【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 (シート)
しおりを挟む

第一話 彼女、更識簪さんとの出会い

 

 ――春。

 

 新入学生となって早いものでもう一ヶ月近く経つ。

 この一ヶ月は怒涛の目まぐるしさだった。なんせ進学予定だった地元の学校ではなく、IS学園に入学しまったのだから。

 それもこれも今の世の中を作っていると言っても過言ではない女性にしか動かせない超兵器インフィニット・ストラトス、ISを男が動かせたのが原因だ。

 おかげで全世界は大騒ぎ。他にも動かせる男がいるんじゃないかと全世界で調査が始まり、その一環で見つかったのが自分だった。

 

 正直、男の自分がISを動かせた時は凄く嬉しかった。興奮もした。

 有り体に言えば、思春期の男なら誰でも憧れる転身願望という奴だ。ある日突然異能の能力に目覚め、自分は選ばれた存在なのだと知る的な奴。

 だが、そんな甘い考えも現実の前ではかき消される。政府がいくら守ってくれていても、再調査後に入学取り消しは怪しすぎる。火のないところには煙は立たない。

 語弊を含みながら悪い噂になってしまい、両親に迷惑をかける始末。あのまま地元どころか実家にいるのもよくないので、保護という形で俺は全寮制のIS学園に通うことになった。

 

「学校終わったことだしさ、今日も一緒に訓練しようぜ」

 

 帰る用意をすませ、席を立つと友達となった一夏が声をかけてきた。

 こいつが世界で最初に見つかったISを動かせる男。苗字は織斑。俺達1組の担任でもあり、あのブリュンヒルデと名高い織斑千冬先生の実の弟。

 もし、こいつが最初に動かしてさえいなければ俺もここには……そう思うと、いろいろ思うところはあるが、八つ当たりじみてくる。考えるのはよそう。

 こいつもこいつで大変なのだから。

 

「一夏さん、今日は私と訓練の約束してましたわよね」

 

「あれ? そうだったか? そんなはずは……」

 

「いいえしていましたわ! さあ、行きましょう! この私、セシリア・オルコットが特別に指導してあげますわ!」

 

「聞き捨てならないな。一夏は私と訓練するのだ。ISは身体が基本。身体ができてないこいつにはまず基礎の身体作りから教える必要がある。私が適任だ」

 

「あら、冗談もほどほどにしてほしいですわね。一夏さんと訓練するのは私ですわよ!」

 

「いいや、私だ!」

 

「お、おいっ! やめろって、セシリアも箒も、なっ!」

 

 一夏を取り合いいがみ合う同じクラスの篠ノ之とオルコットに一夏は困った様子だ。

 相変わらずこいつら一夏のことになると騒がしい。惚れた男が別の女といるのが気に食わないのは分かるが。

 というか、騒がしいからクラス中から注目を集めている。居辛い。

 

 モテまくる一夏を見て最初は羨ましいと思ったが それは昔の話。毎回こいつらの相手してる一夏には尊敬しかない。

 どうやったらそこまで寛容でいられるんだ。俺だったら逃げてる。

 そういう寛容なところがたくさんの女子を人を魅了しているんだろう。このおかしな生活も送っていても明るく裏表ない前向きなこいつはいい奴だ。凄いの一言に尽きる。友達でいてくれて何だかんだ嬉しい。

 もっとも鈍感というか、朴念仁なところは目に余るが。

 

「すまん二人とも! 今日はこいつと一緒に訓練したい気分なんだ!」

 

 そう一夏が言うと二人の視線が俺に集まる。

 二人揃って何も言わないが、目が遠慮しろ、譲れと言っている。睨まれている気分だ。

 そんな目をしなくても恋路の邪魔はしない。好きにしていてほしい。

 俺は今から職員室にいかなければならない。だから、訓練には付き合えない。

 

「そうか……それは残念だな」

 

 しょぼんと落ち込んだ顔を見せる一夏。

 そこまで落ち込まなくても。こいつも女子の中にいるのが辛いのだろうか? 今更、能天気なこいつが気にするとも思えない。いつも平気そうだし。

 それにしたら大げさだ。別の意図を感じる。篠ノ之とオルコットもそう感じたのだろう。俺を見る目が怖い。やめてくれ、俺にそういう趣味はない。一夏にもだ。多分、きっと。

 

 兎も角そういうことで一夏には悪いが、訓練には付き合えない。

 何といえばいいんだ、いろいろ頑張ってくれ。そういろいろと。

 

「お、おう? また夕食の時にでもな」

 

 頷いて、その場から去る。

 すると早速、後ろではまた一夏の取りあいが再開。心配しなくても一夏なら何とかするだろが、本当に頑張ってほしい。

 

 教室を後にして、職員室へと向かっている道中廊下でも目立つ。

 仕方ないか、こればっかりは。俺達という例外を除いて、今も女性にしかISは動かせず。その競技者を育成するこの学園は実質女子校だ。

 男がいたら嫌でも気になる。

 

「あの人が例の……」

 

「千冬様の弟の織斑君はかっこいいのに……あの人は何ていえばいいんだろう」

 

「うーん……あっ! 地味?」

 

「そう! それ! 地味だよね~」

 

 今みたいな話もしたくなるだろう。

 何度聞いても、その手の話は心に来るものがあるが仕方ない。

 比較対象が一夏だからなあ……元々女子は苦手なほうで一夏みたいに人付き合いが上手くなければ、愛想いい訳でもない。比較されて当然で、その言葉は悲しいけど自分でも納得してしまう。

 気にしたら負けだ。よくなるようにしていくしかない。難しいことではあるが。

 

 挨拶して着いた職員室の中へと入る。

 

「あ、待ってました。整備室の件ですよね」

 

 職員室の中で副担任の山田先生が話しかけてくれる。

 中には仕事中らしき織斑先生の姿もあった。

 

 用件とは整備室を借りたいというものだった。

 IS学園は超難関校。あの馬鹿みたいに高い倍率の中で合格した生徒は皆一様に頭がよく優秀だ。

 スポーツ競技であるISの競技者を育成する為の学校だから、座学はオマケ程度。それでも難しくて、入学してから毎日の予習復習をして何とかギリギリについてけている。と思う。

 勉強をしていたいが、実技がメインのこの学校。俺はISを本当に動かせるだけ、一夏みたいに試合できる訳じゃない。訓練を重ねて、最近ようやくまともに空中でも人並みに動かせるようになった。

 それでも周りからしたら大分遅いが。

 

 授業についてく為に座学や実技だけではなく、ISについてより理解を深めたいと思い整備室を借りれないかと先生に聞いてみた。

 整備室ならISを展開しても問題にならないし、落ち着いて機体をシステム面から理解を深められ、よりISに慣れられると思ったからだ。

 俺にはただ努力しか頑張ることしかできることがない。信じて送り出してくれた両親の為にも。何より、自分のためにも。

 だがしかし、山田先生は申し訳なさそうにしている。

 

「その、ごめんなさい。空いてるところがないか調べてみたんですけど、やっぱり5月の今、6月の学年別トーナメントに向けてどの整備室もいっぱいでして。空くとしても7月以降になりそうで……間借りというか共同利用もできない状態なんです」

 

 借りられないと。

 それならどうしようもないか。6月の学年別トーナメントはここの学生にとって将来左右する可能性が高い大事な学校行事だと、以前織斑先生に教えてもらった。

 困ったな、これは。

 

「手がないわけでもない」

 

 織斑先生が現れ、そう言ってくれた。

 

「悪い言い方になるが私の弟、織斑一夏みたいに複雑な背後関係もない。織斑よりも自由が利く男のお前がISを稼働させたデータは委員会や企業、研究所は喉から手が出るほど欲っしている。学園、私ら教師にしてもより理解を深めて、稼動データがよくなることにこしたことはない。その為なら、ねじ込むこともできるがどうだ?」

 

 意地の悪いことを織斑先生は言ってくるものだ。

 織斑先生の言っていることはもっとも正しいのかもしれないが、男だからってそんなことしたら反感買いそうで怖い。この時期に女子校でトラブル起こしたら、精神的に死ぬ。慎ましやかにいきたいんだ、俺は。

 気持ちは嬉しいが、きっぱり断らせてもらった。織斑先生も俺が断ると思って、一応聞いてくれたみたいだった。

 

 整備室がダメになると、やっぱり実技訓練してよう。放課後は。

 今日のところは、一夏……はそっとしておこう。ISのシュミュレーターがあるらしいのでそれでいこうと思った時だった。

 

「失礼します」

 

 眼鏡をかけた綺麗な水色の髪色をした女の子が職員室に入ってきた。

 パッと見、物静かで大人しい知的さを感じさせる綺麗で可愛い子。結構可愛くて、思わず目を奪われた。

 やっぱり、IS学園はレベルの高い子ばかりだ。そんな中にいる俺や一夏は傍から見れば、文句言うのがおかしなぐらいいい身分なのだろう。

 

「お前は確か……更識簪だったな」

 

「はい そうですが、何か」

 

 別の先生と話を終え、職員室から出て行こうとした更識簪さんという人は織斑先生に呼び止められた。

 そして手招きされ、こちらへと近づいてくる。

 

「お前が使っていたのは第二整備室だったな……あそこは候補生のお前に貸しているだけあって設備も充実していて、多人数で使える」

 

「……えっ……そ、そうですけど……それが……」

 

「更識の事情も聞かされているから理解しているのだが……そのすまないが、こいつに間借りをさせてやってはくれないか? 今整備室は何処も満員なんだ。候補生の特権で一人で使っているのは分かるが」

 

 耳を疑った。

 それはいいんだろうか。いや、よくない気しかない。

 候補生って、代表候補生のことだ。旧オリンピック選手候補みたいなものであり、超エリート中の超エリート。

 オルコットみたいに重要機密情報の塊の専用機持ちでもあったりする代表候補生。そんな人が特権で使っている。普通に考えて無理だろ。

 

「……」

 

 一瞬、更識さんと目があった。

 当然すぐ逸らされたが、真面目な顔している下で凄い嫌そうにしているのが分かった。

 そういう特別な事情を抜きにしても、男と同じ一室にいる。IS学園の生徒はほとんどが女子校上がりだと聞くし、抵抗はあるだろう。

 間借りできれば、当初の目的が適うのだから願ってもない話だが断るしか。

 

「それは……その、どうしてもということですか?」

 

「出来れば、だ。無理強いするつもりは毛頭ない。ただ学年別トーナントが終るまでの間でいい。他の部屋が空き次第、すぐ出て行かせるのでその点は安心してくれ。万が一、トラブル等があればちゃんとした対応も約束する」

 

 織斑先生としては大人な提案をしているのは分かる。

 でも、段々と断りにくい雰囲気が出来つつあるのもわかる。

 実際、更識さんという子も困っている。 

 

「おい、お前……それとさっきから静かにしているが、お前借りたいんだろう?」

 

 それはそうなのだけどもだ。

 更識さん凄い悩んでる。無理させてしまっているのでは。

 

「……っ、……分かりました。……お受け、します……」

 

 しぶしぶ納得してくれた様子だった。

 本当に申し訳ない。絶対に迷惑かけないようにしよう。何かあったら、すぐ出て行こう。

 

「無理強いさせる形になって悪いな、更識。ありがとう」

 

 俺からも深く感謝を更識さんに伝えた。

 

「いえ……」

 

「では、早速で悪いが整備室に案内してやってくれないか?」

 

「……えっ……ぁ……はい……」

 

 間借りした上に整備室に案内してもらうことになった。

 申し訳ないばかりだ。

 

「……いえ……気にしないで下さい……」

 

 

 

 

「……えっと、ここです……そっち側を使ってください」

 

 言われたスペースにいく。

 整備室は織斑先生が言ったとおり、広くて充実していた。以前、一夏に学校内を案内してもらった時に見た整備室とは大違いだ。

 辺りを見渡すと、たくさんのコードにつながれた展開待機状態のISがあった。察するに彼女の専用機だろうか。更識さんは、その前にあるデスクに着く。

 

 そうだ。自己紹介をしていなかった。

 

「……っ!」

 

 声をかけるなり、更識さんは体をビクつかせた。

 気を付けていたが、驚かせてしまった。謝罪した。

 

「いえ……はい……」

 

 小さく頷くだけ。

 場の流れが止まりかける。

 続けざまに改めて自己紹介をさせてもらった。

 

「……えっと、私は……更識簪といいます。クラスは一年四組。い、一応……日本の代表候補、です」

 

 丁寧で控えめな挨拶をしてくれると更識さんはモニターに向かいなおす。

 そして、頭にISのヘッドギアらしきものをつけた。何の意味があるのか気になってしまう。

 けれど、更識さんは我関せずと自分のことをやっていく様子だった。

 むしろ、どこか話しかけてくるな。関わるなというオーラを感じる。

 まあ、仕方ない。俺もやらなければ。自分の専用機となった倉持技研貸し出しの打鉄を待機状態から展開し、空間ディスプレーを開いて、教科書片手にあれこれやっていく。

 

「……」

 

 静かに真剣な表情でキーボードを立ててきながら空中に投影されたディスプレイを見る更識さん。

 

 これが彼女、更識簪さんとの初めての出会い。

 ちなみにここから半月、挨拶以外で俺達の間に会話はまったくなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 更識簪さんとの会話らしい初めての会話

 五月中旬。

 

 学園生活は可もなく不可もなくといった感じだった。

 毎日自分でも勉強をして、自主練をして、何とかギリギリ授業にもついていける。大変ではあるものの、余計なことを考える暇がない分、気楽だ。やり甲斐も感じられる。

 勉強や自主練にかまけてばかりだが、幸い一夏があれこれ誘ってくれ、クラスの人達とも仲良く出来ている。……気はする。

 主観でしかないから本当にそうなのかは分からないが、一人でいても向こうから話しかけてくれることも多くなってきた。

 一夏様々だ。そう考えると、俺の学園生活は始まりに紆余曲折あったものの何だかんだ充実している。悪くない。

 

 相変わらず、整備室に通う日々も可もなく不可もなく変らない。

 今日も今日とてここ第二整備室は静かだった。

 

「……」

 

 隣の更識さんは今日も真剣な様子で真面目に自分の作業をやっている。

 相変わらず静かだ。大体二日に一回のペースで整備室を利用させてもらっているが、いつもこんな感じ。

 ここに来て半月以上経つが会話らしい会話をしたことがない。よくて挨拶するぐらい。挨拶と言ってもこっちから挨拶したら挨拶を返してくれたり、会釈してくれるだけで更識さんの方から挨拶されたことはまだない。

 無視されてないだけマシか。

 

 そりゃもちろんまともな会話はしたい。

 どうして間借りさせてくれる気になったのか、気にはなるから聞いてみたい。

 でも、それ以外に何を話したらいいのか分からない。元々話し上手ではないのは勿論、女子を相手にするのにも慣れてない。

 相手もそんな俺の話につき合わされても迷惑なだけだろうから、今のままでいいか。変に気を悪くさせて、追い出されたくはない。

 

 それにだ。

 

「……」

 

 更識さんには相変わらず凄い警戒されてる気がする。

 具体的なことを言えば、こう……話しかけてくるなオーラみたいなものもたまに感じる。

 男と一室に一緒になんだ。警戒されて当然。

 触らぬ何とかに何とやら。そっとしておこう。地元の同級生達が知ったら、こんな美人な人と一室一緒にいられるだけで幸せ者と言われるに違いない。

 それに間借りさせてもらうのも長くて二ヶ月とちょっとの間だけ。早く別の整備室が空くか、学年別トーナメントが終わったら空きが出来るとの話だから、それまで迷惑かけないようにありがたく使わせてもらう。

 

 といった感じで更識さんとは何もないが、整備室を使わせてもらっているのは大変ありがたい。感謝しなくては。

 おかげでISへの理解を深めることが出来た。以前よりも、少しはまともにISを動かせるようにもなれた。

 早く一夏みたいにちゃんとした試合をできるようになるのが目標の一つ。今のままではISを動かすので精一杯。この学園に入学する前に早ければ小学生の内からIS専門の予備校に通う女子達との差は縮められない。

 というか、どうして同じ男同士なのにこうも違うんだろう。一夏を見るたびに上には上がいるというのを強く実感させられる。世の中にはやっぱり、ああいう先天な天才タイプがいるんだな。

 女々しく悲観しても仕方ない。ただISに乗れるだけしかできない俺はもっと上手く操れるように精進あるのみ。

 頑張ろう。今の俺は頑張ることしかできないんだ。地味だが努力は日々の積み重ねが大切。少しずつでいい前に進んでいればいい。越える一夏()はあんなにも雄雄しく大きいのだから。

 

 そう自分に喝を入れ、織斑先生からの課題を進めていく。

 

 

 

 

 集中力が切れ、背もたれに身体を預ける。結構な時間ずっと集中して課題をしていた。

 座りっぱなしだから、あちこち凝ってる。体を伸ばすとポキポキと音を立てながら骨が鳴った。

 休憩しよう。というか、そろそろ夕食の時間が近い。

 その時だった。スマホが鳴った。まずいことにこの時、マナーモードに設定し忘れていた。設定していた着信音が部屋に鳴る。

 

「あ、それって……」

 

 ぽつりと更識さんは、設定していた着うたの曲名を言った。

 設定していたのは俺が小学生ぐらいの時にやっていたトランプをモチーフにした特撮ライダー物のOP曲だった。

 思わず、更識さんのほうを向いてしまった。

 

「……ッ」

 

 ビクッと肩を震わせた更識さんは当然、そっぽを向く。

 聞き間違い……とかではない。はっきり聞こえた。

 だが、今は先に来たメッセージを返そう。ちなみに相手は一夏だった。そろそろ夕食だから迎えに来てくれるとのことだったが、適当に言って断った。

 一夏一人ならまだいいが一夏が来ると篠ノ之とオルコット、それから2組の凰までついて来て絶対騒がしい。静かなこの場所が騒がしくなる。更識さんに迷惑をかけるのは避けたい。

 

 メッセージを返したが、整備室は微妙な空気だ。

 正直、気まずい。

 どうしよう。更識さんもめっちゃ気まずそうにしてる。一体どうしたら……いや、待て。これはチャンスではないか。更識さんと挨拶以外で話すきっかけなんだこれは。無駄にするのはおしい。

 手始めに俺は、この特撮ライダー知ってるんですね。特撮ライダー好きなんですか?みたいな当たり障りないことを聞いてみた。

 

「えっ……あ、はい……」

 

 返ってきたのはそれだけ。無言が続きそうになる。

 やっぱり、無理に話しかけるべきではなかったのか。気まずさだけが増した気がして辛い。くじけそうだ。

 いいや、まだだ。もう少しだけ頑張ってみよう。これで嫌われたり、追いだされたらそれはそれで仕方ない。今は頑張ってうまくいくことにかけてみる。

 

 俺が一番好き作品で中でも主人公の人間味が特に好きだ。初めこそ職業としてライダーをやっていても、義務や職務で戦うのではなく、人を愛して大切にしたいと思うからこそ戦い続ける。力を持ったからこそ、戦えない人のために戦い続ける典型的なヒーローの姿に憧れた。

 ああいう損得抜きで誰かの為に頑張れる、何かの為に頑張れる人は素晴らしいと知った作品だ。

 他の登場人物や複雑な人間関係もおもしろい。

 

 そんな風に自分もこの作品が好きで、どこがどう好きなのかを言ってみた。言った後で気づく。あまりよくない話をしてしまった。

 気を引こうとあれこれ言ってしまったが、親しくもない相手。特に同年代の女子相手にこれは流石に気持ち悪かったかもしれない。言った後になって不安が押し寄せてくる。

 

「わ、分かります! 私この作品すっごく好きで。主人公が典型的な熱血ヒーローキャラなんですけどそこがまたよくて! どんな時でも熱い想いを胸にあきらめないかっこいいヒーローって感じで! 作品そのものもただシリアスに進むんじゃなくて、コメディ性もちゃんとあって!」

 

 あ、何か変なスイッチを変に入れてしまった気がする。

 大人しかった更識さんは一変、熱く語りだす。凄い熱量だ。本当に好きなのがとても強く伝わってくる。話がところどころマニアックなのがおしもろい。

 更識さんってこんな子だったんだ。俺の中で印象が変った瞬間だった。

 

 ここで押されてはいけない。

 俺も負けじと話していく。

 楽しくなったきた。それはどうやら更識さんもらしい。

 

「そうっそこ! この回の」

 

 楽しそうに会話してくれるは終始笑顔でいてくれた。

 可愛らしい笑顔の人だ。話しながらも見惚れてしまっている自分がいた。

 きっかけは上手くいったようだ。

 

 

 

 

 

「あっ……ご、ごめんなさい。急に話し出して……その、ご、ごめんなさいッ……」

 

 二度も恥ずかしそうに申し訳なさそうに更識さんは謝った。俺も更識さんに謝った。

 話が終わり、お互い我に返って謝りあう。

 突然話しかけたのは俺の方だ。しかも、こんな話普通親しいわけでもない女子にするような話ではないだろう。お嬢様ばかりのIS学園なら余計に。

 いろいろと急すぎた。好きなんだろうけど、きっと気を使って話をあわせてくれたんだろう。

 

「そ、そんなことっ! ない、です……ぜ、絶対に。私のほうこそ、ごめんなさい……へ、変ですよね……女が特撮好きだなんて……」

 

 そうだろうか。普通だと思うが。

 今時特撮好きな女子なんて多くいる。テレビとかネットでもそういう女性の特集している番組は結構見かけるぐらいだ。

 今更ではあるものの好きに性別なんか関係ない。

 

「そう、ですか……で、でもっ、私の話つまらなかったりしませんでした……? わ……私なにもない人間ですし、その……趣味の話とか、ネット以外で話すの初めてだから……」

 

 勢いあるもあるだろうが初めての相手にこんなにも熱く語れるのなら凄いと思う。

 自分のことを悲観して言うが、それはないだろう。でなければ、ここまで話は弾んでなかった。というか、さっき以上に気まずい空気になって、今以上に微妙な関係になっていたに違いない。

 更識さんの話はおもしろい。更識さんと話しているのは楽しい。

 

「楽しい……やめて、下さい。き、気を使ってもらうなくても……いいです……」

 

 気なんて使ってない。

 こんな形でも初めてこうして更識さんとちゃんと話せてよかった。

 

「は、はい……それはその……えっと、その、ありがとう……ござい、ます……」

 

 男と話しなれていないようで更識さんは緊張した様子で怯えながらもぎゅっとスカートの裾を握りながらそう言ってくれた。

 その声からは喜んでくれているのが伝わってきて、俺は安堵した。

 

 折角、上手くいったんだ。この機を逃したくない。

 ほとんど無理やりに間借りしている身ではあるけれど、これから仲良くしていきたい。

 やっぱり、無言のまま過ごすのは辛い時があって、微妙な空気になったらもっと辛い。

 

 出来れば、さっきみたいに会話してくれると嬉しい。

 たまにでいいから。 失礼がないよう俺は更識さんに頼んだ。

 

「そ、そんなかしこまらないで……! 嫌ではないです……でも、私……く、暗いし……人と上手く話せない、のに……そ、それでもいいんですか……?」

 

 構わない。

 俺だって、話すのは得意じゃない。

 お互いできる範囲で……ゆっくりとでも話していければ、それだけで嬉しい。

 

「……そうですか……」 

 

 と言ったきり、更識さんは俯いてしまった。

 無理強いさせてしまったか。 そう不安に思っていると再び更識さんが口を開いた。

 

「……その、私も貴方と話すの楽しかったですから……あの、こ、これからっ……よろしくおねがいしますっ……!」

 

 こちらこそよろしくお願いします。

 俺の方を向いて、深々と頭を下げる更識さんに向かって、俺もまた深々と頭を下げた。

 

 こうしてこの日から少しずつ更識さんと話せるようになった。

 少し前進。まずは始めの第一歩。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 更識さんと友達に……

「はぁ~! 無理! もう無理だー!」

 

 何度目かになるその台詞を吐き、隣の一夏が机へとうつ伏せで倒れる。

 つい五分ほど前にも同じこと言っていた。

 

「言いたくもなるだろ、普通。難しすぎる」

 

 夜外出禁止時刻を回った俺達は、自室で勉強をしていた。

 同室の一夏の気持ちは分からなくはない。一般科目にも関わらず、ISの座学並みに難しく、遅々として進んでない。

 それでも愚痴っていても仕方ないが。

 

「それは分かるけどさ。本当に生真面目だな、お前は。毎晩毎晩よく勉強してられるよ」

 

 呆れられてしまった。

 生真面目だろうがなんだろうが俺には今勉強するぐらいしか、出来ることもやれることもないのが現状。

 実技は兎も角、せめて一般科目の勉強ぐらいやっておいて授業を楽に受けられるようになりたい。

 地道ではあるが、これ以外に道はない。急がば回れという奴だ。

 何より、授業についていけなくて情けない姿はこれ以上見せたくない。

 

「それもそうだな。よし……! もうひと頑張りするか! お前にも負けてられねぇからな!」

 

 やる気を取り戻して一夏はもう一度机に向きなおす。

 俺も一夏には負けてられない。もうひと踏ん張りだ。

 

「そうだ、ところでなんだけどお前さ」

 

 勉強を進めていると一夏が問いかけてきた。

 返事しながらも手は止めず聞く。

 

「最近、やけに楽しそうにしてるけど何かあったか?」

 

 言われて、ドキッとする。

 隠してるつもりはないけど、言ってもなかった。

 一夏にでも分かるほど顔に出ているんだろうか。

 

「いやパッと見じゃわかんねぇけど、お前の無愛想な雰囲気がこう柔らかくなったというか。こいつ最近楽しそうしてるなあってのが伝わってきてよ」

 

 一夏にビックリだ。

 鋭いというか何と言うか。自分のことにもそのぐらい鋭ければ、あの三人がもう少し浮かばれるだろうに。

 そう三人によって言い争いの果てに今日破壊された部屋のドアを思い浮かべながら思う。ちなみにもう直ってるが、壊されるのは今日で2回目。

 

 それはいいとして一夏の言う通り、最近楽しい。

 やっぱりそれは最近、更識さんと少しずつ会話できるようになったからなんだろう。

 黙々と作業や課題しているのもいいのだが、話し相手できるのはやっぱりいいことだ。

 

「へぇ~話し相手ね、お前が一緒に整備室使ってる子だろ? 確か名前は更識さんだっけか?」

 

 頷いて肯定する。

 更識さんのおかげで整備室に通うのが、整備室で過す時間が前よりも楽しくなってきた。

 

「そっか~お前がなあ。無愛想なお前に知り合いが増えることはいいことだ。うんうん」

 

 一人納得した様子だが、ニヤニヤしているのがどうも気になる。

 というか、下衆な勘ぐりをされているような。

 一夏が思ってるようなことは断じてないから、そのニヤついた顔やめろ。

 

「分かってるって。いやしかし、お前がなあ~」

 

 こいつのニヤついた顔は本当くるものがある。

 

 

 

 

 

 HRが終わって先生が教室を出て行くと、騒がしくなる教室。

 やっと放課後だ。今日は整備室に行く日。不思議と足取りが軽くなる。

 一夏やクラスメイトに別れを告げ、整備室に向かおうとした。

 

「ねぇねぇ~ちょっといい~?」

 

 呼び止めてきたのはクラスメイトの布仏本音さんだった。

 仲良くしてくれる女子の一人でもあり、クラスの癒し系マスコットでもある彼女は、『のほほんさん』のあだ名が示すとおり、彼女がいるだけでその場は不思議とのほほんとしてしまう。

 相変わらず、サイズあってない制服が凄い気になった。袖邪魔じゃないんだろうか。

 

 彼女に連れ出され、廊下の端へと連れて行かれる。

 話がある様子だが、女子とこんな風に話すの勿論、布仏さんとこうやって二人っきりで話すのはほとんど始めてのことだ。

 何だか怖い。つい身構えてしまう。

 

「そんな警戒しなくても大丈夫だよ~すこ~し聞きたいことがあってね~」

 

 聞きたいこと……なんなんだろうか。

 

「ほら君、最近整備室で頑張ってるでしょ~? そこにいる四組のかんちゃんと仲良しさんだって聞いて」

 

 一瞬誰のことを言っているのか分からなかった。

 でも整備室となれば当てはまる一人心当たりは一人しかいない。

 かんちゃん……おりむーという一夏のあだ名といい、不思議なネーミングセンスだ。

 でもあだ名で更識さんのことを呼ぶとは、更識さんと友達なんだ。

 

「うーん、まあ一応~?」

 

 微妙な反応。

 というか、聞き返させないでほしい。

 

「ごめんごめん。幼馴染って奴になるのかな~君だけにこそっと教えると厳密に言うなら主従関係になるんだよ~」

 

 主従関係……ご主人様とメイドとかといった奴だろうか。

 安易な想像が口から出た。

 

「そうそう、それ~私こう見えてもメイド歴長いベテランなんだよっ!」

 

 えっへんと胸を張る布仏さん。

 そういうのって本当にあるのか。

 オルコットみたいな本物の貴族もいるし、ISはいろいろと金がかかる競技だからクラスにも他に金持ちは確かにいるが。

 

「チッチッチッ~! かんちゃんはそんじょそこらのお金持ちじゃないんだよ~由緒正しい名家のお嬢様なんだから」

 

 納得した。

 そう言われると、こう気品を感じるというか何と言うか。

 

 そうか……それでか。

 大切な主人に男がこれ以上近づくのはよくないと警告しに。

 

「いや、そういうのじゃないから。考えすぎだよ~。まったくもう~君は生真面目さんだなあ~珍しくかんちゃんのほうから話しかけてきて、君のこと聞いてきたから気になって。どういう関係なのかなぁっと思って」

 

 どういう関係……どういう関係なんだろう。

 友達ではないし、顔見知りではもうないし……同級生の話し相手あたりだろうか。

 

「私に聞かないでよ~さっきの仕返し~? でも、友達じゃないんだ。あんな楽しそうなかんちゃん久しぶりに見たからてっきりお友達できたんだと思ったんだけどなあ~」

 

 布仏さんは残念そうだった。

 そんな顔されても困る。つい最近ようやく会話する間柄になったばかりだ。友達というほど親しくはないのは事実なのだから、勝手に友達を名乗ったら更識さんにきっと嫌な思いさせるはず。

 というか、更識さんは布仏さんに俺のどんなことを聞いたんだろうか。そっちの方が気になる。

 

「それは秘密だよ~兎も角、私としてはこれからもかんちゃんと変らず仲良くしてほしいな~って。でも、分かっていると思うけど」

 

 のほほんとしたほがらかな微笑を浮かべながらも、どこか真剣味を感じさせる布仏さん。

 いつもののほほんとした雰囲気はそこにはない。

 思わず、息を呑む。

 

「かんちゃんを傷つけるようなことや泣かせるようなことあったら絶対許さないからね。それだけは覚えといて。絶対に」

 

 布仏さんは、言い聞かすように言ってきた。

 釘刺されたんだろう。そんなことするつもりはないが、そうならないように誠意を見せ続けよう。

 万が一、そうなったら罰を受ける覚悟だ。

 

「そこまで言うんなら信じてるからね。かんちゃんのことよっろしく~」

 

 

 

 

 更識さんと会話するようになったが、しょっちゅう会話するわけではない。

 会話する時間よりも今みたいにお互い無言で自分のことをやっている時間の方が多い。

 第一、更識さんと会話する為に整備室に来ているわけじゃない。

 それでも話し始めると長くはなる。盛り上がれる共通の話題というのはやはり強い。

 

 ちなみにだが話すのはもっぱらヒーローもの作品についてだ。一昔前にあったヒーローアニメや特撮戦隊や特撮ライダーの話題が多い。

 更識さんは本当に特撮ヒーロー物やヒーローアニメが好きなようで、内容が結構マニアックだ。正直ミーハー程度の知識しかない俺はほとんど聞いていることの方が多いけども、聞いているだけでも凄く楽しい。興味を惹かれる。おかげで最近は勉強の息抜きでまた見直すようになって、そのおもしろさを実感するほどだ。

 何より、話している時の更識さんは凄く楽しそうで、そんな彼女の姿を見るのはとても楽しい一時だ。

 

 そしてふと、ここに来る前にあった布仏さんとのことを思い出した。

 そういえばこんなことがあったんだ的なノリで趣味以外の会話をしようと思い、邪魔しないタイミングで更識さんに声をかけてみた。

 

「はっ、はい!?」

 

 体を震わせ、背筋をピンと伸ばす更識さん。凄いビックリされてしまった。

 もう毎度のことだがそんなにビックリされるとちょっと傷つく。

 

「ごめんなさい……! その、あのっ……やっぱりまだ、お、男の人と話しなれてなくて……今まで身内の男性以外とまともに話したことがなかったから」

 

 今度は申し訳なさそうに言われてしまった。若干、怯えてる様にも見える。

 趣味の話に熱が篭るまで毎回こんな感じだ。大丈夫なんだろうか。毎回こうだと無理に話につき合わせているんじゃないかとつい思ってしまう。

 

「そ、そんなことないです……! 本当に大丈夫ですから……! 貴方とお話しするの……本当に楽しいですっ……!」

 

 それならいいんだけど。

 これ以上気にしても堂々巡りしかしなさそうなので驚かせてしまったことを謝りつつ、さっき布仏さんと話したことを言った。

 

「本音と話……あの子失礼なことしたり、言ったりしてませんか……? その……なんと言うかあの子見ての通り、のんびりしてるっていえばいいのか……凄くふわふわしてる子だから」

 

 失礼なんてとんでもない。

 むしろ、布仏さんにはよくしてもらっている。クラスに溶け込めてると感じられるのは、布仏さんのおかげも大きい。

 変なことではないけど……友達なのかどうかは聞かれた。

 

「と、友達……!?」

 

 更識さんが目を見開くぐらい驚いていた。当たり前か。

 ただ整備室を一緒に利用するようになって、少し話すようになった話し相手だ、やっぱり。

 

「……っ、話し相手……そ、そうですよね……うん、そう……うん」

 

 ショックを受けたようにしょんぼりした様子で更識さんは一人納得していた。

 いや、これは納得しようとしている。

 

「……」

 

 俯いたまま何も話さなくなる更識さん。

 なんだ、これは。とても気まずい。もしかして……もしかしなくても俺は失言してしまった。

 少し話すようになった男に友達だと思われていたら女子は気持ち悪いと思うと聞いたことがあるから、そういうものだと思っていたのが間違いだったんだろうか。

 分からない。こういう時の女子との接し方がまったく分からない。どう言えば、よかったんだ。一夏なら上手くやっていんだろうが、俺は一夏ではない。一体どうしたら。

 

 あれこれ考えを巡らせるものの、友達ではないのもやはり事実。

 ここはいっそ、この機会に更識さんと友達になるとか……いや、更識さんが俺をどう思っているかは定かではない。

 更識さんと友達になりたくないわけじゃない。むしろ、友達になってもらいたいぐらいだ。

 情けない話、IS学園に入学して仲のいいクラスメイトはそこそこいても、友達と呼べるような相手は一夏以外いない。女友達なら尚更だ。

 

 友達ぐらい改まってお願いするものではないが、相手は女子。形は大切だ。更識さんへ、良かったら自分と友達になっていただけませんかと言ってみた。

 

「えっ?」

 

 今度は目を丸くしてビックリしている。

 やはり、急すぎたりしたんだろうか。

 

「い、いいんですか……? わ、私……何かが友達になっても……」

 

 申し訳なそうに更識さんは俯き加減にこちらを見る。

 また自分を蔑むようなことを言う。更識さんがいいんだ。

 せっかくこうして話し出来る様にまでなったのだから。

 

「そ、そうなんですか……――っ、あの! 不束者ですけど……これからはお、お友達、としてよろしくおねがいします……!」

 

 初めて会話らしい会話をした時のように更識さんは深々とお辞儀していた。

 こちらこそ。同じ様に俺もまた深々とお辞儀した。

 何だか変な感じだ。でも、こういう始まりもきっとありなんじゃないんだろうか。

 

「ふふっ、そうですね」

 

 更識さんは嬉しそうに柔らかく笑ってくれた。

 

 そうだ。敬語。

 折角友達になったのだから、お互い敬語はなしのほうがいい。

 敬語というのはどうしても壁を感じるし、敬語をやめることで関係性の変化を自覚しやすい。

 

「えぇっ!? そんな急には……」

 

 今の今までお互いずっと敬語で話していたから、いきなりは難しいだろう。

 提案した俺だって敬語でまた言ってしまったのだから抜けきってないが、少しずつ普通に話せるよう慣れていけたらと思う。共に頑張ってみたい。

 

「分かりました……っ、頑張ってみます……! ぁ……が、頑張るっ」

 

 宣言していきなり一人だけ敬語を使ってしまったことに気づいた更識さんは罰が悪そうに俯く。

 何だか可愛い人だ。

 微笑ましくなって笑ってしまうと、恥ずかしそうに頬を赤くしながら抗議する更識さんの姿もまた可愛らしい。

 

「も、もうっ、笑わないでっ」

 

 照れる更識さんの様子は乙なものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 更識簪さんという女の子は

「あ、あの……!」

 

 五月も今日で終わり。

 けれど、俺は今日も今日とてすることは変わらない。放課後、整備室で予習復習中。

 一見代わり映えのしない日に見えるが確かに変化はある。

 最中、隣にいる更識さんが話しかけてきた。

 

「えっと、その……この前、おすすめしたあのアニメどうだった……?」

 

 更識さんと友達になって数日経ったが最近では今みたいに更識さんの方から話しかけてくれるようになった。少しは近づけた気がする。挨拶だって更識さんの方からもしてくれるようになったし。

 

 そして俺は先日更識さんに勧められた作品を思い出し、感想を伝える。

 言わずもがな、進めてくれた作品のジャンルはヒーローもの。名前こそは聞いたことあったが一度も見たことないと話すと更識さんがぜひ見るようにと勧めてくれた。

 先日勧められまだ六話までしか見れてないが、更識さんが勧められただけあっておもしろ作品だった。特に最後見た六話が気に入っている。

 

「……! わ、私も六話お気に入り。だってね……!」

 

また始まった。今日もまた更識さんによる熱い作品解説。

相変わらずマニアックだ。しかし、聞いているだけで楽しい。これだけ話せる知識量の多さに感服する。

本当にヒーロー物が好きなんだな。

というか、話してくる更識さんはボールでも取ってきて飼い主に嬉々として見せる犬みたいといえばいいのか……聞いて聞いてオーラが凄い。

 

 こんな風に話し相手から友達になってより話す様になって分かったことがある。

 更識さんはヒーロー作品が好きだが、ダークヒーローはあまり好きではないらしく、好きな正統派ヒーローでも拘りがあるらしい。

 彼女の思うヒーローとは『困ってる人は見捨てない頼りになる強い人』『救いを求めている人には笑顔で優しく救いの手を差し伸べる』『どんな悪意に晒され様とも己が正義の信念を貫き、悪から弱き者を守ってくれる存在』そんな完全無欠のヒーロー。

 熱く話してくれる言葉の端々からそう感じた。

 俺もそんなヒーローいれば確かにいいなとは思う。憧れもする。ただ更識さんに何か引っかかるのは何故だろう。

 

「あっ……ご、ごめんなさい。また私ばっかり話しちゃって……」

 

 申し訳なさそうに謝ってくるが、別に一々気にするほどのことでもない。

 俺の方こそ、ほとんど聞き手にまわってしまっていたし、まあお互い様ということにしておきたい。

 だから更識さんにはそんなに気にせず、どんどん喋ってほしいと思う。俺からもどんどん喋っていくつもりだ。

 

「う、うんっ! ありがとう……お、お友達っていいね。こういう趣味の話できるし」

 

 確かに。

 一夏とはアニメの話とか特撮の話とかしないけど、こういう趣味の話が出来る友達はいい。

 特に相手が女子だと趣味が共通の話題となって話しやすくもある。

 

「……前にも言ってたけど、リアルでこんな話できる人初めてだから私、凄く楽しい……。友達なんて生まれて初めて出来たから……」

 

 今凄い言葉聞いた。

 

「え? あっ! 嘘嘘! 忘れて……あ……無理、だよね……」

 

 聞かなかったことには出来るけどそれでは更識さんが納得できないだろう。そのぐらい今目の前で凹んでいる。

 ついとはいえ、自分で言ったからダメージが余計にデカそうだ。

 

「……うぅ~……おかしいのは自分でも分かってる……い、今までお友達いなかったなんて……へ、変だってことも……け、軽蔑した……よね。……ごめんなさい」

 

 なんでそうなるんだ。

 第一、布仏さんがいるだろうに。

 

「あの子は……その……うん、幼馴染だから……」

 

 言い方がひっかかる、今はそっとしておこう。

 聞くとややこしくなりそうだし、幼馴染だからって友達とは限らないと聞いたことがある。そういうものなんだろう。

 

「私今までずっとお勉強とお稽古ばかりで……根暗だから人付き合いが凄く苦手で……それで……」 

 

 友達いなかったと。

 根暗云々はさておき、こう言ってはなんだがそんな忙しい毎日だと中々友達を作るのは難しいだろう。

 それに更識さん、こう言っては何だがあまり社交的なタイプという感じではないだろうから、今まで自分から友達作ろうっての難しかったんだろうなあと何となく想像してしまう。

 

「やっぱり……引いたよね。こんな私と折角お友達になってくれたのに変なこと言って……ごめんなさい……」

 

 謝っては鬱屈とした表情をする更識さん。

 

 まただ。

 これも友達になってから分かったことだ。更識さんはことあるごとによく謝る。結構本気で。

 多分、謝るのが癖になっている。

 それから自分を凄い悲観視しすぎている。自分に自信がなくて不安なのが嫌でも伝わってくる。

 そのせいなのかは定かではないが、テンションの落差が結構激しい。

 

 更識さんに今まで友達がいなかったことを聞いて、驚きはしたがそれだけだ。

 軽蔑しなければ、引きもしない。今まで友達がいなかったのは変らない事実だろうが、昔は昔。今こうして友達になれたから充分なはずだ。

 我ながら臭いこと言っている気がしなくはないが、俺は更識さんと友達になれてよかったと思っている。

 

「わ、私だってそう思ってるけど……ふ、不安、なの。今まで友達いなかったからどう接したらいいのか全然分からなくて……私は今みたいにいつかまた貴方の気分を悪くすることを言ってしまって、私と友達でいるのが嫌だって言われたら……ど、どうしようって思うと不安で仕方ない」

 

 言いたいことは分かるが、それは今まで友達がいようがいまいが関係ないだろ。

 人付き合いなんて慣れるしかない。

 友達はいるが、だからって俺は人付き合いが上手いわけじゃない。むしろ、下手くそだ。

 

 相手の気分を悪くしたのなら謝ればいいし、直していけばいい。

 そりゃ当然、得意不得意はあるだろうが人付き合いってそういうもののはず。

 ゆっくりでもいいから人付き合いになれていけばいい。簡単なことじゃないだろうが、友達なのだから俺も下手くそなりに練習相手ぐらい喜んでなる。一緒に慣れていこう。

 そう更識さんに伝えた。

 

「そうだよね……うん、その通り。……が、頑張ってみるっ」

 

 更識さんが小さく意気込む。

 偉そうな事言ってしまったからには、俺ももっと頑張らねばならない。

 俺もまた意気込んで決意を新たにする。

 

 

 

 それからは特に会話もなく各々自分のすることをやっていた。

 俺は機体を弄りながら予習復習を。更識さんはディスプレイを真剣に見つめながら、何かをいろいろ試している様子。毎度のことながら無表情だが、何となく苦戦しているのが分かる。

 苦戦しながらも毎日この作業している。よく頑張ってる。凄い。

 

 でも、更識さんって何やってるんだろう?

 専用機関係のことをやっているのは作業している姿見れば分かるが、具体的にどんなことを知らない。聞いたこともない。

 後、頭の奴……ISのヘッドギアをつけているのも気になった。ここいると毎回ずっとつけているが、部屋を出る時は外していることのほうが多い。

 気になるから聞けばいいんだろうが、何か聞けない雰囲気があった。

 

 そもそも更識さんって本当によく俺の間借りを許してくれたものだ。

 人付き合い苦手なら尚更。俺でさえ女子なんてよく分からなくて怖いのに、女子の更識さんからしたら男なんてもっと怖いだろうに。

 

「なに……?」

 

 訝しげに更識さんが見てくる。

 

「いや、その……そんなに見られると困る」

 

 ハッとなって謝る。

 考え事しながらぼーっと見てしまっていた。

 

「別に謝られるほどじゃないからいいけど……考え事って何……?」

 

 この際はっきり聞いてみるか。

 よく間借りさせてくれる気になったものだと考えていたことをまず言った。

 

「えっと……それはその……」

 

 何だか気まずそうにする更識さん。

 そのマズい理由があるのか。怖くなってきた。

 エゲつないことを言われたらどうしよう。

 

「……はっきり言ってもいい……?」

 

 怖いがここで聞かないと後々気になってしまいそうだ。

 沸き上がる恐怖を感じつつ頷いた。

 

「……最初は間借りさせるつもりはまったくなかった……私はここを正式な権限に基づいて使っているのだから」

 

 それはそうだ。

 ならどうして。

 

「あの織斑先生に言われたら断れない。ブリュンヒルデ……元日本代表、私の先輩にも当たる人だから……いくら権限に基づいているとは言え、断ったら私が我が侭言っているみたいで……それでその……」

 

 だから間借りさせてくれたのか。

 そう聞かされると凄い申し訳ない気分になった。結局俺は織斑先生を使って無理やり間借りさせてしまったことになる。そんなつもりはなくてもこれはよくない。

 

「私の方が最低……だって、聞いたフリして適当な理由つけて後で貴方のこと追い出す気でいたから」

 

 まあ、ある意味当然だ。

 

「邪魔してきたり騒がしかったらすぐにでも追い出すつもりだったけど……貴方凄く真面目で邪魔なんてしてこなかったら、追い出すに追い出せなかった。むしろ、気を使われているのが分かったから余計に」

 

 自分の真面目さに感謝した。

 無駄じゃなかった。

 

「男の人だから怖かったけど……この人は大丈夫なのかなって思えて……話したら話合って悪い人じゃなさそうで……今は友達にもなれたから」

 

 そうだったのか。

 

「ごめんなさい……やっぱり、気悪くさせちゃったよね」

 

 何故更識さんが謝るんだ。

 更識さんの言い分は正しく、はっきり聞けてよかった。

 むしろ謝るのは俺の方だ。理由はどうあれ断りにくくさせてしまって気分を悪くさせてしまった。

 せめてもと頭を深々と下げた。

 

「い、いいよっ。頭上げてっ……もう済んだこと。むしろ、貴方でよかったと思う。もう一人の男の人だったら私どうしてたか……」

 

 一夏のことか。

 まあ一夏なら十中八九騒がしくなってただろう。一夏本人は悪くないんだが、あの三人がうるさくて仕方ない。一夏は被害者なんだがなあ……。

 でも、一夏は妙に馴れ馴れしいところもあるからそこも問題だ。取りようによっては親しみやすいとも言えなくはないし、女子相手には流石に気を使うだろうが。

 

「そういうことじゃなくて……う、ううん、やっぱりなんでもない……」

 

 何か言いかけたが更識さんは言うのを躊躇いやめた。

 

 そうだ。この機にまだ聞いておきたいことがあった。

 

「何……?」

 

 何故、ISのヘッドギアをつけているのかということだ。

 今、更識さんがしている作業に関係しているだろうことは分かってはいるが。

 

「ああ……これ。これは見ての通り、IS専用のヘッドギア。中に第三世代用の最新鋭サイパーセンサーが搭載されていて、これによって私の思考を機体に読み取らせることで私は少しでもISとの同調を高め維持してるの」

 

IS……更識さんにそう言われ、目が行くのが今俺達の前に展開待機状態でいる一機の機体。

 

「……私は今ね。専用機、第三世代型IS『打鉄弐式』の単独開発してるの」

 

 更識さんもそっと専用機へと目をやる。

 打鉄弐式……確かに所々打鉄と似ている気がする。授業で使い、そして俺が専用機として借りている打鉄の後継機か。

 けれど、パッと見は普通に待機状態のISにしか見えない。何処か悪いのかは素人の俺には分からない。

 

「装備や機体そのものは完成しているんだけど……機体のメインシステムと火器管制、機体の姿勢制御システムとかがまだ自力では中々上手く連動しなくて……ちゃんと動かない未完成品」

 

 更識さんがそれを動かせるようにしようとしているのは分かった。

 一人でなんて流石は専用機持ちというべきなんだろうか。

 本来、ISの開発は沢山の人手がいると授業で教わった。一人でやれるものなんだな。

 

「未完成と言ってもシステムだけで機体や武装の製造は済んでるから。けど、システムだけでも人手はいる。それを少しでも補おうとこのヘッドギアを使ったり、複数モニターを使うことでどうにかしてる」

 

 ヘッドギアのことは分かった。

 だが次に複数モニターというのが気になった。

 俺から見えるのは更識さんの手元にある空間投影型のディスプレイのみ。一つを指して複数とは言ってない様子だから、他がどこにあるのか分からない。

 

「これ」

 

 そう言って更識さんは、かけている眼鏡を指差した。

 まさか、それがモニターということなのか。

 

「そのまさか。ノートデスクトップ型の空間投影ディスプレイは高いから、この眼鏡タイプの携帯用ディスプレイ使ってるの。ARメガネって分かる? それと同じ感じ」

 

 何となくは分かった。

 ということは更識さん、別に視力が悪いというわけではなかったのか。

 

「視力は普通。目つき悪いから悪そうに見えるかもしれないけど」

 

 そういうわけで言ったつもりではない。

 

「ふふっ、分かってる。冗談」

 

 よかった。

 いろいろ教えてくれたおかげで気になっていたことは分かった。

 しかし、一つ知るとまた新たに気になることもできる。

 

 それはそもそも未完成品を代表候補に渡すかということだ。

 そこが気になった。

 一夏、オルコットや凰といった第三世代持ちは機体の特性上、試験機の意味合いが強くいろいろと改善点が多いとのことだが、それでも動かせないほどということはなかった。

 やはり、それ相応の事情があるということなのか。更識さんはこくりと頷いてから言った。

 

「……白式……知ってるよね。弐式と白式の開発元は一緒なの。倉持技術研究所」

 

 それは俺が今専用機として使ってる打鉄を借りているところでもあった。

 

「元々日本の第三世代として弐式と白式、二つのプランが考えられていて……私は弐式を受領することになっていた。そして先に白式のプランが技術不足などの理由で凍結された。でも、織斑一夏が現れたことで彼の専用機として再度開発が進められ、打鉄弐式の開発スタッフ全てもっていかれて、今度は弐式の開発が凍結になったの」

 

 淡々と事実を告げる更識さんだが言葉の端々に静かな怒りのようなものを微かに感じ取れた。

 開発されるものが開発されなかったことによる憤り、みたいなものだろうか。更識さんのこれは。

 でも、世界で二人しかいないISを使える男である一夏の専用機として開発する為に力を入れるのは分からなくはない。いろいろなデータがほしいんだろう。

 

「私だって事情は理解してる……でも」

 

 ギュッと更識さんが唇を噛みしめる。

 理解できていても、そう簡単には納得はいかないんだろう。

 一夏を恨んでいるんだろうか、更識さんは。

 

「分からない……でも、一発殴る権利はあると思う」

 

 急に何を言い出すんだ、更識さんは。

 言葉の綾だろうが、流石にそれは……

 政府や開発元の都合であって、一夏に非はないだろ。そんなことで実際に殴られたら堪ったものじゃない。

 

「――ッ! うるさい! 私だって分かってるっ、や、八つ当たりだってっ……!」

 

 更識さんがバッとこちらを睨みつけるように見て叫ぶ。

 俺は我に返った。いくらなんでもこれは出すぎたマネが過ぎた。関係ない部外者の俺が言えるべきことではない。すまないことを言ってしまった。

 

「……う、ううん……私のほうこそ……ごめんなさい。……貴方の言う通り。八つ当たり、だよね……」

 

 納得した様子だが更識さんは暗い顔をしていた。

 

 兎も角、未完成の理由はよく分かった。

 だが、更識さんが単独で開発している理由にはならない。

 白式が開発されちゃんと稼動している今なら、もう元々弐式の開発担当だった人員も戻ってきているはずだ。

 代表候補が使う予定の機体をいつまでも未完成にしておく訳はないと思うが。

 

「私が未完成の弐式を引き受けたの。一人で完成させたいって無理言って」

 

 何か更識さんを駆り立てる様なものがあるのを感じた。

 それは一体なんなのか。

 

「それは……」

 

 一瞬言い躊躇った様子だったが、俺を見てキュッと唇を噤み言ってくれた。

 

「私は一人で弐式を完成させないといけないの……姉がそうしたのに。じゃないと私はいつまでも」

 

 また何か言いかけて言うのをやめた。

 更識さんにお姉さんが居たんだ。そういえば、この学園の生徒会長が同じ苗字だった。

 あの生徒会長がもしかして更識さんのお姉さんなのか。

 

「うん、そう……更識楯無。私の姉……今家の仕事とかで学校休学してるけど」

 

 そうだったのか。道理でみかけないわけか。

 その人も代表候補だったりするんだろう。

 

「ううん、代表候補じゃない……ロシアの国家代表。多分、生徒の中じゃ一番に強い人、だよ」

 

 学生で国家代表。

 IS業界に一般的な知識しかない俺でもそれがどれだけ凄いことなのかは分かった。

 でも日本人だよな、生徒会長も。でも、どうしてロシアの国家代表なんて。

 

「もういい? ……作業に戻らせて」

 

 頷くと更識さんは作業に戻っていった。

 

 充分すぎるほどいろいろ聞けた。

 さらに更識さんのことを知ることができた。

 けれど、こんな話をするのはこれっきりだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話―幕間―彼という存在

 目が覚めた。

 眠気を感じながらも、枕元に置いたスマホを見つけて時間を確認する。

 

「……まだ、朝の五時半過ぎ……」

 

 いつも起きる時間よりも大分早い。

 というかスマホ見て分かったけど、今日は日曜日。学校はお休みの日。

 無駄に早く起きてしまった。どうしよう……二度寝しようにもすっかり目が覚めてしまった。

 

「……外、晴れている」

 

 窓を見るとカーテン越しでも部屋に朝日が差し込み、外が晴れているのが分かる。

 天気予報ではもう六月の今日から本格的な梅雨入りだって言っていたのに嘘みたい。

 じめじめ湿気て全体的にどんよりする雨の日よりかはマシ。でもだからといって、別に今日みたいな晴れの日が好きなわけでもない。

 むしろ晴れた空なんて見てると、周りの人達が積極的に前向きな気持ちで発展的な活動をどんどん始めていくのに、自分はそうでなく疎外感みたいなものを感じる。

 自分もそうしないといけないプレッシャーみたいなものまで感じて、焦らされて落ち着かない気分だ。

 私が後ろ向きだからそう思ってしまうんだろうけど、晴れの日も好きにはなれない。

 そう考えているから、何だか気持ちが鬱屈としてきた。私の悪い癖。

 

「……あ、でも……どうしよう」

 

 私は今、何をするわけでもなく上半身起こしたままぼーっとしてしまっていた。

 二度寝するよりも時間を無駄にしている。かといって二度寝する気にもならないし、特にこれといってすることも思い浮かばない。

 起きてから随分経ったけど、それでも朝食を食べれるようになる時間にもまだ早い。

 

「……外の空気、吸いにいこうかな……」

 

 何かきっかけがあったわけじゃないけど、本当になんとなくそう思い立った。

 部屋にいてもすることないし、何もしなかったらまた止め処ない鬱屈とした考えをしてしまいそうだ。

 ベットから起き上がり、顔を洗い、髪を梳かしたりと簡単に身支度をする。

 身支度をしながら、ふとルームメイトの様子を見てみた。

 

「んんっ~あっははっ~もう食べられないよ~むにゃむにゃ……」

 

 なんてテンプレ過ぎる寝言。

 ルームメイトであり幼馴染の本音は隣で幸せそうに熟睡中だった。 

 まただらしなく口開けて、涎垂らしてる。まあ休日だし、今日は放って置こう。

 私はスマホを持って、パジャマの上に薄手のカーディガンを羽織り部屋を出た。

 

 早朝ということもあって、寮の渡り廊下は静か。

 当たり前だけど、人っ子一人いない。

 でも流石にこんな早朝でも寮の管理人さんというかコンシェルジュの人は寮の受付にいて、目が合ってしまった。

 

「おはようございます。お早いんですね」

 

 普通に声をかけられただけなのに心臓が飛び跳ねる。

 頭が真っ白になっていく。

 

「……ぇ……えっと、おはよう……ございます……その、早く目が覚めてしまって、ちょっと外の空気吸いたいんですけど……出ても大丈夫ですか……?」

 

「はい、もちろん。お気をつけて」

 

 何とかやり過ごして、外に出る。

 き、緊張した。

 営業スマイルだと分かっていても、こう笑顔を向けられるとどうしたらいいのか戸惑ってしまう。とりあえずとっさに笑顔を返してみたけど、凄いぎこちないのが自分でもよく分かってしまった。

 我ながら自分の人付き合いの下手さに嫌気が差す。

 

 「……ッ、眩しい」

 

 朝早いにも関わらず自己主張激しく輝く太陽が私を見下ろす。

 眩しくて私は、手で太陽の光を遮った。

 朝一番の空気は美味しい。こうして太陽の光を浴びていれば、セロトニンが分泌されて元気になると考えていた。でも鬱屈した気持ちがなくなることはなく、ほんの少し気分が和らいだだけ。

 私はどれだけ根暗なんだと更に落ち込んでしまった。

 

「変らないなあ……私」

 

 ぽつりとそんな言葉が出てしまった。

 

 IS学園に入れば、専用機を貰い代表候補になれば、変われると心のどこかで思っていたのかもしれない。それは甘い考え。

 お姉ちゃんに近づけば近づくほど、お姉ちゃんの凄さを改めて実感させられ、自分の無力さを痛感させられる。IS学園に入って、今まで以上にお姉ちゃんと比べられるようにもなってしまった。

 このままずっと追いつけないと分かっていながらも姉の背中を追い続けるのだろうか。一生。なんて無様。

 だから例え弐式を完成させても私は――。

 

「っ……!」

 

 頭を左右に振って、鬱屈した考えを振り払う。

 違う。私は変わりたい。変わる。変わるんだ。

 

「あ、そうだ……お友達」

 

 私は確かに変わっている。だって、こんな私にもお友達が出来たんだもん。

 生まれてはじめてのお友達。

 まさか友達が出来るなんて思ってもいなかった。しかも、同級生の男の子だから自分でもビックリ。

 彼は織斑一夏が見つかったことで、見つかった世界で二番目にISに乗れる男性。

 

「変な人……」

 

 それが私の彼への第一印象。

 私なんかが言ったら怒るかもしれないし、言動が変とかそういうんじゃなくて、何というか変に生真面目。二日に一回は整備室にやってきて、静かに黙々と勉強をする。

 

『う~ん、まず生真面目だよね~……顔は普通だけど、全体的に地味。岩みた~い』

 

 なんてことを本音が彼はどんな人なのかって私が聞いた時に答えてくれたっけ。

 最初は今一意味が分からなかったけど、すぐに分かった。

 確かに地味だ。もう一人の男の子、織斑一夏が太陽の様に明るいから、余計にそう感じるのかもしれない。織斑一夏みたいな男の子、人間は私苦手だ。騒がしいし太陽みたいに眩しすぎて、自分が惨めに思えくる。

 

 その分、彼はまだいい。こう言ったら悪いけど、地味だから。

 一緒に整備室使っていても騒がしくもなければ、邪魔もしてこない。不思議と気にもならなかった。落ち着けて、自分のことをすることが出来た。まあ、初めての同級生の男の子だから、友達になるまで凄く怖かったけど。

 でも、話してみたら怖い人でも悪い人でもなかった。むしろ、いい人。そのおかげなのか、アニメや特撮、趣味の話をするようになった。

 リアルでこんな話をするのは初めて。楽しい……楽しいからつい私はテンション上がってバァッっと一方的に話してしまうけど、彼は嫌な顔せず、楽しそうに聞いてくれてまた話したいと思えた。とっても話しやすい人だ。

 彼の話を聞くのも楽しい。自分ではにわかと言う彼はヒーローアニメや特撮はそんなに数を見てないみたいだけど、一つ一つの作品を本当によく見ていて、こういう感想もあるんだと新しい発見を出来たり、共感できることが多い。彼みたいなのを聞き上手、話し上手っていうんだろう。

 私の寂しい毎日が彼とお話することで、色づいてきたかのよう。今では彼とお話するのが楽しみ。

 

「友達っていいなあ……」

 

 本当にそう思う。

 人見知りな私が趣味が合ってただけで簡単に心を開いて友達になるなんて、我ながら尻が軽いというかチョロい気もしなくはないけど、そういうことを考えるのは無粋なのかもしれない。

 こんな私と彼は友達になってくれたのだから。彼が友達でよかった。

 多分彼じゃなかったら、今頃はもう絶交されていたに違いない。私はすぐ謝るし、すぐうじうじしてしまう。根暗だから相手の気分を悪くさせてしまう。直さないといけないと分かっていても、やってしまう。

 

「やっぱり、この間のこと怒ってたりしないかな……」

 

 済んだことなのに、また先日のことが気になってきた。

 私は先日、彼を怒鳴ってしまった。

 整備室で私が何をやっているのかと聞かれた時のことだ。

 整備室で弐式を一人で完成させようとしていることを話し、弐式が未完成の理由も話した。

 

 私の専用機、打鉄弐式は白式が原因で未完成になってしまった。

 でも、織斑一夏が悪いわけじゃない。そのことは分かっている。けど、殴る権利はあると思っていた。

 織斑一夏がいなければ、弐式は今頃ちゃんと完成していたはずなのだから。でも、それは。

 

「八つ当たり……」

 

 そう彼に指摘されてしまった。

 図星をつかれて、腹が立った私はつい彼を感情のまま怒鳴りつけてしまった。

 これも八つ当たりだ。お姉ちゃんと比べられる毎日のストレス。お姉ちゃんは出来たのに私一人ではIS一つ完成させることが出来ない無力さと焦りと苛立ち。

 そうしたものを誰かにぶつけたかった。織斑一夏にはそれらしいもっともないい訳があったに過ぎない。こんな身勝手な思いで殴られたら、堪ったものじゃない。それは私にでも分かる。

 

 白式が完成した今、倉持に頼めばすぐにでも完成するだろう。でもそうせず、一人で完成させようとしているのは私。できない私が悪い。お姉ちゃんみたいに凄い力も能力もあるわけじゃないのに、せめてこれだけでもと諦めきれない私が悪い。私が、私が、私が――。

 

「……あ」

 

 また悪いことを考えて憂鬱な気分になっていると、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。

 ジャージ姿の同い年の男の子。彼だ。彼も私に気づいてみたい。

 そう言えば、彼は毎朝早起きして寮から学校までランニングしているんだったっけ。いつもこんな時間からやってるんだ。本当に生真面目な人。しかも、今日は休日の朝なのによくやる。

 

 朝……そうだ。朝の挨拶しないと……ほとんどいつも彼のほうからしてもらってばかりだから、たまには私から挨拶しないと。こういう時の挨拶って元気よく、ハキハキとだったっけ? よく分からない。とりあえず、挨拶しないと。

 

「……おっ、おはようっ!」

 

 最悪。言葉はちゃんと言えたのに声は変に裏返るし、思っていたよりも凄い声が出てしまった。

 恥ずかしい。すぐに彼も挨拶を返してくれたけど、凄い気を使われた気がする。

 あまつさえ、こんな朝早くからどうしたのかと彼のほうから話題を提供してくれた。

 

「……あっ、うん。早く起きちゃって……その、外の空気吸いに」

 

 会話が途切れそう。

 私の方からも何か話さないと。

 

「えっと……休日なのに頑張るね……」

 

 ようやく言えたのはそんな言葉だった。

 何言ってるんだろ。休日とか関係ないでしょ。彼が頑張っているのはよく知っているのだから。

 

 でも、彼は本当によく頑張っているなあと思う。

 整備室に来ない日は模擬戦訓練をしているらしく、夜は夜で座学の勉強。IS学園に急に入学させられてついていく為にと彼は言っていたけど、正直代表候補でもないのにここまで頑張る生徒は珍しい。

 

 私達がいるIS学園一般課程の生徒は代表候補以外、基本そこまで毎日毎日訓練したり勉強したりしない。一重にそれはそこまでする必要がないから。IS学園に通っているからといって皆が皆操縦者になれるわけでも、代表候補になれるわけでもない。それはどの専門職でもそうだろうけどISの場合はその絶対数が少ない為、余計に狭き門。特に専用機持ちはIS学園に来る前にほとんど席が埋っている状態。

 それでもIS学園、特に一般課程に入学志望者が多く倍率が高いのは、IS学園に通っていたというだけで社会に出る時、絶対的なステータスになるかららしい。だから、皆そのステータス欲しさに入学してくる生徒がほとんどで、より操縦者としての能力を伸ばす為に勉強や訓練を重ねる生徒は少ない。

 

 だからこそ余計に彼の頑張りは目立つ。『男の癖にはりきり過ぎじゃない』とか『今更男が頑張っちゃってダサっ』なんていう悪口にもとれる会話を何度耳にしたことか。

 彼にもその声は届いているだろう。なのに、どうしてそこまで頑張ることが出来るんだろう。嫌々やっているようには見えない。焦っているようにも見えない。目標を見つめてひたむきに頑張っている。損な風に私には見える。知りたい。

 

「……えっ? あっ! ご、ごめんなさい! ぼーっとしてた。うん、大丈夫」

 

 折角、彼が話しかけてくれていたのに上の空で会話してしまっていた。

 

「今日……? 私は……今日、特に何も予定ないけど……貴方は出かけるんだよね」

 

 いつしか話は今日の過ごし方になっていた。

 彼は今日、織斑一夏と一緒に織斑一夏の友達の家へ出かけるらしい。

 

 友達の家か……少し羨ましい。

 そういう経験ないし、一度は体験してみたい。

 

「……」

 

 会話が途切れてしまった。

 何話せばいいんだろう。凄く気まずい。

 というかやっぱり、この間のこと怒ってないのかな。気になってしまう。

 

 どうしよう。どうしよう。

 

「……ぁ、その……あ、えっと……じゃ、じゃあ、そろそろ私部屋に戻るね」

 

 いたたまれなくなった私はそう言い残し、逃げるように部屋に戻ってしまった。

 何やってるんだろう。これじゃ、感じ悪い。物凄く失礼だ、私。

 でも今更引き返すようなことも出来ない。本当、ダメだな私は。

 

 部屋に戻ると枕元に眼鏡を置いて、ベットに入って布団を頭まで被る。

 折角休日までお友達の彼と会えたのにダメダメだった。反省しなきゃ。

 でも、少しでもお話できてよかった。

 

「……」

 

 小さくゆっくりと彼の名前を口にする。

 

 ひたむきに頑張り続ける姿は凄いと素直に思う。

 知りたい。どうすれば、そこまでひたむきでいれるのか。

 知れば、私もひたむきでいられるのだろうか。

 

 私はもっと知りたい。

 大切なお友達である彼のことを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 更識さんと仲直りをして

 今物凄く視線を感じている。

 熱い視線とかそういうものではなく、こちらの様子をおそるおそる伺うような視線。

 誰からの視線なのかは一々確かめるまでもなくはっきりと分かっている。今日も変わらずこの整備室には二人しかいない。

 

「……じー……」

 

 さっきからじっとこちらを伺うように見てくる更識さん。

 今日この整備室にやってきてからずっとこんな様子。何かが気になるらしく、更識さんは自分のことに集中できておらず、手が止まったまま。

 こちらからどうしたのかと様子を伺おうとすれば。

 

「……ッ」

 

 凄い勢いでバッとそっぽを向き、また少しすると。

 

「……じー……」

 

 またこちらの様子を伺うように見てくる。

 先ほどからこの繰り返し。

 更識さん、今日は一体どうしたんだろう。何がそんなに気になるのか、俺には皆目見当もつかない。

 どうしたのかと聞いても。

 

「ど、どうもしないけど……」

 

 と誤魔化される。

 これでは埒が明かない。どうすればいいんだ。いつも以上に更識さんが何考えてるのか分からない。

 最初は身だしなみでも変なのかと思ったが、そういうことじゃないらしいのはすぐ分かった。学園に来てから、今まで以上に身だしなみには気を使っているから大丈夫なはずだ。

 

 となるとやっぱり、俺が気づいてないだけで更識さんに何か……してしまったんだろう。思い当たることと言えば、この間いろいろと教えてもらった時のことぐらいしかない。

 友達とは言え、異性。多少なりにでも折り入って話してくれたのに、いくらなんでもズケズケと踏み込みすぎた。

 それどころか、八つ当たりだなんて失礼なことまで言って空気と気分を悪くさせてしまった。

 しかし、アレは済んだ話。そう思っているのは俺だけなのかもしれないが、下手に今更蒸し返すようなものでもない気がする。蒸し返せば余計に更識さんの気分を悪くしかねない。それだけは避けたい。

 

 それにあのことが関係して更識さんが今のような態度を取っているのかは分からない。

 ダメだ。あれこれ考えても憶測の域を出ない。

 ここは更識さんと腹を割って直接話すのが一番だ。何かあるのならちゃんと話してほしい。ちゃんと話は聞く。

 

「……じゃあ、お、怒って、ないの……?」

 

 恐る恐る更識さんは話してくれたが、どういう意味なんだろう。

 怒るってのは、俺が更識さんにってことだろうけど……怒るなら更識さんが俺に対してだろう。

 俺が怒るようなそんなことあったか。先日のこと以外で言い争いみたいなことなったことはないし。

 

「だ、だってっ……ほら、日曜日のこと」

 

 言われて、水曜日の今日から三日前、日曜日のことを思い出してみる。

 日曜日は一夏と一夏の親友の五反田弾という子の家に遊びに行った日だ。更識さんとは早朝、トレーニング終わりに会った。

 そう言えば、同じ寮で暮しているのに会うのは初めてだった。しかも更識さん、休日の早朝だからか、パジャマにカーディガンを羽織ってと、いかにも女の子らしい姿で正直凄く可愛らしかった。……それは今は関係ない。

 あの時、何かあったか。普通に話して、普通に別れたけど。

 

「えっ? だ、だって……折角、お話してくれてたのに……私、あの時逃げるように帰っちゃって凄い失礼なことしたって思ったから」

 

 まさかとは思うが、そんなこと気にしてたんだ。

 思わず、そう口にしてしまった。

 

「そ、そんなことって……! わっ、私ッ、凄い感じ悪いことしたって思って……ずっと、不安だったのに……!」

 

 言葉が過ぎた。声を荒げる更識さんを宥める。

 不安にさせてしまったのか……それはそれで申し訳ないことをした気がする。

 でも、別にそこまで気にするようなことを更識さんはしていないのだから気にする必要はない。そういうのは気にし始めるとずっと気になるのも勿論分かるが、怒ってない。

 むしろ、何で俺は怒っていると思われていたんだろうか。無愛想だから、そういう風に思われたとか。

 

「そうじゃなくて……ほら、月曜日。いつも来るのに……来なかったから、怒らせたんじゃないかって思って」

 

 そういうことか。合点がいった。

 その日は用事を済ませていたから来れなかったんだけど、何というかタイミング悪かった。そのせいで勘違いさせてしまった。

 

「……かん、ちがい……? じゃあ……私の考えすぎってこと……?」

 

 そういうことになる。

 よかった。特に何かあったわけじゃなかったんだ。

 そう俺は安心したが、更識さんの顔が見る見る青ざめていく。自分の失態に気づき深く反省するようなそんな感じだった。

 

「――ご、ごめんなさいっ! 私の考えすぎでまた失礼な態度を! ほっ、本当にごめんなさいっ!」

 

 何度も頭を下げて更識さんは必死に謝ってくる。

 別に謝ることじゃないし、誤解みたいなものは解けたんだからそれでいいだろう。

 更識さんもいろいろと自分の中で整理がついてみたいで落ち着きを取り戻しているし。

 

「よかった……その前のこともあったから余計に心配で……」

 

 そうだったのか。

 それは確かに不安にもなる。

 済んだ話とは言え、あの日のことを言われると俺もいろいろと思うことはある。

 やっぱり、いくらなんでも出すぎたマネが過ぎたとか、いろいろ。

 

「ううん……気にしないで。その……あんなこと言われたの始めたから……び、びっくりしたけど、はっきり言ってもらえて私……う、嬉しかったよ……」

 

 ならよかった。

 更識さんにそう言ってもらえただけで、安心できる。

 別に喧嘩していたわけじゃないが、誤解も解けたことだし、更識さんと仲直りしておきたい。そうお願いしてみた。

 

「そ、それはこっちの台詞。……仲直りさせてほしい……それから、これからも、お、お友達でいてくれる……?」

 

 もちろん、喜んで。

 俺から更識さんへの返事はそれ以外ありえなかった。

 

「よかった」

 

 更識さんは安堵の笑みを浮かべていた。

 

 これでこの話も済んだ話にしたい。あんまり続けてもいい話ではないだろう。

 

「そうだね……あっ、じゃあ……聞きたいことがあるんだけどいい……?」

 

 何かと尋ねる。

 

「月曜日用事で来れなかったって言ってたけど何してたの……? あ……こ、答えたくなければ無理に答えなくても大丈夫だから」

 

 そう遠慮気味に言われた。

 月曜日は急な引越しに追われていた。

 

「え!? 引越し!? も、もしかして転校?」

 

 転校なんて大げさなものではなく、ただ部屋の移動。

 引越しをしたせいでついに一夏とは別室になってしまった。一夏と同室だと篠ノ乃達あの三人が頻繁に部屋に来て五月蝿くて仕方なかったが、別れてみると寂しいものがあるのはここだけの話だ。

 それでも別室になってよかったと思うことのほうが多いが。

 

「そうなんだ……でも、どうして引越しを……? あの一組に来たっていう転校生が関係してたり……?」

 

 更識さんは察しがいい。

 俺が引越ししたのは更識さんが言う通り、転校生が原因だった。

 水曜日の今日から二日前の月曜日。六月最初の月曜、一組に転校生が二人突然やってきた。

 一人はいかにも女軍人って感じのドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒ。もう一人が貴公子という言葉がよく似合う男子、フランスからきたシャルル・デュノア。二人とも代表候補らしいとか。

 この時期に転校してくるのにも驚いたが、一番驚いたのはデュノアだ。一夏と俺以外にもまさか、男でありながらISを使える奴がいるなんて思ってもみなかった。

 二度あることは三度あるという言葉もあるし、ありえないことではないんだろう。それでも説明つかないことではあるが。

 

「ドイツのは知らないけど……フランスのはチラッと私も見た。何か凄い中性的で可愛い系の美男子だったね」

 

 更識さんもクラスの子達と同じ様な感想を言う。

 やっぱり、デュノアは女子からそう見えるのか。

 でも、その通りなので俺も同意見だ。デュノアは男子にしては凄い中性的で可愛い系に分類されるのは間違いない。しかも美形。

 デュノアといい一夏といい美形が多いな、俺の周りは。

 

「それで何で引越し……?」

 

 不思議そうに更識さんは首をかしげる。

 

 それは一夏とデュノアが同室になったからだ。

 一夏は『三人で仲良く暮そうぜ』なんてことを言っていたが、元々二人部屋である部屋を三人で使うというのはいろいろと窮屈になる。

 その辺は学校側というか大人もちゃんと考えてくれていたみたいで、部屋を追われた俺にもちゃんと新しい部屋を用意してくれていた。

 寮に空いてる部屋なんてないから、寮の横に隣接されたプレハブハウスだったが。

 

「あ、あの倉庫みたいなの部屋だったんだ」

 

 更識さんも知ってはいるんだ。まあ、目立つから知っていても無理ない。

 というか倉庫……そうとしか見えないか、やっぱり。本当に外見は四角い箱で俺も倉庫にしか見えない。

 だが、部屋はIS委員会と政府がわざわざ特注して用意してくれたらしく室内は広くて、防音性・通気性・断熱防寒に優れており、キッチンやトイレ、風呂まで完備。家電家具は高級品ばかり一通り揃っている。もちろん寮の中から出入りできる。

 元いた部屋よりよくて正直新しい部屋を用意してくれたことにいろいろ勘ぐって怖いものもあるが、いい部屋には変わりない。ありがたく使わせてもらうことにした。

 

「へぇ……至れり尽くせりなんだね」

 

 まさにそうだ。

 

「……新しいお部屋、か……」

 

 ぽつりと更識さんがそう言ったのが聞こえた。

 まだ何かあるのだろうか。

 

「……う、ううんっ! 何でもないっ……」

 

 何故か頬が少し赤い更識さんは慌てて言った。

 

 にしても、デュノアか……気になる。

 ボーデヴィッヒは一夏をいきなり殴った上にクラスに関わろうとしないから、しょっぱな一夏の頬を叩いた奴という以外の印象は特にない。

 でもデュノアは同性だからか一緒に行動することが多い。なので、行動一つ一つが不審に思えると気になることがいくつかあった。

 

「不審って……まあ、確かに男子でこの時期に転校してくるのはあきらかに怪しいけど……」

 

 そうデュノアは怪しい。それもいろいろと。

 クラスメイトでこの学園で数少ない同性を疑うのはよくないことなのは分かっているが、疑わずにはいられない。

 専用機持ちなのは自分そうだからそれは別に変じゃないが、デュノアはフランスの代表候補。男で代表候補になれるものなんだろうか。俺や一夏が日本の代表候補になろうとした場合、アラスカ協定に抵触するらしく、なれないとのこと。

 仮に協定上なれるとしても、女の競技の代表候補に男がなったらいろいろと言って来る人もいるだろうし、問題にもなる。デュノアとフランスはその辺上手くやっているのか。

 

 後、デュノアはISの操縦が上手い。出来ないやつの僻みになるが、俺や一夏では到底足元に及ばないほど。つい最近乗り始めてIS学園に来る為にもう特訓したからとデュノア本人は言っていたけど、素人目線ながら実力的に代表候補であるオルコットや凰に匹敵するだろう。

 

「そう言われるとそうだね……そう言えば、デュノアって名前、同じだけかもしれないけど……フランストップIS企業にデュノアって社名のIS企業がある」

 

 そう言えば、デュノアの父親は企業の社長をしていると、一夏達と更衣室で着替えている時、チラッと聞いたな。

 ということはデュノア社のお坊ちゃん。そして男性操縦者で、国家代表。いろいろとそろいすぎてる気がするのは俺だけか。

 

「揃ってはいるね。つけたすとね……デュノア社は第二世代のノウハウは世界トップクラスだけど、フランスとデュノア社が第三世代の開発に成功したって聞いたことはない」

 

 デュノアの専用機はそのデュノア社製の ラファール・リヴァイヴのカスタム機だった。

 第三世代機が完成していれば真っ先にデュノアに任せるだろうし、何かこうしてデュノアについて改めて考えてみると怪しさが増す。

 何より、あの容姿だ。

 

「まだ怪しいところがあるの……?」

 

 更識さんに今一度、デュノアを見てどう思ったのか聞いてみた。

 

「どうって……さっき言ったのと変らない。美形で凄い中性的……その変な言い方になるけど、女の子の姿させたら女の子でもいけそうな感じする。貴方こそ、どう思うの?」

 

 更識さんに聞かれて俺は答える。

 俺は正直同性なのか少しだけ疑っている。女みたいな顔ってのは男でも世の中たくさんいるが、デュノアの場合は失礼だろうが何だか女にしか見えない。

 実技の授業の時ISスーツに着替えるのだが、着替えてる姿を見られたくないのかあらかじめ着替えていたり、隠れてこそこそ急ぎながら着替えてることが多い。

 着替えなんて見せるものでもないし、見られてうれしいものじゃないが、デュノアの場合は何か露骨だ。

 後、一夏に馴れ馴れしくされると凄い恥ずかしがる。その姿は本当に女子みたいだ。その癖、一夏にはベッタリといろいろとチグハグな奴。

 だからこそ、余計に同性なのか疑ってしまう。

 

「仮に女子だとして……嘘つくのに何のメリットが……」

 

 う~んと考え込み更識さんと一緒になって思案する。

 

 間違いなく、一夏狙いだろうな。

 俺は同じ男でもただISを動かせることしか出来ない素人だが、一夏は違う。第三世代機持ちでメキメキ強くなって、ワンオフアビリティーなる特殊能力みたいなものまで開花させている。

 しかも、お姉さんはあの世界最強のIS競技者である織斑先生。お近づきになれていろいろと情報やらなんやら取ることが出来れば、それだけで他国と大きく差をつけられる。まあ、考えすぎな気もしなくはないが。

 

「まあ、可能性の話としてはそれが一番有力かも、ね……」

 

 更識さんも同意見のようだ。

 異性より同性の方がこの学園では近づきやすいし、実際一夏とデュノアは同室。今回の引越しもそのことが関係してたりしてな……。

 

「後、広告塔って意味もあるのかも……」

 

 どういう意味か分からず俺が首をかしげると更識さんは説明してくれた。

 

「デュノア社とフランスは第三世代の開発に成功してないみたいだから……デュノアって子を男子にすることで注目を集めて、そこから資金援助や技術援助を受けようとするってのもありえなくはない。実際、倉持が貴方と織斑で同じことしてるし……」

 

 そう言えば、そうだった。

 一夏はどうか知らないし大々的に広告塔として使われているわけじゃないが、倉持の打鉄を使っている俺にはたまに倉持から新型の武装や試作の武装のテストなんかも依頼される。報酬がかなりいいから、それ以上のことは気にしないようにしていたが。

 

「でも、仮に今まで私達が話していたことが全部真実だとしても……バレる可能性のほうが高い気がする。バレた時の損失がどれだけのものになるのか」

 

 やっぱり、リスクが高すぎる。

 世界有数の企業とは言え、一企業で出来ることなんだろうか。そういう知識も学もないからよく分からない。

 まあ多分、こういうのって大体国やIS委員会が関わっているんだろうな。そういう陰謀もののアニメや漫画によくあることだ。

 でも、これはここだけの話とするのが一番か。下手に正義感翳して真実かどうか確かめたり、詮索しているのがバレて危険な目にあうのはアホらしい。関わりたくもない。更識さんも巻き込むようなことは絶対に避けたい。

 

「私も何もしない。そんな暇ないし、お互いもう忘れよう……それが一番」

 

 言う通りだ。

 これはただの馬鹿話。

 子供の想像の域を出ていないだろうし、真実はこんな子供が思いつくような単純なものじゃない。

 

 けれど、これが事実なら一夏を見捨てることにもなるのか。

 まあ、一夏なら上手くやるだろう。何故だか分からないがそんな気が凄いする。一夏は何だかんだでいろいろとついている奴だ、上手くやるだろう。

 これ以外、言いようがないというのが本心だが。

 しかし、デュノアが本当に女子だった場合、一夏へのハニートラップだったりしてなあ。

 

「ふふっ、何それ……貴方アニメや漫画の見すぎだよ」

 

 笑って流されてしまった。

 更識さんに言われると少し思うものがあるが、それもそうか。現実にそんなことあるわけない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 更識さんとトーナメントに

 一礼告げて職員室を後にした時だった。

 

「お~い」

 

 聞き慣れた声が聞こえてくる。

 誰かと思えば。

 

「やっほ~」

 

 声をかけてきたのはクラスメイトの布仏さんだった。

 相変わらずのほほんとした雰囲気の子だ。

 そして今は一人。珍しい……この子はいつも仲のいい子複数人といる印象が強い。

 

「ねーねー」

 

 間延びして呼びかけられ、変なあだ名で呼ばれる。

 名前の頭文字一文字を伸ばして呼び、ちゃん付けで呼んでくる布仏さん。

 よくある普通のあだ名だが、犬猫につけるような感覚のあだ名でもある。なんともいえない気分だ。

 どうせならいっそのこと、一夏みたいに『おりむー』と変なあだ名で呼ばれるほうがまだマシな気がする。

 

「え~可愛いのに~」

 

 ぷくぅっと頬を膨らませて布仏さんが抗議してくる。

 確かに可愛い呼び方だが、それは女子や犬猫につけるからいいのであって、男子がちゃんづけで呼ばれるのはかなり辛い。

 

「じゃあ、私のことも本音ちゃんって呼んでいいんだよ~のほほんさんとすら呼んでくれないんだし~」

 

 それはそれでまた別の意味でレベルが高い。

 勘弁してくれ。

 

「まったく~仕方ないなぁ~」

 

 俺が悪いみたいになってしまった。

 

「というか、職員室に何か用事だったの~?」

 

 俺はつい先ほどまで個人的に貰った課題の提出をしていた。

 後、手伝いを少々。

 

「そういうの本当好きだね~」

 

 別に好きな訳じゃないが、課題貰ってたりしてるからこんな時にでも返していかないとと思っただけのこと。

 そういう布仏さんこそ何をしているんだろうか。

 

「私はさっきまで別クラスのお友達とお茶してんだよ~。整備科志望の~」

 

 別クラスの人達……この子、本当に交友範囲広いな。

 

「まあ、それだけが取り柄みたいなものだからね~。で、今から第二整備室に行こうと思ってるんだけど~」

 

 第二整備室は俺と更識さんが使っている整備室だ。

 

「そっちはこれからいつもの整備室~?」

 

 頷いて肯定する。

 今日は整備室を利用する日だ。

 丁度今から向かおうとしていたところ。

 

「じゃあさ~一緒に行こうよ~?」

 

 別に構わない。

 布仏さんは整備室、更識さん、何か用事なんだろうか。

 

「用事か~まあそんなところ~?」

 

 俺に聞かれても困る。

 まあ、大丈夫だろう。布仏さん一人みたいだし、布仏さんは更識さんの幼馴染。何も問題ないはずだ。

 

「じゃあ、決まりだね。れっごーごー!」

 

 布仏さんを連れて、整備室へと向かう。

 

「そうだ。かんちゃんと友達になったんだってね」

 

 そんな言葉を投げかけられる。

 その通りだ。一々言うようなことじゃないから俺から布仏さんに言ったわけじゃないけど、更識さんが言ったんだろうか。

 

「ううん、かんちゃんは何も言ってないよ。ただ最近かんちゃん見てると何となくそんな風に感じただけ。でも、そっかそっか~ふふっ」

 

 布仏さんは嬉しそうに笑った。

 そんな言わなくても分かるほど、更識さんに何か変化があったんだろうか。

 

「そりゃもちろんだよ~! まず雰囲気が柔らかくなったし、嬉しそうな顔してることが増えたんだから。私が気づいてるのに気づくとすぐ無愛想な顔するけど、とっても可愛いんだよ~」

 

 そう言われると気になる。見て見たい。

 でも、そうした変化があることはいいことなんだろう。よかった。

 

「だね~IS学園に入学していろいろとあってからかんちゃん、ずっとふさぎ込みがちだったから。でもまさか、かんちゃんに友達が出来て、しかも君だなんてね~私もビックリだよ~! もしかしておりむーに女の子の口説き方でもならった~?」

 

 習ってない。凄いこと言うなこの子。かなり酷い。

 でも、そう言われても仕方ないのかもしれない。

 相手は更識さんだし……そう思うと口説いたと疑われたことに我ながら納得してしまった。

 けれど実際のところ、話すようになったら趣味があって、それから友達になったというありきたりなきっかけだ。

 

「へぇ~そんなことが。まあ、きっといい機会だったんだよ」

 

 俺もそう思う。

 そんな話をしていると、いつもの第二整備室に到着した。

 

「……」

 

 中へ入ると今日も更識さんはいつものスタイル。

 展開待機状態の専用機の前でディスプレイに向かい、キーボードを叩きながら作業中。

 ただ最近は更に力を入れているようで、紙の資料や参考書らしき本が更識さんのあたりにはたくさん積まれていたりする。

 こちらに更識さんはまだ気づいてない様子。かなり集中しているんだな。

 邪魔しないよう様に気をつけながら、とりあえず挨拶の声をかけた。

 

「……ん? あっ! こんにち……――ッ!?」

 

 挨拶を返してくれようとしたみたいが、更識さんは固まってしまった。それはもう見事に。

 その訳は間違いなく。

 

「やっほ~かんちゃん。精が出るね~」

 

「な、なんで本音がここに……」

 

 驚いた様子で更識さんは布仏さんを見ている。

 

「いや~偶然彼と会ってね。折角だから一緒に来たんだよ~」

 

「……」

 

 何で連れてきたのと言わんばかりにじっと見つめられる。というか、睨まれる。

 そんな睨むほどダメだったのか。悪いことしてしまった。

 

「ダメってわけじゃないけど……」

 

「ほら、かんちゃん。そーんな怖い目してたら可愛い顔が台なしだよ~」

 

「うるさい……はぁ」

 

 いろいろと諦めたような溜息をつく更識さんの姿が印象的だ。

 とりあえず、俺と布仏さんは適当なところに腰を落ち着ける。

 

「で、本音……何か用……?」

 

「まずは~簪お嬢様の様子見に来たんだよ~。根つめすぎてないか心配だからね。なんたって、私は簪お嬢様の専属メイドだからね!」

 

 えっへんと胸を張りながら布仏さんは言う。

 言われた更識さんはただただ呆れた様子だった。

 

「取ってつけたように言って……後、その呼び方しないで。次、その呼び方したら追い出す」

 

「ふぇぇ~目が本気だよ~。でも、まだ大丈夫そうで安心したよ~」 

 

「うん……ありがとう。私は大丈夫だから……じゃあね、本音。出口あっちだよ」

 

「はいは~い~! って! まだ帰らないってば! どんだけ帰したいの!?」

 

 何だかコントを見せられている気分だ。

 ふと今気づいたけど、更識さんは満更でもない様子。

 幼馴染だから付き合いが長い分、遠慮なく言えるぐらい仲いいんだな二人って。

 

「次は何……?」

 

「いやね~ほら、そろそろ学年別トーナメントでしょ? かんちゃんどうするのかな~って」

 

 そう言えば、六月の下旬頃に一週間かけて学年別トーナメントと呼ばれる学校行事が行われる。

 この行事には各国政府関係者やIS開発関係の研究所員、企業エージェントが多く見に来て、一年は浅い訓練段階での先天的才能を披露し。続く二年は一年生から成長した成果を披露。

 そして三年はより具体的な実戦能力を披露して、国や企業からのスカウトを勝ち取ったりと言わば、生徒の発表会みたいなもの。 

 ちなみに生徒全員強制参加。更識さんとはこの話をしなかったし、普通に出ると思っていた。

 

「……」

 

 けれど、更識さんの表情が曇った。

 出ないつもりなのか。

 

「……出られる状態じゃない……」

 

 その通りではある。

 更識さんの機体はまだ開発中で実戦ではまともに動ける状態ではないと以前聞いた。

 でも、そういう人達が来る手前、出ないといろいろとマズい気はする。こういう事情は考慮してくれるだろうが、一個人としての実力は確かめられないわけだし。

 

「まあ……だよね~出ないとマズいんじゃない? かんちゃん、代表候補なんだしさ」

 

「……それは分かってる。万が一出ないといけないとなったら訓練機借りて出るのも考えてないわけじゃないけど……今年は個人戦じゃないらしいし、今更私と何か組んでくれる人はいない。出るとなったら、訓練機でも専用機持ちのブロックだろうし」

 

 専用機持ちが多い今年は例年通りの個人戦でなく、タッグマッチに変更になった。

 なんでも今年の新入生には第三世代型のテストモデルが多く、自衛の経験を詰むことを兼ねて集団戦闘を積ませる目的らしい。

 俺も一応専用機持ちなので専用機持ちのブロックに組み込まれている。

 

「本音が組んでくれるわけじゃないでしょう?」

 

「それを言われると辛いよ~。私の成績じゃかんちゃん達のブロックに参加できないよ~」

 

 専用機持ちのブロックにも専用機持ちではない一般の生徒も組みこまれている。

 ただし出られるのは実技の成績が高い生徒のみ。まあ、専用機を相手にするのだから当たり前だ。

 なんでも一般生徒が組み込まれている理由は、そうした成績優秀者が専用機相手にどこまで出来るのか確かめる狙いがあるとのこと。そうすることで一般生徒は将来の就職先である国や関連企業団体への自己アピールの場となり、例年と比べてスカウトの確率は上がるらしい。

 

「あ、でも~組んでくれる相手さえいればいいんだよね」

 

「いないってば」

 

「ちっちっち~いるんだよ、それが。ねー」

 

 と言って布仏さんは俺を見る。

 釣られるように更識さんを俺の方を見てきた。

 

「えっと……」

 

 言いにくそうにしている更識さんが何を聞きたいのかは分かっている。

 まだ俺のペアの相手は正式には決まっていない。

 デュノアが転校してくるまではずっと一夏と組むことになるんだろうなと思っていたが、一夏はデュノアと組むことにしたらしい。

 それは別にいい。予め約束していた訳ではないし。

 となると俺は絶賛あまり者状態。現在は専用機持ちのブロックに出る子にペアを組んでくれないかと交渉している最中。あまり良い手ごたえは感じない。

 最近ようやく実戦形式の試合をまともに成立できるようになった程度で一夏やデュノア達ほど動かせるわけではなく。

 何より、『学年別トーナメントで優勝すれば男子三人のうち一人と付き合える』というとんでもない噂をきっぱり否定してしまったから、俺と組むのは乗り気ではない様子。

 

「その噂聞いたことある……嘘だったんだ」

 

 何故か更識さんはほっとしていた。

 

「あれは凄かったよね~皆私と私とって言っていたのに、おりむーとでゅっちーが組むって決まって、君が噂否定したらぱったりお誘いなくなってさ」

 

 布仏さんは笑っていっているが、笑い事じゃない。

 皆のモチベーションを下げたのだからある意味自業自得なのだろうけど、ああも手の平返されると心にくる。女子って本当に怖い。

 俺は一夏とデュノアのオマケ程度だったんだと痛感させられたというか何と言うか。

 

「ということでここに空いてる専用機持ちブロックの選手さんが一人いますけどお客さんいかがでしょう~」

 

「お客さんって……でも……」

 

 迷った様子の更識さん。

 やっぱり、ダメか。そうだよな、俺と組んでも勝率は低い。組むなら、高い勝利を望める人のほうが言いに決まっている。これは学校行事ではあるが、今後を左右しかねない大切なことでもあるのだから。

 

「貴方が嫌とかそういうことじゃなくて……ただやっぱり、訓練機で出るのに抵抗があって……じ、自業自得なんだけど……」

 

 専用機持ちならではの葛藤、みたいなものなんだろうか、それは。

 専用機が未完成なことを日本の政府関係者や企業以外の他国の人達に大々的に公表するようなことにもなりかねないしな。更識さん一人で決められるような問題でもないのか。

 

「うん、それもある……貴方はどうしたい……? 私と組みたいの……?」

 

 それはもちろん。

 今交渉している子達はクラスメイトだったりするが、更識さんほど仲がいいわけじゃない。

 組むならよく知った相手のほうがいい。

 更識さんがトーナメントに出るのならぜひとも自分とペアを組んでほしい。そう素直に思う。

 

 それに更識さんとならきっといい結果が残せるかもしれない。いや、組むからには残したい。

 現実的に考えて優勝は無理だ。専用機相手に甘い考えが通用するとは思ってない。

 それでもやるからには、更識さんと組ませてもらうからには最善に最善を重ねた結果を残すつもりだ。綺麗事なのは重々承知の上、例え訓練機でもトーナメントに出れるのなら、できる限りのことをしよう。共に最善の結果を示せるように力を貸してほしい。共に頑張りたい。

 

「……」

 

 更識さんは考え込んだまま何も言わない。

 少しばかり言葉が過ぎただろうか。更識さんにも事情はあるのは理解しているが。

 

「ううん、そんなことないよ……そうだね。自業自得だとしても専用機持ちが訓練機で出るのは情けないってどうしても思ってしまうけど……欠席するよりかはマシだよね。出来る限りのことをする……私、やってみる」

 

 それは俺とペアを組んでくれると言うことなのかと確かめた。

 

「うん、こちらこそよろしくね……」

 

 更識さんは微笑みを浮かべながら了承してくれた。

 俺はほっとして、感謝を告げた。

 

「よかったね、二人とも。めでたし、めでたし~だね」

 

 布仏さんにも感謝しなければ。

 布仏さんがいなければ、ここまでスムーズに話は進まなかった。

 感謝の限りだ。

 

「えへへ~どういたしまして~。これは貸しにしとくね。おっきいよ~」

 

「もう、本音ったら……」

 

 これは随分と大きな借りが出来てしまったな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 トーナメントに向けて更識さんと 前編

 学年別トーナメントで更識さんと組むことが決まったあの日。その日のうちに更識さんと申請し、無事受領してもらえた。

 ただやっぱり、先生方は俺と更識さんがペアを組むことはもちろん。そもそも先生方も更識さんは出ないと思っていたらしく、大分驚かれてしまった。

 けれど、正式に出れるようになってよかった。だが、これで安心してはいけない。ようやくスタートラインに立っただけだ。

 六月中旬の今、学園トーナメントまで一週間ちょっとしかない。時間があるだけマシだが、タッグ戦はぶっつけ本番でペアとの息が合うようなものではない。

 なので今日からトーナメント前日ギリギリまで一緒に特訓をすることが決まった。

 

 そして今、時間は放課後。

 初日から早速特訓をする為、ISスーツに着替えた俺は同じくISスーツに着替えている更識さんを待っている最中。

 思えば、こうして整備室以外で更識さんと何かをするのは初めてだ。学校や寮ではちらっと見かける程度で、他クラスとの合同授業は二組とばかりで三組や更識さんがいる四組とはまだやったことがない。

 更識さんのISスーツ姿を見るのも初めて。

 正直言うと、更識さんのISスーツ姿に期待してしまっている。こういうのはよくないと分かっていながら、どういう感じなんだろうと思えばつい。

 ISスーツは際どいがそこはまあ。入学したての頃よりかはある程度慣れはしたけども。

 

「……お、お待たせ」

 

 聞き慣れた声。

 しかし控えめに声をかけられたが変なこと考えてしまっていたせいで、つい驚いてしましまった。

 

「きゃっ!」

 

 当然、更識さんを驚かせてしまう。

 早速すまないことをしてしまった。集中しよう。

 

「だ、大丈夫。謝らないで……気にしてないから」

 

 よかった。

 そう思ったのと同時に、ISスーツ姿の更識さんに目が行ってしまった。

 眼鏡こそかけているが、ヘッドギアはつけてない。何だか新鮮だ。

 そして、例に漏れず更識さんもスタイルいい。細身体型だが体のラインやくびれが綺麗で魅力的だ。

 それに胸も……。

 

「……あ、あんまり……見ないで、は、恥ずかしい……」

 

 消え入りそうな声で言って更識さんは、恥ずかしそうにしながら隠すように両腕で自分の体を抱きしめる。

 しまった。よくないと思っていたにも関わらず、異性、しかも友達を俺はなんて目で見てるんだ。反省して自重しなければ。

 

 とりあえず行こう。ここに留まっていても仕方ない。

 

「そうだね……」

 

 歩き出す俺達。向かう先はシミュレーター室。

 IS学園にはIS専用の訓練用VRシミュレーター機が数多く設置されている。シミュレーター機はIS操縦者に比べて絶対数が少ないコア、機体数を補うため開発されたものらしく。噂によるとこれの雛形をISの開発者である篠ノ之博士がじきじきに開発しただとか。

 もちろん学園だけではなく、ISを扱う多くの国や様々で機関などで最新型のシミュレーターは活用されている。

 本当は実機を使って実戦訓練をするのが一番いいのだが、トーナメントの申請をしたのが昨日。

 俺は一応専用機として倉持から借りている打鉄があるからいいが、更識さんは訓練機を借りなければいけない。しかし、昨日の今日ではいきなり訓練機を借りることは出来ない。

 訓練機は借りるのにたくさんの書類を書かなければならないし、今はどこもトーナメントに向けて訓練機をレンタルしていて、そもそも開いてる日が少ない。

 

「仕方ないよ……そればっかりは。動き出すのが遅い私が悪い。……明後日とトーナメント二日前の二回借りれるだけよかった」

 

 それはそうだ。

 その二回向けてコンビネーションだとかを何とか形になるようにしよう。これがトーナメントまでの簡単な目標だ。

 それまではシミュレーターでどうにかするしかない。

 

「……ッ、ごめんなさい……私の都合につき合わせて……私がもっと――」

 

 隣で共に向かう更識さんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 謝る必要がなんてない。何より、それは言いっこなしだ。

 仕方ないと言ってしまえば、それまでのことで、更識さんが打鉄弐式が完成していれば(今考えていること)とあっていれば、それは確かに実際その通りだ。

 でも、言ったところでそうではないのだから、今あるものでするしかない。

 

「でも……何なら私に付き合わず、一人で実機訓練したい時は言って。その時私、一人でシミュレーターしてるから」

 

 更識さんなりに気を使ってくれているんだろう。そこは嬉しい。

 しかし、それこそどうなんだ。

 タッグマッチなのだから、二人一緒に訓練しないと意味がない。

 気にする気持ちも分からくないが、このトーナメントは二人の問題。更識さんと二人で訓練がしたい。

 

