それが裏目に出ることになった」

「裏目にでた?」

 

 もう葉留佳は、言われたことを反芻するだけのことしかできていない。

 葉平の言っていることが嘘かホントかはさておいて、言われたことに対しての葉留佳の処理能力を超えていたのだ。

 

「公安0はもともと俺たちのことを信用していなかったんだ。そりゃそうだ。公安0だって無能力者たちが大半だ。三枝一族のテレポーターをまともに相手にしたら被害は甚大だし、自分たちの立場が脅かされるとなれば危機感を覚えるさ。だから連中は三枝一族がイ・ウーとかかわる前から俺たちを滅ぼす機会をうかがっていたのさ。それも全員だ。連中は俺たちがイ・ウーと接触したことを契機に、本格的に危険視してきたんだよ。別にそれはいい。連中との全面戦争になろうが、テレポーターの前にはなすすべなどない。パトラの一派によって世界は一新され、超能力者(ステルス)による新たな時代が来るがはずだった。……それが、どうだッ!!佳奈多は公安0の連中が動く前に、一人で一族をつぶす未来を選んだんだ。それもこれもッ!あいつがお前が生きるられる可能性が一番高いとふんだためだよッ!!」 

「じゃあ……」

「ああ、そうだ。イ・ウーにも派閥はある。佳奈多はこともあろうに、さっきの理子とか言うできそこないの小娘たちの所属するところと手を組んで、一族を滅ぼした。そしてイ・ウー内部から、主戦派の連中を監視していた。分かるか疫病神ッ!お前さえ生まれてこなければ!三枝の一族は滅ぶことはなかったんだ!俺が今こうして、みじめにも日陰で隠れながら暮らすはめにもなっていなかったんだッ!」

「じゃあ……じゃあ……」

 

 小さな声でつぶやく葉留佳の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。

 その涙の意味は分からない。

 一族が滅んだ一因となった罪悪感か、それとも、 

 

「じゃあかなたは、私のことを嫌いになったわけじゃなかったんだね」

 

 自分は確かに愛されていたのだという、安心感からか。

 きっとその涙に込められたものは一つなんかじゃない。

 いろんな感情が葉留佳から湧き上がってきていた。

 

「あぁ、あぁ忌々しいッ!!」

 

 葉留佳のつぶやきを聞いたのだろう。葉平は心底忌々しげに倒れたままの葉留佳を蹴り飛ばし、葉留佳はそのまま屋上の床に何もできないまま転がった。いつしか振り出していた雨にも打たれ、ゴミのように放置されながらも彼女が考えるのは最愛の家族のことだった。もう、葉平のことなんて葉留佳の頭にはない。

 

(……かなたお姉ちゃん)

 

 ずっと、佳奈多は変わってしまったのだと思っていた。

 イ・ウーによって、心無い本物の魔女に帰られてしまったのだと思っていた。

 私の名前を呼んでくれた、あの優しかったぬくもりは二度と帰ってこないものだとばかり思っていた。

 そんなことはない。私は家族を取り戻すんだ。

 自分にはそう言い聞かせてはいたが、それが幻想に縋りついているようなものだと思っていたのだ。

 

 けど、実際は何も変わってなかったのだとしたら?

 自分の知る佳奈多のまま、昔と何も変わっていなかったとしたら、どんな気持ちだったのだろう。

 私は全部覚えている。

 

『はるか。誕生日おめでとう』

 

 こっそりと三枝の屋敷にやってきて、お母さんから送られてきたという髪留めを半分個にしたことも。

 あの髪留めは、今でも二つちゃんとつけている。

 

『いつか二人で一緒に、私たちの両親に会いに行きましょう』

 

 両親に会うことになったのは私だけで、今は仲はとてもじゃないがうまくいっているとは言えないけど、それでも愛してくれる人と一緒に暮らすのは夢でもあったことは確かなのだ。

 

『葉留佳。今から私と一緒に外に御飯を食べに行きましょう』

 

 初めてのお給金だからってファミレスに連れて行ってくれた。ツカサ君にはあきれられたけど、私は今でもよく思い出す。

 

『やったわ葉留佳。これであの腐れ親族どもも私に何一つ文句は言うことはできないはずよ。葉留佳、これからは私と一緒に四葉よつのはの屋敷で暮らしましょう」

 

 一緒に暮らせるといってくれた時、とてもうれしかった。仕事があってずっと一緒にいられないけど、それでも朝におはようって言って、夜におやすみなさいといえる。それが幸せなことだって気づかされた。

 

『ねえ葉留佳。学校に通うつもりはない?』

 

 集団行動なんて最初全く分からなかった。けど、社会で生きていくにはどうしても必要なこと。

 超能力者(ステルス)の一族に生まれ落ちたからって、特別なことでもなんでもない。

 

 そうだ。私は何一つとして忘れていない。

 かなたが私にくれたものも、そのささやかな愛情のすべてを。

 

 そして。

 

 あの夜に、かなたが声にも出さずに泣いていたことも。

 

「……もういい。お前を殺せば佳奈多がかつての超能力を取り戻すことになるが、別にいい。お前を見てると、イラついてしょうがない。それに、超能力を弱体化させて受け渡してまで守ろうとした妹が死んだとなれば、あいつはきっと暴走する。そのうちイ・ウーだが公安0だか知らないが、放置しているわけがない。その時までかくれていればいいだけだ」

 

(ちく、しょう)

 

 ろくでなしの叔父の言うようにもし私がいなかったら、かなたは今どうなっていたのだろう。

 かなた一人ならきっと公安0相手でも逃げられたと思う。

 きっと、人殺しにならずに済んだのだ。

 

 それに、今まで生きてきて私は何をやっていたのだろうか。

 かなたを取り戻したい。そのためにかなたに大好きだと伝えることは、かなたにとってどういう意味をもっていたのだろうか。苦しめていただけではないのだろうか。

 

 疫病神。

 

 その言葉は葉留佳の心に大きく打撃を与えていた。

 昔から考えてきたことでもある。

 自分はかなたにとって、重荷でしかないのではないか。迷惑だと思っているのではないか。

 何度否定しようとも、事実として葉留佳に突きつけられるものがあった。

 

(……私はかなたにとっての、疫病神でしかなかった)

 

 かなたに何も与えてあげることができなかった。

 真意を気づくことさえできなかった。

 今まで私はイ・ウーさえつぶせばかなたが戻ってくると考えていた。

 けど、叔父の言うように三枝一族がもともと公安0に狙われていたのなら、イ・ウーがなくなれば佳奈多の後ろ盾はなくなり、命が危ないのではないのだろうか。そうだったら、今まで自分がしてきたことは単に、佳奈多の命を脅かしていただけだ。実際のところは分からない。だが自分は今この場で無様にも敗北し、地べたをはいつくばっている。

 

「――――――――ごめんなさい」

 

 心からこの言葉をいうのは、いつ以来になるだろうか。

 かつて親族たちから泥水に押しつけられながら謝罪を要求された時に、何度も口にしてきた言葉だが、心から言ったことなどなかったはずだ。けど、今は自然と口からこぼれていた言葉であった。

 

(―――――――――生まれてきて、ごめんなざい)

 

 葉留佳の言葉を同じ三枝一族の人間である葉平がどうとったのかはわからない。

 彼にとってもはや、葉留佳を利用して佳奈多をどうこうするつもりもなくなっていた。

 葉留佳にもう抵抗する気力すらなくなったのか、葉留佳の左目に浮かんでいた紫色の紋章は消え失せ、緋色の瞳もいつもの青い瞳へと戻っていた。

 

「じゃあな、疫病神。地獄で懺悔でもしていろ」

 

 そういって葉平は高速移動(テレポート)を実行する。

 一秒ともかからずして、葉留佳の首をへし折るつもりでいた葉平だが、最後の抵抗として一矢報いろうとしたのか立ち上がったのを見た。葉留佳の緋色の瞳はもとに戻った。彼女自身酔いがひどくて『空間転移(テレポート)』もこれ以上使えるかわからない。だが、うっすらと空色に輝いていたビー玉の形をした髪留めの輝きがより強いものへとなっていた。

 

(……なんとか立ち上がったか。だが、お前はもう俺の速度についてはこれまいッ!)

 

 超能力を使って立った状態に転移したのか、葉留佳はもう起き上がっているが、このまま正面から交差したとしても葉平が葉留佳に負ける気がしなかった。――――――そう、さっきまでは。

 

(――――――――――ッ!?)

 

 一瞬で葉平の全身に寒気が走ったのだ。そしてすぐに違和感の正体に気が付いた。

 それは頭での理解ではなく、本能としての直観にも近かった。 

 違和感がいくつもある。

 葉留佳はこんな、寒気がするような殺気を放つ人間であっただろうか。

 葉留佳はむき出しの殺気を隠そうともしなかった。こんな、研ぎ澄まされた殺気ではなかったはずだ。

 そして何より。

 風紀、と書かれたクリムゾンレッドの腕章など、彼女はつけていただろうか。

 

 

 




葉留佳は一般中学出身ということもあって、超能力をまだ完全に使いこなせていない感もあると思いますが、よくよく考えなくてもテレポートという超能力は化け物クラスの汎用性があると思います。

というか一人二人ならまだしも、一族単位でテレポートを使える戦闘能力者集団とか怖すぎると私は思いますが、一体どう思いますか?




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Mission104 吸血鬼の眷属

シンクロ次元の民度はもう、さすがシンクロ次元としか言いようがありませんね。
下手すると、民度自体はアカデミアの方がかわいいものだったりして。

それはそうと、エドがエクシーズ次元編で出てくるみたいですね。
これはD-Hero強化が来るか!?
OCGではDではなくE-Heroがまた強くなりそうとは思っているけどここは思ってないといっておきます、はい。


 

 そいつは突然現れた。

 三枝葉平にとっては、満身創痍の葉留佳を仕留めるには彼女一体何をしようと何も変わらないはずだった。

 たとえ葉留佳がナイフを持って差し違えるつもりでいたとしても、彼女では自分を殺すことはできないだろうという自信が葉平にはあったのだ。

 

 だが。

 

 三枝葉平が直観的に感じている感情は勝ったという確信ではなく、早く逃げろというアラームにも似た危機感でしかなかった。

 

「――――――――ッ!!」

 

 このままでは殺される。いいから身体を動かせ。

 意識ではそう思っていても、身体は言うことが聞かなかった。

 勿論葉平の身体自体は今も動いている。全く動けていないなんてことはない。

 いやむしろ、彼の身体は今、早く動き過ぎていた。

 

 テレポートという超能力は、こと戦闘においては間違いなく最強の超能力の一つであろう。

 だが無敵というわけではない。

 本人の耐久力は普通の人間となんら変わらないということもあるが、実というと欠点は他にもある。

 それは、亜音速にも勝る速度に身体と意識が普通はついて行くことができないということだ。

 三枝一族の超能力は、元々体質ありきで生まれた超能力ともいえるため、三枝一族の人間は大抵高速戦闘に身体と意識がついて行く。でもそれは、あくまでその他の人間と比較した場合優れていると言える、という程度のものでしかないのだ。科学的に証明されているわけでもなんてもなく、完全に克服しているわけでもないのだ。

 

 事実、三枝一族の超能力者(ステルス)といえど、完全に身体がついていけているわけではなかった。

 葉留佳のように空間を飛び越えるタイプのテレポーターの場合、一瞬にして見えている景色がガラリと変わるため、彼女をもってしても超能力を乱発すると酔ってしまう。葉平のように高速移動を極めて一瞬で遠距離を移動するようなタイプの場合、意識よりも先に距離を詰めてしまうことがある。勿論三枝一族のような特異な体質を持っていなかったら、自分の好きな場所で止まることなどできずに走り続け、どこかの壁にでもぶつかってしまうだなんてマヌケな状況が起きてしまうだろう。それでも、テレポーターはどのタイプであろうとも、超能力の発動直後は著しく変化する周囲の状況についていけないのだ。

 

 だから、実を言うとテレポーターはカウンターに弱かったりする。

 

 自動車を運転していたり、自転車に乗っているときは見えている景色が全然違うのと同じだ。

 スポーツだって、動体視力は普段の視力とは全く別のものとして扱われていることからも分かるだろう。

 テレポーターはその速度故に能力発動直後の空間把握能力がどうしても落ちてしまうため、立ち止まっているときならなんてこともないものですらも認識しずらくなっている。つまり、テレポーターは超能力の発動中こそが最大の弱点となる時間帯ともいえるだろう。もちろんそんなものはコンマ数秒の、普通ならだれにも認識できない時間に過ぎない。

 

 だが、その瞬間に割り込めるような人間がいたら?

 銃弾なんて、簡単に見切り弾きとばすような人間が相手だとしたら?

 

 それは、テレポーターにとっては間違いなく相手にしたくない人間であることは間違いないだろう。

 事実、葉留佳と入れ替わるようにして現れたそいつを前に、葉平は今更高速移動(テレポート)を止めることなどできなかった。

 コンマ数秒の世界において、そいつは葉留佳ではないと直観的に悟ることぐらいしかできなかった。

 

「…………」

 

 そいつは、葉平とは違い、立っている場所から一歩も動かない。

 それはそうだろう。彼女はわざわざ動かなくていいのだ。

 彼女がその場から一歩も動かずとも、向こうが勝手に亜音速で突っ込んできてくれる。

 

「―――――――――『青葉(あおば)』」

 

 取り出した、というよりは出現させたともいうべき形で一瞬にして一本の小太刀を取り出したそいつは、カウンター気味に葉平の心臓部へと小太刀を突き刺したのだ。

 

「――――――――――ガハッ!?」

 

 葉平は自分が刺された、という認識をするよりも先に、痛みが全身に回る方が早かった。亜音速で刃が突き立てられたこともあり意識が飛びかけ足元がふらつくが、その隙を見逃すほど小太刀を握りしめた少女は優しくはなかった。彼女は小太刀を手放すとすぐに身体を一回転させ、遠心力をつけて全力で釘をハンマーか何かで打ち付けるかのようにして、葉平に刺さっている小太刀の柄頭を葉平ごと蹴り飛ばした。

 

 心臓を貫かれたのだ。

 ブラドみたいな吸血鬼ならともかく、まともな人間ならまず生きてはいまい。

 葉平を殺したことになるのだろぷが、かといって彼女は何か言うこともなくただ倒れ伏した親族の男を見下ろしていた。

 

「…………かなた、お姉ちゃん?」

 

 静かに倒れ伏した男を見下ろしているのが一体誰なのか、葉留佳はわざわざ確認するまでもないことであった。けど、風紀と書かれたクリムゾンレッドの腕章をつけているその少女が今どんなことを考えているのかなんて葉留佳には全く分からなかった。葉留佳に分からないことはそればかりではない。むしろ分からないことばかりだ。昔は分かることといえば最愛の姉のことばかりであったはずなのに、今は佳奈多のことは全くといっていいほど分からない。

 

 今だってそうだ。

 今の葉平の高速移動(テレポート)で、自分は死んだと思ったのだ。

 さっきまで高速移動(テレポート)を認識すると葉留佳自身の超能力が勝手に起動していたから、また勝手に起動したのかとも思ったら、少し後方へと転移していた。そして、自分は助けられたのだと気づくのに、もうしばらくかかってしまった。

 

「あ、あの……わたし……わたし、かなたに……」

 

 言いたいことがある。聞きたいことがある。どうしても確かめておきたいことがある。

 なのに、具体的な言葉が全く出てこない。

 似たようなことが前にもあった。

 かなたが親族たちを殺したあの夜、わたしはかなたが何を考えているのか全く分からなかった。

 今だってそうだ。

 背中を向けているかなたは、一体どんな表情をしているのだろう。

 その答えがすぐに出てくる。考えるより先にかなたがこちらに振り向いたのだ。

 そして、その表情を見て、わたしの息は止まってしまう。

 

(……かなた、お姉ちゃんッ!)

 

 かなたは。

 一目で見て分かるほど――――――――――――ほっとしたように息を吐いたのだ。

 

 あなたが生きていてよかった。

 

 決して口には出さないが、かなたがそう思っていると葉留佳は感じると同時、葉平が言っていたことがすべて、本当のことであったのだと悟る。あの夜、親族たちを殺したのも、その後イ・ウーに身を置いたのも。そのすべてが、私を死なせないためにやったことなのだろうと、葉留佳は理解してしまった。

 

「かな――――――――――かなたッ!!」

 

 なんて言ったらいいのだろうか余計に分からなくなっていた時、葉留佳は見てしまう。

 心臓部を小太刀で貫かれたはずの葉平が、小太刀を引き抜いて佳奈多にすぐそばまで迫っていたのだ。

 それも、高速移動(テレポート)を使用してのことだから、コンマ数秒のことだったはずだ。

 

 でも、葉留佳の方を向いたままの佳奈多は、すぐ後ろまで迫っていた葉平を振り向きもせずに、特別変わったことなど何もないように再びカウンター気味に蹴り飛ばした。葉平は十メートルは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「……さすが最年少で公安0に入っただけのことはあるな、佳奈多。相変わらず容赦がない」

「お久しぶりです、叔父様。少しお聞きしたいのですが……どうして生きていらっしゃるのですか?最初の一太刀で()ったと思っていたのですが」

 

 葉平の心臓部からは今もドクドクと血が流れ落ちたままだ。

 だが、数秒として時間が過ぎると傷がふさがっていく。

 

「なッ!」

 

 葉留佳はその光景を見て、葉平がもはや人間ではない得体のしれない化け物のように思えてならなかった。そういえばさっきもそうだった。葉留佳の『空間転移(テレポート)』で三十メートルは上空から地面へとたたきつけられて、死ななかったばかりか傷も完全に修復していた。

 

「これも佳奈多、お前を殺すために手に入れた能力(ちから)だよ。お前は一族を暗殺した。まともに戦ったわけではない。お前と殺すために必要なものは、三枝一族唯一の弱点である耐久力を改善することだ。そうだろう?」

「……吸血鬼の力か」

「そうだ。お前を殺す。そのための力を手に入れる。ただそれだけために、俺は吸血鬼(ブラド)の眷属となったのだッ!!」

 

 葉平がそういうと同時、彼の身体の筋肉が膨れ上がる。そして、彼の口には大きな牙が生え、爪は刃のように鋭い形へと伸びていった。

 

「ひッ!」

 

 正真正銘の化け物と化した葉平を前に、葉留佳は震えが止まらない。もともと葉留佳は親族たちに虐待同然で育った身だ。過去のトラウマは、普通と向き合っているだけでも彼女を襲い掛かっていた。佳奈多への愛情や、親族たちへの怒りでそれを今まで抑え込んでいたが、一回それが外れてしまえば恐怖は心の底から留まることなく湧き出してくる。どれだけ自分に大丈夫だと言い聞かせても、もはや葉留佳に迫りくる恐怖にあらがうすべなどなかった。

 

「これが、この姿こそが人類が到達できる能力の完成形。銃弾にも勝る速度、何もされても回復する身体、そして……」

 

 葉平は佳奈多に突き立てられた小太刀を両手でつかむと、バキッ!と力任せに叩き折った。

 

「この、金属すら粉砕する圧倒的な力。佳奈多、この時を待っていた。お前を殺す、この時を」

「か、かなた!」

 

 剣を素手で折るような怪物を前に、葉留佳はもう戦うような意思はなかった。

 こんな怪物にはどうやったって敵いっこない。今すぐここから一緒に逃げよう。

 それから、ずっとどこかで身を潜めて一緒に生きていこう。

 そんなことを葉留佳は思ったのだ。

 きっと不自由なことはたくさんあるだろうけど、佳奈多がいてくれるならもう何もいらない。

 何も私は望まない。

 だから、一緒に逃げよう。

 

 そう言おうとしていた葉留佳とは対照的に、佳奈多は怪物と化した葉平を前に眉一つとして動かさなかった。葉平からは決して目を離しはしなかったが、それでも葉平を無視して葉留佳に彼女は伝えた。

 

「葉留佳。そこを動かないで」

「え?」

「心配しなくていいわ」

 

 佳奈多は本物の怪物と化した人間と前にしても何一つとして気負うこともなく、淡々と述べた。

 

「すぐ、終わるから」

 

 

         ●

 

 無限罪のブラド。

 こいつを倒すには、四つある魔臓を破壊する必要がある。

 しかも魔臓は魔術的な相互作用の修復効果があるため、同時に破壊しなければ意味がない。

 理樹の右手で一つは完全に破壊できたから、残りの魔臓はあと三つ。

 四つならともかく、三つならば二人いるだけでもまだ何とかなるレベルだ。

 

 実際、四つすべての魔臓を粉砕し、あのブラドを倒したと思い心の底から安心したからこそ、理子の絶望は大きかった。

 

「あぁ……あ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「理子さん……理子さん……ッ!!」

 

 理子の隣にいる理樹が必死に呼びかけているが、満身創痍で言葉にならない悲鳴を上げている理子に届いているとは思えなかった。

 

「直枝!理子を連れて逃げろッ!ここは俺がやるッ!」

「キンジ!でも、一体どうするの!あいつにはもう銃弾なんて効かないのよッ!」

「そんなことは分かっている!けど、やるしかないんだよッ!」

 

 どうしたらいいのか分からないのは理子だけではない。正直ヒステリアモードのキンジでもそうだった。理屈は分からないが、今のブラドは体中が金属のように硬質化している。さっきだって、キンジの銃弾はブラドの舌すら撃ち抜けずに弾き飛ばされたのだ。

 

(いざとなったら、体当たりでもなんでもしてあいつをこのランドマークタワーから一緒に飛び降りてさせてやるッ!)

 

 勝算があるとしたら、理樹の右手の能力だろう。

 ただ、それには理樹が一度づつブラドの魔臓に触れる必要があるが、それができるとは思わなかった。

 ブラドとしても、魔臓をもう一つ失うこととなろうとも、ブラドは理樹さえ始末できれば敗北は絶対にない。

 下手な援護では理樹の行動の邪魔になるだけで、ブラドは気にも留めないだろう。

 実際、ブラドは勝ちを確信したのかすぐには行動せず、理子をあざ笑うだけであった。

 

「ははは。無様だな四世。お前は結局、どうしようもない失敗作だ。そんな奴は、希望を持ったのがそもそもの間違いなんだよぉ。そう、遺伝で最初から決まっているんだからなぁ!」

「遺伝遺伝とうるさいやつね!あたしはあの子と戦ったから分かるの!あの子は本当に強い子よ!理子に本当に何の遺伝もなかったというのなら、それはあの子が生きた、まぎれもない証拠よブラド!」

「それは、欠陥品だからこそそう感じるのだろう?だが……お前の場合、遠山という欠陥を補うためのパートナーがいる。ホームズ家の人間が誰かと二人組の時は警戒しろ、と聞いたことがある以上、まずはお前から始末しようか、遠山キンジ」

 

 ぎろッ、と黄金の双眸(そうぼう)がキンジをとらえ、

 

「ワラキアの魔笛まてきに酔え―――――――――!」

 

 ブラドは大きく、大きく身体をソラし、ずおおおおおおおッと巨大なジェットマシンのような音と主に空気を吸い込み始める。ブラドの胸がバルーンのように膨らむという光景に、誰もが動けずにいた。

 

  ビャアアアアアアアアアウヴィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――――――――――――――ッ!!

 

 怪物の、咆哮。

 それはランドマークタワー全体を振動させるばかりか、低く垂れこめた雨雲の一部すら砕くほどの大音声であった。しかもそれはキンジたちの服が風ではなく音でパタパタと揺れてしまうほどのもの。ケースの中で振られたプリンのようにキンジの脳みそはぐらぐらし、全身の血液がかき回されているのが感じ取れた。一応鼓膜が破れないようにと耳をふさぎ、眼球が飛び出さないようにと瞼を閉じて、ショックで転倒しないようにと踏ん張ってはいるが、キンジはあることに気づく。

 

(……萎えて、しまっているッ!)

 

 キンジの生命線ともいえる切り札、ヒステリアモードが、解除されてしまっているのだ。

 きっとブラドはヒステリアモードを自分のもとにしてから、解除する方法についても発見したのだろう。

 だから、ブラドはキンジのヒステリアモードが解除されていることに気づいたのか、キンジを見てにやりと笑う。

 

 こうなってしまっては、キンジにはもはや打つ手がない。

 本格的に理樹の右手の能力にすべての望みをかけるしかないわけだが、肝心の理樹はといえば、理子のそばから動けずにいた。別に理樹が怖気づいたのではない。理樹の右手を握りしめている理子が、その手を放そうとしないのだ。

 

「……理子さん。この手を放して」

「ダメ……ダメだよ。そしたら理樹くん行っちゃう……理樹くん殺されちゃう……もともと理樹くん何の関係もなかったのに、理子のせいで理樹くん死んじゃうよ……みんなみんな、理子のせいでいなくなっちゃう」

「でも、何もしなくてもこのままでみんな死んでしまうよ?遠山君もアリアさんも、三枝さんだってどうなったのか分からない」

「でも、ダメ。言っちゃダメッ!いかないで!あたしを一人にしないでよ!」

 

 希望が完全に砕かれたからなのか、理子は今パニックに陥っている。

 普段の理子ならまずこんなことは言わないだろう。

 弱音を他人には吐いたりしないというものあるし、何より言っていることがちぐはぐなんてことはありえない。

 そうなってしまったのは、それだけ理子にとってブラドが恐怖そのものにも等しいということだ。

 そもそも理子は一度砕かれてしまえば二度ど立ち上がれないような勇気とともに立ち上がったようなものだった。そして今、なけなしの勇気で振り絞った希望が砕かれた以上、こうなってしまったのは誰が責められようか。そして、先ほどのブラドの咆哮だ。大声はそれだけで相手を威圧する。ただでさえブラドにおびえている理子が、心が折られても仕方のないことだ。それでも理樹としては、理子が手を放してくれないことにはどうしようもなかった。だから、決めた。

 

「ごめんね、理子さん」

 

 それが一体何に対する謝罪なのか、理子は分からない。

 それでも自己嫌悪の言葉が次々と心の底から湧き上がってきては理子の口に出てきていた。

 けど、それも理子の意思とは関係なく、ふさがれることになる。

 

「へ?何言ってるの理樹くん。どうせブラドには最初から勝てなかったんだよ。あたしなんてどうせ何をやってもダメだって最初から―――――――――ッ!!」

 

 だって。

 理子の口が、理樹の口によって無理やりふさがれてしまったのだから。

 

「……え?」

「落ち着いた?いい、理子さん。よく聞いて」

 

 起きた出来事に対し、理子は今置かれている状況を忘れてしまうほど放心してしまう。

 それは理樹の作戦でもあった。

 パニックに陥っている理子を正気に戻すには、彼女によほどのことをしなければならないと思った。

 これくらいのことでもしないと、理子が手を放してくれないと思った。

 

 ―――――――本当に、それだけ?

 

 この行動にどんな思いがあったのか、理樹本人とて分からない。

 別にこんなことはしなくてもよかったような気はする。

 理子が嫌がったとしても、無理やり理子の手を振り払うことだってできたかもしれない。

 それに、これが今生の別れになるだなんてことも思わない。

 

 だって、理樹自身、ブラドに負けたとは微塵も思ってはいないのだから。

 

 それでも、理子に伝えておきたいことがあった。見せてあげたいものがあった。

 かつて自分が救われたように、君は一人じゃないんだと教えてあげたかった。

 理子の全く知らないところで、ブラドに勝ちました、ですべてを終わらせたくはなかったのだ。

 こんなこと、理子本人に伝えたら馬鹿にされても仕方ないと思う。

 結局自分のエゴのようなものにだって思う。それでも言いたいことは、伝えたいことは言っておこう。

 

「理子さん。君は強い。僕よりも、ずっと強い。けど、強いからこそ分からなかったんだ」

 

 理樹は自分が優秀な人間だとは微塵も思っていない。

 ヒーローに憧れていないとなれば嘘になる。ヒーローになりたいとも思っている。

 けど、今の自分はヒーローでもなんでもなく、ただの弱い一人の人間に過ぎないのだとも思っていた。

 自分にできることはきっと、他の誰かにだってできることなのだろう。

 右手には固有の能力が宿っているけど、そんなものがあるから優れているだなんて言いたくはない。

 そんな、何の努力もなしにいつの間にか持っていただけのものをオンリーワンのアイデンティティにしたくない。

 

「僕ら一人一人の力なんて大したことはない。一人ではつらいから、寂しいから。だから誰かと二つの手をつなぐし、それでもまださみしいからみんなで輪になって手をつないだりもする」

 

 そういう理樹の瞳には、希望が満ち溢れていた。

 

「そうして出来上がったのが、僕たちリトルバスターズだッ!ブラドッ!お前は自分の自分の力を過信し、僕のような他愛もない人間相手に遊び過ぎた、時間をかけすぎた。それがお前の敗因だッ!」

「一体何を言っている。たとえお前たちが力を合わせたところで、どうにもならないことはわかりきっているだろうに」

 

 ブラドから侮蔑の視線を受けてもなお、理樹は全く動じることはない。

 むしろ今の状況を前にして、先ほどよりも生き生きととしてきたぐらいだ。

 そう。まるで理樹は、自分たちの勝ちを確信しているかのようであった。

 

「理子さん。そういえば、さっき君の名前を聞いたけど、僕ら(・・)は名乗っていなかったね」

 

 理樹はブラドを前にして、宣言する。

 

僕ら(・・)は、リトルバスターズだ!」

 

 僕ら。

 その言葉に含まれている人間が、キンジたちではないとブラドは悟った。

 事実、理樹はブラドの方向を見ているようでを見てはいなかった。

 理樹が見ていたのは、ブラドの後ろに来ていた新たな乱入者であった。

 

「誰だ?」

 

 こいつこそが理樹の自信の源なのだろう。

 ブラドはそう判断し、とりあえず聞いておくことにした。

 すると、そいつは何一つとして隠すことなく言い切った。

 

 

「リトルバスターズリーダー、棗恭介。さぁ、満足させくれよ」

 

 




年末のターンエンドから二話しか立っていないのに随分と状況が好転した気がします。
葉留佳サイドも理子サイドも援軍が一人登場しただけで、戦闘なんてほとんどやってないのに!


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Mission105 青葉と赤葉

遊戯王の4月からの制限改訂が発表されましたね!
現環境勢が軒並み大打撃を受けました。
これはもしや、青眼と師匠の環境がくるか……ッ!!

劇場版の予告の真究極嫁がかっこよすぎて感動しました。


 三枝葉平と二木佳奈多。

 血縁上は親族に当たる人間同士であるが、互いに抱いている印象は決していいものであるはずがない。

 ゆるぎない事実として、もちろんどちらか一方が悪いなんてことはないのだろう。

 佳奈多は事実、三枝一族の親族たちをその手にかけている。

 佳奈多が葉平に対してどう思っているのか正確なところは分からない。

 殺したいほどの憎しみを抱いているのか、それとも親族たちのことでの罪悪感でも感じているのか。

 どちらにせよ、今の佳奈多には葉平に対して手心を加えるつもりはなさそうである。

 

「すぐに、終わらせるか」

「……何か?」

「あいにくだが、こっちはそんなつもりはない。お前には殺す前に聞いておきたいことがある」

 

 葉留佳と葉平の戦いがそうであったように、元来三枝一族の者同士の戦いはそう長引くものではない。

 それは、戦う人間が葉留佳から佳奈多へと変わったとしても同じこと。

 どちらかが死ぬまで戦いは続くだろうが、葉平はその戦いを今すぐに始めるつもりはないようであった。

 

「一体何ですか?なぜ私があなたたちを見捨てたかなんて、つまらないことを聞くつもりではないでしょうね」

「そこの疫病神がお前をすべてを狂わせた。そんなものはそれで充分だ。お前に聞きたいこととは、一つだ。あの四葉(よつのは)の小僧は――――――――――四葉(よつのは)(ツカサ)は今どこにいる?」

「ツカサ君?」

 

 そういえば、四葉ツカサについての疑問は葉留佳の中で何一つして解決していない。

 もともと葉留佳にとって、四葉ツカサという人間はどういう人だったのだろうか。

 親族の一人……というのは血縁上では正しい表現であるが、葉留佳にとって親族たちとは自分を疫病神だと扱い、生まれてこなければよかったのだと吐き捨てる連中のことを指す。そうなれば、少しなんだが違うような気もする。

 

 じゃあ、ツカサ君のことを家族といえるだろうか?

 これもない。葉留佳にとっての家族は、たった一人だけだった。それは今でも変わらない。

 あの夜にすれ違うことになったが、今でも葉留佳が家族だと思えた人間は佳奈多一人だけである。

 

 だから、大して今まで気に留めてはいなかった。

 佳奈多のことでいっぱいいっぱいで、ツカサ君に対してあまり調べていなかったというのもある。

 薄情にも思えるかもしれないが、正直気にするだけの余裕は葉留佳に今までなかったのだ。

 佳奈多と会えたら直接聞けばいいと思っていたところもあった。

 ツカサ君が両親に残していた置き手紙に従って、一般中学から東京武偵高校へとやってきた。

 姉御と慕える人出会いハートランドという場所に連れられて、超能力をまともに扱えるように必死に努力した。

 半年ぐらいかけてようやく一段落して東京武偵高校へと戻ってきた矢先、佳奈多が東京武偵高校へと現れた。

 

 それからの時間は自分でも一体何をしていたのだ、と我ながら呆れている。

 

 佳奈多が寮会で仕事を始めた以上、会いたいと思えば会いに行けた。

 けど、嫌われるのが怖くて、別人のように変わってしまった佳奈多のことを見ていたくなくて、今まで面と向き合って対峙することが全然できなかった。他人のように話をする佳奈多なんて、見ていられなかったのだ。

 

 だから、ツカサ君のことなんて気にしてはいらなかったのだ。

 今日こそは。今日こそはちゃんと佳奈多と話をするんだと自分に言い聞かせて、何を言えばいいのかも分からずに無意味な時間だけが過ぎていっていた。けど、思いかえせばツカサは余計なことはしない人だったように思う。生きていると聞かされて、そこまでの衝撃を受けずにすんなりと納得している自分がいた。

 

「やっぱりツカサ君は……生きてるの?」

 

 ツカサ君がいなくなったのと、佳奈多がおかしくなり始めたのはほぼ同時期だった。

 ツカサ君の失踪が、佳奈多を狂わせた要因の一つなのだろうと考えていたが、今日知ったことを考慮すると、また違った事実が見えてくる。

 

 ―――――ツカサ君は、最初から佳奈多が一族を滅ぼすことを知っていたのではないか。

 

 そうなるとしっくりくるのだ。

 だとしたら、あんな未来予知にも似た置き手紙を私の両親に残すことができたのだ。

 

『葉留佳。佳奈多を取り戻したいのなら、お前はその超能力を使いこなせるようになれ。そして委員会連合に所属するどこかの委員会に入れ。そうしたら、そのうち佳奈多と会えるだろう。あと髪留めはそのまま持っていろ。将来役に立つ』

 

 手紙というにはとても短く、言いたいことだけ書いてあっただけのものゆえその意図が全然分からなかったが、結果として予見は事実となった。もはや予言にも近いものになった。

 

「生きてるか、だと?よくよく考えてみたら分かるだろう。そもそも」

「……くだらない。言いたいことはそれだけかしら」

 

 ツカサ君が生きている。それは佳奈多にとっては重要なことでもなんでもなかったらしい。佳奈多は葉平に対しての落胆を隠しきれないように息を吐いた。佳奈多は制服のポケットから手のひらサイズの小さなケースを取り出すと、その中から小さな粒を出して口に含んだ。

 

「あいつが今どこにいるか。そもそも生きているのか。なぜ突如行方をくらましたのか。そんなどうでもいいことよりもあなたは他に、私に対して言うべきことがあるでしょう」

「言うべきこと?なんだ、自分を人殺しにした懺悔でもしろっていうのか」

「……はぁ。もういいわ。あなたたちはそういう人間だったわね。これ以上は不毛なことよ。それじゃ……殺し合いを、始めましょう」

 

 そういうと同時、佳奈多の両手に一本の小太刀が出現する。

 テレポートを使って前に出したのだろうか、手で取り出す動作が一切なかった。

 佳奈多が剣を出したことには何の反応もなかった葉平であったが佳奈多の持つ小太刀に書かれている紋章を見て、葉平は眉をひそめることとなる。

 

「そういえば、お前は自分の持つ委員会の紋章にもそいつを使っていたな。自分が滅ぼした四葉(よつのは)公安委員会の紋章を剣に刻んでいるとは、裏切り者がいい度胸をしているじゃないか」

「よく見なさい。上下逆様でしょう?」

  

 佳奈多は右手に茎の付いた四葉のクローバーが書かれた小太刀を持ち、葉平に見せつけるようにして小太刀を横に構えた。茎が付いているため対照的な模様はしておらず、上下がはっきりと存在する紋章であったのだ。葉平はそれが四葉公安委員会で使われていたものだと判断したが、佳奈多が違うと否定する。

 

「ズーボルテルテって知ってるかしら。てるてる坊主を頭が下になるように吊るしたものよ。てるてる坊主が明日の天気が晴れることを願うものなら、ズーボルテルテは明日雨が降れ、曇りになれと願うもの。魔術にも、逆様にすることで意味合いが全く逆の方向に行くものも結構ある。なら、この剣の紋章の意味も分かるでしょう。私が一体、あんたたち親族連中を一体どう思っていたかも大体想像がつくでしょう」

「それって確かツカサ君が……」

 

 葉留佳は前に四葉ツカサから直接聞いたことがあるし、直接使っているところを見たこともある。

 反転四葉の紋章。

 元々幸運を願う四つ葉のクローバーの反対の意味は不幸を願う。

 こんな一族なんか、滅んでしまえという怨念にも似た思いとともにツカサ君が使っていた紋章だ。

 

「私が仕方なく、血の涙を流しながらあなたたちを殺すことを決めただなんて思わないことね。何度も思った。あなたたちがもう少しまともでいてくれたら、そしたら……」

「……」

「私のことを恨んでいる?いいでしょう。私はそれだけのことをした。当然のことよ」

 

 でもね、と佳奈多は区切り、宣言した。

 それは佳奈多の心のうちにある本心であり、怒りであり、絶望でもあった。

 

「けど、すべて私が悪いみたいに思われるのは心外よ。私だってあなたたちのことを恨み、憎み、すべてをぶち壊してやりたいと思っていたのは紛れもない事実なのだから」

「それが本心か。佳奈多」

 

 葉平は先ほど自分がへし折った佳奈多の小太刀を見る。

 今佳奈多が持っている小太刀を同じように、そこにも反転四葉の紋章が書かれていた。

 

「かかってきな。この小太刀と同じように、お前の込めた願いからすべてへし折ってやる」

 

 その言葉が二人の殺し合いの合図となる。

 葉平と佳奈多の間にある距離はだいたい十メートル。

 テレポートが扱える二人にとって、そんなものは一秒もかからずして詰められる距離だ。

 先に動いたのは佳奈多であった。

 目の前に立っていた佳奈多が突如消えた、と葉留佳が思ったと同時、佳奈多の小太刀は葉平の首を切り落そうと葉平のすぐ横まで迫っていた。

 

 葉平とて三枝一族の超能力者(ステルス)。もちろん単なる不意打ちでやられるような人間ではない。高速移動(テレポート)を使い強引にまた距離を取るが、彼は自分が気づいてはいないだろうが冷や汗をかいていた。別に、あとちょっとでも反応が遅れていたら首が切り落されていたことへの恐怖ではない。かつては公安0に匹敵する四葉公安委員会のメンバーとして働いていたのだ。死と隣り合わせの修羅場くらいならば今までだって幾度となく経験してきた。

 

 そして、葉留佳のように佳奈多を一瞬でも見失ったことが原因でもない。葉平は葉留佳とは違い、佳奈多の動きを一瞬でも見失うことはなかった。むしろ、一度も見失わなかったことが原因なのだ。

 

(……こいつ、今のはまさかただの踏み込みかッ!?)

 

 三枝一族として根底にあるのは高速戦闘能力であるが、それでも一族内でもやり方に違いは出ていた。葉平のように物理的に高速で移動するか、葉留佳のように空間そのものを一瞬で転移させるか。佳奈多は公安0にいた時代もあまり超能力は使いたがらなかったが、確かなのは佳奈多の超能力は葉留佳と本質は同じもの。佳奈多のテレポートは彼女自身を高速で移動させるようなものじゃない。にもかかわらず、空間を飛び越えるような様子もなく一瞬で迫ってきたときことは、これは超能力でもなんでもなく、ただの身体能力によるものだ。それでいて、葉平の高速移動(テレポート)にくらいついていた。

 

 驚いている暇はない。

 佳奈多の小太刀は葉平の心臓を再び突き刺そうと迫ってきている。

 

高速移動(テレポート)ッ!!)

 

 すかさず葉平は超能力を発動し、その速さを持って迫る佳奈多から逃れると、そのまま佳奈多の背後まで回り込む。いくら佳奈多が葉平のテレポートに速度でついてこれるといっても、それはあくまで瞬間的な速さにすぎない。佳奈多では自分の足で何十メートルも一瞬で動くことはできないのだ。剣を振った直後の佳奈多に対し、今度は葉平のターン。小太刀を再び構える前に佳奈多をその膨れ上がった筋肉で叩き潰そうとした葉平だが、彼はまた危機感とともに攻撃を中断して飛びぬくこととなった。佳奈多は背を葉平に向けたまま、パントマイムでもするように小太刀を指先だけで向きをくるりと変え、引き戻す動作とともに刃を突き刺そうとしてきたのだ。

 

「――――――――――――」

 

 元々小太刀という武器は、どちらかといえば攻撃よりも防御に向いている武器だ。

 一度竹刀を持ったことがある人間なら分かることだが、本来剣というものはそう簡単に振り回せるものではない。理由として挙げられるのは剣自体の重さもあるし、その長さゆえに振り回しにくいということもある。小太刀は一本の日本刀と比較すると短い分威力は大きく落ちる。射程だって短くなる。射程に入れるために、相手の懐にもっと近づかないといけない。

 

 そんな欠点をすべて背負ったとしても、小回りが利くというのは魅力的なもの。

 

 葉平にとって、佳奈多の小太刀により攻撃を回避する分には特に苦労はなっかったが、攻める分にはとてつもなく難航していた。小回りの利く小太刀を利用して、佳奈多はどんな状況からでもカウンターとして刃を突き刺していたのだ。葉平の攻撃する瞬間こそが、佳奈多にとっての最大のチャンスと思えるほどになっていたほどにだ。 

 

 何度も何度も葉平は超能力(テレポート)を駆使して佳奈多に決定的な隙を作ろうとしているものの、佳奈多はどれも見逃さずに命を刈り取ろうと刃を突き立ててくる。葉留佳には正直何をやっているのか認識することすら難しかったが、ほとんどその場から動かず葉平をさばいている様子を見てふと疑問に思うことがあった。

 

 ――――――――――どうして佳奈多は、超能力を使わないの?

 

 いくら佳奈多が超能力を快く思っていなかったとしても、そんな変なプライドを持つような人じゃない。

 疑問に思い始めたのは葉平とて同じだったようで、葉平は一度佳奈多と自分の間を三十メートルくらいまで高速移動(テレポート)で突き放し、佳奈多にその理由を突きつけた。

 

「佳奈多。お前の超能力は――――――――――――どこまで弱体化している?」

「……」

 

 佳奈多は返事を返さなかったが、佳奈多が何か言わないでも葉平の中ではその予測がすでに出来上がっていた。

 

「お前、今超能力を全く使えないな?」

「なッ!?」

 

 葉留佳が驚いているが、実を言うと葉平にとってはそれほど不思議には思わなかった。

 かつての佳奈多についてどれだけ知っていたかの差からくる認識の違いによる差であろう。

 葉留佳は佳奈多がどれだけの強さを持っているかの正確なものをほとんど知らない。

 諜報科レザドのSランク武偵。最年少の公安0。

 そんな強さの基準となる要素は知っていても、具体的に佳奈多の戦いというものを四葉公安委員会から切り離されていた葉留佳は見る機会もなかったのだ。この様子だと葉留佳は双子の超能力者におきる現象のことは知っていても、佳奈多の超能力が弱体化していることを知っているかすら正直言ってあやしそうだ。

 

 だが葉平にとってはおかしな点はいくつもあった。

 

 まず、佳奈多はこの戦闘を始める前にポケットから何かしらのケースを取り出してその中から何かを口にしている。それが一体何なのかは聞くまでもなく想像つく。『原石』と呼ばれていて『はじまりの超能力者』とも称されている連中ならともかく、超能力者(ステルス)は基本的に特殊な体質の持ち主だ。具体的に言うと、ある特殊な成分に極端に反応する。普通の人間ならなんてことない物質でも強烈なアレルギー反応を示すことがあるし、逆にある成分を取るだけで体力、魔力が回復することもある。つまり、自分に適する成分さえ分かってしまえば

超能力者(ステルス)はドーピングにも似たことができるのだ。ゆえに超能力者(ステルス)は保険としてその薬を持ち歩くことは格別珍しいことではない。

 

 だが、こと佳奈多が薬を使う分には葉平にとっては違和感しかない。

 

 それは三枝一族の体質が特別なものゆえに佳奈多には薬など効果がないという理由からではなく、佳奈多にとっては薬を使うという状況自体がおかしいのだ。

 

(佳奈多。お前の超能力は、そんな薬に頼らなきゃならないほど落ちぶれていたのか)

 

 薬は本来、自分ではどうにもならないものを外部から補うためのもの。使わないならそれにこしたことはないのだ。昔の佳奈多ならそんなものを使うまでもなく、最強の魔女の名くらいは欲しいままにできるだけの能力はあったのだ。自分の能力を高めるための武器である薬でさえ、こと佳奈多においては能力自体が弱くなった現実を突きつけていた。

 

もちろん弱体化したといっても超能力が全く使い物にならなくなったわけではないだろう。

 だが佳奈多が今使えない理由は分かり切っている。

 

「一応聞いておいてやるが……お前、さっきまでどこにいた?近くで見ていたわけではないんだろう」

「……錬金術師ヘルメス」

「?」

「知らないか。どうやらブラドとパトラは、私を邪魔だし殺したいとは思ってはいても、それで互いにすべての情報を共有していたわけでもないみたいね。または、あなたはブラドにとって仲間でも部下でもなく、単なる研究動物みたいな存在なのかもしれないわね」

 

 佳奈多が理子と連絡を取り合っていて、佳奈多が理子の取引の様子をひそかに見ていたということはない。そうだったら佳奈多はブラドと葉平が理子たちの前に姿を現した時点で転移してきているはずだ。今思えば、葉留佳の左目が緋色に代わり、紫の紋章が浮かんだかと思えば、葉平の高速移動(テレポート)に対応して彼女の超能力が起動するようになっていたことは、佳奈多が来るまでの時間稼ぎとして『機関』の科学者が仕込んだもののように思えてくる。そうなると、

 

「これは傑作だ。お前、そこの疫病神を守りにここに来るために超能力をほとんど使い切ってしまっているとはなぁ!!」

「そ、そんな……」

 

 もし佳奈多が葉平に殺されるようなことがあれば、その原因が自分にあると自覚した葉留佳の表情が青ざめる。それと同時に、葉平は佳奈多を殺すために必要なことを導き出す。

 

(あの剣だ。あの剣さえ佳奈多から奪えば、もう佳奈多が俺を殺すことは不可能だ)

 

 三枝葉平は吸血鬼の回復能力を手にしている。だから葉留佳に上空から地面に叩きつけられても生きていたし、佳奈多に心臓を釘を打つように小太刀で貫かれても生きていた。だが、全く痛みを感じなかったわけではないのだ。佳奈多を相手にする場合、葉平が相打ち覚悟で高速移動(テレポート)を使ったとしても、佳奈多は先に刃を突き立てて直前で空間を飛び越えて回避するだろう。そして、葉平が痛みを感じて動きが鈍った一瞬の隙を見逃さず、佳奈多は次々と何らかの手を打ってくるだろう。最年少で公安0のメンバーとなった奴だ。そこで躊躇するこど彼女は甘くない。それゆえに葉平は佳奈多を魔相手に相打ち同然の行動はできていなかった

 

 だが、佳奈多が今超能力を使えないとしたらまた話は別だ。

 

(むしろ、佳奈多の超能力が戻る前に勝負を決める気でいた方がいい。今は佳奈多を始末するのにこれ以上ない機会だ)

 

 そうと決まれば迷うことはない。葉平は一刻も早く行動に移すことにして、相打ち覚悟で『高速移動(テレポート)』を実行した。佳奈多は葉平と交差する一瞬で先に小太刀を突き刺すも、このままでも自分も吹き飛ばされると判断した彼女は迫りくる葉平の胸を右足で蹴り、反動で飛びぬくという強引な形で距離を取った。

 

 ただ、急に危機を感じて飛びのいたため、佳奈多は右手に持っていた小太刀を手放してしまう。

 

 佳奈多の刃の方が先に突き刺さったため、相手が並みの人間ならこの時点ですでに勝敗は決している。

 ただ、回復能力を持つ葉平の命を奪うまではできなかった。

 そうなってしまうと、もう佳奈多には葉平を傷つけるすべはない。素手で葉平と戦ったところで、佳奈多が与えれられる外傷が葉平の回復量を上回ることはないはずだ。これで心置きなく佳奈多を吹き飛ばせる。そう確信した葉平はうっすらと笑みを浮かべ、葉留佳は悲鳴を上げた。

 

(超能力が使えない以上、空中ではお前は身動きが取れない。俺の『高速移動(テレポート)』を回避することはできない。終わりだ佳奈多ッ!)

 

 吸血鬼の眷属となり、獣に近い身体能力を手にした葉平がこれより行うのは、その身体を用いた超高速タックル。人間の骨くらい簡単に砕くだけの、絶対的な破壊力を持つ巨大な大砲。絶望的ともいえる状況に立たされたはずの佳奈多だが、彼女はその場から逃げようとはしない。逃げられない。

 

(……そこの疫病神ともども、消え失せろ――――――ッ!)

 

 だって、葉平と佳奈多を結んだ一直線上に葉留佳がいる。

 佳奈多が逃げたとしたら、葉留佳が葉平の攻撃を受けることとなる。

 葉留佳が死んだら葉留佳の超能力が佳奈多に伝達する以上葉平は葉留佳を殺せないはずだが、それで安心するような人間じゃないと葉平は踏んでいた。事実、佳奈多はその場から逃げようとはしない。

 

 その場から一歩もして動かず、葉平の『高速移動(テレポート)』を正面から見据える。

 そして、佳奈多が葉平の音速にも迫るタックルを正面から受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「かなたッ!!」

 

 葉留佳の悲鳴がその場に響くが、佳奈多はそのまま空中を舞ったまま体制を整え、葉平の方向に身体を向けたまま後方へと押し出されながらも踏みとどまる。致命傷となって様子もなく、顔色も変えずにいた佳奈多を見た葉留佳はほっと一安心した。

 

(よかった。お姉ちゃん、あの一瞬でタックルに合わせて後ろに飛びのいていたんだ)

 

 佳奈多の安否の方に意識が言っていたため、葉留佳が葉平から一瞬意識の外へと追い出してしまっていた。そういえば、と思い出したとたん慌てて葉平の様子をうかがった葉留佳であったが、

 

「…………へ?」

 

 彼女は目にした光景を前に、理解が追いつかなかった。

 葉平は佳奈多を吹き飛ばしたその場に立ち止まったままだった。そこまではいい。

 信じられなかったのは、葉平の胸を貫くようにして二本の小太刀が突き刺さっていたことだ。

 葉平の追撃がなかったのは、佳奈多によって深手を負わされたから。

 こうなってしまったら、葉平に佳奈多が吹き飛ばされたというよりは佳奈多によって葉平が止められたと見るべきなのかもしれない。

 

「やっぱりね。あなたは吸血鬼の眷属となったなんて言っていたけど、元々人間であることには変わらない。いくら心臓一つ貫かれても即死せず回復までできるようになったといっても、痛覚はそのままのようね。なら話は早い。いくつあるか分からないけど、魔臓を全部つぶすか、あなたがもうやめてくれと懇願するまで剣を指し続ければいいだけのことね。痛みにあなたの心が折れるのが先か、私の魔力が尽きて剣が出せなくなるのが先か、試してみましょうか」

 

 そう淡々と機会的に告げる佳奈多の両手には、再び二本の小太刀が握りしめられている。

 それを見て、信じられないとばかりに葉平は叫んだ。

 

「お前、その剣は一体なんだ?一体どこに剣を隠し持っていた!?」

 

 まず、佳奈多に心臓を貫かれて時に使われた小太刀が一本。それは叩き割って真っ二つになった。

 次に先ほど佳奈多に突き刺されたのが一本。これはまだ葉平の肩に突き刺さっている。

 そして、今しがた差し込まれた小太刀が二本。これは葉平の胸に刺さったままだ。

 それだけで佳奈多は五本の小太刀を使っている。

 なのに、そのうえで彼女はもう二本、小太刀を取り出して手にしている。

 いくら小太刀が小さいものだといっても、ポケットに入るナイフではないのだ。

 いくらなんでも持ち運べる限界を超えている。 

 しかも、今佳奈多は魔力が尽きると剣を取り出せなくなるかのような発言をした。

 

「まさか、私がイ・ウーにいられなくなり、あの連中と全面衝突する可能性を考えていなかったとでも?イ・ウーのメンバー全員誰と戦ってもいいように対策を練っていなかったとでも思っていたのならお笑いものね。私の超能力はもうあてにできないものとなった以上、魔術でも科学で何でもつかって対策を用意しておくのは当然でしょう」

 

 佳奈多は自分が持っている二本の小太刀を見つめる。

 右手に握りしめられているのは、反転四葉の紋章が描かれた小太刀。

 その名は青葉(あおば)

 左手に握りしめられているのは、秋の紅葉に見られる特徴的な五本に分かれた(くれない)の葉が描かれた小太刀。

 その名は赤葉(あかば)

 

 二つそろって霊装『双葉(ふたば)

 知り合いの学者コンビが式神の携帯性に着目して作り出した霊装だ。

 持ち運びが面倒だが強力な能力を発揮する霊装をその場で組み立てることはできないのか、なんてことをやってみた結果、二人は式神の技術を応用して作り出した。

 

「こいつは概念的には剣というよりは式神に近いらしいわ。ほら、別に金属でできていて、小太刀の形をした式神があってもおかしくはないでしょう?そして、式神である以上はその場で作り出せてもおかしくはないでしょう?」

 

 佳奈多には敵である葉平にわざわざそんなことを教えてやる義理はない。

 それでも質問に答えてやったのは親切心からでも自分が負けるはずがないとする自信からでもなく、単に注意を二本の小太刀に向けるための作戦であった。

 

 ―――――――――――――ドガッ!

 

 そんな音が一つ屋上に響いたと思ったら、

 

 ――――――――――――ドガドガドガドッカーンッ!!!

 

 連続して轟音が鳴り響き、屋上は爆風と轟音に包まれた。

 突然のことで事前の予測もしていなかった葉留佳は、吹き荒れる風に足元を崩しそうになってしまう。

 

「私のことを極東エリア最強の魔女だなんていう人もいるけど、私は真っ当な一騎打ちをするよりもこういった騙し討ちや不意打ちの方が得意なのよね」

 

 爆心地は葉平の足元。

 佳奈多は葉平に吹き飛ばされる直前、小太刀を突き刺すだけでなく、ありったけの爆弾を足元へとばらまいていたのだ。爆撃の直撃を受けた葉平がどうなったのか爆風や煙でよく見えないが、しばらくしたら影が見えた。ふらふらと、立っているのもやっとであるかのようであった。いくら無限にも近い回復能力があったとしても、痛みを感じない化け物になったわけではない以上、爆撃の直撃をうけて平然としていることはできなかったようだ。少しでも動きが鈍ったこの瞬間は、佳奈多にとっては格好の的でしかない。

 

 葉平が再び動けるようになる前に、佳奈多は次々に小太刀を生み出しては刺していく。

 頭を、足を、のどを、腕を、胸を、背中を、肩を、ひじを。

 佳奈多は小太刀を指したら引き抜いたりせず、そのままの状態で次の小太刀を作り出しては突き刺していく。

 最終的には何十本と葉平の身体全身に小太刀が突き刺さることとなり、あれだけ敵意をむき出しにしていた葉留佳ですら痛々しくて見てはいられず葉平から顔をそらしてしまう。

 

(……これだけ刺せばいくらなんでも全部引き抜くことはできないでしょうし、刺さっている剣を抜かない以上は傷の修復だってできないでしょう)

 

 恨み言をつぶやくこともできず、そのままうつ伏せになる形で前方へと倒れていく葉平に対し、佳奈多はさすがに思うところがあったのか、穏やかな口調で語り掛ける。

 

「確かにあなたの言う通り、所詮私は裏切り者の人殺し。パトラの一味にやられてやるつもりはさらさらないけど、どうせ私はろくな死に方はしないでしょうね。イ・ウーに染まった裏切り者として公安0の先輩方によって処理されるか、それともいつか私を殺しにきた誰かによって始末されるか。それだけのことを私はした。でもね叔父様。私がしでかしたことを償うべき相手はあなたじゃない」

 

 罪を犯した人間はその償いをしなければいけないだろう。

 それがどれだけの苦痛を伴うものでも、一生かけて償うべきものでも生きている限りは絶望して償いをやめるべきではない。

 でも私が償うべき相手は、

 

「この私を前にして、家族を奪われたという一言すら出てこなかったあなたじゃない。超能力がどうだとか、そんなことばかり口にする奴に対してじゃない。その実親族たちにすら全く愛情を注いでいない奴に対してじゃない。……まぁ、それはお互いさまか。私だってあなたたちを愛そうとさえ思わなかった。私の家族は一人だけだと思っていて、それ以外は血のつながった人間だろうが愛情の欠片すら注ごうとさえ思わなかった」

 

 だから、

 

「愛そうとさえしなくて、ごめんなさい」

 

 




『流星の魔法使い』をやっていたころからちょくちょく情報を出していたのですが、今回の話までで佳奈多とパトラの仲が現状どんな感じになっているか分かったことかと思います。それと同時に、佳奈多とカナの仲もなんとなく想像できたかと思います。


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Mission106 命の価値

シンクロ次元にタクシー(赤き竜)いたのね……
タイラントを出すときのジャックのダブルチューニングの口上は、スカノヴァの口上を思い出して感動しました。

王者と悪魔、今ここに交わる! 荒ぶる魂よ、天地創造の叫びを上げよ!
シンクロ召喚ッ! 出でよ、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン!


 

 

 愛そうとさえしなくてごめんなさい。

 何十本という小太刀を突き刺しておきながらもそんなことを口にする佳奈多が一体どんな気持ちでいるのかなんて葉留佳には分からなかった。葉留佳は常日頃から死んだ親族たちのことは正直どうでもいいというスタンスを取っているし、親族たちを殺した佳奈多に対して復讐してやろうなんてことも思ったことは一度としてない。これをいうと血のつながった人間に対してあまりにも薄情だと遠山キンジからの反感をくらったものだが、葉留佳にとってはそれが事実なのだから他にどうすることもできないし思いもしない。それでも実際にその手にかけた佳奈多にとっては何か思うところがあるとは思っていた。

 

(そんな……そんなことを思っていたの?)

