唯我尊に転生?上等だコラァ!ブラック企業で鍛えられた忍耐力を武器にマトモな唯我尊になってやらぁっ! (ユンケ)
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設定(1dayトーナメント前日時点)

現在の唯我のステータスを知りたいというメッセージを貰ったんで、今回は設定を投稿します。

尚、トリガー構成についてですが、これはあくまでトーナメント前日時点であり、トーナメントの朝にトリガーのセットを変えてます。

本編は明日投稿しますのでよろしくお願いします


唯我尊(前世:神城竜賀)

〔PROFILE〕

ポジション:射手(笑)

年齢:15歳(前世:26歳)

誕生日:6月30日(前世:2月15日)

身長:162cm(前世:189cm)

血液型:O型(前世:AB型)

星座:つるぎ座(前世:かえる座)

職業:中学生(前世:会社員)

好きなもの:女子、睡眠、ハンバーグ

嫌いなもの:前世の上司、サービス残業

 

〔FAMILY〕

父、母(前世:父、母、姉、妹、妹、ワニ)

 

〔RELATION〕

太刀川慶←隊長(戦闘時のみ尊敬)

出水公平←チームメイト

国近柚宇←可愛い(最近甘えてくる)

木虎藍←生意気

加古望←炒飯……

迅悠一←不気味

小南桐絵←可愛い(チョロい姿が癒し)

弓場拓磨←銃の師匠

帯島ユカリ←可愛い教え子

堤大地←戦友

那須玲←可愛い(手を握ってくる時は至高)

 

 

 

太刀川慶→有望な部下(戦闘員としてもレポートの手伝いとしても)

出水公平→真面目な後輩(入隊当初はお荷物)

国近柚宇→最近異性として気になり始めた頼りになる後輩

木虎藍→ライバル視

加古望→面白い後輩、炒飯の試食係

小南桐絵→可愛い後輩

烏丸京介→何があったんだ……?

迅悠一→将来頼りにする(修羅場に不安)

二宮匡貴→努力と発想力は認めるが、射手とは認めない

弓場拓磨→弟子

帯島ユカリ→尊敬

香取葉子→嫌い

堤大地→戦友

那須玲→好き……

 

 

 

〔PARAMETR〕

トリオン 5

攻撃 8

防御・援護 9

機動 7

技術 7

射程 2

指揮 3

特殊戦術 7

TOTAL 48

 

〔TRIGGERSET〕

主トリガー

アステロイド:拳銃

アステロイド

シールド

ハウンド

 

副トリガー

レイガスト

スラスター

グラスホッパー

バッグワーム

 

 

個人ポイント

アステロイド:6241

ハウンド:4503

レイガスト:5814

 

 

 

元々ブラック企業で働く社会人であったが、いきなりワールドトリガーの漫画に転生して出水に蹴りを食らった不憫な男。

 

唯我尊に憑依した時は絶望したが、憑依した時期が原作より1年半前と知ってからは直ぐに切り替え、強くなりボーダーの可愛い女子からモテる事を目標とした。

 

トリガーの訓練は地味な反復練習の繰り返しであるが、前世では毎月100時間近くのサービス残業が当たり前であった事や、モテたいという思いが強い事から特に苦痛を感じる事なく訓練を重ね、実力がメキメキと上昇。

 

戦闘スタイルはレイガストで相手の攻撃を捌き、ストレスが溜まったと思ったタイミングで、レイガストとアステロイドで崩しにかかる。硬い相手はスラスターを利用したレイガストの投擲を利用する。

 

レイガストによる防御力においてはボーダー屈指で、マスターランク以下の攻撃手なら封殺する事も可能。その反面、射程が短い上に重装備なので銃手や射手に対する勝率は高くない。

 

 

 

前世では男子校通いだったりブラック企業に勤めていたことから女子に縁がなく、転生してからは女子と仲良くしようと考えているが根が優しい事もあり、わざわざ狙わなくても結構モテるであろう事を当人は知らない。

 

基本的に煩悩は多いが、困ってる人を見たら忙しくない時に限り手を差し伸べる。

 

現在の目標は「太刀川隊の戦力になる事」「ボーダー女子からモテる事」「原作が始まってからアフトクラトルによって生まれる被害を極力減らす事」の3つである。

 

 

 

 

 

BBFのグラフデータにおける憑依唯我の立ち位置(BBF既読推奨)

 

入隊時期グラフ

全く同じ

 

モテるキャラグラフ

原作唯我→1番モテなくて1番モテたい

憑依唯我→少しモテて1番モテたい(仁礼の真上)

前世→モテるわけでもモテないわけでもなく、メチャクチャモテたい(佐鳥と同位置)

 

派閥グラフ

原作唯我→バリバリの城戸派

憑依唯我→ 派閥無し自由派→(那須の下)

 

通ってる高校グラフ

原作唯我と同じで中高一貫のお坊ちゃま校(高校進学の際にボーダー提携校のどちらかに入学予定)

 

成績グラフ

原作唯我→文化系で成績は結構良い

憑依唯我→割と体育会系で成績が凄く良い(木虎の上)

前世における高校時代→体育会系で成績は凄く良い(月見の上で荒船の右)

 

 

描く難易度のグラフ

全く同じ

 

生身の運動能力グラフ

原作唯我→体力なさ過ぎ

憑依唯我→少し体力をつけた(菊地原の下)

 

異性の好み

原作唯我→見た目がよく落ち着いた女子

憑依唯我→見た目も求めるが性格最優先(時枝の下)



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プロローグ


なんかふと『唯我に転生したらどうなるんだ?』と思ったので書いてみました。


それは唐突だった。

 

「おいコラ唯我っ!」

 

気が付けば俺の顔面に足が飛んできた。

 

「がはっ!」

 

当然俺は避ける事が出来ずに吹き飛ぶが……アレ?痛くないぞ?

 

疑問に思いながら俺は地面に倒れこむ。しかし全く痛みは感じない。マジでどうなってんだ?ブラック企業で働き過ぎて痛覚が麻痺したのか?

 

(どうなってんだこりゃ?てか何で蹴られたんだ?)

 

確かに俺が働いている会社はブラックで上司が暴力を振るう事は日常茶飯事だが精々叩くくらいで今までに蹴りはなかった。

 

身体に感じる違和感と疑問点を抱きながら身体を起こすと……

 

「……え?」

 

視界には予想外の人物がいた。髪の毛がバーコードとなっていて小太りの上司ではなく、金髪の髪を持ち、千発百中と書かれたTシャツを着ている少年がいた。

 

俺はこの少年を知っている。彼は……

 

「出水、公平……?」

 

「あん?いきなりフルネーム?」

 

現在少年ジャンプで連載している漫画『ワールドトリガー』に出てくるキャラクターだった。

 

(マジでどうなってんだ?仕事のし過ぎで幻覚を見てるのか?)

 

思わず目を擦ってから再度見るも、正面には上司ではなく出水公平がいた。

 

「えっと……本物?」

 

「あん?何言ってんだ唯我。蹴られた拍子に頭がおかしくなったか?」

 

俺の呟きに目の前にいる出水公平は呆れた表情をしている。ここまで細かい仕草をしてくる以上、幻覚とは思えない。

 

つまり……

 

(もしかして俺……ネット小説によくある転生をしたのか?)

 

正直言って信じられない……が、目の前にいる出水公平を見るとそれが事実だと嫌でも理解してしまう。多分俺はワールドトリガーの世界に転生したのだろう。

 

(ま、まさか本当に転生があるとはな……てっきり二次元の中の話だと思った)

 

しかしネット小説とは随分違うな。ネット小説だと基本的に……

 

①事故に遭って死ぬ

 

②特殊な世界で神と会う

 

③特典を貰う

 

④転生する

 

って感じだ。しかし俺の場合、仕事をしていたら突如足が飛んできた。気が付いたら転生していたって感じだ。

 

(いや、それは今どうでも良い。問題は……)

 

「どうしたんだ唯我?もしかしてトリオン体の痛覚をONにしてたのか?だったら悪かったな」

 

目の前にいる出水公平が呼んでいる名前についてだ。

 

「あ、あの……俺の名前って……」

 

嫌な予感を抱きながら目の前にいる出水公平に話しかける。対する出水公平は訝しげな表情を浮かべながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の名前?唯我尊だろうが」

 

嫌な予感が的中した。

 

(唯我尊だと?よりによって何で唯我尊に転生したんだよ?!)

 

唯我尊。それはワールドトリガーの世界に存在するキャラクターだが、作中最弱候補の1人だ。

 

ワールドトリガーの世界に存在する組織『ボーダー』の中で最強チームに所属する人間だが、実力で入ったのではなく親のコネで入隊した雑魚中の雑魚。加えてプライドの高い性格も相まって他のキャラクターからの扱いも悪いキャラだ。

 

(何でよりによって唯我なんだよ?!転生なら風間蒼也とか烏丸京介とか二宮匡貴みたいな強くてイケメンなキャラにしてくれよ!)

 

唯我って言ったらアレだぞ。実力がない上にモテない、一番転生したくないキャラだ。ワールドトリガーのファンブックであるBBFのデータでも1番モテないキャラだし。

 

(マジでふざけんな。可愛いキャラが多いワールドトリガーの世界に入りたいと思った事はあるけど、こんな形で入りたくなかったわ!)

 

ワールドトリガーの世界には可愛い女子が沢山いる。唯我尊と同じ部隊に国近柚宇を筆頭に三上歌歩、綾辻遥、木虎藍、加古望、etc……

 

俺は何度もワールドトリガーの世界に入ってそんな女子達と付き合う事を夢見ていたが、唯我尊では厳しい、というか無理だろう。

 

そこまで考えているとある事に気付いた。

 

(ん?5月16日だと?)

 

俺は転生前にワールドトリガーを読んでいたが、その時作中の時期は2月でランク戦の最中だった。しかし今は5月。その事から俺の知らない時期だという事を理解した。

 

と、同時にある考えが浮かぶ。

 

「あの……出水、先輩」

 

俺は目の前にいる出水公平を先輩呼びする。実際俺は30手前だが、唯我尊となった以上出水公平は先輩だからな。

 

「何だよ?てかマジで今日のお前、おかしいぞ」

 

ほっとけ。てか俺からしたら訳もなく蹴られたんだからな?ぶっちゃけ殴りたい。

 

しかしその怒りを押し留める。今は重要じゃないから。

 

「すみません。それよりも、僕が入隊してからどれくらい経っていますか?」

 

「は?つい先週だろうが」

 

出水公平は呆れた表情を浮かべる。それに対して俺は胸中に喜びの感情が生まれるのを自覚する。

 

(よし、入隊して直ぐならまだ何とかなる!)

 

俺が転生した時期が、俺の知っているワールドトリガーの時期より後だったら絶望していたが、入隊して1週間ならまだどうにかなる。

 

これが俺の知っているワールドトリガーの時期なら『コネで太刀川隊に入って入隊して1年半近く居座っている傲慢な雑魚野郎』だが、入隊して1週間なら『コネで太刀川隊に入隊した男』だ。評価は低いと思うが、まだ立て直せるレベルだ。

 

そうなると俺のやる事は1つだ。

 

「出水先輩!」

 

「な、何だよ?いきなりデカイ声出しやがって」

 

目の前にて驚いている出水公平に向かって俺は……

 

 

 

 

 

 

「お願いします!俺を徹底的にシゴいてください!」

 

「……はい?」

 

歳上としてのプライドやさっき蹴られた事によって生まれた怒りを捨てて、頭を下げるのだった。

 

 

俺のやる事。

 

それは今から真剣に修行して強くなって、俺の知っている『弱くてモテなくて、舐められまくりの唯我尊』ではなく、『強くてモテる、舐められない唯我尊』になる事だ。



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第1話

『おーい。ゲート開いたよ。誤差は1.52。バムスターが一体』

 

耳にある通信機から呑気な声、俺が所属する部隊のオペレーターである国近柚宇の声が聞こえてきたかと思えば、少し離れた場所にて黒い門が開き、中から巨大な白い怪物が現れる。

 

それはトリオン兵と言って異世界の住民である近界民の手先の兵隊人形。こっちの世界でいう所のロボットのようなものだ。

 

そして今回出てきたのバムスター。頻繁に出現するトリオン兵で人間を捕獲するタイプのトリオン兵だ。装甲は堅いが攻撃力は低いのでボーダーの正規隊員なら楽勝で倒せる。

 

しかし今の俺はボーダー最弱の正規隊員である唯我尊なので強敵とまでは言わないが、楽勝で倒せる相手ではない。

 

「良し。じゃあ唯我、倒してこい。ただし使う弾丸はアステロイドのみ。そんで弾丸は8分割して倒せ」

 

そう言ってくるのは自分と同じ隊に所属する出水公平。唯我尊の先輩である。転生前の俺の年齢は彼よりも10以上離れているが、今の俺は彼よりも歳下の唯我尊なので先輩呼びをしないといけない。加えて彼は俺の師匠でもあるのだから。

 

「わかりました」

 

「頑張れよ〜。負けそうになったら直ぐにフォローするから安心して動け〜」

 

俺に激励するのは俺が所属する隊の隊長の太刀川慶。彼はA級一位隊長にしてNo.1攻撃手で個人総合1位の怪物だ。俺が前の世界でワールドトリガーを読んでいた頃太刀川は怪物だと思っていたが、実際に彼の戦闘を間近で見ると本当に怪物だった。鷹の目より強いんじゃね?

 

閑話休題……

 

まあ彼と師匠の出水公平がフォローしてくれるなら安全だろう。俺は警戒区域にある家の屋根を蹴ってバムスターに近寄る。すると向こうも俺に気付いたのかこちらを向いて家を壊しながら近寄ってくる。

 

(相変わらずトリオン兵って不気味だな……漫画では呆気なくやられてるけど、現実だと怖いし慣れるまでもう少し時間がかかるな)

 

俺が唯我尊に転生してから1週間経過している。よってこれまでに2回防衛任務に参加しているが、トリオン兵と対峙する度に若干ビビってしまっている。

 

しかし挫けてはいられない。ワールドトリガー最弱の唯我尊に転生した以上、弱音は言ってられない。俺は何としても強くなって、他のボーダー隊員に舐められず、可愛い女子と付き合いたいのだから。

 

よって俺は恐怖心に蓋をして恐怖を押し留めると、右手をパーにして、キューブを顕現させそれを8つに分割する。

 

そして……

 

「アステロイド!」

 

そう叫んで分割したキューブを飛ばす。手には拳銃を持たずに。

 

前世にて俺が読んでいたワールドトリガーでは唯我尊の戦闘スタイルは二丁拳銃だが、俺はトリガーに拳銃を入れていない。

 

何故かというと理由がある。師匠の出水公平が銃を使う銃手ではなく、そのまま手元から弾を直接生み出す射手だからだ。師匠と同じ武器にしなければ習う事は無理だ。

 

しかしそれなら出水公平に拘らず、他所の銃手から習うのも案の一つだが、俺はそれを選ばず銃手スタイルを捨て射手スタイルを選んだ。

 

理由は簡単。前世の記憶を頼った結果銃手より射手の方が適任と理解したからだ。

 

俺はワールドトリガーのコミックスを全巻持っていたが、単行本5巻あたりで烏丸京介がワールドトリガーの主人公の三雲修に言った事を思い出したのだ。銃手は射手に比べて安定してる分、トリオン量の差がモロに出るって事を。

 

そして唯我尊のトリオン量はBBFによれば余り高くなかった筈。そうなると銃手より射手の方が適任であるから俺は銃手スタイルを捨てて射手スタイルを選んだのだ。

 

 

本当はトリオン量にそこまで影響のない攻撃手をやろうかと考えたが、唯我尊の運動能力はBBF通り低過ぎた。一応トリオン体になれば運動能力に差はないが、唯我尊は身体の動かし方を知らなかったようで動くのが難しいので攻撃手をするのは難しいのだ。

 

一応転生してからは仕事をしてないが故に時間があるのでトレーニングをしているが、まだまだ時間がかかる。攻撃手トリガーを使うのは一定以上鍛えてからだ。

 

閑話休題……

 

とにかく今の俺は射手スタイルなのだ。そして今はバムスターと対峙している。

 

放たれた8つの弾丸はバムスターの方に向かうも……

 

「ちっ……」

 

弱点の目から若干ズレてバムスターに被弾する。それによってバムスターは若干怯むも直ぐにこちらに向かってくる。

 

(漫画じゃ誰もが簡単に撃ってるけど、当てるのは難しいな)

 

内心で舌打ちをしながらも俺は再度右手にキューブを顕現して8分割する。転生した当初はキューブを出すのも分割するのも大変だった。

 

しかし強くなり転生者として楽しみたいという強い欲求と前世で働いていたブラック企業によって培われた忍耐力を利用して何時間も練習した結果、今ではそれなりの速度で展開出来るようになった。

 

そして俺がトリオンキューブを分割し終わるとバムスターがこちらに徐々に近寄ってくる。そして10メートルを切った。この距離なら……外さない。

 

「アステロイド!」

 

そう叫んで放った弾丸は案の定、バムスターの弱点の目に当たる。するとバムスターの目から緑色の煙が現れて家を壊しながら地面に倒れ臥す。

 

(とりあえずタイマンでバムスターは倒せるようになった。後はモールモッドをタイマンで倒せるようになれば……)

 

ボーダーではモールモッドをタイマンで倒せるようになって一人前と認められる。それくらい強くなれば正規隊員からの評価も上がるだろう。

 

『タイマンでバムスターを倒せるようにはなったみたいだな。トリオンキューブの顕現と分割の速さも合格、次は1発で仕留められるようになれ。出来なかったら防衛任務後の訓練のレベルを上げるから』

 

すると師匠の出水から通信が入る。これが原作通りの唯我なら理不尽とか弁護士を呼んでくれとか叫ぶが……

 

「わかりました。次からは1発で仕留められるように努力します」

 

強くなりたいと心から願っている俺は文句を言わずに了承する。前世はブラック企業で馬車馬のように働かされて、今世では唯我尊という最弱キャラに転生したのだ。失うものは何もないし、とことんやってやる。

 

俺が了承すると……

 

『あ、ああ。にしてもお前本当に変わったよなぁ〜』

 

『全くだ。ウチに入ったばかりのお前の面影は全く無いし』

 

『何度も聞いて悪いけどさ、君本当に唯我君だよね?』

 

国近柚宇から既に30回以上された質問をされる。それに対する俺の答えは決まっている。

 

 

 

 

 

「ええ。俺は正真正銘の唯我尊ですよ」

 

中身は全く別だけどな。



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第2話

太刀川隊

 

それは界境防衛機関ボーダーに存在する部隊であり、最強の座を誇る部隊だ。実際にはその上に特別部隊として玉狛第一が存在するが、世間ではボーダー最強の部隊は太刀川隊と認知されている。

 

そして唯我尊に転生した俺はそこの部隊に所属しているのだが……

 

「……これでここの掃除は終わりっと。国近先輩、捨てる物があるならこのゴミ袋に入れてください」

 

「ほ〜い」

 

現在、俺は太刀川隊の隊室を掃除をしている。俺が呼びかけると国近がのんびりした口調でゴミ袋にお菓子などのゴミを捨てる。

 

なぜ俺が掃除をしているのかというと理由は簡単、隊室がクソ汚いからだ。

 

前世ではワールドトリガーのコミックスを読んでいて、太刀川隊の隊室は汚くて月に一度ボーダーの職員が掃除をするというのは知っていたが……

 

(たった1週間で汚くし過ぎだろ?!)

 

唯我尊に転生した日にも掃除をしたのだが、1週間で普通に汚くなった。立場を無視して良いなら殴り飛ばしたい。

 

前世ではそれなりに綺麗好きだった俺からしたらこの汚さは耐えられないので自主的に掃除をしている。

 

現在俺は国近と2人きりとなっている。前世では風俗以外で女を抱いた事がなく、女に飢えていた俺からしたら襲いたいのは山々だが、一時のテンションに身を任せたら碌なことにならないので我慢する。

 

「これで私のゴミは全部捨てたよ〜」

 

「ありがとうございます。では後で捨てておきます」

 

「ありがとね。それにしても、やっぱり唯我君は変わったよ〜」

 

国近が何度目かわからない言葉を口にする。これは国近だけでなく、出水や太刀川にも何回も言われて耳にタコが出来ている。

 

「まあ実家の方で色々あったんで。もしかして前の方が良かったですか?」

 

「ううん。全然」

 

「そ、そうですか……」

 

即答かよ?!入隊の経緯が経緯だから仕方ないかもしれないが、唯我尊の扱いって本当に悪過ぎだろ!

 

(こりゃ太刀川隊以外からマトモな評価を受けるには時間がかかりそうだな)

 

俺はまだ実力不足なので基本的に他所の隊員とは接触してないが評判は良くない。まあコネでA級1位に入隊のしたのだから仕方ないけど。

 

とりあえず他所の隊員と接触するのはある程度の実力ーーーB級中位で通用するレベルになってからだな。その位の実力を付けてから個人ランク戦をすれば原作みたいに雑魚扱いされるような事はないだろう。

 

「ま、まあ今の方が良いなら何よりです。それよりも防衛任務前にトリガーセットを変えて貰っても良いですか?」

 

「良いよ〜。今回はどうするのかね?」

 

「そうですね……メインにあるメテオラを抜いてハウンドを入れてくれませんか?それとサブにはバイパーをお願いします」

 

「ほ〜い」

 

俺がトリガーを渡すと国近はトリガーを開いてパソコンに接続してトリガーチップの変更を始める。

 

これは俺がどのトリガーを使うかを決める為だ。防衛任務をする度に毎回トリガーセットを変えて色々と試している。

 

本来の唯我尊のトリガーセットは……

 

主トリガー

アステロイド:拳銃

カメレオン

シールド

FREE TRIGGER

 

副トリガー

アステロイド:拳銃

シールド

バッグワーム

FREE TRIGGER

 

って感じだが、俺は射手タイプとして戦うと決めたのでトリガーセットは全然違う。

 

ちなみに今のトリガーセットは……

 

主トリガー

アステロイド

メテオラ

シールド

グラスホッパー

 

副トリガー

アステロイド

シールド

バッグワーム

FREE TRIGGER

 

って感じで、今から国近に主トリガーのメテオラをハウンドと交換して、副トリガーにバイパーを追加して貰う。そんで2時間後に行われる防衛任務で実践してみるって感じだ。

 

「ほい唯我君。トリガーセットを変えといたよ」

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや。それよりも……」

 

すると国近は楽しそうに笑いながらパソコンの近くにある棚からゲームのコントローラーを取り出して俺に渡してくる。それだけで次に言う言葉は予想出来た。

 

「防衛任務まで時間あるし、やろうよ?」

 

やっぱりゲームの誘いか……まあ防衛任務前だし良いか。

 

前世の知識から国近はゲーム馬鹿だというのは知っていたが、いざワールドトリガーの世界に入ると予想以上で驚いた。何せ防衛任務がなかったから数時間は当たり前だし。

 

ゲームは前世での数少ない趣味だったから嫌いではないが、国近のゲームのやり込み度に比べたら大したことない。やはりブラック企業で働いていたのでやる時間が少なかったからだろ。

 

とはいえ、やらないって選択肢はない。今の俺は国近の後輩である唯我尊なのだから。

 

「了解しました」

 

「決まり〜。じゃあ何やる?」

 

「そうですね……では桃鉄で」

 

アレなら格ゲーとかに比べてやり込み要素は少ないからな。国近の持つゲームの中ではマトモに競える数少ないゲームだ。

 

が……

 

「え〜、アレは4人でやった方が楽しいから却下〜」

 

 

「じゃあ国近先輩が選んでください」

 

一応前世では一通りのゲームはやっているから出来ないゲームはない。実力は別だけど。

 

「うーん……じゃあ」

 

国近が悩んでいる時だった。作戦室のドアが開いたかと思えば作戦室の主である太刀川慶が帰ってきた。

 

「おっ、唯我。良いタイミングでいたな。防衛任務まで1時間あるしレポートを手伝ってくれ」

 

太刀川はそう言って机にバサバサと資料やプリントを置く。またかよ……まだ大学に入学して3ヶ月も経ってないだろ?

 

俺は内心でため息を吐いてしまう。俺が唯我尊に転生したのは1週間と少し前。そんでこの世界の時期は唯我尊が入隊して半月経過した時期ーーー前世で読んでいたワールドトリガーの時期の1年半くらい前だ。

 

つまり唯我尊は中3になったばかりで、太刀川は大学に進学したばかりだ。にもかかわらず、この男は中学生にレポートの手伝いを要求してくるのだ。

 

いや、俺も前世で妹にレポートの手伝いを頼んだ事はあるが、妹は一歳年下だったからギリギリセーフだろうが、太刀川は四歳下の部下、それも中学生に頼んでいるのだから問題だろう。

 

(そういやアイツや親父達は今、向こうでどんな生活を送ってるんだ?)

 

俺は前世で存在していた家族の事を思い出す。俺は就職は失敗したが、それ以外の高校生活や大学生活は比較的順風満帆だったのでそれなりに仲が良かった。

 

しかしもう会えないと考えると寂しい気持ちになってくる。こっちの世界の両親ーーー唯我尊の両親からも愛されているが、俺からしたら知らない夫婦に愛されているので嬉しくない。

 

閑話休題……

 

「え〜。唯我君は今からゲームをしないといけないからダメ〜」

 

太刀川の要請に対して俺が口を開ける前に国近が反対する。まあ俺としてもレポートよりもゲームをする方が良い。俺も大学時代、レポートに苦労したのだ。少なくとも大学に進学するまではレポートなんてやりたくないのが本音だ。

 

「そこをなんとか譲ってくれよ。中間試験が近い科目もあってレポートは邪魔「ほう。随分と面白い事を言っているな、慶」……はい?」

 

あ、忍田本部長だ。

 

太刀川が恐る恐る後ろを向くと忍田本部長が額に青筋を浮かばせながら仁王立ちしていた。気の所為か彼の背後には虎がいた。

 

どうやら太刀川は作戦室のドアを開けっぱなしの状態で俺にレポートを頼んで、それを偶然通りかかった本部長が聞いたようだ。やれやれ、こういう事は作戦室のドアが閉まったのを確認してから言っとけ。

 

「レポートを邪魔呼ばわりするだけじゃ飽き足らず、歳下の部下にレポートを頼むとは良い度胸だな。防衛任務まで時間があるし、少し話そうか」

 

言うなり本部長は太刀川の襟首を掴んで作戦室から出て行った、

 

「ちょっと待って忍田さん!俺が悪かったから許してくれ!てか唯我に国近!助け……」

 

その言葉を最後に作戦室のドアが閉まって開く気配を見せない。同時に俺と国近は視線を交わす。そして……

 

「じゃあ格ゲーをやろっか」

 

「了解しました」

 

さっきまでのやり取りを見なかった聞かなかった事にした。

 

 

 

結局俺は防衛任務が始まるギリギリまで国近のゲームに付き合わされたのだった。ちなみに防衛任務の際、太刀川からは覇気を感じなかったが自業自得だから気にしない。

 

 

 



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第3話

「アステロイド!」

 

俺がそう叫ぶと両手からキューブが現れて、それぞれ8分割してから放つ。すると目の前にいる蠍のような怪物ーーー戦闘用トリオン兵、モールモッドに飛んでいき、モールモッドの全身を蹂躙する。

 

放たれた弾丸の内何発かはトリオン兵の弱点である大きな目に当たり、モールモッドは地面に崩れる。

 

「漸くモールモッドは撃破、か……」

 

『んなもん出来て当然だっつの。寧ろ弾丸トリガーのみで負けたら蹴り入れてるぞ』

 

俺の独り言に対して出水から通信が入る。言い方は少々気に入らないが怒りはしない。今の俺は出水公平の後輩にして弟子の唯我尊なのだから。

 

加えてモールモッドをタイマンで倒せたとはいえ、倒し方は中距離からドカドカ撃つ簡単なやり方、これで倒せないようじゃ先はないのは紛れも無い事実だ。

 

(確かに出水の言う通りだな。この戦い方なら防衛任務はこなせるがダメだ)

 

唯我尊に転生した俺の目標は、原作の『弱くてモテなくて、舐められまくりの唯我尊』から『強くてモテる、舐められない唯我尊』になる事だ。

 

防衛任務をこなせる程度ではまだまだ足りない。正規隊員ならこなせて当然なのだから。俺の目標を達成するには、最低でも他のA級隊員とタイマンである程度戦えるレベルにならないといけない。

 

(そうなるとやる事はまだまだある。射手に対する理解を深めたり、身体を鍛えてトリオン体での動きを高める準備をしたり、ある程度の近接戦闘能力を得たりと遊んでる暇はないな)

 

1つ目と3つ目については問題ない。何せ自分が所属する隊には最強の攻撃手と最強クラスの射手がいるから良い修行になる。

 

問題は2つ目の身体を鍛える事だ。こればっかりは俺自身の努力が必要である。しかし唯我尊の肉体スペックはメチャクチャ低いのでかなり時間がかかりそうだ。

 

(一応家でも筋トレはやってるし、出掛ける時も送迎はして貰わずに走っているが全然足りない……)

 

幸い前世に比べて時間は幾らでもある。前世ではブラック企業で働いていたので徹夜は当たり前、仕事場にもよく泊まっていて遊ぶ時間は殆どなかった。

 

しかし今は時間が有り余っている。学校は3時に終わるし、防衛任務がない時間は完全な自由時間。何より睡眠時間を8時間近く取れる程だし。

 

(時間はたっぷりあるとはいえ、遊んではいられない。鍛錬に時間をかけまくっては他の女子相手にフラグを立てれないし)

 

何度も考えている事だが、俺の最終目標は防衛任務やランク戦、果ては一年半後に起こる大規模侵攻で活躍出来るくらい強くなる事と、ボーダーに所属する可愛い女子と楽しく過ごす事だ。

 

そして後者を出来るようにするにはボーダーの人間に対して『唯我尊はコネ以外にも優れた部分がある』って認識を植え付けないといけない。もちろん他にもやるべき事はあるが、『コネだけの雑魚』って認識のままでは絶対に無理だろう。

 

(とりあえず目標としては今年までにA級隊員とタイマンで戦えるレベルだな。そんで唯我尊本来のエリート思考を出さなきゃ知り合いは沢山出来るから、そこから更に強くなったり、女子と関わりを持っていくか)

 

そこまで考えていると……

 

『お〜い。門が開いたよ〜。バムスター2体にモールモッド1体だから唯我君だけでも大丈夫だと思うよ』

 

少し離れた場所に黒い門が開いたかと思えば国近から通信が入る。

 

『よし唯我。行ってこい。ただしバムスターは一撃で、モールモッドは二撃以内で仕留めろ。使う弾丸は好きにしろ』

 

出水からオーダーが入る。最近の防衛任務では基本的に俺がトリオン兵の討伐をして、2人がフォローする感じだ。その際に出水は必ず倒し方のオーダーを出してきてくる。

 

そんで倒せたら次にトリオン兵が出た時には違うオーダーを出して、オーダー通りに倒せなかったら防衛任務後に指摘をしてくる。

 

「了解」

 

バムスター2体とモールモッド1体か……まあ多分大丈夫だろう。使うならバムスターにハウンドを放ちながらモールモッドにアステロイドを撃ち込む……いや、バムスターは一撃で倒せと言われたから外さないように、纏めて倒すのでなく1体1体確実に撃破していこう。

 

方針を決めた俺は屋根を蹴って一番近くにいるバムスターとの距離を15メートルまで縮めて……

 

 

「ハウンド!」

 

弱点の目を狙って高威力に設定したアステロイドを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

『お疲れ〜。トリオン兵の片付けは次の片桐隊に任せて3人は帰還して』

 

防衛任務の交代の時間となり、国近から指示を受ける。今日出てきたトリオン兵はバムスター20体、バンダー5体、モールモッド17体と割と多かったが、バラバラに来たので全部俺が倒した。

 

その際にちゃんと出水のオーダーに従って倒せたので修行としては成功だろう。

 

「お疲れさん。いやー、唯我が真面目に修行してるからこっちは暇だったぜ。次からはゲームを持ってくか」

 

「いや、退屈だったのは否定しないですけど、本部長にバレたらマズいんじゃないすか?」

 

太刀川が俺の肩を叩きながらそう言うと出水がツッコミを入れる。

 

まあ確かに……防衛任務の際、多量のトリオン兵が来た時以外は、修行として俺がトリオン兵と戦っている。今回のように少数がバラバラになってやって来た場合、太刀川と出水は俺をフォローする必要がないので暇を持て余しているのだと推測出来る。

 

「バレないようにするさ。あ、それと悪いんだけど、報告書を任せて良いか?」

 

「何すかいきなり?また本部長に呼ばれたんすか?」

 

「それだったらまだマシなんだがなぁ……加古から炒飯食べに来いって呼ばれてるんだよ」

 

「あ〜じゃあ仕方ないっすね。頑張ってください」

 

「ああ。お前も来るか?」

 

「絶対に嫌です」

 

出水が即座に却下すると太刀川は絶望した表情に変わって一足先に本部基地に去って行った。

 

(加古が炒飯……あ、思い出した)

 

確か加古の作る炒飯って2割がクソマズイ炒飯で太刀川や諏訪隊の堤大地はしょっちゅう死ぬんだったな。詳しくは覚えてないがいくらカスタード炒飯とかだっけ?

 

(しかしいつかは加古にしろ、まだ入隊していない双葉とも仲良くしたいな……)

 

確か双葉が入隊するのは原作開始時点の1年以内だ。つまり今から1年以内なのは間違いない。双葉が入隊した時に弱かったら悪い印象を与えるがそれは避けないとな。

 

俺的に双葉はワールドトリガーの女子キャラではかなり好きなキャラなので仲良くしたい。流石に手を出すのは犯罪だから出さないけど。

 

そんな風に考えながら太刀川より遅れて基地に入り作戦室に向かう。そして机の上に置かれた報告書を書き始める。前世では仕事柄しょっちゅう書いていたが、転生してからも書くとは嫌になってしまうな。

 

そして暫く時間が経過すると音楽が作戦室に流れる。この音は俺の携帯の着メロではないから出水か国近だろう。

 

すると出水がポケットから携帯を取り出してなにかを確認する。が、直ぐに携帯をしまって俺に話しかけてくる。

 

「悪い唯我。家の用事が急に入ったから今日のトレーニングは休ませてくれ」

 

「あ、はい。わかりました」

 

「本当悪い。報告書は書いたから俺はもう行く」

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ〜」

 

俺と国近がお疲れの挨拶をすると、出水はそのまま作戦室を後にした。

 

(急用なら仕方ないし、今日は残りの時間は生身の鍛錬に当てるか)

 

そう判断した俺は報告書を書き終えてから国近と向き合う。

 

「では国近先輩。俺も報告書を書いたので失礼します」

 

「ほーい。またね〜」

 

国近から緩やかな挨拶を貰い俺は作戦室を後にする。さて……じゃあ帰りがてらジムに行くか。ボーダー基地にもトレーニング施設はあるが、良い評判を持ってない時には行くつもりはない。面倒な奴に絡まれたら嫌だし。

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「はぁ……はぁっ……はぁ……!」

 

俺は息を切らしながら走っている。転生して間もない頃は基地の入り口まで家の人間がリムジンで迎えに来てくれていたが、体力をつけると決めてからは迎えを頼んでいない。

 

それについては自分で決めた事だから止めるつもりはないが……

 

(今更だが、唯我尊の肉体、弱過ぎだろ……)

 

思わず愚痴ってしまう。前世にてワールドトリガーのファンブックであるBBFにて唯我の体力は作中で最弱クラスであるのは知っていたが、これほどとは思わなかった。

 

(クソッ……普通転生したら特典が付いてくるだろうが。別に大量の宝具が入った宝物庫とか時を止める力なんて要らないから、せめて人並みの体力くらい寄越せや……)

 

身体に掛かる負担に苦しんでしまう。しかし足は止めない。ここで止めたりしたら体力は付かないから。

 

辛いのは否定しない……が、ブラック企業での徹夜に比べたらマシだ。それにこの程度で折れるようでは、ボーダーで優秀な隊員として大規模侵攻での活躍だのボーダーの可愛い女子から人気を得る事など夢のまた夢だ。

 

だから俺は足を止めずに、ボーダーと自宅の間にあるジムに向けて足を進めるのだった。

 



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第4話

「ぐっ……ダメだ。もう死ぬ……」

 

スポーツジムの一室にて、俺は汗をダラダラに流しながら備え付けのベンチに横たわっている。横に置いてあるスポーツドリンクを飲もうとしたが、既に無くなっていることを思い出して手を引っ込める。

 

ついさっきまで俺はジムの様々な器具を使って身体を動かしていたが、限界が来たので横たわっている。

 

(もう少し続けたいが……今日はこれ以上は無理だな)

 

精神的には疲れていない。何せ前世では二徹や三徹の経験もあるからな。

 

しかし肉体的な疲れはどうにもならない。転生してから毎日鍛錬しているとはいえ、元々の唯我尊の身体スペックが低過ぎるのだ。

 

(大分休んだし帰るか。そんで帰ったら飯を食おう)

 

飯を食って睡眠を……いや、ダメだ。飯を食ったら出水を始め様々な射手のデータを見直そう。加えて家の中でも出来る簡単なストレッチもするべきだ。そうでもしないといつまで経ってもお荷物のままだ、

 

そう結論づけた俺は疲労した身体に鞭打って立ち上がり、更衣室に向かって私服に着替えジムを出た。

 

辺りは6時を過ぎているからか薄暗く微かに見える夕焼けが綺麗だ。この天気の中、早足で歩けば気分はマシになるな。

 

(今はまだ直ぐにバテちまうが、いつか絶対に今日の倍以上のトレーニングをこなせるくらい強くなってやる)

 

改めて強くなると決心しながら帰路につく。そして俺、というか唯我尊の家である屋敷が見えてきた時だった。

 

(ん?なんだアイツ?)

 

見れば視界の先に苦しそうに震えながらヨロヨロしている人が目に入る。薄暗くなっていて良く見えないが、病人か?もしくは酔っ払いか?

 

(出来ればスルーしたいが、病人だったら洒落にならないな……とりあえず近寄ってみるか)

 

酔っ払いなら絡まれる前に見捨てれば良い話だ。病人なら手を貸すくらいはしよう。

 

方針が決まったので俺は人影に近寄るが、そこにいたのは予想外の人だった。

 

(こいつ……俺の見間違いじゃなければ那須玲じゃねぇか!)

 

まさかの同じボーダー隊員だった。原作じゃ11巻と12巻でバイバーを駆使して大暴れした美少女。

 

確か病弱って設定だった筈だが、どうやら本当みたいだ。

 

(しかし予想以上に辛そうだな。とりあえず声をかけてみるか)

 

「もしもし?大丈夫ですか?」

 

すると彼女はよろめく身体の動きを止めてこちらを見る。

 

「あっ……すみません。お見苦しい所を見せてしまいました」

 

彼女はそう言って謝罪をしてくるがフラフラなのは変わりない。流石ワールドトリガー登場キャラでぶっち切りの病弱キャラだな。

 

(ん?この反応からして俺、というか唯我尊知らないようだな)

 

まあ俺自身、ボーダー基地にいるときは太刀川隊作戦室以外には殆ど行かないし、今は私服だ。加えて入隊して一月もしてないから知らなくても仕方ないだろう。

 

しかし今はそんな事は後回しだ。

 

「いえ、それよりも大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、よ。急に、苦しくなったけど……直ぐに戻ると思う、から……」

 

那須はそう言っているが痩せ我慢をしているのは明白なので放置は出来ない。

 

(仕方ない。余り頼りたくはないが……)

 

俺は携帯を取り出して家に電話をかける。

 

『もしもし?どちら様でございましょうか?』

 

すると優しそうな老人の声が耳に入る。彼は唯我家に仕えている執事で、仕事で忙しい唯我尊の両親に代わって、俺の面倒を見てくれている。

 

「俺だ。今帰る途中だが途中で病人を発見したから病院に運びたい。位置情報をそっちの端末に送るから急いで迎えに来てくれ」

 

『かしこまりました。今迎えを寄越しますので少々お待ちください』

 

その言葉を最後に通話を切る。そして那須にトレーニングジムで買った未開封のスポーツドリンクを渡す。

 

「とりあえずこれ飲んでください。多少楽になると思うんで」

 

俺がそう言うと彼女は

 

「ありがとう……ごめんなさいね。見ず知らずの私の為にここまでしてくれて」

 

いえ、そっちは知らなくても俺はよく知っています。貴女がボーダー隊員で、チームメイトが傷付くと傷付けた敵を容赦なく潰す人間である事など色々知っています。

 

「お気になさらず。それよりあと少しで迎えが来るんで頑張ってください」

 

そんな弱っている人を見つけたら放置出来ないだろう。

 

「ええ……それと病院じゃなくて大丈夫よ。家の方が近いし薬は家にあるわ」

 

「本当にそれで大丈夫なんですか?」

 

「ええ」

 

「わかりました。では車が着き次第、運転手をナビゲートしてください」

 

そこまで話すと同じタイミングでリムジンが俺の前にやって来て、那須が驚きの表情を浮かべる。まあいきなりリムジンが来たら普通驚くよな。

 

「とりあえず乗ってください。歩けますか?」

 

「ええ。その位なら」

 

那須はそう言ってフラフラしながらもリムジンのドアに近寄るので、俺はドアを開けて中に入るように促す。そして彼女が入ったのを確認した俺は続く形で中に入る。運転席を見ると唯我家の執事長がいた。

 

「悪いな、前は送迎は要らないって言ったのに急に呼び出して」

 

「いえいえ。坊っちゃまの頼みを聞くのが私どもの役目ですのでお気になさらず。それで?彼女を総合病院に送れば宜しいのですか?」

 

「いや。家に薬があるみたいだし彼女の家に送ってやってくれ。そんな訳ですからナビゲートしてください」

 

「ええ。申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 

最後に那須に話しかけると、那須は執事長に丁寧に挨拶をする。

 

「承知しました」

 

執事長がそう言って車を走らせる。リムジンは市街地をゆっくりと進む。周りにいる人間は物珍しそうに見ているのが丸わかりだ。

 

「あっ、そこを右にお願いします。それで曲がってから3つ目の信号を左に曲がった先に家があります」

 

那須がそう言うとリムジンは右に曲がって目的の信号に向かって突き進む。その際にチラッと横を見ると那須がゆったりと座席に座っている。

 

(しっかし漫画で見たよりも美人だな……)

 

隠れファンがいるってのは知っているが、この美貌なら納得だ。並の男なら大抵がデレデレするだろう。

 

まあ、それは日常生活だけでランク戦になるとピョンピョン跳び回って敵を蜂の巣にするから恐ろしいんだよなぁ……

 

そんな事をぼんやりと考えながら彼女を見ていると、リムジンは彼女が指摘した信号を左に曲がり真っ直ぐ進む。そして1分くらいすると彼女が口を開ける。

 

「あ、ここです」

 

那須がそう言うと執事長がリムジンを停めるので、俺はドアを開けて彼女を降りるように促す。

 

「降りれますか?歩けないなら肩を貸しますよ?」

 

「大丈夫よ。乗っていたら少しはマシになったから」

 

そう言って彼女は車から降りる。疲れているように見えるがよろめいていないので心配ないだろう。

 

「なら良かったです。そんじゃ俺はこれで失礼します」

 

「あ、待って。後日お礼をしたいんだけど」

 

「お気になさらず。お礼を求める為にやった訳じゃないんで」

 

流石にあんなに苦しそうな人を見ていたら助けるのが当然だ。これが前世にて俺をこき使っていた上司ならマッハで見捨てたと思うけど。

 

「そうなの……じゃあせめて名前を教えて欲しいわ」

 

那須はそう言ってくるが悩んでしまう。那須もボーダー隊員なので唯我尊と名前を言ったら直ぐに俺の素性を把握してしまうだろう。まだ弱い時点で名乗るのは避けたい。

 

が……

 

(ここで名乗らないともっと怪しまれそうだな)

 

名乗らないと怪しまれるし、同じボーダー隊員だ。次に会う可能性は充分にあるしその時に問い詰められたら厄介な事になりそうだ。

 

そう結論を出した俺は……

 

「唯我尊だ」

 

自分の名前を口にする。すると那須は考えるような素振りを見せる。

 

「うーん……どっかで聞いた名前ね」

 

その反応からしてボーダーで俺の話は聞いてないのだろう。ま、それならそれで構わない。暫くしたらーーー俺が一定以上の実力を付けたら関わる可能性も増えし。

 

「気の所為じゃないですか?俺は貴女とは会ってないのですから」

 

「そうかしら……あ、名乗るのが遅れたわ。私は那須玲」

 

うん、知っています。

 

「ご丁寧にどうもそれじゃあ那須さん。俺は失礼しますがお大事に」

 

「うん。改めてどうもありがとう。本当に助かったわ」

 

那須が最後に小さく頭を下げたので、それを確認した俺はリムジンに乗る。同時にリムジンは自宅に向かって走り出す。チラッと後ろを見れば那須が家に入る光景が見えた。

 

(しかし、まさか基地の外でワールドトリガーのキャラと会うとはな……)

 

転生してから二週間近く経過しているが、俺は基本的に作戦室でトレーニングをしているのでボーダーで話した事があるのは那須を除いたら太刀川隊のメンバーだけだ。

 

出来ればある程度強くなるまで太刀川隊以外の面々とは接触したくなかったが仕方ない。明らかに苦しそうな人を放置は無理だ。

 

(それよりも……帰ったら真剣に考えないとな)

 

俺独自のスタイルについて。その為に必要なメニューについて。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「原作に入ったら介入するかしないか、するとしたらどこまで介入するかを、早いうちに綿密な計画を立てておきたいな」

 

 



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第5話

「うーむ……毎日飯を食ってるのに、豪華な部屋で豪華な飯を食うのは慣れん。貧乏性が抜けてないのか?」

 

豪華な部屋にて、ステーキを口にしながらそう呟く。部屋には俺しか居ないので独り言を呟いても問題ない。両親(仮)は仕事先で会食らしいし。

 

現在俺は唯我家の巨大な部屋で1人で夕飯を食っている。転生してから毎日ここで飯を食っているが前世にて普通の部屋で普通の飯を食っていたからか、未だに環境の変化に戸惑っている。

 

だって仕方ないだろ?転生前のメインディッシュが冷凍ハンバーグに対して転生後はA5の霜降り肉だぞ?

 

(そういや元々存在していた唯我尊の人格はどこに言ったんだ?まさかとは思うが俺本来の肉体に転生したか?)

 

だとしたらマジで申し訳ない。俺は周囲が悪い環境から良い環境に変わったから戸惑う程度だが、唯我の場合良い環境から悪い環境に変わったのだ。前世の職場の上司は二宮や風間が可愛く見えるくらい怖い上司だし、原作通りの御坊ちゃまなら潰れてしまっているだろう。

 

 

そう思いながら俺は最後の一口を食べて手元にある鈴を鳴らす。するとドアが開き3人のメイドが現れる。1人が食器を片付け、1人が机を拭き、最後の1人が紅茶とケーキを俺の前に置く。そして最後3人揃って礼をしてから部屋を出て行った。

 

相変わらず手際が良いな。連携の練度なら風間隊に匹敵するレベルだと思ってしまう。

 

俺は驚きながらも手元にあるケーキを食べ始める。プロのシェフが作ったケーキだけあって味は当然ながら極上だ。

 

(っと、ケーキも良いが、食べたらちゃんと射手の戦闘記録の見直しや学校の勉強もしないとな)

 

前世では中学どころか大学を卒業しているから今更中学の勉強なんて怠いが、学校に行った際に数学や英語はともかく、物理や化学、古典とかは全然覚えてなくて大変だった。

 

学業を疎かにしたら親からボーダーを辞めさせられる可能性もあるが、それは絶対に嫌だ。折角ワールドトリガーの世界に転生したのだからボーダーでの生活を満喫したい。

 

そんな訳で学業を疎かにするつもりはない。俺は食後の予定を綿密に計画しながらケーキを食べる。

 

そしてケーキを食べ終えてから紅茶を飲み、テーブルの上にある鈴を鳴らし、入ってきたメイドとすれ違いながら部屋を出て自室に向かう。

 

そしてボーダーから支給された端末を巨大テレビと接続して操作する。同時にテレビにボーダーに所属する射手のデータが表示される。そこには出水を始め、加古、水上、蔵内、那須といったボーダーが誇る射手が映っている。

 

ちなみに二宮のデータはない。何故かというと参考にならないからだ。二宮の戦闘スタイルは圧倒的なトリオン量を駆使して力押しだ。唯我尊のトリオン量は二宮の3分の1ぐらいなので絶対に出来ない。

 

(出水の援護スタイルは射手として当然身に付けるべき。しかしそれだけでは足りない)

 

射手の仕事は敵から離れた場所から攻撃や味方の支援をする事で局面をコントロールする事。それは射手として当然であり大小差はあれど射手は皆、その技術を持っている。

 

しかしそれだけで足りない。それだけ身に付けただけじゃ普通の射手ーーー出水の下位互換にしかならない。出水は天才だから超えるのは無理だろうし。

 

だから唯我尊という名前をボーダーに轟かせるには、それ以外の武器を身に付けないといけない。

 

それ以外の武器と言ったら出水が好む合成弾や加古のように刃トリガーを利用した接近戦、水上のように放った言葉とは違う種類の弾を放つとか那須のようにピョンピョン跳ねながら蜂の巣にするなど色々ある。

 

もちろんそれらについて練習はするが、それ以外にも色々と身に付けたい。

 

(いっそ原作の三雲修のようにスパイダー戦術を身に付けるか?)

 

アレは原作を読んでいて中々良い技だった。

 

太刀川は空閑に比べて遥かにデカいし、機動力は低いから原作のスパイダーによってエースの強さを上げるってのは難しいかもしれないが、他にも使い道はある。

 

例えば出水を高い建物の屋上に立たせて、その周囲にスパイダーによる巣を展開。そんで俺がメテオラを使ってワイヤートラップを壊そうとする奴の足止めをすれば、出水に狙撃手だけに注意を割けば合成弾を好き放題撃たせる事も可能だろうし。

 

しかし問題が一つだけある。それをやったら他の部隊はスパイダー戦術について理解を深めるだろう。そうなったら原作が開始してから玉狛第二が勝ち進むのが厳しくなる可能性もある。

 

玉狛第二が勝ち進めなくなる事自体は気にしていない。そんなことを気にしていては俺の目標が達成出来なくなるし。

 

問題は転生モノでよくある原作改変によって悪い未来が生まれる可能性がある事だ。

 

俺はワールドトリガーが長期休載中にこの世界に転生したので玉狛第二の二度目の四つ巴試合のB級ランク戦ROUND7の結果は知らない。

 

知らないが物語の都合上勝ち上がる可能性は高く、遠征選抜試験も受かるだろう。

 

しかし俺がスパイダー戦術を今から使ったら玉狛第二は対策をされて原作より勝ち進むのが難しくなる。それによってもし玉狛第二が遠征試験で落ちたらどう言った方向に進むのか予想出来ない。

 

それでもしも俺にとって悪い出来事が生じたら……って考えると悩んでしまう。

 

(でも待てよ。唯我尊として強くなろうとしてる時点で既に原作改変してるから大丈夫か?)

 

判断が難しいな……とりあえずスパイダー戦術は後回しにしよう。原作でも三雲修は数日でスパイダー戦術をマスターしたのだ。焦ることはない。スパイダー戦術を導入するかはゆっくりと考えて決めよう。

 

(それ以外の戦術は……うーむ。色々あり過ぎて悩むな)

 

前世でワールドトリガーを読んでいた頃は『こんなトリガーの組み合わせは面白い』とか『このキャラ、トリガーチップの数少なくね?』みたいに考えた事はあるが、いざ自分がトリガーを使うとなれば悩んでしまう。

 

(ま、これはこれで中々興味深いし、可能な限り楽しんで強くなろう)

 

いくら高い目標があるとはいえ、折角漫画の世界に入れたのだ。色々な事をしないと損だしな。

 

そんな事を考えながら俺は寝るまでに戦闘記録の見直しをしたり、学校の勉強をしたり、軽いストレッチをするなど様々な事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「よーし。今日の訓練を始めるぞ」

 

国近が作った仮想空間にて、太刀川隊の隊服を着た出水がそう言ってくる。

 

「はい。ですがその前に質問なんですが、何故今回は太刀川さんも居るんですか?」

 

疑問なのは出水の隣にいる太刀川の存在だ。俺はまだ強くないので、基本的に太刀川隊の作戦室以外の場所には行かず、太刀川隊の作戦室で国近が作った仮想空間で鍛錬をしている。

 

しかし訓練の際に仮想空間に入るのは毎回俺と出水だけで、太刀川が来るのは初めてだ。

 

「それはだな、お前の実力がB級下位くらいになったから、そろそろ基礎だけでなく、実戦経験を積ませる為だ」

 

太刀川がそう言ってくる。B級下位、つまり個人ポイント的に4000から5000くらいだろう。俺の目標を達成するには最低マスタークラスの実力は必要だからまだまだ先は長い。

 

「それはわかりましたが、実戦経験って事は太刀川さんと模擬戦を?普通に負ける未来しか見えないんですけど」

 

真面目な話、今の俺が太刀川とやっても一勝も出来ないだろう。この男、私生活には問題がありまくりだが剣を持つと超一流だからな。

 

「それはわかってる。俺がやるのはお前の反応速度の向上だ」

 

「反応速度、ですか?」

 

「ああ。戦闘力が同じでも反応速度が速いと遅いでは全く違う。反応速度が速ければ圧倒的な格上が相手でもやり過ごす事は出来るが、遅いと何も出来ずに負けるからな」

 

なるほど……まあ確かに勝てなくても相手の攻撃に反応出来れば時間稼ぎは出来るが、反応出来ないんじゃどうしようもない。

 

加えて鍛えてくれるのは個人総合1位の男。彼の攻撃に対して反応出来てある程度やり過ごすことが出来れば、他の相手なら割と余裕でやり過ごせるだろう。

 

「わかりました。じゃあ宜しくお願いします」

 

「よーし。じゃあ行くぞ?」

 

太刀川がそう言うと、出水は俺達から距離を取る。同時に太刀川は腰にある刃トリガー、弧月を抜き……

 

 

 

 

 

「は……?」

 

次の瞬間、俺の頭はかち割られて、体から力が抜け尻餅をついてしまう。

 

同時に真っ二つにされた俺の頭は直ぐに再生する。今、俺がいる仮想戦闘ルームはそういう仕組みだから特に驚きはしないが太刀川の攻撃速度は速すぎる。

 

『唯我君。先ずは1本ね~』

 

とてもユルい国近の声が耳に入る。視界の先には楽しそうに笑う太刀川と苦笑いしている出水が目に入る。

 

「とりあえず目標は今日中に俺の初撃は確実に回避出来るようになれよ〜」

 

太刀川がそう言うと再度俺に突っ込んできて……

 

『はい、2本目〜』

 

俺が再度真っ二つにされる中、国近の声が耳に入るが……

 

 

(これ、無理ゲーだろ?)

 

俺は一時的に自分の目標を忘れてそう呟いてしまった。

 

 

 

 

 

 

その後、俺は何度も何度も太刀川に斬られたが、68本目で初めて初撃を回避出来て、500本を超えたあたりで太刀川の初撃を確実に回避出来るようになった。まあ二撃目は無理だったけど。



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第6話

「よっと」

 

「うおっ!」

 

軽い掛け声と共に振り下ろされる太刀川の弧月。対して俺は横に跳んで回避するも……

 

「くっ!」

 

直ぐに切り上げられる一撃は完全に回避する事が出来ず、腕からトリオンが漏れる。

 

しかし太刀川は一切容赦せず、袈裟斬りを放つ構えを見せてくる。やはり防御に回っていてはいつか負けてしまう。

 

「(まだ反撃のイメージは出来ないが……)アステロイド!」

 

そう判断した俺は適当に威力と弾速と射程を設定したアステロイドを太刀川に放つ。射手スタイルーーーすなわちトリオンキューブを放つ場合、撃つ度に毎回威力と弾速と射程を設定しないといけない。

 

普通は状況に応じて細かい設定をするのだが、太刀川が相手だと細かい設定をする時間すら惜しく、適当に設定するしかない。

 

それに対して太刀川は焦る事なくシールドで防ぐ。これは予想通りだ。こんなんで倒せるなら個人総合1位って肩書きはゴミ屑でしかない。

 

しかし今はそれで良い。大事なのは太刀川は離れる事だから。

 

「グラスホッパー」

 

俺はそう呟いて、足元にジャンプ台トリガーであるグラスホッパーを展開する。そして太刀川から距離を取るべく、グラスホッパーを踏んだ時だった。

 

「旋空弧月」

 

その呟きと共に太刀川の持つ弧月の光が一層輝いたかと思えば、弧月が伸びて、グラスホッパーを踏んだ事によって後ろへ跳び始めた俺の左足を斬り飛ばした。

 

「ちっ……バイパー!アステロイド!」

 

俺は空中で体勢を崩しながらも両手にトリオンキューブを展開してそれぞれ8分割する。

 

そして左手のトリオンキューブーーーバイパーを放ち、一拍置いて右手のキューブーーーアステロイドを放つ。バイパーの軌道はあらかじめイメージしておいた軌道ーーー太刀川を取り囲むようにする軌道で、アステロイドは太刀川の顔面に向かった軌道を描く。

 

こんなんで倒せるとは微塵も思っていないが、少しでも足が止まればまた距離を取れる。

 

そう思っていたが、目の前にいる太刀川は楽しそうに笑い……

 

「グラスホッパー」

 

そう言って足元にグラスホッパーを設置して踏む。すると機動力が上がり、バイパーの攻撃範囲から逃れながらこちらに近づいてくる。

 

そして弧月を振るってアステロイドをぶった斬り……

 

「残念だが……鬼ごっこは終了だ」

 

返す刀で弧月を振り下ろして俺を真っ二つにした。それによって俺は体勢を崩して尻餅をついてしまう。

 

『唯我君ダウン〜』

 

すると国近ののんびりした声が仮想空間に響き渡り、真っ二つになった俺の身体は元に戻る。

 

「よぉし。一旦休憩にするぞ」

 

「了解……」

 

太刀川の言葉に俺は頷きながら仮想空間の壁を見る。そこには俺と太刀川の名前が表示されていて、その下には数字が表記されていた。

 

唯我 2

太刀川 230

 

それは俺達の戦績だが、圧倒的な差があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜、改めて見ると圧倒的な差だな。伸びる気がしない……」

 

「いや、入隊して1ヶ月弱で俺を相手に2回勝てるなら十分だろ」

 

「そうそう。今の唯我君の近接戦の対応力はマスタークラスに近いよ〜?」

 

作戦室のソファーにて、良いとこのどら焼きを食べながら戦績を見てため息を吐くと、太刀川と国近が俺を褒めてくる。ちなみに出水は遊びに行っているらしくここにはいない。

 

「いや、2000回もぶった斬られたり、蜂の巣にされてるのに褒められても微妙ですからね?」

 

今の俺は射手としての基本的な練習に加えて、太刀川と出水を相手取る実戦経験もしているが、その訓練を初めて1週間の間に俺は軽く2000回は負けているだろう。

 

「正確に言うと、2130回だね」

 

あ、予想以上に多かったな。ボコボコにされてるって意味じゃ同じだけど。

 

「まあそれだけやったんなら嫌でも強くなるだろ?って訳で唯我」

 

「はい」

 

「今から個人ランク戦をやって来い。既に俺と出水によって反応速度の向上と反撃する為に必要なイメージの構築はある程度出来るようになってるだろうから、この辺りで今のお前の実力をしっかりと把握しておく必要がある」

 

太刀川はそんな指示を出してくる。言ってることに関しては一理ある。俺は今日まで太刀川と出水とだけしか戦闘(実際は蹂躙だけど)を行ってきた。

 

しかし実力差があり過ぎて殆ど勝っていない。それだけでは俺自身の実力を正確に把握するのは無理なので2人以外の人間と戦うのは正しい。

 

(つまり今日がある意味で唯我尊としてのデビュー戦みたいだな)

 

転生してから俺は派手にデビューする為、実力を隠すべく太刀川隊作戦室以外では一度も訓練していない。

 

しかし師匠の片割れからランク戦をしろとオーダーが出た以上、逆らうつもりはないので、他の隊員からしたら今日が俺のデビュー戦となる。

 

「わかりました。詳しいオーダーは?」

 

「そうだな……先ずは個人ポイント6000以下の相手5人と戦え。本数は任せるが最低5本は勝負しろ。一発勝負だとマグレ勝ちやマグレ負けって可能性もあるからな」

 

だろうな。実際、世の中にはマグレというのは結構ある。俺も何度か勝ち星を挙げたがアレは絶対マグレだし。

 

しかし複数回の勝負ならマグレの連続はそうそう起きないだろうし、正確な実力の把握に役立つだろう。

 

「わかりました」

 

「そんで5人中3人以上に勝ち越せたら、次は個人ポイント6000以上7000以下の相手5人に挑め。それで5人中3人以上に勝ち越せたら次は7000から8000の相手5人だが……まあそこに辿り着くのは難しいだろうな」

 

太刀川は軽く笑いながらそう言ってくる。つまり太刀川の見立てだと俺の実力は、個人ポイントが6000以上7000以下の人間より若干下って所なのだろう。

 

「わかりました。ちなみに負け越した場合は?」

 

「負け越したらワンランク下の相手に挑め」

 

つまり個人ポイント6000以上7000以下の人間5人に負け越したら、6000以下5人に挑む感じか。

 

「って感じだから行ってこい。俺は中間試験の勉強をしないといけないから後は任せた」

 

太刀川はそう言ってカバンからテキストとノートを取り出す。いやいや……稽古をつけてくれるのはありがたいが学業を優先しろや。もしも単位落としまくったら洒落にならないぞ。

 

「わかりました。それと国近先輩。トリガーセットの変更をしたいんですけど良いですか?」

 

俺はトリガーの組み合わせの研究を行う為、基本的に毎日トリガーセットを変えて色々試している。今日も初めて使用するトリガーセットだ。

 

しかし今から行うランク戦は現在の自分自身の実力確かめるもの。だからトリガーセットも今の自分にとって最善の組み合わせにするべきだろう。

 

「ほーい。シールド2つとバッグワームは残しとく?」

 

「お願いします」

 

国近が了承したのでトリガーを渡すと、国近は専用工具を使ってトリガーを開けて、メイントリガーにあるシールドとサブトリガーにあるシールドとバッグワームの3つのトリガーチップだけを残し、残りの5つのトリガーチップを外す。

 

 

 

「それで?必須トリガーの3つを除いて残り5つ、何を入れるのかね?」

 

「とりあえずメインに……と……と……を、サブに……と……をお願いします」

 

「ほ〜い。じゃあ……はい完成」

 

言うなり国近は専用工具を使ってトリガーを閉じて俺に渡してくる。

 

「ありがとうございます。それでは行ってきます」

 

「頑張ってね〜」

 

俺はそんな気の抜けた激励を受けながら、太刀川隊作戦室を出て近くにあるエレベーターに向かう。そしてボーダーから支給された小型端末を起動して個人ランク戦のステージがある場所を検索する。

 

唯我に転生してから今日まで太刀川隊作戦室以外、殆ど足を運んでおらず、それ故に個人ランク戦はやった事がないので場所を知らないのだ。

 

するとエレベーターがやって来たので端末に表示されている階のボタン押す。そしてエレベーターは動き出し、30秒もしないで到着する。

 

ドアが開くと目の前には個人ランク戦ラウンジが目に入る。それを確認した俺はエレベーターから出て、ラウンジに向かう。

 

すると方向から視線を感じ、ヒソヒソ話が生まれる。ヒソヒソ話をしている人間は多分俺、というか唯我尊の存在を認知している人間だろう。

 

(こうなることは予想していたが、いざヒソヒソ話をされると結構嫌な気分になるな……)

 

面倒だし、さっさとブースに入ってランク戦をするか。

 

そう思ってブースに入ろうとした時だった。

 

「ねぇ、ちょっと良いかな?」

 

いきなり声をかけられたので振り向くと、見覚えのない男がニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 

(誰だこいつ?俺の知る限りワールドトリガーにこんなキャラは居なかったし、まだ出てきてないキャラか?)

 

ワールドトリガーは割と好きな漫画だからキャラは覚えている。しかし見覚えのない顔って原作では出てきてないのだろう。胸元を見るとBー000と表示されている。確かこのマークは個人であり、チームを組んでない事を意味するんだったっけ?

 

まあそれは良いや。問題はこいつの態度。明らかに俺を見下した態度だ。多分俺を唯我尊であり、『コネで入隊した雑魚』とでも思っているのだろう。

 

とはいえシカトするわけにはいかない。この類の人間はシカトすると面倒だからな。

 

「何だ?」

 

「君だろ?入隊して直ぐに太刀川隊に入った唯我って?暇なら俺とランク戦をやらないかい?B級上がりたてとしてA級1位の実力を知りたいんだ」

 

嘘つけ。単に俺の存在が気に入らないから耳目のある場所でボコしたいんだろうが。バレバレだ。

 

(とはいえここで断ったら逃げたと思われて癪だし受けるか)

 

こいつは今B級上がりたてと言っていたし、多分個人ポイントは6000を下回っているだろう。

 

「……わかった。受けて立つ」

 

俺がそう言うと男は嘲笑を強くしながら頷く。

 

「ありがとう。胸を借りるつもりで戦わせて貰うよ」

 

男はそう言ってブースに向かうので俺もそれに続く。やれやれ、面倒なことになってきたな。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?あれって唯我君、だよね?」



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第7話

106ブースに入った俺はモニター近くにある席に座る。そしてモニターを見ると沢山の武器と個人ポイントが表示されていた。

 

(さっき俺に挑んできた男107ブースにいるから……弧月で個人ポイント5483か……)

 

太刀川のリクエストされた個人ポイント6000以下の人間だから問題ないな。

 

『それじゃあ始めようか。何本勝負を希望するのかな?』

 

するとモニターから男の声が聞こえてくる。そこには愉悦と悪意を感じる。大方早く俺をボコボコにしたいと考えている腹だろう。

 

(まあコネで入隊、それもA級入りなんてしたら不満の1つや2つを抱くのは当然か)

 

しかし俺も負けるわけにはいかない。俺としても叶えたい願いがあるからな。

 

「じゃあ10本で」

 

『OK。じゃあ始めようか。A級1位の力、楽しみにしているよ』

 

嘘つけ。口調からしてA級1位の力を楽しみにしているのではなく、コネで入っただけと思われている俺をボコすのを愉しみにしているのが丸わかりだっての。

 

まあ良い。俺は今出来る事をやるだけだ。こちとら遊んでいた訳じゃない。弱々しい身体を吐きながらも鍛え上げ、2000回以上斬られたり蜂の巣にされ……いかん、思い出しただけで吐き気がしてきた。

 

そんな事を考えていると俺はランク戦のブースから仮想空間へと転送される。目の前には先程挑んできた男がいる。そういや名前を聞いてなかったな。まあ終わってから聞けば良いか。

 

『対戦ステージ市街地A、個人ランク戦10本勝負、開始』

 

すると試合開始のアナウンスが流れ、同時に男は右手に弧月を顕現して、同時に斬りかかってくる。

 

それに対して俺は……

 

「ふっ」

 

当たる直前に横に跳んで袈裟斬りを回避する。すると返す刀で横薙ぎをしてくるので後ろに跳ぶ。

 

(良し……とりあえず見切れるな)

 

流石に1000回以上太刀川にぶった斬られたからか普通に見切れる。ぶっちゃけ遅過ぎる。

 

すると目の前にいる男の顔から嘲笑が消えて、苛立ちが現れる。大方『コネだけの雑魚が攻撃を避けられるはずが無い』とでも考えているのだろう。

 

「はあっ!」

 

そのまま弧月を振り下ろしてくる。対する俺は右に跳び右手にトリオンキューブを展開して……

 

「アステロイド」

 

分割しないでそのまま放つ。威力と弾速と射程の比率は4:4:2だ。この距離なら射程はそこまで重要じゃない。

 

「シールド!」

 

しかし向こうもB級だ。放った弾丸は男の生み出したシールドに防がれる。

 

(まあコイツの実力はわかった。実際勝てない事はない)

 

こいつのトリガーセットは知らないが生駒や辻みたいに弧月だけの純攻撃手なら問題なく勝ち越せる。太刀川に500回以上斬られたからか、こいつ程度の剣速なら余裕で見切れる。

 

が、倒すのには時間がかかりそうだ。向こうの攻撃を食らう事は油断しない限りないと思うが、普通にやる分だとこっちの攻撃を当てるのは難しい。そもそも弾丸トリガーは刃トリガーに比べて威力が低いのでタイマンだと勝つのが難しいからな。

 

普通にやったら一戦一戦に時間がかかる。沢山の人とやって実戦経験を積みたい俺からしたら余り時間はかけたくない。

 

だから俺はやり方を少し変える。

 

方針を決めた俺は奴の弧月による振り下ろしを回避して……

 

「メテオラ」

 

そのままメイントリガーのメテオラを起動して、分割せずに近くにある住宅地に放つ。すると住宅地は爆発して大量の瓦礫が広がる。

 

「はぁ?どこ狙ってんだよ?」

 

目の前にいる男は俺に嘲笑を浮かべているが、直ぐにその笑みを消してやるよ。

 

俺はそのままバックステップで男から距離取って……

 

「グラスホッパー」

 

グラスホッパーを4分割して近くに散らばっている瓦礫4つにぶつける。すると瓦礫は一直線に目の前の男に向かい……

 

「ぐっ、がっ、ぎっ、ごっ!」

 

そのまま顔面、右肩、鳩尾、左脛に当たり、男は地面に倒れる。これは原作で空閑遊真が使った戦法だが、予想以上に効果があるな。

 

瓦礫でトリオン体を破壊するのは無理だが、衝撃によって仰け反らせたりする事が可能だからそれを利用させて貰った。

 

すると男は身体を起こしてこちらを見てくる。彼の表情には嘲笑の色は消えて憤怒の色に染まっていた。

 

「てめぇ……調子に乗ってんじゃねぇよ!」

 

化けの皮が剥がれたようだ。男はそう叫びながらこちらに突っ込んでくるが、怒りによって冷静さを欠いている。

 

そしてそのまま袈裟斬りを放ってくるので俺は身を屈めて回避する。普通の状態での攻撃でも対処出来たのだ。冷静さを欠いて視野が狭まっている状態での攻撃を回避する事など朝飯前だ。

 

俺はそのまま男の腹に手を当てて……

 

「アステロイド」

 

ゼロ距離射撃で威力に特化したアステロイドを放ち、奴の腹に風穴を開ける。すると風穴からヒビが生まれ、そのまま全身に広がっていき、やがて男のトリオン体は爆散して空へ飛んで行った。

 

それを確認すると俺の身体は光に包まれてブースに戻る。

 

(先ずは一本。今の一本で奴は冷静さを欠いただろうし行けるな)

 

俺をコネだけの雑魚と、格下だと見下していた相手に攻撃を避けられまくり、瓦礫をぶつけられ、挙句に負けたのだ。普通の人間なら間違いなく冷静さを欠いているだろう。

 

そして冷静さを欠いているなら太刀筋も読みやすくなり、付け入る隙もデカくなるしこっちが有利だ。

 

仮に冷静さを取り戻したとしても問題ない。また瓦礫をぶつけたりして、冷静さを奪えば良い話だ。

 

そこまで考えていると再度仮想空間に転送される。正面には怒りを露わにしている獣がいた。やはり冷静さを欠いているな。

 

(さぁて、二本目もいただくか)

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

そう思いながら俺は向こうが突撃してくるのを見ながら笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分後……

 

いつもなら騒めきが存在する個人ランク戦ラウンジだが今は沈黙に包まれていた。その殆どはラウンジにある巨大モニターを注視している。

 

そこには……

 

唯我⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎

山田✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎

 

予想外の結果が表示されていた。

 

発端は20分前、突如現れた唯我尊の存在に彼を知っている人間は不愉快な気分となった。唯我尊の存在は悪い意味で有名だ。

 

何せ正式入隊日当日にA級1位である太刀川隊に新しく隊員が追加されたのだ。

 

A級1位に入った新人、当然ながら他の人は興味を持つが素性を調べればボーダーのスポンサーの息子。その上、戦闘記録が無いのだからコネで入隊したのは一目瞭然だ。

 

そんな彼に対して不満を抱くのは当然だ。殆どの人間は彼の事を悪く言うようになった。

 

そんな最中、突如個人ランク戦ラウンジに彼が現れたのだ。唯我を知っている人間からしたら不愉快な気分となったし、唯我に勝負を挑んだ山田を見た時は唯我がボコボコにされるのを見たいと思った人間も大勢いた。

 

しかし彼等の期待は大きく裏切られた。唯我は山田の一撃を悉く回避して、グラスホッパーを使って瓦礫を山田に飛ばしたりグラスホッパーを山田本人にぶつけて壁に叩きつけたりして隙を作らせて、弾丸トリガーで山田の頭や首、腹などに穴を開けている。

 

それが8連続も続いているのだ。試合を見ている面々はマグレと切り捨てる事が出来なかった。

 

そうこうしている間にも……

 

『山田、ダウン』

 

そんな機械音が流れて唯我の名前の横に9つ目の丸が、山田の名前の横に9つ目のバツマークが表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

(思ったよりも呆気ないな)

 

9本目が終わった俺は思わずため息を吐く。試合前は明らかに俺を見下していた癖に、こっちが少し嫌がらせをしたら猪のように単純な攻撃をしてくる。

 

その隙を突くのは容易く、故に勝つのも容易い。

 

(ラスト一本だが、負ける気はしねぇ。寧ろ負けたら出水に蜂の巣にされそうだ)

 

冷静さを欠いた人間に負けたら比喩表現抜きで出水から飛び蹴りを受けたり、蜂の巣にされるだろう。そんなのは絶対にゴメンだ。

 

そんな事を考えていると10回目の転送が行われ、ブースから仮想空間に移動する。目の前にいる山田は未だに憤怒を露わにしているが、冷静さを取り戻さないと勝てないのを理解してないのか?

 

(いや、多分見下していた人間に負けるのが許せないのだろう)

 

見下していた人間が何らかの形で自分を上回ると苛立つなんて事はザラにある。加えて山田は俺に恥をかかせようとしていたのであろう。その事から性格が悪い事は容易に想像できる。

 

そんな人間が一度も勝てないんだ。奴は既に理性を失っているだろう。

 

「クソッ!何故だ!何故俺がコネ以外何の取り柄もない奴に勝てないんだ!」

 

そう言ってこちらに突っ込んできて弧月を振るってくるが太刀筋は荒く、動きもわかりやすい。これならC級でも対処出来る奴がいるだろう。

 

確かに転生した直後は親のコネしかなかった。それについては認めるが……

 

(転生した後は文字通り死ぬ気で努力したんでな)

 

内心でそう呟きながら俺は山田の上段からの振り下ろしを回避して、そのままトリオンキューブを顕現する。

 

すると山田は顔と心臓部にシールドを展開するが……

 

「甘い、アステロイド」

 

俺は山田の急所を狙わずに弧月を持った腕を撃ち抜く。今までは急所しか狙わなかったから腕を狙うとは思いもしなかったのだろう。山田の両手は呆気なく地面に落ちる。

 

これで俺の勝ちは確定だ。弧月使いは両手を失うと何も出来ないからな。スコーピオンや弾丸トリガーを使えば勝ち目はあるが、あるなら今までの試合で使っている筈だ。

 

よってコイツは攻め手が無くなった事を意味する。

 

「そ、そんな……」

 

「悪いな。こちとら負けられないんでな」

 

漸く現状を把握したのか顔を青くしてシールドを解除した山田に俺は謝りながらアステロイドを展開して……

 

 

 

 

『10本勝負終了、勝者唯我尊』

 

そのまま山田の全身を穿った。

 

こうして俺は幸先の良いスタートを切った。




現在のステータス
PARAMETR
 
トリオン 5
攻撃 6
防御・援護 6
機動 7
技術 6
射程 3
指揮 3
特殊戦術 2
 
TOTAL 37
 
トリガーセット
 
主トリガー
アステロイド
シールド
グラスホッパー
バイパー
 
副トリガー
メテオラ
シールド
グラスホッパー
バッグワーム

 


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第8話

ワールドトリガー19巻発売とスクエアでの連載おめでとうございます。

とりあえず二言、

今後スクエアを買う事も視野に入れた

19巻に掲載されていたQ&Aを電車で読んだら噴き出してしまった。


「ふぅ……とりあえず一勝、っと……後4試合個人ポイント6000以下の奴と試合をやるのか」

 

最初のランク戦が終わってブースのベットに戻った俺はそう呟きながら身体を起こしてモニターを見る。

 

唯我⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎ 4162→4284

山田✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎ 5483→5361

 

ランク戦の結果と個人ポイントの変化が表示されていた。少しポイントが高い人間を完封すると100ちょっとポイントが貰えるのか。

 

(なるほどな。こりゃポイントを増やすのは大変だな)

 

まあ俺にとってはポイントは重要だ。原作にて暴力行為を行いポイント減点を食らった影浦のような存在は例外として、基本的に個人ポイントは自分の強さ、ボーダーにとっての価値を示すファクターの一つだ。増やしておいて損はない。

 

(さて、次の相手を探すか……の、前に喉が渇いたし何か買いに行こう)

 

よく考えたら太刀川隊作戦室でおやつを食べた際にも飲み物を飲んでなかったし。

 

そう思いながら俺はブースを出て自販機に向かう。同時に周囲から視線が集まるが、先程に比べて敵意は薄く苦々しい表情を浮かべている人間が多い。

 

大方コネでA級1位部隊に入った奴がボコボコにされるのを見て、馬鹿にする腹だったのだろうが、残念だったな。

 

(とりあえずこの調子で勝ち進めば『コネ以外取り柄のない雑魚』って評判は無くなるだろうな)

 

しかし『A級1位には相応しくない』って評価はされるだろうし、もっともっと修行して早い内に『太刀川隊の一員として相応しい』って評価を得るようにしないといけない。

 

(ここまで来たら全力でやる事は当然……だけど、転生するなら入隊前だったら良かったのに)

 

仮に入隊前に転生したなら俺は上層部にA級部隊に入れろなんて言わず、普通にA級を目指していただろう。

 

(ま、過ぎた事を言っても仕方ないし飲み物を「唯我君」この声は……)

 

自販機に到着して金を取り出そうとすると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので振り向くと……

 

「久しぶりね」

 

以前知り合った那須玲が綺麗な笑顔を浮かべて話しかけてくる。先程俺にランク戦を挑んできた奴と違って含むものを感じない美しい笑みに思わず息を呑んでしまう。

 

「お久しぶりです。那須さんもボーダーだったんですね」

 

とりあえず俺は那須がボーダーに在籍している事を知らない振りをする。最初から知っているように振る舞ったりしたらストーカー扱いされそうだし。

 

「ええ、唯我の名前に聞き覚えがあったけど唯我君もボーダー隊員だったんだね。さっきの試合を見たけど珍しい戦い方をしてたね」

 

那須は小さく笑いながら言ってくる。まあグラスホッパーを相手に踏ませたり、グラスホッパーで瓦礫を放ったり、離れた場所から攻撃するポジションである射手なのに近距離で攻撃したからな。

 

「まあ射手として変な戦い方ですよね」

 

「そうね。そういえば唯我君に2つ話があるのだけど良いかしら?」

 

那須が少しだけ躊躇いを見せる。それだけで質問してくる内容は把握した。

 

「何ですか?」

 

「さっきの戦いを見る限り、まだ荒削りだけど入隊して一月でここまで強くなったのは凄いと思う。きっと相当の努力をしたのよね?」

 

那須の言葉は疑問系だったが口調は断定していた。

 

「まあ否定はしません」

 

これについては自分でも相当努力をした自負がある。弱い身体を強くするべく筋トレやランニングをこなして、トリガーの使い方については徹底的にデータを見直し学習して、実戦経験を積む為にボーダー最強の攻撃手とボーダートップクラスの射手にしごかれたのだ。

 

「そんな君がコネを使って太刀川隊に入ったとは思えないのだけど……」

 

まあそうだよな。当然の質問だ。

 

しかしこちらからしたら実に答えにくい質問だ。なんせA級部隊に入れろと言ったのは俺ではなく、この身体の本来の持ち主である唯我尊なのだから。転生するならマジで入隊前に転生したかった。

 

「えーっとですね……その、お恥ずかしながら入隊する前の俺は金さえあれば何でも出来ると思ってたんですよ。だから華やかな活躍をしたくてA級に入れろと戯言を吐いたんです」

 

俺は事前に考えた答えをそのまま口にする。多分これなら疑われないだろう。

 

しかし俺は小心者だから仮に親のコネを持っていてもA級に入れろなんて城戸司令に言うのは無理だ。そう考えると原作の唯我尊はある意味で凄いと思う。

 

「だけど太刀川隊に入ってから思うように上手く行かなかった……ってところ?」

 

「はい。防衛任務も思うように行かず、華やか活躍どころか太刀川さん達に無様な姿を晒してしまいました。それでこのままだと駄目だと思い、一から鍛えて貰ったんです」

 

実際、転生してからの数日は防衛任務の際、トリオン兵にビビりまくって太刀川達には無様な姿を晒し、メチャクチャ恥ずかしかった。あの時の太刀川と出水の笑い顔は一生忘れないだろう。いつか強くなって勝ち越してやる。

 

閑話休題……

 

俺がそう口にすると納得したように頷く。

 

「なるほどね。まあ私としては話を聞く限り変わって良かったと思うよ」

 

「そうですか……それでもう一つの話はなんですか?」

 

一つは予想していた事だが、那須は二つ話があると言っていた。それについては全く予想できないのが本音だ。

 

「あ、うん。以前助けて貰った時、唯我君お礼は要らないって言ってたけど、やっぱり何かお礼をしたいの。何かして欲しい事とかある?」

 

貴女とイチャイチャしたいです。

 

冗談だ。いや、冗談ではないがここで願うつもりはない。いつかイチャイチャしたいのは否定しないが、出会ったばかりの人間にそんな要求は出来ない。

 

しかしそれを除いたらして欲しい事はない。戦闘技術を教わろうにも既に那須の上位互換の出水から教わっているし、金銭や欲しい物品を貰おうにも家が金持ちだから自分で手に入る。

 

よって今の俺にとって特にして欲しい事はないので無難にやり過ごそう。

 

「いえ。アレは人として当然の事をしただけですのでお礼は結構ですよ」

 

そもそも俺はあの時、那須だから助けたわけじゃない。苦しそうにしている人を発見して助けようとしたら那須と判明したのだ。幾ら煩悩に塗れた俺でも明らかに苦しそうにしている人が居たら見捨てるほど薄情な人間じゃない。

 

俺がそう言うと那須は難しい表情を浮かべる。大方後ろめたい気持ちがあるのだろう。……仕方ない。適当に落とし所を見出すか。

 

「じゃあこうしましょう。もしも俺が困っていたら相談に乗ってください」

 

今は別に要求する事がないので未来に助けを求める可能性がある事を伝えておく。すると那須はキョトンとした表情を浮かべるも、直ぐに笑顔を見せてくる。

 

「わかったわ。じゃあ唯我君が困ったら私の所に来て」

 

どうやら今の落とし所で問題はなさそうだ。良かった良かった。

 

「そうします。ところでここにいるって事は那須さんも個人ランク戦ですか?」

 

「ううん。もう直ぐ防衛任務があるから作戦室に向かおうとしたら唯我君が個人ランク戦のステージに向かうのが見えたから見学に来たの。だけどそろそろ時間だから行くわ」

 

良かった……どうやら俺とランク戦はしないようだ。現在の那須の個人ポイントは知らないが、原作の暴れっぷりを見るとまだ戦いたくない。戦うとしたらもう少し強くなってからにしたいのが本心だ。

 

「はい。防衛任務、頑張ってください」

 

「ありがとう。またね唯我君」

 

那須はそう言って笑いながら手を振ると背を向けて去って行った。美しいのは前世から知っていたが、笑顔も可愛らしいな。

 

(今のところ嫌われてはないし、良い印象を持たれてるな。もっと強くなってからランク戦という接点を作っておきたいな)

 

俺の目標としては大規模侵攻などで活躍したり、ボーダーの可愛い女子達にモテる事だ。その為には女子との接点も可能な限り増やしておきたい。

 

(と言っても国近のようにチームメイトや那須みたいな戦闘員はともかく、他所の隊のオペレーターとは接点を作るのが難しいんだよなぁ)

 

自分から接触したりしたら下心があると疑われる可能性もあるし。そうなると女子の情報網の規模からして他の女子にも疑われるだろう。

 

それだけは絶対に避けないといけないので、自分から接触するつもりはない。

 

(やっぱりオペレーターと渡りをつけるとするならその隊にいる同い年の隊員と接点を作るべきだな)

 

風間隊なら歌川と菊地原、嵐山隊なら時枝と佐鳥、三輪隊なら古寺、東隊なら奥寺と小荒井……

 

(なんだ、思ったより唯我尊と同い年の人間がいるじゃねぇか。これならオペレーターと接触出来るのも可能だな)

 

とりあえず接触方法については問題がなくなった。そうなると問題は……

 

(実力を付けて悪評を可能な限り取り除かないとな)

 

今の俺の評判は悪いし、実力を付けて箔をつける必要がある。その為にも太刀川から言われたオーダーをこなさないといけない。

 

そこまで考えた俺は自販機にてお茶を買って、そのままブースに戻る。

 

とりあえず言われた通り個人ポイント6000以下の人間と戦わないとな……

 

 



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第9話

『10本勝負終了、勝者唯我尊』

 

そんなアナウンスが流れるとブースのベッドに戻ったのでモニターを確認する。

 

唯我⚪︎⚪︎✖︎⚪︎⚪︎✖︎⚪︎⚪︎✖︎⚪︎ 4460→4531

松代✖︎✖︎⚪︎✖︎✖︎⚪︎✖︎✖︎⚪︎✖︎ 5293→5222

 

(今の試合で71ポイント入ったので4500を超えている。これで4連勝だし順調だな)

 

太刀川から出された指示は個人ポイント6000以下の相手5人と戦う事。その際に必ず5本以上勝負をして3人以上倒したら、個人ポイント6000以上7000以下の相手に5人と同じ形式で勝負しろと言われた。

 

そんで今の松代で4連勝した。ちなみに4戦は……

 

第1試合 VS山田(弧月)個人ポイント5483 10勝0敗

第2試合 VS宇都宮(ハウンド:突撃銃)個人ポイント5082 8勝2敗

第3試合 VS茂手木(スコーピオン)個人ポイント5683 6勝4敗

第4試合 VS松代(アステロイド:突撃銃)個人ポイント5293 7勝3敗

 

って感じだ。この結果から見ると俺の実力は個人ポイント6000、もしくは若干上って所だろう。そう考えると作戦室で太刀川が言ったように個人ポイント6000以上7000以下の相手に勝つのは結構厳しいな。

 

(まあ今は次の一戦を考えないと……って対戦希望が来てるじゃねぇか。10本勝負で弧月の5141……コイツで良いか)

 

それを確認した承認ボタンを押す。誰だか知らないが今まで5000以上のポイント持ち相手に勝ち越してきたので多分大丈夫だろう。

 

そんな事を考えていると俺はランク戦のブースから仮想空間へと転送される。目の前には先程挑んできた男がいる。そういや名前を聞いてなかったな。まあ終わってから聞けば良いか。

 

 

すると俺はランク戦のブースから仮想空間へと転送される。そして目の前には……

 

 

 

 

 

 

 

 

(む、村上鋼だと?!)

 

予想以上の大物がいた。

 

村上鋼、原作の時期だとNo.4攻撃手である男。弧月とレイガストの二刀流で原作でも空閑遊真相手に勝ち越していて、強化睡眠記憶というぶっ飛んだサイドエフェクトを持っていて、作中で玉狛第二にとって大きな障害となった男だ。

 

(そういやコイツ、この身体の本来の持ち主と同期だったな)

 

マジで面倒だな。前世でB級ランク戦を読んでいたら、村上強いと何度も思ったくらいだし、こりゃ負け……ん?

 

(待てよ。良く考えてみれば俺のランク戦デビューは今日だし、俺の動きは学習されてないんじゃね?)

 

村上鋼のサイドエフェクトの強化睡眠記憶は簡単に言うと学習能力が高いというサイドエフェクト。普通の人間は毎日勉強や訓練をする事で少しずつ経験を積むが、彼の場合一眠りするだけで100パーセント経験に反映出来るチート能力だ。

 

しかし俺は今日初めてランク戦をしたので、1時間前までは俺のデータは存在していない。彼が俺にランク戦を申し込む前に寝ていたなら俺の技を学習されているかもしれないが、今はお昼だし学習されてないだろう。

 

それならまだ勝ち目はある。一応初見殺しの技はある程度持っているし。

 

(とはいえ油断は出来ない。幾ら俺の技を知っていなくても奴は入隊してから相当学習してるだろうし)

 

なんせ俺ーーーというか唯我尊や彼が入隊して1ヶ月経過している。それはつまり最低30回彼のサイドエフェクトが発動している事を意味している。それだけ発動しているなら基礎技術も高いだろう。

 

 

そこまで考えていると……

 

『対戦ステージ市街地A、個人ランク戦10本勝負、開始』

 

試合開始の合図のアナウンスが流れる。同時に村上は右手に弧月、左手にレイガストを構えて、即座に距離を詰めてくる。この速さ……未来のNo.4攻撃手だけあって入隊して1ヶ月とは思えない。

 

が、こっちは太刀川相手に1000回以上ボコボコにされたので見切れない速さじゃない。

 

俺は弧月による袈裟斬りを身を屈めることで回避して右手にアステロイドを顕現して分割しないでぶっ放す。狙いは村上の足だ。頭や首を狙ってもレイガストで防がれるのはオチだ。

 

しかし彼は俺がぶっ放した直後にレイガストの面積を広くしてアステロイドを防ぎ……

 

「スラスター、起動」

 

冷静な声と共にレイガスト専用のオプショントリガーであるスラスターを起動して俺をぶっ飛ばす。シールドモードによるスラスターなのでトリオン体にダメージはないが俺の身体は近くにある壁に叩きつけられる。

 

すると村上はレイガストを前方に構えながらこちらに突っ込んでくる。普通の状態なら見切れる速さだが体勢を崩しているからかその速さは尋常じゃないように感じる。

 

だから俺は回避するのではなく、奴を近寄らせない戦法を取る。

 

「グラスホッパー!」

 

俺はそう呟きながら、俺と村上の間に大量に分割したグラスホッパーを設置する。すると村上は動きを緩める。それを確認した俺は間髪入れずにメテオラを起動して爆発の規模を最優先して分割しないてぶっ放す。

 

すると俺と村上の間にて爆発が生じるので、グラスホッパーを起動して住宅地の屋根の上に飛んで爆風に向けてアステロイドを威力と弾速を重視して放つ。

 

すると暫くして爆風の中から村上が出てくる。見れば無傷。その事から当てずっぽうで放った弾丸は外れたか防がれたのだろう。

 

(しっかし……原作を読んでいた時から思っていたが強いな……)

 

離れて射撃をしても簡単に防がれたり避けされるだろうし、近寄って弧月を振るってきた際にカウンター射撃をしようとしてもさっきのようにレイガストで防がれてスラスターによって吹っ飛ばれる可能性もある。

 

というかレイガストが不人気って信じられねぇ。普通に便利じゃねぇか。硬いし、スラスターを使えば相手の体勢を崩せるし、攻撃力が弧月やスコーピオンに劣っているのは事実だが人気がないのは解せぬ。

 

閑話休題……

 

しかしマジでどう攻めようか?

 

さっきはグラスホッパーとメテオラを使って逃げれたが、向こうもいずれ慣れて対応してくるだろう。特に後日に戦う時とかはサイドエフェクトの恩恵で完封されてもおかしくない。

 

(やはりレイガストをどうにかして引き剥がさないとな)

 

アレを引き剥がさない限りこっちに勝ち目はないだろう。レイガストが壊れるまで弾丸を叩き込むのも考えたが、原作で熊谷がそれをやって返り討ちに遭ったから余りやりたくない。というか向こうが一回破棄して新しいレイガストを作ったら意味ないし。

 

そうなるとやるべき事は一つ。距離を詰めてレイガストを奪う。

 

方針を決めた俺はグラスホッパーを起動して村上との距離を詰めながらメテオラを放つ。対する村上はレイガストを掲げてメテオラを防ぎながらカウンターの構えを見せる。

 

勝負は一瞬、油断したら負けは確実。俺は村上との距離を3メートル以内になった瞬間にグラスホッパーの使用をやめて走りながら右手にアステロイドを顕現して放つ。狙いはぶち抜けば勝ちを意味する箇所である頭だ。

 

すると村上はレイガストを上げて全て防ぐ。レイガストにはヒビ一つ生じなかったが予想の範囲内だ。

 

俺は村上との距離を更に詰めて足払いをかける。勿論武器を使った訳ではないので村上の足を吹き飛ばすのは無理だが、それだけで十分だ。

 

その隙に俺は右手にアステロイドを顕現して、レイガストを持つ村上の左手に向ける。片腕さえ落とせればこっちが有利になる。

 

しかし……

 

「アステロイド!」

 

「スラスター、起動」

 

俺がアステロイドを放つ瞬間、村上は体勢を崩しながらも再度スラスターを使用する。その結果、村上の左手を落とせたが再度レイガストによって吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。体勢を崩しながらも冷静に反撃するとは予想外過ぎるわ。どうやらこいつはサイドエフェクト抜きでもポテンシャルが高いようだ。

 

しかしここで追撃を受けたら負けるし、諦めるつもりはない。俺はレイガストを払いのけながら、こちらに向かって走ってくる村上と同じように走り、彼との距離を詰めにかかる。

 

片手を落としてレイガストは使えなくなってもシールドは使えるから中距離から火力で押す戦法は効果が薄いだろうし、近距離で多角的な攻めで仕留める……

 

だから俺は村上の上段斬りを回避して、アステロイドを起動する。すると向こうはアステロイドの間近にシールドを顕現するので、アステロイドを消して再度足払いを仕掛ける。

 

しかし向こう先程食らったばかりだからかバックステップをして回避する。だからと言って簡単に回避するとは……対応が早い。

 

内心舌打ちしていると村上は再度距離を詰めて弧月を振るってくる。ただし俺の足払いやカウンターを警戒してからか大振りによる一撃ではなく、小振りによる連撃をしてくる。

 

俺は今まで太刀川と何百と模擬戦をしてきたが、太刀川は大振りによる高威力の一撃が多かった。まあ実力差があり過ぎて小細工をするまでも無かったのだろうけど。

 

まあそれはともかく小振りによる連撃については殆ど受けた事がないので避けにくい。一応頭や首や心臓は守っているが腕や腹に弧月が掠ってトリオンが少しだが漏れでる。

 

そしてこっちが弾丸を撃とうとしたらトリオンキューブの間近にシールドを顕現してくる。これじゃあアステロイドは防がれるし、メテオラは撃ったらこっちが爆発してしまうから撃てない。このままだとジリ貧になって負けてしまう

 

……仕方ない。今はとりあえず我慢だ。

 

そこまで考えた俺はメイントリガーのシールドを前方に展開して弧月を防ぐ。すると村上は即座に弧月を引いて違う方向から振るってくるので今度はサブトリガーのシールドを展開してそれを防ぐ。

 

俺が弧月による攻撃を2回防いだからか村上は一瞬だけ眉を顰めるも直ぐに何度も斬りかかってくるので同じようにメインとサブのシールドで身体を守る。

 

それによってシールドが割れて俺の身体に弧月が掠る事もあるが、直ぐにバックステップで距離を取りながら新しいシールドを展開する。

 

すると村上は距離を詰めて再度連撃をしてくるのでまだ防御を続ける。

 

(耐えろ。相手が苛立つまでは我慢だ……)

 

我慢は好きじゃないが無理に攻めたら負けに繋がる。一応グラスホッパーを使えば他にも攻め手はあるが、それだけで戦う訳にはいかない。

 

ランク戦の本質はポイントを増やす事ではなく、あくまで実戦経験の中で自分を鍛える事だ。今ここで安易な戦術に逃げたら成長は出来ない。我慢と捌きを覚える為、更に成長する為にも今から方針を変えるつもりはない。

 

 

そう思いながら俺はシールドを何度も展開し続ける。

 

それから暫くどのくらい村上の攻撃を捌いたかはわからなくなってきた時だった。

 

(来た!)

 

遂に村上もしびれを切らしたようだ。いつもより弧月を大きく振りかぶる。

 

「ふっ!」

 

そして大きな一撃を振るってきてそれによって展開したシールドは2枚とも破壊されるが……

 

「それを待ってたんだよ……!」

 

次の瞬間、俺は身を屈めて袈裟斬りを回避すると地を這うように村上との距離を詰めて、村上の腹に手を当てて……

 

「アステロイド」

 

そのまま村上の腹に風穴を開ける。すると風穴からヒビが生まれ、そのまま全身に広がっていき、やがて村上のトリオン体は爆散して空へ飛んで行った。

 

同時に俺の身体は光に包まれてブースに戻る。

 

(とりあえず一勝だが、今までで一番疲れたな)

 

しかもかなりギリギリだったし。こんな試合が後9戦あると考えると頭が痛くなってくる。

 

でも試合を放棄したら第三者からの評価が下がるし頑張るか……

 

内心ため息を吐いていると身体が光に包まれて仮想空間に転送される。同時に正面には村上が現れるがさっきまでと特に表情に変化はない。

 

それがまた厄介だ。今まで戦ってきた連中は俺に負けると次の試合で大小差はあれど必ず冷静さを失っていたし。しかし村上を見る限り冷静さを保っている。これは崩すのが難しそうだ。

 

そう思いながら俺は右手にアステロイドを顕現しながら策を練るのだった。



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第10話

「さぁて……最近は唯我の練習に付き合ってご無沙汰になっていたランク戦をやるか」

 

ボーダーの廊下の一角にて、A級1位太刀川隊の出水公平は一人で廊下を歩きながらそう呟く。先程まで三輪隊の三輪秀次と米屋陽介の2人過ごしていたが、2人が防衛任務に向かったので1人となっていた。

 

その為暇になったので久しぶりに個人ランク戦が出来るC級ランク戦ラウンジに向かうと……

 

「ん?なんかいつもと空気が違うな」

 

ラウンジに入る直前にいつもと空気が違う事を察する。そしてラウンジに入ると、ラウンジにいる全員が巨大モニターを見ているのでそちらに視線を向けると、最近お荷物から卒業しかけている自分の隊の後輩が映っていた。

 

「おっ、唯我の奴遂に個人ランク戦デビューか。相手は村上……確か今期のスカウトで入隊した人だったな」

 

モニターには唯我と村上が互いのトリガーを駆使して戦っている光景を表示していた。2人の戦いはまさに一進一退の攻防であった。

 

 

唯我⚪︎⚪︎✖︎✖︎✖︎⚪︎⚪︎✖︎⚪︎

村上✖︎✖︎⚪︎⚪︎⚪︎✖︎✖︎⚪︎✖︎

 

(10本勝負で、今はラスト。ここまでの戦績は5ー4だからほぼ互角だな)

 

出水は試合を確認しながら自分の端末を操作して唯我の戦績を確認する。

 

(これまでに4試合やってB級下位レベルの相手4人に勝ち越し……今の唯我の実力は中級一歩手前ってところか)

 

端末で唯我の戦績を確認した出水は改めてモニターを見ると、唯我の右足は無くなっていて全身に切り傷が付いていて、村上の方は左手がボロボロになっていて使用不可な上に脇腹に穴が開いているなど、既に誰の目から見ても決着は目前だった。

 

(唯我のあの脚じゃ村上の攻撃はマトモに回避出来ない。対して村上は脇腹からトリオンが漏れまくっていて少ししたらトリオン体は破壊されるな)

 

長引けば唯我の勝ちである以上、村上が唯我に勝つには早めに仕留めないといけない。

 

それはモニターに映る村上も理解しているようで、大きく踏み込みながら唯我との距離を詰める。すると唯我は村上との距離が5メートルを切ると同時に村上の足元にグラスホッパーを設置して踏ませる。

 

分割してないグラスホッパーはそのまま村上を地表30メートル以上まで吹っ飛ばす。

 

同時に唯我は両手にトリオンキューブを生み出したかと思えばそれらを合わせ始める。つまり……

 

「実戦で合成弾を試すって腹か!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こいつで仕留める……)

 

俺は上空に飛ばした村上を見ながらメイントリガーのバイパーとサブトリガーのメテオラを合わせ始める。

 

以前出水から教えて貰った合成弾を初めて実戦で使用する算段だ。出水からやり方を教えて貰って以降、毎日仮装戦闘モードで練習していたので最初は30秒以上かかった合成も今では10秒で出来るようになった。

 

しかし村上を仕留められるかと言われたら微妙だ。村上が空中で体勢を立て直してから落下して俺を仕留めるのにかかる時間も10秒くらいだと推測出来る

 

ただ勝つだけならグラスホッパーで距離を取って離れた場所から射撃をすれば勝てるだろう。

 

しかしそのやり方はしない。ランク戦でも逃げの戦法を使ったら逃げ癖がついてしまう可能性があるし、逃げたら腰抜け扱いされて評価が下がるのは間違いない。

 

ボーダーの可愛い女子と仲良くなりたい俺としては評価を下げるのだけは見逃せない。タダでさえコネで入隊した事が理由で評判は良くないのだから。

 

そこまで考えてながら合成弾を製作していると空へ吹っ飛んだ村上が空中で体勢を立て直してこちらに落下してくる。弧月の切っ先はこちらに向けられている。

 

(落ち着け……揺らいだら合成弾の製作に支障が出る)

 

合成弾の不発で敗北とはマジで笑えない。てか出水にしばかれそうだ。

 

そう思いながらも俺は失敗することなく合成弾を完成させる。対する村上も弧月を構える。

 

そして……

 

「変化炸裂弾!」

 

「旋空弧月」

 

俺が放った変化炸裂弾は村上を囲むように放たれた後に爆発して、村上の弧月は射程が伸びて俺を真っ二つにする。

 

その結果俺と村上の身体は光に包まれて……

 

『10本勝負終了、勝者唯我尊』

 

そんなアナウンスが流れると同時にランク戦ブースのベッドに倒れこむ。9本目で俺が5ー4でリードしていたので最後の1本は俺が取ったのだろう。でなきゃ引き分けだし。

 

そう思いながら身体を起こしてモニターを見ると……

 

 

唯我⚪︎⚪︎✖︎✖︎✖︎⚪︎⚪︎✖︎⚪︎△ 4531→4571

村上✖︎✖︎⚪︎⚪︎⚪︎✖︎✖︎⚪︎✖︎△ 5141→5101

 

どうやら最後は引き分けだったようだ。

 

(5勝4敗1分……一応勝ったが余り喜べないな……)

 

何せ持っているカードを殆ど注ぎ込んでギリギリだったのだ。加えて村上には強化睡眠記憶のサイドエフェクトがあるので、奴が家に帰って寝たら俺の使ったカードは全て学習される。多分明日戦ったら良くて2ー8、下手したら完敗する可能性は充分にあり得る。

 

(まあどうこう言っても仕方ない。一応次に当たる時に備えて新しいカードを用意しておこう)

 

でないと今後村上に勝つのは難しいだろう。てか原作を読んでいた頃から思ったが、太刀川を始めとした村上が勝ち越せない攻撃手4人って化物だろ?

 

(ともあれ個人ポイント6000以下の5人と戦って勝ち越せって太刀川のオーダーは達成出来たし、次は6000以上7000以下の相手か……).

 

俺は今日までずっと太刀川隊作戦室で鍛錬していたので現在他の隊員がどれくらい個人ポイントを持ってるかはそこまで詳しくないが、入隊の時期を考えるとそれなりにいるだろう。

 

俺は次の挑戦者を探すべくモニターを見るも……ダメだ。6000以上7000以下の人間がいない。6000以下と7000以上は何人かいるが俺が探し求めている人間は1人も居なかった。

 

仕方ない、とりあえず休むか。ぶっちゃけ肉体的な疲れはなくても精神的な疲れはあるし。特に最後の村上との戦いは一戦あたり5分近く戦った。それも集中しながら10戦、1時間弱も戦ったのだ。

 

その前にも4人と戦ったので多分2時間以上個人ランク戦をやったから休みたい。とりあえず飯を食って仮眠室で休もう。

 

俺は方針を決めたのでブースを出て食堂に向かおうとする。と、同時に横から何か飛来してくる気配を感じたのでキャッチすると缶コーヒーだった。

 

「よう唯我。お疲れさん」

 

横を見ればお茶を持った出水がこちらに歩いてくる。

 

「どうも出水先輩」

 

「ああ。そんでやって来たらお前がモニターに映っていた。今日がお前のデビュー戦だったけどどうだった?緊張したか?」

 

「どうって……太刀川さんと出水先輩に何千回もボコボコにされたんでぶっちゃけ全然緊張しなかったですね」

 

何せNo.1攻撃手とボーダー屈指の射手の2人にしごかれたのだ。最後の村上との戦いはともかく、それ以外では特に緊張はしなかった。

 

「だろうな。しっかしお前、さっきまでお前の試合や戦闘記録を見たけど近距離でも射撃戦って、本当に射手らしくない戦闘スタイルだよなー」

 

出水はカラカラと笑うが事実だから怒らない。普通銃手や射手は離れた場所から射撃をするポジションだが俺の場合、近距離でもガンガン射撃をする射手と、最早原作の唯我尊と比べて完全な別人と化した。

 

「否定はしません。ですが二宮さんも俺と同じで近距離で射撃戦をやってるじゃないですか」

 

「いやいや。二宮さんの近距離での射撃戦は圧倒的なトリオンで相手を寄らせずに封殺するやり方で、お前の相手の攻撃を捌いて隙を突くやり方とは全然違うからな?」

 

ですよねー。自分で言っといて違うと思った。俺は二宮みたいにトリオン量は多くないから敵を封殺するやり方は使えない。よって射撃戦をするとしたら、離れた場所から射撃で戦局をコントロールするやり方と近距離で敵の攻撃を捌き隙が出来たら射撃をするやり方だ。

 

勿論前者も大切なやり方なのでマスターするつもりだが、太刀川との数え切れない近接戦をやったお陰で後者についても開花してしまったので、今のスタイルを捨てるつもりはない。

 

「まあそうですね。そういえば出水先輩もランク戦ですか?」

 

「まあな。お前はブースから出てきたってことは飯か?」

 

「はい。2時間近くランク戦をやったんで」

 

「それなら飯を食っといた方が良いな。食い終わったら反省会するから作戦室に来いよ〜」

 

「了解しました。宜しくお願いします」

 

俺は出水に一礼してから個人ランク戦のラウンジを後にして食堂に向かう。頭に浮かぶのはさっきまで行った5試合。

 

最後の村上戦はギリギリだったが、B級下位クラスの隊員には全員勝ち越せた。

 

その事から俺の実力は『B級下位の隊員の中では上位』または『B級中位の隊員の中では下位』ぐらいだろう。可能なら早いうちに諏訪や堤や笹森、荒船や那須や熊谷、照屋のように原作でB級中位に在籍している面々とも戦ってみたいものだ。

 

そいつらと互角もしくは勝ち越せたら、ボーダー内部における唯我尊の評価も比較的マシになるだろうし。

 

(まっ、思ったよりもランク戦は楽しかったし、今は楽しませて貰うか)

 

折角毎日ブラック企業で働くキツい生活から逃げれたんだしな。

 

そう思いながら俺は起こりうる未来に夢を馳せながら食堂に向かうのだった。

 

 

 



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第11話

食堂に着いた俺は券売機に向かう。見ればカレーやラーメンを筆頭に如何にも会社の食堂に置いてあるようなメニューが表記されていた。

 

(BBFでは食堂の人気メニューについても書いてあったが何が人気なんだっけ?)

 

BBFは何度も読んだが、そこまで細かいことは覚えていない。もう少し読み込んどけば良かったな。

 

(仕方ない。シンプルにカレーにしとくか。ぶっちゃけ凄く腹が減っているから何でも良いし)

 

俺は券売機に金を入れてカレー大盛のボタンを押す。するとチケットが出てきたのでそれを持ってカウンターに向かう。俺は今日まで太刀川隊の作戦室以外には行っていなかったので食堂も初めてだが、前世にて働いていた会社の食堂に似ていたので特に問題ない。

 

そしてカレーを受け取った俺は食堂の隅にある席に座って食べ始める。うん、前世でよく食べた社員食堂の味がするな。

 

妙に懐かしい気分になりながらカレーを食べている時だった。

 

「悪いんだけどさ、相席良いかな?」

 

いきなりそんなことを言われた。相席だと?既に時計は1時を回っているので食堂は割と空いている。わざわざ俺と相席なんてする必要はないのに。

 

疑問に思いながら顔を上げて、相席を提案した奴の顔を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

「じ、迅悠一……!」

 

まさかのS級隊員である迅がいた。予想以上の大物に絶句していると迅は人を食った笑みを浮かべながら頷く。

 

「うんそう。俺は実力派エリートの迅悠一、よろしく」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

「うん。それでさ、ちょっと相席しても良いかな?」

 

ニコニコと笑いながらそんな事を言ってくるが返答に窮してしまう。

 

正直に言うと迅とは余り関わりたくない。原作でも飄々と掴み所のない人間だったのはハッキリ覚えている。

 

前世にてワールドトリガーのファンとして迅はカッコいいと思うが、転生した俺の立場からしたら余り、というかメチャクチャ関わりたくない。多分俺に相席を頼んだのも何かしらの意図があるのは容易に推測出来るし。

 

しかし明確に拒否するのも立場的に気が引ける。何せ向こうはボーダーの中でも最重要な存在なのだから。一応今の俺は入隊したばかりのひよっ子だから拒絶するのは難しい。

 

(仕方ない。了承はするが速攻で食べて逃げよう)

 

そうするしかない。迅には急用があると言って逃げれば良いし、周りにいる第三者が咎めてきたら『S級隊員と飯を食うのは恐れ多い』って言い訳すれば良いか。

 

「どうぞ」

 

「ありがとね」

 

迅は笑いながら礼を言って俺の向かい側に座ってラーメンを食べ始める。様子を見る限り、今の所特におかしいところはないが、コミックス4巻で迅は意味のない事はしないって嵐山が言っていたから俺と相席したのにも意味がある筈だ。

 

そんな事を考えながらも俺は残っているカレーを一気に食べるべくスプーンを「そういえばさ」取ろうとしたら目の前にいる迅が話しかけてくる。

 

「な、何ですか?」

 

一応この世界では俺は迅の後輩なのでシカトする事は出来ない。周りに人が結構居る中でシカトなんてしたら評判が下がるだろうし。

 

え?元々下がってるから大丈夫だって?馬鹿野郎!これ以上下がったら上げるのが難しいじゃねぇか。

 

閑話休題……

 

俺が若干警戒している中、迅の口が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「率直に言うけどさ……君、唯我じゃないだろ?」

 

いきなりの不意打ちだった。迅の顔を見ればさっきまで浮かべていた人を食った笑みは消えていて、真剣な表情を浮かべていた。

 

「……何を言っているんですか?俺は唯我尊ですよ」

 

自分で言うのもアレかもしれないが、ここで動揺を表に出さなかった俺は凄いと思う。迅に見抜かれたかはわからないが、多分顔に動揺を出してないと思う。

 

「身体はね。でも中身は違うでしょ」

 

迅は断言する。確信を持った口調は俺に息を呑ませる。そんな態度を出したら自白しているようなものだと理解しても、誤魔化すことが出来ない。

 

「……」

 

「沈黙は肯定とするよ。それで君は誰なんだい?ボーダーの敵?」

 

なるほどな……それが目的で俺に近寄ってきたのか。

 

しかし敵かどうか判断が難しい。俺は別に近界民ーーーアフトクラトルやガロプラの連中に情報を売って三門市に危害を加えるつもりはない。こっちの世界にやって来た近界民やトリオン兵を排除する考えに異論はない。

 

しかし味方だと断言するのは難しい。別にボーダーと敵対するつもりはないが、唯我尊の肉体で強くなったり、ボーダーの女子を狙っているなど原作改変を行おうとしている。それがボーダーにとって良い方向に向かうかは判断出来ない。

 

よって返答に窮していると迅は苦笑いを浮かべる。

 

「おいおい。味方か敵か答えるのに悩むのか?」

 

しまった。考え事をし過ぎた。下手したら疑われるな。

 

「すみません。ただ一つ言うなら……俺は街に被害を与えるつもりはありません。これについては嘘ではないです」

 

俺が暴れて街に打撃を与えた所で即座に取り押さえられるのがオチだし、何だかんだ防衛任務をやっている内に仕事に誇りを持つようになったし。

 

俺がそう言うと迅は納得したように頷く。

 

「だろうね。まあ本人の口から聞けて良かったよ」

 

「そうですか……というか余り疑ってないんですね」

 

俺が迅の立場ならもっと疑っている自信がある。

 

「うん、元々君が街に危害を与えないって俺のサイドエフェクトが言っていたしね」

 

出た。迅の名台詞。原作を読んだ時もインパクトが強かったなぁ……

 

「ただ気になるのは、どうして精神が変わったの?もしかして二重人格?」

 

「いえ、二重人格ではないです。それと理由についてはいつか話すので今追求するのは勘弁してください。」

 

ぶっちゃけ自分の正体については余り話したくないし、上手く話せる自信がない。何せ俺は転生者だ。

 

俺が『仕事をしていたら、いつのまにかワールドトリガーって漫画に出てくる唯我尊に転生した』なんて言っても絶対に信じてもらえないだろう。嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ空閑がいるならともかく。

 

「良いよ。ただ君の力が必要になる時は必ず来る。その時には力を貸して欲しい」

 

俺の力が必要になる時……つまり原作で起こるイベントだと思う。まあ原作ではラッドによるイレギュラー門だの空閑の入隊だの第二次大規模侵攻などにおいて、原作知識は役立つだろう。

 

「……わかりました。その時になったら協力します」

 

俺としてもこの世界に転生した以上、しっかりと働くつもりだ。その為に迅に協力するのは吝かではない。

 

俺が了承すると迅は満足したように頷く。

 

「ありがとね。いや〜、良かった良かった。一応断られる未来もあったから不安だったよ」

 

え?俺が断る未来もあったんだ。俺の中では断るって選択肢は無かった……もしかして無意識のうちに断るって選択肢を作っていたのか?

 

「そうですか。ちなみに何で俺が唯我尊の精神でないと見抜いたんですか?」

 

太刀川隊のメンバーには何度も何度も『お前は本当に唯我か?』って質問は何回もされたが、ここまで断言したのは迅が始めてだ。未来視のサイドエフェクトがあっても精神の鑑定は出来ない筈だ。

 

だから俺は思わず見抜いた理由を尋ねてしまう。

 

「ん?それはな、確定していた未来が変わったからだよ」

 

確定していた未来が変わった?どういう事だ?

 

俺が頭に疑問符を浮かべていると迅が口を開ける。

 

「俺のサイドエフェクトは少し先の未来を見るんだけど、確定しているような未来は年単位先まで見れるんだ。それで入隊した直後に唯我尊の未来を見た時は何年経っても太刀川隊のお荷物扱いされている未来だったんだよ。だけど……」

 

迅は水を飲む事で一旦区切り、コップにある水を飲み干すと再度口を開ける。

 

「さっきランク戦をしている君を見た時、お荷物ではなく太刀川隊のメンバーとして活躍している未来が見えた。未来は少しの事で幾らでも変わるけど、確定していた未来が変わった事は初めて見た」

 

「なるほど……確定した未来が変わる理由があるとしたら、唯我尊の肉体に宿る精神が変わったからって思ったんですね?」

 

「うん。今の君は上層部から聞いてきた話と全く違うしね。それで俺は二重人格だと思ったんだけど、二重人格って考えは違うんだよね?」

 

「違います」

 

二重人格というより輪廻転生だろう。前世も人間道だったけど。

 

「なるほどね〜。あ、それと連絡先を交換しとこうぜ。もしも困った事があったらこの実力派エリートが力になる」

 

カレーを食べるのを再開すると迅はポケットから携帯を取り出して俺に渡してくるので、俺もポケットから携帯を取り出してそのまま連絡先を交換する。

 

正直に言うと迅とは余り関わりたくないが、状況によってはこの男の助けが必要になる可能性があるからな。加えてここで拒否したら敵愾心があると疑われてしまうし。

 

「じゃあ俺はもう行くけど。話に付き合ってくれてありがとね」

 

迅はそう言ってから空になったラーメンの容器を持って立ち上がって去って行く。いつの間に食べ終わったんだ?俺の方が先に食べていたというのに……

 

(いつかバレるかもしれないとは思っていたが、予想よりも遥かに早かったな……)

 

まあバレちまったものは仕方ない。それに迅の様子を見る限り俺の正体を知ったからってどうこうするようには見えなかったし。

 

 

(原作改変……どうなるかはわからないが、まあ何とかなるだろう……多分)

 

ヤバくなったら迅が忠告するだろうしな、うん。

 

そんな事を考えながら俺はカレーを食べるのを再開したが、若干冷めていて、迅の話を聞きながらも食べるべきだったと後悔したのだった。

 

 



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第12話

「うーん……お前の戦闘スタイル、何度見ても変だな」

 

太刀川隊作戦室にて、巨大モニターに映る俺の戦闘記録を見た出水がそう呟く。随分な言い方だが、事実だから否定しない。

 

昼飯を食べた後、俺は今個人ランク戦の記録を見直して反省会をしている。出水は反省会に付き合ってくれている。

 

モニターに映る俺は敵の振るってくる弧月を近距離で回避するだけじゃなくて、アステロイドを弧月に放って敵の手からはたき落としたり、シールドを使って真剣白刃取りをしたりと、中距離から戦局をコントロールする射手とはかけ離れた戦い方をしてるくらいだし。

 

「まあ否定はしません。しかし既にこのやり方が身体に染み込んでしまったんで今更スタイルを捨てるって無理ですよ」

 

「あー……まああれだけボコボコにされたなら……」

 

出水が苦笑いする。俺の戦闘スタイルは太刀川隊の2人(特に太刀川)によってボコボコにされた際に身につけたのだ。俺は太刀川と模擬戦をしたら距離を取って射撃をしようとする前に寄られてぶった斬られまくった。

 

俺は何千回もぶった斬られる中、『距離を取れないなら近距離で剣を受け流した方が良くね?』って発想になり、結果攻撃手の間合いで射撃をする異常な戦闘スタイルを手に入れてしまった。

 

しかしそのスタイルは異常であっても実戦ではそこそこ役に立っている。射手は多角的な攻撃が出来るのが特徴だが、近距離でそれをやると敵に攻撃を当てやすいし何だかんだ攻撃手相手に勝ち星を挙げている。

 

しかし……

 

「また戦闘スタイルについてはこれで良いですよ。それよりも問題はスコーピオン使いと戦う時の対策ですね」

 

1番の問題はそれだ。弧月による攻撃は相手の手を見れば見切れるが、身体の何処からでも出せるスコーピオンはそうはいかない。

 

過去にスコーピオン使いとは何度かやり合ったが、腕だけでなく足とか腹からスコーピオンを出してきてシールドだけでは捌くのが難しいのだ。

 

「まあな。いっそレイガストとか入れてみたらどうだ?レイガストで相手の攻撃を防御して、射手特有の多角的な攻撃で削るって意外と行けるんじゃね?」

 

レイガストを使った射手……完全に三雲修のスタイルじゃねぇか!

 

確かにレイガストのウザさは村上で経験済みだ。既に何度か戦ったが村上の防御を崩すのはクソ難しいし、逆にスラスターを利用したシールドバッシュはこっちの動きを簡単に崩してくる。あの技術を身につければ間違いなく大きな力になるだろう。

 

加えて那須隊の熊谷が那須を守るように、中距離戦に強い出水を守る手段としては悪くないし。

 

しかしなぁ……原作主人公のスタイルを真似して大丈夫……いや、三雲修は最終的にスパイダーを利用して空閑を援護するスタイルになった。白兵戦を好む俺とはスタイルが違うし大丈夫か?

 

「(とりあえず試してみるか)そうですね。試してみます」

 

俺がそう言うと出水は目を丸くして驚きを露わにする。

 

「えっ?冗談で言ったんだけど、マジで?」

 

まあ普通レイガストで攻撃を捌きながら射撃をする射手なんて珍しいからな。

 

「折角なんで」

 

元々前世でワールドトリガーを読んでいた時は全てのトリガーを使いたいって考えていたからな。折角だし使ってみたい。ついでは今は使うつもりはないが、マスタークラスになったら狙撃トリガーにも触れてみるつもりだ。

 

「まあお前が良いなら好きにすれば良いけどよ……で?どれを抜くんだ?」

 

出水がテーブルの上にあるトリガーを指差しながら聞いてくる。問題はそこだ。

 

現在の俺のトリガー構成は……

 

主トリガー

アステロイド

シールド

グラスホッパー

バイパー

 

副トリガー

メテオラ

シールド

グラスホッパー

バッグワーム

 

って感じになっている。そんで今はレイガストとスラスターを入れたいから2つ抜かないといけない。

 

(どうするべきだ。原作の三雲のようにシールドを1つだけにしとくか?)

 

ボーダーの正隊員の大半はメインとサブの2つにシールドを入れている。しかし8つしかトリガーを入れられない以上、防御重視のレイガストの為にシールドを抜くのも1つだろう。

 

(実際俺は三雲程じゃないがトリオンは多くないし、無理にシールドを2つ入れなくても良いかもな……うん、そうしよう。シールドを1つ抜くか)

 

そうなると抜くとしたらサブトリガーのシールドとグラスホッパーだな。グラスホッパーは一応逃走用や機動戦に備えて用意したが、余りメインとサブ両方のグラスホッパーを同時に使わないし。

 

それとバイパーも抜こう。シールドだけで捌きながらのバイパーでも結構難しいのだ。初めて使うレイガストとスラスターによる捌きをしながらバイパーは無理だろう。

 

「決めました。メイントリガーのバイパー、サブトリガーのシールドとグラスホッパーを抜いて、メインにハウンド、サブにレイガストとスラスターを入れます」

 

「なるほどな。まあ妥当じゃね」

 

「そうですね。欲を言うならトリガースロットを増やして欲しいですが」

 

玉狛支部の木崎レイジのトリガースロットの数は他の隊員と違って8個ではなく14個もある。俺からしたらそれは凄く羨ましく思う。

 

そんな事を考えながら俺は国近のオペレーターデスクに備え付けられた椅子に座ってパソコンを起動する。

 

そしてトリガーを専用工具で開きパソコンと接続する。やり方は既に国近から習っている。俺の場合、色々な戦闘スタイルを模索していたのでトリガーセットもしょっちゅう変えている。故に毎回国近に任せるのは悪いと思い、やり方を身につけたのだ。

 

「これで良し、っと」

 

ちゃんとトリガーがセット出来たかを確認するべくパソコンを見ると……

 

 

唯我尊

A級1位太刀川隊

 

主トリガー

アステロイド

シールド

グラスホッパー

ハウンド

 

副トリガー

メテオラ

レイガスト

スラスター

バッグワーム

 

個人ポイント

アステロイド 5384

ハウンド 3615

メテオラ 4382

レイガスト 3000

 

良し、ちゃんとレイガストが入ってるな。これで問題なく練習が出来る。

 

「入れられたか?んじゃ個人ランク戦行くぞ」

 

出水が立ち上がりながらそう言ってくる。作戦室でも訓練は出来るが、出水は仮装訓練フィールドの作り方を知らないし、俺は訓練する人間だから仮装訓練フィールドを作れないから個人ランク戦で経験を積むのは間違っていない。

 

「了解しました」

 

俺は頷き出水に続く形で立ち上がり作戦室を後にする。そして廊下を歩き、エレベーターに乗ると携帯が鳴り出したので見ると……

 

(おっ、那須からメールじゃん)

 

思わず喜びの感情が生まれる。この前個人ランク戦をした際に連絡先を交換したが、実際にメールが来ると嬉しく思う。

 

(なになに……明後日の夕方から那須隊の防衛任務なんだけど、くまちゃんが急用が入ってお休みだから時間があるなら手伝って欲しいだと?)

 

俺は即座にスケジュールを確認するが予定はない。その日は丸一日オフだから余裕だ。

 

ならば引き受けよう。出来るだけ多くボーダー女子と関わりたいし。

 

(熊谷が居ないのは残念だが仕方ない。とりあえず那須と日浦との接点を増やそう。志岐については男性恐怖症だから無理か?)

 

まあその辺りは明後日に会ってから決めよう。そう判断した俺は那須に了承の返事を送ろうと決心した時、出水が携帯を覗き込んでくる。

 

「おっ、お前いつのまに那須ちゃんと知り合ったんだ?やるじゃねぇか」

 

ニヤニヤ笑いながらヘッドロックをかけられる。しまった……那須からのメールの嬉しさの余り失念していた。

 

「い、以前道で苦しんでいた時に家まで送ったんです。それと偶にランク戦をするだけです」

 

以前に2回お茶を飲んだ事はあるがそれは絶対に口にしない。したら出水の口から同い年の連中に広まり、果てはボーダー全体に広がる恐れがあるからな。

 

「何だ。てっきり友達以上恋人未満くらいと思ったぜ」

 

「そんなわけないですからね。とりあえず送信、っと」

 

俺が了解の返事を送信すると同時に個人ランク戦が出来る階に到着するので、エレベーターから降りる。そして真っ直ぐ進むと最近になって毎日通っている場所に到着する。

 

「んじゃ俺は見てるから行ってこい。最初はスコーピオン使いとか?」

 

「もしくは個人ポイント5000以下の奴ですかね」

 

出水にそう返しながら俺はブースに入る。そして椅子に腰掛けてモニターを見るが……

 

(ダメだ。モニターに表示されているスコーピオン使いとは戦えねぇ……)

 

一応スコーピオン使いがいる事はモニターにてわかるが、相手が悪過ぎる。何せ2人とも10000超えだし。

 

(てかこれ風間と影浦だろ?迅はS級だからランク戦に出てないし)

 

風間と影浦は原作でもトップクラスの攻撃手2人だ。今の俺じゃなすすべなく負けるだろう。仕方ないから個人ポイント5000以下の相手を……ん?

 

そこまで考えていると対戦希望が来た。

 

(相手はアステロイドで5014……まあこいつでいいか)

 

14ポイント程度なら誤差の範囲だし。モニターを見ると5本勝負を希望しているので俺は了承ボタンを押す。

 

同時に俺はランク戦のブースから仮想空間へと転送される。そして目の前には……

 

 

 

 

 

 

 

 

『対戦ステージ市街地A、個人ランク戦5本勝負、開始』

 

(げっ……木虎かよ)

 

原作で作者公認の高飛車優等生である木虎藍がいた。

 

向こうも俺に気付いて鋭い目を向けてくるが面倒な予感しかしねぇ……

 



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第13話

「正直言って意外でした。貴方はA級に入るだけで個人ランク戦は興味ないと思ってました」

 

目の前にいる女ーーー木虎藍は鋭い目を向けながら開口一番にそんな事を言ってくる。そこには若干の皮肉と敵意を感じる。

 

まあ木虎の気持ちはわからんでもない。同期の人が親のコネを使い、碌に努力もしないでA級に入ったならソイツを不愉快に思っても仕方ない。

 

しかしそれは俺ではなく俺が転生する前の唯我尊がやった事だから、俺からしたら筋違いでしかない。

 

「別にどうでも良いだろ。それよりもさっさと始めようぜ。もう試合は始まってるし」

 

「そうですね……試合になると良いのですが」

 

木虎を見ると勝ちを確信しているのが丸分かりだ。まあ俺は今日がデビュー戦だからな。

 

「へいへい。さっさと来い」

 

言いながら俺はサブトリガーのレイガストを起動してシールドモードにする。手には思った以上の重量を感じる。

 

(なるほどな……確かにこれは攻撃手に人気は出ないわ)

 

レイガストはかなり重く大きいので素人が振ると隙がデカくなるし、攻めるんだったらスコーピオンや弧月の方が隙が少ないだろう。

 

レイガストを使うから木崎レイジみたいに極限まで小さくして殴るスタイルにするか、村上みたいに敵の崩しに使った方が良いだろう。

 

俺がレイガストを持って構えを見せると、木虎は右手にハンドガンを顕現して放ってくる。対する俺はレイガストでそれを防ぐもそれと同時に木虎は地面を蹴ってこちらに詰め寄ってくる。

 

俺は迎撃するべくメイントリガーのアステロイドを起動して3×3×3の計27分割して放つ。威力と弾速と射程の比は40:50:10だ。向こうが近づいてくる以上、射程はそこまで必要ない。

 

すると木虎は弾が当たる直前に地面を強く蹴ったかと思えば壁に飛んで俺のアステロイドを回避する。そして壁を横走りして俺との距離を詰めにかかる。

 

そしてガンガン撃ってくるのでレイガストとシールドを使って全て防ぐが、俺が木虎に向けて射撃をしようとすると直ぐに俺の死角に入ろうとする動きを見せてくる。

 

ハッキリ言ってウザ過ぎる。明らかに俺に対して封殺しようとしているのが丸分かりだ。これを何とかしないと勝ち目はないだろう。

 

そこまで考えた俺はレイガストを上に掲げてシールドの形を変化してテントのように俺の身体を覆う。そしてアステロイドを起動していつでも放てるようにする。さぁ、早くスコーピオンでレイガストをぶっ壊せ。そんで壊れた瞬間に威力重視のアステロイドを叩き込んでやる。

 

そう思いながら俺はカウンター狙いで木虎が攻め込むのを待つも、木虎はハンドガンを撃つだけでスコーピオンを振るってくる気配を見せない。

 

おかしいぞ。何故スコーピオンを使ってこない。ハンドガンの威力じゃシールドモードのレイガストを壊すのは大変だというのがわからない訳でもあるまい……あ、思い出した。

 

(そういや木虎ってB級に上がった頃は銃手だったけどトリオンが少なくて苦労していたんだったな)

 

俺は前世で得た知識を思い出して納得する。木虎は俺、というか唯我尊の同期だから入隊して1ヶ月程度。今はまだスコーピオンを使わず銃手でもおかしくないな。

 

まあそれは今どうでも良いか。今は木虎に勝つ事が重要なのだから。

 

俺はそう思いながらテント状のレイガストの天井部分に穴を開けてメイントリガーにセットしてあるハウンドを威力重視に加えて自動追尾で放つ。

 

するとハウンドは穴から外へ出たかと思えば、そのまま木虎に向かって降り注ぐ。それを見た木虎は攻撃を止めてハンドガンを消したかと思えばシールドを2枚展開、つまり両防御をする。

 

それによってハウンドがシールドにぶつかって1枚が割れる。幾ら威力重視で放ったとはいえ。威力そのものがそこまで高くない弾トリガーによる攻撃でシールドが割れる……その事から入隊当初の木虎は本当にトリオンが低かったことを理解する。

 

しかし容赦はしない。俺自身も強くならないといけない以上、手は抜けない。加えて手を抜いたりしたら出水から飛び蹴りを食らいそうだし。アレは痛いからな。

 

そう思いながら俺はレイガストをテント状の形から普通のシールドモードに戻して……

 

「スラスター、ON」

 

スラスターを起動しながら手を離す。同時にスラスターは木虎に向かって一直線に飛んで行き、そのまま壁に叩きつける。

 

(おっ、実際にやると便利だなこれ)

 

さっき村上と戦った時にやられた技だが、やられる立場からしたらウザい事この上ないが、やる立場からすれば凄く便利に思う。今回はお試しでレイガストをトリガーに入れてみたが正式に入れることも検討しよう。

 

そんな事を考えながら前を見ると壁に叩きつけられた木虎がレイガストを振り払ったのを確認したので瞬時にレイガストを消して、メイントリガーのアステロイドとサブトリガーのメテオラを顕現して……

 

(出水直伝、両攻撃を食らえや)

 

射手の師匠である出水が好む両攻撃を威力重視でぶっ放す。木虎はレイガストを振り払ったばかりで隙だらけだった故に、そのまま爆散した。

 

同時に仮想空間からランク戦ブースに戻される。思ったよりも上手く動けたし、次からもガンガン行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『木虎ダウン』

 

機械音声が個人ランク戦ステージに鳴り響く。

 

「おーおー、唯我の奴気合入ってんなー」

 

モニターを見る出水は面白そうに笑いながらジュースを飲む。モニターでは木虎を蜂の巣にする唯我が映されていた。

 

そしてその下のモニターには……

 

唯我⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎

木虎✖︎✖︎✖︎✖︎

 

ランク戦の結果が表示されている。5本勝負であるので唯我の勝ちは確定している。

 

(しかし木虎の戦い方はどうにもなぁ……トリオンが少ないのは仕方ないが、今のやり方じゃ限界が来るぞ)

 

普通射手や銃手はトリオンに余裕がある人間がやるポジションだ。

 

唯我もトリオンは高くないが彼の場合、射手としてオーソドックスな戦い方以外に近接戦による捌きを取り入れるなど独特な戦い方をして、未熟ながらも頭角を現しつつある。

 

一方の木虎は速い動きと正確な射撃によりハンドガン型トリガーを使う銃手としては理想な動きを見せている。

 

しかし銃手はトリオン量の差が戦闘力の差に直結しやすいポジションだ。トリオンの低い木虎が銃手らしい戦術を使っても防御重視の唯我を崩すのは厳しい。

 

「ラスト一本か。さて、どうなるやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スラスター 、ON」

 

そう呟きながらスラスターを起動してシールドモードのレイガストを投げつけて、一拍おいて自動追尾に設定したハウンドをぶっ放す。

 

それによって……

 

「くっ……!」

 

木虎の右足がハウンドによって掠り削られる。レイガストとハウンドによる時間差攻撃。面積の広いシールドモードのレイガストに当たれば体勢を崩し隙が出来て、避けれたとしても自動追尾するハウンドが襲いかかる。

 

前者で決まれば隙が出来るので両攻撃出来るし、レイガストを避けた場合時間差のタイミング次第では咄嗟のシールド展開も難しくなる。

 

今回は偶然だが、時間差のタイミングが良かったので木虎の機動力を奪えた。木虎の武器は正確な射撃技術と高い機動力。右足を負傷した今、木虎の力は文字通り半減した。

 

(これで終わりだな。後は離れた場所でハウンドとメテオラを使って誘導炸裂弾を作りぶっ放せば俺の勝利は確実……いや、折角だしアレを試してみるか)

 

俺は戦意を失っていない木虎の銃撃をシールドで防ぎながら新しくレイガストを作り上げる。但しシールドモードではなくブレードモードにして。

 

俺がやりたいのはレイガストとスラスター による投擲。原作で三雲修がキューブになった雨取千佳をラービットから守る為にやったアレだ。トリオン量の少ない三雲のレイガストですら、ラービットの首に大きな一撃を当てたのだ。

 

刃トリガーの強度や斬れ味はトリオン量に左右される。そんで俺が憑依している唯我尊のトリオン量は三雲の2.5倍。その事から相当な一撃になるだろう。

 

(てかもしも雨取千佳のトリオンで作ったレイガストを投擲したらヤバくねぇか?)

 

多分自殺を趣味とする世界最強の生物にもダメージを与えられると思う。

 

そう思いながらも俺は距離をとって木虎の射程外に出てからレイガストを構える。

 

「スラスター、ON」

 

そして俺はそう呟いてレイガストを投擲する。放たれたレイガストは風切り音を鳴らしながら流星のような速度で飛んで行き……木虎の横を掠め、背後にある住宅地を貫いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

木虎は無言で背後の住宅地と俺を見比べる。そんな目で俺を見ないで欲しい。まさか狙いを定めるのがあんなに難しいとは思わなかったんだよ!

