芸術家は焔に嗤う (しじる)
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0 焔の魔道士の始まり
人は、どんな死に方をするのが普通なのだろうか。老衰か、心停止か、癌か、交通事故か、殺人か?少なくとも僕のはどれでもない。
僕の場合は、焼死だ。
あぁ、火に焼かれるというのはこういう感覚か。熱いのではなく痛い、ビリビリと感覚が消えていく。体が溶けて、焦げて、炭になっていく。毛が、皮膚が、細胞が死んでいく。それなのに思考はハッキリとしている。自分が苦痛に溺れ、絶叫を奏でる管楽器になっているにも関わらず、冷静に考えられている。きっと僕がおかしいからだろう。
僕は生まれた時は普通だった。でも、あの火事の日。あの日から僕は炎の奏でる音とその美しさの虜になった。紅蓮が命を燃やし、燃やされた命が奏でる音楽は、どんな楽器でも再現できやしない。絶命の苦痛に溺れるあの悲鳴だけは。でも誰もその良さに気づかない。
僕は気づけば1人だった、誰も僕の芸術を分かってくれない。僕は世界に必要とされていない。それでも作り続けた、芸術を。それが100を超える時に僕は思った。【かけている】、粘土や石では僕の求めたものは再現できない。人間でないと、材料は人間でないと!
チャイコフスキーの弦楽セレナーデ、僕のお気に入り、それを流しながら今日も刹那の芸術を作り、カメラに保存する。我ながら完璧だ、そう思ってた時、僕は警察に芸術を作ってるところを見られ、捕まりそうになった。だから、ガソリンを浴びた。
結果的に僕は捕まらない、僕は死ぬから。僕は僕の最高傑作となって、この世界に名を残して消えるから。
燃えながら僕は叫んだ、あぁ掠れて焼けて潰れた喉だが叫ぶことが出来た。今この瞬間、僕は…
「誰よりも…美しい!」
そうして僕は死んだはずだ。あの痛みが嘘だったとは思えない。なのに僕はなぜが生きていた。いや、生きているとは言い難いか?真っ白な空間に僕はいた。そこには1人のワンピースを着た少女が立っていた。少女はやがて僕に語りかけてきた。
「ラムダ・ペンドラゴン、45歳にて自殺した自称芸術家兼シリアルキラーの女。12歳の時に火事で半身を大火傷するも奇跡的に生還、しかしそれ以降性格が歪む。合ってるかな?」
不気味な笑みを浮かべて少女は僕に聞いた。なんで僕のことを知っているかとか、普通はそう思うだろうが、僕はそれ以上にこの空間に興味を持ってた。ここまで真っ白で何も無い場所などそうそうない。ここで芸術が作れるならさぞ捗りそうだと考えてた。
「まぁ、会ってるよ…で、僕に何か?」
とりあえず答えておこう、黙ったままだとろくなことにならない気がする、そう僕の直感が訴えていた。そうして僕が口を開くと、少女は笑顔で答えた。
「人生、やり直さない?」
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1 新しい人生
前の中学生の時、僕は何をしていただろうか。思い出せないまま学校に通う。あの後、僕はあの少女によって転生させられた。あの少女はいわゆる神様だったそうだ。新しい人生と好きな能力をくれてやるから私の暇つぶしに付き合えだそうだ。なんと傲慢で気ままなのだろうか。だが人のことを言えない僕はなすがままに、あったら良かったなという力を手にして、こうして2度目の人生を送っている。ここは僕がまえいた世界と違う世界らしいが、違いがわからない。今のところは。
この世界に来てます直ぐにわかったことは、なぜか中学一年生の体にされていたことと、親が既に他界してる扱いなのと、家がマンションであることくらいだ。それなりに高級なのだろうか、防音性は抜群で、隣の音が聞こえてこない。そういう意味では都合がよかった。部屋の中で、貰った力の練習を常々していたからだ。
僕が貰った力、それは2つ。一つは炎。僕の芸術に欠けてはならない最大の材料。僕は炎を自在に操る力を貰った。それこそその気になれば自分自身を炎に変えて、攻撃を無効化するなんてことも出来るが、僕は争いが嫌いだから、そんなことになるのはまずないだろう。そもそも戦う世界ではないと思いたいし。次に貰ったのは時間だ。正確には、カメラを使った時間操作だ。僕がカメラを使って撮影したものは、時間を静止することが出来る。撮影したした写真が破られない限り、その止まった時間は永遠である。これは刹那でしか持つことが出来なかった僕の作品を、永遠に終わらない彫刻でさせるのにとても有難い能力だった。それに写真撮影は僕の趣味でもあったし、能力の発動のためとはいえ、最初から一眼レフカメラを持てたのは最高だった。1番あの神に感謝したいことでもあった。
練習内容は簡単だ、炎を出したり仕舞ったり。または鉛筆を3本立て、そのうち1本だけを燃やしたり。とにかく精密性を鍛えていた。炎を操れるということは、今まで作りたくても作れなかった新たな作品の想像も可能という事だ。ならそれを確実に作る為には、機械のような精密性がひつようだった。その為か、カメラは案外おざなりになってたりする。ほとんど趣味として使うことはあっても、能力を使用することは無い。能力が強く、精密もクソもないから練習の必要性がないというのもあるかもしれないが。
