nameress −改訂版− (兎一号)
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モンスターな少女
如月結城は金髪少女である。


お久しぶりです。
ワールドトリガー連載再開おめでとうございます。
これでようやく先の展開が少しかわかるので、続きが書けます。

と、言っても書き直しするんですけどね。
ただ、昔のように1日一話はおそらく難しいと思います。
いやぁ、昔の私は一体何してたんでしょうね。
よっぽど暇だったんでしょうね。


 砂が混じった強い風が頬を掠める。荒野に一人黒衣の騎士が立っている。立っているのは騎士だけ。辺りに転がる者達は、誰一人として起き上がろうとはしない。生臭い血が辺りを穢し、噎せ返るような匂いが風に流されていく。積みあがった死体に一体一体剣が突き刺さっている。その剣は刃こぼれしていた。騎士は手にしていた黒い剣を突き刺した。ざりっと土蹴る音がした。

 

「ば、けもの……。この、化け物!!」

 

 左腕を無くした少年がそう叫んだ。恨みを込めて、憎しみを込めて。彼はそう叫んだ。騎士は視線をその少年の方へ向けた。身体の半分以上を赤色に染め上げ、左腕からはダラダラと血が流れ出ていた。

 もう長くはない、剣を突き立てるまでもないか、と騎士は少年を考えた。

 

「何で、何でこの国に来たんだよ!」

「何故? 簡単な事よ。この国は今、一番玄界に近い。この国を潰したら、玄界に兵器を送る国が減るでしょう? そうなれば、私のような犠牲は減るもの。」

 

 仮面で見えない騎士の目元を見ることは出来ないが、形の良い唇は笑みを作っている。

 

 騎士はその見た目ににつかわない思考を持っている。何かを守る事に重きをおくのが騎士ならば、目の前の黒衣の騎士は何かを壊す事に重きを置いているようだった。ただ、目の前の者はたしかに騎士だった。騎士は祖国の住民を守ろうとしていた。

 しかし、それでも守るべき何かを失った騎士は、振う剣の先に何がいるのか最早気にする事は無い。向けた剣先が自分の方を向いていたとしても、騎士にはとうに過ぎた事。騎士の手の中には、騎士の命さえありはしないのだ。

 

「もう直ぐで楽になる。その焼ける様な憎しみから。」

 

 もう直ぐ解放される。

 

 騎士の言葉に少年は恨み言を吐いた。最後、少年は涙を流しながら何かを叫んでいた。しかし、彼の体の中にあるトリオン器官が侵され奪われ、少年はぐったりと倒れた。虚ろに目を開けた少年から略奪の呪いが霧散していく。騎士は少年の目に手を当てて、そっと瞳を閉じた。それを皮切りに黒トリガーは次々に死体からトリオンを略奪し始めた。多くの玄界の住民がそうされてきたように、黒トリガーは侵略し略奪をした。

 この光景は何度も見てきた。まるで復讐のように、彼らのしてきた事と同じように、黒トリガーはトリオン器官を蓄えていた。

 

 何もかも無くなってしまったその場所は、ただ孤独を強調していた。誰も住む事が無くなったこの国は、一体誰が支配するのだろうか。それは分かりきった事だ。私の後ろをぞろぞろとついて来ている軍団がいる。そいつらがこの国に残ったトリガーを回収するだろう。その後、きっと誰かが移住してくるんだろう。

 突き刺さっていた剣が黒い霧となって霧散した。騎士は手に持っていた特殊なトリガーを地面に置いた。騎士はこれを手にする為だけに国を一つ滅ぼした。

 

 これは対価。国を一つ滅ぼした、功績。

 

 騎士は知っていた。この国を滅ぼした後は、彼の軍団が自身を殺しに来るという事を。しかし、それを知らせてくれた者がいた。大切なはずの祖国を裏切ってまで、彼は騎士に自国への帰り道を示したのだ。騎士が行方を暗ませることで、これ以上の近界の混乱を回避しようとしたのだろう。

 もしかしたら、彼の軍団は彼女の自滅を目論んでいたのかもしれない。しかし、この国は元々小国。黒トリガーを所持していなかったからこそ、黒衣の騎士はたった一人で制圧できたのだ。

 騎士は口には出さず、彼の紳士に礼を言った。

 

 トリガーを起動させる。真っ黒な球体が出現した。

 

「この先が、玄界。」

 

 騎士は黒トリガーを解いた。肩に付くほどの金色の髪、深い海色をした瞳。その声音は、女の物だ。若く、幼さを残した声が風が攫う。少女は黒い球状の(ゲート)に足を踏み入れた。

 昔、当時の事は何も覚えていないけれど自分は確かにこれを通ったはずだ。懐かしいとも思えないその先には、やはり懐かしいとは思えない風景があった。

 

 そこは酷く壊された、記憶にない故郷であった。

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、如月結城と言います。最近まで外国で生活をしていたので皆さんに迷惑をかける事が多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします。」

 

 軽く頭を下げた少女は、綺麗な金色の髪を持った少女だった。ぱちりと開いた蒼い瞳は柔らかく細められ、少しだけ上がった口角が笑みを作り出した。外国で生活していたという割に、少女の言葉は丁寧で外国人特有の訛りを感じさせることはなかった。それでも深い青の瞳の奥は酷く深い闇だと、ある少年はそう感じた。

 少女の席は窓側の一番後ろの席だった。クラスの中では日当たりの良い恵まれた部屋として人気の高いその場所はあまり少女に取って重要性を感じる事は無かった。

 

 少女が学校に通うのはこれが初めてだったからだ。

 

 しかし、少女は図らずともそのクラスの中でちょっとした注目の的になっていた。今は10月。日本人の感覚したらあまりにも中途半端な時期に来た転校生なのだ。それに帰国子女となれば、外国に憧れを持っている10代の子供にはあまりにも好奇心を擽られるネタだった。

 それに最近、近界民に攻め込まれたばかりで人口減少の一途をたどっている三門市民からすれば、あえてこの街を選んだ人間の事を知りたいと思うのだ。それはこの街の特別な事情を知っていながらも三門市に近付いた彼女は、つい最近世間に知られた界境防衛機関ボーダーの関係者と思われるからだ。

 子供達の中の想像がまた想像を膨らませた。

 

「如月さんって、何処から来たの? イギリス?」

「イギリス? いいえ、違うわ。」

 

 少女は首を振って答えた。

 

「えぇ、じゃあどこ?」

「色々な国。沢山の国を見たわ。豊かな国や貧しい国。本当に、沢山の所を。」

 

 少女は眉を八の字にして他の生徒達の質問に答えていった。その答えに具体性は無く、彼女はのらりくらりと質問を躱していった。そんな事をしていれば予冷が鳴り、人々はあまり熱が冷めぬまま自分の席へと戻って行った。彼女はその様子に小さく溜息を零した。少女は真新しい教科書に視線を落とした。その視線は恐ろしく冷めていた。

 

 

 

 

 学校が終わり、少女は中学校についていた。一緒に帰ろうと言ってくれた生徒がいたが、今日は色々と忙しいのだと断った。仕事をしている教師以外、学校の中にはいない。先程まで校庭で野球をしていた少年たちはとっくに帰路につき、騒がしさは何処かへと連れていかれてしまった。

 日が落ち、すっかり暗くなった学校の屋上に少女が立っていた。屋上は危ないと言う理由で立ち入りが禁止されている。勿論守衛がカギをきちんと管理し、いつもは誰も屋上へ上がる事は無かった。しかし、彼女は人生の中で身に付いてしまったピッキング技術を如何なく発揮した結果だった。

 

 少女の瞳にはつい最近出来た真っ白な直方体の建物が映っていた。微かにぶれる左目がその建物を捕らえて離さない。あの子があの建物を捕らえて離さないのは、そこに怨念があるからなのだろうか。

 彼女達が幼い頃、あれがあったなら、あんな目に会う事は無かった。なんて、他人任せなことを考えずにはいられない。彼女達以外にも、故郷に帰れず、苦悩し心を壊してしまう人は減った事だろう。

 少女は見ていた。希望を無くした多くの人々を。希望が無くなれば最後に残るのは絶望だけだ。望みは絶たれ、先を見失う。その中で人は初めて深淵を見るのだろう。少女がいた国は時折、沢山の内臓を持ち帰ってきた。本来視認できない心臓の近くにある特別な器官。それは内臓であるのに赤みが掛かった血生臭い物では無い。しかし、しっかりと内臓なのだ。少女たちが初めてそれを見た時、臓器売買の現場を目撃させられている気分だった。

 

 いや、実際はそれよりも性質の悪い物であるのだろうけれど。

 

 ただ、それでも少女の隣にいた黒髪の彼女はそれを見る度に泣いていた。大量に運ばれてきたそれを見る事の出来る黒髪の彼女は、あの中に知り合いがいるかもしれない、と。少女はその度に黒髪の彼女を抱きしめて慰めた。黒髪の彼女は自分が内臓を取り出されずに生きている事を苦痛に感じていた。それは正しい倫理観だ。

 少女には、その行為に何か罪悪感などを感じる事は無かった。それは、終わりの見えない戦いに身を投じざるをえなかった状況への逃避なのか、将又その時には少女の心が壊れていただけなのか。少女には判断のしようがなかった。少女は医者では無いのだから。

 

「帰りたい。」

 

 生まれた故郷に、帰りたい。帰属本能はどんな動物にも必ず備わっている物で黒髪の彼女の言葉は決して珍しい物では無いだろう。でも少女にはそれが理解出来なかった。それは恐らく、少女に取って地球(玄界)が故郷と呼べるほどの執着が無く、愛着が無かったからだろう。

 しかし、帰りたいと思うその心は決して間違ってなどいない。正しい友好関係を結んでいた彼女だからこそ、そう望んでいたのだろう。

 

 少女はすっかり暗くなってしまった夜空を見上げた。制服の上から逆十字のチョーカーに触れる。この中にいる彼女が故郷に帰ってこられた事で疼いているように思える。

 

「そんなに良い所なのかしら、玄界って。」

 

 数日ここで過ごしているが、少女はそんな風に映る事は無かった。徹底された学力社会である玄界では、学校に通っていなかった少女が圧倒的に不利なのだ。それならば、学力の関係ない近界で傭兵生活をしていた方が、少女には幾分か生き易いのだ。それになにより、日本と言う国は調べた結果、素人が差し込めるだけの甘さが無い。戸籍のない少女にはお金を稼ぐ手段がないに等しいのだ。

 

「漸く、漸く帰ってきたよ。少し時間が掛かっちゃったけど、ここが貴女の生まれた町。帰りたいと願った場所。少しだけが壊れちゃったみたいだけど、大丈夫。日本は『ぎじゅつたいこく』なんだもの。きっとすぐになおしてしまうわ。貴方は何時もそう言っていたものね。」

 

 制服のポケットの中から取り出したすすけたネームプレート。白い紙には、平仮名で『きさらぎゆうき』と丁寧に書かれている。彼女に吹き荒む風は、凍える様な冷たさを運んでくる。慣れない寒さに身震いをする。

 

「さて、貴方の手がかりを探さなくてはね。」

 

 少女はそう言って屋上から出て行った。



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如月結城は探し物を見つけられない

 少女は黒髪の彼女、正確にはそのネームプレートを家に帰す為に、まずは情報が必要だった。少女が持っている情報は彼女が東三門幼稚園と言う場所に通っていた事だけ。ネームプレートの後ろに東三門幼稚園と書かれている。少女はそれだけを頼りに幼稚園を探しているのだ。

 

「昔ね、三門市に住んでいたみたいなの。それで幼稚園の先生とかに会ったらその時の事を少しか思いだすかなぁって。」

「え? 如月さんって三門市に住んでたの?」

「えぇ、でも。昔の事過ぎてあんまり覚えてないの。」

 

 隣の席の女生徒に少女は色々な質問をした。その分、質問を返されもしたがそれは仕方のない事だと、半ばあきらめてもいた。女生徒は顎に手を当てて、記憶の中から引っ張り出す様に考え込んだ。

 

「幼稚園かぁ……。まぁ、あるにはあるんだけど。」

「だけど?」

「最近、近界って所から攻め込まれて色々な施設がてんやわんやだからなぁ。」

 

 女性とは困った様に頬を掻いていた。少女も実際その混乱に紛れたからこそ中学校に通ってえている。東三門市から三門市に流入した人間は数多くいる。東三門市に在った市役所から一般市民が書類を取ってこられる筈も無く、東三門市の市役所で働いていた職員の多くも生き残っていない。

 つまり、三門市はその人間が本当に東三門の住民であったかどうかなど確認のしようがないのだ。三門市は厚生労働省などから戸籍謄本などの資料の開示要求にだって本人の身分証明書が必要。一体どれほどの人間があの惨劇の中、身分を証明できる物を持ち出せたのだろうか。

 学校だってそうだ。生き残った生徒達を平等に割り振らなくてはいけない。そんな中で転校生の処理など忙しくて良く見る暇など無かったのだ。

 

「まぁ、私が覚えている範囲で良いなら。」

 

 そう言って女生徒は丁寧に地図書いてくれた。幼稚園があった場所に丸がついて行く。そしてその地図には赤い線が轢かれた。

 

「この赤い線は?」

「これは立入禁止区域の線。この線から向う側に探しに行っちゃだめだよ、如月さん。」

 

 彼女がから地図を受け取って昨日少しだけ見て回った場所と照らし合わせていた。

 

「如月さんは転校生だから知らないだろうけど、近界民って本当に怖いんだから。すっごく大きくて真っ白なんだよ。」

 

 女生徒は大きさを両腕を大きく広げて表そうとしていた。少女は数回瞬きの後、苦笑いを浮かべて『へぇ、そうなんだ。』と返した。少女は三門市民は本当の事を知らないのだな、と確信した。真実を知っているのなら、トリオン兵の事を近界民だとは言わない。あれがただの無人兵器であるという事を、彼女達は知らないのだ。

 でもその心情を理解出来ない訳でもない。

 戦争に行くのが自国民でないと気が楽なのと一緒で、相手をするものが人型では無いなら気が楽なのだ。そして明確な化け物こそ、誰もが明確な殺意の対象に出来る。向うは少女達の事など同種の物だと思っていないなんて、考えもしないだろう。

 

 形が似ているから分かり合えるなんて幻想だ。

 現に、人間は人間同士でさえ分かりあえていない。

 自身が出来ていない事を他者に求めるなんて、呆れて物が言えない。

 

「でも、ありがとう。これで探しに行けるわ。」

「うん、いいの。でも、本当に期待しない方が良いよ。大規模侵攻で東三門市の方は壊滅状態だし。いなくなっちゃった人の方が多いから。」

「えぇ、分かったわ。でも、この中にあると嬉しいなぁ。」

 

 少女は簡易的に書かれた地図を見詰めた。予鈴が鳴り、担当教科の教師が教室の中に入ってくる。教壇の上に必要な教材を置き、号令係に声をかける。先程まで話していた女生徒はしっかりと黒板の方を向いていた。少女はちらりと窓の外から家の屋根を見た。

 

 

 

 

 

 

「はぁ。」

 

 お洒落なカフェテリアで頬杖を突きながら少女はコンビニの健康食品を食べていた。普通、そう言った店ではその店以外の物の飲食はご法度なのだが、誰も少女を注意しようとはしない。

 

「あんまり美味しくない。軍隊のレーションみたいだわ。次からは別なのにしましょう。」

 

 シックで落ち着いた雰囲気の場所であまりにも似使わない物を食している少女は、ため息交じりに愚痴をこぼした。少女が食べている物は多くの栄養素を手軽に摂取できるように作られた所謂栄養調整食品だ。しかし、少女はそれを求めていた訳では無い。今までずっと読み書きが出来なくとも良い生活をしていた彼女は文字と言う物を知らない。ましてや、7歳までしかいなかった玄界の文字などとうの昔に忘れた。今はまだ帰国子女という事で学校では大目に見てもらっているが、いつか襤褸が出そうだ。少女としてはとっととこの玄界からおさらばしたい所だった。

 少女は疲れていた。毎晩毎晩、学校終わりに市内を徘徊し目的の建物を探し歩いているのだ。彼女は精神的に疲れていた。お目当ての物は安全区域内には存在しないようなのだ。これは危険区域内を探すしかない。あの女生徒は丁寧に危険区域内の場所にまで丸が付いている。人目につかない時間帯になるまでカフェテリアで時間を潰した。

 

 しかし、野外で活動するには私の髪色はどうしても目立ってしまう。それに一着しか持っていない制服を万が一にも汚す訳にはいかない。今までは安全区域内だから多少は良かったが、次は見つかれば即アウトな危険区域だ。界境防衛機関がどのようにその地域を守護しているのか分からない以上、目立った行動は出来ない。せめてパッと見他の日本人と区別が難しいように髪色を変えるべきだろうか。

 私は外国人なのだそうだ。昔から連れて来られる人間は黒髪ばかりで、同じ様な金色の髪など見た事が無かった。少女の意識の根幹にこびり付いた異端と言う二文字。その二文字が少女を取り囲むように壁を作り上げた。誰もその壁を超えられた事は無い。少女でさえ、その壁を超えられていないのだから。

 

「髪、どうにかしなきゃ。」

 

 現代に置いて少女ほど無知な人間はいないだろう。髪を染めたければドラックストアに行けばいい。しかし近界にはそのような便利な場所はまずなかった。彼女の中の常識は戦場の中でのみ通用するものだった。そんな少女でも、この日本に置いて殺人は罪に問われるという事を知っていた。それはたった7年間であったが玄界で過ごした彼女の中の常識だった。

 その余計な常識は彼女を擦りきらす原因となったのだけれど。

 

 少女は椅子から立ちあがり、調べ物をする為に図書館に向かった。そこに残されたのは少しだけ轢かれた椅子だけだった。

 

「あれ? あそこにいた人……。」

 

 アルバイトの一人がそう呟いた。あそこにはたしかに誰かが座っていたような気がするのだ。それがどんな容姿であったのか、服装をしていたのかその一切がはっきりしない。アルバイトは引かれたい椅子を元に戻した。

 

 少女自身、その力に気が付いたのは大怪我をした時だった。どこぞのお人よしが拾って育ててくれるまで、少女は無意識にそれを使っていた。知ってからは物を盗むのに大変重宝していた。

 

 

 少女は自身の寝床に戻ってきた。少女は管理人が夜逃げしたマンションの一室で生活していた。勿論、電気は通ってないし、水道もない。しかし、コンビニが近いので食料には困っていない。あるとしたら銭湯が少し遠いくらいだ。それでも暖かな湯に浸かることが出来ること自体、戦場じゃ珍しかったので玄界での生活は裕福だと感じていた。それに外を常に気にしなくて良いというのも中々である。

 ただ、何時もそうしていたせいだろうか。少女の意識は常に自身より高い所から誰か見下ろされていないかという事に注意していた。それは今までの生活の習慣のような物で、それを怠ると一発で頭を撃ち抜かれる可能性があった。他人から見れば気の張った生活であっても、少女からしたら日常だった。その日常が今は崩れている。少女にはそれがストレスとしてのしかかっていた。

 そう、寧ろ誰かいてくれた方が楽なのだ。その誰かを仕留める事でストレスが発散される。ほら、自分は正しいと自己肯定に浸れるのだ。だのに、今はただたまる一方だ。しかし、警戒地域に出現するトリオン兵を倒す訳にもいかない。今は鳴りを潜めなければならないのだ。

 

 ボーダーは(ゲート)が開いたのに、トリオン兵が見つからない事を怪しむはずだ。もしかしたら彼らはトリオン兵がただの兵器だという事を知っているかもしれない。ならば、住民に紛れ込んだ少女を探し出そうとすることだって考えられる。

 少女はただ大人しく、相手が引きさがるの待つしかない。前回いた場所と違って日本を滅ぼしに来たわけでは無い。少女はただ、彼女の願いを叶えに来ただけだった。戦闘の意思はない。それで向うが納得してくれるとも限らない。

 それに少女は玄界での用事が終われば、近界に戻るつもりでいた。少女にはここがあまり居心地の良い場所では無かったからだ。また、あちら側で玄界のために戦えばいい。そう考えていた。

 

 真夜中、黒いパーカーを調達し少女は夜の街に繰り出した。地図を片手に人気のない路地裏を歩く。少女は安全区域と危険区域に境界線を見た。鉄格子の向こう側からは最早安全が保障されていない。少女はその事実に安堵の息を漏らした。ただの平穏より少しだけ恐怖があるほうが若干気が落ち着いたのだ。

 これから先、少女は誰にも見つかってはいけない。トリオン兵にも、ボーダーにもだ。トリオン兵と出くわせば、必然的に夜勤の任務に当たっている兵士に会う危険性だって高まる。何よりトリオン兵を壊せば、黒トリガーのトリオン反応を探知されてしまう恐れがある。玄界の技術が近界に比べてまだまだひよっこだとしても、油断はしないほうが得策だ。

 話に聞けば、(ゲート)の位置をあの基地周辺に固定することには成功しているようであるし。

 

「ここから先が、危険区域。」

 

 少女は家の塀を飛び越えた。視線をちらり電柱の方へ向けるとそこには監視カメラが設置されていた。当然、監視のカモフラージュということはないだろう。

 

 あれの位置も把握して動かなくてはいけない、か。

 

 と、ため息を吐き出し、それから気合いを入れるようにパンパンと頬を叩いた。少女は目的以外に少しだけ楽しんでいた。緊迫した状況において少女は楽しさを感じるようになっていた。それは一種の現実逃避にも似ていた。こうなれば徹底的に彼らの目を欺いてやると変な意気込みを少女はした。

 しかし、それでも少女は迅速に行動した。少女はそれほどまでに幼稚園を見つけたかったのだ。最早、少女にとって最後の生存理由といっても過言ではないほど、少女は追い詰められていた。監視カメラに気を付けながら少女は町の中を歩いた。地図に監視カメラの位置と向きを書き込みながら一番近場の幼稚園を目指した。その間、誰かから見られている感じはしないし、その気配も無い。転送(テレポート)の技術でも確立しているのだろうか。だからこそ、態々基地から出て見回る必要がない、と。

 

「尚更、見つからないようにしないと。」

 

 少女は小さく呟いた後、白い建物に目を向けた。

 

「流石、ぎじゅつたいこく……、と言ったところかしら。」

 

 どうして、とバカげた考えは直ぐに無くなった。そして少女の中で必ず約束を守ると強い決心に変わった。少女は深く息を吸いこみ、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「では、報告を。」

 

 深夜、一人の男がそう言った。近界からの大規模侵攻以降、忙しくはしていた幹部たちが緊急事態を受けて一様に介した。

 

「あぁ。」

 

 報告を促したのは顔に傷のある男。その男の言葉を受けて報告を始めたのは小太りな男だ。どちらも中年で子供の一人や二人、いても可笑しくない年齢だろう。他にも四人、計六人の男が一つのテーブルを囲んでいた。

 

「この前発生した、何も出てこなかった(ゲート)についてだ。」

「確か、風間隊員が(ゲート)の封鎖を確認して、何も出て来なかったそうじゃないですか。」

 

 細身であまり健康そうでは無い男が小太りの男の発言に被せて言った。

 

「あぁ、その時間帯の監視カメラをすべてチェックが漸く終了した。」

 

 小太りの男はテーブルの中央に一枚の写真を投げ出した。そこには襤褸を被った人間が映し出されていた。写真から辛うじて分かるのはそれが160㎝後半の身長で、襤褸から少しはみ出している髪を見るには金髪だということくらいだろう。しかし、外見の情報などあまりあてにならない。トリガーによっては全くの別人に成りすます事だって可能だという情報を彼らは既に持っていたからだ。故に、この情報を元に目撃情報を集める訳にはいかない。

 それ以外にもボーダーが隠している情報の為にこの女性を彼らは公に探すことは出来なかった。

 

「近界民、か?」

「その確認は取れておらん。しかし、一般人が警報が鳴った直後にこんな小汚い格好して警戒区域に居るとは考えられん。」

 

 小太りの男の言葉に対して否定的な意見は出なかった。

 

「これよりこの女の捜索を命じる。敵であれ味方であれ、正体不明のままでは判断のしようがない。」

 

 顔に傷がある男はじっと写真の人型を睨みつけた。




お疲れ様です

タグに捏造と恋愛要素を追加しました。
タイトル修正しました。


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如月結城は覚えていない

 大きく口を開けて彼女は欠伸をした。最近はから風が吹き、屋上もだいぶん寒くなってきた。夜中、歩き回っている彼女の体は疲労を訴えていた。それでも彼女が休暇を作らなかった。

 地図を開き、彼女は今日通るルートを検討する。監視カメラの位置、ここ数日で見つけることのできた隊員と思われる人間の配置、行動先をルートに盛り込む。

 

「やっぱり、ここに行くのは難しい。」

 

 現状、一番ボーダーの建物に近い丸の場所はそれなり警備が厳しく、監視カメラのいくつかを壊すしかない。しかし、それでは少女の爪痕を残すことになる。少女のプライドがそれをよしとはしなかった。

 

「このやろう!」

 

 少女はまたか、と思いながら殴り合いの音のした方を見た。毎日行われる殴り合い。対立している人間の一方はいつも同じ少年だった。くしゃくしゃの黒髪の少年はいつも一人で誰かに突っかかりに行くのだ。

 早死するタイプだなぁ、と思いながら少年たちを見下ろした。いつもギリギリで黒髪の少年の方が勝つ。しかし、何時もやられっぱなしでは男の恥だと思ったのだろうか。今日は五人連れてきたらしい。6体1だ。6人で相手を追い詰めようとする方も、それに一人で立ち向かおうとする方も全くどうしようもなくバカだと思う。

