普通の高校生活を送るはずの僕がハーレム計画の一環で女子校に通うことになった! (南雲悠介)
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Prologue
Prequel


数十年前から男子の出生率は低下して女子の割合は大幅に広がっていき人口逆転が起こり世界的に女性が多い世の中に変化した。
政財界、スポーツ界、教育の現場に職場など多くの場所で女性たちが華々しく活躍する。
そんな華やかな世界の裏で深刻な問題に直面していた。


 〈今の状況はさながら人類滅亡の一歩手前ってところかしら〉

 

 そんな事を呟きながら机の上に置かれた資料に目を通していく──繁栄を極めていた私達人類は今滅びの道を辿ろうとしていた。

 ここ数十年で男女の人口比率は大きく逆転して全人口の八割以上が女性中心になった。

 それだけではなく優れた遺伝子を持ち未来へ繋ぐ事の出来る男性が二割以下に減ってしまった。

 そのためほとんどの女性は自然に妊娠する機会を失い、国が保管し管理している精子バンクから精子の提供を受けて人口受精させる方法でしか子孫を残せない。

 限られた選択肢でしか子どもを作れない中、最後の優秀な遺伝子を提供してくれた二十代の男性が先日、以前から治療していた病気が完治せず亡くなってしまったという情報が私の元へ届いた。

 ──この危機的な状況をなんとか打開しないくてはいけない。

 私は家に帰るのも忘れて日々仕事の毎日を過ごしていた、その行為が祟って息子の勇人との関係は修復ができないほどにまでなっていた。

 子どもの頃から英才教育を受けさせて将来は私の仕事を継がせるつもりでいた。

 あの子の為を思ってやっていた行為は真逆に働いてしまう、小さい子どもに大人の顔色を伺って生きるように教えてしまったせいか勇人は礼儀はしっかりとしているけれど他人に遠慮して人間関係を築く事に後ろ向きな性格になってしまった。

 家の事を任せているメイドや家庭教師からは問題は無いという報告を受ける度にあの子が普段どういう生活を送ってきているのかが気がかり。

 だけど、今は家でゆっくりしている時間なんて無い、大量の資料に目を通しながら作業を進めていく。

 今度私が兼ねてより計画していたプロジェクトが正式に遂行される事になった。

 

 

 〈ハーレム・プロジェクト〉 (正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)

 近未来の人口増加を目指す一大プロジェクト。

 人工授精に伴う出生率の変化や男女の人口比率の逆転、男性の生殖機能低下など様々な課題を考慮した結果、過去の医療機関の検査で優性遺伝子を持ち合わせている男性をプロジェクトの中心人物に据え将来的な人口減少を防止し自然生殖活動を奨励。

 

 このプロジェクトが成功には大きな意味を持っている。

 枯渇してしまった優秀な遺伝子を未来へと残す事が可能なこと——人口受精から自然妊娠へと移行するいいモデルケースにもなる。

 けれど、肝心な事が今も大きな障害に、遺伝子を提供する男性がいないという事。

 全男性を医療機関で検査し遺伝子の優劣を判断して結果を受け取ったけど、全員が劣勢で精子バンクに登録する事すら不可能、生殖能力すら持ち合わせていないものだった。

 

「どうすればいいのよ!」

 焦りと不安が一気に押し寄せてくる、苛立ちが積も机を叩いた。

 

「美鈴さん。少し休んだらどうですか?」

 後輩の神崎歩美が心配してコーヒーを淹れてくれた。

 彼女は本当に良い部下で私が研究を始めた時からからずっと一緒に仕事をしている仲、若いのにあの有名な恋麗女子学園の理事長も兼任している。

 一旦休憩して頭を冷やそう。歩美からコーヒーカップを受け取って大きなチェアに座り込む。

 

「イライラするなんて美鈴さんらしくないですねね」

「もうじきプロジェクトが遂行されるのよ! ぼやぼやしてる場合じゃないわ」

 ほんの数分間休んで中断していた作業の続きを始める。

 

「体壊さないようにしてくださいね」

 コーヒーカップを下げて部屋を出ようとする歩美は何か思い出したように言う。

 

「そう言えば美鈴さんは息子さんのデータには目を通しましたか?」

「勇人のデータ? そう言えばまだだったわね」

 昔、あの子にも医療機関で検査を受けさせた事はあるけど、私は直接立ち会っていないし結果なんて気にもしなかったわ。すぐに別の仕事が入ってそれっきりだったし。

 

