Xeno // SSSS.GRIDMAN (アチスキー)
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第1回「覚醒」
#1


『SSSS.GRIDMAN』を第八話まで視聴した勢いで書いております。
裕太君のキャラが原作とだいぶ違ってくるかと思いますが、当方としましてはアニメOPの曲が『夢のヒーロー』になっている世界の裕太君をイメージして書いております……!



──軽快な金属音。

 

 雲一つない青空に小さな白球の姿が映える。

 当たりはレフト前ヒット。

 打球は後退守備をとっていた相手チームの隙を絶妙に突く、いやらしい位置へと落ちた──いや、この球を打った少年は狙ってそこへ落としたのだ。

 レフトの守備についていた生徒がボールを拾い上げ送球の姿勢をとった時には既に、バッターの少年──響 裕太は悠々とセカンドベースを踏んでいた。

 

 体育の授業を利用して行われた野球の試合。

 野球部の人間が務めるピッチャーを前に三振の山を築きゲンナリしていたチームは、この快挙に大きな歓声を上げた。

 

「いいぞ、響ーっ! さすが運動が唯一の取り柄なだけあるぞー!」

 

「ほんと勉強ではどうしようもないヤツだけど、こーいうとこで活躍してる姿を見るとクラスメイトとしてはなんか優しい気持ちになれるぞー!」

 

「虫や小鳥だって頑張って生きてる! 響だって頑張って生きてる!」

 

「くっ……お前ら、応援したいのか貶したいのかどっちなんだよ!」

 

 得意顔でベンチへとガッツポーズを見せた裕太だったが、ベンチからやんややんやと返ってくる歓声(?)に思わず被っていたヘルメットを足元に投げて怒鳴り返す。しかし、それは全員の笑いをさらに誘っただけで大した効果はないようであった。

 

 裕太は決して勉強が得意な少年ではないが、その代わりとでも言う様に運動全般はかなり出来る方である。

 たった今、野球部所属のクラスメイトからヒットをもぎとった様に、運動部の顧問の教師達から言わせれば「文科系の部活に入れておくのが勿体無い逸材」であった。

「スポーツ以外に響の未来を切り開くものは無い」とまで断言した教師もいる。

 背は165cm程度とさほど高い方ではないが、特に何をしているというわけでもないのに体はほど良く筋肉質で引き締まっている。

 それに加えて、そのどこか幼さが残る顔立ちだってそうそう悪い造りではない。今はクラスメイト達へ文句を投げ返している不機嫌な顔も、笑顔になるとけっこう爽やかだった。

 さらにそこへ上乗せしてスポーツまでこなすというのだから、これで女の子からモテたりしてたら裕太が男子達からのやっかみをくらっていたのはまず間違いなかっただろう。

 だが幸か不幸か、男子連中との関係は良好である。

 裕太が女の子にモテないのには色々と理由があるのだろうが、最大のポイントをひとつあげるとするなら『ヘタレ』と言う一語につきるのかもしれない。ここぞと言うところで、どうにも頼りない雰囲気がつきまとってしまう。

 もっとも、そのお陰で皆から親しまれてるという部分もあるわけで……人生悲喜こもごもと言ったところだろうか。

 

「いいよいいよ。そこで俺が華麗に得点するのを指をくわえて見ているがいいさ」

 

 クラスメイト達への文句が大して効果をなしていない事に悪態をつきつつ。

 裕太はゆっくりとセカンドベースからリードをとりはじめる。

 こちらを警戒しながら投球モーションに入るピッチャーを見つめながら、脳内ではサードへと軽やかなスライディングで滑り込む自分の姿がはっきりとイメージできていた。おそらく、それを現実で実行するのも難しい事ではないだろう。

 口の端っこに笑みを浮かべる裕太。

……だが。

 その健脚がイメージ通りに発揮される事はなかった。

 

「──裕太、君の使命を思い出せ」

 

「!?」

 

 唐突に背後からかけられる声。

『弾かれる様に』とは正に、その時の裕太の姿を言うのだろう。

 後ろへと振り返ったそこには、西洋甲冑を纏った長身の騎士──いや、その時の裕太が直感的に脳裏に思い浮かべた表現をするならば『何かの特撮ヒーロー』の様な格好をした人物が、真っ直ぐと裕太を見つめて立っていた。

 

「え? ちょ……え?」

 

 どちら様?

 突然過ぎる事態に、そんな言葉すら裕太の口からは出てこない。

 まるで炎を思わせる紅い色のスーツに覆われた屈強な肉体に、頑強さを感じさせながらも白銀色に美しく輝く鎧の様な装甲。生物の有機質さと機械の様な無機質さを併せ持った様なその人物の姿は、まさに人類を脅かす巨悪と戦っている戦士と呼ぶに相応しいであろう威容を感じさせる。

 裕太を見つめるその戦士の双眸は太陽の様に煌いていた。

 

「私はグリッドマン。裕太、時間がない……この世界に危機が迫っている!」

 

 そんな力強い眼差しを前にしながら口を鯉の様にパクパクさせる裕太は、未だに発すべき言葉を迷っている。

 何をワケのわからないことを……変質者? 変質者なのか?

 脳内で彼──グリッドマンというらしいが──の言葉を反芻する。

 

 それはもう電波だ。

 立派な電波だった。キャッチしちゃいけない異次元からの電波をしっかり受信しているのは間違いないように思われた。

 

「あ……あの。アナタ、いったい──って、ぶほぅ!?」

 

 ようやく裕太が捻り出そうとした言葉は結局ひどくありきたりなもので。

 しかし、それすらも腹部へ受けた重い衝撃に中断してしまう。

 見ればボールを包み込んだセカンドのグラブが、自身の体操服にめり込んでいた。

 審判役のクラスメイトが、無駄に大きなアクションと共にアウトの声を上げる。

 どうやらすでにピッチャーは投げた後で、自分は盗塁も帰塁もせずに突っ立っていたところを刺されたらしい。

 

「なにやってんだよ、響ー!」

 

 ベンチからブーブーと沸き起こるブーイング。

 いやいやいや、それどころじゃないだろ! まず変質者に対してリアクションしろよ、お前ら!

 クラスメイト達の呑気な姿に呆気にとられながらグリッドマンと名乗る人物のいた方へと振り向いて……裕太は唖然となった。

 いつの間にか件の人物の姿は影も形もなくなっていたのである。

 逃げた?

 一瞬そう思いはしたが、このグラウンドから裕太の視界外へと逃げる程の時間的猶予はなかった筈だ。

 

 それにクラスメイト達の反応。

 これではまるで、最初から──そこには誰もいなかったかのようではないか。

 

「……あれ?」

 

 夢にしてはリアルで、リアルにしては非現実的で。

 なんとも腑に落ちない感覚に苛まれながらも突っ立っているわけにもいかず、裕太は首を傾げつつベンチへと戻る。

 

……後になって思えばこの事こそ、裕太にとっての異変の先触れであったのだが。

 ベンチで級友達から制裁を受ける裕太には、そんな事はまだ知る由もなかったのである。




お読みいただきありがとうございました!
ストーリーは原作を追っかける形をとったりとらなかったりになるかと思われますが、今後ともお付き合いいただければ嬉しい限りでございます。

お読みいただいてお分かりと思いますが、当方は裕太君とアカネちゃんをなんとかイチャイチャさせる為に運命(原作)に抗う一視聴者に過ぎず文章力の方ががが……アクセス・フラッシュ!(ジャンクへ逃げ込む


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#2

 ホームルームが終了し、担任の釈放宣言と共に放課後が訪れた。

 クラスメイト達がガヤガヤと賑やかに教室を後にしはじめる中、いつもなら真っ先に教室を出て行く筈の裕太が、今日は珍しく机に頬杖をついたままぼんやりと窓の外を眺め続けている。

 

 クラスメイト達がそんな彼を面白がって「あれは恋する乙女の目ですわー」なんて笑っていたが、実際の所は当たらずも遠からじと言ったところか。もっとも、頭の中に浮かんでいる姿は女の子の華やかさとは真逆を行くものであったが。

 

 二階の教室から見えるのは、体育の授業で野球を行っていたあのグラウンドだ。

 ちらほらと運動部に入っている生徒達の姿が現れはじめるが、もちろんあの時の特撮ヒーローめいた人物──グリッドマンだったか──の姿は見えるはずも無い。

 あの授業の後からずっと、裕太の頭の中ではあのグリッドマンの姿と声がグルグルとリピート再生を繰り返している。

 

──果たして、あれは一体なんだったのだろうか?

 

 この世に未練を残した地縛霊説、古代文明人の復活説、火星人の侵略説等々etc.

 様々な仮説が裕太の脳内に沸き起こってくるが、自身の発想ながらどれも全く信じる気になれない説ばかりだった。

 

「うあー……自分でバカだバカだとは思っていたけど……まさか幻覚まで見るようになったって言うのか?」

 

 裕太は頭を抱えると苦悶の声を上げながら、両手でグシャグシャと自身の紅みがかった髪をかき回す。

 

 頭が悪いのは勉強しないせいで、頑張れば人並みにやる事もできる。

 落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。

 

……そう信じる事で今まで力強く健気に生きてきた裕太だったが、自身の頭がポンコツだとなると話はだいぶ変わってくる。名誉を挽回する事も、汚名を返上する事もできないとなると、回避のしようもなく人生が詰んでしまう。

 

「……いや、まてまてまて。アレが幻覚で、俺の頭がポンコツだと結論付けるのはまだまだ早いよな! なにか、なにかトリックがあるに違いない……!」

 

 推理小説の名探偵ばりに顔を引き締める裕太。

 そして、ゆっくりと目を閉じると、もう一度グリッドマンの姿を思い出してみる。

 そこに何か手がかりになるようなものがあるに違いないと信じて。

 少年の脳内にモヤモヤとビジョンが浮かび上がる。

 

……そして、それは一瞬にして霧散した。

 

「ひゃん!?」

 

 暗闇に覆われた視界の中、頬に触れるひんやりとした感触。

 突然の事に裕太は思わず素っ頓狂な声を上げて、びくりと身を震わせた。

 その冷たいモノが誰かの『指』だと認識した瞬間──プニニッと自身の頬が左右へと引っ張られる。

 

「あははー。ヘンな顔だー」

 

「…………あのさぁ」

 

 自分を笑う聞きなれた声に相手が誰かを理解した裕太は、目を瞑ったままに非難の声を上げ。

 そして、今度はゆっくりとその目を開くと、目の前の人物を憮然とした表情で見やる。

 

 裕太の視線の先──そこには喜色を帯びた顔で彼を見つめる少女の姿があった。

 

「あは。ごめんごめん。あんまり無防備に目を瞑ってるもんだからさ、ついついーって感じ」

 

「お前は目を瞑ってる人間を見たら、ついついそいつの頬を引っ張るのか……アカネ」

 

「まっさか。そんな事するわけないでしょ? 私が引っ張るのはユータ君のほっぺだけ☆」

 

 誰でも彼でもいいってわけじゃないんだよ、とばかりに。

 少女は真面目な表情を一瞬だけ浮かべ、すぐにコロコロと笑って見せた。

 男であれば……いや、男でなくても口許を緩めてしまうような愛らしい笑顔。

 しかし、それを向けられている筈の裕太は、顔面に張り付けていた渋面をさらに濃くし。そして、ちょっぴりとだけ拗ねた様に口を尖らせてから、再び窓の外へと視線を投げやった。

 

 彼女の名前は新条アカネ。

 

 裕太にとってはクラスメイトで、隣の席に座って授業を受ける女の子──と言うだけでなく。

 保育園の頃から付き合いがある、いわゆる『幼馴染み』と言うやつだ。

 

「ま、それは良いとして。……なにかあったの、ユータ君? 一日中、ずっと窓の外ばっかり見て」

 

「良くないよ。………あぁ、いや……なにかあったかと言われれば、なにかあったんだけど……なにもなかったと言えばなにもなかったと言うか……」

 

「え、なになに? ……それって、なぞなぞ? 哲学?」

 

なんでだよ。──そう言い返しそうになった裕太であったが、ぐむむっと口をつぐむ。

「じゃ、なんなのよ」と問われれば、裕太も返す言葉が見つからないからだ。

 

 要領を全く得ない裕太の言葉を受けて。

 

 アカネは自身の顎先へその白い指を添えると首を傾げるようにして、彼の言葉の真意について考え始めた様子であった。

……昔っからの付き合いながら、いちいち動作が絵になるヤツだ、と。

 その姿を横目で眺めながら、裕太は静かに高鳴った胸の鼓動に、ほんの少しだけ頬を赤くさせた。

 

 新条アカネは文句のつけようがない美少女である。

 

 裕太の友人の弁を借りるならば『才色兼備才貌両全の最強女子』とまで評される程で、しかもそれが誇張でも何でもなく、幼馴染みである裕太ですらその点に関しては頷くほかないというのだから恐れ入る。

 もっとも、そのせいで高校に入学したての頃には大いに苦労もさせられた。『校内一の美少女である新条アカネとクラスメイトで席が隣で幼馴染み』という傍から見れば『幸せの天和アガリ』な境遇から、クラスの男子達に様々な尋問を受けるという受難の日々もあったのだ。それもあって、裕太はいまいち素直に自身の境遇を手放しで喜んだりなどできないのだが……それで早々に男子連中とは打ち解ける事が出来たのだから「アカネちゃん様々」と言ったところで、やはり落ち着くのだろうか。

 

「──わかんないなぁ…………あっ」

 

「……どうしたんだ?」

 

 裕太の吐き出した難問にうんうんと難しそうな顔で唸るアカネ。

 しかし、ややあって。

「思い出したんだけど」とばかりの声を零すと顔を上げ、目の前に座る裕太の顔を覗き込む。

 さらり、と。

 涼やかな音を立てて、アカネの薄紫色の髪が彼女の肩を流れた。

 アメジストにも似た澄んだ瞳が、裕太の顔をじっと見つめる。

 

「クラスの男の子達がさー、裕太が恋煩いしてるーなんて言ってたけど…………もしかして、そゆこと?」

 

「……はい?」

 

 今度は裕太の方が、アカネの言葉に難しい顔をする番だった。

 そして、すぐに小さく吹き出すと破顔する。

 

「何を言い出すかと思えば……俺が誰に恋煩いするって──」

 

「宝多 六花──」

 

 裕太の言葉を遮る様な勢いで、自身の言葉を重ねてくるアカネ。

 いつにない彼女の迫力に、裕太はきょとんとした表情になりつつも、ごくりと息を呑む。

 なんだか不機嫌そうに見えるのは自身の思い違いだろうか? ……とはいえ、今の間に自身がアカネの機嫌を損ねる様な事をしたか思い当たる節もなく、裕太は次の言葉を探しながらアカネの瞳を見つめる。

 

 見つめ合ったまま。

 何故か生まれた無言の時間が、二人の間に横たわる。

 

「──……だったりしてー? 男の子に人気あるからなー、六花ってさ」

 

 いったい、どれだけの時間が経過したのか。

 傍から見ればほんの少しの間だったのだろうが、裕太にとっては5分にも10分にも感じられる長い長い沈黙。

 それを先に破ったのは、アカネの茶化した様な言葉だった。同時にアカネの雰囲気も一気に弛緩して、元のゆるやかさを纏い始める。

……よく分からないが機嫌は元に戻ったらしい、と。

 裕太もホッと胸を撫で下ろす。

 

「……それこそ、あるわけないだろ。接点だってそんなにないのに」

 

 宝多 六花と言えば、裕太にとってはアカネと同じくクラスメイトの女の子だ。

……しかし、それに付け加えて幼馴染みであるアカネとは違って、六花と裕太の関係と言えばそんな程度でしかない。

 座っている席だって教室のほぼ対角同士で離れているし、学校ではお互いに朝の挨拶くらいで言葉を交わす機会なんてほとんどない。

 彼女の家がジャンクショップを経営していて、買い物で何度か店を訪ねたりはしているが、それだってそこが六花の実家だと知ったのはつい最近の事だ。もちろん、それでお互いの距離が少し近づいて……などと言ったこともなかった。

 

 むしろ、裕太としてはどうして自分が宝多 六花に恋煩いしているなんてアカネが思ったのか、そちらの方が不思議に感じられたくらいである。

 確かに……確かに宝多 六花もまた、目の前にいる自身の幼馴染みに負けず劣らずの美少女であるのは事実だが。

 

「ほんとかなー? あやしーなー? 正直に吐いちゃった方がラクだよー、ユータ君?」

 

 すっかり元の調子に戻ったらしいアカネは、意地の悪い笑みを浮かべながら。

 座っている裕太の方へまわると、すりすりと自身の体を裕太へと擦り付ける様にして纏わりつく。

 こんな光景を他の男子達が見れば、血の涙を溢れさせて裕太を溺れさせようとするかもしれないが……幸いなことにと言うべきか、いつの間にか教室は裕太とアカネの二人きりとなっていた。

 

 窓の外に広がる空は、すっかりと濃い茜色に染まっている。

 

「お、お前は粘着質な取調官か何か!?」

 

 狼狽する裕太の声を聞いてさらに楽し気な表情を見せるアカネは、すっかり悪ノリしている風情である。

 裕太の過去の経験からして、こうなったアカネはめちゃくちゃしつこい。

 

「あは。質問はすでに拷問に変わっているのだー」

 

 ふんわりと裕太の鼻腔をくすぐる、女の子特有の甘い香り。

 アカネの胸の辺りから与えられる柔らかな未知の感触が、裕太の後頭部に触れる。

 このままで不味い…! ──裕太の本能が警鐘を打ち鳴らす。ちなみに何が不味いのかって言うのは男の子のヒミツである。

 

「あっ……」

 

 後ろから自身の体へと腕を回そうとするアカネから、するりと抜け出す様にして。椅子から立ち上がった裕太は振り返ると、厭世とした表情で彼女の頭へと軽くチョップを落とす。

 

「あう!」

 

「……調子のりすぎ」

 

「えへへ……反省してまーす」

 

 チョップを入れられた頭をさすりさすり。

 それでも絶対に反省なんかしていないアカネの笑顔に嘆息を零すと、カバンを手にして裕太は教室の外へと向かって歩き出す。

 途端に少し慌てた様子で、アカネがその背中へと言葉を投げた。

 

「あっ。ユータ君、今日の光画部の活動なんだけど何を──」

 

「ごめん、今日はパス。……用事あるのすっかり忘れてた」

 

「…………そっか。それじゃ仕方ないね」

 

 聞く者が聞けば、どこか縋ろうとする様にも聞こえたアカネの言葉。

 しかし、彼女の悪ノリですっかり精神をすり減らした裕太はそれに気づく事もなく、後ろ手に空いた手を振って歩いていく。

 すうっ、と。

 アカネの言葉がトーンダウンした。

 

「──あのさ、アカネ」 

 

「……? なに?」

 

 教室の扉へと手をかけたところで、裕太がアカネへと振り返る。

 先ほどまでのはしゃぎ様が嘘の様に静かになっていたアカネの表情に、ほんのりと笑顔が浮かぶ。

 

「おかしなことを聞くっていうのは俺もよく分かってるんだけど…………グリッドマンって、聞いたことあるか?」

 

「……グリッドマン? んー。聞いた事ないけど……それって円谷? それとも東映? 東宝?」

 

「いや、特撮ヒーローの名前ってわけじゃないんだけど」

 

『〇〇マン』って名前からすぐに特撮ヒーローに思考が飛ぶ辺り、さすがと言うべきか。

 しかし、ダメもとでと思いながら聞いてみたものの、やはりそう簡単に『グリッドマン』の謎は解けないらしい。……そもそも解ける謎なのか、それすらも謎なのだが。

 

「まぁ、いいや。変なこと聞いてごめんな……また、明日」

 

「うん。ばいばい」

 

 気持ちを切り替えるように、表情を笑顔へと変えて。

 アカネへと向けて小さく手を振ると、裕太は教室を後にする。

 そんな裕太を笑顔で見送ったアカネは、彼の姿が扉の向こうへ消えてもなお、振り返した手を下ろそうとはしなかった。

 

 

 

「──……また、明日」

 

 




お気に入り登録ありがとーございます!
今後ともお付き合いをよろしくお願い致しますー。


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#3

──いったい、どういう経緯があったのかは定かでないのだが。

 ただ定かではないなりに裕太にも、現状で言えることは幾つかある。

 

 そこが自分にとって、まったく見覚えのない部屋であったということ。

 そして、自分はその部屋に据え付けられたソファーの上で、今の今まで横になって眠っていたらしいということだ。

 

 ここはいったいどこなのか。

 どうして自分はこんな所で寝ていたのか。

 

 引き攣った表情で見知らぬ天井を見上げる裕太。

 心臓の鼓動が、早鐘のように鳴っているのを感じる。

 じわり、と。

 嫌な汗が肌に浮き上がっていた。

 あまりの事にただただ茫然自失としながらも、裕太はソファーの上に身を起こす。

 

 眠り過ぎた時に感じる様な気怠さ……それが蜂蜜の様にどろりと全身に纏わりついている。自分の体がひどく重たくなった様に感じられて、裕太の逸る意思に反して、その動作はひどく緩慢なものだった。

 

 頭の中が真っ白になりつつも。

 それでも、まずは周りの状況を把握しておかなければと考えたのは、理性的な判断からというよりも単純に恐れのせいだった。

 自分が全く訳のわからない所にいるというだけで、まるで怪物の口の中にでも放り込まれているかのような気分さえしてくる。

 

 ここは、どうやらリビングらしい。

 しかもただのリビングではない。かなりお洒落な雰囲気を漂わせる造りをした部屋で、その広さにしても裕太が住んでいるマンションのものなど比較にならないほどの面積を有していた。ここだけでこの広さだという事は、全体はもっと大きな建物だという事は想像に難くない。

 幾何学的な模様に床材が組まれたフローリングは濡れた様な艶やかさを帯びていて、足を下ろす事も躊躇われる程である。

 

 また、さらに別の一角へと目を向ければ。

 

 いったい何インチあるのか、裕太には推測もつかない程に大きなサイズのテレビが鎮座ましましていた。当然の権利の様に立派な音響装置まで備えているオマケ付きだ。

 そのテレビの画面の中では。

 炎に包まれた街の中で、怪獣が火の球を吐き出している姿のままにピタリと静止している。ウルトラシリーズや東宝怪獣シリーズでは見た事のない気がする造形の怪獣である。無論、裕太も全ての怪獣を把握しているわけではないので、もしかしたら両シリーズのどちらかに出ていた怪獣なのかもしれないし、もっとマイナーな特撮作品の怪獣なのかもしれないが……それはともかく。

 リアルタイムでやっているわけでなく、DVDか何かの再生を一時停止しているのだろう。

 

「──……!」

 

 頭はいまだに霞がかった様に重たくて、現状把握も気持ちの整理も半端なままに。

 しばし、画面の中にいる怪獣を見つめていた裕太だったが、不意にリビングの外から聞こえてきた足音にハッと目を見開く。そして、慌ててソファーから立ち上がると、緊張した面持ちで扉の方を見やった。

 そんな、裕太の緊迫した気持ちとは対照的に。

 のんびりとした軽い足音はリビングの扉の前で止まり、何かを気遣うような静かさで扉が開いていく。

 

「~~♪」

 

 微かに聞こえる楽し気なハミング。

 それと共にリビングへと入って来た人間を見て、裕太はこれ以上はないとばかりに目を丸くした。

 

「ぇ……えっ…………ア、アカネ?!」

 

「おー。やっとネボスケさんのお目覚めだね。……それって鯉のマネ?」

 

 口をパクパクさせる裕太を見て、くすくすと笑みを零す女の子。

 裕太にとっては見紛う筈もない。

──それは幼馴染みの新条 アカネだった。

 

「こ、ここってアカネの家なのか!? どうして俺、ここで……」

 

「えー? もう、まだ寝ぼけてる?」

 

 裕太の言葉に、アカネは呆れた様な眼差しを彼の愕然とした表情へと向ける。

 

「今日の光画部の活動は、私の家でゴジラ映画の観賞会って決めたでしょ? それで二人でDVD見てたのに……ユータ君ったら途中で居眠りしちゃって起きないしさー。あんまり気持ち良さそうに寝てるから起こすのもかわいそうだし、ソファーに転がしといたの」

 

 そこで言葉を区切ると、アカネは幼馴染みの顔を笑顔で覗き込む。

 お互いの鼻も触れ合いそうな距離。

 アメジストの瞳が、裕太を見つめる。

 

「わかった?」

 