 

 つい最近、一国家vs一人を繰り広げた少女には言われたくないだろう。

 

 この乱闘の音を聞きながら屋上で次の探索の算段を考えるのが日課となっていた。しかし少女の方は手詰まり気味で、これはもうボーダーに潜入でもしないと行動できないのではないか、と思い始めていた。その日は偶々手詰まり感が否めず、気分転換に下の風景を見た時だった。

 

 少女は思わず息を飲んだ。

 

 

 

 

「おら、早く来い!」

 

 あの時、私はまだ日本語が達者では無く、指揮官の命令をいまいち理解できていない頃の事だった。彼らの言葉に理解が無く、その事実など彼らに届く筈も無かった。彼らに取って玄界に住んでいる人間は燃料か、奴隷でしかなかったのだから。奴隷がどんな言葉を話そうが、彼らにはあまり関係ない。しかし、奴隷が自分たちの言葉を理解せず無駄な犠牲を出す事が彼らは我慢ならなかった。少なくともその無駄な犠牲の中には自国民が含まれているからだ。

 それでも彼らが私を処分しなかったのは、私には多少の犠牲に目を瞑っても利用したい何かがあったからだ。利用せざるを得なかった、とも考えられるが。

 そんな時、私の代わりに連れて来られるのは私と一緒に連れて来られた男の人だった。彼は私の前で頭を掴まれ、そのまま水の張ったバケツの中に押し込まれた。男は苦しそうにひどく暴れたが、その度に鞭で打たれ殴られていた。バタバタと辺りに当たり散らした腕は次第に力無く地面にへたり込む。ピクリピクリと動く指先、しかし、それ以外はピクリとも動かない。そうなれば、彼らは男をバケツから出し私の目の前で放置する。恐怖で慄いた私はその場所からピクリとも動くことも出来なかった。息を吐きだしているのか、吸い込んでいるのか。そんな単純な反射でさえ分からなくなっている事にさえ気づく事無く、私は目の前で起こった悲劇に見詰める事しかできなかった。

 酷く濁った瞳が、焦点の合っていない黒い瞳が、こちらを見ている様な気がして思わず目を背けたくなるのに、それが許されなくて。口からポコポコと白い泡を吹き、床を汚す。

 

 泣き出すことも出来ず、ただ私の中で何かが軋み音だけを響かせていた。本来なら吐きだすべき言葉は一切音にならず、ただ、空気の擦れる音だけが私の口から漏れていた。

 

 

 

 

「先生!! 男の子が裏庭で喧嘩してまぁす!」

 

 それは、どうして出たのか分からない言葉だった。あの黒髪の少年を助ける意図も無く、ただただ口から出た言葉だった。その言葉を吐きだした後、下からは何か慌ただしい声が聞こえてきた。私は急いで地図を拾い上げ、屋上から立ち去った。それから適当な空き教室の中に駆け込んだ。ただの空き教室は用具室としての用途も兼ね備えていたようで、私は体育で使った白く少し固いマットの上に倒れ込んだ。

 私は歯を噛み締めて溢れだしそうになった涙を必死に堪えていた。地図をぐしゃぐしゃにしながら自身を抱えるように縮こまる。一度思いだすと中々忘れてくれない記憶に、ただ私は耐える事しかできなかった。左手に噛みつき、その痛みから自身の精神の正常化を図る。

 

「ふぅ、ふぅ。」

 

 荒っぽい息は落ち着きを取り戻す事は無く、ただ少し重たくなって行き意識の中で必死に耐えるしかなかった。少女が少女自身を守るための最大の自衛だった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

 その言葉に少女は曖昧な笑みを浮かべた。そっと視線を動かせば外はすっかり赤く染まり、少女は帰路についてた。隣には女生徒が立っていてこちらを心配そうに窺っている。

 

「えっと、何の話でしたか?」

 

 取り敢えず、その女性とにそう尋ねた。女生徒は未だ心配そうな表情を浮かべながら「ボーダーの事だよ。」ともう一度教えてくれた。

 

「あぁ、そうでしたね。えっと、刈谷さんは興味あるんですか? ボーダーとか、近界民とか。」

「ん~、興味と言うか。私の家、壊されちゃったから。ほら、ボーダーに入るとお金貰えるんでしょ。」

「家が……。それは大変ですね。ご両親はその事を知っているんですか? 刈谷さんがボーダーに入りたがっている事を。」

 

 尋ねると彼女は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。少女は刈谷の考え無しの行動に小さく溜息を零した。実際刈谷の行動はあまりにも考え無しだった。戦争経験者の少女としては似たような理由で傭兵になった者達の末路を沢山見てきた。そう言った意味では刈谷は直ぐに死んでいなくなるだろう、と思った。

 

「まだ、いってないんだ。絶対反対されるだろうから。」

「それが分かっているのに、ボーダーに入ろうとしているのですか?」

 

 お金の為だけという感じがしなかった。刈谷は酷く生き急いでいるように思えて仕方がなかったのだ。別段、この女生徒が生きようが死んでしまおうが少女には関係なかった。少女の目的には一切の障害になりえなかった。ただ自ら死地へと向かう刈谷の行動理念を知りたいと思い、少女は刈谷に疑問を投げかけた。刈谷の行動はあまりにも馬鹿馬鹿しく思えたからだ。

 

 刈谷は元々東三門にある中学校に通っていたらしい。しかし、この前の大規模侵攻で学校が壊れ、家も壊れてしまった。そのらめ、こちらに引っ越してきたらしい。引っ越してきたと言うよりは避難所に住んでいるらしい。あまり長い間避難所で生活するわけにもいかない。避難所に住んでいる人にとってやらなければならない事は、仕事を探す事と家を探す事。家が無ければ、仕事を貰えないがの日本の常識だからだ。

 

「それで、もしよかったらなんだけどね。如月さんも一緒にどうかなって。」

「私、ですか?」

「うん、その良かったら一緒にボーダーに行ってみない? 人員募集してたの見たんだ。」

 

 少女はこの時、好都合だと思った。彼女が目的の物を手にする為にはボーダーの内部事情を少しばかり知る必要があったからだ。しかし、それは自身の姿を仮想敵に晒す事になる。それが本当に良い事なのだろうか、と少女は思案する。(ゲート)を開いてからあまり時間が経っていない。しかし、背に腹は代えられないのは事実だ。

 

「まぁ、行ってみるだけなら。」

「本当! ありがとう。」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべる刈谷に少女は少し困ったように笑みを浮かべるだけだった。彼女と別れて少女は家路つくのではなく、適当にその辺を歩いていた。それはずっと少女の後ろを付いて来ている人たちについて知りたいと思っていたからだ。カーブミラーをちらりと見ると体育館裏で喧嘩していた少年たちだ。

 恨まれる理由は何となく理解が出来る。ただ、彼らは一体どうやって少女が悲鳴の犯人だと気が付いたのか、見当がつかなかった。

 

 時々記憶が無くなる時がある。それは総じてトラウマを掘り返された時の事だ。気が付くと隠れ家に帰っている事は珍しくなかった。仲間がいたわけじゃない。自分が何していたのかなんて確認のしようがなかった。ただ、怪我が増えている訳でもないから気にしないでいた。血を被っていた事なら多々あるのだが。

 今回も記憶がない時間があるからその時に何かあったのかな、なんて軽く考えていた。しかし、相手が生身の人間となると少しやり辛い。近界民なら何の気も無く殺したが、人間となるとそうもいかない。十分に痛めつけ、二度と反抗しようと思わない様にと言う訳にもいかない。

 

「殺さないって、難しいんだけどなぁ。」

 

 人の急所は多く在る。例えば首にある動脈も上手くやれば人の爪で引き千切る事が可能である。敵を素早く殺す事だけを考えてきた少女には、人を生かして無力化する術をあまりにも持ち合わせていなかった。彼女の通った道には生きている物は一人もいない。捕虜など彼女の前では、そこから家畜よりも意味が無かった。近界民に取って玄界の人間がそうであったように、少女の黒トリガーに取って近界民はただの燃料でしかないのだから。

 だからこそ、少女は逃走を視野に入れていた。寧ろ、それ以外有用な策は無かった。危険区域の地形情報はほぼ頭の中に入っている。地上を歩くしかない人間を巻くのは簡単な事だ。路地を何度も曲がりながら、私は丁度角を曲がる直前で走り出した。そのまま家の塀を乗り越えて壊れた民家の中に姿を隠した。

 

「どこ行きやがった!」

 

 なんてどこの国でも早死する奴はこう言うのだ。埃まみれのリビングのソファに座った。なんやかんやで危険区域の奥まで来てしまった。ほこりまみれの部屋で小さく溜息を吐きだした。家の中はガラス片が散らばり、壊されてから何もしていない事が良く分かった。

 多少の気まぐれが少女を突き動かした。埃を被った机の上をするりと撫でた。記憶の奥底にもない、自身の家の風景が過ぎて行く。

 

「昔は……。」

 

 昔は家の中でも靴を履いていた気がする。

 

 こんっと硬い靴底がフローリングを蹴り、音を立てた。少女は足元にあったそれを持ち上げた。埃をかぶりどんなものが飾ってあったのか判別がつかない写真立て。手でほこりを払うとそこには20代の女性の姿が映っていた。椅子に座って着物を着ている女性の両脇には、両親と思われる男女が立っていた。

 

「この人……。」

 

 少女はその写真立てを鞄の中に仕舞った。それからその家の場所を地図に書き込み、その場から離れた。その表情は無表情に見えて、どこかワクワクしている様にも見える。この事を誰かに話せばきっと喜ぶだろうと、まるでテストで100点を取った小学生が母親にそのテストを見せる時の心境に近いかもしれない。

 危険区域内から出た時、けたたましい音が鳴った。人の危機感を煽る様なサイレンに少女は、咄嗟に空を見上げた。昔からの癖のようなものだ。敵はいつも空からやってくる。一つの星に一つの国と言うのがポピュラーな近界では敵は(ゲート)を潜って現れる。

 

 黒い球体が現れたのを確認すると少女はその場から走って立ち去った。(ゲート)が出現したという事で今夜は危険区域内の監視が強固になるかもしれない。ボーダーに入るまでは彼らとの接触は控えた方が良いと思い、大人しく家に帰る事にした。帰路につく中、少女は先ほどの写真に写っていた女性の事を思い出した。

 

 黒い髪に黒い瞳。幸せそうに笑う顔は、本当に幸福を感じていた時期だったのだろう。

 

 それに関して、羨ましいと思ったから少女はあの写真を持って出たわけでは無い。少女はそれを羨ましいと思うほど柔軟な心を持ち合わせてはいなかった。ただ、この写真を見て幸せな気持ちになるかもしれない人がいるから、少女はその写真をあえて持ち去ったのだ。

 

「……ろう。」

 

 少女が発した微かに音になった言葉は、辺りの雑音にかき消された。車が少女の横を通り過ぎていく。鉄の壁から漏れる大きな音がひどく耳障りで眉をひそめた。少女が気になったのは、生活音の大きさだ。侵略を受け甚大な被害を被ったとは考えにくいほど、玄界の人間は悠長に過ごしていた。近界での生活期間が長い少女にとって、夜中灯を灯したままだなんて考えられなかった。爆音を立てて生活するなど、考えられなかった。

 明るい場所には人がいる。それを知られてイルガーでも落とされれば大打撃だ。だから戦時中は、夜になれば明かりを消す。地下に潜る。どんな犯罪者でもそれは変わらない。少女であってもだ。それでも一般人がここまでのほほんとしていられるのは、やはりボーダーのおかげなのだろう。

 後方から小さく聞こえて来る爆発音に少女は立ち止まり振り返った。黒い(ゲート)は消えており、何が出てきたのかは知らないがトリオン兵は倒されたらしい。

 本日も犠牲者なし、なんて確認していないのでどうこう言う事も無いのだけれど。

 少女は再び帰路についた。

 

 寝床に帰り、少女は持ってきた写真立てを床に置いた。大きな窓から入ってくる西日を遮り、四角い影を作った。日の光を遮る布は無く、この眩しさが少し鬱陶しい。固いフローリングの上に座り、背を壁に預けた。小さく息を吐きだし、少女は目を瞑った。今日は仕方がないのだと言い聞かせ、久方ぶりの休息を少女は取る事にした。

 

 瞼の奥の明るい景色はいつからか薄暗い闇に変わっていった。あたりは静まり返り、静寂が訪れる。少女は小さく声を漏らした。

 

「ごめんなさい。」

 

 誰に対しての謝罪なのか、誰にも検討がつかなかった。それは夢を見ている少女にしかわからない事だった。




お疲れ様でした。

寒い、とにかく寒い。

雪だるまシーンの二宮さんがいくら作っても追い付かなくらいには雪が降ってます。中間距離が苦手な蓮奈ちゃんとの絡みが少ない二宮さんですが、私は好きですよ。

ワートリ二期やんないかな……。

戦争中の光源は、第二次世界大戦を元に書いています。ワートリの中の戦争はまだあまり描かれていないのでただの想像です。ただ、ピリピリしてそうという事で書いています。

あと読み直しているとお前精神力ヤバすぎ、と思ったので精神の耐性に下方修正が入りました。30%オフで書き直します。


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如月結城は本音を零した

 少女は愛用の銃を握り近界民を殺した時、そこには謎の爽快感があった。すぅっと心に一つの風が吹いた様に感じた。這いつくばる大男から微弱な鼓動と共に溢れだす血液。ぴくりと微かに動く指を引き金から放し、少女は心臓を抑えた。今まで聞こえてこなかった心臓の音が酷く耳障りだった。ゆっくりと上がって行く口角は、少女の内なる思いを体現していた。少女が秘めていた願いを体現していた。思わず隠した顔を上げ前を見た。少女の異変に気が付く兵士など一人もいなかった。

 

 引かれた口角、少女は目を細めて目の前の光景を見ていた。降ろしていた銃を再び少女は彼らに向けた。少女は走り出した。持っている武器が遠距離用の物だとか、その時の彼女には関係なかった。決して主目的で付けられていない刃で人を切り裂いて行った。

 

 その時、少女は()()()()()

 

 倫理観などかなぐり捨て、拾い上げたのは残虐性。生命を傷つける事を戸惑わない鋼の様な心。熱を忘れ、他者から熱を奪う鋼鉄の心。

 少女はそれから戦場を闊歩した。たった一国滅ぼしただけの奴隷を彼らは恐れた。無くしたくない物が無くなった自暴自棄な者ほど性質の悪い物はない。そう言う物にはこの世にしがみ付いていたいだけの理由が無いのだ。

 少女は、そう、死に場所を探していたのかもしれない。

 

 明日を生きたかった彼女は死んでしまった。

 明日を生きられない少女は残されてしまった。

 

 死んだ所で彼女が生き返る訳でもない。それでも、少女はただ辛い生をこれ以上引き延ばす意味を見つける事が出来なかった。

 

 死ぬならば戦場で。

 息が続くうちは多くの的を撃ち抜け。

 

 そんな事を言い聞かせて彼女は息をしてきた。ただ、反射を意識して行う事は精神に多大な負荷をかける。

 どうして人は呼吸するのか?

 そんな物は反射で、人が意識して行っている事では無い。ただの生命維持の為の行為に意味を持たせようとすること自体が間違っている。しかし、人は時に絶望の縁で現実逃避の為に理由が必要なのだ。それでも理由など見つかるはずもない。だって、そこには初めから理由などはないのだから。

 

 故に私は()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 ライトニングという名称の狙撃型のトリガーを少女は構えていた。今までずっと使ってきた愛用のトリガーに比べれば、威力面で心もたないなどと愚痴っていた。その他にも色々不満な点はあるのだが。

 晴れて界境防衛機関ボーダーに入隊できた少女は訓練を行っていた。ここ二週間ほど狙撃銃を握る機会のなかった少女は、いくら体に沁みついた物であったとしてもその技術に些かの不安も残したくなかったのだ。重力の影響を受けないトリオンの弾。一番に知っておかなければならないのは、そのトリガーの弾速、および連射速度だ。実弾を撃つ銃と比べてコッキングがない分、どの程度の連射が効くのか知っておく必要があった。相手の走る方向に合わせてライトニングを動かすにしてもスコープの中心からどれくらい放さなければならないのかを知らなくてはいざと言う時、外してしまう可能性がある。また、弾速を知っていれば銃を向けられた時の対処もし易い。

 

 それにしても、と少女は狙撃銃を見て思う。ライトニングには、スコープが付いていない。実戦ではオペレーターから視覚補助を受けられると言っても長距離運用するならば、せめて二倍か三倍のスコープを付けてくれてもいいでは無いか、と思っていた。目測100メートル以上向こうにいる敵の急所を撃ち抜くのは至難の技だ。ライトニングの運用はボルトアクションライフルというよりは、セミオートライフルに近いかもしれない。しかしトリオンの消費量の関係から連射は出来ない。言ってしまえばスコープのないシングルアクションライフルだ。此処までするのならオペレーター無しの武器性能は100年ほど昔。そう考えると時代錯誤も甚だしい。

 威力と射程を下げてでもセミオートのように連射できる銃が欲しい所だ。

 

 まぁ、散弾銃に三倍スコープを乗せて運用していた変態はいたか……。

 

「なにが、よく当たるだ。」

「何、やってるんだ?」

 

 昔を思い出して一人呟いたところに急に声をかけられて少し体が強張った。独り言聞かれたかと、話しかけてきた青年を観察した。じっと見つめる少女に対して笑顔の青年を見て、少女は心の中で小さく溜息を吐きだした。ライトニングを構え、ただ壁に向かって撃っているだけの少女に男はそう話しかけた。黒い髪、黒い瞳。前髪長く後ろに流している。少し年上の青年だ。彼は少女と同じ様に狙撃銃を持っていた。彼の名前は東春秋。私より数か月先にボーダーに入隊した、いわば先輩だ。

 

「はい、弾速と連射速度の確認をしていました。」

 

 少女は伏せている状態から立ち上がり、そう答えた。

 

「壁に撃ってたのか?」

「はい。ただ速度の確認なので。」

「あんまり壁に傷つけると鬼怒田さんに怒られるぞ。」

 

 少女は真っ白な壁を見た。少しすすけた場所を見て、すみませんと謝った。建物はどうせ壊れる物、戦争中は気にしなかった。自分の持ち物でもなかったから。

 ローマ字を知らない少女の代わりに親切な彼は的を出してくれた。少女は小さく頭を下げるともう一度ライトニングを構え直す。それに数発撃ち込み、アイビスに持ち替えた。それからまた数発撃ち、イーグレットに持ちかえる。狙撃銃の使用を確認し、少女は人型の的を見た。10発ほど撃った弾は全て同じ穴を通って壁に当たった。穴の先には壁がある。少女が撃った弾は全て壁に当たったという事だ。

 

「上手いなぁ、前にやった事あるのか?」

「? いえ、ありません。」

「何か、コツとかあるのか?」

「コツ……? さぁ、私には分りません。」

 

 首を傾げながら真剣に悩む少女に東は苦笑いを浮かべた。東は何も出て来なかったゲートの話を上層部からも風間からも聞いていた。金色の髪をした女。目の前の少女の容姿はそれに該当する。しかし、違うの身長だ。目の前の少女は150前後と言ったところだろうか。身長が小さいのだ。

 しかし、身長の差などどうとでもなるものだ。特に身長を誤魔化すのならヒールのある靴を履けばいいだけなのだから。ボロを着ていた女がどんな靴を履いていたのか、写真を見えていない東には判断のしようがないわけだが。

 

「ただ、」

「ただ?」

「一度撃った角度を覚えるようにはしています。チークパッドを肩に当てた時の角度、強さ、引き金を握った時の指の掛け方。全てさっきと同じになるように心がけています。」

 

 試作段階のイーグレットを抱えなが少女はそう答えた。すると突然彼女は視線を彷徨わせた。少し聞き辛そうにしている。

 

「あの、名前聞いてもいいですか?」

「え、あぁ。悪い。俺は東春秋。」

「アズマ、さん。」

「そう、君は如月結城であってるよな?」

 

 少女はコクリと頷いた。日本人ではない顔立ちにその名前はあまりあっていなかった。そう感じてしまうのは、東自身が日本人としてその顔の形に慣れ親しんでしまったからだろうか。

 

「もう良い時間だ。一緒に夕食でもどうだ?」

「夕食、ですか? 私、お金持って来てません。」

「夕食くらい奢るよ。」

 

 少女は視線を幾度か彷徨わせた後、小さく「お願いします」と言った。ほぼ呟きに等しいその声に東は苦笑いを浮かべた。

 トリガーの機動を切り、生身に戻った少女は俯きながら前を歩く東の後ろを付いて来た。東は先ほどの少女と後ろを付いて来る少女が本当に同一人物なのか少し疑問に思った。先程の少女は冷たくともはっきりと話していた。しかし、今後ろに居る少女は常に何かに怯えているようだった。人は少ないが、先程よりは賑やかになった音に彼女は顔を上げた。

 

「悪い、待たせたか?」

 

 東がそう声をかけたのは黒い髪の少年。少女と同じ様に薄暗い色を孕んだ瞳。慢性的な睡眠不足を思わせる薄らと黒く色づいた隈。少女より幾年幼い彼は「いいえ」と首を振った。

 

「如月、彼は三輪秀次。如月より二つ年下だが、同期だ。三輪、彼女は如月結城。」

「初めまして。」

 

 少女は数拍置いて、視線を逸らした。それから小さく「よろしく」と答えた。彼は私の食事を買ってくると言い、何が良いかと尋ねられた。しかし、少女は「何でも」と言った。東は困った表情を浮かべて頬を掻いた。それから「ちょっと待っててな」と言って何処かへ行った。三輪秀次と言う名の少年は数秒少女を見つめた後、東の後を追いかけていった。

 少年がいなくなった後、少女は視線を動かした。小さく溜息を吐きだした。正直、疲れたと言うのが彼女の感想だった。彼女は立ち上がり、それから東の元へと向かった。

 

「あら、新人さん?」

 

 桃色のエプロンを付けた女性がそう話しかけてきた。彼女は口元を引き上げ「はい、そうです」と答えた。

 

「待ってても良かったんだぞ?」

 

 東はそう彼女に言った。彼女は首を横に振った。東は先ほどとの違いに少し戸惑った。銃を構えていた時の彼女、それからここに来るまでの彼女とは何かが違っていたのだ。今の彼女は擦りガラスを通してみているような、そんな感覚になっていた。

 

「なぁ、如月。」

「はい、何でしょうか?」

 

 やはりだ、と東は思う。柔らかくなった表情は、先程まで違って薄気味悪いとさえ感じてしまう。

 

「おむらいすってありますか?」

「え? えぇ、あるわよ。ちょっと待ってね。」

 

 彼女は楽し気に体を揺らしながらオムライスが来るのを待っていた。「東君は何にするの?」と聞かれたため、東は定食を頼んだ。彼女はじっと出来上がった黄色の卵に包まれたそれを嬉しそうに見つめた。トレーの上に乗ったそれを持ち、彼女は東の後ろに下がった。東の後ろを付いて回った。トレーを持った三輪とも合流し、彼の夕食代も東が払った。三輪は申し訳なさそうにしていた。

 

「いただきます。」

 

 両手を合わせて彼女はそう告げた。彼女はとても美味しそうにオムライスを頬張った。その表情は何処かそれを懐かしんでいるように思えた。東は隣に座っている三輪を見た。三輪も彼女の変わりようを驚いている。先程から自身の食事に手を付けていない。こちらの様子に気が付いたのか、彼女はこてんと首を傾げた。

 

「如月先輩は、どうしてボーダーに?」

 

 居心地の悪さから話しかけたのは三輪だった。彼女は数回瞬きをした後、「誘われたの」と一言返した。もう二口オムライスを食べてから「その子、落ちちゃったけどね」と続けた。

 

「先輩自身には理由は無いんですか?」

 

 その言葉に彼女は一瞬手を止めた。彼女はゆっくりと視線を上げた。三輪はじっとこちらを見ていた。

 

「そんな事聞いて、どうするつもり? 私自身に何か理由があったとして何が変わるの?」

「玉狛支部って知ってますか?」

 

 彼女は三輪から出てきた言葉を頭の中で転がした。それから首を横に振った。助けを求めるように東の方を見ると、苦笑いをして玉狛支部について教えてくれた。

 

「それは、また稀有な考えを持った人たちもいたものね。」

 

 彼女の口から零れたのは、本心だった。そしてその言葉の端から隠そうと必死な殺意にも似た憎しみを三輪と東は確かに感じた。

 東が彼女を食事に誘ったのは、三輪が彼女に興味を持っていたからだ。人はまだまだ少ないし、その割に大きなこの建物の中で毎日見かける彼女を当然三輪も見かけていた。それに何より、彼女が持っていた重火器のトリガーを扱うセンスは新人の中ではずば抜けていた。一度狙った場所から決して別の場所を撃つことはない。新人の三輪にとっては目指すべき目標だった。

 ただ、三輪は誰かと積極的にコミュニケーションをとる性格ではないし、彼女自身も『話しかけるな』とオーラがにじみ出ていた。そこで年長者である東が救いの手を差し伸べたのだ。初めはただ彼女の持っている技術について教示してもらおうと思っただけだった。ただ、三輪の口から零れてしまったのが、先程の「玉狛支部」の事についてだった。

 

「三輪君がどうして私にそんな話題を振ったのか見当もつかないのだけれど、まぁ、安心してよ。どんなに努力しても私はその答えにはいきつかないから。相手にどれ程の徳を積んだ近界民がいようとも、敵であるのならば私にとっては撃ち抜くべき的でしかない。」

 