そんなこんな考えていれば学校にたどり着き、自身の席である窓際へと座る。僕は誰よりも早く登校してる。その理由は単純、勉学するためだ。僕は自身の作品もそうだが、何事にも全力を尽くす主義だ。前の世界でもそうだったが妥協は許さない。自身の持てる全てを持って挑む。たとえそれがくだらない小、中学の勉強であったとしても。
ちなみに僕は目立つのは嫌いだ。目立てば僕の作品が人目に付く可能性がある。芸術家である以上、そりゃあ作品を見て欲しいが、僕の作品はどうも凡才共から見れば異常らしく、警察に突き出されてしまう。その危険性を避けるため、目立つのを避けたいのだが、この根っからの主義は変えられない。常にテストで満点、授業態度も最高とくれば目立たないわけがない。上辺だけの友人が増えるのも時間の問題で、こうして早く登校してる理由の一つでもある。
たまには妥協するのもいいかもしれないと、この世界に来てからは思うことが強くなった。それでも気付けば全力を尽くしている自身がいる。嫌になってくるね。
そんな僕は今日も勉学をする、目立つとわかっていて。あぁ、早く作品を作りたい。まだ僕は作品を作れずにいた。当たり前だが足がついてしまうのはまずい。それに素材は厳選したい。僕は自身の持つ創作欲求とは裏腹に、全く見つからない素晴らしい素材。焦らされてるようでイライラするが、まあ仕方ないと割り切るしか無かった。
放課後、普通なら部活動のあるこの時間帯。帰宅部の僕には関係なく、さっさと家に帰って能力の訓練でもしようかと思ってた時だった。
声が聞こえた。
助けを呼ぶような声だったと思う。しかし興味などなかった。そんな面倒事僕は真っ平御免だ。情けは人の為ならず。このことわざは情けをかければそれはやがて自分の幸運になって帰ってくる、だから情けをかけなさいというものだった気がするが、僕はそれを否定しよう。人を助けてもろくな目に遭わない。情けをかければ足元を掬われ、頭を叩きわられる。情けは人の為ならず、そして自分のためにもならず。優しい人間は損をする。得なぞない。首など突っ込んでたまるか。
そういう考えで、急に聞こえてきた助けを呼ぶ声を無視して、僕は帰路に着いた。そうして家にたどり着けば奇妙なことであった。
少女がいた、僕の部屋の隣の部屋に入ろうと。確かそこは空き部屋だったはずだ。となると新入居者か?少女の姿は金の髪をツインテールに括り、赤い目が特徴的な子であった。身長は僕より少し小さいくらいか、年齢は小学生ほどとも言えるが、実際はどうか聞いてみないとわからない。
なんにしても隣同士、こういう時はお互いに挨拶が大切だ。嫌な奴と思われたらしつこく係わってくる。そうなると作品がばれる確率が上がる。そんな面倒を増やしたくない。挨拶してそれだけの関係で終わらすため、最初の挨拶が肝心だ。
「初めまして、新入居さん?」
まずは気さくに言葉を投げかけてみる。すると少女は少し驚いた顔をして、しばらくすると言葉を返してくれた。
「はい、フェイト・テスタロッサと言います……」
「僕はラムダ・ペンドラゴン、君の隣に住んでるよ。親御さん、中にいるかな?」
さすがに小学生ほどの女の子に一人暮らしさせる親はいない。となると親が部屋にいると考えていい。こういうのは子供が厄介だが、親が絡まなくなると子も絡まなくなっていく。親に軛を打っておきたかった。しかしそんな僕の予想とは大きく違う返答が帰ってきた。
「いえ、1人で暮らしてます」
なんと一人暮らしだった。見た目以上に歳を食ってるのか?この疑問を晴らすため、僕は次なる言葉をかける。
「へぇ小学生くらいに見えるけど、偉いねぇ。いくつ?」
「きゅ、9歳です」
9、つまり小学三年生くらいか。そんな子供に一人暮らしさせるとは、随分と酷く感じる親だ。まあ僕には理解できない教育方針でもあるのだろう。深く考えないでおこう。
「そう、まあ何かあったら頼って。いつでも相手になるから」
口先だけのお約束を吐き、僕は自分の部屋へ戻る。そして扉を閉めたら荷物を部屋に放り投げた。なんて面倒なことになったのだろうか。一番端の、非常階段のそばの部屋故に誰とも隣にならないという最高の状態だったのに、人が来てしまった。これからはベランダでの訓練は控えた方がいいだろう。見られてしまったらこれまた面倒事になる。
落ち着け、こういう時はどうすればいいか知ってるだろう。そう自分に言い聞かせ、明日の放課後は自分のお気に入りの喫茶店に向かうことにした。
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2 喫茶店