 そこまで言われて、裕太は「あっ」と小さく声を零す。

 確かに、確かにアカネの言った通りだった。

 学校が終わって、教室で二人で話をして…………今日はアカネの家で怪獣映画を見ると決まって──そういう流れで彼女の家に来たのだ。

 それから、アカネがチョイスした『ゴジラVSスペースゴジラ』を見た事も思い出す。

 平成版のモゲラを見た彼女が、やたらと鼻息荒く昭和版のモゲラを萌えキャラとして、そのエピソードを交えながらフィギュア片手に自身に推してきたのはかなり面倒だった。

 その後に見た『ゴジラ FINAL WARS』では「ガイガァァァァァン! 起動!」の台詞をモノマネしながら三回も言わされた。しかも、結局ダメ出しまでされた。散々だった。

 

 まるで頭の中にあった霧が晴れていく様に、一気に鮮明になってよみがえる記憶。

 それでも、そこでふっつりと記憶が途切れているところを見るに、その辺りで裕太は眠ってしまったらしい。

 

 裕太は窓の外へと目を向けた。

 窓の外に広がる空は、すっかりと濃い茜色に染まっている。

 

「あー……思い出しました。……ごめん、すっかり眠りこんじゃって」

 

「いいって、そんなこと気にしなくたって。私達って幼馴染みじゃん? あ、なんだったら夕飯もここで食べてく? ピザか何か取ろっか?」

 

「いや、さすがに悪いって。ん……今日は帰るよ」

 

「えー、残念」

 

 にこにこと笑顔でスマホを取り出したアカネを苦笑混じりに制す裕太。

 なぜだかアカネは機嫌がとても良いらしい。

 このままだとピザだけでなく寿司の出前まで取りかねない勢いである。

 

……それにしても、と。

 裕太はあらためてリビングの中を見回す。

 幼馴染の家だった事が分からなかったばかりか、自分が何をしていたかも分からなくなっている様では……寝起きだったと言う事を差し引いても、かなりのポンコツぶりだと言わざるを得ない。昼間に見たアレの事もあるし、これはいよいよ病院に行かなきゃならないのでは。──そんな、ちょっぴり憂鬱になりそうな考えが脳裏を過る。

 

「……はぁ」

 

 幼馴染みに聞こえない様に小さく嘆息する裕太。

 そんな彼の憂鬱を知ってか知らずか。

 裕太の腕に、ふわりとアカネの腕が絡む。

 

「んふふー」

 

 そして、裕太の耳元にそっと唇を近づけたアカネは、くすぐる様にふっと吐息をふきかけた。  

 

「今日はって事は…………今度は泊っていったりしてくれるんすか?」

 

──甘やかな囁き。

 

「!!!? ばっ、お、おおおお、お前な!! 」

 

 裕太の顔が耳の先まで一瞬にして真っ赤にヒートアップした。

 激しい動揺が彼の肉体を突き動かし、ぎくしゃくとした変な踊りを披露させる。

 しかし、誰が裕太少年を笑えよう。

 新条 アカネ級の美少女にこんな事を耳元で囁かれれば、健全なる青少年であれば誰しも、同じ様な反応をしたに違いない。ゆえにこれはあるべき、ごくごく自然な姿だと言ってもいいのだ。

……もちろん、傍から見れば滑稽そのものであるのは否定のしようもないのだが。 

 事実、アカネはそんな裕太の狼狽えぶりにお腹を抱えて大爆笑していた。

 

「もー冗談だってばー♪ ユータ君ってば、うろたえすぎ──って、いたっ!」

 

 真顔で放つ裕太の無言のデコピンが、小気味いい音を立ててアカネの額を打つ。

 

「え……マジで痛いんですけど」

 

「その痛みを、男心を弄んだ罪だと思って受け入れろ」

 

「うう、私って罪な女だー……いったぁ……」

 

 額をおさえて悶絶するアカネをそのままに。

 憮然とした表情でリビングを出ようと歩きだした裕太は、扉へと手をかける。

 

「──ユータ君」

 

「ん?」

 

──そんな裕太の背中へと向けて、アカネが声をかける。

 立ち止まり振り返ると、そこにはやわらかな笑顔を浮かべたアカネが、ひらひらと小さく手を振っていた。

 

「また、明日」

 

「え…………あ、ああ……また、明日」

 

 なんてことはない、別れの挨拶。

 今まで何度も繰り返してきたはずの、ただの言葉。

 

 その筈なのに。

 

 デジャビュと言うには奇妙な……そんな強い既視感に裕太の言葉は僅かに澱んだ──

 

 

 

◇◆◇◆

──燃える様な夕焼け空。

 それを見上げながら、裕太は自身の住んでいるマンションへと向けて歩を進めていた。

 

 アカネと別れる際に感じた既視感は、彼女の家から離れる毎に少しずつ薄まっていった。

 しかし、その代わりに裕太の心には違和感が澱の様に重なっていく。

 その違和感の正体が掴めない事が裕太にとっては不快であり、さらに不安だった。

 

「マジでヤバいのかなぁ……俺」

 

 空を流れる雲を眺めながら。

 裕太は今日だけでめっきりとその数を増やした嘆息を零す。

……そうやって前方を見ていなかったせいであろう。

 

「わっ」

 

「きゃっ」

 

 次の瞬間、裕太の体は何かにぶつかっていた。

『ぽふり』とでも擬音の付きそうな柔らかさを感じる感触。

 ハッと視線を空から下へ降ろすと、艶やかな長い黒髪が目に映った。

──女の子だ。

 

「「ごめんなさい!!」」

 

 ぶつかった裕太と、ぶつかられた女の子。

 先を競い合う様にして、反射的にお互いが頭を下げ合う。

 そして、お互いとも聞き覚えのある相手の声に、同時に顔を上げた。

 

「なんだ……響君か」

 

「宝多さん……!」

 

 女の子はぶつかってきた人間の顔を見ると、ちょっとだけホッとした様な表情で微笑んだ。

 対照的に、予期せぬ遭遇に裕太はちょっとだけ目を丸くする。

 そこにいたのは、クラスメイトの宝多 六花だった。

 

──六花、だったりして。

 

 不意に。

 放課後のアカネの言葉が、裕太の脳内によみがえる。

 自分が宝多 六花に恋しているとか……そういう話だ。

 別にそんなつもりはないのだけど、不思議な気恥ずかしさが胸の中に沸き起こる。

 途端に、裕太の動きがぎこちなくなった。

 

「き……奇遇だね、宝多さん」

 

「いや、奇遇っていうか……ここ、ウチの店の前」

 

「店?」

 

 なに言ってるの? ──とでも言いたげな六花の表情を受けて、裕太は顔を上げる。

 そこにあったのは見慣れた『ジャンクショップ絢』の看板。

 六花のお母さんが経営するお店で、彼女の実家だ。

 半分だけシャッターを閉めてあるところを見るに、もう営業は終了していると言った感じだろうか。

 

 その場で、今来た道を振り返る。

 ジャンクショップのあるところから幾らか離れた場所に──まだアカネの家の大きな門が見えていた。

 

「宝多さんとこって、アカネの家の近所だったんだ……今の今まで全然気づかなかった」

 

 ぽつりと呟きながら、裕太は頬をかく。

 そんな彼を見て、六花は小さく溜め息をついた。

 

「……その調子だと、取りに来たって感じじゃないね」

 

「え、なにを?」

 

「ほら、すっかり忘れてる」

 

 呆れた様な呟きと共に半眼になりながら、のほほんとした顔で首を傾げる裕太を六花が睨む。

 

「響君が探してた品物が見つかったから取りに来てって……ママからの伝言、今日学校で伝えたじゃん」

 

「…………ウソ?」

 

「ホント。こんなことウソついたってしょうがないでしょ」

 

 裕太の頭上に『?』マークが大量に浮かぶ。

……全く記憶になかった。

 脳内にある記憶の糸を端から端まで2往復くらいしてみたが、やはり、そんな伝言を六花から聞いたシーンは思い出せない。

 むしろ自身の記憶が正しければ、今日は六花と学校で会話もしていなければ、以前にそんな品物を注文してすらいなかった筈だ。

 

「……? まぁ、いいっか。──ほら、入って。とりあえず品物が間違いないかだけでも確認してもらえる?」

 

「あ、ああ……うん。おじゃま、します」

 

『?』マークに埋もれつつあった裕太の姿に首を傾げつつも。

 シャッターを潜った六花は屈んだ状態のまま、中から見上げる様にして裕太を手招きする。

 制服のスカートから零れる六花の白い太ももがまぶしくて──それで一気に『?』マークを散らされた裕太はちょっぴり赤面しつつ、手招きされるままに店内へと入っていく。

 

「学校終わってから待ってたのに、響君ぜんぜん来ないし。ケータイの番号も知らないから連絡の取りようもなくってさ……もうちょっとでシャッターも完全に閉めちゃうとこだった」

 

「いや、なんていうか……その……ごめん」

 

 身に覚えのないことながら、なんだか六花に申し訳ない事をしてしまった様な気がして。

 彼女の後をついていきながら裕太は、その華奢な後ろ姿に頭を下げる。

 そんな裕太を肩越しに振り返って、六花はくすりと小さな笑みを口許に浮かべた。

 

 

「──はい、これが裕太君が頼んでたやつ」

 

 店の一角に案内されると、そこには埃避けの白い布を被せられた何かがあった。布の膨らみから見るに、かなりの大きさらしい。

 促されるままに布へと手をかける裕太。

 そして、六花の見つめる中。

 それをずるりと取り去っていく。

 

「…………パソコン?」

 

「…………たぶん? って、君が頼んだんでしょ」

 

 布から現れた物を見て、裕太は首を傾げた。

 その言葉に、六花が半疑問系ながらも頷いて見せる。

 

──ディスプレイとキーボードと本体が揃っていればパソコンと呼称して差し支えないならば。その点において目の前のモノは、欠けることなく条件を満たしていると言えた。しかし、二人が疑問符を付けている理由……問題は、その大きさと外観だ。

 無駄なものを省き、小型化と軽量化に心血を注ぐ……そんな現代家電の流れを逆行するような威圧感と重量感。

 逆行する──というだけに、昔のモノなのだろうか。そのデザインはなんともクラシカルで、雑多な部品を寄せ集めて組み上げた様な姿が印象的だった。なぜかパトランプまでくっついている。

 

「これを……俺が……」

 

 そんなパソコンを前にして、裕太は惚けた様に呟く。

 

 やはり、こんな物を頼んだ記憶はありはしない。

 

──その筈なのに。

 

「俺……これを知ってる………?」

 

 アカネの家で感じたのと同じような、奇妙な既視感。

 何かに導かれる様に、裕太はそっとパソコンへと手を伸ばす。

 その瞬間、ブラウン管のディスプレイに光が奔った。

 

「──私はハイパーエージェント、グリッドマン」

 

「グリッドマン!?」

 

 画面の中に現れたのは、学校でみたあの特撮ヒーローめいた人物──グリッドマンの姿。

 グリッドマンは画面の向こうから、裕太の瞳を真っ直ぐに見据えていた。

 

 

 

「思い出してくれ、君の使命を───」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!

二代目アノシラスちゃんってどんな臭いがするんでしょうねー。
その辺の設定が知りたいです(何

お気に入り登録していただける方がいっぱいいてくださって、半端な文章は書けないと気を引き締めております……!

そして、半端な文章ばっかり書いちゃう……お許しを……! _(´ཀ`」 ∠)_

また次回もお読みいただければ幸いでございますー。


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#4

「い……いったい、これってどうなって──」

 

 自身の顔面を押し付けそうな勢いで、パソコンの画面へと近づく裕太。

 よもや昼間の幻覚とこんなところで再会──幻覚に対して果たして使っていい語かどうかはともかく──する事になるとは、夢にも思わなかった事態である。

 そんな分かりやすく狼狽える裕太を前にしても、画面の中のグリッドマンは動じる事無く同じ言葉を繰り返す。

 

「裕太、思い出してくれ。君の使命を」

 

「そう言われても……」

 

 画面の中から投げられる言葉を受けて。

 まるで顔面に輪切りのピクルスを貼り付けられたかの様な、苦々しげな表情を裕太は浮かべた。

 出会った時から思っていた事だが。

 使命だ使命だと言われても、裕太には正直なんの事だかさっぱり分からなかった。

 なにせこっちは『M78星雲から来た宇宙人』でも、現代によみがえった『超古代文明を救って眠りについていた光の巨人』ってわけでもない。

 正真正銘に何の変哲もないただの高校1年生なのだ。

 三日前の晩に何を食べたか思い出すのですら覚束ない様な人間なのである。

 

「その使命って一体なんなの?」

 

「君にしか出来ない事だ」

 

「いやいやいや、そういう事じゃなくって!」

 

 一つづつ掛け違った洋服のボタンの様に、どこか噛み合わないグリッドマンとの会話。そのもどかしさに「あああっ!」と声を上げながら、裕太は自身の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

 自分に使命を思い出す様に催促する割には、その使命についてグリッドマンは裕太にヒントも与えてはくれない。

 このまま、裕太とグリッドマンの間で堂々巡りの不毛なやり取りが延々と続きそうになる中──

 

「あの、さ……」

 

──それまで驚いた様子で裕太を眺めていた六花が、小さく手を挙げながらおずおずと口を挟む。

 

「宝多さん?」

 

「………これって、何?」

 

 視線は裕太の方へと向けながら、六花の指は画面の中を指している。

……昼間の時とは違って、どうやらこのグリッドマンは六花にも見えているらしい。

 自身だけに見える幻覚ではなかったのだと。大いに安心した裕太はパソコンの前から離れると、画面の中のヒーロー然とした人物をクラスメイトへと紹介する。

 

「えっと。グリッドマン……だって」

 

 もっとも。

 紹介すると言っても、裕太が知っている事と言えば名前くらいなものだったが。

 案の定、六花の表情が怪訝に曇る。

 

「グリッドマン? ……テレビかなにかでやってるやつなの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど。ただ本人がそう言ってるから」

 

「本人?」

 

「うん、本人が……」

 

 裕太の言葉を聞いているうちに、どんどんと「この子なに言ってるんだろ」的な表情を濃くしていく六花。

 そんな彼女の様子に、裕太はふと思い当たった事を聞いてみる。

 

「……もしかして。宝多さん、なにも……聞こえてないの?」

 

「え? 画面に顔が映ってるだけで、なんにも聞こえないけど…………ちょ、ちょっと! やめてくれる? そういう怖いこと言うの」

 

「ご、ごめん! ……俺のせいなのかどうかよくわかんないけど、ごめん」

 

 きょとんとした表情で裕太の問いに首を傾げてみせた後。

 何かに気づいてしまったのか、六花はハッとした様な表情を見せると、ほんの少しだけ狼狽えた様子で裕太へと詰め寄った。どうやら、なにか怪談か何かの類に聞こえてしまったらしい。

 しかし、確かに怪談じみた話ではある……と。

 六花へと苦笑いで謝罪を述べながら、裕太は心中で頭を抱えていた。

 グリッドマンが自身の単なる妄想の産物ではないという事が六花のお陰で判明したが、謎はまだまだ目の前に山積したままだ。

 先程からずっと聞こえている声に、裕太は再び画面の方へと目を向ける。

 

「──急いでくれ、裕太。もう時間は残されていない」

 

 穏やかでありながら威厳と力強さに満ちたグリッドマンの声。

 こんな声が自身の妄想の内から生まれ出でた幻聴とは、到底思われない──その声を聞いている内にそんな確信めいたものが裕太の心に生まれてくる。

 そう、これはグリッドマン自身が発している彼の声なのだ。

 

 それなのに、なぜ自分にだけグリッドマンの声が聞こえるのだろう。

 なぜ、六花にはグリッドマンの声が聞こえないのだろう。

 

「……どういうことなんだろ」

 

 謎が謎を呼び、さらに謎が生まれる。

 分からない事が多すぎる。

 オーバーヒート気味なのか、裕太は軽い頭痛を覚えて額に手を当てた。

 

「あー、ぜんぜん動かないし。この画像、ウィルスか何かかな……はやくお店しめたいんだけど」

 

 六花はと言えば。

 眉根を潜めながらぼやきつつ、パソコンの前に屈みこんでキーボードを叩いていた。

 なんとかしてパソコンの電源を落とそうと四苦八苦しているらしい。

 そう言えば、もう店のシャッターを下ろそうとしていたところに自分が来たんだったと──六花の姿を眺めながら裕太はぼやっとそんな事を思い出す。

 それを抜きにしても、六花からすれば不気味極まる代物の電源などさっさと落としてしまいたいに違いないだろう。

 

「しょうがない……」

 

 小さく嘆息しながら前髪をかきあげつつ、おもむろにパソコンの前から立ち上がる六花。

「なにをするんだろう?」と不思議そうな表情で見守る裕太の前で、六花はパソコンから伸びたケーブルの行き先を目で追っていき──

 

「──えいっ」

 

 コンセントへとつながっていたパソコンの電源プラグを見つけると、躊躇なく一息にそれを引っこ抜いた。

 

「裕太、思い出してくr──」

 

「ええええええ!?」

 

 ブツンと音を立てて、グリッドマンの映っていた画面が暗転する。

 電源プラグを抜かれたのだから当然の帰結である。

 突然の別れに、裕太は思わずブラックアウトした画面へと駆け寄った。

 もはや、うんともすんとも声は聞こえてこない。

 

「あ、ごめん。動かなくて電源落とせなかったから……もしかして、ダメだった?」

 

 ぷらぷらと電源プラグを手にしたまま、六花がちょっぴり申し訳なさそうな顔で裕太へと振り返る。

 

「き、機械に良くはないとおもうけど…………なんていうか、宝多さんって意外と荒っぽいね」

 

「え……ええっ!? うちではパソコン固まったりしたらこうするんだけど──……ていうか、荒っぽいってひどくない?」

 

 引き攣った笑みを浮かべながら、素直な感想を口にする裕太。

 一瞬『我が家の常識が世間での非常識』である事を知り赤面してわたついた六花だったが、荒っぽいという言葉は聞き捨てならなかったのかムッとした表情を浮かべる。

 

「……とりあえず、響君が注文したもので間違いないよね? 今日はもうお店のお金とか閉めちゃってるし、代金とかは明日でいいから……さぁ、帰って帰って」

 

「えっ、いや、あの、俺こういうの頼んだ記憶が──あ、ああああぁぁぁ……!」

 

 ムッとしたまま、裕太の背中をどんどんと押して店の外へと押し出そうとする六花。

 そんな彼女に訴えは届く事もなく、されるがままに裕太は店の外へと追い出される。

 

「またのお越しをお待ちしてます……!」

 

「あ、あの! 宝多さん!?」

 

 憐れみを誘う様な裕太の声も虚しく。

 彼の眼の前でお店のシャッターはピシャリと閉ざされた。

 

「……えー」

 

 しばし、呆然と店の前に立ち尽くしていた裕太だったが、その肩がガックリと脱力した様に落ちる。

 空を見上げれば、すでに煌々と輝く月の姿が現れていた。

 グリッドマンの安否はちょっぴり心配ではあるが──しかし、今日の諸々の疲れが全て背中にのしかかってきた様な疲労感に、裕太は思考を放棄するとトボトボとした足取りで家路へと着く。

……それでも。

 

「明日……アイツに相談してみるか」

 

 それでも、まるで自身に次の手段を講じるように、とで言う様に。

 裕太がぽつりと零した弱々しい呟きは、夜の空気に霧散した。

 

 

◇◆◇◆

──微かなハミングの音が、その薄暗い部屋の中を巡っていた。

 何かの合唱曲の様なメロディーである。

 歌い手の心情を表わしているのか、その音はいかにも楽し気な色を帯びていた。

 

 今、部屋の中で明かりと呼べるものは光を放つパソコンのディスプレイをおいて他には無い。

 光源と呼ぶにはあまりにも儚い、ぼんやりと辺りを浮かび上がらせる光。

 その光を前にしながら、ハミングの主は手にしたカッターナイフで何かを削り上げている。

 

「──何か、嬉しい事があったんだね」

 

 薄闇の中に穏やかな声が響く。

 優し気で、相手を労わる様な気づかいを感じさせる声である。

 

 しかし、その声に応える事も無く、ハミングは途切れない。

 また、カッターナイフを動かす手も止まらない。

 

 パソコンの置かれたデスクの上には、針金の骨格をさらした、人ならざる不気味な彫像が出来上がりつつあった。

 

「君が嬉しそうにしていると、私も嬉しく思うよ……本当に」

 

 その不気味な彫像を見つめながら。

 パソコンの画面の中で『それ』は、確かに『笑み』を浮かべていた──




お読みいただき、ありがとうございました!
次回もお付き合いをいただければ幸いでございます。
また、お気に入り登録や感想等でコメントいただくと私が小躍りするシステムとなっておりますので、よろしければお願い致します……!

『ウルトラマンR/B』を今になって見始めました(唐突
グリッドマンとウルトラマンと愛染社長で、残り少なくなってまいりました今年も何とか生きていけそうです_(゚∀゚ 」 ∠)_


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#5

「……まぁ、なんだ」

 

 総菜パンを包むラップを、丁寧に剥がしながら。

 眼鏡をかけた少年は、隣でぐったりと座り込んでいる友人へと向けて口の端を笑みに歪めてみせる。

 

「オレを相談相手にってのはベストな選択だと思うぜ、裕太?」

 

「……そうである事を祈ってるよ」

 

 そんな少年の浮かべる笑みを見上げて。

 座り込んだままの友人──裕太は力のない表情を返していた。

 

 

──裕太の通うツツジ台高校は今、昼休みを迎えていた。

 昨夜、六花の家からの帰りに自分で宣言した通り。

 裕太はグリッドマンに関する一連の出来事を相談すべく、その相談相手に選んだ友人と共に校舎の一角にあるテラスへと足を運んでいた。

 このテラスは視界を遮る建物などがほとんど見えない絶妙の位置にあり、ここからだと街の遠景を一望にすることが出来る学生達にとっては絶好のお昼ポイントであった。

 今も二人の眼前には、濃い青空と白色の街が鮮やかなコントラストを描いている。

 

「本当に……本当にそうであることを願ってるよ、内海。こっちはめちゃくちゃ苦労して手に入れたスペシャルドッグをかけてんだから」

 

 雲も見えない澄んだ青空とは対照的に、疲労困憊と言った風情に表情を曇らせながら。

 裕太はすこしだけ恨みがましい様な声を友人へと向けた。

 しかし、そんな彼の恨み節を聞かされても。

 眼鏡の少年──内海 将は特に動じた風もなく、また遠慮もなく、スペシャルドッグを口へと運ぶ。

 

「……おいおい、何事もギブアンドテイクだろ?」

 

 スペシャルドッグを咀嚼し、ごっくり飲み込むと。

 内海はさも当然と言った表情で、裕太と自身を交互に指さす。

 

「オレに相談したいお前と、スペシャルドッグが食いたいオレ。極めて公平な取引だと思うが?」

 

「そうかも、しれないけど……これで何の成果も得られなかったら俺はこの場で泣くからな」

 

 半眼で内海を見上げ返す裕太。

 その言葉は冗談半分、本気半分だ。

 

 ツツジ台高校の購買部は昼時、戦場へと姿を変える。

 血走った目に殺気立った生徒の群衆が我こそはと押し寄せるのだ。

 その群衆達の目的こそは、数量限定で販売される魅惑の惣菜パン──スペシャルドッグなのである。

 飛び交う怒号と罵声、そして悲痛なる敗者の悲鳴。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を潜り抜けた者だけが、スペシャルドッグを手にする栄誉を得るのだ。

 裕太が味わった苦労とは、それほどに筆舌に尽くし難いものがあるのである。

 

 

──閑話休題。

 

 

 男二人、華やかさに欠ける昼食をとりながら。

 裕太はグリッドマンについて、自身が体験した事を全て内海へと打ち明けた。

 その話に、内海は興味津々と言った風情で耳を傾けている。

 

「──なるほど、グリッドマンねぇ。聞いた事はないが……お前、なんか面白そうな事に首突っ込んでんだな」

 

 そして、話を聞き終えて開口一番。

 内海は明るい笑みを友人へと向けた。それは相手を小馬鹿にする様なジメジメしたもののない、からりとした笑顔だった。

 

「……信じてくれるのか?」

 

 まるでピンチの最中に現れたヒーローを見上げる少年の様な、そんな顔で裕太は内海を見上げた。

 自分から相談しておいて何なのだが、裕太にとって内海のこの反応は意外だった。

 内容が内容なだけに、冷たくあしらわれるかもしれないと心中ではハラハラしていたのである。

 裕太のキラついた眼差しを受けて少し照れた様に視線を逸らしながら、内海はぽりぽりと頬をかく。

 