 彼女は残りのオムライスを口の中に放り込んだ。それから水を煽る様に呑み込む。「戦争って、そういうものでしょう?」と言って彼女はトレーを持って返却口に戻しに行った。返却口に向かう彼女をじっと三輪は見ていた。それから戻ってきた彼女は、仲良く談笑しながら食事をする気はないらしく自身の荷物を持つとここから立ち去ろうとした。

 

「あの!」

 

 帰ろうとする彼女に話しかけたのは三輪は、何処かそわそわしていた。

 

「どうしたら先輩みたいに、撃てますか?」

 

 振り返る事は無かった。ただ、彼女は立ち止まった。

 

「銃弾に必要以上の感情を乗せない事。必要なのは目の前の的をどうやって撃ち抜くかという思考だけ。恨み辛みは判断を鈍らせ、指先を鈍らせる。」

「忘れろというんですか?」

 

 その言葉に彼女は振り返った。凍えるような冷たい瞳で彼女は彼らを見た。

 

「いいえ、私はそれが忘れられるような物では無いと、知っているわ。秘めろと言っているの。」

 

 それから彼女は「それに」と続けた。

 

「あれらなんて時々血が出るなんてオプションのついた、ただの的でしかないんだから。そんな物に一喜一憂するなんて、馬鹿馬鹿しいじゃない。」




長らくお待たせして申し訳ありません。

お待ちしてくれていたお気に入り登録さん、ありがとうございます。
これからもマイペースに更新していきます。
なるべくなら4月中には更新したいです。
まだ一文字も書いてないんですけどねぇ……。

サブタイトル書き換えるの忘れてました。


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如月結城は協力者を得る

 人としての尊厳を失ったかつての私は、ただ命令を聞く正しい兵士だった。その在り方はこれ以上ないほどに従順であったと思う。そこに思考は無く、ただ命令を遂行するだけのトリオン兵と何も変わりなかった。

 でも、もしこの在り方を『情けない』と『祖国に不誠実』と糾弾するものがいるのならば、私はきっと一生その者を軽蔑する事だろう。

 

 躊躇したら殺される。

 戸惑ったら殺される。

 矛盾したら殺される。

 

 だからこそ、私達はその国に従順でいなければならないのだ。愛した祖国に帰る為に。

 決して、その事が正しいと思っていた訳ではない。それで良いと、受け入れていた訳では無いのだ。だのに、奪われた事のない人間はそこに理解がない。

 

 あぁ、その事がとても恨めしい。

 

 自由の中で生きてきた者達は、自身がどれ程恵まれ居るのか理解していない。好きな物も嫌いな物も持てる自由を彼らは押し付けられるというのだ。嫌いな事をやりたくないというのだ。

 

 自由とはほとほと恐ろしい物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 強いて言うならば。

 私の行動にあえて意味を与えるのだとするのならば、気まぐれだった。

 

 その日、朝から土砂降りの雨が降り続いており、学校に来ていた生徒たちが『たいふうがきている』なんて言っていた。こんな日に屋上に出れば制服が濡れてしまってすぐに先生にばれてしまうだろう。でもそうであるからこそ毎日飽きずに喧嘩している彼らもきっと今日はお休みしていることだ。

 しかし、そのせいですっかり手持無沙汰になってしまった少女は校舎の中を探検していた。その手持無沙汰でさえ、仕方なし、と受け入れられる程度に少女の心は余裕を持てていた。それは昨日薄暗い闇の中で見つけた一つの書類。そこに書かれた文字を読んだからに他ならなかった。

 たどり着いたのは体育館へと向かう渡り廊下。外の雨音がよく聞こえてきた。雨はいい。スナイパーの視界が悪くなるから好んで誰も撃たなくなる。砂嵐が一番好ましいのだけれど、砂漠のないこの国では起こりうる可能性のないおとぎ話だ。

 そうで無くとも、雨は好きだ。彼女が死んだ日は、それは美しい晴れた夜のことだった。それでも、少女の心境の変化は数日前と比べて凄まじい物だった。いまこの雨の音でさえ落ち着いて聞いていられるのは、心残りが無くなったからだろう。これで少女は本当の意味でこの世にしがみつく理由がなくなった。かすかに残る騒めきも、その爽快感に打ち消された。

 

 予鈴が鳴ったので少女は教室に戻ろうとすると体育館から人が出てきた。どれほど気を抜いていたのか、と少女は自身を殴りたくなるのを抑えて数人の男子と入れ違うように体育館の中に入った。別段、意味はなかった。ただ、自分がどうにも平和ボケしたようで少女は嫌だったのだ。その場から逃げ出したかっただけなのだ。

 

 深呼吸を一つ。

 

 走馬灯のように過去を振り返っていたからだろうか、設定に見合わない行動を取ってしまった。

 

 気を紛らわせるために直近の出来事に思いを巡らせた。そういえばさき程の生徒たちはボロボロだった。1人は肩を貸してもらっていたし、数人は口の端が切れていた。聞いていた以上に日本も治安が悪いものだ、と思案する。喧嘩の相手が奥から出てくる前に立ち去ろうと、扉を開けた。それから急いで教室に戻ろうとした時、ガツンと大きな音がした。それから何回も金属製の扉を蹴る音が聞こえてきた。その音の正体を知る為、少女はその扉に手をかけた。しかし、扉が開く事は無かった。辺りを見回すと、扉が開かない様につっかえ棒がしてあった。

 

「おい、誰かいるのか?」

 

 扉の向こうから声が聞こえた。若い、少年の声だ。少年の声はどこか切羽詰まっており、一種の生命の危機を感じているのかもしれない。

 

「いる、ちょっと待ってて。」

 

 これが気の迷いだった。先程の事もありどうにも設定が疎かになってしまっていたようだ。滅多に顔を見せない、素顔が溢れてしまった。かすかにこじ開けられた扉を閉め、そのつっかえ棒を取り除いた。それから扉を開けると綺麗なアンバー色の瞳を持った少年がいた。

 目つきは悪いし、黒い髪はボサボサ。じっとこちらを見る目は警戒の色がとても濃い。

 

 アンバー色の目が狼の目と呼ばれるように、この少年の気性もきっと狼に近いのだろう。その様子が少女の心を微かに擽ったのだ。それを人は『愛情』なんて言ったりするのだが、少女にその言葉を教えた人間はだれ一人いない。ただ、少女には初めてでは無かったが。

 

 少女はハッとした。何故こんな事をしているのか、一瞬の自問自答に自分でさえ答えてはくれなかった。もともと、面倒見のいい性格の少女だ。そうでなければ、あの戦場で年下の子供を相手にはしないだろう。

 しかし、心の切り替えの早さには自信があった。切り捨てることには自信があった。

 

「私、貴方の事助けたよわね。」

 

 少女の言葉に狼の少年は不機嫌そうに「あぁ?」と声をあげた。出口に少女が立っているから、彼は中々機材庫の中から出てこれない。勿論、少女は自身が満足のいくお礼を貰うまで避ける気は毛頭なかった。

 

「お礼をして欲しいの。」

 

 彼は怪訝そうな表情で少女を観察した。

 

「難しいことではないの。ただ、道案内をして欲しいだけ。」

「道案内、だぁ?」

「えぇ、三門市麓台町って所に案内して欲しいの。そこに用があるんだけど、見ての通り日本に慣れてなくって。」

 

 彼は少女の事を足先から頭の先までじっくりと観察した。お互い何も言わずにいると本鈴がなってしまった。少女はチャイムの音が鳴るスピーカーに目を向けた

 

「麓台町に何の用事があんだよ。」

「落とし物を届けに行くだけよ。直接渡したいの。」

 

 彼は頭をガシガシと掻いた後、大きく舌打ちをした。それから「わかったよ」と根負けした事を気に喰わないのかこちらを向かずにそう答えた。少女はその答えに満足したのか手を合わせて「ありがとう」と言った。少女は出口から退いた。しかし、彼はそこから出る事は無かった。積まれたマットの上に腰を掛けた。

 

「授業、出ないの?」

「うっせぇ、出られなかったのはテメェのせいだろう。」

「今から行けばいいじゃない。何なら私が迷惑をかけたって貴方の担任に話すわ。」

 

 「めんどくせぇ」と彼は呟いた。少女から視線から逃げるように背を向けてマットの上に横になった。マットに入りきらない膝から下はブラブラと揺れている。少女は首を傾げて彼を見た。

 

「行けよ、授業に遅れるぞ。」

 

 少女は迷っていた。はっきり言ってこのまま授業に戻ると彼に逃げられる恐れがあるからだ。別に道案内に刈谷裕子を使えばいいのだろうが、予備策(スペア)として彼を取り逃がすのはあまり気乗りしなかった。それに何より、この仕事が終わればもう二度と学校などと言うしち面倒臭いこの場所からもおさらば出来るのだ。ならば、それは確実に行いたい。

 少女は早く近界(ネイバーフット)()()()()と思っていた。少女にとって多少ざらつきはあれど、滑らかに流れる平和の空気がとことん肌に合わないと思っていた。今まで殺伐とした空気の中で生きてきた少女には、平和は慣れない物で非日常だった。血の臭いが漂う戦場の方がまだましだと思えるほどに、少女の感覚は玄界の日常からかけ離れていた。

 

 少女は小さく溜息を零すと鉄のドアを閉めて立ち去った。その音を聞いて彼は小さく舌打ちをした。

 彼には人には言えない悩みがあった。過敏症の如く皮膚を這いずる感覚。今までかかった医院では、何一つ解明できなかった不愉快な感覚。共感してくれる同族はおらず、抱え込んだこれを捨てることも出来なかった。10数年生きて来てこの感覚がどんな時に現れるのか、彼は大まかに把握していた。彼はよく我慢している。それでも、我慢ならないときが多々あった。それだけのことなのだ。

 

 ギギっと金属が摩擦する音を立てた。彼は億劫そうに背後の扉を開けた人間を確認した。そこには鞄を二つ持った先程の少女が立っていた。そのかばんの一つは彼には見覚えがありすぎるものだった。

 

「テメェ、どういうつもりだ。」

「貴方、これから授業に出るつもりはないのでしょう? なら、今から案内してもらおうと思って。」

 

 少女の言葉に彼は眉を顰めた。来年度には受験が控えているのだ。大事な時期と担任が口を酸っぱくするのに、目の前の女はどうやって鞄を取ってきたか知らないが、堂々とサボり宣言をしたのだ。

 

「受験、良いのかよ。」

「じゅけん? それが何か良く知らないけれど、私はいいのよ。どうせ、今日事が済めばいなくなるから。」

「あぁ?」

「私は、この忘れ物を届ける為にこの街に来たの。用事が終われば帰る、そうでしょう?」

 

 彼は少女の姿をじろじろと観察した。彼は目の前の少女を図りかねていた。擦りガラス越しの様なはっきりしない彼女の視線。ぼやけていて、今まで感じた事のない視線だった。彼はむず痒い首筋をガシガシと掻いた。

 

 気まぐれだった。

 ぼやけて形がつかめない少女の視線は、気にならない程度に弱々しいものだった。彼は少女から自身の鞄を引っ手繰った。少女は何一つ言う事無く、彼の後ろについて来た。

 

 下駄箱で靴を履き替え、外を見る。滝のように流れ落ちている雨の中を行くのか、と彼は一瞬立ち止まった。靴を履き替えた彼女はそれを鞄の中に仕舞い、ガラス戸を開けた。校舎内に流れ込んできた湿度の高い涼しげな風。彼女は赤い傘をさして彼の方を向いた。彼に対して早く来いと催促しているようだった。彼は大きな溜息を吐きだした。それから風が強い中、こんなビニール傘が役に立つものだろうか、と考えた。

 傘をさして外に出れば、案の定風に煽られる。少女はそれが面白いらしい。フラフラと覚束ない足取りで赤い傘を振り回していた。

 

「コイツ、これから人に会うんだよな……。」

 

 雨なんて見た事無いと言うように楽しむ少女に彼は眉を顰めた。閉まっている校門を勝手に開けるとそのまま道を進み始めた。彼は、本当に自分がいるのか、と疑いを抱えながら彼女の後を歩いた。数分もしないうちに靴の中は雨で濡れて気持ちの悪い事になっている。水たまりを避けたって何一つ無駄なこの状況に溜息を吐きだす。

 

「っ!?」

 

 背中を細い針で突き刺された様な痛みが走る。雨で濡れてしまったからか、途端に背中が冷える。振り返っても、そこには閑静な住宅街があるだけで原因を見つける事は出来ない。

 

「何かあったの?」

 

 少女は歩かなくなった彼にそう尋ねた。彼は振り返ったまま少女の言葉に答えない。

 

「いや、何でも無い。」

 

 彼の言葉に少女は良い顔をしなかった。そして「そう」と流す事をしなかった。それは戦場で生きてきた少女が培ってきた勘だった。

 

「いいから、言って。何を感じて立ち止まったの?」

 

 少女の言葉に彼は眉を顰めた。そして面倒くさいとも思った。少女が何を思って彼にそんな事を言っているのか、彼には当然理解できないのだ。彼らはお互いにお互いの抱えた事情について一切の理解がないのだから。

 

「何でもねぇって言ってるだろ。」

 

 それでも少女は納得しないと言った顔で彼を見た。数回瞬きの後、彼女は口元に手を当てて考え込んだ。

 

「信頼関係がないから、話してもらえない。困った。まぁ、近界民が出れば警報が鳴るし、システム的には警戒区域外から出て来ることはまずないんだから、ここまで警戒する必要もない、のかな。」

 

 少女は日本の平和が一体どれほどの物なのか測りあぐねていた。何しろ、ここの住民は誰もが平和ボケしているようであったからだ。彼らはトリオンと言う物自体を知らない。何故彼らが襲ってきているのか、正しい認識がないのだ。況してや、トリオン兵を近界民と呼んでいる事から情報統制がなされているのは明らかだった。ボーダーからも一般人に対して不必要な情報を流さないなどの誓約書を書かされた。

 

「止めろ、気持ち悪い視線を向けるなよ。」

「気持ち悪い、視線? 何それ。」

「視線が、刺さるんだよ。」

「刺さる? 何処に?」

 

 少女の興味を引いた言葉それは、彼にとって本意では無かったらしく視線を逸らした。

 

「何だって良いだろう。」

 

 少女はもしや、思案する。

 

 視線が刺さる、なんて言葉を聞いた事はある。しかし、それは実際い痛覚を刺激する事は無い。それを感じ取れるという事は、「副作用(サイドエフェクト)」。

 

「と言っても、私はトリオン図る機械なんて持ってないからなぁ。」

 

 少女の零す独り言について行けない彼は眉を顰めた。少女が自身の抱える問題について何か心当たりがあるようなのは、理解した。しかし、当の本人はそれを彼に理解できる様に話さないのだ。彼は彼女の言葉を理解する必要があった。なんだかんだ言って、彼は自身の今までの行動が両親や兄弟に迷惑をかけている事を気にしていたからだ。何か改善する術があるのなら、それを聞きたいと思ったのだ。

 

「さっきから、何言ってんだ。テメェ。」

「貴方のその体質についての考察。」

「それは分かってんだよ。俺にもわかる様に話せ。」

 

 彼の言葉に少女は少し困った。なにせ、余計な事を一般人に話すな、と言われている。態々守る必要も感じないが、それでも一応所属している団体のルールを無視するのは、所属するものとして些かな罪悪感を感じていた。しかし、それも些か程度。罪悪感なんかより、先に達せられる目標を彼女は優先させた。

 

「良いわよ。その代わり、まずは私の探し人の手伝いをしてくれる? その報奨として、副作用(サイドエフェクト)についての情報を私の知りうる全てを貴方に伝えと、約束するわ。」

 

 彼にその言葉が嘘か本当かを判断することは出来なかった。しかし、彼女からのすりガラス越しの視線は決して悪い感じはしなかった。




お疲れ様です。
4月に投稿できて良かった。

桜の開花宣言が全国各地で言われている中、雪降ってんよ。
寒い……。


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namelessは語る

 少年・影浦雅人にとって目の前の少女はとても異質だった。日本人らしからぬその容姿もそうだが、何より何を考えているのか分からない瞳を普通とは思えなかった。薄暗く、湿っぽい。それのせいか、隠しきれない冷たさが非常に心地悪い。しかし、彼女から刺さるそれはそこまで不快な物では無かったからこそ、彼は少女の提案を飲んだ。

 

「探している人は、如月結城という生きていれば14歳になる少女の両親よ。」

 

 彼女は遠い目をして、そう言った。思い出に浸る様に目を閉じて、少しだけ笑みを零した。

 

「生きていれば?」

「えぇ、彼女は死んでしまったから。私が届けたいのは如月結城が持っていたこれ。」

 

 少女はずぶ濡れの鞄の中からジップロックに入ったネームプレートを彼に見せた。煤けたそれは確かに平仮名で『きさらぎゆうき』と書かれていた。

 

「あとはこれ。」

 

 そう言って彼女は首元から出したチョーカー。底から外された十字型の黒い物体。

 

「何だ、それ。」

「彼女から作られた、武器よ。」

「武器? そんな小さいのが?」

 

 彼は訝し気に彼女にそう尋ねた。少女は難しい顔をした。そのことから少女もこれを渡すのが本意ではない事がうかがえた。「そうなんなけど」と少女は言った。

 

「それでも、これも遺品だから。遺品は家族の元に返されるべき。もしは私の話を聞いて両親が手に負えないと思ったのならこのまま私が持って帰る。」

 

 彼には少女が持っているそれがそこまで恐ろしい物には見えなかった。一見お祭りにでも売ってそうなそれがどうしてそんな危ないものになるのか彼は分からなかった。

 

 二人で麓台町付近をぶらぶらと歩いていると表札に如月という文字を見つけた。中からは人の気配を感じず、チャイムを鳴らしても誰かが出て来ることはなかった。

 

「平日の昼間だから、誰もいねぇんじゃねぇのか?」

 

 ここに来て、自身の言葉にどうして気が付かなかったのか、と若干憂鬱な気分になりながらも彼は少女にそう言った。

 

「でも、こんな雨だから外に出る事なんてないと思ったのだけれど……。そう、私の読みは外れたのね。しかし、全く仕事熱心な物ね。こんな雨の中でさえ仕事に行くなんて。まるで戦場だわ。」

 

 眉を寄せて少女はそう苦々しく答えた。それから少女は彼の方を向いた。

 

「一先ず、家が分かれば後は私が彼女の両親に接触できればいい。道案内、ありがとう。」

「別に、道案内なんてほとんどして無かっただろう。」

 

 彼の言う通り、ここが麓台町だと伝えてからは少女が一軒一軒見て回っていただけだった。彼はそんな少女の後ろを付いて回っていただけだった。

 

「それでも、よ。さて、今度は貴方に情報を伝えるわ。どうせ何も知らないのだろうから、少し話が長くなるわ。私の家でも良いのだけれど、帰りが遅くなるとご両親が心配するだろうし。どうする? 今日は聞くのやめておく?」

「いや、今日聞く。テメェ、用事が済んだらこの街からいなくなんだろ。何時いなくなるか分からない奴に待ってなんていう訳ねぇだろ。」

 

 「そう」と彼女は答えた。それから彼は踵を返して歩き出した。少女は彼の行動に続くように後ろを歩き始めた。傘を打つ雨は相変わらず音は強く、時折雷の音も聞こえて来る。打ち付けられた雨は高低差によって道路端の排水溝へと流れ込んでいった。その勢いはすさまじく、その内許容量を超えるのではないか、と少女は現実逃避気味にそう思っていた。

 今日中に終わると思っていた仕事はもう少しで終わると思っていたが、どうやら計画通りとはいかないようだ。元々、綿密に組み上げられた計画でもないから崩れた程度でどうという事は無い。どうという事は無いのだが、終わりが見えるとどうも早く終わらせたくなってしまうのは良くない事だ。最後の最後まで油断しない事が大事だ、と少女は言い聞かせる。

 

 彼が立ち止まったのは、賑わいを見せる店。

 

 香ばしい匂いはなんと食欲をそそる事だろうか。

 

 彼はその店の横道を通った。トタンに打ち付ける雨は一種の楽器のように様々な音階を響かせている。彼はとある家のドアに手をかけた。家の中を伺うように左右を見渡してから「着いてこい」と小さな声で言った。その様子からどうやら彼自身がここにいることを知られたくないようだ。

 水に濡れて大変なことになっている靴を脱いで二階へ上がった。木の軋む音にも細心の注意を払い、二階のとある部屋に入った。漫画の雑誌などが多少床に置いてある、男性の部屋というべき部屋だ。少女は恐る恐るその部屋に足を踏み入れた。

 

「取り敢えず、これで拭いとけ。」

 

 そう言ってこちらに投げられた黒のタオル。彼は床に落ちた雫を拭きに出て行った。少女は軽く髪を乾かすと、後は面倒だ、と思つ他のだろう。トリオン体に換装した。流石に黒トリガーでいるのは憚られたので、通常トリガーの方を換装した。

 

 緑色の軍服に袖を通すのは、一体、何年振りだろうか。

 

「っ!? びっくりしたじゃねぇか。」

「あぁ、これはトリオン体というのよ。分かり易く言うなら戦闘する為の体。『かめんらいだー』よりは『うるとらまん』だったかしら? あちらに近いわね。」

 

 廊下を拭き終わった彼がそう言って怒った。彼はベッドに腰掛けると「話せ」と催促して来た。

 

「まずは自己紹介から始めましょう。私は近界(ネイバーフッド)からこちらに戻って来た元一般人。名前は忘れてしまったわ。あちらではnamelessとか呼ばれていたけれど、まぁ、好きに呼んで。」

「影浦雅人だ。」

「そう。では、影浦君。貴方に副作用(サイドエフェクト)について解説したいと思うわ。」

 

 少女はまずトリオンの説明から始めた。

 

「まず、体の中にはトリオン器官という目に見えない臓器が存在していることを理解して。目に見えないから、形も色も大きさもわからない。」

「どうやってそれがあるって知ったんだよ。」

 

 彼はとても疑問だ、とそんな表情を浮かべていた。しかし、少女にはその問いに答えることは出来ない。何分、そんな事どうでも良かったのだ。

 

「さあ、知らないわ。生憎とあちら側の歴史に詳しいわけではないの。その臓器はトリオンというエネルギーを生成できる。そのエネルギーを工夫して使えば、体だって作ることが出来る。」

「生身にしか見えねぇけどなぁ。」

「生身に見えるように作られているからね。この軍服も全てトリオンで出来ているわ。この町を襲っている白い奴も全てトリオンで作られた兵器よ。」

 

 少女はそこで言葉を切った。

 

「貴方の抱える問題は、トリオン器官が引き起こしていると考えられる。トリオンを生成できる能力の高いトリオン器官は、時々人の感覚を鋭くしてしまう事があるの。これを副作用(サイドエフェクト)と言うわ。」

「サイド、エフェクト……。」

「そう、貴方の視線が刺さると言うのは、副作用(サイドエフェクト)によって触覚が過敏になっているからじゃないか、と。そう思うだけ。実際にトリオン器官を測定するための機械があるけれど、私は持っていないから立てられるのは仮設だけ。ボーダーに行けば、はっきりと答えが出るでしょう。」

 

 影浦雅人は自身の手をじっと見つめて何も言わない。

 

 戦場でなんと有利な副作用(サイドエフェクト)だろうか、と思いはしたが、平和なこの国では煩わしいだけだ。それにこの街の人口をよく知らないが、人が多いのは確かだ。それに彼は素行が悪い。見た目も善人ではない。これがもう少し大人しい見て呉れをしていたならば、多少の印象も違っていただろう。

 

「治るのか?」

「さぁ? 治そうとした例は聞いたことはないわね。」

 

 少女は首を横に振った。その様子に影浦雅人は眉を寄せた。影浦雅人にとって治したい身体症状はあちら側では重宝される物だった。副作用(サイドエフェクト)を持つ人間は、国によっては徴兵の対象だ。少女は一度、長平の対象だった少年をその国から連れ出す手伝いをした事がある。強力な副作用(サイドエフェクト)は彼の母親を殺してしまった。影浦雅人の家族は死んではいないが、副作用(サイドエフェクト)が出るという事は兵士になるには十分のトリオン量を持っているという事だ。

 

副作用(サイドエフェクト)を持った人間はとても貴重なの。トリオン器官が優れている人間皆が副作用(サイドエフェクト)を持っているわけじゃない。これは体質。上手く付き合って行くしかないと思うわ。」

「そうか……。」

 

 影浦雅人の愕然とした表情を見て、少女は少しだけ気まずくなる。その表情は、一人の少年にとてもよく似ていた。あの少年は、幼さからかぷっくりと頬を膨らませることの方が多いが。

 

 少女は気持ちを切り替えるために数秒瞳を閉じる。そこにはやはり悲しそうな表情の影浦雅人がいる。しかし、先程までと変わりさほど気にならない。少女は「他に聞きたい事は?」と尋ねた。

 

「……、ちょっと待て。近界民(ネイバー)って、あの白いのじゃないのか?」

「あれはただの兵器。あれを作っているのは同じ人の形をした異星人。」

 

 彼は驚愕の表情を浮かべた。大きく目を見開き数回瞬きの後、何度か何かを言おうとしてやめるを繰り返した。

 

「ボーダーがその事実をひた隠しにしている理由は知らないけれど、この事は公言しない方が良い。秘密を知っているとなると、最悪殺される。」

 

 この言葉は少女の中の常識に当てはめた時の言葉だ。少女は日本が法治国家であることなんか知った事では無いし、実際に興味はない。法治国家だろうが、独裁国家だろうが。どの道出て行くのだ。

 

「お前は、あっちに戻るんだよな。」

「そうよ。」

「何でだ?」

 

 少女は首を傾げた。彼の質問の意図が理解出来なかったのだ。少女には、逆にここに残るだけの理由が無かったからだ。少女にとって玄界に対しての執着は、両親でも親友でもない。たった一人の彼女の願いだ。少女が持っていた執着は、少女自身の思いから派生した物では無い。元々そこまで確固たる意志を持っていた訳では無いのだ。

 

「両親はいない、のかな。玄界より近界の方が私にとっては住み易い場所……。いいえ、住み慣れた場所なの。だから、私はあっちに()()のよ。」

「変な奴。こっちで生まれたのに。」

「そう、なのかしら。私には分らないわ。私はまだ私と同じ様にこちらに帰ってきた人間を見た事が無いもの。でもきっと、私にとっての故郷ってここではないの。」

 

 多くの傷を負った。それは身体的な物だけでは無い。精神的にも傷ついた。少女はそれに慣れている節があった。

 

 だって辛いじゃないか。

 

 ふと、そんな事を隅に追いやっていた心がそう呟く。胸裏に隠していた傷がじくじくと疼いた。それでも脳裏ではそんな事を考える余地はなかった。

 少女は立ち上がり、「帰るわ」と言って窓を開けた。少女はそのまま土砂降りの中に飛び降りた。影浦雅人は雨の中を傘もささず、通りを走って行く少女をじっと見た。それから窓を閉めてから「アイツ、靴忘れて行きやがった」と小さく呟いた。

 

 こそこそと一階に降り、彼は濡れた革靴を回収した。彼はそれを仕方ない、と自分の部屋のハンガーにかけた。

 

 

―――それは、受け入れるしかない。

 

 

 彼女は、そう言った。治す術はない、と。

 

 他人と違う、という事はそれだけで心を摩耗するものだ。自身の居場所は決して心の底から馴染めない。それは生まれ持ったものがあらかじめ決める。持たぬものには、それを考えなくてよいという特権を持つ。考えなければならいと言う特権を背負わされて生きる者の苦痛は、誰にも理解されない。

 

 しかし、それは一体他に生きる者と何が違うのだろうか。

 

 誰もが共通するものを持ち、誰もが共有できないものを持っている。その種類の違いで人間は苦しむ。それをいつか自分なのだと受け入れなければならない日が必ず来る。若い彼らには、まだ難しい話なのかもしれない。



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如月結城は教える

 私と如月有紀の関係は殺伐としていたあの環境の中で、唯一とても穏やかで静かなものだった。彼女といる時だけが、誰も傷つけずに済んでいた時間だった。

 当時、日本語が理解出来なかった私の教育係として、戦闘員としては幼すぎる如月有紀が当てられた。多くの言葉を交わしたわけではない。ただ、私が彼女の話す言葉を覚えていた。

 あの国はあまりに余裕がなかった。負け続きで、人を殺せるようになった私を戦線に投入したかったのだろう。

 時が経つにつれ、私は言葉を覚えた。その代わり、彼女は次第に元気が無くなった。何処か怪我でもしているのではないか。そんな事を私は心配していた。当時の私はその状況に慣れつつあったのだろう。他人の心配が出来るほど、私の中に余裕ができていたことに他ならない。

 

 最初は手を握っているだけだった。

 ただ、如月有紀は次第に壊れていくのが、私にはわかった。その原因はわからない。ただ、彼女はいつも言っていた。

 

「誰も迎えに来てくれない。」

 

 彼女はそう言った。私はその言葉の意味を遂に突き止められず、彼女は死んでしまった。彼女が言った言葉の意味を突き止めらえれれば、彼女が死んでしまう事は無かったのではないだろうか。いつもそんな後悔が私を責め立てる。

 如月有紀を救えなかったのは、私だ。ならば、

 如月有紀を殺したのは、私なのではないだろうか?