喫茶店【翠屋】。僕がよく通う喫茶店で、ケーキや紅茶が中々に美味しい。僕はお茶にはそれなりにこだわる方であるけど、ここはそれに答えられるほど良いものだ。放課後学校帰りにここに通うことはよくある事で、いつもので通じるくらいには常連となっていた。特にマスターである高町士郎さんは、同じカメラが趣味ということもあってか、暇な時は共に何かを撮影に出かけることも多い。息子娘さん達とも会うことが多く、あまり人付き合いの好まない僕でさえ引き込まれてしまった。恭也くんは有名な剣道有段者、というか父親の士郎さんも有段者だけれども。長女美由紀さんもそうだ。母の桃子さんと違い料理ができないと有名だけれど、そんなに酷いのだろうか。実際に見たことの無い僕にはわからない。なんというか、泥棒が入ろうものなら合掌ものだな、泥棒に。そして最後に次女こと末っ子のなのはがいる。彼女は私の下校時間とほぼドンピシャで店に帰ってくるからいちばんよく見るな。
今もまた、カランカランと扉のベルが鳴って彼女が元気よく入ってくるのが目の端に見えた。ただいまーと声を上げて、店の奥に消えていく。そんな彼女に着いてくるように、友人の2人。確か月村すずかとアリサ・バニングスだったか?2人が嫌そうな顔で自身の後ろに着いた存在を見ている。あれも友人ではないがいつも一緒にいるな。確か篠村皇牙とか言ったか。目の色が左右違うオッドアイなのが特徴な子だ。目立ちそうで困りそうな特徴と常々思うし、常々で思い出したが、なのはも含めて3人とも皇牙と共にいるのを嫌そうにしてるが、なんで離れたりしないのだろう。もしかして来るなと言っているのに来るのだろうか。そうだとしたら、そいつは迷惑で仕方ないな。まあ面倒事は嫌なのでスルーするが。
「はい、いつものブルーベリータルトとダージリンです!」
そんなことを考えていたら、いつものが美由紀さんに届けられた。彼女に軽く礼を告げて食事に移る。ブルーベリーのほのかな甘酸っぱい風味が口の中に広がり、紅茶の香りがそれを強くして際だたせる。あぁ、なんと美味なることか。気分が落ち着いてくる、こんな時はクラッシック音楽でも聞いてまったりとしたい。そんなささやかな願いを持ちつつ、私は思考に耽ける。
日々増え続けていく創作欲求を解消するためだ。どうしても作品が作りたい。だが、何事にも全力を尽くす僕は妥協が許せない。素材も厳選したものが欲しかった。そして人目につかない場所も。いや、場所なぞ最悪どうとでもなる。素材、これが見つからなかった。僕を表現するのに必要な、最高級の素材が。美しい人間が。だがそんな人間そうそう転がっていてたまるか。こうして僕の中の求める美は、表現するならば業火のように燃え盛続け、収まることを知らない。そんな創作欲求を満たすには絵を描くのがよかった。絵と言うより設計図に近い。図面や出来上がりを書くだけでも少しは抑えることが出来た。鉛筆を走らせ世界を型どる。生み出すものは私の表現したい炎。紅蓮の炎を、神秘の炎を。あぁ、いくら書いてもたりない。実際に生み出したい。
集中して描き続ける、カリカリカリカリと。そんな時、やかましい声が入った。
「なのは達が嫌がってるだろ、離れやがれモブやろう!」
「モブはそっちだ、お前こそ離れやがれ!」
2人、男、1つは聞きなれた皇牙の声だった。もう1つは知らない。あまりのやかましさにに集中を切らされた僕はイライラしながら、声の聞こえた後ろの席を見てみた。なんと皇牙と瓜二つの男の子がいた。いや、よく見れば皇牙とオッドアイの色が違う。皇牙は赤と青だがもう1人は青と黄色だ。どうでもいいかそんなこと。重要なのは僕の邪魔をしたことだ。
「ちょっとそこの君たち」
苛立ちを隠す必要なんてない。うるさい輩を黙らせるため、僕は語尾を強くして彼らに話しかけた。面白いことに彼らはほぼ同時に「なんだモブ!」と行ってきたがそんなことはどうでもいい。ただストレートに僕は僕の思ったことを伝えた。
「ここは公共の場だ、騒ぐなら外でしてくれないか。煩いんだよ」
僕の言ったことに賛成する人もいたのか、他の客も何名かじっと二人を見ている。それに動じることもせず、2人は無駄にでかい声で言ってきた。
「うるさい、モブ風情が俺に指図するな!」
「モブはモブらしく黙ってろ!」
あぁ、なんてめんどくさいガキ共だろう。ガキはガキらしく年上の言うことを聞いていればいいのに。だいたいモブってなんだろうか。意味のわからない言葉を吐くとは知能も低レベルと見える。いや小学生などそんなものか。こんなやつに関わると、こっちも馬鹿になりそうだ。さっさと黙らすのが一番だがここは人目につくし、店の中だ。僕の力で全身火だるまにしてやれば多少ましな楽器に変わってくれるだろうが、そんなことをすればこの店に怪奇現象が起こると言われて潰れてしまうかもしれない。そうなったら僕の至福の時間が消えてしまう。腹立たしいがここは出ていった方が良さそうだ。なんであんなガキのために僕が自分の時間を変更しなければならないのだろうか。