 

 でもそれはせいぜい殺してしまったことに対しての罪悪感だと思っていて、そもそも彼らを愛そうとさえしなかったことを後悔しているとは思いもしなかった。葉留佳自身そんなことを後悔したことはなかったし、自分が反省すべき点であるなんてこれっぽっちも思いもしていなかった。もしも過去を遡りやり直すことができたとしても、あの連中を家族だと思おうなんて微塵も考えなかったはずだ。何を言ったらいいか分からなくなってしまった葉留佳とは違い、その発言を聞いた葉平は激昂する。

 

「……愛そうとさえしないて、ごめんなさいだと?」

「なんだ。まだ生きていたの。随分としぶといのね叔父様」

 

 小太刀を何十本も受けている状態では、小太刀の一本二本引き抜いたところで意味はない。それでもなお、葉平はもう立ち上がることができるのは佳奈多に対する恨みがそれだけ大きいということなのだろうか。葉平の身体は動かなくても、言葉だけは止まることなく彼から出てくる。

 

「なぜだ。なぜだ佳奈多ッ!なぜそいつを取った!!」

「…………」

「妹だから無条件に大切だとでも言うつもりか。昔のお前はそんな人間ではなかったはずだ!昔のお前は誰かを思いやるような人間ではなかった。俺たち親族の手で育てられたお前は昔はもっと冷酷で、もっと狡猾な奴だった!まさしく暗部の一族に生まれ落ちた人間としてふさわしいような、すべてを恨んでいるような奴だった!」

「……否定はしないわ。事実、私はあなたたちを見限って見捨てた。どんな御託を並べようが、私は人を殺せる人間だった」

「俺たちはお前が欲しがったものはすべて与えてきたはずだ。幼い子供が好きそうなお菓子でも玩具でも、女の子が好きそうな服でもなんでもお前が望めば与えてきた。けどお前はいつしか、決して首を縦には振らなくなった。そうだ!すべてはお前がそこの疫病神と関わりだしてからおかしくなった!」

「……私は救われたのよ。別に変になったわけじゃない」

「へ?」

 

 私と佳奈多は双子の姉妹。けれど育ちはまるで違う。三枝の家と二木の家で住む場所も違い、超能力という現実的な差がはっきりする前だってロクに顔を合わせたこともなかった……と聞いている。正直よく覚えていないのだ。分かっていることといえば、物心ついたときから佳奈多がたった一人の味方だったということだけだ。ツカサ君のいる四葉の家についてなんて、存在を知ったことすら随分と後のこと。だから、昔の佳奈多がどんな人間だったかなんて記憶にない。最初の出会いなんてそもそも何歳のころだったのかすらピンと来ない。

 

「好きなものを買ってやろう。好きな男をあてがってやろう。どんな条件をつきつけようが、お前は決して俺たちの言うことなんてきかなくなった。葉留佳と一緒がいい。葉留佳と一緒に暮らしたい。そんなどうでもいいようなことばかり言うようになった。なぜだ。なぜだ佳奈多ッ!!なぜそいつなんだッ!親も知らず、愛情なんて分からないはずのお前が、どうしてそいつを選んだんだッ!どうしてそいつだけが特別だったッ!ただお前の後ろに隠れて震えているだけでなにもしなかったそいつがどうしてそんなに大切なんだッ!!」

 

 葉平は身体に突き刺さった小太刀を一本、また一本と抜きながらも必死に立ち上がる。その足はガタガタと震えていて、すぐにまた倒れ伏しそうでもあった。それでもなお立ち上がったのは、それが葉平の中にある心からの疑問であったからなのだろう。

 

「……叔父様だっていつも言っていたじゃない。私たち三枝一族のような超能力者(ステルス)の命は超能力を持たざる者たちのものよりもずっと優れている。それはつまり、命の価値は平等じゃないって言いたいのでしょう。命の価値が平等じゃないとは私も思うわ。もちろん法律上はすべての人間はすべからく平等に扱われるべきだとは思っているけど、個人の視点で見たときにすべての人間の命の価値が同じだと心の底から思っているのなら、そいつはただの愛した人間が一人もいないような悲しい人か、あの男(・・・)のような正義の味方の成れの果てでしかない。親族たち全員の命の価値よりも私にはずっと重たく感じられた。それだけよ」

「そうじゃない。聞きたいのはそう言うことじゃない!なぜ……なぜお前はそこまで入れ込んだ!?どうせお前は人殺し!どのみち未来はない!自分の命も、将来も人生も何もかもをなぜあんな疫病神のために捧げられるんだッ!!」

 

 葉平の知る昔の佳奈多は、思いやりにあふれた人間とは程遠いような人間だったという。

 しかもそれを変えたのが葉留佳という。  

 けれど、当時の葉留佳に何ができたというのだろう?葉留佳自身は何も覚えてはいない。

 生活力のないただの子供にすぎないのだし、何かを与えてやることなんてできないはずなのだ。

 それは佳奈多にとってはわざわざ言葉にするようなことでもないようであり、むしろ理解できないことに対して哀れみすら感じるものであった。

 

「―――――――――あなたたちには、絶対理解できるもんですか。私の気持ちを理解できるような人間が他にも何人もいてくれたら、私だってあなたたちを殺さずにはすんだのよ。幹久(みきひさ)叔父様だって、本当は計画に反対だったのよ」

 

 その言葉を聞き、また何かを言おうとした葉平であったが、彼の口から何か言葉が出てくることはなかった。彼の全身から血が噴き出て、獣のように膨れ上がった身体が元の人間のものへと戻っていく。そして、体中にいくつもの切り傷が刻まれた状態のまま地面に倒れ伏した。

 

 雨に打たれ、ボロ雑巾のように転がる葉平に侮蔑の言葉をかける人間がいた。

 ただそれは佳奈多でも葉留佳でもなく、この場に先ほどまでいなかった第三者の声であった。

 

『――――――やはりこうなったか。全く、どいつもこいつも佳奈多を殺せる気でいて困ったものだ。ヘルメスといいブラドどいい、佳奈多のことをなめきっている。だから無様に殺される。いくら超能力が弱体化しているといっても佳奈多はかつて最強の魔女の称号を欲しいままにした女。佳奈多をどうこうできるのは、この(わらわ)以外の人間では何者たりともできはしないというのにのう』

 

 倒れこんだ葉平の周辺を描くようにして屋上の床がコンクリートから小さな粒ほどの大きさに砕かれたものとなっていき、それが次第に集まって立体的に人の形を描き始めた。やがてそれが人間の皮膚となり、服となり目となり顔をなったとき、さきほどまでコンクリートだったものは特定の人間を作り出した。

 

「……叔父様の身体が急に元の人間のものに戻ったからおかしいとは思っていたのよね。やはりあなたの仕業だったか。一体何をしに来たの。二度と私の前に顔を見せるなと、そして次はないと前に言ったことを忘れたわけではなのでしょうね」

 

 その人物は、葉留佳にも見覚えがある人物であった。

 一瞬すれ違った程度の邂逅であったが、それでもよく覚えている。

 自分が作戦に前日ビビッていたこともあってよく印象に残っている。

 今日知った事実もあり、葉留佳は心の底から湧き上がってくる怒りとともにその名を叫んだ。

 

「砂礫の魔女、パトラッ!!!」

 

 

            ●

 

 

 ブラドの前に現れたのは、東京武偵高校の制服を着ている一人の少年であった。

 彼は正真正銘の化け物の外見をしたブラドを前にしても脅えることもなく両足でしっかりと立っていた。

 

「棗恭介……」

 

 ブラドとしては知らなくても、小夜鳴としては知っている人間だ。

 探偵科(インケスタ)のSランク武偵にして、現三年生での問題児の一人。

 たしか資料によると、彼が高校一年生の時にイギリスへの留学経験もあったか。

 

「人間が一人増えたところで一体なんだというんだ」

 

 ブラドにとって、もはや人数がいくら増えたところで大した意味はない。

 身体を硬質化できる以上、いくら自分を狙う銃弾が増えたところで何も変わらないはずなのだ。

 なのに、先ほどまだ理子の手を優しく握りしめていたメイド服の女装は、恭介が来ただけで硬質化の能力を見せる前よりも希望に満ち溢れたような表情をしている。

 

「これはまた、正真正銘の怪物にお目にかかれるとは思わなかったな。こんなことなら真人と謙吾も一緒に連れてきてやるべきだったか。失敗したな」

「ふん。俺に恐れをなしたか。仕方のないことだ。所詮下等種の人間風情が、吸血鬼に刃むかうことなんて無理だからな」

「いや?俺が後悔しているのは、こんな楽しそうなことを俺たちだけでやったと聞いたらあいつらが悔しがると思ったからさ」

 

 自分たちの勝利を確信しているのは女装だけではないようだ。恭介もまた吸血鬼を前にして命の危機とは程遠いようなことを言う。けど、意味が分からない自信程度で揺らぐブラドでもなく、ブラドはその性格の悪さから今度の方針を決めた。

 

(……そうだ。こいつがあの女装の、そしてあのできそこないの四世の心を支えている源だというのなら、こいつから先に始末してやる)

 

 真っ先に標的にされたとも知らず、恭介は不安そうにしていたキンジに笑いかけた。

 

「棗先輩……」

「心配ないさ。三枝なら来ヶ谷が傘持って迎えに行った。どこにいるのか探すのに手間だったかもしれないが、そもそも三枝はそうそうくたばらないってあいつ言い切ったからそんなに気にしなくていいさ。ひとまずあっちの方はあいつに任せておけ」

「そうじゃない。今のブラドは銃弾も刃も、何もかもが通用しない!変な冒険心なんて捨てた方がいい!」

 

 吸血鬼を倒せたら確かに爽快な気分だろう。だが、ブラドは気合を入れれば倒せるような甘い相手じゃないのだ。恭介が楽しいことが大好きなことで知られてもいる。だからブラドを甘くみていないかキンジは心配になったのだ。

 

 けど、キンジの相棒であるアリアはまた違うことを思っていた。

 

 関わり合いを持った人間には良くも悪くも面倒見がいいものの、基本的には積極的に他人と関わり合いを持ちたがるような人間ではないアリアは他人の人間関係を調べようなんてことなどしない。だから恭介のことなんてほとんど知らない。アリアが知っていることは、それこそ知り合いが絡むことぐらい。

 

(この人が、棗恭介。あのリズの仲間にして、リズがリーダーとして認めている人間)

 

 妹のメヌエットから来ヶ谷がイギリス王室の仕事を辞めたということを聞いたとき、正直驚いたがどこか納得した自分がいることを覚えている。あれだけ才能に愛された人間をアリアは他に知らない。誰もが羨むエリートコースを自分から蹴ることとなろうとも、自分の能力でどこまでできるのかを確かめたくなったと思うのは当然のことだし仕方のないことだと思う。

 

 けど、王室の仕事を辞めた直後にイギリス清教に行くとは思っても見なかった。あんな頭のおかし連中と付き合い始めるなんて気が動転しているとも思った。それに彼女は誰かの下につくような器の人間ではないと思っている。来ヶ谷唯湖はおそらく自力でも世間的に大成功と胸を張れる結果を叩き出せる人間だとアリアは太鼓判を迷わず押すほどの人間だ。それほどの人間がなぜか東京武偵高校に通うこととなった経緯も正直言って疑問である。おそらくイギリス清教から何らかの密命でももらっているのではないかとアリアは予測しているが、それだけでわざわざイギリスから東京まで来るとは思わない。来ヶ谷は嫌だといったらたとえ正しいことでもホントに何もやらないことは身に染みている。

 

(さて、一体どんなものを見せてくれるのかしらね)

 

 だから恭介の登場を前に、アリアは少し楽しみができていた。

 来ヶ谷がこの場を無視して葉留佳を迎えに行ったのなら、この場に自分の出番はないと判断したということ。

 それだけの評価を受けるのがどんな人間なのか見せてもらおう。

 

「理樹。待たせたな」

「恭介。お願いがある」

「何をしてほしい」

「魔臓をあと三つ潰せばあいつは倒れる。魔臓を全部つぶす以外に手段はないけど、その魔臓は僕の右手で完全に破壊できる」

「魔臓ってあの浮かんでる白い紋章のようなやつか?」

「うん。だから恭介は――――――――――『遊び場』を作ってほしい」

 

 そうか、と恭介は答える同時に銃を取り出しブラドに向ける。

 恭介の銃を見たとき、アリアはなんだあれは、と疑問に思うことが出てきた。

 パッと見た感じどこかのメーカーのカタログに載っているタイプのものではなく、間違いなく特注品のように感じる。理樹の持つコンバット・マグナムと同じようなシリンダーを持っているため回転式拳銃(リボルバー)であることは間違いないのだが、銃口がコンバット・マグナムのように小さな筒形ではなく、自動式拳銃(オートマチック)のような長方形の形をしている。あれでは銃の設計上、どうしても重くなってしまい、早打ちをやろうとした際に軽さという武器を捨てていることになる。一応打撃武器としても使えそうな形を目指したのかもしれないが、それなら別に銃でやる必要はないのだ。

 

「霊装、か?」

 

 全身が空色で特徴的な形をしている装飾銃。恭介のもつ回転式拳銃(リボルバー)はその外見からブラドに霊装ではないのかと疑われた。実際、恭介がイギリスに留学したことや仲間にイギリス清教の人間や星伽神社の関係者の一族の者がいることから警戒したのだろう。だが、恭介はあっさりの否定すして情報という名のアドバンテージをあっさりと捨てた。

 

「いや、こいつはそんな大層なものじゃない。ちょっと形と材料が特殊なだけで、魔術的な一品でもなんでもないさ。……試してみるか?」

「上等だ。どのみちそれが霊装だったとして、何の意味もないがな」

 

 ブラドが恭介をその巨大な拳を持って身体ごと粉砕しようとする。

 人間である以上、恭介はブラドの拳に触れただけで骨から砕け散ってしまうだろう。

 それが分かっていてもなお、恭介は不敵に笑うだけだ。

 命の危機を前にしても、決して脅えず真っ向からブラドを見据え続ける。

 ブラドに銃弾なんて効果がないことは、キンジたちの様子から見て取れる。

 だが、生物である以上は決して痛みがないわけではない。

 いずれ傷も何もかも回復するとしても、銃撃を浴びた瞬間は動きが鈍るはずだ。

 それなら、最もブラドに効果的な場所を狙うだけ。

 

(狙うとしたら……やっぱりあそこだろうな)

 

 恭介が狙いを定めた場所は足元。

 動きの基本となる足に障害を生じれば動きは必然的に鈍くなってしまうが、恭介の狙いはもっとピンポイントの箇所でもあった。

 

三連続早撃ち(トリプルクイックドロウ)ッ!!)

 

 恭介が狙った場所はブラドの足の爪。

 人間がドアにつま先をぶつけると激しい痛みが襲うように、指先は他の部位よりも神経が繊細に通っている。

 そこを撃ち抜かれたらさすがのブラドといえども無視しきることはできず、あまりの痛みに足を引きずり正面から倒れこんでしまった。すぐに足の爪も治っていくとはいえ、瞬間的な痛みとしては今までのどの銃撃よりも大きなものであった。

 

「やってくれたな……人間風情がッ!!」

 

 それから、ブラドは自身の身体に硬質化させる力を自身の足の爪にも使ったのだろう。今までは魔臓にだけ硬質化の力があれば回復能力を持って敗北することがなかったが、ブラドは能力の範囲を増やすことにした。しかし、人間に限らず動物というのは柔らかいからこそ柔軟な動きができるというもの。固い金属でできたロボットでは人間の動きを再現できないことと同じだ。今のブラドは身体の硬度をためることで、柔軟な機動力を少しとはいえ失いつつあった。

 

(……けど、それだけじゃダメ。あの能力がある限り、ブラドには致命打どころか傷一つとして与えられない。やっぱりどうにかして理樹くんの右手を当てるしかない)

 

 パッと見では恭介はブラドの動きを軽々と回避しているように見えるものの、恭介の装飾銃の弾丸がブラドに通用しない以上、恭介には勝ち目などないはずだ。ブラドにとって一番恐れるべきは理樹の右手の能力。他に脅威と思うものがないのなら、何をやったってブラドの注意を惹くことはできないだろう。

 

(あいつの性格のことだ。きっと理樹くんの心を折るために一番効果的だと思っているから、直接理樹くんを狙わないんだ)

 

 理子から見ても、理樹の自信にも見た強さの源となっているのは棗恭介の存在だ。

 だからその恭介を目の前で始末することで、最大の障害である理樹の心を希望もろとも打ち砕き、勝負を決める気でいるのだろう。

 

 ――――――――なんとかしないと。なにか、なにか手は……

 

 葉留佳が戻ってきてくれたのならまだ手はあるだろうが、はっきり言って葉留佳には期待できる状態じゃない。やっぱり逃げた方がいいんじゃないのかと考え始めた理子であったが、肝心の理樹はというと全く持って不安の一つとして感じていないようである。それどころか、何かワクワクしているようにすら思っているともとれる発言をする。

 

「そうだ。理子さんだって遊びは好きだったよね。だったらよく見ておいたらいいよ。これから面白いものが見れるから」

「え?」

 

 恭介とブラドの様子は、今までと劇的に変わっている様子はない。

 恭介がブラドの攻撃を軽くかわし、ところどころで銃弾で反撃する。

 そして傷を与えて、すぐに修復される。ひたすらその繰り返しだ。

 せいぜい変化があるとしたら、恭介の装飾銃の銃弾が徐々になくなっていっていることぐらいか。

 このまま続けていたら、恭介の持つ銃弾は尽きてしまうだろう。

 もしそうなってしまったらブラドは自分の硬質化の能力をとき、まだ動きが軽くなった状態で恭介に襲い掛かっていくだろう。

 

(……そろそろしかけるか)

 

 ゆえに。

 

 恭介が次の一手を仕掛けるとしたらブラドの動きが硬質化の反動で鈍くなっている状態かつ、自分の持つ銃弾が尽きたとブラドに判断される前の今この時しかない。恭介の持つ装飾銃の装弾数は六発。そのすべてを打ちはたした瞬間、次のリロードではなく別の一手に切り替えた。

 

「魔術、『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』」

 

 

 

 



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Mission107 子供たちの遊び場

おかえりなさい、元キング。


 魔術『子供たちの遊び場(インフェルニティ)

 恭介は自身の装飾銃に装填されている弾丸が『0』となった時、リロードを行うこともせずにその魔術の名を口にした。

 

(……やはりきたかッ!!)

 

 ブラドにとっては棗恭介が魔術を使えることに対しては大した衝撃もなにもないことだ。そんなことは想定の範囲内のにすぎない。どれほど女装が愚かな人間であっても、無条件に恭介が勝つと妄信的な信頼を預ける人間ではないはずだ。たとえどれだけ恭介の銃の腕前が優れたものであったとしても、単にそれだけを見るのなら強襲科(アサルト)のSランク武偵であるアリアやヒステリアモードという能力のあるキンジがそこまで劣っているはずがない。そうなると棗恭介には銃を操る技術とはまた別の奥の手があると考えつくのは必然でもあった。

 

 ただ。

 

「…………?」

 

 ブラドの予想とは違い、恭介からの魔術による直接的な攻撃は一切こなかった。

 少なくとも見える範囲において変化は一切ない。

 恭介が魔術を使った。それだけは間違いのないことで、決して恭介のはったりでないことは確定している。

 なぜなら魔術は使用跡の残るものであるからだ。

 血液にDNAという形で情報が残るように、魔力にだって人によってその性質は異なる。

 時間さえかければ誰が魔術を使ったのかということが分かるようになっているのだ。

 

 それゆえに、使用跡の全く残らない固有の能力を使える人間のことを超能力者(ステルス)と呼ぶ。

 

 全くの素人には無理であったも、少しでも魔術に触れたことがある人間ならこの近距離において魔術が発動しているかどうかくらいなら分かるのだ。魔力の動きは確かに感じ取れた。けれど、ブラドには恭介の魔術の発動前と発動後で何が変わったのかが全く分からなかった。

 

 星伽神社の巫女である星伽白雪が受けづいた鬼道(きどう)術による魔術のように武器に炎が纏ったなんてこともない。恭介の装飾銃に込められている弾丸はゼロのままで、恭介はリロードしようとする気配すらない。

 

 恭介の仲間である宮沢謙吾が受けづいた宮澤道場による、星伽の巫女たちの炎の魔術に対する抑止力として生まれた水の魔術のように、自分の魔臓に直接的な弱点となりそうなものが発動したわけではない。魔臓はあくまで吸血鬼としての弱点を克服しようとしたもの。もしそうであったなら感覚でわかる。

 

 また、ジャンヌ・ダルクの使う氷の魔術のように、周囲の温度が変わるというような変化もない。雨が降っているため身体が徐々に冷えてきてはいるだろうが、何か感じ取れるものはない。

 

 そして、『砂礫の魔女』パトラが扱う式神のように、何らかの物体が生み出されたわけでもない。恭介は相変わらず身一つである。

 

(……少なくともこいつの魔術は永続的に作用するタイプのものだ。それに相手に直接的に作用するタイプのものではないな)

 

 おそらくは特殊能力を発現するタイプの魔術だろうと予測する。

 正体がいまいちわからないことは不安要素であるが、それでもブラドとしては格別気に掛けるほどのことでもなかった。ブラドにとって、理樹の右手以上に警戒するようなことなどなにもない。はっきり言って魔臓を振れただけで粉砕できる理樹の右手がおかしいのだ。正体不明の超能力とでも言うしかない理樹の能力とは違い、学問の延長線上にすぎない魔術であることがはっきりしている以上、ブラドの魔臓を問答無用で完全に破壊できるようなものではないはずなのだ。

 

「いくぞ、理樹。お前も今から混ざれ」

「うん」

 

 理子たちにとって、勝利条件は理樹の右手を残り三つのブラドの魔臓に直接触れさせるしかない。そのため作戦は分かり切っている。棗恭介を中心にブラドの注意を引きなんとか隙を作り、理樹がブラドに接近すること。それが分かっている以上、正直言ってブラドは理樹にさえ注意を向けていればいいのだ。

 

 当然理樹からブラドに向かってくるというのなら、恭介を無視して先に理樹を排除するまで。

 

 ブラドの注意を引くには相当なことをやらなければならないはずだが、恭介は理樹をまるで子供が一緒に遊ぼうと呼びかけるがごとく気楽なものであり、理樹も簡単に応じる。

 

「何をして遊ぶの?」

「そうだな……確かあいつは吸血鬼だったか?なら、決まりだ。ちょっと違うのかもしれないが、相手は正真正銘の鬼。ならば鬼ごっこしかないだろう。本物の鬼とやる鬼ごっこなんて、そうそう味わえるものでもないしな。本物の鬼を相手に、俺たちがどれだけ鬼に近づけるか見てもらおうじゃないか」

「僕らの誰かが鬼になったとしても、あいつが逃げてくれるとは全く思わないんだけど……」

「じゃあこうしよう。一人が鬼になる遊びではなく、全員が等しく鬼になる遊びをしよう。すなわち、鬼ばかりの『こおり鬼』だ。互いに協力し合うもよし、一人でやるもよし、ともあれ最後の残った奴が真の鬼とすることにしよう」

 

 一体こいつらはこんなときに何を言っているのか。それが理子には理解ができなったが、何よりも理樹と恭介がどうしてそんな楽しそうな表情のままでいられるのか不思議でならない。そんな中で真っ先に動いたのは理樹であった。彼は理子に自分の銃であるコンバット・マグナムを預けたままだ。彼にとっては右手の能力こそ最大の武器であるものの、手ぶらで突撃していく理樹の姿は無謀そのものだ。

 

「ハッ!!バカがッ!!」

 

 向かってくる理樹をそのまま殴り飛ばそうとしていたブラドであったが、ブラドのすぐ後ろには恭介が陣取っている。だがもはや、ブラドは恭介のことなどもはや眼中にはなかった。弱点となりそうな場所はすでに硬質化している。先ほどのように銃撃でとめられはしない。

 

(こいつの魔術がどんなものかは知らんッ!だが、結局のことろはこいつさえ潰せばすべて終わることだッ!!)

 

 棗恭介は先に殺すというのは、あくまでも理樹の心をくじくためのものであり、それ自体が目的ではない。理樹の方から飛び込んでくるのなら、わざわざ恭介の相手なんてしてやることもない。だからブラドは恭介がすぐ後ろまで迫っていてもなお、恭介には一切の注意さえ向けようとせずに理樹にのみ意識を向けていた。

 

「理樹くんッ!!」

 

 やばい、と感じた理子の悲鳴が挙がる。だが実際にブラドの拳が理樹を彼の骨ごと砕くよりも先に、恭介の行動の方が早かった。

 

 ―――――――――トンッ

 

 恭介のやったことは、はた目から見ていると特に変わったことではなかった。恭介は自分を無視して背を向けたブラドに対してかるく触れる程度でタッチしただけだ。それだけのはずなのに、ブラドはカチンッ!!と全身氷漬けになったかのように動かなくなった。理樹を骨ごと殴り殺そうとして右手を掲げたまま、そのままちっとも動こうとしない。

 

 そして、わき目を振らずブラドに突撃をかけていた理樹はそのまま迫り、

 

 ―――――――――――――パリンッ!!

 

 理樹の右手がブラドの白色の紋章に触れ、ブラドの魔臓の一つが叩き壊された。

 それと同時にブラドが再び動けるようにでもなったのか理樹を引き裂こうとして爪を立てるが、その前に恭介がメイド服をお姫様だっこで抱えたまま離脱する方が早かった。

 

(……今、一体何が起こったッ!?)

 

 状況を呑み込めていなったのはブラドが一番そうであろうが、何をしたのかとキンジは恭介に尋ねた。

 

「お前も幼い頃にやったことあるだろ、『こおり鬼』くらい。今この場は『子供たちの遊び場』になっている。せっかくだし、お前たちも子供の遊びを全力でやってみないか?」

 

 恭介の手がブラドに触れたとたん、ブラドは固まったように動かなくなった。恭介の魔術というのは理樹の右手に見られるような特殊能力系であり、触れたものの動きを強制的に止めるというものかと思った理子であったが、恭介にお姫様抱っこで抱えられているせいか全く身動き一つ取らなかった理樹が、地面におろされて肩を恭介に叩かれてやっと再起し始めたことを見て別の考えに行きついた。

 

「まさか……アリア、こっちきて」

「理子?」

 

 理子は自分を心配して近づいてきてくれたアリアの方に手を伸ばしてポンッと叩いた。

 その途端。

 アリアはカチンとその場で固まったように微動だにしなくなった。

 

「…………」

 

 無言で理子がもう一度アリアを叩くと、アリアは再び動き出した。

 

「理子!一体何をするのよッ!!」

「あ」

 

 一度理子に完全に身動きを封じられた形となったアリアは、何をするんだと理子につかみかかるが、つかみかかった瞬間理子が身動き一つしなくなった。アリアが驚いて理子を手放すが、理子はガタンと姿勢を一切変えないまま変な形で転がってしまう。

 

「…………」

「理子?りーこー?」

 

 びっくりして慌てたアリアが理子をゆすろうとして触れた瞬間、理子も再び動けるようになった。

 

(なるほど……これが魔術としての能力か)

 

 自身もその効力を受けたこともあり、理子は恭介の魔術の正体に気が付いた。

 理樹の持つ右手と同じような特殊能力系統を発現し、触れたものの動きを問答無用で止めるというものではない。動きを止めることはできたのはあくまでも結果であり、それ自体が魔術としての能力の本質ではない。つまり棗恭介の魔術『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』は葉留佳の持つ超能力『空間転移(テレポート)』のような単一の能力を意味しているのではなく、魔術全体の総称としての呼び名。しかしてその本質とは、

 

(子供の遊びを現実のものとして再現する魔術ッ!!)

 

理樹は恭介に対して、先ほどんな遊びをするのかと尋ねていた。

ということは、他にも遊びはいろいろとあるということだろう。

今は全員参加のこおり鬼をやっているが、おそらく棗恭介は他の遊びも再現できるはずだ。

子供の遊びなんて一種類ではない。

子供は飽きたら次から次へと別の遊びを飽きるまで行い、また違う遊びをする。

 それをひたすら繰り返す生き物だ。

 

「なんて……なんて才能を無駄につかったような魔術を使うんだ……」

 

 一般に、魔術師と呼ばれてる人間が魔術を使うのは過去にそれそう相応の過去があるため。 

 科学である程度のことならばなんでもできる現代において、相当の勉強が必要となる魔術を一から学ぼうとする気力はそうそう起きるものではない。だから、星伽神社のように先祖代々から魔術を受け継いてきた人たちとは違い、新たに魔術を学ぼうとした人間にはその魔術の能力そのものに過去の経験を垣間見ることもあるという。

 

 誰か親しい人間をなくしたことがある、というのなら治癒系統の魔術を持つだろう。

 火事の被害にあって大切なものを失ったことがある、というのなら火を打ち消す魔術を持つだろう。

 

 だが、棗恭介の魔術は一体なんだ。

 子供の遊びを現実のものとして再現するための魔術?

 そんなもの、とても挫折から必要に迫られて学んだものだとだとは思えない。

 

 むしろ、宴会芸を極めた結果習得できるようなもののように理子は思えてきた。 

 呆れたような声が出てしまったが、こればかりは仕方がないだろう。

 なにしろ汎用性という点においては皆無に等しいものであり、基本的に役に立つ能力ではないはずだ。

 

 イギリス育ちでそもそも子供のころに他人と遊んだことのないぼっち娘であるアリアには分からないことだが、割と遊び好きの理子には恭介が『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』とか称した魔術の特質に気づいていた。

 

 どの程度の範囲にいる人物までが子供の遊びのルールの範囲内に入れることができるのか今一つ分かっていないが、少なくとも言えることが一つ。

 

(しかもこれ、絶対自分自身も影響を受けるタイプのものだッ!遊びにリアリティを出すためだけにこんな魔術を学んだんだなッ!!)

 

 つまり、魔術を使っている張本人たる恭介にも『子供たちの遊び場(インフェルニティ)』の効果が適応されているはずだ。具体的にいうなれば、今の状況でも恭介が誰かに触れたらたら術者たる恭介であっても身動き一つできなくなる。

 これは魔術としてはかなり異質な部類に入るだろう。

 周囲にルールを強いるということもそうだが、何よりもこの魔術があったところで使用者が絶対的な優位に立つことはない。与えられるルールとその強制力は全員に適応されるのなら、よりうまく扱える人間がいたら不利になるだけだ。

 

 一対一の真っ向勝負では博打のような使い道ばかりになる気がする。

 

 だが、大人数が入り乱れての戦いなら?

 子供の決めたルールの前にはすべての人間が平等だとはいえ、その場の全員に超能力が与えられることにも等しいものなのだ。仲間と力を合わせることを前提とし、その場その場で最も有利な子供の遊びを選ぶことができるというのならどうだろう。

 

 子供たちの遊びは、紛れもなく脅威となる。

 

「つまり先に触ったら勝ち。逆に触られたら負け。そんな遊びっていうわけねッ!!」

 

 ルールをなんとなくでも理解したであろうアリアは、満面の笑みを浮かべてブラドに突撃していった。

 この遊びのルールでは、必要なのは銃弾にも平然と耐えうるだけの耐久力でも防御力でもない。

 単なる動きの速さと敏捷性がものを言う。

 強襲科(アサルト)のSランク武偵であり、常日頃から小柄であることをからかわれているようなアリアにとって、ただブラド程度の相手なら触れられる前に触れる程度のことならできるのだ。

 

「この……この遊び人風情ガぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 本物の吸血鬼を前にして、笑顔を浮かべながらブラドへと一直線に迫るアリアはブラドには一体どう見えたのだろう。俊敏性、というこの遊びにおける暴力的なまでの力を振りかざしてくるアリアはひょっとしたらブラドにとっては本物の鬼に見えたかもしれない。

 

 もしそうなら、恭介は心の底から喜ぶだろう。

 

 ―――――――鬼ごっことして始めたものが、本物の鬼に認められるほど真に迫ることができたんだ。

 

 そういって笑いながら、過去の話としていつか語る日だって来るのかもしれない。

 ブラドはアリアを近寄らせないようにと爪を立ててけん制するが、本来小柄な体格をしているアリアにとっては、自分より大きい敵の相手など慣れたもの。普段は相手の攻撃をかわし、直接攻撃を当てるために相手の懐に飛び込んでもいたのだ。触れるだけでいいのなら、アリアにとってはいつもより楽でしかながない。だから、アリアにブラドが捕まってしまうのは時間の問題であった。そして、

 

「そらッ!!」

 

 動かない相手なら、理樹が近づいて粉砕するのみ。

 理樹の右手がブラドの紋章に触れ、三つ目の魔臓が完全に破壊される。

 残りの魔臓は一つ。

 恭介が現れる前、余裕をかましてブラド自らも人間たちを馬鹿にするようにして見せびらかした舌にある魔臓のみ。

 

「この……こいつッ!!」

「ひ、ひぃいいいいいいいいい!!!!」

 

 理樹の右手が触れたことで、再び動けるようになったブラドは全力疾走で退避しようとする理樹を追いかけようとしたが、ブラドの後方にひっそりと近づいて不意打ちで触れようと考えていたキンジの存在に気づく。理樹をこのまま追いかけると、キンジに先に触れられてしまう。

 

「げ、やばい気づかれたッ!!」

「キンジ、残りの魔臓は一つなのよ!わざわざ近づく必要ははないわ!気にせず撃つなさいッ!!」

 

 ブラドの狙いがキンジに変わりそうになったところで、アリアがキンジの方へと走り出した。

 今いる位置からではキンジを狙うと、アリアにぎりぎり追いつかれるような微妙な位置取りだったし、何よりブラドの魔臓はすでに理樹に三つ破壊されている。残りの一つの魔臓さえ破壊されてしまえば、吸血鬼としての弱点はすべて明るみに出てしまう。そして、最後の一つの破壊の方法は、何も理樹の右手でなくてもいいのだ。銃弾が通れば、それですべて終わってしまう。

 

 ――――――――カキンッ!!

 

 キンジのベレッタによる銃弾はブラドが顔全体を硬質化したことでふせいでしまったが、もうブラドに後はない。アリアに触れられてもダメ、そして硬質化を解いてもその瞬間銃弾が飛んできてしまう。結局どうすることもできず、ブラドは誰一人として捕まえることができないでいた。

 

「せっかくだ。お前は一緒に遊ばないのか?」

「あたしは……」

 

 魔術を発動してからのブラドとの最初の一回の接触以降、その場から一緒も動こうとしない恭介だが、動いていないのはもう一人。ルールを理解した瞬間飛び込んでいったアリアとは違って理子がその場に立ちすくんだままだった。そこに女装のメイド服が逃げ帰ってくる。

 

「ほら。せっかくだし、君もいこ?」

 

 そう言って理樹は理子に手を差し伸べた。

 その手を取ろうとして、これ触れてルール的に大丈夫なのかと疑問に思ってしまう。

 何を躊躇したのかを連想したのだろうか、右手に触れる分には理樹は大丈夫だと答えた。

 

「ほら」

「―――――――――うん」

 

 そして、理子は理樹の右手をつかんでもう一度立ち上がった。

 一度は完全に砕けてしまった心だけど、もう一度立ち向かうことを決意した。

 

「お前たちが……お前たちさえいなければッ!!」

 

 理子がブラドともう一度戦うことを決めて向き合ったと同時に、ブラドは理樹たち二人の前に向かってきた。どうやら狙いをキンジではなく理樹たち二人に変えたようだ。今のブラドにとって、誰に触れられても負けである。なら、一番ブラドが勝てると思う相手から潰していくしかない。それが、先ほどまで相性上天敵であった理樹であったというのはまた皮肉なものだろう。本来ブラドは一番相手にしたくなかった相手が、子供の遊びのもとでは一番楽な相手だという。

 

「理子さん、いけるね?」

「うん。任せて」

 

 そして再び理樹とブラドがその拳を持って交差する。

 だがもはや、理樹はブラドとまともに戦う必要もない。ただ、どこでもいいから触れればいいだけだ。

 そして、そのような特訓なら、今までにいくらでもしてきた。

 ブラドの攻撃をすり抜け、理樹は滑り込むようにして自分の右手でブラドの足元をつかんだ。

 

(ブラド。お前が何者であろうが、ここでは何の関係もない。だってここは、誰もが平等な『子供たちの遊び場』なんだから!!)

 

 理樹の右手でつかまれている以上、魔術の類は一切使えない。ブラドの顔面を覆っていた硬質化の能力も、自然に解除されもとのものに戻っていた。再び能力で壁を張るには理樹を振りほどく必要があったが、その前にもう決着はついている。

 

「…………」

 

 理子が両手で握りしめているのはデリンジャー、とよばれている小さな銃だった。

 今からだとちょうど一か月前くらいになるのだろうか、アメリカでパトラから取り戻した、自身の母親(峰不二子)の形見の銃。

 この銃を取り戻すのに、葉留佳を利用する形になるのに抵抗がなかったといえば嘘になる。

 大好きな家族と取り戻そうとしている人間から、その仇が騙すような形とはいえ何も伝えずに利用したのだ。少なからず罪悪感もあった。葉留佳の気持だって痛いほど理解できた。

 

 それでも、取り戻すことを決してあきらめられなかったのは、自分の中に家族との思い出に縋りたいという思いがあったからだろう。

 

(……お母さま。お父様、あたしに勇気をください)

 

 理子はデリンジャーに込める指に力を入れ、

 

「ぶわぁーか!」

 

 パァンッ!!という乾いた発砲音を上げた。

 ブラドは鬼の形相のまま出している長く分厚いベロには中心を撃ち抜かれた目玉模様があった。

 

「は……ハハハハハハ」

 

 4つすべての魔臓を撃ち抜かれてしまったブラドは力なく、笑い、そのまま倒れ伏した。 

 

「嘘……本当にあのブラドを倒した……の?」

「おめでとう、理子さん。君の勝ちだよ。他でもない、君がブラドを倒したんだ」

 

 信じられない、と呆然としている理子であったが、理樹にとって確かなことがある。

 ブラドを倒したのはまぎれもなく理子であり、理子は自分自身で恐怖に打ち勝ったのだ。

 

「やっぱりさっき僕が言ったとおりになったね、君の力が必要だった。だから」

 

 理樹は笑顔を浮かべたまま言う。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 その言葉を受けて理子は自分でもなんて言ったらいいのか分からなくなった。

 いろんな感情があふれてくる。

 その中には、ブラドに対する憎しみなんて不思議と感じられなかった。

 まだ棗恭介が来る前、ブラドを倒したと思ったときに見下ろした際は恨みつらみばかりがでてきたのに、不思議と今は気分がよかった。だから、理子は言う。正直うまく言えないからこんな簡単な言葉になってしまうけど、これだけはちゃんと言葉にしておこう。

 

「理樹くん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 



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Mission108 疫病神の懺悔

キングの称号は、ギャグキャラ無効補正でもあるのでしょうかね。
すっかりジャックが元キングになっちゃって……おかえり、我らの元ジャック。

それはそうと、エクシーズ次元が……ハートランドが……
あの状態が結構心にくるものがあります。

みんなの未来に、笑顔を……


 人間関係は一筋縄ではいかないことばかりだ。

 例えば友達の友達は、すべからく友達であるとか限らない。

 もちろん直接の面識がないこということもあるだろうし、実際に話をしてみても気が全く合わないなんてことだってあるだろう。

 

 あくまでそれがプライベートの話だけというのならいいが、仕事を行う組織であったとしても切り離すことなどできずに人間関係は響いてくることが多い。それこそ職場恋愛などしようものなら目も当てられないと聞く。単純な組織ですらこうなのだ。まして、上下関係や自分の立場など知ったことではないと好き勝手振る舞う連中ばかりのイ・ウーの中なんか、人間関係はごちゃごちゃだった。

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)とイ・ウー主戦派(イグナティス)

 

 二つの派閥の中で方針を巡り、武器を手にした殺し合いにも発展することだって驚くに値しない連中だ。

 なにせ、その存在自体が世界を陰から動かすことだって可能な連中の集まりだ。

 組織としての意見をまとめようとするなら、殺し合いになっても不思議ではない。

 

 それでも互いの派閥が全面戦争にでもなろうものならどちらが勝利しようとも被害が甚大なものとなるため、全面対立をよしとしているわけではないのだ。

 

 ゆえに、イ・ウーでは両派閥においてとある暗黙の了解があった。

 

 ――――――――出会っただけで間違いなく殺し合いになるであろうこの魔女二人を、遭遇させてはならない。

 

 イ・ウーにそのように思われているほどの魔女二人である彼女たちは今向かい合っていた。

 方や、極東エリア最強の魔女にして最強の超能力者(ステルス)集団であった四葉公安委員会を滅亡させた魔女。二木佳奈多。

 方や、かつて世界征服を実現可能まであと一歩のところまで計画を進めることに成功した、正真正銘の覇王(ファラオ)を名乗る魔女、通称『砂礫の魔女』パトラ。

 

 イ・ウー研磨派(ダイオ)主戦派(イグナティス)をそれぞれ代表する魔女といってもいい二人だ。

 

 最も、彼女たち二人の場合は派閥がどうかとか関係ないかもしれない。 

 派閥とか一切関係なく、佳奈多とパトラが仲良く付き合うだけのものなんて一つもない。

 パトラは佳奈多が三枝一族を滅ぼすことになる引き金を引いた人間だ。

 佳奈多はパトラをイ・ウーから力づくで追放し、彼女の計画をすべて破綻させた人間だ。

 主観的に見た場合、互いにいい印象を持っているはずがない。

 それどころか、真っ先に自分の手で復讐してやりたいと互いに願っていても何一つとしておかしくない。

 

「ブラドの奴がアリアたちを始末すると聞いたから一応様子を見にやってきていたのぢゃが……まさか、お前とここで出会うとはのぅ、佳奈多」

「……パトラ」

 

 なのに特に感情を表に出していたりはしていなかった。

 パトラは余裕を持って微笑んで、佳奈多は冷めたような視線をパトラに向けているだけだ。

 二人ともこれといった殺意などは互いに感じられない。

 この場にいる人間で一番感情を明らかにしているのは間違いなく葉留佳だった。

 

(こいつが……こいつが私の佳奈多を悲しませた元凶ッ!こいつさえいなければ、佳奈多は親族たちを殺すこともなく、イ・ウーなんかにかかわることもなかったんだ……ッ!こいつさえ……)

 

 葉留佳は今まで、佳奈多が一族を滅ぼしたのはイ・ウーが原因だとばかり思っていた。

 イ・ウーさえ存在しなければ、朝起きたら佳奈多がおはようって言って微笑んでくれると信じて疑わなかった。親族たちからは疫病神として扱われていたけれど、そんなことは正直どうでもいいとまで佳奈多は思わせてくれていたのだ。

 

 今は武偵なんてやっているけれど、いずれは武偵をやめて二人で仲良く両親に会いに行こう。

 

 そんな昔の約束を心に秘めて、超能力者(ステルス)の一門なんかや武偵といういつ死んでも不思議じゃない世界からは縁を切って一般人として生きていくのだと信じて疑わなかった。少なくとも、武偵の道に進もうなどとは思いもしなかったはずだ。

 

 だから、それをすべて台無しにしてくれたイ・ウーのことを恨んで今まで生きてきた。

 理子がイ・ウーのメンバーだと知った時は問答無用で殺す気でいたことは確かだし、イ・ウーさえ潰せば佳奈多は昔の優しかった佳奈多に戻ってくれるかもしれない、なんてことも考えていたのだ。

 

 だが、ふたを開けてみれば予想だにしなかった真実が三枝一族の人間である三枝葉平の口から告げられ、それが事実であることが佳奈多の登場により事実上証明された。佳奈多は自分の知る性格のまま何も変わっていないのだ。そして、今の現状を作った人間というのは、

 

「パトラッ!よくもまぁ私の前にのこのこと出てきたもんだなッ!!」

 

 目の前にいる魔女、パトラ。

 真実を知った今、佳奈多の気持ちを考えれば考えるほどにパトラに対する憎しみが膨れ上がってくる。

 私が佳奈多の立場なら一体どうしただろうか。

 一族を滅ぼすことを選ぶとは思う。でも、佳奈多とはもう何もないように振る舞う必要があるわけだ。

 それが一番佳奈多の命を守れる方法だとしたらやるだろう。でも、

 

 ―――――――――そんなの、私は耐えられない。嫌だ。

 

 その結果として、二度と家族として振る舞えなくなるなんて自分なら耐えられない。今まで理解できなかった佳奈多の行動の一つ一つから自分に向けられた愛情が感じ取れたと同時、佳奈多の気持ちを考えれば考えるほどに苦しくなってくる。悲しくなってくる。泣きたくなってくる。だからこそ、

 

 ―――――――――こいつさえいなければ……

 

 心の底からパトラに対する怒りが、憎しみがどんどん沸いてくる。

 葉平との戦いで超能力を乱発した影響で未だに酔いがさめず、本調子とはとてもいえないが、しばらく何もせずにいられた時間があったために少しはマシになった。

 

(……一回。いや、このくらいの短距離ならあと二回ぐらいなら『空間転移(テレポート)』を使えるッ!!)

 

 勝算なんか知ったことじゃない。今にも超能力(テレポート)を使った奇襲をかけようとしていた葉留佳であったが、それを見込んでいたのか葉留佳に背を向けたままの佳奈多が止めた。

 

「……やめておきなさい、葉留佳。何の意味もないわ」

「でも、そいつはかなたをッ!」

 

 いくら佳奈多に止められようが、この怒りは止まらない。止められない。 

 こいつだけは、この場で必ず仕留めてやる。

 

「そこを動かないでねと、言ったはずよ」

 

 そう思っていたのに、冷たい口調でそう言われては踏みとどまるしかなかった。 

 

「こいつはパトラ本人じゃない。パトラが魔術で作った単なる式神を通して話しているだけよ。こんな式神なんて壊されてもいくらでも作れる。こいつを仕留めたところで、あいつは全く損害はないのよ。そんな身を危険にさらすだけのようなことはやめなさい」

「式神……?」

「本人が私の前にのこのこと出てくるわけないじゃない。何度も失敗しているのに、しつこいぐらいに私に呪いをかけてきたこいつに、そんな度胸があるとは思えないしね」

「お前、(わらわ)のことを見くびっているぢゃろ。(わらわ)がお前のことを過少評価していると思ったら大間違いぢゃぞ。お前は、この(わらわ)が全霊をもって敬意を表するに値する女だ。こんな式神や呪い程度でどうこうできたらこちらとて苦労はない。お前を殺すなら、(わらわ)が直接戦う必要があることぐらい分かっている」

「そんなことを割にはあなた、あれから私を直接殺しにきたことないわよね」

「いくら超能力が弱体化しているとはいえ、お前と戦うには万全の準備が必要だと思っておる。だから、お前を殺す準備を整えてアメリカで待ったおったのぢゃぞ。お前はイ・ウーでは峰理子と仲が良かったことは知っていた。ブラドの持っていた峰理子の母親の形見の銃を妾わらわが持っていれば、理子は必ず取り戻しに来る。一応理子の泥棒としての能力は評価はしておるが、さすがに妾を相手にするには不十分だろうからのぅ。そのときは必ずお前に声をかけると踏んでいた。そこでお前との決着をすべてつけるつもりでいたのぢゃぞ」

 

 だが、実際にはそうならなかった。

 それからの過程は葉留佳が当事者となって体験したことだ。

 理子が佳奈多に声をかけたというのはおそらく事実だとも葉留佳は思っている。

 それでも理子が最終的に連れてきたのは佳奈多ではなかった。

 葉留佳が当時アメリカにいたのも、ちょうど牧瀬紅葉とボストンの街で知り合ったのも単なる偶然だとしても結局のところ事実は変わらない。

 

「せっかくの覇王(ファラオ)からの誘いに乗らなかったのはお主ぢゃ。結局理子が連れてきたのは、イギリスの女とふざけた科学者だった」

「ああ、そうだったらしいわね。聞いているわよ。あなた、せっかく準備して待っていたのに戦わずしてのこのこと逃げる帰る羽目になったんですってね。覇王(ファラオ)が聞いてあきれるわ」

「お前こそ、せっかくの妾わらわを殺す機会をふいにしているのぢゃ。そう偉そうなことはいえないはずぢゃ」

「あのときは、私が東京武偵高校から出るよりも残った方がメリットが多かった。それだけよ」

 

 パトラの言うように、佳奈多がパトラを始末する機会があったのにかかわらず見逃したというのは確かなことなのだろう。葉留佳は知る由もないが、当時の佳奈多はパトラを始末することよりも、友達である理子の母親の形見の銃を取り戻すことに協力することよりも優先して、アドシアードでバルダとか名乗った魔術師が残していった、東京武偵高校に潜伏している魔術師という大きな爆弾を優先した。その過程で研磨派(ダイオ)の仲間であるジャンヌとの司法取引を進め、結果として錬金術師ヘルメスの排除に成功している。その成果もあり、機会をふいにしたことを佳奈多は大して気にも留めていないように感じる。だが、葉留佳は違う。

 

(私があの時点ですべての真実に気づいていれば……いやせめて、こいつがイ・ウーのメンバーだということを知っていたらッ!!)

 

 パトラが世界中の中でも屈指の魔女だということを聞いてビビッている場合ではなかったのだ。

 来ヶ谷唯湖。

 牧瀬紅葉。

 峰理子。

 あの時一緒の行動したメンバーは、それぞれ何か思惑があるのだろうとは気づいていた。

 

 理子りんは一番簡単だ。

 母親の形見の銃を取り戻したい。

 それが事実であったことは、作戦後に眠れずに教会に行ってみたときに確信した。

 姉御は一体どうなのだろう。

 結果として準神格霊装である聖剣を手にしてはいたが、当の本人は本当に盗まれた剣が見つかるとは思ってはいなかったみたいな反応をあの時示していた。あの人のことだ。世界でも屈指の魔女をこの目で直接見て見たいとか言う理由でも驚きはしない。

 牧瀬君は一番よくわからない。

 何か実験ためしてみたいことがあったとはいっていたけど、それが何なのかは教えてもらえなかった。

 

 あの時、自分だけが何も思惑がなかった。

 いつものように、ただ姉御に付き従う形であの作戦に参加していた。

 

 姉御も牧瀬君も理子りんも、みんな立場は違えどもそれぞれがパトラという魔女に対して思うことがあり、ちょっとした因縁があるのだろうなとか思ったものだった。

 

 それがどうだ。

 パトラと一番因縁があったのは、あの中では間違いなく自分だ。

 私はみすみす、人生を狂わせた仇をそうだとも気づかずに見過ごしていたのだ。

 

(知っていたら……知っていたらみすみず逃すようなことなどしなかったッ!姉御と牧瀬くんがあの時はすぐそばに一緒にいたんだ、あの二人なら万が一にもこんな奴に負けはしない。戦っていれば絶対に勝てたッ!)

 

 心の中で悪態をついたところで、今パトラをどうこうできないことが分かっているだけに腹立たしかった。無意味でもパトラのあのイラつく笑い顔をぶち壊してやりたい。それが葉留佳のまぎれもない本心であったが、すんでのところで自分で立ち止まる。

 

(いや、そんなことしても何の意味もない。私が一体今まで何をしてきたのか思い出すんだ。私はずっと姉御の付き人をやっていたんだ。交渉において、どれだけ怒り狂おうが踏みとどまることを知らないような愚か者ではないだろうッ!)