 私は、どうすればよかったのだろうか。

 

 グルグルと回り続けるその言葉達は、私を磨り潰そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は学校に行かなかった。もう直ぐ帰れるという高揚からか、ここでのことが御座なりになっていることは少女も自覚している。

 昨晩、靴を影浦雅人の家に忘れてきたことに気が付いた。やってしまった、と少女は諦めの境地に入っていた。その事が少女の心にとどめを刺した。

 ただ、雨は未だ降りやまず、家は未だに無人のままだ。だから、少女は近界(ネイバーフッド)に帰らずにいた。

 少女は仕方ない、と暇つぶしの為にボーダーを訪れた。この雨のせいだろうか。心なしか人が少ないように思えた。

 

「こんにちは。」

 

 背後から掛けられた聞き覚えのある声。振り返るとそこにはやはり三輪秀次がいた。相変わらず目の下には酷い隈が出来ている。少し眠たそうに思える目をした三輪に少女も「こんにちは」と返した。

 どうやら彼は訓練をしに来たらしい。

 

「学校はいいの?」

 

 と、尋ねると怪訝そうな顔をして少女を見た。少女は眉をひそめて首をかしげる。そんな顔をされる理由が全くわからなかったからだ。

 

「今日は祝日です。」

「そう、だったわね。」

 

 ここに来て今日が祝日だという事を知った。少女は、損をした気分だ、と小さくため息をした。何があったって行く訳では無いが、行かなくてよいと言われると何だか納得がいかない。そんな皮肉れた心が悪態を付くのだ。

 

「あの、このあと用事はありますか?」

「訓練をする予定だけれど、私に何か?」

 

 三輪は少女に教えを乞うた。曰く、「真ん中に当たらない」らしい。少女は暫し床に視線を落とし、拳銃で的の中心を狙う意義について考えた後、彼の方を向いた。

 暇を持て余した少女は二つ返事で承諾した。少女が三輪を連れて行ったのはスナイパー訓練場。設定限界まで近くに赤い人型の的を出すと、少女は三輪に「的を5発撃ってみて」と言った。三輪は5発、的に向かって撃った。たしかに弾痕はばらけている。

 しかし、初弾から段々と真ん中に近づいていった。リコイルコントロールは想像以上に上手いらしい。ならば、問題は初弾。構え方だ。

 

「それじゃあ、次は一発撃つたびに構え直して撃って。」

 

 三輪は言われた通りに撃った。的に開いた穴はやはりばらけていた。連続で撃った時より精度が落ちている。少女は次に自分の指示通り動く様に言った。

 

「構えて。」

 

 少女が一言。カチャリと素早く銃を構える。少女は構えられた銃をじっと見つめてから、銃口を少しだけ上にあげる。銃を構える少年は緊張しているようで唾を飲み込んだ。

 

「降ろして。」

 

 私が一言。少年は素早く銃を下ろす。そして少女がまた「構えて」と言うので、少年は銃を構えた。少女はじっと銃を見詰めて銃口をクイッと少し上にあげた。それから数ミリ右に曲げる。

 

「この位置を忘れないで。」

 

 少年・三輪秀次は小さく息を吐きだした。それからきつく銃を握りしめる。

 

「力を入れるのは手首では無くて肩。強く握ろうが、弱く握ろうが肝心なのは銃がきちんと前を向いている事。腕が下がれば、弾は自分が思っている以上に下がる。」

 

 少女は三輪に「撃て」と言った。銃弾は綺麗に心臓のあたりを撃ち抜いていた。三輪は数回瞬きをした。信じられないような目でその的を見ていた。

 

「銃を構える度に同じ高さに腕が上がっている事、一先ずはこれを意識して。」

 

 少女はライトニングを構え、撃つ。銃弾は穴が開いた場所を通り抜けた。

 

「的までの距離、銃口と的の角度。それぞれの的を撃ち抜く腕の高さ。これは感覚が物を言う。練習あるのみね。」

 

 少女口に手を当てて「あとは」と少し考える。「狙いすぎ」と告げた。

 

「元々ハンドガンじゃ()()()()には威力が心許ない。実弾なら兎も角、トリオンの弾は体内に残るなんてことにはならないからね。でも、狙撃銃と違って連射が出来るのだから一発一発のリスクは高くない。急所の付近に当たれば良い、と割り切る事も大切だよ。」

 

 「一発で仕留められるに越した事は無いんだけどね」と少女は頬を掻きながら三輪に言う。三輪はこくりと一つ頷いた。その様子を見て少女は少し眩しい物を見るように目を細めた。

 

「三輪は、撃った後の反動制御は上手だ。大丈夫、三輪はセンスがあると思うよ。()()なんかより、ずっと。」

 

 世辞では無かった。10年以上戦場で生きてきた少女が持つ知識と技術。数週間足らずの三輪の持つ知識と技術。比べるまでも無い。初期の成長スピードは圧倒的に三輪の方が良い。言語が通じない、などの要素を抜きにしても、少女はそう思っていた。

 

 

 私が最初に身に付けたには人を苦しませる方法と苦しませずに殺す方法だ。

 言葉が通じない、という事は機密保持においてこれ以上ないアドバンテージであった。故に少女は捕虜の拷問の助手と殺害の任に5年以上ついていた。その為、少女は急所を狙う癖がついてしまっていた。

 

 嗚呼、連れてきた奴隷に国を壊される。実に滑稽。

 悲劇なんて馬鹿馬鹿しい。ただの笑い話だ。

 私は目の前にいる一人の兵士を打ち殺した。溢れだす血潮の勢いはとめどなく、開いた穴から吹きだすその紅蓮は濃厚な鉄臭いにおいをまき散らす。

 

 

 ビィと警告音ともとれる音が鳴る。

 思いだした香しい鉄の臭いに酔っていたらしい。隣から聞こえて来る銃声に意識が傾いた。

 少女は横目で様子を観察しながら自身の訓練を続けた。普段は他人の合わせて姿勢を低くして訓練をしているのだが、今はその合わせるべき人間はいない。

 少女の持つ銃型トリガー2丁のうち、1つはとても癖の強いものだ。伏せて撃てるようなお利口さんではなかった。バイポッドも付いてないあの銃の癖を思いだしながら、的を撃ち抜く。

 ふう、切れた集中力を息と一緒に吐き出した。まだまだリコイルコントロールは不十分ではあるが、初弾は急所に近付いて来た。彼の様子を見て、少女は満足そうに頷いた。三輪は少しだけ嬉しそうに的を見た。こんなものだろう、と少女の中では銃を始めて握ってから二週間も経っていない少年の出来を見てそう考えていた。

 聞けば、万能手と言う物を目指しているようで、これから剣技も覚えるらしい。元々が努力家なのだろう。黒トリガーの性質上、多少の剣術を覚えなければならなかった少女とは違う。彼の行動は極めて自主的だ。

 

「ありがとうございました。」

 

 満足したのだろう。三輪がこちらを向き、そう礼を言ってきた。少女は遠慮がちにそう返した。少女自身、ただの暇つぶしであった。それに物静かな三輪は少女にとって、あの懐かしい穏やかさを想起させるものだった。

 

「いいよ、私も楽しかったから。」

 

 それは思わず出てきた本音だった。少女は小さく笑みを浮かべていた。 浮かべていたことに、少女は苛立ちを覚えた。ぐしゃりと前髪を掴み、心の中で悪態を吐いた。「お前は、誰だ?」と。

 

「先輩?」

「何でもない。私はまだやるけど、三輪はどうするの?」

「俺は、休憩に入ろうと思います。」

 

 彼の言葉に「そう」と少女は返した。少女は再び手持ち無沙汰になった。トリガーの調整を行っても良いのだが、いかんせん少女は機械に詳しいわけではない。定期メンテナンスは重要だが、いつも行ってもらってばかりだった。少しは学べばよかった、と多少の後悔をしていた。

 

「あの、今日のお礼は必ずします。」

「別に、そこまでしてくれなくていいわ。ただ、構え方直しただけだから。」

 

 私はそう突き放すと、的を見た。ライトニングを構え、的を撃つ。もう少し高低差のあるところで練習したいが、合同演習以外でそのような機会はあまりない。

 気がつけば、三輪はいなくなっていた。私はそのことを気に止まることなく、再びライトニングを構えた。

 しかし、私は振り返った。コッソリと誰かが入ってきたからだ。それからこちらを見るとびくりと肩を揺らしてから大きなため息を吐いた。

 黒い癖のある髪。少女と同じ年くらいの青年は、辺りをキョロキョロと見渡した後、一列に並んでいる射撃台を飛び越えて身を隠した。少女はその青年をジッと見ていると、口元に指を当ててから手を合わせた。少女は怪訝な表情で青年を見た。日本文化に疎い少女はそのジェスチャーの意味がわからず、何をされているのか分からなかった。

 

 何をしている?

 

 敵である可能性を考慮し、少女は青年の行動をジッと観察していた。

 しかし、間も無くしてもう一度扉が開いた。入って来たのは小柄な少年だった。少女と同程度の身長の少年は先ほどの青年と同じようにキョロキョロと辺りを見た後、こちらに近づいてきた。

 

「おい、太刀川を見ていないか?」

「さあ、私、タチカワ?さんの容姿がわからないのでなんとも。癖毛の青年なら、そこに一人いるけど。」

 

 青年は「げっ」と苦しそうな声を出した。それから諦めたのか、近く少年対して逃げるようなそぶりは見せなかった。小さな体のどこにそんな力があるのか、不思議に思いながらも引きずられていく青年を見ていた。

 

「あ!」

 

 と、何かを思いついたようでポンと手を打った。

 

「お前、外国人だよな。」

「私、ですか? まあ……。」

「ならさ、英語できるだろ! 手伝ってくれよ。」

 

 少女はそんなことを言う青年に「外国人全員が英語できると思わないで。」と、不機嫌そうに言い放った。少女はロシア人だ。ロシアの公用語は当然ロシア語で、ヨーロッパの中では母国語話者が一番多い言語である。確かに英語もロシア語もヨーロッパ・インド言語種ではあるが、ゲルマン系と東スラブ系である。系統は全くの別物なのだ。

 それに日本語の方が得意である。約20年の人生の内、ロシア語を話していたのは人生の4分の1にも満たない。

 

 がっくりと肩を落として、諦めた様に少年に引きずられていく。集中が一度切れた為これ以上は無意味だと思い、少女はライトニングの換装を解き、射撃場から出た。

 首根っこを掴まれた青年は、ズルズルと引き摺られなら「アンタ、東さんが言ってた女の子だろう?」と話しかけてきた。

 

「一発も外さない女の子がいるって言ってたんだよ。」

「さあ、分かりませんが。」

「なぁ、コツとかあるのか?」

 

 少女は、「特別なことは何も」と答えた。青年は詰まらなさそうにこちらをジッと見ている。

 

「なあ、アンタ。攻撃手(アタッカー)に興味ないか?」

「無いです。」

「なんで?」

 

 間髪入れず、青年は食い下がってきた。その様子を見て少年に「いい加減自分で歩け」と手を離され、そのまま後頭部を床に打ち付けた。「いてて」と頭をさすりながら、カザマという少年に「ひどい」と言っている。カザマさんと呼ばれているということは、この少年はタチカワよりも上の人間なのだろうか。

 青年は立ち上がって、もう一度理由を問うてきた。

 

「獲物を殺すのに、必要以上に近く意味がありません。」

「随分、好戦的なんだな。」

 

 口を開いたのは、カザマと呼ばれた少年の方だった。その言葉に弁明する意味も見出せず、私はその評価を受け入れた。

 

「何か、理由でもあるのか?」

「好戦的な、ですか? ありません。私の中では、好戦的とは思ってませんし。」

「そうか。」

 

 少し間を開けてカザマは私に尋ねてきた。

 

「昔、髪の色は黒くなかったか?」

 

 と。表情を変える事は無かったと思う。ただ、冷静に「生まれた時からこの色です」と答えた。

 カザマはその後、「やはり違うか」と続けた。少女はその言葉の意味を聞きたかった。誰かの腕の一本や二本無くしてでも聞きだしたいと思った。しかし、前方から現れた青年にそれを邪魔されてしまった。

 

「風間さん。」

「迅……、何の用だ。」

「城戸さんが呼んでるよ。」

 

 カザマは少し口を噤んだ。ふと、ジンと呼ばれた青年と視線があった。サングラスをかけた彼は一拍置いてから「俺、実力派エリート迅悠一ね。」と自己紹介をしてきた。実力派エリートの意味がわからず、首を傾げながら生返事を返してしまった。

 

「太刀川さんは、試験勉強してていいよって。」

 

 迅の言葉にがっくりとタチカワは肩を落とした。2人はキドさんのところに向かった。少女は「失礼します」と言って横を通り過ぎた。しかし、タチカワはそれを許さなかった。彼はどうやら遊び相手が欲しい様だった。

 

「なあ、風間さん戻ってくるまでランク戦やらねぇ?」

「やりませんよ。私はC級隊員です。それに狙撃兵(スナイパー)突撃兵(アタッカー)では相性が悪すぎます。」

「そんなに攻撃手(アタッカー)は嫌か?」

「得意ではありません。」

「教えてやるよ。」

 

 その言葉に少女は顔を顰めて「はぁ?」と眉を顰めた。「勉強は?」とは尋ねると「風間さんがいねえと進まねえもん。」と言われた。それから隊服を引っ張られ、少女はカザマがタチカワを見つけ出すまで彼とつばぜり合いをする事になった。




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nameress は知らない

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 一人の女性が、言った。

 

「人の心はね、順番に育って行くの。」

 

 その人はとある子供の母親。藤茉莉(ふじまり)と彼女は名乗った。最初の国が滅んだ後、私が辿り着いた国。その次に訪れた国の貧民街で過ごしていた日本人。頭の良い女性だった。高等教育を受けており、達者にロシア語を話した。

 私が玄界出身だと知ると、彼女は私を気に掛けた。男性不信の気があり、息子を愛せない事を気に病んでいた。一般的には優しいと称される女性だった。

 

「嬉しさを知らなければ、愛おしさを知る事は出来ないの。」

 

 彼女は私の頭を優しく撫でた。年に見合わない、目元の皺を濃くして彼女は微笑んだ。疲れ果てた25歳の顔は、見ていて痛々しいと、今なら思う。

 

「人は貴女を化け物と呼ぶけれど、そんな事はないわ。貴女は今抱えている心を表す言葉を知らないだけなのだから。」

 

 私は逃げた。このままここにいるわけにはいかない、とそう察したからだ。彼女は私にとっては毒のようなものだった。

 次に彼女を見た時、彼女は死んでいた。地面に伏せ、服を引き千切られていた。女性としての尊厳は、きっと服と一緒に投げ捨てられてしまったのだろう。

 私は結局その言葉を聞いた時に思った事を誰にも話す事は出来なかった。

 

 

 

 あまり乗り気では無い中、少女は弧月がセットされているトリガーを渡された。あの後、引き摺られる様にして連れて来られたのはランク戦が行える場所では無く、隊室にそれぞれ備え付けられている練習室のような場所だった。少女がC級隊員であるという配慮なのか。

 

 そうまでして戦闘を行いたいのか、と少女はタチカワを見上げた。

 少女は彼ほど戦闘を好んでいる訳では無い。

 

「トリガー、機動(オン)。」

 

 少女の言葉に手に持ったそれは反応した。服装は黒のコート。自分の腰の左右に二本差してあるそれを見て、少女はぽつりと「片刃」とこぼした。今まで扱った事の無い種類の得物に若干の不安を覚える。鈍い色をしたそれはトリオンを流せば、白く光を零した。スッと刀の背をなぞる。

 

「準備はいいか?」

 

 黒いコートを羽織ったタチカワが少女を見下ろしていた。同じ格好をしている事から、どうやら彼は少女に自分の予備を渡してきたらしい。

 少女は目の前の青年に対してなんて事は無い、と考える。真面に相手をするだけ無駄だ。それに、少女の中には殺す人間の基準があった。タチカワはその基準から外れている。つまり、殺意を向ける対象では無い。それ即ち、少女にとって今の状況そのものが息苦しい物だった。

 しかし、こうなってしまった以上適当な所で蹴りを付けなればならない。そう、せめて一試合だけでもやらねば目の前の相手は満足しないだろう、と少女はこの手の人種の性質から推察する。少女は心のどこかでもしや自分は諮られているのではないか、と不安に思う。

 ただ、その弱気もこれまでだ。小さく息を吸って吐きだす。

 相対した少女を見て「いいね」とタチカワは一言。彼の顔は笑みを浮かべた。

 

 最初に地面を蹴ったのは少女の方だった。1対1の場合、その戦闘は極めて単純だ。相手よりも早く、得物を振り下ろす。

 振り下ろされた弧月は難なく受け止められる。

 当然だ、と少女は予測していた。

 

「っ―――。」

 

 押し上げられる弧月はやはり、体格の差を感じざるを得ない。

 トリオン体には力の優劣は無い。ただ、やはり体格の差は出てしまう。押し上げるよりも押し込む方が当然力は強く出やすい。それでも、少女が押し切れないのは、20㎝以上の体格差によるものだ。

 少女は素早く下がる。

 

 やはり、と少女は弧月を軽く振う。

 面倒事だ、と少女は弧月を構える。

 

 意味がなかった。そう、意味が無ければ少女は戦えない。彼女の中のもう一人は顔を出さない。主だった戦闘は少女(彼女)の役割では無かった。少女(彼女)はあくまでもこちら側の日常を切り抜けるために用意された如月結城(人格)。温厚で優しく、面倒見が良い。藤茉莉を元にした人格。それはどれも誰もが持っている。()の物である性質に強弱を付け加えて出来上がった性格だ。その性格(設定)はあまりにも戦闘に向いてはいない。

 

 少女は一閃、振り下ろした。

 それでも、やらねばならない。

 少女は自身より速く振り下ろされる弧月をその身で受けようとした。これが一番速く戦闘を終わらせる方法だった。抗うのではなく、受け入れる。一歩遅くを心掛ける。そう、相手の一歩遅くをこの戦闘では心掛けた。

 

「はっ……。」

 

 ガキンと自身の弧月から音が鳴る。気が付いた時には、弧月を受け止めていた。

 圧倒的に不利な体勢。首元を狙ったそれを、伸ばしていた肘を素早く曲げ弧月を受けていた。しかし、タチカワの弧月には力が入っている。少女の体はそのまま吹っ飛ばされた。

 数回回転をして、少女は地面に弧月を突き刺した。慣性に体を引っ張られるが、得物を掴んだ手は離れない。

 

「良く受けたな。」

 

 と、タチカワは少女を褒めているつもりなのだろう。しかし、少女の表情は苦々しい物だった。

 今ので死ぬつもりだった。殺されるつもりだった。しかし、何故かそれを防いでしまった。少しだけ震えが残っている右手を少女は見詰めた。

 

 この手の震えは何だ?

 恐怖か? 武者震いか?

 

 答えの出ない問いは、こちらに向かってくる気配で優先順位を下げられた。弧月を地面から引き抜き、背を逸らす。リンボーダンスの棒のように弧月が胸の上をすれすれに通って行く。

 少女はその不安定な姿勢から、左手を地面に着く。体を支える柱として、足を蹴り上げた。勢いのまま、バク転の要領で更に後方へとさがる。姿勢を起こし、改めてタチカワの姿を見る。

 相手がもう一本の弧月を抜いていたならば、少女は死んでいただろう。しかし、今回に限ってはそんな事は無かった。タチカワは圧倒的に優位に立っている。その代償として、彼は本来の戦いをしていなかった。片手で握られて振るわれる一本の弧月。右腰の弧月は未だ刃を見せる事は無い。

 

 また、避けてしまった。少女の中には沸々と湧き上がる物を感じた。それは恐らく苛立ち。自分の体のはずなのに何故かいう事を聞かない。少女がその理由を理解したのは、着地を狙われ再び一閃をくらいかけた時だった。

 

 それは単純な恐怖。死ぬ事は無い、なんて状況に少女は身を置いた事が無かった。迫りくるその刃は単純に命を刈り取る為の物だ。あれに当たってトリオン体を保てなくなったらどうなる?

 

―――殺される。

 

 敵に捕まり、捕虜となった者に真面な人権など無かった。少なくとも少女が身を置いていた環境はそうだった。 もう少し余力のある国ならいざ知らず、

 もう少し現実を見ていた国ならいざ知らず。

 宗教的な発想の元行われる政治。あそこでは誰もが、戒律を叫んでいた。

 合理的では無いあの国でのイメージが少女の中では一番であった。

 

 彼女は拷問と言う物を良く知っていた。その手の物は、少女にも経験があった。それはとても恐ろしい事だった。ドロッとした光の無い瞳の私と、目が合ったような気がした。

 

 それは彼女達の心の傷。いくつかに分かれた少女達が等しく抱える、一番最初の傷。それは治る事無く、傷は膿んでいた。その傷こそが一番最初の亀裂だった。

 

―――まだ、死にたくない。

 

 少女()が堕ち、彼女()が目を覚ますには、その理由で十分だった。

 左側から襲い来るその一閃を私は左手で突き上げる。辛うじてずれる軌道に合わせて首を逸らす。視界の端にブワッと溢れ出るトリオンが目に入った。

 

 片耳が削ぎ落とされたか。しかし、死ななければそれでいい。死ななければ、何もかもが安い代償だ。

 

 私はそう結論付けた。右手に握られている弧月を体を戻すのと同時に振る。しかし、その刃は届かない。それでいい。相手を下げられるのなら、今は何だって良い。

 私は素早く立ち上げる。もう一度私は着地したタチカワの元へと斬りこんだ。先程されたように横に一閃、鈍い光が走る。タチカワはそれを受け止める事は無かった。私の弧月を上から抑え込んだ。

 

「突然、やる気になったな。」

 

 タチカワは嬉しそうに言う。

 

 一つ、私の心がどうしても下さないと事があった。別に私達は勝敗に拘った事は無い。負けると思えば逃げ出す事だってあった。それでも、少女には同年代の子どもたちに抱く劣等感らしい物が無い訳では無い。幸せそうな表情を浮かべている人間は恐らく憎たらしいと思え、腕の一本でも取れてしまえ、と呪った事は数知れない。

 確かに私の本業は、接近戦では無い。況してや片刃の剣など使った事が無い。

 それでも、だ。屈辱なのだろう。煮え湯を飲まされているような喉を通らない苛立ちらしき物を私は感じていた。

 

 そう、たかが半年戦闘訓練(お遊び)に興じた程度の人間が……。

 

 図に乗るなよ。

 

 低く唸る様な小さな言葉をきっかけに、私は素早くもう一本の弧月を抜いた。床に突き刺さった弧月はそこに置いたまま、私は一歩踏み込んだ。何度か刃を合わせた。冷静に打ちあってみれば、タチカワは比較的わかりやすい。見た目のわりに思考が若干幼いのかその太刀筋は熱烈だ。

 攻めこそが最大の防御、と言わんばかりのそれはとても痛快だ。

 

 だが、あの翁には遠く及ばない。予測させない、知らない動きだからついていけない訳ではない。

 あの大槌を持った男ほどでは無い。防げば腕ごと持ってかれるから防げない、なんて事は絶対無い。

 あの生き残った少年ほどじゃない。何もかもを測定され、行動すべてが裏目に回る事はない。

 

 目の前の兵士はまだまだ青臭い。

 彼はまだ兵士であって、戦士ではない!