 

(そう考えると原作の三雲は凄いな。とりあえず今後に備えて練習しよう)

 

狙いは外れたが、レイガストの投擲による一撃の威力が高いのは間違いない。練習を重ねて当てれるようになったら立派な武器になるだろう。

 

……まあ、今はランク戦の最中だし木虎を倒す事を最優先にしよう。

 

そう考えていると再起動した木虎がこちらに向かって近寄ってくるので、俺はメインのアステロイドとサブのメテオラを起動する。レイガストによる投擲はある程度慣れるまで封印しよう。

 

 

 

 

そして俺達は互いの弾丸を撃ち合ったが、木虎は既に片足を失っている上にトリオン量が少ないので俺は木虎の攻撃を全て防ぎ、少しずつ削って勝利したのだった。

 

 

 



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第14話

お久しぶりです。

諸事情で2年も執筆出来ませんでした。

現在もコロナの所為で都合が悪く不定期更新となりますが、よろしくお願いします


「ふぅ……」

 

5本勝負が終わりブースに戻りモニターをチェックする。

 

唯我⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎4571→4646

木虎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎5014→4939

 

5000までもうちょっとか……まあ頑張るか。

 

するとモニターから通信が入る。モニターにはブースの番号と、その下に『スコーピオン 4939』と表示されていた。ポイント量から察するに木虎なのは間違いない。

 

木虎の性格は原作からしてスルーすると面倒な予感がプンプンするので通信を繋げる。

 

「何の用だ?」

 

『唯我先輩。貴方に何があったんですか?』

 

「何だよ?まさかとは思うがイカサマをしたとでも思ってんのか?だとしたら心外だ」

 

俺の精神と肉体はマッチしてないが、強くなる為に努力をしたのでイカサマ呼ばわりされるのは看過出来ない。そもそもランク戦にイカサマがあるとは思えないし、仮にあったとしてもランク戦のシステムがイカサマを防ぐだろう。

 

『いえ。イカサマをしたとは思ってません。ですが……入隊式初日の唯我先輩とはまるで別人でしたので』

 

やっぱりその話をしてくるか。俺としては勘弁して欲しい。その時俺はまだ前世にいたのだから。

 

「大した事じゃない。ボーダーに入って、金だけじゃどうにもならない事を学んだだけだ」

 

今まで聞いてきた人に対して答えたように返事をする。これを言えば大抵の人が信じてくれるからな。

 

『そうですか。ところで時間に余裕はありますか?』

 

「ん?あるけどどうかしたか?」

 

『ではもう5本お願いします』

 

しまった。木虎って物凄い負けず嫌いだったな。

 

案の定直ぐに対戦申請がくる。スルーするのは簡単だが、スルーした後の対処は難しいので申請を受諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

その後もう1回完封勝利したら、物凄い悔しそうに「また明日も勝負を受けて貰います」と言って去って行くが、アレは完全に目を付けられたな。

 

出水がゲラゲラ笑う中、モテモテになりたいがああいうタイプのモテ方は勘弁して欲しいものだなとため息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「あー、疲れた……」

 

ため息を吐きながら帰路についている。アレから色々な隊員とランク戦をやった結果、思いのほかレイガストが便利だったのでレイガストを使う射手になることにした。

 

トリガースタイルは三雲修と同じだが、三雲よりもトリオン量はあるので戦闘スタイルは三雲と違うようになるだろう。実際明日からレイガストを投擲する技の練習をするつもりだし。

 

(他にも置き玉とかも勉強する必要があるな。このままいけばマスタークラスにはなれるが、それ以上の進展はない)

 

手の甲を見れば5172と表記されている。今日は5000から6000までのポイントを持つ隊員と戦って8割以上の勝率をキープ出来た。

 

太刀川と出水のしごきにより今の俺の実力はマスタークラス一歩手前くらいだと思う。

 

これならマスタークラスにはなれるだろうし、太刀川隊のお荷物と呼ばれることは無くなるだろう。

 

しかし戦力と思われないといけない。俺の目標は華やかな活躍をして、ボーダーの可愛い女子にモテたい事だからな。

 

(とりあえず改めて強い隊員の記録を見ないとな)

 

前世でワールドトリガーを読んだ範囲はアフトクラトルの近界民のヒュースの入隊が認められた所までで、コミックスも16巻まで買っているが、B級上位の中でも生駒隊、弓場隊、王子隊の戦闘は読んでない。

 

今までは自分を磨く事に専念していたが、他のチームの戦闘を見直してみるのも1つだ。

 

よって俺は自宅に戻り、部屋に入ってからタブレットで記録を見直し始めるが……

 

(やはり原作より1年以上前だけあって隊の構成も違うな)

 

前世での愛読書であるBBFに載っていた情報と違う箇所が多々ある。

 

BBFだと弓場隊の構成が弓場拓磨、帯島ユカリ、外岡一斗、藤丸のので4人構成だった。

 

しかしパソコンに載っている記録だと帯島ユカリと外岡一斗の名前はなく、王子一彰、蔵内和紀、神田忠臣の名前が書かれている。

 

王子一彰と蔵内和紀はBBFだと王子隊のメンバーで、神田忠臣って名前は初めて見る。

 

大方原作が始まるまでの1年ちょいの間に何かがあってチームを抜けたのだろう。しかし今は戦闘記録を見る事が重要だ。

 

俺は改めて今のB級の記録を見始めるが、直ぐに絶句してしまう。

 

生駒隊隊長の生駒達人の40メートル近く伸びる斬撃に、弓場隊隊長の弓場拓磨のリボルバー拳銃による圧倒的な銃撃はハッキリ言って凄過ぎる。

 

これでB級って……原作で修達、遠征部隊に入るの無理だろ?いや、マジで。

 

(まあ漫画だから遠征部隊に入るとは思うけど……ともあれこれは参考にならん)

 

今見た技は本人らの努力の厚みが感じる。俺が模倣しても武器として使えるまで当分時間がかかるし、彼らの劣化版が関の山だ。

 

(やはりボーダーに良い意味で唯我尊の名を刻むには、自分だけの技、スタイルを身に付けるべき)

 

俺はタブレットの電源を切り、ベッドに寝転がる。しかし頭の中にこれまでの戦いを思い浮かべ、誰にも真似出来ない戦い方を模索し始める。

 

しかし色々な戦い方を思い付いても今の俺じゃ、上手く実行出来るイメージが湧かない。

 

(やっぱ1番重要なのは基礎だ。基礎を積み重ねて実力を上げてから改めて考えよう)

 

俺はそのまま目を瞑り、夕食の時間になるまで睡眠を取り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「……と、いうわけで暫くは射手の練習を重視していきたいんですが、これまでの基礎練以外にも小技を教えて欲しいのですが」

 

太刀川隊作戦室にて出水にそう頼み込む。一方の出水はどら焼きをもぐもぐしながら返事をする。

 

「良いんじゃね?でも昨日見せたレイガストの投擲は使わないのか?トリオン量が高くないお前にはうってつけと思うが」

 

「練習はしますが、暫くランク戦では使わないようにします。必殺技も重要ですが、必殺技だけに頼るのダメだと思いましたから」

 

「そうだよね〜。格闘ゲームでも小技で相手を崩してから必殺技を打つのは定石だよ〜」

 

出水の横でどら焼きを食べながら、自分で作ったゲームのメモを確認する国近が同意する。というか宿題をしなくて良いのか?後で鈴鳴支部の今に怒られるぞ?

 

「ま、そういう事なら良いぜ。柚宇さん、おやつタイムが終わったら訓練室の準備を頼みます」

 

「ほ〜い。とりあえず目標は2週間後のランク戦までにマスタークラス相手に戦えるようにね〜」

 

「京介の穴埋めをしろとまでは言わねーけど、速攻で落ちるなよ?」

 

のんびりした口調で中々の目標を言ってくるな……まあ頑張るけど。

 

というか京介って烏丸京介だよな?確か原作では烏丸って本部から玉狛に移籍したって書いてあったけど、本部に居た頃は太刀川隊だったのかよ?最盛期の太刀川隊ヤバくね?

 

「ちなみに対戦チームってどこですか?」

 

 

疑問に思ったので聞いてみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二宮隊と風間隊だな」

 

オワタ



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第15話

「あー、嫌だ嫌だ。マジでサボりたい」

 

A級ランク戦当日、俺は食堂にて頭を抱えながら昼食を食べている。頭の中に浮かぶのは今日の対戦相手の二宮隊と風間隊だ。

 

試合前には記録を見直したが、マジで憂鬱だ。風間隊の正確な連携や二宮の圧倒的トリオンを利用した両攻撃には勝てる未来が見えない。

 

加えて二宮隊狙撃手の鳩原未来もヤバい。原作で人が撃てないから武器破壊で戦っていると書いてあったが、数百メートル離れた相手の武器を破壊していたし、ある意味二宮よりもぶっ飛んでいる。

 

加えて他のメンバーもA級の名に恥じない動きをして、全員俺よりも上であるのは間違いない。

 

まあ二宮や風間以外のメンバーなら、勝つ事は難しくても足止めは出来るだろうし頑張るしかない。

 

「憂鬱だ……まあ頑張らないとな」

 

再度ため息を吐いて米を食べようとした時だった。

 

「あ、唯我君もお昼ご飯?」

 

話しかけられたので顔を上げるとお盆を持った那須がこっちにやってくる。

 

「こんにちは。ランク戦前の昼食ですね」

 

「そうなんだ、相席していいかな?」

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

以前倒れている所を助けたからか、那須は特に偏見的な目で俺を見る事なく、向かい側に座る。

 

「唯我君は初めてのチームランク戦だけど、頑張ってね」

 

「そうですね。いきなり精鋭チームと相手をするなんて……正直言って過去に戻ってA級チームに入れろと言った自分を殴り飛ばしたいです」

 

実際にワールドトリガーの世界に入って、唯我尊に憑依して以降、劣等感が物凄い。よく原作の唯我は1年以上も太刀川隊に居座れたものだ。

 

(いっそ俺もマスタークラスになったら独立してみるか……いや、原作を改変しまくるのはマズいか?)

 

問題はそこだ。俺が独立する事で大規模侵攻とかで良い影響が出るならまだしも、悪影響になったら胃が死ぬぞ。

 

「確かに唯我君の立場からしたらそう思うね。実際今はまだ厳しいかもしれない。けど唯我君が頑張ってるのは知ってるし、いつか太刀川隊の役に立てるよ」

 

対する那須は小さく微笑むがマジで美し過ぎる。ボーダー内にファンクラブが出来るのも当然だな。

 

「優しいですね」

 

「ううん。唯我君の方が優しいよ。見ず知らずの私の為に、車を呼んで家まで送ってくれたんだし」

 

ヤバい、原作よりも数段可愛い。こりゃ情けないところは見せたくないな。

 

「ありがとうございます」

 

礼を言ってから食事を再開するが、那須と他愛のない雑談をしている内に緊張が少しだけ解れていくのを自覚出来る。

 

そして10分くらいして食べ終えると集合時間20分を切ったので、俺は立ち上がり食器などを片付けるべく立ち上がると、那須も立ち上がりお盆を持とうとするが、そのタイミングでそこそこ強い地震が起こる。

 

「きゃっ……!」

 

目の前の那須は身体が弱いからか、バランスを崩して倒れかけるので慌てて支える。

 

「っと……大丈夫ですか?」

 

支えると那須の身体がどれだけ華奢なのかわかる。BBFでは唯我より低いとはわかっていたが、予想以上だ。

 

「あ、うん……ありがとう」

 

なんか妙に恥ずかしそうにしていると思ったが、俺の右手が那須の肩に置かれ、左手が那須の腰に回されていた。これじゃあまるで俺が抱き寄せているように見えなくもない。

 

「し、失礼しました」

 

密着状態により伝わってくる女子特有の香りや、両手に伝わる柔らかさにドキドキしながらも、長時間こうしているのは悪いので慌てて離れる。

 

「ううん。ちょっと驚いただけで、別に怒ってないわ」

 

そう言ってくれて安心だ。万が一ここで「キモ、死んで」なんて言われたらメンタルが崩壊しているだろう。

 

「以後気をつけます。では失礼します」

 

「うん。試合、頑張ってね」

 

最後にそう言われたので一礼して、早足で食器などを片付けて太刀川隊の隊室に向かう。

 

そしてエレベーターに乗ると……

 

「「あ」」

 

木虎が来た。俺が木虎を認識するとジト目で見てくる。

 

「もうすぐランク戦ですが、みっともない姿を晒さないでくださいね」

 

相変わらず可愛くない女だな。

 

「そうだな。俺がみっともない姿を晒したら、俺に負けまくってるお前の立場がないよな」

 

ピキリと木虎の額に青筋が浮かぶ。

 

「いつまでも上にいると思わないでください。近い内に私が唯我先輩に勝ち越しますから」

 

どんだけ負けず嫌いなんだコイツは……

 

「へいへい。ま、油断なんて微塵もしないがな」

 

何せ1年後にはA級部隊のエースをしているんだ。ウカウカしていたら簡単に抜かされるだろう。

 

と、ここでエレベーターが止まって太刀川隊の隊室がある階に到着したのでエレベーターから降りる。

 

「……精々頑張ってください」

 

木虎はそう言ってエレベーターのドアを閉める……本当に可愛くない奴。

 

ため息を吐いてから廊下を歩き、手洗いを済ませてから太刀川隊の隊室に入る。

 

「お待たせしました……何ですかその眼差し?」

 

部屋に入ると太刀川も出水も国近もニヤニヤ笑いを浮かべている。なんかやらかしたか?まさかズボンのチャック……いや、トリオン体だしチャックは開いてないだろう。

 

「いやいや。昨日まで緊張しまくってた癖に、随分と滾ってるみたいだな」

 

太刀川がそう言ったのを皮切りに、3人が携帯を突きつけてくる。

 

なんとそこにはさっきの俺……那須を抱き支えている写真が表示されていた。

 

「やるじゃねぇか、ある意味見直したぜ」

 

「大胆だね〜」

 

出水と国近も茶化してくる。それはもう楽しそうに。

 

「い、いやこれ地震が原因で那須先輩が倒れそうだったからですよ。というか誰から貰ったんですか?」

 

3人が見せてきた写真は全部俺が那須を抱き支えている写真だが、全部違うアングルから撮影されている。

 

「さっき加古が大学1年グループのLINEで送ってきた」

 

「槍バカが高1グループで送ってきた」

 

「栞ちゃんがオペレーターグループで送ってきたよ〜」

 

さ、最悪だ。要はあらゆる方向で広がってるって事じゃねぇか。木虎あたりバレたら絶対に冷たい目で見られそうだ。

 

冷や汗をダラダラ流していると、作戦室のモニターに転送開始10前、選択MAP市街地Bと表示される。

 

市街地B……確か原作だと東隊が玉狛と影浦隊と二宮隊相手に使用したMAPだったな。詳しい内容は覚えてないが場所によっては射線が通り難いMAPだ。今回の選択権は風間隊にあるが、近接特化の風間隊なら当然だろう。

 

しかし腑に落ちない点がある。

 

「実況解説はないのか?」

 

始まる前には実況と解説の挨拶や選んだステージの説明があるはずだ。

 

「実況解説?何言ってんだお前?」

 

思わずの呟きに出水が訝しげに見てくる。

 

(しまった……この時にはまだランク戦実況解説システムは無かったのか)

 

慌てて言い訳を考えようとするが、その前に国近が口を開ける。

 

「あ〜、それね。まだ実現は先みたいだよ」

 

「ん?国近知ってんのか?」

 

太刀川が不思議そうに国近に聞く。

 

「うん。中央オペレーターに武富桜子って新米オペレーターがいるんだけど、上層部とエンジニアに実況システムをプレゼンしてるんだよ」

 

「へ〜、そんなシステムを考える奴がいるのか。じゃあ唯我は噂を聞いた所か?」

 

出水が納得したようにこっちを見てくるので、内心安堵しながら頷く。

 

「はい。以前廊下で実況解説がって話してるのを聞きました」

 

「なるほどな。確かに東さんの解説なんか絶対に勉強になるだろうな」

 

太刀川は頷くが、アンタは将来東さんの解説を聞きたくと女子中学生に突撃するからな。

 

「まあ当分先の話は後にして最終ミーティングをするが、唯我。二宮隊と風間隊のデータには目を通してるな」

 

「はい」

 

「今のお前じゃ二宮と風間さんには瞬殺されるだろう。他の連中には勝つのは厳しくても足止めは出来るだろうから、真っ先に邂逅した相手を足止めしろ。それだけで楽になる」

 

「了解」

 

悔しいが太刀川の言ってる事は事実だし、風間と二宮以外のメンバーの足止めに尽力するしかない。

 

「それと鳩原を見つけたら、そっちを優先しろ。人が撃てない以上、負ける事はないからな」

 

「はい」

 

二宮隊狙撃手、鳩原未来は原作でトリガーを民間人に横流しにしてから近界に行った人で、人が撃てないから武器破壊でチームに貢献している。

 

二宮隊で厄介な女だが、人が撃てないので一度捕捉できたら負ける事はない。

 

とはいえ向こうもわかっているのでフォローをしてくるだろうから注意が必要だ。

 

頭の中で色々考えていると転送数十秒前となったので出水の横に立ち、待機すると光に包まれて気がついた時には町の中心部にある空き地にいた。

 

(いよいよ試合開始か。頑張ろう)

 

俺は開始早々に落とされないようにバッグワームを付けて行動を開始した

 





現在のステータス
PARAMETR
 
トリオン 5
攻撃 6
防御・援護 8
機動 6
技術 6
射程 3
指揮 4
特殊戦術 3
 
TOTAL 41
 
トリガーセット
 
主トリガー
アステロイド
シールド
グラスホッパー
ハウンド

 
副トリガー
メテオラ
レイガスト
スラスター
バッグワーム


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第16話

バッグワームを付けながらレーダーを見るとレーダーには反応が8つある。バッグワームを使ってるのは俺と鳩原だろう。

 

そして俺の転送位置は居場所がわからない鳩原以外の9人の中で1番西だ。

 

太刀川は1番東で出水は1番南にいる。出水はともかく太刀川と合流するのは厳しい。

 

そう思いながら俺はレーダーで1番近くにある反応に向かうが……

 

(げっ、二宮)

 

まさかの二宮だった。幸い二宮は俺がいく予定ではない方向に向かってるし、こっちはバッグワームを着ているため、気付かれてはいないが、捕まったら問答無用で削り殺されるので即座に距離を取る。

 

『国近先輩。1番近くに二宮さんがいたのでタグ付けてください』

 

『ほーい。それと太刀川さんの近くに風間さんと辻ちゃんがいるからタグ付けるね』

 

『というか唯我は俺と合流しろ。お前はガードに専念して、俺が合成弾をガンガン撃つ』

 

国近にタグ付けを頼んでいると、出水からそんな風に指示を受ける。

 

合成弾は強力だが、作ってから撃つまではガードが出来ないのが欠点だから、使うなら周りに敵が居ない時や近くに味方がいる時だ。

 

そして防御力のある俺が出水のガードに入れば出水は合成弾を撃ち放題となる。シンプルだが強力な戦術だし、乗るのが吉だ。

 

『了解』

 

返事をして出水がいる方向に向かって走り出す。

 

しかし暫く走っているとレーダーに映っているマーカーがこちらに近寄っている。

 

やって来る方向を見れば、風間隊の歌川遼がこっちにやって来ている。どうやら高い建物の屋上から俺を発見したようだ。

 

『出水先輩。歌川に見つかりましたが、引っ張りましょうか?』

 

『良し、じゃあ……いや待て。こっちにも菊地原と犬飼先輩が来てるから歌川の足止めをしろ。風間隊が2人揃ったら面倒だ』

 

『了解』

 

まあ連携を重視する風間隊が揃うのは危険だな。

 

内部通信を切ってからアステロイドで牽制射撃をするが、簡単に回避される。

 

スピードも早く無駄な牽制射撃は無理と判断した俺はバッグワームを解除してレイガストを取り出し、シールドモードにする。

 

同時に歌川は地面を強く蹴って距離を詰めてスコーピオンを振るってくる。

 

スコーピオンをレイガストで受け止めると、歌川は直ぐに横に跳びながらスコーピオンを振るうのでレイガストの広げて幕のように展開する。

 

それにより攻撃を凌ぎながらアステロイドを放つが当然シールドに防がれる。

 

しかしこれも予想の範囲内であるので焦らずに歌川と向かい合いながら距離を取る。俺の目的は1秒でも長く歌川を足止めすることだ。

 

同時に歌川はスコーピオンを丁寧な動きで振るってくるが……

 

(右上段から間髪入れず斬り上げ、その際に副トリガーは斬り払い。記録通りだ)

 

ギィン、ギィン、ギィン

 

シールドモードのレイガストの面積を動きやすいサイズに変えて、歌川の剣戟を凌ぐ。

 

風間隊の武器は3つ、カメレオンによる隠密戦闘、高いレベルの連携、正確無比な剣戟だ。

 

剣戟については機械のように正確だが、正確すぎるが故に記録をしっかり見れば動きを予測する事は難しくない。

 

太刀川からA級に上がってからの風間隊の戦闘記録を全部見直せと言われた時はクソ面倒と思ったが、全部見たからか動きを理解する事が出来て防御に成功している。

 

何度も防いでいるが歌川は焦る事なく右手のスコーピオンを振るい、左手のスコーピオンを消したかと思えば左手からキューブを生み出して弾丸を放つ。

 

同時に直ぐに爆発してレイガストが震える。シールドモードだから壊れてはいないが、爆風で視界が悪くなる。

 

(歌川がメテオラを使うのは崩しにくい相手を崩す為。メテオラを使った後は……もぐら爪)

 

俺はバックステップをするとさっきまで居た場所の地面からスコーピオンが生えていた。後少し遅かったら死んでいただろう。

 

爆風が広がる中、アステロイドによる牽制射撃を仕掛ける。すると歌川が煙の中から出てきて、距離を詰めてスコーピオンを振るうので防御する。

 

レイガストとスコーピオンがぶつかる中、歌川の表情に若干の驚愕の色がある。ある程度実力を付けたとはいえ、未だ俺はコネでA級になった雑魚って印象があるから、ここまで凌いだのが予想外だったのだろう。

 

(確かに俺はまだまだ弱いが、風間隊の記録は何度も何度も見たし、太刀川に毎日ボコされている以上、そう簡単に崩されるわけにはいかない)

 

俺はレイガストを構えて我慢比べの準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

観戦室……

 

「おい、アイツ本当にコネでA級に入ったのか?」

 

「そうは聞いてるが……」

 

「歌川の攻撃を凌げてる時点で雑魚じゃねぇだろ」

 

観戦室では太刀川隊と二宮隊と風間隊の試合が流れている。試合が始まって数分しか経過してないが、一部では戦闘が始まっている。

 

中央では風間と鳩原の援護がある辻が戦い、南では出水と犬飼と菊地原が戦っていて、西で唯我と歌川が戦って、個人ランク2トップの太刀川と二宮はフリーである。

 

そして真っ先に落ちると予想されていたが唯我だが、マトモに攻撃する機会は少ないが歌川の攻撃を凌いでいて、観戦者からしたら予想外である。

 

実際唯我の防御の高さはチームメイトの太刀川と出水に鍛えられているからだが、訓練場所が太刀川隊作戦室なので記録には残されていないのだ。その結果、観客席には驚きの空気が生まれている。

 

そんな中、何かと唯我と縁がある那須は不安そうに試合を見ている。

 

「唯我君、反撃出来てないけど大丈夫かな?」

 

実際唯我は歌川の攻撃を凌いでいるが全て防いでいるわけではなく、肩や頬にはかすり傷があり、トリオンが少し漏れている。

 

加えて唯我の方からは殆ど反撃出来ていない。偶に牽制射撃をしてはいるが、全てシールドに防がれて歌川のトリオン体にはダメージがない。

 

よって唯我はこのままジリ貧になっていく……というのが那須の感想だ。

 

しかし……

 

「大丈夫よ。彼は役目をこなしてるから」

 

背後からそんな声が聞こえてきたので那須が振り返る。

 

「あ、加古さん。お疲れ様です」

 

「お疲れ玲ちゃん。隣失礼するわ」

 

那須の隣に座るのは元A級1位部隊に所属していた加古望。同じ女性射手ということもあり、そこそこ交流がある。

 

「ところで加古さん。役目をこなしているってどういう事ですか?このままだと唯我君はいずれ負けてしまう可能性があると思いますけど」

 

「玲ちゃんのチームは少し前に結成したばかりだから難しいかもしれないけど、点数を取るだけが全てじゃないの」

 

言いながら加古はモニターを指差すと、那須もモニターを見直す。

 

「風間隊の長所は3人による連携で、歌川君は中距離戦も出来るし、謂わば風間隊の縁の下の力持ち。その彼を風間さんや菊地原君と離れた場所で足止めするのは立派な仕事よ」

 

「あ、相手の長所を引き出せないようにしてるんですね」

 

「ええ。確かに唯我君が歌川君を倒せる可能性は低いけど、歌川君を長時間足止め出来れば、太刀川隊が風間隊を下す可能性が高くなるわ」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

チームを組んだばかりの那須からしたら如何に点数を取れるかしか考えてなかったので、加古の話は勉強になった。安心したように礼を言う。

 

「どういたしまして。やっぱり抱き合った人が負けそうなのは不安?」

 

「か、からかわないでください」

 

加古のからかうような口調に那須は若干頬を染めて否定する。昼の一件は嫌ではなかったが、恥ずかしかったのは事実だ。

 

「ごめんなさいね。それにしても……」

 

「?何かありましたか?」

 

「何でもないわ(彼、本当に唯我君かしら?別人じゃないの?)」

 

5月に唯我尊がA級に所属させろと言ったので、A級の加古にも話がかかったが当然加古は断った。直接の面識は殆どないがその時に加古望の中で唯我尊は傲慢なお坊っちゃまというイメージとなった。

 

しかしモニターに映る唯我尊からは傲慢の色は見えず、寧ろとにかく足止めする唯我からは泥臭さが見える。

 

何が何でも足止めをするという気迫はモニターからも伝わっていて、加古からしたら傲慢な唯我は泉に落ちて、真面目な唯我に生まれ変わったとすら思えるくらいだ。

 

加古が誰もが思った疑問を抱く間にも唯我と歌川の戦闘は続く。

 

しかしモニターを見ると、加古は2人の戦闘はもう直ぐ終わると確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故ならスーツを着た魔王が2人の方向に向かっているからだ。

 

加古の頭の中でジョーズの曲が流れ始めた。

 

 



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第17話

何度攻撃を受けたかわからない。しかし軽く100は受けただろう。

 

俺は目の前にいる歌川の攻撃を凌ぎながらそう考える。

 

歌川の攻撃は鋭く、それでありながら正確なので全然反撃する隙が見つからない。

 

偶に攻撃しても簡単に対処されてしまうが、それも当然だ。こっちは素人に毛が生えた存在な上、トリオン量は高くないので弾丸トリガーはシールドで簡単に防がれてしまう。

 

よって俺が歌川を倒すには刃トリガーが必要だが、俺が持つ刃トリガーはレイガストしかない。

 

そして今俺が死なずにいるのは、レイガストをシールドモードにして防御に徹しているからだ。シールドモードは防御力は高いが、攻撃力は低過ぎる。

 

しかし仮にシールドモードから攻撃力のあるブレードモードに変えたら、歌川の攻撃を凌げずにベイルアウトするだろう。

 

よって下手にシールドモードを解除するのは自殺行為である。

 

しかし決して諦めてはいけない。相手が人間である以上、常に満点の攻撃を出来るはすがない。

 

そう思いながら俺はスコーピオンによる袈裟斬りをレイガストで凌ぎながら、歌川の足元にヒビが入るのを見る。同時にグラスホッパーを起動して後ろに跳び、もぐら爪を回避する。

 

そしてまたレイガストを構え、距離を詰めてくる歌川の斬撃を受け止めるが、その際に歌川の顔に焦りと苛立ちの色が生まれていることに気付く。

 

まあ早く倒してチームメイトと合流したいと思う中、攻撃を防がれ続けたらそうなるな。

 

そして多分、俺を諦めて他の2人と合流する選択肢は選ばないだろう。

 

それをするって事は俺に背を向けることになるし、仮に逃げても他のメンバーとの交戦する中で、バッグワームを装備した俺に奇襲をされたら面倒なのは明白だからな。

 

よって俺を仕留めるのが最善だが、俺を仕留められず焦りと苛立ちが生まれている。

 

(耐えろ、相手の苛立ちがMAXになって荒い攻撃をしてくるまで……)

 

そう思いながら攻撃を凌ぎ続けている時だった。

 

「くっ……!」

 

苦悶混じりの歌川の声と共に振るわれた斬撃はこれまで見たことがない程、大振りだった。多分痺れを切らしたのだろうが、チャンス!

 

俺はここで初めて横にズレて防御ではなく回避の選択をして……

 

「スラスター、ON!」

 

シールドモードのまま、スラスターを発動する。同時にレイガストの要所要所からトリオンが噴出して、そのまま歌川に激突する。

 

「ぐっ!」

 

シールドモードのままなのでトリオン体の破壊は出来ないが、その衝撃により歌川は呻き声を上げながら吹き飛び、近くにある壁に激突して尻餅をつく。

 

粘った甲斐があったと思いながら、俺はレイガストをブレードモードにして投擲の構えに入る。

 

歌川は尻餅をついていて、隙だらけだが距離を詰めてカウンターを食らう可能性がある以上、投擲で仕留める。万が一仕留められなくても、カウンターを食らわずに済むからな。

 

そう思いながら俺は再度スラスターを発動しようとした時だった。

 

『唯我君、上空から大量のトリオン反応。逃げて』

 

国近からそう言われたのでチラッと上を見れば、大量のトリオン弾がこっちに向かってくる。

 

俺は反射的にグラスホッパーを起動して後ろに跳ぶ。そして歌川は逃げ切れないと悟ったのかその場から動かずに周囲にシールドを二重に展開する。

 

歌川が、動かせなくなる代わりに耐久力が上がる固定シールドを2つ、つまり両防御を使用すると同時に弾丸が雨のように降り注ぎ、周囲の家や地面を穿ち破壊していく。

 

幸い俺はトリオン弾の範囲から逃れられたが、体勢を崩した歌川が展開した固定シールドに降り注ぐ。

 

注視すると1つ目の固定シールドが破壊されて、もう1つの固定シールドを削り始める。

 

それを見た俺は再度レイガストを構える。今の歌川は動けないし固定シールドも削られている。トリオン弾を放ったと思われる男は多分両攻撃をしただろうし、弾丸が消えるまでは更なる攻撃が出来ないはず。

 

よって今が最大のチャンスだ。

 

「スラスター、ON!」

 

スラスターを利用してレイガストを投擲する。トリオンの噴出されたレイガストはトリオン弾を蹴散らしながら勢いよく進み……

 

ギィンッ

 

ボロボロの固定シールドを粉砕して歌川の腹に風穴を開ける。

 

見れば歌川の腹にある穴からトリオンが漏れ、光に包まれ……

 

ドッ!

 

光が一際強くなったかと思えば、光は空を飛んでいき歌川の姿は見えなくなった。

 

今歌川を倒したのはトリオン弾ではなく、俺のレイガストだったので俺の得点となる。

 

初陣で先制点を挙げたのだから太刀川隊に貢献出来ただろう。これについては自信があるし、試合が終わったら太刀川達に褒めてもらえるだろう。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌川の点を奪われた。唯我を倒し次第すぐに向かうから足止めに徹しろ」

 

今から俺は先程大量のトリオン弾を放った男と対峙することになる。

 

男は戦闘服とは思えない黒いスーツを着てこちらを見ているが、その眼は鋭く心臓を鷲掴みされたような気分となり、息を呑んでしまう。

 

さっき歌川と戦った時は小さいながらも勝機が見えたが、目の前にいる男に対して勝てるビジョンが全く見えない。というかある程度戦える未来ですら薄っすらしか見えない。

 

要するに俺にとっての最善は、これから1秒でも長くこの男を足止めする事だ。

 

『国近先輩、1秒でも時間を稼ぐので建物が多い場所のピックアップをお願いします』

 

内部通信で国近に頼む。何とかして遮蔽物が多い場所に逃げないといけない。

 

『ほーい。出来るだけ二宮さんを足止めしてね』

 

国近がそう言うと視界に逃走ルートが表示され、それと同時に目の前の男ーーーNo.1射手の二宮匡貴が自身の周囲に巨大なキューブを展開して、それを何百と細かくして……

 

 

 

 

 

「アステロイド」

 

俺の頭の中でゾーマ戦のBGMが流れると共に数の暴力が俺に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッ!

 

視界の端にトリオンの雨が降り注いだかと思えば、光の柱が空へ飛んで行く。

 

「おーおー、相変わらず二宮さんの両ハウンドはえげつないな。柚宇さん、やられたのは唯我と歌川のどっち?」

 

太刀川隊射手の出水公平は対峙する菊地原と犬飼に牽制射撃をしながら国近に通信を入れる。

 

『歌川君だよ〜。けど得点は唯我君のもの。唯我君はグラスホッパーで攻撃範囲から逃げて、歌川君が両ハウンドを固定シールドで防いでる隙にレイガストの投擲で撃破したよ〜』

 

「おっ、やるじゃねぇか」

 

出水の予想ではベイルアウトしたのは唯我だった。しかしベイルアウトしたのは歌川で、二宮の攻撃で歌川が身動きを取れないという事があったとはいえ唯我が倒したのだ。予想以上の健闘である。

 

太刀川隊にやって来た時はお荷物が増えたと思ったが、ある日を境に真面目に訓練をこなし始めた後輩に出水は感心する。今はまだ半人前だがこの様子だと遠くない未来にお荷物は卒業するだろう。

 

しかし……

 

(まあそろそろ死ぬだろうけど)

 

 

 

ドドドドドドドドッ!

 

爆音が聞こえたので、横をチラ見すると中心に少し離れた場所にある複数の建物がボロボロになって、煙が上がっている。

 

煙の中からはレイガストを構えた後輩が出てくるが、明らかに逃げの一手だ。

 

しかし出水はそれは仕方ないと割り切る。流石に二宮を相手にするのは無理だろう。実力もそうだが相性が致命的に悪過ぎる。もう唯我に出来る事は1秒でも長く生き延びることだけだ。

 

とはいえ唯我が落ちた後に二宮がフリーになるのは危険なので、出水は唯我に通信を入れる。

 

 

 

 

 

 

 

「唯我。無理強いはしないが、何とか気張ってこっちに来い。理想としては100メートル以内だ」

 

半人前にはかなり無茶なオーダーをして、出水は30メートルくらい離れた先にいる犬飼と菊地原に意識を戻し、戦闘を再開した。



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第18話

「終わったわね。唯我君に出来るのは1秒でも長く生き延びることだけね」

 

観戦室にて加古望がそう呟く。視界の先にあるモニターでは自分の元チームメイトにしてNo.1射手の二宮匡貴が大量分割したハウンドで唯我尊を追い詰めている。

 

対する唯我尊はレイガストとシールドを巧みに駆使して防御している。現時点ではトリオン体にダメージはないが、歌川と戦った時に比べて余裕が全く無く、本人も必死な表情を浮かべている。

 

直ぐにはやられないと思うが、逃げきれるとは思えない。

 

「あの、やっぱり唯我君は厳しいですか?」

 

加古の隣に座る那須が質問をする。

 

「厳しいどころか無理ね。実力差もあるけど、相性が悪過ぎるから」

 

「相性、ですか?」

 

「玲ちゃんに復習として質問するけど、銃手・射手の特徴と欠点はわかる?」

 

那須は質問をされたので改めて考え直す。B級に上がって初めての防衛任務で加古から説明を受けたが……

 

「特徴は少し離れた場所から視野を広くして、射撃と戦術で戦局をコントロールする事。欠点については射撃トリガーの威力が低いのに加えて、シールドの性能が上がっているので攻撃手に寄られると不利な事です」

 

那須の返答に加古は頷く。

 

「その通り。基本的に銃手と射手は攻撃手に寄られないようにするポジション。だけど唯我君は違う」

 

お茶を飲んで一息ついてから改めて口を開ける。

 

「唯我君はレイガストで攻撃手の攻撃を捌き、相手がイライラして攻撃が乱れたらカウンターを仕掛ける異色の射手」

 

実際ボーダーで古株の加古からしても唯我の戦い方は異常だ。これまで見た銃手や射手は攻撃手に寄られたら、時間稼ぎをするか仲間と合流するのが基本であった。

 

しかしまさか攻撃を捌いてカウンターをするとは予想外であった。寧ろ射撃トリガーを使う攻撃手じゃないのかと思ってしまっている。

 

「つまり唯我君は攻撃手に寄られても対処出来るから銃手・射手の弱点を克服出来てるの。けど反面として防御に比重を置いているが故に射撃トリガーの撃ち合いを苦手としている」

 

「あっ……確かに歌川君と戦っている時、射撃する時に殆ど動いてませんでした」

 

戦局をコントロールする事が仕事である射手が殆ど動かないのは普通じゃない。恐らくレイガストの重さが原因で機動戦が出来ないかもしれないが、射手らしくない。

 

「そして二宮君は持ち前のトリオンをふんだんに利用したゴリ押し戦術を得意として、機動力が高くない唯我君は格好の的ね」

 

幾ら防御力が高くてもいずれ削り殺される未来が容易に想像できる。

 

「加えて唯我君のトリオンは平均よりちょっと下で、二宮君の半分以下だし、唯我君の射撃は簡単に防がれるわ」

 

「で、でも唯我君にもチャンスはありますよね?レイガストによる投擲なら……」

 

那須は先程唯我が見せたスラスターを利用したレイガストの投擲を思い出す。あの威力なら一矢報いることも不可能じゃない。

 

「確かにアレなら二宮君を倒せるかもしれないけど逆に言うと二宮君を倒せる武器はそれしかないわ。二宮君もそれをわかってるから、油断しないで唯我君を一方的に攻撃出来る距離をキープしている」

 

モニターを見れば二宮は激しい攻撃をしているが、逃げる唯我との距離をキープしているし、両攻撃をしないことで即座にシールドを展開できるようにしている。

 

これなら唯我が相打ち狙いで攻撃してもガードされるし、ガードを突き破ってきた場合でも回避出来る状態である。

 

「でも出水君の方に逃げてるし、チームとしては勝てるかもしれないわね」

 

加古が呟く中、モニターでは爆発が生じた。

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドッ

 

轟音と共に周りの建物か壊れ、その衝撃で地響きが聞こえてくる。ハッキリ言って災害だ。

 

しかしそれを意識を向けるわけにはいかない。何故なら災害を引き起こす怪物がこっちを見て、攻撃しているからだ。

 

目の前にいる怪物、二宮は冷たい表情でキューブを取り出して何百に分割して射出してくる。

 

当然食らうわけにはいかないのでシールドを展開するが、即座に破壊されて手に持っているレイガストにも襲いかかる。

 

「ぐうっ……!」

 

手に伝わる衝撃に何とか耐えているが、何度も二宮の攻撃を受けたレイガストが破られて、俺の右手が飛ばされる。

 

それによりトリオンが大量に漏れたのを自覚しながらも新しくレイガストを作り直し、グラスホッパーを使って後ろに跳ぶ。

 

出水との距離は200メートルちょい。出水は自分に100メートルくらいまで近づけと言われたので、後100メートルちょい。

 

普通に走れば余裕だが二宮に背を向けたら即死するので、二宮と向かい合い尚且つ攻撃を防御しながら行かないのいけないので物凄く時間がかかっている。

 

既に二宮と邂逅してから1分ちょい経っているが、既にトリオンは多く削れたのに進んだ距離は100メートルちょい。

 

つまり出水のオーダーに従うなら後1分ちょい、二宮の攻撃をやり過ごさないといけないが……

 

「メテオラ」

 

二宮はそう呟くと、地震と俺の中心付近の地面にメテオラを撃ち込み、地面を爆発させる。

 

爆風が生まれ、嫌な予感がしたので俺はシールドモードのレイガストを前方に置いて、更に固定シールドを展開して守りの体勢に入る。どんな攻撃をしてくるかはわからないが、即死はないだろうから一発やり過ごしてから逃走すれば……っ!

 

そこまで考えていると煙の中から弾丸が8発飛んでくるが、飛んできた弾丸はレイガストを簡単に破壊して……

 

 

「嘘、だろ……?!」

 

固定シールドをボロボロにして、挙句に3発は俺の左手と脇腹、右足を吹き飛ばした。

 

『警告、トリオン漏出甚大』

 

そんな警告音が聞こえると同時に煙が空へ上っていく。

 

(あの破壊力……間違いなく徹甲弾だな)

 

さっきのメテオラは合成弾を撃つための目眩し且つ時間稼ぎって訳か。嫌な予感がしたから守りに入ったが、その守りを破ってくるとは……トリオン量という努力じゃどうにもならないって現実を嫌でも考えてしまう。

 

トリオンは殆ど無く、両手と片足がない俺にもう出水のオーダーをこなすのは無理だ。それについては仕方ないがせめて最後に一矢報いてやるつもりだ。

 

そう思う中、ついに煙が晴れてトリオンキューブを分割する二宮を確認すると同時に俺はレイガストを展開して、それを口に咥えて……

 

「ふらふたー、ほん!(スラスター、ON!)」

 

スラスターを起動して二宮の元に一直線に突き進む。推進力を感じながらも二宮との距離を詰めるが、二宮は冷静さを崩すことなく指を向けてくる。

 

「無駄な悪あがきだ」

 

二宮の言葉と共に放たれた弾丸は俺の下半身を吹き飛ばし、レイガストの一部を破壊してレイガストの推進力を破壊する。

 

しかしまだ終わりじゃない。ベイルアウトまで数秒あるはずだ。だから……

 

「グラス、ホッパー……」

 

最後にグラスホッパーを欠けたレイガストにぶつけて、レイガストの欠片を二宮に飛ばす。

 

更に悪あがきをしてくるとは思わなかったようで二宮が驚く中、レイガストの欠片は、二宮の右足を僅かに削る。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出』

 

最後の悪あがきが成功したのを自覚する中、そんなアナウンスが頭に流れ俺の身体は光に包まれた。

 

 

 

 

最後は泥臭く格好悪かったが、初陣としては悪くない結果、だよな……?

 



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第19話

モニターにて唯我がベイルアウトすると二宮隊に1点が追加される。これで太刀川隊と二宮隊が1点ずつで風間隊が0点となる。

 

「唯我君……」

 

モニターを見る那須は残念そうに唯我の名前を呼ぶ。那須も唯我が勝てる確率は限りなく0に近いと思っていたが、いざベイルアウトすると残念な気持ちになってしまう。

 

その時だった。

 

「はっ、あんな無様にやられるなんてな。俺だったら恥ずかしくて死んじまうぜ」

 

「どうせ勝てないんだから諦めたら良いのに」

 

「マグレで1点取れて良い気になったんだろ。所詮コネ入隊のお坊ちゃんだしな」

 

「たかがランク戦で熱くなるなんて、寒っ」

 

そんな風に唯我を馬鹿にする一部の隊員が那須の目に入る。耳には不愉快な嘲笑も聞こえてきて、那須は思わず立ち上がろうとするが加古が止めに入る。

 

「放っておきなさい。あんな先のない人間に文句を言うなんて時間の無駄よ」

 

予想よりも冷たい声で止める加古に那須は息を呑む。

 

「先がない、とは?」

 

「言葉通りよ。今の唯我君の戦いを嘲笑うような人間は強くなれないし、ボーダー隊員として失格よ」

 

「断言しますね」

 

「当然よ。チームランク戦はチームのランクを決める試合でもあるけど、本質はチームの練度を上げる訓練よ」

 

「はい。実際ランク戦前には予習をしますし、負けたら反省会をやりますし、勉強だと思います」

 

那須は頷く。自分としてはチームメイトと勝ちたいと思っているのでランク戦前には予習をしっかりとするし、負けたら次は同じ負け方をしないように復習をしている。

 

「ええ。そしてチームランク戦が訓練なら、本番は何かわかる?」

 

加古の問いに那須は一瞬だけ考える素振りを見せるが、直ぐにハッとする。

 

「3年近く前にあったような侵攻、ですよね?」

 

「そう。C級時代にやった合同訓練も個人ランク戦もチームランク戦も全て今後起こるかもしれない大規模侵攻に備えた訓練。ボーダーとしてはあの時の二の舞にならないように働いているわ」

 

「そうですね。私の家は無事でしたが、友達は家を失ったり引っ越したりしましたね」

 

那須の友人の中からは死者は出てないが、三門市を去った友人は数多くいる。しかし那須は寂しいが仕方ないと思う。生身でトリオン兵に追われたらトラウマになってもおかしくないのだから。

 

「そして大規模侵攻がまた起こったらボーダー隊員は市民を守る為に持てる力を全て出さないといけない。それこそさっきの唯我君のように勝てない敵と相対してピンチになっても、最後の最後まで悪あがきをする事がボーダー隊員としての責務よ」

 

加古がそこまで話すと那須は理解した。つまり……

 

「訓練で悪あがきをしないで嘲笑う人は、本番の大規模侵攻でボーダーの責務を果たせない……って事ですか?」

 

那須の質問に加古は頷く。

 

「ええ。今笑った人達は所詮は訓練で熱くなる必要はない、本番ではちゃんとやれるって考えてるようだけど、練習しないで本番で出来るわけないじゃない。そんな連中に構っても時間の無駄よ」

 

加古の言葉にさっきまで怒っていた那須は落ち着きを取り戻していく。

 

「そうですね……見苦しい姿をお見せしました」

 

ペコリと頭を下げて椅子に座り直す。

 

「良いのよ。それにしても玲ちゃんが怒りを露わにするなんて思わなかったわ」

 

さっきまでとは一転して楽しそうに笑う加古の言葉に那須は恥ずかしくなる。

 

「か、からかわないでください」

 

「ごめんごめん。それで?前から気になってたんだけど唯我君とはどこで知り合ったの?」

 

楽しそうに聞いてくる加古に那須は逃げれないと判断したのか、恥ずかしそうに口を開ける。

 

「……以前道端で体調を崩したんですが、その時に通りかかった唯我君が車を呼んで自宅まで運んでくれたんです」

 

「なるほどね。てっきりスポンサーと広告関係かと思ったわ」

 

「いえ。そういった仕事で唯我君と関わったことはないですね」

 

唯我はボーダーのスポンサーの息子で、那須は体が弱い人をトリオン体で元気にできないのかというテーマの研究に参加する形でボーダーに入隊してテレビでPRした事もあるので、そういった類の繋がりと加古は考えていた。

 

「なるほど、つまりプライベートな関係って訳ね」

 

「……間違ってないですけど、妙な言い方じゃないですか?」

 

「気のせいよ」

 

加古は笑いながら顔の横に星を作りながらモニターを見る。モニターでは二宮が動いているが僅かだが削られた右足が引っ張られる形なので、本来の速度よりかなり遅くなっていた。

 

(まあ私としては二宮君のあんな表情を見れて満足ね)

 

加古は二宮の不機嫌丸出しの表情を見て、楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

光に包まれたかと思えば、気がつけば背中に軽い衝撃が走りベッドに横たわっていた。

 

二宮の攻撃によりベイルアウトした俺は身体を起こす事なく、さっきまでの試合を思い出す。

 

初陣がA級ランク戦で1点取り、敵チームの隊長をある程度足止めした。

 

第三者から見たら実績を残しただろうし、俺自身もチームに貢献出来たと思う。

 

しかしそれでも尚悔しい気分だった。歌川と戦った時に歌川が苛立つまで粘ったから崩せたが、歌川が苛立つ前に隙を見つけて反撃して倒せたら二宮に捕まらずに出水に合流出来た。

 

それに歌川を倒せたのも二宮のハウンドが歌川を縫い付けたからだ。仮に二宮のハウンドが無かったら、レイガストの投擲で倒せなかった可能性もある。

 

二宮相手に殆ど何も出来なかったのは仕方ない。今の俺じゃ実力差があり過ぎるからな。

 

しかしメテオラによる爆風が生まれた時に逃走を選択していたら、二宮が徹甲弾を作って放つ前に距離を取れたかもしれない。

 

最後の悪足掻きについても結果的に二宮の足を少し削れたが、第三者からしたら滑稽に見えたかもしれない。

 

ベイルアウトしてからアレをやっておけば……って考えているようじゃまだまだ未熟だ。

 

(とりあえず今回の戦いで俺が目指すべきスタイルは見えてきた)

 

基本的な攻撃手や射手になるつもりはない。何故ならウチの隊の戦闘員は基本を極めているからな。俺が同じように努力してもデッドコピーでしかない。

 

俺は俺にしか出来ないスタイルを身に付ける。誰かのスタイルを参考にすることはあっても同じスタイルにはしない。

 

そしてそのスタイルを極めて太刀川隊で活躍出来るようになりたい。

 

 

 

唯我尊に憑依した当初の目標は『強い唯我尊となってボーダーの可愛い女子と仲良く、あわよくばハーレムを築く』だが、ただ強くなるのでなく、どうやって強くなるかを考えるのは楽しい。

 

前世でワールドトリガーを読んだ時、自分だったらどんなトリガー構成にするか妄想をしたが、いざランク戦を経験するとトリガー構成について深く考えてしまう。

 

最終目標がブレることはない。ボーダーの可愛い女子と深い関係になりたい気持ちは変わらないが、それまでの道のりは長いし、道中楽しむことにしよう。

 

そう思いながらベッドから降りて、国近がオペレートする部屋に戻る。

 

「お疲れ〜。初陣にしては良かったよ〜」

 

国近はパソコンを操作しながら、のほほんとした表情で労ってくる。そんな表情を見ていると癒される。

 

「お疲れ様です。しかし実際に終わってみると、色々な課題が見えてきました」

 

本当に色々考えさせられたし、良い経験になったのは間違いない。

 

「なら良かった。これからも頑張りたまえよ」

 

国近は頭をポンと叩いてからオペレートに移る。国近からしたら後輩の頭を叩いただけだろうが、俺からしたら子供に子供扱いされたようなもので、何とも複雑な気分だ。

 

そんな事を考えながら国近の後ろからオペレートを見るが、オペレーターって機器の操作上手いなぁと思ってしまう俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうしたんですか、加古さん」

 

「大した事じゃないわ。唯我君は初陣で頑張ったから、今日の夕方に太刀川君や堤君と一緒に炒飯をご馳走しようと思っただけよ。玲ちゃんもどう?」

 

「え……す、すみません。今日までくまちゃんとご飯食べる約束してるので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

「どうしたの唯我君?まだ二宮君の怖さが忘れられない?」

 

「いえ、何というか死の予感を感じました……なんだったんだ?」



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第20話

結論から言うとウチの隊が勝った。

 

俺がベイルアウトした後、二宮は出水・菊地原・犬飼がいる方向に向かった。その際菊地原は狙われると判断したからか、二宮が来る前に捨て身で犬飼を倒し、その隙を突いて出水が菊地原を変化炸裂弾で吹き飛ばした。

 

そして出水と二宮の一騎打ちは二宮が勝ったが、出水が最後の悪あがきで放った徹甲弾が二宮の左腕と左足を吹き飛ばし、二宮はこれ以上の戦闘は不可能と判断してバッグワームを装備して民家に隠れた。

 

一方、太刀川・風間・辻の攻撃手三つ巴の戦いは、太刀川と風間が鳩原の援護付きの辻に攻めあぐねたが、やがて痺れを切らしたのか風間が鳩原を狙いに行った。

 

その際に風間同様に鳩原をウザいと思っていた太刀川は風間を止めず、辻に集中した。風間に狙われた鳩原は一旦身を隠したが、それに伴って辻の援護が出来なくなり辻が太刀川に斬られた。

 

辻がベイルアウトすると太刀川も鳩原がいる場所に向かい、2人で鳩原を探して先に見つけた風間が鳩原を撃破。

 

そして残った太刀川と風間のタイマンでは太刀川が風間を下したが、太刀川も左足を失い、太刀川も二宮と戦うのを嫌がったのでバッグワームを装備にしてマンションに隠れた。

 

そして太刀川と二宮は試合終了まで身を潜めて、時間切れとなった。

 

今回は生存ボーナスがないので太刀川隊が4点、二宮隊と風間隊が2点入って試合はウチが勝った。

 

 

 

試合が終了したことに安堵の息を吐いていると太刀川が戻ってきた。

 

「お疲れさま〜」

 

国近がのほほんとした声で太刀川を迎える。

 

「後半はずっと隠れてたからそんな疲れてないな。それより唯我は初陣はどうだった?」

 

「二宮さんがメチャクチャ怖かったです」

 

太刀川の問いに即答する。二宮の攻撃は出水よりも過激で怖過ぎた。

 

つか原作じゃ二宮隊がB級に在籍してるが、あの怪物が隊長の部隊をB級に落とすとかマジでふざけてるだろ。

 

「まあそうだな。A級でも二宮と相対したら削り殺される事が多い。とはいえ二宮に潰される前に歌川を倒したのは頑張ったな」

 

太刀川は肩をポンと叩いて笑ってくるが、素直に喜べない。

 

「いえ。アレは二宮さんのおこぼれを貰えたからで、タイマンだったら倒せなかった可能性があります」

 

あの時歌川は二宮のハウンドを防ぐ為、固定シールドを展開した。そして俺は固定シールドの展開により動けなくなった隙を突いたから歌川を倒せたが、もし二宮の介入が無かったらレイガストの投擲を避けられたかもしれないし、まだまだだ。

 

「いやいや、俺はお前の防御を見たが、実際歌川相手に粘れたしお前の実績だ」

 

出水が背中をバシバシ叩いてくる。確かにマスタークラス相手に粘れたし、その辺りは成長を感じられる。

 

「なんにせよ実際にやりたい事は見えてきたか?」

 

「そうですね……何となくイメージは出来てきましたが、今は暫く捌きの練習に集中したいですね」

 

俺が考えているスタイルはいくつか候補はあるが、それを確立するにはレイガストによる防御を高める事が最低条件だ。よってレイガストによる防御をある程度高めるまでは、他の事は必要最低限しか練習しない。二兎を追う者は一兎をも得ずって諺もあるからな。

 

「あ、エンジニアに頼んでレイガストを軽くしたりするのはどうかね?さっき歌川君と戦ってるのを見た際に、もうちょっとレイガストを速く動かせないかと思ったよ」

 

国近がそんな提案をしてくる。確かに一理あるな。レイガストの重量を弄るとなればレイガストのシールドモードの耐久力が下がるかもしれないが、シールドモードは充分硬いし、ワンランク下げて軽くするのも悪くない。

 

「もしくはレイガストの変形速度を上げるってのも悪くないな」

 

「それも良いですね。ともあれ後でエンジニアに相談してみます」

 

「そうしろそうしろ。寺島さんところに行けば間違いなく歓迎してくれるから」

 

太刀川がそう言ってくる。寺島って確か元々攻撃手だったけど、弾丸トリガーの流用にムカついたからエンジニアに転職してレイガストを作った人だよな。そんで原作だとエネドラッドと一緒に映画を見ていたっけ?

 

「そうですね。あ、でもその前に腹が減ったんで軽くなんか食べに行ってきます」

 

昼飯は食ったが緊張で余り食えず、試合が終わった開放感により腹が減ってしまった。

 

「あ、俺も行くわ。昼飯食ってないから腹減って仕方ねぇ。お前らはどうする?」

 

太刀川が俺に同伴するようで手を挙げて出水と国近に聞く。

 

「俺はさっき槍バカと飯を食ってきたんで結構です」

 

「私はこれからゲーム〜」

 

つまり俺と太刀川だけのようだ。2人に会釈をして作戦室を出て、エレベーターを待っているとドアが開く。

 

「あら太刀川君に唯我君、お疲れ様」

 

「おう加古」

 

エレベーターに乗っていたのは加古望だった。いずれ近付きたいと思っていたが、まさかここで会うとはな。

 

そう思っていると加古は俺に話しかけてくる。

 

「試合見たわ。レイガストの捌きは見事だったし、二宮君相手によく粘っていたわ。初めて見た時とは雲泥の差ね」

 

「……いえ。まだまだ未熟ですので精進します」

 

多分次回からは向こうも対策を練ってくるだろうし、上手くいくとは限らない。警戒、対策をされて尚乗り切る事が出来てこそだ。

 

「……本当に別人になったわね。もしかして二重人格者?」

 

加古は興味深そうに俺をジロジロ見てくるが、漫画の世界に入ったなんて言えないんだよなぁ。

 

「すみませんが入隊当時の話はしないでください。マジで黒歴史なんで」

 

実際俺は無関係だが、入隊当時の唯我尊の行動によりボーダー内での評価は高くないからな。憑依した当初に比べたらマシになっているが、それでもまだ低いのでこれから評価を上げるように頑張りたい。

 

「それは失礼。ところで2人はどこに行くのかしら?」

 

「小腹がすいたので軽く食べに……」

 

「ばっ!お前……」

 

太刀川が慌て出すので何事かと思えば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?だったら私の作戦室に来て。炒飯をご馳走するわ」

 

あ、死神の足音が聞こえてきた。

 

加古が満面の笑みを浮かべながらそう言ってくる。そうだ、加古のデス炒飯の存在をすっかり忘れていたわ。

 

「い、いや炒飯は小腹が空いた時に食べるものじゃないだろ……」

 

太刀川は冷や汗ダラダラになりながら必死で逃げようとするが、加古は気にしないで笑う。

 

「大丈夫よ。一人前を2人で分ければ問題ないわ」

 

あかん、このままだと俺は炒飯を食べる事になるかもしれない。

 

内心冷や汗ダラダラになっているとエレベーターが止まってドアが開く。

 

「着いたわね。ご馳走するから遠慮しないで」

 

加古はそう言って俺と太刀川の手を引っ張ってエレベーターを出る。

 

(唯我お前!加古の前で料理の話はすんな!)

 

(すみませんでした)

 

太刀川の目がそう語っている。うん、今のは俺の過失だな。

 

いずれ加古とは近付きたかったが、こんな形で近付きたくはなかった。

 

こうなったら俺に出来るのは当たり炒飯が来ることを祈るだけだ。確か加古の炒飯は8割が当たりで、2割がデス炒飯だったはすだ。

 

8割当たりなら問題ないだろう。というか太刀川が作戦室で寝込んでいるのを何回も見た俺からしたら、問題ないと思わないとやってられない。

 

こうして俺は希望を抱きながら加古に引っ張られるのだった。



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第21話

「さ、入って入って」

 

加古に案内された作戦室に入れられる俺と太刀川。そして席に座ると加古が話しかけてくる。

 

「何かリクエストはあるかしら?」

 

「カスタードと蜂蜜は入れないでくれ。朝に蜂蜜パンとシュークリームを食ったからな」

 

加古がそう言うと太刀川は迷わずに即答する。なるほど。確か太刀川はいくらカスタード炒飯で死に、諏訪隊の堤はチョコミント炒飯と蜂蜜ししゃも炒飯で2回死んだとコミックスに書いてあった。

 

外れ炒飯には共通する具材として甘いものがあったし、それを避けるためだろう。そうすればゲテモノ炒飯が出てくる確率は少し下がるだろう。

 

「わかったわ。じゃあちょっと待ってて」

 

加古はそう言ってキッチンに向かうと、太刀川は祈るように両手を組む。

 

「当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い」

 

物凄い執念を感じる。あそこまで祈っていると外れが怖すぎる……

 

そこまで考えている時だった。

 

「ふんふんふーん♪」

 

加古の鼻歌が聞こえてきたのでチラッと見れば……

 

「「ぶほっ!」」

 

加古の手にはジンジャーエールがあった。待て待て待て!何故そこでジンジャーエールを持つ?!まさか炒飯に入れるのか?!

 

止めろ、マジで止めろ!そういうのはジンジャーエール好きの二宮に食わせろ。

 

そう思いながら冷や汗をダラダラ流しながら待つ事20分……

 

「お待たせー」

 

加古は炒飯を持ってくる。炒飯にはサイコロステーキや玉ねぎ、にんにくなどが乗せられている。これだけならまだわかるが、何故かライスが若干真っ赤だった。

 

「あの、加古さん。ライスには何を入れたんですか?」

 

思わず質問をすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「醤油といちごジャムよ。後は隠し味を入れたわ」

 

………ファッ?!

 

予想外の返答に思わず呆然としてしまう。いちごジャムを入れるとか予想外過ぎるわ!何故そこでいちごジャムを入れる!?いちごジャムを入れないでガーリック醤油炒飯にしろや!

 

というか隠し味って……まさかジンジャーエールじゃないよな?!

 

「さぁ、召し上がれ」

 

 

加古はニコニコしながらそう言ってくる。正直言って食べたくないが、食べ物を粗末にする趣味はないし何より逃げられる気はしないので腹をくくるしかない。

 

それは太刀川も同じようで大きく深呼吸をするが逃げる気配を見せない。

 

「「……いただきます」」

 

死神の足音が耳に聞こえる中、口を開けて食べ始める。

 

(ま、不味い……)

 

口の中には醤油といちごジャムと隠し味として仕込んだと思われるジンジャーエールの味が混ざり合った味とネチョリとした食感が広がってくる。

 

甘いとか辛いとか酸っぱいとかではなく、単純に不味い。不味い以外の感想が浮かばない。

 

「どう?美味しい?」

 

兵器を作った本人はニコニコしながらそんな質問をしてくる。悪意は感じられず、好奇心丸出しだった。

 

「ま、まあ悪くないな……」

 

「そ、そうですね。初めて体験する味ですよ……」

 

そんなニコニコした笑みに俺も太刀川もそう返すが、ハッキリ言ってクソ不味いです。

 

つかハーレムを作りたいと思っている俺だが、もし加古をハーレムに入れたら炒飯食べる回数も増加するんじゃね?

 

というか仮にハーレムを作れたら、他のメンバーも炒飯を食べる事になるのか?

 

そんな事を考えながら俺は無心になって炒飯を食べ続ける。少なくともここで拒絶するようなら加古や後に加古隊に入る黒江双葉との繋がりが無くなるから食べないといけない。

 

不味さの塊に対抗出来る理由が女子との交流なんて不純かもしれない。しれないが……

 

(俺はハーレムを築きたいんだ……!不味い炒飯1つ乗り越えられないでハーレムを築けるわけないだろいが!)

 

炒飯を完食するのは難しいがハーレムを築くことに比べれば簡単過ぎる壁だ。ここでくたばるようじゃハーレムどころか恋人1人すら作れないだろう。

 

前世は彼女居ない歴=年齢で、安月給だったので風俗にも碌に行けなかった俺からしたら、恋人の1人は諦められない。

 

俺はただただ炒飯を食べ続ける。これが無我の境地ってヤツかもしれない……まあ違うだろうけど。

 

そして……

 

「……ご馳走さまでした」

 

太刀川より先に炒飯を完食して、最悪の気分のまま、両手を合わせて挨拶をする。

 

「どうだった?」

 

「そうですね……今までに感じたことがない味でしたね」

 

当然悪い意味でだがな。アレを食べて美味いと言う奴は間違いなく味覚障害だろう。

 

しかし不味いと拒否するのだけは断固しないつもりだ。ここで拒絶するわけにはいかない。

 

とはいえ……

 

「んじゃ俺は今日の試合の反省点を踏まえて、ちょっとエンジニアに用があるんで失礼します。また炒飯をご馳走になってもいいですか?」

 

俺の言葉に加古は小さく笑う。

 

「もちろんよ。食べたくなったらいつでも作戦室に来て頂戴」

 

実際加古や黒江と仲良くなるには作戦室に足を運ばないといけないし願っても無いチャンスだ。というか当たり炒飯を食べてみたいし。

 

「ええ、宜しくお願いします」

 

一礼してから俺は作戦室を出る。そしてドアが閉まると同時に身体がよろめいてしまう。さっきまでは痩せ我慢をしていたが、もう限界に近い。

 

しかしここで倒れたら加古に見つかる可能性があるので最後の力を振り絞って、俺はエレベーターに乗り医務室がある1階のボタンを押す。

 

同時にエレベーターのドアが閉まり……

 

(あ、もう無理……)

 

遂に我慢の限界が来てしまい、俺の意識の扉もゆっくりと閉まっていくのを実感し……

 

 

ブツッッッッッッッッッッッッ

 

やがて視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュン……

 

「ん……?」

 

雀の鳴き声が聞こえてきたので目を開けると、知らない部屋のベッドの上にいた。

 

周りを見るがウチの屋敷ではないし、ベッドも天蓋付きのベッドになっている。

 

しかもベッドには女物の寝巻き……というかネグリジェが置いてある。

 

「え?どういう事だ?」

 

確か俺はさっきまで加古の炒飯を食って気分を悪くして……その先はよく覚えてないが、少なくともこの部屋についてはわからない。

 

「どうなってるんだ?」

 

俺は頭に疑問符を浮かべながらもベッドから降りて、そのままドアを開ける。

 

廊下を見れば天井にはシャンデリアがあり、廊下の隅にはには調度品などが置かれている。しかし全く見たことがない物ばかりなので、ここは自分の家じゃないのは確かだ。

 

そこまで考えていると階段の方から足音が聞こえてきたので警戒すると、予想外の人物が現れた。

 

「あら尊君。起こしに行こうと思ったけど、起きてたのね」

 

そこにいたのは加古望だった。しかし何故かエプロンを着けているし、雰囲気も元々大人っぽかったが、色気が更に増している。

 

しかし起こし行こうと思ったって……どういう事だ?もしかして炒飯を食って気絶した後に医務室じゃなくて加古の部屋に運ばれたのか?

 

いや、それはないだろう。とりあえず本人から情報を得てみるか。

 

「あの、加古さん」

 

改めて話しかけると加古は不思議そうに見てくる。

 

「どうしたの?いきなり旧姓で呼ぶなんて」

 

「はい?」

 

いきなり何を言ってんだ?旧姓ってどういう事だ?!頭の中がパニックになっている中、加古は俺に近寄ってくる。

 

「えっ?!加古って旧姓なんですか?」

 

慌てて尋ねると加古は頭に疑問符を浮かべている。

 

「寝惚けてるの?尊君と式を挙げてから唯我に姓を変えたじゃない」

 

えっ?!俺と式を挙げただと?!

 

(マジでどうなってんだ?!加古はまだ俺に恋愛感情を抱いてるとは思えないし、それ以前に俺は中3だから式を挙げるのは無理だ)

 

頭の中がパニックになっている中、加古は更に距離を詰めてくる。

 

「もしかして体調が悪いの?それとも私が加古だった時におけるリアルな夢を見たのかしら?」

 

夢……もしかしたらそうなのかもしれない。元々唯我尊に転生した事自体夢かと思ったし……もうなんか全てが夢なのかもしれない。

 

「そうかもしれないですね。ついさっきまで風間隊と二宮隊とランク戦をしてたようだったので」

 

「あー、じゃあ夢ね。まあ時間が経てば落ち着くかもしれないわ。とりあえず水でも飲みなさい」

 

「そうですね」

 

とりあえず頭の整理がしたいのは事実だ。

 

「決まりね。あ、そうそう。忘れてたわ」

 

加古は言うなり俺に近寄り………

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

「っ?!」

 

いきなりキスをしてきた。俺が驚く中、加古は目を瞑り唇をすり合わせてくる。

 

「ぷはっ……おはよう尊君」

 

加古は蠱惑的な表情を浮かべて挨拶をしてくる。その魅力的な表情に俺の中で何かがキレた。

 

これが夢か現実かはわからない。わからないが……

 

「おはようございます……あの、もう1回お願いします」

 

わからないが、折角加古の夫的ポジションになったんだし堪能するしかない。

 

「ふふっ……良いわよ……んっ」

 

加古……いや、唯我となった望は頷くと再度キスをしてくる。マジで幸せ過ぎる。ハーレムを夢見ていた俺だが、こんな幸せなら気にしない。

 

「んんっ……続きは夜、尊君が仕事から帰ってきてからね」

 

望はそう言って俺の手を引っ張り階段を下るが、夜だと?!今からマジで楽しみだ!

 

俺は夜に希望を抱きながら一階に降りると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから今日もお仕事頑張って。はい、ブルーベリー鯖味噌カレー炒飯」

 

満面の笑みを浮かべてテーブルの上に炒飯(外れ)を置く。

 

瞬間、さっきまでの幸せは一瞬で吹き飛び、絶望が襲ってくる。

 

(いやいやいや。何で朝から外れ炒飯なんだよ?!)

 

カレー炒飯なら満足だ。鯖味噌カレー炒飯も美味しくはなさそうだがまだ許容範囲だ。

 

けどブルーベリーはねぇだろ!!何故ブルーベリーを入れる?!仮に結婚してるなら夫を毒殺するつもりか?!

 

内心ツッコミを入れまくっていると……

 

 

 

 

 

 

「尊君、あーん」

 

天使が魅力的な表情で俺の口に毒物を入れてきた。

 

これは……死ぬかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!」

 

炒飯の不味さが口に広がってきたタイミングで俺は身体を起こしていた。

 

周りを見れば毒物が盛られた皿も毒物を食わせてきた望の姿もなく、白いベッドの上にいた。離れた場所にある棚には薬品が置かれていて、所々にボーダーのマークがついていた。

 

ポケットにある携帯を取り出して、年と日付を見ると俺が転生して余り経ってないことを示していた。

 

つまりは……

 

「夢か……」

 

さっきの夢だったようだ。しかし良い夢と悪夢を同時に見るってあるんだな……

 

「あー、前半だけだったら最高だったのに……」

 

思わずそう呟く。前半はマジで最高だった。夢とはいえキスをして、その余韻が残っているし。

 

しかし後半が最悪過ぎた。しかも炒飯を食べて目が覚めたから、寝汗がダラダラ流れて気分が悪い。

 

というか加古と結婚したら、マジでポイズン炒飯を食べる機会が増えそうだな……

 

俺は倦怠感を感じながら、先程見た夢について思い出し、幸せな気分と最悪な気分を交互に味わうのだった。

 

 

 

 

 

尚、現在の時刻は8時過ぎで、7時間近く眠っていたことを証明した。

 

ポイズン炒飯って睡眠薬にも使えそうだな……下手したら永眠するかもしれないけど。

 

 



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第22話

「ふぅ……開発室はここだな」

 

俺はボーダー本部にある開発室に足を運んでいる。ここではノーマルトリガーの量産や新型トリガーの作成、誘導装置の調整や基地の改良など様々な開発をしている場所だ。

 

元々昨日行く予定だったが、加古の炒飯を食って夜まで気絶したから今日行っているのだ。

 

そして……

 

「失礼します」

 

開発室に入る。周りには明らかに高そうな機械が所狭しと並んでいて、作業着を着た職員が動き回っている。

 

そんな中、視界の隅のドアから探してる人が出てきて、俺に気付くとこっちにやってくる。

 

「おっ、唯我君じゃないか。開発室に何か用かい?」

 

「はい。寺島雷蔵さんですよね?レイガストに関してお話があるのですが、お時間はあるでしょうか?」

 

用があるのはレイガストを開発した寺島雷蔵というエンジニアだ。

 

「もちろん良いとも。来てくれ」

 

そう言われて俺は奥の部屋に案内され、席に座るように促されるので席に座る。

 

「そっちは知ってるみたいだけど改めて自己紹介するね。俺は寺島雷蔵。昨日の試合を見てから君とは会って話したかったんだよ」

 

やはり自分が開発したトリガーを使われるのは気持ちいいのかもしれない。

 

「唯我尊です。宜しくお願いします」

 

「宜しく。それで何を相談したいんだい?」

 

「はい。昨日の試合で俺は1点取れましたが、歌川からの攻撃を防御する際に何発か斬撃を受けました。もちろん自分が未熟なのが1番の理由ですが、鍛錬以外でもやるべき事をやろうと思いここに伺いに来ました」

 

鍛錬するのは当たり前だが、それは他の隊員もやっているので、それ以外の場所でも動かないと強くはなれないだろう。

 

「そこでレイガストを改造したいと思ったのかい?」

 

「そうですね。レイガストの重量を軽くしたり、変形速度を上げることって可能ですか」

 

実際歌川の攻撃はスコーピオンを使っていたのもあったが速くて、こっちが防御し切る前にチクチク削っていたからな。対策としてレイガストの重さを軽くしたり、シールドの形を変える際の速度を上げたいと考えてる。

 

「可能だね。けど、その場合他の長所を削らないといけないよ。例えばだけどレイガストが軽くなる代わりにシールドモードの耐久力が下がったり、レイガストの変形速度が速くなる代わりにレイガストに関するトリオンの消費が多くなったり、とかね」

 

もしくはレイガストの能力を全て向上させる代わりにトリガーの枠を2つ使うとかもあると付け加える寺島の言葉に考えてしまう。

 

トリガーの枠を2つにするのは却下だ。色々やりたい戦術がある以上、レイガストに枠を2つ使うのは割に合わない。

 

トリオンの消費が増える改造も却下だ。これが出水や二宮みたいにトリオン量が多い隊員ならまだしも、俺のトリオン量は平均より若干下だ。三雲修と違いカツカツではないが、正直言って余裕はそこまでないからな。

 

となると……

 

「シールドモードの耐久力を下げる……ですかね」

 

シールドモードのレイガストは頑丈だ。二宮の合成弾は防げないが、それ以外の弾や歌川のスコーピオンに対してはそこそこ耐えられたし、耐久力をワンランク下げてもそこまで支障はないだろう。ぶっちゃけ刃トリガーやイーグレットの攻撃に数発耐えられるなら問題ない。

 

「わかった。じゃあ仮想戦闘モードでレイガストを試してみようか」

 

「良いんですか?元々話だけして、実験などは今後にしてもらうと思ってました」

 

「良いよ。今は仕事も一段落付いてるし、何よりレイガストの開発者として、使い手には協力したいさ」

 

「ではよろしくお願いします」

 

そう言われたらこちらとしてもありがたいので乗らせて貰うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ先ずは通常のレイガストを展開するね」

 

仮想戦闘空間にて、目の前にいる寺島がウィンドウを展開して操作すると俺の手元にレイガストが現れて、慣れた重みを感じる。

 

「これが通常のレイガストだけど、唯我君が使った場合の耐久力を調べないといけない」

 

言うなり寺島は再度ウィンドウを操作すると離れた場所にモールモッドが現れる。

 

「今から時間を測るから唯我君は防御に徹してね」

 

「了解しました」

 

俺がレイガストをシールドモードにすると、モールモッドが距離を詰めてきて、ブレードを振るってくる。

 

既にモールモッドの攻撃パターンは頭にあるので、ぶっちゃけカウンターを狙わなくても仕留められるが、今はレイガストの耐久テストをしているので反撃はしない。

 

(上段斬り、左水平斬り……からのブレードを増やしての連続斬り……)

 

モールモッド、というかトリオン兵はその時その時における最善の手を打つ理に適った動きをするので、何度も戦えば動きが読める。

 

というか太刀川に殆ど毎日ボコされまくったからか、斬撃が遅く感じる。太刀川の斬撃はモールモッドの斬撃がショボく見えるほど、早くて鋭いし。

 

そんな事を考えながら俺はモールモッドの斬撃を受け続けていると、遂にシールドモードのレイガストが破壊される。

 

「うん。時間にして4分ちょっとで、攻撃回数は47回だね」

 

改めて数字を言われるとレイガストって硬いな。しかしその分重いのがネックであるが。前にスコーピオンを入れて振ってみたが、レイガストの重さに慣れていたので、軽過ぎて振り回されてしまった事を思い出す。

 

「じゃあレイガストの重さを変えてみるね。今から少しずつ軽くするから、良いと思ったタイミングでストップをかけてくれ」

 

すると手に持つレイガストが少しずつ軽くなるので、軽く振りながら確かめてみる。

 

軽くするのは賛成だが、軽くし過ぎるつもりはない。理由としては軽くし過ぎたら、レイガストの他の長所が割りを食うし、軽くし過ぎて違和感を感じたら本末転倒だ。

 

要は違和感をギリギリ感じない、もしくは僅かに感じる程度に軽くするのが1番だ。

 

「あ、止めてください」

 

俺が言うと軽量化が止まるので、軽く振ってみるが違和感は殆どない。

 

「軽さはこれが1番しっくりきますね。耐久力テストをお願いします」

 

「了解」

 

すると再度モールモッドがブレードを振るってくるので、シールドモードのレイガストを動かして攻撃を防ぐが……

 

(思ったより手に衝撃が来るな)

 

重量を軽くした際に耐久力も下がったからか、先程に比べて手に入る衝撃が少しだけ増えている。

 

しかし防御にそこまで支障がないので問題ないだろう。実際先程に比べて腕を若干早く動かせるし。

 

そう思いながら防御を続けていると、レイガストに亀裂が走り、やがて破壊される。

 

「うん。時間にして3分半ちょいで、攻撃回数は41回だね」

 

普段のレイガストなら4分ちょいで、モールモッドの攻撃回数は47回だったな。

 

それを踏まえて考えると……

 

「じゃあ実際のレイガストもこの重さになるように調整して貰えますか?」

 

ワンランク軽量化する代わりに耐久力をワンランク下げることにした。これでも充分耐久力はあるし、俺が実力を上げればレイガストが割られる前に倒せるかもしれないからな。

 

「オッケー。じゃあこの部屋から出ようか」

 

寺島にそう言われて仮想戦闘空間を出る。そしてトリガーを差し出すと寺島は俺のトリガーケースを外し、レイガストのチップをパソコンに繋げて、パソコンを操作し始める。

 

「そういえば唯我君は今後も『防御で相手にストレスを与え、乱れた所で崩しにかかる』戦闘スタイルで戦うのかい?」

 

「そうですね。いずれはスラスターを利用した投擲以外にも攻撃パターンを身に付けたいですが、暫くは今のスタイルの練習を続けたいと思います」

 

一応レイガストの投擲以外にも攻撃パターンをシミュレートしているが、今練習したらレイガストの練習が疎かになるだろうし当分は無理だ。

 

「なるほどね。だったらただ防御し続ける以外の方法も模索した方がいい」

 

「そう、ですね……」

 

全くもってその通りだ。前回は運良くバラバラで戦端が開かれたが、歌川が菊地原と合流していたら俺が落とされていた。

 

よってチームランク戦の場合、今後はより早く相手にストレスを与えるようにしないといけない。

 

 

しかしストレスを与えるってどうやってだ?悪口を言いまくるってのは悪くないが、それをやって性格が悪いって思われたら女子との出会いが無くなるだろうからやるつもりはない。

 

(ま、色々考えてみるが)

 

俺は寺島がレイガストを改良するのを見ながら、色々な方法を模索し始めるのだった。



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第23話

「ふーむ……どうするべきか」

 

食堂にて、俺はタブレットで色々な隊員の戦闘記録を見ながらパンを食べる。

 

レイガストを改良したのは良いが、ただ防御に徹する以外の戦術を用意したい。

 

とはいえ基礎が出来てない状態で今から新しいトリガーを選んだ所で付け焼き刃だし、今あるトリガーで戦術の幅を広げたい。

 

主トリガー

アステロイド

シールド

グラスホッパー

ハウンド

 

 

副トリガー

メテオラ

レイガスト

スラスター

バッグワーム

 

 

これが俺のトリガー構成だ。攻撃トリガーについては基本的にアステロイドとハウンドは牽制用でメテオラは目眩し用、レイガストとスラスターが防御と投擲に使われている。

 

この中から相手が予想できないような戦術を生み出すには使用用途を変えるのが1番だ。

 

さてさて、どうしたものやら……

 

「お困りのようだね若者よ。悩み事かい?」

 

そんな声が聞こえてきたので顔を上げると迅がいた。

 

「どうも迅さん。本部にいるなんて、セクハラしに来たんですか?」

 

「セクハラなんて酷いなぁ。俺はただ本能に逆らってないだけさ」

 

「太刀川さんからはサイドエフェクトを使って尻を触ると聞いてますが」

 

「それは太刀川さんの勘違いさ」

 

「わかりました。では本能に従って本部長の前で沢村さんの尻を触ってください」

 

「ごめんなさい。サイドエフェクトを使って尻を触る相手を選んでます」

 

やっぱりそうじゃねぇか。今更だがサイドエフェクトの使い方酷過ぎだろ。

 

「冗談はともかく何の用ですか?俺の力を必要とするのは1年以上経ってからだと思いますが」

 

以前迅は俺の力を借りると言っていたが、少なくともイレギュラー門の件や大規模侵攻まで俺のアドバイスは必要ないだろう。

 

と、ここで迅は不思議そうに見てくる。

 

「1年以上経ってから?俺はまだそんな先に起こる事件に関する未来は見えてないけど、何があるんだ?」

 

し、しまった……思わず口を滑らせてしまった。どうやら第二次大規模侵攻はこの時点では確定してない未来のようだ。

 

話すべきか悩んだが……話すことにした。理由としては単純に犠牲者を減らせるかもしれないから、そして既に迅に目を付けられている以上、シラを切ると面倒なことになりそうだからだ。

 

「……話すのは構いませんが、俺について必要以上に詮索しないでくれませんか?」

 

「もちろん。無理に聞き出すよりお前とは友好的に過ごしたいからね」

 

「その言葉を信じますよ……単刀直入に言いますと、再来年の1月に大規模侵攻が起こる可能性があります」

 

そう言うと迅は目を見開く。演技には見えないので本当に知らないようだ。

 

「それは本当か?」

 

「絶対とは言いませんが。敵の狙いはC級隊員の確保で、人型も基地に侵入して死者を出しました」

 

もうここまで来たらある程度話した方が吉だ。

 

「なるほどね……どうやってそんな知識を知ったかは興味あるけど……」

 

「すみません。それについてはちょっと……」

 

この世界は漫画の世界であり、前世でこの漫画を読んだからなんて言っても絶対に信じて貰えないだろう。迅なら信じてくれるかもしれないが、上層部あたりは信じなさそうだ。原作でも頭が硬かったし。

 

「まあ良いか。いつか教えてくれよ。何にせよ今貰った情報は利用させて貰うよ」

 

「?今言った話を上層部にするんですか?」

 

正直信じてもらえるとは思えないんだが。

 

「具体的な話はしないよ。ただ1年くらい先に大規模侵攻が起こる未来が薄っすらと見えたって話して、今から備えて貰うだけ」

 

なるほどな。1年くらい先に大規模侵攻が起こるかもしれないと言ったら、上層部もトリオンの備蓄や防衛施設の設立について今以上に力を入れるだろう。

 

実際に脅威が来ると解って備えるのと、脅威を知らないで備えるのは全然違うからな。

 

「けど俺が話すことが未来が変わるかもしれないですよ?」

 

俺が話した事でアフトクラトルもこっちの世界の備えを知り、攻めてこないかもしれない。

 

「そうなったら俺が責任を取るから気にすんな。それに備えあれば憂いなしって言うからな」

 

それなら安心だ。まあ確かにこの世界が原作から乖離してアフトクラトル以外の国が攻めてくる可能性があるからな。

 

「ただ時期が近づいたら、またアドバイスをして欲しい」

 

「わかりました」

 

特に反対するメリットはないし、迅と敵対するのは避けたいからな。

 

「助かるよ。お礼に良い情報を教えてあげるよ」

 

「良い情報?」

 

「うん。お前は3日後に本部に来ない方がいい。本部に来たら太刀川さんと堤さんと一緒に加古さんの外れ炒飯で死ぬから」

 

「忠告感謝します」

 

マジで感謝だ。あの外れ炒飯でくたばった俺からしたら二度と食べたくないし。

 

「ちなみに太刀川さんと堤さんには話すんですか?」

 

「2人は大学の帰りに加古さんに捕まるから未来を覆せないんだよね。そんでお前が本部に行ったら太刀川さんが巻き添えにするってわけ」

 

おいコラ。確かに俺は半人前だが、だからといって巻き添えにすんなや。

 

「ではその日は本部には行きません。それともう1つ聞きたいのですが……」

 

そう前置きして俺は現在どのような戦術を身につけようか悩んでることを相談する。

 

「ふむふむ。まあレイガストは使い手が少ないから難しいよな。ウチにいるレイジさんもレイガストを使うけど、唯我の役には立ちそうにないし」

 

そりゃな。レイガストで相手をぶん殴るスタイルなんて筋力の足りない俺には無理だろう。アレは自分の身体を完璧に使いこなせるような人間にしか出来ないし、今から学んでも数年かかる。

 

そう思っていると迅は俺の見てくるが、やがて笑みを浮かべる。もしかして新しい未来を見たのか。

 

「じゃあ実力派エリートからのアドバイス。今日の6時からやる三門テレビのニュースを見てみな。きっと役に立つから」

 

夕方6時からニュースを見ろ?確かにニュースはよく見ているが、戦術の役に立つとは思えない。

 

とはいえわざわざアドバイスをしてくれたのだから見てみよう。嘘をつくならもっとマシな嘘をつくだろうし。

 

「わかりました。助言感謝します」

 

「うんうん。若いんだから色々試してみな」

 

いやアンタも若いだろ。人生経験が豊富なのは間違いないだろうが、学ラン着てるし。よくよく考えたら迅って原作開始時点だと19歳で、今は高3なんだよな。

 

「じゃあ俺はもう行くよ。お前から聞いた件について、未来が見えたってことにして報告しないといけないし」

 

「あ、はい。わざわざありがとうございます」

 

「気にすんなって、こっちもお前とは仲良くしたいし……あ、最後に1つお願いだが、例えどんなに幸せになっても、周りの人に砂糖を吐かせ過ぎるなよ?」

 

迅はそう言って去って行くが……最後のアドバイスからして、俺が周りの連中が砂糖を吐くくらい幸せになる未来は濃厚って事か?

 

(だとしたら今以上に精進しよう)

 

俺は迅のお願いを聞き、今まで以上にモチベーションが上がるのを自覚するのだった。



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第24話

「おー、唯我君おかえり〜」

 

「レイガストの改良は終わったのか?」

 

作戦室に入ると国近と出水がテレビゲームをしていた。

 

「はい。寺島さんに頼んで改造しました。それとすみませんが6時になったらテレビを借りて良いですか?」

 

時計を見ると5時半だ。2人がやってるのは格ゲーだから後30分もすれば止めるだろう。

 

「ん〜?別に良いけど、見たい番組があるの?」

 

「実はですね……」

 

国近の質問にさっき迅から受けたアドバイスについて説明する。

 

「迅さんがね……未来視のサイドエフェクトを疑うわけじゃないけど、ニュース見ただけで新しい戦略が浮かぶのか?」

 

出水の言う通りだ。戦闘記録を見直すならまだしも、ニュースを見て戦略が思いつくとは思えない。

 

「まあ疑わしいですが、こんな小さな事で嘘をつくとは思えないんで」

 

「そりゃそうか」

 

出水は頷きながらゲームを再開するが国近にボコボコにされている。容赦無しか。

 

そんなことを思いながらノンビリゲームを眺めているが、5時50分になるとゲームをやめてテレビを譲り、2人は俺の左右に座る。

 

「で?どのチャンネルだ」

 

「三門テレビですね」

 

言いながらリモコンを操作して待機するとニュース番組が始まった。

 

しかし真っ先に挙げられたニュースは海外の首相選挙で見ていても特に何も感じない。

 

その後は国内で起きた事故や事件を取り上げているが、戦略とは全く関係ないニュースが続いて行く。

 

「なぁ?本当にニュース見て戦略が思いつくのか?」

 

出水にそう言われるが、不安になってきたところだ。

 

若干不安な気持ちを抱きながらもニュースを見るが特に思い浮かぶことなく天気予報に切り替わる。やっぱり騙されたのか?

 

『こちら九州地方です。台風16号は全く衰えることなく進んできて、通行人は歩くのすら苦労しています』

 

九州からの中継のようだが画面の中では大雨と暴風が吹き荒れて、リポーターは転ばないように踏ん張っている。

 

「いやー、九州は大変そうだね〜」

 

「三門市は余り台風が来ない地域ですから新鮮に……んんっ?」

 

「どうした唯我?」

 

出水が問いかけてくるが、俺は画面に映るある存在に気付き、食い入るように画面を見る。

 

「……これだ!」

 

新しい戦い方を思いついた。俺の考えが上手くいけば、トリガー構成を変えなくても相手に与えるストレスを増やす事が可能かもしれない。

 

「何だ?良い案が浮かんだのか?」

 

「はい。実は……」

 

2人に説明すると2人は納得したように頷く。

 

「なるほどね〜、確かに良い考えかも」

 

「んじゃ早速実戦は……無理か。そのやり方、攻撃手に対して特化したやり方だし」

 

出水の言う通りだ。このやり方は攻撃手以外には使えないし、後で太刀川が来たら模擬戦を頼もう。

 

「そうですね。とはいえ折角思いついたんで太刀川さんが帰ってきたら付き合って貰います」

 

「それが良いね。でも唯我君ってどんどん独特なスタイルになっていくね〜」

 

「それは俺も思った。射手を名乗ってるけど、絶対射手じゃないだろ」

 

「いやいや。弾丸トリガーを入れてますし、レイガストを射出していますから立派な射手ですよ」

 

苦し紛れの言い訳だが、射手だろう。本当にギリギリだが。

 

そんな事を考えていると作戦室のドアが開き太刀川が入ってくる。迅の未来によれば3日後に加古の炒飯で死ぬ事が決まっていて、俺が本部にいたら巻き添えにするという酷い隊長だ。まあ俺も太刀川の立場なら巻き添えにするけど。

 

「あ、太刀川さん。ちょっと模擬戦に付き合ってくれませんか?」

 

「ん?レイガストの改良が済んだのか?もちろん良いぞ、国近」

 

「ほ〜い」

 

国近が頷くとパソコンに向かい、操作を始めるので俺と太刀川は仮想訓練室に入る。

 

「さて、わざわざ模擬戦をするって事はレイガストの改良に加えて新しい戦術も考えたんだろ?」

 

「まあそうですね」

 

言いながらレイガストを右手に構えると、太刀川は右手に弧月を構える。

 

『模擬戦開始〜』

 

国近のノンビリとした声と共に太刀川が突っ込んで袈裟斬りを放ってくるので、レイガストをシールドモードに変えて防御する。流石に何千回もぶった斬られたので、単発の一撃なら確実に防げるようになった。

 

とはいえ問題はこれからだ、と思う間に太刀川は上段斬りを放ち、間髪入れずに斬りあげて、そのまま鋭い一撃を連続で放ってくる。

 

それを何度か防ぐが、防ぐ度にレイガストを持つ手に衝撃が走る。何千、下手したら何万回も受けているが一撃一撃が鋭過ぎる。コイツの師匠の忍田はどんだけ怪物なんだって話だ。

 

そう思いながらも俺はガードを続ける。今まで色々な奴の攻撃を防御してきたが、あることに気づいた。

 

それはどの隊員も大小差はあれどある程度攻撃すると、一呼吸おき、その際に攻撃の速度を緩めるのだ。

 

そしてそこが最大のチャンスである。実際俺は太刀川相手に僅かだが勝ち星を挙げていて、その勝ち星は毎回太刀川の攻撃が緩くなった時に挙げている。

 

(耐えろ。チャンスは必ず来る……)

 

太刀川の激しい連撃を受けながらも絶対に負けてなるものかと、耐え抜く。

 

そしてチャンスは来た。一度落ち着く為か攻撃速度を緩めて、僅かに距離を取る。

 

普段からここでスラスターを利用してシールド突撃をするが……

 

(今だ!)

 

俺はスラスターを使わずにシールドモードのレイガストの形を変える選択をする。

 

レイガストの四隅が動き始め、やがてマジックハンドのような形となり太刀川を掴もうとする。

 

これには太刀川も予想外のようで目を見開く。まさかレイガストで掴もうとすると思わなかったのだろう。

 

太刀川はレイガストの外側に逃げようとするがもう遅い。太刀川がレイガストの外側に逃げる前に、捕まえて顔面に弾丸を打ち込む。身体を捕まえるついでに腕を捕まえられたら弧月も振れなくなるし俺の勝ちだ。

 

そう思いながら俺は距離を詰めて、拘束が終わると同時にゼロ距離射撃をする準備に入った時だった。

 

太刀川は手にグラスホッパーを起動する。上にジャンプして逃げるつもりなのだろうが、最大威力の射撃で削れば勝算はある。

 

しかし……

 

太刀川のグラスホッパーは太刀川の足元ではなく、太刀川と距離を詰めようとしている俺が持つレイガストの持ち手付近に展開された。

 

瞬間、レイガストにグラスホッパーが当たり、俺はレイガストと一緒に後ろに吹き飛んでしまう。

 

地面に倒れた俺は急いでマジックハンドのような形をしたレイガストを持って立ち上がろうとするが、目の前には居合の格好をした太刀川がいて……

 

 

 

 

「旋空弧月」

 

その言葉と共に弧月のリーチが伸びて、レイガストを真っ二つにしてから俺の下半身が吹き飛ばした。

 

(あ、やっぱ太刀川相手に距離を取ると真っ二つにされるんだな)

 

俺は真っ二つにされながら現実逃避気味にそう思うのであった。



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第25話

「はっはっはっ。中々面白い戦術だったぞ。まさかレイガストをマジックアームみたいに使うなんて」

 

「けど捕まえられなかったし、お蔵入りですね」

 

作戦室にて太刀川は笑いながらどら焼きを食べる。結局新戦術を何度か試したが、太刀川を捕まえる事は不可能だった。

 

「そうでもないぞ。確かに俺を捕まえる事は出来なかったが、B級中位レベルなら捕らえられると思うし、お前の一番の武器はしつこい防御だ。カッとなった相手ならB級上位やA級の連中も捕まえられるかもしれない」

 

まあそうだな。結果的に太刀川を捕まえる事は出来なかったが、後一歩って事は2、3回あったしそこらの相手なら捕まえられるだろう。

 

「それにだ唯我。お前は確かニュース、台風によって傘が裏返ってる所を見て今回の戦術を思いついたんだよな?」

 

「そうですね」

 

「それならマジックアームのようにして無理に敵を捕まえようとする以外に、相手の腕の可動域を減らすのに使えるぞ」

 

あ、なるほどな。確かにレイガストのシールドを広げ相手を囲むようにすれば、向こうは動き難くなり苛立つだろう。

 

「それに拘束技を見せつけたら、対戦相手は警戒して攻めあぐねるし、時間稼ぎには向いてると思うよ〜」

 

「チーム戦なら捕まえた瞬間にレイガストを放して距離を取り、身動きを取れなくなった相手に俺が合成弾を撃つって事もできるし、直ぐにお蔵入りするのは勿体ないな」

 

国近と出水がそう言ってくるが、言われると色々選択肢があるな。とりあえずお蔵入りするのは性急過ぎたか。

 

「と、言うわけで唯我。お前は今から個人ランク戦ブースに行って、経験を積んでこい」

 

「了解しました」

 

太刀川からそんな命令を受けた俺は頷いて作戦室を出るが、気分は悪くない。

 

理不尽なノルマに悩む事なく、自分がやりたいと思うことをやる……最高の人生じゃないか。

 

原作開始までまだ1年以上あるが、それまでに太刀川隊として相応しい隊員になってみせる。

 

……そうすりゃ、もう1つの目標である女子との出会いも達成出来るかもしれないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、しかし唯我の奴、本当に予想外の方向に向かってますね」

 

唯我が作戦室から出て行く中、出水がそう呟くと国近と太刀川も頷く。

 

「そだねー。もう射手って言いにくいよねー」

 

「いやいや、もう完全に射手じゃないでしょ。この前二宮さんも「伸び代は感じるが、アレは絶対射手じゃない」って言ってましたし」

 

「ま、この調子で伸びてけば、そう遠くない未来には京介の穴を埋められるだろ」

 

太刀川は玉狛支部に移った自分の部下の名前を口にする。サポートの上手い部下が抜けた次のシーズンに唯我はコネで入ってきた。

 

当初は半人前のお荷物と思っていたが、ある日を境に人が変わったかのようにハングリーさを剥き出しにして日々鍛錬を重ねるようになった。

 

今はまだ荒削りであるが、予想外の発想には光る物を感じるし、唯我が高校生に上がる頃には一人前になるだろうと太刀川は確信している。

 

「まあ京介とは全然戦い方が違いますし、何とも言えないですけどね」

 

烏丸の仕事は太刀川のサポートと、自身でも点を取る事だった。しかし唯我はこの調子で伸びれば、格上に対しての足止めと出水のサポートが仕事になる可能性が高い。

 

そんな風に話しているとチャイムが鳴ったので出水が来客を迎えるべく、ドアを開けると……

 

「うおっ!」

 

予想外の来客が現れて思わず目を見開いてしまった。

 

 

 

その後来客は唯我の所在を聞き、個人ランク戦ブースに行っていると言われたのでそのまま去って行ったが、作戦室にいた3人は意外な来客に興味を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

ギィン ギィン ギィン

 

鈍い音が手にあるレイガストから響くが、それを無視してスラスターを発動してシールド突撃をして、木虎を吹き飛ばす。

 

そして後ろにジャンプしながらアステロイドを放つ。スラスターを使用したレイガストの投擲でも悪くないが、入隊したばかりの木虎ならまだしも今の木虎には通用するとは限らない。

 

放たれたアステロイドは体勢を崩した木虎の左手と左肩を穿つが戦闘不能になるレベルじゃない。

 

木虎はダメージを気にしないでこちらに突撃をしてスコーピオンを振るってくるので焦らずに防御する。

 

「……本当にっ、しつこいにも程がありますね」

 

「生憎だが今の俺が持つ武器はそれしかないんでな」

 

忌々しそうに呟く木虎の攻撃を一つ一つ防いでいく。原作で木虎はスパイダーを利用した戦術を使っていたが、この時代の木虎はまだスコーピオンとハンドガンだけしか使ってない。

 

よってワイヤーによる変則的な戦術は使ってきてないので、防ぐのは難しくない。何せこっちは成績と引き換えに圧倒的な戦闘力を持った男にしごかれているのだ。

 

太刀川にぶった斬られまくった事を思い出しながら暫くガードを続けていると、案の定木虎の剣筋が荒くなってきている。攻撃が通らないってのは相当イラつくだろうな。

 

実際前世でワールドトリガーを読んでいた時はレイガストの使い手の村上を見て、硬すぎだろって思ったし。

 

そうこうしていると、痺れを切らしたのかレイガストを叩き割るかのような大振りをしてくる。

 

同時に視野が狭くなったと確信した俺は足払いをかけて、体勢を崩した隙にレイガストのシールドの形状を変え、木虎を挟み込むように広げ……

 

「んなっ?!」

 

先程太刀川に試したようにレイガストで木虎を捕まえる。しかも両腕もレイガストに捕まっているので身動きが一切取れなくなっている。

 

「木虎……ゲットだぜ!」

 

そんなアホな事を言いながら俺は威力に殆どのトリオンを注ぎ込んだアステロイドで木虎の頭を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

『女子をクレーンゲームの景品のように掴むなんて随分と嫌らしい戦術ですね。そんなだから皆に嫌われてるんですよ』

 

5本先取勝負にて5ー2で俺が勝つと木虎がいるブースからそんな嫌味が聞こえてくる。

 

まあ5本中3本はレイガストで木虎を捕まえて勝ったからそう言われるのも仕方ない。

 

しかしそんな風に某蟲柱が言ったような事を言われるのは結構イラっとくるな。まあコネで入隊したから嫌われてるだろうけど。

 

しかし俺は……

 

「俺は嫌われてない」

 

一度言ってみたかったセリフを口にする。アレ前世で好きだったんだよな。連載当初は速攻で終わるって評価されてたけど、普通に好きだったし続きが読みたい。

 

『あぁそれ……すみません、嫌われている自覚が無かったんですね。余計なことを言ってしまってすみません』

 

するとそんな言葉が帰ってくる。まさかそう来るとは……まさか木虎も転生した人間なのか?

 

「惨めになるから謝んな。後負けたからって強く当たるな」

 

『……さっきは調子が悪かっただけです。もうすぐ防衛任務ですから帰りますが、次はボコボコにしますので』

 

その言葉と共に通信が切れるが、負けず嫌いに火がついてしまったようだ。

 

内心溜息を吐きながら違う対戦相手を探すが……

 

(相手が居ねぇ……)

 

4000以上、つまり正隊員は2人しかいないが、その2人は現在対戦中だ。

 

(しかもスコーピオンで14425ポイント、アステロイドで15241ポイント……これ絶対風間と二宮だろ)

 

太刀川の個人ポイントは17000ちょいで、出水の個人ポイントは10000ちょいだ。出水以上太刀川以下のポイントを持つ隊員は数人しかいないが、今戦ってるのは風間と二宮以外考えられない。

 

(仕方ない。今日は諦めるか)

 

二宮については勝てる未来が全く見えない。トリオン量に差があり過ぎるから近づくことすら出来ないだろう。

 

風間については、太刀川相手に僅かながらに勝ち星を挙げたこともあるし、ほんのごく僅かだが勝ち目はある。

 

しかし2人の戦いは当分続きそうだしまた明日にしよう。

 

俺は伸びをしてからブースから出る。とりあえず一旦作戦室に戻って「おい」いきなりそんな声が聞こえてきたので振り向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この後時間あるか?唯我ァ」

 

ツーブロックリーゼントの髪型が特徴的なヤンキー風の男……弓場拓磨が鋭い目で俺を見ながら話しかけてきた。

 

 

え?どういう事?



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第26話

「コーヒーで良いか?」

 

「ゴチになります」

 

リーゼントの男……弓場にそう聞かれたので頷くと、弓場は缶コーヒーを自販機で買って渡してくるので俺は一礼してからチビチビ飲む。

 

(つかなんで俺は呼ばれたんだ?)

 

頭に疑問符を浮かべながら弓場を見る。

 

弓場拓磨

 

B級弓場隊の隊長でポジションは銃手。

 

しかし彼は「離れた場所から弾丸で援護する」普通の銃手ではなく、「近距離にて高威力で高速の弾丸をぶち込む」攻撃手に近い戦闘スタイルの銃手だ。

 

原作では見た事ないし、この世界に来てから弓場のスタイルを知ったが、戦闘記録を見た時は度肝を抜かれてしまったくらいだ。原作を読む限り銃手は援護ポジションと思っていたからな。

 

 

そんな彼は先程個人ランク戦を済ませた俺に対して、時間があるなら付き合って欲しいと言ってきて、俺が承諾するとラウンジまで行きコーヒーを奢って今に至る。

 

「それで何の用でしょうか?正直言って俺と弓場さんには接点がなかったと思いますが」

 

問題はそこだ。俺と弓場は今日まで話したことはない。弓場の年齢は迅と同じだが、太刀川隊に弓場と同年代の人はいないし、心当たりが全くない。

 

「まぁおめェーの立場からしたらそう思うわな。実はお前に頼みがあるんだが、最近ウチの隊に入った帯島は知ってるか?」

 

「えぇ、まあ」

 

帯島ユカリ

 

原作ではまだ登場してなかったがBBFによれば弓場隊の万能手であり、今はまだ攻撃手として弓場隊に在籍している。

 

この世界に来てから戦闘記録を見たがガード、カウンター重視の攻撃手で中々新鮮だった。

 

後ボーイッシュで結構可愛い。まるで妹のような雰囲気がする。

 

「帯島は中々のセンスを持ってるがBに上がったのはつい最近で、来シーズンからチームランク戦に参加する。防衛任務の数も少なくて戦闘経験はまだ殆どねぇ。だからアイツに稽古をつけてやって欲しくておめェーに頼みに来たんだよ」

 

「はぁ……でも同じガード、カウンタースタイルでも俺はレイガスト、彼女は弧月を使うんで参考になるかわかりませんよ」

 

刃トリガーについて、防御にリソースを割くのは同じだがレイガストと弧月では全く違う。

 

「いや、防御やカウンターじゃなくてアイツには攻めパターンを増やして欲しいんだよ。そんでおめェーの防御力を見て力を借りたいと思ってな」

 

なるほどな。確かに俺の防御力は、マスタークラス以下の攻撃手なら殆ど凌げるレベルに達している。そんな俺を訓練相手に使えば、「どうやって防御を崩せばいいのか」を考え続け、必然的に攻撃パターンを増やさないといけないし、方針としては悪くない。

 

そして個人ランク戦ではなく、わざわざ俺に頼むという事は秘密裏に鍛えたいのだろう。

 

来シーズンまでに個人ランク戦をやりまくれば強くなれても敵に情報を与えてしまうからな。

 

「話はわかりました。結論から言いますと俺は構いません。ただその代わりと言ってはなんですが、こちらのお願いも聞いていただけないでしょうか?」

 

「何だ?」

 

弓場にそう言われたので俺はお願いを口にする。すると弓場は目を見開くがやがてニヤリと笑う。

 

「面白ェ事考えるな。良いぜ、ギブアンドテイクだ」

 

「ありがとうございます。とはいえその件については暫くはやらないつもりなんで、帯島の方の話にしましょう。わざわざ俺に頼むって事は太刀川隊か弓場隊の作戦室で訓練をするのは当然ですが、今日から早速やりますか?」

 

個人ランク戦については早く切り上げたのでかなり体力は余っているので、今からやっても問題ない。

 

「いや、俺達はこれから防衛任務だから明日以降に頼む」

 

「わかりました。では俺のシフトを渡しますので、御宅のシフトと被らない日にしましょう」

 

「だな。んじゃ連絡先を交換するぞ」

 

そう言われたので携帯を取り出して連絡先を交換する。そして弓場のアドレスを確認するとシフト表を送信する。

 

「送りましたので今日の夜に都合の良い時間とかを教えてください。可能な限り力になります」

 

「悪ぃな」

 

「お気になさらず。では宜しくお願いします。話が終わりなら失礼します」

 

「あぁ。んじゃ宜しく頼むぜ」

 

最後に一礼してからこの場を去る。予想外の邂逅であったが、気にしない。遅かれ早かれ弓場には接触する予定だったし僥倖と言えるだろう。

 

作戦室に戻るべくエレベーターを待っているとドアが開くので中に入ろうとした時だった。

 

「あ、唯我君。ちょうど良かったわ」

 

エレベーターには那須がいて微笑みを浮かべてくる。

 

「あ、どうも。ちょうど良かったってどういう事ですか?」

 

内心照れながらも動揺を見せないように注意しながら質問をする。

 

「元々唯我君に用があったの。今週の土曜日なんだけど、予定とかある?」

 

「いえ。防衛任務は入れてないですが」

 

「もし唯我君に用事がないなら、一緒に映画に行かない?チケットが2枚手に入ったの」

 

何だと?!まさかのデートのお誘いだと?!絶対に行きたい。

 

しかしがっついたら引かれるのは間違いないから落ち着いた対応をしよう。

 

「俺としては興味はありますが、チームメイトとは行かないのですか?」

 

「くまちゃんは柿崎さん達とバスケットで遊ぶ約束をしてて、茜ちゃんは家族で日帰り温泉に行くみたいで、小夜ちゃんは外に出るのが好きじゃないからね。それで前からお世話になってる唯我君を誘おうと思ったの」

 

「そうでしたか。ではご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

「ええ。じゃあ集合場所や集合時間は金曜日の夜にまた話しましょう」

 

「わかりました。当日は宜しくお願いします」

 

「ええ。楽しみにしてるわ」

 

良し、言質はとった。いよいよ初めてのデートだ。このチャンスをモノにしないといけない。

 

もちろん今回のデートで付き合えるなんて微塵も考えてはいないが、また次も遊ぶことが出来るようにするのは絶対だ。

 

そこまで話していると太刀川隊作戦室がある階に着き、ドアが開く。

 

「元々俺に用があったなら作戦室でお茶でも飲んで行きます?いいとこのどら焼きもありますよ」

 

ついでに3日前に作戦室を掃除したので特に汚くないので招いても問題ないはすだ。

 

「そうなの?じゃあお言葉に甘えて」

 

那須が頷いたので一緒にエレベーターから降りて廊下を歩く。正直言って今から土曜日が楽しみで仕方ないが表に出さないようにしないといけない。バレたら引かれる可能性もあるからな。

 

そう決心しながらも廊下を歩き、作戦室のドアを開けると……

 

 

 

 

 

「前から言っているが、大学に入ったらランク戦の数を減らせ。ボーダー推薦を使ったからといって単位が優遇されるわけじゃない。寧ろお前はA級1位として名が知られているのだから……」

 

「……すいません」

 

太刀川は正座をしていて、太刀川の師匠にしてボーダー本部長の忍田が腕を組みながら説教をしている。内容から察するに大学から太刀川が課題をやってない事が報告を受けたのだろう。

 

出水と国近の姿は見えないが逃げ出したのは明白。ここにいるのは危険だからな。

 

そう判断した俺はそのまま作戦室のドアを閉めて、ポカンとしている那須を見る。

 

「取り込み中のようですし、もてなしは出来ないようです」

 

「そうみたいね……ラウンジに行く?」

 

「そうしましょうか」

 

俺達は部屋の中から聞こえる叫び声をスルーして、再度エレベーターに向かって歩き出す。

 

やはりやるべき事を放置するのは良くないな。あんな風に地獄を見ることになるが、そんなな絶対に避けるべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの時の俺は知らなかった。

 

那須と出かける土曜日に、この上ない天国とこの上ない地獄を同時に経験するということを。



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第27話

木曜日

 

「えーっと弓場隊の作戦室はこっちだな……」

 

俺は廊下を歩き弓場隊作戦室に向かっている。昨夜弓場から太刀川隊か弓場隊のどちらかの作戦室に集合すると言われたが、一応俺は中3だから先輩を立てて、弓場隊作戦室に向かっている。

 

タブレットに表示されたマップに従って歩いていると、ドアが開いている部屋があった。あそこが弓場隊作戦室だな。

 

俺はその部屋に向かうと、入ってすぐの所に弓場が腕を組んで立っていて、その隣には帯島ユカリもいるが弓場の威圧感が凄ぇ……

 

「ご足労感謝するぜぇ、唯我ァ」

 

いや、アンタ本当に高3かよ?絶対年齢詐称してるだろう。

 

「帯島ァ!挨拶しろ!」

 

「ッス!自分は弓場隊攻撃手帯島っス!唯我先輩の粘り強さ!発想力を尊敬してます!以後宜しくお願いします!」

 

弓場の言葉に帯島は背を伸ばして堂々と挨拶をしてくる。ヤンキー漫画でありそうな光景だな。原作で弓場隊は見てないが、インパクト強過ぎだろ。

 

「宜しく。ちなみに他の隊員はいないんですか?」

 

「今日はオフだからな。んじゃ早速始めても大丈夫か?」

 

「はい。ちなみにルールについてはどうしますか?ずっと防御に徹しましょうか?」

 

別にそれでも構わない。それはそれで鍛錬になるからな。

 

「そうだな……最初の2分は防御に徹してその後に反撃、で良いか?」

 

「わかりました」

 

「決まりだな。帯島はさっきも言ったように失敗を恐れずガンガン攻めてけ」

 

「ッス!」

 

帯島は大きく頷くが、なんか部活の連帯感を思わせるなぁ。

 

そう思いながら俺達は仮想空間に入り、弓場がウィンドウを展開して周囲に建物を作り出す。

 

それを確認した俺はトリガーを起動して太刀川隊の隊服に変わる。一方帯島は既にトリオン体のようだが、私服に近い隊服だ。こういった隊服はシンプルで新鮮に感じるな。

 

風間隊とか那須隊は映画で出てくる宇宙服っぽいし、ウチの隊服はかっこいいが厨二感があるし、二宮隊に至ってはスーツだし。

 

そしてレイガストを展開してシールドモードにして構えると向こうも弧月を展開する。

 

同時に弓場が離れて距離を取り、手を挙げ……

 

「始め!」

 

手を振り下ろす。同時に帯島は距離を詰めて弧月を振るってくるのでレイガストで受け止める。

 

それから直ぐにあらゆる方向から弧月を振るってくるが焦らずに一撃一撃防いでいくが……

 

「攻める時は常に前を見ろ。剣を振る方向に視線を向けると攻撃を読まれやすくなる」

 

まだB級上がりたてだからか、攻撃する際に剣を振る前から振ろうとしている方向を見ているので先読みがしやすい。

 

まあ俺の場合、防御を極めようとしている中で観察力も鍛えてるからな。才能がないなら努力で埋めるしかない。

 

「ッス!以後注意して行きます!」

 

帯島は攻撃しながらそう言ってくるがか、「ッス」って毎回言うと頭の中で学ラン着て口に葉っぱを咥える姿の帯島が浮かぶからやめて欲しい。

 

そう思いながら再度ガードを続けていくと、帯島は偶に横を向くことはあるが、懸命に俺を見ようとしながら攻撃を重ねる。

 

B級上がりたてにしては鋭い一撃が次々と振るわれて、レイガストを介して腕に衝撃が伝わってくる。

 

「攻める際は大振りを多用するのはやめとけ。今は防御に徹してるからまだしも、防御をやめたら隙だらけだぞ」

 

正直言ってレイガストを割ろうとする大振りよりも防御のリズムを崩そうとする細かい連撃の方が厄介だ。

 

「ッス!」

 

帯島はまた頷くが、いずれ弓場のようにリーゼントにならないか不安でしかない。

 

そうこうしながら防御を続けているとアラームが鳴り出す。約束の2分が経過したようだから反撃させて貰う。

 

俺はレイガストの形状を変化させ、レイガストに太い切れ込みを作る。

 

そして帯島が弧月を振るった瞬間、レイガストを動かして弧月が切れ込み部分に入るように誘導する。

 

そして切れ込みが入った瞬間に再度形状を変化させて切れ込みを無くす。それにより帯島の弧月はレイガストに拘束されて抜けなくなる。

 

それを見た帯島は目を見開くが、隙だらけだ。

 

俺は足払いをかけてバランスを崩し、そのままレイガストをシールドモードのまま帯島にぶつけ、地面に押し付ける。

 

床とレイガストによりサンドイッチの具みたいに挟まれた帯島は身動きが取れなくなるので、そのまま帯島の頭に手を突き出し……

 

「アステロイド」

 

そのまま威力重視のゼロ距離射撃で帯島の頭を吹き飛ばした。

 

『戦闘体、活動限界』

 

アナウンスが流れ、直ぐに帯島の頭が再生する。

 

「まずはワンセットだな。とりあえず初見だから仕方ないが、次回以降は武器を封じられても、焦らずに新しい弧月を展開しろよ」

 

大抵の相手は武器を封じられると焦るが、そこを突くのは戦術として当然だ。実際俺も太刀川にレイガストをぶっ壊された当初は焦って、そのままぶった斬られたからな。

 

「ッス!もう一本お願いします!」

 

「了解。んじゃ弓場さん、合図をお願いします」

 

「おぅ、んじゃ……始め!」

 

その言葉と共に2戦目が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

『戦闘体活動限界』

 

5回目の戦闘体活動限界のアナウンスが流れ、帯島の胸に空いた風穴が治る。

 

今ので5戦終わったが、一応俺の全勝だ。

 

「ま、最初はこんなもんだろ。最後の勝負は良かったじゃねぇか」

 

弓場はそう言って帯島を労う。実際最後の勝負で、帯島は俺に足払いをかけてバランスを崩してきたのだ。まあ倒れる前にシールドモードのレイガストにスラスターを展開して帯島を吹っ飛ばしてセーフだったけど。

 

「そうですね。最後は割と焦りました。多分帯島がハウンドを入れていたら負けていましたね」

 

BBFだと帯島は万能手でハウンドを入れていたが、この世界の帯島はまだ攻撃手で、射撃トリガーを使ってない。

 

「まぁな。ただ先ずは弧月を極めるべきと思ったから暫くは弾トリガーについては使わせねぇ。お前と同じようにな」

 

「?唯我先輩も何かしらのトリガーを使用禁止されているのですか?」

 

帯島が不思議そうな表情になる。話すべきか一瞬悩んだが、弓場と同じチームである以上、いずれバレるので話す事にした。

 

「誰にも言うなよ。俺はいずれ弓場さんお得意の高速射撃技術を身につけるつもりだ」

 

「え?!弓場さんの技術をですか?!」

 

「ああ。弓場さんの技術は攻撃手に向いてるし、会得したいんだよ」

 

弓場の使う銃トリガーは他の隊員が銃トリガーに比べて、射程が短い代わりに威力と弾速が桁違いで、攻撃手からしたらこの上なく恐ろしい。記録を何回か見たが、マスタークラス以下の攻撃手は速攻で負けているくらいだ。

 

そして俺としてはレイガストによる防御で相手を崩した後のトドメに弓場の技術を使いたい。レイガストによる投擲は威力も射程も弾速もあるが、単発である為外れる可能性があるからな。

 

「んで帯島を鍛える条件で、俺が太刀川さんからレイガスト以外の技術を学ぶ許可を貰ったら弓場さんにしごいてもらうことになった」

 

太刀川がいつごろ許可を出すか知らないが、少なくとも俺としては太刀川の攻撃を3分以上凌げるようになってから弓場に教えを請うつもりだ。

 

そして最終的には攻撃手に特化した戦闘員になるつもりだ。半端な戦術では太刀川隊としてポジションを確立するのは無理だからな。

 

「まあそれは当分先になると思うし、続きを行くか。弓場さんも一戦どうですか?」

 

遅かれ早かれ弓場の射撃を生で見てみたいし誘ってみる。

 

「良いぜ。お前が会得したいモンを直で受けてみろや。帯島ァ、号令をやれ」

 

すると弓場は応じてくれて、腰部分にホルスターを顕現する。

 

同時に俺は弓場から離れてシールドモードのレイガストを右手に持つ。いつでも始められる体勢になると帯島が手を挙げる。

 

 

 

「始め!」

 

そしてそのまま振り下ろすので最初に防御の構えを取ろうとするが……

 

 

 

ドドドドドドッ

 

弓場の周囲に6つの光が現れたかと思えば俺の全身に複数の穴が出来て、俺は尻餅をついている。

 

『戦闘体活動限界』

 

そんなアナウンスが流れ、トリオン体は治るがハッキリ言って早過ぎる。いつ銃を抜いたか見えなかった。

 

(今は見えねぇが……いつか絶対に会得してやる)

 

そう思いながら俺は身体を起こす。

 

「付き合っていただきありがとうございます。強くなったらまた相手してください」

 

「楽しみにしてるぜ。尤もこっちとしてはそう簡単には負けるつもりはねぇけどなァ」

 

だろうな。まあこっちも鍛えまくるし、いつかは良い勝負がしたいものだ。

 

それから再度帯島の訓練に付き合ったが、訓練が終わるまで頭の中で弓場の早撃ちが脳裏によぎっていたのは言うまでもない。



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第28話

「んじゃ失礼します」

 

「おぅ、また次も頼むぜ」

 

「ご教授ありがとうございました!」

 

帯島との訓練が終わり、弓場と帯島に挨拶をした俺は一礼してから作戦室を後にする。今日は疲れたし、家に帰ってゴロゴロするか。

 

そう思いながら自販機でお茶を買って飲みながら廊下を歩いていると……

 

ドンッ

 

曲がり角で人とぶつかってしまい、お茶が自分の服を濡らしてしまう。

 

「わあっ!」

 

一方、ぶつかった人はアニメ声を出してくるので顔を上げると……

 

(うおっ、小南桐絵かよ)

 

そこにいたのは玉狛支部のエース攻撃手の小南桐絵だった。女子高生でありながら現役戦闘員では1番の古株で、ボーダーでも屈指の実力を持っている。何つったて防衛任務では1人で1部隊と扱われているくらいだ。

 

そしてとても可愛い。原作でも烏丸にからかわれている小南はマジで好きだった。制服を着ているので生身のようだ。

 

「すみません。よそ見してました」

 

とはいえ先ずは謝罪だ。お茶を飲みながら歩いていたこちらが悪いからな。

 

「ううん。こっちこそ携帯見てたし、服を濡らしてごめん」

 

あ、片手に携帯があるな。

 

「いえ。トリガーを起動するんで大丈夫です」

 

言いながらトリガーを起動して太刀川隊の隊服に変わる。すると彼女は目を見開く。

 

「あ!どっかで見たと思ったらアンタ、とりまるの後任ね?!」

 

「はい。唯我尊です。そちらは小南桐絵さんですよね?」

 

「そうよ。この前ランク戦見たわ。コネ入社って聞いたけど、泥臭くて結構まあまあの実力ね」

 

結構まあまあ……それどれくらいの強さなんだ?

 

原作だと小南はB級中位をそこそこまあまあ、B級上位をかなりまあまあ、A級を全力でまあまあと評価していたが、結構まあまあってのはどのくらいなのかわからない。

 

つかまあまあしかいないって……実際小南と太刀川ってどっちの方が強いんだ?

 

何にせよ遅かれ早かれ接触する予定だったのでチャンスだ。原作だと小南は負けず嫌いでチョロいし心象を良くしておこう。

 

「ありがとうございます。尊敬してる小南先輩にそう言って貰えると光栄です」

 

「ふ〜ん。どんな所を尊敬してるのかしら?」

 

興味なさそうな声だが、ドヤ顔を浮かべている。原作の唯我と同じように尊敬されたがってそうだしな。

 

「そうですね。可愛らしいルックスに加え、戦闘記録を見ましたが、強さと美しさも持っている素晴らしい女性と思います」

 

小南の戦闘記録は玉狛所属だからか余り数はないが、太刀川とは別ベクトルで素晴らしい太刀筋だ。独自な動きもあり参考にはならないが見栄えは良い。

 

「そうなのっ!?もう!初対面の相手にそんなお世辞やめなさいよ、お世辞じゃないのかもしれないけど!」

 

小南はそう言ってポカポカ叩いてくるが、口元は緩んでいてメチャクチャ嬉しそうだ。

 

小南は似たような台詞を原作で言っていたが、あの時と同じ表情だ。

 

あの後烏丸に嘘と言われ、小南は八つ当たりとして修の頭をかじったのは印象に残っている。

 

しかし俺は嘘というつもりはない。別に嘘をついてるわけじゃないけどな。というか頭をかじられる趣味はない。トリオン体だろうと嫌なものは嫌だ。

 

「お世辞じゃなくて事実です。小南先輩が可愛いのも強いのも美しいのも事実だと思いますね」

 

「ふぇっ?!」

 

すると小南は真っ赤になってテンパりだす。原作でも思ったが、チョロ過ぎだろ……烏丸がからかう気持ちがよくわかる。

 

「失礼。初対面なのにいきなりでした」

 

がっつき過ぎると心象が悪くなるのはどの世界でも共通だからな。

 

「べ、別に謝る事じゃないわよ。あたしが強くて可愛くて美しいのは当然なんだから……」

 

そう言っているが恥ずかしそうにしている。しかし事実とはいえ自分で強くて可愛くて美しいと言うなんて、自信家でもある。まあ人気投票でも2位と3位だからな。

 

「それにしてもやっぱり後輩はこんな感じじゃないと。とりまるなんて強いけど完全にあたしのこと舐めてるし」

 

「何かあったのですか?」

 

気になったのでつい聞いてしまう。すると小南は肩を怒らせながら口を開ける。

 

「それがね!昨日ガムを飲み込んだら、とりまるに「ガムを飲むとお腹の中で爆発する」って言われたから病院に行ったら、医者の先生に思い切り笑われたのよ!他にもしょっちゅう嘘を吐いてるし、酷いと思わない?!」

 

あー、BBFでそんな事書いてあったな。

 

というかこれについてはそんな嘘に騙される小南が悪い気がする。

 

騙される方も馬鹿って言葉があるし、幾ら何でもガムを飲み込んだら腹の中で爆発するって嘘を信じるなんて馬鹿すぎる……

 

しかしそこは先輩を立てておこう。

 

「まあ先輩を騙すの烏丸は余り感心しないですね。しかし俺には小南先輩は眩しく見えますよ」

 

「?どういう事?」

 

「小南先輩はしょっちゅう騙されているようですが、それでも烏丸を信じるという事は純粋な心を持ってるでしょう。立場上大人の醜い部分をよく見ている俺からしたら、小南先輩は眩しく見えます」

 

まあ実際前世で社会人になってからは人間の醜さを沢山見たからな。今時小南のように純粋な心を持つ人間はそう多くないだろう。

 

「ですから小南先輩は可能ならこれからも変わらず純粋なままでいてください」

 

というか人を疑う小南は小南じゃない。俺としてはずっともてかわだまされガールでいて欲しい。

 

「も、もう……褒めすぎよ……恥ずかしいじゃない」

 

「小南先輩には褒めるべき点が多いから褒めただけです。無いなら褒めませんし、小南先輩は恥ずかしがらずに堂々として良いんですよ」

 

「ふ、ふーん。アンタ見る目あるじゃない」

 

興味なさそうにしているがさっきよりも口がゆるゆるだ。ぶっちゃけ可愛い。

 

「ところで何故小南先輩は本部に?太刀川さんあたりとランク戦ですか?」

 

「えっ?ううん。私は今から防衛任務。最近Bに上がった隊員の付き添い」

 

なるほど。まあB級上がりたてがいきなり防衛任務なんて厳しいだろうから当然か。

 

「そうでしたか。お勤め頑張ってください」

 

「ありがと。あ!連絡先教えなさいよ。あたしが本部に来た時にしごいてあげる。あたしは太刀川より強いわよ」

 

そう言ってるが、実際どっちが強いんだろうか。BBFによれば2人とも自分の方が上と思ってるらしいけど。

 

「わかりました」

 

ともあれ折角のチャンスだし当然断るなんて事はない。俺は携帯を取り出して連絡先を交換する。

 

「これで良し。なんか悩みがあったら相談に乗るから。あたし先輩だし!」

 

この上ないドヤ顔を浮かべているが、こういったところは原作の唯我そっくりだな。まあ小南は自信を裏付ける実力を持ってるけど。

 

「感謝します。太刀川さんが相手だと俺がレポートの相談を受ける立場ですから」

 

太刀川の奴、俺や出水にもレポートを頼んでくるが、表向き俺は中3だぞ。

 

「太刀川は剣以外はダメダメだから仕方ないわよ。そういうときは忍田さんか風間さんにチクリなさい」

 

「わかりました」

 

というかもう既に出水と一緒にチクってるがな。

 

「じゃあまたね!」

 

小南はそう言って去って行く。見えなくなるまで頭を下げた俺は小南と連絡先を交換した嬉しさを感じているが、それ以上に……

 

(ちょ、チョロ過ぎだろ……)

 

予想以上のチョロさに驚きを感じていた。アイツ将来絶対に詐欺に遭ったり、連帯保証人になりそうで怖くて仕方ない。

 

ま、まあ予想よりも早く接点、それも好印象を持てたし良しとしよう。

 

そう思いながら俺は帰路につき、自宅のベッドでゆっくりと休むのだった。



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第29話

「……では朝の10時に東三門駅の西口前のタクシー乗り場で大丈夫ですか?」

 

『ええ。明日を楽しみにしてるわ』

 

「はい。俺も楽しみにしてます。では……」

 

『お休みなさい。唯我君』

 

その言葉を最後に通話が切れるが、俺の中で嬉しさが込み上がる。

 

(いよいよ明日は待ちに待ったデートだ……!)

 

しかも相手はボーダー屈指の美少女の那須と最高の相手だ。

 

明日のデートは絶対に成功させないといけない。成功すれば次があるが、失敗したら次はない。

 

重要なのは那須に対して優しくすること、そしてどんな事があってもがっつかないことだ。

 

映画に誘ってくれた那須の俺に対する好感度だが、チームメイトの次に誘った相手なので決して低くないだろう。しかしがっついて引かれて好感度が低くなったらシャレにならないからな。紳士的に行こう。

 

そして明日行く場所や電車のダイヤなども全てチェックした。万が一電車が止まった場合に備えて沿線のバスも調べ尽くしてある。

 

(明日頑張って次に繋げるぞ……)

 

改めて決心しながら俺はゆっくりと目を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝……

 

「早く来すぎたな……」

 

俺は集合時間30分前に集合場所にいた。ちなみに那須は当然ながらまだ来ていない。

 

那須を待たせるのは悪いと思ったので早く来たが、この様子だと後15分は来ないだろう。

 

そこまで考えた俺は切符を2人分買うべく、駅の券売機に向かうとアナウンスが聞こえてくる。

 

『ただ今情報が入りましたが、本線は二木元町付近で人身事故が発生して運転を見合わせております。復旧の見通しは立っておりませんが……』

 

おいおい。人身事故で復旧の見通しが立ってないだと?しかも俺達が向かうのは四塚市で二木元町とは逆方向であるため、当分電車が来ない事を意味する。

 

俺は急いで那須に電話を入れる。すると直ぐに那須は出る。

 

『もしもし?どうしたの唯我君』

 

「今駅なんですけど、人身事故で当分動かないみたいですから、バスで行きましょう」

 

『え?そうなの?じゃあ集合場所とかも変わる?』

 

「駅は変わりませんが、バス乗り場は西口じゃなく、東口にあるのでそちらに来てください」

 

万が一に備えて、東三門駅から四塚駅までの間の駅のバスについては全て調べてある。

 

『わかったわ。私ももう着くから乗るバスの近くで待ってて』

 

「わかりました。では失礼します」

 

通話を切って、東口にあるバスターミナルの中から四塚に向かうバスの近くで待機する。

 

暫くすると那須がやって来て、俺の方に向かってくる。時計を見ると集合時間10分前だった。

 

「お待たせ。待った?」

 

「いえ、問題ありません」

 

那須とデート出来るなら1時間でも2時間でも余裕で待てるからな。

 

「とりあえずバスに乗りましょう」

 

那須に促してバスに入ると、既にそこそこ乗客がいるが席は空いている。

 

「じゃああそこに座りましょう」

 

那須か指差したの2人がけの席、つまり那須の隣に座る事を意味する。

 

内心ドキリとする中、那須は窓際に座るので俺のそれに続き、那須の隣に座る。すると女の子特有の香りが鼻を擽り、ドキドキが止まらなくなる。

 

そんな中、バスが出発する。バスなら目的地まで40分くらいだ。

 

「改めて、今日は宜しくね」

 

那須は微笑みを俺に向けてくるので、返事をしないといけない。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ちなみに今日はどんな映画を見たいんですか?」

 

正直言って俺はアクション映画が好きだが、那須はそういう映画に興味を持たないだろうから那須に合わせる。

 

「うーん。私としてはファンタジー映画や恋愛映画かな。唯我君はどんな映画が見たい?」

 

「俺としてはコメディものかファンタジーものですね」

 

恋愛映画は余り見た事ないからな。ともあれこういえば那須の意見に合わせられるし問題ない。

 

「じゃあこれで良いかしら?」

 

那須が携帯を出してくるので見てみると、妖精の世界に迷い込んだ主人公が妖精女王を助けに行くという、いかにもなファンタジー映画の特集が載っていた。

 

「ではそれにしましょう。上映時間は11時と13時半ですが、バスが順調に進めばギリギリ見れますね」

 

予定通りに着けば四塚駅には10時40分に着き、映画館は駅前にあるので45分に入れるだろう。

 

そう思いながら俺達はバスに揺られて四塚市まで向かうが……

 

 

 

 

「こりゃ間に合わないな……」

 

「そうね……」

 

途中にて連続で赤信号に捕まってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

『次は四塚駅、四塚駅でございます』

 

11時過ぎ、漸く目的地に到着するが目的の映画が始まったところだ。次は13時半に上映される。

 

バスが止まったので金を払い、バスから降りると都会ということもあり、かなりの人で賑わっている。

 

「とりあえず他の場所を回る感じで良いかしら?」

 

「そうですね。行くとしたらカラオケやゲーセン……あ、那須先輩の学校は禁止してますか?」

 

那須の学校はお嬢様学校だから、そういったことに厳しいかもしれない。

 

「放課後に行くのは禁止されてるけど、休日については節度を持ってれば大丈夫よ。その2つならゲームセンターに行ってみて良いかしら?カラオケは先週くまちゃん達と行ったから」

 

「わかりました」

 

那須に頷き、俺達は映画館の近くにあるゲームセンターに入る。中に入るとゲームセンター特有の騒がしい音が聞こえてくる。

 

「那須先輩はゲームセンターでは何が好きですか?」

 

「お菓子の掴み取りね。ボーダー高1グループで競ってるわ」

 

高1グループとなれば出水や米屋、小南や熊谷あたりだろう。

 

「唯我君は好きなものはあるの?」

 

「クレーンゲームは好きですね」

 

というか得意だった。前世ではガンガン取って出禁を食らった事もあった。

 

「そうなの。私は何度かやったけど全然取れないわ」

 

「アームの確認と掴み方が重要ですから」

 

言いながら俺は一番近くにあるクレーンゲームを見ると、そこには犬やペンギンなど可愛らしい動物のぬいぐるみがあった。

 

「なんか欲しいのありますか?」

 

「出来るの?じゃあウサギのぬいぐるみ、取れる?」

 

ウサギのぬいぐるみを見れば、倒れてるし多分いけるな。

 

俺はクレーンの爪を確認するが、隙間は殆どないし角度も大きいので割と難易度は低いな。

 

そう判断してからコインを入れる。同時に軽やかな電子音が流れて、操作可能になった。

 

このクレーンゲームではクレーンを横、奥、回転運動が出来るが、まずは横移動をしてウサギのぬいぐるみに並ばせる。

 

(次に奥に移動だが、クレーンの速さからして3秒だな)

 

俺は体内時計で3秒測りながらクレーンを奥に移動をする。

 

最後にクレーンを回転させることが可能だが倒れているぬいぐるみを入手する場合、頭と尻を掴むように掴む必要がある。

 

(角度的には60度近くだな)

 

俺は回転ボタンを長押しするとアームはゆっくりと時計回りに回転する。そして何周もさせていると那須が話しかけてくる。

 

「あの、ずっと回転してるけど良いの?」

 

「はい。タイミングを見計らってます」

 

一発勝負してミスをするより何度も回転させてタイミングを計ることが重要だ。

 

アームが10周したあたりでタイミングがわかったので、来たと思った瞬間にボタンを離す。するとアームが開き、クレーンはゆっくりと降りてぬいぐるみの頭と尻を挟み込む。

 

そしてアームが閉じて上に上がるが、ぬいぐるみはしっかり固定したままだ。

 

「凄いわ。全く落ちる気配が見えないわ」

 

那須が褒める中、クレーンはスタート地点に戻りアームを開く。それによってぬいぐるみは重力に従って受取口に落ちるので、俺は取り出して那須に渡す。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、大切にするわ」

 

那須はウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめて微笑みを浮かべてくるが、それだけで手に入れた甲斐があるってもんだ。というかウサギのぬいぐるみになりたい。

 

「そう言って貰えて嬉しいです。他にも何か欲しいものがあるなら、簡単なクレーンゲームなら取りますよ」

 

まあこのゲーセンは子供向けのクレーンゲームが多いので比較的簡単だろう。

 

「ううん。一番欲しかったものは取って貰えたから充分よ」

 

「そうですか、では違うゲームで希望はありますか?」

 

「そうね……あ、唯我君さえ良ければプリクラに付き合って貰って良い?前にチームでやったんだけど、唯我君とも撮りたいわ」

 

プリクラか……やったことはない(やる相手が居なかった)からどんなものが詳しくはわからないが興味あるな。というか俺とやりたいと言ってくるなら……

 

 

 

 

 

「もちろんです」

 

俺の中で断る選択肢は存在しなかった。

 

 

 



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第30話

「あの、那須先輩。筐体が色々ありますがどうしますか?」

 

那須に誘われてプリクラを撮ることになったのは良いが、プリクラの筐体は複数あり、どれを選んだら良いのかわからない。

 

那須もゲーセンに慣れてないからが、悩むような素振りを見せているがやがて1つの筐体を指差す。

 

「アレはどうかしら?筐体に男女の写真が載せられているし、男性にも向いているスタンプとかがあるかもしれないわ」

 

「俺はプリクラに詳しくないんで任せます」

 

結果、那須が提案したプリクラに入り、金を入れてから写真撮影の準備をすると……

 

『彼氏は彼女を抱きしめてね〜』

 

そんなアナウンスが流れてくる。

 

「えぇっ?!」

 

那須は目を見開いて驚くが、要するにこの筐体はカップル向けのプリクラって訳だ。男女の写真がプリントされていたのはそういう意味なのか。

 

しかしどうすればいいのか?正直言って抱きしめたいが、引かれたら嫌だ。

 

チームメイトの次に映画に誘ってくれたって事はそこそこ好感度はあると思うが、抱きしめて良いレベルかは判断がつかない。

 

(惜しいが、自分から遠慮するべきだな)

 

俺は即座に判断した。那須が嫌じゃないかもしれないが、今回のデートの目的は今後に繋げることだ。今後もデート出来るなら抱きしめるチャンスは生まれるだろう。

 

「すみません那須先輩。抱きしめるのは少し恥ずかしいので……」

 

物凄く残念だが、それを出さずに遠回しに遠慮する。本当に残念だが。

 

「そ、そうね。私もちょっと恥ずかしいわ……」

 

那須は俺の意見に同意するが、羞恥の色はあっても嫌悪の色は顔にないので次回以降なら可能かもしれない。

 

「あ、じゃあさっき手に入れたぬいぐるみを2人で持つのはどうかしら?」

 

「なるほど……そうしましょうか」

 

那須の提案に頷くと、那須は鞄からさっき俺がクレーンゲームで手に入れたウサギのぬいぐるみを取り出して右手に持つので、俺は那須の右側に立ち、左手でウサギのぬいぐるみを支える。

 

2人でぬいぐるみを持つ中、撮影される。そうなると次は落書きか。

 

モニターに撮られた写真が表示されるが、ぬいぐるみを2人で抱える姿は……

 

「な、何というか……これはこれで恥ずかしいわね……」

 

那須の言う通りだ。2人で肩を寄せながらぬいぐるみを持つ姿は、まるで子供を持つ夫婦に見えなくもなく、結構恥ずかしい。まあ将来はウサギのぬいぐるみではなく、本物の子供を2人で持ちたいけど。

 

「そうですね……まあ折角撮ったんで落書きをしましょうか。俺はプリクラやったことないんですが、どのような感じでやるんですか?」

 

「えっと……こんな感じ」

 

那須はポーチの中から小物入れを出すが、そこには那須隊で撮ったプリクラがあり、「ずっと一緒」って可愛らしい文字が書かれたり、カラフルなマークが散りばめられている。

 

「じゃあ私は唯我君の周りを落書きするから、唯我君は私の周りを落書きして」

 

そう言われる。先輩の命令に拒否する選択肢はない。

 

しかしそこそこ好感を持たれてるし、ここで多少攻めるか。

 

俺は那須の近くに「優しくて綺麗な先輩」と書き、周りに綺麗系のマークをそこそこ付けてモニターから離れる。

 

次に落書きしようとした那須はモニターを見ると、恥ずかしそうに睨んできた。

 

「ちょっと唯我君……変な事書かないでよ」

 

「えっ?ただ思った事を書いたのですが」

 

「お、思った事って……」

 

「嫌でしたか?俺にとって那須先輩は優しくて綺麗な先輩です」

 

「嫌じゃないけど恥ずかしいわ……あ、そうだ」

 

那須は言うなり、落書きを始めたかと思えば暫くしてモニターから離れて決定ボタンを押し、筐体の外に出る。

 

モニターを見れば、プリント中の文字が出ていてどんな落書きをしたかわからない。

 

やむなく俺も筐体の外に出てプリントアウトされるのを待つ。暫くするとプリントアウトされるので受取口から取り出してみると……

 

「な、那須先輩。これは……」

 

俺の近くには「努力家で可愛い後輩」の落書きと、大量の可愛らしいマークが散りばめられていた。

 

那須にそんな風に評価されて嬉しくもあるが、恥ずかしくもある。

 

対する那須は悪戯をした子供のようにはにかむ。

 

「あら?私は思っただけの事を落書きしただけよ。嫌だった?」

 

「……嫌じゃないですが、恥ずかしいです」

 

「ならお互い様ね」

 

「……はい」

 

どうやら痛み分けで終わったみたいだ。しかし那須に思ったよりも好かれているとわかったし、良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

それから俺達は他のゲームを楽しんだが、那須が何度も可愛らしい反応を見せてくれたので、バスが遅れたのは良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間半後……

 

「あ、そろそろ時間ですから映画館に行きましょうか」

 

ゲーセンの後に昼食や本屋、インテリアショップなどを回った俺達だが、ふと時計を見れば上映開始まで15分を切っていたのでここらが潮時だろう。

 

「そうね。それじゃあ行きましょう」

 

那須の言葉に頷き、映画館がある方向に歩いていると……

 

「あら?嵐山隊ね」

 

屋内にある小型ステージにて嵐山隊が四塚市のマスコットキャラと一緒に子供に手を振っている光景が目に入る。嵐山隊は三門市での活動を中心としているが、隣の四塚市で活動していてもおかしくない。

 

木虎はまだ嵐山隊に入ってないが、あのプライドが高く、負けず嫌いの木虎もいずれあんな風に活動をするのだろう。

 

というかアイツは俺に闘争心を剥き出しにするのはやめて欲しい。転生して間もない頃にボコしたからか、会う度にランク戦しろランク戦しろと、俺に対してのみヒャッハー系戦闘員になるからな。

 

「それにしても嵐山隊は忙しそうですけど、ボーダーってある意味ブラック企業じゃないっすか」

 

嵐山隊は普通の防衛任務やランク戦に加えて、入隊式のオリエンテーションや広報イベント、仮入隊の指導などもやっている。現時点で嵐山は高3で綾辻は高1、時枝と佐鳥は中3だが、中高生にしてはブラック過ぎる。

 

前世でブラック企業で働いていた俺から見ても、中高生にしては結構キツいだろう。

 

「そうかもしれないわね。けど上層部からしても仕事を減らすのは難しいと思うわ」

 

「でしょうね。ボーダーはまだまだ生まれたばかりの組織ですから」

 

ボーダーは近界民から街を守る為に必要な組織であるが、組織が公になって三門市と提携するようになってからまだ3年弱しか経っていない。

 

よって組織的にまだ不安視されてる部分が沢山ある。例えば「子供に武器を持たせて戦場に出すのは危ない」とか「近界民を倒せるのはボーダーしか居ないから、それを利用して支配者の立場を狙っている」みたいに批判的な意見も少なくない。

 

もちろんそんな意見にも正当性はある。実際1年半後に起きる大規模侵攻ではC級が拉致されたり死者が出たりするし、ボーダーに良い感情を持ってない政治家もいる。

 

これらの意見を無くすのは無理だが、弱める事は可能だし弱めないといけない。

 

そんな中で重要なのは嵐山隊のような広報担当の人達だ。どれだけボーダーを認めてくれる人を増やせるかは広報にかかっているから、仕事を減らせないのは当然だ。

 

しかし……

 

「那須先輩も広報の仕事を偶にやってますが、もしも負担が多くなったら直ぐに言ってください。上層部に対して、父に出資額を減らすように頼むと脅しますから」

 

那須も偶に体の弱い人に対するコマーシャルに出ているが、体の弱い那須に負担がかかるのは見過ごせない。

 

そしてボーダーにおける最大のスポンサーの息子である俺が脅せば那須の負担を減らせるだろう。

 

「気持ちは嬉しいけど、その辺りはちゃんと考慮して貰ってるわ。だから脅しなんてしちゃダメよ?」

 

那須はメッ、って俺の頭を小さく叩いてくる。仕草が可愛らしい。

 

「わかりました」

 

ともあれ考慮して貰ってるなら脅すつもりはない。

 

俺は頷きながら嵐山隊の行動を眺めながら映画館に向かう。

 

そして映画館に入ると入場ゲートにて、チケットを見せて指定されたシアターの座席に座る。席は後ろ側でそこそこ良い席だ。

 

始まるまで待機していると人がぞろぞろ入ってきて、席の8割近くが埋まったところでブザーが鳴り、辺りが真っ暗になる。

 

そしてコマーシャルを適当に流し見する中、本編の映画が始まるので意識を集中するべく肘掛に手を置こうとする。

 

 

ギュッ

 

しかしなぜか柔らかい感触がしたので目をスクリーンから肘掛に向けると……

 

 

 

「「あ……」」

 

俺の右手は俺同様に肘掛に置こうとした那須の左手を握っているのだった。



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第31話

「「あ……」」

 

俺と那須は同時に呟いてしまう。視線の先に見えるのは互いに重なり合う俺と那須の手。俺の手が那須の手の上に乗って、柔らかな感触が伝わってくる。

 

既に耳には映画の音声が流れているが、俺の目は那須の手に向いて離れる気配がない。

 

那須の手から伝わってくる熱は暖かく、全身に伝わって幸せな気分になってくる。

 

しかしいつまでも握っていてはドン引きされるかもしれないので離れないといけない。

 

「すみません。嫌でしたよね」

 

そう言って離れようとするが……

 

「い、嫌とは思ってないわ。何というか……説明はし難いけど、唯我君の手、暖かくて気持ちよかったから……」

 

モジモジしながらそう言ってくる。そんな風に言われると理性が飛びそうだが、映画館なので我慢する。

 

しかし本人が気持ちよかったと言うなら多少攻めてもいいだろう。

 

「で、でしたらこのままで良い、ですか?」

 

これまでのやり取りで嫌われてないのはわかってるので、多少踏み込む。太刀川は模擬戦の際、受けに回りながらも常に攻め時を探り、攻め時を見つけたら恐れずに攻めろと言っているしな。

 

すると那須は暗闇の中でもわかるほど恥ずかしそうにしながらも、やがて頷き……

 

「じゃ、じゃあこうして……」

 

言うなり俺の手を優しく握り返してくる。さっきまでは俺が那須の手の甲に自分の手を乗せていたが、今は互いの掌が触れ合い、指同士が絡み合う。

 

それにより先程以上に幸せな気分になる。まさか那須から握ってくるとは思わなかった。予想よりも好かれているようで何よりだ。

 

「………」

 

「………」

 

しかしメチャクチャ恥ずかしく、俺と那須は事あるごとにチラチラ見つめ合ってしまう。映画は進んでいるが、最早那須の手の柔らかさにより余り集中出来ない。

 

だからといって手を離すつもりはない。那須が離したいなら離すが、那須は俺の手をそれなりの力で握っているので離すつもりはなさそうだ。

 

そして俺から離すつもりはない。こんな幸せを自ら手放すなんてあり得ない。

 

それから暫くの間ドキドキしていたが、人間ってのはどんな事にも慣れる生物だからか、少しずつ恥ずかしさは失っていき映画に意識を向けるようになった。

 

しかし幸せな気分は一切薄れる事なく、那須の手から伝わる温もりを手放したくない気持ちが徐々に増えているのを嫌でも自覚してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

(終わったか……)

 

映画が終わり、周囲が明るく中、息を吐く。映画の内容そのものは悪くなかった。ストーリーはシンプルだが、演出や迫力のレベルは高かったのでB級上位レベル、もしくはA級下位レベルの映画だろうし満足だ。

 

客はゾロゾロと出て行くが、出口には人が密集して那須にはキツいだろうから最後に出る予定だ。

 

暫く待ってシアター内にいる客が30人を切ったところで、忘れ物がないかを確認する。

 

「じゃあ出ますが……このまま手を繋いでも、良いですか?」

 

2時間近く那須の手を握っていたが、全然飽きる気はないし、まだ離したくない気持ちが強い。無論那須が嫌なら直ぐに離すが。

 

「ええ……良いわよ」

 

那須は恥ずかしそうにしながらも了承するので、手を握り合ったまま立ち上がり、那須のペースに合わせてゆっくり歩く。

 

映画館を出ると綺麗な夕焼けが街を照らしていて、少し涼しくなっている。

 

「面白かったわね」

 

「そうですね。奇抜なネタはないですが、演技が真に迫っていたからでしょう」

 

映画で重要なのはいかに、演技でないと見せつけられるかだ。演技っぽいと思ったら白けるなんてザラにある。

 

と、ここで映画の感想の話になったので……

 

「あの、那須先輩。那須先輩さえ良ければまた一緒に映画を見に行きませんか?」

 

俺は次に繋げる為の誘いをかける。これが今日のデートで一番重要なことだ。

 

「もちろん。唯我君が誘わなかったら私が誘ってたわ」

 

那須は優しく微笑みながら了承してくれる。次があるなら今回のデートは成功だろう。

 

「今日はありがとう。唯我君のおかげで良い気分転換が出来たし、また明日から訓練を頑張れるわ」

 

那須はそう言っているが、気分転換とは伸び悩んでいることだろう。

 

那須隊は結成したばかりで下位常連、偶に中位入りしても大敗して下位に落ちるパターンが多い。

 

原作でも最高順位が8位で、修達のデビューしたシーズン最初の順位は12だったし、B級上位も大概だが中位も相当魔境だな。

 

ともあれ悩んでいるのなら力になるべきだろう。

 

「那須先輩が宜しければ出水先輩を紹介しましょうか?新しく得る事が出来るかもしれないです」

 

出水は那須と同様にパイパーにおいて、毎回弾道を引ける一流射手だ。加えて他の弾トリガーの扱いも上手いので那須にとっては最高の教材だろう。

 

「えっ?良いの?」

 

「はい。出水先輩が承諾するかはわからないですが、多分大丈夫でしょう」

 

原作でも烏丸が修の修行を頼んだ際に俺(唯我)を使った形で引き受けたし、ある程度実力がある俺の頼みなら聞いてくれる可能性はあるだろう。

 

「じゃあお願いしても良いかしら?」

 

「もちろんです。話が通ったら連絡します」

 

「ありがとう」

 

「いえ。ところで今日はもう帰ります?」

 

もう少し遊びたい気持ちはあるが、これ以上遊ぶと遅くなってしまう。俺はともかく、那須が夜遅くまで歩くのは良くないだろう。

 

「そうね。私、ちょっと作戦室に取りに行かないといけないものがあるから」

 

那須はそう言うので俺は頷き、ゆっくりとした足取りで歩き出す。四塚市を調べたところ、クリスマスには凄いイルミネーションがあるらしいが、是非とも那須を始めとしたボーダー女子と行きたいものだ。

 

そう思いながら駅に向かうと、既に人身事故による運休については解決しているようなので、切符を2枚買ってホームに立つ。幸い電車が出て行った後だからか、最前列だ。

 

しかし四塚駅はそこそこの都会だからか、5分くらいすると沢山の人が後ろに並ぶ。こりゃ満員電車になるかもしれない。

 

暫く待っているとようやく電車がきたが、既に混雑している。

 

ドアが開くとそれなりの人が降りるが、まだまだ残っているので俺は乗るなり那須に負担がかからないギリギリの速さで奥に進み、那須をドアの角に押して自分の身体をバリケード代わりにする。

 

同時に背中に重みが伝わってきて、痛みを感じる。この重み……前世において会社に出社する際に乗る電車で良く感じた痛みだ。

 

「唯我君、私は気にしないで良いから」

 

余程苦痛に満ちた表情をしていたからか、那須はそんな事を言ってくる。しかしここでやめたら、那須に負担がかかるし却下だ。そもそも帰りの時間帯における混雑具合を調べなかったら俺のミスだ。

 

「俺が勝手にやってるだけですから、那須先輩こそ気にしないでください」

 

那須の言葉を一蹴して、他の乗客からの圧力から那須を守る。

 

すると電車が動き出し、更に負担がかかるが歯に力を入れて苦痛に耐え始める。降りる駅まで3駅で10分弱だし、頑張ろう。

 

そう思いながら粘るが、次の駅に着くと人は降りず、寧ろ更に乗ってきて背中に痛みが走る。また電車が発車するが、背中にゴリゴリと痛みが来る。

 

(クソッ、前世ならまだしも唯我尊の肉体じゃキツいな)

 

多少トレーニングしているとはいえ、元々貧弱であったので前世の肉体に比べたら劣っている。早い所力を上げないといけない。

 

トレーニングを厳しくすることを誓う中、電車は進み次の駅に到着すると人がそこそこ降りて、痛みが無くなる。これならバリケードをする必要はないだろう。

 

「ごめんね唯我君。いつも唯我君に助けられてばかりね」

 

那須は申し訳なさそうに謝ってくるが、別に罪悪感を感じる必要はない。

 

「さっきも言いましたが、俺が勝手にやってるだけです」

 

「そうだとしても私が納得してないの。だから何か本格的にお礼をさせて。結局初めて会った時のお礼も出来てないから、何でも言って」

 

そういや初めて会った時、俺は苦しそうな那須を助け、後日那須は俺にお礼をしたいと言った。その際に俺は困ったら相談すると言ったが、相談してなかったな。その事もあり那須はお礼をしたいのだろう。

 

しかし何でもと言った以上、気にしてないと遠慮しても那須は納得しないだろう。

 

よって俺は要求しないといけないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、那須先輩を名前で呼んでもいいですか?」

 

今日のデートは順調だし、もう一本踏み込んでみよう。




次回で那須さんと最初のデートは終了です。

このまま無事に終わるのか?!(すっとぼけ)


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第32話

「じゃあ、那須先輩を名前で呼んでもいいですか?」

 

俺の要求に那須はポカンとした表情になる。

 

「え?そんな事で良いの?何でかしら?」

 

不思議そうに尋ねる那須に対して俺は深呼吸をして口を開ける。

 

「その、那須先輩と過ごす時間は楽しく、可能なら今以上に仲良くなりたいと思ったからです。その為には名前呼びも1つの考えと思い……」

 

嘘は吐いてない。可能な限り早急に名前呼びできるようになりたいと思っていたからな。

 

そんな俺の意見に対して、那須はクスリと笑う。

 

「本当に欲が無いわね……でも、仲良くなりたいって思ってるのは私も同じ。だから……」

 

一区切りしてから那須は改めて俺を見ると優しく微笑む。

 

 

 

 

 

「その要求を受けるわ。これからは玲って呼んでね………尊君」

 

や、ヤバい。破壊力がヤバ過ぎる……!遅かれ早かれ名前呼びされる予定だったが、破壊力がヤバ過ぎて心臓が煩い。

 

しかし返事をしないのは後輩として論外なので、再度深呼吸をして口を開ける。

 

「はい……ありがとうございます。玲……さん」

 

最後は小さい声であったが、ちゃんと名前呼びは出来た。那須……いや、玲の表情は微笑んだままだ。

 

そして目的地の駅に着いたので降りる準備をする中、手に柔らかな感触が伝わってきたので顔を上げると玲が俺の手を掴んでいた。どうやら電車に乗る前と同様に手を繋いでくれるようだ。

 

そんな玲の手を優しく握り返してから電車を降りて、改札口をくぐる。

 

「ではボーダー基地まで送ります」

 

「そこまで気を遣わなくて良いわよ?」

 

「俺が勝手にやるだけです。それにもう少し玲さんと歩きたいです」

 

「もう…….」

 

玲は仕方ないなぁとばかりに苦笑いするが、俺の手を離すことなく歩き出すのでそれに続く。

 

ボーダー基地は高さ200メートル近くあるので、数キロ離れていてもその威容はハッキリと分かる。

 

「今日は楽しかったわ。改めてありがとう」

 

「こちらこそ良い気分転換になりました。明日からまた訓練を頑張れます」

 

「もしかして新しい戦術を考えてるの?」

 

「はい。まあまだ内容は言えませんが」

 

「意地悪」

 

玲は小さく頬を膨らませるが、凄く可愛らしくもありこっちが悪い事をしてるように錯覚してしまう。

 

「冗談よ。尊君にだってプライバシーがあるわ」

 

「勘弁してください」

 

多分玲が冗談なんて言わなかったら答えていた可能性が高い。

 

「でも、もし訓練で困ったことがあったらいつでも相談して。尊君にはいつも助けられてるから、私も尊君を助けたい」

 

「わかりました。その時はよろしくお願いします」

 

そう返してからは互いに無言の時間が続くが、手から伝わる温もりが幸せな気分にさせてくれる。永遠にこんな時間が続いて欲しいと思う。

 

しかしいずれ幸せな時間は終わりが来る。俺達は遂にボーダーの入り口に着いてしまった。

 

「ここまでで良いわ。わざわざありがとう」

 

玲はそう言ってくる。名残惜しいががっつくのは論外だから素直に受け入れよう。

 

「わかりました。今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。またね尊君」

 

玲は最後に微笑んでから、トリガーを取り出してゲートをくぐる。

 

ゲートが閉じたのを確認した俺は息を吐く。

 

(とりあえず今日のデートは成功……次回にも繋がったし、互いに名前呼び出来るようになったし、最高の結果だ)

 

この調子で頑張っていこう。そうすれば俺の未来は明るい……が、問題がある。

 

この世界は異世界から侵略者がやって来ているが、それ以外は前世と殆ど変わらない世界だ。

 

よってこの世界にやってきて直ぐに立てた目標であるハーレムの設立はかなり難しい。

 

その辺り、改めて考えておく必要があるな。

 

とはいえ今日明日の事じゃないし、今は考えなくて良いだろう。

 

「んじゃまあ、とりあえず美味いもん食いに行くか」

 

折角最初のデートが成功したんだし、今後の景気付けとして奮発して美味いものを食べてもバチは当たらないだろう。

 

幸せな気分のまま、歩き出そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?だったらウチの作戦室で炒飯でもどう?」

 

瞬間、先程までの幸せが一瞬で吹き飛び、夏にもかかわらず寒気がやって来た。

 

恐る恐る声のした方向を向くと……

 

「丁度今から太刀川君と堤君にご馳走するところだったし、唯我君にもご馳走してあげる」

 

満面の笑みを浮かべる加古と死刑執行を待つ囚人のような表情を浮かべる太刀川と堤がいた。

 

そんな光景を見ながらも俺の頭の中にはあるアドバイスが浮かんでいた。

 

 

ーーーお前は3日後に本部に来ない方がいい。本部に来たら太刀川さんと堤さんと一緒に加古さんの外れ炒飯で死ぬからーーー

 

3日前に迅に言われたアドバイスで、今になって思い出した。

 

(俺の馬鹿野郎!)