「ま……まぁ、まだ話半分って感じだがな。──ただ少なくとも、あのスペシャルドッグの争奪戦を潜り抜けて来てまで相談したい話だってんだから……お前がマジなのは確かだろう」

 

 そこで言葉を区切る内海。

 そして、ニヤリとした笑みを浮かべなおすと、再び裕太を見下ろす。

 

「それに何か燃えるだろ、こういうの。ウルトラシリーズみたいで」

 

「……さすがオタク。思考が柔軟だな」

 

 その言葉に裕太はキラついた表情を引っ込めると。

 感心した様にも呆れた様にもとれる言葉と表情で、内海の顔を見返した。

 

 内海は裕太が知る限りにおいて、最も特撮やSFに対して深い造詣を持つ男であった。

 そして、それこそ裕太が内海を相談相手に選んだ最大の理由でもある。

 

 こんなワケの分からない『特殊』な事態に対して『常識』で挑んでは、何年経っても解決はできないだろう。

 つまり、毒をもって毒を制すの精神だ。

『特殊』には『特殊』を持って立ち向かうほかない──それが裕太が昨日の帰り道で出した結論であった。

 

 ちなみに。

 知識量を含めたオタク具合であれば、幼馴染みのアカネも内海に匹敵するかそれ以上のモノがあるのだが……今回において彼女は裕太の選択肢の内には入らなかった。

 アカネに余計な心配をかけたくない……と、言えば格好をつけすぎだろう。

 単純に彼女に変な風に思われたくなかっただけと言う、そんな見栄っ張りが裕太の正直なところであった。

 

──裕太の言葉を誉め言葉と取る事にしたのか。

 内海はキラリと眼鏡のレンズを光らせる。

 

「ふっ、伊達に親から心配されるほどウルトラシリーズを見てきてねぇよ! ──ともかく、まずはグリッドマンを見てみない事にはな。今日は土曜で授業もあと一限だけだし、帰りに宝多んとこに寄ってみようぜ」

 

 一部、果たして感心していいものかどうか判断に困る台詞はあったものの。

 しかし、今はただただ内海のドヤ顔が頼もしく感じられる裕太であった。 

 

 

◇◆◇◆

──終業のチャイムが鳴る。

 解放感に包まれる教室の中、裕太は内海と凛々しい表情で頷き合うと、二人揃って教室を後にした。

 目的地はもちろん、グリッドマンの映るパソコンのある店……六花の実家でもある『ジャンクショップ絢』だ。

 

 学校から店までの距離は、そう遠い場所にあるというわけではない。

 内海と二人、他愛のない話をしながら、ぶらぶらと目的地を目指して歩く。

 のどかな昼下がりの街並みは、裕太にとって何時もとと変わらぬ日常そのものであった。

 これからグリッドマンを見に行くなどと言った事が、より非現実的で、ひどく馬鹿馬鹿しい事の様に思えてくる程に。

 

 その、道すがら。

 コンビニの前へと差し掛かったところで、内海が裕太の肩をぽんと叩く。

 

「わりぃ、トイレ。ちょっとコンビニ寄らせてくれ」

 

 そんな事を言いながらも、叩いた相手の返事は聞くまでもなく。

 内海はコンビニの自動ドアの前へと立っていた。

 

「……まぁ、いっか」

 

 別に急いでるってわけでもないし。

 店内へと入っていく内海の背を微苦笑で見送ると、裕太は心中でそうひとりごちる。

 もちろん、裕太からすればグリッドマンの案件は早く解決するに越したことはない。かと言って、急いでジャンクショップに到着すれば問題がすぐに解決するとも限らない。

 内海と言う協力者を得たことが大きいのだろうが、のんびりとした午後のうららかな陽気も多分に影響していたのであろう。──裕太の心にはかなりの余裕が生まれていた。

 

 ぼんやりとコンビニの前に立ち、何とはなしに目の前を通る車道を眺める。

 行き交う自動車、雑多な人の往来──やはり、いつもと変わらぬ日常の光景。

 

「…………ん?」

 

 小さな疑問の声を上げながら。

 裕太の表情が怪訝そうな色を浮かべる。

 風にそよぐ街路樹の枝葉、流れる人や車……そんな『動』の世界の中に、一人だけ、ピタリと静止している人間がいた。

 しかも、その人物はこちらを──じっ、と真っ直ぐに見つめているように見える。

 

 

「……………」

 

 それは、長身の女性だった。

 身に纏うのは、紅いラインで細やかな模様が施された黒いドレスである。薄手と思われる布地は、ぴったりと身体に吸い付いているかのようで、女性の艶めかしい肢体をありありと縁取っていた。スカートにはチャイナドレスの様に深い切り込みが入っていて、そこから零れ見える黒いタイツに包まれた脚は、大人の女性の魅力をこれでもかと体現していた。

まるで夜の闇をそのまま色に落とし込んだ様な、腰まで届く長い黒髪。白磁の肌は美しくも無機質で、その紅い双眸から放たれる眼光は刃の様に鋭い光を放っている。

そこは真っ直ぐと向けられれば、誰でもたじろいでしまいそうな迫力があった。

……事実、裕太はその場でたじろいだ。

 

「うわぁ……なんだアレ……なんかのコスプレ?」

 

 な、なんでこっちを見てるんだ?

 裕太はちょっぴり慌てた様子で、きょろきょろと辺りに視線を巡らす。

 車道を挟んでこちら側には、裕太以外に他の人間の姿は無い。あると言えば背後に建つコンビニくらいなものだが……しかし、どう考えても女性の眼差しは自身に向けられている様に思われた。

無論、あんなゲームの世界から飛び出してきた様な衣装を街中で平然と着こなす女性など、裕太の知り合いにはいない。

 

 不気味だった。

 美人なお姉さんだったが、不気味そのものだった。

 それに、そんな日常の風景から浮きすぎた女性が往来に突っ立っているのに、それを全く意に介さずにいる周囲の人々も不気味だった。

 

 まるで、そんな女性など、その場に存在していないかの様に。

 

「……うう、またこのパターンか……」

 

 ちいさな嘆息と共に、裕太は手で顔を覆う。

 昨日、今日ですっかりお馴染みになってしまったパターン──通称『グリッドマンが出てくる時のパターン』だ。

 

……しかし。

 

「待て待て。でも普通の人間だよな、アレって」

 

 手で覆っていた顔を上げると、今度は代わりに首を傾げる。

 あの女性が一般通念上の『普通』からかけ離れているのはともかくとして、少なくとも人間であるのには違いない。

 

……そう、今までは『グリッドマン』に限っての事だったのだ。

 

 ここに来て新たなパターンの登場に、裕太は再び手で顔を覆う。グリッドマンと関連があるのかは不明だが、全く関係ないと思うのも無理があるように思われ……裕太の『クエスト』リストにまた一つ項目が滑り込んでくる。

 

・グリッドマンの事

・謎の黒いドレスの女性 ←New!

 

 全く笑えない話だった。

 笑えない話なのに、乾いた笑い声が裕太の口から漏れた。

 

 

「──……響君?」

 

 そんな彼に、こわごわと声をかける者がいる。

 ハッとして振り返る裕太。

 

 

 そこに立っていたのは宝多 六花であった。

 

 




お読みいただきありがとうございました!

書いてる内に勢い余ってオリキャラ出してしまったので、タグの方とか修正させていただきます。我ながら、その内にその場の勢いでクロスオーバーとかさせたりしそうな恐ろしさがあります _(´ω` 」∠ )_



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#6

──それが正しいとか正しくないとか、そういったことはさておいて。

 

 どんな人間にも『一家言』というものが、一つはあったりするものである。

 言い方を変えれば『思い入れの形』とでも言えるだろうか。

 それは人によって、お洒落に対してだったり、ラーメンに対してだったり、アニメのヒロインに対してだったり……例を連ねていくには枚挙にいとまもない程である。

 

 つまり、なにが言いたいのかというと。

 新条 アカネもまた、そんな『一家言』の持ち主だった──ということである。

 

 

 放課後のツツジ台高校。

 校舎の一角にあるテラス──先刻、裕太達が昼食をとっていたテラスである。──に、アカネと小さな女の子の姿があった。

 快晴の青空の下。

 アカネはベンチに座ってドローンのカメラを弄りながら、その手元を興味津々と言った顔で覗き込んでいる女の子へと向けて、先程から上機嫌に喋り続けている。

 

「──確かに、夕暮れとか夜とかも捨てがたいよ? 下からサーチライトで照らされる姿はすごくカッコいいし、深い陰影のコントラストには味があっていいしさ。だけど、私は断然お昼派。やっぱり、細かい造形まで見たいし。なにより──」

 

「んな、春は曙みたいな言い方されてもなぁ。……ホント、怪獣について話し出したら止まんねーな、アカネは」

 

……アカネの『一家言』とは『怪獣』について、であった。

 もうかれこれ十数分、そのことについて彼女は熱弁を奮っている。

 そのせいもあって。

 延々とアカネの怪獣講義を聞かされ続けていた女の子は、いよいよガマンできなくなったのか、その可憐な顔立ちを辟易とした表情で彩って口を挟む。

 

「いろいろ言ってるけど、結局のところ怪獣が出るなら何でもいいんじゃねーか?」

 

 嘆息しながら傾げてみせる女の子の首の動きに合わせて、緩やかに縦に巻かれた彼女の黒髪ツインテールがほわほわと揺れる。

 その言葉を受けて、アカネはちょっぴりムッと頬を膨らました。

 

「もー、理解のないシロートはすぐそうやって言うんだから。……否定はしないけど」

 

「しねーのかよ!」

 

「あははー」

 

 ぽかぽか!

 そんな軽い擬音の付きそうなグーパンチをアカネの肩に何回も繰り出す女の子と、しばし笑顔でじゃれ合いながら。

 それが一区切りついたところで、アカネはドローンを手にベンチから立ち上がる。

 

「ま、それでさっきの話の続きなんだけど。お昼の何がいいってさぁ──」

 

 まだ続けんのかよ。

 そう言いたげな表情を浮かべる女の子。

 そんな彼女へと、アカネは振り返りながらにっこりと笑って見せる。

 

「──怪獣から逃げ惑う一般市民ってシチュエーションが見れるから」

 

 天使の様な笑顔から吐き出される、えげつのない言葉。

 

「おー、それな!」

 

 しかし、それを聞いた黒髪の女の子も、一転して嬉々とした表情でそれに同調してみせる。悪意の欠片も無さそうな無垢な笑顔である。

 

「この間は燃え盛る夜の街と怪獣の画を撮ったし、今度はそれでいこ♪ ──それじゃ、スティレット。アレクシスに準備するように伝えてー」

 

「合点承知!」

 

 タブレットを操作しながら、ドローンを飛ばそうとしているアカネに代わって。

 スティレットと呼ばれた女の子が、いきいきとした様子で自身のスカートを少しだけ捲し上げる。

 フリルのたっぷり付いた、黒いゴシックドレスである。そのスカートの下──脚へと巻かれたホルダーに手を伸ばす。

 

「ジュワッ!」

 

 そして、そこに差し込まれていたスマホを手に取ると、勢いよく天に突き上げてから。何事もなかったかの様に胸元に引き寄せると、ぷちりと通話のボタンを押した。

 

「──もしもし? アタシだよ、アタシ。……はぁ? オレオレ詐欺じゃねーよ! ったく……アカネがそろそろアレの準備しとけってさ。はいはい、それじゃよろしくどうぞ!」

 

 電話先の相手にからかわれたのか、ブツブツと口を尖らせつつ。

 

「アカネー! いつでもいけるってさー!」

 

 スティレットは手にしたスマホをぶんかぶんかと振り回しながら、ドローンを飛ばそうとテラスの柵に寄りかかっているアカネの背に声を投げる。

 

「うん、おっけー」

 

 アカネの手を離れ、青空へと舞い上がっていく黒いドローン。

 それを見送りながら、アカネは一際大きな笑みで唇を彩った。

 

 

「良く撮れたら、ユータ君にも見せてあげよ」

 

 

 

 ツツジ台の日常が今──崩れ始めようとしていた。

 

 

◇◆◇◆

「どうか……したの? なんか頭、抱えてたけど」

 

 ほんのりと心配そうな表情で、裕太へと軽く首を傾げて見せる六花。

 それがあんまりよろしくない理由から来る心配の表情だという事くらいは、鈍感な裕太にも痛いほど分かる。

 六花の表情は「色々と大丈夫?」って思っている顔だ。『色々と』って部分には、オブラートを剥ぎ取ると主に『頭』って単語が含まれているだろうか。

 

「え、えーっと」

 

 説明に言い淀みながら。

 あの黒いドレスの女性を横目で確認してみるが、もうすでにその姿はない。

 そんな無責任な! ……なんて思いもしたが。

 まだそこにいたとして、六花に「あそこに黒いドレスの女が!」と訴えても、他の人々と同じ反応を彼女が示してしまえば意味がない。むしろ、さらに六花をドン引かせる可能性すらあった。

 

「いや、その……そう! あのパソコンの事でちょっと色々考えてて」

 

「あー、アレのこと。あの変なウイルスは確かに心配事か……でも、そこまで深刻な表情しなくたって」

 

 微苦笑する六花。

 変なウイルス扱いされているグリッドマンに多少の同情を感じつつも、どうやら六花を得心させる事が出来たようで、裕太はホッと胸を撫で下ろす。

 

「それでさ、響君。……昨日はごめんなさい」 

 

 そんな裕太へと向かって。

 六花がばつの悪そうな表情で小さく頭を下げる。

 

「え?」

 

 何に対しての謝罪なのか分からずに、きょとんとした表情を浮かべる裕太。

 下げていた頭を少しだけ上げると。

 六花は上目遣いする様に相手の表情を窺いながら、ぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「昨日、最後はお店から追い出しちゃったじゃん」

 

「あ。あーあー、そういう事か」

 

 六花に店から放り出された事などすっかり頭から抜け落ちていた裕太は、彼女の言葉にぽんと手を打ち合わせた。ちょっとした事なら一晩眠れば忘れてしまうような、良くも悪くもそう言った事にはあまり頓着しない男の子なのである。

 

「そんなの全然気にしてないよ。──いや、て言うか。よくよく思い返せば、悪いこと言ったのはこっちの方だし……」

 

「ううん……ありがと」

 

 あっけらかんと、そんな事をのたまいながら頭をかく。

 そんな裕太の姿に、六花はほんのりと笑みを見せた。

 

 もしかすると、昨日の事を謝る為にわざわざ自分に話しかけてきたのだろうか?

 緊張でも解けた様に和らいだ六花の表情に、裕太はそんな感想を抱いた。

 だとしたら、真面目というか律儀と言うか。若いのに良く出来た娘さんだ、と──自分も彼女と同学年の同い歳である事を忘れて、心中で素直に感心してしまう。

 

「帰り道で見かけたから話しかけたけどさ……そう言えば、珍しいよね。響君がこっちの道を通って帰るなんて」

 

 やわらかい笑みのまま、六花の瞳が裕太を見つめる。

 自然と。

 裕太の視線も彼女の瞳へと吸い込まれる様に移っていく。

 彼女の瞳は、何色とも形容し難い不思議な色をしていた。

 幼馴染みのアカネ以外の異性から、まじまじと顔を見つめられた経験のない裕太はそれだけでドキドキと鼓動が高鳴る。他の女の子の瞳も、こういう不思議な色に見えるのだろうか? ──そんな取り留めのない事を考えながら、裕太は気恥ずかしさに耐えかねて視線を青空へと泳がせた。

 

「いや、実は──」

 

「やー、おまっとさんでした。……お、宝多じゃん。良いところで」

 

 事情を説明しようと口を開く裕太。

 しかし、丁度コンビニから出て来たスッキリした表情の内海が見事にそれをぶった切る。 

 六花の姿に気が付くと、内海は口の端を二ッと笑みに曲げた。

 

「内海君? ……良いところでって、どういうこと?」

 

「これから宝多ん家に見に行こうとしてたんだよ、グリッドマン」

 

「……グリッドマン? えっと……あのパソコンの?」

 

 臆する事無く堂々と宣言する内海に、ちょっぴり気圧された様子で。

 六花は怪訝な表情で答えを求める様に裕太へと視線を移す。

 

「あはは……」

 

 視線の先では、裕太が申し訳なさそうに笑いながらコクコクと小さな頷きを何度も繰り返していた。

 なんだか急に頭が重くなった気がして、大きな嘆息と共に六花は額に手を当てる。

 

「見に行くって……ペットの子犬か子猫を見に来るみたいな言い方しないでくれる?」

 

「まぁ、そう言うなって。裕太を助ける為だと思ってさ」

 

「響君を……?」

 

 どんな事情かは知らないけれど、この男はただ状況を楽しんでるだけではなかろうか? ──そんな事を考えながら、六花は目の前でニヤニヤしている内海の顔を半眼で眺める。

 しかし、裕太の方はと言えば。

 そんなワルい友人の言葉に至って真面目な様子でコクコクと、やはり何度も小さな頷きを繰り返していた。

 確かに、あのパソコンを見てからの裕太の様子は少し普通ではなかった……様な気がする。

 そして、何よりも。

 裕太が真剣な表情でこちらをじっと見つめてくる事に、六花はちょっとだけ視線を逸らした。

 小柄で童顔なせいだろうか。彼のそういった表情にはどうにも小動物の必死さめいたものがあって、なんだか自分がイジめている様な心苦しさまで感じてしまうのだ。

 

「……はぁ。ま、いっか」

 

「「いえーい!」」

 

 嘆息と共に、ぽつりと呟く六花。

 彼女の言葉を聞くなり、男子二人は勝ち誇った様にハイタッチを行っていた。

 そもそも、六花からすれば。

 実家が商店である以上、二人は一応はお客であり、商品を見に来るという事であれば自分に許可を取る必要は無いし、自由にすればいいのだ。それを止める権利も理由も特に自分にはないだろう。

 しかし、ハイタッチを行っている二人を見ていると、六花は無性に悔しくなった。

 特に謂れもないが、裕太のほっぺを左右に引っ張ってやりたくなった。

 

「それじゃ、あらためて出発──」

 

 知らぬ内に少女の心に小さな禍根を残しつつ。

 内海の音頭で歩き出そうとする三人。

 

 

 その、瞬間。

 

 

────大地が激しく鳴動した。

 

 

 

◇◆◇◆

 真下から間断なく突き上げられる様な激しい震動。

 

 足元が波打つ様な感覚に襲われた裕太は、一瞬、自分がおかしくなったのかと周囲に視線を巡らした。

 しかし、視界に入る誰もが一様に驚いた表情で、その場にしゃがみ込んだり、何かにすがりついたり、何とか倒れない様にバランスを取ろうとしたりしている。

 

 どうやら、皆が皆、同じ様な異変に曝されているらしい。

 

「きゃっ──」

 

「宝多さん!」

 

 一際大きな揺れに地面へと投げ出される六花の華奢な体。

 裕太はそれを反射的に抱き留める。

 

「ご、ごめん……」

 

「大丈夫だよ、宝多さん。……大丈夫」

 

 自身の腕の中で、ひどく不安気な表情で声を震わせる六花へと向け。

 裕太はいつも通りの調子で、笑みを浮かべて見せる。

 

 そうしている内に。

 裕太は不思議と、自身の心の奥底が静かな事に気が付く。

……まるでこんな事が、過去に何度もあったかの様に。

 

「じ、地震……? にしても、この揺れ長すぎだろ!!」

 

 こちらもこらえきれず。

 片膝を地面に着いた内海が、動転した様子で周囲を見回しながら叫んでいる。

 

──……きっと、違う。

 

 その声を聞きながら裕太は、自身も気づかぬ内に奥歯を強く噛みしめていた。

 予感だった。

 何か恐ろしいものが近づいてきている……そんな言い知れぬ予感。

 そして、裕太の心の中で激しく渦巻いていた『それ』は──彼の「くだらない妄想であればいいのに」と願う心を内側から食い破り──遂に現実の世界へと躍り出た。

 

 

 

 数百、数千の落雷を束ねた様な轟音。

 

 それを伴い。

 

 裕太達のいる場所から幾つか大きな通りを挟んだ向こうで、まるで巨大な山が隆起したかの様に土砂が噴き上がる。

 

 目の前の光景に、呆気に取られる人々。

 

 しかし、その中から現れたモノは、更に人々の度肝を抜いた。

 

 

 

「──お……おいおい。なんだよ……アレ……」

 

 その現実離れした光景に、内海の表情が引き攣った様に歪む。

 その顔はまるで、笑っている様にも見えた。

 実際、笑いたくもなる光景だと──同じものを見ながら裕太も目を丸くする。

 

 

 もうもうと立ち込める土煙の中に浮かび上がる、巨大な黒いシルエット。周囲に屹立するビルと比較しても、その大きさはそれら建造物の高さを優に超えている。全高数十メートルはあると見て、まず間違いはないだろうか。

 

 いつの間にか、あれほど続いていた下から突き上げてくる様な震動は鎮まっていたが、今度は地面に巨大な杭を打ち込んでいるかの様な断続的な揺れが地表を揺らす。

 

 その揺れに合わせて。

 

 ヴェールの奥にある黒いシルエットが、大きく揺らぎ移動していく。

 

──歩いているんだ。

 

 裕太は直感した。

 そう、あの巨大な影は歩いているのだ。

 おそらく、自分達と同じく二本の足を利用して。

 

 次第に薄くなっていくヴェール。

 残滓の様な白煙を全身に棚引かせながら、それは天へと向けて咆哮を轟かせた。

 

 竜を思わせる様な頭部に、分厚い筋肉で構成されたずんぐりとした胴体。そして、その二つを繋ぐ、地面に対して水平方向へと長く伸びる太い首。──それらが合わさったフォルムはいかにもアンバランスで、自然の生き物と比べるといかにも奇妙である。

 事実、その巨大な生物を見た誰一人として、自然界に存在するどの動物にも近似したものを見いだせた者はいない。

 

「あれって……」

 

 巨大生物の姿を見上げながら、内海が何事か呟こうとする。

 しかし、すぐに。

 言い淀んだ様子で、その口をつぐんでしまった。

 

……口に出すにはあまりにも、馬鹿馬鹿しく聞こえる言葉だったからだ。

 

 そんな彼に代わって。

 抱き留めていた六花の体をそっと離すと、裕太がその言葉を繋げる。

 

「怪獣……?」

 

 そう、それは正に。

 虚構の中にだけ存在を許される、傍若無人にして無慈悲な破壊の顕現。

 人々はその驚異に対して、いつも同じ名を付けて畏れるのだ。

──『怪獣』と。

 

「って、そんなことよりも。と……とにかく、この辺りから離れた方がいいって二人とも!」

 

 悠長に考え事して落ち着いている場合ではない、と。

 裕太は焦りながら、内海と六花の二人を見回した。二人とも怪獣の姿に圧倒されていたのか呆けた様な表情を見せていたが、その言葉にハッとした様で。お互いに顔を見合わせた後、裕太にコクコクと小刻みに頭を振って返す。

 さらに、裕太は周囲へと目を移した。

……しかし。

 他の人々は怪獣を見上げながらも、何か危機感を見せるでもなく。野次馬の様に集まっては、スマホのカメラを目の前で起こっている異変に向けている。

 その巨大さに最初は驚いた人々も、特に暴れるわけでも何でもない生き物に、警戒心よりも好奇心の方が勝っているのだろうか。

 それでも──

 

 こんな時に何やってんだよ……怪獣なんだぞ?!