「ありがとう……そう言ってくれると助かる」

 

 少しずつ安堵の表情を浮かべてくれる更識さんの姿を見て、俺も安心した。

 

 シミュレータールームへと着くと受付に向かう。

 事前に申し込みはしていた。

 

「はい。では、お名前の確認と申請書類の提示を」

 

 担当の人にそう言われ、俺達は受付を済ます。

 時期が時期だからか、同じ様な目的で利用しに来ているだろうたくさんの生徒がいる。中には見知った顔もちらほらと。

 そして、俺達は当然のように目立っている。男の俺が来たらそれは当然だろうし、隣にいる更識さんも注目の的だ。

 

「あれって日本の代表候補やってる四組の更識さんじゃない」

 

「本当。あの生徒会長の妹の……ってか、男連れじゃん。いい身分。それにあの男子って」

 

 凄い言われようだ。

 

「……」

 

 当然、更識さんは居心地悪そうにして俯いている。

 こうなることを考えてなかったわけじゃないが、いざこうなると更識さんに申し訳ない気持ちがまた強くなってきた。

 

 こういう時はさっさと訓練始めるのに限る。

 気に止めないようにして、宛がわれたそれぞれのシミュレーター機の中へと入った。

 球体状のドーム内に設置され、様々なアームで固定された展開待機状態の打鉄に似た姿をしたこれがシミュレーター機。

 ヘッドマウントディスプレイを被り、シミュレーター機を装着すると、システムが立ち上がる。

 

『スキャン完了。VRシステム正常に起動。シミュレーターシステムスタンバイ』

 

 システムアナウンスが聞こえ、手元のコンソールを操作し、機体の調整をしていく。

 といっても実機のような最適化ではなく、キャラを操作する系のゲームにあるコントローラースティックの感度を調節したりするコンフィグみたいなもの。

 

 シミュレーターを使うの久しぶりだ。というより、シュミレーター自体四月頃試しに二、三回使ってみた程度。

 普段の訓練は一夏と実機訓練をしているし、そもそも専用機持ちは必要ない。

 実機さえあればアリーナはたくさんあるから自由に使え、何よりISは稼働時間を詰むことが大切だ。シミュレーター機使うぐらいなら、実機を動かしている方が遥かいい。

 後、学園にあるシミュレーター機は訓練機と同様の打鉄タイプとラファールタイプの2種類のみで、専用機のデータが入ったものなんてないから、いろいろと機体の操作感覚や装備などが違っていて、使いにくく感じるらしく、専用機持ちである一夏やオルコット達はシミュレーター使いたがらなかった。

 その点、俺はついている。待機形態になるようになっているだけで、学園にある訓練機の打鉄と変わらない。VRだからちょっとした差異はあるだろうが、大きく差し支えるような問題ないはずだ。

 

「こっち準備できた。そっちはどう……?」

 

 更識さんから通信が届き、答える。

 こちらも機体の調整は出来た。いつもでも始められる。

 

「じゃあ、ちょっと慣らしに付き合ってもらってもいい……? シミュレーター使うの久しぶりだし、授業以外で身体動かすのも久しぶりだから」

 

 分かったと俺は返事を返す。

 俺も少し慣らしておきたかった。

 久しぶりのシミュレーター。実機とはかなり違うが、何処まで動かせるのか確認したい。

 

「じゃあ、よろしくね」

 

 俺達は慣らしを始めた。

 やることは体を動かしてみたり、空中を飛んでみたり、普段授業でするようなウォーミングアップ。

 やっぱり、最新技術がふんだんに使われているんだろう。映像はもちろん、音や体感がかなり本物に近い。武器を持った感覚や武装の呼び出しも再現度が高い。実際持って使ってるみたいだ。

 ただやっぱり、実機と比べてしまうとどうしても物足りなさみたいなのを感じるが、些細なもので大して気にならない。

 最新技術って本当に凄い。

 

「……まあ、こんなものか」

 

 更識さんも慣らしは済んだみたいだ。

 じゃあ、そろそろ試しに一試合。まずは俺が何処まで動けるのか、更識さんに見てももらわなければ。

 大丈夫。シミュレーターとは言え、ISについては授業や自主練で経験や知識はたくさん積んだんだ。早々無様な結果にはならないだろう

 

「できるだけ本気で行くから……そっちも本気で」

 

 もちろんだ。

 胸を借りる気持ちでいかせてもらおう。

 更識さんへと俺は挑んでいった。

 

 

 

「んー……そう、だね。思ったより基本は出来てた」

 

 そう言ってもらえるだけ慰めになった。

 模擬戦を終え、シミュレーターの通信機能で通話している今。

 試合結果を言うと、当然の如く俺の負けだった。途中まではちゃんと試合にはなっていたが、更識さんが感覚を取り戻した終盤から試合終了はそれはもう酷かった。

 

「そ、そんなことないって……私、結構きつかったから」

 

 更識さんの優しい言葉が痛いほど身に染みる。

 言われた通り、出し惜しみせず本気で挑んでこれだ。

 思ったよりシールドエネルギーは結構削れたけど、更識さんには久しぶりのシミュレーターがやっぱりハンデになっていたからかもしれない。

 

「そんな気にするほどじゃないよ……4月から始めてこれでしょう。ここまで動かせるのは凄いよ。基礎がしっかりしてないとまず無理だから。貴方が自分でも訓練を怠ってない証拠。流石」

 

 更識さんは優しい。

 でも、基礎がいくらしっかりしていてもまだまだ。

 更識さんにもこう言ってもらえたんだ。もっと頑張らねば。本番までには最低でも更識さんの足を引っ張るような真似をしないようにしたい。

 初っ端から一夏のように上手く動かせれば、格好もついたのだがやはりそう甘くはない。

 

「気持ちは分からなくないけど……織斑一夏のことは忘れた方がいい。アレはおかしいから。貴方と一緒でISの操作なんて素人のはずなのに、イギリス代表候補や中国代表候補とちゃんと試合成立させられていたんでしょ? ISがいくら優れた兵器だからって普通、候補生と素人では試合にすらならない」

 

 言われて見れば、確かにその通りだと思う。

 同じ素人である一夏は以前、オルコット達代表候補生達と試合を成立させていた。

 もっともあれは一番に一夏を皆一様に舐めきっていたのがあるだろう。後は一夏の情報不足やワンオフアビリティーの初見殺しとかいろいろな条件がかみ合ったってのは勿論あるだろうが。

 やっぱり、持ってる奴は持っている天性の才能という奴なんだろう。

 人を惹きつけ、好かれる、その上才能がある。こうして要点だけ並べると一夏になりたいとは思わないが、やはり憧れる。眩しい存在だ。

 

 でも、一夏のことはここまで。頭を切り替えていこう。

 練習あるのみだ。

 

「うん、その調子。私でも教えられることはあると思うから……その、任せて」

 

 ありがたい限りだ。

 思えば、今代表候補とこんな風にマンツーマンで一緒に訓練できるなんて滅多にあることじゃない。むしろ、ある意味ではとても栄誉なこと。

 それにやはり、更識さんは強い。流石は日本の代表候補生。

 

「お、おだてても何もないから。や、やめて恥ずかしい……えっと、それでこれどうしようか。基礎はしっかりしてるけど、ただ絡め手や意外性を持った攻め手が足りない感じだから、そういうのあるといいかも。正直、今だと何してくるのか読みやすい」

 

 なるほど。

 こうして傍から見た感想を細かく言ってもらえると為になる。

 その辺りを強く意識して、もっとあれこれいろいろ考えながらやってみよう。

 俺はもう一試合更識さんにお願いした。

 

「いいよ、また一試合やろう。それで思いつく限りのことして来て。ダメなところとか、こうしたほうがいいよってところあったら言っていくから」

 

 

 

 

 シミュレータールーム、すぐ傍にある休憩室。

 その中にあるベンチに俺は深く腰をかけ、体を預けるように背にある壁にもたれる。

 幸いなことにたくさんある休憩室の空いているところにいるせいか、他に人は居らずゆっくり休める。

 

 あれからまた二~三試合更識さんに付き合ってもらったのだが、先に俺が根をあげる形で一旦休憩となった。

 シミュレーターとは言え、体を動かしていたのだから体が疲れたのと後は単純に酔った。VR酔いとでも言うべきか。

 あれだけの時間、シミュレーターを長時間使っていたのが原因だ。今気分悪い。吐き気はないものの、頭がぐらぐらして辛い。

 

「少しはマシになった……?」

 

 何処かへ行っていた更識さんが戻ってきた。

 更識さんは平気そうだ。だがらこそ、余計に今の自分が不甲斐無い。

 初めの頃よりかはマシにはなった。でも、まだ気分は優れない。更識さんには悪いがもう少しだけ休みたい。

 

「ううん、いいよ。気にしないで。これ、よかったら……」

 

 そう言って差し出されたペットボトルに入った水だった。

 さっきまでいなかったのはこれを買いに行ってくれてたからか。ありがたく受け取ろう。

 

 受け取った水を早速一口飲ませてもらった。

 冷たい水を飲むと気分がスッとして、酔いが落ち着いていくのが分かる。

 

「よかった……あの、その……」

 

 もじもじとして恥ずかしそうにこちらの様子を更識さんが伺ってくる。

 どうかしたんだろうか。

 

「いや、えっと……と、隣いい……?」

 

 頷くと更識さんは隣に腰を降ろした。

 部屋に二人っきり。間近、すぐ隣に更識さんがいる。それはごく普通で自然なことのはずなのに、凄い緊張してしまっている。

 こんなに近くにこうして並んで座るのが初めてだからなんだろうか。……ちょっと近すぎる気もするがこんなものなんだろ、きっと。

 後はこのISスーツのせいもあるのやもしれない。訓練をした後だからなのか、ISスーツから覗く腕や肩が何処か火照っているよう見え、色っぽく感じさせられる。

 ダメだダメだ。そういう目で更識さんを見ては悪いし、そんな変なことばかり考えているとますます緊張してくる。

 

「……」

 

 やはりというべきなのか。どうやら俺の悪い緊張が移ってしまったらしい。

 俯いた更識さんは恥ずかしそうに身を縮こませている。頬が紅潮している。それだけで緊張しているということが見ているだけでよく分かる。

 このまま無言というのは今回ばかりは居辛さを強くさせてくる。何か話題は……と考えてる。

 

 ここは無難に更識さんの調子でも聞こう。

 パッと見更識さんは元気そうだ。疲れた様子はもちろん、俺のように酔った感じもない。

 

「ん、平気……シミュレーター、久しぶりだったけど……私、小学生の頃からやってるから染みついた慣れ? みたいのがあったのかも」

 

 そう言えば、女子は小学生のうちからISについて専門的な勉強を始めているんだっけか。

 シミュレーターもその一環としてやっているのだったら久しぶりとは言え、更識さんが言うように慣れは染み付いていて、俺みたいに酔ったりはしないのだろう。

 俺も早く慣れないとな。こんな情けない姿、更識さんにはいつまでも見せたくない。

 それにまだタッグマッチに向けて何も出来ていない。今日出来たことと言えば、準備運動程度のこと。覚悟はしていたが、やはり初日から更識さんの足を引っ張っているみたいで申し訳ない。時間が沢山あるわけでもないのにこの調子で大丈夫なんだろうか。

 

「だ、大丈夫。焦りは禁物……焦らなくても大丈夫、だと思う……今日は私も慣らしておきたかったから。今はまず1対1の試合になれるのが先決。1対1の基本を抑えといて損はないと思う。タッグマッチで絶対活かせる」

 

 更識さんの言うことはもっともだった。焦りは禁物。

 時間のことを考えるとどうしても気持ちの面で焦るが、それでも焦っても仕方ない。

 今日はまだ特訓初日。今出来ることを、やれることを確実にやっていくのみ。

 今はそう自分に言い聞かせることでしか気持ちを落ち着けられない。

 

「あまり気にしないで……むしろ私の方こそ、ごめんなさい。説明、難しい言い方しか出来なくて」

 

 更識さんは申し訳なさそうに言っていた。

 正直に言うと更識さんの説明は難しかった。

 専門用語が多く、言い回しも難しい。日頃からガッツリ自習してなければ、ついていけてなかった。

 それでも更識さんの説明は理に適っており、かつ的確だ。為になるアドバイスをいくつもしてもらった。そのおかげで実際、最初シミュレーターをしたころよりかは言われていたところを改善できた気がする。

 

「人に教えるには三倍理解していないといけないって言葉があるけどあながち嘘じゃなかったんだね。自分一人だけで理解している気になってどこか満足していたけど、それじゃあ本当に理解したことにはならない。人に教える為に工夫するのってもっと知識がいる。私はまだまだ未熟。今日それが改めてよく分かった」

 

 淡々と言う更識さん。

 今日はまだ初日だが、お互い気づけたことは多かったみたいだ。

 それだけで初日の収穫は大きいと思える。

 

「だね。それはもう一つ分かったことがある」

 

 何をと聞き返せば、更識さんは強い眼差しをしてこう言った。

 

「私もトーナメントでちゃんとした結果を残したい。その為にも貴方には今より強くなってもらわないと正直困る。未熟なりにでも教えれることはどんどん教えていくから……」

 

 はっきり言ってくれたのが嬉しかった。

 俺もどんどん教わって、必ずや結果を残す。

 共に頑張ろう。

 

「ありがとう」

 

 それはこちらこそだ。

 早速、もう一試合更識さんに付き合ってもらおう。

 

「もう、気分は大丈夫なの……?」

 

 心配してくれる更識さんに頷いて答える。

 おかげさまでもうすっかりよくなった。

 もう大丈夫。また動ける。

 

「そう……じゃあ、また始めよ」

 

 俺達はまた特訓をする為にシミュレーター室に戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 トーナメントに向けて更識さんと 後編

 訓練三日目。

 放課後、アリーナ。そこに更識さんと俺の姿はあった。

 初日、そして昨日と更識さんとはシミュレーター訓練をし、ついに今日は待ちに待った実機訓練の日。二回しかない大事な日だ。

 正直なところ、俺は今少しばかり緊張している。

 

「どうして……?」

 

 目の前では打鉄を身にまとい準備運動を終えた更識さんが不思議そうに聞いてきた。

 どうしても何も、まず実機を動かすの自体数日ぶりだからだ。今までは二日に一回は必ず動かしていた。こんなにも間が空いたのは初めてだ。

 何より、これはある意味俺にとって試験のつもりでもある。

 

「試験……」

 

 まだたった二日ではあるが、更識さんとの訓練は今までのどの訓練よりも濃く充実したものだった。いろいろ学べることも多かった。

 だから、その訓練したことや学んだことが一体どれほど吸収できているのか、この実機訓練で試して確認したい。だから、試験と思った。

 

「そういうこと。確かに試験は必要……折角の実機訓練なのに普通にしてたら勿体ない。貴方の言うことはもっとも。試験やろう」

 

 賛成してくれてよかった。

 

「じゃ、じゃあ、私も試験のつもりでいってもいい……? 準備運動で実機に少しは慣れたけど、やっぱりまだ確認したいこともあるから。試したいこともいろいろとあるし……」

 

 それはもちろん構わない。

 試験なんだ。更識さんのほうもいろいろと試してくれるとありがたい。

 では、ここからは真剣勝負といったところか。

 

「そうだね。お互い手加減なしで」

 

 打鉄を纏う更識さんが武装の一つであるIS用の刀を構える。

 元より俺は手加減なんて器用なことができるほど上達してないだろうが、更識さんの手加減なしは見てみたいと思っていた。頑張ろう。

 緊張が増してくるのを感じつつ、俺も刀を構え、更に気持ちを引き締める。

 

「じゃあ」

 

 どちらともなく間合いを詰め俺達は模擬戦を始めた。

 さあ、いざ。

 

 

 

 

 模擬戦を始めてから大分時が経った。

 試合回数にして三戦。

 結果は三戦全部俺の全敗だった。シミュレーターの時より更に酷い。

 こうなるとは一応覚悟はしていたが、実際こうなるとかなり凹む。

 

「え、えっと……げ、元気出してっ……!」

 

 休憩中、隣にいる更識さんが凹む俺へ慰めの言葉をかけてくれる。

 優しい気遣い。だがしかし、その優しさが今は辛い。

 そう言えば、初日もこんなことがあった。変わってないということか。

 

 試合には出し惜しみせず臨んだ。

 だというのに、この結果。悔しさが募る。

 いろいろ思うものが湧き上がってくるが、どれも言い訳がましく女々しい。結局のところ、努力が足りてないだけだ。

 

「そんな凹まないで。さっきの模擬戦、凄くいい。前、ダメ出ししたところも凄くよくなってる。流石だよ」

 

 そうなんだろうか。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しい。

 少しはそれなりにできていたと言うことか。その点はよかった。

 

「お世辞でもそれなりでもない、本当にちゃんと出来てたっ……! 本番でもバッチリだよ。えっと……試験、合格ですっ!」

 

 更識さんにしては珍しく大きな声で言われてビックリした。

 凄い褒められてる。嬉しいのは勿論だけど、こんな言われると何だか照れくさい。

 でも、更識さんにこんなにも言ってもらえたんだ。少しは自信を持とう。凹むのもここまで。

 俺はまだまだ未熟だ。それを改めて、確認できたし、全敗でも教えられたことやダメだったところはよくなっているとのこと。練習の成果はしっかり出せた。

 

 それに更識さんはたくさん褒めてくれたが、凄いのは更識さんのほうだ。

 

「え、私……?」

 

 実機もまた久しぶりだと言っていたがそれでもブランクを感じさせない動きを披露してくれた。流石だ。

 正直、実機を動かす更識さんはシミュレーターで試合した時よりも強かった。

 本当、プロ選手の技量には圧倒される。凄い。憧れるし、いずれは俺も更識さんのように強くなりたい。

 

「ま、また……! そんなこと言って……! ……でも、嬉しい。ふふっ」

 

 柔らかく微笑む更識さん。

 その微笑があまりにも優しく、嬉しそうで。俺はその微笑を見てると胸が高鳴るのが分かった。

 ドキドキする。その笑顔は反則だ。やっぱり、更識さんは可愛い人だ。

 

「私も……合格、でいいかな……?」

 

 それはもちろん。

 さっきの試合で更識さんは実機の感覚も少しは取り戻していてくれたのなら嬉しい。

 

「ん、おかげさまで。まだ少し調整は必要だけど、この調子なら本番は大分余裕持てそう。ありがとう」

 

 礼を言うのならこちらこそだ。

 安心した。お互い本番までには余裕もって望めそうだ。

 後は当日まで詰めれるところは詰めていかなくては。

 じゃあさて、そろそろまた訓練へ。そう腰を上げようとした時だった。

 

「ほら、あそこ見て」

 

 なにやらひそひそ話が聞こえてきた。

 

「あの噂って本当だったのね」

 

「あ~あれ? 私も聞いた聞いた」

 

 釣られるように声がした方を向けば、そこにはひそひそ話していたらしき人と少しばかりの野次馬がいた。

 ひそひそ話をしているのは上級生だろうか。見たことない顔ってだけで何となくそう感じた程度だが。

 

 噂……俺と更識さんが二人でいることか。

 トーナメントに向けて、ここ最近は整備室以外の場所。シミュレータールームや今みたいにアリーナとそこにある選手席といったいつもより人目につくところにいるから、目立って噂が立ったんだろう。

 当然のことで仕方ない。

 

「……」

 

 隣の更識さんは静かに黙って気にしてない顔しているが、聞き耳を立てているのが分かった。

 まあ、気になるよな。

 こういうのは聞いても気分がいいものじゃないと分かっていても、俺も気になってつい聞いてしまっている。

 

「トーナメントに向けて頑張ってまあ。いくら特別だからって男が頑張っても代表候補になれるわけでもないのに何張り切ってるんだか。馬鹿みたい」

 

「言えてるー正直、目障りだわ」

 

「ちょそれ禁句だよー」

 

「あっははっ、ごめんって」

 

 聞き耳立ててるせいもあるんだろうけど、あの人達声でかいな。

 わざと聞こえるように言っているんだろうか。いや、それはいくらなんでも被害妄想か。

 凄い定番の陰口だ。腹が立つとか通り越して呆れてしまっている自分がいることが分かった。

 まあ、向こうにしてみれば言いたくもなるか……。そう思っていると隣の更識さんの様子に気づいた。

 

「……」

 

 凄い静かに怒ってる。

 それが分かるのは雰囲気だけだが、こんな更識さん見たの初めてだ。

 何か今にもあの人達に殴りかかりそうで心配だ。

 とりあえず、何とか宥めようとするが。

 

「アレ、生徒会長の妹でしょ? いい身分だよね。男たぶらかして、こんな所で暢気してるなんてさあ」

 

「だよね~、ほら、後輩から聞いた話なんだけどさ。専用機持ちなのに専用機出来てないとか」

 

 その言葉に釣られるように俺達のほうへ更に奇異な視線が集まる。

 

「マジで。さっさと完成させて専用機使えばいいのに訓練機使うとか当てつけかよ。やっぱり会長が国家代表だから、妹ってだけでいろいろと優遇されてんじゃないの」

 

「ありえる~」

 

 下品な笑い混じりにそんな言葉が聞こえてくる。

 うわぁ……そんな感想しか出てこない。聞いているだけで不愉快、腹も立つ。

 一番腹立つのはやはり言われた更識さん本人だ。

 

「……」

 

 案の定、凄くムスっとした怖い顔を更識さんはしていた。

 凄まじく怒ってる雰囲気がひしひしと伝わってくる。めちゃくちゃ怖い。

 本当に殴りかかかってしまいそうだ。問題を起こされても困る。宥めて、何とか落ち着いてもらう。

 

「……分かってる。大丈夫……」

 

 ここで何かしても得がないことを更識さんも理解している様子だが、収まらないものもあるといった感じ。

 俺だってそうだ。でも、相手に付き合ったらおしまいだ。面倒になるし、何より向こうはそれを狙っている。それは嫌だ。

 だから、それとなく陰口を叩く人達を見る。これが今出来るせめてものこと。

 

「っ……やばっ、こっち見てる」

 

「いこいこっ」

 

 慌てて立ち去った。

 野次馬していた人達も一緒になって散ってくれたのはよかった。

 しかし、もうこれでは訓練どころではなくなった。

 

「……ッ、……っ」

 

 更識さんは苦悶の表情をしている。

 何だか今にも更識さんは泣いてしまいそうだった。

 しかしこんな時、どうしてあげればいいのか。どんな言葉をかけてあげるべきなのか、分からない。

 大丈夫ではない相手に大丈夫と声をかけるのもおかしい。元気出してはこの場合には似つかわしくない。そもそもあんなことを言うのをやめさせるべきだった。でも、それはそれでまたの問題を起こしかねない。

 あれこれ考えてもどうするべきなのか分からずじまいで、結局そっとしておくことしか俺には出来なかった。

 それが何より悔しい。口惜しい。すぐ傍で女の子が哀しんでいるのに何も出来ない男として情けない限りでしかない。

 

「……もう、大丈夫」

 

 しばらくすると、更識さんがぽつりとそう言った。

 しかし変わらず苦悶の表情を浮かべていて、全然大丈夫そうには見えない。

 だが、本人がそう言っているのなら、それで納得するしかなかった。ことがことだけにどこまで踏み込んでいいのか分からずじまい。

 

「ごめんなさい……私のせいで貴方があんな酷いこと言われることになってしまって……」

 

 何故更識さんが謝るんだ。

 あれは別に更識さんのせいというわけではない。あそこまでのことを聞いたのは確かに初めてだが、似たようなことは散々言われていたのは知っている。

 更識さんが気に病むことではない。

 

「でも……だからって貴方はあんなこと言われたままでいいの……言われたのはあなただけど私は許せない……あんな酷いこと、貴方の努力を何も知らないくせにっ」

 

 語気を強くして言う更識さんは明らかにさっきよりも怒っていた。

 更識さんは本当に優しい。そこまで怒ってくれるなんて。

 この場では不謹慎だが嬉しかった。

 

「優しいって……何言ってるの。何でそんな落ち着いてるの……腹立たないの?」

 

 はやし立ててくる更識さん。

 当然、俺も腹立っている。むしろ、腹立たしすぎて、返って落ち着いてしまうほどには。

 あんな酷いことを平気で言ってしまうような先輩達は当然許してはいけない。

 何も知らないからこそ言えてしまうものなんだろうが、更識さんは日々物凄く頑張っている。努力に努力を積み重ねている。

 だからこその専用機持ちの代表候補。例えお姉さんがどれほど凄い人だろうが更識さんは更識なんだ。お姉さんは関係ない。お姉さんのおかげで贔屓されているとは言わせたくなかった。

 

「……」

 

 だが事実、あの先輩達に言わせてしまった。

 先輩を止められなかった自分に腹が立って仕方ない。

 さっき更識さんは謝ってくれたが、謝るのならこちらのほうだ。

 俺といるせいで更識さんが陰口を言われてしまった。

 俺と一緒でなければ、言われることはなかったかもしれない。傷ついている更識さんに何もしてあげられなかった。

 深く詫びるほかない。

 

「謝らないで……私は私だってさっき言ってくれたの……凄く嬉しい。それで、充分」

 

 嬉しそうに言ってくれた更識さんに俺はこれ以上謝るのはやめた。

 必要以上の謝罪は更識さんを返って困らせてしまう。

 更識さんが嬉しそうにしてくれている。それだけで充分だ。

 

「……あの、ね。話し蒸し返すみたいで悪いんだけど……ずっと聞きたかったことがあるの。聞いてもいい……?」

 

 ずっと聞きたかったこととはなんだろう。

 

「貴方はどうしてそんなに前向きなの? どうしてそんなにも前を向いて頑張れるの……?」

 

 意外な質問を投げかけられた。

 どうしてと聞かれても答えに困ってしまう。そんなこと意識したことがない。

 俺は更識さんが聞きたくなるほどなのか。

 

「うん、そう。正直、私には信じられない。変、だよ……言ったら悪いけど、貴方は望んで学園にきたわけじゃないでしょう? なのにどうして平気でいられるの?」

 

 平気なつもりはないというのは兎も角。

 確かに望んで学園に来たわけじゃない。来ざるを得なかった。選択肢なんてあってないようなものだった。

 

「その、苦しくないの? 周りからは奇異な目で見られて、腫れ物に触るような周りからの態度。私も似たような感じだから言えるけど、正直辛い。苦しい……助けてほしい。……ヒーローに。例えば」

 

 さっそうと現れ、優しく笑顔で自分を苦しめる悪をやっつけてくれる無敵のヒーローだろうか。

 更識さんから今まで明確なヒーロー像は聞いたことはなかったが、更識さんが言いそうなことはなくとなく分かった。

 すると、あっていたようで更識さんはこくりと頷いた。

 

「うん……あ、ごめんなさいっ。質問ばっかりな上に変なこと言っちゃってっ」

 

 慌てる更識さんに落ち着いてもらう。

 変などではない。初めて、更識さんの弱音を聞けた。

 俺と一緒だったんだな、更識さんも。

 

 俺だってそうだ。正直、学園生活は辛いことばっかりだ。

 だからと何もしないのは、流されるのは怖い。

 

「怖い……?」

 

 更識さんの言葉に頷く。

 俺は何かしてないと不安で仕方ない。休む大切さを知らないわけじゃないが、それでも休んだのなら次また何かしないと、学園生活の不安や説明できない怖さに押しつぶされそうになる。

 そうした不安や恐怖に勝つために俺は、頑張ってる。

 

「勝つために……」

 

 何かしていれば、おのずと気はまぎれる。

 怠けていたらそれはそれで何か言われる隙を与えることになるし、何かしらやっていれば、やっかみも少なくなる。

 まあ、さっきみたいなのもあるだろうがそこで何もしなかったら、止まってしまう。

 我ながら凄い打算的だと思うが、こうでもしてないとやってられない。頑張ってない人なんて誰も見ようとも認めようともしない。

 

 こんなこと人に言うの初めてのこと。

 流石にこればっかりは更識さんに失望されたかもしれない。

 

「ううん、そんなことはない。流石に驚いちゃったけど、貴方も普通の人間なんだね。私と一緒だ」

 

 俺を何だと思っていたのか気になるところではある。

 でも、俺なんてこんなものだ。

 それでも理由がなんであれ、やらないと何も始まらない。行動あるのみ。

 

「でも、それって……余計に辛くならない? 苦しい、辛いよ……そんなの」

 

 更識さんの声が震えている。同情ないし共感。

 それは否定できない。

 頑張って努力しても報われないことばっかり。苦しいことの方が多い。

 それにこの学園は出来るやつが多すぎて、ついつい比較してしまう。女子と比べて出来ないと男として情けない。

 同じ男である一夏と自分を比較すると、自分の出来なさに自分が凄い情けなくなる。

 いっそ誰かに助けてもらって、楽にしてほしくなる。

 

「だよ、ね……私も、ね。いつもダメだって思っても考えちゃう……ヒーローがいつか現れて助けてくれるんじゃないかって」

 

 辛いとき、苦しいとき、悲しいときにどこからともなく現れ、頼もしい表情で助けてくれる無敵のヒーロー。

 いたらどれほど嬉しいものか。

 でも、現実にそんな奴はいない。いつまで待っても現れない。それっぽいのが現れたとしても、それは辛さのあまりそういう風に見えただけにしか過ぎない。気のせいだ。

 実際そんな都合のいい奴がいたら、今頃俺をもっと楽にしてくれていたはずだ。自分はこんなに頑張っているのだからと。

 

「え……」

 

 悲しげな声が聞こえた。

 更識さんを見れば、あからさまに凄いショックを受けている顔をしている。

 しまった。前にも似たようなことをしたんだ。話の流れでとは言え、凄いことを言ってしまった。

 これでは更識さんのヒーロー像の全否定にも等しい。傷つけるつもりはなかったのに、また傷つけてしまった。咄嗟に謝った。

 

「だ、大丈夫だから……小さい子どもじゃないんだから、そんなヒーローいないってこと分かってる。そうだよね、気のせい、都合よすぎるよね。うん……」

 

 必死に平静を取り繕おうとしているが痛々しい。

 そんな更識さんを見ていると更に勝手ながら罪悪感でいっぱいになった。

 

「だったら尚更、どうしてっ……」

 

 切実な問いかけ。

 前向きでいられる、頑張れる理由。

 やはりそれはつまるところ、辛い今、苦しい今から抜け出して善き処に行きたいからだろうか。

 それは誰だって、更識さんだって似たようものなんだろう。大したことじゃない。ありふれた理由。

 

「それは、そうだね……」

 

 得たい良い結果があるのなら、行動を起こして頑張らないと手に入らない。

 何もせず善きところへ他人に連れて行ってもらってもらえば、それはきっと楽なんだろう。だが実感なんて沸かない。むしろ、こんなんじゃないとどうしようもない不満が出る。

 こうなりたいと胸に描いた理想があるのなら、進むだけ。言葉にするとこんなにもあっさりとしてしまうが、大変なことだ。たどり着ける保証なんかどこにもない。

 それでも胸に描いた理想が諦めきれないのなら、頑張りを努力を続けるほかない。継続は力なり。この言葉に集約される。

 

「努力しても報われないことばっかりなのは知ってるのに……?」

 

 忘れて言っている訳じゃない。

 だが、その時はまだ力が足りないか、そもそも方向性があってないのかもしれない。

 そんな時はまず仕方ないと思って、別の方法も試すのもアリなはずだ。

 たどり着きたい目標はあれど、その過程をいろいろ試すのはおかしいことじゃない。

 方向性があってないと分かって別の方向性に変えたとしても今までの努力も無駄にはならない。この方法は自分には合ってなかったんだという経験になる。それだけで価値あるものだ。

 いろいろ試してそれでも駄目なら少し休むのもアリだろう。

 

「立派、だね。でも……私は、貴方みたいに前だけ見て進み続けられない」

 

 何も俺は前だけ見て進み続けてるわけじゃない。

 変らず変な言い方になるが、俺は出来ないことだらけの奴だ。時には苦しみ悩んで足元を見て足を止めることもあれば、周りや後ろだって見る。

 前だけ見てひたすら進み続けるのは凄いことだが、そんなことをし続けられるのはそれこそ物語のヒーローぐらいなもの。

 万人が真似していつも進み続けていたら、思わぬ落とし穴に嵌るだろうし、何よりすぐ疲れてしまう。

 焦りはどうしても生まれるだろうが、それでも進んでいく。時には休みながら、たくさんの事を見ながら、ゆっくりとでもいい。確実に一歩ずつ前へと。

 時間は進んでいるんだ。取り残されたくないし、立ち止まってなんていられない。

 やっぱり、ダラけて何もしない人なんか誰も見てくれないし、認めもしてくれない。辛いことばかりだが、行動あるのみ。

 

 周りの影響は受けても真に自分を変えられるのは自分自身ぐらいなもの。変りたいと前へ進みたい望んで行動するのなら、世界は如何様にでも変えられると信じている。

 さっき更識さんに言った通り、優しく笑顔で自分を苦しめる悪をやっつけてくれる無敵のヒーローはやっぱりいないし、現れない。それでもヒーローを求めるのなら、自分自身がヒーローになればいい。

 

「自分自身がヒーローに……」

 

 そう呟いた更識さんに俺は頷く。

 まずは自分を救い誇られるようなヒーローに。そして今度は大切な人を守り、笑顔にできる優しいヒーローに自分がなればいい。

 絵空事、理想論、綺麗事なのは分かっている。それでもそういうヒーローになる自分もアリなんじゃないかって思う。

 自分に恥じないかっこいい俺でありたい。その為にも頑張り続けられる。

 

 とまあ、こんな感じだろうか。

 何だか長くなって支離滅裂。何を知ったような口をと言われてしまうほど青臭く説教染みたことだという自覚はあるが、これらが俺で前向きでいられる理由。頑張り続けられる理由。

 更識さんが期待していた答えではないだろうが、それでも少しは何かの役に立てるのなら嬉しい限りだ。

 

「とっても為になった。ありがとう……聞けてよかった」

 

 今日やっと更識さんは嬉しそうに微笑んでみせてくれる。

 よかった。

 

「私も貴方みたいに前向きにで頑張る人間になりたい。いつまでも助けを待つだけじゃなくて私も強いヒーローになりたい……でも、私なんかじゃ無理、だよね……」

 

 生まれ持っての性分があるからそう簡単になれるとは悔しいながら言いきれることは出来ない。

 でも、無理なんかじゃないとだけははっきり言いきれる。

 私なんかと卑下する言葉はやめてほしい。

 更識さんが凄いのは、頑張っていることを俺はよく知っている。

 何より、善き処に行きたいという俺のふんわりとして目標とは違って。更識さんには専用機を完成させたい。国家代表になりたいという明確な目標がある。それに向けていつだって一生懸命だ。それだけで素晴らしい価値がある。

 だからこそ、俺は更識さんのことを心から尊敬している。認めている。こんなことは俺が伝えるのは過ぎたこと出しても、伝えたい。

 

「だけど、私一人じゃ……」

 

 一人なんかじゃない。

 更識さんには布仏さんがいる。

 後は何だ。俺もいる。折角友達になれたんだ。頼ってほしい。

 

「でも……」

 

 更識さんが迷うのも分かる。

 頼ったら、その人が背負う必要のない重荷になるんじゃないかって。

 

「うん……」

 

 無理に頼ってほしいわけでもない。

 一人でやれる時、やりたい時はとことんやればいい。

 それでも辛くなって助けがほしい時は素直に言ってもらえれば嬉しい。

 友達として更識さんの力になりたい。隣で一緒に。

 

 ましてや男は馬鹿で単純だ。助けてと力を貸してほしいと女の子に一言言ってもらえば、非力でもその時だけは凄い力を発揮できる。

 それこそ、物語のヒーローのように幾らでも強くなれる。男は頼られると喜ぶ生き物なのだから。

 

 それに更識さんは特撮やヒーローアニメが好きならよく知っているはずだ。

 ヒーローは助け合い。一人じゃ倒せない悪も共に力合わせて倒す。

 そりゃいきなりは難しいだろうけど、俺と更識さんが初めて会話するようになった時みたいに、友達になったときのようにゆっくりなれていってくれればいいかなと思う。

 そして、これは俺自身にも言えることだ。俺も更識さんに助けてほしい時は言うし、頼りもする。

 実際、トーナメントだって更識さんに助けてもらってなければ、出場すら難しかった。これからもきっとたくさん頼ることはあるだろうし、たくさん迷惑もかけてしまうだろう。

 それでも俺は更識さんと助け合いたい。

 

「――」

 

 そっと更識さんに俺は名前を呼ばれた。

 

「あり、がとう……ありがとうっ……ありがとう」 

 

 感謝の言葉を何度も言いながら、更識さんは静かに泣いていた。

 理由はどうあれ、女子に泣かれるのは戸惑う。

 更識さんの涙が悲しい涙ではなく、嬉しいからこそ溢れる涙だと分かっていても。

 

「……もう、大丈夫」

 

 しばらくそっとしていると、更識さんがぽつりとそう言った。

 聞き覚のある同じ言葉。

 だがしかし、更識さんの表情にはもう苦悶はない。むしろ、清々しい表情を浮かべている。

 

 これは結局あくまでも気持ちの持ちようの話。

 長い話にはなかってしまったが、まずは目先のことに向けて頑張らねば。

 

「そうだね……トーナメント、一緒に頑張ろう。もう誰にも何も言わせない結果を残したい」

 

 ああ、そうだとも。

 俺もトーナメントで認められるような結果を残したい。更識さんと俺の気持ちは一緒だ。

 なら、きっと大丈夫。結果は残せる。

 

「じゃあ、そろそろ。訓練に戻ろう……ビシバシ行くから覚悟してね」

 

 望むところだ。

 そう決意を示すように頷き、より善い処を目指すように踏み出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 更識さんを誘って

 土曜日の昼。学食。

 

「今日の昼飯も美味いな!」

 

 目の前の席で本当に美味そうにガツガツ食べる一夏の言葉には同意だ。

 結構な金がかかってる国際学校とだけあってシェフは超一流。料理の品数も豊富で何より美味い。他にデザートがあったりと至れり尽くせり。

 箸が止まらないとはまさにこのことかと毎食実感する。

 サービスがいいのも学食のいいところだ。男子だからそうしてくれているんだろうが、いつも大盛りや多目に入れてくれる。今日三人揃って頼んだカレーが大盛りなのも嬉しい。

 

「気持ちは嬉しいんだけど……僕にはちょっと多いかな」

 

 一夏と同じく前の席 デュノアは困った様子でそう言っていた。

 皿を見ると俺と一夏がもうほとんど平らげているのに対して、デュノアはまだ半分ほどしか食べてない。

 こいつ小食だったっけか。男子でも小食は当然いるが、デュノアのは何か女子っぽい。後食べ方もそうだ。

 偏見が過ぎるのは分かっている。それにこの間更識さんと話していたことが気にかかっているせいだろう。デュノアの容姿が中性、どちらかというと女顔だからそう思ってしまうのかもしれない。

 こういうのはよくない。いつまでもあの話を引きずるのも気をつけなければ。

 というか量が多いのなら、普通の量にしてもらえばよかったものを。

 

「それはそうなんだけどね。あんな嬉しそうに出されると断れなくて」

 

「あ~それはあるな。食堂の人すげぇ嬉しそうだし」

 

 揃って一夏と納得した。

 俺と一夏がよくおかわりして、その食いっぷりを気に入ってくれたようで、嬉しそうにサービスしてくれる。

 デュノアはその巻き沿いを食ったというわけか。

 

「まあ、無理して食べる必要はないって。何なら俺が食ってやるよ」

 

「ええぇっ!? い、一夏が!?」

 

 凄い驚きようだ。

 あまりの驚きっぷりと声に周りで食べている人達の何だ何だと視線が集まる。

 デュノアは慌てて何でもないと周りを宥めた。

 

「そんな驚くようなことか? 残すの勿体ないだろ」

 

「それはそうなんだけど……僕の食べかけだよ?」

 

 一夏は不思議そうにしており、デュノアは何処か恥ずかしそうにしてる。

 俺にとってもデュノアの様子は不思議で仕方なかった。 

 本当にそこまで驚くようなことか。代わりに食べるなんてよくあることだろう。異性ならまだしも俺達は男同士だ。まだ同じスプーン使っているのならまだしも。

 そもそも驚くだけでデュノアは嫌がっている様子はない。むしろ、満更でもなさそうな。デュノアって変な奴だ。

 

「気にすることないって。俺とシャルルの仲だろ」

 

「そ、そうだよね。じゃあ、悪いけど代わりに食べてくれるかな?」

 

「おうっ。任せろ」

 

 一夏はデュノアからカレーを貰うと早速食べていく。

 

「どう? 美味しい?」

 

「ん? 美味いぞ。ここのカレーは最高だな」

 

「だね。ははっ、よかった」

 

 自分が作ったものを食べてもらっているかのように喜ぶデュノア。

 和気藹々とした雰囲気。というよりかは、何処か甘い雰囲気になっている。

 極端な例えをするならば、まるでカップルのような雰囲気だ。

 この雰囲気…一夏は天然でやっているがデュノアからは故意でやっている感じがする。まさかデュノアにはそっちの気が……。

 

「どうした? 難しい顔して。何かあったか? あっ、このカレーお前も食うか?」

 

 いらないと俺はすぐさま遠慮した。

 一夏とデュノアは仲いいな。

 そんな濁すように言うので精一杯だった。

 

「そりゃ、シャルルとは友達だからな。な、シャルル」

 

「う、うんっ。そうだよ」

 

「こんなこと急に言うなんて。何だお前寂しいのか? 大丈夫だってお前も大切な友達だぜ」

 

 そう言ってくれるのはまあ嬉しいんだが、こんな場所でそんなことを言うな。

 おかげで遠くの女子達が変な盛り上がり方をして、俺達三人とは別に各々自分達のグループで昼飯を食っている篠ノ之やオルコット達の視線が突き刺さって居辛い。

 一夏はこういうことをサラッという奴だった。これは俺が悪かった。

 

 しかし、友達か……と二人を見ながらふと考える。

 一夏とデュノアは確かに友達だが、最近輪をかけて仲がいい。

 男三人で一緒に行動するようになったから、それをよく感じる。

 しかし二人の仲のよさには違和感も感じていた。何がどうとは上手く説明できないのだけども一夏からデュノアへの距離感は変ってないのに、デュノアから一夏への距離感は凄く近くなった。

 現に今もデュノアは一夏にベッタリだ。親しくなったと言うだけでは片付けられないレベル。きっと二人の間に何かあったんだろう。

 まあ、こっちに害がない分にはそっとしておこう。下手に踏み込んでさっきみたいなことになっても嫌だ。

 

「あ……仲いいと言えば、君って四組の更識簪さんとペア組んだんだったよね」

 

「そう言えば、そうらしいな。女嫌いのお前がまさか女子と組むなんて奇跡ってあるんだな」

 

 一夏にしみじみと言われると凄くムカつく。

 苦手なだけで嫌いというほどじゃない。

 そもそも男三人いてそのうち二人が組んだら、一人は女子と組むのは普通のことだろう。

 

「いやそれはそうだけどさ……お前、その更識さんとは上手くやれてんのか?」

 

 一夏が心配そうに聞いてくる。

 先日一波乱ありはしたが上手くやれてるとは思う。

 トーナメントに向けての特訓とは言え、教わっていることの方が多いが、それでも更識さんは一生懸命教えてくれる。一緒にいて楽しそうに笑ってくれてもいる。嬉しい限りだ。

 ただの同級生ではこうはいかなかっただろう。友達というのは大きい。

 

「友達か~。じゃあ、あの噂って……」

 

「ちょっ!? 一夏それ言ったらダメだって!」

 

「おっとそうだったな。すまん、気にしないでくれ」

 

 聞き返せというフリでもされているみたいだ。

 デュノアの反応を見る限り、聞かせたくないようだから、ここはふれないでおこう。

 大方噂ってのは大体、俺が無理やり更識さんを手篭めにしたとかそういうよくない噂だろうし。

 

 そういう一夏のほうこそ上手くやれているんだろうか。

 一夏のことだから一々気にすることはないんだろうが、こいつが訓練か何かしようとすると女子達。

 具体的には篠ノ之、オルコット、凰達三人が集まっては、教えるのは自分だと我先に言ってきていつも一波乱になって、訓練どころではなくなる。

 もっともデュノアがいるから大丈夫だろうが気にはなる。

 というより、こいつらはトーナメントに向けてどんなことをしているんだろうか。二人は専用機持ちだ。俺と更識さんよりもより実践的なことが自由に出来る。そっちのほうが気になった。

 

「どんなって言われてもなぁ。普通だよ普通。毎日放課後にアリーナでシャルルと模擬戦だな」

 

「後はたまに同級生のペア組んでる子達とか上級生のペア組んでる人達と模擬戦したりかな」

 

「あんまり受けてくれないけどな」

 

 だろうな。

 相手は両方専用機持ちでデュノアは確かな実力を持つ代表候補生だ。

 相手にとって不足はないが、進んで模擬戦したいペアではないだろう。

 戦わないとしても今の時期、手の内を明かしたくはないだろうし。

 

「あいつらが元気ならもうちょっと楽だったんだけどなあ」

 

「それは言っちゃダメだよ、一夏」

 

「いや、分かってるんだけどさ」

 

 一夏が言うあいつらとはオルコットと凰、二人のことだろう。

 二人は先日ボーデヴィッヒとの私闘で受けた機体ダメージが酷かったようだ。

 それでもまだISの自己修復機能で直る程度のものらしいが全快するにはトーメント当日までギリギリかかるらしく、間に合わないのでトーナメントを辞退した。

 企業や国の偉い人が見るのにそれで立場的に大丈夫なんだろうか。そう思いはするが、部外者が何を言っても余計なお世話。

 確かに二人がいればいい練習相手にはなっただろう。実力は確かで、一夏が誘えばあの二人なら絶対引き受ける。

 そう分かっていると惜しい気がして、つい一夏も言いたくなったんだろう。

 幸い当の本人である二人には聞こえてないみたいで安心した。

 その他は何かしているんだろうか。

 

「他はそうだな。シャルルに勉強見てもらったり、夜に部屋でトーナメントに向けての作戦会議とかになるか。戦う相手の対策はしっかりしないといけねぇし」

 

「だね。ボーデヴィッヒさん対策はいくらしてもしたりないぐらいだから」

 

 夕方は特訓で夜は作戦会議か……。

 トーナメントに向けて外出禁止時間まで時間をたっぷり使えるってのは同室の強みだ。そこは少し羨ましい。

 こっちもトーナメントに向けて更識さんとすることは山ほどだ。

 作戦会議というほどのものはしてなかったけど、一回ちゃんとやったほうがいいかもしれない。

 

「作戦会議は重要だぜ。というか、お前こそ更識さんとどんなことしてるんだよ」

 

 カレーを食べながら一夏は聞いてくる。

 俺達も一夏達と大して変らない。放課後はトーナメントに向けて特訓。

 俺達の場合は更識さんが訓練機を使う都合上、シミュレーター室でのVR訓練が主。実機訓練は今のところ一昨日にやった一回のみ。

 正直、実機を使って更識さんと訓練を充分にできないのは不安だが、それは言っても仕方ないこと。

 VR訓練はVR訓練で実機みたいに一々相手を用意しなくてもコンピューターが相手になってくれる為、簡単に2対2ができるのは大きい。

 

「シミュレーターか……アレ、2、3回しか使ったことねぇんだよなぁ」

 

「専用機持ちにはほとんど必要ないからね。使ってると他の人の迷惑になるだろうし」

 

 デュノアの言う通りなので何も言わず黙るしかなかった。

 

「それよりさ、ずっと気になってたんだけど更識さんってどんな子なんだ?」

 

「あ、それはぼくも気になってた。あんまり情報ないんだよね、更識さんって。日本の代表候補生で専用機持ちなんだよね」

 

 肯定するように俺は頷いた。

 

 どんな子か……ふと、脳裏に整備室での更識さんの様子が蘇る。

 やっぱり、努力家で頑張り屋な子だろうか。

 ちょっと思い込み激しいところあるが、強く凛々しい。そして、自分の目標に向けて頑張る更識さんの姿には尊敬しかない。

 後は、素直で優しく可愛らしい子。そんな印象。

 

「……」

 

「……」

 

 目の前の二人が呆気に取られている。

 しまった。また俺は何か変な失言を。

 聞かれたからとはいえ、こんなところで言うべきではなかったかもしれない 

 どこで誰が聞いているのか分からない。また曲解でもされて、更識さんに迷惑かけるようなことは避けたいところだが。

 

「いや、別に変じゃないけど。まさか、あのお前がこんなこと言うなんて思ってもいなかったからさ」

 

「うん。ビックリした……何だろう、これ。一夏、僕ドキドキするんだけど」

 

「ああ、俺もだ、シャルル。こりゃ、こいつの春は近いなぁ。もう夏だけどな。あっはは」

 

 ニヤニヤしながら笑うな。

 周りの人がまた何だ何だと見てきてる。

 デュノアまで顔を赤くして。口元隠しているが一夏と同じぐらいニヤニヤとしているのがよく分かる。

 こいつら確実に変な勘違いしてる。そういう意味のことじゃない。

 

「照れんなって。そうだ。まだ実機訓練する予定はあったりするのか?」

 

 後一回。本番二日前には借りられると確か更識さんは言っていた。

 

「じゃあ、俺達とお前達とで実機使った模擬戦しようぜ」

 

 また唐突なことを言ってくる一夏。

 だが、魅力的な話だ。本番二日前に実機で模擬戦することが出来れば、最終チェックができる。相手も一夏とデュノアなら申し分ない。

 しかし、更識さんを一夏と合わせるのはちょっと躊躇う。いろいろあるからなあ。

 

「何かあるんか? まあ、更識さんと相談しといてくれよ。俺達はその日空けとくからさ。シャルルもそれでいいか」

 

「うん、いいよ。僕も更識さん気になってきたし」

 

「だよなぁ。こいつがあんなこと言う子なんだ。この目でちゃんと見ときたい」

 

 なんだ、その理由は。

 まあ、相談ぐらいはしとくか。折角、誘ってくれたことだし。

 もっとも、二人のニヤニヤした顔見てると事情抜きにしても乗り気はしないが。

 

 

 

 

 放課後。今日もシミュレーター室で訓練をした更識さんと俺は休憩所で一旦休憩をしていた。

 

「ん……」

 

 隣で更識さんはペットボトルの水を飲みながら休憩している。

 共に休む俺達に特にこれといった会話はない。お互い好きなように静かに休んでいる。

 だが、気まずいということなはなく、むしろ、居心地よかった。

 

 そうしてぼーっと休んでいると、今日の昼間一夏に言われたことを思い出した。

 そうだ。あのことを更識さんに伝えておくのを忘れていた。更識さんに少し話しかけてみる。

 

「何……?」

 

 更識さんに昼間一夏に模擬戦を誘われたことを伝えた。

 すると、更識さんは凄い反応をしていた

 

「え、織斑達と模擬戦……」 

 

 更識さん、凄い嫌そう。顔に出てる。

 まあ、相手が相手だからそういう反応になっても仕方ないんだが、そこまでなんだ。

 

「べ、別に嫌じゃない……貴方はどうなの? 織斑達と模擬戦したい?」

 

 それはもちろん。

 本番前日は準備に駆り出されるらしいから訓練どころではないし、二日前に実機を使って最終チェックできるのはデカい。

 それに一夏達と模擬戦することで本番に向けて自信をつけることができたらと考えている。

 

 しかし、更識さんは乗り気ではない。

 そのことは一々聞くまでもない見て同然のことだ。

 やはりまだ、一夏のことを。

 

「ううん……別にもう逆恨みとかはしてないけど……なんて言うか複雑で……気持ちを上手く言葉に出来ない。ごめんなさい」

 

 謝る必要はない。

 ことがことだ。そう全てのことがすんなりいくものでもない。やはり、どうしても時間はかかる。

 

「少し……時間ほしい」

 

 長くは待てはないが今日の今ですぐに答えないといけないものではないない。

 だから、更識さんにはじっくり考えた上で答えを出してほしい。

 パートナーとして更識さんの意思を尊重したい。

 

「うん。ごめんなさい……ありがとう」

 

 それともう一つ思い出したことがあった。

 作戦会議のことだ。

 

「作戦会議……?」

 

 言葉の意図が分からない様子の更識さんは小首をかしげる。

 そのままの意味。

 訓練でもコンビネーションみたいなものは大まかに決まっているだけで最後まで詰めきれてない。

 何より、一夏達みたいに専用機持ち対策はまったくといって出来ていない。俺達もしとくべきだろう。

 

「それはそうだね。必要……でも、いつする?」

 

 放課後の時間を使うのが一番ベストなんだろうが、放課後は放課後でしっかり訓練をしておきたい。

 となると残るのは夜なのだが……こう、躊躇うものがある。

 何もおかしいことはないはずだ。一夏だって同じ様にしている訳だし。

 しかし、いきなり夜というのは中々ハードルが高い気がしてならない。

 明日ならどうだろうか。土曜日の今日の明日は日曜日。休日だ。更識さんの予定が何もなければ、午前中は今まで通り訓練をして、午後から作戦会議という流れがベストかもしれない。

 

「うん、明日特に予定ないからそれでいいよ。場所は……?」

 

 場所か……やはり、作戦会議なのだから他人に聞かれないほうがいいだろう。

 後、人目につかないところのほうがいいかもしれない。こそこそしていることにはなるが、人目につく場所だと見えない時よりも変な噂になりやすい。

 そうなると適当な場所……俺の部屋とか。

 

「部屋……?」

 

 更識さんがきょとんしているのが見えて、ハッとなった。

 俺は今とんでもないことを。今日の俺はどうかしてる。

 いきなり部屋に誘うだなんて馬鹿だ。やっぱり、教室とかちゃんとした部屋を借りるべきだ。

 

「ま、待ってっ……!」

 

 考えをめぐらせていると更識さんに待ったをかけられた。

 

「あ、あ、貴方がよかったらなんだけど……あの、その、私……貴方の部屋、行ってみたい……」

 

 顔を真っ赤にしながら勇気を出して更識さんはそう言ってくれた。

 しかし、逆に俺の方が余計に慌ててしまった。

 本当にいいんだろうか。男の部屋に女子連れ込むのっていろいろあるだろう。いろいろと。

 

「生真面目すぎ……や、やましいことをする訳じゃないんだよ。私達がするのはトーナメントに向けての作戦会議。ただそれだけ。それに私達は友達同士なんだから……ね」

 

 それもそうだ。難しく考えすぎか。

 あれこれごちゃごちゃ考えていても始まらない。

 作戦会議は明日日曜の昼、俺の部屋で決まりだ。

 

「うん、分かった。楽しみにしてるね」

 

 更識さんは小さく笑った。

 そう言って貰えると俺も明日が楽しみになってきて待ち遠しい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 更識さんと作戦会議を 前編

 先ほどから何度も時間を確認してしまう。

 更識さんが部屋にやってくる時間を。

 しかし、時間はさほど変らない。淡々と進む時の流れに今日は得も言えぬじれったさを感じていた。

 

 日曜日の今日。昨日約束した通り、朝訓練をして午後から作戦会議。

 よくないと分かっていても昨日からずっと更識さんが部屋に来ることを変に意識してしまい妙な緊張で朝の訓練は今一つ身が入らなかった。

 それは更識さんも同じだったようで、トラブルこそなかったものの今日の訓練は何処かぎこちないものになってしまった。

 

 今も変らず緊張しっぱなしだが、準備に余念はない。

 部屋の空気を入れ替え、隅々までしっかり掃除もした。

 今着ている服だって実家から持ってきた服の中で一番いいのを着ている。これなら、いつ更識さんが来ても大丈夫だ。

 そわそわしながらしばらく持っていると部屋をノックされる音が聞こえてきた。更識さんだ。

 駆け出したくなるような逸る気持ちを押さえ、部屋のドアを開けた。

 

「……お、お待たせ」

 

 ドアの向こう側にはいたのは間違いなく、更識さんだった。

 そして、俺は彼女の姿を見た瞬間、言葉を失った。

 私服だ。しかも普段着る部屋着みたいなのではなく、上はふんわりとしたブラウスに下はベージュ系の色したチェック柄のスカート。

 一目でおしゃれしているのだと分かる。よく似合っていて可愛らしい。天使って本当にいるんだ。今初めて知った。

 

「あ、あの……どうかした? もしかして待たせたから怒ってる……?」

 

 おしゃれした姿を真面真面と見すぎていた俺を更識さんは不安げに見つめてくる。

 見すぎはもちろん、いつまでも玄関先でいてもらうのも悪い。更識さんには中へと入ってもらう。

 念には念をと注意して辺りを見渡したが人の影や気配はなく、ひとまず安心した。

 

「お、お邪魔……します……」

 

 おそるおそる部屋の中に入った更識さんに適当なところへ腰を落ち着けてもらい、お茶を出す。

 俺は更識さんと向き合うように腰を落ち着けた。

 

「……」

 

 落ち着かない様子で更識さんはさっきから部屋のあちらこちらを物珍しそうに見ている。

 やっぱり、気になるのか。

 

「う、うん……ごめんなさい、きょろきょろ見ちゃって。お友達の部屋来るの始めてだから、その、気になっちゃって。部屋、綺麗……物少ないね」

 

 部屋にあるのは元々備え付けしてもらった家具だけ。

 IS学園の寮では愛用の家具などを持ち込む生徒が多いらしいがデュノアの転校でこの部屋を貰った時以来、部屋は何も弄ってない。

 ここまで家具は豪華ではないが、実家でも大体こんな感じで物は必要なのしか置いてなかった。ごちゃごちゃ物を置くのは趣味ではない。

 

「私も、だよ……素敵な部屋だと思う」

 

 気に入ってくれたみたいでよかった。

 お世辞でもそう言ってもらえると何だか嬉しい。

 

「……」

 

 視線を泳がせながら下の方を見て更識さんが気まずそうにしているのが分かる。

 話が途切れてしまった。

 次どう話しかけたらいいのか。どんな話題がいいのか。今一つ分からずじまいで沈黙を作ってしまう。

 だからなのか、こうしてお互い話さずにいると気まずさで相手の様子がいつも以上に気になり、さっきから俺の視線は更識さんへと行ってしまう。

 チラチラ見るのはよくないとは分かっているが、まるで引き寄せられているかのようだ。

 それを更識さんが気づかないわけもなく、更に気まずくさせてしまうという悪循環。状況は悪化していくばかり。

 

 何か話題……と言えば、更識さんの服のことだろうか。

 

「服……? へ、変……?」

 

 変なんてことはない。

 とてもよく似合っている。素敵なコーディネイトだ。

 

「あ、ありがとう……嬉しい。初めて友達の部屋……男の人の部屋に行くからちゃんとおしゃれな格好で行かないとって思って自分なりに頑張ってみたんだけど……この格好はいくらなんでも気合入れすぎて逆に気持ち悪いんじゃないかってずっと不安で……その、本当に嬉しい」

 

 矢継ぎ早に言っていた更識さんは喜びを噛みしめるように胸の前でぎゅっと両手を握っていた。

 そこまで喜んでもらえると、こっちとしても嬉しい限りだ。

 しかし何だ。ただ感想を言っただけなのに恥ずかしいな。

 

「そ、そうだね……えへへ」

 

 二人して照れあってしまう。

 そしてまた沈黙が訪れる。しかし、先ほどのような気まずいものではなく、この沈黙は胸の奥が切なくなりながらも暖かくなる何処か心地いい沈黙。

 

 だが、いつまでもこうしてはいられない。

 早速で悪いが、そろそろ作戦会議を始めよう。

 

「うん……やろう」

 

 用意していたノートと筆記用具を広げ、始めていくのだった。

 

 

 

 大体このぐらいかと思いながら今一度、ノートを読み返す。

 数ページにわたってびっしりと書かれた作戦会議の内容。

 随分書いたものだ。

 

「うん……こんなにたくさん意見出し合えるなんて私、思ってもみなかった」

 

 初日の今日は身近な相手、一夏とデュノアについてまとめた。

 作戦会議と銘打ったが、思いつく限りの機体の特性や特徴。二人の性格などをあげて、それを踏まえどういった対応をするのか二人で話し合い、まとまったことをノートに書いた。

 

 作戦会議中、また沈黙を作ってぎくしゃくしてしまうのでは思ったが、始めてみれば思いのほか二人揃って集中していた。おかげで変なアクシデントもなく、とてもいい作戦会議ができた。

 

「でも、こうやって見返すと……デュノアさんよりも、やっぱり織斑のほうが厄介」

 

 それについてはまったく同意見だった。

 デュノアを軽んじているわけではない。無視できないほどの高い技術、臨機応変な対応力。敵にすると厄介な奴だ。これで無視したら痛い目を見るのは明白。

 だがしかし、一夏はある意味それ以上に厄介だ。デュノアのように抜きん出て強いわけではないが、奴には何をしでかすか分からない意外性がある。

 何より。

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)……本当に実在するなんて。しかも、織斑先生と同じ能力」

 

 一夏のほうが厄介なのは、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の存在が一番大きい。

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)自体は世界でもほんの数機しか発現してない特殊能力だが、一夏のは織斑先生が現役時代使っていたとされる零落白夜と同一。

 この能力は通常削りきることでしか無効に出来ないエネルギーシールドを貫通するように消滅させ、機体に搭乗者への致命傷と判断と即座に認識させ、強制的に絶対防御を展開させるというもの。

 絶対防御を展開すると稼動エネルギーとは別に競技用の機体全てに必ず実装されているシールドエネルギー値が大量に消費させられ、エネルギー0となった機体は敗北となる恐ろしい能力。

 直撃した瞬間エネルギー値は0となるが、掠る程度触れただけでもごっそり持っていかれる。まさに触れたら死ぬ状態。

 

「これ……危険」

 

 険しい顔して更識さんはそう言う。

 実質エネルギー消滅させているわけだから、当たり前に危険だ。

 おそらく、競技用のリミッターがかかっていなければ、絶対防御すら消滅させるのでは? というのが一夏の見解。その危険性を分かっていて一夏本人もここぞという時にしか使いたがらない。

 それに単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は任意発動かつ瞬時に使えるらしい。好きな時、好きな様に必殺技が撃てる。

 そんな強力な能力とだけあって、デメリットもある。能力使用中シールドエネルギーはみるみる減っていき、機体自体もほぼ無防備になり、一夏も一発食らえば負ける状態らしい。

 それでも任意発動で発動も早いのは大きい。

 

「問題はトーナメントで私達と当たった時、織斑がそれを使ってくるかどうか……」

 

 微妙……可能性としては低い。

 一夏は男らしく正々堂々を望む傾向があるから、互角か有利の時はまず使わない。

 だがその一方でピンチになった時は使ってくるかもしれない。それでも本当にギリギリの時に限るだろうが。

 一夏達の本命だろうボーデヴィッヒ達と試合する前に俺達と先に戦うことになった場合は特に。

 打倒ボーデヴィッヒに燃えてるからな一夏達は。

 

「そうなるとやっぱり、使ってくる前提で進めておいたほうが……」

 

 その方向で間違いないだろう。

 例え単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を使わなくても、一夏には火事場の馬鹿力というべきなのか。まるで窮地に立たされたヒーローが覚醒するようなとんでもない凄さと底力を発揮する。

 それを今まで何度も近くで見てきたことか。そういうところも油断ならない。

 

 結果として当初の予定通り更識さんにデュノアを抑えてもらい、俺が一夏を抑える。かつ、二人のタゲを一夏に合わせ、一夏から先に落とす。という方法になるか。

 かなり無茶で無理やりな方法だが、数的有利は抑えなければ。

 でも、これだと更識さんの負担が大きい。もっとも逆だと俺が技量差でデュノアに押し切られるのは容易に想像できてしまう。

 正直、どこまで一夏を抑え切れるかは分からない。一夏と俺の実力はほぼ互角。もしかすると、一夏の方が強いかもしれない。

 

「それを言ったら、私も……デュノアさん相手にどこまでやれるか自信ない。試合姿見たことないからはっきり言えないけど、聞いている限りは相当腕の立つ人みたいだから……それに相手は同じ量産機とは言え、専用カスタム機。通常仕様の訓練機じゃ、かなりキツい」

 

 不安げに更識さんは表情を曇らせた。

 お互い不安は尽きないが万全を尽くすだけ。

 まだトーナメント当日まで日はあるから不安なところは改善していけるし、こうしてちゃんとまとまった時間を取ってしっかり話し合えただけよかった。

 月並みだが、お互い頑張るのみ。

 

「うんっ……私、頑張るっ」

 

 意気込む更識さんを見て、ふと時間を確認する。

 本当にガッツリ作戦会議していたようで、昼の3時過ぎ。おやつ時だ。

 俺達はここらで一旦、休憩を取ることにした。

 とは言っても精々お茶を入れなおすぐらいしかできない。

 

「……っ」

 

 お茶を飲む更識さんは案の定というべきなのか、また何処か落ち着かない様子。

 それもそうか。さっきはやることがあってそっちに集中していたから気が紛れていたが休憩とは言え、男の部屋で男と二人っきり。これで落ち着いているほうが逆に関心してしまう。更識さんのような子なら尚更。

 俺だって自分の部屋なのに更識さんが目の前にいるというだけで緊張がこみ上げ、落ち着かない。

 今は三時のおやつとも言える時間なのだから、おやつの一つでも用意していればよかった。

 そうすれば少しは更識さんも気を紛らわすことが出来ただろうに。そこまで気が回らなかった自分が情けない。

 

「い、いい……そんなっ。気、使わないで。私が貴方の部屋がいいってお邪魔したんだから……本当なら私がお菓子の一つでももってくるべきなのに……私の方こそ気が利かなくてごめんなさい……」

 

 更識さんが謝る必要はどこにもない。

 仕方ないことだ。こればっかりは。

 

「うん……っ!?」

 

 頷いたと同時にくぅ~という可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえた。

 誰のかわざわざ確かめる必要はない。むしろ、それは失礼というものだ。

 目の前に座っている更識さんは、耳まで真っ赤にして恥ずかしさを隠すように俯き、膝についた両手がスカートの裾をぎゅっと握っているのが分かった。

 

「し、死にたいっ……」

 

 涙声で物騒なことを言う更識さん。

 気持ちは分からなくもないが、それでもすごいことを言う。

 ほら、あれだ。昼から時間が大分時間が経ち、作戦会議で疲れもした。お腹減ってくる頃なんだろう。俺も実際のところ腹空いてきたような。

 

「いやっ、あのっ、ちゃんとお昼は食べてきたんだけどッ……今日はたまたまで、本当にたまたまで。いつもはこんなことなくてっ……ええっと、その、あのあのっ」

 

 あたふた慌てる更識を宥め落ち着いてもらう。

 鳴ってしまったものはどうしようもない。腹が空いたという証拠なのだから。

 おやつはないがカップ麺ならある。女子相手に出していいものなのか分からないが。

 

「カップ麺!?」

 

 身を乗り出す更識さんの目は何故だかキラキラと輝いてる。

 

「た、食べるっ……食べたいっ!」

 

 思っていた以上にお腹空いているというよりかはカップ麺が気になって仕方ない様子。

 そんな珍しいものなんだろうか。

 とりあえず、更識さんにどれが選んでもらう為、カップ麺が入ったダンボールを見てもらう。

 

「うわぁ……」

 

 ドン引きされた。

 

「違うっ。引いてない……驚いただけだから。……凄いたくさんいろいろある。好きなんだ、カップ麺。もしかして、毎日食べてるの……?」

 

 流石にそんなことはない。

 たまに夜中勉強していたりしている時に腹減ったら食べたり、寮の食堂に行くのが面倒な時に食べている程度。

 好きってのもあるけど、女子みたいに自由に外へ出られない都合上、実家から仕送りに入れてもらったり、外出の際に一気に買いだめしてたらこうなってしまった。

 多すぎるとは自分でも思うが、これなら更識さんに好きなのを自由に選んでもらえる。

 

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるね……ええっと、どれにしよう……あっ、これよく見る奴だ。本物初めてみた……こんな味もあるんだ……うーん」

 

 たくさんのカップ麺を見て更識さんは悩んでる。

 でも、その表情は凄く楽しそうだ。

 

「これがいい……いい……?」

 

 更識さんが選んだのはカップ麺の塩ラーメン。

 それを受け取り、俺も一つ選び台所にある電気ケトルで沸かしていた湯を注ぐ。

 そして更識さんへ割り箸を添えて返した。

 

「三分、待つんだよね……何かドキドキする」

 

 完成が本当に楽しみで仕方ないといった様子。

 その様子はまるで小さな子みたいだ。見ていて微笑ましい。

 更識さんはやはりカップ麺食べるの初めてなのだろう。

 

「うん、初めて……存在は知ってたけど、今まで中々食べる機会なくて」

 

 意外だ。更識さんはこういうのをよく食べてそうなイメージが勝手ながらにもあった。

 もっというのなら、アニメ見ながらカップ麺を啜っている姿が目に浮かんだ。

 お嬢様何だな、更識さんってやっぱり。

 

「ん? どうかした……?」

 

 いやと話題を逸らし、考えを捨てる。

 一々言うべきことでもないだろう。これは。

 時計を見れば後数秒程度で三分経つ。食べることにした。

 

「い、頂きますっ」

 

 両手を合わせて言った更識さんは早速食べようとしている。

 そんな急いで食べると。

 

「あちゅっ!」

 

 言わんこっちゃなかった。

 カップ麺は出来たばかりで当然熱い。こうなるのは当たり前だ。

 熱くてビックリしたのか更識さんは涙目になっている。もしかして、やけどしたとか。

 

「だい、丈夫……ビックリしただけだから。……ふぅ、ふぅ」

 

 今度はちゃんと落ち着いて食べようとする更識さん。

 前へと垂れる横髪を耳にかけ、息を吹きかけて冷ます。

 何処にでもあるようなありふれた光景にも関わらず、俺は更識さんのその姿に目を奪われていた。

 ごく普通のことなのに、凄く綺麗だ。そう感じさせられている。

 

「……?」

 

 食べる前、更識さんが不思議そうに俺を見ていた。

 俺はただただ何でもないと言うのみ。

 これこそ、一々言うべきことではない。俺もさっさと食べてしまおう。

 二人してカップ麺を啜り、食べる。

 

「お、美味しい……!」

 

 一口食べて更識さんは驚きながらも目を嬉しそうにキラキラと輝かせ凄い感動していた。

 こういう反応をされると凄い新鮮な気分だ。

 

「カップ麺ってこんなにも美味しいんだね……今まで食べてことなかったの凄い損してた。私一人だとこれからも食べる機会なかったかもしれないし……食べさせてくれてありがとう」

 

 カップ麺一つでこんなにも喜ばれると変な気分だ。

 しかも、お礼言われたのも凄い違和感。

 でも、こんなにも喜んで美味しそうにしてくれるのなら、すすめてよかった。

 おかげでいつもと変らないはずなのに、今日のカップ麺はいつも以上に美味しい。

 

「ん、幸せ」

 

 

 

 

 

 休憩の後も俺達は作戦会議を進めていた。

 一夏とデュノアペア対策も十二分と言えるほど、細かく詰めきることが出来た。

 今日の統括もこのぐらいで充分だろう。更識さんの力もあって我ながら上手くまとまっている。

 

「初日にしては上出来、だと思う……」

 

 更識さんも満足げでよかった。

 しかし、そろそろ時間だ。始めてから大分時間が経ち、もうじき夜の7時になろうとしている頃だ。既に夕食の為、寮の食堂が解放されている。

 総括も済んで今日はこのまま解散の流れに向かっていた。

 折角だから一緒に食堂へ向かおうと誘ってみたが。

 

「ごめんなさい……一度、部屋に戻って着替えたい。このままはちょっと……」

 

 おしゃれ着のまま食堂に行けば、悪目立ちする。

 俺といるのなら尚更。

 無理に誘うべきではなかったか。

 

「そんなことはない……今日は先に食べて欲しいけど、またタイミングが合えばその時はお願いしてもいい……?」

 

 それはもちろん。

 俺は即頷いて見せた。

 

 じゃあ、今度の作戦会議はどうしようか。

 

「次……」

 

 うーんと更識さんは悩む。

 今日はまだ作戦会議初日。一夏達以外にもいろいろと考え話し合うべき相手や場面は多い。

 なるべく早いほうがいい。早くいろいろと決めきる事ができれば、訓練に集中できる。

 だが、今日の休日みたいにたっぷり時間を取れるようなはもうない。

 明日からは平日学校があって、空いているのは放課後ぐらいなものになる。

 訓練の時間を削るのは致し方ないとして、やるなら明日とかになるな。

 

「明日……いいよ、分かった。放課後だね」

 

 日程が決まると次は場所になるが、俺としてはまた自分の部屋がよかった。

 正直、どこか会議室借りるのも手間がかかる。かといってラウンジとかでしてたら集中できそうにない。

 当然、これは更識さんがよければの話ではある。

 

「全然大丈夫……気を使わないで。私こそ、またお邪魔することになるけど本当にいいの……?」

 

 いいも何もこれはこちらからの誘い。

 更識さんが気にするようなことは何もない。

 

 だが一つ懸念はあった。

 これは聞いておかなければならない。

 今日はまだ大丈夫だろうが作戦会議を続ければ、更識さんが部屋に来るのを誰かに目撃され、噂になるだろう。いつまでも隠しとおせることでもないと思うし。

 そうなった場合、更識さんを辛い目にあわせてしまう。

 

「はぁ~……」

 

 呆れるような深い溜息。

 今俺、更識さんに出会って初めて溜息つかれた気がする。

 

「生真面目すぎ……そこが貴方の素敵なところだけど、そこまで生真面目すぎるのどうかと思う。私は構わない。貴方となら噂になっても……へ、平気。それにどうせ、人の噂も七十五日。噂に何か私は負けないから」

 

 そう言いきった更識さんには確かな強さを感じさせられた。

 どうやら、気の使いすぎだったらしい。

 

「まったく、その通り……貴方こそいいの? 私と噂……悪い噂流されても」

 

 更識さんと噂になるなんて光栄なことだ。

 

「お世辞が上手いね、本当に」

 

 くすりと笑う更識さんにはそっくりそのままその言葉を返してあげたいぐらいだ。

 噂なんて今更気にしていてもどうしようもない。噂を気にして、トーナメントに向けて何も出来ないほうが馬鹿馬鹿しい。

 

「なら、何も問題ない……それに何かあっても今度は私が貴方を助ける。貴方が私を励まして助けてくれたように。ヒーローは助け合い、だから、ね」

 

 前、更識さんに言った言葉。

 その通りだ。

 更識さんは強いな。

 

「貴方のおかげだよ……強い貴方がいるから、私も負けてられないって強くなれる。ヒーローって大変だけど凄いね」

 

 まったくだ。

 

「あ、そろそろ私……部屋、戻る。じゃあ、また明日の放課後」

 

 帰っていく更識さんを見送っていると何か大事なことを忘れている気がした。

 何だ……大切なこと。あっ……そうだ。

 思い出し、更識さんを呼び止めた。

 

「な、なに……?」

 

 連絡先だ。

 

「連絡先……?」

 

 凄い今更だが更識さんとはまだ連絡先一つ交換してなかった。

 基本俺達は口約束をして、待ち合わせ時間はきっちり守っていたから必要性はなかったが、これからは必要になる。

 放課後すぐ作戦会議となると、クラスによっては終わる時間が微妙に違ったりするわけだし、連絡をすぐ取れるほうがいい。

 

「それは……確かにその通りだね……」

 

 聞けば、更識さんも一番有名なメッセージアプリを使っているとのことなので、それで俺達は交換した。

 

《更識簪》

 

 フルネーム登録でしかも初期アイコンのままだった。

 

「馬鹿にした、でしょ……」

 

 じとっとした目で見られ、慌てて否定する。

 名前は兎も角、初期アイコンの人久しぶりに見たなあと思っただけでそんなつもはりない。

 

「どうせ、私はやり取りするような相手いないもん……これも本音に言われたから入れただけだし」

 

 むすっとした顔して変な拗ね方をされてしまった。

 でも、これでこれからは自由に連絡できる。

 連絡以外でも好きにメッセージ送って欲しい。そういうアプリな訳だし、友達同士なのだからただ連絡用ってだけだと味気ない。

 

「そ、そうだよね……私、いっぱい送ってしまうかもしれないけど……引いたりしないでね。嫌だったら言って」

 

 分かったと俺は頷いて見せた。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろ本当に戻るね。今日はいろいろありがとう……また、明日ね」

 

 笑みを浮かべながらそう言って更識さんは本当に帰っていった。

 見送り、一人部屋に残った俺はもう一度スマホのメッセージアプリを見てみる。

 

《更識簪》

 

 先程と変らないフルネーム登録の表記と初期アイコン。

 更識さんと連絡先交換してしまった。事実としてはただそれだけ。

 だが、今まで誰と交換した時よりも不思議と胸躍った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 更識さんと作戦会議を 後編

 一週間の始まりである月曜日。

 昨日更識さんと約束した通り、今日二回目の作戦会議をする。

 

《今ホームルーム終わった。一旦部屋に戻ってから行きます》

 

 とスマホの画面には数分ほど前に更識さんから来たメッセージが表示されている。

 それを見て俺は、掃除をしながら更識さんが部屋に来るのを待つ。

 掃除する必要はないほど綺麗だが、女子を部屋に呼ぶんだ。やはり、いつも以上に綺麗にしておかなければ。

 

《部屋出た。今から部屋に行く》

 

 今度はそんなメッセが来た。分かったと返信しておく。

 こうして気軽に連絡取れるようになってよかった。おかげで互いの状況をすぐ伝え合うことができる。連絡先交換して正解だった。

 それにただ連絡を取り合うだけではなく、チャットのように雑談できるのもまたいいところだ。

 実際、連絡を取るよりメッセで雑談しているほうが多い。昨日の今日でだ。

 

『私、いっぱい送ってしまうかもしれないけど……』

 

 なんて言っていたが、言われた時始めは冗談だとばかり思っていた。

 最初、メッセでまず俺の方から挨拶を送り。

 

《こちらこそ、よろしくお願いします》

 

 と畏まったたどたどしい返事がきて、その日一日のことを話しているうちはまだ普通だった。

 だが次第に趣味の話、二人の共通の話題であるアニメや特撮の話になるといつもの更識さんだ。

 たどたどしかったのは何処へやら。更識さんはメッセのやり取りでも熱く語る。文面からでも楽しそうなのが伝わってくるほどに。

 驚きはしたが、更識さんらしくて何だか安心した。更識さんとメッセでもこういう話が出来るのは楽しい。

 

 そんな風に昨日の出来事を掃除しつつ思い返していると、部屋の戸のノックが聞こえた。更識さんが来た。

 俺は、玄関へと行き出迎える。

 

「ごめんなさい……遅くなって」

 

 扉を開けるとそこにはラフな格好をした更識さんの姿があった。手には何やら手提げ袋がある。

 一度部屋に戻っていたのは着替えていたからだったのか。このラフな格好はおそらく部屋着だろう。

 部屋着でも昨日見たお洒落着に負けず劣らず、よく似合っていて可愛らしい。素敵だな。

 

 いつまでもこうして玄関先で立ったままというのはよくない。

 部屋の中へ入ってもらった。

 

「お邪魔します」

 

 更識さんを部屋へ通し、昨日みたく適当なところに座ってもらう。

 

「あのっ、これ……よかったら。購買で買ってきた奴だけど」

 

 お茶を出すと、更識さんが袋を一つ差し出してきた。

 受け取り中を見てみると、プリンや菓子パンなどおやつがいくつか入っていた。

 気持ちは嬉しいが、わざわざどうして。

 

「いや……ほら、手ぶらだと悪いかなって。昨日手ぶらだったわけだし……だから、遠慮しないで」

 

 昨日のことで更識さんには気を遣わせてしまったらしい。

 悪いことをしたなと思うが、ここでまた遠慮したりすると余計更識さんに気を遣わせてしまう。

 ここは素直に気持ちも物もありがたく頂こう。

 恩返しというほどのことではないが、この礼はまた別のところで返していく。

 

 でも折角今一緒にいるんだ。

 後で食べるにしても、一人で食べてしまうのはもったいない。

 貰ったこれを俺は更識さん分け合い一緒に食べることにした。

 

「え、いいよ、そんな……」

 

 当然のように遠慮はされる。

 だけど、俺としてはただ一人で頂くのも忍びない。

 お茶も出しているんだ。お茶菓子にしつつ、作戦会議をすればいい。

 元より、これは更識さんが持ってきたものだ。更識さんが遠慮する必要はないし、一人で食べるより二人で食べたい。

 

「そこまで言うのなら……じゃあ……お言葉に甘えて、私はこれで」

 

 袋の中から更識さんはプリンを選び、俺はゼリーを選んだ。

 更識さんにスプーンを渡すと、二人で一緒になって食べる。

 

「ん……」

 

 美味しそうにプリンを食べ、更識さんは幸せそうに頬を綻ばす。

 そんな更識さんを見ていると更に美味しく感じる。やはり二人で食べてよかった。

 

 しかし、いつまでもこうやってただお茶するみたいなことはしてられない。

 本題である作戦会議をそろそろ始めなければ。

 放課後なのだから、昨日みたいな充分な時間があるわけではないし。

 

「あっ……」

 

 思い出したかのような顔をする更識さん。

 更識さん、忘れてたのか。

 

「忘れてないっ……始めよう、うん……始めよう」

 

 本人にしたら努めて平然をアピールしているのだろうが、あからさまに取り繕うように言う更識さんに俺は何も言わないおいた。

 今、ツッコんだりでもしたら可哀想だ。

 

 さて、今回はどういった作戦会議にするか。

 昨日は一夏とデュノア達についてやったとなると今日はラウラ・ボーデヴィッヒが順当か。

 

「そうだね」

 

 更識さんも同意のようで頷いてくれた。

 しかし、俺はボーデヴィッヒについて知らないことだらけだ。

 クラスこそ一緒だが話したこともなければ、彼女自身クラスから距離を置いているから知りようがない。

 一夏や織斑先生が絡まない限り、一切話すこともなくいつも無表情でただ静かにしている。流石に授業中に先生から当てられれば、答えてはいるが。

 

 知っていることと言えば、ボーデヴィッヒのペアがくじで決まった篠ノ之だということ。

 後は授業中に見たボーデヴィッヒの専用機の外見のことぐらい。

 肝心の機体スペックやら詳しい戦い方やらは知らない。

 一夏はボーデヴィッヒと一戦交えたらしいが、俺はそこに遭遇してなかったし。

 

「それについては大丈夫。用意してきたから」

 

 そう言って更識さんはもう一つの袋からタブレットを取り出した。

 

「えっと……あった。これ、はい」

 

 差し出されたタブレットを受け取り、画面を見るとそこにはボーデヴィッヒの専用機について情報が書かれてあった。

 ドイツの第三世代機シュヴァルツェア・レーゲンのカタログスペック。

 装備や機体出力、推力などが詳細にまとめられている。

 

「流石に戦い方までは調べられないけど……せめてこれだけはと思って」

 

 そうだったんだ。

 よくこんなに調べられたものだ。

 かなり苦労したんじゃないだろうか。

 

「ううん、全然。これは通常公開されるデータ。授業かどっかで聞いたことない?  アラスカ条約により、原則としてISに使われる技術は開示しなくてはならないのが決まりだがあるのを」

 

 そういえば、授業でそんなことを習った覚えがある。

 パソコンや電子機器などのメーカーがカタログなどで公表している製品の性能表みたいなものなんだろう。

 

「大体そんな感じかな。まあ、公開されてると言ってもISに深く関わってないと見れないけどね……開示されるとは言え、軍事機密な訳だし。後、ここを見て」

 

 更識さんが指差したところには第三世代機の搭載されている特殊兵装であるシュヴァルツェア・レーゲン第三世代型兵器 停止結界《慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)》というのが表記されていた。

 これは。

 

「見ての通り。これがシュヴァルツェア・レーゲンの目玉兵装とも言えるもの」

 

 こんなものまで載っているのか。

 

「それと気持ち程度。何処まで参考になるか分からないけど歴代有名ドイツ選手の傾向のまとめ。参考資料動画も用意した」

 

 何とそこまで……感心。いや、頭が上がらない。

 トーナメントに向けて更識さんは本当に真剣なんだと改めて痛感させられる。

 流石だ。

 

「そんなことないよ。私にできることはこれぐらいしかないから。でも、出来ることがあるのなら最善を尽くしたい」

 

 その通りだ。

 俺も更識さんの最善に応えられるよう更なる最善を尽くす。

 そう気持ちを改める。

 

 

 

 

 体をグッと伸ばすと凝っていたからか、骨が鳴ってしまった。

 

「んー……」

 

 同じ様に更識さんも体をグッと伸ばすと凝っていたらしく、骨が鳴った。

 思わず俺達は顔を見合わせ、笑った。

 

「あはは……凄い音」

 

 くすくすとおかしそうに小さく笑う更識さん。

 ビックリした。でも、それだけ集中していたという証拠。

 流石に昨日ほど事細かに作戦などを詰めることは出来てないが、大まかに決めることは出来た。

 更識さんが用意してくれた資料がなければ、大まかに決めることは出来なかっただろう。感謝しかない。

 

「もう、大げさ……でも、どういたしまして。にしても、ドイツの第三世代機。本当、合理主義のドイツらしい」

 

 更識さんはタブレットを見ながら感慨深そうに言う。

 ドイツらしい、合理的といえばそうなのかもしれない。

 遠距離は大口径レールカノン、中距離は6本のワイヤーブレード、近距離は両手からなるプラズマ手刀。

 隙がなく、堅実な3段構え。

 そして、奥の手として停止結界《慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)》。通称、AIC。

 搭載されている兵装の中でこれが一番厄介だ。

 

「そうだね。試作品とはいえかなりの完成度を誇ってるみたいだし」

 

 今度は更識さんの表情が険しくなる。

 それもそのはずだ。先ほどまでの作戦会議で打開策は勿論、対処法もろくに決まってないのだから。

 現状決まっていることと言えば、シュヴァルツェア・レーゲン相手にギリギリ中距離を保つことぐらい。

 近づけば、AICでPICによる機体運動を強制的に止められ、プラズマ手刀で倒され。

 かといって、警戒しすぎて離れすぎれば、大口径レールカノンとワイヤーブレードで攻められる。

 ゆえにギリギリのところで中距離を保つことで大口径レールカノンとAICを使わせない状況を作るという誰でも思いつきそうな作戦。

 

 特に更識さんが険しい表情をするのは、ボーデヴィッヒの相手も更識さんがするからだろう。

 全体的な作戦としては更識さんがボーデヴィッヒを見ながらあしらい、二人で確実に早くペアである篠ノ之を落とすというもの。一夏達と変わらない。

 篠ノ之は通常使用の訓練機を使う。デュノアみたいにカスタム機でない分、危険度も低い。

 

 そんな風に言葉にしたら簡単に思えるが。

 デュノア曰く、ボーデヴィッヒは一年生の中で現時点最も強いとのこと。

 更識さんは機体の世代間差というハンデを背いながら、強敵を見続ける。並大抵なことではない。

 

 状況によっては俺がボーデヴィッヒを見ることも想定しているが、基本は更識さんが見る。

 ここでも更識さんの負担は大きいが、デュノア戦と同じで、俺がボーデヴィッヒのマーク役をすれば、それを逆手に取られて技量差で押し切られ、落とされる未来は想像に容易い。

 更識さんにはデュノア達の時といい更識さんには負担をかけてばかりだ。

 

「負担だなんて……それは私の台詞でもある。貴方には私が落とされないようにフォローしてもらいながら、篠ノ之さんを早く落としてもらわないといけないんだよ」

 

 そうだった。

 基本的にやることは一夏達の時と分からないが、一夏達の時よりも早く俺が篠ノ之を落としきなければならない。

 これもまた並大抵のことではないが、そうしなければ現状勝機はない。

 並み大抵のことではないとしてもやるしかない。

 

「うん、そう……やるしかない」

 

 頑張ろうと俺達は気持ちを一つにする。

 

 しかし、ペアとしてはボーデヴィッヒと篠ノ之ペアは比較的やりやすい相手ではある。

 コンビネーションなんてなさそうだからだ。

 警戒はするが、普段のボーデヴィッヒの様子を鑑みるととてもコンビネーションを取るようなタイプではない。ペアを信じておらず、邪魔しなければどうなろうがお構いなし。全部自分ひとりでやると言った雰囲気。

 篠ノ之はプライドが高いからそう邪険にされれば、フォローしたりあわせたりはしない。ムキになってくるに違いない。

 そこがある意味このペアの弱点と言うか隙みたいなもの。

 

「油断大敵だけど気持ち楽……ボーデヴィッヒさんの実力は高いのかもしれないけど、これはタッグ戦。それに重点を置かないとダメ」

 

 その通りだ。自分の力だけを過信してはならない。

 もっとも、こんなこと言ってもあのペアには関係ないことだろうが。

 あのペアなら最悪相方を盾にするなんてことも用意に想像できる。近くにいたお前が悪い、と。

 

「あ、それアレだよね……」

 

 更識さんは元ネタが分かったらしい。ちょっと嬉しい。

 それから元ネタ談義に始まり少し雑談をしてしまった。

 いい息抜きにはなったが、まだ詰めるところや改善できるところは沢山ある。続きを再開しなければ。

 そんなことを考えながら、ふと時間を確認すると凄い時間だった。

 

「あっ……夕食」

 

 ハッとした顔を浮かべる更識さん。

 俺達はいろいろな意味で時間を忘れてしまっていたらしい。

 時刻は夕食時真っ最中。しかも、混雑しているのが予想できる時間。 

 早めに気づいていればよかった。

 夕食が終る時間まではまだ大分あるが、今食べずに再開してしまうとこの調子なら多分また時間を忘れてしまう。

 それに今なら丁度中断になったし、一区切りもついた。タイミング的には今か。

 

「どうしよう……?」

 

 俺の意見を待つ更識さんは様子を伺うようにジッとこちらを見つめる。

 

「……」

 

 更識さんの目は静かに語っている。

 昨日のことだろう、それは。

 しかし、混んでいる今の食堂を思うとそれはいいものなのかと躊躇してしまう。

 でも、いつまでも待たせるのは勿論。はぐらかすのはもってのほか。

 強制するわけではないんだ。どうするからは更識さん本人の意思次第。ここは打って出る。

 

 俺は更識さんを一緒の夕食へと誘ってみた。

 

「あ、貴方がいいのなら……喜んで」

 

 嬉しそうな返事を返してもらえた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 肩を小さくさせながら、隣で更識さんは俯いて黙々と料理を食べる。

 まあ、案の定の光景だった。

 更識さんがこうなるのはある意味当然か。何せ、周囲からの奇異な視線が度々向けられているのだから。

 理由は明白。俺が更識さんを連れてここ食堂にやってきたからだ。俺が女子を連れてくることなんて初めてのことで、しかも相手が代表候補生の更識さん。気にもなるだろう。

 しかし、向けられている身としては堪ったものではない。

 飯が食べにくくて仕方ないし、何だかひそひそ話をされているようで気分はよくない。

 更識さんにはやはり迷惑をかけてしまうし、今更ながらよかったものかと考えてしまう。

 

「いい、気にしないで……大丈夫」

 

 そうは言うが全然大丈夫そうには見えない。

 かといって、現状を打開何かしてあげられることはない。

 こんなことになるのなら、次からはこれまで通り別々に食べるべきかもしれない。

 

「ま、待って。それは……嫌。この状況に自分から負けを認めるみたいで悔しい」

 

 勝ち負けの問題ではない気がするのだが。

 けれど、確かに現状や噂されているのを間に受けるのは馬鹿らしい。

 何かしら被害が起きたら流石にその時はしかるべき対処を尽くすが、この程度のことなら適当に流すに限る。

 気にしてられない。それにその内、周りは慣れるか飽きるかして落ち着くだろうし、俺達のほうもこの雰囲気に慣れてしまうだろう。

 そういうものだ。

 

「ん……慣れるのが一番」

 

 今は更識さんとの食事を楽しむ方が大切だ。

 そうして食事を進めていると、早くも慣れてきたのか、最初よりかは周りのことを気にならなくなった。

 周りも周りで俺達に飽きたか慣れたと同時に、別の奴らに人達に興味を向けていた。

 一夏達だ。ペアのデュノアと一緒だが、当然の如くオルコットと凰も一緒だ。

 

「おぉっ! よっ!」

 

 こっちに気づき、一夏が声をあげながら手を振ってくる。

 それに俺は手だけ振って返事した。

 

「……」

 

 こんなことをして一夏達に更識さんが気づかないわけもなく、何処か険しい顔をしながらご飯の残りを静かに食べていた。

 

 それにしても一夏達がこんな時間に食堂に来るなんて珍しい。

 いつもはもっと早い時間にきて食べている。

 大方、俺達のように部屋でトーナメントに向けてのことをやっていたからか、オルコット達に絡まれて遅くなったか。そんなところだろう。

 どうでもいいことではある。俺はもう食べ終わって、更識さんが食べ終わるのを待つのみ。一夏達と一緒に食べるわけでもないし、こんな隅の席には来ないだろう。

 

「ね、ねぇ……こっち来てない……?」

 

 更識さんの言葉に釣られるように見ると、確かに夕食を持った一夏とデュノアがこっちに来ている。

 オルコットと凰をゾロゾロ連れて。

 

「よっ! 前いいか?」

 

「こら、一夏。許可もらう前に座ってんじゃないわよ」

 

「まったくですわ」

 

「あっはは……ごめんね、騒がしくしちゃって。前、いい?」

 

 許可を取りながらも勝手に俺達の前へと座る一夏とツッコミながらも同じく勝手に座るオルコットと凰。唯一苦笑いしているデュノアだけは許可を取ってきた。

 どうしたものか。断る理由がない。更識さんがいいなら俺は構わないが……。

 

「……大丈夫……どうぞ」

 

 更識さんがそう言うとデュノア達は後の席へついた。

 目の前には一夏。その両隣にはデュノアと凰。凰の横にオルコットといった順で並んでいる。

 何でこっち来るんだ。食堂は賑やかだが、ここ以外にも席は充分空いている。あっちいけばいいのに。

 

「そう邪険にすんなって。いいだろ。賑やかなほうが飯は美味くなるってな!」

 

 一夏の眩しい笑顔が少しアレだ。

 言っていることは最もなのだろうけど、その賑やかは俺達にとっては騒がしい。

 実際、隣の更識さんは静かにしているがあまり快く思ってないことは何となく分かる。

 

「後はお前達に用があったんだ」

 

 俺と更識さんは顔を見合わせる。

 用ってなんのことだろうか。

 

「忘れたのかよ。土曜日の模擬戦のこと」

 

 そのことか。すっかり頭の片隅に追いやられていた。

 更識さんには聞いて、今はまだ返事を待っている最中だ。

 

「なら、いいけどさ。まあ二人一緒にいるのを見かけたから、折角だと思って。っと、更識さんには挨拶がまだだったな。俺は織斑一夏。よろしくな!」

 

「こんなところでごめんね。僕はシャルロット・デュノア。フランスの代表候補だよ」

 

 一夏とデュノアに続いて、オルコットと凰も更識さんに自己紹介をする。

 

「……どうも。四組の更識簪、です」

 

 更識さんは平然を装っているが物凄く戸惑っている。

 急に一夏と会ってしまったから、そうなっても無理ないか。

 

「この方が日本の代表候補生。大人しい方ですわね」

 

「そうね。でも、この学園の生徒会長の妹なんでしょう? 大人しそうにしていても腕は確かなはずよ」

 

 オルコットと凰は代表候補生として更識さんのことが気になるのか、興味深そうだ。

 対する更識さんはそんな視線を向けられて、言葉こそは耳には届いてないようだが少し居心地悪そうにしている。

 というか、更識さんが感じている居心地の悪さの一番の原因は一夏だ。

 

「……何か?」

 

「ああ、悪い。いや、まあ何だ。なるほどなって思って」

 

「……?」

 

 下手な誤魔化し方をする一夏に更識さんは不思議そうな顔をする。

 そして次、一夏から俺へ向けられる微笑ましいと言わんばかりの生暖かい視線。

 どうせまた一夏の奴は変な勘違いをしながら余計なこと考えているだろうことが分かってしまう。

 お得意のつまらない冗談つきで。

 

「そうだね。一夏、それは面白くないよ」

 

「二人して酷ぇ。というか、勝手に人の心読むなよ」

 

 一夏は分かりすぎるんだ。

 しかし、一夏達が俺達の元へ来た理由は分かった。

 一夏達から模擬戦を誘われて大分日にちが経っている。更識さんを急かすつもりはないが、流石にそろそろ何かしら返事をしなければ、一夏達に悪い。

 

「そうだね……」

 

 一言そう言って更識さんは顔を伏せた。おそらく、今一度考え直してくれているのだろう。

 しかしやっぱり、乗り気ではないんだろう。いくら必要度が高いこととは言え、更識さんにとっては相手が相手だ。

 

「模擬戦の件、手合わせよろしくお願いします。返事が遅くなってすみません」

 

 更識さんは意を決したように言った。

 

「気にしなくていいよ。いや~嬉しいっ! ありがとな、更識さんっ!」

 

 嬉しさのあまり一夏は体を乗り出して喜んでいた。

 だがしかし、乗り出しすぎて一瞬更識さんと顔と顔とが凄い至近距離にあった。

 

「一夏、アンタっ!」

 

「一夏さん、近すぎですわよ!」

 

 たまらず二人が抗議の声をあげる。いつもの光景だ。

 

「……っ」

 

 更識さんは小さいながらも悲鳴を上げて、後ろへ体を引いていた。ビックリしていたというよりかは、本気で怖がっている。

 嬉しい気持ちは汲んでやれるが、一夏はやりすぎだ。

 

「まったくその通りだよ。ダメだよ、一夏。近すぎ」

 

「お、おう。すまん。シャルル、怖い顔するなって」

 

 デュノアが静かにだが怒っている。

 凄い怒りっぷりだ。オルコット達よりも怒っている。一夏がやったことはよくないことだが、そこまで怒るものなのか。

 何か違和感を覚えた。

 

「僕に謝るより先に更識さんにごめんなさいするの」

 

「おっしゃる通りで……ごめんな、更識さん。つい嬉しくて」

 

「いえ……はい」

 

 更識さんは曖昧に返事するのみ。

 

「もう、いいですか? すみません、私達食べ終わったので。ね、戻ろう」

 

 ここにいるのは更識さんにとって辛そうだ。

 俺としてもここにいていつもの馬鹿騒ぎに巻き込まれたりしたくないからこの辺でお暇したい。

 食べ終わったし、模擬戦の件も無事返事を返すことが出来た。充分だろう。また何かあれば一夏の方からメッセ飛ばしてくるだろう。

 

「おう、そうか。悪いな。じゃあ、模擬戦楽しみにしてるぜ」

 

 一夏の嬉しそうな声を受けながら、俺と更識さんは食堂を後にした。

 

 

 

 

 あの後一旦更識さんと一緒に俺の部屋へ戻ってきた。

 そして部屋へ入るなり更識さんは自分の荷物をまとめだしていた。

 帰るみたいだ。

 

「うん……ちょっと疲れたから、もう部屋で休ませてもらってもいい? まだ途中なのは分かってるんだけど」

 

 申し訳なさそうにしているが、気にする必要はない。

 トーナメント当日まで日にちが残り少なくなってきたが、時間は取れる。

 それに疲れたってのはさっきのことでなんだろうか。思い当たることがそれぐらいしかない。

 更識さんの承諾を得て、正式に一夏達と土曜日に模擬戦をすることになって、俺としてはよかったが更識さんには無理させてしまったかもしれない。

 こんなこと野暮だと分かっているが、知らないうちに断るに断れない状況を作っていたかもしれないと考えてしまう。

 

「もう、気にしすぎ。そんなことない。嫌々だなんてこともないから安心して。そりゃ、まだいろいろと複雑だけど……だからって逃げていられない。私、頑張るっ」

 

 そう力強く更識さんは意気込みを見せてくれる。

 なら安心だ。更識さんの意気込みに負けず恥じぬよう頑張らねば。

 

「また何かあったらメッセして。というか、また私の方からすると思うけど。昨日はごめんなさい。遅くまで一杯話しちゃって」

 

 大丈夫と

 更識さんとやり取りするのは楽しいのは変らない。

 それにメッセでのやり取りなら同じ部屋にいなくても、自由にやり取りできるのはいい。

 

「そう、ありがとう。じゃあ、今日はありがとう……また、後で」

 

 控えめに手を振って帰っていく更識さんを俺は見送る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 更識さんと息抜きのはずが

 トーナメント当日まで後七日。残り約一週間後までに迫ってきた。

 昨日、一昨日と二日続けて更識さんとは訓練を休んで作戦会議をしていたが三日続けて作戦会議というのは流石によくないだろうということで今日は訓練の日。

 場所はいつもと変らず、シミュレータールーム。

 今日の訓練内容はこの二日で話し合った作戦会議の内容をシミュレーターでも実際に体を動かして確認するというもの。

 そこで気になるところや更によくできるところを改善と修正を繰り返していく。

 そうしていると放課後の僅かな時間はあっという間に過ぎ、もう終了の時間。今日はここまでか。

 

「ん……お疲れ様」

 