 

言われた当初は警戒していたが、玲に映画に誘われた際、その日はデートの日だからと警戒心が薄れ、玲とのデートが楽し過ぎて完全に忘れていた。

 

しかし俺はギャンブラーじゃないので、何とか逃げる為の言い訳を考えるが、その前に太刀川が笑顔(目は笑ってない)で、俺の腕を掴んでくる。

 

「折角加古がご馳走してくれるんだ。後輩として好意は素直に受け取っておけ」

 

穏やかな口調だが、腕力は強く逃げられる気がしない。コイツ、完全に道連れを欲してやがる。

 

一縷の望みをかけて堤を見るが……

 

「唯我君……お互いに祈ろう」

 

堤は悟ったような口調でそう言ってくる。いやいやいや!祈りたくないから助けろや!

 

「決まりね。じゃあ行きましょう」

 

内心堤を罵倒する間にも、加古のなかでは俺に炒飯をご馳走することが決まったようでウキウキしながら基地に入る。当然太刀川に捕まっている俺も強制的に基地に入れられる。

 

内心絶望しながらも基地を歩き、逃走できないか模索している間に加古隊作戦室に入ってしまった。

 

「じゃあちょっと待っててね」

 

加古は俺達を座らせると冷蔵庫のドアを開けて食材を取り出すが……

 

(あ、終わった)

 

沢山取り出された食材の中に生クリームのパックがあることに気付く。どんな炒飯を作るかはわからないが、生クリームがある時点でゲテモノ炒飯だろう。

 

俺は少しくらいマシな炒飯が出ること、そして生き残ったら風間に太刀川がレポートを俺と出水に任せていることをチクる、と思いながら炒飯が来るのを待つ。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「お待たせー、生クリーム麻婆炒飯よ」

 

予想通りハズレがやって来る。テーブルの上に赤と白のコントラストが禍々しさを醸し出す炒飯が置かれる。ハッキリ言ってクッッッッッッッッッッッッッッッッソ不味そうだ。食ったらマジで死ぬかもしれない。

 

しかし逃げたら面倒な事になるのは明白、覚悟を決めよう。

 

「「「………頂きます」」」

 

同じように覚悟を決めた太刀川と堤と一緒に一口食べるが……

 

(痛ぇっ!)

 

口の中に激痛が走る。不味いんじゃなくて痛い。

 

確かに辛いものを食べると痛みが出るって話もあるが、最初に痛いって感想が生まれるとは……

 

しかも噛めば噛むほど、痛みに加えて不味さが現れる。最早俺は炒飯じゃなくて劇物を食べているのかもしれない。

 

このレベルの炒飯を食べ続けたらいずれ毒耐性のついた肉体が手に入るかもしれない……まあトリオン体だから毒耐性ついても関係ないけどな。

 

 

 

 

 

結果、俺達は無心となって炒飯を食べ進め何とか完食したが、次の瞬間には視界が真っ暗になり、いつのまにか医務室のベッドの上にいた。

 

その際に記憶は残っていたが、口の中に痛みが残っていて、玲とのデートによって生まれた幸せが上書きされていたのだった。



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第33話

「ふぁ〜」

 

「お前凄え欠伸だな。医務室で寝たんじゃないのか?」

 

警戒区域にあるアパートの屋上にて、欠伸をすると出水が話しかけてくる。

 

昨日玲とデートした俺だが、今は防衛任務で警戒区域にいるが凄く眠い。トリオン兵が殆ど来てないので眠くて仕方ない。

 

「アレは睡眠じゃなくて気絶ですから。どっかの誰かさんが炒飯地獄に道連れにした所為で」

 

普通部下を地獄に誘うか?ウチの隊長、本当に戦闘以外はダメ人間だ。

 

「全くだ。堤の奴、俺の部下を巻き添えにするなんて酷い奴だ」

 

巻き添えにした太刀川はあたかも堤が悪いように言うが……

 

「さて、風間さんにあることないことを吹き込むとするか……」

 

「待て待て待て!」

 

風間に電話しようとしたが、太刀川に携帯を取り上げられる。ちっ、風間の太刀川に対するジャーマンスープレックスが見れると思ったんだがな。

 

『はいはい。痴話喧嘩はそこまで〜。時に唯我君に聞きたいことがあるんだけど、良いかね?』

 

と、ここで国近から通信が入る。俺個人に聞きたいことがあるってことは防衛任務関係だろう。

 

「何ですか?」

 

『丁度今オペレーターグループのLINEで那須隊の小夜ちゃんから『那須先輩が唯我君を名前呼びしてる』って報告があったんだけど、これについての説明宜しく〜』

 

「ぶほっ!」

 

予想外の質問に思わず吹き出してしまう。一方、太刀川と出水は目をキランと輝かせて詰め寄ってくる。

 

「おいおい唯我。お前も中々やるなぁ」

 

「もしかして那須ちゃんと付き合ってんのか?」

 

「い、いえ。別に玲さんとは付き合っないで「「『玲さん?』」」……何でそこでハモるんですか…….」

 

名前呼びをしてしまい、2人は更に詰め寄ってくる。

 

「お互いに名前呼びになるなんて良いことでもあったのか?」

 

「那須ちゃんにはファンが多いし月のない夜道には気をつけないとな」

 

出水が物騒な事を言ってくるが、嫉妬を向けられても流石に闇討ちはないだろう。いや、大丈夫だよな?

 

「「『で、なにがあった?』」」

 

3人が聞いてくるので、俺は黙秘権を行使する選択肢を選ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……幾ら防衛隊員でも恋バナに興味あるあたり学生だよな」

 

防衛任務を終わった俺は報告書を作成してから作戦室を後にする。結局玲との関係について白状することはなかったが、3人はあの手この手で聞き出そうとしてきて、流すのにメチャクチャ苦労した。

 

今日は帯島とのトレーニングもないし、個人ランク戦でもやりに行くか。

 

そう思っていると前方から小南が歩いてきているが、怒りを丸出しにしている。

 

「お疲れ様です小南先輩。機嫌が悪そうですがどうしましたか?」

 

話しかけると小南も俺に意識を向ける。

 

「あっ、唯我?聞いてよ!あたし詐欺に遭ったの!」

 

怒り声だ。どうやらまた烏丸に騙されたのだろうと思ったが、詐欺って言った時点で烏丸じゃないな。もしも烏丸に騙されたから「またとりまるに騙された!」って言ってるだろう。

 

「何があったんですか?」

 

しかし詐欺と言ってる時点で穏やかな話じゃないな。とりあえず事情を聞いてみよう。

 

「2週間くらい前に、食べると胸が大きくなるって飴を沢山買ったんだけど、全然大きくならないからネットで調べたら全くの嘘っぱちらしかったのよ!酷いと思わない?!」

 

あー、原作でもそんな嘘があったな。確かに詐欺行為は酷いとは思うが、そんな嘘に騙されるお前もどうかと思うぞ?つか買う前にネットで調べろや。

 

しかし馬鹿正直に言ったら嫌われそうだから、小南を立てよう。

 

「そうですか。ちなみに何ですが、何故胸を大きくしたがるんですか?確かに男は一般的に大きい胸を好みますが、女性も大きな胸を持つ事でメリットがあるのでしょうか?俺は男なんでそこのところよくわからないんですが」

 

前世で胸が大きい同僚がいたが、「肩がこるし、下卑た視線を向けられる」と嫌悪していた。

 

「え?まあ色々あるけど、一番の理由としてはスタイルが良くなれば大人っぽく見られるからね。男子も格好良く見せたいから筋トレする人とかいるでしょ」

 

俺の質問に考える素振りを見せながらそう答える。

 

「そうでしたか……確かにスタイルの良さは大人らしさを出すかもしれないです。しかし小南先輩は旧ボーダーの頃から戦って人生経験が豊富ですし、見る人が見れば大人らしいんじゃないですか?」

 

実際原作を見ても、玉狛支部で過ごす時は1番子供っぽいが、戦闘シーンでは年齢以上の雰囲気を醸し出しているからな。

 

「え?そ、そう?」

 

俺の言葉に小南は若干戸惑いの表情に変わる。このまま攻める。

 

「俺はまだ小南先輩と知り合ったばかりですから何とも言えないですが。まあ何にせよ余り気にする必要はないと思いますよ」

 

「何で?」

 

「小南先輩が自身のスタイルを良くないと思ってようが、小南先輩の一番の魅力は純粋さですから。逆に見た目やスタイルが良くても性格がブスな女に価値はありません」

 

もちろん俺も可愛い女子と付き合いたいが、性格がブスなら絶対に付き合うつもりはない。そんな女と付き合っても向こうは俺をATM扱いするのがオチだ。

 

「ふ、ふ〜ん。アンタ意外と言うわね」

 

興味がないように振舞っているが、口元は緩んでいる。多分一番の魅力は純粋さと言って嬉しく思ったのだろう。

 

「色々なパーティーに行くと、俺に対して欲望丸出しな表情で話してくる女性は多いですから」

 

何度か家がらみで社交界に出入りしたが、大半は唯我の家からおこぼれを貰おうとする連中ばかりだし。転生してから、家の用事に参加することはそこそこあるがハッキリ言って面倒だ。

 

「もし大人らしさを出したいなら、香水とか化粧に拘るのはどうでしょうか?または運動して引き締まった身体を作るとかは?」

 

「う〜ん。あたしの学校は化粧とか香水には煩いから、やるとしたら運動ね」

 

そういや小南の学校はお嬢様学校だし、そういう事には厳しいだろう。つか小南って猫を被ってるようだが、被れているのか?

 

「ま、色々考えてみるわ。愚痴を聞いてくれてありがと」

 

「いえ。それと時間がありましたら。是非手合わせしてくれませんか。ボーダー最強の実力を直に体感したいので」

 

ここは敢えてボーダー最強という。太刀川と良い勝負なんて言ったら、あたしの方が強いって怒りそうだし。

 

「ふふん!良いわよ!あたしの力、とくと見せてあげるわ!」

 

案の定、小南はご機嫌になって俺の頼みを承諾してくれる。やはりこの子、チョロ過ぎるぞ。

 

「ありがとうございます。では行きましょうか」

 

そう言ってから小南と一緒にエレベーターに乗る。

 

「ところで小南先輩は防衛任務上がりですか?」

 

「違うわ。給料の受け取りと、さっき言った飴を瑠衣ちゃんにあげたの」

 

なるほどな。そして諏訪隊オペレーターの小佐野は胸が大きくなるんだよなぁ。

 

そうなったら小南は機嫌を悪くしそうだし、ここで攻めるか。

 

「なるほど。しかし仮に小南先輩の胸が大きくなり、スタイルが良くなったら近寄り難くなったかもしれないですね」

 

「?何で?」

 

「いやだって、ただでさえ可愛くて強くて純粋で美しくて明るい小南先輩がスタイル抜群なったら、完璧過ぎじゃないですか」

 

「ふぇっ?!い、いきなり褒めるんじゃないわよ!」

 

小南は真っ赤になって俺をポカポカ叩いてくるが、痛みは全くない。

 

「褒めるというか……単純にそう思っただけです」

 

「もう……馬鹿」

 

小南は文句を言っているが、口元はゆるゆるでご機嫌丸出しだ。やっぱコイツチョロ過ぎだろ。

 

というか仮に俺が小南と付き合えても、このチョロさから考えるにその辺の男に騙されそうなのが怖い……

 

そんな事を考えながらもランク戦ブースに到着したので、個室に入る。

 

そしてモニターを見ると、俺が入った部屋の隣の部屋から対戦申請が入る。

 

弧月で15745……太刀川より低いが、小南は玉狛支部所属で余り対戦してないので太刀川より劣っているとは思えない。

 

『勝負形式はどうする?』

 

「10本勝負でお願いします」

 

『オッケー』

 

小南から了承を貰うと、俺はランク戦のブースから仮想空間へと転送される。目の前には小南がいる。隊服は原作でも見た隊服だが、手に持ってるのは手斧ではなく、短めの弧月を二本持っている。

 

(とりあえず目標は1本取る)

 

厳しいと思うがやるしかない。小南は弱い奴が嫌いと原作で言っていたが、遊真が1回勝ってからか可愛がるようになっていたし、実力を示せばもっと近付ける。

 

勝算については全くない訳じゃない。戦闘記録は何度も見直したし、太刀川を相手にしたら10本中1本、運が良ければ2本取れる時もあるから1本取る為に必要な力はある。

 

そう思いながらレイガストを展開してシールドモードに変える中……

 

 

 

『対戦ステージ市街地A、個人ランク戦10本勝負、開始』

 

戦端が開かれた。



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第34話

『対戦ステージ市街地A、個人ランク戦10本勝負、開始』

 

アナウンスが流れると同時に小南は猛スピードで距離を詰め、右手に持つ弧月を振るってくる。俺はバックステップしてギリギリで回避する。

 

しかし間髪入れずに左手の弧月を振るってくるのでレイガストを構えようとするが……

 

「っ!」

 

ぶつかった瞬間、小南は弧月を押しつけるように力を込め、その勢いを利用して横に跳ぶ。

 

そして横に跳びながら右手の弧月をぶん投げてくる。

 

慌てて首を横に動かすが、弧月は俺の首を擦り僅かにトリオンが漏れるのを自覚する。

 

しかし目の前の小南の攻撃は終わってない。そのまま左手に持つ弧月を振るってくるので首からトリオンが漏れるのを気にしないで、再度レイガストを構えて弧月を受け止める。

 

「スラスター、起動(オン)!」

 

同時にスラスターによるシールドバッシュをぶちかます。さっきみたいに横に跳ばれたら厄介だし、ぶつかった瞬間も油断出来ない。

 

小南が吹き飛びバランスが取れてないので、レイガストをブレードモードにしてスラスターを使用した投擲をしようとする。

 

しかしその前に小南は左手の弧月を民家の壁に突き刺すことで体勢を直しながらも、右手に新しい弧月を展開するや否や再度ぶん投げてきたので横にとんで回避する。

 

距離が離れているので回避は余裕だが、その間に小南は地面に足をつけて体勢を完全に直しているので、攻撃を諦めてレイガストをシールドモードにする。今投げても受け流されてカウンターで死ぬのは目に見えている。

 

「最初の投擲で取るつもりだったんだけど、思ったよりやるじゃない」

 

楽しそうに笑っているが、こっちとしてはかなりヒヤヒヤした。これまで戦ってきた攻撃手はレイガストを割ろうとしたり、何度も攻撃を重ねて防御を崩そうとしたり、回り込もうとしてきたりしてきた。

 

しかし小南はこっちの防御を横に跳ぶ為の勢いに利用してから、隙があった首を狙ってきたのだ。余りにも型破り過ぎる。

 

原作で小南の戦い方は近界民のそれに近いと評価されていたが、太刀川を始めとした他の攻撃手より読み難い。

 

「じゃあ普通に戦おうっか!」

 

言いながら小南は再度突撃をしてくる。牽制射撃としてアステロイドを放つが、シールドを使うことなく軽いステップで回避しながら距離を詰めてくる。

 

そして左の弧月を振るってきたのでレイガストで受け止め、再度スラスターを発動しようとするが、その前に横に移動しながら右の弧月を振るおうとしてくるので、スラスターを発動せずレイガストをズラして小南の持つ弧月の峰にぶつける。

 

その際に弧月の軌道をズラせたが、僅かに掠ったのか左肩からトリオンが漏れる。

 

(まだ動かせるから問題ない……っと!)

 

次に小南は足払いをかけてこようとしたので慌てて後ろに跳ぶが、即座に距離を詰めて絶え間ない連撃を浴びせてくる。

 

何とかレイガストを小刻みに動かしてガードするが、剣速が速過ぎて完全には防げず、身体の要所要所からトリオンが漏れる。

 

玉狛特製トリガーを使った小南は一撃必殺に特化していたが、ボーダーの規格に収まったトリガーを使った小南の攻撃は剣速に特化している。

 

まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すといったところだ。

 

正直言って太刀川よりやり難い。太刀川の剣は重さも速さもあるが、記録を見直せばある程度読めるが、小南の剣は型破り過ぎる。どっちが強いかは人によって意見は違うが、俺的には小南の方が強い気がする。

 

そんな小南の連撃を必死に耐え続ける。現時点の俺に誇れるのは粘りだけだからな。

 

「記録は見たけど、本っ当にしぶといわね……」

 

「今の俺にはそれしかないんで。馬鹿にしたいならしてください」

 

小南からしたら俺は弱いだろうから馬鹿にされても仕方ない。いつか距離を詰めるがな。

 

「まさか。入隊して半年以内なのに、あたしの攻撃に耐えれるってことは相当努力したんでしょ。そんなあんたを馬鹿にするつもりなんかないわよ」

 

言いながらも小南は攻撃を更に苛烈にする。どうやら意地でも俺の防御を崩すつもりのようだ。負けず嫌いの小南らしい。

 

しかし攻撃が激しくなった分、付け入る隙も僅かながらに見えてきた。確実な隙を見抜き、決めてみせる。

 

そうおもいながら暫く攻撃を受け、レイガストが割れそうになった時だった。

 

小南はトドメとばかりに2本の弧月を上段から振り下ろす。レイガストごと俺をぶった斬るつもりだろう。

 

それを見た俺は身を屈め、小南を斜め下から見上げ……

 

「スラスター、起動(オン)!」

 

「っ!」

 

レイガストが弧月とぶつかり合う前にシールドバッシュをぶちかまし、小南を空中に飛ばす。これは予想外だったのか小南は目を見開く。

 

さっきは地面から離れずに吹っ飛ばしたから住宅地の壁を利用して簡単に体勢を立て直していたが、空中なら立て直しが出来ない。

 

俺は即座にレイガストをブレードモードにしてから、大きく振りかぶり……

 

「決まれ……スラスター、起動!」

 

小南に向けてレイガストをぶん投げる。スラスターによって加速したレイガストは一直線で小南に向かって突き進む。

 

この距離なら外さないし、小南のトリオン量は高くないからシールドを展開しても突き破れるし、小南はグラスホッパーを入れてないからあの体勢から逃げるのは無理だ。

 

メテオラの爆風を使えばレイガストを逸らせるかもしれないが、小南はトリオンキューブを展開してないから、メテオラを撃つ前に倒せる。

 

 

勝った、そう思うのも仕方ないかもしれない。

 

しかし次の瞬間だった。何と小南は空中で右手に持っている弧月を振るい、小南を真っ二つにしようとするレイガストの横っ腹に叩きつけたのだ。

 

すると一瞬だけ火花が散るも、レイガストは僅かに軌道を逸らして小南の左腕を斬り飛ばして、そのまま空へ飛び去った。

 

ダメージは大きいが、今の投擲で仕留める予定だった俺からしたら実質失敗だ。

 

レイガストの投擲による軌道を弧月で逸らすことは太刀川も偶にやっていたが、小南は思うように動けない空中でそれをやったのだ。もしかしたら技術なら太刀川より上だろう。

 

予想外の光景に思わず動きを止めてしまったが、それは明らかに悪手である。

 

それに気付くが、その前に小南は落下しながらもキューブを展開する。

 

「メテオラ!」

 

叫ぶと同時にメテオラが放たれるのでシールドを展開するも、ワンテンポ遅れての展開であり、全て防ぐ事は出来ず数発が地面に当たり、その衝撃と爆風で後ろに吹き飛んでしまう。

 

何とか体勢を立て直そうとするが、既に小南は地面に着地して間髪入れずに俺との距離を詰めて……

 

『トリオン供給器官破損、緊急脱出』

 

レイガストを展開する前に、トリオン供給器官をぶった斬られた。

 

(ああ、やっぱ一瞬でも油断したのはアホだな)

 

 

自分の反応に文句を言いながら俺は光に包まれ、空へ飛び上がった。



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第35話

ドサッ

 

気がつくとベッドの上に倒れていた。結構良い線行けたがな……まさか空中であれだけの動きを見せるとは思わなかった。

 

『結構危なかったけど、まだまだね。レイガストを投げる際の挙動がそこそこ大きいから、もっと手際良く投げなさい』

 

と、ここで小南からアドバイスがある。言ってる事は間違ってないし、俺自身もっと小振りで投げたいと思ってる。

 

しかし言うは易く行うは難しだ。数メートルの近距離ならともかく、遠くにいる敵に対して溜めを作ってよく狙ってから投げないと当たらない。もちろん改善はしていくが、今日明日には無理な話だ。

 

ともあれ先輩からのアドバイスなので素直に聞き入れよう。

 

「助言感謝します。では2本目、お願いします」

 

その言葉と共に2本目を始める申請をすると、直ぐに承諾されて仮想空間に飛ばされる。

 

既に小南は両手に弧月を構えているので、俺もレイガストを展開して距離を詰めにかかる。

 

(今回は積極的に距離を詰めて相手の動きをレイガストで制限する……)

 

作戦を考えながら、走ってくる小南を迎え撃つべく俺はレイガストを弧月に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、久々のランク戦楽しみだぜ」

 

ボーダー本部の廊下にて、A級三輪隊攻撃手の米屋陽介は伸びをしながらランク戦ブースに向かう。その隣を歩く出水と三輪隊隊長の三輪秀次は呆れた表情を浮かべる。

 

「槍バカは中間試験の補習で放課後も忙しかったからな」

 

「同じ部隊だからって先生に注意された俺は良い迷惑だ」

 

「いや、悪い悪い」

 

ヘラヘラ笑う米屋による対して三輪の頭に青筋が浮かぶ。

 

「期末は2週間前から勉強して貰うぞ。そうでないなら忍田本部長に報告させて貰う」

 

「げっ、それは勘弁。前に太刀川さんが正座させられてたし」

 

「ついでに風間さんにも正座させられてたな。つか三輪隊って槍バカだけぶっち切りで成績悪いだろ」

 

出水の言葉に米屋は口笛を吹きながら目を逸らす。事実米屋以外の隊員は戦闘力が高い。

 

「それを言ったら弾バカの部隊には成績が残念すぎる2人がいるだろ……あ、そういやあの泥臭坊ちゃんって成績良いの?」

 

米屋がつい気になって質問する。ボーダー本部において唯我尊の評判は昔に比べて大分変わっている。C級隊員や一部のB級上がりたては見下しているが、B級中位以上の隊員からは粘り強さが高く評価されている。

 

「唯我?アイツはぶっち切りで頭が良いな。中間試験前に柚宇さんに勉強を教えて赤点を回避させたし、太刀川さんもしょっちゅう課題やレポートのヘルプを求めてるし」

 

「マジで?やっぱお坊ちゃんだから家で凄い教育を受けてんのか?」

 

「その可能性があるな。しかしそんなに成績が良いなら、陽介の勉強を見て貰うように頼んでみるのも悪くないな」

 

「待て秀次。流石に歳下に教わるのは勘弁だぜ」

 

三輪の呟きに米屋は突っ込みを入れる。自他共に馬鹿と判断されている米屋だが、流石に歳下に勉強を教わる事には抵抗がある。

 

そんなやり取りをしながらも個人ランク戦ブースに向かうと、たった今話題になっていた唯我がモニターに映っていた。

 

「噂をすれば……っと、小南と戦ってんのか」

 

「チッ」

 

出水の呟きに三輪は小南を見ながら舌打ちをする。近界民は全て敵と考える三輪からしたら、近界民との交流を望む玉狛支部に所属する小南は敵に近い存在だ。

 

3人の視線の先にあるモニターでは唯我と小南の戦いと、これまでの結果が表示されている。

 

唯我✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎

小南⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎

 

「あー、やっぱこんなもんか」

 

10本勝負で小南が8勝している結果を見た出水は大体予想通りと頭をかく。

 

「けど思ってるよりも食らいついてんじゃん」

 

米屋の言うように唯我は防戦になっているが、小南の腕は無くなっているし、素早い連撃に食らいついている。

 

「……試合時間を見る限り、かなり粘ってるみたいだな」

 

三輪はタブレットを操作して、2人の試合時間を確認するが全試合、3分以上かかっている。

 

「小南相手に3分以上粘れるなら大したもんだろ。ちなみに太刀川さん相手だとどれくらい勝てんだ?」

 

「10本勝負で1本、100本勝負で7、8本だな。その事を考えたら小南相手に1本取れる可能性はある」

 

実際モニターに映る小南を見ると表情に余裕はない。左腕もないのでチャンスでもある。

 

しかし唯我のダメージはそれ以上なので余裕はない。部位欠損はしてないが身体の至る所にある切り傷からトリオンが漏れていて、いつトリオン切れになってもおかしくない。

 

そんな中、小南は痺れを切らしたのかメテオラを地面に放ち、その衝撃で唯我を崩しにかかる。

 

対する唯我は既に何度もやられたからか、スラスターを起動して空中に逃れながら小南にアステロイドで牽制射撃を放つ。

 

そしてシールドでアステロイドを防ぐ小南に対して、レイガストのシールドを広げながら再度スラスターを起動して小南に向かって滑空する。

 

「レイガストで小南を閉じ込めるのか?」

 

米屋が呟く中、唯我はシールドモードのレイガストを構えながら一直線で小南に突き進む。

 

レイガストが小南を押し潰そうとする直前だった。小南は右手に持つ弧月を大きく振るい、バランスを崩しながらもレイガストの淵に叩きつけて着地場所を逸らす。

 

すると間髪入れずにレイガストが地面に当たり、アスファルトにヒビが入るが唯我はそれを無視してレイガストをブレードモードにして小南と向き合い、小南も同じようにバランスを取りながら右手の弧月を構える。

 

そして次の瞬間、唯我と小南は互いの武器を持つ手を大きく振りかぶり、ブーメランを投げる要領で互いに投げつけた。

 

結果として小南が投げた弧月は唯我の首を飛ばし、唯我の投げたレイガストは小南の胴を真っ二つにした。

 

唯我✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ △

小南⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ △

 

同時に引き分けのマークが生まれ、ラウンジに驚愕の声が上がる。

 

「おっ、引き分けたじゃん。やるなぁ」

 

勝ってはいないが圧倒的格上相手に引き分けた事実に米屋は感嘆の声を上げる。

 

「だな。ともあれラスト一戦、ここで勝ち星を挙げれば、一皮剥けるかもしれねぇ」

 

出水がそう呟く。格上相手に勝ち星を挙げる事が出来れば、それにより自信を得て、更なる高みを上ることも可能である。

 

ラウンジにいる皆はモニターに釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

小南に首を刎ねられてブースに戻った俺は息を吐く。9戦目にして漸く引き分けとなった。格上相手に引き分けたのだから、客観的に見て充分な成果だろう。

 

しかしここまで来たら1本取りたい。元々小南に実力を示して気に入られたいから始めたランク戦だが、最後に勝ち星を挙げたいという気持ちが強くなっているのがわかる。

 

『やるじゃない!さあ、最後の1本行くわよ!』

 

しかし厳しいのは確実。さっきの引き分けにより小南のテンションが上がっている。

 

(いや、絶対に1本取ってみせる)

 

そう決心して俺は準備完了ボタンを押すと、仮想空間に転送される。

 

目の前には楽しそうに笑う小南がいる。普段見る可愛らしい笑みではなく、獣のような獰猛な笑みだ。

 

しかし怯んだら負けに直結するので怯むわけにはいかない。

 

小南の行動パターンを考え、いつも通りに戦うだけだ。

 

そう思いながら俺達は互いの武器を構える中……

 

 

 

 

 

『ラスト1本、開始!』

 

アナウンスが流れだした。



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第36話

 

『ラスト1本、開始!』

 

アナウンスが流れだすと同時に小南は距離を詰めてくるが、これまで以上に迫力を醸し出している。

 

そしてレイガストと2本の弧月がぶつかり合うと、今まで以上に衝撃が伝わってくる。

 

そんな小南の攻撃に対して俺は……

 

「おっ!やる気充分みたいね!」

 

臆すことなく前に出る。今までは防御しながらカウンターを狙っていたが、テンションが上がっている小南相手だとカウンターを狙えない可能性がある。

 

よってシールドモードのレイガストで自分を守りながらも、相手を押しつぶすように前に出て、小南の隙を作る必要がある。攻めながら守る選択肢を選んだ。

 

互いに攻める気満々で武器をぶつけ合っているため、武器から生まれた衝撃が足元の床にダメージを与える。

 

対する小南は横に跳ぼうとするが、同時にレイガストのシールドを広げながら小南の方を向き、更に前に進む。

 

それにより小南も無理に跳ばずに弧月を使い、俺の突進を妨げる。

 

トリガー同士がぶつかり合い火花が散るが、逃げるわけにはいかない。とにかく距離を詰めて小南の自由を奪う必要がある。

 

しかし小南は痺れを切らしたのか後ろにジャンプする。当然逃がすつもりはないので距離を詰めようとするが……

 

「メテオラ!」

 

小南が左の弧月を消してからメテオラを放ち、レイガストにぶつける。シールドモードのレイガストは硬いので壊れはないが、生まれた衝撃により小南との距離を詰めれずに足が止まってしまう。

 

「スラスター、起動!」

 

だから俺は強引に突破する。スラスターの勢いを利用して爆風を潜り抜け、左手からアステロイドを放ち小南に防御をさせ足を止めさせる事で再度距離を詰める。

 

そして小南が新しい弧月を展開して再度鍔迫り合い状態が続く中、小南は楽しそうに笑う。

 

「やるわね、さっきあたし相手に引き分けてテンションが上がった?」

 

「ま、そんなところです。俺は小南先輩より数段弱いですが、白星取らせて貰います」

 

「ならやってみなさい!そう簡単に白星取らせないわよ、尊!」

 

小南は更にテンションを上げたかと思えば、両手に持つ弧月に力を込めたかと思えば、そのまま振り抜く。

 

その結果、レイガストは壊れはしなかったが小南はその勢いで宙に浮かび、間髪入れずに弧月を2本ともぶん投げてくる。

 

俺は慌てて回避するが対処する立場であるが故にワンテンポ遅れてしまい、左足が切り落とされてしまう。

 

片足になった以上、逃げる手はなくなった。よってここからは今以上に攻めるしかない。

 

そう思っていると小南が重力に従って落下してくるので、アステロイドで牽制射撃をする。

 

同時に小南がシールドでアステロイドを防ぎ、右手に弧月を展開しながら袈裟斬りを放ってくるのでレイガストで受け止める。

 

再度鍔迫り合いになりかけるが、その前にレイガストに穴を開けて、そこに左手を突き出して、トリオンキューブを顕現する。掌は小南の顔面に向けている。

 

「させないわよ!」

 

「アステロイド!」

 

小南が顔面にシールドを展開しながら弧月を振るい、俺はアステロイドを分割して小南の右腕に発射する。俺は掌と目線を小南の顔面に向けていたが実際に狙ったのは目線を向けていない小南の右腕だ。

 

所謂小南の右腕にノールック射撃をした結果……

 

「っ……!」

 

「そうくるか!」

 

俺の左手首が斬り落とされ、小南の右腕が吹き飛んだ。

 

しかし元々左手首を失うことを前提に動いていた俺は、予想外のダメージに驚いている小南とは反対に特に焦ることなくレイガストの形を変えて、口を大きく開けたモンスターのような形にするや否や……

 

「スラスター、起動!」

 

そのままスラスターを起動して小南に突撃をして、壁に追いやる。

 

この状態なら小南は後ろに逃げれないし、狭い状態だから弧月も振るえない。

 

そして先程レイガストに開けた穴から手首より先を失った左腕を向けて威力と弾速に特化したアステロイドを展開する。

 

そして放とうとするが同じタイミングで小南も穴に手を向けメテオラを展開して……

 

「アステロイド!」

 

「メテオラ!」

 

同時に射つ。結果、レイガストの穴付近で互いの弾丸はぶつかり合い……

 

ドドドドドドドドッ

 

爆発が生まれる。その結果、何度も小南の連撃を受けた事でボロボロになったレイガストは粉々になり、俺と小南の左腕は全て吹き飛び、身体の表面からトリオンが漏れ出ている。

 

最後の最後でメテオラの発射を許してしまったのが痛い。ワンテンポ早くアステロイドを撃ってれば俺が勝っていた。

 

とはいえまだ勝負はついてないので反省は後回しだ。まあ直ぐに決着は着くだろう。

 

何せ俺は左足と左腕を失い、全身からトリオンが漏れ出ている。

 

対する小南は両手を失い、俺と同じように全身からトリオンが漏れ出ている。

 

互いのトリオン体は限界に近い。何もしなくても後2、3分でベイルアウトするだろう。

 

俺は片足がないから碌に動けないが右腕があるのでレイガストは使える。

 

対する小南は両足が健在だが両手がないので弧月を使えず射撃しか出来ない。

 

 

このまま互いに攻めなかったら更にトリオンが漏れ、トリオン体活動限界で引き分け、もしくはギリギリの勝敗となる。

 

しかし小南は迂闊に攻めれない。何故なら両手が無い為、トリオンを多く消費する射撃戦術しか使えないが、俺がレイガストで防御に成功したらトリオンは枯渇するだろう。

 

よって俺は無理に攻めず、このまま防御に徹して引き分けかギリギリの勝利になる事を祈るのが最善である。

 

しかし……ここで敢えて攻める。小南の性格的にここで逃げる人間よりリスクを承知で攻める人間を好みそうだからな。

 

そう判断した俺は右手にレイガストを展開して、周囲にアステロイドを浮かばせる。それに伴い、体に亀裂が走る。もう時間は殆どない。

 

それに対して小南は軽く目を見開くが、直ぐに嬉しそうに笑って周囲に2つのメテオラを展開……両攻撃の構えを見せる。どうやら小南もトリオン残量を気にしないで行くようだ。

 

そして……

 

「「っ!」」

 

俺がアステロイドを放ちながらレイガストをシールドモードにすると同時に、小南はメテオラの両攻撃を放つ。

 

するとお互いの中間にて爆発が生じ、何発かのメテオラが俺に向かってくるので、レイガストでガードする。

 

爆風によって生まれた衝撃が身体を揺らすが、それを無視してスラスターを起動して小南との距離を詰めにかかる。片足がない以上、スラスター無しでは勝ち目がない。

 

無論小南も易々と食うつもりはなく、思い切りジャンプをして横に回避する。

 

小南がいた場所を通り過ぎた俺はスラスターの勢いが弱まるのを自覚しながらも後ろを振り向く。

 

後ろでは全身にヒビだらけの小南が宙を舞いながら再度メテオラを展開状態に入っている。恐らく最後の一撃だろう。

 

それを確認した俺は、小南と同じように自身の身体に入っているヒビが広がっているのを無視して……

 

「スラスター、起動!」

 

「メテオラ!」

 

空中に舞う小南を撃ち墜とすべく、スラスターをぶん投げる。そして直ぐに小南のメテオラとぶつかり合い爆発が生まれる。

 

それによりレイガストにヒビが入るもシールドモード特有の頑丈さは折り紙付きであり、ボロボロになりながら突き進み小南にぶつかる。

 

レイガストを食らった小南はそのまま近くの電信柱に叩きつけられ、そのまま地面に落下するが、そんな中で遂に小南の全身にヒビが広がり、やがて小南の身体は光に包まれて空へ飛び上がった。

 

 

『10本目 小南ダウン』

 

『個人ランク戦終了 勝者 小南桐絵』

 

8ー1ー1

 

唯我✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ △ ⚪︎

小南⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ △ ✖︎

 

そんなアナウンスが流れ、空中に試合結果が表示され、少ししてから俺の身体も光に包まれた。



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第37話

ドサッ

 

背中にベッドの柔らかな感触を感じた俺は息を吐く。

 

(1勝8敗1分か……ま、小南が相手ならかなり上出来だろう)

 

まだまだやるべき課題はあるが、それでも成長していると感じることは出来た。これからもっと強くならないといけない。

 

そう思いながら俺は起き上がろうとするが……

 

(ヤベェ、ずっと防御に徹していたからか、頭が痛ぇ)

 

さっきまでは試合中だったから気にしてなかったが、終わってから頭痛を感じるようになってきた。

 

(ダメだ。ちょっと疲れたし、休もう)

 

そう思いながら俺はゆっくりと目を閉じてしまった。

 

『……?』

 

目を閉じる直前に誰かに呼ばれたのは気のせいと思いながら。

 

 

 

 

 

 

「尊?おかしいわね。モニターには尊の個人ポイントが表示されてるからブースにいる筈だけど……」

 

個人ランク戦を済ませて、ブースに戻った小南は唯我に通信をするが返事はなく訝しげな表情を浮かべる。

 

「どうしたのかしら?見に行ってみるか」

 

そう呟き身体を起こすとブースから出て、隣のブースに入るとベッドの上で寝ている唯我を発見する。表情を見ると若干息が荒い。

 

「寝てるわね……もしかして集中し過ぎが原因?」

 

試合は10本勝負だが、かかった時間は30分以上で唯我はその大半を小南の攻撃を裁くことに費やしていた。その際に集中し過ぎて精神的に疲れたのだと小南は推測した。

 

「仕方ないわね」

 

小南は苦笑いを浮かべながら唯我をゆっくりと起こし、そのまま背中におぶる。ベイルアウト用のベッドはそこそこ柔らかいが、しっかりと医務室で休ませるべきと小南は考えたからだ。

 

そして起こさないようにゆっくりとブースを出ると、注目が集まるが小南は気にしないで歩き出す。

 

と、ここで視界の先に出水達を発見する。

 

「よう小南。やっぱ唯我はお疲れか?」

 

「やっぱりってこうなる事を知ってたの?」

 

「太刀川さんと何十回も模擬戦すると見れる光景だからな。つか運ぶなら俺が運ぶぜ」

 

「良いわよ。あたしが戦ったし、あたしが運ぶわ」

 

出水の気遣いに小南は遠慮する。一方出水の隣にいる米屋は残念そうに口を尖らせる。

 

「ちぇー、小南の次に挑むつもりだったんだけどな」

 

「アンタは本部所属だからいつでも戦えるでしょ。というかコイツの防御を見ると、後1ヶ月もしたらマスター以下の攻撃手の攻撃なら全部捌けるわね」

 

実際小南でも唯我の防御を崩すのは苦労した。今は荒削りの部分があるが目を見張る部分はある。このまま唯我が半年鍛錬を続け、自身の実力が伸びなかったら自身の攻撃を捌かれる可能性がある。

 

「とりあえずコイツは連れてくから」

 

小南はそう言ってからそのまま個人ランク戦ラウンジを後にして、医務室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……んんっ」

 

目を開けると見覚えのある天井が目に入る。

 

「ここは医務室、だよな?」

 

加古の炒飯により気絶した後に見たことがあるし、間違いないだろう。

 

そして医務室にいる理由だが、小南との試合が終わった後に疲れ果てて寝てしまい、多分小南が医務室に運んでくれたからだろう。

 

と、ここでカーテンが開き、制服を着た小南が顔を出してくる。

 

「起きたのね。体調は?」

 

言われて改めて体調を確認するが、頭痛は無くなっている。

 

「大丈夫です。あの、どれくらい寝てましたか?」

 

「2時間ちょっとね」

 

予想よりも長く寝ていたようだ。しかしそうなると……

 

「もしかして俺を運んで起きるまで待っていたんですか?だとしたら手を煩わせて申し訳ありません」

 

「別に良いわよ。トリオン体の状態で運んでたし、まだ読んでない本もあったから」

 

小南は笑いながら手を振ってくる。

 

「それよりも尊。さっきのランク戦だけど、かなりまあまあだったわね」

 

小南が言うかなりまあまあとはB級上位、つまり俺の力はB級上位レベルって所か。

 

とはいえA級レベルじゃないし、太刀川と出水はA級上位レベルだし、まだまだ力不足なのは否めない。

 

(まあこれならお荷物扱いはないだろうし、転生して以降に立てた最低限の目標は達成だな)

 

唯我尊になってから色々目標を立てたが、最低限にして1番重要な目標は「太刀川隊のお荷物からの脱却」だからな。

 

「ありがとうございます。俺も今日、小南先輩と戦えて良かったです」

 

「本当?どんな所が良かった?」

 

さりげなく質問している体を見せているが、明らかに興味津々だ。十中八九褒められたいのだろう。

 

ならば当然褒めるつもりだ。実際小南と戦えて良かったのは事実だし、名前呼びされた事から小南に気に入られているだろうから褒めまくって更に気に入られたい。

 

「はい。誰にも真似出来ない戦い方を間近で見れたのが良かったです。記録で小南先輩の戦い方は知ってましたが、記録で見た時よりも数段迫力と洗練さがあり見惚れてしまいました」

 

「も〜!アンタ褒め過ぎよ!」

 

小南はニヤケ顔を浮かばせながらポカポカ叩いてくる。幸せオーラ全開の小南はメチャクチャ可愛く、さっきまで獰猛な笑みを浮かべながら戦った人間と同一人物とは思えない。

 

「加えてわざわざ俺を運ぶ優しさも知れました。俺はまだ未熟ですが、少しずつ強くなって小南先輩のように強くて魅力的な人間になりたいです」

 

「〜〜〜っ!」

 

そこまで言うと小南は笑うのをやめて真っ赤になって恥ずかしそうに俯く。もしかして攻め過ぎたか?

 

「えっと……小南先輩?」

 

「にゃに……何よ?!」

 

一度噛んでから今以上に真っ赤になって俺に叫ぶ。

 

「もしかして不快な気分になってしまいましたか?」

 

「べ、別になってないわよ!アンタに褒められ過ぎて嬉しさを通り越して恥ずかしくなったとかじゃないんだから勘違いしないでよね!」

 

そう言って指を突きつけてくる。ツンデレには似合いそうな言動だ。まあ口にしたらぶっ殺されそうだから言わないけど。

 

「と、とにかくあたしのように強くて魅力的な人間になりたいんだったら、今以上に実戦経験を積みなさい!アンタとは年季が違うんだから!」

 

「もちろんです」

 

そりゃそうだ。小南は5年以上前から戦っていて、俺は人一倍鍛錬を積んでいるとはいえ数ヶ月しか戦ってないから、小南の言うように年季が違う。

 

「ま、まあ……もしも伸び悩んだら、相談に乗ってたり模擬戦に付き合ってあげるわ!」

 

そう言って余り大きくない胸を張りながらそう言ってくる。これも口にしたらぶっ殺されそうだな……

 

「小南先輩にそう言って貰えて嬉しいです。頼りにしてます」

 

「当然よ。あたしは先輩なんだからガンガン頼りなさい」

 

そう言って頭をわしゃわしゃしてくる。子供扱いされているようで恥ずかしいが、小南からしたら俺は歳下に見えるから仕方ない。

 

「はい。ありがとうございます」

 

今回手に入れたギリギリの一勝は今後強くなる上で重要なものになるだろうから大切にするつもりだ。

 

これからもっと、それこそトップランカーと渡り合えるくらい強くなってやる。

 

周りの連中もA級や上位ランクを目指すべく訓練しているのだから、特訓メニューについても見直して、更に訓練する時間を増やすべきだ。

 

俺は小南にわしゃわしゃされながら、今後について色々考えるのだった。



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第38話

「じゃああたしはそろそろ帰るわ。今日の夜ごはんの担当あたしだし」

 

医務室にて小南はそう言ってくる。名残惜しいが、食い止めるわけにはいかない。

 

「今日はありがとうございました。また機会があれば揉んでください」

 

「次戦う時にはもっと強くなっておきなさいよ!あたしはその更に上にいるからね!」

 

小南はピシッと指を突きつけてから医務室を後にする。仕草が一々可愛いし、さっきまでの言動からしてやっぱりチョロいな……マジで将来詐欺に遭ってしまいそうで怖い。

 

何にせよ実力を評価され、名前呼びされるようになったし良しとしよう。後もう少し交流を深めたら日頃のお礼という形で出掛けないかと誘ってみよう。

 

そう思いながらも俺は息を吐く。一応頭痛はしなくなったが疲れが取れた訳じゃないのでもう少し休みたいのが本音だ。

 

俺は小南が持ってきてくれた自分の鞄からタブレットを取り出して、先程の試合を見るが、やはり差を感じる。

 

技術もそうだが、トリガーの性能に差はないのに攻撃する際の圧力に差がある。この圧力は長年の経験によって得られるものであると思うが、向こうの世界で戦った事も含まれているだろう。

 

そうなると遠征に行けない俺は他のやり方をしないといけないが……まあ今無理に考える必要はないな。

 

(とはいえ反省点を洗い出さないといけないし、集中して記録を見直さないとな)

 

それから俺は腹が減るまで医務室で記録を見直し、帰りがてら美味いラーメンを食べて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「ふぁ〜、よく寝た」

 

俺はベッドから起きて伸びをしながら時計を見る。時刻は7時半で今から着替えて飯を食えば8時には家を出れる。

 

学校まで20分ちょいだから、余裕で間に合うだろう。

 

俺は手早く支度を済ませて家を出て、走りながら学校に向かう。

 

BBFで唯我尊の身体能力はワースト5に入る酷さだ。これは余りに酷過ぎるのでトップ10は無理だろうが、上位30パーセント圏内に入れるくらいまで鍛えるつもりだ。

 

まあ転生した直後は少し走っただけでバテたが、今はそこまで疲れないので今の唯我尊をBBFの身体能力グラフに乗せたら下の上くらいはあるだろう。

 

そんな風に体力向上を目指して走って学校に到着して自分の席に座ってる。こうやってもう一度学生生活を送っているが、この学校にはボーダー隊員がいないので退屈だ。

 

今は中3で来年高校に上がるが、BBFによれば唯我は高校に上がる際にお坊ちゃま校に入っている。俺としては真っ平ゴメンだし何とか親を説得して三門市立第一高等学校に入れるようにしたいものだ。

 

出水や国近と同じ学校なら色々融通が利くし、他のボーダー隊員ともコネクションを作りたいからな。

 

俺は今後の未来について考えながらHRが始まるのを待ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「ふぅ、終わった終わった」

 

退屈な授業が終わって、俺は席を立ち教室を出る。大学の専門授業ならまだしも、中学生や高校生の授業内容は大半が簡単過ぎるのでクソ退屈だ。

 

救いがあったのは歴史の授業が楽しかった事だろう。流石に暗記モノについては忘れていて、新鮮な内容だったし。

 

学校を出て基地に向かっていると電話が鳴る。携帯を取り出すと、国近からだった。

 

「もしもし?」

 

『唯我く〜ん。今日期末試験の範囲が発表されたからお助け〜』

 

電話越しに国近の情けないヘルプ要請が入ってくる。前回の中間試験の際に試験勉強のアドバイスをした結果、赤点を回避出来たからだろう。

 

正直言って怠いのは否定しないが、チームメイトである事に加えて貸しを作れる可能性があるので拒否するつもりはない。

 

「わかりました。とはいえ今日は帯島との訓練があるので、今日中に試験範囲をコピーしたものと前回の中間試験の問題用紙を作戦室に置いといてください。2日以内に模擬試験を作ります」

 

前回も模擬試験を作ったら、似た問題が多く出たと褒められたしまた作るだけだ。国近の頭で上位入りは無理だが、赤点回避はそこまで難しくない。

 

『ありがと〜。なんかお礼したいけど、何が良いかね?』

 

オペレーターの紹介をお願いします

 

って言いたいが、それ言ったらドン引きされそうだからな。極力女好きである事は表に出さないようにしないといけない。

 

「そうですね……では夏休みに三門市で面白い場所を案内してくれませんか?」

 

さりげなくデートの誘いをしてみる。

 

『ん?私は1年前に三門市に来たから、ずっと三門市に住んでる唯我君の方が詳しいんじゃない?』

 

そうだ。国近は確か県外スカウトで来たんだった。これは怪しまれないように返事をしないといけない。

 

「あ、いえ。確かに三門市に住んでましたが、ボーダーに入隊する前は学校や家繋がりのパーティー以外殆ど出かけてなかったので」

 

こういう時に家を出せば疑われないだろう。

 

『なるほどね〜。良いよ〜、お姉さんが楽しい場所を案内しようじゃないか』

 

と言っても十中八九ゲーセンやゲーム屋だろうけどな。普通に想像出来る。まあそれでも構わない。折角学生に戻ったんだし、学生生活を満喫するべきだ。

 

そう思いながら俺は早足で基地に向かい、トリガーを使って基地の中に入りエレベーターに乗って弓場隊の作戦室がある階まで上る。

 

そして作戦室前に着いたのでインターフォンを押すと直ぐにドアが開く。

 

「失礼します」

 

「おう、来たな」

 

作戦室に入ると最初に弓場が話しかけてくるが、その後ろには帯島以外のメンバーもいた。

 

「お疲れ様です。今日は全員いるのですね」

 

「さっきまで防衛任務だったんだが、この際だし顔合わせをしようと思ってな」

 

弓場がそう言うと最初に話しかけてきたのはオペレーター服を着た巨乳の女性……藤丸ののだった。

 

「オペレーターの藤丸ののだ!昨日の小南との試合を見たぜ!お坊ちゃんかと思ったけど根性あんじゃねーか!」

 

「よ、宜しくお願いします」

 

そう言って背中をバシバシ叩いてくるので若干気圧されながら返事をする。今日初めて話したし、原作ではまだ登場してなかったが、姉御キャラだったのか……あの作者、本当に色々なキャラを作っているな。

 

「俺は神田忠臣。帯島の面倒を見てくれてありがとな」

 

そう言って手を出してくる男については、BBFには載ってなかったので全く知らないが雰囲気を見る限り優しそうな人だ。原作では対人トラブルとかではなく受験とか家の都合で辞めたのだろう。

 

「唯我尊です。宜しくお願いします」

 

とはいえ出された手をスルーするわけにはいかないので、握手をする。しっかり握ってから手を離すと、最後の1人が前に出る。

 

「俺は外岡一斗、唯我とは同じ年だけどよろしくね」

 

何というかのんびりした雰囲気の男だ。特徴的な隊員が多いボーダーでは珍しい。まあこういう人間は話しやすそうだし、こちらとしてもありがたい。

 

「こちらこそ宜しく」

 

そう言って挨拶をしてから弓場を見る。

 

「んじゃ挨拶も終わったし、今日もよろしくな」

 

「よろしくお願いします!」

 

帯島の礼に応えようとした時だった。

 

 

 

 

pipipi……

 

 

携帯が鳴る。それだけなら別におかしいことじゃないが、複数の電子音が鳴る。その数は6、つまり部屋にいる全員の携帯が鳴った事を意味する。

 

偶然とは思えないので、十中八九ボーダーからの通知だろう。

 

俺達は軽く目配せしてから携帯を開く。

 

そこには……

 



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第39話

いつのまにかお気に入り数は4000を超えてました。読者の皆様には感謝です。

次は5000を超えるように頑張ります


 

1dayトーナメントのお知らせ

 

7月25日(日)の午前10時より1dayトーナメントの開催を決定しました。

 

定期試験などが終わっている時期であり、気分転換として今回の企画を立てました。

 

尚、今回のイベントでは新しく導入する予定の実況システムの試験もあります。解説者として元A級1位部隊隊長の東春秋さんをお呼びしています。

 

また参加した方や上位入賞した方には豪華景品もありますので是非参加して意見を頂きたいです。

 

参加希望の方は企画課まで連絡を宜しくお願いします。

 

企画課より

 

 

 

 

 

 

そんなメールを見た。確かBBFでもボーダーの職員がイベントを企画するって書いてあったな。

 

「そういやもうそんな時期だったな」

 

弓場が携帯をポケットにしまいながら呟く。

 

「あの、1dayトーナメントってどんなルールなんですか?」

 

「そういや唯我と帯島が入隊して初めてだったな。簡単に言うと訓練室を貸し切って、タイマンのトーナメントをするんだよ。1本勝負なのがミソだな」

 

「1本勝負という事は、運が絡むという事もあるのですか?」

 

帯島が質問すると弓場は頷く。

 

「そうだな。前回のトーナメントでは影浦が格上の風間さんに勝ったし、前々回では俺が太刀川さんに勝ったな。唯我もギリギリとは言え小南に勝ち星を挙げれたんだし、運が傾けばトップランカーに勝ち星を挙げれるかもな」

 

確かに俺は殆どないが、運良く太刀川に勝った事があるし、タイマンで1本勝負なら運が良ければ上位に入れる可能性はあるだろう。

 

「なるほど。ちなみに景品って何があるんですか?」

 

BBFだと個人ポイントが貰えるとは書いてあったが、それ以外にもあるだろう。

 

「基本的には個人ポイントだな。1回勝てば2、300ポイント貰えて優勝すれば2000近く貰える。参加賞として安い図書券、上位に上がれば高額の図書券や食堂のフリーパスとかが貰える」

 

「弓場さんは前回ベスト4で食事券10000円分貰って、皆で飯を食べに行ったな」

 

弓場の言葉に神田が補足する。中々豪華なようだが、学生が多いし参加を希望する人が多いだろう。後日程もメールに書いてあるように開催は試験が終わった時期だしな。

 

「けどこの実況システムってなんなんすかねー。東さんが解説するってことはスポーツ番組の実況解説と同じ感じですかね」

 

外岡が不思議そうに首を捻る。ランク戦実況解説システムだが1dayトーナメントで試験してみるようだ。それで評判が良かったら、チームランク戦でも実装するって感じだろう。そして原作では実装されてるし、成功したのは明白だ。

 

「しかし帯島はどうするんですか?一応来シーズンまで力を見せない予定ですよね」

 

帯島は来シーズンに備えた秘密兵器である。実際俺が弓場隊に足を運んで訓練してるので出さない方がいいだろう。

 

とはいえ参加して第三者と差を調べるのも選択の1つだ。もしくは手抜きをして力を誤認させるのも悪くない。

 

「参加するしないは帯島の自由だ。俺はどうこう言わねぇから自分の気持ちに素直になれ」

 

「ッス!」

 

弓場の言葉に帯島は力強い返事をする。てっきり参加させないと思ったが、無理強いはしない性格のようだ。

 

「唯我は当然出るよな?」

 

「もちろんです。開催まで1ヶ月近くあるので、更に実力を磨きます」

 

多分小南も参加するだろうし、そこで強くなった所を見せておきたい。小南は弱い人間を嫌うもてかわだまされガールだから、強い所を見せて常に尊敬の意を示す事が仲良くなる為の秘訣だ。

 

「何にせよ、今は帯島の訓練の為に来たんでそろそろ始めましょう」

 

「ッス!宜しくお願いします!」

 

「んじゃステージを作ってやらねぇとな!」

 

藤丸がそう言ってオペレーターデスクに向かうので、俺もトリガーを起動して作られた仮想空間に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

数十分後……

 

「ユカリダウン!今のは惜しかったぞ!」

 

『ッス!もう1本お願いします!』

 

『はいよ。来な』

 

作戦室に藤丸の声が響き、モニターでは帯島が再戦を求め唯我が応じている。

 

「いや、それにしても硬すぎでしょ。神田さんなら崩せます?」

 

外岡はモニターに映る唯我の捌きを見ながら神田に尋ねる。これまでに10戦、それも最初の2分間は唯我が攻撃してないにもかかわらず帯島は1勝どころか一撃当てる事も出来ていなかった。

 

「弾トリガーを使えば可能だと思うけど、刃トリガーのみなら厳しいな」

 

神田はそう返す。万能手ではあるが、元々銃手だった事を踏まえるとかなり厳しいと判断した。

 

「加えて以前よりも気迫を感じるな。小南との一戦で自信を得たのがわかるぜ」

 

弓場の言うように前回の訓練以上に唯我の防御には上手さと気迫を感じられる。モニターでは帯島が弧月を振るおうとしても、弧月の軌道を先読みしてレイガストを置いているのがわかる。防御に徹した唯我を崩せる攻撃手は数人しかいないだろう。

 

(しっかしどんな目標を持ったらあそこまで粘り強くなってんだ?)

 

弓場の疑問はそこにある。唯我の防御を見れば、短期間に相当な鍛錬を積んだのは間違いない。

 

コネで入隊した唯我が突如人が変わったように成長しているのは有名だが、あそこまで鍛錬を積むなら相当な事情があったのだろうと推測してしまう。

 

 

最も、弓場はおろかボーダーの誰もが知らなかった。唯我が鍛錬する理由が「鍛錬して太刀川隊のお荷物から卒業して、女子にモテるくらい強くなり、原作とは違う唯我尊になりたいから」という事を。

 

 

それから弓場達が見るモニターに映る2人は30本近く戦ったが、一際気合いの入った唯我が帯島を完封する結果で幕を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「ふぅ、疲れた」

 

帯島との訓練が終わり、俺はラウンジで夕飯を口にする。昨日小南と戦ったからか、いつも以上に相手を攻める防御が出来た気がする。

 

このまま防御を磨いて、原作開始までに太刀川や小南の攻撃も全て捌けるようにしたいものだ。

 

そして海鮮丼を食べ終え、席を立つと電話が鳴るので出てみると小南からだった。

 

「もしもし?どうかしましたか?」

 

『あ、尊?1dayトーナメントの発表があったけど、用事がないなら参加しなさいよ!あたしも参加するけどその時までにどれだけ強くなってるか見てあげるわ!』

 

1dayトーナメントの開催が発表された日に電話が来たから予想はしていたが、本当に来るとはな……

 

とはいえ参加する気であるのは否定しない。防衛任務や学校の都合上、戦った事がない正隊員は結構いるしこの機会に戦いたいからな。

 

後、小南に成長したところを見せて接点を増やしたい。

 

「もちろん参加します。俺も小南先輩の魅力的な戦闘姿をこの目で直接見たいですから」

 

『ふぇっ?!い、いきなり恥ずかしい事言ってんじゃないわよ!……ま、まあそんなに私の戦闘が見たいならしっかり目に焼き付けなさい!』

 

「はい。今から楽しみにしてます」

 

『〜〜〜っ!馬鹿っ!』

 

そう言って通話が切れる。あの様子じゃ恥ずかしくて切ったのだろうが、小南の反応可愛すぎだろ。

 

俺は満足しながら食器を片付けてから作戦室に向かう。

 

中に入るとテーブルの上に国近が用意した中間試験の問題用紙と期末試験のテスト範囲のコピーがあった。

 

それを確認すると同時に椅子に座って、中間試験の問題から教師の作る問題の傾向を調べ始める。傾向がわかったら、期末の範囲から赤点を回避することに特化した模擬試験の作成に入る。

 

正直言って怠いっちゃ怠いが前世のサービス残業に比べたら大した事ないし、赤点を回避できたら夏休みに国近と2人で出掛けられるので、俺はそこまで不満を抱くことなく作業を進めるのだった。



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第40話

「唯我!頼む助けてくれ!」

 

太刀川隊作戦室にて、国近の為に期末試験に備えた模擬試験を作成して、今から国近に会いに行こうとしたタイミングで作戦室のドアが開き、太刀川が入ってくる。

 

時期的に助けを求める理由は想像出来る。

 

「期末レポートのテーマが決まったんですか?」

 

それ以外想像出来ん。

 

「ああ。期末レポートは2種類あるんだが、筆記試験も多くてな。是非頼む!」

 

大学生が表向き中3の俺に頭を下げてレポートを頼む……側から見たら酷い絵面だな。原作によれば二宮も出水に頭を下げたようだが、酷い差を感じてしまう。

 

「……はいはい。やるのは構いませんが、やるのはあくまで実験結果の纏めまでですから考察は自分で書いてくださいね」

 

1から10までやるのは流石に怠いし、太刀川の馬鹿っぷりから代筆がバレるかもしれないので、誰もが同じ事を書く部分だけやる。

 

「助かるぜ。んじゃこれが実験データな。提出は3週間後だから、2週間以内に頼むぜ」

 

太刀川はそう言ってUSBメモリを渡してから違うテーブルに移動して、大学の教科書を出して勉強を始める。勉強している太刀川はシュールだが、作戦室に来る前に風間にしばかれただろうな。

 

ともあれUSBメモリを貰ったし、出て行くか。今から国近と会う約束だしここにいたら太刀川の見張りにやって来そうな風間や忍田と鉢合わせするかもしれない。そして太刀川がドジ踏んで、レポートの代筆がバレたら面倒だからな。

 

俺は作戦室を出て国近に電話をかける。

 

『もしもし?今から勉強かね?』

 

「ある程度は出来たんで。今基地に居ますが、会えますか?」

 

『今学校近くのスーパーにいるけど、基地と学校の間に私の家があるからそこで良い?カフェとかは学生で溢れてるし』

 

コイツ普通に自宅に招いてるが、年頃の女子が男を招くな。まあ多分男と見られてないからだろうけど。

 

「わかりました。んじゃ国近先輩が家に着いたら位置情報を教えてください」

 

わざわざ家に誘ってるのだから位置情報を聞いてもおかしくないだろう。

 

『ほ〜い。とりあえず唯我君はウチの高校がある方向に向かって〜』

 

そんな呑気な声とともに通話が切れたので携帯をしまって基地の出口に向かう。

 

そして出口から外に出ると前方から見知った顔が出てくる。

 

「よう唯我。個人ランク戦帰りか?」

 

話しかけてきたのは出水で、周囲には三輪や米屋や奈良坂、仁礼など一歳年上の先輩がいた。多分米屋と仁礼の勉強を見る為だろう。

 

「いえ。個人ランク戦ではなく国近先輩の赤点回避の為の準備をしてました。今から国近先輩に勉強を教えに行きます」

 

「本当に2歳年下から教わっているのか……」

 

「A級1位には馬鹿が多いのか?」

 

「いや、馬鹿なのは太刀川さんと柚宇さんだけだから。ちなみにどんな準備をしたんだ?」

 

奈良坂と三輪が呆れ、出水がツッコミを入れる。まあ出水は平均より上だから馬鹿じゃないだろう。

 

そう思いながらも俺は出水に国近の為に作ったプリントを見せる。他の連中もそれを目にするが、大半が驚いてる。

 

「問題の意味はわかんねーけど随分と細かく書いてんな」

 

「細かいと言っても基礎問題中心の模擬試験ですよ。三門市立第一高等学校のテスト問題は7割近くが基礎なんで、基礎の中からより解きやすい問題や配点が高い問題を見繕えば、赤点回避は簡単です」

 

実際この学校の問題を調べたが、ちゃんと授業を聞いてれば誰でも50点は取れる問題だ。これで赤点を取る奴は単純にサボり過ぎだ。

 

「マジか?!頼む!高1の対策問題も作ってくれ!」

 

「俺にも頼む!秀次と奈良坂、ガチで怖いんだよ!」

 

ここで米屋に匹敵する馬鹿の仁礼が頼み込んで、米屋が便乗するが……

 

「いや、国近先輩の勉強に加えて太刀川さんのレポートも手伝わないといけないんで他を当たってください」

 

もっと早くに言ってくれたならまだしも、今から作るのは怠すぎる。

 

「俺からしたらお前らの留年問題より柚宇さんの留年問題の方が重要なんだから唯我を巻き込むな」

 

「それ以前に歳下に教わるのに抵抗があるんじゃなかったのか?」

 

「やっぱプライドより留年回避だぜ!」

 

ここで出水が庇って三輪が問い詰めると、米屋がドヤ顔でそう返し三輪と奈良坂の額に青筋が浮かぶ。

 

何でも良いがもう行って良いか?

 

頭に疑問符を浮かべていると、出水がアゴを動かして逃げろとジェスチャーをするので一礼して早足でこの場を去る。

 

暫くすると背後から俺を呼ぶ声と悲鳴が聞こえてきたが、全力でスルーすることにした。

 

そして三門市立第一高等学校に向かって暫く歩いていると、商店街付近にて買い物袋を持った国近が歩いているのを発見する。

 

「お疲れ様です国近先輩。荷物を持ちます」

 

言いながら俺は国近の持つ買い物袋を優しく持つ。

 

「ありがとね。私の家は通り過ぎてるから回れー右」

 

国近がのんびりした声でそう言うので回れ右をして国近の横に立つ。

 

買い物袋を見ると肉や白菜、豆腐や白滝が入っている。この食材から察するに……

 

「鍋でも作るんですか?」

 

「せいか〜い。久しぶりにお客さんが来るから奮発してみたよ」

 

のほほんとした声でそう言われる。そういや転生してから鍋なんて食ってなかった。というか前世でも大学卒業してからは鍋なんて殆ど食った記憶がない。

 

「そうですか。では楽しみにしておきます」

 

そう返しながら暫く歩くと国近は曲がり角を曲がるのでそれに続く。

 

「ここだよ〜」

 

国近が指差したのは二階建ての小洒落たアパートだった。家賃は知らないが、外観と立地条件からして月7、8万くらいか?いかん、前世の癖でつい値段を気にしてしまった。

 

内心自分にツッコミを入れながら国近の案内された部屋に入る。

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃ〜い」

 

国近の案内の元、リビングに入るが……

 

「国近先輩。いつ誰が来るかわからない以上、服や下着を出しっぱなしにしないでください。シワができてしまいますよ」

 

メチャクチャ汚かった。虫とかが湧くタイプの汚さではないが、服や下着、漫画などが部屋中に散らばっていて、女子の部屋とは思えない。

 

普通女子の下着を見たらムラっとするかもしれないが、部屋の散らかしっぷりから全然色気を感じない。そもそも下着とは女子が纏っていてこそ真価が発揮されるものだ。

 

「ごめんごめん。というか唯我君、真顔で下着について指摘されたらこっちが恥ずかしいんだけど」

 

国近はジト目でそう言ってくるが、鼻の下を伸ばしてないからか軽蔑の色はない。

 

「申し訳ありません。しかし片付けはお願いします。漫画やゲームの整理については手伝いますか?」

 

テーブルも散らかっているしこれじゃ勉強出来ない。

 

「じゃあお願いして良いかね?」

 

「はい」

 

国近がベッドの上にある下着や私服を整理し始めたので、俺は漫画やゲームの整理を始める。太刀川隊作戦室を掃除している俺からしたら国近がどういう風に整理しているか大体わかるからな。

 

こうして俺達は勉強前に30分近くかけて部屋の片付けをするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね玲。わざわざ勉強会に付き合って貰って」

 

「気にしないで。困った時はお互い様だから」

 

商店街付近にて那須隊攻撃手の熊谷友子が隊長の那須玲に礼を言うと那須は笑顔で手を振る。成績が余り良くない熊谷は那須に頼み、これから勉強会をするところだった。

 

「ところでくまちゃんは1dayトーナメントに申し込んだの?」

 

「私、その日は前から家族旅行に行く予定だからしてない。玲は?」

 

「私は申し込んだわ。色々な人と戦える折角の機会だしね」

 

那須はそう答えるが、一番の理由は違う。

 

(尊君に頑張ってるところを見せたいから……って言うのは恥ずかしいから無理ね)

 

一番の理由は最近気になっている後輩の唯我に自分を見せたいからだ。唯我の戦闘記録は毎日見ているが、どの記録からも気迫を感じてやる気にさせてくれる。一方自分も頑張っているって事を見せたい気持ちも抱き始めていた。

 

少し恥ずかしい気分になっている時だった。那須はある存在に気付いて目を少し大きくする。

 

(尊君に……国近先輩?)

 

視界の先では今考えていた唯我がチームメイトの国近と話していて、彼女の持っている買い物袋を持ち、2人で並び歩き始めた。

 

2人はそのまま自分達がいる方向とは別方向に去って行くが、那須は未だに2人から目を離せず、胸中にモヤモヤした存在が生まれ始めた。

 

「玲?どうしたの?」

 

「あっ、ううん。何でもないわ。それより行きましょう」

 

那須の態度に不思議そうに話してくる熊谷。対する那須は慌てて、歩き始める。

 

しかし頭の中では唯我と国近の事が離れなかった。唯我と国近はチームメイトだから一緒にいてもおかしくない。

 

おかしくはないが、その光景を想像するだけで胸にモヤモヤが現れて、もどかしい気分になる。

 

(嫌な気分……別に尊君が誰と過ごしても尊君の自由だけど……)

 

那須は嫌な気分になりながらもそれを表に出さないように注意しながら熊谷と一緒ボーダー基地に向かうのだった。



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第41話

「ではそろそろ始めましょう。最初に国近先輩にはこれをやって貰います」

 

言いながら俺は数学、物理、化学、英語、古典のプリントを渡す。

 

「今回の期末の範囲における基礎だけ載せた問題です。1枚あたりの制限時間は10分で、今からやってください」

 

これで国近の期末試験における理解度を調べ、理解度が低い科目を重視していく。8割以上取れるならその科目については必要最低限だけで問題ない。

 

「世界史とか日本史とかはないの?」

 

「それらは問題が多くなりそうなんで今回は作ってないです。後で、どの辺りを覚えるべきか教えます」

 

「ほ〜い」

 

「じゃあ始めてください」

 

言いながらタイマーをセットすると国近は教わる立場だからか文句を言わずに始める。

 

俺は待つだけだが、ソシャゲとかやっていたら国近の気が逸れてしまうから太刀川から頼まれたレポートの作成をするか。

 

俺はパソコンを開き、起動してから先ほど太刀川から預かったUSBメモリをセットして、実験データとWordを開き入力を始める。

 

幸い太刀川はまだ大学1年生だからレポートの難易度もそこまで高くない。高校の範囲の復習も兼ねている部分もそれなりにあるし、この程度なら2週間どころか3日で終わるな。

 

俺はそこそこ速く、それでありながら太刀川の馬鹿っぽさを頑張って表現しながらレポートを書き進める。

 

暫くするとアラームが鳴るので保存して、パソコンをテーブルから下ろす。視界の先ではグロッキーになった国近がいる。テーブルに身体を倒しているため、胸がぐにゅりと形を変えていてエロい。

 

「疲れた……放課後に勉強なんて辛いよ〜」

 

「学生なんですから諦めてください。ていうかスカウト受けた際に中卒で働けば良かったじゃないですか?」

 

「本部長に最低でも高卒の肩書きは持てって却下されちゃった」

 

「そうでしたか。とりあえず採点するんで休んでください」

 

「その間、ソシャゲの体力消費して良い?」

 

「……採点が終わってから切り替えてくれるなら構いません」

 

ここで却下したら国近のモチベーションが下がりそうだからな。

 

「ありがと〜、荒船君や今ちゃんだとドス黒いオーラを出すんだよね〜」

 

いや、俺はあくまで後輩だから却下しないだけで、同い年なら荒船や今と同じ態度を取ると思うぞ。

 

そう思いながら割とゆったりとしたペースで国近の答えをチェックして○✖︎を付けていく。

 

そして5分くらいかけて採点を済ませると、同じタイミングで国近はスマホを置く。

 

「それでどうだったかね?」

 

そんな風に聞いてくるが……

 

「全科目5割弱ですね。赤点完全回避には足りないので、基礎科目を集中してやりましょう」

 

「ほ〜い」

 

国近は残念そうに呟くが、中間前に似た問題をやらせた時は全科目3割以下で殴りたくなった事を考えると、少しは勉強したようだ。これなら中間の時よりは多少楽だろうな。

 

「んじゃ失礼します」

 

言いながら俺は国近の横に座る。自分から座りに行ったが問題はない。中間試験の時に向かい合って教えていたら、文字が読みにくいから横に行って良いかと聞いたらOKを貰ったし。

 

「じゃあ先ずは特に苦手としている数学の証明問題から始めましょうか」

 

「宜しくお願いしま〜す」

 

国近はのほほんとした声で返事をしながら俺に寄ってくる。その際に女子特有の香りにドキリとしながらも表情に出さないように努力しながら、説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺は休憩を挟みながらも1時間半近く、国近に勉強を教えた。

 

国近は勉強嫌いではあるが、夏休みに補習によりゲーム生活を侵害されたくないのか真面目に取り組んでくれている。

 

ぶーぶー文句を言われたらやり辛いが、真面目にやってくれるならばこちらとしてもありがたい。

 

とはいえ元々勉強を嫌う人に長時間の勉強はキツイだろうし、一旦休むか。

 

「そろそろ休憩にしましょうか」

 

「やった〜。じゃあご飯作るから唯我君は座ってて」

 

「良ければ手伝いますよ」

 

「唯我君も疲れてるでしょ?」

 

「いや全然大丈夫です」

 

何せ前世ではサービス残業を月に100時間以上やっていたからな。高校生に勉強を教えたり、大学生のレポートをやる事なんて全く苦痛とは思わない。

 

「気持ちだけ受け取っておくよ。それに鍋だから手間かからないし」

 

余りしつこいと嫌われるし、引くべきだな。

 

「ではお言葉に甘えて」

 

「ほ〜い……っ!」

 

国近はのんびりした返事をして立ち上がろうとするが、いきなり俺の方へ倒れ込んでくる。

 

予想外の展開に俺は国近を受け止めることができず、そのまま倒れ込んでしまう。

 

上半身を起こすと、国近が俺の腹の上に顔を乗せている。

 

「どうしたんですか?」

 

「ッ……ごめん。同じ体勢で座ってたからか足が痺れて……しかも攣ったみたい」

 

あー、アレか。勉強机なら椅子があるが、床に長時間座ったら足が痺れるな。

 

加えて攣ったなら今みたいに倒れてもおかしくない。

 

「立てますか?」

 

「ちょっと無理、かな……」

 

「わかりました。ではゆっくり寝てください」

 

言いながら俺は国近を床に横たわらせる。

 

「攣ったのはどっちですか?」

 

「右足」

 

「では深呼吸をしながら右足を掴み、ゆっくり身体の方に引っ張ってください。辛いなら俺がやりますが」

 

「じゃあお願いして良い?」

 

「もちろんです」

 

了承した俺は心に蓋をする。でないと国近の足に触れて煩悩が生まれるかもしれない。

 

理性をキープする準備をしてから国近の右足を優しく掴みゆっくりと身体の方へ持って行く。その際に国近は痛そうにピクンと跳ねるので、更に力を弱める。

 

それを暫く続けていると国近が肩を叩いてきたので、足から手を離す。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん。勉強を見て貰ってるのに更に迷惑をかけてごめんね」

 

そんな風に謝ってくる。珍しくのほほんとした雰囲気は無く、シュンとしている。

 

「気にしないでください。俺だって国近先輩にいつも迷惑をかけてますから」

 

「?特に迷惑をかけられてないよ?」

 

「いえ。いつも訓練の際に付き合って貰ってるじゃないですか」

 

作戦室で太刀川や出水と模擬戦する時や新しいトリガーの組み合わせを試す時は毎回国近に手伝って貰っている。時には2時間近く付き合って貰った事もあるので迷惑をかけているだろう。

 

「別に私が勝手にやってることだから気にしなくて良いのに」

 

「そうですか。では俺は勝手に国近先輩を助けてるだけですから、先輩も気にしないでください。先輩に落ち込んでる顔は似合いません」

 

そう言ってポンポン国近の頭を叩くが、前世で大量のサービス残業に苦しんでいる後輩を慰める時の癖が出てしまった。

 

これは嫌われるかと思ったが、国近は頬を膨らませながらジト目で見てきてはいるものの、軽蔑や怒りより恥ずかしさが見て取れる。

 

「む〜。何か唯我君って時々凄く大人っぽくなるよね〜」

 

そりゃ見た目は中3だが、実年齢は30手前だからな。実際は国近よりも10年近く長く生きてる。

 

「そうですかね?しかし歳上の女性に大人っぽく思われるのは悪くない気分です。ともあれ暫く足は休ませておきましょう。夕食は少し遅くても大丈夫です」

 

俺の言葉に譲る気がないとわかったのか国近はため息を吐く。

 

「は〜い、けど唯我君」

 

「何ですか?」

 

「歳上のおねーさんの頭を子供っぽく撫でて子供扱いするのはやめたまえよ。私はおねーさんなんだからね?」

 

ジト目を向けながら俺の頬をプニプニしてくるが、その仕草は子供っぽいからな?

 

そう思いながらも俺は国近の足の痺れが取れるまで、国近に頬をプニプニされまくったが、これはこれでありだろう。



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第42話

なんか今日は妙にスラスラ書け、ストックも溜まった……いつもこんな調子なら良いのに……


(ああ……良いものだ)

 

俺は内心にて強く頷く。視線の先にいるのはエプロンを着けてキッチンにいる国近。

 

エプロンを着た女子が作る料理を待つ事がこんなに良いものとは思わなかった。青いエプロンがヒラヒラしているのを見るとグッとくるものがある。

 

そう思っていると国近は鍋つかみを用意し始めたので、俺も立ち上がり、箸と茶碗としゃもじを持って炊飯器に向かう。

 

そして米をよそってから箸と一緒にテーブルに置くと、同じタイミングで国近は鍋をカセットコンロの上に乗せて、火をつける。

 

そしてエプロンを脱いで俺の向かい側に座るが、ただエプロンを脱いでるだけなのに妙に色気を感じる。

 

内心ドキドキしながらもテーブルを注視すると鍋の中にある出汁はグツグツと泡立ち始め、美味そうな香りを漂わせる。暫くすると肉の赤も消えてきた。

 

「いただきま〜す」

 

「いただきます」

 

互いに挨拶をしてからお玉で具をよそって皿に乗せて食べ始める。鶏ガラの味がしっかりと食材に伝わっていてかなり美味い。

 

「美味しいですね。鍋は得意なんですか?」

 

「家族が鍋好きだからね〜。私もしょっちゅう調理を手伝ってたし得意ではあるかな。唯我君は鍋は初めてかね?」

 

「初めてではないですが、余り食べてないですね」

 

前世でした食事の大半は安上がりの食材の詰め合わせ弁当だった。鍋なんて準備や片付けに時間がかかるし、外で食うと金が飛ぶから会社に入ってからは食べた記憶がない。

 

「ところで唯我君。食後に時間があるならもう少し勉強に付き合ってくれないかね?」

 

俺がつくねを食べていると国近がそんな事を聞いてくる。

 

「もちろん良いですが、国近先輩から提案するなんて意外ですね」

 

前回の中間試験前には国近の成績が今回よりも遥かに悪かったので、半ば強引に勉強時間を増やしたが、自分から提案するとは思わなかった。

 

「まあね〜、けど折角付き合って貰ってるんだし、やる気を出さないと思ったからね」

 

「そうでしたか。まあ俺はいくらでも付き合いますから」

 

「ありがと〜」

 

言いながら国近は頭をポンポン叩いて子供扱いしてくる。クスクス優しく笑っているがさっき子供扱いした仕返しのつもりか?

 

だとしたら無意味だ。表向きは真面目を装っているが本日は女好きの俺からしたらご褒美でしかない。寧ろスキンシップされてる事から以前よりも仲良くなっているように思えるくらいである。

 

とはいえもっと子供扱いされたいので、わざと嫌がるふりをする。

 

「国近先輩、子供扱いしないでください」

 

「おねーさんを子供扱いした唯我君に言われたくないなぁ〜、ほれほれ」

 

案の定国近は楽しそうに笑いながら頭をポンポンしてから、指で俺の額をツンツン突いてくる。予想通り更に子供扱いしてくるが最高すぎるわ。

 

俺は幸せ気分全開で食事を進めるが、先ほどよりも数段味が良くなったような気がする。

 

それから20分くらい食事を続けて、鍋が空になったので立ち上がり、食器などを流しに運ぶ。

 

そして洗おうとするが、国近が後ろからくっついてきて俺の手を掴む。

 

「お客さんにそんな負担をかけさせるわけにはいかないから、唯我君は食後の紅茶を待っていたまえ」

 

「わかりました。ではお言葉に甘えて」

 

国近は結構頑固なところもあるしここは大人しく引き下がった方がいいだろうな。

 

俺はテーブルに戻り、先程国近がやったプリントを整理する。国近がわざわざやる気になったのだから、俺もそれに応えて全力で接しないといけない。

 

暫く整理を続けて、次に何をやるかを考えていると国近がテーブルに戻り、目の前に紅茶の入ったカップを渡してくる。

 

「出来たよ〜。日頃高級な紅茶を飲んでそうな唯我君の口に合うかわからないけど」

 

そう言われるが前世では会社のウォータークーラーの水を1番利用していたので安い紅茶でも全く問題ない。というか紅茶なんて淹れる人の腕次第だからな。

 

「いただきます」

 

一口飲んでみるが、普通に美味いので何の問題もない。しかし甘さが足りないので砂糖を入れようと、砂糖入りカップに手を伸ばすが同じタイミングで国近も手を出して互いの手が重なり合う。

 

「あっ、すみません」

 

「大丈夫だよ〜。それにしても今の、少女漫画にありそうだよね〜」

 

国近は笑いながら手を振ってくるが、特に恥ずかしそうにしないのでこっちも平常心のままだ。

 

「国近先輩って少女漫画読むんですか?」

 

「む〜、その言い方だと私が女の子っぽくないって聞こえるよ?」

 

「いや、さっきの部屋や普段の作戦室を見る限り「何か言ったかね?」なんでもありません。国近先輩は可愛い女の子です」

 

国近の圧のある笑顔に屈してしまう。確かに天然なところは女子っぽいが、生活態度については間違いなく男寄りだろう。作戦室の掃除をいつもやってる俺がそう思うから間違ってはないだろうが、これ以上言うのは危険だ。

 

「そう?ありがと〜」

 

国近は圧を消して普通の笑みを浮かべるが、あのまま男っぽいと言ったらどうなっていたのやら……

 

内心ヒヤヒヤしながらも紅茶を飲むのだった。

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「さて、そろそろ夜遅いですし、これまでにしましょう」

 

9時を回ったあたりでキリが良くなったのでそう告げる。国近から疲れが見えてるし、これ以上長居したら迷惑になるだろう。

 

「ん〜、疲れた〜」

 

国近はそう言って伸びをするが、それによって高2にしてはかなりデカい胸が揺れて、目を奪われてしまいそうになる。

 

しかし女子はそう言った眼差しに敏感なので気持ちを表に出さず、一切気にしてないように振舞いながら話しかける。

 

「思ったよりも中間の時の内容を覚えていましたね。これなら中間の時よりゆったりしたペースでも間に合うでしょう」

 

「本当?この調子なら赤点は回避出来る?」

 

国近が伸びをやめて俺に質問してくるが、目には純粋な疑問の色しか宿ってないので多分バレてないな。

 

「余程サボらないなら大丈夫でしょう。今日はもう休んでもいいですが、明日以降は授業中に寝ないようにしてくださいね?」

 

テスト前の授業はテストの対策をすることもあるし、寝るなんて言語道断だから釘を刺しておく。

 

「ほ〜い。今日はありがとね」

 

「どういたしまして。ではお休みなさい」

 

「お休み〜」

 

最後に挨拶をしてから部屋を出る。夏だが既に夜なのでそこまで熱くないのが幸いである。

 

とりあえず今日は帰ったら部屋で出来る筋トレをしてから風呂に入ろう。原作開始まで後1年以上あるが、努力はしてもし足りない。

 

強くなる一番の理由はモテたいからだがこの世界に入った以上、アフトクラトルによる被害を抑えたい。

 

原作ではイルガーの爆撃で20人近くの死者が出て、第二次大規模侵攻ではC級が40人近く拉致され、ボーダー職員が数人死ぬ結末だった。

 

この被害を全て無くすのは厳しいかもしれないが、原作知識を持っている以上少しでも減らしたいのが本音だ。

 

ま、大規模侵攻についてはイレギュラーゲートが出る前後に迅に相談するが、知識を持つ俺が弱いんじゃ話にならない。

 

よって時間がある限りあらゆる方向で実力をつける必要がある。

 

そう思いながら夜の街を走っていると、曲がり角から人が出てきたので慌てて急ブレーキをかける。

 

「すみません……って、玲さん」

 

曲がり角から出てきたのはまさかの玲だった。危ねぇ、もしもぶつかっていたら身体の弱い玲は大怪我をしてた可能性がある。

 

「あっ……尊君」

 

向こうも俺に気付いたようで驚きの表情を浮かべるが……

 

 

 

(ど、どうしたんだ?)

 

玲は何故か俺と認識した瞬間に、元気がなく不安そうな表情に変わって俺を見てくる。

 

 

え?なんか嫌われるような事をしてしまったのか?



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第43話

「ど、どうしたんですか?」

 

不安そうな表情を浮かべる玲に思わず聞いてしまう。原作の唯我尊のように尊大な態度は誰が相手でも一切出してないから、嫌われるような事はない筈だが、玲の表情を見ると何かやらかしてしまったように思えてしまう。

 

「……ううん。何でもないから尊君は気にしないで」

 

そう返してくるが、何でもないって表情じゃない。

 

「もしかして何か不愉快な気分にさせてしまいましたか?だとしたら直ぐに消えます」

 

心当たりはないが、無理に問うよりも一旦引くのも選択の1つだ。

 

しかし俺が去ろうとした瞬間、玲は俺の手を掴んでくる。

 

「違うわ。尊君は何も悪くないわ。私が悪いの」

 

「そうでしたか……玲さんが良ければ話してくれませんか?」

 

「えっと……」

 

玲は戸惑うが、先ほどよりも抵抗が弱い。

 

「玲さんが悩んでいるなら力になりたいです」

 

掴んでくる手を優しく握り返して、玲と向き合う。すると玲は恥ずかしそうに目を逸らしながら、やがてポツリと呟く。

 

「夕方に尊君、国近先輩と商店街付近で歩いてたよね?」

 

予想外の質問をしてくる。夕方に国近と歩いていた……そういや国近の買った食材を持ちながら歩いていたな。

 

「え?あ、はい。それがどうかしましたか?」

 

「その……2人が並んで歩いているのを見たら、理由はわからないけど羨ましいって嫌な気分になっちゃって……」

 

そんな風に言ってくるが……

 

(え?もしかして嫉妬?)

 

俺はラブコメ主人公じゃないので人の感情については、機敏かどうかは判断出来ないが鈍くはないと思う。

 

そう考えると玲の俺に対する好感度は結構高いかもしれない。

 

しかしがっつくのは論外だ。どんな世界でもがっつく男は引かれる運命なので、がっつかず尚且つ俺も鈍いフリをするべきだ。

 

「そうですか……あの玲さん」

 

「何?」

 

「さっき俺が国近先輩と並んで歩いた事を羨ましく思ったのなら、今から一緒に歩いて帰りませんか?」

 

敢えて嫉妬しているとは言わず、羨ましいと思っているなら自分もどうかと誘いをかける。これなら多分提案を受けてくれるだろう。

 

「えっ?良いの?」

 

「どの道途中までは同じ帰り道ですから。あ、玲さんが嫌なら無理強いはしません」

 

どんな時でも無理強いはしないで本人の判断に委ね、玲と一緒に過ごしたいという疚しい気持ちを表に出さない。それが重要だ。

 

「嫌じゃないわ。尊君が良いなら一緒に帰りたいわ」

 

玲は首を横に振って俺の手を握り返してくる。

 

「わかりました。では夜も遅いですし、行きましょう」

 

言いながら俺達は手を繋いだまま歩き始める。玲を見ると先ほど見せていた不安そうな表情は無くなって、俺と目が合うと恥ずかしそうに目を逸らす。正直言ってメチャクチャ可愛い。

 

「やっぱり尊君の手、気持ちいいわ」

 

「玲さんの手も柔らかくて気持ちいいです」

 

「ありがとう。ところで唯我君は来月のイベントに参加するの?」

 

来月のイベントとなれば、例のトーナメントだろうな。それ以外考えられない。

 

「出る予定です。他の人の戦いも見たいですし、経験にもなりますから」

 

まあ小南から出ろって言われたしな。

 

「頑張り屋な尊君ならそう言うと思ったわ。桐絵ちゃんとのランク戦の記録、見たけど凄かったわ」

 

「最後はギリギリ食らいつけましたが、序盤はボコボコにされたんで恥ずかしいです」

 

9戦目と最終戦は引き分けと勝ちを挙げれたが、かなりギリギリだったし、それ以外は敗北したからな。結構恥ずかしい。

 

「ううん。記録の尊君からは桐絵ちゃん相手に本気で勝とうとする執念が伝わってきたわ。あんなにやる気に満ちた姿を見せた尊君が恥ずかしがる必要はないと思う」

 

玲はそう言って手に籠っている力を強める。それにより更に幸せな気分になる。

 

しかしやる気って言っても、小南に気に入られたいって酷い動機だけどな。まあ口にするつもりはないが。

 

「あんな風に頑張ってる尊君を見たら、私も一層頑張らないとって思えたわ。私も参加するけど当たったらよろしくね」

 

「もちろんです。しかし絶対に無理はしないでくださいね」

 

何度も玲と接しているが、その度に身体の弱さが露呈していたので無理しないで欲しいのが本音だ。

 

「ええ、無理はしないわ。心配してくれてありがとう」

 

玲は優しく微笑みを向けてくる。そんな微笑みを向けてくるとこっちも少し踏み込むとしよう。

 

「いえ。それと玲さんにお願いがあるのですが、良いですか?」

 

「お願い?何?」

 

玲が不思議そうに聞いてくるが内容が内容だから緊張してしまう。だから俺は一度深呼吸をして、緊張をほぐしてから口を開ける。

 

「今はテストがあったりで忙しいと思いますが、夏休みあたりには落ち着くでしょうから……玲さんさえ良ければ、また一緒に出かけませんか?」

 

2度目のデートを求めてみる。前回のデートは好印象だったし、絶対とは言わないが多分OKを貰えるかもしれない。

 

そう思いながら返事を待っていると……

 

「良いわよ。元々私も夏休みに尊君と遊びに行きたかったの」

 

そんな返事が返ってくる。了承の返事を聞いた俺は喜びを露わにしかけるが、表に出さない。

 

「ありがとうございます。前回は楽しかったですから次回も楽しめるように頑張ります」

 

「私も楽しかったけど、前回のように迷惑をかけないようにするわ」

 

玲は迷惑と言うが、身体の弱さなら仕方ない事だから迷惑なんて思わない。

 

「俺は迷惑なんて思ってません。玲さんと過ごす時間は幸せですから」

 

「も、もう……からかわないで頂戴」

 

玲は顔を赤くしてそう返す。更にひと押しするか。

 

「からかってなんていないです。今でも玲さんと遊んだ事を思い出す度に幸せな気分になります。玲さんは迷惑をかけたと思っているようですが、楽しくありませんでしたか?」

 

「そんな事ないわ。私も思い出すと幸せな気分になるし、尊君から貰ったぬいぐるみは私の宝物よ……あっ……い、今のは忘れてっ」

 

恥ずかしそうに慌てるが、そんな可愛らしい仕草を見せてきたら忘れるのは不可能だ。

 

「努力します……まあ無駄な努力に終わると思いますが」

 

「……意地悪」

 

そんなやり取りをしながらも歩き続けると、漸く玲の家に到着した。

 

「ここまでですね」

 

「ええ。遊ぶ予定はまた今度決めましょう。お休みなさい」

 

「はい。あ、それとさっきの慌てた玲さんは可愛かったですよ」

 

最後にちょっとからかいたくなったのでそう口にする。

 

「えっ?!た、尊君!」

 

「ではお休みなさい」

 

玲が真っ赤になって慌てる中、俺は小さく一礼して早足で玲の家から去る。

 

小南が照れるのも可愛いが、玲が照れるのも負けず劣らずだ。やっぱ美少女の照れ姿は最高だな。

 

そう思いながら俺は早足で自宅に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう……居なくなるのは早いわね……」

 

那須は唯我が見えなくなるとそう毒づきながら家に入る。

 

そして自室に戻り鞄を机の上に置くと、ベットに上がり以前唯我から貰ったぬいぐるみをギュッと抱きしめる。このぬいぐるみは唯我から貰って以降、玲のお気に入りで夜になると抱きしめながら眠りにつくほどだ。

 

「本当に尊君って意地悪なんだから……いつもいつも私に恥ずかしい気持ちにさせて……尊君の馬鹿」

 

そう言いながらも那須は自分の口元が緩み幸せそうな表情を浮かべていることに気づくことはなかった。



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第44話

「さて唯我。そろそろ帯島との訓練があるが、お前も弓場から銃トリガーを習ってこい」

 

太刀川隊作戦室にて太刀川がどら焼きをモグモグしながら俺にそう言ってくる。

 

「良いんですか?確か二学期以降を予定してましたよね?」

 

同じようにどら焼きを食べながら返事をする。

 

「その予定だったんだが、小南とのランク戦で何かを掴んだのか?アレ以降、急な成長が見れるぞ」

 

「確かに太刀川さんと10本勝負したら1本は確実に取れるようになってるよね〜」

 

「小南の動きは独特だから、目が慣れたってのもあるかもしれないですしね」

 

太刀川の返事に国近と出水が頷く。確かに小南とのランク戦以降、自信がついたからか小南にカッコいい所を見せたいからか、練習では今まで以上に集中出来るし、手応えを感じる。

 

「そうかもしれないですね。小南先輩との一戦は糧になりました」

 

「やっぱりな。まあ何にせよ俺の予想では二学期の初め頃に、今くらいの実力になると思ってたが、予想以上に成長してるし弓場から銃トリガーを習ってこい」

 

太刀川がそう言ってくるなら問題ないだろう。生活態度と学業は最低レベルだが、戦闘については一級品だし。

 

「わかりました。では弓場さんに頼んでおきます」

 

「おう」

 

俺は小さく一礼する。弓場の早撃ちを身に付けられたら戦術の幅は広がるし絶対に身につけるつもりだ。

 

「んじゃ俺は時間なんで行きます。あ、それと太刀川さんのレポートですが、両レポートとも考察と纏め以外は書いたんで確認してください」

 

言いながらレポートのデータの入ったUSBを渡す。同時に太刀川はニヤリと笑いUSBを受け取る。USBを渡されてから今日で3日目だ。

 

「もう出来たのか。助かった」

 

内容は簡単だったが、俺がやったと疑われないように細工するのが地味に面倒だった。わざと誤字脱字を修正しなかったり、表現も中学生レベルにしたり、同じことを違う言い回しで2回書いたりと色々細工したが、アレなら第三者がやったものと疑われないだろう。

 

「それはどうも。国近先輩については勉強する予定なら、特訓の後に付き合いますよ?」

 

「お願〜い。1人だとゲームしちゃうから」

 

「いや柚宇さん、試験前にゲームはダメでしょ」

 

出水の言う通りだ。俺も前世ではゲーム好きだったが、テスト2週間前には自重していたぞ。

 

「わかりました。やる場所は作戦室でよろしいでしょうか?」

 

「うん、良いよ〜。待ってるね」

 

国近が了承したので俺は一礼して作戦室を出て、弓場隊作戦室に向かう。

 

(しっかしボーダー基地って広過ぎだろ?)

 

既に何度も足を運んでる場所はともかく、それ以外の場所に行くときは結構迷う事がある。色々な設備があるから仕方ないが、もう少しわかりやすい案内板があって欲しい。

 

内心不満を抱きながらも弓場隊作戦室に到着してインターフォンを鳴らすと直ぐにドアが開く。中を見れば弓場と帯島だけだった。

 

「来たか。今日もよろしくな」

 

「今日もよろしくお願いします!」

 

「あ、それなんですけど弓場さん。以前約束した拳銃トリガーの指導なんですけど、太刀川さんの許可が下りたので帯島の訓練の後に付き合って貰えますか?」

 

「許可が出たなら構わねぇぜ」

 

「でしたら私の訓練より先にやってください。いつもお世話になっている身としては申し訳ないですから」

 

「帯島がそう言うならお言葉に甘えさせて貰う」

 

「決まりだな。ついでに帯島、お前ェはまだ射撃トリガーについて習ってなかったし、射撃の基礎を齧っとけ」

 

「ッス!」

 

弓場の指示に帯島が恒例の返事をすると、弓場はパソコンを操作してトレーニングステージの作成を始めるので俺もトリガーを起動する。

 

そして完成したトレーニングステージに入ると、弓場がウィンドウを起動する。

 

「んじゃ先ずは銃手から説明するぞ。銃手は基本的にアサルトライフルタイプとハンドガンタイプの銃を使う。ま、グレネードタイプやショットガンタイプもあるが、今回は省くぞ」

 

だろうな。グレネードタイプとショットガンタイプはクセが強いからな。

 

「じゃあ帯島。アサルトライフルタイプのメリットとデメリットを言ってみろ」

 

アサルトライフルタイプのメリットとデメリットか……

 

「ッス!メリットはハンドガンタイプより射程が長く連射性能が高い事、デメリットはそこそこサイズがあるので片手での扱いが難しい事です!」

 

一応片手でも撃てなくもないが片手で射撃するのはかなり難しい。加えてレイガストという重いトリガーを使っている俺としてはアサルトライフルタイプの銃は相性が良くない。

 

「正解だ。逆にハンドガンタイプは射程と連射性能がアサルトライフルタイプより劣るが、小さくて軽いから取り回しが楽だ」

 

言いながら弓場がウィンドウを操作すると俺と帯島の両手にアサルトライフルタイプとハンドガンタイプの銃が現れ、10メートルくらい先に的が2つ現れる。

 

「試しに撃ってみな。最初は片手、次に両手を使ってな」

 

そう言われたので最初にアサルトライフルタイプの銃で撃ってみる。片手のみだとそこそこ重く、反動も僅かながらにあるのでそこそこの弾丸が放たれるが中々当たらない。

 

次に左手で銃を支えながら撃ってみると、先ほどよりもブレが少なく命中した数も上がっている。

 

 

次にハンドガンタイプの銃を片手で持ってみるが凄く軽く、実際に撃ってみると先ほどよりも弾が的に当たる。

 

両手で持つと更に安定していて放った弾丸全てが命中した。

 

「どうだった?」

 

「ッス!ハンドガンタイプの方が扱いやすかったですが、両手の場合ならアサルトライフルタイプの方が総合的に上だと思います」

 

「チーム戦ならアサルトライフルの方が火力を出せますしね」

 

アサルトライフルタイプの連射性能はハンドガンタイプのそれより遥かに高いので、総攻撃をする時にはアサルトライフルタイプを使った方がいい。

 

事実チーム戦の記録を見ると、嵐山隊の嵐山と時枝のアサルトライフルによる一斉射撃はかなりの高火力で、一度捕まったら大半が削り殺されるだろう。原作でも黒トリガー争奪戦で出水もかなりのトリオンを削られていたからな。

 

「大体それで合ってるな。タイマンなら取り回しが楽なハンドガンタイプの方が便利だが、チーム戦ならアサルトライフルを使う方が火力を集中させやすい」

 

「そうなると自分が弾トリガーを使う時が来たら射手になるかアサルトライフルを使う方が良いですか?」

 

それが妥当だろう。BBFだと帯島は射手タイプだが、神田がアサルトライフルタイプを使うので火力を集中させるのにはアサルトライフルタイプも悪くない。

 

「ま、その辺りは防衛任務や訓練で試して決めれば良い。それと銃トリガーは2種類の弾丸しか選べない欠点がある事も重要だからな」

 

そうなんだよな。そのデメリットは厄介だ。しかし銃トリガーには射程ボーナスもあるので帯島のように支援系の隊員は選択が難しいだろう。

 

まあ俺の場合、火力が欲しいので弓場と同じタイプのハンドガンタイプ一択だけど。

 

「じゃあ次に射手の説明だが、その前に本題のハンドガンタイプの中でも唯我が使う事を望む俺のハンドガンを紹介するぞ」

 

漸く本題か。絶対に会得してやるぜ。

 

俺は一度息をのんで意識を集中するのだった。



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第45話

「じゃあまずは実際に出してみるぞ」

 

弓場がそう言いながらウィンドウを操作すると俺と帯島の両手にあったハンドガンとアサルトライフルが消えて、代わりにリボルバー拳銃が現れる。重さはさっきのハンドガンより若干軽い程度だ。

 

「帯島は知ってるだろうが、俺が使う銃は射程と弾数を切り詰めてる。普通のハンドガンの射程は30〜35メートルくらいでアサルトライフルの射程は40〜50メートルなのに対して俺の使う銃は22メートルと短い」

 

「射程が短いのは記録で知ってますが、弾数って何ですか?」

 

基本的に銃トリガーは引き金を引き続けていれば弾丸はずっと放たれている。

 

「簡単な話だ。俺の銃はリロードする時間が設けられる」

 

なるほどな。リボルバー拳銃だから6発撃ったら弾切れ扱いされるようだ。

 

「ちなみにリロードのシステムはどんな感じなんですか?6発撃ったらリロードされるのはわかりますが、弾切れにならないとリロード出来ないんですか?それとも1発でも撃ったら自動的にリロードされるんですか?」

 

「後者だな。とはいえ撃ってる最中はリロード出来なくて、撃った数によってリロード時間は違う。6発撃ったらリロード時間は数秒だな」

 

そこらの雑魚ならともかく、強者が相手ならその数秒がウィークポイントとなりそうだ。

 

「メリットは威力と弾速だ。流石に二宮さんや出水が相手ならともかく、大抵の相手は集中シールドを使わないと防げない威力に設定してる」

 

それは知ってる。集中シールドを使わないと碌にガード出来ないのは記録で見た。また集中シールドを使おうとして弓場の動きと弾速が速すぎるので上手くガード出来ない隊員もかなりいる。

 

「ま、百聞は一見にしかずだ。とりあえず撃ってみろ」

 

弓場にそう言われたので右手で銃を持ち、人差し指を引き金にかけて引いてみる。

 

ドドドドドドッ

 

瞬間、銃から6発の弾丸が放たれて、的を粉々にする。改めて見ると凄い威力だ。これならトリオンが高くない俺でも、レイガストの投擲以外に点を取る手段として使えるだろう。

 

「こんな感じだ。俺は攻撃手との戦いに備えて編み出したが、カウンター重視のお前とも相性が良いだろうし、訓練も比較的苦労しないだろう」

 

「?何でですか?強い銃手になるには夥しいほどの反復練習が必要ですから苦労すると思いますが」

 

銃手は反復練習を重ねて、反射的に撃てるようにする事が重要なので苦労すると思うのが俺の感想だ。

 

「理由は2つある。銃手ってのは止まった状態のみならず、走りながらも撃つ必要がある。それはわかるな?」

 

「そうですね」

 

相手が射程に出たら距離を詰める必要があるし、攻撃手が寄ろうとしてきたら逃げながら牽制射撃をする必要もあるからな。

 

「けど唯我の場合、どっしり構えて相手の隙を見つけたら射撃するスタイルになるだろうから、他の銃手と比べて走りながらの射撃をする重要性は高くない」

 

なるほど。確かにレイガストを持つ俺はスピードタイプじゃないから距離を詰めて射撃をするのは厳しいし、攻撃手が寄ってきたら牽制射撃よりレイガストによる防御の方が有効だろう。

 

ついでに言うとチームで連携をするなら、距離を詰めて援護射撃をするより出水のガードに回る方が機能するし、走りながらの射撃を習うよりガードしながらの射撃を身につけるべきだ。

 

「第2の理由は簡単だ。常日頃から太刀川さんを相手に防御の反復練習をしているお前なら、根気があるから成果が出なくても腐らないと思ったからだ」

 

まあ俺は太刀川に何百何千とぶった斬られても腐らずに鍛錬をしているから根気があると思われてもおかしくない。

 

最も腐らずに鍛錬している理由については最低な理由であるがな。モテたいからって理由は客観的に見て酷い理由であるのは間違いない。

 

「とりあえず今日は銃を撃つ際の基本的な構えとかを教える。ま、俺が教えられるのは基礎だけだ。結局実力を上げるには指導より鍛錬が重要だからな」

 

それは否定しない。良い指導員がいようと、生徒が鍛錬を怠ると伸びないだろう。

 

「じゃあまずは両手で構えてみろ。帯島も今後に備えてやってみな」

 

「ッス!」

 

帯島は頷いてから両手で銃を持ち構えを取るので、俺も同じように構えを取る。

 

「唯我は脚を広げ過ぎだ。銃手は仲間との一斉射撃をする時以外、動きを止めることは少ないから直ぐに動きやすい構えを意識しろ。それじゃ移動の際の初速が落ちる」

 

「わかりました」

 

「帯島はもう少し銃を下げろ。頭狙いってバレバレだ」

 

「ッス!」

 

「重要なのは直ぐに動ける体勢、どこを狙っているか判断させない事だ。それを踏まえた上で自分にとって理想な構えを見つけろ。それが全ての基礎となるからな」

 

それは間違ってない。俺もレイガストで防御する時はどのような体勢が次に繋げやすいか考えてるが、銃を使う場合も同じなのだろうな。

 

暫く色々な構えを取り、構えを見つける。身体を若干屈めて、腕を少し曲げながら銃を的に向ける。

 

「構えが決まったら実際に撃ってみろ。撃ちにくいと判断したら迷わずに違う構えを探せ」

 

そう言われたので引き金を6度引き、的を粉砕する。流石に10メートル先にある巨大な的に当てることは出来る。

 

「撃ちやすいんで、基本的な構えはこれでいきます」

 

「よォし。これで初歩の説明は終了だ。次の段階についてはおめェーが動かずに止まってる的を外さないようになってからだ」

 

つまり次の段階までは俺自身の反復練習が重要ってわけだな。

 

「了解しました。ちなみに訓練の流れでおススメはありますか?」

 

「先ずは今やった銃を両手で持って10メートル先の的に撃つ訓練だ。的についてはどんどん小さくして、最終的に……そうだな、直径30センチの的に対して全弾命中出来るようになれ」

 

「それが出来たら、次は片手で撃つんですか?」

 

「もしくは的との距離を広げるかだな。まあ次の段階に行く条件として、動かない状態による片手射撃で20メートル先にある直径30センチの的に全弾命中出来るようにすることだ」

 

「わかりました。出来たら次の段階でもご教授お願いします」

 

随分と先になるだろうがやるつもりだ。確かに大変な訓練かもしれないが、極めれば実力は付くだろう。

 

実力が付けばボーダー内で名を挙げることは可能だ。加えて現在仲良くなろうとしている女子の内、小南は俺に強くなれと言っているし、玲は頑張っている自分を気に入っているらしい。

 

だから実力が銃トリガーを極められたら、2人とは更に仲良くなれる可能性がある。要するにハイリスクハイリターンってヤツだ。

 

一方前世では終電ギリギリまでの仕事が当たり前な癖に残業代は出ずに、遅れたら上司の罵声の嵐というハイリスクローリターンな生活だった。(ついでに基本給は少ないし、有給システムも形骸化しているし、「ボーナス?何それ食えんの?」状態でもあった)

 

あんな糞みたいな生活を送ってきた俺からすれば、ハイリスクハイリターンってのは博打に入らない。寧ろリターンが大きいのだから喜ばしい。

 

(良し。帯島の訓練の後に国近の勉強を見終わったら、3時間トレーニングルームにこもって訓練だな)

 

俺は今日の方針について決めるのだった。

 

 

その後弓場は帯島の為に射手の説明をして、その後に帯島との模擬戦をしたが、その際も実力が付くように一戦一戦を大事にしたのは言うまでもないだろう。



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第46話

「ただいま戻りました」

 

「お疲れ〜。銃トリガーについては学べた?」

 

作戦室に戻ると国近がテーブルの上にノートと俺が作った対策プリントを広げていたり

 

「基本的な事は学べました。ところで太刀川さんと出水先輩は?」

 

「出水くんは個人ランク戦に行って、太刀川さんは加古さんに連行されてったよ」

 

あ、危ねぇ……今日弓場隊の作戦室に行ってなかったら俺も連行されてポイズン炒飯を食べていたかもしれない。

 

「んじゃ約束通り勉強を見ますが、何かわからないところはありますか?」

 

「ん〜。この証明問題についてなんだけど、良いかな?」

 

「もちろんです。この問題はですね……」

 

俺は国近の横に座ってから鉛筆とノートを取り出し、自分のノートに国近が指定した図形を書いて説明を始める。

 

その際に国近はノートを見るべく俺との距離を詰めてくるが、国近の頭が俺の肩にくっつき、国近の胸が腕に当たり柔らかな感触が伝わってくる。

 

天然な国近だから狙ってやっているとは思わないが、無自覚なら無自覚で狙ってやるように中々タチが悪い気がする。

 

ともあれ邪念は一切出さないようにする。出したりしたら、ドン引きされて信用を落とすだろう。

 

人の信用は積み重ねるのは大変なのに、失う時は簡単に失うものだ。よって信用を落としやすい浮ついた感情は出さないようにするのが吉である。

 

俺はそのままいつも通りに国近が納得するまでつきっきりで勉強を教えるのだった。

 

 

 

1時間半後……

 

 

「ではそろそろ終わりにしましょう。今の状態ならテストまで毎日1時間復習をすれば赤点は回避出来るでしょう」

 

一段落したので国近にそう告げる。実際国近は中間の時より真面目にやっているので、これなら全科目で赤点どころか40点台後半を目指せるだろう。

 

「いつもありがとう〜」

 

国近はそう言って頭を撫で撫でしてくるが、それだけで疲れが取れるのが自覚出来る。

 

「気にしないでください。それと俺は今から訓練するのでパソコン借りますね」

 

そう言って立ち上がろうとするが、その前に国近が俺の腕を掴んでくるので国近を見ると、いつもの天然そうな表情ではなく真剣な表情を浮かべている。

 

「……一応聞いておくよ。どのくらい訓練するつもり?」

 

「3時間くらいですが」

 

「ふざけてるのかな?」

 

「はい?」

 

声に怒りを宿す国近に思わずポカンとしてしまう。目にも怒りの色が宿ってる。

 

「迷惑をかけた私が言うのも何だけど、学校終わってから2時間近く弓場隊の所で訓練して、1時間半私に勉強を教えた後に3時間トレーニングするなんて無茶だからね?」

 

「え?別にトリオン体だから問題ありませんが」

 

トリオン体なら精神的な疲れは出ても肉体的な疲れはないから全く問題ない。こちとら前世じゃ毎日肉体的にも精神的にも疲労困憊だったからな。

 

「それでも精神的に疲れるよね?自分の勉強とかもあるのに、3時間もトレーニングしたらオーバーワークになるしパソコンは貸せない」

 

国近は強い口調でそう言ってから立ち上がりパソコンを操作する。つられてモニターを見ればロックが施されていた。

 

「ロックを解除して欲しいなら訓練時間を多くても1時間にして。呑めないなら今後もパソコンを私が居ない時はロック状態にしてトレーニングルームを作れないようにするから」

 

国近は珍しく怒っている。思い返してみれば国近の言うように、俺の行動は社会人ならともかく、中3にはオーバーワークだ。国近が心配するのは当然だ。

 

(仕方ない。今日は訓練はやめよう)

 

国近が提示した1時間は妥協ラインであり、本当なら反対なんだろう。表向きの先輩が反対しているなら従った方が良い。

 

「わかりました。今日は訓練はしないで帰ります。ご心配をおかけしました」

 

俺は一礼して謝罪する。すると国近はあっさり引き下がったからかキョトンとした表情になるも、直ぐにバツの悪そうな表情にある。

 

「あ、うん。私も唯我君の時間を使わせてるのに、強く言ってゴメン」

 

「謝らないでください。無茶した俺が悪いです。国近先輩は帰るんですか?」

 

「……うん」

 

「送ります」

 

「……ありがと」

 

礼を言う国近だが、バツの悪そうな表情は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーダー基地を出て暫くの間、街を歩くが国近の表情は晴れない。実際俺の無茶が悪いのだから気にする必要はないのに。

 

そう思いながら俺は無言の国近の頬に人差し指を近づけてから肩を叩く。

 

すると国近はコッチを振り向こうとして、俺の人差し指に国近の頬の感触が伝わってくる。

 

国近はジト目で見てくる。

 

「……唯我君。今のは何かね?」

 

「いえ。俺のせいで国近先輩の表情が暗く、その暗さを消そうと思ったので」

 

「そこでそんなイタズラをしてくるとは思わなかったよ〜。唯我君って頭良いのに馬鹿なの?」

 

「……すいませんでした」

 

謝りながら国近を見るが、軽蔑の色はなく呆れの色がある。ちょっと攻め過ぎたかと思ったが、そこまで怒ってなさそうだ。

 

「ふぅ……ま、私が暗かったのが原因だし仕方ないか。けど唯我君」

 

「何でしょうか?」

 

「私はアホだから今後唯我君に頼らないってのは無理だけど、頼る時間を減らすように自分でも勉強する。だから唯我君はその時間をトレーニングじゃなくて休息に使って。正直唯我君のスケジュールはハード過ぎるよ」

 

「了解しました」

 

今の俺は国近の後輩だから逆らえない。しかし前世で精神力が鍛えられていたから特にハードとは思わなかったが、これがジェネレーションギャップというヤツだろうか。

 

「よろし〜い。お姉さんとの約束だよ」

 

言いながら頬をプニプニしてくる国近。以前にもやられたが、頬をプニプニするのに興味を……っ!

 

そこまで考えていると前方からやってくる車がフラフラしながら歩道に近い状態で走ってきて、危ないと判断した俺は車道側を歩く国近の腰を掴む。

 

「えっ?!」

 

国近が驚くのを無視してそのまま引き寄せながら右にズレると、ワンテンポおいて車がさっきまで国近がいた場所を通り過ぎている。

 

「飲酒運転か……チッ、カスがふざけやがって……」

 

あのふらつきようはマトモとは思えない。飲酒運転か居眠り運転あたりだと思うが、国近を巻き込んでじゃねぇよ。

 

すると……

 

「あの、唯我君……?」

 

国近の声が聞こえてきたので見れば、俺の腕に抱かれている国近が驚きの眼差しで俺を見ていた。

 

(しまった……思い返せば、俺の本心が露わになっちまった)

 

今の発言は普段ボーダーで見せている俺には似つかわしくない。余りの怒りに前世の俺を出してしまった。

 

(とりあえずカッとなったことにするしかない)

 

「……失礼。ついカッとなって下品な言葉を口にしました」

 

言いながら国近の腰に回した手を離す。国近は未だに戸惑いの表情を浮かべる。

 

「あ……うん」

 

「怪我や痛みとかはありませんか?」

 

「大丈夫……でも唯我君ってあんな一面もあるんだね」

 

やっぱり怖いと思われたか……これは完全に俺のミスだな。

 

悩んでいると国近が慌てたように両手を振る。

 

「あ、驚いただけで怖いって訳じゃないよ。唯我君が優しいのは知ってるから。さっきも私が危なかったから怒ったんだよね?」

 

「……まあ、そうですね」

 

飲酒運転とか居眠り運転は大嫌いだ。前世で会社の同僚の1人が飲酒運転やった事でクビになって、ソイツの仕事を回されたからな。

 

「さっきの私は唯我君をほっぺを突いてて車に気づいてなかった。唯我君が助けてくれなかったら危なかったと思うの。だから……ありがとう」

 

国近はニコリと笑いながら礼を言ってくるが、その顔を見れただけで助けた甲斐があるというものだ。

 

「どういたしまして。無事でなによりです」

 

そう言って一礼して、俺達はまた歩き出した。

 

その際に少しとはいえ俺が本性を出したにもかかわらず、国近は何も聞かず、いつもと変わらない態度で、目に気遣いの色を宿さないで接してくれたのが嬉しかった。

 



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第47話

「ふぅ……」

 

自宅に帰宅した国近は鞄を置いて、ベッドに寝転がる。頭の中に浮かぶのはついさっき自宅まで送ってくれた後輩、唯我についてだ。

 

先ほど自分が車と衝突しそうになった際に唯我に助けて貰ったが、その時の唯我の言葉と表情は普段見せているものと全く違うものだった。

 

(本当に唯我君って何があったんだろう)

 

上層部が自分の隊に放り込んだ時の唯我は自尊心に満ち溢れていて、金で全てが解決出来ると思っていて毎日出水にしばかれていた。

 

しかし1ヶ月もしない内に人が変わったかのように真面目で礼儀正しく努力家な人間となった。今は慣れたが、変わった当初は夢でも見ていたのかと思ったくらいだ。

 

その際に自分の隊の隊長は「曲がり角で真面目な人間と頭をぶつかり合って、お互いの人格が入れ替わったんじゃね?」とアホな事を言っていた。(※当たらずとも遠からずである)

 

しかし腑に落ちない点がある。入隊当初は碌に努力しなかった唯我が、何を以ってあそこまで変わったのか理解出来ない。

 

確かにボーダーに入って生き方が変わった人もいるが、唯我については変わり過ぎだ。

 

変わる前の唯我は自分に対して甘過ぎる人間だったが、今の唯我は他人には甘いのに自分に対してはこの上なく厳しい人間となっている。毎日ハードなトレーニングを自分に課していて、今日は半ば無理やり休ませたくらいだ。

 

人間というのはあそこまで変われるのか……というのが国近の考えである。

 

本人は「金だけじゃどうにもならないことを知ったから変わることにした」と言っているが、それだけじゃないのは間違いない。

 

何か別の理由があると国近は推測しているが、その事について踏み込むつもりはないし、今日踏み込まないという気持ちが更に強まった。

 

気にならないといえば嘘になるが、誰にだって触れられたくない部分はあるし、今日新たに見た一面も自分に対する優しさから見えたものだからだ。

 

普段は自分に勉強を教えたり、強くなる為に模索し続ける真面目で可愛い後輩である。

 

しかしさっきの唯我の目は初めて見たが、鷹の目のように鋭くて魅入ってしまった。加えて国近自身を助ける為に腰に手を回されてから抱き寄せられた時は鋭い目に加えて、力が付いてきている腕の感触によりドキドキしたくらいだ。

 

(唯我君の事は全然分からないし、今後も分からないかもしれない。けど優しくして貰ってるのは間違いないし私も力になってあげるべきだよね〜)

 

唯我本人は特に迷惑ではないと言っているが、国近からしたら迷惑をかけてばかりと思っている。

 

(うん、これからは真面目に勉強に取り組んで、戦術についても学んでみようかな)

 

前者を出来れば唯我の負担を減らせるし、後者が出来れば唯我の力になれるかもしれない。

 

唯我を支えたいと思った国近はベッドから起きてテーブルに向かい、勉強道具を取り出した。さっきまで唯我から教わった部分を復習する為である。

 

それから国近は風呂に入るまで勉強をしたが、勉強嫌いの国近が乗り気でした勉強は今まで以上に捗るのだった。

 

 

この時の国近は知らなかった。近い将来、唯我尊の持つ秘密について知り、今以上に深い関係になるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドパッ!

 

右手に持つリボルバー銃から高速で放たれた光弾は的に向かって飛び、そのまま中心部を穿つ。

 

同時にレーダーに10時方向に新しい的が現れたことが示されたので、左足を軸に身体を10時方向に動かして引き金を引く。

 

ドパッ!

 

しかし放った光弾は的の中心部ではなく、隅っこを穿った。その事に内心苛立つが、レーダーに新しい反応が現れたので我慢する。

 

そして反応があった方向を向いて再度発砲すると今度は中心に近い場所を穿った。今のは惜しかったな。

 

 

ブーーーーーッ

 

『終了だよ〜。結果は1000点中722点で、的に当たった弾丸は89発だね。それとそろそろ時間だから一旦休憩ね』

 

と、ここでブザーが鳴り、国近がそう言ってくる。

 

その言葉に俺は小さく頷き、トレーニングステージから作戦室に戻る。

 

今俺がやっているのは国近が作ってくれた射撃トレーニングプログラムだ。

 

ルールはこんな感じだ。

 

①参加者はスタート地点から半径2メートル以上動いてはいけない

 

②参加者の周囲に的が現れるのでレーダーを利用してそれを撃つ

 

③的が現れるのは参加者から10メートル以上20メートル以内の場所のどこか

 

④1発撃つと的に当たろうが外れようが的が消えて、次の的が現れる

 

⑤これを100回繰り返す。

 

⑥点数については1000点満点。点数を得るパターンは2つある。

 

⑦的に当たったら5点。100個の的に弾を命中出来たら500点

 

⑧的に当たった際、中心に近ければ近いほどボーナス点が入る。中心付近なら5点で隅付近なら1点

 

 

 

 

って感じだ。それで今回の俺の点数は722点で、的に当たった弾丸は89発だ。

 

つまり的に当てた際の点数は89×5で、445点。

 

ボーナス点については722-445で、277点だ。

 

的に当てるそのものは大分出来るようになってきたが、的の中心近くには中々当てれてない。

 

内心ため息を吐きながら作戦室のソファーに座ると、国近が横に座ってきて、俺の口にどら焼きを咥えさせてくる。

 

「お疲れ〜、いいとこのどら焼きだからありがたく食べたまえ〜」

 

「うむっ……ありがとうございます」

 

受け取った俺は一口食べてから礼を言う。

 

「どういたしまして。それとさっきの訓練で唯我君、新しい的が出た時に左足を軸に身体を動かしながら撃ってる時があったね。その時は大抵外したり狙いが甘かったりしてた」

 

「そうでしたか」

 

「今やってるトレーニングプログラムは制限時間は導入してないし、しっかり的を見据えてから撃った方が良いかな?」

 

「肝に銘じておきます。ご指摘ありがとうございます」

 

「うんうん。次のトレーニングでは頑張りたまえ〜」

 

国近はニコニコしながら俺の頭を撫で撫でしてくる。国近の手は温かくて、癒される。

 

 

 

以前国近にオーバーワークをするなと怒られてから数日が経過した。

 

怒られた翌日からの俺は訓練時間そのものは減らしてないが、1時間半訓練したら15分の休憩を入れるようにした。しっかり休憩を挟んでの長時間訓練なら国近も納得してくれたので良かった。

 

それだけなら良いんだが腑に落ちない点がある。

 

(何というか今まで以上に優しくなったんだよなぁ)

 

国近は怒られた日、そして俺が前世の俺を表に出した日以降、国近は変わった。

 

苦手な勉強の際も一通り自分でやって、どうしてもわかんないところだけ俺に教えを求めてくるようになった。こちらとしても負担が減ったのは楽だが、勉強嫌いの国近が真面目に取り組むようになったのは驚いた。

 

加えて今さっきまでやってたトレーニングプログラムについてもだ。トレーニングプログラムは毎回国近が作ってくれているが、その際は俺がリクエストをしてから国近が作る。

 

しかし今回は国近が俺がリクエストをする前に俺の為にと言ってプレゼントしてきたのだ。内容も理想的で凄くありがたいが、こんなに早く立派なものを作ってくれたのには度肝を抜いた。

 

更には訓練で悩んでいると今みたいに真摯にアドバイスしてくれる。実際の俺の動きを第三者の目線から的確なアドバイスしてをくれるのは本当に助かる。

 

加えて俺を見る目が優しくなったような気がする。俺はてっきり前世の俺を出したから距離を置かれると思っていたんだが、全然そんなことは無く、何というか……以前よりも献身的になったように見える。

 

しかし……

 

「国近先輩」

 

「?何かな?」

 

「いつもありがとうございます」

 

国近の支えは元々ありがたかったが、こうやって隣でアドバイスをしてくる国近はとても頼りに見えるな。

 

「ふふ〜ん。どういたしまして〜」

 

国近は楽しそうに笑うが、俺には凄く眩しく見えるのだった。



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第48話

ドパッ! ドパッ!ドパッ!

 

3回引き金を引いて20メートル先にある3つの的の中心を穿つ。すると直ぐにレーダーに新しい反応が2つ出るが、焦らずに身体を動かして正面から的と直ぐに向き合って引き金を引く。

 

ドパッ! ドパッ!