 

──それでも。

 自身にとっては異常とも感じられるそんな人々の姿に、裕太はゾクリとした寒気を覚えた。一様に怪獣へとスマホを掲げる人々が、自分とは全く別の生き物の様にさえ見えた。

 

「だ、だけど。離れるって言ったってどこに行く?」

 

「えっと、学校……とか?」

 

 そんな裕太の思考を、今度は内海と六花の声が現実に引き戻す。

 ともかく、二人と一緒にどこかに離れなければ。──そう思うことで、散漫になりそうな意識を集中させる。

 

 その時。

 

「──……裕太」

 

「え……?」

 

 不意に、誰かに名を呼ばれた様な気がして。

 裕太は声の聞こえた方へと振り返る。

 

「どうしたの……響君?」

 

「いや、誰かに呼ばれた様な……気がして」

 

「誰かって……誰かいるのか?」

 

 不思議そうに、裕太を見つめる内海と六花。

 裕太の振り向いた先──そこには誰もいはしなかった。

 真っ直ぐに、道が続いているだけである。

 本来であれば、この道を通ってジャンクショップへと向かう筈だった。

 

「──裕太!」

 

「──あ……っ!」

 

 左腕に迸る、激しい疼き。

 

 今度はハッキリと。

 

 聞こえた自身の名を呼ぶ声が、雷鳴の様に心を震わせる。

 

 その瞬間。

 柔和な造りをした裕太の顔に、鋭い色が浮んだ。

 

「ごめん、二人とも……俺、行かなきゃ」

 

「はぁ? 行くって、どこへ?」

 

「呼んでるんだ……グリッドマンが!」

 

 急に様子の変わった裕太に、不可解そうに声を上げる内海。

 しかし、その時には。

 すでに裕太の姿は、解き放たれた矢の様に走り出していた。

 

「ちょ、おま、おい!? おいって、コラぁ!」

 

 その背に内海は言葉を投げつけるも、裕太は振り向きすらしない。

 こちらも驚いた様に、そんな裕太の姿を見つめていた六花だったが……彼の言葉に何かふと思い当たった様子で、少し目を見開いた。

 

「そっか……ウチに向かってるんだ」

 

 裕太の走り出した方向は正に、自身の家がある方角。

 おそらく……いや、きっと裕太はあのパソコンのもとに向かったのに違いない──そう考えが至った時には、六花も裕太の後を追って走り出していた。

 

「なっ、お前もかよ!? 宝多の家がどうだって言うんだよ! オレにも説明しろよ、お前らぁぁぁ!!」

 

 結局、一人だけ置いてきぼりをくらったのは内海だった。

 悲痛な叫び声も空しく響く。

 

 おそるおそる、怪獣を見上げた。

 怪獣は今は歩くことも止めて、眼下に拡がる街並みを静かに見下ろしている様であった。

 視線を下に降ろし、周囲見回せば。

 まだ野次馬達がスマホ片手に写真や動画を撮り、興奮した様子で知り合いに電話をかけたりしている様であった。

 

──オレだって動画くらい撮っても、バチは……当たらねぇよな?

 

 そう思い付くと内海は自身のスマホを取り出して、動画モードにすると怪獣へと向けた。

 元来が特撮オタク。

 こう言った怪獣だって大好きだ。

 しかも、この怪獣のなかなかに『分かっている』感じのする見た目が、実は結構好みだった。

 

 怪獣を下からパーンアップしていく構図で動画を撮りながら、ついに最後は頭部へと辿り着く。

 

「……ん?」

 

 その頃にはもうウキウキで動画を撮っていた内海だったが、スマホの画面内で怪獣がいつの間にか大きく口を開けているのに気が付くと、怪訝そうな表情を見せた。

 

……口の奥が、赤く光っている。

 

 その映像から、嫌な想像に思い当たった内海の頬を、一筋の冷や汗が伝う。

 

──刹那。

 

 怪獣の口腔から吐き出される、大きな火球。

 冷や汗すらも蒸発しそうな熱波が、内海の露出した肌を襲う。

 

「あっちぃ!!」

 

 吐き出された高熱の火球が、周囲の空気を灼いたのだ。

 火傷こそしてはいないだろうが。

 怪獣からそれなりに離れたこの位置にいて感じる、この熱量……火球がどれほどの威力を備えているかは既に内海の想像の域を超えている。

 

──実際。

 

 遠く離れた場所に落ちた火球の巻き起こす火柱と爆発は、今まで見てきたどんな特撮作品よりも凄まじい勢いがあった。

 

 青空を呑み込もうとするかの様に沸き起こる、炎の色に光る黒煙。

 スマホ越しに唖然とそれを眺めながら、ようやく内海は心底から恐怖を覚えた。

 

 目の前にそびえるコレは、作り物でも何でもない。

 自分の現実を破壊する力を持った、本当に本物の『怪獣』なのだ。

 

 怪獣の腕が、無造作に振るわれる。

 コンクリートで出来ている筈の建物が、まるで発泡スチロールの様に砕けていく。その散らばった破片はさながら散弾の様に、他の建物や道路に突き刺さり爆砕する。

 

──その光景を、もう内海は見ていなかった。

 裕太や六花の後を追って、必死に走り出していたのだ。

 

 背後に聞こえる怪獣の咆哮、人々の悲鳴。

 それらが走る内海の足を急かす。

 

 

 まるで何かの軛から解き放たれたかの様に。

 もはや怪獣は、その暴威を顕にしていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!

活動報告の方で「この回で第一回が終了する」などとのたまっておりましたが、楽しくていっぱい書き過ぎちゃったので分割いたしました( 

次回こそ第一回が終了する予定……と言いつつ分割しそうな自分がコワいので、明言せずにおこうと思います_:(´ཀ`」 ∠):_


次回もお付き合いいただければ幸いですー。


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#7

──遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえ始めた。

 パトカーだろうか、救急車だろうか。

 

 もしかしたら……いや、もしかしなくても。

 あの怪獣が暴れているのに違いない。

 

 内海や六花は無事でいてくれるだろうか?

 

 とにかく速く、そして早く。

 最悪の想像を振り切ろうとするかのように、裕太は全力で街を駆け抜ける。

 

 これほど一生懸命に走ったのは、生まれて初めてだった。

 

 もともと運動の出来る方ではあったが、裕太が自分からその素養を伸ばしたいと思った事は一度だって無い。

 余計な素質だと思っていた。

「宝の持ち腐れ」だとか「もったいない」だとか「人生を無駄にしている」だとか。

 そんなことばっかり言われ続けてきて、正直鬱陶しかった。

 どう考えても神様は、間違った素質を自分に与えてしまったに違いない。──ずっとそう考えて生きてきた。

 

 しかし、生まれて初めて。

 裕太は神様に、心の底から願った。

 

 

──もっと速く走りたい!

 

 

 あのジャンクめいたパソコンの前に辿り着ければ、全てが解決するかどうかなど裕太にも分かりはしない。

 しかし、彼が──グリッドマンが自分を呼んでいるのだ。

 その呼び声に応えなければならないという、自身でも不思議に思えるほどの強い衝動が、裕太を突き動かしている。

 

 心臓が破裂しそうに思える程、鼓動に脈打っていた。

 あまりの苦しさに足が止まりそうになる。

 

……そんな裕太の脳裏に、最後の最後に浮かんできたのはアカネの笑顔だった。

 

 彼女がもし、あの怪獣に襲われたら──そんな想像が過った瞬間、裕太は力を振り絞る為に歯を食いしばった。

 

 

 

 

「──……グリッドマン!!」

 

 ほとんど、倒れ込む勢いで。

 裕太は『ジャンクショップ絢』の店内へと転がり込んだ。

 肩を大きく上下させ、荒く呼吸を行いながら。

 床を這う様にしてパソコンの前まで移動すると、六花の外していた電源プラグをコンセントへと叩き込む。

 

 パソコンのデスクに手をかける様にして立ち上がる裕太。

 そんな彼の前に。

 初めてこのパソコンの前へと立った時と同じく、ブラウン管のディスプレイに光が奔り──……グリッドマンが姿を現した。

 

「俺を……呼んだよな、グリッドマン!!」

 

「そうだ……!」

 

 グリッドマンから向けられる力強い眼差し。

 夢だ幻だと理由をつけて。

 裕太は心のどこかでその眼差しから目を逸らしてきていたのかもしれない。

 しかし、今度こそは彼から目を逸らさずに、真っ向から受け止める。

 

「裕太、私と君は今こそ覚醒しなければならない!」

 

「覚醒? ……それって──」

 

「説明は後だ!!」

 

 有無を言わさぬグリッドマンの語気に、気圧される様にたじろぐ裕太。

 その瞬間、裕太の体がまるで熱された飴細工の様に変形しながら、パソコンの画面へと吸い込まれていく。

 

「おわっ!? な、なんだこr──」

 

 奇怪極まりない事になっている自身の体に驚きの声を上げるが、かと言ってそれで吸い込まれるのが止まるわけでもなく。

 裕太とほぼ同時に走り出したものの、かなり遅れて店内へと駆け込んだ六花が目の当たりにしたのは、そんなある意味で怪獣騒ぎよりも異様な光景だった。彼女が声を上げる間も無く、裕太は発した言葉すら吸い込まれる様に、パソコンの画面の中へと消えてしまう。

 

「……ひ、響君!?」

 

 慌ててパソコンへと駆け寄る六花。

 

「た、宝多ぁ……! 裕太ぁ……!」

 

 丁度そこへ。

 バテバテになって酷い表情へと変わり果てた内海も、店内へと飛び込んでくる。

 

「内海君……響君が……パソコンに食べられちゃった……!」

 

「……………はい?」

 

 必死に呼吸を整えている内海へと向けて、六花は見たままの状況を口にする。

「なにを仰ってらっしゃいますかコイツ」的な表情を内海が浮かべてみせるが、現状に驚き過ぎて腹も立たないし、嘘を言っているわけでもない。

 

「本当に食べられちゃったんだってば! ほら……!」

 

 ド真面目な顔で手招きする六花に誘われるまま、ディスプレイの前へと立つ内海。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

 画面の中を見ると。

 そこには確かに、特撮ヒーローめいた何かと向き合って立つ、真剣な表情をした裕太の姿があった。

 

「なんか……オレ、見えちゃってるんですけど。もしかしてこれが……グリッドマン?」

 

「うん、多分。……響君がそう、言ってたから」

 

 怪獣を見た今となってすら、内海は眼前の光景に驚きを隠せない様子だった。

 引き攣った笑みを浮かべながら六花の方へと顔を向けると、彼女も戸惑った様にこっくりと小さく頷いて見せる。

 

 パソコンを見つめる内海と六花。

 

 そんな二人の前で──グリッドマンと裕太の姿が緑色の光に包まれた。

 

 

 

── 一切の容赦もなく。

 火を吐き、腕を振り回し、尻尾を叩きつけ。

 ただただ力任せに街を蹂躙する怪獣。

 

 そんな破壊の限りを尽くす怪獣の眼前──虚空に、緑に輝く光球が現れる。

 

 まるで光がほどける様に。

 消えていく光球の中から現れたのは、閃光を纏いながら大地へと降り立つ巨人の姿。

 

 その超重量に、降り立った地面が捲れ、土砂が舞い上がる。

 

 巨人は雄々しく顔を上げると怪獣を睨み据え、全身に力を漲らせながら戦いの構えを取っていた。

 空の色を映したかのような青を基調としたカラーリングに、陽光に煌めく白銀の装甲。──それらに全身を覆われたその威容は見紛う事無く、グリッドマンであった。

 

 

◇◆◇◆

 学校のテラス──その柵の上へと器用に立ち、遥か遠くで暴れる怪獣のショーを見つめていたスティレットは、突如として現れた光球に怪訝そうに目を細める。

 そんな少女の前で。

 光の中から現れた巨人が、大地へと降り立った。

 

「おいおいおい、アカネ。なんか変なの出て来たぞ、変なのが」

 

 柵の上から、隣にいるアカネへと目を移すスティレット。

 しかし、アカネですらその巨人の出現はイレギュラーだったのか。

 割れた眼鏡の奥の表情はどこか呆けた様に、ドローンが送ってくるタブレットの映像を見つめていた。

 

「なにこれ……ウルトラマン?」

 

 ぽつりと零れたアカネの疑問に、答えられる者はいなかった。

 

 

◇◆◇◆ 

「──すげぇ……グリッドマンだ。グリッドマンがパソコンの中から現実に……!」

 

 裕太達の姿が画面から消えた後。

 再び大地を揺るがす衝撃に外へと飛び出した内海達は、ずっと遠くで怪獣と対峙するグリッドマンの姿を見た。

 いつの間に手にしたのか。

 内海は双眼鏡まで持ち出して、その姿を見つめている。

 

「でも、ここからじゃ……ちっとも見えない。て言うか……その双眼鏡、商品なんですけど」

 

 勝手に商品を拝借しているクラスメイトに、呆れ半眼を向ける六花。

 双眼鏡を使っている内海とは違って。

 彼女の視点からするとグリッドマンらしきものが怪獣と向かい合っているのが見えるだけで、その言葉通りに細かいところまでは良く見えなかった。

 

 そんな二人の背後……パソコンのスピーカーから、ノイズ混じりにではあるが裕太の声が響く。

 

「怪獣……俺が止めないと……!」

 

「パソコンから響君の声が!?」

 

 今度はパソコンの方へと慌てて駆け寄る二人。

 パソコンの画面の中では──どういう原理か定かではないが──今まさに、グリッドマンが怪獣と向かい合っている映像が映しだされていた。

 こうして見ると、もはや丸っきり特撮ヒーロー番組のワンシーンである。……それが撮影スタジオではなく、自分達の街を舞台にしているという点を除けばだが。

 

「これってグリッドマンと……裕太が戦おうとしてんのか! 確かにウルトラシリーズでも、そういうのって王道展開だしな……!」

 

「は? ……王道?」

 

 パソコンの画面にかじりつく様にしている内海の姿を、六花は半眼で見下ろす。以前からこの男の子の言っている事はよくわからない時があったな……と、今さらになって思い返していた。

 

 

「はあぁぁ……──たあっ!!」

 

 

 そんな六花の意識を画面へと引き戻したのは、グリッドマンの声であった。

 

 宣戦を布告する様に、怪獣へと向けて拳を突き出す様な構えを取ると。力の充足した脚力で大地を踏み割り、相手の巨体へと走り出していくグリッドマン。

 その巨大さからは想像だにもしない、俊敏な身のこなしである。

 怪獣も負けじとばかりに。

 激しい咆哮を上げながら、突如として現れたこの巨人へと向けて猛進を始める。

 

 圧倒的な質量を持つ者同士。

 そのお互いが、速度と慣性質量の合成エネルギーと化して街中で真っ向からぶつかり合う。

 その余波だけで、周囲の窓硝子が一斉に砕け散る。

 まるで何かの雫の様に、光を反射しながら地面へと降り注ぐ無数の破片。

 

──その向こうで。

 

 グリッドマンが怪獣の頭を掴み上げて、渾身のパンチをその横面へと叩き込んだ。その威力に、鱗が剥げる様にして、毒々しい色をした怪獣の表皮が破れ散る。

 

 揺らぐ怪獣の巨体。

 

 間髪入れず。

 相手の揺らぎに応じて間合いを詰めていたグリッドマンの膝が怪獣の顎を下から鋭く蹴り上げ、跳ね上がったその頭を重たいエルボーが迎え撃つ。

 その威力に翻弄され、怪獣の長大な首が大きく振れた。

 

 

「──ぃよっしゃ! 良いぞグリッドマン! 裕太!」

 

 流れる様なグリッドマンの連続攻撃に歓声を上げる内海。

 傍らで戦いを見つめる六花には闘いの趨勢はよく分からなかった。しかし、内海が喜んでいる様なので「勝っているのだろう」と少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 怪獣を倒してもらいたいのはもちろんなのだが……裕太には無事に帰ってきてもらいたかった。

 

 

「大丈夫だよ、宝多さん。……大丈夫」

 

 

 ふっ、と。

 

 先程かけてもらった裕太の声と笑顔が、六花の中によみがえる。

 

 何かを知らせる様に……彼女の胸が小さく高鳴った。

 

 

 

──しかし、その一方。

 開戦から終始優勢に戦いを進めている様に見えたグリッドマンであったが、戦いはなかなか決着へと至らない。

 決め手に欠けるのか、勝負を決する為の致命傷を怪獣へと与えられずにいたのだ。

 

 次第に。

 グリッドマンの動きにも鈍さが見え始める。

 

「体が……重い……!?」

 

 グリッドマンへと同化した裕太にもその影響は顕著に表れてきていた。

 最初からグリッドマンの体に対しては、動かすのにかなり重たいものがあると感じていたのだ。それでも戦い初めはエネルギーに満ちていたせいか、さほど苦には感じなかった。

 それが今はまるで枷をかけられたかの様に、動きを阻害し始めている。

……それだけではない。

 先ほどから、息苦しさの様なものが裕太の胸を蝕みはじめていた。

 

 そして、怪獣は。

 そんな敵の鈍化を見過ごす程、悠長な相手ではなかった。

 

「ぐッ──あああああっ!!」

 

 体ごと回転させるようにして放つ、怪獣の鞭のようにしなる尻尾の一撃。

 鈍くなった動きではガードが間に合わず、尻尾はグリッドマンの体を容赦なく叩く。

 叩きつけられ、それでも勢いを殺せずに地面を抉りつつ後方へと吹っ飛ばされながら──そのグリッドマンへと向けて、怪獣が追い撃ちとばかりに火球を立て続けに撃ち込む。

 

 凄まじい爆発と沸き起こる炎の海──その中に、グリッドマンの姿が消える。

 

 

──僅かな間に一転して窮地へと追い込まれていくグリッドマンの姿を、今度は固唾を飲んで見守る内海と六花。

 しかし、そのグリッドマンの姿が炎の中に消えた瞬間、二人の目の前でパソコンが盛大に火花を散らし煙を吹き出す。

 それだけではない。

 何か危急を告げるかの様なアラートと共に、パトランプまでもが赤々とした光を発しながら回転しはじめたのだ。

 

「きゃっ!?」

 

「おわっ!! な、なんだ……すげぇな昔のパソコンって」

 

 内海は火花の治まったパソコンの前へと戻りながら、どこか呑気な感想を零す。

 しかし、画面に映る映像を見るとすぐに表情を歪ませた。

 

 炎の海の中で、グリッドマンの巨体が大地に横たわっている。

 その額にあるクリスタルの様な物が激しい明滅を繰り返していた。

 

「カラータイマー、いやビームランプか……! このパソコン、もしかして……グリッドマンの状態と連動してんのか?!」

 

「え? なに、それ……響君がヤバいってこと?」

 

「有り体に言えばな!」

 

「……そんな」

 

 一人で状況を把握している風情の内海に、六花は不安とちょっとの苛立ちが混じった声を上げる。

 自分だけがこの戦いについていけず、置いてきぼりにされている様な気がしていた。無力感が悔しさへと転化して、六花の表情に滲む。

 

「くっそ、ウルトラシリーズの怪獣なら弱点とかあったりするのがお約束なんだけど……!」

 

 内海は内海で、自身の髪をかきまわしながら、持てる知識を総動員して打開策を探っていた。

 

 完全無欠の生命体など存在しない……筈である。

 

 何より当初、あれだけグリッドマンの猛攻を受けていたのだから、どこかにダメージが蓄積していておかしくない。

 

 食い入る様にパソコンの映像を見つめる内海。

 画面の中では、怪獣が勝ち誇った様な足取りで、倒れたグリッドマンへと歩を進めている。

 

──そこで、内海の表情が変わった。

 

 その視線は怪獣の『ある一点』を見つめている。

 

「く、首だ!」

 

「首……?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべながらも。内海の言葉を聞いて、六花もじいっと怪獣の首を注視する。

 怪獣が歩く度に……何かがバラバラと首から落ちている様に見えた。その出所を目で辿ると、怪獣の首と胴体の付け根の部分が大きく損傷している事に気付く。どうやらその損傷部から、肉片の様なものが次々に剥がれているらしかった。

 

「これって、首が綻んでる?」

 

「ああ、間違いない。グリッドマンに頭をあれだけやられて、振り回された首への負荷があそこに集中したんだ……と思う! あそこを狙えば、きっと──」

 

「でも、どうやってその事を響君に伝えるの?」

 

 自身の仮説に対する希望に、明るい表情を見せる内海。しかし、現実的な心配に表情を曇らせる六花がそれに水を差す。

 六花の言葉に沈黙した後、内海はガックリと肩を落とした。

 

「そこなんだよなぁ……裕太にはこっちの声、聞こえてないみたいだし」

 

 

「──ぐああああっ!!」

 

 

 パソコンから響く裕太の叫び声に、二人の体がぎくりと強張った。

 画面の中では怪獣が、グリッドマンの胸をその太い足で踏みつけている場面であった。足が振り下ろされる度に、グリッドマンの体が地面にめり込んでいく。

 

「っ……!」

 

 その凄惨さに。

 思わず六花はパソコンの画面から顔を逸らすと、きゅっと固く目を瞑った。

 

 

──しかし。

 

 

「俺が街を……皆を…………守るんだ……絶対に!」

 

 

 

 

 一番、怖い思いをしている筈。

 

 

 

 

 一番、痛い思いをしている筈。

 

 

 

 

 それなのに皆の為……まだ諦めずに戦おうとしている裕太の声が、六花の目をハッと開かせた。

 

「響君……」

 

 パソコンの画面へと向き直る六花。

 目を逸らしちゃ駄目なんだ。私も一緒に戦わなきゃダメなんだ──そんな思いが、六花の中で燻っていた無力感を追い払う。

 

 パソコンのキーボードが、六花の目に留まった。

 

「グリッドマン! 裕太! 頑張ってくれ!!」

 

 画面の中で戦っている二人に、聞こえないと分かっていても必死に激励を飛ばす内海。

──彼も、今の六花と同じ思いで『戦っている』のに違いない。

 不思議な連帯感と、クラスメイトに対する誇らしさに六花の口元が少しだけ綻ぶ。

 しかし、すぐにそれを引き締めると。

 六花はパソコンの前へと立った。

 

「……宝多?」

 

「内海君の言葉……私が伝えてみる。これで──!」

 

 六花のしなやかな指が、パソコンのキーボードへと触れた──その瞬間。

 まるで何かの生命体が宿ったかの様に、その白い指がキーボードを這い回り、驚くべき速度でタイピングを開始する。

 

「………早っ」

 

 六花の意外なスキルと、なによりそのタイプ速度に、内海は呆気にとられた様な表情を見せる。

 

「ウチ、こういう古いパソコンも扱うから。ママから少しは使い方は習ってるし、慣れてるし」

 

 パソコンの画面を見つめたまま、グリッドマンへと通じる『道』を繋げる為に操作を続ける六花。

 それは、スマホの様なタッチパネルに慣れてしまった内海には一朝一夕には真似の出来ない難しい芸当だった。

 

「これで……! ──届いて!」

 

 内海の発見と自身の激励をメッセージに起こし。

 祈りを込めて、六花はエンターキーを叩いた。

 

 

◇◆◇◆

──裕太の意識は、暗闇の中にあった。

 

 先程までは怪獣の姿も見えていたのだが今はそれも消えてなくなり、あれほど自身を苛んでいた衝撃と痛みも感じなくなっていた。

 

 いよいよもって自身の最期が来たのかもしれない、と。

 

 その事実の重大さに比べて、あっさりとそれを受け入れようとしている裕太。

 

 自分なりに全力で戦った……つもりだった。

 やるだけの事はやった……つもりだった。

 

 

「それは言い訳だ」

 

 

 どこかから聞こえる自身の声が、裕太を責める。

 

 

「でも、どうにもならなかったのは事実だっただろ。一人きりで、あんな怪獣を倒す事なんて……最初からできるはずなかったんだ」

 

 

 暗闇を漂う裕太の声は、消え入りそうにか細かった。

……そうではないのだ、と。

 自身でも気づいているが故だった。

 

 

「そう、一人では駄目なんだ──」

 

 

 自身の声だと思っていたものが、次第に別の誰かの声へと変わっていく。

 それは聞き覚えのある、正しい力を宿した優しい声。

 

 

「一人では戦えない。皆の力を託され、束ねて、初めて戦う事ができるんだ……私達は!」

 

 

 暖かな光が頭上から舞い降りてくるのを感じて、裕太はうっすらと目を開けた。

 冷たい暗闇の中ではあまりにも儚く、しかし確かに此処に存在する優しい温かみを帯びた光。

 

 腕を伸ばして、それを受け止める。

 光の中から溢れてくる、内海と六花の声。

……二人も一緒に戦ってくれているのだ、と。

 その事実が、ただ嬉しくて、そして頼もしかった。

 

「行こう、裕太。私達は──」

 

「──ああ! 絶対にあの怪獣を倒さないといけないんだ……グリッドマン!」

 

 力を取り戻した表情で、目を見開く裕太。

 

 

 その瞬間、腕の中の光が拡がって行き──周囲の暗闇を追い払った。

 

 

◇◆◇◆

「──ありがとう、内海、宝多さん! 二人の声、ちゃんと聴こえたよ!」

 

「……響君!」

 

 パソコンから聞こえた明るい裕太の声に、六花は顔を綻ばせた。ちゃんと役に立てたという安堵感と充足感に、ほっと肩の力が抜けた様にも見える。

 