 

 振り下ろされるタチカワの弧月を私は弧月を使って受け流す。

 それは一瞬の隙。迷わず打ち込んだ。

 しかし、それでいい。戦場では()()()()()事など本当に稀な出来事だ。それに何より死を恐れる私達にとって、そんな敵を討ち逃す(甘ったれた)ことを起こすはずがなかった。

 

 タチカワの左腕が吹っ飛んだ。すかさずもう一度斬り返す。

 タチカワは片足で軽く飛びながら後ろに下がる。彼の皮膚を浅く斬れたらしい。トリオンが漏れ出す。彼は正式に目の前の私を危険視したようだ。私もいい加減、この青年を殺さなければならない。

 お互いに縦に一閃を放つ。弧月と弧月が交わるはずだった。

 

「慶!!」

 

 男の声だ。私と特にタチカワの集中が切れた。振り下ろそうとしていた弧月は交わる事無くピタリと止まった。ブワッと相手が切りつけた空気が頬を掠める。お互いにお互いから目を離す事は無い。それほどまでに私達はこの戦闘に熱が入っていたという事だ。

 どちらかが先に動けば、再び殺し合いをしてしまいそうなそんな熱病に侵されている。副作用(サイドエフェクト)は発動している筈だ。これぞまさに以心伝心。狂気の感染だ。

 

「お前、試験勉強はどうした?」

「え、あ、いやぁ……。」

 

 最初に熱病から立ち直ったのは、タチカワだった。声の主とタチカワの関係性を私は知らないが、恐らくは目上の人間なのだろう。見た目は明らかに年上だ。私はいつもの癖で弧月をヒュン、と振る。血を振り落とす仕草の後、弧月を鞘に納めた。

 瞳を閉じて素早く息を吸い、長く吐きだした。

 

 

 少女は真っすぐと前を見た。何があったのか、予想はつくが覚えている訳では無い。知る筈も無い。これに関して、少女の役目では無いのだから。ただ、どうやら彼女にとっては久しぶりのストレス発散になったようだ。心の中に残ったモヤモヤと清々しさがそれを表していた。

 少女は先ほどまで使っていたライトニングが設定されているトリガーに換装し直した。気持ちが焦っている。ウズウズと、ザワザワと平和過ぎた今まで玄界での生活が色付いて見えたような気がした。

 

「あ、そうだ。なあ。」

「名前、なんて言うんだ?」

「……、ありませんよ。」

 

 彼にそれが伝わる訳も無いが、少女には名乗れるような名前は無い。故に、名前は無い、と名乗る事が少女なりの誠意で、彼の努力への祝福でもあった。

 

「はぁ?」

「名乗る名前なんてありません。トリガー、ここに置いておきます。」

 

 訓練室から出て、少女は小さく舌打ちをした。

 

 楽しくなかった、とは言う事は出来ないのだと思う。

 彼女は、彼女の中の感情に自信が持てない。彼女は著しく臆病なのだ。彼女が知らないという事を教えてくれた人はいた。しかし、どんな言葉を当てはめる事が正しいのかを教えてくれた人はいなかった。彼女の中の物ごとが一般的に正しいかどうかが重要で、彼女らしい心は重要では無かった。

 

 彼女は知りたかったのかもしれない。だが、知り得ることはなかった。

 だから、「正しい」を理想とした。自らの内に正しさの基準もないのに。

 そうしたら、体の成長に置いてかれていた。

 

 ただ、楽しさなど知らない方がきっと幸せなのだ。無知は罪だという。しかし、きっと何も知らない方が幸せなのだろう。

 敵を知らない方が殺しやすいように、何も知らない方が生き易いに決まっている。()なんて物は邪魔なだけなのだから。それならば、私達はわからないままの

 

―――名前の無い化け物(nameress)でいい。




お疲れ様でした。


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nameressは好まない

 私は廃墟となった街を男が私の手を引いて歩いていた。誰一人生き残っていない、骸の星。

 

「マザートリガーがやられるなんて……。」

 

 繋がれていたせいであまりうまく動かない足で、引きずられるような歩いた。生き残っていたのはたった一人の捕虜と私だけ。男は必死に脱出方法を探していた。なんで死んでしまったのかわからない骸を避け、彼は飛空艇を見つけた。

 彼は、私を連れて彼の本国に向かった。捕虜として過ごしていた彼のその後の生涯は、あまりにも薄暗いものであった。敗北が濃厚であった彼の国では、多くの敵を地獄に引きずり込むことこそ美徳であった。生き残ってしまった彼は、排斥の対象となっていた。彼は最後まで私の本性を本国に話す事は無かった。彼が死んでしまってから、彼の妹は私が他の国に行く事を何度も引き留めた。

 しかし、私はそれに応じる事は無かった。

 安穏とした生活はどうにも肌に合わなかった。何時までたっても慣れなかった。幸せそうにしている人たちを見ていると憎く思ってしまう。私は、その世界から逃げ出した。

 

「困っている人がいたら、助けてね。私みたいに。」

 

 有紀が私に告げた言葉、弱弱しく結ばれた小指の意味を知ったのは、大分後になってからだ。藤茉莉に出会い、その意味を知った。それが約束だと分かったとき、私は一生この約束に縛られて生きていくのだろうと思った。それを受け入れがたいと思ったわけではない。不思議と嫌とは思わなかった。

 これから訪れるだろう苦役さえ、私にとっては心地よい罰だった。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は未だ如月家の人間に会えずにいた。少女は困った、と一人夜空を見上げた。少女の背後には煌びやかな夜の街があり、その光景はとても華やかだ。

 

「また、こんな薄暗いところにいて。ダメじゃないか。」

 

 少女はそう話しかけたのは、中年の男。髪の毛はハゲかかっており、丸々と太ったその体型は養豚場に行き損ねた豚のようだ。

 などと、彼の容姿を扱き下ろしてみたが、その実とてもお人好しだ。その容姿だって見方によれば愛嬌があると言えるだろう。少女が度々こうして路地裏を歩いているのを見かけると声をかけて注意するのだ。なんでもPTAなるものをやっている彼は、その素晴らしいか正義感から少女に声をかけていると発言した。同じ年頃の娘を持ち、その娘も最近は反抗期で夜な夜な出歩いているとか、いないとか。そのため、子供たちの健全な成長のためにという建前で、彼は緑色の腕章をつけて子供に声をかけているそうだ。

 

「また、ですか。いい加減、私に構うのはやめてほしいです。ケーサツに追っかけられているって言いますからね。」

 

 少女は男をそう言って牽制する。警察に追い掛けられて困るのは、実際は少女の方なのだ。本来ならば、少女は日本に戸籍を持っていないし、なんなら(ゲート)を潜ってきたから不法入国者である。日本人では無い少女は何としてでもこの男を煙に巻きたいのだ。「また」という言葉通り少女は幾度となくこの路地裏に立ち寄っていた。

 なんやかんや言いつつ、少女は結局保身のために路地裏を出ていく。心の中では「二度手間だ」と舌打ちをしているのだが、それをおくびもださない。

 少女が度々町の路地裏を徘徊するのには理由があった。繁華街の薄暗い路地裏で少女は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。白色がかった大きめの半透明のビニール袋には大量のゴミが詰まっている。そこはおそらくゴミ集めて置いておくための場所なのだろう。その中から、カサカサと這いずって出てきたのは、一つ目のトリオン兵。

 ラッドと名付けられたそれは、元々偵察用に作られたトリオン兵だ。これは周囲の人間から少量のトリオンを回収し、あちら側に繋がる門を開くことができる。少女があちら側に戻る際の保険の一つだ。通常のラッドは真っ白なのだが、改良を加えたそれは黒い。

 

「トリガー、起動。」

 

 元々持っていたノーマルトリガーに換装し、ラッドを持ち上げる。腰についたポーチの中から取り出した機器を取り付けた。空中に表示された字を追う。

 

「89%か。」

 

 表示されているのは、ゲートを開くために必要なトリオン量。その89%が確保済みだ。あと明日にはゲートを開くことができるようになる。今回、諸事情によりこちらに来た時とは別の国に行かなければならない。その為いつもよりも多くのトリオンを必要だ。それ故に時間が掛かっている。

 別に直接会う必要はないのだ。会って、どういうものなのかを伝えたいと思っている。しかし、何も知らない方が良いのかもしれないとそう思うこともある。ただ、もう二度と彼女が戦場を訪れなくてよいように、少女が勝手に願っているだけなのだから。

 本当は如月家のポストに入れればいいだけだった。それをしなかったのは物理的に移動することが出来ないからだ。すぐに近界に戻れるならば、少女はとっくに出て行っただろう。

 少女はラッドを一撫でし、地面に放してやった。カサカサとそれは薄暗い路地裏の方へと進んでいく。

 

「宜しくね。」

 

 と手を振った。ラッドは少女の様子を気にする事無く、何処かへ行ってしまった。少しの間路地裏を見ていると、地面が揺れた。地面が押し込まれる様に少女は慌ててビルの壁に手を付いた。

 

「近いな。」

 

 トリオン兵が暴れているにしては、警報が聞こえてこなかった。確かにここは繁華街だが、川の向う側は警戒地区だ。聞こえても可笑しくないはずなのだが。少女は状況を確認する為に大通りの方に出た。大通りに立っている人たちはちらほらと空を見上げていた。

 

「何かあったんですか?」

 

 近くのサラリーマン風の男に尋ねると、「君は見ていなかったのかい?」と言われた。少女が首を傾げると男は「光が降ってきたんだよ」と教えてくれた。少女は男の言葉に絶句した。トリオン兵の中にはビームを撃つ事が出来る奴がいる。だから、撃ち上がる事はあるかもしれない。しかし、空を常に飛んでいる様なイルガーにだってそんな機能は搭載されていない。

 となれば、私が知らない近界民(トリオン兵)か、近界民(本物)が紛れ込んでいるか。あとは、仲間割れか。将又新開発のトリガーの可能性も無い訳では無い。

 

「教えて頂いてありがとうございます。」

 

 少女は小さく頭を下げるとその場から足早に立ち去った。少女は警戒区域の方に向かって歩きだした。関与するつもりはない。ボーダーがどうにかするだろう、と結論付け、少女は自分の家へと向かっていた。『この先危険』と警告しているだろう看板を過ぎ、いつものようにマンションに向かおうとした。

 

「よう。」

「エリートさん。」

 

 日本人にしては明るい髪色をした少年。軽い調子で手を挙げた彼は、少女に話しかけてきた。少女は首を傾げて「行かないんですか?」と尋ねた。すると「行くよ」と答えた。

 

「君は、行かないの?」

「行きませんよ。C級ですから、戦闘への参加はできません。足手纏いになります。」

「太刀川さん相手に大立ち回りしてたのに?」

「あれは、あちらが手を抜いていただけの事です。」

「君も来た方がいい。俺の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってる。」

 

 副作用(サイドエフェクト)。高いトリオン能力を持つがゆえに吐出した才能のことを言う。あくまでも感覚器官の強化などがメインで、魔法のようなものではない。

 言っている、ということはお告げのようなものでも聞こえているのだろうか。

 

「責任とかは、俺が持つからさ。」

 

 少女が何か言おうとした時、再び空から光が降ってきた。ズシンと地面が大きく揺れる。少女は空を見上げ、雲で覆われた濃灰色に舌打ちをする。エリートは走り出していた。後ろ姿に、一度は背を向けた。少女は懐からトリガーを取り出した。

 時間帯が良くなかった。有紀のトリガーならば、トリオンの濃度を見分ける事が出来る。空を見れば何があるのか見る事が出来たかもしれない。しかし、有紀のトリガーはその濃度を黒の濃淡で表される為、夜では基本的に使えない。当然、トリオン体で襲ってくる敵も真っ黒に見えてしまう。有紀のトリガーは夜戦を考慮していないトリガーなのだ。

 

 これがトリガーを二つ持ち歩いている理由だ。

 少女は万が一を考えボーダー製のノーマルトリガーを換装する。電柱の上に飛び乗り、それから空を確認する。先程の光は高い所から降ってきている。ぽっかりと雲に穴が開いている様子から、何かは雲の上から撃ち降ろしているようだった。それにしても、上空に留まり続けられる方法が分からない。何処かの貴族様のトリガーのように遠距離に特化したものなのだろうか。

 光が放たれた場所の真下に近付くと聞こえて来るのはつばぜり合いの音。近づくとそこにいたのは、明るい髪色の少女と黒い髪の少年だ。そして二人と対峙している襤褸を被った正体不明の人型。襤褸の隙間から見える金色の長髪。骨格から推測するに女性だ。

 少女は屋根の上からじっとその様子を見降ろした。少年少女の所属はボーダーだ。服を隊員着ている。では、もう1人は?

 

「これは、中々どうして……。」

 

 もう1人が使っているトリガーは骨董品の名がふさわしい吸収されてしまった国の物だ。扱いづらく他国に受け入れられなかったと話がなされた。散弾銃ではあるが、それの撃ち出す弾は特別だ。散弾ではなく、スラグ弾を撃つあの銃は威力こそ強力なものの、反動が大きくとても扱いづらい銃だ。少女でさえ、中途半端に投げ出したというのに。

 あの銃を持っていること自体、思い入れがあるとしか思えない。あの近界民(ネイバー)はどうやって玄界を訪れたのだろうか。援助者がいるようには見えない。しかし、都合が悪いのはあの近界民(ネイバー)が少女と同じような容姿をしていることだ。暗がりでもし彼女が逃げたとしたら疑いの目がこちらに向けられるかもしれない。

 少女は電柱から飛び降り、近くのマンションへと向かった。そして4階の部屋のベランダでライトニングを取り出し、戦場を確認する。これは決してあの隊員たちを助けるためではない。

 C級隊員である少女は、訓練以外のトリガーの使用を禁じられている。しかし、最早、少女がボーダーに居続ける理由はないのだ。元々、廃棄区画を合理的に探索するためにボーダーに加入した。如月家を見つけた少女がこれ以上組織に居座り続ける理由はない。

 大きな斧のような武器で攻撃を仕掛ける隊員に合わせて、少女はガードしようとしている近界民の両腕ごと切り裂いた。左肩から右の脇腹までの一閃。それの体には亀裂が入り、爆発した。現れたのは、男だった。

 

「そんな、まさか……。」

 

 戦慄が走った。気が付けばマンションの窓から数歩離れた壁に背を預けていた。少女は歯を食いしばった。体中が沸騰したような、そんな激情の中でやはり少女を冷静に見ている私がいた。ライトニングを構えなおし、標的を絞る。今からあの敵を殺したところで間に合わなくなる可能性がある。

 私は先ほどまで斧を振るっていたボーダー隊員を撃ち抜いた。そしてその隣にいた隊員も同じように撃ち抜く。彼らは緊急脱出をして、本部のほうへと光が流れていった。

 

「あの男、悪趣味なことをしやがって。」

 

 私は、そう吐き捨てた。先ほどまで長身だった襤褸を被った近界民は、私がよく知る男だった。金色の髪の女性は、黒い短髪の男だった。トリガーは使用者の好みで容姿を変えることができる。男はそれを利用して姿を偽っていた。あの男がここにいることが不思議でならない。

 しかし、あの男には生きていてもらわなければならない。私たちが私たちであるために。

 久方ぶりに見たあの男を見て、多くの少女が激情に流された。恨み、憎み。喉が渇き、飢えに苦しむ獣のように。名称つけがたい感情が疼きだす。三輪にあんなことを言っておいて、なんで心の中で私は嘲笑する。

 

「自殺なんて、させない。」

「如月さん?」

 

 引き金にかかっていた指が硬直する。その聞き覚えのある声が、こんなにも近くで聞こえることに私は危機感を覚えた。どうやらこんな生ぬるい場所にいたせいで勘が鈍ってしまっていたらしい。誰かにこんなにも接近されるまで、況してや声を掛けられるなんて。

 スコープの先にいた男はすでに外壁の陰に隠れていた。構えて狙撃銃を下ろし、振り向いた。彼女が制服以外の服を着ている姿を初めて見た。暗い色の服に身を包んだ同級生は驚いた顔を観察した。彼女は一般人だ。どうしてこんな危険区域のど真ん中にいるのだろうか。ここで彼女に帰宅を促すだけならばいい。

 しかし、先ほど殺しかけた男がまだウロチョロしているだろう。あの男は左足を悪くしているからそう簡単に遠くに逃げないだろう。

 

「刈谷さん、こんなところで何やってるの?」

 

 なるべく心配そうな声で尋ねた。彼女は俯いた。とにかく彼女をこの区域から出さなければ。あの男に目を付けられれば碌なことにならない。

 

「何か、言えない事情があるのはわかったわ。兎に角、ここから出ましょう。」

 

 彼女の手を取り引いてみるが、彼女は動く気がないらしい。私は彼女をどうにかしてここから動かす必要があった。これ以上、あの男の犠牲者を増やすわけにはいかない。

 

「刈谷さん。きっと家族の方が心配しているわ。」

「してないよ。」

 

 彼女がようやく発した言葉を吐き捨てた。少女はその発言に眉をひそめた。少女は本当の親の記憶があるわけではない。ただ、親のように思っている人はいたし、少女自身をママと呼んでくれる子どもたちもいる。その子供のことを少女はいつも思っている。

 だから少女は「そんなことない」と言った。

 

「私はいつも心配しているわ。」

 

 そんな言葉に彼女は驚いた表情を浮かべて、「子供、いるの?」と聞いてきた。私は彼女に対して「血のつながりはないけどね」と答えた。「育てるように、頼まれたから」と苦笑いを浮かべた。彼女は足を前に進めた。出口からは遠ざかり、先ほど狙撃に使ったベランダに出た。私は彼女の後に続いてベランダに出た。彼女は一つの家を指さした。その家はこのマンションの向かい側にあり、それは何かに押しつぶされたように半壊していた。

 

「私、あそこでお兄ちゃんを殺したの。」

「は……?」

 

 私はその言葉に驚きを隠せなかった。刈谷裕子にそんなことができるようには見えなかったからだ。

 

「お兄ちゃんを殺した私なんて、心配しないよ。」

 

 私は面倒ごとに巻き込まれた、と彼女に聞こえぬようにゆっくりと溜息を吐いた。




お久しぶりです。
果たして、この挨拶をあと何回することになるのか。
私は単行本をオンラインで買う派なので、週刊ジャンプなどはアニメ化しないと基本的にどんな漫画を連載しているのか情報が入らないのですが、鬼滅の刃に呪術廻戦と長い長い浮気をしていました。
呪術廻戦に関してはこれからですし、楽しみにしています。
少し前の話になりますが、ワールドトリガーもアニメ化するらしいので楽しみに待ってます。


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如月結城は引き摺った

 私は穏やかな死というものを目にしたことがない。戦場では、騒がしいものばかりだった。

 傷痍軍人が怪我を癒す病院でも精神に異常をきたした兵士が騒がしく奇声をあげていた。如月有紀とて同じだ。脱走兵として味方だった兵士の拷問にされ死んでいった。藤茉莉は、それこそ最後まで呪詛を吐いて死んだのかもしれない。

 私が最初に知った死は拷問による死だった。ただ、その死は簡単には与えてもらえるものではない。

 その体にある20個の爪は無残にはがされた人が痛みからショック死してしまわぬように手当てをする。ズタ袋を被せられ水を掛けられたその人が窒息死しないように配慮する。指の関節に刺さった太い釘は何とも痛々しいが、失血死しないように常に観察する。水槽の中に1日中付けられ、その寒さで凍え死にそうになる捕虜が本当に死なないように定期的に水温を管理する。私に与えられた最初の仕事はそうして死んでいしまった人型の処理だった。宗教色の強いその国では、そうしたことをやりたいと思うやつらがいなかった。

 そういう死を見続けた私には、そこらの死が心を突き動かすようなものにはならなかった。最も惨い痛みを、死を見てきた。どうしようもない絶望の淵で、自ら一歩前に踏み出すことも許されない。いつ終わるか分からない。希望()は目の前に転がっているのに、手を伸ばすことは叶わない。最後の最後、全身の痛みに震えながら彼らは漸く死んでいく。

 異教徒に対しては何をしてもいい、なんてそんな風潮のあったその国では、男も女も最後は元の肌の色が分からないほどにぐちゃぐちゃに壊された無残な死体が残された。こうなって、ようやく死体として処分が許可される。

 死体処分の仕事を行っていた私はこうなった、これこそが死なのだと理解してしまった。

 

 そうなってやっと、初めて彼らの死は承認される。

 

 そんなものを見続けていると、普段の戦闘による死が可哀想と思うにはその瞬間があまりにも素早く綺麗で、惨たらしいと思うにはその死体があまりにも人の形をしていて。そこに転がっている死が本物かどうかなどそれに剣を突き立てかき回すまで、私は信じることが出来なかった。

 人々が言う、私の怪物性というのはこれのことなのだろう。今となっては人を殺すのに、私は然したる理由がいらない。『人を殺すんだ』と強く意識することもなければ、人を殺したという実感を持つことは出来ない。

 

 私は人を殺したしまったという恐怖が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はもう寝なさい、と何とか泣きはらす刈谷裕子を基地として使っているマンションの一室で寝かしつけた。一昔前、母親を殺された藤茉莉の息子を寝かしつけているあの時を思い出して多少、懐かしさに浸りながらももう二度と御免だと心の中で吐露する。フローリングの上で丸くなって寝ている刈谷裕子を少女は少しだけ羨ましいと思った。

 そして少しだけ安心もする。彼女は正しい秩序の元で正しい理性を持って生きているのだ、とそう確信できるからだ。殺人とはとてもいうことのできない不運なその出来事に対して心を痛めるそれは、如月有紀が生まれたこの世界は、美しく正しいのだとそう信じることが出来るから。

 きちんと手入れされた黒い髪に指を通しながら小さな寝息をたてている彼女の頭の上に手を置く。こうしているとまだ正しくはなくとも、人であった時のような感覚になる。多くの人が少女たちの事を疑いなく名前の無い女怪物(nameress)と呼ぶが、彼女の想像するそれと彼女は未だに乖離している。彼女はこれから、そう、あの男を殺すことでようやく怪物になる。

 

 でも、私は嫌だな。

 

 そんなことを、少女は思う。あくまでも彼女が覚えている藤茉莉の人格を模倣している少女は、人でいたいと思う。そう、それが()()の事だと彼女自身も理解しているからこんなことを少女は思ってしまう。ただ、これはあくまでも彼女のお遊びのようなものだ。主人格は少女ではない。

 

「明日は、どうしようか。」

 

 きっと明日からは主に彼女が表面に出てくることが多くなるのだろう。彼女はあの男を殺すことに乗り気だ。それは最初から何度もそうしたいと思っていたからではなく、彼がボーダーに捕らわれ捕虜としてこののほほんとして生ぬるくて気持ち悪い安穏とした生活の中で心の傷成るものを癒す、そんな過程が彼の人生に組み込まれることを嫌っているからだ。彼女自身、まだ殺したくなかっただろう。それこそ、彼女の寿命が尽きるまであの男を極限まで追いつめてやりたかったはずだ。

 どうしようか、というのは決して少女がその男に死に同情的であるとか、悲しいと思っているとかそんなことではない。少女と彼女は藤茉莉が死んだ後に分離したため、少女自身が藤茉莉と心を通わせたなんて事実はない。それでも、少女とて藤茉莉のような善人があんな残忍な殺され方をしたという事実を苦しく悲しく思っている。あんな残忍な殺しを行ったあの黒髪の男を、たとえ担当でない少女だろうと殺すことは建前として言い訳をするかもしれないが、本心としては吝かではない。

 

 あの男が死ぬことは、至極当然の事だ。

 母親を殺されたのだから。

 

 それがこの体の中にいる人格たちの結論だった。何一つ議論の余地なく、誰もが賛成に手を挙げた。それほどまでに少女たちは藤茉莉の死に衝撃を受けた。主人格たる彼女の心に止めをさしたその出来事を、彼女は復讐ではなく乗り越えるためにあの男を殺す。

 彼女がもし、その殺人を完遂しそののちに心の中に溢れだす感情を本物だと認めることになれば、彼女はもう人ではなくなるのだろう。少女はそれが嫌だと思う。そんなことを嘆いたところで彼女はきっと変わりはしないのだろうけれど。