さっと席を立ち、士郎さんに告げに行く。お持ち帰りで頼むと。すると士郎さんが「すまないな」と言葉を出した。謝るのはあのガキで士郎さんではないだろうに。それにも腹が立つがどうしようもない。力でねじ伏せてやりたいがそういう訳にも行かないのが社会の不便なところだ。私は申し訳なさそうにする士郎さんを他所目に、【翠屋】を後にして自身のマンションへと帰路に着いた。
マンションへと続く帰り道、人家も少ない小さな路地を歩いていればいろんなものを見つける。ポイ捨てされた空き缶やタバコ、電柱に止まるカラス、コンクリート壁の上で昼寝をする野良猫。こういうのは僕の芸術を作る上でいい発想力を鍛えてくれる。日常の何気ないものが、時には爆発的な、例えるならば天啓のようなものを与える時がある。それは僕自身想像もつかないよう形で訪れる。来る時はそんなものだ。入浴中やトイレでも来る時はズドンと雷でも落ちたように。だが来ない時は来ない。天啓とは気まぐれなのだ。それには少し悩まされるが、それはそれで来た時の喜びが増えるので良しとしている。そうして地道にネタを探していた僕だが、少し今日は熱が入りすぎたようだ。いつの間にか日が暮れて夜になってしまっていた。まあそんな時もある。一人暮らしゆえ心配するものもいなければ門限もない。ゆったりと出来る。そんなのんびりと散策していた僕の耳に飛び込む音。
炸裂音、何かが大きく爆ぜる音が辺りに響き渡る。それはもう静かな夜の闇を切り裂くような、強烈な音。音の暴力。こんな平和な日本でそんな音聞いたことも無い。明らかな異常。そしてイコール面倒事。かなり近くから聞こえたため、僕は即座に離れることを選択した。自身の能力があるゆえ何ら危険はないが、面倒事なら話は別。好奇心は猫を殺すという言葉があるように、確かな野次馬好奇心はあるが、それ以上に今日はもう面倒事に関わりたくなかった。そうして距離を離していた時だった。空をよこぎる金の光。その光の中に映る人に僕は見覚えがあった。
「フェイト?」
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3 曝露
あの夜空を飛ぶフェイトを見てから数日後の日曜日。僕はその事を彼女から聞くべきか迷っていた。空を飛ぶ人間なんて面倒事を持ってきそうでたまったものじゃない。関わりなんて持たない方がいいが、最悪なことに僕は彼女の隣に住んでるんだ。いつか絶対関わる日が来る。それならもういっその事こっちから首を突っ込んだ方が被害が少ないんじゃないか、それとも知らん振りを続けて機会があれば引っ越すべきか。ベートーヴェン、ピアノソナタ14番…通称【月光】。僕のお気に入りの一つで、弦楽セレナーデと一二を争うほど。これを聞いていると気分が落ち着く、冷静な判断をくだせる気がする。やはり聞きに行くべきではないか。巻き込まれてからより、自分から巻き込まれに行った方が、相手を予想しやすく面倒の回避も容易なのでは。僕の思考はそう判断を下した。結論、聞きに行こう。
早速僕はフェイトの住む隣の部屋へと向かい、ドアを叩いた。心地の良いノックの音か数回鳴る。遅れてゆっくりとドアの向こうから歩く音、そしてドアが開く。
「誰ですか…ペンドラゴンさん?」
「やあ、ちょっと話があってね…部屋に入ってもいいかな?」
まずは気さくに、警戒させないように。そんな僕の思い通りかはわからないけど、フェイトは僕を部屋へと入れてくれた。
殺風景とはこの事か、あるのはテーブルとソファーのみ。おそらく奥にベットがあるのだろうがこれは何も無い。なんと味のない部屋なのだろうか。そして視界の端に映ったのはインスタント食品のゴミ山。この子まともな食事を取ってないようだな。まあそれはどうでもいい、重要じゃない。重要なのはこれからだ。
「それで、話ってなんですか?」
特に警戒する様子もなく、彼女は僕に聞いてきた。僕は回りくどい言い方が嫌いだ、たがら率直に彼女に聞いた。
「この前空飛んでたよね…君何者?」
目が見開いた、それと同時に体温の上昇、心拍数も上がって若干の発汗あり。自身の本性を隠すために独学で学んだ心理学がこんな所で役に立つとは思わなかった。どちらにせよ彼女は警戒心をはね上げたことがわかった。
「空を飛ぶ……な、なにを言ってるんですか。空を飛ぶ?空なんか飛べませんよ」
「オウム返し、図星か…しらばっくれても意味ないからね」
あえて突き刺すように、冷たく言い切る。これで彼女は僕がでまかせを言ってるとは違うと分かるだろう。さらに警戒が上がる感じが伝わる。ここで先に僕は口を開く。
「まあ君が何者で、何をしようが興味なんてないけど…面倒事は嫌なんでね。隣に住んでるから巻き込まれんじゃないかなって保険をかけに来たんだよ…言ってることわかるかい?」
僕がそう伝えれば、しばし警戒体制のままだったフェイトの表情が、硬くはあるがゆっくりと和らいでいく。嘘を言ってないと思ったんだろう。事実嘘ではないし。そうして彼女が落ち着いた様子に戻れば口を開いてくれた。
「迷惑はかけないと約束する……だから、秘密にしておいて欲しい」
