ドールズフロントライン[no bullet] (水無 亘里)
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#01 ―弾無し―
渇いた破裂音が鳴り響く。
覗いたスコープの向こうでは砂煙が舞っている。
雷雲に瞬く稲妻のようにマズルフラッシュがチカチカと点滅し、銃弾に撃たれた自動兵器は一機、二機と頽れてゆく。
スコープから目を離した少女は、少し不満そうに唇を尖らせると無線機に文句を投げ掛ける。
「ねぇ、指揮官~! 突入の指示はまだぁ~?!」
無線機から返ってきた声はあしらうような冷たい声。
『……まだだ』
少女は不満を隠そうともせずに舌打ちする。
当然それも聞こえていただろうが、指揮官の男はそれに答えようともしない。
聞こえているのに無視している。その事実がより少女を苛立たせるのだが、男は一向に突撃の指示を出さない。
少女は我慢できずに待機体勢から攻撃へ移ろうとした。
どうせバレない。バレても言い訳すれば良い。間違えた。指示を聞き間違えた。思わず引き金を引いてしまっただけだ、……なんてふうに。
だが、三歩も歩かないうちに少女は足を止めてしまう。
指揮官の静止の声はない。
走り出せば戦いに参加できる……かもしれない。
けれども、少女は足を止めた。
スコープ越しでなくても見える。
敵部隊が撤退を始めているのが。
――今から行っても間に合わない。私はまた、戦えなかった。不名誉な、不戦勝…………。
『……撤退だ』
少女は立ち尽くして動かない。
徒労感、とでも言えば良いのだろうか。
役目を果たせずに立ち尽くす人形。
それはなんて無様で滑稽な姿なのだろう。
そう思うと、苛立ちで今にも叫び出しそうになってしまう。
安全装置に手を掛けるのも忘れて、ただ虚空を見つめるだけの少女。
『……どうした。撤退だ。聞こえないのか、Uzi(ウージー)』
無線機の向こうで指揮官の男が声を少しだけ荒げた。
――今更、そんな指示出して……!
少女は歯噛みする。たった一発の銃弾すら撃つこともなく、戦場を後にするなんて……。
戦術人形として恥ずかしい行為だ。
戦うために生み出された少女は、その存在意義を失われてどうしようもない苛立ちを感じていた。
無論、指揮官の指示は絶対だ。それは戦場に出撃する以上当然のことである。
しかし、それでも――!
『何度も言わせるな、Uzi。そこから撤退しろ、分かったか?』
少女は我慢できずに無線機に怒鳴り声を浴びせた。
「分かってるわよ、この弾無しチキンッ!!」
激昂する気持ちを思い切り吐き出して、少女は走り出した。
配属されてから訓練以外で一度も銃弾を撃ったことのない、愛銃を握り締めて。
――
軽快な音を立てて、自動扉は少女を迎え入れた。
ここは寮舎内、配給所。
戦術人形たちが食事をしたり、談笑したりする場所だ。
Uziにとって、ここは苦手な場所だった。
何故なら――。
「あらぁ、弾無しのとこの子じゃないの! ねぇ、今日も撃ってないの?」
「もう、やめましょうよ。弾薬だってタダじゃないんですし……」
「へぇ、じゃあ君のとこの指揮官はメチャクチャ貧乏なんだね!」
Uziは無視して食券を買って、列に並ぶ。
反論なんてするだけ無駄だ。
それに何より、彼女たちが言っていることは何一つ間違ってなどいないのだから。
――私だって嫌いよ! あんな弾無し! きっと玉無しのチキン野郎だから撃たせないのよ!