 一方、内海は。

 裕太の声にぐすりと鼻を啜った後、天井を仰ぎ。

 拳を握り締めると、勢い良くパソコンの画面へと向き直る。

 

「オ、オレは心配なんてしてなかったぜ! 何たって、ヒーローはピンチからの復活大逆転が王道なんだからな!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべると、内海は握り締めていた拳を前へと突きだした。

 

「そいつを証明して見せてくれよ! 二人とも!!」

 

 

 

 

──沈黙したグリッドマンへの踏みつけ攻撃を続けていた怪獣。

 

 突如として。

 

 その腹部に、グリッドマンの突きだした鋭い蹴り足が槍の様にめり込み、怪獣の巨体を後方へと吹っ飛ばす。

 

 その隙に。

 

 グリッドマンは軽やかに、その場にて飛び起きる。

 先程までの鈍化が嘘の様に、動きに最初の鋭さが──いや、それ以上のものが今は感じられた。

 

「グリッドマン! 狙うのは、内海が見つけて宝多さんの教えてくれた弱点──首の根元だ!」

 

「一気に決着を着けよう……裕太!」

 

「「行くぞ!!」」

 

 怪獣との距離を疾風の様に詰め。

 拳の嵐を敵の首元へと向けて叩き込むグリッドマン。

 一切の反撃を許さない怒濤の攻めに、怪獣の巨体が、まるで濁流に浮かぶ木の葉の様に振り回される。

 

「──はあっ!!」

 

 繰り出されるグリッドマンの回し蹴りが、刃の鋭さを帯びて、遂に敵の首に深い断裂を生じさせた。

 

 いよいよ最期の時と、怪獣が覚悟したかの様に。

 断裂創から炎が漏れでる事も構わず火球を吐き出すと、間髪入れずに怪獣がグリッドマンへと飛びかかる。

 しかし、──

 

「うぅおおおおおお──!!」

 

──しかし、今のグリッドマンはその最期の攻撃も真っ向から叩き伏せる。

 飛来する火球を手刀で切り裂き。のし掛かってくる怪獣の長い首を掴むと、その勢いを利用して背負い投げの要領で敵を宙へと投げ飛ばす。

 その投げの激しさに、怪獣の首が根元から引き千切れ──首と胴体が同時に地面へと落着した。

 

 

 

 その一部始終をパソコンで見つめていた六花は、思わず感嘆の声をこぼす。

 

「──すごっ……!」

 

 最初の頃も充分に凄かったのだろうが、今のグリッドマンは明らかにそれ以上の力で怪獣を圧倒していた。

 

「いけぇぇぇ!!」

 

 内海の熱い叫びがパソコンを通じてグリッドマンへと届いたかの様に──

 

 

 

「グリッドォォォ──」

 

──大きく腕を回す様にして、エネルギーを左腕へと収束させるグリッドマン。

 

 そして。

 

 首を失っても、なお立ち上がろうともがく怪獣へと狙いを定めると──それを一気に解き放つ。

 

「ビィィィィィィム!!」

 

 怪獣の吐き出す火球など比較にならない、凄まじいエネルギーの奔流が怪獣を呑み込む。

 

 そして、光の中でその姿が崩れるのが見え──次の瞬間、怪獣の体は大爆発を起こして吹き飛んだ。

 

 

「……た、倒せたのか?」

 

 猛火へと姿を変えた怪獣を見つめながら、半信半疑と言った風情の裕太。

 同化している為に、その姿は見えないのだが──その言葉に、グリッドマンが力強く頷いたのを感じた。

 

「ああ。裕太達のお陰だ……!」

 

「良かった……これで俺は使命を果たせたんだよな」

 

「……残念だがそれは違う。──裕太、これは始まりの戦いだ……脅威はまだこの街を包んでいる。我々はそれを食い止めなければならない」

 

「始まりの……戦い」

 

 炎を見つめながら、裕太はグリッドマンの言葉を反芻した。

 

 

 戦いに勝利し、雄々しく炎の中に立つグリッドマン。

 しかし、その姿はどこか──前途の苦難を思い、立ち尽くしているかの様でもあった。

 

 

◇◆◇◆

──巨人の放つエネルギーの奔流に呑み込まれ、大爆発を起こす怪獣。

その余波は強い風となって、スティレットとアカネの立つ場所にまで届いた。

 

 風に乗って届く……焦げた様な臭いが鼻につく。

 

「あーあー、負けちゃったな。アカネの怪獣──」

 

 小さく鼻を鳴らし、つまらなさそうに感想を述べるスティレット。

 その瞬間、彼女の傍らで何かを地面へと叩きつける様な不穏な音が響く。

 目を向けると。

 つい先ほどまでアカネの立っていた場所に、大きく画面のひび割れたタブレットが転がっていた。

 

「うわ、勿体な! ……ったく、すぐモノに当たるんだもんなー」

 

 柵から飛び降りると。

 スティレットは半眼で、そのタブレットを拾い上げる。

 

 アカネはと言えば、もはやテラスの向こうを振り返ろうともせずに歩き出しているところであった。

 

「おい、アカネ。どこに行くんだよ?」

 

「……帰って次の怪獣を造る」

 

 押し隠そうとしても隠しきれない強い怒気を孕みながらも、冷たく淡々とした声。

 そこにはあの楽し気だったアカネの面影は一切存在していない。

 

「そりゃあ……アレクシスが喜ぶだろうな」

 

 そんな事を呟き、テラスを出ていったアカネを見送ると。

 スティレットは再び街の方へと目を向ける。

 

 そこにはまだ、あの巨人が炎の中に立っていた。

 

 炎よりも紅い、自身の瞳に巨人の姿を映しながら。

 スティレットは手にしていたタブレットを素手で真っ二つにすると、楽し気に指先で自身の唇へと触れる。

 

「まぁ……なんか面白そうな事になりそうじゃねーか」

 

 歪んだ笑みから覗く、白く鋭い犬歯。

 

 

──グリッドマンの言葉の通り。

 裕太達の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 




お読みいただきありがとうございました!
このお話で第一回が終了となります。

やっとグリッドマンの戦闘シーンが書けて、個人的に大満足でした……!
私の中では文字数も多い回で、しかも途中から深夜特有の謎テンションで書いてるので文章がおかしくなってないか不安ですが……特に推敲もせず投稿しちゃう_(´ཀ`」 ∠)_ ←

次回も、トンカワさんが活躍(したりする予定)の魔改造っぷりで進行するかと思いますが、お付き合いいただければ嬉しい限りでございます!


──追伸。
お気に入り登録がガン!と伸びてて、びっくらしました。
やっぱり皆、グリッドマン大好きなんですねぇ……!(´∀`)


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第2回「修復」
#1


「──くあぁ……っ」

 

 誰にも憚る事のない大きな欠伸をひとつ。

 それでも、まだひどく眠たげな表情を浮かべながら。

 裕太は自室の窓に引かれたカーテンを開いた。

 窓の向こう──見上げた空は、重たい灰色の雲に覆われている。

 

「……曇り、か」

 

 眠たげ(まなこ)で曇天を眺めていると、ぽつりとそんな呟きが零れる。

 だからどうという事もないのだが。

 青空が見えないだけで、なんだか気分が滅入るようだった。

 

 窓の外の景色から目を離すと。

 裕太はベッドの枕の傍に転がっていたリモコンを拾い上げる。

 そして、それをテレビへと向けると……思い迷う様な表情のまま、真っ暗なテレビの画面を見つめた。

 

 電源を入れる事が怖かった。

 

 昨日の戦いの記憶が、裕太には鮮明に残っている。

 そして……瓦礫と化し、炎に包まれた街の姿も──

 

 

◇◆◇◆

──怪獣との戦いに勝利し、パソコンの中から帰還した裕太を待っていたのは内海と六花の笑顔……そして、慌ただしい現実だった。

 友人達と喜びを分かち合ったのも束の間。

 すぐに二人の持つスマホがひっきりなしに鳴り始め、安否を確認しようとする家族や友人からの電話への応対にそれぞれが追われ出した。

 

 無理もない、と。

 そんな二人の姿を眺めながら、裕太は自身の手を見おろす。

 その手には怪獣を倒した手応えがはっきりと残っていたが、しかし、街に深々とした傷が残ったのも事実だった。

 自分とグリッドマンが打ち倒した『怪獣』と言う前例の無い災厄は、ここツツジ台に住む人々の日常を破壊するには充分過ぎる衝撃と破壊力があった。

 

……グリッドマンとして戦っていたあの瓦礫の中には、守れなかったものもあったのではないか。

 

 怪獣を倒した事で最初こそ達成感に胸を弾ませた裕太であったが、内海や六花の姿を見ている内にそんな思いが強くなる。きっと街の色んなところで、目の前の様な光景が繰り広げられているに違いない。

 かけた電話がすぐ繋がる人もいれば……もしかすると、呼び出し音だけがずっと続く人もいるのでは──そんな考えが(よぎ)ると表情を苦いものへと変えて、裕太は見下ろしていた手を握り締める。

 

 その後すぐに六花の母親が帰ってきた事で彼女達がばたばたと忙しくし始めると、内海と裕太は頷きあい。グリッドマンと後日の再会をこっそり約束すると、二人はジャンクショップをそっと後にした。

 

 街の中は当然ながら、騒然としていた。

 

 道路は緊急車両がひっきりなしに行き交い、その反面、すでに交通規制の影響か一般人の乗る車の姿は見られなかった。公共交通機関も機能していないのか、歩道は避難する人々や帰宅しようとする人々が列を成している。

 内海と裕太もそんな人々の列に混じりながら、家路へと着いていた。

 

 道中、裕太もそうだったのだが。

 何か物思いに耽っているかの様に、内海の口数もめっきりと少なくなっていた。

 お互いに何か口にしたい言葉があるのに、それを言い出せずにいるような。──そんなもやついた空気を感じながら、裕太は怪獣の現れた方角を見やる。

 すでに随分と離れた場所にまで来たと言うのに。

 沸き起こる黒煙が、尽きる事も無い様子で青い空を汚し続けているのが見えていた。

 

──これは始まりの戦い。

 

 黒煙を見つめる裕太の心に、グリッドマンの言葉がリフレインする。

 

 あんな戦いが、これからも続くのだろうか?

 

 怪獣一体でこの騒ぎである。

 もし、これから何体もあんな怪獣達が現れて、街で暴れ回ったとしたら……たとえグリッドマンと一緒にそれらを倒していっても、ツツジ台は近い内に瓦礫の山に姿を変えてしまうのではないだろうか?

 

 廃墟と化した街から昇る黒い煙が、青い空を覆い尽くす──そんな日がもし訪れたら……そう考えると、裕太は空恐ろしくなった。

 

 そんな不安な考えを途切れさせる様に。

 裕太の肩を、内海が叩く。 

 

「あんまり考え過ぎないほうがいいぜ」

 

「……内海」

 

 そちらへと振り向けば、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた内海がいた。

 

「あんな事があったばかりで、お前も疲れてるだろ? そんな時は良い考えなんて浮かんでこないもんさ……今日は帰ってゆっくり休めよ。不幸中の幸い、お互いに家の方は無事だろうしさ」

 

「うん……ありがとな、内海」

 

「まぁ、その、なんだ……気にするなって」

 

 裕太のストレートな感謝の言葉に。

 照れたように眼鏡を指先で押し上げる様にしながら、顔を隠そうとする内海。

 そんな彼の姿を見て、裕太は顔を綻ばせる。

 そこには突然に怪獣と戦う羽目になった友人への、内海なりの気遣いがあった。もしかすると道すがら、内海はずっとそんな言葉を探し続けていたのかもしれない。

 

 

 やがて、裕太の住むマンションが見えてくる。

 内海の言うとおり、建物は無事に済んだらしい。

 

「──それじゃ。……また明日連絡するわ」

 

 お互いにほのかな笑みを浮かべながら、軽く手を振って。

 道を別れていく内海の背を見送る。

 内海のお陰で、幾らか救われた気分だった。

 

 そして、裕太にとっての救いはそれだけではない。

 スマホを取り出すと、裕太はSNSアプリを起動する。

 

 そこに表示されたのはアカネからのメッセージだった。

 

『私は大丈夫です。怪獣、すごかったね!』

 

……彼女らしいと言うか。

 どこかのほほんとした文面に、バルタン星人がピースサインしているスタンプが添付されているのを見ると、あらためて裕太の表情もほっとしたようにゆるむ。

 

 

──内海と六花が慌ただしくしている頃に、裕太のスマホに届いたのがこのメッセージだった。

 すぐにアカネへと電話をかけてみるも、回線が混雑していて繋がりはしなかったが……それでも彼女が無事だった事を知って裕太は心の底から安心した。

 

 アカネとは小さい頃から、家族の様にずっと一緒だったのだ。

 面と向かっては気恥ずかしくて言えはしないが、その絆は裕太にとってかけがえのないものだった。

 そんな彼女を失う事など……想像にもしたくない。

 とりあえず、その場では。

 こちらも無事であることをSNSのメッセージで伝え──ちょっぴり考えてから裕太は、ウルトラマンがサムズアップしているスタンプも一緒に送る。

 

 すぐにアカネからの返事が表示された。

 

『あのウルトラマンかアンドロメロスみたいな巨人、なんだったんだろうね? 宇宙人かな? 私達の街、侵略者に狙われてるのかも……!』

 

 そんな文面と共に、メフィラス星人のスタンプも送られてくる。

……よっぽど、アカネの方が自分なんかよりも剛胆なんじゃないかと。いつもと変わらない幼馴染みのノリに、スマホを手にした裕太の顔に苦笑が浮かぶ。

 

 

──そんな風に、マンションの前でその時の事を思い返していると。

 自分がその巨人として怪獣と戦っていたことを伝えたら、アカネはどう思うだろうか? ……ふと、そんな考えが裕太の脳裏を過る。

 十中八九、信じてはもらえない──……いや、このノリからすると「え! すごい!」みたいな感じで、もしかしたらあっさりと信じてくれるかもしれないが。

 

 それでも……やっぱりアカネには言い出せないだろう、と。

 裕太は小さく笑いながらポケットにスマホを捻じ込んだ。

 

 信じてもらえるとか、もらえないとかではなく。

 

 グリッドマンには悪い言い方になるかもしれないと思いながらも、アカネをこんな奇妙な事には巻き込みたくなかった。

 内海を相談相手に選んだ時は単に裕太自身の見栄っ張りもあったが、今となっては状況が全く違う。

 グリッドマンは自身の妄想でも何でもなく、現実の存在だった。

 彼の事を告げれば、アカネの『日常』を壊してしまうのではないか──今はそんな怖さが裕太の心には根付いている。

 

 なにせ、裕太の過ごしてきたこれまでの『日常』は、すでに大きくその姿を変えてしまっていたのだから。

 

 

 自宅へと戻った裕太は、真っ直ぐに自室へ向かうと。

 鞄を床に放って、制服のままベッドへと身を投げた。

 内海と一緒にいる時はそこまで感じなかったのだが、こうしてベッドに横たわっていると自身の心身が疲れ切っていた事に裕太は気付く。

 もはや着替える為に、ベッドから身を起こすのですら億劫になっていた。

 次第に、裕太の瞼がゆっくりと下りてゆき。

 その意識は夢と現実の狭間で混濁し始める。

 

 内海の事……怪獣の事……六花の事……そして、グリッドマンの事。

 

 とりとめのない思考が泡の様に生まれては消えてゆき。

 最後にアカネの笑顔を思い浮かべると、裕太はどこか満足した様な表情を浮かべて瞼を閉じる。

 

 明日はアカネの様子を見に行こう。

 

 消え入りそうになる意識の中で、そんな事を考えながら。

 裕太はふっつりと、意識を途切れさせた──

 

 

◇◆◇◆

「──おーい、アカネー! もどったぞー!」

 

 模型店のロゴが入った大きなビニール袋を両手に提げて。

 広い邸宅の中を歩き回りながら、黒髪ツインテールの女の子──スティレットは若干不機嫌そうな表情をしながら、この屋敷の主人の名前を大声で呼ばわる。

 

……しかし。

 

 元からして人の気配に乏しいこの屋敷が、今はさらに人の気配も無くシンと静まり返っていた。

 コンクリート打ちっぱなしの無機質な邸内にスティレットの声だけが虚しく響く。

 

 その状況に何かイヤなものを感じて、スティレットはその鋭げな瞳を半分にした。

 

「──おい! アカネ! アカネ!! お〇ぱいメガネーーー!!」

 

──それでも一応、一通り見て回り。

 しかし、リビングまで戻ってきたところで持っていたビニール袋をソファーの上に投げると、スティレットは両手をメガホンにして大声を上げ始める。

 

 その声がいよいよ看過できない煩さになってきたせいだろう。

 リビングに据え付けられそれまで真っ暗になっていたテレビに、突然として何かの姿が大きく映る。

 

……画面の中で、蒼い炎がゆらりと揺れた。

 

「どうしたんだい、スティレット? そんなに大声を出して……行儀が、悪いなぁ」

 

 一見すると黒い甲冑と兜を着込んだ様な。

 大柄な人物の上半身がそこには映し出されていた。

 兜の前面部分は大きな亀裂が入った様になっており、紅いバイザーの様な物がその亀裂を覆っている。

 そのバイザーの奥から、強く輝く瞳がスティレットを見つめていた。

 

「アレクシス! いるなら早く出て来いって!」

 

「ははは……ちょっと野暮用があってね。すぐには出てこれなかっただけだよ」

 

「ウソつけ! ……ったく」

 

 憤懣やる方ないと言った風情で語気を強くするスティレットから言葉を投げつけられても、アレクシスと呼ばれた黒い甲冑の人物は紳士的な物腰を決して崩す事が無かった。

 その言葉は如何にも理知的で、優し気な雰囲気に満ちている。

 

「ほら、アカネから頼まれてたモノを買って来たんだよ! エポキシパテとか、いっぱい! この朝っぱらから!」

 

 そんなアレクシスの映るテレビへと向けて。

 スティレットは肩を怒らせながらずんかずんかとビニール袋の所へ歩いていくと、それを両手に振り返りながら突き付けた。

 そんな少女の姿に、アレクシスは愉快そうにバイザーの奥の目を細めた──様に見えた。

 

「ほう……それは大変だったねぇ。でも、アカネ君なら今はお出かけ中だよ……裕太君の所へね」

 

「なぁぁにぃ!?」

 

 鋭い目を今度はまん丸くしながら。

 バサリとスティレットの両手からビニール袋が落っこちた。

 そして、その場で腕を振り回しながら地団太を踏み始める。

 

「ヒト様をパシっといて! 自分は男の子んところに遊びに行くとか! あの眼鏡おっ〇いに、どーゆー教育してんだよアレクシス!」

 

「ははは。まぁまぁ、いいじゃないか……創作活動には適度な休息も必要という事で。それに──」

 

 小さな怪獣の様に、吼えてじたばたしているスティレット。

 そんな彼女をテレビの中から穏やかな声で宥めながら、アレクシスは少しだけ頭を動かして視線をずらす。

──まるで遠くを歩く少女の背中を見つめるかの様に。

 

「それに、ああ見えても繊細な子だからね。……きっと慰めてもらいたかったんじゃあないかな? 元気になってくれるといいんだけど……」

 

 アカネを労わる様に、最後は独白の様に言葉を紡ぐアレクシス。

 そんな、テレビの中の人物をムスッと頬を膨らませたスティレットが睨みつける。

 

「……それじゃあ、アタシの事は誰が慰めてくれるんだよ?」

 

 その言葉にスティレットへと顔を向け直したアレクシスは、考える様な素振りを見せてから。

 

「スティレットも裕太君の所へ行ってみるかい?」

 

「そ、そーゆー事じゃねーんだよ!!」

 

 何故か、ちょっとだけ頬を紅潮させると床でじたばたしはじめるスティレットを眺めながら。

 アレクシスはいかにも愉快そうな笑声を上げていた。

 

 

 

◇◆◇◆

──いよいよ、意を決して。

 苦い表情のまま、テレビの電源を入れた裕太であったが……その表情はやがて驚き呆けた様なものへと変わっていく。

 

 テレビの画面の中──そこにはいつもと変わらぬ日常の風景が映し出されていた。

 

「え……あれ? 昨日、あれだけ怪獣が暴れて……街もボロボロになったのに……」

 

 裕太は再度、テレビのリモコンを操作してチャンネルを変えていく。

 しかし、どのテレビ局も昨日の怪獣騒ぎについて報道しているところは無かった。

 

 瓦礫と化した街の一角を中継する……そんな番組も無い。

 あれだけの被害が出て、そしてその原因は謎の巨大生物──これだけのモノが揃えば、数日中はその報道だけで特番が組めそうなものだが……それが一切無いのだ。

 

 朝の特撮ヒーロー番組から、のんきに温泉巡りしている旅番組、大根の植え方をレクチャーする園芸番組……。

 そんな日曜の朝らしい番組が平然と流れているばかりか、報道番組ですらツツジ台の怪獣騒ぎよりも大事(おおごと)そうに政治家の不倫騒ぎを取り扱っている。

 

「どうして……どうして誰も昨日の事、何も言わないんだよ」

 

 まるでツツジ台で起きた事など無視するかのように、日本という国は動いている様だった。

……いや、無視しているとか、触れない様にしているとか。

 そう言った言葉では説明のつかない違和感が裕太には感じられた。

 それは、あの『自分だけが気づいているのに、他の人々は誰も気づかない』という事態に直面した時の感覚によく似ていた。

 

──何事も無かったかのように。

 

 そう形容するのが、一番しっくりと来る。

 裕太は冷たい汗が流れるのを感じながら、自分でも気付かぬ内にリモコンをぎゅっと力一杯に握りしめていた。

 

「──っ!」

 

 その時。

 制服のポケットの中から聞こえる着信音に、裕太はびくりと身を震わせた。

 取り出すと、画面には内海の名が表示されている。

 慌てながら裕太は、スマホを耳へと押し付けた。

 

「内海! テレビで、昨日の事! なんにも!」

 

「……その様子だとテレビは見たみたいだな。裕太、まずは落ち着けって」

 

 あたふたと断片的な単語を吐き出す裕太とは対照的に。

 電話の声から、特に内海は驚いた様子も無さそうに思われた。

 その冷静な喋り口に、裕太も少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

 そんな裕太へと、内海は感情を抑える様にして淡々と語りだす。

 

「いいか、裕太。テレビだけじゃない……新聞やインターネット、SNSの投稿に至るまで。オレが調べた限り、昨日のツツジ台の怪獣騒ぎのニュースや記事は……ひとつも無かった。ついでに、オレの親にだって聞いた。そしたら、特撮好きを拗らせて頭がおかしくなったなんて溜め息つかれる始末だよ。……まるで、そんな事件なんて元々起きてなかったみたいにな。それだけじゃない──」

 

 そこで内海は言葉を区切ると、初めて驚愕した様な色を言葉に滲ませる。

 

「オレ、それを見て気になって……自転車で見に行ったんだ。昨日の怪獣が出た辺り……どうなってたと思う?」

 

「そりゃあ……壊れてたんだろ?」

 

 自分がグリッドマンとして見た光景が現実である限り、あの辺りはそうなっている筈である。

 そうなっていなくてはおかしい。

……しかし。

 

「結論から言うぞ? ……どうにもなってなかった。壊れたビルどころか、瓦礫のカケラひとつ落ちてなかったよ」

 

「……そんな」

 

 内海の言葉に、裕太は言葉を詰まらせる。

 全く意味が分からなかった。

 あんな大事件が一晩経ったら、完全にリセットされた様にして無かった事にされているのだから。 

 

「夢を見てた……ってわけないよな」

 

「オレとお前、二人揃ってか? 今の状況も現実的じゃないが、それだって現実的な話じゃないだろ」

 

「……そう、だよな」

 

 今の状況下で裕太ひとりだけが取り残されていたら、きっと自身の頭を疑っただろうが。

 内海も一緒だとなると、何かと話は変わってくる。

 周囲が過ごす『現実』と自分達の知る『現実』の矛盾──そこに相反するものがある以上、どちらかに『真実』があり、どちらかが『虚構』と言う事になる。

 

 内海の電話はまだ続く。 

 

「それで、ここからが本題だ。いいか、誰にもこの事を話したりするな。怪獣の事とか街がぶっ壊れた事とか、グリッドマンの事とか──とにかく、昨日の事は全部! オレみたいに頭がおかしくなったヤツだと思われるのがオチだ。なにより……どこで『敵』が調べているか分からないからな。オレ達がイレギュラーだと気付かれるのはマズい」