 

 この場において、パトラと佳奈多の会話をぶち壊しにするのはデメリットしかない。

 それが分かってしまったからこそ、葉留佳は耐えることを選んだ。

 家族を泣かせた敵を前にして、何もせずにすべてを聞くことを選んだ。

 実際、パトラにとって葉留佳は眼中にない存在だ。

 葉留佳が何もしないのなら、パトラとていちいち気にかけてはこない。

 

「それで、わざわざ一体私に何のようなの?大方ブラドの出方を見るつもりで覗いていたのでしょうけど、別に出てくる必要もなかったはずよ。わざわざ出てきたということは、私に何か要件があったのでしょう?」

「要件っていうほどのものぢゃない。ただ、こんな形でなければお前と話す機会なんてないと思っただけぢゃ」

「でしょうね。私も、次に会うことがあればその時は私かあなた、どちらかが死ぬ時だと思っていた」

(わらわ)もそれには同意する。ぢゃが、いいだろう?自分が殺すと決めた相手のことを知っておこう。そんな気まぐれがあったもいいぢゃろう。お前の意見が聞きたくなった」

「何が聞きたいの」

 

 パトラから佳奈多への問いかけ。それは、

 

「なぁ佳奈多。お前はイ・ウーが今後どうなると考えている?」

 

 過去の因縁に関することではなく、未来を見据えたものであった。

 

「どうなる、とは?」

「はっきり言おう。お前、次のイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』は一体誰になると思っている?」

「………」

 

 佳奈多は何も答えない。

 それでもパトラは自分の意見を口にしていく。

 

「イ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』の候補は五人。イ・ウー主戦派(イグナティス)より妾とリサ、そして研磨派(ダイオ)よりお前とブラドそしてあの女。だがブラドは今、倒されたばかりだ。これでブラドがイ・ウーの後継者となることはなくなった」

「あら、そうなの?なら峰さんはやったということね。私の友達の未来を祝福して、ここは素直に喜んでおきましょうか」

「問題は他の候補者たちだ。まずリサは臆病者だ。とてもじゃないが『教授(プロフェシオン)』は務まらない。それにそもそもリサはお前を推薦していたはずだ。ブラドが倒れた今、妾にとって障害となりうるのはもはやお主しかいない。そこでだ。……お前はこれから、どう動くつもりぢゃ?お前が妾との決客を望むなら、こちらとてしかるべき場所と時間を用意して招待する」

 

 パトラがイ・ウーの次の『教授(プロフェシオン)』になる。

 そうなったら佳奈多は完全にイ・ウーと敵対する。まず生きてはいられない。

 よって佳奈多が取れる選択肢は二つ。

 パトラ以外の候補者を立てること。そして、イ・ウーそのものを崩壊させること。

 そのどちらにせよ、佳奈多はパトラにとって大きな障害となるだろう。

 佳奈多を無視することはどうしてもできないのだ。

 けれど、その佳奈多本人はといえば、別にパトラのことなど気にもしていないようである。

 

「……別に、何も」

 

 佳奈多は心の底からどうでもいいとばかりに、溜息を吐くだけだった。

 

「なんぢゃと?」

「私がイ・ウーをつぶすことを気にしているようだけど、私は特に何もしない。ほっといても自然消滅するような組織なんか相手にしていられない。ただでさえ藍幣がうっとおしいのに、これ以上目をつけられてたまるもんですか」

「それがお前の答えか」

「……ねぇ、私も一つ聞いてもいいかしら」

「なんぢゃ」

「ねぇパトラ。あなた本当は、その実『教授(プロフェシオン)』の座になんて大した興味がないのでしょう?」

 

 目的と手段は全く異なるものだ。

 イ・ウーの『教授(プロフェシオン)』の称号とは、それだけで世界を裏から回すだけの力があることを意味している。

 

「あなたは、世間で言われているようなテロリズムに染まった最悪の魔女のようには思えないのよ。あなたには途方もない何か目的があることは確かでしょうね。でもそれは決してあなたが言っているようなエジプト王国の再建だとか、最強の魔女の称号の座にあるとはとても思えないのよ」

 

 これは佳奈多自身が極東エリア最強の魔女と呼ばれているからこそ分かることだった。

 佳奈多が欲しいと思ったのは、今も昔も変わらない。

 何がどう間違っても、欲しかったのは最強の称号なんかじゃない。

 誰もが羨む称号を手にしていても、自分が一番欲しいものは手にできなかったからこそ理解できた違和感。

 

「……お前は妾をそんな風に見ているのか」

「違う?」

「ああ、全く持って違う。それはお前が、あくまでただ強いだけで夢がない人間だからだ。妾はいたってまじめに、世界をこの手にすることを目的としている」

「……じゃあ、そういうことにしておくわ」

「ああ、そうしておけ。どこか甘い考えを持ち続けているといい。佳奈多、お前と話ができてよかった」

 

 それだけ言うと、二人の魔女はもう相手に言うべきことはないと判断したのか、無言のままであった。

 パトラの身体は徐々に砂となって崩れ落ちていく。

 

「ああ、そうだ。せっかくだからカナに伝言を頼んでおいていいかしら」

「何を伝えてほしい?」

「――――――――次はない。これはあなたに伝えたつもりの言葉よ。一番大切なものははっきりさせておきなさい。これで意味は通じるはずよ」

「分かった。今度会ったら伝えておく」

 

 パトラは一度うなずくと、全身が完全に砂となって崩れ落ちた。

 先ほどまでパトラの身体を形成していた砂は、今や倒れた親族の人間身体を覆うように降りかかっていた。

 

(かなた、お姉ちゃん)

 

 その光景を見つめている佳奈多が何を思っているのか、葉留佳には分からない。

 そもそも私は、一体何を言えばいいのだろうか。

 私のために人殺しとなってしまった相手に、どう声をかけたらいいのだろうか。

 葉留佳が言いよどんでいると、佳奈多の方が先に声をかけた。

 

「……雨がまた一段と強くなってきたわね。葉留佳、風邪をひかないようにあなたは早くビルの中にでもはいっていなさい」

 

 それを聞いて、本当にどうしようもない人だなと葉留佳は思った。

 昔と何も変わらない。

 いつも私にそっけないようなことを言う。

 いつも私に興味がないようなことを言う。

 いつも私のことなんてどうでもいいようなことを言う。

 

 そのくせちょっとしたことですぐに心配して、見ている方が呆れるくらいに落ち着きをなくす。

 

 そして、私はすごく愛されているんだな、と安心する。

 

 

「かなたお姉ちゃん……ごめんなさい」

 

 だから、真っ先に出てきたのはそんな言葉であった。

 

「どうして謝るの?」

「だってかなたは、私のせいで……私さえ生まれてこなかったら」

 

 まだ三枝の家で暮らしていた時のことだ。疫病神といわれて、その通りだとどこか納得していた自分がいた。親族たちに対しての罪悪感なんて微塵もなかったが、佳奈多に対しての罪悪感は感じていた。自分は重荷でしかないのではないかと考えていたことなんて、その象徴ともいえる。けど、

 

「それは違う」

 

 佳奈多はその一言をあっさりと切り捨てた。

 葉留佳が言おうとしている意味を悟り、それと同時に葉留佳がどこまで真実を知っているのか気づいたのだろう。だからこそ、もはや嘘で隠しとおす意味がないことが分かってしまった。

 

「あなたが生まれてこなかったら、私はあの夜に公安0の手で殺されていたでしょう。親族たちの言うことに何の疑問を抱くこともなく、それこそパトラのような魔女になっていたかもしれない。…結局のところ誰が悪いかというと、親族たちを愛そうともせずに見切りをつけた私が悪いのよ」

「そんなことないッ!かなたには……いや、かなただけじゃない。他の誰にだってどうすることもできなかったんだ。仕方のないことじゃないッ!」

「……よくない。ちっともよくない。いいわけないじゃない。ひどいことをしたんだ」

「でも……」

 

 もしも、もしもの話だ。

 記憶を持ったまま過去にさかのぼってもう一度人生をやり直すことができたとして、どこまでさかのぼればいいのだろうか。どこかで人生を左右する大きな分かれ道があったとは葉留佳には思えないのだ。生まれたときから破滅へと続く一本道をたどっているようにすら思える。

 

「結局のところ、自分は超能力者(ステルス)だから特別な人間だと思っていた親族たちと何も変わらないのよ。だからあなたを守るべき対象としか見ていなかった。たった一人の私の家族だといいながら、結局私の身勝手に振り回していただけだった。わたしたちは双子の姉妹なのにね、笑っちゃうでしょ?」

 

 倒れたままピクリとも動かない親族の男を見下ろしながらそう口にする佳奈多がどんな表情をしているのかなんて葉留佳にはわからない。だけど自分の肯定的ではないことは分かる。佳奈多はそういう人だ。むしろ葉留佳は私こそ気づくべきだったと思う。

 

「……葉留佳?」

 

 たまらず葉留佳は、佳奈多を後ろから抱きしめた。雨に当たって冷たいはずなのに、久々に感じた人の温かさがたまらなく愛おしいと思った。

 

「いいんだよ、かなたお姉ちゃん。私はどれだけ迷惑をかけられても構わない。私だって甘えてばかりいるわけにはいかなかったんだ」

 

 葉留佳にとってはもはや親族たちのことなんて頭になかった。

 むしろ、考えているのはこれからのこと。

 佳奈多を昔の優しかった姉に戻したいと思い、そのために武偵となってイ・ウーを潰すことを決意していた。だけど、そんなことをするまでもなく佳奈多は葉留佳のよく知る人間のままだったのだ。

 

「だからさ、これからは私と一緒に生きていこうよ。私もいっぱい努力するよ。私だって迷惑をたくさんかけるだろうけどさ、家族なんだから力を合わせて生きていこうよ」

 

 いつしか四葉の屋敷で暮らしていた時みたいに。

 あの時は葉留佳にとっては人生で一番幸せだって頃だ。

 できないことは多すぎて、うまくいかないことだってたくさんあった。

 それでもいつも佳奈多は傍にいてくれた。それがたまらなくうれしくて、幸せだった。

 

「……かなた?」

 

 これからもそんな未来がある。

 そう信じているのに、佳奈多は同意してくれなかった。そうね、といってくれなかった。

 佳奈多は葉留佳の手を振りほどいて、身体を葉留佳に向けた。

 

「ごめんなさいね。私は葉留佳とは一緒にはいられないわ」

「どうしてそういうこと言うの」

「親族の人間を始末したことで、パトラによって私が公安0の関係者だとイ・ウーの伝えられるでしょう。もともとグレーゾーンに近かったから、もうイ・ウーにはいられない。けど、裏切り者を放置しておくとも思えない。だから私は、しばらくどこかに身を隠すことにでもするわ」

「じゃあ私も一緒に連れて行ってよ。佳奈多がイ・ウーと戦うっていうなら私だって戦うから。なんでもするから私一緒にいさせてよ」

 

 佳奈多が隣にいてくれるなら、どこにだろうとついていく。

 その決意は本物だ。だけど、佳奈多は首を横に振るばかりだ。

 

「私と一緒にいても、あなたが得られるものなんて何もないわ。葉留佳、あなたはもっといろんなことを知るのよ。学ぶのよ。偶然にも、あなたが知り合えた人はそんな素敵な人だった。意図せずともあなたを成長させてくれる人だった。ねぇ、ツカサの置手紙のことを覚えているかしら」

「……あの、どこかの委員会に入れってやつ?」

「あれはね、本当は牧瀬の委員会に入ってもらおうとして書かれたものなのよ」

「え?」

 

 予想だにしなかった名前の出現に、葉留佳は思わず固まってしまう。

 

「どうして牧瀬くんが……」

「あいつはツカサの相棒よ。本当ならあいつにあなたを導いてもらう予定だった。当時の私たちは、東京武偵高校に委員会を持ってるほどの武偵が他にもいるなんて予測できなかったのよ。でも、うれしい誤算だった。牧瀬が自分のところにいるより得られるものがあるだろうって判断する結果となった」

 

 葉留佳が入学するとき、佳奈多は二三年生の先輩方にそんな人がいないことを確信していた。だが、まさか高校新一年生で委員会を持っているような奴が他にも入学してくるとは予測できなかったのだ。でも結果として葉留佳にとってはプラスとして働いた。

 

「正直に言うとね、アメリカで峰さんにあいつが協力しようとした本当の理由はパトラが葉留佳を前にどんな反応をするか試したかったというのが一つ。そして、いざとなったら葉留佳を守るだめだったのよ」

「なッ!」

「だから何かあったらあいつを頼るといいわ。きっと力になってくれる」

「かなたがいい!私が困った時があったら、私はかなたにいてほしい!だから、そんなこと言わないでよ!お別れみたいなこと言わないで!」

「心配しなくても私もずっと逃げ続けるわけじゃない。イ・ウーは今転換期なの。あと半年もしないうちに崩壊するわ。だから、今はほんのちょっとのお別れよ。またすぐに会えるわ」

「嘘だ!またそんなこといって、かなたは私の前からいなくなるんだ。かなたは私に嘘ばかり言う。ずっと一緒だって昔言ってくれたのに……」

「……嘘つきは、嫌い?」

 

 これはきっと私のわがままなのだろう。状況が違えば立場だって異なってくる。

 昔言ったかことを守れなかったからといって、嘘つきだと責めるのは子供のするようなことなのだろう。

 それでもかまわない。

 

「嘘は……やっぱり嫌だよ」

「そう。じゃあ、紛れもない本心をあなたに伝えておきましょうか」

 

 そして、佳奈多は優しく微笑んで、

 

「葉留佳。あなたは嘘ばかりつく私のことが嫌いかもしれないけど――――――――私は、あなたが大好きよ」

 

 そう口にして、佳奈多は一瞬でその場から消えた。

 

「……か、なた?」

 

 超能力『空間転移(テレポート)』。

 物理的な壁を一切無視して、空間を一瞬で移動する超能力。

 自分自身がその超能力を持っているだけに、佳奈多が何をしたのかはすぐにわかった。

 急いで追いかけないといけない。

 頭ではそう分かっているのに、どこにどんだのかが全く分からなかった。

 

「……待って。待ってよかなた。私をおいておかないでよ」

 

 空間転移(テレポート)という超能力にとって、相手からどれだけ離れるのかは大した問題ではない。

 どれだけ相手との距離が近くても、見つからない場所に跳ぶことが重要となる。

 だからまだ佳奈多は近くにいるはずだ。まだ追いつけないわけじゃない。

 そう思うのに、その肝心の居場所が全く見当すらつかない以上はどうしようもないのだ。

 

「……かなた、待って」

 

 葉留佳はその場で力なく崩れ落ちて、そのまま動けなかった、

 

「かなた……」

 

 それからどれだけの時間を力なく呆然としたままであったのかは分からない。雨も強くなってきて、身体は下着すら完全に水がしみ込んで張り付いてくるから気持ち悪い。それでもなお、葉留佳は何かしようとは思えなかった。ただ雨に打たれるままであった。腕に力がはいらない。立つだけの気力すらわいてこない。光のない死んだような瞳のままなんの反応も示さなかった葉留佳であったが、突如自分にあたる雨がさえぎられたことに気が付いて、ようやくうつむいたままの顔を上にあげた。

 

「姉御……」

 

 そこには、来ヶ谷唯湖が傘をさしている姿があった。

 姉御が自分を見下ろしている位置にくるまで近づいていたことなんて全く気が付かなかった。来ヶ谷は葉留佳を相手に気配を消す必要なんてない以上、葉留佳がそれだけ動転していたのだろう。

 

「ずいぶんとずぶぬれになったものだな」

「どうしてここに……」

「君を迎えに来た。ほら、帰るぞ」

 

 迎えに来たという言葉を聞いて、葉留佳はどうにもたまらなくなってしまう。涙がこぼれるのを抑えきれないかった。

 

―――――――はるか、おかえりなさい。

 

 かつての幸せだって時間のこそがよぎる。

 自分もかつては家族(かなた)が心配して迎えに来てくれたことだってあったのだ。

 その時のことを思い出すと、葉留佳は来ヶ谷に抱き着いてそのまま大声を上げて泣き出してしまった。

 

「どうした?」

 

 来ヶ谷は自分が雨に濡れることも一切気にせず、葉留佳にそう問いかける。

 

「わだしッ!やっと取り戻せたと思ったのに……やっど佳奈多が帰ってきてくれだんだどおぼっだのにッ!!」

「………」

「かなたおねえちゃん……ごめんなざいッ!!」

 

 佳奈多は葉留佳に、もっといろんなことを知ってほしいといった。学んでほしいといった。 

 それは今の葉留佳では、佳奈多を助けていくには力不足ということに他ならない。

 ここにはいない佳奈多に対して謝罪して泣きじゃくる葉留佳に対して来ヶ谷がどう思ったのだろう。

 彼女はただ葉留佳を迎えに来ただけだ。

 イギリス清教の人間で、放送委員長もやっていることから何か葉留佳とのつながりがあるのではないかと外部から疑われている彼女だが、来ヶ谷は単に友達なだけだ。牧瀬のように裏事情を最初から聞いていたわけではない。

 

 だからこそ、来ヶ谷は葉留佳の言うことがいまいちピンときていないはずだ。だから、

 

「じゃあ今度雨があがったときにでも、ちゃんと謝ろうか」

 

 彼女は優しげな口調で葉留佳にそう言った。

 

「うん……わたし……もっと強くなるよ。もっともっといっぱい勉強して、学んで、いつしかかなたを助けられるくらいに強くなるんだ」

「……葉留佳君。実は前から君に言いたくて、ずっと言えなかったことがある。聞いてくれるな?」

 

 来ヶ谷唯湖にとって葉留佳は友達だと思っている。

 だが、葉留佳を助けすためだからといって他人を巻き込みたくはない。

 だってそうだろう?

 イ・ウーを潰すとか言っている人間に、自分の仲間を紹介して巻き込んで欲しくはない。 

 迷惑を受けるとしたら、仲間ではなく自分だけがいい。けど、問題が解決した今なら言える。

 

 イ・ウーへの復讐なんてことは考えなくなったなら、もう仲間たちに変に飛び火することもない。だから言える。

 

「……うん。なんですカ」

 

 葉留佳を抱きしめたまま、来ヶ谷は言った。

 

「『子供たちの遊び場(リトルバスターズ)』へ、ようこそ」

 

 

             ●

 

 東京武偵高校の第四理科室。

 牧瀬紅葉が拠点としているその部屋において普段は彼一人で黙々と実験をしたり何かを組み立てたりしているのだが、今は珍しく声が響いていた。

 

「――――――――――――報告しておくことは、これくらいか」 

『そう。じゃあこれからの方針でも考えておくよ』

 

 ただし、響いている声は牧瀬紅葉のものだけではなかった。

 なんてことはない。牧瀬が電話で会話をしているだけのことだ。

 

『しかしモミジクンさ、よく三枝一族の超能力者(テレポーター)を相手に生き残ったね』

「フフフ、この俺を誰だと思っている。我が名は喪魅路!お前の相棒にして、やがてこの世に混沌をもたらす者!あの程度のことなど、造作もないわ!」

『それでもだよ。アメリカでのことだって感謝してるんだよ。キミのおかげで、パトラだけではなく、イ・ウーが葉留佳に対してどういう出方をするのかがはっきりとしたからね』

 

 牧瀬が電話で話している相手は彼の相棒。すなわち、四葉ツカサ。

 世間的には失踪したことになっている彼であったが、牧瀬はひそかに連絡を取っていたのだ。

 

「二木はしばらくしたらお前に会いに行くだろうけどさ、これからどうするつもりだ?」

『佳奈多のことなら心配ないさ、佳奈多の委員会はボクがほとんど作ったものだ。佳奈多一人がいなくなった程度でどうこうなるようなもろいできなんかじゃないよ。最初から佳奈多抜きで機能するようにメンバーを構成してあるんだ』

「副委員長の一宮(いちみや)さんだったか。あの人が二木の公安0の時の先輩で、しかも二木の父親の相棒でもあったからいろいろと目をかけてくれていたのだったか?でも、本当に大丈夫なのか?」

『双子の超能力者(ステルス)の現象に基づき、葉留佳が死ねば佳奈多に超能力が受け継がれる。でも、それは逆もいえた。佳奈多が死ぬようなことがあれば、葉留佳が完全な超能力者として覚醒する。つまり、葉留佳は生きているだけで佳奈多を守っているんだ。だから大丈夫。あいつには葉留佳がついているんだから。葉留佳のことを愛している。その感情を持ち続けている限り、あいつはパトラの一味になんかには負けはしない。あんな半端な正義の味方なんか障害にもならない』

「……それを当の本人が知らないっていうんだから、救われないよな」

『ボクはキミにだってちゃんと感謝はしてるんだよ。双子の超能力者が特有の現象を利用することを考えたのはボクだけど、そもそもこの現象を教えてくれたのはキミだった』

「双子の超能力者の体質が、超能力者(チューナー)に似ていたからこそ気づけたことだ。まぁそれはいい。感謝してるなら、こっちのお願いだって聞いてもいいだろ」

『なに?』

「あのさ、お前いい加減こっちに戻ってきてくれないか。錬金術師ヘルメスことは知っているな?二木が東京武偵高校からいなっくなった以上、あの地下迷宮の探索は俺一人じゃどうにもならん」

『そっちにいる「機関」の人間はお前いれて四人だったよね』

「現実世界にいるのは三人だよ!そのうちの一人が誰か知っているなら分かるだろ!俺が全く頭が上がらない相手なんだから、ただでさえ忙しそうなのに時間を割いてくれっていえないし、実質ドジっ子陰陽術師と二人だけだ。それに、俺の相棒はお前だ。お前がいるだけでずいぶんと変わってくるんだ。くそ、こうなったら鈴羽姉さんにでも無理言ってお願いするか?」

『……わかった。とりあえず、一回そっちに行くことにするよ。それからまた考えることにしようか。そろそろ「職場体験」の期間のはずだから、その時にでも変装して会いに行くよ』

「頼むぞ」

『分かっている。モミジクンこそ、しっかりしてくれよ。頼りにしているんだから』

「ああ、ところでさ」

『ん?』

「三枝にお前のことを知っていて隠していたことがバレてるとして――――――――――許してくれると思うか?」

『………しっかりね』

「うぉぉぉい!……あ。あの野郎切りやがった。まぁいい、マッドサイエンティストの本気を見せてやる。我が名は鳳凰院喪魅路!小娘一人の機嫌をとるくらい、造作もないわ!フフフ、ファーハハハハ!!」

 

 そして、牧瀬紅葉は。

 もはや通話状態になっていない携帯電話をさも電話しているかのように耳元に当てたまま、誰も聞いていない中宣言する。

 

「では健闘を祈っていてくれ、我が相棒(マイパートナー)よ。エル・プサイ・コングルゥ」

 

 

 




これでこの「暗部の一族」編は終わりとなります。
次からはパトラ編ではなく、別の新章に突入します。

新章のタイトルは、『虚構との境界線』です。

お楽しみに!


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5章 『虚構との境界線』
Mission109 シベリアの真珠


劇場版『遊☆戯☆王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』を見てきました!
なんかもう、遊戯王という作品が好きでよかったなと思わせてくれる映画でした。

昔の放送で神のカードたるオシリス、オベリスク、ラーの衝撃を受けていた時の思い出やなつかしさによる補正もあるのでしょうけど、それでも昔からずっと見てきたからこそ感動するものがありました。

遊戯王という作品が好きな人は、一度見に行くことを心からお勧めします!

それでは、新章スタート!


 今更な事実だが、東京武偵高校は特殊な学校である。

 もちろん教育内容が一般学校のものとは違うということもあるが、命を扱う職業なのだ。万が一が起こらないようにと気を使える部分はすべて気をまわしておく必要があるだろう。実際その影響は様々なところから見て取れる。例えば武偵高の専属寮。

 

 一般の学校の専属寮ならば専属寮なんて多くて女子寮と男子寮の二つだけだろう。

 

 だが、東京武偵高校は寮の数からして一線をなしている。

 

 イギリス公安局のエリート武偵としてその名を轟かせたアリアに強襲科アサルトのVIPルームが貸し出されていることや、学校の応接室にも似た立派な部屋を無償提供されている『魔の正三角形(トライアングル)』の連中があくまでその能力の優秀さゆえの例外だとしても、理樹や真人、そしてキンジが暮らしている四人部屋があるのはあくまでの探偵科(インケスタ)の男子寮の一室でしかないことを考えたらその規模大きさが分かるだろう。

 

 東京武偵高校の全生徒の数と比較すると、寮の数が多すぎるのだ。

 

 しかも東京武偵高校は全寮制の学校ではない。

 アリアの戦妹アミカのあかりのように、東京武偵高校までバス圏内である場所に立地するアパートに暮らしている人間もいるし、あかりの友達の佐々木志乃のように実家から通っている人だっている。

 

 別に学校の寮に入ることは強制ではないのだ。

 もちろん寮に入ると、仕事を仲介している自治体ともいえる寮会と面識が持ちやすいから仕事を指名で受けやすくなるといったようなメリットがあるものの、それでもお金のない全員が全員寮入りを希望するわけではない。そうなると、実は四人部屋に一人で暮らしているというような贅沢なことができることもあるのだ。二年Aクラスに所属している探偵科インケスタの人気者の峰理子も、実はそんな贅沢をしている一人だった。

 

 寮会の方で申請すればルームメイトを決めることもできる。

 

 理樹と真人なんて真っ先にルームメイトとして互いを指定する要望を寮会で二人で仲良く出しに行ったものであるが、武偵としてのパートナー同士であればこの人と一緒に生活を送りたい!などとしてルームメイトの要望を出すことは割と多いのだ。戦姉妹(アミカ)の契約の伝統としてまずは部屋のカギの交換から始めるものとされているように、ルームメイトというのはそれだけ重要な存在なのだ。互いに武偵としての技術を教えあう機会だって増えるし、ちょっとしたことを頼みやすくもある。ゆえに探偵科(インケスタ)のAランク武偵であり、なおかつ二年Aクラスでの人気者である理子をルームメイトにしたいという要望が殺到したものだが、それでも彼女が四人部屋に一人で住んでいるのは彼女がそもそもルームメイトなんて取ろうと思わなかったということもある。もちろん理子が一人部屋でも二人部屋でもなく、人数の関係で浮いた四人部屋に一人入ることになったのは寮会での担当者が理子のイ・ウーでの同期でもある佳奈多だったからということもあるだろう。それでも理子は自分のプライベートの空間には自分が認めた人間しかいれたくないと考えるタイプのため、理子の部屋にはやってくるのは彼女が心から信頼している人間しかいないのだ。

 

 そんな人間の一人である、ジャンヌ・ダルクは今理子の部屋にあるリビングのソファに腰かけながら苦しい顔をしていた。

 

「……理子」

「…………」

「……理子よ、聞いているのか」

「………………」

「理子!」

「え、あ、うん、どうしたの?」

「どうした、ではないぞ。お前こそ一体どうしたというのだ。お前、この前からなんだか変だぞ」

 

 ジャンヌが今からしようとしている話は割とまじめな話だ。

 ぼんやりと虚空を見つめているような感じで聞き逃してほしくはなかったため、理子を呼び止めてみたがいまいち効果があったのか分からない。理子がこの間から何か考えているのか知らないが、ぼんやりしているようにしかジャンヌには見えなかったのだ。

 

「そ、そう?」

「お前とブラドの関係は私も知っている。ゆえに、ブラドが倒れた今お前に思うところがあることも理解しよう。だが私たちはブラド討伐という大きな目標を達成したと同時、心強い味方を失うこととなった」

「あぁ、佳奈多ね」

「そうだ!こともあろうにあいつは、このイ・ウーの転換期に忽然と行方をくらました!我々は、パトラに対する最大の抑止力を失ったも同じなのだ!」

「………」

「聞いているのか理子!佳奈多が姿を消したことの意味が分からないわけではないだろう!」

 

 ジャンヌはいたって真剣にイ・ウーの未来を案じている。他人事ではなく、最終的には自分に降りかかってくることだと思っているからこそ打てる手は今のうちに打っておきたい。なのに、ジャンヌが信頼しているはずの仲間である理子は、大して気にもしていなかったようであるばかりか、最近ぼんやりとしていることが多い。理子がそんなでは困るのだ。

 

「佳奈多がいなくなった以上、もうあいつを次の『教授(プロフェシオン)』にすることはできなくなった」

 

 イ・ウーの『教授プロフェシオン』とはすなわち、イ・ウーのリーダーのこと。

 佳奈多は次のイ・ウーリーダーの候補者の一人であったのだ。

 大きな理由としては二つある。

 まず佳奈多は強かった。それが大きな理由の一つだろう。

 本人が言うことには超能力は弱体化しているとのことであるが、それが今の佳奈多が弱いということは意味していない。極東エリア最強の魔女と呼ばれて知る人には恐れられているが、そう呼ばれ始めたのは佳奈多がイ・ウーに入った後のことだ。最初の佳奈多をそう呼んだのは確か諸葛だったかとジャンヌは思い出す。いい迷惑だと佳奈多が言っていた気がする。ともあれ、佳奈多がイ・ウーの荒くれ者たちを束ねられるほどの強さがあった。それがまず一つ。

 

 そして佳奈多がイ・ウーの次期リーダーの候補となった一番大きな理由は、佳奈多自身の性格にあった。

 

 自分の親族の人間をただ一人を除いてその手にかけた魔女。

 そんな前評判からは想像できないほどに穏やかで、それでいてやる気が全くないような人間だったからだ。

 

 つまり、何をしようとしてもあれやこれやと何かと口出ししてくるような人間じゃない。

 規律やら規則やらを強いるようなことはないだろう、というのも大きな理由となっていた。

 制限からの解放という意味での自由を求めるなら必要なことなのだ。

 ただ自分の力を磨きたいと考えるイ・ウー研磨派(ダイオ)の連中にとって、これほど都合のいい人間はいなかったのだ。

 

 ただ佳奈多本人が嫌だというから決定的になっていなかっただけで、実のところ佳奈多を推薦していた人間は結構いたのだ。

 

 かくいうジャンヌもその一人だし、理子だってそうだ。

 理子も佳奈多にイ・ウーの次期リーダーになってほしいと考えていたはずだとジャンヌは確信している。

 理子にとっては佳奈多がブラドに対抗できる人間だったから縋りつきたかったというものあるだろうが、何よりも仲がよかったからそうなってくれたら都合がいいということもあった。佳奈多が何と言おうとも、ジャンヌとしては何とか策を考えて佳奈多をイ・ウーの次期リーダーの座につかせるつもりだったのだが、当の本人が失踪したことによってその計画は白紙にならざるをえなくなった。

 

「それに佳奈多の失踪とほぼ同時期にリサとも連絡がとれなくなっている」

「そうなの?」

「ああ。リサも佳奈多と同じく他薦で候補者に挙がっていた人間で、本人はやりたくないって言っていたからな。ただ、どうにも時期が気にかかる。ひょっとしたら佳奈多がリサを連れ出したのかもしれんな」

「まぁ、少しの間でも隠れて暮らすことを考えたらリサがいてくれたら心強いからね」

「ブラド、佳奈多、そしてリサ。一夜にしてイ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』の候補者が三人も消えた。これは大きな問題だ。我々は今後のことを決めなければならない。……まったく、佳奈多はものすごく大きな亀裂を残していってくれたものだ」

 

 イ・ウーのリーダーともなれば、学校の部活の部長を務めるのとでは意味合いが違い過ぎる。

 ジャンヌや理子にリーダーが務まるのなら何の問題もない。

 だがどうにもあの連中をまとめ切れるとはとてもじゃないが思えないのだ。

 誰でもいいというのなら誰か任命できるだろうが、そうなるとどのみち自分たちにとっていい未来は訪れる気がしない。理子やジャンヌにとっては佳奈多が今もまだいてくれたらそれでイ・ウーの問題はすべて解決していたのだが、あいにくともう佳奈多は頼れない。不満げなジャンヌとは違い、理子はこんな現状を作った佳奈多に対して恨み言も一つとしてわいてこなかった。

 

(……でもまぁ、佳奈多にとってはこうなってよかったとは思うよ)

 

 どちらかというとどこか祝福している自分がいるような気が理子にはしていたのである。

 これをいうと葉留佳あたりは本気で憤慨してくるだろうし、ジャンヌだって文句の一つぐらい言うかもしれないが、本心なのだから仕方がない。

 

 もし、あの夜にブラドが現れなかったら。

 もし、ブラドと一緒に三枝一族の親族が葉留佳の前に姿を見せなかったら。

 もし、あの夜に佳奈多が葉留佳に本心を伝えていなかったら。

 

 理子は当初の予定通り、十字架を取り戻した後でキンジとアリアに戦いを挑んでいただろう。

 その戦いの結果がどうであろうと、その後葉留佳との約束通りに佳奈多に関する情報を流していただろう。

 

 ―――――――そして、葉留佳は理子から真実だとして嘘を知らされることになっていただろう。

 

 とはいえ理子が佳奈多に関して何も知らないからでっちあげで葉留佳に協力させていたのではなく、理子の真意は佳奈多との約束を守ることにあった。

 

『……ホントにそれでいいの?』

『それでお願い。いい加減、葉留佳には私のことをあきらめてもらわないといけない。このままではあの子はイ・ウーにかかわるものすべてを標的にして、いずれ危険視され狙われかねない。そうなったら、この私がわざわざ超能力をわけてあげた意味がなくなる。あの子がどんな感じになっていくのか、私はまだそれを見ていたいのよ。私が完全な超能力者(ステルス)として覚醒するには、あの子の超能力が成長してもらわないことにはね』

『………佳奈多、お前』

『なに?』

『いや、なんでもない』

 

 葉留佳はイ・ウーを憎んでいたし、イ・ウーを潰すことこそが佳奈多を取り戻すための最善の方法であると信じていた。だが、佳奈多にとってはそれでは困るのだ。佳奈多にとってイ・ウーにはそれほどの価値を見出していない。佳奈多にとっての一番は葉留佳であり、だからこそイ・ウーにかかかわっては欲しくなかった。いくらいくつも手を打っておいたとはいえ、殺されそうになっていて反撃をしない相手はいない。葉留佳を狙おうとする人間がイ・ウーにはいなくてだ。葉留佳がイ・ウーのメンバーを狙った際に、相手が殺されそうになって反撃しないとは限らないのだ。

 

 ゆえに、佳奈多は葉留佳に自分のことをあきらめさせようとしていたのだ。

 

『そう心配しなくても大丈夫よ。今の葉留佳ならはきっと食いつくでしょう。来ヶ谷さんが一緒にいるなら彼女の動向が気にかかるけど、あの人は変に利用しようとさえしなければ何も心配いらないわよ。いいビジネスパートナーになってくれるはず。実際にあってみて、思っていたよりもずっと話しやすい人だった。どういう嘘を真実として葉留佳に渡すかは私の方で考えてあるからうまくいくと思うわよ』

 

 葉留佳なんてどうでもいい。あの子が生きているのは、私が完全な超能力者(ステルス)として覚醒するには必要なことだからだ。佳奈多はそんな風に言って、葉留佳のことは単なる気まぐれ程度の興味しかないと理子に言っていたが、理子はというと佳奈多の中から葉留佳への痛いほどの愛情が見え隠れしているように見えたのだ。

 

(佳奈多。葉留佳に興味がないっていうなら、どうしてイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』になることを頑なに拒んだんだ?あんなに嫌がったのは、そうなってしまったらもう本当に身動きが取れなくなると思ったからなんだろ?)

 

 本当に葉留佳に興味がないなら放っておけばいい。

 その結果、葉留佳がイ・ウーの誰かに返り討ちにあったとしても別にいいとでも言い切ればいい。

 それができなかったのは、佳奈多の心のどこかであきらめきれていなかったからだろう。

 おそらく、佳奈多はその気さえあれば次期『教授(プロフェシオン)』になれたと思う。

 今となってはの想像になるが、佳奈多には公安の仲間たちからイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』となってイ・ウー内部を掌握するように言われていたのではないかとも思う。

 

 ただ、そうなってしまったら二度と葉留佳と普通の姉妹のように暮らすことなどできはしない。

 

 親族たちをその手にかけ、イ・ウーの一員となったその瞬間から葉留佳のことは諦めたようなことを佳奈多はいっていたが、その実どう自分に言い繕っても諦めきれないという矛盾を抱えて生きていたようにも見えるのだ。おそらく、気づいているのは友達としてプライベートでも長く付き合ってきた理子一人。

 

(そんな思いが奥底にあるのなら、そりゃカナと佳奈多は決して相いれない存在になるよね……)

 

 だから、これでよかったとしておこう。

 イ・ウーのメンバーとしてはいいことなんて何もない。

 心強い仲間はいなくなり、今度の方針すら見直す必要が出てきた。

 ジャンヌじゃなくても文句の一つでも言いたくなる。

 

 でも、イ・ウーにおいての一番の友達としての立場から言わせてもらおう。

 これで、よかったんだ。

 

 だが理子の思いとは別に、現実は非情だ。

 現実はいい方向にも確かに変わる。だが悪い方向にも事態が次々と変わっていくもの。

 ブラド、佳奈多、リサと影響を持つ人間が一度に三人も消えたら絶対にどこかに影響してくるはずだ。

 

「理子。我々イ・ウー研磨派(ダイオ)は、最悪主戦派(イグナティス)との全面戦争も考慮に入れなければならない。今後は常に注意を向けておく必要はあるだろうな」

「でもパトラはすぐには動かないだろうね。パトラこそ佳奈多の動向を一番気にするだろうし」

「あぁ、パトラに限らず大抵の組織はしばらくは様子見をするだろう。だが、ここぞということで一気に動き出す組織があってもおかしくはない」

 

 そうだね、と同意しつつも理子は心の中では願う。

 今は時間が欲しいのだ。

 今度のための準備期間としてではなく、過去を振り返り自分を見つめなおすための時間が欲しい。

 ブラドという脅威から解放された理子だけではなく、きっと佳奈多だって思うところがあるはずだ。

 

 だから願う。

 

――――――どうか、しばらくは何も起こりませんように。

 

 

 

 

              ●

 

 

 自分を見つめなおしたい。

 後悔していることがある人間ならば一度は考えることだと思う。

 

 昔、自分はどうするべきだったのか。そして、これからは何をしていくべきなのか。

 

 考えても考えても答えが出ないときは、自分の価値は一体どのようなものなのだろうか、なんてネガティブなことを考えることもある。それがいわゆる思春期特有の病気にも似たものであるかもしれないし、一生をかけても得明かすことができない命題なのかもしれない。

 

 自分が一体何者なのかを知りたい。

 

 そんな風に思うのは人として生きているの以上は決して悪いことではないが、それでいわゆる自分探しの旅に出かけようとか思う人間は間違いなく恵まれた人間ではあるだろう。なにせ生きていくためにはお金がいる。ちょっとした旅行であったとしてもお金を貯めてようやくできることであり、気軽にどこにでもいけるわけがない。本当に余裕のない人は日々生活していくためのお金を稼ぐために働いて、旅をしようなんて考えることもできないはずなのだ。

 

「ここに長居はするつもりはなかったのに、結構いてしまったわね」

 

 ロシア連邦のバイカル湖。世界最古、世界一の透明度、世界一深い湖、と3つの世界一を持つ巨大な湖。

 世界に20箇所程度しかない10万年以上の歴史を持つ古代湖の中でも最古の湖とされ、シベリアの真珠とも称されるその湖を眺めている一人で見つめている少女も、余裕のある旅人の一人だった。

 

「こんなにも美しい湖なのに、何十万もの死者の魂が眠る場所であるのね」

 

 20世紀初頭にロシア革命の際、新政権を握ったソビエト政府の革命軍たる赤軍の手から逃れてきた帝政ロシアの復活を目指した白軍は、追い詰められて真冬の凍ったバイカル湖を渡ろうとしたという。しかし、そこに大寒波が襲い、25万人もの人々全員が凍死してしまったとされている。やがて春が訪れ、氷が溶けると、25万人の死者たちは深い湖の底に沈んでらしい。

 

 白軍50万人と、帝政時代の貴族、僧侶などの女性や子どもを含む亡命者75万人、軍民合わせて総勢125万人。8000キロもある広大なシベリア横断としての東へ東への大移動。

 

 季節は冬。気温は毎日氷点下20度を下回り、激しい吹雪などで凍死者が続出。20万の人間が一晩で凍死した日もあったらしい。それでも死の行進は休むことなく続けられ、3ヵ月後には125万人がたった25万人となってしまったという。燃料、食料も底をつき、運搬用の馬も次々と倒れた。

 

 125万もいた人は、バイカル湖につくことには25万しか残らなかった。

 

 その生き残りにしても、バイカル湖という最終的な壁が立ちふさがる。前代稀に見る激しい寒波が彼らを襲い、猛吹雪により気温は氷点下70度まで下がり、一瞬にして意識を失うほどの強烈な寒さだったらしい。人々は歩きながら次々と凍っていき、そして死んでいった。もはや湖面上に生きているものは存在しなくなったという。

 

 バイカル湖の湖面にて、白軍は全滅したのだ。

 

「何人もの、何十万人もの仲間や同胞を失いながらも歩き続けた彼らは、最後は一体どんな思いをしていたのかしらね。自然の力という運命にも近い暴力の前にあらがう気持ちもなく心が折れて死んでいったのか、それともそんな運命を強いた神様を憎みながらも最後まで戦い続けたのかしら」

 

 少女は過去の歴史を聞いて、その当事者のことを想う。

 

「いや、戦ったに決まっているか。世の中には理不尽なこと、どうしようもないことばかりだけど、それで自分がすべてをあきらめていいはずがない。諦めていたのなら、生きようと必死にこんなところまではやってこないでしょうね」

 

 その少女がこの湖に立ち寄ったのは、たまたま近くに来たから有名なところだし見ていこうかというような気まぐれ程度のことだ。なにせ、ツアーガイドも時間的なリミットもなったくない正真正銘の一人旅。大学生はおろか、まだ高校も卒業していないであろう年頃の少女にはあまりにも無謀ともされる行為であったが、彼女はそのことに関しては気にもしていなかった。今日の寝床は最悪野宿でもいいかな、なんてことを平気で考える少女である。

 

「さて、これからどうしようかしら」

 

 スケジュールという名の時間的な制約のない旅をしている彼女にとって、目的地など存在しない。最終的に帰るべき場所がはっきりしていても、その途中にどこにいくかは全く決まっていないのだ。

 

「自分探しの旅をしてみる、なんて言ってはみたけど、一度帰ってみるのもいいかもしれないわね。そろそろハートランドがリニューアルオープンするはずだし、あいつらの顔でも久しぶりに見に行くか。あたしがいないからってたるんではいないでしょうね」

 

 地元の住人とはた目からみて何も変わらないように、地域ごとに衣装を変えながら世界を回っていた彼女であったが、彼女は一度自分の故郷へと戻ることを考えた。旅を辞めるつもりはまだない。見つけようとしていた自分の答えはまだ見つかってはいない。それでも一度、自分の本来いるべき場所に帰ってみるのもいいかもしれないと考えていた。

 

(かなでちゃんは気にしていないって言うのでしょうけど、あたしも胸を張ってあの子の友達だって言える日がくるのかしらね)

 

 ああだこうだ考えていても仕方がない。

 目的地なき旅人にとって必要なことは決断力だ。

 いつまでも考え込んでいては時間ばかりが過ぎていく。

 

「さて、一度帰ろうか。……っていっても、ここには地図みながら一人で来ただけだし、周りにも人がいないから空港の場所もよく分かっていないんだけどね。あーあーめんどくさい。誰か人がいないかしら」

 

 バイカル湖は観光地。

 一日でいくつもの観光ツアーの団体が訪れているが、バイカル湖は広いのだ。

 日本において最も広い湖たる琵琶湖のおよそ46倍もの大きさを誇るバイカル湖は、見ている分には海となんら変わらない。どこかで今この湖を眺めている人がいたとしても、同じ場所から見ているとは意味しない。場所によっては、自分一人だけの絶景として眺めていられる場所でもある。 

 

 せっかくだからもうちょっと眺めていてもいいかななんてことも思い始めた旅人の少女であったが、自分のいる方向に急速に接近してくる集団の気配を感じ取った。

 

(……車、じゃないわね。気配は10、20、……ううん、もっといるわね。大体30人くらいかしら)

 

 自分に接近してくる気配は、その存在を隠そうとでもしているのか音一つとして極力避けようとしているように見えた。大声で笑いながら歩いてくる集団がいたのなら、家族でピクニックか旅行にでも来たのだろうなとほほえましくも思うが、こうも気配をひそめながらも高速で接近してきているとなると、どうにも警戒しようとするのは自分の性分なのだろうか。

 

「…………」

 

 念のため背中に隠している軍用ナイフに手を伸ばしていると、ちょうど接近してきた集団が現れた。

 人数は予想通り30人程度であり、全員が女性であった。

 彼女たちは見た同じような格好の服装を着ていて、同じ紋章が服に刻まれていた。

 鉤十字。厳密にいえば逆鉤十字旗の下に、それに敬意を払うように控えめに掲げられた旗がもう一つ。

 赤地に白い盾、そしてその盾の中には獅子のような荒ぶる黒い獣の姿がそこにはあった。

 たしかあの旗は、

 

(……魔女連隊(レギメント・へクセ)の紋章?)

 

 あれは魔女連隊(レギメント・へクセ)と呼ばれている、超能力を操る特殊部隊が用いていたものだったはず。

 こんな場所に一体何をしに来たのだろうかと旅人の少女は思っていたが、魔女連隊の目的がこのバイカル湖にあるのではなく、自分にあることを教えられることになる。

 

「仲村ゆりだな?一緒に来てもらおうか」

「………よくもまぁ、あたしがここに来てるってわかったものね」

「お前に拒否権など無い。抵抗しなければ手荒なことはしない。おとなしくしていろ」

「嫌よ。それに、あなたたちこのあたしを見くびっていないかしら」

 

 魔女連隊はその名の通り、魔術を操る魔女が集まっている。

 ゆり、と呼ばれた少女の目の前にいる30人あまりの人間は、全員が魔術師か超能力者(ステルス)だとみてもいいだろう。

 

 それにくらべ彼女は一人。

 絶対的な戦力差のはずなのに、ゆりは軍用ナイフを右手でくるくると回しながら宣言した。

 

「あたしに何のようがあるのか知らないけど、まぁいいわ。来るなら来なさい。全員叩きのめしてあげる」

 

 シベリアの真珠とまで称されているバイカル湖。

 その場でのとある一戦が、二つの組織の抗争の引き金を引くことになるとまだ誰も知らなった。

 

 




もうちょっとしたらあの連中が本格登場してくると思います。


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Mission110 空色の化け物

 そもそも病院とは本来どうあるべき場所なのだろうかなんてことを『機関』のエージェントである朱鷺戸沙耶はとある老人ホームのベッドに腰かけながらぼんやりと考えていた。朱鷺戸沙耶自身の個人的な意見を言わせてもらうとすると、病院とは心安らかに過ごせる場所であるべきだと思っている。どんなに重い病気を患っていても、何も心まで病気にかかる必要もない。だから、重い空気は病院には本体あるべき姿ものではないはずだ。親族を病気や寿命で亡くして悲しみに暮れているわけでもないのなら、笑って明るく過ごすべきであろう。だから、

 

「……あやちゃん。わたし、心配したんだからね」

 

 とりあえず、ふくれっ面で怒っている小毬ちゃんのことを何とかしなければならないと思った。

 

「あ、あのね小毬ちゃん。勝手に病院抜け出したのは悪かったとは思っているけどね。これにはあたしにも事情が……」

 

 もちろん沙耶にだって言い分はある。沙耶は地下迷宮への殴り込みに行き、結果としては重体になって戻ってきた。『機関』が運営しているこの老人ホームへと運びこまれて、意識が戻ったと同時に病室から抜け出した。それは必要なことであったと今だって思っているし、抜け出したこと自体にはこれっぽっちも後悔はない。沙耶としては早急に確認しておかなければならない案件だったのだ。沙耶の意識を地下迷宮で刈り取ったのは仇敵たる錬金術師ヘルメスではなく仲間としてついてきた佳奈多である。しかもその時佳奈多がイ・ウーのメンバーであったことも判明した。佳奈多が自分たちの脅威となりうるか確認しなければおちおち眠ることもできなかっただろう。

 

「……心配、したんだからね」

「うぅ」

 

 でも、心配したんだよという小毬の素直な感情をぶつけられては、エージェントたる沙耶としてもごたごたと理屈を並べて小毬を論破してやろうという気にはなれなかった。

 

「戻ってきてくれてよかったよ。お兄ちゃんのようにいなくなっちゃうのかと思ったんだもん」

「……もう、すべて思い出しているのね」

「うん。もう思い出しているよ。あやちゃんがすべて忘れさせてくれてたんだね。そして、そのあともずっと私のことを守ってくれていたんだね。この老人ホームを仕事場として紹介してくれたり、いろいろと相談に乗ってくれたり。私がすべて忘れてしまったいたのに、あやちゃんは何一つとして忘れずにいたんだね」

「じゃあ、今更とぼけても仕方ないか。それじゃ最初からきちんと言っておきましょうか」

 

 朱鷺戸沙耶がまだ麻倉(あさくら)(あや)という名前を名乗っていたころ、沙耶は小毬と出会っている。いわば昔馴染みの友達だった。小毬が昔の記憶をすべてなくしてあとだって、沙耶は小毬のことを忘れたわけではない。昔のことをきれいさっぱりと忘れ去って生きているというのなら、『ときどさや』などという名前を今名乗っているはずがない。『ときどさや』というのは、小毬の兄神北拓也が描いた絵本、『流星の魔法使い』に出てくる優しい魔法使いの名前。

 

「久しぶりね、小毬ちゃん」

「うん、久しぶりだね、あやちゃん」

 

 それでいて、今まで沙耶は小毬に昔のことを一度も言ったりはしなかった。彼女自身、麻倉彩として生きることなどもうなく、これからは朱鷺戸沙耶という人間として生きるいくだろうと考えていたこともあったのだろうが、忘れているならそれでもいいと思っていたこともまた事実なのだ。あんなことは覚えていなくてもいい。忘れているのならずっと忘れたままでいてほしいと願っていたはずなのに、思い出したというのな、沙耶はどうしても聞かずにいはいられないことがあった。

 

「ねぇ小毬ちゃん。いきなりで気分悪くするようなことをいうようで悪いんだけどさ、あの日何があったの聞かせてくれない?」

 

 ヘルメスが実験と称して何かを始めたあの日。

 あやという少女は消え、小毬は兄を失うことになった。

 そんな結果だけは知っていても、沙耶はあの日に何があったのかというものを知らないのだ。

 『機関』の仲間からは『原罪(メシア)』という組織の仕業だと聞いても、当事者たちがどうなったのかを沙耶は知らない。目覚めたときにはすでに一緒に直前まで遊んでいた子供たちの墓が作られていたりもした。

 

「あやちゃんは、何があったかどこまで知っているの?」

「実はほとんど知らないの。あたしが知っているのはすべて終わってからの単純な事実だけしか知らないのよ。きっとこうだったんだろうっていう推測こそたてられても、どうしてもわからないことがいくつもある」

 

 あの日、沙耶は『機関』のメンバーによって助けられた。沙耶の意識が戻った時にはもう周囲には誰もいなかったのだ。ヘルメスも、パトラさんも、カナさんも。そして大好きだった拓也さんでさえ、自分の周りからはいなくなっていた。ただ一人世界に取り残されたように、自分は一人だけだった。どうしようもない孤独感を味わった。

 

 だからこそ、助けに来てくれた大人の女性に抱きしめられた時のぬくもりを、沙耶はまだ覚えている。

 

「あたしはあの日、ヘルメスが実験と称して何かを始めようとしたときに、陰陽術師は生きていてもらっては困るとナイフで腹を刺された。その時一緒にいたパトラさんによって、きっとあたしは生きながらえることができたんだと思う。ここまでは推測できた。でも、おかしな点だってあるの。これを見てくれる?」

 

 沙耶は老人ホームで支給されている緑色のパジャマをめくり、自分の腹部を小毬に見せた。

 そこには傷などひとつとして存在しない、きれいな女性の肌があった。

 

「あれ?あやちゃん、傷なんて全然残ってないよ」

「そう、そんなもの残ってない。これがおかしな点なのよ」

「え?」

 

 いくら先行学科が衛生科だとはいえ本職を薬剤師としている小毬には沙耶が言っていることがわからなかったものの、医療関係者であることには変わらないのだ。小毬はすぐに沙耶が指摘する矛盾点に気付く。

 

 傷跡が全く残っていない?ナイフで刺されたのに?

 

 武偵はその職業柄、体中に傷があることだってそう珍しくない。戦闘を生業としてい強襲科(アサルト)武偵ならなおさら目立つ。大きな傷は後遺症としてどうしても残ってしまうものなのだ。なのに、今の沙耶には怪我なんて初めからしていなかったかのように、傷一つとして入ってはいない。もちろん、ちょっとした怪我程度は見える。『機関』のエージェントとして生きていた沙耶だって、任務中に怪我を負うことぐらいはあったのだろう。それでもせいぜいかすり傷程度のものぐらいであり、そんなナイフで刺された時の傷なんて全く見受けられない。

 

「お兄ちゃん達の陰陽術かな?」

 

 となると、考えられるもっとも高い可能性は、沙耶の魔術の師匠であった小毬の兄、神北拓也の仕業によるものだ。小毬の薬剤師としての技術は兄拓也の手助けをしたいと思った幼き日の小毬の決意によるもの。小毬はエジプトで一般には知られていないような民間の秘薬なども教わりはしたが、彼女の知る技術でそんなことができるものの心当たりはない。

 

「あたしをあの時助けてくれたのはパトラさん。何があったのかわからないけど、それはきっと確かなものだと思う。パトラさんがいなければきっと、あたしは今ここにいない」

 

 パトラさんがあの後どうなったのか、沙耶は知らない。

 沙耶がわかっていることといえば、命の恩人は生きているということ。

 そして、イ・ウーという荒くれ者たちの中心人物として戦争を起こそうとした魔女であるということ。

 

 沙耶が『機関』の諜報員(スパイ)としての仕事をしているのも、あの日何があったかを知る人間を探すためでもある。超能力者(チューナー)なんて呼ばれる能力者になったことで、『機関』に所属することになったが、別に彼らは沙耶に戦いを強要してはこなかった。『機関』の仲間たちにとって、超能力者(チューナー)はあくまでも保護すべき対象であるという認識だ。別に身体を薬物で弄繰り回されたりしたわけでもない。沙耶が戦う道を選んだとき、『観測の魔女』は最後まで反対していた。

 

「拓也さんがカナさんと何か秘密にやっている間、あたしはパトラさんに魔力の扱い方を教えてもらっていたし、あたし自身パトラさんに陰陽術の回復魔術を教えたりもした。だから、パトラさんの医療技術であたしが知らないものはないはずなの。だからきっと、この傷がきれいに跡形もなくなるようなことが、あたしが倒れてからあったんだはずなのよ。小毬ちゃん、何でもいいの。小毬ちゃんがあの日見たものを教えてくれない?」

 

 沙耶は知らないことが多すぎる。

 カナさんはパトラさんを放置してまで一体拓也さんに何を相談していたのだろう。

 パトラさんはどうしてイ・ウーの魔女なんかになってしまったのだろう。

 錬金術師ヘルメスは一体何を始めるつもりだったのだろう。

 そもそもエジプトの博物館で起きたテロ事件からして今思えば不可解だ。

 空色の輝石とかいうものになんの価値があったんだ。どういう使い道をするものなんだ。

 

 それに、そもそも超能力者(チューナー)っていったい何なんだ?

 

 自分自身が該当していることなのに、今一つ実感がわいてこない。

 そして、理解できないものは不気味なものとして感じてしまう。

 

 少しでもいい。ちょっとしたことでもいいから知りたい。沙耶は小毬の顔を黙ったまま見つめた。

 やがて小毬は話し出す。

 

「実のところ、私だって知らないことばかりだよ。でも覚えていることもある。断片的なことだけど言うよ」

「……ありがとう小毬ちゃん」

「私はカナさんに助けられたの。ちょうど近くにカナさんがいてね、私たちの小さな病院は爆破されちゃったけどなんとか瓦礫から守ってくれた。びっくりして気絶しちゃったけど、目覚めたときにはお兄ちゃんが抱きしめてくれていた」

 

 ドクンッ!と沙耶の心臓が跳ねる。ドクドクと鼓動が自分の耳に聞こえるくらい緊張しているのが沙耶には分かった。ずっと知りたかったことが一片とはいえわかるかもしれないのだ。

 

「お兄ちゃんね、あやちゃんを助けに行くって言ってた」

「……」

「あやちゃんを元に戻すために行かなくちゃって言って、いつもみたいにやさしく微笑んでくれた。カナさんやパトラさんと一緒にあやちゃんを取り戻してくるって言って抱きしめてくれた」

「……あたしを、取り戻す?」

 

 小毬からの話はあくまで当時の彼らの視点から見た物語であり、沙耶から見た場面ではいまいち状況が理解できなかった。

 あの後あたしはヘルメスに拉致されたとでもいうのだろうか。

 あの場にはパトラさんだって一緒にいた。ヘルメスがあのパトラさんの目の前でこれ以上好き勝手できたとは到底考えられない。話を聞けば聞くほど困惑する沙耶は、小毬が困った顔をしていることに気付く。心配しているというよりは、言いにくそうにしているといった感じを受けた。結局小毬は、沙耶にどうしたのかと聞かれるまで口を開くことはなかった。

 

「あ、あのねあやちゃん。聞きたいことがあるんだけど」

「何かしら」

「あの空色の化け物は、一体なんだったの?」

「空色の化け物?」

 

 沙耶は思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまう。

 沙耶には小毬の言っていることへの心当たりなどまるでない。

 いったい小毬は何を言い出したのかと、小毬の言いたいことがまるで理解できなかったのだ。

 いったい何の話をしているのだろうかと、全くぴんと来ないでいた。

 

「その話詳しく聞かせてもらえないかしら」

「私が見たのは、なんか水のような流動的に空中を漂う透き通るような青い塊だった。でも、人の形をしていたの」

「―――――――人の形を持った空色の人型の物体ってこと?ほかに何か特徴はなかった?」

「えっとね、私もよく見たわけじゃないから何とも言えないんだけど、そうだね……あ、目の部分が光ってたよ。正確には目のい部分みたいな感じで光っている二つ球みたいなものがあった」

「……何色か覚えてる?」

「赤色、朱色――――――一番近いのは緋色だったかな?ごめんね。そこまではよく覚えてないや」

「……」

 

 沙耶は何も答えなかった。彼女の中に、ある一つの仮説ができていたのだ。小毬の言う空色の物体というものがいったい何なのかはわからないが、緋色の目を持つ存在についての心当たりならあるのだ。

 

 超能力者(チューナー)

 

 生まれつき超能力を宿している超能力者ステルスとは違い、いまからちょうど五年前に一斉に覚醒した超能力者たち。そして、そのほとんどが『機関』によって保護された特異なる存在の者たちだ。

沙耶自身超能力者(チューナー)であるものの、この能力について知っていることは実のところ少ない。『機関』のリーダーのパートナーであり、あらゆる魔術に精通した『観測の魔女』でさえ意味が分からないとして匙を投げざるを得なかった能力者たちだ。それでも『観測の魔女』は能力の共通点についてのある程度の考察だけは出している。

 

 曰く、世界の法則自体に干渉する能力。

 曰く、神様の力の一部分。

 曰く、変革を食い止めるための抑止力。

 

 具体的に沙耶が理解していることといえば、超能力者(チューナー)には三つの能力があるということぐらいだ。

 三つのうちの二つは超能力者(チューナー)ならだれでも使える共通の能力。

 そのうちの一つは仲間の牧瀬紅葉が言うには、双子の超能力者(ステルス)なら似たようなことができるらしい。沙耶自身、二つの共通能力のうちの一つしか内容を把握していないし、そもそもそのどちらも使ったことがないから実感が持てない。正直沙耶にとってあってないようなものでしかない。

 

 そして最後の一つは各々で有する固有の超能力。沙耶の場合エクスタシーモードがこれにあたる。

 

(この世に生まれ落ちてからまだ五年程度しか立っていないんだから、まだまだ未知数なことが多い超能力者(チューナー)にはあたしが知らないことがあってもおかしくはないか)

 

 あの場にいた超能力者(チューナー)となると、それは自分一人しかいない。

 沙耶の推測が正しいのなら、あの日はまだまだ沙耶や小毬の知らないことがあるのだ。

 

(こうなったら、あの日何があったのかを知っている人間に聞くしかない)

 

 すべてを知る人間。あいにくとヘルメスはどこに行ったのかわからない。

 佳奈多によって殺されたのなら、もうヘルメスを問い詰めることはできなくなった。

 そうなると、残りは二人。

 

(パトラさんか、カナさんを探し出すしかないか)

 

 ほかにもいろいろ聞きたいことがある。

 何よりも一番知りたいことをパトラさんなら知っているかもしれない。

 

 ――――――あたしたちが大好きだった人は、拓也さんは、いったいどうなったの?