 

結果、両方とも中心部付近を撃ち抜くことに成功する。そしてまたレーダーに複数の反応が現れたので、現れた方向に身体を動かして同じように引き金を引く。

 

それを暫く繰り返すとブザーが鳴る。そしてトレーニングステージの隅にいる男、弓場を見ると頷く。

 

「……良し、合格だ」

 

どうやらOKのようだ。訓練した甲斐があったもんだ。

 

「しかし思ったよりも早かったな。俺はてっきり8月になってから合格と思ったが」

 

「国近先輩が良いトレーニングプログラムを作ってくれましたから」

 

加えて国近のアドバイスは凄く参考になったのもデカい。ここ最近国近は助けて貰ってばかりだ。

 

「なるほどな。まあ何にせよ、次の段階に進むが、これについては余り苦労しないだろうな」

 

「多分動く敵に当てる内容だと思うのですが、何故ですか?」

 

「動く敵に当てるのに必要なのは相手の動きを先読みする事なのはわかるよな」

 

弓場がそう言ってくるので頷く。

 

「先読みするには実戦経験が重要だがお前の場合、レイガストによる防御を会得する際に相手の動きを先読みする事を最優先にしてるから、苦労しないと思ったんだよ」

 

なるほど。レイガストは重いし遠隔防御は出来ないが故に、俺は常に敵の行動について先読みしようとしているからな。

 

「よってタイマンならお前はそこまで苦労しないで敵に弾を当てれるだろうが、問題はチーム戦の時だ。何故問題かわかるか?」

 

「視界の外から攻めてくる敵にも警戒しないといけないからです」

 

「そうだ。自分と相対している敵以外の敵がいる時はソイツの攻撃についても警戒、防御しないとならねぇ。かと言ってそっちに意識を集中すると、向かい合っている敵を逃がしたりしてしまう事もある」

 

要するに射撃と警戒と防御に意識を向ける際はバランスが重要ってことだ。

 

そしてバランスをとるのは言うは易く行うは難しで、実際にチーム戦になると序盤は焦って落とされてしまうだろう。

 

「対策としてはチームメイトに対処を任せるのが1番だな」

 

まあ弓場隊はそうだろう。弓場が敵とタイマンをしてる際は神田が指揮を執り、弓場を狙おうとする敵を狙うのが弓場隊のスタイルだ。結果として弓場はタイマン相手以外の敵に対する警戒心を薄くすることが出来ている。

 

ウチの隊ならフォローの達人の出水が適任だろう。アイツなら二宮や風間以外のA級隊員なら余裕で足止めできるし。

 

「とはいえチームメイトと合流出来ない可能性もあるから楽観視はすんな。まあこれについては実戦で経験を積むしかねぇな。お前は秘密主義だが、次からのチームランク戦ではガンガン使って慣れてけ」

 

まあそうだろう。弓場隊が練習に付き合えば経験にはなるが、複数のチームが攻めてくる可能性もあるし、チームランク戦で磨くのは絶対だ。

 

「了解しました」

 

「良ォし。んじゃ動く敵に当てる訓練に入るが、聞きたいことがある」

 

「何でしょうか?」

 

「訓練の出来次第では、例のトーナメントで銃を使うのか?」

 

「その予定です」

 

俺がトーナメントに参加する一番の理由は小南に成長した姿を見せることで、可能なら直接ぶつかって見せたい。が、トーナメントの運もあるが多分小南と戦うには相当勝ち上がる必要がある。よって初見殺しの技を用意しておきたいのが本音だ。

 

「そうか。なら使用する銃の設定についても考えとけ。俺と全く同じにするのはやめときな」

 

そりゃそうだ。今からトーナメントまで死ぬ気で訓練すれば、それなりの形になるとは思うが、銃や弾トリガーを弓場と同じ設定にしたら弓場のデッドコピーでしかない。

 

もちろんB級下位や中位レベルなら通用するかもしれないが、普段弓場と渡り合っているB級上位やA級連中には通用しないだろう。弓場はランク戦を多くやるタイプの人間だから、弓場と全く同じ武器を使っていては強い連中に勝てない。

 

よって銃を使う場合、銃の性能や使用するトリガーを変えないと意味がないだろう。

 

「肝に銘じておきます」

 

「わかったならそれで良い。それじゃあ訓練に入るぞ」

 

「宜しくお願いします」

 

何にせよある程度実力を付けなきゃ意味はない。実力が無ければトーナメントで導入するなんて論外だからな。今は訓練に集中だ。

 

そう思いながら俺は意識を切り替えて弓場と向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その夜……

 

「うーむ……設定をどうするかだな……」

 

自室のベッドに腰掛けながらタブレットを操作してため息を吐く。

 

動く敵に当てる訓練では思ったよりも上手くいった。弓場もこの調子なら本番までに形になると言ったので、トーナメントで使う事も視野に入れている。

 

問題は銃の設定だ。トリガー構成については弓場と同じようにアステロイドとバイパーを入れたい……というかメテオラとハウンドを入れるのは悪手だ。

 

メテオラは着弾すると爆発するが、射程の短い銃でメテオラを撃ったら自分の周りにも爆風が生まれる。爆風によって視界が見えなくなるのは防御の際にレイガストを使う俺からしたらリスクが大き過ぎるから除外。

 

ハウンドについては弾の速さが速過ぎると誘導性能が発揮しないので、弾速の速過ぎる銃では使えない。

 

よってトリガー構成については同じにするのがベストだが、そうなると弾の威力と射程と弾速を変えるしかない。

 

威力を捨て、射程と弾速に特化したバイパーで攻めるのも悪くない。トリオン体の耐久力に差はないし、バイパーの弾パターンを3パターンくらい用意すれば格上を食えるだろう。

 

しかしそうしたら、最初に使った相手を倒す事は出来るだろうが、以降の相手は広範囲シールド固定シールドを展開するのは容易に想像できる。そうなったら仕留めるのが難しくなる。

 

(どうしたものか……ん?待てよ。よく考えたら悩む必要なんてないじゃねぇか)

 

元々他の連中と比べて異常な戦闘スタイルなんだ。もうこのまま躊躇うことなくぶっ飛んでやる。小南は俺の戦い方を気に入ってるし、玲や国近は俺の戦闘スタイルを馬鹿にしてないし、多分このやり方でも引かれないだろう。

 

そして一度方針が決まればイメージはしやすい。今後ボーダー基地では訓練を重ね、家にいる時は常に記録の見直しとイメージトレーニングを当日までやり続ける。

 

 

待っていろ小南。必ずお前と戦えるまで勝ち進んでやる。

 

俺はそう決心しながらイメージトレーニングを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから日は流れ続け……

 

7月25日(日)

 

1dayトーナメント、開幕



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第49話

「……良し、これで全員分の最終調整は出来たよ」

 

7月25日(日)の午前9時、つまりトーナメント開始1時間前に太刀川隊作戦室にて国近が俺と太刀川と出水にトリガーを渡す。

 

「サンキューな。さぁて、久しぶりのトーナメントだし楽しみだぜ。俺は待ち合わせの約束してるから先行くぜ」

 

太刀川は好戦的な笑みを浮かべトリガーを受け取って作戦室から出て行く。やる気満々だな。まあヒャッハー系攻撃手だから仕方ない。

 

「あざっす。俺も槍バカ達と会う約束してるんで先行きます。唯我も遅れんじゃねぇぞ?」

 

「当然です」

 

出水も作戦室から出て行く。それを見送った俺はトリガーを手に持ち国近に話しかける。

 

「俺は一足先に会場の訓練室に向かいますが、国近先輩は同年代の人と行動するんですか?」

 

「んんー、何人かに一緒に見ないかって誘われたけど断ったよ。当日は唯我君と一緒にいて、試合ごとにサポートするって言ってね」

 

「そうなんですか?」

 

初耳なんだけど。確かに1試合ごとに国近がアドバイスをしてくれるのはありがたいが、同年代からの誘いを断っているとは驚いた。

 

「学校じゃいつも一緒にいるからね。それに唯我君には期末試験で大きな借りが出来たのもあるからね〜」

 

国近はそう言ってくる。期末試験で国近は40点未満が1科目も無く、自己最高記録を出していた。

 

「それに……最近の唯我君はどうにもほっとけないんだよね〜、うりうり〜」

 

そう言って国近は俺の頬に指を当ててグリグリしてくる。もう完全に子供扱いされているが、俺的にはご褒美でしかない。

 

「そうでしたか。それならこちらもお言葉に甘えますのでよろしくお願いします」

 

「ほ〜い」

 

国近が了承しながらグリグリをやめたので俺は立ち上がり、支度を済ませて国近と作戦室を出る。

 

「いや〜、それにしても勉強が無いって凄い開放感だよね〜」

 

国近は伸びをして胸を揺らしながらそう言ってくる。確かにテストが終わった後の開放感は凄い。まあ赤点を取る不安のある生徒からしたら、テストが返ってくるまでは地獄だろうけど。

 

しかし今は夏休みだから部活や補習のない人は学校に行かなくていいので、良い気分だろう。

 

それについては紛れも無い事実だが……

 

「夏休みの宿題は早めにやりましょうね」

 

夏休みの宿題を疎かにすると夏休み終盤が地獄になるからな。つか前から思っていたが、夏「休み」なんだから、休みに宿題をさせんなよ。

 

「は〜い」

 

「まあ分からないことがあったら手伝いますよ」

 

「それは助かるけど、唯我君の宿題が終わってないなら無理しないでね?」

 

「あ、俺は昨日全部終わらせました」

 

「嘘っ?!」

 

国近は珍しく驚きを露わにするが、前世で社会人だった俺からしたら中3の問題は簡単だし、量も少なく感じた。

 

「唯我君の事だから嘘じゃないだろうけど、早過ぎない?」

 

「嫌な事は先にやる主義なんで」

 

前世の俺は学生時代に夏休みの宿題は7月中に終わらせて、8月は遊びとバイトに全てを費していたくらいだった。嫌な事は真っ先に終わらせるのが1番楽だ。

 

そして夏休みの残り期間については、射撃訓練と女子と仲良くする事に全てを費すつもりだ。最近国近とも仲良くなってきたし、2学期に入るまでに互いに名前呼びするくらい仲良くなりたい。

 

「国近先輩も後1週間で終わらせたらどうです?そしたら8月はゲーム三昧ですよ?」

 

「1週間は厳しいけど、それが良いかもね〜ま、頑張ってみるよ」

 

国近が了解の返事をするのを確認しながらエレベーターのボタンを押す。そしてドアが開くと……

 

「あ、尊君……国近先輩もお久しぶりです。トーナメントを一緒に見学するのですか?」

 

エレベーターにいたのは玲で、優しい微笑みを浮かべてくるが、国近を確認すると不安そうな表情に変わる。

 

「そだよ〜、唯我君には色々お世話になってるしサポートするつもり」

 

一方の国近はのほほんとした表情でそう返すが、気の所為かいつもより声に力を感じる。

 

「そう、ですか……ねぇ尊君」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「私も一緒にいて良いかしら?尊君と一緒に見たいわ……」

 

不安そうな表情+上目遣いで見てくる。そんな表情されていると断る選択肢は生まれなかった。

 

「俺で良ければ構いませんよ」

 

すると玲は不安そうな表情を消して先程見せた微笑みを浮かべる。

 

「嬉しいわ。ありがとう」

 

「どういたしましてぇ?!」

 

「うんうん。唯我君は誰にでも優しいねぇ〜」

 

返事をしようとした頬に痛みを感じたので横を見ると、国近が満面の笑みを浮かべながら俺の頬を突いているが先程よりも力強い。作戦室でも突いてきたが、あの時はグリグリで今はゴリゴリで結構痛い。

 

「国近先輩痛いです。離してくれると助かります」

 

「ほ〜い」

 

国近は簡単に指を離すが、面白くなさそうな雰囲気だ。

 

そうこうしているとエレベーターが開くので歩き出そうとすると、玲がいつものように俺の右手を握ってくる。玲を見るとクスリと笑みを浮かべるが、俺の左手に柔らかな感触が伝わると驚愕の表情に変わる。

 

左手を見ると国近が俺の手を握っていた。これは予想外だ。

 

「えっと?国近先輩?」

 

「ん〜?那須ちゃんはいいのに私はダメなんだ?お姉さんショックかな〜」

 

「いえ。駄目じゃないですが」

 

実際俺としては役得だから駄目なはずはない。というか国近から手を握ってくるのは予想外だった。一瞬だけ本性を見せた際は嫌われると思っていたが、寧ろ仲良くなれたように思える。

 

「尊君……」

 

玲はそう言ってギュッと手を握る力を少しだけ強めてくる。そんな玲も可愛く、悪くない気分だ。

 

そう思いながらも2人と手を繋ぎながら歩いていると訓練室に到着する。訓練室にある客席からは200人近くいるC級隊員が、40人から50人くらいいる正隊員が、スーツやワイシャツを着た職員が100人近く確認できた。

 

思ったよりも多い。ボーダー職員も楽しみにしてるのだろう。

 

とりあえず適当な席に座ると、左右に国近と玲が座る。訓練室は席に挟まれていて向かい側にも席があるのだが、正面には太刀川を始めとした大学1年生組がいて、太刀川と加古は俺に気付くとニヤニヤ顔を見せてきてイラッとくる。

 

炒飯魔神には勝てないが、ダンガー野郎には勝てる算段がある。

 

俺は太刀川に「ニヤニヤ顔を消してください。でないと期末レポートの代筆について風間さんや本部長に報告し、今後課題の手伝いはしません」とメールを送る。

 

30秒くらいすると太刀川は携帯を取り出してメールを確認すると即座に真顔になって頭を下げてくる。やはり太刀川には風間と本部長の名前が効くようだ。

 

 

そう思いながらボンヤリと開始時間まで待とうか考えていると……

 

「あ、尊じゃん!」

 

後ろからアニメ声が聞こえてきたので振り向くと小南がこっちに近づいていた。

 

「お疲れ様です小南先輩。今日当たったらよろしくお願いします」

 

「どれくらい強くなったか見てあげるわ!あたしも強くなった所を見せるからね!というかアンタ、玲ちゃんと知り合いなの?」

 

そんな風に笑顔を向けながら質問してくる。まあ普通接点は思い浮かばないわな。

 

「以前道で苦しんでる時に助けて貰ったのよ」

 

玲はどこか警戒するように小南を見る。一方の小南は玲の雰囲気に気付くことなく俺を見る。

 

「へぇ〜、アンタ真面目で優しいなんてやるじゃない」

 

そう言って頭をわしゃわしゃしてくる小南だが、同時に左右から圧力を感じてくる。

 

「小南先輩。流石に人前で子供扱いするのは恥ずかしいです」

 

「ごめんごめん。ま、玲ちゃんは良い子だからしっかり敬いなさいよ」

 

「もちろんです。玲さんは素晴らしい女性ですし尊敬してます」

 

「なら良し……あ!あたし准にも挨拶するからもう行くわ。あたしと当たるまで負けんじゃないわよ!」

 

小南はそう言って嵐山がいる方向へ走り去っていった。すると直ぐに手を引っ張られたので横を見ると玲が恥ずかしそうにしている。

 

「ねぇ尊君。私のこと、素晴らしい女性と思ってるの?」

 

恥ずかしそうにしている玲は可愛いが、ここで正直に伝える。

 

「はい。普段は美しく、ランク戦では跳びまわる姿は格好良く、チームメイトの為に熱くなる姿は素敵だと思います」

 

実際玲はチームメイトがピンチになったりベイルアウトすると熱くなるが、そこからは情熱を感じる。

 

「そ、そう……ありがとう」

 

玲はモジモジしながら俯き、手をにぎにぎしてくる。この反応からして、告白したら成功するかもしれないな。

 

そこまで考えていると反対側の手を強く握られるので玲から目を逸らすと、国近がジト目で見てくる。

 

「唯我君って本当に女たらしだよね〜」

 

「事実を言っただけで、別にたらしたつもりはありません」

 

まあ口説いてる自覚はあるけど。

 

「じゃあ私のことはどう思ってるのかね?」

 

国近の事か……

 

「そうですね……一緒にゲームをして和ませてくれたり、戦術を練る手伝いをしてくれたり、トレーニングステージを作ってくれるなど色々な方向で助けてくれて、居なくなったら困ると思ってます」

 

実際国近とはお互いに助け合っているが、国近の協力が無かったら俺は伸び悩んでいたかもしれない。

 

「ふ〜ん。それは良い考えだね〜」

 

俺の意見に国近は口元を緩ませながら俺の手をにぎにぎしてくる。左右にいる美少女が俺の手を握ってくるなんて天国過ぎるわ。

 

内心ドキドキしながらも、それを表に出さずに2人の手を握っていると訓練室にブザー音が鳴り……

 

 

 

 

 

 

『会場の皆さん!長らくお待たせしました!これより1dayトーナメントを開催します!』

 

訓練室にある巨大モニターに実況システムの考案者の武富桜子が映る。いよいよ始まりのようだ。

 

 

 



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第50話

『会場の皆さん!長らくお待たせしました!これより1dayトーナメントを開催します!』

 

訓練室にある巨大モニターに実況システムの考案者の武富桜子が映る。いよいよ始まりのようだ。

 

モニターに注目が集まる中、武富はテンションを上げながら口を開ける。

 

『今回の1dayトーナメントでは実況解説システムを導入しました!実況は私、中央オペレーターの武富桜子。解説には元A級1位部隊隊長にして、ボーダー最初の狙撃手、現在第3期東隊隊長を務めている東春秋さんにお越しいただきました!』

 

『どうぞよろしく』

 

モニターに映る武富の横に東春秋が現れ、会場は盛り上がる。やはり東の人気は凄いな。前世で原作を読んでいた時は後輩の育成の為とはいえ、東がB級にいるのは反則だろと思っていたくらいだ。東については本部長をやれてもおかしくないだろう。

 

『本日は参加して頂きありがとうございます!』

 

『いや。武富が上層部にプレゼンをした時から興味があったし、こちらこそ感謝するよ』

 

『そう言って貰えると企画者としては嬉しいです!このイベントを糧にいずれはチームランク戦にも導入したいと思います……っと!挨拶はこのあたりにしてルール説明と行きましょう!』

 

武富がそう言うとモニターに5つのトーナメント表が表示される。1つのトーナメント表にある参加枠は8人から10人だ。しかしまだ名前は表示されていない。

 

『先ずは予選トーナメントです!AブロックからEブロックまであり、優勝者5人が決勝トーナメントに進めます!ちなみに今回の参加者の内、太刀川隊長と二宮隊長、小南隊員については決勝トーナメントからの参加となります!』

 

だろうな。今回の参加者の中でこの3人は群を抜いているからな。風間隊は防衛任務だが、防衛任務が無かったら風間も決勝トーナメントから参加だろう。

 

(何はともあれ、小南と戦うには決勝トーナメントに上がらないといけないようだな)

 

つまり予選トーナメントで優勝する必要はある。しかし各ブロックには2、3人のA級隊員がいるだろうから容易じゃないのは明白だ。

 

『また制限時間は10分で、残り時間が0になったタイミングで決着が付かない場合、トリオン体の損傷具合で勝敗を決めます!』

 

なるほどな。つまり一撃当てて逃げ回るってのも場合によってはアリってことか。

 

『それでは予選トーナメント表の発表です!』

 

武富の言葉にモニターが光ると、間髪入れずにトーナメント表に沢山の名前が現れる。

 

俺の名前は……

 

 

 

Aブロック

 

第1試合

唯我尊 VS 南沢海

 

第2試合

笹森日佐人 VS 香取葉子

 

第3試合

影浦雅人 VS 巴虎太郎

 

第4試合

米屋陽介 VS 照屋文香

 

 

Aブロックにあったが、AブロックにはNo.4攻撃手の影浦の名前がある。要するに小南と戦うには影浦に勝たないといけない、ハードな道のりだ。というか俺が最初の試合かよ?

 

(初戦は生駒隊の南沢……グラスホッパー使いの攻撃手だが、太刀川で慣れているから大丈夫か?)

 

まあ油断はしないけどな。

 

「尊君は大変だろうけど、無茶しないでね?」

 

玲は心配そうに呟く。玲に心配されるのは悪くないな。

 

しかし玲の場合、自分の心配をした方がいいだろう。玲はEブロックだが……

 

 

Eブロック

 

第1試合

三輪秀次 VS 木虎藍

 

第2試合

出水公平 VS 小荒井登

 

第3試合

来馬辰也 VS 王子一影

 

第4試合

那須玲 VS 堤大地

 

 

と中々ハードだ。予選決勝で当たるのは出水だと思うが、原作開始以降ならまだしも、入隊して長くない玲が勝つのはかなり厳しいだろう。出水は機動力以外は玲の上位互換だからな。

 

ともあれ、どのブロックにも強い奴はいるから油断は出来ない。というか仮に予選トーナメントで勝っても、決勝トーナメントで早々に小南と当たらないと再戦は叶わないだろう。決勝トーナメントに出場する隊員は大体予想出来るが、全員格上だし。

 

一応影浦を倒す算段はあるが、そのやり方をやると決勝トーナメントで警戒されるから勝ち上がるのが不可能になる。

 

『それでは時間となりましたので始めましょう!試合の流れとしてはAブロック1回戦の次はBブロックの1回戦をやる感じです!2回戦についてはEブロックから始めますのでよろしくお願いします!』

 

つまり俺が最初の試合で、勝ち上がったら2回戦においては最後となるわけか。

 

『それではこれよりAブロック1回戦第1試合、唯我尊 VS南沢海の試合を開始します。唯我選手は赤ゲートに南沢選手は青ゲートに来てください!』

 

っと、指名が入ったから行かないとな。

 

「んじゃ行ってきます」

 

「ほ〜い。頑張ってね〜」

 

2人の手を離すと、国近は俺の頭を撫で撫でしながら激励をしてくる。それだけで元気百倍だな。

 

「尊君」

 

続いて玲が俺を見てくる。何をするかと思えば、そのまま両手で俺の手を掴んでくる。

 

「行ってらっしゃい」

 

……ヤバい、グッときた。顔が熱くて仕方ない。

 

「……ありがとうございます」

 

俺は逃げるように訓練室の入り口に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「那須ちゃん、ちょっとスキンシップが激しくないかな?お嬢様なのに良いの?」

 

「応援しただけで、別にスキンシップをしたつもりはないです。国近先輩こそ、スキンシップが激しくないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

赤ゲートに到着すると訓練室のドアが開き、床に訓練室を指す矢印が表示される。入れってことだろう。

 

『さあ選手の入場です!赤ゲート!防御力と発想力はボーダー屈指!今シーズンにおける台風の目!太刀川隊攻撃手……失礼!一応射手の唯我尊選手!』

 

武富の言葉に、正隊員の一部の連中がドッと笑う。一応アステロイドの方がポイントが高いので射手だが、皆は射手ではないと思っているようだ。まあレイガストのインパクトが強いからな。

 

『続いて青ゲート!ノリノリに乗った際はマスタークラス!縦横無尽に跳び回る男!生駒隊攻撃手南沢海選手!』

 

向かい側から南沢が入ってきて、客席に向かってピースをしている。会うのは初めてだが、見た目通りノリが良いのだろう。

 

『東さんはこの試合についてどう思いますか?』

 

『そうですね。南沢も伸び代がありますが、普通に攻めるだけじゃ唯我の防御を突破するのは難しいでしょうから、グラスホッパーと旋空を利用することが勝負のカギでしょう。もちろんそれは唯我選手もわかっているので対策はしてると思いますが、唯我も南沢と相性は良くないですね』

 

『と、言いますと?』

 

『唯我の弱点は攻撃力が低い事です。唯一攻撃力があるレイガストの投擲も動作が大きいのでスピードタイプの南沢に当てるのは困難ですから』

 

東の言ってることに間違いはない。俺はカウンターを軸にしているし、決定打となる技がレイガストの投擲しかないがグラスホッパーを使う相手に使うと隙を見せてしまうので、余り使いたくない。

 

そう思いながらも南沢と距離を詰めると向こうは人懐っこい笑みを見せながら手を出してくる。

 

「宜しく〜、前から唯我ちゃんの防御を崩してみたいと思ってたんだよね〜」

 

「宜しく。それと悪いがそう簡単に崩されるつもりはない」

 

ガッシリ握手をすると、同じタイミングで周囲に住宅が大量に現れ、殺風景だった訓練室に住宅街が生まれる。どうやらトーナメントではステージが存在するようだ。

 

『今回のステージは市街地Aです!両選手は開始地点に向かってください』

 

武富からアナウンスが流れるとレーダーに赤いマークと青いマークが表示されたので赤いマークの所に向かう。

 

正面20メートル先には南沢がいて弧月を展開するので、俺もレイガストを展開して、互いに武器を構えながら警戒し合う。

 

 

 

 

 

そして暫くの間、沈黙が流れる中、遂に……

 

 

『予選トーナメントAブロック1回戦第1試合、開始!』

 

開始のゴングが鳴り響いた。



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第51話

 

『予選トーナメントAブロック1回戦第1試合、開始!』

 

開始のゴングが鳴り響くと同時に南沢は弧月を振り上げ、俺は右手にキューブを展開して8分割するや否や、威力をほぼ0で弾速特化のアステロイドを南沢に放つ。狙いは南沢の弧月だ。

 

そして南沢が顔面にシールドを展開しながら弧月を振り下ろそうとすると、同じタイミングでアステロイドがシールドと弧月にぶつかる。

 

「スラスター、起動!」

 

同時にスラスターを利用して南沢との距離を詰める。

 

「ありゃりゃ、やっぱり先手必勝ってわけにはいかないか」

 

言いながら南沢は笑いながら弧月を振るってくるので、俺はレイガストで受け止める。

 

勝つ為に必要な段階についてだが、第1段階はクリアしたし、じっくりやっていきますか。

 

 

 

 

 

 

『唯我選手、開幕と同時にアステロイドを放ち、南沢選手との距離を詰めにかかる!』

 

開始と同時に激しく動く唯我に実況の武富はテンションを上げる。

 

『南沢の旋空を警戒したからでしょう。シールドモードのレイガストの耐久力は高いですが、旋空によって伸びた弧月の先端部分の威力に耐えるのは難しいですからね』

 

旋空はトリオンを消費して瞬間的にブレードのリーチを伸ばすオプショントリガーで、ブレードの先端に近ければ威力を増す。最大威力ならシールドモードのレイガストすらも真っ二つに出来るだろう。

 

そして旋空を使ってる時の弧月の長さは大体15メートルから20メートルくらいである。

 

試合開始時点で唯我と南沢の距離は20メートルだった。つまり南沢が開始直後に旋空を発動したら負けに直結する可能性があったので、唯我は即座に距離を詰めたのだ。

 

そして距離を詰めれば旋空の効果は殆どないので、唯我が主導権を握ったことを意味する。

 

『と、ここで南沢選手、あらゆる方向から弧月を振るって唯我選手を攻め立てる!』

 

訓練室では南沢が弧月による連撃を叩き込み、唯我が落ち着いて捌いている。あらゆる方向からの斬撃を一つ一つ対処しているのが実況席からでもよくわかる。

 

『一方の唯我選手、焦らずに適切に対処してます!噂通りの頑強さ!』

 

『太刀川にしごかれているので、並の攻撃手では崩せないでしょう。とはいえ早めに一撃当てないと南沢が不利になるでしょう』

 

『どうしてでしょうか?唯我選手は決定打が少ないので、攻撃を決めなくても南沢選手が不利になると思いませんが』

 

『それは見ていればわかりますよ』

 

東の視線の先では2人の攻防が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと、唯我の必勝パターンになってきたじゃん」

 

客席の一角にて米屋は試合を見ながらそう呟く。唯我は最初に放った射撃以降、一切攻撃していないで南沢がずっと攻撃している。

 

普通に考えたら唯我が防戦一方と思われるが……

 

「あらら……海のヤツ、焦り始めてるやん」

 

南沢のチームメイトの隠岐はあちゃぁとばかりに額に手を当てている。訓練室では南沢の放つ斬撃が激しくなっているが、同時に荒っぽさが出始めている。今はまだ隙がそこまで大きくないが、いずれ致命的な隙を晒すのは想像に難くない。

 

加えて……

 

『ここで唯我選手、シールドモードのレイガストを南沢選手にガンガンぶつけ始める!』

 

唯我がレイガストを南沢にぶつけ始める。しかしスラスターは使ってないので、吹き飛ぶことはなくよろめかせるだけだった。それにより南沢の剣は余計に荒くなる。

 

「しかもレイガストのシールドを広げてグラスホッパーによる逃げ道を塞いでるのが厄介だな」

 

「こうやって相手の思い通りにさせない事で、相手のパフォーマンスの質を落とすのがアイツの強みだからな。アイツが高校に上がる頃にはボーダー全攻撃手の攻撃を防げるんじゃね?」

 

三輪の呟きにチームメイトの出水がそう補足する。実際太刀川に喰らいつけている事から強ち間違いではないと思う。

 

「それは凄いと思うけどよ……なんでよりによって葉子と同じブロックなんだよ……」

 

「あー、確かに唯我の戦い方って香取ちゃんが嫌いそうなスタイルだよな」

 

嘆く香取隊銃手の若村麓郎に出水は頷く。短気で我儘な隊長を持つ若村からしたら、胃痛が生まれ始める。勝てばまだしも、負けたとなれば数日は不機嫌丸出しになるのは容易に想像できる。

 

その時だった。

 

『おーっと!ここで唯我選手が遂に攻撃に回ったぁっ!』

 

武富の声が訓練室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

(さて、そろそろ反撃に移るか)

 

俺は反撃に転じることを決める。目の前の南沢は引き攣った笑みを浮かべ、瞳には驚愕と焦燥を宿していて、剣のパフォーマンスは最初に比べてかなり落ちている。

 

まあ全ての攻撃を防ぎ、レイガストのシールド形状変化により移動も妨げているから当然だけど。

 

そう思いながら俺はレイガストに切れ込みを入れ、南沢が振るった弧月に合わる。

 

切れ込みに弧月が食い込んだ瞬間に切れ込みを無くし弧月を拘束してら間髪入れずに足払いをかけて南沢の体勢を崩す。

 

「うおっ!ここで反撃かよ!」

 

南沢は焦りながらも一旦弧月を消して、グラスホッパーを展開する。

 

対して俺もレイガストを消して、そのまま南沢の腕を引っ張ってぶん投げ、グラスホッパーを踏ませない。

 

そしてそのまま南沢に飛びかかり、地面に倒した瞬間に南沢の背中に手を当てて……

 

「アステロイド」

 

そのままアステロイドにより風穴を開ける。

 

「やられちまった〜」

 

南沢の呟きと共に南沢のトリオン体が爆発して、試合終了のブザーが鳴る。

 

『試合終了!唯我選手の勝利です!』

 

『最初に距離を詰めてからは、キッチリ自分の得意な形に出来たのが大きいですね』

 

『試合を見れば一方的でありましたが、南沢選手にも勝ち目はありましたか?』

 

『そうですね。南沢の強みはグラスホッパーによる機動戦です。最初から唯我を倒す手段を使うのも悪くない選択ですが、太刀川相手に何度も戦ってる唯我なら対策していると考えるべきでした。最初にグラスホッパーを使って距離を取り、障害物を利用して旋空を使うのが最善と思われます』

 

そんな会話が聞こえてくる。まあ確かに障害物を利用されたら、一方的な展開にはならなかった可能性は充分にある。短距離における家越しの旋空とかされたら危なかったかもしれない。

 

「あ〜、東さんの言うようにするのが1番か〜。先手必勝にこだわり過ぎちゃった〜」

 

身体が戻った南沢はやっちまったぜ的な口調で身体を起こす。

 

「今回は俺の負け。けど次は唯我ちゃんの防御を打ち破るから宜しく!」

 

「悪いがそう簡単に破れるわけにはいかない」

 

そうでもしなきゃ太刀川隊の戦力にはなれないからな。確かに強くはなっているがまだまだ足りない。

 

よって今回の大会で一皮剥けるつもりだ。

 

 

まあ1番の目的は小南が満足する試合を見せることだが。向こうが満足してくれたら、さり気なく遊びに誘ってみよう。

 

そう思いながら俺は訓練室を後にするのだった。



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第52話

「「お疲れ様(お疲れ〜)、尊君(唯我君)」」

 

1回戦が終わり、元の席に向かうと玲と国近が同時に労いの言葉をかけてながら笑顔を向けてくる。

 

それにより2人はお互いの顔を見合わせるが、直ぐに面白くなさそうな表情に変わる。なんか空気が重くなってきてる……

 

内心ヒヤヒヤしながらも席に座ると、左側にいる玲が手を握ってくる。

 

「尊君の試合を直で見るのは久しぶりだけど、努力してるのが凄くわかって……か、格好良かったわ」

 

「あ、ありがとうございます……玲さんにそう言われると嬉しいです」

 

恥ずかしそうに褒めてくる玲を見ると、こっちも恥ずかしい気持ちになってくる。玲は恥ずかしそうに俯きながらそのまま指を絡めてくる。

 

予想外の行動に心臓の鼓動が早くなるのを自覚する。もうマジで理性が吹っ飛びそうなくらい可愛過ぎる。

 

そこまで考えていると……

 

「自分の強みを発揮出来たのが良かったね〜。戦闘を記録しといたから、次の試合に備えるなら協力するよ〜」

 

国近が俺の右腕に抱きつきながらタブレットを渡してくる。右腕には国近の大きな胸の柔らかな感触が伝わってくる。

 

内心ドキドキしながらもタブレットを操作すると、さっきの戦闘記録が流れるが……

 

「……何回か防御の際に荒さがありますね……執拗な連続攻撃にこっちも無意識のうちにイライラしたのでしょう」

 

幾ら精神力に自信があるからカウンター重視の戦い方を選んだとはいえ、防御に徹するとストレスが溜まるのは否定出来ない。相手も崩れろと苛立つかもしれないが、こっちも早く隙を見せろと思うのだ。

 

まあ多少違和感を感じる程度の荒さだが、勝ち上がる為に不安要素は無くしておくべきだ。

 

「唯我君の戦闘スタイルなら仕方ないかもね。もしもストレスが溜まるなら、ストレス発散に協力するよ〜」

 

国近が俺の肩に頭を乗せながらそう言ってくる。

 

「いつもすみませんね」

 

国近には何回も助けて貰っている。前世でも国近みたいな有能な部下がいればさぞかし仕事は楽だっただろうに。

 

「唯我君を支えるのはオペレーターの仕事だから当然。もし唯我君さえ良ければボーダー以外、プライベートでの悩みやストレスの解消にも付き合うけど、どうかね?」

 

国近が更に距離を詰めながらそんな事を言ってくる。そんな風に提案されたら断るなんて絶対に無理「だ、駄目です……」って、玲?

 

「国近先輩はオペレーターとしての仕事で忙しいと思いますから……尊君のプライベートでの悩みなどは私が解決に尽力します」

 

玲が恥ずかしそうにそう言うと、国近はジト目で玲を見る。

 

「那須ちゃんだって身体が弱いんだから無理しちゃいけないよ。それに私は唯我君に夏休みに遊ぼうって誘われたからね〜」

 

「えっ……で、でも私だって尊君に夏休みに遊ぼうって誘われました」

 

玲がそう返すと国近はジト目を玲から俺に向ける。玲も不安そうな眼差しで俺を見てくる。

 

「どういう事かな唯我君?」

 

「……」

 

ここで焦ったりすると2人から「色々な人に良い顔をしている」って心象が悪くなるだろう。ならばやることは一つ。焦らず、堂々と返事をするだけだ。

 

「どういう事も何も2人と過ごすのは楽しいですから誘っただけですが、なんか変な所がありましたか?」

 

こういう風に堂々と、やましい事を考えてないように告げるのが1番だ。案の定、玲も国近も難しそうな表情になる。

 

「う〜ん。まあそうだけど……」

 

「ま、まあ尊君ならそうよね……」

 

すまん玲。そんな風に言ってくれてありがたいが、俺の中では邪な考えがある。ぶっちゃけ小南にも遊びに誘う予定だし。

 

「話を戻しますが、プライベートの悩みについては現状ありません。しかしもし出来た場合、頼るかもしれないですが、良いですか?」

 

そう言うと2人は小さく笑う。

 

「良いよ〜、お姉さんに任せたまえ」

 

「尊君にはいつも助けられてばかりだから……私も尊君を助けるわ」

 

ヤバい。国近の「のほほん」と玲の「美しさ」が合わさると破壊力が半端ない。2人の能力が能力共鳴を引き起こしてるかもしれない。

 

そんな事を考えている時だった。

 

『それではAブロック1回戦第2試合を行いたいと思います!試合参加者の笹森選手は赤ゲートに、香取選手は青ゲートに来てください!』

 

武富のアナウンスが流れる。とりあえず今は試合に意識を集中するか。

 

「唯我君はどっちが勝つと思うかね?」

 

国近がそんな事を聞いてくるが……

 

「6ー4で香取ですかね」

 

そう返す。単純な剣の腕なら香取の方が上だが、香取は記録を見る限り腕はあるが短気な性格で、思い通りにならないと剣が荒くなる。

 

一方の笹森は普段諏訪や堤のガードを担当しているから捌きに定評がある。

 

笹森が香取の攻撃を凌ぎ、香取のストレスが溜まれば笹森に勝機はあるだろう。

 

『東さんはこの試合はどう見ますか?』

 

『そうですね。実力は香取が上回っていますが、香取にとって笹森は相性が良くないので笹森にも勝機はありますね』

 

流石東。ここで馬鹿正直に「香取は短気だ」なんて言わず、柔らかな表現をするとは解説の鏡だ。解説が太刀川や二宮ならズケズケ言って香取を不機嫌にさせただろう。

 

そう思う中、2人は訓練室に入り開始地点に立つ。勝った方が俺と戦うのだからしっかり見ておくべきだ。

 

そして……

 

 

『予選トーナメントAブロック1回戦第2試合、開始!』

 

2試合目の開始を告げるゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「頼む、日佐人が勝ってくれ……」

 

香取が攻め、笹森が凌ぐ中で客席にいる若村は祈るより自身の隊長と戦っている笹森を応援する。

 

「おいおいジャクソン、自分の隊長の負けを祈るなよ」

 

「そうだぜジャクソン。なんで香取の負けを祈るんだよ?」

 

そんな祈りをする若村に対して、出水と米屋がボーダー屈指の変人攻撃手が若村に対して付けた渾名で呼びながら質問する。

 

「ジャクソン言うな。葉子は唯我の事、メチャクチャ嫌ってんだよ。もし日佐人に勝って唯我に負けたら絶対八つ当たりされる」

 

若村は顰めっ面をしながらそう返す。

 

「え?前に唯我にボコされたから?」

 

「いや葉子と唯我は戦ってないと思う。そうじゃなくて葉子って出水の元チームメイトの烏丸のファンなんだよ」

 

「あー、なるほどな」

 

元チームメイトの烏丸京介は本部時代にイケメンで女子から人気があった。

 

そして烏丸が玉狛支部に移って、後釜がコネ入社で入った唯我となれば烏丸ファンからしたら気分は良くないだろう。

 

「だから俺としては日佐人に負けて欲しいんだよ。日佐人に負けても不機嫌になると思うけど、唯我に負けるよりはずっとマシだろうからな」

 

「理屈はわかったが、香取が唯我に勝てば……厳しいだろうな」

 

「ああ。葉子みたいな人間からしたら唯我って相性最悪だからな」

 

解説や実況を聴きながらも米屋は途中で厳しいと口にして若村は頷き、訓練室を見る。訓練室では笹森がトリオンを漏らしながらも香取の攻撃を凌ぎ、香取は客席からでもわかるくらい不機嫌な表情を浮かべていた。

 

笹森以上の防御力を持つ唯我と戦ったら、不機嫌を通り越してブチ切れないかと若村は心配している。

 

「でも昔の唯我ならともかく、今の唯我ならそこまで不満に思われないだろ」

 

唯我に対する悪評はもう殆ど無くなっている。少しずつ悪評がなくなっている中で、小南相手に勝ち星を1回挙げて評価が上がっている。

 

しかし……

 

「けどアイツ、那須ちゃんに加えて最近じゃ柚宇さんとも仲良くなってるから別の意味で嫌われてるぜ」

 

それはあくまで戦闘面での話だ。出水の視線の先では那須と国近に挟まれ、手を握り合っている唯我の姿が映る。

 

那須と仲が良かったことは有名だったが、最近になって国近が唯我に構っている光景が本部基地の至る所で目撃され、男性隊員からはかなり嫌われている。

 

 

 

 

 

そんな中……

 

『試合終了!香取選手の勝利です!』

 

そんなアナウンスが流れる。結果的に香取は力づくで笹森の防御を破り、相打ち上等とばかりに片腕を引き換えに笹森の首を刎ねたのだ。

 

 

 

「ああ……胃が痛くなってきた」

 

武富のアナウンスに若村は胃に手を当てて憂鬱そうにするのだった。



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第53話

『おおっと!那須選手が住宅街に逃げた!堤選手は……追わない!比較的広い場所に向かう』

 

『狭い路地に迷い込んでしまい、那須から全方位攻撃を受けたら最悪ですからね。無理に攻め込まず出てくるのを待ち、カウンターを狙うつもりでしょう』

 

武富の実況と東の解説が耳に入る。現在、予選トーナメントEブロック1回戦第4試合、つまり1回戦最後の試合が行われている。

 

試合をしているのは俺に甘えるようになっている玲と互いに死線(炒飯地獄)を生き延びて戦友となりつつある堤だ。

 

現在玲は建物を盾にして動き回り、堤は遮蔽物が少ない場所に向かうが、東の言うようにこの状態で玲に近寄るのは愚策だ。

 

堤の使う散弾銃トリガーは威力と範囲は強いが、射程が短いことと銃のサイズが大きいことが弱点だ。

 

一方玲が得意とするバイパーは威力は低い代わりに弾道を毎回設定できるので、障害物が多い場所で真価を発揮する。

 

このままだと千日手だ。玲は遮蔽物がない場所に行きたくないだろうし、堤は遮蔽物がある場所には行きたくないからな。

 

しかし玲は動かないといけない。理由としては開幕直後に堤の攻撃を受けて右腕が損傷したからだ。

 

ルールでは制限時間内に決着がつかなかったらトリオン体の損傷具合で勝敗を決める為、この状態が続いたら無傷の堤が勝利する。

 

よって玲は遅かれ早かれ攻めに行かないといけないのだ。

 

そこまで考えていると玲は建物の陰に隠れながら両手にキューブを展開して、ゆっくりとそれを合成させる。

 

『那須選手、ここで合成弾の作成に入った!』

 

『合成弾は強力な反面、作ってる最中はシールドを展開出来ない欠点がありますが、一対一の状態で尚且つ遮蔽物が多い場所で使うならアリでしょう』

 

その通りだ。合成弾を使う射手はそれなりにいるが、ガードが使えないデメリットもあるのでチーム戦で使うときは「周りに敵がいない時」「味方がガードしてくれる時」「狙撃手の場所が予想出来てる時」など制限がある。

 

しかし今は堤とそこまで離れてないが、遮蔽物が多いし、タイマンなので主導権を握るために使うのも悪くないだろう。

 

そう思っていると玲は合成弾を完成させて8分割する。多分変化炸裂弾だと思うが、どういったコースで撃つかがカギだ。

 

そして玲は発射した。8つのキューブの内4つを上空へ飛ばし、2つを右側の道なりに沿って飛ばし、最後の2つを左側の道なりに沿って飛ばす。

 

堤の方を見れば4つの弾丸に目を奪われながら、右手に持つ散弾銃の銃口を上に向けて、左手に持つ散弾銃を消す。不意打ちに備えてシールドを展開出来るようにしたのだろう。

 

そして堤が引き金を引こうとした瞬間、2番目に飛ばした2発の弾が道を通って地面を這うように堤に襲いかかる。

 

それに対して堤はシールドを展開しながら散弾銃を発砲する。

 

ドドドドドドッ!

 

シールドと散弾に弾が当たると爆風が生じる。やはり変化炸裂弾のようだ。

 

爆風が生じる中、玲が住宅街から現れると堤は散弾銃を消してシールドを2枚展開しながら走り出す。防御重視で距離を詰めて、一気にカタをつける作戦だろう。シンプルだが、玲に対しては悪くない戦法だ。

 

しかし、玲が放った変化炸裂弾はまだ残っている。

 

爆風の中から2発の弾丸が後ろから堤に襲いかかる。堤は慌ててシールドを後ろに展開する。

 

ドォォォォォォォォォンッ!

 

地面が爆発する。幸いシールドによりトリオン体は無事だが、堤の身体は空高く舞い上がる。堤はグラスホッパーを持ってないから地面に落ちるまでは無防備だ。

 

それに対して玲は左手にトリオンキューブを展開する。もちろん堤もそう簡単にやられるわけにはいかないので、自分を囲むようにしたシールドを2重に展開する。

 

広範囲シールドは耐久力が低いが、二重なら話は別だ。これなら鳥籠のように囲む攻撃や一点集中攻撃も防げるだろう。

 

と、なると玲は堤が地面に落ちる前に合成弾を作って仕留めるかもしれない。

 

そう思う中、玲は右手を堤に向けて……

 

『っとぉぉぉぉっ?!ここで那須選手、レイガストを展開したぁ?!』

 

まさかのレイガストを展開する。え?!玲ってレイガストを入れてないよな?!もしかして俺の影響?

 

予想外の展開に驚く中、玲はレイガストを振りかぶりそのまま投擲する。その際にトリオンが噴出しているのでスラスター付きだろう。

 

そしてそのまま堤のシールドを2枚とも突き破り、胴体に風穴を開けるのだった。

 

『ここで試合終了!那須選手がレイガストを投擲して2回戦に進出!』

 

『那須の変化弾で相手のシールドを広げたり、足を止めてからスラスターを利用したレイガストの投擲……思ったよりも相性が良いですね。隙が出来るのは難点ですが、チーム戦なら那須のガードを担当する熊谷に投擲を任せるのもアリかもしれません』

 

そんな解説が聞こえる中、服を引っ張られるので横を見ると国近がジト目で見てくる。

 

「那須ちゃんに2人きりでレイガストを教えたのかな〜」

 

「いえ。俺は教えてないですね。投げ方からして違うので独学だと思います」

 

言いながら国近の手を掴み優しく握ると国近はくすぐったそうに息を漏らす。

 

「ごめんね〜、変なこと聞いて」

 

「いえ。余り使われてないレイガストを使う人がいたら気になるのは当然かと」

 

そんな風に返事をしているとアナウンスが流れる。

 

『これより全ブロックの1回戦が終了しました!2回戦は30分後に行われますが、先に説明した通り2回戦はEブロックから行われますので、那須選手と王子選手は開始5分前までにゲートにいてください!』

 

武富の言葉が訓練室に響き、客席にいる人も飲み物やトイレを目的とするためか立ち上がる。

 

「それにしても玲さんは二連戦で大変ですね」

 

「それは唯我君もじゃん。2回戦最後の試合で香取さんと戦って勝ったら、その次にカゲ君か米屋君と戦うんだから」

 

そうなんだよなぁ。まあ休憩時間があるからありがたいけどな。

 

ともあれ今は焦る必要はない。俺の2回戦は最後だから今のうちにゆっくり休んで香取との戦いに備えられるしな。

 

「すみません国近先輩。俺ちょっと手洗いに行ってきます」

 

開幕前に作戦室でジュースを結構飲んだからか、トイレに行きたくなってしまった。

 

「ほ〜い。気をつけてね〜」

 

国近から見送られながら俺は立ち上がり、客席を後にする。

 

そしてトイレに行き、混雑する前にさくっと済ませてトイレから出ると、職員やC級隊員がこっちにやって来て、瞬く間に行列が出来る。

 

早く済ませられた事に安堵しながら俺は客席に戻ろうとするが、試合の終わった玲やデータの見直しに付き合ってくれた国近を労う必要がある。

 

そう判断して自販機に向かう。国近の好きなジュースを買い、玲に対して何が好きかわからないのでとりあえず癖のないお茶を買った。

 

そして客席に戻ろうとすると……

 

 

 

 

「チッ……」

 

なんか自販機に向かおうとしている2回戦の相手の香取が俺に舌打ちをしてきた。

 

……なんかイラッとしてきたな。



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第54話

「お疲れ〜。まさかレイガストを使うとはね〜」

 

那須が客席に戻ると国近が迎えてくる。唯我の姿は見えない。

 

「バイパーとの連携に使えると思いましたから。ところで尊君はどちらに?」

 

「トイレに行ったよ。私は今から飲み物を買いに行くけど一緒に来る?」

 

「ではご一緒します」

 

那須が頷き、国近と共に訓練室から出ようとすると、離れた席から1人の女子がやって来る。

 

「玲ちゃんお疲れ!2回戦は直ぐだけど頑張って!」

 

やって来たのは那須のクラスメイトの小南。圧倒的な強さ故に決勝トーナメント進出が確定しているが、那須自身小南に勝てる気は全くしないくらいだ。

 

「ありがとう桐絵ちゃん。まあ出水君がいるから決勝トーナメント進出は難しいけど」

 

「出水君は普段はヤンチャだけど強いからね〜」

 

国近も那須は負けると暗に言っているが、那須は特に怒りは湧かない。

 

出水に勝ってるのは機動力のみで、トリオン量や合成弾作成時間、トリオン操作能力や空間認識力など射手に必要な要素全てで負けているからだ。出水と撃ち合いが出来る射手は二宮くらいで、下手な攻撃手も出水に近寄る事すら出来ないだろう。

 

そんな会話をしながらも3人で自販機の方に向かっていると……

 

「ん?尊に香取じゃない。試合前に牽制し合ってるのかしら?」

 

視界の先で唯我と香取が向かい合っているのを発見する。しかし……

 

「そんな雰囲気じゃないと思うな〜」

 

「香取さんが凄く睨んでるわね」

 

それは違うだろうと国近が言って、那須は頷く。離れて場所にいるが香取は唯我を思い切り睨みつけていて、唯我は面倒臭そうな表情を浮かべている。

 

3人は2人がヒートアップしたら止めに入ると決めて、2人の近くにある物陰に身を隠すのだった。

 

 

 

 

 

 

「退いて、邪魔」

 

俺に舌打ちをするや否や喧嘩腰で顎を動かして、退けってジェスチャーをしてくる香取。

 

いきなりの態度にいらっとするが、こういったタイプの人間に反論すると面倒な事になるのは明白だからスルーするに限る。

 

「はいよ」

 

俺は適当に返事をして去ろうとするが、香取は目を細めてくる。

 

「何その態度?喧嘩売ってんの?」

 

うわ、面倒くさいな。適当に返事をした相手に一々突っかかるなよ。

 

「売ったつもりはない。というかお前こそいきなり喧嘩売ってんじゃねぇか。俺はお前に恨まれることをした覚えはないが?」

 

確かに嫌われてるポジションだが、あからさまに敵意を向けられた事は香取が初めてだ。

 

「どこがよ。最近強くなったからって、烏丸君の後釜って自覚してるのを見てるとムカつくのよ」

 

あ〜、そういやコイツもとりまるファンだったな。まあ確かにとりまるファンからしたら嫌われるだろう。実際二宮隊と雑談した事は何回かあるが、とりまるファンの氷見は割と素っ気なかったし。

 

「別に自覚はしてない。まだ烏丸の後釜に相応しいとは一度も思ってない」

 

大分実力がついて足手纏いは卒業したと思うが、烏丸の後釜として相応しいかって問いについては自他共にNoと答えるだろう。

 

俺の実力だとA級隊員と戦う事は出来ても、A級隊員相手に点をガンガン取るのはまだ無理だ。メインが足止めの時点で点を取れる烏丸より下であるのは明白だ。

 

「どうだか。最近じゃ那須先輩や国近先輩や小南先輩を侍らせてるみたいだけど、烏丸君みたいにモテる為に良い顔してるの?」

 

烏丸の真似をしている訳ではないが、間違っちゃいない。仲良くなるために色々アプローチをしているのは事実だ。

 

まあ壁に耳あり障子に目ありっていうし、誰かが聞いているかもしれないので否定するけど。

 

「そんなつもりはない。大体烏丸と俺じゃイケメン度が違い過ぎる」

 

まあ原作の唯我の髪型はやめたけどな。アレは客観的に見てもモテるイメージがわかない。

 

しかしそれを差し引いてもイケメン度に差はある。

 

「当然じゃない。そうなるとあの3人に見る目がないって事ね」

 

どこまでも俺の事を嫌っているようだ。まあ碌に努力もせずコネでA級1位になったことを踏まえると、香取がそう言うのも致し方ない。

 

しかし……

 

「そうかもしれないな。で?言いたい事はそれだけか?」

 

「何?開き直り?」

 

「そのつもりだ。過去が過去だけに、俺と仲良くしてりゃ3人が見る目が無いって思われるのは仕方ない。だからこそトーナメントで勝ち上がる必要がある」

 

そう言うと香取の表情に怒りの色が宿る。暗にお前を倒すと言ったからな。

 

「3人に良いところを見せたいって訳?はっ、随分と不純な動機ね」

 

「違うな。俺が自分の実力を見せたい相手は観客だ。観客の大半は「小南や那須や国近は見る目が無い」って思ってるだろう」

 

これについてはマジでそう思う。

 

「俺の忌々しい過去の所為で、3人が悪く言われるのは我慢ならないんでな。何としても勝ち上がる事で俺の存在を示し、少しでも俺の悪評を消し、俺が原因で生まれた3人に対する低評価を無くさないといけない」

 

仮に今後どんどん仲良くなっても俺の悪評がある限り、3人にもそれが付き纏うので、今回のトーナメントをキッカケに少しずつ俺の悪評を消す必要がある。

 

そんな俺の言葉に香取は鼻で笑う。

 

「ご立派な意見ね。自分の所為で3人が悪く言われるのが嫌だから勝ち上がるなんて、そんなにあの3人の事が好きなの?」

 

安い挑発だな。そんな挑発にブラック企業で鍛えられた俺が怒るわけない。

 

「当然だろ。3人ともベクトルは違えど本当に素晴らしい女性だ。敬意を払う事、好感を持つ事の何が悪い?」

 

堂々と認め、事前に敬意を払う事と言ってから好きと言えば疚しい感情がないように見せつける。

 

太刀川や出水あたりに聞かれたらヤバいが、周りには正隊員は居らず、C級隊員は何人かいるが香取の雰囲気から距離をとっているので香取がバラさない限り、今の発言は広まらないだろう。まあ香取に話す友達がいるとは思えないし大丈夫だと思うが。

 

「話が終わりなら行かせて貰う。決勝トーナメントに出場する為にデータの見直しをする必要があるからな」

 

「さっきからは私を眼中にないみたいな言い方ね……!」

 

「眼中にない訳じゃないが、勝つつもりではあるな」

 

負けたら決勝トーナメントに進めない以上、勝つつもりだ。

 

「本っ当にムカつくわね……!だったらアンタを負かして、現実を教えてあげる」

 

香取は不機嫌丸出しのまま、飲み物を買わずにそのまま去って行く。香取の進行上にいるC級隊員はビビってるが、C級隊員をビビらせるなよ……

 

内心溜息を吐きながらも俺は飲み物を持って、少し遅れる形で訓練室に戻る。

 

そしてさっきまで観戦していた席に戻るが、玲の姿も国近の姿も見えなかった。あの2人もトイレか?

 

(ま、直ぐに戻ってくるだろうし、今の内にデータの見直しだな)

 

俺はタブレットを起動して、最近の香取の戦闘記録の見直しを始めるのだった。

 

 

 

 

 

香取が自販機前から去り、唯我が訓練室に戻っている時だった。

 

「あんの馬鹿……!堂々と恥ずかしい事言ってんじゃないわよ……!」

 

「………」

 

「………」

 

物陰に隠れて2人のやり取りを聞いていた小南は恥ずかしさ全開により真っ赤になっていた。その後ろにいる那須と国近は小南以上に真っ赤になって俯いている。

 

唯我と香取のやり取りを聞いて、序盤は香取の喧嘩腰の態度に腹が立った3人だが……

 

 

ーーーご立派な意見ね。自分の所為で3人が悪く言われるのが嫌だから勝ち上がるなんて、そんなにあの3人の事が好きなの?ーーー

 

 

ーーー当然だろ。3人ともベクトルは違えど本当に素晴らしい女性だ。敬意を払う事、好感を持つ事の何が悪い?ーーー

 

 

 

香取の挑発に対する唯我の返答を聞き、香取に対する怒りの感情は一瞬にして唯我の発言に対する羞恥へと変わった。

 

元々尊敬されていると思っていた3人だが、自分達の存在が知られてない状況の中で毅然とした態度で肯定した以上、本気で尊敬されている事が改めて認識できた。

 

しかも尊敬的な意味とはいえ、あそこまで堂々と好きと言うとは完全に予想外だった。

 

あんな風にハッキリと自分達に対する好意を宣言した事により、3人の中では羞恥と嬉しさがゴチャ混ぜになっていた。

 

特に那須と国近は衝撃的過ぎて喋ることすら出来ない状態となっていた。後輩としてだけではなく、異性としても気に入っている相手からの好意にオーバーヒートしてしまっている。

 

結果、ギリギリオーバーヒートしてない小南が頑張って2人を立ち直らせて、冷たい飲み物を買って身体を冷やしてから訓練室に戻るのだった。

 

しかし彼女らの頬は朱に染まったままであった。



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第55話

データの見直しをしていると背後から足音が聞こえてきたので振り向くと、玲と国近に加えて小南もいるが……

 

(な、何だ?3人の雰囲気が変だぞ?)

 

3人の醸し出す雰囲気にビビってしまう。玲と国近は真っ赤になって俯いて、小南は真っ赤になって俺を睨みつけている。ただし小南の顔には怒りの色は無く、羞恥の色を宿している。

 

(何で睨まれてる?さっき会った時は笑顔で別れたのに……)

 

頭に疑問符を浮かべる間にも3人は近寄ってくるが……

 

「えっと……何があったんですか?」

 

思わず質問してしまう。玲だけなら体調不良と思うが、3人の様子がおかしいとなれば休憩中に何かあったのだろう。

 

「(こっちは恥ずかしくて仕方ないのに、呑気なのが腹立つわね……!)……何でもないわよ!」

 

物凄く怒鳴られた。どうやら知らない間に不愉快な気分にさせてしまったのかもしれない。

 

謝るべきかもしれないが、理由もわからないまま謝ると場合によっては更に擦れてしまう可能性があるので迂闊に謝るのは危険だ。

 

「あ……怒鳴ってゴメン。別にアンタが悪いことをしたから怒ってるわけじゃないから」

 

小南はそう言ってくるが尚更わからない。怒ってるから怒鳴ったらまだしも、怒ってないのに怒鳴られる理由がわからん。

 

そう思う中、玲と国近はさっきみたいに俺の横に陣取るが……

 

「えっと……どうしましたか?」

 

さっきまでの2人は手を繋ぐだけだったが、今は手を繋ぐことに加えて腕を組んで思い切りくっ付いてくる。

 

「「………」」

 

思わず質問するが、2人は俯いたままで返事をしないで離れる気配も全く見せない。

 

仕方ないので小南に事情を尋ねようとするが、小南はさっきまでとは違い面白くなさそうな表情で俺を見ている。

 

「随分と好かれてるわね」

 

「まあそれなりに好かれてるとは思います」

 

腕に抱きついている事から、そこそこ好かれているのは馬鹿でもわかるし、鈍感なフリはしない。

 

「ですが俺としては普段お世話になっている先輩達3人に好かれるのは幸せですね」

 

そう返すと左右の2人は更に強くギュッとしてきて小南は真っ赤になる。

 

「はぁ?!べ、別に私はアンタの事なんて何とも思ってないからね?!」

 

それ完全にツンデレの台詞じゃねぇか。まあ馬鹿正直に言ったら色々面倒なことになるから言わないが。

 

まあ代わりに小南の言葉を素直に受け取ろう。

 

「そうでしたか……俺は小南先輩のおかげで強くなれた事から小南先輩に敬愛の念を持ってますが、小南先輩が俺を嫌うなら関わらないようにします」

 

そう返すと小南は慌てだす。

 

「えっ?!ちょ、ちょっと待って!恥ずかしいから否定しちゃったけど違うわよ!凄く努力して強くなろうとしてる尊はカッコ良くて好き……って!あくまで後輩としてよ!男としてじゃないから勘違いしないでよね!」

 

そう言いながら俺の後ろに回ってヘッドロックをかけてくる。その際に玲と国近な巻き添えを喰らわないようにしているところは尊敬するが、結構痛い。

 

まあ小南の可愛い言動が見れたから安い買い物だけどな。

 

しかしマジで何があった……もしかして香取とのやり取りを聞かれたか?多分それだろう。さっきから玲と国近は無言でくっつき、離れる気配がないし。

 

けど、あの時は隈なく周りを見たわけじゃないが正隊員は居なかったし、C級隊員は香取にビビって離れていた。

 

もしかして物陰に隠れていた、もしくは香取本人がバラしたのか?可能性としてはそれが高いだろう。

 

まあそれなら仕方ない。仮に香取とのやり取りを3人が知ったのなら、覆水盆に返らずだからな。

 

それに聞かれたと言っても、あの時は尊敬的な意味と言っていたし不純とは思われてないだろう。

 

そこまで考えていると……

 

 

 

 

 

『2回戦第一試合まで10分を切りました!那須選手と王子選手は開始5分前までにゲートに行くようにお願いします!』

 

武富がアナウンスを流してくる。時計を見れば確かに1回戦が終わって20分くらい経過している。

 

「あの、玲さん?」

 

さっきから無言で俯く玲に話しかける。行かないと失格になってしまうがもしかして棄権するつもりなのか?

 

頭に疑問符を浮かべていると玲は俯いたまま、俺の腕から離れて無言のままゲートに向かって行く。マジで大丈夫なのか?

 

疑問符を浮かべていると首に感じる痛みが無くなったかと思えば、空いた右腕に柔らかさを感じたので横を見ると……

 

「な、何よ!玲ちゃんや柚宇さんが気持ちいいって言うから試してるだけよ!文句ある?!」

 

「いえ。問題ありません」

 

小南が怒りながらそう言ってくるが、別に文句はない。というかツンデレ小南最高過ぎだろ?

 

というか玲は戦えるのか?

 

俺は不安になりながらゲートに向かう玲を見て息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(恥ずかしい……けど、凄く嬉しい……)

 

入場ゲートに向かう那須は顔に熱があるのを自覚しながらそう思う。

 

ついさっきまで唯我と香取のやり取りを盗み聞きしていたが、話を聞くにつれて恥ずかしい気持ちが強くなっていた。

 

特に……

 

ーーー当然だろ。3人ともベクトルは違えど本当に素晴らしい女性だ。敬意を払う事、好感を持つ事の何が悪い?ーーー

 

あの一言は衝撃的だった。自分達が居ないと思う中であんな風に大胆に好意を告げるのは予想外だった。

 

後輩としても、人としても、そして異性としても好意を抱く相手から尊敬的な意味とはいえ好きと言われ、那須は恥ずかしさと嬉しさで唯我に対しても何も言えないままゲートに向かっている。

 

(凄く嬉しい……けど、私だけを対象に言って欲しかったわ)

 

国近や小南が唯我を気に入っている事、2人が唯我の精神的な支えになっている事は知っている。

 

知ってはいるが、やはり自分だけを好きと言って欲しかったのは事実だ。

 

(桐絵ちゃんはまだ後輩として尊君を気に入ってるだけだけど、国近先輩は多分異性としても尊君を気になり始めてる……)

 

今日国近と会った際、唯我を見る目が以前よりも優しくなっていたし言動も献身的になっていた。しかも同じチームだから今後の展開次第では……

 

(ううん。今は試合に集中しないと……)

 

那須は一度頬を叩き、意識を試合に向ける。既に目はいつものランク戦の時のように真剣な眼差しだ。

 

先程唯我は無言だった那須に対して集中出来るか不安視していたが、当の那須は一度切り替えてからは恥ずかしい気持ちにしっかり蓋をしている。

 

理由としては那須が今回のトーナメントに参加した1番の理由は自分の頑張ってる姿を唯我に見せたいからだ。

 

そんな理由で参加した以上、恥ずかしくて戦闘に集中出来ずに負けたとなるのは嫌だし、何より真面目で努力家な唯我に失望されたくないからだ。

 

唯我の性格的に失望するとは思わないが、それも絶対ではない以上、試合に恥ずかしさや嬉しさを持ち込むつもりは那須には無かった。

 

(尊君に恥ずかしい気持ちや嬉しさを伝えたいし、尊君に甘えたい…….けど、それは私の試合が全て終わってから……終わるまでは試合に集中しないとね)

 

那須は両手で自分の頬を叩き、意識を完全に切り替える。いつも通りの那須となった。

 

 

 

『お待たせしました!それではこれより2回戦の試合を始めます!』

 

と、ここで休憩時間の終了を告げるアナウンスが流れる。

 

(見ててね、尊君……大好きよ)

 

那須は内心にて自身の気持ちを伝えながら訓練室に入るのだった。



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第56話

 

『さあ選手の入場です!赤ゲート!放つ弾丸は縦横無尽!狙った敵をどこまでも追い詰める美しきバイパー使い!那須玲選手!』

 

武富の言葉に、男性隊員を中心に歓声が上がる。赤ゲートから入る玲を見ると、さっきまでと違って真剣な表情を浮かべている。

 

「良かった。ちゃんと切り替えたみたいね」

 

俺の右腕に抱きついている小南が安堵の息を吐く。確かにさっきまでと違い顔を上げている。多分俺と香取のやり取りを聞いていたのだろうが、復帰してくれたのは良かった。

 

最も、試合後にどう接してくるか全く読めないのが若干不安だけどな。

 

(というか国近は未だ無言で俯いたままだが、どうすりゃいいんだ?)

 

腕に抱きついてくる力はあるので意識はあるんだろうが、肩を叩いても反応しない。かといって左手を国近の身体から離そうとしたら抱きしめる力を強めてくる。

 

どうしたものかと悩んでいる間にもアナウンスは続く。

 

『続いて青ゲート!付けた渾名は千差万別!素早い動きと斬撃で敵を撹乱!王子一彰選手の入場です!』

 

アナウンスと同時に青ゲートから黒服のイケメンが訓練室に入る。爽やかな笑みを浮かべているが武富が言ったように変なあだ名を付けることで有名らしい。

 

俺はまだ話したことがないので自分に対する渾名については知らないが出水によれば、自分の名前が公平(fair)だからフェアリーって呼んだり、国近を柚宇(ゆう)だからユウTuberって呼んだり、香取隊の若村をジャクソンと呼んだりと、中々ぶっ飛んだ渾名を付けるらしい。

 

よって余り関わりたくない人間である。まあ三上に対してみかみかと呼んだり、穂刈に対してポカリと名付けていることからわかりやすい渾名もあるみたいだがな。

 

『両選手開始地点に向かっています!この勝負についてどう考えてるでしょうか?!』

 

『そうですね。那須は射手で王子は攻撃手ですから、那須は建物を盾にバイパーで攻めるでしょう。対する王子ですが機動力があるので前回那須相手にカウンターを狙った堤とは反対に積極的に攻めるでしょう』

 

だろうな。1回戦で玲と戦った堤は取り回しの悪い散弾銃を使うから住宅街に入らなかったが、一方の王子は機動力があり、スコーピオンやハウンドも装備しているので住宅街に入っても上手く立ち回れるだろうからな。

 

加えて王子は元弓場隊で常にB級上位にいた。実戦経験も玲に比べて多いだろう。俺の見立てだと8ー2で王子が勝つ。

 

そう思っている中……

 

 

『予選トーナメントEブロック2回戦第1試合、開始!』

 

試合開始のアナウンスが流れる。同時に王子は走り出し、玲はキューブを展開して分割して放ちながら住宅街に向かう。多分バイパーだな。

 

それに対して王子もキューブ……ハウンドを展開して分割すると、弾速重視で放つ。

 

すると玲の放った弾が様々な動きを始めるが、王子が放ったハウンドは追尾性能を発揮してバイパーと相殺される。

 

『おおっと!那須選手のバイパーが相殺された!』

 

『那須のバイパーはあらゆる方向からの攻撃が厄介ですが、あらゆる方向に行く前に潰しましたね。速攻を得意とする王子らしいやり方です』

 

そして王子も玲と同じように住宅街に入ってくる。玲の弾丸に恐れをなしてないようだ。

 

「王子も弓場隊にいた時は二宮隊と何回もやり合ってたから、躊躇がないわね」

 

小南が玲を追いかける王子を見ながらそう呟く。確かに二宮を相手にしたら玲の弾はそこまで怖くないかもしれない。

 

というか……

 

「あの、国近先輩。そろそろ返事をしてください」

 

未だ無言になっている国近がどうしても気になってしまう。

 

思わず話しかけると国近は漸く顔を上げて、真っ赤になった顔を俺に向けてくる。

 

「……ねぇ唯我君。さっき香取ちゃんと話したことって本当?」

 

「ちょっ!柚宇さん?!」

 

国近の質問に小南は焦るが、やはり3人は聞いていたようだ。あの時3人の姿は見えなかったので、物陰に隠れて盗み聞きをしていたのかもしれない。

 

ならば取り繕う必要もない。

 

「はい。俺は何度も国近先輩に助けられましたし、何よりオーバーワーク気味だった俺を止めてくれた事には本当に感謝してます。それらの事から国近先輩には敬愛の念を持ってます」

 

前世の過酷な労働により精神力が鍛えられていた為に苦しくはなかったが、国近に怒られて休憩を挟むようになってからは能率が上がった。

 

前世では休むという概念が無かったから忘れていたが、それを思い出させてくれた国近には感謝しかない。

 

そう返すと国近は先程よりも真っ赤になるが俯きはせず、口元を緩める。

 

「えへへ〜、そっかそっか〜尊君は可愛い後輩だね〜」

 

言いながら俺に抱きつく力を強め、俺の指を自分の絡めた指で揉み揉みしてくる。可愛い後輩とか言ってるが、お前の方が可愛いわ。

 

そこまで考えていると反対の手に痛みが発生する。

 

「あんたは柚宇さんにデレデレしてんじゃないわよ!試合を見なさい試合を!」

 

痛みの発生源を見ると小南がプリプリ怒っていた。確かに……国近の様子が変だったとはいえ、今は玲の試合中だったな。

 

と、ここで国近が爆弾を投下する。

 

「ん〜?桐絵ちゃんは嫉妬してるのかね?」

 

「はぁ?!べ、別に嫉妬なんかしてないわよ!」

 

小南の慌てる声が聞こえてくる。その反応は可愛いが耳元で叫ぶのはやめてほしい。

 

まあ何にせよ今は小南の言うように試合に集中しないとな。

 

そう思いながら訓練室を見れば玲は建物を盾にしながら射撃をしていて、対する王子はハウンドとシールドで巧みに防御しながらも隙あらば旋空を使って建物を切り捨てて遮蔽物をなくしていく。

 

遮蔽物が無くなると射線が通るが、バイパー使いの玲とやり合う場合遮蔽物が多い方が厄介なので正しい判断だ。

 

そんな王子に対して玲は距離を取るが……

 

『那須選手、距離を取るが逃げる先は建物が少ないです!』

 

『王子は建物を壊しながらも、那須が逃げる方向を誘導してますね。そして建物の数が少ない場所で勝負をつけるつもりでしょう』

 

玲は王子の接近と建物破壊に対応してるが、逃げる方向に建物が少ない事にまだ気付いてないようだ。しかも王子の奴、壊す建物のチョイスが上手く、玲の逃げ道の選択肢を減らしてる。

 

原作で王子隊が戦ってるところは読んでないが、常にB級上位をキープしている事から強いとは思っていた。しかし戦闘力以上に頭の回転はかなり危険だ。

 

そしてとうとう、玲は遮蔽物が少ない広場に出てしまう。しかもエリアの端近くなので、下手したらエリアオーバーする危険がある。

 

そして王子もハウンドで玲を牽制しながら広場に到着する。いよいよピンチだな……

 

その時だった。

 

『おーっと!ここで那須選手、レイガストを展開!勝負に出るのか?!』

 

左手にレイガストを展開して王子と向かい合う。俺の影響で使い始めたのだろうが、是非とも勝ってほしいものだ。

 

俺は内心祈りながら訓練室内で相対する2人を眺めるのだった。



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第57話

「やっと追い詰めたよ、レイレイ」

 

遮蔽物の少ない広場に足を踏み込むと、ワンテンポ遅れて対戦相手の王子も広場にやって来る。

 

(あの発言からして、私の逃げ道を誘導してたみたいね……)

 

那須は内心悔しく思う。高い機動力を持つ王子が積極的に攻めるとは試合前から思っていたが、自分にとって不利なフィールドまで誘導されるのは予想外で、嫌でも自分と王子の差を感じてしまう。今の自分にはこのような戦術を思いつけないからだ。

 

そう思いながらも那須はレイガストを展開してシールドモードに変え、周囲にキューブを展開する。

 

「レイガストを使う射手スタイル……侮るつもりはないけど、ブッダのそれに比べると驚異とは思わない」

 

言いながら王子は弧月を構えて那須に突撃する。

 

「バイパー!」

 

那須は叫びながらバイパーを放つが、王子が弾速と追尾重視のハウンドで相殺する。幾ら沢山の弾道を設定したバイパーでも発射直後なら簡単に潰されてしまう。

 

それが嫌だから遮蔽物を盾にして戦闘を進めたが、王子の高い機動力に敵わず、遮蔽物は旋空で破壊されてしまった。ハッキリ言ってピンチだ。

 

しかし那須の中で諦める選択肢はなかった。やる以上は全力で挑むのは当たり前のことだし、何より……

 

(負けるならともかく、尊君が見てる前で諦めるのだけは絶対に嫌……)

 

自分の好きな男は誰が相手でも最後まで泥臭く足掻く男だ。そんな彼に諦めるところを見られるのは絶対に嫌だから、那須は最後まで諦めない。

 

互いの弾丸が相殺されると、2人は刃トリガーをぶつけ合う。王子は弧月を数回振るう。レイガストを破壊する為ではなく、那須のリズムを崩すための軽い連撃だ。

 

対する那須はレイガストを右左に動かして全て防ぐ。好きな人の戦闘記録は何度も見直してるので、それなりの形になっている。

 

しかしただ守っているだけでは勝てない。那須も熊谷相手に練習しているが、唯我の訓練に比べたら温いことは間違いない。

 

(普通にバイパーを使ってもハウンドで相殺されるわね。こんな時尊君なら相手の予想から外れた攻撃をするはず……)

 

そう思いながらも那須はバイパーで牽制しながら王子の斬撃をガードする。しかし付け焼き刃で王子の攻撃は防ぎきれず、少しずつトリオンが漏れている。

 

「これで、終わりだよ」

 

王子の言葉と共に袈裟斬りが那須の持つレイガストを弾く。しかしそれと同時に……

 

「スラスター、ON!」

 

那須はスラスターを起動して、シールドモードのレイガストを王子にぶつける。

 

それにより王子は後ろに跳び体勢を崩す中、那須は手にキューブを展開して27分割する。

 

「ハウンド!」

 

そう叫ぶと弾は真っ直ぐ王子の方に向かう。対する王子は体勢を立て直し、弾を引きつけながら前方に大きくジャンプして、弾丸の上を跳ぶ。

 

ハウンドは追尾性能付きの弾丸なので対処法としてはシールドで防御するか、引きつけてから大きく動くかのどちらかだ。

 

そして王子は今回防御して足を止めるのを嫌がり、引きつけてからジャンプして那須との距離を詰めにかかり攻めようとした。

 

それは戦術として正しい。

 

しかし……

 

 

 

 

 

「っ!」

 

那須が放った弾丸は先程王子がジャンプした地点に着いた瞬間だった。弾は全て垂直に昇り、間髪入れずに花びらが開くかのようにあらゆる方向に広がっていき、内4発が発が王子の両足と脇腹を穿った。

 

それに伴い、王子の両足がボロボロになって脇腹からトリオンが漏れて、空中で体勢を崩してしまう。

 

当然那須はそんな隙を見逃すはずもなく、レイガストをブレードモードにして……

 

「スラスター、ON!」

 

そのまま王子に投げつける。

 

放たれたレイガストは一直線に進み、王子の首を飛ばしてトリオン体が爆発する。

 

 

 

『ここで試合終了!那須選手、Eブロック決勝進出です!』

 

武富の言葉が響き、客席から歓声が上がる。

 

「やるじゃないかレイレイ。まさかブッダのみならず、みずかみんぐの技も身につけてるなんて」

 

王子は身体を起こしながら那須に話しかける。先程那須がハウンドと叫びながら放った弾はバイパーである事を王子は確信している。

 

ハウンドと叫んだことに加え、真っ直ぐ飛んできた事から王子はハウンドと思い引きつけて跳んだが、那須はどこに逃げても削れるような弾道を引いたバイパーを使用したのだ。

 

声に出したのと違う弾を使うのはみずかみんぐ、生駒隊射手の水上敏志が得意とする技術だが、そこそこ高等技術である。

 

「いえ。私の場合、元々ハウンドを入れてないから出来ただけで、ハウンドをトリガーにセットしていたら焦って失敗したと思います」

 

那須は首を横に振る。ちなみに那須の今のトリガーは……

 

メイントリガー

バイパー

アステロイド

メテオラ

シールド

 

サブトリガー

バイパー

レイガスト

スラスター

シールド

 

 

である。今回はトーナメントだからバッグワームを入れてないが、今後のランク戦ではバッグワームを入れ直す予定である。

 

閑話休題……

 

「なるほどね。確かにそれなら起動のミスはしないか……レイレイってブッダの独特なスタイルに影響を受けてるね」

 

「そうかもしれないですね」

 

王子の言葉に那須は頷く。スラスター込みレイガストによる投擲、レイガストのシールドによる拘束など、唯我の戦い方はかなり独特なものであるが、那須自身影響を受けてるのを否定する気は無かった。

 

しかし……

 

「これも愛の力かな?僕の完敗だよレイレイ。決勝トーナメント進出は厳しいだろうが、頑張ってね」

 

「なっ?!」

 

王子のこの言葉にはマトモな反応が出来ず、先程の唯我と香取のやり取りを思い出して那須の頬に熱が生まれ始めた。

 

そんな那須に対して王子はあっけらかんとしながらその場を去って行く。

 

那須もいつまでもここにいるわけにはいかないので訓練室を後にするが、先程の王子の発言が頭から離れない。

 

(愛の力……そうかもしれないわ。私は尊君の事が好き……好きな人の頑張りを見てたから真似したいと思ったのかも……)

 

そう思いながらも客席に戻ろうとすると足を止めてしまう。何故なら唯我の左右には国近、そしてさっきまで自分がいた場所に小南がいて唯我の腕に抱きついていたのだ。

 

同時にムッとしてしまう。幾ら唯我と付き合ってないとはいえ、自分以外の女子が唯我とイチャイチャするのは気分が良くない。

 

那須は早足で唯我達の元に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

王子を倒した玲が戻ってくるがムスッとしている。多分俺の両腕に抱きつく2人が原因だろう。

 

「お疲れ様です」

 

ともあれ試合は終わったんだし労いの言葉を使うべきだろう。

 

「ありがとう。ところで国近先輩は兎も角、何で桐絵ちゃんも抱きついてるの?」

 

玲の言葉に小南は慌て出す。

 

「ち、違うわよ!玲ちゃんや柚宇さんが抱きついてるからどんなものか興味が出て試しただけよ!」

 

凄い言い訳だが、玲はジト目を向けてくる。

 

「そうなの?でも大分試したからもう良いんじゃないかしら?」

 

「ま、まだよくわからないから……!もう少しこうしないとダメよ!」

 

言いながら小南はギュッとしてくるが、可愛すぎだろ?

 

「そう……わかったわ」

 

そう思っていると玲はジト目を向けたままだと思ったが……

 

「うおっ?!れ、玲さん?!」

 

何と後ろから柔らかい感触が伝わってきて、腹に手を回され、終いには俺と小南の頭の間に顔を出して、肩に頭を乗せてくる。もしかして後ろから抱きしめられてる?!

 

「ちょっと?!何してんのよ?!」

 

「それは狡いんじゃないかな〜?」

 

「2人だって似たような事をしてますよ?」

 

小南が怒り、国近も低い声を出すが玲は全く気にしない。

 

俺的には役得極まりないが……

 

(や、ヤバい。C級隊員の殺気が痛い……)

 

男子のC級隊員は殺気を俺にぶつけてきて、胃が痛い。

 

一方B級以上の連中は米屋とか出水、太刀川とか加古は大笑いして、二宮とか三輪はスルーしていて、木虎とか香取はゴミを見る眼差しを向け、オペレーター陣はテンションを上げながらスマホを向けたり雑談に興じている。

 

うん、目立ち過ぎだな。

 

俺は半ば現実逃避しながらそっと息を吐くのだった。



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第58話

訓練室では槍と刃が交差して火花が飛んでいる。

 

『Aブロック2回戦第1試合、米屋選手の槍弧月と影浦選手のスコーピオンが交差する!』

 

武富のテンション高めな実況に客席が盛り上がっている。現在米屋と影浦が戦っているが、勝った方が俺と香取のどちらかと決勝で戦う。

 

しかし押してるのは影浦だ。互いの武器がぶつかり合う中で、お互いのトリオン体にダメージが入るも影浦のトリオン体からは殆どトリオンが漏れておらず、逆に米屋の全身には切り傷がありトリオンが漏れている。

 

ここまで差があるのも……

 

「やっぱりカゲ君のサイドエフェクトは一対一だと厄介だね〜」

 

国近が言うようにサイドエフェクトによるものだろう。

 

影浦のサイドエフェクトは「感情受信体質」で自分に向けられてる意識や感情が肌にチクチク刺さる感覚があり、負の感情ほど不愉快な刺さり方らしい。

 

日常生活ではクソの役にも立たないサイドエフェクトだが、戦闘ではとんでもないアドバンテージとなる。

 

まず奇襲が通用しない。どんな人間でも攻撃する際は意識を向けないといけないので、背後から攻撃しようとしてもバレてしまう。

 

次に何処を狙っているかもわかる所だ。国近によれば首を狙おうとすれば首に刺さる感覚が、足を狙おうとすれば足に刺さる感覚があるらしいのでフェイントなどが通用しない。

 

現在米屋は穂先の形を変えるオプショントリガー「幻踊」を利用した攻撃を織り交ぜているが殆どが当たっておらず、影浦が体勢を崩した際に掠るくらいだ。

 

そして俺からしても相性が最悪だ。俺はグラスホッパーを踏ませたり、レイガストで拘束するなどの戦法を利用するが、その際に相手の足や腹を注目する。注目、つまり意識を向けることだから影浦は読んで対処してくるのは明白だ。

 

それにしても……

 

(俺が影浦のサイドエフェクトを持ってたら、嫉妬による感情で鬱になりそうだな……)

 

思わずそう思ってしまう。何故なら現在俺の両腕には玲と小南が抱きついて、国近は後ろから抱きついていて、男子からの嫉妬が半端ないからだ。

 

玲が王子に勝って戻った際には国近と小南が俺の両腕に抱きついて、それを見た玲は後ろから俺に抱きついたのだ。

 

それから暫くその状態が続き俺がトイレに行く為に一旦訓練室を出た。そして戻った際には国近が後ろから抱きついて、玲と小南は俺の両腕に抱きついてきて現在に至る。

 

もう男のC級隊員の殺気がヒシヒシ感じてヤバい。マジで闇討ちされそうだ。

 

 

 

 

閑話休題……

 

そんな訳で影浦のサイドエフェクトが俺にはなくて本気で良かったと思ってしまう。

 

「でもNo.4攻撃手って事は無敵ではないんですよね?対処法とかはあるんですか?」

 

「あるわよ。対処法は3つあって出水や二宮さんみたいに「圧倒的な弾数で押し潰す」、あたしや風間さんや太刀川みたいに「反応速度を上回る剣速で攻める」、東さんみたいに「攻撃する時に感情を乗せない」で、この3つのどれかを使えば勝てるわよ」

 

内心安堵する中、玲が国近に質問すると国近に変わって小南が答える。まあ間違っちゃいないが、俺からしたら難しい。

 

最初にいった「圧倒的な弾数で押し潰す」はトリオン量が少ないから無理。というかそのやり方は出水と二宮だけしか出来ないだろう。

 

次に「反応速度を上回る剣速で攻める」もカウンタータイプの俺には厳しい。

 

最後の「攻撃する時に感情を乗せない」ってのもやろうとして出来るものとは思えない。

 

よって……

 

「つまり、尊君が決勝トーナメントに進出するのは難しいって事になるわね……」

 

玲の言葉は間違いではない。俺のスタイルは影浦のサイドエフェクトと相性が悪いからな。

 

「ま、なんとかしますよ。小南先輩との約束もありますから」

 

「当然よ!言っとくけど、あたしと戦う前に負けたら罰として今度1日買い物に付き合って貰うからね!」

 

「「っ!」」

 

その言葉に右腕に抱きつく玲と後ろから抱きつく国近がビクッとする。

 

「別に買い物くらいなら罰云々関係なく付き合いますよ」

 

「本当?!約束よ!」

 

俺としてもわざわざ誘う手間が省けて助かるからな。

 

「「尊君……随分優しいね」」

 

と、ここで玲と国近の力が強まる。後ろにいる国近の顔は見えないが玲はジト目を向けている。

 

しかし俺は気にしない。気にして弱さを見せず、堂々とするだけだ。

 

「尊敬する先輩に優しくするのは当然ですよ」

 

「ふ〜ん。じゃあ尊君、私のことも尊敬してるみたいだし、以前約束した付き合いとは別の日に付き合ってくれるかね?」

 

「私のことも尊敬してるって前に言ってたけど……私とも買い物に行かない?」

 

そんな風に言ってくる。当然断るなんて選択肢はないが……

 

「もちろんです。なんなら4人で行きますか?」

 

ここは少し大胆に攻める。既に3人からの好感度はそこそこ高いだろうし、時には思い切った一手を打つのも悪くない。

 

「……む〜、そこで4人でって言うのはどうかと思うな〜」

 

背後から抱きつく国近は面白くなさそうに反論するが対応する。

 

「俺としては夏休みは可能な限り訓練に費やしたいですから1人1人付き合うより、3人同時の方がありがたいです。それに敬愛する3人相手に纏めて過ごす方が幸せを感じられそうですから」

 

訓練を理由に出して、幸せになりたいから全員と行きたいと言えば、疚しさを感じさせないだろう。

 

「〜〜〜っ!毎回思うけど、あんたはもう少し言葉を選びなさいよ!こっちは恥ずかしいんだけど、あんたは恥ずかしくないの?!」

 

小南はテンパりながら腕に抱きつく力を強める。玲は真っ赤になって見上げてくるが、国近も玲と似た表情だと思う。

 

「?何で俺が恥ずかしがる必要があるんですか?俺は当たり前のこと、自分の気持ちを口にしてるだけですから恥ずかしくないですね」

 

俺はツンデレなんて回りくどい態度は取らん。大人になったら嘘や欺瞞に満ちた世界で生きないといけないが、学生の内は自分に正直に生きるのが1番だ。その方が楽しいからな。

 

「……馬鹿っ」

 

小南はそう言って頭を叩いて俯くが、全然痛くないので気にしない。寧ろ背後にいる国近の抱きしめる力の方が遥かに強いし。

 

その時だった。

 

『ここで試合終了!影浦選手のマンティスが米屋選手を一刀両断!影浦選手決勝進出です!』

 

あ、途中から試合を見てなかったわ。ま、まあ過ぎた事を悔やんでも仕方ない。ミスを引きずるのは社会人としてタブーだからな。

 

「すみません。次試合なんでそろそろ離れてください」

 

名残惜しいが次に試合がある以上、離れないといけない。まあさっきトイレから戻った際に再度抱きつかれた事から、試合後にも抱きついてくる可能性は高いし気にしない。

 

俺の言葉に3人は離れるので席から立ち上がり、振り返り挨拶をする。

 

「では行ってきますが、応援をして頂ければ幸いです」

 

「うん。頑張ってね〜尊君」

 

「ありがとうございます。国近先輩にそう言って貰えると百人力です」

 

「えへへ〜、ありがと〜」

 

国近ははにかみ笑いを見せてくる。そこからは癒しを感じる。

 

「私、しっかり見てるわ。だから尊君もカッコいい所を見せて……」

 

「カッコいいかはわかりませんが、全力を尽くします」

 

「それで良いの。頑張ってる尊君が1番カッコいいから……」

 

両手を組み、祈るように見てくる玲。その姿は言葉にするのが難しいくらい美しい。

 

「こんな所で躓くんじゃないわよ!強くなった姿をあたしに見せるんでしょ?!」

 

「もちろんです。小南先輩も俺の試合をしっかり見てください。小南先輩に近づきたいという思いで訓練しましたから」

 

「ふんっ!」

 

小南はそっぽを向くが、怒りは感じないし、強い激励により更にやる気が出てくる。

 

最後に一礼して歩き出す。先ずは香取、その次に影浦と二連戦だが負けるわけにはいかない。必ず決勝トーナメントまで上がってやるつもりだ。

 

俺は改めて決意をしながら入場ゲートに向かうのだった。



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第59話

『さあ!これより2回戦最後の試合、唯我選手対香取選手の試合を行います!』

 

武富のアナウンスに会場が盛り上がる中、俺は開始地点に到着する。客席にいる男子からの殺気についてはスルーする。

 

同時に香取が前からやってくるが、物凄い目で睨みつけている。

 

「待ちくたびれたわ。イチャイチャして余裕こいてるみたいだけど、ギタギタにしてあげるから」

 

香取はそう言ってから開始地点に向かうが、負けるつもりは毛頭ない。

 

そう思いながら俺はレイガストを展開してシールドモードにして構えを取る。対する香取も前のめりになる。構えから察するに速攻で来るだろう。

 

緊張感が高まる中……

 

『予選トーナメントAブロック2回戦第2試合、開始!』

 

試合開始のアナウンスが流れ、同時に香取が突っ込んでくる。迎撃しようとレイガストを前方に構えて前に出ると、香取はグラスホッパーを展開してから踏んで横に跳び、再度グラスホッパーを使って右サイドから奇襲をしてくる。

 

俺は右足を軸にして、左足を前方に置く事で右側を向きレイガストで香取が振るうスコーピオンをガードする。

 

ガードすると香取は予想していたのか、そのまま幾度に渡ってスコーピオンを振るうが……

 

(右、左、上、右上……)

 

目線と腕の振り方から攻撃方向は大体読めるのでレイガストを細かく動かして全てガードを振るう。原作の香取はハンドガンを持つ万能手だが、この時代の香取はまだ純粋な攻撃手なので搦め手が少ないからさして問題はない。

 

暫くガードしてると香取は苛立ちに満ちた表情をしながら右手を振り上げ、レイガストにスコーピオンを叩きつける。

 

予想以上の衝撃が腕にくるが……

 

(叩きつける直前に左手のスコーピオンが消えた事は見逃してないからな)

 

今の大振りは左手のスコーピオンを消した事を隠すための囮だ。そうなると香取がやろうとする事は……

 

「っと」

 

俺が後ろにジャンプすると、僅かに遅れて地面からスコーピオンが生えて、さっき俺がいた場所を刺す。もぐら爪か……決まれば足がもげていただろうが、問題ない。

 

当の香取は決まらなかったのかさっきよりもイライラした表情を浮かべる。これまでの試合で選手の声は聞こえなかったし、多少挑発してみるか。

 

「どうした?ギタギタにすんじゃないのか?ま、試合前に自分のコンディションを整えてないからこうなるわな」

 

「は?アンタこそイチャイチャしてるだけでアップ運動してないじゃない」

 

香取は先程よりも怒りのオーラを強めるが、気にしない。

 

「確かにアップ運動はしてないが、試合前に3人から激励を貰った。その時点で俺のコンディションは万全だ」

 

3人からの激励は俺のテンションを最大まで高めてくれたのだ。ぶっちゃけ今の俺に疲労からのミスはないだろう。

 

「本っ当……ムカつくわね、アンタ……!」

 

その言葉に香取は歯軋りをするが、怒りというのは戦闘中には持ってはいけないものだ。もちろん怒りを原動力にする奴もいるだろうが、しっかり制御出来なければリスクが大きい。

 

そう思っていると香取が突っ込んできて、先程よりも激しくスコーピオンを振るってくる。パワーがひしひしと伝わってくるが、さっきよりも荒い振り方なので余裕で対処出来る。

 

「スラスター、ON」

 

そして香取が一旦体勢を立て直そうとしたタイミングでスラスターを起動して、香取にレイガストをぶつける。

 

結果香取は後ろに吹き飛び、近くにある電信柱に背中をぶつける。

 

「この……!」

 

香取は毒づきながらもグラスホッパーを7つ展開する。1つは香取の足元付近、2つは香取の近くに、残り4つは俺の近くに展開する。

 

(なるほど、どのグラスホッパーを使って攻めるか迷わせてその隙を突く作戦か)

 

そう思っていると香取は足元のグラスホッパーを踏み、自分右側近くにあるグラスホッパーに向かう。

 

(どのグラスホッパーを使うかはわからないが問題ない。全てのグラスホッパーを使えない状態にすれば良いだけだ)

 

そう思いながも香取がグラスホッパーを踏み俺の方に突撃しようとした瞬間……

 

「シールド」

 

俺は香取がいる場所と4つのグラスホッパーがある場所の中間地点四箇所に、シールドを展開する。

 

それに対して既にグラスホッパーを踏み、こっちに向かっている香取は目を見開くがワンテンポ遅く、シールドの1枚とぶつかり地面に落下する。

 

シールドは離れた場所にも展開出来るし、グラスホッパーによる勢い程度の突進では壊れないので、こういう使い方も出来る。

 

以前太刀川相手に使って勝ち星を挙げた事もある戦術だ。しかも太刀川と戦う時は基本的に作戦室で戦うので、戦闘記録に残ってない。

 

多分今ので香取は完全にブチ切れたから、このままケリを付けるとしようか。

 

そう思いながら俺は手にアステロイドを展開して、身体を起こそうとする香取を見据えるのだった。

 

「この……!コケにしてんじゃないわよ!」

 

香取は憤怒を顔に宿し、罵詈雑言を浴びせながら突撃をしてくる。

 

対する俺は焦らずにレイガストを消してからアステロイドを27分割して、香取の両側にある民家の壁を撃ち抜く。それにより大量の瓦礫が宙を舞う。

 

 

「はぁ?!何処を狙って「グラスホッパー」っ!」

 

香取が叫ぶ中、俺は瓦礫の周りに大量のグラスホッパーを香取に飛ぶように展開する。

 

グラスホッパーに触れた数十個の瓦礫は一直線に香取に向かう。まさかトリガー以外の存在を武器にするとは思ってなかったのか香取はシールドの展開に遅れ……

 

 

 

ガガガガガガガガガガガガッ

 

大量の瓦礫を浴びる展開となる。トリオン体だからトリオンが漏れることはないが、精神的に負担はあるだろう。

 

何故ならトリオン体の痛覚は通常はごく僅かに感じる程度だが、僅かにあるのは事実。ごく僅かといえ、大量の瓦礫が全身を襲えば相当イライラするのは明白だ。

 

香取が瓦礫を食らって仰け反る中、俺はレイガストを展開して最後の一手を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

『おおっと!唯我選手、シールドをグラスホッパーと香取選手の間に展開して高速移動を阻害した?!』

 

『唯我の戦い方はかなりユニークですね。やられた側はかなり苛立つでしょうから唯我のスタイルとはマッチしています』

 

「おっ、出た出た。太刀川さん相手に勝ち星を挙げた戦術じゃん」

 

出水が実況と解説の声を聞きながら見覚えのある戦術を見てそう呟き、米屋は笑いながら頷く。

 

「相変わらず唯我の発想力が半端ねーな。面白えな」

 

「俺は面白くねぇよ。葉子の奴、完全にブチ切れてるじゃねぇか……」

 

米屋の言葉に若村は胃痛を感じながら訓練室を見る。訓練室では地面に落下した香取が身体を起こしているが、その顔に憤怒の色を宿しながら唯我に突撃を仕掛ける。

 

その際に口を開いて何かを言っているが、訓練室内の声は聞こえない。しかしこの場にいる全員が、罵詈雑言であると確信していた。

 

『香取選手、更に激しく唯我選手を攻め立てる!一方の唯我選手はレイガストを消してアステロイドで……香取選手の両側にある壁を破壊?!』

 

訓練室にいる唯我はレイガストを消してアステロイドで壁を破壊している。十八番のレイガストを消す行動に出水達が疑問符を浮かべていると、唯我は瓦礫の近くにグラスホッパーを大量に展開して、大量のグラスホッパーに触れた大量の瓦礫を香取に飛ばす。

 

『どわぁっ?!大量の瓦礫が香取選手を蹂躙する!これは痛そうだ!』

 

「え、えげつねぇ……」

 

若村がドン引きしながらそう呟く。さっきまで唯我に嫉妬の感情を向けていたC級男子もメチャクチャビビっていた。

 

しかしA級隊員など一部の人間は唯我が更なる布石を打っている事に気付いていて、興味深そうに訓練室を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスホッパーによって飛ばされた瓦礫が全て香取にぶつかると、香取はフラフラするも直ぐに俺を睨み付ける。最早憤怒を通り越して殺意を宿していた。

 

そんな香取は獣のように飛びかかりスコーピオンを振るうので、レイガストで受け止めると……

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

香取は獣のような雄叫びをあげてレイガストを蹴る。予想外の行動にバランスを若干崩してしまう。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

再度雄叫びを上げて突撃する香取に対して俺は息を吐く。

 

「やれやれ……さっさと動物園に帰りな。アステロイド」

 

そう呟いた瞬間、香取の背後からアステロイドが飛び、そのまま香取を蜂の巣にするのだった。

 

 

「……は?」

 

 

ブーーーーーーーッ

 

予想外の一撃に理性を取り戻したのかポカンとした香取を尻目に試合終了のブザーが鳴りひびいた。



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第60話

『こ、ここで試合終了!唯我選手がAブロック決勝に進出しました!』

 

試合終了のブザーが鳴ると武富が戸惑いながらアナウンスをして、客席の大半が戸惑いの表情を浮かべている。一方A級隊員を筆頭に一部の人間は興味深そうに俺を見ている。

 

『失礼ですが東さん。最後の攻防ですが、何故香取選手の後ろからアステロイドが来たのでしょうか?』

 

『アレは置き玉ですね。唯我がグラスホッパーを利用して香取に瓦礫にぶつけてる途中、唯我はさり気なくアステロイドを香取の左右に散らしてました。大半の人は瓦礫を浴びせられた香取に目を奪われていたから見落としたのでしょう』

 

東がそう言うと、モニターに先程俺がグラスホッパーを利用して香取に瓦礫にぶつけるシーンが流れるが、俺が右手にあるアステロイドを8分割して香取の左右に散らしているシーンも流れる。

 

そして瓦礫の雨が無くなった瞬間、香取は散らした弾丸に目もくれずに俺に突進する。

 

『香取は瓦礫によりアステロイドを見れず、瓦礫の雨が無くなった際には怒りにより唯我に注目してアステロイドを見逃したのでしょう』

 

正解だ。瓦礫の雨をプレゼントしたら香取がブチ切れるのは容易に想像出来たので置き玉を設置して、置き玉に背を見せた瞬間に発射して仕留めたのだ。

 

そう思いながら伸びをすると、香取が呆然としているのに気付く。まあアレだけブチ切れたのに、気付いたら負けたとなれば呆然とするよな。

 

「じゃあな。次やる時はもうちょっと猪武者をやめときな」

 

そうアドバイスをすると……

 

「……も」

 

「も?」

 

「もぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

絶叫を上げてそのまま訓練室から出て行った。予想外の行動に俺はポカンとしてしまう。訓練室内の声が外に聞こえないのは香取からしたら幸いだろう。

 

『と、ともあれこの試合で2回戦は全て終了しました!予選トーナメント決勝戦は30分後に行われます!決勝戦はAブロックから行われますので、唯我選手と影浦選手は開始5分前までにゲートにいてください!』

 

いよいよ予選決勝か。相手は予想通り影浦……厳しい戦いになりそうだぜ。

 

俺は息を吐きながら香取が去って行ったゲートとは反対側のゲートに向かうと、出口には玲と国近と小南が待っていた。

 

「お疲れ〜尊君。決勝進出おめでとう」

 

「最後の置き玉は凄く勉強になったわ。お疲れ様」

 

「決勝も勝ちなさいよ!」

 

3人がそんな風に言ってくるが……

 

「いや、割とえげつない戦い方でしたが、引かないんですね」

 

「引く?何言ってんのよ。本物の戦場では勝つ事が全てよ。勝てれば勝ち方なんてどうでも良いわ」

 

小南が一蹴する。流石大規模侵攻前から戦ってきた人間の言葉だけあり、重みが違うな。

 

「何にせよお疲れ。次の試合までしっかり休みなさいよ」

 

「はい。とりあえず手洗いに行きたいのでまた後で」

 

3人に一礼してからそのままトイレに向かうと、横からボリボリ音が聞こえてきたので横を見ると……

 

「よう唯我。ぼんち揚食う?」

 

迅がニコニコ笑いながらぼんち揚を突き出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、さっきの試合見たけど面白かったぞ。グラスホッパーにあんな使い道があるなんてな」

 

ボーダー基地屋上、風を浴びながらぼんち揚を食べる中、迅から称賛の言葉を貰う。

 

「それはどうも。で、話があるなら手短にお願いします。次の試合も俺が出るんで」

 

というか迅と密会してるのが第三者に見られたら色々邪推されそうだ。

 

「悪い悪い。一応報告があってな。ついさっきまで会議に参加してたんだけど、例の大規模侵攻についての話が進んでな。とりあえず今週末くらいからB級以上の隊員から少しずつトリオンを供給して貰う指令を出せそうなんだよ」

 

なるほどな。確かにトラップを作る際にも大量のトリオンが必要だが、1年前からトリオンを供給すれば原作時より防衛設備も増やせるだろう。

 

「それは何よりです。でしたら迅さんにこれを渡しておきます」

 

言いながら俺はタブレットを操作して迅のタブレットにあるデータを送る。それを見た迅は軽く驚きを露わにする。

 

「随分と面白いもの作ったな」

 

「まだ荒削りですが、全く役に立たないってことはないと思います。ボーダーはまだ生まれたばかりの赤ん坊のような組織ですから」

 

ボーダーは正式に発表されてからまだ3年。たったそれだけの期間で三門市と密接な関係を築いたとはいえ、まだまだ改善点はある。そしてその中で大規模侵攻まで変えておきたい事を纏めたデータを迅に見せたのだ。

 

「ああ。確かにこれは必要になる。荒削りって事は今後も改善するんだろうけど、改善出来たら上層部にプレゼンしてくれないか?」

 

「いや迅さんがやってくださいよ」

 

んな事をしたら目立つだろうが。

 

「俺は暗躍担当だからな。こういう発表は仕事じゃないよ。それに唯我が発表した方が良い未来になるんだよ」

 

そう来たか。サイドエフェクトを出すのは卑怯と思うが、大規模侵攻による被害を減らしたい気持ちはあるし……従うか。

 

「わかりました。ただ俺は迅さんと違って、発言力は高くないので発言力を高める準備を完璧に済ませてからにしてください」

 

俺としてもコネクションを作るチャンスでもあるし、乗らせてもらう。それに上層部や隊員が俺が動く理由を聞いてきても、今回は答えられる理由もあるからな。

 

「そう言ってくれて助かる。それにしても荒削りって言ってるけど、しっかりした構成だな。本当にお前の正体が気になるよ」

 

「前にも言いましたが、俺の詮索はしないでください。それとも俺がボーダーに害を与える未来でも見えましたか?」

 

まあ俺は害を与えるつもりは無いから大丈夫だとは思うけど。

 

「悪い悪い。つい気になっちゃったけど詮索をするつもりはないよ」

 

「なら結構です。とりあえずもう直ぐ試合なんで失礼します」

 

「ああ、ありがとな」

 

迅に一礼してから屋上を去り、訓練室のある階まで戻る。そして廊下を歩いていると玲達がいて、こっちにやって来る。

 

「どこ行ってたのよ?!遅いから探したわよ!」

 

「すみません。トイレに向かう途中に腹を痛めて長引いてしまいました。ご心配をおかけしました」

 

小南に対して嘘を吐きながら一礼する。馬鹿正直に答えたら色々面倒だからな。

 

「べ、別に心配なんてしてないわよ!玲ちゃんと柚宇さんの付き添いよ!」

 

「え〜、でも那須ちゃんが「また香取さんの時みたいに揉めてるかも」って言ったら、真っ先に慌てたのは小南だよね〜?」

 

「柚宇さん!」

 

小南は真っ赤になって国近に怒るが、メチャクチャ可愛いなオイ。リアルじゃツンデレはクソって意見もあるが、小南のツンデレはわかりやすくて最高だな。

 

「尊も微笑んでんじゃないわよ!次の試合が近いんだから行くわよ!」

 

小南はそう言って俺の手を引っ張るので、俺はされるがままになって訓練室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯我がボーダーに敵対する未来は見えないけど……甘い未来は見えまくるんだよなぁ」

 

屋上にて、迅は息を吐く。唯我の未来は何度も見ているが、未来には無限の可能性があるので様々な未来が見える。

 

太刀川にぶった斬られまくる未来、色々な隊員とランク戦をする未来、堤と一緒に三途の川を渡りかける未来など様々だ。

 

しかし一番見えるのは甘い未来だ。唯我がボーダー女子と甘い空気を作る未来はよく見るので、迅は最近ぼんち揚のお供にブラックコーヒーを用意するくらいだ。

 

これから先には小南、国近、那須とは沢山甘い空気を生み出すのは確定事項。

 

他にも自分も会った事がない女子を含め、何人かの女子と甘い空気を生み出す可能性が高くはないが見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに1番ぶっ飛んだ未来は全裸のボーダー女子複数人がハイライトをオフにして、唯我の服を剥ぎ取ってから唯我の両手足を鎖でベッドに拘束して、全員で囲んで唯我を喰い尽くす未来だった。

 

可能性は殆ど0に近いがハイライトを失った女子の中には綾辻遥や草壁早紀もいて、アレを見た際に迅は寝込んでしまい、本気で自分のサイドエフェクトを呪い殺したいと思ったくらいだ。

 

他にも修羅場も見えたこともある。現状刺される未来は見えないが、刺されるんじゃね?と思う迅であった。

 

「ま、刺されそうになったら忠告すれば良いか。それよりもコイツを詳しく見とかないと」

 

迅はそう言って自分のタブレットを操作する。

 

タブレットの画面には先程唯我が送った「B級隊員量産計画」というタイトルのデータファイルが表示されていた。



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第61話

 

『Aブロックまで10分を切りました!唯我選手と影浦選手は開始5分前までにゲートに行くようにお願いします!』

 

迅と別れ、玲達と訓練室内の客席にて待機していると武富から呼び出しを受ける。いよいよだな……

 

「では行ってきます」

 

そう言うと最初に玲が近寄ってきて、両手で俺の手を包み込む。その際に国近と小南はジト目を向けてくる。

 

「影浦先輩の相手は厳しいと思うけど頑張って。無茶な事を言うけど、尊君が負ける所は見たくないわ……」

 

そんな風に上目遣いで俺の勝利を願う玲は凄く美しかったが、相手が相手なので確約は出来ない。

 

「最善は尽くします。応援感謝します」

 

そう言うと玲は優しく微笑み俺から離れる。するとすぐに国近が前に出て同じように両手で俺の手を包み込んでくる。それによりさっきまで微笑んでいた玲もジト目になり、小南に至っては目を吊り上げる。

 

「頑張ってね〜。勝ったらお姉さんがご褒美をあげるからね〜」

 

歳上のお姉さんからのご褒美ってエロく聞こえるな。まあ国近の事だからエロ要素のないご褒美だろうけど。

 

「別にご褒美目的ではありませんが頑張ります」

 

「ほ〜い」

 

国近はニコニコ笑いながら手を離す。玲、国近と手を握られたので思わず小南を見ると、目が合ってしまう。

 

すると小南はバツが悪そうに目を逸らしたかと思えば、やがて頭をガシガシかいてから両手で俺の手を握ってくる。

 

「勘違いしないでよね!あんたがやって欲しそうだからやってあげてるだけで、あたしは別にそんなつもりはないんだから!」

 

そう言ってくるが、その反応は可愛いだけだからな。

 

まあ更に可愛い反応が見たいから攻めるけど。

 

「やっぱり小南先輩は優しいですね。俺は小南先輩にやって貰えて嬉しいです」

 

「ふぇっ?!い、いきなり何よ?!あたしも2人みたいにやるつもりだったんだから変な事を……って!やるつもりなんてなかったわよ!今のはノーカンよ!忘れなさい!」

 

そう言って自身の顔を俺の顔に近づけてくるが、やっぱり小南の反応って他の2人より凄いよな。

 

とはいえこれ以上キスしかねないこの体勢を維持するのはやめよう。背後にいる玲と国近が凄い眼差しで見ているし。

 

「わ、わかりました。では失礼します」

 

俺は小南の手を離して、そのまま入場ゲートに向かう。その際に3人の方を見ると、小南はそっぽを向いてからチラチラ見てきて、玲と国近は小さく手を振ってくる。

 

よって俺も手を振り返していると……

 

『さあいよいよ予選トーナメント決勝戦です!選手入場!赤ゲート!圧倒的な防御力と奇抜な発想力で対戦相手を惑わすトリックスター!太刀川隊あたっ……射手の唯我尊選手!』

 

武富の言葉と共に訓練室に入るが、アイツまた俺を攻撃手呼びしようとしたな。個人ポイントはアステロイドが1番高いので射手だ。実況をやるなら間違えるなよ。

 

『続いて青ゲート!放つ一撃は変幻自在!狙った獲物は逃がさない漆黒の餓狼!影浦隊攻撃手影浦雅人選手!』

 

そんな物騒な呼び方と共に向かい側から影浦がやって来る。影浦から放たれるオーラは鋭く、南沢や香取のオーラとはレベルが数段違う。

 

普段太刀川とやり合ってなかったらビビっていたかもしれないな。

 

「宜しくお願いします」

 

ともあれ相手は先輩なので礼儀を払うのは当然なので頭を下げる。

 

「……あぁ」

 

対する影浦はぶっきらぼうな態度を取りながらも会釈をするので、これ以上の挨拶はいらないだろう。

 

そして開始地点に立ち、レイガストを展開する。対する影浦は前のめりになるが、スコーピオンを手に展開していない。

 

『さあ間も無く開始時間となります!勝って決勝トーナメントに出場するのは唯我選手か!それとも影浦選手か!』

 

テンション高めの実況を耳にしながらも俺は息を吐いて腰を低くする。影浦のスタイルや性格から開始同時に攻撃をしてくるだろうから、最初の攻防を無傷でやり過ごせるかが勝敗のカギだ。

 

最初の攻防で影浦から一撃を受けたら影浦は勢いに乗るだろう。一方で最初の攻防を凌げれば向こうはストレスが溜まるだろうから、こっちの戦術に嵌る可能性はある。

 

そう思いながらも開始まで警戒しながら待機していると……

 

『予選トーナメントAブロック決勝戦、開始!』

 

遂に開始のゴングが鳴り響いた。

 

すると影浦は予想通り突撃を仕掛けてくる。右腕を振り上げると手の先からスコーピオンが出てきて、ワンテンポ置いて左手にもスコーピオンを出して振るってくる。

 

俺はレイガストを傾けて早めに右手のスコーピオンにぶつけてガードしながら右足を軸に左足を前に出して、左手のスコーピオンもガードする。

 

しかし影浦はその程度の攻防は予想していたようで、後ろにジャンプしながら右手を振るうが、その際にスコーピオンを蛇のようにくねらせながら振るってくるので慌てて後ろに下がる。

 

するとレイガストの裏側にスコーピオンが回り込み、左手に掠りトリオンが漏れる。

 

一歩遅かったら左腕がもげてレイガストが持てなくな……っ!

 

そこまで考えていると影浦が、両手を僅かに引かせる。あの構えはマンティスだ。

 

俺は即座に右手にアステロイドを展開して……

 

(低速散弾……)

 

弾速と射程を殆ど0にして、威力特化に設定してから無数に放つ。

 

同時に影浦の両手から物凄い速度でスコーピオンを飛び出し……

 

 

ガキィンッッッッッ!

 

アステロイドとぶつかり粉砕されるのだった。

 

スコーピオンが砕けるも、影浦は即座に距離を詰めて腕を振るってくるので、レイガストで捌きながらアステロイドを展開して27分割して射出する。

 

狙いは影浦の頭から足まで様々な部位に当てるためだ。

 

しかし……

 

「ちっ」

 

影浦に当たる弾丸だけ全てシールドで防がれる。やはりサイドエフェクトで何処を狙っているのか丸分かりなんだろうな。つくづくサイドエフェクトってぶっ飛んでやがる。

 

内心舌打ちする間にも影浦は執拗に攻め続けるので、レイガストで防ぎながらもアステロイドで反撃するも、全てシールドで防がれてしまう。

 

「スラスター、ON!」

 

突破口を切り開くべく、そう叫びレイガストによるシールドバッシュをぶちかまし、影浦を住宅地の壁に向かって飛ばす。

 

そしてレイガストをブレードモードにして再度スラスターを発動しようとするが、そのタイミングで影浦は両手からスコーピオンを出して、先端を鉤爪のようにして地面に引っ掛けることで壁にぶつかる前に体勢を整えた。

 

そしてスコーピオンで地面を引っ張るように引き、その勢いでこっちに向かってくる。

 

予想外の行動に再度レイガストをシールドモードにしようとすると、同じタイミングで影浦は再度マンティスを放ってくる。

 

さっきはアステロイドによる低速散弾で相殺したが、今回は間に合わないので、シールドモードになったレイガストで防ごうとするが……

 

「ぐっ……」

 

一歩遅く、脇腹を掠りトリオンが漏れ出てしまう。戦闘には支障ないが、向こうが無傷なのは痛い。

 

「今ので殺るつもりだったんだが、思った以上にやるじゃねーか」

 

影浦は獰猛な笑みを浮かべながらそう言ってくるが、正直言って結構ヤバい。

 

搦め手がサイドエフェクトにより通用しないし、ある意味太刀川よりもやり難い。太刀川も桁違いだが、搦め手が決まれば勝ち星を挙げれるからな。

 

そう思いながらも影浦と向き合う。小南との約束を果たす為にも負けるわけにはいかないのだから。

 

俺は漏れ出るトリオンを無視して、レイガストを前方に構えながら影浦に突撃するのだった。



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第62話

Aブロック決勝戦、唯我と影浦の戦いは白熱している。

 

『影浦選手の猛攻に対し唯我選手も食らいついてはいるが、反撃の機会が中々見つからない!』

 

『影浦にはフェイントなどは通用しないですから、搦め手から攻めに転じる唯我からしたら影浦は最悪の相性です』

 

武富の実況と東の解説が響く中、訓練室では影浦が物凄い速さで腕をふるい、唯我はレイガストで捌いている。

 

しかし唯我の方は中々反撃出来ずにいる。偶に反撃出来てはいるがサイドエフェクトと影浦の反射神経により殆ど防がれたり回避されている。

 

「尊君……」

 

2人の戦闘を見る那須は不安そうな眼差しで両手を重ねて祈るように握る。

 

「不味いわね……思った以上にカゲさんは冷静ね」

 

「完全に割り切ってるね。荒船君あたりに釘を刺されたのかも。それならパフォーマンスの質は変わらないね」

 

小南が眉をひそめながら呟き、国近が小南の呟きに頷く。

 

「どういう事ですか?影浦先輩は割と短気ですからパフォーマンスの質が落ちてもおかしくないと思いますが」

 

那須は訝しげに尋ねる。

 

「試合を見ればわかるけど、尊はカゲさんの攻撃を全て防げてない。つまりこの状態が続けばジリ貧になるから、カゲさんは冷静に攻めてるのよ」

 

「普段の影浦君から今の状態でも苛々してると思うけど冷静さを維持してる事を考えると、試合前に荒船君に「ダメージが入ってるなら冷静に攻めろ」って釘を刺されたんだと思ったの」

 

実際影浦と付き合いが長い国近から見ても、普段の影浦より冷静だ。

 

「じゃあ……尊君は勝てないって事ですか?」

 

那須は嫌な気分になりながら質問する。相手が格上であるとわかっていても、好きな人がジリ貧になって負ける姿は見たくないのだ。

 

「普通なら厳しいけど……柚宇さん」

 

「何かね?」

 

「多分尊には隠してる切り札があるでしょ。尊からも柚宇さんからもそこまで焦りが見えないわ」

 

小南の言葉に那須は訓練室で影浦の攻撃を捌いている唯我を見ると、身体の至るところからトリオンが漏れ出ているが、目はまだ死んでおらず強い輝きを宿している。

 

「結論から言うと、あるよ〜。けどここ1番の切り札だから使うタイミングが重要だね」

 

普段オペレーターをしている国近は唯我に隠し球があることを認める。

 

「どんな切り札なんですか?」

 

「多分直ぐにわかるよ。私が尊君の為に一生懸命頑張ったからしっかり見ててね〜」

 

ビシィッ!

 

その言葉に国近と那須と小南の間の空気にヒビが入る。実際トリガーを作成したのはエンジニアだが、トレーニングステージを作ったのは国近であるので、国近の言ってることは間違いないではない。

 

しかしそんな事情を知らない2人からしたら、国近の発言には嫉妬を感じてしまう。

 

ただし那須は唯我に対して明確な恋心を持ってるから嫉妬であると理解したが、小南は何となく苛々して苛々する理由もわからず更に苛々してしまっている。

 

3人の間にギスギスした空気が生まれる中……

 

ざわっ……

 

客席の間に騒めきが聞こえるので改めて訓練室を見直す。

 

そこには……

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

俺は息を吐きながら影浦を見る。当の影浦は目を鋭くして睨んでくる。目には多少の苛立ちはあるがパフォーマンスの質は落ちていない。

 

確かに何回も攻撃を受けているが、それでも8割以上は捌いているので短気な影浦なら苛々してパフォーマンスの質が落ちると思っていたが、その気配は見れない。

 

よって俺の本来の戦闘スタイルは意味をなしていない。もう隠し球を使うしかないだろう。

 

そう思っていると影浦は右手の先からスコーピオンを出しながら走り出し、スコーピオンを蛇のようにくねらせる。

 

それを前に出てレイガストで受け止めようとすると肘からスコーピオンが出てきて、そのスコーピオンも蛇のようにくねらせて俺の左腕を切り落とす。

 

(枝刃か!)

 

体内でスコーピオンを枝分かれさせて、刃を増えたように見せる技だ。

 

そうなると本命は左腕の一撃だろう。案の定影浦は左腕を振り上げている。

 

既に片腕が落ちた以上、マトモにレイガストを使うのは無理だ。よって俺は隠し球を切る事にした。俺は影浦が腕を振り下ろそうとした瞬間に後ろに跳び、リボルバー銃トリガーを顕現させる。

 

予想外の一手に目を見開く影浦を見据え、リボルバー銃の銃口を影浦の額に向け……

 

ドドドドッ

 

即座に脇腹と足に標準を変えて引き金を4度引いた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

目の前で息を吐く唯我尊に対して、影浦は目を鋭くしながら睨みつけている。

 

目の前にいる男は部位欠損こそしてないが全身に自分が付けた切り傷があり、そこからトリオンが漏れている。

 

一方の自分は右肩と脇腹にかすり傷が出来ているが、トリオン漏れは止まっている。

 

唯我はこっちの攻撃の大半を防いでいるが、全て防げているわけではないので少しずつ傷が出来ている。このまま行けば唯我のトリオン体に限界が来てこっちが勝つとわかっているので、影浦は苛立ちをスコーピオンに乗せずにいた。

 

まあ試合前に荒船に絶対に苛立つなと釘を刺された部分が大きいが。

 

 

閑話休題……

 

現状、こっちは殆ど無傷で圧倒的に有利だが……

 

(野郎、何を企んでやがる?)

 

だからこそ影浦は不気味に感じていた。自分が圧倒的有利であるにもかかわらず、唯我の目は死んでおらず、唯我からは強い戦意の感情を受信している。

 

この状態でも強い戦意を出すということは十中八九何か隠し球を持っていると影浦は読んでいた。

 

このまま逃げて時間切れを狙えば、ダメージの少ない自分が勝つがそんな情けない勝ち方をする趣味は影浦には無かった。

 

そう判断した影浦は右手からスコーピオンを出して唯我に突撃を仕掛ける。何を企んでいるがわからない以上、長引かせるのは悪手と判断したからだ。

 

対する唯我はレイガストでガードしようとするが、同じタイミングで影浦は枝刃により右肘からスコーピオンを出して、唯我の腕を左腕を斬り落とす。

 

これで唯我はマトモな防御が出来ない。右腕は無事だが、片腕が落ちた状態で重いレイガストを持つのはバランスが悪過ぎるからだ。

 

トドメを刺すべく左腕を振り上げた時だった。

 

(リボルバー銃だぁ?!)

 

唯我は右腕にリボルバー銃を顕現して銃口を影浦の額に向ける。隠し球があるとは思っていたが、弓場と同じ武器とは思わなかった。

 

しかし……

 

(額……じゃなくて脇腹と足か)

 

感情受信体質の影浦は額に刺さった感触は無く、足と脇腹に刺さった感触が4つ生まれる。

 

すると案の定、唯我は銃口を下に向けながら発砲するのでスコーピオンを消して刺さった箇所の前に、メインとサブのシールドを4分割して展開する。

 

しかしここで影浦は嫌な予感を感じる。搦め手の得意な唯我が単純にリボルバー銃を撃つだけなのかと。

 

本能から危険と警告を受けた影浦はシールドを展開しながらも横に跳ぶ。

 

すると……

 

バリンッ バリンッ

 

4つの弾は4枚のシールド全てを破壊して、2発は影浦の脇腹と右足を穿った。

 

(んだこの威力……!弓場さんより遥かにあるじゃねぇか!)

 

普段弓場と結構戦っている影浦は弓場の弾丸の威力は把握して、どのくらいの面積でシールドを展開すればいいかわかっている。

 

唯我の弾丸についても普段弓場の銃撃を防ぐ時と同じ面積のシールドで防御したが、易々と破壊されたので弓場の弾丸より数段威力があるのは明白だ。

 

と、ここで頭と心臓部に刺さった感触が生まれる。影浦は残った2発の弾丸でトドメを刺すのだろうと理解したが。

 

同時に影浦は自身の十八番のマンティスの準備に入る。

 

回避は不可能。先程無理矢理ジャンプしたのに加えて右足が無いので、何処を狙ってくるのかわかっても回避出来ない。

 

防御も無理。集中シールドを簡単に破った弾丸に対して防御に回ったら負ける。

 

よって影浦は殺られる前に殺ることを選択した。

 

そして……

 

「おおおっ!」

 

ドドッ

 

「くたばりやがれっ!」

 

唯我の手から必殺の弾丸が2発、影浦の両手からスコーピオンが伸びて……

 

 

 

「かっ……」

 

「クソッタレが……!」

 

影浦の頭と心臓部に風穴が開き、唯我の上半身と下半身が泣き別れになった。



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第63話

『こ、ここで試合終了!唯我選手の隠し球と影浦選手のマンティスが同時に決まり、両選手のトリオン体が破壊されました!』

 

真っ二つにされた感触を僅かに感じながらも武富のアナウンスを聞く。向かい側にいる影浦も仮想訓練モード故に直ぐにトリオン体を修復しながら身体を起こす。

 

つか勝敗はどうなるんだ?影浦の眉間と脇腹に風穴が開けたと同時に真っ二つにされたからわからん。

 

頼むから引き分けとして再試合だけは勘弁だ。隠し球が決まったから勝てたんで、もう一戦はかなり厳しい。

 

『尚、勝敗につきましてはビデオ判定となり、トリオン体が早く破壊された方の敗北となります!』

 

同時に上空のモニターに先程の攻防がスローで再現される。俺が放った2発の弾丸と影浦のマンティスが交差する。

 

スロー判定によりお互いの攻撃がゆっくり再現され、俺が影浦の頭に放った弾丸が最初に当たり、その僅か0.08秒後に影浦のマンティスの先端が俺の腹に触れ、その0.7秒後に2発目の弾丸が影浦の脇腹に当たった。

 

そして俺が真っ二つにされた時には影浦の全身から僅かだがベイルアウト特有の光が出ていて、俺の身体からは出てない。

 

結果……

 

『判定結果が出ました!ほんの僅かですが、影浦選手の方が早くトリオン体が破壊されてます!よってAブロック優勝者は唯我選手です!』

 

俺の勝ちが決定した。これで小南がいる決勝トーナメントに進出出来たし、第1段階クリアだ。

 

「ふぅ……」

 

俺は息を吐きながらへたり込んでしまう。正直最後の攻防では負けると思っていた。

 

というか銃トリガーを顕現してから4連射したが、その際に影浦が回避してくるとは思わなかった。

 

『しかし最後に唯我選手の使った隠し球は弓場選手と同じ銃トリガーですが、何故影浦選手の防御を突き破れたのでしょう?』

 

『大体予想は付きますが、ここで話すのはフェアじゃないでしょう』

 

東はそう言うが、別に話しても問題ない。隠し球としていたが、バレた以上次からはガンガン使うし、攻撃手に対してはバレてもどうにも出来ないだろう。

 

何故なら俺のリボルバー銃は合成弾、それも2つのアステロイドから作れる徹甲弾を使っている。

 

加えて銃の射程は弓場の銃の半分の10メートルで、その分威力を高めている。

 

つまり俺の使う銃は射程を捨て、トリオン効率を除外した代わりに1発1発が弧月の一振りよりも高い威力の弾を放てるのだ。

 

そうなれば大半の相手の集中シールドも壊せる。出水で試したら集中シールド二枚重ねは突破出来なかったが、1枚だけなら突破出来たしな。

 

 

 

「……おい」

 

と、ここで影浦は身体を起こしながら話しかけてくる。睨みつけてはいるが怒りの色は見えない。

 

「次やる時に借りは返すから待ってろ。テメェもその時までに腕を上げとけ」

 

「そうですね」

 

影浦の言葉に対して負け惜しみとは思わない。さっきのは初見殺しが決まったから勝てた側面が強く、以前から俺がリボルバー銃を持っている事を知られていたら負けていただろうからな。

 

初見殺しは決まって当然。情報が知れ渡って尚、勝ち続けられる人間が強者なのだ。よって影浦の言っていることは紛れも無い事実であり、もっと鍛錬しないといけない。次からは初見殺し抜きでもある程度戦えるようにしないとな。

 

「後、普段の行動はちったぁ自重しろ。テメェが何人女とイチャつこうが俺はどうでも良いが、客の大半からお前を倒せって期待の感情をぶつけられて疲れたわ」

 

影浦はそう言って去って行く。それについては……うん、無理だな。俺が強くなる理由は今の生活を更にピンク色にすることだし。

 

というか影浦からしたら完全なとばっちりだな。マジで済まん。

 

まあ何にせよ決勝トーナメント進出が決まったし、今は休むとしよう。

 

そう思いながら俺は訓練室の入口に向かうと、玲達が待っていた。

 

俺が入口をくぐると、玲が真っ先に近寄ってきて……

 

「お疲れ様……」

 

ギュッ

 

正面から思い切り抱きついてくる。さっきまで背後から抱きしめられることはあったが、正面から抱きしめられるのは初めてで凄いインパクトがある。

 

(ついでに国近と小南の顔のインパクトもヤベェ……)

 

2人とも般若のような表情となりドス黒いオーラを噴出している。ハッキリ言って国近の般若顔はトラウマになりそうだ。

 

そして周りにいるC級男子の殺気もヤバい。マジで月が見えない夜道は気をつけたほうがな。

 

しかし当の玲は背後のオーラを気にすることなく抱きしめてくる。

 

「あんな隠し球を持ってるなんて驚いたわ。決勝トーナメント進出おめでとう。決勝トーナメントでもカッコいい所を見せてほしいわ……」

 

そう言って玲は抱きしめる力を強めて、顔を俺の肩に乗せてくる。

 

「そうですね……決勝トーナメントは強者揃いですが、頑張りたいです」

 

そう言って抱き返そうとしたが、その前に背中を引っ張られる。

 

「いつまで抱き合ってるのかな〜?仲の良いのは結構だけど、私も応援してたのにスルーするのは頂けないなぁ〜」

 

国近だった。さっきの般若顔はなくなっていたが、ニコニコしながらも黒いオーラを出していた。

 

「スルーしたつもりはありません。国近先輩の応援には感謝してます」

 

誠実な対応をすると、オーラの質が低くなり、満面の笑みからジト目に変わる。

 

「……なら良いけど。でも那須ちゃんばかり狡いし私も抱きしめて良いかね?」

 

国近がそう言うと玲と小南は口にはしてないが、目が断れと語ってくる。自分からがっつくのはアレだし遠回しに遠慮した方がいいかもしれない。

 

しかし……

 

「えいっ」

 

返事をする前に国近は俺に抱きついてくる。同時に小南の黒いオーラが更に増し、玲はオーラは出してないが悲しそうな眼差しで俺を見てくる。

 

「我慢出来なくてごめんね〜。ところでカゲ君に勝ったから約束通りご褒美をあげるけど何が良いかね?」

 

あー、そういやそんな事を言っていたな。影浦との戦いで集中していたからすっかり忘れてたわ。

 

そう思っていると国近は俺の耳に顔を寄せて小声で話しかけてくる。

 

「流石に凄くエッチなお願いは無理だけど、ね」

 

クスリと笑いながらそう言ってくる。蠱惑的な仕草だが、裏を返せば少しエロい願いなら叶えてくれるってことだろう。

 

しかし……

 

「いえ。俺は自分の為に全力を尽くしただけですからご褒美は大丈夫です。寧ろ俺の訓練に付き合ってくれた国近先輩に礼をします」

 

ここで要求するのは悪手だ。2人きりの時に多少甘えるくらいなら問題ない。しかし玲や小南が見てる時にがっついたら国近は受け入れてくれるが、2人からは引かれるだろう。

 

国近からのご褒美というリターンと玲と小南から引かれるというリスクは釣り合ってない。

 

それなら無欲を装ってリスクを回避するのが最善だ。

 

「相変わらず欲がないね〜」

 

国近はちょっと残念そうに呟きながら離れる。背後にいる玲は悲しそうな顔を止めて息を吐き、小南はジト目で見ているもののドス黒いオーラを消している。

 

やはり今のは最善の選択のようだ。ハーレムを目標とする以上、1人だけにがっつくのは論外だからな。正直欲がないわけじゃないが、極力欲を出さないようにするのは絶対だ。

 

そして最後に小南を見ると、小南はわかりやすく慌て始める。

 

「な、何よ?!言っとくけど、勝ったからって浮かれんじゃないわよ!初見殺しの技で勝てただけであんたはまだ半人前なんだから!」

 

小南は慌てながらそう言ってくる。ツンデレ的台詞に対する返事として最善なのはわかってる。

 

「そうですね。小南先輩の言う通り、俺はまだまだ未熟です。ご忠告感謝します」

 

ツンデレに対する返事は喧嘩腰にならず、相手の言う事に対して素直に受け入れることだ。喧嘩腰に反論したら揉めるのがオチだからな。

 

すると小南は案の定、ウッと言葉に詰まるがやがて余り大きくない胸を張る。

 

「わ、わかってるなら結構よ!もっと強くなりなさい……ま、まあ前に戦った時よりも強くなったとは思うわ。だから……」

 

言うなり小南はさっきの2人のように抱きついてきた。それに伴い、玲はまた悲しそうな眼差しで見てきて、国近はニコニコしながらも圧を出してくる。

 

「勘違いしないでよね!約束通り決勝トーナメントに上がったご褒美、あんたがやって欲しそうだからやってあげてるだけで、あたしがやりたくてやってるわけじゃないんだから!」

 

早口で捲したてる小南だが、お前の性格的にやりたくないことはやらないだろうに。まあ役得だから口にはしないけど。

 

「ありがとうございます。では次の約束、小南先輩と戦う約束についても守りたいです」

 

「ふんっ……」

 

小南はそう返しながらも、態度に反して優しく抱きしめてくる。もうC級男子の殺気については気にしないことにする。

 

よくよく考えたら今後も3人以外の女子とも仲良くする予定だし今更だからな。

 

 

 

 

そう判断した俺だったが、その後に小南ばかり狡いと玲と国近も抱きついてきた時は死の気配を感じてしまったのだった。



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第64話

俺が決勝トーナメントに進出してからは他のブロックでも決勝トーナメントに進出する隊員が現れる。

 

Bブロックからは弓場が勝ち上がった。決勝で嵐山と戦ったが、嵐山の銃撃を回避しながら射程距離ギリギリの位置をキープして勝利した。

 

Cブロックからは加古が決勝トーナメントに進出した。というか決勝の相手が女子を苦手とする二宮隊の辻で、辻が棄権したのだ。その際に客席でため息を吐く二宮が印象的だった。

 

Dブロックからは生駒が参加者に決まった。決勝の相手は弓場の弟子で俺の兄弟子の里見一馬で、弓場と同じように早撃ちで生駒を攻めたが、普通の旋空で里見の下の足場を崩し、その隙を突いて生駒旋空で真っ二つにしたのだ。

 

そしてEブロックでは……

 

『ここで出水選手のメテオラが炸裂!更にメテオラによって生じた爆風を目眩しにハウンドを放つ!』

 

『トリオン量の差もありますが、那須の長所を冷静に潰してますね』

 

現在出水と玲が激突しているが、出水が圧倒的に押している。

 

出水はメテオラで建物を壊し、追尾性能が高いハウンドで玲に攻撃している。両攻撃しているので今の出水はシールドを使えないが、玲は反撃に出れない。

 

何故なら玲の十八番のバイパーは設定に時間がかかるからだ。幾らリアルタイムで弾道を引ける玲でも爆風とハウンドが飛び交っている状態ではマトモに攻撃出来ず防御に徹している。

 

更に出水のトリオン量は玲よりも遥かに多く、その分射程の長さも違うので一方的に玲を攻撃しているのだ。

 

幸い直撃はしてないが玲の周りには建物が無くなり、真っ平らになっている。

 

そして出水は少しずつ玲との距離を詰めているが、平地で戦った場合だと射手としての経験もトリオン量も豊富な出水の有利は揺るがない。

 

最早苛めじゃね……って思うような光景が訓練室から流れていた。

 

さて、玲はこのままやられちまうのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっぱり出水君は凄いわね……」

 

自分の周りにある建物が吹き飛び、瓦礫だらけの平地になるのを見ながら那須はため息を吐く。既に逃げることは出来ない。背を向けて逃げた瞬間に蜂の巣にされるだろう。

 

「さて、唯我に頑張ってる姿を見せたがってる那須ちゃんには悪いけど、唯我同様何をやらかすかわかんないし、そろそろ終わらせるぜ」

 

離れた場所にいる出水は軽い口調だが、目は笑っておらず油断や隙は全く見えなかった。改めてA級1位の射手の力量を嫌でも認識してしまう。

 

こうなると技術勝負をするべきではなく、多少博打をするしかないと玲は考えた。

 

そして出水がキューブを展開した瞬間……

 

「バイパー!」

 

右手にレイガストを展開しながらバイパーを放つ。弾道は出水を囲うように、所謂鳥籠だ。

 

対する出水は自身の周囲にシールドを展開する。シールドの面積が大きいので耐久力は下がるが、那須のバイパーも全方位からの攻撃で1発1発は大したことはない。

 

そしてそのままレイガストをシールドモードにしながら出水との距離を詰めにかかる。スラスター有りのレイガストの投擲は使わない。既に自分の好きな男がやっているだろうから出水は簡単に対処すると判断したからだ。

 

那須は常に全方位からのバイパーを放ちながら出水との距離を詰めようとする。この状態から出水の十八番の両攻撃は使えない。

 

しかしそれでも出水はもう1つのトリガーを使えるので油断は出来ない。

 

「アステロイド」

 

出水がそう呟くと出水の広範囲シールドの外側に那須が展開したキューブより2倍近く大きなキューブが展開されて、大量に分割して那須に襲いかかる。

 

那須はレイガストで防御することに成功するも威力重視のアステロイドだからかヒビが入ってしまう。

 

しかし那須は諦めずに全方位からのバイパーを放ちながらボロボロになったレイガストを破棄して、新しいレイガストを展開する。最優先事項は出水に両攻撃をさせないことだ。

 

そして更に距離を詰めようとすると、出水は周囲に新しいキューブを展開するのでレイガストをシールドモードにするが……

 

「メテオラ!」

 

巨大なメテオラを分割しないで那須から少し離れた足元に叩きつける。

 

瞬間、圧倒的な爆風が生まれる。レイガストを展開したので爆風を直撃したわけではない。

 

しかし爆風がレイガストを押しているので、レイガストを持つ那須は思うように動けなくなる。

 

同時にレーダーを見ると、出水が那須から距離を取るのが判明する。

 

慌ててバイパーを発射するが、暴風によりトリオン制御能力がマトモに弾道が引けずに変な方向に飛んでいってしまう。

 

そうして爆風が晴れると離れた場所に出水がいて、右手にはトリオンキューブが浮かんでいて……

 

「終わりだぜ、那須ちゃん」

 

そう言いながら弾丸を放ってくる。対する那須はレイガストを前方に構えて、出水に両攻撃をさせない為にバイパーを……

 

(あれ?何で出水君は両攻撃しなかったの……?)

 

放とうとするがそんな考えを抱いてしまう。爆風で動けない状況で両攻撃をしないなんておかしい。

 

そうなると……

 

「っ!スラスター!」

 

那須は出水の行動を理解をしてスラスターを起動して、この場から逃げようとする。

 

しかし出水が放った弾丸の方が僅かに早く……

 

「そんな……」

 

那須のトリオン体をレイガストもろとも粉砕した。それにより爆発が起きて試合終了のブザーが鳴る。

 

 

 

『ここで試合終了!Eブロック優勝は出水選手!爆風で目くらましをしてからの徹甲弾により那須選手を粉砕!』

 

『那須の両攻撃を使わせない戦術は良かったですが、爆風の中でバイパーを撃つのは至難でしょう。加えて出水は2、3秒で合成弾を撃てるのが強みです』

 

そんな風に解説が流れる。那須も出水が合成弾を撃ってくると予想したが、気づくのが少し遅かった。

 

その事に那須は悔しく舌を噛む。もっと早く気付いていれば対処は出来た。要するに自分の未熟さが原因で負けたのだ。

 

そしてこんな風に何も出来なかった所を好きな人に見られて凄く嫌な気分になってしまった。

 

「っ……」

 

「?那須ちゃん?」

 

那須はその事に下唇を噛みながら踵を返して、出水の呼びかけもそのまま無視して訓練室を出る。

 

その際に唯我が国近と小南を連れてやってくるが、一言も声をかけずに逃げ出してしまう。

 

唯我は優しいから慰めてくれるかもしれないが、惨めに負けた今の自分からは避けたかったのだ。

 

そしてそのまま早足で去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これで予選トーナメントは全て終了しました!決勝トーナメントの対戦カードの組み合わせは1時間後に決めますので、決勝トーナメント進出者は5分前までに訓練室に集まってください!』

 

そんなアナウンスが流れる。その間に昼食を食べるべきだろうが昼食は後回しだ。

 

負けて落ち込んでないかと玲の様子を3人で見に行くと、玲は俺達と目が合うとそのまま去って行った。どうやら顔を合わせたくないのだろう。

 

どうしたものかと悩んでいると肩を叩かれるので振り向くと国近が真剣な表情を浮かべている。

 

「行ってあげなよ尊君」

 

そんな風に言ってくる。国近の意図はわからないが、放っておくわけにもいかないし従おう。

 

「わかりました。では失礼します」

 

そう言って玲を追いかけると、玲はエレベーターに乗ってドアが閉まる。行き先は……屋上か。

 

俺は上ボタン押してもう1つのエレベーターが来るのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても柚宇さんは尊の背中を押すなんて意外ね」

 

「確かに那須ちゃんを優しさに溺れさせる可能性が高いから嫌なのは事実だけど、あそこで放置するのは尊君らしくないからね」

 

「まああそこで引き止めるのは尊の在り方に反してるわね」

 

「まあね〜、まあ今回だけで戦局が変わるとは思わないし気楽に行くよ。だから小南もそんなにソワソワしなくて良いんじゃない?」

 

「してないわよ!あたしは玲ちゃんが心配なだけで尊の事なんか何とも思ってないから!」

 

「うんうん。わかってるからね〜」

 

「だから……!」

 

 



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第65話

エレベーターを降りて、屋上に繋がるドアを開けると外から風が吹き込んでくる。若干仰け反りながらも前に出ると、既に屋上にいる玲と目が合う。

 

彼女は目を見開くも、直ぐに弱々しい笑みを浮かべる。そんな彼女を見ながらも俺は距離を詰める。

 

「尊君……さっき顔を見るなり、逃げ出してごめんなさい」

 

「驚きましたが、別に怒ってないですから謝らないでください」

 

実際怒る理由はない。玲は悪いことはしてないからな。

 

そう思っていると玲はポツリと呟く。

 

「……尊君には情けない姿を見せちゃったわね」

 

そう言ってくるが、特に情けないとは思わない。普段チームメイトとして出水の戦いを見ている人間からしたら、大体こうなることは予想出来た。玲が弱いんじゃなくて出水が強過ぎるのだ。アイツとタイマンでマトモに撃ちあえるのは二宮くらいだ。

 

「……悔しいわ。尊君はあんなに頑張ってる姿を見せてくれたのに……」

 

「そう言ってくれるのはありがたいですが、俺も玲さんが頑張ってる姿は何度も見ましたよ」

 

実際王子との戦いからは玲の執念を感じることが出来たからな。

 

「……でも」

 

「まあ感情的には納得してないかもしれません。けど一言だけ言わせてください……お疲れ様でした」

 

俺は小さく一礼する。何はともあれ、試合が終わった以上、労うのは必然だ。

 

すると玲は一瞬だけピクンとしてからそのまま俺に抱きついてくる。

 

「……勝てる可能性は低いとわかってたわ」

 

「それについては仕方ないでしょう」

 

「ええ……でも実際に負けると悔しいわ。私も決勝トーナメントに上がりたかったわ」

 

「普通はそう考えてもおかしくないでしょう」

 

寧ろ上がりたいと思わない奴はトーナメントそのものに参加しないだろうからな。

 

「それに、尊君に嫌われると思ったら怖くなって……」

 

何言ってんだ?俺がこの程度で人を嫌う訳ないだろうに。こっちは前世で散々上司にこき使われていたのだからメンタル面には相当の自信があるからな。

 

「俺は玲さんを嫌いません。俺にとって玲さんは優しくて美しい、素晴らしい女性です。それとも玲さんは俺をそんな薄情な人間と思っていたのですか?」

 

「そんな事ないわ。尊君は凄く優しい人だと思ってる。けど万が一を考えたら……」

 

「そんな考えは捨ててください。俺は玲さんを心から大切に思ってますよ」

 

「尊君……」

 

玲はそう呟くと俺の胸に顔を埋め、抱きしめる力を強めるので俺は右手で玲の頭を優しく撫で、左手を玲の背中に回して優しく抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。あんな風に甘えちゃって」

 

それから数分すると玲は恥ずかしそうにチラチラ見ながら謝ってくるが、謝る必要はない。寧ろ役得でしかない。

 

しかしもっとこの役得をしたいので、今回で玲を完全な甘えん坊にしたい。

 

「気にしないでください。もしも玲さんさえ良ければもっと甘えてください」

 

その言葉に玲は顔を上げるも、やがて顔を赤くしながら躊躇するも口を開ける。

 

「で、でも私は歳上だから……」

 

「歳なんて関係ないですよ。人間は誰かに甘える生き物なんですから、甘えたいと思うなら甘えてください」

 

ガキの頃は親に甘えることなんて当然だし、人によっては教師や友人、後輩に甘えることもあるからな。

 

「……本当に良いの?私、我慢しないよ?」

 

寧ろ我慢すんな。自重しないくらい甘えてほしいわ。

 

「はい。好きなだけ甘えてください」

 

そう返事をすると玲の行動は早く、いきなり抱きついてくる。

 

「尊君……尊君」

 

俺の名前を連呼しながらスリスリしてくる玲。さっきよりも数段甘え方が凄い。

 

「本当に甘えん坊ですね」

 

「……だって、ずっと前から尊君に甘えたかったら……けど、もう遠慮しないわ」

 

言いながら抱きしめる力を強める。遠慮をしなくなったのなら今後は今以上に甘えてくるのは明白だ。

 

「尊君、頭を撫でて……」

 

「わかりました……」

 

「んっ……」

 

言われたように撫でると玲はくすぐったそうに目を細める。可愛過ぎかよ?