「すぐに検査結果のデータ準備できるかしら?」

「はい。大丈夫です、ちょっとだけお時間頂けましたら」

「なるべく早くね」

 歩美は十分も経たないうちにタブレット端末を持って戻って来る。

 

「今息子さんのデータを転送しますね」

 手早く画面を操作してデータを私のパソコンに送って来た。

 

【検査結果】

 内蔵機能に異常なし。その他に大きな障害も発見されず健康体そのものです。

 と、お医者様の完結な報告のみで終えていた。わざわざ見るほどのものじゃないと別データに移行しようとマウスを動かしたら別のページへ移動してしまう。

 

 特に問題はありませんが一つだけ報告するのなら今まで検査して来た男性の中でも【小鳥遊勇人】さんは特別に強い遺伝子を持っている事が分かりました。

 また高い生殖能力を持ち合わせている唯一の存在だと言う結果が出ています。

 ただ今回の検査結果をどのように判断なさるのかが一つ気になるところです。

 

 強い遺伝子と高い生殖能力を持ち合わせている存在。

 まさかあの子がそうだったなんて……。

 私はこれから遂行されるプロジェクトの中枢人物に自分の息子を選ぶ事に決定する。

 それがあの子の未来を左右する事になる。私は自分ができる最大限の形で勇人と向き合わなくちゃいけない。

 研究室から届いた資料に目を通して私は大きな決断をするのでした。

 

 仕事が落ち着けば息子とはちゃんと話す機会を作ろうと考えているわ。親の心を子どもがどの程度理解しているのかはわからないけれど、私は長い間あの子と“家族”として暮らす時間を犠牲にしてきた、その代償は長年の月日を得て積み重なり関係が破綻するには十分すぎるくらい。

 常に勇人を第一に考えて仕事をしていた──あの子が幸せなら私も幸せ、小さな頃、希望に輝いた目で色々な事に興味を持っていた。

 プロジェクトを必ず達成するという使命感に燃えてはいたけど、私は根本的な事を理解していなかった。

 それに気づいた時は──もう取り返しのつかない事態に直面していた。



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私たちの夢はこれから始まる

 私たちの夢──幼いあの子に対する希望は大きいものだった。

 勇人が生まれた日、あの人はいつもよりも早く仕事を切り抜けて病院まで駆けつけてくれた。額に汗をかきながら生まれてくる我が子が健やかでありますようにと祈る。

 彼と出会ったのは私が大学で研究をしている頃、あの頃から人口減少は深刻な問題となっていて恋愛結婚するカップルの人数も年々減るばかり。

 仮に結婚したとしても離婚して離れ離れになってしまう、子どもも作らずにお互いがそれぞれ違う世界で生きて行く。

 

 そんな世の中に変わって中、女性も結婚を望まない人が増えてきた、男性は仕事に追われまともに婚活なんていうものと縁遠い生活を送っていたし、世間では女性がどんどん活躍の機会を増やして行った。

 政治家や政府の官僚にも女が増えて彼女たちの独創的なももの捉え方やアイデアはこれまでの時代を変革する。

 

 自分がやりたいことができる社会に近づいているような気がした。私は大学ではいつも研究室に篭りぱなしだった。家に帰らずに大学に寝泊りすることなんてしょっちゅうあって、将来の事を考えて今目の前にある課題に取り組んでいた。

 

 そんな矢先、ふらりと私たちの研究室に紛れ込んできた人がいた。彼の名前は小鳥遊直人(たかなしなおひと)さん。

 ぎこちない笑顔で申し訳なさそうにすると缶コーヒーの缶を一本置いて出ていってしまう。

 

(変わったひと)

 

 私の彼に対する最初の印象はあまり良いものではなかった。

 それから毎日彼は研究室に顔を見せるようになる、そして何も話さずに差し入れだけを置いて帰ってしまう。

 

 そんな奇妙な行動を繰り返す彼に私はイラついて次に研究室に来た時は追い出してやろう! と思った。

 

「ちょっと! あなた一体どういうつもりよ! いつも食べ物ばかり置いて研究室から出ていくなんて変よ」

「ああいや、すまない。気にしていたのなら謝るよ。ただ、君はずっとここに泊まっているんだろ? ちゃんとした食事は取っているのかい?」

「どうしてあなたがそんな事を知ってるの? まさかストーカーしてたとか」

「違う。僕は君と同じ学部の子から頼まれたんだ。その子とは偶然に同じ授業を取っていてね、それでいつも研究所に寝泊りしているひとがいるって話を聞いたんだ。頼まれたからこうして毎日様子を見にきてるわけさ」