 

 神北拓也の詳細は全くわからない。

 あの診療所付近で死体として出てきたわけでもなく、こつ然と姿を消した。

 生きているとも思えないが、それならそうで納得できるだけの手がかりが欲しいのだ。

 

「ありがとう小毬ちゃん。今後の方針が立てられたわ」

 

 沙耶が礼を言うと、小毬は沙耶の腕をガシッ!と掴んだ。

 逃がすものかと言わんばかりに、小毬は強く握りしめている。

 

「どうしたの?」

「もう、どこにもいかないよね?またすぐどこか行っちゃうなんて、私はヤダよ」

「大丈夫よ。しばらくはこの東京武偵高校にいることは間違いないから」

「ホント?」

「ええ、時に小毬ちゃん。あなた、棗先輩から仲間になってくれないかって誘われているんだってね」

「うん。まだちょっと迷ってるけど」

「彼らの仲間として行動しなさい。あたしはその方がやりやすいわ」

「どういうこと?」

「詳しい話は言えないけど、あたしとしては小毬ちゃんが理樹君たちの仲間になってくれるとありがたいのよ」

「……わかった。よくわかんないけど、あやちゃんが言うならそうするよ。あ、そうだ!いっそのことあやちゃんも一緒に」

「あたしはいいわ。理樹君だってあたしのことを歓迎してくれるでしょうけど、今あたしがするべきことはそれではないからね」

「えー。鈴ちゃんやゆいちゃんを紹介したのに」

 

 ふくれっ面になる小毬を何とかなだめながらも、沙耶は自分の使命について考えていた。

 東京武偵高校での諜報任務と、潜伏している魔術師ヘルメスの排除。

 それに伴い、『原罪(メシア)』と名乗った連中についての手がかりを得ること。

 どちらも『機関』からの指令であるが、たとえ命令なんて何もなくとも自分自身で探っていたことだ。

 

 それに今、もう一つ追加された。

 

 自分は真実を追い求めてきっと無茶をするだろう。

 いざとなったら、反動で死ぬかもしれなくても死なない可能性にかけて魔術を使い、結果瀕死の重体で病院に運び込まれることになるだろう。

 

 そうなったら、小毬ちゃんは間違いなく悲しむだろう。

 

 小毬ちゃんを悲しませたくないなら、沙耶は何もしなければいいのだ。

 別に『機関』からは仕事を強制されているわけではないのだから、医師である沙耶はこの老人ホームで診察とかをしていればいい。

 

 頭では分っている。自分の言っていることは矛盾しているのだろう。

 それでも、沙耶は心に決めたことのだ。

 

(小毬ちゃんを、あたしが悲しませるようなマネはするもんですか)

 

           

 

           ●

 

 

 三枝葉留佳にとって、イ・ウーは敵だった。

 イ・ウーこそがたった一人の家族を自分から奪った元凶であり、イ・ウーを潰すことこそが家族を取り戻すために一番の近道であるとばかり思っていた。

 

 だが、真相は違った。

 

 もちろんイ・ウーは無関係ではないのだろうが、葉留佳が一番問題としていたことはイ・ウーが絡むことではなかったのだ。

 

(私は、私は確かに愛されていた。私がいたからこそ、佳奈多はイ・ウーになんてかかわることになってしまったんだ)

 

 予想とは違う形だとはいえ、一番知りたかった事実を確認できた。

 佳奈多は別に、私のことを嫌いになったわけではなかった。

 今も昔と何も変わっていない。佳奈多にとっての一番は私のままだ。

 そして、そのことに気づけずに佳奈多を苦しめていただけだったのは私のせいだ。

 

 すべての真実を知った今、佳奈多のことを想えば想うほど葉留佳の心は苦しくなる。

 

 佳奈多は一体、どんな気持ちでイ・ウーにいたのだろう。

 佳奈多は一体、どんな気持ちで親族たちを殺したのだろう。

 佳奈多は一体、私を見てどんなことを思っていたのだろう。

 

 佳奈多は否定こそしたが、自分なんて生まれてくるべきじゃなかったのかという自己嫌悪にも似た感情がわいてくる。

 

 それでも自分は知らないといけないのだ。

 佳奈多のことを忘れて一人生きていくことができない以上、佳奈多の想いを感じてどれだけの痛みを味わったとしても、自分がすべて受け止めなければならない。そうしないと、今後胸を張って佳奈多と二人で暮らす未来なんてやってこない。そのためには葉留佳には会いに行かなければならない人間がいた。

 

 葉留佳の知らない、すべての真実を知っていた人間。

 そして、いざとなったら間違いなく味方になってくれる人間がいたのだ。

 

 予め連絡しておいた時間となり、深呼吸をして()が普段使用している第四理科室の扉を開けようとしたが、鍵がかかっているのかガチャリという金属音がたてられた。

 

「……周囲には誰もいないな?ならそのまま跳んで入ってこい。三メートル先の空間には何も置いてないさ」

 

 声がドアの向こうからかけられて、葉留佳は周囲を見渡して誰一人いないことを確認して『空間転移(テレポート)』を実行した。ドアを空間から飛び越えて入った理科室の中はカーテンも閉め切られていただけにしては暗く、ほどんと何も見えないような状態であったが、暗闇の中から目的の人物は現れた。

 

「そういえば、お前にはちゃんとした自己紹介をしてはいなかったな。なら、改めて名乗るとしよう」

 

 話を聞きに行ったとして、ちゃんと話してくれるのか不安な葉留佳であった。無理やりすべてを聞き出すようなことを目の前の相手にはしたくなかったため、どこか顔色を窺うような形になってしまった。

 

「牧瀬君……」

「牧瀬?ふん、そんなものはこの世を忍ぶための仮初の名前にすぎん。いいかよく聞け。我が名は喪魅路(モミジ)ッ!世界で最も偉大な科学者の名前を受け継ぎしものであり、四葉(よつのは)ツカサを相棒に持つ者ッ!」

 

 けれど、葉留佳の不安を吹き飛ばすように、牧瀬紅葉は宣言する。

 

「お前がここまでたどり着くこの時をずっと待っていた。さぁ、お前がかつて欲した現実を与えてやる」

 



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Mission111 家族の年月

 

 来ヶ谷唯湖。

 二木佳奈多。

 牧瀬紅葉。

 三人ひとまとめにして『魔の正三角形(トライアングル)』。

 

 教務科(マスターズ)からは第二学年の筆頭問題児たちという認識を受けているものの、理樹やキンジといった一般の生徒たちからしたら実のところ問題児だという認識はあまりない連中である。なにしろ彼らは学校の授業など気にもせずに委員会の仕事など自分のための時間にすべて費やしているため、そもそも面識を持つことがない。そのうえ実力があっても何かいちいち口出しをするといった直接的な害なんてなにもないため、教務科(マスターズ)から問題児として扱われているのが逆に理解できない連中だって多い。教務科(マスターズ)の言うことなんてきいたふりをしているだけの輩だって武偵高校には大勢いるのだ。現に二年Aクラスの人気者である理子でさえ、教務科(マスターズ)からは問題ばかり起こす生徒として目をつけられている。意にそわないということは彼らに限った話ではないのだ。生徒会長の星伽白雪のように、教務科に従順な姿勢を見せているような模範的な優等生なんてそうそういないのだ。

 

 だが、そんな感想を抱くのは直接的な面識を持たない奴が思うことだ。

 

 来ヶ谷唯湖の事実上の副官みたいなことを東京武偵高校でやっていて、なおかつ二木佳奈多の実の妹である三枝葉留佳にとっては、教務科(マスターズ)が彼女たちを問題児だと認識するものも何となくだが分かる気がした。おそらく彼女たちと最も深くかかわった人間は葉留佳だろう。葉留佳としては、別に二人に嫌な気持ちはない。二人が自分のことをどう思っているかは別として、葉留佳は佳奈多も姉御も大好きだ。だが、それはあくまで身内としての視点。情報科(インフォルマ)の主席だとか諜報科(レザド)の主席だとか、そんな武偵としての実力なんて関係なくこの二人は絶対に敵にしたくないとも心から思うのだ。味方ならとてつもなく頼もしいけど、敵にしたら勝てる気がしないというのが率直な感想である。二人とも大好きだから戦いたくないということもあるが、別に自分じゃなくてもこいつらに勝てる奴がいるのかとか疑問に思っていた。

 

 ゆえに姉御と佳奈多と同列に扱われている人間も、きっとすごいけれどどこかおかしい人なのだろうと勝手な想像を抱いていた。

 

 葉留佳が覚えている限りで牧瀬紅葉と初めて会ったのは、アドシアードの後に姉御と一緒にアメリカへと行ったとき。ボストンの街に一人で散歩がてら出歩いてみて、迷子になった時に会ったあの時が初めてのはずだ。牧瀬くんに案内される形で宿泊しているホテルまで戻ってきたときに姉御に牧瀬くんが『魔の正三角形(トライアングル)』の一人だと教えてもらったとき、実は相当驚いたことを覚えている。なんというか、そんな問題児だとか言われるような人間には見えなかったのだ。いたって普通の人間に見えたのだ。

 

 普通というのは平凡、という意味ではない。

 

 もちろん能力的には装備科(アムド)のトップとして君臨しているが、話しかければ普通に分かるように答えてくれるし、相談をしたら親身になって親切に応答してくれる。才能にかまけて他人を見下すような自分本位の人間ではなく、相手の気持ちを考えることのできる人。嫉妬があればその感情を隠しもせずに堂々と口にするような、裏表のない素直な人間。

 

 そんな風にすら勝手なイメージとして思っていたから、葉留佳にはどうして牧瀬紅葉が教務科(マスターズ)から姉御や佳奈多と同レベルの問題児扱いされるような人なのか全く分からなかったのだ。

 

 けれど、牧瀬くんがツカサくんの相棒で。

 自分が追い求めていた真実をすべて最初から知っていた人間だと知ればまた話は別だ。 

 今もまだ牧瀬くんがどうして問題児の一人なのかはよく分からないけど、自分はまだ牧瀬くんのことを評価できるほどよく知っていたわけではないんだな、と思った。

 

 当然だ。

 たった一人の家族だと思っていた、私にとって一番の人の本心すら察してやることができなかったのに、他の人間のことなんてどうして分かるというのだろう。それに、昔の自分は佳奈多以外の人間のことなんて気にかけようともしていなかったと思う。

 

「ねぇ牧瀬くん」

「なんだ」

 

 私と牧瀬くんとは一体どんな関係なんだろうか。

 友達――――――――いうのは違う気もする。

ついこの間までは姉御を通して知り合った仕事仲間、みたいなものだったはずだ。

 それも、自分の仕事仲間ではなくて、姉御の仕事仲間。

 せいぜい面識があるけど、詳しくは知らないという程度の関係だったはず。

 

「牧瀬くんはツカサ君の相棒だったんだよね。だったら、私のことも最初から知っていたの?」

 

 けど、牧瀬くんはきっとそうは思ってはいなかったのだろう。

 葉留佳は牧瀬のことを知らなくても、牧瀬は葉留佳のことをずっと前から知っていた。そして、葉留佳に対していろいろと何か思うところがあったはずだ。

 

「ぶっちゃけ俺はお前についてはほとんど知らない。お前と直接話をしてみたのはアメリカで会ったあの時が初めてだ。その時まで人となりは聞いていても、実際どんな奴なのかは知らなかった。俺が知っていたのは、お前はあいつらにものすごく愛されていたということだけだ。……まぁ、ツカサの場合はお前たち姉妹が好きだったというよりは姉妹の愛情そのものを愛していたって言った方がいいような気もするが」

「…………」

「だから事実だけを簡潔に言うと俺はお前が一番知りたかったことを最初から知っていて、知りながら黙っていた」

「それってつまり……」

「二木がどうしてあんな事件を起こしてイ・ウーに入ったのか。その理由も、あいつがどういうことを思っていたのかも全部わかっている」

 

 私が一番知りたかったことは、佳奈多が私のことを一体どう思っているのかということ。

 昔は愛されているんだという自信があった。

 一族の中での立場などなかった私には、佳奈多の重荷でしかなくいない方がよかったのではないかと不安によく思い、ツカサくんがよくどれだけ佳奈多が私のことが好きなのかを教えてくれたりもしたのだ。

 

「正直ブチ切れられても何も不思議じゃないと思ってる。それだけのことはしたしな。一応聞いておくけど、俺のことを恨んでいるか?」

「そりゃ驚いたけど……なんというか、正直よく分からないや」

 

 佳奈多から牧瀬くんがツカサくんの相棒だったと聞かされたとき、あの野郎と思ったことは事実。文句の一つでも言ってやろうと思っていたはずなのに、実際こうして直接話をしてみたら前に理子がイ・ウーだと知った時や、親族の人間を前にした時のような怒りは全くわいてこないのだ。心の底から湧き上がってくるのは怒りというよりは純粋な疑問ばかりである。

 

「牧瀬くんがアメリカで理子りんに協力しようとしたのは、パトラが私を前にどんな反応を示すのかを確認することと、いざとなったわ私をイ・ウーから守るためだってお姉ちゃんが言ってたけど、本当?」

「あいつそんなこと言っていたのか。別に嘘じゃないがそれだけがすべてじゃない。パトラは俺にとっては、相棒の敵であることは変わらないんだ。実際にこの目で直接見て見たいと思ったことも確かだし、お前があの時いなくても知っていたら何かしらしたとは思う」

「親族の男が、私の超能力に仕掛けをした奴がいるみたいなことを言っていたけどさ、牧瀬くん私に何かした?」

「前に一緒にバイクに乗って狼を追いかけたときがあったろ?あの時に俺はあの工事現場で三枝一族の男と遭遇しているんだよ。あの時に俺があいつを倒せれば何も問題なかったんだが、どうにも勝算が皆無だったからハッタリで逃げ切ったけど、狙いがお前であることを警戒して一応の保険として俺が超能力に細工した。帰りにぐったりとして公園で寝込んでしまったのはそれが原因だ」

「お姉ちゃんが、もともと私は牧瀬くんの委員会に入る予定だったって言ってたけど、それは一体どういうこと?」

「それはそのままの意味だ。俺の相棒が残しておいた置手紙の内容は、委員会というものに関わらせて組織というものを実感としての理解を得ることを目的としていたものだ。二木が公安0という組織の中で、責任という言葉のもとに、どれだけの実力があっても好き勝手にできるような立場じゃなかったことを分からせたかったんだろうな。そして、東京武偵高校という環境の中でそれだけの影響力があるのは俺しかいない……はずだった。そういう意味では来ヶ谷はいろんな意味で俺たちの思惑をズラしてくれた」

「姉御?」

「俺がツカサの相棒だったことから推測ができていると思うが、俺は中学時代にインターンとして東京武偵高校にやってきている」

「そういえばお姉ちゃんとツカサ君って中二の時点で武偵高校の方に行っていたっけ」

「あぁ、俺も実はそうだ。俺の主な接点はその時からだ。同じく中学生のインターンということで会う機会も多かったし、何かといろいろ一緒に行動することが多くなっていた。だから前からどういう人間が先輩として東京武偵高校にいるか把握できていた。けど自分の委員会を持つような奴がやってくるなんてことを想定してなかったんだ。だが、それは俺たちにとってよりよい結果を生んだ」

 

 葉留佳自身、佳奈多の手がかりは四葉ツカサの残したメッセージしかなかった。

 それに縋るような形で東京武偵高校にやってきた。

 メッセージに書かれていた、自分のやるべきことは二つ。

 一つは自分がこの超能力テレポートを使いこなせるようになること。

 もう一つはどこかの委員会というものに関わること。

 

「なによりもお前との間にある接点を隠し通すことができる隠れ蓑となってくれたことはとてもありがたかった。ツカサが俺に対して求めていたことは、来ヶ谷がすべてできることでもあったために俺は目立たずにすんだんだ。三枝一族の生き残り。その言葉の意味はお前がどうとらえているかは分からないが、動向を気にしている奴が結構いたはずなんだ。パトラだって、お前とは関わりたくなかったようだろ?」

 

 自分の動向が気にかけられていたことに対してそんなはずはない、とは言い切れなかった。今となって思えば、イ・ウーは私と関わりたくないと思っていたのではないだろうか。過大評価かもしれないけど、私はおそらくイ・ウーにとっては天敵となる存在だ。

 

 理由として上がるのは双子の超能力者(ステルス)の超能力共有現象。

 つまり私が死ぬと佳奈多は一人の完全な超能力者(ステルス)として覚醒する。

 それは佳奈多の敵である人間こそ、私には死んでもらっては困る立場にあると言える。

 

 分かりやすいのがパトラだ。パトラでさえもアメリカで遭遇した時はすぐに撤収を決めたのだ。

 空間転移(テレポート)という超能力が暗殺に適した能力である以上、手加減などしようものなら深手を負わされる可能性もあったはず。

 

(私の『空間転移(テレポート)』は、刃物で刺されれば死ぬような相手ならばどんな奴相手でも決して勝算が消えることのない能力だ。そんなやつが、自分の敵になる可能性があった時に一切動向を気にしないなんてことはあるはずないか)

 

 そんな中、自分が牧瀬くんと接点をいきなり持ったら周囲からはどのように思われるだろうか。

 幼馴染の友達だった、といかいう適当な理由でクラスメイトを納得させることはできたとしても、牧瀬くんとツカサくんの接点がバレてしまう。

 

 いや違うか。牧瀬くんとツカサくんの接点なんて、中学時代を知る者ならば知っていることだ。

 

 ここで明るみになりたくないのは、牧瀬くんがツカサくんとの関係が深かったことだろう。なにせ、あの事件の真相を最初から知らされていたような人だ。思わぬところで隠しておきたい秘密が公になってもおかしくない。それでも必要なこととして私と接触するつもりだったのだろうが、最初から別の人間がやってくれるというのならリスクをおかさずにすむ。牧瀬くんと私の直接の接点を調べても出てこない以上、牧瀬君は影で何かしようとしてもそうそう疑われにくい立場にあるのだ。

 

(そういえば、姉御は前に誰かに見られているような気がするって言っていたっけ)

 

 まだ姉御と出会ったばかりのころだ。

 いろいろと話をするようになって一緒に行動することが日に日に多くなっていた中で、姉御はある日視線を感じるということを口にしていた。当時の葉留佳はその監視対象が姉御だと思って疑わなかった。なにせイギリス清教の人間とつい最近まで一般中学に通っていた人間とでは重要度がまるで違うだろうというような認識だったのだ。姉御の発案ですぐに東京武偵高校を離れ、『ハートランド』という場所に連れて行かれた。もしかしたら、姉御は私が超能力を自分の意思で使えるようになるまでは誰にも邪魔はさせたくないと考えたのかもしれない。東京武偵高校に戻ってこれたのは半年近くたってからだったけど、その時にはもう私は自分で超能力(テレポート)を自在に使えるレベルまでにはなっていた。

 

「正直に言うと、お前がイギリス清教の人間と接点持ったのは奇跡に近かったんだ。おかげでお前に関する思惑は、来ヶ谷が暗躍しているだなんて認識ができた。たぶんイ・ウーは、お前と関わるときに来ヶ谷の動向を気にしたはずだ」

「確かに理子りんがアメリカでのことを最初に話として持って行ったのは姉御だったね。でも姉御はそんなことは」

「思ってない。分かってるさ。来ヶ谷にはお前を利用して何かやってやろうだなんて思惑がないんだろう。知り合った友達のことを助けてやりたいと思っただけなのか、それともホントはなにか企んでいたのかもしれないけど、周囲の人間からしたらお前と来ヶ谷の見えざるラインが怖くて仕方がないのさ。今さら俺がどうこうするようなことは意味がなかった。それならそうと俺がお前と関わらないことで、俺と相棒とのラインを切れているように見せかけたかった。現に、東京武偵高校にいる公安0の関係者が俺から相棒の居場所を探ろうと何かと探りを入れていた」

「公安0の関係者?そんな人がいたの?」

「別に今は知らなくてもいい。むしろ、知っていて変に態度に出たら嫌だから今は教えない。なに、二木の風紀委員会の内部にいる奴じゃないから安心しとけ。必要となったらこっちから教える。ツカサが失踪しているのはイ・ウーは実質無関係で、公安0が二木を標的としないための一つの方法なんだよ。もし、二木を公安0の裏切り者として始末しようとするなら、その後で公安0の機密を知っている限りバラして嫌がらせするつもりなんだ。あの事件のことを二木が罪に問われていないのはそれが公安0から与えられた任務でもあったからなんだが、信用できなかったから保険を打っといたんだ。だから俺とツカサが障害として想定していたのはイ・ウーというよりは公安0の方だったんだ」

 

 もし今も牧瀬紅葉が四葉ツカサの相棒であり続けていて何か隠していることがあるのなら、葉留佳と関わり合いを持つはずだ。第三者がそう思うのは当然だし、最初はそれも仕方のないことだとして割り切っていた。牧瀬紅葉自身の計画としては、相棒が突如失踪してしまったら行方の手がかりを求めてその関係者である葉留佳と面識を持った。そんなシナリオで行こうかと考えていたのだ。

 

 だが実際来ヶ谷唯湖という存在が牧瀬紅葉のやるべきことを代わりに行うことができる状態になった以上、中途半端に情報だけを出すラインをつなぐぐらいならいっそ断ち切っていた方が有意義だと判断したのだ。実際葉留佳自身も、間接的とはいえ牧瀬紅葉が味方となってくれるだけのつながりがあったことを今まで気づかなかった。

 

(ツカサ君が失踪した理由も、お姉ちゃんがイ・ウーに入った理由も今となったらすべて説明がつく。むしろ他には考えられないような理由だ。それに牧瀬くんの立場からだと、それが最善手のような気もする)

 

 理屈はなんとなくだが理解できる。理解できるのだが、

 

(それでも、それならそうとやっぱり私は教えてほしかったよ牧瀬くん)

 

 葉留佳の心のどこかで、どうして黙っていたんだと思う気持ちがあった。

 きっと理屈で反論はできない。科学者である牧瀬紅葉は、葉留佳のどんな反論も現実的な状況に照らし合わせたリスクを提示して否定してくるだろう。それが分かるから言葉に出して反論をしていこうとは思わなかった。反論していく場合、きっと感情論により牧瀬くんを責めていくのだろう。

 

 そして、牧瀬くんは何一つとして反論せずに、受け入れてしまうのだろう。

 ここまでで分かった確かなことが、私は大事にされていたのだということだ。

 お姉ちゃんも、ツカサ君も、牧瀬くんも、姉御だって私のことを想い、守ろうとしてくれていたのだ。

 そのことに気づけなかったのは、誰でもない私自身。

 

「……どうした?」

「なんか、私はいろんなことが見えていなかったんだなって」

「それは仕方がない。一番大切なものがかかっているなら他のことなんて頭になくて当然だ」

「それでもさ、今となったら見えてくるものも結構あるんだよ。ねぇ牧瀬くん」

「なんだ?」

「私は、どうするべきだったんだろうね」

「何か後悔してることでもあるのか?お前には悪いけど、俺はこれでよかったと思っているんだ。こんなこと言うと二木は怒るだろうしお前だって気に食わないだろうけどさ、前までの状態よりはずっといいと思ってる」

 

 葉留佳はずっと、佳奈多さえいてくれたらいいとばかり思っていて、これまでずっと佳奈多を取り戻すことだけを考えていた。武偵となって行動していく過程で姉御のような大切に想える人と巡り合えたけれど、最終的には葉留佳の指針はぶれなかっただろう。だが今は違う。一番は佳奈多で、他は切り捨ててもいいと考えていたけれど、私は佳奈多以外にも家族を大切に想うべきだったのかもしれないと思い始めていた。

 

『愛そうとさえしなくて、ごめんなさい』

 

 佳奈多が叔父にかけたこの言葉が、今も葉留佳の頭にちらつくのだ。

 お姉ちゃんは、親族たちのことを手にかけたことだけではなく、そもそも愛そうとさえしなかったことに謝罪する気持ちを持っていた。

 

 はっきり言って、過去の自分があの連中を愛せたとは思えない。

 もう一度過去に記憶を持ったままさかのぼっても、あいつらには無性の愛情なんて捧げられない。

 でも、今からでも愛そうと思える人間は残っている。父と母がまだ残っている。

 困った時はいつでも帰ってきておいで、といってくれている生みの親。

 

「かなたはね、愛そうとしなくてごめんなさいって叔父に向かって言ったんだよ。あんな奴ら、どうなったっていいはずなのに……かなたがそんなこと言うことはないのに」

「………そうか」

「かなたがそう思っていても、わたしはあいつらを愛せない。愛したくない。でもね、私は愛そう思ったとしてもそれができる気がしないんだ」

「どういう意味だ?」

「私には両親がいる。いつでも帰ってきていいんだって言ってくれているけれど、あの人たちとの食事がおいしいと思ったことはないんだよ。いつ食べても味のよくわからない空虚なディナーになってしまうんだ。それはきっと、わたしに問題があるからだと思う」

 

 母と父、そして私。

 かつてお姉ちゃんとの描いた夢は、こんな一族とは縁を切って家族を想える人間と仲良く暮らしていくこと。

 一人欠けているけど、その夢は殆どかなっている。

 もはや一族からの束縛なんてものはないし、両親は私のことを嫌ってはいないことは確かだ。

 なのに、温かなものをならないのはどうしてだろう。

 問題があるとしたら、私しかないはずだ。

 

「ねぇ牧瀬くん。私は心のどこかで、生みの親すら愛していないのかもしれない。いや、心のどこかでは憎んでいる。どうして私たちを捨てたんだ。最初から私たちをあの家から連れて逃げてくれればよかったんだと思っている心がある。あの人たちがお姉ちゃんと同じような存在になれるとはどうしても思えない。そんななのに、私も両親を愛するべきなのかなぁ。無理にでも好きだよって言うべきなのかなぁ」

「それは俺に聞くことじゃないよ。どうしたいのかなんて、とっくに結論が出ているんだろう?」

「…………」

 

 牧瀬くんの意見に対し、私は何も言い返せないでいた。

 分かっている。分かっているんだ。相手がどんな人間であれ嫌わせれて平気な人なんていない。

 嫌われるよりは好かれる方がずっといい。家族との穏やかな食事の時間を取りたい。

 そう思っているのに、どうしても反発してしまうのだ。

 

 ――――――――そんな取り繕ったような言い方をしないでッ!!

 ――――――――そんな、私の気分をいちいち気にかけるようなことをしないでよッ!!

 

 とてもじゃないが、穏やかに過ごすことなんてできない。

 一分一秒でもいいから早くこの家から出ていきたいと思い、飛び出して家を出てはもうちょっといるべきだったなんてことを思って後悔する。そんな矛盾に満ちた気持ちを抱えることになる。何ともいえずにいた葉留佳に対して、牧瀬くんが言うのはある一つの事実であった。

 

「実を言うと、俺は母さんのことを疎ましいと思っていた時期がある」

「……え?」

「一人前の科学者を堂々と名乗れるくらいになってしばらくしてからさ、何をやっても母さんの名前が出てくるんだよ。いくら天才科学者として認識されようとも、それ以前の認識としてさすが牧瀬教授の息子さんですねって言ってさ。何をしても世紀末の天才科学者の母さんの息子だからって色眼鏡で見られてしまった。俺は一時期それが嫌で嫌でたまらなくて、母さんにしばらくそっけない態度を取ってしまったんだ。きっと俺がどんなことを思っていたのか、母さんには想像がついていたんだろうな。夜中にふと目覚めたある日、俺に心から嫌われてしまったと思ったのか母さんが夜中にこっそりと一人で俺の名前を呼びながら泣いていたことを覚えている」

「…………」

「昔から父さんとはほとんど会うことはできなかったけどさ、幼い俺の周りには優しい人はいっぱいいた。似た境遇の姉さんは俺を連れていろんなところに連れて行ってくれた。神社に言ったらいい運命の占いを示してくれたお兄さんもいたし、新聞記者をやっていくうちに知ったというおもしろエピソードを聞かせてくれた不器用なお姉さんもいた。人懐っこい笑顔を浮かべて接してくれた人もいたし、聖母のように包み込んで泣かせてくれた人もいた。だけどさ、たくさん家族だと思えるような人が俺にはいてくれたけどさ、やっぱり俺にとっての母さんは一人だけだった。どんな理屈を並べてもやっぱり家族として過ごしてきた時間は嘘は言えないんだよ。たとえ愛憎が入り混じっているとしても、やっぱり俺は自分の母さんのことが大好きなんだ」

「でも……私にはその時間がないんだ。私には……」

「時間が、思い出がないなら今から作ればいいさ。二木のことが大好きなんだろう?そう思える関係を16年かけて気づいてきたなら、今からまた16年かそれ以上の時間をかけてでも家族の時間を築いていけばいい。いきなりはそりゃ、本当の家族にはなれないさ。家族というのは血のつながりだけじゃない。血がつながっていなくても家族と思える人間だって俺にはいるんだ。だったら、血のつながった親子ならそう不可能なことじゃないさ。いきなり結果を求めるのは酷なことだろうよ」

「でも、いくら時間を重ねても、今の状態が改善できるとは……」

「家族というのは、いてくれるだけでもうれしいもんだ。特に会話なんてしなくてもいい。傍にいてくれるだけでいい。二木がお前の家族だっていうのなら、そうじゃなかったか?あいつ、中学時代は家で妹が待ってるから早く帰りたいとか何かあるごとに言い出してたんだぞ」

「……うん」

 

 お姉ちゃんと家族としての時間を過ごせたのは、四葉の屋敷での半年くらいの時間しかない。

 それまではお姉ちゃんとは住む家も違っていて、顔を合わせることだって一か月に一回あればいい方だった。一緒に暮らし始めたとしても、公安0であったお姉ちゃんは仕事が忙しくて家にいられないときも多かったし、私も学校に行き始めていたから二人の時間がたいして取れなかった。

 

 ――――――――はるか、おはよう。

 ――――――――おはよう、お姉ちゃん。

 ――――――――髪が寝癖で変なことになっているわよ。今からなおしてあげるから早く座りなさい。

 

 それでも。

 

 ――――――――それじゃ、学校に行ってきます。

 ――――――――行ってらっしゃい。忘れもののないようにしなさいね。

 ――――――――大丈夫だよ、ちゃんと昨日のうちに確認したから。

 

 わたしは、

 

 ――――――――おやすみなさい、はるか。明日もまた学校なんだから、早く寝なさい。

 ――――――――うん、お休み。お姉ちゃんもまたお仕事頑張ってね。

 

 ちょっとしたやりとりだけでも、十分すぎるほど幸せだったんだ。

 この生活は、最初からできたことじゃない。

 お姉ちゃんが努力して努力してようやく作り出した生活だ。 

 それをいきなり家族の時間を過ごしたことのない人たちと再現しようなんて無理に決まっているのだ。

 

「そりゃ、今までの積み重ねのない人間がいきなり家族としての時間なんては望めないだろうよ」

「うん」

「最初はただその場にいるだけでいいんだ。何も話さなくてもいい。近くにいる。いてくれる。それだけでうれしいもんだし、事実俺はうれしかった」

「……うん」

「最初は友達を連れて遊びに行って自分の部屋にでもこもっていればいいさ。そうしたら向こうも気を使って変なことはしないだろう」

「…………うん」

「友達と料理の練習だってことでキッチンを借りたいとかいう口実で家に行ってみたりしてさ、いつかは家族に自分の手料理の一つでも食べてもらう。そんな未来があってもいいんじゃないか」

「………………うん。いい、すごくいいよ」

 

 今はまだ、会話一つするだけですごく気を使う。でも、家族ってそういうものではないだろう。

 敵と交渉しているわけでもないんだし、気軽な気持ちでいられるのが一番のはずだ。

 だから牧瀬紅葉の語ったある種の未来が、葉留佳には理想的な光景に見えた。

 どうせ何をやってもダメなんじゃないか、なんてネガティブなことを思う葉留佳であったもやってみたいなと思える程度には素敵な一つの未来の形であった。

 

 だから、葉留佳は言う。

 

「じゃあさ、牧瀬くん」

「ん」

 

 少なくとも葉留佳にとって牧瀬紅葉は私の味方だと思える人間になっていたのだ。今まで牧瀬くんが知っていて黙っていたことに対する罪悪感につけこむわけではないけれど、これくらいのわがままはいいだろう。今の牧瀬くんはあくまでもツカサ君の相棒だから私のことを気にかけてくれているのだろうけど、私の友達だから心配してくれるような人になってほしい。友達の友達のような、第三者を挟んだ関係ではなく直接的な関係がいい。だから言う。

 

「牧瀬くんが、私に料理を教えてよ」

「――――――――――――ファッ!!??」

 

 

 

 

 

 




冷え切った家族の食卓へとご招待。


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Mission112 不器用な手料理

 

 

 言い出しっぺの法則というものがある。

 その言葉の通り、最初に言い出した人間がその担当者になりやすいというある種の経験則のようなものだ。

 数式で定義できるような物理法則とは違うため信じているわけではないのだが、牧瀬紅葉は迂闊なことは言うもんじゃなかったと若干の後悔を抱えながらもDホイールの後ろの席に葉留佳を乗せて運転していた。

 

「次どっちよ」

「右!その次の交差点を左!」

「あいよー」

 

 彼ら二人が向かう先は葉留佳の自宅。

 彼女が生まれた三枝の家ではなく、佳奈多と二人で過ごした四葉(よつのは)の屋敷でもない彼女の家。

 実の両親が住んでいる家であるが、葉留佳にはあいにくとこの家には正直いい思い出がない。三枝の家でのように虐待こそさえなかったが、どうにも自分の居場所だと思えなかった場所。それでも葉留佳はやってきていた。

 

「ほら、あそこの家」

「おう、分かった。Dホイールここに停めてもいいよな?ダメそうなら別の駐車場探しにいくけど」

「別にいいと思うよ。車入るスペースだってありそうだし」

 

 葉留佳の案内のもとに走るDホイールは、しばらくしたら目的地を目視できるほどまで近づいた。

 うっすらと見えてきた家を見て、この場所に誰か知った人間を連れてくる日がくるとは葉留佳自身微塵も思わなかったなぁと、まだ何も始まっていないのに感慨深いものを感じる。

 

 この新築同然の自宅へとたどり着いて、葉留佳は自然な形で家のチャイムを押そうとして立ち止まる。

 

(まただ。また私はなんの疑いもなく家のチャイムを押そうとした。私にはどこか、ここが他人の家だという認識があるんだろうなぁ)

 

 友達の家に遊びに行くとき、いくら仲が良くてもチャイムを押さずに玄関を開ける奴なんていない。

 チャイムを押さずに扉を開けるのは、あくまで身内しかいないと分かっているからこそできることなのだ。姉御の住んでいる東京武偵高校の第三放送室に行くときなんてチャイムもノックもしないのに、自分の自宅に帰るのにチャイムを押さなければならないなんてどうかしてる。孫がおじいちゃんのところに遊びにいくのならまだしも、娘が実の親のいるところに帰るだけのことなのにだ。しかも、いつでも気軽に立ち寄っていいんだよと言ってくれている人のいる家にどうしてこんなに気を使っているのだろうか。使ったことはないとはいえ一応鍵だって持っているのだ。

 

「どうした?入らないのか?」

「いや、なんでもないよ」

「そうは見えないんだが……やっぱり緊張してるのか」

「そんなことは」

「ない、と思ってる?」

 

 家の駐車場にDホイールを停めて玄関へとやってきた牧瀬には今の葉留佳のことをどう見えるのだろうか。

 

「やっぱりどうみても牧瀬君よりも私の方が緊張してるよね」

 

 状況を見ればどう考えても葉留佳よりも牧瀬紅葉の方が気が重たいはずだ。

 牧瀬が今ここにいる理由は友達の家に遊びに行く、なんてことだけだったらどれだけよかっただろう。

 牧瀬は別に遊びに来たのではなく、葉留佳が両親と会話するのに一人では心もとないからついてきただけだ。それも牧瀬紅葉自身が率先して俺がついていく、俺に任せておけと宣言したわけでもなく、彼が迂闊なことを言った瞬間に付け込まれたようなもの。断るに断ることができずにその場の流れでいるといっていい。それでいて、いざとなったら会話の手助けをしてくれと葉留佳自身が頼んでいるようなものゆえに、彼が気が向いているはずがない。

 

「深呼吸でもしておくかい?」

「変に意識している私もおかしいのかもしれないけどさ、緊張とか躊躇とかしているように全く見えない牧瀬君もどうかと思うんだ」

 

 それなのに牧瀬紅葉ときたら、これからのことに鬱になる様子や変に意識するような態度を全く見せてはいなかった。牧瀬紅葉と三枝葉留佳は四葉ツカサという第三者を介した関係であり、直接的な関係でいうと友達と言えるかさえまだ微妙なところであるが、仮にも女の子の自宅へと仕事など一切関係ないプライベートとして赴くのに制服の上に白衣を羽織るといういつもの謎ファッションのままでオシャレなんて全くしていない。葉留佳にとっての、いつもの牧瀬くんのままである。

 

「そりゃ、俺にとってはこれが最悪の状態でもなんでもないからな。幸か不幸か、今の状況よりも悲惨な状況の境遇の実体験を聞いたことがあるから今の状況が幾分マシに見えるんだ」

「どんなの?」

「あぁ。とうさ……そいつは冷え切った親子関係を修復するために電車で何時間もの旅をして赴いたそうなんだが、なんでも一緒に結婚報告を同時に行ったらしい」

「マジでッ!?すごい度胸してる人だネッ!!」

 

 親子仲の修復ミッションと、結婚相手の親への結婚報告を同時に行った猛者がいる。

 一つだけでも心の重たいことのはずなのに、それを同時にやった人間を知っているため、牧瀬くんにはこんなことでビビッてはいられないと対抗心があるのだろう。

 

「まぁ、結果はお察しだったようだけど」

「え?」

「そういえばさ、一つ確認しておきたいことなんだけどよ」

「ちょっと待って!その人はどうなったの?」

「別にいいじゃんか、今関係ないことだし。余計なこと口にして悪かったな」

「気になるよ!!」

「どうでもいいことだ。そんなことより俺はお前のことをなんて呼べばいい?」

「そんなことってそんな……あと呼ぶってどういう意味?」

「ほら、この後お前の親に鉢合わせになるんだろうけどむこうも三枝さんのわけだから、親の前で三枝と呼ぶのはどうかと思うし、かといって名前で呼んだらなれなれしいだろ?」

「別に葉留佳でいいよ」

「え、いいのか?」

「なんでそこできょとんとしてるの牧瀬くん……」

「だってほら、名前で呼ぶなんてまるで親しい友達みたいじゃないか。それはさすがに失礼かなって」

「まず友達と思われていなかった!?」

 

 あんまりないいようだが、別に牧瀬紅葉の言っていることは一概に失礼なこととは言えない。

 名前に関する考え方なんて人それぞれだ。

 気安く下の名前で呼ばれたくないと思う人もいれば、むしろ下の名前で呼んでほしいと思う人間もいる。

 イギリス育ちである来ヶ谷唯湖は唯湖という名前で呼ばれても、今まで呼ばれ慣れていないせいで自分のことだとすぐに認識できないでいる。逆に神北小毬なんかは自分の名前のことを好きだと言い切るような人間だ。

 

(それだけ牧瀬くんが私のことを知らないっていうことなんだろうけどさ)

 

 葉留佳がどちらのタイプであるか牧瀬紅葉はおそらく分からないのだ。だからこんなことを言う。

 それは気づかいであることは確かであるが、その程度のことも察してやれないことは同時に牧瀬紅葉と三枝葉留佳との付き合いの浅さを露呈させていた。

 

(別に牧瀬くんは私のことが嫌いってわけじゃないんだろうけどさ、やっぱりちょっと寂しいな)

 

 嫌いではない。けれど同時に好きだと言えるほどの付き合いもない。

 友達の友達。それが今の二人の関係だった。

 

「葉留佳って呼ぶのが恥ずかしいのなら、なんなら私のことを愛情をこめて愛称ではるちんと呼んでもいいですヨッ!!」

「分かったよ、三枝さん」

「あ、あれ?」

 

 どうやら牧瀬紅葉はは、葉留佳のことをはるちんと呼ぶのは嫌のようだ。

 だがこの程度でへこたれるわけにはいかない。

 葉留佳は牧瀬のことを友達と胸を張って言える立場にいたいのだ。

 

「じゃ、じゃあ私だって牧瀬くんのことを紅葉(こうよう)くんって呼ぶから!……うん、呼びにくい。牧瀬くんのことを愛称としてこーちゃんって呼ぶからさ!」

「こーちゃんって言うな!牧瀬と呼ばないなら俺のことは鳳凰院、もしくは喪魅路(モミジ)と呼べッ!」

「めんどくさい人だネ!」

 

 こんなことを言っているうちに、いつしか葉留佳は今いる場所が自分の家の前だということ忘れていた。

 つい先ほどまで深呼吸をしなきゃならないほど緊張していたはずなのに、すっかり調子が狂わされていた。

 

「落ち着いたようだしもういいか。じゃ、いくぞ」

「へ?」

「なに、心配するな。話したくないなら今日は何も話さなくていい。なんなら今日は俺とだけ会話するのでもいいからさ、そんな脅えたような顔するなよ」

「ちょ、ちょっと待ってモミジくん!私まだこころの準備が」

 

 葉留佳の意見なんて無視して、白衣の少年は何のためらいもなく葉留佳の両親が住んでいる玄関を開け、

 

「ごめんくださーい!」

 

 堂々と、玄関の中へと入っていった。

 慌てて葉留佳が牧瀬について行くが、その様子を第三者が見ようものならどちらが遊びに来た友達なのかが分からなかったであろう。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 牧瀬と葉留佳の二人を出迎えたのは、葉留佳の母であった。

 ぶっきらぼうの要件だけの形に近かったとはいえ連絡こそあらかじめ入れていたので、出迎えがあることくらいは分かっていたはずなのに葉留佳は動揺してしまう。なんて声をかけるべきかわからなくなる葉留佳であったが、葉留佳を放置して牧瀬紅葉が勝手に話を始めてしまう。

 

「あの、今日はキッチン借りていいって聞いているんですが、結局大丈夫でしょうか?」

「ええ、大丈夫よ。葉留佳に料理を教えてくれるんですってね。私も何か手伝いましょうか?」

「いえ、今日は包丁を握る程度のことから始めますので、それはまた今度親子で時間の都合がいい時にしてください。あ、冷蔵庫の中見てもいいですか?それで買い物をどうするか決めますので」

「ええ。それも自由に使ってくれていいのよ」

「本当ですか?助かります」

「じゃあまた、なにか困ったことがあったら遠慮なく呼んでちょうだいね」

「待ってください。炊飯器も借りてもいいですか?」

「炊飯器ですか?お米ならまだ残っていると思うので、それを自由に使ってもいいですよ」

「そうじゃなくて、たぶん足りなくなるかもしれないのでその時はお米を一から炊きなおしてもいいですか?」

「どうぞ好きにしてくれていいですよ。あるものはなんでも自由に使ってください」

「ありがとうございます!それじゃおじゃまします」

 

 牧瀬と一通りの確認を終えた葉留佳の母は、娘へと向き直り。

 

「葉留佳。おかえりなさい」

「…………」

 

 おかえり、と優しく微笑んでいた。

 なのに葉留佳は素直に返答することもできずにいた。

 

「モミジくん、キッチンはこっちだよ」

 

 言えたのはそんなこと。ここが自分の帰るべきところだという認識が今できないから言えなかったのだ。

 

――――――――お母さん、ただいま。

 

 この言葉がどうしてもでてこない。

 まだ言えない。言いたくない。そのことをモミジくんは見抜いていたようだ。

 キッチンに行くと、モミジくんはそのことに言及した。

 

「ただいまって言わなかったな。ひょっとして言いたくないのか?」

「……別に、そんなじゃないよ。ただ」

「別に責めやしないさ。本当は言いたいと思っていて言えないなら、誰が何を言おうがどうしようもない。だけどさ、そう言えなかったことで自分を責める必要もないさ。だからそう暗い顔するなって」

「え?」

「最初の一歩はどれだけ小さなものでもいいんだよ。何とかしようとして今日ここにいる。それだけで今はいいさ」

「でも……」

「今は、だぞ?次からは過去できたことで満足してたらダメだからな」

「分かってるよそんなこと……」

「いらないこと言ったな。忘れてくれ。さーて、なにを作ろうか」

「まだ決めてなかったの?」

「冷蔵庫の中を見て決めるつもりでいた。ニンジンみたいな野菜とかならともかく、調味料の場合はどれだけある把握しときたいからな。でもまぁ、モノがどこにあるかまだよくわからないだけで大抵のものはそろってそうだし……カレーでも作るか」

「モミジくんはカレーが好きなの?」

「いや格別には」

「じゃ、どうして?」

「俺の姉さんがよく作ってくれたことをそういえばと思い出してさ。俺も姉さんも、両親の仕事が忙しくて一人寂しくご飯を取ることが結構あったから、姉さんが俺がさみしくないようにと頑張って作ってくれたことがよくあったんだ。最初は姉さんが一人で作ってくれてたんだけど、俺の姉さんは質よりも量とか言い出す豪快なところがある人だから、出来上がるのもサバイバルでもできそうな大雑把な漢飯ばかりでいつしか俺の方が姉さんに喜んでほしいといろいろと凝るようになっていた。もともと母さんが料理下手だったこともあって、すぐに俺が家族の中で一番料理が上手になったぞ」

 

 葉留佳に特に意見があるわけでもないのでそのままカレーを作ることに決めた。さっそく準備に取り掛かろうとしていた二人であったが、どこになにがあるのかがほとんど分からなかったため手間取ってしまう。一応機材一式そろいはしたものの、一通りキッチンを見て回った牧瀬は思うところがあったようだ。

 

「……このキッチン、全然使ってないんだな」

「そうなの?」

「少しでも料理やる奴なら見ればすぐ分かる。ほとんど新品同然で使い込まれていない」

「だってこの家はわたしのために急きょ用意された場所だし……」

「関係ない。家がいくら新築でも、キッチンで使われている道具は消耗品みたいなもんだ。どれもこれも新品同然で……それでも一度もやったことがないってことはないみたいだけどさ。何度か使った跡が残ってるけどそれでもそんなに多くはないみたいだ。クリスマスやお正月みたいな特別な日くらいにしか使ってこなかったんだろうな」

「そうなの?」

「この家に少しの間でも住んでいたことがあるなら分かるんじゃないのか?」

「どうだろ。でも、私このキッチンが使われてないって印象が今までなかったよ。今までだって、出された料理は味こそ分からなかったけど市販のものではなかったし」

 

 父と母、そして娘。

 三人の空虚なディナーが味が分からなかったのは、市販のものでなかったというものが大きいはずだ。

 おふくろの味は特別だなんて聞くけれど、特別おいしいともまずいともいえなかった。

 正直何と言ったらいいか全くわからなかったのだ。

 

「な、何をしてるモミジくんッ!」

「……悪い、ちょっと見させてくれ」

 

 牧瀬は葉留佳の話を聞くと、キッチンから見える場所にあったゴミ箱の袋を取り出して中身を確認しだした。

 その中からプラスティックの容器を取り出す。 

 この容器には、半額と書かれたシールが貼られていた。

 

「やっぱりか」

「それって……」

「別に珍しいことじゃない。教師なんかやってるやつだと、家に帰るのも遅くなるから料理なんて作っている暇もなく、帰りのスーパーによった時に半額になっているおかずや弁当を買ってすます奴がほとんどだ。姉さんが一人暮らしをしてたときだってめんどくさがって自炊なんて全くしなかったし、俺だって研究のきりが悪かったら飯抜くところか平気で徹夜する。気が付いたら朝だったとか、珍しくもないぞ」

「……普段料理をしない人が料理する時ってどんな時だと思う?」

「そりゃ誰かに料理を食べてもらいたいと思ったときだろう。例えばバレンタインデーで好きな人にチョコに渡すとしたら、普段料理なんてしない奴でも手作りチョコに挑戦したいって人がいても何らおかしくはないだろう?」

 

 葉留佳は今までこのキッチンがロクに使われていなかったことに気づかなかった。

 けれど今までこの家にいるときは手作りの料理しか口にしていない。

 この事実から、どうして両親が普段やりもしない料理をやろうとか思っていたのか何となく連想できてしまった。

 

「まぁそんなことどうでもいいか。借りている身としては新品同然のものを使うのには若干の抵抗があったけど、かといってどうしようもないし」

 

 牧瀬紅葉は着ていた白衣を脱ぐと、持ってきていたエプロンを見につける。

 白衣とそうそう変わらないような真っ白なエプロンであったが、胸のところには模様として秋の紅葉の模様が書かれていた。

 

「あれ、その模様って確かお姉ちゃんの持ってた剣にもあったような」

「二木の持ってる霊装『双葉』のことか?あれ、俺とツカサの二人で作ったやつだぞ。それぞれ使っている紋章をデザインしてあるんだ。これ俺の委員会で使っている紋章だし、乗ってきたDホイールにも描かれているぞ」

「マジで!?」

「なんならお前にも同じように専用の霊装でも作ってやろうか?『双葉』は二木の超能力との併用を前提として作り上げた武器だから、正直他の奴が使っても大して強くないんだ。また別の奴を一から模索することになると思うけど、それでいいならやるぞ」

「いいの?」

「つっても俺が長時間取れそうなのは『職場体験』のあとぐらいだからそれまで何もできない。それでもいいなら『職場体験』終わってから来てくれればいろいろと考えてみる」

「ありがとうモミジくん」

「別にいいさ。これでも整備系委員会のトップだぞ。仕事に選ぶくらいにはそういうの好きなんだ。むしろ、モルモットになってくれるなら感謝する。さて、礼はいいから始めるか。お前も早く準備したらどうだ」

「準備って?」

「エプロンはどうした、エプロンは」

「ないよ?」

「…………はぁ」

 

 

 

        ●

 

 

 葉留佳と佳奈多。双子の超能力者(ステルス)というだけでも世にも珍しい存在であるが、彼女たち姉妹が出生として世にもレアといえるのは彼女たちが父親違いの双子であるからでもある。科学的には異父双生児とか言うらしい。しかも、葉留佳はどちらの二人の父親のうちどちらが自分の父親だと知らないでいる。ずっと一族の裏切り者の三枝昌の娘だとしてさげすまれてきたが、実際のところは分かららないのだ。それが自分の父親がどちらにせよ、本心から父親だと思うことができないでいる理由の一つとなっている。

 

 じゃあ、父親の方は一体どう思っているのだろう。

 

 自分と血がつながっている実の娘が葉留佳なのか、それとも佳奈多なのかを知っているかは別として二人とも娘として愛することができるのだろうか。少なくとも姉妹のうち一人は自分が愛した女と、別の男との間に生まれた子供であることには変わらないはずだ。自分と一切の血のつながりもなく、家族として過ごしてきた年月もなく、娘から父親として愛情があるどころか憎まれてもいる。

 

 そんな状態なのに、無性の愛情を捧げることなんてできるのだろうか。

 

(……葉留佳。葉留佳)

 

 葉留佳の父親の一人であるその男は走る。テレポートという超能力を本心から憎み、嫌っているはずなのに彼は早く自宅へと戻るために駆けていた。今日の仕事がよりにもよって長引いてしまって、一分一秒でも早く家に戻りたかったのだ。今日葉留佳が家に来るということは聞いていた。どうしても仕事を休むわけにはいかなかったが、それでも葉留佳を、娘のことを一瞬でもいいから直接見たかったのだ。

 

 でももう遅かった。

 彼が家にたどり着いたころには、葉留佳はもう東京武偵高校へと戻っていたのだ。

 

「ただいま。……遅かったみたいだな」

 

 葉留佳がもういないと分かっても、妻が葉留佳と会っている。どんなことがあったのか、知らなくてはいけない。何もなかったとしても、親子の絆なんてないに等しいものだとしても、葉留佳が元気でいてくれるならそれでいいと思っていた。病気をしているわけでもなく、ただ前を向いて生きようと思ってくれているのならそれでいい。そう思えるのは、間違いなく彼が娘を愛しているからだろう。

 

「……あなた、お帰りなさい」

「ああ。今日は休みが取れなくてすまない。葉留佳は?」

「ちょっと前に帰ったわ。一緒に来ていたお友達のバイクの後ろの座席に乗って東京武偵高校へと戻っていったわ」

「そうか。せめて、話を聞かせてくれないか」

「…………」

「どうした?まさか何があったのか?」

「ううん違うの。あの子がね……」

 

 葉留佳の身に何か起きていたのではないかという不安に襲われたが、妻が言葉にしたものは今までとは全く異なることだった。

 

「あの子がね、私にエプロンを貸してくれって言ってきたの」

 

 最初はいつも通り、そっけないように話しかけてきた。それでも覚えている。

 

『あれ、どうしたの?何か困ったことでもあった?』

 

 友達が来ているのに、迷惑をかけるわけにもいかないので書斎にいた自分の前にやってきた娘からの頼み事。言いたくないような表情をしていたけど、それでもちゃんと口にした。

 

『あ、あのさ……モミジくんがエプロンしない奴がキッチンに立つなとか言い出してるんだけどその……私エプロンなんて持ってきてないんだ。貸して』

『うちにエプロンの予備なんてあったかしら……』

『いま着てるやつでいい。それでいいから貸して』

『……これ、わたしのだけどこれでいいの?』

『別にいい。気にしない』

 

 自分がつけていたままのエプロンを葉留佳に渡すが、葉留佳がそのエプロンをつけようとして手間取っていた。すぐにその場で着ようとしていたが、慣れないものだからエプロンつけ方がよく分からないのだろう。エプロンは種類によってはやり方が大きく異なる。仕方がないから手に持ったまま部屋から出ていこうとした葉留佳に気が付いたら声をかけていた。

 

『……エプロン。つけ方が分からないなら着せてあげましょうか』

 

 しばらくは黙ったままだってけど、葉留佳は無言のままエプロンを差し出して、

 

「あの子、私に着せてくれって言ったの。親子らしいことがずいぶんと久しぶりにできたんじゃないかって……」

「そうか」

「……晩御飯がまだでしょう?あの子が友達と一緒に作ったカレーが残っているけど食べる?」

「あぁ、もちろんだ。もちろん食べるとも」

 

 仕事での荷物を置き、二人でキッチンへと向かう。

 そこにはラップこそされているが、カレーがちゃんと残っていた。

 

「葉留佳は食べていかなかったのか?」

「葉留佳は友達と二人で食べてたわ。ジャガイモを小さく切りすぎてとけているとか、ニンジンの皮むきをしくじってまだ硬いままだなとか、そんなことを言っていたのが聞こえたわ」

「お前は一緒に食べなかったのか?」

「……いいえ。私は食べてないわ。葉留佳のお友達のは一緒にどうかって誘われたけど、私は遠慮しておいたわ。あの子、この家で初めて笑ったのよ。だったら、そんな楽しそうな時間に邪魔なんてできなかった。だから、これから一緒に食べましょう?」

 

 カレーを温めるためには時間がいる。しばらくしたら、二人分のカレーがお盆に乗ってやってきた。

 残り物を二人でわけるのだから、小皿程度の分量しかないと思っていたのにちゃんと大皿での二人分のカレーがそこにはあった。

 

「……残ってるのがあるって言ってたから、ほんのちょっとだけしかないと思っていなんだが」

「作る分量を間違えたって葉留佳は言っていたわ」

「間違えたって……」

「ええ。でもね、料理ができる人が一緒にいて作っているなら、最初から二人分でいいところを間違えて倍の四人分の分量になんてつくることなんてないのよ。しかもこれ、よくよく見れば五人分くらいの量はあったのよ。お米だって、最初の時点で足りないと思ってわざわざ炊きなおしていたみたいだし、なによりカレーって保存がきくの。間違えたところで持ち帰ればいいだけなのよ」

「じゃあ」

「最初から、私たちの夕食として食べてもらうことを考えていたのでしょうね」

 

 それを考えたのが葉留佳なのか、それとも葉留佳が今日連れてきた友達なのかは分からない。

 だが、今目の前に親子関係の冷え切っていた娘の手料理があることは変わらない。

 

「「いただきます」」

 

 スプーンを持ち、カレーを見つめる。はっきり言って、見ているだけで不格好だと分かるカレーであった。何というか、一人でつくったわけじゃないのだろうということが具材から見て取れる。ニンジンひとつ取ってみても、きれいに切られているものと、あからさまになれない人間がやってデコボコになったのだろうと分かるものがある。ある程度は統一性があるものと、どうやったらこんなになるんだろいう変な形のものだってある。やった人間が違うのだろうな、とあたりをつけることは容易であった。

 

「………」

 

 カレーの味自体は格別変わったものではない。初心者にありがちなオリジナルの隠し味に挑戦するということをやっていない以上は当然だ。料理の最高のスパイスは愛情だなんて言うけれど、やはり売り物として出している外食での料理に味はかなわない。所詮は素人が、友達にいろいろと教わりながら作ったつたない手料理。まずくはないが、格別おいしいとは言えない料理。普通の域を出ない料理のはずだ。

 

「…………」

 

 なのに、葉留佳の両親は二人とも、カレーを食べる手を休めようとはしなかった。

 それどこか二人して、瞳から涙が零れ落ちてきていた。

 

「……おいしいな」

「そうね。これ、あの子が作ったものなのよね」

「そうだな」

 

 涙をぬぐおうともせずに、ただひたすら食べ続ける。

 いつしか味だってよく分からなくなり、ただ食べているという感触だけが残っていた。

 甘口のカレーなのか、それとも中辛あたりのカレーなのかもよく分からない。

 なんだかしょっぱいような感じもする。

 

「実はちょっとだけだけど、おかわりも残っているの。それも食べる?」

「あぁ、もらう。もらうとも」

 

 二人はゆっくりと、娘が作ったカレーを食べる。

 結構な時間がたっているはずなのに、その間が一向に涙が止まることなどなかった。

 

 四葉公安委員会が壊滅するちょっとまで、生活に余裕もなく自分たちが生きていくだけで精一杯だった。

 妻も過労で倒れ伏して、安いボロアパートの床に引いた布団で寝込んでいることしかできなかった。

 それでもいつかは、あの一族から娘たちを取り戻すんだと信じて、それだけを希望に生きてきた。

 一緒に暮らせるようになったといっても、張りぼてのように中身など何もない空虚な会話しかできずにいたが、それでも捨てきれずにいた結果が目の前にあったのだ。

 

「……なぁ」

「はい」

「あきらめずにいて、よかったなぁ」

「…………はいっ!」

 

 それが自分たちの功績だとは全く思わない。きっと葉留佳が東京武偵高校で出会ってきたものたちが、葉留佳の何かを変えたのだろう。それが佳奈多なのか、それとも一緒に来ていたという友達なのかは分からないが、葉留佳が武偵高校へと行かなければ訪れることのない未来だったと思う。

 

 自分たちが努力が実ったのだとは言わないが、努力しなければ訪れない未来でもあっただろう。

 そう思うと今までの自分たちの行動が正しかったのだといわれた気がした。

 よかったと、素直に自分を少しだけだが肯定してやれた気がした。

 

「おいしいなぁ」

 

 

         ●

 

 牧瀬紅葉と三枝葉留佳を乗せたDホイールが走る。

 その中で、周りに走る車の音によって周囲からかき消されていった会話があった。

 

「モミジくんさ、作る分量間違えたっていってたけど……あれ嘘だよね」

「どうしてそう思うんだ」

「だって、二人で食べても半分以上残っているなんてことないでしょ。最初の時点で米も炊きなおしてさ」

「そうだな。最初はあの家を使ったっていう事実さえあればいいかなと思っていたけど、カレー作ると決めてからは五人前くらいは作ろうと思った」

「どうして?」

「純粋に分量が多ければそれだけ包丁で作業することも多くなるというものあるけど……せっかくだから食べさせてあげたかったからかな」

「どうして私があの人たちに食べてほしいって思っているって思ったの?」

「俺がいままでどれだけ母さんや姉さんのためにご飯を作ってきたと思っているんだ。自分のためだけに作る料理って、やる気がそう起きないもんだぞ」

「…………」

「こんなことわざわざ聞かなくてもいいじゃないか。最初は素直に俺の言うことに従って作業してたけど、途中から分量がおかしいって自分で気づいていたんだろ?そして、俺が何をしようとしているかも大体想像ついてたんだろ?そのうえで俺に何も言ってこなかったのは誰だったのかを忘れてないよな。いきなり手料理を食べてほしいっていうよりは、友達が分量を間違えて余ったから処理してほしいって言う方がハードルとしては低いもんな」

「……いじわるしないでよ」

「悪かったよ。で、どうだった?」

「……料理ってさ、案外手間がかかるんだね」

「そりゃそうさ。カレーなんて、お湯につけて待つだけのレトルトカレーと比べたら手間がかかるものの典型例だ。皿や鍋を洗うのだって面倒だし、汚れができたらなかなか落ちないし。でも、嫌だったか?」

「ううん、そんなことないよ。……また、何か教えてくれる?」

「また今後な」

 

 

 

 




牧瀬と葉留佳の二人は、この前までは友達の友達っていう関係でした。
牧瀬のほうはツカサくんから最初から知らされていて、葉留佳の方は姉御に同僚みたいな形で紹介されて。

今は姉御の副官みたいなことをしている葉留佳ですが、葉留佳には姉御ではなく牧瀬に付き従っていた未来もあったんです。むしろ、本来はそうなっていたはずなんです。

そう思うと、この二人はなんだが不思議な関係のようにも思えてきます。

お互いにいろいろと思うところがあるはずですが、それでも友達といえる関係に一歩近づいたのではないでしょうか。






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Mission113 七人目と八人目

 

 

 紅鳴館での生活も終わり、直枝理樹は正真正銘の理樹としての元の生活に戻ることができた。

 もう彼は奥菜恵理としてメイドさんをやる必要はないのだ。

 つまり、いつアリアさんにバレるかも分からないとびくびくしながら暮らすこともないのだ。

 

 結果としては、アリアにもキンジにも最後の最後まで紅鳴館では正体がバレることなどなかったのだが、理樹の本心ではいつだって心臓がバクバクとなっていたのだ。だがこれからは違う。朝起きて学校に行き、普通に授業を受ける。今日からまたそういう生活を送ることになるのだ。もっとも、職場体験の時期がもうすぐそこまで迫ってきているのでまた二週間ぐらいは授業をどうしても受けられないが、それでもいつもの日常に戻ってこれたのだという実感があることは変わらない。机の隣を見れば親友の筋肉がいてくれることが、理樹には何よりも安心する光景であった。

 

「今日は授業中にうっかり勉強しちまってよ。おかげで眠いぜ」

「午後は英語の授業だよ。真人そんなんで大丈夫?」

「へ?今日の午後の探偵科(インケスタ)の授業は休みじゃなかったか?」

 

 武偵高校のカリキュラムは、午前中に国語や数学、理科といった一般科目を勉強し、午後からはそれぞれの専門分野の武偵科目に臨むという形になっている。専門科目の授業が休みなら午後からは晴れて自由の身。何をしていようが一向に問題にはならないのだが、

 

「忘れたの。英語の授業の補修が入っているじゃないか。職場体験前のそう詰め込みのための補習授業だよ」

 

 あいにくと、普段の授業を長期間休んでしまうと今の理樹のように補修という形で授業に参加する必要がる場合

もある。武偵は依頼(クエスト)で一般科目の授業を休むことだって珍しくないため、こうして救済措置が何回か行われているのだ。葉留佳が以前に参加した生物の補修だってその一つ。理樹はこれから真人と一緒に英語の補修に参加することになっている。一応弁明しておくと、理樹は真人のように成績不振で補修を受けるのではない。奥菜恵理としてメイドさんをやっていた時期が長く、学校を三週間は平気で休んだのだからには参加できるなら参加しておきたいのだ。

 

「真人先週にあった補修に参加したって聞いたけど、大丈夫なの?宿題とか出てないの?」

「うわぁあああああ!!!やっば忘れてたッ!!おいこら、だれか写させろッ!!」

 

 いつもは理樹に泣きつく真人だが、理樹はあいにくと前回の補修は理樹は参加していない。

 となると、宿題を写させろという相手は謙吾であった。

 謙吾も一応この手の補修には出れる時にはいつも参加するタイプだ。だから謙吾ならやってくれているはず判断した真人であったが、謙吾は真人に対して冷たく言い放つ。

 

「ふん。この前みたいに、宇宙人がレポートをビームで焼き払っていきましたとでも言って言い逃れすればいいじゃないか」

「いや、それは二度も通用する技じゃねえ」

「一度目も通用する技じゃないと思うよ真人……」

「なら、宇宙人を関西人にしてみたらどうだ?」

「謙吾も何言ってるの!?」

「なるほど。だが、どうしてオレが関西人にそんな恨みを買っているんだという問題にならないか」

「その前にビームで焼き払ったという設定を見直そうよ。そうだな……例えば、関西人にレポートをたこ焼きの材料にされたとか!そうしないと関西人にする必要がないよ!」

「お、さすが理樹だッ!!そっちのほうが自然だな!」

「……こいつらは一体なにをいっているんだ」

 

 あーだこーだ言い合う野郎三人を傍目で見ていた幼なじみは、大事そうに猫を一匹抱えながらもこんな奴らとは一緒に一括りにはされたくないとばかりにあきれ果てた視線を向けながら言い切った。

 

「バカだな、こいつら」

「今なんて言った」

 

 怒ったように真人は反応するが、鈴は顔一つ、そして口調も全く変えずに再び言い切った。

 

「バカだな、こいつら。そういってやった」

「おいおい。理樹と一緒にひとくくりにされるのはいい。だが、この筋肉様を万年胴着野郎と一緒にするんじゃねえッ!」

「ふにゃー!?」

 

 急に真人が大声を張り上げたのに驚いたのか、猫がおびえたように鳴いた。

 よくもやってくれたなと、鈴は幼なじみよりも猫を選び取り、猫を大事そうに抱えたまま真人の顔面に蹴りを入れた。さしもの筋肉さんもふらふらと身体が揺れ、地面に倒れこんでしまう。理樹としては今のでよく歯が折れなかったものだとどこかおかしなところで感心していた。