 

 

 朝、目が覚めたときには太陽は頭上近くにあり、もし今日が休日でないとしたのなら完全に学校は遅刻である。曜日感覚どころか、日本で使われている暦の読み方を知らない少女にはこの時間帯の起床がどれほどの大問題となるのかさっぱりわからない。

 刈谷裕子を起こすと何やら慌てたように携帯を確認するが、それを酷く詰まらない顔で確認し携帯を閉じた。少女が「大丈夫なの?」と尋ねると「別にいい」と返ってきた。

 少女には自分の身を真摯に心配してくれているだろう親に対して、どうしてそんな反発的になるのか疑問だった。もしかしたら藤茉莉の息子たちにそうなっていないだけで一般的なことなのかもしれない。そんな少女たちには存在しなかった子どもの思春期事情を考察していると唐突に振り返った刈谷裕子は、「遊びに行きましょう!」と言い出した。

 流石に少女はそれを了承するわけにはいかなかった。少女にはやらねばならないことがあった。呪いにかかったあの男をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。しかし、少女が何か言う前に掴まれた右腕は力強く引っ張られる。腕が抜けるなんてことはないだろうが、少女は引っ張られるままにマンションから出た。

 

「ちょっと!」

 

 そう抗議してみるが、どうにも彼女は強情だ。しかもその足が昨日の場所に向かっているのだから少女は刈谷裕子という少女を警戒せざるを得なくなった。彼女はもしかするとあの男と共謀している可能性。理由は兎も角、そうした可能性を少女は感じていた。あの男は非道な男だ。幼気な少女の心を弄ぶことくらい普通にやってのけるだろう。

 

「ごめんね、如月さん。」

 

 彼女は歩きながらも謝罪の言葉を口にする。その言葉が意味するところを彼女は少女に告げない。だから少女はさらに深く顔をしかめるしかない。

 

「どうして謝るの?」

「だって、如月さん。私がいるの、本当は嫌でしょう?」

 

 彼女は立ち止まり、ようやくこちらを振り向いた。確かに少女は彼女がこの危険区域内にいることを快く思ってはいない。これ以上ここにいるというのならば、どこかに保護することを考えなければならない。その手間を考慮するならば、遊びは外の市街地でやってもらうのがいい。

 

「私は刈谷さんがここにいるのが嫌なだけで、市街地の方で遊ぶなら私は何の問題もないわ。」

「どうして?」

「は?」

「どうして、私がここにいるの嫌なの?」

 

 少女は「危ないじゃない」と言った。少女の言葉に刈谷裕子は眉を顰めた。それは確かにそうだ。刈谷裕子もここが危ないということを否定することはなかった。

 

「危ないのは、いけない事?」

「いけないことだわ。死んでしまうかもしれないもの。」

「私、もう生きているのが嫌だって思うことがあるの。生かされるって、辛い。」

 

 それはきっと兄の事を言っているのだろう。刈谷裕子は、半年前の大規模侵攻時に兄に庇われてその命をつなぎとめた。白い怪物に襲われ、兄がそれを引き付けてのちにその遺体が発見された。あの時、自分がきちんと諦めずに走っていれば、なんて後悔が後から押し寄せてくるのだろう。

 少女、否、彼女とてそんな経験が無い訳では無い。確かにその通りだ。生かされてるというのはつらい。それが良い意味であっても悪い意味であっても、生きるという行為に自分の意思を持てない間はとても辛いのだ。

 

「死んだ人間は、何をしたって生き返りはしないのよ。」

「そんなのは、知ってる。」

「だから、死んだ人間は置いていくしかないのよ。」

 

 死んだ人間はそこに置いていくしかない。その時代に、その時間に、その瞬間に、置いていくしかない。それは決して置いて行かれるのではない。私たちが置いていくのだ。捨てていくしかない。

 

「そんな風に、割り切れないよ。」

「そうね、すぐには難しいかもしれない。でも、きっといつか。それを懐かしむことが出来るようになるはずだから。」

 

 そんなこともあったね、と懐かしい昔話になれたのならば、それは確かに故人を忘れることが出来た証だろう。唐突に振り返ったときに今まで歩いていた道の跡に横たわる死体を眺めて思い出す、そんな程度に忘れてしまえばいいのだ。

 

「だから、今は大切に持っていればいいと思うわ。」

 

 少女はそう言って目を細めて刈谷裕子を見た。彼女とて如月有紀の事を思い出話のように語れるようになったのはそれこそ彼女が死んでから数年後の話だ。藤茉莉と出会うまで、彼女が死が霞む事はなかった。藤茉莉の話を未だに思い出話のように話せない彼女を知っている少女は、そう言った。

 

 自分だってそれほどの時間がかかったのだから、たった半年の時間が彼女の心の傷を癒せるものか。

 

 辞めることだって出来たはずだ。白い灰となって自分の腕の中で崩れ落ちていったあの如月有紀のように、生かされることを諦めることだって出来たはずだ。

 それでも彼女がこの日々を繋ぎとめていたのは、偏に如月有紀を救えなかったという負い目があったからだ。彼女はその負い目から逃げなかったから、今も生きているのだろう。

 

「いつか、手を放してしまう時に名残惜しまないように。その時まで存分に引き摺り回せばいい。引き摺りすぎて擦り切れてその原型が分からなくなって手を放してしまうその時まで、存分に。」

 

 少女の言葉は優しく、そして自分に言い聞かせているようだった。刈谷裕子は眉を寄せて少女を睨みつけるように見ていた。少女の方が5㎝ほど身長が低いが、そんなものが気にならないほど刈谷裕子の方が小さく見えた。

 

「でも、きっと最初は重いと思うの。人一人分だもの、私だって重かった。」

 

 だから、仕方ないから。本当に、少しの間だけ。少女は繋がれていた手を放し、彼女の長い髪に昨夜と同じように指を通す。

 

「今日くらい、一緒に引きずり回してあげる。」

 

 少女は人を殺してしまう恐ろしさが理解できない。それでも人が殺されてしまう恐ろしさを身をもって知っている。同情したのかもしれない。刈谷裕子と少女自身を重ねたのかもしれない。

 ただ、それ以上にやはりnameressという彼女たちの行動原理は、自分と同じ思いをする人間が一人でも少ないようにと、一秒でも短いようにと、たったこれだけの願いなのだ。他人と自分が味わった辛さ、それは決して同量ではないのだろう。しかし、その劇毒の味を知っているから、できれば誰かのその人生の中で味合わないのならばそれに越したことはない。

 それに、彼女は困っている。ならば、約束通り助けるべきだ。

 

 今まで色々なことを理由に剣を振りかざした。その根幹に関わる理由が揺らいだことなど一度もない。そのためならば、彼女は近界民(ネイバー)とも友好的にして見せた。

 刈谷裕子は次第に俯き、両手で顔を覆った。それから聞こえてくるのは嗚咽だけだった。むせび泣く彼女の頭を相変わらず藤茉莉の息子にそうするように優しくなでる。

 昔、まだ彼女が涙を流せたとき、彼女を国から連れ出した近界民(ネイバー)がそうしてくれたように。優しくゆっくり、本当に愛おしいものを触るように。

 

 嗚呼、私でもまだこんなことが出来たのか。

 

 そう感想を零すだろう彼女に思わず心の中で苦笑いを零した。彼女だって同じようなことを藤茉莉の息子(吉楼)腹違いの妹()にしているだろうに。なんて私のあずかり知らぬことを考えて一人会話を一旦辞めることにした。

 

「ほら、どこに遊びに行くの? 私、この辺の事何も知らないわ。」

「この辺でいいの?」

 

 彼女は涙を袖口で拭きながらそう尋ねてきた。

 

「なるべくなら警戒区域の外がいいけれど。」

「それなら、川を見に行きましょう。警戒区域の近くにあるの。」

 

 どうやら彼女は頑として警戒区域の近くにいたいらしい。それでもとりあえず彼女をここから遠ざけられたのならばそれでいいだろうと妥協することにした。




お疲れ様です。
お盆のはずなのに、学校で授業を受けている現実に愕然としています。
しかも、テストが終わっていないと。


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女狐の作戦①

 刈谷という名前は、もともと私のものではなかった。物心がついたころ、車に轢かれそうになった私を庇って本当の父親が死んだ。それからすぐに母親は新しい父親を見つけてきた。彼は優しい人だったし、その血を引いた兄もまた優しい人だった。でも、私はそんな彼らを好きになることは出来なかった。家族になるつもりは一かけらもなかった。そうしているうちに、母が病気で死んで、近界民(ネイバー)によって兄が殺された。残ったのは、父親と半分しか血の繋がりのない妹だけ。最初から刈谷と名乗っている人だけが残った。

 そんなになっても父親は私の面倒を見ようとしてくれている。私は、それがどうしようもなく嫌だった。

 それから10年近くたつけれど、未だに刈谷と呼ばれることに抵抗がある。早く慣れてしまえればいいのだけれど、そんなことはなかった。

 転校してきたとき、如月さんの自己紹介を聞いて嘘だと思った。私はクラスメイトに私の姓が『刈谷』だと嘘をついているのと同じように、如月さんも『如月』だと嘘をついているのだと確信した。それは、彼女の見た目が明らかに外国人だったからだ、とかそういう理由ではない。彼女の声が明らかに嘘をついていた。私がいつも刈谷と名乗るときと同じ、躊躇いのようなものを感じた。

 同類だと信じていた。彼女も何か両親に振り回された人生を送っているのだと、そんな風に彼女の人生に期待していた。

 

 だから、いつも一言聞いてみたかった。

 

「貴女の本当の名前は何ですか?」

 

 って。

 

 

 

 

 

 

 

 私は思わずため息をつきたくなった。あの男が、今、私の目の前に立っている。できれば刈谷裕子を逃がした後の方がよかったのだけれど、そうならなかったのならば仕方ない。危機感もなしに、「あの人誰だろう」なんて呟いている彼女に頭が痛くなる。

 私が彼女を背に隠し、ゆっくりと後ろに下がっていく。こちらに視線を向け、じっと観察している男はニィッと口角をあげて笑った。生身の肌は黒く染まり、元の肌色は最早見つけることは出来ない。伸びきった髪の間から見える血走った瞳は、嬉々としていて見る人が見れば恐ろしいと思うのだろう。

 しかし、どうしてだろうか。この男が笑うと、思わず私も笑わずにはいられない。死んでい嫌だが、似ていると言われるからだろうか。

 

「おい、nameress。オマエらしからぬ行動だ。そんな女、とっとと殺してしまえばいいだろう。」

 

 いつものように、そういった男は私よりも私の後ろにいる刈谷裕子に向けている。さて、困ったことになった。この男の言っていることが出来るのは事実だ。彼女が近界民(ネイバー)ならばここまで迷うことはなかっただろう。すっぱりと諦めて囮に使っているところだ。

 

「何、あの人? 如月さんの事、言ってるの?」

「キサラギ? それはお前が殺した人間の名前じゃなかったか? なぁ、おい!」

 

 それでも私が囮に使わない理由はたった一つだ。約束したからだ。今日一日、という制限付きではあるものの約束をしたからには果たさなければならない。傭兵とは契約によって商売が成り立つ。だからこそ、今日一日は確実に刈谷裕子に生きてもらわなければ困る。

 

 もし、私でなければ、御託を並べて守る理由を取ってつけるのだろうが。

 

「今日は、随分とお喋りなのね。何か良い事でもあったのかしら?」

「良い事? 嗚呼、あったさ。お前を殺す方法を、教えてくれた奴がいるんだ。これで、ようやくなくなった故郷を救うことが出来る。」

「その人は、その呪いの解き方まで教えてくれたみたいね。随分と気前のいいお友達だこと。」

 

 私はその男の言葉に警戒した。基本的に有紀のトリガーの性能を知る人間は多くない。それこそ、味方に教えられるような能力ではない。戦争のような乱戦の中で使えば、味方にまで伝染する恐れのあるその能力を開示すればすべてが敵に回る。それだけの人数を捌けるほど、有紀のトリガーは性能がいい訳じゃない。

 だからこそ、このブラックトリガーの性質は私たちの中でも極秘の扱いだった。私が近界(ネイバーフッド)に戻ったら、このトリガーの性能を知っている人型を悉く殺さなければならなくなった。

 人探しは得意ではないと、如月有紀の両親探しで分かってしまっている事なので思わずため息と吐きたくなった。

 

「刈谷さん、逃げて。」

「に、逃げてって……。如月さんは?」

「まあ、因縁の決着、かな。」

 

 振り返ることなくそう告げると彼女は少し迷ってから、私達から離れるように走り出した。どうやら危機管理能力はある程度持っていたらしい。これで心置きなく彼を殺すことが出来る。

 そして煽っていたにしては彼自身も刈谷裕子を邪魔だと思っていたらしい。近界民(ネイバー)主義の彼からしたら、私以上に刈谷裕子を殺そうとしてもいいだろう。そうなると思っていたから彼女を一刻も早くこの場から離したかったというのに、拍子抜けだ。

 

「お前、変わったな。人間臭くなった。でも、安心しろ。俺は化け物を殺す唯一の男だ!」

 

 唐突に男は恨めしそうな声でそう言った。独り言のようで、そうでない私に向けられた苛立ちの言葉に私は笑みを浮かべたまま答えた。

 

「馬鹿言わないで。怪物だって、待てくらいは出来るのよ。」

 

 私は彼と一緒にされることには我慢ならない。私は怪物で、彼は怪物ではない。少なくとも私の定義の中であれを怪物とするのは難しい。それに私はここまでお喋りじゃない。

 有紀のトリガーを換装し、彼もまたトリガーを換装した。相も変わらず貴族としての振る舞いが抜けないらしい。

 

「私は、ローレンス公国辺境伯バッカっ!」

 

 私が何も言わず剣を構え、斬りかかるとシールドでそれを防いだ。

 

「名乗りも最後まで聞かずに、マナーの成っていない奴だ!」

「戦場でマナーを語られても、ね!」

 

 黒ずんでいくシールドをたたき割るためにもう一度剣を振り上げる。シールドが割られることが目に見えている男は、シールドを外し散弾銃を撃ち込んできた。シールドではなく、少しばかり大きめの銃弾を切り伏せる。その時、男は何かを取り出しこちらに投げてきた。

 すると視界に溢れたのは真っ黒な景色だった。トリオンによる煙幕だ。普通のトリガーならばここまで警戒する必要はなかった。トリオンの濃さを黒の濃淡で見ることが出来るトリガーでは、この煙幕が本当に煙幕なのかどうかさえ分からない。ただのトリオンが散布されただけならば、この景色を見ているのは私だけということになるからだ。

 

 これは、随分と詳しく有紀のトリガーについての秘密を教えたやつがいるな。

 

 仮面を外したとき、目の前はやはり思っていた通りクリアな景色だった。そして確認できた前に迫っていた二発の銃弾だった。一つは頭。もう一つは狙いが外れたのだろう。左側の腹部を目がけて飛んできていた。

 

 腹部は最悪妥協する。しかし、頭を撃たれるのはダメだ。

 

 重心を後ろに傾け背を逸らしながら、体を90度捻る。剣を持っていた右手を離し、地面についてバク転する。男と距離を取り、相手の様子を確認する。腹部の甲冑を掠ったのだろう。少しだけ傷がついていた。

 こちらに撃ち込んでくる弾を弾く。どうやら誰かに入れ知恵されたらしい。何時ものような獰猛さは感じられず、敵の狙いは良し。的確に急所を当てようとしてくる。先ほどの銃弾だって後方に反った位置に二発目の銃弾を撃とうとしていたのだろう。随分と練習したようだ。

 その中で一歩踏み込み、途中で出現したシールドをガリガリと削りながら力任せに斬り上げる。切先と彼の胴体の間にもう一枚のシールドでガードする。

 しかし、侵食されるシールドはその強度を奪われていく。銃を持っていない左腕に切先が掠る。お互いに距離を取り、相手を見る。

 

「それにしても、驚いたわ。貴方が銃なんてものを持ち出してくるなんて。貴方言ってなかったかしら? 剣で戦うことこそ、何とかって。」

「nameress、お前のトリガーの性質を聞き知ってから剣でお前と戦うことがいかに無謀かよくわかった。お前こそ、よくもそんな卑怯な能力を顔色も変えず使えるものだ。化け物め。」

 

 その言葉に私は笑みを浮かべた。彼の言葉を否定することは出来ないだろう。だって、その通りだ。トリオン体での戦闘は死ぬことがない。生身よりはもう一度がありえるのだ。そうしたメリットを持って開発されたはずなのに、トリオン体であったがために死んでしまう。そんなトリガーは卑怯だろう。

 

 しかし、それがどうしたというのだろうか。そんなことが悪い事だろうか。

 この世の善悪は所詮、その人間の匙加減だというのに。

 

 どちらが合図したわけではない。この男とは5回ほど戦闘になり、生かしていた。それゆえにお互いがお互いの攻撃に出るタイミングを知っている。私は男の元へ、男は私と距離を取るように動き出した。

 数発の弾丸を斬り落としながら、男の懐に入る。突き刺そうとする剣を男は避けようとするそぶりを見せない。

 とった、とは思わなかった。違和感しかないその行動に相手の策に乗ってやるものか、思考が目の前の敵から外れる。しかし、ここまで勢いづいた腕がそう簡単に止まるわけがない。

 途端、背後から私を押しつぶそうとする圧力を感じた。仮面をつけていないから背後に何があるのか確認はできない。しかし、本能ではなく理性が告げる。

 

 避けなくてはならない。

 

 回避行動に入ったとき、利き手である右手を男は掴んだ。黒ずんでいく男の手だが、崩壊させるには伝染の速度が足らない。私は右手に持っていた剣を離した。そして地面に落ちようとしている剣の柄を右足で蹴る。男の左腕を斬り離し、そのまま右側に避けようとする。

 相手は明らかに自滅を計画している。いや、彼だけ助かる道があるのかもしれないが、どちらにしろこの男はあの空から降ってくるトリガーを使う。

 

「落ちろ!」

―――シールド!

 

 その言葉の瞬間、男が光に飲み込まれた。ガツンと上から押しつぶされるような重みにギシギシと鎧が音を立てる。私は奮い立たせるように声を荒げる。地面にめり込み、膝をついた。鎧がパキンと嫌な音を立てた。

 強烈な光が次第に収まり、目の前に風景が広がる。剣を作り直し、地面に突き立て支えとする。ガチャンと、砕けた鎧が地面に散らばって落ちる。

 脳髄を狙った銃弾を素早く頭を傾け避ける。頬を焼ききったトリオンが何かの金属にあたり、地面に落ちたのだろう金属音が聞こえた。

 左腕と左足が無い男がこちらに銃を向けている。不機嫌そうに舌打ちをする。気色悪い展開だ。こうも行動が裏目に回ることがあるだろうか。未来が決められているみたいで、既視感を覚える。

 

「だが、漸く、その装甲を剥がせた。」

 

 あれだけのものを本人のトリオンだけで供給できるものだろうか。それが出来ているのならば、この男は最初の段階で剣技以外の行動をとってもいいはずだ。こいつにトリガーの情報を売ったやつが味方していてそいつが今の撃ち降ろしてきたのか。

 

「これで、お前に攻撃が通る。」

 

 もう一度あれを撃ち降ろしてくるのだろうか。それとも他に何か策でもあるのか。私は警戒の色を強めた。少しの間、お互いにお互いを睨みつけた。今までにない状況だ。それぞれ相手の心理状況を測りかねていた。

 私は、男の背後から小さなものが近づくのを確認する。それはゲートを発生させるための小型トリオン兵だった。ゲートが開くのは計算上は明日であったはずなのに思った以上に早いトリオン兵の行動に心の中で舌打ちをする。

 トリオン兵にはゲートを作成できる一定量のトリオンを確保できれば、トリオン反応を探り私の元へと戻っていくようにプログラミングがなされているという説明を受けていた。

 

 タイミングが悪い。

 

 私が壊さないように気を付けることが出来ても、目の前の男が壊さないとは限らない。それに、男はこの玄界(ミデン)から脱出する手段を持っている可能性が低いのだ。それはこの男が呪われていることもあるが、ここを玄界(ミデン)と気が付いていない時点で、他の星への船が出ていると考えている可能性だってある。

 私の中の優先順位が目の前の男から脱出用のトリオン兵の確保へと切り替わった。

 一先ずトリガーを切り替える必要がある。ブラックトリガーでは、トリオン兵を触ることは出来ない。だからこそ、目の前の男をきちんと殺す必要がある。

 

 鎧が無くなった分、私が男に近づく速度は速くなった。目の前に迫った私を見て男は驚いた顔で私を見下ろしている。左肩から右わき腹にかけて一筋の裂け目がその男の体に出来上がった。大量に溢れる光の粒子に視界が多少不鮮明になる。

 男は最後の一発ばかりに私の右足に銃弾を撃ち込む。最後の一発となったそれは先ほどまでのスラグ弾とは違い、普通の散弾だった。

 刹那、右側から突然の爆風に巻き込まれた。急いで退避しようとするが、力強く踏み込んだ右足がビキリとひびが入る。男が不敵な笑みを浮かべて、私たちはお互いに爆風に吹き飛ばされた。




展開が気に入らなくて書き直していたら随分と時間が経っていました。


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女狐は恨んでいる。

 バッカス・クロスアンジュ。この名前を聞いたのは、藤茉莉が死んだ直後の事だった。彼女から離れる前、もし私が死んだら、なんて下らない話をされた後、彼女を殺した犯人としてスラムの人が教えてくれた名前だった。高潔な貴族の青年はその国のために、連れ去らわれた子どもを取り返し、野蛮な玄界(ミデン)の女を殺したと高らかに宣言した。

 救われた子どもはこれからこの国に貢献することを約束したと、そう言っていたらしい。実をいうと私は少しの間悩んだ。連れ去らわれた子どもを助けるか否か。そんなことを私は1時間ほど悩んだ。人でなし、と言われるかもしれないが、元々私は怪物だ。人ではないから仕方ない、と言い訳だってしてみた。

 しかし、それでも居心地の悪さが消えない。あの死体が、同じように殺された少女と被って仕方がないのだ。異郷の地で脱走兵として人間の尊厳も無く死んでいしまった少女と同じ見えてしまう。

 

―――私みたいに、助けてよ。

 

 如月有紀の言葉が、バカみたいに私の中をグルグルと這いずった。

 私は彼にそう言ったことはないものの、彼を助けるのを諦めた。目を逸らした。逃げ出したのだ。この町を、この国を出るために一度は飛空艇の乗り場まで差し掛かった。必死に目を逸らして、そうしていたら、心から必死に目を逸らし続けていたら、如月有紀がいた。

 

―――助けないの?

 

 目の前に転がる死体が私にそう語りかけてきた。青黒い肌に服を赤黒く染める血の色は少量。気が付けば、目の前には似た死体が転がっていた。

 手の中にあったチケットは握りつぶされており、心拍数の上昇を知覚できた。頬を伝うしずくが何なのか、私は理解できなかった。

 

―――助けてくれないの?