そこまで言って話し出してくれた。なんでもフェイトはこの地球の人間ではなく、自身の母親が地球に落ちたジュエルシードと呼ばれるアイテムが欲しくてやってきたそうだ。そして、そのジュエルシードは危険物であるため、管理局という警察のような存在が回収するそうだ。管理局に回収されると困るから先に奪い取ってしまえということらしい。要は自分は犯罪者で、警察が回収するような危険物を取りに来ましたという事だ。
ああ、思った通りの面倒事だよ。左手で目を覆い天井を仰ぐ。よりによって宇宙人スケールとか面倒も良いところだ。絶対に巻き込まれてたまるか。そんな僕を見て心配に思ったのか、フェイトは不安げな顔で僕に聞いてきた。
「本当に迷惑はかけませんから…」
信じられるかそんな言葉、そういうやつは決まって迷惑をかけるんだ。だがそんなことを口が裂けても言えない。今言ったら何されるかわからないからだ。やけでも起こして暴れられたら面倒極まりない。だがそれは向こうも同じだろう。下手に言いふらされても困る。だから条件をつけることにした。
「僕は君のそれを秘密にする、君は僕を巻き込まない。それでいいでしょ。お互いに不干渉ということで」
そうして僕は部屋を後にしようとした、ひとつ僕らしくもないミスを犯して。そう、部屋を出る時だった。ちょうどこの部屋に訪れる前に、僕は写真の整理をしていたんだ。それのある1枚を直すのを忘れていたようで、よりにもよってそれがちょうどフェイトの眼前に落ちたのだ。フェイトはそれを拾って僕に届けようとする。その前にちらりとそれを見てしまった。そして見てしまったことを確認した直後に僕はその写真が何を撮影した写真か思い出したのだ。それは、僕がこの世界に来る前に撮ったものだ。
つまり…僕の芸術の写った写真。
「っ!?」
ひったくるように写真を取り戻し、それを見る。間違いなく僕の作品の写真だった。僕が一番最初に作った作品。題名を【ブーケ】。足から胴までを針金で固定した5人の人間の上半身を燃やして、ちょうど全員の皮膚が焼け付いたタイミングでシャッターを切ったもの。今思えば拙い駄作ではあるが、それでも成長した過程であると大切に取っていたもの。それをよりにもよってこんな面倒の塊に見られてしまった。
今度は僕の方が動悸が早くなる。【月光】の第三楽章でも流れてるみたいに、心臓がやかましく早鐘を打つ。間違いなく見られた。
「……」
フェイトが何も言わないで僕を見つめる、そんな彼女を僕はいつでも【消せる】ように、体のうちにめぐる炎を意識して。ついに彼女の口が動く。逃げ出すものならすぐさま焼き潰すつもりだった。だが現実はかなりおかしく面白くできているようだ。突拍子もなく天啓とは来るものだ。
「今の……綺麗な…なに」
「……は?」
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4 覚醒【フェイト視点】
プレシアがあんなんだから、フェイトもこうなる可能性が微粒子レベルで存在したんじゃないかなって…
この管理外世界に来てから数日がたった。
この地球と呼ばれる世界は、広いようで狭い。
母さんの指示でジュエルシードを集めることとなった私は、母さんが手配したマンションで、使い魔のアルフと共に暮らしていた。
ジュエルシードの反応があれば飛び出し、なければ食べて寝る。それだけの毎日を過ごしていた。
そんな繰り返しの中の今日、私は奇妙な出会いをしたんだ。
それはお隣さんのラムダ・ペンドラゴンさんとの秘密のお話。
ちょうどアルフが今日の夕飯を買いに行っていた時だった。
コンコンと鉄の扉を叩く音が聞こえる。
なんだろうと私はソファーに投げかけた体を起こして開けに行く。
アルフならノックの必要は無い。
となれば別の人だ。だけれども、この世界に私の知り合いはいない。
もしかしたら母さんが?
いやそれは無い、母さんは…私に会いに来るわけがない。
そう考えながらも、少しの期待を胸に扉を開けた。
「誰ですか…ペンドラゴンさん?」
そこに立っていたのは、お隣のラムダ・ペンドラゴンさんだった。
彼女はこの世界に来た最初の日に、最初に私が知った人で、顔の半分が包帯で隠れた、少し怪しいけど優しそうな人という印象だった。
話がしたいとのこと、特に私は困ることもないので、彼女を部屋に招き入れた。
「それで、話ってなんですか?」
次に飛び出す言葉に、私は驚愕することになると思わず、私はただ疑問を聞いた。
そうすれば彼女は答えた、それこそ心臓が飛び出したんじゃないかと驚く言葉を。
「この前空飛んでたよね…君何者?」
一瞬自分の聞き間違いだと思った。
まさか自分が空を飛んでいたのを目撃されてるなんて、それもよりにもよって隣の人に。
確かにあの時認識阻害の魔法をかけてたはずなのに。
汗が吹き出す、心臓が早鐘を打つ。
「空を飛ぶ……な、なにを言ってるんですか。空を飛ぶ?空なんか飛べませんよ」
「オウム返し、図星か…しらばっくれても意味ないからね」
冷静に判断できない、精一杯の誤魔化しがバレた。
私はどうなってしまうのだろうか。
かくなる上は彼女を黙らせるか?