 俺もまた同じ言葉を更識さんに返す。

 時間を確認してみれば、もう夕方六時前。夕食の時間だ。

 この後はもう予定がない為、折角だからと更識さんを夕食に誘ってみた。

 しかし。

 

「……えっと、ごめんなさい。今日はちょっと……」

 

 断られてしまった。

 仕方ない。昨日がアレだったんだ。昨日の今日では流石にきついか。

 それとも何か予定。誰かと先に食べる約束があったんだろうか。

 

「いや、そういうことじゃなくて……。その……先に汗を流したくて……」

 

 遠慮気味に言われ、納得した。

 そういうことか。それもそうだ。さっきまで訓練をしていたから当然汗をかいた。俺とてそうだ。

 俺も夕飯の前にサッと簡単にシャワーを浴びようと思っていた。

 何なら、更識さんが出てくるのを待ってから一緒に食べるってのもアリだが。

 

「今日はシャワーじゃなくて寮の大浴場に入るつもりだから時間かかる。だから、一緒には……ごめんなさい、折角誘ってくれたのに」

 

 そうなら仕方ない。

 また別の機会にすればいいだけの話。

 ということは、今日はここで解散だ。

 

「あ……ま、待って」

 

 別れを告げ部屋に戻ろうかと思った時、更識さんに引き止められた。

 

「あの、ね……夕食の後、貴方の部屋に行ってもいい……?」

 

 思わず、理由を尋ねてしまった。

 

「何でって……。ええっと……あっ、ほらっ! 昨日の続き! ボーデヴィッヒさんペアの対策まだ終ってないでしょう? だから、ほらっ」

 

 取ってつけたように何だか必死な様子で言ってくる更識さん。

 確かにボーデヴィッヒペアの対策はまだ終っていない。

 だが、進捗状況的なあと少しといったところで残りはメッセで事足りる。

 実際昨日夕食の後更識さんとは解散したが、その後はメッセで作戦会議の続きをして事足りた。

 だから、わざわざ時間を作って部屋に集まるほどではない気が。

 

「そう、だよね……メッセで、充分……」

 

 しゅんとした顔されると心に来るものがある。

 つい癖であれこれ考えてしまったが本当今更だ。

 更識さんも部屋に集まってまでやる必要はないと分かってはいるみたいだ。

 しかし、こうしてわざわざ言ってきたってことは、更識さんは一緒に少なからず一緒にいたいと思ってくれているから……なんてのは、よく考えすぎか。

 何にせよ、更識さんが部屋に来るのは歓迎だ。断る理由はない。

 

「うんっ……! じゃあ、夕食の後ね! 行く前にメッセするから……!」

 

 更識さんは嬉しそうに頬を綻ばす。

 そんな嬉しそうにされるとこっちまで嬉しくなる。

 食後が楽しみだ。

 

 

 

 

 シャワーで汗を流した後、俺は夕食を食べていた。

 今日は一人というわけではなく、一夏とデュノア達と一緒だ。というより、さっき捕まってしまった。

 

「今日は更識さんと一緒じゃないんだね」

 

「そういえば、そうだ。昨日は一緒だったのに」

 

 デュノアも一夏もいきなりだな。

 何だかいつも一緒みたいな言われようだ。

 昨日が初めて。たまたま。

 

「じゃあ、今日は誘わなかったの?」

 

 誘ったには誘った。が、断られた。理由には納得しているから、別に構わない。

 そのことを説明しようとしたが、説明するよりも先に気の早い一夏に言われたしまった。

 楽しそうなゲスい笑みを浮かべながら。

 

「お前、振られたんだな」

 

 なんてことを言うんだ、こいつは。一夏のそれは邪な意味があるのは一目瞭然だ。

 違うときっぱり否定する。訳あって、ただ単に断られただけだ。

 こいつはどうしてこういうゲスい勘ぐりをここぞという時にだけするのだろうか。

 一夏の思っているような色っぽいものではない。自分の色恋沙汰には鈍い癖して、他人のにはというものなんだろうか。まったく。

 

「あら。でも、昨日はあんなに仲睦まじげでしたのに」

 

「そうね。お似合いだったわよ」

 

「うむ。おしどりだったな」

 

 当然の如くというべきなのか、今夜は凰やオルコットはもちろん。篠ノ乃までがいて口々にそんなことを言ってくる。

 こいつらはまったく。怒るのも馬鹿らしくなってただひたすら呆れた。

 普段こいつらは自分がこういうことでからかわれると騒ぐ癖に、逆の立場となると実に楽しそうだ。まあ、あの 一夏からしてこうなのだからそういうものなんだろうな。まったく、飽きれるばかりだ。

 

 しかし、多勢に無勢だ。

 苦笑いしながらも中立の立場を取ってくれているデュノア以外は楽しそうに俺をからかってくる。辛く苦しい状況だ。

 

「もう~皆でからかったらかわいそーだよ~。かんちゃんは先にお風呂行ってるだけだよ~」

 

 と、のほほんとしたゆるい口調で言ってくれたのは布仏さんだった。

 今晩彼女も一緒に夕飯を一緒に食べていて、席は俺の右隣に座っている。

 意外なところから助け舟。だがおかげで、流石の一夏達も納得してくれていた。

 

「あ~それなら仕方ないな。よかったな、振られてなくて」

 

 まだ言うか、こいつは。

 溜息が止まらない。

 

「わぁ~凄い溜息。ダメだよ、そんな溜息ついたら。かんちゃん、あんなに嬉しそうだったのに。あんなかんちゃん見たの、小さい頃以来だよ~」

 

 助け舟がドロ舟になった瞬間を肌で感じた。

 布仏さんのその言葉を聞いた瞬間、再び一夏達のニヤニヤとしたいやらしい視線が集まってくる。

 

「お風呂入るのにも凄い気合、あれはまるでデート前って感じだったね」

 

 言い方ってものがある。何より、場所を考えてほしい。

 

「デート前ねぇ~そうかそうか。うんうん」

 

 許されるのならしたり顔で頷く一夏をどうかしたい。

 間に受けやがって……あれはあくまで比喩表現だろうに。 

 

「でも、部屋で一緒なんだろう? 男と女が一つ屋根の下となると……なぁ、シャルル」

 

「そ、そうだね。実際そういう噂にはなってるっぽいよ。最近、更識さんが君の部屋に行ってるって聞くし」

 

 たった二日でもう噂になるものなんだな。早すぎて何だか関心してしまう。

 気をつけてはいたが、やはり限度があった。どこで誰が見てるのかわかったものじゃない。

 今だって、周りで同じ様に夕飯食べてる奴らはきっとこちらのことが気になって、聞き耳立てているのかもしれない。

 だから今の状況とこんなところで弁解しても意味はなさないだろうが、あえてまた言わせてもらうとやはりそういう色っぽいことではない。

 普通にトーナメントに向けての作戦会議。一夏とデュノア達だってやっているやつだ。

 まあ、俺と更識さんの場合は男女だから、そういう噂が立つのは承知しているし、仕方ないものだとも思っている。

 それでも部屋に来てもらっているのはトーナメントに対しての作戦会議の為。それが事実なのだから他に言いようがない。

 

「作戦会議の為ってのは分かるけど~でも、その為だけ(・・)ってことはないよね~。かんちゃんがあんな嬉しそうにしているんだから尚更~」

 

 何だか痛いところをつかれた気分だ。

 そりゃ、ずっとトーナメントの作戦会議してる訳ではない。

 共通の話題で盛り上がることはままある。そういうこともあって更識さんは楽しみにして嬉しそうにしてくれているのだろうが。 

 

「それはそうなんだろだけど~……そういうことが言いたい訳じゃないんだけどなぁ~」

 

 

 

 

 夕飯から部屋に戻ると更識さんが来るまでの時間を適当に潰す。

 三日目ともなればこの待ち時間も慣れたもの。多少落ち着かなさは感じるが、それでも以前と比べると大分マシだ。比較的落ち着いて待っていられる。

 風呂に入ったら、夕飯を食べてその後に来るだろうから大分時間はかかりそうだ。ゆっくりしていよう。

 そうしてしばらく待つと……。

 

《待たせてごめんなさい。今からそっちにいく》

 

 という更識さんからメッセがスマホに届いた。

 その後、いつものように部屋の扉が控えめにノックされた。

 扉を開け出迎える。

 

「こんばんは」

 

 扉の向こうに更識さんを見るや否や驚いた。

 

「? あの……入ってもいい……?」

 

 不思議そうにしながら言葉をかけてくれた更識さんの声で我に返り、部屋の中へと入ってもらう。

 

「ごめんなさい。結構待たせたでしょ……?」

 

 いつものように適当なところへ腰を落ちつけた更識さんはそんなことを言う。

 それは別に構いはしない。

 だが……と、先ほどからチラチラと何度も更識さんのことを見てしまう。以前にも似たようなことがあったが、あの時以上に俺視線は更識さんに釘付けだ。

 

「そんなに見られるとちょっと……あっ、嫌ってわけじゃないんだけどっ。えっと、そのっ……」

 

 更識さんが視線に気づかないわけもなく、戸惑い慌てていた。

 当然の反応。だが、視線はいまだ更識さんに釘付けだった。

 今夜の更識さんは、水色のふんわりとした女の子らしい比較的ラフな格好。これはつまるところパジャマだろう。

 パジャマ姿は以前にも見たことがあるが、あの時のものとはまた違う。

 似合ってるし、可愛いが何でその格好なんだ。

 

「何でって……そんなおかしなこと言われても……お風呂上り、夜だから……?」

 

 あまりにも変なことを聞くから更識さんは、不思議そうに聞いてきた。

 何でっておかしいな。自分でもそう思う。

 風呂に行くってのは聞いていたし、今は夜。更識さんの言うことはもっともだ。変なことを聞いてしまった。ここは素直に謝罪する。

 

「謝らなくて大丈夫……じゃあ、昨日の続き始めよ」

 

 気を取り直して、早速昨日の続きを始めていく。

 とはいっても、昨夜別れた後メッセでもやり取りしたこともあって、一時間近くほどで終ってしまった。

 正直ことを言うと単純にネタ切れだ。案や知恵は出しつくした感あった。

 流石に三日続けて似たようなことをしていれば、いつかはこうなる。

 

 中途半端というわけではなく、現状決めれるところ、詰めきれるところはきちんとつめられたから大丈夫なはずだ。

 訓練でも今日はまだ、一夏ペア対策の確認をしただけで、ボーデヴィッヒペア対策の訓練はこれから。実際に動いて確認して足りないところがあればその都度補えばいいし、こうやって場を設けて話し合うのもいいし、メッセでも話し合える。抜かりはない。

 

「じゃあ、一旦終わりだね。でも、これからどうしよっか……?」

 

 ぽつりと更識さんがそうこぼした。

 作戦会議はひとまず終ってしまった。だがまだ、自室からの外出禁止時間という自由時間終了まで時間はわりとある。

 どうやって過ごすか……作戦会議は終わったのだからこのまま解散というのが無難な流れではあるが、あそこまで言ってきた更識さんを終わったからといって帰ってもらうのも何だか悪い。

 こう言っては変な言い方になってしまうが、俺も更識さんをこのまま帰したくない。少しでいいから一緒にいたい。そう思っている。

 

 しかし、肝心のこれからをどうして過したらいいのかが思いつかない。

 このままじっとしてるのは流石にあんまりだ。頭を悩ませる。

 テレビ番組でもあれば片手で見てそこから話題を膨らませられそうだが、今夜特にこの時間帯おもしろい番組はやってない。適当につけてつまらない番組で場がしらけて嫌だ。

 何か……そうだ。ふと、思いついた。

 

「ど、どうかしたっ……?」

 

 突然の声を上げたものだから、更識さんを驚かせてしまった。

 謝罪して、あることを提案した。

 よかったら、毎週日曜朝にやっている特撮番組でも一緒に見ないかと。

 息抜きも兼ねて。

 

「……」

 

 驚いたままの更識さん。

 流石に苦肉の策過ぎただろうか。

 いくらなんでも女の子相手に特撮一緒に見ようだなんて今更ながらマズかった気がしてきた。

 だがここで定番だろう恋愛物の映画や興味ないものを見ても仕方ない。

 特撮ならお互い共通したものではあるし、話題にもしやすいと思ったがなかったことにしてもらおう。

 

「な、何で……こんなこと言われるなんて思ってなかったからすぐ返事でなかったけど私、見たい。今週のまだ見れてなかったし」

 

 更識さんの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。

 よかった。それなら大丈夫か。

 安心して、見る用意をしていく。

 用意を終えると、見る為に元いた場所から動く。元いた場所では画面に近いからだ。

 移った場所は更識さんの隣。そこが一番見やすい。もちろん、更識さんに断りは入れた。

 

「うん、どうぞ」

 

 隣に座ると、甘いいい香りが鼻先をくすぐった。

 そう言えば更識さんは風呂上がりなのだということを思い出す。

 だからなのだろう。甘いいい香りがするのは。

 

 こんな近くにいるのは初めてではないが、今は訓練中ではないから思った以上に気が緩んでいるせいか余計意識してしまう。おかげでドキドキとして変に緊張している始末。

 一夏達に散々否定していたが、こんなのを見られたら説得力がなくなるな。

 更識さんはどうなのかと、隣を見てみる。

 

「……」

 

 言葉なくじっと画面を見つめる更識さん。

 その様子は真剣そのもので、見入っているのがよく分かる。

 邪な考えはよくない。俺も真面目に見よう。

 

 時間にしておよそ20分ちょっと。

 CM中も特に会話なかったが、何事もなく無事次回予告まで見終えた。

 

「うんっ、今回もおもしろかった」

 

 満足げな更識さんの感想には同意見だ。

 今は丁度物語自体が盛り上がっているおもしろい時。

 見たのがこの回でよかった。

 

 今回の話だけでなくこの作品自体も今までの特撮ヒーロー物に漏れずおもしろくてハマっている。 こうして特撮作品を毎週見るようになったが、小さい頃以来だ。

 それもこれも元々この作品を進めてくれた更識さんのおかげだ。

 

「そんな……でも、気に入ってくれてよかった」

 

 更識さんは、嬉しそうに微笑んでくれた。

 それからは今日の回の感想をつらつらと言い合う。

 とは言っても、更識さんほど深い考察や考えをしながら見てるわけではないから、ここがよかったとかこの戦闘シーンは熱くて燃えたとかそんなの。

 

「そう……! そこなのっ! 私もね――」

 

 更識さんが気に入ったシーンが同じだったようで、いつもの語りだしてくれたのは嬉しい。

 だがしかし、ちょっとこれは。

 

「……? あ、あ、ああああ……っ」

 

 更識さんは自分で気づいてくれたが、みるみる顔が赤くなっていく。

 当然だ。語るうちに熱が入った更識さんは、いつのまにか俺の両手を自分の両手で包むように握っていた。

 手の甲でも感じられる女子独特の柔らかな手の感触。

 隣に座っているからか、また更識さんのいい匂いが鼻先を擽る。意識しないよう務めていたのに、またドキドキと緊張してきた。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 謝られてバッと手を離される。

 すると名残惜しさを感じた俺は、無意識のうちにあっと情けない声を出してしまった。

 

「え……?」

 

 更識さんにはきょとんされ、無性に恥ずかしさを覚える。

 あっじゃないだろ。みっともない。

 これは事故なんだ。名残惜しさを感じてどうする。

 

「ごめんなさい。私、なんてはなしたないことを……嫌だったよね」

 

 とんでもない。

 むしろ、嬉しかったほどだ。

 

「えっ?」

 

 またきょとんされる。

 ダメだ。失態に失態を重ねる。凄い失言だ。

 そう自覚するからこそ、今自分の顔は真っ赤なのだろうことがよく分かる。顔が熱い。

 穴があったら入りたい。

 

「嬉しいの……?」

 

 蒸し返される。どうやら、逃げたりは許されないようだ。

 

「あっいや、蒸し返すつりはないんだけど……そのっ」

 

 嬉しかったのは事実だ。

 今更誤魔化したりしない。素直に認める。

 だから、更識さんがそんな謝るほどのことではない。

 

「うん、わ、分かったっ……」

 

 頷くと更識さんはそれきっり黙ってしまった。

 釣られてこちらもまた黙ってしまう。

 すると二人の間には妙な沈黙が生まれる。

 しかしこの沈黙は重苦しい嫌な感じのものではなく、ドキドキと胸を高鳴らせ、落ち着かなくさせてくる。しまいには甘酸っぱさを感じさせ、心地よさすら覚えさせてくる不思議な沈黙。

 その証拠。というべきなのか、俺と更識さんはお互い顔を赤くして妙に照れあってしまっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 更識さんは変わっていく

 あれから二日。

 結局、更識さんとはぎくしゃくしてしまい気まずくなってしまった。

 理由は言わずもがな。手を握り合った……あんなことがあったんだ。これはある意味当然の結果。

 あの場ではお互い気にしないということで納得してそれっきりだったが、再び顔を合わせるとそう上手くはいかない。ぎくしゃくとした気まずい空気を作ってしまう。

 昨日と今日もまた一緒に訓練をしていたが、休憩中は特に気まずく、ぎくしゃくした。

 けれど、更識さんは代表候補。プロとも言える存在だ。事故とかもなく訓練はしっかりでき。これまでの作戦会議で話し合ったことを実践し、改善など変らず続けられたのは更識さんのおかげだ。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、ぎくしゃくしてしまうのは顔を合わせてしまうというだけで顔を合わせないメッセではいつも通りのやり取りが出来ている。

 普段の雑談は勿論。作戦会議もメッセで事足りている。

 けれど結局、顔を合わせるとやはりぎくしゃくしてしまう。今だってそうだ。

 

「……」

 

 本日、二度目の休憩。

 休憩室では隣に座ってる更識さんが気まずそうに飲んだペットボトルを弄っている。

 いつもと変らず今日も休憩室では二人っきりだが、このぎくしゃくとした感じが昨日、そして今日と二日も続いていると流石に少し辛いものがある。

 これならまだ、人目が有ったほうが気が紛れるというかなんと言うか。こんな弱音正直よくないとは分かってはいるが。

 やっぱり体を動かしていた方が気が楽だが、そうもいかない。ぎくしゃくしあっているのはお互い自覚している為、気を逸らそうと変に訓練に集中していつも以上に疲れ、集中力もそう長く持たず、そのままでは危ないので仕方なく休憩という流れになった。

 

 ……どうするべきか。

 本当はそっとしておくべきだろう。こういうのは基本的に時間の経過が解決してくれる。下手に解決しようとすれば、こじれるかもしれない。変な気を使いすぎというのも分かっているが更識さんと俺は女と男。何処まで踏み込んでいいのか分からない。傷つけたいわけではない。だから、時間に任せるというのが最適案。

 だがしかし、そうもいかない。このままぎくしゃくしていたら今は事故がないとしても、トーナメント本番当日普段通りの実力を発揮できるかどうか。きっと本番特有の緊張とかいろいろとあるはずだ。

 それに時間が解決してくれるとしても、更識さんと以前のように戻るのにどれぐらい時間がかかるのかは不明だ。トーナメント当日までもう一週間とないのにゆっくりしてられない。

 本番当日までにはどうにかしなければならない。どうにかしたい。

 このままずっとぎくしゃくし続ければ今よりもキツさは増していくだろう……それは嫌だ。

 

 喧嘩してる訳ではないが、更識さんとは仲直りしたい。

 ここは一つ賭けに出るように俺は更識さんに声をかけてみた。

 

「あの――」

 

 タイミング悪く同じ言葉がまったく同時にかぶさった。

 更識さんと俺は、ぱちくりと目を見合わせる。

 ビックリした。

 

「ほんとだね……えっと、それであの……何か用事、あるの……? 私はいいから先にそっちからどうぞ……」

 

 いや、更識さんから先に……。

 と言いそうになったが、譲り合いの堂々巡りになりそうだったので先に言わせてもらうことにした。

 まず始めに言った内容は最近、お互いぎくしゃくしてしまっているということについて。

 

「うん……」

 

 更識さんが頷いてくれると、場には少しばかり気まずさが増したような気がした。

 当たり前か。

 お互いぎくしゃくしているということは自覚していたが、今まで言葉にはしてなかった。むしろ、お互い明確な言葉にしてしまうことをどこか避けていた。

 実際こうして言葉にすると余計に意識してしまう。だからこそ、この気まずさなのかもしれない。

 気まずくて、何て言えばいいのか分からず、それでその……と歯切れの悪い言葉しかいえないでいる。

 そうして言葉を濁していると、更識さんは先に言った。

 

「ごめんなさい……私があんな変なことしたばっかりに」

 

 申し訳なさそうに更識さんには謝られてしまった。すぐさま気にしないようにと声をかける。

 はっきりさせればこうなると予想してなかった訳でもなければ、別に謝らせたかったわけでもない。

 ただ事実確認をしておきたかった。

 本当、今のままではいるのはよくない。トーナメントの為ってのもあるけど、更識さんには普段通りいてほしい。更識さんと普段通りでいたい。

 その為の仲直り。

 

「仲直り……?」

 

 きょとんした顔をしている。

 喧嘩したわけでもないのに仲直りってのも変な話だ。

 

「ふふっ、それもそうだね」

 

 くすりと笑って更識さんは言葉を続ける。

 

「仲直りって訳じゃないけど……その……実は私も似たようなこと言おうと、思ってた。顔を合わせるたびに貴方とぎくしゃくしたみたいになるのは嫌、だから……本当、私が変なことしたから悪いんだけど……」

 

 それはもう大丈夫。済んだことだ。

 考えていることが同じなら、仲直りはやはり必須だろう。

 勿論更識さんさえよければになるが。

 

「もちろん……いいに決まってる。友達、とは仲良くいたいから……」

 

 よかった。

 何だか肩の荷が降りた気分だった。

 

「あ……一つ質問いい……?」

 

 何だろうと思いながら俺は頷く。

 

「仲直りって具体的にどういうもの……?」

 

 言われて、あっとなった。

 解消しようとは思っているが、その具体的な解消案を持っているわけじゃない。

 馬鹿だな……気持ちだけ先に行き過ぎて、考えなしだった。

 

「仲直り……ここはいっそ定番……ゆ、指切りとか……」

 

 それはちょっと遠慮したい。

 確かに定番ではあるがそれはそれでいろいろある。

 

 仲直りしようと決めても、1、2、3、はい、とすぐに仲直りして今まで通りに戻るのは難しい。

 多少なりときっかけみたいなのが必要だ。

 きっかけ……また、更識さんを部屋に呼ぶか。あまりにも安易な発想が出てしまった。

 

「え?」

 

 更識さんが驚いた顔をしているが納得だ。

 顔を合わせるたびにぎくしゃくするのなら、いっそ同じ部屋で同じ時間過ごして早く慣れればいいというあまりにも安易な発想である意味これは荒療治。

 本当に賭けだ。俺は恐る恐る更識さんの返答を待った。

 

「……ん、分かった……お言葉に甘えさせてもらって……お部屋、お邪魔させてもらうね」

 

 更識さんは快諾して頷いてくれた。

 ほっとした。これできっかけ作りは大丈夫。後は頑張ろう。

 

「部屋で何するか決まってる……?」

 

 一応。毎度の如くではあるが、また作戦会議でもしようかと考えている。

 昨日はしてなかったし。訓練で新たに出た改善点について煮詰めなおすのもいいだろうし、何ならオルコットと凰ペア対策を考えるのもアリだろう。

 あの二人がトーナメントに出ることはないが、全部が全部無駄になるわけでもないと思う。何かの役に立つはず。

 

「そう」

 

 短く頷いた更識さんは、これが建前や逃げ道だということは分かってくれているようだった。

 俺達は噂になっていることはどうやら更識さんも知っているようで、大げさな言い方をすれば時の人である俺達はどうしても目立つ。作戦会議をしているのは事実なので仲直りの隠れ蓑にしようと魂胆。

 それに何も絶対作戦会議がしたいわけではない。作戦会議は場の間が持たなくなった時用の話題。

 他にしたいことや話したいことがあれば、そっちを優先すればいいだけだ。

 

「じゃあ、もしよかったらだけど……昨日メッセで言ってたアレ、一緒に見たい、な……」

 

 ああ、アレか……昨日のやり取りを思い出す。

 更識さんにいろいろ説明されて気になっていた更識さんオススメの一作品。是非見たい。

 

「うんっ、見ようっ」

 

 早くも別にやることは決まった。

 幸先のよさにこの仲直りが思った以上に成功するような予感を感じた。

 

 

 

 

 ED曲が終わり、映像もまた終った。

 夕食後約束通り、俺達は部屋に集まり一緒になって、更識さんがオススメしてくれたのを見た。

 仲直りをしようと決めたから……と言うよりかは、単純に見ることにお互い集中していたおかげで訓練の時みたいにぎくしゃくすることもなく、落ち着いて見ることが出来た。

 相変わらず、見てる最中会話はないが凄い楽しめた。メッセであれだけ言っていたあっていい作品だった。見れてよかった。

 

「うん……凄くよかった」

 

 更識さんも満足げで安心した。

 しかし、更識さんオススメのこの作品。意外だった。

 

「意外……? もしかして、本当はつまらなかった……?」

 

 そういうことではなく、更識さんがこれをすすめてくれたたのが意外ということ。

 今見終えたこの作品はシリーズ第十一作目に当たる特撮ライダー作品。それの外伝作品。

 劇場版の前日譚が物語のメインとなっており、そこに登場した敵役のライダーを主役としたもの。

 この話でも作中では悪役らしく悪逆の限りを尽くすが、自分の信念を貫き、守りたいものの為に戦う所謂ダークヒーロー。

 更識さんが好きな正統派ヒーローとは真逆だ。こう言っては何だがこの手のヒーローは正直、好きじゃないだろうと思ってた。

 

「それは……まあ、ね……」

 

 少し苦笑いしながらも更識さんは否定しない。

 

「今でも正統派ヒーローが好きだけど……正直なところね、昔はダークヒーローなんて大嫌いだった。何で悪いことしてるのに正義のヒーローより人気があることが多いんだろうってずっと不思議で仕方なかった」

 

 その気持ちは分からなくもない。

 主役である正統派ヒーローよりも脇役や敵役のダークヒーローの方が人気なんてことはままある。

 悪いことをしているのに人気が出るってのはよくよく考えれば不思議な話だ。

 それは一重に社会常識にとらわれず、心のまま、自由に生きている姿に憧れたり、共感したりするからなんだろう。

 

「そういうものなんだろうね……でも、前までの私はヒーローはこうでなくちゃいけない。ヒーローとはこういうものっていう固定概念みたいなものに縛られてダークヒーローを受け入れられなかった。……ううん、ダークヒーローだけじゃない。私はたくさんのことをずっとこれはこうじゃないといけない。これはこうなんだって自分で勝手に決め付けて一つの考えや思いにたくさん囚われ続けてた」

 

 真剣な眼差しを浮かべながら更識さんは打ち明けてくれる。

 言われてみると、更識さんにはそういう傾向が多少なりとあるような気がする。

 誰かの手を借りることなく自分一人でISを完成させようとしているところとか特に。

 

「でも、貴方と出会っていろいろなことを話して、知って……友達になれて……考え方は一つじゃない。そういう考え方や思い方があるんだってたくさんのことを知ることが、気づくことが出来た。おかげで気持ちが楽になったからなのか少し、ほんの少しは今まで向き合えなかったものと向きあえるようになれた」

 

 そう言う更識さんの表情は、とても穏やかだ。

 言ってくれることが真実そうなんだとよく分かる。

 

「今日のこれ、本当は今まで流し見しかしたことなくて……ちゃんと見るのは今日が初めてに等しいけど……ダークヒーローも案外悪くない。こういうヒーローもありだなって今なら思える」

 

 今まで受け入れられなかったものが受け入れられるようになる。

 心境の変化が起きたということはとても喜ばしいこと。今更識さんの話を聞いて、更識さんがそう思えるようになれてよかったと心から思う。 

 

「こんな風に思えるようになれたのも……ヒーローに憧れ続けるんじゃなくて、自分からヒーローになろうと思えるようになれたのも全部貴方のおかげ。感謝してもきれてない。いつも助けられてばかり」

 

 何だか大げさだ。

 いつも助けられてばかりなのは俺の方なのに。

 

「大げさなんかじゃない。本当に感謝してるの。もし、出会ったのが貴方じゃなくて別の誰かなら……こんな風にいられない。弱さも小ささも込みで自分なんだと受け入れて偽り続けて……ああなりたい、こうでなりたいといつまでも追い続ける」

 

 やっぱり、大げさだと思ってしまう。

 俺が更識さんに出来たことなんて高が知れている。いろいろなことに仕方ないとあきらめ半分で折り合いつけているだけだというのに。

 だけど、それでも更識さんの力になれて、変るきっかけになれているなら本望だ。素直に嬉しい。

 

「他人はもちろん、男の人とこんなに仲良くなれたのは初めて。出会えたのが貴方で本当によかった。やっぱり、貴方は私にとって……」

 

 次に更識さんが何を言うのか大体予想はつく。

 でも、その予想を越えてほしいと瞬間思ってしまい、つい聞き返してしまう。

 

「初めてできた大切な友達」

 

 予想通りの言葉。こう言われると分かっていた。

 不満はない。ないはずなのに……何故だが、友達と言われたことに一抹の寂しさを覚えてしまった。

 我ながら自分にあきれてしまう……俺と更識さんは友達以外言い表しようがないのに。親友とでもいってほしかったんだろうか。

 

「って……これだと確かに大げさだよね。オマケに変なことまで言っちゃってっ……そのっ、あのっ」

 

 更識さんはあわあわとするが、変なんてことは決してない。

 いまだ上手く言葉には出来ないひっかかりのようなものが微かにあるが、大切な友達と言ってもらえるのは嬉しいし、ホッと安心できる。

 柔らかに微笑んで言ってくれているのだから、尚更。

 こんな表情を見せてくれているということは、信頼してくれているからこそ。

 これからも信頼してもらえるように、更識さんの信頼に応えていかなければ。

 少し違う。信頼されているからこそ義務感みたいなのを感じて応えるのではなく、この信頼には応えていきたい。そう強く思う。

 

「……そろそろ時間」

 

 見終わった後、感想……ここがよかったとか、その他何気ない話をしていると自室からの外出禁止時間がすぐそこまでやってきていた。

 今夜は時間が経つのが本当に早い。

 

「何だか……名残惜しいね……」

 

 まったくだ。今夜はそれほどまでに楽しかった。

 ぎくしゃくしていた俺達は何処へ行ったのやら。今ではすっかり仲直りできていた。もう普段通りだ。

 

「でも、作戦会議……結局出来なかった。マズいよね……やっぱり、流石に」

 

 マズいマズくないで言えば、マズいが仕方ないことだ。

 今夜は元々仲直りと鑑賞会の為に使おうと決めていたから、そんな気にしなくてもいいだろう。

 気になるなら、また後でメッセで話し合えばいい。

 

「ん、だね……今日もあっと言う間だったけど、トーナメントまでもあっという間」

 

 片手で数えても余裕で足りるぐらいの日数しかもう残されていない。

 いよいよだ。当日に向けて気持ちが高まっていく。

 やれるだけのことはやった。残りの日も当日に向けて、出来るだけのことはしていく。

 後は当日頑張るのみ。

 

「うんっ……一緒に頑張ろう。貴方とならきっといい結果が出せる……私はそう信じてる」

 

 その時を見据えているのだろうか。遥か彼方を見つめる更識さんの眼差しは力強い。

 なんて綺麗なんだろう。

 

 しかし、ただひたすら前だけを見つめるわけでもなさそうだ。さっき話してくれたように今まで向き合えなかったこれまでと少しずつ向き合えるようになったからこそ、雄々しくもある。

 今、俺はそんな更識さんに凄く魅了されている。心惹かれている。それを確かに今この瞬間、確かに実感を持って自覚した。

 

「じゃあ……部屋、帰るね。今夜は本当にありがとう……凄く楽しかった。部屋に着いたら、またメッセする……えっと……ばいばい」

 

 そう言って更識さんは控えめに手を小さく振りながら部屋を後にするものだから、名残惜しさがこみ上げてくるがぐっと堪え、見送った。

 

 部屋で一人になると、名残惜しさ……と言うより、ふいに心の中に少し寂しさが募る。

 やっぱり、それは更識さんといた一時が本当に楽しかったからだ。

 今日また新しい更識さんを知ることが出来た。更識さんの新しい一面を見ることが出来た。

 魅力的だった。容姿はもちろん。まじめなところ。優しいところ。全部が魅力的だ。光り輝いている。

 もっとそんな更識さんを見ていたい。知りたいと。もっと一緒の時間を過ごしたい。そんなことを思う夜だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 更識さんと皆で昼飯を

 更識さんと仲直りが出来、彼女が部屋に戻った後。

 寝るまでの時間いつも通り一人自室で勉強をしながら、片手間では更識さんとメッセでやり取りしていた。

 話してる事は作戦会議についてが主だが、時々アニメや特撮の話もしたりしている。

 それに今日はぎくしゃくとしていたわだかまりのようなものがなくなったおかげなのか、いつもより一段と会話が弾んでいる。

 

《話変わるんだけど模擬戦ってどうなってる? 土曜日にするのは聞いてるけど場所と時間まだ知らない》

 

 そう言えばそうだった。

 土曜日にするというのだけが確定事項で他がどうなっているのかは俺も知らない。

 やるとしても土曜日は午前授業だけの日なので昼からだろうと思って聞いてすらいなかった。

 この際一夏にしっかり確認したほうがいい。まだアイツはこの時間起きているはずだ。

 

《お願いします》

 

 その後、一夏にメッセを飛ばし聞いてみた。

 

《時間は昼飯食ったらの予定だけど、場所は決まってねぇ。というか、場所すら取ってない》

 

 誘ってきた割りには適当だな。こいつ。

 まあアリーナは数あるから、ここって決めてない限りは埋ることは早々ないからいいけども。

 と言うことは織斑先生達にもまだ模擬戦することは伝えてないな。

 

《? 必要ないだろ別に》

 

 必要でない言えばそうだ。

 トーナメントまで禁止されているのは私闘の一切だけで模擬戦は好きに出来るが、それでも俺達が黙ってやって何かあった時、先生方に伝えているのといろいろ伝えてないとでは変ってくる。

 特に織斑先生には伝えておくべきだろう。

 オルコット達のボーデヴィッヒ達の喧嘩があったから余計に。後は野次馬対策とか諸々。

 嫌なら俺の方でトーナメントの使用申請と先生方に伝えるのはするつもりだ。

 

《いや、俺達も行くよ。皆で使用申請しにいこうぜ。その方がいろいろといいだろ》

 

 それはその通りなのだが。

 ふいに嫌がってる更識さんの顔が思い浮かんだ。

 まあ、その時は俺だけ行けばいいか。

 

《じゃあ、明日の放課後に行こうぜ。更識さんにも伝えておいてくれよな。じゃ、おやすみ~》

 

 キャラクターが布団で寝てるスタンプ付きで送られ、一夏とはそれきっきりだった。

 とりあえず、更識さんに今のことを伝えなければ。

 

《大丈夫。分かった。じゃあ、明日授業終わったら連絡するね》

 

 随分あっさりと了承してくれて驚いてしまった。

 本当にいいのか。

 

《いいも何も貴方一人に任せるわけにいかないでしょ。私達はペアなんだから》

 

 それもそうだ。杞憂だったな。

 アリーナの申請と模擬戦のことを先生に伝えるのはすぐ済むだろう。

 後は変わらず、いつも通り訓練だ。

 

《本番まで後三日だからね。頑張らないと!》

 

 と某アニメキャラがガッツポーズしているスタンプ付きで送られてきた。

 更識さんはやる気満々だ。

 ここまでやる気になってくれてよかったけど、後3日で本番。やっぱり、練習期間は思った以上に短い。まだまだ甘いところや詰め切れてないところは多い。

 最後まで気は抜けない。やれることはやりきらねば。

 その後もう少しメッセで更識さんと作戦会議をしつつ、たわいのない話をしてその日は日をまたぐ前に眠った。

 

 

 

 

 約束の放課後。

 時間が少しばかり押して、漸く今ホームルームが終った。

 スマホを見ると数分ほど前に。

 

《今ホームルーム終った。どうしたらいい? 先に職員室行ってたほうがいい?》

 

 とのメッセージが来ており。

 そしてつい数秒ほど前には。

 

《とりあえず教室の前で待ってる》

 

 とメッセージが来ていた。

 教室の外に目をやると更識さんが待ってくれている。

 待たせてしまった。一夏とデュノアを連れてさっさと教室を出て更識さんの元へと行く。

 

「ごめんね、更識さん。待たせちゃって」

 

「ちょっとホームルーム長引いちゃってさ」

 

「……う、ううん。大丈夫……」

 

 更識さんはどこか居辛そうにしている。

 やっぱり、デュノアと一夏。男子二人から一辺に話しかけられるの慣れてないからなのかと思ったが。

 伏せ目がちに辺りをチラチラと見ている更識さんの視線を追えば、俺達を興味ありげに見るクラスメイトや同級生達の視線が集まっていた。

 男子三人の中に女子一人は普通に目立つ。特にこの学校なら尚更こうなって当然。

 しかし勝手な思い込みかもしれないが、集まる視線が少しばかり刺々しい。これは居辛い。

 さっさと職員室へ行こう。

 

「よし、そうだな。行こうぜ、皆」

 

 気づいたデュノアとは違い視線に気づいてないのか平然としている一夏を先頭にして歩き出す。

 一夏の隣ではデュノアが歩き、二人を追うように後ろでは俺と更識さんは歩く。

 一夏達はなにやら話しているが、俺と更識さんには会話がない。いつものことだ。

 というか、周りの視線が気になってなのかと思っていたら、更識さんが気にしているのは一夏とデュノアの姿。

 疑い深そうに二人の後姿を見つめている。何か気になることでも。

 

「あ……う、ううん……何でもない」

 

 何でもないようには見えないが、更識さんがそういうんだ。

 ここは気にしないようにして、そっとしておこう。

 

 職員室に着くと、一言声をかけながら中へ入る。

 すると、織斑先生の姿は見えない。

 別に織斑先生でなくても今いる他の先生方でもいいけど、言うなら織斑先生のほうがいい。

 それに一夏が予め、今日のことを伝えておいてくれているらしいし。

 

「千冬姉……織斑先生ならすぐ戻ってくるだろうってさ」

 

 なら、先にアリーナの申請を済ませるべきだな。

 名前や使用用途など必要事項を書いていると、職員室のドアが開いた。

 織斑先生と山田先生が入ってきた。

 

「遅いぜ千冬姉。言っただろ。話があるって」

 

「すまんな。生徒に捕まってしまってな……後、織斑先生だ。学習しろ馬鹿者」

 

「いってぇっ!」

 

 一夏の脳天へと凄い綺麗な一発落とされた。

 出席簿で叩いたとは思えないほどスパーンという透き通った音が逆に痛々しさを感じさせる。

 まだ一度も叩かれたことはないのだが痛そうだ。だからなのかデュノアと更識さんは、痛そうな顔してそっぽ向いている。

 先生、一夏に容赦ないというか。かなりの頻度でポンポン叩く。まあ、何度言っても学習しない一夏が悪いんだろうが、それでも本当にポンポン叩く。

 

「で、話ってのはなんだ? まあ、大体察しはつくがな」

 

 だろうな。

 トーナメント前に、この人数で職員室に来ているとなると用件は限られてくる。

 今アリーナの使用申請書を持っているのなら尚更。

 俺達は掻い摘んで土曜日の昼から模擬戦をすることを伝えた。

 

「そうか、なるほどな。確かに禁止したのは私闘の類だけだが、知らんところでお前達に模擬戦されてトーナメント前日に問題や騒ぎを起こされても困る」

 

「デュノア君や更識さんがいますから大丈夫でしょうけど……その、お、織斑君は目立ちますし……。あっ! 悪い意味でとかではないですよ。ただいろいろと」

 

「山田先生の言うことは最もだ。普通にやったらお前達は人を集めすぎる。そういう意味では伝えてくれるだけでもこっちとしてはありがたい」

 

 織斑先生は微笑交じりにそう言ってくれた。

 やっぱり、伝えておいて正解だった。

 

「山田先生、少し」

 

 しかし、織斑先生と山田先生は二人だけで話している。

 模擬戦するのはよしたほうがいいのだろうか。

 折角の機会粘るだけ粘ってはみるが、それでダメなら諦めるしかない。無理やってもアレだろうし。

 

「いや、その心配無用だ。止めはせん。トーナメント前にいろいろと試したいだろう? 好きにしたらいいさ」

 

「流石千冬……じゃなくて織斑先生! 話が分かる!」

 

「一夏お前って奴は……今はまあいい。しかし、場所の指定と一応監督役の教員はつけさせてもらう。私と山田先生で交代になるが。それでいいな」

 

「分かりました」

 

 更識さんに続いて俺達は頷いて了承した。

 場所の指定は先生達が交代しやすい為のもので、ここでないとダメってわけではないからよかった。

 先生達がいれば、ひとまず野次馬云々も安心だ。

 

「失礼しました」

 

 申請をし直すとそう言って俺達は職員室を後にする。

 アリーナの受付に提出しておかなければならない書類は一夏達が今から出しに行ってくれるとのこと。

 これでやるべきことは済んだ。後は明日模擬戦をして、トーナメント本番に備えるのみ。

 

「だな。明日が楽しみだ!」

 

「じゃあ、そろそろ僕達行くね。行こう、一夏」

 

「おう! また夕飯にな~連絡入れるから携帯見とけよ」

 

 デュノアに連れられ、一夏は行った。

 用件は済んだ。いつもみたいに時間があるわけじゃないが、時間はまだある。

 残りの時間、今日も訓練するか。

 

「あ、うん……そ、そうだね」

 

 声をかけると更識さんは、ハッと我に返った様子だった。

 何か気になることでもあるのかと思ったが、アリーナのほうへ行く一夏達の後姿をジッと見つめていた。

 そんなに気になることでもあるのか。一夏達は普段通りだし、変なところはないと思うが。

 

「た、大したことじゃないから気にしないで。ごめんなさい……訓練やろう」

 

 逆に気になるが、何だか聞けない。

 まあ、よほどのことならその内言ってくれるだろう。

 気を取り直して、訓練へと向かった。

 

 

 

 

 日付変わって土曜日。

 この日は午前授業だけでISの実技授業のみの日。

 それも先ほど終わり、今から昼飯を食べにいこうかというところ。

 

「あっ! そうだ! 昼飯食ったらその後模擬戦するだろ?」

 

「そうだけど……それが?」

 

「だったらさ、更識さんも混ぜて一緒に飯食うってのはどうよ?」

 

 突然一夏はそんなことを言い出した。

 何を言ってるんだこいつは。それは嫌がるだろ。

 

「何でだよ。聞いてみないと分からないだろ。気遣ってるのも分かるけどさ、お前は決め付けすぎ。のほほんさんに聞いてみたら、まだ四組と三組の合同授業も終わったばかりみたいだしさ、今なら片付けとかでまた近くにいるだろうって」

 

 まさか、向こうのアリーナまで行って直接聞く気なのでは。

 

「そのまさかだよ。こういう時は兎に角動いてみるに限る。それに沢山の人と一緒に飯食えば楽しいって。仲良くもなれる」

 

 相変わらずだな、こいつは。

 デュノアはずっと微笑ましそうに見守っているがいいのか。

 

「僕? 僕ならいいよ。気にしないで。一夏がそうしたいなら協力するだけさ。更識さんってあんまりよく知らないけど一夏が誘うぐらいならきっといい人のはずだしね」

 

 こいつも相変わらずだ。

 一夏に絶対的な信頼を寄せてる。最近は特に。

 誘うなら二人だけでいけばいい。後で更識さんにはフォローいれるが、俺は……。

 

「お前も行くんだよ。ってか、シャルルと二人だけで行ったら説得に時間かかるだろ」

 

「だね。君がいれば更識さん、案外誘いに乗ってくれるかもしれないよ」

 

「ということだ。分かったろ。時間が惜しい。行くぞ」

 

 肩を抱かれ強引に連れて行かれる。

 力強くガッチリ抱かれていて振りほどけない。

 なすすべもなく三組と四組が合同授業していたアリーナに連れてこられた。

 片付けが終ったところらしく、まだ多くの生徒がいた。

 

「突然で悪いんだけどさ……四組の更識さんってまだいる? いるなら悪いけど呼んで来てほしいんだ」

 

 何と躊躇いもなくその辺にいた適当な女子に声をかけ、お願いする。

 度胸あるな。ただでさえ俺達が来たことでちょっとした騒ぎになっているし、更識さんの名前を聞いてひそひそ話までしてる。居心地悪い。

 

 少し待つと更識さんが来た。

 俺達の姿を見るなり、案の定驚いている。

 

「な、何で来たの」

 

「何でって今日俺達この後さ模擬戦するだろ? だったら、昼飯も一緒にどうかなって」

 

「は……?」

 

 思わず更識さんは聞き返す。何言ってるんだこいつってのが何となく分かる。

 というか、今のに少しばかり威圧感を感じたのは気のせいか。

 

「嫌よ」

 

 ばっさり一言で断ってきた。

 言うと思った。無理もない。

 更識さんは今、凄い嫌がってる。一夏に待ったをかけ、止めに入る。もういいだろ。

 

「いや、でもよぉ」

 

「というか、その……えっと……ぞろぞろ押しかけてこないで。織斑さん達は目立つ……巻き込まれて目立つの私、嫌……」

 

「あ~……それはそうだな。それについては素直に謝るよ。悪い、更識さん。すまん」

 

「えっ……あ、うん」

 

 一夏があまりにも素直に謝るものだから、更識さんは呆気にとられて頷く。

 

「でも、俺達は更識さんと一緒に昼飯食いたいんだ。模擬戦するわけだし、仲良くなりたいし。あっ! 女子なら一組のセシリアとか箒とか、二組の鈴とかもいるから大丈夫。女子の方が多い。のほほんさんとかもいるから」

 

「う……本音……」

 

 察したんだろ。

 この話、誰が最初に思いついたのか。俺もたった今気づいた。布仏さんだ。

 

「な、どう? こいつも勿論いるから。な、お前も更識さんと一緒にご飯を食べたいよな」

 

 断れない流れにもっていこうとする一夏は卑怯だ。

 嫌とは言わないが、嫌がっている様子を見るとここでいいとも言えない。適当に言葉濁すのが関の山だ。

 

「……」

 

 更識さんは視線をふと下の方へと落とし、何やら考えている様子。

 そして数秒後。

 

「分かった……行けばいいんでしょ」

 

 思ったより、素直に誘いを受けてくれた。

 よかったのか。

 

「よくはない……でも、仕方ない。断ってるとこの人、ずっと誘ってきそうだから。でも織斑さん、こういう誘い方は今後これっきりにしてほしい。……お願い」

 

「おうっ! 分かった! いや~よかった~」

 

「よかったね、一夏。彼を連れてきて正解だった」

 

「まったくだ。お前様々。ありがとよ」

 

 ニカッと太陽の様に眩しい笑みを向けるのはやめて欲しい。

 女子達が騒がしいので。

 

「はぁ~……」

 

 更識さんは心底深い溜息を一夏達には気づかれないようについている。

 これは後でちゃんとフォロー入れつつ、昼飯の席ではこれ以上迷惑かけないように気をつけよう。

 

「模擬戦で100倍にして返すからいい。私、模擬戦楽しみ……」

 

 皮肉か嫌味、何かのつもりなんだろう。

 しかし、怒るわけでもなく笑う訳でもなくいったいつも通りの口調で更識さんは怖い。

 

 

 

 

 いつものメンツに加えて、今日は布仏さん達までいるからかいつも以上に賑やかな食堂と俺達のいるテーブル。

 そんな中でも更識さんは物静かだ。

 何を話すわけでもなくただ黙々と昼飯を食べている。

 もっとも話に参加しないわけではなく、俺と同じ様に話を振られれば適当な返事をするし、受け応えもしっかりとしている。

 特にこの状況を嫌そうにしている様子はないから安心した。

 

「なあ、更識さんっていつもの感じなのか? 大丈夫だよな? というかお前、更識さんと少しは話せよ」

 

 しかし、気になる奴に気になるようで一夏はそう聞いてきた。

 そんなこと言われても特にこれといって話すようなことはない。更識さんとなら話したくなったらいつでも話せるし、無理に話す必要はない。

 折角こうして来てくれたのに話題ないのに話しかけて気まずくなっても嫌だ。

 

「お前って奴は本当相変わらずだな。話題がないなら俺に任せろ」

 

 自分から話しかけるつもりになったらしい。

 それはいいが、一夏のことだから変なこと言いそうで心配だ。

 

「変なことってなんだよ。んな心配しなくても大丈夫だって。なあ、更識さん?」

 

 一夏は更識さんに声をかけてしまった。

 

「ん、何……?」

 

「いや、さ。今日はこうして一緒に昼飯食べてる訳だけど、もしよかったらこれからも一緒に昼飯食わないかなって」

 

 突然の言葉に更識さんの手は止まり、食べるのをやめる。

 

「夜は最近、こいつと食ってるみたいだけど、昼はそうじゃないみたいだし。たまにのほほんさん達と食べてるらしいけど、一人で食べてること多いってのほほんさんから聞いて。折角だからな。ほら、一人ぽつんと食べるのは寂しいじゃんか」

 

 変なことは言わなかった。

 でも、もう少し聞き方ってものがあるだろう。一夏の聞き方は結構失礼な気がする。

 

「まったくですわ。まあ、一夏さんらしいですけど」

 

「こういうところ一夏は相変わらずよね、本当」

 

「え? 何が?」

 

 頷くオルコットと凰に一夏は分からないのか不思議そうにしている。

 一方更識さんはと言えば。

 

「本音……?」

 

「ごめんなさい~っ睨まないでぇ~」

 

 問い詰めるように布仏さんに睨んでいた。

 

「……その、さ、誘ってくれたのは嬉しい。でも、私昼休みは用事があるから……」

 

 そう言えば、そうだった。

 更識さんの用事と言うのは専用機開発を少しでも進めること。

 トーナメントのこの時期にも昼休み、ほぼ毎日やっているらしい。だから以前、昼飯に誘った時、都合があい難く悪いからと断られた。

 

「お前、ちゃんと誘ってたんだな」

 

 それはもちろん。

 

「なら、もう一押しだな」

 

 もう一押しって前に断られたの忘れてないか。

 

「断られてもそれは前のことだろ。また誘えばいい」

 

 無茶苦茶だ。

 

「用事なら仕方ないし、毎日じゃなくてもいい。今日は一緒に食べれそうとか気が向いた時でいいから、よかったら一緒に食べようぜ。やっぱり、こうして誰かと食べる方が飯は旨くなる。一緒に食べる人が多ければ多いほど旨くなる。大勢が苦手なら、こいつをいつでも貸してやるよ。それなら安心だろ。だから、更識さん」

 

 物扱いされてるのは嬉しくないが、一夏の言うことも一理ある。

 都合があわないとかは気にしなくていい。一人で食べたい時は一人で食べればいいし、更識さんの気が向いた時には一緒に食べれると俺も嬉しい。

 ほら誘えと横から肘で軽く脇腹を小突かれながら、もう一度更識さんを誘ってみた。

 

「……分かった。たまにでいいなら……お昼ご飯一緒に食べる」

 

 更識さんはそう了承してくれた。

 よかった。そう素直に思う。

 

「本当~よかったよ~おりむーにお願いして正解。大きなお世話だけど、かんちゃんと皆と一緒に食べてほしかったから」

 

「……やっぱり、本音が。まったく本当に大きなお世話。でも……本音……まあ、その、ありがとう」

 

 嬉しそうに笑う布仏さんと更識さんとのやり取りを見て、釣られてこの場の皆にも笑顔が生まれる。

 思い返せばなんだか大げさなことになってしまったが、まあこういう昼休みも悪くない。

 

「だろ。ってか、お前も嬉しいなら笑えって。このこの」

 

 横から脇腹小突いてくるのはやめろ。

 でも、一夏様々というか何というか。こいつを中心に皆笑顔で昼飯を食べる。

 本当に太陽のような奴だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 更識さんと共に模擬戦へ

 昼飯を食べ終えると、いよいよ模擬戦本番直前。

 ISスーツに着替え、機体の用意も済ませた。準備完了した更識さんと俺は選手待機施設と整備室を兼ねた訓練場脇にあるピットと呼ばれるところで現在待機中。

 一夏達の準備はもう少しかかるとのこと。

 

「……」

 

 隣でベンチに腰掛けるISスーツを着た更識さんは相変わらず静かだ。

 というより、何やら考え込んでいる様子。

 昨日からずっとこの調子。やはり、何か気になることでもあるんだろうか。

 自分の中で思い返しても思い当たるようなことは見つからない。しいて言えば、昼休みのことぐらい。

 これからもまた更識さんと昼飯を一緒に食べることになって俺としても嬉しいが実のところやっぱり、嫌であの雰囲気では断りたくてもとても断れなかったとか。

 だから、今になってどうするか考えているのだろうか。それはいくらなんでも考えすぎだろうが。

 

「あ……うん、そうじゃないよ。違う。嫌じゃない、私。まあ一人で食べる方が気が楽だし、織斑さん達と一緒にご飯ってのは騒がしいだろうけど、誰かと一緒に食べる方が楽しくなるってのは私にも分かる。実際、さっきちょっぴり楽しかった。それに貴方に誘ってもらえたのが嬉しい」

 

 ならよかった。

 誘ってみた甲斐があるというもの。断られた後に、もう一度誘うというのは結構勇気がいる。

 一度断られ俺は仕方ないと諦めていたから尚のこと。一夏みたいにもう一度誘うなんて考えなかった。

 

「私ももう一度誘ってもらえるなんて思ってもなかった。あんなきっぱり断ったのに……だからって自分から誘うなんて考えもなければ、そんな勇気もないけど」

 

 それはそうだろう。

 自分からは言い出しにくいことは多い。

 けれどそれもこれも一夏のおかげだ。ぐいぐい強引だったけども、あいつが場の雰囲気を作り誘うきっかけを作ってくれたことで誘うことができ、更識さんも誘いに乗りやすかった。

 俺では出来ないこと。当たり前のことを当たり前以上に出来てしまうのが一夏。無茶苦茶だけど皆を笑顔に出来る太陽の存在。

 本人目の前では言えないが、あいつが隣にいてくれてよかったと思う。

 

「太陽……言えてる。何だか今日のことで織斑さんがモテる理由分かった。ちょっとアレだったけどあんな風に明るく優しくされたら、好きになっちゃうね。ああいう人をヒーローって言うんだろうね」

 

 だろうな。

 もっともアレが一夏の素で天然の代物。誰に対してもああなのだから、ある意味での達の悪さは最凶。

 しかし、昼休みのことでないなら他は何だ。

 もう少し頭を捻らしてみるが、これ以上は思いつかない。

 この模擬戦には昼飯を一緒に食べてた人達全員と他数人が見に来ていることを気にしている訳でもなさそうだ。それについては織斑先生と山田先生方には許可貰っており、騒がしくならないようあれ以上人数が増えないよう規制もかけてもらっていることだし。

 だったら、一体何をそんなに考え込んでいるというのだろうか。この際直接聞いてみることにした。

 

「……それは……少し言いにくい。変なこと言うの間違いないから……今から言うことは他言無用。むしろ、忘れてくれるのなら……」

 

 かなり予防線を張ってくる更識さん。

 よほどのことなんだろう。言われたことを約束するように頷く。

 すると、更識さんは少し間を置いてゆっくりと言い始めた。

 

「ありがとう……その、貴方はデュノアさんと織斑さんの二人、どう思う? というよりも、デュノアさんのことどう思う……?」

 

 また急な質問だ。

 どう思うか……改めてあいつらについて思うようなことは特にない。

 デュノア一人にしてもそうだ。

 しかし、更識さんがこんなことを聞いてくるなんてまさかあのことを気にしているのか。そうなら一連の様子も納得できなくはない。

 そもそも更識さんこそ、どう思っているのだろうか。

 

「二人が仲いいのは見たら分かるんだけど、何と言うか……二人近すぎる気がする。物理的な距離とかいろいろ含めて」

 

 二人の最近の様子を思い浮かべて見たが、確かに最近あの二人はやけに近い。ベッタリだ。

 同性で同室。しかも、今回のトーナメントのパートナー。一緒にいる時間が増えたからこそ、仲が深まった。

 そう言えなくないし、俺にとってあの二人の近さは見慣れすぎて当たり前になっていた。

 一夏が元々距離感近いってのも関係してるが、それを踏まえても言われてみると不自然な気がしてきた。 

 最近のデュノアの一夏への凄まじい信頼っぷりとかが当てはまる。

 

「だ、だよね。ってことは、あれが男子の普通じゃないんだ……」

 

 あの二人の距離感が普通と思われるのはちょっと……。

 同性でああいう距離感の人達もいなくはないんだろうが、いても少数だろう。

 この学園で少ない同性とは言え、あんなベッタリするものなんだろうか。俺ならちょっと抵抗を覚える。

 それに目立つ。だから、最近女子達が変な賑やかさだったのか。だったら、騒ぎたくもなる。

 しかし更識さんは、そんなこと気にしてたんだ。

 

「だ、だってっ、へ、変……だもん。私が男子に慣れてないってのもあるんだろうけど……男子が二人いつもベッタリしてたら気になる。もしかして、あの二人はそういう関係……なのかなって……今時珍しくも何ともないけど、数的にはまだまだ少数の部類な訳だし。だからって二人については何も言わない。本人達の自由だから好きにするべき……でも、そういう関係なのに織斑さん、お昼休みみたいに女ったらししてるなら本当性質悪いなって思っただけで……その、えっとっ」

 

 真剣な顔して矢継ぎ早に言う更識さんは真面目だ。

 真面目だからこそ、気になったのはよく分かる。

 けれど、真面目すぎてるのがおかしく思えて俺はつい笑ってしまった。

 

「なっ!? わ、笑った~!……変だって分かってる。だから、言いたくなかったのに……! わ、笑う必要ないでしょ……!」

 

 可愛らしく怒った様子で抗議してくる更識さんに謝ってから笑いを堪える。

 笑ったのは悪かった。でも、二人がそういう関係だと思うって……まあ、そう思えてしまうのも分からなくないが、考えすぎた。

 

「か、考えすぎ……」

 

 本当にあの二人がそういう関係ならとっくに周りも気づいているだろうし、何より一夏は隠し事が下手くそだ。隠している気配もなければ、そういうことになった雰囲気すらない。

 後、極度の朴念仁。まず、相手からのそう言う意味合いの好意に気づくことはないだろう。そんな余裕ないはずだから、あいつには。

 

「……そう……はぁ~……」

 

 気が抜けてのか、更識さんは疲れた様子で脱力する。

 とりあえず気になっていたことは解決したっぽい。

 

「うん……とりあえず。実はね……前々からクラス、というか一年生の間であの二人怪しい、そういう関係なんじゃないかって噂あるの。聞いた時はくだらないって思ったけど昨日、アリーナの申請とかしに行った時、二人見て噂思い出して、ずっと気になってた。で……今日、お昼休みに二人の様子観察して確信してしまった……」

 

 噂まで立ってたのか。しかも、1年生の間って、結構な規模。

 事実無根ではあるが、今更識さんの話とか聞いた後だとそういう噂が立つのも当たり前なんだろうな。

 一夏からデュノアへの距離は変わってない。変わったと言えば、デュノアから一夏への距離感の方。

 何かあったのは間違いない。噂のような色恋たったものではなく、単純に仲が深まることがあったとかいろいろ。これも本人達に確かめたわけじゃないから、この噂と程度は変らないが。

 

 というか、更識さんはあの疑惑を忘れているんじゃなかろうか。

 

「どれ……? うん? ……うーん……あっ、ああ。あれ……?」

 

 思い出したような顔をしていた。

 やっぱり、忘れていたか……まあ、忘れようということにしていたから忘れていたのは仕方ない。

 俺も頭の片隅にあった程度で今回のことは聞かなければ、こうして思い出すこともなかっただろう。

 あの疑惑が真実だとしたら、他の人がどう考えるかは分からないが、一夏へのデュノアの信頼っぷりや近づいた距離感に納得がいく。

 そうでなくても、デュノアは外国人。外国人は比較的フレンドリーな人が多いから、信頼によるものと思えなくはないけど、あの疑惑が頭があるだけにそっちのほうが納得がいく。

 

「あ……うん、そうだね。でも、それだと余計に……う、う~ん……」

 

 更識さんが凄い複雑そうな顔している。

 無理もない。男と女が一つ同じ部屋に生活していて、あのデュノアの様子なのだから。

 だがしかし、俺から蒸し返しておいて申し訳ないが、これについてはこれ以上考えるのはやめておこう。

 あれこれ次々と気になってきて、模擬戦どころではなくなりそうだ。

 

「うん、そうだね。そうしよう……気持ち、切り替え……っ!?」

 

 ビクッと肩を震わせ更識さんと一緒に驚く。

 噂をしたら何とやら。一夏から連絡が来た。

 

『悪りぃ。今、こっち準備済んだ。今から始めようぜ』

 

 分かったと連絡をきる。

 狙ったかのようないいタイミング過ぎて怖い。

 けれど、気持ちを切り替えていかなければ。

 

「ん……切り替えは大事。行こ」

 

 気持ちを切り替え、俺達はピッチを出て、模擬戦へと向かった。

 

 

 

 

 ピッチを出て一夏達と模擬戦を始めてから、大体1時間以上が経っただろうか。

 更識さんと俺は、一旦休憩の為再びピッチに帰ってきた。

 

「……はぁ……」

 

 隣でベンチに腰を落ち着けた更識さんが小さく溜息つくのが微かに聞こえた。

 その溜息からは疲れは勿論、落ち込んでいるのが分かる。

 

「あっ……ご、ごめんなさい」

 

 俺が溜息を聞いたことに気づいたのか、更識さんは慌てた様子で謝ってきた。

 更識さんが謝ることはない

 溜息もつきたくなる。なんせ、数戦したのにも関わらず一夏達に一度も勝てなかったのだから。

 俺はかなり更識さんの足を引っ張ってしまったな。

 

「それはない……絶対に」

 

 しっかりとした口調で俺は更識さんに断言されてしまった。

 そう思うことを簡単には拭えないが、更識さんにそんな風に言ってもらえるのなら気は随分と楽になる。

 タッグマッチの模擬戦をして感じたのは難しさだった。

 

「うん、難しい……全然思うように動けなかった」

 

 同じだ。

 この日の為に向けて、訓練を積み重ねていたが、訓練通り動くのは全然だった。

 これも一重に経験不足。実機戦闘は久しぶり。そして、実機でのタッグマッチは今日が初めて。

 シミュレーターでは何度もやって、分かってはいたがアレは本当に何もしないよりかはマシのものだったんだな。

 

 全敗こそはしたものの、全部が全部酷い試合だったということはなかったはずだ。

 一夏を先に倒し、デュノアを後一歩というところまで追い詰めたりと何度か善戦することは出来た。

 それでも結局、全敗は全敗。一夏は思った通りの動きだったが……。

 

「デュノアさんだね。……本当、強い。デュノアさんが上手く織斑さんに合わせて堅実なフォローと後衛。一人になってからもしっかりと立ち回られて勝てなかった」

 

 一夏を落としてからは二対一だというのに俺達はしっかりと捌かれてしまった。

 あいつの技術力の高さや実力は授業で何度か見て知ってはいたが、こうして実際に戦うのは初めてに近い。今回、あいつの凄さを身を持って体験させられた。

 

「デュノアさん、強い。でも、あの強さって短期間で身についたものなのかな……?」

 

 どういうことなんだろうか。

 

「天性の才能って言葉もあるから、短期間であの技術の高さや強さを身につけたことってのはありえなくない。でも、試合してデュノアさんはちゃんとした長い期間訓練、それも高度なものを受けていた感じがした。それこそ半年とかその程度じゃなくて、1年2年といった長い期間。だから、そのデュノアさんは……」

 

 その先を言うべきか更識さんは迷った様子で、あえて更識さんははっきりとした言葉にはしなかったが、何を言いたいのかは分かった。

 代表候補生である更識さんがそんな風に感じたということはそういうことなんだろう。

 更識さんと俺との間であの疑惑の信憑性が増し、疑念が深まった。

 

「うん……本当はこれ以上蒸し返さない方がいいってのは分かるんだけど……」

 

 気にもなる。それは俺も同じだ。

 そういう目で見ているからそう思えてくるんだろうってことは分かっているが、それでもデュノアにはそう思わせるところが多すぎる。

 しかし、疑惑が深まったところで何かできるかといったら何も出来ない。藪をつついて蛇を出す、なんてことになったら怖い。触らぬ神に祟りなしだ。

 一夏を見捨てることにもなるが、一夏の場合は多分とっくに気づいているかもしれない。アイツは人からの好意には疎いが、それ以外には鋭い。

 デュノアも本当に悪い奴ということではないだろうから、大丈夫だろう。

 

 それにそういう疑惑関係なしにデュノアの技術力や強さは本物。

 俺もあんな風にISの操作を上手く、強くなりたい。

 このまま負けたままというのは悔しい。

 

「悔しいね……負けたこともだけど、今の自分が情けなくて悔しい。今までずっと弐式のことばっかやってて、私いろいろと怠りすぎてた。今回それが痛いほどよく分かった」

 

 更識さんは腰掛けたまま俯き、両手を一つにぎゅっと握りながら言葉を続けていく。

 

「私にとって弐式の完成は大切。でも、その為に他の事をあまりにも沢山のことをないがしろにしてきた。それが今回のこの結果。他の事をないがしろにして完成できていたらまだしも私は何も進んでない。このままじゃ私はいつまでもダメなまま。ヒーローに……変わりたいってずっと思っているはずなのに……」

 

 更識さんは落ち込んだ様子でもう変われないとでも言いたげだが、そんなことはない。

 

「え……」

 

 あれだけ負け続ければ、気持ちが沈むのも無理ないが何もこれでお終いというわけではないんだ。

 極論、今がダメでも本番当日に勝てばいいだけの話で、休憩を終えたこの後も一夏達との模擬戦は続いていく。

 今まで更識さんと考えた沢山の作戦を全て試せたわけではないんだ。これでなければいけないという勝ち筋は一つではないのだから、いろいろ試して勝ち筋を一緒に見つけていこう。

  そう、まだなんだ。俺たちはようやく前を向き始めたばかり。勝ちたいという思いが同じなら、諦めずにゆっくり地道だとしても更識さんと頑張っていきたい。

 こんな偉そうにも聞こえること俺が言えた口ではないことは承知。けれど、ほんの少しでいい。手を貸してくれたら。

 

「道は一つじゃない……そうだ……まだだよね。ごめんなさい、一々暗くなって」

 

 申し訳なさそうに。しかし、スッキリとした様子で笑みを見せてくれた更識さん。

 これなら休憩の後も頑張れそうだ。

 

「うんっ、私頑張る。諦めない……ありがとう」

 

 

 

 

 休憩が終った後も変らず一夏達と模擬戦をする。

 気持ちを改めたところで、再開初っ端からすぐに勝てるほど現実甘くはない。

 でも、休憩明けの3戦目。三度目と正直とでも言うべきなのか。

 ようやく。

 

『デュノア機、シールドエネルギーエンプティーを確認。そこまで! 勝者――』

 

 アリーナに試合結果を告げる織斑先生の場内アナウンスが流れる。

 

「……か、勝った……? 勝ったよっ、私達っ」

 

 俺達二人を照らす太陽の様に喜ぶ更識さんの笑顔は眩しい。

 

 俺達はついに一夏達に勝った。

 とは言っても結構ギリギリだ。俺は一夏と1:1交換で落ち、更識さんが粘りに粘ってもぎ取ってくれた初めての勝利。

 俺個人としては不甲斐無いばかりだが、そう暗くなってもいられない。

 

「本当によかった……貴方が落ちる最後までしっかりデュノアさん抑えて削ってくれてたおかげで勝てた。ありがとう!」

 

 感謝するのはこっちだというのに更識さんのこの喜びよう。

 人目を忘れているようだ。まあ喜びすぎて、一夏が悔しそうにしているのはいい気分ではある。

 いろいろ思うところはあるが、今はただ更識さんと共に初めての勝利を噛みしめる。俺も素直に嬉しい。

 

 しかし、いつまでも勝利の余韻には浸ってられない。

 初勝利だが、一回目の勝利。ここから俺は落ちされないようにしつつ、勝ちを安定させなければ。 

 時間的にまだまだ出来る。もっと精進しなければ。

 

「そうだね……まだまだ。私達はようやくここから……!」

 

 喜びでいっぱいの気持ちを引き締め、一夏達との模擬戦に再び望む。

 

 初勝利の後も勝ち続けられるほど一夏達は甘くはなく負けてしまった。

 だが、やはり1回勝てたことが俺達の中で自信のようなものになったのだろうか。

 勝ちの流れみたいなものを掴み、俺達は次第に勝ち星を増やしていく。

 そうしていると勝ちも安定してきて、ついに二人残ったまま勝つことも出来た。

 

「まあ、お互い凄いボロボロだけどね……」

 

 苦笑いを浮かべながら見る更識さんの視線の先にはエンプティー間近のシールドエネルギーの数値が表示されていた。俺も似たような数値が表示されている。

 連戦に一夏の集中力がもう持たなくなってきて、そこをついて今回の勝利。

 相変わらず、デュノアの粘り強さとスタミナの高さは凄まじいが、それでも二人残って勝つことが出来た。これは大きい。正直、嬉しすぎる。

 一夏を落としてデュノアを追い詰めるまでは最初の頃より安定してきたし、成長を実感できるのはいい。

 

 そうして時間ギリギリまで模擬戦は続き。

 

『馬鹿共! 時間だ。その辺にしとけ』

 

 織斑先生の言葉が聞こえ、俺達は時間を見る。

 後もう一試合ぐらいできそうな時間ではあるが、そろそろアリーナが使える時間が終る頃だった。

 流石に今日はここまでか。

 

「なっ!? 時間!? まだ出来るだろっ!」

 

「……いや、ごめんなさい。もう……無理……」

 

「そうだね……流石に僕も疲れた」

 

 時間だというのに一夏は納得できない様子だが、こいつ以外は皆バテバテ。

 小休憩こそはあったが、大きな休憩明けからガッツリ休むことなく連戦していたから当然だ。

 

「くそ~! 勝ち越しとかずるいぞ、お前ら!」

 

「まあまあ一夏。落ち着いて」

 

 デュノアが一夏を宥めてくれているのが助かる。

 ずるいのは認めよう。多分もう一試合していたら負けていたのは俺達のほう。

 ああは言うが一夏達のほうが多く俺達に勝っている。最後ぐらい花を持たせたほしいところだ。

 

「それもそうだ。しゃーねぇーな。じゃあ、本番当たったら覚悟しとけよ。俺達と当たる前に他のペアに負けんじゃねぇぞ」

 

 その言葉そっくりそのまま一夏に返す。

 本番で一夏に勝つのが楽しみだ。

 

「漫画みたいなやり取りしてる……男子って皆こういうの好きなの……」

 

「さ、さあ? どうなんだろうね? あ、でもこういうの日本男児って言うんだよね。僕はいいと思うよ」

 

 というわけで本日の模擬戦は終った。

 勝ち数こそは本当片手で数えられる程度だったが、それでも得られたものはとても多い。

 考えていた戦法もあらかた取捨選択がすることも出来てよかった。

 後は今日のことを本番でも上手く活かして、発揮できればベストだ。

 

 

 日曜日の夜。自室からの外出禁止時刻を過ぎた頃。

 結局今日は準備やら何やらと本番前日だというのに訓練一つ出来なかった。

 だからせめてもとメッセで更識さんの明日の最終確認をしていて、今一息ついたところ。

 

《いよいよ明日だね》

 

 明日はいよいよ本番当日。

 泣いても笑っても明日が最後。この約一週間ちょっとにやったことがすべて試される。

 やるべきこと。やれるだけのことはやった。大丈夫。

 

《そう言えば……そろそろ一週間経つんだよね。あっという間》

 

 短いようで長いこの1週間ちょっとにあった出来事の数々が脳裏に蘇る。

 IS学園に入学して一番濃い一週間。

 最後の最後まで更識さんにおんぶに抱っこだった感じは否めないが、それでも多くのことを学ぶことが出来、確かに成長できたことを自分自身でも実感できた。

 何より、いろいろな更識さんを知って、見ることが出来た。楽しくて充実した日々。

 

 更識さんがパートナーでよかった。

 と更識さんに伝えるのはメッセだとしてもクサすぎるというか、大げさすぎる。

 いや正直、文字でそう伝えるのを変に照れてしまい素直に伝えることが出来ず。ただただ、ありがとうと伝えるのが精一杯だった。

 

《お礼言うの気が早い。まだトーナメント始まってすらいないのに》

 

 と笑いを表す特撮ライダーのスタンプ付きで送られてきた。

 それもそうだ。恥ずかしいな俺。

 

《でも、この一週間ありがとう。貴方がパートナーで本当によかった》

 

 なんて恥ずかしいこと言ってごめんなさいと今度は恥ずかしそうに赤面する特撮ライダーのスタンプ付きで送られてきた。

 更識さんもそう思ってくれているのか。なら、ちゃんと伝えなければ。そう思い、さっきは照れて送れなかったメッセを送った。

 

《何だか照れくさいけど嬉しい。明日、頑張ろうね!》

 

 もちろん。

 最善の結果を残せるようにしよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話―幕間―彼と迎えた六月の終わり

 彼と臨んだ学年別トーナメント。

 常々思っていたことだけど、正直本当に私が学年別トーナメントに参加するなんて思ってもみなかった。

 元々専用機のことで辞退するつもりだったし、出たところで私なんかとペアを組んでくれる様な相手なんているわけないと思っていた。

 でも、彼がいた。

 きっかけこそは本音だったけど、彼からちゃんと誘ってくれて私はそれを受けた。彼となら出来る限りのことが出来ると思えたから。

 

 そして始まった約一週間ちょっとの練習期間。

 練習というよりかは彼に教えることの方が多かった。

 それについては仕方ない。彼はISに関わってまだ半年にも満たない。なのに、そこまで動かせるなんて短期間で凄い頑張っている。

 でも正直歩みは遅い。織斑さんみたいに才能があるわけない。どこまでも平均的。

 

 けれど何があっても諦めず、一生懸命ついてきてくれるところ。

 ただ教わるだけじゃなく、自分でもたくさんのことを考え試しながら、積極的に教わろうとしてくる姿。 

 とても些細な事で、当たり前のこと。でも、それは私にとって凄く嬉しかった。

 頑張る彼の姿があったからこそ、私は励まされ自分も頑張ることができた。

 

 人に教える難しさや教えが実った時の喜び。時には休みながらでもいい、いろいろと試しながら物事を続けていくことの大切さ。ゆっくりでも想いを交わす意味も。

 全部全部彼が教えてくれた。彼と知ることが出来た。

 それだけで今回のことは私にとって充分すぎるほど充実していた楽しく実りあった日々。

 沢山悩んで、沢山落ち込んで、沢山笑った。

 

 実際彼もこの一週間で大きく成長していて、私も自分を今一度見つめ返すことが出来た。

 その最たる結果が織斑さんとデュノアさんとの模擬戦。

 そして学年別トーナメント。結果から言うと私達は準決勝敗退。所謂三位。

 優勝は織斑さんとデュノアさんペア。二位の準優勝がオルコットさんと凰さんペア。私達はオルコットさんと凰さんペアに負けた。

 このペアは元々出ない二人だったけど、本番当日の第一回戦。織斑さんとデュノアさんは、ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんペアと当り、そこで起きたトラブルによって学年別トーナメントは一時中断。

 その後一般生徒のトーナメントは行われたけど、専用機持ちのトーナメントは後日というこになった。

 それがあって機体トラブルでトーナメントに間に合わなかった二人が間に合うようになり、出場することに。

 正直、当りたくない二人だったけど、このトーナメント。特に専用機持ちのブロックは国の威信とかいろいろなものがどうしても絡んでくる。

 機体に問題ないのなら、普通出場しないわけにはいかない。

 そうしてトーナメントを勝ち進んだ私達は、準決勝でオルコットさん達と戦った。

 

 結果から言えば、負けてしまった。

 救いがあるとすれば、ただ一方的にやられたわけじゃなかったということ。

 備えあれば憂いなしとはよく言ったもので。やっぱり、二人の対策を練っていたことが功を成したのかもしれない。

 オルコットさんと凰さんをエンプティー間近まで追い詰めることが出来た。

 

 彼と私はトーナメントで周囲に競技者としての実力を見せることに成功した。

 ほとんど通常仕様の打鉄でもここまで出来るのだと我ながら自負している。

 しかし、彼は兎も角、私は日本の筆頭代表候補。専用機持ち。

 

 いくら競技者として実力が高かろうが、私はまだ専用機すら完成させてない未熟者。

 当然、トーナメントを見に来ていた関係者に突かれた。

 

『とても素晴らしい結果です。まるで全盛期の織斑千冬を思い起こさせるような活躍。しかし、貴女は我らが日本国の筆頭代表候補。専用機持ち。今回のことで打鉄弐式が完成していないことが完全に露呈しました。ドイツほどではありませんが、これではドイツの様に無様な姿を世界に晒し続けることになる。貴女がいくらかの更識家ご令嬢、御当主の妹様だとしても……分かってますね?』

 

 遠まわしで嫌味ったらしい。

 今回これぐらいの結果は残せて当たり前だと言われているような嫌な気分。

 しかし、私は言い返せなかった。言い返す資格はない。言っている内容は正しい。誰にも否定させないし、否定できない。ただ頷くのみ。

 

 私は結局、専用機を完成させなければならない。それが絶対的な命題。

 いくら他の道があるんだと知っても、こうでなくてはいけないだなんてことはないと分かっても、ヒーローがいなければ自分がなると思っても。

 その命題を達成しなければ、私に価値なんてない。何も出来ない無能なまま。

 

『期待してますよ。御当主様、御姉様のように最高のISを完成させて下さい』

 

 その言葉が耳を劈き、胸を引き裂き、重石の様に心を深く沈めていく。

 

 成し遂げなければ、絶対に。

 早く早く追いつかなければ、あの人に。

 打鉄弐式を完成させて必ずあの人を越えなければ。

 

――でも、本当にそれだけで追いつけるの?

 

 私でない私が問いかける。

 うるさい! うるさい! 追いつける。追いつくんだ、何としてでも。

 私だってやればできるんだ。今回のことがその証拠。

 だから、だから――!

 

『無理しなくていいのよ、簪ちゃん。貴女まで無理することないの。私が全部してあげるから』

 

 こんな時否が応でも蘇る幼い日、あの人に言われた忌々しい言葉。

 あの人は何も出来ない無能な私を気遣ったつもりで言ったのだろう。

 でも、思い出すたびに私は気が狂いそうだ。

 

 やめてやめて。違う違う違う。

 私は、私は――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 更識さんと迎える七月の始まり

 一礼告げ、職員室を後にする。

 そして向かうのは整備室。今日の放課後もいつもと変らない。

 

 思えば、学年別トーナントからもう一週間が過ぎている。

 結果こそは優勝ならず、三位だったがISに関わり始めた頃、更識さんと訓練を始めた頃を思えば、かなりいい結果ではないだろうか。いい試合を何戦もすることが出来た。

 若干の自負も混ざってはいるが、世辞でも見に来ていた倉持の人や政府関係者からは褒めてもらえたことだし、結果には満足している。

 それは更識さんも同じ……そう思うのは俺の勝手な思い込みだろうか。

 更識さんも喜んでいたのは確かだ。結果はどうあれ、練習の成果は出せたのだから。

 だが、一度別れてもう一度会った時から更識さんは暗く落ち込んでいた。

 何かあったんだろう。その何かは大体想像がつく。

 

 一度は元気づけ、少しは元気が出たみたいだが、それでも更識さんは暗く落ち込んだままだった。

 時間が解決してくれ……いや正直、踏み込んで深い話が出来てないのが現状だ。

 今までの失敗と落ち込みようから何処まで踏み込んでいいのか決めかねている。

 しかし、そうは言ってもこういうのは下手に溜め込み続けたままというのもよくない。

 今日、この後ぐらいに今一度俺は更識さんと面と向き向かって話すべきだろう。これとは別に話しておきたいこともあるし。

 

 そんなことを考えながら整備室へと向かって歩いていると着いた。

 

「……」

 

 中に入るとこれまでと変らない見慣れた光景。

 今日も更識さんは投影ディスプレイに向き合い、真剣な顔つきで作業をしている。

 辺りに資料が散乱気味になっているがお構いなしの様子。

 

 向こうはまだこちらには気づいてない。

 集中しているだろうから、驚かせてしまわないよう気をつけながら声をかけてみた。

 

「……あ、ああ……こんにちは……今日は遅いね」

 

 ここに来る前、職員室に寄っていたことを説明した。

 

「もしかして……臨海学校での試験運用のこと……?」

 

 それもある。

 約一週間後の月曜から俺達一年生は二泊三日ほど臨海学校に行く。

 だから、トーナメント一色だったのに七月に入ってからはもうすっかり臨海学校、というより夏一色に様変わり。

 行く目的はよくあるようなのと変らないが、いつもとは違う環境でのISの試験運用やデータ収集。

 一部実技成績優秀生徒と専用機持ちは局地専用装備のテストなどいろいろとある。

  俺も倉持を始めとする日本の装備担当に割り振られていた。その説明も受けていたが、そうではない。

 

「……? そうなんだ……」

 

 もう一つの訳を言おうとする前に一人納得した更識さんは、元の方へ向き直って、再び作業に戻ってしまった。

 どうしよう。言うタイミングを完全に見失った。

 それどころか別の話題から話しかけにくくなった。また更識さんは真剣な顔していて、邪魔してしまいそうで話しかけるのを躊躇う。

 しかし早いうちに話しておかないといけないことだから、様子見つつしばらく頃合を待つか。

 

 しかし俺も普段通り自習をするのだが、案の定頃合なんて来ない。

 当たり前か。更識さんは真剣そのものだ。むしろ、張り詰めた空気すら感じさせられるほど

 だから余計、真剣な顔付きに浮かぶ瞳は不安げに揺れているのが気になった。

 

「あの……」

 

 手を止めた更識さんに声をかけられた。

 どうかしたのか。

 

「それは私の台詞。チラチラ見られると嫌でも分かる……気が散る。何か用でも……?」

 

 それもそうだ。悪いことをした。

 でも、これはチャンス。そう思い俺は更識さんに話した。

 そろそろこの整備室の間借りを終わりにし、出て行こうと考えていることを。

 

「え……」

 

 突然過ぎたのか凄い寂しげな声が聞こえる。

 それどころか更識さんの顔は見る見る青ざめていく。

 

「わっ、私貴方に何か嫌なことでもした……? 嫌なことでもあったっ? 私が何も出来ないから嫌になった?」

 

 矢継ぎ早に言ってくる更識さん。

 勘違いをしているのは見て明らか。ちゃんと理由を説明できてないのだから当たり前だ。

 今日の更識さんは何だか様子が変だから、余計勘違いしてしまったんだろう。

 

 とりあえず、何よりも先に更識さんを宥める。

 悪いことをした。始めのうちに訳を言ってから、出て行こうか考えていることを言えばよかった。

 

「う、ううん……謝らないで。もう大丈夫だから……私の方こそごめんなさい、変なこと口走って……」

 

 仕方ないことだ。

 むしろ、もう大丈夫そうで何より。

 更識さんが少しずつ落ち着きを取り戻すのを見て、話を切り出した。

 

 間借りをやめて出て行く理由は単純に他の部屋が空いたから。

 今まではどの人も学年別トーナメントに向けて自習の為、多くの人が利用していたがトーナメントが終わり、空き部屋が出来るかもしれないと山田先生に教えてもらった。

 今はまだ確認と調整中だが、空き部屋があるのならいつまでも間借りし続ける必要もない。

 だから、出て行こうと考えているのだ。

 ちなみに先ほど職員室に行きこの話をしていた。臨海学校のことよりもこっちの方が本命。

 

「そう……だったんだ……」

 

 力が抜けたように更識さんは椅子に深く腰をかける。

 何処か安堵の表情を浮かべているから一応は納得してくれたようだ。

 間借り自体元々、他の部屋が空くまでの約束。空くのなら出て行くのが筋ってものだ。

 

「そうだったね……うん」

 

 頷くと更識さんは俯き何かを考え始めた。

 まだ何か。

 

「……あの、ね。それって……まだ決まったわけでもないんだよね……?」

 

 今のところはまだ。

 近日中に空きが出来ることを教えてもらっただけ。

 使用許可の申請を出したりするのはこれから。

 

「じゃあ、その……何て言えばいいんだろう……あっ! そうっ、提案。提案なんだけど」

 

 しどろもどろのした後、更識さんは思いついたようにそう言ってきた。

 提案。どんなのかと俺は聞き返す。

 

「これからもこのままこの整備室、一緒に使い続けない?」

 

 突拍子のないことに驚いて俺は大きな声で聞き返して驚いてしまった。

 すると、その声に更識さんも驚いてビクッと体を震わせていた。

 

「ビ、ビックリした。そんな驚くようなことじゃないでしょ」

 

 驚かせたのは悪いが、これは驚いても無理ないのではないだろうか。

 まさかこんなこと言われるとは思ってもいなかった。

 更識さんからそう言ってくれるということは心を許してくれているということだろうから出会った頃を思えば、素直に嬉しい。

 しかし、何でまた。

 

「何でって……決まってる。 貴方と……一緒にいたい」

 

 言葉だけ聞けば、勘違いしてしまいそうだ。

 だが、そんな甘いものではなく何処か切羽詰った感じがあった。

 証拠に声と表情は切実そのものだった。

 

 そう言われると、ここに残りたくはなる。

 

「! だったら……!」

 

 更識さんの顔がパッと明るくなったが、そうもいかないだろう。

 元々の約束のことはもちろん。

 噂のことがずっと胸に引っかかっている。更識さんと俺が付き合ってるんじゃないかという噂が。

 

「そんなこと気にしてたんだ」

 

 気にもするだろう。

 始めは一夏達から聞かされた噂だったが、1年生の間で結構な人がその噂を知っているようだ。

 実際、何度かそれっぽいひそひそ話をされているのを見かけた。

 

 事実そんなことはないのだが、根も葉もないというわけでもない。

 一夏みたいにオープンにしておらず、こうして整備室に男女が二人一緒にいればそんな噂も立てたくなるだろう。

 トーナメントや食事の時、人の前で一緒にいるところを見られる機会が増えてきたわけだし尚更。

 気にしすぎだろうが、俺は兎も角、更識さんは代表候補生、注意しないわけにもいかない。

 だからこそ、間借りを終えようと考えている。

 そうすれば、自然と噂も消えていくことだろうし。

 

「それはそうだけど……私は気にしない……大丈夫だから」

 

 必死な様相。更識さんはやけに食らいついてくる。

 

「お願い……私を、一人にしないで」

 

 唇を引き結び、更識さんは悲痛の表情を浮かべて言った。

 そんな顔でそう言われれば、折れるしかなかった。

 分かった。これからも間借りを続けさせてもらおう。

 

「ありがとう。……それから本当……ごめんなさい。貴方の優しさにつけ込んで」

 

 構わない。別に。

 出て行ったほうがいいというだけで、俺自身出て行きたいわけではない。

 こうして更識さんとここで過す時間は学園生活で一番好きだから。

 

 ただ今まで以上に気持ち、覚悟はいるだろう。

 噂は消えなくなっただろうし、空いた代わりの部屋があるのにいつまでも同じ部屋にいるのは噂に自ら拍車をかけにいっているようなもの。噂が悪化するかもしれない。

 だからってどうこうなるわけでもないが、担任副担任の織斑先生と山田先生には適当な説明しなくては。

 

「うん……そう、だね……うん」

 

 これで一応、話は済んだ。

 けれど、更識さんの落ち込み具合はますます酷くなる。

 おそらくはさっきの間借りだけでなくあれこれ気に病んでいるのだろう。

 前から更識さんは暗くなりがちなところがあるが、今日ほどではなかった。

 何かあったんだろう。やはり、トーナメントの時に。

 

「……」

 

 否定すらしない。黙ったまま。

 それはある意味無言の肯定に思えた。

 更識さんさえよければ、何があったのか話聞きたい。

 

「え……いや……でも、本当つまらないことだし……話し出したら話し出したらで長くなる……」

 

 たっぷりとまではいかないが、時間ならある。

 ありがた迷惑だろうが、このまま見過ごすことも出来ない。したくない。

 何より、今更識さんが何を思ってそうなっているのか知りたい。

 

「……」

 

 一瞬更識さんは迷った様子で伏せ目がちに視線を泳がした。

 そして束の間の沈黙を経て更識さんは話し始めた。

 

「トーナメント終った後、私達一旦別れたでしょ……あの時、見に来ていた政府関係者。私の担当になっている人と会ったの。その時、やっぱり弐式のこと突かれて、あれこれ言われた」

 

 そんなことが。

 突かれたと言っている辺り、いい感じではなかったんだろう。

 それなりの嫌なことを言われた様子だ。

 

「……うん……いつか話したことあると思うけど、私の姉は一人の専用機を完成させた凄い人なの。その姉のようなISを作ることを期待してるって……」

 

 表情に暗い影を落とす更識さんに俺はそうだったんだと言いながら頷くのがせめてものことだった。

 

 それは言われたくない重く苦しい言葉だ。

 悪気があれば一番最悪だが、悪気がなくてもそんなこと言われたら堪ったものでない。

 更識さんにとってお姉さんは目標であり、憧れの人なのだろう。一夏が俺にとってそうなように。

 だとしても他人からそうした出来る人と比べられてはただ辛いだけでしかない。 

 凄い人、出来る人は当たり前に凄いことをできてしまうなのだから。

 

 そして、そんな風にすごい事を出来てない今の自分を突きつけられる。

 現状そこそこの結果に納得していても満足している自分が急に小さく、情けなく思えるほど。

 似たような経験、俺にもある。

 

「そう、なの……?」

 

 驚いた顔をする更識さんに俺は頷いて答える。

 

 三位という結果は確かに倉持や政府関係者の人達に賞賛された。

 だが同時にもう一人の男である一夏と比較されもした。

 

『その調子でこれからも頑張って。織斑君のような頑張り期待してるよ』

 

 と。

 比較対象なんてこの学園、同じ様に男でありながらISを使える奴なんて一夏ぐらいしかいないから無理もない。

 それに言った人もただ応援のつもりで言ってくれたのは分かっている。

 そもそもこれぐらいで比較されたなんて思うことすらおかしいのかもしれないけど、それでも言われた時正直、嫌な気分だった。

 言われなくても分かってる。一夏のように頑張りたいさ。一夏のように凄い男になりたい。

 けれど、それは生半可な覚悟ではできない。というか、そんな期待されてもってところだ。

 なまじ今回の一夏も凄かったから余計。今回の騒動を治め、トーナントでも凄い結果を残した。一夏のように頑張ろうとしても、おいそれと出来ることではない。

 

 一夏の背中は偉大で大きく、そして遠い。

 一夏を見てると自分はまだまだだと強く痛感する。

 三位という結果には納得も満足もしているが、それでも一夏を思えば、この程度で喜んでいて満足していてどうするとさえつい思ってしまう。

 

 だから更識さんには強く共感することが出来る。

 もっとも共感されたところで更識さんにしてみれば、どうしようもないことかもしれないが。

 

「そんなことはない。だけど、そう……そんなことがあったんだね」

 

 更識さんは俯いてまた何かを考えているのだろう。

 

 俺でこう思うのだから、更識さんは余計になのかもしれない。

 何といえばいいのかは変らないが、更識さんにとってはお姉さんは憧れであり目標でもあるが、ある種コンプレックスにもなってるのではないのだろうか。

 そうした人を引き合いに出される辛さや苦しさは想像に難くない。

 話を聞いて、最近ずっと暗く落ち込んでいた理由もよく分かった。

 

「ねぇ……貴方は」

 

 ぽつりと更識さんは、話し出す。 

 

「貴方は……辛いから、苦しいからと投げ出したくなったり、逃げ出したくなったりしないの?」

 

 それはもちろん普通にする。

 そうできたら一番楽だ。しかし、だからと言って簡単に出来るものでもない。

 立場とか環境とか様々なことがあって絡み付いてくるのが常。

 

「だよね……」

 

 それにそうしてしまうのは今までやってきたのを自分で台無しにしてしまうようで気が引ける。

 だからこそ、まだだと投げ出せないもの逃げ出せないものにしがみついて足掻いてしまう。

 

「でも、それってかっこ悪くない……?」

 

 確かに傍から見ればかっこ悪い。無様そのものだろう。しかし、どれだけ無様であろうとも、足掻く間に生まれる経験や意味は決してただ無駄では終らない。自分も気づかないようなところで必ず生きる。

 それに極論、成し遂げてしまえばいい。その時、かっこ悪くても無様でも成し遂げた奴が一番かっこいいのだから。

 無茶苦茶言っているのは自覚済みだ。それでも、前言ったように歩みが遅くても、時には休みながら、様々なことに目をむけ、考えながら確実に前へ前へと進んでいくのもありだろう。

 

「そう。本当……貴方は不思議な人だね……」

 

 飽きれた様に。けれど、優しく更識さんは微笑を浮かべた。

 そういう更識さんはどうなんだろう。

 ああいうことを言われ、お姉さんと比べられ、投げ出したくなったり逃げ出したりしたくなったのだろうか。

 

「そう思うけど……でも、今更投げ出したり逃げ出したりは出来ない。私は必ず成し遂げる。それでも、このままやっていけるか不安で」

 

 更識さんはまだまだ不安は尽きない顔をしているが、案外やっていけるんじゃないか。

 短絡的発想ではあるが、更識さんには投げ出さない、逃げ出さない、必ず成し遂げるという強い思いが確かにある。

 人はそういう思いが原動力になるからこそ、何かをすることが出来る。

 とは言え、思いさえあれば何でも出来るわけないのは当たり前で。そうした思いはあくまでもきっかけにしかすぎないが、そうした思いがなければ、環境や能力があっても何も進まない。

 だから、そうした思いがある限りはきっと。

 

「そっか……うんっ。そう言ってくれる人がいるならまだまだやっていけそう……ありがとう」

 

 お礼なんてとんでもない。

 相変わらず変なことしか言えないから、そうお礼を言われると照れくささで恐縮するばかりだ。

 まあ、それでも更識さんの為になったようで何よりだ。

 今ではもうすっかり晴れ晴れとした表情を更識さんはしている。よかった。そう安堵した。

 

「迷惑……じゃなければ、また話とか聞いてくれる……? つまらない話ばかりになるとは思うんだけど」

 

 こちらもまた何かあったら話してほしいと思っていたところ。

 話ぐらいいくらでも聞く。話してくれないと知ることもできないことは沢山ある。

 俺はもっと更識さんのことを知りたい。更識さんと共に時間を過したい。

 そして少しでも更識さんの力にでもなれたらと、ついつい思ってしまうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 更識さんと臨海学校を

 七月。季節は夏。

 IS学園でも夏と言えば海というのは例外ではなく、一年生の俺達はバスを使って遠くの海、臨海学校に来ていた。

 雲ひとつない晴れやかな青空と天候にも恵まれ、初日の今日は一日自由時間なので皆わくわくうきうきとしている。

 だというのに。

 

「ついてないな、お前。バスで酔うなんて」

 

 布団に寝転がる俺を一夏は見下ろして呆れた様にそう言うが、まったくだと返すしかない。

 バス酔いなんて一体いつ以来だろうか。幸い吐くほどではないが、それでもまだ頭はくらくらとして気持ち悪い。

 

「もうしばらく安静しておけ。初日から無理して次の日まで響いたら元も子もない」

 

 そう心配してくれたのは織斑先生。

 今一夏と織斑先生と三人で今回泊まる旅館の一室にいる。

 ちなみに一夏と先生と俺は同じ部屋だ。理由は普通の部屋だと女子が押し寄せて騒ぎになるからとのこと。

 容易にその光景が想像つくし、ありがたい。これなら安心だ。もっとも姉弟水入らずを邪魔しているようで気が引けるが気にしても仕方ない。

 というより、今グロッキー状態で一夏よりも早く織斑先生に迷惑かけているのだから申し訳ないばかり。

 

「何、気にするな。まあ、一夏の傍にお前がいないというのは何をしでかすか心底不安だが……」

 

「ちょっ、それ酷くね!?」

 

 からかう織斑先生につっこむ一夏。

 こうしていると仲のいい姉弟だな。

 休みながらぼんやりしていると部屋がノックされた。

 

「山田です。言われていたもの持ってきました」

 

「ああ、ありがとう。今開ける」

 

 織斑先生が部屋の戸を開け、山田先生を出迎える。

 すると中に入ってきた山田先生は小さな鍋みたいなものが乗ったお盆を持っていた。

 それは一体。

 

「あ、これですか? お粥です。旅館の方に貴方の体調のことを伝えたら作ってもらいました。お昼はやっぱり食べないといけませんけど、旅館のお昼だと万が一また気分が悪くなったらいけませんし」

 

 凄い助かる。

 旅館にも悪いことをした。後で旅館の人にお礼と謝罪しなければ。

 山田先生にも感謝だ。

 

「い、いえっ。教師として当然です!」

 

 嬉しそうにしながら山田先生は胸を張る。

 凄いドヤ顔。

 

「食べたら食器は食堂の方にな。さて、一夏はもう自由にしていいぞ。存分に楽しむといいが、一日自由だからと言ってハメを外すなよ? タダでさえこいつはいないんだからな」

 

「俺どんだけ信用ないんだよ。分かってるよ。というかお前、それ食ったら海来いよ! 皆と待ってるからな!」

 

 このまま具合悪い方がいいかもしれない。

 皆海行くって言ってたな。それないしそれがこの臨海学校一番の楽しみ。

 しかし、クラスの子達は水着云々言ってた……あんまり行く気しない。

 無論、女子の水着が見たくないとかそういうのではなく、目のやり場と居づらさを考えると……うん。

 

「海でそんなん気にしたら負けだろ。来いって、お前がいねぇと寂しいじゃんか。海楽しめねぇよ」

 

 しゅんとした顔で言うのやめろ。いろいろ怖い。

 

「あっ、千冬姉……じゃねぇ、織斑先生と山田先生も来てくださいよ!」

 

「えぇっ!? 私もですか!?」

 

「私達教師陣は明日の打ち合わせなどいろいろ仕事があるからすぐ行ってずっと居られないが、まあどこぞの弟が水着を用意してくれたんだ。監視もかねて泳ぎに行くぐらいはするさ。ちなみに山田先生の水着は凄いぞ」

 

「ちょっと~織斑先生ぇ~」

 

「そうですか」

 

 変なこと言われて泣きつく山田先生。ニヒルな笑みを浮かべる織斑先生。そして、ぶっきらぼうに納得する一夏。三者三様だ。

 隠しているつもりみたいだが一夏は赤くなってる。何を想像したりやら。

 

 

 

 一夏達が部屋から出て行った後、一人なってお粥を食べた。

 旅館の人が作ってくれた。いつもと違う場所で食べたからなのか凄く美味しいお粥だった。

 その感想とお礼を伝えてきた。何だかお粥一つで喜びすぎたのか逆に感謝されてしまった。

 今から夕食が楽しみだ。

 

 気分はもうよくなった。気持ち悪さはもうない。体調は良好。

 となれば、一夏達の待つ海に行くべきなんだろうが……相変わらず、行く気にはなれない。犠牲は一夏一人で充分だ。

 まだ少し気分が悪いということで旅館でゆっくりしてたいが、じっとしているのにも飽きてしまった。どうしたものかと考えながら旅館内を散策中。

 そう言えば、この先にある海が一望できる談話室がオススメだと先ほど旅館の人に聞いた。そこへ行こう。

 部屋に居ても暇だし、外にはまだ出たくない。なら、そこでゆっくりするのがよさそうだ。

 

 談話室に着くと見慣れた人影が見えた。

 更識さんだ。彼女はこの旅館に来た時と変らず制服姿のまま窓際にある椅子に腰掛け、ぼんやりと海を眺めている。

 まだこちらには気づいておらず、黙っているのも何なので挨拶してみた。

 

「あ……こんにちは」

 

 こちらに気づいてくれ、更識さんは挨拶を返してくれる。

 

「そうだ……酔ったって聞いたけど、もう大丈夫なの……?」

 

 違うクラスの更識さんまで知ってるのか。

 おそらく布仏さんから聞いたか、噂にでもなってしまったかで知っているのだろう。

 バス酔いしたなんて更識さんに知られているのは子供っぽくて恥ずかしい。

 もう大丈夫だからこうしてここにいる。

 

「ん、そう……よかった。そこ空いてるから座ったら」

 

 言われて、更識さんの前の方にある椅子に俺は腰を下ろす。

 しかし、更識さんはどうしてこんなところに。

 てっきり、布仏さんと一緒にもう海に行っているものばかりだと思った。実際、一緒に行くと布仏さんが言っていたのを覚えている。

 

「誘われたけどしんどいって言って断った。私が他の人達みたいに太陽の下、海で遊んでるの想像できないでしょう……?」

 

 確かに想像つかないな。

 

「即答……まあ、いいけど。それに……私がいると本音は私のことばっかり気にして楽しめないだろうし、周りも気を使うから」

 