 

 内海の話の内容は至極ごもっともとも言えるもので、裕太も大部分には頷いたのだが。

 一点だけ、気になる部分が出てきて裕太は首を傾げる。

 

「……えっと、その『敵』って……怪獣が俺達の話を聞いてるかもしれないからって事か?」

 

「違ぇよ! 怪獣が建物の陰に隠れて聞き耳を立ててたりすると思うか? ──……宇宙人だよ。こういう異変には大体、宇宙人とか異次元超人が関わってるってのがウルトラシリーズのお約束だろうが!」

 

「……ああ、そういう」

 

 そこでシリアスな空気に音を立ててヒビが入った。

 裕太の真剣な表情が、呆れた様な半眼へと変わる。

 

「とにかく、後からお前の家に行く。そして、グリッドマンに会いに行って今後の対策を立てようぜ」

 

 そこで、少しだけ裕太の表情がシリアスに戻る。

 確かにこの状況では、グリッドマンに会いに行く以上の得策は無いだろう。

 どんな異変がこの街に起こっているにせよ、それに対抗できる力を持っているのは彼しかいないのだから。

 

「……分かった。準備しておく」

 

「よし、じゃあな。いよいよ『グリッドマン同盟』の本格始動だ……!」

 

 ブツリ、と切れる電話。

 耳慣れない単語が最後に聞こえ、裕太は怪訝な表情でスマホを見つめる。

 

「なんなんだ……『グリッドマン同盟』って」

 

──そんな、裕太の問いかけにも似た呟きに。

 クイズ番組で解答ボタンが押された時の音の様に、ドアチャイムの音が鳴る。

 それも、立て続けに何回も。

 

「いったい、こんな朝から──」

 

 迷惑極まりない人間もいたものだ、と。

 顔をしかめる裕太。

 しかし、そのドアチャイムの刻むリズムに気が付くと、ハッとした様な表情を浮かべなおし。

 気持ちだけ早歩きで、玄関へと向かう。

 

 そして、がっちゃりと玄関のドアを開けると。

 裕太は目の前に立つ人物を半眼で見つめた。

 

「──あのさ………毎回、ウチに来るたびにドアチャイムでウルトラセブンの歌をやるの止めてくんないかな?」

 

「えー? もう何年も続けてる習慣だから、今さら止めろって言われても困るよ」

 

 その言葉に一層と半眼をキツくする裕太を見るなり、ころころと鈴を転がす様に笑い出す女の子。

 

 

 そこには、コンビニの袋を手にした新条 アカネが立っていた──

 

 

 




~今回の幕間~
内海「母さん! 怪獣が出たんだよ!」

内海母「この子はまたそんなこと言って……夢でも見たんでしょ」

内海「本当なんだよ、信じてくれって!」

内海母「バカ! アンタは一週間の謹慎(おやつ抜き)よ!」

内海「TAC!」


~今回のあとがき~
あけましておめでとうございます。
そして、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

原作の方はすでに完結しておりますが、よろしければ今後ともお付き合いいただければ幸いでございます。
こちらのお話も、せめてグリッドマンがスパロボに出るまでに完結できればいいなーなどと考えていたりいなかったり……すぐに参戦しそうだなぁ。_(´ཀ`」 ∠)_



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#2

──まるで、そこが昔から自分の領土であるかのように。

 そんなふてぶてしさで、ダイニングテーブルの上にのぺーっと上半身を伸ばすアカネ。

 

……住人の俺よりくつろいでるよな、こいつ。

 

 テーブルの上を意味もなく占有する幼馴染みの姿を半眼で見下ろしながら、それでも裕太は用意した湯気の立つマグカップをその傍らに置いてやる。

 それを横目に一瞥すると。

 アカネはふにゃりとした笑顔を裕太へと向けた。

 

「ん、くるしうないぞよ」

 

「……お前は殿様かなんかなのか?」

 

「どっちかって言うとお姫様かな。プリンセス」

 

 言い淀む事なく、いけしゃあしゃあと。

 裕太の呆れ顔から放たれる言葉をあっさりと打ち返しながら、アカネはカップを両手で包み込むように握ると、こくこくと中身を傾け始めた。

 そんな幼馴染みに小さく嘆息した後、裕太は微苦笑しながら肩を竦める。そして、彼女がテーブルの上に放っているビニール袋へと目を移した。

 袋からは菓子パンが幾つかと、トマトジュースの姿がちらりと見えている。

 

──時折、ふらりと。

 何の脈絡もなく、アカネが家にやってくる事がある。

 その時々で彼女が口にする理由は様々だ。今回は「たまには一緒に朝御飯もいいかなと思って」なんて言っていた。

 しかし、彼女が買ってきた自分用の朝御飯らしい菓子パン等を見ていると、それが取って付けた理由だと言うことがよく分かる。

 

 そんな事を考えている裕太の前で──手にしていたマグカップを下ろすと、アカネはホッとした様に息をついた。

 

「はぁ……やっぱりユータ君のいれてくれるホットミルクは一味違うなぁ」

 

「大袈裟なんだって。温めただけだよ」

 

……なにはともあれ、ともかく。

 昨日、帰るなり寝入ってしまった自身もお腹が空いている。裕太は朝食を用意する為に、アカネに適当に言葉を返しながらダイニングキッチンの方へと歩いていく。

 冷蔵庫を開けると、袋入りのカット野菜やら卵やら、食材はそれなりにまだ残っていた。

 

「適当にサラダとオムレツでも作るか……」

 

 野菜の入った袋を手に、裕太はぼやっと宙を見つめながら呟く。

 その位なら、アカネの分も簡単に用意できるだろう。

 さすがに自分の目の前で、彼女に菓子パンだけ齧らせておくわけにはいかない。

 

 男の子にしては物慣れた手つきで準備を進める裕太。

 そんな彼の顔を眺めながら、アカネはにんまりとした笑みを浮かべた。

 

「温めただけー、とかなんとか言って。私の為にハチミツ入れてくれたり、バニラエッセンスでちょこっと香り付けしてくれたりするんだもんなぁ。……うん、ユータ君って何気に女子力高いよねー」

 

「女子力……」

 

「今も私のサラダの方に、ミニトマト切って飾ってくれてるでしょ?」

 

 アカネの言葉を半眼で反芻しながら、裕太はピタリと手元の動きを止めた。

 からかってるのか、褒めてるのか、その両方なのか……アカネの言葉の真意は分からないが、どちらにしても『嬉しい』と言う感情は裕太の中にはあまり湧いてこなかった。日頃から童顔で子供っぽく見られがちな裕太は、どちらかと言えば『男らしい』と言う言葉に憧れを抱いていた。

 

……これが女子力?

 

 自然とアカネのサラダの上にだけ乗っけていた彼女の好物を見下ろしながら、裕太は笑みを引き攣らせた。

 

 

◇◆◇◆

「──おじさんとおばさん、今度はどこ行くって言ってたっけ?」

 

「んー……今度はドイツだってさ」

 

 相変わらず、だらーんとテーブルの上で溶けた様に上半身を伸ばしたまま。

 そんな姿のまま声を投げてくるアカネに、裕太はボウルに割った卵をかき回しながら言葉を返す。

 

……しかし、どうやら。

 内海の言った通り、自分達以外に昨日の怪獣騒ぎの事は記憶に残っていないらしい。それはアカネも同じようで、今のところ怪獣の『か』の字も口にしていない。

 アカネの趣味嗜好と性格からして。

 もし昨日の怪獣の事を覚えていたならば、今頃には彼女お得意の怪獣長講釈に裕太は辟易とさせられていた事だろう。

 そう考えると、これはこれで助かった──かどうかは、さておいて。

 いよいよもって訳の分からない事態になってきたと頭を抱えたくなる反面、やはりホッとしている裕太もいる。

 手を止めると、顔を上げてアカネを見つめた。

 

 少なくとも、今この瞬間。

 

 自分の目の前──確かにここにアカネはいる。

 グリッドマンと一緒に怪獣を倒したことで、何かを守れたのか、救えたのか……裕太には分からない。それでも、今ここにいる彼女だけは確かに守る事が出来たのだと──裕太はそう、信じたかった。

 

 そんな風にアカネを見つめていると。

 まるでその視線を感じ取ったかの様に、アカネがちらりと顔をあげ。

 その澄んだ瞳が裕太を捉えると──アカネは、はにかんだ様に微笑んで見せる。

 

 その笑顔に、裕太は自身の顔が熱くなるのを感じた。

 

「そ、それにしても!」

 

 アカネに向けていた顔を手元に落として、せっせと作業に戻る姿を見せながら。

 気恥ずかしさを誤魔化す為に、裕太は一際大きな声を上げる。

 

「仕事だからしょうがないんだろうけどさ、夫婦揃って一人息子だけ置いて行くかね。フツー」

 

「……かわいい息子には留守番させよって事でしょ? 」

 

 裕太の照れ隠しが可笑しくもあり、なにより可愛くもあり──そんな様子で、アカネは上半身を起こすとテーブルの上に頬杖をつく。

 

「まぁ、安心してよ。ユータ君の事は、今回もおばさんから私がちゃんと頼まれてるんだから」

 

 自身の豊かな胸に手を当てて。

「ふっふーん」とばかり、得意気な表情をするアカネ。

 そんな幼馴染みの姿を見ていると、先程までの気恥ずかしさもどこへ行ったやら、裕太は厭世とした様に目を細める。

 

「頼まれて、ねぇ。……毎回ウチにゴロゴロしに来るだけで、アカネから何かしてもらったと言う記憶がないんだけど」

 

「うわ、そーゆーこと言うんだ。ユータ君が寂しくないように、わざわざゴロゴロしに来る私の気持ちがわからんかなぁ」

 

「わかんない。──はい、おまちどうさま」

 

 仰々しく嘆いてみせるアカネへ、にべもなく言葉を返し。

 裕太は出来上がったオムレツとサラダをテーブルの上へと並べていく。

 目の前の彩りに、アカネは花が咲くように頬をゆるめる。

 

「わーい、オムレツだぁ。──わ、なにこれ。ふわふわのとろとろだよ?」

 

 スプーンを手にきゃっきゃっと無邪気にはしゃぐアカネ。オムレツを一匙すくうと──その出来に、素直に驚いた様子で裕太の顔を見やる。

 

「そんなことないって。普通のオムレツだよ」

 

 そんなアカネの言葉に。

 自身の分を用意していた裕太は、照れくさそうに口を尖らせた。

……そう否定はしたものの。

 実際、裕太自身も料理──だけでなく、家事はそれなりにこなせると言う自負は多少なりとあった。

 輸入雑貨店を経営する両親が度々に家を空けるせいで、自炊やら何やらする機会が多いせいだろう。

 何時だったかその事で不満を訴えた時、父親が「必要は最良の教師だ」なんて海外の格言をドヤ顔で持ち出してきた事があって、その時は荒れたものだが……なるほど、その通りだったかもしれないと今では裕太も思っている。もっとも、その先生はかなりのスパルタだったけれども。

 

「いただきまーす♪」

 

 なにやら遠い目をしている裕太を尻目に。

 さっさとアカネは、すくったオムレツを口へと運ぶ。

 途端──アカネはカッと目を見開いた。

 

「んー! ちょっと、シェフを呼んでもらえるかしら?」

 

 大真面目な表情で裕太を振り返るアカネ。

 アカネの向かいの席へと腰かけながら、裕太はちょっぴりとだけ「めんどくさいなぁ」って色を混ぜた怪訝な表情を浮かべた。

 

「えー? ……目の前にいますけど」

 

 アカネはマジな表情のまま。

 裕太の顔をじっと見つめると、一転、パッと華やぐ様な笑顔を咲かせて──

 

「──とっても、おいしいです☆」

 

 ブイッとピースサインしてみせた。

 一瞬、きょとんとした後。

 アカネのその仕草に「なんだそりゃ」と、思わず裕太も笑みを零す。

 

 朝食をとりながら、笑顔で交わす取り留めの無い会話。

 その話しの内容こそ、他の誰かにとっては取るに足らないくだらない事かもしれなくても。

 裕太とアカネ、お互い共がこの時間を大切にしたいと思っていて。

 二人にとってはそれだけで、ささやかながらも満ち足りた一時(ひととき)だった。

 

 

◇◆◇◆

──人間、朝食を食べただけで、こうも幸せそうな表情が出来るものだろうか。

 余人にそう思わせるほどに。

 朝食を終えたアカネは、顔にデカデカと『大満足』の文字が大書された様なふにゃりとした表情を浮かべ、椅子の上でまったりとしている。

 

 朝食のお礼にと、アカネからもらったトマトジュースを飲みながら。

 裕太はそんな彼女をそれとなく眺めていた。

 

「あー、おいしかったぁ。──ユータ君さ、きっと本物のコックさんになれるよ。目指してみない? そしたら私、毎日プロのオムレツ食べれるじゃんね! ナイスなアイディアだぁ」

 

 ふにゃふにゃと笑いながら、天井を仰いでいるアカネ。

 何の悩みもなさそうな天真爛漫な女の子──おそらく誰しもが見ても、今のアカネには似たような感想を抱いた事だろう。

 

……しかし。

 

 どうやら裕太には、そうは見えないらしい。

 

「…………なにか、あったんだろ?」

 

 トマトジュースのストローから口を離した裕太は静かに、そんな幼馴染みへと言葉を切り出す。

 

「…………どうして?」

 

 その言葉に。

 天井を仰いだまま、アカネは応える。その声音は先程までと変わらない様に聞こえるが、彼女の顔から引き潮の様に笑みが引いているのを裕太は見逃さなかった。

 

「今回は母さんから頼まれてたってのもあるだろうけど……アカネがこうやってウチにフラッと来る時はだいたい元気無いように見えるし……つまりは、その、勘かな。俺の」

 

……ここまでの時間。

 裕太以外の人間には、徹頭徹尾、アカネは『いつものアカネ』にしか見えなかっただろう。

 しかし、裕太だけは彼女の醸す僅かな変調を感じ取っていた。

 なぜ? ──そう問われると、裕太も返答に困る。具体的な根拠を挙げろと言われても言葉が見つからない。

 長年の付き合いが生む何かの力とでも言うのだろうか……かといって、全くこれが働かない時もあったりで──そういう諸々を鑑みると、やはり裕太には『勘』と呼ぶほかにそれを説明できなかった。

 

「勘ぅ? そんなんで私の事が分かるのかなぁ?」

 

 裕太の言葉を茶化す様な、それでいてちょっぴり不満そうな……天井を仰いだままのアカネの声。

 それでも、裕太はアカネの事を真っ直ぐ見つめて──

 

「分かるよ。その、たまに外すこともあるけど……今回は、本当に」

 

──相手を慮る真摯さのこもった言葉を送る。それは、ちょっぴりと締まらない部分はあったものの、それでもアカネへの情の深さが感じられる言葉だった。

 

……それを聞いて。

 アカネは天井を仰いでいた顔を、両手で覆った。

 そして、そのまま顔を下ろすと。

 今度は深く俯いてしまう。

 

 さらり、と。

 アカネの肩をその綺麗な髪が流れ──彼女の体は小刻みに震えていた。

 

「ア、アカネ……?」

 

──もしかして、泣いている?

 何時にない幼馴染みの姿に、動揺した様子で椅子を立ち上がる裕太。

 アカネへ近付くと、まるで細やかな氷細工を触る様な慎重さで、そっと彼女の両肩へ手をまわす。

……そこでようやく裕太は、両手に覆われたアカネの表情を垣間見た。

 

 その口許は、にんまりと笑みを形作っていた。

 

「……はい?」

 

 怪訝そうな表情で、怪訝そうな声を漏らす裕太。

 それがスイッチだったかの様に。

 

 ぎゅうっと、裕太の体をアカネが強く抱き締める。

 

「あはは! すごいよ、ユータ君! 本当に……本当に私の事、なにも言わなくても分かっちゃうんだもん!」

 

 眩しく思える程の笑顔を溢れさせながら、ぎうぎうと裕太の体を締め上げるアカネ。

 

 裕太はと言えば。

 痛いやら、苦しいやら、訳が分からないやら、彼女の胸の柔らかな感触が嬉しいやら──そんな感情が交錯して、その脳内は疑問符渦巻く混乱の極致だった。

 

「え? え? ちょ、あの、アカネ? なんか悩み事か何かあったんじゃ──」

 

「──あ、それ? もういいの」

 

 気持ち良いくらいに、アカネはキパッと言い切る。

 そして、ドヤ顔を浮かべながら椅子の上に立ち上がると、自身の胸の前で腕を組んでみせた。

 

「何がなんだろうと、誰が相手だろうと。私は、私の出来る限りの事をする! ──私、絶対に負けないから!」

 

 言っている意味はよく分からなかったが。

 アカネの熱意と言うか、迫力に気圧された様にして。

 裕太はパチパチと疎らな拍手を彼女へと送った。

 

「えっと……まぁ、元気になったみたいで何より……なのかな? 」

 

「うん、ユータ君のおかげ。ありがと!」

 

「おかげ……って。何にもしてないんだけど」

 

 いそいそと椅子から降りるアカネから、そんな風に笑顔で感謝されても。

 裕太には何一つも、彼女の助けになってやれたと言う実感はない。

……実感はないのだが。

 アカネの煌めく様な笑顔を見ていると、すぐに「それならそれでいいか」と思い直す事にした。

 

「…………………それにしても、すごいね! ユータ君の『勘』って! 本当に私の事なら何も言わなくても分かっちゃうのかな? ──ちょっと実験してみようよ」

 

「いや、超能力とかそういんじゃないんだけど──」

 

「いいから、いいから。はい、そこでジッとしててください」

 

 よほど、自身に悩み事があるという事を裕太が気付いてくれたのが嬉しかったのか。

 ちょっぴり興奮した様子のアカネは、裕太の言葉を途切れさす勢いで目の前に立たせると、その瞳をじっと見つめた。

 

「それじゃあ、私が今から思うことを当ててくださーい」

 

「えー……そんなの──」

 

「集中して!」

 

 困り顔で「無理です」と言いかけた裕太のほっぺを、アカネの人差し指がムニッと突き上げる。

 

──ああ、これは人の話を聞いてくれない時のアカネだ。

 

 厭世とした表情を浮かべながら裕太は理解した。──やるしかない、と。

 これは下手すると正解するまで解放してくれないんじゃなかろうか。……そんな一抹の不安を抱きながら、じーっと裕太もアカネの瞳を見つめる。

 

「うーーん……」

 

 今回は『勘』も発動してくれないのか、さっぱりアカネの考えは分からない。お互いに見つめあっているこの状況が、気恥ずかしく思えるばかりである。

 

「苦戦してますねぇ。これは幼馴染み(ぢから)が足りていないのでは? ──そうだ、目とか瞑ってみなよ。きっと集中できるから……すぐに分かるよ」

 

「……目を?」

 

 意地悪な笑みを浮かべるアカネに、ちょっぴりムッとしつつも。

 彼女に言われるがままに、目を瞑る裕太。

 基本的に素直な人間なのだ。

 

 裕太の視界が、暗闇に閉ざされる。

 

 

──自身の言う通りに、目を閉じた裕太の顔を見つめると。

 アカネは自身の両の頬に手を当ててから、その手を胸の上へと持っていく。

 鼓動が、今まで感じた事がない位に強く高鳴っているのが、掌へと伝わってくる──その高鳴りを心地よく思っているのか、アカネはふわりと仄かな笑みを浮かべ。

 

「……どう? わかった?」

 

「うーん、まだ……」

 

 必死になって自分の考えを当てようと頭を悩ます幼馴染みの顔をいとおしく見つめながら。

 アカネは胸に置いていた手を、今度は自身の口許へと動かす。

……白く細やかなその指先が、やわらかな桜色の唇へと触れる。期待と不安に、微かにだが唇がふるえていた。

 

「もっと……私が近付いてみよっか?」

 

 鮮やかな紅色に染まった白い頬。

 不安に足踏みしてしまいそうになりながらも、勇気を出して一歩を踏み出す──そんな様々な感情が入り交じった表情で裕太へと近づいていくアカネ。

 そして、裕太の吐息を感じそうな距離まで近づくと、自身も深く目を閉じ、彼へとそっと顔を差し出す。

 

「ほら……もう、分かるよ──」

 

 アカネの囁きが消え入る様にか細くなっていき。

 お互いの唇が重なり合おうと──

 

 

◇◆◇◆

 裕太が目を瞑っていると、暗闇の中に甲高い電子音が鳴り響く。

 

──ドアチャイムの音だ。

 

「──おっと、お客さんだ。ごめんな、アカネ」

 

 これ幸いとばかりに、裕太は目を開く。

『正解しなきゃ帰れません』みたいな様相を呈していたアカネの実験をどう切り上げようか──目を瞑りながらそんな事を考えていた裕太にとっては、新聞の勧誘かNHKの集金かは分からないが、まさに渡りに船であった。

 

「……アカネ?」

 

 裕太が目を開くと、先程まで目の前にいたであろう筈のアカネの姿が何故か──ダイニングの隅っこにあった。

 

「なんでそんな所に?」

 

「あははー。気にしないで! ……ホントに気にしないで!」

 

……アカネは何故か顔を真っ赤にして、ひらひらと両手を振っていた。

 

「いや、でも顔が真っ赤だし。熱でもあるんじゃ──」

 

「そ、そういことじゃないから! ──あ、お客さん待たせちゃ悪いよね! 私が行ってくるよ!」

 

 近づこうとする裕太から、まるで逃げるようにして。

 アカネは足早に玄関の方へと歩いていってしまう。

──人知れず落ち込んでいたり、いつの間にか元気になっていたり、どういうわけか顔を真っ赤にしてよそよそしくなったり。

 女の子の心はやっぱり分からないな、と。

 その背を見送りながら、裕太はかくりと首を傾げた。

 

 かくりと首を傾げていると。

 そこでふと、自身が何か大事な事を忘れているような気がして、裕太は眉根を寄せる。

 アカネの来訪ですっかり頭からふっとんでしまっていたが、何か凄く大事な事を──そこまで考えたところで、裕太はハッとした表情で顔を上げる。

 

 それと同時に──

 

「し、新条さん?!」

 

──玄関の方から友人の裏返った叫び声が聞こえてきて、裕太はぺしゃりと片手で顔を覆っていた。

 

 

◇◆◇◆

「はい、どうぞ。粗茶ですが」

 

「あ、これはどうも恐縮です」

 

「こら。粗茶って、ウチのお茶っ葉じゃないか」

 

 にっこりと湯気立つ湯飲みを、お客さんの前へ静々とした所作で差し出すと、にっこり笑ってみせるアカネ。

 その笑顔を受けても。

 お客さんはガチガチに緊張しているのか何時になくお堅い言葉をのたまいながら、ギクシャクとした動きで湯飲みを手に取っていた。

 お客さんとは、もちろん──内海である。

 

「それじゃ、お邪魔ムシは奥で洗い物してますので。あとはお若いお二方でごゆっくりー」

 

「どんなキャラだ……」

 

 まるでお見合いのお世話人みたいな事を言いつつ。

 アカネは口許に手を添えると微笑みながら、キッチンで洗い物をする為に引っ込んで行く。

 

 嘆息しながら、裕太は内海へと視線を戻す。

 

「新条 アカネの淹れた緑茶……! 美味(うま)し……! 緑茶、美味(うま)し……!」

 

──内海は内海で、シリアスな表情をしながら。

 まるで女神から与えられた不死の霊薬を戴く様な厳かさで、緑茶の入った湯飲みをゆっくりと傾けていた。

 

「……お前はお前で、どういうキャラなんだよ」

 

 これ以上ないと言う位の呆れた表情を内海に向けながら。

 一方で、さもありなんと。

 今の内海の姿もやむなしと、裕太は納得もしていた。

 

 どうやら、内海はアカネの事が好きらしい。

 

 一度、本人に聞いてみた時は激しく動揺しながら誤魔化されたが……その姿そのものが答えだと言っても良かった。

 なにせ内海はかつて、アカネの事を『才色兼備才貌両全の最強女子』とまで評した男である。

 表にこそあまり出しはしないものの、その熱意たるや大したもので。

 アカネの事を好きだと言う男子は多かれど、内海ほどに熱いものを持っているヤツはそういない──というのが、裕太の所感である。

 

 

……だからこそ。

 だからこそ、この状況は非常に──めんどくさかった。

 

 

 ゆっくりとお茶を味わい終えた内海。

 まるでそれまでは、そのお茶が精神安定剤だったかの様に。

 途端に荒々しく、裕太の服の襟元に掴みかかる。

 

「なんで新条 アカネがお前の家にいる! なんで新条 アカネがお前の家にいる! なんで! 新条 アカネが! お前の家にいるんだ……ッ!!」

 

 わー、めんどくさい。──そう思いながらも、あまり相手を刺激しないように。裕太は引き吊った笑みを浮かべながら、慎重に言葉を選んだ。

 

「何度も言うけども、俺とアカネは幼馴染みだから。たまには朝御飯くらい一緒に食べる時もあるって事で」

 

「朝御飯を一緒に……!? ──は?! なにそれ聞いてないんですけど!! 聞いてないんですけど!! そんなギャルゲーみたいな素敵イベントが現実に許されるんですか、神よ!!」

 

──俺の腕からもグリッドビームとか出たりする様になってないのかな?