 

 そうして、少女はいくつもの言い訳を経て、少年を助けた。

 

 

 

 

 

 転がり、起き上がると腕に痛みが走る。先ほどの爆風でトリオン体が壊れたらしい。左腕から滴り落ちる赤い血液を確認した。しかし、それはどうやらあちらも同じようで少女の姿から元の男の姿になっている。

 

「どうだ、nameress。味方だと思っていた奴に裏切られる気分は? お前に殺された奴らは、こんなもんじゃないんだぜ。」

「なるほど、お前に手を貸した奴の事が分かった。バッカス・クロスアンジュ、お前、狐に化かされたな。」

 

 お互いに生身。こうなってしまっては私の方が圧倒的に不利だ。相手が呪いに体を蝕まれ、片足を負傷している。しかし、それでも向こうは正規兵。私のような使い捨ての駒とは違い、生身の対人訓練も熟していた職業軍人だ。それは先ほどの華奢で少女らしい体からはかけ離れた全盛期には劣るものの、その鍛え上げられた肉体を視ればよくわかる。

 

「彼女は、そんなんじゃない。俺と志を同じくした人だ。」

「確かに、彼はそんなんじゃないな。」

「彼? どうやら君の予想は外れているらしいぞ。」

 

 私はその男の言葉に弁明はしない。私はあの人間のことを彼と称しはしたが、実際に男としての性別を望んでいるのか私には知る由もないのだ。私に名前の付いた感情が無いように、その人間には名前の付いた性別がない。それだけの事だ。だから、バッカスの言う通り彼女でもあるのかもしれない。

 私が近界(ネイバーフッド)に帰るためにあの小型トリオン兵を手配した人間が今回彼をここに送った首謀者なのだろう。どうやら直接手を下すことはしないらしい。それは、未だに優しい性格が抜けきらない彼の性格故なのか。それとも私への当てつけなのだろうか。

 

 私たちは殺し合いを再開した。結果は言うまでもない。身長150㎝強の少女が身長190㎝弱の男に勝てるのならばあちらの世界でトリオンなる技術があそこまで進歩することはなかっただろう。

 

「ゲホっ。」

 

 腹に入った強烈な蹴りに、息がむせ返る。腹の中のものがこみ上げるが吐き出しているような時間はない。顔面目掛けて飛んでくる拳の前に腕を出し、何とかガードをする。しかし、そのまま後方へと吹っ飛んでいく。瓦礫に足を取られ地面にひっくり返る。

 

「彼女はどう行動すればお前を殺せるのか、全て教えてくれた。お前のおびき出し方も何もかもだ。彼女は未来が見えているようだったよ。」

「そんな怪しい奴の言葉をよく信じる気になったな。」

 

 ふらつきながらもなんとか立ち上がろうとするものの、彼は私の胸の踏みつける。気道が塞がり、息が出ていくことも入っていくこともできない。私の言葉にバッカスは嬉しそうに答えた。

 

「俺だって最初から信じていたわけじゃない。でも、こうまでうまくいくと信じざるを得ないじゃないか!」

「ゲホ、ゲホっ。なるほど、狸に化かされたらしい。」

「彼女をそんな風に言うなよ。彼女は、名前の無い女怪物(nameress)とは全く異なる存在だ!」

「当たり前だ、私は怪物だ。獲物を食い散らかす獣に落ちるつもりもなければ、誰かに飼われる犬畜生なんて真っ平ごめんだね!」

 

 馬乗りになり、私を何度も殴りつけるその男は正しく獣だった。理性は捨て去り、目の前にあるすべてのものに噛みつかんとするその男の姿は正しく手負いの獣だ。その姿を見て、私は自然と笑みを浮かべていた。

 

「何がおかしい!?」

 

 そう言われて初めて私は自分が笑っていることに気が付いた。しかし、何が、と言われても具体的な答えなど出てこない。しいて言うならば、この獣性を殺す瞬間が楽しみでたまらなかった。

 私の突き上げた拳はいとも簡単にいなされる。トリオン体であるならば筋力が変わらないのに、生身とはどうにも儘ならないものだ。左腕で男の拳を受ける。体が重力に逆らい吹っ飛ぶ。

 男がズルズルと左足を引きずりながら私に近づく。当たり所が悪かったらしい、骨折したらしい左腕はこの状況では使い物にならないだろう。

 

「これで終わりだ、怪物!」

 

 右手で手ごろなコンクリートブロックを握りしめ、勢いのままに男の脇腹に叩きつけた。バッカスの下から何とか抜け出し、私は服の下に隠していた銃を抜いた。骨折したのが利き手である右でなくてよかった、とそんなことを考えながら片腕だけで銃を構える。

 

―――さようならだ、バッカス・クロスアンジュ。

 

 しかし、その銃弾をあの男は何とかかわした。キンッと金属音がした後、こちらに向かって笑みを浮かべようとした男の喉笛を弾丸が貫いた。

 

「ガ、ァ……。」

 

 喉を貫いた銃弾が私の頬を掠りどこかへと飛んでいった。焼けたような痛みが残る頬を撫で、手についた血をなめる。そのまま地面に倒れこんだ男は、喉からコポコポと血液を垂れ流しながらこちらを恨めしそうに睨み上げている。そんなことをしたところで彼がこれから自分の血液で窒息死をするのだから。

 彼は視線を何とか自分の背後へと向ける。そこには何もない。ただの瓦礫塗れの住宅と先ほど彼のせいで拉げた道路標識だけだ。

 

「そんなに、不思議かしら。」

 

 彼の前に落ちている丁度いい瓦礫に腰を下ろし、足を組んで彼を見下ろした。

 

「貴方達は、トリオンの技術ばかりで金属の技術に対しては頓珍漢だものね。良い事を一つ教えてあげる。金属でできた銃弾はそれより硬い金属にあたるとエネルギーを逃がすために跳ねることがあるの。これをね、跳弾っていうのよ。」

 

 手に持っていた拳銃を見せながら、私は得意げにそう告げる。

 

「貴方がさっきいていた女性についてだけど、彼はね、昔貴方が殺した女性の息子なの。貴方が国に、国民に彼の事を見せびらかしたから、ありのままの姿では生きていけなくなった。だからなのか、今でも女性らしい振る舞いを続けているわ。貴方だって覚えているでしょう? 貴女の国を滅ぼした原因となった、争いの火種となった、あの少年を。」

 

 当時から女性ものの服を着て過ごしていた少年をバッカスはその性別が男であることを知っていた。そしてそのような服装を着ている原因が母親にあることも知っていた。男に対して恐怖症を持っている女は、自分の産んだ子どもが男であるがゆえに愛せなかった。いや、戸惑い躊躇っていた。そのため、少年は母親に愛されるために少女の振る舞いを覚えその隣にいることを選んだ。

 しかし、彼の認識からすると家庭内で暴力を振るわれている少年を助けたに過ぎない。本来の正しい性を受け入れてもらえず、女性であることを強要された可哀想な少年に救いの手を差し伸べたに過ぎない。

 そう、子どもを愛せず暴力を振るう野蛮な玄界(ミデン)の女から、トリオン能力の高い副作用(サイドエフェクト)を持った子どもを保護した。その子どもは自分たちの行いに感謝し、助けてくれたこの国のために尽くす。そういう筋書きだったのかもしれない。

 もし、少年がその女性の子ではなく別の血を継いだ子どもであったのならば、そうなっていたかもしれない。ただ、あの少年は愛情深かった。母親の病を子どもなりに理解を示し、それに寄り添おうと努力していた。それに対して母親もその優しさに救われていただろう。そしてその愛情に彼女なりに応えようとしていた。

 そうでなければ、最初に私と出会ったとき、母親は少年を庇うことなどしなかっただろう。あのまま私に嬲り殺されていく様を黙ってみていたかもしれない。あの少年にあの副作用(サイドエフェクト)が無ければ、私は絶対に少年を見捨てたはずだ。

 

「貴方達の間違いはたった一つ。母親は殺さずに生かしていればよかった。いや、少年の目の前で殺すことさえしなければ、こんな事にはならなかったのよ。そうでなければ、あの少年は私を呼び寄せる餌を蒔くことは出来なかったのだから。」

「ぁ、いぶつ、め。」

「ええ、そうよ。私は怪物。だからこそ、貴方は私の手で殺したかった。私はまた、仇を討つことが出来なかった。」

 

 懐かしさにふけっているとピクリとも動かなくなったその男に気が付き、大きくため息を吐き出した。

 

「嗚呼、今回はとても詰まらなかったわ。」

 

 不快と言って差し支えないだろう、胸の中で渦巻く何かに思わず舌打ちをしたくなる。考えなければならないことは多い。この死体の処理だ。

 

―――私があの子たちを置いてきたと思っていたけれど、置いて行かれたのは私の方だったのかもしれない。

 

 死体を見つめながらこれからの事を考えていると自分の影が濃くなった。空を見上げると光が降ってきた。それは先ほど私を撃ち降ろしてきた場所とは微妙にずれており、それは今でもずれているらしい。光は地面をえぐりながら基地の方へと向かっていく。だんだんとずれていくその様子から恐らく押し出されているのだろう。どうやって場所を指示されているのかわからないが、攻撃をするたびに上空のトリガーは位置がずれるのだ。それを修正するような指示をバッカスが行うはずなのに、それが行われずトリガーはそういう設定なのか暴走しているのか。

 

「これは、測定の範囲内なのかしらね?」

 

 そう、独り言を零して近づいてくる足音の方へと視線を向けた。そこには真剣な顔をした迅悠一がいた。

 

「余計なことをしてくれたわね。」

「気に入らなかったか?」

「ええ、シールドなんてあのトリガーには必要ないものよ。」

「どうかな?」

 

 彼の言葉に私は肩をすくめた。

 

「君に頼みたいことがあるんだ。」

 

 それはあまりにも唐突だった。前置きなどは存在せず、こちらとあまり会話をする気がないのか矢継ぎ早に彼は言葉をつづけようとしていた。

 

「頼み、ですか?」

「嗚呼、如月結城に、じゃない。名前の無い女怪物(nameress)として。」

 

 その言葉に私はつい、眉を顰めてしまった。バレていないとどこかで高をくくっていたらしい。彼から久しぶりに呼ばれたその名前。そういえばそんな名前も持っていた、と名無しだからこそ頓着のない感想を心の中で零した。

 

「聞くだけ聞いとくわ。」

 

 言ってみなさい、と言うと彼は私の持っているトリガーを借り受けたいと言ってきた。それは有紀のトリガーではなく、普通のトリガー。貸した人からは扱いづらいとの定評のあるトリガーだった。

 

「なぜ?」

「今の俺達には、あの上空にあるトリガーを撃ち落とす術がない。今から開発するにしても時間がかかる。だから、君の持っているトリガーを借りたい。」

「……、嫌よ。」

 

 条件を聞く前に断った。彼とて私が名前の無い女怪物(nameress)だと知っているのならば、あちらに帰ることが出来たかもしれない。それでも、それはいざとなればトリオン兵が通ってきたゲートに突っ込めばいいだけの話だ。

 

「絶対に嫌。」

「もちろん、無条件ってわけじゃない。」

「そんなのは当たり前でしょう? どんな条件を並べられても、嫌だって言ってるの。」

「このままだと、あのトリガーは町に落ちる。大勢の人が死ぬことになるんだ。」

 

 彼はその恐ろしさを必死に私に伝えようとしていた。あのトリガーは確かにあのままの軌道を通れば、町の上を通るだろう。だからといって彼はなぜ町に落ちるとわかったのだろうか。

 

 いや、彼は三門市に落ちると言ったわけじゃない。それこそ、この星のどこかに落ちる可能性なんていくらでもある。

 

「だから? 私には関係ない事ね。」

「あの近界民(ネイバー)を連れてきたのは、君だろ。」

 

 否定は出来なかった。広義的に解釈すれば、私が玄界(ミデン)に訪れなければ彼はここに来ることはなかった。それは否定することは出来ない。ただ、だからといってそんなことを私のせいにされるのは堪ったものじゃない。

 

「だからなに? 君たちの準備不足は、君たちの責任だ。防衛機関を謳うならこの程度の事、想定の範囲内に入れておきなさい。そんな言い訳が通るわけないでしょう。」

「俺をここに行くように言った子。刈谷さんっていう子の事だけど、彼女、記憶の処置が終わった後、そのまま家に帰される。」

「そこで彼女が死ぬことになるっていうの? それが私に対して脅しになると思っているのなら残念ね。私はそんなことどうでもいいの。」

 

 私はそう彼の言葉に返した。私は断固としてこの町の人間を助ける気などなかった。それは、この町に1か月近くいる中で私の中に堪った憎悪にも似た薄暗い絶望が出した答えだった。頼られれば助けたいと思うのは、あくまでも契約であって、私の意思ではない。あくまでも誰かを助けようとするのは仮想人格の彼女であり、私ではない。

 

「あのトリガーは麓台町に落ちる。」

「それは、大変だわ!」

 

 少女は口元に手を当てて言った。雰囲気が唐突に変化した少女を怪訝な表情で見ている迅悠一は、勝手に盛り上がっている少女を見ていた。

 

「それはとっても困ることだわ。だって、契約は絶対だもの。傭兵として信用にかかわるわ。貴方もそう思うでしょう?」

 

 にっこりと笑みを浮かべた少女は、小さく首を傾げてそう尋ねた。恐ろしい顔をしていた先ほどとは打って変わり、少女はニコニコと笑みを浮かべている。しかし、迅悠一は驚くことなく「そうじゃないかな」とあいまいな返事を返す。その反応に少女は一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、「それで?」と尋ねた。

 

「私はトリガーを貸してあげるだけでいいの?」

「いや、観測手を任せたい。大分、癖の強いトリガーだろ?」

「えぇ!? そんなことまで知っているの?」

 

 少女は驚いて見せた。口元に手を当てて目を大きく見開いた。それでも、手からちらりと見えている口角は依然と上向きで笑みを浮かべているように見える。

 

「あれは、戦場で滅多に使わないのに。貴方、私の事誰かから聞いているの?」

「いや、俺の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってる。」

 

 その言葉に笑みを浮かべる少女は納得はしていないが、腑に落ちたようで「そう」と返事を返した。



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nameressと撃ち落とす

 私たちは、仲が良かったわけではない。当然の事だ。だって私の言葉が彼女に通じたことなど一度たりともなかったのだから。互いに互いが異国の民で、邪魔者だった。私たちは、同じところはなかった。私は人を殺せず、彼女は人を殺せた。私は言葉を話せたが、彼女は言葉を話せなかった。

 彼女が私の監視員でないと知ったのは、彼女と出会って半年がたった時だった。私たちは、いや、私は誤解をしていた。敵だと思っていたから。だから、あんなに叩いたのに。あなたは、敵ではなかったから。あなたは、あの地獄の中で脈打つ心臓だった。

 死ぬ間際、私は願った。私の頬を優しくなでる、初めて泣きそうな彼女の顔を見て、せめて貴方の心臓になりたい、と。あの地獄の中であなたが私の心臓であったように、これから訪れる地獄で貴方の心臓でありたいと。

 あの時から私はずっとあなたの心臓の中で息をしている。

 

 

 

 

 ボーダー本部の屋上で見慣れた金色の髪の少女は、双眼鏡で空を見上げていた。その隣には身長と同じくらいの大きさのスナイパーライフルを構えた東がいた。彼が構えているトリガーには2本のケーブルが接続されている。一本は基地に、もう一本は少女が持っている双眼鏡に繋がっていた。東は少女の指示を待っていた。

 

「左に6、上に……2。」

 

 少女の言葉に東はスナイパーライフルのスコープの下にある摘みを回す。普段とは違い、重力を鑑みて撃たなければならない仕様らしい。それに東の心が落ち着かないのは、隣にいる少女が原因である。

 上空に今も浮遊し続けているトリガーを撃ち壊す作戦の概要を説明されているときに、迅によって連れてこられた少女。彼女の持っていたトリガーを使って行われることになった作戦。どうして少女がトリガーを持っていたのか、それは確認するまでもなく彼女があちら側の人間だから、と答えが出た。

 

 

 

 「君が、ネームレスか?」

 「まぁ、近界民(ネイバー)がそう呼んでいるだけなのだけれど。そうよ。」

 

 

 

 作戦会議中に城戸司令と交わされた言葉。少女は嘘をついている風ではなかった。

 

「君は、近界民(ネイバー)なのか?」

 

 思わず尋ねた言葉に「違う」と少女は答えた。しかし、そのあと顔をしかめて言葉と続けた。

 

「いや、微妙なところかな。生まれはロシアだけど、3年くらいしかいなかったから。記憶がない。どんなところだったのか、さっぱり覚えていないわ。」

 

 少女はそう続けた。その言葉通り、少女は玄界(ミデン)を故郷だとは思っていない。彼女にとっての故郷とは、自ら滅ぼしたあの国だったのかもしれない、と考えるほどだった。

 

「上にもう1ポイント。」

 

 少女の言葉に東はスコープについている摘みカチッと捻る。

 

「貴方の言う近界民(ネイバー)は、遺伝子がそうなら? それともその文化に馴染んでいたら? それとも戸籍を持っていたら?」

「それは、」

「残念なことに、私は近界民(ネイバー)ではない、と言える証拠は何もない。」

 

 東はその言葉を聞いて尋ねてみた。

 

「君は、何方がいいんだ? 近界民(ネイバー)と地球人。」

 

 東の問いに少女はじっと双眼鏡越しに空を見上げていた。その問いに少女は答えを持ち合わせていなかった。彼女は望んで怪物になろうとしている。いや、そうあり続けようとしている。

 今回、女狐によって横やりをさされ、詰まらない殺しをさせられたとしても、少女は最早どうしようもなく怪物である。どんなに彼女の中にある心臓がそれを否定しようとも、その事実は変らない。それは彼女が怪物と呼ばれているからではない。人の視線を気にして生きていられるほど、彼女の生は平凡ではなかった。

 

「私は、名前の無い女怪物(nameress)。どちらであろうと思ったことはないわ。」

 

 少女は望遠鏡を覗いていた瞳を伏せている東へと向ける。

 

「だから、勘違いをしないでほしいの。私は、貴方達玄界(ミデン)の味方ってわけじゃない。」

「なぜだ?」

 

 その言葉に東は納得できなかった。少女は三輪と同じように確実に近界民(ネイバー)という存在を恨んでいる。少なくとも、東は彼女の心情をそう分析していた。

 

「気に入らないからよ。」

 

 少女は吐き捨ているように言った。そして「だってそうでしょう?」と続けた。

 

「確かに玄界(ミデン)に来る前は、貴方達の味方をしようと思っていたわ。それも吝かではなかった。でもここにきて一か月。私はこの平和ボケした玄界(ミデン)の人間に失望したの。近界民(ネイバー)に責められたって言っていたから少しは人間が危機感を持って過ごしていると思ってた。」

 

 しかし、どうだろうか。夜になっても明るいまま、出歩き続ける危機感のかけらも感じられない国民たち。トリオン兵と近界民(ネイバー)の違いも知らない無知さ。そしてこれがボーダーによる情報秘匿によるものだ。

 

「でも、違った。貴方達は、何も教えていない。隣人が今も誘拐されている事実を、彼らは知らないの。」

「しかし、今は(ゲート)はこの周辺にしか開かない。それに、必ず混乱が起きる。」

「そうね、貴方達にとっては目に見える範囲の人間が守れればいいのでしょうね。その結果が、これよ。」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは、バッカス・クロスアンジュを撃ち殺した拳銃だった。

 

「これは、アメリカ人が作ったの。私はアメリカがどこにあるのか知らないけれど、この国にはないのでしょう? わかる? 貴方達の目に見えないところで連れていかれている人がいるの。何かをなすためには、犠牲は付き物でしょう。どうしようもないときだってある。それは認めるわ。でも、貴方達にとって私やジャックのような者を犠牲者と数えたことが1回でもあるかしら?」

 

 それは、酷く冷めた声だった。いや、温度を感じられない。怒っている訳でも、苛立っている訳でも、況してや悲しんでいるわけでもない。その言葉とそれに乗せる感情があまりにも不釣り合いだ。しかし、機械的というにはあまりにも恐ろしい。東はそんなことを思いながらスコープを覗いていた。

 

「貴方達のような者が戦争を起こすのよ。」

「……。」

「そう、戦争はね、自分の目に見える範囲の人たちが少しでも豊かで健やかで、幸せでありますようにっていう素敵な願いから生まれるものなのよ。だからこそ、気を付けるべきだわ。今、この瞬間でさえ、私と貴方達との間で戦争が起こっても可笑しくない。たとえ、私にとって貴方達が目の届くの人であったとしても、貴方達にとって私が目の届く範囲の人間であるとは限らないのだから。」

 

 幸せ、というものは個人の尺度で決まるものだ。最初の国は、その幸せが統一されていた。だから、あの負け戦に対して声をあげる人は誰も現れなかった。彼らにとっての幸せとは布教だ。自らが敬愛している存在をその国に色濃く残せればそれでよかった。連れてこられた人たちはそのための布石であった。

 しかし、そんなことまで少女たちは彼らのせいにするつもりはない。少女は彼らにとって目に見えない範囲に住んでいた住民だ。だからこそ、少女は、拳銃の持ち主であったジャックとて自身が誘拐されたことで他者を責めるつもりはなかった。自分の人生に悲嘆することはあれど、少女たちが何も覚えていないとはいえ、目の届かない・手の届かない範囲の人間まで守れなどと言うつもりはない。自分達の行動の責任まで彼らに押し付けるつもりはない。

 少女がこれほどまでに彼らに対して冷たく当たるのは、目の届く範囲内に居たであろう如月有紀が殺されるに至ったその事実を見逃したからだ。

 近界民(ネイバー)との友和を否定するつもりはない。少女たちとて仲のいい、使い勝手のいい近界民(ネイバー)がいないわけではない。しかし、その結果目の届く、手を伸ばせば届くはずの場所にいた少女が誘拐され、嬲り殺しにあった。口に出さないその事実が少女の存在を認められない心を凍てつかせている。決して少女たちは認めないだろうが、確かに憤っている。それが、誰に影響されたものなのか、と少女は考えていた。

 

「後1分。」

 

 撃ち落としたところでその残骸が町に降り注ぐことには変わりない。そのため、迅悠一の指示により今すぐ落とすのではなく、危険区域内に入ったところを狙うことになった。危険区域内ではあるものの、市内に近いため狙いを外すわけにはいかない。だから、少女は観測手として東の隣にいる。

 オペレーターがやってもよかったのだが、何分、重力計算まで加味しなければならない本物の狙撃銃の性能を模したそれの仕様についていけなかった。オペレーターには風や重力の影響による弾道の補正を任せるには些か知識不足だ。元々、トリオンで作られたものにそんな物が必要ないと言えばそれまでなのだが。

 このトリガーは本物を撃つことになったときのための練習用のトリガーだった。だからスコープの補正も重力を加味する設定も風に煽られる銃弾も、いちいち必要となるコッキングも、リロードも。そのすべてが本物の狙撃銃を意識して作られていた。

 少女とて一発撃つのが精いっぱいなのだから、この処置は仕方ない。

 

「30。」

 

 誰にも告げることはしないが、今、この瞬間でさえ少女たちは飛翔物を撃ち落とすことに躊躇っていた。やけくそ気味に死んでしまえばいいと呪いたくなる無知な人間どもをそれでも、と少女は助けるべきかと迷っていた。

 少女たちが少なくともこの計画について協力的であるのは、今、彼ら(ボーダー)と戦争するのは本意でないということと、それによって如月有紀の両親に何かあっては困るという理由からだ。

 少女が迅悠一にそう告げたように、刈谷裕子がどうなろうと構わないと今でも思っている。少女の中にある面倒な破滅願望にも似た一面が垣間見えただけで、少女の中でそれは名前の付いた捨てがたい何かではない。一般的に友情だのなんだのと言うものだとしても、少女たちがそれを肯定する未来など訪れない。少女たちは頑なにそれに名前を付けることなどないのだから。それは所詮他人のものだ。現に、彼女から離れたとたん、気持ちの悪い毛虫のようなそれは少女たちの中には残っていないのだから。

 ただ、約束を違える事はするべきではないと結論が出ていた。如月有紀との約束だけは、家に帰りたいという願いだけは、違えたくないとそう思ってしまったからだ。そのためならば、どんな景色でも見て前に進む覚悟はできている。だからこそ、死んでしまえと呪わずにはいられない、好ましくない人間たちを少女は救うことしか選ばない。

 

 そして、彼女は怪物だ。そんなものを殺すにしても、感情で殺したりはしない。殺すとき愉悦を感じるから殺すのではない。殺すとき恐怖をねじ伏せるために

 その自己矛盾が自らの首をかき切ろうと、なんともないと少女は言わなければならない。それこそが、彼女の目指す生き方であるのだから。

 

「10。」

 

 少女は10秒からカウントを始めた。そして「1」の後に「撃て!」と命令した。その言葉通り、東は引き金を引いた。放たれた銃弾はそのトリオン使用量に見合った凄まじい威力をもって上空に浮かんでいたトリガーを破壊した。爆発音と共に光と強い風が吹いた。床に伏せ、何とか地面にしがみ付き爆風をやり過ごした。

 再び空を見上げたとき、疎らにあった雲は風によってぽっかりと空いた穴から青い空が窺うことが出来た。バラバラと落ちる破片は廃墟の上に降り注いでいる。作戦は成功したようだ。

 

「ふぅ。」

 

 隣から安堵のため息の声が聞こえた。胸を撫でおろすその仕草に少女は「お疲れ様」と声をかけた。東は少し戸惑いながらも頷いた。

 

「お疲れ、東さん、名前の無い女怪物(nameress)。」

「迅。」

「これで作戦は終了。後片付けは別の隊員を向かわせる。」

「いいわよ。」

 

 少女は東の隣を通り、迅の方へと向かっていった。そして「あ」と小さな声を漏らした後、東の方を振り返った。それから右手を差し出して「トリガー返して」と言った。東は迅の方を一瞥した後、換装を解きボーダーのそれと同じような形状のトリガーを彼女の手の上に乗せた。

 

「それじゃあ、行きましょうか。」

 

 そう言って少女は、再び東に背を向けて歩き出した。暫くおとなしく迅の後ろについて歩く少女は、誰も歩いていない廊下でふと一つの疑問を投げかけた。

 

「貴方のそのエンブレム。ここのとは違うわよね。」

 

 少女は迅の肩を指さしながらそう尋ねた。

 

「これは……、旧ボーダーのエンブレム。今は玉狛支部が使ってるんだ。」

 

 迅は少し言いあぐねてからそう答えた。その言葉に少女は「そうなんだ、やっぱり」と答えた。その表情は彼と会ったときと同じようにニコニコと笑みを浮かべている。迅は立ち止まり、少女の顔を伺った。少女はその行動に可愛く首を傾げて見せた。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない。」

「そう? 言いたいことはきちんと言った方がいいと思うけど。」

 

 そう感想を零したが、それに迅は答えることなくまた歩き始めた。それから彼らの間に会話が始まることはなかった。少女は欲しいと思った情報は手に入れることは出来たし、迅は現段階で彼女と親しくなることが不可能であることを知っていたからだ。

 

「失礼します。」

 

 そう言って開けた扉の向こうには男が6人座っていた。座っている面々は先ほどと変わりない。違うの東がいないくらいだろう。

 

「作戦は、成功したようだな。」

「ええ、恙無く。」

 

 少女はそう答えた。



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名前の無いモノたち

 あの人と初めて会ったとき、私はあの人の財布を掏った。私はどうやればその人の財布を掏れるのか分かっていたから簡単だった。何の警戒も感じられないその人の財布をささっと抜き出し、それから逃走した。

 でも、あの人は私を見つけ出して、それはもうぼこぼこに殴られた。殴られて蹴られて体中が熱を持って血が噴き出すんじゃないかってくらい赤黒く腫れた。熱くて、痛くて。死ぬんじゃないかって思った。

 そんなこと今までに一度もなくってどうしていいのかわからずただずっと暴力を振るわれ続けた。助けてくれたのは私の事がとても苦手な母さんだった。地面に額を擦り付け、私とその人の間に入って必死に謝っていた。母が私を守ってくれた。そのことがとても嬉しかった。