 そう言った更識さんには一瞬暗い影が立ち込めそうになったがすぐに引っ込んだ。

 

「あなたこそこんなところで油売っていていいの? もう体調よくなったのなら織斑さん達のところに行ったほうがいいんじゃ……待っているだろうし」

 

 待ってるだろが、行く気がまったくしない。

 水着着た女子達がいるところになんてとても行けたものではないから。

 女子の水着が嫌いだとか見たくないとかではなく、やはり単純に居づらい。それにそんな反応してたらしてたらしてたでほぼ確実にからかってくるだろうことは間違いないだろう。

 犠牲は一夏一人でいい。

 

「犠牲って……薄情ね」

 

 何とでも。

 後まあは更識さんを真似るわけではないが、俺がいると一夏は俺ばかり気にして一緒にいようとする。

 そのことはそこまで悪気はしないがそれだと一夏目当ての人達。特にあの五人は不満爆発だろうし、そんな中には余計いたくない。

 だから、出来る限りここでゆっくりしてたい。

 

「私もそう……似た者同士だね、私達」

 

 だなと俺は頷いてみせた。

 

「……あの、ね」

 

 ぽつりと更識さんが言う。

 

「一つ確認だけど……女子の水着見たくないとか興味はないわけじゃないんだよね……?」

 

 なんて恐ろしい確認だ。

 何とか凄く曖昧な頷きで返事するので精一杯だ。

 見たくない訳でもない。興味も歳相応と言えばいいのか、人並みにある。けれど、進んで見に行くのも変な感じというだけ。

 

「じゃあ……私の水着なんてのは、どう……?」

 

 どうってどういう。

 

「見たい……?」

 

 聞かれて戸惑うとかそういうのよりも早く更識さんの水着姿が思い浮かんだ。

 赤いハイビスカスがあしらわれた赤い色のドレスチックな水着。

 そんなのが更識さんには似合う。それでなくても見たい。それはもう物凄く。

 

「えぇっ!?」

 

 何故聞いた更識さんのほうが驚いてるんだ。

 逆だろ、普通。

 

「いやだって即答。そんなはっきり言われるなんて思ってもみなかったから」

 

 そう言われるとそうか。

 こういうのは変に誤魔化すよりもはっきり言った方がいいかと思って言ったけども、これはいくらなんでもはっきりすぎた。

 少しばかり心配になったが。

 

「でも、そっか……あなたは見たいんだ。ふふっ」

 

 何だか更識さんは頬を赤らめ照れた様子ながらも嬉しそうにしてくれているので杞憂のようだ。

 

「見たくないって言われなかったのはよかったけど……何だか恥ずかしい」

 

 言った俺も釣られるように何だか照れくさくなってきた。

 

「あっはは……」

 

 照れを誤魔化すように二人してぎこちない笑みを浮かべる。

 何だろう。照れくささ以上に何だかドキドキ、そわそわして落ち着かない。

 更識さんにもそれが伝わって移ってしまったのだろう。

 

「……っ」

 

 二人して照れ合いながら俯き視線をそらす。

 黙りあって照れあう二人が産んだ何とも奇妙な空間がそこにはあった。

 

「あっ、そ、そう言えば……!」

 

 この奇妙な空気に堪り兼ねて更識さんは話題を振ってくれる。

 

「デュノアさん。彼女も海の方に行ってるんだよね……?」

 

 一夏が行ってるんだ。行かないわけがない。

 というか更識さんはデュノアことを彼ではなく彼女と言った。

 そういうことか。

 

「分かる……?」

 

 まあと頷く。

 更識さんが言いたいこと。それはデュノアがやはり、女子だったということだ。

 男子だった時から女子だろうと更識さんと予想していたが的中してしまった。嬉しくないどころか、不安しかない。

 トーナメントの仕切り直しが終った次の日、女子として改めて転校しきて、デュノアには特にお咎めなんてものはなかった様子だから尚更。

 よくある大人の事情という奴がきっと絡んでいるのだろう。いろいろ怖い。

 一応、デュノアからは性別を偽っていたことを謝罪されたが……。

 

「謝られてもって感じだよね……」

 

 まあ、そうだな。

 俺は疑っていたこともあって、特に何かあるわけじゃなかった。

 それとやはり、デュノアのことを一夏は知っていた。男子が減ってショック受けていたが。

 

「あー……」

 

 更識さんも、何とも言えなさそうな声を上げる。

 

「で、案の定だよね……」

 

 苦笑いするしかないといった感じの更識さん。

 本当に案の丈だ。

 デュノアも一夏に惚れている。あの三人が一夏に向ける感じとまったく一緒なのがまた何とも。

 朝から晩まで四六時中一緒に生活して、部屋まで一緒。秘密を共有して、相手が一夏。惚れてもおかしくはないだろう。

 

 案の定と言えば、ボーデヴィッヒもそうだ。彼女もまた一夏に惚れている。

 最初の険悪な雰囲気が嘘のよう。一夏曰くトーナメントでわだかまりが解けたらしいが、別人みたいだ。

 おかげで一夏の周りの賑やかさは修羅場のよう。実際、修羅場過ぎてデュノアが女子だったということがクラス全員にバレた時。

 それのことを聞きつけて二組の凰がやってきて、更にボーデヴィッヒから一夏に送られたキスと共に言われた嫁宣言で事態は最悪の一途。

 結果、謎のキレ方をした凰達四人による一夏への暴力で教室の扉と廊下が見るも無残な形になった。

 悪いが正直、アレは絶句した。

 

「うん……凄い音だったもんね……私のクラスまで響いてた」

 

 更識さんまで遠い目をしている。

 思い出したらますます一夏達のところに行きたくなくなった。

 織斑先生方にこってり絞られたからもう同じことはないと思うがそれでもだ。

 

 話が一旦尽きて会話も特になく更識さんと俺はぼんやりと窓の外を眺める。

 外の天気は相変わらずいい。

 海、夏。夏と言えば、そろそろ毎年夏にやる特撮ライダーの映画の時期。この間、それについてメッセで話していたのを思い出した。

 

「もうちょっとで公開だね……あっという間」

 

 今年は映画館に見に行きたいとか行っていたような。

 

「何か使うわけじゃないけどその……劇場特典が欲しい。それに今まで勉強にお稽古に訓練ばかりで映画館一度も行ったことないから行ってみたい」

 

 なるほど、そういう。

 学園の近くでなら本土にあるレゾナンスになるだろう。

 あそこなら映画館もあり、学園からも行きやすい。

 

「だね……まあ、とは言っても今年は夏休みのうちにひとまず模擬戦と実技授業に弐式を出せるようにするつもりだから、そんな余裕なさそうだけど……」

 

 聞いてるだけで更識さんの夏休みは何だか忙しそう。

 ということは夏休み、帰省したりはしないんだろうか。

 IS学園の夏休みは七月の終わりから八月いっぱいまで約一ヶ月あり、多国籍の生徒が多い為か帰省する生徒がほとんどだという。

 中には人が少なくなる夏を利用して勉強や実技訓練に励む生徒もいるにはいるらしい。

 

「私は帰省しない。家にはもう伝えてある。というよりも、弐式を完成させるまでとてもじゃないけど家になんて帰れない……」

 

 それは単に作業に集中したいからというだけではなさそうだ。

 やはり、折りいった事情があるんだろう。

 

「そういうあなたは夏休みどうするの……?」

 

 俺も帰らない。親には既に伝えてある。

 帰ったところでやることがなければ、俺が入学してからは政府の人達のおかげで両親の生活は今まで通りに戻ったらしいから、今更帰っても何だかなといったところ。もう迷惑はかけたくない。

 それに学園に残っていた方が設備が充実してやりたいこと。実技訓練とか基礎体力トレーニングとかいろいろ捗る。

 ありきりだが夏休みの間に周りとの差を埋めて、差をつけられるようにしたい。

 

「そう……」

 

 更識さんは何処か嬉しそうに頷いていた。

 

 

 

 

 この談話室に来て、三十分ほど経った気がする。

 相変わらず更識さんと俺は特に何かするわけでもなく外の景色を眺めながらまったりしている。

 会話は少ない。たまに何気ない話をする程度。

 これじゃあ普段、整備室で一緒に過ごす時と何ら変らない。

 

「折角、海来てるのにね……でもまあ、いつも通りが私は好き」

 

 それもそうだ。

 普段通りが一番。

 どこであっても、何を話すわけでなくとも更識さんと一緒にいるだけで楽しいのは変らない。

 

「……ねぇ。じゃあ、暇ついでに意見聞きたいことあるんだけど……いい?」

 

 何だろう。

 よく話す何気ないことについてかと一瞬思ったがそうではないようだ。

 更識さんの表情は真剣そのもの。身なりを正してまず聞く姿勢に入る。

 

「聞きたいことは専用機開発について。そういえば、まだどうして専用機を自分で開発しなきゃならないのかって言った事なかったよね……」

 

 思えば、直接更識さんの口から聞いたことはなった。

 でもまあ、今まで聞いた話から大体想像はつく。

 優秀なお姉さんのようになりたい。背中に追いつきたい。といったところか。

 

「大体そんな感じ。私の家は古くから続くちょっと特殊な家でね。常に能力の高い人間を求められてきた。だから優秀な姉のようにと期待されることが多くて、常に比べられてきた。でも、私は姉のように有能でなければ、何か才能があるわけでもない。けど、そんな私でも姉と同じように専用機を一人で完成することができれば……って」

 

 そんな思いが。

 

「で、話戻すけど……あなたと出会って、いろいろと考えるようになって最近疑問に思い始めた。このままISを一人で完成させることなんて出来るのか。そもそもISを完成させたところで、私は姉の背中に追いつく……姉を越えることなんて出来るのか」

 

 更識さんの言葉は続く。

 

「それについてあなたには傍から見てどう思うか……意見、聞かせて欲しい。遠慮はいらない……はっきり言って」

 

 また難しいことを聞かれてしまった。

 ISの完成については正直俺には何とも言えない。そんな知識もなければ力もない。

 となると、完成させても越えられるかどうかについてだが。

 はっきり言えと言われても戸惑う。目の前の更識さんは一見覚悟を決めた様子だが、怯えているのを見ると余計に。

 けれど、ここまで打ち明けたことやはっきり言ってほしいと言ってくれたのは一重に俺を信頼してのことだろうことはよく分かる。

 なら、話を聞いて思った意見をはっきり更識さんに伝えるべきだ。

 正直、ISを完成させたところでお姉さんの背中に追いつける。越えることは無理ではないかと思った。

 

「……」

 

 言われたとおり、はっきり言ってみたが更識さんの反応を見るのが怖い。

 これは彼女の頑張りの否定だ。更識さんは追いつこうと、越えようと頑張っているのだから。

 

「……そう、だよね……うん、そうだ。考え甘いよね、私」

 

 言葉では落ち込んでいる風だが更識さんは納得した顔をしていて、肩の力が抜けたようだった。

 てっきり、もっと落ち込むばかりだと思っていた。

 

「いや、はっきり言えって言ったのは私だし覚悟もしてた。それに……実は自分でもやっぱり無理だって思ってた。ごめんなさい、無理言わせてしまって。ありがとう……助かった」

 

 しまいには謝られて感謝までされてしまった。

 何だか拍子抜けだ。

 

「ちなみに……どうして無理だって言ったのか……理由とかある……?」

 

 それは単純に凄い人と同じことをやっても、その人が霞むよう結果を残せなければ、後追いにしかならないのからだ。

 勿論、評価はあるだろう。だが、その評価は凄い人と比較しての評価。あの人みたいに凄いね、あの人と比べて……という評価で更識さんが嫌う比較からは抜け出せない。

 

 何より、俺も見落としがちだが凄い人はただ一つのことをだけを成し遂げて凄い訳ではない。

 更識さんのお姉さんで言えば、ISを完成させたから凄いのでなく。他にも沢山すごい事を成し遂げているだろうということ。

 凄い人の背中に追いつこう。追い越そうとするのなら、同じことをやっていても敵わない。

 そう思うから、俺は更識さんの話を聞いて無理だと言った。

 

「そう……うん、そうかもしれない。いつまでも後ろにいるのは変らないよね、これじゃあ。……でも、だからといってどうすればいいの? やっぱり、私には出来ない。ISを完成させることも……お姉ちゃんを越え変ることも……いっそ全部あきらめた方が……」

 

 更識さんは落ち込み暗い影を落とす。

 

 本当にもう諦めたいのなら諦めればいいとは思うが、更識さんはそうではないだろう。

 諦められないはずだ。お姉さんの背中に追いついて、追い越すことが今の更識さんにとってのアイデンティティーなのだから。

 

「それはそうだけど……」

 

 というより、ISの完成は諦めるべきではないと思う。やっぱり、どうしても立場や責任とかいろいろなものがあるから投げ出してしまえば、投げ出した後にも続くそれ以外の生活にまで響いてきかねない。

 先は明るい方がいい。

 

 なら、どうすればいいのか。

 そうだな。それを考えなければ。俺も一緒になってだ。

 求められたから言ったとはいえ、ここまでの意見。言うだけ言って代替案を言わないのはあまりにも酷い。

 ここはやはり、お姉さんの背中に追いつく、追い越す為の手段を他にも用意する。別の手段に切り替えるのがいい気がする。

 ISの完成だけでそうできればそれに越したことはないが、正直現状では難しい。さっきのことは勿論。詳しく知らないが更識さんを見るに開発の進捗は芳しくないよう様子。

 更識さんがISの完成だけでということに拘っているのなら、話は終るけども。

 

「前の私なら兎も角、流石に今ではそれだけしか考えられないってわけじゃないから……他があるのなら他もアリかなって。でも、それってどういう……?」

 

 ISの完成をAパターンの1として、1で挑んでダメだったら次にAパターンの2で成し遂げ。

 ISの完成を前準備の一つとしてお姉さんに挑む方向性そのものを変えて、新たにBパターンで挑戦するというもの。

 

「方法は一つじゃない、ってこと……聞いてばっかりになって悪いだけど、具体的な考えは……?」

 

 返答に困った。

 まだそこまでは考え付いてない。

 代替案を用意するにしても今と同じことならダメだ……もっと別のことを。考えを巡らせる。何がいいか……。

 更識さんのお姉さんはISを一人で完成させた凄い人。二年生のうちから学園の生徒会長をやっている。後は、国家代表。

 そう言えば、更識さんのお姉さんは学園で唯一の国家代表。候補ではなく正式な代表選手。国はロシアとかいっていた。

 後、前回のモンドグロッソっていつで、次はいつだったか。

 

「えっと……今から前回は二年前、かな……次は再来年。私達が三年生卒業する頃……」

 

 大会とかでの優勝経験はあるんだろうか。

 

「射撃部門とかそういうのならあるって聞いたことある。でも、モンドグロッソみたいな大きな大会の優勝経験はないはずだけど……も、もしかして何か思いついた……?」

 

 顔に出ていたんだろう期待するように更識さんは聞いてくる。

 

 代替案は思いついた。

 まず一つ目はISを完成させ、お姉さんと試合して勝つこと。

 二つ目が正式な国家代表となり、第三回目モンドグロッソに出場し優勝すること。

 それがたった今思いついた代替案なのだが、どうだろうか。

 

「は……?」

 

 返って来たのは何言ってるんだこいつはと言わんばかりの短い返事だった。

 言われるだろうとは思った。

 言葉にしたらあまりにも簡単で、あまりにも険しい代替案なのだから。

 

 一つ目の案は凄く単純。お姉さんに一度でも勝ってしまえばいい。

 勝つことで分かりやすく越えられるだろうし、気持ちを切り替えるいい機会になるはずだ。

 

 二つ目の案も単純。お姉さんよりも凄い結果を残せばいい。

 更識さんは代表候補で専用機資格のあるもっとも国家代表に近い筆頭候補。

 だったらお姉さんと同じ代表候補になり、モンドグロッソという同じ土俵に立ち、優勝という結果を残す。

 一般知識ではあるがモンドグロッソは国の技術力、威信をかけた旧オリンピック以上の栄誉ある祭典。優勝できれば、ブリュンヒルデという唯一無二の称号を送られ賞賛される。

 そうすれば、名実共にお姉さんを越すことになる。そして誰も更識さんをお姉さんと比較して評価はしないだろう。比較できるものではないのだから。

 

「ま、待って……! そんなの無理っ。私がモンドグロッソ出て、しかも優勝するなんて……案は聞いたけどふ、ざけてるよっ」

 

 言われた更識さんにしたらそう思ってしまうものなのかもしれないが、俺は真面目に考えた上で提案している。

 変らずISの完成で成し遂げられればそれに越したことはない。だが、こういった次の案、代替案を用意するのもありではなかろうか。

 正直、更識さんは見てるとお姉さんの背中に追いつき、追い越せてしまえばそれで満足して燃えつきそうな感じがする。

 

「……っ。それは……ある、かも。ううん、確実にそうだ」

 

 満足して燃え尽きるのはそれはそれで結果の一つとしてアリだろう。しかし、遂げても選手としての人生は続いていく。

 燃え尽きた後は落ちていくばかりだと聞いたことがある。

 だったら、成し遂げた後の目標。成し遂げるついでに選手としてのゴールとして、国家代表になり、モンドグロッソに出場し、高成績ないし優勝を目標にするのもアリだ。

 無論、更識さんが嫌ならやるべきではない。嫌々やるようなものでもない。

 けれどISを完成させ成し遂げ一つの目標を達成した後、目標を見失い燃え尽きていくよりかは、次の目標に進んでいく。そういうのもきっといいはずだ。

 目標はあくまでも目標。絶対にやらなければならい使命でもなければ、お姉さんに追いつく。お姉さんを越えるという目標以外にもう一つ別だったり次の目標があることにこしたことはない。

 

「……」

 

 更識さんは呆気に取られた様子だった。

 無理もない。俺みたいに男にこんなこと言われても驚くばかりだろう。

 何か実績でもあれば、言葉に重みが出来るんだろうが今の俺では軽口ばかりで、まるで説得力がない。申し訳なくなってきた。

 

「そ、そんなことないよ……これだけ考えられるなんて凄い。私じゃ考えようともしなかった。結構驚いたけど……そういう考えもアリだって今なら思える。道は一つじゃない……あなたが言ってくれた言葉。次を見据えながらいろいろと挑戦する」

 

 反芻するように言ってから口を開いた。

 

「……やってみようかな、私」

 

 言わせたみたいでアレだな。

 

「あなたって変なところで卑屈。私が言えたことじゃないけど……これは私がそうしたみたいって思ったこと。決め付けないで。お姉ちゃんに追いついたから越したからって大げさかもしれないけど私の人生そこで終るわけじゃない。ずっと続いていく……だったらその後無気力に生きていくよりもずっといい。今まで苦しくても足掻き続けたことを無駄にしたくないから……夏休み、それも含めて頑張ってみる」

 

 そう言う更識さんには暗い影なんてないどころか瞳に強い意志を感じた。

 何故だろう。更識さんのその瞳や表情を見てるだけで胸が高鳴る。綺麗だ。自分でもよく惹かれているのが分かる。

 

「……あの……そんな見られるとど、どうしたらいいか」

 

 少し戸惑う更識さんに謝る。

 何はともあれ、更識さんの悩みは解決できたようだ。

 

「うん。お姉ちゃんと試合するとかそういうのはまだこれから少しずつ考えていきたいけど……これからはまず第一目標、ISを完成させる。そして次は代表選手になって、モンドロッソを目標にやってみる。あっ……」

 

 まだ何かあるのだろうか。

 

「いや、その……肝心の一人でIS完成させられるかってこと。完成させないと元も子もない」

 

 それは確かにそうだ。

 知識がないからザックリとしたことしかいえないが、それは出来るところまで一人でやって。

 もうダメだってところは恥を忍んでというのが正しいかは分からないが、大本の倉持を頼るとか。

 それ以外なら、先生とかに意見聞くのもいいかもしれない。IS学園は世界最高峰のIS機関。二年からある整備科には機体について詳しい知識を持つ生徒や先生も数人いると聞くから、そういう人達に意見を求めるとかが無難なところではないか。

 それぐらいならまだ先生させても一人の力でと言えなくはない。

 

「それは……そうだね……検討しておく。何から何までごめんなさい。本当頼りっぱなしで全然返していけてないのにこんなこと言うの……ダメなんだろうけど、よかったらまた力貸してくれる……?」

 

 全然構わない。

 たった一言でいい。一言、助けてと言ってもれればそれだけて充分。

 力は知れている。どこまで力を貸せるかは分からない。

 けれど、男は馬鹿で単純な生き物。女の子がその言葉を言ってくれるだけで、どんな奴も無敵のヒーローのような力を持つことができる。

 いくらでも強くあろうと出来る。少なくても大切な相手の傍に寄り添うことぐらいは。他ならぬ更識さんなら尚更

 

「私なら……ねぇ、どうして。あなたはどうしてそこまで私にしてくれるの?」

 

 ふいに問いかけられた。

 どうして。どうしてか……それはきっと更識さんのことが――。

 

「あ~! もう~っ! 二人してこんなところにいた~!」

 

「っ!?」

 

 心臓が飛び跳ねる。

 突然の新しい声に更識さんと一緒になって驚いた。

 そして反射的に声がした方を向けば。

 

「な、何~二人揃って」

 

 布仏さんがいた。

 海からここまで直行してきたのだろう。

 上着のパーカーを羽織ってはいるが、前が空いていて水着と露出した肌が見えた。

 とっさに目を背けた。

 

「……むっ。……んんっ。本音、どうしてこんなところに……?」

 

「それはこっちの台詞なんだよ~かんちゃん、その内来るって言ったのに中々来ないから心配して部屋見に行ったらいなくて、どうしてこんなところいるの~!」

 

「声大きい。その内って言ったでしょ……まだその時ではない」

 

「屁理屈禁止~!」

 

 何だか布仏さんは凄い立腹のようだ。

 と思ってたら、ビシッと布仏さんに指を指される。

 

「な~に他人事みたいに言ってるの。こんなところでサボっていーけないんだ。おりむーも君が来ないからってご立腹なんだからねー」

 

 知らん。そう言いそうになってしまう。行くなんて言った覚えはない。

 それにまだ外に出て遊べるほど気分よくなってないから、ここで療養中。

 サボってなんかない。

 

「君までかんちゃんみたいなこと言って~まったくも~。人が心配してたらこんな所で二人で密会してるなんてやらしー」

 

「何言ってるの? 大丈夫?」

 

 からかう布仏さんに凄く冷めた目を向ける更識さん。

 仲いいな。

 

「仲良くない。私海なんて行かないから……自由時間ならここで自由に過す権利もある」 

 

「はーい。言い訳はいいですよ、お嬢様。ほら、つべこべ言わず行くの~!」

 

「ちょ、やめ。見てないであなたっ。た、助けて……!」

 

 静かだったのは最早遠い過去のよう。

 一気に騒がしくなってきた。

 更識さんと二人で過す時間はもう終わりみたいだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 気づく更識さんへの想い

 あの後結局、更識さんと共に布仏さんに連行され、海に行った。

 とは言え、顔を出しにいった程度。更識さんも俺も水着には着替えてない。

 案の定、一夏にはどうしてすぐ来なかったんだと愚痴愚痴と言われ、アイツの周りも相変わらずだった。

 流石の一夏でも水着の女子が周りにいて照れている様子だったが、正直普段と変らないのが一夏らしい。

 いや、あまりに一夏らしすぎて、デュノア達がしきりに一夏へアピールしているのにも拘わらず気づいてないその光景はもうどんな言葉で表現したらいいのか分からないほどだった。

 

 そんなこんなが一日。気づけば、時刻は夜七時前。

 これから夕食があるのだが、一旦部屋に戻ってきていた。

 旅館が用意してくれた浴衣を着る為に。何でも食事の時や旅館内ではこの服装が好ましいとのこと。

 着るのは別に旅行みたいで構わないが、浴衣なんて着たことは勿論、自分で着付けの経験もないから、着るのに手間取った。

 

「でも、上手く着れてるぜ」

 

 そう言う一夏も上手く着れている。

 というか一夏は先に着終わり、待ってくれていた。

 本当一夏はこういうの得意と言うか手馴れている。

 

「まあ、昔から胴着とか着てたからよ。モノは違うけどそれと同じ感じですぐ着れた。ってか、着たんだから早く行こうぜ。確か宴会場だったはずだよな?」

 

 そのはずだ。

 夕食は大広間を三つ繋げて作った大宴会場で取るとのこと。

 やはり、夕食もきっと豪華なんだろう。昼は食べれなかったから楽しみだ。

 宴会場へ続く通路を歩いていると同じ様に浴衣を着た女子達が歩いており、こちらに気づく。

 

「おっ~! 織斑君達浴衣着てる」

 

「いいじゃん。織斑君、かっこいい!」

 

「そ、そうか? ありがとな」

 

「そっちも似合ってるじゃん。いい感じだよ。男子二人の浴衣姿とかいいわ」

 

「だよねだよね! テンション上がる!」

 

 褒められているのだろうか、それは。

 まあ、似合ってないと言われるよりかはマシか。

 

「おっ。あれはセシリアじゃん。おーい、セシリアっ!」

 

 一人こちらへと歩くオルコットの姿があった。

 彼女もまた浴衣姿。綺麗に着ている。

 一夏が呼びかけるとすぐさまこちらに気づいた。

 

「あ、ああ。一夏さんこんばんは。浴衣……! 素敵ですわね」

 

「嬉しいよ。そういうセシリアだってよく似合ってる。やっぱ外国の美人には和服が似合うって本当だったんだな」

 

「こ、光栄ですわっ……うふふっ」

 

 照れを我慢するように見栄を張っているオルコットだが、嬉しそうなのがバレバレだ。

 頬がだらしなく緩んでいる。

 いつものだ。周りもまたそんな目で一夏とオルコットを見ていた。

 

「セシリアも宴会場に行くだろ? 一緒に行こうぜ」

 

「えぇ、行きますけど……その前に彼と少し話がありまして」

 

「こいつに話?」

 

 意外と言わんばかりの顔を一夏がしているが同感だ。

 珍しい。オルコットが1対1で話だなんて今までなかった。というよりも、話したことがあると言っても一夏を交えたものでばかり。

 別に構わないがなんだろう。まあ、十中八九一夏絡みだろうことだけは分かる。

 

「ありがとうございます。お夕食前ですしお時間は取らせませんわ」

 

 その言葉を聞いて、一夏には先に行ってもらうようお願いした。

 

「分かった。先に行ってお前の席取っておくから安心してくれ。後、昼間みたいにバックれるなよー!」

 

 大声。しかも、大分根に持ってやがる。

 追っ払うように一夏を送り出す。

 

「話はこちらのほうで……」

 

 通路から外れ、人目つかないところへ連れて行かれる。

 

「話というのはですね……この後のお食事の時、よろしければ席を替わっていただけませんこと?」

 

 席……そういうことか。

 夕食の席は自由席。IS学園は多国籍、他宗教の生徒が多いとあって基本の座敷以外にテーブルがあり、好きなように座れる。

 なので一夏の隣やその周りは取り合いになる。ならば、俺に変わってもらったほうが確実に一夏の隣に座れる。

 事実席を取ってくれるとさっき言っていた。

 狡賢いな。

 

「さ、策士と言って下さい。どうでしょう?」

 

 どうと言われても、それはいいんだろうか。

 いろいろアリそうな気がする。

 騒ぐデュノア達の光景が眼に浮かんで頭痛がする。

 

「お願いしますわ。どうか、この通りっ!」

 

 両手を合わせて頭を下げられる。

 凄い懇願されてしまい困った。

 まあ、そこまで言うなら替わってあげなくも。

 

「本当ですか!? 嬉しいですっ、この恩は忘れませんわ!」

 

 話の途中で遮ってきたあたり、嬉しさですぐ忘れてそうだ。

 席の移動は認められており、先生方がいる中で騒げば叱られるのはあいつらだ。

 なるようになるだろう。後は知らない。

 

「では、忘れないでくださいませ。うふふっ!」

 

 今にもスキップしそうな軽い足取りでオルコットは一人先に宴会場の方へ向かっていた。

 そして、俺は一人残される。

 席替わるのはいいが、代わりの席どうしよう。

 一夏の周りはもう一杯で座れたものではないだろう。見知った子達も一夏の周りに座りたがるだろうし。だからといって、あまりよく知らない女子のところに座るのもこういう場だと中々きついものがある。

 こういう時、男子が二人だけだと辛いものがある。どうしたものか。

 

「あの……」

 

 後ろから声がした。

 突然のことに驚き、ビクっとしながら声を上げてしまった。

 

「ひゃぅっ!? び、びっくりした……」

 

 振り返るとそこには更識さんがいた。

 俺の声に驚いている様子。

 悪いことをした。

 

「う、ううん……こっちこそ急に声、かけてごめんなさい。こんなところにいるからどうしたのかなって気になって……」

 

 だろうな。

 とりあえず宴会場に向かいながら、事の顛末を説明する。

 

「そんなことが……何というかオルコットさん……狡賢いね……あんまりこういう言い方もよくないかもしれないけど」

 

 本人も策士だと言っていたしな。

 

「で、貴方は座る席どうしようかって悩んでいると……」

 

 何だか情けない感じだが頷いて認めるしかない。

 

「じゃあ……よかったら、私の隣来る……?」

 

 ありがたい言葉ではあるが、少し躊躇うものがある。

 自らまたあの噂を煽るようなことをしているのではなかろうか。

 

「気にしたら負け。昼間のことで私達目立ってるし、あの噂も私気にしないって言ったでしょ」

 

 そうは言ってもと思う反面、かと言ってやはりあまりよく知らない女子のところに座るのはきつい。

 こう言っては何だが更識さんが隣なら、一夏が隣よりも遥かにいい。

 更識さんの言葉に甘えさせてもらおう。

 

 宴会場に付くと既に沢山の人達で溢れかえっていた。

 皆各々好きなところに座っている。

 それは一夏達も変らない。

 

「おーい!」

 

 一夏が大きな声で呼んでくる。

 無視もそうだが、黙って移動するのは流石に悪い。

 近くまで行って一夏に更識さんと食べることを伝える。

 

「え~! 何だよ、それ。更識さんも一緒に食べればいいじゃんか」

 

 無理だろ、それは。

 もう既に一夏の周りにはたくさんの女子がいる。

 さも当然のように一夏の隣を陣取っているデュノアは勿論。他の奴らも動く気配はない。

 もう片方空いている一夏の隣はオルコットにでも座らせてやってほしい。

 

「それは構わないけどよ……」

 

「! そういうことでしたらお言葉に甘えさせてもらいますね!」

 

「あー! セシリアずるーい!」

 

「そうだそうだ!」

 

「裏取引したでしょう!」

 

 当然騒がしくなってしまった。

 でもまあ、これなら変に角が立つことはないだろう。

 よくやったと言うオルコットの目配せが飛んできた。

 

 一夏は不服そうだが、ここは一つ納得してほしい。

 また明日にも夕食は勿論、朝食とかあるだろうしその時お願いしたい。

 

「分かった。約束だからな」

 

 ひとまず納得してくれたみたいだ。

 一夏に一言告げると、更識さんの元へと向かう。

 

「こっち」

 

「やっほ~! ばんは~」

 

「こんばんは」

 

「どもー!」

 

 取っておいたくれたらしき更識さんの隣。

 一列の一番端に正座して腰を下ろすと前の席には布仏さんと四十院さんが鷹月さんがいた。

 挨拶を返しながら、夕食を確認する。

 三種の刺身に、小鍋のすき焼き、山菜の和え物と冷奴。赤だしの味噌汁に漬物、白ご飯。

 凄い豪華。しかも、結構な量。これ、女子が食べきるには結構大変そうだ。

 

「食べきれないってことは多分ないと思うけど大変だよね~お昼もお刺身ついた似たようなのだったけど、お腹いっぱいで苦しかったよ」

 

「ねー美味しいからいいんだけどカロリーとか気になっちゃう。まあ、その分昼間は沢山遊んだから大丈夫でしょ」

 

「はい、美味しく頂きましょう。っと、先生がいらっしゃいました」

 

 宴会場の演壇に織斑先生が出てきて、簡単に話をする。

 この後のことや食事中は騒ぎを起こさないようになど。

 話が終ればいよいよ。

 

「いただきます」

 

 更識さん達とそう言い食べ始めた。

 まず最初はメインとも言える刺身から。

 地産地消。この旅館が海の傍にあるというだけあって美味しい。今まで食べたのとは全然違う。しっかりした歯ごたえがあるのに、口の中で蕩けていく。

 今更の上に仕方ないことだが、昼食べれなかったのは本当に勿体ない。

 

「おいしー! やー最高だね」

 

「お昼も美味しかったですけど、夜も中々。はぁ、おいしいです」

 

「IS学園様様だね~」

 

 布仏さん達も満足の様子。

 

「……」

 

 隣に座る更識さんは静かに黙々と食べてはいるが、満足そうだ。

 俺も次々と食べ進めていく。

 この間、更識さんと俺との間にはこれといった会話は少ない。

 あってとしても知れている。

 例えば。

 

「あの……お肉」

 

 そう更識さんは申し訳なさそうに声をかけてくる。

 肉……小鍋のだろう。

 更識さんは肉が嫌いだ。アレルギーとかで食べられないとかとそういうのではなく単純に好みの問題。

 量が量だし、食べきれないから代わりに食べてくれということか。

 

「うん……食べられる分は食べたから……よかったら、変りに残り食べてくれると嬉しい。残すの旅館の方に悪いし」

 

 そうだな。

 ここは食べれる奴が食べるべきだろう。

 代りに食べるのは何も初めてのことではないし、量は増えるが最後に食べたのが昼のお粥。腹は空いているし、余裕で食べれる。 

 

「ありがとう」

 

 とだけ言うと更識さんは食事に戻った。

 話はそれで終わり。

 いつもと変らないと言えばいつもと変らないが、周りは話に花を咲かせながら食べているからかただ今日は一際目立つようで。

 

「えっと……何かあった?」

 

 心配した様子で鷹月さんが聞いてくる。

 何かって何だ。

 

「いや、その……ねぇ」

 

「え、えぇ……お二人あまりお話ならさないので、何かあったのではないかと」

 

「そう……? いつもこんな感じだけど……」

 

 更識さんの言葉に頷くしかない。

 何かあるように見えるんだろうが、特に何ない。

 

「そ、そっか。何かごめんね」

 

 鷹月さんには謝られてしまったが、こちらとしても申し訳ない。

 変な心配をかけてしまった。

 盛り上がっている中でこうも静かならそうなるか。

 

 しかし、特に何もないのは事実だ。

 していて言うなら、談話室でのこと。

 更識さんのことをまた一つ知ることはできた。

 けれど更識さんの問いに俺は何かを答えかけた。

 

 肝心のその何かは自分でも分からない。

 気持ちとしてははっきりしている感覚はあるものの、言葉にしようとすると上手く表せない。

 思い出したらもどかしくなった。

 それもあって、鷹月さん達には何かあったように見えてしまったんだろうか。

 でも、それは一々人に言うようなことでもない。

 結局、臨海学校だからと言って特に盛り上がるわけでもなく普段と変らないまま夕食は終った。

 

 

 

 

 湯船に浸かり、腰を落ち着けると風呂の湯が体に染みるように気持ちいい。

 ここの風呂は少々熱めだがこれはこれでアリだ。

 おまけに旅館の露天風呂は景色がいい。夜の海を一望しながらゆっくり出来るのは中々乙なもの。

 

「だなー。でも、これだけいいと朝風呂入れないの残念だなぁ」

 

 と隣で同じ様に浸かる一夏がそう愚痴る。

 気持ちはよく分かる。これで朝入れたのなら、どれだけ気持ちいいことか。

 けれど、俺達が入れるのは食後のこの時間帯のみ。

 この時間以外にははいれないのは残念だと思う反面、この時間だけは隣も含めて俺たち男子二人だけの貸切り状態。

 なので女子を気にすることなくゆっくり出来ているのだから、短い時間でも入れるのはありがたい。

 

「そりゃそうだ。ってか、こうやってお前と一緒に入るの久しぶりじゃないか?」

 

 そう言われれば。

 デュノアが男子として転校してくる前。まだ一夏と同じ部屋だった頃は寮の大浴場を今みたいに少しの間男子だけ使える時間があり、一緒に入ってた。

 デュノアが転校してきてからは、新しい部屋をもらえて部屋についている風呂が結構よくてデュノアが女子として転校し直した後も大浴場には入らなくなった。

 

「な。誘っても寮の大浴場は入りたがらないし」

 

 何というか寮の大浴場はもう女子専用ってイメージが強く使うのは気が引ける。

 部屋の風呂だと勝手が効くし、どうしても入ろうって気にならない。

 まあ、それだと一夏は不満な様子なのだが。

 

「本当最近つれないよな、お前。さっきも勝手に更識さんのところ行くし、昼間は昼間でバックれるしよ」

 

 どれだけ根に持ってるんだ。

 いや、あの女子の大群の中にいたから流石の一夏でも実のところ結構気がめいっているのか。

 それならそれで悪いことしたなと思わなくはないけども。

 

「この間は否定してたけど、あの噂は実際のところ事実なんだろう?」

 

 とニヤニヤとした一夏の顔が隣にはあった。

 結局はそこにいきつくのか。気にして損した。

 更識さんと俺が付き合ってるというその噂本当に好きだな。否定したのによく飽きない。

 そんな訳ないだろ。

 

「またまた~更識さんとあんなベッタリしてたら説得力ないって」

 

 ベッタリなんてしてない。

 だが、説得力がないというところまでは否定しきれない。

 海に行かず談話室で話してたりしてたら、こんなこと言われても仕方ないのかもしれない。

 

「そうじゃなくても……」

 

 また一夏がニヤニヤとしてくる。

 後、近寄ってくるな。近い。

 何なんだ一体。

 

「お前、更識さんのこと好きだろ?」

 

 間違いなく一夏は俺の驚く姿でも期待したのだろう。

 だが、当たり前の如く肯定するように頷いた。頷けてしまった。

 

「えっ!? そんな反応!?」

 

 逆に一夏が驚く始末。

 驚いてない俺が言うの変だが逆だろ、そこは。

 

「言った意味分かってるん……だよな?」

 

 それはもちろん。

 そうだ。同級生。もしてや友達としてでなく。一人の人間、女の子として俺は更識さんが好きなんだ。

 不思議なくらいモヤモヤとしていた気持ちを包み込んで胸に収まる。

 好きという言葉が分かれば、想いは更に自覚していく。

 ああ……そうだったのか。更識さんのあの問いに対する答えが今ならはっきりと言葉に出来る。

 

『あなたはどうしてそこまで私にしてくれるの?』

 

 どうしても何もない。

 更識さんのことが好きだから力になりたい。何かしてあげたい。

 そう思うからしているだけのこと。

 

 まさかそれを一夏に気づかされるなんて。思ってもみなかった。

 好きなのかと聞かれるよりも、そっちの方が驚きだ。

 噂のことも多少関係あるだろうが、よく気づいたな。

 

「分かるだろ、見てたら。そりゃ知り合ってまだ数ヶ月だけどさ、お前の雰囲気本当に柔らかくなったよ。更識さんといる時のお前、凄い本当に嬉しそうだしさ」

 

 そうだったのか。全然自覚がない。

 一夏が気づいたということは他の人も……いや、そうだったらもっとからかわれているか。

 変なところ一夏は他人に対して鋭すぎるぐらい鋭い。

 そもそもこいつこういう恋愛ごと知っていたのか。

 

「酷ぇ。なんだよ、それ。知ってるっての」

 

 ならそういうのをもっと自分、別の方向にも向けられたら、あいつらも少しは報われるだろうに。

 

「えっ? 何のことだ?」

 

 これは本当に分かってない顔だ。言葉や意味は知っているが、理解はしてないといったところ。

 こういうところは相変わらずだな、まったく。

 そういうことはまだこいつには早いようだが、きっといつかは気づくんだろう。

 俺が更識さんへの想いに気づけたように。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話―幕間―私の想い、彼への想い

 タブレット片手に私は一人誰もいない部屋の片隅。自分用に敷いた布団に寝転びながら明日ある実技の確認真っ最中。

 言うまでもないけど、宿泊する旅館の部屋は相部屋。他の人達は時間まで他の部屋の子達のところへ遊びに行っている。

 私はそんな相手いないから、こうして一人作業中。臨海学校だというのに我ながら味気なく寂しい。これじゃあいつもと変らないけど、何かしてないと別のことを考えてしまう。

 例えば。

 

「昼間、楽しかったな」

 

 こんなことを。

 昼間、談話室で彼と話しながら過せたの凄く楽しかった。

 始めは正直、臨海学校嫌で仕方なかった。夏は暑くて嫌い。ましてや、夏の海で水着着て遊ぶなんて考えられない。

 そもそもそんな相手私にはいない。しいていえば、本音と彼の二人ぐらいだけど二人は海行くだろうから、一人ぼっちは覚悟してた。

 だから、外の景色でも見て気を紛らわそうと談話室に行ったのに彼も来た時は少しビックリしちゃった。

 おかげで楽しい時間を過せて、悩み事も一気に解決できた。

 

「本当、はっきり言われてしまったな……」

 

 しぶる彼に無理を言ってはっきり言ってくれるよう頼んだのは私。彼ならはっきり言ってくれると踏んだのも私。

 彼と出会いただひたすら弐式の完成を成し遂げようとしていた以前とは打って変わって今まで見てこうよとしてこなかったもの達、周りにも目をやるようになっていろいろなことに気づけた。

 と同時にこのままま弐式を完成させたところで本当に姉……お姉ちゃんの背中に追いつけるのだろうか。越えることが出来るのだろうかと漠然とした不安を覚え始めた。

 何一つ満足に出来ない私がたった一つ、弐式を完成させてもそれは無理かもしれないと思え始めてしまったから。

 

 実際、彼にも無理だとはっきり言われてしまった。

 それは私にとって無理じゃないと言われるよりも遥かに満足いく答え。

 きっと私は誰かに無理だと言われたかった。人生かけてと言えば大げさだけど、それほどの思いで取り組んでいたから自分ではとてもじゃないけど無理だと断じるなんてことはとても出来ない。

 

「凄い人はただ一つすごい事をしているわけじゃない……」

 

 とっても当たり前なことで、見落としがちなこと。

 その通りだ。お姉ちゃんはただ一人でISを完成させたから凄いわけじゃない。

 二年生のうちから生徒会長になっていることもそう。早いうちから国家代表になったのもそう。そして、更識家当主になったのもそう。

 そのどれもこれもがあるからこそ、今のお姉ちゃんはあんなにも凄くて眩しい人。

 

 そんなに人に対して、ただ一つすごい事を成し遂げてもとてもじゃないけど追いつけない。越したりなんかできない。

 そもそも専用機の開発はお姉ちゃんもやっていたこと。最低限それすら出来ないと、影すら踏めないと思い込んでいたけど、踏んだら踏んだでそのまま影の中へと落ちていく。

 それほどまでにやっぱり、お姉ちゃんの背中は高くて大きい。

 いつまでも同じことをやっていてはダメ。

 

「方法は一つじゃない」

 

 いつも胸にあるこの言葉。

 弐式の完成は今更やめたりはない。これは絶対に成し遂げる絶対事項。

 中途半端に投げだしては追いつく、越える以前に人としてダメ。最後まできちんとやらない。

 でも、弐式の完成はゴール地点じゃなく準備の一つ。別の方法でお姉ちゃんを越えてみせよう。

 

 国家代表……モンドグロッソ……。

 こんなこと今まで考えたことなんてなかった。

 こういったら他の人には悪いけど、このまま自然と代表候補から国家代表になるものだと……そもそも、なれないなんて疑いすらしていなかった。

 でも、それって凄い驕り。あくまでもなれる可能性が候補生の中で一番高いだけで本当になれるかどうかはまだ決まってない。これからの結果次第。私が代表候補生としての出来が悪ければ、代わりの人になるは当たり前のことだ。

 それに国家代表になったところで私に目標なんてない。私にとって目標はお姉ちゃんの背中に追いつくこと。越すこと。今まではただそれだけ。

 彼にも言われたけど、お姉ちゃんの背中に追いついたら。越すことが出来たら私はそこで満足して燃え尽きてしまう。自分でもそう思う。

 

 だったら、正式に国家代表になって、モンドグロッソへの出場……そして、優勝。

 それらをお姉ちゃんの背中に追いつく為の。越える為の準備にする。

 もしくはお姉ちゃんに追いつくとか、越えるとかそういうのじゃなく、まったく別の目標にするのもアリだと今なら思える。

 目標は別に他にもあってもいい……そうだ、今の目標を達成できたとしても私はそこで終るわけじゃない。その後も続いていく。

 だったら、別の目標があったほうがないよりかはずっと気が楽なはず。何処に行けばいいのか分からない怖さは私が一番よく知っているから。

 

 正直なところ、お姉ちゃんと試合するなんて怖い。できることなら、ずっと避けていたい。

 でも、お姉ちゃんに追いつく。越すのなら、いつかはそうなるのかもしれない。だったら、準備はしておかいなと。心はもちろん、身体でも技術でも。

 私は甘えている。他人に対して能動的……助けられたり、教わったりするのは私にとって甘え。結局、一人では何も出来ない。

 けど、甘えでも何でもいいからまずは行動しないと。動かないと何も始まらない。それを私は、彼と過して学んだ。

 悲しんで絶望していて立ち止まっていても何かがずっと寄り添って慰めてくれるくことはない。置いてかける。それは嫌。

 

「よしっ……!」

 

 私は小さく意気込む。

 頑張ってみよう。彼みたいに歩みが遅くても迷いながらでも確実に前へと進んでいきたい。

 足掻いて足掻ききってみる。まずは第一目標を達成。そして、私の思い描く強くてやさしいヒーローに私自身がなれるように。

 

「不思議……」

 

 本当に不思議。

 言葉にするととても簡単なことで。これはあくまでもまだ気持ちを改めたにしかすぎない。

 でも、不思議と前よりかは進んでいけそうな気がする。勇気みたいなのが湧いてくる。

 そう思わせてくれたのは彼。

 どうして彼はここまで私にしてくれるのだろう? 自分でも意識しないうちに彼へ問いかけ、その答えは聞けてないまま。

 何か言いかけていたけど、彼はなんて言おうとしていたのだろう?

 気になる。こう何となく分かるような感じはするのに、それのいざ明確な言葉には出来ないから余計。

 というより、彼は私のことどう思っているんだろう? 分からない。友達として仲良くしてくれているし、悪くは思ってないはず。だと思いたい。

 水着姿も見たいって言ってくれた。しかも、即答。あの時は驚いたけど正直、凄く嬉しい。だってそれって私を女子として興味あるってことだよね……と言うことはそういうことだよね。

 

「……? あれ? そういうことってどういうことなんだろう……?」

 

 納得していたけど、考えてみればよく分からないまま。

 むしろ、考えていたらますます訳なくなってきた。頭の中、グチャグチャ。

 私は一体何を考え……期待して……。

 

「わ、忘れよう……! うん……!」

 

 これ以上考えるのはよくない気がする。

 一旦落ち着いて頭冷やさなきゃ。

 もうそろそろ出かけた子達が帰ってくる時間。タブレットにはそれを感じさせる時刻が表示されていた。

 

「あっ……」

 

 そろそろと言えば、彼からのメッセージ返ってきてるかな。スマホを手に取り見る。

 タブレットで予定を確認する前、特に用はないけど彼にメッセージ送ってみた。

 実の本当は彼が泊まる部屋に遊びに行く。他の子もしてるだろうよくあるイベントをやってみたい気持ちはないわけじゃないけど、彼が泊まる部屋は織斑と織斑先生と同室だと聞いた。

 そんなところに流石に遊びに行くような勇気は私にはない。

 だから、せめてものとメッセージを送った。

 

「……返事ない……」

 

 どころか既読すらついてない。

 彼からの返事が楽しみだったから、少し寂しい。

 既読すらつかないってことは忙しかったり、携帯見れないほどの忙しい状況だったりするのかな。

 逆に他の女子の部屋……デュノアさん辺りの部屋にでも行って……。

 それだったら仕方ない。仕方ないのだけど……。

 

「嫌……」

 

 今更自分だけが一人でいることに寂しさを感じるような達でもないのに寂しいどころか、嫌だと思ってしまう。胸がズキンと痛む。

 今日の私おかしい。さっきみたい余計なこと考えちゃうし、こんな風に思ってしまう。

 頭切り替えないと……でも……。

 

「かんちゃ~ん! たっだいま~!」

 

「っ!? ふぎゃっ……!」

 

 突然した他人の声に驚いて、スマホを落とす。

 寝転びながら見ていたせいか顔に直撃。

 眼鏡のおかげで目は守られたけど、鼻とか口とかにぶつかったところが痛い。涙出た。

 

「ご、ごめんね~かんちゃん。驚かせた~?」

 

「更識さん、大丈夫?」

 

「き、気にしないで。……大丈夫」

 

 身体を起こしながら、一旦眼鏡を外して涙を拭う。

 無事だったスマホで確認するとそろそろ就寝予定時間。相部屋の子達が帰ってきた。

 ちなみに相部屋する人達は本音と一組の相川さんと四十院さん、谷本さんの五人部屋。

 しおりを見る限り、本来なら自分のクラスの誰かと相部屋になるっぽいけどこの部屋割りは多分、学校側が配慮してくれたんだろう。

 情けない話、クラスの人達とは親しくもないから見知った本音が一緒の相部屋なのはありがたいと言えば、ありがたい。

 でも、本音の仲良しさんもいるし、本音自体騒がしいからこれから賑やかになっていくんだろうな。

 明日は一日実技。寝にくいだろうけど、さっさと寝てしまおう。布団被って目を閉じてればすぐ寝られるはず。

 私はスマホとタブレットを鞄にしまうと明日の着替えとかの確認をする。大丈夫……準備はバッチリ。歯磨きは済ませてあるから、後は本当に寝るだけ。

 

「かんちゃん、な~に一人いそいそ寝ようとしてるのかな~?」

 

「そうだよ。聞きたいこといっぱいあるんだから!」

 

「きゃあっっ!?」

 

 いきなり後ろから胸を触られ、私は声を上げながら部屋の隅へと反射的に逃げる。

 犯人が誰なのかは何となく分かるけど、一応確認する。本音と相川さんの二人。

 手をわきわきとさせながら、楽しそうな顔してる。

 

「な、なんてことするの……!」

 

「かんちゃんが一人勝手に寝ようとするからだよ~夜はこれからなのに」

 

「あのこと聞かないと今夜はとてもじゃないけど寝るに寝られないよ」

 

「ねー!」

 

「何を言って……」

 

 谷本さんまで加わってきて私は更に追い詰められる。

 あのことってなんだろう……まあどうせ、ろくでもないことに違いない。

 おそらく、遊びに行った部屋で変に話が盛り上がったのをまだ引きずっている。

 

「み、皆さん。落ち着いて……流石に更識さんが困ってますよ」

 

一人だけ加わってない四十院さんだけは他の人を宥めようとしてくれている。

 よかった、四十院さんがいてくれて。これで助かった。そう思ったのだけど。

 

「でも、神楽も気になるでしょ?」

 

「それはまあ……ええっと……はい」

 

 遠慮気味に頷く四十院さん。

 そして、申し訳なさそうな視線を送られてしまう。

 そんな風に見られても困る。

 というより、四十院さんですら気になることって一体どんな……。

 

「ふ、ふ、ふっ。かんちゃん覚悟はいいかな~?」

 

「覚悟ー!」

 

「覚悟ー!」

 

 余計なこと考えている場合じゃない。

 三人は手をワキワキとさせながらにじり寄ってくる。

 

「わ、分かった! 分かったから! 話すからそれやめて」

 

 またセクハラされたら堪ったものじゃないから、背に腹は変えられない。

 

「でも、その前に……ここで話したことは他の人には絶対他言無用」

 

「うんうん! いいよいいよ!」

 

「もっちろん!」

 

 皆の期待する顔を見ていると不安は拭えないけど。

 一応予防線は張ったし、ここは信じるしかない。

 

「で……話ってのは何……?」

 

「いやね。更識さんって彼と仲いいでしょ? 今日昼間ずっと一緒にいたみたいだし」

 

「う、うん……仲はいいと思うけど、それが……?」

 

「更識さんも流石に知っていると思うけど、あの噂本当なのかな~って」

 

「え、その噂……?」

 

「う、うんっ。ほら、だって男子って二人しかいない訳じゃん? 織斑君はそういうの疎そうだけど、彼はそうじゃないっぽいし。二人最近、すっごく仲いいからもしかして本当は付き合ってるんじゃないかなっと」

 

「……」

 

 絶句。というほどじゃないけど、返答の言葉を失った。

 またその噂。出始めたのが随分昔のように記憶してるけど中々絶えない。

 本音は分かってて答え楽しみにしているっぽいのがまた。

 これよく聞かれて、否定しているはずなんだけど。

 まあ、相川さん達には直接否定したわけじゃないから仕方ないと言えば仕方ない気もするような……。

 

「そこのところど、どうなんですか?」

 

 四十院さんまでこの食いつき。

 あっ、そっか……彼が気にしていたことはこういうことだったんだ。

 否定しても昼間みたいに二人っきりでいたら噂を返って自分達で煽っていることにもなる。

 こうなってある意味当然。彼にまた迷惑かけちゃってるし、これはこれは確かにしんどい。

 まあ、女子と男子が一緒にいれば疑いたくもなる、よね……?

 

 だとしても、私と彼は友達。

 これはある種の自業自得なのは分かっているけど、友達なのにこういう言われ方何か嫌……。

 

「付き合ってない」

 

「またまた~」

 

「隠さなくていいのに」

 

「いや、本当に付き合ってない」

 

 こう言っても皆は納得していない様子だけど、これ以外言いようがない。

 ただ一緒にいるってだけでそこまで気になるもの……そこまでそんな風に思えるものなの?

 

 いや……でも、そう例えば。彼が本音とほぼ毎日一緒にいて、今日の私達みたいに昼間二人っきりだったら、それはそれで気になるかも。

 というか、凄く嫌。

 

「ふふんっ、ダメだよ皆。もっとハッキリ聞かないと」

 

「と言いますと本音さんか何かいい案でも?」

 

「もちろんだよ~! あのねあのね~」

 

 私以外の三人に本音は何やらひそひそ耳打ちする。

 当然聞こえないけど、何だろう。悪い予感しかしない。

 どうせまた、変なこと聞いてくるに違いない。

 

「それまた何ともハッキリですね」

 

「でしょでしょ~かんちゃんにはこのぐらいハッキリ聞いたほうが言いって」

 

「でも、誰が聞くの?」

 

「それは……」

 

「じゃ、じゃあ! 私が聞くよ!」

 

「おお~!」

 

 相川さんに拍手が送られる。

 何か決まってみたい。

 

「こほん、更識さんっ」

 

「あっ、うん」

 

 わざとらしい咳払いをして相川さんは真面目な様子で問いかけてくるものだから、釣られて私も姿勢を正す。

 

「ハッキリ聞くけど……更識さんは彼のこと好きだよね」

 

「? ……うん、好きだけど……」

 

 聞かれたから私は普通に答えた。

 すると。

 

「きゃっ~!」

 

 何故か大盛り上がりする相川さん達三人。

 まったく意味分からないんだけど……何処にそんな盛り上がる要素が?

 好きじゃない人となんて私が一緒にいるわけない。そもそも私と彼は女子と男子なんだから余計にそう。

 こんなこと聞きたかったんだ。変なの。 

 皆の反応についていけず私は一人呆然するばかり。

 

「はぁ~……かんちゃん……」

 

 ただ本音だけは深い溜息をついて呆れ顔をしている。

 しかも、哀れむような目を向けてくる。

 何なのそれ。腹立つ。

 

「皆まだ喜ぶのは早い。かんちゃん、意味ぜ~んぜん通じてない」

 

「えっ? もしかすると好きの意味が通じてない?」

 

「そのもしかしてだよ~かんちゃん、その好きってのはかんちゃんが思うような友達としてじゃないんだよ」

 

「どういう意味……?」

 

「かんちゃんは異性として男の子として彼のこと好きなんじゃないかって聞きたかったんだよー」

 

「私が異性……男の子として彼のことを……?」

 

 いきなり言われても実感沸かないけど、流石にそれがどういうことにのかは分かる。

 つまりは篠ノ之さん達みたい感じってことなんだよね。

 私が彼を……。

 実感沸かないはずなのに、変なことをいうものだから胸がざわつく。

 

「まだ実感ないか~……そうだ! 更識さん、例えば彼と大勢の時に会うのと二人っきりでどっちがいい?」

 

「えっ……それは……二人っきりのほうがいい」

 

 谷本さんからの質問に私は戸惑いながらも答える。

 そりゃ二人っきりになれるのなら、二人っきりのほうがいい。大勢だと落ち着かないけど、彼と二人っきりなら凄く安心できるし楽しい。

 

「じゃあじゃあ次~かんちゃんは彼が他の女の子といるの見たらどう? 具体的に言うと~自分と話してるときよりも楽しそうにして仲良さそうだったりしたら~」

 

 本音は私がどう答えるのか分かって聞いてきてる感じがまた腹立つ。

 でも、答えないわけにもいかなさそう。答えを楽しみにする皆の視線が私に突き刺さりまくってる。

 

「……気にはなる……あんまりいい気分じゃない、かも……」

 

「むしろ、嫌だよね、かんちゃんは。最近、私と彼とがお話してるとかんちゃんの視線が痛くて痛くて」

 

「まぁっ」

 

「へぇー」

 

「そうなんだ!」

 

「……」

 

 ニヤニヤする相川さん達から視線をそらしこれ以上は何も答えない。

 これはこれでかえって肯定しているようなものだってことは分かってる。

 でも、これ以上は何も言いたくない。

 

 というか、私そんな感じだった。気づいてなかった。

 確かに二人が話していて、私と話す時より盛り上がってたらモヤモヤしてたけど。

 それが顔に出てたなんて……穴があったら入りたい。

 

「今度は私いいですか?」

 

「……うん」

 

 四十院さんは苦笑いしてくれたけど、私は疲れ気味に頷く。

 

「ありがとうございます。そうですね……正直なところ更識さんは彼といてドキドキしたり、ニヤけてしまいそうなぐらい嬉しくなったり、胸の奥があったかくなったりはすることはありますか?」

 

「うん……沢山ある」

 

 覚えがあるから私は素直に答える。

 

 彼といると変な風に緊張してドキドキしたり。

 何気ない言葉のはずなのに言葉一つ一つが嬉しくてニヤけてしまいそうになったり。

 彼のこと、彼の言葉を思い出すだけで胸が温かくなる。

 それが何度も何度もあって、何度感じても新鮮。

 

「そうか……こういう事なんだ」

 

 モヤモヤがスッと晴れていく。

 

「おっ! 更識さんようやく分かったみたいだね」

 

「うん」

 

 自分の中でさっきまでなかった実感が確かなものになっていくのが分かる。

 

「私は彼が好き」

 

 異性、男の子として彼のことが好きなんだ私。

 

「――っ!」

 

 自覚できたのはいいことのはずなんだろうけど、どうしよう。

 高鳴った胸がドキドキとうるさいぐらい。

 オマケに無償に恥ずかしくなってきた。私、皆の前で彼のこと好きだって自分からバラしてしまった。

 

「ど、どうしよう皆。今の更識さんめっちゃ可愛いんですけど」

 

「うんっ! かんちゃんお顔真っ赤で可愛いよ~!」

 

「やぁっ! み、見ないで……!」

 

「そんな隠されると余計にたまらないものがあるよ」

 

「はいっ、何だか私までドキドキしてしてきました」

 

「うぅっ~……!」

 

 眼鏡に指紋がつくのなんておかまいなしに私は両手で顔を隠すけど、余計墓穴掘った。

 悔しくて何か唸ることしかできない。

 背に腹は変えられないからって、いくらなんでも素直に言い過ぎた。

 ハッ――。

 

「そ、そうだっ。もう一度言うけど、このこと他の人には絶対他言無用だからね」

 

 忘れられないうちにもう一度念を押さないと。

 こんな恥ずかしいこと言いふらされ嫌だ。

 彼にも今以上に迷惑かけてしまう。

 

「はい、お約束します。言いません」

 

「そうだよ。心配しないで大丈夫だって」

 

「本当の本当にだからね。後、からかったり余計なお世話もやめて」

 

「もう信用ないな~」

 

 信用できるわけないでしょ。

 四十院さんまでニヤニヤしたと楽しそうな顔してたら余計に。

 

「あっ、かんちゃん。ちなみに~もしやったらどうなるの~?」

 

「えっ……えっと、それは……お、怒る。それはもう凄くっ」

 

 とっさに思いつかず凄い間抜けなこと言ってしまった気がする。

 

「あ~もうっ! 更識さん、可愛いな!」

 

「うんっ。更識さんってこんなに表情ころころ変るんだね」

 

「何だかのほほんさんがお世話焼きたくなる気持ちがよく分かりますね」

 

「分かる~? だよね~」

 

 これはダメそう。

 言いふらされなくてもからかわれるんだろうな。嫌だな……。

 というか。

 

「いいのかな……?」

 

「何が?」

 

「彼のことは好きだけど……友達なのにこんな風に想うなんて」

 

 友達として好きなのとはまた別に異性として好きになるなんて絶対重い。

 彼に負担をかけてしまう。ただでさえ迷惑かけっぱなしなのに、また迷惑をかけてしまいそう。

 やだそんなの。

 

 自分の想いに気づくことが出来たことはいいことのはずだと分かるけど、これからどうしたらいいのか。

 絶対ぎくしゃくして、彼を不安がらせる。

 そもそも私なんかが好きになっても……。

 

「いいじゃない? 別に」

 

「え……?」

 

「友達でも好きになるって全然いいことじゃん」

 

「そうそう。むしろ、ロマンティックだよ。友達から始まる恋ってさ」

 

「そういうものなの……?」

 

 自覚したのは今ようやくのことで、知っていてもそういうことには疎くて今一納得はできないけど。

 そういう考え方もあるってこと……なんだよね。

 

「性分だろうから難しいとは思うけど~かんちゃんは難しく考えすぎなんだよ~こんな話始めて何だけどかんちゃんの恋は始まったばかりなんだからかんちゃんのペースでね」

 

「私のペース……」

 

「夏休みもあることだね~」

 

「夏休みで深まる二人の愛……甘いひと夏の恋……あぁ青春だね」

 

「そ、そういうのやめてっ」

 

 そんな仰々しく言われると余計変な意識しちゃう。

 恋だなんて……そんな恥ずかしい。

 

「ふふっ、からかわないでと言っていましたが何かあればお話聞かせてもらったり、相談とか乗らせて下さい。微力ではありますがお力になりたいです」

 

「あっ、神楽抜け駆けずるい。私も力になるからね、更識さん!」

 

「私もなるよっ」

 

「もちろん私もなるからね、かんちゃん」

 

「ありがとう……皆」

 

 お世辞かもしれないけど、それでも心強くて嬉しい。

 私にもこんなこと言ってくれる人が増えた。

 これも彼のおかげなのかもって大げさながらにでも思う。

 

「でさぁ更識さん。どうして彼のこと好きになったの?」

 

「えええっ!? 今それ聞くの!?」

 

「聞くなら今しかないでしょ。で、どうなの?」

 

「気になるー!」

 

「い、嫌よ……そんなの」

 

 するとええ~っというブーイングの嵐。

 そんなこと言われても嫌なものは嫌。

 また恥を晒せというのか。

 

「そんなこと言わずにさ」

 

「一つ! これが最後だから!」

 

「お願いします!」

 

「かんちゃんお願い!」

 

 切実に懇願されても困る。

 ……仕方ない。言っておしまいにしよう。

 言って減るものじゃない。恥ずかしいけど、これが最後なら我慢してしまおう。

 

「うっ……それは……その、辛い時苦しんでる時落ち込んでる時上から手を差し伸べるんじゃなくて隣に寄り添って一緒になって考えてくれたから……」

 

「おぉ~!」

 

「それでそれで!?」

 

「一つって言ったでしょ。それがきっかけ。はい、おしまい。寝ましょう。明日実技なんだから」

 

 私は隙間を見つけるとそこを抜けて皆の包囲網から出る。

 ぐしゃぐしゃになった布団を直して寝る用意。

 またええ~とは言っているけど、それ以上の追求はないのでとりあえずは納得してくれみたい。

 

 すらすらと言えてしまったけどきっかけなんてそんなもの。

 こんなの誰にでもある。

 

「でも~かんちゃん。それをしてくれたのが別の人。例えばおりむーとかだったら、その人のこと好きになってた……?」

 

 突然の質問に驚く。

 別の人、織斑さんだったらか……あの人相手は何か想像つかない。

 でも、どうなんだろう。

 

「……うーん……好きになったかもしれないし、好きにならないかもしない。……よく分からない」

 

 言えるのはこんな答えにもなってない答え。

 

「でも……今私が好きになったのが彼でよかったと思う」

 

 これが私が言える素直な答え。

 あの時、整備室が一緒になったのが、今日までずっと傍にいていくるのが彼でよかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 更識さん達との期末テストに向けて

 いろいろありすぎた臨海学校から帰ってきて一日。

 三日という短い期間だったが中々濃かった。中でも特に初日は濃すぎるほど濃い。

 あの日の出来事は今でも鮮明に思い出せる。

 更識さんのことをまた一つ知ることが出来た。更識さんは新しい考えや目標を持つことができた。そして、俺は更識さんへの想いに気づくことが出来た。

 

 俺は、更識さんのことが好きだ。

 友達としては勿論。それ以上に一人の異性、女の子として好きだ。

 一夏のおかげで自覚はできたものの我ながらアレなことに、意識すると無性に恥ずかしくなってくる。気をつけてはいるが自分で思っている以上に顔に出てたら嫌だな。

 

 けれど、更識さんのことを考えて感じる胸の高鳴りは苦しい時もあるが心地よかったりもする。不思議だ。

これが恋をするということなんだろか……と思うのは少々アレだな。

 

 しかし、想いに気づけたのはいいことなんだろうがこれからどうしたいいのかは決まってない。

 いや、どうしたらいいのか分からない。

 更識さんのことは好きだ。それははっきり胸を張って言いきれる。

 だったら想いを更識さんに伝えるべきか。所謂、告白だ。

 でも、告白されても更識さんを困らせてしまうのではないだろうか。

 好きでもない奴に告白されても困ると聞いたことあるから、あれこれ悪い方向に考えてしまう。

 嫌われてはないはずだ。よく思われていると思う。友達としてだろうけど。

 というより、告白したことで気まずくなって友達ですらいれなくなったらそれはそれで嫌だ。

 変にお互いを意識してしまうわけだし、今のような友達関係には戻りにくい。

 そう思うと余計悶々としてくる。

 

 大体俺は更識さんとどうなりたいんだろう?

 ただ想いを伝えたいだけなのか。それともいっそ恋人関係にでもなりたいのか。

 そこがはっきりとしない。

 恋人関係になりたいとしても、なってどうしたいだ俺は。

 そもそもこんな身の上でそういうことは許されるんだろうか。更識さんの迷惑になるんじゃないか。

 考えは止まらない。

 

 何より最近俺は更識さんに――。

 

 コンコン、と部屋の扉がノックされた。

 誰か来た。更識さん……ではないだろう。

 今は夜の八時過ぎ。こんな時間に部屋に来るなんてことはない。

 来るなら来るで一言連絡くれるはずだ。

 となると消去法で思いつく相手はほぼ一人。気は乗らないが無視するわけにもいかず、扉を開けた。

 

「よっ!」

 

 扉を開けた向こう側には案の定一夏がいた。

 夜用のラフな格好をして一人みたいだが一体何のようだ。

 

「いや、来週期末テストだろ。一週間前だから皆で一緒に勉強しよって言っていたの忘れたか?」

 

 確かそんなことを言っていたような。

 来週は入学初めてのテスト。中間テストがないIS学園では期末テストの結果がとても重要になってくる。

 一年生は臨海学校直後から来週の月曜日までがテスト一週間までの期間で日数にしたら一週間もないが、テスト範囲などは七月の始めから説明されて皆その頃からテスト勉強を始めているらしい。俺もその一人。

 皆でしたら教えあえるとかそういうところは分かるけども、一夏の言う皆というのはあの五人……篠ノ之達のことだろ。行く気がしない。

 

「何でだよ」

 

 一夏とあの五人の輪に入ったら、一夏がアイツらの相手に手一杯でアイツらも一夏に相手してほしくて離さない。そうなると俺は一人ポツンと残されることがある。実際何度も経験済み。

 だったら、一人で勉強しているほうがいい。

 

「あーそれはそうだな。すまん。でも、心配無用だぜ。勉強会はロビーの広間でやろうっことになってて箒達以外にものほほんさんとか相川さん達がいるからよ」

 

 そういう問題ではないということは一夏に伝わらないようだ。

 

「兎も角、ほら行くぞ。なっ!」

 

 抵抗してみたもののあえなく連行されかける。

 仕方ない。行くか。一夏は一度言い出すと中々聞かないからな。

 使いそうな勉強道具一式を持って一夏についていく。

 

「そうだ。多分まだまだ人増えるだろうし、お前も呼びたい人いたら呼んでいいからな。例えば更識さんとか」

 

 向かう道中一夏がそんなことをニヤ付き顔で言ってくる。

 想いに気づけたのはよかったが、気づかせてくれた相手が悪い。

 前以上に一夏は何かにつけて余計な世話を焼いてくることが多くなってきた。

 更識さんと俺をわざとらしく一緒、しかも隣同士の席にしたりとかいろいろしてくる。

 自分に向けられている色恋沙汰には本当疎いのにどうしてこうなのか。そんなんでよく俺が更識さんのこと好きだと気づけたな。

 

「前も言っただろ。見てたら分かるってアレは。お前と更識さん仲いいし、何よりお前の更識さんを見る目と雰囲気が明らか優しいからな。真面目な話、本当冗談抜きで呼んでもいいぞ」

 

 言葉は嬉しいが躊躇い曖昧な返事をするに止めた。

 更識さんがいれば、それはそれでよかったんだろう。以前なら。

 ただ想いに気づいてからはそういうわけにもいかない。更識さんのことを変に意識してしまって、そのことが更識さんにも伝わってしまったらしい。

 臨海学校二日目から更識さんと俺との間には妙な距離感が出来ていた。

 別に避けたり、避けられたりはない。ただ隣にいても遠くに感じるというか、何とも気まずい状態。早くも今までのようにはいかなくなってきつつある。

 だから、そう気軽には呼べない。第一俺が呼んだところで来てくれるか。

 

「馬鹿一夏遅いっ!!」

 

「馬鹿はないだろ。鈴」

 

「だとしても鈴の言う通りだ。さっさと連れてきたらいいものを」

 

「まったくですわ」

 

「なってないな」

 

 ロビーに着くなり、一夏は凰や篠ノ之、オルコット、ボーデヴィッヒに責められている。

 見慣れた光景だ。ただ臨海学校から彼女達の一夏のアピールは更に激化。

 余計な騒ぎにならないといいが。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。さっ、勉強始めよっか」

 

「おうっ」

 

「よいしよっと」

 

「なっ!? 嫁の隣は私のものだぞ」

 

「私の席ですわっ」

 

 デュノアの言ってくれたことはなんだったのか。

 早速デュノア含めて一夏の強奪戦争になった。

 そして一人ポツンと一人残れる。だから、これが嫌なんだ。

 

「こっちこっちっ」

 

 誰かに呼ばれた。

 

「こっちおいでよっ」

 

 声のほうを向けば、それはクラスメイトの相川さんや谷本さん達だった。

 知らない仲ではないし、俺が座れる様に一人分のペースを空けてくれている。

 言葉に甘えて座らせてもらった。

 

「いや~来てくれてよかったよ。君が来ないと織斑君勉強会したがらなかったからさ」

 

「勉強会でもないと期末テストでも中々勉強する気になれなくて」

 

 ああ、なるほどそういうこと。

 勉強会なんて一夏が言い出すから変だとは思っていたが納得だ。

 というか。

 

「テストのほうはどうです? 自信のほどは」

 

 既に始めている周りの人達と同じ様に勉強を始めようとしていると四十院さんがそんなことを聞いてきた。

自信は正直あんまりない。最近はもう授業にしっかりとついていけているが、それでも期末テストとなれば難しさは一際だろう。

 油断してたら赤点取りかねない。赤点回避できたとしても、初めての学力テストなのだから言い結果は残したい。

 

「なるほどね~私達も似たようなものかな」

 

「うん、多分普通に勉強してれば平均点ぐらいは軽く取れると思うけど、油断してると赤点取っちゃいそうだから頑張らないと」

 

「ですね。それにテストとは言えやるからにはいい結果も残したいですし」

 

 IS学園でもこういうところは普通の学校と変らない。

 皆頑張るのなら、より一層気合いれて頑張らないと。

 とその前にずっと気になっていたことがあった。布仏さんはどうしたんだろう。一夏の話では勉強会に居ると聞いていたけども。

 

「のほほんさん? のほほんさんならもう一人呼びに行ってるよ」

 

 もう一人……まだ人増えるのか。

 周りには篠ノ之達や相川さん達以外にも1組のクラスメイトが見た限り全員いる。

 これ以上増えるとなると他のクラスの子あたりか。

 

「どうだろうねー」

 

「まあ、もうそろそろ来るはずだから来てのお楽しみだよ」

 

「ふふっ」

 

 何で相川さんや谷本さん、四十院さんはそんな温かい目を向けてくるんだ。

 その目、更識さんがらみでからかってくる一夏を思い出して嫌だ。

 布仏さんが呼びに行っている人ってもしかして……いや、まさか。

 

「おっまたせー」

 

 聞き慣れた声。布仏さんがようやくきた。

 顔を上げてみてみると絶句した。

 考えてなかったわけじゃないが、考えたらすぐ分かることだ。

 布仏さんが連れてきたのは更識さんだった。

 

「……」

 

 遠慮気味に頭を軽く下げられ、気まずそうな顔される。

 仕方ないか。無視されなれないだけマシというもの。

 さっきの考えがフラグか何かになったんだろうか。

 というか、何で呼んだ……普通に勉強会に参加しに来ただけだろうが、何か仕組まれた感じがひしひしとする。

 これも考えるまでもない。一夏はそれもあって連れてきたんだ。

 

「のほほんさんおっそーい!」

 

「ごめんね~かんちゃん連れてくるのに手間取って~。かんちゃん、彼がいるって言ったらめっちゃくちゃしぶって~」

 

 ずしりと重いものが上からのしかかるのを感じる。

 そうか。そうだったのか。そうだよなあ。

 

「ち、違うからっ……! 本音の嘘っ、嘘だからっ。変なこと言わないで本音っ」

 

「えへへー怒られちゃった」

 

「本当嘘だからそんな顔しないで……ね」

 

 悲しい顔されて言われるといつまでもこうしているのは更識さんに悪い。

 その言葉を信じ、気を取り直そう。

 

「……それで……私はどこに座れば……」

 

「かんちゃんはあそこに座りなよ」

 

「更識さんここどうぞ」

 

「ええぇっ!?」

 

 驚く更識さん。

 彼女が座るように勧められた席は俺の隣に座っていた相川さんの隣であり、それは俺の隣でもあった。

 

「えっ、ちょっ……!」

 

「ほらほら、座る座るっ」

 

「わっ!」

 

 立ち止まったままの更識さんがじれったくなったのか、皆は半ば無理やりそこへ座らせた。

 

「では、更識さんも来たことですしお勉強再開しましょうか」

 

「お~」

 

 更識さんと俺をほっぽって布仏さん達は勉強を始めていく。

 どうしたものか。とりあえず、今のところは勉強でもしておこう。

 更識さんも同じことを思ったのか、テキストとノートを開いて勉強を既に始めていた。

 

「……」

 

 周りは話しながらも勉強しているが、更識さんと俺には会話らしい会話はない。

 いつものこと。普段からそんな会話するほうではないから変ではないのだろうけど、今日はこの無言が気になってしまう。正直、気まずい。

 この両隣の現状が原因の一つなのは明白だ。

 そもそも一体何なんだ。この状況は。

 隣に座りあう必要はないだろ。かと言って他の席には下手に動けない。更識さんと俺の両脇は布仏さん達でガッチリガードされている。

 こんな席順にするということはそういうことだろうな。有り体に言うならば、余計なお節介。

 

 何処で相川さん達にバレたんだ。一夏か。一夏が言ったのか。

 いや、待とう。それはないはずだ。言ってたら、もっと凄いことになっていただろう。

 となると普通にバレたのか。一夏でも気づいたんだ。ありえないことではないのだろう。

 

 恥ずかしいな。一夏以外に気づかれたことは勿論だが、こういうお節介をされると余計に恥ずかしい。

 だが、ここで変に動揺でもして自分で余計事を煽るだけ。動揺すればするほど、こんな人前で更識さんに迷惑をかけてしまう。巻き込むような真似はしたくない。

 いつも通りいることを心がければ大丈夫なはずだ。よし、そうしよう。

 

 

 

「お前達、テスト勉強に精を出すのは結構だがそろそろ時間だ。部屋に帰れ」

 

 織斑先生の声がロビーに響く。

 時刻は寮部屋からの外出禁止時間近く。今日はもう終わり。やっとだ。長かった。

 結局、勉強している間更識さんと会話はなかった。いつものことと言えなくはないが、正直今日は会話がなさ過ぎた。

 おかげでテキストは進んで勉強が捗ったけども、いつもより時間が長く感じた。

 気まずさからこうなってしまったとは言え、これはよくない気がする。

 

「織斑、賑やかなのはいいが場所を変えろ。ロビーではきついだろ」

 

「そうだな。結構増えたし」

 

 ロビーには元いたメンツ以外にもここで勉強会をやっていると聞いて参加しにきた別クラスの人達が大勢詰め掛けていた。

 かなりの人数。ロビーでは全員の席を賄いきれず、どこかからイスを持ってきたり立っている子がいる。これからも続けるのなら、別の場所に変えたほうがいい。

 やめるなら話は別だが。

 

「やめねぇって。折角皆で楽しくやってるんだからな、テスト当日までするぞ」

 

「さっすが織斑君!」

 

「いやー、一人だと分からないところ多くてこういうのあると助かるよ」

 

 皆もやる気らしい。

 ということは次も参加した方がいいか。

 

「参加した方がいいとかじゃなく。お前は絶対参加だ」

 

「かんちゃんもだよ」

 

「……うん、分かった」

 

 更識さんは小さく頷く。

 

「となると他の場所……寮の食堂なら一年生全員入っても結構余裕あったよな。千冬姉、食堂使ってもいいか?」

 

「先生と呼べ。食堂の使用は許可しよう。だが織斑、お前が責任者として責任持て。騒がしくしない。来た時よりも美しくを守るように。明日の朝でいいから食堂の方やコンシェルジュの方にも一言知らせておけよ」

 

「了解。助かるぜ、先生。じゃあ、明日の勉強会は食堂。時間は夜飯終ったあたりで。自由参加ってことで他の人達にも声かけといてくれ」

 

「は~い!」

 

 皆の嬉しそうな声が上がる。

 明日はもっと人が増えそうだ。

 

「凄いね……織斑さんを中心に綺麗にまとまっていく」

 

 一連の光景を更識さんは関心していたようすで眺めている。

 確かに凄い。そこにいるだけで自然と人を引きつけ、輪の中心になっていく。

 こういうことをサラッとできるのが一夏の凄いところだ。

 

「話はそこまで。時間厳守。早く部屋に戻れ」

 

 今日は本当にお開き。

 後片付けして皆それぞれ自分の部屋へと戻っていく。

 俺も部屋に戻ろう。

 

「私も戻る。じゃあ……おやすみなさい」

 

 おやすみと返事を返す。

 それが今夜更識さんと交わした最後の言葉だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話―幕間―私と彼の距離

 部屋に戻った私は荷物をいつものところに置き、ベットの脇に眼鏡を置くとベットに仰向けで倒れこむ。

 たった今いきなり本音に連れて行かれた勉強会から戻ってきた。

 本当にいきなりだった。勉強会のこともそうだけど、そこに彼がいるということも。

 連れて行かれてる最中、それを聞いて正直戸惑ったけど、私が渋ったなんて本音が余計なこと言うから、彼は凄いショック受けた顔してた。

 それだけじゃない。他にも……。次々と彼を傷つけて悪いことをしたことが脳裏に蘇っていく。

 

「……う、うっ、うわああ!」

 

 嫌な気持ちいっぱいで居てもたっても居られなくなった私は枕に顔を押し付けながら叫ぶ。

 そしてジタバタと身悶える。

 

 やっぱり、感じ悪かったよね。

 本音が言ったことは嘘だったけど、彼がショック受けていたのは私にそう思わせてしまうところがあるから。

 それに今日は話さなさ過ぎた。そのせいで彼を気まずくさせて、辛い時間を過させてしまった。

 まあ普段からたくさん話すほうではないけど、今日は特に話さない時間が多かった。

 隣に座れて緊張してたのもあるけど、さっきみたいなのは今日だけじゃない。最近ではもう前みたいに話すことが出来なくなってきていた。

 別に話し方を忘れたとかそういうのじゃない。今までどう話してたかは覚えている。

 でも、いざ話そうと思うと緊張からなのか上手く話せない。何をどう話したらいいのか分からなくなる。

 原因がなんなのかは分かってるつもり。臨海学校一日目の夜、彼を好きだと自覚してから私はこうなってしまった。

 

「……」

 

 私は彼のことが好き。一人の男性として好き。

 好きだと自覚できたのはいいことなのかもしれないけど、おかげで意識しすぎてしまう。

 自覚してから余計彼と一緒にいると感じるドキドキといった胸の高鳴りが激しい。うるさくて苦しい。でも、嫌じゃない。

 むしろ、不思議と何処か楽しい気もする。

 

「――っ、うぅぅ~っ!」

 

「もぉ~かんちゃんうるさ~い。何やってるの~」

 

 恥ずかしさみたいなものがこみ上げきてヘッドの上でまたジタバタと悶えていたら、本音に注意されてしまった。

 そう言えば、一緒に帰ってきたんだったけ。すっかり忘れてた。

 

「どうせ大好きな彼のことでも考えて恥ずかしくなったんでしょ~恋する乙女も結構だけど夜なんだから静かにしてよね、もう~」

 

「なっ!? そ、そんなんじゃないから! 変なこと言わないで! そもそも本音が……!」

 

 図星を突かれた様でムッと来て声を荒げてしまったけど、グッと堪える。

 ダメ、こんなの。

 

「かんちゃん?」

 

「……やっぱり、何でもない。ごめん、騒いで」

 

「う、うん。大丈夫だよ~」

 

 そこまで本音は気にしてないっぽいのが助かる。

 もう少しで私はつまらない八つ当たりをしてしまうところだった。

 図星つかれて悔しいけど、本音の言っていることは大体その通りなのでもう大人しく認めるしかない。

 これ以上騒いで八つ当たりするのが一番情けない。

 いつまでも誰かのせいにして八つ当たりなんてやっていてはダメだ。少しは成長しないと。

 

「勉強会のこと怒ってるならごめんね~?」

 

「……勉強会……ああ、席のこと……? まあ、あれぐらいなら……よくはないけど、あれぐらいならまあうん」

 

「何その曖昧な返事~もしかして嬉しかったとか~?」

 

「……どうだろうね」

 

 言葉を濁して私はまた枕に顔を埋める。

 絶対言わないけど、嬉しいかと聞かれれば嬉しかった。

 もう自分からは彼の隣には座れない。意識してから最近、一緒に食べているのにご飯の時も離れて座ることが多かったから。

 

 でも、このままじゃだめ。

 会話できなくて気まずくなることもそうだけど、私は彼を避けてしまっている。

 物理的にとかそういうのじゃなくて、私と彼との間には妙な距離感が出来てしまっている。

 これもどうにかしないと。なるべく早く。

 だって……。

 

「……勉強会、明日もやるんだったよね……」

 

「そーだよ~もしかして行きたくなくなった~?」

 

「ううん。行くよ。心配しないで」

 

「よかった~行かないなんて言い出したら、引きずってでも連れていかなきゃいけないところだったよ~」

 

「そういうのいいから」

 

 正直乗り気じゃないけど、彼の前で行くと言った手前今更行かないわけにはいかない。

 これで行かなかったら彼は気にするだろうし、彼に会いたい。

 でも、行ったら彼の隣に座れるんだろうか。明日からまたたくさんの人が来るみたいだし、出来れば知っている人、彼か本音が近くの方が気が楽。……彼の隣なら嬉しい。

 だけど、彼の近くになったらまた緊張してまた気まずい空気を作ってしまいそうで……。

 

「ん~そういえば、かんちゃん」

 

「何……?」

 

 突然の問いかけに私は枕に半分顔を埋めながらもう半分だけ顔を本音の方へ向ける。

 

「かんちゃんって彼と最終的にどうなりたいの~?」

 

「最終的に?」

 

「好きだけど気持ちを仕舞い込んで友達のままでいるのか~それとも好きだと伝えてお付き合いして恋人になりたい?」

 

「恋人っ!?」

 

 とんでもないことを言うものだから寝転んでいた私はガバっと起き上がった。

 この子はいつも突然だけど、本当に突然すぎる。

 

「折角好きな人ができたんだからアピールしなきゃ。かんちゃんが友達関係大切にしたいって考えてるのも分かるけど、どうせ恋するなら結ばれたいって思わない?」

 

「それは……」

 

 珍しく真面目なトーンで話す本音の言葉に私は何も言えない。

 ただただ迷う。

 

「……まあ、かんちゃんの恋はまだ始まったばかりで恋ばっかりにかまけられないと思うけどちゃんと考えておいても損ないと思うよ」

 

「そう、だね……」

 

 本音の言うことは理解できるし、もっともだと思う。

 好きな人が出来たのならアピールしたほうがいい。アピールするなら、結ばれた方がいい。

 

 好きになった彼とどうなりたいか。私はどうしたいのか。

 友達のままでいたいのか。本音が言うように告白でもして交際したいのか。

 そんなこと考えたことなかった。いや、考えよとすらしなかった。

 どうしたらいいのって思って迷うばかり。そこで止まる。

 今回も同じこと。いつも同じこと。思考停止。考えなし。

 

 自分のことなんだ。もっと自分でもしっかり考えないと。

 彼のことは好き。でも、だからって告白して付き合いたいのかと言えば、分からない。

 そもそも告白したところで成功するなんて保障はどこにもない。

 失敗したらしたらで、今以上に気まずい関係になってしまう。もう友達ではいられないかもしれない……。

 だったら気持ちを抑えて友達のままでいたい。そう思うのと同時にのか、それはそれで違うような微妙な感じもする。

 

 今日の今考え始めたばかりで当たり前だけど、その夜は結局答えは見つけられないまま時間だけが過ぎていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 更識さん達と共に勉強会を

 曰く記念すべき勉強会第一回目があった日の翌日。

 言われた通り夕食後、第二回目の勉強会をする為食堂にいた。

 勉強会のことは一夏の望み通り、たくさんの人が広まった。おかげで食堂にはたくさんの人が詰めかけ賑わっている。

 喜ばしいことなんだろう。賑やかながらも、皆しっかりと勉強中だ。

 今夜も昨日と同じく布仏さんや相川さん達と同じテーブル。

 そして、かく言う俺も勉強中なのだが……。

 

「……」

 

 チラと今夜も同じ席、昨日と変わらず隣にいる更識さんを見てはまたテキストに視線を戻す。

 更識さんは勉強会に来てから黙々と勉強を続けている。

 言うまでもなく今日も今日とて更識さんとの間に会話はない。あったとしても挨拶程度。

 周りの会話に参加しないというわけでもなく、これまでどおりと言えなくない。 

 だから、ただの気にしすぎなんだろうが気になってしまうものは気になる。

 

 気まずさは昨日よりも増すばかり。

 更識さんとどうなりたいのか。どういう関係になりたいとか。

 そういうの以前にまずはこの気まずさからどうにかしたい。

 となれば、行動に移すべきだろう。気まずいからと黙っているのがよくなかった。

 こういう時こそ黙っていればいるほど気まずさは増すばかりなのは明らかなのに。

 

 何はともあれ行動あるのみ。とまず手始めとして更識さんに普段通り声をかけてみた。

 

「……何? ……どうかした……?」

 

 よかった。

 当たり前のことかもしれないが、更識さんがちゃんと反応してくれてひとまず安心。

 しかし、肝心なのがここから。話題を振らなければ。

 ここは無難に勉強の進み具合、調子はどうかと聞いてみた。

 

「調子? ……、……普通」

 

 返ってきた言葉はそれだけだった。

 

「……」

 

 話はそこで終ってしまう。俺の方もそうかと納得してしまいそれ以上話は広がらなかった。

 突然調子なんて聞かれても普通としか答えられないだろう。いくらなんでも無難すぎたのかもしれない。

 初っ端から失敗してしまった。ここでやめてしまえば何も進まないが、かといって話しかけすぎると更識さんを困らせる。正直、しつこいだけで迷惑以外の何物でもないだろう。嫌われたくはない。

 その辺り気をつけつつ、ゆっくりでもこの気まずさを解決していくか。

 

「おっ、やってるやってる」

 

「のほほんさんこんばんは」

 

「ばんは~」

 

 また誰かが食堂にやって来た。女子二人組みだ。

 見た感じ布仏さんの知り合いのようだが、俺には見覚えない。

 1年生の寮にいるのだから同級生だろう。多分、別のクラスの人だ。

 

「ん? あっほら、前に話した整備科志望の子達だよ~私が誘ったんだ~」

 

 かなり前、確か初めて布仏さんと一緒に整備室に行った時に整備科の子達とお茶してたとか言っていたような覚えがある。

 この時の人達か。

 

「のほほんさんが知らせてくれてよかった。こんなおもしろそうなの知らなかったら一生ものの損だったよ」

 

「ねー、織斑君達男子二人が手取り足取り教えてくれるって話だし」

 

 また変な噂が出回ってる。初耳だ。

 察するまでもなく。いつものこと。話が広まるうちに学年別トーナメントの時みたいにまた変な尾ひれがついたんだろう。

 俺はあくまでもオマケ程度。彼女達の本命は一夏だろうが……。

 

「おりむーは忙しそうだね~」

 

 のんきなことを言う布仏さんを筆頭に俺達の視線は一夏へと向く。

 

「一夏さんっ! さっ、私と英語のお勉強をしますわよ!」

 

「何言ってるのよ。一夏は先に私と社会やるのよ!」

 

「ふん。一夏は昔から国語が苦手だったから現代文をやったほうがいいな。ということでやるぞ! 一夏!」

 

「貴様らは何を言っているんだ。嫁は私と数学をやるのだぞ。な、嫁よ」

 

「まあまあ、皆落ち着いて。一夏は今僕と理科からやっているんだから後は順番に」

 

 お約束の光景。

 一夏は今夜もモテモテ。うらやましくはない。

 騒がしすぎて周りからは隔離されているのがまた何とも。

 当の一夏は……。

 

「皆仲良くやろうぜ! なっ!」

 

 状況を分かった上で言っているのか分からなくて言っているのか。

 いや、半分分からずにあんなのんきなこと言ってる。

 たまにこっちにこいというような助けを求めてるような目を向けてくるが、あの中に割って入るなんてとてもではないができない。

 

「あれじゃあ残念だけど仕方ないよね」

 

「代表候補生ばっかりの中には入れないって。ただこういう時ちょっと寂しいよね」

 

「それは分かるかも」

 

「うんうん」

 

 皆一様に頷く。

 まあ、アレだけあいつらに一夏を独占されてたら近づけないな。

 近づいたら近づいたであいつらが一夏に絡むだろうし。

 

「まあ、それは置いといて。こっちはこっちでやろうよ~」

 

「そうだね。始めちゃお」

 

 やってきた彼女達もすぐ近くの席に座っては勉強を始めた。

 後は彼女達が来る前と変らない。

 更識さんにもう一度声をかけるタイミングを探りながらも淡々と勉強を進めていく。

 

 

 

 

「んー」

 

 誰かが悩むような唸り声を小さく上げた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、ちょっと分からないところあって。ここなんだけど」

 

 彼女達が大分時間が経った頃。

 手を止めた整備科志望の子がそんなことを言った。

 

「あーここか。私も分からなくて飛ばしたんだよね」

 

「あ~やっぱり? だよね~」

 

「君はこれ分かる?」

 

 聞かれて問題を見てみるがパッとすぐには分からなかった。

 難しい問題だが習った覚えがあるから少し考えたら分かるかもしれないがすぐには力になれそうにない。

 申し訳ない限りだ。

 

「いいよいいよ。ここ習ったはずだけど難しいよね」

 

「他にこの問題分かる方はいらっしゃいますか?」

 

「ん~あっ! かんちゃんなら分かるよね。この問題」

 

「えっ……?」

 

 突然、布仏さんに話を振られた更識さんは手を止め驚いている。

 解けそうな四十院さんもダメとなると残るは更識さんだけだから、聞かれるのは無理なのいもしれないが布仏さんらしく本当に急だ。

 

「本当? じゃあお願いしよっかな。ここなんだけど」

 

「あっ、えっ……あっ、ここ。……ここは……」

 

 突然振られて更識さんは戸惑いながらもすらすらと答えていく。

 

「――という感じの答えになるんだけど……」

 

「ああ~そうなるんだ。ありがと更識さん! 助かったよ!」

 

「流石は日本の代表候補生! 頭いい!」

 

「……う、うん」

 

 皆の反応に更識さんは若干引き気味だが流石と言うべきか皆も納得できる答え。

 代表候補生だからってわけではないが、すらすらと答えてた辺り更識さんは頭いいんだな。

 

「じゃあさじゃあさ、これ分かる? ちょっとここが分からなくて」

 

「えっ……あっ、あの……分かるけど……」

 

「じゃあ、解き方教えてほしいな~なんて」

 

「私もそれ教えてほしいんだけどいい?」

 

「私も」

 

「……分かった。いいよ、大丈夫」

 

「やった! ありがと!」

 

 流れで更識さんが皆の先生のようなことをすることに。

 雰囲気的に断れなくさせてしまったがその辺大丈夫だろうか。

 当然自分の勉強もあるだろうに。

 

「え……あっ、うん。大丈夫、だと思う……自分の勉強は後でするし。それに私、そういうの全然だけど……やってるみる。その、貴方も分からないことあったら聞いて」

 

 更識さんがそう言うのなら大丈夫なんだろう。

 変な心配するのは返って失礼というものだ。更識さんにしたら心配される義理もない。

 ただ折角なのでこれから皆が教えてもらうところを開き、一緒になって教えてもらい始めた。

 

「――っていうことになって……えっと、それでここから」

 

 更識さんの教えを皆と一緒になって聞く。

 気づけば、いつしか別の席、別のグループの人達まで聞きに来てる。

 更識さんほど有名な人が教えていたら、皆興味沸くのだろう。

 

 そう言えば、こうして更識さんに何かを教えてもらうのは学年別トーナメント以来だ。

 あの時と変らず言っていることは的確だ。こちらが理解さえしていれば、凄く分かりやすい。

 ただやはりと言うべきか、理解が追いついていなければ難しいようで。

 四十院さん以外は皆、しかめっ面したり不思議そうな顔をしていた。

 皆の異変に更識さんも気づいている様子だが、どうしてそうなっているかまいでは分からないみたいだ。

 

「どうかした……?」

 

「えっ……いや、ねぇ」

 

「う、うん……まあ、ねぇ……」

 

「?」

 

 皆言いづらそうにしている。

 自分から頼んでおいて分からないとは言えないんだろう。

 相手は更識さんだ。

 だが、いつまでもこのままではいられないので見かねて布仏さんが言った。

 

「答えとかはあってるんだろうけど説き方の言い方が難しくて皆分からないよ~」

 

「えっ……あっ……そうなの……?」

 

 皆言葉なく静かに申し訳なさそうに頷いた。

 

「ご、ごめんなさいっ! 私っ……」

 

「いいよいいよ。謝らないで」

 

「こっちこそ理解できてなくてごめんね?」

 

「……わ、私が説明下手くそなだけだから……」

 

 更識さんの表情にみるみる影が立ち込める。

 落ち込んでいる。

 やる気だっただけに、失敗は堪えてしまったのだろうか。

 

「もう~落ち込まないのっ、かんちゃん。これから分かりやすく教えてくれればそれだけで充分。嬉しいよ~」

 

「うん……」

 

 頷きはしたものの更識さんは困っている様子。

 いきなり分かりやすくと言われてもどうしたらいいのか分からないといったところ。

 まあ、無理もない。いきなりそうできたら苦労はしない。

 

 差し出がましいかもしれないがここは一つ更識さんの助け舟になれればいい。

 そう思い更識さんにもう一度さっきの説明をそのまま繰り返してもらうようお願いしてみた。

 

「え……うん。えっと……」

 

 繰り返される説き方の説明。

 いいたいことは分かるので先ほどまでは特に気にとめてなかったが言われてみれば、更識さんの説明は言葉が難しい。

 だから、更識さんの説明を自分なりの意訳で皆に説明しなおす。

 

「ああっ! なるほどそうやって考えるんだ!」

 

「分かるとスッキリするね」

 

 これでようやく皆も理解できたらしい。

 ひとまず安心だ。

 本当に意訳ではあるが間違ってないないずだ。

 

「うん、大丈夫。それであってる。ありがとう、助かった。後ごめんなさい……私が説明下手くそなばかりに貴方にまで迷惑かけて」

 

 気にすることはない。

 得意不得意は誰にでもある当たり前のことで、まだ最初の方。

 まだ挑戦したいという気持ちは更識さんの中に残っているだろうからゆっくり慣れていけばいい。

 そもそもこの問題の解き方すら俺には始め分からず、教えてもらったことをただ意訳しただけなのであまり気にせず、また教えてほしい。

 また、何かあれば手助けぐらい教えてもらっているお礼としてさせてほしい。

 

「ありがとう……じゃあ、他に分からないところはある……?」

 

「次はここなんだけど……」

 

「こそ……えっと、そこは……」

 

 気を取り直した更識さんはまた教えてくれ始めた。

 

 

 

 

「っと、時間だな。おーい皆、今夜の勉強会はここまで。織斑先生にドヤされないうちに早く戻ってくれ」

 

 一夏の言葉を聞いて時間を確認する。

 後少しで寮部屋からの外出禁止時間。

 もうこんな時間……あっという間だ。

 

「皆乙~」

 

「お疲れ~何か今日は時間が経つの早かった」

 

「だね。それだけ私達集中して勉強してたってことじゃない?」

 

「言えてる。おかげで凄く捗った。こういったアレかもしれないけど最初は難しかったけど、最後のほうは凄くわかりやすく教えてくれたしこれも全部、更識さんのおかげだよ」

 

「流石は候補生って感じだったよ」

 

「そんな……」

 

 謙遜こそはしているものの更識さんは満更でもない様子。

 何処か照れているようにも見えて嬉しそうな顔をしている。

 

「貴方もお疲れ様。今夜はありがと。いろいろ助けてくれて」

 

 助かったのはこちらのほうだ。

 それに手助けできたのはほとんど最初の方だけ。

 流石というべきか、時間が経てば慣れるのは早いようで最初の頃と比べて分かりやすくなっていた。

 後半は教えてもらうことのほうが多かったが、それでも少しは更識さんの力になれたのなら嬉しい。

 

「更識さんも自分の勉強あるの分かるんだけど、明日もまた教えてもらってもいいかな?」

 

「もちろん、いいよ。教えるのも勉強になるし、自分の勉強も部屋に戻ったら出来るから」

 

「ありがとう~助かるよ」

 

 明日も更識さんの勉強会はあるらしい。

 自分もまた教えてもらいたい。

 

「いいよ。私で教えられることがあるなら喜んで」

 

 それはありがたくて楽しみだ。更識さんに教えてもらえるのならこの勉強会俄然参加する気が出てきた。

 

「もう、大げさ」

 

 そう言って更識さんはくすくすと楽しげに微笑む。

 釣られて俺もまた笑った。

 

 ふと今気づいた。もうあの気まずさも感じなくなり更識さんとも普通に話せるようになっている。

 何となくとは言え勉強会に参加してよかった。

 今日はこれで終いだが、この調子ならもうこれからは大丈夫。少しは以前のように過せる。

 

「あ、あのさ。少し更識さん達に聞きたかったことあるんだけどいい?」

 

 部屋に戻ろうとしていると整備科志望の子に呼び止められた。

 

「達って……?」

 

「更識さんと君のことだよ」

 

 更識さんと俺に聞きたいこと。

 何だろう。嫌な予感がする。この感覚に既知感を覚える。

 というか、何だか整備科志望の子達は何処かニヤついていたり、何処かワクワクとした様子。

 いや、彼女達だけではなく布仏さんや相川さん達までもが同じ様子だ。

 これはもしかしてなくてもだ。

 

「……」

 

 更識さんも察したのか、心なしに嫌そうな顔をしている。

 今から言われるだろうことを思えばある意味当然の反応だ。 

 

「二人そろって何ぼーっとしてるの。早くこっち」

 

 呼ばれて皆で顔を突き合わせて小さな輪のようなものを作る。

 少し緊張と戸惑ったのは内緒の話。

 

「本当に気になっただけで他意はないから気を悪くしないでほしいんだけどやっぱ、二人って付き合ってたりするのかな?」

 

 来ると思っていた通りの言葉が来た。

 今まで何度も同じことを言われて、その度に否定してきたが正直面倒だ。

 ただまあ否定してまわってもなければ、この子達に聞かれたのも今日が始めて仕方のないことなのかもしれない。

 その噂があるのは前から知っていてながらも、否定するわけでもなく。それどころか噂に拍車をかけるようなことをしているのだから。

 

「で、どうなの」

 

「えっ……いや、つ、付き合ってない。うん……ね、ねぇ」

 

 更識さんに同意を求められ、その通りなので頷いて答える。

 

「またまた~」

 

「隠さなくてもいいのに」

 

 簡単には信じてもらえなかった。

 気になって仕方ないんだろう。その気持ちは分からなくはない。

 俺だって一夏が特定の女子一人だけと目に見えて親密にしていたらそういう勘ぐりしてをいただろし。

 否定したところで彼女達みたいな反応になるだろう。

 それでも付き合ってないのだから、付き合ってないとか言いようがない。

 

「でも、教えてくれる時更識さん達あんなに息ぴったりだったじゃん。お似合いだったよ」

 

「てっきり友達以上の親密な関係だと思ったんだけどな」

 

「友達以上……」

 

 更識さんは何か思うところがある様子だが。

 友達以上なんて言われても更識さんと俺はただの友達だ。

 

「うわー」

 

「あちゃ~」

 

 何故か全員に引かれた。

 失言だったのか。しかし、他にどういえば言い。

 間違ったことは言ってないはずだと更識さんの様子を確認してみたのが。

 

「ただの友達……」

 

 あからさまに更識さんは落ち込んだ様子だった。

 失言だったらしい。いろいろ思うところはあるが兎も角、まず俺は更識さんに謝罪する他なかった。

 

「う、ううん……謝らないで。大丈夫……そうだ、私と彼は付き合ってない。ただの友達だから……その、こういうことはあんまり……」

 

「わ、分かった」

 

「ごめんね、更識さん。変なこと聞いちゃって」

 

「大丈夫……こっちこそ、ごめんなさい」

 

 何でもない様子を装っている更識さんだがその様は何処か痛々しくも見え。

 整備科の子達は申し訳なさそうにしていた。

 

 更識さんには何だか申し訳ないことを言ってしまった。

 だが、他にどう言えばよかったのかは分からないまま。

 折角更識さんとの気まずさはなくなったと思ったのに、これでは振り出しに戻ってしまいかねない気がした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話―幕間―育む想い(コイゴコロ)

「はぁ……疲れた……」

 

 昨日に続いて今夜からもあった二回目の勉強会を終えて部屋に戻ってきた。

 そして荷物をいつもの場所に置くと、倒れるように仰向けでベットに寝転がった。

 

「いた……」

 

 眼鏡外し忘れていたので外してベットの脇に置くと枕に顔を埋める。

 すると、疲れがドッと押し寄せてきた。

 大して身体を動かしたわけじゃないから、これは精神的なもの。

 あんな沢山の人の前で話したのもそうだったけど、まさか私が誰かに勉強を教えるなんて思ってもみなかった。

 ものは試し。何事にも挑戦とやってみたけど、まあ当然の如く失敗した。

 私の説明の仕方は難しいらしい。

 付き合いの長い本音までそう言ったのだからよっぽどなんだろう。初めて自覚した。

 でも、トーナメントの時彼と訓練した時そんな素振りはなかった。彼は芽が出るのが遅いだけで理解力は高く、要領もいい。後、彼は気遣い屋だ。

 きっと気を使わせてしまったのかもしれない。

 

 それは今日だってそう。

 分かりやすく説明してほしいと言われ、自分でもそうしなきゃって思うのにすぐには行動に移せなかった。どうしようと思うばかり。

 そんな時、助けてくれたのは彼だった。

 私の説明を改めて皆に分かりやすく説明してくれ、その後も私が皆に教えやすいようにしてくれた。

 また難しく説明してしまうとその都度手助けしてくれたりと最後までいろいろ手助けしてくれた。

 おかげで上手くいって、教えていくうちに少しは分かりやすい説明の仕方も分かってきたりといろいろと成果もあった。

 

 何より、昨日から続いてた彼との気まずさも気づけばなくなっていた。

 勉強についてだったけど前みたいに彼と話せるようになってよかった。嬉しかった。

 でも、それもその場限り。

 

「……はぁ」

 

 出てしまう溜息を枕に顔を埋めて押し殺す。

 溜息ついたせいなのか憂鬱な気分になってしまう。

 

「わぁ~凄い溜息だね~」

 

 私がどうして溜息ついてるのか知っているはずなのにのんきなことを本音が言うものだから少しイラっとした。

 

「何……嫌味……?」

 

「もう~どうしてそうなるの~違うって~それ、さっきのこと思い出して~?」

 

「……うん」

 

 その通りで。

 否定しても大して意味はなさそうだったからここは大人しく頷いておく。

 溜息の原因はさっきま出来事を思い出して。あれは嫌でも勝手に思い出させられる。

 今日もまたあの噂、彼と私は付き合っているのかと聞かれた。聞いてきた相手は勉強会に始めて参加した本音の知り合いである整備科志望の人達。

 始めて聞かれたけど、相手関係なく何度も聞かれるのは正直うんざりする。そろそろいい加減噂も終息して付き合いってない事実が広まってほしい。

 でも、あの人達は彼と私をお似合いだと言ってくれた。お似合い……。

 

「……ふふっ」

 

「な~に嬉しそうに笑ってるのかな~?」

 

「な、何でもないっ」

 

 隠すようにまた枕に顔を埋める。

 お世辞とかだろうことは分かっているけど、あまり親しくない人達にまでそう言ってもらえたのは少し嬉しい。

 けれど、お似合いだと言われても私と彼はただの友達。それ以上でも、それ以下でもない。

 

「ただの友達……」

 

 彼が言ったことは間違ってない。

 付き合ってないのだから、そうとしか言いようがない。私だってきっとそう言う。

 なのにその言葉が重くのしかかる。言われたときのことを思い出すと気分が沈む。

 私は彼と友達のままの関係が嫌なのか。だったら、付き合いたい?