「君が迷惑というのなら今後は来るのをやめるよ。それじゃあ、これは最後の差し入れになるかしれないな」

 そう言うと彼は紙袋から栄養ドリンクとパンを取り出してみせる──今まで研究ばかりで自分のことを優先してなかった……。鏡を見てみるとあまり寝てないせいか酷い顔でボサボサの髪がだらしなさを演出する。

 

 こんな姿を誰かに見られるのは恥! 一刻も早く何とかしないと! 私はそう思って一旦研究室から出て大きく深呼吸する。

 

「ほら、酷い顔だよ。ちゃんと寝てるのかい? 目の下にクマができている。研究も大事だろうけど、睡眠不足だともっと大変なことになりかねないからね、しっかりと休んだ方がいい」

 彼は自分の着ていた上着を私にかけると差し入れの紙袋を置いて研究室を出ようとする。

 

「待って! あなた毎日来てるわよね? 同じ学部の人に言われたからって全く関わりのない相手のところを訪れるかしら?」

 私がそう言うと彼は罰の悪そうな顔をして頭を掻く。

 

「全部お見通しってわけか、確かに最初は学部の子に言われたから様子を見るだけだった。だけど、研究をしている君の姿を見ているとね、何だか良いなあって感じたんだ。それからは完全に僕が望んでここに来るようになった」

 混じり気のない、嘘をつくことも無い自分の言葉で話す彼に私は興味を持ち始めた。今まで自分の周りにいた人たちはこっちの顔色ばかり窺って腹の探り合い、駆け引きなんてチープな言葉が適切かはわからないけれど人との関係なんてそんなものだと思ってる。

 お互いの利害が一致して相手がどれだけ自分にとって役に立つ人物なのか? なんていう事を考えながら生きる。

 

 人の醜さはいつの時代になっても変わらないものね、私はうんざりしつつ彼に言われたように少しだけ仮眠を取ることにした。

 

 眠った後は頭がスッキリしていつもよりも冴えている気がする。窓から差し込む日差しが眩しい。研究室にいる私に取っては新鮮味のない光景だけど今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。

 彼からの差し入れを食べながらぼんやりと考える、今まで接してきた人とちょっと違う男の人。

 学部とかが違えば同じ大学に通っていても決して会うことはない。それも私を心配して声をかけてくれた相手、唯一自然なままの相手でいれるかもしれない。

 

(本当に変な人……)

 

 研究も大事だけど自分の体のことも大切──体調を壊してしまったら元も子もない。肝に銘じておきます。

 

 この時の私は偶然に運ばれてきた出会いを不思議に思いつつもこれから始まる未来へと繋がるまず第一歩目だと言うことは知らずにいました。

 

 

 **

 

 あの人と交わした約束のことを思い出す──決して忘れることはない、だって私たちの夢なんだから、今はちょっと勇人とも会わせる事はできないけれどいつか昔みたいに家族三人で笑い合って暮らすことができるのならー。

 そのために私は自分に与えられた仕事を全うしなくちゃいけない。

 ちょっとずつだけどいい方向に向かっていると感じる。

 それまではこの話をあの子に話すのはもっと先になりそうね。

 直人さん、待っていて下さい。私とあなたの夢、必ず叶えてみせるから。



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望まれて生まれてきた命

「今日の僕はいつもより仕事が早く終わりそうなんだけど多分美鈴の方が早く家に帰り着くと思う」

「あら、そう。じゃあ帰ってくるの待ってるね」

 大学を卒業してから私は直人さんと同棲を始めた、最初に彼と会ったのはほんの偶然が重なったできごとだったけれど、私たちは日に日に一緒に過ごす時間が増えてきた。

 

 話してみると彼はとても面白くて私はすぐに波長が合っていると感じた。研究に没頭している私のをいつも気にかけてくれていた。

 そんな彼の温かさにすっかりと甘えてしまう。人柄も含めて直人さんに惹かれていた。

 この人とならきっと素敵な家庭を築く事ができるかも。と未来に対して淡い期待感を募らせる。

 家事がにがてなわけではないのだけれど、家にいた時は殆どやらなかった、直人さんと同棲を始めてからは少しずつだけど身の回りのことをやるように変わっていった。

 もう少し広いところに引っ越しをしないと考えてるの。これから先彼と一緒に暮らすのだから二人がゆっくりと落ち着ける空間は大事だと思う。

 