 

「レノンになにすんじゃ!猫を粗末にするやつは、謙吾以下だッ!」

「謙吾以下……だと!?」

 

 ロボットのようなぎこちない動きで立ち上がった真人は、もう怒ったぞとばかりに宣言する。

 真人のプライドにかけて、ライバルである謙吾に負けたと認めるわけにはどうしてもいかないのだ。

 

「鈴よ。今まで恭介の妹だということで手ぬぐいしてきてやったが、それもここまでのことだ」

「手ぬぐいって……」

「おい真人。手加減の間違いだぞ」

 

 ライバルに間違いを指摘されている時点で真人は謙吾以下だということにもなりかねないのだが、当然真人はそんなことには気づかない。すでに真人の意識は謙吾ではなく鈴のほうへと向いていた。

 

「鈴!覚悟しやがれッ!!」

 

 一発触発の二人の空気であるが、周囲の人間は我関せずであり、止めようとする人間なんていやしない。武力行使で二人をどうこうできそうな恭介は学年が違うため当然ここにはいないし、来ヶ谷に至っては同じクラスのくせして普段から授業に出てないから午前の授業が終わった時間帯だというのに今日はまだ顔すら見ていない。

 

「や、やめてよ真人。真人が本気だしたらしわ寄せが全部僕のほうに来るんだからさ」

「止めるな理樹。謙吾以下だと言われたら、オレのプライドにかけて引き下がることなどできやしないのさ」

「じゃ、じゃあほら!もっと平和な方法で決めようじゃないか。前に来ヶ谷さんと争った時のようにさ!」

 

 アドシアードの準備期間の時、井ノ原真人と来ヶ谷唯湖は恭介の提示したルールのもと勝負することになった。しばらく真人は青髭恐怖症という謎の症状を起こしたものの、いつも探偵科(インケスタ)の部屋でアリアと白雪がやっているような喧嘩よりは被害が少なかったはずだ。

 

「……オレはべつにそれでもいいけどよ、今から恭介を呼ぶなんて面倒なことになるくらいならこの場での決着を望むぜ」

「うーん。ねえみんな、なんか武器になりそうなだらないものを投げ入れてくれない?」

「俺たちは今忙しいんだ。今後の計画というものをこれから話し合う必要があるからな」

 

 理樹は影響力がある人間ということで、クラスの中心人物である村上に話しかけるも、どうにも彼の反応は薄かった。恭介の人を集める才能というものに感心しながら、こうなったらと理樹はクラスのカーストトップに話しかけることにした。

 

「ねえレキさん。レキさんからもお願いしてみてくれない?」

「今なぜ私にお願いしたのでしょうか」

 

 理樹がどうして自分に助けを求めてきたのか今一ピンと来ていないレキであったものの、クラスの周囲の人間には動きがあたった。リーダー格の村上を中心として、王へと参列するかのように一堂に整列してレキの一言を待っていたのだ。

 

「さあレキ様。我らに何なりとお申し付けください」

「おまえら……」

 

 その様子を見た鈴が冷めた瞳でクラスメイト達を見つめるが、一同は何一つとして恥じる様子を見せる奴など一人もいやしなかった。いつみてもすがすがしい連中である。アドシアードの時も思ったことであるが、うちのクラスは他のどのクラスよりも一つになっているはずなのに素直に喜べないのはどういうことか。団結力だけなら他のクラスなんて敵ではないはずなのに、それを胸を張って主張するのは後ろめたいと思うのはどうしてだろう。

 

「じゃあ、武器になりそうなくだらないものを投げ入れてあげてください」

「聞いたが野郎ども!レキ様からいただいたお言葉だ!全力を持って完遂しろッ!」

「「「はい、村上会長!!!」」」

 

 レキの鶴の一声により、大量のくだらないものが投げ込まれ、どこから持ってきたのかわからないコングの音がカーン!と教室に鳴り響いた。

 

 

 

       ●

 

 

 結論から言って、理樹が投げた爪切りを武器としてゲットした真人は猫を大量に呼び寄せた鈴には手も足もだせずにあっけなく鈴に敗北し、真人は鈴から晴れて「クズ」の称号を授かることとなった。この戦いに負けたものは勝者から称号を授けられる。恭介はそのようなルールを設けていた。よって正式は「クズ」となった真人は、

 

「悪いクズ。ソース取ってくれ」

「ほらよ」

「まさ、あ、いや……間違えた。クズはマヨネーズいらないのか」

「もらうよ」

「うわぁ。そんなにマヨネーズかけるのまさ、あ」

「悪いかよぉ」

「次あたし使うから早くしろ、クズ」

 

 仲間からもさんざんクズ呼ばわりされることとなってしまった。

 さすがの真人もこうクズクズと連呼されていてはたまらないようである。

 リトルバスターズ幼なじみメンバーズ五人で食堂にて定食を食べていた彼らであったが、真人はもうがまんできないと立ち上がる。

 

「あーもうこんなん耐えられるか!!てめえら筋肉いじめて楽しいかッ!!」

「いやなら変えてやる。ありがたいと思え。今日からお前が『アホ』だ」

「あぁ?アホってなんだよ。そんな呼び方許可した覚えねえよッ!!」

「じゃ、黙れクズ」

「あぁあああああああああああ。そっちのほうが傷つくことに今気付いたぁあああ!!」

 

 真人が軽くショックを受けている光景を見て、理樹はどうしてか懐かしいと感じてしまう。長きにわたる紅鳴館での暮らしがホームシックにでもさせたのか、なんだかほほえましいもののように思えてきた。こんなことで実感していいのかと自分に疑問を持ちつつも、気にせず食事を進めることにする。

 

「ああそうだ。新メンバーを紹介するから」

「はい?」

 

 だが、リトルバスターズリーダー棗恭介はそう宣言したと同時、理樹も謙吾も、妹である鈴でさえも恭介のそんな唐突な発言に箸が止まってしまっていた。周囲を唖然とさせた恭介はというと、大したことは言っていないかのように味噌汁を口に含んだまま何の説明もしようとしない。

 

「新メンバーだと?そんなこと俺たちは一言も聞いてないぞ」

「ああ、今はじめて言ったからな。ちなみに二人いるぞ」

 

 謙吾が文句を言うものの、恭介はそんなものどこ吹く風である。

 ちなみに真人はクズクズと連呼されて自棄になったのか手にしたかつ丼を食べたまま何の反応もなかった。

 正直恭介が言ったことを聞いていたのかすら疑わしい。

 

「恭介が決めたんなら文句はないけど……誰?」

「ちょっと待ってろ。もうじき来るだろ」

 

 恭介も言うべきことは言い切ったと味噌汁をすすり始めた。

 まだその新メンバーはきてはいないようなので、理樹もいったい誰が来るのかと楽しみにしつつもおかずのエビフライを口にした。それから三分くらいしたことだろうか。もう一人の現リトルバスターズのメンバーである来ヶ谷唯湖に背中を押されてある人物がやってきた。来ヶ谷は恭介と隣にその人物を立たせ、謙吾と真人の二人に紹介するように言った。

 

「私から紹介しておこう。葉留佳くんだ」

「お。待ってたぞ三枝」

「あ、はい、は、初めまして棗先輩ッ!」

 

 恭介と直接顔を合わせるのはどうやら葉留佳もはじめてであるようであり、葉留佳自身も緊張している様子が見受けられた。葉留佳は学校では比較的うるさ……騒がしい人間だと思われているが、その実彼女は人付き合いがそんなに得意ではないのだ。他人からどう思われていようが、その実態としては割と人見知りのところがある葉留佳は恭介に対してまだ遠慮があった。

 

「恭介でいい」

「……ちょっと待ってくれるか」

 

 だが、ここで恭介に待ったをかける奴がいた。真人だ。

 真人はかつ丼を食べる手を休めないままであるが、不満だらけだという顔をしている。

 

「そいつ、本当に使えるのか。即戦力になる有能な奴じゃないと困ると思うぞ」

「葉留佳君は超能力者(ステルス)だ。即戦力という部分に関しては申し分ないと思うぞ。私が一年かけて超能力をまともに使えるようにしたんだ。その部分は保証できる。足りない部分は今から補っていけばいいさ」

「超能力?いったいどんなだ?」

空間転移(テレポート)ができる」

「あ、姉御。それいっちゃって言いんですか?」

「一時的な付き合いなら隠す方が言いが、これから仲間としてやっていく以上は隠しても不信感を煽るだけだ。はっきりとさせられることはこの場ではっきりとさせておいた方がいい。そうだろう?」

 

 周りに聞く耳を立てている人間はいないだろうとはいえ、今まで隠せと散々言っていた当の本人があっさりとバラしたことに葉留佳は驚いた。別に自分の秘密をバラされたことに対しては不満はない。来ヶ谷に出会わなければ、隠そうとさえ思わなかっただろうことだったし、何よりもすでに理樹には自分が超能力を使うところを一度見られている。いまさら隠し通せるようなものでもないし、佳奈多の真実を知った今、その秘密は命をかけて隠し通すほどの価値はない。

 

 ただ驚いているのはもう一人いた。謙吾だ。謙吾は星伽神社の関係者として、三枝一族のことを前から知っていた。それゆえに思うことがったのだが来ヶ谷からの催促を受けて、謙吾は葉留佳に遠慮せずに思っていることを口に出すことにした。

 

「ちょっと待て。空間転移(テレポート)ができるって言うことは、そいつはあの(・・)三枝一族の生き残りなんだろう?今まで俺は三枝一族の超能力者(ステルス)には今までいい噂を一度として聞いたことがない。本当にそいつを加えて大丈夫なのか?そいつを加えたことでまた魔女にでも狙われるなんてことは正直ごめんだぞ」

「……それは」

 

 三枝一族はよく思われていない。それはそうだだろうと葉留佳自身納得している。同じ一族の人間から見ても好きにならないのだ。他の人間ならなおさらだろう。でも、いくら葉留佳があいつらは何の関係もないと言い張ったところで第三者から見たら葉留佳とて三枝一族の人間だという事実は変わらない。だがその事実を知った人間から正面から指摘されるのは彼女には初めてのことゆえに動揺してしまう。

 

(別に謙吾くんは私に意地悪をしているわけでもなんでもなく、モミジくんが私のことを気にかけていたのと本質的には同じなんだろうね)

 

 牧瀬紅葉は葉留佳のことをいろいろと気にかけてくれていた。そのことを本人に聞いても彼はとぼけて否定して認めようとはしないだろうけど、牧瀬は葉留佳と直接出会う前から葉留佳の味方の立場にいる人間だった。その理由は、彼が三枝一族の人間であった四葉(よつのは)ツカサの相棒(パートナー)だったから。それがすべての理由であり、葉留佳自身の人柄なんてそこには含まれていなかった。

 

(姉御は気にしなかったから忘れてたけど……あいつらのことを知っている人からしたら本当はこういう反応が当然なんだよね)

 

 所詮は同じ一族の者だと判断されるからこそ、佳奈多は公安0を裏切ってそのまま葉留佳を連れて逃げ出せるとは考えられなかったのだろう。三枝一族ということで快くは思われないだろうとはわかっていても、実際懐疑的な目で見られた葉留佳はう、と詰まってしまう。謙吾が嫌味な人間ではないことが分かっているからこそ、そう思われてしまうのが心に響く。

 

 生まれはすべての理由にできる。

 

 牧瀬紅葉のように、味方になって陰ながら助けてくれる理由にも。

 そして今の宮沢謙吾のように、問答無用で懐疑的になってしまう理由にもなりうるのだ。

 謙吾にも悪気はないのだ。

 自分の仲間を誰よりも大切に想うからこそ、その仲間を、友を破滅へと導くような疫病神とはかかわってほしくないと思う。当然のことだ。

 

 葉留佳にはそのことに対して反論はない。納得している。 

 くってかかるようなことはできないと思ったが、真っ向から謙吾に反論したのは彼女が姉御と慕う人間であった。 

 

「それについては問題ない。三枝一族を滅ぼしたという魔女の正体を知っている身として言わせてもらうと、葉留佳君は狙われることはまずないだろう。もう大丈夫だ。だから、こんな時期になるまで言い出さなかった。第一、それを言い出したら私もそう変わらんぞ。謙吾少年だってそうだろう」

「……恭介。お前は納得しているのか」

 

 恭介は何一つとして問題ないと言い切った。

 

「もちろん。俺はこいつを歓迎する。ようこそ三枝。わがリトルバスターズへようこそ」

「いいんですカ。私があの一族の人間ということで嫌われることには納得していますヨ。気がかりなら姉御や私に気を使わなくてもいいんですヨ」

「何の問題もないといっているだろう。いいからお前も座れ」

 

 来ヶ谷がテーブル席に着いたので、葉留佳もその隣の席に着いた。

 葉留佳がテーブルについたとき、謙吾がそっぽを向きながら言う。

 

「三枝。その……なんだ。よろしくな」

「へ?」

「……不器用な人だな。嫌なことを言ってしまったと思ってか知らないが、そんなにかしこまらなくてもいいじゃないか」

「うるさいぞ来ヶ谷」

「別に人をけなしているわけでもないしいいじゃないか。それは君の美徳だ。仲間のために、考えうる最悪の可能性の芽は自分で潰しておきたい。そう思うことの何が悪い。葉留佳くんは誰でもないこの私のもとで過ごしてきたんだぞ。君が自分を嫌っているからそんなことを言うのではなく、ある事実を知っている身として仲間のためには言っておかないといけないと思って行動できるほど君が仲間想いの人間なのだと露呈するだけだ。むしろ、葉留佳君としては、それができる人間が仲間になることに胸を張るはずだ。彼女ならそれができる」

「あ、あの!」

 

 姉御にここまで言われてしまったら、葉留佳としてもこのまま黙っているわけにはいかなかった。

 共通の友人ということでこれまでの紹介はすべて姉御に任せきりになってしまっていて、自分で言わないと意味がない。だから、葉留佳は来ヶ谷と謙吾の会話を遮り、リトルバスターズの全員に向かって言った。

 

「私の名前は三枝葉留佳といいます!今は壊滅した四葉公安委員会を経営していた三枝一族の生き残りで、空間転移(テレポート)を扱う超能力者(ステルス)です!よろしくお願いします!」

「あぁ、それじゃこれから頼むぞ三枝」

 

 謙吾がそう言って葉留佳に握手を求めたのに対して素直じゃないなあと理樹は思いながら、彼も挨拶をしておくことにしておく。

 

「それじゃ、これからよろしくね。これでリトルバスターズも七人目のメンバーを迎えることになるんだね」

「いや、違うぞ。三枝は八人目だ」

 

 恭介がこっちだと示すために手を振った。

 リトルバスターズを探していた七人目の人物がやってくる。

 

「あれ、はるちゃん?私と同時加入のメンバーってはるちゃんのことだったんだね!」

「や、やはー小毬ちゃん」

 

 やってきたのは神北小毬。衛生科に所属する医療担当メンバーである。

 小毬のことは今更紹介するまでもない。

 アドシアードの時は一緒に仕事をした仲であるし、葉留佳のように今まで面識がなかったという人物でもない。

 

「それじゃあ俺から改めて紹介しておく。我がリトルバスターズの新規メンバーの神北小毬と三枝葉留佳だ。みんな、仲良くやってくれ」

 

 小毬は鈴の隣の席に腰掛ける。

 よろしくねと陽だまりのような笑顔を見せる小毬に対し鈴は詰まってしまったが、よろしくと小さな声で呟いた。

 

「そういえば恭介。恭介は今度の職場体験の期間は開けておけって僕らに言ってたけどさ、僕らの予定って決まっていたりするの?」

「もちろんだ。では全員そろったので、今後のリトルバスターズの計画を発表する」

 

 新メンバーである小毬と葉留佳はもちろんのことであるが、理樹や真人だってこれからの予定など聞いていない。リトルバスターズはチームではあるものの、依頼を受けるときは個人で受けてもいいし、協力してもいい。特別全員で足並みそろえる決まりはない。いったい何をするつもりなのかと緊張して待っていた一同であるが、恭介はなんてことはないと発表した。

 

「これより我がリトルバスターズは、新メンバーへの親睦会も込めて遊園地『ハートランド』へ行くことにする」

 

 




お久しぶりです、村上会長!
私はいつまでも、草薙先生と村上会長とRRRを応援しています!


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Mission114 ハートランドへの招待状

「ハートランド?一体何でまた……」

「ああ、それはこれから説明する。実は俺たちに招待状が届けられたんだ」

 

 遊園地『ハートランド』。

 その名前は結構有名であり、知らない人間はまずいないと思われるほどの知名度を誇る。

 未来都市をイメージし、まるでSF映画の中にでも入りこんだかのような錯覚を受けるその遊園地は、武偵の間にはちょっとした話題になっている。もともとハートランドは仲村グループという巨大企業が経営しているレジャー企業の一企画ではあるのだが、仲村グループは近年武偵業界に足を踏み入れたのだ。よって、武偵が経営している遊園地という話題性があったのだ。

 

 ただ、ハートランドは東京にある遊園地ではなく、名古屋にある遊園地なのだ。

 わざわざハートランドに行くといった恭介の発言の意図がいまいちよくわからず、理樹は疑問の声をあげた。

 

「お前ら、これを受け取れ」

 

 理樹の疑問に答えるよりも先に恭介は胸ポケットからチケット束を取り出して、それを一人一人に渡していく。チケットを渡された彼らは何のチケットなのかを各自確認した。そのチケットの内容は、

 

「『ハートランド』のリニューアルオープンイベントのチケット?よくこんなものが手に入ったね」

「ああ。せっかくだからと送られてきたんだ。我がリトルバスタースに小毬と三枝という新メンバーが加わったこともあり、親睦会もかねて俺たちリトルバスターズはこのハートランドのリニューアルオープンのイベントに行くことにする」

「でもこれ、結構レアものでしょ?よくそんな太っ腹の人がいたもんだね」

 

 どうやって手に入れたのかもわからないものを恭介が手に入れていることは実はよくあることだ。

 だから耐性がついていたとはいえ、もらったと聞いたら不思議に思うのは当然のことだ。

 ハートランドの人気を考えれば、これを売りとばせば結構な金額になるはずなのだ。

 少なくとも日々金欠でぼやいでいる遠山キンジが歓喜する程度のものは手に入るだろう。

 気前のいい人もいたもんだと感心していた理樹であったが、来ヶ谷はそうは考えなかった。

 

「太っ腹というよりは金銭的価値を求めてないといった方が正しいと思うな。プレゼントとして自分で金を出して購入するならまだしも、スタッフとして持っているものを渡す分にはありがたみとか全くないものだ。恭介氏、これ送ってきたのまさみ嬢だろう?」

「ああ。アドシアードの時は都合で終わると同時にあいつはさっさと帰ってしまったからな。今度はゆっくりこちらから行くことにした」

「まさみ嬢って、岩沢さん?」

「ああ、そうだ。あいつの所蔵している組織のリーダーは仲村ゆりってやつでな、名字からわかると思うがゆりは仲村グループの後継者だ。その関係でこのチケットを手に入れられた」

「ゆり?」

 

 恭介の説明を聞いていると、ゆりという名前に葉留佳が首をかしげることになった。  

 その名前に心当たりがあったというわけではなく、逆に葉留佳は聞き覚えたなかったから戸惑ってしまった。

 

「どうかしたか三枝」

「あ、いえ。すいません。ちょっといいデスカ姉御ー、私は会ったことありましたっけ?ハートランドの重要人物ってことなんですけど、私ゆりって人の顔がいまいちピンと来ないんデスけど」

「そういえば葉留佳君も私もゆり氏との直接の面識がなかったな。思い出せなくても問題ないぞ。私も写真でしか見たことがない。私たちがいたときはゆり氏はハートランドにはいなかったみたいだしな」

「二人ともハートランドに行ったことあるの?」

「ああ。私たちが一年生の頃、葉留佳君の超能力の特訓をまさみ嬢にお願いしてハートランドでさせてもらった。なんだかんだで大体半年間ぐらいはいたんじゃないかな」

「お前たち一年のころは全く見かけないと思ったらそんなところにいたのか……」

 

 まさか、去年一年間で指で数えられる程度しか見かけなかったクラスメイトが遊園地にいたなんてことを微塵も想像していなかった謙吾はあきれたような声を漏らす。来ヶ谷唯湖がこの東京武偵高校には一年の四月から在籍していたにも関わらず、彼女の友人であるアリアが二年の初めになるまで来ヶ谷が東京武偵高校にいたことを知らなかったのはこの辺に理由があったりする。来ヶ谷は委員会連合所属の委員長をやっていることで授業出席義務がないということをいいことに入学早々授業放置で葉留佳の超能力を鍛えていた。アリアが東京武偵高校にやってきた時点ではそもそも武偵高校にはいなかったうえ、ほかの生徒たちからだって知名度なんて皆無であった。今でこそ牧瀬紅葉や二木佳奈多と合わせて『魔の正三角形(トライアングル)』などと呼ばれ問題児扱いされているが、問題児だと認識しているのはあくまで教務科(マスターズ)の教師たちぐらいなもので、生徒での知名度も危険度も大して高くはないのだ。アリアが気づかなくても無理はない。

 

「恭介さんもお知り合いだったんですカ。でも、いったいどういう関係なんですカ?」

 

 アドシアードの時は葉留佳はリトルバスターズのメンバーとして行動はしていない。当時の葉留佳は、いざという時の補佐要因として、来ヶ谷の指示があるまではのんびりとアドシアードを見ていることにしていたのだ。リトルバスターズのメンバーとしては葉留佳が岩沢まさみや彼女が所属している組織と面識があったことに驚いているが、葉留佳としては恭介が面識があることのほうが驚きなのだ。だから当然、いったいどういうつながりなのかと疑問に思う。

 

「ああ、それは」

「葉留佳くん。実はな―――――」

 

 恭介が答える前に、葉留佳の隣の席に腰掛けていた来ヶ谷が葉留佳の耳元に口を当て、ボソボソと葉留佳にだけ聞こえるようにつぶやいた。すると葉留佳が途端に慌てだす。彼女の態度から、余計なことを聞いてしまったことへの罪悪感を感じていることが見て取れた。

 

「す、すいません恭介さん!はるちんは悪気はなかったんですヨ!そ、その……頑張ってくださいッ!!」

「……おい待て来ヶ谷。お前一体何を吹き込んだ」

「客観的事実をありのままに」

 

 顔を真っ赤にしてうろうろする葉留佳や怪訝な顔をする恭介とは対照的に、来ヶ谷は表状を全く変えずに言い切った。しばらく無言で何か言いたげな恭介と来ヶ谷の二人の沈黙は続いたものの、まあいいかと恭介は話を先に進めることにした。すっとぼけている人間を問い詰めても、ロクな答えなどかえってはきやしない。

 

「まあいいか。実のところ、送られてきたチケットは10枚ある。俺たちリトルバスターズのメンバーは八人。二枚余ることになるが、一枚はレキに渡してやってくれ。あいつ、岩沢と仲いいからきっと二人とも喜ぶだろう。頼んだぞ、理樹」

「わかったよ。でも、最後の一枚はどうするの?」

「好きにしたらいい。だれか誘ってもいいし、なんなら使わずに記念としてそのまま持っていてくてもいい。親睦会という名目でいくものの、正直楽しめればそれでいいしな。無理に全部のチケットを使う必要もないさ」

「それもそうか」

「恭介氏、ちょっといいか?」

 

 話がまとまりつつあったところに、来ヶ谷が割り込んだ。

 

「ハートランドに行くのは何も問題なんだが、悪いが私と葉留佳君の二人は途中参加になると思う」

「ん?何か起きたのか?」

「なんか、ロシア聖教からの使者がやってくるらしいんだ。直接会って話がしたいってことだから要件はまだわからないが、ちょっとばかり参加が遅れる可能性がある。どういうことかロシア聖教の連中が名古屋で落ち合うことを希望してきたから距離的な問題は何もないが、ひょっとしたら名古屋で何か問題でも起きてるのかもしれない。理樹君たちがハートランドへと向かうより一足先に名古屋へは行かせてもらうが、どうなるかはまだわからない。イベントには間に合うと思うが、いまいち先の予定が分からない」

「わかった。俺の方でもそっちについて調べておくさ。なら、俺も先に名古屋で待っていることにする」

「よろしく頼む」

「じゃあ、今度は名古屋で落ち合おう。楽しい旅になるといいな」

 

 そういって恭介はにっこりと笑った。

 きっと楽しい旅行になる。理樹も心からそう思った。

 真人と二人で準備のための探偵科(インケスタ)の自室に戻って行く中、理樹は残り一枚のチケットをどうしようかと考える。ひとまず解散した後も、このチケットを渡すべき相手がいないのも寂しい気がしたので考えてはみたが、いまいち誰もピンとこない。

 

「ねえ真人。誘う人とかいる?」

「別に探さなくてもいいんじゃねえか?レキはまぁ、向こうに仲がいい人はいるからいいとしても、下手に誘っても完全なアウェーになるだけだぞ。基本的に身内ばっかなんだしな」

「それもそうなんだよねえ」

 

 例えばルームメイトの遠山キンジを誘ったとする。

 理樹も真人もキンジとは同じ探偵科の人間であるし、何よりルームメイトとして時間を過ごしてきた仲だ。仲が悪いわけではないが、キンジはリトルバスターズのメンバーではない。岩沢と仲がいいというレキの場合は一人での単独行動になったとしても、単に仲良しに会いに行ける機会ができただけだからなんの問題もないとして、キンジの場合だとそうはいかない。何より、日々の金に困っているキンジは普通に換金してしまうそう。それはちょっと悲しい。そんなことになるくらいならチケットを上げるのはやめとこうと思う。

 

 そして何より、今の遠山キンジはなにやら真剣な表情で思いつめていることが多い。

 

 遠山キンジの先日の理子の大泥棒大作戦の報酬は、失踪した兄の情報を手に入れるというもの。

 理樹も真人もキンジの兄についてそう詳しいわけではない。

 キンジが一年生の最後に理樹と真人が暮らしていた探偵科(インケスタ)寮の部屋に移ってきた時も、彼らは特に事情も聞くこともなく受け入れたのだ。

 それでも奥菜恵理としてメイド生活を送ったこともあり、断片的な情報を手にしている理樹はある程度の推測はできている。だから今のキンジを名古屋までの遊びに誘うなんてことはできなかった。

 

 気分転換に一日連れ出すのならまだしも、この東京武偵高校を離れさせるまで連れ出すことはできない。同様の理由で理子もダメだ。キンジとの契約を果たすまえに遊びに誘おうものなら、理樹はキンジに顔向けできない。だから、最後の一枚の招待状をそうするかとか考える前にレキに予定を聞いてみることにした。もしレキに依頼(クエスト)とかの用事のために参加できないと断られたら、招待状は二枚残ることになる。二枚残ったなら、そこらの幸せそうなカップルにでもあげればいい。きっと喜んでくれるだろう。そうなると、まずはレキに渡すことから始めるべきだ。

 

「レキさん。ちょっといい?」

「はい、なんでしょうか」

 

 レキはメールをしてもすぐには返ってこないこともあるため、予定を聞くのは翌朝のHRの前にやることにした。レキは理樹と同じ二年Fクラスに所属する生徒だ。わざわざ連絡なんて取らなくても、レキならば翌日になるだけで教室で会える。

 

「恭介からレキさんに渡してくれって頼まれていたものがあるんだ。ほら」

 

 理樹から招待状が同封されている封筒を渡されたレキは無言のままその場で封筒を開け、手できた招待状をマジマジと見つめていた。

 

「岩沢さんから送られてきたみたいなんだ。僕たちも行くんだけど、よかったらレキさんも一緒に行かないかってことなんだけどさ」

「行きます」

「へ?」

「行きます」

 

 理樹はレキにすべてを言い終える前に、レキは即断で行くことを宣言した。

 絶対に断られるということを理樹は考えていたわけではないのだが、まかさ即断するとは思わなかったため少しばかり驚いてしまう。レキのあだ名はロボット・レキ。何かを尋ねたとしても、何の返答もせずに無言を貫いたままということも平気であるということを考えればレキの即断に理樹が戸惑ってしまうのも無理はないことのはずだ。きっとレキさんは、ほんとに岩沢さんと仲がいいんだろうなぁとか考えていると、理樹はいきなり後ろから首元を引っ張られてしまう。グェッ!という間抜けな声が漏れるものの、理樹をいきなり引っ張り込んだ人間はそんなことなど気にしていないようだ。そいつはレキには聞こえないようにするためか小声で理樹に話しかけてきた。

 

(おい直枝。お前レキ様にいったい何を提案した?)

(ど、どうしたのさ村上君)

(どうしたもこうしたもあるか!あのレキ様が即断でおまえの誘いに乗ったんだ。レキ様ファンクラブRRR会長の名に懸けて、聞かないわけにはいくまい)

 

 聞くまでは理樹を逃がすものかと、村上はがっちりと理樹の頭をホールドしていた。

 村上にとっては割と切実な問題であるのだが、隠すことでもないかと判断してしまった理樹は素直に村上に言ってしまう。

 

(遊園地『ハートランド』のリニューアルオープンイベントの招待状を渡しただけだけど……)

(遊園地、だと!?)

 

 村上の顔に戦慄が走った。

 レキが遊園地に行く。はっきり言って全く想像ができないことであった。

 遊園地というのは一人で行くようなところではない。 

 本来心から気を休められるような関係の人間と一緒に行くものだ。 

 その事実をかみしめた村上はまさか、と恐る恐る理樹に確認をとる。

 

(ま、まさか直枝。その遊園地に行くメンバーに、あの棗恭介もいたりするのか?)

(うん。というか恭介から行くぞって言われたんだし。何より招待状手に入れたの恭介だし)

(……何ということだ)

 

 村上が知る客観的な事実として、現状レキと最も仲がいいと考えられるのは棗恭介である。

 今ここでチケットを渡したは理樹であるが、はっきり言ってそれは理樹でなくてもレキは行くといったと思うのだ。女友達の鈴でもいいし、なんなら理樹のルームメイトたる真人でもいいと思うのだ。レキが恭介のことを慕っているのか、それともいやいや恭介が呼ばせているのかは不明だが、少なくても恭介お兄ちゃんなどと呼んでいる人間を嫌っているはずがないのだ。

 

「そ、それじゃレキさん。僕らはまだ名古屋に行くための新幹線の時間帯とかまだ決めたわけじゃないから、決まったらまたつたえるね。なんならレキさんの分のチケットも買っておこうか?」

「はい。それではお願いします。チケットの代金はまた後で教えてください」

「分かったよ」

 

 ちょうど朝のHRの時間になり二年Fクラス担任の漆原先生がやってきたため理樹と村上は慌てて自分の席に着いた。ひとまず要件は無事に伝えられたと安心する理樹とは裏腹に、二年Fクラスの大半の意見は口には出さずとも一致したものである。

 

(((あの野郎、レキ様には絶対手を出させるものか)))

 

 打倒棗恭介。

 レキ様ファンクラブRRR発祥の場所でもあるこの二年Fクラスにおいて、クラスが一丸となっていたのである。

 

「HR始めますよー。みなさん殺気を抑えてくださいねー」

 

 二年Fクラスの担任である天王寺先生教室に入ってきて、今日もいつも通りのHRが始まる。

 これが束の間の平和であるのか、そうでないのかはまだ誰にも分からない。

 

 

 

            ●

 

 

 大きな日本でも有数のレジャーランド遊園地『ハートランド』。

 日本で一二を争うほどの人気がある大手遊園地である。

 イギリスにある時計塔がシンボルとなっているD(ディステニー)ランドのように世界中に知られているわけではないものの、それでも独特の発想から生まれた遊園地には世界中から客が訪れているらしい。

 

 何でも、武偵が作った初の遊園地だとか。

 

 本物の武偵がスタッフとして働いていることもあり、治安の維持だって問題ない。

 何から何までも武偵によって運営されており、正義の味方を志す人間なら一度は行ってみたいとまで呼ばれる遊園地。そして何より有名なのは、武偵によって結成された本格派バンドグループの迫力あるライブを一度は見てみたいと評判が高い。

 

 この世界で生きてきて見てきた理不尽を、怒りを、絶望を。そして希望を。

 正真正銘命を懸けて戦ってきた人間が魅せる迫力というものに、一度聞いた人間は取り込まれてしまう。

 遊園地で楽しい時間を過ごすということだけなく、彼女たち見たさにやってくる客も多いらしい。

 

 そのバンドの名は、『GirlsDeadMonster』。通称ガルデモ。彼女たちガルデモのメンバーは今、来たるハートランドのリニューアルオープンに向けて練習の真っ最中であった。

 

「あ、悪い。弦が切れた。すぐに張りなおすよ」

「よし。ならここでいったん休憩にしよう。せっかくゆりが戻ってきてくれるかもしれない機会なんだし、念には念を入れてあたしはこれから遊佐にイベント全体に何か変更はないかの確認もとってくるよ。今から四十分後に再開だ。それでいいな?」

「はいはーい!よしっ!みゆきち一緒に飲み物買いに行こっ!」

「ま、待ってよしおりんー」

「おい、ユイは居るか?」

「お呼びですか岩沢さーん!!このユイにゃんに何なりとお申し付けくださいッ!!」 

 

 彼女たちの中で一人、リーダーと思われる人間がてきぱきと指示を出していた。

 彼女の名は岩沢まさみ。

 仲村ゆりという名の少女が作り上げた組織、通称『SSS(スリーエス)』のメンバーの一人である。

 

 いや、それは別に彼女に限った話ではない。

 岩沢に寄り従うユイも、そしてガルデモのメンバーもSSSのメンバーだ。

 彼女たちガルデモがこのハートランドにいるのは、純粋に彼女たちSSSの拠点がここハートランドだからである。リーダーの仲村ゆりの実家たる仲村グループが作り上げた遊園こそ、このハートランドなのだ。

 

 一見楽しそうに見えるこの遊園地も、裏では武偵組織の本拠地であるという側面を持っていた。

 

「ユイ、日向から何か連絡でも受けているか?」

「いえ何も。ひなっち先輩が忘れているって状況も十分あり得ますけどねー。音無先輩も出張で不在の中であいつら運営とかうまくできるんでしょうかねー?」

「大丈夫だろう。ゆりがいない今、このSSSのリーダー代行にふさわしい人間はあいつ以外あたしは知らない。それはお前が一番よく分かっているだろう?」

「えへへ」

 

 自分のことではないにもかかわらず、ユイの頬は緩んでいた。 

 誰だって、自分の大切な人がほめられたらうれしいものである。

 もうすぐリニューアルオープンするために改装された建物たち眺めながら二人は歩いていたが、不意に岩沢が後ろへと声をかけた。

 

「ユイ。今からすぐに日向に連絡をいれろ」

「……へ?」

「少なくてもこちらの音声だけは向こうに聞こえるようにしておけ。いいな」

「は、はい!」

 

 ユイが慌てて携帯電話を操作し始めているが、岩沢はもうユイのことなど見もせずに、別のところに視線を向けていた。

 

「そろそろ出てきたら?外部の人間があたしたちの本拠地でそうこそこそされたらいい気はしないんだ」

「へ?」

「……さすがですね」

 

 指摘を受けてスッと隠れていた塀から出てきたのは、典型的な三角ハットと魔女のマントを羽織っている少女であった。あどけない顔をしながらも、ユイとは比べ物にならないくらいの胸を持つ魔女っこ少女がそこにいた。

 

「何かあたしに用があるみたいだったから休憩にして会いに来たんだが、お前は確か……ええと、なんつったっけか?」

「ジュノンです!そう、そうです!わたしこそ!魔女連隊のジュノンさんだッ!!」

 

 マントが揺れ、肩に書かれた逆鉤十字(ハーゲンクロイツ)紋章(エンブレム)が明らかになる。

 岩沢が以前、アドシアードのために東京武偵高校へと出向いたときに遭遇した少女がそこにいた。そして彼女は言う。

 

「この世の理不尽への反逆者たちを見込んで大事なお話があります。どうか、理不尽に立たされた人を救ってはいただけないでしょうか」

 

 

 



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Mission115 レキの狼

「あー、もー、やってらんないッ!!」

 

 生徒たちに仕事の仲介を行っている寮会の女子寮長であり、あーちゃん先輩などと佳奈多からは呼ばれている武偵高校三年の女子生徒はそうつぶやいた。でも彼女のつぶやきに賛同する人などおらず、いいからさっさと書類を書いてくれなどと後輩から催促の声が届くという現状であった。いったい何が彼女をそう忙しくしているかといえば、もちろん職場体験が原因である。二年の夏休み開けにある修学旅行Ⅰとともに、武偵としての将来を決めるための大切な機会となるのが今回の職場体験である。

 

 一言に武偵と言っても、その将来どうするかは大きく分けて二つに分かれている。

 

 簡単に言えばチームを組んでやっていくか、それとも個人としてやっていくか。その二つだ。

 民間の武偵企業に就職するにしても、個人として就職するか、それともチームとして就職するのかという選択肢があるのだ。信頼のおける仲間たちとチームを組んで仕事をすることなら正直いつでもできる。だが、どこかしらの委員会に所属して働く機会なんてそうそうない。だからこそ、二年時には職場体験という形で二週間の間どこかの委員会に所属して働くことができる機会をカリキュラムとして設けている。

 

 将来委員会に所属するつもりなんてない。自分の将来はもう決まっている。

 

 そういう風に心に決めている人たちはムリに職場体験なんて参加しなくても、外部からの依頼(クエスト)を受けて単位の補填をしたり、武偵の仕事でおろそかになっていた学業のための時間にあてればいいだけの話だ。ようは、自由時間を与えられたようなものだ。

 

 将来ことなんて一切気にせずに楽をしようと思えば実質二週間の休暇ともとれるわけだが、まるで夏休みのようにグーダラとこの期間を過ごそうとするような人間にはどのみち未来はない。何をやるにせよ、真っ当に武偵として生きていくつもりがあるなら無駄な時間にはならないはずだ。

 

「うう……かなちゃんが抜けただけでこうも大変になるなんて……」

 

 ただ、それに伴って運営の仕事をしている寮会はいつも以上に多忙になっていた。今まで寮会の仕事をするという名目のもと、自分の委員会にやってきていた仕事を知らず知らずに押しつ――――未来あふれる後輩たちや同級生たちに仕事の仲介をしていた佳奈多であったのだが、今佳奈多はどこにいったのかがわからない状態である。何か秘密依頼(シークレット)が指名されたという連絡こそきたが、戻ってくるのがいつになるのかという見当もついていない。人手が減ったことにより純粋に回ってくる仕事が増えたということもあるが、何より消えた人員がこの仕事について詳しく知っている人間だったのがまずかった。今まで任せきりにしていたことのツケが現れてきてしまっている。

 

(確かにかなちゃんはいついなくなるかわからないから、自分の委員会に職場体験のために人を募集することはできないし、大事な仕事は任せるようなことはやめて欲しいとは言っていたけどさ……)

 

 客観的事実を言うと、二木佳奈多は後輩からは尊敬されていた。中学二年の時の時点で諜報科(レザド)のSランクの資格を持ち、今では自分自身の委員会まで経営している人間なのだ。佳奈多自身自分が公安0であったことを隠すのは当然としても、佳奈多は自分の戦闘能力を露呈させることを嫌がった結果佳奈多は直接戦闘を今までこれでもかというくらい避けてきた。より具体的には、授業にも全く出ずに、ただ単に椅子に座って書類とにらみっこぐらいしかやっていない。だが、それゆえに佳奈多が割と真面目に寮会の仕事を今までやってきていたこともまた事実。現女子寮長たるあーちゃん先輩は、次の女子寮長は佳奈多を指名するつもり満々でいたのだ。個人個人に合うような委員会や仕事を紹介する寮会がこの職場体験の時期に忙しくなるのは同然のことで、次期女子寮長へと目をつけていた人間もいないとなれば忙しいことこの上ない。

 

「おー、やってるみたいですねー」

「あ、天王寺先生。忙しいってところじゃないんですよ」

 

 やってきたのは今は自治体である寮会の面倒もいろいろと見てくれている教務科(マスターズ)の教師である天王寺先生であった。天王寺先生は二年Fクラスの担任の教師でもあり、今は中等部(インターン)で入ってきた生徒たちの指導を主に担当しているとのことである。教務科(アサルト)の蘭豹先生たちが敬語をつけるほどの人だから、昔は相当暴れていたとかいう噂もある。でも女子寮長にとって天王寺先生は普通の接しやすい先生の一人という認識であった。

 

「かなちゃんがさっさと戻ってくれたら楽なんですけどねー」

「まだ諦めてなかったの?二木さんは寮長にはなるつもりはないっていつも言っていたじゃないですか」

「そりゃそうですよ。かなちゃんは委員会の仕事が忙しいかもしれませんけど、あれだけの人材を放置しておくなんてもったいないですよ。まぁ、他に私がこれだって思った人がまだかなちゃん以外にいないことも事実なんですがね。男子寮長の石田君の方は、棗君と二人で何とか見当はついているみたいですけど」

「じゃあ星伽さんなんてどう?生徒会長をやっているし、後輩からの人気も高いから発言力があると思うわよ。後輩人気なら強襲科(アサルト)の神崎さんとかもいるじゃない」

「いい線は行っているとは思いますけど、残念ながらあの二人は向いているとは思えませんねー。星伽さんは人に気を遣いすぎだし、神崎さんはどうにも喧嘩っぱやいと聞いてますし」

 

 結局のところ、武力が飛びぬけているにも関わらず好戦的ではない人間は珍しい。優秀な選手が優秀な指導者であることがイコールで結ばれないように、実力ある武偵といっても、後輩や仲間たちの資質を見抜いて的確な仕事を紹介することは意外と難しい。どうしたものかと悩むあーちゃん先輩であったが、あいにくと彼女を確実に落胆させるであろう事実を伝えなければならないことに天王寺先生は少しばかり心が痛んだようである。先生は申し訳なさそうな表情を感じ取ったのか、あーちゃん先輩は恐る恐る聞いてみた。

 

「それで、教務科(マスターズ)からの何らかの緊急の用事でもあるましたか?」

「いや、あるのは単なる事務連絡ですよ。二木さんが休学届を出してきたみたいなんです。予定では戻ってくるのは順当に言って半年後ぐらいになるとのことですから、あくまで予定であってもっと長くなる可能性もあるとのことです。……まぁ、二木さんは中学でインターンでここに入ってきたときの一年で武偵高校の卒業単位はそろえているからこのまま学校に来なくても卒業はできるんですけどね……」

「えぇ!?じゃ、じゃあ今すぐにかなちゃんにすべて引き継いで隠居しようという私の計画は……」

「諦めてください」

 

 以前から真剣に考えていた計画が破綻したことにより、女子寮長は未来が閉ざされてしまったかのような衝撃を受けることとなる。彼女はこんな現実を認めてなるものかと、現実逃避のために叫んだ。

 

「かなちゃんは今一体なにしてるのよ、もーっ!お願いだから早く帰ってきてっ!!」

 

 

          ●

 

「それで、これからどうするのかは決まっているの?」

 

 職場体験は二年生にとって将来を決めるための重要なイベントであることは確かだが、その影響を受けていない連中だって当然いる。例えば、もうすでにどこかの委員会に所属している人間だ。どこか別のところにも行ってみようだなんてことを一切考えていない連中なんて、わざわざ体験するまでもないのだ。そんな連中にとっては、職場体験のために設けられた二週間は授業のない単なる休日でしかない。

 

 だが、だからといってただ休みを甘んじるだけの人間ばかりではないのだ。

 

 リトルバスターズの場合だとこの機会を利用して親睦会に行こうとハートランドに向かうことになっているが、新メンバー加入に伴う親睦会と考えればそれも一つの手であることは間違いない。他にもこの機会になにかしようと企む連中がいた。朱鷺戸沙耶と牧瀬紅葉という『機関』のメンバー二人も、ある計画を進めるための時間に当てようとしていたのだ。

 

 沙耶は拠点としている老人ホームから退院して、牧瀬の暮らしている東京武偵高校の第四理科室にやってきて、そこで今後の方針を練っている最中である。もっとも、沙耶が寝込んでいた間に大まかな方針は決まっていたみたいであり、今やっていることは単なる確認にすぎない。

 

「もちろん、すべて決まっているとも。お前が寝込んでいた間は俺一人じゃどうしようもなかったし、それよりも小夜鳴が怪しくてそっちを探っていたからどうにもならなかったが、小夜鳴がいなくなり、お前が回復した今なら行動を開始できる。それに職場体験は二週間もある。その間にやれることはやっておこう」

 

 沙耶と牧瀬は同じ『機関』に所属する仲間ではあるが、実を言うと行動を共にするようなことは今までほとんどなかった。もちろん牧瀬が沙耶の武器の整備を当然のように引き受けてはいるのだが、二人の本質が医師と科学者ということで完全に分野が異なっていたというのもあるし、『機関』の仲間というつながりを隠したかったというのもある。それでも仲間であることは変わらないのだ。信頼していないわけではない。

 

「……それで、結局作業はあたしたち二人だけでやるの?あなたたしか、自分の相棒(パートナー)と呼ぶとか言ってなかったかしら」

「俺もあいつにはさっさと来てほしいと思ってはいるんだが、どうにも向こうは向こうで気になることが起きたみたいでなぁ」

「気になること?」

「……さぁ?詳しくは聞いてない。けど、ここにやってこようとするこのタイミングで何か気になるような問題が起きたっていうのは何か運命的なものを感じるとさ。だから、あいつはいつも通りに行動すると言った。どのみちこっちにこれなかったとしても、決して悪い結果にはならないはずだって言って自分の超能力を信じることにするってよ」

「あれ、あなたのパートナーって三枝一族の人間なんでしょ?じゃあ超能力ってテレポート?」

「いや、あいつの超能力はそんなんじゃなくて……まぁいいか。あれは超能力って言っていいのかいまいちピンとこない能力だしなんといったらいいか……よし、忘れてくれ」

「なによ、気になるじゃない」

「どのみち関係ないしいいだろ。ともあれ俺は相棒にさっさとこいと呼んではいるんだが、どうにも間に合いそうにない。それに下手に人手を増やして不知火あたりに感づかれるくらいなら、二人でもいいかなって」

「……現段階ではどの程度まで進んでいるの?」

「お前がぶっ倒れていた間に、二木が大まかだとはいえ地図を描いてくれていた。だから、どこになにがあるかは探索しなくてももう分かっている。一応罠らしいものはすべて解除しておいたとは聞いているが、実際のところ確認するのはこれからだな」

「そう。思ったより進んでいるのね」

「一応東京湾から侵入する方法は見つけたみたいなんだが、それには潜水艇がいる。用意できないこともないけど、まずは前と同じように教務科(マスターズ)から侵入する」

「どうやっていく?」

「素直に教務科(マスターズ)という立場の力を借りよう。呼び出されたって形にしておけば、どうどうと教務科(マスターズ)をうろつけるし、案内してもらえば確実だ」

「じゃあ先生にはあたしたちのバックアップとして、いろいろと用意してもらうことを考えればいいか」

「それにこいつもある。鈴羽姉さんにお願いして、天理(てんり)には二週間の間は電子の世界にいるようにしてもらった」

 

 牧瀬は自分のスマホの画面を沙耶に見せる。

 彼が指をさす先には、一つのアプリが示されていた。

 そのアプリは一般にネット上からダウンロードできるものではない。

 あくまで『機関』のメンバーにしか配布されない、完全に身内用のアプリであった。

 それゆえに、ただ指さされただけで牧瀬紅葉の意図を沙耶は把握することができた。

 

「『Amadeus』か。でもネット環境なんてあそこにあるの?」

「それは俺がなんとかするさ。ようは電波さえ届けばいいんだし、俺の魔術でも使ってなんとかする。俺は機巧工学の天才児だぞ?未開拓の地でも、魔術で科学の代用を行うことぐらいならやってやれる。そして、『Amadeus』があそこでも使えるようになれば、二人で一緒に行動しなくても互いの行動がすぐに分かるようになる。そうなるように天理がサポートしてくれる。だからまずは、俺があそこでも接続できるようにと強引にでも改造する。東京湾から侵入できるようにいろいろ準備するのはその後だな」

「分かったわ。まずはあんたのサポートに徹することにするわ」

「あぁ、それじゃあまずは合流しようか」

 

 牧瀬紅葉と朱鷺戸沙耶が向かうのは、かつてヘルメスという錬金術師が作り上げた場所。

 それでいて、ほとんどの人間が知らないでいる秘密の場所。

 

「今からあの地下迷宮を、俺たち『機関』のための拠点に作り替える」

 

 

 

             ●

 

 

「じゃあ、朱鷺戸さんは来れないのか」

「うん、あやちゃんも誘ってみたんだけど、何やらやることがあるみたいでね」

「それじゃ仕方ないよ。きっとまたの機会があるし、その時にでもまた誘ってみようよ」

 

 岩沢まさみから送られてきた遊園地『ハートランド』への招待状は十枚。

 現時点で使用が決まっているのは九人であり、残った一枚で誰か誘えないものかと時間いっぱい考えていた理樹であったが、結局この最後の一枚を使うことはなかったようである。小毬は沙耶を誘ってはみたようであるが、沙耶は沙耶でやることがあるとして断られたらしい。

 

(朱鷺戸さんとちゃんと話をのにもいい機会しだったんだけどなぁ)

 

 理樹と沙耶の出会いは、はっきり言っていいものではなかった。

 ヘルメスに自分のことが露呈するからと、最初暗殺をしようとしてきたのは沙耶であるが、今となっては理樹は沙耶に対して悪印象はない。それは人となりを知ったからであるが、ちゃんと話を聞きたいと思うのは沙耶ともっと仲良くなりたいからというだけでもなかった。

 

超能力者(チューナー)って一体何なのか、そのことが聞ければよかったんだけど)

 

 沙耶は理樹の能力の正体について心当たりがあるようなことを言っていた。

 そして、超能力者(ステルス)とは違う超能力者(チューナー)という能力者の存在を口にした。

 理樹は自分は沙耶が言う超能力者(チューナー)なのか、だとしたら自分の能力は一体どうして備わっているものなのか。教えてもらえるなら教えてもらいたかったのだが、病院で目覚めたときはすぐに理子のために女装してメイドとなって活動を始めたために沙耶とはろくに話ができていないのだ。

 

 一応、花を持って見舞いには行ったのだが、その時は沙耶はまだ寝ているか外出しているかばかり。

 

 沙耶も忙しいのだろうが、なかなか会えないことに理樹はちょっとだけさみしく思っていた。

 

(まぁ、本当に僕が知らなくちゃいけないことだっていうなら朱鷺戸さんの方から教えてくれるだろうし、まぁ今はいいか)

 

 残念がる小毬をなだめつつ、理樹は腕時計で時間を確認すると、駅のホームでの待ち合わせ時間まであと五分に迫っていた。一応新幹線の発車時刻にはまだ余裕があるものの、集合五分前の時点ではまだ全員そろっていないようである。

 

 来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人はロシア聖教との会合のために先に名古屋に行っているし、恭介は調べ物もかねて二人と一緒についていった。じゃあ誰が来ていないのかというと、来ていないのはレキだった。

 

「レキさんに限って寝過すなんてことはないはずなんだけど……どうしたんだろ。なんだか一番最初に来て黙って待っているようなイメージがあったんだけどね」

「確かにレキはそんな印象あるな。あ、見ろ理樹。どうやらレキが来たようだぞ。どうやら間に合ったようだ」

「よかった。これで全員そろ―――――ん?」

 

 謙吾の示した方向を見ると、ちゃんとレキがやってきていた。

 おーいと振った理樹の手に反応することもなく黙ってこちらへと近づいてくる。

 とりあえず全員の集合が完了したとして安心した理樹であるが、レキの隣を歩いている大きなものの存在に気が付いた。白銀の毛を立てる、オートバイ級の体重はあるであろう大物の動物。

 

「すいません。手続きにちょっと時間がかかってしまいました」

「どうせ集合時間に遅れたわけじゃないし、そんなことは別にどうでもいいんだけど……レキさん、そいつは?どうしてブラドの狼がレキさんと一緒にいるの?」

 

 理樹にはこいつには見覚えがあった。

 ブラドと戦った夜に現れた狼だ。どうしてこいつがレキと一緒にいるのかと困惑した理樹であるが、当の狼は今は理樹に敵意をむきだしにすることはなかった。この人たち誰だろうと、狼は歯を立てて威嚇してくることもなく、きゅるるんとかわいらしい声を上げるだけだった。

 

「ブラドという名前に心当たりがありません。かつての飼い主の名前なのかもしれませんが、今の主は私ですよ」

「へ?じゃあこいつと僕はひょっとして初対面かな」

「そのはずです」

 

 葉留佳がこの場にいたら確認が取れたのだろうが、理樹が見たブラドの狼と今レキのもとにいる狼は全くの別である。驚いてしまってすぐには気付かなかったものの、よくよく考えてみたら別であることが間違いないことは揺るがない。ブラドの時の狼は、あのあとやってきた警察の人たちの手によってブラドもとろも連れていかれた。あの後レキが一匹だけ引き取ったとはどうも考えづらい。

 

「名前は何?パトラッシュとか?」

「ハイマキと名付けました」

「そう。よろしくねハイマキ。あとでソーセージでも買ってあげるよ」

 

 言葉が通じたのかわからないが、ハイマキは嬉しそうな声を上げた。

 狼をぺットにできるという現実を理樹が受け止めるのは、案外早かったようである。

 

(そういえば恭介も昔は大鷹をペットにしていたっけか)

 

 恭介は昔からどういうことか動物に懐かれた。

 鈴が勝手に飼っている猫たちだって全部恭介が連れてきたものだ。

 印象的に残っているペットとして、大きな鷹がいたことを覚えている。

 大空を飛ぶ鷹が、どういうことか恭介に懐いてよく傍にいたのだ。

 動物園に送るものなんだか嫌だということで、なんだかんだで恭介が飼っていた。

 あの大鷹は、そういえば今頃どうしているのだろうか。

 

 なんだか懐かしいものを思い出していた彼であったが、もうじき新幹線が発車する時間になることを思い出した 理樹はそろった全員の顔を確認しながらもうホームへと出てしまうことにした。

 

「それじゃ、もう行こうか」

「はい。おいで、ハイマキ」

「ガルルッ!!」

 

 狼を連れた旅が一体どのようなものになるのかはまだ分からないが、楽しい旅行になればいいと理樹は願いつつもホームへと乗り込んだ。

 

 




『機関』メンバーが暗躍を開始しました。
既出情報として、東京武偵高校にいる『機関』のメンバーは三人いるとのことでしたが、三人目のメンバーが一体誰なのかおおよその見当がついたことだと思います。

かつて牧瀬と沙耶の二人の言っていたこととしまして、

・沙耶が理樹に対し教務科に協力者がいると言っていた。
(なお、沙耶が電話で連絡をしていたのは牧瀬である)
・牧瀬紅葉は三人目には全く頭が上がらないとのことである。
・ツカサくんが東京武偵高校にいる『機関』メンバーは四人だっけと聞いたときに、牧瀬が現実世界にいるのが三人であると返事をした。

 などがありましたが、その意味がなんとなく分かったと思います。

 さて、もうちょっとしたらあいつらが出せそうです。
 それでは、よい旅になること祈っていてください!




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Mission116 動物の愛好家

つ、月影さんが……
シンクロ次元編のMVPのイケメン有能忍者が……




 

理樹たちよりも一足先に名古屋へと到着していた来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人は、宿泊先のビジネスホテルへのチェックインをすますと、各自の行動に取り掛かっていた。準備といっても特にやることのない葉留佳はベットに寝転がっているが、来ヶ谷はというと部屋に入ると早々にパソコンを立ち上げて自分の委員会の仲間と連絡を取っていた。

 

・姉 御『それで何か進展はあったか』

・小舞曲『ちょっと前にロシア聖教の方で何かトラブルがあったと言うことは事実でしょうね。それがどういうものなのかは公になっていないし、おそらく末端の人間では何も気づいていないでしょう。でも、モノを動かす時には金が動く。何が起きているということはリズべスにだって分かっているでしょう』

・姉 御『別にトラブルが起きたこと自体はなんということはない。問題は私たちにどこでかかわってくるかということだ』

・小舞曲『ロシア聖教内部での不祥事なら、わざわざ公にすることはない。内部のことは内部で片づければいい。それができないということは、それだけ大きな問題が起きたのか』

・姉 御『それとも、解決するために別の問題が生じてきてしまったのか』

・小舞曲『どちらにせよ、向こうが言ってくることはロクでもないことには間違いないでしょうね』

・姉 御『やっぱり、現時点では話を聞いてみたい限りなんともいえないか。いくつか心当たりがあるんだが、どれもいまいちピンときていないからな』

・小舞曲『リズべスならどんな話の内容でもないした問題ではないでしょう。しかも、これは私たちからもちかけたことではなく、向こうから接触してきただけのことです。気に食わなければきっぱりと切り捨ててもいい。どのみちロシアの連中なんて、仲間でも何でもないんですからね』

・姉 御『「姫」にとって不利益になるような内容なら無視する。その私の行動原理に揺らぎはない。ただ、今後のためのいい機会を手に入れたとは思っている』

・小舞曲『……リズべスがお姫さまから受けている密命のことは知っていますけど、そんなのわざわざあんな連中と会って見極めようとするまでもなく結果は出ているじゃないですか。姫さまにあんなことをしたのはどんな連中だったのかを忘れたわけじゃないでしょう。ロシアの連中がどうとは言いませんけど、私はロシアの連中だけでなくローマの連中も全く信用してませんわ。というか、宗教関係者となんか組みたくありませんわ』

・姉 御『私たちだってれっきとした宗教関係者だろうに』

・小舞曲『私たちはまだかわいいもんじゃないですか。言わせていただきますけど、私たちは神様を信じてますか?私たちが信じているのは、神様ではなくあの眠り姫のはずですわよ』

・姉 御『それは否定しないよ、メヌエット。なら魔術結社とかの方が信用できるかい』

・小舞曲『あんな連中と組むくらいなら、思想さえ理解してしまえば魔術結社の方が可能性があると思いますよ。魔術結社といえばそういえば、魔術結社「ガイア」のボスが変わったということを聞いていますか?』

・姉 御『「ガイアの聖女」か。話には聞いたことがある』

・小舞曲『えぇ。何か、組織を大々的に改革し、一新させたといってもいいほどの手腕を持つ人物だとか。リズべスがまだしばらく日本にいるつもりなら、近いうちに関わり合いになるかもしれませんよ。どのみち、いずれはこちらから接触しなければいけないかもしれない人物です』

・姉 御『……そうだな。心にとどめておくよ』

・小舞曲『ではまた。私はこれよりお茶の時間なのでまた後で話をしましょう』

・姉 御『ああ』

 

 ロシア聖教の人間からコンタクトを受けたはいいが、その要件がいまいち分からず、実際にあってみる前に分かることはないかと調べては見たものの、細かいところは実際にあってみないと分からないという結論で落ち着きそうであった。

 

「姉御ー。これから会う人ってどんな人なんですか」

「ん、私も直接的な面識はないんだ。私自身会うのは初めてだからまだなんともいえないな。経歴上でなら答えられるが、そんなのは固定観念を生みかねないものだ。それでもいいなら答えるぞ」

 

 葉留佳は来ヶ谷とは違い、これから会う人間がどういう立場の人達であるのかすらよくわかっていない。

 彼女はあくまで来ヶ谷の護衛としてついていくのであって、実際に何かを考えて交渉する役割を担っているわけでもないのだ。それでも事前知識くらいは欲しいと思うのは人として当然のことである。

 

「ロシア聖教からの使者だとは聞いていますケド、基本的に超能力者(ステルス)を相手にしているってっ気持ちでいいんですかネ。いつぞやの変な怪しい悪徳宗教を潰した時に出会った連中はロクな奴がいなかったじゃないですカ」

 

 葉留佳は基本的に、超能力者(ステルス)を信頼していない。

 彼女自身が三枝一族という超能力を受け継ぐ一族の中に生まれ落ち、親族たちへの不信感がつもりつのっていたという経験もあるが生憎とそれだけではない。今でこそ空間転移(テレポート)を自分の意識一つで発動させているが、もともと葉留佳は超能力者(ステルス)でもなんでもなかった葉留佳は自分に対する認識がいたって平均的なものだ。一般中学出身のため他の武偵たちよりも武偵としての認識すら薄い。それでも、日々超能力捜査研究科(SSR)に在籍していたことでわかったこともある。

 

――――――――――超能力者(ステルス)っていうのは、どいつもこいつもッ!!