 やいのやいのとうるさい友人を半眼で眺めながら、わりと本気で左腕を触ったりする裕太。

 そんな彼の前で。

 内海は眼鏡を外すと、目頭に浮かぶ熱い滴を手で拭う。

 

「見損なったぜ裕太! 『グリッドマン同盟』の同志として、一緒に戦い抜こうとウルトラの星に誓いあったじゃないかオレ達!」

 

「昨日のどこに、そんな暇があったよ。だいたい、電話でも気になってたんだけどその──」

 

「──ねぇねぇ、そのグリッドマンってなに?」

 

 裕太の言葉を遮る、可憐な声。

……その声に。

 裕太と内海、二人ともが同時に凍りついた。

 

 確認するまでもなく、声の主はアカネである。

 洗い物を終え、手を拭きながら二人の座るテーブルへと歩いてくる。

 

「し、しまったぁぁ!!」──そんな表情で顔を見合わす裕太と内海。ダイニングキッチンと言う性質上、二人の会話が筒抜けであることくらい少し考えれば分かりそうなものであったのだが──覆水、盆に帰らず。口から飛び出したグリッドマンと言う単語が口の中へと帰ってくることはない。

……朝一番に立てた『みんなには秘密だよ作戦』は一瞬にして頓挫しかけていた。

 しかも──裕太と内海、お互いにとって、色んな意味で一番知られたくない相手に。

 

「ねえってばぁ。……そーゆー風に男の子だけでコソコソするのって、良くないと思いまーす」

 

 しかも、こういう時に限って。

 あのしつこいアカネが顔を覗かせる。

「聞くまでは200回でも300回でも同じ質問しちゃう!」──そんな意思を感じさせる表情をしていた……迷惑な事に。

 

 言葉に窮する裕太。

 しかし、その瞬間──彼の脳内に、雷光が閃くようにアイディアが生まれた。

 

「グ、グリッドマンって言うのは……内海の考えたオリジナルのヒーローの名前なんだ! ほら、こいつ特撮ヒーロー好きだから。なんて言うか『ぼくのかんがえた最強のヒーロー』みたいなさ……なっ、内海!?」

 

「えっ?!」

 

──許せ内海!

 自身の口から飛び出した言葉に、驚愕の表情を浮かべがらこちらへと振り返ってくる内海へと、心の中で許しを乞いながら。

 裕太は笑顔で、内海へと同意を求めた。

 

 その笑顔に苦虫を噛み砕いた様な表情を浮かべた後。

 内海も何かを覚悟したかの様に、顔に笑みを張り付ける。

 

「い、いやぁ。そうなんですよ。オレ、特撮ヒーロー大好きで! たまにオリジナルのヒーローとか妄想しちゃったりして……高校生にもなってお恥ずかしい限りで」

 

 内海は立派だった。立派に道化を演じきった。

 その男らしい姿に裕太は心の中で涙した。──もとはと言えば、内海(コイツ)が不用意にグリッドマンの名を口にしたのが原因だったとか、そう言うことがどうでも良くなる程の男らしさだった。

 

「ふーん……オリジナルのヒーローかぁ。なんか楽しそうだね! どんなヒーローなの?」

 

 内海の犠牲もあってか、アカネは一応納得した様子を見せる。

 しかし、そう公にはしていないものの、元来にして特撮は大好物のアカネである。逆に興を惹いてしまった部分も出て来てしまい、内海は再びアカネから質問攻めにあっていた。

 

「いや、その……まだ考え付いたばっかりで。これから色々と設定とか増やしていこうかなって……!」

 

「アカネ……内海、困ってるから」

 

 妙にグリッドマンに食い付くアカネを、裕太は幼馴染み力でやんわりとたしなめて内海から引き離す。

 

「そっかぁ、残念。……もし設定とかできたら、私にも教えてね? 内海君」

 

「それはもう、出来た時には」

 

 至極残念そうなアカネの言葉に。

 壊れた人形の様にカクカクと内海は頭を振って返す。

 

──それで満足した、というわけではないのだろうが。

 アカネは笑顔で、裕太と内海に向けてひらりらと手を振った。

 

「それじゃあ、二人とも。私、帰るね。家にやりのこしたこともあるし」

 

「うん。……本当にもう大丈夫なのか?」

 

 少し前までのアカネの変調を思い出し、裕太は念を押すようにして尋ねる。

 その言葉に、彼女は一層輝きを増した笑顔でピースサインをして見せる。

 

「うん! もう本当に大丈夫! ──今の私はヤル気満々っすよ!」

 

 元気に手を降りながら、部屋を出ていくアカネ。

 そんな彼女の姿を、裕太と内海はそれぞれの思いを抱きながら、手を振って見送る。

 

 

 そして、アカネが玄関から外に出ていったのを確認すると。

 二人はお互いに向かい合い──

 

 

「──裕太、テメー! よくも人を凄いイタいヤツみたいな風に言いやがって! 誤解されたらどうする! 誤解されたらどうする!」

 

「──もとはと言えば内海がグリッドマンの名をホイホイと口にするのが悪いんだろ! 何が皆には黙ってろだって! 地底人と海底原人が聞いてるから不味いんだろ!」

 

「宇宙人と異次元超人だ!」

 

──ウルトラファイトばりの不毛な戦いが、しばし響家で繰り広げられるのだった。

 

 




◇今回の幕間◇
アカネ「もー! アレクシス! 私がユータ君の家にいる時は、誰も近づけないでって言ったじゃん!」

アレクシス「ごめんよ、アカネ君。ちゃんと見張っておいたのだけれど、あんまりスティレットが家で騒ぐものだから……」

スティレット「フットワーク軽いな、こいつら」


◆今回のあとがき◆
スティレット「8話分を書き終えるまで、自分が考えたタイトルの間違いに気づかない投稿者がいるらしい(ヒソヒソ 」


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
前話を投稿して数日してから一気にお気に入り登録が増えるという現象が起きて、目が点になってましたが……どこかでグリッドマン再放送とかあったんでしょうか? 特撮版の一挙再放送とかあったらいいなぁ……。

あと、活動報告でも書いてましたが。
タイトルの表記を間違っていたので修正いたしました……!

スティレット「ウルトラマンをウルトラマソって書いてたのに気づかないのと同じレベルだよな」

こんなポンコツですが、今後ともお付き合いいただければ嬉しい限りでございます。_(´ཀ`」 ∠)_


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#3

 照明も乏しく、薄暗い室内。

 

 床を埋め尽くすのみならず、そこに幾重にも堆積しているのはゴミの詰まったビニール袋である。

 そんな中に、まるで壁の様にして幾つも立ち並ぶのは、大きなショーケースの姿だった。

 

 ショーケースの内部……小さな照明にライトアップされたその棚に並ぶのは、物言わぬ怪獣達の群れ──かつて歴代のヒーロー達と雌雄を決してきたモノ達の人形である。

 

 その殆どがどういう形であれ。

 

 最後には敗れ去ってきた事を考えると、その棚はさながら怪獣の墓場の様にも見えるだろうか。

──そんな陰気さ極まる場所こそが、彼女の自室だった。

 

「ただいまぁ。アレクシスー」

 

 堆積したゴミ袋を踏みつけながら。

 パソコンの前へと座ったアカネは、デスクの上に置いてあった(ひび)割れた眼鏡をかける。

 彼女の呼び声に応え、パソコンの画面に蒼い炎が揺らいだ。

 

「──お帰り、アカネ君。その様子だと……どうやら元気になったみたいだねぇ」

 

 現れたのは黒い甲冑を纏ったかの様な人物──アレクシスと呼ばれる、アカネにとっては秘密の『同居人』だ。

 アレクシスはアカネの顔を見るなり、安堵した様子で鷹揚に頷いてみせる。

 

「うん。今の私はヤル気いっぱいだよー」

 

「はっはっは。それはなにより」

 

 椅子の上で胡座をかき、満面の笑みを見せるアカネ。

 

「……そうそう、アレクシス。あの『お客様』の名前、これからはグリッドマンって呼ぶ事にしようと思うの。いいでしょ?」

 

 まるで、それが素敵な思い付きの様に。

 アカネは笑顔で、アレクシスに同意を求める。

 

「ほう、グリッドマン! 格好良い名前じゃないか」

 

「でしょー?」

 

 もちろん、アレクシスは否定したりはしない。

 当然の事だ。

 なぜなら、自身の言葉は何よりも優先されるし正しいからだ──アカネは自尊心を満足させながら、ヘッドホンを頭につける。

 

「……どこで聞いたんだい?」

 

「クラスメイトの男の子が考えたヒーローの名前。やっぱり名前が無いとさ、張り合いがないじゃん?」

 

 倒すべき相手が名無しの巨人では、どうにも味気無い。

 自分で付けてもいいけれど、それではいまいち興が削がれる……そんなアカネにとって、内海の考えたというヒーローの名前はうってつけだった。

 

「なるほど、クラスメイトの男の子がね。──ああ、もちろんアカネ君の言う通りだ。ヒーローには名前が無くてはね」

 

 反芻するように、アカネの言葉を口にするアレクシス。紅いバイザーの奥にある彼の目は、何時だって喜色を帯びている様に見えた。

 

「……私、グリッドマンには絶対に負けない」

 

 針金で組んだ『骨格』を見下ろしながら、アカネは底冷えするような声を溢す。

 

「ユータ君は……この世界は私が守るんだ……!」

 

 裕太の名を口にするだけで力が湧いて来る様だった。

 あの二人の時間を守る為だったら何でも出来る。──そんな少女らしい温かな愛情と敵への冷たい憎悪が『血肉』となり、骨へとまとわり付いて歪んだ形を産み出していく。

 

 そんな光景を、アレクシスはただただ満足そうに見つめていた。

 

 

◇◆◇◆

 静かな店内に、コーヒーミルの豆を挽く音だけが響く。

 六花がゆっくりと取っ手を回すたび、高くなっていく豆の香り。

 いつもであれば、その馥郁(ふくいく)たる香りにほんのりと顔を綻ばせるところなのだが……今日に至ってはどうにもそう言う気分になれないのか、六花の表情はどこか伏し目がちに物憂げだった。

 綺麗な黒い睫毛が、目許に幽かな陰を落としている。

 

 

──『ジャンクショップ絢』の店内には喫茶スペースが併設していた。

 いや……併設、と言うのは大仰な表現だろうか。

 そのスペースは、カウンターテーブルに椅子が何脚か置いてあるだけの簡単なもので、ジャンクに囲まれた中にある細々としたものだった。

 そんなものだから来店するお客も基本的には近所のお馴染みさんばっかりで、そして、六花の母親が店長をしていくにはそれで充分だった。

 

 普段から、店の手伝いへと度々に駆り出される姿が見られる六花だが、今日の様に日曜日となるとそれはより顕著だった。むしろ、特に彼女に予定がない限りは、臨時店長の様に店を任せっきりにされている。おおらかな母親の経営形態に幾ばくかの不安を感じないでもないが、多少のアルバイト代が支給されることもあり、六花も半ば諦め気味にそれを受け入れていた。

 

 なにより六花自身、喫茶店での仕事が嫌いなわけではない。

 そんなに忙しい訳でもなく。こうして珈琲豆を擦っている時などは、とてものんびりとした心地で過ごす事ができた──そう、普段なら。

 

「……ふぅ」

 

 六花の唇から零れる小さな嘆息。

 豆を擦る手を止めると、六花は店の片隅に置かれた大きなパソコンを見つめた。

 いかにも前時代的な外見である。しかも、色んな所から部品をかき集めて来た様な感じが異様さに拍車をかけていた。

 

 その外観をじっくりと眺めてから、六花は再び小さなため息をつく。

 そして、何を考えたのか。

 カウンターを離れると、そのパソコンの前へと歩いていく。

……邪魔にならない様にと、頭の後ろで一つに纏めた六花の黒髪が、尻尾の様にゆらゆらと揺れた。

 

「あの……グリッドマン?」

 

 真っ暗なパソコンの画面。

 その画面へと、六花はおそるおそると言った感じで話しかけてみる。

 しかし、──

 

「もしもーし……聞こえてる?」

 

──しかし、パソコンの中にいる筈のグリッドマンは返事をくれはしない。

 かちかちとキーボードを叩いたり、軽くパソコンのディスプレイを叩いたりしてみたが結果は同じだった。

 

「……やっぱ、ダメか」

 

 そう呟きながら、六花は自身の腰に手を当てる。

 朝から何度か試してみた事だった。

 それだけに彼女も結果については予想もついていたのだろうが、それでも落胆の色は隠せないと言った様子である。

 

「あー、響君じゃないと声とか届かないのかな……」

 

 六花の脳裏に、のほほんとした笑顔を浮かべた裕太の姿が思い浮かぶ。今のところグリッドマンと交信出来たのは、あの少年しかいない。

 裕太が呼べば、きっとグリッドマンも出て来てくれるのだろうか。

……そんな事を考えながらパソコンから踵を返すと、六花は店の軒先へと出る。

 

 空には重たい灰色の雲が立ち込めていた。

 

「いきなり電源プラグを抜いたこと……もしかして根に持ってるのかも」

 

 曇り空眺めながら、ぽつりと零れる六花の呟き。

 こんなネガティブな思考になるのも、天気が悪いせいだろうか。せめて青空だったなら、幾らか気も晴れると言うのに。

 

「……ふぅ」

 

 もう朝から何度目になるか分からない嘆息。

 六花の整った顔立ちには、そんな憂いの色すらも魅力的な彩りになったが……本人に言えば「冗談じゃない」と睨まれるかもしれない。

 

──そんな表情のまま。

 六花が視線を下ろして、目の前の通りの向こうへ目をやると。

 丁度、裕太と内海が連れだって来るのが見えた。

 

「……やっと来た」

 

 安堵した様な、それでいて不満気な。

 複雑そうな顔をしながら、二人の姿を見据える六花。

 

「よう、宝多……」

 

「おはよう、宝多さん……」

 

 そんな六花とは対照的に、それぞれに緊迫感の無いだらりとした挨拶を六花へと送る二人。

 

 それでも、裕太は少しだけハッとした様に六花の顔を見直す。

 

「……『やっと』って、もしかして待ってた? 昨日のこと覚えてるの?」

 

「その『もしかして』……すっごい待ってた。もちろん、昨日の事も覚えてるから」

 

 腰に手を当てて、六花はちょっぴりムッとした様に見える表情を裕太に向ける。

 そこで、ふと何かに気づいた様子で。

 裕太と内海を交互に見やってから、六花は怪訝な表情を浮かべ直すと首を傾げて見せる。

 

「にしても……二人とも何かくたびれてない?」

 

 六花の言葉に、苦々しげな顔を見合わせる裕太と内海。

 

「いや、その──」

 

「まぁ、色々とあったんだよ」

 

 よもや、あんな下らない事で言い争っていたのだとは言える筈もなく。二人は口の端に引きつった笑みを浮かべながら、それぞれに明後日の方向を見やり──

 

「……なにそれ」

 

 六花のひんやりとした視線から顔を背けるのだった。

 

 

◇◆◇◆

「──……どうぞ」

 

「お、サンキュー」

 

「ありがとう、宝多さん」

 

 店内のカウンターテーブルへ内海と共に着いた裕太。

 そんな二人へ。

 六花はコーヒーミルから粉を取り出すと、手慣れた様子でコーヒーを用意する。

 そして、カップを傾ける二人を前に、頬杖をつきながら遠い目をして朝からの事を振り返った。

 

「……昨日、あれだけ大騒ぎしてたのに。朝になったらママは何にも覚えてないし。なみことはっすに聞いても、寝ぼけてるのかって笑われるし……──」

 

 なみこ、はっす──六花の話に出てきた名前に、裕太はカップから口を離すと、その顔を思い浮かべる。六花とよく一緒にいる二人で、裕太にとってもクラスメイトの女の子達だ。

 

「──グリッドマンのいるパソコンは、響君が帰った後はずっと消えたまんまだし。響君や内海君に連絡とろうとしたけど、電話の番号なんかもちろん知らないから。……私、自分だけおかしくなっちゃったのかと思った」

 

 どことなく疲れた表情で笑みを浮かべながら、六花は前髪をかきあげた。

 記憶を失わなかった彼女もまた、裕太や内海と同じ状況に陥っていたらしい。

 その混乱がどれほどのものかはよく分かる。裕太自身、内海からの連絡がなければ、それはさらに度合いを深めていた事だろう──そこまで考えたところで、裕太は隣に座る内海を肘でつつくと、六花に聞こえるのをはばかる様に小声で話しかけた。

 

「内海。お前、宝多さんに連絡しなかったのか?」

 

「仕方ないだろ……オレだって宝多の番号なんか知らないんだから」

 

 裕太に顔を寄せる様にして、内海も小声でそれに応じる。その顔は、いかにも決まりの悪そうな表情を見せていた。

 もちろん、裕太に内海を責める事など出来はしないが……しかし、自分達からの連絡がなくとも表面上は平静を保っている様に見える六花に、裕太は彼女の強さを感じた様な気がした。

 

「……どうせ来るんなら、もう少し早く来てくれればよかったのに」

 

──そんな二人の話が聞こえたかどうかは定かではないが。

 頬杖をついたまま、六花がジトッとした目で二人を見やる。

 

「いやぁ、それは……」

 

「繰り返すけど、色々とあったんだよ」

 

 またも、それぞれに明後日の方向へ視線を投げやる二人。

 まさかそんな女の子を前にして。他の女の子と朝御飯を食べていたとか、男二人で不毛な争いを繰り広げていたとか……そんな事は絶対に言える筈もなかった。

 

 

「──でも、これでハッキリしたな。オレ達以外の人間は昨日の事を覚えていない。そして、記憶が残ってるオレ達の共通点と言えば『グリッドマン』だ」

 

 六花のジリジリとした視線に堪えかねた様に、内海はわざとらしい咳払いをひとつ。

 真面目な表情を浮かべなおすと、話を本題へと引き戻す。

 なにか誤魔化された様な気もするけど──そう言いたげな顔をした六花も、気を取り直したように頬杖をやめ、顔を上げると胸の前で腕を組む。

 

「……あのさ。グリッドマンなら何か分からないかな? 私が声かけても聞こえないみたいだし……響君なら大丈夫でしょ?」

 

「案外、街を直してくれたのもグリッドマンかもしれないしな」

 

 そもそもがグリッドマンに会いに来たと言う事もあって。

 六花の提案に、内海もこっくりと頷く。

 そして、二人の視線が裕太に集中した。

 

「えっと……わ、分かったよ」

 

 大きな期待のこもった二人の視線に思わずたじろぐと、裕太は口の端を引き吊った様な笑みに歪ませた。

 思い返せば今までの人生で、これほど期待を寄せられた事があっただろうか。……正確に言えば期待を寄せられているのはグリッドマンで、自身は通訳みたいなものだけども。

 

 二人の視線に押される様にして、裕太はパソコンの前へと立つ。六花の言う通り、画面は電源が切れた様にして真っ暗だった。

 

「えっと、グリッドマン?」

 

「──やぁ。おはよう、裕太」

 

 裕太が声をかけた瞬間。

 ブラウン管のディスプレイに光が入り、グリッドマンの姿が映し出される。

 爽やかな朝の挨拶もおまけ付きだった。

 

「お、おはよう。──画面、真っ暗だったけど……どうかしたの?」

 

「すまない。……前回の戦いでの消耗が激しく、回復に専念していたんだ」

 

 どういう会話が行われているのか、周囲からは何となくの想像しかできないのだが。

 グリッドマンへ頭をペコリと下げて、朝の挨拶をしている裕太を眺めながら。

 六花はちょっぴり納得いかなさそうに、口を尖らせる。

 

「……本当に、裕太君だとすぐに出てきた。私の時は全然だったのに」

 

 そんな彼女の姿を見て、内海がからかう様にして笑みを向けた。

 

「お前、なんかグリッドマンの気に障ることやったんじゃないか?」

 

「そんなこと…………ない、と思う」

 

「いやいや、心当たりあんのかよ……」

 

 冗談のつもりだったはずが。

 何故か微妙な表情で言い澱むクラスメイトに、内海は呆れ顔になる。どことなく冷めた感じのする女の子だと思っていたのだが、案外にむちゃくちゃな事をするヤツなのかもしれない──そんな風に、内海は六花に対する認識を少しだけ改めた。

 

 内海と六花がそんな話をしている一方で。

 裕太は今朝になってからの異変をグリッドマンへと説明していた。

 話を聞き終えたグリッドマンは、裕太へと静かに頷いてみせる。

 

「──なるほど。それは確かに不可解な話だ……一晩の内に何者かが人々の記憶を改竄した可能性がある」

 

「街を直してくれたのはグリッドマンなのか?」

 

 内海の言葉を思い出し、そう訊ねてみると。

 グリッドマンは、ハッキリと首を横に振った。

 

「……いや、私ではない。それについても現状は全くの不明だが、これ程の影響を街に及ぼすと言う点において……街を修復した者は、記憶を改竄した者と同じ存在である可能性は高い」

 

「なんだか……よく分からない話だな」

 

 グリッドマンの言葉に、裕太は首を傾げる。

 どうやら目の前の超人をして、この街を包んでいると言う脅威は強大に過ぎるらしく、敵の正体をまだ掴めていないらしい。

 

「裕太、グリッドマンは何だって?」

 

「いや、実は──」

 

 話が終わる頃合いを見計っていたのか。

 少しだけ急かす様な調子で、内海が裕太へと声をかける。

 裕太は二人の方へ振り返ると、グリッドマンとの会話の内容を伝えた。 

 

「──なるほど。確かにそう考える方が自然だよな……そして、その『何者か』は怪獣を呼び出したヤツかもしれないって事だ」

 

 裕太の話を聞き終えると、思案顔で頷く内海。

 

「怪獣も?」

 

「ああ。こんな事が出来るヤツが、この街にそう何人もいられてたまるかよ」

 

 首を傾げる裕太へと、どこか自嘲気味な笑みを内海は向ける。そうは自分で口にしながらも、心のどこかで無茶苦茶な話だと言う自覚が、きっと本人にもあるのだろう。

 

「……でも、それっておかしくない? 怪獣で街を壊した後に、わざわざ自分で街を直して、皆の記憶も消して無かった事にって……矛盾してるって言うか、意味ないと思うんだけど」

 

 控えめに手を挙げながら。

 おずおずと言った調子で、六花が自身の考えを口にする。

 

 確かに彼女の言う通り、それはひどく矛盾した話の様に裕太にも思われた。

 怪獣で街を壊すと言う行為は、人々を力で捩じ伏せて街を支配する為……そんな理由もこじつけられそうだが。それを自分でまた直し、人々の記憶まで元に戻す……そうなってくると、前段階の怪獣が暴れた意味が無い様に思われるし、それでは何が目的なのかさっぱり分からない。

 

 しかし、──

 

「……そりゃあ、オレ達の方から考えればってだけだろ。相手にとっては、きっと理由があるんだ。……全部無かった事にして、ツツジ台の人間に何時もと変わらない生活をしてもらわなきゃならない理由ってやつが。……それが分かった時、相手がどんなヤツか分かるんだと思う」

 

──しかし、内海だけは二人よりも少しだけ高い視野から、物事を俯瞰しようとしているようだった。顎先に手を当てて思案する横顔は、普段よりも凛々しくて頼もしい。

 

 そんな内海の姿を、裕太と六花は驚いた様子で見つめていた。

 その視線に気がつくと、内海も目を少しだけ丸くしながら二人の顔を交互に見やる。

 

「な……なんだよ、二人とも」

 

「……意外」

 

 六花がぽつりと呟く。

 裕太の言葉がそれに続いた。

 