だけど、彼女は地球の人で、無関係で、傷つけたくなくて。
胸に吊ったバルディッシュを握る、その手が震える。
「まあ君が何者で、何をしようが興味なんてないけど…面倒事は嫌なんでね。隣に住んでるから巻き込まれんじゃないかなって保険をかけに来たんだよ…言ってることわかるかい?」
そういうペンドラゴンさんの顔は、本当に面倒そうな顔で、巻き込んでくれるなと言ったふうで。
その言葉は私に安心を与えた。
本当に喋らないか、でも嘘は言ってない、そう感じる。
それなら、こんな、力で黙らせなくてもいいんじゃないか。
「迷惑はかけないと約束する……だから、秘密にしておいて欲しい」
隠し通すのは無理だと悟った。
だから私は、胸に抱えていたものを吐き出すように彼女に話した。
自分がなんなのか、何故ここにいるのか。
すると本当に面倒くさそうにペンドラゴンさんは天井を仰いだ。
「本当に迷惑はかけませんから…」
そうは言ってみたが、怖くてたまらない。
信じてくれるかも怪しかったのに。
「僕は君のそれを秘密にする、君は僕を巻き込まない。それでいいでしょ。お互いに不干渉ということで」
でも彼女はそう言ってその場を去ろうとした。
つまり、本当に信じてくれたんだ。
その上で秘密にするって言ってくれた。
少し、ほっとした。
そんな時だった、彼女のポケットから1枚、何かがはらりと落ちたのは。
彼女は落ちたそれに気づいてないみたいで、このままじゃあ置いて言ってしまうと思った。
だから私はそれを拾って渡そうとしたんだ。
その時、それを見たんだ。
そこには…炎があった。
人が、燃えていた…
有刺鉄線で結び付けられた5人の裸の人が、お腹から上を炎に包まれて、苦しそうに叫んでいた。
いや叫んでるように見えるだけで、黒くなったそれはそのままの形で固まってるんだ。
炎が、紅蓮が、松明のように人を燃料にして燃えていた。
男の人も女の人も、性別なんて関係なく、真っ赤にドロドロに、溶けて燃えて混ざって…
おかしい、おかしい。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい、こんなの絶対におかしい。
何かが、私の中の何かが燃えているようだ。
燃やしちゃいけない何かが、今ので焼かれていく。
それは尊厳とか、理性とか、法律とか、当たり前とか、そんなもの?
その写真の、物体は…まるでお花のようで。
とっても……綺麗に見えてしまった。
それを理解した途端、私の中のそれが、大切な何かがパキリと壊れた気がした。
「っ!?」
ペンドラゴンさんが、私の手から写真をひったくる。
その顔は怯えたようで、まるでさっきの私みたいだった。
ああ、これはペンドラゴンさんが隠したい秘密なんだ。
あれは、多分、ペンドラゴンさんが作ったんだ。
何故かそう思えた。
「今の……綺麗な…なに」
自然と、そんな言葉が漏れた。
それにペンドラゴンさんも驚いた様子で私を見た。
その惚けた顔は、初めて見るペンドラゴンさんの表情で、少し、こんな顔もするんだなって思った。
しばらく固まっていたペンドラゴンさん。
だけど、固まりが溶けると直ぐに私の両肩を掴んで、私と視線を合わせて大きな声で言った。
「君は……分かるのか、これの素晴らしさが!!」
そう叫ぶペンドラゴンさんの顔は、多分今まで見たどんな表情よりも、嬉しそうに見えた…
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5 展示会
最初は何かの聞き間違いかと思った、僕の作品が綺麗と、フェイトは確かにそう言った。僕の作品が綺麗。
「君は……分かるのか、これの素晴らしさが!!」
つい彼女の両肩を掴んで問いただしてしまった。だがそんな僕にも怯えず、驚きはするものの頷く彼女を見て、僕はついに確信した。そして理解した。理解してくれたと。僕の作品が素晴らしいと、彼女は理解してくれたんだと。
あああぁ!!なんて嬉しいんだろう。こんな気持ちは初めてだ!心が破裂してしまいそうだ。生まれて初めて、僕の作品が正当な評価を受けた、これが嬉しくない訳が無い。嘘でも構わない、己の子供を褒められた親とはこんな気分になるのかもしれない。今確かに僕は舞い上がっていた、舞い上がらずにはいられなかった。褒められたのだ、褒められたんだ間違いなく。僕の作品が綺麗だと、皮肉でもなんでもなく!こんなに嬉しいことは無い!こんなに清々しい気分なんて初めてだ。
気がつけば僕は彼女から手を離して、その手を天に掲げて、全身で喜びを表現していた。あぁ、それでも表現し足りない。この喜び、誰かにわかって欲しい。世間の評価なんてどうでもいいと思っていたが、僕は心の奥底では求めていたんだ、自分の作品への賛美の声を。愛しき我が芸術への賞賛を。
「嘘じゃないんだね、それは君の本心だね!?」
心理的に嘘を着いていないと分かっていても、僕は聞かざるをえなかった。冷静でいられるものか。喜びが津波となって襲ってくるんだ、溺れずにはいられない。
「は、はい……とても、その…綺麗でした」
さすがに僕の剣幕にたじろいでいるものの、そう告げる彼女に嘘はない。やはり彼女は僕の作品が素晴らしいと理解してくれていた。
それからはほぼ無意識だった。彼女を部屋に誘ったのは。僕は誰かを自分の部屋に招き入れたことは当然ない。それは
「わぁ……凄い」
それしか出てこない、私はペンドラゴンさんに手渡されたアルバムを見ていた。
タイトルは【焔】。
ペンドラゴンさんが言うには、自分の作品集との事だったけど、中にある写真は、どれも私の心の奥底の何かを燃え上がらせた。