 

 元は佳奈多が復学という形で在籍したために追いかける形で編入することとなったのだが、どのみち必要なことだとして葉留佳は様々な超能力者(ステルス)たちと関わってみることにした。その結果、彼女の中には超能力者(ステルス)に対する不信感が増すこととなった。生まれ持って超能力を宿している人間は、自分は他人とは違い、特別な力を持った選ばれた人間だと思っている節がどこかに見え隠れしているのだ。一般中学に通っていたこともあり、超能力者(ステルス)とそうではい人たちの間にある認識の差というものを嫌というほど感じ取ってきた葉留佳にとっては、超能力者(ステルス)いうものに好印象など持つはずもなかった。

 

「相手は仮にもキリスト系三大宗教の一角だぞ。変な悪徳宗教なんかと一緒に考えたら失礼というものだ。それに、これから会う人間は商売仇ではあっても殺し合いをするような敵ってわけではないんだから、そんなに身構えなくてもいいと思うぞ」

「そうなんですカ?一応どんな人なのか教えてくださいよ」

「その人物には関していうと、特に有名なことはない。というか特に出てこなかった。有名なのは、彼女の親の方だな」

「彼女ってことは女の人ですカ?」

「あぁ、そうらしい。テヴァ共和国って知っているか」

「て、て……なんて言いました?」

「テヴァ共和国。熱帯の赤道付近に存在する、13の諸島からなる共和国だ。その小さな国の出身のある一人の科学者は、『テヴァの英雄』とまで呼ばれている人間なんだ。今回連絡をしてきたのはその娘に当たる人間となる。はっきり言って有名なのはそれくらいで、本人の人となりとはさっぱりなんだ」

「なんでそんな人がロシア聖教と関連が?」

「そこは考えても意味がない。かくいう私だって血統的には日本人なのに、故郷としているのはイギリスだそ?テヴァは冷戦時に旧ソ連領だったし、何か縁があっても格別おかしなところはない。親戚がロシア出身だったとか、なんでもあげられる」

「結局何もわかんないんですね」

 

 結局のところ、何も準備できることはないのだ。葉留佳にとって分かっていることといえば、自分の役割は来ヶ谷唯湖の護衛。何を話し合うのか知らないが、そんなことはすべて任せておけばいい。何があっても、自分は姉御をいざとなったら守ることだけを考えていればいい。結局はいつもと変わらないのだが、それでも思うことはあるのだ。基本的に超能力者(ステルス)だとかオカルトめいた能力を使う連中のことは信用してないけど、姉御のように好きになれる人がいることも確かなのだ。だから、

 

 ――――――――今度は、まともな人間と出会えるといいな。

 

 

 

 

                 ●

 

 

 職場体験の期間は二週間。一応理樹たちも名古屋に二週間は滞在する予定であるが、だからといって遊園地『ハートランド』に二週間もの間滞在するかというとそうではない。岩沢まさみから送られてきたハートランドのリニューアルオープンイベントの参加チケットがあるにはあるが、それだって何週間も行われる予定ではないらしい。

 

 それに、ハートランドの運営に携わっているなら理樹たちの相手をしている場合ではないはずだ。

 

 恭介も別行動をとっている以上、理樹はまだ岩沢とは対した接点がない以上、ここは邪魔をしないことを第一として考えた行動することにした結果、二週間のうちの最初の期間は素直に名古屋に滞在することに決めた。寮会から紹介してもらった仕事を受けてみたり、ちょっと名古屋の街を出歩いてみたり。リニューアルオープンイベントの準備で忙しいであろう岩沢に迷惑をかけるわけにもいなかいので、恭介は名古屋滞在中の宿こそ全員分決めたもののこの後の行動は一切決めなかった。理樹たちほかのメンバーもそれでいいかと思っている。イベントの日まで好き勝手に過ごすつもりであるのだ。何かしようにも今は恭介はいないし、来ヶ谷も葉留佳もいない。なにかやるなら全員でやりたいし、各自好き勝手に過ごそうと決めていた。だから、新幹線で名古屋に到着してからいきなりハートランドに向かうこともせず、最初のうちはのんびりと観光でもしていようかと考えていた。現に、理樹たちは名古屋駅近くの公園に最初に行き、そこで弁当でも買って食べてようとくつろぐことにした。店に入ってもよかったのだが、それだとハイマキが入店可能な店を探すのが面倒くさかったのだ。

 

「見て見て鈴ちゃん!わたしはここに行ってみたいな」

「う……うん?お菓子の祭典?」

「そう!ハートランドは未来都市を構想されて作られたテーマパークなんだけど、その中でも愉快なイベントやアトラクションがたくさんあるの!わたしはいつかここにきたいと思ってたんだ」

 

 小毬なんかは、ハートランドに行くと恭介から聞かされた時点で購入したのかパンフレットを片手に鈴とどこに向かうかの相談をしている最中であった。今回の小旅行において、最も楽しみにしたのは間違いなく小毬であろう。レキも連れてきたとはいえ、もともとは小毬と葉留佳という新メンバー加入に伴う親睦会として計画されたのだ。そのうえ、それが一度行ってみたいと思っていた場所であったのならうれしいと思うことは当然であるはずだ。別に、小毬は一般の女子高生として普通の反応をしてるのかもしれないが、普段から一緒にいた鈴や真人が遊園地というものに興味を全く示さない人間であったというのもあってか、理樹には小毬が予想以上にはしゃいでいるように見えたのだ。

 

「小毬さん、結構調べてきたの?僕は事前準備とか全然してこなかったんだけどさ」

「はるちゃんが結構教えてくれたよ。半年近くゆいちゃんと二人でこっちきてたとはいえ観光なんかやっている場合じゃなかったらしいから、正直はっきりとしたことは覚えていないって言ってたけど、それでも分かる範囲でいろいろと見せてくれたんだ。このパンフレットだって、はるちゃんがくれたものだよ」

「それ葉留佳さんのだったんだね」

「いろいろと書き込んであるから、はるちゃんも一度は見て回ったんじゃないかな。何をしていたのか知らないけど、息抜きだって必要だったと思うしね」

 

 小毬が広げていたパンフレットを覗き込むと、葉留佳がかつて行きたいと思って目印をつけていたのか、それとも小毬が目印をつけたのは分からないが、マジックペンでいろいろと書き込みされていた。

 

「何々……お菓子の祭典『マドルチェ・シャトー』にお化け屋敷『ゴーストリック・ミュージアム』、ヒーロー『エスパー・ロビン』見参?なんかいろんなことをやってるんだね」

「理樹君や鈴ちゃんはどこか行きたいところとかある?」

「そうだね。僕はやっぱり、シンボルマークにもなっている『ハートランドタワー』に一度登ってみたいかな。鈴はある?」

「あたしは正直人込みさえさけれればどこでもいい」

「遊園地で人込み回避はさすがに難しいんじゃないかな」

「おーい、理樹ー!!」

 

 もともと鈴は昔から野郎四人とばかりいたせいもあり、少女趣味というものがあるのから分からないところがある。どうしたものかと考えていると、じゃんけんで負けて弁当を買いに行っていた真人と謙吾の二人が戻ってきた。

 

「あ、真人!謙吾!ちゃんと買ってきてくれた!?」

「もちろんだぜ!ほら!」

 

 理樹が確認した中身は食べ物であることは確かだが、それは自分の食べる弁当などではなかった。

 

「よしハイマキ!これから僕と遊ぼう!!うまくできたら、このドッグフードをあげるよ!」

「ウォン!!」

 

 理樹は真人からハイマキのご飯を受け取ると、これからの予定を考えることを放り投げて

 

「ほーら、とってこーいっ!!」

「ヴォンッ!!!」

 

 近くの店で売っていたスリスピーを片手にハイマキと遊び始めた。

 ちなみにハイマキの正式な飼い主であるレキは公園の木陰に背をつけて、公園の一角で遊んでいる理樹とハイマキをぼんやりと眺めていた。実を言うとレキはハイマキを飼っているものの、ハイマキをこうして公園とかで遊んでやるということをしてやったことはない。ハイマキはそこらのペットショップにでもいるような愛玩動物たちとは違うのだ。武偵として今後も活動していくためのパートナーとして飼っている。主と手下の関係がしっかりとしたもののため、仕事場に連れ出すことこそあれどそうして遊びだけに連れ出すことなんて今までなかったのだ。

 

「あはははは。よしよし、あ、だめッ、くすぐったいよハイマキッ!!」

 

 だから、学校では職場体験の機会として設けられている時間だけど、今は仕事とは一切関係なくここにやってきているのだからこうしてハイマキを遊ばせてやるのもいいかもしれないと、レキは素直にそう考えてた。だが、どうやらレキのそばにいた鈴の意見はどうにも違うらしい。鈴は何やら申し訳なさそうにしている。さすがに申し訳ないと思ったのか、鈴は小毬にちょっと待っててと言って、レキの傍に行って謝ることにした。

 

「その……なんかすまん」

「いきなりどうなされたのですか?」

「レキを誘ったのは何を隠そうあいつなのに、理樹の奴はレキをほったらかしにしてずっとハイマキと遊んでいるなんてな。真人と謙吾の二人も一緒になって遊び始めたしな。あのバカどもめ。レキ、迷惑じゃないか?」

「私は別に構いませんよ。それよりも、今回は誘ってくださってありがとうございます。私もまたまさみさんに会えるのは楽しみですし、見てください鈴さん。ハイマキだって楽しそうですよ」

「それならいいんだが……」

「でも理樹さんって動物好きだったんですね。正直意外でしたよ」

 

 ハイマキはそこらにいるような犬ではなく狼だ。

 普通の反応は、即座に通報でもされるか逃げ出すかはするだろう。

 レキの下僕となったことで大人しくなったとはいえ、全うな神経ならば遊ぼうなどとは考えまい。

 原子力発電と同じだ。いくら安全だとか危険は一切ないなどと他人から言われたとしても自分自身が信じ切れるとは思えないことだってあるはずだ。

 

「あッ、やめてハイマキ!のしかかってくるのはやめて!ハイマキはオートバイ級の体重があるんだから、僕じゃ潰れちゃうよーッ!!真人ー、助けてーッ!!」

「よし、待ってろ理樹!今ハイマキをどかしてやるからな!」

 

 だが、実際にハイマキと戯れている理樹を見ていると、どうにも恐怖というものは感じられない。

 むしろ楽しさ一杯という感じである。今だって潰れる潰れる誰か助けてーッ!!と叫んでこそいるものの、理樹にはどうにもハイマキを本気で押しのけようとしているような気はしない。

 

「ああ、理樹は昔から動物好きだぞ。理樹といい恭介といい、あいつらはどういうわけか昔から動物にはやたら好かれるんだ。恭介の奴なんて、昔大鷹を飼っていたこともあったしな」

「でも鈴さんの飼っている猫にかまっているところは見たことがないですが」

「理樹はどちらかというと、犬や猫のような小さな動物よりは大型動物のほうが好きらしい。なんでも、全身で抱き着けるのがうれしいとかなんとか。小さな生き物も好きではあるみたいだが、理樹は動物に構いすぎてダメにするタイプだと自分で自覚してるみたいだから、猫相手だと自粛しているみたいだ。前に一度、猫の肉球をぷにぷにと触りまくって引っかかれてたこともある」

 

 鈴が自分自身猫を溺愛しているため理樹にとやかく言える立場にないことは置いておいたとしても、鈴から見ても理樹の動物好きは相当なものだ。以前、依頼主の敷地内に侵入してきた犬の駆除を頼みたいという依頼があった時、何を思ったのか正面から動物を抱きしめようとして突進をまともに食らい、気絶したことがあるくらいだ。本人曰く、肉球に囲まれて死ぬなら本望とのことある。

 

「重い……もう……ダメ……」

 

 そして、今ホントに押しつぶされそうになっている理樹なんて放置してレキと楽しく会話していた鈴は、自分たちにゆっくりと近づいてくる人影に気づく。重度の人見知りである鈴は思わずビクッ!となってしまった。

 

「棗さん。それにレキさん。お久しぶりです」

「ひ、ひ、ひさしぶり」

「お久しぶりです美魚さん」

 

 二人の前に現れたのは同じ二年Fクラスに所属するクラスメイトだった。

 いつも日傘を持ち歩いている変わり者の少女。西園美魚。

 

「美魚さん。こんなところで会うとは奇遇ですね。どうしてここに来ているんですか」

「はい。そのことなんですが、お願いしたいことがあります」

 

 そして、偶然名古屋の地で遭遇したクラスメイトは言った。

 

「棗さん。そしてレキさん。お願いがあります。どうか私を匿ってください」

 

 

 




ハイマキを追いかけるイベントに理樹が参加していなかったせいか、理樹とハイマキは仲良しです。……あのころは、理樹がニートとか言われても否定できなかったなぁ。

あ、魔術結社「ガイア」のボスは、シャーロックよりも先に登場できると思います。





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Mission117 空白の一ヶ月

 

「ええと……西園さん」

「はい」

「匿って欲しいって……追われているの?」

 

 鈴とレキの前に現れたクラスメイトである西園美魚は、自分を匿ってくれと開口一番に言った。

 一体どういうことなのか理由を聞こうにも、あいにく鈴もレキも会話らしい会話なんて普段行ってはいないため、半ば必然ともいえる形で理樹が代わりに話を聞くことになった。とはいえ別に、秘密の話をするために場所を移動させたということはなく、その場にいた理樹や真人も会話に入ってくる形となっただけである。美魚自身、今すぐに自分を連れてここから安全な場所まで連れて行ってくれと主張するような雰囲気が全くなくいつも通りの何を考えているのかも分からないようなぼんやりとしているようにすら見える表情で会ったこともあるが、理樹も先ほどまでハイマキと戯れていたために、頬にハイマキののしかかった跡がくっきりと残っていたためどうにも緊張感にかけていた。

 

「それが……よくわからないんです」

「分からないって……まあいいか。狙われているとして、何か心当たりでもあるの?」

 

 理樹たちはこれからハートランドに向かう予定ではあるが、西園美魚を匿うということについては理樹たちに異論はない。彼女が今どういう状況におかれているかは分からないが、困っているなら放置もしておけない。ここで自分の都合を優先するようなことがあれば恭介に笑われる。

 

(でも西園さんって、専門学科は鑑識科(レピア)なんだよなぁ。そうそう恨みを買ったりしないと思うんだけど)

 

 武偵はあくまでも金で動く便利屋だ。お金さえもらえれば何でもする。

 正義の味方として活動している武偵もいるだろうが、あくまでも本質はなんでも屋。

 依頼主からの依頼は、別の人間のプライバシーを侵害することもある。探偵業なんてそうだろう。

 そのため武偵は第三者から恨みを買うことは珍しいことではないのだ。

 戦闘を生業とする強襲科(アサルト)の人間なんかは、暴力団やマフィアからの報復として狙われることが多い。

 

 だが西園美魚の専攻学科は鑑識科(レピア)

 主に犯罪現場や証拠品の科学的検査を習得する学科であり、学部としては理樹と同じく探偵学部(インケスタ)の一員である。探偵科と協力して捜査にあたることが多いものの、それでも表に出てくることはそうそうない。あくまでも裏方の仕事なのだ。報復として狙われることなんてそうそうないはずだ。

 

「それが……その……恥ずかしい話なのですが、心当たりがないこともないことはないのですが、自分でもよく分かっていないことが起きてまして……」

「うん?よくわからないけどとりあえず言ってみてよ。最後までちゃんと聞くからさ」

「ここ……東京ではなく名古屋ですよね?」

「うん?そうだけど、それがどうしたの?」

 

 美魚の言いたいことがいまいちピンとこない理樹であるが、発言者である美魚自身もどう説明したらいいのか分からないらしい。なにしろ、彼女が分かっていたのは、『分からない』という客観的な事実のみであったのだ。

 

「……どうして私は、名古屋にいるんでしょうか」

「――――――――――――はい?」

「私はつい先日まで、東京にいたはずなんですよ。ちょっとした依頼を受けていまして、ロシアへの向かう準備をしていたはずなんです。それなのに、いつの間にか名古屋にいるとは一体どうしてでしょう」

「え、えぇと……。つまり、西園さん視点ではそもそもこの名古屋にいること自体がおかしいっていうこと?」

「はい。そうなんです。それが、一体何があったのかもいまいちよく分かっていないんです」

「……匿って欲しいっていうのは、一体どうして?」

「私が覚えていることは、何者かに連れ去れてたというあいまいな記憶だけなんです。なんとか逃げだそうと思っていたことは覚えているのですが、一体私がどうやってこの場まで来たのかもはっきりしないんです。そんなとき、偶然棗さんとレキさんの姿が見えたので、助けてもらおうと思いました。どうして私は、今ここに立っているのでしょう?ひょっとすると、私は疲れて夢でも見ているのでしょうか」

「………どうしたもんかなぁ」

「すいません。本当なら、助けを求めるならすべてをはっきりとさせるべきなんでしょうけど、よくわからなくて……。それどころか、今が現実なのか夢のような虚構なのかすらはっきりとしないんです」

「……ほんと、どうしよう」

 

 これは一体どうしたものか、と理樹は今後の方針を見つけられずにいた。

 西園美魚のおかれている立場が全く理解できないのだ。

 美魚自身もよくわかっていないのだから、あくまで第三者である理樹に理解できる道理もないのだが、こればっかりはおてあげだ。今度の方針すらロクに浮かんでこない。

 

 夢なのか現実なのかはっきりしない。

 そういう感覚なんてせいぜい寝起きくらいのものだ。

 寝ぼけていれば、寝る前に読んでいた本や最近ハマっているドラマやアニメの内容がごっちゃになることだってあるだろうが、今の美魚は見ている分には完全に起きている。眠気なんて見て取れない。

 

 思わずそんな状態になっているのではないかと本人が疑うほど、美魚自身混乱しているようである。

 自分の中で、虚構と現実の境界線がはっきりしないのだ。

 

「よし、それじゃ、これが夢じゃなくて現実だってというところから始めようか。とりあえず自分で頬でもつねってみる?」

「それはもうやりました」

「そ、そうなの?」

「あの、直枝さん。私からも少し聞いていいですか。疑問に思っていることがあるのですが」

「あ、うん。何でも聞いて」

「直枝さんはケガは大丈夫なのですか?」

「ケガ?」

「はい。確か直枝さんは、ついこの間に病院に運び込まれましたよね。あの時のクラスの様子から察するに、すぐに起き上がれるような状態ではなかったと思っていたのですが。直枝さんがいるということはおかしなことではないのですか?ケガが軽かったということは喜ばしいことなのですが、重体という認識でいたことは間違ってはいませんよね?」

「うん?」

 

 理樹は自分の最近の行動を思い出してみる。クラスメイトである村上たちとちょっとしたことで取っ組み合いになることはあれど、それでも本気の決闘なんてやってはいない。戦いといえば、先日まで奥菜恵梨として変装して紅鳴館にいたわけだが、それだって始めたのは一か月近く前のことだ。それからは基本紅鳴館暮らしで、外に出たのはせいぜい本社への報告と称して朱鷺戸さんのお見舞いのために訪れた程度のことだ。それも小毬さんが拠点としている老人ホームであって、病院には行ってはいない。

 

 ゆえに美魚の言っていることがピンとこない理樹であったが、レキには見当がついたのか返答をする。

 

「美魚さん。今日が何日が分かりますか?」

「すいません。閉じ込められていたせいか、頭がはっきりとしなくて。曜日感覚もなっくなっていて、今が何曜日なのかもよくわかっていないんです」

「携帯電話とか持っていないの?」

「すいません。私、基本的に携帯を使わないものでして……。仕事の依頼も、基本的に手紙でやりとりしていたものですから……。そういえば、今は一体何日何ですか?」

「その前に聞かせてください。美魚さんの感覚でかまいません。今日は何日くらいだと思います?」

「それは―――――――――」

 

 美魚が大体の感覚で、今日の日付けを宣言する。

 何者かによってとじ込められていたのだとしたら、感覚が狂って二三日の日付感覚がおかしくなるのは仕方がないことだと思う。だから、一週間ぐらいズレている分には疑問は持つまいと思っていたのだが、

 

「今日は、アドシアードが終わってしばらくした程度ですよね?」

 

 実際に日付とあまりにも異なることを言われてしまっては、誰も何も言えなかった。

 アドシアードが終わってから理樹は、朱鷺戸沙耶とともに東京武偵高校に潜む謎の魔術師を排除しようとして地下迷宮を探索したり、峰理子の宝物の十字架を取り戻すためにメイドとして紅鳴館に潜入したりと結構忙しかったのだ。少なくとも理子の十字架に関する一件だけでも大体一か月近く使っている。誰もが言葉を紡げずにいたが、我に返った理樹は質問を再開させる。

 

「ちなみに、そのしばらくっていうのはどのくらいか聞いてもいい?目安として僕らのうち誰かに最後にあったのがどのくらい前だったか分かるか教えてもらえるとうれしいんだけど」

「そうですね。私の感覚でアドシアードからはせいぜい二週間程度でしょうか。私が最後に直枝さんにあったのは、裏庭で酔拳の練習をしていましたよね。正直美しくないと思いました」

「新技の練習です!酔拳ではありません!」

 

 美魚の言う、最後に理樹と会った時がいつのことなのか理樹ははっきりと思い出す。あれはたしか、朱鷺戸さんからの提案でスパイをあぶりだそうとしたときの一環のことだ。裏庭で踊るという指令を受けて、人がいないことをいいことに思いつく限りのステップを踏んでいたら思いっきり目撃されていた。あれは自分でも思い返したくないことである。

 

 だがこの答えで確信する。

 理樹たちの認識する時間と美魚の認識している時間が食い違っている。

 より正確に言うならば、理樹たちの時間が進み過ぎているのだ。

 

「実はね西園さん。今はもう職場体験が始まっている時期なんだよ」

「え?」

「だからその……大体一か月ぐらい、西園さんの感覚と食い違っているんだ」

 

 つまり、理樹たちからみた視点ではこのようになる。

 西園美魚は、ここ一か月の記憶がないのだ。

 理樹が病院へと運び込まれたという美魚の話はおそらく地下迷宮から帰ってきた時のことだろう。

 理樹にとっては一か月も前のことだが、美魚にとっては最近のことになっていたのだ。

 顔を真っ青にする美魚であったが、ここ一か月の間は理樹も紅鳴館にこもりっきりになっていたため美魚の動向なんて分かるはずもない。二年Fクラスにいなかったのだから当然だ。けど、普通に授業に出ていた真人たちなら何か知っているかもしれない。

 

「ねぇ真人。僕がいなかったここ一か月の間って西園さんは教室にいた?」

「あー、どうだったかなー」

「はっきりしてよ」

「そうはいってもよ。今となっては恭介がオレたちをハートランドにこれるようにするためだったんだろうが、外部の依頼を受けて単位をできるだけ取れるようにと外に出ていたことが多かったからな」

「私は覚えていますよ」

「お、さすがレキさん。どうだった?」

「美魚さんはアドシアードの時は外部の依頼を受けていたためクラスにはいませんでしたが、アドシアード終了ののち5日後に二年Fクラスへと戻ってきました。その後、理樹さんが病院へと運び込まれた後、6日くらいしてからまた外部の依頼のためにクラスからはいなくなったはずです」

「そうなると、その依頼で何かあったと考えるのがいいか」

 

 人間、そう簡単に記憶なんてなくならない。

 朝ご飯を何を食べたのか忘れてしまったというようなどうでもいいようなことではないのだ。

 美魚に体感時間が狂ってしまうような出来事が起きたとしても一か月も狂うなんてことはない。

 何かショックなことが起きて、記憶が跳んでしまったとでもみるべきだろう。

 

(一概にはそう言い切れないけど、小毬さんのこともあるからなぁ)

 

 忘れてしまっているのは、何らかの悲劇を目撃したからだとするのは短絡的かもしれないが、事実小毬の例がある。小毬はかつて自分の兄のことをすっかりと忘れてしまっていた。あくまでもそういう可能性がある、ということが頭にとどめておく必要があるだろう。

 

(それでも都合よく記憶は消えるものじゃないはずなんだけどなぁ。小毬さんが忘れていたお兄さんの記憶だって、朱鷺戸さんははっきりしなかった小毬さんの記憶を長い時間をかけてそれとなく言い聞かせるようにして変えていったみたいなこと言っていたし)

 

 実際に西園美魚もどこかから必死に逃げ出してきたという記憶だけは残っているらしい。

 何かに巻き込まれたことは確かなこととみていいだろう。

 

「とりあえず、西園さんにここ一か月で何があったのかは調べる必要があるとして……これからどうしようか。何をするにもまずは拠点がいる」

 

 現在地は名古屋駅近くの公園。

 とてもじゃないが一か月の行動なんて数時間で調べることなんてできない以上、どこか拠点を用意する必要がある。

 

「こうなったら一回東京武偵高校に戻るか?あそこならここよりは安全だろうし、いざという時は他にも多くの武偵がいる。なにより手がかりならここにいるよりも多そうだ。東京と名古屋の間の距離なんてそう大した距離ではないから戻っても手間にはならない」

 

 拠点という観点からでは謙吾の提案ももっともなことだ。

 だが、現時点で優先すべきは西園美魚の安全を確保することとすると、身を隠すことの方が先決といえた。

 

「昼ならそれでもいいんだろうけど、鑑識科(レピア)の寮にいたって狙われるときは狙われる。居場所は分からなくした方がいいかもしれない。それに、今は職場体験の期間だ。うちのクラスメイトたちだって、今東京武偵高校にいるのかもはっきりとしないから、変にあてにするのはいけないと思う。村上くんたちも、職場体験の期間は寮で自主訓練するくらいならどこか依頼でもうけるみたいなこと言ってたし」

「じゃあ、とりあえず美魚ちゃんは私たちの宿泊するホテルに一緒に連れて行ってそこで匿うことにする?」

 

 そうだね、と小毬の提案に賛成しようとした理樹であったが、そこでレキが待ったをかけた。

 

「いいえ。匿うのでしたらもっといい方法があります」

「なに?教えてレキさん」

「理樹さん。確か、ハートランドのチケットは一枚余っていたはずですね」

「うん。今も持っているよ」

「ならばそのチケットを美魚さんに渡してハートランドへと向かいましょう。ハートランドに入るだけならチケットはいりませんが、何かとその方が都合がいいはずです。そこで、『SSS(スリーエス)』に協力を仰ぎましょう。直接的な連絡手段はいまはありませんが、ハートランドに入ってさえしまえば何とか接触もできるかもしれません。何よりもあそこは仲村グループのおひざ元。誰であろうとも、部外者がそう暴れられる場所ではありません」

 

 

 

            ●

 

 

 遊園地ハートランド。

 未来都市というテーマをもとに作られたこの遊園地は、その大きさは一つの都市そのものであり、遊園地であるとは言いにくいほどの面積を持つ。ハートランドの端から端に移動するには徒歩では到底無理であり、地下鉄やバスが頻繁に都市を移動しているのだ。理樹たちが持つイベントのチケットも、あくまでハートランド中の一施設に入場するためのものでしかなく、都市そのものには入るだけならいくらでもできる。

そういう意味では理樹たちに送られてきたチケットは、アトラクションのフリーパスチケットという方が呼び方としては正しいかもしれない。

 

 そんなハートランドを経営しているのは、仲村グループという大企業。

 

 仲村グループは近年、武偵業界へと足を踏み入れたことで知られている。

 世間的な認識としては、仲村グループほどの大企業ともなると犯罪が近代化した現代において自前の武偵団体が欲しかったのだろうな、というようなものだ。

 

 だがその武偵部門の実態は、仲村グループのために作られたというのは違和感がある。

 仲村グループ傘下の部門であることは確かだが、仲村グループそのものが利用されたと言ってもいい。

 事実、集まっている連中は仲村グループという企業そのもののために働いているような連中ではなかった。彼らが忠誠を誓う人物が仲村グループの人間だっただけで、仲村グループそのものに忠誠はない。

 

「みんな、集まったか」

「ひなっち先輩!音無先輩がいません!あと岩沢さんはひさ子先輩と一緒にどこかに行ってしまいました!」

「音無はいい。いない理由ならあいつからすでに聞いている。ガルデモの連中には、このままハートランドが平時と同じように違和感なく運営できるように人手を割く必要があるからそっちに回ってもらっている。ユイ、お前はガルデモの一員だが、今回は俺のサポートだ」

「はい!」

「よし。音無以外の幹部連中はみんなそろったな」

 

 ひなっち先輩、と呼ばれた少年が見渡した先には彼の仲間たちがそろっていた。

 忍者のように寡黙に待機している少女もいれば、ハルバードを片手で担いでいる少年もいる。

 なにやらラップを刻んで踊り続けている少年もいれば、眼鏡をやたらくいッ!と知的に見えるようにかけなおしている少年もいる。呼んだ人間が全員この場にそろっていることを確認し、日向という名の少年は仲間たちに語り始めた。

 

「お前たち、状況は分かっているな?ことは一刻を争う状況だ。俺たちは一刻も早く、あいつの居場所を探し出さなければならない」

日向(ひなた)よ。どこにいるのか見当はついているのか?」

「分からない。だが、どこにいようとも、誰に連れ去られようとも関係ない。仲間は、必ず奪い返す。たとえそれが、魔女連隊との全面戦争になったとしてもだ!」

 

 ひなっち先輩、いや、『SSS(スリーエス)』のリーダー代理を務める少年、日向(ひなた)秀樹(ひでき)は自身の武器である槍を持ち、一同に宣言する。

 

「ゆりっぺの名にかけて、俺たちは理不尽は絶対に許しはしない!俺たち『SSS(スリーエス)』はこれよりオペレーションを開始するッ!!」

 



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Mission118 鑑識科の少女

 

 ハートランドは遊園地として名をはせているが、未来都市としてイメージされたハートランドはその景観から観光地としての側面もある。ゆえに名古屋駅から直通のバスが出ているためハートランドへと行くには大した苦労はかからなかった。直通バスに乗り込みハートランドの入口近くにまでやってきた理樹がまず行ったことといえば、呆然と感想を述べることであった。

 

「初めて来たけど……ここ、ホントにSF映画にでも入り込んだかのような場所なんだね」

 

 あくまで遊園地としての名前しか知らなかった理樹は、テーマパークのようなところを想像していたが、実際にハートランドへと足を踏み入れてみるとその印象は崩れ去った。テーマパークなどという大きさではなく、あくまで一つの都市として開発されたといっても過言ではない気がしたのだ。

 

(これ、京都が町全体で観光地と認識されているのと同じような感じなんじゃないかな)

 

 京都の観光地として有名なところとしてすぐに思いつく場所といえば、修学旅行の定番金閣寺と銀閣寺、そして二条城あたりだろうか。他にも南禅寺や京都御所など名が知られた場所はいくつもあるが、あくまで京都全体として観光の名所というイメージがある。一部が遊園地として有名だから『遊園地』ハートランドと呼ぶがいるだけのことで、町全体としては『未来都市』ハートランドと呼ぶ人がいて、どうして人によって呼びかたが違うのか分かった気がする。理樹としては、この町は今では遊園地ではなく未来都市としての印象が強くなっていた。そのため、自分の考えていたことが前提からして崩れ去ることとなった。

 

「ねぇレキさん。これ、SSS(スリーエス)の人達と連絡つけられるの?」

 

 あくまで遊園地の印象を持っていたため、レキにSSSの人達に助けを求めようと提案された時には特に反対もしなかったし、異論もなかった。理樹からしたらハートランドにいるという『SSS』に面識があるといえるのは東京武偵高校で行われたアドシアードの際に地下倉庫ジャンクションで助けてくれた岩沢まさみという人ぐらいなもので、それも恭介の知り合いというつながりだ。理樹自身の知り合いだとはとても言えない。つまり、SSSの助けを借りようとするレキの意見は完全にレキだけが頼りなのだ。恭介か来ヶ谷が今この場にいてくれたらまた話は違ったのかもしれないが、今ここにいるリトルバスターズの面々ではハートランドに入ったところでSSSと接触できるかどうかすら怪しいのだ。接触できたとしても、そこから信用問題が絡んで来たらどうしようもない。

 

(レキさんの話だと、ここでは暗黙の了解としての独特のルールがあるようだしなぁ)

 

 例えばこのハートランドの内部にて事件が起きたとする。具体例として、レジャー企業として名をはせている仲村グループに対してハートランドにいる客を人質にして脅迫をしたとでもしよう。その場合、まず警察よりも先に仲村グループ内部の武偵たちがでてくることになる。警察へと連絡がいくころには彼らが事件を解決した頃だろう。

 

 理樹が知るはずもないのだが、そもそも仲村グループの武偵部門というのはかつて仲村グループの総帥の家族に起きたとある事件が原因だ。その事件以降、仲村グループは武偵業界に足を踏み入れ始めることとなったという。そんな決意を抱かせるほどのことが起きた以上、仲村グループの本拠地たるハートランドは治安にはより一層の注意が払われているため、変に警察に連絡するより内部で解決する方が早くなる。

 

 それに、そもそも一都市という面積を誇っていたとしても、一応は一企業が作り上げたテーマパークであることは変わらないのだ。下手をしたら警察すら下手に手を出したくないと思うかもしれない。

 

 そんなハートランドにおいて、何かトラブルが起きた時に協力を簡単に仰げると思ったら大間違いである。問題が起きたら起きたで内部だけで解決できるだけの力量がある以上、変に協力者なんて作る必要がない。ある程度の事情さえ説明してくれればあとは勝手に解決しておく。わざわざ普段関わらない相手と無理な連携なんてしない。企業としてはそれが当然のスタンスである以上は仲村グループのスタッフを見つけたとして、問題が明確に起きない限りはSSSに取り次いでくれと言われても無理だと言われるのが当然だろう。

 

「一応、メールを入れてはみましたが、返信がくるかはわかりません。仕事用とプライベート用で携帯電話を分ける人でしたし、見ているかすらはっきりとしません」

「だよね……」

 

 SSSに知り合いがいるというレキにしても、あくまで知り合いがSSSのメンバーであるというだけで、レキ自身がSSSと懇意にしているわけではない。あくまでも、個人の付き合いによるコネに頼ろうというのだから、すぐに連絡がつかないのは仕方がない。

 

 だが、SSSと連絡がつかないということはレキは想定していたことらしい。

 

「理樹さん。私はこれからハートランドを少し歩いて回って、SSSのメンバーを探してみようと思います」

「いいの?」

「そんなに時間はかからないと思います。数日後にはハートランドの遊園地にてリニューアルオープンのイベントがあるとのことですが、その時には『GirlsDesdMnster』のライブもあることでしょう。その準備のためにライブ会場にはスタッフがいてくれるはずですから、行ってみればなんとか接触できると思います」

「じゃあみんなでそこに行ってみようか」

 

 レキの発言に鈴が頷いて、これから全員でレキのいう心当たりに向かってみようかとしたが、その提案はレキ本人によって否定される。

 

「いいえ、それはやめておきましょう」

「どうしてだ?」

「そこで私がまさみさんと接触できるかはまだ分からないということが理由の一つ。そして、最大の理由はハートランドにいることで何の手がかりもつかめなかった場合、美魚さんの安全が将来的には保障できるか分からないということです」

「それは……」

 

 ハートランドにやってくる当初の目的は小毬と葉留佳という新メンバーの歓迎を意図した小旅行であったが、今は美魚の安全を確保するためだ。安全な宿という場所では、このハートランドにいることが一番であるとレキは判断したからこそ予定を早めてやってきたのだ。

 

 だが、そのせいで美魚を狙う人物が手出しができなくなって何もしなくなったとしたらそれはそれで問題だ。

 

 美魚が現実と虚構の区別がつかなくなるほど記憶が混乱している現状では、向こうが手出しをしてこない限りは手がかりが皆無である。美魚だって武偵なのだ。いくら犯人が分からなかったからといって、安全のためにいつまでもハートランドで匿われているわけにはいかない。いずれはこのハートランドを出て、東京武偵高校に戻らないといけないのだ。その時になってまた狙われたとしたら、その時まで理樹たちがついているわけでもないので美魚は無力になってしまう。理樹たちの理想としては、理樹たちがついているうちに向こうから何か接触してくることだ。

 

「ですが、今なら。私たちの一部がSSSと接触するために離れ、数少ない人数となってSSSの保護を受ける前ならば美魚さんを狙う何者かにとっても最大のチャンスとなるはずです」

 

 ここにきてレキの言いたいことが分かってきた。レキは全員で心当たりのある場所へと向かうことに問題があるとは言っていないのだ。もっと、美魚にとっては有意義になるかもしれないという可能性にかけてみようと言っているんだ。

 

「レキ。ひょっとしてお前、西園を餌に何者かを釣ろうと考えているのか」

 

 正気なのかと顔に浮かべつつ質問した謙吾に対してレキは、

 

「現状、そうでもしない限りは美魚さんの抱えている問題の手がかりが得られません」

 

 今理樹たちの置かれている状況を、現実的に見据えて言い切った。

 そして、当事者たる西園美魚もその通りだと判断して、

 

「みなさん。お願いします」

 

 そう、一同に頭を下げた。

 

「……いいの?」

「もともと、私が餌になった程度で食いつくかどうかも分からないことをやってもらうのです。物は試しだとしても、やれることはやっておきたいです」

「それはそうだけど……」

 

 美魚を誘拐したという人物が、今美魚はハートランドにいるということをつかんでいなければ成功の見込みなど最初からゼロなのだ。気を張るだけ張って、無駄に終わる可能性だってある。それでもやってほしいと美魚が言う以上、危険があるからといって否定はできなかった。

 

「分かった。でも安心して、西園さんは僕らが守って見せるから」

「そうだぜ西園!オレと理樹だけでも充分だ!大船に乗った気持ちでいな!」

「待てバカ。お前はいらん。俺と理樹で百人力なんだ。真人はそこらで筋トレでもしていてもお釣りがくる」

「何だと謙吾ッ!」

「まあまあ、二人とも……。鈴、しっかり頼むよ」

「……分かった」

 

 理樹はともかくとしても、真人と謙吾は強い。

 相手が誰であろうとも、二人が敵わない相手なんてそうそういない。

 しかし、あくまで真人も謙吾も男子なのだ。

 女子である美魚を護衛するという点に置いて、男というだけで心を預けられる存在であるとはいえない。

 女子の護衛なら、やはり同じ女子の方がやっぱり心強いだろう。

 

 本当なら護衛なら空間転移(テレポート)の超能力が使える葉留佳が一番得意とする分野なのだが、いない以上は仕方がない。

 人見知りの気がある鈴であるが、ここで頼れるのは鈴だけだ。

 

「じゃあ私はレキちゃんについていくよ!」

「小毬さん?」

「私だってアドシアードの時に、SSSの人の顔は見たことがあるからね!」

「え、いつ?」

「ほら、二日目にトロピカルレモネードで戦姉妹(アミカ)のコンビで客としてやってきてたでしょ!」

「あぁ、たしかユイって名前の子だっけ。来ヶ谷さんがいろいろとつぶやいていたから覚えてるよ」

「では小毬さんも一緒に来てください。私はその戦姉妹の子を知らないので、一緒にいてくれたら遭遇できる可能性もあります」

「うん、オッケーだよ!」

 

 レキと小毬と別れた理樹たちが行うのは、美魚を餌とした一種の囮捜査だ。

 そのためには真人と謙吾という見るからにゴツイ野郎二人は邪魔だろう。

 できるだけひ弱そうな奴しか護衛についていないと思ってくれればもうけものだと、美魚のすぐ傍にいるのは理樹と鈴の二人だけにして、真人と謙吾にはちょっと離れたところから美魚たちを尾行して護衛してもらうことにした。理樹と真人はたった一瞬のアイコンタクトで意思疎通をする。

 

(真人。問題ないね?)

(オウ!バッチリだぜ!)

(それじゃ、そのままよろしく)

 

 理樹が最も尊敬している人間は誰かといえば、間違いなく棗恭介となるだろうが、理樹が最も対等に肩を並べて戦える無二のパートナーは誰かというと、何を隠そう筋肉さんこそ井ノ原真人以外はあり得ないとは理樹は断言するだろう。脳筋の筋肉だと真人を評価する人間もいるが、真人は理樹の幼馴染でありルームメイト。つまり、常日頃から理樹と同じく探偵科(インケスタ)の授業でも相棒としている人間なのだ。

 

 ――――――なぜあいつは強襲科(アサルト)ではなく探偵科(インケスタ)なのだ……

 

 探偵科(インケスタ)にいる仲間からもなんで探偵科を選んだのか分からないと称される彼であるが、それは真人がもう強襲科アサルトの授業に求めるものがないからだ。事実、中学時代は真人は強襲科(アサルト)でSランクを取ったこともある。だが、一つの道を究めた人間は別のことをやってみることで自分の将来に選択肢を広めようとすることがある。真人が選んだのは、強襲科(アサルト)に所属し続けることではなく、理樹という仲間との連携をいつでも取れるようにとすることであった。真人自身が自分に描く将来とは一人で拳を武器に犯罪者と戦っていくことではなく、理樹たちリトルバスターズの仲間ととも仕事をしていく姿だったのだ。そのため、高校受験の段階で強襲科(アサルト)ではなく理樹と一緒に探偵科(インケスタ)を受験した。決して器用だとお世辞にもいえない彼であるが、日々理樹と努力することで探偵科のCランク武偵にまでは上り詰めている。東京武偵高校の制服なんて着ずに赤い防弾Tシャツを着てその上に防弾学ランを羽織り、ジーパンをはくという謎ファッションでいるにも関わらず、特に注目を浴びることもなく理樹たちを少し離れたところからつかず離れずでついて行っているのはその努力の産物だろう。

 

「直枝さん。棗さん」

 

 真人が絶対に近くにいてくれるという信頼があるからこそ、理樹は目の前の美魚に集中できる。

 

「ん、どうしたの?」

「大きいぬいぐるみです」

 

 ショーウィンドウを除き込んだ美魚の隣に立つようにして、鈴と理樹も一緒に見る。

 今はできるだけ普段と変わらないように振る舞うのがいいのだ。

 変に気を使わないようにと、今は美魚の行きたいところに行くことにしている。

 なんだか申し訳ないといっていたが、美魚にとっては純粋な観光を楽しんでもらえた方がフェイクとしても純粋な意味でもいいことには違いない。

 

「どれが?」

「あちらですよ、棗さん」

「……ハムスターかな。それにしてもこいつ、目つきが凶悪だな」

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ。ゼロがいつつ並んでいますよ」

「そりゃすごい。一体誰が買うんだろうな」

「……誰も買わないんじゃないかな。ほら、よく見ると、毛にはつやがないよ。きっと長い間放置されていたんだろうね」

 

 そもそも、鈴の言うように目つきが凶悪でかわいいとはいえないのだ。

 

「もしかして、欲しいの?」

「まさか、それはないです。あっても置き場所に困りますから」

「……そうだよね」

「本を置く場所が優先です。残念ながら」

 

 そうじゃなかったら、やっぱり欲しいのだろうか。

 理樹はそんな思いがよぎるものの、次の瞬間には美魚は本が一番なんだなと思い知らされる。

 巨体な円柱のような建築物の目の前に来た理樹たちがその建物の正体を知った時に美魚の足取りが、理樹たちのことなんてすっかりと忘れたかのように吸い寄せられていったのだ。

 

「書店『ナンバーズ・アーカイブ』?あ、ちょっと待ってよ西園さん!」

「今日は書店にはよらないつもりでしたのに」

「自然に足が向かってしまったと。あはは、西園さんらしいね」

「……すいません。また今後にしましょう」

 

 自動扉が開く前にその場から離れようとしたが、

 

「そう?せっかくだから入ろうよ」

 

 そう言って、理樹たちは店内へと入っていく。自動ドアの向こうには広い空間が広がっていた。

 理樹たちが入ったナンバーズ・アーカイブという建物は、どうやら魔法の世界ファンタジーに存在しそうな図書館をイメージして作られた書店だったらしい。店内は若干くらいものの、緑色の明るい光によって照らし出された雰囲気が神秘的なイメージを彷彿とさせて、店内はかなりの賑わいを見せていた。整然と並ぶ本棚につまった本の数々、そして入り口近くの一番目立つところには新刊の書籍が平台にならんでいる。

 

「あぁ!」

 

 理樹に少し遅れて美魚が入ってくると、早速ふらふらと近づいて一冊の本を手に取った。

 

「もう出ていたのですか。あぁ、この人の新刊も。……あっ!これは探していた……あちらの方は」

 

 蜜を求めて花壇を飛び回る蝶みたいに、美魚はあっという間に店内に消えていった。

 

「……失礼しました」

 

 普段の落ち着いた様子からは想像もできないほどの行動力に理樹は思わず苦笑してしまう。

 

「最初はよらないって言っていたのにね」

「……お恥ずかしい限りです」

「買わないの?」

 

 美魚の手には本は一冊として存在していない。

 

「はい。今日はやめておきます」

「そう?」

「もしわたしが買うとなると、直枝さんにはたくさんの荷物をもっていただくことになりますよ」

「このくらいいいよ。一応、気を張らないで楽しんでもらえる分には僕たちとしてもうれしいんだからさ。遠慮なんてしなくてもいいよ」

「たくさんですよ」

「そんなに?」

 

 非力な美魚が持てる量ならいくらでも大丈夫だと思うけど、棚に並ぶ本を見ていると、薄い紙でも重ねると分厚くなるんだなと感じる。

 

「じゃあまたにしようか」

「はい」

「せっかくだから僕が何か買っていくよ。何かおすすめでもあるかな」

「……」

 

 西園さんの目がなんだかキランッ!と光った気がした。

 

「任せてください」

 

 そして、色とりどりの海藻の森を縫って泳ぐ魚のように、美魚は店内に消えていく。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 慌てて鈴が追いかけていくが、どういうわけか美魚の方がこの場では元気なような気がした。

 美魚が置かれている状況は今一つどころか何も分かっていないに等しいが、美魚が少しでも元気になってくれたらそれでいかなと思う。ただ、戻ってきた美魚と鈴を見たら、

 

(……西園さんのどこにそんな力があるんだろう)

 

 なんてことを思ってしまってもおかしくはない。

 

「お待たせしました」

「う、うん。いや、待ったというか」

 

 両手いっぱいに本を抱えて、西園さんが戻ってきた。

 

「さすが、ここは本が豊富ですね。さすが、未来都市をイメージしたハートランドです。おそらく、すべての本を記録したとう図書館をモデルにして作られたのでしょう。探しがいがありました。目移りしてしまって大変です。お勧めということでしたが数が絞り切れません。あれもこれも、と探していたらついつい時間がたってしまいました。結局おいてない本もいくつかありましたし。では……」

 

 こほん、と咳払いをして手に持った本の説明を始める。

 

「これは日常の謎、と呼ばれるジャンルの先駆的な作品です。謎解きだけでなく、お話としてもとてもすてきなお話なんですよ」

 

 本の山の一番上の文庫本の表紙には、淡いタッチで女の子が書かれていた。

 ちょっと不思議なタイトルが印象的だった。

 そんな風にして、美魚の説明が続く。

 

「密室ものといったらやはりこれは外せないでしょう。意外な凶器という点でも群を抜いています」

 

 本を手に持ったまま語り始める。重くはないのかなんて思うが気にしている様子もない。

 

「単純明快。それでいて誰も気づかない盲点。この本のトリックは日本のミステリの歴史を変えたと言っても過言ではありません」

 

 それどころか、水を得た魚のように生き生きしている。

 

「館モノといえば」

 

 とつとつと、とても楽しそうだ。

 

「これは女性の真理に触れた意外な動機に驚くこと間違いなしです」

 

「古典的な名作も抑えておきたいところです。悲劇シリーズは『Y』が有名ですが、わたしが『X』の方が好きです。二十面相や少年探偵ものと聞くと子供向けのように思われますが、実際かかなりエログロに満ちています。それに…乱歩は少年愛に関心を持っていると公言していたくらいですから。入門編としても最適化と」

 

「さて、ミステリばかりお勧めしていると偏りが出てしまいます。ファンタジー、SF、モダンホラー、歴史もの、日本の作家、海外の作家、ジャンルに囚われる必要はありません。読んだ本の数だけ、世界が広がります」

 

 次から次へと美魚の熱心な解説が続いていく。ただ、それらをちゃんと記憶しているかというと微妙なところであった。鈴なんてぼんやりとしている。

 

「……直枝さん。聞いていますか」

「え。う、うん」

「……よく聞いてくださいね」

「ただ……そんなにたくさんは買えないよ」

「なにも、今ここですべてを買う必要はありません。ただ……」

「ん?」

「いえ……紹介した本は、ゆっくりでいいのでいつかは読んでくださいね」

「うん。それはいつか。西園さんにも少しづつ借りていくかもしれないね」

「さて、どれにしましょうか」

「うーん、そうだなぁ」

 

 どれも興味を惹かれるけど、ちょっと迷った後に理樹は一番上の本を選んだ。

 

「これにするよ」

 

 決して女の子の絵に引かれたわけではない。ちょっと変わったタイトルに惹かれたからだ。

 

「それにしてもたくさんの本があるね」

 

 改めて店内を見る。広くて明るい店内には、たくさんの雑誌、漫画が置いてある。

 最新のベストセラー。定員のおすすめ。参考書のコーナーなど。

 

「誰にも目を向けられないまま返品されてしまう本も、きっと多いのでしょう。わたしはおもうことがあります。今までに出版された本をすべて読むことができたらいいのに、と。ここに並べられている本を読むだけでも、わたしの人生は短すぎるんです。それはとても悲しいこと……だと思いませんか」

「西園さんはどうして本が好きなの?」

 

 これはきっと愚問になるだろう。

 本好きな人なら一度は必ず聞かれるであろう質問だ。

 

「……『小説がかかれ、そして読まれるのは人生がただ一度であることへの抗議からである』。これはわたしのすきな作家の言葉です。本を読んでいる間は、その物語の主人公になれる気がします」

「それはなんだか……なんとなくだけど分かるような」

「わたしは、二人分の人生を生きるために本を読んでいるのかもしれません」

 

 それは理樹に対して答えるというよりは、自分に対してつぶやくようにして口にされた。

 理樹は自分が買うと決めて手にした本を見る。

 読んでいる間は、自分のその物語の主人公になれる気がする。

 そんなことを思いながら読むことができるということは、それだけ物語に真剣に向き合って読んでいるということだ。本を読みなれていない人間は、少し目を通しただけで目が痛くなったり疲れてしまう。

 

「じゃあ、レジに並んで買ってくるよ」

 

 理樹は本が嫌いではないが、趣味が読書かと問われたらそうだとは答えられない。

 探偵科の人間としては心理学の本とかはたまに目を通したりするが、あくまで資料として知っておきないと思ってのことだ。プライベートで本を読むなんて、最後にやったのはいつのことだったかもう思い出せなかった。レジに並び、本を買って鈴と美魚が待っている場所に戻ろうとした理樹であったが、

 

(―――――――――――西園さん?)