 大学生の頃からお付き合いを始めた私たちは次第に結婚を考えるようになった──お互いの将来の事を話して、いつの時期に結婚をするのか慎重に話し合って決める。

 

 私は彼のご両親へ挨拶を済ませて私達は周囲に結婚の話を伝える、直人さんのご両親はとても素敵なひとで訪ねてきた私に親切にしてくれた。

 彼はあの家で両親に大切に育てられたのだと思う。

 

 私の家族も似たような感じだから、苦労することはなかった。孫の顔が見たいと言うお父さんたちに私も将来生まれてくるだろう私たちの子どもについて色々な思いが浮かんでくる。

 

 私と直人さんの子どもなんだからきっと可愛いと思う。人口が少なくなってきている今の世の中で自然妊娠で子どもを作るって言うのは案外リスクがあるものなの。

 

 私が大学生になった頃くらいかしら? 政府は人口的な妊娠を推奨し、多くの女性が自分の卵子を提供するようになった。

 男性の数は減少している中で子孫を残せる優れたDNAを持っている人は限られてくる。自然妊娠が難しい世の中に変わりつつある。

 それでも私は自分のお腹を痛めて子どもを産む事を選んだ。産婦人科の先生にもちゃんと生まれるかはわからないと言う事を言われて不安になる。

 

 直人さんの遺伝子に問題はなかった……。私たち二人とも生殖活動に関しては特に大きな障害は無いという結果になったのだけど、子どもができるのかは天命を待つしかない。

 

 例え子供が生まれなくても彼は私と共に人生を歩んでくれる約束をしてくれた。涙を流して喜んだ、きっと直人さんの遺伝子を受け継ぐ子どもを授かりたい。

 幸せに包まれながら私たちは夫婦としての生活を過ごした。

 

 そして私たちの間に一人の男の子が生まれる──名前は勇人。直人さんの人の文字から貰って名前をつけた。

 元気な男の子に私達は喜びを隠しきれない、初めて授かったたった一つの命を抱きながらこの子の将来が明るいものでありますようにと願う。

 

 勇人は好奇心を秘めた瞳で両親の顔を見つめている。この子だけは何があっても守っていこうと彼と誓って私達はほんのささやかな幸せの時間を送る。

 勇人が生まれてから直人さんはより一層仕事に打ち込むようになってきた、帰りが遅くなっても必ず帰宅して私や勇人の寝顔を見てから眠りにつく。

 

 私は仕事の量を減らして育児をしながら毎日慌ただしい日々を過ごしていた、そんなある日のこと──

 

「今度から少しだけ日本を離れることになったんだ」

「えっ……? それってどういうこと」

「仕事だよ。今やっているプロジェクトの主任を任されてね、安定するまで海外で働くことになりそうだ。だから、美鈴には苦労かけるかも知れない」

 申し訳なさそうにいう直人さんは、望むなら私も一緒に暮らせるように掛け合ってくれると言ってくれた。

 

 けれど、私は海外に行くつもりは無かったし、何よりも今の職場を離れるなんて選択をしたくない。

 話し合いの結果、直人さんだけが海外で働いて私は日本に残ることになった。

 

 彼が日本を離れてから勇人と二人きりで暮らすことになる──だけど、初めて子育てをする私には小さな障害が常に付き纏う。

 あの子の為を思いながら毎日遅くまで仕事をするようになったのだけど、その代償にほとんど家に帰ることはなく。

 身の回りの事はお手伝いさんに任せっきりになる、たまに家に帰っても自分の部屋から出てこない勇人との親子関係は冷め切っている。

 

 あの子が何を考えているのかもしらない、子どものことを第一にと考えて行動していたけれど、結局は自分の事しか頭になかった。

 

 そんな私達親子は会話すらままならない日々を過ごしていた。勇人の進路の件で学校から連絡があったけど仕事が忙しくてそれどころじゃなかった。

 仕事が落ち着けば昔みたいにまたあの子と過ごせる時間が増える、そう自分に言い聞かせながら辛い日々を何とか乗り越える。

 直人さんが戻ってくるまでの間、私は勇人を守らなくちゃいけない。

 あの子が私達夫婦の間に望まれてきた命なのだから──何があってもあの子だけは。



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Main Story
1.「始動!ハーレム・プロジェクト」