 自問自答をしてみるけど、答えは出てこない。はっきりしない。

 でもやっぱり、ただの友達と言われてしまったのは悲しかった。それだけははっきりしてる。

 友達と線引きされ、それ以外にはなれないと言われているようで胸が苦しい。

 あの瞬間、ほんの一瞬だけ彼との距離を凄く感じた。

 

「やだ……」

 

 また気まずくなるのもそうだけど、距離を感じるのはもっと嫌。

 叶うならこの距離を縮めたい。もっと彼と仲良くなりたい。

 でも、私は相変わらずで……一人じゃ何もできない。

 

「……」

 

 枕に埋めていたを隣に向ける。

 するとそこには本音がいる。

 ベットに寝転びながら携帯を弄っている本音。

 

 本音は交友が広くて、コミュ力が高い。

 誰とでもすぐ仲良くなれる。

 本音だったらどうやって仲良くなれるのか知っているかもしれない。知りたい。

 だけど力を借りても、頼ってもいいのかな。

 お願いしたら一緒になって考えてくれるけど、言い出せず私は躊躇してしまう。

 

「どったの? かんちゃん」

 

 モンモンとしながら見すぎたのだろうか。

 本音に気づかれてしまった。

 

「え……いや、その」

 

 つい焦ってしまう。

 どうしよう。聞いてもいいのかな。

 今聞かないとタイミング見失うし、折角の機会。私は意を決した。

 

「あの……ね、本音。ちょっと相談したいこととがあるんだけどいい……?」

 

「いいよいよいよ~! わぁ~かんちゃんから相談もちかけられるなんて始めてだ~! 嬉しいな~!」

 

 異様に喜ばれてしまった。ちょっと引いてしまう。

 まあ、今まで本音に相談なんてしたことなかったかもしれないけど、そこまで喜ばれるとやりにくい。

 でも、ここはグッと堪えて言葉を続けた。

 

「本音は友達多くて誰とでもすぐ仲良くなれるでしょ……?」

 

「そうかな~? 自分ではそう思わないけど」

 

「私はそう思ってる。本音のそういうところ凄い。尊敬してる」

 

「ええへ~だったら嬉しいな。それでそれで?」

 

「……どうやったら友達ともっと仲良くなれるのか分かなって」

 

「ほうほう~なるほどね~」

 

 言ってしまった。

 どうしよう。なんて言われるのか変な緊張する。

 それに本音がニヤニヤしているのがまた何とも。まあ、こんなこと相談するの始めてだから半分仕方ないと割り切ってはいるけど。

 

「ちなみにその友達って誰なの?」

 

「言わない。というか、分かっていってるでしょ」

 

「そんなことないよ~確認だよ確認。私とかんちゃんと考えてる人違うかもしれないし~。まいっか、じゃあかんちゃん一つにしつも~ん」

 

「何?」

 

「そのお友達のことは普段どう呼んでるの?」

 

「どうって……普通に苗字にさん付けで呼んでるけど」

 

 私は彼のことを苗字にさん付けで呼び。

 彼もまた私のことを苗字にさん付けで呼ぶ。

 変ではないはず。私は誰にでも基本苗字にさん付けで呼ぶ。

 

「ふむふむ」

 

「?」

 

 本音はしきりに頷いているけど意味が分からず私は首をかしげた。

 

「かんちゃん!」

 

「は、はい」

 

「ずばり簡単! もっと仲良くなるには名前で呼び合えばいいんだよ~!」

 

「……」

 

 瞬間、反応できなかった。

 

「あれ? 分からない? かんちゃんが私を呼ぶみたいに呼んだらいいんだよー。ね、簡単でしょ~」

 

「普通に難しい……やっぱり、相手が誰か分かって言ってる。そんな風に下の名前でなんて呼んだことない……無理」

 

「ん~かんちゃんがいう相手が男子だったら難しいかもね~」

 

 私が言う相手が彼だって本音は確実に分かってる。

 本当簡単に言ってくれる。そりゃ本音にしたらなんてことのないかもしれない。

 あの織斑さんに気軽に接して変なあだ名までつけられるぐらいだし。

 けど、私にはそんなこととてもじゃないけど出来ない。

 

「ま、何事にも挑戦だよ。頑張ろう~」

 

「簡単に言うけど……本音、更識のしきたり忘れてるでしょ」

 

「あっ……うぅ~」

 

 図星を指された顔をする。

 やっぱり。まったく、この子は。

 更識の女が異性に自分の名前を呼ばせるというのはすごく重要な意味がある。昔から代々守られてきたしきたり。家族や身内、親しい人にしか許されない。

 つまり呼ばせるということは婚約関係だということ。

 もっとも代々やって来てるから守っているだけで大した拘束力が私の場合、あるわけじゃないのも確か。姉さん、楯無姉さんはいろいろ拘束力あるみたいだけど。

 だから、そこまで気にすることもないけど……。

 

「というか……そんな下の名前、呼んだぐらいで仲よくなれるものなの」

 

「ちっ、ちっ、ちっ~甘い、甘いよ、かんちゃん! クリームとシロップが沢山あるパンケーキよりもあま~い!」

 

「何その例え」

 

「名前で呼び合うっていうのはすっごくパワーがあるんだよ。下の名前なら尚更ね。ほら、下の名前で呼び合うなんてすっごく親密な感じするでしょ」

 

「そう、だね……」

 

 言いたいことは分かるけど、今一つ腑に落ちない。

 確かに名前で呼び合うのは凄く親密だ。友達でも普通苗字やあだ名で呼んでいるのをよく聞く。

 アニメとかを見る限り、男女なら余計に。

 

 一方で彼と同じ男子の織斑さんは篠ノ乃さんやデュノアさんたちには名前で呼ばれているからそうでもないような。

 まあ、他の人には彼と同じ様に織斑さんは苗字で呼ばれているけど。

 

「かんちゃんもその人に苗字よりも名前で呼んでもらえたほうが嬉しくない?」

 

「それは……うん」

 

 嬉しい。

 男子に名前を呼ばれることなんて今まで経験してこなかったし。

 呼んでくれるのが彼なら尚嬉しい。

 呼んでほしい。呼びたい……でも。

 

「きっかけもなしに呼べない。そもそも急に名前を呼ぶのはハードルが高い」

 

「それもそうだね。あっじゃあ~、あだ名で呼ぶってのはどう~? 私が呼んでるみたいな感じで」

 

「えぇ……それはちょっと……」

 

 逆にそっちのほうがハードル高いような。

 私そういう呼び方するようなキャラじゃないし。

 

 それに本音が彼を呼ぶ呼び方、あだ名って。

 彼の名前のひらがな一文字目にちゃんを付けて呼ぶ呼び方。

 犬や猫とかペットにつける名前みたい。男子にちゃんはいいのかな。まあ、彼と本音は気にしてないし私がとやかく言うことじゃない。

 

「可愛くていいと思うんだけどな~」

 

「可愛いかもしれないけど……呼ぶなら普通に名前で呼びたい」

 

「そっか~そっちのほうがかんちゃんらしいよね。となると、きっかけか~」

 

「うん……」

 

 きっかけ。

 それさえあれば、まだ呼べそうな気がする。

 でも、例に漏れず案は思いつかない。

 というか、そんなチャンスあるのかな。今週はテスト一週間前。テスト前日まで毎晩勉強会はやるみたいだし、その他は学校。一緒になるのはお昼ぐらい。今週は整備室は使用停止。

 そうなると機会はほとんどない。 

 

「あっ……」

 

 ふとある考えが過ぎった。

 

「おっ。何か思いついた~?」

 

「うん……ほら、期末テストって総合成績の順位出るでしょ。十位までなら掲示板で発表されるし」

 

「確かそうだったような」

 

「それで一番を取れたら……って」

 

「またベタな」

 

「わ、分かってるっ」

 

 本当にベタだ。

 一位を取ろうとする動機としてはあまりに不順。

 私にはこれぐらいしか思いつかないのが悔しいといえば悔しい。

 それでもこれなら言い出せそうな気がする。頑張れそうな気がする。

 

「ベタだけどいいと思うよ。かんちゃんにはこのぐらいが丁度いいかもしれないしね~。じゃあ、期末テストより一層頑張らないと」

 

「うん、頑張るっ!」

 

 私は力強く意気込んだ。

 やる気がふつふつと沸いてくる。

 代表候補生が多い一年生で総合成績一位を取るのは並大抵のことじゃないけど、やってみせる。

 

「そのきっかけを言い出すのも頑張らないダメだよ~」

 

「うっ……分かってる……」

 

 忘れていたわけじゃないけど、頭の片隅に追いやられていた。

 きっかけを思いついても、彼に言わなきゃ始まらない。

 いつ言ったら……。

 

「そんな顔して心配しんぱいしなくてもだいじょ~ぶ」

 

「えっ?」

 

「私もそれとな~くお膳立てとフォローするからさ。パッパッと言っちゃおう~!」

 

「本音……ありがとう」

 

 本音には感謝してもしきれない。

 今のこともそうだけど、私はずっと一人でやってきたと思っていたけど何だかんだ本音に支えられてきた。

 それを今まで私は気づかなかった。気づこうとすらしなかった。

 自分はこんな苦しいのに一人で頑張ってるって思ってずっとずっと本音を見てこなかった。

 

 思えば、今までずっと本音には辛く当たってた。

 こんな私を見えずとも気にかけてくれていたのに。気づけば、傍にいていつでも手を差し伸べていたくれたのに。

 

「今までいろいろとごめんなさい……本音」

 

 流れも無視して私はそんな言葉を言った。

 こんなことを言ったことで私のやって来たことがなくなるわけでもなければ、許してほしいとかそう言うのでもないけど。

 言わずにはいられなかった。

 

「いいよいいよ。水臭いな~かんちゃんは。私ね、今毎日がとっても楽しいの。新しい生活もだけど、かんちゃんが前とは見違えるように生き生きとしてて毎日幸せそうですっごく楽しい。幸せ」

 

「本音……」

 

「今いろいろとお話して、本当に彼のことが好きなんだって感じたよ」

 

「うん……好き」

 

 まだまだたくさんのことが分からなかったり、曖昧だったりするけれど

 このことだけははっきりと分かる。はっきりと言える。

 私は彼が好き。

 

「うはぁ~はっきり言ってくれちゃうな~でも、そういうかんちゃん素敵だよ」

 

「あ、ありがとう……恋にうつつぬかしてる場合じゃないってことは分かるけど、それでもこれだけははっきりと言っておきたい」

 

「いいんじゃないの~別にかんちゃんは恋にうつつ抜かして何も手が付いてないわけじゃない。たくさんたくさん頑張ってるのは私もよく知ってるよ。本当に恋って凄いパワー秘めてるんだね」

 

「うん……私もそう思う」

 

 恋はとてつもないパワーを発揮する。我ながらびっくりするぐらい人生が楽しい。

 このパワーをバネに頑張ろう。

 まずは名前を呼んで彼ともっと仲良くなるところから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 更識さんとした約束

 早いもので勉強会も今夜で最後。

 明日月曜日からは期末テストがいよいよ始まる。

 今日までやったこの勉強会以外にも各々自習もしっかりやっているから抜かりはない。

 準備万端。のはず、なのだが……。

 

「な、なぁ……」

 

 今夜はあの五人の包囲網から抜け出し隣で勉強している一夏。

 その一夏がなにやら言いたけだが何を言いたいのかは分かる。気づいている。

 

「ならいいけどさ。でも、更識さんめっちゃ見てる。ってか睨んでるぞ、お前のこと。また何かしたんじゃないだろうな」

 

 またとはなんだ。

 いやしかし、自分では気づいていないだけで何かしてしまった可能性は否定できない。

 

「……」

 

 一夏が言ったように今も向かい斜め右の席にいる更識さんに凄い見られてる。

 本人にしたらそんなつもりはないんだろうことは分かっているが、最早これは睨まれてると言っても過言ではないほどだ。

 何か言いだけなのは気もしなくはないが。

 こうなったのは第二回目の勉強会が終った頃から。

 

 あれから変なわだかまりはなくなった。普通に話せるようにもなった。

 だがその代わりかのように睨まれるようになった。

 原因は分からない。臨海学校の水着の件とかではないだろうし。

 自問自答したところで埒が明かない。かといって直接更識さんに聞いてみたところで。

 

「……何が?」

 

 とはぐらかされ、逆に聞かれてしまう始末。

 どうしたものか……。

 

「もう~ダメだよ、かんちゃん。困らせたら本末転倒~」

 

「困らせてって……そんなことは……」

 

「あるよ~それと睨むのも禁止~おりむー達困ってるよ」

 

「に、睨んでない……でも、こ、困らせた……?」

 

 申し訳なさそうな顔をして更識さんはそう言ってくる。

 

「い、いやその何だ。俺は別に気にしてないけど、こいつがよ」

 

 そこで一夏は俺を出すのか。卑怯だ。

 しかし、困ってると言えば、その通りではあるので曖昧に言葉を誤魔化すようなことしかいえなかった。

 

「あ、ぅ……ごめんなさい。そんなつもりはなくて……」

 

 それは分かってる。更識さんに謝らせてしまったこちらの方こそ申し訳ない。

 

「かんちゃんはね、ただ睨んでたんじゃないんだよ。彼に言いたいことあるんだよね~?」

 

「ちょ、本音……!」

 

 何故か更識さんは慌てて布仏さんを制止する。

 自分に言いたいこと。なるほど、それでさっき見ていたのは言い出すタイミングを伺っていったという感じか。

 ひとまず納得がいった。

 

「そういうこと~誤解が解けたなら折角だしこのまま言ったら? 言いたいことはちゃんと言わないとね~」

 

「っ、分かってる。でも、いきなりそんな……言いにくい。タイミングとか心の準備とか……いろいろある」

 

「そんな事言ってたら余計にタイミング見失うと思うんだけどな~」

 

 言いたいことはあるのは本当のようだ。

 だが、言いにくい様子。何なら、スマホのメッセージでいいのではないんだろうか。

 それなら好きなタイミングで好きなように相手に伝えられる。

 

「ううん……これは自分の口でちゃんと伝えたい……近いうちにちゃんと話すから……その、待ってくれると嬉しい」

 

 更識さんがそう言うなら何も言わないほうがいい。

 内容自体も真面目なもののようだ。

 

「あの……盛り上がってるところ悪いんけど」

 

 横から声が入った。

 

「更識さん助けて! 分かんない~!」

 

「私もヘルプー!」

 

「すみません、私だけではちょっと力不足で」

 

 皆勉強に躓き出したらしい。

 頭のいい四十院さんですからお手上げとはよほどのことだ。

 指名された更識さんはと言うと。

 

「ま、任せて。ここは……えっと……こうして」

 

 問題を解きながら皆に分かりやすく解説している。

 テスト前日の今日までしてきたとあれば、更識さんはもう馴れたものだ。

 

「なるほど、こうなるんだ!」

 

「はぁ~流石更識さんだ」

 

「ええ、本当に。こうやって説くんですね」

 

「ここは難しい応用を使うから躓きやすいかも……でも、この説き方のパターンに当てはめれば解けると思う。数学のフランシィ先生が前やった小テストの傾向からして、この系統の問題は一回は確実に出してくると思うからここを踏まえればテスト、大丈夫なはず」

 

「そんなことまで」

 

「助かる~」

 

 俺が出る幕はない。

 こういうのもアレかもしれないが、更識さんは本当に教えるのが上手くなった。

 そのことが自分のことのように嬉しい。そう思っているのは俺だけではなく。

 

「ふふっ」

 

「嬉しそうだな、のほほんさん」

 

「うん、嬉しいよ~! かんちゃんがこんな風に皆と一緒なんて想像もしてなかったからね~しかもあんなに楽しそう。かんちゃんの成長も何かもういろいろ嬉しくて胸いっぱいだよ~!」

 

「凄い笑顔。こんなのほほんさん始めてみたぞ」

 

 布仏さんは凄い嬉しそうだ。

 俺となんか比べるまでもなく、布仏さんと更識さんの付き合いは長い。

 それ故に布仏さんにとって更識さんの成長は考え深く自分のこと以上に心底嬉しくてたまらないのが伝わってくる。

 

「かんちゃんが頑張ったってのはもちろんあるけど、かんちゃんがやってみようって思ったきっかけをくれた君には本当感謝だよ~」

 

 感謝なんて大層な。

 だが、更識さんがいいほうへと変っていっていることは喜ばしいことで。

 布仏さんが言うように俺がそのきっかけになれているのならそれは誇らしいことだ。

 

 

 

 

「早いけど今日はこの辺にしとくか。おーい皆、テスト前だから今日はこの辺で終わりにしようぜ。キリがいい人から各自解散ってことで。皆、勉強会参加してくれてありがとうな。テスト頑張ろうぜ!」

 

「はーい!」

 

「おー!」

 

 というわけで今夜の勉強会も終わり。

 明日はもう期末テスト。やれるだけのことはやった。いい結果を残せるようテスト当日も頑張らねば。

 荷物をまとめ席から立つ。

 

「おっ、何だ。お前もう部屋に戻るのか」

 

 キリがいいところまで終っているからここにいても仕方ない。

 後、部屋に戻って寝るまでの時間に明日の予習復習をもう一度しておきたい。

 

「生真面目だな」

 

 何とでも。

 同じテーブルだった人達にも別れの挨拶をして、今度こそ席を立つ。

 

「待って待って~」

 

 今度は布仏さんに呼び止められた。

 すぐ傍には更識さんの姿がある。

 

「ほら、かんちゃん。頑張って~!」

 

「う、うんっ。あの……少し時間いい……? 話したいことがあって……時間は取らせないから」

 

 さっきそういえば、言いたいことがあるとか言っていた。

 それのことだろう。話を聞いてみることにした。

 

「ありがとう。でも……ここではちょっと……」

 

 更識さんは言いにくそうな顔をしている。

 人に聞かれるのは嫌なようだ。

 先ほどの真剣な表情かしてよほどのことのなんだろう。

 場所を変えよう。確かにここでは誰が聞いてるかは分からない。

 一夏とか聞き耳立てているし。

 

 更識さんと俺は食堂を後にした。

 そしてやってきたのは俺の部屋。

 どうかとも思ったが、人に聞かれない使える部屋と言えばここぐらいなもの。

 早速、更識さんの話を聞こう。

 

「えっと……話ってのは……その……期末テスト、総合成績の順位発表されるのは知ってる……?」

 

 知っている。

 IS学園の期末テストも普通の学校と変わらず、各教科の点数が順位化される。

 そして各学年上位十位までは昇降口近くにある校内掲示板にて大々的に発表される。

 

「それでね、総合成績一位を取ったら……一つお願い聞いてほしいんだけど……あっ! 嫌なら無理には……えっ即答!? いいの?」

 

 分かったと頷いたら驚かれた。

 何も考えなしに即答した訳ではない。相手が更識さんだからこそ即答することができた。

 今年の一年生で総合成績一位を取るということは言葉にしてみれば簡単のように思えるが、並大抵のことではない。

 一位を取ろうと更識さんが頑張って、取れたのならその頑張りには報いたい。

 もちろん、俺にできる範囲でと言う前フリが入るけども、更識さんだったら一位を取ったからって変なお願いはしてこないはずだ。

 

「それはそうだけど……と、兎に角、お願い大丈夫……?」

 

 男に二言はない。

 大きく頷いてみせた。

 

「ありがと……」

 

 更識さんは嬉しそうだった。

 ところで肝心のお願いは何だろう。

 こういうのは一位取ったら教えてくれると言うのがお約束だが、事前に知っているといろいろ準備できるかもしれない。

 

「えっ? いや、それはその……ううん、ここでちゃんと伝えなくちゃ……すぅ~……はぁ~……」

 

 更識さんは一瞬言い迷った様子だったが、ゆっくりと深呼吸を一つして。

 

「お願いっていうのは……貴方を下の名前で呼ばせてほしい……そして貴方にも私のことを下の名前でほしい。それが私の、お願い」

 

 呆気に取られてしまったと言えばいいのか。

 それが更識さんの一位取ってまでしたいことなのか。

 

「一位取ってまでお願いすることじゃないって言いたいのは分かる。でも、これは私なりのケジメというか。きっかけみたいなもので……我ながらめんどくさいとは思うけど……」

 

 そう更識さんは言った。

 更識さんがの言いたいこと分かる。

 更識さんと俺はお互いのことを苗字で呼び合っている。きっかけなしでいきなり下の名前で呼び合うのはハードルが高い。

 これは更識さんにとって必要なことなんだろう。それは俺にも言えることだ。

 お願いの内容はよく分かった。そのために頑張る更識さんを応援する。そしてまた、更識さんのその頑張りに俺自身も報えるよう頑張る。

 約束だ。

 

 

「約束……そうだね、約束。ありがとう……お互いテスト頑張ろうね」

 

 更識さんと頷き、そうして俺達は期末テストを迎えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 簪と名前を呼び合えば

 IS学園の期末テストも一般的な学校と変らず一日四限授業を三日間。

 テスト教科は日頃やっている最低限の一般教科とIS座学。

 やはり、エリート高と言われるだけあって期末テストは思った以上に難しかった。

 だが、やれるだけのことはやった。大丈夫。自己採点を見る限り結構自信がある。

 そしてテストが終わってから二日経った今日。テストの結果が全て出た。

 

「あ~ここ自信あったのにな~」

 

「思ったよりもいい点数!」

 

「山当たったっ」

 

「本当、ギリギリだった」

 

 とクラスメイトの反応は様々。

 かくいう自分の結果はというと自己採点通りの結果。 

 いくつか結構いい点数が取れてる。勉強した甲斐あった。これはかなり嬉しい。

 総合成績の順位もテスト内容を思えばいい方だろう。

 

「おっ。順位、俺より上だな。今回はお前の勝ちか」

 

 勝手に人の順位覗き込んで何を言ってるんだか。

 一夏のほうこそ順位はどうなんだ。

 

「俺はほいこれ」

 

 隠す素振りもなく一夏はさらっと見せてくれた。

 順位的にはギリギリ中の上といったところ。

 勝ち負けは兎も角、一夏も結構いい順位だ。毎日勉強会とかで勉強していたのもあるだろうが、あの五人の相手をしながらこの結果はかなり凄い。

 流石というべきなのか。

 

「照れるな。でも、お前だってよく頑張ってるよ。流石は俺の親友」

 

 褒めてくれるのは嬉しいが少し場所というものを考えてもらいたい。

 周りの目と反応が怖い。

 この後の展開が何となく予想できた。

 

「友人を褒めるのも結構だが私の嫁たる者、夫を褒めなくてどうする。さあ、褒めるがいい」

 

「おぉ! 一桁台、四位じゃん。すげぇよ、ラウラ。頑張ったな!」

 

「と、当然の結果だ!」

 

 言葉はぶっきらぼうだが顔が凄いうれしそうだ。

 ボーデヴィッヒが来たとなると最早お約束。

 

「あ~ラウラずるい。ラウラには負けたけど僕だって頑張ったんだよ。ほら、五位」

 

「抜け駆けは許しませんわ。一夏さんご覧になって。そして褒めて下さいまし、わたくしは二位ですのよ!」

 

「くっ……皆に劣るが私だってよくやったんだぞ、一夏。六位だ。どうだっ。ほ、褒めて罰は当たらんぞ!」

 

 案の定、デュノア、オルコット、篠ノ之が順位を見せてきた。

 微妙に張り合っているのがまた何とも。

 しかし、全員一桁台だったり上から数えてすぐだったりと成績がいい。

 代表候補生ないし専用機持ちは当然本人達の努力の結果なのは分かっているが皆エリート揃いなんだな。

 できる奴の結果はいつだって眩しすぎるぐらい眩しい。

 

「ま、待てって。皆凄い、よくやった! ……うん!」

 

「それだけですの!?」

 

「他に言うことはないのか、一夏!」

 

「そうだ。夫を褒めずして嫁たりえないぞ」

 

「あんなに皆で勉強頑張ったんだからもっと何か言ってたくさん褒めてほしい、な」

 

「え、えぇ……あーあっ! そ、そうだ。一つ気になることがあるんだけど」

 

「何だ。弁解か。言うだけ言わせてやる」

 

「そうじゃねぇよ、箒。セシリアが2位ってことはもしかして鈴の奴が一位だったりするのか?」

 

 たじたじだったが一夏の奴、上手く話題をそらした。

 オルコットが一位でもおかしくなかった。

 だが、そうでなかったとなると誰が一位なのか気にはなる。

 

「そうだよな。お前も気になるよな」

 

「私達もその話はしてました。鈴さんの可能性もなくはないですが、確認しないことには何とも」

 

「時間的にどのクラスもHR終って、もう順位発表されている頃だし掲示板の張り出し見に行くのいいかもね」

 

「となると全は急げだ。皆、考えることは同じだろう。掲示板前は込むと予想できる」

 

「うむ。ラウラの言う通りだ。途中、鈴とも合流できるだろうしそうしよう一夏」

 

「そうだな。皆で見に行くか」

 

 話が勝手に進んでいく。

 今に始まったことではないが、その皆に俺も入ってるんだろうな。

 

「もちろん。気になってるんだったら行かないとな」

 

 と言って一夏はガシっと肩を組んでくる。

 逃げないからやめてくれ。

 

「よかったら~私も一緒に行っていい~?」

 

 聞き馴染みのあるのんびりとした声。

 それは見て確かめるまでもなく布仏さんだった。

 

「いいぜ。のほほんさんも一緒に行くか」

 

「やった~ありがとっ~」

 

 布仏さんも一緒になって見に行くことになった。

 布仏さんも気になるのだろうか。というより、彼女がこうしてわざわざ見に行くということはそいうことなんだろう。

 実のところ凰以外に一位になりそうな人には心当たりがあった。

 

「順位、もしかんちゃんが一位だったら嬉しいね~」

 

 俺も更識さんが一位だったら嬉しい。

 一位取りそうな人は更識さんぐらいなもので、勉強を頑張っていたのはよく知っている。

 しかし、ここで布仏さんが更識さんの名前を出してきたということは考えを読まれたのか、それともただ単に同じことを考えていただけなのか。

 

「ふふっ」

 

 布仏さんは更識さんが一位を取った時のことを知っているな。

 前、布仏さんはお膳立てしていたし。

 だからこそ、この含みのある意味深な笑み。

 

 更識さんが一位を取った時、更識さんと俺は下の名前で呼び合う。

 テスト前そういう約束をした。

 もちろん約束は守る。しかし、改めて名前で呼び合うと思えば聊か緊張のようなものを感じる。

 勉強会が終わってから今日までお互いこの話題に触れてこなかったのはきっとこのせいなんだろう。

 

「やっぱ、人多いな」

 

 掲示板前に着くとそこには沢山の人がいた。

 場所は離れているがここには三年分の順位が張り出させているだけかほとんどが野次馬的なもので人の多さは一際。

 とりあえず一年生のところへ行っては見たが、人が多くて見れない。

 

「見れないね~ん~あっ、かんちゃんだ」

 

 釣られて見てみるとそこには更識さんの姿があった。

 

「気づいてくれた~こっちこっち~」

 

 布仏さんが手招きして呼ぶ。

 更識さんも確認しに来たんだろう。

 けれど自分の順位表には各教科の点数と順位が載ったので確認できる。ということは違うのか。

 他の人のはここで確認しないと分けらないから見に来たとか。

 

「実は~おりむー達と今から見に行くからかんちゃんもおいでって連絡しておいたの。ね~かんちゃん」

 

「……うん」

 

 なるほど、それで。

 更識さんはもう順位確認したんだろうか。

 

「他の人のはまだ……」

 

「で、肝心のかんちゃんの順位は~?」

 

「えっと……」

 

「更識さんおめでとう!」

 

 一夏が割り込んできた。

 ということは。

 

「お前ものほほんさんも今なら見えるぞ。ほら、あそこ」

 

 一夏が指差したところ。

 そこには『一位、更識簪』と名前が点数と一緒に乗っていた。

 

「わぁ~! かんちゃん一位だよ~! すごいすごい~! おめでと~!」

 

「本当に凄いな、これは。更識さん、おめでとう!」

 

「おめでとう、更識さん!」

 

「あ、ありがとう」

 

 布仏さんと一夏、デュノア達に祝福されたが更識さんは嬉しそうにしつつも少し片身が狭そうにもしていた。

 今ので俺達だけでなく、周りの人達の注目を集めてしまったから無理もない。

 

「ほら、お前も」

 

 一夏にさとされるように俺も更識さんを祝福した。

 

「お前、更識さんが一位取ったのに一言だけかよ」

 

 お前がそれを言うのか。

 今はこれだけでいいだろう。

 こんな人の多いところでこれ以上言うのもどうかと思う。

 

「ううん……いいよ、全然。一言だけでも嬉しい」

 

 更識さんも特に気にしてないようで何より。

 

「おめでとうですわ、更識さん。もしよろしければ、順位表を見せてもらってもよろしくて……?」

 

「あっ、私もいい?」

 

「うん」

 

 更識さんがオルコットと途中合流した凰に取り出した順位表を見せた。

 

「……くっ」

 

「す、凄い点数……」

 

 悔しそうな顔をしながら何も言わないオルコットと同じく悔しそうな顔をしている凰。

 更識さんの点数はよほど高いんだろう。

 でなければ、あの総合点数はでない。

 

 しかし、まさか本当に更識さんが一位を取るなんて。

 取るだろうとは思っていたが、こうして目の当たりにすると何ともまた。

 一位を取ったことも重要なのことだが、俺たちにとって重要なのはここから。

 あの約束を果たす時がきた。

 

 

 

 掲示板で順位を見た後一夏達とは別れ、更識さんと俺はいつもの整備室にやってきていた。

 いつもと変らない二人しかない整備室。

 けれど勉強会からテストまでの間整備室に来てなかったからか、こうして更識さんと整備室で二人になるのはたった数日だったなのに凄く久しぶりな感じだ。

 

「……」

 

 整備室に来てから更識さんとの間に会話はまだない。

 お互いとりあえず自分のことをやっている。正直なところただのフリに近い。全然集中できない。

 こんなことしてる場合でないことは分かっている。

 整備室に来たのはあの約束を果たす為なのだから。

 

『頑張ってね~かんちゃん。君もね~』

 

 なんてここに来る前布仏さんに言われてしまったからここで今日何もないまま終るのはよくない。

 先延ばしには出来ない。

 俺は、約束のことを切り出してみた。

 

「……っ!」

 

 両肩を震わせる。

 その顔をはっきりと確認することはできないがちらりと見えた頬は赤く染まる。

 忘れていたということはなさそうだ。むしろ、このことをずっと意識してくれていた様子。

 そのなんて言えばいいんだ。

 

「……はいっ……」

 

 緊張した様子でこちらを向き身なりを正す。

 それでより一層緊張してきた。

 今からいうことはなんてのことのないことなのに口が重い。辺りがスローモーションしているみたいだ。

 いや、好きな人の名前を初めて呼ぶのだから当然なんだろう。

 

 言った言葉は極めて簡単なもの。

 一位おめでとう、簪。

 そう改めて祝福の言葉を名前を呼びながら伝えた。

 

「……」

 

 静けさが怖い。恥ずかしさからくる耳の熱さと鼓動の速さが嫌なほど分かってしまう。

 今、様子を確認するなんてとても無理だ。

 何も反応ないのがまた怖さに拍車をかけるというか。やはり、いきなり呼び捨てはまずかったのやも……。

 

「ありが、とう……嬉しい――」

 

 不安を感じていた時、そう言って同じ様に俺の名前を呼んでくれた。

 下の名前を呼び捨てで呼ばれることなんて初めての経験ではないはずなのに、まるで産れて初めてのように新鮮だ。

 

「……っ」

 

 呼び慣れてないからかお互い照れて俯くので精一杯。

 本当に照れくさくて何より、嬉しい。勝手な思い込みかもしれないが、前よりも仲が深まった感じがする。

 ようやく簪と呼ぶことが出来た。名前を呼んでもらえた。

 今後はこの呼び方で呼び合っていくから慣れていかないとな。

 

「そう、だね……慣れていかないと……あ」

 

 何か思いついた顔になる。

 

「よかったら、だけど……も、もう一度名前呼び合わない……? そのっ、私達には練習が必要だと思う。……無理にとは言わないけど……」

 

 確かに練習は必要だ。

 俺達はまだ回数にして一回しか呼び合えてない。

 そんな意識するほどのことでもないだろうが、早いうちに慣れた方がいいはず。

 では改めて呼んでみよう。

 

「……はいっ……」

 

 また緊張した様子でこちらを向き身なりを正す。

 やりづらい。

 

「だ、だって……緊張する、からっ……」

 

 分かるけどもだ。

 まあ仕方ない。

 こみ上げてくる緊張とかその他諸々を堪えつつまた簪の名前を呼んでみた。

 

「……っ」

 

 今度は赤らめながらも嬉しそうにしているのが目に見えた。

 名前一つでここまで喜ばれると安心するし、嬉しい。

 

「もっ、もう一度お願い……」

 

 ねだられ気をよくしてまた名前を呼ぶ。

 

「~っ……もう一度……」

 

 また呼ぶ。

 順番交代。

 

「分かった――」

 

 優しい声で名前を呼ばれた。

 名前を呼ばれるだけで緊張をかき消すほどの嬉しさで胸が一杯になる。

 これはもう一度呼んでほしくなる。

 

「ん、いいよ。もう一度――」

 

 もう一度名前を呼んでもらえた。

 そのまま簪と俺は、時間の許す限り馬鹿みたいに練習を続けた。

 

 

 

 

 食堂への道を簪と歩く。

 夕食を食べに向かっているところだ。

 結局、本当に時間の許すまで名前を呼び合う練習を続けてしまった。

 本当に馬鹿みたい呼び合っていたが、おかげで始めの頃より呼んだり呼ばれることに慣れた。

 それに楽しかった。嬉しかった。得られたものは多い。

 

「そう言えば、明日から夏休みだね……」

 

 食堂に着きカウンターから今夜の夕食を受け取りながらそんなことを話す。

 結果発表があった今日が終わり、明日からはいよいよい約一ヶ月ちょっとの夏休み。

 やることは大体決めて学園の外に出ることはそうないだろうがそれは別として、夏休みは楽しみだ。

 

あなた(・・・)もなんだ」

 

 も、ということは……。

 

「うん、私も楽しみ」

 

 簪の楽しみにしている顔を見ていると何か一緒に思い出とかでも作れたらと思ってしまう。

 

「おーい! 二人とも!」

 

「……織斑さん……」

 

 適当な席に座ろうとしていると先に来て食べている一夏に呼ばれた。

 辺りにはいつもと変わらずいつものメンツと今夜は布仏さんや谷本さん、四十院さん達までいる。

 皆こっちにこいと言わんばかり。これは行くしかない。

 

「仕方ないね……」

 

 簪と共に向かい席に着いた。

 

「今日も二人仲良しだね~」

 

「だよな。ンフフッ」

 

 またかと思わざるおえないお約束の反応。

 凄いニヤニヤして見られる。オマケに一夏の笑い方はいやらしい。

 皆何か言いだけだが毎度のことながら簪と俺は皆が考えるようなものではないし、勘ぐられてもどうしようもない。

 

「いや、分かってるけどさ……ってお前、それ」

 

 一夏だけでなく皆まで驚いた顔している。

 このテーブルだけやけに静かだ。

 隣にいる簪まで驚いているのだからよほどのことが。

 

「その……な、名前……」

 

 簪に指摘され理解した。

 呼び方を変えたんだった。前まで苗字呼びしていたのがいきなり下の名前で呼んでいたらこうなって当然だ。

 さっき練習していた感じそのままに呼んだが、しまった間違ったとは思わない。

 隠すようなものではないし、隠していてもいずれ知られてしまう。というより、隠していたらやましいことみたいでよくない。

 それに折角呼び合えるようになったのだからちゃんと簪の名前は呼びたい。恥ずかしさがないと言えば嘘になるが、ちゃんと呼ぶべきだ。

 もっともこんな注目されて簪には悪いとは思うけども。

 

「だ、大丈夫……そっか、そうだよね……私もあなたのことちゃんと呼びたい」

 

 同じ気持ちだった。

 後は皆に呼ぶようになった経緯を説明しなければ。

 目を輝かせているこいつらに説明するのは少々骨が折れそうだ。

 

 とりあえず経緯を簡単に説明してみた。

 

「後ね~私が二人に提案したんだ。折角仲良しさんなんだからいつまでも苗字呼びは寂しくない~って」

 

「なるほど、それでか」

 

 布仏さんのフォローで一夏達は納得してくれたようだった。

 自分だけだと今一説得力にかけている気がしていたから助かった。

 

「やったね! 更識さん、一歩前進じゃん!」

 

「おめでとうございます! 更識さん! 一位取ったりと本当に今日はめでたい」

 

「今夜は更識さんのお祝いしなくちゃね!」

 

「ちょっ、谷本さん達まで……」

 

「かんちゃん、照れてる~照れてる~!」

 

「ほ、本音……」

 

 何やら盛り上がっている。

 確かに今日は簪が一位取ったりとめでたい日だがそういうことではなさそう。

 

「更識さん進んでますわね」

 

「うん、私達なんか目じゃないほど先に行っているね。あれ」

 

「僕達も見習わないと」

 

「ああ、そうだ。私達に必要なのは積極性、でも更識みたいな慎ましやかな積極性だな」

 

「うむぅ……」

 

 こっちはこっちで反省会みたいなものをしている。

 おそらく一夏絡みのことでだろう。

 

「何かよくわかんねぇけど皆楽しそうだな」

 

 当の本人はこんなにも暢気だ。

 だがこの楽しさが夏休みに入っても変らず続いていけばいい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話―幕間ー彼との夏の始まり

 すっと目が開く。

 見えたのは天井。そのまま視線を左右辺りに寝ている本音がいた。

 もう朝なんだ。

 今何時なんだろう。気になって携帯で確認して驚いた。

 たった今、朝五時になったところ。凄い早起きだ。しかも、今日から夏休み。早く起きる必要はないどころか、休日みたいにゆっくりしていても大丈夫。

 なのに私はこんなにも早く起きてしまった。どうしよう。二度寝したりベットの中でじっとしていたい気分ではちょっとない。

 とりあえず、顔洗おう。ベットから体を起こし、眼鏡と携帯を手に持つと洗面所に向かう。顔を洗い、タオルで顔を拭きながら鏡を見る。

そこに映る私は、顔を洗ったこともあるんだろうけど本当に目覚めがいいらしく眠気がなくすっきり冴えた顔をしている。

 昨日、中々寝付けなかったのに。

 

「昨日……」

 

 脳裏に蘇る昨日の出来事。

 私は昨日期末テストで好成績を取り、学年で総合成績一位を取った。

 そして彼に約束を果たしてもらった。

 

 一位を取ったら、名前で呼び合いたい。

 そんな約束をした。

 自分でも子供っぽいとは思う。こんなこと一位取ってまで約束するようなことじゃないし、約束がないと呼ぶきっかけさえ作れない自分が情けない。

 でも、約束は果たすことが出来た。彼の名前を呼べた。彼に名前を呼んでもらえた。

 

「――」

 

 必要はないけどふと、小さく彼の名前を口に出してみる。

 初めて呼んだ時より慣れた感じはあるけど、まだちょっぴり恥ずかしい。

 男子を下の名前で呼ぶことなんて生まれて初めてのことだから、きっとそのことも関係しているんだろうな。

 でも、ようやく呼ぶことが出来て嬉しい。

 

 彼に名前を呼んでもらえたのも嬉しかった。

 お父様や親戚の男の人に呼び捨てで呼ばれることはあったけど、身内。身内以外の男の人である彼に呼ばれるのは全然違う。自分の名前はずなのになんだか特別な言葉に感じた。

 私の思い込みだろうけど、名前を呼び合っただけで前より仲が深まった感じがする。

 

 それに彼は人前でもちゃんと下の呼んでくれたのが一番嬉しかった。

 人前だとしても私の名前を呼ぶのは恥ずかしくない大切してくれるんだって知れたから。

 

「……っ」

 

 鏡を見て本当にハッとなった。

 だらしなく頬を緩ませ、凄く嬉しそうな顔している私が鏡越しにいる。

 なんて顔してるんだ私。嬉しかったからっていくらなんでも恥ずかし過ぎる。

 恥ずかしがって耳先や頬が赤い私がまた映ったから余計にくるものがある。

 誤魔化すように髪を梳き始めた。

 髪を梳きながらふと思う。

 

「私……こんな顔できるようになったんだ」

 

 常に意識してるわけじゃないからちゃんと覚えてないけど、鏡に映る私はいつも暗く情けない顔しているばかりの記憶が強い。

 それを思うと恥ずかしい反面、こういうところでも私は変っていけているんだとちょっとは自覚を持てた。

 

 けれど、いつまでも昨日の出来事に想いを馳せてもいられない。

 

「……よし」

 

 気持ちを切り替えるように髪を梳いていたブラシを置き、手に取った眼鏡をかける。

 顔を洗って、簡単にだけど髪も解いて身だしなみも整えた。

 さて、これからどうしよう。さっき時間を確認してからまだ数分ほどしか経ってない。

 やることもやりたいこともない。朝ごはん食べれるようになるまでにはまだ早い。

 

「そう言えば……」

 

 前にもこんなことあったな。

 六月入ったばかりの頃。

 あの時も今と同じ様な状況で確か外の空気吸いに出かけた。

 その時、彼と出会ったんだ。

 

「そうだ……外」

 

 行ってみよう。

 もしかしたら会えるかもしれない。確証があるわけじゃないけど、いつも朝はランニングしてると言ってた。しかも今日は晴れ。確率は高い、かもしれない。

 ここでこうしていても埒が明かない。行動あるのみ。私は部屋を出た。

 

 流石にこの時間だと当たり前に廊下は静か。

 そして寮の受け付けには今日も変らずコンシェルジュの人がいた。

 奇しくもあの時と同じ受付の人。

 前の時は失敗してしまったけど今日こそは。

 

「おはようございます……!」

 

 緊張することなく我ながら上手く挨拶が出来た。

 

「ふふっ、おはようございます。お早いお目覚めですね……あら、前にもこんなことありましたね」

 

「ええ、今日も早く起きてしまって……すみません、外に出たいんですけどいいですか……?」

 

「はい、もちろん。お気をつけて」

 

 見送られて自動ドアを潜る。

 しっかり笑顔も返せた。上出来。

 

「……」

 

 外に出て辺りを見渡す。

 当然と言うべきか、人影どころか気配すらない。ここもまた静か。

 

「……仕方ない」

 

 ちょっとショックだけどこればっかりはどうしようもない。

 気持ちを切り替えるように空を見上げる。

 

「いい天気」

 

 まだ太陽が昇りきっておらず、日の光がほんのり照らしてくれているのが丁度いい。

 最近夏真っ盛りで暑い日が続くけど、早朝は涼しくて気持ちがいい。昼間もこのぐらい涼しければいいのに。

 

「ん、ん~……」

 

 体を伸ばす。

 外の空気を浴びているせいか部屋で体を伸ばすよりもすごく気持ちがいい。

 会えなかったけど外出てよかった。そう伸びをしている時だった。

 

「ひゃっ!?」

 

 突然声をかけられ、思わず声を上げてしまった。

 気を抜いていたから心臓バクバクだけど上げてしまった声がそこまで大きくなかったのだけはせめてもの救い。

 それにこの声には聞き覚えがある。忘れない、間違えるはずがない。低い男性の声。彼だ。

 振り向くと正解だった。

 私が驚いたことを彼に謝らせてしまった。

 

「ううん、大丈夫」

 

 そう答えると彼は納得してくれた。

 そして朝の挨拶を言ってくれた。今朝もちゃんと私の名前を呼んで。

 

「お、おはよう――、――」

 

 対する私は、挨拶を返すことは出来たけど微妙にどもってしまった。

 後、名前も一瞬恥ずかしさからなのか何なのか躊躇ってしまい一言ではちゃんと呼べなかった。

 つ、次こそは私からちゃんと挨拶して名前も普通に呼べるようになろう。

 で案の定、ここで何をしているのか聞かれた。

 

「私は早く目が覚めて外の空気吸いに……あなたは……」

 

 問いかけそうになってやめた。

 見れば分かる。彼は今ジャージ姿。今からトレーニングをするんだ。

 

「夏休みなのに頑張るね……」

 

 ついそんな言葉が口から零れ出てしまった。

 嫌味っぽくなってしまった気がしたけどそんな風には受け止められず、夏休みだからという答えが返って来た。

 夏休みは普段より時間に余裕がある。それに朝は涼しい。トレーニングにうってつけとのこと。

 後は日課になっているらしく夏休みだからって怠けるとやらなくなるとか。

 確かにその通りだ。この人は本当に生真面目。話していてつくづく感じる。それが彼のよさでもあるんだけど。

 

「あっ…ごめんね、邪魔して」

 

 そろそろ朝のトレーニングを始めたそうにしている。

 こうしていつまでも引き止めてたら悪い。

 少しは時間潰せたはずだから部屋に戻ろう。

 でも、帰っても暇なのは変わらない。どうやって時間を潰したら……

 

「……」

 

 ふいにある考えが私の脳裏に過ぎった。

 あ……そうだ。これだ!

 名案を思いついた。

 

「あ、あの……トレーニング始めるの少し待って。十五分っ、ううんっ、十分でいいから……! す、すぐ戻る……!」

 

 私は急いで部屋に戻る。

 あまり待たせられない。急いで支度しないと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 簪との夏の始まり

 早朝五時半前、部屋を出る。

 向かうは日課のランニング。

 歩く廊下は当然の如く静かだ。誰もいない。

 そうしてエントランスに向かっているとふいに昨日のことが脳裏に蘇る。

 昨日は終業式とテストの結果発表。そして、簪と交わしたあの約束を果たした。

 簪がテストで総合成績一位を取ったら、名前を呼び合おう。そんな約束。

 突然言われて戸惑ったし、女子を呼び捨て名前呼びするなんて小さな頃以来だから緊張はした。

 だが、ちゃんと呼べた。呼んでもらえた。

 呼んだもらえた名前は自分の名前はずなのに簪に呼んでもらえるだけで特別な言葉に感じる。

 そしてこれは勝手な思い込みだろうけど、名前を呼び合っただけで前より仲が深まった感じがする。

 

 初めて呼んだときよりかはたくさん呼び合い慣れたが、一夜明けた。

 今日もちゃんと呼べるだろうか。

 呼べなくなりそうでも、何とかして呼ぼう。約束を守り続けたいというのとは別に折角呼び合える仲になったんだ。呼べないなんて寂しい。

 何より、大切な彼女の大切な名前なんだ。呼ぶことで大切にしたい。

 よし大丈夫だ。今日も一日頑張れそうだ。

 

 気持ちを一新していると寮のエントランス。そこの受け付け前を通り過ぎる。

 早朝でもコンシェルジュの人、顔なじみのお姉さんがいた。

 いつも通り、朝の挨拶の交わす。

 

「ふふっ、おはようございます」

 

 何だろう。

 凄い温かい目で微笑まれながら挨拶を返された。

 寝癖があったりだとかそういうのではなさそうだ。分からない。

 疑問に思いながらも自動ドアを潜った。

 そして、外に出て最初に見た光景に思わず目を奪われた。

 

「ん、ん~……」

 

 体を伸ばしている簪の姿。

 朝日に照らされたその姿は何というか凄く綺麗だった。

 息を呑むほどの光景に目を奪われる。

 いつまでも見ていたい光景だが、いつまでも見続けてるのもおかしい。

 とりあえず朝の挨拶がてら声をかけてみた。

 

「ひゃっ!?」

 

 声が上がってしまうほど驚かせてしまった。

 一応気をつけたつもりだったが、結局こうなってしまった。

 謝っておく。

 

「ううん、大丈夫」

 

 そして改めて簪に朝の挨拶をする。

 今日初めて簪と名前を口に出して呼んでみたが、やはり緊張はした。

 だが、ちゃんと呼ぶことが出来て一安心した。

 対する簪も名前を呼んで挨拶を返してくれた。

 挨拶も済んだところでこんな朝早くから簪はここで何をしているのか聞いてみた。

 

「私は早く目が覚めて外の空気吸いに……」

 

 なるほどそれで。

 そういえば前にもこんなやり取りした。

 六月の始め頃だったか。あの時も簪はこんなことを言っていた。

 あれから随分経っていろいろ変ったのを思うと考え深い。

 

「あなたは……」

 

 言いかけてやめたが俺の今の姿を見て簪は気づいたんだろう。

 上から下までジャージ姿。今からトレーニングしますと言っているようなものだ。

 

「夏休みなのに頑張るね……」

 

 そう簪が言った。

 言った後に申し訳なさそうにしていたが言いたくなる気持ちは分かる。

 折角の夏休みなのだからゆっくり寝ていたい気持ちもあったが、夏休みでも日課だからか無意識に用意していた。

 それに夏休み。登校の用意や朝食の時間とかを気にすることなく時間の許す限り、ランニングに励める。丁度、今朝は涼しいからうってつけ。

 後もう一つは日課だからやらないと気がすまないというか。夏休みでも一度休むと休み癖が付きそうで怖いからやろうとしている。何もしてないのは不安だ。

 こんなことでもやっていれば何かの役に立つと思うし、俺にできることはこういう地道なことしかない。だとしたら、できることはやっておきたい。

 ということを説明すると簪は納得していた。いや、相変わらず生真面目だとでも思っている顔をしていた。

 

「あっ…ごめんね、邪魔して」

 

 邪魔ということはないがそろそろランニングを始めたいとは思っていた。

 

「……」

 

 簪は部屋に戻るんだろうか。

 名残惜しいが、また後でいつでも会える。

 そう思っていたが何やら考えている。と思っていたら、何やら思いついた顔をする。

 何かと思えば。

 

「あ、あの……トレーニング始めるの少し待って。十五分っ、ううんっ、十分でいいから……! す、すぐ戻る……!」

 

 矢継ぎ早に言い残すと寮へ戻っていた。

 何する気なんだ。

 突然のことについていけず呆然としながら待つこと数分。

 寮の自動ドアが開いた。

 

「ごめんなさいっ。待たせてしまって」

 

 戻ってきた簪。その姿を見て驚いた。

 何故かジャージ姿を着ている。

 一体何故着ているんだろう。

 

「いや、その……あの……よ、よかったら一緒にランニングしたいなって……。ダメ、だよね……?」

 

 納得がいった。それでその格好なのか。

 いいな。それは是非ともだ。

 ただ簪が一緒だとは思ってなかったからいつも通りのコースになるが大丈夫か心配だ。

 

「それは大丈夫。全然、気にしないで。何も言わない私が悪いし……あっというより、事後報告になってごめんなさい」

 

 突然のことに驚いたが謝らなくても大丈夫。

 余裕があるとはいえ、時間がおしい。そろそろ始めよう。

 

「うん、始めよう」

 

 俺達はランニングを始めた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……」 

 

 いつも道を簪と共に走る。

 

「いつもこんな風に走ってるんだ」

 

 走っているのは寮の周り。

 ここも。というより、IS学園やその関係施設がある島には多くの木々があり、丁度いい日陰となって走りやすい。

 道もちょっとした勾配はあるが基本平坦だ。

 そんなコースを一緒に走っているのだが何だか新鮮な気分だった。

 

「どういうこと……?」

 

 いつも一人で走っている道でもこうして二人で走るのとでは違う気がするということ。

 

「あれ? 織斑さんとかとは一緒に走らないんだ」

 

 一夏とは何度か走ったことある。

 ただ一夏は決まった時間よりも早く起きるのは苦手なようで所謂三日坊主で終ってしまった。

 それについては仕方ない。アイツは朝から大変そうだからな。

 何がどうとは言わずともわかるだろ。

 

「あー……うん、察した」

 

 察してくれた。

 というわけで誰かと一緒に走るのは久しぶりだから心配だ。

 ペースとか大丈夫だろうか。

 

「平気。走るのなんて久しぶりだけど、意外と走れるもの何だね」

 

 簪は全然余裕そうな様子。

 そういえば、何でまた簪は走ろうと思ったんだ?

 ここまであえて詮索しなかったが理由はやはり気になる。

 

「それは……」

 

 少し簪のペースが落ちた。

 あわせる。

 

「本当大した理由はないんだけど……ほら前、本格的に国家代表選手になってモンド・グロッソ目指してみたらって言ってくれたでしょ?」

 

 確かにそれらしいことは言った。ちゃんと覚えている。

 

「あれから改めて私なりに考えて新しい目標として目指すと決めたからには兎に角行動に移さないとって考えてて……第一歩としてまずは身体作りからやり直そうと思って」

 

 それで走るなんて言ったのか。

 

「うん。ISは優れたパワードスーツだけど私達がやるのはあくまでもスポーツ競技。競技だから試合するにしても何にしても身体が資本。いくら機体が高性能でもそれを操る人間の能力や身体が伴ってないとダメだなぁって……私、篭ってばかりで身体なまってるから余計に」

 

 簪らしい考えだ。

 しっかり考えている。流石だ。

 

「そんなことないよ……あなたと一緒でやれることを精一杯やろうってだけ……それに弐式が完成しても使う私が不甲斐無かったら、結局家の力で候補生やってるんだとか思われるのも嫌だし」

 

 自虐気味であるがそれでもそういう風に考えられ、今実際行動に移せてるのは流石としか言いようがない。

 簪は確かに前へ進んでいっている。確かな目標に向かって。その姿は眩しい。

 

「どうかした……?」

 

 ペースが落ちてしまい、それに合わせてくれた簪に尋ねられたが適当に誤魔化す。

 俺は自分に問いかけた。

 簪には確かな目標があるが、俺の確かな目標……こうなりたい将来の夢はあるのだろうか。

 良きところに行きたいというふんわりとした目標はあるが、将来の夢というには少し違う。

 将来どうなりたいのか。何をしていきたいのか分からない。

 けれど、今となりにいる簪は夢を見つけてそこに向けて頑張っている。自分も早く見つけなければ。早く――。

 

 

 

「ん~、ふぅ……」

 

 寮の前まで戻ってきた俺達はランニング後、ストレッチをしながら一息つく。

 今しがた終えたところだが、結局一時間ちょっと走っていた。

 おかげで今朝もいい汗かけてスッキリとした気分。

 

「だね、朝に走るのこんな気持ちいいものなんだ……あ、でも……汗……」

 

 ランニングした後だから仕方ないとは言え、やはり女子として簪は汗が気になる様子。

 滴り落ちる首筋の汗を簪は手の甲で拭う。

 汗が朝日で光るように照れされ、その姿が何だか色っぽい。

 思わず、ドキっとするその姿に目を奪われた。

 

「……?」

 

 不思議そうな顔を向けられ、それとなくに視線を逸らす。

 あまり見すぎるのもよくないが、これはこれで挙動不審だ。

 なので半ば無理やり誤魔化すように、続けざまに俺は簪にタオルを差し出した。

 汗拭きタオルを簪は持ってきてないみたいなのでこれで綺麗に汗を拭える。

 もちろん、使ってない綺麗なタオル、予備でもってきていた冷やしたタオルを差し出した。

 

「ありがとう……使わせてもらうね」

 

 これでよし。

 かと思ったけども。

 

「はぁ~……気持ちいい……」

 

 受け取ってくれた簪は後ろ髪をかきあげながら首の後ろの汗を拭く。

 その様がまた色っぽい。

 見慣れたと言ったらアレだが女子の汗拭く姿にはもう慣れたはずなのに何故こんなにもドキっとするのだろうか。

 いや、ただ単に俺が意識しすぎな気もしなははないが。

 しかし、またいつまでも見ていいようなものでもない。

 気持ちを切り替える為に適当な話題、今日の予定でも聞いてみた。

 

「今日……? ……、いつも通りだけど……」

 

 一瞬変な間があった。

 

「……そういうあなたは今日、何してるの?」

 

 今日は朝、まだ涼しいうちに夏休みの宿題をやってその後は部屋で簡単なトレーニング。

 昼ご飯食べたら、一夏達と実機訓練。

 といった感じ。

 

「わぁ……寂しい夏休み。まあ、そんなことだろうと思ってたけど」

 

 ならそんなわざとらしくドン引きするのはやめてほしい。

 寂しいのは分かってるし、明日も似たような過し方だ。

 そういう簪だって先ほどはぐらかしていたが似たようなものだろ。

 大方、部屋に篭ってISの開発に一日の時間をほとんど割いて過すに違いない。

 

「う……」

 

 図星だった。

 バツが悪そうにこちらから視線をそらす。

 

 もっとも簪の場合、やらなくてはならないことをやっているだけなのでこれ以上茶化すような真似もできない。

 そう言えば、今ISの開発はどこまで進んでいるのだろうか?

 確か以前聞いた時は、機体のメインシステムと火器管制、機体の姿勢制御システムとかがまだ上手く連動しないとか言っていた。

 あれから二月以上が経った。気になって流れで聞いてみた。

 

「弐式の開発……? 心配しないで大丈夫。ちゃんと進んでる」

 

 言葉を疑うつもりはないのだが具体的にどう進んだんだ。

 

「システム関係はほぼ全部完成。後、最終確認兼ねてシステムの動きを仮想シュミレーターで動かすぐらい、かな」

 

 その言葉を聞き自分のことのように安心した。

 完成したんだ。よかった。これで簪もようやく自分の専用機を動かせるんだ。

 

「完成したのはシステム関係だけ。シミュレーターだけじゃなくて実際に機体を動かして確認と不具合の叩き出し。そして、最終確認と最終調整。これらをやってようやく本当に完成」

 

 言われて納得した。それもそうだと。

 実際に動かして見なければ分からないことや出でてこない不具合もあるかもしれない。

 先は長い。

 何か俺に手伝えることはないだろうか。

 

「えっ……いいよ。そんな悪い」

 

 差し出がましいのは分かっている。

 俺なんがいなくても確実に簪は完成へと向て前進しているのが話し話を聞いているだけでも分かった。

 だとしても、頑張っている簪の力になりたい。雑用でも些細なことでもどんなことでも構わないから。

 

「……」

 

 簪は黙ってしまった。

 困らせてしまった。やっぱり、こういうのはよくない。

 流石にもうこれ以上の無理強いは出来ない。大人しく引き下がるしかない。

 

「待って……分かった。じゃあ、実機始動試験する時に手伝って……補助とか模擬運動の相手とかいろいろしてほしい」

 

 それなら自分でも出来そうな内容だった。

 ありがたい。精一杯頑張ろう。

 

「もう、大げさ。感謝するのはこっちのほう。動かす時、別に機体を持った誰かに見ててほしかったけど頼めるような人いなかったから。でも、だからってあなたにこんな事まで頼むのも悪いなぁって。あなたもいろいろ予定あるだろうし」

 

 気にしなくてもいいのにとも思ったが、逆の立場なら自分も気にしていた。

 けれど、簪と俺の間では遠慮はいらない。

 他もあれば気兼ねなく言ってほしい。

 

「うーん……じゃあ、こういう形で言うのもアレなんだけど一ついい……? その、明日もさっきみたいにランニングってするんだよね……?」

 

 ランニングは日課。

 雨とかでない限りは毎日する予定。

 

「だったら、明日も一緒に走らせてほしい……邪魔しないから」

 

 喜んで即了承した。

 

「あ、相変わらず即答。本当に大丈夫……? 邪魔だったらやめるし……ほら、いろいろ……」

 

 簪はいろいろ心配してる顔をしているが今更そのいろいろを気にしても仕方ない。

 もちろん注意はするが、それが断る理由にはならない。

 簪さえよければ朝のランニングだけでなく。昼間のトレーニングとかも一緒にしたいと思っていた。

 機体や実機での動きになれるのに役立つはずだ。

 

「それもそうだね。じゃあ、それも一緒にね……本当ありがとう。楽しみ」

 

 簪は嬉しそうに言ってくれた。

 実のところ灰色の夏休みだとは覚悟していたが、これはいい夏休みになりそうな予感がする。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 簪と進める打鉄・弐式開発

 手伝う約束をした日から一日あけた翌々日のこと。

 一昨日から始まった早朝ランニングも今日で三日目。ここ三日、天気に恵まれ走りやすかった。

 今は走り終え寮の前に戻ってきた。そして一息つきながらランニング後のストレッチをしている最中。

 

「確認なんだけど……この後のこと。昨日メッセで伝えたこと忘れてないよね……?」

 

 確認されるのはこれで何度目なんだろうか。

 ゆうに片手にある指の数分は越えている。

 

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 簪も自分でまた行った事に気づいて申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 まあ、それだけ心配ということなんだろう。

 今日は弐式の運用試験当日。その知らせが昨日の夕方頃メッセで来た。

 これだけ沢山確認されれば忘れられない。

 もっともこんな早くとは思ってなかった。ISをたった一人で開発するというのはどの工程も恐ろしい時間がかかる。

 簪は昨日一昨日と早朝ランニング以外一日中部屋に篭っていたとは言え、素人ながらにでも分かる凄まじい速さ。流石だ。

 

「それは言うのはまだ早い。頑張らないといけないのはこれから」

 

 それもそうだ。

 手伝うといったからには邪魔にならないよう精一杯頑張らなければ。

 運用試験は朝食食べたらすぐやるとのことだった。

 

「朝早くからになるけど……よろしくね」

 

 こちらこそ。そう頷いてみせた。

 

 

 

 簪と別れた後、身支度を済ませるとひとまず朝食を食べに食堂へ来た。

 夏休みの朝ともなるとほとんどの人が遅起きなのか周りに人は少ない。いても本当に数人。

 IS学園は部活動も夏休みの間は基本的に休部なので尚更早く起きてくる人は少ない。

 丁度いい。

 

「よっ、おはよう!」

 

 静かな朝は突如として終わりを迎えた。

 一夏達が起きてきた。

 いつものこと。そろそろ起きてくるだろうと思っていたからいいが少し残念だ。

 今日も一夏以外は篠ノ之とボーデヴィッヒの二人だけ。珍しい組み合わせだが夏休みに入ってからずっとこうだ。

 

「ああ、おはよう。今日も早起きとは関心だ」

 

「おはよう。まったくだな」

 

 二人にも挨拶を返す。

 他の人達はまだ寝ているのか。

 

「ああ。シャルルならまだ寝ていたぞ」

 

「静寐もまだ寝ていたな。まあ、他の者も夏休みだから起きてくるのにはまだかかるだろう」

 

 そんなことを言いながら一夏を二人で挟むようにして席に着いた。

 

「そう言えば、今日も朝錬やってたんだよな。更識さんと」

 

 一昨日朝のランニングのことを聞かれ、簪と一緒にやっていることはその時話した。

 なので誤魔化す必要もなく頷いた。

 それが何かあるんだろうか。

 

「いや、な。折角夏休みだから時間あるし俺も一緒にやろかな……って、お前嫌そうな顔するなよ」

 

 そう言われても一夏には以前三日坊主になった前科があるから仕方ないと思う。

 

「うっ……それを言われると辛い」

 

「三日坊主で終わったのは頂けないが、またやろうと思うのは素晴らしいことだ。流石は私の嫁。よしっ、私が朝も特別教官してやろう。遠慮しなくていい夫として当然だ」

 

「私も付きやってやろう。何、同じ篠ノ之流の門下生、姉弟子として弟弟子の面倒を見るのは当たり前だからな」

 

「お、おう……あ、ありがとな?」

 

 二人の圧に押されて一夏は疑問系に言った。

 結局こうなった。分かっていたからいつものことだぐらいにしか思わないし、一夏達が朝ランニングする分には勝手にしたらいい。

 でも、せめて他所でやってほしい。朝から隣が騒がしいのは嫌だ。

 

「冷たいな。あっ! 分かった! そう言うことか。なるほどな。まあ、二人っきりのほうがいいよな」

 

「一夏、今いやらしい顔してるぞ。気持ちも分からんでもないが」

 

「私も分かるぞ。嫁とは二人っきりのほうがいい。のらりくらりとやってる割にはお前も隅に置けんな」

 

 三人揃って嫌な笑みを向けてくる。

 飽きないな。本当に。

 他人のは何とやらと言った感じなんだろう。

 適当に受け流しつつ朝食を食べ進める。

 

「っと噂をしてたら何やらだぞ。おーい更識さんこっちこっち」

 

 食堂に入ってきた簪を見つけて一夏が呼ぶ。

 

「……」

 

 目があった。

 一瞬このテーブルのメンツを見て何か思った様子だったが。

 分かったと会釈すると先にカウンターで朝食を受け取り、簪はテーブルへとやってきた。

 

「……皆、おはよう」

 

「おはようっ。更識さん」

 

「おはよう更識」

 

「更識おはよう」

 

「……隣、いい……?」

 

 返事すると簪は隣の席に座る。

 

「ありがとう……いただきます」

 

 食事の挨拶をしてから食べ始めた。

 部屋に戻ってシャワーでも浴びてきたのか、いい匂いがする。

 いや、これはいい。最近輪にかけていろいろなことが無意識のうちに気になってしまう。

 ちなみに服装は学園の制服だった。 

 それに一夏は気になったらしく。

 

「あれ? 更識さん何で制服なんだ?」

 

「……朝ごはんの後、学園のほうに用事があって……」

 

「それってこいつも関係ある奴?」

 

「えっと……まあ、うん」

 

 今日のことは一夏にも知らせてあった。

 というか昨日の夜、明日の予定を聞かれて運用試験のことをそれとなく答えたので一夏は知っている。

 

「そっか。確か更識さんの専用機のことするんだったよな? 白式についていろいろ調べたら白式と打鉄弐式って同じ倉持で作られたらしいから何か役に立てるかもしれないし、よかったら力を貸すぜ。遠慮なく言ってくれよな」

 

 一夏が親切心から言ってくれたのはよく分かる。

 ただいろいろ事情を知っている身からするとこの発言は何処かヒヤヒヤするものがある。

 

「ありがとう、織斑さん。機会があればお願いするかもしれない……その時は、よろしくね」

 

「おう任せろ!」

 

 意外と言えば意外な展開だった

 簪は特に気にした様子もなく当たり障りのない返事をしていた。

 これはもしかしなくても心配しすぎ。杞憂だったのか。

 

 

「えっ……? 朝のこと……?」

 

 朝食後。

 所変ってアリーナ。

 ISスーツに着替えた俺達は運用試験をする為ここへやってきていた。

 そして今準備運動をしながら朝のことを聞いてみたが、案の定きょとんとした。

 

「ああ……あれ。ビックリしたよね」

 

 なんてことないかのように言う簪。

 やはり気にした様子はない。

 

「織斑さんがただ善意で言ってくれたのは私にでも分かるし。気にしてない、思うところがないって言えば、嘘になるけど……済んだことだから」

 

 簪がそう言うのならそうなんだろう。

 

「それよりも私にはやらないといけないことがあるから気にしてる余裕ない。集中しないと」

 

 ならこれは杞憂だったらしい。

 余計なお世話をしてしまった。

 

「ううん、気にしないで……心配してくれたんだよね、ありがとう。でも本当、ビックリした。ああいうことさらっと言えちゃうの流石織斑さんって感じするよ」

 

 それについては激しく同意だ。

 底なしにいいい奴なんだ、一夏は。言葉の全てが嘘偽りない本心。いつも誰かの為に頑張り続ける男。

 実際、この運用試験も手伝おうとしてくれた。まあ、あいつはあの五人との訓練とかで忙しくて叶わなかったが。

 しかし、あれだけでなくたまにとんでもないことを言うからヒヤヒヤさせられる。

 

「思ったことあまり考えずそのまますっと言ってるんだろうね。いっぱいおもわせぶりなこと言われるんだろな……あれは篠ノ之さん達すっごく苦労しそう……うん」

 

 簪はまるで他人事のよう。

 実際、他人事なわけだが。

 

「さて、と……準備いい……? そろそろ始めたい」

 

 無駄話はここまで

 準備完了したので、一足先に自分の機体を展開し、今から弐式をモニタリング投影ディスプレイを表示する。

 いつもでも始められる。

 

「じゃあ、始めよう。ふぅ……よし――来て、『打鉄・弐式』」

 

 その呼びかけと共に瞬間簪の体は淡い光に包まれ、光が解けたと同時に装甲に身を包んでいた。

 これが簪の専用機。

 

「うん……これが純日本製第三世代IS打鉄・弐式。どう、かな……?」

 

 そう言えば、こうして展開状態を見にまとった姿を見るのは初めてだ。

 普段見ていたのは展開待機状態だったからこうして見るといろいろな発見があった。

 機体名とさっきの言葉から分かる通り、弐式は打鉄の後継機で発展型。

 ただ防御型の打鉄と違って、弐式は高機動重視の攻撃型と言えばいいんだろうか。

 打鉄にあった武者鎧の当世袖を模した袖部装甲とスカートアーマーは廃止され、代わりに大型のウィングスラスターになっており、スカート部は左右それぞれ独立したスラビライザー付きウィングスカートになっていた。

 重量感と無骨な印象を感じさせる打鉄とは違い、全体的にスマートな印象を受ける。

 ぱっと見打鉄と共通点はないように見えたが、腕部や脚部の装甲が打鉄のものと通ずる。

 紛うことなき打鉄の後継機、発展型。

 かっこいいな。ISらしく近未来感があって好きなデザインだ。

 

「ありがとう……嬉しい」

 

 ISとその使い手は一心同体。

 簪は自分のことのようにはにかんで喜んでいた。

 

 武装はどうなっているんだろうか。

 

「えっと……まずはマルチロックオンシステムで撃つ高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』が六門」

 

 空間投影型のキーボードを展開しながら簪は武装を説明してくれる。

 さっき注目した大型ウィングスラスターとスカート部のスラビライザー付きウィングスカートがミサイルコンテナのようだ。

 ミサイルだけでもう打鉄の基本装備の火力を凌駕してる。

 

「次は……荷電粒子砲『春雷』が二門」

 

 見せてくれたのは両腰の一番端にある二門の武装。

 ジャキンと砲身の先が伸びた。

 凄い高火力があるのだろう。しかも荷電粒子砲と言えば、一夏の白式にもあったな。そういうところも同じところで作られた影響。言うならば、兄弟機の関係があるんだろうか。

 

「最後に……対複合装甲用超振動薙刀『夢現』が一振り」

 

 現れたのは簪の身体ほどの長さがある一振りの薙刀。

 この三つの武装を駆使して打鉄弐式は戦うようだ。

 

「まあ、ちゃんと使えるのは薙刀だけなんだけどね。ミサイルはマルチロックオンシステムはまだ完成してないし、荷電粒子砲も撃てるけど今のままだと一、二発でエネルギー全部使い切っちゃうから出力制御と収束率の調整は続けないと」

 

 大体分かった。

 ということはまず、武装の調整からになるのか。

 

「ううん、まずは普通に機体を動かすテストから。よし……ヘッドギアとハイパーセンサー及び機体システムのデータリンク完了。機体システム正常……打鉄と弐式のデータリンク確認」

 

 こちらのディスプレイにも確認の文字が表示される。

 

皮膜装甲(スキンバリア)、エネルギーシールド 展開……展開確認。PIC始動」

 

 こちらでも……皮膜装甲(スキンバリア)とエネルギーシールドの展開を確認すると、弐式がゆっくりと浮き始めた。

 俺の方でモニタリングしている画面でも弐式が正常に動いているのが確認できる。

 

 そして簪はそのまま辺りを移動する。

 続いて簪は腕や足を簡単に動かして稼動範囲や動きを確認していた。

 

「打鉄使ってた時より違和感はあるけど許容範囲。地上での通常移動と動きはひとまず問題なし。次、上昇して空中での動き確認するからモニタリングと万が一の時の補助お願い」

 

 了解してまた先に上空へ上がり待機する。

 

「ウィングスラスター、よし……――!」

 

 簪は跳ねるように一気に上空へと飛び上がった。

 

「よかった……飛べてる」

 

 ホバリングしながら簪は胸を撫で下ろしたような安堵の表情を浮かべる。

 それから簪は空中でも辺りを地上の時のように動き回ったり、また腕や足を簡単に動かして動作を確認する。

 順調そのものだ。モニタリングしてる画面にも正常な数値や情報などが表示されている。

 正直なところ一応完成したとはいえトラブルが起きるんじゃないかと心配だったが、この調子なら大丈夫そうだ。

 

「次は高速機動試験始めるから。高速機動での上空旋回の後、急降下。安全な体勢で地上に着地できるか確認したい。いい……?」

 

 頷いて空中から降りて今度は地上で備える。

 俺が降りたのを簪は確認するとスラスターを吹かし、機体に速度を乗せ加速していく。

 高加速で大きな円を描くように一周する。

 これまた順調そうだ。ちゃんと高速機動に入れている。

 

「行くよ……!」

 

 その言葉と共に簪は円を描いた状態から止まることなく急降下してくる。

 最中、衝撃緩和用にエネルギーシールドが再展開されたのが確認できた。

 しかし、それは一瞬で展開が終了した。

 簪が自ら展開をやめたのではない。強制的に展開が終ったのだ。

 所謂エラー。その文字がモニタリング用のモニターにも表示される。

 そのエラーがスラスターや姿勢制御機能にまで干渉したのか、姿勢を崩して危険な格好で落下してくる。

 

「……っ!」

 

 焦る簪の表情を俺の打鉄のハイパーセンサーが捉える。

 まずい。このままでは簪が機体ごと地面と激突してしまう。

 焦りから俺は簪の名前を強く叫ぶ。

 落下位置を予測して待ち構える。結構無茶な方法だが落ちてくる簪を無理やりにでも受け止め、こちらの防御機能で衝撃諸々を相殺しなければ簪が。

 

「だい、じょうぶ……!」

 

 焦る俺とは対照的に簪は至極落ち着いた手付きで開いたコンソールをしながらエラーを落下しながら修正してく。

 凄いタイピング速度だ。しかも、ちゃんと崩した姿勢も徐々に安定したものへと変えていく。

 

「くっ……!」

 

 ギリギリのところで安定姿勢をとった簪は無事地上に降り立てた。

 

「ごめんなさい。心配かけ、わぁああっ……!」

 

 よろけてこけそうになった簪に手を伸ばし体で受け止められた。

 落下したのといい今のといいヒヤヒヤだ。

 

「うぅっ……ごめんなさい……」

 

 攻めるような言い方をしてしまったのかもしれないがそうじゃない。

 見たところ怪我や痛めたところとかはないみたいだ。

 

「うん、大丈夫……おかげさまで」

 

 ならひとまず安心だ。

 無事でよかった。俺よりも落ち着いて対処していたし当然と言えば当然か。

 落ち着いてエラーを対処しつつ安定した姿勢をとっていたのは流石だ。

 俺の出る幕なかった。

 

「そんなことない……実際今助けてもらったばかりだし。それにエラーが出た時、あなたがいてくれたから落ち着いて対応できた。私一人だったら今頃大事故になってた」

 

 そう小さく笑っていってもらえるののなら少しは自身持てる。

 で、話は変るがこれからどうするのだろう。

 エラーを修正したからまた移動試験の続きあたりだろうか。

 

「うーん……そうしたいのは山々何だけどさっきのエラー箇所もう一度見直したいし、他にもいろいろ修正したい箇所あるから少し時間、もらってもいい……?」

 

 全然構わない。

 やはり、実際に機体を動かして分かったことや気になった所はあるのだろう。

 自分にもそういう経験は何度かある。

 

「うん……当たり前だけどシミュレーターと今実際に動かすのじゃ全然違う。調整完璧にしてきたつもりだったけど甘かった。やっぱり、エネルギーシールドのここの数値をこうして……姿勢制御システムのここを……」

 

 コンソールとディスプレイを展開すると簪はぶつぶつ言いながら調整しだす。

 やる気そのものだ。それはいいけども、このままここでやるのはやめたほうがいい。

 アリーナに来て運用試験を始めてから結構な時間が経つ。日も昇って大分外は暑くなってきた。

 だから、我が侭言うと調整するならせめて日陰に行きたい。

 

「そ、それもそうだね……つい夢中になっちゃって……あなたもずっと立ちっぱなしで疲れたでしょ。 ピットで休憩しよ」

 

 俺達は一度ピットに向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 簪達と昼食を

「よし……出来た」

 

 この言葉を聞くのも三度目。

 未遂の落下事故から特にこれといって目立って悪いこともなく簪と俺は運用試験を続けていた。

 やっていることは変らず基本動作と高速機動の繰り返し。試合どころか武装のテストすらまだ一度もやってない。

 中々簪は納得のいく調整がいかないようで、アリーナとピットを行ったり来たりしている。

 

「ごめんなさい……退屈、でしょ……?」

 

 退屈と言うのは少しアレだが、やることは特にない。

 まあ、それは外に出ていても言えること。

 モニタリングはしているが本当に見ているだけ。万が一の備えも早々役立つことはなかった。

 しかし、見ているだけでもこれがまたおもしろい。簪の空中での姿勢制御の取り方などは機体が違っても勉強になるものばかりで退屈ばかりということはなかった。

 

「なら、よかった」

 

 そう言って簪は展開していた投影ディスプレイを全て閉じる。

 また出るみたいだ。

 

「うん、また新しい調整が終ったから……――あっ……」

 

 座っていた状態から立ち上がろうとした時、簪のお腹が小さくなった。

 凄いタイミング。まるで狙ったかのようだ。

 当事者の簪は、恥ずかしそうに肩を縮こませている。

 

 今の時間を確認すれば、もう昼の1時過ぎ。

 時間を忘れていた。

 ここは一度昼休みにするべきだな。俺は待っているだけでほとんど何もしないが、簪はピットに帰ってきても休まず調整をしていたから、ちゃんと休んだ方がいいだろう。

 

「そ、それもそうだね……お昼にしよう。あっ、でも……どうする? 学食? それとも寮の方?」

 

 迷うところだ。

 どちらも今の時間開いていて帰省組みが帰った後の夏休みだから席も空いてはいるだろうが、このピットからは遠い。行くの面倒だとつい思ってしまう距離。

 

「それに着替えないと。このままじゃ行けない」

 

 今俺達はISスーツを着ているが、流石にこのままの格好で行っていい場所でもない。

 上に制服を着れば、戻ってきた時制服を脱ぐだけで済むには済む。

 とりあえず学食の方にしよう。距離こそは変らないがそっちなら通路が繋がっているから、外出る必要もなく行ける。

 まずは着替えを。

 

「うん……じゃあ、また……」

 

 二人でピットを出ようとした丁度その時だった。

 

「おっ! ベストタ~イミング~!」

 

「ほ、本音……!?」

 

 ピットの出入り口を開けたすぐそこには布仏さんがいた。

 手には何やら持っている。

 

「んふふ~今からお昼行くところなんでしょ~? よかったら、これ食べてよ」

 

「あ、ありがとう。これ……お昼ごはん……?」

 

「その通り。ほら、かんちゃん達お昼になっても寮に帰ってこなかったからこれはきっと時間忘れるほど集中してるだろうなって思ったから、お昼ごはん届けに来たんだよ~」

 

「そうなんだ……本当、ありがとう。本音」

 

「どういたしまして~。っと、中入ってもいい?」

 

「うん、どうぞ。本音にもらったし、お昼このままもうここでいいよね……?」

 

 頷いて奥へと戻る。

 腰を下ろして、袋の中を見せてもらうと定番のおにぎりと飲み物だけでなく、からあげやポテトなど簡単につまめるおかずまであった。しかも、まだ結構あったかい。

 ありがたい限りだ。

 

「おにぎりがサランラップに巻かれてる……これ、購買部のじゃないよね。もしかして、本音が……?」

 

「残念~これは寮の食堂の人にお願いして作ってもらったものだよ~」

 

 わざわざそこまでしてくれたのか。

 と言うか、購買部という手があったのを忘れていた。

 見ていることが多かったのなら買いに行けばよかった。悪いことをした。

 

「そ、そんなことないよ……私がちゃんと時間のこと頭に入れていればこんなことにならなかったわけだし……」

 

 そんなことを言われ簪に気を使ってもらうと余計申し訳なくなってくる。

 時間のことは自分にも言えることだ。

 

「もう~二人が仲いいの見せつけなくていいから早く食べたら~?」

 

「何でそうなるの……いただきます」

 

 続いてそう言っておにぎりを頬張る。

 中身は鮭だった。

 

「私のは昆布……って、もう二つ目食べてる……」

 

 驚かれてしまったが仕方ない。

 自分で思っていたよりもお腹が空いていたのか美味しくてご飯が進む。

 そうしてからあげと一緒に二つ目の梅おにぎりを食べながらふと思った。

 このおにぎり、普通のサイズよりも大きい。それにまだおにぎりはもう二つある。

 簪は沢山食べる方ではないから、これは自分の為にということだろうか。

 

「その通りだよ~食堂の人からサ~ビス! 男の子なんだからモリモリ一杯食べて元気つけてね~」

 

 それは嬉しい。

 好物のからあげも美味い。

 

「からあげ好きなんだ」

 

 だし巻き卵とかも好きだ。

 そう頷きながら食べ進める。

 残さず全部綺麗に食べよう。

 

「うんうん、いい食べっぷり~。ところで~、稼動試験の方はどんな感じ~? 順調~?」

 

「ごちそうさま……うん、一応今のところは順調。まだ見直すべきところは沢山あるけど、弐式はちゃんと動く。本音が見てくれていろいろアドバイスくれたおかげ」

 

「そんな。改めて言われると照れるな~。本当、たいしたことしてないのに」

 

 布仏さんが簪にアドバイス。

 こういっては何だが意外だ。

 

「だろうね。こう見えても本音はISの整備とか得意だし、その分野じゃ私よりも詳しい」

 

「こう見えてもって酷いな~かんちゃん。私の整備の腕は確かなのは知ってる癖に」

 

「うん……それについては絶対的な信頼をしてる。実際、そのおかげで弐式、私一人で見てたときよりもよくなったから」

 

「ななな!? かんちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて……! うぅ~嬉しくて涙で前が! 今晩は赤飯だ~!」

 

「そう言うのいいから……」

 

 何だか小芝居が始まってしまったが本当に意外だ。

 簪は謙遜とかしてあんなことを言うタイプではないから間違いなく本心からの言葉。

 そこまで言うぐらいの実力を布仏さんは持っているのか。

 ということは来年からの選択クラスは整備科を選択したりするんだろうか。

 

「そだよ~将来代表選手になったかんちゃんを支える専属整備士になる為に必要だからね。あっ、言っとくけど、家の決まり、従者のお役目だからってのもあるけど将来絶対世界の舞台で活躍するかんちゃんのを傍で見たいから私はこの事に満足してるし、夢に向かってモリモリ頑張るの~!」

 

 いつもの調子ではあるが気持ちは凄く伝わってきた。

 布仏さんも簪と同じでしっかりとした夢を持ち、その為に頑張れる人。

 簪と布仏さんは凄くよく似てる。眩しくて羨ましい。

 

「ふふっ……でも、そっかそっか~」

 

 嬉しさを噛みしめるように笑ったかと思えば、しみじみし始める。

 オマケに微笑ましそうに簪と俺を見てくる。

 何なんだろう。

 

「どうせ……変なこと考えてる」

 

 それは思った。

 

「違うよ~。いや、ね~かんちゃん、本当に変ったなぁって。前だったらISに触ろうものなら本気で怒ってただろうし、 あんなこと言ってくれるなんて昔のかんちゃんならとても考えられなくて私は今ものすご~くかんちゃんの成長を実感してるんだよ~」

 

「……」

 

 布仏さんはこれでもかというぐらいの満面の笑み。凄く嬉しそうだ。

 付き合いが長いから、いろいろと思うところが多いんだろう。

 対する簪も思うところがあるようで何も言い返さないが凄く複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「ね、そう思うでしょ?」

 

 布仏さん、ここで聞いてくるのか。

 まあ、確かに簪は出会った頃と比べて変った。

 始めの頃は本当に近寄りがたかった。後これは口にはしないけども正直、怖い雰囲気もあった。

 けれど、今では雰囲気も表情も出会った頃よりも比べ物にならないぐらい柔らかくなった。

 他にも沢山話すようにもなり、いろいろな表情、沢山の笑顔を見せてくれるようになった。

 そういった簪の変りようは俺にとっても嬉しい。

 

「だよねっだよね~。人ってここまで変れるもなんだなぁ~って何か私考え深くてしみじみしちゃうんだよ~」

 

「本音……流石に私、怒るよ……?」

 

「ごめんなさ~い。そんな怖い笑顔しないでよ~」

 

「まったくもう……それにあなたも」

 

 咎めるような視線を向けられる。

 やはり、こういうのは余計なお世話だったか。

 

「そ、そういうのじゃなくて……私が変った変ったって言うけどあなたも変ったって話」

 

 そうなんだろうか。首をかしげた。

 そう言えば以前、一夏にも似たようなことを言われた覚えがある。

 こういうのは自分ではどうしても気づけない。

 

「変ったよ……まずは雰囲気が柔らかくなったし、笑顔も増えて沢山話してくれるようになった。出会ったばかりのあなたはいつも険しい顔して、正直……その」

 

 怖かったと。

 簪がそう言うのならそうなんだろう。

 入学したばかりの頃は新しい生活。IS。今までとは全く違う環境に慣れようと必死だった。

 だから、それが顔に出ていたんだと今なら分かる。

 それを変えてくれたのが簪だ。俺が変ったのなら、それは簪のおかげ。感謝しかない。

 

「感謝なんてそんな大げさ……私が変れたのもあなたがいてくれたから、こっちこそありがとう」

 

 簪の言葉がくすぐったくて、そのくすぐったさに心が安らいだ。

 

「ちょっと~私がいるの忘れてる~見せつけなくても仲良しさんのは分かってるって言ったのに~」

 

「そのいやらしい笑み今すぐやめないと分かるよね……? 本音……?」

 

 可愛い笑みなのに凄みがから恐怖感じる笑みは本当にあったんだな。

 

「それ本当に怖いから~! 許して下さい、簪お嬢様~」

 

「お嬢様って呼ばないで。というか許してもらうつもりないよね、それ。気にしてすらない」

 

「えへへ~かんちゃんは私のことなんでもお見通しだね~。おっさなな~じみ~」

 

「はぁ……幼馴染って腐れ縁……そこ、笑わない」

 

 いや、笑うだろ。二人のやり取りは見てておもしろい。

 賑やかだな。

 二人の付きあいの長さ。 仲のよさが見てるだけで分かるやり取りだ。

 

「え~! それそっちが言う~? 私よりもかんちゃんと仲いいくせにね。妬けちゃうな~下の名前で呼び合うぐらいなのに」

 

「や……それ、本音が提案してくれたんでしょ」

 

「そうだけどさ~彼が女の子の名前、呼び捨てってかんちゃんだけじゃん。彼のこと呼び捨てで呼ぶ女の子もかんちゃんだけだし」

 

「だったら……本音が普通に呼べばいいのに……」

 

「分かってないな~これはこれで可愛いのに~。ねっー」

 

 といつも通り、犬猫を可愛がり呼びするみたいな呼び方をする布仏さん。

 まあ、慣れたから今更どうでもいいと言えばどうでもいいけども。

 

「だったら……どうしてほしいの……」

 

「そりゃ決まってるよ。親しみをこめて呼び捨てか。おりむーがつけてくれたのほほんさんって呼んでほしいな~。私達はもう皆仲良し3人組み。大親友なんだから!」

 

「えっ?」

 

 更識さんとまったく同じ言葉がまったく同じタイミングで重なった。

 気づかないうちに俺と布仏さんはそういうことになっていた?

 

「酷い~! かんちゃんの一番仲良しさんならそれはもう大親友! かんちゃんの大親友なら私の大親友も当然なんだよ~!」

 

「この子は……本当、ごめんなさい……」

 

 簪が謝るようなことではないが、凄い理屈だ。

 今日も布仏さんは通常運転。のほほんさんワールドは全開。この独特の空気に呑まれそうになる。

 一夏がのほほんさんと命名したのが今ならよく分かる。凄いお似合いのニックネームだ。

 

「でしょ~私、おりむーがつけてくれたこのニックネーム気に入ってるんだ~」

 

 さいで。

 なんというか呼び方変えるの今更感あるが、こういうのは思い立ったが吉とも言う。

 では、布仏さん改め、本音でこれからは呼び方を統一していこう。

 これで本音の気も済むだろう。

 

「もちろんだよ~今時の男子はこのぐらい物分りいいほうが素敵だよ~ねぇ~」

 

 今、初めて普通に下の名前を本音に呼ばれた。

 これであのあだ名からも卒業か。

 

「なんでそうなるの~今のは空気読んで呼んだだけ~今まで通りで行くよ~」

 

 どう空気を呼んだのか凄く気になるがもういい。

 流石にこのマイペースな感じに疲れてきた。

 もう貰ったお昼ご飯は全部食べだし、そろそろ再会した方が。

 

「綺麗に食べてる。お粗末さま~って、かんちゃん?」

 

「……」

 

 不服そうに簪が睨んでくる。

 主に俺を。

 

「……睨んでない……何でもない……」

 

 その割には。

 

「……ただ名前を呼んだ普通のこと……なのにどうしてこんなにも……」

 

 小声でぶつぶつと言う簪。

 その表情は変わらず、不服そうだった。

 そんなことを言われてもといった感じだが、そのことは誰よりも簪が分かっている。

 けれど、当人である簪ですら分からないようなのでどうしようもない。

 睨まれるのも不機嫌でいられるよるのも好きじゃないが、今はそっとしておいたほうが。

 

「もう~かんちゃ~ん! ダメだよ~じぇらしっちゃうのは分からなくはないけど、顔怖~い」

 

「はぁ……? ジェラシーってまた変なこと言って……」

 

「変なんかじゃないよ~! だって今のかんちゃん、大切な親友である彼私に取られそうってめっちゃ嫉妬してじゃんか~!」

 

 本当に変なこと言った。

 取られるも何もないだろう。しかも嫉妬ってまたとっぴょうしもない。

 からわれ続けて流石の簪もそろろそろ怒るに違いない。

 そう思ったけども。

 

「なっ…!?」

 

 簪は耳まで真っ赤だった。

 その反応は図星だと言っている様なもの。

 

「――ッ!」

 

 バッと簪はそっぽを向く。

 今顔を見られたくないのは分かったけども。

 えっと……まさか本当に嫉妬して……。

 

「ち、違う……! 違うからっ……!」

 

「のわりには顔真っ赤ですけど~?」

 

「ほ、本音が変なこと言うからでしょ! 馬鹿っ! これビックリしただけ……! 本音なんてもう知らない……! あ、あなたも今のこと忘れて。ほ、ほら、早く再開しよっ……! 先に行くから……!」

 

 止める間もなく簪は、外へと出て行った。

 呆気に取られて俺は出遅れる。

 同じく取り残された本音は楽しそうに笑ってる。

 いいのか、それで。どうなっても知らんぞ。

 

「ん~よくはないけど~まあ、怪我の功名って奴かな。それにアレはただ恥ずかしがってるだけだから大丈夫~」

 

 大丈夫には見えない。

 まあ、あのままの調子でいられても困るからフォローの一つぐらいはしとおいてあげよう。

 

「おっ! 男前~! じゃあ、かんちゃんのことよろしく~!」

 

 気が変りそうになるな。

 

「ごめんって。でも本当、かんちゃんのこと……よろしくね。また怒られちゃうけど、君なら私は安心できる。大切にしてあげて」

 

 そう言った本音の声も表情も真剣そのものだった。

 言われずとも約束しよう。

 

「うんっ、ありがとうっ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 穏やかなひと時の中に見出した簪の決断

 運用試験を始めてから今日で四日が経つ。

 初日と一昨日までは基本行動のテスト漬けだった。

 満足が行くまで何度も試行錯誤を繰り返し、一昨日のアリーナ使用時間ギリギリにようやく完了した。

 時間こそはかかったが、ここまではある意味順調だ。初日のようなトラブルもない。

 そして三日目である昨日は武装関係のテスト。弐式開発の難所とも言えるところで、試験は早々に滞っていた。

 武装は静止状態では問題なく動いていた。

 ただISの基本である高速機動を行った状態での火器の使用が上手くいかない。

 なんでも簪曰く。

 

 「火器管制装置と機体のメインシステムの連動が上手くいかない。そこから来るエラーが影響して他の箇所のエラーも複数引き起こしている状態」

 

 簡単に言うと今の状態では火器が使えないのが今の現状。

 何より、弐式の要であるマルチロックオンシステムは未だ構築すら済んでいない。機体がようやく動かせるようになったと喜んでいたのも束の間だ。

 なのでその問題を解決する為、今日のアリーナを使った運用試験は一旦休み。

 簪は、朝から一人整備室に篭って問題解決に当たっている。本音に聞いた話によると昨日、夜遅くまで部屋でもずっとエラーを修正していたらしい。

 どおりで今朝一緒に走った時、いつも以上に眠そうだった。

 

 心配だ。

 だから今、俺は勉強を早めに切り上げ整備室に向かっている。

 休みを言い渡されたが、今の簪を一人放っておけない。

 それにそろそろ昼時だ。様子を見に行くには丁度いい頃合のはずだ。

 

 そうこうしていると整備室の前に着いた。

 まず呼び鈴を鳴らしてみたが反応はない。

 いないということはないだろうから、おそらく集中して気づいてないんだろう。

 事実、扉は開いた。中に入るか。

 部屋の奥に進むと展開待機状態の弐式と向かい合うように簪はいた。

 席に着き、案の定簪は空間投影ディスプレイを展開しながらキーボードを叩いて作業している。

 

「んんっ、んーん……」

 

 険しい表情を浮かべ、ディスプレイを睨む簪。

 辺りには使ったのだろうISのシステム関係の本が平積みにされていた。

 こちらにはまだ気づいていない。

 黙って入ったままというのもよくないのだろうから驚かさないよう、邪魔しないよう声をかけた。

 

「……ん? あ……何だ……あなたか。……どうしたの……? 何かあった……?」

 

 何かというわけではないが様子を見に来た。

 後は昼を誘いに来た。

 この様子なら昼時が近いということに気づいてない。

 

「お昼……? 本当だ……もうこんな時間」

 

 お昼行けるだろうか。

 

「どうしよう……」

 

 チラっとディスプレイに目をやる簪の表情は悩んでいた。

 見る限り、作業にこれといった進展があったわけではなさそうだ。

 それに今の簪は、何処か疲れた様子も見える。

 やはり、無理している。

 状況が状況なだけに無理もしたくなるだろう。

 しかし、根をつめるよりかは今は一緒に昼ご飯食べたい。

 

「もう、分かってる……心配しないで。ありがとう……そう、だね……お昼行こう」

 

 サッと簡単に後片付けを済ませると簪は弐式を待機状態に戻す。

 そして簪と俺は、学園の食堂へと向かう。

 その道中、簪は言った。

 

「その……ありがとう。お昼、誘ってくれて……」

 

 突然の感謝に少しばかり驚いた。

 別に礼を言われるほどのことでは。

 むしろ、邪魔したなと思っていた。

 

「邪魔だなんて……朝ごはん食べてからさっきまでずっとやってたけどあんまり進んでなくてそろそろ集中力切れてたから丁度よかった。あのまま一人だとお腹空いててもやめ時見失ってただろうし」

 

 そういうのはあるな。

 俺も課題やって行き詰った時、どうにかしようと躍起になって中々解けず時間だけ過ぎていった。

 ああいうのはやめるにやめられなくなる。

 

「だよね……はぁ……」

 

 ぽつりと簪が溜息をついた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

 別に気にしないが珍しい。

 落ち込んだ顔は見たことあるが、こんなあからさまに落ち込んだ様子を簪が見せるなんてあるものなんだな。

 あまり進みがよくないのは分かっていたが、これは思った以上によくないのか。

 

「うん……まあ、ね……いくつかエラーは修正できたけどまだ山積みだし、そんなたくさん時間かけてる余裕もない。正直……そろそろ本当に私一人だけの力じゃ限界、なのかも……」

 

 そうか、としか返す言葉が見つからなかった。

 こういう時、どういう言葉をかけるのがベストなんだろう。すぐには思いつかない。

 かと言って、力になれるほどその方面に強いわけでもない。

 それにまだ簪は諦めてはない。

 

「うん……後ちょっと、もう少しだけ一人でやってみる。もしもの時の対策も一応考えてあるから」

 

 だったら、俺が簪にしてあげられるのは変らず応援ぐらいなものだ。

 まあ、俺にでも手伝えることがあれば手伝う。後、様子ぐらいは見に行かせてもらう。

 

「分かった……いいよ。大したもてなしは出来ないけど」

 

 分かったと俺は頷いてみせた。

 そうして、簪と俺は学食に着いた。

 今日も並ばずにすみそうな感じだ。

 

「いらっしゃい! 相変わらずあなた達は仲良しさんね」

 

「……ど、どうも……」

 

 注文しにカウンターに行くと馴染みの食堂のオバちゃんがいた。

 微笑ましいといわんばかりの暖かい視線が突き刺さるようだが、適当に流す。

 簪はオバちゃんの圧に押されてビックリしているが。

 

「で、今日はどうする? 今日は冷やし中華定食オススメだよ!」

 

「えっと……私は、かけうどんの小で……」

 

 俺は勧められた冷やし中華定食を注文した。

 

「はいよ! 冷やし中華大盛りサービスしておくからね!」

 

 待つこと数分、料理が出てきてそれを受け取り適当なテーブルに隣り合わせて着いた。

 

「いただきます。……ねぇ、それ……本当いつも凄い量だね」

 

 冷やし中華定食は冷やし中華も大盛りだが一緒に出てきたから揚げも大盛り。

 それを見て簪は若干引いていた。

 

「引いてないってば……いつも凄い量なのに毎回よく食べれるなぁって思っただけ」

 

 毎回こんな感じだから慣れてきたってのもあるかもしれない。

 それに折角、サービスしてくれたのだから出されたものは残さず食べる。

 後は単純に食べるのが好きってのもあるが。

 

「へぇ……やっぱり、男の子なんだね」

 

 しみじみと言うが逆に何だと思ってたんだか。

 そう言う簪の食べる量はかけうどんの小だけと相変わらず少ない。

 女子だからそんなものなんだろうけど、それでお腹が満たされるのかついつい心配になる。

 

「これで充分。元々、そんな食べる方じゃないし……ガッツリしたのとか沢山食べるの苦手だから」

 

 そういうものか。

 確かに簪は肉とかそうガッツリ形は苦手だと言ってた。

 

「苦手なだけで食べられるけど進んでは食べない……それにあなたが一杯食べてるの見てるだけで余計お腹一杯になっちゃうよ」

 

 それはいいことなのか?