 

 理樹はふと、書店『ナンバーズ・アーカイブ』の外に美魚の姿を見る。

 

「うそ、なんで、どうして西園さんが外に出ているんだッ!?」

 

 慌てて美魚の姿を追いかけて外に出るが、もともとハートランドは観光地としても人通りの多い場所。理樹が見た人影は、理樹が外に出ることには完全に見失っていた。

 

「西園さんッ!!どこに行ったのッ!」

 

 急に大声で叫びに周囲の人間が驚いて理樹の方を向くが、それもしばらくしたら連れとはぐれたのかと勝手に納得したのか誰も気に留めなかった。

 

「理樹よぅ。一体どうしちまったんだ」

「真人。どういうこと?どうして西園さんが外に出ているの?」

 

 理樹とつかず離れずの距離を保っていたはずの真人だが、理樹が急にナンバーズ・アーカイブの外に出たために何かあったのかと近づいてきたようである。一体なにがあったのかと真人に聞く理樹であるが、真人からしたら理樹が何を言っているのか皆目見当がつかなかった。

 

「何を言ってるんだ」

「何って、外に西園さんが」

「西園なら鈴と一緒にあっちにいるじゃねえか」

「……へ?」

 

 真人が指を指した方向を見る。

 そこには、鈴と一緒にナンバーズ・アーカイブの中で本を手になにやら話をしている美魚の姿もあった。

 ちょっと離れたところでは今の真人と同じように、鈴とつかず離れずの距離を保ちつつ見守っている謙吾の姿も見える。謙吾の方にアイコンタクトを送ると、何も問題ないとの返事が返ってきた。

 

「……真人。僕は幻覚でも見たのかな」

「何を見たんだ」

「外に西園さんの姿を。見慣れた東京武偵高校の制服を着ていた。あれが、見間違い?」

「理樹が見たって言うなら実際にいたんだろうけどよ、オレたちと一緒にいた西園は今もあそこにいるぞ。それだけは確かだ。そう心配すんな」

「うん。ありがとう真人」

 

 西園美魚は今も理樹たちと一緒にいる。それは確かなことだ。

 でも、先ほど理樹が見た人影が自分の見間違いであるとは言い切れなかった。

 一体自分は何を見たのだろうか。

 真人は理樹が言うのなら確かなのだろうと信頼してくれたが、当の理樹は自分に自信が持てなくなっていた。

 

 自分が見たのは本当に現実のものだったのだろうか、それとも虚構の存在でも見たのだろうか。

 

 




ちょっとだけリトバスキャラの所属学科について述べておきます。
各キャラの所属学科や能力は大体初期のイメージで決めました。

例えば葉留佳と佳奈多は、原作における「父親違いの双子」というものが生まれる条件にありうるのが超能力者の一族だったというイメージがあったからステルスにしました。

真人は所属学科の印象では強襲科だったのですが、それ以上に、理樹の正規のルームメイトに真人がいないということが私的にはどうしても納得できなかったため、現在は真人は探偵科となっています。個人的に、真人がルームメイトという条件は譲れなかったんです。

ちなみに、私はリトバスキャラの中では真人謙吾恭介の野郎三人がトップ3を占めています。


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Mission119 鑑識科の主席

テレビアニメ「Rewrite 2nd season」と、「遊☆戯☆王ARC-V」完結おめでとうございます。

遊作の活躍も今から楽しみです。



 

 書店『ナンバーズ・アーカイブ』を出た後の理樹たちは、一旦休息を取ることとした。

 理樹たちが美魚の護衛のために気を張り続けて疲れたというわけではなく、単純に美魚が少し何か口にしたいと言い出したからである。美魚自身の記憶が混乱しているために、彼女が最後に何かを口にしたのはいつなのかもはっきりとしていないのだ。

 

「棗さん、直枝さん。私のわがままですいません」

「全然いいよ。西園さんは朝食べたかもよく分かっていなかった状況だったんだし、お腹がすくのは当然だしね」

 

 美魚とは名古屋駅周辺に存在していた公園で遭遇した。

 その時に理樹たちはお昼ということでサンドイッチなり各々弁当を食べていたために、美魚がまだ何も食べていなかったことが頭から抜けていたのだ。美魚自身、お昼どころの話ではなかったということもあって忘れていたのだろう。

 

「サンドイッチを買ってきたけど、何か要望でもある?卵とかカツサンドとか、欲しいものをどうぞ」

「私はもともとそんなに昼は食べるタイプではないですし、少しだけで大丈夫ですよ」

「そう?食べきれなかったら、後で僕や真人で食べるから残しても全然大丈夫だよ。このカツサンドとか後で真人たちと食べようと思って勝ったのもあるから、好きなだけ食べてね」

「ありがとうございます」

 

 今美魚の側にいるのは理樹と鈴の二人だけだ。

 真人と謙吾は変わらずに、理樹たちとは少し距離を置いたところから不審点がないものかと見守ってくれている。理樹や鈴は合図を送ると、すぐにでも駆けつけてくれるだろう。

 

「ところで直枝さんは一体何を持っているのですか」

「見ての通り、パンの耳だよ。安く売ってたんだ。真人なんか質より量を重視することもあるし、真人も喜ぶかなって。西園さんもパンの耳を食べる?」

「では少しだけ」

「え?」

「なに驚いてるのさ。パンの耳おいしいじゃない!鈴も食べなよおいしいよ」

「いらない」

「私も別に自分で食べようとおもったわけではないのですが……」

「へ?」

 

 美魚は理樹から受け取ったパンの耳を小さくちぎったかと思えば、ちょうど鳩が美魚の近くまで歩いてきた。鳩が一口で食べられるように小さくしたのだろう。もともと鳩に餌をあげるためにパンを受け取ったのだろう。鳩でも鯉でも、見かければ餌をあげたくなるのは人間の性なのだろうか。

 

「西園さんは鳥が好きなの?鳥はいいよね。鳥は誰にも邪魔されず、自由に空を飛んでさ」

「私は鳥が嫌いです。私のもとから勝手に飛んで行ってしまいます。ですが、餌を食べている間は空を飛びません。私は鳥を地面に縛り付けておくために鳥に餌をやっているんです」

 

 美魚は餌を食べている鳥に手を伸ばす。

 すると、鳥はすぐに飛び立ってしまう。

 

「薄情なものだとは思いませんか。翼のあるものを縛り付けることなんてできません。私がしていることは、全く無駄なことなのです。それでも、しないよりはマシであるとは思いませんか」

「それ、普通に好きってことじゃないのか?」

 

 美魚は鳥が嫌いだという。

 だが、本心から嫌っているわけではないと鈴は思った。

 鈴自身恭介や理樹に隠れて東京武偵高校にこっそりとやってきたりもする野良猫の世話だってしているのだ。

 

 それでも一度に面倒は見切れないから、鈴は新入りの猫だけ面倒を見ている。

 レキのハイマキのように連れてきてはいないが、ちゃんと鈴は自分の猫だと思っている。

 今の猫の名前はレノンだ。

 ヒュードルとかアインシュタインとか、鈴の猫は名前だけ壮大なものがそろっている。 

 今はレノンの面倒ばかり見ているが、姿を見れば名前はすぐにでてくる。

 それだけ熱心に世話をしておきながら、鈴は理樹や恭介には猫が好きなわけではないと口にしている。

 理由は単純に、恥ずかしいから。

 だから鈴は、美魚もそうなのではないかと思ったのだ。

 

 

「……そうかもしれませんね。私は東京武偵高校のお昼休みの時は、サンドイッチを作ってきた時には結構鳥たちにパンをあげていることがあるのですよ。それも好きでやっているからなのかもしれせんね。棗さんがいつも猫にご飯をあげていることと同じことなのかもしれません。もっとも、私は棗さんとは違い、飼い主だといえるような存在ではありませんがね」

「……」

「つまらないこと言いました。忘れてください」

 

 人の好みなんて人それぞれだ。それについて何かをいうつもりはない。

 ただ、少しだけだが美魚のことを知ることができた気がした。

 

 そういえばと思い返してみても、理樹は美魚のことをろくに知らない。

 探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)は同じ探偵学科に分類される学部。

 それゆえに、クラスメイトとなったのは二年生の時が初めてであるが、専門学科の授業では合同で授業が行われることもあったため面識は一年生のことからあるのだ。

 

 西園美魚というのは、二年Fクラスでこそ目立たない存在であれどその実力は有名な人物であるのだ。

 正統な評価をしたら、彼女は実力と知名度がかみ合っていない存在ともいえた。

 各学科での成績トップの人間はそれだけで話題になりやすいものの、美魚の噂話もロクに聞いたことがない。

 

 成績がすべてではないとはいえ、実力の評価の指標の一つであることは揺るがない一つの事実。

 各学科の主席というのは、すぐに誰なのかといことが分かるほど有名である。

 

 強襲科(アサルト)の主席、神崎・H・アリア。

 イギリス公安局での活躍もあり、ある年には最優秀武偵として表彰されたことだってある。同じチームに所属する人間としては勝手すぎるという評価を受けて独奏曲(アリア)であった彼女だが、Sランクの主席ということで彼女に憧れている後輩は多いのだ。

 

 諜報科(レザド)の主席は二木佳奈多。

 彼女は中学から高校へと進学する際に学科が変わったため厳密には現主席とはいえないのだろうが、東京武偵高校に在籍するものは彼女こそが諜報科の事実上の成績最優秀者であると認識している。今は超能力捜査研究科(SSR)に在籍こそしているが、誰も彼女を超能力者ステルスだとは思っていない。理樹自身、葉留佳から話を聞くまで思っても見なかった。佳奈多が普段超能力捜査研究科(SSR)の寮の部屋を単なる物置として使っていることや、自前の風紀委員会が完全に諜報学科の系統のものであることからも、何に超能力絡みの事件に遭遇した時のために所属しているのだとばかり思っていた。中学時代に諜報科(レザド)のSランクであったという伝説を残していたのも大きいだろう。

 

 装備科(アムド)の主席は牧瀬紅葉。

 理樹自身は牧瀬との面識はない。ただ、話は聞いたことがある。

 なんでもとても残念な性格をしているとか。

 

 実力は確かで、何度もサイエンス誌に論文だって掲載されたこともあるらしい。

 ただ普段授業に顔も出さないため、科学論文の雑誌を読んだこともない理樹では彼がどんな顔をしているのかも知らない。

 

 装備科には平賀文という少女がいる。

 実力ではSランクの力がありながら、仕事の代金として相場よりもずっと吹っかけたような高額を出すことからAランクとなってしまった人物だ。

 

 彼女は実力上はSランクであり、実力は社会に出ても即戦力と言える人物のはずなのだが、彼女は牧瀬のことを目の敵にしていることもあり、ろくに牧瀬紅葉がどういう人物か知られていないにも関わらず成績トップの人間だと言われている。牧瀬に負けてばかりは嫌だ。今度こそぎゃふんと言わせてやると、鬼気迫る表情で開発を進めている姿は装備科(アムド)の仲間から心配されていることも多いらしい。

 

 情報科(インフォルマ)の主席は来ヶ谷唯湖。

 委員会をまるまる自分自身の手足として使えるという組織としての力があることも大きいのだが、彼女の話をして分かるのは、彼女がとても頭がいいということだ。少しの対話でも察しの良さや推理力はまさに天性のもの。これで真面目な性格さえあれば、せめて自分の力を社会のために役に建てようという心意気かやる気さえあれば、学校としての最優秀生徒と認定できたとさえ教務科(マスターズ)からの評価は伊達ではないのだ。

 

 他の学科の主席たちの顔ぶれを見ても、やはり知名度としては飛びぬけていると思う。

 武偵の花形である強襲科(アサルト)の主席や、自前の委員会を持っている問題児トリオ『魔の正三角形(トライアングル)』と比較するのもどうかといえるが一応美魚だって彼らと功績だけなら大差はないはずなのだ。

 

 他の学科の連中を見ても分かるように、Sランクの称号だけでは主席の座は奪えない。

 ただそれだけの称号でだけで、主席の座を取れるというのなら、平賀文はなりふり構わずSランクの座についているだろう。

 

 平賀文の問題点は、高額の料金をふっかけていること。正直それくらいしかない。

 社交性も、普段の授業に対する態度も、牧瀬紅葉よりもずっと優れている。

 多くの人がより親しみやすい金額プランを用意すれば、誰もが一番優秀な装備科の生徒は平賀さんであると口をそろえるだろう。それだけで評価自体は変なものなかり作っている牧瀬より上になる。

 

 それでもそうしないのは、彼女が根っからの技術者だから。

 単に他人からの評価で牧瀬に勝つことなら簡単なのだ。そうしないのは技術で勝負したいから。 

 世間の評価ではなく、自身の持ちうる最高技術で牧瀬に勝ちたいから。

 

 二、三人の名前が挙がるような単なる成績が優秀な優等生ではなく、主席ときいて一人しか名前が挙がらない人物とはそのようなものだ。

 

 

 そして、西園美魚だってその主席の一人。

 知名度こそ他の主席連中と比べて大したことはないが、胸を張って彼らと並べる存在ではあるのだ。

 

「そういえば西園さん。狙われる心当たりがないって言ってたけど、恨みじゃないって可能性ってどれだけあると思う?」

「恨みじゃない?どういうことだ?」

「ようやく思い出したんだけどさ、西園さんって考古学の分野で確か表彰されていたよね」

 

 武偵は報復を受けることがある。それ自体珍しいことでもなんでもない。

 クラスメイトであり同じ武偵としての仕事をしていることから、武偵としての美魚が狙われたのだという意識が先行していたが、美魚のプライベートでのことで狙われたということも十分にありうるのだ。

 

「確か何かの言語を解読したとか言われてなかったっけ」

「……ヴェルズ語のことですか?」

「ヴェ……ヴェ?」

「ヴェルズ語は、ある古代文明で使われていたとされている言語の一つですよ、棗さん」

「にわかで悪いんだけど、確かヴェルズ語って英語と日本語のように文字で互換ができないんだったっけ。そのせいで、解読自体が難解だと言われてたと思うんだけど、どうなの?」

「確かにヴェルズ語は言語とはされていますが、あれはどちらかというと言語というよりは暗号に近いものがあると私は思っています。だから暗号の解読を中心とする鑑識科(レピア)出身の私が読み方に気が付いたというところもあると思いますが、私だってまだすべて分かっているわけではありませんよ。暗号による言語なのですから、文法を解読したわけではないですし、私が見つけたのはまだほんの一握りだと思います」

「それってさ、読み方を公開しても未知のものがあるってことだから、実質西園さんしか分からないってことじゃないの?それだったら狙われることだって合点がいくよ。だって、一つ一つが暗号の言語だったら互換表なんてつくれないでしょ?」

 

 それだったら、美魚が誘拐された理由にも少しだけ説明できる。

 もしも恨みによる誘拐だったとしたら、何らかの危害が加えられているはずなのだ。

 だが美魚には暴行の類が加えられた様子は一切ない。

 それは美魚を誘拐した目的は復讐ではなく、何かやってもらいたいと考えていたからではないだろうか。

 

「でも、そんなことをしなくても依頼さえ出してくれれば私はやると思いますよ?ヴェルズ語の性質上、完全に読み切れるとは断言できませんが、できないならできないで仕事自体を引き受けないことはないはずです」

「そもそもヴェルズ語が書かれているもの自体はそれが真っ当なものじゃなかったとしたら、ありうる話なんじゃないかな」

 

 もっとも、仮にそうだとしても疑問はまだまだ残る。

 どうして美魚は、ここ一ヶ月近くの記憶がないのだろうか。

 そのことを説明することができないでいる。

 

 それに理樹には気になることがもう一つある。

 

「私にそっくりな人影を見た……ですか?」

「うん。僕の勘違いだとは思うんだけど、一応聞いておこうと思って。西園さんに心当たりはない?」

 

 理樹が書店『ナンバーズ・アーカイブ』の外に見たという美魚の人影について心当たりがないかと、当の本人にダメもとでもいいかと聞いてみたら、美魚は当然のことだが心当たりはないと言った。真人がずっと少し離れた位置から鈴一緒にいる美魚の姿を確認している以上は、理樹が見た人影が西園美魚本人で、今ここにいる美魚が偽物であるという可能性もない。

 

 言ってしまえば理樹の勘違いという可能性しかないはずなのに、不安を煽るようなことまでわざわざ本人に確認までしてするのは、それだけそっくりだったからと言える。

 

(三枝さんと二木さんも、似てるといえば似てるんだけど、さすがに見間違えたりはしないしなぁ)

 

 もしどちらかが本気で変装して相手のマネをしているのならまだしも、自然体でいる二人を見間違うことはないだろう。

 

「一応聞いておくけど、西園さんに姉妹とかいたりする?」

「……いいえ、私は一人っ子ですよ。親戚といえる人も、私と同年代の方はおられないはずです」

「うーん。どういうことなんだろう」

 

 たとえ双子の姉妹だとしても、外見を間違うほど似ているということはない。

 三枝葉留佳と二木佳奈多も双子の姉妹であるらしいのだが、東京武偵高校にいる人間がそのことを知っているのはリトルバスターズのメンバーと、つい先日の紅鳴館の作戦に参加したメンバーくらいのものだろう。

 

 方や、どうして武偵という道を目指したのか分からないほど能天気な笑顔を浮かべることがあるお気楽な少女。

 方や、つねにしかめっ面をして不愛想な表情を隠そうともしない風紀委員長の少女。

 

 外見が似ていることから、おそらくは遠縁だろうとは予測されていても、双子の姉妹であるとは思われていなかった。誰も、パッと見の外見で二人を間違えるようなことはない。それだけ育ちの背景や本人に気質というものは表に出てくるものなのだ。

 

 だからこそ、護衛対象の美魚を一瞬でも本人と見間違うということは、理樹にとって衝撃的なことだった。これを勘違いですましていいものかと不安になる。

 

「理樹が見たって言うなら、あたしは信じるが……あたしは『ナンバーズ・アーカイブ』の中ではずっと一緒だったぞ」

「うーん、それもそうか。レキさんがうまく『SSS』の人達との協力を取り付けてくれたているならまだしも、今の現状ではただででさえ僕の勘違いかも判断できない相手に人手を割くわけにもいかないしね」

 

 もし仮に、理樹が見た人影が幻の存在でもなんでもなく実在していたとする。

 その場合何が困るかというと、人違いによる問題が起きかねないということだ。

 

 美魚が何者かに狙われているとされている現状において、ハンドも教室で会っているはずのクラスメイトですら勘違いをするのだ。美魚を狙っている何者かが、勘違いで赤の他人を美魚だと勘違いして狙うかもしれない。

 

 なにせ、理樹が先ほど見た美魚の姿は、

 

(……今着ているものと同じ服装を着ていたんだよね)

 

 今理樹たちと一緒にいる美魚の姿と、外見上の違いは見られなかったのだ。

 いくら顔がそっくりだとしても、着ている服が違えば人違いなどしない。

 服装の特徴というのは人が考えるよりも残るもので、追跡を受けていたら服を変えただけでも簡単に振りきれることだってあるくらいだ。それゆえに、探偵科インケスタの授業では変装術という分野もあったりする。

 

 今の美魚の格好と、先ほど理樹は『ナンバーズ・アーカイブ』から外に見かけた美魚らしき人物の服装が少しでも違っていたら、他人の空似だとして気にしなかっただろう。

 

 いくら考えたところでどうにもならず、考え事ばかりでは美魚を不安にさせるだけだと、理樹は話を打ち切ろうとしたが、美魚の方から疑問が出てくる。

 

「直枝さん。その子は、どこか、私と違っているところはありませんでしたか?」

「……違っていたところ?」

「はい。私の外見ではなく、持ち物とか、服装とか、雰囲気とか。なんでもいいから違いはありませんでしたか?」

「そうはいっても……あ」

「何かありました?」

「そういえば、日傘を持っていなかったなって……でも、それっていつもの西園さんとの違いであって、今の西園さんとの違いじゃないね」

 

 普段の印象というものは大切なものだ。

 真人といえば筋肉というように、人を象徴するものがある場合はどれもそれに関連付けたものを連想する。美魚の場合はそれは日傘。

 

 西園美魚はいつも日傘をさしている。

 穏やかな春の日も、うだるような夏の日も、涼やかな秋の日も、震えるような冬の日も。

 

 肌が弱いのか、どうして彼女がいつも日傘を持ち歩いていたのか詳しいことは知らない。

 おそらく知っている人はクラスメイトにもいないと思う。

 

 そういえば、西園さんは普段どんなことをしているのだろう。

 思い返せば返すほど、自分は西園さんのことを何も知らないのだと分かってくる。

 普段会話をしない相手ならそんなものなのだが、それはそれでなんだか悲しい気がするのはなぜだろう。

 

「日傘を持っていなかった、ですか?」

「うん。いつも西園さんは日傘をしているから真っ先に思いついたのはそれだったよ。そもそも今西園さんが日傘なんて持っているわけがないのにね」

 

 美魚は本人の記憶すら混乱している。

 人格から錯乱して正気を失っているわけではないのだが、手荷物一つとして持っていないのだ。

 だからこそ偶然見かけたクラスメイトに助けてを求める結果となった。

 

 今理樹たちが美魚と一緒に行動しているのは正規の手続きを踏んだ依頼を受けているわけではないのだ。

 

「……そういえば、今私は日傘を持っていませんでしたね?」

「西園さんは日差しに弱かったりする?今は天気がそこまで悪くないけど、今すぐに欲しいなら買いに行く?防弾日傘でもなんでもなく、観光のお土産として売ってそうなものならすぐに手に入りそうだけど」

「今手持ちがないのですが、よろしければお願いします。いつも持っているものだったのでなんだか落ち着かないのです」

「分かったよ。じゃあ行こうか」

 

 普段手にしているものがないというのは、思いのほか気になるものである。

 幸いにもここハートランドは観光地。

 ちょっと値段が相場よりも高つくだろうが、日傘くらいは探せばすぐに売っている場所も見つかるだろう。

 ハートランドの案内書で手に入れていた地図を広げ、取りあえずまずは土産売り場にでも行って探してみようかと足を運んでいる最中に、理樹は自分たちに視線を向けてくる存在がいることに気が付いた。

 

(……ん?つれた?)

 

 元々、美魚をどこかに匿い人目に触れることを避けていないのは、手がかり一つとしてない現状を打開するために囮とするためである。つけられているというのなら、理樹としては望むところである。少し離れたところにいる真人と謙吾にジェスチャーを送り、理樹は真人とともに監視者の排除に向かうこととした。

 

「あ、ごめん。ちょっとのどが渇いたし、僕のお茶がなくなったからちょっと自販機にでも行って買ってくるよ。先にお土産売り場に行っていてくれる?

「かまいませんよ。むしろ、私の願いを聞いていただいてありがとうございます。私も行った方がいいならそうしますが……」

「そんな遠くまで行かないから大丈夫だよ。僕はちょっと席を外すけど、謙吾もずっといてくれるから安心してもいいよ。それじゃ先に行っててね」

 

 理樹は地図を財布を取り座すための自然な動作としてズボンのポケットに手を入れる。もし相手が理樹を見ていたとして、自分はまだ何も気づいていないのだとアピールするためである。美魚には不安を与えないようにと説明しなかったが、美魚がこちらの視界から消えるほど移動したことを確認した途端に理樹はダッシュで駆けだした。

 

 そして、

 

「くたばれぇええええええええええええええええええ!!!」

 

 先ほどからずっと視線を向けてきたであろう相手に、顔を見る前に先制攻撃として飛びかかった。

 

「―――――――――ッ!!」

「―――――――――へ?」

 

 ドスッ!!

 

 そして、自分が飛びかかった相手を見て一瞬動揺した理樹は、反撃をくらいそのまま地面に倒れ込んだ。

 当たり所が悪かったせいか、理樹はしばらく起き上がることができなかった。

 

 

 



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Mission120 ロシア聖教からの使者

 

 現在リトルバスターズは大きく分けて二手に分かれている。

 現時点でレキは知り合いを探しにいくと言って、小毬と二人で別行動をとっているが、彼女たち二人のことではない。もっと大きなくくりで、現時点でハートランドにいるメンバーとそうではないメンバーに分けられる。

 

 理樹たちと違い、ハートランドには現時点で来ていないメンバー、つまり棗恭介、来ヶ谷唯湖、三枝葉留佳の三人のことである。

 

 三人が名古屋へと来たのは理樹たちよりも先だ。しかしいまだハートランドには今回足を踏み入れてはいない。何度かハートランドに来たことのある三人のうちの誰かがいてくれれば、理樹たちもパンフレット片手ではなくもっと楽に行動できたことだろうが、いないものはどうしようもない。本当なら案内をしてあげたかったが、そうはいっていられなかった。

 

(前々から声がかかっていたから仕方のないことだが、あぁぁぁめんどくさい)

 

 三人ともいつハートランドにいけるかは実は分からないのだ。ハートランドのリニューアルオープンイベントの開催まではすべて解決して参加できると信じたいが、現状の見通しすら立っていない。なにせ、来ヶ谷自身もなぜ自分が呼ばれたのかさっぱり分からないのだ。

 

 呼ばれたからとりあえず行ってみる。そんな気軽な気持ちで会いに行った。

 来ヶ谷唯湖という人物は、大層な肩書きを持っていてもフットワークの軽い人物である。

 

 ロシア聖教からの一員からの実際に会って話がしたいという打診。

 この時点で来ヶ谷は十中八九面倒ごとであると判断しているが、話は聞いてみなければどうにもならない。

 

 先日からロシア聖教内部で何か問題が起きていそうだということは分かってはいたが、実際何が起きているのか一向に不明の状態だったために、実態を知る機会を得られるかもしれないとなっては職務上無視をするわけにもいかなかったのだ。

 

 日本にある東京武偵高校にやってきて呑気に学生生活なんて送っているが、、来ヶ谷自身の本来の職務が消え失せたわけではない。普段から仕事なんて面倒くさいなんてことを平然と口にする女ではあるが、たまには仕事らしいことはするか、という心意気がないわけではないのだ。

 

 いざとなったらロシアの問題であり、こちらは関係ないとして言い切るつもりである。

 

・姉 御『何かわかりそうか?』

・遊び場『面倒なことになってそうだ、ということは分かったぞ』

 

 名古屋にあるある教会にてロシア聖教からの使者と会う予定となっているが、さすがに情報なしでは会いたくはない。何が起きているのか事前に調べておいた方がいいだろうと来ヶ谷の話を聞いてそう考えた恭介が、一足先に名古屋にあるビジネスホテルに宿泊して調べていたのだ。調べる、といってもここは日本であってロシアではない。できることといえば、せいぜい集合地点である海沿いに存在する教会を見張り、何か怪しげなことは起きていないかということを調べる程度のことだ。だが、それでも収穫はあった。

 

・遊び場『件の教会に、ロシア聖教の武装シスターたちによる部隊の姿が見えた』

 

「……ちょっと待っテッ!!武装シスターって一体なんですカ!?」

 

 恭介からの連絡を受けた瞬間、ビジネスホテルのベッドが思いのほか柔らかくて気持ちがいいとくつろぎながらスマホの実況通信(チャット)の画面を見ていた葉留佳は焦って声をあげる羽目になった。自分が無知であることは恥であるとは思わない。それでも、今ばかりは話を区切っても知らなければならないことであった。なにせ、自分の武偵としての仕事は来ヶ谷唯湖の護衛なのだ。いざとなれば、姉御にふりかかる障害物を自力で排除する必要まである。悲しいことに、まともに戦ったら葉留佳よりも来ヶ谷の方が普通に強いために護衛の必要があるか分からないという側面があるのだが、この場においていざとなればもっとも武装シスターと戦う必要が出てきたのは葉留佳なのだ。

 

・ビー玉様が入場しました。

 

「身近な例を出すと、白雪姫みたいな立場の人だな。彼女は星伽神社の武装巫女。星伽神社伝わる魔術を使って戦える巫女。そう考えたら、私も修道服に着替えればイギリス清教の武装シスターと言える存在だぞ。超能力者(ステルス)の一族出身者ばかりというわけでもないから、単に魔術を使ってくる戦力がいたと思えばいいだけだ」

「……そんなこと言ったって」

「心配ないさ。その気になれば君は負けはしない。経験がないから不安なだけだ。一般中学出身であることを言いわけにするようなら締め上げるが、君は教えたことはできている。最初はそんなものだ。事実昔のあたしも今の君とは大差なかったような気がする」

「へ……?」

 

 葉留佳にとっての最愛の人物は実姉である佳奈多であるが、最も憧れる人物はといえば来ヶ谷になる。

 出会った時点で葉留佳にとっての女としての理想を体現しているような人物であり、初めてのことだってそつなくこなせるだけの才能を来ヶ谷が持っているため、来ヶ谷が未熟者であった時代というものがいまいち想像できないでいた。最初から完全な人間などいるはずもないのに。

 

「姉御の昔ってどんな感じでしたカ?」

「私はイギリス清教の総長の副官をやっていた時があったんだ。組織の規模こそ違えども、今の葉留佳君と立場としては大して差がないことやっていたと思えばいい。当時は総長が次から次へと頭が痛くなるような案件持ち出してくるからロクに眠れもしなかったな。ローマ正教との会談があったことがあるんだが、総長が朝目覚めたらどこかに行ってて慌てて探しに行けば、会場付近の芝生で子供たちとサッカーしてて激怒したこともあった」

「なんていうか……その……」

「だから何となくだが葉留佳君の気持ちも分かる。それはいずれなれることだ。葉留佳君にとっては私が無理難題を言っているように思ったとしても、それは経験を積めば難なくこなせるようになる。だから変に身構えることもない」

 

・姉 御『それで武装シスターは一体何人くらいだ?』

・遊び場『俺が遠くから確認した人数では三十人くらいだった。ただ、これよりも増えると思う。敷地でテントの設置をしているんだが、これは後々来る連中を迎え入れるためのもののようにも見える。おそらく本隊はまだ到着していないのだろう』

・ビー玉『どこかと抗争でもやるつもりなんですかね』

・遊び場『その可能性が一番高いと思うぞ。そして、その相手が問題だからこそお呼びがかかったとみてもいいだろう』

 

(わざわざ日本にまで来てまで抗争する必要がある相手となると……一体どこだ?少なくとも日本国内に存在している組織ではないはずだろう)

 

 少なくとも分かっていることは、抗争が行われるとしてもすぐには起きないということだ。

 どこと抗争をするつもりか知らないが、今まさに開戦に踏み切ろうとしているような状況ならば、もっと催促があってもいいはずだ。

 

 それなのに、来ヶ谷は当初の予定から早めてはいない。

 自信が抱える問題として一番の優先事項だと判断もしなかった。

 

 最初に連絡を受けたのは、理樹や理子たちが紅鳴館に潜入する前のことだ。

 かれこれ二週間は立っている。

 

(……もともと、どうしてロシア聖教なんてでてくる?魔術が絡む緊急の連絡ならつべこべいわず私たちか星伽神社に連絡いれればいいだけなのに、こんなのんびりとしたことをやっている?)

 

 日本で起きた問題は日本の法律にて裁かれる。

 これは日本に関わらず、自国の法律に従う法治国家にとっては当然のことだ。

 

 他国からの侵入者が何かをやろうとしているなら、日本の手によって阻止されるべきである。

 外国の組織に頼るとしても、あくまで身内と判断できる連中に頼るべき。

 それができないとなると、よほど専門的なこととなるか、緊急の場合となった時のことだろう。

 そう考えると見えるくるものもある。

 

(そもそも日本は多宗教国家のくせに、危険な魔術結社なんてほとんどないんだよな。ハートランドの『SSS』は良くも悪くもゆりの私兵みたいなものだし、暴走することはない。危険な魔術結社といえば、せいぜい風祭(かざまつり)に存在する『ガイア』と『ガーディアン』くらいなものだ。それだって、ロシア聖教の相手をするほどヒマな連中じゃないはずだ。あいつらは互いに互いのことを目の敵としていて他の組織になんて対して気を配ってもいなかった連中だ。特に、最近変わった『ガイアの聖女』のおかげで、対立は大分収まったと聞いているのだがなぁ)

 

 とはいえロシア聖教が抗争の準備をしていると知ったところで、あくまで考察ぐらいしかできない。

 根本的な部分は実際に会ってからでないと何も分からないだろう。

 

(白雪姫が私の代わりでも何の問題がないのかを知りたい。二木女史と連絡がつかないのが痛いな)

 

 現時点での予測として、自分に声がかかったのは日本政府への承諾の手助けを願うためというものがある。それはそうだろう。一武装組織なんてそのまま街に繰り出してテロか何かだと判断されたらたまったものではない。影響力のある国での行動ならまだしも、普段あまり関わらない国で武装組織を動かすには認可が必須だ。佳奈多とでも連絡はつけば、日本政府が今状況をどこまで知っているかも把握できるであろうが、あいにくいないものはどうしようもない。

 

 そういう理由なら来ヶ谷ではなく星伽神社の星伽白雪でも役割としては充分に果たすことができる。自分だから呼ばれたのか、星伽神社の方でもよかったのか、それくらいははっきりさせたいのだが、事前情報だけではどうにもならない。

 

(日本政府がこのことを知っていたとしたら、あとは身内の勢力といえる存在に下準備としての手回しとしての説明くらいはあってもいいだろう。変に鉢合わせしたら面倒なことになりかねないからな)

 

 牧瀬紅葉の本質があくまでも科学者だというのなら、来ヶ谷唯湖の本質はあくまでも外交を専門とする政治家。 政治家としての視点から詰めていき、現状を大雑把にしか分からない事実から可能性を一つずつ潰していく。

 

「葉留佳君。白雪姫に連絡を取ってくれ。こちらの現状を伝えてくれてかまわない。つながらないならキンジ少年を中心に白雪姫の現在位置や動向を調べろ」

「ラジャ!」

 

 来ヶ谷が自身の考えをまとめていると、葉留佳が結果を報告してくるまで時間はあまりかからなかった。

 

「なんか白雪姫は職場体験には出てはいないみたいですネ。今は買い物に出かけていて不在みたいですけど、あと二時間もすれば帰ってくると思うとのことですヨ」

「誰に聞いた?」

「アリアちゃん」

「ならアリア君には知りたいことは分かったから白雪姫には特に何も言わなくてもいいと伝えておいてくれ」

「おーけーですヨ!」

 

 この時点で分かったことは、星伽神社は何も把握していないということだ。

 そしてもちろん、イギリス清教も何も聞いていない。

 イギリス清教もロシア聖教も別に犯罪組織ではないのだ。

 ロシア聖教で何かトラブルでも起きていることだって、単に商売仇ゆえに注意を払っていたおかげで気づけたようなものである。何が起きているのかを把握するために来ヶ谷が来たのであって、分かってさえいれば彼女はわざわざ自分の時間を割きはしない。

 

・姉 御『恭介氏』

・遊び場『おう』

・姉 御『一応教会の近くにいてくれるか?』

・遊び場『怪しまれない程度に近くをうろつきながら異変でもないかと探ってみる。いざという時のために、俺の居場所を決めておく必要があるか?お前、あの眠り姫の側近として名前は売れているだろう。お前は自覚が足りないが、要人である以上いつ狙われてもおかしくない立場なんだからな。俺は状況に合わせた隠れた遊撃手として動くとするさ』

・姉 御『私にはちゃんと護衛役がいるんだ。何も問題ない。恭介氏が言うように、今回は私自身が狙われているわけでもなさそうだし、もしそうだとしても、葉留佳君一人いれば簡単に逃げ切れる』

・遊び場『そうだな。お前が我がリトルバスターズに推薦したということは、お前がそれだけ信頼しているということでもある。分かった。三枝、俺も近くには陣取っているが、もしもの時は頼んだぞ』

・ビー玉『ラジャ!!』

 

 

 万が一は想定しなくていいわけではない。

 

 もしもの時は、その場にいるという武装シスター全員を一度に相手にする覚悟すら決めた葉留佳であったが、よくよく考えればその程度のことは大したことではない。元々葉留佳が武偵となったのは自分の家族を取り戻すため。そのためには、場合によっては佳奈多以外のイ・ウーのメンバー全員を殺すつもりであったことは否定しない。それに比べれば、ただ物理的に逃げ出すだけでいいならなんて簡単なことだろう。最初こそ必要に迫られて武偵となった葉留佳であるが、今では武偵として生きていくのも悪くないかなと思いはじめていた。感覚の麻痺なのかもしれないが、それくらいならなんてこないかな、と思ってしまう。

 

「そうだ。葉留佳君にプレゼントがある」

「え?マジですカ!?」

「これから会うのはロシア聖教の一員だからな。私の場合は顔を知られているが、葉留佳君の場合はそうでもない。だから、何かあった時の身分証明がてらに渡しておくよ。この前やっと届いたんだ」

 

 来ヶ谷は自分のカバンの中から手のひらサイズの白い箱を取り出すと、箱ごと葉留佳に渡した。

 一体なんだろうかとわくわくしながら箱を開けた葉留佳が取り出したのは、十字架の首飾りであった。

 

「……十字架?」

「あぁ。イギリスから送ってもらった十字架で、軽い呪い程度なら簡単にはねのけることができる霊装でもある。これは私から葉留佳くんへのプレゼントだ」

「え、そんなものもらってしまっていいんですカ?」

「いいさ。プレゼントなんだから黙って受け取ればいいさ」

 

 呪いを実際にある程度ならはねのけることができると聞いて、大切な人から実際に効果のあるお守りでももらったような感じで喜んだ葉留佳であるが、実際に首にかけてみた後に、アクセサリーの類は普段つけないことが武偵としての常識であることを思い出してなんだかもったいない気分になってしまった。取っ組み合いにでもなれば、アクセサリーの類は利用されてしまう。例を出すと、ピアスなんてものをつけていたら耳の肉ごと引きちぎられることがある。

 

「どうかしたか?」

「いや、ほら。せっかく効果があるものをもらったのに普段から持ち歩けないと思うとなんだかもったいない気がしまして……」

「普段から持ち歩きたいなら東京武偵高校に帰った後に牧瀬にでもキーホルダーの形にでも変えてもらっらどうだ?霊装としての効果は変わらないはずだし、あいつならうまいこと加工するだろう」

「モミジくんに?分かりました。帰ったらお願いしてみますヨ」

 

 せっかくのプレゼントだから大切にしたいと思い、首にさげた十字架を手に取って見つめていると、来ヶ谷も自分の十字架を首にかけた。普段から自分はイギリス清教の人間だと公言している来ヶ谷であるが、聖書だとか十字架だとか役職に見合ったものを手にしている姿を普段は全く店はしない。それは東京武偵高校で一番長い時間を過ごした葉留佳で変わらない。彼女をして珍しいものを見た、という感じで驚いてしまった。

 

「あれ、姉御の十字架はデザインがちょっと違いますね」

「あぁ、これか。これは私の宝物でな、私が総長から私に直接下賜していただいたものだ。葉留佳君に渡したものも私が用意させた特注品だが、これは君のものとは意味合いからして少し違うんだ。君のは私からの単なるプレゼントだが、私のは公的な場には正装として身に着けることにしているものだ。普段は私の宝として飾ってある」

「これ、特注品だったんですカ……」

「そう変に大事にすることもないさ。それはお守り程度につかってくれたらそれでいいよ。それじゃあそろそろ出発しようか」

 

 ホテルの前に待機しているタクシーに行き先を告げ、待ち合わせ場所であるロシア聖教系列の協会へとたどりついた二人は、足を踏み入れようとしていた。近場までタクシーで行った後、少し歩いて教会へと向かうことにしたのだが、徐々に空気があわただしいものになっているのを来ヶ谷と葉留佳の二人は感じていた。

 

(……たしかに恭介氏の言ってたように、武装シスターたちがテントを張っているな)

 

 堂々を教会の正面玄関へ向かい、首にぶら下げているイギリス清教式の十字架を見せ、堂々と名乗る。するとすんなりと教会の中へと通されたが、教会の中は外とは違って静まり返っていた。

 

「あれ、誰もいない?」

「信用問題のためだろう。これから行われるのは話し合いだが、別に私からは話があるわけじゃない。こちらはいざとなれば、なかったことにして打ち切ることだってできるんだ。向こうが武装シスターを背後にして威圧をかけるようにして何か言ってくるようなら、こちらにだって考えがある」

「一体何をする気ですカ?」

「バックレる」

「それでいいんですカ……」

「だって私から向こうに何か要求があるわけじゃないし……気持ちとしては相当楽なんだ、足元見てふっかけるだけふっかけてやる」

「姉御……とても悪い顔をしてますよ……」

 

 普段から行動を共にしている葉留佳には、こういう時の来ヶ谷唯湖はロクなことを考えていない。

 常識知らずの無礼者というわけでもなく、夢見がちな理想家というわけでもない。

 武力による脅しも通用せず、倫理観による説得も気にしない。

 

 それでいて、今自分たちに一番押さえておかなければならないところはしっかりと抑えてくる。

 そしてそのことは、後々になって判明することだ。

 その場では何も変な結論を出したわけではないはずなのに、いつの間にか相手にとって致命的なことを起こしている。

 

 かつて、彼女が出席した交渉において、相手側の秘書が心労のあまり倒れたという話を聞いたときは何となく理解した。

 

 今日の相手はどんな人が来るか知らないが、葉留佳としてはできれば心労なんて負いたくない。

 怖そうな人でも腹黒そうな人でもなければいいな、と考えていた時に、

「す、すいません!ひょっとしてお待たせしてしまいましたかっ!?」

 

 ちょうど声がかかってきた。来ヶ谷と葉留佳の耳に届いたのはきれいな発音の日本語であった。てっきりロシア語で会話するため会話において行かれると思っていた葉留佳にとって、これは朗報である。白い肌に、白い髪。梅雨も終わり、だんだんと熱くなっている日本であるが寒く感じるのか純白のマントと帽子をかぶっている少女がそこにいた。待たせてしまったことに慌てたのか、彼女は急いでこちらへと駆け寄ってくるが、彼女が小柄であるせいか、葉留佳にはその様子が犬が飼い主にかけよってくるような微笑ましいものに見えた。そして、絶好のカモがやってきたのではないかとも思った。

 

「は、初めまして!わ、わたしはクドリャフカ=アナトリエヴナ=ストルガツカヤといいます!」

 

 




これでリトルバスターズ!のメインキャラは全員登場しましたね。
クドとか名前出たのも今回が初めてです。

へ?さささ?
ごめんなさい、彼女はどう扱ったらいいのかよく分からないんです!

では!



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Mission121 魔導の書物

ブルーエンジェルちゃん可愛い。
イン トゥ ザ ブレインズッ!!


 ロシア聖教から代表者として出てきた少女は、緊張を隠し切れないでいながらも堂々と目の前に立とうとしていた。

 

「は、初めまして!わ、わたしはクドリャフカ=アナトリエヴナ=ストルガツカヤといいます!」

「かわいい」

「……姉御?」

「あ、あぁ悪い。私はイギリス清教現会計、来ヶ谷唯湖だ。こちらは護衛役として連れてきた葉留佳君だ」

 

 名乗られたのに名乗り返さない。来ヶ谷はそんな無礼なことをする人間じゃないと葉留佳はわかっていたため、どうかしたのかと思って様子をうかがうと、来ヶ谷の瞳はハートマークでいっぱいであるように見えた。かわいい女の子が大好きだと普段から言っている彼女である。おそらく、一瞬とはいえやってきた使者に籠絡されかかっているのであろう。自然体であるといえば聞こえこそいいものの、ホントに大丈夫なのかと先行きが不安になる葉留佳であった。

 

「では、どうぞこちらへ」

 

 来ヶ谷と葉留佳の二人は、クドリャフカと名乗ったロシア聖教の少女にソファまで案内されて、来ヶ谷とクドリャフカはテーブルを挟んで向かうあう形で向き合って座ることとなった。

 

「あの、あなたもお座りになってはどうですか?」

「わたしはいいですヨ。どうぞ、ゆっくりとしたお話を」

 

 葉留佳はというと、座ったらどうかと提案はされたが遠慮した。  

 

 葉留佳の武偵としての経歴は今年で二年目。中学から武偵としての教育を受けてきた人たちと比較すると経験でどうしても劣るものの、自身の超能力をコントロールするための時間を除けばそのほとんどは来ヶ谷唯瑚の副官としての仕事に費やしてきた。要人警護に関していえば、同年代の武偵たち相手でもそう引けは取らない。

 

 今回は後ろに控えていて周囲に気を配っていようかとも思っていた。

 

 来ヶ谷もそのことは分かっているようで、葉留佳を無理に着席させようとはせずに話を進めることにしたようだ。

 

「さて、クドリャフカ君だったな。こちらから一つだけ先に聞いておきたい。最初にはっきりとさせておきたいことがあるんだ」

「はい、何でしょうか」

「あの数の武装シスターたちはいったい何だ。ロシア聖教はどこかと抗争でも始めるつもりなのか?」

 

 葉留佳とて目の前のクドリャフカとかいう少女が自分たちに対し、敵意なりなんらかの悪感情を抱いている様子は見受けられない。おそらく着席を促してきたのは、護衛の自分の行動を一秒でも遅くするためのものでもなんでもな、純粋な善意からの提案にみえる。

 

 だが、葉留佳はどうも気を抜く気にはなれなかった。

 

 この教会自体が来ヶ谷と葉留佳にとって完全なるアウェーの場であるということもあるが、何よりも大きい理由として武装したシスターたちが大勢いたことが大きい。暴力団がよく使う手ではあるが、暴力をちらつかせることにより交渉相手に脅しをかけるのだ。

 

 葉留佳の持つ超能力を使えば自分と姉御の二人だけなら逃げ切るのは容易であるが、目に見える戦力が近くにある以上は、無条件に安全であるとはとてもじゃないが思えないのだ。

 

(ただ、なんだろう。あの人達、わたしたちに興味があるようにも思わない。なんか焦っているようにも見えたし……)

 

 ただ、葉留佳にはどうにもは武装シスターたちの意識が現状自分たち二人に向けられているとは思えない。別に戦うべき相手がいて、その戦いのための準備をしている。彼女にはそう見えたのだ。そして、それは姉御から見ても同じだったらしい。

 

「……本当に残念なことなのですが、いざとなったらそうなるかもしれません」

「聞かせてくれ。魔術が絡む事件が起きたとしても、日本で起きたことならロシア聖教がわざわざ出てくる必要はない。日本政府は最初に星伽神社に依頼を出すだろうし、うちの総長が日本人だからイギリス清教にも頼みやすい。ロシアからわざわざこんな大部隊まで連れてきて一体何をしに来たんだ。許可を取るにも一苦労だったろうに」

 

 来ヶ谷唯湖が所属するイギリス清教とクドリャフカが所属するロシア聖教は別に敵であるわけではないのだ。違法の魔術結社ではなく、れっきとした国の専門機関の一つ。もちろん魔術的トラブルの解決部門としての商売仇であったり、母体が宗教団体ゆえの他宗教であることへの信者たちの嫌悪感ぐらいはあるかもしれないが、言ってしまえんばその程度しかない。

 

 こそこそと裏で力を少しでも削いでやろう暗躍したりはしているものの、出会ったからと言って争いになるわけでもないのだ。味方ではないかもしれないが、明確な敵ではないのだ。だからこそ話があると声がかかれば応じている。

 

「これは身内の恥をさらすような話なのですが……」

「ああ」

「『皆既日食の書』ってご存知ですか?」

「三体の神を従えた王と伝説に記されいる者が残したとされている魔導書のひとつだったか。うちにも一つあるぞ。管理費だけはやたら予算からとっていくくせして何の利益ももたらさないあの産業廃棄物がどうかしたか」

「それが……その……先日盗まれてしまいまして」

「意味が分からない」

 

 魔導書とは単なる魔術の教科書とは一概にいえないのだ。中にはそれ自体が魔力を持ち、ちょっと読むだけでも読み手の精神を簡単に崩壊させてしまう危険なものも存在する。そんな魔導書の中でも三大危険物として封印していされているものの一つ、それが『皆既日食の書』。

 

なにせ、イギリス清教でも『皆既日食の書』と同ランクの魔導書として同じような扱いを受けている魔導書が保管されている。

 

 その名は『月の書』。

 

 その魔導書がいかに厳重に保管されているか知っている以上、盗み出されたと聞いてよくもまぁそんなことができたと感心する。ただ、来ヶ谷が意味が分からないと言った理由は厳重な警備の中で盗まれたことではなかった。

 

「なんであんなものに価値を見出そうとする奴がいるんだ」

 

 そもそも『皆既日食の書』を盗もうとする奴がいた、という点に理解が及ばなかったのだ。

 厳重な警備の中で盗まれたという事実に関していうなれば、実を言うとそれほどの驚きはない。

 かの大泥棒、ルパン3世はどんな厳重な警備であっても、予告状を毎回送ったうえで盗みを毎回成功させていた。その中には、イギリス清教の『月の書』の管理のために配置されている警備よりもよほど厳重なものもいくつもあった。

 

 クドリャフカが言っていることが本当だとまだ完全に信じたわけではなかったが、違ったとしてもこんな話が出てきた時点で呆れはてるしかなかった。思わずため息がのどから出かけた来ヶ谷であったが、何とか気持ちを切り替えて状況を判断した。

 

「いや本当に……恥ずかしい話なのですが」

「なるほど。それで、あの武装シスターたちは『皆既日食の書』を取り戻すための部隊というわけか。それで?」

「それで、といいますと?」

「あんなもの、引き取りたい奴がいるならくれてやればいいじゃないか。そちらが『皆既日食の書』をわたしたちに贈呈するとか言って来たら、嫌がらせ以外の何物でもないぞ。『月の書』一つですら、年間の管理費が何百憶とかいうふざけた単位なんだ。もう一つ管理しろなんて冗談じゃない。管理のための予算が浮いたらどれだけのことができるか。うちの『月の書』だって、本音を言えば欲しいやつがいたら渡したいくらいなんだ。それができないのは、危険度が分かっているから国が責任を持って管理しなければならないとしているからだ。もちろん盗まれたということは失態として報じられるだろうが、それがこちらに知れ渡らなければいいだけのことだ。わざわざこちらに弱みを見せてまで、回収に向かう意味はない。時間をかけてでものんびりと回収した方が、トータルとしのそちらの損失は小さなものとなる。そうだろう?そうしないのは、他に問題が起きているからだ。違うか?」

「その通りです。ちなみにどこまで分かっていますのか教えていただいてもいいでしょうか」

「わざわざ部隊を引き連れて日本まで来たことから、すでに犯人の目星はもうついているのだと見ている。分かるのはそこまでだ」

「その通りです。わたしたちは一刻を争う事態に遭遇したため、情報伝達の速さからあなたに協力をお願いするつもりです。星伽神社は魔術の問題に関しては優秀ですが、現在のネットワーク社会に適応できているとは思えませんので」

「まぁそうだろうな。それで、私に協力してもらいたいことって一体何だ?部隊を引き連れて日本に来たことへの礼儀としてのあいさつだけってわけではないんだろう。適当なところに一声かければ終わる。それに、そんな大事なことなら、私を通して交渉する暇があったら日本政府と交渉した方がいいだろうからな」

 

 この日本においては魔術業界で大きく力を持っているのは星伽神社とイギリス清教だ。星伽神社は地元であるし、イギリス清教は今代の総長が日本人であったということもあり政治的には大きな力を持っているのだ。わざわざ外国から部隊を引き連れてまでやってくる以上、一応の礼儀として挨拶はしておいたほうが後々面倒事は起こりづらいだろう。いくら魔術が絡む問題は治外法権が効きやすいとはいえ、余計な疑惑を生むくらいならあらかじめ話を通しておいたほうがいいのは当然だ。だが、それはあくまである程度の問題の話。『皆既日食の書』が盗まれたとなると信用問題にかかわってくるほどのことだ。不評を買ってでも知らぬ存ぜぬで通したほうがロシア聖教にとって今回の利益が大きいはずだ。ロシア聖教からしたら、より日本との結びつきが強いイギリス清教に日本政府への仲介を頼みたいのかとも思ったが、それはもうすでに部隊がこの場にいる以上事後承諾になってしまう。ならば別の理由でコンタクトをとってきているのだと理解した。

 

「はい。実はロシアでは『皆既日食の書』が盗まれると同時期に、誘拐事件が起きているのです。この誘拐事件の犯人はこそが、今回の盗難事件の犯人だと私たちは思っています」

「なぜ?誘拐と『皆既日食の書』の盗難との因果関係は一体なんだ?はっきり言って、私たちが保有する『月の書』も、そちらが管理している『皆既日食の書』も、ローマのところの『太陽の書』も、どれもこれも単品では役に立たないものだ」

「ですが、そうではなかったとしたらどうですか?もし、これらの書物が利用できる方法があるのだとしたらどうでしょう」

「そんな方法があるなら私がぜひに知りたいね。金にするにもこんなものに関わるくらいなら、誘拐された人物が大臣の孫とかにした方がよほど効率的に身代金とかが手に入れやすそうな気がするな」

「……信じていないのですか?」

「それはそうだろう。あんなもの、産業廃棄物以外のなんだって思えと言うんだ」

「そんなこと言わないでください!一歩間違うだけで、この世界の常識があっけなく変わってしまうかもしれないんですよ!」

「……世界の常識の変化?そんなもの、あんな書物に頼らなくてもできるだろう。大したことはない」

「もっと危機感を持ってください!一大事なんです!」

「そういえば、まだ聞いていないことがあったな。誘拐されたのは一体誰だ?」

 

 葉留佳から見て、どうにも姉御とクドの二人には温度差が見て取れる。

 クドは焦っているように見える一方で、姉御はといえば諦めにも似た達観が見えた。

 クドが焦る理由はどうやら誘拐された人物にあるとみた。

 別の言い方をすれば、焦る理由はが『皆既日食の書』に見受けられない。

 

「そうですね、大事なことをまだ言っていませんでした。すいません。誘拐された理由も含めて説明するために、認識を確認しながら話していきましょう。三体の神をも従えた王とされている人物が残したと言われる三大文書はいずれも現在の世界の価値基準を崩壊させるほどの力を持つと言われている強大な魔導書です。ただ、現状ではあなたのいうように単なる産業廃棄物と思う人間だって少なくはないでしょう」

「確か『古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)』という名だったか。誰も読めない。解読しようにも手に取るだけでも精神を汚染することがある。時間をかけても解読できるとも思えない。うちの勇敢な天才解読官も試しに読んでみようとして、精神病院送りになったこともあるからな。魔術には体質ありきなものはたくさんあると聞いているが、根本的なところから問題があるこんなものを使いたいとは思わないだろう」

 

 魔導書というものが問題がある存在だということは理解できても、それが一体どんなものであるかを知らない葉留佳であったが、ここにきてようやく問題となっていることを理解する。いちいち話の腰を折るのが申し訳ないし、何よりも自分の役割ではないため分からないからと言っていちいち聞いたりはしなかったが、それでも何のことを話しているのかくらいは理解しようとしていたのだ。そして、ようやく頭に入ってきた。

 

(なるほど。そりゃ姉御は産業廃棄物だって言うわけだ)

 

 葉留佳の英語の成績自体は実はそんなに悪くはない。

 一年近くハートランドで超能力を制御するための特訓をしていたために勉学にさける時間はあんまりなかったとはいえ、それは他の学科の生徒でも同じことが多い。むしろ、中学時代は将来の夢のためにまじめに勉強をしていたために勉学にかけては偏差値の低い東京武偵高校の生徒たちの中では高水準であるのだ。

 

 だが、あくまで学校で教える学問ではそこそこの点数を出せるというだけである。

 

 英語以外の外国語となると、さっぱりな部分が多い。

 せいぜい言葉で思いつくものと言えば、ニーハオとボンジュールくらいのものだ。

 これは葉留佳だけではなく、来ヶ谷やアリアのように複数の国で活動することがある人間でなければ自然なことだろう。徳のあることが書かれた本も、人生の教本となるような本も、すぐに役に立つから読んだ方がいいとされる本も、文字が読めなければただの置物だ。

 

(姉御はさっきからその書物に否定的だったけど、そういうことね)

 

 使い道のないくせに、お金だけかかる。

 きっと来ヶ谷は、予算の観点から処分できるならとっくの昔に処分しているのだろう。

 処分したいのにできないという点には、核廃棄物が連想できる。

 

「そうですね。『皆既日食の書』と『月の書』、そして『太陽の書』は秘められている暫定魔力量から推定しても、発動さえされれば世界の価値基準を変えるこどの魔導書であると言われています。ですが、その魔導書に書かれている文字がまだ解読されていないのです。一応、魔導書に使われている文字自体はエジプトの遺跡で発見されていて判明はしているのですが、現状誰も解読できてないですからね。それどころか天才だとうたわれてきた学者の皆さんでさえも次々とさじを投げていきました。一応のベースはエジプトの古代文字であると分かっているのですが、その中でも特殊なものであるため『古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)』と呼ばれています。問題は、ロシア聖教の中でも優秀な解読官が何人か姿を消しているということなのです。それは少し前から起きていたことでしたが、ちょうど盗まれたこととほぼ同時期に姿を消した人間がいたのです。今回の事件は、失踪事件とつながりがあるとわたしたちは見ています」

 

 少し前から優秀な解読官が失踪する事件が起きていて、そしてちょうど魔導書も盗まれた。

 そして、二つの事件はつながりがあると見ている。

 ロシア聖教からの主張は分かる。今回の事件の場合、クドが焦るその理由は、

 

「……知り合いがいるのか?」

 

 失踪した解読官が、無理やり魔導書の解読をさせられる可能性があるから。

 来ヶ谷やクドのように、『皆既日食の書』を少しでも詳しく知っている人間からすると、解読されて悪用されるとは考えない。しかし別の可能性が見えてくるのだ。その可能性とは、

 

(……無理やり読まされて精神を汚染される可能性か!)

 

 精神の汚染とは一体どのようなことをさすのかは葉留佳は分からない。だが、精神病院送りになった奴がいると言った。そのことから見ると、廃人になってしまってもおかしくはない事態なのだと気がついた。

 

「そこまで仲がよかったのかはわかりません。でも私の知り合いです。そして、おそらくあなたがたも知っていると思います。彼女は私たちの別件の依頼でロシアに来て暗号の解読を進めていた東京武偵高校の生徒でした」

「へ、うちの学校の生徒ですカ?」

 

 黙って聞いているつもりだったが、葉留佳は思わず声に出てしまった。

 

「運よく監視カメラの一つに犯人と思われている人物の姿が映りました。これがその時の映像で取られた写真になります」

「……」

 

 来ヶ谷は自分たちが通っている学校の名前が出てきたことにはたいして驚いた様子は見せなかったが、クドが手にしていた鞄から取り出した封筒を受け取って写真を見た来ヶ谷はその前に動きが止まってしまった。

 

「……」 

「どうかしましたカ姉御?」

 

 葉留佳には見覚えがなかったが、来ヶ谷は写真に写っている二人組のうちの片方を見たことがあったのだ。

 

「……バルダ」

「バルダ?アドシアードの時の魔術師の?」

 

 そこには、アドシアードでバルダと名乗った白黒魔術師の姿が映っていた。

 なら、その男と一緒に写っている魔女連隊の紋章を身にまとっているとんがり帽子のいかにも魔女らしい風貌の少女は岩沢が言っていたジュノンという少女か。

 

「私たちは、時期的に見て今回の事件の犯人は魔女連隊であると考えています。おそらく、『皆既日食の書』の特質を知らないのでしょう。を解読させるつもりで誘拐したのかと考えています。誘拐された者はあのヴェルズ語を解読したいう実績もある優秀な解読官ですが、『皆既日食の書』は解読できないだろうと呑気なことは言ってはいられません。仮に『皆既日食の書』を解解読のために魔導書に触れることで、精神がおかしくなる可能性を考えれば時間がないことはあきらかです。一刻も早く救助する必要があります!」

「……それで、一体誘拐されたのは誰だ?名前をまだ聞いてはいない」

 

 口に出して聞きこそしたものの、来ヶ谷はそれが一体誰なのか見当はついていた。

 事実、クドリャフカが口にしたのは彼女が予想した通りの名前であった。

 

「誘拐されたのは東京武偵高校二年Fクラス所属、鑑識科Sランクの西園美魚さんです。現在、美魚さんをめぐり、魔女連隊とSSSによる全面抗争が始まろうとしているのです!」 

 

 

 

              ●

 

 

(理樹の奴遅いなぁ……)

 

 理樹と真人の二人が鈴と美魚の二人から離れてしばらくたったが、二人からの連絡はこなかった。

 自分たちを追跡していた相手に接触しに行ったはずだが、二人が返り討ちにあったとは思っていない。

 あんな奴らでも、何だかんだ言ってタフな二人なのだ。

 鈴としては、早く帰ってきてほしいと思うのは理樹たちの身が心配だというわけではなく、

 

「直枝さん、遅いですね」

「そ、そうだな」

 

 鈴が今までロクに美魚と会話したことがなかったため、話題作りに困っていたからだ。

 

「………」

「………」

 

 鈴も美魚も、自分から率先して相手に話しかけるタイプの人間ではないのだ。

 この二人だけでは自然と無言になってしまうのだ。

 鈴にはそれが自分のせいだと思い、気まずかった。

 

「あ、あの……」

「そんなに気を使わなくてもいいですよ棗さん」

 

 なにか。なにかを言わなければいけないと話題を探し、結局何もないままであった鈴であるが、美魚は微笑むを浮かべながら鈴に答えた。

 

「私だって棗さんのクラスメイトです。棗さんのことは存じています。棗さんは不器用な方ではあっても、無愛想な方ではありません」

「西園……さん」

「棗さんは少し前まで直枝さんや井ノ原さんたちことしか名前で呼びませんでしたね。最初は自分の信頼した人しか仲間と呼ばないようなプライドのある人なのかとも思っていましたが……そうじゃなかったんですね。神北さんや来ヶ谷さんを見ていると分かる気がします」

「小毬ちゃんとくるがや?」

 

 武偵として生きていく場合、人格は二の次にされることが多い。

 強襲科(アサルト)は銃を手に戦うことが多いせいで、その特質が最もよくでるところである。

 強襲科(アサルト)の二年主席であるアリアは後輩からの人気は高いものの、彼女とチームを組みたいという物好きはなかなか見つからないほどであったが、優秀な武偵として賞をもらっている。

 

 場合によっては命を懸ける職種なのだ。

 人間死んでしまえばそれまでであるため当然といってしまえばそれまでであるが、人格がいいにこしたことはない。この場合、話しやすい人間であれば、依頼もしやすくていいともいえる。

 

 鈴の場合、自分自身で仕事を取ってくることはほとんどない。

 リトルバスターズの中でやっていく分にはそれでもいいだろうが、彼女は他のチームや依頼人とも率先して関わろうとしないのだ。

 

 仕事ができているからそれでいい、なんて本来言ってはいけないのだろう。

 理樹も恭介も、真人や謙吾でさえも、鈴の人見知りは何とかしてやりたいと前々から思っていて、それゆえに、来ヶ谷や小毬、そして葉留佳といった女性メンバーが次々やってきたことは、何よりも鈴のためになるだろうと喜んだものだった。

 

 そして、鈴も少しずつ変わっていった。

 

「棗さん、二人と話しているときには楽しそうにしていますよ」

 

 例えば、一緒にクッキーを焼いてみた。

 例えば、一緒にクラシックの音楽を聞かせてみた。

 

 幼馴染という関係は気兼ねしない心地いい関係であっても、それだけで完結してしまっては意味がない。

 野郎四人衆だけではどうしてもやらないことだって、女子との関わりで変わっていくことができる。

 

「こんな顔もするんだ。そういう優しい顔をするようになって、昔よりも話しかけやすい人になっていた気がします」

「……よく見てるんだな」

「私は鑑識科(レピア)ですし、ちょっとした変化を探すのは楽しかったりするんですよ」

「あたしは……」

 

 あたしは、美魚のことは何も知らない。

 いい風に変わったと言ってくれているが、対して鈴は何もいえない。

 

 西園美魚が普段何をしているのか。

 西園美魚はどんなことをしているのか。

 西園美魚の交友関係はどんな感じなのか。

 

 クラスメイトではあっても、今まで気にかけたことがない。だから分からない。

 

 美魚に空白の一ヶ月の記憶があった時、理樹にクラスではどんなことがあったのかを聞かれた時には何も答えられなかった。真人も答えられなかったが、真人の場合は理樹がいない分自力で課題に奮闘する必要があり必死だったということがある。

 

 対し、自分は?

 

 理樹が紅鳴館に行っていて不在でも、特に変わったことなく毎日を過ごしていたはずなのに分からなかった。それは自分が興味がなかったからに他ならない。

 

 毎日のように顔を合わせていれば学校を休んだかどうかくらい分かるはずなのに、そもそもいたのかどうかすら分からない。

 

 恭介がいて、理樹がいて、真人がいて、謙吾がいる。

 

 それだけで鈴の交友関係は完結していて、それだけでも十分すぎるほど楽しかったから満足してしまっていた。

 

 でも、そこにいつしか小毬もいて、来ヶ谷もいた。

 最近では葉留佳もやってきた。

 

『ヤーヤー、鈴ちゃん鈴ちゃん。今日も今日とてはるちんは絶好調ですヨ!!』

『うっさい!』

 

 葉留佳についても鈴はろくに知らなかった。存在を知ったのは、アドシアードで来ヶ谷の助手をやるらしいと聞いたときだ。会えばやたらハイテンションで話しかけてくるものの、まとわりつくこともなく言いたいことを言うと去っていくことが多かった。

 

『一体何だったんだあいつ……』

『そういうな鈴君。葉留佳君はあれでかなり繊細なんだ』

『はぁ?あいつがか?』

『何も考えていないようなことを言って、その実不安だからあんな言動をする。君と似ているな』

『あたしとあいつが?全然違うだろう』

『似ているよ。表面に出ているものが違うだけで、本質的な部分は近いと思う。葉留佳君も鈴君も、やろうと思えば簡単にできることを怖がっている』

『……何も怖くないって感じで話をするぞ、あいつ』

『君も葉留佳君のことを知ろうとしてくれたら、私はうれしいな。葉留佳君はきっと、今までろくに鈴君と会話したことがないからどう接したらいいのか分からないのさ』

 

 人間関係なんて、自分から動かない限りは変化しない。

 相手から見捨てられることがあっても、好転することなんてありえない。

 

 葉留佳がリトルバスターズに入ってからというもの、来ヶ谷とともに葉留佳が一足先に名古屋に旅立つ直前までずっと葉留佳は鈴のもとに通い、よくわからないテンションを維持したまま言葉をつないでいた。鈴が何か返答する前に、一人漫才をするようにして言葉をつなぐ。まるで、会話が途切れることを恐れているかのようであった。たとえ返事がなかったとしても、言葉を紡いでいる間は静まり変えることはない。

 

『やぁ鈴ちゃん。今日も元気ー!?小毬ちゃんも元気ー?』

『げんきー!』

『今日もうっさいな』

『そりゃそうですヨ!なにせ、今日からキャンペーン開始なのですからネ!』

『キャンペーン?』

『そうですヨ!名づけて、「名前を呼んでもらおうキャンペーン」ですヨ!というわけで、ぜひこのはるちんのことを、名前で呼んでくれて結構ですよ!安いよ安いよー!お得だよー!』

『ひょっとして、はるちゃんがずっとここ最近来てたのって鈴ちゃんに名前を呼んでもらいたかったからなの?』

『そうなのか?』

『さぁ、安いよー!大特売だよー!』

 

 鈴に名前で呼んでもらいたい。

 だけど直接頼む勇気もない。だからこうした回りくどいことをしなければならない。

 

 そう思うと、葉留佳のことを人ごとのようには思えなかった。

 むしろ敬意を表するべきだろう。

 小毬のことを小毬ちゃんと呼ぶようになったのはかつての流れによるものだが、あれは来ヶ谷と小毬の二人の強引さがあればこそ。それだけの度胸がない葉留佳は、探り探りでも精一杯のことをしようとしていたのだ。

 

 

 ――――――――――あたしだったら、それはきっとできやしないのに。

 

 

 これから名前で呼んでみたい人に出会ったときに、名前で呼ばせてくれと言い出せるとは思えなかった。

 

『……はるかはうるさい』

『ッ!!お買い得ありがとうー!よし!これならバイト代もらえそうですヨ!』

 

 名前で呼んでくれ。そう言ってくる人の名前を呼ぶことはできても、自分からは言えるのだろうか。

 

「棗さんが黙っていらっしゃったとしても、私は一向に気まずいとは思いませんから安心してください。棗さんが本当はすごく優しい人だってことは、クラスの中でも評判なんですよ」

「西園……さん」

「私は今迷惑をかけていることと思います。直枝さんや井ノ原さんたちとの親睦の機会を奪ってしまったのですから。私自身切羽詰まっていたとはいえ、嫌な顔もせずに棗さんなら助けてくれるかもしれないと思ったからこそ声をかけてしまったのです。ごめんなさい」

「そんなことはない」

 

 美魚は申し訳ない気持ちでいっぱいだという。

 けれど、それは鈴の方も同じだった。

 

 ハートランドでのリトルバスターズの新メンバー加入も記念した親睦会なんていつでもできるのだ。

 そんなことはどうでもいい。美魚が気にすることじゃないのだ。

 

 自分を見てくれていた人に、対して何も考えても思ってもいなかったことが申し訳なく思う。

 

「あたしは……」

 

 あたしは?