「待ってよ! いきなりそんなこと言われても」

「わがままを言わないの! これはもう決まったことなんだから、あなたはしっかりと準備をしておきなさい」

 

 中学卒業をまじかに控え、母さんに進路相談の電話をかけたら思いもよらない現実を突きつけられた。

 僕が生まれた時から母は仕事で殆ど家にはいなくて、たまに帰って来ても家族団欒なんて言うものとは縁遠い生活を送っていた。

 うちには父親はいない──僕の生まれる前に事故で亡くなったって言うことを昔聞いたことがあるけれど、実際どうなのかは知らない。

 普段から家にいない母さんはお手伝いさんに家事を任せて、息子の教育は厳しい家庭教師を雇って徹底した英才教育を施した。

 

 僕は将来、母親の仕事を継ぐ事が最初から決められていた。

 そんな親の敷いたレールを進むだけの生活に本音を言うとうんざりしてるけれど正直自分ではどうすることもできない。

 だってそうしないと自分がここにいる理由なんてないのだから。そんな事は子どもの頃から理解していた。

 そういう生活を送りながらも毎日しっかりと学校へ通って親や家庭教師の先生を納得させられるだけの成績は収めてきた。

 唯一と言っていい自分の進学先の高校受験も決まっていた。新しい学生生活はワクワクとした気持ちですごく待ち遠しく思えた。

 けれど、そんな僕の細やかな願いは叶うことはなかったんだ。

 

 まさか女子高に通うことになるなんて──

 

 恋麗女子学園(れんれいじょしがくえん)はかなり有名な全寮制のお嬢様学校で卒業生の多くが国内や海外で活躍している。

 女子大との提携もしていて毎年かなりの生徒がレベルの高い大学を受験する。

 そんな現実はかけ離れた学校にこれから僕が通うなんて言うんだから。

 これから一体どんな生活が待っているのかと考えたら頭が痛くなってくる。

 

 いくらなんでもいきなり女子高に転入するなんて思いもしなかった。

 僕の母さんは色々な研究機関や国からの大きなプロジェクト任される仕事をしている──なんでも今度実行される大型企画〈ハーレム・プロジェクト〉の一環として恋麗女子学園と最高責任者の母さんがやり取りをして女子高に男子生徒である僕を入学させて将来の結婚相手を探すらしい。

 

 今まで誰からも必要とされていなかった自分にそんな重要な役割を担う事になるなんて……。

 突然の話で僕自身驚いている。これから先どんなことになるのか不安になってきた。

 穏やかな学生生活を送れると良いんだけどね……。

 自分の未来がなにもかも決められた生活から当分の間は抜け出す事は出来なさそうだ。



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2.「プロジェクトの真意」

「これでいいかな?」

 鏡の前で制服のネクタイを結ぶ。今日は僕が通うことになっている恋麗女子学園の入学式。

 って言っても僕は式に参加するわけじゃない、まずは学園の理事長に挨拶をしてから色々な説明を受けてからクラスに編入されることになっている。

 学園の理事長は母さんの知り合いで僕が女子高に通うことを正式に許可してくれた人でもある。

 母さんの期待を裏切らない為にも学校内では問題を起こさないようにしないと。

 

「勇人様、お車の準備ができました」

「はい、今行きます」

 うちで働いているお手伝いさんが学園までは車で送迎してくれる。

 その後は学園側で特別に用意された男子寮に入寮する。

 必要な荷物とか後で届けてくれるみたいだし取りあえずは一人で生活するために最低限なものだけ持ち込むことにしよう。

 僕は支度を済ませて車に乗り込こんだ、もうこの家に帰って来ることはないんだろうなあ。

 

「それではお気をつけて」

「ありがとうございました」

 車から降りて学園の正門へ──

 

「──さすがに大きいなあ」

 学園についてまず目の前の門の大きさに驚いた。運営にお金をかけているだけのことはある。

 正直、機会がないとこんな学園に通えるなんて考えもしないだろう。

 関係者の理事長が直接会いに来てくれるらしいんだけど……大きな門の前に突っ立ってしばらく待ってみることにした。

 

「あなたが小鳥遊勇人(たかなしゆうと)君ね」

 名前を呼ばれて振り返ると、スーツ姿とてもきれいな女性が立っていた。

 

「えっ……? はい、そうですけど」

「ようこそ恋麗女子学園へ、私は理事長の神崎(かんざき)よ」

 差し出された手に僕も手を出して握手をする──理事長さんの手は小さいけれど、女性らしい手だなって思った。

 