 まあ、簪が嫌そうにしてないどころか、嬉しそうにしているからいいのか。

 

「そっか……あなたは食べるの好きなんだ」

 

 簪は何やら一人納得していた。

 時折、笑みを見せてくれたりともうすっかり簪は元気だ。よかった。

 と、こんな感じで二人の昼食は過ぎていく。

 周りにちらほらと人はいるが、静かなもので穏やな時間が流れている。

 こういう時間好きだ。

 

「私もこの時間が好き。いつまでもこうしてたくなるなぁ」

 

 全くその通りだ。

 本当ならこうしていられないのは百も承知だが、簪とゆっくり過していたい。

 だが、それはやはり許されることではないらしい。穏やかな時間は突如として終った。

 

「よっ! 二人とも!」

 

 その言葉と共に現れたのは両手で昼飯を持った一夏だった。

 そう言えばこいつは今日、朝からトレーニングしているんだったけか。

 だから当然の如く、篠ノ之やオルコット達、いつもの五人組は一緒であり。

 加えて、今日は本音。それから谷本さんや四十院さん達までいた。

 

「いや~偶然そこでのほほんさん達と会って折角だから一緒に昼飯をってことになってな」

 

「そういうことなの~」

 

 偶然にしては凄い大所帯になった。

 一夏グループは俺の隣へ一夏から順に並んで座り、本音グループは簪と隣へ本音から順に並んで座っていた。

 本当に終りらしい。

 

「ごめんなさい……完璧フラグだった」

 

 小声で簪が謝ってきた。

 まあ、このメンツを見て同じことを簪も察するか。

 仕方ないな、こればっかりは。

 

「でもかんちゃん、よかった~」

 

 隣で食べ始めた本音がそんなことを言った。

 

「何が……?」

 

「お昼ご飯だよ。どうせ食べてないだろうなぁって思ってさっき皆で整備室見に行ったら鍵締まってていなかったから心配したんだよ~」

 

「どうせって……」

 

「でも、ちゃんと食べてて安心した~ありがとね~」

 

 本音にまで感謝されてしまった。

 今日は感謝されてばかりだ。

 そんなことを思っていると一夏がこちらを興味深そうに見ていることに気づいた。

 何だよ。

 

「いやさ、のほほんさんの呼び方変えたんだなって思ってよ。しかも、下の名前呼び捨てだし」

 

 今更過ぎる。

 呼び方を変えたその日に指摘され説明みたいなものはしたはずなんだが。

 第一基本女子の名前を下の名前で呼び捨てで呼ぶ一夏がそれを言うのか。

 

「それはそうだけどよ。お前が呼び捨て呼ぶの珍しいじゃんか。だから折角なんで俺も更識さんに呼び捨てで呼んでほしいなっと思って」

 

「えっ? わ、私……!?」

 

 簪は当然の如く驚いていた。

 何が折角なのかまったく意味が分からない。 

 一夏のことだ。ただ単に気軽に呼んでほしかったとかその辺だろう。

 

「よく分かったな。大体そんな感じだ。お前の親友なら俺の親友も同然だからな。同級生でもあるわけだし仲良くしたいんだ。名前はその第一歩だろ?」

 

 言ってることの意味は何となく分かったけども、今一つ腑に落ちない。

 だったら一夏が先に呼び捨てなり、あだ名なり親しみやすい呼び方で呼べばいいのに。

 

「それとこれは別だろ。それに更識さんを呼び捨てって更識さんはもちろん、お前にも悪いしさ」

 

 そのいやらしい笑みをやめてから言ってくれ。

 またいらない変な気を使ってからに。

 

「もっとも、更識さんさえ良ければの話だけど」

 

「う、うーん……別にいいけど……」

 

 いいんだ。

 

「それで早く済むならね。呼び方……下の名前呼び捨ては流石にちょっとアレ、だし……ここは無難にさん付けやめて……お、織斑とかで……いい?」

 

 その呼び方が一番無難か。

 

「苗字の呼び捨てか! いいな、それ! 気に入った!」

 

「そ、そう……」

 

「いや~今まで何かフルネームで呼ばれたり一夏って下の名前呼び捨てにされることばっかりだったから逆に新鮮な感じがするな! これで更識さんと一気に仲良くなれたな!」

 

「あ、うん……」

 

 嬉しそうな一夏とは対象的に簪はやれやれといった様子だった。

 相変わらずいきなりな奴だ。

 だが、これで気も済んだだろう。一夏のは。

 これですまないのが言わずもがな。

 

「お、織斑!」

 

「ん? どうした? ラウラ、いきなり名前呼んで」

 

「そ、その何だ! し、新鮮だろ! 私に苗字を呼び捨てにされるのは」

 

「あ~! ラウラずるいわよ! 私だって! 織斑! どう!?」

 

「鈴までどうしたんだよ。どうって言われてもな……新鮮ちゃ新鮮だけど。ラウラには昔フルネームで呼ばれたことあるし、鈴に苗字で呼ばれるのは初めてだけど別に今のままでいいぞ? 更識さんの真似しなくても」

 

「ぐっ……嫁の新鮮な気持ちを奪えぬとは夫としての矜持が! 更識簪、とんだ伏兵だ」

 

「ぐぬぬっ!」

 

「……っ!?」

 

 さも当たり前かのような状況。

 一夏を想う五人からの恨めしそうな視線を向けられ、簪は両肩を縮こませていた。

 可哀想だからやめてやれ。

 

「わ、分かってますわ!」

 

「い、言われなくても分かってるよ!」

 

「まあ、せっしーもデュノっち達もどうどう~」

 

「そのっ……なんていえばいいでしょうか。更識さん、お気になさらず。い、いつものことですしね」

 

「そ、そうそうっ」

 

「更識さん、ドンまい!」

 

「あ、ありがとう」

 

 本音が五人を宥め、谷本さんや四十院さん達に簪は慰めなれていた。

 

「賑やかだなぁ……でよ、これどういう状況なんだ?」

 

 原因の発端である一夏は不思議そうな顔しながらのんきに昼飯を食べていた。

 まったくこいつはどこまで大物なんだか。

 

 

 

 

「ご飯食べに行っただけなのに余計疲れた……」

 

 あれから二人で一旦整備室に戻った訳だが、一息つくなり簪はぐったりしていた。

 あれだけのことがあったんだ。無理もない。

 正直、俺もここを出た時よりも疲れた感じがする。

 昼飯に連れて行ったのはこちらなわけだし何だか悪いことをした。

 

「気にしたら負け……あれはもう天災みたいなもの……」

 

 言えて妙だ。

 思わず笑ってしまった。

 そしてここに戻ってきたということはそろそろ作業を再開をするはずだ

 

「そろそろね。でも……今物凄く眠くて……ふぁ~……」

 

 そう言って簪は手で口を押さえ欠伸を噛殺していた。

 昼飯を食べた後は眠くなる。加えて今は昼間。ある意味眠くなるベストタイミング。

 昨日から作業している疲れもあるだろうから、その眠気は一入だろう。

 

「うん……それでも作業は再開したい。だからね、よかったらだけど……眠気覚ましの話、聞いてくれない? 大した話じゃないけど」

 

 それぐらいならお安い御用だ。

 話していれば少しは眠気も覚めるだろう。

 で、話というのは一体。

 

「本当大した話じゃないんだけど……さっき、昼の出来事。何だかんだ楽しかったなぁって……だからこそ、改めて分かったことがあって」

 

 何をと俺は簪に尋ねた。

 

「当たり前のことなのは分かってるけど私の周りにはこんなにも沢山の人がいる。あなたや本音、皆が私のことを気にかけてくれている。なのに……いつまでも意地張ってるのは本当馬鹿らしいよね」

 

 意地というのはやはり弐式の開発のことだろう。

 

「言えた口じゃないのは分かってるけど正直なこと言うと私は今でも人の力を借りるのは甘えだと思ってる。だから、本音からアドバイスもらえても手伝ってとは言えないままだった。でも、そんなこと言えてる状況でもない。だから今一度前に踏み出そうと思って」

 

 前に……それはなんてことないことのように思えて、それは簪にとってさぞ勇気のいることなんだろう。

 簪の瞳が不安を踏み堪えるかのように揺れているのが何よりもの証拠。

 簪はどう前に踏み出すのか。

 

「本当は言いたくはない。認めたくはない。でも……私一人ではもう限界が来てる。だから開発を他の人にも手伝ってもらおうと思って」

 

 それが簪自信が下した決断。

 ということは本音達に手伝ってもらうのか。

 

「それは最終的な手段。まずは筋を通したいから倉持に協力を仰ぐ。こっちから言わないと、向こうからはいくら自社機体とは言え、更識家のこともあってアプローチしにくいだろうし。本音達に手伝ってもらえるようお願いするのはその後」

 

 確かに倉持に協力を仰ぐのはいいかもしれない。

 弐式は倉持製の機体。あそこなら技術力も確かで、元々開発予定だったのだからより専門的な協力は得られるだろうな。

 機体を請け負ったからとは言え、全部が全部好き勝手にできるわけないだろうし。

 

「まあ、それはそうだね。でも……今更、私が倉持に協力をお願いしても言いのかな……散々一人でやるって言ってたのに……出来ないからって都合よすぎる気もして。そもそも私なんかに手を貸してくれる人なんているのかな……」

 

 不安は尽きないものなんだろう。こういうのは。

 それでもやるしかない。やり始めれば、不安は過ぎていくだろうし。踏み出さないと何も始まらない。

 何が出きる訳でもなければ、何ができるのかも分からないが自分で力になれることがあればいくらでも簪を手伝う。

 だから、頑張ってみてほしい。

 

「ありがとう……そうだね、あなたがついてるなら百人力。よしっ、まずは倉持にアポ取らないと」

 

 そう言った簪は確かに前へと進み始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 簪の為にできること

 そう言えば、今日……。

 ふいにあることを思い出した。

 

「ん? ああ……うん、今日だよ」

 

 今日も今日とて早朝のランニングを隣で一緒にする簪が答えてくれる。

 簪が倉持に協力を仰ぐと決意した日から一日開けた今日。簪は本土にある倉持技研に赴く。

 

「アポ取れたからね。こういうのは画面越しよりも面と向かっての方がいい。こっちからお願いしに行くわけだし」

 

 確かにそれはそうだ。

 だが倉持へは簪一人で行く。正直言うと心配だ。

 一人で行けるのかとか一人で大丈夫なのかとかそういう心配ではなく……上手く表現できない心配がある。

 かといって今更着いていくこともできない。着いていったところで邪魔になるだけだろう。

 

「ふふっ」

 

 くすくすと簪に笑われてしまった。

 今までのやり取りで笑う要素なんてなかったはずだが。

 

「隣でそんな百面相されて笑わない方が無理。走りながらなのに器用……心配、してくれてるんだ」

 

 当然だろう。

 大切なことなのだから。

 

「私も不安がないわけじゃない。正直、アポ取る段階で門前払いされるって思ってたし……今日行っても本当に協力してもらえるかどうか」

 

 一瞬簪に不安の表情が過ぎったがパッと切り替えるようにそれでもと言って。

 

「やれるだけのことはやってくるよ……だから、大丈夫。そんな心配しないで」

 

 真っ直ぐな口調でそう簪は言った。

 強い簪は。

 だったら、俺が不安に思うのは野暮というものだ。

 上手く行くように祈るのみ。

 

「ありがとう……心強い」

 

 簪は嬉しそうにはにかんだ。

 

 

 

「かんちゃん忘れ物ない? ハンカチ持った? スマホ忘れてない? お金ちゃんとある?」

 

「大丈夫。忘れ物もない。部屋でも散々確認したでしょ」

 

「でもぉ~」

 

 早朝トレーニングをして朝食を食べた簪、本音、俺の三人はIS学園のある島と本土を繋ぐモノレールの駅にいた。

 本音と俺とでこれから倉持技研に行く簪の見送りの最中。 

 一夏が付けたのほほんさんというあだ名通り、普段はのほほんとしている本音だが今はせわしなくずっと簪のことを心配している。

 

「だって、あのかんちゃんが一人で出かけるんだよ!? 迷子なったら大変だよ! 知らない人に着いていったらダメだからね!」

 

「分かってる。そんな小学生じゃないんだから……後、迷子にもならない。向こうの駅着いたら車用意してもらってるし」

 

「それでも心配だよ~」

 

「はいはい、帰る前に連絡するから。ほら、もうモノレール来たから行くね」

 

 制服姿の簪がモノレールへと乗り込む。

 健闘を祈る。

 

「うん、ありがとう。行ってきます」

 

 ドアが閉まり、モノレールは本土へと行った。

 

「あ~あ、行っちゃった~」

 

 モノレールが見えなくなった後も本音はまだ心配そうに見つめている。

 過保護というかなんと言うか。

 思った以上に心配性なんだな。

 

「そりゃ~心配するよ~大げさかもしれないけどいろいろとあるわけだしさ~そういうそっちは全然平気そうだけど心配じゃないの~?」

 

 当然の如く心配だ。

 だが、こっちが心配して不安に思ったところでどうこうなるようなものじゃない。

 むしろこういっては本音に悪いが、心配してそわそわしてたら返ってこれから頑張ろうとしている簪を不安がらせて決意を鈍らせかねない。

 心配はあれどここは一つ帰ってきた簪が安心できるようドシっと構えて帰りを待つほうがきっといいはずだ。

 

「う~ん~! それはそうなんだけど~!」

 

 本音はまだまだ落ち着かない様子だった。

 まあ、こういうのは急には無理だろうから少しずつ。

 

 

 

 立て続けに重い銃声がアリーナに響く。

 打鉄のアサルトライフル《焔備》から放たれた銃弾は高速移動する仮想相手である浮遊ドローンの一機に掠る程度で撃破ならず。

 今度はドローンから銃弾が連射され、それをバックユニットに設けられたシールドを持つサブアームで防ぐ。

 そして、すかさず反撃に移り、次こそ浮遊ドローンを撃破できた。

 

 何回目かの挑戦になるが、回を追うごとにどんどん酷い結果になってきている。

 始めてからもう随分と長い時間経っていることだし、ここらで一旦休憩を取ろう。

 正直、集中できてない。

 本音には偉そうな事言っていたのに、心配を頭の片隅に追いやってもふとした時には考えてしまっている。

 切り替えなければと思っているが出来てないのが現状。

 

「よっ!」

 

 機体を解除してピットで休んでいるとその声と共に首元に冷たいものを当てられた。

 不意打ちにビクッとしながら振り向くとそこには案の定一夏がいた。

 首に当てられた水を渡され受け取ると一夏は隣に腰掛けた。

 

「訓練は……捗ってはなさそうだな」

 

 今の俺を見て察してくれたのだろう。

 

「お前は今日もパッケージを使った訓練だったか?」

 

 俺は頷いた。

 臨海学校前からテスターを任されている試作パッケージを使った訓練をやっていた。

 打鉄の両肩部分にある盾を収納し、背部に大型のバックパックを装備したのがこのパッケージ。

 仕様書によるとバックバックによる高機動化と稼働時間の延長。バックパックの上部に設けられた2基のサブアームで大型のシールドを携行し、防御力と防御範囲の拡張を目指したものらしい。

 使用時間にして約一ヶ月近く使っているから初めのころよりかは慣れたが、少しでも気を抜くと速さに振り回されてしまうのがこの装備の難しいところだ。

 

 そう言う一夏はいつもの五人と訓練していたはず。

 こんなところで油売っていいのか。後が怖そうだ。

 

「それは言わない約束だろ。休憩になったから隣のアリーナでやってるお前の様子見に来たんだよ」

 

 もっともらしいことを言ってるが体のいい理由つけて逃げてきたな。

 

「そ、そう言えば今日は更識さん外に出かけてるんだよな」

 

 図星だったようで誤魔化すように次の話題を振ってきた。

 簪が外、倉持に行ったことは一夏も知るところだ。

 それがどうかしたのだろうか。

 

「いや、出かけたの自体はどうもしねぇけど……何かお前心配そうにしてるだろ? 更識さんのこととかで何かあったんじゃないかって思ってさ」

 

 顔に出ていたのか。

 それだと何というか恥ずかしい。

 

「相変わらず無愛想な顔してるからそういうことじゃねぇよ。ただ雰囲気って言えばいいのか? そう言うの感じてな」

 

 こいつのこういうところ怖い。

 人のことになると本当に察しがいい。

 ここまで来ると流石としか言いようがない。

 

 心配ごとはある。

 簪が倉持に行くこともそうだが、帰ってくるまでの間ただこうして訓練だけしていてもいいのかどうなのかということ。

 訓練は大事だ。健闘を祈って待つことも大事だ。

 だが、簪が倉持で頑張っている間にただ訓練して待つだけじゃなく、それ以外で簪の為に何かできることはあるんじゃないかと考えてしまう。

 動けば自分でも何かできることがあるという自惚れがどこかにあるんだろう。

 それでもただ待っているのは性に合わないというかなんと言うか。やっぱり、何かしておきたい。

 そう言う心配みたいなものがあった。

 

「俺でよければ話ぐらいいくらでも聞くぜ! 思ってることがあるなら言ってみろよ。そりゃ解決はむりかもしれないけど吐き出すことで気持ち、楽になるかもしれないぞ」

 

 無性に今その言葉がありがたかった。

 一夏の言う通りだな。話すことで、何か考えが変るかもしれない。

 これは話半分の話。ISの開発って実際のところ何をどうするものなんだろうな。

普段簪がシステム構築をして開発を進めているのは知っているし。時には機体そのものを弄って細かな調整をしている姿も見ているから何となくは分かる。

 けれど、具体的に何をどうして開発するのか知らない。それっぽいことと言えば、授業で習った簡易整備ぐらいなものだ。

 

「難しいこと言うなぁ~。というかやっぱり、更識さん絡みだったか。うーん、そうだな」

 

 腕組をして唸り声を上げながら考え込む一夏。

 専門的なことになるだろうから難しい。

 

「専門的なことか……となると、整備科頼るとかどうだ?」

 

 そうなるか。

 あそこなら整備だけではなく、研究や開発もやっていると習った。

 専門的なことを習い腕も確かだろう。本音以外でも人手は多いほうがいいだ。

 でも、今は夏休みの真っ最中だ。帰省してないといいが……。

 いや、そもそも整備科って二年生だ。整備科の知り合いもいなければ、ましてや二年生の知り合いもいない。

 整備科なら来年からそこに進む本音を頼るべきなのか。交友の広い彼女なら伝とかあるだろう。

 でも、本音を頼るのもちょっとな……職員室に行ってまずは先生方に聞いてみるか。

 

「職員室って待て待て。相変わらず行動早いな……何も職員室に行かなくても手っ取り早く話し聞ける方法があるってのに」

 

 そんなものあるのか。

 

「あるぜ。新聞部の黛先輩っていただろ? あの人二年生でしかも新聞部だから裏情報みたいなのとか整備科のオススメの人とか教えてくれるかもしれないぜ?」

 

 思い出した。あの人か。

 入学したばかりの頃よく突然のインタビューや取材と称して後をつけられた。

 あまりいい思いではないのが正直なところだが、一夏の言うことは一理ある。

 先生方に紹介とかして貰うよりも、同級生同士横の繋がりから融通の効いた人を紹介してくれるかもしれない。

 もっとも相手が相手だからそれ相応の対価は払わないといけなさそうだ。

 そもそも連絡先知らない。そう思っていると一夏がしたり顔していた。

 

「心配無用だ。黛先輩の連絡先なら知ってるぜ。結構前に交換しといた。俺が連絡取ってやるよ」

 

 コミュ力お化けだ。

 だが、頼もしい。他人の手を借りること多少抵抗はあるがそれは今更。

 気にしない方向でここは一夏の力を借りよう。

 

「おうっ! 任せろっ!」

 

 一夏は気持ちのい返事をしてくれた。

 

 

 

 

 あの後、早速一夏は黛先輩と連絡を取ってくれた。

 そして無事、会う約束をすることが出来た。

 約束の時間は夕方頃。ちなみに今は昼の三時過ぎ。

 なので今日のもう訓練は早めに切り上げることにした。元々そんなに集中できてなかったんだ。こういう日は早いうちにやめておくことに限る。

 これで後はもう気兼ねなく約束の時間にいける。

 

 だがそうは問屋はおろさない。黛先輩に会いに行くのには一夏も同行する。一夏と俺がちょっとした取材を受けるのが会う条件だからだ。

 それはまだいい。タダで話を聞かせてくれるとは思ってなかった。それよりも問題なのが一夏。

 一夏自身はそこまで悪いわけじゃないが、こいつが動くと騒ぎになる。騒ぐのは女子達。特にあの五人。

 訓練を抜け出して俺のところまで来て自分達の知らないところで約束を作っていたんだ。あいつらが騒がないわけがなくそれはもう大変だった。

 

「いや~何か悪いなぁ」

 

 約束の場所である新聞部の部室へ一夏と向かっており、道中謝ってきたが悪びれた様子はない。

 へらへらしてる。こいつ、悪いと感じてもとりあえず謝ってるだけだろ。何がどう悪いのかこれっぽっちも分かってない顔してる。

 ちなみにこいつが謝ってるのはあの五人に問い詰められた件について。

 

『本当に! 一夏さんのこと頼みましたからね!』

 

『新聞部と何かあったら承知しないんだから!』

 

『嫁の安全が貴様に課せられた重要任務だと心得ろ!』

 

『一夏のことよろしくね。もしもの時は……ふふふふふっ』

 

『私は皆の様にとやかくは言わん。お前のこと信じているぞ!』

 

 とまあ、散々な言われよう。

 それだけ一夏はあの五人に想われているということなんだろうが当の一夏は分かっておらず、何とも報われない。

 過激なところがあるから仕方ないと言えば、仕方ない。

 

 そうこうしていると部室前に着いた。

 ノックをしてから一声かける。

 

「はい、どうぞー!」

 

 声がして、俺と一夏は中へと入った。

 

「いらっしゃい! 待ってたわ! 適当にその辺座って」

 

 出迎えてくれたのは黛先輩一人だった。

 新聞部らしく沢山の資料がまとめられているだろうファイダーがぎっしり並べられた本棚と高性能そうなパソコン類に囲まれているが、他の人の姿は見当たらない。

 そのことを一夏も気になったようで変りに聞いてくれた。

 

「あれ? 黛先輩一人なんですね」

 

「人が多いとあなた達、リラックスできないでしょ。それに折角の独占インタビュー、独り占めしたいじゃない!」

 

 黛先輩なりの気遣いなんだろう。理由はどうあれ、ありがたい。

 

「で、本題なんだけど……私に聞きたいことって?」

 

 聞かれて、整備科のことを尋ねてみた。

 

「整備科について知りたいね。それなら詳しいわよ。ていうか私、整備科所属だからね。しかも、自分で言うのもアレだけどこう見えて整備科のエースなのよ!」

 

「ええっ!?」

 

 一夏と一緒になって驚いた。

 詳しいどころではない。本場の人だ。しかも、エース。

 初っ端大当たりを引いた気分だ。

 

「何か用でもあるの? 機体の整備お願いしたいとかかな?」

 

 それもなくはないが今回は違う。

 簪には悪いが、今簪の置かれている状況。それと簪が人手を欲しがっていることを簡単に説明した。

 

「なるほどね……やっぱり、姉妹なのね」

 

 黛先輩が考え深げに言ったことが気になってまた尋ねた。

 

「あら、知らない? 彼女のお姉さんもISを自作したってこと」

 

「え? そうなのか?」

 

 驚く一夏に頷いて答える。

 それは知っている。でも、お姉さんは一人で開発したはずだ。

 

「まあ、実質一人で作り上げたようなものだけど……私も開発に協力したのよ」

 

  そうだったのか。

 

「と言ってもアドバイスとほんの少し手伝った程度だったけどね。ほとんど、たっちゃん……楯無ちゃんと三年生の布仏虚先輩の二人で作業してたから」

 

 ずっと疑問に思っていたことが解決された。

 やはり、お姉さんも全部一人で開発したというわけではなかった。

 それに布仏虚先輩って……本音のお姉さんだよな。整備科……姉がそうなら妹もというものなんだろうか。

 

「事情は分かったわ。まだ学園に残ってる子で腕のいいの充てはあるけど……その前に、一つ確認」

 

 黛先輩が尋ねてきた。

 

「話聞いた限りこの件って別に彼女お願いされたわけじゃないでしょ? それって余計なお世話じゃない?  そもそも君はどうして彼女の為にここまでするの?」

 

 お願いされたわけでもないのに、これは余計なお世話だろうことは分かっている。

 それでも、簪が頑張っているのに何かせずにはいられなかった。

 だから、どうしてと聞かれても好きだから簪の力になりたい。それだけしかない。

 

「お、おぉ……」

 

「は、はっきり言うわね……」

 

 驚く一夏と呆気に取られた様子の黛先輩。

 流石に簪のことを好きだとは言葉にしていないが、これでは言っているようなものだ。

 この反応は無理もない。

 しかし、これが本心。ネタにされるのも覚悟の上。ここで誤魔化すような事はしたくなかった。

 

「流石にここまでスパっと言われるとネタにしようがないわ。私にもそのぐらいの分別ついてるし」

 

「本当ですか?」

 

「失礼ね、織斑君。本当よ。誓ってもいいわ。ただし、いろいろ落ち着いたらそれ相応のことは聞かせてもらうけどね」

 

 楽しげな笑み浮かべて言われると怖いものがあるがそういうことならひとまずよかった。

 これで整備科の目処はついたか。

 

「ええ、とりあえず皆に話しておくわ。その後のことはちゃんと更識さんと一度顔を合わせてからになるだろうから、実際どうなるかはまでは確約できないけどね」

 

 そうなるな。

 それについてはまた上手くいくようにやるほかない。

 今一度黛先輩。そしてこの場を設けてくれた一夏に感謝した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 簪は一歩進み、一歩下がり、また一歩進む

「かんちゃん、遅いな~まだかな~」

 

 朝の時と変わらず、夜が近くなっても隣の本音は落ち着かない様子。

 心配する気持ちは分からなくないが、そろそろ寮に着くと連絡があったはずだろ。

 

「そうなんだけど~心配なものは心配だよ~!」

 

 相変わらずだ。

 

 黛先輩と会った後一夏を五人に返し、本音から簪がそろそろ帰ってくるという連絡をもらった。

 夕食前の今、寮の玄関で本音と簪の帰りを待っているというのが現状。

 

 寮玄関の自動ドアが開いて人が入ってきた。

 簪だ。今帰ってきた。

 

「かんちゃ~んー!」

 

「うわぁぁっ!?」

 

 姿を見るなり本音は簪に抱きついていた。

 それを簪は驚きながらも受け止める。

 

「あ、危ない……抱きつく必要ないでしょ。離して」

 

「だって心配だったもん! あっ、忘れてた! おかえりなさい!」

 

「はいはい、ただいま。ほら、離れる」

 

「あ~」

 

 ひっぺがされて本音は簪から離された。

 そして、俺も簪を出迎える。

 

「うん……ただいま」

 

 と普通に返事を返してくれる。

 のだが、何だろう。妙に引っかかるものがある。

 

「にしてもかんちゃん、帰ってくるの大分遅かったね。何かトラブルでもあった~?」

 

「ううん、大丈夫。ただ現状報告求められて、それに大分時間取られて遅くなった」

 

「そうだったんだ~で、その~……ど、どうだったの?」

 

「……」

 

 本音からの問いに簪の表情は、ほんの一瞬曇った。

 それで大体察した。

 本音も察したようで慌てて話題を変えてた。

 

「って、立ち話もアレだね。もうお夕食の時間だから先にご飯にする? それともお風呂? あ、疲れてたら先に休んでもいいよ~」

 

「ご飯にする。でも、先に荷物を部屋に置きたい」

 

「了解~! まあ、積もる話はいろいろとませて落ち着いてからのほうがいいよね。じゃあ、私はかんちゃんに付き添うから席の確保よろしく~」

 

 頷くと部屋へと向かう二人を見送った。

 心配ではあるが、今自分にできることはない。

 様子を見守ろう。

 

 

 

 

 一息ついてペンを置く。

 あの後夕食は簪達と食べれた。だがしかし、簪の表情は曇ったままだった。

 よほどのこと。いや、それ以上のことがあったのは間違いない。

 黛先輩、整備科のことを話すのはもう少し時間を置いてからの方がよさそうだ。

 なので簪のことは本音に任せる他なく部屋で勉強とかをしていた。

 

 もっとも、今は集中力とやる気が切れて何をするでもなくだらだらしてしまっている。

 どうしたものか。ぼんやりしている時だった。

 ふいにスマホが鳴った。手に取るとメッセージが来ていた。

 

《部屋行ってもいい? 今日のこと直接会って話したい》

 

 今からなのか。

 時間はまだ夜の八時過ぎ。外出禁止時刻ではないが正直、戸惑う。

 返事に迷っていると次のメッセージが来た。

 

《後、本音も行きたいって言って聞かないけどダメだよね? 場所は別にロビーとかでもいいよ》

 

 本音も一緒なら……まあ、いいか。

 あの件なら本音も関係あるし、二人っきりよりかはずっといいはずだ。

 場所についても俺の部屋でいいだろう。ロビーだと人目が気になるだろうし、変に聞き耳立てられていてももアレだ。

 俺は大丈夫だと返事を返した。

 

《ありがとう。すぐ行く》

 

 メッセージを読み上げ、スマホを机に置くと意味もなく辺りを見渡す。

 部屋は綺麗だ。服装も寝巻きではあるが、おかしくはないはず。

 言い表せない落ち着くを感じながら持つこと数分。部屋の扉がノックされた。開けに行く。

 

「おばんばん~」

 

「こんばんは」

 

 扉の向こうには本音と簪がいた。

二人も寝巻き姿。

 とりあえず、部屋の中へと招き入れた。

 

「これが男の子の部屋なんだ~地味だね~」

 

「こ、こらっ……! 本音っ」

 

 散らかさないし来た時から物増やしてないから地味なのは事実だ。

 二人には適当にその辺へと腰を落ち着けてもらい、お茶を出す。

 そして、いきなりで悪いが本題に移らせてもらった。

 

「そうだね。本題……うん。もう分かってると思うけど、今日の倉持の件ダメだった……」

 

 そう言った簪の声は沈んでいた。

 正直、帰ってきた簪の顔を見た瞬間からそうだろうとは思っていた。

 簪はショックを隠しきれない様子だ。

 

「断られることは覚悟してた……でも、いざこうなってみるとショック大きい……どこかで上手くいくって自惚れてたのかも……断られるにしてもただでは起きないつもりだったのに、何も……」

 

 簪のショックは相当デカい。

 出た時、あれだけ意気込んでいたのだから無理もないのかもしれない。

 そんな簪を本音は心配そうにしている。

 

「かんちゃん、その……大丈夫?」

 

「うん、大丈夫……スッキリした。もう、切り替える。ごめん、本音……気、使わせて……あなたもごめんなさい。こんな愚痴聞かせて」

 

「全然いいよ~! ね!」

 

 本音の言葉に頷く。

 溜め込んでいるものを吐き出してスッキリできるのなら全然構わない。

 

「でも、倉持の人に何か言われたりはしなかったの?」

 

「特にこれといったことは何も。開発についてもダメだしどころか一言も言われなかったし」

 

 倉持のスタンスは変わらない。

 簪に任せているから向こうから下手に手出しできないし、向こうとしては今更出る幕でもないといった感じなんだろう。

 まあ、変に細かい指示とかなかっただけまだいい方か。

 

「これからどうするかとか考えてる~?」

 

「もちろん。開発は続ける。自力で……それにあたってなんだけど、本音」

 

「? なぁ~に~?」

 

 簪の表情は真剣だ。

 いよいよ切り出すらしい。

 

「その……開発、手伝って欲しいんだけどいい……?」

 

「え?」

 

「別に無理にとは言わない。でも……本音がいてくれたら心強い……」

 

「無理だなんてそんな……! 全然いいよ~! めっちゃ頑張るよ~!」

 

「ほどほどでいいから」

 

 答えは分かりきっていたがそれでも快く本音が引き受けてくれてよかった。

 

「うん……本当にね」

 

「あ、でもでも~人手いるよね。私とかんちゃんの君の三人じゃ細かいところまで手が回らないし」

 

 俺まで数に入っているのか。

 調整相手にはなれるが開発は……。

 それより、人手だ。二人に話さなければならないことがあった。

 黛先輩、整備科のことを話した。

 

「ふむふむ、なるほど~それで昼間おりむーとなんかしてたんだ」

 

 知っているらしい。

 簪はどうなんだろうか。

 

「嬉しい……わざわざありがとう。新聞部の人に聞いたって……高くついたでしょ?」

 

 高くはついたが必要経費みたいなものだ。

 それにあくまで話をつけただけで、本当に引き受けてもらえるかは簪次第。

 

「うん……それでも整備科のエースの人達と話できるようにしてくれたのは本当ありがたい」

 

「私も伝手はあるにはあるけどほとんど皆帰省しちゃってるし」

 

 やっぱりそうか。

 後、そうだ。もう一つを伝え忘れていたことがあった。

 

「?」

 

 伝えるべきか正直迷うところではあるが、伝えておくべきだろう。

 二人のお姉さんについてのことを。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……」

 

 本音は不思議そうに首をかしげ、簪は目を伏せた。

 黛先輩から聞いたことをそのまま二人に伝えた。

 

「へぇ~そうなんだ~」

 

「お姉ちゃん、一人で作ったわけじゃなかったんだ……」

 

 簪は兎も角、本音まで知らなかったとは。

 

「姉妹だからって何でも知ってるわけじゃないしね~そういう話もしないし。後お姉ちゃん、楯無様の付き人してて忙しい人だから。今も楯無様と一緒に休学して仕事してるみたいだし……まあ、お姉ちゃんと一緒に開発してたのなら納得だね~」

 

 本音のお姉さんも簪のお姉さんと同じくとても優秀な人なんだろう。

 言葉の端々からそう感じた。

 それよりも簪だ。伝えることは伝えた。

 お姉さんと同じ人を頼るというのは思うのがあるだろう。大切なことであるわけだし、今ならまだ断りやすい。よく考えて欲しい。

 

「んー……まあ、正直複雑。でも、この機会を断ったところで頼る伝手があるわけじゃない。整備科の先生を頼って紹介してもらうってのもあるけど、帰省で人が少ない現状では難しい。仰々しい言い方になるけど背に腹は返られない」

 

そう言うのなら俺からこれ以上言うことはない。

 できるだけのことをしよう。

 

「そうだね。その通り……。仲介、お願い、できる?」

 

 その簪の言葉に俺はもちろんだと力強く頷いてみせた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 簪の行く道はどこまでも険しい

「……」

 

 隣で昼飯を食べる簪の手はあまり進んでいない。

 いつもこんな感じと言えば、こんな感じだが今日のことでまた緊張しているのだろうか。

 

「……う、うん……ごめんなさい、緊張しやすくて……」

 

 謝るようなことではない。

 緊張して当然だ。今日、この後のことも簪にとって一大事。

 

 簪と本音に黛先輩と整備科のことを話した後、簪には黛先輩の連絡先を伝えた。

 それが先日の出来事で、一日経った今日は黛先輩が声をかける整備科の人達と簪が一度顔を会わせる日。

 ちなみにこの後、お昼過ぎに会う予定とのこと。

 

 緊張している彼女をこういう時、どう言葉をかければいいのか。

 頑張れというのは何だか無責任な気がする。

 だから、応援していると気の効かない言葉しかかけることが出来なかった。

 

「ありがとう……あなたの言葉ならどんな言葉でも力、沸いてくる。頑張る」

 

 真っ直ぐな眼差しを向けながら言われると言葉も相まって、照れくさいが俺も真っ直ぐ受け止める。

 上手くいくよう祈ろう。

 

「って、私いるの忘れてない~? 二人の世界に入らないでよ~!」

 

 忘れてないし、入ってもいない。

 

「あ……本音居たんだ」

 

「ひどい!」

 

 簪、本音相手になると扱いが凄いな。

 仲の良さあってのことなんだろうが。

 

「嘘嘘……冗談だから」

 

「かんちゃんの冗談は心臓に悪いよ~」

 

「ごめんなさい……本音、よろしくね」

 

「それはもちろん!」

 

 本音は自信満々の様子で胸を張った。

 顔合わせには本音も立ち会うことになっている。

 俺は立ち会えない。立ち会うべきでもないだろう。

 だから、ここは心配であるが本音に簪を頼むしかない。

 

「うんっ! まっかせて~! かんちゃんを清い体のままお見せするよ」

 

「何それ……もうっ」

 

「あはは~」

 

 和やかな空気が流れている。

 楽しげに簪は笑っていて、もうすっかり緊張は解れたようだ。 

 

 

「じゃあ、また夕飯の時にな!」

 

 一夏のその言葉に返事を返して更衣室を出た俺達は別れた。

 これから一夏はあの五人の元へといくらしい。

 そんなことには付き合ってられないので俺は一人寮へと帰る。

 

 簪と本音が顔合わせに行った後、俺はいつもと変らず一夏との訓練に行った。

 今丁度終ったところ。内容はさして語るほどでもなくいつも通り。

 時間は夕方。流石にもう顔合わせは思っているだろう。

 スマホには特に簪や本音からの連絡はなかった。まあ、わざわざ知らせるようなことでもないか。

 もしかすると、顔合わせから具体的な話し合いに進んでいるのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると寮に着いた。

 中に入ると玄関の横にある談話スペースに見知った人達を見た。

 

「……」

 

「はぁ……」

 

 珍しくあからさまに怒っている本音。

 それから落ち込んでいる。いや、そんな本音に飽きれている簪の二人が居た。

 見かけたのにこのまま通り過ぎるのもアレだ。ひとまず声をかけた。

 

「あ……お疲れ様」

 

 普通に返してはくれた。

 深くは落ち込んでないみたいだ。

 

「えっと、とりあえず……座る……?」

 

 言われて簪の隣に座る。

 簪はいいとして、本音はまだ怒っている。

 初めて見たこんな本音。叫ぶような怒り方でなく、ただ静かに怒っている。これは初めて見ただけでも本気で怒っているのが分かる。

 何かあったに間違い。その何かとなると思い当たるのは顔合わせ。そこで何かあったんだろ。

 それに顔合わせが結果的にどうなったの気になる。本音の様子を見る限り、上手くはいかなかったのは想像つくが。

 

「……あの、ね……整備科の人達の話なんだけど……」

 

 簪の方から話を切り出してくれた。

 

「ごめんなさい……断られちゃった」

 

 思ったとおりではあった。

 しかし簪はショック受けてないどころか、まったく気にしてない。

 

「思うものがないわけじゃない……でも、気にしたところで事実はどうしようないから。それに先輩達には悪いけど最初から断られるの覚悟したし、実際顔合わせた瞬間の相手の反応からしてすぐ無理だって分かったから軽症で済んだ。むしろ、今まで運がよ過ぎた」

 

 しっかりとした口調で言う簪の姿には強さすら感じられた。

 簪の気持ちは分かった。

 だとすると本音は一体何に怒っているんだろうか。やはり、断られたことで?

 

「それは……ほ、ほら、本音、いい加減機嫌直す。済んだことだから……いいでしょもう」

 

「よくないよ! あったまに来る! 先輩達が言った事許せない! かんちゃんのこと馬鹿にして、かんちゃんは別に彼のことを!」

 

「本音っ!」

 

「っ!」

 

 簪の語気の強い呼びかけに本音は押し黙った。

 具体的にどういうことを言われたのかは分からないが、間違いなく俺のことを言われて断られたんだ。

 悪いことをした。俺がいなければ、言われる必要もなかった。

 

「気にしないで……って言っても気にするだろうけど……むしろ、こんなこと聞かせてしまって私のほうこそごめんなさい」

 

 簪が謝ることはないだろうに。

 

「かんちゃん、お、怒ってる?」

 

「……当たり前でしょ。本音が私のことを思ってくれてるのは分かる。でも、あんなこと彼には聞かれたくなった」

 

「うっ~……ご、ごめんなさい」

 

「謝るのは私にじゃない」

 

「はいぃ……ごめんね」

 

 曖昧に頷くことしかできなかった。

 

「黛先輩にも改めて謝らないと」

 

 まさか大事になったのか。

 

「違う違う~言い返さない私達にガァーって言い続ける整備科の先輩達を何度も宥めてくれたの~」

 

「うん……黛先輩、板ばさみみたいになっちゃって……」

 

 それは一言言っておいた方がよさそうだ。

 

「……さて。気持ちの切り替え……これからどうするのか考えないと」

 

「これからって~?」

 

「これからはこれから。今以上の開発するにはどうしても人手がいるけど今回のこれじゃあ余計に難しくなっただろうね。今回のこと伝わるだろうし、元々夏休みで人が少ない。ダメもとで整備科の先生にも相談してみようかな」

 

 簪はもう前を見て動き出そうとしていた。

 凄いな。

 

「そんなことない……断られたからって私がやめる理由にはならないだけ。ダメならダメなりに他の方法模索、でしょ……?」

 

 微笑み混じりにそう簪は言った。 

 簪は確かに強くなった。変っていっている。

 そんな彼女に俺は何をしてあげられる。

 どうすれば力になれるのだろうか。それはまだ見えない。

 

 

 

 

 夜となると人の減りが目立つ寮食堂。

 賑やかな場所であるが、夏休み前と比べてしまうと随分静かになった。

 

「寂しくなったよな……」

 

「分かる~寂しいよね~」

 

 隣で飯食ってる一夏と前のほうで食べている本音は本気で寂しがっている。

 らしいと言えばらしいが、このぐらいの方が食べるのには丁度いい。

 

「かんちゃんもそう思うでしょ」

 

「……」

 

本音の呼びかけに簪の反応はない。

難しい顔しながら黙々と食べ進めている。

そんな様子を見て本音は心配そうにもう一度呼びかけた。

 

「かんちゃん、大丈夫?」

 

「あ……ごめん。私も、このぐらいほうがいい……」

 

 話は聞いていたようだ。

 隣で同じ様に食べている簪は同意してくれた。

 あの騒がしさは嫌じゃないが、結構うるさいものがある。

 

「更識さんまで。連れないな……」

 

 そういうものか、これは。

 

「だってそうだろ。明日からセシリア、イギリスに帰ってしまうし……」

 

「わ、私ですか!? 一夏さんは私が居なくなると寂しいと!?」

 

「そりゃもちろん。こうやって皆でワイワイ賑やかに過せなくなるからなぁ」

 

 一夏らしい無難な答え。

 怖かった周りの目も穏やかになったが、セシリアはガックリ落ち込んでいる。

 

「そ、そうですわわね……ま、まあ、私も一夏さんと同じく寂しい思いではありますが、イギリス代表候補、そしてオルコット家当主。夏休みとは言え、やらなければならないことは山済みですから」

 

「うへぇ~大変だな、やっぱ代表候補ってのは。他の皆は国に帰ったりしなくてもいいのか?」

 

「何度も言っているでしょ。この時期に国に帰ったらいろいろと大変なのよ。代表候補のことは日本にできるわけだし」

 

「僕も似た様な感じかな。帰る気しないってのもあるけど」

 

「だな。部隊のことは気になるが概ねのことは画面越しでどうにでもなる。何より、私の帰る場所は嫁のところだけだ」

 

 代表候補もいろいろとあるんだな。

 

「更識さんも夏休み帰らないんだよな?」

 

「……えっ? ああ……私……? まあ……その、いろいろ学園でやりたいことある、から……」

 

「そっか」

 

 そういう一夏もそろそろ地元に戻るとか言っていたのを思い出す。

 

「ああ。家の様子見ておきたいし、地元の友達とも遊びたいからさ。何より、箒……篠ノ之神社の夏祭りも行くから盆過ぎまでいるかな」

 

 結構長くいるんだな。

 まあ、一度帰ったら始業式の前の日まで帰って来ない生徒がほとんどらしいから一夏も例に洩れずか。

 といった感じで夏休みの話題で盛り上がる。というか、一夏に家に遊びに行く行かないの話題で騒がしい。

 けれど、俺が気になったのは簪のことだ。

 

「……」

 

 また難しい顔して食べている。

 いつもより反応が悪かったから、おそらく考え事でもしているんだろう。

 簪が今考えそうなことと言えば、弐式の開発についてだ。

 時間がおしいといったあたりなのだろうが、隣でそんな難しい顔をされては心配してしまう。

 

 一方で俺が心配しても仕方ない気もしてしまう。

 ご飯はちゃんと食べていて、受け答えも反応が遅いだけでしっかりしている。

 今は考えていたい時だろうし、そっとしておくべきなのか……。

 

 

 

 それは食べ終えた食器を簪と一緒にキッチンの方へ返した時だった。

 

「更識さん達、ちょっといいですか?」

 

 声をかけてきたのは先に部屋に戻った四十院さんだった。

 

「大丈夫ですけど……何かあったんですか?」

 

「いえ、そこで黛先輩と会って……お二人に用があるとかで今、玄関先の談話スペースで待っているんですけど」

 

「黛先輩が……」

 

 確かめるようにこちらを見てくる簪と目が合う。

 先輩がどちらか一方でなく二人に用があるのなら、間違いなく整備科のことなんだろう。

 それぐらいしか思いつかない。しかし、何の為に。

 

「分かりました。四十院さん、わざわざありがとうございます」

 

「いえ」

 

 四十院さんは軽く会釈すると友達の方へといった。

 待ってくれているのなら、行くしかないか。

 

「うん……行こう」

 

 簪は頷き、共に玄関先へと向かう。

 すると教えられた通り、、談話スペースに黛先輩がいた。

 

「こんばんは。ごめんなさいね、呼び出して」

 

「こんばんは……それはいいんですけど、あの……どうかしたんですか……?」

 

 早速簪が問いかけた。

 

「いや、その、ね……謝っておこうと思って、昼間のこと。大口叩いたわりにはあんなことなっちゃったばかりか、あの子達の暴言とめられなくて……本当、ごめんなさい」

 

「せ、先輩……!?」

 

 頭を下げて謝られ簪と俺はビックリする。

 表情を見るに本気で謝っている。

 悪気を感じているのは分かるが、こう頭を下げられるとこっちまで悪気を感じてくる。

 というか先輩、案外真面目な人なんだな。

 

「や、やめて下さい……黛先輩が謝るようなことじゃないです。ああなったのは私の態度が悪かっただけかもしれませんし……本当、大丈夫です。私の方こそすみませんでした。黛先輩には仲裁してもらうばかりか、板ばさみにしてしまって」

 

「あれは流石にいくらなんでも言いすぎだから止めないといけなかったしいいのよ、謝らなくても。本音ちゃんの機嫌はどう? あんな怒った本音ちゃん見たの始めてだったからビックリしたわよ」

 

「機嫌のほうはもうすっかり……すみません、ご心配おかけして」

 

「いいってば、謝らなくて」

 

 お互い謝りあって一応話はついたみたいだ。

 わざわざ直接顔を合わせてなんて大げさな気もするが、これでよかったんだろう。

 しかし、この流れなら俺いらなかったのでは。

 

「君にも謝っておきたくてね。期待しないでとは言ったけどこんなことになったわけだし、それにその……あんなこと言われたって知ったら、流石の男子でも気分悪くしちゃうだろうし」

 

 あんなことが具体的にどんなこかは知らない。

 だが、ここは知っている風な反応をして曖昧に頷いておいた。

 どんなことを言われたか大体想像つくが知らないことを知られれば、それはそれでまたややこいことになりかねない。

 横目でチラっと見えた暗く複雑そうな顔をする簪を見る限り、言った内容は知られたくないようだから。

 

「そろそろ私戻るわね」

 

「……はい。今日はいろいろとありがとうございました」

 

「まあ、私個人でも力貸すから何か困ったことがあったら言って遠慮なく頂戴。じゃあ、おやすみっ」

 

「おやすみなさい」

 

 俺も同じ様に先輩に言葉をかけ、簪と共に帰っていくのを見送った。

 

 俺達は談話スペースにぽつんと取り残された。

 どうしたものか。

 いや、ことは済んだのだからとっとと解散して、自室に戻るなりすればいい。

 

「……」

 

 でも、俯き沈んでいる簪が隣に居るのにそれを見てみぬ振りは出来ない。

 そっとしておくべきなのかもしれない。変に心配したところで仕方ない。何かできるわけじゃない。むしろ、何かすることで傷つけてしまうかもしれない。分かってる。

 分かっているけど、やはり簪をこのまま放っておけなかった。

 

 部屋へと誘うことにした。

 

「……」

 

 俯いていた簪が顔を上げ、俺の目を見る。

 

 何を言っているんだ、俺は。

 急すぎる。こんな夜に誘われても困らせるだけだろ。

 このままここにいても気分は変らないだろうから、場所を変えて気分転換でもと思ったがいくらなんでもこれは……。

 

「行く」

 

 はっきりと聞こえた。

 だが、そう言ってもらえるなんて思ってなかったから、聞き返してしまう。

 それでも簪の言葉は変らない。

 

「行く」

 

こうもはっきり言われては引き下がるに引き下がれない。

分かったと頷き、俺達は部屋へと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 簪へと伝わる……

 簪と二人俺の部屋へと来たものの、これで何かが変るというわけでもない。

 テーブルを挟んだ向こう側。簪は出したお茶を見つめ口を閉ざしたまま。

 この状態が続いてかれこれ五分ほど経つ。

 

「……」

 

 また何か考えているみたいだが、談話スペースにいた頃と比べて顔色はよくなっている。

 だから、後は何か話し出してくれるのを待つだけ。最悪、話してくれなくても構わない。

 気分転換できたのならそれだけで。

 

 そう思いはするが、結局俺ができるのは待つことぐらい。

 今思い悩んでいる彼女にこそ救いの手を差し伸べるべきで、そうできたらどれほどいいことなのかは分かっている。

 だが、俺に誰かをヒーロー的に救い上げるなんて力はない。そんなことできるのは物語のヒーロー、それこそ一夏ぐらいなもの。

 それでも簪の力になりたい。救い上げられないとしても辛い時苦しい時隣にいて、共に同じ道を前へと歩くことはできるから。

 俺はこうして今傍で簪を待つ。

 

「……」

 

 簪は相変わらず口を閉ざしたまま。

 待つと決めたが、現実問題としていつまでも沈黙のままというわけにもいかないだろう。

 どうしても時間は過ぎていく。俺達には自室からの外出禁止時刻という門限がある。

 そろそろ声を大丈夫なはず。少しは気も紛れただろう。

 

「うん……ありがとう。楽になった」

 

 ぎこちなさはあるものの簪は笑みを見せてくれた。

 なら、よかった。

 

「それから、その……――」

 

 次に簪が何を言うのか容易に想像がついて、言われる前に遮った。

 それはこちらの言葉だ。

 理由がなんであれ、突然部屋につれてきてしまった訳だし。

 

「行きたいって言ったのは私だから気にしないで。来てよかった」

 

 充分だ。

 そうしてまた沈黙が生まれる。

 だがしかし、先ほどと比べて重苦しさみたいなものはない。

 ただ静かに時間が流れていく。

 

「……――っ、……」

 

 簪が何かを言いたそうにしていることに気づいた。

 何かを言いかけて躊躇らってはやめる。

 遠慮しているみたいだが、待つからゆっくり言えばいい。

 

「うん……本当、聞かないんだなぁって思って。気になるでしょ? ……整備科の先輩達とのこと」

 

 そのことか。

 気にならないと言えば、嘘になるが簪は口にしたくもないだろうし、知られたくもないんだろ。

 だから、あの時本音を止めた。

 

「それは、そう……だけ、ど……」

 

 なら、聞かない。

 どんなものだったのは大体想像がつく。それで充分なはずだ。

 誰だって悪口なんか聞きたくなんかない。

 

「はっきり言うね」

 

 嘘ついても仕方ない。こんなのは。

 簪に真実を抱えさせてしまうことにはなる。ちゃんと知って、分かち合うべきなのかもしれない。

 それでも言いたくないものは言いたくない。聞きたくないものは聞きたくない。

 だったら、これでいい。

 すぐにとはいかないが、忘れていく方向性でもういいだろう。

 

「忘れる……それが一番、か……」

 

 もちろん場合によるが、覚えていてもいいことはないだろ。

 何かしていれば、自然と忘れていけるはずだ。

 

「でも、もう少し上手くやれてたらなぁ……と思ってしまう。忘れてしまうべき、今更仕方ないって分かってるんだけどね」

 

 何処か自虐気味な笑みを浮かべながら簪はそう言う。

 今まで悲観的なことを言うことはあったが、こういった自虐地味なのは初めて見る。

 思った以上にショックは大きいみたいだ。

 

 上手くやれてたらという後悔は俺にもある。

 今回のことだってただ間を取り持つだけでなく、事前にもっといろいろなことを確認できていたら少しは……と。

 それも結局は結果論。仕方ないこと。でも、仕方ないで片付けてしまいたくはない。

 

 だって、今目の前で簪が悲しんでいることは仕方ないことになってしまう。

 それはあんまりだ。

 

「……」

 

 何度目かの沈黙が訪れる。

 再び沈んだ顔をする簪に対して、俺は何ができるんだろうか。

 待ちの姿勢のままではダメだ。だから、何かしてあげたい。

 

 何か……大したことは出来なくても、せめて声をかけて励ますぐらいはできる。

 けれど、どう声を。どんな言葉をかければいい。

 考えを巡らすが、浮かんではすぐ否定的な意見とぶつかり打ち消しあうばかり。

 

 いや、もうあれこれ考えるのはやめだ。

 心のままに。最初に思い浮かんだ言葉を言おう。

 まずは名前を読んで。

 

「?」

 

 そして、伝える。

 頑張ったねと。

 

「……」

 

 呆気取られたような顔をする簪。

 流石に急すぎた。突然こんなこと言われても困るだけか。

 そう思っていると。

 

「……っ」

 

 ぽろぽろと涙をこぼしながら簪は泣いていた。

 俺は慌てふためく。

 泣くほど嫌だったんだろうか。やっぱり、余計なお世話だったんだろうか。

 罪悪感が沸きあがってくるのを感じる。

 

「ちがっ、違うのっ……嬉しくて。こんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったから嬉しくて涙が勝手に」

 

 簪のそれは嬉し涙だった。

 笑みを浮かべながら簪は小さく泣く。

 嬉しさから来る涙だと分かってひとまずホッとした。

 

「ごっ、ごめんなさいっ。待……っ、待ってっ、今すぐ泣き止むからっ」

 

 眼鏡を取り、手の平で両目を覆っては泣き止もうとする簪。

 堪えようとしても涙は一向に止まってくれない。

 隙間から涙が零れだしている。

 

 どうしようもなく溢れてくるのなら我慢はやめたほうがいい。

 返って毒だ。

 

「でも……どうしたら、いいのか……分からな……っ」

 

 泣けばいい。

 泣いていいんだ。我慢なんてしなくていい。

 だって、その涙は嬉し涙なんだから。

 我慢しないでいてくれるほうが俺は嬉しい。幻滅したりなんかしない。

 

 とは言うが、言葉ではいくらでも言えてしまう。

 言葉だけではダメだ。足りない。言葉だけでなく、身をもっても示さなけばならないと思う 

 その為に俺は簪の両肩を掴んで優しく抱き寄せた。

 

「……」

 

 簪が小さく驚いているのが分かる。

 いくら泣いてもいいと言われても、泣いている姿なんて真面真面と見られたくはないだろう。

 だから、こうしていれば泣いている姿を見られることもなく少しは安心できるだろう。ただそれだけの安易な発想だが、泣いている彼女をただ見守るのも嫌だった果ての行動。

 

「……っ」

 

 突き放されるかもしれないとも思っていた。だが、そんなことはなかった。

 むしろ、簪の方からこちらへと身を預けてくれた。

 そして、簪は俺の肩でもう我慢することもなく嬉し涙を流し、静かに泣いた。

 

 

 

「……よし。そろそろ私……」

 

 気づけば、もう時間。別れの時。

 ドア前まで行き、俺は帰ろうとする簪を見送る。

 

 泣いた後で簪の目元は赤くなっているが、泣いて気が晴れたようで簪はすっきりとした顔をしている。

 

「おかげさまで。……それでその、肩……」

 

 申し訳なさそうに視線を簪は肩へと向ける。

 そこは簪の涙でほんの少し濡れた場所だった。

 見てると思わず、思い出してしまう。簪が泣いていたこと。そして、肩とは言え抱きしめてしまったことを。

 

「~っッ!」

 

 簪も思い出したのか、お互い顔を真っ赤にして照れあう。

 事情があったからとは言え、恥ずかしいものがある。時間を置いたから余計に。

 

「き、気持ち悪かったら洗濯していいからっ。む、むしろっ、私のほうで洗濯するけどっ」

 

 そこまでする必要はない。

 気になるみたいなので、後でちゃんと新しい寝巻きに替えておく。

 このままは気が引けるんだろう。

 

「そ、そうしてくれると嬉しい。汚しちゃったのは確かだし……恥ずかしいから、いろいろと……」

 

 ここは分かったと頷くしかなかった。

 いろいろについて聞くのは野暮。想像がつく。

 俺だって同じだ。

 

「じゃあ、本当に帰る。今日はいろいろありがとう。嬉しかった……凄く」

 

 胸の前で抱きしめるように両手をぎゅっと握る簪を見ているとこちらまで嬉しくなった。

 礼を言うならこちらもだ。

 たくさんたくさん頑張って今の簪がこうして目の前にいてくれるのが嬉しい。

 ああして素直になってくれたのは信頼してくれているからなんだと伝わってきて嬉しい。

 

 また何かあったら頼ってほしい。

 何かできるわけでもないが、それでも簪の力になりたい。

 少しぐらいは支えられると思うから。

 

「……どうして……」

 

 簪がぽつりと何かを言った。

 

「どうしてあなたはそこまで私にしてくれるの? 同情してくれてたから? 哀れんでくれた?」

 

 一瞬、何で聞かれてるのか分からなかった。

 俺は簪にそんな風に見られ、思われていたのか。

 それとも試されているのか。

 

 どれだっていい。

 こういう問いは今まで聞かれてきた。答えは変わらない。

 俺は簪のことが――。

 

「――! あ、あの! へ、変なこと聞いちゃったね。えっとっ! お、おやすみなさいっ!」

 

 止める暇もなく簪は足早に帰っていった。

 

 俺は一人その場に取り残される。

 拒絶された? 逃げられたしまった?

 俺は気持ちを伝えられなかった? 言葉を口にできなかった?

 

 いや、違う。

 俺は確かに見た。見間違えない。

 ちゃんと気持ちを言葉にして伝えた瞬間、嬉しそうに輝いた簪の目を。

 耳まで真っ赤にして帰る照れた簪の後姿を。

 

 俺の気持ちは簪に伝わってしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話―幕間ー彼への想い、私の思いはどこまでも……

「ほいじゃあ、電気消すよ~」

 

 本音の言葉と共に部屋の明かりは消え、暗くなる。

 布団に入ったのはいいけど眠くない。眠気がまったくない。

 けれど、明日も早いから布団の中でじっとして早く寝られるようにしないといけない。

 眠くないからってスマホ弄ったりなんてもってのほか。

 でも、眠くないものは眠くない。

 ぼーっとするしかなく。そうしていると頭の片隅に追いやっていたことが頭をよぎる。

 

 あれから……整備科の先輩達との話し合いが失敗に終わってから二日経った。

 一応整備科の先生に相談してみたけどいい反応はもらえなかった。

 夏休みの今は人手がなく、戻ってくるのを待っていたら二学期になる。けれど二学期からは新たな行事に向けて忙しくなってと人手がいても時間がない。

 ひとまず本音と二人で開発を進めることにした。本音のおかげで機体の状態はかなりよくなった。

 と言っても開発の進み具合自体は変わってない。現状調整が甘いところ全て洗いなおしただけ。

 それでも本音の力を借りて正解だった。自分の調整の甘さや発想の弱さを痛感させられた。

 本音も布仏の人間。例に漏れず優秀だ。

 

「ねぇ、かんちゃん」

 

 てっきり寝たと思っていた本音がまだ起きていて突然声をかけてきた。

 

「何……」

 

「あー……んー、やっぱりなんでもなーい。ごめんね~おやすみ~」

 

 その言葉の後、布団を深くかぶる音が聞こえた。

 何か言いたげだったけど、何を言いたかったんだろう。

 気にはなったけど、聞く気にはなれず、そっとしておいた。

 

 考え事に耽るのもよくない。私もさっさと寝てしまおう。

 でないと余計なこと考えしまいそうで。

 

「――」

 

 布団を頭の先でかぶってみたけど、苦しくてすぐ頭を出してしまう。

 そして、考えは振り払えない。

 どうしても彼のことが思い浮かぶ。

 二日経ったのは彼の部屋で泣いてしまった日からもそうだ。

 

 頑張ったね。

 そんな風に褒められるなんて思ってもみなかった。

 私は臆病で卑怯者で失敗ばかりでいいところなんて全然ないのに。それでも褒めてくれた。

 嬉しかった。でも、その嬉しさはただ褒められたからだけなんだろうか?

 褒められたこと自体はある。本音だって褒めてくれる。

 この嬉しさは彼が褒めてくれたからこそなんだ。はっきり言いきれる。

 だから、嬉しくて思わず泣いてしまった。

 

 正直、泣いていると自覚した瞬間すごく恥ずかしかった。

 泣いたら彼を困らせるだけで。泣いている姿なんて見られたくない。

 けれど、我慢しようとすればするほどどうしようもないくらい涙があふれてしまう。情けなくて仕方ない。

 けれど、泣くことを彼に許してもらえた時とても安心した。

 幻滅したりなんかしないと言ってもらえたどころか、言葉を示すように抱きしめてくれた時、すごく嬉しくて私は我慢することもなく泣いてしまった。

 あんなに泣いたのはいつぶりだろう。多分……初めて。人前で泣いたのだってそう。

 

「暖かかったな……」

 

 ぽつりとこぼれたそんな言葉。

 抱きしめられた時伝わってきた彼の温もりは暖かく心地よかった。

 

 返していかなきゃ。

 こんなにもたくさん想われて、してもらっているばかりじゃいられない。

 私も彼に何かしてあげたい。させてほしい。

 でも、私が彼にしてあげられることって何だろう? 彼の支えになる? 想い続ける?

 

「……はぁ」

 

 ため息をひとつ。

 わざとらしく考えるのはよさそう。

 分かっている。私が彼にしてあげられること。してあげなきゃいけないこと。

 私は彼の想いに答えてあげなければならない。

 

 『どうしてあなたはそこまで私にしてくれるの? 同情してくれてたから? 哀れんでくれた?』

 

 酷いことを聞いたと冷静になった今になって後悔ながらに思う。

 あの時は知りたかった。気になってしまった。

 こんな私に構ってもいいことなんてこれっぽっちもない。

 期待した答えがあったわけじゃない。いっそ同情でも哀れみでもいいから知っておきたかった。理由がないほうが怖い。

 

 そんな思いを超えて彼はまっすぐな視線を向け、はっきりと言ってくれた。

 私のことが好きだから、と。

 

「――っ」

 

 思い出しただけで熱が湧き上がってくる。

 耳が。顔が熱い。

 ちゃんと聞こえた。聞き間違えない。

 嬉しい。彼も私と同じ気持ちでいてくれてたなんてまるで夢みたい。

 でも、これは紛れもなく現実。

 私達の気持ちは同じところへと向いてる。

 

 嬉しすぎて思い出すたびにいても立ってもいられなくなる。

 実際今だって布団の中で寝返りを何度もうって嬉しさを誤魔化す。

 

「う~」

 

「あ……」

 

 わずらわしそうにする本音の声が聞こえ我に返る。

 夜遅くもう寝てるのに邪魔するのはよくない。

 堪えて静かにしなきゃ。

 

「はぁ……」

 

 またもや眠気が消えうせ、頭が冴えてしまった。

 それでも静かにしようと、ぼんやり天井を見つめているとまた一つ溜息が。

 

 彼が私を好きだと分かって嬉しい。

 私だって彼のことが好きだから。無論、それは一人の男の子として。きっと彼もそうなんだと思う。

 でも、私は逃げてしまった。

 あんな酷い問いかけ方をしたどころか、彼に想いに答えることもなく何も言わず誤魔化してしまった。

 酷い仕打ち。

 嫌だったわけでも、拒絶したわけでもない。ただ本当にあの時は嬉し過ぎてどうしたらいいのか分からなくて、逃げてしまった。

 

 それでもこの二日、彼と顔を合わせても気まずい感じにはならなかった。

 一度気まずくなったのを経験したから上手い対処の仕方を身につけたのと。

 ただ単に彼が気を使ってくれて、この話題に触れてくれなかったっていうのが大きい。

 

 いつまでもこのままではいちゃいけない。

 ちゃんと向かい合ってくれる彼の気持ちに私もちゃんと向かい合って答えないと。

 私も伝えるんだ。彼に好きだって。

 

「……でも……」

 

 肝心の一歩が踏み出せない。怖い。

 逃げたのに今更私の答えなんているんだろうか。

 それどころか、私が好きだって伝えてもいいのかな? 彼は喜んでくれる? 今更何をと嫌がられたりしないかな? 重荷になったりはしないのかな?

 まただ。こんなのはよくない。悪い癖。ありもしないことでマイナスに考えてしまう。

 

 臆病で意気地なしの私。

 不安は絶え間なく膨れ上がっていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 簪が実る頃

 最近、輪にかけて自分の情けなさが嫌になる。

 

 日数にして数日前、俺は簪に気持ちを伝えた。

 経緯は整備科の件で落ち込んだ簪を励ましたことに始まる。

 簪を励まし、抱きしめてしまった。

 今振り返ってもとんでもないことをしてしまった。ちゃんとした考えはありはしたが、勢い任せだと言われれば否定できない。

 だからこそ、簪はあんな問いかけをしてきたんだろうか。

 

『どうしてあなたはそこまで私にしてくれるの? 同情してくれてたから? 哀れんでくれた?』

 

 そんな問いをしてきた簪に俺は、はっきりと自分の気持ちを伝えた。

 俺は簪のことが好きだからと。

 好きだから俺は簪の力になりたいと思った。好きだから何かしてあげたいと行動に移した。

 好きな人のために何かしたくなるのは当然のこと。何もおかしくない。

 本当に理由はそれだけ。

 気持ちを伝えたこと。簪に気持ちが伝わったことに後悔はない。

 この気持ちに嘘はつきたくはない。

 

 だが、気持ちを伝えたところで今すぐ実るわけでもなければ、上手くもいかない。

 結果から言うと、簪の答えとか聞く前に逃げられてしまった。

 嬉しそうな顔をしていたのは確かに見たから断られもしなければ、拒絶されたわけでもないが何もないまま。

 ならもう一度気持ちを伝えるなり、確認すればいいだけの話なのだがそうもいかない。

 

 いや……違う。単純に肝心の一歩が踏み出せない。怖い。

 俺が簪のことを好きだ思っていても向こうがどうなのかは分からない。

 第一今改めて気持ちを伝えても、確認してもいいものなんだろうか。

 今は彼女にとってIS開発期間という大事な時期。俺の好きという想いは重荷になってしまいかねない。

 それはダメだ。なんにせよ、今は一旦時間を置くべきだろう。

 もっとも、もう一度伝えたところでどうなるわけでもないだろうが。

 

 そもそも想いを伝えはしたが、簪とどうなりたいんだ。

 これはいつかにも考えはしたが、未だ答えは出せてない。

 伝えた想いは関係すら大きく変えかねない。その自覚を持ち、今一度もっと真剣に考えなければ。

 などとあれこれ考えがよぎっては考え込んでしまい二の足を踏み続ける。

 勇気が持てない。肝心な時に限ってこうだ。情けない。

 

 幸い好きだと伝えた翌日から気まずくなったということはなかった。

 お互いこの話題に触れようとはしなかったからだ。

 以前にも気まずくなった経験があるから、その経験が生きたのだろう。

 

 おかげで今日も朝から簪と本音がいる整備室にいられている。

 

「う~んー! この案もダメかぁ~!」

 

 両手を挙げながら作業服の本音が椅子に深く腰をかける。

 まさにお手上げといった様子。

 

「相変わらず機体本体との火器管制システムが上手く連動しない。このパターンだと山嵐自体の内部処理エラーも多くなってる」

 

「でも、ようやく春雷の火器管制システムと連動させて撃ってもエラー吐かなくなったのはせめてもの救いじゃない?」

 

「それはそうだけどこれだと二門あわせて一発撃っただけで収束率安定しなくなったからそう簡単には喜べない。設計データでは左右あわせて一発を五発だからもっと改良しないと」

 

「だね~ただなぁ~もっと人手があれば~……――あ、ごめんなさい……」

 

「ううん……いい。その通り、二人だけじゃ人手も知恵も足りない」

 

 ISスーツの上に作業着を羽織り、ディスプレイを見つめる簪の表情は険しい。

 先ほどまで二人が考えた案を模擬戦形式で試していたが結果この通り。

 今日も状況はよくない。ここのところずっとそうだ。

 どこかよくなったと思えば、別のところが綻び中々先へ進まない。 

 簪と本音には閉塞感が漂い始めている。

 

 人手の問題はいつも付きまとう。

 簪もあれから整備科の先生方をあたっていたがあまりいい返事は貰えなかったとのことだった。

 なまじ今は夏休み。生徒の大半が帰省中。海外の母国に帰っている人も多いからそう簡単には呼び戻せない。

 戻ってくるのを待っていたら二学期になるだろうし、難しい問題だ。

 

 俺も何かしら伝手があれば一番いいのだが、自分にそういうのはない。

 しいて言う伝手らしい伝手と言えば、一夏になるのだがその一夏も今帰省中。盆終わりまで戻ってはいない。

 今一夏に頼るのは申し訳ない気がして、結局人手なんてものはない状態。何もできないのが悔しい。

 

「いいよ……あんまり気にしないで。あなたには機体調整手伝ってもらってるじゃない。それだけで充分すぎるよ」

 

 そうは言ってくれるが、それでももっと力になりたいと思ってしまう。

 男のちっぽけなプライドだ。

 俺に出来るのは機体を実際に動かす時にその練習相手になる以外ないと分かっていても。

 

「人手と言えば何かあったような~んー何だったけ~?」

 

 本音が何か思い出そうとした丁度そのときだった。

 この整備室の呼び鈴が鳴った。

 

「誰だろう……出てくる」

 

 そう言って簪が扉のほうへと向かう。

 簪は不思議そうな顔していたが、珍しいこともあるもんだ。

 この部屋に俺達以外の来客が来た覚えはない。一体誰が。

 

「はい……えっ……!?」

 

 大きめの驚いた声を簪が上げていた。

 その声に釣られて扉のほうを見ると、そこには意外な人達がいた。

 

「やっほー更識さん、元気してる?」

 

「来たよ!」

 

 いたのは同級生と思わしき制服姿の女子が二人。

 それは整備科志望のあの子達。以前、一学期の期末テスト勉強を一緒にした子達だった。

 予想してなかった相手に俺は勿論。簪が一番驚いていた。

 

「えっ、えっ……えっと……ど、どうしてここに……?」

 

「あれ? 本音から聞いてない?」

 

「私達、更識さんの専用機開発手伝いに来たんだけど」

 

 それを聞いて本音を見ると本音は思い出した顔していた。

 

「そうだ~! 今日から二人が手伝いに来てくれるんだった~いらっしゃ~い」

 

 こんな重大なことよく忘れていたな。

 らしすぎて関心してしまう。

 

「えへへ~照れるな~」

 

「何のんきなこと言ってるの……こんな重要なことを……」

 

「話言ってなかったんだ。もしかしなくても迷惑だったりするかな?」

 

「私達は整備科志望なだけで二年生や三年生の先輩達みたいにできるわけじゃないけどこれでも予備校には通ってたし、少しぐらいは力になれると思うんだけどダメかな? どんなことでもするよ」

 

「えっと、その……力貸してくれるのは嬉しい。全然いいんだけど……でも、どうして……折角の夏休みなのに」

 

 不安げな顔をする簪の気持ちは理解できなくはない。

 確かに何故彼女達が夏休みをつぶしてまで協力してくれるのか。その意図が見えない。

 

「なんていうか私達、更識さんにあの時のお礼がしたくて」

 

「あの時……? お礼……?」

 

「ほら、期末テストの時に更識さんテスト勉強見てくれたでしょ? それのお礼させてほいんだ」

 

「そんな……お礼だなんて……別にそういうつもりでやったわけじゃ。その、お礼言ってもらったし」

 

「それはそうなんだけどお礼の言葉だけじゃ寂しいじゃん」

 

「私達、更識さんには凄い感謝してるんだ。あんな高い点IS学園で取れるなんて思ってもなかったからね。だからさ、何かしたいの」

 

 そうは言われても簪はいまひとつ腑に落ちない様子。

 簪にしてみれば、こんな風にお礼をされるほどのことではないという考えが拭えない感じだ。

 簪のそんな様子に彼女達もまた気づいたようで、苦笑いしつつとあることを言った。

 

「あはは、更識さんが納得できない気持ちも分かるけどね。でも、本当私達は更識さんの力になりたいんだ」

 

「そうなの! 前々から更識さんのことは本音からいろいろ聞いて更識さんは本当に頑張ってて凄いってテスト勉強の時に凄く感じたから。それに夏休みならまた来年もあるしね」

 

 彼女達の言葉を聞いて、俺は自分のことのように嬉しかった。

 簪の頑張りを認めてくれる人は確かにいる。そして今、力を貸してくれようとする。

 テスト勉強の時、確かに簪が踏み出し一歩は大きな意味を持っている。

 ある種、これは簪の頑張りが一つ実った瞬間でもある。それが嬉しい。

 

 しかし当の本人である簪はと言うと、嬉しさと驚き戸惑いが全てごちゃ混ぜになったような表情をしていた。

 そんな簪を見て彼女達の表情も不安げなものになった。

 

「やっぱ、ダメかな……?」

 

「前もって話いってなかったみたいだし、無理しないで。私達は全然いいから……」

 

「大丈夫だよ~かんちゃん嬉しくて言葉失ってるだけだから。ね、かんちゃん」

 

 周りを気遣うように本音が簪に助け舟を出す。

 ここまで言われたら流石の簪も断るなんてことはしないだろう。

 本音のフォローを受け、簪はようやく整理がついたようで口を開いた。

 

「うん。ありがとう、気持ち凄く嬉しい。元々人手は欲しかったから渡りに船。迷惑かけるかもしれないけど、私精一杯頑張るからよろしくお願いします」

 

 生真面目に深々と頭を下げる簪の姿を見て、彼女達はまた苦笑いをした。

 

「そんな大げさ」

 

「そうそう。迷惑かけるのは私達のほうかもだし、こちらこそよろしく! 更識さん」

 

「こちらこそ。あの……よかったら、簪って呼んでほしい」

 

「おっ。じゃあ、私達も名前で呼んでよ。改めてよろしく簪!」

 

「よろしく」

 

 皆が笑いあい手を取る。

 これからようやく本当に全てが始まってが始まっていくんだろう。

 その予感に俺はまた自分のことのように嬉しくなり、胸が熱くなる。

 

「じゃあ~皆で頑張ろう~! お~!」

 

「おー!」

 

「ほら、簪も! 手、突き上げて。はいっ、おー!」

 

「お、おー……っ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 簪への想いとこれからが繋がる時

 人手が増えるというのは一見単純なことのようでとても大きい。

 整備科志望の彼女達二人が弐式の開発に加わって数日が経つ。

 この学園の生徒らしく彼女達も例に漏れず優秀。それに彼女達はただ名乗り出たわけではなかった。

 

「これ使えるかもって貰ってきたんだけど……使えそう?」

 

「これ……白騎士の荷電粒子砲についての研究データ……? 凄いっ、これよくまとめられてる」

 

「どれどれ~本当だ! これならいくつか参考に出来そうだね~!」

 

 渡されたデータを見るなり、簪と本音は驚いていた。

 よほどのことが書かれてるらしい。

 

「どうやって手に入れたの……?」

 

「いやね、整備科の三年生の先輩がさ私達が中学の時によくしてくれた同じ学校の先輩で、いろいろアドバイス貰ってたらこのデータ貰ったんだ」

 

「簪が荷電粒子砲でも行き詰ってるって本音から丁度いいかなって」

 

「ありがとう……凄く助かる」

 

 簪は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 このデータ、彼女達の協力もって開発状況は以前とは比べ物にならないほど変わった。

 機体の基礎構築の見直し、問題だった火器管制システムの完成。

 そして、荷電粒子砲が完成した。

 

「これで完成。問題は……なしっと」

 

 簪が納得顔で頷く。

 それを見て皆は一息つき始めた。

 

「いや~本当大変だった。やっぱり、IS学園がずっとやってる課題の一つだけあって荷電粒子砲関係は難しいね」

 

「本当だよ~でも、よく言うならもっと完成度高めたかったなぁ~結果的に弾数減っちゃったし」

 

「まあ……それは仕方ないよ。収束率と稼働率の安定を取ったから。おかげでモノにはなって、威力は設計通りにエネルギー効率は上がったからむしろ上出来」

 

 弐式に搭載されている荷電粒子砲は皆の努力の甲斐あって実技でも問題なく稼動できるようになった。

 初期設計通りなら左右一門ずつを一発とする合計五発の予定だったが、簪が言ったように収束率と稼働率の安定を取った結果、三発となった。

 しかし、残り二発分のエネルギーを他のところに回せるようになり、いろいろな面が安定とある意味怪我の功名だった。

 

「データくれた先輩には感謝しないと。なかったらとてもじゃないけど無理だったわ、これ」

 

「そうだね~感謝しないと。後、黛先輩達にも」

 

「うん。力貸すとは言ってくれたけど、本当に貸してくれるなんて思わなかったから来てくれた時驚いちゃった」

 

 俺も驚いた。

 しかも先輩はあの時は違う手の空いた整備科の知り合いを連れやってきてはアドバイスをくれた。

 そのおかげで簪主導の数人とは言え、ここまでの完成に近づくことができた。

 一人の力よりも大勢の力を合わせれば、物事は成功させやすい。

 衆力功ありとはよく言ったものだ。

 

 このように開発は順調に進んでいるが、当然作業時間は膨大なものになる。

 日中だけではとてもじゃないが足りない。

 けれど、今は夏休み。予定を全て開発に充てているのと。

 簪が寮長であり学年主任でもある織斑先生と整備科の先生に許可を取り、朝から夜の外出禁止時刻まで整備室を使えるようにしたこともあって、作業は夜遅くまで続く。

 

 そんな忙しい日々にも関わらず、早朝ランニングは欠かさない。

 今朝も二人一緒に走っている最中。

 俺は簪ほど忙しくもなければ大したこともしてないので疲れはないが、夜遅くまで作業をして忙しい毎日を送っているのに朝早くから走って疲れが溜まらないか心配になってしまう。

 

「ううん……別に大丈夫。むしろ、こうやって毎朝走ってるほうが作業に身が入るし、一日元気でいられる。だから、そんなに心配しないで。無理はしてないつもりだから」

 

 そう言われるとこれ以上下手な心配もはばかられる。

 簪には本音がいるわけだし、俺が心配してもどうしようもないこともあるが、出来る限りのフォローは忘れないようにしよう。

 それぐらいしか出来ることしかない。ただでさえ手持ち無沙汰なのに。

 

「もう、また気にしてるの……? ちゃんとテスト相手してくれてるだけでも充分なのに」

 

 簪にはまた呆れ半分に怒られてしまった。

 分かっているがこればっかりはどうしてもな。

 変わらず俺も開発に参加しているが、技術的なことができるわけでもなくもっぱらテスト相手。

 しかし、簪がずっと機体テストをしているわけでもないので機材を取りに行ったり、休憩の差し入れを買いに行ったり雑用みたいなことをしていても手持ち無沙汰なことが多く、簪達に悪い。

 

「気にすることないのに……皆も言ってたでしょ」

 

 言われて、皆にも似たようなことを言われたのを思い出す。

 

『ってか、君ってば気にしすぎ』

 

『ほんとそれ。私達にめっちゃ気使ってるでしょ。私達、君のこともう仲間だと思ってるのにさ』

 

 彼女達の気持ちは嬉しいが、こうも女子ばかりだとどうしても気を使う。

 あまり気を使いすぎてもよくないとは分かっていてもだ。

 

『もっとこう……織斑君みたいにドシっと構えといてよ』

 

 無茶を言う。

 あれは流石に真似できない。

 

『まあまあ~あまり気にし過ぎないで~お昼とか機材取ってくれるだけで私達凄い助かってるし~』

 

 といった感じなことを皆に言われた。

 やはり気にしてしまうが、ここは割りきる他ない。

 けれど、もっと簪の力になりたいとも思わずはいられない。

 何だか最近、同じところで立ち止まってばかりだ。

 

 

 それは夜整備室での作業を追え自室に戻ってゆっくり過している時のことだった。

 こんな夜遅く。しかも、珍しくテレビ通話がかかってきた。

 表記された登録名を見て一瞬迷ったが、無視するのもアレなので大人しく出た。

 

『よっ! 最近どうだ?』

 

 開口一番に一夏がそんなことを聞いてきた。

 相変わらず突然すぎるほど突然だ。

 様子聞くためにわざわざテレビ通話してきたのかこいつは。

 

『当たり前だろ。お前メッセージだとそっけないし、折角便利なものがあるんだから顔見れた方がいいだろ』

 

 男同士でそれはちょっと今一つ同意しかねるがそういうものなんだろうか。

 

『そういうものだって。で、どうなんだよ?』

 

 また投げかけられる漠然とした問い。

 どうと聞かれても相変わらず忙しくやってるとしか。

 

『いや、忙しいのは分かってるよ。聞きたいのはもっとあるだろうってこと。こうこうこういうことがあったとかさ』

 

 具体的な忙しさを教えろってことか。

 朝から夜までやってること。それから彼女達が開発に参加してくれたおかげで完成に向かっていることを言った。

 

『おおっ! 本当か! そりゃよかった! でもあの子達が……つくづく思うけど、ここの生徒って本当に凄い子ばかりだよな』

 

 それは思う。

 彼女達のそういうところには今回特に助けられている。

 頼もしい限りだ。

 

 そういう一夏は地元に今帰省中だが、どんな感じなんだろうか。

 弾とか元気にしているのだろうか。

 

『もちろん、めちゃくちゃ元気だぜ。楽しくやってるよ。やっぱ、地元はいいよな。皆が居なくて寂しい感じもするけど、目一杯羽伸ばせるのはいいな』

 

 それはよかった。

 学園だと羽を伸ばしきれないこと多いだろうし。

 ああ見えて一夏も内心気苦労溜まっているだろうから、いい機会みたいだ。

 帰省は盆が終わるまでとのことらしいから、それまでゆっくりしていればいい。

 また何かあれば勝手にかけてくるだろうし、今日はこの辺で。

 

『おいおい、切ろうとするなよ。まだ聞きたいことがあるんだからよ』

 

 嫌な予感しかしない。

 

『更識さんとは最近どうなんだよ』

 

 画面の向こうでニヤついた顔をする一夏が聞いてきた。

 言うと思った。本当好きだなこの話題。

 自分のは気づいてないどころか、興味すらなさそうなのに。

 

 どうと聞かれても、一夏が期待しているようなものは何もない。

 第一今そんなことにうつつを抜かしてる場合でもない。

 頑張っている簪の邪魔にはなりたくない。

 

『でもよ、お前は更識さんのこと好きなんだろ?』

 

 わざわざそれを聞くのか。

 今更一夏に否定することでもないが急に聞かれ、曖昧な頷き方をしてしまった。

 

『じゃあさ、今じゃないにしてもそのうち告白っていうんか? 付き合うってか男女交際みたいなのをお前はしたりするのか?』

 

 また突拍子もないことを聞いてくる。

 今一つ確固たるイメージを持ってないのかぼんやりとした感じだなのがまた。

 

 告白……交際か。

 簪を好きだと思う気持ちをどうしたいのか。簪とどうなりたいのか。

 それは自分でも考えているが、今だ答えは出てない。

 というか、正直なところ分からない。

 

『分からんってお前な……』

 

 呆れられた風だが、そうなのだから他に言いようはない。

 今がどうとかいう時期の話は一旦置いておくにしても、改めて気持ちを伝えるべきなのかどうなのか。

 簪と付き合いたいから告白したいわけでもなく。ただ自分の気持ちを知っていて欲しい、だから返事はいらないのとか、そういうわけでもなくて物凄く曖昧。

 

 そもそも自分なんか告白してもいいものか。

 後悔は今もないが、あの時の告白みたいなものは勢い任せでもあったし。

 

『はぁ、はぁー』

 

 深い溜息を疲れた。しかも二回。

 普通に腹立つ。

 

『そりゃ溜息もつきたくなるって。どうせお前のことだからまた小難しくあれこれ考えてるのがよ~く分かるからな。生真面目なのはお前のいいところでもあるんだけど、「なんか」なんて言って逃げようとするなよ』

 

 言い返してやりたかったが、図星でもあって言い返せなかった。

 これは逃げだという自覚は少なからずある。

 だが、だったらどうしろって話だ。自分では答えが見えない。

 

『聞いた俺が言うのもアレだけどもっと簡単に考えていたらどうだ? 付き合うとかそういうの抜きにしてお前は更識さんがどういてくれたら嬉しい? ほら例えば、笑っていたりだとかさ』

 

 聞かれて、最初に思い浮かんだのは簪の笑っている顔だった。

 一番はやはり笑っていてほしい。

 最近はたくさん楽しそうに、幸せそうに笑ってくれるようになったんだ。悲しい顔は見たくないから笑っていてほしい。

 簪の頑張りが報われてほしい。

 あれだけ簪は試行錯誤しながら頑張り続けているんだ。報われてほしい。このまま頑張りが実ったら嬉しい。

 そのためなら俺は、いくらでも力を貸す。

 

 そうか。

 俺は簪のいろいろな表情、たくさんの様子を見たいんだ。好きだから。たくさんしてあげたい。

 許されるなら今よりも近くで。もっと傍にいたい。

 なら――。

 

『おっ! 気持ちに整理ついたみたいだな』

 

 画面の向こうでは一夏が得意げな顔をしている。

 まるで自分のおかげだといわんばかりだ。

 まあ、実際その通りではある。

 前にもこんなことがあった。簪への思いを自覚した時がそうだ。

 答えはいつも出ているのにそこに至るまで道筋が不透明で見えてないのが常。

 それを一夏は照らして、気づかせてくれる。

 

 告白して付き合うというのがいまひとつ変わらず。

 かといって、告白や交際を最終目的にしたくはなかったが。

 近くで見たい、もっと傍にいたいと思うのなら、好きなら答えは一つ。

 俺はもう一度簪に告白して、そう居られる関係になりたい。その気持ちが今ならはっきり持てる。

 

『いろいろあって大変だと思うけど頑張れ。望む結果があるなら迷わず進んでみろよ』

 

 そうだな。

 上手くいく保障なんてどこにもなければ下手すると今まで関係を壊してしまいそうで、正直まだ怖い。

 だが、もう立ち止まってもいられない。勇気を出さないと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話ー幕間―彼の想いと自分の想いに向き合い始める午後のひと時

「よし。じゃあ、休憩にしよ」

 

「わ~い~!」

 

「賛成ー!」

 

「やったー!」

 

 皆に声をかけ、本日何度目かになる休憩を挟む。

 気づけば、もう昼のおやつ時。なので整備室のテーブルにはあらかじめ用意していたお菓子やジュースが広がっていた。

 

 お菓子を食べながら一息。

 開発は今までの停滞が嘘のように完成へと向かっている。

 機体の再構築。火器管制システム及び荷電粒子砲システムの完成。残るは山嵐、マルチロックオンシステムの構築のみ。

 

「この系統のロックオンシステムはやっぱり、時間無茶苦茶かかるね」

 

「終わりそうで終わらなさそうなのがまた大変だよ~マルチロックオンのまま進めてたらどうなってたことやら~」

 

「そうだね」

 

 と私は頷く。

 本音が冗談で言ってるのは分かるし、私もそこには同意見。

 恥ずかしながら弐式最大の特徴である高性能ミサイルのマルチロックオンシステムは一旦実装を見送り、ひとまず完成を優先して通常の単一ロックオンシステムを採用した。

 皆の力を借りてもこればっかりは構築は難しかった。

 でも、これで完全に諦めたわけじゃない。ISの自己進化と最適化を用いてマルチロックオンをキーボード入力で行い、ISに教え込みマルチロックオンシステムを構築していく方法を取る事にした。

 完成したシステムを導入するのと違って、膨大な稼動データと調整などが必要になってくるけど今はこの方法のほうが確実だという結論になった。

 

「この調子なら遅くてもお盆終わりにはひとまず完成しそうだね」

 

「それぐらいはまだかかるね」

 

 当然これからも毎日朝早くから夜遅くまで作業する前提の話。

 少人数だからこればっかりはどうしようも。

 けど、ゴールまでの道筋ははっきり見えてる。後は一つ一つきっちりこなしていくのみ。

 

「……」

 

 ペットボトルのミルクティーで喉を潤しながらしみじみ思う。

 ここまでこれてるのも全部皆、周りの人のおかげ。これは方便とかそういうんじゃなくて、本当に身をもって体感してる。

 本音や彼はもちろんのこと。今回から参加してくれたこの二人の力は大きい。

 まさか協力してくれるなんて思ってもいなかった。しかも、自分達の夏休みを削ってまで。

 期末テストの時、勉強を見てくれたお礼も兼ねてとのことだけど、正直今でも大げさだと思ってる。

 でも、おかげで今がある。

 あの時、踏み出してよかった。戸惑いや怖さはあったけど、踏み出す勇気を持つことができた。

 その理由は言わずもがな。彼の前向きさ、前に進むことへの意識の強さには我ながら影響されてる自覚はある。

 

 黛先輩達にも感謝しなくちゃならない。

 手の空いている友達を見つけて、わざわざアドバイスしにきてくれた。

 アドバイスがあったからこそ、少人数主体でもここまでこれた。

 私に関わることであの感じなら整備科での立場悪くなりそうなのに。

 

『ないない。それに頑張る後輩の力になるのは先輩として当然のことでしょ。気にせず、アドバイスされときなさい』

 

 なんて優しい言葉。

 今、毎日が本当に楽しい。

 成功体験を小さくても積みかさねてこれた。

 そして、私の周りにはこんなにも優しい人達がいる。

 大丈夫、私はもう止まったままではいない。道は広がっている。

 

「あ、そうだ~かんちゃん、あれ忘れてない?」

 

「……あれ……? あっ、ああ……あれ」

 

 思いふけっていたところを本音の声で我に返され、忘れていたことを思い出す。

 すっかり忘れてた。折角、今日の為に作ってきたんだった。

 バックの中からあるものを取り出し、皆の前に出した。

 

「なになに」

 

「どしたのこれ」

 

「これ、おやつの差し入れにっと思って。よかったら、食べてくれると嬉しいな」

 

 私が持ってきたのは抹茶味の小さなカップケーキ。

 

「わぁ~! ありがとう~!」

 

「すごっ、これもしかして手作り?」

 

「うん……昨日の外出禁止時間の後、眠れなかったからその時にちょこっと」

 

「へぇ~じゃあ、いただきまーす」

 

「ん~甘いしうまっ」

 

「本当? よかった」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 味見をちゃんとしたとは言え、久しぶりに作ったからいろいろと心配だったけどよかった。

 差し入れとは別に今までのお礼も兼ねてるから喜んでもらえて嬉しい。

 

「ほんと美味しいよ。簪ってお菓子得意なんだ」

 

「昔から息抜きに作ってたから得意って言えば得意、かな。これぐらいしか作れないけど」

 

「それでもこんだけ美味しいなら凄いじゃん。私もお菓子久しぶりに作ろっかな」

 

「おもしろそう。あ、寮の調理室借りないといけないんだったけ。あれ申請めっちゃ面倒なんだよね」

 

「まあ、それはね……でも、借りなくても作れるよ。私も部屋のキッチンで作ったし」

 

「へぇ~」

 

 といった感じの話をしながら、休憩を過す。

 

 そう言えば、彼は今頃どうしてるんだろう。私達と同じように休憩中なんだろうか。

 今日みたいな稼動試験のない整備室に篭りっきりの日だと彼はお休みということになっている。

 こういう作業だとどうしても彼に頼めることは少ない。雑用でも彼は進んでしてくれるけど、そればっかりも悪い。だから、お休みということになった。

 きっと今日も勉強をしてから一人訓練しているんだろう。彼はそういう人だ。

 

 もし、休憩中ならこのカップケーキ、届けに行きたい。

 彼にも食べてもらいたくて、多めに作ってきたことだし。

 でも、突然こんな差し入れしたら引かれそうで怖い。というか、手作りとか重たい気がしてきた。

 けどやっぱり、食べてもらいたい。

 

「なーに難しい顔してるの」

 

「どうせ簪のことだから彼のことでも考えてたんでしょ~?」

 

「っ!?」

 

 ドキッと胸が跳ねた。

 もしかして、顔に出てた?

 しかも、どうせって。私、そんなに彼のことを考えているように思われているの?