 あたしはこれから何を口にするつもりだったのだろう。

 考えるよりも先に口が動いたはずなのに、鈴の口から言葉が出ることはなかった。

 

 それより先に、図太い声が聞こえてきたからだ。

 

「ようやく見つけたぞ」

「―――――――――――――ッ!!」

「まさか、ハートランドの中にいたとは思ってもみなかった。これが灯台の元は明るいとかいう奴か」

「なッ!!」

 

 鈴と美魚の前に現れたのは一人の少年であった。 

 ただ、槍、斧、鉤を組み合わせたような複雑な形状をしている武器―――――ハルバートを手にしていた。

 このハートランドという観光地において、このような目立つ武器を手にしているのにも関わらず、周囲からは目立った反応は上がらない。いや、それ以前の問題として、

 

(――――――――――待て。周囲の人はみんなどこに行った?)

 

 鈴と美魚を除いて、周囲には目の前の少年以外人が誰一人としていなかったのだ。

 観光地であるハートランドは、どこにいても周囲を見渡せば人がたくさんいるはずなのに。

 美魚と気まずい空気がならないようにと話題を必死に探していたせいもあり、鈴は今まで周囲に自分たち二人以外の人間が消え去っていたことに気が付かなかった。

 

「西園美魚だな。俺と一緒に来てもらおうか」

「ッ!」

「………下がってろ」

 

 ハルバートという目に見える武器を片手で担ぐ少年を前にして、鈴は美魚を守るように一歩前に出た。

 そして、美魚を安心させるようにして宣言する。

 

「何も心配ない。あたしがいる以上、美魚(・・)には指一本触れさせない」

 

 

 



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Mission122 ハートランドの守護者たち

 

 ハルバート。

 たしか日本語では槍斧、斧槍、鉾槍だなんて呼ばれている武器だったか。

 斬る、突く、鉤爪で引っかける、鉤爪で叩くといった使い方が豊富であり、昔の線上においては鉤爪で鎧や兜を破壊したり、馬上から敵を引き摺り降ろしたり、敵の足を払ったりすることのできる多芸な武器。

 

 しかし、見た目からも推測できる難点が一つ。

 この武器はとても重い。

 なにせ、槍の先端に斧がついているような武器だ。

 

 これで軽ければ詐欺でしかない。そんなことができるとしたらせいぜいプラスティック製のおもちゃくらいだ。

 軽々と振り回せるような武器ではないはずなのだが、

 

(……くるくると回してるな)

 

 鈴と美魚の二人の前に立つ少年は、なんてことのないように武器を手にしていた。

 

「もう一度言う。さぁ、俺と一緒に来てもらおう」

「あ、あなたは一体誰なんですか?」

「誰でもいいだろう。俺が言われているのは、お前を連れて来いということだ。女相手だろうが、嫌がるなら無理やりにでもつれていく。これで最後だ。俺と一緒にこい」

 

 脅える美魚を守るようにして一歩前に出た鈴は、美魚とともに逃げ出すことはしなかった。

 美魚が運動をするタイプではないので逃げきれないだろうということもあるが、鈴としては望むところではあったのだ。美魚の空白の一ヶ月を知る手がかりを逃がすわけにはいかない。だが、鈴は元々口がうまい方ではないのだ。口達者な人間ならもうちょっとクラスメイトとコミュニケーションを取ろうとするだろう。それゆえに、鈴の方針は単純だ。

 

(こいつを締め上げて、それから吐かせよう)

 

 頭を使って会話で情報を探り出していくのは恭介とか理樹がやればいい。

 鈴自身の性分として、何も考えずにボコボコにして聞き出した方が話は早い。

 鈴が戦いが好きなわけではないのだが、それでも会話よりは楽かなと思う程度のことだ。

 自分から仕掛けるのは気がひけるが、相手が暴力でくるのならそれに応じてやるつもりだ。

 

 そういう意味では、彼女の本質は脳みそ筋肉である真人と何も変わらないのかもしれない。

 

「そういえば、こっちも一つ聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「理樹と真人はどうした?」

 

 自分たちをつけてきている連中がいると、それの迎撃に向かった理樹と真人の二人は一向に帰ってきていない。 現状最も考えられる可能性として、返り討ちにあったと考えるのは妥当なのだろうが、

 

「誰だ?そいつら」

「弱そうなのと筋肉しか取り柄のなさそうな奴の二人組だ」

「知らん。逆に聞きたいな、お前は誰だ。西園美魚が誰かと一緒だとは聞いてないぞ」

 

 あいにくと、心当たりがないようであった。

 

(あいつらホント、今一体何してるんだ?)

 

 理樹と真人に一体何があったのかが気にはなるが、それはひとまずは置いておくこととする。

 何だかんだで相当たくましい連中だ。

 問題が起きていたとしても、二人で勝手に何とかするだろう。 

 殺されたとは到底考えられない。

 

「棗さんは私の学校のクラスメイトです!」

「クラスメイト?なるほど、偶然遭遇したから一緒にいるのか。おい女!西園美魚は今、抗争の真っただ中にいる。こいつと一緒だと危険だ。今なら離れていれば、安全だ。とっとと去るがいい」

「いやだ。誰かも分からない奴に渡してたまるか」

「……警告はしたぞ」

 

 ハルバートを持った少年が鈴に切りかかってくるが、鈴は特に動く様子はない。

 幼い頃から真人や謙吾を一緒にいたため、鈴は強襲科(アサルト)の武偵相手でも案外あっけなく勝利だけの実力はあるのだ。たとえ東京武偵高校の強襲科(アサルト)主席のアリア相手であっても互角以上に戦える。

 

 それでも、今回は相性が悪い。

 

 鈴が真人相手でも案外いい勝負ができるのは、鈴が猫のように身軽に動けるからだ。

 鈴一人ならむしろ有利に戦いを勧められるだろうが、今は美魚がいる。 

 下手に動き回ることができない上に、鈴ではハルバートのような重量兵器を真っ向から受け止めることはできない。

 

 鈴一人なら攻撃をかわしながら戦うことができるが、美魚がいるため下手に距離をとれば鈴が放置されて美魚が狙われる。そのため鈴に逃げ場など無いのだが、それでも鈴の表情は変わらない。

 

 なにせ、そもそも美魚を鈴一人で守る必要はないのだ。

 

 理樹と真人がいなくなったとしても、まだ一人残っている。

 

「―――――――――ッ!!」

 

 鈴と美魚に迫りくる少年に割り込むような形で、バレーボールほどの大きさをした固まった水がいくつも飛んできたのだ。

 

「……人払いの結界が張られていたはずだが。日向の野郎、しくじりやがったのか」

「人払いの結界は、魔術を知る者には効果がないことがある。確かにこのハートランドという街において観光客すべてを別の場所に人知れず移動させた手腕は認めるが、俺には通用しなかったようだな」

 

 現れた少年の名前は宮沢謙吾。

 理樹と真人で互いの行動を見ていたのと同じように、今回美魚の護衛にあたって鈴と少しだけ距離を置いて見守っていた少年である。 

 

「遅いぞ謙吾」

「悪かった。結界に穴をあけるのに少々手間取った」

「新手か。なら――――――まずはお前からだッ!!」

 

 ハルバートを手にした少年は標的を鈴ではなく謙吾に変えた。

 鈴を無視して美魚だけを連れて行こうとしても、遠距離から魔術を使われたら面倒だとでも判断したのか、それとも男の謙吾の方が個人的ににやりやすいと思ったのか。

 

「来るなら来い。こちらとて、ようやく釣れた手がかりを逃しはしない」

 

 謙吾は背負っていた剣を右手に取る。

 名刀『雨』。

 来ヶ谷唯湖の持つイギリスの準神格霊装や、佳奈多の使う双剣『双葉』のように霊装としての能力があるわけでもない普通の刀であるが、謙吾にとってはそれで十分だ。

 

 あくまで剣士である謙吾には、剣そのものに能力を求めてはいない。

 

 剣士を名乗る者にとって信じるべきは自分自身。

 武器の性能が必要のない要素とは言えないが、あくまでそれは付属品にすぎない。

 そもそも武道とは自分の心を鍛えるもの。

 

 星伽神社の分家の一つの生まれ、魔術を継承してきた一門の宮澤道場の跡取りである謙吾ではあるが、受け継ぐものの本質は魔術ではなく剣術。

 

 星伽の炎の魔術を抑える水の魔術を使うからといって、彼は水の魔術師を自分から名乗ることはない。

 

「そらッ!」

 

 謙吾の持つ『雨』の刃からしみ出すような形で水が現れ、水をまとった剣が現れた。

 謙吾がその状態で一振りすると、水の刃がハルバートを持った少年へと向かっていく。

 

(躱すなら躱せ。その時に、思いっきりくらわしてやる)

 

 水というものは魔術としては単品ではあまり役に立たない分野であると言える。

 炎や雷だとしたら、触れただけで人間は大きな傷を負ってしまう。

 対し、水は日常生活で飲料として口にするようなものだ。

 単体で触れても大した威力は持たない。

 

 水の魔術と言えば、せいぜい大量の水を出して押しつぶしたり、銃弾のように早く発射することぐらいしか攻撃手段としては使えない。

 

 あくまで水は、操ることによって攻撃手段をようやく得る。

 

 よって、水の魔術とは、水を操る魔術のことを一般的には指す。

 だが、謙吾は水を『生み出す』魔術師。

 元は星伽神社の星伽巫女たちが炎の魔術により、自身が特別な人間であると錯覚しないようにと戒めとして生み出したピンポイントメタ魔術。

 

 何よりも炎を消すことに特化した水を作り出す。

 つまり、聖水の類に近い水を作り出すことができる。

 

 謙吾が生み出す水の刃は切れ味こそ皆無であり、直撃しても服が濡れる程度の切れ味だ。風船を着れるのだって怪しい。だだ、触れただけで力を奪う効果がある。生き物は触れれば触れるだけ力を奪われていくのだ。

 

(―――――――悪く思うなよ)

 

 水の刃を受け止めようとしたら、水は形を失い降りかかる。

 水の刃を躱そうとしたら、その隙に謙吾の剣が迫りくる。

 

 近接戦において、ハルバートという重要武器が剣の速度に追いつけるはずがない。

 

 そうでなくとも剣とハルバートの打ち合いならば謙吾の望むところ。

 水の魔術と併用すれば、相手を無力化することくらい容易であるはずだ。

 

 実際、ハルバートを持つ少年は水の刃を見ても気にせず謙吾に向かっていく。

 

(どう対処するつもりか知らないが、次の一手で決めてやる!)

 

 水の刃は横に振るった。

 そのためジャンプして回避するか、それとも何か障害物で受け止める必要がある。 

 どのみち水に触れた時点で謙吾優位で戦いが進む――――――――はずだった。

 

「Guard Skill ―――――――――『Distortion』」

 

 水の刃に対して少年が行ったことといえば、特に何もない。

 何やらつぶやいて謙吾に向かってそのまま突き進んだだけ。

 

 それだけで、水の刃は少年に当たろうとした瞬間に、空間そのものがねじりまわったかのように変な方向に曲がって拡散していった。

 

「なッ!」

「そらよ!」

 

 驚く謙吾をよそに、ハルバートが振り下ろされる。

 謙吾は一歩踏み込むのをやめ一歩下がるだけでその一撃を回避するものの、ハルバートが刺さった地面には大きな地割れを起こそうとしていた。

 

(……今のは一体なんだ?水の刃がゆがめられた?俺の水は魔術であってもその威力を弱める。水の規模そのものが変わらなかったことを見るに、水そのものには干渉していないのか?)

 

 まるで空間そのものが歪ませて水を避けたような芸当に、謙吾はもう一度試してみることにした。

 『雨』に水をまとわせたままの状態で、ハルバートと打ち合いになる。

 一太刀一太刀の速度が違うため、鍔迫り合いの状態へと持っていくことは簡単なことだった。

 

「剣士としては邪道もいいところだが――――――――お前の魔術、見極めさせてもらうッ!!」

 

 鍔迫り合いの状態から、謙吾は『雨』にまとっていた水を目の前の少年に向けて槍を突き出すように発射した。

 こんなものは不意打ちであり、剣で勝負する剣士としては名折れであるが、今は勝負を早く終わらせる必要がある。いざとなれば戻ってこない理樹と真人を追いかけていく必要もあるし、なによりも美魚の安全のためだ。若干の罪悪感とともにこの手を使った謙吾であるが、彼にとって一番大切なのはリトルバスターズの仲間たちだ。彼らを前に、謙吾自身の剣士のプライドなど安いものだ。

 

「Guard Skill ―――――――――『Distortion』」

「空間そのものをゆがめている……というよりは、自分の近くに力場でも発生させているのか」

「はッ!詳しいことは俺も知らねえよッ!!」

 

 謙吾はこのまま水を放出していても体力の無駄だと判断し、『雨』まとわせる水の生成をやめた。

 その瞬間、

 

「今後はこっちの番だ。Guard Skill ―――――『Over Drive』」

 

 謙吾はハルバートを抑えることができずに、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 

「謙吾!」

「ふん。まさか魔女連隊の『厄水の魔女』が男だったとは思わなかったが、次は仕留める。覚悟するんだな」

「……厄水の魔女?オマエいったい何を言ってるんだ?」

「…………」

 

 言われていることの意味が分からない鈴であったが、謙吾はというと分かったこと―――――というより思い出したことが一つある。自分は今受けた技を見たことがある。この技を使った人間は、かつて自分がピンチに陥った時に理樹とともに天井をぶち抜いて助けにやってきたこのがある人間だ。謙吾は立ち上がり、ハルバートを持つ少年の正体を宣言した。

 

「お前―――――――――ハートランドの『SSS(スリーエス)』か」

「なに、『SSS(スリーエス)』だと?」

 

 もともとリトルバスターズが名古屋にきたのはハートランドのリニューアルオープンイベントに参加するためであるが、予定を早めてハートランドに入ることにしたのは美魚の安全を確保するために『SSS』の力を借りるため。だが『SSS』が美魚を狙っている相手となると、前提が崩れ去る。

 

「何を分かり切ったことを。このハートランドで勝手しようとする連中が他にいるわけがない。これを見ろ」

 

 ハルバートを持つ少年は肩に着けられているワッペンを謙吾たちに見せつける。

 そこには、「rebel against the god」の文字が書かれていた。

 

「俺たちはゆりっぺのために、命を懸けて戦う戦士。俺たちはゆりっぺを標的にしたオマエラ魔女連隊の手の者を許しはしない」

「ち、違います!棗さんも宮沢さんも東京武偵高校のクラスメイトです!魔女連隊の人ではありません!」

「西園美魚とか言ったな。お前は今記憶が混乱しているはずだ。よって、お前の言葉など今は聞くに値しない」

「そんな……」

「どのみち、ゆりっぺの障害となりうるものは、この俺がすべて叩き潰す!」

 

 話を聞く気が向こうには聞く気がないと判断した謙吾は、人まず相手を倒してから話を聞いた方が早いと判断した。

 

「俺たちは魔女連隊のものではない。だが、お前がその気ならこちらも黙ってはいない。だが、一つ聞いておく。恭介、またはレキという名に心当たりは?俺たちは以前岩沢という人物に助けられたことがだってある。お前たちの仲間だろう。あと、来ヶ谷や三枝という名前も知らないか」

「聞いたことがあるような、ないような。……まぁいいか。すぐに出てこないってことは大した意味はないはずだ。岩沢がハートランドの人間だっていうことは、誰だって知っていることだし、それがお前たちの潔白の証明にはならない。それに、難しいことは日向や音無にでも考えさせときゃいいんだよ。俺の仕事は、そこの女を連れて行くことのみだ」

「そうか」

 

 共通の知人でもいてくれたらまだ話は早かったのだが、いないことにはどうしようもない。 

 それに頭を一回冷やさせる必要がありそうだ。

 それに、

 

「野田!加勢に来てやったぜ!」

「藤巻か。ふん、こんな奴ら、俺一人で充分だ」

「そういうな。ゆりっぺのためだ。ここは確実に俺たちで仕留めるぞ。いつも音無ばっかりいいところを見せて若干悔しいんだ」

「おう!俺たちでこの『厄水の魔女』たちを始末するッ!!」

 

 新手として、長ドスを持った少年まで現れた。

 様子を見るにこいつも話を聞いてくれそうな感じがない。

 

「「いくぞッ!!」」

「……蹴り飛ばしていいか?」

「あぁ、このわからずやどもには一度痛い目を見せてやろう」

 

 いい加減じれったくなったのか、鈴は冷たい目で目の前の少年たちを見つめ、謙吾もそれを肯定する。

 

「鈴。これ以上わからずやが増えるようなら、俺は奥の手の一つを―――――――『花鳥風月』を使う。その時は西園と二人で退避してろ」

「別にいい。もう面倒だ。あたしが自分で蹴り飛ばす」

 

 野田、と呼ばれたハルバートを持つ少年には謙吾が。

 藤巻と呼ばれた長ドスを持った少年に対しては鈴が。

 

 それぞれ自分の相手を見据えて、駆けだした。

 

 最初に交差したのは謙吾と野田の二人。

 水を飛ばしてもどうにもならないと分かっていても、謙吾にとっては大した問題ではないと判断した。

 

(水を防いだのは身体の表面に力場でも発生させたからだ。なら、直接峰で当ててやれば一向に問題ない)

 

 謙吾の一撃一撃は、次の攻撃を前提として軽いものを中心とした。

 それでも謙吾の剣は、重たい武器で受けきれるようなものではない。

 いつかは決定的な隙を生む。

 

「もらったッ!」

「なめるなッ!Guard Skill『Delay』!」

 

 謙吾の剣が野田の身体に当たる者の、剣は野田の身体をすり抜けた。

 野田の身体は謙吾のすぐ横に移動していて、今謙吾が切ったのは魔術によって残っていた残像だったのだ。

 

「Guard Skill 『Over Drive』ッ!これで貴様の負けだッ!」

 

 ハルバートの最も威力を発揮できる距離にて放たれる一撃は、防御していたとしても打ち砕く斧となる。

 たとえ謙吾の力をもってしても受け止めきれないだろう一撃であったが、謙吾は受け止めもしなかった。

 

 ――――――パサァ……

 

 防御もせずにハルバートの一撃を受けた瞬間、謙吾の身体は水となり崩れ落ちていった。

 

「???」

「水面に映る影だよマヌケ」

 

 野田がディレイという魔術で残像を残していたように、謙吾も水面に自分の姿を映す魔術によって相手の隙を生んだのだ。

 

「しまっ―――――――」

「これで終焉だッ!!」

 

 野田と謙吾の戦いだけでなく、鈴と藤巻の戦いも終わりを迎えようとしていた。

 

「ええいちょこまかと……」

「うっさい沈め」

 

 棗鈴は葉留佳のように超能力に頼る戦い方はしない。

 あくまでも、彼女は堅実に戦う。

 謙吾が魔術を受け継ぐ家系出身と言うことで、恭介は魔術を遊びとしていろいろ使うようになったし、鈴だって教えてもらわなかったわけでもない。理樹のような体質上の都合で魔術が使えなかったわけではない。それゆえに、魔術だっていくつかは使える。

  

 だが、魔術には頼るつもりはなかった。

 

 真っ当に戦って普通以上の結果が出せるのなら、わざわざ魔術なんて必要もないのだ。

 

「そらッ!」

 

 鈴は基本的に臆病だ。だから銃も剣も怖い。

 相手が自分に武器があるからといっても、それで恐れがなくなるタイプではない。

 

 ゆえに、棗鈴の戦い方とは、千日手のような几帳面な戦い方となる。

 

「ッ!」

 

 相手が銃を手にしたなら銃を持つ手をまず蹴り飛ばす。

 相手がナイフを手にしたなら、ナイフをまず叩き落す。

 感覚を研ぎ澄まし、相手の行動を見て一つ一つ対処する。

 

 そのような堅実な戦いが、鈴の戦いだ。

 

 それゆえに、藤巻はドツボにはまったといえる。

 藤巻は右手に長ドスを、左手に銃を持ち、奥の手として『SSS』の魔術『ガードスキル』を使うという器用な戦い方をする。

 

 だが、一度に使えるものは一種類。

 銃と剣の同時攻撃を行おうとしてもわずかにずれる。

 それなら、一つ一つ鈴は対応していける。

 

「そこッ!!」

 

 鈴は藤巻の持つ銃を蹴り飛ばし、これで終わりだと駆けだした。

 謙吾も鈴も、相手を仕留められると確信した瞬間であったが、その時にカキンッ!という音が響いた。

 

 

「――――――ッ!レキ?」

 

 野田を仕留めようとする謙吾の『雨』に、銃弾が当てられたのだ。

 それによってわずかにずれた謙吾の剣は、野田の『ガードスキル』を貫けずに空振りに終わった。

 そして、鈴の前には

 

「ハイマキ?」

 

 鈴と藤巻と呼ばれた少年の間を遮るようにしてレキの銀狼が、ハイマキが現れたのだ。

 ただし、鈴に向かってハイマキ立っている。

 

 そして、レキの登場とほぼ同時にギターの音が一瞬響き渡ったと思えば、ぎゃああああああという野田と藤巻の悲鳴が聞こえてきた。

 

「……全く。一体何してるんだか。悪かったなレキ。止めてもらうことになって」

「いいえ。一向にかまわないですよ。それよりももっと早く連絡をつけておくべきでしたね」

「あ、いたいた。鈴ちゃーん!美魚ちゃん!」

 

 その後、美魚の背後から三人の人間が現れる。

 

「あなたは……」

「えっとお前は確か……アドシアードの時に地下倉庫(ジャンクション)とかいうところでもあったよな。宮沢……で合ってるか?」

「あぁ。あの時はありがとうございました」

「そして、そっちは……鈴か」

「へ?」

「あたしのこと、覚えてるか?」

「え、えっと、あの……」

「……覚えてないなら、いい。別に一緒に遊んだとか、仲良しだったとかそんな関係じゃなかったかさ。でも、明るくなってなによりだ」

「???」

 

 話しかけられても、心当たりなど特になかった鈴であったが、今大切なのは鈴ではなく美魚である。

 

「えっと、君が美魚でいいのかな?」

「はい。えっと、あなたは……」

 

 レキと小毬の二人と一緒にやってきた人間が名乗る前に、その名前を美魚は知ることになった。

 倒れている野田と藤巻をつかむと、オラァアアアアと怒鳴りつけている人物がいたからだ。

 

「おいテメエラ!なに岩沢さんに迷惑かけ取るんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「迷惑とは何だ。俺はゆりっぺへの愛に生きる戦士だ。ゆりっぺのためにやったことだ」

「そうだぜユイ。俺たちは日向からの伝言通り、美魚ってやつを無理やりにでも連れて来いという言葉を実行したまでだ」

「オマエラがそんなだからゆりっぺ先輩は一人で旅に出ることにしたんだろうがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

「「「……」」」

 

 先ほどまで戦っていた相手だとは思えないくらい緊張感が抜ける会話をしながらも、岩沢は一切気にせずに宣言した。

 

「あたしの名前は岩沢。ハートランドの守護者である『SSS』のメンバーの一人だ。美魚。君は今、とある理由で魔女連隊に狙われている。私たち『SSS』は、理不尽は決して認めない。だから今起きた行き違いは『SSS』の一員として謝罪する。そのうえで宣言するよ」

 

 彼女が次に言う言葉は、『SSS』の方針をはっきりとするものであった。 

 

「あたしたち『SSS』は、リーダーである仲村ゆりの名に懸けて、全面抗争になってでも魔女連隊から君を守る」

 

 



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Mission123 記憶の中にいない人

 

 さて、話はちょっと戻る。

 鈴と美魚はちょっとした行き違いからハートランドの『SSS』と交戦することとなったのだが、じゃあ理樹はどうなったのだろうか。理樹は自分たちを尾行している存在に気がついて、美魚から離れて確認をしに行った。『SSS』が西園美魚を確保しようとしていたのだから、美魚たち一行を尾行していのたのが『SSS』であってもおかしくはない。

 

 そうなると、尾行者たちの迎撃に向かった理樹と真人も鈴たちと同じく『SSS』と交戦状態となっていたところで、疑問はないのだが……

 

「いや、正直悪かったよ。俺だってお前が飛びかかってきたから反射的に手を出してしまったんだ。思いっきり殴ってしまったがまぁ許してくれ」

「おーい、理樹ー大丈夫かー!」

「うーん……もうちょっと待って。そうしたら復活するから」

 

 理樹と真人の二人は鈴たちのように、『SSS』とメンバーと交戦状態に陥ったわけではなかった。

 理樹と真人の二人がハートランドで出会った相手とは、

 

「ところでよぉ。お前たち一体こんなところで何をしているんだ?」

「観光に決まっているだろう」

「ホントか?」

「無論だ。この俺、いや、俺たちを一体誰だと思っているんだ」

「どうせまたレキのストーカーやってたんじゃないだろうな」

「ストーカーというのは言いがかりにもほどがあるぞ、井ノ原!俺たちレキ様ファンファンクラブRRRはレキ様のためを思って行動はするが、決して自分たちの心を満たすために出過ぎた行動など行ってはいない。もし抜け駆けでもしてレキ様をたぶらかそうとする輩がいようものなら、この俺自ら出向いてその性根を叩きのめしてくれるわぁ!」

 

 理樹と真人の二年Fクラスのクラスメイト、村上がそこにいはいたのだ。

 村上はクラスこそ同じなれど、専門科目は強襲科(アサルト)

 探偵科(インケスタ)の理樹よりも、日ごろから荒事に関わる機会は多い。

 そのためか、理樹の不意打ちの攻撃にも問題なく対処することができた。

 

 飛びかかった後にそれが村上であったことに動揺した動きが鈍った理樹と、いきなりのことでつい手が出てしまった村上の差が、今の現実を構築していた。村上のカウンターに近い腹パンをまともにくらった理樹は当たり所が悪かったせいか地面に倒れ伏したままで、いまだに起き上がれていないのだ。

 

 それでも意識自体は朦朧とはしていないため、ちょっと待ってと理樹は村上に声をかける。

 

「……別に村上君がここにいるだけならそんなに気にしないんだけどさ、ここにいるの、村上君だけじゃないよね。感じた視線がただ一人のものとは思えなかったし」

「あぁ、もちろんだ。この職場体験の期間に時間のあったRRRのメンバーは全員このハートランドに来ているぞ」

「オマエラ本当にヒマなのか」

「失礼な!俺たちだって武偵の端くれ、時間というものが有限であり、時として何物にも代えがたいものであることは百も承知している!ただ、その時間を割いてでも、我らがこのハートランドにかけつかるだけの理由があると判断したまでのこと!」

「一応聞いておくけどよぉ、それはなんだ?」

 

 真人が呆れながら聞いたことの答えを、村上は何一つとして恥じることのないように宣言した。

 

「決まっている。レキ様と現状最も親しい男――――――――――棗恭介を場合によっては始末するためだ」

「なんでまた?」

「よく考えても見ろ。レキ様は今回、お前たちリトルバスターズと一緒にこのハートランドへとやってきている。だが、それはおかしいとは思わないか?」

「いや、特には。僕も真人も探偵科(インケスタ)だけど、レキさんと一緒に仕事する機会がなかったわけでもないし、別に全く知らない仲でもないから一緒に遊びに行くこと自体はそんなに違和感がないよ」

「そういうことじゃないんだ。直枝、お前はレキ様のことをよく知らないからそんなことが言えるんだ。もちろんお前の言いたいことは一般的には別に間違ってもいないさ。例えば俺がお前たちと仕事終わりにどこか食べに行こうと誘ったところで、別に違和感はない。お前たちなら来るだろうし、俺だって別の案件でも入っていなければ行くよ」

「そうだね」

 

 理樹と村上の関係は、ビジネスライクなクラスメイトという表現が一番正しい気がする。

 互いのプライベートのことはあまり干渉しないものの、仕事としての仲間としては問題ない関係を築けている。理樹にとっての真人や謙吾のように、何かあった時に無条件に助けてくれるような友達とは言えないだけで、仕事終わりに一緒に何かやる分には一向に構わないのだ。

 

「だが、レキ様はというとそうではない。もちろんレキ様だって、強襲科(アサルト)の主席の神崎とは仕事上の付き合いとして何かすることがあっても、それ以外にプライベートで誰かと一緒に何かするということなんてほとんどないのだ。事実、かつてレキ様に不相応にもデートに誘おうとした輩がいたが、約束に取りつけた奴などない。いくら俺たちの存在が抑止力となっているとはいえ、レキ様はあれだけ美しいお方なのだ。浮ついた話一つくたい過去にあってもおかしくはないだろう」

「鈴とは仲いいよ?鈴が誘えばレキさんが来てもおかしくはないと思うけどな」

「そうか?棗鈴は言ってしまえば、重度の人見知りだ。内弁慶といったら言葉が悪いが、身内とそうでない人間相手では対応がまるで違う。正直言って、レキ様が棗鈴の二人が初対面で出会ってから、仲がよくなるように話が進むようになるとは思えない」

「む、確かに……」

 

 村上の主張には一切の疑問もなく、真人も理樹も納得した。

 

「そこで出てくるのが棗恭介の存在だ。俺たちが予測するに、レキ様が棗恭介と前からの接点があったのではないか?」

「恭介とレキさんが前々からの知り合いなのはあっているよ。確か、恭介の知り合いの妹がレキさんだったとかだったはず」

「だとしたら、レキ様は実姉の知り合いの妹という案外遠い関係の奴を意識していたことになる。あの棗鈴が普段無言を貫くレキ様に対して自分から話しかけるとは思えないからな。そして、お前たち二人や宮沢は論だ」

「結局なにがいいたいのさ」

「つまりだ。レキ様が、棗恭介のことを随分と慕っているのではないか?棗恭介こそが、現状我らRRRの最も警戒すべき相手と言えるのではないか?この事実を確かめる絶好のチャンスを、我らは逃さないためにここにいる!そして、場合によっては始末するのだ!」

 

 要約すると、恭介がレキと仲がいいと判断したら、恭介を始末するつもりらしい。

 恭介はリトルバスターズのリーダーであり、理樹にとっても真人にとっても大切な仲間であるが、だからといて恭介を守ろうとして何か村上を説得するようなことを言う気には二人ともなれなかった。恭介の強さは知っているし、RRRの総力が相手になろうと、恭介なら一人で何とかできるだろうという安心感があったからだ。

 

(しかし、よく見ているなぁ……)

 

 ここで理樹が感心したのは、村上がクラスメイトのことを十分に把握していたことである。

 武偵としての恭介の仕事は、理樹たちと一緒に何かするよりも自分一つで何かをしていることの方が多い。それは恭介が三年生ということで学年が違うためタイミングを逃しやすいということもあるが、それはレキと関わる機会自体も限られているということを意味している。その中で、普段ともに仕事をすることがある理樹や真人ではなく、恭介こそが危険な存在であると判断する村上は、それだけレキのことを見ていることを意味していた。

 

(ん、そうだ)

 

 ならばだ。村上ならば、西園さんの空白の一ヶ月を埋めることだってできるかもしれないと、ふと理樹は思う。ダメでもともとで、聞くだけ聞いてみることにした。

 

「そうだ村上君。ちょっと聞きたいんだけどさ、ここ一ヶ月の西園さんの予定ってどうなっていたか覚えている?」

「は?西園?」

「うん。ほら、僕はちょっとした依頼で一ヶ月近くFクラスの教室にも行っていなかったから分からないんだよ。真人もよく覚えていないって言っているし、村上君はどう?何か覚えていることはある?」

 

 村上はきょとんとしていたが、それは理樹がどうしてこんなこと聞いてくるのかが理解できないせいだと思っていた。だから理樹は知りたい理由を説明していこうとしたのだが、

 

「悪い、直枝。ちょっといいか?」

 

 村上が口にしたのは、理樹が全く思っていないことだった。

 

「あのさ、西園ってどんな奴だ?」

 

 

 

        ●

 

「誘拐されたのは東京武偵高校二年Fクラス所属、鑑識科Sランクの西園美魚さんです。現在、美魚さんをめぐり、魔女連隊とSSSによる全面抗争が始まろうとしているのです!」 

「……」

「は?美魚ちん!?」

 

 クドリャフカの提示してきたことに対して真っ先に反応したのは葉留佳であった。

 

「その様子だと面識があるようですね」

「……」

 

 あくまで護衛役としてきている葉留佳には、イギリス清教としての立場を持たない。葉留佳がロシア聖教側に何かを約束するようなことを言ったとしても、イギリス清教側を動かすことは葉留佳にはできない。そのために極力口出しはしないつもりでいたのに、美魚の名前が出てきた時には驚いて反応してしまったのだ。

 

(しまった、やらかした……ッ!)

 

 そして、そのことを直後に後悔した。

 この場においては、美魚と面識があることは葉留佳は隠しておくべきだったのだ。

 交友関係を理由にして即時の判断を迫られると、真っ当な理由でも用意しない限りは納得はしてくれない。そして、クドリャフカと姉御のこれまででの態度は対称的であることはすでに示されている。『皆既日食の書』が盗まれたという事態に対しての危機感の差がすでに出ているのだ。

 

 皆既日食の書が盗まれたことに対して、即座に動く必要があるとするクドリャフカ。

 あんなものは使い物にならないから、放置しても問題ないだろうとする来ヶ谷。

 

 魔導書により精神が汚染される可能性があるということだが、ここでできてきた名前がロシア聖教に所属する解読官であったのなら、それはそちらの責任だとして姉御は話は終わりにして帰ったのだろう。別にそのことは薄情なことだとは思わない。自分だけが苦労する分には構わなくとも、他人を巻き込んでまで何かに関わるには責任が伴う。

 

 来ヶ谷唯湖という人間は、その境界線をはっきりとする人間であると葉留佳は知っていた。

 

 自分一人の手に負えないことに他人を巻き込む権利なんて誰にもない。

 それが見知った人間であれ、結局どうするのかを決めるのは来ヶ谷であって葉留佳ではない。

 葉留佳一人が美魚を助けようとしたところで限界があるのだ。

 あくまで一人の超能力者(ステルス)でしかない葉留佳が美魚を助けるために自力でできることといえば、どこにいるかもわからない美魚を探して回ることぐらいだ。それも手がかりなしではどうしようもない。何の結果も得られない未来しか見えてこない。

 

「葉留佳君」

 

 だから、名前を呼ばれた時はどっちだろう、と思ってしまう。

 美魚を助ける選択を取るのか、美魚を見捨てる選択を取るのか。

 

 正直どちらを選んでも、来ヶ谷唯湖という人物らしい選択肢のようにも葉留佳は思うため、来ヶ谷が言うであろう次の一言を予測できなかったのだが、出てきた言葉はそのどちらでもなかった。

 

「いくつか確認するべきことが出てきた。正直に答えてくれ」

「な、なんですカ?」

「君は美魚ちんと彼女を呼んだ。そういう呼びかたができるということは、君は彼女とそこそこ仲がよかったのだろう?」

 

 何を言い出すのか、と葉留佳は思った。姉御の聞きたいことの本意が理解できなかった。葉留佳は武偵を目指し、東京武偵高校に入学した経緯自体が特殊なものであるため、中学以前からの知り合いというものがいない。それは仲間との連携を財産とする武偵としては相当の出遅れであったともいえる。

 

 武偵という存在は金を動くなんでも屋という性質上、他人から理解はされにくい存在だ。

 

 そのため、武偵となる志を同じくして学んだ中学時代のクラスメイトという存在は頼れる存在となりうる。武偵高校自体が一般高と比較できるほど数が多くないこともあり、本拠地となる場所を変えない限りは一般に武偵中学出身者はそのまま武偵高校でも見知った人間と生活していくこととなる。基本となる人間関係はリセットされず、そのまま高校に持ち越されるのだ。

 

 そのため葉留佳の人間関係というのは、非常に狭いと言えるだろう。

 

 自分が持つ超能力のことを公には話さず、自分が抱える佳奈多との一件は誰かに話すつもりもなかった。

 武偵という職業自体には何の誇りも持たず、ただの手段くらいにしか見ていない。

 そんな葉留佳がこれまで、他人とは敵を作らないようにと適度はコミュニケーションを取るだけで、自分からは積極的に誰かと関わろうとしたことはないのだ。そのため、葉留佳の人間関係はおそらく来ヶ谷がすべて把握できる程度のものでしかない。そもその美魚だって、来ヶ谷の紹介で知り合った人間だ。

 

(なんでそんなこと聞くんだろ。美魚ちんのことなら姉御だって知っているはずなのに……姉御が知らないはずないのに……)

 

 そもそも東京武偵高校において、美魚とクラスメイトなのは来ヶ谷の方だ。葉留佳は別のクラスである。正直美魚についてはなら自分よりも姉御の方が詳しいとすら思う。

 

「もちろん。いくつか仕事も頼んだこともありますヨ」

 

 ――――――そんなことは、姉御だって重々分かっているでしょうケド

 

 そう思いこそすれど、口にはしなかった。

 言っている途中で葉留佳の中で、一つの可能性が頭に浮かんだからだ。

 

(今ここで美魚ちんのことを知らないということは、別に美魚ちんと見捨てることを意味しない。魔女連隊がどういう組織かは知らないけど、『SSS』なら知っている。そっちなら私だけでもコンタクトが取れる。別にここでロシア聖教と手を切っても、美魚ちんの手がかりが完全に途絶えるわけじゃない)

 

 組織として動くことができなくとも、姉御個人としてできることはする人間だと葉留佳は知っている。

 今、美魚を助けることを前提とする。その場合には二つの選択肢があることに気づく。

 このままロシア聖教と組んで事態の解決に当たるべきか、それとも独自路線で美魚について調べてみるか。今ならそのどちらとも取れる。クドリャフカという少女には悪いけど、まだこちらは致命的なことは犯していない。

 

 なにせ美魚と面識があること反応からバレてしまったのは葉留佳であり、来ヶ谷の方はまだ何もコメントしていないのだから。だから葉留佳は、姉御自身は美魚との関わりを匂わせないように発現する。次の姉御の発言次第で、どちらの方向性でいくのかは分かるはず。まずは当たり障りのないことから答えることにする。

 

「実は美魚ちんとはお得意様でしてネ、解読系の仕事があるならまず最初に頼めるくらい気軽な仲になったんですヨ!」

「なら聞こう。葉留佳君。君は美魚君はどういう人間だった?かつてこんなことがあったという事実ではなく、君から見てどういう子だったか?」

「……はい?」

「変なことを考えず、素直な感想を答えてくれ」

 

 ただ、どうにも姉御の意図がつかめなかった。私の範囲で素直に答える分には何か変わるわけでもないため、素直に答えようとして、

 

「……あれ?」

 

 葉留佳は口ごもってしまう。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

 よほどマヌケな声が出ていたんだろう。クドリャフカが心配そうに様子をうかがってくるが、葉留佳というとクドリャフカの反応なんて全く頭に入ってはこなかった。

 

(え、ちょ、ちょっと待って!一体どういうこと!?)

 

「葉留佳君の方はどうなっている?」

「あ、姉御!一体どうなっているんですカ!わ、わたし、わたし!さっきから必死に美魚ちんのことを考えているんですけどッ!」

「クドリャフカ君の言うことが正しいなら、きっと魔導書の影響なんだろう。うちの『月の書』にしても、世界の常識そのものを変革するだけの魔力が込められているとまで言われているんだ。『皆既日食の書』とやらは話に聞いたことしかないが、これくれいのことならできないことはないんだろう。実は私もさっぱりでな。この私がそうそう物忘れすることがない上に、葉留佳君も同じような状態ならほぼ確定と言えるかな」

「じゃ、じゃあ!私がおかしくなったわけではないんですよネ!?」

「あの、一体何の話をしているのですか?」

 

 クドリャフカからしたら、突然葉留佳が戸惑い出した理由が分からないだろう。

 何か話を聞いて、その事実を受け止められてかった時に人間は戸惑いを隠せずうろたえる生き物だ。

 だが今の葉留佳は、特に何かを突きつけられたわけではないはずだ。

 聞かれたことにこたえようとして、急にうろたえた。

 都合の悪いことを聞かれて答えが浮かばなくて言い逃れしようとしている風にも見えないのだ。

 

「実はな、私は美魚君が一体どういう人物であったのか……それがさっぱり思い出せないんだ」

 

 葉留佳は覚えている。

 西園美魚は姉御の紹介で仕事を依頼する形で出会い、そして多くの仕事を共にこなしてきた。

 仕事の終わりに一緒にファミレスに入って意味のなさそうなことを話して時間を浪費したこともある。

 恥ずかしくて友達だ、とは表立って言えなかったが、彼女は葉留佳にとって仲間を言える存在だった。

 

 それなのに。

 

 美魚がどのような性格の持ち主だったか。

 美魚はどのようなものを好んでいたのか。

 

 行った事実というものは思い出せても、葉留佳の主観から来る感想ともいえるものは何も思い出せなった。

 

 

 




村上会長はとてもフットワークの軽いお方です。
たぶんこの人、理樹より強いです。
この章の一つの目的は、カッコいい村上を見せることでもあります。

本家本元のカッコいい村上を見たい人は、草薙先生の「緋弾のアリアー緋弾を守るもの」を見てくださいね!


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Mission124 記憶の中の住人

 

 

 三枝葉留佳。

 彼女は自分の一族のことをロクデナシの一門だと心の底から軽蔑している人間だ。

 そして、彼女は自分のことを、その一族の名前を持つ程度には最悪な人間だろうと思っている。

 

 少なくとも自分のことを優しい人間だとは思ってはいない。

 私が武偵となった目的は自分の家族(かなた)を取り戻すため。

 それ以外はどうでもいい。

 武偵なんて職業にも誇りも感じない。

 そんなものは所詮ただの手段にすぎない。

 普段からそう自分を評価していたし、それは大きく間違ってはいないと思う。

 

 だがそれは、選択を迫られた場合の話だ。

 佳奈多と何かを天秤にかけられた時、自分は佳奈多を選ぶ。それだけのことだ。

 

 佳奈多と何かを比較して、他をすべて切り捨てることを選ぶ程度には冷徹な人間だ。

 自己評価なんてたいていがあてにならないものばかりであるが、葉留佳はそう自分を評価している。

 

 そう、佳奈多が絡めばそういう人間になってしまう。

 その自覚はある一方で、そうでない場合はそこまで人間性は捨ててはいないつもりだ。

 

 普段からして冷徹というわけではないはずだ。

 見知った人間のことを忘れてしまうほど自分は薄情な人間だったか。

 いや、そうではいはずだろう。ちゃんと思い出せ。

 

 そんな風に自分自身を叱咤するも、葉留佳はちっとも美魚のことを思い出せない。

 そんな人物がいたという純然たる事実は覚えているのだ。

 

 過去にどんな依頼をしたのかだって覚えている。

 事実として過去に行っただって、すぐに頭に出てくる。

 

 時期は確か最初に葉留佳が美魚とであったのは高校一年生の最初のころだ。

 当時の葉留佳はハートランドを拠点として来ヶ谷とともに行動していたが、葉留佳はちょくちょくと東京武偵高校に戻ってきていた。葉留佳にとって目先の目標は自分の超能力を自在に使いこなせるようになることでがあったのだが、そのための訓練にのみ時間を使えるわけではない。

 

 来ヶ谷だってヒマなわけではなく、そもそも会ったばかりで友達ですらない葉留佳につきっきりで何かをしてやる義理もないのだ。当時の契約としては、来ヶ谷はイギリス清教という魔術に関わる組織の名前にかけて葉留佳を一人の超能力者ステルスとして自分自身を制御できるくらいに成長させる。その代わり葉留佳は来ヶ谷の仕事を手伝う。そんな関係から始まった。

 

 出会ったのは偶然で、どういう思惑があって来ヶ谷は提案してきたのかは葉留佳にはいまいち分からない。気まぐれであったのか、未熟な超能力者(ステルス)を放っておくわけにはいかなかったか、なにを思って自分に副官やらないかと言ったのかは分からない。案外何も考えていない気もする。

 

 それでも、副官の仕事を並行で行っている以上はハートランドで訓練ばかりしているわけにもいかず、ちょくちょく使い走りとして様々なところに行くことになった。美魚はその過程で出会った人間の一人。

 

 魔術について話ができる解読官。

 それが美魚に対する葉留佳の最初の認識であった。

 

 魔術も超能力も、自身がそれを使う人間でない限り理解されることなどほとんどない。 

 それは警察のような公式組織であっても変わらなく、超能力者(ステルス)はどこか他人とは違う人間なのではないかという意識が付きまとう。

 

 それゆえに、すんなり魔術絡みの話ができる人間というのは貴重な存在であった。

 そのため葉留佳はよく美魚に仕事の依頼に行くことが多くなっていき、いつしか御用達のような存在となっていた。だからこそ、

 

(……待って。どうして全然出てこないの?なんで思い出せないの?)

  

 美魚のことだ全くと言っていいほど出てこない自分自身に困惑を隠せない。

 過去にどんなことをやったのかは出てくるのだ。

 それでいて、美魚自身の人となりが全然思い出せないでいるから戸惑ってしまう。

 どうしたものかと助けを求めるように来ヶ谷の方に顔を向けるが、来ヶ谷はというと葉留佳の顔を見もせずに自分の携帯を取り出して何かを見ていた。

 

「……何見てるんですカ姉御」

「4月の初めにとったクラス写真。正直美魚君の表情もはっきりしなくてな……あ、見つけた」

「見せてもらってもいいですカ?」

「…………」

「姉御?」

「なんだ、この感覚は?……。よし、決めた。葉留佳くんへの質問を続ける。分からないでも感想でいいぞ」

「なんなりと」

「美魚君はいつも持ち歩いていたものがある。それはなんだ?」

「えっと、なんでしたっけ?確かに美魚ちんはいつも何か持ってましたね……えぇーっと」

「美魚君は白い日傘を持ち歩いていた。そうだったろう?」

「あぁ!そうでしたネ!そういえばそうでした!」

 

 どうして忘れていたんだろうか。

 葉留佳は素直にそう思わずにはいられなかった。

 以前どうして日傘を持ち歩いているのかと気になったから聞いたこともあった。

 

 その時の返答も思い出した。

 今となっては一つの思い出だ。

 

『どーして美魚ちんはいつも日傘を持ち歩いているの?ジャマじゃない?美魚ちんは武器を持って戦うなんてことはしないんだから、その日傘で銃弾を防御するだなんて暴挙にもでないデショ』

『……私は、これがないとなんだか落ち着かないのです』

『身体が弱いとかじゃないの?』

『体育の授業をいつも見学している身ですからとても元気だとは言えませんが、別に日差しが身体に致命的だとかいうような吸血鬼みたいなことはありませんよ。私は超能力者ステルスでもなんでもない私は普通の人間ですからね』

超能力者(ステルス)だってそんな変な体質の人いないとおもうけどなぁ』

 

 美魚に過去何があったのかは分からないが、いつしか日傘が持ち歩くのが当然のようなものになっていたらしい。なくても別に困らないが、ないとどうもしっくりこない。それは葉留佳自身よくわかる。葉留佳が身に着けているビー玉をモチーフにしている髪留めは、デザインとしては子供っぽさがある。まだ小学校に通う年代のころに誕生日プレゼントとして両親からもらったもだと思うといって佳奈多から渡されたものだから当然だ。それでも、もう身に着けていないとしっくりこない。大人っぽいデザインの髪留めをつけて鏡を見たら何か違うと思うのだ。

 

「そうでしたそうでした!美魚ちんといえば日傘ですヨ!」

「次、美魚君が好んで読む本は短歌集である。これは覚えているか?」

「そんなこと言っていた気がしますヨ。何の歌が好きなのか聞いても覚えられなくて、美魚ちんにかわいそうなものを見る目で見られたこともありますヨ」

「美魚くんは、鑑識科のSランクとして有名な人間である。『魔の正三角形(トライアングル)』の連中に比べて、教務科からの評価だってとても高い。それはクラスメイトの仲間たちからも変わらない評価である。そうだったろう?」

「そりゃ姉御やモミジくんと比較したら誰だって……いや、何でもないです」

 

 来ヶ谷の質問に対し、その通りだと言っていく葉留佳であるが、なんだか奇妙な感覚を覚えた。

 姉御の言うことに間違いはない。実際そうだった。

 

 だが――――――――――――指摘されるまで思い出せないことばかりであった。

 

「次、美魚君は青い眼鏡を好んで使う。入学式などの場ではいつもそうだった」

「そうでしたネ!美魚ちんはいつも青い眼鏡をしていましたネ!」

「……」

「あ、姉御ー?どうしましたかー?」

 

 葉留佳には、青い眼鏡をかけた美魚の姿が思い出せている。

 来ヶ谷の言うことに間違いはないはずだ。

 だからこそ、彼女が急に黙り込んだ意味が分からなかった。

 

 今までと特に変わった質問なんてされなかったはずだ。

 

「……なるほど」

「はい?」

「答え合わせだ、ほら」

 

 来ヶ谷が手渡してきた携帯の画面には写真が写っていた。

 映っているメンバーを見ると、どうやら二年生に進級した時に撮られたFクラスのクラス写真であった。

 そこには当然、二年Fクラスのクラスメイトである西園美魚の姿があるのだが、

 

「―――――――あれ?美魚ちんって眼鏡はこの時かけていなかったんですカ?」

 

 写真の中の美魚はメガネなどかけてはいなかった。

 

「当然だろう。眼鏡なんてかけているわけがない」

「へ?」

「私がクラスメイトで、彼女とともにいた時間は君よりもきっと長いだろうが、今までに一度も眼鏡をかけた姿など見せたことない」

「一体どういうことですカ?」

「私がさっきから君に聞いていたことは思いつくことを適当に聞いてみただけだ。事実として行動したことから徐々に美魚君自身の性格とか、個人の感想に近いことを聞いた。結果として、非常にあやふやなことになっていると分かった」

「どういうことですカ?」

「そのままの意味だよ葉留佳君。はっきりというが、私は美魚君が眼鏡をかけている姿なんて連想さえもしなかった」

「……へ?」

「今は手元にないが、『覗きの部屋』の私のデータを探しても、眼鏡姿の美魚君なんて見つからないと思うぞ」

「で、ですが姉御!私ははっきりと、美魚ちんがいつも眼鏡をかけている姿を思い出せますよ!」

「だから、それがあやふやだと言ってるんだ。それ、つい先ほど思い出したことだろう?」

「う……」

 

 言われてみればそうだ。

 美魚が眼鏡をかけているという事実だって、指摘されてそうだったと思いだした程度のすぎない。

 葉留佳自身が自分の力だけで思い出したことではなかった。

 

「もう一度思い返してみろ。美魚君はメガネなんてかけていたか?私の記憶の方が違うって主張するならそれでも一向にかまわないが、もう一度思い返してみろ」

「……美魚ちんは」

 

 間違っているのは姉御だ。私はちゃんと、眼鏡をかけている美魚ちんの姿を思い出せる。

 一体何を言っているのか分からない。そう返事をするだけだったのに、

 

「――――――――あれ?」

 

 どうしてか、今となってはどうして美魚はメガネをかけているだなんてことを自分が行ったのか分からないほど、その姿を思い出せない。

 

「自信がないか?」

「あれ、どうして……さっきまで思い出せていたはずなのに」

「それは、その記憶が外部によって思い出されたものだからだ。人の記憶なんて、具体的に結果として出てくるもの以外は個人の感性に左右されるものがある。外見だってそうだ。葉留佳君だけじゃない。私も、美魚君に関することで同意を求められたら、嘘であってもそうだったなと肯定してしまうだろう。今私は違うと否定できていたのは、あくまで私が写真を見ていて嘘と分かっていながら聞いたからだ」

「え、ちょっと待ってくださいよ!?これって私がおかしくなったというよりは、みんなおかしくなっているってことなんですカ!?」

「えっと……何がどうなっているのでしょう?」

 

 葉留佳の困惑ぶりに、どういうことが起きているのかいまいち分からなかったクドリャフカが質問するが、来ヶ谷はすでに結論を出しつつあった。

 

「こちらの結論はこうだ。美魚くんはすでに、魔導書の影響を受けている。そして、おそらくその魔導書の能力は、認識を植え付ける類の効果を持つだと考えている」

「なッ……」

 

 絶句して何も言えないでいたクドの代わりに、別の人物は来ヶ谷に対して返答した。

 その人物は、拍手をしながら来ヶ谷に葉留佳、そしてクドの三人がいる部屋へと足を踏み入れた。

 

「さすがエリザベス。あの『インクレディブル』の副官として一気に名をあげた人物なだけはありますね。そんなことなどありえないと、伝統と格式という言葉で固定観念に凝り固まった神職たちよりずっと頭が柔らかい」

「……」

「ディアナさん?」

「報告します」

 

 クドにディアナと呼ばれたのは、ロシア聖教のシスターの一人だろう。

 別に教会にシスターがいることはなんら疑問はない。

 ただし、全身に武装をしていなければの話であるが。

 

「――――――――――」

 

 一体何の用かと葉留佳は身構えるが、ディアナの目的は会話に割って入ることではないようである。

 あくまでクドに緊急の連絡を入れるためにやってきたようである。

 

「クドリャフカ。我らロシア聖教の武装シスター総勢48名。準備が整いました。」

「分かりました」

「……それで?これからどうする?」

「決まっています。美魚さんが置かれている状況がどうであれ、私たちは使命としてやらなければならないことがあるのです」

 

 美魚が現状どうなっているのか、今は分からない。 

 分からないことだらけで、分かっていることなんてほとんどない。

 それでも、代わらないことだって、はっきりしていることだって確かにある。 

 それは、

 

「ではディアナさんは魔女連隊との戦いのために入ってください」

 

 魔女連隊を殲滅すること。

 まずはそれから始めると、クドはロシア聖教の代表者として宣言した。

 

 

       ●

 

 レキと小毬は岩沢を連れてきたことにより、リトルバスターズは『SSS』との接触が成功したと言ってもいいだろう。あとは理樹と真人はどうなったのかが鈴たちの不安要素であったのだが、理樹と真人はすぐに見つかった。野田がハルバートを持って問答無用で襲ってきた時には理樹と真人の二人も返り討ちにあったのかと心配したものだが、そもそも戦いにすらなっていなかったと判明して、鈴はあきれ果てていた。

 

「それで、どうしてそいつがここにいるんだ?」

「村上君は実家が名古屋にあるみたいなんだ。職場体験の期間は里帰りとかねて名古屋で仕事をすることになってるみたいんだんだけど、ちょうどここで会ったから西園さんのこともあって話を聞けたらいいなって」

 

 これは鈴や美魚に説明するために理樹がその場で口にしたでまかせである。

 ちょっとしたら村上の実家が名古屋にある可能性もないわけではないものの、理樹は村上の実家の場所なんて知りもしない。だが、名古屋には名古屋女子武偵高校くらいしかなく、男子が武偵を目指すなら東京に出てくる人間が多いため、言い訳としてはそう違和感はない。少なくとも、

 

(レキさんのストーカーして名古屋までやってきました、なんていうよりよっぽどマシだろう)

 

 理樹はありのままを伝える気にはならなかったのだ。

 村上だけではなく、レキ様ファンクラブRRRのメンバーの大半も今名古屋に来ているなんて言いたくもなかったのだ。村上から話を聞くだけならメールでもいいはずだが、理樹は村上にも一緒に来てくれないかと頼んでいた。その理由は彼がおかしなことを言いだしたからだ。

 

『西園って誰だ?』

 

 いじわるをするわけでもなく、きょとんする村上に対し忘れたのかと憤った理樹であったが、村上の返答があいまいだったためじゃあ会うかと連れてきたのである。

 

(……で、どう?思い出した?)

(あぁ、はっきりと思い出した。なんで忘れていたんだろうな。西園はRRRのメンバーではないが、俺たちFクラスの仲間じゃないか)

 

「ねぇ村上君。今ちょっと困ったことになってるんだけど、村上君も力を貸してくれない?」

「いいぞ。クラスメイトを助けるのは当然のことだからな」

「む、村上君ッ!}

 

 村上の考えとして、当然クラスメイトとして美魚のために行動するというものだけじゃない。

 その考えがないわけではないが、彼はレキ様ファンクラブRRR会長。

 レキが一緒にいる以上、レキの助けとなることが彼の本望である。

 

「……よくわかんないんだけどさ、そいつも一緒にくるってことでいいのか?」

「うん、それでお願いします」

 

 理樹と村上の関係なんて、東京武偵高校の生徒でもなんでもない岩沢には分からないが、どのみち彼女にとっても知り合いだと明確に言えるのは恭介とレキの二人のみ。村上一人増える分には何も問題ない。

 

「まずは安全な場所に移動しようか。話はそれからだ」

「はい」

「おっと、そういえば言っていなかったことがあったな」

「?」

「こんな形になったけど、チケットを贈った人間として言っておくよ」

 

 もともとリトルバスターズにハートランドへの招待状を恭介に渡したのは彼女なのだ。

 こういった形で来ることになったのは不本意だとはいえ、リトルバスターズを歓迎する気持ちが彼女にあるのもまた事実。ゆえに、岩沢は理樹たちリトルバスターズに向けて笑顔を浮かべて言った。

 

「ハートランドへようこそ」

 



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