特に目をひかれたのが【皆既日食】という作品。
それは三重円を描くように繋がれた人が燃えて、一見するとただの炎の輪に見えるだけなんだけど、撮り方かな。中央の黒が飲まれるように錯覚するんだ。
それはまるで闇への螺旋階段のように見えて、多分本当に円を書いただけなのに奥行がすごく感じるんだ。
その闇から焼かれてる人達の絶叫が聞こえてきそうで、とても飲まれた。
アルバムを持つ手が汗ばむのがわかった。
「それね、とっても苦労したんだよ撮るの」
のぞき込むようにペンドラゴンさんが私に解説してくれる。
なんでも、発破のタイミングがズレたら1からやり直しを繰り返したらしく、完成に2年もかけた大作らしい。
私みたいに空中に飛べないから、撮影するのもクレーンを借りてしたみたい。
そう考えたら、一体いくらかかって作った作品なんだろう。
ちょっと想像するのが怖かった。
素材になった人達のことを考えれば、そんなことを感じてる場合じゃないって分かるのに。
ペンドラゴンさんは間違いなく生きた人間を燃やしてこの作品を…ううん、これだけじゃない。
分厚いこのアルバムに入った作品の数だけ、試行錯誤も含めて何百人と焼き殺したはずだ。
その恐ろしい行為に恐怖を抱くべきなのに、今の私は凄い綺麗なものを作った芸術家にしか思えなかった。
あぁ、私はおかしくなってしまったのかな。
こんな禁忌すべき作品たちが、今はとっても綺麗に見えるんだ。
そんな自分自身に恐ろしさを感じながらも、私はペンドラゴンさんの作品を食い入るように見続けた。
時間が経つのは早いものだ。フェイトを部屋に招き入れてから、もう数時間経っていた。私もだいぶ熱く語ってしまったせいか、時間なんて気にしなかった。ふと時計を見たらもう9時だった。フェイトを部屋に連れてきたのが5時だったから、夕飯も食べずに4時間ぶっ通しで語り続けてしまったという事だ。そんなにも私は嬉しかったようだ。自分の喜びが予想以上に大きかったと分かる。
「そろそろ子供は寝る時間だ…引き止めすぎてごめんね」
謝罪し、彼女に自分の部屋に戻るように告げる。フェイトもまた時間が過ぎ去っていってたことに気づいたようで、驚いていた。わかったと言ってさあ部屋からフェイトが出ていこうとした時だった。
彼女の胸に吊っていたペンダントが光を放つ。それはあの空を飛んでいたの時、彼女がまとっていた光であった。
あっと声を漏らして、フェイトがこちらを見る。どうやらあのペンダント、ジュエルシードの位置を探知すると光るようだ。しばらく私たちの間に沈黙が走るが、私からそれを崩した。なに、別に出かけるのに許可はいらないだろうって。
「…今度から、良かったら……また来てもいいかな」
左手にペンダントを握りしめ、私の部屋のドアノブを右手で握りながら彼女は聞いてきた。もちろんだとも。僕の理解者を拒む理由はない。
「いつでもいらっしゃい、君なら歓迎するよ」
そう言うと、すこし嬉しそうにフェイトは笑った。彼女が笑うところ、初めて見た気がした。
こうして僕らは互いに秘密を供し合う仲となった。この仲が腐れ縁としてずっと続いていくことになるとは、この時僕も彼女も知らない。
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6 理解者
僕とフェイトの小さな展示会。それが終わってからしばらくして、僕とフェイトの距離は大きく縮まった。ほぼ毎日のように暇さえあればフェイトは僕の部屋に来て、僕と話をしたり作品を見たりしてる。僕も彼女が来る度に心が踊る気がする。僕の作品を初めて理解してくれた存在だからだろう。時たまアルフと呼ばれる存在もついてくる時がある。彼女はフェイトの使い魔らしい。アルフの方は僕の作品の良さがわからないようで、初めて見た時なんか口を抑えて苦しそうに唸っていた。その後。
「フェイトに変なこと教えこんだのお前か!」
とブチ切れて拳を振ってきたっけ。まあその直後にフェイトが僕を庇って前に出たから、互いに怪我なく終わったけど。
なんにしても僕の作品の理解者はフェイトのみのようだ。その事に悲しむべきか、喜ぶべきか。いや喜ぶべきだろう。一人もいなかった前に比べれば大きな進歩であるんだから。
そうして今日もフェイトがやって来る。チャイムの音がなる。彼女しか僕の部屋には訪れない。学校では仮初めの友人たちには家に越させないようにしてるから。とすればフェイトしかないわけだ。ゆっくりと腰をあげて玄関へ向かい、そして鉄のドアをあければそこにはフェイトが立っている。最早これも日常の一つだ。
「こんにちは、今日もよろしくお願いします!」
「はい、いらっしゃいフェイト。まあゆっくりとしてね」
彼女を部屋に招き入れて、自分は飲み物を取りに冷蔵庫、フェイトはアルバムを取りに部屋の奥へ。そうして二人でお菓子でも食べながら僕が作品を解説する。そんなゆったりとした時間。これが僕らの日常になってた。
そうしていつものようにアルバムを眺め、話していたときだった。
「私も……作ってみたい」
フェイトがそんなことをこぼしたのは。僕は直ぐ様確認をとった。聞き間違いじゃなかったか知るために。回答は僕の聞き間違いでないことを証明した。フェイトは頷いた。作品を作りたいのかと言う問いに。
嬉しくて穏やかな気持ちでいられなかった。理解者であるフェイトが、僕と同じ制作者になる。それも僕の作品に感化されてだ。ファンが同じ目線で創作をしてくれるんだ。仲間ができたみたいでとても嬉しかった。言葉に表現できない喜びだ。