 それからお母さんが死んで、あの人が私を助けてくれた。私はあの人の後ろをついて歩いた。その過程で、妹が一人と使用人一つがともに後ろをついて歩いた。

 私たちはたくさんの人を殺した。殺して、殺して、それでも殺すことには慣れない。私だって最初はお母さんを思い出すからとても嫌だった。妹の方は、私とは違う理由で慣れないようだった。

 

 あの人の覚悟は、間違っている。

 

 私はそう思っている。あの人が昔、教えてくれた覚悟は狂っているし、正しいとは思えない。私はあの人に感謝している。だから私たちはあの人の事を親しみを込めて「母さん」と呼んでいる。

 

 

 

 

 

 小春日和だ。昼寝をするには丁度いい天気だ。可愛い妹を抱えて芝生に寝そべりながら木の下で蹲る。紫がかった髪を撫でつけながら、この人生最後かもしれないひと時を存分に満喫している。もうすぐ契約が切れてしまう。母さんがした契約だから私達で更新することは出来ないだろう。そんなことを考えながら綺麗な青い空を見上げた。二人の母さんの故郷も、同じ色なのだろうか。そんなことを最近はよく考える。

 

「トウキチロウ。」

 

 最近聞くことができなくなったその名前を懐かしく思うほど時間がたったわけではない。母さんは戦争に引っ張りだこだ。今回も戦争をしに行った。けれど、戦争が終わってもう1か月近くなろうとしている。だから、少しだけ期待してしまう。追い出したのは、自分自身だというのに。すこしだけ、私の測定を乱して帰ってくる母さんを。

 でも、今回私の名前を呼んだのは帰ってきた母さんじゃない。私の名前をトウキチロウなんて可愛げの欠片もない渾名で呼ぶのは、悪ふざけをした母さんかその母さんの悪ふざけを真に受けた彼くらいなものだ。

 

「こんなところで何している?」

「その呼び方やめて。普通にロゥって呼んでよ。それと休憩時間だよ、ちゃんと。だから、日向ぼっこ中。」

 

 2歳年下の角の生えたその少年は、とても働き屋さんで私達なんかよりもずっと可愛らしい子だ。だから「危機感のない」という悪態は聞き逃したことにした。

 契約によりこの家で傭兵として雇われている私たちと年の近い少年は少しだけ眉を寄せ私たちを見下ろしている。傭兵として雇われている二人がこんな邸宅の中庭で昼寝をしていれば、家人であるこの少年が注意するのは当然の事だった。

 

「nameressが行方不明になって、もうすぐ一か月になる。お前は心配じゃないのか?」

「全然、私たちは母さんの心配なんてしたことないよ。あの人の悪運の強さを知っているから。」

 

 彼は腕を組み怪訝な表情を浮かべて私たちを見下ろした。彼は私たちと母さんとの間に血の繋がりがないことを知っている。それは私たちの容姿からも察することが出来るだろう。金色の髪に青い瞳の母さんと真黒な髪と瞳の私達ではどうあがいても人種が違う。母さんは純血で、私たちは混血だ。

 

「お前、nameressの事を嫌いなのか?」

「君たちと同じ、ありきたりな言葉だけど、好きだ。」

「しかし、今回は置いてかれた。」

 

 彼の言葉に私は彼を指さした。彼は嫌そうな表情を浮かべるが、私はそれを無視して話を続ける。

 

「そう、置いてかれた。それってつまりさ、用済みってことなんだよ。」

「いくら名前の無い女怪物(nameress)といっても本当の娘のように可愛がっているお前たちを置いていくとは思わないが……。」

 

 腕を組みながらそう話すその言葉が果たして彼のただの感想なのか、それとも私たちを慰めているのか私には分からないが、私はそんなことはないと確信を持っている。あの人は、その必要があるならば私たちをあの真黒な剣で一太刀だ。

 

「あの人は置いていくよ。なにせ、あの人は親だからね。」

「どういう意味だ?」

「子どもが進むべき道をどうこう口を出すのは、親のすべきことじゃないって思ってるんだよ。そろそろ一人で仕事を取ってこられるようにならないとだめだってこと。殺しでも、そうでない仕事でも。好きに選べってことだよ。」

 

 私は14歳になった。もうそろそろしっかりと自分の人生を考えていかなくてはならい。そのために母さんはここの住み込みの護衛という仕事を取った。戦場で学べないメイドや執事の働き方。一般人の考えた方を私たちに見せるために彼女はここを選んだ。

 

「出ていくのか?」

「当然でしょう。契約が切れたら、私たちはここを出ていくわ。」

「そうか。」

 

 もうその発言に思わず目を見開いてしまった。数回の瞬きの後、私は思わず吹き出してしまった。隣で気持ちよく寝ている妹を起こさないようにどうにか笑いを噛み殺していた。確かにあの人は感情に名前を付けないから憎くて恨めしい近界民(ネイバー)に対しても友好的に接する。殺意を腹で飼いならし、おくびも見せることはしない。いや、その殺意でさえ、あの人にとっては他人からの借りものなのだ。

 

「変なヒュース。私たちは故郷を持たない流浪の民よ。」

「ここを故郷にするつもりはないのか?」

 

 私は今度こそ、声をあげて笑った。それがどうにも煩かったのだろう。膝で寝ていた彼女は目をこすりながらゆっくりと頭を起こした。

 

「煩い。どうしたの、お姉ちゃん。」

「ヒュースが私たちにいて欲しいんだって。」

「違う、お前たちが敵に回るのは面倒なだけだ。」

 

 猫のように頭を胸に擦り付ける紫の頭を撫でながら、そう説明する。紫は視線をヒュースの方に一瞬向けたが、彼女はすぐに顔を隠すように私に抱き着いてきた。その様子を面白くなさそうに見下ろすヒュースではあるもののもうここにきてもうすぐ1年だ。紫の態度にも慣れたころ合いだろう。

 

「もっと、訓練に付き合ってほしかったのだが。」

 

 何度か彼のほかにも少年たちに強請られ、剣術や狙撃を教えていたがあの人の容赦ない一撃を訓練だけで会得できるのならば、あの人はあそこまで壊れていない。

 

「あの人は怪物だ。無情に生物を殺す。ヒュースには、まだ難しいと思うけどなぁ。」

「なに?」

「ねぇ、そろそろ行こう。」

 

 少しお道化てヒュースを揶揄っているといい加減ヒュースがいる空間が耐えられなくなったのだろう。急に立ち上がり、私の服を引っ張る。

 

「はいはい。そうだね。そろそろ仕事に戻ろうか。じゃあね、ヒュース。お勉強頑張って。」

 

 そう言って服を引っ張るくせに全然前に進まない。ゆっくりと歩く紫について行きながら、不満げな表情を隠そうともしない彼女の頬をツンツンと押して気を逸らそうとしているが、どうにも誤魔化されてはくれないようだ。

 

「どうしてお母さんの悪口を言うの?」

 

 ツンとした声音で私の事を責める。私の腕を掴みながらゆっくりと歩く彼女は、こうして会話を交わしながら歩くことは滅多にない。それほどまでに彼女は今怒っているらしい。

 

「お母さんが無情に人を殺す、なんて。」

「本当の事だろう。あの人は感情で人を殺してない。」

 

 長く煩わしい私の髪を弄りながら、そう答えた。間違ってはいない。あの人は感情で人を殺せない。頭で考え、理性でしか人を殺せない怪物だ。

 

「でも、みんな酷い。あの人は優しい人だよ。」

「どうかな。紫だってあの人の副作用(サイドエフェクト)知ってるだろう?」

「知ってる。でも、優しい人だよ。私の事、育ててくれたもん。」

 

 その言葉に私は「そうだね」と言った。紫は名前が付けられる前に親を殺されている。彼女は私や母さんとは違い、純血の近界民(ネイバー)だ。それでも、母さんは彼女を助けることを許してくれた。だから、乳呑児であった彼女はここまで成長することが出来た。

 

「あの人はいい人さ。でも、殺し方は普通じゃない。だから、いつか。私達にも剣を向けるかもしれないことを忘れちゃだめだよ。死にたくなかったら、あの人と同じようにちゃんとあの人を殺せるようになっておかないと。ヒュースもそうだけど。あの人も敵にならないとは限らないんだから。」

「そうかもしれないけど。」

「別に裏切ったってかまわないんだよ。母さんのいる方につくのだって生き残るための一つの手段だ。」

吉楼(よしたか)、今日はなんだかイライラしてる?」

 

 少し言葉遣いが投げやりになり始めていた。普段、彼女は私の事を姉と呼ぶ。だからこそ、私の事を本名で呼ぶのは珍しい。よっぽど私の態度を不安に思ったのかもしれない。

 

「不安なんだ。あの男に持たせたトリガーも壊されてしまったし。ラッドがもう一匹残っているとはいえ、私たちの『計画』がやり辛くなるでしょう。」

「死んじゃったの?」

「嗚呼、母さんに殺されてしまったよ。あの人がもう少し、君の言葉を聞いてくれたらよかったんだけど。結局、忠義よりも自分の復讐を取ったんだよ。」

 

 私の言葉に彼女は残念そうに肩を落とした。彼女とバッカスは同郷だ。彼の人となりも彼女からすると祖国への忠誠心が強いと映っているのだろう。それにバッカスは特に彼女に好意的に接していたから、出会う旅に殺し合う彼女達を心配そうに見ていたから。

 

「お姉ちゃんは相変わらず、あの人の事恨んでるんだね。ちっとも悲しくなさそう。」

「嫌いだよ。あの人は私の母親の仇だからね。でも、恨んでない。母さんは恨んでるかもしれないけど。」

「なんで?」

「罪を憎んで人を憎まずって言うのよ。その人がしていることに怒りを感じることはいいけど、その人自身を憎んじゃだめなのよ。」

 

 まだ10歳の少女には難しい話であったようだ。小首をかしげて可愛らしい瞳で私を見上げている。しかし、その可愛らしさが曇ってしまうような難しい顔をしていた。

 

「その人にはその人の事情があるってこと。あの人は国の、王様の命令で母親を辱めて、殺したけど。でも、あの人だって好きでそんなことしたわけじゃないかもしれない。あの当時、戦争に負けて国はお金が必要だった。そのためには労働者が必要で、でも、異星人を好まない国王の事情で民族浄化政策が行われた。」

 

 あの国の王様は連れてきた人間ではなく、連れてきた人間が生んだ子供に期待をした。20年近く成長が伸び悩むかもしれない。それでも、国に対して忠誠心のない母のような人よりも、育てた子供の方が期待できたのだ。その方が国民も納得しただろう。

 

「それに、母親を殺したことは許さないけど、彼らは決して僕に意地悪をしていたわけじゃない。彼らにとって母親は国民を不当に盗んだ卑しい異星人(盗人)に見えたことでしょうし。ようは立場の違いだよ。例えば、私が王国の民で、お前が親と名乗る不審者に攫われたのなら。そいつを殺してでも俺はお前を取り戻すよ。」

 

 そういうと彼女は嬉しそうに私の腰に抱き着いてきた。急に乗ってきた体重に少しよろけながらもなんとか体制を立て直し、彼女の頭に手を置いた。

 だから、彼が母親を殺したことに怒るが、彼自身を憎んではいない。私は彼を死地に追いやった。それは彼を殺してやりたいと母さんのように憎んだからじゃない。私は彼が犯した人殺しの罪に怒り、そして殺した。有り体に言うならば、罰を与えた。

 それに譬え母さんがあの男に憎しみを抱いていたとしても、その憎しみが母さんの感情であるとは()()()()

 

 

 

 

 

 

 私たちは名前の無い女怪物(nameress)

名前の無い(namelee)』と『女怪物(monstoress)』を合わせて人間たちはそうやって母さんのことを呼ぶ。そしてそんな母さんに育てられた私達もまた同じ。名前が付けられない何かを抱えて生きている。

 私、藤吉楼(ふじよしたか)は『性別』を、妹、藤紫(ふじゆかり)は『存在』を、エルは『意思』を、母さんは『感情』を。それぞれに名前が付けられないものを抱えて生きている。いつか、これに名前を付けられるような日が来るのか。そんな日を待ちわびて、恐れながら私たちは生きている。




取り敢えず、序章?が終わりました。
随分とお待たせしてすみません。
二つとも書いてあったんですけど、気に入らなくてポイっと時間を置いていました。
ワートリも放送が始まってちゃんとやらなきゃなぁ、と思って書きました。
これからもよろしくお願いします。


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アムネシアな少女
プロローグ


「ここが、如月夫婦のお墓だ。」

 

 あの空に浮かぶトリガーを撃ち落としてから、3日が経過した。

 あれから契約を結び、彼女は晴れて本当にボーダー隊員になった。味方を殺す危険性のある有紀のブラックトリガーは、許可が下りるまで戦闘で使用できないことが決まった。それについて彼女は異議を唱えることはなかった。有紀の故郷に辿り着いたならば、有紀には穏やかな眠りについてほしいと思っていたからだ。

 煙草をふかした男・林藤匠が彼女を連れてきたのは、死者を弔うための墓だった。如月の城と書かれた墓石があった。話を聞くに如月夫婦は大規模侵攻より前に死亡したらしい。

 

「大規模侵攻が起こる前、戦争があった。君も耳にはしているだろう。」

「えぇ。玄界(ミデン)の近くの……、名前は忘れたけれど。」

 

 本当は覚えている。あの時は、アフトクラトルともう一方の仕事の打診が来ていた。結局、戦争ばかりにかまけていては、子どもたちの未来の幅が広がらないと思ったからまだ戦況が悪化しないだろうアフトクラトルの方についた。トウキチロウもそれを指示した。

 

「あの時は、肝を冷やした。nameressの恐ろしい噂は近界(ネイバーフッド)では轟いていた。敵も味方も殺していく。そのnameressが敵に加担するなんて噂が飛び交ってたな。」

「そうね、依頼は来ていたわ。それは覚えている。もし、あの戦争に加担していれば、それこそ跡形もなく何もかもを殺していたでしょう。」

 

 あの時、トウキチロウがアフトクラトルの方を指示したのはこうした未来を測定できたからかもしれない。

 

「参加しなくてよかったと思ってる。知らず知らずのうちに、有紀のご両親を殺していたら……。死んでも死にきれない。」

「噂は、噂だな。nameressもそんなことを言うんだな。」

「名前、気を付けて。」

 

 そう言うと悪びれもなく「悪い悪い」と言葉を返してくる。何度も何度も呼ばれた名前にため息を隠した。

 

神崎蓮奈(かんざきれな)だったな。」

 

 赤い髪を靡かせて彼女は「そうよ」と答えた。その容姿は元の物とは似ても似つかない。

 

 nameressの存在はボーダーにとって面倒な物であったが、手放すには非常に惜しい人材であった。

 帰還者として彼女を公表するわけにはいかない。大規模侵攻があったからこそ、近界民(ネイバー)の存在が明るみに出た。彼女の存在は、大規模侵攻以前から近界民(ネイバー)が国民を誘拐していた事を示唆する。

 そして彼女が日本人ではないことも問題だ。現在、外国は近界民(ネイバー)の存在を日本だけの問題と考えている。しかし、nameressはその出自をロシアだと明言している。それを公言しなかったとしても、その容姿からも分かる通り少し調べればnameressの出自が日本ではないことなどすぐにわかかるだろう。それは日本の問題から玄界(ミデン)の問題へと拡大する。そうなれば、各国がなんとしてでもトリガーについての情報を必死に手に入れようとするだろう。これから大々的に近界民(ネイバー)の相手で忙しくなるというのに、内輪揉めをしている余裕はない。

 また、彼女は3歳ほどの時に誘拐されたこともあり、言葉を話せても読み書きができない事が問題であった。現在、太刀川と言う問題児を抱えているボーダーではあるものの彼は義務教育を修了しており、一般常識に触れてこなかった彼女との知識の差は比べるまでもない。彼女をこのまま高等教育に入学させることは、高校に迷惑をかけることになる。しかし、少女が高校にも通わず就職するというのは、何んとも世間体が悪い。

 そのため、彼女はブラックトリガーを使えること(特別な才能)を理由にS級隊員に昇格。同時に重大な病が発見されたことになった。そのため、ボーダーが提携している医療施設に入院している、と言う設定が与えられた。

 しかし、今、nameress基、神崎蓮奈は玉狛支部に居住している。本来ならば何としてで手元に置いておきたいnameressを本部はやむを得ず手放すこととなった。よくよく話を聞いてみると彼女は近界民(ネイバー)を憎んでいる訳ではないことが分かった。そのため、近界民(ネイバー)が所属している玉狛支部に住居を構えることとなった。

 本部に彼女を置いておくことが出来ない理由は、彼女が呪われている事にある。現在、彼女の肉体には直径20センチほどの黒いシミが出来ている。トリオンでできたものがそれに触ると伝播し、トリオンが変質していくことは実験済みである。建物がトリオンで構成されている本部にとって彼女はあまりにも脅威であった。ボーダー上層部が彼女のブラックトリガーを強襲し奪わないのは、使用者さえも食い潰すあまりにも組織での使用に向かないトリガーだからだ。

 

 そのため、神崎蓮奈が誕生した。

 肩までの長さの赤毛の髪に黒い瞳の彼女は、少し強気な表情をしている。その容姿に合わせるように彼女の服装も白のTシャツに短パンにモスグリーンのパーカーを羽織っている。彼の姪が用意したらしい服を着ている。

 小南と言う少女と嬉々として服を選び着せ替え人形でいることに疲れ、荷物持ちとして連れてこられた青年が終始嬉しそうだったのが気持ち悪かった。

 

「あっちでの有紀は、どんなんだったんだ?」

 

 彼は持ってきていたビニール袋の中を探りながらそう尋ねてきた。

 

「最初はよく殴られたわ。」

「殴られた?」

「えぇ、当時の私はまだ言葉が話せなかったし。こんな容姿だから、彼女には私が近界民(ネイバー)に見えたのでしょうね。でも、他の近界民(ネイバー)とも容姿が違う。彼女はきっとあの場所で私が一人だって気が付いた。だから、意地悪しても私が何も言わないことを少しずつ理解していったんだと思う。」

 

 だから、ちょっとした悪戯からだんだん殴るなどの暴力が加わっていった。そう話すと彼は少し申し訳なさそうな顔をして「悪いな」と謝った。

 

「別に、私は何とも思ってなかったから。きっと心細いと思っていたし。」

 

 私は私を維持するためにあの子を守ろうとしていた。私は自分のために彼女を利用しようとしていた。あの時流しかけた涙だって、本当は私のものではないのかもしれない。

 

「彼女は私に言葉の基礎を教えるために一緒にいることが多くなった。私たちは一緒にいることが多くなった。ある日、彼女の態度が急変した。泣きながら謝ってきたわ。たぶん、私も連れてきたんだって聞いたんでしょうね。」

 

 かわいらしい顔を悲しそうに眉を顰め、涙を流していた。その様子を見ていると思わず泣いてしまった。二人して涙を流し、その日も次の日も授業を行うことなくただただ故郷を懐かしんだ。あの時の私には、まだ朧げに故郷の記憶があり、途切れ途切れに覚えていたことを伝えあっていた。

 

「でも、半年してある時彼女は言ったよ。『誰も迎えに来ない』って。」

 

 彼女は玄界(ミデン)に到着するまでその言葉の本当の意味に気が付くことが出来なかった。その言葉に細い緑色の何かの束を取り出していた彼がピクリと動きを止めた。そして彼女を見下ろした。

 

「そして彼女はそれからすぐに脱走して、拷問を受けて、死んだわ。」

「そうか。」

「あの時の彼女を、私は忘れたことはない。」

 

 ゆっくりと心臓を撫でられたような、ふわりと何かが包み込まれるようなそんな感触。あの時からずっと彼女はずっと心臓にこそばゆい何かが引っ付いたような感覚を未だに忘れられない。そのおかげで彼女は自分を見失わずにいられる。

 迅悠一と初めて出会ったあの日の夜、彼女は一つの仮定が浮かんだ。彼女は彼が肩に付けていたエンブレムを見たことがあった。それは如月有紀がいつか教えてくれた家族が働いている場所のマーク。三つの四角の下に大きな四角と丸が一つずつ。

 考えてみれば可笑しいことがある。彼女は何故、ブラックトリガーになることが出来たのだろうか。彼女があの国に来てトリガーと言うものを知っていても、ブラックトリガーにたどり着くことはないだろう。あの国の人間は連れてこられた人間にそこまで期待していない。捕虜がブラックトリガーになれるほど、命を懸けるほどの選択を取るなんて誰も思わない。

 それに拷問に合っている人がブラックトリガーになることもない。戦力を敵に渡すようなそんなことはしないだろう。彼女がいた一年間でブラックトリガーになったやつもいなかった。そして彼女と一緒にいるようになってからブラックトリガーの情報を与えている奴を見たことはなかった。

 

「私は、彼女の言葉を単なる絶望だと思っていた。でも、貴方達のエンブレムを見て、ようやく得心がいったわ。」

 

 墓を睨みつけながら彼女は続ける。

 

「あの子は、玄界(ミデン)の人がいつもどこかで期待している『誰かが助けに来るかもしれない』と言う願望を信じることが出来なかった。最初から近界(ネイバーフッド)がどういった場所で、これからどんなことが起きるのか知っていたのね。」

 

 あの言葉は両親を恋しく思い、故郷を懐かしむことで出てきたものだ。しかし、彼女は玄界(ミデン)から簡単に近界(ネイバーフッド)を訪れないことを知っていた。あの場所が地球上にない事を正しく理解していた。政府も関知していない土地で唯一の希望は、何もかもを知っているように思える両親だった。

 

「1年たって彼女は理解した。えぇ、どこかから聞き及んだのかもしれない。誰かがそう唆したのかもしれない。『玄界(ミデン)の衛星軌道上を通り過ぎていたこと。衛星軌道上に居なければ玄界(ミデン)との行き来が難しいこと。星の軌道が大きく玄界(ミデン)に近づくのが大分先になること』。」

「もう、誰も迎えに行けないことに気が付いてしまった、か。」

「だから彼女は、生き急いだ。」

 

 緑色の長細い束に火をつけ、彼はそれを墓の前に置いた。白い煙と共に少し懐かしさを覚える匂いが漂ってきた。思い出されるのは、大量の死体が放置された安置所。あの場所の腐臭を誤魔化すために焚かれる大量のお香。その匂いに少し似ている。

 彼女は仕事柄あの部屋の中で籠って仕事をすることが多々あった。処刑人としての仕事場も拷問の仕事場も如月有紀は訪れることはなかった。けれど、死体を焼却するあの仕事場だけは嫌がる態度を取ってはいたっけれど好んで訪れていた。

 

「そう、あの匂いは貴女の故郷の匂いだったのね。」

「どういう意味だ?」

「似た匂いがする部屋に彼女は好んで訪れていた。その理由が分かったってだけ。」

 

 煙を上げるその束を網の上に乗せた。拳を額に当て、じっと墓を見つめた。。私は手を握り、彼らの冥福を祈った。この姿でもう訪れることはないだろう。今日が最初で最後の挨拶だ。手を組むのやめ、隣に立っている彼を見上げると墓を見つめていた。

 

「終わったか。」

「えぇ、大丈夫よ。行きましょうか。」

 

 踵を返した。墓参りをするような季節ではないのか、夕暮れだからなのか。人の気配は感じられない。どうやら日本人は積極的に墓参りに来ないようだ。やはり最初にいた国がおかしいのだろう。死者を忘れず、その痛みを忘れない。

 

「神崎のいた場所ではああやって死者を弔うのか?」

「みんな、死者を土に埋葬してからそうしていたわね。どんな意味があるのか知らないけれど。」

 

 しかし、きっといい意味で行われていたのではないだろう。あれは捕虜を殺した後に行われていたから。それでも彼らの表情は決して強張っていたわけではない。

 

 

 

 彼の運転する車で川の中に建てられた建物へと帰宅する。すっかり辺りは暗くなり、危険区域が隣なることもありあまり電灯が設置されていないこの河川敷は視界が悪い。そこを慣れているのか、こちらに話しかけながら車を走らせる彼に少しばかり苛立ちと不安を感じながら適当に受け答えをしていた。

 

「着いたぞ。」

 

 車から降り、私は玄関のドアを開けた。中に入り、トリガーの換装を解いた。視界の端に映っていた赤は金色となり、視線も少しだけ高くなる。

 

「おかえい!」

 

 私たちを出迎えたのは、幼い少年だった。雷神丸と言う犬に引っ掛かるようにして移動していたようだ。

 元気よく振り上げられた手に、林藤は手のひらを合わせた。奥から現れた金髪の男が「おかえりなさいませ」と声をかけていた。

 

「おう。」

 

 と、返事をする林藤。私は「ただいま」と言うだけだ。食事の用意はもうできているようで席には青年が一人座っている。変な形の眼鏡を首元にかけている迅悠一だ。小南と言う少女がいうには、彼には未来予知の副作用(サイドエフェクト)があるらしい。あのメガネはてっきり、それを制御するためのものであると思った。かけていた方がはっきりと未来が見えたりするのだろうか。

 ぞろぞろと集まるこの家の主人たち。食事に口を付け、私は未だに慣れぬと思っていたこの土地の食事に舌鼓を打ちながら、健忘症であるこの子どもの設定を思い返していた。




昨年の終わりごろからAPEXを始めました。
BFと同じようにスナイパーを持って戦場を駆けずり回っているのですが、チャージライフルは画期的ですね。敵が動いても当てられる可能性がある。
いい武器だ、と思いながら使っています。トリプルテイクもいい。

何か活かせないかなぁ、と思っています。


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