「二言目には『ウルトラシリーズでは~』ってのがお約束だと思ってたけど、色々と考えてるんだな内海って」

 

「お前らな……」

 

 あまりにもあんまりなクラスメイト達の言葉に、内海は厭世とした表情になる。二人が普段から自分の事をどう思っているか、垣間見えた気がした。

 しかし、そこは現代に生きる特撮オタク。

 すぐに気を取り直した様に、かけている眼鏡を指先で押し上げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「……だが、これでオレの推測はかなり正しい事が分かってきたわけだ。──敵はやっぱり悪質な宇宙人に違いないぜ、裕太!」

 

「えぇ……?」

 

 ただでさえ突拍子もない現状なのに。

 さらにそこへ突拍子もない要素を追加してくる内海へ、六花は冷めた半眼を向ける。……やっぱりこの男の子は、何を言っているのかよく分からない事が多い。

 

 裕太はと言えば。

 

「うーん……宇宙人かぁ」

 

──六花ほど、内海の説に拒絶反応を示してはいなかった。

 おそらく、小さい頃からアカネと一緒に死ぬほど見てきたウルトラシリーズのお陰で、こういうシチュエーションに免疫の様なものがついていたのかもしれない。

……なにより、内海の説を一笑するには不可解な事が多すぎるし、むしろ宇宙人のせいとした方がしっくりと来る部分もある。

 腕を組み、唸りながら。

 今までの日常の中で、宇宙人らしいものを見なかったか記憶の糸を辿る裕太。無論、そんな怪しげな人物などいなかった──そう結論付けかけた瞬間、裕太の脳内にフラッシュバックした光景があった。

 

 昨日の昼間。

 怪獣が現れる直前に見た、あの黒いドレスを着た女性の姿である。

 その時の周囲の人々の反応を含め、宇宙人かどうかはともかくとしても、すこぶるつきで怪しいのは間違いなかった。

 

「そう言えば、昨日の昼間なんだけど──」

 

 関係あるかもしれないし、ないかもしれない。

 それでも二人には伝えておこうと口を開く裕太。

 

──しかし、その言葉を遮る様にして。店のドアベルが鳴り、来客を告げる。

 

「あっ、いらっしゃい……ま、せ」

 

 すぐさま六花が反応し、そちらへと顔を向けるが……その表情がピシリと音を立てた様にして硬直した。

 つられるようにして。

 同じく店の入り口へと顔を向ける裕太と内海だったが、二人の反応もまた同様だった。

 

「…………」

 

 店の入り口に立っていたのは、着崩れた黒いスーツを身に纏った痩せぎすな男だった。

 ひどく猫背で、その両手はぞんざいにズボンのポケットに突っ込まれている。腰の後ろの辺りに、何本も棒切れの様なものを負っているのも見えた。

 ほったらかしでぐちゃぐちゃした黒い髪。顔色も悪そうで何とも生気に乏しい感じがするのだが──その眼光だけは冷たく冴えた刃の様な輝きを帯びている。

 その男を総評するなら、色々とネガティブな言葉が並ぶのだが──裕太達の脳内へ最初に浮かび上がった言葉は一つだった。

 

「……宇宙人?」

 

 ウルトラシリーズも馬鹿にできない、と。

 そんな事を考えながら、裕太は自身の口の端が引き吊るのを感じていた。

 

 

 

 




◇今回の幕間◇
~SNS(円谷INE)にて~
なみこ「── よーし。そこまで言うならその怪獣がどんなヤツだったか、絵に描いて発表してもらおうじゃんか!(`・◇・´)」

六花「えぇ……めんどくさ」

はっす「本当に見たんなら、それなりに描けるでしょうよ?( ´,_ゝ`)」

六花「もう……(ややあって、画像アップ)──こんな感じ……だった」

なみこ「……直立するウーパールーパー?(;´・◇・)」

六花「怪獣だってば」

はっす「こえーーーwwww 怪獣こえーーーwwww( ´,_ゝ`)」

六花「……月曜日、マスクむしるわ」

はっす「すいませんでした」


◆今回のあとがき◆
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
三人組は書いてて楽しいんですけど、まだ上手く動かせてないですなぁ。
六花ちゃんを可愛く書きてぇ……ふともものムチムチ感を出していきてぇ……。_(´ཀ`」 ∠)_


次回もお付き合いいただければ幸いでございます!


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#4

「…………」

 

 その冴えない風貌とは対照的な、刃の鋭さを帯びた眼光。

 男の視線は真っ直ぐに。

 たじろぐ様にして顔を引きつらせている裕太を、じっと見つめている。

 その視線が余計に裕太を困惑させた。

 

「ねぇ……誰?」

 

 

 入り口の前へと立つ男を横目にしながら。

 裕太の服の裾を摘まんでツンツン引っ張ると、六花は裕太へと小声で耳打ちする。

 

「いやいやいや。全っ然知らない人なんだけど」

 

 ぶんかぶんか、と。

 勢いよく(かぶり)を横に振る裕太。

 相手の視線が裕太に向けられている事に気付いた六花は、あるいは知り合いなのではと考えた様なのだが。

 裕太からすれば、あんな怪しげな知り合いなどいないと声を大にしたいところだった。

 

「…………」

 

 何か言葉を発するでもなく、沈黙を保ったままに。

 

 裕太達が固唾を飲んで見守る中。

 

 男は大きな歩幅で店内へと足を踏み入れると、まるで誰かから後ろへと引っ張られた様にして。

 

 

……その姿のまま、盛大にずっこけていた。

 

 

 男が店内へと入った瞬間、彼が腰の後ろに負った長物が、店の入り口へと見事に引っ掛かったのである。

 自分が背負っている物の長さを失念していたのだろうか?

 だとしたら、とんでもないドジである。

 これがかわいい女の子なら、まだ微笑ましくも見えるのだろうが……生憎とやらかしたのはオジサンだった。

 ぶつかった衝撃で、入り口付近の棚に飾ってあった商品がバラバラと床に落っこちて、ガチャガチャと音をたてていたが……裕太にはそれが、緊張していたこの場の空気が、砕けて散った音に聞こえた。

 内海も同じ気持ちなのだろう。

 男を見つめている筈のその目は、どこか遠くを眺めている様だった。

 ただ、六花だけは──

 

「ああ! 商品が……!」

 

──床に散乱する品物を見て、悲鳴にも似た声を上げていたが。

 その場にむっくりと立ち上がった男は、そんな三人へと向けて、ついにその重たい口を開く。

 

「お、俺の名は、サムライ・キャリバー……」

 

……三人が三人とも、ポカンとした様な表情になった。

 吃り気味に男が口にしたのは、本当に彼自身の名前なのだろうか?

 名は体を表す、などと言うが……目の前に立つ黒いスーツの男からは『サムライ』で『キャリバー』な要素など何一つ感じられない。

 むしろ、中学生辺りがドヤ顔で考えついて、後々になって恥ずかしい思いをするような──そんな痛々しさの方を感じてしまう。

 

「……絶対、宇宙人だろ」

 

 

 サムライが苗字で、キャリバーが名前だろうか?

 そんな、どこかズレた事を考えていた裕太の隣で。

 訳が分からないと言った風情のある半眼でキャリバーを見つめながら、内海がぼそりと呟く。

 裕太自身も感じた事ではあるが。

『普通』と言うカテゴリーから逸脱した者の中に、仮に『宇宙人』と呼ばれる者が潜んでいるとするならば……なるほど、この男ほど疑わしい者も無いと思えた。

 

「この街に、き、危機が迫っている……だから、俺達は来た」

 

 自身を訝しむ視線に動じる風もなく、キャリバーは言葉を続ける。

 そして、いまだにどう反応していいか考えあぐねている三人を尻目に、グリッドマンのいるパソコンの前へと立った。

 

「俺……達?」

 

「俺と、他の奴らだ」

 

 言葉尻をとらえた裕太が疑問の声をあげるが、その返答はあまりにも簡素で端的である。

 キャリバーの思考は裕太達にではなく、どうやらパソコンの方へと今は向けられているらしい。

 

「ここにいたか……!」

 

 それまで感情の起伏に乏しかった彼の声音に、僅かにだが興奮した様な色が浮かぶ。

 そして、その場でどっかりと腰を下ろすと胡座をかき、躊躇なくパソコンの内部を弄くり始める。その手つきは、機械に対して素人である裕太の目からしても、恐ろしく手慣れている様に見える。

 キャリバーは取り外した部品を丁寧に整理しながら、いつの間にか床へと敷いていたハンカチの上へと置いていく。そして、瞬く間に、そんな風にして置かれたパーツ達が面積を増やしていった。

 

 「──あのぅ……それって一応、買い手のついてる商品なんですけどー」

 

──その一方。

 仮にとは言え、六花は店をあずかる身である。

 今は彼女がこの店の秩序であり、お姫様だ。

 この狼藉者に対して姫は、控えめではあるが抗議の声を上げられた。

 

「…………」

 

 しかし、キャリバーは特に反応を示す風でもない。

 取り外した部品をつけ直したり、また別の部品を取り外したり……相も変わらずそんな作業を黙々と続けている。

 六花の声をわざと無視した──と言う訳ではなさそうだと、裕太は感じた。怪しい男ではあるが、そんな底意地の悪さは見えない。

『与えられたおもちゃに夢中になっている子供』とでも言うのだろうか。ただ純粋にキャリバーは、この作業に没頭しているのである。

 

 もっとも、何がどうあれ。

 この男の態度は、六花の眉間へと縦にシワを入れさせるには充分だった。

 ムッとした様に眉をひそめながら。

 隣に立つ裕太の服の裾を再び摘まむと、ツンツンと引っ張る。……今度は、先程よりも若干強めに。

 

「……ねぇ、響君からも何か言った方がいいって。グリッドマン、バラバラにされちゃうんじゃない?」

 

「う、うん。でも……大丈夫、じゃないかな?」

 

 怪しげではあるが、悪人ではなさそう──と言うのが、裕太のキャリバーに対する最終的な所感であった。

 六花の不機嫌顔にちょっぴり気圧されながらも、裕太は苦笑いを浮かべてみせる。

 

「……どうして?」

 

──てっきり、裕太は自分の言葉に同調してくれると思っていたのに。

 そんな自身の思惑が外れたばかりか、さらにキャリバーへと寛大な言葉を口にする裕太に対して。六花はちょっとキツめの半眼になると、ずいっと裕太に詰め寄る様にして顔を近づけた。

 

「いや、それはその……なんとなくと言いますか」

 

「なんとなく? なんとなくじゃ分かんないですけど」

 

「そ、そう? あ、あはは……」

 

 根拠を提示しろと言われても、裕太には無理な話だった。

 なんせ正真正銘に『なんとなく』でしかないのだから。

 しかし、それでは六花は納得してくれないらしい。

 

 じーっ、と。

 突き刺さりそうな六花の視線と向き合いながら、裕太はかわいそうな位に笑みをひきつらせていた。彼女から顔を背ける事すら、やった瞬間に怒られそうだったので出来なかった。

 

……そんな二人のやりとりに、小さな嘆息をこぼすと。

 自分だけでも話を進めようとするかの様に、内海はキャリバーの丸まった背中へ声をかける。

 

「えーと……サムライさん? それ、何してるんすか?」

 

「……さ、最適化だ。グリッドマンは……こ、このままでは、駄目だ」

 

 内海から投げられた声にも背を向けたまま。

 しかし、キャリバーは訥々(とつとつ)と、そう言葉を返す。

──途端に。

 ハッとした表情で、裕太達は顔を見合わせた。

 

「グリッドマン!? ──し、知ってるんですか!」

 

 動揺の色が、内海の言葉に浮かぶ。

 それは仕方の無い話だっただろう。

 まさか、自分達以外の人間からグリッドマンの名を聞くことになるとは思ってもいなかったからだ。

 それは裕太と六花も同じである。

 

 そんな三人からの視線を背に受けながら、キャリバーは外していたPCケースを静かに嵌め込んだ。

 

「お、終わった」

 

 気が付けば、驚く事に。

 あれほど広げてあったパーツ達が全てなくなっていた。

 作業を初めてから、さほど経ってはいない筈である。

 キャリバーは『最適化する』と言っていたが……こんな僅かの内に何かが出来るものなのだろうか。

 

「グリッドマン……その、大丈夫か?」

 

 半信半疑な裕太が声をかけると、画面の中のグリッドマンは力強く頷いて見せた。

 

「ああ、裕太達の姿がよく見える。……二人にも、私の声が聞こえているか?」

 

「これって……」

 

「き、聞こえる! オレにもグリッドマンの声が!」

 

 三人は再び、驚いた表情で顔を見合わせた。

 これが『最適化』と言う事なのだろうか。裕太にしか聞こえていなかったグリッドマンの声が、今や内海と六花にも聞こえる様になったらしい。

 

 グリッドマンは、そんな二人の姿を静かに見つめてから。

 

「キャリバー……」

 

 画面の脇へと立つキャリバーへと顔を向け。

 何かを問う様にして、彼の名を呼んだ。

 横目に向けられるキャリバーの蒼い瞳が、グリッドマンをとらえる。

 

「俺はグリッドマンの意思に従う」

 

「……ありがとう」

 

 キャリバーの答えを聞くと。

 グリッドマンは彼へと礼を述べてから、最後にもう一度だけ、何かを考える様子で一拍の間をおき──そして、ついに決意したと言う様に、胸の前で拳を握って見せる。

 

「三人とも、私はここを動く事ができない。この街を守る為には……君達の協力が必要だ!」

 

……おそらく、グリッドマンは自分達の身を案じてくれたのだろう。──彼が見せた逡巡にも見える沈黙の間から、六花はそんな印象を受けた。

 自分達の協力がなくしては、グリッドマンは戦う事が出来ないのだ。この街を救うと誓った彼の背負う使命と大義は、きっと、ここにいるたった三人の少年少女の命よりも重い筈である。それでも……グリッドマンは自分達を戦いに巻き込むべきか否かを迷ってくれたのだ。

 なにより六花には、あの恐ろしい怪獣をやっつけてしまう凄まじい力を持ったヒーローですら、人間と同じように悩むのだと言う事が驚きだった。

 

 画面の向こうにいるこの超人に初めて、六花は親しみを覚えた。

 

……とは言え、だ。

 確かに街にとんでもない事が起きていて、それをどうにかしないといけないとは分かっていても。

 危ない目に合ってしまうのは、やはり困る。

 どう返答したものか、六花は答えを探すようにして、隣に立つ裕太へと視線を向ける。

 

「…………」

 

 何より一番怖い目にあっている筈の裕太は、どうしてグリッドマンと一緒に戦う事を嫌がらないのだろうか?

 街のため、皆のため……前回の戦いの中で、裕太はそう口にしていた。

 守ってもらう側としては、とても有難いのだが……本当にそれだけの理由なのだろうか? もっと大事な何かが、彼の中にはあるのではないだろうか?

 

──不意に。

 

 裕太の視線が自分へと向けられて、六花はちょっぴり目を丸くする。

……あまりジロジロと不躾だっただろうか。

 謝るべきか言い訳するべきか、言葉を探す六花。

 しかし、そんな彼女へと向けて、裕太はにこりと笑ってみせる。

 

「大丈夫だよ、宝多さん。恐いなら無理しなくても……俺がグリッドマンに伝えるから」

 

 その言葉に、再び六花はハッと目を丸くした。今度は少しだけ、頬も紅くして。

 胸の奥にじんわりとあたたかなものが広がる。

 六花はまた、裕太のやさしさに触れた様な気がした。

 しかし、──

 

「…………どうして、そういうこと言うかな」

 

「え?」

 

 どこか拗ねた様に口を尖らせ、ぼそりと呟く六花。

 その呟きを聞いた裕太は、ぎょっとした様な表情になる。何かまた、彼女の機嫌を損ねる事を言ってしまったのだろうか? ──そんな様子で、ちょっとだけおろおろもしていた。

 

 そんな裕太の姿に、六花の心が罪悪感にちくちくと痛む。

 もちろん、裕太が悪いわけではない。

 彼に心配してもらえた事は六花にとって、とても嬉しい事だった。

 しかし、今回に限ってはそれが少しだけ悔しかった。

 まるで裕太に、最初から頼みにされていない様な気がして、それが悔しかったのだ。

 一方で、きっと自分の勘繰り過ぎだろうと言う自覚は六花にもある。そして既に、そんな感情を表へと出してしまった事に自己嫌悪もしていた。

 

──かわいくないな、私……。

 

 ふと、そんな言葉が心の中に思い浮かぶ。

 そして、そんな自分と比較する様にして思い出したのは。

 

……新条 アカネの姿だった。

 

 

「──もちろんだぜ、グリッドマン! オレ達『グリッドマン同盟』に任せてくれよ!」

 

 自己嫌悪に陥る者、おろおろする者─そんな二人を差し置いて、ひとり元気に瞳を輝かせているのは内海である。

 六花の迷いも一切無視して、彼女を巻き込みながら。

 彼の中では、この三人で異変解決に当たるというのがすでに規定事項となっているらしい。

 

 呆れるやら、感心するやら。

 友人のバイタリティへとそんな表情を浮かべつつ、裕太は朝から疑問に思っていた事を指摘した。

 

「また出た。なぁ、内海……その『グリッドマン同盟』って何なんだよ」

 

「グリッドマンと一緒に戦うオレ達のチーム名だよ」

 

 裕太の問いに対して、内海はさも「当然だろ?」と言わんばかりの表情で応える。

 

「なにそれ。きもちわる」

 

 あまりにも堂々とした内海の物言い。

 そこに清々しさすら感じて、六花はからかう様にして苦笑を向けた。

 その言葉に、内海は大袈裟な仕草を交えながら嘆いてみせる。

 

「あー、女子には分かんないかなぁ。このレトロっぽい格好良さが……なぁ、裕太?」

 

「いや、まぁ……俺もよく分かんないかも」

 

 同意を求められた裕太だったが、半眼のままに頬をかく。

 

「なんだよ! それじゃあ、お前は『グリッドマンと愉快な仲間達』とかの方が良いって言うのかよ!」

 

「パーで殴られたいかグーで殴られたいか、みたいな事を言われてもな」

 

 やいのやいの、と。

 またもや朝の不毛な争いを繰り返そうとする内海と裕太。

 しかし、のっそりと近付いてきたキャリバーが、そんな二人の頭を軽くはたく。

 そして、あの刃にも似た眼光を二人へと向けた。

 

「い、行くぞ。まずは街に出て、昨日と今日で変化した事がないかを調べる……」

 

「う……うっす!」

 

 先程までは怪しさこの上ない目つきの男であったが、グリッドマンの仲間だと分かってしまえば、そんな鋭い目付きもひどく頼もしく思われた。

 ぞんざいにポケットへと手をつっこんで、キャリバーは足早に店の外へと歩きだす。

 そして、──

 

「ああ! また商品が!」

 

──そして、またもや。

 来たときと全く同じ様にして、店の出入り口にてずっこけていた。

 しかも、今度は勢いがある分、被害もさっきより大きい。

 六花の悲鳴が悲痛さを増していた。

 

「…………」

 

 キャリバーはのっそりと立ち上がると、今度は体を横にして長物がつっかえない様にしながら、慎重に外へと出ていく。

 そして、店の前にある建物の屋根へと軽い跳躍だけで飛び乗ると、すたすたとその上を歩き始めた。

 

 驚愕した様子で、内海が店の外へと飛び出す。

 

「ええ?! そんなとこ通って行くんすか!」

 

 もちろん、普通の人間には屋根の上へと飛び乗る事など出来はしない。

 これだけでもキャリバーの身体能力が常人のそれを遥かに上回っている事が分かる。

 

 行くぞ、と裕太達に声をかけたにも関わらず。

 それを忘れたかのように、ひとりでさっさと行ってしまうキャリバー。

 そんな彼を追おうと走り出そうとする内海だったが──

 

「ちょ、ちょっと! 片付けないで行っちゃう、普通!」

 

 その背に向けて、六花の非難めいた言葉が投げつけられる。

 振り返った内海の視線の先では、これでもかと商品がばらまかれた床の上で立ち尽くす六花の姿があった。

 

 可哀想に、と内海は思った。

 それと同時に……面倒くさいな、とも内海は思った。

 

「悪い、宝多! これも平和の為だ!」

 

 ビッと片手を掲げると、凛々しい表情でそれだけ言い残し。

 さっさとキャリバーを追いかけはじめる内海。

 

「信じらんない…………ねぇ、響君?」

 

 そんな内海の姿を睨み付けてから。

 裕太の顔を、六花はじいっと見つめた。

 

──響君は手伝ってくれるでしょ?

 そんな無言の圧力が、裕太のやわらかいハートへプレッシャーをかけてくる。

 

「え、えーっと」

 

「──おい、裕太! 早く来いって! サムライさん、見失っちまうぞ!」

 

 どうしたものかと答えあぐねていると、内海の急かす声が聞こえてくる。

 その声に圧される様にして。

 裕太は顔の前で、バシッと両の手を合わせた。

 

「…………ごめん! この埋め合わせはいつか必ず!!」

 

 ペコペコと頭を下げると。

 内海の後を追って駆け出していく裕太。

 そんな彼らを追って、憤慨した様子の六花も店の前まで飛び出す。

 

「裏切り者!」

 

 そんな六花の叫びも、空しく大気に霧散する。

 

「はぁ……ウソでしょ」

 

 その場で、六花は店の中へと振り返った。

 ひとりで片付けるには、あまりにもあんまりな状態だった。

 かと言って、放っておくわけにもいかない。

 こんなところを母親に見られたら、幾つ雷が落ちてくるか分かったものではない。

 

 茫然とする六花。

……そして、悪いことは重なるものである。

 

「──わざわざお出迎え? ただいま、六花」

 

 今この瞬間、世界で最も聞きたくない「ただいま」の声が聞こえて。

 六花はおそるおそると、声のした方へ振り返る。

 

「げ……ママ」

 

 六花の視線の先。

 まだ幾らか店から離れたところに、彼女の母親──宝多 織江の姿があった。

 

 ちらり、と。

 母親に顔を向けたまま、六花は目線だけをもう一度店内へと向けた。

 これを見られた時が、自身の破滅の時だ。

 いいだけ怒られた末に、ひとりで片付けさせられるに違いない。

 こちらへと笑顔で近づいてくる母親を見つめる六花。

 

 そして、何よりも。

 きっと裕太達の後を追うことも出来ないだろう。

 

──その瞬間。

 遠くなっていく裕太の背が、六花の脳裏に浮かんだ。

 手を伸ばしても届かない距離がふたりの間に出来る。

 

 そう思ったその時にはもう、六花は裕太達を追って駆け出していた。

 

 

 

「──あらぁ? 変な子ね……」

 

 突然、自身とは反対方向へと駆け出していく娘の姿に。

 織江は笑顔を引っ込めると、不思議そうに首を傾げる。

 とりあえず、落ち着いてから電話の一本も入れてみよう──そんな事を考えながら店の中へと入っていく。

 

 次の瞬間。

 

 まなじりを決した織江が、店の外へと飛び出してきた。

 

「こらぁぁぁぁぁ!! 六花ぁぁぁぁぁ!!」

 

 母親の怒号が耳に届いたのか、届かなかったのか。

 走っていく六花の足は止まる風もない。

 

 どちらにしても。

 

 もう、六花は立ち止まるわけにはいかなかった。

 

 

 




◇今回の幕間◇
スティレット「なぁなぁ、アレクシス。別にアカネに怪獣つくらせなくても、その辺にいっぱいあるフィギュアをアブれ(動詞:「インスタンス・アブリアクションする」の意)ばいいんじゃねーか? なんなら、アタシのタッコング貸してやろうか?」

アレクシス「せめてビルガモくらいにしてもらないかな。──それにね、スティレット。怪獣の人形なら何でもいいと言う訳ではないんだ……そこに人間の情動が無くてはねぇ」

スティレット「ジョウドウねぇ」

アレクシス「それに、ほら──」

スティレット「……?」

アレクシス「著作権とかあるからね。私は劇場版で『ネオ・アレクシス・ケリヴ』として復活する可能性もまだ捨ててないから、円谷さんとかに睨まれるのはちょっと……」

スティレット「お前は何を言っているんだ」


◆今回のあとがき◆
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ワタクシ事で恐縮ですが、実はメインヒロインよりも恋が実らないサブヒロインの方が好きだったりします。
『一番よりNo.2!』──これがアチスキーのヒロイン哲学よッ!(`・ω・´)

わけのわからない事ばっかり書き連ねておりますが、次回もお付き合いをよろしくお願い致します(平伏


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