 

「あ、図星なんだ」

 

「うぅっ……別に、そんなこと、ない……」

 

「強情だなーバレバレなのに」

 

「やっぱり、こんな時でも考えるぐらい簪は彼のこと好きなんだね」

 

「なっ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

 何で二人がこのこと知ってるんだろう? 私この二人には言ってないのに。

 咄嗟に私は本音を見た。

 

「酷い~! 違うよ~!」

 

 いつもの調子だけど、嘘ついてないのは分かった。

 でも、信用ならない。

 

「いや、教えられてなくても簪達の様子見てれば分かるよ」

 

「うんうん。ああ本当に好きなんだなって二人の様子見てれば思うもん。やっぱり二人は」

 

「あ~それはダメだよ~し~」

 

「あ、なるほど。そういう感じね。了解了解」

 

 意味の分からないことを理解しあって納得しているけど、今の私は気にする余裕はない。

 もう否定も誤魔化しようもない。

 私ってそんなに分かりやすいんだ。死ぬほど恥ずかしい。

 いろいろな恥ずかしさが込み上げてきて顔が熱い。顔真っ赤なのがよく分かって、俯いた顔を上げられない。

 

「……お願いだから言い触らしたりとかしないで。絶対に他言無用」

 

 前にもこんなことを言った気がする。

 人の口に戸は立てられないと分かってるけど、それでも言っておかなくちゃいけない。

 

「分かってるって。それは絶対約束するよ」

 

「大丈夫、そんな心配しなくても。それよりさ、簪は彼のどこが好きなの?」

 

「えっ……」

 

 突然の問いに私は言葉を失った。

 彼の好きなところ……。

 

「ほら、例えば優しいところが好きとか。頼りになるところとかいろいろあるじゃん?」

 

「そりゃある、けど……」

 

 言われたように優しいところや頼りになるところが好きなところの一つではあるけど何か違うというか。

 もっと別の好きなところが確かにあるはずなのに、言葉が喉につっかえてた感じがして声にならない。

 こうなのはきっと勇気が持てないから。

 こんな私が好きでいいんだろうかと。そんな堂々巡りな考えをいつになってもやめられない。

 

「簪……?」

 

「ぁ……ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた」

 

 心配そうに名前を呼ばれてしまった。

 いけない。しっかりしないと。

 でも、好きなところを口に出来たとしても人前でそんなこと言うのは恥ずかしいという気持ちもあって……。

 

「あ、呼び鈴」

 

 部屋に来客が訪れたことを告げる呼び鈴が鳴った。

 誰かは知らないけど助かった。

 来客の前でこんな話は流石に出来ない。

 

「私、出てくるね」

 

「あ、逃げたー!」

 

 何か後ろのほうから聞こえるけど知らない。

 私は、整備室の扉を開けた。

 そして、驚いた。

 

「な!? ……な、何で、あなたがここに……?」

 

 扉の向こうにいたのは彼だった。

 来るなんて思ってなかったからただただ驚くばかり。

 というか。

 

「な、なんでもないっ」

 

 彼に心配そうに見られ、私は慌てて誤魔化す。

 さっきまであんなこと聞かれていたから、恥ずかしくて彼の顔をまともに見れない。

 

「よーっす。もしかした本音が呼んだの?」

 

「そうだよ~ほら~かんちゃんがお菓子作ったことだし折角だから~って。かんちゃんも食べてもらいたかったでしょ?」

 

「それはまあ……」

 

「なら何も問題なーしっ。ほら、入って~」

 

 彼は部屋の中へと連れ込まれた。

 対する私は状況についていけず一歩遅れ気味。

 

 カップケーキを食べてもらい美味しいと言ってもらえて嬉しいのに晴れることはなく迷いが私の心を沈ませていく。

 でも、いつまでも後ろ向きじゃいかない。ゆっくりとでも彼の気持ち、自分の気持ちにもっと向き合っていかなきゃ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 簪達と迎えた打鉄弐式完成の時

 弐式の荷電粒子砲に捕らえられたことを告げるロックオンアラームが鳴り響く。

 射撃モーションを確認できた為、回避することが出来たが荷電粒子砲の命中範囲は広い。

 直撃こそは免れたものの打鉄。その追加装備(パッケージ)にある左右二本のサブアームに繋がれたシールドにダメージを受けた表記が出た。

 今はダメージ表記を用いた模擬戦の為、実際に火器を撃っているわけではないが実践なら今頃シールドの表面は溶けているはずだ。

 

「くっ……捉えたっ……!」

 

 すかさず手持ちのライフルで弐式へと牽制射撃を行う。

 簪はすぐさま反応に回避してから、すぐさま山嵐の高性能ミサイルで捉えようとしてきた。

 まずいここで捉えられてはひとたまりもない。

 スラスターを全開にして瞬間加速(イグニッションブースト)でロックオンを振り切る。

 

「まだまだ……!」

 

 瞬間加速(イグニッションブースト)は加速速度こそは高いが動きが直線的になる。

 おまけに制御がとても難しい。

 それを簪もよく理解していて、瞬間加速(イグニッションブースト)の先、そこへ荷電粒子砲を撃ってきた。

 すかさず防御体勢を取ったが、マズかった。

 動きが鈍ったのを簪が見逃すわけもなく、再び山嵐で捕らえようとしてくる。

 だが、今回は通常のロックオンではなくキーボード入力によるマルチロックオン。

 それに気づいた時にはもう既に放たれた後だった。少しでもダメージ減らそうと悪あがきを試みるが大ダメージを告げるダメージ表記。

 

「そこっ!」

 

 ミサイルの嵐を抜けた先では薙刀を構えた簪が迫りくる。

 間に合うか。シールドを構えようとするがそれよりも早くシールドの合間に縫って薙刀の刃が来ることをハイパーセンサーが告げてくる。

 

「……――、ふぅ……」

 

 喉元に突きつけられた薙刀の刃。

 ここまでか。俺は大人しく降参した。

 

「ありがとうございました」

 

 互いに武器を収め、礼をしてから機体解除。

 それから俺達は二人揃ってピットへと戻る。 

 

 機体テストの為の模擬戦とは言え、先ほどの試合を含めて全敗。

 悔しさは今日も募る。

 まあ、悔やんでばかりもいられない。やはり、もう少し瞬間加速(イグニッションブースト)の制御に気を配ったり、防御の動作ももっと丁寧にするべきか……などと頭の中で一人反省会。

 

「……」

 

 こちらを見る簪の視線に気づく。

 

「いや……また難しい顔してるなぁって。一人反省会?」

 

 見抜かれていたようだ。

 最近輪にかけて簪には筒抜けなことが多い。

 敵わないな。

 

「そんな気にしなくてもいいのに。動きよかったよ。おかげでマルチロックオンを使えたことだし、山嵐に狙われたあの状況でも上手くダメージコントロールして粘られちゃった。だから、自信持って」

 

 簪にそう言ってもらえるのなら、素直に言葉を受け取るほかない。

 少しは自信持てそうだ。

 次もそう言って貰える様に頑張ろう。

 

「ふふ、よかった。自信持てたみたいだね」

 

 そう言って笑う簪は、元気そうだ。

 

 前、詳しく言うならあの間抹茶味のカップケーキを食べさせてもらった日。

 あの時、簪は何処か沈んだ様子だったのが気になった。

 嫌なことがあったわけでもなさそうだし、今はもうそういう様子もない。

 そう沈んでもいられないか。なんせ。

 

「おっ! おかえりなさ~い~」

 

「お疲れー」

 

 ピット内に入ると本音や皆が出迎えてくれた。

 

「モニタリングはどうだった……?」

 

「バッチリっ! いいデータ取れたよ!」

 

「試射も稼動試験も模擬戦も全部バッチリだったね」

 

「ということは……」

 

 期待するような言葉と共に皆の視線が簪に集まる。

 手渡されたデータを一通り目を通して簪は頷いた。

 

「うん、よしっ……打鉄弐式、完成です……!」

 

「やったー!」

 

「よかったっ」

 

「わ~い!」

 

 簪の言葉に皆が歓喜に沸きあがる。

 今日ついにこの時を迎えられた。

 俺も自分のことのように嬉しい。本当によかった。

 

「本当だよ。いや~でも、何だかんだお盆終わりまでかかちゃったね」

 

 機体自体が完成したのは昨夜。

 今日は朝から武装と火器管制システムの試験。昼からは夕方の今まで模擬戦による稼動データ取りをしていた。

 当初の予定なら盆終わりには終わっていたが、ずれ込んで盆から少し経って今日になった。

 それでも大分早い。この人数なら尚更。

 

「荷電粒子砲、ロックオンシステム……いろいろと妥協はあったけどここまでこれて本当によかった。これなら倉持も必ず納得してくれる。先輩方もありがとうございました」

 

 簪は部屋の隅のほうで様子を見守ってくれていた黛先輩達に感謝した。

 ここまでこれたのは皆の力も当然あるが、先輩達のアドバイスもあったからこそのものだ。

 

「そんなお礼を言われるほどのことしてないのに。ね、薫子」

 

「そうそう。アドバイスなんて大層なものじゃなくて本当に口挟んでただけだから。でも、こんなにも優秀な後輩がいるってことを知れたのは私達にとって今夏一番の収穫だったわね」

 

 なんてことのないかのように言う先輩達の優しさは気持ちいいものであった。

 

「皆も今日まで本当にありがとっ……私なんかの為に夏休み削って毎日夜遅くまで一緒に作業してくれて本当に嬉しかったっ……本当に本当にありがと……!」

 

 精一杯の感謝の言葉を述べ簪は頭を深々と下げた。

 

「私なんかなんてそんな悲しいこと言わないでよ。私達はやりたいからやっただけ。普通にダラダラ夏休み過すより何倍もよかったよ」

 

「それに簪、何かこれで終わりみたいな感じにしてるけど違うでしょ? ひとまず完成しただけで細かい調整とかがあるんだからこれからだよ」

 

「うんうん。これからも皆で頑張っていこう~!」

 

「皆……本当にありがとっ……!」

 

 皆の言葉を聞いて簪は嬉しそうに涙ぐむ。

 ここまで短いようで長かった。ようやくここまでこれたんだ。

 今それをしみじみ実感している。

 ただひたすらにここまでこれてよかった。そう思う。

 

「あなたも本当にありがとう。ここまでこれたのはあなたがいてくれたからこそ。あなたが隣にいてくれて本当によかった。嬉しい」

 

 涙を拭った簪から送られた言葉に俺は思わず、ドキっとした。

 勘違いしてしまいそうになる真っ直ぐな言葉。真っ直ぐな視線。それだけ簪は俺のことを買ってくれているということなんだろう。簪の力に慣れた。嬉しい限りだ。

 けれど、他の子も言っていたがこれからだ。やることはまたまだ多いはず。変わらずこれからも頑張っていきたい。

 

「もちろん。これからも一緒に……!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話ー幕間―私と妹

「――以上が簪お嬢様の一学期の動向。弐式完成の顛末になります……」

 

 八月の中頃。

 学園へと向かう車内で私は、妹である簪ちゃんの従者であり幼馴染でもある本音ちゃんから報告を受けていた。

 画面の向こうの本音ちゃんは浮かない表情。

 

「ありがとう。悪いわね、本音ちゃん」

 

「いえ……」

 

 普段のような明るくハイテンションな様子はない。

 それもそうか。この報告は簪ちゃんに内緒。ある意味、告げ口と変わらない。

 姉の私に自分の動向を事細かに報告されたと知ったら、あの子はきっと不愉快感を露にするのだろう。

 それを本音ちゃんも分かって引け目を感じているといった表情だ。

 でも、本音ちゃんは立場上私の命令には逆らえず、私も悪いとは思うけども簪ちゃんのことは把握しておかなければならない。

 更識家当主として。姉として。

 

「……」

 

 口頭での報告はもらったけど、改めてデータ上でも報告を確認する。

 

 予想外。その一言に尽きる。

 まさかこんなにも早く簪ちゃんの未完成だった専用機打鉄弐式が完成するなんて。

 私の予想ではどんなに早くても十月頃だと思っていた。

 完成したのは喜ばしいことで、当然簪ちゃんの努力があるのは理解している。

 でも、内気なあの簪ちゃんが自発的に動くとは思えない。

 原因はこの男か。

 

「……」

 

 手元のタブレットでは男の経歴と一学期の動向が表示されている。

 

 初代ブリュンヒルデ織斑千冬の弟であり、世界初男性IS操縦者である織斑一夏に続いて現れたのがこの男。

 家庭環境、経歴ともにごく一般的。実は……と隠された何かがある様子もない。そう、どこまでもありふれている。成績、生活態度についても同じ。特に目を見張るものはない。

 なのに、この男が確かに簪ちゃんを変えてしまった。

 

「……」

 

 この男と簪ちゃんが仲良くするのは別段構わない。むしろ、いいことだ。

 織斑一夏と比べて様々な優先度は低いが、同じ男性操縦者であることには変わりない。

 加えて日本人。下手に他国の女子生徒と仲を深められ国外へ出ていかれては日本、ひいては更識家の損失になりかねない。特異な存在は確保しておきたい。

 だから、更識家の人間である簪ちゃんと仲良くなることでより日本に留めやくなる。

 

「……本当、予想外、よね……」

 

「? いかがなさいましたか?」

 

「ううん、何でもないわ」

 

 思わず声になってしまい、すぐ隣の座席で控える私の専属従者であり本音ちゃんの姉である虚ちゃんにはいつもの調子で誤魔化す。

 

 近いうちにこの男との交流は簪ちゃんと共に作ろうと計画していた。

 だが、早すぎる。まずは織斑一夏との交流を深めてからのシナリオだった。

 打鉄弐式についてもそうだ。私が先に織斑君と深め、織斑君の協力を得て私がお膳立てをしてから打鉄弐式を完成させる。その計画が台無しだ。

 瞬き程度に目を離すと気づいたら私の知らないうちに仲良くなって、専用機を完成させている。

 いつだって私が簪ちゃんを一番に大切にして見守っていたのに。私のように茨の道を進まなくていいように、危険なものは全て取り除いて簪ちゃんが生きやすいようにしていたのに。

 どうして織斑君のように何かあるわけでもないポッと出の男なんかに。

 

「……あ、あの、楯無様」

 

「今後予定に変更はございますか?」

 

 妹と姉。その従者が主である私の考えを待つ。

 シナリオは狂わされたけど、これはあくまでも一部。物語で言う幕間の話が狂わされただけのこと。

 本筋は変わってない。なら、私楯無のやることは変わらない。

 

「いいえ、変わらないわ。予定通り動き出しましょう。虚ちゃんは私のサポート。本音ちゃんはサポート、これ以降は簪ちゃんに従うように」

 

「かしこまりました」

 

「わ、分かりましたっ……!」

 

 簪ちゃんのことは気がかりだけど、構ってばかりもいられない。

 男性操縦者の対応。例年とは比べ物にならない専用機持ち新入生の対応。その他諸々。

 やらなければならないことは多い。その為に仕事を全て終わらせ、こうして学園へと戻ってきた。

 

 それに学園にいれば、友人である京子ちゃんから聞いた以上も自然と分かる。

 この男とも一度接触を図るのもアリだろう。

 簪ちゃんにとってこの男が相応しいか見極めるためにも。早めに。 

 

「……」

 

 迅速果断。そう書かれた扇を開いて、心を落ち着ける。

 

 大丈夫。

 今は少し噛み合ってないだけで簪ちゃんとはすれ違っているけど、いつかはきっとまた仲良くなれる。

 だって、私と簪ちゃんはこの世でたった一人の姉妹で家族なのだから……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話―幕間ー彼にまつわる私の悩み

 訓練の後、彼と織斑と別れた私達女子はアリーナの更衣室近くにある大きなシャワルームへと行くことになったけど、その前に一度更衣室に荷物を取りに来た。

 そこで気づいた。

 

「あ……」

 

「どうかしたのか? 更識」

 

「う、ううん……何でもない」

 

 篠ノ之さんに心配され、私はとっさに誤魔化す。

 しまった。着替え忘れてしまった。

 ついてない。というか、ちゃんと用意して出たのに。

 ようやく実機訓練を始められたから浮かれていたのか。こうして一緒にシャワーを誘ってもらえたから浮かれていたのか。はたまたその両方か。

 何にせよ、汗は流したいから着替えは必要。取りに行かないといけないけど、取りに行くならもう部屋のシャワーでいい。一々戻ってくるのは面倒。

 でも折角、誘ってもらったことだし……そう悩んでいた時だった。

 

「皆~お疲れ様~」

 

 気の抜けた声と共に本音が入ってきた。

 何やら荷物を待っている。

 

「あっ、のほほんさん」

 

「やっほ~でゅっちぃ~」

 

「どうしたの? 訓練なら終わったけど……あ、更識さんに用か」

 

「そうそう。かんちゃん、これ~」

 

 渡された荷物を見てみる。

 中には部屋に忘れていた着替え一式が全部入っていた。

 助かった。ベストタイミング。

 

「わざわざありがとう」

 

「ふふっ、どういたしまして~。ところで皆はこれからシャワー?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ~折角だから私もシャワー、一緒に行っていい~?」

 

 何が折角なの。

 付き合い長いのに、読めない動きが多いのは相変わらず。

 というか、忘れ物を届けに来たんじゃなくて、シャワー浴びるついでに忘れ物持ってきただけなんじゃ。

 自分の着替えもちゃんと持ってきてて用意がいいし。

 

「もちろん。いいよ」

 

「まあ、これだけ大勢なら今更一人増えたところで変わんしな」

 

「そうね。そうと決まったらさっさと行きましょ」

 

 デュノアさんや篠ノ之さん、凰さん達皆はあっさり許した。

 まあ、皆にしたら別に断る理由もないし。

 こうなると私も忘れ物を持ってきてもらった手前、意見しづらい。

 まあ、いいか。仕方ない……そう折れて、本音を混ぜてシャワールームへと向かった。

 

 

「はぁ~極楽極楽~」

 

「リンリン~おじさんくさ~い」

 

「まったくですわ。いいですか、鈴さん。淑女たるものお淑やかに優雅に振舞わなければなりません」

 

「うっさいわね。シャワーぐらい好きに浴びさせなさいよ」

 

 シャワーの音と皆の声で賑わうシャワールーム。

 何度かここを利用したことがあるけど広い。寮の大浴場よりも少し小さいかなぐらい。当然設備も最新鋭のものでかりで充実してる。

 ここには他のアリーナからも来れるようになっていて、私達以外にも人はいる。

 だから聞こえてくる周りの会話も聞こえてきて。

 

「代表候補生の人達、本当スタイルいいよね」

 

「本当っ、羨ましいな~!」

 

「何したらあんなに胸大きくなるんだろう」

 

 耳に入るそんな会話。

 やっぱり、見られてる。目立ってる。

 気にしてるのは私ぐらいなもので、他の皆は気にしてない。

 

 聞こえてきた会話に釣られるよう、私は両隣を見る。

 右隣には篠ノ之さん。左隣には本音。二人とも胸が大きい。

 視線をおろすと目に入る慎ましやかな胸の膨らみ。

 

「……」

 

 声にならない溜息がこぼれる。

 同い年なのにどうしてこんなにも違うんだろう。

 最近はしっかり食べるようにしてるし、ちゃんと寝るようにだってしてる。運動も忘れてない。

 なのに変化はない。……まあ、始めたのがここ一ヶ月の話だからそうすぐに結果がでるようなものじゃないけど。

 

「なーに辛気臭い顔してるのよ」

 

「あ……凰さん」

 

「鈴でいいってば。まったく汗と一緒に嫌なことなんて流してしまえばいいのに」

 

 振り返れば後ろには凰さんが呆れ顔でいた。

 溜息ついたのを気づかれたのかな。どうしよう。

 

「悩み事とかあるなら聞くわよ?」

 

「え……あー……そういうわけじゃないんだけど」

 

「? 歯切れ悪いわね」

 

 言えない。

 相手関係なくこんなこと恥ずかしいやら情けないやらで。

 言ったところでどうこうなるようなものでもないし、このことは胸のうちにそっと閉まっとこう。

 

「かんちゃんはね~胸の大きさで悩んでるんだよね~」

 

「なっ!? ば、ばかっ……!」

 

 本当、この子は突然何を言い出すの。

 もしかして、フラグ築いてたの。

 認めたわけじゃないけど図星をつかれたみたいになってしまった。

 

「そんなこと悩んでたのね」

 

 呆れられたような言葉。

 そうだよね。そうなるよね。知ってた。

 こんな悩みなんて呆れられるようなレベル。情けない。

 

「ちょっ、落ち込まないでよ。悩むほど?」

 

「そうだよ。更識さん、気にしなくてもいいのに」

 

「この通り、こんな充分なもの持ってるのにこれ以上を望むなんて」

 

「ひゃあああっ……!?」

 

 後ろの凰さんから確かめるように胸を揉まれた。

 突然のことに私は驚いて、ただ声を上げることしかできない。

 

「こら、鈴さん。やめて差し上げなさい。みっともないですわよ」

 

「りんり~ん~かんちゃん、泣いちゃいそうだからやめたあげて~」

 

「えっ……ご、ごめん、簪」

 

「……な、泣かないからっ……」

 

 でも、泣きたい気分。

 やめてくれたけど、こんな辱め。 

 しかも、皆に胸のことで悩んでいるのを知られてしまった。

 知られたのは皆だけで、周りの人は私達の騒がしさに気を取られて聞こえてないのがせめてもの救いだけど、それでも恥ずかしくて情けない。穴があったら全身埋めて消えてしまいたい。

 

「しかし、何でまた胸のサイズで悩んでいるんだ?」

 

「それは……」

 

 ボーデヴィッヒさんの問いに私は詰まる。

 

 私が胸のことで悩む理由。

 それはやっぱり、自分の胸が小さいことで劣等感を感じたり自信が持てなかったりするから。

 魅力的な周りの皆。例えば篠ノ之さんやオルコットさん達も胸が大きくて。私の身内、本音やその姉虚さんだって胸が大きい。そして、姉さんもまた。

 胸の大きさが全てじゃないと分かってるけど、自分の胸の小ささを思うと自信持てないし、これだけ胸が大きい人達が多いとつい比べちゃって劣等感を感じてしまう。

 だから、胸を大きくてして女として魅力をつけたいし、魅力的になれば少しは自信を持つことが出来て、劣等感も感じなくてすむようになる。

 そんな口にすると情けない理由だから、口にするのは躊躇う。

 何より――。

 

「まあ、この国では大は小をかねるというから胸が大きい利点もあるだろうし、魅力的な女性像の一つではあるな。だが所詮は脂肪の塊。箒やセシリアのようにただ大きくても仕方ないだろ」

 

「なっ!?」

 

「ラウラさんっ!」

 

「? おかしなこといったか? すまんが事実には変わらん。小さいと感じても小さいながら利点を生かすのが賢く強い兵士というもの。戦いは戦術一つで変えられるのだ、更識よ」

 

「ラウラは何でも軍人思考で例えすぎよ。ま、言いたいことは分かるけどね。いい? 簪、小ささはステータスなのよ!」

 

 励ましてくれてるのか力説は嬉しいけど、私は勢いに押されるように頷くことしかできない。

 

「更識さんが悩んでるのはそういうことだけじゃないよね」

 

「あ~流石でゅっちぃ~分かる~」

 

「恋する乙女なら通る道だよね。僕も考えたことあるもん」

 

「なるほどそういうことか」

 

 デュノアさんは鋭い。

 おかげで篠ノ之さんを始め皆に気づいてしまった。

 集まる暖かい視線が痛い。

 

 あ~もう~! 

 心の中で羞恥心をかき消すように叫んで髪を拭いていたバスタオルで顔を隠す。

 

 仕方ないじゃない。

 男の人はいつの時代も胸の大きな人が多いと聞いたことがあって、彼もそうなのかなって思うと今のサイズじゃ振り向いてもらえないような気もして……人はまず見た目が大事というし。

 私は人よりも劣って魅力なんてないから、スタイルからでもよくしていかないと私なんかじゃ……。

 

「――さん、――さん? 更識さん、大丈夫?」

 

 デュノアさんの声で我に返る。

 また変な方法に考えちゃってた。折角シャワー浴びたんだから気持ち切り替えないと。

 

「あっ……うん、大丈夫。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてた」

 

「そうなんだ。てっきり私達が弄りすぎたから怒らせたのかと」

 

「怒ってないよ……ただその……恥ずかしいから、内緒にしててね」

 

「もちろん。むしろ、力になることがあるなら協力するから。更識さんのこと応援しているし」

 

「ああっ! 私もだぞ。想い人は違えど同じ恋の道に生きる者同士、力を合わせようではないか!」

 

「そ、そうだね……」

 

 いろいろ思うことはあるけれど、焦った所でどうしようもない。

 地道にやっていこう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 簪によく似た

 気づけば、夏休みも後二週間ちょっとで終わる。

 勉強、訓練、そして開発の協力。毎日その繰り返し。

 それでもいろいろなことがあった。外せないのは未完成だった簪の専用機打鉄弐式の完成したことだ。

 そして、時期で言うと昨日。無事の完成度は弐式々の開発元である倉持技研に認められ、晴れて正式稼動となった。

 

『まあ……本当合格ラインギリギリだったけど嬉しいよ』

 

 なんて昨日帰ってきた時に言っていたがこれは喜ばしい。俺も自分のことのように嬉しい。

 これで簪が背負っているものが少しは軽くなっただろう。

 おかげでようやく実機を使った訓練に簪も今日から本格的に参加するようになった。

 

「ちよっと早いけど今日はこの辺にしとくか。今日も暑いから皆最後まで体調管理しっかりな」

 

 一夏の一声で今日一日の訓練は終わる。

 メンツはいつものメンツ。皆、夏の帰省から帰ってきた。

 騒がしい日々がまた戻ってくる。気が遠くなったのは暑さのせいか。

 

「まあ……騒、賑やかなのも悪くないと思う、よ? うん……」

 

 同情めいた簪のなんとも言えないといった感じの言葉がしみた。

 訓練中簪はいつになく嬉しそうだった。機体を動かせるのが嬉しくて仕方ないといった様子。

 

「そ、そうかな……? まあ、その……ようやく専用機持ちらしいことできたからだと思う。機体は良くても私の動きが全然だったけど……」

 

 簪にしたらあれで全然なのか。

 開発の最中にやった試験稼動の時よりも格段に動きがよくなっていた。

 簪の正確は知っているが初日からそう自嘲気味にならずとも。

 

「そうだぜ、更識さん。めっちゃ動きよかったのに。なぁ、シャル」

 

「うん。以前僕と一夏と試合した時、微調整の効かない訓練機でも僕達と互角に渡り合えていたし、今日だって数回目とは思えない動きだったから更識さん自信持って!」

 

「そうですわよ。持てるものなのですから自信を持って堂々といるべきですわ」

 

「ああ。謙遜は日本人と美徳と言うが謙遜もあまりしすぎるとな……」

 

 ボーデヴィッヒは言葉を濁した後に続く言葉を察したのか、簪は申し訳無さそうに両肩を縮めていた。

 まあ、この程度ならそこまで気にしなくてもいいだろ。

 簪にとってまだまだなら、ここから強くなっていく。

 ここから更に動きが洗礼されていくと思うとやはり簪は専用機持ちに選ばれた代表候補なんだと改めて思い知らされた。

 

「じゃあ、解散ってことで。また後でな」

 

「はーい」

 

「早く汗流したいわね。汗が気持ち悪い」

 

「そうだな。まずはシャワーだ」

 

 なんて会話を背中で聞き流しながら、まずは更衣室に向かった。

 

 

「いいよな、女子は。すぐシャワーが浴びれて」

 

 隣で着替える一夏が何かぼやいているが今更だろう。

 ここはそういうところだ。

 さっさと着替えて、部屋のシャワーを使う仕方ない。

 

「まあ、そうだな」

 

 着替えを済ませると寮へと戻ろうとする。

 今日も外は夏真っ盛りの暑さ。アリーナから寮までの道のりは室内を伝っていけるのが幸いだ。

 通路は適度に冷房が効いていて快適。金がかかった学校だけはある。

 

 夏休み後半だからか帰省から帰ってくる生徒もちらほらといるにはいてごく稀にすれ違う。

 何もないまますれ違うこともあれば、有名人の一夏に挨拶程度に声をかける人もいる。

 それは今までもあったことで、また前方から二人組みが歩いてくる。この時期にしては珍しく二人とも制服。基本私服の人か作業着の人ばかり見ていたから目に付いた。

 おかげで目が合い、何となく挨拶を交わしてすれ違おうとする。

 

「あら、こんにちは」

 

「ふふっ、こんにちは」

 

 そのまま何事もなくすれ違う。

 その言えば、今の二人……。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 俺の様子が気になったのか隣の一夏が訪ねてきた。

 どうもしてないが、今の二人組初めてみた気がした。

 声をかけられることがあってこの人前にも会ったなと感じることはあるが、こういう感じなのは初めて。本当に初めてみる人達だったんだろう。

 

「あー言われて見ればたらそうだ。胸元のリボンが黄色だったから二年生の人かな。眼鏡の人はつけてなかったからわからねぇけど」

 

 そうか。

 本当によく見てる。関心してしまった。

 上級生なら初対面だったと感じて当然か。俺自身、上級生と交流があるわけでもないし。

 ただ何ていえばいいんだ。

 

「気にでもなったか? 更識さんがいるのに隅に置けないな~……ってっ、鼻で笑うなよ!」

 

 馬鹿なこと言うからだ。

 何でもなかった。気にしない。

 

 

 寮に着くと一夏とは別れ、部屋へと帰る。

 そしてシャワーへ。ようやく一息つける。

 早めに切り上げたとは言え時間はもう夕方。この後は夕食ぐらいだが、それまで少し時間がある。

 一夏とはまた後でとは会話したが、このまま部屋でゆっくりしていたい。

 などとぼんやり考えながらシャワーを済ませ新しく着替え、風呂場から出ようとした時だった。違和感を感じた。

 何だ。風呂場の外、誰か居る気がする。物音を聞いたわけではない。第一部屋に呼んだ覚えもなければ、勝手に入ってくるような相手もいない。自動ロックだ。

 風呂場を出て玄関を確認した。あるのは自分の靴だけ。気のせいか。こういうのは気味が悪くて嫌だ。

 とりあえずベットのほうへと向かった。

 

「ふふっ、こんにちは。後輩君。ご機嫌いかが?」

 

 いつものベットに合わないおかしい人の姿。

 女の人のくつろいだ声。

 しかも、ワイシャツ1枚で生脚が見えている。

 ダメだ。ダメ過ぎる。頭がついていかないがこの状況がおかしいのは見た瞬間すぐ分かった。

 

「って……あら? ちょ、ちょっと……!」

 

 同時に俺は、すぐさま部屋を飛び出した。

 何か聞こえてきたが知らない。ついでに寮則も今は忘れた。

 部屋のドアが開いてよかった。こういう時大体閉じ込められるのがお約束。

 全力疾走で向かうは寮のコンシェルジュがいる管理人ルーム。あれは一人で関わってはいけない。ましてや、一人でなんてとてもじゃないが対処も出来ない。

 こういうのは大人に頼るのが一番。

 

「ど、どうかしました?」

 

 突然の訪問にコンシエルジュの人は戸惑っている。

 無理もない。とりあえず、中へと入れてもらいさっきあったことを説明する。

 

「えっ、部屋に知らない女の人が……薄着で……はぁ……」

 

 話は聞いてくれたがポカーンとしている。

 こうなるか。ここのセキュリティーは腐っても世界最高峰。最新技術が使われている。

 非常時でもない侵入者なんてありえないことを真面目に言っていたら、こういう反応しか出来ない。逆だったら自分もこうなるだろう。ましてや自分は男。何言ってるんだこいつ状態。

 だが、他にどう言えばいいんだ。今部屋に帰るの怖い。

 

「落ち着け。大丈夫だ」

 

 どうしようかこちらも向こうも悩んでいるとここでお茶していたらしき織斑先生が助け舟を出してくれた。

 ちなみにすぐ近くには山田先生の姿が。

 

「落ち着いてもう一度話してみろ」

 

 その言葉に一呼吸してから、もう一度状況を説明した。

 

「不審者ということか。山田先生方、悪いがこいつの部屋の巡回を頼む。見間違いという線もあるが織斑のことといい最近はいろいろと前例がある。一応非常時警戒で秘密裏にで」

 

「わ、分かりましたっ」

 

「了解です。コンシェルジュ用のマスターキー使いますね」

 

 山田先生とコンシェルジュの人達が部屋を後にする。

 何だか大事にしてしまった。それについて思うことがないわけではないが、今は安心のほうが勝る。

 

「それでその女の容姿、特徴は覚えてないか?」

 

 一瞬で部屋飛び出してきたからはっきりと顔を覚えてはない。

 知らない女の人だったということで確かなだけで……。

 いや、何かがひっかかる。それとしいて言うなら何処か簪に似ていたような気がしなくてもないような。

 

「そうか……分かった。まあ、茶でも飲んで気持ちを落ち着けろ」

 

 織斑先生も何かがひっかかっている様子だったが頷くとどまった。

 いただいた茶が染みる。気のせいだといいが……。

 それから数分後、巡回しに行ってくれた山田先生達が戻ってきた。

 

「室内の確認。辺りの巡回しましたがそれらしい人は見つかりませんでした」

 

「鍵の記録も見てみましたが、彼のルームキーカード以外の使用履歴はありませんでした」

 

「そうか。分かった」

 

 何事もなかったという結果。

 それはそれで安心であるが、やはり俺の見間違いだったか。

 ことを騒ぎにしただけだ。この場の皆さんに謝罪した。

 

「あ、謝らないでください。何もなかったっということが確認できて私達も安心ですからね」

 

「そうですよ。君が嘘を言うような人ではないということは私達コンシェルジュ一同もよく知っていますからあまり気になさらず」

 

「その通りだ。気に病むな。不安だろうがひとまずは安心しろ。お前に言う必要はないはないだろうが戸締りは改めてしっかりとするんだぞ」

 

 優しい言葉の数々に少しは申しわなさも和らいだ。

 今は見間違いでよかったと安心して納得するほかない。

 戻ったら一応シーツとかは変よう。

 

「そうしとけ。まあまた何かあれば我々教員なり、コンシェルジュの方々を頼るように。決して一人で解決しようとするな。頼んだぞ」

 

 念を押してくるような口ぶり。

 織斑先生の脳裏には今きっと一夏のことが思い浮かんでいるんだろうな。

 はいと頷いて、お礼を言うと管理人ルームを後にした。

 

「どったの~? なにかあった~?」

 

 気の抜けた聞きなれた声がきこえ、寮の玄関を見ると本音と簪がいた。

 シャワーから戻ってきたんだろう。それにしては篠ノ之達の姿は見えない。

 後、何で本音がいる。

 

「篠ノ之さん達なら先に戻ったよ。ゆっくりしてたから最後になっちゃって」

 

「かんちゃんにお着替えお届けに行ったついでに私もシャワー入ったから一緒なの~」

 

 なるほど、それでか。

 

「で、そっちは何でこんなところに~? トラブル~?」

 

 まあ、そんなところ。解決もしたし、大したことではない。

 そう適当に誤魔化しておいた。

 本当はことはとてもじゃないが言えない。

 

「本当に大丈夫……? 難しい顔してるけど……」

 

 簪から心配そうに言われ、ハッとなる。よくないな。

 だが、今部屋に一人で戻るのは情けないことに怖い。部屋の確認とシーツなどの交換をしておきたいが、さっきの今だと流石にまだ。

 

「一人で抱え込もうとしないで。私、力になるから。私一人じゃ頼りないなら本音もいるし」

 

「そうだよ~。お友達なんだから遠慮しないで~」

 

 そう言ってもらえるのは嬉しいが躊躇いは強い。

 しかし、ここで変な意地みたいなのを張っていても仕方ないか。怖いものは怖い。

 少しぐらいは甘えてもいいということだよな。

 

「もちろん。私はそうしてくれると嬉しい」

 

 なら、とここは素直に二人の好意に甘えることにした。

 

「それで一体何が……?」

 

 ここで話せるような話題ではない。

 誰か部屋にいてほしい。場所を変える為、部屋へと誘ってみた。

 

「部屋……? 分かった」

 

「いいよ~」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 簪達に打ち明けて

 部屋に戻ると真っ先にシーツを取り替え、それから簪達にお茶を出す。

 山田先生方の報告通り部屋にはやはり誰もおらず、貴重品は中身共に無事。あさられた形跡とかもなかった。

 見間違いだったのか。

 

「……話せそう?」

 

 一連の挙動不審な行動を問いただしてくることなく簪達は待ってくれていた。

 そして今も話出すのをゆっくり待ってくれている。

 ありがたい。俺はゆっくりとさっきあったことを話した。

 

「え……何それこわ……」

 

「うぁ~……」

 

 簪も本音もドン引き。

 当然か。むしろ、信じてくれたのか。

 

「信じる。あなたがその手の嘘言うわけないし、怖いぐらい目が真剣だったから」

 

 そんな風に見られていたのか。

 

「だね~おかげでいろいろ納得いったよ~あそこに居たこととかシーツ変えてたのとか」

 

「何もなかったなかったのはよかったけど……おかしいよね。今は外部の人の出入りなんてほぼほぼないだろうし、侵入者が出るような場所でもなければ、カードキーないと入れない部屋の作りなのに」

 

 その通りではある。

 まず外部からの侵入者はぼぼありえない。となると内部の侵入者。しかし、それもどうなんだろうか。

 そもそもやっぱり見間違いなんじゃ。

 

「うーん……」

 

「そうだ~顔とか覚えてない~? 何となくでいいから~」

 

 覚えてはいる。

 本当に何となくだけど。

 けれど、なんと言えばいいんだ。

 

「何かあるの……? 言いにくいそうだけど」

 

 簪本人を前にしては非常に言いにくい。

 かと言って他の言い方も思い浮かばない。

 はっきり言うのが一番だがそれだと簪を傷つけてしまいかねない。

 

「……私に関係してる? なら、大丈夫。覚悟はしてる。言って」

 

 そこまで言ってもらえたのなら、おもいきって言ってしまう事にした。

 

「私に似てる……」

 

 小さく呟き簪は考え込む。

 淡々と事実を受けとめている。

 傷ついたり驚いたりといった様子はない。むしろ。

 

「あっ……!」

 

 本音のほうが驚いていた。

 というより、何か思い出したような気づいたような様子。

 

「やっぱり、そういうこと。本音……今気づいたことを言いなさい」

 

「な、何も気づいてないよ~やっ、やだなぁ~かんちゃん」

 

 下手クソか。

 隠すにしてもあからさま過ぎる。

 

「もしかしなくても、帰ってきてるんでしょ」

 

「え……あっ、う、うん……」

 

「やっぱり……」

 

 そう言って簪はスマホを取り出す。

 簪達の知り合いが関係しているのだろうか。

 

「知り合いと言うか……多分だけど犯人、私の姉かもしれない……」

 

 簪のお姉さん。というと生徒会長だったはず。

 確か今は仕事か何かで休学中だと聞いた。

 

「うん、そう。復学するかは知らないけど、今の時期なら丁度家の行事終わった頃だから少しは時間作って来たのかも知れない」

 

 なるほど。

 時間を作って学園に戻ってきた。そして、俺の部屋に来ていた。だから、簪と見間違えたのか。

 話を聞いて、そう考えると納得はいく。

 仮にそうだとしてどうしてこんな変な事をしてきたんだろうか。

 

「多分、あなたを試したんだと思う。前に話したと思うけど私の家は代々日本を影で支えてきた特殊な家系で姉は家の現当主。影から支えるものとして男でISを使えるあなたを試した」 

 

 大分ぼかしていたが簪が何を言いたいことは大体分かった。

 そういう家系なら俺のような厄介な人間を試してくるのかもしれない。

 ハニートラップ的なのをどう対処するのとかそういう意図があったんだろう。

 

「おそらく。でも、それは多分建前。実際のところは私とあなたの仲を知って興味を持ったからからかいに来ただけだと思う。お姉ちゃんは昔から本当に人を喰ったような人だから」

 

そう言った簪からはいろいろ募ったものを感じた。

 

「どう……これが正解でしょ、本音」

 

「うっ……」

 

 非常に言いにくそうな顔をしている。

 こんな本音を見るのは初めて。

 簪とお姉さんの間で板ばさみになってしまっているみたいだった。

 しばらく迷った本音は、その後観念した様子で口を開いた。

 

「ごめんなさ~い。その通りだよ~楯無様が帰ってきたのは昨日。その女の人が本当に楯無様なのかは私にも分からないけど~彼に接触するって言ってたから」

 

 そんなことが。

 となるとあの女の人がお姉さんだったという線は濃厚になってきた。

 

「やっぱり……はぁ……」

 

「か、かんちゃん。お、怒らないの~?」

 

「本音に怒っても仕方ないよ。というか、私や彼のこと本音があの人に報告したんでしょ」

 

「はいぃ~……」

 

 身近な本音から聞くのが一番細かく知れて手っ取り早い。

 家柄からして本音に拒否権はなさそうだ。こればっかりは仕方ない。

 嘘をつけるタイプでもないだろうし。

 

「まあ、ね……でも、今後あの人に何聞かれてもなるべく言わないように。私がそうしろって命令されたって言っていいから」

 

「りょ、了解!」

 

 しかし、どうしたものか。

 あの女の人が簪のお姉さんだという確率は高まり、動機や目的も予想ついたが完全に確定したわけではない。

 決め付けるのは早計だ。

 

「それはそうだけど……でも、やっぱりあなたの証言といい本音の証言といい姉で間違いないと思う。姉ならいくらセキュリティーが頑丈でも難なく部屋に侵入できるし、居た痕跡をなくすことも朝飯前。間違ってたとしらその時はその時」

 

 簪に確固たる自信があるのは分かった。

 ここまでくると確かめないと気がすまないんだろう。

 自分の姉が関わっているかもしれないと思えば当然かもしれないが……。

 

「……余計な、お世話だよね……」

 

 決してそうではないが、正直なところあまり気は乗らない。

 簪達に話して怖かった気持ちが楽になった。でも別に犯人探しをしたいわけでもなければ。犯人を見つけてどうこうしたいというのもない。今回のようなことはこれっきりにしてほしいけども。

 あれが誰だったのか分かればそれに越したことはないが、その為にこちらからお姉さんを問いただすようなことは避けたい。

 今まで話を聞いた限り、簪とお姉さんの仲はよろしくない。今以上に二人の仲をこじれさせるなんてこはしたくない。

 簪だってこんなことでお姉さんと連絡取りたくはないだろう。その証拠にスマホを取り出しはしたが、握ったままだ。

 

「そう、だけど……」

 

 簪は納得がいかないみたいだ。

 自分の身内が関わっているのかもしれないと思ったら、いてもたってもいられないんだろう。一度疑い始めるとそう簡単には疑いを晴らせない。

 それでも今はこちらに任せてほしい。元々は俺の厄介ごとなんだ。

 また何かあれば必ず話すし、必要なら簪の力も借りる。だから、今は今一度気持ちを落ち着け、冷静でいてほしい。

 

「分かった。勝手なことしない。でも、本当に一人で抱え込まないで。本当の本当にだからね」

 

 念を押してくる簪に俺は苦笑いするしかなかった。

 信用ないな、俺。

 

「信用も信頼もしてるけど……あなたが困ってるのに何もできなかったなんて私は嫌だよ。これも自分勝手だとは分かってるけど……それでも」

 

 簪の気持ちにはただ感謝するしかなかった。

 そうだな。逆の立場なら俺も簪と同じようにしていた。

 心得ておこう。

 

 でもまあ、織斑先生やコンシェルジュの人達には話して警戒してもらっている。

 お姉さんがその手の家系の人ならその情報はとっくに伝わっているだろうし、次はそうそうない。

 これきっきりだろう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 簪の姉

 午前九時前。

 戸締りをしっかりとして、部屋を出る。

 今日も朝からアリーナで実機訓練。メンツも今まで通り。

 九時からなので遅刻ではないが洗濯や掃除をしていたからいつもより出るのが遅くなってしまった。

 早く向かわなければ。早い人ならもう一足先に始めていてもおかしくない。

 

 寮を出て校舎の中を通りアリーナに向かう。

 そして、ロビーを通った時だった。

 俺の足は止まった。

 

「あら、こんにちは」

 

 既知感を感じさせる言葉と声。

 そして、笑み。ああ……この人が簪の。

 突然の如く彼女は現れた。更識会長が。

 

「私のこと知ってるのね。まあ、この学園の生徒会長だし当然か。それとも聞いたのかな。簪ちゃんに」

 

 間違いない昨日の人はこの人だ。

 見覚えが強くなってくる。

 それにこの人が簪のお姉さんだというのも確かなんだろう。似ている。通りで俺は昨日あの時、簪に似ていると感じたんだ。

 けれど、少し似ている程度でこの人は簪ではない。

 笑っているはずなのに何か違う笑みがそう感じさせる。

 

 昨日の今日で会うなんて、何というかツイてない。

 こんな朝早くに。一体何の用なんだ。

 

「少し話を、と思ってね。正攻法じゃないと昨日みたいに先生達に告げ口されても嫌だし」

 

 明らかに認めた。

 しかも、自分自ら。

 だからと言って、更識会長に悪びれた様子はない。

 笑いごとのように言って笑ってる。

 

 話……俺から話すようなことは勿論ない。この人から話を言われるとどうしても警戒して、話なんて聞きたくはない。

 しかし、そうはいかないようだ。更識会長の口元を隠すように開かれた扇には『袋の鼠』と書かれてある。

 逃がしてくれないのだろう。従うことにした。

 

「素直な子はお姉さん好きよ」

 

 嬉しそうに笑われてもな。

 話をするのはいいとして、九時からの実機訓練に遅れてしまう。そのことを一夏と簪には連絡しておかなければ。

 言うと言わないとでは変わってくる。詳しいことは後で話すにしても、先に一言断りを入れておきたい。

 

「連絡? いいわよ、それぐらい。さっ、行きましょう」

 

 伴われながらその間、二人に簡単な連絡を入れておいた。

 返事は勿論、既読もない。もう始めているんだろう。

 俺も今から頑張らなければ。

 

「腰かけて。リラックスして頂戴な」

 

 椅子に座りテーブルを挟んだ向こう側に座る更識会長はそう言ってくるが無理だ。

 早く話を始めてほしい。

 

「焦らないの。ゆっくりお話してお互いのこと知って仲良くなりましょう。私達は将来、姉弟になるかもしれないのだからね」

 

 何言ってるんだこの人は。

 冗談のつもりなのか。

 なんにせよ、この楽し気な笑みからしてもからかわれているのは間違いない。

 簪が言ってたこと今身をもってよく分かった。確かにこの人は人を食ったような人だ。

 こんなこと簪に聞かれなくてよかった。聞かれていたら、どうなっていたことか。

 

「さて、まずは妹と仲良くしてくれてありがとう。少し様子見に行ったけど以前とは見違えるぐらい明るくなっててビックリしちゃった。専用機も完成したみたいだし、よかった」

 

 曖昧に頷くことしかできない。

 話というのはこんな世間話だったのか。

 しかも、様子見に行ったって……簪は気づいてないだろう。気づいていたら言わなくても小なり、態度に出る。

 

「で、簪ちゃんとの仲はどう? うまくいってる?」

 

 どうって……普通としか言えない。

 喧嘩もしてない。仲良くやってる。

 だが、聞きたいことはそういうことじゃないはずだ。下衆な勘繰りをしてくる時の一夏と同じ顔をしてる。

 更識会長が期待するようなことは何もない。

 というより、わざわざ聞かなくても全部知っているんだろうこの人は。

 

「全部は知らないわよ。普通の人よりかはいろいろと知ってるだけ。それにこういうのは本人の口から聞くのが一番でしょ」

 

 なんてウィンクのオマケ付き。

 ため息つきそうになるのを堪える。何なんだこの人は。

 からかわれているのは分かっていても、相手のペースから抜け出せない。

 昨日のことといい、今といいやはり、試されているんだろう。

 

「試す? ああ昨日の。そうね、織斑一夏君と同様貴方も貴重な存在。そう簡単にはハニートラップにかかってもらっては困る。いつも誰かが守ってくれるとは限らない。一人の時どう対処するのか見たかったってのはあるかな。それでお姉さん体張ったけど、あんな反応されるのは予想外だったわ。まあ、それはそれで楽しかったけど」

 

 そんな理由だったなんて。

 理屈としては分かるけども、だからってそんな試し方しなくても。

 本当、心臓に悪かった。しかもやはり、楽しんでいた。ハニートラップ云々は建前で、からかって楽しんでいた。

 俺はまだいいが、簪相手に試したりしらかったりはあげてほしい。余計こじれる姿が目に浮かぶ。

 ただでさえ昨日のことで簪の更識会長への思いはよくないだろうに。

 

「拗れるって貴方ね。しないわよ、流石に簪ちゃん相手だと。あ、でも心配してくれてるの? なら、貴方に簪ちゃんとの仲取り持ってもらおうかしら」

 

 どうしてそうなる。

 仲よくなりたい気あるのか。

 

「そりゃもちろん。簪ちゃんからいろいろと聞いて察していると思うのだけど私と簪ちゃん、仲が上手くいってないから仲良くなりたいわよ。大切な妹だから」

 

 そう言う更識会長の言葉は一連の流れで初めて聞く真剣なものだった。

 姉妹だから仲が悪いよりかはいいにこしたことはない。

 だからこそ余計、自分自身で簪と向き合うべきじゃないのか。これは大切なことだ。あんなふざけたことせず、真剣に。まずは誰かに頼りっきりにするのではなく、自分達同士で。

 

「……」

 

 からかわれ続けた嫌気から思ったことを外に出してしまった。

 一瞬空気が死にハッとなったと同時にそんなことはないように更識会長は、苦笑を混じえながら楽しそうに笑って言った。

 

簡単に言ってくれる(もう~怒らないで)。よしじゃあ、これで最後にしましょう」

 

 ようやくか。

 崩れかけていた姿勢を正す。

 すると、更識会長はにっこりと一度微笑んだ後、こちらの目を見据えてきた。

 

「貴方は簪ちゃんのこと、簪と呼び捨てにしているわよね?」

 

 問いに俺は頷いて認める。

 

「簪ちゃんと仲良くしてくれるのは本当に嬉しいわ。姉として更識家当主として感謝しています。でもね、更識家の人間が自分の名前を呼ばせるというのは凄く重いことなの。異性なら尚更。その意味、更識家の人間と深くかかわるということ。覚悟はあるかしら?」

 

 問いに俺は再び頷く。

 

「即答。まあ、随分といい返事ね……本気にしていいのかしら」

 

 苦笑いして細められた目が品定めするように向けられる。

 

 信じられないと言わんばかり。流石に二つ返事過ぎたか。

 だが、考えなしに頷いたわけではない。覚悟はある。

 簪から聞いた家のこと。そして、俺の身の上。いろいろと厄介ごとだらけだはあるが、それで諦めるほど諦めがいいたちではない。

 俺は簪の傍にいたい。彼女を支えたい。笑顔にしてあげたい。幸せにしてあげたい。たくさんのことをしてあげたい。共にそうありたい。

 その為なら、困難が待ち構えていても諦めない。乗り越えて見せる。

 言葉にすると青臭いが、覚悟はとうに決まっている。

 

「……」

 

 呆気にとられたように更識会長はこちらを真面真面と見つめる。

 そして。

 

「あは、あはははっ! いいわ、貴方。面白い。なら、その覚悟とやら存分に試させてもらいましょう」

 

 その言葉を聞いとっさに身構える。

 この人また何かする気なのか。

 

「今は何もしないわ。けど、いずれね。織斑君共々楽しみが増えたわ」

 

 愉快げに笑う更識会長の口元を隠す開かれた扇には『愉悦』の文字が。

 今、はっきり分かったことがある。

 この人凄い苦手だ。簪のお姉さん相手にアレだろうが苦手なものは苦手。

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ~楽しくやってきましょ」

 

そう言った更識会長は楽し気な笑みを浮かべていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 それは簪の前にやって来た

 更識会長から解放された後は無事訓練に参加することが出来た。

 ことがことだったのでつい尾行の警戒をしてしまったが、そういう気配はない。

 素人なのでそう簡単に気付けるものではないだろうがあっさり解放してくれたあたり、流石にもう大丈夫だろう。大丈夫だと信じたい。

 何はともあれ、ひとまず一安心。

 簪にも更識会長と話があったことは話した。正直、話すべきか迷ったが隠すようなことでもない。

 一人で抱え込まないと約束したわけだし。

 

「……」

 

 そして今は訓練の休憩時間。休憩所。

 そこで更識会長ことを今ちょうど話終えたところ。

 遅れてきた時、案の定心配されてしまったが、いざ話し出すと何も言わず静かに聞いてくれた。

 更識会長の名前を出しても驚かなかった。もしかしなくても、気づいていたか。

 

「うん。まあ、あなたが遅れるって言ったから、もしかしてって。昨日の今日でも姉さんならやりかねないから……でも本当、無事でよかった。何もされてないんだよね……?」

 

 信用ないな。

 それはどちらに対してもなのかもしれないが。

 見ての通り無事だ。何もない。本当にただ話をしただけだった。

 

「なら、とりあえず安心だけど……予想、外れてほしかった……」

 

 簪は目に見えて落ち込んだ。

 外れるどころか、全問正解。しかも、向こうから認めたから……。

 実の姉が、ということもあってショックみたいなものは俺が思っている以上に大きいのだろう。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぽつりとそう言って簪はこちらを向き、深々と頭を下げてきた。

 慌ててやめてもらう。

 

「いや、だって……姉、身内が迷惑かけたんだからせめて謝らないと。本当ごめんなさい」

 

 謝りながらまた簪は頭を下げてきた。

 簪が謝るようなことでもなければ、気にするようなことでもない。

 と言われたところで簪は気が済まない。

 だから頭を上げてもらい、謝罪を受け取った。

 昨日のことは思い出しても得があるようなことではないし、これっきりで。

 

「……だね」

 

 頭と気持ちを切り替える。

 これからどうするか考えなければ。

 

「これから……?」

 

 きょとんとするのは無理もない。

 わさわざ考えるなんて大げさにするほどのことではないが更識会長とはこれから会う機会は増えていくだろう。

 出会いが出会いだっただけに苦手意識はあるがそうに邪険にするわけにもいかない。

 実際、向こうは仲良くしてくる気満々だった。それが本当なのかは計り知れないが心構えぐらいはしておきたい。

 ああいう手合いの人相手に心構えなしは心もたない。

 

「それはそうだね……。仲良く……」

 

 簪は俯き加減に考え込んでいた。

 更識会長が一番仲良くしたい相手は簪。

 しかし、そう簡単にはいかなさそうだな。

 

「まあ、それはね……姉さんがあなたにしたことは許せない。姉さんに対しても気持ちが整理できたわけじゃないけど心配しなくても大丈夫」

 

 そう簪は言い。

 

「いきなりは難しいけど……少しは歩み寄ろうと思う。すれ違ったままじゃ、昔のままじゃもういたくないから」

 

 簪の瞳には確かな光が宿っていた。

 そこまで決意が固まっているのなら、これまでと変わらず俺がしゃしゃり出ていいことはない。

 できるのは陰ながらの応援だ。二人が上手くいくように願うばかり。

 

「ありがとう……私も心構えしておかないと。姉さんって本当急な人だから」

 

 それはよく分かる。

 急な人相手だからこそ心構えはあることにことしたことはない。

 

「仲良くしたいって言うなら……あんな滅茶苦茶のことせずに初めから私に直接言ってくれればまだ……」

 

 それはそうだが、やはり難しいのだろう。

 更識会長は簪の姉でもあるが、生徒会長、国家代表、更識家の当主。

 いろいろな立場がある人。そう素直にもいられないのかもしれない。二人のすれ違っている時間はそれ相応だろうし。何より、あの人を食った性格とか考えると尚更。

 素直な人だったら今頃こんなことにはなってないはずだ。

 そう言う簪だって……。

 

「何……?」

 

 ジト目を向けられ、努めて冷静に言葉を呑む。

 すると簪は少し拗ねた様子で口を開く。

 

「私だって素直じゃないって言いたいんでしょ? 分かってるもん……まずは私のほうから素直にならないとね」

 

 そう簪が意を決したような表情をしていたのが印象的だった。

 

 しかし、いつまでもこんな話をしていては休憩だというのに気は休まらない。

 適当な話題を振って話を変えていく。

 すると、気がそれたのか簪は次第に笑顔を見せてくれた。

 そして、話はいつしか夏休みの残りについて。

 後少しで夏休みも終わりだが夏休みらしいことはなかった。それについては今更だが、残り少しの夏休み。時間を作って以前言っていた特撮映画ぐらい見に行けたらいいが……。

 

「行けてないね、そう言えば。行きたいね……」

 

 そうだな。

 などと頷くと、訪れる沈黙。チラチラとこちらを見る簪。

 これはそういうことなのか……? まあ、簪が一人で身に行くとは考えにくいし。

 でも、俺は簪に告白した身。そういうのを絡めるのはよくないとは分かっているが、いろいろ考えてしまうものであって。

 まあ、誘うだけならタダだ。だから誘ってみたが。

 

「更識さんー!」

 

 遠くの方で簪を呼ぶ声。

 

「あ……よ、呼ばれる。ごめなさい……い、行ってくるねっ」

 

 そう言って簪は出ていった。

 うまく逃げられたな、これは。

 いきなり過ぎたか。逃げられるのはなれてる。気長に確実にいこう。

 

 

 干した洗濯物をしたりたりいろいろとしていると午後の訓練に遅れてしまった。

 同じく遅れてきた簪と合流してアリーナに入る。

 気持ちを切り替えたから、先ほどのことは頭の隅に追いやる。もうなれだなこれは。

 

 一夏達はもう先に始めているはずだ。

 午後からは午前とは違う訓練内容。頑張ろう。

 

「うん、頑張ろう……ってあれ……」

 

 気合を入れた矢先、簪が何かに気づき目を奪われていた。

 視線の先を追うと輪になっている一夏達の姿があった。

 何なら疲れた様子だ。

 そしてすぐ簪が目を奪われていた理由が分かった。

 目を奪われるのも無理ない。なんせ輪の中心には更識会長がいるのだから。

 

「セシリアちゃんは型に入りすぎね。もっと意外性を持たせないと。箒ちゃんは焦らないこと。高性能機だからって過信してるのが動きに出てる。言われるまでもないでしょうけど、気を付けて。一夏君は……」

 

 状況から察するに更識会長が一夏達に訓練をつけていたんだろう。

 専用機らしき機体装甲を身にまとっている。

 一体何故ここに……。急な人だとは思っていたが、本当に急すぎる。簪は……。

 

「――」

 

 言葉なく驚いていた。

 心なしか少しばかり顔色が悪くなっている。

 明らか動揺している。俺は名前を呼び声をかけた。

 

「――っ、大丈夫。……まさか、今さっきあなたが会ったのにもう来るなんて。噂をすれば影がさすだね」

 

 そう言った簪は冷静を務めているが動揺はまだ見て取れる。

 

 噂をすれば影がさすとはまさしくだ。

 急な人だとは思っていたがここまでとは。

 一夏達を見に来た。それもあるだろうが、一番はやはり簪に会いに来たか。

 

「っと、こんなところね……あっ! 簪ちゃん達じゃない。やっと来た。待ちくたびれたわよ」

 

 こちらに気づき、手招きしてくる。

 行きたくはないが行くしかない。

 行かないと訓練すら始められない。

 

「ん、行こ」

 

 先に踏み出した簪に続いて更識会長のもとへ向かう。

 簪の足取りは確かだ。決意が伝わってくる。

 

「ふふっ、久しぶりね。簪ちゃん」

 

「……うん。久しぶり……姉さん。復学したんだ」

 

「ええ、いろいろと落ち着けてきたから二学期から正式に復学よ。簪ちゃん、元気そうでよかったわ。お盆行事、顔出さなかったからお父様寂しがってたわ」

 

「……そう。この間電話入れたけど」

 

 当たり障りのない会話。

 特にこれといったことは話してないがお互い、特に簪が距離を図っているのが分かる。

「君もさっきぶりね。また会えて嬉しいわ」

 

 これまた当たり障りのない挨拶。

 しかし、今までが今までなので身構えそうになる。

 と同時に簪が庇う様に俺の前へと出た。

 

「あら……ふふっ、大丈夫よ。そんな警戒しなくてもいきなり取って食ったりはしないわ」

 

「……」

 

 楽しげに笑う更識会長をジッと見つめ返す簪。

 そんな様子を皆はオロオロとした様子で眺め、耐えかねた一夏が話しかけてきた。

 

「なぁ、更識会長と更識さんって……やっぱり姉妹ってことでいいんだよな?」

 

 答えようとすると耳に入っていたのか更識会長が代わりに答えた。

 

「ええ、そうよ。似てるでしょ? 簪ちゃんは私の大切な妹。皆、いつも仲良くしてくれてるみたいでお姉さん嬉しいわ。これからも妹と仲良くしてあげてね」

 

「それはもちろん」

 

「……」

 

 皆一様に頷いていたが、簪は心なしかムッとしている。

 まあ、突然来て今まで関わってこなかったのにこんな風に姉面されれば簪としたら内心複雑のなんだろう。

 本当に何し来たんだか。一夏達に訓練つけてたのは間違いないが。

 

「おうっ! お前達が来るまで更識会長に六人一緒にこれまでの成果みたいなのを見てもらってたんだけど、強いのなんの」

 

「だね。僕達六人がかりでも全然歯が立たなかったよ」

 

「こんなにも一方的にやられたのは初めてですわ。正直、プライドが……」

 

「ふふ、IS学園の生徒会長は最強であれ。候補生達にはそう簡単に負けれません。それに皆一人一人目を見張るところがあるから自信もって! 後、私のことは楯無会長で」

 

 一夏達六人息こそはもう落ち着いたがまだ疲れている。

 対する更識会長は疲れた様子は一切なく、変わらず楽しげな表情を浮かべたままだ。

 これだけでよほど腕が立つ人なのだということが分かった。学園で唯一の国家代表、最強と謳う生徒会長、それらの肩書は伊達ではないということか。

 

「私がここに来た理由はこうして一夏君達の成長具合を確認しに来たのともう一つ。簪ちゃんの様子を見に来たの」

 

「……私の……」

 

「専用機の開発、成功したんでしょ? まずはおめでとう」

 

「あ、ありがとう……」

 

 更識会長が専用機完成のことを知らない訳ないか。

 だとしたら、おそらく簪の今の成長具合も把握しているはずだ。

 先の展開が読めてきた。

 

「完成したその成果。訓練を続けてる簪ちゃんがどれほど成長したのか、この私が一度試合して見てあげる。一夏君から聞いたけど簪ちゃん、訓練はしていても試合はまだやってないんでしょ?」

 

 その言葉を聞いて簪は一夏を睨むように見ると一夏は申し訳なさそうに肩を縮めていた。

 やはりこうなった。これは簪を試す気なのか? それとも妹のことを知りたい一心からなのか。

 

「相手にとって不足はないと思うのだけど、どうかしら?」

 

 突然の申し出に簪はどうでるのかと見守っていると、意外にも簪は二つ返事で了承した

 

「うん……分かった。やろう」

 

「あら、即答。誰に似たのかしら……本当にいいの?」

 

「うん。やっぱり、しないとかなら別にいいけど」

 

「いいえ、やりましょう。嬉しいわ。そうね、時間は今日から三日後とかでどうかしたら? 細かい時間や場所はまた追って本音ちゃんあたりから連絡させるわね」

 

「分かった」

 

「じゃあ、私は仕事とかあるから今日はこの辺で失礼するわ。一夏君達はアドバイス参考にしてくれると嬉しいな。じゃあ、またね」

 

 ひらひらと手を振りながら更識会長は、アリーナを後にした。

 

「嵐のような人だったな」

 

 一夏の言う通りだな。

 更識会長が去ったこの場はまるで嵐が過ぎ去った後のように静か。

 ほとんど皆一様に呆気にとられた様子だ。

 

 その中でも簪は一人、更識会長との試合に向け、意識を高めているようだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 備える簪の傍で

 簪が更識会長と試合することなったのが一昨日。

 そして一日明けて今日になったのだが、前日にも関わらず簪はいつもと変わらない。

 至って冷静。試合を前にしても簪に取り乱した様子もなければ、焦った様子もなかった。

 早朝のランニングをし、朝食を一緒に食べ、日中訓練をやりといつも通り行う。

 杞憂だったようだ。簪なら心配されるまでもなくしっかり準備しているだろう。

 今もおそらく。

 

 時計を見れば、もう昼の三時過ぎ。

 今日の午後練は各自でということになっている。今日も実機訓練だったがアリーナが外にあり、外が猛暑で身の危険を感じる暑さを考慮して中止になった。

 なので一夏みたいに夏休みの宿題などをしていたり、室内のトレーニング施設でトレーニングをするデュノアやボーデヴィッヒなど代わりにやってることは皆いろいろ。

 俺は部屋で勉強をしていて、簪は室内施設で明日に向けた自主練をすると言っていた。

 いても邪魔になるだろうとついていかなかったが、正直簪の様子が気になる。

 こちらが気にしたところでどうしようもない。しかし、それで気になってしまう。

 

 差し入れでも持って様子を見に行こうか。

 邪魔になるなら帰ればいい。

 いや、先に一言断りをメッセなりで入れておかないと。

 すぐに返事は返ってこないだろうが。

 

《大丈夫だよ。今、第二武道館にいるから好きな時に来て》

 

 思ったよりも早く返事がきた。

 しかも、あっさり行くの了承された。

 まあ、そういうことなら気にせず行ってみよう。

 支度して部屋を出る。向かうは第二武道館。勿論、途中購買部で差し入を買っていくのも忘れない。

 第二武道館は学園の端の方にある。第一武道館が基本的に使われていて、第二武道館が使われるのは稀だ。

 だからこそ、一人になるにはちょうどいい。実際、第二武道館に着くと中で簪は一人だった。

 

「あ……いらっしゃい」

 

 出迎えてくれた簪は上は白の道着、下は紺色の袴に身を包んでいた。

 手には木製の薙刀。

 これだけで薙刀の稽古最中なのだと分かった。

 来ておいてなんだが邪魔してしまった気がする。

 

「ううん……大丈夫。気にしないで……丁度、今から休憩するところだったから」

 

 そうならいい。

 忘れないうちに差し入れを渡す。

 

「ありがとう。あ……チョコ。しかも、抹茶」

 

 とスポーツドリンク。

 水分補給と糖分補給。これがいるだろうと思った。

 抹茶味なのは適当に選んだわけではなく、この間簪が作ってきた小さなカップケーキが抹茶味だったので多分好きなんだろうと思い選んだ。

 

「うん。抹茶味、好き……覚えてくれてたんだ……」

 

 あのカップケーキは美味しかったからな。

 忘れられない。

 

「そう……嬉しい。い、いただくね」

 

 頷いて答える。

 端の方で腰を落ち着け休憩しながらチョコを食べる簪の隣でふと辺りを見渡す。

 当然、俺達以外は誰もいない。ただ一面に木の床が広がるだけ。

 ここで簪は一人薙刀の稽古をしていた。弐式の近接武器は薙刀だったな。

 

「うん。私元々、小さい頃から茶堂、華道、日本舞踊、薙刀術って仕込まれてて弐式を任されることになった時、弐式の近接武器を薙刀にしてもらったの」

 

 それでか。納得した。

 ということは稽古では型の確認とかだろうか。

 薙刀術の稽古は見たことないからそんなイメージしかつかないけど。

 

「大体はそんな感じ。本当は訓練するならするで明日に向けて実機関連のことするべきなんだろうけど、今はそんな気分じゃなくて。かといって明日のことを考えるといろいろ考えすぎちゃって。でも、何かしてないと不安で……だから型を確認しながら、気持ちを落ち着けてたの」

 

 前日だからそれもそうか。

 明日の準備はどうなんだろう。

 いや、あまりこういうのを聞くのはよくないか。

 

「ううん、大丈夫……準備はできてる。……あの、ね」

 

 ふと簪が問いかけきた。

 

「大したことじゃないんだけど正直、よく姉さんとの試合、受ける気になったなって思ったでしょう……?」

 

 まあそれは、少なからず思った。

 受けるにしてもあまりにも即答だったから。

 けれど、売り言葉に買い言葉で受けたわけではないことは分かる。

 

「それはもちろん。姉さんの前に立つの本当はまだ、怖い……でも、折角の機会。ちゃんと活かして私の成長をお姉ちゃんに見てもらう。私はもう昔の私じゃないんだって。訓練もして、姉さんの対策も考えた。何より、私には皆と皆と完成させた弐式がついてる。勝ってみせる」

 

 確かな声で簪は言った。

 心配は本当に杞憂だった。

 変わらず応援あるのみ。明日はちゃんと見届けよう。

 

「うんっ……心強い」

 

 それからもう少し簪と休憩を過ごした。

 少し長居してしまったかもしまった。

 そろそろ帰るか。そう思った時だった。

 

「まだ聞きたいことがあるんだけどいい……?」

 

 また簪が問いかけてくる。

 今度はなんだろう。

 

「本当、他意はないんだけど……姉さんのこと、どう思ってるの……?」

 

 凄いことを聞いてくるものだ。

 どうってどういう……。

 

「それはそうね。じゃあ……はっきり聞く。好き? 嫌い?」

 

 本当にはっきり聞いてきた。

 それもまた、極端な二択を。

 しかし、ふざけているわけではない。真剣な問い。

 

 好き、嫌い。

 はっきりさせてしまうのはいろいろありそうだが、どっちらか。しいて、どちらかと言えば、悪いが更識会長のことは嫌いだ。

 

「えっ……?」

 

 ついこの間、こんな風に驚かれたのを思い出す。

 似てる。姉妹なんだと感じさせられる。

 こんな驚かれるなんて、やはり言い方がよくなかった。いくらなんでもはっきり言い過ぎた。

 

「いや、はっきり言ってって言ったのはこっちだからそれはいいんだけど……そんな風にお姉ちゃんのことはっきり嫌いって言う人いなかったから驚いちゃって……」

 

 意外そうに簪は言う。

 そんなにだろうか。

 

「うん。勿論、姉さんのこと苦手な人はいるにはいるけど皆、何だかんだ好き。愛される人だから」

 

 分かるような気がする。

 愛想がよく、万人受けされる人だ。更識会長は。

 好きか嫌いかの二択で聞かれたからああ答えだけで、実際のところは苦手なだけで本当に嫌いというわけじゃない。

 というか簪こそ、どうなんだ。

 

「わ、私……? ……どっちかって言うと……私も嫌い、があってる……のかな。もちろん尊敬してるし、姉さんは私の憧れで目標の一つ。優しいところ、強いところ好きだけど……お姉ちゃんに対する気持ちは複雑なものもがいっぱいあって……好きだけじゃいられない……」

 

 複雑……俺もそうなのかもしれない。

 出会いがあんな出会いだったから、余計いい印象が持てない。

 話をして簪のことを思っていることを知れても、第一印象は中々簡単には拭えてない。

 

「それはそうだよね。あんなことあったら……で、でも、もしあんな出会い方じゃなければあなたもお姉ちゃんのこと好きに、なってりしてね……」

 

 どうだろう。微妙なことだ。

 あの出会い方をしなくても、更識会長は人を喰ったような性格。

 あの手の人、あまり得意ではないからなぁ。

 もっとも嫌いだとか苦手だとかそういうのはよくないだだろうし、先輩で簪のお姉さんなんだ。ゆっくりでもいいから上手く折り合いをつけて、上手くやっていくほかあるまい。

 

「それもそうか……うん、よし。ありがとう……頭すっきりできた。頑張れそう」

 

 ならよかった。

 少しでも簪の力になれるのならうれしい。

 明日の更識会長との試合、上手くいくように願う。

 

… 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 簪が迎えた結末

 「……」

 

 アリーナへと繋がる通路を歩くその隣。

 更衣室まで付き添っているのだが寮を出てから簪は、ずっと緊張した顔をしたまま。

 無理もない。今日、後もう少しで更識会長との試合が始まる。

 覚悟は決まっていても緊張はどうしてもしてしまうものなんだろう。

 

「だ、大丈夫。これは武者震いだから」

 

 らしくない強がり。

 昨日の今日で今更心配なんて杞憂だと分かってはいるが、この様子を見せられると心配せずにはいられなくなる。

 最も簪なら自分の中で上手く折り合いつけるだろうが。

 

「……」

 

 簪の足が止まった。

 

「やっほー」

 

 俺達の行く先。

 そこに更識会長がいた。

 更識会長の隣……控えるようにいるあれは誰だ。眼鏡をかけた女性。

 

「ああ……先に紹介するわ。この子が私の従者、布仏虚ちゃん」

 

「初めまして、三年の布仏虚です。いつも妹の本音がお世話になってます」

 

 柔らかな笑みを浮かべ、軽く会釈される。

 この人が本音のお姉さん。美人系の人だ。

 それに整備科主席。確かに知的な雰囲気を感じる。

 

「……、……それで姉さん、どうしたの……何か用事?」

 

「ええ、試合の前に挨拶しとこうと思って。今日はよろしくね」

 

「……うん、こちらこそ。今日はよろしく……姉さん」

 

 挨拶を交わす二人。

 至って普通なやり取り。

 これなら大丈夫か……頃合いを見計らって、割り込む形にはなったが話を切り出した。更識会長へお願い事を。

 

「お願い事……ああ、アレ」

 

「? 何かしら。……ふんふん、なるほど。試合の撮影ね……」

 

 お願いとは試合の撮影。

 ただ見てることしかできない。けれど、何かしたくて……せめてこれぐらいはと思い撮ることを決めた。

 映像として残していれば、試合を終えた時よりはっきりと振り返れることもできるだろう。後々、いろいろなことに役立てるかもしれない。

 といっても勝手に撮るのはよくないのでこうして願い出た。

 

「いいでしょう。撮ってくれてかまわないわ」

 

 よかったと。一安心だ。

 これで少しぐらいは……。

 

 その後、更識会長達とは別れ、更衣室へと続く道に着いた。

 付き添いはここまで。この後は試合本番。

 俺はアリーナ観客席から見ることになる。次、顔を合わせられるのは試合後。

 

「……付き添いありがとう。そろそろ行くね」

 

 更衣室へと歩き出そうとする簪はどこか不安げ。

 こんな時何か声をかけて元気つけるべきだろうが、なんと声をかけたらいい。

 迷ってる時間はなく、何とか言えたのは『応援している』なんて言うありきたりな言葉だった。

 

「ふふ……ありがとう」

 

 微笑んで簪は踵を返し、歩いて行った。

 声をかけることはできた。でも、本当に声をかけただけ。

 結局、微笑んでいても最後まで不安げな表情を変えることはできなかった。

 もっと別に気の効いた言葉をかけれなかったのか? もっと勇気づけられなかったのか?

 

「どうかした……?」

 

 気持ちだけが先行してつい名前を呼んで呼び止めてしまったが、かける言葉は見つからない。

 何でもないと下手な誤魔化ししかできない自分が情けない。

 

「……そう……」

 

 簪は行ってしまう。

 何かやり残したそんな心残りが募るばかり……。

 

 

 

「凄い盛り上がりだな」

 

 今いる観客席の盛り上がりを見て隣の一夏がふと言った。

 おそらく更識会長が人を呼んだんだろう。

 このアリーナには多くの人が詰めかけている。まったく知らない上級生らしき人達もいれば、見知った人達もいる。

 

「き、緊張する~!」

 

「本音が緊張してどうするの」

 

「でも、分かるわ」

 

 本音は勿論、整備科の人達までもがこの場にいる。

 他にも篠ノ之やデュノア達いつもの面々が勢揃いだ。

 それだけ皆心配だったり、気になるということ。

 開始が待ち遠しい反面、心が落ちつかない。

 

「おっ、始まるみたいだ」

 

 場内に警報が一つ鳴り、皆の視線が左右それぞれのピットの方向へと向かう。

 そして静寂に包まれた後、左右それぞれから機体を身にまとった二人が現れ、試合は始まっていく。

 

 

 

 

 試合が始まってから大分時が経つ。

 試合状況のほうは……。

 

「簪さん、善戦していますけれど……これは……」

 

「簪は今、三戦一敗。正直、キツいわね。言っちゃ悪いけど、勝ち筋が見当たらないわ」

 

 凰のはっきりとした言葉に皆は言葉を詰まらせ、無言の肯定をしているかのよう。

 状況はよくない。善戦しているが、防戦一方。すでに一試合終わり、簪は一敗。

 二試合目の今、勝敗を決めるシールドエネルギーの減りは簪のほうが圧倒的に多く、更識会長は減りこそしてはいるが掠った程度。まだ健在。

 

「これが学園唯一の国家代表の実力」

 

「うむ。生徒会長は学園最強たれ……だったか、あの生徒会長が言ったのは。あの強さは本物だ」

 

 試合の様子を見てはデュノアや篠ノ之が口々に感想をこぼす。

 確かに更識会長の強さは本物だ。ああ名乗っただけのことはある。

 だからなのか、簪を見守り応援する自分達以外、ほとんどが更識会長の強さに感心し魅入られている。

 

「会長、素敵―!」

 

「楯無ちゃんそのまま押せー!」

 

「頑張れー先輩っ!」

 

 こんな声援がいつくも上がるほど。

 同級生、上級生、下級生問わず凄い人気だ。

 

「俺達が前楯無さんに見てもらった時戦ったけど、あの時とは大違いだな。それに……」

 

「気づいたか、嫁よ。あの女、一戦終えても凄まじい余裕がある。本気は本気だろうが……差は歴然。圧倒的だな……」

 

 ボーデヴィッヒの冷静な分析が刺さる。

 今も尚簪は必死に食らいついている。けれど、更識会長はそんな簪の健闘すら歯牙にもかけず軽々といなす。

 そして、圧倒的な実力で簪を追い詰めていく。

 

「……ッ!」

 

 試合の様子を撮影する機材の画面。

 そこには辛そうな顔をする簪が映る。

 消耗しきっているのが見ているだけで分かる。

 もう本当に後がない。それでも簪は諦めない。食らいつこうとし続ける。

 

「……ふふっ」

 

 笑っている。

 更識会長はそんな簪の姿を真剣な表情で受け止めてこそいるが、目が笑っている。まるで自分に食らいつてくる簪を愛で、楽しむかのように。もっと自分に食らいてくるのを期待するかのように。

 しかし、更識会長の攻める姿勢は自分に食らいつく気力すら根こそぎ奪いさろうとするかのように容赦なく。だからこそ――。

 

『試合終了。勝者――更識楯無』

 

 決着と勝者がアナウンスされ、試合終了を告げるサイレンが場内にけたたましく鳴り響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 簪の傍へと

 簪と更識会長の試合があった日の夜。その夕食時。

 結局、簪は姿を現さなかった。

 本音が言うには疲れて眠っているとのことだが、最後に姿を見たのは試合が終わった直後。

 あれだけの試合をしたんだ。疲れて眠るのも無理ない。

 けれど同時に、気がかりだ。

 最後に見た簪はあからさまに沈んでいた。いろいろと察することはできるが、何といえばいいんだろうか。このまま会えないような気がして……考えすぎなのは分かっているが。

 

「う~ん心配なのは分かるけど、あんまり気にし過ぎないでね。かんちゃん、持ってった夜ご飯ちゃんとお部屋で食べてたし、大丈夫! 何かあったら必ず知らせるから安心して」

 

 夜ご飯食べられるぐらいにはなったのならひとまず安心だな。

 今は本音に任せ、信じるほかない。

 あの試合の後、簪にとって今は一人の時間。必要な時間なはず。

 いつもと変わらないのがそれだけに引っかかる所はあるけとも、今は待つべきか。

 少し時間が経てば、きっとまた顔ぐらいは見れる。会いたい。いや、会いに行こう。

 

 しかし、日付が変わり次の日となった朝。

 早朝トレーニングは兎も角、朝食、午前、昼飯、午後。簪と姿を一度も見ることはないまま今となった。

 

「簪、心配だね。大丈夫かな」

 

「大丈夫なはずだ。安静にしてるとは聞いたし……よっぼと疲れたんだろ。まあ、昨日あれだけの試合をしたんだ。無理もない」

 

 と同じく今一緒にロビーの談話スペースにいるデュノアや一夏も心配している。

 

「アンタは何か詳しいこと知らないの? 簪と仲いいから連絡の一つや二つしてるでしょ」

 

 凰の問いに俺は首を横に振った。

 連絡こそはしている。スマホでメッセを送る程度ではあるが。

 だが、返事はない。どころか、既読すらつかない。

 それほど疲れているということなのかもしれないが、心の引っ掛かりは益々強くなる。

 

「心配なのは分かるけどよ。お前までそんな暗い顔するなって。会いたいなら会いに行けばいいんだ」

 

 簡単に言ってくれる。

 けれど、一夏の軽口が不思議と心を軽くしてくれた。

 そうだな。簪に会いたい。待つだけ待った。見舞いがてらそろそろ会いに行ってもいいだろう。

 いつまでも待ってばかりではいられない。

 

「丁度いいタイミングかもしれんな」

 

「ですわね。のほほんさんいらっしゃいましたわね」

 

 ボーデヴィッヒとオルコットの視線の先を追えばそこには本音の姿があった。

 本音の姿を見るのは朝食の時以来だ。

 見たといっても本当に一瞬。俺が部屋に戻るときに食堂へ来たので挨拶を軽くかわした程度で本音から簪の様子は簡単にしか聞けてない。

 確かに丁度いいタイミングだ。ひとまず本音に声掛け、呼び止めた。

 

「……っ! おっすおっす、こんちは~どったの~?」

 

 今一瞬変な間があったような。

 でも、すぐにいつもの調子になった。ように見える。

 とりあえず早速、単刀直入に簪のお見舞いをしてもいいか尋ねた。

 流石にいきなり部屋に行くのはアウトだ。というか、いきなり行ったところでは会ってはくれないだろう。

 なので本音と間を取り持ってもらい会う可能性を高める。

 

「え……お、お見舞い……?」

 

 珍しく戸惑った様子の本音。

 

「もしかして簪の奴、そんなによくないのか?」

 

「別にそういうわけじゃないけど~……でも~……」

 

 本音がこんなにも歯切れが悪いのも珍しい。

 篠ノ之が言うようにそんなによくないのか。

 それとも別に何かあるのか。

 

「いや、そのね~……かんちゃん、今誰とも会いたくないって言うばかりで……」

 

 その言葉を聞いて皆の言葉を閉ざし、視線をそらした。

 皆、簪の気持ちは重々理解できるからだ。

 そう言われてしまうとこれ以上、踏み出せない。簪の気持ちは理解できるからこそ余計に。

 

「でも……」

 

 ぽつりと本音は言葉を続ける。

 

「このままじゃ、かんちゃん弱りきってしまいそうで……本当はね、試合終わってからかんちゃん何も口にしてなくてっ、昔のかんちゃんに戻ってそのうち消えちゃいそうなの……っ。お願い、かんちゃんを助けてあげて……っ」

 

 切実な声で言われてしまった。

 まさか昨日から何も口にしてなかったなんて。

 体調面での心配がまず第一。

 そして、食べることができないほど、もしくはしたくないほど今の簪は心身共に弱っていることの心配が次。

 行かなければ。簪に会いに。

 今だ二の足を踏む気持ちやあれこれ迷って考えてしまうけど、今は振り払う。

 

「行ってこい」

 

 短い一夏の一言。

 しかし、その言葉は頼もしく、勇気づけられた。

 そして俺は本音に連れられ、簪の元へと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話―幕間ー私、更識簪はどうしようもない女

 私……何、やっているんだろう。

 どうしてこんなにも私は、ダメなんだろう。

 明かりのない部屋。ベットの上で布団を被り丸くなっていると、そんな考えが頭の中を何度も何度も駆け巡る。

 

 昨日、姉さんと試合をしてからもう何時間も経つ。

 日にちにすれば、丸一日経過。

 

 昨日の試合、私は姉さんに負けた。

 三本試合二本先取で私はあっけなく負けた。

 別に姉さんに勝てるなんて思って……いや、勝てると思っていた。なんという驕り。どれだけ甘い考えをしていたんだろう。

 でも、これだけ頑張っているのだから全部勝つことが出来なくてもせめて一勝ぐらいきできると信じていた。必死に何度も何度も粘った。

 こんなに頑張ったのだから、報われると信じて。頑張っても報われることは少ないと知りながらも。諦められず。

 けど、結果はこの様。

 この結果は誰にとっても当然の結果だろう。知らないうちに姉さんが集めた観客はやっぱりかという当然だと言わんばかりの反応。応援してくれた皆は同情の眼差し。

 そして何より、負けた私を見る姉さんの静かな目が忘れられない。

 

 あの試合、姉さんに乗せられていることは充分理解していた。

 だとしても、折角のチャンスには変わらず、挑戦したけどもそれすらも姉さんの手の内だったのだろう。

 勝つことはできなくてもせめて何か掴めたらと粘ってみたのも全部全部。乗せられて、馬鹿みたいにただ手の平で踊らされていた。

 

「……あ、そっ、か……」

 

 だから、姉さんは目は笑っていたんだ。

 粘る私の姿を見るのはさぞ愉快で、滑稽だったはず。

 そして、目ざわりでもあったはず。だから姉さんは、誘いこんで粘らせては圧倒的な力でねじ伏せてきた。

 実力差を、どちらが上なのかを、現実を私に突き付けるために。

 姉さんはそういう人。圧倒的優位からいつも見ては接してくる。

 私はそういう姉さんが……。

 

「……は、っ……」

 

 息を吸い、息を吐く。頭を切り替える。

 やめよう。こんな陰鬱な考えをするのは。自分を貶める振りして他人に責任転嫁してるだけだ。卑怯者。

 今更振り返って反省するふりをしても、あれこれ考えても意味がない。

 結果は変わらない。私は姉さんに完膚無きまでに負けた。

 

「……」

 

 ため息がため息にすらならず消えていく。

 このままじゃいられないのは分かっている。でも、気力が沸かない。体が重い。きっと試合の後から何も口にしてないからなんだろうけど、ご飯食べるのもしんどい。

 そもそもお腹がこれっぽちも空いてない。ぷつりと糸が切れていく感覚。

 何もかもがどうでもいい。こうしているほうが今は一番落ち着く。

 

 けど、こうしているとあの子、本音に心配かけてることも分かってる。

 皆にも……彼にだって。

 

「……」

 

 彼からは心配してくれているメッセージが来てたっけ。

 通知欄で見たから内容と来ているのは知っている。

 でも、怖くて返事は勿論既読すらつけられないでいる。

 

 あれだけ大口叩いたのに何もできなくて今更合わせる顔がない。

 ううん……違う。皆とどんな風に向き合えばいいのか分からない。

 皆と力合わせて弐式を完成させたのに。訓練だってたくさん力を貸したもらったのにあんな無様。きっと皆、私の情けない負け姿を見て失望したに決まってる。彼だって。

 まだいろいろなことに整理もついてなくてこんな状態で皆に合ってしまったら、自分で何言うかも分からない。

 本当に情けなさ過ぎる。こんなの恥ずかしくて見られたくない。こんな私は嫌われてしまう……どうしよう。

 

「……怖い」

 

 布団を頭までかぶって丸くなる私は両肩を抱いて縮こまる。

 少しでも全身に広がる恐怖が小さくなるように。

 いつかは動き出さなくちゃいけない。でも、もう少し。落ち着くまでここのままでいなきゃ。本当に本当に卑怯だ。ごめんなさい。

 何か変わったと思っていても所詮それは気のせい。私の根っこは変わらない。

 無能で無力なまま。

 

「――」

 

 息を呑んだ。

 枕元に誰か立ってる。

 気のせいに決まってる。だって、今同室の本音は部屋を出ていて部屋には私一人。

 だから、気のせい。なのに、どうして。どうしてなの。

 

『大丈夫。怯えなくていいのよ、簪ちゃん』

 

 ああ、私はどうしてこんなにも卑怯なんだろう。

 ありもしない幻覚を、よりにもよってお姉ちゃんで心の声を代弁させる。そんな自分が一番嫌い。

 幻覚だと分かっていても言葉は続く。

 どころか、布団をかぶっていても。蹲って目を閉じ、耳を手で塞いでもはっきり聞こえてくるそれは恐ろしいほどリアルで私をかき乱す。

 

『実力差はよく分かったでしょ。ここまで本当によく頑張ったわ。あなたは私の自慢、とっても強い妹よ。だから、もう無理しなくて大丈夫。簪ちゃんはそのままの簪ちゃんでいいのよ』

 

 一見それは耳障りのよいい言葉の数々。

 でも、結局は幻。私が生んだ都合のいい言葉。

 分かってる。私が生んだからこそ、私の心をかき乱し深く深くえぐる。他でもないお姉ちゃんの声で。

 何より、私がやってきたことはお姉ちゃんの前では所詮取るに足りないことだとはっきり自覚してしまったから。

 どうしようもない女。もうそのままでいい。どんなに頑張っても無能で無力で卑怯なままだから無駄だと。

 

「――ッ」

 

 沈んでいく。何もかも。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 私は無力で無知な女。どうしようもなく馬鹿で、その癖プライドだけは人一倍高い愚か者。ごめんなさい。

 ああ……けれど、例えばこんな私でも、もし許されるのならお願い私を――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 簪と寄り添い、共に手を取り合いながら

「さ、入って」

 

 本音のその声と共に連れられ、簪達の部屋へと入った。

 部屋に入るのは初めてになるのか。一瞬変な緊張を覚える。

 中は電気もついておらず、カーテンも閉め切っているからか本当に暗い。

 だが、奥に簪がいることははっきりと分かった。

 

「かんちゃん、今帰ったよ~」

 

 まず本音はいつもの調子で声をかけながら、部屋の明かりをつける。

 綺麗にしてある部屋。ベットが二つ並び、一番奥のベットでは人一人分布団が山形に盛り上がっている。

 

「……あのね、かんちゃん。ごめんなさい……実はお客さん連れてきてて……」

 

「……」

 

 返事はない。

 見て取れる反応もない。だがしかし、簪は俺の存在に気付いている。気づいているが、必死に気付かないふりをしている。そんな気がする。

 とりあえず突っ立って黙ったままは何なので簪に声をかけた。

 

「……し……て……」

 

 すると簪はぽりつと言った。

 

「どうして来たの……どうして連れてきたの本音」

 

「……うっ」

 

 怒鳴ってはいない。

 静かな声色だからこそ、怒鳴られた時よりも怒っているのが伝わってくる。

 それに本音は怖気づきたじろぐ。

 

「出て行って……今は誰とも会う気ない。早く」

 

 冷たい言葉で切り捨てられた。

 取り付く島もない。

 けれどだからといって、引き下がるわけにもいかない。

 これは時間がいる。腰を据えて挑むべきか。だから本音には悪いけども、少し簪と二人っきりにさせてもらうことにした。

 

「う、うん、分かった。かんちゃんのこと、よろしくね」

 

 本音はそう小さく言い残すと部屋を後にした。

 そして部屋には簪と二人に。

 どうするべきか……しばし悩んだがこれといっていい案は思い浮かばず、再び簪に声をかけた。

 

「来ないで。何で……まだいるの……出て行ってって言ったでしょ。だったら今すぐ早く……っ」

 

 変わらない拒絶の言葉。

 それでも従うわけにはいかない。

 かといって取り付く島があるわけでもなく平行線を保つしかないままでいると簪が言ってきた。

 

「大体どうして来たの。本音から話聞かなかったっ? どうせ本音にお願いされたから来たんでしょッ。でなきゃこんなのおかしいっ。なんで、なんでほっといてくれないのっ。同情なんてやめてッ」

 

 次第に語気を強めていく簪が布団の中でさらに小さく蹲るのが分かった。

 確かに今ここに来たのは本音の言葉がきっかけだ。

 また同情する気持ちがないわけでもないことも確か。

 

「もうそっとしておいてっ。お姉ちゃんに負けた私なんか情けなかったでしょ? 滑稽だったでしょ。もうそれでいいからッこれ以上……っ」

 

 涙が滲んだ声。

 今簪は布団の下で泣いている。

 

 それでも。いやだからこそ、簪の元……違う、傍に行かなければならない。

 簪を助ける助けないとかいう考えがあること自体思い上がった考えだが、俺にそんな力はないし、それではどこまでも一方的だ。それでも自分にだって寄り添い共に進むことはできる。

 俺は簪の枕元へと行った。そしてまた、声をかけた。

 

「っ……」

 

 蹲っていた簪がゆっくりと身体を起こし、こちらを向いた。

 あいにく布団をかぶっていてどんな顔をしているかまでは確認できない。

 

「……っ、もう……もうどうしたらいいのか、分からない……あんなに頑張ったのに、たくさん皆に力貸してもらったのに何もできなかった。どうして、どうしてなの……!ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなッ……!」

 

 堪えていたものが崩れ、溢れ出す黒い気持ち。

 

「ようようやく一人で立てるようになったと思ったのに……一人じゃダメなの……一人じゃ私は全然進めない。恐い……っ」

 

 簪の悲痛な胸の内を聞けた気がする。

 そうだよな。一人立ちできるようになったと思ったら、あの結果。

 傷つくのも無理もない。

 でもだからこそ、簪に思い出してもらわないといけないことがある。

 

「えっ……」

 

 簪は一人ではない。

 一人で充分な時はそれでいいし、ダメな時は周りの人を頼ればいい。

 何度目かになるが、ヒーローは助け合い。手を取り合える存在。

 重荷とかそうのではないのだから。

 

「……ヒーローは助け合い……でも、そんな……ダメ。ダメ、だよ……」

 

 かまわないとしっかり頷いてみせる。

 一夏みたいに全てを照らして救い上げられるような力はないけれど、それでも簪がそう望んでくれさえすれば、単純だから物語のヒーローみたいに無敵のパワーを出せる。

 助け合い、共に寄り添い共に進んで行きたい。だから、手を伸ばしてみてほしい。どうか――。

 

「……」

 

 しばらく沈黙が訪れた。

 そしてそれから簪はゆっくりと口を開いた。

 

「どうして……あなたはどうして、そこまで私にしてくれるの……?」

 

 前にも聞かれたこの問いかけ。

 あの時はダメだったけど、何度でも答えられる。

 今答えたい。今伝えたい。

 

 理由なんて本当に単純だ。

 簪のことが好きだからに他ならない。

 好きだから力になりたいと思う。

 

「へ……?」

 

 見えなくても簪がきょとんした顔をしているだろうことは分かる。

 こんな時に何言ってるんだって感じなんだろうが、これがまぎれもない真実。

 だって、好きな女の子の力になりたいと思うのはとても当たり前のことなのだから。

 

「ま、また好きって。好きって……そんなっ……えっ……じょ、冗談だよね……?」

 

 首を振ってきっぱり否定した。

 冗談では言えない。というか、言いたくない。

 想いは形にしないと伝わらない。俺は簪が好きだ。友達以上に。

 これから進んで行く隣には簪がいてほしい。簪でないと嫌だ。本気でそう思ってる。

 

「……あ、ぁう、うぅ~……っ」

 

 唸り声を小さく上げ、簪はこちらを向いたまま頭から布団をかぶってしまった。

 こうなってしまったが別に簪が嫌がっているわけではないことだけは何となくだけどはっきり分かる。突然のこと過ぎた。

 

「……」

 

 そして、またしばしの沈黙があった後、かぶった布団の隙間からそっと手が出てきた。

 俺はその手を取って繋いだ。

 

「……っ」

 

 繋いだ瞬間ビクッとなった簪は、かぶっていた布団を脱ぐ。

 こちらを向く簪の瞳は不安な様子で微かに揺れているが、それでもこちらを捉えて外さない。

 これはきっと何かを決意した様子だ。

 

「……実は、あの……私……私も、言いたいことがあって……」

 

 静かに頷いて続きを待つ。

 

「私、あなたが好き。大好きっ。私とあなたは友達だけど友達以上に、一人の男の子としてあなたのことが好きですっ」

 

 頬を赤く染めいっぱいはいっぱいの顔で簪はそう言ってくれた。

 とてもシンプルな言葉。

 それゆえに嬉しさは果てしない。

 簪が俺のことをどう思っているのかとずっと不安だったのが嘘みたいだ。

 

 温かい気持ちが心の奥底から湧いて、衝動に変わる。

 今すごく簪を抱きしめたい。ダメ、だよな……。

 

「恥ずかしい……でも、いい、よ……? 私も今無性にあなたを抱きしめたい」

 

 そっと差し伸べられた両手を取って抱きしめた。

 手を繋いだ時よりも伝わってくる簪の体温とかいろいろなもの。

 好きだ。何度でも伝えてしまう。

 

「嬉しい……私も好き。ああ……」

 

 しみじみとした声をこぼす簪。

 何かあったようだが。

 

「好きって凄いなって思って。好きって通じ合うとこんなにも力漲ってるんだ……なんだか無敵になった気分」

 

 そう簪が嬉しそうに言う。

 無敵か……ならそう、まだだ。ここから。共にここからまた始めて行こう。

 

「うん、まだだ、だね。もう一度立ち上がってみる。ここから、また始める。力貸してくれる?」

 

 当然のように力強く頷いてみせた。

 どうして自分ばかりこんなにも力がないだろうと思うことばかりで自分の力不足を自覚していけばいくほど、悔しいけど。

 だからこそ、手を取って力を合わせよう。俺達はこんなにも近くにいるのだから。

 

「うんっ、これから一緒に」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 簪、リスタート

「ごめんなさい。待たせて」

 

 そう言いながら、簪が寮の食堂へとやって来たのが少し早い夕食時。

 簪と会うことが出来た後、何はさておき夜ご飯をということになった。

 試合から簪は何も食べてなかったということなのでまずは食べて元気をつけるのが第一。

 勿論、皆には簪が部屋を出たことは伝えてあり、今から皆とも夜ご飯を食べる。

 

「よかった。簪、元気になって」

 

「簪、いっぱい食べて元気つけてね!」

 

「うん、ありがとう。皆」

 

 簪の帰りを喜ぶ整備科の子達や本音は勿論、一夏や篠ノ之達までいて皆が心配してくれているのがよく分かる。

 現に本音は嬉しそうに大泣きしている。そこまでなのか。

 

「だってぇっ~! かんちゃんがこんなに元気になったのが嬉しくて! 安心したら涙が~」

 

「もう、大げさ。でも……それだけ心配かけたよね。ごめんね、本音」

 

「いいよ、全然。こうして元気にいてくれればそれだけで」

 

 確かにそうだ。

 弱った姿より、こうして元気でいてくれればそれだけで充分。

 皆にとっても、簪にとっても。

 

 そして時間が経てば、いつも通り。

 皆で和気藹々としながら夜ご飯の時間を過ごす。

 もうすっかり簪も元気を取り戻している。よかった。

 

「そう言えば、何だかんだ夏休みも後ちょっとだな」

 

 ふいに一夏がそんなことを言った。

 長い夏休みも早いものでもう残り少しとなった。

 学園生活最初の夏休みは、外へ遊びに行ったりはしなかったものの今まで経験したどの夏休みよりも濃い夏休みだった。

 ともう終わりみたいに雰囲気だが、まだ一週間もある。どう過ごそうか。

 

「折角の夏休みだからな。と言っても海は臨海学校で行ったし、夏祭りは地元の奴行ったしな~んー」

 

「何だかんだ今まで通りになっちゃいそうだよね~」

 

「訓練漬けかぁ。夏休み最後だってのに潤いのないわね」

 

「そうは言うがな鈴。我々代表候補の本分は技術の向上は無論、専用機の更なる発展。同調率を高めること。それには訓練あるのみだ」

 

「あ~あ~! ラウラ、アンタに言われなくても分かってるわよ。ただひと夏のトキめきとかそういうのもっと欲しかったって話よ。皆もそうでしょ」

 

「それは……まあ、そうだな……うーむ」

 

 篠ノ之を初め、デュノア達が凰の言葉に頷いていた。

 

 トキめきは兎も角、て、言いたいことは分かる。

 訓練以外にも夏休みらしい思い出が欲しいと思わなくはない。

 

「……っ」

 

 ちらっと簪の方を向くと偶然、はたまた同じことを考えていたのか目が合い、そして恥ずかしそうに逸らされた。

 ようやく簪と気持ちが通じ合ったのだから、簪との夏休みの思い出が欲しい。

 しかし、簪はどうなんだろう。やはり、夏休み最後まで訓練優先なんだろうか。まだまだ稼働データは取り足らないだろうし、二学期が始まれば今みたいに毎日一日のほとんどを訓練に充てるわけにもいかなくなる。

 そもそもだ。簪と想いは通じ合ったが、ただそれだけ。こういうのは変な感じするが別に付き合ってるわけでもない。やはり、こういうのきっちり段階を踏んでから……。

 

「簪はどうするの?」

 

「わ、私……?」

 

「簪もやっぱり、最後まで訓練?」

 

 今度は簪がデュノアや整備科の子達から聞かれている。

 どうするつもりなんだろう。気になってつい聞き耳を立ててしまう。

 

「その予定、なんだけど……私」

 

 言って簪は一つ間を置く。

 なんだろう。決心した顔をしている。

 まさか。

 

「私、ね……もう一度お姉ちゃんに挑戦しようと思って」

 

「えっ!?」

 

 簪の言葉を聞いて、皆驚いた。

 皆同様なんでまたと思わなくはないが、やはり負けたままではいられないか。

 

「うん。勝ち負けの問題じゃないってことは分かってるけど、負けたままではいられない。悔しい。ちゃんと勝ってケジメをつけたい」

 

 そう言いきった簪の瞳の奥は確かなものがある。

 

 だから、その為に簪は残りの夏休みを使うと。

 なら、俺の夏休み最後の使い方は決まった。

 簪が勝つというなら協力する。

 

「ありがとう」

 

「何二人だけの話進めてんの。私達も協力させてもらうわよ」

 

「いいの?」

 

「えぇっ、もちろんですわっ。共に学ぶご学友同士、こういう時だからこそ手を取り合わなければっ」

 

「私達も手伝うよ。ね、ラウラ、箒」

 

「だな、シャルル」

 

「ああ」

 

 協力を申し出てくれた凰達。

 だけでなく。

 

「勿論、私達も力になるよ」

 

「機体のサポートなら任せて!」

 

「力の限り頑張るぞ~」

 

「皆……」

 

 整備科の子達や本音も名乗り出てくれ、その様子に簪は感動していた。

 これだけの力がまた借りられるのならひとまずは。

 だが、一つ気になることがあった。一夏だ。こいつだけただ一人いつになく静か。こちらを静かに見て、奇妙だ。

 

「どうかしたの? 一夏」

 

「いや、俺はどうもしてないけどよ……」

 

「? いつになく歯切れが悪いな。一夏は協力してやらないのか?」

 

「もちろん協力するぜ? ただな箒、この二人何か前より変わった気がして」

 

「そ、そうか?」

 

「上手く言えねぇんだけど、前より仲良くなったというか。ベッタリしてるからさ」

 

「なっ!?」

 

 簪がビクっとしながら驚いた。

 その様子はまるで図星と言わんばかり。

 一夏の奴、鋭い時は本当に鋭い。怖いぐらいだ。

 

「ベッタリってことは~!?」

 

「それってもしかて!?」

 

「二人、ついに付き合い出したの!?」

 

「こ、声大きいっ! ち、違うから! つ、付き合っては……ない……」

 

「付き合ってはってことは告白したの?」

 

「……っ」

 

 黙っているのが利口だと判断したようで何も言わない簪だが、集まる皆の視線から逃げるように目を泳がしていて、これまた見事な図星だと言わんばかり。

 それを見て皆一様に察しづいた顔をしている。

 

「で、実際のところどうなんだよ」

 

 簪から聞けないとなるともう一方から聞けばいいと一夏が皆を代表して聞いてきた。

 一夏のニヤついた顔が絶妙に腹が立つ。

 

 簪が言ったように付き合ってないのは事実。

 だが、皆が察した通りのことがあったのもまた事実。これは認めるしかない。

 ただその言葉を口に出すのは人前だから憚られたのと、正直恥ずかしいからハッキリといいつつも言葉尻は濁す形になってしまった。

 

「おおぉっ!」

 

「認めた!」

 

「きゃー!」

 

 盛り上がりるひとテーブル。

 何だ何だと周りの注目が集まる。

 周りに誤魔化しつつ、うるさいこいつらを宥める。

 

「ちょっ!? な、何で!?」

 

 自分と同じように沈黙を貫くと思っていたようでハッキリ認めたことに簪は驚いている。

 気持ちは分かるけども、ここで沈黙を貫いたところで今更だ。

 なら、いっそのこと認めてしまった方がある意味では潔い。決して言いふらすものでもないが、隠し通せるものでもない。

 それに皆は友達、たくさん世話にもなってるから話しておいたほうがいい。

 

「お、おう……」

 

「そこまで堂々と言われるとは……」

 

「いじるにいじれない~ぐぬぬ~強い~」

 

 皆呆気に取られた様子。

 ハッキリ言って、認めたのは正解だったようだ。これで度の過ぎた弄りは少しぐらいはマシになるか。

 というか、俺は今すごく浮かれている。流石にこういうことをハッキリ認めるのは抵抗あると思っていたが、簪と両想いだと知れた。それが嬉しくて、凄い力になったというか、気にならない。むしろ、堂々としていたい。

 

「あ……ということは、ゆくゆくは付き合ったりするの?」

 

「つ、付き合う……!?」

 

 これまたビックリすることを聞いてくる。

 こんなのどう答えればいいんだ。答えにくい。

 けれど、皆から集まる期待の視線。そして何より。

 

「……っ」

 

 簪がこちらを見ては視線を逸らす。

 どう答えるのか気にしている。

 今言えることと言えば、そういうことは追々考えるということぐらい。さっきに話からしても今は大事な時期で忙しくもなる。落ち着いてからのほうがいいだろう、こういうことは。

 

「そっか~」

 

「そうだよね」

 

「確かに落ち着いてからのほうがいいよね……うん」

 

 皆納得こそはしてくれているが何処か腑に落ちない様子だ。

 他人の色恋沙汰は楽しく、興味が尽きない。けれど進展がなければ盛り上がりも欠ける。気持ちも分からなくはないが、できるだけそっとしておいてほしい。

 いろいろ慎重にいきたいし、俺達がしっかりとした前例みたいなものを出せれば、次そういうことなったのが現れた時、最初よりいろいろとスムーズにいくだろうから。

 