だが、この作品作りで苦労してきた僕は、すぐに人間で作ろうとは言わなかった。人間で作品を作る大変さを知っていたから。痕跡は消さなきゃならないし、人数はいるし、片付けは大変だし、何よりかさばる。この小さな部屋には直しきれない。だからまずは粘土で作ることを教えてあげた。
粘土はいい。安いし片付けも楽だし、着色も簡単だ。失敗しても、人間や大理石と違ってやり直せる。
その利便性を伝えたら納得してくれた。フェイトもいきなり人間からやろうとは思ってなかったみたいだし、良かった。
だが僕はこの件であることを思うようになるのであった。速く質のいい人間を見つけなきゃ……と。
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7烈火
フェイトが粘土での練習を初めてから数週間がたったある日。その日の晩は暗く、雲に月が隠された曇りの夜だった。
せっかくの満月が台無しである。ベートーベン・ピアノソナタ14番【月光】を耳に、僕は夕飯を食していた。今日のディナーはチキン南蛮であった。むね肉が安かったので、つい買ってしまったのだ。せっかくだからフェイトや
「ジュエルシードの反応があってね…誘ってくれてありがとう」
そういうフェイトの顔が、実に残念そうだったのを覚えている。大丈夫、ちゃんと二人の分は残しておくよと伝えると、フェイトは年相応の明るい顔になって、飛翔していったのも覚えている。
時刻は六時半過ぎ。腹八分目と言う言葉に合わせて、少し胃に余裕を持たせたあと、僕は勉強机に向かう。夕食前に宿題も自主勉も終わらせてある。それでも勉強机に向かうのは訳がある。
方眼紙を取りだしあるものを書き出す。それは機械のもの。魔法を使うのに必要なもの。フェイト曰く、僕にも魔法の素質があるらしい。そのために僕の魔法の練習をしてくれるそうだ。それに必要なものを設計していた。なんでもそれは専用の職人がいるくらい高度なものらしいので、自作しようとは思わないが、デザインぐらいは自分で決めたかった。だからいま描いているのだ。
こうして、自分の芸術関連以外で方眼紙を使うのは久しぶりな気がする。食材が胃に入り、暖かな満腹感を覚えながら筆を走らせる。実に心地いい。誰にも邪魔されず、静かに、大好きな音楽のもとで。わかるだろうかこの喜び。まるで指揮者のように指が振るわれる。
そんな絶頂に乗ってるときだった。窓ガラスを叩く音。こんな時間に、三階の窓ガラスを叩くものなんてフェイトしかいない。空を飛べる彼女なら、階数なんて無いようなものだからだ。
「はいはい今開けるよ……」
ゆっくり椅子から腰をあげて、窓ガラスへと向かう。しかし妙だ。いつもなら扉からやって来るのに、何で窓から。おかしいと思いながらも、僕はカーテンを開けた。
そこには信じがたい光景がみえていた。フェイトを背負ったアルフが青い顔でいたのだ。その背負われたフェイトからは大量に血が溢れ出ており、今にも失血死しそうであった。
「どうした!なにがあったんだい!?」
あわてて窓ガラスを開き、中に二人を誘い込む。よく見ればアルフも重症で、少なくなくそして浅くもない傷を負っていた。
「温泉街…ジュエルシードをあと少しで取れそうなときに……後ろから目の色が違うやつに攻撃されて」
アルフはそういって意識を失ってしまった。アルフの方は僕の持ってる治療術でもどうにかなりそうであった。
問題はフェイト。彼女の方はすぐにでも病院に行った方が良かった。だけれども、戸籍のないフェイトが病院なんていけない。ここ出直すしかないが、僕の腕じゃ。僕は死体解体に慣れてるから、裂傷はある程度知ってるけど、それでもこれは深すぎた。まず止血しないと。それでも包帯じゃどうにもならない。どうすればいい。どうすればいい!
そうだ!フェイトの綺麗な肌にこんなもの付けたくないが、この際仕方ない。死んだらもう僕と話し合えない。もう僕の理解者は現れないだろう。たった一人の理解者を失いたくない。仲間を死なせたくない!
僕は自分の能力を、はじめて修行以外で使った。それも医療目的で。
フェイトの苦痛の声が上がる。嗅ぎ慣れた人の焼ける臭いがする。焼いたんだ、傷を、焼いて塞ぐんだ。激痛を伴うし、下手するとショック死する。火力を間違えれば全身焼ける。慎重かつ大胆に、傷口を焼いて潰していく。その度にフェイトの苦痛が漏れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
これも聞きなれた悲鳴だ。だけれども、今は、この声色では聞きたくなかった。歌姫のような綺麗な声が、苦痛に彩られた嗄れ声をだすのは。それでもやるしかなかった。助けるにはこれしかなかった。聞こえる絶叫に耳をそらし、ただひたすらに焼いていた。
時間にして30分、永遠にも感じた30分。フェイトの止血は終わり、他の傷の手当ても終わった。代償に、フェイトの体にはいくつも醜い焼け爛れた跡が。特に僕とは真逆の左半身。傷の一番酷かった脇腹は大きすぎて鼠径部まで焼かれてる。背中も焼いてない部分はほとんどなかった。
完璧な芸術品に、馬のくそを塗ったくったような気分になった。この子は、僕と同じ咎を背負っていかなきゃならないのか。しかも僕が負ったときよりも幼いのに。助かるためだったとはいえ。
目の前が真っ暗になった。フェイトに自分の暗闇を背負わせた気分になった。こんなことになったのは誰のせいだ。アルフが言った、目の色が違うやつ。
僕は決意した、烈火のごとく燃え上がるこの思いのもと、そいつを始末してやると。アルフが目覚めたら聞こう。そいつの顔を。
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