 

「気持ちいいわ……尊君にこうして貰うの、凄く幸せ……」

 

「この程度の事で幸せと思うなら、幸せをあげますよ」

 

「お願い……ずっと、大人になってからも私を幸せにして……」

 

そう言って甘えん坊全開となっているが、これ遠回しにプロポーズされてないか?まあ俺の歪んだ解釈かもしれないから口にはしないが。

 

そこまで考えているとポケットの携帯が鳴り出すので抱きつかれながらも取り出すと国近からメールが来ていた。内容を見れば、食堂の席を確保したから玲を慰めたら来いとのことだった。

 

「玲さん。そろそろ昼食をとりに行きませんか?」

 

そう言うと玲はゆっくり離れる。

 

「そうね。尊君は決勝トーナメントに出るし、桐絵ちゃん達にも謝らないとね」

 

どうやら納得してくれたようだ。そんじゃあ昼食を食べて決勝トーナメントに「尊君」と、ここで玲が俺の名前を呼びながら近寄ってきて……

 

 

ちゅっ

 

 

俺の頬にキスをしてきた。え?まさかのキスですか?凄く幸せなんだけど。

 

そんな中、玲はクスリと笑う。

 

「じゃあ行きましょう」

 

そう言ってから俺の手を握って歩きだすので俺は引っ張られる形でそれに続いた。

 

次は是非唇同士でしたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(尊君にキス、しちゃった……)

 

那須は唯我を引っ張りながら顔に熱が溜まるのを自覚する。唯我から思い切り甘えてくれと言われたので、今まで我慢していたものが解き放たれてしまったのだ。

 

(けどキスしちゃったし、尊君が嫌がらないならドンドンアピールしないと……今告白しても不幸になるだけだから)

 

那須自身、恋愛感情か親愛感情かは判断出来ないが唯我に好かれているとは思っている。

 

しかし唯我は小南や国近にも似たような感情を抱いているとも思っている。

 

この状況で告白しても2人を理由に振られるかもしれないし、受け入れて貰えても小南や国近との関係が悪くなり唯我がショックを受けるかもしれない。

 

唯我とは付き合いたいが、唯我の交友関係を破壊したいとまでは思ってないので那須は告白するつもりはなかった。

 

よって玲に取れる方法は2つある。

 

 

 

 

1つはとにかくアプローチをし続けて唯我の中で自分の存在を小南や国近よりも遥かに高い位置にする事

 

そしてもう1つは……唯我を独り占めするのを諦めて、小南と国近に3人で唯我を共有するように働きかける事

 

しかし両方とも難しい。前者はやる事は簡単であるが、他の2人もアプローチをかけるだろうから差をつけるのは厳しい。

 

後者については成功すれば独り占めするのは無理だが、他の2人に取られる心配はなく確実に愛して貰える。しかし真面目な唯我がハーレムを築いていると周りから言われても、唯我本人はハーレムを望んでいるとは考えにくいので実現は難しい。

 

(とりあえず今は地道にアタックしないといけないわね)

 

幸いさっき頬にキスをしたので今後も挨拶代わりにする事ができるし、頬へのキスの回数を増やしたら親愛の証として唇同士のキスにも挑戦したいと那須は思った。

 

 

それから食堂に向かうまで、那須は唯我に対していつ頃唇同士のキスに挑むか計画を立てるのだった。



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第66話

玲に引っ張られながら食堂に着き、お互いに料理を注文して料理を持ちながら歩いていると、国近と小南を発見する。

 

「お疲れ〜」

 

「お疲れ様です。先ほどは無視して逃げるような事をしてすみませんでした」

 

国近の迎えに対して玲は頭を下げて謝罪する。

 

「ま、悔しかったら思い切り悔やみなさい。そうした人間が強くなるんだから」

 

小南はそう言ってドリアを口にする……が、直ぐにジト目を俺に向けてくる。

 

「で?尊は今度はどんな風に玲ちゃんを誑かしたのかしら?」

 

酷い言い草だな。まあ事実だから否定しないが、俺としてはお前や国近についても甘えん坊になるように頑張るつもりだ。

 

「待ってください。俺は別に誑かしたつもりはありません」

 

「本当よ。落ち込んでる私に真摯に向き合ってくれて、好きなだけ甘えて良いって優しく抱きしめて貰っただけよ」

 

「やっぱ誑かしてんじゃない!」

 

「尊君は相変わらずだね〜」

 

玲の言葉に小南はブチ切れて、国近は笑顔のまま額に青筋を浮かばせる。というか玲は余計なことを言うな。

 

「誑かした訳ではありません。玲さんが甘えてきたので、甘えたいなら甘えて良いと言っただけです」

 

「ふ〜ん。じゃあ私が人前で甘えて良いって言ったら甘やかしてくれるかね?」

 

「もしも国近先輩が甘えたいなら俺は受け入れますよ。国近先輩にはお世話になっているし叶えられる願いは叶えてあげたいですから」

 

あくまで本人が望むなら、という形で肯定する。そうすれば本人らから疚しさを感じ難いだろうからな。

 

「じゃあ今日から私のことを名前呼びしてくれるかね?」

 

しかし国近とも進展したいので拒否するつもりはない。

 

「わかりました柚宇さん、これでいいですか?」

 

「うん、良いよ〜。後これからはガンガン甘えるから宜しくね〜」

 

柚宇が満足した笑みを浮かべる。その仕草はとても可愛らしい。

 

「……尊君。国近先輩に甘えられるのは尊君の自由だけど……私も甘えて良いよね?」

 

一方、玲は不安そうな眼差しで見てくる。そんな玲の頭を右手で撫で撫ですると玲はくすぐったそうに目を細める。

 

「んっ……気持ち良いわ。もっと撫でてくれるかしら?」

 

「もちろん」

 

頷いてから玲の頭を撫で撫ですると、柚宇は口を膨らませながら俺を見てくる。

 

「む〜、私の頭も撫でて」

 

「わかりましたよ」

 

「えへへ〜」

 

国近がそう言ってくるので撫で撫ですると国近は口元を緩ませて撫で撫でされる。玲も国近も凄く可愛く痛ぇっ!

 

いきなり足に痛みを感じたので足元を見ると、小南が足をグリグリ踏んでいた。

 

「何デレデレしてんのよ?!やっぱアンタは女誑しだわ!」

 

小南が真っ赤になって怒っている。しかし目を見ると怒りの色はあるが蔑みの色はない。これは、嫉妬か?

 

だとしたら小南についても名前呼びしてみるか。もう既に目立ってるし、妥協するつもりはない。

 

「待ってください小南先輩。俺は2人の要望に応えただけです」

 

「えぇ。私は尊君に甘えたいわ」

 

「私も〜」

 

「うっ……」

 

そう返すと小南はバツの悪そうな表情になる。まあ当人らがそう言うなら強く反論出来ないわな。

 

とはいえ足をグリグリするのはやめないし、少し手を打つか?

 

「それと小南先輩。何故小南先輩は怒ってるんですか?」

 

「ふぇっ?!い、いきなり何を言ってんのよ?!」

 

小南は真っ赤になって慌て出す。

 

「いや、玲さんや柚宇さんが嫌がってるなら付き纏うなって怒るのはわかりますが、2人の望みに応えただけで何故小南先輩が怒るのでしょうか?」

 

ツンデレの弱点を突かせて貰う。ツンデレは素直じゃないから馬鹿正直に聞かれるのが苦手だ。そして問い詰めるのではなく、純粋な疑問のように聞けば嫌味とは思われないだろう。

 

「ええっと……その……」

 

小南はしどろもどろな口調になる。正直もっといじめたいが、いじめ過ぎは「小南はね〜、私と那須ちゃんに嫉妬してるけど、素直になれないから尊君に当たってるんだよ」……柚宇の奴、堂々と言いやがった。ある意味俺以上のいじめだろ?

 

「ゆ、柚宇さん!変な事言わないでください!」

 

「え〜、でもさっき「尊に甘えられるのは悪くない気分だけど、偶に甘えたくなる」って言ったじゃん」

 

「なっ……なっ……なっ……」

 

柚宇の爆弾発言な小南は金魚のように口をパクパクしてしまう。これには玲も小南に同情の眼差しを向けている。

 

しかし暫くして小南と目が合うと小南は今まで以上に真っ赤になって俺を睨みつけてくる。

 

「な、何よ?!文句あるの?!」

 

「いえ。ただ俺としては小南先輩のおかげで強くなれた恩もありますから俺に甘えたいなら甘えてください」

 

恩を理由として小南にそう伝えると、小南は恥ずかしそうに頭をわしゃわしゃするも、やがて顔を真っ赤にしながらジト目で見て……

 

「……あたしの頭も撫でなさいよ。後あたしの事も名前で呼びなさい!あたしだけ名前呼びであんたが苗字で呼ぶのは不公平よ!」

 

そんな風に言ってくる。公平も不公平もない気がするが当然断る理由はないな。

 

「わかりました……すみませんが玲さん、一旦離しますね」

 

「あ、私の事を撫でなくて良いから、尊君は2人を撫でて」

 

と、ここで柚宇がそんな提案をしてきる。本人が良いなら従おう。

 

俺は柚宇の頭から手を離し、桐絵の頭を撫で撫でする。

 

「んっ……あんた撫でるの上手いわね。どれだけ慣れてるのよ?」

 

「別に慣れているわけではないです」

 

「どうだか……んんっ、もっと優しく」

 

桐絵はそう言いながらも大人しく撫でられる。と、ここで柚宇がスプーンを持って俺が注文したカレーを掬い……

 

「尊君、あーん」

 

そのまま口に入れてくる。同時に口の中に辛味が広がるが、柚宇から甘い空気が漂ってきて相殺される。

 

「何してるの?!」

 

ここで桐絵が真っ赤になって怒り、玲もジト目で柚宇を見る。対する柚宇は小さく笑う。

 

「何って尊君の両手がふさがってるから食べさせてあげてるだけ〜」

 

「っ……尊君」

 

「どうしました玲さん?」

 

「私、カレーも少し食べたいの。だから私のパスタと交換しない?」

 

そう言ってフォークで自分のパスタを取る。このタイミングでそんな提案をしてくるって事は……食べ合いっこってヤツか?

 

「じゃああたしのドリアとも一口ずつ交換しなさいよ!」

 

「私もカレー食べたいな〜、豚カツと交換しよ?」

 

言いながら3人は自分の頼んだ料理を突き出して口に入れてくる。パスタとドリアと豚カツが順番に口の中に入るので1つ1つ食べる。

 

全て食べ終えると3人は口を開けて待機しているので……

 

「はい柚宇さん、どうぞ」

 

「あーん……ありがとね」

 

「桐絵さん、どうぞ」

 

「んっ……中々辛いわね」

 

「玲さん、どうぞ」

 

「ありがとう尊君、美味しいわ」

 

3人に一口ずつ食べさせる。3人が喉を鳴らす仕草は妙に色気を感じドキドキしてしまう。

 

 

その後、各々が注文した飯を食べたが、柚宇がもう一度食べ合いっこをしようと提案したので快諾したのは言うまでもない。

 

周りからの殺気?んなもん実害ないから放置だ。どのみち今後も殺気を向けられる予定なんだし、今から一々気にしたら負けだ。



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第67話

昼食も終わり、集合時間10分前に訓練室に入ると既に席は大分埋まっている。

 

5分前に訓練室に来いとは言われているが、どのように組み合わせを決めるかは聞かされてないので適当な席に座る。

 

と、同時に国近が真っ先に俺の右腕に抱きつき、間髪入れずに桐絵が左腕に抱きつき、遅れをとった玲は息を吐いてから俺の後ろに回って抱きついてくる。もう3人で過ごす時はこれがデフォルトのようだな。

 

そう思いながら両腕と背中に伝わる3人の胸の柔らかさを堪能していると、アナウンスが流れ始める。

 

『お待たせしました!これより決勝トーナメントの組み合わせについて発表します!』

 

その言葉に客席は盛り上がる。

 

「ちなみに組み合わせってクジで決めるんですか?」

 

「毎回違うわよ。前回はクジ引き、前々回はサイコロの目の数で決めたから」

 

俺の質問に桐絵が答える。ランダム性が高い以上、桐絵とあたる確率は高くないな……

 

『今回の組み合わせの決め方についてですが、今回は東さんにクジ引きを引いて貰い、その結果に基づいて組み合わせを決めていきます!』

 

『よろしく』

 

武富の言葉に東が一礼するが、これなら公平性を保つことができるだろう。

 

『ではまずAブロック優勝者の唯我選手のクジをお願いします!』

 

モニターに穴がある箱が映り、東が手を突っ込み1枚の紙を取り出して広げる。

 

『2番です!唯我選手は2番となります!つまり唯我選手は決勝トーナメント1回戦で1番の選手と第1試合を行います!』

 

どうやら俺はまた第1試合に出場するようだ。対戦相手はまだわからないが中距離担当でないことを祈る。今回の俺のトリガー構成は対攻撃手に特化した反面、射撃戦には向いてないからな。個人的には出水と二宮と加古と弓場が反対側で潰し合いをして欲しい。

 

『続いてBブロック優勝者の弓場選手のクジです!東さん、お願いします!』

 

モニターに映る東がクジを引き広げると、6番と書かれていた。

 

『6番!弓場選手は第3試合に5番の選手と戦います!』

 

良し、とりあえず外れの1人とは決勝まで当たらないな。

 

『3番目!Cブロック優勝者の加古選手のクジです!東さんが引いたのは……4番です!加古選手は第2試合にて3番の選手と戦います!』

 

つまり準決勝で当たる可能性もあるって事になるな。

 

『続いてDブロック優勝者の生駒選手です!生駒選手が配置されたのは……3番です!加古さんとの対戦が決まりました!』

 

漸く試合が決まったか。残りの選手は太刀川、二宮、桐絵、出水の4人だが、この4人と戦うのか……とりあえず二宮と出水には当たるな。

 

『次はEブロック優勝者の出水選手のクジです!東さんが引いたのは……7番です!出水選手は第4試合にて8番の選手と戦います!』

 

 

トーナメント表に予選突破者5人の名前が出て、対戦相手が決まってないのは俺と弓場と出水だ。俺を入れた3人は予選が免除された3人と戦うことになった。

 

『続いて個人ランク1位の太刀川選手のクジをお願いします!』

 

東が箱に手を入れてクジを引く。正直太刀川と当たってもいいかもしれない。勝つのは厳しいが二宮と当たる最悪の未来を回避出来るなら……

 

『5番です!太刀川さんと弓場さんが第3試合で戦います!』

 

つまり俺と出水は桐絵か二宮のどちらかと戦う事になる。

 

「尊君が桐絵ちゃんと当たれば最高ね」

 

玲がそう言ってくる。確かに俺が桐絵と当たれば、二宮と出水の対戦が決まり潰しあってくれるからな。

 

『最後に個人ランク2位の二宮選手のクジです!これの結果がわかれば全ての組み合わせが決まります!』

 

まあ二宮の対戦相手が決まれば自動的に桐絵の対戦相手も決まるからな。

 

緊張が走る中、東は箱に手を入れてクジを引き、紙を開く。そこに書かれた番号は……

 

 

 

 

 

 

『8です!二宮選手は出水選手との対戦です!それに伴い小南選手と唯我選手の対戦も決まりました!』

 

東は8番を引く。つまり小南は一番最後の枠、俺と戦う事になった。

 

「初戦からあんたと当たるのは都合が良いわね。もしかしたら尊と当たらないか不安だったし」

 

桐絵がそう言ってくる。まあ逆の結果……俺が二宮と戦い、桐絵が出水と戦うんだったら、桐絵はともかく俺は決勝まで上がれないだろう。

 

『組み合わせも決まったことですし、いよいよ決勝トーナメントの開幕です!第1試合は10分後に行いますので小南選手は赤ゲートに、唯我選手は青ゲートに来てください!』

 

武富のアナウンスに桐絵は俺から離れ、玲と柚宇もそれに続く。

 

「2人とも頑張ってね〜」

 

「良い試合を楽しみにしてるわ」

 

2人から激励を受けながら俺達は別々のゲートに向かう。

 

そしてゲートに到着して暫く待機すると……

 

『それではこれより決勝トーナメント1回戦第1試合を行います!赤ゲート!旧ボーダー時代から前線で戦い続けた、最古参の攻撃手、小南桐絵選手!』

 

武富のアナウンスと共にトリオン体に姿を変えた桐絵が訓練室に入る。不敵な笑みを浮かべながら自信たっぷりで歩いている。

 

『続いて青ゲート!変幻自在のスタイルで決勝トーナメントに進出!もう間違えません!太刀川隊射手の唯我尊選手!』

 

そんな失礼なアナウンスを聞きながら訓練室に入り、桐絵の近くに向かう。

 

「この時を待ってたわよ。久しぶりに戦うんだから楽しませてよね」

 

「もちろんです。俺もこの時の為に勝ち上がってきたんですから」

 

このイベントに参加した1番の理由は桐絵と戦う事だからな。正直この時点で俺の目的は大分果たした。後は桐絵に認められる戦いをするだけだ。

 

「宜しく。それと折角だから賭けをしましょ?」

 

賭け?桐絵が博打をするとは予想外だが、負けた方が勝った方の言う事を聞くってアレか?

 

「内容次第ですね。負けならボーダー辞めろとかじゃないなら構いませんよ」

 

「そんな願い言わないわよ!もし私が勝ったらなんだけど、あんた夏休みの内、2日だけあたしに付き合いなさい!」

 

そのくらいなら構わないが……

 

「それは何のためにですか?」

 

流石に内容を聞かずに承諾するのは無理だ。契約をする際は契約書を隅から隅まで見るべきであることは前世で学んだからな。

 

すると桐絵は恥ずかしそうに口をモゴモゴする

 

「えっと……こ、この前温泉旅館の宿泊券がペアで手に入ったから……」

 

つまり泊りがけのデートってことか。

 

「わかりました。別に俺が勝とうが負けようが付き合いますよ」

 

「本当?!絶対よ!」

 

「はい。俺も旅館には興味があるので」

 

まあ1番の興味は桐絵とのデートだけどな。

 

「決まりね!じゃああんたが勝ったら何して欲しい……言っとくけど、エッチなお願いは認めないから!」

 

別にハナからエロい願いをするつもりなんざ毛頭ない。そういうのはもっと関係が深くなってからだ。

 

「特に願いはありません。強いて言うならば桐絵先輩がいつもみたいに今後も近くにいてください」

 

「そ、そんなことで良いの?前から思ってたけど、あんた欲なさすぎじゃない?」

 

桐絵は戸惑っている、欲については一切表に出してないだけでありぶっちゃけ強い欲はあるぞ。

 

「気にしないでください。それよりそろそろ開始時間ですから」

 

そう言うと桐絵も真剣な表情になり、開始地点に向かうので俺も開始地点に立つ。

 

そしてレイガストを構えると、桐絵も右手に短い弧月を持つ。いつもは2本の弧月を両手に持っているが、新しい戦術を編み出したのか?

 

何にせよ最初はリボルバー銃は使わない。向こうも警戒してるだろうから使っても簡単に回避されてカウンターで腕を切り落とされるのがオチだ。

 

『さあいよいよ開始時間です!準決勝に駒を進めるのはどちらなのか?!』

 

実況のテンションが上がる中でも、訓練室の空気は張り詰めていて……

 

 

 

 

 

 

『決勝トーナメント1回戦第1試合、開始!』

 

試合開始のゴングが鳴った。



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第68話

開始と同時に桐絵は詰め寄ってくる。桐絵は必ず開幕から突撃をしてくるのは有名だ。

 

マスタークラス以下の攻撃手ならカウンターで沈められる自信はあるが、桐絵クラスにカウンターを仕掛けるのは難しい。

 

ともあれ何もしないのは悪手なのでレイガストでガードしようとするが、桐絵は同じタイミングで左手にキューブを展開して……

 

「メテオラ!」

 

分割しないで地面にぶっ放す。それを見て認識した俺はメテオラが地面に直撃する直前にレイガストを後ろに向けてスラスターを起動して、この場から距離を取る。

 

 

ドォォォォォォォォォンッ!

 

瞬間、爆発が生じて爆風が生まれる。爆風が生まれる前に距離を取ったので爆風に飲み込まれずに済んだが、飲み込まれたら予選の時の玲みたいに殺られていたかもしれない。

 

というか桐絵は開幕直後に目眩しからの速攻を仕掛ける予定だったのだろう。

 

ならば乗るつもりはない。レイガストは重いし、遠隔操作を出来ないから視界が悪い場所で戦うのは論外だ。

 

爆風が広がる中、俺はアステロイドを27分割して威力を殆ど0にして、あらゆる方向に発射する。まずは爆風に紛れている桐絵の居場所の炙り出しだ。

 

すると右側からガキンッとシールドと弾がぶつかる音が聞こえてきたので、そちらに身体を向けると爆風の中から桐絵が出てきて物凄い勢いで袈裟斬りを放ってくる。

 

対して俺は左手に持つレイガストで受け流してからリボルバー銃を顕現しようと右手を腰に移動させるが、その前に桐絵は俺の左側……リボルバー銃を即座に撃ちにくい場所に移るので、リボルバー銃ではなく、アステロイドを分割しないで威力重視でぶっ放す。

 

対する桐絵は集中シールドでガードするが、こっちも反撃に移れる。

 

「スラスター、ON」

 

スラスターを起動してシールドモードのレイガストを桐絵にぶちかます。直撃を受けた桐絵は後ろに吹き飛ぶが、背後には壁があるので直ぐにぶつかるだろう。

 

それを見ながら俺は前に出る。そして壁にぶつかる桐絵との距離を10メートルを切った瞬間にリボルバー銃を生み出して……

 

ドパッ!ドパッ!ドパッ!ドパッ!

 

一撃必殺の弾丸を4発、桐絵の頭と肩と胸と足に向けて放つ。1発1発が弧月の一振りに匹敵する徹甲弾だ。桐絵のトリオン量は平均的だから集中シールドでも防げないだろう。

 

両防御なら防げるかもしれないが、全て防ぐのは無理だろうから削れる。そして桐絵が守るとするなら頭と胸だろうから、足と腹を削れる筈だ。念には念を入れて2発の弾丸は温存してるから死角はない。

 

そう思っていたが……

 

「グラスホッパー!」

 

何と桐絵はグラスホッパーを展開して自身の身体にぶつけて真横へ吹っ飛んだ。

 

その際に3発の弾丸は外れ、1発が桐絵の脇腹に当たるが桐絵は気にしないで空中で体勢を立て直しながら再度グラスホッパーを使って、今度は俺との距離を詰めながら弧月を振るう。

 

俺は迎撃するべくレイガストを構えて防御体勢になる中、桐絵は弧月をレイガストに叩きつけて、その勢いで空中でロールしながら俺の上をとる。

 

慌ててレイガストを構えようとするが、桐絵の方が一歩早く弧月を振り下ろす。狙いは俺の脳天だ。

 

急いで首を横に動かしながら後ろに下がるが、左耳が斬り落とされ、それに続く形で肩から腹付近まで僅かだが斬撃が刻まれる。

 

幸い斬り落とされてはないし、伝達系にもダメージは小さいがトリオンはかなり漏れてしまった。トリオン消費が大きい合成弾を使う俺にはかなりの痛手だ。

 

まさかグラスホッパーを使ってくるとはな……

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここで両者動く!唯我選手がレイガストで崩しを入れてから必殺の弾丸を叩き込み、小南選手がまさかのグラスホッパーで回避してから、グラスホッパーと回転の勢いを利用した斬撃を叩き込んだぁっ!』

 

『お互いに小さくないダメージを受けてますね。とはいえこのままだとトリオンの消費が大きい唯我が不利です』

 

「ほーん。唯我のみならず小南も新しいトリガーを入れてきたか」

 

「唯我君の影響じゃない?彼の射手としての発想力は凄いから」

 

武富と東の話を聞きながら太刀川は面白そうに呟くと加古が頷く。A級の特典であるトリガー改造をふんだんに利用している彼女は誰にも思いつかない唯我の独特のスタイルを気に入っている。

 

「ふん、あんな初見殺しの詰め合わせの何処が射手だ」

 

加古の言葉に二宮が鼻を鳴らしてそう返す。

 

「あら?トリオン量が多いからって前線でバカスカ撃ちまくる二宮君に言われたら唯我君も可哀想ね。射手の理想は出水君みたいな子を言うんじゃないかしら?出水君も最近二宮君に毒されて弾バカになってるし」

 

「出水が射手として理想的なのは事実だが、スコーピオンを使うお前に言われたくない」

 

加古がクスリと二宮を笑うと、二宮は不機嫌そうに反論する。

 

「どっちでもいいだろ。どの道俺が頂点であることには変わりないんだしな」

 

ここで爆弾を投下する太刀川。それにより二宮と加古の額に青筋が浮かぶ。

 

「高校の勉強を犠牲に得た頂点に何の価値がある?そんな事を言うなら、高校時代のように勉強を見ないからな」

 

二宮や加古は高校生の時に太刀川の留年回避に尽力した。本人らはやる気が無かったが、忍田本部長に頭を下げられた事や先輩である風間が参加した事もあり渋々協力した。

 

そんな二宮に対して太刀川はドヤ顔を浮かべる。

 

「ふっ、問題ないな。何故ならウチの唯我に手伝って貰えるからな!」

 

「……貴方、中3に手伝って貰ってるの?」

 

「恥を知れ」

 

これには二宮も加古もさっきまでの怒りを消してドン引きしまう。まさか4歳下の中学生にまでヘルプを求めているとは思わなかった。

 

2人のドン引きに対して太刀川は慌て出す。

 

「おまっ、唯我は凄いんだぞ!高1の中間試験をやらせたら総合点が出水より150点以上高くて、赤点常連の高2の国近の期末試験を全科目40点以上まで上げて、俺のレポートについても代筆がバレないように俺の頭に合わせたレベルのレポートを作ってくれたんだぞ!」

 

太刀川の力説に2人は更にドン引きする。

 

「お前のチームは唯我以外馬鹿しかいないのか?」

 

「多分唯我君は実家で英才教育を……あ」

 

加古がある存在に気付いてポカンとしてしまう。二宮も同じようにポカンとする。2人の姿に違和感を感じる太刀川だが……

 

 

 

 

「……ほう。全ての提出物をちゃんと出したと安心したが、そんな事情があったのか」

 

背後から聴こえてくる低い声にビクリと跳ねる太刀川。恐る恐る振り向くと……

 

「まさか4歳下の中学生にまでレポートを頼むとはな、慶」

 

自身の師匠でボーダー本部長の忍田がドス黒いオーラを纏いながら腕組みをして太刀川を睨んでいた。

 

「し、忍田さん?!会議があったんじゃ……!」

 

余りの圧力に太刀川は腰を抜かしてしまっている。

 

「もう終わった。そんな事よりもだ、高校時代に同級生を中心に迷惑をかけたにもかかわらず、今度は中学生にレポートのヘルプをするとはな。良い機会だ、トーナメントが終わったら久しぶりに稽古を付けてやろう」

 

そう言って忍田は太刀川を逃がさないよう、腕組みをしたまま太刀川の背後に座る。余りのプレッシャーに太刀川は腰を抜かしたまま涙目になり、二宮と加古は即座に逃走するのであった。

 

 

そうこうしている間にも訓練室では戦闘が続いていた。

 

 

 

 

 



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第69話

「今ので殺るつもりだったけど、やるわね」

 

身体からトリオンが漏れているのを自覚する中、同じ感じで脇腹からトリオンが漏れる桐絵がそう言ってくる。

 

「ありがとうございます。しかし桐絵先輩、グラスホッパーを入れたんですね」

 

桐絵は今まで使わなかったグラスホッパーを利用して窮地を逃れ、更には反撃して一太刀浴びせてきた。反応が少しでも遅れていたら、俺は負けていただろう。

 

「色々模索してる尊を見てたら、あたしも模索しようと思っただけよ」

 

言いながら小南は右手に持つ弧月の鋒を向けてくる。弧月を右手にしか持ってない以上、もう一振りの弧月を使うかグラスホッパーを使うかメテオラを使うか判断が難しいな。

 

何にせよ無理に攻めるつもりはない。ただでさえカウンター戦術を武器としている俺が無理に攻めたら自分のポテンシャルを引き出せずに負けてしまうからな。

 

そして……

 

「ふっ!」

 

桐絵は距離を詰めて弧月を振るってくるのでレイガストで受け止めるが、レイガストに密着して離れないまま攻撃を重ねてくる。

 

片手のみで攻撃しているのでガードは簡単だが、密着しているのでリボルバー銃を向けにくい。無理に向けても隙を晒すのがオチだ。弓場なら問題なく立ち回れるだろうが、俺の技術では上手く立ち回れないだろう。

 

しかも桐絵は攻めの激しさを緩くした反面、こっちがカウンターをした際に何をするかわからなくて怖い。

 

今までの桐絵は両手に弧月を持っていたので、俺がカウンターを狙った際はシールドを余り使わず回避や受け流しを多用していたが、今の桐絵にはグラスホッパーがある。

 

こっちがカウンターを狙った際にグラスホッパーを踏ませたら隙を晒してしまう。

 

そう思いながら桐絵の弧月を封じようとレイガストに切れ込みを入れるが、それを見抜いた桐絵はレイガストの横っ腹に蹴りを入れて、レイガストをズラすことで切れ込みに弧月が入らないようにする。

 

(やはり対策はしてくるか!)

 

俺はレイガストを横薙ぎに振るい、桐絵の袈裟斬りを受け止めてからアステロイドを27分割して多角的な攻撃を仕掛ける。

 

俺みたいな射手が攻撃手と戦う時は多角的な攻撃で相手の意識を散らす必要があるからな。

 

と、ここで桐絵はレイガストを蹴ってその勢いで後ろに下がりながらメテオラを放つ。ただし分割しないで丸々ぶっ放してきたので、アステロイドとぶつかった瞬間に大爆発が生じる。

 

俺も後ろに爆風から逃れると同じタイミングで爆風から桐絵が出てきて、弧月をぶん投げてくる。

 

俺は遠隔シールドで防ごうとするが……

 

「グラスホッパー!」

 

なんと桐絵は弧月にグラスホッパーをぶつけて軌道を変える。狙いは俺の足だが、予想外の作戦に反応が遅れ俺の左足に掠る。

 

トリオンが漏れるのを自覚しながら前に出る。予想外の作戦とはいえ、いつまでも気にするのは悪手だ。

 

何故なら桐絵は既に新しい弧月を展開して俺との距離を詰めにかかっているから。

 

迎撃するべく前に出るも左足が僅かに遅い。さっきの一撃は斬り落とされた訳ではないが、動きに支障が出ている。

 

「ちっ……!」

 

舌打ちをしながらも桐絵も連撃を迎え撃つ。

 

(右、左上、斬り上げ、袈裟斬り……)

 

桐絵の戦闘スタイルは型にはまわらない自由なタイプである。しかし人間である以上、癖や好みの型があるのは紛れも無い事実なので、データを見直せば完全な先読みは無理でも何となく予想はつく。

 

しかし……

 

(ちっ、完全には防げねぇ……!)

 

左足の反応が悪く、更には重いレイガストを左手に持っているので左側のガードが甘くなってしまい、何発かは掠りトリオンが漏れ出る。

 

今のところ大ダメージはないが、この状態が続けばトリオン切れになる可能性も低くはない。

 

一方の桐絵は脇腹に穴があるも、既にトリオンは漏れてないので俺よりダメージは軽いだろう。

 

そして桐絵もそれを理解しているから決して無理な攻めはしない。まるで予選決勝の影浦の時と似たシチュエーションだな。

 

けど諦めるつもりはない。桐絵に弱い姿を見せるつもりはないからな。

 

そう思った俺は桐絵が弧月を横薙ぎに振るってきた瞬間……

 

「シールド!」

 

ガァンッ!

 

「うわぁっ!」

 

腕の軌道上にシールドを展開する。腕にシールドがぶつかり、その衝撃で桐絵の腕の軌道は変な方向に変わり、それに伴い太刀筋もメチャクチャになる。

 

その隙を逃すはずもなく、俺はシールドモードのレイガストを斜めに傾けて、思い切り横に振る。それによってレイガストが桐絵の足にぶつかり、体勢を崩す。

 

そして俺はトドメとばかりにリボルバー銃を腰に展開して、ホルスターから取り出して桐絵に向ける。何処を狙ってもこの距離なら外さない。

 

と、その時だった。

 

「甘いわよ!」

 

桐絵はそう叫び、体勢を崩しながらも左手に新しい弧月を展開してリボルバー銃に向けて振るう。この軌道なら斬られるな。

 

体勢を崩す中、リボルバー銃を向けられながらも一切焦らずに反撃するのは見事の一言だ。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じてましたよ、桐絵先輩」

 

銃がぶった斬られる直前、俺の隣にキューブが展開される。これには桐絵も目を見開いている。

 

これはもちろんアステロイドだが、普通トリガーは同時に使う場合、主トリガーと副トリガーの2種類しか使えない。

 

よって副トリガーのレイガストを使ってる時の俺は、リボルバー銃とアステロイドの片方しか使えない。

 

しかし例外はある。それは銃の機能をOFFにした時だ。

 

俺はレイガストを持ちながらリボルバー銃を展開して桐絵に向けたが、桐絵の実力なら体勢を崩しながらも反撃出来ると判断して、リボルバー銃を向けながら機能をOFFにしたのだ。

 

それにより発砲は出来ないが、リボルバー銃以外の主トリガーを使えるようになったので、アステロイドを展開したのだ。

 

要するに桐絵から見たら「レイガスト+リボルバー銃」だが、リボルバー銃は桐絵に向けた瞬間に機能をOFFにしたので実際は「レイガスト+リボルバー銃と見せかけてアステロイド」なのだ。

 

そしてこのアステロイドは分割せず、威力に特化したアステロイドだ。射程は必要ないし、弾速もそこまで速くなくても桐絵の体勢なら避けれないのは明白。

 

(俺の……勝ちだ!)

 

勝ちを確信しながら俺はアステロイドを放つ。狙いは人間の中心である心臓だ。

 

その時だった。

 

「あぁぁぁっ!」

 

桐絵は叫び声を上げながら右手に持つ弧月を地面に突き刺して、その勢いを利用して無理矢理身体を動かしたのだ。

 

 

結果、アステロイドは心臓を穿つことが出来ず、桐絵の脇腹を通った。

 

しかも最悪なことに、さっき穿った場所と偶然にも重なってしまい、僅かにトリオンが漏れただけで致命傷に至らない。

 

「(っ……まだだ!)スラスター、ON!」

 

桐絵の執念は予想以上だが、まだ俺は負けてないし桐絵も体勢を崩している。

 

俺はレイガストをブレードモードにしながら左腕を振り上げて、間髪入れずにレイガストを振り下ろす。

 

「グラスホッパー!」

 

対する桐絵は不恰好な姿のまま地面に着地しながら、左手の弧月を消してグラスホッパーを使う。

 

 

しかも狙いは俺の腕の下、さっき俺がシールドを使った時と同じパターンだ。

 

慌てて対処しようとするがスラスターは既に使用している為、勢いを止められず俺の左腕はグラスホッパーに触れてしまう。

 

結果、腕が桐絵に反発するかのように跳ね上がり、予想よりも強く俺の身体も浮き上がってしまった。

 

(マズい、このままだと負ける……!)

 

俺は宙に浮きながらも新しいリボルバー銃を作り引き金を引く。

 

ドパッ!ドパッ!ドパッ!

 

銃口から放たれた弾丸は桐絵に向かうが、既に身体を起こした桐絵は身を捻って回避して、そのまま弧月を投げてくる。

 

放たれた弧月は空中で身動きが取れず、尚且つ2種類のトリガーを使用しているが故にシールドを使えない俺を逃すことなく、リボルバー銃を持った俺の右腕を吹き飛ばす。

 

そしてトリオン体にヒビが入るのを自覚しながらもレイガストを構えようとする中、桐絵は猛スピードでこっちに詰め寄り……

 

 

 

 

 

「あたしの勝ちよ、尊」

 

 

レイガストを構える前に俺の胸に弧月を突き刺した。

 

それに伴い、俺の全身が光に包まれてトリオン体が爆散するのだった。

 

ちくしょう……勝ったと思ったんだがな。

 

 



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第70話

『こ、ここで試合終了!極限の攻防を制したのは小南選手でした!』

 

『良い試合でしたね。小南が体勢を崩した際に唯我がアステロイドを展開した時は唯我が勝ったと思いました』

 

試合が終わり、仮想戦闘モードであるのでトリオン体が修復される中、耳には実況と解説が入ってくる。しかし精神的に疲れたからか、身体を起こしたくなかった。

 

『その点なのですが、あの時唯我選手はリボルバー銃とレイガストとアステロイドの3種類のトリガーを展開してましたが、アレはどういう事なんでしょうか?』

 

『リボルバー銃の機能をOFFにしたのでしょう。そうするとリボルバー銃を使えず新しい銃をトリオンを消費して作らないといけないですが、アステロイドを使う事が出来ます。嵐山隊あたりは銃とシールドを使っていると見せかけて、シールドとスコーピオンを使う戦術を得意としています』

 

『なるほど……しかし唯我選手の対応は早過ぎると思いますが……』

 

武富がそう言うとモニターにさっきのやり取りが映る。モニターでは俺が銃を向け、桐絵が体勢を崩しながら弧月を銃に向かって振るう中、銃が破壊される前にトリオンキューブが展開されている光景が再現されている。

 

『恐らく、小南なら体勢を崩しながらも対応してくると思ったのでしょう。小南なら銃に対応出来ると信じていたからこそ、あの強力な銃を囮にして勝ちを得ようとしたのだと思います』

 

『その言い方ですと、読み合いでは唯我選手が勝っていたように聞こえますね』

 

『実際読み合いは勝ってました。ただ極限下における小南の対応力がそれを覆したのです。唯我が勝ってもおかしくない試合でしたよ』

 

東はそう言ってくるが負けは負けだ。それに極限の状況下で動けるかどうかは強さの判断要素となるだろうが、多分俺は動けなかったと思う。

 

そういった点から判断するに俺はまだまだ足りないものが多いのは間違いない。もっと上手く立ち回れるようにしないとな……

 

とはいえ試合は終わったんだし礼をしておかないといけない。親しき仲にも礼儀ありだからな。

 

俺は身体を起こして桐絵と向かい合い、軽く頭を下げる。

 

「桐絵先輩、どうもありがとうございました」

 

「こっちこそ。以前戦った時よりも強くなってたわよ」

 

「ですがまだまだ未熟なので精進します。また強くなったら戦ってくれますか?」

 

「もちろんよ。あたしもあんたの戦い方を見て勉強になるからね」

 

まあ確かに桐絵も敵を崩す際に俺がやりそうな戦術を使っていたからな。

 

「ありがとうございます。俺も勉強になりました」

 

そう言って手を出すと桐絵も手を出してガッシリと握手してくれる。

 

しかし直ぐに手を離し、恥ずかしそうにモジモジし始める。

 

「そ、それとあたしが勝ったんだから例の約束、守りなさいよ……」

 

例の約束……確か温泉旅館の宿泊券がペアで手に入ったから、俺に同行を求めたアレだよな。

 

「もちろんです。後日スケジュール調整をお願いします」

 

当然断るつもりはない。桐絵の湯上り姿や浴衣姿が見れるだろうし、宿泊券による泊まりなら同じ部屋かもしれない。

 

そうなったらチャンスである。桐絵を褒め殺し、ツンデレからデレデレに変えれたら最高だ。

 

「わかったわ!あ、それと玲ちゃんと柚宇さんには内緒よ?」

 

だろうな。2人が知ったら色々揉めそうな気がするので賢明な判断だ。

 

しかし……

 

「え?何でですか?」

 

俺は敢えて知らないフリをして桐絵に質問する。理由は簡単で、普段俺の言動は狙ったものではなく天然であるものと認識させる為だ。

 

意図的にハーレムを作ろうとしているのを知られるのは避けないといけないので、鈍感さを見せて無自覚でハーレムを作ろうとしていると認識させないといけない。

 

「そ、それは……と、兎に角内緒にしなさい!良いわね?!」

 

「まあ、桐絵先輩本人が望むなら構いませんが……」

 

「なら良し!じゃあ訓練室を出るわよ!また後で!」

 

桐絵はそう言って踵を返して自身が入ってきたゲートに向かって行ったので、俺も桐絵に背を向けて自分自身が入ってきたゲートに戻る。

 

そしてゲートを出て玲達の元に戻ろうとすると正面から加古がやってきて、軽く手を振ってくる。

 

「お疲れ様唯我君。ナイスファイト」

 

「ありがとうございます。加古さんも頑張ってください」

 

「ありがとう。ただ1対1で生駒君の相手は厳しいけど」

 

そう言って加古は去って行くが、加古の言うことを否定はしない。加古の相手はボーダー随一の旋空使いと評される生駒達人だ。最大射程は40メートルと実にふざけた存在だ。

 

元々射手は攻撃手と相性が悪いのに、生駒は射手の間合いでも戦えるのでタイマンなら加古が不利だろう。

 

ま、既に負けた俺としてはどっちが勝とうが関係ない。どっちが勝とうが桐絵が勝つ、というか勝って欲しい。

 

そう思いながら俺はトリガーを解除して、伸びをしながら玲達の元に向かう。

 

すると柚宇が真っ先に近寄ってきて……

 

「お疲れ〜尊君」

 

そのまま俺を引き寄せて、それにより俺の顔が柚宇の胸に埋まる。

 

(な、何だこの柔らかさは……!)

 

圧倒的な弾力が顔に伝わり押し返そうとしてくるが、国近が頭を抱いているからかずっと胸の柔らかさが伝わってくる。

 

「さっきの試合、凄くカッコ良かったよ。トレーニングのサポートをするからまた頑張ろうね」

 

そう言って頭を撫で撫でしてくる。ヤバい、幸せ過ぎて昇天しそうだ。

 

「く、国近先輩、何をしてるんですか……!?」

 

と、ここで玲の焦った声が聞こえてくる。まあ柚宇の胸に顔が埋まっているので玲の表情は見えないけど。

 

「何って頑張った尊君を労ってるだけだけど、問題があるかね?」

 

「そ、それは……だったら私も労います……」

 

そんな言葉が聞こえてくると今度は左後頭部にも柔らかな感触が伝わってくる。まさかの玲もやってくれたのか?

 

「お疲れ様尊君。私、頑張ってる尊君を見て、凄くドキドキしたわ……」

 

そして頭を撫で撫でされる。マジで天国かよ?

 

「む〜、尊君は私が労うから体の弱い那須ちゃんは休みなよ」

 

「大丈夫ですよ。今日は絶好調ですから」

 

そんな風なやりとりが耳に入る。俺としては2人から甘やかされるのは最高だから揉めないで欲しい。

 

その時だった。

 

 

 

「アンタはなに母性の塊に甘えてんのよ?!」

 

背後から桐絵のドスのきいた声が聞こえてくる。そしてズンズンと足音も聞こえてくる。

 

しかし言い訳をさせて欲しい。俺が自分から甘えたのではなく、2人が俺を甘やかしているのだ。

 

「いやいや、私達が甘やかしてるだけで尊君は甘えてないよ」

 

「なっ……〜〜〜っ!あーっ、もう!」

 

そんな声が聞こえてきたかと思えば、今度は右後頭部に柔らかな感触が伝わってくる。

 

遂には桐絵もかよ……

 

「か、勘違いしないでよね!想像以上に頑張ったご褒美だから、それ以外の理由なんてないから!」

 

「相変わらず素直じゃないね〜、ともあれ尊君はゆっくり休みたまえ」

 

「いつも尊君には勇気を貰ってるから、して欲しいことがあったら何でも言って……」

 

その言葉に皮切り、三方向から柔らかな感触が、頭頂部には優しげな撫で撫での感触が伝わってきて…〜

 

 

(ヤバい、もう限界……)

 

遂に頭がオーバーヒートしてしまったのか徐々に眠気がやってきて、ある時を境に意識がプツンと切れてしまったのだった。



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第71話

「……以上の事から今回のイベントについても、各隊員が切磋琢磨した事で非常に有意義な……」

 

訓練室の中央、俺は決勝トーナメント進出者7人と一緒にトーナメントを企画したボーダー職員の話を聞いているが……

 

(俺、予選はともかく決勝トーナメントの試合は見てねぇんだよなぁ……)

 

桐絵に敗北した後、柚宇と玲と桐絵が俺に抱きついて思い切り甘やかしてきたのだがその破壊力に気を失ってしまい、目が覚めた時には丁度決勝が終わったところだった。

 

ちなみに決勝トーナメントの流れについて柚宇に聞いたところ……

 

1回戦第2試合の加古と生駒の対決は、序盤に加古がトリッキーな戦術を駆使して生駒を攻めるが、途中で生駒は障害物で射線を切りながら家越しの生駒旋空で加古を真っ二つにした。

 

1回戦第3試合の太刀川と弓場の対決だが弓場が勝ったらしい。もちろん弓場が強いのもあるが、柚宇によれば太刀川は試合前に俺にレポートの代筆を頼んだ事が忍田にバレたらしく、その所為で説教を受けまくりポテンシャルを発揮できなかったようだ。アホ過ぎる……

 

1回戦第4試合の出水と二宮の試合は暫くは拮抗していたが、出水がアステロイドと見せかけたバイパーで二宮のトリオン体を削り、最後はゴリ押しで二宮を下した。出水のフェイントほど恐ろしいものはないと嫌でも認識させられた。

 

続く準決勝第1試合では桐絵と生駒が戦った。単純な剣の腕なら桐絵に劣ると判断した生駒は生駒旋空を軸に遠距離から攻めて主導権を握ろうとした。しかし途中で桐絵が生駒旋空に伸びた弧月を自分の弧月2本で受け流してから距離を詰め、接近戦に持ち込んで剣技の差で桐絵が勝利した。

 

準決勝第2試合で弓場と出水が戦ったが、相性の差もあり出水が勝った。弓場の戦闘スタイルは俺ほどじゃないが接近戦に特化しているので、膨大なトリオンと圧倒的なトリオン制御能力と全種類の射撃トリガーを持つ出水に殆ど近付けることが出来なかった。まあこれについては仕方ないだろう。

 

そして決勝については……

 

「表彰。準優勝、出水公平」

 

「はいっ!」

 

職員の声に出水が前に出て賞賛の声と表彰状を貰って、周りから拍手を貰う。

 

そして……

 

「優勝、小南桐絵」

 

「はい!」

 

優勝したのは桐絵で、元気良く返事をして賞賛と声とトロフィーを貰うので拍手をする。

 

直接試合を見たわけではないが、桐絵はグラスホッパーやメテオラで出水を撹乱させて半ば無理矢理距離を詰めて勝ち星を挙げたらしい。

 

しかし俺としては優勝するのは桐絵か太刀川と思っていたのだがな。まさかレポートの代筆がバレたことによりポテンシャルが発揮出来ないとか誰が予想できるだろうか。

 

「以上より1dayトーナメントの閉会式を終わります。次回もたくさんの隊員が参加することを待ってます」

 

そんな言葉により閉会式が幕を閉じ解散となる。同時に訓練室のドアが開き、忍田本部長が入ってくる。

 

それに伴い太刀川はビビり、太刀川の隣にいた生駒と加古は太刀川から距離を取る。

 

「さて慶。先程も言った通り久しぶりに稽古をつけてやろう。それとも話を本部長室で先にするか?」

 

ドス黒いオーラを出しながら太刀川に問うが、正直言ってメチャクチャ怖い。

 

「……話から先で」

 

どうやら話という名前の説教を先に望むようだ。

 

太刀川の返事に忍田は太刀川の襟首をつかんで引っ張り始めるが、俺の前で立ち止まり、軽く頭を下げてくる。

 

「不肖の弟子が迷惑をかけた。今後はレポートの手伝いはしないで欲しい。誰の為にもならないからな」

 

「あ、はい。わかりました」

 

そう返事をすることしか出来ずにいると、そのまま太刀川を連れ去っていく。

 

暫く沈黙が続くも、いつまでもこうしている訳にもいかないので、とりあえず桐絵と出水に祝いの言葉をかけにいくか。

 

「優勝おめでとうございます桐絵先輩。出水先輩も準優勝おめでとうございます」

 

「おう。といっても小南には一方的にやられたけどな」

 

「当然よ。あたしは実質1位なんだから!」

 

桐絵は余り大きくない胸を張り、出水の頭に青筋が浮かぶ。

 

「はいはい。唯我に対しては甘えん坊になる斧バカは実質1位ですよ」

 

すると桐絵は真っ赤になって慌て出す。

 

「は、はぁ?!誰が甘えん坊よ!てか誰が斧バカよ!」

 

「いやいや。客席で柚宇さんや那須ちゃんと張り合って唯我に甘えてただろ?これについて唯我の意見は?」

 

出水に話を振られるので、どう返すべきか悩んだが、馬鹿正直な意見を言う事にした。鈍感さを見せて、怪しまれないようにするのは絶対だからな。

 

「確かに3人はよく甘えてきますね」

 

「んなっ……あんたは余計な事を言うなー!」

 

桐絵は更に真っ赤になって俺をポカポカ叩いてくる。その際に爆笑している出水や加古、ヒソヒソ話をしている生駒と弓場については何とか気にしないようにする。

 

ちなみに二宮はスタスタと帰っていくが、あのストロングスタイルは見習っておきたいところだろう。

 

結局、俺はしばらく桐絵にポカポカ叩かれたが、全然痛くなく、寧ろ愛おしく思ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜…….

 

「うーむ……やっぱり狙撃手をB級に上げるのはこれしかないから仕方ないな。問題は攻撃手と銃手と射手だな」

 

俺は自室にてパソコンを使っている。作っているのは以前迅にも渡したB級隊員量産計画だが、いくつか改善点が思いついたので入力し直している。

 

現在ではまだ机上の空論であるが、この計画が実行して成功出来れば正隊員の増加が可能だ。

 

これは原作の大規模侵攻の被害を減らすためでもあるが、もしもこの計画が成功すれば発案者である俺の存在に箔がつき、更に動きやすくなる。

 

まあ原作よりもB級隊員が増える事で、玉狛第二が遠征部隊に上がれる可能性が下がるかもしれないが、そこはまあ……修達に頑張って貰おう。

 

そんなことを考えながら編集を進めていると携帯が鳴るので見てみると、桐絵からメールが来ている。

 

『夏休み期間中の予定を教えるから、あたしが暇な日の中で尊も暇な日を教えて』

 

そんな一文と一緒に日付が添付されているので、自分のスケジュールと見比べる。

 

(1番近いのは8月3日と4日だな……よし、そこにしよう)

 

長引かせるのは嫌だし温泉で関係を深めることが出来れば、夏休み後半は今まで以上に甘い日常を過ごせるかもしれないからな。

 

俺は『8月3日と4日はどうですか?』と返信すると直ぐに『了解!』と元気のいい返信が来る。さて、どんな旅行になるか楽しみだぜ。

 

 

俺はメチャクチャ楽しみにしながらパソコンの操作を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「えへへ……3日と4日が待ちきれない……って!これじゃああたしが尊の事が好きみたいじゃん!べ、別にあたしはアイツの事なんて何とも、本っ当に何とも思ってないんだからぁ〜!」

 

小南桐絵は自室で真っ赤になって思い切り叫んでいた。



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第72話

1dayトーナメントが終わってから数日……夏休みになっても基本的な生活は変わらない。適度に防衛任務とランク戦をやり、トリガーの改造をしに開発室に行くくらいだ。

 

そんな中、俺は今……

 

「うーむ……どこにしようか」

 

俺はパソコンで三門市にある賃貸住宅について調べている。理由は簡単で一人暮らしをする為だ。

 

この世界における実家は豪邸だが、元々貧乏で貧乏が染み付いた俺には広過ぎて落ち着かないのだ。よってボロアパートとは言わないが、そんなに大きくないアパートに住みたい。

 

更に言うと玲達と甘え合うスペースが欲しい。基本的に彼女らが甘えてくると大抵第三者に見られて色々面倒だから、誰にも見られないプライベートスペースが有れば良いと思ったのだ。

 

一人暮らしについての不安はない。こちとら前世で極貧生活をしていたから節約術などは完璧だ。

 

そして親からの許可は得ている。一人暮らしをして自立していきたいと言ったら泣いて喜ばれたくらいだ。どんだけ甘やかされて育ってきたんだよ。

 

そんな事もありながら俺は物件をチェックしているが中々難しい。一人暮らしするだけなら安くてボーダー基地や学校から近い場所一択だが、玲達を招くならある程度綺麗で大きい場所を選ぶべきである。

 

ボーダーの給料はそこそこあるが、だからといって豪華な物件で贅沢な暮らしをしたらあっという間に枯渇してしまうので、しっかり考えないといけない。

 

いっそボーダー基地の部屋を借りるって選択もあるが、そこに玲達を招いたら変な噂が立ちそうだから却下した。

 

後、玲達との家からはそこそこ距離をとっておいた方がいい。露骨に近過ぎると邪な気持ちがあると勘ぐられるからな。

 

ともあれネットで情報を見ているだけじゃ分かりにくい点もあるし、実際に調査する事も視野に入れないとな。

 

俺は一度伸びをして作戦室のソファーに寝転がる。長時間のパソコンは目に悪いからな。

 

そこまで考えていると作戦室のドアが開いた音が聞こえてくるのでドアの方を見ると……

 

「お〜、お疲れ尊君」

 

柚宇がのほほんとした笑みを浮かべながら作戦室に入ってくるので身体を起こす。

 

「お疲れ様です。見苦しい姿をお見せしました」

 

今の俺はこの部隊において1番の下っ端だからな。柚宇なら気にしないだろうが、礼儀は大切だ。

 

「別にかしこまらなくて良いよ〜、ところで尊君は何を調べているのかね?」

 

言いながらパソコンを覗き込むと、すぐに好奇心を宿した眼差しを向けてくる。

 

「およ、尊君は一人暮らしをするつもり?」

 

「ええ。少しずつ自立していこうと思い」

 

「ほ〜ん。じゃあさ、一人暮らしを始めたら偶に泊まりに行って良い?」

 

まさかの速攻でそんなオファーが来ましたよ。いずれ泊まって貰いたいと思ってはいたが、予想よりも数段速いとはな。

 

本音を言うと即座に了承したいが、欲を出すのはNGなので確認を取る必要がある。急がば回れ、急いては事を仕損じるだからな。

 

「あの、俺個人の意見なら構いませんが柚宇先輩的に良いんですか?一応俺、男ですよ?」

 

「良いよ〜。私、尊君が相手なら全然嫌じゃないからね〜」

 

そう言うなり柚宇は俺に抱きついてくる。柚宇のいきなりの行動に俺はソファーに倒れてしまう。

 

しかし柚宇はそんなことを気にしないで俺の胸元にスリスリと甘えてくる。

 

「えへへ〜、私は尊君とお泊まりしたいな〜。一緒にご飯作って〜、一緒にお風呂に入って〜、一緒に寝てみたいよ〜」

 

作戦室だからかいつも以上に甘えん坊になる柚宇。高2にしては大きな胸を無意識のうちに押し付けて、更には顔を俺の顔に近づけて頬擦りをしてくる。

 

正直言ってメチャクチャ可愛いが、太刀川や出水も来るだろうから少しは自重して欲しい……『ブー!ブー!ブー!』何だ?今のブザー音?

 

疑問符を浮かべていると柚宇が俺から離れてパソコンを操作すると、ブザー音が聞こえなくなる。メールか?しかしそれにしちゃ明らかに大きい音だ。

 

すると作戦室のドアが開いて、隊長会議に行っていた太刀川が入ってくる。

 

「お疲れ〜、おっ、唯我は一人暮らしを考えてるのか?」

 

作戦室に入って冷蔵庫の中からお茶から取り出しパソコンを見ながら話しかけてくる。

 

「そうですね。一応考えてます」

 

「良し。じゃあ忍田さんや風間さんや蓮から隠れる為に偶に貸してくれ」

 

おい太刀川。それについては自業自得だろうが。というかこの前に代筆がバレてからは忍田のみならず風間や月見にもう太刀川に大学に関する協力はするなって釘を刺されたんだけど。

 

「まあ一応考えておきます」

 

「頼むぞ。それとさっき隊長会議でな、迅によれば大分先だが大規模侵攻が起こる可能性が僅かながらにあるらしい」

 

その言葉に柚宇は驚きを露わにする。俺は転生者だから知ってるが敢えて驚くフリをする。

 

「それは本当ですか?だとしたら防衛体制も変わるかもしれないですね」

 

「まあ不安定な未来だから直ぐには変わらないらしい。けどB級以上の戦闘員は基地から帰る際に少しずつ自分のトリオンを開発室に渡せって要請が来たから、唯我は家に帰る時は忘れるなよ?」

 

「わかりました」

 

原作開始まで1年以上ある。今から少しずつトリオンを集めれば、大規模侵攻の時には原作以上の数のトラップを用意出来るし、冬島のワープの設置も可能だろうからな。協力するつもりだ。

 

「出水にも言っといてくれ。俺はこれから防衛任務だからな」

 

「太刀川隊は非番だから混成部隊みたいですが、誰と組むのですか?」

 

「俺、当真、米屋、佐鳥、仁礼だな」

 

「アホの子だらけだね〜」

 

柚宇の言う通りだ。戦闘力は高いがBBFだと全員成績がクソ悪い連中の集まりだ。挙句オペレーターも馬鹿だし、世紀末な防衛任務になりそうだ。

 

俺も偶に混成部隊で防衛任務に参加するが、どうせなら柚宇、桐絵、玲の3人と組んで参加してみたい。

 

「いやいや、この中じゃ頭がいい方だぞ」

 

ソイツはどんぐりの背比べだろうが。中学生にレポートの代筆を頼む奴が頭良い訳ないだろ。まあ口にはしないが。

 

「じゃあ俺はもう行く。またな」

 

太刀川はお茶を飲むとそのままドアの方に向かう。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ〜」

 

柚宇と2人で見送る中、太刀川は作戦室から出て行く。ドアが閉まると同時に俺は柚宇を見る。

 

「そういえば柚宇さん。さっきのブザー音は何ですか?」

 

なんかいきなりパソコンから鳴っていたが、気になって仕方ない。

 

「アレはね〜、私と尊君が作戦室にいる時限定で発動するシステムで、太刀川さんと出水君のトリガー反応が近づいたらブザーが鳴るの。そうすることで尊君に甘える姿を第三者に見られずに済むからね」

 

な、なるほどな。確かに太刀川や出水のみならず2人の友人が2人と一緒に太刀川隊作戦室に来て、見られたら色々マズイだろう。

 

しかしそんなシステムを構築するとは……まあ愛される気がして悪くないが。

 

「さて、ブザー音の説明は終わったし、甘えて良いかね?」

 

柚宇はそう言いながらも俺が返答する前に抱きついてスリスリしてくる。

 

(ったく、柚宇は本当に甘えん坊だな……)

 

そう思いながら俺も柚宇の背中に手を回して優しく抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜……

 

「あ、もしもし迅さん。例のB級隊員量産計画の概要を作り終えたんで次のフェイズに移行したいと思います」

 

俺は自室で迅に連絡している。パソコンには俺が作った企画書が表示されている。

 

『おっ、出来たのか。次のフェイズはいつ頃移るんだ?』

 

そう言ってくるが最低でも今日から1週間以上してからだ。余りに速いと疑われるからな。というか桐絵との旅行の後が良い。

 

「では……10日にお願いします。迅さんには……を当日前までにやっていただきたい」

 

迅に頼む事は俺には出来ないからな。

 

『わかった。この実力派エリートに任せておけ』

 

「ありがとうございます。では失礼します」

 

『あ、そうそう。お前今度小南と温泉行くみたいだけど、理性を保っておけよ』

 

「は?」

 

思わずそう呟くが既に迅からの連絡は切れている。理性を保っておくって……なんかエロいイベントがあるのか?

 

まあ折角貰ったアドバイスだから無下にするつもりはないが。

 

そう思いながら俺はパソコンの電源を切って、ゆっくりとベッドに寝転がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後……

 

遂に桐絵との温泉旅行の日を迎えた。



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第73話

8月3日朝9時、俺は旅行鞄を持ちながら駅の改札に立っている。既に金はチャージしているので直ぐに電車に乗れる。

 

「あ、尊!」

 

そんな声が聞こえてきたので、声のした方向を見ると桐絵がこっちに向かって走ってくる。

 

「ごめん、待たせちゃった」

 

「時間前ですから気にしないでください。それとその服装、凄く似合ってます」

 

桐絵は涼しそうな水色のワンピースを着ているが、綺麗な手足が惜しげもなく晒されて美しさを感じる。

 

「当然よ!尊に気に入って貰えるように栞とゆりさんに買い物に付き合っ……って!別に何でもないわよ!適当に選んだだけだから勘違いしないでよね!」

 

最初桐絵は自信満々だったが、すぐに真っ赤になって慌て出す。やっぱ可愛いなオイ。

 

「そうでしたか。俺は凄く綺麗で気に入りました。ありがとうございます」

 

「だ、だから!適当に選んだだけだから!それより早く行くわよ!」

 

桐絵はそう言って慌てだすが、もう少し攻め込むか。

 

「そうですね……あ、歩く時は手を繋いでくれませんか?」

 

「はぁ?!い、いきなりなんてお願いするのよ?!」

 

桐絵は更に慌てだすが、満更でもなさそうなのは気の所為じゃないと思う。

 

「いえ。何というか手が寂しいので」

 

そんな風に返すと桐絵は真っ赤になったままジト目で見てくる。

 

「それ、玲ちゃんや柚宇さんにも同じ事言ってんの?」

 

「はい?玲さん達は俺の手をいきなり握ってきますね」

 

寧ろ自分から腕に抱きついて、指を絡めるくらいだ。

 

「つまり、玲ちゃん達といる時は尊の方から頼まないって訳?」

 

「まあそうですね」

 

「ふ〜ん。まあ尊があたしと手を繋ぎたいなら仕方ないわね」

 

桐絵はそう言いながらもジト目を消し、満更でもなさそうな表情で俺の手を握ってくる。柔らかな感触が伝わってくる。

 

「桐絵先輩の手、柔らかくて温かいですね」

 

「尊の手も温かいわ。ガッシリもしてるし」

 

そんな風に話しながら改札を通ってホームに行くと、同じタイミングで電車が来たので2人で乗る。

 

席は夏休みだからかガラガラなので、桐絵を端に座らせてその横に座る。今から1時間近く電車に乗ってから違う電車に1時間近く乗り、バスで旅館に行くので到着は12時前だろう。

 

「桐絵先輩。今日は誘ってくれてありがとうございます。俺、温泉に行くのは(この世界に来てからは)初めてなんで楽しみです」

 

「どういたしまして。あたしは何度か行ったけど疲れが取れるわよ」

 

「あるんですか?てっきりずっとボーダーに関わってると思いました」

 

何というか桐絵は三門市から離れないイメージが強い。

 

「まあ間違っちゃないわ。旧ボーダー時代や大規模侵攻直後は三門市から離れなかったわ。けど新しい基地が出来てからは、隊員が増えたら余裕も出来たし最近になって行ってるわ」

 

「そうなんですか。何にせよ俺は桐絵先輩に誘われて嬉しいです」

 

「ばっ……へ、変な事言ってんじゃないわよ!」

 

桐絵は真っ赤になって慌てるが、ここで誉め殺す。ツンデレ桐絵も悪くないが、素直になった桐絵を見たいからな。

 

「変な事じゃないです。俺は桐絵先輩がいるから強くなろうって頑張れるんです。そんな敬愛する先輩に誘われるのは心から幸せな事です」

 

「なっ……ちょっ……た、尊……」

 

俺は桐絵と向き合い、桐絵の右手と繋がっている左手に自分の右手を重ねて桐絵を真っ直ぐ見つめながらそう言う。桐絵はしどろもどろの口調になってわたわたするが逃がさない。

 

「ですから誘ってくれたのは本当に嬉しいです。俺も桐絵先輩が楽しめるように頑張りますね」

 

「………(コクッ)」

 

そこまで言うと桐絵は真っ赤になったまま頷き、そのまま俯く。少し攻め過ぎたか?

 

そう思いながら俺は右手を離して、正面を向くと左手がくすぐったくなるので再度桐絵を見ると、桐絵は俯きながらも自身の指を俺の指に絡めていた。

 

まさか桐絵も指を絡めるようになるとはな。顔は見えないが仕草はメチャクチャ可愛いな。

 

俺は桐絵の仕草に満足しながら手をニギニギするのだった。

 

暫くニギニギしていると肩を叩かれたので桐絵を見ると真っ赤になりながらも俺を睨みつけて……

 

 

「尊。アンタがあたしを楽しめるようにするんだったら、あたしもアンタが楽しめるようにするから覚悟しなさいよね……!」

 

電車の中であるからか小声でそんな事を言ってくる。

 

そんな桐絵に対して俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(尊の馬鹿……!あんたは本っ当に毎回毎回人の心を掻き乱すんだから……)

 

小南桐絵は俯きながらも恥ずかしい気持ちを心中で吐露していた。唯我と温泉旅行に行くのは楽しみだったし、唯我にも楽しんで貰えるように頑張ろうと思いながら自宅を出たのだが……

 

 

ーーー俺は桐絵先輩がいるから強くなろうって頑張れるんです。そんな敬愛する先輩に誘われるのは心から幸せな事ですーーー

 

 

ーーーですから誘ってくれたのは本当に嬉しいです。俺も桐絵先輩が楽しめるように頑張りますねーーー

 

そんな事を手を握られながら面と向かってハッキリと言われてしまい、桐絵の心は羞恥と嬉しさでメチャクチャになっていた。

 

初めて会った当初は自分を尊敬してくれる可愛い後輩だった。しかし会う度に強くなり、その理由が自分のおかげと言って誉め殺してくるので徐々に気になる存在となっている。

 

そんな相手からの必殺の言葉は矢となって、桐絵は自身の心に突き刺さるのを実感した。

 

(ってこれじゃあ尊に恋してるみたいじゃない!尊は可愛い後輩!それだけなんだから!)

 

しかし桐絵の素直じゃない性格により、矢は桐絵の心の表面に刺さりはしたが貫く事はなかった。

 

(本当にいつもいつも……!だったらあたしもやり返してやるんだから!)

 

桐絵はいつも自分だけ恥ずかしい思いをするのが悔しく思い、顔を上げて唯我の肩を叩くと唯我は桐絵の顔を見てくる。それに対して桐絵はドキッとするが、何とか押さえ込み口を開ける。

 

「尊。アンタがあたしを楽しめるようにするんだったら、あたしもアンタが楽しめるようにするから覚悟しなさいよね……!」

 

そう口にする。正直言って恥ずかしい内容であるが、唯我に一泡吹かせたい桐絵は恥を捨てて唯我にそう宣言した。

 

それに対して唯我はキョトンとした表情を浮かべるが、直ぐに優しい笑みを浮かべ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言ってくれるとありがたいです。しかしそれには桐絵先輩自身が楽しんでください。桐絵先輩が幸せそうに笑うのを見るのがこの旅行において1番の楽しみですから」

 

そのまま桐絵の心の表面に刺さった矢を加速させて、桐絵の心を射抜いた。

 

(〜〜〜っ!この馬鹿ぁ……!)

 

恥ずかしい思いをさせようとした結果、逆にこっちが恥ずかしい思いをしてしまう。

 

しかもさっきよりも数段破壊力がある。自分が楽しむことが1番の楽しみなんてダイレクトに言われた桐絵はノックダウン寸前だ。

 

桐絵はこの旅行で唯我との関係や唯我に対する気持ちが変わるかもしれないと思っていたが、旅行が始まって1時間以内変わるとは思わなかった。

 

これまで以上に恥ずかしく、これまで以上に顔が熱くなるのを自覚する。

 

しかしその恥ずかしさや熱さから今までのように逃げる気は無く、素直に受け止める事にした。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう認めるわ……あたしは尊の事が好き……玲ちゃんや柚宇さんに負けたくない……)

 

既に桐絵の心は唯我の一撃に射抜かれてしまったのだから。



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第74話

いったい何があったんだ?

 

温泉旅館に向かっている俺はそう思わずにはいられなかった。

 

「どうしたの尊?なんかあった?」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

「そうなの?変な尊」

 

そう言ってクスリと笑うのは桐絵だが、桐絵の様子が変わったのだ。出発してから直ぐに桐絵を誉め殺すべく、メチャクチャ誉めたら最終的に桐絵は暫く俯いた。

 

しかし乗り換えをする駅に到着する直前に話しかけようとすると、桐絵は顔を上げ……

 

『ずっと黙っててごめん。もう大丈夫。それとさっきの尊の言葉は嬉しかったわ』

 

そう言って今まで以上に魅力的な笑みを浮かべたかと思えば、下車するべく立ち上がったタイミングで俺の腕に抱きつき、乗り換えた電車の中でも俺の腕に抱きついたまま甘えているのだ。

 

毎回俺に甘える際は必ずツンデレを見せていた桐絵だが、今は一切見せてこない。もしかして素直になったのかもしれないな。

 

桐絵を見ると、桐絵は恥ずかしそうに目を逸らすがいつものような強気な態度を見せずにいるのだった。

 

『次は〜〜駅。〜〜駅でございます』

 

と、ここで降りる駅が近づいた。改めて車窓から外を見渡すと、家が疎らに点在したり、畑や田んぼや山が近くにあったりと地方の方に向かっているのを理解出来た。

 

さて、これからどんな事があるかわからないが楽しみにしないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(恥ずかしい……けど、あまり強気になっちゃダメ……)

 

小南桐絵は唯我の腕に抱きつく中、恥ずかしい気持ちで一杯だが、唯我に対して強く当たることはしなかった。

 

理由は……

 

(強く当たってるようじゃ玲ちゃんと柚宇さんには絶対に勝てない)

 

既に唯我に対する恋心を認めた以上、素直にならないのは悪手と判断したからだ。

 

自分に対して敬愛を持っている唯我に対して、自身の恋心を認めず強気な態度を取っていたら嫌われる可能性があるし、嫌われなくても普段唯我に対して素直に甘える玲と柚宇との差が開いてしまうと桐絵は判断した。

 

『次は〜〜駅。〜〜駅でございます』

 

と、ここでアナウンスが流れる。自分達が降りる駅が近づいてきたのだ。

 

同時に隣に座る唯我が荷物に手を伸ばし降りる準備を始めたので、桐絵もそれに続く形で降りる準備をする。

 

降りる準備を済ませると桐絵は唯我の腕に抱きついたまま立ち上がり、2人でドアの前に立つ。

 

そしてドアが開くので降りると爽やかな風が吹き、心地良さを生み出す。三門市に比べたら家や店の数は僅かであるが、のどかな雰囲気を桐絵は気に入った。

 

背後にある電車が出発すると唯我が改札に向かって歩き出すので桐絵も並んで歩く。

 

改札を出て旅館行きのバス停で時刻表を見ると、バスがくるのは10分後のようだ。

 

バスを待っていると唯我が話しかけてくる。

 

「改めまして、今日から二日間宜しくお願いします」

 

優しい笑みを浮かべてそう言ってくる唯我にドキリとする。昨日までなら恥ずかしさの余り強気な発言をしてしまう桐絵だが、挨拶をされたのに強気な発言をするのは無礼と判断して……

 

「こっちこそ宜しく!この二日間を最高の思い出にするわよ!」

 

いつも友達と過ごす時のように元気良く返事を返す。それに対して唯我は……

 

「えっと……は、はい、そうしましょう」

 

珍しくキョドリながら返事をする。頬は染まっていて恥ずかしそうだ。

 

余り見ない唯我の態度に桐絵は可愛いと思い、唯我の腕に抱きつく力を強めて甘えるのだった。

 

 

 

 

 

 

(マジで素直になってんな……)

 

俺は純粋にそう思った。改めて挨拶をした結果、強気で素直じゃない返事ではなく、素直で元気な返事をしてきたのだ。

 

その返事は桐絵の魅力である明るさを最大限まで引き出していて凄く魅力的であり、思わず照れてしまったのは否定しない。更には腕に抱きついて甘えてくるし、もうマジで可愛すぎる。

 

と、ここで旅館に行くバスがやって来たので俺達は荷物を持ってバスに乗る。

 

適当な席に座り、他の客が乗るとバスが発車する。窓から外を見るが、コンビニや小さい店が数軒あるだけで、本屋とかの娯楽系の店は全くない。偶に旅行に行くならともかく、暮らすとなれば結構退屈だろうな。

 

暫くバスに乗っていると畑や田んぼなどが周囲に見え、巨大な橋を渡ると綺麗な川も見え、カヌーを漕ぐ人を見つけられる。

 

「楽しそうね。尊はちゃんと水着を持ってきた?」

 

「もちろんです」

 

桐絵が楽しそうに川を見ながらそう言ってくる。この辺りの川は有名なスポットであるので、旅行前に桐絵から水着を準備するように言われたので当然持ってきている。

 

水着を忘れても桐絵の水着は見れるだろうが、桐絵と遊べないのは嫌だ。桐絵はスキンシップをよくするに、水着を着てもして欲しいものだ。

 

そんな事を考えながらもバスは川沿いの道を走りながらも高度を上げ、やがて速度を落とすので周りを見渡すと崖の近くに木造の建物が目に入る。周りに他の旅館はないのであそこが泊まる場所だろう。

 

案の定、バスは建物の前で停車する。俺と桐絵はバスの出口から近い場所に座っていたので1番最初に降りる。

 

そしてフロントに向かい、桐絵はフロントにいる姉ちゃんに話しかける。

 

「すみません。予約した小南桐絵と唯我尊ですが」

 

「小南様と唯我様……お待ちしておりました。宿泊券をお預かりします」

 

桐絵は鞄から宿泊券を二枚取り出してフロントに渡す。

 

「ありがとうございます。それではお部屋にご案内いたします」

 

その言葉に傍にいた男性職員が一礼して歩き出すので俺達もそれに続く。

 

暫く長い廊下を歩くと男性職員があるドアの前に止まり鍵を開けたので中に入る。

 

案内された部屋に入ると、窓から絶景が広がっていた。窓から見える山や川は美しい。

 

しかもこの旅館、大浴場に加えて部屋ごとに温泉があるのは良いな。

 

「夕食は18時から20時までの間にお願いします。また大浴場は16時からですので、それ以前にお風呂を希望する場合、部屋の温泉をご利用ください」

 

男性職員は部屋の鍵を渡してから一礼して、部屋を去っていく。それを見送った俺達はドアが閉まると同時に一息吐いて荷物を降ろす。

 

「とりあえず景色でも見ますか?」

 

「そうね。部屋の温泉も気になるし」

 

桐絵が頷き、温泉に繋がる扉を開けると木製の露天風呂が絶景と向かい合わせになっていた。

 

「凄く綺麗ね」

 

桐絵はそう言ってくるが同感だ。こんな絶景を眺めながら一杯の酒を飲むのは格別だろう。

 

(その点、唯我尊が中3なのは痛いな……)

 

今の俺は未成年だから酒が飲めないのが辛い。早く成人したいものだ。

 

ま、今は学生生活を満喫しよう。

 

「はい。夜寝付けない時や朝風呂に利用するのもいいかもしれないですね」

 

「そうね……」

 

言いながら桐絵は恥ずかしそうにチラチラ見てくる。この態度……もしかして一緒に入る想像でもしたのか?

 

正直今の桐絵が相手なら一緒に風呂に入らないか誘ったらOKを貰えるかもしれないが、却下されたら気不味くなるしやめといた方がいいな。

 

「ま、それは夜になってからでしょう。それより部屋にこもってるのも勿体ないですし、外に出ませんか?俺としては以前から計画した川遊びがしたいですから」

 

俺の言葉に桐絵はハッとした表情になりながら頷く。

 

「え、ええ!あたしも賛成よ!じゃあ服の下に水着を着て行きましょう!トイレ借りるから」

 

桐絵はそう言って鞄を片手にトイレに入っていく。鍵をかけたのを確認した俺は鞄からボクサーパンツに近い水着を取り出して、ささっとズボンとパンツを脱いで水着をはく。

 

そしてズボンを履いた俺は貴重品を金庫の中に入れて、予備の服や下着を鞄から取り出して、鞄の中を遊び道具やタオルやビニール袋だけにして桐絵を待つ。

 

暫くすると桐絵がトイレから出てきて、俺と同じように金庫に貴重品を入れて透明じゃない袋を部屋の隅に置く。多分アレは桐絵の服や下着だろう。

 

「お待たせ。さあ行くわよ!」

 

 

桐絵はそう言って腕に抱きつくので、俺は自分の指を桐絵の指に絡めながら部屋を出て鍵をかけて、フロントに向かうのだった。

 

さぁて、童心に帰って思い切り遊びますか……

 

 



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第75話

旅館を出た俺達は旅館の近くにある階段を利用して崖下に向かう。川と直結している階段なんで直ぐに旅館に戻れるのがありがたい。

 

「あ!見て尊!」

 

桐絵が指差した方向を見れば、川の上にある橋から川に飛び降りてる人がいた。地元の人だと思うが、数メートルの高さから飛び込むのは勇気が必要だろう。

 

「まさか桐絵さんもやりたいんですか?」

 

「当然よ!面白そうじゃない!」

 

そう言うと思ったわ。ま、桐絵なら多分大丈夫だろうけど。

 

「そうですか。俺は正直怖いんで遠慮したいですね」

 

いくらマシになったとはいえ、この肉体のスペックは高くないからな。やるならもうちょっと鍛えてからにしたいのが本音だ。

 

「まあ無理にやらなくてもいいでしょ……っと、漸く着いたけども、荷物はどこに置く?」

 

階段を降りて、川の近くに着いたので桐絵は質問してくる。

 

「まあ貴重品はないですけど、念の為に岩陰に置きましょうか」

 

俺はそこそこ大きな岩が複数ある場所を指差す。あそこなら死角になるし、仮にパクられても鞄に入ってるのは遊び道具やタオルだから問題ない。

 

俺の提案に桐絵は頷くので、2人で岩の近くに行き鞄を置く。そして俺は上着とシャツとズボンを脱いで海パン姿になり、鞄の中からビニール袋を取り出して衣類を入れる。

 

同じように桐絵も服を脱いで鞄の中に入れるが、息をのんでしまう。理由は簡単、桐絵の水着姿を視界に入れてしまったからだ。

 

「な、何よ……似合ってない?」

 

俺の視線に気付いたからか桐絵は居心地悪そうに身を捩るが、その逆で凄く似合っている。

 

桐絵が来ているのはシンプルな赤いビキニであるが、シンプルイズベストを地で行っていて、健康的な手足と桐絵の恥じらいの表情が混ざり合い凄く魅力的だ。

 

「そんな事ありませんよ。思わず見惚れてしまいました。凄く魅力的です」

 

これについてはマジだ。この魅力的な桐絵を独り占め出来る俺は勝ち組であると思ってもおかしくないだろう。

 

「ふぇっ!い、いきなり変な事言ってんじゃないわよ!」

 

桐絵は真っ赤になって慌て出すが、今の桐絵を男が見たら同じ感想を抱くと思う。

 

「で、でもありがとう。尊にそう言って貰えると……嬉しい」

 

や、ヤバい……ツンデレのデレが出てきたが、破壊力が半端ない。あの強気な桐絵がモジモジしながら礼を言ってくるなんて……前世じゃツンデレはウザいと思っていたが、やるじゃねぇか。

 

「ど、どういたしまして。それよりそろそろ遊びましょうか?」

 

言いながら俺は鞄から空気の入ってないボールを取り出し、息を吹き込んで膨らませ始める。すると桐絵は自分の鞄から空気の入ってない浮き輪を取り出して膨らませる。俺も浮き輪を持ってくれば良かったか?

 

そう思いながらもボールを膨らませ終えるが、桐絵はまだ浮き輪に息を吹き込んでいるが思ったより進捗が悪い。肺活量が不足しているのか?

 

「ごめん遅くて。先に川に行ってて」

 

桐絵も俺に気付いてそう行ってくるが、俺からしたら桐絵がいないと意味ないからな。

 

「そんな訳にはいきません。疲れるなら代わりますよ」

 

「えぇっ?!」

 

俺の提案に桐絵は真っ赤になって大声を上げ浮き輪を手から離す。なんか今変なことを言ったか?

 

「あの、どうしましたか?」

 

「い、いや……えっと……その……」

 

桐絵はテンパるだけでマトモな反応をしない。マジで何があったんだ?

 

ともあれ俺がやった方が浮き輪を膨らませた方が早い。暑いから早く川に入りたいので俺は桐絵が落とした浮き輪を持ち、そのまま空気を入れる場所に口を付けて息を吹き込む。

 

「た、尊……」

 

浮き輪を膨らませていると桐絵は真っ赤になったまま上目遣いで見てくる。何で浮き輪を膨らませるだけで一々……あ、よく考えたら間接キスじゃねぇか。桐絵って純情だから恥ずかしいと思っただろう。

 

改めて認識すると俺も恥ずかしい気分になってくるが、ここでそれを言ったら気不味くなるだろうから、間接キスに気付かないフリをしてこのまま作業を続けた方が賢明だろうな。

 

俺は煩悩に蓋をして態度に出ないように注意しながら浮き輪を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(尊の馬鹿……!あたしは散々恥ずかしい思いをしてるのに平然としてんじゃないわよ……!)

 

桐絵は自分に代わって浮き輪を膨らませている唯我を見て恥ずかしい気分になりながら、内心にて文句を言う。

 

この日の為に準備した水着を着た姿を見せたら見惚れただの魅力的だの褒められて、浮き輪を膨らませるのに手間取っていたら代わりにやってくれその際には間接キスをしたのだ。恥ずかしくて悶死してしまいそうだ。

 

しかも当の本人は全く恥ずかしそうにしないで浮き輪を膨らませているので、文句の1つも言いたくなる。

 

しかし文句は言わない。唯我に恋心を抱いていると自覚してからは八つ当たりはしないと決意したからだ。ただでさえ玉狛所属であるが故にライバル2人と差があるので、マイナス要素のある行動をするわけにはいかない。

 

(そういえば玲ちゃんや柚宇さんに尊と旅行に行ってるのがバレたらヤバそうね……)

 

桐絵は唯我との間接キスから現実逃避するかの如くライバル2人の存在の事を思い浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「やっぱり繋がらないわ……」

 

ボーダー本部基地の廊下にて、那須玲は溜息を吐きながら携帯をポケットにしまう。

 

防衛任務を済ませた玲は自分が恋心を抱く相手、唯我の声が聞きたくて電話をかけたが繋がらなかったのだ。今までは直ぐに出た事もあり不安になった玲は時間を置いて5回電話をかけたが、1回も出なかったのだ。

 

「もしかして国近先輩か桐絵ちゃんとイチャイチャするから電話を切って……」

 

最悪の未来を想像した玲は早足で太刀川隊作戦室に向かう。太刀川隊にいなくても太刀川や出水なら情報を持っているかもしれないし、情報が無かったら玉狛支部にも向かうつもりだ。

 

そしてエレベーターを待っているとドアが開いたので中に入ろうとするが、足を止める。

 

何故ならエレベーターからはライバルの国近柚宇が出てきたからだ。

 

向こうも玲に気付いて不思議そうな表情になる。

 

「おや、もしかして太刀川隊作戦室に用かね?」

 

柚宇の呟きに玲は頷くが、自分の行動が読まれたことから柚宇は那須隊作戦室に向かっているのだと予想した。

 

「その予定でしたが、国近先輩に会えたので用は無くなりました」

 

「うーん、私は那須ちゃんが尊君と一緒にいると思ったんだけど……」

 

「やっぱり、桐絵ちゃんと会ってるんですかね」

 

「ちょっと聞いてみるね」

 

柚宇はそう言って携帯を取り出してスピーカーモードにして電話をかける。ただしかける相手は桐絵ではなく、桐絵が所属する玉狛支部だ。桐絵だと唯我と一緒にいた場合、居留守を使う可能性があると柚宇は判断した。

 

『はいもしもし。ボーダー玉狛支部です』

 

電話に出たのはかつて柚宇のチームメイトだった男だった。

 

「やーやー、とりまる君。久しぶりだねぇ」

 

『国近先輩ですか。お久しぶりです。何でわざわざ支部に電話したんすか?』

 

「色々あってね。小南はいる?用事があったんだけど、携帯が繋がらないんだよねー」

 

『小南先輩すか?小南先輩なら学校の友人と温泉旅行に行きましたよ』

 

烏丸の言葉に柚宇と玲は顔を見合わせる。学校の友人というのは嘘で本当は唯我と言ってるんじゃないかと考えたのだ。

 

「あ、そうなんだ。ちなみにどこの温泉かわかる?」

 

『確か◯◯旅館でしたね。俺からも連絡しときましょうか?』

 

「大丈夫だよ。ありがとー」

 

柚宇は礼を言ってから軽く世間話を数分して通話を切る。そして真剣な表情で玲を見る。

 

「ちょっと太刀川隊の作戦室に来てくれないかね?尊君がトリガーを持ってるなら位置情報がわかるよ」

 

ボーダーのトリガーは紛失や盗難を防ぐ為に位置情報がわかる。柚宇の場合、桐絵のトリガーの位置情報はわからないがチームメイトの唯我のトリガーの位置情報は調べられる。

 

「行きます」

 

玲が即答すると、2人は太刀川隊作戦室に向かう。そして柚宇はパソコンを起動して唯我のトリガーの位置情報を調べると……

 

 

 

 

 

 

「……◯◯旅館の中にあるね」

 

先程烏丸が小南の旅行先として言っていた旅館にトリガー反応があった。

 

「………つまり尊君は桐絵ちゃんと旅行に行った、と」

 

「ふーん……中々の抜け駆けだねぇ。びっくりしたよ」

 

「そうですね。桐絵ちゃんって大胆ですね」

 

玲と柚宇は口調は穏やかだが頬を膨らませ、目の光を薄くしていかにも不機嫌丸出しの表情で位置情報を眺めるのだった。



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第76話

「それっ!」

 

桐絵の可愛らしい掛け声と共にボールが放たれて、俺の方に向かってくるので、俺はバレーのブロックの要領でボールを叩き落とす。落とされたボールは水面に向かって落ちていくが水飛沫を上げる前にキャッチする。

 

「お返しです……はっ!」

 

俺はボールを宙に投げ、手をパーにして桐絵に向かって放つ。同時に桐絵に向かって思い切り水をぶっかける。

 

すると桐絵は両手で目を隠すがそれにより防御が疎かになり、ボールが桐絵の腕に当たる。ここが陸地ならともかく、身体の自由がきかない川の中なら戦いようがある。

 

「これで3対2。俺の勝ちですね」

 

「む〜!悔しいっ!」

 

桐絵は悔しそうにジタバタ暴れるが可愛いだけだからな?

 

「わかりましたから暴れないでください。危ないですよ」

 

「子供じゃないんだから大丈夫に決まって……っ!」

 

そこまで言う中、桐絵は突如苦しそうな表情になったかと思えばいきなり顔が水中に入る。

 

(もしかして足が攣って、焦りで溺れたのか?言わんこっちゃない)

 

俺は急いで川に潜ってジタバタする桐絵の腰を掴み、そのまま水面に浮上する。

 

「ぷはっ……大丈夫ですか?」

 

「ご、ごめん……左足を攣っちゃって……っ……」

 

痛そうに顔を顰める。泳いでる時に足が攣ったらパニックになって溺れる事もあるからな。

 

「とりあえず一旦上がりましょう。少し不快かもしれないですが、我慢して頂けると助かります」

 

言いながら俺は桐絵の腰に手を回した状態でゆっくりと岸に近寄り、足がつく所まで近付いたら桐絵を抱き抱える。

 

「っ……尊ぅ」

 

腕に抱かれた桐絵は恥ずかしそうにしながら上目遣いで見てくる。普段強気な桐絵が弱さを見せるのは破壊力が半端ない。

 

内心理性を刺激されるのを自覚しながら俺は桐絵を地面に優しく座らせて、左足のマッサージをする。

 

「痛かったら直ぐに言ってください」

 

俺の言葉に桐絵は無言で頷くので優しい手つきを心がけながら、足が攣った時にやるマッサージを桐絵にする。桐絵の美脚にドキッとするが、煩悩を押さえ込む。

 

暫くマッサージを続けて桐絵を見る。

 

「一応マッサージをしましたが大丈夫ですか」

 

その言葉に桐絵は足を軽く動かすが、痛みに顔を顰める事はなかった。

 

「大丈夫ね……ごめん尊。悔しいからって暴れて足を攣るなんて間抜けよね」

 

桐絵は弱々しい笑みを浮かべてくる。このまま放置すれば暫くこの調子だろう。折角の旅行でそれは避けたい。

 

(仕方ない、少々攻めるか。多分今の桐絵なら大丈夫だろう)

 

これまでに桐絵は俺に抱きついたりしてるし、2人きりの温泉旅行を提案してきたことから察するに俺に対する好意は強いだろうから、多分多少攻めても大丈夫だと思う。

 

そう判断した俺は賭けに出る。自分から桐絵を抱きしめる。

 

「ふぇっ?!た、尊?!」

 

桐絵の身体の柔らかさが俺の肌から伝わる中、桐絵はさっきの弱々しい笑みとは打って変わり真っ赤になる。しかし引き離すなど嫌がる素振りを見せない。賭けは成功したようだ。

 

「悔しいなら態度に出すのは仕方ないです。それに俺は落ち込んでる桐絵先輩の表情は好きじゃないです」

 

言いながら背中を優しく撫でると桐絵は真っ赤な表情を俺に向けながらもゆっくり俺の背中に手をまわす。

 

「俺は自分の感情に素直な桐絵先輩が好きなんです。ですから桐絵先輩は気にしないでいつも通りの表情をしてください」

 

「あ、あぅ……」

 

俺の言葉に桐絵は碌に返事を出来ずに口をパクパクしてしまう。そんな桐絵も可愛いが、このまま攻め込む。

 

「桐絵先輩が落ち込んでるなら、俺は桐絵先輩が立ち直る為に何でもやりますから言ってください。俺は桐絵先輩を心から敬愛してますから」

 

「は、はひ……わかりましたっ……」

 

桐絵は限界が来たのは今まで以上に真っ赤になって、普段使わない敬語で返事をする。ヤバい、少々攻め過ぎたか?

 

俺は内心やり過ぎたかと後悔するのだった。

 

しかし暫くして桐絵は顔を上げる。顔を見れば真っ赤ではあるが先程よりも落ち着きがある。

 

「尊、迷惑かけてごめん」

 

「いえ。特に気にして「そ、それと!」それと?」

 

「さっきは助けてくれてありがとう。だから……お、お礼よ!」

 

ちゅっ

 

桐絵は真っ赤になったまま俺の頬にキスをしてきた。うん、最高のお礼だな。

 

俺は桐絵を愛おしく思い抱きしめる力を強めると桐絵も恥ずかしそうにしながらも抱きしめる力を強め、お互いに抱き合う体勢のまま暫く過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

(た、尊の馬鹿ぁぁぁぁ〜!どんだけあたしを溺れさせようとすんのよ〜)

 

唯我に抱きしめられる桐絵は真っ赤になりながら内心にて唯我に文句を口にする。

 

遊びで負けたから悔しくて川で暴れたら足を攣って、溺れそうになっていたら尊に助けられた桐絵だが、助けられた時は好きな人に迷惑をかけてしまったと自己嫌悪していた。

 

しかし……

 

 

ーーー悔しいなら態度に出すのは仕方ないです。それに俺は落ち込んでる桐絵先輩の表情は好きじゃないですーーー

 

 

ーーー俺は自分の感情に素直な桐絵先輩が好きなんです。ですから桐絵先輩は気にしないでいつも通りの表情をしてくださいーーー

 

 

ーーー桐絵先輩が落ち込んでるなら、俺は桐絵先輩が立ち直る為に何でもやりますから言ってください。俺は桐絵先輩を心から敬愛してますからーーー

 

そんな言葉を好きな男から抱きしめられながら言われ、桐絵はパニックになっていた。

 

あまりのインパクトに桐絵は既に落ち込んでおらず、唯我の言葉により違う意味で平常心を保てずにいる。

 

(もう無理……あたし、尊の事しか考えられなくなってる。いつもあたしを大切にしてくれる尊の事が本当に大好き)

 

尊になら自分の全てを捧げてもいい、桐絵はそう思っている。

 

(けど、尊は誰でも大切にしてくれる……)

 

客観的に見れば唯我の態度は立派であるが、唯我に恋する人間からしたらその態度は不満だ。自分以外の女子には優しくしないで欲しいのが本音だ。

 

しかしそれは矛盾している。桐絵は唯我の努力家で誰にでも優しい所に惹かれ、自分に対して優しさと敬愛を向けられて恋に落ちた。

 

自分だけを大切にして他の人を蔑ろにする唯我を見たら幻滅してしまうかもしれないと桐絵は考えていた。

 

(本当に尊って厄介ね……多分今告白しても悪い未来になるだろうし)

 

振られたら最悪だし、仮にOKを貰ったとしても唯我の人間関係に亀裂が走るのは間違いない。そうなって唯我に「桐絵と付き合わなければ良かった」なんて言われるのはもっと最悪だ。

 

(あーあ、複数の女子と付き合える事が一般的なら悩まないのに)

 

桐絵は思わずそう考えてしまう。仮に唯我が複数の女子と付き合えるなら人間関係に亀裂が生まれないだろう。

 

桐絵自身、唯我を独り占めしたい気持ちはあるがライバルが強力なので、誰かに取られるなら自分以外の女子と唯我を囲むのもアリだと思っている。

 

(ま、無理よね。玲ちゃんと柚宇さんはともかく、尊は納得しないかもしれないし)

 

玲と柚宇は自分と似た境遇だから唯我を囲む作戦に乗ってくれるかもしれないが、当の唯我が納得するかわからないからだ。

 

(とりあえず今は尊に謝ってお礼をしないと)

 

迷惑をかけてばかりながら謝罪と礼は絶対だ。

 

桐絵は顔を上げて唯我を見る。その際には心臓が高鳴る。

 

「尊、迷惑かけてごめん」

 

「いえ。特に気にして「そ、それと!」それと?」

 

唯我の言葉を遮りながら桐絵は前のめりになり……

 

「さっきは助けてくれてありがとう。だから……お、お礼よ!」

 

ちゅっ……

 

唯我の頬にそっとキスをする。恥ずかしさで頭が爆発しそうだが、少しでも唯我に対して「自分は異性としてお前を好いている」って事を伝えたかったのだ。

 

すると唯我は無言で抱きしめる力を強めてきた。

 

(気持ちいい……私も……)

 

桐絵も負けじとばかりに唯我を抱きしめる力を強める。唯我から伝わる温もりは桐絵の身体と心を熱くした。

 

 

 

 

 

(大好きよ尊。本当に大好き……)

 

まだ口には出来ない言葉を桐絵は心の中で呟き暫くの間、唯我と抱き合い続けるのだった。



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第77話

「尊、毎回ごめんね。あたし尊には弱い所を見せてばっかり」

 

そう言う桐絵は頬を染めている。それでも抱きついている状態なので弱さを見せる事を嫌悪してる訳ではなさそうだ。

 

「気にしないでください。完璧な人間なんていないですし、俺は桐絵先輩の可愛い姿を見れて満足です」

 

「っ!だ、だから変な事を言うんじゃないわよ!」

 

案の定桐絵は慌てるが、口元はニヤニヤしている。良い機会だし今回の旅行で桐絵も玲レベルの甘えん坊にさせたいものだ。玲は会う度に抱きついて頬にキスをするくらいだが、あのレベルの甘えん坊になった桐絵はメチャクチャ可愛いだろう。

 

「変な事を言ったつもりはないですよ。こうやって俺に抱きつく桐絵先輩は凄く可愛く、桐絵先輩に甘えられたいと思います」

 

ここで俺は自分の望みを言うと桐絵はモジモジし始める。

 

「馬鹿……!」

 

俺を馬鹿と言う桐絵。この調子で桐絵をツンデレからデレデレにしたい。

 

俺は桐絵の背中に回している手を桐絵の頭に回して撫で撫でする。

 

「んんっ……尊ぅ……」

 

桐絵はくすぐったそうにしながらも拒絶する事なく、抱きしめる力を強めて足を俺の腰を絡めて今以上に甘えん坊になる。

 

「やっぱり桐絵先輩は凄く可愛いです」

 

「んっ……尊、楽しんでるでしょ……」

 

「桐絵先輩の要望を考えてるだけで楽しんでるつもりはありません。もちろん嫌ならやめますがどうします?嫌なら止めろと、続けて欲しいなら続けろと言ってください」

 

俺は桐絵の頭を撫でるのを止めて、抱きしめるのも止める。意地悪な質問かもしれないが桐絵の口から言わせたい。

 

そう思いながら俺は桐絵を見ると、桐絵は物欲しそうな表情を浮かべながらもやがて恥ずかしそうにしながら消え入るような声で話し始める。

 

「……続けて。もっとあたしを可愛がって……!」

 

そんな風におねだりしてくる。桐絵のおねだりは破壊力が半端なく、俺は薄く笑ってしまうが、幸い周りには人がいないので問題ない。

 

「わかりました。では身体ごと後ろを向いてください」

 

「?わかったわ」

 

桐絵は不思議そうにするも、後ろを向き俺に穢れない背中を晒す。

 

それを確認した俺は桐絵にくっつき……

 

「た、尊?!」

 

そのまま両手を桐絵の肩から前に出す。いわゆるあすなろ抱きってヤツだ。

 

そして桐絵の背中にくっついて密着度を高めて、息をこまめに吐いて桐絵のうなじに吹きかける。

 

「んっ……た、尊……恥ずかしいわ」

 

桐絵らそう言いながらも抵抗しないで俺の行動を受け入れてくれている。

 

「桐絵先輩の温もり、凄く心地良いですね。可能なら今後もその温もりを感じたいです」

 

「べ、別に構わないけど。ただあたしも玲ちゃんや柚宇さんみたいに抱きついても良い?」

 

おっ。そんな要求をハッキリしてくるとは思わなかった。もちろん断る理由はないし受け入れるつもりだ。

 

「それを桐絵先輩が望むなら喜んで。俺は先輩達が望む事をしてあげたいですから」

 

「ありがと(でもその優しさはあたしだけに向けて欲しいって思っちゃうのよね……)」

 

ん?最後の方に何か言っていたが、余りにボソボソしていたので聞き取れなかったぞ。まあ桐絵の性格上、言いたい事はハッキリ言うだろうし多分重要性はそこまでないだろう。

 

そう思いながら俺はうなじのみならず耳に息を吹きかけたり、頭や肩などを優しく撫で続けた。その際に桐絵は一切抵抗しないで、可愛い声を出し続ける存在となっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「そろそろ疲れたので旅館に戻りませんか?」

 

川の中にて俺は浮かびながら浮き輪に乗っている桐絵にそんな提案をする。

 

アレから俺達はお互いに甘えあったり、桐絵から頬に何回かキスをして貰ったり、川で泳いだり、川の中で抱き合ったりと色々過ごしたがだいぶ疲れてきたので切り上げたいのが本音だ。

 

「そうね。浮き輪、押してくれてありがとう」

 

言いながら桐絵は浮き輪から川に落ち、そのまま俺にギュッと抱きついてくる。この川遊びだけで桐絵は今までより遥かに甘えん坊になっている。もうこの時点で旅行は充分満足出来ている。

 

しかしまだ旅行はまだ1日あるし、これからもっと桐絵を甘えん坊にしたいのが本音だ。

 

「いえ、問題ありません。ところで川から上がるなら離して貰ってもいいでしょうか?」

 

桐絵に抱きつかれるのは嫌じゃないし歓迎だが、流石に疲れた状態、尚且つ川で立ち泳ぎしている状態で抱きつかれるのは少々キツい。

 

そう思い桐絵にさり気なく提案するが……

 

「……もう後3分だけ、ダメ?」

 

「わかりました。後3分だけですよ」

 

「ありがとう!」

 

不安そうな表情に加えて上目遣いによるおねだりには拒否出来ず、即答してしまう。だってデレ状態の桐絵のおねだりって破壊力が半端ないからな。

 

それから俺は川で立ち泳ぎをしながら桐絵の甘える攻撃を3分間受け続け、3分経過してからは桐絵と一緒に川に上がり荷物が置かれた場所に向かう。

 

「じゃあ服に着替えるんで、桐絵先輩は岩陰で着替えてください」

 

この辺りは更衣室がないから川から上がった際は必然的に外で着替えないといけない。それを考えると岩がたくさんあるこの場所はベストスポットだろう。

 

「わかったわ。誰か来ないか見張ってて。それと……絶対に覗くんじゃないわよ!そういうのはまだ早いんだから!」

 

桐絵は真っ赤になって指を突きつけるが、逆に言えば更に関係を深めたら覗いてもいいって事か?

 

ともあれまだ早いと言われた以上、覗くつもりは毛頭ない。

 

「わかりました。覗きもしませんし見張っておきます」

 

俺の言葉に桐絵は納得したのか服を入れたビニール袋やタオルを持って岩陰に隠れたので俺は桐絵に背を向けて見張りをする。

 

すると直ぐに桐絵の息の音や水着を外す音が聞こえてきてドキドキするが、絶対に振り向くつもりはない。振り向いて一瞬絶景を見る代わりに信用を失うなんて愚行は絶対にしない。

 

暫くすると音が大分少なくなり、肩を叩かれたので振り向くと私服を着た桐絵がいた。

 

「お待たせ。次は尊が着替えなさい」

 

俺は頷き、服やタオルの入ったビニールを持って岩陰に入り、パパッと拭いて速攻で着替える。男子はこの辺り、色々手間がかかる女子よりも楽だ。

 

「お待たせしました。では旅館に戻りましょう」

 

桐絵にそう言って歩き始めると桐絵は俺の腕に抱きついてくる。チラッと桐絵を見れば恥ずかしそうにしながらも離す気配を見せないので気にしないで歩き出す。

 

「戻ったらどうします?夕食までもう少しありますし、温泉に入りますか?」

 

「温泉は食後で良いわよ。別に無理に目的を探さなくてもノンビリするのも良いじゃない」

 

「そうですね」

 

否定はしない。最近ボーダーでも色々あって疲れているのは事実だし、ゆっくり休息をしたい。

 

俺は桐絵の提案に賛成しながら旅館につながる階段を上って、ようやく旅館に戻る。

 

そしてフロントで鍵を受け取り、自分の部屋に入って伸びをする。割と遊び倒したから疲れた。桐絵がダラダラするなら俺もダラダラしよう。

 

そう思いながら金庫から財布や携帯を取り出し、メールチェックをするが……

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……玲ちゃんや柚宇さんから沢山連絡が来てる」

 

桐絵がそう呟く。俺の携帯にも玲と柚宇から数件のメールと数本の電話着信が来ていた。

 

 

 

もしかして桐絵と一緒に旅行に行ってるのがバレちまったか?



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第78話

「すみません桐絵先輩。玲さんと柚宇さんからメールや電話が来てました。ちょっと折り返し連絡するために部屋の外に出ますね」

 

川遊びから戻った俺は携帯に連絡をしてきた玲と柚宇に返事をするべく桐絵にそう話すと、桐絵は難しそうな表情で口を開ける。

 

「(旅行中は私 あたしだけを相手して欲しいけど、尊の性格的にスルーはしないわよね。それに多分バレてるし……)わかった。けど連絡するならここでしなさい。あたしも2人から連絡が来てたし、一遍にやっちゃいましょ」

 

桐絵はそう口にするが、それをやったら3人で口論になりそうだから部屋を出ようとしたのに……

 

とはいえ桐絵の言い分も間違ってないので、ここで遠慮するのは難しい。出来ないとは言わないが、理由の説明を求められたら、「何故そこまで必死に遠慮する?」って怪しまれそうだから却下だ。

 

よって俺は桐絵の提案に反対する選択肢はなかった。

 

「わかりました。では……」

 

俺はスピーカーモードにして柚宇に電話をかける。するとワンコールで電話に出てくる。

 

『もしもし。どうしたのかね尊君』

 

『桐絵ちゃんとの旅行は楽しんでる?』

 

柚宇が電話に出たかと思えば、玲の声も聞こえてくる。どうやら2人は一緒にいたようだ。というか旅行に行ってんのもバレてんのかよ?

 

しかし返事は決まってる。馬鹿正直に答えて鈍感キャラと思われるように動く。

 

「はい。ちょうどさっきまで川遊びをしてましたが、遊んでる際の桐絵先輩が凄く可愛かったです」

 

「ちょっ……」

 

桐絵が真っ赤になって俺を見てくるが、今はスルーする。

 

『……そう。それは楽しそうね』

 

『尊君は本当に誰にでも可愛いって言うよね〜』

 

予想通り、電話から聞こえてくる2人の声は不機嫌丸出しだ。そんな2人に対する返事はすでに頭の中にある。

 

「可愛いと思うから言っただけです。それと玲さん、楽しそうと思うなら今度一緒に旅行に行きませんか?」

 

俺は相手の言葉の裏を読まず、額面通りに受け取って玲にそう返す。それにより桐絵が不機嫌丸出しの表情になる。

 

『良いの?じゃあ冬休みに行きましょう』

 

すると玲の嬉しそうな声が聞こえてくる。可愛いなぁ。

 

「もちろんです」

 

玲の誘いに了承する。これで冬休みの予定も1つ決まったな。

 

『尊君、私も尊君と旅行に行きたいから一緒に行こ?』

 

「あたしも1回じゃ満足出来ないし、夏休み以降にもう1回行くわよ!」

 

ここで柚宇と桐絵が圧のある声で誘いをかけてくるが、2人の発言についても予想通りだ。

 

「でしたら皆で行きませんか?3回行くのは俺が大変ですし、3人と一緒に過ごすのは楽しそうですから」

 

あくまで3人を平等に扱う態度を示す。目標が目標である以上、誰か1人を贔屓するわけにはいかないからな。

 

『む〜、尊君ならそう言うと思ったけど〜』

 

『尊君……』

 

電話から聞こえる2人の声は若干残念そうで、横にいる桐絵も半目で見ている。その事から3人は俺と2人きりで旅行をしたいと考えられるが、この考えは多分間違いではないだろう。

 

「嫌でしたか?」

 

『嫌じゃないけど……まあわかったよ。じゃあ詳しい予定は冬休み直前にね』

 

「わかりました。俺もその時までに3人が満足出来る旅行になるように色々考えておきます」

 

『ええ。私達も各々良い旅行になるように考えるわ』

 

「宜しくお願いします。それではそろそろ切りますね」

 

『うん。あ、それと小南に話したいことがあるからスピーカーモードをやめてから小南に渡して』

 

「わかりました」

 

特に拒否する理由はないのでスピーカーモードをオフにして桐絵に渡す。

 

「もしもし、どうしたの?……はぁ?!そ、そういうのはもっと手順を踏んでからに決まってるじゃない!しないわよ!じゃあまた!」

 

桐絵は真っ赤になって反論してから通話を切り、俺に返してくるが柚宇に何を言われたんだ?しかし聞いたらヤバそうなので聞かないでおこう。

 

「……とりあえず、本来の目的通りに少し休みますか?」

 

「……そうするわ」

 

桐絵は真っ赤になりながらもそう呟き、背もたれのある椅子に腰掛けるので俺も近くの壁に寄りかかり息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぅ……柚宇さんの馬鹿……!あんな事を言ってきたら尊の事を意識しちゃうじゃない……!)

 

桐絵は顔に熱を感じながら壁に寄りかかる唯我を見る。頭の中では……

 

ーーー抜け駆けについては私もするから強くは言わないけど……エッチをするのはやめてよね〜ーーー

 

先程柚宇に言われた事が頭から離れずにいた。桐絵も年頃の女子だからそういった知識について興味が無いわけじゃないが、今日恋心を自覚したばかりであるのでああもハッキリと言われたらドキドキしてしまう。

 

桐絵自身、柚宇の忠告に反対するつもりはない。まだ唯我とは付き合ってないし、そういった行為をするのは唯我が賛成しないだろう。

 

(で、でもいつか尊と付き合ったら……)

 

ーーー愛してるよ、桐絵ーーー

 

ーーーあたしも尊を愛してるわーーー

 

(〜〜〜っ!な、何想像してんのあたしは?!)

 

ベッドの上で一糸纏わぬ姿となった自分と唯我が甘え合っている光景を想像した桐絵は首をブンブン振って顔に溜まった熱を消そうとする。

 

(で、でもいつかはそんな未来になって欲しい……)

 

弱い人間が嫌いな桐絵は自分の弱さを第三者に見せるのも嫌いだ。しかし唯我の前では弱気になったり甘えん坊になってしまっているが、そこまで嫌ではないと思っている。

 

その事から自分の抱く恋心は強いもので、先程想像した光景は自分が将来体験したいものであるのは間違いない。

 

そんな唯我はというと、桐絵の気も知らないように壁に寄りかかりながら可愛らしく欠伸をしている。

 

(全く呑気ね……まああたしが振り回したからだけど)

 

桐絵は椅子から立ち上がり、そのまま唯我の横に座り唯我の手を握る。

 

「桐絵先輩……?」

 

「別に手を握るなんていつものことじゃない。気にしないで休みなさい」

 

「はい……ありがとうございます」

 

唯我は礼を言って桐絵の手を握り返す。だったそれだけの事だが桐絵は既に幸せの絶頂にいた。

 

(こうやって隣に座って手を握るだけで幸せを感じるなんて、あたし尊の事を好きになり過ぎでしょ)

 

そう思いながらも桐絵は唯我から離れずに甘え続ける。少しでも玲と柚宇との間にある差を詰める為に。

 

(尊の性格的にまた無自覚で女子との交流を深めているのは厄介ね)

 

桐絵は新たなライバルが増えるかもしれないという嫌な予感に悩みながらも唯我の手を離す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

玉狛支部にて迅はあらゆる未来を見るが、唯我の作った計画ファイルを見ていると、ある未来を見てしまい焦ってしまう。

 

「どうした迅?」

 

「いや、レイジさんにはなんの影響もないよ。俺ちょっとトイレ」

 

そう言いながらリビングから立ち上がり、トイレに向かうと迅はため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く唯我の奴、小南と旅行に行ってるはずなのに……何で旅行が終わったら草壁ちゃんとカフェでお茶する未来が見えるんだろ?アイツ、マジで刺されそうだな」

 

 



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第79話

川遊びを楽しんで疲れた俺と桐絵はお互いに寄り添いながら景色を眺める。特に何もしてないが最近は訓練やランク戦、B級隊員量産計画の考案などが忙しかったので、こうやってリラックスする時間も悪くない。今後は2、3ヶ月に1回旅行に行くことも視野に入れておこう。

 

とはいえ大分日が傾いてきたので、そろそろ動くとしよう。

 

「桐絵先輩。そろそろ夕食に行きませんか?」

 

川ではしゃいだからかそこそこ腹が減っている。時間を見れば夕食を出される時間帯なので食べに行くべきだ。夜遅くに食うと太るからな。

 

「んっ……そうね。じゃあ行きましょ」

 

桐絵は頷いてから手を離すことなく立ち上がろうとするので、俺も手を握ったまま立ち上がり、貴重品を身につけて部屋を出る。

 

廊下を歩くと浴衣を着て身体から湯気を出す客もいる。どうやら飯前に温泉に入ってきたのだろう。俺も温泉は好きだが、酒が飲めないのは残念極まりない。

 

食堂に入ると何人かの客がいて和食を食べている。俺達も入り口にいる受付に話しかけると番号の書かれた紙を渡され、好きな場所に座れと言われるので適当な席に座る。

 

そして席に着くと、ズボンのポケットから携帯が落ちたので拾おうとしたら、落ちた際に電源ボタンに触れたようで画面が表示されることに気づくが……

 

(トークアプリで迅からメッセージ……お前、草壁ちゃんといつから仲良くなった?、だと?)

 

意味がわからない。草壁と会った事は数回だけ。弓場の弟子で俺の兄弟子の里見とは会えば話すが、里見が所属する隊の草壁隊隊長の草壁とは里見繋がりで軽く挨拶をするくらいだ。

 

会えば軽く会釈や挨拶をする程度なら仲が良いとは言わないのは明白。そうなると迅は俺が草壁と仲良くしてる未来が見えたってことか?

 

「どうしたの尊?携帯壊れたの?」

 

頭に疑問符を浮かべていると桐絵が話しかけてくる。確かに長時間屈む体勢をとっていたら怪しまれるな。

 

「いえ。ちょっと通知が多く来てただけです」

 

適当に返しながら身体を起こして料理を待つ。しかし草壁と接点があるって情報はありがたい。

 

草壁は見た目や雰囲気から木虎に近いイメージがあるので交流を深めるのは難しいと思っていたが、仲良くなる未来があるならその未来に向かってみるとしよう。

 

そこまで考えていると料理が運ばれてくる。料理は炊き込みご飯に刺身に天麩羅、筑前煮や味噌汁とザ・和食といった料理だ。自宅では洋食が多く、ボーダー基地ではカレーやラーメン、炒飯が多いので純和食は久しぶりに食べるだろう。これに焼酎があれば文句はないんだがな……

 

そう思いながらも出された海老の天麩羅を食べるが中々美味い。衣はサクサクで海老の味もしっかりしている。ツユが無くてもいけるな。

 

と、目の前にいる桐絵も美味そうに食べているが、小さい口がパクパク開いて可愛らしく、いじめたい気持ちが生まれてくる。

 

「桐絵先輩」

 

「ん?何よ?」

 

桐絵が俺をみる中、筑前煮の中にある人参を箸で掴み、桐絵に突きつける。

 

「どうぞ、あーん」

 

すると桐絵はポカンとした表情を浮かべるも、直ぐに茹で蛸のように真っ赤になる。

 

「なっ?!い、いきなり何してんのよ?!」

 

予想通りの反応だ。益々いじめたくなるな。

 

「すみません。小さい口でパクパク食べる桐絵先輩が可愛くて、ついやってしまいました」

 

「か、かわっ……!というか子供扱い?!」

 

そう言いながらも嫌そうな雰囲気はないが、嫌そうな雰囲気と認識したフリをしよう。

 

「すみませんでした。桐絵先輩からしたら不快ですよね。もうしないって約束するんで嫌わないでください……」

 

「あっ……ち、違うわよ!驚いただけで嫌なんかじゃないわ!それにそんな事で尊を嫌わないわ!」

 

桐絵は慌ててそんな事を言ってくる。しかしもう少し攻めたい。

 

「……本当ですか?桐絵先輩が優しいのは知ってますが、嫌なら嫌と言ってください」

 

「本当よ、嘘なんかじゃないわ。あたしは尊の事が好き……って!あくまで後輩としてよ!本当の本当だから!」

 

桐絵は序盤は切なそうな声でそう告白するも、すぐに後輩としてを強調する。これについては本当に恋愛感情がないのか、桐絵が素直じゃないからか、第三者が見ているから誤魔化したのか、判断がつきにくい。

 

「とにかく!驚いただけで嫌じゃないから食べさせて!」

 

桐絵は小さい口を開けて受け入れ態勢になる。そんな桐絵に対して俺は再度人参を突き付けて桐絵の口の中に入れる。

 

「んっ……ありがとう尊。お返しよ、あーん」

 

桐絵は刺身を箸で掴み俺に突き付けてくるので遠慮なく口にする。

 

「んっ、美味しいです。桐絵先輩、あーん」

 

再度桐絵にあーんしたくなった俺は天麩羅を箸で切り、桐絵に突きつける。

 

「あーん」

 

桐絵は口を開けて天麩羅をモグモグする。小動物みたいで可愛いなぁ。

 

結局俺は桐絵からも再度あーんされたが、自分で食った場合よりも数段美味かったような気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

数十分後……

 

夕食を済ませた俺達は部屋に戻り、テレビを見る。今は腹一杯だから部屋で休んでいるが暫くしたら風呂に入る予定だ。

 

(風呂に入ったら疲れを取り、上がったらコーヒー牛乳を飲んで、浴衣を着た湯上がり状態の桐絵を見て卓球をしたいものだ)

 

酒やタバコを楽しめないのは痛いがまあ仕方ない。未成年じゃなかったら桐絵に酌して貰いたかったんだがな……

 

そう思いながらも暫くテレビを見るが、見ていた番組が終わってキリが良くなった。

 

(大分腹も満腹じゃ無くなったしそろそろ行くか)

 

俺は一度伸びをしてから桐絵に話しかける。

 

「桐絵先輩、俺はそろそろ風呂に行く予定ですが桐絵先輩はどうしますか?」

 

「あっ……うん、そうね……」

 

しかし桐絵はどうにも歯切れが良くない。もしかしてまだ腹が一杯だから入りたくないのか?

 

「体調が悪いなら無理しないで休んでください」

 

「そうじゃなくて……えっと……」

 

桐絵は真っ赤になってしどろもどろな返事しかしない。まさか熱でもあるのか?

 

すると……

 

 

 

 

 

「その……尊が嫌じゃないなら、部屋に備え付けられてる温泉に一緒に入らない?!」

 

意を決したようにそんな提案をしてきた。予想外の誘いに思わず桐絵を見ると桐絵は真っ赤になりながらも話しかける。

 

「その……折角の旅行だから、尊と同じ景色を一緒に見たいし……やっぱ昼に助けられた借りとして背中を流すわ……」

 

素直になった桐絵はそう言ってから上目遣いで俺を見てくる。お風呂イベントは待ち望んでいた事もあるので当然逆らうつもりはない。

 

しかしがっつくと怪しまれるから確認を取っておく。

 

「本当にいいんですか?俺は貸し借りなんて気にしないんで、桐絵先輩が少しでも無理と思いなら無理しないでください」

 

「無理なんて思ってないわ。それに……尊と入りたいから」

 

恥ずかしそうに自分の欲求を口にする桐絵。これ以上食い下がるのはらしくないし、乗るとしよう。

 

「わかりました。桐絵先輩が望むなら俺はその期待に応えます」

 

「ありがと……じゃあ早速行きましょ?」

 

桐絵は艶のある眼差しを向けながら俺に手を差し伸べるので俺は桐絵の手を握り、了解の合図をする。

 

「はい。行きましょうか」

 

俺は桐絵と手を繋いだまま脱衣所に向かうのだった。今から楽しみで仕方ない、よな……

 

まあ折角だし、温泉や桐絵の艶姿を見て楽しむとするのは絶対だな。

 



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第80話

脱衣所に入った俺は近くにある籠が備え付けられた棚に向かう。共用の脱衣所ではないので、脱衣したものを入れる籠の数は少ないがそれでも5人分ある。2人で風呂に入るには充分だ。

 

「えっと……じゃあ入りますか」

 

「そ、そうね」

 

俺は手を繋いでいる桐絵に対してそう告げると、桐絵は恥ずかしそうに頷きながら服に手をかける。

 

そんな光景に目を奪われそうになるがガン見したら、引かれて一緒に風呂に入る約束が無くなる可能性があるので、俺は目を逸らして自分の服に手をかける。

 

そして1枚1枚脱いで、残りをボクサーパンツ1枚になったところで視線を感じたので振り向くと……

 

「あの、桐絵先輩。そんなに見てますが、何かおかしな箇所がありました?」

 

桐絵だが、俺の着替えをガン見しているのだ。

 

しかもそれだけでなく、桐絵も服を脱いで上下共に水色の下着が露わになっていて、下着姿の女子が全裸になろうとしている男をガン見している状況だ。

 

「あ、ゴメン!」

 

桐絵は慌てて謝罪するな否や逃げるかのようにブラジャーに手をかけて外すが……

 

「って!アンタもガン見してんじゃない!」

 

桐絵のブラジャーが外れ、プックリした桜色の先端が露わになった瞬間、桐絵は手で胸を隠し真っ赤になって叫ぶ。

 

ま、まあ確かにガン見したのは事実だが、いきなり逃げるように脱いだ桐絵にも責任の一端がある気がする。

 

しかし……

 

「失礼しました。水着姿でも魅力的な桐絵先輩でしたので、つい魔が差してしまいました」

 

桐絵は理屈っぽい言い訳で逃げるのを嫌うだろうから潔く謝るべきだ。

 

言いながら頭を下げて謝罪すると、桐絵は直ぐに顔を上げろという言うので上げると、桐絵は手ブラのまま、口を開ける。

 

「ま、まあ一緒に入るのを提案したのは私だから……驚いただけで怒ってはないわよ。けど余り見ないで欲しいわ。あたしの身体は魅力的じゃないから。玲ちゃんみたいに綺麗じゃないし、柚宇さんみたいに胸は大きくないわ」

 

桐絵は弱々しく笑うが……

 

「そんなことありません。俺は桐絵先輩の身体は魅力的だと思います。抱き合った際に感じた桐絵先輩の温もりは心地良かったです。幾ら本人とはいえ、桐絵先輩を卑下するのはやめてください」

 

俺はとにかく桐絵の自嘲を止めに入る。強気な桐絵に自嘲は似合わないし、何より俺が一緒にいたい桐絵は明るい桐絵だ。桐絵が今の状態のままなら面白くないのは確実だ。

 

「……本当?あたしの身体って魅力的?」

 

「当たり前です。川で泳いだときなんて桐絵先輩の水着姿にドキドキしっぱなしでしたから」

 

「そっか……ありがと。尊にそう言って貰えると嬉しい……」

 

桐絵はそう言ってクスリと笑うと胸を隠す手を外す。それにより胸を露わにさせるとショーツに手をかける。

 

このまま見てても咎められないだろうが、万一もあるしこれ以上脱衣所で何かするのはやめておこう。

 

俺は桐絵から目を離し、本来の予定通り下着を脱いで腰にバスタオルを巻いて、衣類を籠にしまう。

 

同じタイミングで桐絵の方もバスタオルを身体に巻いて、準備完了状態となった。昼に見たビキニより露出は少ないのに、何故かあの時以上の色気を感じる。

 

「綺麗、ですね……」

 

「ありがと。尊の身体も改めて見ると筋肉、ついてきてるね」

 

そりゃ生身の肉体が弱いと不利だからな鍛錬は必須だ。最低でも高校に上がるまでにはボーダーでも中堅以上になりたい。

 

「では行きましょうか」

 

俺の呟きに桐絵が頷いたので脱衣所から温泉に出ると、風が吹いてくる。夏だから涼しいレベルだが、冬なら凍りつきそうだ。

 

しかし遥かに離れた場所にある街の光は微かにしか見えないが凄く綺麗で、近くを流れる川の音は心地よさを教えてくれている。

 

「じゃあ尊、さっき言ったみたいに身体を洗うから座って」

 

バスタオルを落ちないようにしっかり巻いた桐絵がそう言ってくるので、シャワーの前にある椅子に座る。

 

同時に桐絵が手拭いを濡らしボディーソープを付けてから、俺の背中に手拭いを当てて擦り付けてくる。手つきは凄く優しく疲れが取れるのがわかる。

 

「上手いですね」

 

「少し前まで陽太郎を洗ってたから」

 

なるほどな。あの子供は原作開始時点で5歳で、今は3、4歳だ。そう考えると少し前に桐絵が身体を洗っていてもおかしくない。

 

というか陽太郎って何者なんだ?俺が見ていた時までの原作では詳しい設定が明かされてないが、只者じゃない気がする。

 

まあそれについては原作の時期になったらわかるかもしれないし、今は桐絵に洗ってもらう事に集中しよう。

 

桐絵の手は背中のみならず腕や腰、脇なども優しく擦ってくれる。まるでお風呂屋(意味深)に行っているような気がする。どうせなら俺の息子も擦って欲しいがそれをリクエストしたらど変態扱いされるだろうから我慢だな。

 

暫くすると桐絵の手が前に出てシャンプーを取ったかと思えば、俺の頭を擦り始める。

 

(ああ、マジで幸せだ)

 

そう思いながらシャワーで泡を流すが、心も浄化されそうに思えてくる。

 

「とりあえず頭と背中は洗ったわ。それと前はちょっと恥ずかしいから自分で洗って……」

 

やっぱりな。まあこれについては慌てる時期ではない。もっと親密度を上げてからで良い。

 

「わかりました。どうもありがとうございます」

 

「どういたしまして。あたしも身体を洗うけど、洗い終わったら先に温泉に入ってて」

 

言うなり桐絵は俺の隣の椅子に座ってバスタオルを外し、生まれたままの姿になる。ガン見しないのは山々だが、怒られたら嫌だし俺は桐絵の裸を一瞥するだけで直ぐに前を向き、腰に巻いたタオルを外して身体を洗い始める。

 

そしてパパッと前を洗った俺は椅子から立ち上がり、温泉に向かおうとしたら桐絵が話しかけてくる。

 

「た、尊!タオル忘れてるわよ!」

 

桐絵は焦りながらそう言っているが……

 

「いや、温泉にタオルを入れるのはマナー違反ですから持っていかないんです。ルールを破るのは嫌いなんで上がる時に回収します」

 

「なっ……!ま、まあそうだけど……」

 

案の定桐絵は慌てだす。ルールを破るのは嫌いって言えば桐絵もバスタオルを巻かないで温泉に入るだろう。バスタオル姿の桐絵も良いが、一糸纏わぬ姿の桐絵と温泉に入りたい。

 

しかし俺の煩悩は見抜かれないだろう。何故なら温泉の中にタオルを入れるのがマナー違反であるのは紛れも無い事実だからな。

 

俺は桐絵の慌てぶりをチラ見してからそのまま温泉に入る。

 

「あ〜〜、生き返る〜」

 

余りの気持ち良さに久しぶりに前世の自分のだらけた声が出てしまう。しかしそれも仕方ないだろう。前世を含めて久しぶりの温泉なんだから。これで少しの酒があれば文句ないんだがな。

 

まあ背後からシャワーの音が聞こえている事から察するに桐絵は今の俺の声は聞いてないだろうから問題ない。

 

そして暫く夜景を眺めていると背後からシャワーの音が聞こえなくなり、ヒタヒタと足音が聞こえてくる。

 

俺の斜め左後ろ辺りで足音が聞こえなくなったかと思えば、パサッて軽快な音が聞こえ、ワンテンポおいて俺の左横に水紋が生じる。

 

俺はチラッと左横を見ると……

 

「た、尊……あんまり見ないで……恥ずかしいわ……」

 

タオルを巻かずに一糸纏わぬ姿の桐絵が真っ赤になって切なそうな声を出していた。

 

そこには普段の強気の桐絵の姿は一切なく、気弱な雰囲気の桐絵がいた。普段とは全然違う姿の桐絵にギャップ差を感じ、メチャクチャにしたい感情が一瞬浮かんだほどだ。

 

「失礼しました」

 

言いながら俺は目を逸らす。逸らすが意識は桐絵に向いているし、桐絵からの視線はビシビシ感じる。

 

チラッと横を見れば……

 

「っ!」

 

桐絵と目が合い、桐絵は真っ赤になって目を逸らす。そんな桐絵を見て愛おしく思った俺は桐絵を見たまま口を開ける。

 

「桐絵先輩。改めて今回は誘ってくれてありがとうございます。桐絵先輩と過ごす時間は気分転換になりました」

 

最近はランク戦や訓練やプレゼン作成などに時間を費やしていたからな。前世で鍛えた精神力があるからストレスはそこまで溜まらないが、遊びたい気持ちはあったからな。

 

「……あたしも凄く楽しかった」

 

桐絵はこっちを向きながらそう言ってくる。結果的に互いに見つめ合う体勢になるが、互いに目を逸らすことはなかった。

 

「桐絵先輩、近付いて良いですか?」

 

「良いわよ」

 

そして互いに距離を詰め合い、遂に肩と肩がぶつかり合う。

 

「ねぇ尊。頭撫でて」

 

桐絵は俺の肩に頭を乗せてそんなおねだりをする。当然断る理由はないので俺は桐絵の頭を優しく撫でる。

 

「んっ……やっぱり尊の撫で方、気持ちいいわ……」

 

そんな風に言ってくる桐絵は凄く可愛らしいのでこっちも攻めてみるか。

 

「それは何よりです。それと桐絵先輩、抱きしめて良いですか?」

 

「ふぇっ?!い、いきなり何を言ってんのよ?!」

 

桐絵は案の定テンパりだすが、全然嫌そうに見えないのは気のせいじゃないだろう。

 

「川で遊んだ際に桐絵先輩と抱き合った時の温もりが気持ち良かったので、またあの温もりを感じたくなりお願いしました。もちろん嫌ならしません」

 

「べ、別に恥ずかしいだけで嫌じゃないわよ……良いわよ、来なさい」

 

桐絵は恥ずかしそうに頷き、俺と向き合う。そんな桐絵の一糸纏わぬ姿に俺は我慢出来ず、それでありながら欲を出さないように心がけながら、桐絵をゆっくりと抱きしめる。

 

それにより桐絵の胸が俺の胸板に押し付けられて、この上ない柔らかさを感じる。

 

すると桐絵も俺と同じように背中に手を回して抱きついて、お互いに生まれたままの姿で抱き合っている。

 

「尊の温もり、凄く幸せ……尊」

 

「何ですか?」

 

「あたし、尊と過ごす時間は凄く好き。だからこれからも一緒に居てくれる?」

 

不安そうに聞いてくる桐絵だが、言葉は決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろんです。桐絵先輩が望むなら、喜んで」

 

俺からしたら当たり前の返事を桐絵に返す。

 

すると桐絵は目尻に涙を浮かばせて礼を口にして抱きしめる力を強めるので、俺は桐絵に負けじと今以上に桐絵の身体を抱きしめるのだった。



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第81話

「そろそろ上がりますか?」

 

温泉にて俺は自身に抱きつく桐絵にそう話しかける。温泉に入って桐絵と抱き合ってから20分、裸同士で抱き合うのは最高だが大分身体が熱くなってきた。そろそろ上がりたいのが本音だ。

 

「……もう少しだけお願い。あたし、もう少し尊とこうしたい」

 

そんな俺の提案に対して、桐絵は切なそうにおねだりをしてくる。そんな桐絵を見ると断れないな……

 

「わかりました。後5分だけですよ?」

 

「んっ……頭も撫でて」

 

桐絵が更なるおねだりをしてくるので優しい手つきで撫でると桐絵はくすぐったそうに身を捩る。互いに裸であるが桐絵は既に気にしないかのように甘えてくる。

 

今回の旅行で桐絵を今まで以上に甘えん坊にする予定であったが、成功したと言えるだろう。これから玲同様、ガンガン甘えてほしいものだ。

 

そして夏休み中に柚宇も2人と同レベルの甘えん坊にしたいものだ。可愛い女子に甘えるのも悪くないが、俺は甘えられたい側の人間だ。

 

(というか迅の話だと草壁とも仲良くなるみたいだが、普通に接するようじゃ無理だろう)

 

草壁とは精々会うたびに挨拶をする「よっ友」に近い感じだ。その事から考えるに何か劇的なイベントがあるのかもしれない。

 

そんな事を考えながらも桐絵と抱き合っているが、そろそろ5分が経過する。

 

「では上がりましょう」

 

そう言って温泉から上がって、タオルを持って脱衣所に入る。バスタオルを持ったところで桐絵もバスタオルを持って脱衣所から戻ってくる。

 

そして新しいバスタオルで身体を拭き始めるが、その際に桐絵の小ぶりな尻が微かに揺れてムラっときてしまう。胸は抱き合う際に堪能したが、尻については碌に見てなかったからな。

 

そう思いながらも俺も身体を拭き終えて、下着を上下付けて浴衣を着る。

 

一方の桐絵もライトグリーンの下着を身につけて、そのまま浴衣を着る。そして帯を締めてから俺を見るが……

 

(や、ヤバい。浴衣姿の桐絵、破壊力がヤバい)

 

露出は少ないが、風呂上がりでしっとりした髪と僅かに見えるうなじが色気を出している。

 

「桐絵先輩」

 

「何よ?」

 

「浴衣姿、凄く綺麗です」

 

「あ、ありがと……尊の浴衣姿は……か、カッコいいわよ」

 

桐絵はしどろもどろになりながらもそう言ってくる。以前の桐絵ならツンデレを発揮していただろう。

 

「ありがとうございます。桐絵先輩にそう言われると嬉しいです」

 

俺は桐絵に近づき、笑いながら礼をする。

 

「〜〜〜っ!馬鹿ぁ……」

 

桐絵は俺に文句を言うが、全然怖くないし寧ろ愛おしくすら思うくらいだ。

 

俺は桐絵の罵倒をスルーして、一足早く脱衣所を出る。そして押入れにある布団の内、1枚だけ敷いて桐絵が来るのを待つ。これは単純に桐絵と一緒の布団で寝たいと暗に伝える為だ。

 

今の桐絵なら俺が頼めば一緒に寝てくれるだろう。何せついさっきまで裸で抱き合ってたし、桐絵から求められたくらいだからな。寧ろ桐絵から誘ってくる可能性もある。

 

暫くすると桐絵も脱衣所から出て布団に気づくが1枚しかないことに気付き真っ赤になって俺を見てくる。

 

「た、尊……これって……そういう事で良いの?」

 

桐絵は恥ずかしそうに聞いてくるが、答えは決まっている。

 

「はい。俺としては桐絵先輩と寝たいです」

 

多分これまでの桐絵を見る限り了承してくるだろう。

 

そこまで考えていると桐絵がこれまでにない程に真っ赤になって慌て出す。

 

「あ、あたしは嫌じゃないけど……ま、まだ早いんじゃないかしら……?」

 

ん?一緒に風呂に入って裸で抱き合ったのに、早いって思うか?

 

「そうですか?俺は特に早いとは思いませんが」

 

「え?!そうなの?!(でも、こういうのはもっと段取りを踏んでからの方が……)」

 

何言ってんだ?最後の方はボソボソ言っていて聞こえない。

 

仕方ない、ちょっと突き放す感じで言ってみるか。

 

「桐絵先輩。嫌なら嫌とハッキリ言ってください。桐絵先輩が嫌なら無理強いはしたくないです。けど桐絵先輩が望むなら一緒に寝たいです」

 

「っ……!うぅぅぅぅぅっ!」

 

そう口にすると桐絵は更に真っ赤になって悩む素振りを見せてくる。そんなに悩むことか?俺はテッキリ即座に了承してくると思ったんだがな。

 

そう思っていると……

 

「……わかったわ。けど1つだけ約束して」

 

桐絵は真っ赤になりながらも覚悟を決めた表情を浮かべる。それはありがたいが、何故覚悟を決めた表情を浮かべているんだ。

 

頭に疑問符を浮かべる中、桐絵は息を吐き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたし……あたし、処女だから……優しくお願い……!」

 

そんな爆弾発言をしてくる。

 

(は?処女?何故今そんな話をする?)

 

一緒の布団で寝るだけで何故……あ、まさか桐絵の奴、寝るの意味を勘違いしてるな。

 

しかしどうするか?了承が出た以上、桐絵を抱く事は可能だが……時期尚早だな、うん。

 

魅力的な提案だが、避妊具無しで抱いてデキ婚とかマジで洒落にならないし。

 

よって俺は残念だが、本当の本当に残念ではあるが桐絵の勘違いを解かないといけない。

 

(まあ焦る必要はない。勘違いしている状態ではあるが、桐絵は抱かれることを嫌がってはないって事がわかったから)

 

それだけわかれば充分だ。今後どう動くかはある程度決めているが、今回の旅行は成功だからな。

 

とはいえ勘違いした照れ隠しからぶっ飛ばされそうだが、甘んじて受け入れよう。

 

俺は深呼吸をしてから桐絵に話しかける。

 

「すみません桐絵先輩。俺の言う寝るとは普通に寝るという意味です」

 

「へ?」

 

俺の言葉に桐絵はポカンとしている。どうやら意味を認識できなかったようだ。

 

「ですから普通に寝るってことで、セックスをする意味の寝るじゃないんですが」

 

俺の言葉に桐絵は無言になる。しかし直ぐにハッとした表情になり、再度顔が真っ赤になりながら俯きプルプルと震えだす。まさに爆発寸前という言葉がよく似合う。

 

そして桐絵は涙目になった顔を俺に見せてきて……

 

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「がはぁっ!」

 

照れ隠しのボディーブローを放ってきた。予想はしていたが、予想以上の一撃を食らった俺は背中から布団に倒れてしまう。

 

め、メチャクチャ痛いが、桐絵が現状俺に抱いている感情のレベルが「処女を捧げてもいい」ぐらいあるとわかったから良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぅぅぅぅぅっ!あたしの馬鹿馬鹿馬鹿!勘違いからの八つ当たりなんて最悪!)