「!」

 

「そ、それはそうだ!」

 

「う、うむっ! そうだな、良き前例があれば後続はいろいろと楽になるというものだ! 流石は嫁の友、気が利くな!」

 

「陰ながら応援してるからね!」

 

 といった感じに篠ノ之達はボカしていったことの意味を理解したのか満足げに納得していた。

 まあ、これはあくまでも建前。これで出来るだけそっとしておいてくれるならそれにこしたことはない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話 簪は今後に向けて

 ちょっとしたひと騒動があった後、解散となり、各々食堂を後にした。

 動き出すのは明日から。今日はこのまま休みになった。

 さて、自分も……。

 

「待って……あの、少しあなたの時間貰えない……? 付き合ってほしいことがあって」

 

 部屋に戻ろうとした時、簪に呼び止められた。

 付き合ってほしいこと……何だろう。

 

「姉さん……お姉ちゃんに試合のお願い、電話でしようと思って……」

 

 そうか。試合の件はお願いしないといけないし、するなら早い方がいい。

 今はまだ自室からの外出禁止時間にはなってない。時間的にもまだそう遅い時間ではなく電話をするなら今がベストか。

 けれど、一人きりで電話する勇気はまだないと。

 

「流石だね。恥ずかしながらそういうことであなたさえよければなんだけど……」

 

 全然構わない。二つ返事で答えた。

 となると場所だ。近くだとロビーの談話スペースとかになりそうだが、あそこは人の行き来も多く、人目も気になる。落ち着いてとなると部屋だ。俺か簪、どちらかの。

 今更だけど簪の部屋に行くのは躊躇いみたいなものがあって、そうなると俺の部屋になるがいいのか……その、いろいろと。

 

「私は全然いいよ」

 

 返事はあっさりしたものだった。

 変に考えすぎか。何をするわけでもない。ただ部屋を貸すだけ。

 大丈夫。そう変に自分へ言い聞かせ、俺の部屋へと簪と共に場所を移した。

 

 

 簪を部屋の中に通すと適当なところへ腰を落ち着けてもらい、自分も近くに腰を下ろす。

 そして簪はポケットから自分のスマホを取り出した。

 

「っ……すぅ……はぁ……」

 

 画面を見つめながら簪は長めの深呼吸を一つ。

 おそらく画面には更識会長の連絡先でも表示されているのだろう。

 だから、強張った顔をしている。

 

「ぁ……手……」

 

 傍にいてただ見守るというのは嫌だから、少しでも気持ちが楽になればと俺は簪の手を握った。

 思ったよりもスムーズに手を取ることが出来た。

 一瞬こそ簪は驚いた様子だったが、小さく笑って手を握り返してくれた。

 

「ん……ふふっ、ありがとう。かけるね」

 

 決意を改め簪は通話ボタンを押し、スマホを耳元へとやる。

 数秒後、繋がったようで話始めた。

 

「……もしもし、お姉ちゃん……うん、私……簪。夜遅くにごめんなさい……その、今日は試合、ありがとう。それで今、時間いい……?」

 

 落ち着いた口調で話を切り出す。

 

「あのね、お姉ちゃんさえよければだけど……私とまた試合してほしいです。お願いします」

 

 落ち着いた声色、淀みのない口調で簪は言った。

 けれど、緊張その他諸々はしているようで繋いだ簪の手からは不安な思いが伝わってきた。

 だから、不安が和らぐようにとまた繋いだ手を握り直す。

 

 再戦を願い出るなんて流石の更識会長も思ってなかっただろう。

 電話口の向こうではどんな反応を、そして返事はいかに。

 

「うん……うん、その日で大丈夫。ありがとう、こちらこそよろしく……それじゃあ、おやすみなさい、お姉ちゃん」

 

 そう言って簪は耳元からスマホを離し、電話を切った。

 

「はぁぁ~」

 

 気が抜けた溜息をつきながら緊張の糸が切れたように脱力していた。

 無事試合をこぎつけた。本当によかった。お疲れ様だ。

 

「ありがとう、あなたがついてくれてたからだよ。手、繋いでくれて凄く勇気沸いた」

 

 そう言って簪は今だ繋いだままの手に目をやった。

 なら、少しは力になれれたんだ。よかった。

 で肝心の日時はどうなったんだろうか。

 

「今日から三日後」

 

 これはまた近いな。

 それでも試合までに時間はあるにはある。

 

「そうだね。その日しかお姉ちゃん空いてないらしいし、忙しい人だから……試合まで時間は短いけど、その分短期集中を心掛けられる」

 

 それもそうだ。

 訓練時間が多いことにことしたことはないが、限られた時間だからこそ効果的に使おうとする。頑張ろう。

 

 後、そうだった。手、そろそろ離さないと。電話が終わったんだからいつまでもこのままではいられない。名残惜しいけどもそっと手を離した。

 

「……何から何まで本当あなたには世話になりっぱなし。今までも今夜もこれからも。何かお返ししたい」

 

 そんな気にしなくてもいいのにと思うが、そう言われれば言われるほど気にてしまう。それが簪だ。

 しかし、お返し……そうはいわれも言われても特にこれといったものはない。

 

「そう、だよね……でも、私達のことだって」

 

 その先に言葉は続かなかった。けれど、言いたいことは分かった。

 告白をし合い両想いだと知ることはできたもののそれ止まり。今だ簪と俺の関係は変わらず友達のまま。

 寮の食堂で皆に言われたような関係にはなってない。正直、今すぐにでもそうなりたいと思わなくはないが簪は更識会長との再戦を控えており、こういうのはちゃんとした順序を踏みたい。順序と言うのは案外大事なものだから。

 順序……そうか、思いついた。簪にしてもらうお返し。

 

「えっ、何々」

 

 どこか前のめりに簪が聞いてくれる鵜とする。

 俺も時間をもらいたい。簪の時間を。一日、いや半日でいい。

 

「別にいいけど一日でも……それで時間もらいたいって何かするの?」

 

 その言葉に頷いて肯定した。

 二人で映画を見に行きたい。ずっと見たいと話していた特撮ライダーの今年夏映画になるけれど専用機完成とか更識会長との試合のお疲れ様会、お祝いも兼ねて。

 

「それって……つまり……」

 

 つまりはデート。

 どうだろうか。

 

「行く、行きたいっ。あなたとデ、デート……!」

 

 凄い乗り気。

 しかも、凄く嬉しそうだ。

 ここまで喜んでもらえるとこちらまで嬉しくなってくる。

 

「い、いつ行く……?」

 

 そうだな。

 とりあえずは目先にある更識会長との試合を終えてから。

 試合の次の日は疲れが残っているだろうし、一日置いた夏休み最後の日とかどうだ。

 

「大丈夫っ……わ、私楽しみにしてるっ」

 

 俺もだと頷いて同意する。

 その時、俺は簪にちゃんと交際を申し込む。

 我ながら回りくどい自覚はあるけれど、ちゃんと順序を踏んだの後、俺から簪に言いたい。

 夏休みは最後まで盛りだくさんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話―幕間―私と簪ちゃんは……

 自室に帰宅するとまず先に制服の上着を従者の虚ちゃんに渡す。

 それから鞄とかの荷物をいつもの場所に置くと私はベットに腰かけ、ベットへと仰向けに寝転んだ。

 

「ふぅ……」

 

 小さくひと呼吸。ようやく一息つける。

 特段忙しいということはなかったけれど、普通に疲れた。

 けど今日はいつもより早く帰ってこれた。夜ご飯を食べてこの時間なのは久しぶりだ。

 普段なら授業の相談や生徒会の仕事とかでいつも外出禁止時刻前になるけど、今日は気を使われたんだろう。

 一昨日妹、簪ちゃんと試合があったから。

 

「……」

 

 試合は私から持ち掛けた。

 簪ちゃんの今の状態、完成した専用機の完成度合いを把握しておかなければならなかったから。

 冗談半分で誘ったけど、簪ちゃんは意外にも迷った様子なく二つ返事で誘いに乗ってくれた。

 渡りに船で断る大した理由がなかったということなんだろうけど本当、誰に似た……影響されたのかしらね。

 

 試合結果のほうは私の勝利。

 こういっては何だけど、ある意味当然の結果だった。

 簪ちゃんには才能があって、技術力も高い。周りには各国の優秀な代表候補筆頭が何人もいてその子達が力を貸してくれたみたいだけど、簪ちゃんが専用機を使い始めてからの時間はあまりにも少なすぎる。

 それは仕方のないことでどうしようもないけど、ISは稼働時間が長ければ長いほどいい。稼働時間の長さによる同調率が重要になってくるからだ。

 後は単純に経験の差。妹だからって手加減はもっての他で、私は学園最強である生徒会長かつ学園唯一の国家代表。そう簡単には負けられない。

 

「……ふっ」

 

 試合のこと思い出したら、思わず笑ってしまった。

 結果は兎も角、内容自体はとても満足いくものだった。

 最後の最後まで試行錯誤して、飽きられることなく必死に食らいついてくる。あんな簪ちゃんを見るのは初めて。直に成長を感じられて嬉しかった。

 

 嬉しい……はずなのに喜びきれてない部分があったのも確かだった。

 私の知らないところで変わっていく妹。そこには彼、あの男の影がある。

 簪ちゃんの成長が彼の影響なのは誰が見ても明らかだ。

 それが私は嫌だった。ずっと見守ってきた大切な妹が私の知らない人によって変わっていく。しかも、私が見知らぬ男だから尚更。

 私が用意した相手。こんな例えはあれだけど例えば、一夏君だったら私が手を回せるから気にもならなかっただろうけど。

 

 この思いは寂しさ……いや、嫉妬なんだろう。

 認めざるをえない。

 だから、私は上からねじ伏せるような真似をしてしまった。

 流石に大人げなかった。反省しないと。私は、更識楯無。楯無の名前を受け継いだ者として悠然と構えなければ。

 例え身内のことでも心を乱すものは未熟もの。

 

「ふぅ……」

 

 気持ちを静める。

 そう言えば……。

 

「虚ちゃん、簪ちゃんはまだ?」

 

「はい。そのようで」

 

「そう……」

 

 試合をした日から簪ちゃんは体調を崩して寝込んでいるとのこと。

 風邪とかじゃない様子。おそらく試合結果を気に病んで寝込んだ。

私が上からねじ伏せるようなことをしたから、心が折れてしまったか。

 これで折れるのならとてもじゃないけど国家代表なんて務まらないけど、姉としては心配。明日ぐらいにでも様子をそれとなく見に行こうかしら。

 

「……さてと」

 

 私は体を起こす。

 一息つくのはこのぐらいにしてそろそろ動き出さないと。

 部屋に帰って来たけど、やらないといけないことは多い。まずはお風呂済ませてから仕事を……。

 

「ん……えっ!?」

 

 プライベート用のスマホに電話が鳴り、画面に表示されていた名前を見て思わず声を上げるほど驚いてしまった。

 

 更識簪。

 

 そう画面には表示されている。見間違いということはない。でも、どうして簪ちゃんが私なんかに電話を……噂をしていてたからかしら。

 今までかかってきたことなかったから、あれこれ考えが浮かんでしまうけど、兎も角電話に出てみなければ。

 

『……もしもし、お姉ちゃん……』

 

 聞きなれた声。

 間違いなく簪ちゃんだった。

 

「……あ、簪ちゃん」

 

『うん、私……簪。夜遅くにごめんなさい……その、今日は試合、ありがとう。それで今、時間いい……?』

 

「ええ、構わないわ」

 

 こんな風に聞いてくるということは何か大事な話だろうことはすぐ想像ついた。

 

『あのね、お姉ちゃんさえよければだけど……私とまた試合してほしいです。お願いします』

 

 驚いて呆気に取られた。

 まさかあの簪ちゃんがこんなことを言い出すなんて。まったく想像してなかった。

 声は何処か震えた感じだけど、淀みのない口調。確かな決意が伝わってくる。

 ああ……そうなのね。この瞬間、私はすべてを察したような気がした。

 

 とりあえず今は返事をしないと。

 

「全然OKよ。試合しましょうか。ただ日程の方はまた私のほうが決めさせてもらってもいい?」

 

『うん』

 

 私は腰かけていたベットから立ち上がると鞄へと向かいタブレットを取り出す。

 そして、スケジュール帳で予定を確認する。

 相変わらずスケジュールはビッシリ。空いているとなるとこの日か。

 

「そうね……空いてるのはまた今日から三日後になるけどいいかしら? 近くになるけど次だと夏休み明けの九月半ば頃になりそうで。この日なら丸々一日空いてるから」

 

『その日で大丈夫。ありがとう』

 

「じゃあ、その日で。試合のアリーナとかはこっちで手配しておくからよろしくね」

 

『こちらこそよろしく……それじゃあ、おやすみなさい、お姉ちゃん』

 

「おやすみ、簪ちゃん」

 

 その言葉を最後に通話は終わった。

 

「……ふぅ」

 

 とりあえずまたベットに腰かけると、何故だか疲れたように一息ついてしまった。

 必要なことだけ話したというのに何か疲れた。突然の電話、それに加えて一対一で話からだろうけど、心を乱されてばかりだ。

 でも、電話できて……妹の声を聞けてよかったとは思う。元気そうだった。

 姉として妹の進む先が少しでも楽になればと気にかけていたけど、それはもう本当の意味で余計なお世話。

 簪ちゃんはもう自分自身でしっかり地に足つけて先へ進むことが出来、自分で行く先を楽にすることもできる。私が頼れる人を回さなくても、自分で頼りになる人を見つけ、力を借りられる。

 こんなにも簪ちゃんは成長してるのね。私が知っている簪ちゃんは本当にもう昔。

 

「――っ」

 

 簪ちゃんの成長は嬉しいこと。喜ばしいこと。

 なのに簪ちゃんが遠のいていく感じがしてたまらない。まるで胸が締め付けられたように痛む。ダメよ、楯無。ダメなのよ……刀奈。

 止まない。この気持ちはどうしてなの簪ちゃん。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話 簪は進んでいく

 簪が更識会長と再戦することになり、それに向けての訓練は早朝から始まろうとしていた。

 

「……おはよう……」

 

 ストレッチしながら体をほぐしていると後ろから声が聞こえ振り向く。

 そこには恥ずかしそうに両肩を狭めるジャージ姿の簪がいた。

 とりあえず朝の挨拶を返す。

 

「……うん……」

 

 小さく頷くだけの簪。

 後に続く言葉はない。そして当然のごとく訪れる重い沈黙。

 

「……」

 

 まあ、無理もない。

 昨日の今日だからな。昨日はあの約束の後、今朝の早朝ランニングの話をして別れたきりで、面と向かっては勿論、メッセですら話してないまま今になる。

 というか、簪とこういう感じになるのも何度目か。既視感が強い。

 いつもまでもこうはしてられないし、昨日のことは喜ばしいことなんだ。このままではいたくない。

 ここは男の自分から話を切り出す。最初は今日のコースについてからだ。

 

「今日はそんなに走るんだ」

 

 ストレッチしながら簪は意外そうに言う。

 今日はいつもより長めの距離を走る。今は約束した時間よりも少し早い。長く走っても時間が押すということはない。

 これだけ走れば朝食の後から行う実機訓練に向けて体を慣らせるだろうし、多少なりと体力づくりにもなる。

 何より、走っていれば頭もすっきりする。先のことは俺達にとって大事なことだが、あれのせいで足が止まるようなのはよくない。今はいったん頭の片隅に置いておく。

 その為に長く走る。まあ、その分疲れもそれ相応にはなるだろうが。

 

「大丈夫。いつもより長く走った程度でへこたれない。知ってるでしょ」

 

 笑みを浮かべて言う簪に俺は頷いて同意した。

 そして、まずは共にいつもの道を走り出した。

 慣れ親しんだ道。だけど、こうして簪と走るのは二日ぶりになる。たった二日空いただけだというのに何だか懐かしい気分だ。

 

「……はぁ、はぁ……っ、ん……? ふふっ」

 

 言葉を交わすことなく同じペースで走っているとふいに目が合い、簪が笑いかけてくれた。それだけで胸が弾む。我ながら単純だ。

 走り続けていると折り返し地点が見えてきた。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 

 たどり着くと一旦休憩となり、立ちながら両膝に手をつき簪は休みながら呼吸を整える。

 

「ありがとう……長い距離走らせてもらちゃって」

 

 言い出したのはこちらなのだから気にする必要もない。

 走ってスッキリしたおかげで頭の中はクリアだ。

 

「おかげさまで私も」

 

 簪の顔には笑みが浮かんでいる。

 なら長く走った意味もあるというものだ。

 訓練……前回と同じ日数しかないが、試合までの時間は前回以上に大事なものになってくる。一体どんな訓練をするのか。まあ、あれだけ人手、代表候補がいればいい策の一つも出るはずだ。

 

「だね……私も昨日寝る前自分なりに試合振り返って反省点まとめたから」

 

 振り返りと言えば、策ではないが役に立つだろうものを用意していたんだった。

 

 

 早朝ランニングの後、朝食を食べると訓練は早々と始まる。

 前回の時より一時間も早い。

 とは言ってもいきなりアリーナで訓練を始めたわけではない。まずは試合の振り返り。ピットに集まり一同、映像を見ていた。

 

「備えあれば患いなしとはまさにこのことだな」

 

「ああ。日本の良き言葉だ」

 

「こいつの心配性が役に立ったわね」

 

 なんていうことを篠ノ之やボーデヴィッヒ、凰がからかい交じりに言ってくる。何かいろいろ言われているが、役に立っているのは事実なので気にはしない。

 見ているのは試合の時に撮った簪と更識会長の試合映像。全試合最初から最後まで全部撮れている。確認済みだ。

 

「本当よく撮れてますわ。これなら記憶を振り返るよりも正確ですわね」

 

「愛の成せるわざってわけだな」

 

「こら、一夏っ。茶化したらダメだよ」

 

 デュノアにしかられる一夏。

 好きに言うといい。役に役に立てているのならそれだけで満足だ。

 

「とっても役に立ってる。ありがとう。おかげでいろいろと見えてきた」

 

「だな。じゃあ、始めようか。まずは私が気づいたところなんだが」

 

 ボーデヴィッヒの言葉を皮切りに本格的な反省会のようなものは始まった。

 

「あっ、そこなんだけど……」

 

「うん」

 

 反省会は時間にして一時間ほど。

 皆時間が限られているということを念頭に置いているから、改善箇所や注意点が出るの早く、議論は濃い。

 案の定、出る幕はない。見ていることしかできない。

 それはただの一度ではなく、その後すぐに行われた実機訓練もそうだ。

 

「簪さん、注意点が疎かになってますわよ!」

 

「――っ!」

 

「一つにばっかり目を向けない! ほらほらっ、もっと行くわよ!」

 

「僕達も!」

 

「忘れてもらっては困る!」

 

 アリーナでオルコット達代表候補生四人を相手取る簪の様子がピット内にある大型モニターに映し出される。

 複数人で楯無会長の波状攻撃の再現。それに簪が対応し、突破するといった訓練内容。言葉にすると簡単だが、やってることは恐ろしい。

 試合映像で見た楯無会長の攻撃を再現するだけではなく、そこから更識会長が新たにしてくるだろう攻撃もやっている。

 四人で何とかギリギリ更識会長の攻撃を再現できている状態だが、それでも凄い。

 

「確かにすごいよ。でも、こうして見てるとさ、セシリア達が代表候補生なの思い出すな」

 

「おい、一夏。言い方ってものがあるだろ……まあ、分からなくはないが」

 

 失礼極まりない一夏の言葉に篠ノ之が小言を言いながらも同意する。

 

「あはは~……」

 

「あはは……」

 

 そんな二人に本音や試合での機体の様子をモニタリングしてくれている整備科の子達は苦笑いするばかり。

 本人達がこの場にいなくて本当によかった。聞かれていたら騒がしくなっていたのは間違いない。

 だが同時に一夏の言ったことにはよく分かる。

 今だディスプレイに映し出される皆の姿はまぎれもく代表候補生としての姿。エリートと言われる中でも専用機を持つことを認められた候補生筆頭。

 あいつらは一夏が絡まなければ本当に優秀すぎるぐらい優秀だ。特に今回は皆の意識は簪の再試合に向いている。一夏にいいところを見せたいという想いがないからこそ、いつもより動きがいいのは気のせいではないだろう。

 一夏がらみで一つ便宜するのなら、一夏がいるからこそあいつらは時として限界を超えた力を出し、能力をに充分に発揮できるのだろうがそれはまた別の話。

 

「状況はそのアレだけど……機体の状況を見る限り簪の調子よさそうだね」

 

「いい数値出してるよ」

 

「おぉ~」

 

 整備科の子達の報告に本音は嬉しそうな声を上げる。

 簪もまた代表候補生筆頭に相応しい動き。いきなり四人相手に勝ち抜くなんてことは流石になく、ジリジリ追い詰められているが、それでも対応し続け粘り続ける。

 勝敗という点では負けのままだが、回を重ねれば重ねるほど確実によくなってきているのが素人目ながらも分かる。

 

「俺ら三人控えだけどさ、この感じだと出番少なさそうだな」

 

「まあ、出番がないということはないだろうが悔しいことにこれだと私達が入れば質も精度も目に見えて違ってくるだろう」

 

 篠ノ之の言葉には同意するほかなかった。

 休憩で交代はするが、それ以外は今の面子のままがいいのは確か。訓練相手の質や精度がいいにことしたことはない。

 同じ専用機持ちでも正式であるかそうでないかではこうも違う。才能、技術力、経験の差。いろいろと思うところはあるが適材適所。

 できることしかできないのだ。できることをするだけ。

 

「はぁ~疲れたっー」

 

「ふぅ」

 

「皆お疲れ様~ほ~い、飲み物だよ~」

 

 休憩をしにアリーナにいた皆が戻ってきた。

 そんな皆に本音達が飲み物やタオルを渡す。

 

「かんちゃん、お帰りなさ~い!」

 

 遅れて簪が戻ってきた。

 

「ただいま。あ……ん、ありがとう」

 

 そんな簪は俺からも飲み物やタオルを渡した。

 できることと言えばそんなことぐらいからだが、コツコツと。

 

 

「じゃあ、おやすみ。簪、言われるまでもないでしょうけど頑張りなさいよ!」

 

「応援していますわ! では、おやすみなさいませ」

 

「うん。皆ありがとう、頑張る。おやすみなさい」

 

 簪と皆はおやすみの言葉を別れ際に交わす。

 再戦に向けた訓練は昨日今日と限られた日数、時間の許す限り行われた。そして今夜は試合前夜。訓練を終え、夕食を共に食べ、皆で簪の勝利を願った。

 時間も時間になったので各々自分の部屋へと戻る。俺も戻らないと。

 

「あなたもありがとう。今回もいっぱい世話になっちゃって……でも、助かった」

 

 簪の言葉を素直に受け取った。

 相変わらずできたことはしれているが、それでも簪の役に立てたのなら何よりだ。

 自分も皆と同じく明日、簪が勝てるように応援している。

 勝って、前へ進んでほしい。勝って終わりではなく、その先もあるのだから。

 できることがあれば、自分ができる範囲でどんなことでもするつもりだ。

 

「どんなことでも……だったら一つ、その……お願い、と言うか……わがままなんだけど」

 

 簪が我がままなんて珍しい。

 どんなことを言うのか一つ頷いて待つ。

 

「お姉ちゃんとの再試合……あなたには一番近くで見守っていてほしい」

 

 そう簪は言ってきたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 簪は飛び立って行く

「……」

 

 アリーナへと繋がる通路。

 前回の時と同じく更衣室まで付き添っている。

 そしてその隣を歩く簪は、決意に満ち満ちた顔をしている。

 多少なりと緊張しているのは感じるが、以前のような強がった様子はない。

 

 簪の足が止まった。

 

「やっほー」

 

 俺達の行く先。

 そこに更識会長がいた。その隣には当然、布仏先輩の姿もある。

 

「こんにちは……お姉ちゃん」

 

 返事を返す簪。

 

「……」

 

「……」

 

 瞬きするよりも早く一瞬、確かに沈黙は訪れた。

 そして次、先に口を開いたのは簪だった。

 

「お姉ちゃん……電話でも言ったけど、もう一度試合をしてくれてありがとう。今日はよろしくお願いします」

 

 挨拶の言葉と共に簪は、更識会長へと手を差し伸べた。

 簪は自分から歩み寄ろうとしているのか。

 それが見ているだけで伝わって来ている。

 

「お礼なんていいのに。こちらこそ、今日はよろしくね簪ちゃん」

 

 そう更識会長は優しげな笑みを浮かべながら握手に応じた。

 

「……じゃあ、そろそろアリーナで」

 

「ええ、アリーナで」

 

 二人はそれぞれの道へと進みだした。

 俺は更識会長と布仏先輩に軽く一礼すると簪の後ろをついていく。

 少し歩いたと思ったら簪は立ち止まり、後ろを振り返る。

 見ているのは更識会長が歩いて行った方向。

 

「……」

 

 どうかしたか。

 

「ううん……ごめんなさい、何でもない」

 

 言って簪は向き直しまた進みだした。

 

 

 簪がISスーツへと着替えを済ませ、ピットへと入る。

 そして、ピットの向こう。カタパルトデッキに今、簪と俺はいる。

 

「凄い人……」

 

 何処か人ごとのようにモニターに映る観客席の様子を見て簪は言う。

 確かに今回も凄い人だ。また更識会長が集めたんだろうな。

 モニターに代わる代わる映し出される観客席には一夏達もいるのが見える。

 

「やっぱり……」

 

 簪が言いかけ、その先の言葉を遮った。

 やっぱり、皆と一緒のところで見た方が……とでも言いたいんだろう。

 

「……うん」

 

 簪は小さく頷いた。

 ここにいるのは昨日の夜。

 

『お姉ちゃんとの再試合……あなたには一番近くで見守っていてほしい』

 

 と言われたからというのが理由の一つではあるが俺自身もまた、簪を一番近くで見守っていたい。

 アリーナの様子だけを映すモニターで試合の様子は見ることが出来、ここでなら試合ごとにすぐ簪を出迎えられる。

 これほどの特等席はない。

 

「ありがとう……あ」

 

 カタパルトに着くことを求めるアラームが聞こえてきた。

 いよいよだ。

 

「うん……」

 

 何だか歯切れが悪い。

 分かってない訳ではないだろうが、何か言いたそうな様子。

 試合の前なのだから、気がかりがあるのなら言ってしまった方がいい。

 

「それは、そう……その、お願いばっかりに、なるんだけど……」

 

 一つ頷いて言葉を待つ。

 

「一度でいいから……今、抱きしめてほしい……」

 

 正直、呆気に取られた。

 だがしかし、冗談で言っているわけでもない。真剣そのもの。

 俺は簪を抱きしめた。

 

「ん……」

 

 背中に手が回され、簪の方からも抱きしめられているのが分かる。

 安心した声。

 これで少しは楽に……勇気を持てれば幸い。

 

「頑張れる」

 

 簪のその言葉と共に体を離す。

 名残惜しさは強いが時間だ。

 

「行こう。打鉄弐式」

 

 簪が打鉄弐式を纏い、カタパルトに立つ。

 俺はいってらっしゃいの言葉で簪を送り出す。

 あの時……前、言えなかった言葉を今度こそ口にして。

 

「うんっ、行ってきますっ」

 

 気持ちのいい返事と共に簪は飛びたった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 実感の持てない私。あなたの言葉。

 薙刀を真横に薙ぎ払い私は、お姉ちゃんへと攻め込む。

 間合いも踏み込みも充分。

 なのにお姉ちゃんは当然のように反応し、軽々と避けてみせた。

 そして距離を取り、牽制の攻撃を放ってくる。

 

「ふっ!」

 

「っ……ッ! っッ!」

 

 お姉ちゃんの機体。ミステリアス・レイディが持つ蒼流旋と名付けられたランスから放たれる弾丸の数々。

 回避は成功。けれど、放たれた実弾達の中に仕込まれていた水の弾の回避に成功した後、すぐ後ろでそれは爆ぜた。

 ミステリアス・レイディが纏う特殊ナノマシンとISのエネルギーが合わさって出来た水の複合弾。これは操作可能範囲は狭く限られているけど、お姉ちゃんの意識一つでナノマシンを発熱させ、水蒸気爆発を起こすというもの。

 同じ能力で清き熱情(クリア・パッション)というのもあるけど、それとは違い威力は低くシールドエネルギーは削れたもののダメージ軽微。

お姉ちゃんは完全に捉えている。逃がさない。勢いそのままに私は攻め立てる。

 

「はぁぁあっ!」

 

 ミステリアス・レイディの間合いに入るのが危険なのは百も承知。

 清き熱情(クリア・パッション)に捉えられるとしてもミステリアス・レイディと弐式とでは機体相性は悪い。荷電粒子砲(春雷)は隙が大きく、誘導ミサイル(山嵐)では清き熱情(クリア・パッション)に掻き消される。

 なら弐式の特徴である機動性を活かした近接戦闘にかけてみる。考える暇どころか息をつく間もないぐらい速く。

 

「っアァッ!」

 

「――」

 

 私の攻撃は当然の如くお姉ちゃんへクリーンヒットにはならない。

 防がれ、捌かれ、流される。

 これは想定の範囲内。手を緩めず攻め続ける。

 クリーンヒットにはならなくてもエネルギーシールドを何度も掠め、シールドエネルギーは削れている。

 試合時間残り一分。このまま最後まで――。

 

『そこまで!』

 

 試合終了を告げるアナウンスが聞こえた。

 互いの首元に突き付けられた薙刀とランスの刃先。

 

「っ……ッ」

 

 そう苦悩の声を先にこぼしたのはお姉ちゃん。

 

『第一試合目勝者、更識楯無』

 

 そのアナウンスと共に会場は沸きあがり、私達は武器を収める。

 第一試合目はやっぱり、負けちゃった。

 でも、結果としては上々。前よりかはシールドエネルギーを削れた。半分ちょっとも。

 訓練の成果が生きてる。この調子ならいける。確信を掴めた。

 

 ISの展開を解き、私達は一礼する。

 今から約十五分のハーフタイム。ピットに戻って、小休憩。

 

「ただいま……あ、飲み物。ありがとう」

 

 中に入るとピットで見てくれる彼が出迎えてくれ、飲み物を渡してくれた。

 ひとまず座れるところに腰を落ち着ける。

 

「ふぅ……」

 

 一息。

 と言っても時間が時間なのでそんなガッツリ休めはしない。軽く水分補給をして、頭の中で先ほどの反省をする。

 室内はとても静か。けど、気にはならない。隣で彼が静かに寄り添ってくれているからかな。我ながら私は本当にどこまでも単純。

 

「時間だ」

 

 休憩はここまで。これから第二試合目。

 バッチリ集中を高められた。

 私は席を立つ。すると彼は頑張ってと言ってくれた。

 短いたった一言。でも、私にとって力を滾らせるには充分すぎるほどだった

 

「うん、頑張ってくる。行ってきます」

 

 彼に見送られながら、私は第二試合目へと向かった。

 

 

『そこまで! 第二試合目勝者、更識簪』

 

 アナウンスは聞こえているけど、右から左へ流れていく感じがする。

 第二試合がたった今おわった。今の気持ちをなんて言えばいいんだろう。そう……しいていうならば、あまりにもあっさりだった。

 楽勝だったとかそういうことじゃない。辛勝。

 

「はぁ……っ、はぁ……ッ」

 

 現に肩で息をするのがやっと。

 私は産れて初めてお姉ちゃんに勝った。なのに実感が持てない。

 

「……っ」

 

 お姉ちゃんまで呆気に取られた様子だから益々実感は沸かない。

 何はともあれ第二試合は終わったんだ。

 ISの展開を解き、私達は再び一礼する。

 今からまた約十五分のハーフタイム。ピットに戻って、二度目の小休憩をする。

 

「ん……」

 

 ピットに入ると彼がまた出迎えてくれたけど、疲れのあまり返事がままならない。

 返事かどうか微妙な返事を返すのが精一杯。

 彼は特に気にしないでくれ、飲み物を渡してくれる。

 そして、初勝利を労ってくれた。

 

「……そうだ。私、お姉ちゃんに初めて勝ったんだよね……」

 

 彼から言われて、そのことを再認識する。

 相変わらず実感は沸かない。一試合目の後、次こそはという確信はあったけども。だからか、飲み物を飲みながら天井を眺めぼんやりしてしまう。

 手加減されたとかそいうのは絶対にない。ましてやまぐれで勝てるような相手じゃ決してない。

 

「……」

 

 いつまでもぼーっとしてられない。もう数分後には第三試合。

 初勝利とは言え、まだ試合中。後一試合、最後の試合がある。

 そこでもう一度勝たないと試合に勝ったことにはならない。

 でも、もう一度私はお姉ちゃんに勝てるのかな……? 一度勝ってしまったことで二度目の勝利は難しくなるはず。戦ったからこそ、お姉ちゃんの強さを身をもって知った。

 それにお姉ちゃんだって次は負けられないはずだから。

 

「っ――!」

 

 考えいるうちに怖くなってきた。

 不安が胸の内から這い上がってくる。

 怖い。今更どうしようもないのに。どうしようもないほど怖い。

 

「……あっ」

 

 ふと彼に空いた手を握られた。

 優しい温もり。ただ握ってもらっているだけで安心する。

 そして彼は、勝ってこい。今日はその為の日だと言った。

 

「そうだ、ね……」

 

 負けたくない。勝ちたい。

 だったら、勝つ以外はありえない。

 恐さや不安はあるけども、それを乗り越えるために限られた時間の中でもできることをした。

 そして、実践して勝つための日が今日。

 

「ふ……」

 

 心が晴れていく。安堵の息が漏れた。

 答えは既に自分の中に。

 勝ちたいのならどうしたって前へ、勝利へと進むしかない。 

 単純なこと。

 

「よしっ」

 

 私は気合を入れ直す。

 まだだ。私達はまだまだ。これからなんだと言ってくれた彼の言葉が背中を押してくれる。

 

「うん、ここからまた始めるよ」

 

 そろそろ開始の時間だ。

 彼は私を見送ってくれる。

 

「行ってきます!」

 

 私は力強くそう返事をしてピットを後にする。

 足取りは笑っちゃうぐらい軽かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 あなたとここから

『ただいまより、第三試合を始めます。両選手、指定の位置についたことを確認』

 

 今日三度目になる場内アナウンスが聞こえる。

 そして、向こう側にはお姉ちゃんがいる。本日三度目になる対面。

 泣いても笑ってもこれが最後の試合。準備はしてきた。後は勝つだけ。

 

『第三試合――始め!』

 

 開始の合図が終わる。

 と同時に、お姉ちゃんが先に仕掛けてくる。

 

「ッ!」

 

 手に伝わる重い衝撃。

 槍と薙刀がぶつかり合う鈍いが辺りに響く。

 

「よく防いだわ、簪ちゃん。流石よ」

 

「それはどう、もっ!」

 

 語気を強めながら私は薙刀を横に振り払い、お姉ちゃんを押しのける。

 お姉ちゃんが先に仕掛けて来るだろうことは何となく察していた。

 でも、反応できるか。防げるのかどうかは五分五分の賭けだった。

 賭けには勝てた。けど、試合はこれから。

 

「ハァッ!――ァッ、くっ……!」

 

 次こそは先手を取ろうと攻勢に出る。

 同じことをお姉ちゃんも考えていて、私よりも一歩早く先手を取ってきた。

 

「はぁあぁっ!」

 

「ッ……!」

 

 私へと放たれる幾千とも思える槍の突き。

 速い。一つ一つが当然強烈な威力を誇り、才能と努力が凝縮された技。

 手加減がないという証拠。

 こんなにもお姉ちゃんから攻め込んでくるのは三戦目にしてこれが初めて。お姉ちゃんにとってもこの一戦は負けられないというのが技の一つ一つから伝わってくる。

 

「よく防ぐ。でも、いつまで持つかしら!」

 

 状況は早くもお姉ちゃんが有利。

 場の流れは完全にお姉ちゃんが掌握している。

 一秒でも早く状況を打開しないと。

 

「まさか一本取られるなんて、簪ちゃん強くなったのね」

 

 長槍による乱舞の手は緩めることなく、お姉ちゃんはぽつりと言う。

 表情は何処か考え深げ。私を捉えているのに、芯の部分では見てない。

 余裕があるのがありありと伝わってくる。

 私は決定打を防ぐので精一杯で防戦一方なのに。

 舐められている気分。

 

「ぐっ! 意外だったんでしょっ……! 私が勝ったことがっ……ッ!」

 

「意外……? そうね、本当に……」

 

 またぽつりと言って。

 でも、意外だったのは私にとってもそうだ。実感を持ててない。

 けれど、いつまでもそんなことは言ってられない。勝ったのは事実。

 次へと意識を高める。

 

 付き合ってられないとその気持ちを反発する気概に私は変えた。

 

「くっぅぅっ!」

 

 激しく衝撃音を響かせながら、同じ極が向いた磁石のように反発する。

 弾けて飛んだのは私だけ。お姉ちゃんは衝撃を受け流すことで殺し、即座に臨戦態勢。簡単には逃げられない。

 それでも間合いはできた。反撃するなら今。

 

「春雷ッ!」

 

 叫びあげたのとまったく同時。私は打鉄二式に搭載された二門の連射型荷電粒子砲を放った。

 この距離なら外さない。逃げられない。逃がさない。

 それでも思いを砕かれるのはすぐのこと。私の反撃も、学園最強の足止めにはならない。

 回避不可能ゆえにあえて荷電粒子砲をアクアナノマシンで形成した楯でシールドエネルギーを削りながらも耐えきり、私の姿を捉え強烈な一突きを叩き込んでくる。

 お姉ちゃんのやってること毎度のことながら驚きしかないけどそれでもまだ予想の範囲内。ハイパーセンセーを極限まで駆使し、突きの軌道を予測した。

 

「ッッ……!」

 

 間一髪の回避。

 でも、それすらもお姉ちゃんの手の内。

 避けた先に居た。

 

「簪ちゃん、つーかまえた!」

 

 おどけるように言うお姉ちゃんは嬉しそうだ。

 でも、捉えたのはこっちもだ。

 

「なっ――ッ!」

 

 驚いたお姉ちゃんの声が耳に届く。

 ミステリアス・レイディを襲う爆風、爆風――そして、爆風。

 両腰。そして、背後左右にあるミサイルポッド六機からなる八問の誘導ミサイル全四八発の連続発射。

 本来は四八発を一度に一斉射するものだけど、マルチロックオンシステムが構築途中の今はミサイル一発一発を続けて撃つので精一杯。

 発射の合間に隙はできてしまうけど、それでも誘導ミサイルの威力は絶大。山嵐の名が現すが如く吹き荒れる。

 至近距離での爆撃。これは外しようがない。事実、ヒットを告げる表示とお姉ちゃんのシールドエネルギーが減っていくのが見えた。

 でも、至近距離ゆえに必然私も被弾は避けれない。

 

「くっ――」

 

 ハイパーセンサーはお姉ちゃんに向け、薙刀を持つ右手は反撃に備え。

 残った左手で空間に投影したキーボードで環境データを入力し、エネルギーシールドを調節しながらダメージコントロールをする。

 

「……」

 

 爆風を利用して距離を取った。

 そして、爆風で舞い上がった土煙が晴れていく。

 

「いない……」

 

 土煙が晴れた場所にお姉ちゃんの姿はなかった。

 こういう時は大体。

 

「はぁあああああっ!」

 

「うっぅぅうっ!」

 

 ガトリングを放ちながら蛇腹剣を振り下ろし、頭上から落下してくるお姉ちゃんの健在な姿。

 予想は的中。それだけに取った距離は維持しながら回避には成功した。

 

「うっ、ッッッ」

 

 薙刀を杖代わりに私は必死に膝から崩れ落ちそうなのを耐え、それから薙刀を構え警戒態勢を取る。

 

「やってくれたわ。まったく」

 

 向こうで憎まれ口を叩きながら、風格は今だ衰え知らず。

 シールドエネルギーは同じぐらい減ってお互い危険域だというのに、余裕までは完全に崩せなかった。

 

「はぁ……ッ、っ……はぁ……ぁッ」

 

 対する私は、肩で息をするのすら苦しい。

 スタミナで差をつけられてる。

 体が重い。ISの補助を受けていてもこう感じるのだから、相当よくない調子なのかも。途中休憩を挟んだとは言え、激戦を三戦連続。当然か。

 それに弐式も私と同じでよくない。シールドエネルギーが危険域以外にも、もう春雷も山嵐も弾切れ。稼働エネルギーも残り僅か。

 ここからどう出る。

 

「そう、そうなのね……私が知っている簪ちゃんはもう本当に」

 

 何か意味深なことを言って、お姉ちゃんは構えを変えていく。

 

「さてと、そろそろ決着と行きましょう」

 

 その言葉と共に空いた右手を高く掲げ、アクアナノマシンを一点集中。巨大な水の槍を作り出す。大技がくる。

 観客席で見ている人達はその光景に興奮を高められたように声を上げる。

 

「会長ー! 決めちゃえー!」

 

「いけー! 楯無さーん!」

 

 お姉ちゃんの勝利を確信した声が否応なくいくつも聞こえてくる。

 どうする。逃げる……? 馬鹿。逃げてどうなるの。これほどの大技は広範囲かつ一撃必殺。逃げ場所なんてない。

 ならば立ち向かう……? この大技を前にして……? 発動に時間をかけている今なら、無防備だ。一撃叩き込める可能性がなくはない。でも、失敗すればあの大技に飲み込まれる。失敗は許されない。でも、私は今まで大事な時にいつも失敗し続けていた。そう宿命づけられているみたいに。

 失敗すれば、すべて終わりだ。今回もまた負けたら私は……。

 

「頑張れー! 簪―!」

 

「簪! まだ行けるわよ!」

 

「諦めるな! 簪!」

 

「楯無様をぶっ飛ばせー! かんちゃ~ん!!」

 

 皆の声援が聞こえる。

 弐式が私に届けてくれた皆の声援が嫌な声を、迷いを打ち消してくれる。

 そうだ。まだいける。試合は終わってない。

 諦めちゃだめだ。私は勝つ。それ以外はない。

 

「勝つよ、打鉄弐式ッ!」

 

 爆発する思い。突き動かされる体。

 お姉ちゃんの懐目掛けて突撃した。

 

 お姉ちゃんが私を大切にしてくれているのは今日の三試合でいっぱい伝わってきた。

 でも、お姉ちゃんが大切に思ってくれている私は、ただ守られているだけ弱い過去の私。今の私は違う。

 

「私は変われた。助けてくれる皆が、一緒に進んでくれる彼がいてくれたからァッ!」

 

 そうだ。こうして変わることが出来たのは皆、周りの人のおかげ。

 一人ではこんなにも変わることなんてきっと出来なかった。

 そして、これからも変わっていく。なりたい自分に。より良いところへと。

 

「私はもう逃げない。自分からも、お姉ちゃんからも。向き合っていく。だから、お姉ちゃん。昔の私じゃなくて今の、これからの私を見てて!」

 

「――ッ」

 

 お姉ちゃんがほんの一瞬、たじろいだ様な気がしたのは気のせいか。

 

―《ミストルテインの槍》発動―

 

 終わりを告げる機械音声。落ちてくる凝縮された水魔の槍。

 私は打ち滅ぼさんとする。どれだけ意気込もうが結局、結果は変わらない。

 行きつく先はいつだって――。

 

「まだ」

 

 私は声を上げる。

 進みだす。定められた結末の先。限界の向こうへ。

 

「――! う゛、ァァ……ッ゛!?」

 

 驚愕と苦悶が入り混じったお姉ちゃんの声。

 そしてお姉ちゃんの視線の先にあるミステリアス・レイディ、最後のシールドバリアを斬り裂いていく薙刀『夢現』。

 背中の向こうでは今も爆発が広がっている。追いつかれるのも一つ瞬きしたらだ。それでも私はたどり着いた。お姉ちゃんの懐へ。

 ミストルテインの槍を抜けられたのは打鉄・弐式が共に頑張ってくれるから。全ては一つ。機械的に指示を受けるわけでなく、私であるみたいに余っていたエネルギーをブースターに注ぎ込み実現した瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 そのおかげで今この瞬間の私はいる。ありがとう、打鉄・弐式。

 後もう一つ。今も背中を押してくれるのは彼の言葉。

 

 まだまだ。これからなんだ。

 

 そうだね。まだまだ。

 私は勝つ。だから。

 

「まだだ!」

 

 まるで瀕死から立ち上がるヒーローみたいな台詞を吐く。

 

「私だって……!」

 

 こんな最後の最後までお姉ちゃんの反応は速い。

 でももう、余裕はない。必死。負けたくないと左手に持つ槍を私目掛けてふるう。

 私だって譲れない。譲りたくない。譲ってたまるか。

 夢現はエネルギーシールドを斬り抜け。そして絶対防御へと。

 

 世界を震わす轟音。

 私とお姉ちゃんは爆発に包まれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話 彼から私へ。私からお姉ちゃんへ

「ん……」

 

 ふと目が覚めた。

 ぼんやりとしたまどろみを感じる。私、眠っていたんだ。

 目が冴えてきてまず最初に見えたのは茜色に照らされた天井。茜色を辿れば、窓から外が見える。夕日と茜色の空……夕方だ。

 試合したのが昼頃だったから大分経って……試合、そうだ。

 

「ぅ……ッ」

 

「ダメよ。安静にしてなきゃ」

 

 体を起こそうとすると、声で止められた。

 声がしたを方を向く。

 すると、そこにはお姉ちゃんがいた。

 

「目が覚めてよかった」

 

 ベットの上で上半身だけ起こして横になっている。

 恰好は病院で入院する時に着る病衣だ。

 それは私も。病衣の下はISスーツ。そして、ここは病院? ううん多分、保健室。試合の後すぐに担ぎ込まれたっぽい。

 

「調子はどう? 体、何処か痛かったりはないかしら?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 少し体がダルいぐらいで激しく痛みを感じるところとかはない。

 

「……」

 

「……」

 

 会話は途切れてしまった。沈黙が気になる。

 見た感じ、お姉ちゃんは私が目を覚ますよりも先に目を覚ましたはず。

 だからもしかすると、試合がどうなっているのか知っているかもしれない。

 聞いてみたいけど上手く話を切り出せない。それは多分、お姉ちゃんも……。

 お姉ちゃんから話しかけてくれると嬉しい……だめ。待つのはもうやめたんだ。自分から行かないと。

 

「お、お姉ちゃんっ」

 

「え、えぇ。何かしら」

 

「えっと……その……」

 

 いい言葉が思い浮かばない。

 でも、頑張る。

 

「まずは試合、お疲れ様。ありがとう」

 

 言いたかったことはこれじゃないけど、これは言っておかないと。

 

「ええ、こちらこそ。お疲れ様。ありがとう、簪ちゃん」

 

「うん……それで、何だけど……試合ってどうなったのか分かる……?」

 

「試合なら簪ちゃんの勝ちよ」

 

 今更になってお姉ちゃん相手に聞くのもどうかと思ったけど、お姉ちゃんは本当にあっさりと答えてくれた。

 

「信じられない? 証拠って言ったらアレだけど、ビデオ判定の映像もあるわよ。枕近くの個人端末に送ったわ」

 

 言われて枕近くにある机を見る。

 彼に預けていたスマホと個人端末があった。彼が持ってきてくれたんだろうか。

 学校からのお知らせなどを知らせてくれる学園用の個人端末を手に取り、確認してみる。

 

「……」

 

 私が最後に覚えている光景。

 夢現でミステリアス・レイディの絶対防御を斬りつけ、シールドエネルギーを削りきったことをしっかりと映していた。

 その直後にミストルテインの槍の爆発に飲まれる私達の姿。これで気を失ったんだ。だから今、私達は保健室に。

 

「本当、完膚なきまでに負けちゃったわ。こんな風に負けたのはいつ以来かしらね」

 

 独り言のように、それでいて私へ問いかけるように言葉を吐く。

 

「強くなったわ、簪ちゃん」

 

「そう、かな……そうだと、嬉しいな」

 

 強くなった実感がないわけじゃないけど、まだまだという気持ちの方が強い。

 それでもお姉ちゃんにそう言ってもらえるのなら、強くなったって自信を持つことが出来る。

 

「私がどうこうしなくても簪ちゃんはもう一人立ちできる。いいことなのにそう思うとやっぱり、寂しい……ううん、ちょっぴり怖いわね。正直、私はいらないみたいで簪ちゃんが離れていくみたいで嫌だと思う私がいるのも確か」

 

 お姉ちゃんはゆっくりと言葉を続けていく。

 それはまるで隠していた本心を打ち明けてくれるかのよう。

 

「でも、今回の試合でいろいろ気づけた。私がずっと見ていたのは昔の簪ちゃん。家のしがらみとか面倒ごとから守っていたつもりで満足しちゃって今の簪ちゃんを見ようともしなかった」

 

 落ち着いた声なのにお姉ちゃんの後悔がいっぱい伝わってくる。

 辛い。苦しい。悲しい。寂しい。

 これがお姉ちゃんの隠していた本心。初めて知ることが出来た。

 だから私も今こそ、隠していた本心を打ち明ける時。

 向き合う覚悟は決めたんだ。目を背けていたお姉ちゃんへと振り向いていく。

 

「私も同じ。自分の中で作った勝手なイメージのお姉ちゃんだけ見て今のお姉ちゃんを見ようとしなかった。私、私ね……本当はずっと、お姉ちゃんのこと怖かったの」

 

 言ってしまった。これが私の本心。

 声が震える。嗚咽が混じってしまう。

 

「お姉ちゃんのこと尊敬してるのに立派なその姿が私にはあまりにも眩しくて。背中の大きさを、遠さを感じるたびに勝手に怖がって……怖さから作った勝手なイメージを見ることで逃げてた」

 

 お姉ちゃんを想う気持ちは本物なのに私は、知らないうちにお姉ちゃんの優しさに助けられ、自分の弱さに甘えていた。

 

「でも、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで嬉しい。お姉ちゃんの妹でよかったって強く思う。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 これも紛れもない私の本心。

 もしもの可能性なんて考えられないし、考えたくもない。

 私はお姉ちゃんの妹なんだ。

 

「そ、そんなはっきり言われると照れちゃう」

 

 お姉ちゃん顔が赤い。本気の照れ顔。

 こんなお姉ちゃんの顔初めて見た。

 

「可愛いね、お姉ちゃん」

 

「こらもうっからかわないの。まったく誰の影響かしら」

 

「最高の誉め言葉だよ。これからは私、お姉ちゃんのことちゃんと見る。だからお姉ちゃん、これからの私を見ていて」

 

 これは宣言であって誓い。

 ちゃんと言葉にして伝えておきたい。

 

「そうね……分かったわ。私もちゃんとこれからの簪ちゃんを見る。今まで見れなかった分も含めて」

 

 それを聞けて嬉しかったし、安心した。

 でも、ぼんやりと天井に目をやるお姉ちゃんは何処か思い耽っている。

 遠くを見る目。優しく微笑むようでどこか寂しそうな顔。

 

「……いいわね、羨ましい。簪ちゃんは変わっていける。でも、私は楯無。簪ちゃんみたいに変わることなんて……」

 

 何だろう。既知感みたいなものを感じる。

 ああ……そっか。昔の私は、きっと今のお姉ちゃんみたいな感じだったんだろう。

 こういうのはどうかとも思うけど、こんなところも似てる似たもの姉妹なんだ、私達は。

 

 だからこそ、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことがある。

 私だから言えること。私だから言いたいことがある。

 

「……ッ!」

 

 ベットから出ようとする。

 寝ていた時よりも体は重い。ふらつく。

 

「だ、ダメよっ。安静にしてなきゃ……!」

 

 当然お姉ちゃんに止められた。

 でも、行かなきゃ。

 ベットの間にある距離は本当にちょっとのものだけど、その距離が何だかお姉ちゃんとの距離みたいで嫌。

 お姉ちゃんの傍に行きたい。

 

「決めつけないで……お姉ちゃん」

 

「簪、ちゃん……」

 

 私は、お姉ちゃんの手を取り語り掛ける。

 

「更識家にとって楯無がどういうものなのかは私もよく理解してる。急にすべてを変えるなんて無理。でも、私達はまだまだ。これから。こうなんだって決めつけなくても大丈夫。変わっていける」

 

 本当、どこまで身勝手なことを言ってるんだろう。

 そう思う。昨日まで弱かった奴にこんなことを言われても困るはず。

 だとしても私は強く言う。

 

「一人で変われるところ一人でいいし、一人がダメならその時は私がお姉ちゃんの手を取る。私がそうしてもらえたように。導くとか連れ出すとかそういうのじゃなくて、手を取り合って一緒に続いてく明日へ進んで行きたい」

 

 私は彼にそうしてもらえたのが凄く嬉しかった。

 だから、私も同じことをしたい。お姉ちゃんにも笑顔でいてほしいから。

 私は誰かに寄り添える、共に戦えるヒーローなんだ。

 

「いいの、かしら……私は、楯無なのに……」

 

 お姉ちゃんは迷った顔をしている。

 こういう迷い方も何だか似てるって思ってしまう。

 

「いいの……楯無のお役目はこれまで通りしっかりやらなくちゃいけないけど……お姉ちゃんは楯無である前に刀奈お姉ちゃんなんだから、きっと変わっていける」

 

 私はそうはっきりと断言した。

 そうなってほしいという祈りでもあるけど、お姉ちゃんも変わっていけるって信じてる。

 少しの沈黙が明けた時、俯いていたお姉ちゃんは顔を上げて言ってくれた。

 

「そっか……そこまで簪ちゃんが言ってくれるのなら、簪ちゃん見習って頑張ってみましょうか。ご教授お願いできる?」

 

「大げさ……けど、もちろん。私の方こそ、これからいっぱい教えてほしいことや聞いてほしいことあるからいい……?」

 

「ふふっ、もちろんよ。そうよね、少しずつでも変わっていなきゃ。ようやくこうして向き合えたんだから」

 

「うん」

 

 いきなりすべてが丸く収まるなんてことはやっぱりない。

 向き合えなかった時間は私達にとって本当に長くて、向き合い始めた私達には向き変えなかった分だけ時間はいる。

 だけど、時間ならこれからたくさんある。私達はこれからも続いていく。たくさん向き合っていこう。諦めず、努力していきたい。

 

「ふふっ」

 

 見つめ合ったお姉ちゃんと笑い声が重なる。優しい笑顔。

 わだかまりが解けていく。

 やっと向き合うことが出来た。

 室内を照らす夕日がお姉ちゃんと私の歩みを祝福してくれているようだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話 簪との来る日に向けて

 簪と更識会長の試合から数時間が経つ。

 今はもう夜になった。

 試合結果はと言うとギリギリのところで簪の勝利。しかし、更識会長が放った攻撃の爆発に更識会長と一緒に巻き込まれた簪は二人揃って気絶。試合後、すぐ保健室に運び込まれた。

 幸い怪我などはなく、意識も取り戻し、無事な姿を確認することが出来た。

 今は大事を取って自室で安静しているとのこと。

 

 簪は試合に勝った。

 ということはあの約束が有効になる。

 明後日、映画を見にデートをするという約束。

 しかしまだ、行くことが確定したわけではない。デートについて具体的な待ち合わせをしたわけでもなければ、本当に顔を見ただけで試合の後、会話らしい会話はしてない。

 ここは今一度、確認ぐらいはしておべきか。本当に行くかどうかは別として、日にちとしては明後日なわけだし。

 

 スマホを取り出す。そしてメッセージアプリを起動させ、簪を選択する。

 もう直接会えるような状況でも時間でもない。ならメッセが今のところベストか。試合からそう時間は経ってないが、疲れていてもう眠っていたとしても後で見れることだし。

 けれど、いいのだろうか。デートの話を振るなんて。さっき試合があったばかりなのに……。

 いや、迷っていても仕方ない。行動あるのみ。手始めに夜のあいさつを送ってみた。

 

《こんばんは》

 

 返事はすぐに返ってきた。

 一分経ってない。まだ起きている頃みたいだ。タイミングがいい。時間は大丈夫なんだろうか。

 

《大丈夫。暇してたところだから》

 

 ならよかった。このまま話は進められそうだ。

 しかし、どういう風に話を進めていくべきなんだろう。世間話からと思ったがそれだと回りくどくなる。

 単刀直入に、そして暇してるということ……俺はあることをまず聞いた。

 

《通話? いいよ、どっちからかける?》

 

 自分から簪に通話をかける。

 メッセでも充分なのは分かっているが、初デートの約束なんだ。やっぱり、どうせなら自分の声で言いたい。それにもう一つ。

 

『はい……もしもし』

 

 通話が繋がり、俺から声をかけると簪から同じように返事が返ってきた。

 無事通話はつながった。声の感じ元気そうだ。

 

『体の方も元気だよ。夜は安静にしてなきゃいけないけど、明日からは普通に過ごしていいって保険の先生には言われた。流石に訓練や試合みたいな激しいことはできないけど』

 

 ならひとまず安心だ。

 

『でも、何か不思議。あなたが通話したいだなんて』

 

 いきなり突いてくる。でもまあそうなんだろう。

 恥ずかしいけども正直なことを言うと、簪の声が聞きたくて通話をかけた。

 

『私の声が聞きたくて……嬉しい。実は私も、ね……あなたの声、聞きたかった』

 

 耳元で聞こえる簪の嬉しそうな声。

 嬉しい。尚更通話した甲斐があるというもの。

 そして改めてにはなるが、簪の勝利を労った。

 

『ありがとう。私、お姉ちゃんに勝てた。それにね、ちゃんとお姉ちゃんと話し合うこともできた。お姉ちゃんの気持ちも知れて、お姉ちゃんに私の気持ちも知ってもらえた。手を取り合えるようになれたの』

 

 それはよかった。本当に。

 第一目標を達成することが出来ただけでなく、簪は自分の力で前へ歩いて行ける。今回、簪が得られたものは勝利以上にきっと大きいはず。

 簪の勝利を祝いたい。頑張った簪に褒美を。

 俺は本題を切り出した。簪を今一度デートに誘った。

 

『うん……もちろん、お受けします。本当はあなたからメッセが来た時からずっともしかしてって期待してたから……嬉しい』

 

 なら決まりだ。

 日にちは変わらず明後日、夏休み最後の日で大丈夫か。

 

『大丈夫。ライダーの映画見に行くんだよね……時間はどうするの……?』

 

 言われてタブレットで映画の時間を確認した。

 よさそうな時間は朝の十時三十分上映の奴だろう。

 早めの時間にはなるが、終わりの時間が十二時半頃。昼だ。

 そのまま昼食にできる。

 

『そうだね……そうしよう』

 

 チケットの用意は勿論。

 昼飯の場所やその後の過ごし方もこちらで考えておく。

 簪は安心して楽しみにしていて欲しい。

 

『分かった、ありがとう……そ、それでなんだけど待ち合わせはす、する……? するにしても、本島で……?』

 

 簪は声は震えているが、期待が滲んでいるのが伝わってくる。

 

 待ち合わせはデートの定番。

 しないというのはありえないだろう。

 待ち合わせはするとして時間は始まる一時間前でいいか。

 IS学園のある学園島から本当はすぐでレゾナンスは駅と一体化になっていて映画館までもそう時間はかからない。

 待ち合わせ場所は学園島の駅にしよう。

 

『いいの……? そこだと……』

 

 簪が何を気にしているのかはすぐに分かった。

 目立つ時はどうやっても目立つ。それにやましいことじゃないんだ。堂々としておきたい。簪が嫌なら本島の駅でもいいが……。

 

『う、ううん! 嫌じゃない!』

 

 ならこれも決まりだ。

 

『私っ、楽しみにしてる! その……おしゃれとかお化粧とかちゃんとしてくるから期待してて……!』

 

 そう言われると期待せざるおえない。

 明後日が更に待ち遠しくなってきた。

 このぐらいで明後日についてはいいだろう。あまり長電話して疲れた簪の体に障ったら元も子もない。

 

『そこまでじゃないけど。でも……うん、分かった。あなたがそう言うのなら大人しして安静にする。じゃあ……明後日ね』

 

 ああ明後日。

 おやすみの言葉を簪に伝える。

 

『おやすみなさい』

 

 その言葉を最後に簪との通話は終わった。

 

 約束は無事交わせた。

 しっかり用意して、デートコースを考えよう。

 そしていよいよ簪に告白を。

 

 

 夜が明け、翌日。まず初めに俺がやったことは明日デートする為に外出届の提出。

 IS学園は全寮制でも女子の場合、規則や門限を破らないのなら外出届はいらないのだが、男子の場合は事情が事情なので書かなければならない。

 面倒だが書けば済むので書くしかない。ちなみに今日の提出先は織斑先生。

 

「必要事項は大丈夫だな……いいだろ、受け取った」

 

 提出は無事済んだ。

 織斑先生は担任の先生であるのと同時に寮の先生でもあるから一度で事足りる。

 

「しかし、お前が外出。相手は……いや、下衆の勘繰りだな。悪い」

 

 先生が謝ることはない。

 というか、先生でもそういうのは気になるものなんだ。そこが意外だった。

 

「一教員とは言え、親御さんから預かってる身だ。気にはかけているさ。それに女子ばかりの環境だと嫌でも噂の類は入ってくる」

 

 なるほど、それで。

 先生の耳にも噂が入っているのなら、然る結果が出た時は一夏達だけでなく織斑先生にも報告しよう。

 

「織斑が出かけるとなれば、騒ぎが起きないか心配だがお前なら心配せずに済む。折角の夏休み、最後ぐらい羽を伸ばしてくるいい。後、しっかりとやることやってこい」

 

 この意地悪な笑み、一夏そっくりだ。

 でも、気持ちは嬉しい。頷いてお礼を言うと職員室を後にした。

 まずは一つ目の目標を達成できた。後は部屋に戻って映画の後、どうするか考えなければ。

 寮へ帰れる校内の道を歩き、ロビーを通った時だった。

 俺の足は止まった。

 

「こんにちは」

 

 既知感を感じさせる言葉と声。

 そして、この状況。

 出会ったのは更識会長だった。

 また突然出会ったが、以前の時みたいに待ち伏せされたというわけではないみたいだ。

 とりあえず、挨拶を返す。今回は本当に偶然か。

 

「ええ、今日は本当に偶然よ。昨日のことで朝から事務室に用事があってね」

 

 昨日……体の方はもう大丈夫なんだろうか。

 大丈夫だから出歩いているのは分かるけども。

 

「あら、心配してくれるなんて優しいのね。大丈夫よ、一晩寝たらこの通りほら元気元気っ」

 

 元気があることを証明するかのように更識会長は、ガッツポーズみたいなことをしていた。

 本人がそう言うのなら信じるほかあるまい。

 

「今日は警戒しないのね」

 

 何だ突然。

 警戒する必要ないだろう。

 前はあからさまにこちらを試して、遊ぶ感じだった。

 しかし今はそんな素振りはない。言うならば、落ち着いた感じ。こう……肩の荷が下りたような。

 

「ん……そう」

 

 何処か簪を連想させられる頷き方。

 調子狂う。更識会長とはまだ数回しか会話したことがないから、全部を知っているわけではないが、前の印象が強すぎるが故に変な感じだ。

 

 きっと簪が昨日通話で話してくれたことが関係しているんだろう。二人は歩み寄ることが来たようで、更識会長にも何かしら変化のかもしれない。

 

「悔しいけど貴方の言って通りだったわ」

 

 ぽつりと更識会長は話始める。

 

「大切なことだからまずは自分達同士で向き合う。あの時はあまりにも簡単に言ってくるものですから、ガラにもなくカチンって来たけど、言われなきゃ誰かに頼みっぱなしになってたわね」

 

 やっぱりあの時、頭に来てたんだ。

 口が過ぎたが、言わずにはいられなかった。

 

「過ぎたことよ。言ってくれたよかった。でなきゃあの時の私なら……それこそ、貴方。貴方がダメなら織斑君に頼って、任せっきりになってた。それらしい理由つけて自分からは簪ちゃんに近づこうともしない。卑怯な逃げ方」

 

 更識会長の苦笑は昔の自分へと向けているかのよう。

 

「でも、今回のことで簪ちゃんの気持ちを知れて、歩み寄ることが出来た。そこに貴方の影響が少なからずあったのは認めなくちゃいけないわね」

 

 影響なんて言われても実感はない。

 それでも何かしら少しでも役に立てたのならよかった。

 

「本当に生真面目ね。でも、そういうことに簪ちゃんは惹かれたのかしら。そうだ、簪ちゃんのこと」

 

 雰囲気が一変した。

 もごもごと言いにくそうに口ごもっている。

 

「何ていうか。簪ちゃんと貴方のこと私個人が今更認めると認めないとか何か口出したりはしないけど、簪ちゃんのことは本当大切にしなさいよ。貴方の覚悟、忘れないから」

 

 俺だって忘れてない。

 あの覚悟変わらず、簪は大切にする。

 

「返事いいこと、まったく。まあ、上手くいくといいわね」

 

 ひらりと手を振ると更識会長は去っていった。

 更識会長にも然る結果が出たのなら報告しよう。

 簪とお前は本当にいろいろな人に大切にされて、見守られている。そう感じたひとこま。

 

 

 よし、これでいいだろう。

 とりあえずのデートプランは組むことが出来た。

 映画の予約も大丈夫。後はどんな告白をして、どういうところで付き合ってくださいと言うかだ。雰囲気は大事。

 

 そろそろ一息入れるか。

 更識会長と別れた後、部屋に戻ってからずっと計画を立てていたから何も口にしない。

 時間は昼の三時前。そろそろおやつ時、カップ麺でも食べよう。

 

 思い立ちカップ麺に湯を注いだ時だった。

 部屋の扉がノックされる。誰だこんな時に。

 とりあえず扉を開けた。

 

「よっ!」

 

 いつもの現れたをするのは一夏しかいなかった。

 何の用だよ、まったく。

 

「今日部屋籠りっきりだったから顔見にな。っと、お邪魔するぜ」

 

 するっと合間を抜けると一夏は部屋の奥へと入っていきやがる。

 まだ何も言ってないんだが。

 

「堅いこと言うなよ。まだ昼飯食べてなかったのか」

 

 机の上のカップ麺を見て一夏は言う。

 もう三分経つ。勝手に入ったんだ。勝手に昼飯食べさせてもらうぞ。

 

「別にいいけどさ。パソコン……やっぱ、今までずっと調べものしてたのか」

 

 今度は机のPCを見て、一夏は言った。

 幸い検索サイトのホームページだったので詮索はされないだろ。

 食べながら適当に頷く。

 

「更識さん絡みだな、どうせ」

 

 どうせって言い方……まあ、事実ではある。

 半ば無視してカップ麺を啜る。

 

「外出届け出しただろ? 更識さんと遊びに行くのか?」

 

 流石に動揺した。麺が喉に詰まって咽た。

 出かけることを言い当てられたよりも、外出届け出したこと言い当てられた方が驚きだ。エスパーかよ、怖い。

 

「普通に山田先生に聞いた。午前練の帰りにばったり会った時にさ」

 

 山田先生……確かにあの時職員室にいたけども。

 先生は勿論、一夏にも隠すつもりはないが言いふらされるのは嫌だ。

 

「皆まで言うなって、分かってるよ。お前のことだから真面目に調べたんだろうけど、そんなに調べるようなことあるか?」

 

 いろいろある。

 そこにどんな店があるかとか、よさそうな店の場所とかたくさん。

 調べたことを全部使わないとしても、備えあれば憂いなし。

 

「そういうんか……?」

 

 今一つ合点のいかない一夏は不思議そうな顔をしている。

 一夏は調べたも簡単にしか調べなさそうだな。基本行き当りばったりな奴だし。

 後はまあ、コツとか服装の感じとかも。

 

「服装、コツってお前それ……」

 

 言葉が過ぎた。

 と同時に電話がかかってきた。ある意味、いいタイミングだ。

 

「くッ、タイミングよ過ぎだろ」

 

 悔しがる一夏をしり目にスマホを手に取る。

 しかし、スマホの『更識簪』と表記された画面を見て驚いた。

 何で簪から電話が……兎も角出て、声をかける。

 

『あ……も、もしもし』

 

 照れが混じったような緊張した簪の声。

 わざわざ電話をかけてくるということは急を要することでも。

 

『そ、そういうのじゃなくて……その、あの……明日のこと、なんだけど……』

 

 明日……おそるおそる頷く。

 

『お昼って向こうで食べてる……? お店の予約とかもうしちゃってたらいいんだけど……してなかったら、お昼私に任せてほしい』

 

 お昼は向こうで食べるつもりだった。

 そしてまだいくつか目星をつけただけでこことは決まってない。

 何か考えがあるようで簪がそう言うのならお昼は任せよう。

 

『ありがとう……! 私っ、とびっきり美味しいの用意するから……!』

 

 そう言って電話は切られた。

 嵐のような出来事だったがこれはもしかして、もしかしなくてもという奴か。

 

「おーい、口元ニヤけてるぞ」

 

 バッと手で口元を覆い隠す。

 そうだ。こいついたんだった。

 しかし、ニヤけるなというほうが難しい。期待に胸が膨らむ。明日が待ち遠しい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話 あなたとの来る日に向けて

次回、最終回


 私の一日は朝から慌ただしかった。

 明日はいよいよ彼とのデート。

 初デート。それも男の人と二人っきりで初めて出かける。

 素敵な日にしたい。なので前日の今日は朝から明日の用意に勤しんでいる。

 まずは明日着る服選び。外出用の私服はいくつかあるけど、どんな着合わせがいいんだろう。

 手に取った洋服とスカートを体に合わせ、姿鏡で確認する。

 

「これも何か違う……」

 

 しっくりこなくて、次の着合わせを探す。

 ネットの情報なんかも参考にはしているけどかれこれずっと悩んでる。最早、堂々巡りだ。

 それに服装ばかりに時間をかけてもいられない。髪や化粧も考えなくちゃ。

 必要な物はあるにはあるけど、知識もなければ経験もない。ネットで情報を手に入れられるけど、ネットの情報は結局、参考にしかならないし。

 こんなことなら少しぐらいは身だしなみに気を付けるべきだったなぁ。

 

「わぁ~こりゃまた凄いことになってるね~」

 

 遊びに出かけていた本音が戻るなり、部屋の惨状を見て呆れ気味に言った。

 ベットの上に散乱した洋服の数々。

 本音のベットまでは浸食してないけど、それでも私の迷走っぷりが物の見事に表れている。

 

「お昼ご飯呼びに来たんだけど~どうする~? 後で食べる~?」

 

 もうそんな時間。

 スマホで確認すると本当にそんな時間だった。

 どうしよう。このまま考えてても決まらなさそうだし、タイミング逃しちゃいそうだから行こうかな。

 

「行く」

 

「おっけ~行こ行こ~」

 

 本音の後について食堂についていく。

 夏休みも今日を入れて残り二日。だからか、食堂に来る人もだんだんと増えてきた。

 注文をしてから、辺りを見渡すけど男子の姿はない。まだ来てないのかな。

 

「かんちゃん?」

 

「あ……すみません」

 

 本音の声で我に返り、謝りながら注文したお昼ご飯を受け取る。

 休憩に入っても明日のことで頭いっぱいだな、私。

 

「あ、更識さん!」

 

「簪こっちこっち!」

 

 呼んでくれたのは相川さん達と整備科志望の子達。

 この人達と本音は遊んでたんだったけ。

 とりあえず、呼ばれたテーブルに行き腰を降ろす。

 

「もう、体の方は大丈夫なの?」

 

「うん……もうすっかり」

 

「そっか~よかった!」

 

「生徒会長と一緒に保健室運ばれた時は心配したよ」

 

「ごめんなさい。心配してくれてありがとう」

 

 浮かれていた気持ちが少し現実に引き戻される。

 勝ちはしたけど、皆を心配させる勝ち方。

 次はもっと見ていて安心できる勝ち方をしないと。

 

「元気ならいいってば。本音からは部屋にいるって聞いていたけど、何かしてた?」

 

「え……あ……」

 

 どうしよう。

 デートの準備、デートのこと言った方が……。

 黙ってるのも何だか悪い気もして。

 

「かんちゃんはね~朝から明日のデー」

 

「ちょっ!? 本音!?」

 

 慌てて本音を言葉を遮る。

 本音は援護のつもりだろうけど、ここは食堂。大勢の人がいる。隠し通すわけじゃないけど、知らない人たちにまで言う必要もない。

 本音は急な時、本当に急だから心臓に悪い。

 

「デー? あっ……そういうこと」

 

「いつのまに」

 

「簪って奥手だと思ってたけど中々抜け目ないわね」

 

 察してくれた皆の暖かい視線が刺さる。

 昨日あれだけ心配させるような試合したのに翌日にはデート行くなんてことになったらこうもなる。

 仕方ないと自覚はあるし、説明する手間も省けたけど、肩身が狭い。

 

「本音の口ぶりからして明日のことで悩んでる感じ?」

 

「うん……その、着ていく服の組み合わせとか中々決まらなくて。後、髪と化粧したいから」

 

「なるほどね。そうことなら任せて! 簪をバッチリコーディネイトするわ!」

 

「いいの……?」

 

 なんて言うのは卑怯なんだろう。

 流れ的に手伝えって言っているようなもの。

 まあ実際、私の一人では限界だから手伝ってほしいけど。

 

「いいのいいの。細かいことは気にしない」

 

「ほら、前言ったでしょ。力になるって。大船に乗ったつもりで任せなさい!」

 

「ありがとう」

 

 素直に嬉しい。

 やっぱり、頼れる友達がいるってのは心強い。

 

「それじゃあ頑張りますか」

 

「おー!」

 

 

 お昼ご飯を食べると早速皆と一緒に部屋に帰ってきた。

 

「こりゃまた見事なまでに簪の迷走っぷりが出てるね」

 

「うぅ……」

 

 その通りなので情けない声を出しながら肩を縮こませる。

 片づけないまま部屋を出て戻って来たから、皆に見られてしまった。

 

「簪の好みがこうならそうだな……」

 

「う~ん、これとこれとかどう?」

 

「ああ~いいかも。逆にこっちと合わせたらどうよ」

 

「あ~アリだね」

 

 早速、着せ替え人形状態。

 皆いい感じで勝手に楽しんでる。本音は何か写真撮ってるし。

 こういうの好きじゃないけど頼んだ手前断るのもアレだし、一応真剣は真剣みたいでちゃんと選んでくれている。

 

「うんっ! やっぱり、この組み合わせが一番かな」

 

「だね。色合いもいいし、簪の雰囲気を崩さない」

 

「それでいて季節感もマッチしてて、デート感出ていい感じだよ!」

 

「な、なるほど……」

 

 理屈屋な私が納得できる理由だ。

 この着合わせなら明日着ていっても何も問題ないだろうし、彼にも喜んでもらえるかもしれない。

 

「一度着てみたらどうすか?」

 

 四十院さんの一言。

 

「え……?」

 

「確かにね。こうやって服の上から合わせるだけじゃなくて、実際に来た方がいろいろと分かるってもんだよ。簪のことだからサイズあっていて着れるの分かってるから、服の上から合わすだけにしてたでしょ」

 

「そ、それは……」

 

 図星をつかれた。

 実際、その通りだ。着合わせを考えはしても服の上から合わせる程度しかしてなかった。

 実際やってみないと分からないこともある。それはそうだ。今までたくさん学んできた。

 

「ほら、着替える! 着替える!」

 

「うん、そうだね。着替えてくる」

 

 背中を押され、私は部屋の脱衣所で着替える。

 

「……」

 

 脱衣所にある鏡で少し確認してみる。

 半袖の白いカットソーにパープルのレーススカート。

 シンプルだけど、落ち着いていていい感じ。私の好みにあってる。

 着てみて初めて分かるっていうのはこういうことだったんだ。

 

「更識さん?」

 

「まだ~?」

 

「あ……はいっ」

 

 呼ばれて脱衣所を出る。

 皆にも見せなきゃ。

 

「どうかな……?」

 

「おお~!」

 

「いいじゃん! いいじゃん!」

 

 皆の反応もいい。よかった。

 

「う~ん。でも、もうワンポイント欲しいね」

 

「そう……?」

 

「じゃあ、これなんてどうかな~?」

 

 そう言って本音が頭に被せてきたのはパープルのハンチング・ベレー帽。

 私のお気に入りだ。

 

「か、可愛い!」

 

「いい! これだよ! これ!」

 

「はい、とてもよくお似合いです。更識さんは自分で見てどうですか?」

 

 四十院さんに言われて部屋の姿見でもう一度自分の姿を確認する。

 帽子一つでまた印象がよくなった気がする。

 これなら大丈夫。

 

「私もいいと思う。明日この服にする。皆……ありがとう……!」

 

 一人で悩んでいたのは何だったんだろう。

 すぐに決められた。

 何だか弐式開発を思い出すな。

 

「ふふっ、服が決まったとなれば、次は化粧と髪ね」

 

「よし来たっ! ここからは私達の出番ね!」

 

 名乗り出たもう一人の整備科の子。彼女の手には化粧道具が。

 オススメのがあるってわざわざ自分の取りに行ってくれたんだったけ。

 

「どういう感じにするの~?」

 

「そうだね……ガッツリしたのよりかはやっぱりナチュラルメイクかな。簪は素材いいわけだし活かさないのは勿体ないからね」

 

「ああ~」

 

 皆一様に納得してる。

 自分ではそういう風には思えないけど、そういうものなのかな。

 詳しくないから本当任せるしかない。

 

「お任せします」

 

「おっ? 言ったな? 高くつくよ?」

 

「えっ!?」

 

 大きな声を出して驚いてしまう。

 タダじゃなきゃ嫌だというそういうのじゃないけど、何要求されるだろう。

 

「そんな怯えなくても命までは取らないって。ただデートがどうなったのか詳しく聞かせてもらうから」

 

 凄くいい顔してる。

 それが全部じゃないだろうけど、そういう魂胆だったかぁ。

 まあ、そうだよね。だったら。

 

「その……話せそうなことは善処するから」

 

「おおっ! 話分かるじゃん!」

 

「期待してるからね!」

 

 期待されても困る。

 けど、これで少しでも皆に報いるというかお礼できるのならちょっとぐらいは幸せのおすそ分けを。

 

 

 明日着ていく服、化粧や髪、全てが無事決まった。

 化粧は自信満々なだけあって、何かもう凄かった。ナチュラルメイクだっていうのに鏡に映った自分が別人のよう。

 明日の朝もしてくれるとのことなので、ひとまずこれで明日の用意はバッチリ。よかった。

 

 用意が済めば後はいつもの感じ。

 時間はお昼の三時。なので購買でお菓子と飲み物を買うと部屋で皆とお茶会が始まっていた。

 

「そう言えばさ、簪」

 

「ん……?」

 

「ちょっと気になっただけなんだけど、お昼とかはどうするの?」

 

「お昼……?」

 

 そう言えば、どうするんだろう。

 予定としてちゃんと決まっているのは映画を見ることだけ。

 流石にそれだけで終わったりはしないだろうし、終わってほしくはない。

 まあ、心配しなくても彼のことだ。後のこともいろいろしっかり考えてくれているはず。

 

「多分……彼が決めてくれるじゃないかな」

 

「そっか~じゃあ、お弁当作戦は難しそうだね」

 

「お弁当……?」

 

 要領を得ず私は聞き返す。

 

「ほら、デートの定番と言えば手作り弁当じゃん?」

 

「そう、なの……?」

 

「そうそう。女子力見せつけつつ、胃袋をガッツリ掴む! 時代が変わっても変わらない由緒正しい落とし方よ!」

 

「なる、ほど」

 

 あまりに力説するから頷いてしまった。

 でも言ってることは理解できる。男を掴みたければ胃袋を掴めとかって聞いたことあるし。

 

「手作り弁当か……」

 

 初めてのデートで手料理を食べてもらって、出来れば喜んでほしいでもらえると嬉しい。

 作ってみたい。でも……。

 

「急に手作り弁当なんていいのかな。重たくないかな……?」

 

「知り合って日が浅いのならそうだけど、あんたらは付き合い長いんだから大丈夫だって!」

 

「気になるなら、確認してみればいいじゃん。作ってあげたいんでしょ」

 

「それは……まあ……」

 

 簡単に言ってくれる。

 けど、言う通りだ。作ってあげたいと思うのなら、万が一もう先にお昼の予約してたりしてないか作っても大丈夫か確認すればいい。

 私はスマホを取り出し、連絡を取る決意を固める。

 

「……分かった。確認してみる」

 

 メッセでもいいだろうけど、通話のほうがすぐ伝えられる。

 だから私は席を立とうとした。

 のだけど、皆に阻まれた。

 

「どこ行く気?」

 

「向こうで確認の電話しようと思って……」

 

「向こういかなくいいじゃん。私達静かにしてるから」

 

「ほら、善は急げ。かけるかける」

 

 何かもういろいろ察した。

 包囲網は厚い。逃がさないつもりだ。

 まあ、確認するだけだし、弁当を作るとなったらいろいろ準備はいるからこんなところでゆっくりもしてられない。観念するしかないか。

 

「逃げないから……離れて、近い。静かにしてて」

 

「それはもうっ!」

 

 皆いい顔しちゃってまったく。

 しぶしぶ私は彼へと通話をかけた。

 通話はすぐに繋がった。

 

「あ……も、もしもし」

 

 確認の通話なのに照れと変な緊張で初っ端からどもってしまった。

 そして案の定、突然の通話に彼は驚いている。

 急を要することがあったのかと思われているみたい。

 

「そ、そういうのじゃなくて……その、あの……明日のこと、なんだけど……」

 

 おそるおそる尋ねる。

 頷いた声が聞こえて、言葉を続ける。

 

「お昼って向こうで食べる……? お店の予約とかもうしちゃってたらいいんだけど……してなかったら、お昼私に任せてほしい」

 

 言った! 言っちゃったっ!

 聞き耳立てている周りが騒がしくなって宥める。

 返事が気になって仕方ないみたいだ。私もそう。

 どんな返事が返ってくるんだろう。やっぱり、いきなりこんな急すぎたかな。

 それにはっきりと言わなかったけど、私の意図は伝わって。

 

 待つこと数秒。

 彼から私に任せるとの返事が返ってきた。

 

「ありがとう……! 私っ、とびっきり美味しいの用意するから……!」

 

 嬉しさのあまり声が大きくなっちゃった。

 通話はこれで終わり。無事確認はできた。

 

「上手くいったみたいだね」

 

「うん……おかげさまで」

 

「嬉しそうな顔しちゃって」

 

「そうと決まれば、お弁当の準備とかしなくちゃね~」

 

「手伝います」

 

「私も! 私も!」

 

「ありがとう……そうだね。準備しなきゃ」

 

 寮の調理室は今からならまだ借りられる。

 今のうちからお弁当の用意すれば、明日は余裕持てる。

 用意することはまだまだたくさん。

 しっかり準備して、明日を素敵な日にする。明日はどんな日になるのかな。期待に胸が膨らむ。明日が待ち遠しい……!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話‐最終話‐そしてこれから、簪と始まる

 約束の朝、天気は快晴だった。

 青い空に白い雲が浮かんでいる。これなら今日はすっきりとした一日になりそうだ。

 朝の早い時間だということもあって、待ち合わせ場所である本土行きのモノレール駅には自分以外、人はいない。

 待ち合わせ時間にはまだなっていない。どころか、大分早くからここへと来てしまった。

 準備に抜かりはない。しかし、あからさまに浮足立ってる。今日のことが楽しみで仕方ない。何もしてなくてもこうして待っているだけでもう楽しい。

 簪が来るのを今か今かと待つ。

 

「ごめんなさいっ……待たせちゃったっ」

 

 噂をすれば何とやら。簪が来た。

 まだ待ち合わせの五分前。

 それに……。

 

「……? あの……」

 

 簪の声でハッとなる。

 今日の簪の姿に見惚れてしまっていた。

 まずは一言謝った。

 

「う、うんっ。その……ど、どうかな……?」

 少し不安げな簪。

 パープルのベレー帽。半袖の白いカットソーにパープルのレーススカート。背には小さめのリック。

 以前見た私服とはまた間違うカジュアルな姿。

 本当によく似合ってる。可愛らしくて正直、凄く好みだ。

 

「あ、ありがとうっ」

 

 恥じらいながらもうれしそうに笑顔を簪は見せてくれる。

 それにもう一つ気づけたことがあった。

 今日の簪はいつもと違う。服装はもちろんのこと、うっすら化粧しているのか。

 

「き、気づいてくれた……!」

 

 嬉しそうにまた簪に笑顔がぱぁっと咲く。

 

「よかった、気づいてもらえて……せ、折角のデ、デートなんだからその精一杯お洒落したくて……あの子達にいろいろ手伝ってもらったの」

 

 あの子達と言うとあの子達か。

 本当、凄くいい。可愛いし、綺麗だ。

 なんて語彙力のない感想しか出てこない。もっといっぱい伝えたいことや感じたことはあるはずなのに。

 

「充分、だよ。私……凄く嬉しいっ」

 

 なんて本当に嬉しそうな顔で言われたら納得するほかない。

 いつまでも今日の簪を見ていたい気持ちに駆られるがそうもいかない。

 時間に余裕があるとはいえ、映画の始まる時間は近づいてくる。そろそろ行こう。

 

「そうだね。って……ん?」

 

 歩き出そうとした時だった。

 簪へと手を差し伸べたが、不思議そうに小首をかしげられてしまった。

 それもそうか。突然手を出されても訳が分からない。

 言葉にして伝えなければ。今日のデート、出来るだけ手を繋ごうと。

 

「え……私で、いいの……?」

 

 簪がいいんだ。

 おずおずと出してくれた簪の手を取り、手を握って繋いだ。

 触れ合う簪の手は柔らかく、指を絡めているからか密着度は高い。緊張する。

 

「う、うんっ……わ、私もき、緊張する」

 

 けれど同時に柔らかな温もりに包まれ、胸の奥からじんわりと暖かなものが広がる。

 

「幸せ……夢みたい」

 

 もう簪は幸せに浸っている。

 気が早いな。今日はこれからなのに。

 幸せになれることは今日これからいっぱいある。

 

「そ、そうだねっ。うん、行こう」

 

 手を繋いだまま俺達は歩き出す。

 まずはモノレールに乗って学園から本土へ。

 そこからレゾナンスへと向かい、中に入ってエスカレーターで上の階にある映画館に行く。

 

「……っ……」

 

 道中、簪はきょろきょろと周りを見ていた。

 早い時間だから賑わっている店などはまだないが簪は辺りの様子を気にしている。

 物珍しいか、やっぱり。

 

「う、うんっ……本物ってこんな感じなんだね」

 

 らしいと言えばらしい何とも不思議な感想だ。

 混雑時の人の多さ見たら目を回しそうだ。

 

「ふふ、そうかも……あっ、ここが……」

 

 話をしていると目的の映画館に着いた。

 朝だというのにここには結構な人がいる。都市部の映画館。地元である田舎の映画館とは違う。

 

「凄い人……本当、目回っちゃいそう、ふふっ」

 

 心配してしまうことは言っているが、初めての映画館を楽しんでいる。

 迷子にはならないだろうが簪の手を引き少し進んで予約専用の券売機をタッチ操作しチケットを手に入れ、そのうちの一枚を簪に渡す。

 

「ありがとう……そうだ、お金……」

 

 返してくれそうになったが断った。

 誘ったのはこちらで、初デートなんだ。

 見栄ぐらいは張らせてほしい。

 それでも気になるのなら、また次一緒に来た時にでも。

 

「次……うんっ、そうだね……!」

 

 簪は嬉しそうに納得してくれた。

 

 チケットは持ったが、上映の時間までまだ少しある。

 別のところで時間を潰して戻ってくるには足りない時間。

 なので映画館の中、売店の様子を見ながら時間を潰すことに。

 

「ポップコーン、ホットドック、ポテト……いろいろある……」 

 

 これまた物珍しそうに売店のメニュー表を見つめる簪。

 食べたいもので見つかったか。

 

「ううん、そういうわけじゃないけど……映画館だなぁって思って……どこでもこんな感じなの……?」

 

 種類と値段についてか。

 場所によってはその映画館オリジナルのものもあるが大体は同じだ。

 値段についても場所代込みだからそういう値段になるのだろう。

 

「なるほど……勉強になる。元も子もないけど、これだと購買で買った方がいいかも」

 

 それはそうだ。学園の購買なら半額以下。

 続いてグッズコーナーへ。案の定、簪のテンションを上がっていた。

 

「凄いねっ、こんないっぱいあるんだっ。欲しい……でも、今買うと」

 

 そういうのは見終わってからのお楽しみだ。

 しかし、本当にいろいろある。こんなにあるのは都市部って言うのが関係しているのだろうか。

 こういうグッズ普段は買わないが、買うなら普段使いできそうなものとパンフレットか。

 

「パンフレット……?」

 

 おいてある場所を指してどんなものか説明する。

 

「へぇ~そんなのが……あっ」

 

 いい感じに時間は潰せたようで上映開始十分前のアナウンスが流れる。

 同じのを見ると思わしき人達が動き出す。

 

「もう入れるの……?」

 

 頷いて答える。

 お手洗いとか大丈夫なら俺達も行こう。

 

「ん……大丈夫。行こ」

 

 手を繋いだまま指定された劇場へと入る。

 流石に席に座る時はどちらともな手は離した。

 

「広い……それにやっぱり、小さな子、親子連れが多い。あ、大人だけの人もいるね」

 

 取った席に座り、上映までの時間辺りを見て簪は小声でそんなことを話す。

 子連れの多さは見る映画が特撮ライダーというのはあるんだろう。

 大人はそういう年齢の人にまで愛されている証拠だ。俄然、楽しみが増す。

 

「楽しみ」

 

 照明が落ち、場内が暗くなる。

 そして映画は始まった。

 

 

「すっごくよかった! 特にあの……!」

 

 映画を見終わった簪のテンションは上がりまくりだった。

 映画館を出てレゾナンスの中にある休憩スペースにいるが簪はノリにノリまくっていた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい。また私ばっかり話しちゃって……」

 

 申し訳なさそうに謝ってくるが、別に一々気にするほどのことでもない。

 というか、出会った頃もこんなやりとりをしたな。今となっては懐かしい。

 

「そう言えばそんなことあった……変わってないね、私」

 

 恥ずかしそうに照れ笑いする簪。

 そういうところは変わらなくてもいいんじゃないか。

 簪のそういうところも好きになったわけだし。

 

「好きってっ、もうっ調子いいこと言っても何もないよっ」

 

 簪はまた照れた顔をしていた。

 別にそういうのじゃない。ただ思ったことを言っただけ。

 それにテンション上がるのはよく分かる。実際、自分もそうだ。

 夏映画は改変期ということもあって次の新ライダーが地上波よりも一足先に出てきたりと楽しみが多い。

 内容も熱く燃えながらも感動できるいいストーリーだった。

 

 だからこその簪のテンションの上がり様。

 結局、映画館の売店にあった劇場限定グッズを結構な数簪は買っていた。

 

「こ、これでも結構厳選して選んだんだけど……パンフレットまで買っちゃったから」

 

 パンフレットは自分も買った。

 それだけ映画を楽しんでくれた証拠に他ならない。

 よかった。映画は成功だ。

 

「そう言えば、もうお昼なんだよね」

 

 時間は昼時真っ最中。

 だから、レゾナンス内は人でごった返している。

 昼ご飯は簪が用意してくれると言っていた。

 

「大丈夫……ちゃんと持ってきた。でも、どこで食べよう……?」

 

 この休憩スペースはそういう場所ではないし、何より落ち着けない。

 だが、心配無用。調べてある。

 外に出ることにはなるがここから五分ほどしたところに海の見えるいい公園がある。

 

「備えあれば患いなし、だね。ふふっ」

 

 二人の言葉が重なって小さく笑いあった。

 決まりだな。

 

「うんっ、そこへ連れてって」

 

 席を立ち荷物を持つと簪と手を繋ぎ、その公園へと向かった。

 レゾナンスの外へ出て本当に五分ほど。

 目的地である海の見える公園に着いた。

 

「ん……素敵。のどかでいいね……人も少ない」

 

 俺達が今いるところからは海が一望でき。

 海岸沿いは非常に綺麗に整備されている為、解放感のある景色が楽しめる。

 おまけに今は人が少なく、のどかな雰囲気がある。

 こんなところでも俺達はついているらしい。

 今日は夏にしてはそっと風が吹いて大分涼しい日だが夏は夏。

 今いるところから木の影へと移動する。

 

「よいしょっと……そっち持って広げて」

 

 簪は鞄からレジャーシートを取り出すと反対側をこちらに渡し、広げていく。

 用意いいな、こんなの持っていたなんて。

 

「もしかして使うかもって……コンシェルジュルームで借りたの。さ、座って」

 

 納得しつつ言われた通り、レジャーシートへと腰を下ろす。

 

「はい……お手拭きとお箸。ん……よかった。大丈夫、崩れてない」

 

 渡されたお手拭きで手を拭いていると簪は今度、鞄から弁当箱を出した。

 チラッと簪だけが中を見て安心していたが、弁当箱はデカい。

 大き目の箱が二段。二人用ないし三人用だ。こんなのよくあったな。

 

「ね……これ、寮の調理室のだけど本音が見つけた時驚いちゃった。でも、これならあなたにいっぱい食べてもらえると思って」

 

 そういうことか。

 嬉しい。大変だったろうに。

 楽しみだ。早く食べてみたい。

 

「うんっ……はい」

 

 その言葉と共に弁当箱が開けられていく。

 見るや否や感心の溜息をつく。

 一番下だった箱には掴みやすそうなサイズの海苔巻きおにぎりがいくつか入っており、他は残りの弁当と同じく色合いのいいたくさんのおかずが入っている。

 これは凄いな。

 

「……どうぞ、食べて」

 

 食事のあいさつを言ってから箸をつける。

 まずはからあげからを食べてみた。

 

「ど、どうかな……? ちゃんと自分でも味見して、手伝ってもらった皆にも味見してもらったから大丈夫のはずなんだけど」

 

 心配あまり矢継ぎ早に言う簪だが、心配はいらない。

 美味しい。丁度いい揚げ具合で味付けが最高だ。もう二個目食べている。

 

「よかった~……! 今の今まで生き心地しなかった~……!」

 

 大げさだな。

 美味しいのは本当の本当だ。なんせ、もうからあげは三つ目。

 簪にも食べてほしい。

 

「そうだね……いただきます」

 

 そう言って簪も食べ始めた。

 改めて思うけども、凄い量だ。野菜など色合いは考えられているが、からあげやミートボール、タコさんウィンナーなど男子が好きそうなものばかり。特にからあげとだし巻き卵は他と比べて量が多い。

 

「前……好きだって言ってたでしょ? それで……」

 

 言ったような気はする。

 本人でもあやふやなことを覚えてくれたのか嬉しい。

 頬がニヤけるのは料理が美味しいことと嬉しさからか。

 

「本当、喜んでもらえて嬉しい……あの、ね……一つお願いいい……?」

 

 何だろう。

 

「その、よくないのかもしれないけど……あ~ん、してもいい……?」

 

 お願いってそういう。

 そうのはとりあえず先にやったもの勝ちな気がするが、わざわざ聞くなんて簪らしい。

 俺は頷いて了承した。

 

「あ、ありがとうっ……じゃ、じゃあ、失礼して……あ~ん」

 

 万が一落ちても大丈夫なように箸の下に手を添えながら、食べさせてくれた。

 食べやすいサイズにしてくれてある。自分で食べる時よりも美味しい。

 

「そ、そっか……んふふっ……えぇっ!?」

 

 簪が喜んでいるのをいいことに同じことをし返す。

 当然簪は驚いていたが、箸の下に添えた手ごと挟んだ一口サイズのだし巻き卵を口元へと運び、有無を言わせない。

 トドメにお決まりの言葉を言えば。

 

「あ、あ~ん」

 

 簪は食べてくれた。

 どうだろう。

 

「お、美味しいけど……不思議な感じする……嬉しくて……」

 

 最後ボソっと言ったのはバッチリ聞こえた。

 成功だな。

 そして、あれだけあった弁当は米粒一つ残らないほど綺麗になくなった。ごちうさま。

 

「お粗末さまです……こんなに綺麗に食べてくれて嬉しい。お腹くるしくない……?」

 

 苦しいってことはないけどもこのまま少しゆっくりしたい。

 

「うん、だよね。私、自分で作ったのに少ししか食べれなくてほとんどあなたが食べてくれたから……はい、お茶」

 

 渡されたお茶に口をつけひと息。

 たくさん簪の手料理を食べてよかった。それも初デートでなんて幸せ者だ。

 

「それは私もだよ。手料理……初デートであなたに初めて食べてもらえて幸せ……ふふっ」

 

 目が合い俺達は小さく笑い合う。

 正直、こうでもしなければ簪の手料理は食べれなかっただろう。寮生活してると寮の食事はあるし、それ以外で小腹が空けば軽食の自動販売機はあるし、寮の購買だってある。

 便利だが便利すぎて自炊する機会はほとんどない。

 だから尚更、貴重だ。

 

「……っ、あの……よかったら、これからも作るよ……?」

 

 それは楽しみだ。また次があるということ。

 次、これから……この後の予定と言えば、どこかへ行く予定はない。残すはあと一つ。簪に交際を申し込むのみ。

 そのことが思考の中心に来る。言うことは考えてきたが。こうもその時が間近だと緊張してくる。

 

「……」

 

 自分の緊張が簪に伝わってしまい変な沈黙が流れる。

 もどかしいようなそんな。

 これは空気を入れ替えなければ……腹ごなしの散歩にでも行って。

 

「お散歩……分かった」

 

 レジャシートとかを片付け、動けるようになると簪に手を差し出す。

 

「ん……」

 

 簪は手を取ってくれ、指を絡ませぎゅっと手を繋ぐ。

 そして、整備された海岸沿いを歩いていく。

 

「……」

 

 簪との間に変な沈黙が流れているのは変わらないが、歩いているおかげで幾分かは気がまぎれる。

 会話がないまま歩いていると、整備された海岸沿いの道、海の方へと半円型に出る一角が見えた。

 二人の足は自然とそこへ向かい、立ち止まってそこから海の景色を眺める。

 

「綺麗……」

 

 隣で頷く。

 昼間、高く昇る太陽に照れされた海は青さが増して綺麗。

 こう言う時なんて話せばいいんだ。そうだ……暑さは大丈夫か。

 

「うん、大丈夫。風あって涼しいぐらい……」

 

 そよ風に揺れる髪を手で押さえる簪。

 綺麗だ。その姿があまりにも綺麗だったから横目ながらも見惚れてしまっていた。

 

「……」

 

 何度目かの沈黙。

 そこでハッとなった。いつまでも時を長引かせ続けるのもよくないか。

 現におらそく簪は待ってくれている。あるいは同じようにタイミングをうかがっているのか。

 どちらにせよ、言うなら俺からだ。今日は本当に楽しかったのだから。

 簪の名前を呼んだ。

 

「はい」

 

 短い返事。合った目は離れない。

 並び合っていた俺達は、ゆっくりと向き合う。

 さっきまでの沈黙よりも今の静けさが嫌だ。遠くの蝉の声が大きく聞こえる。背筋に汗が滴る。

 息を呑んで何とか言葉を紡ぐ。

 

 好きです。付き合って下さい。

 

 と。

 声は震えた。喉が渇く。鼓動の音が大きく聞こえてくる。

 考えに考え抜いた言葉は何ともシンプルで短い言葉だった。

 他にも言いたいことはあった。だが、これでいい。言葉や想いは込めた。

 簪はどう答えてくれるんだろう。

 

「はい、もちろん。お受けします。あなたとお付き合いさせてください」

 

 それを聞いて安堵と共に感謝の言葉が出た。

 よかった。本当に。

 随分長いこと簪を待たせてしまった。

 

「それはお互い様……それにあの時から今まで時間があったからたくさん考えられた。改めて分かったことも……いっぱい」

 

 目の前の簪は思いを馳せるように一度海を見るとまたこちらの目をしっかりと見つめて言う。

 

「ああ……本当に私はあなたのことが好きって」

 

 幸せそうにはにかむ簪。

 そんな簪を見ていたら、俺も言いたくなる。

 好きだ。心からの想いを。

 

 もぞもぞと体を動かす。

 いつしかお互いを抱きしめ合う感じに。

 

「……ん」

 

 人前だが簪と抱きしめ合うのに何も抵抗はなかった。

 ただ暑くないかは気になるが。

 

「大丈夫……こうしてるとあなたがこんなにも近くにいるだって確かめられる」

 

 そうだな。

 

「……あなたの気持ちに、応えたい……」

 

 俺は頷いた。

 この後、どうなるか分かったから。

 少し体を離して。

 

「……好き」

 

 俺も……好き。

 キスをした。 あわせるだけの、触れ合うだけのキス。

 ひたすらに、簪の事を考えた。

 

「あのね、今……分かったことがある」

 

 奇遇だ。

 俺も分かったことがある。

 せいので簪と言葉が重なる。

 

「幸せっていうのは……この気持ちが、幸せそのものなんだね」

 

 この気持ちを胸に。

 ここから簪とこれから始まる簪とのありふれた日常を――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。