配給のカレーを受け取ったUziは香ばしい薫りを放つスプーンを口にえいやっ! と放り込んだ。
少し辛めの味わいが疲れた身体にガツンと響く。
動かずにこわばった身体は、待機姿勢でいただけでそれなりに消耗していた。
せめてもう少し動き回っていればここまで疲労を溜め込むこともなかっただろうが。
そんなムカムカもスパイスと一緒に飲み下して、一気に器を空にする。
食器を返却棚に戻して口元をナプキンで拭うと、少女は足早に配給所を去った。
有象無象のやかましい声を自動扉がシャットアウトする。
寮舎に戻れば今日も一日終了だ。
明日も出撃。朝は早い。
戦闘の機会は今度もないだろうが、寝坊するわけにはいかない。
今日は早めに休んでおこう。少女はそんなふうに考えていた。
……そんな足を縫い止めたのは、指揮官の執務室を通り過ぎようとしたときのことだった。
別に通り過ぎれば良いだけである。
最早、挨拶をするような義理もない。
顔を見れば文句を言いたくなるに決まっている。
だが、戦術人形としてはそれが正しいとも思えない。
人形のあるべき姿は、主に忠実であること。
それを弁えないほど、自分は未熟ではない。
Uziはその程度の分別は持っている人形だ。少なくともUzi自身はそう考えている。
だがしかし、それでも――。
何度か首をもたげた少女は、「まぁ、挨拶くらいはしても良いわよね。ついでに少しだけ文句を言うくらいは許されるだろう」と、納得できる言い分を思いついた。
そのままIDタグをパネルに当てて認証を行う。
自動扉が瞬時に開き、人形の立ち入りを許可した。
Uziは少しだけ迷った後、結局入ることを選んだ。
執務室に入るのは初めてではない。
中はいつも暗くて、どう控えめに考えても精神衛生的に好ましい空間とは思えない。
こんな部屋で暮らしている指揮官は頭がどうかしているとしか思えない。
その結果があの指示なのだとしたらあるいは少しだけ納得がいくような気もするが――、一瞬そう考えていやいや! と首を振る。
民間企業とはいえ、自分たちは戦闘部隊の一員なのだ。
そのうちの一人が異常者だとして、それをいち指揮官として重宝している上層部は何だ。いくらなんでもそこまで愚かな人間ではないはずだ。
そうであるならば一体――、この男には何の価値があると言うのだろう?
弾を撃たせない指揮官。自室に明かりを点さない指揮官。
果たして、この男は一体――?
薄暗い部屋を進むと男の顔が青白い光に照らされていた。
ディスプレイの光だけが部屋をぼんやりと色づくっている。
男は顔をディスプレイに向けたまま、呟く。
「文句を言いに来たのか?」
図星を指され、Uziは少し言葉に詰まった。
「べ、別にそうじゃないわよ。ただ、通りがかったからちょっとだけ挨拶をしに来ただけよ」
嘘ではなかった。ただ、本当は文句も言いたかったのだが……。
男は少しだけ歯を見せて笑ったが、視線を動かすことはなかった。
「それはそれは。殊勝な心がけだ。本日も任務ご苦労様。他に用がないなら下がって良いぞ」
そう返されて、答えに窮するUzi。
用と言われても思い浮かぶのは文句ばかりだ。だが、それを言えば先の言葉を否定することになる。
図星を指されたと認めるのも癪だ。しかし、ここで引き下がるのも相手の思い通りになったみたいで不愉快な気持ちになる。
そんな迷いがよぎって、返事ができないでいると、指揮官はようやく視線をこちらへと向けた。
少しだけニヤついた、腹の立つ顔だ。
「なんだ? 寂しいなら添い寝でもしてやろうか、お嬢さん?」
――瞬間、引き金を引いてこの男の脳漿をぶちまけてやろうかと思った。
我慢ができたのはある種の奇跡かもしれない。
それでも憤りは決して抑えきれるものではなく、その辺にあったマグカップを掴み取ってクソ野郎の頭にぶち当ててやった。
だいぶ派手な音がして、他の部屋からぞくぞくと人が集まってきたが、不思議と止められることもなく寮舎へと帰れた。
二段ベッドの上段に潜り込むと少しだけ胸がすいた心地がした。
指揮官の額に傷跡ができているのを想像すると、思わず笑いが込み上げてきた。
明日、指揮官が怪我をしていたら上手く笑いを抑えられるだろうか。
少女はしばらくの間、布団を被って笑い声を掻き消すのに苦心する羽目になるのだった。
実況しつつ小説書いてる変態こと水無です。
今回はいつものSSではなく、続き物として書きました。
こういう書き方は途中で頓挫したりエタったりするのであまりやりたくはなかったのですが、一番良いネタがこれだったのでやってしまいました。
これからがんばります。
追記:エタりました。余力があれば書きますのでご容赦ください。すみません。
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