 

唯我にボディーブローをぶちかました桐絵は自己嫌悪に陥っていた。

 

先ほど桐絵は処女云々と言って抱かれることを了承してしまい、勘違いと分かれば恥ずかしさの余りつい唯我にボディーブローをぶちかましてしまった。

 

結果的に唯我に対し、自分は唯我に処女を捧げてもいいという事を知られてしまい、桐絵からしたら悶死してしまいそうだ。

 

しかし唯我からしたら八つ当たりでしかないだろう。勘違いしたのは桐絵自身なのだから。

 

(と、とりあえず尊に謝らないと……)

 

桐絵は恥ずかしく思いながらも布団の上で蹲っている唯我に近寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん尊……勘違いしたのはあたしなのに……」

 

ボディーブローを食らって悶絶しながらも身体を起こすと、桐絵が恥ずかしそうにしながらも謝ってくる。

 

「気にしないでください。勘違いの内容が内容ですから」

 

別に怒るつもりはないので俺は優しく桐絵を抱きしめる。

 

「あっ……」

 

すると桐絵は上目遣いで俺を見ながらギュッと抱き返してくれる。

 

確かに痛いのは否定しないが、桐絵が俺に対してどのくらい好意を持っているがわかれたので安い買い物だ。まあ処女を捧げてもいいと思っているのは予想外だったが。

 

それに桐絵は俺に対して弱気になっているので、ここで怒鳴ったりしたら凄く落ち込んで後々まで引きずってしまう可能性があるからな。

 

(寧ろ今後の為に桐絵を慰めた方がいい)

 

ハーレムを目指す以上、桐絵を含めた女子達にはハーレムを作る事を認めてもらう必要があるが、それには女子達の認識を改める必要がある。その為には俺色に染めないといけない。

 

桐絵を見る限り不可能ではないだろう。出会った当初に比べて弱気で甘えん坊になってるし。まあ染め過ぎてヤンデレになったらヤバそうだけど。

 

ともあれ怒るより慰める方がメリットがあるから俺は桐絵を優しく抱きしめながら甘い言葉を囁く。

 

 

「ですから桐絵先輩は気にしないでください。俺は落ち込んでる桐絵先輩の顔は見たくないです」

 

「んっ……ありがとう」

 

桐絵は少し調子を戻しながら礼を言ってくるので優しく撫で撫ですると、くすぐったそうに目を細めてスリスリしてくる。

 

「話を戻しますが、俺は桐絵先輩と同じ布団で睡眠を取りたいですが、どうですか?」

 

「……あたしと寝たいの?」

 

「何というか……最近玲さんや柚宇さんに抱きつかれてばかりなんで、人の温もりが恋しいんです」

 

ここで敢えて玲と柚宇の名前を出す。2人に抱きつかれてばかりなのは事実だが、ここで2人の名前を出して3人を平等に扱っている事を示す。

 

「ふ〜ん。随分と仲良くやってるわね」

 

案の定、桐絵は面白くなさそうな表情を浮かべて俺を見てくる。

 

「そうですね。まあいつも良くしてもらってますね」

 

「馬鹿……だったらあたしはもっと良くしてあげるわよ!」

 

その言葉を皮切りに桐絵は俺を引っ張り布団の上に倒すと間髪入れずに抱きついてくる。

 

「尊、今はあたしと旅行してるの。だから他の人の名前は出さないで」

 

強気な口調で言いながら抱きしめる力を強めてくる。ここで拒否するのは悪手だな。

 

「わかりました。今は桐絵先輩だけを考えます」

 

「そ、それで良いの。それじゃあアンタの望みを叶えてあげるわ。一緒に寝るわよ」

 

桐絵はそう言って近くにあるリモコンを操作すると部屋が真っ暗になり、月明かりが部屋を微かに明るくする。

 

月明かりにより桐絵の顔は見えるが、幻想的で美しく見える。

 

「桐絵先輩の温もり、気持ちいいです……」

 

「ありがと……ねぇ尊。寝る前にお願いがあるんだけど」

 

「何でしょうか?」

 

俺が尋ねると桐絵はモジモジし始める。

 

「その……お、お休みのキス、してくれない?」

 

そう来たか。まあ別にそれくらいなら構わない。既に柚宇にはやった事があるからな。

 

「わかりました。するのは額で大丈夫ですか?」

 

柚宇にする時は頬か額だし、額でも違和感はないだろう。

 

「(本当は唇が良いけど、まだ早いし……)ええ。額にお願い」

 

桐絵は髪の毛を横にズラし額を露わにする。俺は桐絵の額に顔を近づけて……

 

「お休みなさい、桐絵先輩」

 

ちゅっ

 

額に優しくキスを落とす。キスをしてから桐絵を見ると、恥ずかしそうな微笑みが月明かりに照らされている。

 

「ありがとう。お休み、尊」

 

ちゅっ

 

桐絵も同じように俺の額にお休みのキスをしてくる。それだけで幸せな気分になってくる。

 

明日は気持ちよく朝を迎えることができると思いながら俺は桐絵を抱きしめる力を強めて目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「尊?もう寝たの?」

 

電気を消してから数十分、桐絵は自身と抱き合っている唯我に声をかけるも返ってくるのは寝息のみだ。

 

「ふふっ……尊は本当にカッコいいわ……」

 

桐絵は自身が恋い焦がれる男が自身に抱きついて眠っているのを見て愛おしく感じて、寝息を立てる唯我の髪を優しく撫でる。割とサラサラしている髪は撫で心地が良かった。

 

暫く唯我の頭を撫でていると桐絵は月明かりに照らされる唯我の唇に注目してしまう。

 

(尊の唇……)

 

桐絵は少しずつ自分の顔を唯我の顔に近付け、少し顔を前にやればキス出来る位まで縮めた。

 

「尊……」

 

桐絵は更に距離を詰めようとする。その際に玲と柚宇の顔が頭によぎる。

 

しかし……

 

(尊が寝ている時に抜け駆けは良くないのかもしれない……でも!尊の事が好きで我慢出来ない!)

 

抜け駆け上等とばかり桐絵は心の中でそう呟きながら頭によぎる玲と柚宇を押しのけ、自身の顔を前に出して……

 

 

 

ちゅっ……

 

自分の唇を唯我の唇に重ねる。触れるだけのキスだが桐絵の顔には熱が溜まる。

 

(あたしのファーストキス、尊にあげちゃった……)

 

ファーストキスといえば女子にとっては大切なものであるが、桐絵にとって後悔は全くなかった。

 

寝ている状態とはいえ初めて恋心を抱いた相手に捧げたのだから不満や後悔を抱くはずがない。

 

「好きよ尊。誰よりも好き……身勝手な願いかもしれないけど、あたしを幸せに……ううん、今も幸せだから、もっともっと幸せにして……」

 

桐絵は自分の心情を吐露しながら唯我に抱きつき、再度キスを落とし目を瞑る。

 

 

それから1時間ほどすると2人は幸せそうな表情で抱き合いながら眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ、んんっ……」

 

朝の光を感じた俺は目を覚ます。窓からは強い朝日が部屋を照らしている。

 

 

時計を見れば朝の8時。まあ早くはないが遅くもない時間に起きたものだ。

 

 

身体を動かすと桐絵がいないことに気付くので部屋を見渡すと荷物が置いてあるのでいるのは間違いない。

 

(桐絵はどこだ?トイレ、もしくは散歩か?)

 

ま、荷物はあるしその内戻って来るだろう。それより朝風呂に行こう。夏の夜は暑いので汗が出ているからな。

 

俺は着替えを持って備え付けの温泉の脱衣所に入ると温泉の方から女の声が聞こえてくる。脱衣所を見れば浴衣が籠に入っている。

 

(なんだ、桐絵も朝風呂か。まあ汗が出てるだろうからな)

 

言いながら俺も浴衣と下着を脱ぎ捨てて全裸になる。昨日一緒に入っただけでなく、裸で抱き合ったんだし入っても大丈夫だろう。

 

そう思いながら温泉につながるドアを開けようと手にかけ……

 

 

 

「あっ!尊!んんっ!尊ぅっ!」

 

少し開けたらいきなり桐絵の喘ぎ声が聞こえてきたので手を止めてしまう。

 

(え?今凄くエロい声で俺の名前を呼んでなかったか?)

 

半ば呆然としながらも僅かに開いたドアから温泉を覗いてみると……

 

「んあっ!好きぃ!尊の事が!誰よりも好きなのぉ!あぁんっ!」

 

シャワー近くにいる桐絵が自身の身体の敏感な部分に手を伸ばして思い切り喘いでいた。

 

(……これは見なかったことにしよう)

 

正直もっと見たいのは否定しないが、バレたら絶対にヤバそうし以降の関係も気まずくなる。武士の情けってヤツだ。

 

俺はそっとドアを閉めて下着と浴衣を着て脱衣所を後にした。朝風呂はもう少し後にしてからにしよう。

 

そう思いながらも俺はさっきの桐絵の行為を頭の中で思い浮かべるのだった。



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第82話

部屋で伸びをしていると脱衣所の方から音が聞こえてきた。どうやら桐絵が温泉から出てきたようだ。

 

俺が脱衣所を出てから5分くらいしか経ってないので温泉には浸からず、シャワーと例の行為だけで済ませたのだろう。

 

そう判断したオレは身体を起こし、再度脱衣所に入る。中には裸の桐絵がいた。

 

「あ、桐絵先輩。お風呂に行ってたんですか?散歩してると思いました」

 

俺はあたかも今起きたばかりのように桐絵に話しかける。

 

「あっ……うん。尊もお風呂?」

 

一方の桐絵は恥ずかしそうに挨拶をしてくるが、そこについては指摘しない。

 

「はい。それにしても入るなら俺も起こして欲しかったですよ」

 

「ご、ごめん。気持ち良さそうに寝てたから」

 

「なら仕方ないですね」

 

言いながら俺は桐絵と向かい合う。

 

「改めてまして。おはようございます桐絵先輩」

 

そう言うと桐絵は目をパチクリするが、直ぐに笑顔に変わる。

 

「ええ!おはよう尊!」

 

その天真爛漫な笑顔を見るだけで今日も頑張れる気がする。というか結婚したら毎日見れるってことだよな?

 

そんな事を考えていると桐絵はモジモジしながら髪を動かして額を露わにして物欲しそうに見てくる。この仕草は寝る前にも見たな。

 

俺は桐絵に近寄り、桐絵の額に優しくキスをする。すると桐絵は案の定嬉しそうに口元をゆるゆるに緩ませる。そして俺の額にもキスをしてくる。

 

「んっ……えへへ……尊のキスのおかげで気分が良いわ」

 

桐絵はそう言ってくるが、俺も似たような気分だ。今のおはようのキスのおかげで元々良かった気分が更に良くなった自覚がある。

 

俺は桐絵が横で着替える中、そのまま衣類を全て脱ぎ捨てて温泉に入り、シャワーで汗を流し始める。

 

(しかしここで桐絵があんな行為をするとはな……)

 

しかも俺をネタにしながら。正直言ってメチャクチャ嬉しい。まあいつか妄想ではなく現実にするつもりだ。

 

その時まで色々手を打つ必要があるな。下手な手を打ってNice boatされたくないからな。まあ迅によれば刺される未来がないのは安心だが、未来は無限に広がる以上油断は出来ない。

 

俺は内心にてそう考えながらもシャワーで汗を流し、身体を洗い終えると温泉に浸からず、脱衣所に戻る。

 

そして身体を拭いてから持ち込んだ下着と私服を着て部屋に戻る。部屋では桐絵がテレビでニュースを見ているが、俺を見ると驚きの表情を浮かべる。

 

「もう出たの?早くない?」

 

「汗を流しただけですから。俺としては桐絵先輩を待たせるのを悪いと思いましたし、温泉に浸かる時間より桐絵先輩と過ごす時間が魅力的ですから」

 

「ふ〜ん。そんなにあたしと過ごす時間が好きなのね、しょうがない後輩ね」

 

そう言って俺の頭を撫でる桐絵だが、口元はゆるゆるで嬉しいと思っているのは馬鹿でもわかる。

 

しかしそれを口にするつもりはない。

 

「ふふ〜ん」

 

何せ今現在、桐絵はこの上なく幸せそうに笑っているのだから。この笑顔を消すのは悪手だ。

 

それから俺は桐絵の気が済むまで頭を撫でられ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「では桐絵先輩。忘れ物はありませんか?」

 

朝食を済ませ、辺りを散歩した俺達は帰りの支度を済ませた。チェックアウトの時間までそこまで余裕があるわけではない。

 

「大丈夫よ、尊は?」

 

「確認済みです。では行きましょうか」

 

「うん!」

 

桐絵は手を繋いでくるのでいつものように握り返してから部屋を出て鍵をかける。

 

フロントでチェックアウトを済ませ、旅館の外に出ると丁度良いタイミングでバスがやって来る。狙ったわけじゃないがラッキーだな。

 

バスが停車したので乗り込み、適当な席に座るとすぐに発車する。

 

「尊、今回はありがとね」

 

バスが険しい山道を下っていると桐絵がお礼を言ってくる。

 

「こちらこそ旅行に誘っていただきありがとうございます。俺も良い気分転換になりました」

 

桐絵と川遊びをしたり、桐絵とお風呂に入ったり、桐絵と一緒の布団で寝たりと桐絵のフルコースを満喫出来たのだ。最高の旅行であることは否定しない。

 

しかし冬休みは更なる高みにある旅行を満喫できる可能性がある。桐絵1人でも最高の旅行だったのに、玲と柚宇も参加するからな。3人とお風呂にでも入ったら嬉しさで昇天するかもしれないな。

 

「桐絵先輩はどうですか?俺が一緒で退屈じゃありませんでしたか?」

 

「そんな事ないわよ!川遊びした時もお風呂に入った時も一緒に寝た時も凄く幸せだったわ。朝風呂の時もつい尊の事を考えって!なんでもないわ!今聞いたことは忘れなさい!」

 

ここで桐絵は真っ赤になって俺に詰め寄ってくる。そんな桐絵には鬼気迫るという言葉がよく似合っていると思う。

 

「わ、わかりました」

 

俺はあたかも知らないフリをして頷く。まあ内容は予想できるがあからさまな地雷源に踏み込むほど俺は馬鹿じゃない。

 

「なら良いわ。とにかく尊と過ごした時間は幸せだった。これについては嘘じゃないわ」

 

桐絵は話を切り替えてくる。なら俺も乗るとしよう。

 

「なら良かったです。桐絵先輩が幸せならそれだけで旅行に行った甲斐があります」

 

「ふぇっ?!」

 

言いながら桐絵をそっと抱きしめると桐絵は慌てるが、離すつもりはない。桐絵を俺色に染めるにはガンガン攻めるしかないな。

 

「もう尊ったら、本当に甘えん坊なんだから」

 

桐絵はそう言って抱き返しているが、甘えん坊レベルならお前の方が上だからな?まあレベル上げをしたのは俺だけど。

 

何にせよ桐絵の甘えん坊レベルが上がったので何よりだ。予定としては高校に上がるまでに桐絵と玲と柚宇の甘えん坊レベルをMAXに、そして今後接点が生まれる女子を甘えん坊にしたい。

 

俺はそう決意しながら桐絵を抱きしめて、思い切り甘やかすのであった。

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「やっと三門市に帰ってきたわね!」

 

桐絵が電車から降りてから伸びをして、その最中に離れた場所にあるボーダー本部を見る。確かにボーダー本部を見ると三門市に帰ってきたのを実感できるな。

 

そして俺達はホームから改札に向かい、改札を出る。ここで解散するのも悪くないが……

 

「送りますよ」

 

「え?そんな気を遣わなくて良いわ」

 

「俺としては少しでも長く桐絵先輩と居たいんです」

 

「んなっ?!」

 

真剣な表情を浮かべ桐絵にそう言うと案の定桐絵は真っ赤になって慌て出す。

 

「もちろん桐絵先輩が嫌ならここで解散しましょう」

 

「い、嫌じゃないわ!あ、あたしももっと、もっと尊と一緒に居たいわ」

 

桐絵は恥ずかしそうにしながらハッキリと口にする。やっぱり嫌なら無理強いはしないと言えば桐絵は素直になるな。

 

「ありがとうございます。では行きましょうか」

 

俺は桐絵の手を握って歩き出す。そして桐絵は俺に追いつくので桐絵の歩幅に合わせて歩く。

 

それから20分くらい歩くと桐絵が服を引っ張り一軒家を指差すのでアレが桐絵の家だろう。

 

「では名残惜しいですがお別れですね。本部に来るときには連絡をお願いします。また個人ランク戦をしましょう」

 

「わかったわ……あ、最後に良いかしら?」

 

「あ、はい。なんですか……っ!?」

 

「んんっ……」

 

桐絵に返事をした瞬間、桐絵の可愛らしい顔が目の前にあり、俺の唇に柔らかな感触……桐絵の唇の柔らかさが伝わってきた。

 

「そ、その……楽しい旅行にしてくれたお、お礼だからっ……!それだけだからっ!」

 

しばらくして唇を離すと、桐絵は早口になりながらそう伝えて足早に自宅の中へ入る。その際に少しだけ見えた彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

 

「ったく、最後に爆弾を落としやがって……」

 

俺はというと顔に熱が溜まるのを自覚しながらそう呟くことしか出来なかった。

 

こうして俺と桐絵の旅行は俺のファーストキスを失う形で幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……尊が起きてる時にキスしちゃった……ま、まあこれなら玲ちゃんと柚宇さんに対してリードを……いや、2人が尊にキスしたら……ううん!絶対負けないんだからっ!」

 

ベッドで悶える桐絵だが、この時の彼女は知らなかった。

 

ライバルが沢山増える事、そしてそのライバルの内何人かはとある事件により自分よりも遥かに積極的にアピールするという事を。



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第83話

ギィンッ、ギィンッ、ギィンッ!

 

目の前において鈍い音が響き渡る。

 

「このっ……!良い加減にくたばりなさいよ!」

 

「だったらもうちょい頑張れ。頑張らないと俺の防御を崩せないぞ」

 

「ムカつくわね……!」

 

目の前でスコーピオンを振るう香取が苛立ちながら文句を言ってくるのでそう返しながらレイガストを上下左右に動かしてスコーピオンをガードする。

 

既に香取の攻撃パターンは完全にインプットしているので捌くのは簡単だ。ついでに猪突猛進タイプだから読みやすい。

 

そう思いながらレイガストで香取のスコーピオンを叩きつけ、仰け反った瞬間……

 

「スラスター、ON」

 

スラスターを起動して香取にシールドバッシュをぶちかまし、後ろに吹き飛ばす。同時に主トリガーのリボルバー拳銃を展開して香取に向ける。

 

すると香取は背後にグラスホッパーを展開する。グラスホッパーを見ると上にジャンプするものとわかったのでレイガストを消して……

 

「グラスホッパー」

 

香取がグラスホッパーを踏んだ瞬間にグラスホッパーを展開する。場所は香取の真上……香取がジャンプする方向で、跳ぶ方向は真下……地面がある方向だ。

 

香取がジャンプすると直ぐに真上にあるグラスホッパーが香取の頭にあたり……

 

「へぶっ!」

 

予想外の展開だったのかそのまま地面に当たりバウンドする。

 

同時に俺はバウンドした香取の真上に再度グラスホッパーを複数展開する。跳ぶ方向は当然真下だ。

 

結果……

 

「あがががががががっ!」

 

再度グラスホッパーに触れて地面に向かって吹っ飛びバウンドして、三度グラスホッパーに触れて地面に向かって吹っ飛びバウンドして………結果的に香取はグラスホッパーによってバスケのドリブルのように何十回もバウンドする。

 

全てのグラスホッパーが消えた頃には香取は地面にうつ伏せになり、顔を上げた瞬間に……

 

「Good luck」

 

リボルバー拳銃から6発の徹甲弾により香取を蜂の巣にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

「もぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

香取は泣き声を上げて個人ランク戦ブースから走り去っていく。

 

(少々やり過ぎたか?)

 

俺はモニターにて個人ランク戦の結果を見る。

 

5本先取

唯我⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎

香取✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎

 

 

俺の全勝だ。何故こうなったかというと……

 

①廊下を歩いている

 

②廊下で防衛任務上がりの香取隊と遭遇

 

③香取がトーナメントの借りを返すとランク戦をふっかける

 

④俺がやっても良いが負けても泣くなと言う

 

⑤香取ブチ切れる

 

⑥冷静さを奪ってランク戦でフルボッコにする

 

……って感じだ。加えてランク戦中にも香取を煽りまくって、怒りで冷静さを全て奪い取ったから余裕だった。

 

香取も弱くないが俺との相性は最悪だろう。短気な人間は俺のような粘りを武器にする相手とは相性が悪いのは明白だ。

 

俺からしたら香取より弱い攻撃手でも冷静な辻と荒船の方が厄介だ。アイツらは余り苛立たず、パフォーマンスを発揮出来てるし。

 

そう思いながらブースから出るとC級隊員からドン引きの眼差しを受ける。

 

まあグラスホッパーを利用して香取でドリブルしたり、レイガストで磔にしてからリボルバー拳銃で香取を達磨にしたり、シールドを香取の足元に展開して転ばせて起き上がろうとしたらシールドで再度転ばせたりと色々やったから仕方ない。

 

そしてベンチに座っている若村と三浦の元に向かい話しかける。

 

「すみません。ちょっとやり過ぎました」

 

「いや良い。寧ろ葉子をボコボコにしてくれてありがとう」

 

若村はそう言ってくるが、まさかお礼を言われるとは思わなかった。

 

「もしかして隊長がイジメられてるのを見て興奮しました?」

 

「違う。今日また唯我にコテンパンにされたから、また訓練に励むからな」

 

「葉子ちゃん、トーナメントの少し前に攻撃手が飽きたから銃手になるって言い出したんだよ」

 

「けど攻撃手として最後の勝負って挑んだトーナメントで唯我にボコボコにされて、「絶対にぶった斬る」って銃手になるのをやめて真面目に訓練するようになったんだよ」

 

ああ、そういや原作でもそんなやり取りがあったな。って事はこの世界の香取は原作で万能手だった香取と違って攻撃手一本で行くのか?

 

こういった場面でも原作改変しているが、修達は遠征に行けるのか?

 

……い、いやアフトクラトルのヒュースが玉狛第二に入る可能性もあるし、それならなんとかなるだろう。多分だけど。

 

まあいざとなったら俺も裏で手を回すか。

 

「そうでしたか。しかし香取の場合、実力の向上をするより短気な性格を直すべきですよ」

 

「それについては同感だが、お前の戦い方はされた人間からしたら誰でもイラつくぞ」

 

「あ、あはは……」

 

若村に即座に返され、三浦には苦笑いされるが絶対的な剣の腕を持つ太刀川と高いトリオンとトリオン制御能力を持つ出水のお荷物にならないには、形振り構っては居られない。

 

誰にも予想出来ない戦術と高い防御力、攻撃手限定の絶対的な火力を武器に上に行くしかない。

 

「まあそうかもしれないですね。しかしそれを差し引いても香取って気分屋ですよね」

 

ランク戦を見ると香取隊はハマれば強いが、香取が不調だと格下相手にも落としている。

 

「まあな……っと、俺達はもう行く」

 

「防衛任務が終わってすぐにランク戦ラウンジに行ったからね。華に怒られちゃうかも」

 

「そうでしたか。呼び止めてすみません」

 

「大丈夫だ。こっちこそ葉子を発破をかけてくれてありがとな」

 

「またね唯我君」

 

「お疲れ様でした」

 

2人が去って行くので見えなくなるまで一礼する。一礼を済ませた俺は息を吐いて次の対戦をするべくブースに戻ろうとすると……

 

「おっ、面白ぇ相手がいるじゃねぇか」

 

横からそんな声が聞こえてきたので横を見ると影浦が廊下の方からやって来た。

 

「お疲れ様です」

 

後輩である俺は一礼する。

 

「あぁ。ランク戦に来たんだがよぉ、付き合えや唯我」

 

まあ格上とのランク戦は学ぶことがあるし拒否してノリ悪い奴と思われたら嫌だしやるか。

 

「5本先取で良いですか?」

 

「良いぜ。さっさとブースに行くぜ」

 

影浦に促されたので俺はブースに入り影浦を指名する。前回は隠し球により勝ったが、隠し球抜きだと何処までやれるから調べておかないとな。

 

そう思う中、仮想空間に転送されるのでレイガストを展開して影浦と向かい合う。目の前にいる影浦は獰猛な笑みを浮かべている。

 

『個人ランク戦、5本先取、試合開始』

 

アナウンスが流れると影浦は地面を蹴ってこっちに向かってくるので迎撃体勢に入るのだった。

 

 

 



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第84話

 

「お疲れ〜」

 

A級6位草壁隊作戦室にて防衛任務を終えた草壁隊銃手の里見一馬が軽い口調で作戦室に1番早く入る。ワンテンポ遅れて草壁隊万能手の佐伯竜司と草壁隊狙撃手の宇野隼人も入ってる。

 

「お疲れ様。お茶淹れてるわ」

 

そんな里見達に対してオペレーターでありながら草壁隊隊長の草壁早紀は素っ気ない口調で迎える。そんな彼女はお茶を飲みながらモニターを見ているが……

 

「おっ、唯我君と影浦先輩の個人ランク戦か」

 

モニターでは唯我と影浦の個人ランク戦が行われている。右上にはLiveと表示されているのでリアルタイムで行われているのがわかる。

 

 

5本先取

唯我⚪︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ⚪︎

影浦✖︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ✖︎

 

試合を見れば影浦が王手をかけているが唯我も食らいついている。

 

影浦が圧倒的な連続攻撃をして唯我がレイガストで防御をする。そして唯我は防御しながらも影浦の足元をアステロイドで狙い影浦のバランスを崩したり、周囲の壁を攻撃してからグラスホッパーで瓦礫を影浦に飛ばしている。

 

そして隙を見抜けば必殺一撃を放つ。現にリボルバー拳銃による射撃を3発放ち、影浦のトリオン体を削りにかかる。対する影浦は身体を捻って急所を回避するが、弾丸が脇腹と右足に掠りトリオンが漏れる。

 

影浦のサイドエフェクトは自分に向けられた感情に作用するが、裏を返せば自分に向けられてない感情には反応しない。

 

唯我はそれを逆手に取り、影浦のサイドエフェクトに反応しない足場や周りのものを利用して影浦を崩し、わかっていても回避するのが難しい状況の時のみに直接攻撃している。

 

しかし影浦も負けてはいない。体勢を崩しながらもスコーピオンを振るい、唯我の右腕を傷つける。斬り落とされていないがトリオンが漏れて動きが鈍くなり、リボルバー拳銃を落としてしまう。

 

唯我は左手にレイガストを持ち、右手にリボルバー拳銃を持つので右腕が傷つくというのは決定打を失うことを意味する。

 

同時に影浦は体勢を立て直して、マンティスを放つ構えを取るが唯我は焦りの表情を浮かべることなくレイガストを頭と心臓部の前に構える。

 

しかし次の瞬間、影浦はマンティスを唯我ではなく、唯我の足元に叩き込んだ。

 

それに伴い唯我の足元は崩壊して、唯我はバランスを崩して後ろに倒れかかる。慌てて体勢を立て直そうとするが影浦の方が一歩早く、次の瞬間には唯我は八つ裂きにされていた。

 

 

 

『試合終了、勝者 影浦雅人』

 

5本先取

唯我⚪︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ⚪︎ ✖︎

影浦✖︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ✖︎ ⚪︎

 

アナウンスと共に草壁隊作戦室のモニターに結果が表示される。

 

「唯我先輩からしたら皮肉ね。自分の使った戦術で負けが決まるなんて」

 

結果を見た草壁はモニターを見ながらそう呟く。最後の影浦は自身の切り札であるマンティスをトドメとしてではなく崩しとして使っていたが、やり方が唯我が影浦にやったパターンと同じであるので草壁の言ってることは間違いないではない。

 

「でも良い試合だったし、最初から見直しておこうっと」

 

「それは良いけど、その前に香取先輩との試合も見直して」

 

里見の呟きに草壁はパソコンを操作する。するとモニターに先程行われた唯我と香取の試合が流れるが……

 

「えげつねぇな」

 

佐伯のドン引きした声が作戦室に響き、里見と宇野が小さく頷く。

 

モニターではグラスホッパーにドリブルされる香取や磔にされて両手足を捥がれた香取、足元に展開されたシールドに何回も転ばされた香取が映る。最早イジメじゃね?、と思う3人だった。

 

そんな3人に対して草壁はいつもの口調で話しかける。

 

「戦術としては合理的だから問題ないでしょ。ただ唯我先輩の戦術の中にはウチの戦術にとって相性が悪いものもあるから後で対策をしておいて」

 

草壁は巻き戻しをして、香取がシールドによって転ばされるシーンをモニターに映す。

 

機動力が売りの草壁隊からしたら、簡単に相手の機動力を削ぐ唯我の戦術は天敵である。

 

加えてこの戦術は間違いなく流行ると草壁は確信している。何せシールドを相手の足元に展開するだけと簡単でありながら効果が絶大だからだ。

 

シールドを避けようとすれば避けれるだろうがそっちに意識を向けてしまい敵を逃してしまう可能性もあるし、シールドを破壊するために意識を向けたら、目の前の敵に隙を見せることになるので、それも悪手である。

 

シールドは遠隔操作で20メートル以上離れた場所に展開出来るので、狙撃手や銃手が攻撃手から逃げる際にも役に立つし、シールドを分割して周囲の低い位置に展開すれば、風間隊のように近接戦による連携を売りとする部隊の強みを殺す事も簡単だ。

 

 

以上のことから草壁は早急に対策を取るべきと判断した。対策しないと自分達の強みが殺されて、次回以降のA級ランク戦で不利になるし下手をしたら昇格戦でB級1位2位が自隊に挑戦してB級に落とされる可能性もある。

 

(本当に唯我先輩は予想外で面倒な戦術を使うわね……いっそこっちも機動力を活かせる戦術を聞いてみようかしら?)

 

草壁は唯我の連絡先を知らないので、兄弟子である里見を介して唯我から情報を得られないか考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁ……疲れた」

 

俺は息を吐きながらボーダー基地を出る。影浦に負けたことについてはまあ仕方ないが、影浦との試合の後に一条、生駒、王子、米屋、木虎と戦ったのでかなり疲労困憊となってしまう。もう今日は帰って寝よう。

 

そこまで考えているとポケットの端末が鳴るので取り出すと迅からの電話だった。俺は取り出して電話に出る。

 

「もしもし」

 

『よう唯我。10日のプレゼンテーションだけど14時から第2会議室を1時間借りれたし、メンバーもお前が希望したメンバーを全員集められたぜ』

 

流石実力派エリート。普段はセクハラ魔人だがこういう時は頼りになるな。

 

「そうでしたか。ご協力感謝します」

 

『気にすんな。メンバーの中にはお前の戦術に興味を持ってるからな』

 

「10日のプレゼンでは戦術論はしませんけどね」

 

『けどお前の戦術は流行るって俺のサイドエフェクトが言ってるからな。それはそうと唯我に聞きたいんだけど、最近の小南は凄くボーッとしてるんだけど旅行中になんかあった?』

 

最後の最後で桐絵に唇を奪われたが、それを話すつもりはない。というかあの日の夜に桐絵はいきなりキスした事について謝罪の電話をしてきたが、それ以降向こうが罪悪感を感じてるのか本部で会ってもぎこちない態度を取ってくる。

 

「まあ色々です。というか旅行前にサイドエフェクトで見てないんですか?」

 

『いや。旅行前にお前と小南が風呂場で裸で抱き合う未来が確定してることがわかって、これ以上砂糖を吐きたくないから以降は小南を見ないようにしたんだよ』

 

……なんか、凄く申し訳ない気分になってくるわ。未来視のサイドエフェクトって便利と思うが、欲しくはないな。

 

「……なんかすみませんでした」

 

『いや、別に怒ってるわけじゃないから気にするな。ただお前の場合、今は未来は見えないがいつか刺されるかもしれないから気をつけろ。じゃ』

 

そんなアドバイスを受けると通話が切れると携帯をしまう。

 

刺されるかもしれないね……忠告はしっかり受け取っておこう。しっかり受け取った上で慎重に動くとしよう。

 

そう思いながら俺は小腹が空いたので手頃なカフェに入る。カフェはかなりの人が居て席は殆ど空いてなかったが、僅かに空いていたので店員に案内された席に座る。

 

そしてメニューと睨み合いをしてメニューが決まり、呼び出そうとしたタイミングで店員がやって来る。

 

「申し訳ありませんお客様。現在店内大変混み合っておりまして、相席をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

周りを見ると確かに満席になっている。これなら相席を了承するのもやむなしだな。

 

「構いませんよ。それとサンドイッチセットで飲み物はアイスティーで」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

店員が去っていく中、俺は相席の相手が誰か入口付近を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

「あら?丁度良いタイミングね、唯我先輩」

 

そこにいたのは草壁隊隊長にして草壁隊オペレーターの草壁早紀だった。

 

もしかして迅の言っていた未来って今の事か?



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第85話

「失礼するわね」

 

目の前にいる草壁早紀はそう言って向かい側に座り、店員に注文をする。まさかの展開に俺は呆然とする。

 

以前桐絵との旅行中に迅から草壁に関する連絡が来たが、もしかして今からのやり取りを見ていたのか?

 

まあ何にせよ今は草壁とのやり取りに意識を集中しないといけない。

 

「先ずは相席を了承してくれてありがとう」

 

「この混雑ぶりなら仕方ないだろ。それよりさっき丁度良いタイミングって言ったが、何の用かあるのか?」

 

まさか愛の告白……なんてのはないな。顔を見合わせば挨拶をする程度の仲だし、寧ろいきなり告白されたら怪しい。

 

「ええ。唯我先輩の今日の試合見たけど、どの試合も奇抜な戦術を使っていて勉強になったわ」

 

「それはどうも。けど中には草壁隊からしたら目障りな戦い方もあったんじゃないか?」

 

今の俺はレイガストやシールドやグラスホッパーで相手の隙を生み出し、防御不能リボルバー拳銃による徹甲弾を叩き込む戦闘スタイルだ。

 

そして相手の隙を生み出す為には相手を苛立たせるのが1番だが、中に相手を転ばせたりするパターンもある。

 

機動力を重視する草壁隊からしたら厄介な戦い方もあり、それを個人ランク戦で使ったので、今後俺以外の連中も草壁隊の面々と戦う時は個人ランク戦チームランク戦問わず利用する可能性もある。

 

「唯我先輩が考えた戦術をどう使うかは唯我先輩の自由よ。確かにウチの隊からしたら厄介な戦術はあったけど今後対策はしていくし、寧ろ唯我先輩の使った戦術を利用する予定よ」

 

そうあっけらかんと返す草壁。草壁とマトモに話すのは初めてだが強気ではあるが理不尽な恨みをぶつけてくるような女ではなくて良かった。

 

「それこそお前らの自由だ。ランク戦はあくまで訓練だからな。それで俺に対して何か用があるのか?」

 

「そうね。唯我先輩は普段どうやって戦術を組み立てているか聞いてみたかったの」

 

そういう事か。まあ確かに戦術を尋ねなくても考え方を知れば、これまでとは違う戦術を思いつくかもしれないからな。

 

教えるのは吝かではないが……

 

「条件付きで教えるが?」

 

「条件?まさかとは思うけど身体とかじゃないわよね?」

 

「んなわけあるか。大企業の社長の息子がそんな要求したら大バッシングだ」

 

まあ草壁についてもいつか口説き落とすつもりだけど。レベルはガチで難しいと思うが。

 

「そうじゃなくてお前の意見だ。まずはコイツを見てくれ」

 

言いながら俺はタブレットを取り出して、例のB級隊員量産計画について記したデータを展開してから草壁にタブレットを渡す。

 

対する草壁はタイトルを見て軽く目を見開くが、直ぐに真剣な表情になって指を使ってデータを見始める。

 

5分くらいするとタブレットから目を離し俺を見てくる。

 

「これは唯我先輩が考えたもの?」

 

「まあな。これについて忌憚ない意見を聞かせてくれ」

 

草壁はA級において最年少で隊長になった傑物だ。戦略の構築についても評価が高いし、参考になる意見を出してくれるかもしれない。

 

「そうね……ボーダーの欠点、その改善案もあるし内容は良いと思うわ。協力者次第だけど、今以上のペースで正隊員を増やせると思う」

 

そう言って貰えると嬉しいが、内容「は」って事は……

 

「何か問題があったか?」

 

「改善案というよりも追加案ね。オペについても手を加えるべきだと思う」

 

あ、そっか。戦闘員を増やす案ばかり考えていたが、それをサポートするオペレーターについても考えるべきだったな。

 

「確か部隊オペレーターは研修を済ませた中央オペレーターが、部隊に入る事を希望すれば入れるんだったか?」

 

「大体合ってるわ。けど部隊オペレーターに希望してる中央オペレーターって人間関係とかを不安に思って余り多くないわ」

 

「そうなのか?」

 

「多くないわね。どちらかと言えば、部隊オペレーターが推薦する感じ。宇佐美先輩が風間隊の後任として三上先輩を推薦したり、綾辻先輩が元チームメイトの柿崎さんに宇井先輩を紹介したり」

 

なるほどな。まあ確かに新人からしたら三輪隊とか二宮隊みたいな隊長が怖い部隊には入るのを不安に思うわな。

 

「戦闘員を増やす事は部隊も増える可能性もあるから部隊オペレーターについても必然的に増える。その時に備えて部隊オペレーターに転属を考えている人をピックアップして、訓練を施すべきだと思うわ」

 

「なるほど」

 

「後は混成部隊における訓練の増加ね。大規模侵攻はいつ起こるかわからず、場合によってチームメイトと合流が出来ず他所の隊員と組む可能性があるわ」

 

まあ一理あるわな。加えて大規模侵攻では他所のオペレーターとの連携も重要だし、部隊オペレーターについても考えておく必要がある。

 

そう考えると違うポジションからの意見も重要であると理解させられるな。

 

「助言感謝する。そっちについても考えておく」

 

協力者候補に対して行うプレゼンまで後3日。オペレーターについての知識は薄いので10日の発表には間に合わないだろうが、上層部に対してのプレゼンには間に合うようにしたい。

 

「もし良かったら協力するわよ。現役オペレーターの意見は役に立つと思うけど」

 

そこで草壁がそんな提案をする。確かに現役オペレーター、それもA級で隊長をやっている草壁の意見となれば価値は高いだろう。

 

「それはありがたいが見返りはなんだ?」

 

柚宇あたりならチームメイトだし無償で協力してくれるかもしれないが、付き合いの短い草壁の場合それは考え難い。

 

「簡単な話よ。発案者の唯我先輩はそのプロジェクトを統括する側の人間になると思うけど、私についても統括する立場に選んで」

 

なるほどな。つまり助言のみならず、プロジェクトを動かす方にも携わり自身の糧にするつもりか。

 

確かにオペレーターと隊長を兼任する草壁からしたら大人数が動くプロジェクトの統括をするのは経験値の塊だろう。

 

「まあそれくらいなら構わない。優秀な人間はいて損はないからな」

 

「決まりね。じゃあ部隊オペレーターの育成に関するスライドはこっちが作ってあげるけど、発表はいつ?」

 

「協力者候補メンバーに対しては10日。んで反応が良くて箔をつけれたら上層部に発表だな。理想としては20日までに上層部に認められて、9月の正式入隊日までに始動したい」

 

俺としては、新入隊員がオリエンテーションを終わってから直ぐに参加できるようにさたい。モチベーションの向上ってのは重要だからな。

 

「じゃあ今日明日で纏めておくわ。それと発表の時には私も参加するから詳しい場所とかも教えて」

 

頼りになる奴だ。まあそれ以上に貪欲さを露わにしてるのが怖いけどな。

 

「10日の14時から第2会議室だな」

 

そう返すと草壁は紙を取り出して何かを書き込む。

 

「これ、私の携帯とパソコンの連絡先。完成したら送るから唯我先輩の携帯とパソコンの連絡先も教えて」

 

そう言われたので俺も紙を取り出して連絡先を書き込み、草壁に渡す。

 

「これは俺の連絡先だ。改めてよろしく頼む」

 

言いながら俺は手を差し出す。これについては今後において友好的な関係を築くための布石だ。

 

そして草壁は拒否しないだろう。これまでの話の内容からして握手を拒否するのは人間性に問題があるからな。

 

「ええ、宜しく」

 

草壁は特に怪しむ事なく俺の手を握り返してくる。桐絵や玲や柚宇とはまた違う柔らかさにドキッとするが、長時間の握手は怪しまれるので直ぐに手を離す。

 

同時に注文した料理がやってきたので俺達は会話を一時中断して食事をするのだった。

 

草壁についてはかなりの堅物だから、恋心を守る牙城を崩すのは至難だと思うが諦めるつもりはない。前世で草壁の姿を見る前にこの世界に来たが、ビジュアルはガチで好みだし。

 

とりあえず暫くの間は戦術やプロジェクトなど色気のない話で距離を詰めていくべきだろうな。



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第86話

活動報告を更新したので時間のある方はコメントよろしくです


8月8日

 

俺はいつものように太刀川隊作戦室に向かうべく、廊下を歩きエレベーターの前で待機する。

 

既に自分の考案した計画書は完成してコピーもしてあるので、後は草壁の考案した計画書を待つだけだ。

 

そんな訳で今は特に忙しい仕事はないが、第三者に記録を見られない作戦室で戦術の考案に挑戦するつもりだ。太刀川や出水に比べて才能がない以上、戦術と鍛錬でその差を埋めるしかない。

 

そして機動力に関する戦術を編み出したら草壁に気に入られる為に余す事なく教えるつもりだ。既に協力関係を築いたので、それを理由に教えれば怪しまれずに済むだろうからな。

 

そう思いながらエレベーターを待っているとドアが開いたので、中に入るとそこには柚宇がいた。

 

「お〜、尊君。作戦室に行くのかね?」

 

「そんなところです。トリガー戦術の訓練をするつもりなんですが、付き合って貰えますか」

 

言うなり俺に抱きつくので俺は左手で抱きしめながら太刀川隊の作戦室がある階のボタンを押そうとしたが、既に柚宇に押されていたようで光ってたので閉のボタンを押す。

 

「良いよ〜。それと尊君。前に言ってた遊びに行く約束なんだけど、10日は空いてる?」

 

そういや夏休みには柚宇や玲と遊びに行く約束をしていたな。俺としては柚宇と遊びに行くのは楽しみであるが……

 

「すみません柚宇さん。その日はどうしても外せない用事があるんで無理です。13日、15日、16日のどれかじゃダメですか?」

 

既に予定が入っているので無理だ。自分だけの用事ならともかく自分以外も絡んでいる以上、違う日にして貰いたい。

 

「じゃあ16日でお願い」

 

「了解しました。詳しい時間は12、13あたりに決めましょう」

 

「ほ〜い」

 

柚宇が頷くと同時にエレベーターのドアが開いたので抱擁を解いて歩き出そうとしたら……

 

「お〜、草壁ちゃんお疲れ〜」

 

エレベーターの外には草壁がいた。向こうも俺達に気付いたのか会釈をする。

 

「お疲れ様です。それと唯我先輩、もう完成したから唯我先輩のパソコンに送ったわ」

 

草壁の言葉に柚宇は不思議そうな眼差しで俺を見てくる。多分俺と草壁の関係性に疑問に思っているのだろう。

 

「早いな。後で確認しとく」

 

「ええ。10日は楽しみにしてるから」

 

草壁はそう言ってエレベーターに乗るが、ドアが閉まったタイミングで肩に重みを感じたので横を見れば……

 

「へ〜、どうしても外せない用事って草壁ちゃんと過ごすからか〜。いつのまに仲良くなったんだね〜」

 

柚宇が満面の笑みを浮かべながらドス黒いオーラを生み出していた。ハッキリ言おう、メチャクチャ怖い、

 

「ちゃ、ちゃうんです……」

 

俺は柚宇のオーラに逆らうことが出来なかった。年齢は実質柚宇よりもあるというのに勝てる気がしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「って、事があったんですよ」

 

「なるほどね。そんな事があったんだ〜、変な邪推してごめんね」

 

太刀川隊作戦室にて俺は草壁との間に何があったかを全て話す。正直に話した結果、柚宇はドス黒いオーラを消して謝罪してくる。とりあえず命拾いはしたな。

 

「それにしても尊君はそんな凄い計画を立ててたんだね」

 

柚宇はそう言ってくる。計画を立てた理由は前世で原作を読んでいた為被害を減らすからだが、この世界でそんな事を言えないので言い訳は考えている。

 

「はい。自分の立場からして、何らかの対策を取るべきと思いましたから」

 

「?ボーダー隊員だからって事?」

 

「いえ。スポンサー会社の社長の息子だからです。柚宇さんもご存知だと思いますが、父の会社はボーダーにおける最大のスポンサーです」

 

「もちろん知ってるよ〜。唯我グループがボーダーと提携している事を公表して勢いに乗ってるからね」

 

柚宇の言う通り、唯我グループはボーダーと提携している事を世間に公表している。ボーダーに否定的な人間がいるのは事実だが、ボーダーは若者からはヒーロー的扱いで人気組織である。

 

そんな組織と提携している事が世間に知られたら、ボーダーのファンは唯我グループに属する店などに興味を持ち、若者達から支持を得ている。

 

一方ボーダーからしてもメリットがある。唯我グループと組んでいるという事実はネームバリューになるからだ。

 

唯我グループは日本でもかなり大きいグループで、そんなグループがボーダーのスポンサーになっている以上、他の会社もボーダーとの繋がりを求めていて、ボーダーからしたら資金源が増える。

 

よって唯我グループもボーダーも提携する事で利益を生み出しているが……

 

「しかし大規模侵攻で大量の死者が出たらどうなると思います?ボーダーの評価は地に落ちますし、ボーダー最大のスポンサーのウチの会社にも飛び火するでしょう」

 

もちろんボーダーに比べたらマシだと思うが、間違いなくダメージはあるはずだ。そこがボーダー最大のスポンサーとしてのデメリットだ。

 

「なるほどね。唯我グループの御曹司の尊君からしたら、市民から犠牲者を出さないようにするべきって思うね」

 

「はい。ですからボーダーの情勢について調べ、改善案などをピックアップしたんです」

 

そう締めくくると柚宇は納得してくれた。これについては発表の際に聞く人間に計画を立てた理由を聞かれたらそう答えるつもりだ。

 

実際言っていることは間違ってないし、少なくとも「俺は別世界からやって来て、この世界は前世に存在した漫画の中であり大規模侵攻が起こる場面があった」と戯言を吐くよりは遥かにマシだ。というかそんなことを言ったら精神病院に入院させられそうだ。

 

「そっかぁ〜、尊君は偉いねぇ〜」

 

柚宇はそう言いながら俺を抱き寄せて頭を撫で撫でする。顔に伝わる柚宇の胸の柔らかさと頭に伝わる優しい手つきからはバブみを感じる。

 

 

いや、バブみって年下の女に対して男が「赤ちゃんのように甘えたい」という感情を表現した言葉だったし、違うな。なんにせよ母性を感じるのは間違いない。

 

「よしよし、頑張った尊君には何かご褒美をあげよう。何か欲しいものはあるかね?」

 

正直ママって言って甘えたい気持ちはあるが、それをやったらヤバい。多分柚宇あたりならノリノリで付き合ってくれるかもしれないが、万が一太刀川にバレたらボーダー全体に広がって、ボーダーを辞める事態になるかもしれない。まあ柚宇は作戦室にセンサーを付けているので大丈夫と思うが。

 

「いえ。まだ何も結果は出してないのでご褒美を受け取る資格はありません。強いて言うならオペレーターの育成の方を手伝ってくれませんか?」

 

よって特に要求しない。そもそも目先の利益に釣られて本命を見逃したら意味ないからな。

 

「そっか〜、うん、わかった。尊君がそう言うなら私も手伝うよ。けど、頑張ったらいい子いい子して欲しいな〜」

 

「俺は歳下ですけど?」

 

「私は気にしないよ〜、尊君に甘えたいんだけど駄目、かな〜?」

 

柚宇は上目遣いでそんな事を言ってくるが……

 

「駄目なんかじゃありません。俺で良ければいい子いい子しますのでいくらでも甘えてください」

 

返答は決まっている。いくらでも甘やかすし、最終的には俺の存在を必要不可欠ってレベルにするつもりだ。

 

俺は柚宇に対して優しく笑うのだった。



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第87話

「ふふ〜ん、頑張れば尊君にいい子いい子される〜」

 

太刀川隊作戦室のオペレーターデスクにて国近柚宇は上機嫌でパソコンを操作しながら、モニターの一面に映る唯我を見て口元に笑みを浮かべる。

 

唯我は戦術を作戦室で組み立てて、情報を表に出さない傾向があり、今は「シールドを足場にして空中を歩けないか?」というお題に挑戦していて、空中にシールドを展開してその上に乗ってからシールドの形を広げてシールドの上を歩いている。

 

初挑戦だから余り速い移動は出来てないが、そんな唯我を見て柚宇は微笑む。

 

(やっぱり尊君の行動は面白いな〜)

 

唯我は訓練の際には実戦の不向きを考えず、思いついたらとりあえず試してみる傾向がある。中には誰も実戦していない事も試している。

 

現に防御用に作られたシールドを移動用に使えないか実験してるし、以前はスコーピオンにおけるもぐら爪と枝刃を合わせて、そこら中からスコーピオンの剣山を生み出すなど中々面白い。

 

そして実戦的と判断した戦術をランク戦で使い、それを見た隊員の中には真似をする者もいて、ボーダー隊員の戦術の質も少しだが上がっている。

 

そこまで考えていると、モニターに映る唯我は足場にしていたシールドを消して地面に落下すると口を開ける。

 

『柚宇さん、次はエスクードを使えるように調整して貰えますか?』

 

「エスクード?別にいいけど、尊君にエスクードは向かないんじゃないかね?防御力についてはレイガストで充分だと思うよ」

 

エスクードは使い手が触れている地面や壁等から大型バリケードを出現させる防御用トリガーだ。

 

防御力は高いが、非透明であり地面に固定されるので移動も不可という欠点がある。更に消費トリオンも大きいので余り人気にはない。

 

防御に定評がある唯我なら使いこなせると思うが、その反面トリオン量が高くないので、レイガストとシールドがあるからわざわざエスクードを入れなくても……というのが柚宇の考えだ。

 

もちろん使う隊員はいるが今言った欠点もあり、チーム戦における作戦で使う事はあっても、常備している隊員は少ない。

 

(実際エスクードを常備してるのって、S級になる前の迅さんを始め、とりまる君と佐伯君……まさか草壁ちゃんの為?)

 

草壁隊に所属する佐伯竜司はエスクードを2枚トリガーに入れている。

 

柚宇は先ほどのやり取りからもしかして佐伯、ひいては佐伯の隊長である草壁の為にエスクードを利用した戦術を編み出しているのかと思ってしまう。

 

そう考えるとエスクードを入れたくなくなってしまう。もちろんこれは自分の考えで違うかもしれないが、好きな男が自分以外の女子の為に頑張るのだと考えたら嫌な気分になってくる。

 

すると……

 

『いえ。俺は防御力は求めてません。俺はあくまで合流手段として使いたいんです』

 

唯我からは予想外の返事が返ってくる。

 

「え?どういう意味?」

 

これには柚宇も困惑してしまう。唯我はシールドを防御以外にも使うのは知っているが、どうやってエスクードを合流手段に使うのは柚宇にはサッパリ分からなかった。

 

と、ここで部屋にブザー音が鳴り響く。これは唯我と柚宇が作戦室にいる時限定で発動するシステムで、太刀川と出水のトリガー反応が近づいたらブザーが鳴る。そうすることで唯我と2人きりで甘え合う時間を見られないようにと柚宇がプログラムを作成したのだ。

 

しかし今は甘えているわけではないので、特に焦る事なくブザーを消す。

 

「お疲れ様っす。あ、唯我のトリガー研究?」

 

「お疲れ〜。今は尊君のトリガー研究のアシスタント」

 

入ってきたのは出水で千発百中のTシャツが目に入る。

 

『あ、出水先輩お疲れ様です。時間あるならちょっと実験の相談を受けてくれないですか?』

 

「おっ、良いぜ。面白いもん期待してるからな」

 

パソコンから唯我の声が聞こえてくると出水はトリガーを起動してトレーニングステージに入る。

 

それを見送った柚宇は息を吐きながら唯我にエスクードが使えるように設定する。

 

(尊君は本当にフラグ建築士だから万が一を考えておきたいけど、草壁ちゃんに頼み込まれたら嫌だし仕方ないか〜。もういっそ家に呼んだ際に押し倒して既成事実を作ったり、最悪草壁ちゃんとフラグが立つ前に3人で囲った方が良いかもね〜)

 

「尊君、エスクードを使えるようにしたよ〜」

 

唯我は草壁相手にフラグを立てると既に判断している柚宇は目の光の色を薄くしながら唯我にエスクードを使えるようにしたことを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「よ〜す。で?今エスクードって聞こえたけど、今度は何を考えてるんだ?」

 

トレーニングステージに入ってきた出水は軽い調子でそう言ってくる。

 

「今から実際に見せますが……そうですね、出水先輩はそこで待機してください」

 

言いながら俺は出水から距離を取り、更には住宅地を越えていく。

 

結果として出水とは50メートル近く離れ、俺と出水の間には沢山の住宅地があり互いの姿は見えない。

 

「では実験を始めますが、出水先輩は俺の姿を確認したら合流しようと動いてください」

 

『あいよ』

 

出水から了承を得たので俺は身体を出水がいる方向に向けて、地面に右手をつけて、両足の踵を上げて……

 

「エスクード」

 

エスクードを俺の足元、上部が踵に当たる為に斜め向きに展開する。

 

次の瞬間には足から全身に衝撃が伝わり、俺の身体は宙を舞って、放物線を描くように出水がいる方向に突き進む。

 

出水もそれを理解したようで俺の近くに向かい、俺の軌道上に広げたシールドを展開してくれる。俺はそれにぶつかり、そのまま地面に足を付ける。

 

「いやー、今のは面白かったぜ!まさかエスクードを発射台にするなんてな!」

 

出水はそう言ってくるが、これは前世においてワールドトリガーの前にあった読み切りのネタを参考にしたやり方だ。初めて試してみたが、エスクードの展開速度はかなり速く、発射台としては最高だ。

 

「思った以上には便利ですし練習をしたいですね」

 

『うーん。発想は面白いし、合流には便利かもしれないけど、飛んでる時に当真君や奈良坂君に撃たれる危険が大きいと思うよ?』

 

ここで柚宇がそんな発言をしてくる。まあ一理あるな。最強クラスの狙撃手なら高速で飛んでいようが撃ち落としてくるだろう。

 

しかも俺はトリオン量が高くないから、狙撃手の位置が分からなければガードも出来な……あ。

 

「でしたら出水先輩がエスクードを入れるのはどうでしょう?出水先輩のトリオン量ならエスクードで飛んだ瞬間に、メインとサブのシールドを全身に纏う形で展開すれば防げると思います」

 

ついでに訓練を積めば、狙撃した瞬間のみガードする事も可能になるだろう。

 

『なるほどね〜、出水君のトリオン量ならイーグレットとライトニングの弾なら防げるし、アイビスは遅くて重いから使う人いないし悪くないかもね』

 

「ついでに狙撃してきたら場所がわかるから、ソイツを太刀川さんに獲りに行ってもらうってもアリだな。柚宇さん、俺もエスクードを使えるように頼む」

 

『ほ〜い。今設定したよ』

 

「よっしゃ行くぜ、エスクード!」

 

柚宇がそう言うや否や出水はエスクードを斜めに展開して空へ飛び上がる。

 

その速さはグラスホッパーを使った速さには一歩及ばないが飛距離については充分ある。

 

(更に俺が考えたある戦術を使えば出水の牙は更に鋭く……いや、ダメだ)

 

正直ある援護を出水に施せば出水は射撃戦で無敵になれる……と思ったが、出水以上の火力を持つ二宮が同じ戦術を使ってきたらヤバい。

 

仮にその戦術をランク戦で使い、二宮が真似するようになった場合、原作が始まってから玉狛第二が二宮隊に勝てる確率が0に近くなるだろう。

 

原作と少し変わるのは仕方ないが、バッドエンドに繋がりそうな戦術はやめておいた方がいいな。

 

俺は離れた場所に着地する出水を見ながらそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「ふぅ、疲れた……」

 

「いやトリオン体だから疲れねーだろ」

 

そんな風に出水と会話しながらトレーニングステージから出ると、柚宇がお茶の用意をしていた。

 

「お疲れ〜、お茶とお菓子だよ〜」

 

のほほんとした口調で日本茶といいとこのどら焼きをテーブルの上に置く。訓練後の休憩はこれに限るな。

 

そう思いながらも柚宇に礼をして食べる。

 

「それにしてもエスクードって思った以上に使い勝手が良いね〜」

 

「京介は京介で中々頼りになりましたけどね。唯我の場合、予想のつかない使い方してますから」

 

まあ否定はしない。記録を見ると烏丸の場合、エスクードで相手を挟み太刀川や出水に獲らせることをマトモな使い方を得意にしている。

 

俺の場合、エスクードを盾として使わず、発射台として使いさっきまで出水を飛ばし合流や爆撃や撤退させる事を練習していたからな。出水を飛ばして上空から爆撃出来れば、純粋な攻撃手を削れると思ったが、中々面白かった。

 

改善点があるとすれば……

 

「後は発射した際の初速を上げたいですね。エンジニアに頼み、耐久力を下げて展開速度や高さを大きくすれば飛距離や速度を上げれますね」

 

そうすれば狙撃手も狙うのが難しくなるからな。戦術としては悪くないだろう。

 

「エンジニアは複雑だろうな」

 

「防御用トリガーなのに防御を捨てて、移動用トリガーに変えてるからね〜」

 

2人からツッコミを入れられる。まあ防御を目的に作られたのに防御を捨てるように頼んでるからな。

 

「いやいや。寧ろ新しい選択肢の開拓ですよ。使い方を増やせばボーダーの戦力は上がります」

 

 

ボーダーの本質はランクを上げることではなく、街を近界民から守ることだ。ランク戦はあくまで訓練だから、訓練において戦術の共有や構築は必要だ。

 

基本新しい戦術ってのはふとした事から思いつく以外に、誰かの戦術をキッカケに思いつくこともある。

 

その際に俺の戦術が利用されるかはわからないが、各々で戦術の数を考えてそれを使えば、他の戦闘員がまた新しい戦術を生み出す可能性が上がる。

 

「まあそうだね〜、今回の戦術もランク戦で披露したら、機動力を好む草壁隊や王子隊は気にいるかもね〜」

 

そこまで話すと柚宇はジト目で俺を見てくる。え?なんか怒る要素あったか?

 

 

そして出水もジト目で見てくる。

 

「お前、またなんかやったの?」

 

「いえ。特に……あ」

 

もしかして作戦室に来る前に草壁と話した事が関係あるのか?草壁と話した後の柚宇はドス黒いオーラを撒き散らしていたからな。

 

「待てコラ。今「あ」って言ったよな?」

 

「気のせいです」

 

「嘘ついてんじゃねぇよ!お前頼むからこれ以上目立つなよ?!最近C級の間じゃ、お前のとばっちりで俺や太刀川さんを闇討ちする計画があるらしいんだからな!」

 

出水はガクンガクン俺を揺らしてくる。どうやら俺は闇討ちされる可能性があるようだ。そして太刀川と出水もとばっちりを食らう可能性があるとは「もしかしたら可能性はあるかもね〜、さっきまで尊君、草壁ちゃんと楽しそうに話してたし」柚宇ぅぅぅぅぅ!

 

「やっぱやらかしてんじゃねぇか!しかも次は草壁ちゃんだぁ?!テメェは地雷原をタップダンスする趣味でもあんのか?!このマゾ野郎!」

 

「痛ぇ!い、意味がわからない事を言わないでください!」

 

出水は怒鳴りながら俺にヘッドロックをしてくる。その表情には必死さがある。それについては申し訳ないが、暴力はやめてくれ。

 

というか柚宇は余計な事を言うな。やっぱお前、草壁と話した事を怒ってんのか?仕方ないから後で甘やかすとしよう。

 

俺は出水のヘッドロックにより首に痛みを感じながらそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……首が痛ぇ……」

 

「草壁ちゃんと楽しそうに話す尊君は少しは反省したまえ」

 

帰り道、出水にヘッドロックされた首をさすっていると隣を歩く柚宇がジト目で俺を見ながらそう言ってくる。

 

「理不尽過ぎでしょ……後、別に草壁との会話は楽しんでないですからね。会話なんて戦術オンリーで色気のない会話です」

 

まあいずれは色気のある会話をするつもりだけど。

 

「どうだか」

 

柚宇はプイッとそっぽを向く。その仕草は可愛いが機嫌を直さないといけないな。

 

そう思った俺は人気のない路地の前を通ると一旦足を止めて、そのまま柚宇を前から抱きしめる。

 

「ひゃぁっ!た、尊君、いきなり何をするのかね?!」

 

柚宇はくすぐったそうに身を捩るが全然抵抗はせず、寧ろ俺の背中に手を回して抱き合う体勢となる。

 

「いえ。柚宇さんはいつも俺と抱き合ってる時は機嫌が良さそうですから、機嫌を直す為にこうしただけです。嫌でしたら離れます」

 

言いながら俺は柚宇を抱きしめる力を強め、そのまま頭を撫で撫でする。

 

「む〜、尊君は本当に狡いよ」

 

柚宇は文句を言うが怒りを見せず、俺の胸元でスリスリして甘えてくる。普段のほほんとする柚宇が恥ずかしそうにしている。全く……

 

「柚宇は本当に可愛いな……」

 

「え?」

 

「あ……」

 

ヤベ、思わず呼び捨てにしちまったよ。以前柚宇には前世の俺を見せてしまったのに……

 

「尊君?今呼び捨てにしなかったかね?」

 

柚宇の顔には驚きはあっても怒りの色はない。まあ柚宇は年齢とかを気にしない性格だからな。実際太刀川の事もさん付けではあるがタメ口だし。

 

「失礼しました。実は今日読んだお気に入りの漫画で、後輩が歳上の先輩を呼び捨てにする場面を見た影響かもしれません」

 

何にせよ許可なくタメ口にしたので謝罪が必要である。

 

「なるほどね〜、けどいきなり先輩を呼び捨てにするのはどうなのかな?」

 

柚宇は楽しそうにそんな事を言ってくるが、口調から察するに何かを要求してくるのかもしれないな。

 

「柚宇さんは何を求めているのですか?」

 

柚宇の表情から察するに理不尽な要求はしないと思う。しかし若干の不安がある。

 

 

日頃からしょっちゅう抱きついて甘えてくる柚宇は俺に好意を持ってるだろうが、他の女子と余り仲良くするなって命じてきたらハーレムの設立が歳上極めて難しくなりそうだ。

 

そう思っていると柚宇は息を吸って……

 

 

「じゃあ尊君は今後、私と2人きりの時はさっきみたいにタメ口と呼び捨てね?」

 

「え?」

 

まさかの要求は自分に対してタメ口と呼び捨てにしろって内容だった。予想外の内容に思わずポカンとしてしまう。

 

「今の尊君の口調や言い方は予想外に良かったからね〜。今後2人きりの時に敬語は無しで宜しく〜」

 

「え?ちょっと柚宇さん?」

 

「つーん」

 

慌てて呼びかけるも柚宇は態とらしくソッポを向いてからチラチラ見てくる。その仕草は凄く可愛い。

 

(まあこれはこれでアリだな)

 

柚宇とは更に仲良くなれそうだし、タメ口や呼び捨てを表に出せば多少のガス抜きは出来るだろう。唯我尊に成りきってると偶に疲れるし。

 

「わかったよ柚宇。これで良いか?」

 

「っ……えへへ〜、良いよ〜」

 

柚宇はニコニコ笑いながら俺に抱きつく力を強めてくるので、俺は優しく撫で返す。ま、これはこれで悪くないな。

 

「ねぇねぇ尊君」

 

「何です……何だよ」

 

「普段の尊君も良いけど、今の尊君はもっと良い。何というか……ノリに乗ってる感じかな?」

 

当たらずとも遠からずだな。本来の俺を出せてるのだから、ノリが良いというか気楽だ。

 

「自分の事だがよくわからん。ただ俺は2人きりになった瞬間、甘えん坊になる柚宇は凄く良いと思う」

 

「も〜、尊君は〜」

 

柚宇は口元を緩ませながらも甘えん坊全開となっている。

 

ひょんなことから柚宇に面と向かってタメ口を使うようになったが、次は玲や桐絵にも使えるようになりたいものだ。

 

俺は柚宇を暫く甘やかし、抱擁を解いてから柚宇を家まで送ったが、この場にいない玲と桐絵に対する呼び方の変え方について考えるのだった。



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第88話

「さて、そろそろ開始30分前だが誰か来てもおかしくないな」

 

「今回呼んだメンバーは真面目な人が多いし15分前には集まるでしょ」

 

8月10日13時30分、俺は今第2会議室にある巨大モニターの前で草壁と雑談している。

 

自分達の正面には3つのテーブルがコの字になって設置されていて、テーブルの上にはケーキとアイスティーが置いてある。折角ご足労してくる相手に対するもてなしは重要だからな。

 

「オペレーターの方は誰を呼んだんだ?柚宇さんは俺が呼んだが」

 

「今日来るのは三上先輩、綾辻先輩、人見先輩ね。月見さんとか宇佐美先輩は用事があったわ」

 

人柄と腕で判断したようだが正解だろう。草壁は俺と計画の統括をやるから指導に関わる可能性は低いが、コイツや冬島隊オペレーターの真木理佐あたりがやったら精神が死ぬオペレーターが出るかもしれない。

 

そう思っているとドアが開くのでそっちに意識を向けると……

 

「ん?唯我がいるのは知ってたが、草壁もいたのか」

 

ドアからはボーダーで最も優秀と思われる東春秋だ。現役戦闘員で誰が最強かと聞かれたら意見は割れると思うが、最も優秀な隊員は誰かと聞かれたら大半が東を選ぶだろう。第2候補はボーダー唯一の完璧万能手のレイジだと思う。

 

「お疲れ様です東さん、一言で言うなら成り行きです」

 

草壁はペコリと頭を下げる。歳上にもタメ口を使う草壁だが、東には使うようだ。まあ気持ちはわかるがな。

 

「そうか。今日のプレゼンは楽しみにしているから2人とも頑張れよ」

 

言いながら俺達の頭をポンポン叩いてから席に座る。東は後輩に対して背を押したつもりかもしれないが、俺からしたら元A級1位部隊長からの期待によりプレッシャーを感じてしまう。

 

実際草壁も口元を痙攣らせている。我の強い草壁でも東には頭が上がらないようだ。

 

ともあれここまで来たら頑張るしかないが。

 

と、ここでまたドアが開く。次に来たのは三輪隊狙撃手の奈良坂だが……

 

「うーす」

 

「おっ、マジで草壁ちゃんといんのかよ」

 

続いて入ってきたのは三輪隊攻撃手の米屋と我が太刀川隊に所属する出水だった。いや、何でいるの?

 

「?米屋先輩と出水先輩は呼んだ覚えがないわ」

 

草壁の呟きに米屋は苦笑いをして出水は口元を痙攣らせる。

 

「相変わらずクソ生意気だな……俺達が来たのは偶然だよ。廊下を歩いてた奈良坂が迅さん経由で唯我に呼ばれたって聞いたんでな。というか大規模侵攻に関する対策なんて面白いもん考えてんなら教えろよ」

 

出水がそう言ってくるがそれは無理だ。

 

「申し訳ありません。しかし万が一C級の方に漏れて、そこから外部に漏れたらパニックになると判断して、協力者になり得る人間にしか話せませんでした」

 

壁に耳あり障子に目ありだからな。

 

B級隊員は給料と守秘義務など責任あるものに触れるから口は堅いが、C級隊員にはそういった制約がないので万が一に備えて話を聞く人間は少数にした。

 

ついでに言うと今回呼んだ人間については強さを基準にしてない。もちろん強い人間もいるが、強さ以外で呼ぶ人間を決めた。

 

小さく頭を下げて説明すると出水は納得したように頷く。

 

「なるほどな。なら仕方ねぇな」

 

「はい。それと申し訳ありませんがケーキは参加者の数しか用意してませんがご遠慮ください」

 

「ま、俺達は飛び入り参加者だから。後ろから立ち見させて貰うぜ」

 

米屋はそう言って出水と一緒に壁に寄りかかり、奈良坂は適当な席に座る。

 

「チーズケーキか……次にこういった機会があるならチョコケーキを頼む」

 

そういやコイツはチョコ好きでキノコ頭なのにたけのこ派だったな。

 

「……まあ今回の発表が成功したら、後日何回か話し合いをするのでその時の参考にはします」

 

「楽しみにしておく」

 

そんな返事をしながらアイスティーを飲む奈良坂を見ながら俺は2つの紙カップにアイスティーを注ぎ、壁に寄りかかる出水と米屋に渡す。

 

「おっ、悪いな。来るまでに汗を流したからありがてぇ」

 

「サンキュー。それにしても随分と人を集めたな」

 

出水は椅子と机を見るが、その数は20以上とかなりあるからな。

 

「まあ人が多いに越したことはありませんから」

 

そう思っている間にも次々と人が入ってくるので俺は出水と米屋に一礼して草壁の元に戻る。

 

「やっぱ集まるのが早いな」

 

「呼んだメンバーがメンバーだからでしょ。唯我先輩の計画に必要な人間は人格を重視してるし」

 

まあな。今回俺が呼んだ人間は全員人格が良い人間だし、戦闘スタイルについても丁寧なスタイルの人間であるし、遅刻するような人はいないだろう。

 

部屋にいる人間は俺を見て驚きはしないものの、草壁を見て驚きを露わにしているのが大半だ。一部の人間は草壁に手を出したのかと思っているかもしれないが、これについては気にしない。

 

それから10分、俺は他にも出水と米屋以外で立ち見希望でやってきたメンバーにアイスティーを渡していると、集合時間15分前に漸く全ての席が埋まったので俺と草壁は並んで、集まった人間と向かい合う。

 

「集合時間は14時ですが、全員集まったようなので始めたいと思います」

 

軽く一礼してから正面を見る。改めてメンバーを見ると錚々たるメンバーが揃っている。俺が迅に頼んで用意したメンバーだが……

 

太刀川隊からは柚宇

 

二宮隊から犬飼澄晴、辻新之助、鳩原未来

 

風間隊から風間蒼也、歌川遼、三上歌歩

 

嵐山隊から嵐山准、時枝充、綾辻遥

 

三輪隊から三輪秀次、奈良坂透

 

影浦隊から北添尋

 

生駒隊から水上敏志

 

弓場隊から外岡一斗

 

王子隊から蔵内和紀

 

荒船隊から荒船哲次、穂刈篤

 

東隊から東春秋、人見摩子

 

柿崎隊から柿崎国治、照屋文香

 

そして玉狛支部から協力者である迅悠一と木崎レイジが来ている。

 

俺が呼んだのは24人だ。

 

加えて立ち見希望で出水と米屋のみならず太刀川を始め、玲や二宮匡貴に加古望、当真勇に里見一馬、影浦雅人に絵馬ユズル、etc.……

 

 

結果として40人以上の人間が俺と草壁を一斉に見ている。柚宇と玲がいるから桐絵も来ると思ったが防衛任務か?

 

(つか迅は俺を恨めしげに見てるが、何か嫌な未来でも見たのか?)

 

正直気になるが、それは後回しだな。もう全員集まってるし。

 

「先ずはこの場に来ていただきありがとうございます。迅さんもコネクションが確立出来ていない自分の為にこれほどの面々を集めていただき改めてお礼を言わせてください」

 

特に三輪あたりは迅を嫌っているし、相当苦労しただろう。

 

「気にすんなって。お前の行動はボーダーの為になると思ったから協力しただけだ。でも草壁ちゃんがいるのは予想外だったぜ。どうやって口説いたんだ?」

 

迅は半ば呆れた表情だが、やっぱそこを聞かれるよな。一部の人間も興味深そうに見ていて、柚宇と玲はジト目で俺を見てる。

 

「どちらかと言えば唯我先輩の立てた計画を知った際に私の方が参加させろと口説いたわね。協力する事は自分の糧になると判断しただけよ」

 

そんな好奇の視線に対して草壁は素っ気ない口調でそう返す。実際草壁とは何回も話をしたが、色気は一切無い会話だった。

 

関わってから1週間もしてないので当然だが、いつか必ずクールな表情のみならず、恥ずかしそうな表情やデレデレの表情を向けられるようになるつもりだ。

 

草壁の言葉に好奇の視線は弱まったが、迅は引き攣った表情を浮かべている。もしかして俺が草壁と仲良くなる未来でも見えたのか?

 

だとしたらありがたいが、今は後回しだ。全員集まった以上、私事で時間を潰すのは論外だからな。

 

「ともあれ全員集まったので始めましょう。面白く無いかもしれないですが、最後まで聞いていただければ幸いです」

 

そう一礼してから俺はモニターの横に移動して、草壁は部屋の隅にあるパソコンデスクに座って、パソコンの操作をすると……

 

 

 

 

 

 

大規模侵攻対策 B級隊員量産計画

 

唯我尊 草壁早紀

 

 

 

 

俺が作り上げたスライドによるスライドショーが始まるのだった。



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第89話

大規模侵攻対策 B級隊員量産計画

 

唯我尊 草壁早紀

 

 

 

モニターにこのようなスライドが表示されると部屋からは多少の騒めきと好奇の視線を感じる。まあ名前からして大々的な内容に思うだろう。

 

そう思いながらも俺は口を開ける。

 

「正隊員の皆様ならご存知であると思いますが、迅さんが大規模侵攻に関する未来を薄っすらと見えた事で、上層部は施設強化やトラップ設置の為に正隊員からトリオンを集め始めています。しかし……」

 

一息……

 

「トラップや設備を増やしても備えあれば憂いなしです。それにもし市民から死者が出たらボーダーの評価は大幅に下がるでしょう」

 

「なるほどな。そうなったらボーダー最大のスポンサーである唯我グループの評価も下がる可能性が高いから、このような計画を立てたんだな」

 

そこまで話すと最前列にいる風間がそう言ってくるので頷く。

 

「仰る通りです。唯我グループの会長の息子として、そのような事を避けたいと思い、こちらの計画を立てたのです」

 

そう言ってから草壁にアイコンタクトをすると、スライドが変わり三段階に分かれたピラミッドが表示される。

 

「こちらは現在のボーダーの勢力図です。現在A級隊員が30人弱で、B級隊員が80人前後、C級隊員が300人前後です。そして年に3回ある正式入隊日には大体30人近く入りますが、C級隊員が多過ぎで戦える人間が少な過ぎます」

 

実際原作開始時点で400人以上いたが、多過ぎると思ったのでこの世界に来てから改善したいと思った。

 

「よって自分はC級隊員をボーダー全体で鍛え上げて戦える人間を増やすべきと思いました。大体1シーズン、4ヶ月に5、6人がB級に上がりますが、これを10人以上にすることを目標です」

 

いきなり20人以上増やすのは無理だからな。しかし1シーズンに10人増やせたら、アフトクラトルによる大規模侵攻の時には原作よりも30人以上の正隊員がいるだろう。

 

加えて俺の原作知識を迅を介してボーダーに渡せば被害を大きく減らせる可能性は高い。まあ原作と違う展開になるかもしれないから油断は出来ないが。

 

「そしてその為に必要な事を考えました。先ずは戦闘員に関する事ですが……」

 

草壁にアイコンタクトをするとスライドが変わる。

 

①正隊員による各トリガーの使い方に関する教本の作成、及び指導教室の開設

 

②一定以上の実力を持つC級隊員への昇格研修

 

この2つが表示される。

 

「先ずは①について説明しますが、ぶっちゃけ今のボーダーにおいてC級隊員に対する扱いは雑過ぎます」

 

「はっはっはっ、ハッキリ言うなお前」

 

壁に寄りかかる太刀川が笑い、東とか迅など一部の連中は苦笑いを浮かべる。

 

「狙撃手の訓練はまだしも、攻撃手と銃手らはオリエンテーションで訓練について説明したら後は殆ど放置。これでは一部の人間を除いて昇格する人は少ないです」

 

そう言ってから草壁にアイコンタクトを取り、次のスライドが映る。

 

「これが現在ボーダーに所属する狙撃手以外のC級隊員221人の所有ポイントについての円グラフです」

 

そこに表示された円グラフには「3500以上、3人」「3000以上3500未満、6人」「2500以上3000未満、22人」「2000以上2500未満、49人」「1000以上2000未満、74人」「1000未満、67人」の6つの項目があった。

 

「唯我君、全隊員のデータをピックアップしたの?凄いじゃない」

 

円グラフを見せると壁に寄りかかる加古が褒めるが、プレゼンではグラフなどを利用して明確なデータを見せることが大切だからな。

 

「ありがとうございます。更に調べたところ、個人ポイントを3000以上持つC級隊員9人は少しずつポイントを増やしているので、遅かれ早かれB級に上がるでしょうから問題ありませんが、それより下です」

 

次のスライドに映ると折れ線グラフが沢山表示される。

 

「例を挙げますと、こちらは個人ポイントが「2500以上3000未満」の隊員22人の1日ごとのポイント変動のグラフです。グラフを見ればわかりますが22人中14人は3000以上になっても割と直ぐに3000未満に落ちて伸び悩んでいます」

 

3000以上をキープするC級隊員と3000の境界線を行ったり来たりするC級隊員の間には結構差がある。

 

「彼らからしたら3000の壁を越え続けたいと思っていますが中々上手く行っていません。加えて正隊員に教えを求めるとしても中々ハードルが高いです」

 

A級とB級の間にそこまでの差はないと思うが、B級とC級の間には絶対的な格差がある。それは実力のみならず、給料や作戦室などあらゆる面でだ。

 

そして圧倒的な格差がある以上、中々話しかけるのは難しい。C級が正隊員と交流するならクラスメイトだったり、正隊員がスカウトなどを目的に話しかけるくらいだ。

 

「またポイントが全然伸びず、モチベーションが上がらない隊員もいますが、適正トリガーではない可能性もあります」

 

C級隊員は入隊が決まったら、ボーダー本部が適性を判断してトリガーを支給するが、人によっては合わないトリガーかもしれない。

 

「もちろん使用トリガーが適してないなら変更もできますが、相談出来る相手がいないとそれも難しいです」

 

中にはトリガーが合わないと思わず「自分が弱いから」と思い、変更しない隊員もいるだろう。

 

「よって正隊員の方から歩み寄る事が重要だと思います。軍事組織ではなく民間組織である以上、強制は出来ませんが放置するのは問題ですし、教本や指導教室の存在は必要だと思います」

 

実際に伸び悩んで腐っているC級隊員もいるだろうが、それを放置するのは勿体ない。よって上にいる人間が強くなる機会を用意するべきだ。

 

「そして教本や指導教室などを用意するには正隊員の存在が必要です」

 

ここまで言えば俺が呼んだ理由は馬鹿でもわかるだろう。

 

「つまり唯我は俺達にそれらの準備を手伝って欲しいということか」

 

「はい」

 

嵐山の問いに俺は頷く。これらについては俺1人では無理だ。トリガーの中には殆ど使ったことがないトリガーもあるからな。

 

「今回呼んだメンバーは大半が人格者で基本に忠実なタイプですが、そのような人間が重要です」

 

射手を例を挙げるが出水とか二宮なんかはトリオン量において絶対的な才能があり、割と火力重視のスタイルが、そういった人間は今回求めてない。

 

俺の計画は凄く強い人間を作るのではなく、一定以上の実力を持った人間を量産することだ。

 

その場合、出水や二宮みたいに才能があり過ぎる人間より、水上や蔵内みたいに才能はそこそこで基本に忠実な人間の方が必要性がある。

 

「もちろんそれが合う人間も居れば合わない人間も居ますが、このまま雑な扱いをするのは勿体ないです。重要なのは可能性の提示だと思います。①についての説明は以上ですが反対意見などがあるならお願いします」

 

一礼して一歩下がり、周りを見るが否定の色はない。

 

「訓練や教本の内容はまだ決まってないからその点は何も言えないが、C級隊員の扱いの改善については賛成だな」

 

「そうだな。正式入隊日前には大量のトリガーを作るが、正隊員に上がれないなら予算の無駄になってしまう」

 

俺が①について締めくくると木崎や風間などが賛成してくれる。ボーダーでも屈指の実力者2人が賛成してくれるなら説得力はあるだろう。

 

暫く意見を聞くが反対意見は特にないので次に行かせて貰おう。

 



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第90話

「では次に②について説明をしたいと思います」

 

「②……一定以上の実力を持つC級隊員への昇格研修とあるが、昇格条件を増やすという事か?」

 

「はい」

 

風間の問いに頷くと草壁は新しいスライドを表示する。そこには新しい円グラフがある。

 

「①については攻撃手と銃手、射手に向けた対策で②については狙撃手に向けた対策です。まあこれについては狙撃手なら予想はつくでしょう」

 

言いながらこの部屋にいる狙撃手を一人一人見てから、スライドを見る。円グラフには「合格13人」「不合格72人」の2つの項目がある。

 

 

「現在ボーダーには狙撃手の訓練生が85人います。そしてC級狙撃手がB級に上がる条件は「合同訓練において3週連続で上位15パーセントに入ること」です」

 

狙撃手がチームにいる隊員なら知ってるだろうが、チームに狙撃手がいない隊員やB級に上がったばかりの隊員は知らない可能性があるので改めて説明する。

 

「そして上位15パーセントに入った事があるC級狙撃手は13人いる中、B級に上がれる狙撃手は1シーズン、つまり4ヶ月に1人か2人です。これは明らかに少過ぎますが、ぶっちゃけ合同訓練の際に正隊員を含むのは厳し過ぎます」

 

上位15パーセント、つまり13位以内に入らないといけないが、順位については正隊員を入れた上での順位だ。

 

確かに正隊員は全員が毎回訓練に出るわけではないが、それでも上位10位を占拠するのはザラにある。

 

そして正隊員は毎回最低でも8人は合同訓練に参加しているので、C級狙撃手は5つの枠を奪い合っているのだ。

 

加えて3週連続でその枠に入らないと正隊員にはなれないが明らかに厳し過ぎる。

 

「まあ俺も2週連続で上位入り出来たのに、最後の週でギリギリ入れなくてやり直しだった時はショックだったなぁ」

 

「茜ちゃんも最後の最後で上位入りできず、また最初からって泣いてたわね」

 

ここで外岡と玲が頷く。実際原作も読んだ時もハードルが高いと思った。少なくとも俺が狙撃手を目指すなら、攻撃手や射手としてB級になってから狙撃トリガーを勉強する方針にしただろう。

 

「そんなわけで、今の昇格条件ではB級狙撃手を増やすのは難しいです。しかし大規模侵攻ではトリオン兵を警戒区域から出さない事が絶対であり、離れた場所を攻撃出来る狙撃手の数は増やしておきたいので、昇格条件を追加したいと思いました」

 

「モニターには昇格研修と書かれているが、それはつまり上位15パーセントに入った経験がある訓練生に特別な訓練を施すのか?」

 

No.2狙撃手の奈良坂が質問をする。

 

「俺は狙撃手じゃないので訓練内容は考えられないですが、まず上位15パーセントに入った事がある隊員に対して上位狙撃手に対して、訓練を施して、訓練の成績やこれまでの訓練に対するやる気などを審査して貰いたいです」

 

「それでB級隊員に上がっても問題がないと判断したら昇格させるべきと考えているのか?」

 

「いえ。それだけでは足りないです。正隊員に近い成績を出す現在の昇格方法をスルーするなら代案が必要です」

 

俺はアイスティーを飲んで一息つき……

 

「自分としては先程提示した審査を第1審査とします。そして審査が通った隊員に対して1ヶ月間、あらゆる部隊の防衛任務に同伴させる事を希望します」

 

その言葉に再度部屋に多少の騒めきが生じる。しかしそれも当然だ。

 

C級隊員は訓練以外でトリガーの使用は禁止で防衛任務にも出れないというのがボーダーの常識だが、常識をぶっ壊すと提案したのだから。

 

ともあれ話を続けよう。

 

「防衛任務の際はベイルアウト付きのトリガーを貸し出し、先実際にトリオン兵を狩ってみる。これを1ヶ月……防衛任務は大体2、3日に1回なので10回ちょっと繰り返してから審査をして、問題がないと判断した隊員を昇格……というのが自分の考えです」

 

「つまりB級になれるレベルにいる隊員に実戦経験を積ませる、と?」

 

「そうなります。先程も言いましたが今のやり方ではB級昇格は難しくモチベーションの低下に繋がる可能性もあります。結局1番重要なのはやる気ですから」

 

努力も大切だが、努力をするにはやる気がないと無理だから、先ずはやる気を出しやすい環境を作るのが第1だ。

 

「以上で戦闘員に関する説明を終わりにします。次に草壁からオペレーターなどその他に関する説明をしますが引き継ぎをする為、少しお待ちください」

 

一礼して俺はマイクを切って、草壁がいるパソコンデスクに向かう。

 

「お疲れ様、良い発表だったわ」

 

「ありがとな。次は俺がパソコンをやる」

 

言いながら俺はマイクを渡すと、草壁はマイクを受け取ってから立ち上がるので入れ替わる形でパソコンデスクに座る。

 

そして草壁がモニターの前に立ち、口を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上で戦闘員に関する説明を終わりにします。次に草壁からオペレーターなどその他に関する説明をしますが引き継ぎをする為、少しお待ちください」

 

唯我はそう言って一礼するとパソコンデスクに向かって歩き出す。

 

「思った以上に良い内容だったな」

 

そんな唯我を見た玉狛第一隊長の木崎レイジは隣に座る迅に話しかける。一方の迅はぼんち揚を食べながら頷く。

 

「まあね。色々トラブルはあると思うけど、きっと上手く……っ!」

 

そこまで話していると迅はいきなり額に手を当てて俯く。予想外の光景にレイジは軽く目を見開く。

 

「どうした?頭痛がしたのか?」

 

「ま、まあな……」

 

迅は珍しく歯切れの悪い返事をする。視界の先では唯我が草壁にマイクを渡してパソコンデスクに向かっているが……

 

(アイツ……草壁ちゃんとも仲良くなるのかよ……!あんな草壁ちゃん初めて見るぞ……!)

 

迅は草壁を見た際にある未来が見えたのだ。

 

いつ起こる未来はわからないが……

 

(草壁ちゃんってあんな可愛く笑うのかよ?!)

 

迅の見た未来では草壁が唯我に向かって小さく、それでありながら確かな笑みを浮かべていたのだ。

 

普段はクールで全然笑わない草壁の笑みを迅はこれまで見た事がなかったが、ギャップがあるからか凄く魅力的に見えた。

 

同時にそんな笑顔を向けられる唯我に対して戦慄の感情を抱いてしまう。

 

(もう勘弁してくれよ……さっき国近ちゃんと那須ちゃんのキスシーンを見て甘ったるいのに)

 

内心にて嘆いてしまう。会議室に入った際に先に部屋に入った柚宇と玲を見たが、その際に2人が別々の場所で唯我の唇にキスをする未来を見てしまった迅はそれだけで砂糖を吐きそうになった。

 

ただでさえ玉狛支部にいる時に桐絵を見た際、偶に唯我にキスをする未来が見えてるのに、更には柚宇と玲もだ。

 

迅もハードな人生を送っているとはいえ、高校三年生。人並みに色恋に興味はあるので、唯我の関係を見ると羨ましく思ってしまう。

 

(頼むぜ唯我。俺に砂糖を吐かせまくったんだし、しっかりボーダーに貢献してくれよ)

 

迅は内心にて強く祈りながら前にいる唯我と草壁を見るフリをするのだった。



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第91話

「では唯我先輩が戦闘員についての戦闘をしたので、私からは部隊オペレーター、そして正隊員を量産してからの話をします」

 

草壁はそう口にしながらアイコンタクトをするので、新しいスライドを表示する。普段は歳上にもタメ口な草壁だが、東さんや風間さんなど敬うべき人間がいるからか、丁寧な口調だ。

 

そう思いながらモニターを見ると……

 

①中央オペレーターに対する審査及び交渉

 

②様々なチームを作成して相性テスト

 

そんな文字が表示される。

 

「先ずは①についてです。唯我先輩の立てた計画が成功すればB級隊員は増えます。しかしそれに伴い部隊オペレーターの存在も重要となる反面、現状部隊オペレーターを希望しているオペレーターは少ないです」

 

「まあ人間関係とか色々問題があるからね〜。私は太刀川隊で良かったと思うけど」

 

柚宇はそう言って俺にウィンクをしてくる。同時に玲がジト目で見てきて、迅はゲンナリとした表情になる。前者はまだしも、後者はどうした?

 

疑問には思うが、今は草壁の話が重要だからスルーしよう。

 

「よって部隊オペレーターを増やす必要がありますが、これを機に全オペレーターの能力を審査するべきだと思います」

 

あー、BBFでもオペレーターのデータがあったな。トリオンは考慮しないで、指揮、戦術、並列処理、情報分析、機器操作のパラメーターがある。確か柚宇が1番優れていて、2番手が宇佐美だったか?

 

「そして調べた結果次第で、高い能力を持つオペレーターに対して、部隊オペレーターにならないか交渉することは絶対です。何故なら唯我先輩のやり方は質より量だからです」

 

まあ否定はしない。俺はあくまで雑魚トリオン兵を警戒区域から出さないようにする事を目標としているからな。

 

原作だとラービットの存在によりB級部隊は全部隊合流して、避難の進んでない区域を一箇所ずつ防衛したが、B級部隊を増やせば二箇所ずつ防衛出来るかもしれない。

 

「そしてその場合、統率するオペレーターの重要性が増しますので、才能のあるオペレーターを見つけだし、A級オペレーターが鍛え上げていきます」

 

「なるほどね。だから私とか遥ちゃんやみかみかや摩子ちゃんが呼ばれたんだ〜」

 

柚宇がそう呟くと草壁は頷く。

 

「オペレーターとして実力があり気さくな人間は指導者に向くから。真木先輩なんかは優秀だけど、相手によっては心が折れるから論外ね」

 

その言葉に当真が噴き出し、一部の隊員がコクコクと頷く。やはり真木理佐は凄く怖いようだ。

 

「早紀ちゃんはやらないの?」

 

「年が若い私がやったら不満を持つ人が出るかもしれないし、私は唯我先輩と一緒に計画の統括をやる予定だから」

 

綾辻の質問に草壁がそう答えると、一部の連中が騒めきを立てながら俺と草壁を交互に見て、迅が腹に手を当て、柚宇と玲が再度ジト目で見てくる。

 

(どんな態度だよ?言っとくが俺は当分草壁に手を出すつもりはないぞ)

 

草壁はかなりガードが固いからな。暫くは計画についての話し合いのみで、計画が軌道に乗ったあたりで食事に誘うつもりだ。

 

かなり時間はかかるかもしれないが焦るつもりはない。草壁の攻略難易度はハードだからな。

 

ちなみに真木理佐については攻略を諦めた。美人で好みではあるが怖過ぎる。ぶっちゃけ草壁より数段難易度が高いと思うし。

 

閑話休題……

 

「話を戻します。とりあえず優秀なオペレーターのピックアップと育成と部隊結成の交渉をするべきです。次に②、様々なチームを作成して相性テストについて説明します」

 

草壁は一息つくべく、アイスティーを飲むが喉の動きがエロく見える。

 

内心ムラっとするが、それを出さないように努力している中、草壁は再度口を開ける。

 

「計画が成功してチームを組めたとしても、相性が悪かったら意味がない。よって計画でB級に上がった戦闘員とオペレーターにつきましては即座にチームを組む事を認めず、仮チームを色々な組み合わせで作り、ある程度防衛任務を参加させて相性を見極めたいと思います」

 

まあ幾らチームを組めても相性が悪かったら弱いチームのままだ。

 

しかし色々な組み合わせで試せば、相性が悪いって事態にはならないで済むからな。

 

「以上で説明を終わります。私の考えは唯我先輩の計画が成功しないと実現出来ないので、ご協力お願いします」

 

草壁が一礼して一歩下がるので俺は立ち上がり草壁の横に立つ。

 

「何か質問とか不満な点とかはありますか?」

 

と、ここで手を挙げたのは東だった。なんか物凄く難しそうな質問をしそうで嫌だが無視するわけにはいかない。

 

「どうぞ」

 

「先ずはお疲れさん。良いプレゼンだったぞ」

 

「「ありがとうございます」」

 

俺と草壁は一礼する。

 

「改善点については細かいところはあるが大まかな計画としてはこれでいいと思う。けど2人が俺達にプレゼンをしたのは、上層部にプレゼンをする際に箔をつける為だろう」

 

「はい。実力者からの賛成を得る事が出来たら、交渉が有利になりますから」

 

上層部も東や風間やレイジなどが認めた案なら却下しないだろう。

 

「正しい選択だ。ただ上層部相手にプレゼンをするならもう一手、予算に関する案も入れておいた方がいい」

 

なるほどな……確かにその辺りも考えないといけないな。

 

と、ここで風間も口を開ける。

 

「東さんの言う通りだな。つい先日に大規模侵攻の話が会議に出たが、その際に予算はトラップなどの作成に重みを置くと言っていたしボーダーに余裕はあまりない」

 

「2人の提示した計画の内容は良かったから採用はされると思うが、予算に対する案を出さないと始動できるのが遅くなるかもしれない」

 

ごもっともだ。C級隊員のトリガーは武器1つしか入ってないが、B級隊員になると通信トリガーとか複数の武器、更にはベイルアウトシステムが追加されるが、相当金を食うだろう。原作でも金がないから全隊員のトリガーにベイルアウトシステムを付けれないって言われていたからな。

 

トラップの為に予算を注ぎ込んだのは厄介だ。もちろんトラップの数を増やすのも重要だから否定するつもりはないが、自分の立てた計画の障害になるとはな……

 

(一応対策はないわけじゃないが、それやったら絶対にボーダーの評判が下がるからなぁ……)

 

これが後5年後の話ならまだしも、ボーダーは生まれたばかりの組織で世間からの悪評には弱い。何せ戦闘員の大半が学生なんだからな。

 

実家の親父に頼むのは無理。実績が出た後ならまだしも、実績が出てないのに融資額を増やすのは厳しい。俺が頼めば可能かもしれないが、つい最近一人暮らしをする理由として「自立したいから可能な限り頼らない」って言ったのだ。

 

と、ここで東がフォローしてくる。

 

「まあ俺達は戦闘員だから今無理に捻り出す必要はないだろう。ただ上層部に早く認められるには予算についても考えた方がいいとは覚えてくれたら大丈夫だ」

 

「……ご助言ありがとうございます」

 

「気にするな。それで?計画を聞いて賛成の人は署名でもするのか?」

 

「あ、はい。今の話を聞いて協力しても良いと思った方はこの紙に署名をお願いします」

 

俺は一枚の紙を取り出して東に渡す。その紙には複数の欄があり、書いた人間は計画に協力する旨が書かれていた。

 

東はサインして隣にいる歌川に渡すと、歌川もサインをしてくれた。

 

それから10分近く経過した際に紙が俺の元に帰ってきたが、俺が呼んでない野次馬連中の中にも署名してくれた人がいたのでプレゼンは成功だと思うのだった。



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第92話

「ふぅ、疲れた……」

 

プレゼンが終わって、聴者が部屋から出て行くのを確認した俺は大きく伸びをする。

 

「まあ東さんや風間さんの前で話すのは肩がこるわ」

 

草壁も息を吐きながら肩をコキコキと動かしながら近くにあるテーブルに触れる。聴者はともかく、会議の準備をした俺達には片付けの仕事があるからな。

 

「何にせよ予想以上に反応が良かったし、今日明日で予算の対策案を考えて、1週間以内に上層部にプレゼンをするわよ」

 

まあ来月の正式入隊日に始動したいことを考えると当然だ。

 

「そうだな。ちなみに草壁は予算の対策案があるか?」

 

俺は椅子を片付けながら質問をする。

 

「一応あるわ」

 

「そうか。俺も一応あるから聞かせてくれ。まあ絶対に却下されると思うがな」

 

「じゃあ多分私と同じね。私としては先のない訓練生については除籍して、その訓練生が持っていたトリガーを次のシーズンに入隊する訓練生に支給するべきだと思う」

 

「やっぱそれだよな」

 

草壁の案に頷く。正式入隊日に入隊する訓練生はシーズンごとに変わるが、大体30人から40人だ。つまりその度にトリガーを新しく30個から40個も作る必要がある。

 

いくらベイルアウトシステムとかが付いてないとはいえ、結構な金がかかるだろう。

 

しかし既に作られているトリガーを支給すれば金はかからない。そして既に作られているトリガーを確保するなら、先のない訓練生を除籍して没収すれば良いというのが俺や草壁の考えだ。

 

ぶっちゃけB級隊員量産計画が始動できたとしても上がれない人間はいるだろう。それについては仕方ないが、その中でやる気が見えない訓練生は除籍しても良いだろう。強くなろうとしない訓練生などクソの役にも立たないからな。

 

しかし……

 

「弱者をリストラ出来るほどボーダーは組織として強くないからな」

 

大企業がリストラをするのとは話が違う。ボーダーは出来上がってから3年しか経っていない未熟な組織だ。

 

今の時期に弱者をリストラする方針を取って世間に知られたら大バッシングを受けるだろう。

 

記憶封印処理についてもダメだ。仮にリストラ対象の記憶を封印しても家族や友人相手にボロを出してしまい、その事が露呈したら更にヤバいからな。

 

弱者をリストラする方針を取るにはボーダーは組織として更に大きくしないといけない。最低でも後5年くらいは必要だと俺は思う。

 

「残念ながらそうでしょうね」

 

「随分と辛辣な事で」

 

「事実を言っただけよ。才能がないならまだしも、努力をしない人間なんかいても周りの足を引っ張るだけよ」

 

ごもっとも。

 

「そんな訳で別案を考える必要があるわ。今日のところは解散して別案を思いついたら情報共有して、計画に組み入れるわよ」

 

「ああ。今日はお前のおかげで良いプレゼンになった。ありがとな」

 

草壁の考えが無ければ、B級隊員を増やすことは出来ても、安定した部隊を作る事は出来ない未来があったかもしれない。

 

「こっちも有意義な時間になったからお互い様よ」

 

「そう言ってくれるとこちらもありがたい。礼と言っちゃなんだが、次のA級ランク戦、風間隊と三輪隊を戦うが見てほしい」

 

そう言うと草壁は興味深そうな表情を浮かべる。

 

「面白い戦術を使うの?」

 

「既に太刀川さん達の了承を得てる。お前は以前俺の戦略について興味がある云々言ってたからな。草壁隊に使えそうな戦術を使うつもりだ」

 

「なら楽しみにしておくわ。じゃあ私はこれで」

 

草壁が会釈をして部屋から出て行くので、俺も私物を整理して鞄に詰め込んで戸締りを確認すると電気を消して会議室から出る。

 

すると……

 

「「お疲れ〜(お疲れ様)、尊君」」

 

会議室から出ると、柚宇と玲が部屋の入り口付近にいてそのまま両腕に抱きついてくる。草壁は既に去ったようでこの場にいない。

 

「さっきのプレゼンテーション、凄くわかりやすかったわ。それに……発表してる時の尊君、凄くか、かっこよかったわ……」

 

右腕に抱きつくのは玲で、恥ずかしそうに褒めてくる。しかし腕にはしっかり抱きついて離れる気配を見せない。

 

「色々大変だと思うけど頑張るから。私も尊君の支えになるからね〜」

 

左腕に抱きつくのは柚宇でいつもののんびりした口調でありながら、俺を見る目には艶があり、俺の左腕には物凄く柔らかな感触が伝わっている。

 

甘えん坊な2人を見ると疲れがみるみる取れてくる。とはいえ完治はしないだろうから少し休もう

 

「ありがとうございます。お2人にそう言って貰えると嬉しいです。ところでお2人にお願いがあるのですが、良いですか?」

 

「良いわよ、何かしら?」

 

玲が聞いてきて柚宇も頷く。俺は今から2人にアプローチを仕掛けるつもりだが、今の彼女らなら受け入れてくれるだろう。

 

「実は今から仮眠室で休む予定なんですが、お2人に時間があるなら一緒に寝てくれませんか?」

 

俺の頼みに2人は顔を見合わせるが、やがて笑みを浮かべて……

 

「「良いよ〜(良いわよ)」」

 

了承してくれる。それを見た俺は嬉しく思いながら仮眠室に向かう。

 

「ありがとうございます。ここ最近はプレゼンの準備で疲れたんですよ」

 

瞬間、2人はジト目で見てくる。

 

「草壁ちゃんと夜遅くまで頑張ったのかな〜」

 

「そういえば尊君はいつ草壁さんと仲良くなったのかしら?正直草壁さんと一緒にいたのは驚いたわ」

 

2人はジト目を向けながらも不安そうに抱きしめる力を強める。まずは事情を知らない玲に話すべきだな。

 

「草壁とは戦術を話している時に意気投合して、俺が計画について説明したら、手伝いを買って出たんだよ」

 

「そ、そうだったのね……(てっきり尊君がまた無意識のうちに口説き落としたのかと思ったけど違うようね)」

 

玲は小さい声でなんか言っているが、何を言っているのやら……まあ何にせよ、さっきよりもジト目は弱まってるし玲は大丈夫だな。

 

問題は柚宇の方だ。俺はジト目を向ける柚宇に対して、柚宇の手に自分の指を絡める。それによって柚宇はジト目を消して恥ずかしそうにしながら指を絡め返してくる。

 

俺は柚宇の指をニギニギしながらも仮眠室に到着したので、使われてない仮眠室に入り鍵をかける。

 

そして直ぐにベッドの上に乗ると……

 

「「尊君、お休みのキスをして」」

 

2人は左右を陣取っておねだりをしてくる。

 

「2人もですか?」

 

瞬間、2人は不機嫌な表情にはなる。え?今怒るところあったか?

 

「"も"って事は桐絵ちゃんともしたのよね?」

 

そ、そこか……

 

「多分旅行の時だと思うけど……まさか唇同士?」

 

「いやお休みのキスにおいて唇同士のキスはしていないですよ。したのは額です」

 

旅行の終わりにお礼として唇にキスをされたけど。

 

「そうなんだ〜。じゃあ私の額にもして」

 

「私も……」

 

柚宇は腕に抱きつきながら、玲は服を引っ張りながらおねだりを再度してくる。

 

当然断るつもりはないので……

 

「ではお2人とも、お休みなさい」

 

ちゅっ ちゅっ

 

俺は2人の額にキスをする。すると2人はより一層密着して……

 

「「お休み、尊君」」

 

ちゅっ ちゅっ

 

俺の両頬に柔らかな感触が伝わってくる。どうやら2人は頬にキスをしてくれたようだ。

 

その事に嬉しく思い俺は2人の温もりを感じながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 

それから2時間後、俺は目を覚ましたが2人は眠りながらも甘えていて凄く魅力的だったのは言うまでもなかった。

 

 



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第93話

「ああ、決めたよ。保証人が必要だからそこは頼む」

 

『わかった。もしも辛くなったらいつでも帰ってこいよ』

 

「ありがとう。じゃあまた」

 

そう言って通話を切って息を吐く。

 

「相変わらずの親バカだな。まあこれで8月中に一人暮らしが出来るな……」

 

俺は息を吐きながら不動産屋を見る。つい先ほど、気に入った賃貸物件を見つけたので借りたいと思ったが、保証人が必要であったのでこの世界の親に連絡を取って、了承を得たところだ。

 

そして8月中に一人暮らしが出来るので、そうなれば玲達を呼んでも邪魔が入らない。ボーダー基地で玲達と甘い時間を過ごしていると、偶に邪魔が入ってくる。

 

(プライベートスペースはハーレム計画には必須だからな)

 

俺は現在「唯我尊育成計画」と「B級隊員量産計画」と「ハーレム計画」の3つの計画を立てている。

 

唯我尊育成計画とは唯我尊、つまり俺をA級1位として相応しい人間にさせる計画だ。原作の唯我尊は余りにも弱過ぎであり、唯我尊に憑依した俺からしたら、折角ワールドトリガーの世界に転生したのにお荷物扱いされる惨めな人生は真っ平ゴメンだからな。

 

これについては何時頃達成するかはわからないが、自分でも成長を感じるので遠くない未来には達成出来る。

 

 

 

B級隊員量産計画は原作であるアフトクラトルの大規模侵攻による被害を減らすためだけ。あの時は市民からの死者や拉致被害者は出なかったが、ボーダーからは死者が数名と拉致被害者が40人近く出た。

 

原作に入った以上、少しでも減らしたい。もちろん被害を0にするのは至難だろうが、少なくとも死者は0にする。死者が出るのと出ないのでは全然違うからな。

 

まあ原作の時期になって玉狛第二がA級に上がれるかどうかは不安に思うがヒュースも入れば多分大丈夫だろう。もしかしたら漫画によくある御都合主義が……いや、ワールドトリガーはないな。修なんて修行したのに速攻で東に落とされたし。

 

 

 

 

そしてハーレム計画はボーダーの可愛い女子数人を囲って甘々な生活を送る計画だ。予定としては最低5人、多くて7人ぐらいまで囲いたい。

 

この計画については順調とも言えるし順調じゃないとも言える。既に玲と柚宇と桐絵は俺が囲もうとしなくても寄ってくるし、桐絵に至っては唇同士のキスをしてきたからな。

 

問題は全員を囲っても彼女ら1人1人に受け入れて貰えるかだ。現状、玲も柚宇も桐絵も独占欲がそこそこあるし、草壁を始めとした今後狙う女子も最初は受け入れて貰えないだろう。

 

一応受け入れて貰える為の策が無いわけじゃない。しかもそこまでリスクが大きくない策が。

 

しかしこの策は難しくない反面、使うタイミングが非常に少ないので厄介だ。

 

(まあ今は気にしなくていいか。とりあえず草壁と交流を深めながら新しい女子ともコンタクトを取っておくか)

 

5人目にコンタクトを取る相手は決まっている。B級隊員量産計画の際には接点が出来るだろうからそこを利用する。

 

とはいえ難易度は草壁ほどじゃないが高いだろうから慎重に行かないとな。

 

そう思いながら俺は炎天下にさらされた道を歩くが、汗がダラダラ流れて仕方ない。

 

コンビニにアイスでも買おうか思っている時だった。

 

「あっ……尊……」

 

曲がり角から荷物を持った桐絵が現れて、俺に気付くと頬を染めながらもバツの悪そうな表情になる。どうやらまだキスについて気にしてるようだ。

 

「お疲れ様です桐絵先輩。防衛任務上がりですか?」

 

「えっ……ううん。買い物に行ってきた帰り。尊こそ防衛任務上がり?」

 

「いえ。俺は一人暮らし用の物件探しです」

 

そう返すと桐絵はキョトンとした表情に変わる。

 

「え?尊、一人暮らしをするの?」

 

「はい。自立していきたいので。もし一人暮らしを始めたら遊びに来てください」

 

そして俺抜きでは生きていけないレベルまて甘やかす。

 

それには……

 

「ええっ?!む、無理よ!恥ずかしいじゃない……!」

 

キスを引きずっている状態をなんとかしないといけない。

 

「何故ですか?この前の旅行では一緒にお風呂に入ったり寝たじゃないですか?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「もしかしてこの前のキスについて気にしてるのですか?」

 

「う、うん……」

 

桐絵は恥ずかしそうに頷く。

 

「アレは楽しい旅行にしてくれたお礼のキスと言っていましたが、外国ならよくあると思います」

 

外国行ったことないからわからんけど。

 

「それに俺も尊敬する先輩からのキスなら恥ずかしいとは思いますが、嬉しかったです。ですから桐絵先輩も気にしないでください」

 

「……本当?あたしに半ば無理矢理キスされて嫌じゃなかった?」

 

桐絵は上目遣いで俺を見てくる。凄く可愛い。

 

「嫌なら桐絵先輩を家に誘いませんよ」

 

「そ、そっか……ありがと」

 

桐絵は照れながらも礼を言ってくる。これで少しずつ立ち直るだろう。

 

そう思いながら俺は桐絵の手にある荷物を自分の手に移す。見たところ結構な量があるからな。

 

「自宅か玉狛かわかりませんか、送りますよ」

 

「自宅だけど良いの?」

 

「構いませんよ。今日は本部に行かないんで」

 

言いながら俺は桐絵の家の方に向かって歩き出すと桐絵も横に並ぶ。

 

「そういえば尊、レイジさんから聞いたけど正隊員を増やす為に頑張ってるみたいじゃない」

 

「B級隊員量産計画の事ですか?」

 

「そうそれ。もし良かったらあたしも協力するわよ」

 

桐絵はそう言いながら上目遣いで見てくる。俺の気のせいでないなら頼られたいと目が言っているような気がする。

 

「気持ちはありがたいですが、桐絵先輩はスペシャリストですから無理ですね。指導教官には基本に忠実な人間が向いてますので、桐絵先輩は大規模侵攻で人型を倒してください」

 

「なるほどね……わかったわ。人型はあたしが倒すわ!」

 

桐絵はテンションを上げながらそう言う。ぶっちゃけ感覚派の桐絵に指導役なんて向かないからな。

 

とはいえ馬鹿正直に言ったら不機嫌になるだろうからスペシャリストと褒め、別の役割を頼むのが1番だ。

 

そんな事を思いながら歩いていると、桐絵がモジモジしながら話しかけてくる。

 

「ねぇ尊。聞きたいことがあるんだけど良い?」

 

「何ですか?」

 

「答えたくないなら答えなくて良いんだけど……尊って好きな女子っている?」

 

遂にこの質問が来たか。この返事については決まっている。

 

「今はいませんね。少し前に好きな子が居ましたが、告白する前に彼氏持ちとわかったんで」

 

これについては前世で似た事があったので強ち間違いじゃない。

 

「そ、そうなんだ。じゃあボーダーの誰かと付き合いたいって考えたりしてないのね」

 

「まあ今は忙しいですし、それ以上に俺の知り合いの女性は魅力的な人が多いですから、誰か1人を選べって言われても選べないですよ。全員選んで良いみたいな選択肢があれば楽なんですが」

 

ここでさりげなくハーレムを希望している事を遠回しに言う。まあ念の為にフォローするが。

 

「すみません。女子の桐絵先輩からしたら今の意見は不愉快かもしれないですね」

 

「えっ……そんな事ないわ。真面目な尊がそう考えてたのは驚いたけど、人間の感情は複雑だしね」

 

桐絵はそう言ってくるが、軽蔑の色は無かった。とりあえずこれなら問題ないだろう。

 

そう思っていると桐絵の家に到着したので俺は桐絵に荷物を渡す。

 

「ではこれで失礼します」

 

「あ、待って。その……また助けて貰ったお礼を……」

 

桐絵は恥ずかしそうにしながらも目を瞑り、そのまま俺に近付き……

 

ちゅっ

 

以前のように唇を重ねてくる。それに伴い以前も感じた熱が顔に生まれる。

 

「じゃあ尊。またね……荷物、ありがと」

 

桐絵は早足で家に入るが、今後はお礼をする際にキスをするだろう。

 

とりあえず夏休みが終わるまでに柚宇と玲に対しても動くとしようか。

 

俺は内心満足しながら自宅に向かうのだった。



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第94話

「ふぅ、とりあえずポスターの文はこれで良いか」

 

8月15日、俺は自宅でパソコンを操作しながら息を吐く。

 

現在俺はB級隊員量産計画における宣伝用ポスターの制作をしている。

 

まだ予算における対策案が思い浮かばないので上層部に報告してないが、実行の際に備えて下準備をしている。

 

理由としては9月の正式入隊日まで余裕があるわけではないから可決されてから動いたんじゃ間に合わないことに加えて、既に協力者の中には武器トリガーにおける教本を作り始めているからだ。

 

協力者が動いてるのに統括担当が動かないなんて論外でしかない。

 

よって予算の対策案を考えながら今出来ることを進めているのだ。

 

今やってるのはポスターの制作だ。理由として正隊員はボーダーから端末やタブレットが支給されるが、訓練生には支給されないのでポスターをボーダー基地に大量に貼り付ける必要がある。

 

「後はイラストなどを付けたいが、コイツはオペレーターに任せるか」

 

俺はイラストとか得意じゃないからな。

 

しかし肝心の予算の対策案が浮かばない。正直言って以前草壁と話した「やる気のない雑魚を切り捨てて、没収したトリガーを使い回す」のは今のボーダーにはリスクがデカイから無理。

 

実家の親父に頼むのは無理。実績が出た後ならまだしも、実績が出てないのに融資額を増やすのは厳しい。俺が頼めば可能かもしれないが、つい最近一人暮らしをする為に「自立したいから可能な限り頼らない」って言っちまったからなぁ。

 

そうなると夜間のボーダー基地の電気の節約とかぐらいしか思いつかん。唐沢なら金集めが上手いかもしれないが、それにしてもこっちがある程度考えてないと動かせないだろう。

 

(というかC級が多過ぎるだろ)

 

今でも300人近くいて、原作開始時点では400人以上いるが多過ぎる。

 

一方正隊員は今は80人前後で、原作開始時点では100人ちょっとだ。

 

つまり1年で20人近くの正隊員が生まれ、100人以上訓練生が増えるのだ。

 

しかも原作だとアフトクラトルが攻めて以降、修の記者会見の影響で更に入隊希望者が増えているし、いずれボーダーのランクのピラミッドは1番下がぶっちぎりの大きさになる……ん?

 

(待てよ、よく考えたらあるじゃねぇか)

 

予算を増やすのは実績を出してからだが、無駄を省く方法としては良い手があった。

 

俺は早速草壁にメールをしてみる。すると直ぐにメールが返ってきて、草壁は賛成の意を表明していた。実際このやり方はリスクが少ないし賛成するだろう。

 

そうと決まれば早速上層部とコンタクトを取る必要があるな。俺は携帯を取り出して本部長に連絡をする。以前太刀川が問題を起こしたら連絡しろと教えて貰った。

 

「もしもし、忍田本部長ですか?」

 

『ああ私だ。私に電話するということ慶がまた何かやらかしたのか?』

 

真っ先に太刀川の名前が出るあたり、戦闘以外では一切信用されてないようだ。

 

「太刀川さんは関係ありません。実は上層部に少々話したいことがあるのですが」

 

『上層部?城戸さんとかにもか?』

 

「はい。以前武富桜子がやったようにプレゼンをしたいことがありまして16日以降で予約出来ますか?」

 

16日は柚宇とデートの約束があるからな。

 

『……なるほどな。話はわかったが、唐沢さんは今県外に交渉に行っていて17日の夜まで帰ってこないから、今日から17日までは無理になるが大丈夫か?』

 

「大丈夫です」

 

唐沢は金集めが得意だから居て貰わないと困るしな。

 

『わかった。後で他のメンバーにも予定を聞いてみるが、空いている時間があればまた連絡する』

 

「宜しくお願いします」

 

本部長への連絡を済ませた俺は向こうが通話を切ってから、次に柚宇に連絡をする。

 

『もしもし?どうしたのかね尊君?明日のデートの集合時間について?』

 

「はい。柚宇さんは何時頃がいいですか?」

 

『………』

 

あれ?返事がない?

 

「あの、柚宇さん?」

 

『……呼び捨て』

 

そういや2人きりの時はタメ口や呼び捨てにしろって言われていたな。

 

「悪かったよ、柚宇」

 

『えへへ〜、良いよ〜。それで集合時間なんだけど……じゃあ明日の9時半に三門駅前西口でどう?』

 

柚宇は笑いながらそう言ってくるが可愛い声だ。

 

「わかった。明日は楽しみにしてるからな」

 

『うん。私も楽しみ〜』

 

柚宇の声には喜の色が混じっているのがわかる。柚宇についても明日のデートで甘えん坊レベルを数段上げたいのが本音だ。

 

それから暫く雑談をした俺は通話を切り、先程思いついた予算の対策案をデータに打ち込んでから、完成したデータを草壁に送る。

 

(了承を得たら、訓練室の使用頻度を調べたり、必要なら新しいトレーニングプログラムの手配をしないといけないし……なんかこの世界でも社畜になってないか?)

 

まあ前世の職場に比べたら遥かに楽だし、実力主義の組織なので結果を出せば認められるから全然苦じゃない。

 

それに比べて前世の職場は残業が月に120時間なんてのは当たり前で、ミスをすれば怒鳴り散らされ、手当は付かず仕事が一段落ついたかと思えば、褒められることなく次の仕事を渡されていたからな。

 

(つか転生できるって事がわかってるならあのクソ上司を殺しときゃ良かったな)

 

何回か本気で殺そうと思っていたが、こうなる事をわかっていれば絶対に殺しただろう。

 

そんな事を考えながら俺はパソコンをカタカタと操作するが前世と違ってキーボードの音は煩わしくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ〜ん、尊君とのデート、楽しみだなぁ」

 

柚宇は鼻歌を歌いながら唯我とのデートを考える。表情はまさに幸せ一色だった。

 

「明日は新しいゲームと漫画の開拓に協力して貰って、ゲームセンターで遊んで……下着を選んで貰おうかな〜」

 

柚宇は鏡に映る自分の胸を見る。柚宇の胸は高校2年生にしては発育が良くクラスメイトの加賀美や今からは嫉妬の眼差しを向けられ、男子からは卑猥な眼差しで見られる事もあり、自分の胸の発育の良さを嫌っている。

 

(尊君が大きい胸を好きなら嫌いにならないかもしれないけどね〜)

 

自分の好きな男は自分に対して卑猥な眼差しを向けてこないが(唯我本人が欲望を出さないようにしているだけ)、仮に大きい胸が好きなら自分の胸も気に入ってくれるかもしれないと考えることもある。

 

「まあ尊君は胸で人を判断しないか……けど、ちょっと攻めてみよっか」

 

柚宇はため息を吐いてそう呟く。現時点でライバルは桐絵と玲と2人いるが、最近唯我は草壁と交流を深めている。

 

交流している理由や草壁の性格を考えるとライバルになる可能性は低いが絶対ではないので、柚宇は今回のデートで少し攻めるつもりであった。

 

「デートの最後に楽しませてくれたお礼って事で……き、キスとかしてみたり……うぅ〜」

 

唯我とキスをする場面を想像した柚宇は真っ赤になって俯いてしまう。自分の願望を明確に思い浮かべるだけで恥ずかしくなってしまう。

 

 

「と、とにかく……明日は積極的に行かないと」

 

柚宇はベッドに寝転がり、明日のデートに対するシュミレーションをするが、キスをする場面を想像する度に、思考が止まってしまうのであった。



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第95話

「尊君、お待たせ〜」

 

8月16日、デート当日に俺は集合場所に集合時間20分前から待機していると10分前に柚宇がやってくる。小走りで走ってくる柚宇はとても可愛らしい。

 

「いや、俺も今来たところですから……ところだから気にすんな」

 

タメ口に切り替えて柚宇に返事をすると、柚宇は満足そうに頷く。

 

「じゃあ行こっか。最初に新しいゲームの開拓したいから宜しくね〜」

 

柚宇は俺の腕に抱きついて甘えん坊状態になる。それに伴い胸が俺の腕に当たり柔らかな感触が伝わってくるが、理性をフル動員してそれを表に出さないようにしながら歩き出す。

 

「んふふ〜」

 

一方の柚宇は楽しそうに笑いながら俺の横を歩く。ただ歩くだけで幸せそうな表情を浮かべるなんて、好かれているのがよくわかる。

 

俺は歩幅を狭めてゆっくり歩く。こうすれば柚宇と歩く時間が増えるからな。

 

「柚宇」

 

足を止めて柚宇と向き合う。

 

「何かね?」

 

「改めてだが今日は宜しく頼む」

 

「こっちこそ宜しくね〜」

 

柚宇はポワンとした笑みを浮かべてくる。癒されるなぁ……

 

「ああ。ちなみに今日の予定は決まってるのか?」

 

新しいゲームの開拓に行くのは予想していたが、それだけじゃないだろう。

 

「大体はね〜。ゲーム以外にも漫画の開拓、ゲームセンターに行ったり下着を買いたいかな……あ、尊君が行きたい場所があるなら付き合うからね」

 

「そうか。じゃあ甘いものを食べるのに……ちょっと待て」

 

「何かね?」

 

何かねじゃねぇよ。さり気なくとんでもない爆弾をブッ込んでんじゃねぇよ。

 

「聞き違いじゃないなら、今下着を買うって言ったか?」

 

「言ったよ〜、最近胸が大きくなったから新しいのが欲しかったんだよね〜」

 

そんな風に言ってくるが、普通下着って1人か女友達と買うもんじゃないのかよ?

 

これはつまりそれほどまで信用されているからだろうか?それとも信用されているが男として見られてないということだろうか?

 

「あの、同級生に頼まないのか?」

 

鈴鳴の今や荒船隊の加賀美とか東隊の人見などがいるが、そっちに同行を希望するべきじゃないのか?

 

「尊君に選んで欲しいんだけど……駄目?」

 

恥ずかしそうに言ってくるが、これはつまりそこまで信用されているからだろうな。

 

「いや、駄目じゃないが女の下着なんて選んだことないぞ?」

 

「別に気にしてないよ。尊君は私に似合うと思ったものを選んで」

 

「……まあそれなら」

 

これはつまり俺が選んだ下着を着けて、俺に見せてくれるフラグなのか?だとしたら最高過ぎるし、エロいのを選んでみよう。エロ過ぎると変態扱いされそうだし、その辺りの線引きはちゃんとしないといけない。

 

「決まりだね。まあ今はゲーム屋に行こうか」

 

柚宇に引っ張られながら俺達はゲーム屋に行く。到着したゲーム屋はカードとかバラで売られている、謂わば学生が溜まり場にしそうなゲーム屋だった。

 

(懐かしいな。前世の中高時代はゲーム屋に置かれたテーブルでカードゲームを友達とやってたな)

 

そう思いながらも俺はカードゲームを見れば、予想はしていたが全く知らないカードゲームだった。しかしこっちに来てからテレビのCMでも見たカードもあるが、これは前世における遊○王的な存在なのかもしれない。

 

「尊君、カードゲームに興味あるのかね?」

 

「テレビゲームは柚宇とやったことはあるが、カードゲームはないからな」

 

「私はアホだから、カードゲームには手を出してないんだよね〜」

 

「まあそうだな」

 

この世界のカードゲームは知らんが、前世の遊○王はかなりの戦略パターンがあったからな。しかも時代が進むにつれて新しいカードが増えたりもした。俺はシンクロ召喚時代にやめたからよく知らないが。

 

「む〜、尊君の意地悪」

 

柚宇は膨れっ面になりながらポカポカ叩いてくる。その仕草可愛過ぎだろ?

 

「悪かったよ、ごめんな」

 

言いながら頭をわしゃわしゃすると柚宇は膨れっ面のままでありながらも、恥ずかしそうになり叩くのをやめる。

 

「さて、それじゃあ本題のゲームを買うが、なんか希望とかはあるのか?」

 

俺としては前世でいうところのポケ○ンのような育成ゲームをやりたいので、調べてみよう。

 

「そうだね〜、この前は格ゲーを買ったしFPSにしよっかな」

 

FPSか……俺やったことないんだよなぁ……

 

そう思いながら柚宇に連れられてゲームソフトコーナーに向かうと……

 

「あ〜、冬島さん久しぶり〜」

 

「おー、国近に唯我じゃん。お前らもゲーム買いに来たのか?」

 

冬島隊隊長の冬島慎次がゲームソフトを片手に持ち、空いている手を挙げてくる。手にあるソフトを見れば軍服を着た兵士がアサルトライフルを持っているパッケージだった。アレは間違いなくFPSだな。

 

「まあね〜、それ面白そうだね〜」

 

「昨日半崎にやらせて貰ったら面白くてな。自分で買うことにした。お前も買えよ」

 

「そうしようかな。尊君もどうかね?」

 

「いや俺FPSやった事ないんですけど」

 

冬島がいるので柚宇に敬語をつける。もちろんやれば実力は付くだろうが、実力のある柚宇の領域に達するのは無理だろう。

 

「誰だって最初は初心者だから大丈夫だよ。スリルがあって面白いよ〜」

 

「そうそう。俺なんて作戦室でやったら、いつ真木ちゃんが帰ってくるかとハラハラするぜ」

 

いやそれは違う気がする。俺のオペレーターは真木理佐ではなく柚宇だからハラハラするどころか楽しむだけだ。というか真木理佐は怖過ぎだろ?

 

何にせよ、折角誘われたのだからFPSにも挑戦してみたいが……

 

「話はわかりました。しかし今は時期が悪いので、買うとしたら来月以降に購入します」

 

ゲームはハマったら中々抜け出せないからな。仮にハマって計画に遅れが出たりしたら草壁にしばかれるだろう。

 

「あ〜、確か来月の正式入隊日に計画を実行したいんだよね?」

 

「なるほどな。それなら仕方ないか」

 

俺の言葉に2人は納得する。ゲームに興味がないわけではないが、今の立場と時間を考えるとお預けにするべきだ。

 

「そんな訳ですから俺は結構です。お2人は気にしないで買ってください」

 

俺がそう言うと2人は頷いてゲームを片手にレジに向かうので俺はブラブラ見て回ると……

 

(うおっ、このゲーム屋はエロも扱っているのか)

 

俺は店の隅に18歳未満立ち入り禁止と書かれた暖簾があるのを見つける。前世では友人に勧められてエロゲをやった事があるが、ものによってはエロよりストーリーを重視しているものもあり結構ハマった。中にはアニメ化や映画化したものもあるし、エロゲも馬鹿に出来ない。

 

そこまで考えていると背後からプレッシャーを感じるので振り向くと……

 

 

 

 

 

「ほほう、尊君はエッチなゲームに興味があるのか〜」

 

「落ち着けよ国近ちゃん。怒ってる真木ちゃんと同じオーラを出してるぞ」

 

ドス黒いオーラを露わにする柚宇とドン引きしている冬島が目に入る。ドス黒いオーラは俺の足を床に縫いつけて動きを止める。というか真木理佐がキレた時はこれと同等なのかよ?!

 

「尊君も男の子なんだね〜、でも尊君は何歳かな〜?」

 

「ちゃ、ちゃうんです」

 

俺はドス黒いオーラを向けながら近づく柚宇にそう返すことしか出来なかったのであった。



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第96話

「着いた着いた。それじゃあゲームセンターを楽しもっか」

 

柚宇はいつもの調子でそう言ってくる。

 

さっきまでエロゲコーナーを見ていたことからドス黒いオーラを出していた柚宇だが、漸くいつも通りの柚宇に戻った。

 

ちなみに冬島についてはゲーセンに同行する事を希望していたが、エンジニアに呼び出しを食らって哀愁を漂わせながらボーダー基地へ向かった。元社会人の俺としては冬島の気持ちは痛いほど理解出来る。俺も休日出勤は大嫌いだったし。

 

しかし冬島の場合は金が出るだろうからまだマシだろう。俺のところでは出なかったし。

 

「やっぱり尊君は初めてかね?」

 

「いや。前に玲さんと行った……っ!」

 

「ふ〜〜〜〜ん?」

 

柚宇は再度ドス黒いオーラを撒き散らしながら笑顔で俺を見てくる。笑顔なのに感じるのは恐怖だけだ。

 

「そっか〜、それは楽しそうだね〜。尊君って美人が好きだもんね〜」

 

柚宇は一歩近づいてくる。こういう時の対処法は……

 

「否定はしない。美女と過ごしたいのは男としての本能だからな。実際美女の柚宇と過ごすのは楽しいからな」

 

「っ……尊君。そういうのは面と向かって言わないでよ。大体私は美女じゃないよ」

 

「そうか……まあ柚宇は美女というより可愛い系だよな」

 

実際美女ってのは玲とか加古とか月見で、柚宇とか桐絵は可愛い系女子だろう。

 

「もう……馬鹿っ」

 

柚宇は俺の胸をコツンと叩いてくるが、その仕草は可愛いな。

 

「馬鹿って言うな。というかそもそも本題に戻りたいんだが、何のゲームをやるんだ?」

 

今はデートの最中だ。こういうやり取りも悪くないが、久しぶりのゲーセンなので羽目を外したいのが本音だ。

 

「おっとそうだった。じゃあ格闘ゲームで」

 

格闘ゲームか……作戦室で柚宇とやる時は柚宇が高い勝率を誇っているんだよなぁ。ま、勝ち負けに拘りはないから構わないが。

 

俺が了承しようとしたが、そのタイミングで電話が鳴る。相手を見れば本部長だった。

 

「済まん。ちょっと電話が来たから先に筐体に行っててくれ」

 

「ほ〜い」

 

柚宇から了承を貰った俺はゲーセンの外に向かう。ゲーセンって音が煩過ぎるからな。

 

そしてゲーセンから出て電話に出る。

 

「はいもしもし唯我です」

 

『唯我か。以前君が頼んだことについてたが、20日の午前10時からで大丈夫か?』

 

「少々お待ちください」

 

俺は鞄からメモ帳を取り出してスケジュールを確認する。20日については俺は午後3時から防衛任務で、草壁は完全なオフだから大丈夫だな。

 

「多分大丈夫ですね」

 

『わかった。もし予定が変わりそうなら早めに連絡をするように』

 

「わかりました。では宜しくお願いします」

 

そう言ってから電話が切れるのを待ち、切れたら草壁に20日の10時は空いてるかの確認メールを送る。直ぐには来ないだろうし、とりあえず柚宇の元に向かうか。

 

俺はゲーセンに戻り、格ゲーがある場所に向かうが……

 

(んだありゃ?ナンパか?)

 

見れば中学生か高校生らしき男子2人が柚宇に話しかけている。まあ柚宇は見た目が可愛いから仕方ないか。まあ柚宇は乗り気では無いようで首を横に振って断っているが。

 

しかし男は気に食わなかったようで柚宇の腕を掴んでくる。

 

それを確認した俺は早足で詰め寄り男の腕を引っ張り、柚宇から引き離す。

 

「っ……、何だよお前、邪魔すんなよ」

 

「こっちのセリフだ。コイツは俺の連れだ」

 

柚宇の腕を掴んでいた男が睨みつけるが意に介さず、反論する。

 

すると片方の男が鼻で笑いながら柚宇に話しかける。

 

「おいおい。こんな冴えない奴と過ごすより、俺らと遊んだ方が楽しいぜ」

 

「だな。って訳だからお前はどっか行けよ、殺すぞ」

 

柚宇の腕を掴んだ男はそう言いながら俺の胸倉を掴み上げるが……

 

(殺す、ねぇ……安い言葉だな)

 

中学生や高校生は言葉に酔う傾向があり、直ぐに死ねだの殺すとか口にする。まあ年頃だから仕方ない、俺も学生時代は友人にからかわれた際に軽い調子で死ねとか言っていたからな。

 

とはいえ……嫌がる柚宇の手を掴むだけじゃ飽き足らず、人の胸倉を掴むのは看過できないな。

 

柚宇は本当に素晴らしい女子だからな。

 

 

 

 

 

 

「はっ、そんな安っぽい脅しで引くと思ってんのか……殺すぞ」

 

俺は本気の殺意をぶつけながら男の頚動脈がある箇所を撫でる。こちとら前世では本気で上司を殺そうとしたから、本物の殺意を出す事は可能だ。

 

「「ひいっ!」」

 

殺気を理解出来る事は出来るようで2人は悲鳴をあげて腰を抜かしたかと思えば、逃げるように走り去っていく。

 

やっぱり学生の殺す発言なんて中途半端だな。しかし殺意をぶつけただけで退いてくれたのは助かった。正直俺の身体能力は転生当初に比べたらマシだが、2人を相手にして勝てるほど強くないからな。

 

そう思っていると肩を叩かれたので振り向くと、柚宇が驚きながらも真剣な表情を浮かべながら俺を見てくる。

 

「……尊君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

 

多分柚宇も殺気を感じたのだろう。柚宇も近界に行った経験があるから戦いを知っていて、必然的に殺意というものを理解したのかもしれない。

 

そして大きく変わったとはいえ、平和な世界で生きていた人間には出せない殺意と俺の存在を疑ったのだろう。

 

(仕方ない。柚宇には全てを話すか)

 

既に柚宇には自分の本性を曝け出したことがあるので、誤魔化すのが難しい。一応誤魔化せないわけじゃないが、下手したら信用を失う可能性が高いので正直に話すつもりだ。

 

こうなることを想定して、回答パターンは用意してるしな。

 

「わかったよ。とりあえずゲーセンは後回しにして良いか?」

 

その言葉に柚宇が頷くので俺は柚宇の手を引っ張ってゲーセンに出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかったよ。とりあえずゲーセンは後回しにして良いか?」

 

唯我の言葉に柚宇が頷くと、唯我は柚宇の手を引っ張り歩き始める。

 

唯我の手にドキリとしながらも唯我の背中を見る。

 

(やっぱ尊君はなにかを隠してるみたいだけど、漸く知れるのか〜)

 

柚宇は唯我の背中を見ながらそう思う。先程柚宇はしつこいナンパを受けていたが、唯我に助けて貰った。

 

最初は好きな男に助けて貰い、嬉しく思っていた。

 

しかしナンパしてきた方が唯我の胸倉を掴んだ際には焦りが生まれ、唯我が殺意を剥き出しにした際は驚きの感情が生まれた。

 

アレには驚いた。パソコン越しとはいえ近界で本気の戦闘を見た事がある柚宇からしたら、幾ら強くなろうと改心してもあそこまでの殺気を出せるなんて有り得ない。

 

(可能性として考えた事はあるけど、尊君って尊君じゃないのかな?)

 

以前から唯我は変わったと皆が言うが、以前車に轢かれかけた際に唯我の態度を見た柚宇だが、今回の件でそう思うようになった。幾ら何でも成長し過ぎであり得ないと思い始めた。

 

(正直怖いとも思うけど、しりたいな〜)

 

怖い気持ちもあるが、それ以上に聞きたい気持ちがあるので全て聞くつもりだ。

 

そして唯我の隠し事をしっても絶対に受け入れると思っている。唯我が偶に見せる冷徹な表情は毎回自分の為に出しているので、根は優しい人間である事はわかってるからだ。

 

(だから尊君には正直に話してほしいなぁ。私はなにがあっても君の事が好き、だから……)

 

柚宇は自分の恋心を内心にて呟きながらも唯我に手を引っ張られてゲーセンを後にした。

 

唯我の全てを知るために。



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第97話

ゲーセンを出た俺達はフードコートではなく、ショッピングモールの屋上に向かった。屋上には小さい遊園地とベンチしかなく、ベンチの周りには物がないので盗み聞きする奴がいたら直ぐにわかる。

 

屋上につくと落下防止用のフェンスに近いベンチを見つけたので、そこに向かい座る。

 

するとワンテンポ置いて柚宇も俺の隣に座る。腕に抱きついてはいないがピッタリとくっついている。

 

「さて、大体予想はつくが聞きたい事は何だ?」

 

俺が尋ねると柚宇は深呼吸を何回もして、深呼吸を済ませると俺を見て口を開ける。

 

「うん……尊君は何者なのかな?」

 

「やっぱりその質問か」

 

「前から尊君は成長し過ぎとは思ってたけど、さっきの殺意は成長で出せるものじゃないとおもうから」

 

まあそうなるわな。少なくとも数ヶ月前は只のボンボンだった唯我には無理だろうな。

 

「そうだな……話すのは構わないが、信じられない話だぞ?」

 

「それは聞いてから判断するよ。でも尊君の事を信じたい」

 

柚宇は珍しく強気な口調でそう言ってくる。そう言われると嬉しく感じてしまうものだ。

 

「わかった。じゃあ結論から言うと俺は唯我尊じゃなくて、別世界から来た人間だ」

 

その言葉に柚宇は目を見開く。多分今までは二重人格と思っていたのかもしれない。

 

「それって……近界民でトリガーを使って尊君を乗っ取ったってこと?」

 

真面目な考察をしてくる。

 

「それは違うが……嘘とは思わないのか?」

 

正直嘘だと言われると思っていたわ。

 

「いやいや。余りにも馬鹿らしい話だから逆に本当だと思ったよ」

 

なるほどな。馬鹿らし過ぎたが故に信じられたようだ。

 

「そうか。話を戻すが、別世界と言っても近界じゃなくて、別の日本……近界民が存在しない日本だ。所謂パラレルワールドってヤツだ」

 

「パラレルワールド……近界民がいないって事はボーダーもないの?」

 

「ないな。ボーダーもトリガーもトリオン兵もこの世界に来て初めて知った。俺は元々会社員だったんだが、ある日駅のホームで酔っ払いに突き落とされたんだよ」

 

これについては嘘をついている。実際は漫画の世界に入ったのだが、そこを説明するのは馬鹿らしいのでパラレルワールドからやって来た事にする。まあ柚宇からしたら別世界の人間であることに変わりはないだろうからな。

 

「会社員……それなら大人っぽかったり、物凄く頭が良かったり、プレゼンテーションの上手さも納得だね」

 

柚宇は納得したように頷く。まあ俺は場面場面で年齢詐称を疑われていたからな。

 

「そりゃどうも。そんで死んだかと思ったら、太刀川隊作戦室にいて出水の蹴りを食らってた」

 

「ほうほう。つまり異世界転生ってヤツか〜」

 

「楽しそうだな」

 

「ないと思っていた事があるんだからそれは興味が湧くよ。それにしてもいきなり蹴りを食らうとは災難だね」

 

そりやそうだ。いきなり蹴りを食らった時は予想外過ぎて怒りも湧かなかったし。

 

「まあトリオン体だったから問題なかったけどな。それで転生した当初は出水に対して「この金髪ダサT、いきなり何しやがる」って思ってたんだが、急に頭痛がして唯我尊が持つ知識が頭に流れてきたんだよ」

 

実際は元々知識を持っていたが、こういう設定にする。実際そこまでの差はないから問題ないだろう。現に柚宇は興味津々だし。

 

「唯我尊の知識が頭に入る際に唯我尊の経歴も知ったんだが……ぶっちゃけダメ人間の象徴のような経歴だった」

 

「まあコネ入隊は良くないよね」

 

ごもっともな意見を柚宇は告げる。しかも原作開始より1年半前から太刀川隊に居座る図々しさもあるからな。

 

「で、社会人の俺からしたらこんなダメ人間でいるのは嫌だったし、トリガーなんて漫画にありそうな存在に興味を持たずにはいられなかったから、全力で物事に挑戦してみようと動いたんだよ」

 

「なるほどね。凄く向上心が出来た理由はそれかぁ〜」

 

実際前の世界ではトリガーを使ってみたいと思っていたからな。まあハーレムについては言わないでおく。

 

「アレ?でも会社員なら殺意を出すのは無理なんじゃないかな?」

 

「ああそれな。俺が働いてた会社は残業、それもサービス残業が月100時間以上は当たり前で、本気で上司をぶっ殺したいって思ってたんだよ」

 

「月100時間以上のサービス残業って酷過ぎない?基本給って幾らなの?」

 

「20万ちょいだな。ボーナスなんて何それ食えんのって話だ」

 

「うわ〜」

 

柚宇はドン引きしている。社会人になってない柚宇でもあの会社の酷さが理解出来るようだ。

 

「その点こっちの世界は働いたら手当がつくし最高だ」

 

「なるほどね……ちなみにだけどさ、転生作品にありがちな特典とかはないの?」

 

そりゃ気になるよな。転生作品といったら特典だし。

 

しかし……

 

「ない。手に入ったのは唯我尊の肉体と記憶だけ」

 

「つまりハード系の転生物語を味わってるわけだね」

 

柚宇の奴、さり気なく酷いことを言っている。まあ唯我尊に転生はハズレだろう。俺もこの世界に来た時は風間や二宮や烏丸になりたかったと嘆いたからな。

 

「とりあえず俺の正体についてはこんな感じだ。今まで黙っていて済まない」

 

幾ら話しにくい事情とはいえ、長い間隠し事をしていたのだから謝るのが普通だ。

 

すると柚宇は途端に申し訳なさそうな表情になる。

 

「あっ……ううん。事情が事情だから話せないのは仕方ないよ。寧ろ私の方こそゴメン」

 

「聞き出したことについてか?」

 

「それもそうだけど、2回も本心を出す原因になっちゃったから……」

 

さっきのナンパと車に轢かれかけたことについてか。柚宇は申し訳なさそうにしているが別に気に病む必要はない。

 

「それは俺が勝手にやっただけだから気にすんな。それに俺を救ってくれた柚宇に怒りなんて湧かないな」

 

「救う?どういう意味?」

 

「俺はこの世界に来た時、正直不安だったんだよ。裕福な生活を送ることができても、本物の家族にはもう会えないだろうからな」

 

「あっ……」

 

会社には不満があったし、家族ともメチャクチャ仲が良かったわけでもない。

 

しかし仲は悪くなかったので、もう会えないと考えたら寂しくなってしまうことは今でもある。

 

「けどな。柚宇がゲームに積極的に誘ってくれた時は寂しさが紛れたんだよ」

 

柚宇は元から子供っぽいが、ゲームをしている時は一層子供っぽくなる。そんな柚宇を見ていると寂しさが紛れたのは間違いない。

 

「今までは言えなかったが、改めて言わせてくれ。俺の寂しさを紛らわしてくれてありがとう」

 

柚宇と向き合いながら頭を下げて礼をする。

 

頭を上げると柚宇は真っ赤になって目を逸らす。

 

「べ、別にゲームに誘っただけだから、たったそれだけの事で改まって礼をしなくても「たったそれだけの事で俺は救われたんだ。そんな風に言わないでくれ」あっ……うん」

 

否定しようとする柚宇を優しく抱きしめると、柚宇は小さく喘いでから優しく抱き返してくる。

 

「ねぇ尊君……じゃないや。本当の名前を教えてくれないかな?」

 

本当の名前か……久しぶりに名乗るな。

 

「神城竜賀だ。苗字は神と城、名前は竜と謹賀新年の賀だ」

 

「そっか……じゃあ2人きりの時は竜賀さんって呼んで良いかな?」

 

「好きにしろ。ただボロを出さないように気をつけてくれ」

 

「もちろん。それとね、もし尊君として行動するのが辛かったら私に言ってね?ガス抜きには協力するから」

 

柚宇はそう言ってくる。確かに昔に比べたらマシだが、普段唯我尊として行動する時は疲れる時もあるから柚宇の提案はありがたい。

 

「わかった。その時は頼む」

 

「うん……それと、さっきは助けてくれてありがとう。凄く嬉しかった」

 

柚宇はそう言って俺を抱きしめる力を強めてくるが、俺は抵抗しないで柚宇を受け入れる。

 

自分の正体を知って尚、態度を変えない柚宇に感謝の気持ちを抱きながら。



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第98話

「さて柚宇。そろそろ行こうか」

 

ショッピングモールの屋上にて、俺に抱きつく柚宇にそう話すと柚宇は名残惜しそうに離れる。

 

「は〜い。じゃあ元々遊ぶ予定だった格ゲーの続きをしよっか」

 

「いや、ゲーセンはもうやめないか?また変な奴が柚宇に絡んできたら嫌だし」

 

さっきは殺意をぶつけただけで退いてくれたが、退かない相手がいたら厄介だ。俺の身体能力は鍛えている途中でそこまで強くないから喧嘩になったら負ける。

 

「ほうほう。竜賀さんは私を心配してるんだね?」

 

柚宇は楽しそうにからかってくる。大方俺に恥ずかしい思いをさせたいのだろうが大人を舐めるな。

 

「当たり前だ。柚宇は優秀ではあるが、か弱い女子だ。心配するに決まってるだろ。さっきも柚宇が詰め寄られてるのを見たら凄く不安だった」

 

柚宇の手を握り、正面から柚宇を見てそう告げる。

 

「そ、そうなんだ〜、竜賀さんは心配性なんだね〜」

 

そう返す柚宇だが、さっきと違い真っ赤になって目を逸らす。その仕草は可愛らしい。

 

「ともあれ行くか。こうして屋上で風を浴びるのも悪くないが、ショッピングモールに来たし色々回ろうぜ」

 

「う、うん……」

 

柚宇は恥ずかしそうにしながらも腕に抱きつくのでベンチから立ち上がり屋上を後にする。

 

エスカレーターを使って下に向かうと柚宇が話しかけてくる。

 

「そういえば竜賀さんの本当は何歳?」

 

「26。あ、だからって敬語は使わなくていいぞ」

 

改めて敬語を使われたらこっちも気まずいからな。大学時代に卒論作成の際に同年代と思って馴れ馴れしく話しかけたら留年経験者と知って微妙に気まずくなったことを思い出す。

 

「そうなんだ。でも竜賀さんは時々辛くならない?簡単な授業をしたり、実際は年下の人を敬ったりすりのは疲れない?」

 

「まあ授業は退屈だな。年下の人を敬うって事についても不満はないな。俺はまだまだ未熟だし、そもそも社会人になったら年下に頭を下げるなんて珍しくない」

 

協力会社の相手が年下なんて珍しくない。重要なのは仕事が出来るかどうかだ。俺は優秀な人間なら年下でも敬意を持つし、偶に息苦しい時はあるが、辛いってレベルではない。

 

逆に口だけの無能な年上は死ぬほど嫌いだけどな。

 

「まあ偶に疲れる時もあるし、そういう意味じゃ柚宇に教えたのは幸いかもしれない。さっきも言ったが、ガス抜きに協力してくれるとありがたい」

 

「もちろん。私だけが竜賀さんの秘密を知ってるんだから、喜んで協力するよ〜」

 

柚宇は"だけ"って部分を強調しながら頷き、腕に抱きつく力を強めてくる。

 

俺は柚宇の甘えん坊っぷりを堪能しながら下に降りて、ショッピングエリアに到着する。

 

「あ、アレ美味しそうだなら食べない?確か竜賀さん、甘いものを食べたがってよね?」

 

柚宇はエリアの一角にあるカフェのサンプルを指差す。より正確に言うと、ある看板を指差している。

 

『期間限定ラブラブフェア実施中!カップルがパフェを注文した場合、スペシャルトッピングが付いてくる!夏休みにデートをしているカップルは是非!』

 

そんな風に書かれた看板を見ると、柚宇は期待に満ちた眼差しで見てくる。

 

「竜賀さん、スペシャルトッピングを食べたいな〜」

 

「俺は構わないがカロリーは大丈夫か?」

 

通常のパフェもカロリーがあるのだから、スペシャルトッピングが付くと更にカロリーがあるのは明白だ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんとカロリー計算はして余裕はあるよ。レッツゴー」

 

柚宇は俺を引っ張り中に入る。そして案内された席に座ると店員に直ぐにラブラブフェアを求める。

 

すると店員がメニューを広げてどのパフェが良いのか聞いてきて、柚宇がイチゴパフェを選ぶと、俺がパフェを選ぶ前に去って行く。

 

もしかしてシカトされたかと思ったが……

 

「はいダーリン、あーん♡」

 

「ありがとうハニー。お返しにあーん♡」

 

近くのテーブルで1組の男女が1つのスプーンでお互いにパフェを食べあいっこをしている。え?もしかして俺もやるの?

 

柚宇と食べあいっこするのは最高だが、第三者が多い場所だと結構恥ずかしい。

 

柚宇を見ればニコニコしながら俺を見てくる。守りたいこの笑顔。

 

暫くするとトレーにイチゴパフェを乗せた店員がやって来る。

 

「お待たせしました。イチゴパフェ、ラブラブバージョンでございます」

 

置かれたイチゴパフェは通常のものよりワンランク大きく、トッピングの数も多い。

 

そして特に意識するのは1つしかないスプーンだ。

 

すると柚宇はスプーンでパフェを掬って俺に突きつける。

 

「竜賀さん、あーん」

 

どうやら食べるしかないようなので、俺は口を開けて食べる。イチゴとクリームの甘みが広がり最高だ。

 

すると柚宇はスプーンを俺に渡して口を開けて待機状態になるので、俺もパフェを掬って柚宇の口に入れる。

 

「ほらよ、あーん」

 

「んっ、甘くて美味しい。もう一回お願〜い」

 

「はいはい、あーん」

 

柚宇のおねだりに小さく笑いながら再度食べさせるが、モゴモゴする口やコクンと鳴る喉は実に色っぽい。

 

柚宇に見惚れていると、柚宇は俺の手にあるスプーンを持って、再度パフェを掬って突きつけてくるので、口にする。

 

それから15分くらいかけて俺達は1つのパフェを交互に食べあいっこしたが、俺の見た目が中3の唯我の姿で本当に良かったと思った。

 

神城竜賀の姿はブサイクでもイケメンでもないが26歳の姿だし、柚宇と食べあいっこしてたら絵面が犯罪的であっただろうからな。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、美味しかった。竜賀さんの食べ方、可愛かったよ〜」

 

カフェから出ると柚宇は腕に抱きついてスリスリしてくるが、お前の言動の方が可愛いし、男に可愛さを求めないで欲しいものだ。

 

そう思いながらも俺達はノンビリ歩いていると柚宇は巨大ランジェリーショップの前で足を止める。

 

「竜賀さん、さっきも言ったけど少し付き合ってね〜」

 

柚宇はそう言いながらランジェリーショップに入る。その際に女性が見てギョッとした表情を浮かべるが、柚宇を見ると直ぐに納得したように頷く。完全にカップルと思われてるな。

 

「しっかし随分と数があるんだな」

 

周りを見ると物凄い数の下着があるが、男ものに比べたら桁違いなのは間違いない。

 

「女の子には色々あるんだよ。胸を支えるためだけじゃなく、恋人に見せたかったり、オシャレ扱いしたりみたいにね」

 

「よくわからん」

 

男からしたらエロい下着を着けている女子は興奮するが、恋人に見せる時ならまだしも普段の生活で女子がエロい下着を着ける必要があるのかわからん。

 

「竜賀さんの好きな色って何?」

 

そう思っていると柚宇は近くにある下着を見回しながら俺に話しかけてくる。

 

「青と黒」

 

「ふ〜ん。じゃあこれとこれかな」

 

柚宇は青の下着と黒の下着を手に取る。前者は涼しそうな色で清楚な雰囲気を醸し出し、後者はエロい色で色気を漂わせている。

 

「じゃあ試着してみようっか」

 

柚宇はそう言って歩きだすので柚宇に続く。ここに1人で居たら間違いなく居た堪れないだろうからな。

 

試着室は店のあらゆる場所に設置してあり、柚宇は近くにある試着室を選択して俺と向き合う。

 

「じゃあちょっと決めるから竜賀さんは待っててっ!」

 

瞬間、柚宇はいきなり驚いた表情を浮かべたかと思えば、俺の手を引っ張って試着室に向かう。

 

予想外の展開に俺はポカンとしてしまうが、試着室に入ると漸く現状をある程度理解出来た。

 

(何が目的かはわからないが、柚宇と試着室に入ったのか……)

 

いきなりの展開に驚いたが、これギャルゲーならルートに入ってからのエッチなイベントじゃねぇか……と俺は思ってしまうのだった。

 

 

 

しかしマジで何があったんだか……



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第99話

「(ごめんね竜賀さん。いきなり試着室に入れちゃって)」

 

畳一畳ほどの大きさのランジェリーショップの試着室の中にて、柚宇は小さく頭を下げて小声で謝罪してくる。つい先ほど柚宇は下着を試着するべく試着室に入ろうとしていたが、いきなり驚いたかと思えばいきなり俺を試着室に引き入れたのだ。

 

「(何があったんだよ?)」

 

今更だから文句は言わないが、せめて何があってこのような行動に出たのかは知りたい。

 

すると……

 

「んー、どの下着にしようかしら?」

 

「ここはいつもと違うアダルティーなものはどう?」

 

試着室の外から桐絵と嵐山隊オペレーターの綾辻の声が聞こえてくる。

 

それだけで理由を察した。

 

「(なるほどな。知り合いに見られたくなかったか?)」

 

「(うん……私の都合で巻き込んでごめん)」

 

2人、特に桐絵に俺と過ごしていることを知られたくなかったのだろう。

 

まあ俺としてもありがたい。桐絵にバレたら絶対揉めるだろうし、いずれアプローチをかける予定の綾辻に見られたら色々面倒なことになるだろうからな。

 

「これとかどう?」

 

「あっ、良いね。唯我君に見せたら喜ぶんじゃない?」

 

「なっ!何言ってんのよ?!何でそこで尊の名前が出るのよ?!あたしは尊の事なんか何っとも思ってないから!」

 

「そっかー、ごめんねー」

 

「笑ってるわよ!」

 

そんなやり取りが外から聞こえてくるが一緒に風呂に入ったり、俺で自慰行為をしたり、キスをしたりしてる時点で、俺からしたら何とも思ってないってのは無茶があるぞ?

 

そこまで考えてると、柚宇が真っ赤にしながら俺を見てくる。

 

「(それと、成り行きとはいえこうなっちゃったから……さっきの下着を試着したら感想を聞かせてくれない?)」

 

おい。まさかの展開が来たぞ。良い方向の展開だけど。

 

「(良いのか?仮にも俺、男だぞ)」

 

まあランジェリーショップに引っ張った時点でそういう感情はないだろうがポーズとして聞いておく。

 

「(うん。竜賀さんなら見られても嫌じゃないから……あ、でも着替える所はまだ恥ずかしいから見ないでくれるかな?)」

 

「(わ、わかった)」

 

言いながら俺は柚宇に背を向ける。すると直ぐに布擦れの音が聞こえてくる。視覚情報はないが聴覚情報だけで妙にドキドキしてしまう。目隠しプレイをする場合はこんな感じなのだろうか。

 

暫くすると肩を叩かれたので振り向くと……

 

「(ど、どう……?)」

 

黒い下着に包まれた柚宇が恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。ブラジャーに包まれた胸は高2にしては破格の大きさで谷間がクッキリしているし、腰にはハッキリしたくびれがあり、尻はオペレーター服を着ている時よりも大きく見える。

 

しかも色が黒と刺激的で本人の恥じらいもあり圧倒的な破壊力となっている。

 

ハッキリ言って襲いたくなってしまうが、自重する。既に正体がバレているので大人の態度を見せておかないと引かれそうだ。

 

「(似合うとは思うが少々背伸びしてないか?)」

 

そう返すと柚宇はジト目で見てくる。

 

「(む〜、子供扱いしないでよ〜)」

 

「(いや実際俺は大人で、お前は子供だろ)」

 

「(ふ〜ん……えいっ)」

 

すると柚宇は下着姿のまま、正面から俺に抱きついてくる。柚宇に抱きつかれたことはあるが、下着姿であるからか熱が伝わってくる。

 

「(竜賀さんの心臓、凄くドクンドクンしてるよ?子供相手にドキドキしてるの?)」

 

柚宇は蠱惑的な笑みを浮かべながら俺の胸を優しく撫でてくる。完全に見抜かれてるな。

 

「(悪かったよ。いくら魅力的でも、実年齢が26歳の男性が女子高生にドキドキしていたなんて知られたら引かれると思ったんだよ)」

 

内心恥ずかしく思いながらもそう返す。すると柚宇はクスリと笑って抱きしめる力を強めてくる。

 

「(別にそれくらいじゃ引かないよ。私だって実年齢が10歳離れてる男性にドキドキしてるから)」

 

柚宇はそう言って恥ずかしそうに笑う。そんな柚宇は凄く魅力的で思わず柚宇の背中に手を回す。

 

「(んっ……こうやって抱きしめらると竜賀さんの熱がいつもより伝わって気持ち良いよ……)」

 

「(柚宇……)」

 

柚宇の温もりがしっかり伝わってくるが、もうこれだけで幸せ過ぎて昇天しそうだ。

 

暫くの間、お互いに抱き合っていると近くに足音が聞こえてくる。

 

「じゃ、試着しよっか」

 

「そうね。また後で」

 

桐絵と綾辻も試着するようで両隣の試着室のカーテンが開閉する音が聞こえてくる。そして直ぐに布擦れの音も聞こえてくる。

 

「(柚宇、今がチャンスだから俺は出るぞ)」

 

「(わかった。それと出たら店から離れて……右側にあるトイレの前で待ってて)」

 

まあ店の前で待機していたら桐絵達に見つかってトラブルになりかねないからな。

 

俺はカーテンの隙間から外を覗き見て周りに人がいない事を確認してさり気なく出る。

 

そしてそのまま店を出てトイレに向かう。店を出た際に一部の人からは驚かれたが、こればかりは仕方ない。

 

トイレに到着した俺は柚宇が下着を買うのを待つべく携帯を操作すると草壁からメールが来ていた。中身を確認すると午前に送ったメールに関する返事で了解と書かれていた。

 

(とりあえず今年中に草壁と食事に出かけられるくらいまで進展したいな)

 

その為にはこれから数ヶ月、戦術的面から交流をもっともっと深める必要がある。

 

と、ここで柚宇が店の方からやって来た。ビニール袋を持っているが買ったようだな。

 

「お待たせー、じゃあ行こっか」

 

柚宇はそう言って腕を組むと早足で歩き始めるので、俺は引っ張られる形でそれに続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!やっぱり柚宇さん、尊とデートしてるのね!抜け駆けされたわ!」

 

「桐絵ちゃんも唯我君と温泉旅行に行ったんじゃないの?!」

 

「それはそれ!これはこれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日は楽しかったね〜」

 

夕方、夕日を浴びながら帰路につくと柚宇は楽しそうに話しかけてくる。

 

「そうだな。確かに楽しかった」

 

下着を買ってから、色々な店を冷やかしたり本屋で面白そうな漫画を買ったり、ボーダーで評判の店で飯を食べたりと穏やかな時間を過ごすことができた。

 

何より……

 

「結果論だが柚宇に秘密を知られて良かった。素の俺を晒せたのは久しぶりだからな」

 

いつもは前世の俺を殆ど出せなかったからか、凄く気分が楽だった。

 

「私も竜賀さんの秘密を知れて良かった。普段の尊君も悪くないけど、解放された竜賀さんは楽しそうだよ」

 

「かもな……っと、柚宇の家に着いたな」

 

話しながら歩いていると柚宇の家の前に着いたので、俺は柚宇の腕を離す。

 

「じゃあまたな。次からは尊君って呼んでくれ」

 

「もちろん。それとはいこれ」

 

柚宇はポケットから鍵を取り出して俺に渡してくる。これは……

 

「家の合鍵。もしも竜賀さんを出したくなったりしたら、いつでも歓迎するから」

 

まさかの合鍵かよ。そこまで信頼されていると思えば悪くないな。

 

「ありがたく貰っとく。お返しと言っちゃアレだが、俺も一人暮らしするときになったら合鍵をいるか?」

 

「竜賀さんが良いなら欲しいな〜」

 

「わかった。じゃあそんときになったらやる。じゃあな」

 

「あっ、ちょっと待って。最後に……」

 

柚宇は俺を呼び止めると何回か深呼吸をしたかと思えば、真っ赤になった顔を俺の顔に近づけて……

 

 

 

 

ちゅっ

 

俺の唇にキスをしてくる。桐絵とはまた違った柔らかさの唇に意識を向けてしまう。

 

暫く唇を重ね合っていると、柚宇は唇を離し上目遣いで見てくる。

 

 

「えっと……今日のデート、楽しかったからそのお礼。じゃ、じゃあまたね竜賀さん……」

 

柚宇は真っ赤になった顔を俺から背けて、自分の家に走り去っていく。

 

柚宇が見えなくなったタイミングで俺は息を吐く。

 

「お前もお礼のキスか……まあ、俺としては良かったがな」

 

可愛い女子からキスをされて嬉しくないはずはない。

 

俺は幸せな気分になりながら自宅に向かって歩き出す。

 

 

 

明日からはまた唯我尊として過ごさないといけないし、気をつけていかないとな。

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜、つい勢いでキスしちゃったよ〜」

 

柚宇は自宅のベッドで真っ赤になりながら転がる。自分のファーストキスを捧げた事に後悔はないが恥ずかしいのは事実だ。

 

「でも、これでリード出来たよね」

 

しかし今日のデートは成功だったと柚宇は確信している。自分だけが竜賀という存在を知れたのだから。

 

秘密を聞かされた時は驚いたが、それでも優しいままだったので柚宇の恋心は消えていない。

 

更にキスを出来たのでデートとしては成功だろう。

 

「後は竜賀さんに女として見られるようにしないと……」

 

竜賀と過ごした時間は楽しかった。しかし柚宇は子供のように見られていると思っていたが、自分としては竜賀に女として見られたかった。

 

「明日からまた頑張らないとね〜」

 

柚宇は枕をギュッと抱きしめながらそう決心するのだった。



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第100話

「さて、行くか」

 

8月20日午前8時前。俺は自宅を出てボーダー基地に向かう。今日は10時から草壁と一緒に上層部相手にプレゼンをするという重要な用事がある。

 

いくら事前に戦闘員から評価されても、上層部に認められなければ意味がない。草壁とは練習を何回もこなしたので、大丈夫とは思うが絶対ではないからな。

 

そう思いながらも基地に向かっていると曲がり角にて桐絵と鉢合わせする。

 

「「あっ……」」

 

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。しかし直ぐに意識を切り替えて頭を下げる。

 

「おはようございます桐絵先輩」

 

「……おはよう」

 

若干不機嫌そうな声だったので顔を上げるとジト目で俺を見ていた。

 

「えっと……何か怒ってますか?」

 

「別に怒ってないわよ」

 

そう言っているが「私、不機嫌です」ってオーラが出ているから嘘であるのは丸わかりだ。

 

「もしかして知らないところで桐絵先輩に迷惑をかけましたか。それなら申し訳ないですが俺を嫌いにならないでください」

 

不安そうに桐絵に話しかける。すると桐絵は慌てだす。

 

「ち、違うわ!尊は何も悪くないわ!あたしが勝手に尊に八つ当たりしてるだけ!それに尊を嫌いになるなんて絶対あり得ないわ!」

 

そんな風にハッキリ言われると愛されていると自覚する。

 

「あ、あたしはただ、尊がこの前柚宇さんとデートしてるのを見てイライラしただけで、尊は悪くないわ」

 

あ、どうやら見られたようだ。しかし下着店の試着室に柚宇と入ったのはバレてないようだな。

 

「はぁ、もしかして桐絵先輩も一緒に行きたかったんですか?」

 

「え?!い、いやそれは……(どちらかといえば尊と2人きりで過ごしたいんだけど……)ま、まあそんなところね。今度はあたしも誘いなさい(とりあえず柚宇さん達に抜け駆けされないようにしないといけないわね)」

 

なんか途中でゴニョゴニョ言っていたが、何か企んでいる……いや、桐絵って策を弄するタイプじゃないし、違うだろうな。

 

ともあれここで拒否すると桐絵は不機嫌になるし了承しよう。どのみちハーレムを目指す以上、複数の女子相手にデートする必要があるからな。

 

「わかりました。今後は誘います」

 

「本当っ?!絶対よ!嘘ついたら嫌いになるからね!」

 

「尚更嘘をつけないですね。桐絵先輩に嫌われたら寂しいですから」

 

「〜〜〜っ!馬鹿っ!」

 

桐絵は真っ赤になって俺をポカポカと叩いてくるが、口元はゆるゆるに緩まっていて、さっきまで存在していた不機嫌オーラが幸せオーラに変わっていた。

 

暫く桐絵に叩かれるが、落ち着きを取り戻したので桐絵に話しかける。

 

「桐絵先輩は玉狛に行くのですか?そうでしたら途中まで一緒に行きませんか?」

 

「もちろん!」

 

「ありがとうございます。では行きましょう」

 

「ふぇっ?!た、尊?!」

 

桐絵の手を握ると桐絵はさっき同様に真っ赤になって驚くが、おれの手を離す気配は一切見せない。それどころか自分の指を俺の指に絡めてくるなど甘えん坊となっている。

 

しかし俺は特に気にしないで歩き始める。すると桐絵は恥ずかしそうにしながらも俺と肩を並べて歩く。

 

「そういえば尊。尊が立てた計画はいつ頃上層部に発表するの?」

 

暫く歩いていると桐絵が話しかけてくる。

 

「今日の10時、つまり今から2時間後くらいですね」

 

「えっ?早いわね!」

 

「予定としては正式入隊日に始動したいですから」

 

早く始動できれば、仕事の早い人間と評価を得られるだろう。というか仕事って後回しにすると、やらなきゃいけない時に凄く苦痛に感じるし、早めに終わらせるに限る。

 

と、ここで玉狛支部が見えてきた。まだ足を運んでないがいずれ足を運ぶだろう。

 

「ではここまでですね。桐絵先輩もお仕事頑張ってください」

 

「尊も頑張ってね。それと……」

 

桐絵は突然モジモジし始める。トイレかと思ったが、それ言ったらぶっ殺されそうだから口にはしないでおく。口は災いの元というしな。

 

そう思いながら桐絵を見ると、桐絵は真っ赤になった顔を上げてそのまま俺の唇を奪ってくる。

 

「んっ……」

 

桐絵は真っ赤になりながらも目を瞑り、俺の首に腕を絡めてくる。

 

桐絵から3回目のキスを受けるのを自覚すると、桐絵は俺から離れて指を突きつける。

 

「い、今のは激励の挨拶だから!本当にそれだけだから勘違いしないでよね!あたしの可愛い後輩に失敗なんか許されないんだから!」

 

そう言って玉狛支部に走り去っていく。挨拶にキスをするようになるとはな……まあ一層やる気は出たから桐絵の目論見は成功したし、俺も桐絵との仲が良くなったのを理解出来たので最高だ。

 

俺は満足しながらボーダー本部に向かって歩き出す。可能ならプレゼン前に玲か柚宇と会って、イチャイチャしたいものだ。

 

と、暑いしアイスでも買っておくか。草壁との最終打ち合わせもなるべく快適に行いたいし。

 

俺は近くの菓子屋に入り、アイスが売られているコーナーに向かう。

 

そして買うアイスを選んでいると背後から軽い衝撃が走り、背中に柔らかな感触が伝わり、後ろから手を回される。

 

こんな事をするのは桐絵以外だと2人いるが……

 

「久しぶり尊君。会えて凄く嬉しいわ」

 

抱きついてきたのは玲のようだ。声が玲のものだし、柚宇は俺の正体を知っているから竜賀と呼ぶからな。

 

「お久しぶりです。玲さんは仕事上がりですか?」

 

俺は身体を動かして玲と向き合う体勢になるが、玲は未だに抱きついたままである。

 

「ううん。暑いからアイスを買いに来たの。けど尊君に会えるなんて……」

 

玲はそう言って抱きつく力を強めながら上目遣いで見上げてくる。

 

「最近は尊君に会えなくて寂しかったわ。尊君も忙しいから仕方ないけど、一段落したらまた一緒に出かけたいわ」

 

「もちろん構いませんよ。俺も玲さんと過ごす時間は楽しいですから」

 

「ありがとう。じゃあ予定は今度決めましょう?」

 

そう言って玲は俺から離れてアイスを選ぶので、俺もアイスを選んでレジに向かう。

 

そしてドライアイスを用意してもらってから店を出ると灼熱の太陽が肌を照らす。ドライアイスを用意しても溶けそうだし、急がないといけないな。

 

「では俺は本部に行くので失礼します」

 

「ええ。尊君とまた会えるのを楽しみにしてるわ」

 

玲は最後に俺に抱きついて、頬にキスをしてから微笑みを浮かべて去っていく。俺としては親交を深め、玲からも唇にキスをされるようになりたいものだ。

 

そう思いながらも基地に到着したので中に入り、集合場所のラウンジに向かうと既に草壁がいた。

 

「済まん遅れた」

 

「集合時間前だから問題ないわ」

 

「そう言って貰えると助かる。あ、これ土産だが食うか?」

 

俺はアイスを取り出して草壁に渡す。草壁の趣味はわからないのでシンプルにオレンジの氷菓系アイスにした。

 

「ありがたく頂くわ」

 

草壁はそう言ってアイスを食べ始めるが、クール系女子が棒付きアイスを食べるのって良いなぁ……

 

そう思いながら俺も集合時間前まで自分で買ったイチゴアイスを食べるのだった。

 

 



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101話

「大体の流れは以前のプレゼンと同じで良いよな?」

 

俺は草壁に話しかける。現場9時30分で、10時からのプレゼンに備えて最後の打ち合わせをしている。

 

「ええ。ちゃんと署名は持ってきてるわ」

 

草壁は鞄から署名用紙を取り出す。以前プレゼンをした際に俺の計画に協力しても良いと思った人には署名して貰ったが、大半から署名して貰ったので価値はあるだろう。

 

「それと予算対策の案についてだけど、迅さんのサイドエフェクトを使うことも話せば、上層部も納得すると思うわ」

 

なるほどな……確かに迅のサイドエフェクトは便利だ。何せ俺が唯我尊でない事を見抜いたしな。

 

それに迅もボーダーの利益になる事になるなら協力するだろうから悪くはないだろう。

 

「そうだな……良し、それも提案しようか」

 

「決まりね。じゃあそろそろ行きましょうか」

 

草壁はラウンジの壁にかけられた時計を見ながらそう呟く。確かに20分くらい前にいた方がいい。

 

俺達は立ち上がり、指定された会議室に向かう。若干の緊張をしながらエレベーターを使ったり廊下を歩いたりして、目的の場所に着いたのでノックする。

 

『入りたまえ』

 

「「失礼します」」

 

ドアの向こう側から声が聞こえてきたので、中に入り一礼する。

 

部屋には城戸司令に忍田本部長、鬼怒田開発室長、唐沢営業部長、根付メディア対策室長、林藤支部長が揃っていた。

 

ボーダートップ陣営を前に草壁も多少緊張しているようで喉を鳴らしている。俺は前世で理不尽な上司や大切な取引会社相手にプレゼンをしていたから大して緊張はしてないが草壁の反応はおかしくない。

 

寧ろ中3の癖に上層部に引がない態度を見せたり、自分を槍玉にあげる記者会見に乗り込む三雲修が異常なだけだ。ジャンプ作品の主人公にしては珍しく戦闘能力はないが、メンタルはぶっち切りだからなぁ。

 

「さて、呼び出した時間にはなってないが全員集まっているので、話を聞こうか」

 

城戸司令がそう言って俺達を見据えてくるので、俺は若干緊張している草壁の肩を叩く。草壁はピクンと跳ねるが直ぐに理解したようで頷き、鞄からレジュメを取り出して上層部に配り始める。それを確認した俺はパソコンを取り出して既に置かれているプロジェクターに接続する。

 

「中々壮大な事を考えてきたようだな」

 

鬼怒田開発室長はレジュメの表紙を見ながらそう呟く。まあタイトルを見ればそう思うわな。

 

「まあボーダー最大のスポンサー会社の社長の息子としては、親の会社にダメージがあることは避けたいので」

 

「それは立派だな。ただ私としては君の変わりようの方が気になるね」

 

唐沢営業部長は薄い笑みを浮かべながらそう言ってくる。これには草壁を含め、この部屋にいる人全員が同じ気持ちのようで俺を見てくる。

 

「俺は別に変わってないですよ。唯我尊は2人いて、もう1人の俺が出てきただけですよ」

 

俺は前世で読んでいた漫画のセリフをアレンジしてそう返す。前世は大人だったって発言はしない。柚宇に話したのはある程度信頼を積んできたからで、信頼を積んでない上層部にはそれらしい嘘を吐く。まあいずれ草壁とは信頼を積み、話すかもしれないけど。

 

その言葉に空気が変わり、驚愕の眼差しを向けられるがこれ以上深入りされるわけにはいかない。

 

「まあ俺の話はどうでもいいでしょう。それより準備が完了したので始めてもよろしいですか?」

 

「………ああ、始めてくれ」

 

俺の強引な切り替えに城戸司令はそう返す。俺の切り替えに応じてくれたのは、デリケートな内容と判断してくれたからだろう。

 

それについてはマジでありがたい。俺も唯我尊としての変化に関する話はされたくないのが本音だ。

 

どうせなら入隊前に転生させてくれたら良かったのに……

 

まあ今更愚痴ってもしょうがないし、既に玲と柚宇と桐絵とは仲良くなれたし問題はない。

 

そう思いながらも発表の準備が完了したので俺と草壁はモニターの前に立つ。

 

「ではこれより自分と草壁による発表を始めたいと思います」

 

そう前置きして俺達は自分の用意した全てを発表し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

「以上で発表を終わりです。私達の考えに賛同するなら、訓練室や防衛任務の体制の変化、ベイルアウト付きの訓練生用トリガーの用意などをお願いします」

 

草壁はそう言って一礼する。前回のプレゼンに多少のアレンジを加えたものを発表したが、反応は悪くないと思う。特に署名を見せると実現出来る可能性があると思われただろう。

 

そして計画を実行する場合、戦闘員のみならず上層部の力も必要だが果たしてどうなる?

 

「まあ確かにC級隊員の扱いが悪いのは事実ですし、数を減らしてB級を増やそうとするのは必要でしょう」

 

唐沢営業部長が笑いながら他のメンバーに言うと、他のメンバー、特に忍田本部長の空気が重くなる。まあ遠回しに「お前らが雑に扱うからC級が多い」と言ってるからな。

 

一方営業部長である唐沢は金集めが仕事で、C級というか戦闘員との接点は少ないからなぁ。

 

「……なるほどな。内容もさることながら、協力者の数も考慮すると計画に支援する事は構わない」

 

城戸司令が傷に手を当てながらそう言ってくる。なんか裏のある言い方があるが、予算に関する事を突かれるだろう。まだ対策案を言ってないし。

 

「問題は予算だ。つい最近基地の強化と警戒区域に設置するトラップの設置に予算を注ぎ込むと決めたばかりだ。加えてお前達の計画の実行にも金はかかるし、計画が成功した場合にはベイルアウト機能の作成の金もかかる」

 

鬼怒田開発室長からそう言われる。確かに本部基地の強化とトラップの増設は絶対だ。原作でもイルガーが基地に突っ込んだり、トラップの足止めも限界があるって表記されていたからな。

 

「一応予算の対策案も考えてきました」

 

「対策案?唯我君の実家が援助額を増やしてくれるのかい?」

 

「いえ。父に相談したらこの計画で正隊員を増やせたら援助額を増やしてやると言われましたから今は無理です」

 

根付メディア対策室長の質問にそう返す。

 

唯我尊、この世界における俺の父親は息子には甘いが、会社の社長としてはかなり厳しいので今すぐには無理だ。

 

そう思っていると草壁が口を開ける。

 

「私達に資金の調達は出来ませんが、代わりに予算の節約案としてC級隊員の入隊人数を毎シーズンごとに5人ぐらいにする事を提案します」

 

「5人?!」

 

これには上層部も予想外だったようで驚きを露わにする。

 

「プレゼンの時にも言いましたが毎シーズンごとに入隊するのは30〜40人と多過ぎます。この調子だと1年後には400人以上となるでしょう」

 

「よって自分達は毎シーズンごとに入隊するC級隊員の数を減らすべきと思います。仮に自分達の案を実行すれば、30人近くのトリガーを準備しないで済み、その分を他に回せます」

 

それに原作のBBFに載っていた正隊員は殆どが現時点で正隊員になっている。そう考えると毎シーズンごとに40人近くも入隊してもB級に上がれないってことになる。

 

「……なるほど。現時点でC級隊員は300人近くいるが、この人数を上回らないようにしたいと君達は考えているのか?」

 

「はい」

 

「けど入隊基準はどうすんだ?今の入隊基準はトリオンさえあれば受かるけど、筆記や運動能力の方も考慮するようにするのか?」

 

林藤支部長が手を挙げて発言する。

 

ボーダーの入隊試験には基礎体力テスト・基礎学力テスト・面接があるが、トリオン量と犯罪歴以外の点で落とされることはないシステムだ。

 

「それもありますが追加としてSPIテストで努力できそうな人を見抜く事もするべきですね」

 

「それと面接の際に迅さんも面接官として参加させる事を希望します。」

 

迅のサイドエフェクトなら受験者の性格などをある程度見れるから参考になるだろう。

 

「なるほどな。それなら入隊者が少なくても質の良い人間が入隊するかもしれないな」

 

林藤は煙草を吸いながら頷く。

 

「一応自分達が考えた予算案は以上です。ご静聴ありがとうございました」

 

言いながら草壁と頭を下げる。まあ失敗はしてないだろう。

 

「話はわかった。先程教本作りなどを発表していたが、協力者達には作って貰っているのか?」

 

「はい。来月の正式入隊日に始動したいので。他にも宣伝ポスター作りや指導教室のスケジュール調整なども始めています」

 

忍田本部長の質問に草壁が答える。上層部に認可されてから始めていては間に合わないだろうから、出来ることは早めにやっておきたい。

 

「私はアリだと思いますね。C級隊員だけが増えても意味がないのでやる価値はあると思います」

 

「それに計画が上手くいけば唯我君の親の会社からの出資額も増えるみたいだし、悪くない話だねぇ」

 

「ベイルアウト機能のトリガーを量産するのは大変だが……まあ先を見据えるならやむを得まい」

 

「私も賛成だ。街に被害が出る可能性は0に近づけないといけないし、挑戦するのは必要だと思う」

 

「迅も乗り気だしやる他はないだろ」

 

そんな風に上層部の面々が意見を口にする中……

 

「……良いだろう。大規模侵攻による被害を減らしたいのは私も同じだ。可能な限り協力はする」

 

トップからも了承を貰えた。よって計画を始動する段階に入れたということになる。

 

「「ありがとうございます」」

 

草壁と一礼する。

 

「正式入隊日当日から指導教室を開催するなら、来月入隊する人達のデータは必要だろう。会議が終わり次第、両隊の作戦室のパソコンに送るが大丈夫か?」

 

「お願いします」

 

「わかった。優秀な協力者が多いとはいえ、計画の統括は大変だろうから行き詰まる事があったら相談するように」

 

「了解しました」

 

忍田本部長の言葉に礼をする。そうと決まれば今日中にやれる仕事を終わらせて、明日明後日で新入隊員のデータを調べて指導教室の開設について考えないといけない。

 

 

まあ了承を貰えただけ一歩前に進めたから良しとしよう。

 

全てはアフトクラトルからの被害を減らす為、そして草壁との仲を深める為だ。



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第102話

「ふぅ……30分位しか話してないのに疲れたわ」

 

草壁は廊下を歩きながらそう呟く。つい先程まで俺達は上層部相手にプレゼンをしていたが、気の強い草壁も海千山千の上層部が相手はキツイようだ。

 

「まあそうだな。圧迫面接されてる気分だったぜ」

 

並の精神の人間ならあの空気で平然とするのは無理だろう。

 

「何にせよ、データが来るならそっちを確認しようぜ。確認はウチの作戦室で良いか?」

 

データを2人で確認する時は大型モニターがあると便利だが、大型モニターを使うから作戦室が一番だ。そしてここからだと草壁隊作戦室より太刀川隊作戦室の方が近いからな。

 

「ええ。それで良いわよ」

 

草壁が頷いたので、俺達は太刀川隊作戦室に向かう。

 

到着して部屋に入るが、誰も居なかった。どうやらまだ誰も来てないようだ。

 

俺はモニターの電源を入れて、ソファーに座りパソコンの電源を入れる。

 

 

草壁が隣に座るのを確認しながらパソコンを操作する。そして同じタイミングでメールが来る。確認するとファイル付きのメールだった。これが来月入隊する隊員のデータだろう。

 

俺はパソコンを操作してモニターに新入隊員のデータを表示する。

 

「来月入隊するのは38人みたいね」

 

ファイルには沢山の名前があり、名前の横にはトリガーの名前が、一番左上には38人(仮入隊3人)と書かれている。そして名前の横に星マークが付いている人が仮入隊なのだろう。

 

「しかしレイガストでスタートする奴はいないな」

 

データを見直すがレイガストの文字は存在しなかった。

 

「唯我先輩を見てると便利だと思うけど、C級にレイガストを使いこなすのは難しいわよ」

 

「まあそうだな」

 

C級隊員は1種類のトリガーしか使えない。それはオプショントリガーも例外ではなく、レイガストに必須のオプショントリガーのスラスターを使えない。

 

そしてスラスター抜きのレイガストをC級隊員に使いこなせるのは草壁の言うように至難だろう。攻撃手が相手ならまだしも、射手や銃手とは致命的に相性が悪く蜂の巣にされるのがオチだ。

 

そう思いながらも仮入隊した人のデータを見てみるが……

 

(全員2000以下……これは不作か?)

 

入隊時に与えられるポイントは1000だが、仮入隊で結果を出した人はそれに幾らか上乗せされる。

 

原作によれば木虎が3600スタートで、歌川が2950、菊地原が2800で新3馬鹿は2000ポイント前後。そう考えると今シーズンは余り期待出来な……ん?

 

(よく見りゃ緑川の名前があるじゃねぇか)

 

リストの中には、原作で目の前にいる草壁のチームに入っている緑川駿の名前があった。どうやら緑川は仮入隊してないようだ。

 

そう考えるとそこまで悪くないだろう。緑川の記録は4秒だし。

 

「とりあえず唯我先輩は当日に優秀な隊員が入ってるか見てきて。私はオペレーターの方に顔を出さないといけないから」

 

「わかった」

 

草壁はデータを見ながら俺にそう言ってくるので、了承の返事をする。

 

(まあ緑川は速攻でB級に上がるから問題ないが、他はどれだけやれるかわからないし正式入隊日には注意しておかないとな)

 

金の卵は緑川だけだと思うが、銀の卵や銅の卵もいるかもしれないし、ソイツらにはやる気を出して貰わないといけない。

 

(いっそモチベーションを上げる為にC級限定のトーナメントをやるのもアリかもな)

 

ポイントが1000代のみでやるトーナメントや2000代のみでやるトーナメントをやり、上位入りできたら500ポイント……みたいな感じでやるのも悪くない。

 

まあこれについてはある程度してからだな。今は最優先なのはB級に上がれるポテンシャルを持ちながらも上に上がれず燻っている連中の強化だし。

 

「宜しく。それとデータを見る限り今期は銃手が多いから、入隊日には銃手を多く集められるように手配しないといけないわね」

 

「確かにな。そうなると犬飼先輩とか柿崎先輩あたりか?」

 

まあ柿崎さんは万能手だと銃手よりだし大丈夫だろう。

 

「そうね。間違っても弓場さんやウチの里見先輩や唯我先輩は無理ね」

 

否定はしない。銃手は距離をとってじっくり削るのが基本中の基本だ。

 

それに対して……

 

距離を詰めてからの早撃ちを十八番とする弓場

 

弓場の技術と変則両攻撃二宮の戦術を合わせた里見

 

レイガストを利用して攻撃手の攻撃を捌いてから至近距離で攻める俺

 

「ハッキリ言って異端すぎるわ。少なくとも入隊したばかりの人間に教えて良い人間じゃない。というか入隊時点からリボルバー銃が使えたら問題だわ」

 

「まあな。とりあえず署名してくれた人間の中から正式入隊日に用事がない人間を調べないといけないな」

 

「加えてポスターの仕上げや教本製作の進捗具合の確認しないといけないわね。唯我先輩はレイガストに関する教本を担当してるけど、進捗は?」

 

「殆ど完成してる。けどレイガストはスラスター抜きだと扱いが難しいし、強くなるにはひたすら防御って感じだから余り書くことがないんだよな」

 

他のトリガーでも実戦経験は必須だが、レイガストはトリガーの中でも扱いが難しいので訓練の質や量が重視される。B級の人間なら複数のトリガーを使えるからまだしも、C級だと違うトリガーを使う方が合理的と考えてもおかしくない。

 

「ま、いざとなったらレイガスト関連はB級以上の人間に教えれば良い」

 

「あら?当てはあるの?」

 

「何人かレイガストについて話を聞いてくる正隊員もいるからな」

 

最も聞いてくるのは辻や笹森、熊谷のようにチームの防御や援護をする攻撃手だがな。実際レイガストは仲間のガードという点では便利だし。

 

「大方ガード担当の人ね。っと、話が逸れたわね。とりあえず今日明日にはポスターを完成させたいから私は今から加賀美先輩か橘高先輩の所に行ってくるわ」

 

「加賀美先輩は絵が得意だからわかるが、何故橘高先輩?」

 

原作を読んで無いし、王子隊とは接点がないからどんな人間かわからない。凄く美人ってのは知ってるけど。

 

「橘高先輩はデザイン科のある高校に通ってるからポスターのデザインも出来ると思ったのよ」

 

へぇ。そんな経歴なのか。ボーダーの人間って戦闘以外も優秀な人って多いんだな。

 

「なるほどな。じゃあ任せる」

 

どちらも俺と接点がないから草壁に任せた方がいいだろう。

 

「ええ。唯我先輩はデータチェックをお願い」

 

草壁は席から立ち上がった時だった。

 

「っ?!」

 

突如体勢を崩し俺の方に倒れてくる。予想外の展開に俺は草壁の方を見ることしか出来ず、草壁に巻き込まれる形で倒れてしまい……

 

 

 

ちゅっ

 

背中に衝撃に走り、頬に柔らかな感触が伝わってくる。トリオン体なので痛くはないが、予想外の展開に硬直してしまう。

 

何と草壁が倒れた拍子に俺の頬にキスをしていたのだ。しかも咄嗟のことだったからか俺の右手は草壁の背中に、草壁の両手は俺の背中に回されていた。

 

同時に野球ボールがコロコロと床を転がる。このボールは確か以前出水が米屋とキャッチボールをした云々言って作戦室に持ってきたものだ。

 

多分草壁は地面に落ちていたボールを立ち上がった拍子に踏んでしまったのだろう。

 

正直言ってこの体勢は役得だが、この状態を長く続けていたら草壁に下心があると思われるので残念だが厳しい態度を見せないといけない。

 

「おい草壁。身動きが取れないから身体を「何をしているのかな〜、尊君?」起こ、せ……?」

 

いきなりのんびりとした口調ながら冷たい声音が聞こえてきたので横を見れば……

 

 

 

 

 

 

 

「まさか作戦室で堂々とイチャイチャしてるとはね〜、お姉さん驚いちゃったよ〜」

 

作戦室の入り口にて、柚宇が額に青筋を大量に浮かばせながら笑顔を浮かべていた。

 

「ひぃっ……」

 

これには草壁もビビってしまっている。今まで柚宇が怒ってるのは見たことあるが、今回のそれは次元が違う……

 

俺は死の気配を明確に感じながら土下座する事も視野に入れつつ、如何にして余り怒られない方法を模索するのだった。



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第103話

「……以上が事の顛末です」

 

「なるほどね〜、まあ確かにいきなりボールを踏んだらそうなるのも仕方ないかな」

 

柚宇に草壁に覆われながらキスをされた事を全て説明すると、柚宇は多少不機嫌ではあるが、先程に比べたら全然マシとなっている。

 

「草壁ちゃんもごめんね〜。先走って怖がらせちゃって」

 

「いえ……」

 

さっきの柚宇はメチャクチャ怖くて草壁もビビっていたくらいだ。今はいつもの表情になっているが、悲鳴はハッキリと覚えている。

 

「……唯我先輩は何をジロジロ見ているの?」

 

「いや、さっきの草壁の悲鳴は案外可愛らし「煩い……!」痛ぇ……」

 

軽く冗談を言うと草壁は羞恥と怒りに顔を若干赤くしながら脛に軽い蹴りを入れてくる。草壁の新たな一面が見れた事を考えれば安い買い物だな。

 

「その話を蒸し返したら蹴るわよ」

 

「もう蹴ってるだろうが」

 

「……まあ転んだ私が一番悪いけど、恥ずかしいから蒸し返すのはやめて」

 

「わかったよ、悪かった」

 

今の好感度でこれ以上からかうのは悪手だ。地道に積み重ねてきた草壁との交流をつまらないおちょくりで無に帰すのは勿体無さすぎる。

 

「尊君も女子をからかうのはダメだよ」

 

柚宇からも注意されるので俺は小さく一礼する。第三者がいる時の俺は唯我尊を演じないといけないからな。

 

「なら良し。ところで草壁ちゃんはポスターの仕上げを頼まないといけないなら、そろそろ行った方がいいよ。橘高さんは知らないけど、かがみんは昼食を食べたら帰るって言ってついさっき別れたからね」

 

「なら食堂に行かないといけないわね。じゃあ唯我先輩はまた後で」

 

「ああ、また後で」

 

「頑張ってね〜」

 

国近ののんびりした見送りに草壁は一礼して、太刀川隊作戦室から出て行く。ドアが閉まると柚宇は再度不機嫌オーラ丸出しで俺を見てくる。

 

「それで〜?抱きしめた草壁ちゃんの身体はどうだったかね、竜賀さん?」

 

2人きりになった瞬間、柚宇は俺を本名で呼ぶ。どうやら草壁がいたからそこまで怒りを見せてなかったようだ。

 

とはいえ柚宇は嫉妬してるだろうから「柔らかくて最高だった!」なんて褒めたりしたら柚宇の機嫌はメチャクチャ悪くなるだろう。

 

よって先ずはこの空気を変える必要があるが、その場合は論点をずらす必要がある。

 

「小柄な見た目に反して結構重かったな」

 

すると柚宇は不機嫌なオーラを消して呆れ顔になる。

 

「竜賀さん、女子に対して重いなんてデリカシーの無い事を言っちゃダメ。女の子って体重を気にする生き物なんだからね?」

 

「そうなのか?わかった、今後は口にしないようにする」

 

前世にいた頃からわかっていたが、敢えて今知ったように返事をする。

 

「なら約束。指切りしよ?」

 

柚宇は小指を出してくるので俺も小指を出して、柚宇のソレと絡める。

 

「ゆ〜びきりげんまん。嘘吐いたら一緒にお風呂には〜いるっ。指切った」

 

柚宇はそう言って指を離すが、つまり俺がデリカシーのない発言をしたら柚宇と一緒にお風呂に入れるって事か。

 

これは言うしかないな、うん。俺からしたら罰ゲームでもなんでもなく、寧ろご褒美だ。

 

「針千本飲ますんじゃないのか?」

 

「いや〜、針千本飲んだら死んじゃうからね。約束は守ってよ?まあ破りたいなら破って良いけど……」

 

柚宇は恥ずかしそうに俺をチラチラ見てくるが、言われるまでもなく暫くしたら口を滑らせるように思わせる形で破るつもりだ。柚宇とお風呂とか幸せそうだし。

 

「あ、お風呂といえば桐絵ちゃんと旅行に行った時は入ったの?」

 

柚宇がジト目で聞いてくる。嘘をつくか悩んだが、桐絵に聞かれたらアウトだし正直に話すか。

 

「ん?入ったけど」

 

「ふぅぅぅぅぅぅん?可愛い女の子と入って、それはそれは楽しかったね〜」

 

柚宇はドス黒いオーラを噴出する。普段のほほんとしてる奴がドス黒いオーラを噴出すると怖いな。

 

「別に風呂は疲れを取る場所だから楽しさは求めてねぇし、桐絵が半ば無理矢理頼んできたから、立場上断れなかったんだよ」

 

桐絵は俺の正体を知らず後輩と思っているので、俺も後輩として動かないといけないが、その場合だと先輩である桐絵の頼みを断るのは難しいからな。

 

「まあそうだけどさ……エッチなことはしてないよね?」

 

「馬鹿言うな。一応俺26歳だからな?」

 

そう言うが裸で抱き合ったり割とエロいことはしたけど。まあ一番エロかったのは桐絵だろうけど。

 

「なるほど〜(その様子じゃ高校2年の私についても子供としか思ってない可能性が濃厚だろうし、厄介だね〜。もう告白して異性として想っていることを知らせた方が良いのかな?)」

 

「どうした?」

 

「ん〜ん?何でもな〜い」

 

なんか口をモゴモゴしているが変な事を企んでないか不安だ。

 

「それよりも竜賀さん。一人暮らしはいつ頃から始めるの?」

 

「8月29日からだな。29、30で荷物の整理と新しい家具の購入をして夏休み最終日はノンビリ過ごす予定だ」

 

幾ら9月1日が始業式だけとはいえ、流石に夏休み最終日にドタバタするのは嫌だからな。

 

「と、いうことは30日の夜には整理が終わらせるんだよね?」

 

「その予定だが」

 

「じゃあさ……30日に荷物の整理を手伝うからさ、その日に泊まりに行って良いかな?」

 

柚宇はそんな提案をしてくる。夏休みの30日と最終日を柚宇と過ごすなんて願っても無いチャンスだ。

 

「好きにしろ」

 

「やった〜。ありがとう竜賀さん」

 

柚宇は後ろから俺に抱きついて甘えん坊と化する。俺の正体を知る前の柚宇はお姉さんを気取ることがあったが、俺の正体を知ってからの柚宇は2人きりになると子供っぽく甘えてくるようになった。

 

ま、それはそれで悪くないけどな。

 

俺は柚宇に甘えられながら仕事に取り掛かるのだった。

 

尚、暫くすると草壁が戻ってきて、今の光景を見られたが呆れた表情を浮かべられたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

(良し、泊まりの約束は取り付けたから……その日に竜賀さんに告白しないと……)

 

柚宇は竜賀に抱きつきながら、一大決心をしていた。元々柚宇は夏休みに告白する予定だった。

 

しかし……

 

(今は付き合えない可能性が極めて高いよね〜)

 

竜賀を知った柚宇は付き合えないことを前提として動いている。

 

理由は簡単で柚宇は竜賀に対して、"竜賀は自分達を女としてではなく子供として見ている"と考えているからだ。よって竜賀に告白しても子供の冗談と思われる可能性は高い。

 

こればかりは仕方ない。竜賀の実年齢は26歳なのだから。

 

よって柚宇は今回竜賀と付き合う為ではなく、今後自分自身を女として見てもらうために竜賀に告白するつもりなのだ。

 

(じゃあそれまでに作戦を考えとかないといけないな〜)

 

幸いライバル2人は竜賀の存在を知らないので、柚宇はそこを利用して差を広げたいと考えてる。

 

(竜賀さんと結ばれるのは私なんだから)

 

柚宇は改めて決心をしながら、竜賀に意識して貰う為の作戦を考えるのであった。



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第104話

「最終ミーティングだ。と、言っても今回は基本的に唯我の立てた作戦で行くぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

8月23日、太刀川隊作戦室にてA級ランク戦の最終ミーティングを行っている。今回の相手は風間隊と三輪隊であり、作戦については俺が太刀川に作戦の立案を希望した結果、太刀川から許可を得たので今回は俺が立てた作戦を使用する。

 

しかし……

 

「了解」

 

「は〜い」

 

出水は兎も角柚宇は不満タラタラの表情を浮かべている。如何にも納得いきませんと言った雰囲気を醸し出している。

 

これには太刀川は笑う。

 

「おいおい。幾ら唯我が草壁のために考えた作戦とはいえ、面白い作戦だから拗ねて仕事を放棄するとかはやめてくれよ?」

 

「……別に拗ねてないよ。ただ尊君は草壁ちゃんと随分と仲良くなったなぁ〜って思っただけだよ」

 

柚宇はそう言ってジト目を俺に向けてくる。ここは言い訳しても泥沼に嵌りそうだな……

 

「そうですね。彼女の発想には興味があるので、交流を深めながら知識を得たいと思ってます。また彼女には借りが大きいので、少しでも借りを返したいのが本音です」

 

その言葉に柚宇のジト目は強くなり、太刀川は笑い、出水が腹に手を当てる。実際草壁の発想には何度も助けられているので、借りを返したいってのは本当だ。

 

「はっはっは。ま、やる気があるならそれで良い」

 

太刀川がそう口にしたタイミングだった。作戦室にある放送機械からジジッとノイズのような音が走り……

 

 

 

 

『ボーダーの皆さんこんにちは!只今よりA級ランク戦が始まります!』

 

元気のいい声が聞こえてくる。この声は誰だが一発でわかる。

 

『実況は私、中央オペレーターの武富桜子がお送りします!』

 

やはりお前か、実況席の主。お前こそ実況席が一番似合う女だ。

 

というか今は中央オペレーターだからまだしも、海老名隊に入っていても実況を多くやっているが、本業の部隊オペレーターについてはやってるのだろうか?

 

『解説には草壁隊の草壁隊長と玉狛支部の小南隊員に来ていただきました!』

 

『どうぞよろしく』

 

『宜しく!』

 

解説はまさかの草壁と桐絵だった。というか桐絵に解説出来るのか?リアクション芸人みたいな姿しか想像出来ない……

 

「小南が実況?ヤベェ、想像しただけで腹が……」

 

案の定、太刀川は桐絵が解説してるところを想像したのか腹に手を当てて笑い出し、出水と柚宇も口元に手を当てて、視線の向きを正面から横にズラして震えだす。

 

『今回のマッチングは太刀川隊と風間隊と三輪隊で、三輪隊が選んだマップは市街地Cです!』

 

だろうな。市街地Cは山の斜面に作られた住宅地のようなイメージで、坂道と高低差があり、道路を間にはさんで階段状の宅地が斜面に沿って続いているステージだ。

 

登るにはどこかで道路を横切る必要があり上から丸見えになるため、狙撃手が高い位置を取るとかなり有利になり、逆に下からは建物が邪魔で身を隠しながら相手を狙うのが難しくなる。

 

要するに狙撃手に有利なステージで遠距離攻撃がない風間隊からしたらクソステージだろう。

 

ウチも狙撃手はいないが、出水のトリオン量なら遠距離攻撃も出来るので、そこまで不利ではない。

 

『まあ狙撃手が2人いる三輪隊なら妥当ね。風間隊は近接戦に特化してるから相性は最悪ね』

 

『太刀川隊の出水先輩は遠距離戦も出来るから唯我先輩と組むのも選択肢の一つね』

 

そんな声が流れてくる。実際出水が俺か太刀川と組んで両攻撃をすれば狙撃手と撃ち合えるだろう。

 

「作戦についてだが、転送位置が良かったら唯我の策を実行する。もしも悪かったら唯我は出水と合流しろ」

 

「了解しました」

 

「出水は位置次第ではエスクードカタパルトを使え。悪かったら唯我と合流しながら風間隊の誰かを釣れ」

 

「了解」

 

「国近はレーダー反応チェックを重視で。違和感があったら直ぐに報告しろ」

 

「ほ〜い」

 

太刀川からの指示を受けると国近は真面目な表情(といってもいつものほんわかな表情)になってオペレーターデスクに向かう。

 

『さあいよいよ時間です!A級ランク戦、開始です!』

 

瞬間、身体が光に包まれて作戦室から市街地に転送される。

 

同時にバッグワームを付けて動きだす。目の前にはそこそこ大きい山があるので、俺の転送位置は低い方だ。

 

そう思いながら走り始めた時だった。

 

『お〜い。今から飛ぶからよろしく』

 

出水からノンビリした声で通信が走るので意識を山に向けると……

 

 

 

「来たな。んじゃやりますか?」

 

大空へ舞い上がる出水を目撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「転送が完了しました!各隊員、それぞれが一定の距離をとって転送されましたが……おっと?三輪隊の狙撃手のみならず太刀川隊長と唯我隊員もバッグワームを付けています!」

 

「はぁ?!太刀川が初めからバッグワーム?!」

 

実況席にて武富が戸惑いながら実況すると桐絵は驚きの声を上げて、客席にいる正隊員も驚きを露わにする。

 

三度の飯より戦いを好み、学校の成績を犠牲にして力を得た太刀川が試合最初からバッグワームを使うなど太刀川を少しでも知っている人からすれば驚きでしかない。

 

「何か企んでるのは明白ね」

 

草壁は唯我の仕業と確信している。唯我の戦術は相手の想定を超える事を軸としているからだ。

 

「予想外の展開ですが、試合は始まっています!高台に近いのは出水隊員と歌川隊員と古寺隊員、中腹にいるのは太刀川隊長と菊地原隊員と三輪隊長と米屋隊員、低層にいるのは唯我隊員と風間隊長と奈良坂隊員です!」

 

「奈良坂先輩が下層にいるのが痛いわね」

 

バッグワームを付けているので位置バレはしていないが、暫くすると遮蔽物のない場所に出ないといけないので奈良坂の転送位置は最悪だろう。

 

「おっと、古寺隊員がもうすぐ高台に到着します」

 

モニターに映る古寺は後30秒くらいで高台に到着する。一方、出水と歌川は後1分近くかかりそうだ。

 

その時だった。モニターに映る出水が地面に手をついたかと思えば……

 

「どわあっ!出水隊員、エスクードを発射台に大空へ舞い上がる!古寺を抜き去った!」

 

出水がエスクードを自身にぶつけ、その勢いで空を飛び上がる。

 

「エスクード……唯我先輩が言っていたのはこれね」

 

「草壁隊長はご存知なのですか?」

 

「詳しくは知らないわ。ただ前に唯我先輩に、草壁隊に使える戦術を使うから試合を見てほしいって言われたわ」

 

「はぁ?!ど、どういう意味よ!?」

 

唯我に恋する桐絵からしたら、そんな風に新しい女子に優しくする唯我の行動に心中穏やかではいられなくなってしまう。

 

「どういう意味も何もそのままの意味よ」

 

「むむむ……」

 

桐絵の詰問に草壁は返事をするのが面倒と思いながらそう返すと、桐絵は不満そうな表情になる。

 

しかしそうこうしている間にも試合は動く。

 

出水が飛び上がると、着地する前に二条の光りが出水に向かって飛んでいく。モニターではイーグレットを持つ奈良坂と古寺が映っている。

 

しかし次の瞬間だった。出水は自身の周囲にシールドを二重に展開、両防御をする。

 

その結果、1枚目のシールドは割れ、2枚目のシールドにヒビが入ったが出水の身体には当たらなかった。

 

 

そして……

 

 

 

 

「ここで太刀川隊長と唯我隊員が方向転換!グラスホッパーを使って、奈良坂隊員と古寺隊員に突撃を仕掛ける!」

 

太刀川と唯我はグラスホッパーを使って狙撃手の元に向かう。

 

「なるほどね。出水先輩を餌に狙撃手を釣り上げたわけね。釣れなくても得をするからタチが悪いわね」

 

草壁は感心半分呆れ半分で頷く。

 

「どういう意味でしょうか?」

 

武富がそう呟くと桐絵が不機嫌そうなままだが口を開ける。

 

「狙撃手2人が狙撃をしないってのは出水に高台を譲るってことよ。出水が高台を取ったら、風間さんでも近寄るのが難しいと思うわ。まあ狙撃手の位置を知れて高台をゲット出来たから、太刀川隊は幸先が良いわね」

 

高台はステージの端の方にあるので高台に着いた隊員は後ろを気にしなくても大丈夫なので攻撃に余裕が出来るのだ。

 

「狙撃をするって選択肢は正しいけど、初見の戦術であるが故に三輪隊は一気に不利になったわね」

 

実際出水を高台に行かせないようにするのは間違ってはいないが、出水を餌に狙撃手2人は捕捉されてしまったのだ。

 

そしてこのやり方は……

 

(ウチにはピッタリの戦術ね)

 

草壁隊は機動力を使って守りが薄い所を狙うスタイルを得意としていて、当然守りが弱い狙撃手を狙う事はしょっちゅうある。

 

しかし今の太刀川隊の戦術は草壁隊からしたら使える戦術である。

 

エスクードを壁ではなく発射台にする事で機動力を上げ、合流を早める事も可能だし、何より早いうちから狙撃手を釣れるのはかなり大きい。

 

狙撃手を擁するチームからしたら厄介だろう。狙撃したら居場所がバレ、放置したら敵の作戦が成功するのだから。

 

(まだまだ面白い戦術が見れそうだから楽しみにしてるわよ、唯我先輩)

 

草壁は口元を僅かだが緩ませながら奈良坂を追いかける唯我を見るのであった。

 

 

(草壁ちゃん、微かに笑ってるけど……絶対尊を見て笑ってるわね。あぁもう!尊はどれだけ女子に興味を持たれてるのよぉっ!)

 

そんな草壁を見て、桐絵は内心イライラしながら地団駄を踏むのは言うまでもなかった。



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第105話

奈良坂を捕捉した俺はグラスホッパーを使って距離を詰めにかかる。三輪隊のスタイルは三輪と米屋が連携で相手を削り狙撃手2人が仕留めるのが基本的だ。つまり狙撃手を殺せば三輪隊相手に有利を取れる。

 

もちろんそれだけで勝ちが決まるわけではないが、No.2狙撃手を見逃すなんて愚行は犯さない。

 

『風間さんも上の方じゃなくて奈良坂君の方に向かってるよ。距離から考えて尊君の方が若干早く奈良坂君に近寄れるから頑張って〜』

 

「風間さんがこっちに来るんですか?てっきり歌川達の方に向かうと思いました」

 

『多分奈良坂君を倒した後の尊君が怖いんじゃないかな?バッグワームを付けた尊君の奇襲は怖過ぎるし。もしくは尊君より早く奈良坂君を仕留めて、その後に尊君を仕留める算段かもね〜』

 

確かにそう思われても仕方ないな。

 

「了解です。他の様子はどうですか?」

 

『歌川君と菊地原君は出水君を落とすべく高台に向かってて、三輪君と米屋君は太刀川さんの方に向かっているよ〜』

 

だろうな。出水が高台にいたら厄介だから落とすのは当然だし、古寺が落ちたら太刀川がフリーになるから三輪と米屋が向かうのも当然だ。

 

太刀川の実力は本物だが、流石に3人がかりでは負けるだろうから古寺を早めに仕留めるべきだろう。

 

俺と奈良坂と風間は低層にいる。しかも奈良坂は狙撃ををしながらも更に低層に向かっている。

 

居場所が丸わかりな上、逃げながら撃ってきてるので弾は当たらないが逃げ方が厄介だ。

 

奈良坂を仕留める事は可能だが、仕留めた後は必然的に風間とのタイマンだ。

 

そして仮に風間に勝てても、他の連中は高層にいるので、近距離戦に特化した俺は太刀川達を援護するまで時間がかかってしまう。

 

そしてそれは風間も同じだ。風間が俺を倒しても他の戦場に向かう際は時間がかかるだろう。

 

(逃げ方も一流とは面倒だな)

 

まあ問題ない。既に奈良坂を仕留めるのは出来るだろうし、出水には俺が考えた作戦を全て教えたし、太刀川はどうとでもなる怪物だからな。

 

そう思いながら俺はグラスホッパーを再度展開して一気に距離を詰め……

 

『距離20!』

 

柚宇から通信が入った瞬間にリボルバー拳銃を展開して奈良坂に向けて2発発砲する。

 

対する奈良坂はバッグワームを解除して集中シールドを展開するが、放たれた弾丸はシールドを突き破り、奈良坂の肩と脇腹を穿つ。

 

1dayトーナメントでは射程距離を10メートルにしていたが、チーム戦だと乱戦とかにもなる可能性があるので弓場のリボルバー拳銃と同じで20メートルちょいにした。

 

しかし弓場と違ってバイパーは入れておらず、依然として合成弾の徹甲弾を入れているので火力は十分ある。

 

放った弾丸により奈良坂は崩れるも、足を止めてアイビスを展開する。せめて一矢報いるつもりが……

 

「させねーよ」

 

俺に向けようとするアイビスの軌道上にグラスホッパーを展開する。

 

それによりアイビスはグラスホッパーに当たり、その衝撃で奈良坂の手から離れて地面でバウンドしてしまう。

 

これにより奈良坂は手ぶらになる。俺はトドメを刺すべくリボルバー拳銃て発砲する。

 

しかし次の瞬間だった。

 

突如左側からブレードが飛んできたので後ろにジャンプして回避するが、奈良坂の方にもブレードが飛んでいて、俺が放った弾丸が奈良坂の心臓を貫いたタイミングでブレードが奈良坂の脳天に突き刺さった。

 

それに伴い奈良坂はベイルアウトするが……

 

「どっちですか?」

 

俺は近くの住宅地の屋根の上にいる風間を見ながら柚宇に連絡を入れる。

 

『風間さんの方がコンマ数秒早かったね』

 

柚宇の言葉に内心舌打ちをする。ギリギリで抜け駆けされたのは痛い。俺としては奈良坂を倒し、風間と相討ちする事を目標としていたからな。

 

(仕方ない。勝ちに行くか)

 

俺は左手にレイガストを構え、右手のリボルバー拳銃を風間に向ける。奈良坂は落ちて、古寺は太刀川が補足していて、他の連中は上層部にいるから援護も邪魔は一切ないのでタイマンだ。

 

そしてタイマンなら勝ち目はある。実力は風間の方が上だが、こっちは常に初見殺しの技を考案しているからな。それらを全部使って勝ちに行くつもりだ。

 

俺は戦意を滾らせながら出水に通信を行う。

 

「出水先輩。今から風間さんとタイマンするんで、例の作戦をする時はなるべく横方向にお願いします」

 

そう言ってから改めて風間を見据えると、上層からベイルアウトの光が確認出来るが、それを無視して風間に発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『出水先輩。今から風間さんとタイマンするんで、例の作戦をする時はなるべく横方向にお願いします』

 

「おー、了解了解」

 

出水は唯我からの通信に了解の返事をしながらも弾トリガーを、自分がいる高台に向かってくる歌川と菊地原に放つ。

 

対する2人は出水の射撃により移動速度は落ちているが、建物を盾に少しずつ距離を詰めている。

 

2人がかりで来られたら出水も勝てないが、出水に不安はなかった。

 

元々エスクードを発射台にする戦術を気に入った出水は試合前に唯我からアドバイスを受けたが、発想のえげつなさに頼もしさと恐ろしさを感じたくらいだ。

 

(アイツ本当に考える事がえげつないからな。その癖プライベートでは糞真面目で、無意識のうちにハーレムを築いてるからタチ悪いし、いつかマジで刺されるんじゃね?)

 

少なくとも自身のオペレーターである柚宇、玉狛支部のエースの桐絵、自分と同じくリアルタイムでバイパーの射線を引ける玲の3人は唯我に恋をしている。

 

加えて最近では正隊員を増やす為に草壁とも交流を深めているが、出水からしたら唯我の行動は規格外すぎるのだ。

 

実際ボーダー男子の間では唯我は最終的に何人の女を落とすか賭けが行われているくらいだ。

 

ちなみに出水は6人に賭けていて、太刀川は4人だ。他の連中も大体4人から6人の中から選んでいて、ギャンブラーの諏訪と堤はそれぞれ9人と10人に賭けている。

 

と、そこまで考えていると少し離れた場所でベイルアウトの光が確認出来る。

 

『太刀川さんが古寺君を落としたよ〜。けど三輪君と米屋君に捕まったね』

 

「あらら。ま、狙撃手を警戒しないで済むのはありがたいな」

 

狙撃手がいるのといないのではやり易さは全然違う。特に自分みたいに両攻撃を好む人間からしたら特に。

 

と、ここで歌川と菊地原の2人と自分との距離が30メートルを切る。

 

「頃合いだな……柚宇さん、歌川と菊地原の移動予測ルートをお願い」

 

弾丸を放ちながら柚宇に連絡する。

 

『ほ〜い。どっちに仕掛けるのかね?』

 

「歌川ですね。菊地原は俺が仕留めます」

 

出水がそう返すと、出水の視界に映る歌川と菊地原の近くに→が表示され、移動予測ルートがわかる。

 

そして2人の距離が20メートルを切ったタイミングで出水は両攻撃をやめて……

 

「じゃあな歌川、エスクード」

 

歌川が近くのアパートの屋根の上に乗った瞬間、出水は歌川の足元にエスクードを起動する。

 

「っ!え、エスクード?!」

 

ただしエスクードはアパートの屋根に垂直の向きではなく、横斜め向いていて、歌川は出水から見て右後ろ方向に飛んでいく。

 

歌川はグラスホッパーを入れてないのでエスクードの勢いに逆らえず、重力に従って落下するしかない。高さと距離から考えるに着地するまで1分弱かかるだろう。

 

しかも飛んだ先は誰もいない方向なので、何処の戦場に行くにしても数分は移動時間となり、出水自身がいる場所に戻るには3分近くかかる。

 

そして3分もあるなら充分である。

 

「さて、2点目貰うぜ菊地原」

 

「出水先輩、唯我先輩の悪辣さが感染ってますね」

 

出水は毒舌攻撃手の菊地原と一言だけ交わして、排除するべくキューブを展開するのだった。



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第106話

「ここで試合が動いた!唯我隊員の弾丸より早く、風間隊長の投げたスコーピオンが奈良坂隊員を撃破!」

 

「あぁ!惜しい!」

 

モニターに映る得点表にて、風間の横に1点が追加されると武富が叫び、桐絵は残念そうに頭に手を当てる。

 

「唯我先輩からしたら残念ね。多分唯我先輩は奈良坂先輩を倒したら風間さんを撃破、もしくは刺し違えて2点取るつもりだったと思うわ」

 

テンションが高い2人に対して草壁は冷静な声で解説する。

 

「そうなると唯我先輩は風間隊長を撃破して、上層に加勢に行きたいというところでしょうか?」

 

「それは厳しいわね。仮に風間さんを撃破しても上層まで距離はあるし、唯我先輩は射程が短いから。何にせよ風間さんと戦うのは絶対ね」

 

風間を上層に行かせるのは悪手であるのは明白。草壁が唯我の立場なら勝てなくとも上層に行かせないようにするだろうから。

 

「ちなみに風間隊長と唯我隊員のどちらに分があるでしょうか?」

 

「尊なら風間さんが相手でも勝ってくれるわ!頑張れ尊ぅ!」

 

武富の問いに桐絵は即答する。草壁は桐絵に対して「私情を丸出しにした解説で良いのか?」と呆れながらも口を開ける。

 

「単純な実力なら風間さんの方が上だけど、唯我先輩は初見殺しの戦術を数多く持ってるから判断が難しいわ」

 

草壁から見て唯我の戦術は大半が奇想天外であり初見当然として、初見でなくても対応が難しいものばかりである。

 

それはボーダーでも有名なので風間も迂闊に攻めないだろうからか、実力の劣る唯我にもある程度勝ち目はあると草壁は考えている。

 

そうこうしている間にも戦況は動く。

 

「おっと!古寺隊員もベイルアウト!三輪隊長と米屋隊員が追いつく前に太刀川隊長が撃破!これで太刀川隊と風間隊が1点で並んだ!」

 

モニターでは太刀川が古寺を切り捨てて、それから出水の方に向かおうとしたが、三輪と米屋に捕まって楽しそうに笑っていた。

 

「これで狙撃手は全滅ね。そうなると太刀川隊と風間隊は警戒しないで済むわ」

 

「最初に出水先輩に釣られたのが痛いわね。とはいえ今のところどの戦況も硬直してるし、結果はまだわからないわ」

 

草壁の言うように狙撃手2人が落ちたが、まだ結果はわからない。

 

現在、市街地Cでは3つの戦場がある。

 

最上層の高台に出水がいて、詰め寄ろうとしている歌川と菊地原を迎撃している。平地で戦えば出水が不利だが、地形を利用しているので不利ではなくなっている。

 

上層と中層付近では太刀川が三輪と米屋の2人を相手している。タイマンなら太刀川が圧倒的ではあるが2人がかりな上、鉛弾を持つ三輪がいる以上、太刀川もいつもより慎重になっている。

 

そして戦闘区域の隅の低層では唯我と風間が戦いを始める。実力差はあるが、初見殺しの戦術と一撃必殺を持つ唯我にも勝ち目はある。

 

 

3箇所で戦闘が行われているが、1番上の戦闘で動きがあった。

 

「のわぁ!出水隊員、エスクードを発射台にして苦労して上ってきた歌川隊員を吹き飛ばしたぁ!」

 

モニターではエスクードの勢いにより大空を舞う歌川の姿が映り、客席にはドン引きの空気が生まれる。

 

「これは出水の案じゃなくて絶対に尊の案ね」

 

「同感。歌川先輩を飛ばした方向には誰もいないし、距離からして2、3分は戻ってこれないから菊地原先輩は必然的に出水先輩と1対1になるから厳しいわね」

 

唯我を良く知っている桐絵と草壁はそう返しながらモニターを注視する。

 

そこでは風間相手に一歩も引かずに真剣な表情で迎撃する唯我が映っているが、草壁はそれを見て好奇心を持ち、桐絵は心臓が高鳴るのを自覚しながら両手を組み祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ドパッ!ドパッ!

 

 

リボルバー拳銃から2発の弾丸を放つと風間は軽いジャンプで回避するが、風間が地面に着地した瞬間にレイガストを消して、風間の周囲270度シールドを展開する。シールドがない部分は正面、俺がいる方向だ。

 

勿論シールドの耐久力は低いが、壊す際に若干の隙が出来るから問題ない。

 

 

そう思いながら俺は銃口を風間に向けようと手を動かすが、同じタイミングで手の軌道上にシールドが展開されてぶつかってしまう。

 

同時に風間は突撃してくるので俺はシールドを消してレイガストを展開する。無理に狙っても当たらないからな。

 

風間は俺がレイガストを構えると横に跳びながらスコーピオンを投げてくるがガードしようと構えるが、風間の足元にヒビが入ったので後ろに跳ぶ。

 

瞬間、さっきまで俺が居た足元から刃が出てくる。スコーピオンの投擲でモグラ爪に気付かれないようにする嫌らしい作戦だ。

 

さっきやってきたリボルバー拳銃を持つ手の動きをシールドで妨害した戦術は俺が以前やった戦術だが……

 

「風間さんも中々いい性格してます……ねっ!」

 

「否定はしないがお前ほどじゃない」

 

互いに言葉を交わしながら風間の右手に持っているスコーピオンをレイガストで防ぎながら、一歩前に踏み込もうとすると風間は左手のスコーピオンを鉤爪のようにレイガストに引っ掛ける。

 

多分スラスターによるシールドバッシュで吹っ飛ばされないようにしているだろうが……

 

(生憎今回はスラスターを入れてないんだよ)

 

内心そう呟き、レイガストを手放してバックステップをしながらリボルバー拳銃の引き金を3回引く。

 

ドパッ!ドパッ!ドパッ!

 

対する風間はレイガストに引っ掛けたスコーピオンを動かして、弾丸の軌道上にレイガストを置く。

 

ガガガッ

 

徹甲弾を3発受けたレイガストは壊れてしまうが問題ない。

 

(しかし俺が捨てたレイガストを利用するか……面白い使い方だ)

 

そう思いながらも俺は接近戦を仕掛けてくる風間の足元にシールドを展開する。

 

いきなり現れたシールドに風間はバランスを崩すが、同時に分割したシールドを俺の右腕周辺に展開して、リボルバー拳銃を風間に向けれないようにしてくる。

 

僅かに生まれた隙の所為で風間が立ち上がったので俺は後ろに下がろうとするが、いきなり後ろ足首に衝撃が走り、バランスを崩してしまう。チラッと下を見ればシールドが展開されていた。

 

(ちっ、俺と同じ事をしてきたか。今更だが俺の戦術って凄いイラッとするな)

 

ウザい技とわかってはいたが、実際にやられると想像よりうざい。

 

え?やられて嫌なことをするなって?細かいことは気にすんな。

 

そこまで考えていると上層にてベイルアウトの光が見える。位置的に考えて菊地原だろう。歌川はさっき出水がエスクードでぶっ飛ばしたから。

 

(何にせよこれで太刀川隊は2点目だ。カードを1枚切って3点目が俺が風間を倒して手に入れる)

 

そう思いながら俺はリボルバー拳銃の銃口を上空に向けてから1回引き金を引く。

 

ドパッ!

 

それに対して風間は出水に対する合図と思ったのか一瞬上層を見るが……今の1発は出水に対する合図ではなく……

 

「エスクード」

 

「っ!」

 

エスクードの発動を気付かれないようにする為の意識誘導でしかない。

 

エスクードを食らった風間は驚きながら上空に飛び上がる。ただし今回は地面に垂直に展開したので真上に飛び上がる。

 

同時に俺は風間の真下に向かい、銃口を風間に向ける。周囲には住宅地がそこまで多くないのでスコーピオンを利用した移動術は使えないし、既に風間の真下から狙いを定めているのでシールドを腕にぶつける妨害についても問題ないし、風間のトリオン量なら徹甲弾を防げない。

 

それに万が一の保険も準備してある。

 

「俺の勝ちだ……柚宇さん。距離が20メートルになったら合図を!」

 

『オッケー』

 

柚宇が了解するタイミングで最高到達点に着いたからか風間が落下し始める。

 

そして……

 

『距離20』

 

柚宇がそう言った瞬間に俺は引き金を4回引く。

 

ドパッ!ドパッ!ドパッ!ドパッ!

 

放たれた弾丸は高速で風間に向かい、風間の身体を穿つ……直前だった。

 

「グラスホッパー」

 

風間はグラスホッパーを展開して斜めに逃げる。その際に弾丸は両腕を吹き飛ばすが、スコーピオンは手がなくても使えるので戦闘に支障はない。

 

俺同様にカードを隠していた風間に驚きながらも、残りの2発を撃つべく風間に銃口を向けようとするが……

 

「ちいっ!」

 

風間が展開したシールドに腕をぶつけて銃口を向けれない。俺の作戦、本当にウザいな……

 

それにより隙を生んでしまい、慌てて逃げようとするがそれよりも早く風間は距離を詰めてながら両手にスコーピオンを出して俺の両腕を斬り落とす。

 

俺は風間の腹に蹴りを入れて仰け反らせてからバックステップで風間から僅かに距離を取る。今の攻防によりお互いに両手がないが今回の俺はリボルバー拳銃とレイガストしか攻撃トリガーを入れてないので風間を倒す手段はない。

 

両腕を落とした俺に対して風間はトドメを刺そうとしてくるが……

 

「(もしもの時の保険を使うか)……エスクード!」

 

俺はエスクードを自身の足元に展開して自身の身体を飛ばす。

 

ただし方向は左方向、出水達がいる上層方向ではなく戦闘区域外の方向だ。

 

自分の周囲60メートル以内に敵がいるときは自発的にベイルアウト出来ないが、戦闘区域外に進出した際は自発的にベイルアウトした事と同じ扱いになる。

 

よって攻撃手段を失った俺には逃げるしか選択肢はない。奈良坂を低層に追い詰めてから風間と対峙して以降、万が一に備えて少しずつ戦闘区域外に近づいていたが功を弄したな。

 

点数調整の露骨な自殺はペナルティがあるが、敵から逃げてベイルアウトするのはアリだし問題ないだろう。

 

 

そう思っていると俺の身体は戦闘区域外に出て……

 

 

 

 

『エリアオーバー、緊急脱出』

 

そんなアナウンスが流れて、俺の身体は光に包まれるのだった。



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第107話

「な、何と!ここで唯我隊員、自らをエスクードで飛ばしてエリアオーバー!結果ベイルアウト扱いとなり風間隊長の得点にはなりません!」

 

観戦席には武富の驚愕の声が響き、他の観戦者も驚いている。

 

それは桐絵と草壁も同じだが、A級隊員ということもあり直ぐに落ち着きを取り戻す。

 

「今のは上手いわね。風間さんはあと一歩で尊を倒せたけど、尊は万が一の保険をかけてた。風間さんからしたらやるせないわね」

 

桐絵の言葉は事実である事は観戦者も同意する。あと一歩で倒せると思った相手がエスクードでエリアオーバーして、自分の得点にならないなんて凄くショックであろう。

 

「と、ここで風間隊長もベイルアウト!唯我隊員がベイルアウトした事で風間隊長の周囲60メートル以内には誰もいないのでベイルアウトが可能です」

 

「妥当な判断ね。風間さんは唯我先輩に軽くないダメージを受けてるし。今から上層に行こうとしても途中でトリオン露出過多になる可能性が高いわ」

 

草壁はそう言いながらも唯我の戦術を思い出す。今回の試合ではボーダーの人気の薄いエスクードが色々な方面で活躍したが、どの使い方も面白かった。

 

特に最初の狙撃手を釣った事、最後の敵から離脱する為に発射台として利用した事は面白い戦術と思ったので、解説が終わり次第チームメイトを集めて訓練させる気満々であった。

 

(わざわざ足を運んだ甲斐があったわね。確か唯我先輩は普段私にお世話になっているから、草壁隊が使えそうな戦術を見せてくれたんだったわね。ならもっと唯我先輩をお世話すれば他にも面白い戦術を見せてくれる可能性も……)

 

草壁はそんな事を考えながらモニターを見るが……

 

(また草壁ちゃんが笑ってる……絶対に尊関係だろうけど、尊はどんだけ草壁ちゃんと仲良くやってんのよ!)

 

桐絵はモニターよりも草壁を注視していた。恋する乙女からしたらライバルの追加は避けたいのだから。

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

背中に衝撃が走るのを自覚すると、作戦室に戻ってきた事がわかる。

 

俺は立ち上がりオペレータールームに向かう。

 

「尊君、お疲れ〜。点は取れなかったけど風間さんは自発的にベイルアウトしたからOKだよ」

 

柚宇はパソコンを操作しながらねぎらってくる。どうやら風間も自発的にベイルアウトしたようだ。

 

まあ残っていたらトリオン漏出過多で俺の点数になっていたかもしれないし、俺と戦っていた場所は他の戦闘員がいる場所から凄く離れていたからな。

 

 

なら充分だろう。現在俺と風間と菊地原と三輪隊狙撃手2人がベイルアウトして、残りの人数についてだが太刀川隊と三輪隊が2人で風間隊が1人で、点数については太刀川隊が2点で風間隊が1点で三輪隊が0点だ。

 

現状太刀川隊が有利だ。俺は落ちたが俺抜きでA級1位をキープ出来る太刀川隊が崩れるわけないし、1番厄介な風間もベイルアウトしているし、何より今現在出水がフリーだからな。

 

と、ここで出水から通信が入る。

 

『柚宇さん。俺フリーですけど太刀川さんの援護に行きますか?それともレーダーから消えた歌川を捜索に行った方がいいですか?』

 

「ふ〜む。尊君はどっちが良いと思うかね?」

 

「俺なら太刀川さんの援護ですね。その場合だとエスクードを米屋先輩の足元に展開して、出水先輩が威力重視のアステロイドで米屋先輩を殺せば良いです」

 

米屋はトリオン量が低いから自由に動けない空中で蜂の巣にすれば問題ないし、米屋と組んでない三輪なら太刀川が簡単に仕留められるからな。

 

『了解。ちなみに歌川はどうする?』

 

「レーダー反応がないという事はカメレオンを使ってないでしょうから、エスクードを使うときは開けた場所で使いましょう。漁夫の利として三輪隊を狙うかもしれないですが、その場合は放置で問題ありません」

 

『わかった』

 

漁夫の利を得たとしても太刀川に斬られるだろうから、歌川の得点は太刀川隊に入る。

 

そう思いながらもマップを見ると出水を太刀川に近寄っている。一方の太刀川は三輪と米屋相手に大立ち回りをしている。

 

実力は太刀川の方が数段上だが三輪と米屋は2人で太刀川を挟むような位置どりをして、更に三輪が鉛弾を撃っているので攻めあぐねている。実際鉛弾は絶対に食らってはいけないから仕方ない。

 

というか2対1で凌げてる太刀川が異常過ぎるわ。米屋の幻踊により多少トリオンが漏れているが、致命傷ではないし。

 

そこまで考えていると出水が米屋達との距離を50メートル近くまで縮め……

 

次の瞬間、米屋の足元にエスクードが展開されて空中に舞い上がる。

 

エスクードを出せる範囲は通常、自分から半径25メートル以内だがトリオン量が高い人間はそれよりも広範囲に展開出来る。

 

俺はトリオン量が平均以下なので毎回20メートル前後だが、出水は平均の倍近くのトリオンがあるので最大で50メートル以上先にも展開出来る。

 

要するに家越しでやられたら、家越し生駒旋空同様に凄く厄介だろう。

 

同時に三輪が上を見てしまうが太刀川の前でそれは悪手で、太刀川の上段斬りが襲いかかる。

 

三輪は弧月でガードするが、左手にはハンドガンがあるのでガードし切れずに近くの壁に叩きつけられる。

 

太刀川はトドメを刺すべく旋空を起動して、出水は宙に浮かぶ米屋に威力重視に調整したアステロイドを発射する。

 

 

と、その時だった。バッグワームで隠密行動をしていた歌川が物陰から出てきて三輪との距離を詰めてスコーピオンを振るった。

 

瞬間、3つの動きが起こった。

 

第1に歌川が三輪の首を刎ねた。

 

第2に太刀川の旋回によってリーチが拡張した弧月が歌川の胴を真っ二つにした。

 

第3に出水のアステロイドが米屋のシールドを突き破り、米屋を蜂の巣にした。

 

 

結果、3つの光が生まれて空へ舞い上がった。残っているのは太刀川と出水だが……

 

 

 

『ここで試合終了!太刀川隊には生存ボーナスとして2点が入るので、6対2対0で太刀川隊の勝利です!』

 

武富のアナウンスが流れる。ま、最初に狙撃手を釣れた時点で主導権を握れただろう。

 

「しかし俺が奈良坂先輩を倒してればと考えると悔しいですね」

 

そうすりゃ7対1対0だったし。

 

「まあ勝負は時の運だからね〜、尊君はよく頑張った」

 

柚宇はそう言うとヘッドホンとマイクを外してから立ち上がり俺に近寄ると、俺の顔を自身の胸に寄せてくる。

 

この上なく柔らかな感触が顔に伝わり恥ずかしい気分になっていると、柚宇は頭を撫で撫でしてくる。

 

「良し良し、尊君は良い子だね〜」

 

そんな風に甘やかしてくるが実年齢26歳の俺が10歳下の女子に甘やかされるって、俺が前世の姿なら完全にど変態扱いされそうだ。

 

「おいおい。帰っていきなり甘い空気を出すなよ?」

 

「ったく。この甘えん坊め」

 

 

 

そんな声が聞こえたので柚宇の胸から離れると、太刀川と出水がニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 

マズい、このままだと今後ネタにされ「2人とも、写真を撮ってLINEで広めて良いよ〜」おぉい?!柚宇は何とんでもないことを言ってんだ?!

 

(まさかコイツ、この写真を広めて俺とはそういう関係って広めるつもりか?!)

 

既に柚宇から好意を持たれているのはわかる。何せキスをされたし、泊まりを望んでいたからな。

 

そんな中で、2人が撮った写真が広まれば間違いなく今以上に注目が集まる。

 

それだけなら兎も角、桐絵や玲に対する対応も考えないといけなくなる。

 

俺は2人が携帯を取り出す前に柚宇の胸から離れるが、柚宇の奴、恐ろしいことを考えてるな……

 

『さて、今回の試合はどうでしたか?』

 

『そうね。初動は……』

 

スピーカーから実況と解説の声が流れるが、精神的に疲れてしまったからか余り聞き取ることが出来なかった。

 

まあ大体予想はつくし、反省は後日にしよう……

 

 

俺は溜息を吐きながら不満そうにする柚宇を、太刀川と出水に笑われながら宥めるのであった。

 

 



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第108話

「はぁ、疲れた……」

 

ランク戦も終わり解散となったが柚宇を宥めたり、太刀川と出水にからかわれたりと精神的に疲れてながら廊下を歩く。

 

まだ昼過ぎであるが、今日は帰ってゆっくりしよう。草壁との打ち合わせは夜にして貰えばいいか。

 

俺は草壁にその事をメールで送り、食堂に行こうとしたら向かい側から風間隊の4人がやってくる。

 

「げっ、唯我」

 

「おい」

 

 

菊地原が嫌そうな表情を浮かべて毒づき、歌川は嗜める。これについては日常茶飯事だから気にしない。

 

「お疲れ様です」

 

「ああ。今回はしてやられたぞ」

 

風間はそう返すが特に怒りの色は見えないが、この辺りは香取とは違うな。アイツが俺と戦うと喚くかもぎゃるかのどっちかだし。

 

「それはどうも。しかし風間さんもグラスホッパーを追加したんですね」

 

あの時風間がグラスホッパーを入れてなかったら俺が勝っていただろう。グラスホッパー抜きだと空中で大きく動くのは出来ないし。

 

「お前が罠に嵌めようとした時に備えて用意した。それよりも聞きたいが、今回の試合、太刀川隊は草壁隊に協力する為か?」

 

まあそう思われても仕方ないな。今回の試合では太刀川がバッグワームを使ったり、出水が誰かと合流しなかったりと本来の太刀川隊とはかけ離れた戦術だからな。

 

「太刀川隊が草壁隊にというより、俺が草壁の力になりたいと思い他の3人に頼んだのが正確ですね。最近草壁には借りが出来まくりでしたので」

 

「だからって他所の部隊を強くするなんて馬鹿じゃないの?」

 

「良いんだよ。確かに他所の部隊が強くなったらランク戦では不利になるが、大規模侵攻では頼りになるだろ」

 

菊地原の呆れ顔にそう返す。

 

「なるほどな。今回で言うとエスクードの新しい使い方は合流手段として使えるだろう」

 

実際エスクードは便利だ。トリオンの消費はそこそこあるが、カタパルトにすれば合流に便利だ。冬島のワープが1番便利だが、基地や冬島のトリオンはトラップに回した方が良いだろう。

 

加えてアフトクラトル遠征部隊隊長のハイレインとも相性が良い。ハイレインの持つ黒トリガー「卵の冠」はトリオンをキューブに変える力を持つ生物弾を操るチートトリガーだが、トリオンにしか効かない。

 

つまりシールドやレイガストをぶつけるやり方は通用しないが、実体化するエスクードをぶつけるやり方は通用する。

 

よってハイレインの近くにある壁やハイレインの足元からエスクードを生やして吹っ飛ばせば、不意打ちによりチートな生物弾からハイレインを引き離せる可能性はある。

 

そこで出水や二宮、狙撃手あたりがハイレインが新しく生物弾を生む前に潰せれば、勝てるだろう。

 

まあミラやラービットの存在があるから簡単に行くとは思わないが、可能性がある以上やってみるのも悪くない。早くハイレインを落とせれば向こうも撤退するだろうからな。

 

「まあそうですね。そんな訳で今回は草壁の為に新しいカードを切りましたが、今後もカードを切る予定ですよ」

 

「そうなんだ。まあ唯我君の戦術って独特のものが多いし、ボーダーの役には立つかもね」

 

オペレーターの三上がそう言って頷くが仕草がメチャクチャ可愛い。

 

草壁との関係がある程度進んだら三上にもアプローチを仕掛けたい気持ちはあるが、予定としては三上より先に綾辻とコンタクトを取ると決めてるので今はどうこうするつもりはない。

 

「ありがとうございます」

 

「それとユニークな作戦を立てるのは良いが、動きが硬い箇所もあったから直しておけ」

 

風間にそう指摘されるので頷く。確かに俺の動きはまだ硬い。実際俺がそこそこ勝ち星を挙げているのは初見殺しの戦術と威力特化のリボルバー拳銃があるからであり、俺自身の技術はB級中位レベルだと思う。技術や判断力を今以上に上げれば、勝率は更に上がるだろう。

 

「そう、ですね。最近はサボってた訳じゃないですが、作戦の実験にリソースを集中して基礎練が疎かになってました」

 

幾ら作戦が渋くても、それを実行する腕が無ければ机上の空論でしかない。

 

「わかっているとは思うが銃手は地味な反復練習が重要だから疎かにはするな」

 

「はい。ありがとうございました。いつか真っ向勝負でも勝たせて貰います」

 

「はぁ?風間さんに真っ向勝負で勝つなんて10年早いよ。次は僕が倒すから」

 

「そこで挑発するな。済まないな唯我」

 

菊地原がそう言って歌川が謝ってくるが、別に気にする必要はない。

 

「特に気にしてないから気にするな。では俺はこれで失礼します」

 

腹が減ったが、そろそろ行かないと混雑しそうだからな。

 

俺は風間隊に一礼してから食堂に向かう。少し訓練したくなったが、先ずは腹ごしらえだ。

 

そう思っていると……

 

「尊!」

 

背後からアニメ声、桐絵の声が聞こえてきたので振り返ると案の定、桐絵が走ってきて俺にギュッと抱きついてくる。

 

「えへへ……やっぱり尊の温もり、気持ちいいわ」

 

そう言ってスリスリしてくる。甘えん坊な桐絵を見ていると癒されるが、第三者に見られたら面倒だから離して欲しい。幸い誰にも見られてないが廊下にいるし。

 

「そうですか。桐絵先輩は解説お疲れ様でした」

 

「あっ!解説で思いだしたけど、アンタどんだけ草壁ちゃんと仲良くなってんのよ!」

 

桐絵は離れてからビシッと指を突きつけてくるが……草壁と仲良く?

 

「いや。話はしますが特に仲良くなってはいないと思いますが」

 

嫌われてはないと思うが、好かれていると思わない。好感度を100点満点のテストに例えたら50点から55点くらいだと思う。

 

「でも解説してるときに尊のことを見て、小さく笑ってたわよ!」

 

マジで?それ凄く見たいんだけど。まあ音声は武富が持ってるかもしれないが、解説者の顔は見れないだろうから諦めよう。

 

「そうなんですか?しかし俺は好かれていると思いませんし、桐絵先輩との方が仲良くなっていると思いますが」

 

何せ一緒に風呂に入ったり、2回もキスをされたからな。

 

そう返すと桐絵は真っ赤になって頷く。

 

「と、当然じゃない!尊はあたしが居ないとダメなんだから!」

 

ツンデレのようなセリフを言う桐絵を見ると幸せな気分になってくる。やっぱり桐絵は可愛いなぁ。

 

「そうかもしれないですね。ところで桐絵先輩は俺に用事ですか?」

 

「あ、うん。歩く方向からして食堂に行くと思うけど、ご飯食べたらあたしの家に遊びに来ない?ほら、試合終わったしお疲れ会って事で」

 

そんな風に桐絵は若干恥ずかしそうに尋ねてくる。そんな魅力的な誘いに「尊君」っと、次の瞬間、横から柔らかな感触が伝わってくる。

 

「お疲れ様尊君。点は取れなかったけど頑張ったわね」

 

そう言って微笑んでくるのは玲で俺に抱きついて甘えてくる。

 

「ちょっと玲ちゃん、なにしてんのよ?!」

 

横から俺に抱きついてきた玲に桐絵は怒り玲を俺から引き離す。そんな桐絵に対して玲は涼しい表情を浮かべる。

 

「桐絵ちゃんも尊君に会った時に抱きついたんじゃないの?」

 

玲の問いに桐絵はバツの悪そうな表情になる。

 

「ま、まあそうだけど……」

 

「やっぱりね。まあ私もやったからお互い様だけど。それより尊君。尊君さえ良ければ、ランク戦について話したいから私の家に来て欲しいわ」

 

言いながら玲は俺の左腕に抱きついてくる。すると桐絵は負けじと右腕に抱きついてくる。

 

「ちょっと待ちなさいよ!尊はあたしの家に誘ってる途中なんだか抜け駆けしない!」

 

「あら?誘ってる途中ならまだ了解が出てないから問題ないわ。尊君、私に付き合ってくれない?」

 

「あ、あたしに付き合いなさいよ!」

 

言いながら2人を左右から俺を引っ張る。トリオン体だから痛くないし、美少女が俺を求めて争っていることを考えると役得な気分となる。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

「「あたしを選びなさいよ、尊!(私を選んで欲しいわ、尊君)」」

 

廊下で堂々と揉めるのは勘弁してください。大分注目が集まってきたんで。



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第109話

「どうぞ」

 

「「お邪魔します」」

 

玲に案内された彼女自身の家にて、俺と桐絵は一礼してから中に入る。

 

桐絵と玲に遊びに誘われ、2人が揉めに揉めた結果、2人と一緒に玲の家で遊ぶことになったのだ。当初2人は一切譲る気を見せなかったが、何とかなって良かったものだ。

 

そして二階に連れられて奥の部屋に入ると漫画やアニメで見た玲の部屋が目に入る。

 

「茶菓子を持ってくるから座ってて」

 

玲はそう言ってクッションを2つ渡すと部屋から出て行くので俺はクッションに腰を下ろす。

 

同時に桐絵は俺のすぐ近くに座って俺の横から抱きついてくる。

 

「えへへ〜」

 

甘えん坊だ。凄く可愛いです。

 

俺は甘えてくる桐絵の頭を右手撫で撫でする。

 

「んっ……尊……もっとぉ……ちゅっ……」

 

桐絵はくすぐったそうに目を細め、口元をふにゃりと緩ませ、頬にちゅっちゅっしながら甘えてくる。

 

するとドアが開き、茶菓子を持ってきた玲が入ってくるが俺達を見るなり頬を膨らませて桐絵とは反対側に座ってから俺に抱きついてくる。

 

「桐絵ちゃんだけズルいわ。私も尊君に甘えたいし、甘えられたいわ」

 

言うなり、俺の頬に自身の頬を当ててスリスリと甘えてくる。

 

「わかりました。玲さんが望むなら」

 

「んっ……尊君、気持ち良いわ……んんっ」

 

俺は左手を使って玲の頭を撫で撫ですると、玲は幸せそうに微笑みを浮かべながら頬にキスをしてくる。

 

美少女2人に挟まれながら頬にちゅっちゅっされるとか幸せ者過ぎだろ。ここに柚宇が居れば更に最高かもしれないな。

 

そんな感じて暫く2人から甘えられるが、そろそろ本題に入ろう。

 

「それで玲さん。玲さんはランク戦について話したいそうですね」

 

俺は玲に話しかけると、玲は思い出したかのように頷き、立ち上がってから机の上にあるパソコンを持って俺達の前に置くと、再度俺に抱きついてくる。

 

「ええ。私のチームなんだけど、中々勝てなくてね。個人ランク戦をするのは当然だけど、戦術について学んでみたくて尊君を呼んだの」

 

「まあ尊は戦術で金星を挙げてる事が多いし妥当ね」

 

否定はしない。俺は格上を食うことはよくあるが、初見殺しの戦術を取り入れているからだし。

 

「確か鈴鳴第一に勝てないんですよね」

 

そう返すと玲はキョトンとした顔になる。

 

「知ってたの?戦術が殆どない私のチームの試合は見てないと思ったわ」

 

「いやいや。明確な戦術はなくとも、どのチームにも可能性がある以上見ますよ。面白いと思ったら自己流にアレンジするのもアリですから」

 

それに……

 

「それに玲さんが飛び回る姿を見てると元気が出ますから」

 

少し攻めてみる事にする。すると玲は嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとう。私も尊君の戦闘を見ると元気が出るわ」

 

言いながら玲は再度抱きついてくるが、次の瞬間には耳に激痛が走る。

 

「アンタは玲ちゃんにデレデレし過ぎよ!本題に戻りなさい!」

 

桐絵が不機嫌丸出しの表情で俺の耳を引っ張ってくる。妬いているのは嬉しいが耳を引っ張るのはやめてくれ。

 

「デレデレなんかしてませんよ」

 

「どうだか。どうせ尊はあたしみたいなガサツで魅力がない女より玲ちゃんみたいな綺麗な女の子が好きなんでしょ」

 

桐絵は不貞腐れる。このまま放置すると面倒そうだよな。

 

「そんな事ありません。桐絵先輩の天真爛漫な笑顔には俺を何度も幸せにしました。玲さんには玲さんの魅力が、桐絵先輩には桐絵先輩の魅力があり、ベクトルは違えど2人とも同じくらい素晴らしい女性です。魅力がないなんて自虐は桐絵先輩を敬愛している俺からしたら見過ごせないのでやめてください」

 

俺は桐絵を見据えながらハッキリと告げる。

 

すると2人が俺から離れたので一歩下がって2人を視界に捉えるが……

 

「も、もう……!アンタはずけずけと……」

 

「た、尊くんにそう言って貰えるなんて、嬉しいわ……」

 

2人が真っ赤になって俺を見てくる。狙ったつもりはないが、真っ赤になった玲の表情も見れてマジで幸せだな。

 

俺は2人の可愛らしい態度を見て、理性が吹っ飛ばないように意識を集中するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「……こんな感じね。結局村上先輩を崩せないで生存点が入らなかったの」

 

2人が大分落ち着きを取り戻したので本来の目的である、那須隊に対する戦略会議を行っている。

 

しかし戦闘記録を見直すと、やはり下位グループでは村上が群を抜いて強い。攻撃手の斬撃をレイガストで跳ね除けてから弧月で一閃したり、銃手や射手の射撃に対してレイガストとシールドや来馬の援護を利用して危なげなく距離を詰めて撃破している。

 

しかもサイドエフェクトによる学習能力の高さで同じ戦術が何度も通用しない。

 

原作において上位攻撃手といえば村上を始め、迅や太刀川、桐絵や風間や影浦だろうが、村上以外は原作開始時点より3年以上前から入隊している。一方の村上は木虎と同期、つまり原作開始時点より1年ちょっと前に入隊したが、それで上位攻撃手に入っているのだから恐ろしい。

 

まあそんな村上の学習能力を上回る太刀川達はそれ以上に恐ろしいけどな。

 

一応太刀川とかにもそこそこ勝ち星を挙げているが、初見殺しの戦術を利用しているからであり、小細工抜きなら勝率は大きく下がるだろう。

 

閑話休題……

 

ともあれ、そんな村上のハイスペックぶりに玲達が苦労するのも必然だ。原作でも熊谷が鈴鳴には6連敗とか言っていたし。

 

それに……

 

「しかも鈴鳴って今後狙撃手も入るし、今の内に何とかしないといけないわね」

 

「えっ?それは本当なの桐絵ちゃん?」

 

「そうよ。まだC級だけど狙撃手もスカウト枠で入ったって、とりまるが言ってたわ」

 

ああ……本物の悪である別役太一がいるな。まだBには上がってないがそう遠くない未来には上がってくるだろう。自分の隊長が飼っている熱帯魚を皆殺しにしたあの男が上がってきたらカオスが待ってそうだ。

 

「そう……いずれにせよ、村上先輩をどうにかしないといけない事には変わりないけど、尊君がくまちゃんの立場ならどう戦う?」

 

ま、村上の相手は玲のガード役の熊谷だよな。

 

「俺が熊谷先輩なら戦い方は3つありますね」

 

「3つ?1つは初見殺しの技の連発だと思うけど、他にもあるの?」

 

流石に初見殺しの技の連発はわかったか。まあ当然だ。村上はサイドエフェクトにより学習能力が高いので一度使った技は通用し難いが、裏を返せば使ってない技については対応力が高くないし、常に初見殺しまたはわかっていても対応が難しい技で攻めるのが吉だ。

 

「はい。2つ目は攻撃をしない、ですね」

 

「?どういう意味かしら?」

 

玲は不思議そうに首を傾げるが仕草可愛すぎだろ。

 

「これまでに村上先輩と熊谷先輩の攻防は見ましたが、お互いにカウンタータイプです。しかし村上先輩はレイガストを使っているので隙が少ないので隙を突くのが難しいです」

 

現時点で剣の腕については大差ないが、防御力は村上の方が数段上なのでカウンタータイプの熊谷が村上を倒すのは難しい。

 

「なら初めから防御に絞るべきです。防御に徹すれば村上先輩に負けはしないでしょう」

 

「なるほどね。確かにカウンタータイプの攻撃手が攻撃をやめて、その分防御に回したら厄介極まりないわね」

 

桐絵は頷きながら俺を見る。まあ俺も状況次第では防御に徹するからな。

 

「その間に玲さん達が来馬先輩や他の戦闘員を倒せばいいんですよ」

 

B級下位で村上の次に強いのは玲だからな。

 

「3つ目の手段としては道連れですね。やられた瞬間に村上先輩に抱きついて、日浦にアイビスで諸共吹っ飛ばして貰うのもアリですね」

 

幾ら村上でもトドメを刺す瞬間にはレイガストを自由に振るのは難しいし、弧月で刺された瞬間に抱きつけば数秒動きを止めれるだろう。

 

「アンタ、中々えげつない作戦を言うわね」

 

「う〜ん、幾らランク戦とはいえ仲間を撃つやり方はしたくないわね。折角考えて貰ったに情けなくてごめんなさい」

 

玲は乗り気じゃないのか申し訳なさそうに謝ってくる。ここは優しくするのが男だろう。

 

「情けなくありませんよ。確かに訓練としてはアウトかもしれないですが、仲間を大事に考えるのは玲さんの美徳だと思います。やっぱり玲さんが凄く魅力的な女性ですよ」

 

「っ……あ、ありがとう……尊君……凄く嬉しい」

 

玲は俯きながら礼を言ってくる。正直言って凄く可愛らしく、押し倒したい気分になる。

 

最も……

 

 

「む〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 

頬を膨らませて怒りをアピールしている桐絵がいるから無理だけどな。

 

……とりあえず後で桐絵についても甘やかして機嫌を直しておかないとな。

 

 

 

 

 

その後、桐絵が抱きしめろと言ってきたので抱きしめたら直ぐに機嫌を戻したが、今度は玲が不機嫌になって抱きしめろと言ってきたので抱きしめたのは言うまでもないだろう。



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第110話

「はい尊、あーん」

 

右に抱きつく桐絵がクッキーを突き出してくるが、桐絵の柔らかな身体を押し付けられてそれどころじゃない。一緒に風呂に入ったり寝たりした事はあってもそれとこれは別である。桐絵は普段の強気な姿は見せず甘えん坊となっている。

 

「尊君、ジュースのお代わりも飲んで」

 

左に抱きつく玲は空になったカップにりんごジュースを注いでくる。普段美しい玲が艶のある表情で酌をしてくれるが理性をゴリゴリ削ってくる。

 

玲のランク戦に関する相談が終わってから、俺のランク戦のお疲れ会に移ったが、2人の奉仕行動は凄く魅力的であり最高の時間である。これで柚宇も居たら幸せ過ぎて昇天するかもしれないな。

 

「それにしても尊君の戦い方は勉強になるわ。また新しい戦術を考えてるの?」

 

「一応考えてますね。それとトリガー開発の方にも目を向けたいと思ってます」

 

武器は使い手によって強くなったり弱くなったりするので鍛錬は重要だ。しかし優れた武器を作るという事も重要であるからな。

 

「トリガー開発?どんなものを考えてるの?」

 

桐絵は不思議そうに首を傾げるが、その仕草は反則だろう。

 

「五感に悪影響を与えるトリガーについて作れないかと思ってます」

 

「?それって閃光玉みたいなもの?」

 

「他にも悪臭を放つ玉と音爆弾とかですね。ボーダーのトリガーを使う場合、コンピューターによって五感の共有や五感を失う事も出来ますから」

 

例えば音爆弾を作った場合、投げた瞬間に聴覚をOFFにすれば相手だけが苦しむだろう。

 

「なるほどね。確かに相手の集中力を乱せるのは大きいわね。あたしはメカ系はダメだけど、頑張って欲しいわ」

 

「私も尊君には頑張って欲しいし、何か困ったことがあればいつでも言ってね」

 

「ありがとうございます。お二人にそう言ってもらえると精神的に力が出ます」

 

どのみち遅かれ早かれトリガー開発の方には手を出すつもりだった。理由?面白そうだからに決まってるだろ。

 

未知なる技術に触れるなんて男の夢だ。少なくとも上司の顔色を伺っての書類作業や取引先にペコペコ頭を下げる仕事なんかより遥かに有意義であるからな。

 

「どういたしまして。それにしても尊君って本当に大人みたいな雰囲気ね」

 

「あ、わかる。年齢が10歳くらい上って言っても信じそう」

 

そりゃ実年齢は唯我尊よりも10歳以上も上だからな。

 

しかし俺の正体について話すべきだろうか?2人からはそれなりに信頼を得ているし仮に話しても絶交ってことはないだろう。多少気まずくなるかもしれないが、戻せるとは思う。

 

問題はひょんなことからバレてしまう事だ。柚宇の時は何度か助けた事によりバレた後も変わらずに仲良くしているが、2人が同じとは限らない。バレる形で知られたら関係が悪くなるかもしれない。

 

(良し、話すか)

 

俺は覚悟を決めて話す事にした。既に柚宇に知られてる。ハーレムを目指すならいずれバレるのだから今のうちに話すことにしよう。

 

万が一2人との関係が悪くなり過ぎだら仕方ない。もうハーレム計画は諦めて柚宇だけにアプローチをかけよう。

 

そう判断した俺は一度深呼吸をする。

 

「玲、桐絵」

 

そして意識を切り替えて前世の雰囲気を出すように心がけると、2人は軽く目を見開く。

 

「ど、どうしたの尊君。いきなり呼び捨てにして……あ、別に嫌って訳じゃないけど驚いちゃったわ」

 

「な、何かあったの?」

 

「実はだな……」

 

そう前置きして俺はトリガーやボーダーが存在しない別世界の人間であり、いつのまにか唯我尊という人間の身体に乗り移った事、乗り移った際に唯我尊の知識と記憶を知り唯我尊はダメ人間であると知った事、改善するためにあらゆることに真剣に取り組んでいこうと決心して実行した事全てを話した。

 

それを聞いた2人は絶句するが、最初に桐絵が驚きながら口を開ける。

 

「いやいやいや!幾らあたしが騙されやすいからって、流石に騙されないわよ!漫画やアニメじゃないんだし!」

 

桐絵は最もな事を口にする。対する俺は下手に反論しないでジッと桐絵を見ると、桐絵も俺が本気で言っているとわかったのかいつもより真剣な表情を浮かべる。

 

「……本当なの?」

 

「ああ。お前は玉狛支部で元太刀川隊の烏丸から疑いの言葉を聞かなかったか?」

 

「まあ確かに……尊に対して頭を打って性格が変わったとか二重人格とか色々言っていたわね」

 

酷い言われようだが前世の唯我尊がアレだから仕方ない。

 

すると玲も真面目に言っているのがわかったようで真剣な表情になる。

 

「その話が本当と仮定するけど、何でそうなったの?」

 

「知らん。気づいたら出水から蹴りを食らって、立ち上がると唯我尊の知識と記憶が俺本来の脳に書き加えられた」

 

転生した理由については未だにわからん。まあ漫画とかでも転生なんていきなりのパターンが多いし、気にしないでおこう。

 

「なるほど……ちなみに前世では何歳だったのかしら?」

 

「26」

 

「26……柚宇さんから成績が良いって聞いたけど、26歳なら納得ね」

 

「発想力も社会人としての経験から得たのかしら?」

 

年齢を答えると2人は納得したように話し合っている。どうやら信じてもらえたようなので締めに入ろう。

 

「改めて話すが今まで黙っていて悪かった」

 

そう頭を下げると桐絵が不思議そうな表情で質問する。

 

「でも何でわざわざ自分から話したの?内容的にデリケートだし話したくないんじゃないの?」

 

「否定はしないが理由はある。お前らと関わっていると幸せを感じるんだが、俺の正体をバレる形で知られたら余り良い未来にはならないと怖く思ったからだな」

 

「は、はあ?!い、いきなり何を言ってんのよ?!あ、あたし達といると幸せだなんて……」

 

「事実だ。まあもちろん話したくなかった。けど2人を騙すと考えたら心苦しくて先伸ばしにしてな」

 

まあ嘘ではあるが信じてくれるだろう。内容が内容だし。

 

そう思っていると玲が真剣な表情に不安の色を加えながら質問する。

 

「えっと……尊君、じゃなかったわね。えっと……」

 

そういやまだ前世の名前を言ってなかったな。

 

「前世では神城竜賀って名前だったな。どちらで読んでも良い。後敬語は要らないから」

 

別に敬語なかろうとどうでも良いからな。

 

「ありがとう。竜賀さんに2つ聞きたいんだけど、竜賀さんはいつこの世界に来たの?」

 

言うなり玲の表情に不安の色が増す。何故俺がこの世界に来た時期を聞くだけで、あんなに不安そうなんだ?

 

何にせよ答えないとな。幸いにもインパクトが強過ぎたからハッキリと覚えている。

 

「ん?今年の5月16日だな」

 

そう返すと玲の顔に見えた不安の色が薄くなり、安堵の色が生まれてくる。

 

「じゃあ2つ目の質問なんだけど、私と過ごした時間は楽しかった……?」

 

「当たり前だろ。学生時代に戻った気分になれて最高だった」

 

それだけでもこの世界に来た甲斐がある。社会人になってからは学生時代が恋しくなることなんてザラにあるが、転生先がボーダーがない世界の学生だろうと喜んでいたと確信している。

 

 

「そっか……良かったわ。私と知り合う前にこの世界に来たなら、関係は変わらないわね」

 

「あ、確かにそうね」

 

あ〜、なるほどな。玲や桐絵からしたら、知り合ってある程度仲良くなってから俺がこの世界に来たと思ったら、抵抗感を抱くのは当然だ。

 

とはいえ2人と知り合う前からこの世界に来たので、2人はそこまで忌避感を抱かずように済んだようだ。

 

「そう言ってくれるとありがたい。俺もお前らと過ごせて楽しかったからな」

 

そう言うと2人は恥ずかしそうに目を逸らしながら俺の目の前で内緒話を始める。

 

「(前から大人っぽい所もあったけど、中々良いわね)」

 

「(桐絵ちゃんの言いたいことはわかるわ。前から甘えたかったけど、今はもっと甘えたいわ)」

 

なんか変なことを話してないよな?

 

そう思っていると2人は頷くと俺の両腕に抱きついてくる。

 

「……うん。話を聞く前と同じ気分だわ」

 

「尊……じゃなかった。竜賀さんはこれから2人きりの時は桐絵って呼んで」

 

「私も呼び捨てにして……」

 

桐絵と玲はそう言ってくる。2人とも俺を前世の名前で呼びタメ口で行くようだ。まあ俺からしたら2人から嫌われてないならそれで良いだろう。

 

 

 

それから俺は2人を思い切り甘やかしたが、途中で柚宇も俺の正体を知っていると言ったら物凄く不機嫌になったので宥めるのが凄く大変だったのは言うまでもないだろう。



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第111話

「じゃあまたね。玲ちゃん」

 

「また本部で。ランク戦頑張れよ」

 

夕方、俺と桐絵は玲の家の前で別れを告げる。

 

「うん、2人ともまたね」

 

対する玲は笑顔で手を振るので最後に会釈をしてから門をくぐる。

 

「送ろうか」

 

「今日は良いわ。竜賀さんの家ってあたしの家や玉狛とは反対方向にあるから悪いわ」

 

まあそうだな。俺としては構わないが、がっついたら引かれそうだし素直に従おう。

 

「わかった。じゃあまたな桐絵」

 

「っ……うん。またね」

 

桐絵と呼ぶと桐絵は恥ずかしそうにしながらも返事をして、早足で去っていく。その姿はメチャクチャ可愛らしい。いつか恋人の1人にしたいので頑張ろう。

 

そして家に帰るべく歩き出すと……

 

「竜賀さん」

 

背後から呼ばれたので振り向くと玲がいた。なんか伝言でもあるのか?

 

「なんかあったのか?」

 

そう尋ねると玲は恥ずかしそうにしながらもやがて口を開ける。

 

「その……少しだけ2人きりの時間が欲しくて……あっ、嫌なら無理強いはしないわ。けど、竜賀さんが嫌じゃないなら……」

 

言いながら不安そうな眼差しで上目遣いをしてくる玲。そんな表情を浮かべられたら断れない。

 

「別に構わないぞ」

 

どうせ今日はもう用事はないし、何より玲と2人きりの時間は久しぶりだからな。

 

そう答えると玲は瞬時に不安そうな表情から嬉しそうな表情に早変わりする。

 

「ありがとう。じゃあ……」

 

言いながらも俺の手を優しく握って彼女の家に再び入る。そして玲の部屋に戻ると、玲はベッドの上まで俺を連れて、俺をベッドに座らせると横にくっついてくる。

 

「竜賀さん……」

 

「何だ?」

 

「いえ。竜賀さんにくっつくと安らぐから……」

 

玲は小さく微笑みながらそう言ってくる。ハッキリ言ってメチャクチャ可愛いです。

 

「そうかい。俺も子供好きだからか、お前に甘えられると気持ちが良いよ」

 

「むぅ……確かに竜賀さんからしたら子供かもしれないけど、あまり子供扱いはしないで」

 

玲は納得いかないように頬を小さく膨らませて、ジト目で見てくる。まあこの反応は予想内だ。

 

というか俺は今わざと子供扱いしたのだ。理由としては今女扱いすると後々厄介な事になる可能性があるので、敢えて子供として見ているように思わせるような言葉を使った。

 

「わかったよ。ごめんな玲」

 

「あっ……んっ……」

 

謝りながら玲の頭を撫で撫ですると玲はくすぐったそうに喘ぎながら俺との距離を詰めてくる。

 

俺は玲を甘やかせながら口を開ける。

 

「ところで玲。2人きりの時間が欲しいと言っていたが、何かして欲しいことがあるなら言って良いぞ?」

 

俺は玲に欲求を言わせようとする。自分から言うよりも彼女の口から言わせる方がいい。その方が今後もっと甘えん坊になるだろうからな。

 

「えっと……じゃ、じゃあ……竜賀さんさえ良いなら少しだけ一緒に、寝て欲しいわ……」

 

玲は顔を真っ赤にしながら消え入る声でそんな要求をしてくる。そんな愛らしい態度を見せてきたら俺の本能が昂りそうだが、それを表に出さないようにしながら頷く。

 

「別にいいぞ。1時間くらいで良いか?」

 

「ええ……ありがとう」

 

玲はそう言いながらベッドに横になるので俺も横になると、俺の腕を枕にして俺に抱きついてくる。

 

「玲は甘えん坊だな」

 

「竜賀さんが私を甘やかすからよ……」

 

そりゃそうだ。口ではそう言っているが、甘えん坊になるように甘やかしたんだから。

 

「あ、それと竜賀さん。竜賀さんはボーダー本部で私と初めて会った時のことを覚えてる?」

 

ボーダー本部で初めて会った時の事?確か……

 

「個人ランク戦ラウンジでの一件か?」

 

「ええ。あの時に私は道端で助けてくれたお礼をしたいと言って、竜賀さんは気にするなと言って押し問答になった」

 

「その際に俺が折れたんだったな」

 

あの時の玲はかなり頑固だったから、こっちが折れるしかなかった。

 

そんで俺が玲に要求したのは確か……

 

 

「もしも俺が困っていたら相談に乗れ、だったっけ?」

 

その時は別に要求する事がないので未来に助けを求める可能性がある事を伝えてたな。

 

「ええ。でも今考えると実質10歳以上歳上の竜賀さんなら困ることはそうないわ」

 

まあそうだろう。別に初めてやる仕事じゃあるまいし、困ることはそこまでなかった。

 

「だから違う形でお礼がしたいの……竜賀さん。目、瞑って……」

 

玲は恥ずかしそうにしながらそう言ってくる。同時に俺は以前柚宇と桐絵から貰ったお礼を思い出す。二度あることは三度あると言うし……

 

まあ拒否する理由はないので目を瞑ると、即座に唇に柔らかな感触が伝わってくるので目を開けると……

 

「んっ……」

 

玲は真っ赤になりながらも自身の唇を俺の唇に重ねてある。玲の唇は凄く柔らかだが、身体が弱いからか伝わってくる感触は柚宇や桐絵に劣っている。

 

しかし普段清楚な玲が恥ずかしそうに唇を押し付けてくると愛おしさを感じて、柚宇や桐絵にされた時と同じくらいの幸せを感じる。

 

暫くキスをされていると息苦しくなったのか玲の唇が離れる。

 

「ぷはっ……!こ、これは……昨日小説を読んだら、こんなシーンがあったんで……その……」

 

玲は恥ずかしそうに言い訳をするので、俺は玲の頭に手を乗せてわしゃわしゃする。

 

「ったくマセガキめ」

「んんっ……子供扱いしないでくださいよ。竜賀さんのバカ……」

 

「悪かったな……まあ何にせよ礼は受け取った。ありがとな」

 

言いながら俺は拗ねる玲を左手で玲の頭を撫で撫でしながら、右手を玲の背中に回してそっと抱きしめると、玲は拗ねながらも俺の背中に手を回して頬にスリスリをして甘えてくるのだった。

 

 

こうしてのんびり過ごすのも悪くないな。まあ今後はNice boatされないように色々手を回していかないといけない。何せ今後は草壁とも更に交流を重ねて関係を深めるつもりだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「じゃあ玲。またな」

 

「ええ。付き合ってくれてありがとう」

 

玲がお礼を言うと唯我尊もとい神城竜賀は小さく笑いながら去っていく。玲はその笑顔にドキリとしながらも竜賀が見えなくなるまで見送り、見えなくなると自室に戻りベッドに倒れこむ。

 

「うぅ……恥ずかしいわ」

 

玲は顔に熱が溜まるのを自覚しながらさっきまでの一件、より具体的に言うと竜賀にキスした事を思い出す。

 

しかし玲の中で後悔はない。竜賀という存在を知ったのは今日だが、竜賀がこの世界に来たのは自分と唯我尊が初めて会った時よりも前らしいし、一緒に過ごしてる際には昨日までの唯我尊と同じように優しさが伝わってきたので玲の中にあった恋心は薄れなかった。

 

よってお礼という建前で自身の唇を捧げた。

 

(これからは頑張ってアプローチして女として可愛がって欲しいわ……)

 

竜賀が表になってからも玲に優しくしてくれるが、以前よりも子供扱いしてくる。

 

竜賀の実年齢を考えれば仕方ないかもしれないが、玲からしたら子供扱いではなく女として扱って欲しいのが本音だ。もちろん子供扱いされるのも嫌というわけではないが。

 

だから玲としてはアプローチを重ね、自分を女と見てくれるようになったと判断出来たら告白するつもりだ。

 

ライバルには負けるつもりはない。自分と同じように竜賀の存在を知っている桐絵や柚宇は強敵だ。

 

加えて最近では草壁とも仲良くなっているという噂も出ている。あの無愛想な草壁が竜賀の行動に笑みを浮かべたと桐絵から聞いた時は仰天したくらいだ。

 

最も玲は負けるつもりはない。自分が初めに好きになったのだ。後から好きになった人に譲るなんて真っ平ごめんである。

 

「絶対に負けないから……ドンナテヲツカッテモ……」

 

玲は目の光を薄くして、先程まで竜賀が使っていた枕を抱きしめながら強く決心するのであった。



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第112話

8月29日の夜

 

俺は今自宅の豪邸……ではなく、とあるアパートの一室にて作業着を着ている男性3人の作業を眺めている。

 

これは実家から持ち出した荷物を引越し業者が一人暮らし用のアパートに運び込むのを立ち会っているのだ。夏なのに本当にご苦労様だ。

 

そして1番歳上と思われる男性がアリのマークが描かれたダンボールを地面に置くと俺を見てくる。

 

「荷物は以上になります」

 

「ありがとうございます。良かったらこれどうぞ」

 

言いながら俺はさっき買ったばかりでキンキンに冷えたお茶を渡す。仕事とはいえこんな暑い夜にわざわざ荷物を運んでくれたのだから、これくらいは当然だ。

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

「「ありがとうございます!」」

 

引越し業者から嬉しそうに礼を貰う。俺も学生時代に引越しのバイトをやったが、夏に客から飲み物やアイスを貰った際は嬉しかったんだよなぁ。

 

そんな事を思いながらも業者と話を済ませて、業者が帰るのを見送る。

 

トラックが見えなくなった後、俺は自室に戻ってリビングに寝転がる。

 

「今日からここが俺の城か……」

 

借りた部屋は和室付きの1LDKの部屋だ。家賃は月に7万5千と三門市のなかではそこそこの値段の物件だ。

 

駅からは遠いがボーダー基地からは遠くないし、俺的には不満はない。ぶっちゃけ三門市の外に行くより三門市で玲達と過ごす方が楽しいし。

 

初めは洋室付きの1LDKにしようと思ったが、ベッドだと複数の女子と一緒に寝た際に落ちてしまう可能性があるから、和室で布団を使うことにしたのだ。

 

(何にせよ今日はもう遅いしシャワーだけ浴びて寝るか)

 

既に布団だけは買ってあるので和室に敷けば直ぐに眠れる。

 

明日は朝から防衛任務、午後1番には開発室に足を運ぶので荷物の整理は夕方になってからだ。その際に柚宇が来て泊まる予定だ。

 

柚宇は既に俺にキスをするくらいだし、可能なら桐絵の時みたいに一緒に風呂に入りたいものだ。ぶっちゃけ柚宇のダイナマイトボディには抱きつかれるたびに興味を抱いてしまうからな。

 

俺はそのままシャワーを浴びてから上下下着のまま和室に行き、布団を敷いて眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「なぁ唯我。もう部屋は借りたのか?」

 

防衛任務中に出水が話しかけてくる。防衛任務が始まって1時間だが、今日はトリオン兵が全然来ないのでかなり暇だ。

 

「借りましたよ。こんな感じの部屋です」

 

言いながら俺は携帯を取り出して出水に写真を見せる。元々柚宇に見せるつもりで撮ったものだ。

 

「へぇ〜、悪くはないけどお前ならもっとデカい部屋を借りれたんじゃないか?」

 

「実家は広過ぎましたからね。それに一人暮らしなら部屋はそこまで大きくなくて大丈夫です」

 

それに和室の部屋はそこそこ広いので自分以外に5、6人の人は入れるだろうから問題ない。

 

俺からすれば女子が5、6人入れる部屋なら不満はない。寧ろ広くない方が密着する建前が生まれるしな。

 

「ま、俺からしたら偶に風間さんから逃げる際の隠れ家として頼りにするからな?」

 

太刀川は笑いながらそう口にするが、それは無理な話だ。

 

何故なら借りる家を契約してから住所の変更を上層部に伝えたら本部長とメディア室長に加えて風間までもが、太刀川がレポート関係の理由で俺の家に避難したら即座に連絡しろと釘を刺されたからだ。

 

まあそれは仕方ない。太刀川は皆から協力を得ないと碌に単位を稼げないほど頭が悪い。そんな中で逃げ出したりしたら単位が危ない。

 

しかも太刀川はA級1位の隊長であるので三門市民から認知されているが、仮に留年したら……

 

 

 

 

ーーーボーダー最強部隊隊長の太刀川慶さんが大学で留年したとの噂ですが、それは誠でしょうか?ーーー

 

ーーー幾ら市民を守る為とはいえ、学生の本分である勉学を疎かにするのはどうなのでしょうか?ーーー

 

ーーー防衛体制について、もう少し学業を優先するようにするは可能ですか?ーーー

 

記者の容赦ない質問に上層部の胃に穴が生まれそうだな、うん。

 

ついでに言うとスポンサーの唯我グループにもダメージがあるだろう。表向きだが俺の親が運営しているグループにダメージが生まれそうなトラブルは潰した方がいい。一応こっちの世界に来てからは世話になっているしな。

 

ともあれ仮に太刀川がウチに逃げてきたら即座に本部長に通報するつもりだ。太刀川の場合、ペンより剣を持ってる方が合ってるし、迅と一緒に実力派無職コンビを組め。

 

そんなアホな事を考えながらも俺達はトリオン兵が来るのを待つが、結果的に数体来ただけで交代の時間となってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「おっ、唯我君。またトリガーの改造かい?」

 

防衛任務を終えて、俺は開発室に向かうと寺島に迎えられる。何だかんだ俺はトリガーの調整に足を運んでいるので緊張は無くなった。

 

「それもありますが、話があってきました。単刀直入に聞きますが、五感に悪影響を与えるトリガーって作れますかね?」

 

すると寺島は興味深そうに見てくる。

 

「それってモン○ンで言う所のこやし玉と音爆弾みたいな?」

 

「ええ。トリオン制御を重視する相手、ボーダーで言うなら出水先輩とか玲さんには相性が良さそうですし」

 

アフトクラトルの近界民ならハイレイン、ガロプラの近界民ならラタリコフあたりの使うトリガーはトリオン操作能力が重要だが、外的要因でトリオン制御能力を下げれば戦闘が優位に運べる可能性はある。

 

「なるほどね。五感に干渉するトリガーって発想は無かった。後の定例ミーティングで話してみるよ」

 

今はそれで充分だ。やろうとしているなら今後において無駄になる事はないだろう。

 

「とはいえ前例がないし、この話の続きは後日だね。トリガー改造の方の話も聞こうか」

 

「あ、はい。それなんですが、エスクードの展開速度と展開範囲を増やせないですかね?」

 

エスクードを利用したカタパルトは便利だが、今後は向こうも使ってくる可能性がある。エスクードの使い手がぶつかったら勝敗を決めるのは使用者の技術とトリガーの性能だ。

 

技術を上げるのは当然だが、カタパルトの性能を上げるのも大切だからな。

 

「可能だけど、その場合耐久力を落とす事になるよ?」

 

「構いません。ぶっちゃけエスクードって視界が遮られますし、防御には向いてませんから」

 

寧ろ移動制限やカタパルトに使用する方が遥かにお得だ。

 

「まあクライアントの要望には応えるよ。けど本来の使い方をして貰えないのはエンジニアとして複雑だなぁ。いや、新しい使い方を模索してくれるのは嬉しいけどさ」

 

寺島はそう言ってくる。まあ確かに俺の場合、オプショントリガーを使う場合、本来とは違う使い方をするパターンが多い。

 

エスクードもそうだが、自身の身を守る為に使うシールドを相手の腕や足にぶつけて移動や攻撃の妨げに使ったり、自身の移動能力向上の為に使うグラスホッパーを瓦礫を射出して相手をぶつける為に使ったり……うん。確かにエンジニアからしたら複雑な気持ちだな。

 

しかしこればかりは引くつもりはない。重要なのは勝つことであり、過程についてはさして重要ではないからな。

 

 

 

そう思いながらも俺は最終的にエスクードの耐久性を本来の半分にして、展開速度を上げて展開範囲を25メートルから40メートルまで向上させるのであった。



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第113話

「すみません。お待たせしました」

 

午後5時前、個人ランク戦を済ませた俺は食堂の一角にいる柚宇に話しかける。柚宇は優しく笑いながら首を横に振る。

 

「まだ時間になってないから大丈夫だよ。それより尊君。そろそろ行こっか。案内よろしくね?」

 

「はい」

 

俺は頷きながら歩き始めると柚宇は大きな鞄を左手に持ち、俺にに並んで右腕を俺の左腕に絡めてくる。その際にC級男子からは睨まれるが気にしない。知り合いでもない奴に睨まれても怖くないからな。

 

一方知り合いに見られたら面倒だ。太刀川や出水は笑うし、桐絵はプリプリ怒り出すし、玲は冷たい笑みを浮かべてくるからな。

 

まあ玲と桐絵は夜まで防衛任務らしいから見られないだろうけど。

 

そう思いながらも基地を出て道を歩いていると柚宇が話しかけてくる。

 

「それで竜賀さんの借りてる部屋は近いの?」

 

ボーダー基地を出たからか、柚宇は小声で俺を竜賀呼びしてくる。

 

「歩いて10分以内だな」

 

「結構近いね〜」

 

「まあな。もし困ったことがあったらいつでも相談に来てくれ」

 

「えへへ〜、やっぱり竜賀さんは優しいな〜」

 

柚宇は幸せそうに笑いながら腕に抱きつく力を強めてくる。そんな柚宇を見ているとこっちも幸せな気分になってくる。

 

「そりゃどうも。対して柚宇は可愛いな」

 

「む〜、子供扱いしないでよ〜」

 

頭をわしゃわしゃすると柚宇は頬を膨らませながらジト目で見てくる。怒ってるつもりなのかもしれないが可愛いだけだからな?

 

そんなやりとりをしながらも俺達は俺が借りてるアパートに着いたので中に入る。

 

「まあ入ってくれ」

 

「お邪魔しま〜す……お〜、結構広いね」

 

柚宇はリビングに入るなり、そんな風に呟きながら部屋を見回す。そんな柚宇を見て和みながらも俺は鞄を床に置いて、ダンボールの開封をする。

 

「今から荷物の整理をするが、本当に手伝ってくれるのか?体力のないお前には厳しくないか?」

 

柚宇の身体能力なら本や小物が限界だろう。

 

「大丈夫だよ。トリガー、起動」

 

柚宇はそう言うと、ボーダー基地でよく見るオペレーターの制服を身に纏う。

 

「これなら大丈夫だよ」

 

「それは否定しないが、隊務規定的には……どうなんだ?」

 

ボーダー隊員に定められた隊務規定は色々あるが、トリガーの使用については罰が重い。

 

C級隊員は基地の外でトリガーを使ってはいけない、模擬戦を除くボーダー隊員の戦闘は禁止、民間人にトリガーを向けたり横流しにしてはいけないとかだ。

 

しかし自宅で荷物の整理に使うのはどうなのだろうか?私的利用だから悪いかもしれないが、第三者に迷惑をかけないから大丈夫な気がする。

 

問題があるとすれば使用している理由をボーダーに聞かれる事だ。トリガーには盗難紛失防止の為に位置情報がわかるようにしている。加えてトリガーの使用がわかるようになっていれば、私的使用と疑われるだろう。

 

「大丈夫だよ〜、さっき沢村さんにお願いしたら、そのくらいならって認めてもらったし。まあオペレーターのトリガーには武器がないからね」

 

どうやら問題はないようだ。その事に安堵しながらも俺はダンボールを開ける。

 

俺はトリガーを使わない。柚宇のトリガーには武器が装備されてないからまだしも、俺のトリガーには武器が装備されている。万が一にも暴発したら大変な事になるし、念には念を入れておく。

 

「じゃあ柚宇は食器とか炊飯器を頼む」

 

「ほ〜い」

 

柚宇は頷きながら棚の方に向かうので、俺はダンボールから本や服を取り出してクローゼットや戸棚に運び入れる。といっても一人暮らしだから、そんなに多くない。

 

世間の金持ちは服や靴を沢山買っているが、庶民派の俺は必要最低限だけあれば問題ないからな。

 

次々と荷物をクローゼットや戸棚に入れて、文房具や学校の教科書、パソコンを机の中に入れていく。

 

チラッと横を見れば柚宇は炊飯器をキッチンの一角に置いて、皿を次々に戸棚に入れていく。高いところに入れる際は背伸びをしているが、一生懸命に背伸びしているところを見ると癒されるなぁ。

 

そんな事を考えながらもこちらの整理を済ませて、柚宇の手伝いに向かう。柚宇が背伸びしながら持つ皿をスッと取って戸棚に入れる。

 

「ほれっ」

 

「ありがとね竜賀さん。後でお礼するから〜」

 

柚宇はそう言ってくるが、お礼と言ったらキスを思い出してしまう。これまでに柚宇のみならず、桐絵や玲もキスをしてきたからな。

 

まあそれならそれでありがたい。キスをされると幸せな気分になるし、俺としては今後3人がするスキンシップの内容にキスが追加されて欲しいからな。

 

とはいえ煩悩を出すと引かれそうだし一度は遠慮しよう。重要なのは引かれないようにすることだからな。

 

「気持ちは嬉しいが、この程度の事で礼なんかいらないぞ?」

 

「私が勝手にするだけだから気にしないで〜」

 

柚宇はそう返しながらも作業を再開する。そんな柚宇を見て嬉しく思いながらも俺も整理の再開をするのだった。

 

 

 

 

 

30分後……

 

「これで、良しっ……」

 

最後のダンボールの中の荷物を全て所定の位置に配置する。これで引っ越し作業は幕を下ろした。

 

「終わった終わった〜」

 

柚宇は伸びをしながらトリガーを解除して可愛らしい私服に変わる。

 

「手伝ってくれてありがとな。今度なんか奢る」

 

柚宇が居なかったらもう30分くらいかかっていたからな。礼の一つをするのは筋だろう。

 

「ん〜、じゃあご飯を奢るんじゃなくて、私のお願いを聞いてくれないかな?」

 

そんな風に頼んでくる。何でも命令を聞くってのはお約束ではあるが、柚宇の性格からして理不尽な要求はしないだろう。

 

「何だよ?」

 

「今日のお泊まり会で、竜賀さんと一緒にお風呂に入りたいから、一緒に入って」

 

そんな要求をしてくる。俺としては願ったり叶ったりだが、馬鹿正直にガッついてはいけない。

 

先ずは一方引いて質問する。

 

「理由を聞いていいか?」

 

「ん〜、竜賀さんともっと仲良くなりたいからかな。それとも竜賀さんは嫌?嫌なら無理強いはしないからね?」

 

口調はおっとりしているが、目には不安の色を宿している。そんな風に見られるとこっちが悪い事をしてるように思えてしまう。

 

「わかった。入るからそんな捨てられた子犬のような目は止めろ。恥ずかしい気持ちはあるが、嫌ってわけじゃないし」

 

言いながら柚宇の頭を撫で撫ですると柚宇は口元を緩ませて幸せオーラをポワポワと生み出す。

 

「えへへ〜、ありがと〜。ぎゅ〜」

 

柚宇は幸せそうにしながらもぎゅっと抱きついてくる。咄嗟のことで床に倒れてしまうが、こういうのも良いなと思い、優しく抱き返す。

 

それから俺達は腹が減り夕食の準備をするまでずっと抱き合っているのだった。



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第114話

「ご馳走さまでした。やっぱり食後は甘いものだよね〜」

 

午後8時、柚宇はデザートのシュークリームを食べ終えて満足そうな表情を浮かべながら紅茶でお口直しをする。普段はアホの子であるが妙に品があるな。

 

「まあな。ところで食後は遊ぶって言ったけど、何して遊ぶんだ?」

 

柚宇の性格上、テレビゲームだろうが今持ってるゲームは少ないし柚宇の満足できるものがあるとは限らない。

 

俺が質問すると柚宇はドヤ顔を浮かべて鞄からあるものを取り出す。

 

「じゃじゃ〜ん。ポッキーゲームだよ〜」

 

手にあるのはポッキーの箱だ。柚宇の奴、中々大胆なゲームを提案してくるな。もちろん大賛成ではあるが……

 

「ポッキーゲーム?何だそれ?」

 

俺は柚宇にゲームの説明をさせたいので敢えて知らないフリをする。

 

「えっ?りゅ、竜賀さん知らないの?」

 

「少なくとも前世では聞いた事ないな。アレか?指にポッキーを立ててバランスを取るゲームか?」

 

知らないフリをして柚宇に説明を求める。すると柚宇はさっきとは打って変わって恥ずかしそうな表情になりながらも口を開ける。

 

 

「ぽ、ポッキーゲームは2人が向かい合って1本のポッキーの端を互いに食べ進んでいくゲームで、先に口を離したほうが負けになるの。負けたら罰ゲームね」

 

「要はチキンレースか。んでお互いに離さなかったらキスすることになると思うが」

 

「そ、そうなったら引き分けだね。もう1回勝負しないとダメなの」

そうなのか。前世で第三者がポッキーゲームをやってるのを見たが、キスをしてるところは見てないので、そのあたりよくわからなかったんだよなぁ。

 

そう思っている間にも柚宇はポッキーの箱を開封してポッキーを咥えて……

 

「んっ……」

 

上目遣いで見ながらポッキーを突き出してくる。どうやら拒否権はないようだ。まあ拒否するつもりはないけど。

 

俺は柚宇が加えるポッキーを咥える。すると直ぐに柚宇は目を瞑って食べ始める。その速さはかなり早く、チキる気がないのが丸分かりだ。

 

俺としてもチキる気はないが、最初から積極的な態度を見せたくない。

 

よって食べ始めるが、柚宇との距離が5センチを切った瞬間にポッキーを折る。

 

パキリと音がすると柚宇が目を開けて物足りなさそうに見てくる。

 

「竜賀さんの負け〜、だから罰ゲームね」

 

「それは構わないが罰ゲームって何だ?」

 

「負けた人は勝った人の言う事を聞くのはどう?あ、本当に嫌だと思ったら言ってね?遊びなんだから無茶振りは無しで」

 

まあそれなら大丈夫だな。

 

「で?柚宇はどんな命令をするんだ?」

 

「ん〜、じゃあ竜賀さんは今から3分間私にあすなろ抱きをしてね?」

 

どこが罰ゲームだよ?寧ろご褒美じゃねぇか。

 

「わかったよ。後ろを向け」

 

そう言うと柚宇は俺に背中を見せるので、柚宇に近寄り後ろから柚宇の首に手を回して優しく抱きしめる。

 

「んっ……竜賀さん……」

 

柚宇は艶のある声を出して身を縮こまらせて受け入れ態勢となる。普段おっとりした柚宇がエロい声を出すのはギャップ差もありドキドキしてしまう。

 

「これで大丈夫か?」

 

「うん。私、竜賀さんにこうして貰えるの、凄く嬉しい……幸せだよ」

 

柚宇はそう呟くと今以上に俺に身体を預けてくるので、抱きしめる力を少しだけ強める。ただこうしているだけでも幸せな気分になるなんて……今後仲を深めればもっと幸せになれそうだな。

 

そんな風にしながらも3分が経過したので柚宇から離れると、柚宇は新しいポッキーを取り出す。

 

「じゃあ2回目行くよ〜」

 

柚宇は再度ポッキーを咥えたので俺も反対から咥えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「じゃあラストだね。最後くらいは勝って欲しいな〜」

 

柚宇は若干不満そうにしながら最後のポッキーを取り出して咥える。

 

ラスト一本になるまでの結果だが、俺が毎回ワザとチキって罰ゲームを受けている。その気になればがっつけるが、罰ゲームの内容が毎回ハグとか抱き合いとか膝枕とかご褒美だらけだったので勿体ないと思ったのだ。

 

柚宇が罰ゲームを受けることは絶対にない。何せ毎回俺が折ると露骨に残念そうな表情を浮かべているので、チキる気がなくキスをする気満々であるのが丸分かりだ。

 

よって俺としては柚宇を焦らして、からかいたい気持ちを持っているのかもしれないな。

 

とはいえ折角キスする気満々抜かない柚宇の気持ちを蔑ろにするのもアレだし、最後はチキるつもりはない。

 

俺もこれまでのようにポッキーを咥えて食べ始める。柚宇もゆっくりと食べ始める。

 

そしてポッキーの長さが5センチとなる。これまでなら俺はここで折っていたが、今回は折らずに食べ続ける。

 

それを見た柚宇は驚きの表情を浮かべるが、直ぐに嬉しそうな表情に変わり食べ続ける。

 

そして……

 

ちゅっ

 

ポッキーは全て無くなり、俺と柚宇の唇が重なり合う。以前にも触れた柚宇の唇だが、柔らかくエロさを感じる。

 

暫く唇を重ねると柚宇は離れて照れ臭そうに笑う。

 

「えへへ……残念だけど最後は引き分けだね〜」

 

「まあ仕方ない。けどお前の勝ちだから良いだろ」

 

これまでのゲームでは俺が毎回わざと負けていたので柚宇は実質無敗だ。

 

「まあね〜。凄く楽しかったよ」

 

柚宇は蠱惑的な表情を浮かべて俺にスリスリしてくる。そんな甘えん坊な柚宇のキスは凄く甘く、こちらも幸せな気分になる。

 

「それは何よりだな。それとそろそろ風呂を沸かすが大丈夫か?」

 

時間的に見るといつも風呂に入る時間だし、そろそろ沸かしたい。

 

「大丈夫だよ〜、それとさっきの約束は守ってね〜」

 

さっきの約束とは一緒に風呂に入る事だろう。俺としては大歓迎なので破るつもりはない。

 

「約束は守る。まあお前が満足するかわからないが」

 

「それは大丈夫。竜賀さんと一緒にいればそれだけて満足だから」

 

躊躇いなくそう告げる柚宇。その事に嬉しく思いながらも風呂を沸かす。

 

するとお互いに無言となるが、柚宇は無言で近づいて来て、俺の手を握ってくる。柚宇を見ればいつもの笑みを浮かべて俺の手をニギニギしてくる。

 

俺も柚宇の手を握り、お互いにニギニギし合っていると風呂が沸いた事を告げるメロディが流れてくる。

 

「じゃあ入ろっか」

 

「へいへい」

 

俺が頷くと柚宇は自分のカバンからビニール袋を取り出す。俺も着替えを準備すると柚宇が手を引っ張って脱衣所に連れて行く。

 

脱衣所に着くと柚宇は躊躇いなく服に手をかけて脱ぎ始る。

 

ガン見すると引かれそうなので柚宇から意識を逸らし、俺も1枚1枚脱いでいく。桐絵と行った旅行のおかげで戸惑うことはなかった。

 

そして全て脱ぎ終えると……

 

「じゃあ、入ろ?」

 

正面にタオルを巻かず一糸纏わぬ姿の柚宇が現れる。それにより柚宇の高2とは思えないほどのダイナマイトボディを見てしまい、理性が飛びそうになる。

 

手足の綺麗さなら桐絵が勝つがスタイルの良さなら柚宇が圧勝だろう。まあどっちも同じくらい魅力的であるがな。

 

「そうだな。行こうか」

 

タオルを巻こうか考えたが、巻かない事にした。柚宇も巻かないからこっちも巻かなくても大丈夫だろうし。

 

俺が頷くと柚宇も恥ずかしそうにしながらも頷き、一緒に風呂場に入る。

 

……マジで理性を飛ばさないよな?



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第115話

「じゃあ柚宇。先に洗ってくれ」

 

風呂場に入り、柚宇にそう言う。ここはレディファーストだろう。

 

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて洗うね」

 

柚宇は小さい笑みを浮かべながら礼を言って椅子に座って洗い始める。

 

「んっ……はっ……」

 

その際に柚宇は時々喘ぎながら洗っているが、ただ洗っているだけなのにAVよりもエロく思える。

 

脇を上げたら横からチラッと胸が見え色っぽいし、胸や下半身など洗う際は鏡にハッキリと映っているくらいだ。

 

多分これは映像ではなくリアルで見ているからだろうな。しかも至近距離ともなれば当然だろう。

 

何とか理性を飛ばさないように我慢しているが、桐絵の時よりもヤバい。これについてはシチュエーションが関係しているだろう。桐絵の時は客なら誰もが使う旅館の部屋のそこそこ広い温泉だが、今俺達がいるのは狭いプライベートスペースの風呂だからだな。

 

俺は柚宇の動きを一挙一動見逃さないつもりで見る中、柚宇はシャワーで全身の泡を流し始める。泡が無くなると柚宇のツヤツヤの肌が露わになり、凄く生気を感じる。

 

「お待たせ。あ、竜賀さん。竜賀さんが良ければ身体を洗うよ?」

 

柚宇は恥ずかしそうにそう言ってくる。理性が飛ばないか不安だが、折角の機会を逃すのは良くないし……

 

「じゃあ頼むわ」

 

誘いを受けるとしよう。

 

「じゃあ座って」

 

言われたように椅子に座る。正面の鏡を見れば柚宇がシャンプーやタオルを片手に俺の後ろに立っている。そして俺の頭上には柚宇の大きな胸が揺れていて、鏡越しで無意識のうちに誘惑をしてくる。

 

そして俺の頭をシャワーで濡らすと優しい手つきで髪の毛をシャンプーを使って洗ってくる。

 

「どう?痛かったりくすぐったかったりする?目にシャンプーは入ってない?」

 

子供にするような対応だ。しかしこれはこれで悪くないので文句を言うつもりはない。

 

「いや、凄く気持ちいいぞ」

 

「良かった。じゃあ流すね」

 

柚宇はシャワーを浴びせながら髪の毛を優しく撫でて泡を落としてくれる。一つ一つの仕草から優しさが伝わってきて幸せな気分になってくる。

 

「じゃあ次はか、身体を洗うね……」

 

頭の泡を流すと鏡に映る柚宇は真っ赤になりながらボディーソープの容器を持ち、濡れたタオルにかけて泡だてる。そして俺の背中を擦ると思いきや、鏡に映る柚宇は柚宇自身の身体にタオルを擦り付けていた。

 

(何してんだ?自分の身体に気になる点があったのか?)

 

柚宇の行動に疑問符を浮かべている時だった。

 

 

「んっ……」

 

次の瞬間、柚宇は背後から俺に抱きついてきた。それによりこの世のものとは思えないほど柔らかな感触が背中に伝わってくる。

 

予想外の行動に硬直する中、柚宇は俺に抱きついたまま身体を上下する。それにより俺の背中全体に柔らかな感触が広がっていく。

 

「んっ……竜賀さん、気持ちいい、かな?」

 

鏡に映る柚宇は茹で蛸のように真っ赤だ。悶死するんじゃねぇかと思っても仕方ないだろう。

 

「気持ちいいか、何故こんなやり方をすんだ?」

 

「んんっ……竜賀さんにはいつも優しくして貰ってるから……男の人が喜ぶシチュエーションを調べて、その時に太刀川さんがエッチな本を貸してくれて……んあっ……」

 

(おい太刀川。お前は未成年の女子にエロ本を貸すなよ)

 

髭面の男が女子高生にエロ本を貸すなんて酷い絵面だな。本部長あたりが聞いたらブチ切れるぞ。

 

しかし感謝もしている。太刀川のおかげで柚宇はこんなにもエロい奉仕をしてくれているのだからな。現に今も柚宇の吐息と胸で情欲が湧いているが、そこについては感謝をしている。

 

太刀川に呆れと感謝の気持ちを抱きながらも柚宇の奉仕を受けていると、柚宇は俺から離れたかと思えば俺の前に出て屈んでくる。目の前には柚宇のダイナマイトボディが堂々と鎮座して面白いように俺の理性を攻撃してくる。

 

そう思っていると……

 

 

「そ、それに私、竜賀さんの事が……す、好きだから……!」

 

柚宇は恥ずかしそうにしながらもハッキリと口にしてきた。

 

予想外の告白に対して呆然とする中、柚宇の言葉は続く。

 

「い、いきなりかもしれないけど、本気だから。私は竜賀さんの事が異性と好きなの。いつも優しくしてくれて、気がつけば竜賀さんの事ばかり考えるようになっちゃって……」

 

鏡に映る柚宇は恥ずかしそうだが、一度吹っ切れたからかどんどん言葉を紡ぐ。

 

「多分竜賀さんは私を子供扱いしてるだろうから返事はまだ言わなくていいよ。私を女として見てくれるまで待つから」

 

 

とりあえず普段から子供扱いして正解だ。これなら今すぐに返事をしなくても違和感はないだろう。そう考えると俺の秘密がバレたのは悪くないかもな。

 

そこまで考えている時だった。

 

 

 

「これで私の話は終わり。返事はずっと待つから。それと……つ、次は前を洗うね……」

 

待て待て待て!流石に前はヤバい!上半身はともかく、下半身を洗われたら、今までしてきた我慢が解き放たれてしまう可能性がある。

 

慌てて止めようとするが既に柚宇は俺の後ろから離れて……

 

 

 

「えいっ……!」

 

柚宇は正面から俺に抱きついてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「……よし。布団を敷いたぞ」

 

「う、うん……」

 

和室に布団を敷きながらそう口にする。目の前の柚宇は真っ赤になりながらも頷く。

 

結論を言うと風呂場で柚宇を襲うようなことはなかった。結構危なかったのは否定しないが途中で舌を噛み、痛みで情欲を削ったからな。

 

ただ柚宇が下半身も洗ってきたのは予想外だった。理性こそ飛ばなかったが、アレが暴発してしまって……まあ正面にいた柚宇がどうなるかわかるだろう。

 

正直言ってメチャクチャ恥ずかしい。同時にあの状況でも理性を飛ばさなかった俺は自分で凄いと思う。

 

とはいえ身体を洗って貰ってからは気まずい空気が流れたが、それでも柚宇は風呂場ではくっついてきて、今も一緒に寝たいと言ってくるなど中々の甘えん坊だ。

 

結果として俺は柚宇を受け入れて一緒に寝る事を認めた。

 

「じゃあ……寝るぞ」

 

俺は布団の上に寝転がりながら柚宇に呼びかける。部屋に布団は一枚しかない。つまりは……

 

「……うん。お邪魔するね」

 

つまりは同じ布団で寝るので必然的に柚宇は俺の横に寝転がる。

 

柚宇が寝転んだのを確認するとリモコンで電気を消す。部屋が暗くなるとモゾモゾした動きを感じたかと思えば柚宇が手を握ってくる。

 

「竜賀さん。さっきはごめんね」

 

柚宇は何度目かわからない謝罪をしてくる。

 

「何度も言ってるが謝らなくて良い。お前が俺を喜ばせるために勉強した事を否定するつもりはない」

 

実際のところ、恥ずかしい気持ちはあるが怒りの感情はない。柚宇は俺を喜ばせるために色々調べてくれたのだ。そんな行為に対して怒るなんて筋違いだ。

 

ついでに言うと機会があればもう一度体験したいしな。寧ろ柚宇以外からもやられたいくらいだ。

 

「だから柚宇も気にすんな。今度は俺が柚宇が喜ぶ事を調べるからお前は楽しみに待ってるだけでいい」

 

言いながら柚宇をそっと抱きしめる。落ち込んでいる柚宇の心を少しずつ立ち直らせていかないといけない。

 

「……ううん。私は竜賀さんとこうやって過ごすだけで幸せだから……」

 

「欲のない奴だな。大人になったら欲を出せないこともあるし、子供の内にワガママを言っとけ」

 

そう口にしながら柚宇の頭をわしゃわしゃすると柚宇は不満そうにする。

 

「む〜、子供扱いしないでよ〜」

 

「悪い悪い」

 

謝ってはいるが、暫くは子供扱いしないといけないのでやめるつもりはない。

 

「さ、もう寝るぞ」

 

「うん。じゃあ竜賀さん……おやすみ……大好きだよ……んっ」

 

最後に触れるだけのキスをする。だいぶ慣れてきたが相変わらずの心地よさだ。

 

そしてそのまま抱きついてくる。そんな柚宇に対して俺は優しく抱き返して目を瞑る。

 

「お休み、柚宇」

 

明日で夏休みは最後だが、俺は色々忙しいので朝までに万全になってないといけない。

 

 

まあ、柚宇にキスされてから一緒に寝るのだから全く問題ないと思うがな。



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第116話

「ん、ん〜、もう朝か〜」

 

国近柚宇は朝の日差しを浴びたことにより目を覚ます。しかし直ぐに自分の想い人の唯我尊の姿をした男、神城竜賀と抱き合っている事に気付く。

 

「えへへ〜、おはよう。竜賀さん」

 

ちゅっ

 

柚宇は一瞬で幸せな気分になり、寝ている竜賀の唇にキスをする。既に何回もキスをしているので特に恥じらいの感情は生まれない。

 

一方の竜賀は目を覚まさないが、柚宇から離れる気配を見せずガッシリと抱きついている。

 

「幸せだなぁ〜」

 

柚宇は幸せな気分のまま竜賀の寝顔を見る。竜賀の存在を知った時は驚いたが、唯我尊が入隊したばかりの頃にやってきた事、何度も助けて貰った事もあり、特に嫌悪感は持たず、恋心はハッキリとしていた。

 

ただ不満があるとすれば子供扱いして女として見て貰えてない可能性がある事とライバルが多い事だ。

 

前者については実質的な年齢差は10近いので仕方ない。昨日告白をして、自分の気持ちは知って貰えた筈だからアプローチを続けて女として見てもらえるように頑張るだけだ。

 

後者については自分ではどうしようもがないが文句を言いたくなってしまう。桐絵や玲は強敵だし、最近は草壁とも仲良くしている。これに加えて綾辻や三上とも仲良くなったら……と考えている柚宇は竜賀がボーダーにいる時はフラグを立てないからハラハラしてしまっている。

 

(絶対に負けないから……)

 

柚宇は未だに眠っている竜賀を強く抱きしめながらそう決心するのであった。

 

 

 

 

 

 

「んっ……ふぁ〜」

 

「あ、おはよう竜賀さん」

 

目を覚ますとノンビリした声が聞こえてきて、身体が動かないことに気付く。そして直ぐに柚宇が抱きつきながら微笑んでいる事にも気付く。

 

目覚めた瞬間に柚宇から微笑みを向けられるなんて今日は朝から幸せだな。

 

「おはよう柚宇。よく眠れたか?」

 

「うん。竜賀さんと一緒だったから」

 

そんな風に男が喜ぶ事を口にする。柚宇の性格的に狙っているとは思えないのである意味タチが悪いな……

 

ちょっとお返しをしよう。

 

「俺はいつもよりよく眠れたが、多分柚宇の温もりが気持ち良かったからだと思う。ありがとな柚宇」

 

言いながら柚宇の頭を撫でて優しく抱きしめる。これまでの柚宇との付き合いから考えるに、これくらいしても問題ないだろう。

 

「ふぇっ?!は、恥ずかしいこと言わないでよ〜!」

 

そんな風に文句を言ってくるが口元がふにゃふにゃに緩んでいて怒っているようには見えないな。

 

俺はぷりぷりする柚宇に癒されながらも優しく宥めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間半後……

 

「じゃあ俺は草壁と打ち合わせがあるから」

 

起床してから朝食を食べた俺達はボーダー基地にいる。俺は草壁との話し合いがあるからで、柚宇は特に目的はないが草壁との話し合いが終わってからまた遊びたいからと基地への動向を求めたのだ。

 

「うん。けどエッチなことはしないでね?」

 

「しねぇよ。お前は俺をどう思ってんだよ?」

 

「草壁ちゃんに押し倒されて頬にキスされた人。まあアレは事故だけどさ、好きな人が他の女子といたら良い気分はしないからね」

 

まあそうだろうな。柚宇は普段はおっとりしてるが結構嫉妬深いところもあるし。

 

「まあ前から約束してた事みたいだし邪魔はしないけど……終わったら遊ぼうね……んっ」

 

柚宇はそう言ってから周りに誰もいない事を確認するとそっとキスをして、去って行く。

 

「ったく、アイツは……」

 

周りに人がいないのは事実だがボーダー基地でキスをするのは勘弁して欲しいな……まあ嬉しいけど。

 

そう思いながらも集合場所の食堂に向かうと、その途中で草壁が曲がり角からやってくる。ただオペレーター服ではなく白い涼しげなワンピースを着ている。強気な草壁が清楚な服を着ているのは良いな。

 

「よう草壁。偶然だな」

 

「そうね。唯我先輩は個人ランク戦上がり?」

 

「いや、今さっき基地に来たばかりだ。それよか面白い案はあったか?」

 

「面白いかはわからないけど、色々試してみたいことはあるわ」

 

そう思いながらも食堂に向かうが……

 

「満席だな」

 

100人以上のキャパの食堂だが満席だった。周りを見れば勉強道具を広げているC級隊員が多く、隅っこでは米屋と仁礼と小佐野が三輪や宇佐美に睨まれながらペンを動かしている。

 

その事から察するに……

 

「今更夏休みの宿題に取り組むなんて遅過ぎるわ」

 

呆れている草壁の言う通り、夏休みの宿題に追われているのだろう。あんなもん放置したら面倒だから速攻で片付ける方が楽なのに……

 

「違う場所で話すか」

 

「そうね。どこで話す?」

 

「じゃあ屋上はどうだ?あそこは人居ないし」

 

作戦室だと柚宇が不機嫌になりそうだからな。草壁隊の作戦室でも良いが、可能なら2人きりで過ごしたいし。

 

「別にいいわよ。じゃあ行きましょ」

 

草壁は特に不満はないのか歩き出すので、それに続く。そして廊下を歩いていると曲がり角と人とぶつかってしまう。その際に俺のものじゃないスマホが宙に浮かぶので慌ててキャッチする。

 

「っと……綾辻先輩でしたか。申し訳ありません」

 

「あ、ううん。こっちこそごめんね唯我君。後キャッチしてくれてありがとう」

 

そんな風に会釈するのは嵐山隊のオペレーターの綾辻遥。ボーダーでもトップクラスのルックスを持ち、いずれ口説き落とす予定である。

 

しかし綾辻を落とすのはかなり至難だろう。広報活動を行っているのでこっちの下心には敏感かもしれないからな。

 

とはいえ偶然出会えたのだから今後に備えて布石を打っておこう。

 

「いえ。それとA級昇格権の入手、おめでとうございます」

 

嵐山隊は今シーズンでB級1位になりA級昇格権を得た。9月に行われる昇格試験で受かればA級になるので正念場だろう。

 

「ありがとう。漸くここまで来たし頑張らないとね」

 

握り拳を作る綾辻だが、それだけの仕草で癒されるなぁ。

 

「それで?挑むのはA級下位の私の部隊?それともいきなり頂点に挑むの?」

 

草壁がそんな質問をするが、実際どこの部隊に挑むんだ?可能性があるなら下位にいる草壁隊や片桐隊あたりだが、相性もあるからな。

 

「いくつか候補はあるけど、まだ決めてないかな。ただ太刀川隊には挑まないつもり」

 

「ま、そうよね。最強の攻撃手に最優の射手、最悪の謀略家がいるチームと戦うわけないわね」

 

「待て草壁。その呼び方はやめろ」

 

なんだ最悪の謀略家って?前2人の呼び方に比べて酷過ぎだろ?

 

「事実じゃない。単純な実力なら太刀川さんや出水先輩の方が強いけど、唯我先輩は太刀川隊で1番厄介と私は思ってるわ」

 

草壁は呆れながらそう言ってくるが、A級の隊長にそう言われるなら悪い気はしないな。

 

「まあ唯我君の戦い方はトリッキーだからね。勉強にはなると思うよ」

 

綾辻は苦笑いをしながらもフォローを入れてくれる。

 

「ありがとうございます。他の人の役に立てるのなら嬉しいです」

 

「あ、それと唯我君達ってC級にも指導をするって予定だよね。佐鳥君がツインスナイプを指導したいって言ってたけど、出来るかな?」

 

綾辻がそんなことを言ってくる。確かにC級に指導員を付けるのは最優先事項である。

 

「佐鳥先輩の特殊な狙撃は便利かもしれないけど、バッグワーム抜きなんてリスクが大きいわ」

 

草壁がそう言ってくる。確かに佐鳥のツインスナイプはギャグ要素が強いが、離れた場所に2発狙撃出来るのは便利である。

 

しかし草壁の言うようにバッグワームを使えないのは狙撃手として痛い。よって対人戦より対トリオン兵に使うべきだろう。

 

「まあ佐鳥が理論、しっかり学べば200メートル離れた敵を仕留められるようになるくらいの理論が構築出来てるなら指導内容に入れられるでしょう」

 

B級狙撃手に最低限求められる狙撃距離は300メートルくらいだ。ツインスナイプとなれば多少射程が落ちても仕方ないが、最低でも200メートルくらい離れた場所にある物を確実に仕留められるくらいでないと実用的じゃない。

 

そして唯一ツインスナイプを撃てる佐鳥がそれを可能にする理論を持ってないから指導内容に入れるのは認められない。

 

ツインスナイプは便利ではあるかもしれないが、一定の実力を持つ戦士を増やす計画に不確定要素なものを持ち込みたくない。

 

「そっか。真剣に考えてくれてありがとう。佐鳥君が聞いたら喜ぶと思うな」

 

佐鳥の場合、原作でも扱いが雑だからな。

 

「気にしないでください。もし相談したい事があれば聞きます。ところで綾辻先輩は防衛任務上がりですか?」

 

「あ、もうこんな時間。これから防衛任務なんだ」

 

「そうでしたか。呼び止めてしまいすみませんでした」

 

「それはこっちのセリフ。2人はミーティングだろうけど時間を割いちゃってごめん。じゃあ2人とも頑張ってね」

 

綾辻はそう言って去っていく。ま、最初はこんなもんだろう。

 

どのみちこれから嵐山隊とはC級育成の際に接点が増えるし、その時に少しずつ仲良くなっていこう。

 

そう思いながら俺は草壁と歩くのを再開するのだった。



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第117話

屋上に上がると風を吹き込んでくる。幸い今日は曇りだからそこまで暑くない。

 

俺達は屋上にあるベンチに座る。正面には三門市が広がっていて絶景である。

 

「それで唯我先輩は良い案は浮かんだ?」

 

ベンチに座ると草壁が早速話しかけてくる。

 

「そうだな……以前B級に上がれそうな狙撃手については1ヶ月の研修をさせるって提案したが、見込みがある攻撃手や射手や銃手にも早いうちから経験を積ませたいし研修をさせたいな」

 

上の世界に興味を持ってくれるならモチベーションも上がるだろう。何だかんだ言ってモチベーションが1番重要だからな。

 

「それと防衛施設の操作についても学ばせたい。現在防衛施設の操作は中央オペレーターが担当してるけど、そっちの負担を減らしておきたい」

 

大規模侵攻が起こった際にC級下位に基地内部で防衛施設の操作をやらせれば、ラービットに拉致されない可能性が増す。

 

問題があるとすればエネドラが本部に侵入する事だが、迅を利用して通気口に対策をしておくし、可能なら基地の外でエネドラを仕留めたい。

 

「つまり居場所を提示して、やる気を失わせないということね?」

 

「まあな。やるべき事がないと人間ってのはやる気を出さないで、いざって時に動けないからな」

 

社内ニートなんかはそれな。仕事を割り振って貰えずにやる気を無くし、久々に仕事を貰えたかと思えばミスをして悪循環に陥るなんてザラだ。

 

まあ前世で働いていた会社は社内ニートなんか居なかったけど。仕事が出来ない社員は兎に角怒鳴られまくっていたので、死にものぐるいで実力を上げる、もしくはバックれていた。

 

「そうね。それと防衛施設についてなんだけど、私としてはトリオン兵の足止めトラップ以外にも対人型近界民向けのトラップについても設置したいわ」

 

確かに人型近界民に備えた無人トラップもあった方が良いだろうな。

 

「具体的なアイデアはあるのか?」

 

「大量のトリオンを注いだメテオラ大砲とかね。圧倒的な爆風で相手の防御もろとも吹き飛ばすくらいの物を希望するわ」

 

なるほど。相手の小細工を全て吹き飛ばすくらいのメテオラは便利だ。それがあればアフトクラトルのエネドラやランバネイン、ヒュースあたりなら倒せるだろう。

 

ただ問題はミラだ。空間を操作する黒トリガーを所有しているので、弾を転移してボーダー基地に向けたりしたら基地に大ダメージが与えられるだろう。

 

仮に草壁の案が実現するなら、基地の壁を壊せない程度に抑える必要がある。まあその辺りは迅に何とかしてもらおう。普段は胡散臭いが、ボーダーの為なら身を粉にして働く男だし。

 

「悪くないな。しかし爆風や爆発によって生まれる瓦礫とかを考えると市街地から離れた場所しか撃てないように細工する必要があるな」

 

「警戒区域全周に壁を作れたらありがたいけど」

 

一理ある。トリオン兵達が市街地に入らないようにする事も可能だし、勇気試しに一般人が警戒区域に入る事を防げるしな。

 

「悪くないがそれやったら一部の馬鹿から少なからず批判が来るぞ」

 

ボーダー基地は三門市の中心にある。そして警戒区域全周に壁なんか設置したら、ボーダーが三門市を支配しているように見えなくもない。

 

ボーダーは三門市に不可欠な存在だが、その立ち位置を嫌っている人間も多いから支配者のように思わせる体制を構築するのは悪手だ。

 

やるなら大規模侵攻が起こってから、もしくは更に組織が成長してからだ。

 

「そうね。全く、口だけで達者で実力のない人間は邪魔だわ」

 

草壁の容赦ない指摘には苦笑いを浮かべるしかない。

 

(しかしこうやって話すのも楽しいな)

 

前世でもプレゼンや計画の実行はした事がある。しかし上司に無理矢理やらされたものであり、毎日怒鳴られ、プレゼンで失敗したら罵倒され成功すれば手柄を横取りされるなど地獄でしかなかった。

 

一方、自分の意思で立案して、協力者と友好的に話し合いながら進めていくとやり甲斐を感じる。

 

そういった意味じゃ唯我尊であろうとこの世界に来たのは正解だ。もしも前世に居残っていたら過労死していたかもしれないしな。

 

「どうしたの唯我先輩。いきなり笑って」

 

どうやら口元が笑っていたようで草壁に質問をされる。

 

「いや、こうやって色々考えるのは楽しいって思っただけだ」

 

「そう……ところで前から思ってたんだけど、唯我先輩って二重人格なの?」

 

そういや草壁は以前上層部にプレゼンをした際に「唯我尊は2人いる」って発言を聞いたんだったな。

 

「いずれ話す」

 

お前と付き合いが深くなった場合は既に柚宇達にも話した以上、話すつもりだ。

 

「そう……気になるのは否定しないけど無理には聞かないわ。とりあえず意見を纏めて、正式入隊日以降に改めて上層部に進言出来るようにしないといけないわね」

 

まあ妥当だ。幾ら意見を纏めても、ある程度実績を積まないと絵に描いた餅だ。全ては正式入隊日における行動次第だ。

 

そう思いながらも俺は草壁との意見の交換やデータの纏めに勤しむのであった。

 

 

 

 

1時間後……

 

「さて、大分意見も纏まったし今日はこの辺りで終わりにするわ」

 

「だな。勝負は正式入隊日だな」

 

俺にとってもその日がガチで勝負どころだ。といっても草壁との合同計画の話ではなく、ハーレム計画の方だ。この日に勝負を決めないと、次のチャンスに持ち越しだがそうなったらいつになるかわからないからな。

 

俺は正式入隊日に頑張ることを決心しながらベンチから立ち上がる。一拍おいて草壁も立ち上がったので基地内に戻ろうとした時だった。

 

「っと」

 

突如突風が吹き、足を止めてしまう。そして……

 

ぶわっ

 

草壁のワンピースが捲れ上がりピンク色の下着が露わになる。

 

「っ!」

 

草壁は真っ赤になってスカートを抑え、俺を睨みつけてくる。ここで言い訳をしても無意味だし素直に謝ろう。

 

「済まん。見ちまった」

 

小さく頭を下げる。こういう時は下手に言い訳をしないのが吉だからな。

 

「……まあ風が原因だから唯我先輩は悪くないけど、直ぐに忘れて」

 

流石に八つ当たりはしないようで、草壁は恥ずかしそうに睨みつけながらも文句は言ってこない。

 

「わかってる。直ぐに忘れる」

 

「そうして」

 

草壁は赤くなりながらも歩き出すのでそれに続く。しかしピンクとはクールな見た目に反して中々可愛いのをチョイスしてるな。ギャップがあって良いと思う。

 

これは忘れられないと思いながらも基地内に戻り、エレベーターに乗る。

 

そして太刀川隊作戦室がある階に到着したのでエレベーターから降りる。

 

「じゃあまたな。何か進展があったら直ぐに共有な」

 

「ええ。じゃあまた」

 

草壁は恥ずかしそうにしながらも会釈をしてくるのでこちらも会釈をして太刀川隊作戦室に入る。

 

「お〜、竜賀さんお帰り〜。話し合いは終わったの?」

 

「まあな。中々有意義な時間だった」

 

自分には考えつかない意見は参考になるし、最後の一件は忘れられないだろう。

 

「なら良かったよ。これからどうするの?」

 

「少し疲れたから休む」

 

「そっか。じゃあ一緒に休も?」

 

俺が返事をする前に柚宇は俺をソファーまで連れて座らせて抱きついてくる。

 

「えへへ〜、竜賀さ〜ん」

 

甘えん坊全開の柚宇は凄く魅力的で何も言えなくなってしまう。ま、それはそれでありだけどな。

 

 

 

こうして夏休み最後の日は時間が許す限り柚宇に甘えられまくる形で幕を下ろした。

 

2学期からは俺自身の実力向上やB級隊員増加計画、ハーレム計画などやる事が沢山あるし、頑張っていかないとな。



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第118話

 

 

 

「竜賀さん、久しぶりにエッチをしたいな〜」

 

気がつくと、目の前にはスケスケのピンク色ネグリジェを着て蠱惑的な表情を浮かべる柚宇がいた。

 

え?どういう事だ?確かに柚宇には告白をされたが、それ以上の進展はなかったはずだ。

 

というかここはどこだ?俺は裸だし、ベッドは唯我家で使っていたものじゃないし、辺りにはピンク色の煙が上がっていて周囲の景色がわからない。

 

「ねぇ竜賀さん。エッチしようよ?竜賀さんが望む事、何でもしてあげるよ〜」

 

すると柚宇はベッドに上がってきて俺の胸板を優しく撫でてくる。そこから伝わる愛情に対して、俺の理性は一瞬で吹き飛ぶ。

 

(もう本人が言ってるなら抱いて良いよな。つか久しぶりにとか言った時点で、いつかはわからないがもう抱いたみたいだし)

 

そう思っていると……

 

『ちょっと待って(待ちなさいよ)!』

 

柚宇の背後にある煙から複数の女子の声が聞こえてくる。何事かと思えば……

 

「抜けがけなんて狡いわよ!」

 

真紅の下着を着た桐絵が……

 

「平等に竜賀さんを愛すって約束したわよね?」

 

水色のビキニを着た玲が……

 

「いくら竜賀さんに最初に告白したからって優先順位はないわよ」

 

バスタオルを巻いた草壁が……

 

「そうだよ。皆で仲良く竜賀さんと愛し合わないとね?」

 

黒いボンテージを着た綾辻が煙の奥から現れる。

 

(え?いつのまに草壁と綾辻まで?)

 

桐絵と玲についてはすでにキスをする関係だからまだしも、草壁とはそこまで行ってないし、綾辻に至っては一回話しただけだ。

 

(もしかしてこれは夢?もしくはこれまでの事が夢でこれは現実なのか?)

 

可能性は充分ある。何せ転生した俺だし、これくらいリアリティのある夢を見てもあり得ないことはないし。

 

しかし夢か現実かなんてどうでも良い。どちらであろうと彼女らが俺を求めているなら拒否する理由はない。

 

そして草壁と綾辻が俺を竜賀呼びしたって事は取り繕う必要はないみたいだな。

 

「お前ら落ち着け。お前らが俺を愛するなら俺はそれに応えるだけだ。全員纏めて来い」

 

そう言うと5人は艶のある牝の表情に変わりながら俺に近寄り……

 

『竜賀さん、大好き……!』

 

一斉に俺を押し倒してくるのだった。

 

………………

 

………………

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pipipi……

 

電子音と共に目を開けると、まだ見慣れてない天井が目に入る。周りを見回すとベッドではなく、布団に寝ていて辺りにはピンク色の煙は無くなっていて、柚宇達もいなくなっている。

 

つまりあの世界は夢だったことを意味する。非常に残念極まりない。

 

(いや、もしかしたらアレは俺の将来図かもしれない)

 

当然だがあの光景は俺が望んでいる光景だ。正夢にしたいというのが俺の本音である。

 

(よし、これから頑張ろう)

 

俺は改めて頑張ることを決心して起き上がる。どのみち昨日で夏休みは終わったし、意識を切り替えないとダメだ。差し当たっては元気の出る朝食を作らないとな。

 

俺は奮起しながらキッチンに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「おらぁっ!」

 

「ちっ!」

 

影浦の怒号と共に振るわれるスコーピオンの連撃に何とか食らいつく。レイガストは耐久力が高いのでそれなりに凌げられる。

 

しかし防御に専念したらいつかは崩されるので崩される前に勝つ……

 

「スラスター、起動!」

 

言いながら影浦にシールドバッシュをぶちかまして、壁に叩きつける。

 

同時にリボルバー拳銃を向ける。それに対して影浦は体勢を立て直しながらもリボルバー拳銃を注視する。

 

影浦のサイドエフェクト、感情受信体質は感情を向けられた際に、向けられた箇所に刺さる感覚が生まれるサイドエフェクトだ。

 

つまり俺が影浦の眉間を撃ち抜こうとしたら、影浦は眉間にチクリとした感覚が生まれるので、奇襲やフェイントが通じにくいのだ。

 

影浦を倒すには攻撃に感情を乗せないのが最善だが今の俺には無理。絶え間ない連撃も悪くない手だが、これも今の俺には無理。

 

そうなると影浦の周囲の環境を利用して攻めるのが有効だが、今日は既にこのやり方で2回倒しているので3回目は難しいだろう。

 

よって俺は新しいカードを切ることにする。リボルバー拳銃を持った手を横に大きく振って……

 

「グラスホッパー!」

 

手の軌道上にグラスホッパーを手が元の場所に戻るように展開する。

 

手にグラスホッパーが当たった瞬間、右手に物凄い負荷がかかり体勢を崩しかけながらも引き金を4回引く。

 

ドパッ!ドパッ!ドパッ!ドパッ!

 

「っ!野郎!」

 

影浦は慌てて横に跳ぶが、その際に2発の弾丸は外れるが1発は右腕を擦り、もう1発は脇腹を穿つ。

 

影浦のサイドエフェクトは敵が感情を向ける場所を察知できる。ならば俺自身も何処に撃ったかわからない状況にすれば良いだけだ。

 

グラスホッパーが手に当たった瞬間に引き金を引くってことだけ考えていれば、影浦も何処を狙ってくるかわからない。

 

そして1発でも当たれば大ダメージになる。幾ら影浦でもトリオン体の強化は出来ないし、俺の徹甲弾を内装するリボルバー拳銃を防ぐのは困難だからな。

 

まあ欠点とすれば影浦のサイドエフェクトを無効化出来る代わりに命中率が大きく下がる事だ。今回は4発中2発命中したが、運が良かっただけだ。

 

そう思っていると影浦がこっちに来る。脇腹に穴が開き長く保たないと判断したからだろう。

 

俺は迎撃するべく、レイガストを再展開しながら影浦にリボルバー拳銃を向ける。レイガストで影浦を崩し、避けれない状況にしてから蜂の巣にする。

 

そう思いながらリボルバー拳銃を影浦の臍の周辺に向けてからレイガストを構えようとするが、その前に影浦は両手を前に出す。アレはマンティスの構えだ。

 

マンティスは変幻自在の一撃でレイガストの範囲外から攻撃してくる可能性もある。

 

加えて以前はマンティスをトドメとしてではなく、崩しとして利用していた。

 

俺は俺は即座にリボルバー拳銃を消して、固定シールドを展開する。身動きは取れないがこれならマンティスを防げる。殺られる前に殺るよりもマンティスを使った後の隙を突く方が合理的だ。

 

しかし……

 

「なっ?!」

 

次の瞬間、地面から2本の刃が出てきて俺の両手を斬り落とした。影浦を見ると両手には何にも出ておらず、両足元に2つのヒビが入っていた。

 

(マンティスはフェイントで本命はもぐら爪の両攻撃だと?!)

 

影浦の戦闘スタイルは何度も記録で見たが、搦め手を嫌い真っ向勝負を好んでいる。よってフェイントを使ってくるとは思わなかったので、フェイントの存在を失念していた。

 

しかも固定シールドは地面に展開してなかった。これについては俺の落ち度だ。

 

同時に負けを確信した。今の俺のトリガー構成だが、相手を倒す事が出来る武器トリガーはレイガストと徹甲弾内蔵のリボルバー拳銃のみで両方とも腕がないと使えないのだ。

 

影浦がトドメを刺すべくスコーピオンを振るうが俺は抵抗しない。両手がない以上勝ち目はないし、エスクードは既にトリオンが殆ど無いので使えない。

 

案の定、影浦のスコーピオンは俺の首を刎ね飛ばした。

 

 

『10本勝負終了、勝者影浦雅人』

 

そんなアナウンスを最後に聴きながら俺は光に包まれるのであった。

 

 



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第119話

「あー、最後の最後で負けたか……」

 

ブースのベッドから身体を起こしてモニターを確認する。

 

影浦⚪︎⚪︎✖︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎✖︎⚪︎ 12417→12472

唯我✖︎✖︎⚪︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎⚪︎✖︎ 7014→6959

 

10本勝負をして2勝8敗で俺の負けだ。個人ポイントには差があるのでそこまで減らなかったが、折角7000代だったポイントが6000代に落ちてしまった。

 

やっぱり影浦はやり難い。サイドエフェクトにより初見殺しの技が通用し難いし。

 

実力なら影浦より太刀川や桐絵の方が強いが、厄介さなら影浦の方が上だ。

 

『よう。最後の乱射は面白かったぜ』

 

影浦から通信が入る。最後の乱射とはグラスホッパーを自身の銃を持つ腕にぶつけて、狙いをランダムにした戦術だろう。

 

「ああでもしないと出し抜けないかと思ったので。というか影浦先輩こそあんなフェイントを使うとは思いませんでした」

 

影浦もフェイントを使わないわけじゃないが、スコーピオンを振るう腕の軌道を誤魔化す時くらいだ。まさか必殺技を囮にもぐら爪の両攻撃をするとは思わなかった。

 

正直アレは攻撃手相手ならかなり有効だろう。影浦がマンティスの構えを見せたら大半の攻撃手は両シールドを頭と心臓部に展開するからな。

 

『アレか。いやこの前の防衛任務で混成部隊だったんだけど、東のおっさんが色々アドバイスしてきたから、初見殺しの技を多く持つ唯我で試したんだよ』

 

なるほどな。しかし影浦が頭を使うなんて想像出来ないな。原作のランク戦でも楽しむ事を最優先にしていたし。

 

しかし……

 

「そうでしたか。とはいえこちらも勉強になりましたよ」

 

スコーピオンを2つ繋げるマンティスは両攻撃の一種であるが、それをフェイントに別の両攻撃ってのは面白かった。置き弾とかと組み合わせれば中々良い戦術を構築できそうだ。

 

しかし……

 

「とはいえ悔しいんでもう10本勝負お願いします」

 

幾ら相手が格上とはいえ、負けたのは悔しいからな。

 

『良いぜ。また悔しい思いをしても文句を言うんじゃねぇぞ?』

 

モニターからは影浦の好戦的な声が聞こえてくる。やはりボーダーの攻撃手って戦闘狂だらけだな。

 

 

そう思いながらも俺は再度10本勝負を申請するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、疲れた〜」

 

夕方、俺は夏の暑い夕日を浴びながら帰路につく。ボーダー基地では基本的にトリガーを起動してるので肉体的には疲れてないが、精神的に疲れてしまった。

 

結果的に影浦とは40本戦ってしまった。トータルで10勝30敗で勝率は2割5部。俺としては勝率3割を目標としていたので中々悔しいものがある。

 

しかもその後は俺と影浦との勝負を見ていた荒船や村上と戦い、いざ帰ろうとしたら香取が勝負をふっかけてきたので初見殺しの連発でもぎゃっと泣かせて、再度帰ろうとしたら戦闘狂の米屋に捕まった事で戦い、今度こそ帰ろうとしたら負けず嫌いの木虎に捕まってまたランク戦をやる羽目になったのだ。

 

今日は中々運が悪いようだ。朝から良い夢を見たので1日中、良い事があるかと思ったのに……

 

そう思っている時だった。

 

「竜賀さん」

 

背後から声をかけられる。俺を竜賀呼びしている事、声の色から誰が呼んだかわかった。

 

「玲か」

 

振り向くと案の定玲がいた。隣には桐絵もいる。しかし何故か2人とも不機嫌そうだ。

 

「どうした玲?桐絵も不機嫌そうだが」

 

こんな風にあからさまに不機嫌になっているなんて……もしかして草壁の下着を見た事がバレたのか?

 

あり得そうなことに冷や汗を流し始める中、桐絵が口を開ける。

 

「聞きたいことがあるんだけど、竜賀さんは柚宇さんを新しく借りたアパートに泊めて、その際に一緒にお風呂に入ったって本当?」

 

そ、そこか……

 

「ああ。柚宇から聞いたのか?」

 

「ええ。ドヤ顔で大きな胸を張りながら楽しそうに語ってたわ」

 

容易に想像出来るわ。柚宇の奴、告白したからか更に積極的になってきた気がするな。

 

「随分国近先輩と仲良くなってるわね」

 

玲は不機嫌丸出しの声でそんな事を言ってくる。ここはあたかも鈍感さを出そう。嫉妬云々言うのはまだ早い。

 

「まあな。俺の正体を知ってからも、どんどん仲良くしてくれる柚宇には感謝しかないな」

 

その言葉に玲と桐絵の額に青筋が浮かぶが、これはもちろんわざとだ。

 

「あっそ。じゃああたし達も竜賀さんともっと仲良くなりたいって言ったら仲良くしてくれるの?」

 

試すような眼差しを向けながら詰め寄る桐絵。玲も似た表情を浮かべながら俺を見ている。

 

「そりゃな。俺の正体を知ってる人間に対しては素を出せるから仲良くしたいな」

 

「じゃあ竜賀さん。私が竜賀さんともっと仲良くなりたいから、竜賀さんの借りてる部屋に泊まりたい、一緒にお風呂に入りたいって言ったら了承してくれるかしら?」

 

そう言いながらも玲からは圧力を感じる。まるで断ったら許さないと言われてる気がする。

 

「玲が望むなら別に構わないが」

 

「そう……嬉しいわ。楽しみにしてるから」

 

そう返すと玲は嬉しそうに笑い、桐絵が不機嫌になる。

 

「狡い!だったら私も竜賀さんの借りてる部屋に泊まりたいわ!良いでしょ!」

 

そう詰め寄る桐絵だが、強気な態度に反して目には不安な色を宿している。桐絵って1番乙女だよな……

 

「別にいいぞ」

 

「本当?!絶対だからね!」

 

了承の返事をすると桐絵は嬉しそうに詰め寄ってくる。そんな態度をされると愛おしく思う。

 

「まあそれは今後予定を合わせて決めようか。それより帰る途中なら送るぞ」

 

少しでも長く2人と居たいからな。

 

「そう……じゃあエスコート宜しく」

 

「頼りにしてるわよ!」

 

2人は言いながら俺の腕に抱きついて指を絡めてくる。2人を見直せば幸せそうな表情で俺を見てくる。

 

そんな2人に癒されながらも歩くと、3分もしないで玲の家に到着する。

 

「じゃあ竜賀さん。エスコートありがとう……んっ」

 

ちゅっ

 

すると玲は桐絵が見ている前で俺にキスをしてきた。それを見た桐絵は真っ赤になって慌て出す。

 

「なっ!なななななな何をしてんのよーっ!」

 

ぎゃーすって叫び声が似合いそうな態度を出しながら桐絵は玲に怒鳴るが玲は薄い笑みを浮かべる。

 

「あら?ただエスコートのお礼をしただけよ。助けられたら感謝の気持ちを伝えるなんて当たり前の事よ」

 

言いながら玲は家の中に入っていく。それにより桐絵の怒りの矛先が俺に向けられる。

 

「竜賀さんも竜賀さんよ!簡単にキスをされないでよ!」

 

「無茶言うな」

 

まさか桐絵の見てる前でキスをしてくるなんて予想出来ねぇよ。

 

「とりあえず夜遅いし行くぞ」

 

「あっ、ちょっ……!」

 

言いながら桐絵と腕を組みながら歩き出す。最初は不機嫌丸出しの桐絵だが、頭を撫で撫でしたりしたら少しずつ機嫌を直し、桐絵の家に到着した時にはいつもの桐絵に戻っていた。

 

「送ってくれてありがと」

 

「気にすんな。じゃあまたな」

 

言いながら桐絵の前から去ろうとするが、服の裾を掴まれるので振り向くと真っ赤になった桐絵がいた。

 

「どうした?」

 

「えっと………お、送ってくれたお礼だから!」

 

ちゅっ

 

桐絵は俺を引っ張って距離を縮めてからキスをしてくる。玲のキスとはまた違った甘みが広がる。

 

暫くキスをすると桐絵は真っ赤なまま指を突きつけてくる。

 

「じゃあね!お泊まり会については今度話し合うわよ!」

 

桐絵はそう言って早足で家に入っていく。ドアが閉まると俺は動き出す。

 

「やっぱ朝の夢が良かったからか、良い1日だな」

 

願わくば朝見た夢が正夢になって欲しいものだ……

 



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第120話

 

「……三門市、そして人類の未来は君達の双肩に掛かっている。日々研鑽し正隊員を目指してほしい。君達と共に戦える日を待っている」

 

 

 

9月6日

 

俺は今はボーダー基地のホールにて、高い場所から下にいる白い服を着ている集団を見ながら本部長の話を聞いている。

 

下にいる白服集団はC級隊員……より正確に言うと今日からC級隊員になる新人だ。

 

今日は年に3回ある正式入隊日だ。この日に一斉に入隊者が入り、下には40人近くいる。

 

しかし俺は大半に興味はなく、茶髪の小柄男子……緑川駿だけを見ている。

 

理由としては単純で、草壁と今季入隊者のデータを見たが緑川以外の隊員からは光るものを感じなかったし。仮入隊の連中については戦闘記録を見たがパッとしなかった。

 

来期は黒江双葉が入隊するが、その時に黒江以外にも金の卵がいて欲しい。

 

というか黒江にも接触するべきか?俺が現在目をつけている女子は大半が年上で、唯一の年下の草壁は年下に思えない。俺としては年下の女子も好きだからな。

 

(……いや、これ以上狙うのはやめたほうが良いかもな)

 

多くし過ぎるとnice boatされそうだからな。その辺りは彼女達の反応を調べて動こう。

 

まあ何にせよ今は仕事に集中しないといけない。

 

そこまで騒めきが耳に入ったので意識を戻すと、いつの間にか本部長はいなくなっていて男子4人、女子1人が壇上にいた。

 

そこにいたのはB級1位の嵐山隊だ。広報部隊だけあって原作通りオリエンテーションも担当するようだ。

 

オペレーターの綾辻は中央オペレーターのオリエンテーションに参加しているのだろう。柚宇と草壁もそっちに参加してるしな。

 

すると嵐山が前に出て口を開ける。

 

「さて、これから入隊指導を始めるがまずはポジションごとに分かれてもらう。アタッカーとガンナーを志望する者はここに残り、スナイパーを志望する者はうちの佐鳥について訓練場に移動してくれ」

 

佐鳥がドヤ顔を浮かべながら近くの出口に立ち狙撃手志望と思われる隊員を連れて行った。

 

そして狙撃手志望がいなくなると同時に壇上を見る。

 

 

「改めてアタッカー組とガンナー組を担当する嵐山隊の嵐山准だ。初めに入隊おめでとう。忍田本部長もさっき言っていたが、君たちは訓練生だ。B級に昇格して正隊員にならなければ防衛任務には就けない」

 

そしてB級になるのはかなり難しい。実際C級隊員はB級の4倍近くいるからな。

 

「じゃあどうすれば正隊員になれるのか、最初にそれを説明する。各自、自分の左手の甲を見てくれ」

 

同時に皆が手の甲を見る。

 

「君たちが今起動しているトリガーホルダーには、各自が選んだ戦闘用トリガーがひとつだけ入っている。左手の数字は、君たちがそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを表す数字だ」

 

まあ数字が高い=強さって訳ではない。出水なんかは全ての弾トリガーを満遍なく使っているから1つのトリガーの数字が高過ぎるわけじゃないし、影浦なんかは原作で隊務規定違反で10000ものポイントを減らされているからな。

 

「その数字を4000にする。それがB級になる為の条件だ」

 

もちろん例外はある。原作では三雲がイレギュラー門の発生原因となっているラッドを見つけたってことになりB級に上がってるし、俺……というか唯我尊は即座にA級に入れろって無茶振りをしたからな。

 

転生したばかりの頃はふざけんなと思ったが、今はそうでもない。何故なら太刀川隊にいるお陰で柚宇と仲を深められたし。既に柚宇、そして玲と桐絵は俺にキスをするくらいだし俺が告白すれば即座にOKをくれると思う。

 

まあ交際については俺の精神年齢を理由にして、当分するつもりはないがな。どんなに早くても草壁、どんな遅くても綾辻との関係を柚宇達と同等レベルまで深めるくらいまでは交際云々は考えてない。

 

 

「ほとんどの人間は1000ポイントからのスタートだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされている。当然、その分即戦力としての期待がかかっている。そのつもりで励んでくれ」

 

すると下では自身の手を偉そうにかざしている奴がいる。顔を見れば仮入隊組の連中だ。確かにポイントは上乗せされているだろうが、以前の仮入隊組に比べたら低い。現にそいつらに冷たい目を向けてる木虎なんかは3600スタートだし。

 

「ポイントを上げる方法は二つある。週2回の合同訓練でいい結果を残すか、ランク戦でポイントを奪い合うかだ。まずは訓練のほうから体験してもらう。ついて来てくれ」

 

そんな風に締めくくり嵐山は廊下に向かい、新入隊員もそれに続く。

 

一拍おいて俺もそれに続く。俺は唯我尊がA級1位になったばかりの時期に転生したから、合同訓練に一度も参加してないので興味がある。原作でも存在するイベントに立ち会うのは悪くないからな。

 

 

暫く歩いていると訓練室に到着したので、C級隊員とは離れた場所に位置取る。周りを見れば正隊員も何人かいるがスカウト、もしくは友人の見学とかだろう。

 

「最初にやるのは対近界民戦闘訓練だ。これから仮想戦闘モードの部屋の中でボーダーの集積データから再現された近界民と戦ってもらう」

 

C級隊員はかなり騒めいている。まあいきなり戦闘訓練だからな。

 

しかし最初から戦闘訓練をする事で、参加者が上に上がれるかどうかが顕著になるのは事実だ。ここで好記録を出した隊員は上がっていくだろう。

 

「仮入隊の間に体験した者もいると思うが仮想戦闘モードではトリオン切れはない。ケガもしないから思いっきり戦ってくれ」

 

嵐山がそう言うと訓練室にバムスターが現れる。トリオン兵の中では1番世間で認知されてるヤツだろう。

 

「今回、君達が体験するのは初心者レベルの大型近界民だ。攻撃力はないがその分硬いぞ。制限時間は1人5分で早く倒すほど評価点は高くなるから自信のある者は高得点を狙ってほしい。……説明は以上!各部屋始めてくれ!」

 

その言葉と共にC級隊員は一斉に並び始める。さぁて、参加しないとはいえオリエンテーション後にある講習会に備えてしっかり勉強しないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

 

「あ、うんわかった」

 

中央オペレータールームにて、新しく入ったオペレーターに対する機器の説明がひと段落したところで草壁早紀は綾辻遥にそう言って部屋を出る。

 

「それにしても戦闘員の方はどうなのかしら?」

 

興味はあるが、自分はこれから指導する立場になるので見に行けない。

 

そんな事を考えながら廊下を歩いているて向かい側から迅がやって来るが、何故か草壁を見た瞬間に目を引きつらせていた。

 

「やあ草壁ちゃん。オリエンテーション頑張ってね」

 

「どうも。ところで私の顔に変なものでも付いてるの?」

 

あからさまに目を引きつらせるなんて迅らしくないので思わず質問してしまう。

 

「何でもないよ。とりあえず俺は防衛任務があるから」

 

迅は早足で去って行く。

 

「?何だったのかしら?」

 

そんな迅の態度に草壁は不思議に思わずはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜もう……草壁ちゃんとの甘い未来を作りやがって……ただでさえ小南と那須ちゃんの2人と風呂に入る未来が見えて甘ったるいのに勘弁してくれよ〜」

 

迅はため息を吐きながらブラックコーヒーを飲む。ぼんち揚は最近食べていない。



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第121話

「パッとしない記録だな……」

 

俺はそう呟きながらC級隊員の戦闘訓練を見ている。しかし大半が武器に振り回されている印象だ。仮入隊してない奴は3分以上はザラにいるし、仮入隊している連中も1分強と原作の新3馬鹿よりも劣っている。原作における空閑の一秒切りが今から楽しみだ。

 

そうこうしていると本命の緑川となる。開幕のブザーが鳴ると全速力でバムスターとの距離を詰め、思い切りジャンプをしてバムスターの頭の上に乗る。

 

そして他のC級がやっているのを見て目が弱点である事を理解しているので、頭上からスコーピオンを振るって目をぶった斬る。

 

「記録 4秒」

 

そんなアナウンスに訓練室は大騒ぎとなる。まあ2位の記録が1分12秒と、絶対的な差があるからな。

 

訓練室を見下ろすと緑川は勝ち誇った顔を浮かべ、大半のC級は驚愕の表情を浮かべ、仮入隊組は忌々しそうに緑川を睨み、木虎は不機嫌になっていた。最後については自分より優れた記録だからだろうが、負けず嫌い過ぎだろ?

 

内心呆れている間にも訓練は続くが、1分を切った隊員は緑川以外に出ない形で幕を下ろした。

 

その後も訓練は続いて、地形踏破、隠密行動、探知追跡訓練と色々な訓練をこなした。

 

原作では初めてで1分以内なら上出来と書かれていたが1人しか出ないとなると、金の卵が出たとはいえ今シーズンは割と不作と言わざるを得ない。

 

 

すると嵐山隊が訓練室を出て、C級隊員がそれに続く。確かオリエンテーションのプログラムによれば戦闘訓練後は地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練を経て個人ランク戦の説明で全て終了だった筈だ。

 

そんで正隊員による講習会はオリエンテーション終了後から30分後に行われるので、その時に緑川にコンタクトを取ろう。

 

それにしても入隊前に転生するのも意外と悪くなかったかもしれない。柚宇との接点を作るのが難しくなっただろうが、1から這い上がるってのもバトル漫画みたいで面白そうだ。

 

(というかいきなり出水に蹴りを食らったとかインパクトがあり過ぎたからなぁ……)

 

そんな事を考えながらも俺は訓練をぼんやりと眺めるのだった。

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「それじゃあ最後にC級ランク戦についての説明をするから付いてきてくれ」

 

探知追跡訓練が終わると嵐山がそう口にするが、C級隊員の大半は緑川に意識を向けている。

 

緑川は全ての訓練で1位を獲得している。探知追跡訓練ではレーダーの使い方に苦労していたが、機動力を利用して1番早く追跡していた。

 

仮入隊組も緑川の圧倒的な成績に嫉妬する気も失せている。やはり天才ってのは凡人に劣等感を植え付けるのだろう。俺も太刀川や出水を見てると生粋の攻撃手や射手になる気が失せたし。

 

俺もそれに続きC級ランク戦のロビーに向かう。

 

そしてロビーに着くとモニターでは村上と荒船の試合が終わった所が公開されていた。結果は8ー2だ。

 

まだ荒船の方が技術が上のようで村上が負け越している。いくら強化睡眠記憶のサイドエフェクトを持っていても、身体や孤月を動かす技術がないからだろう。

 

しかし今後はメキメキ伸びて、No.4攻撃手になるから末恐ろしいな……

 

 

「ここがC級ランク戦のロビーだ。それじゃあC級ランク戦のやり方を説明する。C級ランク戦は基本的に仮想戦場での個人戦だ」

 

言いながら嵐山は壁にあるブースを指差す。

 

「C級ランク戦のやり方は簡単だ。ブースの中にあるパネルにはブースの番号と武器とポイントが出ている。それが現在ランク戦に参加している隊員だ。好きな相手を選んで押せば対戦が出来る。逆に向こうからも指名される場合もある。対戦をやめたい時はブースから出ればいい」

 

それは問題ないがブースから出ようとしたタイミングで勝負をふっかけられると結構イラってするんだよなぁ。

 

「そして、ポイントが高い相手に勝つほど点がたくさん貰える。逆に自分よりポイントが低い相手だと勝っても余り貰えず負けた時に沢山取られる」

 

まあポイントが離れ過ぎてる相手と戦う奴は早々いないけどな。一部例外はいるが、ポイント=強さだし。ただし太刀川は例外だ。アイツはポイントが桁違いだから、誰が相手でもポイントが離れ過ぎてるし。

 

「それじゃあ2人組になって試しにやってみよう!好きな相手と組んでくれ」

 

嵐山はそう言うが、誰も緑川とは組まない。まあ負けるのがわかってるからな。

 

そうこうしていると奇数人数だったようで緑川だけ余る。これは誰かが二戦やるのか?それとも新入隊員じゃないC級とやり合うのか?

 

そう思っていると、緑川が嵐山達に近寄り何かを話す。すると木虎がギョッとした表情を浮かべたかと思えば不機嫌な表情になる。何を話してんだ?

 

頭に疑問符を浮かべていると、嵐山が俺を見て手招きしてくる。なんか嫌な予感がしてきたな。ともあれ無視するのはアレだし、行くしかない。

 

俺は早足で嵐山のもとに向かう。

 

「何か用ですか?」

 

疑問に答えたのは木虎だった。ただし物凄く不機嫌だ。

 

「唯我先輩は最初からオリエンテーションを見てたからわかると思いますが、彼、緑川君は他の新入隊員とは一線を画するから組む相手がいないから正隊員と戦いたいと言ったんです」

 

「どうせなら1番強い正隊員と戦ってみたいって言ったら、時枝さんがこの場にいる正隊員ではアンタが1番強いって言ったから戦ってみたいって言ったの」

 

木虎の言葉に緑川が補足する。木虎が不機嫌になった理由はアレだな、この場にいる中で1番強いのが俺って評価が出たからだな。負けず嫌いの木虎ならあり得る。

 

つか緑川、初対面の人をアンタ呼びとは中々に生意気だな。

 

しかし俺は気にしない。才能のある人間が偉そうにするくらいで怒るほどじゃない。何せ前世では無能な上司に毎日怒鳴られたし。

 

寧ろ緑川との接点を持つチャンスであった。

 

「なるほど……結論を言うなら条件付きで戦っても良い」

 

「条件?何?」

 

「オリエンテーションが終わってからちょっと時間をくれ」

 

言うまでもなく草壁に紹介するからだ。緑川が原作でいつ草壁隊に入ったかはわからないが、少なくとも入隊初日とは思えないし、可能なら来週までに草壁隊に入れておきたい。緑川の実力なら1週間でB級に上がれるだろうしな。

 

 

「良いよ。今日は暇だし」

 

「決まりだな。トリガーについてはこっちも1種類しか使わないから安心しろ」

 

言いながら俺はトリガーを起動してロングコートに切り替わる。それに伴い新入隊員からは騒めきが生まれるが、多分両肩にあるエンブレムが原因だろうな。

 

「うわ、A級1位だったの?」

 

流石の緑川も驚いてる。

 

「A級1位だが、俺個人の実力はさして高くない」

 

俺の場合、戦術で補っているからA級相手も食らいつけているが、小細工抜きなら甘く見積もってB級上位くらいだろう。

 

「んじゃやるか。適当なブースに入れ」

 

言いながら俺は早足で適当なブースに向かう。しかし途中で……

 

「唯我先輩、オリエンテーションが終わったら勝負してください」

 

負けず嫌いの木虎がそう言ってくる。

 

(どうやら今日は疲労困憊になるかもな)

 

木虎は負けず嫌いで俺が勝つたびにもう一回もう一回と勝負を求めるし、面倒だから多少手を抜くと情けをかけんなと拗ねるからな。

 

よって勝負するとかなり疲れる。香取も似た感じだが、ボコボコにするともぎゃりながら逃げるからありがたいんだよなぁ。

 

「夜なら構わない」

 

そう返しながら俺は適当なブースに入るのであった。



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第122話

ブースに入った俺は隣のブースに入った緑川に連絡を入れる。

 

「聞こえるか?ブースに入ったらモニターを見ろ104が俺だ」

 

『ポイントが7142の所?』

 

「ああ。そんでC級が正隊員と戦うには下にある黒いボタンを押せ。そうすればB級以上にも挑めるようになる」

 

『ほーい……勝負本数が出たけど何本?』

 

「今は一応オリエンテーション中だから1本だ。複数回戦うのは今度にしろ」

 

俺としては10本やっても構わないが、俺個人の都合で第三者の予定を乱すのはアレだからな。

 

そう思う中、対戦申請が来たので受諾する。同時に俺は光に包まれて街の中心に立つ。

 

「凄っ!いきなり街の中かよ!」

 

正面に現れた緑川は驚いているが、これについては俺も同感だ。仮想フィールドに転送なんて漫画のようなシステムだからな。今は転送システムに慣れたが、それでも凄い技術とは思うし。

 

『対戦ステージ「市街地A」、個人ランク戦開始』

 

そんなアナウンスが流れたのでレイガストをシールドモードにして構える。

 

「あれ?そんな武器あったっけ?A級にしか使えないトリガー?」

 

「いや、こいつはレイガストってトリガーでお前らC級でも使えるぞ。まあ人気が低いから使う奴はあんまいないけど」

 

俺がレイガストをガンガン使うようになってからは、偶にB級ランク戦で見かけるようになったが、メインウェポンで使ってるB級隊員は村上だけだ。

 

偶に使う隊員といえば熊谷や笹森のようにガードを得意とする隊員で格上を足止めする際に使っている。

 

「それよりさっさとかかって来い」

 

「じゃあ遠慮なく……っと!」

 

言うなり緑川は右手にスコーピオンを顕現するとこっちに向かって走ってくる。

 

そしてある程度距離を詰めるとチラッと横を見てから右に跳び、石壁を蹴ってからスコーピオンを振るってくるので、右足を軸にして緑川の方に身体を向けてレイガストでガードする。

 

すると緑川は間髪入れずにスコーピオンを何度も振るってくる。その速さは今日トリガーを使ったばかりの人とは思えない速さでB級下位レベルだ。才能だけ見ればボーダーでもトップクラスだろう。

 

しかし……

 

「視線で剣の動きがバレバレだ。少しずつ相手を真っ直ぐ見ながらでも攻撃出来るようになった方がいいぞ」

 

緑川は攻撃の度に目を動かすので何処から剣が来るのか先読みできる。

 

「アドバイスって……余裕だね!」

 

癇に障ったから緑川の攻撃は苛烈になるが、流石に今日初めてトリガーを使う人間の剣の対処は余裕だ。こちとら太刀川隊に相応しい人間になれるようにあらゆる隊員とやりあってきたんだ。

 

多分転生してから今日までの間に行ったランク戦の数は、他の隊員よりも多い自負がある。

 

そう思いながらも緑川の攻撃を捌いていくが、徐々に大振りになっているがそれは悪手だ。

 

「スコーピオンは相手の防御を叩き割るタイプの武器じゃない。相手の防御をすり抜けるタイプの武器だから、大きく振るうより足などからも出して戦え」

 

「うわぁっ!」

 

そう言いながら俺はレイガストで緑川にシールドバッシュをぶちかます。まあスラスターを使ってないから余り吹き飛ばなかったけど。

 

俺は緑川が立ち上がるのを待つと緑川はスコーピオンを消して、足や腹から刃を出している。それを繰り返していると腕と腹から同時にスコーピオンを出している。

 

(C級は1つしかトリガーを持てないし、アレは枝刃だな)

 

追撃はしない。今は勉強しているようだからな。

 

暫く待っていると緑川は慣れてきたのか俺と向き合う。

 

「作戦は浮かんだか?」

 

「まあね。待っててくれたの?」

 

「どんな手を使ってくると興味を持ったからな」

 

スコーピオンは強い攻撃手より発想力が豊かな攻撃手が持った方が厄介だ。自由さが売りのスコーピオンをどう使うか興味がある。

 

「余裕だね。確かに俺じゃアンタに勝つのは無理だろうけど、せめて1発当ててみせるよ」

 

「来い」

 

そう告げると緑川は突進を仕掛ける。その際にさっきとは違い露骨に違う方向に目を向けてないが……

 

(身体が正面を向いてない……左だな)

 

身体が向いてる方向を見ながら左足を前に出し、軸にして身体を左に向ける。

 

同じタイミングで緑川が左に跳びながらスコーピオンを振り下ろしてくるのでレイガストを上に掲げて迎撃の構えを取る。

 

しかし次の瞬間、緑川のつま先からスコーピオンが出る。レイガストのシールド変化は間に合わないので後ろに下がろうと考えた時だった。

 

何と緑川の腹の部分からスコーピオンが速いスピードで出てきたので、慌てて斜め右後ろに跳ぶ。その際にスレスレで回避できたが、反応が僅かに遅れていたら、掠っていただろう。

 

「くっそ〜!行けると思ったのに!」

 

緑川は悔しそうに叫ぶが、俺としては面白いものを見れた。まさか手、足、腹の三箇所を利用した枝刃を使うとはな。

 

俺はこれまで余りスコーピオンを使った事はなかったが、試してみよう。アレは格上を食える戦法だ。

 

そういった意味では今回緑川と戦えたのは良かったと思う。

 

(とはいえ、そろそろ終わらせるか)

 

「良い一撃だ……が、そろそろこっちも反撃するぞ」

 

「っ!」

 

緑川が構える中、俺は地面を蹴ってから即座に距離を詰めにかかる。

 

対する緑川は横に跳ぼうとするが、その前にレイガストの形を広げて、緑川の軌道上まで伸ばす。

 

結果、緑川はレイガストにぶつかり勢いを弱めるので、そのままシールドバッシュをぶちかます。

 

「うわぁ!」

 

そして背後の壁に背中をぶつけ、体勢を崩すのを見ながらレイガストをブレードモードに変え、ブーメランを曲げるように投げつけて緑川の胴体を斬り真っ二つにする。

 

「くそ〜!」

 

最後に悔しそうな声を上げながら緑川はベイルアウトする。

 

『個人ランク戦終了。勝者、唯我尊』

 

そんなアナウンスを聞きながら俺もブースに戻される。ベイルアウト用のベッドから身体を起こしてモニターで通信を入れる。

 

「入隊初日としては上出来だったな。今後は細かい攻撃を練習しとけ。トリガーを使うときの身体の耐久力は皆同じだからな」

 

『は〜い。次は負けないから!』

 

「1年早ぇよ」

 

『そこでリアルな数字言うのやめてくんない!』

 

いや実際お前は1年ちょっと9000以上のポイントを持つからな。その頃には俺も対策しない限り、足元を掬われてしまうだろう。

 

努力や戦術で誤魔化してるが、俺は才能のない凡人だからな。少しでも鍛錬をサボれば直ぐに実力は落ちていく。

 

まあサボる気はないが、少なくとも今現在俺を好いている3人にサボってるところを見せたら幻滅される可能性が高い。

 

人間の好感度って上げるのは難しい癖に、落ちる時は呆気なく落ちるから腹立たしい。

 

よって俺は努力は怠らない。

 

 

 

 

全ては俺自身の野望を叶えるために。新学期に見た夢、柚宇や桐絵や玲に加え、草壁や綾辻の5人から愛されるという夢を正夢にする為に頑張るつもりだ。

 

 



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第123話

「お疲れ!唯我も付き合ってくれてありがとう!」

 

ブースから出ると嵐山がニカっとした笑みを向けてくる。相変わらずの裏のない爽やかさだ。ハーレム計画を立てている俺からすれば眩し過ぎて直視することが難しい。

 

まあハーレム計画を放棄するつもりはないけどな。

 

「いえ。こちらとしても有意義なデータを得られたんで」

 

最後の緑川の3本の枝刃は中々良い作戦だった。腕が上がれば恐ろしくなるだろう。

 

何にせよ……

 

「約束通り戦ったんだから緑川は後でちょっと付き合って貰うぞ」

 

その為に目立つ真似をしたんだからな。

 

「それは良いけど、何をするの?」

 

「俺の知り合いに才能のあるスピード系攻撃手を求めてる部隊長がいてな。ソイツにお前を紹介したいんだよ」

 

「その人って迅さん?俺迅さんって人とチームを組みたいんだけど」

 

そういやコイツは迅に助けられてボーダーに入ったんだったな。

 

「迅さんじゃない。というか迅さんは余りに強過ぎるからチームを組む事を禁止されてるから諦めろ」

 

迅も強いが黒トリガーは強過ぎるからな。戦闘記録を見たが桁違いだ。まあシールドが使えないので迅以外の人間が完璧に使えるとは思えないけど。

 

「えー!迅さんってそんなに強いんだ!」

 

そりゃウチの隊長と互角に渡り合える怪物だからな。俺は戦った事ないが太刀川より厄介だろう。予知のサイドエフェクトにより初見殺し技を悉く封殺されるのがオチだ。

 

「ああ。ともあれ迅さんは立場上チームを組めないし、俺の知り合いに話してくれや」

 

「そうなんだ。まあ約束だから良いよ」

 

緑川は納得してくれたようだ。ならこれで今日やるべきことは半分終わったな。

 

「じゃあオリエンテーションに戻ってくれ。嵐山さん達も時間をかけてすみませんでした」

 

「いやいや。試合を見る限りアドバイスをしてたようだし大丈夫だ!講習会の方も頑張ってくれ!」

 

「まあ今日の講習会にて指導者としては出ませんが」

 

最初の講習会は今日入隊した隊員を対象にしているが、今期の新人にレイガストを使う隊員はいないので俺はオペレートと調査に専念する。

 

ハンドガンについてもずっとリボルバー拳銃を使っていたので普通のハンドガンの扱いは得意じゃない。一応C級に教えられない訳じゃないが、俺がやるより普段から普通のハンドガンを使ってる奴が適任だ。

 

もちろん指導役をしないからって油断はしない。講習会における改善案を見つけて次回に繋げないといけないからな。

 

そう返しながら俺は距離を取り、壁際によりかかりオリエンテーションの見学を再開する。

 

以降は組んだペア同士で個人ランク戦が始まるが、入隊したばかりだからか、転生した俺のように動きがガチガチだった。

 

スコーピオンを使っている隊員は緑川の動きや枝刃を真似しようとしているが、身体を上手く動かせず却って酷い動きを晒している。

 

トリオン体の操縦は生身の身体を動かす感覚によって左右されるので、生身で動ける感覚を掴めたらトリオン体で凄い動きを出せるのだ。

 

つまり運動神経が良い奴や日頃からスポーツをやっている隊員ほど良い動きをする。原作で緑川は小学校時代に山奥の学校に通っていたので、その際に野山を駆け回って生身の身体を上手く動かせるようになったのだろう。

 

俺も最近はそこそこ体力をつけてはいるが、まだまだ未熟だ。

 

というか普段碌に身体を動かしてない玲はトリオン体だとピョンピョン跳ねているが、アレって凄過ぎだろ?

 

 

そんな事を考えながらもランク戦を見ていると、やがて最後のペアによる勝負が終了する。

 

「これで全員が終わったな。これで新入隊員のオリエンテーションを終わりにする。各自訓練に励んで正隊員を目指して欲しい。それとこの後に正隊員主導による新入隊員向けの講習会が行われるから、興味のある人は1時間後に戦闘訓練を行った場所に来てくれ!」

 

嵐山はそう締めくくる。確か今日講習会で指導するのは歌川、蔵内、柿崎、犬飼の4人だったがボーダーの中でもコミュ力の高い面子だし、問題は起こらないだろう。

 

そう思っていると新入隊員はゾロゾロと帰路に着いたり個人ランク戦に参加したりと動き始める。

 

そして緑川は俺の方にやってくる。

 

「約束通り俺と会わせたい人のところに行くの?」

 

「ちょっと待て」

 

言いながら俺は携帯を取り出して草壁に連絡を入れようとするが、同じタイミングで「こっちは終わったけど、逸材はいた?」ってメッセージが来た。

 

俺は「お前の部隊に適した逸材がいて、会う約束も取り付けられた。今から会えるか?」と返事をする。

 

すると直ぐに「早いわね。じゃあ作戦室に連れてきて欲しいわ」とメッセージが帰ってきたので、了解と返事をする。

 

「向こう側から連絡が来たから、付いてきてくれ」

 

「わかった。けど講習会に間に合う?」

 

「お前はまだC級だし、そこまで踏み込んだ話はしないだろうから10分ちょいだろ」

 

そんな風に言いながらも個人ランク戦ラウンジを出て草壁隊作戦室に向かう。

 

作戦室に近づくとドアが開いている事に気付いたので中に入ると、草壁がソファーに座っていた。向こうも俺に気付き、会釈する。

 

「お疲れ様唯我先輩。彼がそうなの?」

 

「緑川駿って名前だ。んで緑川よ、こっちがA級7位草壁隊隊長の草壁早紀だ」

 

「いきなりA級に紹介?!俺今日入ったばかりだよ?!」

 

まさかA級部隊とは思わなかったようで驚きを露わにする。

 

「安心しろ。お前の実力なら1週間以内でB級に上がれるし、才能だけ見ればボーダー最強クラスだ」

 

これについてはガチでそう思う。原作で緑川の個人ポイントは9000ちょっとだったが、入隊して1年ちょっとで9000以上は普通に凄い。入隊して2年以上経ってもマスターになれない隊員もそこそこいるし、そう考えると緑川の才能はトップクラスだ。

 

「唯我先輩がそこまで言うなら期待できるわね。じゃあ緑川君。少しだけ話を出来るかしら?」

 

「別に良いけど、講習会には間に合わせて欲しいな」

 

「それは大丈夫。私も講習会には顔を出すから」

 

草壁がそう言ってノートパソコンの起動に入る。これから緑川について簡単に調査するのだろうな。

 

「じゃあ俺は先に訓練室に行ってるから」

 

「あれ?唯我先輩は行っちゃうの?」

 

「一応草壁とは別チームだからな。お前が草壁隊に入った場合における戦略を聞くのはフェアじゃない」

 

緑川の質問にそう返す。実際草壁隊における話し合いに太刀川隊の俺が入るのは筋が違うだろう。俺はあくまで紹介をしただけだ。

 

「じゃあまた後でな」

 

「ええ。わざわざありがとう」

 

「また後でねー」

 

2人と挨拶をしてから草壁隊作戦室を後にする。さて、講習会調査の前に軽食を食べておこうか。

 

そう思いながら俺は食堂に向かうのだった。



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第124話

食堂に着いた俺は軽食としてサンドイッチを口にしながら時計を見る。時間的に講習会まで30分あるので15分くらいしてから食堂を出て、15分くらい前にオペレートルームに入ろう。

 

まあ今回は草壁が操作するから俺は余りやる事はないけど。

 

そう思っていると携帯が鳴るので見てみると玲からメールが来た。内容を確認すると「今月のスケジュールを送るから、竜賀さんもオフの日にお泊まり会に誘って欲しいわ」という一文の後にスケジュールが載せられていた。

 

スケジュールを見れば防衛任務やランク戦の他に、病院とか習い事、ボーダーの広報活動など中々ハードなスケジュールだ。

 

「っと、もう1人にも聞いとかないとな」

 

俺は桐絵に「泊まり会の日取りを決める際にお前のスケジュールが必要だから送ってくれ」とメールを送る。

 

そして手帳を開いて自分のスケジュールを確認していると桐絵からも返信が来た。そしてメールに載っているスケジュールを確認しながら、メモ帳にチェックしていくが……

 

「おいおい……マジか」

 

とんでもない事実がわかった。桐絵も玲と同じように結構ハードなスケジュールなのだが……

 

(まさか泊まり会できる日が18日だけしかないなんてな……)

 

俺のスケジュールと玲のスケジュールを確認したら玲と泊まり会が出来るのは今月の18日のみだった。

 

そして俺のスケジュールと桐絵のスケジュールを確認すると、桐絵と泊まり会が出来るのも今月は18日のみだった。

 

つまり選択肢は「玲か桐絵かのどちらかを選ぶ」「2人とも選び3人で泊まり会をする」「2人とも選ばないで来月にしてもらう」の3つある。

 

「玲か桐絵かのどちらかを選ぶ」はない。理由としては選ばれなかった方が絶対に不機嫌になりそうだからだ。

 

「2人とも選び3人で泊まり会をする」については俺としては大歓迎だが、2人が不満を持つ可能性がある。

 

「2人とも選ばないで来月にしてもらう」が1番堅実だが、2人のスケジュールは中々ハードだから来月もお預けって事になったら、それはそれでショックだ。というか2人が嫌だと言う可能性が高い。

 

悩んだ末に俺は2人に対してスケジュールが過密で2人のスケジュールと合わせられるのが18日だけだから、3人でお泊まり会を出来ないかとメールをする。

 

怒られるかもしれないが、2人を平等に扱っている事を示すことがハーレム計画においては重要だ。勿論ハーレムメンバーに順位をつける奴もいるだろうが、俺は現時点で柚宇と玲と桐絵の中で順位をつけてない。

 

すると殆ど同時に2人から返信が来るが、以外にも2人とも了承のメールを送ってきた。

 

この事に若干拍子抜けしてしまう。俺はテッキリ電話で不満を吐かれると思っていたので、こうも簡単に話が済むなんて予想してなかった。

 

(ま、それならそれで良いか)

 

俺個人としては2人同時に一緒に一夜を過ごせるからな。

 

そして2人は俺と風呂に入りたがっているし、2人から手厚い奉仕を受けられる可能性が高い。

 

以前桐絵と風呂に入ったことはあるが、桐絵はあの時に比べてかなり積極的になったし、玲も初めて会った時に比べて妖艶な雰囲気を醸し出しているし、期待しても仕方ないだろう。

 

何せ柚宇も自身の身体を使って俺の身体を洗ったり、俺のアレを手で洗ってくれたからな。

 

出来れば柚宇もいて3人と風呂に入りたいが、流石に柚宇を呼んだら今回怒らなかった2人も怒りそうだから止めておこう。

 

そんな事を考えながらも残りのサンドイッチを食べ終えた俺は食後の紅茶を飲んでから、立ち上がって食堂を後にする。

 

そして訓練室のオペレータールームに入り、パソコンを起動する。流石にトレーニングプログラムの作成などは無理だが、既に完成しているトレーニングプログラムの操作やや仮想戦闘モードの起動は出来る。

 

まあ出来なくても普段オペレーターをやってる草壁がいるから問題ないけどな。

 

オペレータールームから訓練をみると時間までまだ20分近くあるからか、数人しかいない。10分前になったらぞろぞろ集まって来るだろう。

 

暫くパソコンを操作しながらも訓練室を見ていると、15分を切ったあたりで緑川が訓練室にやって来る。ということは草壁との話し合いも終わったみたいだし、草壁もそろそろオペレータールームに来るだろう。

 

ガチャリ

 

背後からドアの開く音が聞こえてきたので振り向くと、やはり草壁だった。

 

「話し合いは終わったのか?」

 

「ええ。結論から言うと、彼はB級に上がるまではウチの隊でトリガーの勉強をしてB級に上がってからは新しいフォーメーションの訓練を詰め込んでいくわ……けど、良いのかしら?」

 

ここで草壁は複雑そうな眼差しを俺に向けてくる。感謝や呆れなど色々な感情が見える気がする。

 

「何がだ?」

 

「彼は凄い逸材だし、スタイルも私の部隊に合っているからメリットは大きいわ。けど一応違う部隊なのに、優しくし過ぎよ。太刀川隊の人達に怒られない?」

 

あー、そういう事か。俺の行動は人によっては「敵に塩を送っている」と思うだろう。

 

しかし……

 

「問題ないだろ。出水先輩や柚宇さんからは多少言われるかもしれないが肝心の隊長は強い奴と戦えるって嬉々と笑うだけだ」

 

太刀川は自他共に認めるバトルジャンキーだ。学校の勉強を犠牲にしてまで強くなっただけあり、強い人間や強いチームを好んでいる。

 

よって今後緑川がボーダーにおいて名を馳せてから、俺が緑川を草壁隊に紹介したことが広まっても太刀川は笑って済ませるだろう。

 

「……まあ太刀川さんならあり得るわね」

 

草壁もそれを理解したようでウンウンと頷く。それを見ながら俺はさらに口を開ける。

 

「というか俺は怒られたとしても後悔しない。本人に適した部隊に入る事がボーダーにとっては最善だ。それに……」

 

一息……

 

「俺は草壁隊に塩を送ったつもりはない。今回の計画の助けをしてくれた草壁早紀個人に恩を返しただけだ」

 

草壁の目を見ながらハッキリとそう告げる。対する草壁は目をパチクリするが、やがて若干の驚きを出す。

 

「正気?別に私は大した事をしてないわ。少なくとも貸し借りが釣り合っているとは思えないわ。私からしたら唯我先輩に借りができたと思ってる」

 

そう言ってくる草壁だが、俺としては対等と思いたいし、草壁にも対等と思わせる。

 

「そんな事はない。草壁が居なかったら計画の始動が出来ないとは言わないが、遅れが出た可能性が高い」

 

実際隊長兼オペレーターの草壁のネームバリューはかなりあるだろうからな。

 

そう思いながら俺は一歩踏み込むべく、草壁の手を両手で優しく握る。

 

「だから草壁は借りが出来たと思わないでくれ。俺が草壁の為に勝手にやったことと思っといてくれ」

 

草壁の目を見つめながら自分の気持ちをハッキリと告げる。対する草壁は居心地が悪そうに目を逸らす。

 

「前から思ってたけど、唯我先輩って自分自身には厳しい癖に他人に甘過ぎのお人好しね」

 

当たり前だ。自分に厳しくないと強くなれないし、ハーレム計画も完成出来ない。

 

実際俺は柚宇達にキスされる事あっても自分からキスをした事はない。あくまで受け身の態勢を取っているが自分に厳しくないと無理だろう……まあ偶に手を出したくなるが。

 

そう思っていると草壁は俺を見てくる。

 

「けど私としては借りが出来たと思ったから、勝手に借りを返すから」

 

そう言うと草壁は俺が握っている手を俺の手から離して、そのまま両手を使って俺の両手を握ってくる。

 

「それと言い忘れていたわ……私の為に動いてくれて、ありがとう」

 

そう言って小さくはあるが優しく微笑む草壁は凄く魅力的で心臓がバクバク高鳴っている事を嫌でも自覚するのだった。



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第125話

お待たせしました。

交通事故に遭ったり、コロナにかかったり、それらの影響で生まれた仕事の遅れを取り戻したりと忙しく放置してました。

まだ身辺整理が完全についてないので次回の更新は未定ですが、生存報告の為に投稿します。




訓練室のオペレータールームには沈黙が続いている。チラッと横にいる草壁を見ると……

 

「っ……!」

 

恥ずかしそうに頬を薄く染めながら睨みつけてくる。しかし俺は芽を逸らすことをしないで見つめ返すと、草壁の頬が更に赤くなりそっぽを向く。

 

どうやら草壁はさっきの行動……俺の手を握り笑顔で礼を言った事は黒歴史だったようで、さっきから気恥ずかしそうにしている。

 

本来なら狭いオペレータールームに2人きりの状況なんて草壁からしたら恥ずかしいだろうが、講習会におけるアシストと記録の仕事があるからオペレータールームから出る気を見せない。

 

まあ俺としては恥ずかしそうな草壁を見ているだけで楽しいけど。

 

(とりあえず後で飯に誘ってみるか)

 

勿論デート的な意味ではなく、お疲れ様会や反省会的な意味の食事だ。草壁についてはこれまでにアプローチをかけた3人より気が強いからアプローチには時間をかけておきたい。急がば回れ、急いては事を仕損じるって言うからな。

 

そう思っていると集合時間まで5分を切った頃、講習会の指導員を買って出てくれた歌川、蔵内、柿崎、犬飼の4人がやって来る。離れた場所には彼らのチームメイトも来ているが、二宮だけインパクトが強過ぎるな。

 

そう思いながらも俺はパソコンを操作して4人に通信出来るようにする。

 

「もしもし?聞こえてますか?」

 

『歌川、聞こえてるぞ』

 

『蔵内だが問題ない』

 

『柿崎だ。大丈夫だぜ』

 

『犬飼オッケー、ところで草壁ちゃんは?』

 

犬飼からの言葉に草壁も意識を切り替えて口を開ける。

 

「いるから大丈夫よ。それと訓練室は3つあるけど、1号室に柿崎先輩、2号室に蔵内先輩と犬飼先輩先輩、3号室に歌川でお願い」

 

『『『『了解』』』』

 

まあそうなるわな。銃手と射手については違いも説明しないといけないし、一緒の部屋にした方がいいだろう。

 

「唯我先輩は3号室のアシストをお願い」

 

3号室……つまり歌川主導のスコーピオン指導か。まあ俺としてはスコーピオンの勉強もしたいと思っていたし、丁度良いか。

 

「ああ……って訳だから歌川よ。トリオン兵や的を出したくなったら連絡を頼む」

 

『わかった。よろしく頼む』

 

歌川からの返事を貰った所で柿崎が4人の前から一歩出て新入隊員に話しかける。

 

『時間だからそろそろ始めるぞ。まずは集まってくれてありがとう。俺は柿崎隊の柿崎国治。今回の講習会では弧月を教えるが、よろしくな』

 

『宜しくお願いします!』

 

そう言いながら優しく笑う柿崎だが、厳しい態度を見せるよりこうやってフレンドリーな態度を見せる方が新入隊員も安心だろう。事実、新入隊員は元気に挨拶をしているし、緊張も薄れている。

 

仮に二宮が指導役として挨拶をしたら緊張が増すし、教える際には容赦ない指摘を淡々として新入隊員にトラウマを植え付ける可能性が高いし。

 

『早速始めよう。弧月を使う人は1号室に、銃手と射手の人は2号室に、スコーピオンを使う人は3号室に行ってくれ』

 

その言葉と共に訓練生は3つのグループに分かれる。スコーピオンを使うグループは全員で緑川も8人だ。

 

8人の前に歌川が立つ。

 

『スコーピオンの担当をする風間隊の歌川遼だ。今日はスコーピオンにおける知識と使い方を教えるけど、宜しくな』

 

『よろしくお願いします!』

 

流石爽やか系イケメンだ。柿崎同様に優しい声で話している。

 

「じゃあ早速始めようか。先ずはスコーピオンの説明をするぞ」

 

まあ説明は大事だ。原作を見る限りC級隊員にはトリガーの説明を碌にしてないだろうし、俺は講習会で説明を重視するように頼んだからな。

 

理由としては原作で三雲修がレイガストにシールドモードがある事を知らなかった事にある。入隊してからの奴が勉強不足なのも問題だが、全く知らないって事は説明が無かったのだろう。その辺りからC級隊員に対する扱いの悪さがわかる。まあ原作だと大半がモブだから仕方ないけど。

 

『既に訓練で使ったからわかるかもしれないがスコーピオンは重さが殆どないから早く振ることが出来る。また形を変える事が出来るので状況によって形を変えていくのも戦術だ』

 

言いながら歌川はスコーピオンを普通の剣の形から、槍のような形に変えている。

 

『すみません。弧月、刀の方は重いんですか?』

 

スコーピオンを出しながら説明する歌川に1人の隊員が質問する。

 

『そうだな。実際に持った方が早いな(唯我、頼む)』

 

「はいはい」

 

最後だけ内部通信で頼まれたので、俺はパソコンを操作して歌川の手に弧月を持たせる。こういう所を見ると訓練室、ひいては訓練室を作ったエンジニアの凄さがわかるな。

 

『これが弧月だが、持ってみてくれ』

 

歌川は弧月を近くにいる隊員に渡す。

 

『っと……結構重いですね』

 

そんな感想が出てくるが実際、弧月とレイガストは結構重い。片手でも持てないって事はないが両手で振るよりも剣速はかなり落ちるし、バランスが若干悪くなる。ウチの隊長は両手で2本の弧月を振るっているがハッキリ言って異常だ。

 

そう思っている間にも弧月は全員の手に渡っているが皆が重いと評価している。

 

『こんな感じで弧月は結構重い。片手で振ると慣れてない内は弧月に振り回される事が多々あるな』

 

わかる。俺もレイガストを使ったばかりの時は腕に違和感を持っていたしな。

 

『じゃあスコーピオンの欠点はなんですか?これだけなら皆がスコーピオンを使う筈です』

 

『良い質問だ。スコーピオンは軽い反面凄く脆い。試しに弧月を振ってみてくれ』

 

言いながら歌川はスコーピオンを構えて受けの体勢になる。そして最後に持っていた隊員が歌川に弧月を振るうと、スコーピオンは呆気なく砕け散る。歌川は弧月の一撃を避けたが、手からはバラバラになったスコーピオンの破片が落ちていく。

 

『このような感じで受け太刀をしたら簡単に折れてしまう。スコーピオンは守りを捨てたトリガーで弧月は攻防万能のトリガーだ』

 

『じゃあ歌川先輩。レイガストは防御特化って事?』

 

と、ここで緑川が質問する。

 

『ああ。レイガストは攻撃より防御を重視したトリガーだ。今期はレイガストの使い手はいなかったが、講習会前に個人ランク戦でレイガスト使いと戦ったのか?』

 

『うん。唯我先輩に挑んで、ボコボコにされながら指導して貰った』

 

おい緑川。その言い方だと俺が鬼畜みたいじゃねぇか。

 

『そうだったのか(唯我、俺は防衛任務と被って見てないが、お前何をやったんだ?)』

 

「誤解だ」

 

そう前置きしてからオリエンテーションで緑川が強過ぎるたから組む相手がおらず、紆余曲折ありながらも俺と戦った事を話した。

 

『なるほどな。てっきり新人をいびったのかと思ったが、誤解して済まない』

 

「気にすんな。緑川の説明が悪かっただけだ」

 

そう言いながらも俺は訓練室をみながらも飲み物を飲むべく、横にあるリンゴジュースの入った缶を取ろうとするが……

 

ピトッ

 

金属の感触ではなく、柔らかな感触を感じたので横を見ると草壁の手と重なっていた。どうやら草壁も同じタイミングでオレンジジュースを飲もうとしていたようだ。

 

「っ!」

 

草壁はピクンと跳ねてから手を離し、そのまま俺のリンゴジュースを飲んでしまう。

 

しかも飲みかけ。つまりは……

 

「っ!ご、ごめんなさい……」

 

草壁は恥ずかしそうに謝罪するが、嫌でも草壁の口元を見てしまう。

 

俺が口に付けた缶に触れた草壁の柔らかそうな唇を……

 

 

(今は間接キスだが、いずれはマウストゥマウスを目指して頑張らないとな)

 

俺は真っ赤になって慌てる草壁を見ながらそう決心するのだった。

 

 

しかし強気な女子の恥じらいって最高だな、うん。



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番外編 唯我尊について



はい。復帰したばかりですので以前書きかけだっま番外編を投稿します。

本編は早くて来週投稿します。

それではどうぞ。


クエスチョン

 

唯我尊についてどう思ってますか?

 

 

 

太刀川慶:期待の部下だな。入隊当初はお荷物だったが、今じゃ立派な戦力だ。何よりレポートの代筆を忍田さんに止められてからも資料集めやテスト対策のプリントを作ってくれるのはありがたい。このまま俺が卒業するまで手伝って欲しいな。東さんによれば卒論って大変らしいし。

 

出水公平:何が合ったのか分からないが、お荷物から頼りになる後輩になったな。戦闘や学業でアシストしてくれるのは助かる。けどなぁ……作戦室で柚宇さんが甘えまくってる所を見るとコーヒーが飲みたくなるんだよなぁ。柚宇さん甘えん坊全開で好意をばら撒いてるのに手を出す素振りを一切見せないのは凄いと思うけどな。もしかしてアイツって不能?

 

国近柚宇:大好きだよ。それは竜賀さんになって変わらなくていつもアプローチしてるけど、子供として見られてるのが残念かな。竜賀さんの前世の年齢を考えたら仕方ないけど、キスをしても余り反応しないのは悔しいな。いつか女性として見て貰えるように頑張って竜賀さんの方からキスされたいし、え、エッチな事をしたいかな〜

 

 

 

冬島慎次:アイツ最近エンジニアとも関わってるが面白い発想を持ってるし、トラッパーの技術を教えたら面白そうだな。後、女子高生と仲良くやってるのはマジで羨ましいな。諏訪は真木ちゃんを口説けると賭けてるけど、アイツならもしかして……

 

 

当真勇:アイツが国近に作ってる試験対策プリントマジで便利でありがてえよ。ただ学校では国近から惚気られるのが面倒だな。最近の国近の話題の大半がアイツがカッコいいとかって話だし。

 

 

真木理佐:入隊当初は太刀川隊のお荷物だったが、今では太刀川隊で1番厄介な存在になってるな。発想力は認めるが、歌歩を口説いたら……

 

 

 

 

風間蒼也:諸々の噂が広がっているが、今の唯我には努力と発想力と行動力がある。俺も奴の新しい戦術には興味があるし、このまま精進しろ

 

菊地原士郎:ムカつく。人の嫌がる戦術ばっか考える。いつかボコボコにする。

 

歌川遼:コネ入隊した頃の傲慢さは全く無くなったな。何があったかわからないが、今は凄く厄介な相手だから大規模侵攻が起こったら頼りになりそうだ。

 

三上歌歩:最近オペ会で国近先輩から惚気話を聞かされてるけど、国近先輩は凄く幸せそうだし昔とは違って良い人なのかも。恋愛するとあんなに幸せになるなら、自分も誰かに恋するのが楽しみかな

 

 

 

 

草壁早紀:戦術や発想力は面白いし、努力家だと思うわ。最近C級育成の件で交流が深まったけど、私も勉強していきたいわ。恋愛関係?無いわよ。打ち合わせではそういった浮ついた話はしてないし、唯我先輩との噂が立っている人は可愛げの無い私より遥かに魅力的な人だし。

 

緑川駿:入隊初日にボコボコにされたけど、いつか唯我先輩よりも強くなってやる!

 

 

 

 

 

嵐山准:木虎がライバル心を剥き出しにしているが、戦い方は凄く為になるな。見てると勉強になるし、負けてられないな!ただ恋愛関係の噂についてはよく聞いてるが、個人的には桐絵とだけ仲良くして欲しいな。最近の桐絵は凄くイキイキしている。

 

木虎藍:戦術の有効性は認めますが、負けると凄くイライラします。いつか絶対に完封してみせます。後、最近浮ついた話を聞きますが綾辻先輩に手を出したら許しません。

 

佐鳥賢:沢山の女子に好かれて本っっっっっっ当に羨ましい!

 

綾辻遥:オペ会だと国近先輩が、女子会だと桐絵ちゃんと玲ちゃんが好意を口にしてるね。3人は唯我君は自分達に全く恋愛感情を持ってないって悔しそう。確かに3人が唯我君に寄ってるのは見るけど、唯我君が3人に寄る姿は見ないし、唯我君って他に好きな人がいるのかな?

 

 

 

 

加古望:勤勉だし、私の隊の戦術に合った戦術は参考になるわ。今度また新作炒飯を振る舞ってあげたいわね。

 

 

 

 

三輪秀次:初見殺しの技を多く持っているが、これは人型近界民との戦いに役立つだろうし、参考にしている。後出水の学力向上に貢献しているらしいから、ウチの陽介の学力も上げて欲しい

 

奈良坂透:玲と話す時、玲は唯我の事ばかり話す。それについては特に問題ないが、最近の玲の口からは監禁とか媚薬という言葉が出てきて怖い。唯我の浮ついた話は最近よく聞くが、頼むから玲を選んでくれ……

 

 

 

 

 

迅悠一:正体については話してくれないけど、今後のボーダーには絶対に必要だな。けど会うたびに甘ったるい未来が見えてキツいんだよな。玉狛じゃ小南が甘ったるい未来を見せながら惚気話をしてくるし。とりあえず刺される未来は見えないけど、全裸でベッドに縛り付けられて沢山の女子に逆レイプされる未来が偶に見えるのがなぁ……

 

烏丸京介:俺の後釜として最初は不安の塊だったが、最近のランク戦を見る限り問題は無さそうだ。けど自尊心の塊だったアイツに何があったんだか気になるな。後、小南先輩の惚気話は凄い長いし、頼むから小南先輩を選んで欲しい。でないと爆発しそうだ。

 

小南桐絵:大好き!本当に竜賀さんの事が好きで、玲ちゃんや柚宇さんに負けるつもりはないわ!けど肝心の竜賀さんは完全に子供扱いしてくるし……やっぱり胸を大きくしたり、くびれを作ったりしないとダメなのかしら?

 

 

 

 

二宮匡貴:実力は評価する。しかし偶に弾丸トリガーを使う場面を見て射手としては認めない

 

辻新之助:あんなに女子に囲まれても平気なんて凄いなぁ

 

 

 

 

影浦雅斗:色々な評価が基地では飛び交ってるが面白ぇヤツだな。どんな攻め方をしてくるかわからねぇからな。

 

 

 

生駒達人:え?あんなに可愛い女子と仲良くなるなんてメッチャ羨ましいんやけど。俺にモテる秘訣を教えてくれへんかな?

 

 

 

 

弓場拓磨:相手をあらゆる手段を使って倒す、その一点を磨き続ける愚直さは舌を巻くぜ。

 

帯島ユカリ:ッス!唯我先輩の粘りや戦術、努力は凄まじく、自分も負けないように強くなりたいッス!

 

 

 

那須玲:好き。誰よりも竜賀さんを愛している自信があるわ。これについては桐絵ちゃんにも柚宇さんにも負けていないと断言出来るわ。けど竜賀さんは私達を子供扱いしてくるのが悔しいわ。私がキスをしてもスキンシップの一環としか思ってないわ。更には誰にでも優しい。最近じゃ草壁さんとも関わってるけど、彼女も竜賀さんの存在を知って恋に落ちたら……これ以上ライバルが増えたら嫌だし、本気で竜賀さんを捕まえてお話をした方が……

 

熊谷友子:最近玲が鎖とか手錠をネットでチェックしてるけど、アレ絶対に唯我の仕業よ。アイツには絶対に玲と付き合って貰うわ!そうでないと玲がどうなることやら……



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第126話

講習会のサポートにおいて俺は歌川のオーダーに応えて、訓練室の操作をしている。仮想戦闘モードである以上、何でも出来るし新入隊員に適した訓練体制を構築出来る。

 

現在歌川はスコーピオンに対してオススメの構え方や振り方、手以外からも上手く出せるようにする方法を一人一人優しくレクチャーしている。

 

他の訓練室でも柿崎、蔵内、犬飼が一人一人に優しく指導している。やはり初心者には優しい指導は必要だ。

 

前世で入社した会社では碌な新人教育を受けれず、先輩の仕事を見て覚えろって無茶振りだった。そのくせミスをすると人格否定してくるから溜まったものじゃない。

 

今思えば、新人の内にやめておけば良かったのかもしれない。そうすれば精神が擦らせずに済んだだろうし。

 

まあそれはともかく初心者には手厚い指導を与えるべきだ。もちろんずっと手取り足取りってのは無理だが、悩んでいる若者を放っておくのは可能な限り無くしておきたい。

 

それに新人や困っている人に対して誰彼構わずに助けておけば、俺自身の評判も更に上がるだろう。

 

既にコネ入隊の汚名は殆ど返上出来たが、まだ俺の悪口を言っている人はそれなりにいる。

 

まあ原因としてはコネ入隊より、日頃から本部で柚宇や玲、偶に桐絵と仲良くしていることによる男性隊員の嫉妬だと思うけど。

 

これについてはハーレムを目指す以上、諦めているがボーダー内で地位を上げておけば大っぴらに貶められることは無くなるし、今はボーダーに全てを捧げる心構えで働くつもりだ。

 

(そしてそれに伴い、草壁との距離を詰めに行く)

 

現在俺が仲良くなろうとしているのは隣で俺と同じく、訓練室にいる指導者達にフォローしている草壁早紀。

 

理想としては今年中に名前で呼んで貰えるようになり、俺が高校に進学するまでにキスをしてくれるまで仲良くなりたい。既に柚宇達からキスをされてる以上、俺からキスをしたらアウトだが、草壁からしてきたらセーフだろう。

 

そう思いながら草壁を見ていると目が合って、草壁は若干恥ずかしそうに身を捩りながら目を逸らす。さっきの間接キスを相当気にしているのだろう。

 

「なぁ草壁」

 

「……何かしら?」

 

若干気恥ずかしそうに聞いてくる。

 

「……今日の指導会が終わったら、次回の指導会の計画を立てるけどさ、それが終わったら、お疲れ会としても飯でも食いに行かね?」

 

そう言うと草壁はジト目になる。

 

「そこで2人きりになって私も口説くの?」

 

どうやら柚宇達を俺が口説いたと、自分も口説くと思っているようだ。

 

間違ってはいないが、間違っていると思わせないといけない。重要なのは相手の警戒心を解くことだ。

 

「2人きり?何を言ってんだ?お疲れ会だし指導会に協力した柿崎さん達も誘うに決まってんだろ。後俺は誰かを口説いた事はない」

 

「え……あ……そ、そうよね。変な事を言ってごめんなさい」

 

草壁はハッとしてから恥ずかしそうに謝る。これで良い。暫くは指導会に参加したメンバー全員と行くようにする。

 

それを2、3ヶ月続けたら、打ち合わせという形で2人きりの食事を、お疲れ様会の合間に入れていく。

 

2人きりの食事については1ヶ月くらいは色気を一切挟まずに行う予定だ。そして1ヶ月くらいしたら趣味などの話題についても出して、話していく。

 

草壁と趣味が同じなら盛り上がるだろうし、違うなら興味を持って知っていくようにすれば話題は作れるだろう。

 

進展する速度は遅いかもしれないが、前世と違って時間は有り余っているのだから焦る必要はない。寧ろこの上なくゆっくりで丁度良い。重要なのは草壁みたいに仲良くなる前にも、柚宇達みたいに仲良くなって下心を見せない事だからな。

 

「でも国近先輩達を口説いてるのは事実じゃないの?女性と魅力があるって褒められて嬉しいみたいな事を惚気られたわよ」

 

どうやらオペレーター界でも俺の名前を有名みたいだ。

 

「当たり前の事を言っただけだが?柚宇さんは同じチームだが、女性として素晴らしいぞ」

 

「……そう(当然のように言ってるなら口説くより凄いわね)」

 

何かこっちを見てボソボソと呟くが何を言っているかまでは聞き取れない。こういう時に菊地原の耳があれば……と、思ってしまう。

 

『草壁。悪いがターゲットの設置を頼む』

 

ここで柿崎から通信が来るが、草壁は恥ずかしそうにブツブツ言っていて反応しない。

 

「草壁」

 

「な、何っ?」

 

草壁の肩を叩くと胸を抱くように焦り出すが、どんな反応だよ?

 

「何って聞いてなかったのか?柿崎さんの部屋にターゲットの設置だよ」

 

「ご、ごめんなさい。直ぐにするわ」

 

草壁は慌てて柿崎がいる訓練室にターゲットを設置するが、様子が変だ。オペレーターは隊員を通信で支援する仕事で、隊員の指示には素早く反応するのが絶対だ。A級オペレーターの草壁が指示を聞かないなんておかしい。

 

俺は草壁に近寄り、話しかける。

 

「草壁。もしも体調が悪いなら無理しないで帰れ。やり方はわかったし、後は俺がやっとく。事情を話せば指導者達わかってくれるだろうからな」

 

訓練室にいる指導者は人格者だ。草壁が体調不良で帰ったと説明しても怒らないだろう。寧ろ柿崎あたりは途中まで送ると申すだろう。

 

草壁は強気な性格だし、強がりを許さないと草壁の目をしっかり見ながら強い口調でハッキリと口にする。

 

「……体調は悪くないわ。少し考え事をしていただげよ」

 

言いながらそっぽを向くが、頬に仄かな赤みがあるのが不安だ。

 

「本当か?顔は赤いが熱は無いよな?」

 

言いながら草壁の額に手を当てる。熱はないみたいだが……少しずつ熱くなっているな。マジで体調不良なら帰らせた方がいい。

 

「べ、別に何でもないわよ。それよりオペレートに集中しなさい。オペレーターとしての唯我先輩はヘッポコなんだから」

 

そう言って俺の胸をポカポカ叩いてくるが、何だその仕草は?ぶっちゃけ凄いギャップがあって可愛いんだけど?

 

とはいえ俺がオペレーターとしての技術は素人に毛が生えた程度の実力なのは事実なのでしっかりオペレートしないといけない。

 

俺は意識を目の前のモニターに向けるが、その際に視線を感じるので横目で見れば草壁がジト目で見ている。

 

「どうした?」

 

俺と目が合うと草壁は目を逸らしてくる。

 

「別に。唯我先輩がちゃんとやってるか心配だったのよ」

 

「いや、俺としてはお前の方が心配なんだが」

 

「……余計なお世話よ。もうミスをしないわ」

 

「なら良いが……もしも気分が悪くなったらこれ飲めよ」

 

言いながら俺は鞄から頭痛薬や吐き気止め、胃薬などを取り出して草壁に渡す。普段加古のハズレ炒飯に当たった際に飲んでいるが、草壁が体調不良なら是非使ってもらいたい。

 

「……何で当たりがキツい私にそんなに優しいのよ」

 

「何言ってんだ?体調悪そうな奴に優しくするのは当たり前だろ。当たりがキツいキツくないは関係ない」

 

体調が悪い時に働くのは本当に辛いからな。前世でブラック企業で体調不良の中で働いていた時も本当に辛かったし。

 

「………馬鹿」

 

草壁は俺に文句を言っているが、気を遣ってそんな反応をされるなんて草壁の攻略は相当難しそうだ。今後は覚悟を決めていかないとな。

 

 

 

 

 

そう思いながらも俺達はオペレートをするが、その後に草壁は訓練が終わるまでに2回もミスをしたり、1回指導者からの指示を聞き逃していたが、マジで何があったのか不安に思ったのは言うまでもないだろう。



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第127話

「では飲み物も揃ったので柿崎さん、お願いします」

 

「俺かよ。まあ良いけど。じゃあ……第1回指導会を終えた事を祝って……乾杯!」

 

「「「乾杯」」」

 

柿崎がそう言って烏龍茶の入ったジョッキを持ってそう叫ぶので俺達も各々の飲み物が入ったジョッキをぶつけてから、一口飲む。

 

ここは駅前の居酒屋で俺達はお疲れ様会をしている。この場にいるのは俺、草壁、柿崎、犬飼の4人だ。指導会に参加したのは歌川と蔵内もだが、歌川は防衛任務で蔵内は家の用事で居ない。2人には明日、ケーキでも買って各々の作戦室に向かう予定だ。

 

協力して貰って感謝の気持ちを伝えないのは論外だ。前世では協力する事が当たり前の風潮だったが、それはブラック企業における風潮であり、ボーダーでは感謝の気持ちを忘れないで過ごすのは絶対だ。

 

「しかし唯我がこういう店を知ってるとは思わなかったな」

 

「だよねー。てっきり高級レストランを紹介すると思ったよ」

 

「高級レストランを紹介する場合、ドレスコードの問題がありますからね。直ぐにスーツになれる犬飼先輩以外は準備無しだと厳しいですよ」

 

この世界に来てから何度か高級レストランに連れて行かれたが、その際は身だしなみや衣類について注意された。

 

「で、この居酒屋は太刀川さんにレポートの代筆のお礼に連れて行った店の一つなんですが、焼き鳥が絶品なんですよ」

 

太刀川は俺に美味い飯屋を幾つも教えてくれたが、この店はお気に入りの店だ。値段も安く、味も良いからな。前世で存在していたら常連になっているだろう。

 

「本当に太刀川さん、レポートの代筆を中学生に頼んでんのかよ……」

 

「二宮さんが太刀川さんは反面教師にしろって言ってたけど、そういう訳ね」

 

「というか唯我先輩も甘やかし過ぎじゃないのかしら?」

 

柿崎と犬飼は苦笑いを浮かべて、草壁はキツい態度を俺に向けてくる。やっぱ草壁に嫌われてるのか?

 

草壁を見るとバツが悪そうにソッポを向かれる。やっぱり嫌われてるのかもしれないな。

 

「まあまあ。それより唯我ちゃん、オススメはどれ?」

 

犬飼が興味津々の体でメニューを突き出してくる。流石二宮隊のバランサー、場をよく見ているな。

 

「オススメはつくね串ですね。太刀川さんはもも塩を好いてましたけど」

 

「じゃあ最初はそれを食べよっか。すみませーん、つくね串ともも塩を4つずつお願いしまーす」

 

犬飼がテンションを上げながら注文してから向き合う。

 

「それにしても今日の指導会、最初だからかもしれないけど良かったと思うよ」

 

「ああ。皆、やる気だったし今後、正式入隊日直後には定期的にやるべきだな」

 

「ありがとうございます。その時はまたお二人にも声をかけさせて貰います」

 

草壁は柿崎と犬飼に頭を下げて礼をするが、俺には一切見せない礼儀正しさだな。ちょっとショックだな……

 

「いやいや。こういう交流会は大事だと思うぜ。いざって時に備えて戦力を増やすのはボーダーにおいて1番の仕事だからな」

 

「そうそう。何だかんだ楽しかったよ。ロクロー君に教えるのとはまた違ったやり方だから勉強になるよ」

 

そういや香取隊の若村は犬飼の弟子だったな。

 

「ちなみに犬飼先輩って若村先輩にどんな訓練するんですか?」

 

「唯我先輩は普通の銃手じゃないですし、正統派銃手のやり方を聞いても意味ないと思いますよ」

 

草壁がそう言ってくるが、オペレートルームで過ごしてから当たりが強くなってないか?しかも目を見れば直ぐにそっぽを向いてチラチラ見てくるし、訳がわからないよ。

 

「まあまあ。基本的には動きながらの射撃かな。香取隊は香取ちゃんが暴れて他2人がフォローするスタイルじゃん。で、香取ちゃんは前にガンガン出るタイプだからロクロー君もある程度に前に出ないといけないからね」

 

犬飼はそう言ってくるが、確かに草壁の言うように参考にならないな。俺の場合、レイガストをどっしり構えて剣を捌き、射程を捨てて高速高火力のリボルバー銃で殺すカウンタースタイルだ。前に出る事はあるが、基本的に動きながら撃つ事は少ないし参考にならない。

 

「でも香取ってグラスホッパーを入れてますし、連携が難しくないですか?」

 

「そうね。隊員の機動力は揃えた方がいいわ」

 

「流石スピード自慢の草壁隊だな」

 

柿崎が誉めるように草壁隊は高い機動力を武器にしている。緑川抜きでも相当早い。特に狙撃手の宇野なんか走りながら狙撃をするが、変態だろ?

 

「ありがとうございます。でもまだ連携に拙さはあるので改善していきたいです。その点、細かな連携を必要としない太刀川隊は羨ましいです」

 

「そこは否定しないが、わざわざ俺を見て言わないでくれ。大体細かな連携を必要としない部隊は二宮隊もだからね。ウチも二宮隊もエースがオラオラ系だし」

 

「ぶっ!お、オラオラ系って……」

 

犬飼は噴き出すが、実際そうだろう。二宮隊の基本戦術は二宮が自分に近い敵を潰しに行き、犬飼と辻と鳩原がタイマン最強の二宮に奇襲を仕掛けようとする敵の排除や足止めだ。

 

太刀川隊についても状況にもよるがエースの太刀川が暴れて、出水が太刀川の援護、俺が出水のガードが基本的だ。

 

隊長兼エースが暴れる点では似ている。

 

しかも……

 

「そうでしょう。実際ランク戦や模擬戦やってると太刀川さんと二宮さんからは『俺は強いぜ』オーラをバリバリ出してますし」

 

「まあね〜。チームランク戦の事前ミーティングでも二宮さん、敵エースについては自分が撃ち落とすってよく言うからね」

 

「あの人太刀川さんの事を嫌ってますけど、戦闘面で割と似てますよね?」

 

「それ二宮さんの前で絶対に言わないでね。米屋くんが言ったら数日は不機嫌になったから」

 

言った勇者がいるのかよ。そういや1ヶ月くらい前に米屋が目に見えて憔悴しているのを見たが、アレは二宮にしばかれたからのかもしれない。

 

「まあ二宮さんならキレるかもな。それにしても隊長が絶対的な点取り屋ってのは良いな。ウチは隊員が優秀なのに隊長の俺が情けないから所為で上に行けないし」

 

柿崎は弱々しい態度を見せる。原作でも自分の卑下していたな。

 

「でしたら隊員全員、アステロイドではなく徹甲弾を使用するのはどうでしょう?3人揃った柿崎隊なら大半の相手はすり潰せますよ?」

 

実際俺は威力に特化したリボルバー銃トリガーに徹甲弾を入れているが、その威力は弧月の一撃より高い。まあ射程がクソ短いけど。

 

「前にそれを練習してみたが、継戦能力が下がる。短期決戦ならまだしも、繰り返せば相手も時間稼ぎ戦術を使ってくるだろうからな」

 

「まあ柿崎隊の魅力は堅実な所と安定性ですからね。堅実と安全性からかけ離れた唯我先輩は相談相手として不適格です」

 

「かもね。それにしても草壁ちゃん、唯我君にキツい態度を取ってるけど、嫌いなの?」

 

犬飼がズケズケと聞くと草壁はバツの悪そうな表情に変わる。ここでハッキリと嫌いと言われたら草壁の攻略について考える必要がある。

 

「……別に。好きでも嫌いでもないですよ」

 

草壁はそう言いながら俺を横目で見るが、直ぐにソッポを向く。口ではそう言っているがやっぱり嫌われている可能性が高い。

 

「そうなの?へ〜」

 

「犬飼、あんま弄るなよ?」

 

犬飼は楽しそうに笑い、柿崎は苦笑いを浮かべながら犬飼を嗜め、草壁はムッとした表情を犬飼に向ける。

 

「お待たせしました。つくね串ともも塩になります」

 

と、ここで店員が注文したものをテーブルに運んでくる。

 

「っと、来ましたし食べましょう。食べながら柿崎隊について話し合いましょう」

 

草壁は早口でそう言っておしぼりで手を拭いてから焼き鳥を食べ始める。

 

 

 

 

 

 

その際に犬飼のニヤニヤ笑いと柿崎の微笑みが俺と草壁に向けられて何だかむず痒い気持ちになってしまった。



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第128話

「やはりここは全員にグラスホッパーを持たせるべきです。それと初心に帰り地形踏破訓練に参加するのは如何でしょう?」

 

「いっそ最初からバッグワームを着て民家に身を隠し続けながら合流場所を決めて、敵がドンパチやってる間に合流して漁夫の利を得るべく、徹甲弾を浴びせ続けるのはどうでしょう。獲得点数は少なくなりますが速攻で仕留められます」

 

「唯我ちゃん、真顔で下種な提案をするね〜」

 

「全くよ。まるでハイエナね」

 

「ハイエナはカッコいいだろ。後大企業だと、ライバル企業を如何に上手く出し抜くかが勝負だぞ」

 

「まあまあ!2人とも喧嘩すんなって!」

 

「喧嘩なんかしてないです」

 

「ええ。唯我先輩と意見をぶつけているだけです」

 

柿崎が俺と草壁に手を向けるが実際のところ喧嘩はしてない。

 

現在は柿崎の相談に乗っていて、柿崎隊について話し合っている中で己の意見をぶつけ合っていて、草壁はその中で皮肉を込めているだけだ。予想はしていたが草壁って負けず嫌いだ。

 

だからこそ手に入れたい。ツンツンな彼女がデレる瞬間を是非とも見てみたいからな。

 

とはいえ無理強いはしない。既に俺に好意を持っている3人、特に玲は結構深いからな。状況次第は4人目の攻略対象の草壁を諦めて、3人と付き合える方向に移行するかもしれない。

 

「唯我の話も草壁の話も犬飼の話もも為になった。とりあえず今月はチーム戦は無いから、今貰ったアドバイスを試してみるつもりだ。3人ともありがとな」

 

柿崎は笑顔で礼を言ってくる。こんな純粋な笑顔を向けられると口論しているのが馬鹿らしく思ってしまう。

 

前世で働いていた会社の上司が柿崎みたいな人間だったら、キツくても頑張れていたかもないな。

 

「……いえ。役に立てたなら良かったです」

 

これには口論していた草壁も気恥ずかしそうに小さく頭を下げる。その仕草は可愛らしい。

 

やっぱり草壁の攻略にも積極的に行こう。

 

そう思いながら俺は目の前にある炒飯を食べる。うん、やっぱり炒飯にはガーリックが最高だ。決して生クリームを入れるものじゃないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今日は解散だな。唯我、草壁。次の指導会に参加出来たらするからよろしくな」

 

「暇だったら俺も参加するね〜」

 

「今日はありがとうございました」

 

「その時は宜しく頼みます」

 

食事を終えて俺達は解散となる。柿崎は駅に向かい、犬飼は西に向かい、俺と草壁は北の方に向かう。

 

「そういや草壁。この後、防衛任務とか用事はあるか?」

 

「ないけどそれがどうかしたの?」

 

「いや、明日蔵内先輩と歌川に礼の品でも買おうと思ってな。見繕うの手伝ってくれないか?」

 

本当は明日自分1人で買って届けても良いが、少しでも草壁と一緒にいてもおかしくない時間を作り、プライベートでも行動出来る様にする必要がある。

 

「そういう事ね。もちろん良いわよ」

 

草壁も俺には強気だが先輩には礼儀を持っているから特に不満を見せずに頷く。

 

「決まりだな。俺としては菓子でも買おうと思うが洋菓子か和菓子かどっちが良いと思う?」

 

「和菓子ね。最近風間隊のオペレーターが変わったのは知ってるでしょう。彼女、大福好きでチームメイトと良く食べてるのを見かけるわ。蔵内先輩も弓場先輩やウチの里見先輩と良くどら焼きを食べてるわ」

 

オペレーターやチーム繋がりから即答する。横の繋がりが広いのはオペレーターの武器みたいだな。

 

そうなると鹿のやの和菓子が1番だな。

 

俺と草壁は方向を変えて歩き出す。鹿のやを行くにはまず、階段を降りてロータリーから離れる必要がある。

 

「ところで唯我先輩。明日は日曜日だけど本部に行くなら緑川君と相手して欲しいわ。いつ頃なら空いてる?」

 

「朝から行く予定だな。で、5時から防衛任務がある」

 

「じゃあ3時にウチの作戦室に来て欲し……っ!」

 

俺を見ながら話した草壁だが、階段を踏み外してしまい前に倒れかかる。

 

(余所見をするな……)

 

俺は早足で草壁の前に立ち、受け止めの体勢を取る。昔の唯我尊の肉体ならいざ知らず、今の俺の身体はそこそこ鍛えられているから多少揺れるが巻き込まれずに支えられるだろう。

 

そして間髪いれずに草壁が倒れてくるので受け止めると、そこそこの重みが伝わってくる。これは草壁が重いからではなく俺のフィジカルが半人前だからだろう。

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫よ。迷惑をかけてごめんなさい」

 

「気にするな。ただ話す時も前を見ような?」

 

「……ええ。気をつけるわ」

 

子供っぽい注意をされた草壁は恥ずかしそうにするが、実際に倒れかけたからか文句を言わずに頷く。

 

「そうしろ。それにしても怪我が無さそうで良かった。階段って踏み外した時はメチャクチャ怖いからな」

 

踏み外した瞬間、やっちまったって思い、直ぐに激痛が走るのが階段から落ちた際のパターンだからな。

 

「そうね……後、唯我先輩」

 

「何だ?」

 

「もう大丈夫だから……そろそろ離れて貰っても良いかしら?」

 

草壁は恥ずかしそうに見上げているが、その言葉に俺達の両手はお互いの背中に回されて抱き合っている状態となっている。

 

それに伴い、草壁の華奢な身体の感触が全身に伝わってきて、ドキドキしてくる。柚宇や玲や桐絵とはまた違った柔らかさだ。

 

本来ならもっと堪能したいが、それは次の機会にしよう。

 

「わ、悪かった」

 

名残惜しく思いながら草壁の背中から手を離すと、草壁も俺の背中から手を退かし離れる。

 

「気にしてないわ……それより早く鹿のやに行きましょう」

 

草壁は頬を染めながら早足で歩き出すので俺もそれに続くのだった。

 

次はもっと長く抱きしめられる事を願いながら。

 

 

 

 

【オペレーターグループ】

 

仁礼:スクープだぜ!

 

仁礼:「唯我尊と草壁早紀が抱き合っている写真」

 

宇佐美:おぉ!

 

綾辻:大胆!

 

三上:少女漫画でありそう!

 

氷見:私も烏丸君とあんな風に抱き合いたい

 

沢村:私も本部長と……!

 

国近:ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん?

 

加賀美:おっと?修羅場かな?

 

仁礼:柚宇さん、明日は柚宇さんが抱きつけ!

 

国近:当然だよ。明日は防衛任務以外の時はずっと抱きしめないとね

 

綾辻:キャー!

 

三上:柚宇さん大胆です!

 

人見:というか、これは何があったの?

 

月見:事故なんじゃない?

 

今:光、説明を

 

仁礼:蓮さんの言うように事故だな。早紀が階段から落ちそうになったのを唯我が受け止めて抱き合った感じだな

 

加賀美:やっぱりそんな所か

 

月見:唯我君が誰とも付き合ってないはずよ

 

国近:近い未来に私が付き合う予定だけどね

 

綾辻:流石チームメイトだけあって有利ね

 

人見:桐絵なんか支部所属だから不利ね

 

加賀美:というかずっと前から思うんだけど、唯我君って何があったの?

 

仁礼:それは気になるんだよな〜。入隊当初はお坊ちゃんだったのに、今じゃ参謀って感じだしよ〜

 

人見:改心したってのも努力を見る限り嘘とは思えないけど、変わり過ぎだよね?

 

月見:太刀川君も急に変わったって驚いたわ

 

沢村:そういえば最近本部長から聞いたんだけど、唯我君は上層部にその質問をされた時に「唯我尊は2人いて、もう1人の俺が出てきただけ」って言ったらしいわ

 

綾辻:唯我君は2人いる?

 

宇佐美:二重人格って事?

 

加賀美:それならあの変わりようも納得だけど

 

氷見:国近先輩は知っているんですか?

 

国近:知ってるけど絶対に教えないよ。尊君にとって避けたい内容だからね。無理矢理聞き出すのもお願いだからやめて

 

綾辻:わかりました

 

加賀美:ま、明らかにデリケートな問題だしね

 

月見:どうあれボーダーに貢献してるんだし今のままで良いんじゃないかしら?

 

三上:歌川君も今日の指導は有意義って言ってたね

 

氷見:犬飼先輩も初心に帰れて良かったって言ったね

 

綾辻:今後も継続すればC級全体の士気は上がるよね

 

国近:けど、その場合、尊君と早紀ちゃんの接点が増えるのがな〜。ライバルが3人になったらと考えたら憂鬱だよ

 

加賀美:はいはい。悩んだら相談しなさい

 

今:愚痴りたくなったら聞くわよ

 

人見:明日は頑張りなさい

 

国近:ありがと〜

 



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第129話

「…………」

 

草壁早紀は自宅で真っ赤になりながら震えていた。理由は自分の手にある携帯端末に表示されたLINEにある。

 

オペレーターグループのトークについてだが、影浦隊オペレーターの仁礼光がつい先程自分と唯我が抱き合っている写真をグループに出した事を皮切りに大盛り上がりだ。

 

それだけならまだ良い。良くは無いがアレについては自分の過失で唯我は自分を助けてくれたのだ。多少恥ずかしい気持ちはあるが、あの一件については唯我に対して感謝の気持ちを抱いているから、多少の邪推については気にしない。

 

問題はその写真を皮切りに盛り上がり過ぎたからだ。履歴を見れば「草壁ちゃんもいずれ唯我とキスをする」とか「プライベートで抱き合うまで後どれくらい」とか、最終的には「ハーレムメンバーの仲間入り?!」みたいなコメントもあった。

 

(これじゃあ私が唯我先輩に恋に落ちるみたいじゃない)

 

それはないと草壁は思う。二重人格やら改善やらという話をよく聞くが、草壁が変化した唯我と話すようになってまだ2ヶ月以内だが、今日まで彼と過ごした日々を思い出してみる。

 

奇想天外な作戦を使用している事から興味を持ち……

 

実際に話していると傲慢さは一切無く戦術を語り興味が強くなり……

 

一緒にボーダーの体制に干渉する事になり……

 

その中で自分に対する細かな気遣いを見たり……

 

自分にこの上なく甘い入隊当初と打って変わって他人に優しく自分にこの上なく厳しい人間になった事を強く認識させられたり……

 

お互いに気遣う事なく意見をぶつけ合ったり……

 

負けず嫌いであるが故に悪態をつく自分に対して態度を変わらずに接してくれたり……

 

その時間は間違いなく有意義な時間であったと思う。更に事故とは唯我の頬にキスをしたり、間接キスをするように恥ずかしい時間もあった。そしてさっきは自分を助けた際に抱き合ったりしたがあの時に唯我から伝わった温もりは心地良く、また感じたいと思い……

 

(そんな事はないわ。あの時は寒かったから。寒かったから熱が欲しかっただけで、唯我先輩じゃなくても感じたいと思っている筈よ)

 

草壁は先程感じた温もりを思い出したが、即座に首を振る。

 

「それに100歩……1000歩……いや、10000歩譲って、私が唯我先輩に恋しても無駄に終わる筈よ」

 

草壁の知る限り、唯我に恋しているのは国近柚宇、那須玲、小南桐絵の3人だが、3人とも同性の草壁から見ても可愛かったり綺麗な女子だ。

 

対して自分はどうだろうか?見た目はオペレーターの間では評価が高いが、性格については低いと自負している。唯我を前にすると自分の負けず嫌いが発揮して強気になってしまう。そんな自身は客観的に見て可愛げのない女だろう。

 

「そう考えると私の恋は呆気なく……って!これじゃあ私が唯我先輩を好きみたいじゃない。今のは例えよ例え」

 

そう思いながら草壁は携帯を操作してオペレーターグループにある一文を送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

草壁:邪推はやめてください。唯我先輩は仕事のパートナーであるだけです。唯我先輩の事なんか何っとも思ってないですから、そこのところ勘違いしないでください。

 

 

翌日から「草壁早紀はツンデレである」という噂がボーダーから広まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「えへへ〜、竜賀さんって温かいな〜。ちゅっ」

 

俺は作戦室にて柚宇と一緒に寝ている。柚宇の温もりと柚宇が仮眠に使うベッドの温もりがダブルで襲ってきて、更には今みたいに柚宇から偶にキスをされるので、理性をゴリゴリ削ってくる。

 

何故こうなったか振り返ってみよう。

 

朝から基地に向かった俺は最初、何故か真っ赤になって睨みまくる草壁と一緒に昨日の指導会に参加した歌川と蔵内に礼の和菓子を渡した。その際に2人が所属する部隊のオペレーターの三上と橘高から微笑ましい眼差しで俺と草壁を見て、草壁は更に真っ赤になって俺を睨んできた。

 

その後に草壁は俺を睨みながら「昨日約束したように3時に作戦室に来て」と言って去っていた。

 

暫くの間、草壁が去った方向を見ていたが、いつまでも棒立ちするの非生産的なので作戦室に行ったら、柚宇がいて添い寝をして欲しいと頼んできたのだ。

 

勿論大歓迎だが、自分から欲を出したらハーレムの道は厳しくなるので欲に蓋をして大人の対応としてやんわりと遠慮しようとした。

 

しかし柚宇は俺に抱きついて「了解するまで離さない」と言ってきたので、仕方ないといった体で了承して今に至る。

 

「竜賀さんももっと強く抱きしめて」

 

おねだりをする柚宇はクソ可愛い。しかもダイナマイトボディを押しつけてくるし。

 

正直言って今すぐ欲望を解き放って柚宇の身体を隅々まで食べたい気持ちはある。多分柚宇は拒否しないだろう。何せ一緒に風呂に入ったりキスをしてくるのだから。

 

しかしまだ理性を解き放つ訳にはいかない。どんな早くても草壁の攻略を完了して、柚宇と玲と桐絵と草壁を纏めて相手に出来るシチュエーションを構築するまでは絶対に理性を維持するつもりだ。

 

それまでは自分からの行動は抱きつく以上の事はしない。実際、3人からキスをされた事はあるが、俺からキスをした事は一度もない。

 

とはいえ抱きつくくらいはしても大丈夫だろう。柚宇に対しても、玲に対しても、桐絵に対しても、俺の正体を知られる前から抱き合った事はあるから。

 

俺は少しだけ抱きしめる力を強めると柚宇は蕩けた表情を浮かべる。

 

「んあっ……温かくて気持ち良いよぉ。竜賀さん……」

 

柚宇はスリスリしてくる。この小動物可愛すぎだろ?コイツに抱きつく以外のアプローチをしない俺って凄くね?

 

「甘えん坊め」

 

「良いじゃん。女の子は歳上の男性な甘えたいの」

 

「肉体は歳下だけどな」

 

精神は柚宇より歳上であるけど。

 

「細かいことは気にしないよ〜、ところで竜賀さん」

 

「どうした?」

 

柚宇は急に真剣な表情になる。何が重要な事を話すかもしれないので俺は柚宇の口元を見る。

 

暫く柚宇を見ているとやがて柚宇は口を開ける。

 

「私と早紀ちゃんの身体、どっちの方が抱き心地が良い?」

 

「は?」

 

いきなり何を言っているんだコイツは?そんな質問をするって事は昨日の夜に草壁と抱き合っているのを見たって事か?

 

「何故それを知ってるんだ?」

 

「オペレーターのLINEで2人が抱き合っている写真が流れたからだよ」

 

誰だよ撮った奴は?

 

「それで?私と早紀ちゃんの身体、どっちの方が良かった?」

 

そんな質問をしてくるがどう答えようか?

 

身体の柔らかさは柚宇の方が上だ。更に甘えん坊っぷりが追加されて破壊力が抜群だ。

 

一方、草壁の方は身体の柔らかさは劣っているが抱きしめる力は柚宇より強く密着感があった。更に恥じらいが追加されてこちらも破壊力が抜群だ。

 

結論から言うと互角の勝負だ。しかし馬鹿正直に語ったらドン引きされるかもしれない。

 

柚宇の方が良かったと言ったらご機嫌になって甘えてくるだろう。一方、草壁の方が良かったって言ったら不機嫌になるだろう。

 

問題は不機嫌になった場合、どんな反応をするかわからない事だ。逆に「私の方が良いって思えるようにする」ってアプローチを過激にしてきたら大歓迎だが、拗ねて添い寝をやめたら勿体ない。難しい判断だ。

 

ギャンブラーの堤なら躊躇い草壁って言うかもしれないが……

 

「俺的には柚宇……だな」

 

そんな博打を張るつもりはない。実際は同じくらいだが柚宇を選ぶ。

 

「えへへ〜、ありがとう。竜賀さん、大好き……んっ」

 

案の定、柚宇は幸せオーラ全開になって再度キスをしてくるが、もう理性が保てる自信が無くなってきたし、もう少ししたら最もらしい理由をつけて離れた方がいいかもしれない。

 

俺は柚宇の甘えん坊っぷりに煩悩を抱きながらも絶対に自分から手を出さないと、強く決心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よう柿崎。訓練上がりか?」

 

「迅。まあな、来月のランク戦に備えて色々試したくてな」

 

「良い心がけだと思うぜ。ほれ」

 

「サンキュー。そういや最近のお前、ぼんち揚を食わないでブラックコーヒーを飲んでばっかだけどハマったのか?」

 

「いや。ハマったというより飲まないとやってられないと言うか……最早元気良く過ごす為に必須というか……」

 

「?何を言ってんだ?飲み過ぎは身体に毒だぞ?少なくとも元気良く過ごす為には不要だろ?」

 

「普通はな。元気良く過ごす為に必須なのは俺限定というか……」

 

「?」



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