「ここではなんですし中に入って話しましょうか」

 理事長さんに案内されて学園内へ、門を潜って少し歩くと建てられて日の浅い校舎が見える。

 母さんから聞いた話によると恋麗女子学園はまだ設立されて十数年ほど、目の前にいる理事長さんも最近就任したばかりらしい。

 それでもここの卒業生は多くの場所で活躍しているし、テレビで見るアナウンサーとかも恋麗女子学園と提携を結んでいる大学の出身。筋金入りのお嬢様学校っていう言葉がぴったりだ。

 

「では、ここに座ってください。今から学園の説明をしますから」

「はい」

「緊張しているみたいね。大丈夫よ、あなたのことはお母様からきちんと聞いているわ」

「母さ、母にですか?」

「ええ、こちらとしてもハーレム・プロジェクトの重要性は学園側として認識しているのよ」

「そもそも、僕はそのハーレム・プロジェクトについて詳しく知らないんです」

「あら? お母さまには何の説明も受けなかったのかしら?」

「はい……あまり詳しいことは教えてもらっていないです」

「そう、私の口から話しても大丈夫なのかしら?」

「理事長さんになにも問題ないのなら聞かせてもらえませんか」

「神崎でいいわよ。小鳥遊勇人君」

「わかりました。神崎さん」

「ふふふ、素直でよろしい。そうねーどこから話せばいいかしらね」

「小鳥遊君は今、この国で女性の人口が多いことはもちろん知っているわよね?」

「はい、ニュースとかで見たことあります」

「実はね、今の世の中は人工的な妊娠が主流なのよ」

 

 母さんが昔、少しだけ話していたことがある、今の男性は生殖能力に問題がある人が多くて自然妊娠が厳しい時代で色々な検査とかを受けて問題ない人のみが子どもを作ることができるって。

 

「ちゃんと男性も生まれているんだけど、圧倒的に数は少ないのよ。人工授精のために提供する遺伝子が極端に減ってきているの。そんな中、あなたのお母さまは自然妊娠であなたを生んだわ。あなたも世の中の男性と同じで生殖能力は低いものだと思われてたのけれど実際は違ったのよ」

「違った?」

「ええ、あなたは前に何かの検査を受けたことはある?」

「そう言えばー。前に母さんに健康診断だって言われて病院で検査したことがあります……」

「その結果、あなたは今までの男性にはない高い生殖力があるっていうことが確認されたの」

「僕がですか?」

「そうよ、だからあなたのお母様は政府に掛け合ってあるプロジェクトを立ち上げたの」

「ハーレム・プロジェクト──正式名称は自然繁殖推奨プロジェクト」

「これからの未来のために自然的な人口増加と繁栄を目指す。あなたの学園への編入の真の目的はそこにあるのよ」

「そうだったんですか……」

「もちろん、あなたが望まない相手と行為をすることはプロジェクトの根幹にも関わることだからこちら側も推奨できない」

「だから、学園側は今回からあなたにふさわしい女の子を育てて、ひとりでも多くの子と小鳥遊君と恋愛関係になってもらいたいのよ、私はこのプロジェクトが成功することを願っているわ」

 

 神崎さんから自分がこの学園に通う本当の理由を知ることができた。

 母さんは僕の将来よりもずっと先の未来の事を考えている。

 今まで誰からも必要とされてなかったと思っていた僕にこんな重要な役割があるなんて聞かされて意気消沈気味。

 もしも失敗したらどうしよう? っていう先が見えない不安が襲ってくる。

 

「小鳥遊君には本当の事を話したけれど、これからあなたが編入されるクラスの女の子達はそんなことは知らないわ。だからこの事は他人に気安く話すようなことじゃないって言うのは理解できるかしら?」

「はい」

「何か困った事があれば何でも相談してね。あなたが不自由なく学園生活を送れるようにこちら側も最大限に配慮する必要があるし」

「ありがとうございます」

「入学式はもう終わって生徒たちが教室に戻る時間だからあなたももう行きなさい、香月(こうづき)先生、小鳥遊君を教室まで案内してあげて」

「わかりました」

 理事長室を出て教室までの道のりを歩く──長い廊下に靴音が響く。

 

「着きましたよ。私は中で説明をしてくるので小鳥遊君は呼ばれるまでここで待っていて」

 先生は教室に入って数分廊下で待たされる。こういうのは経験したことがないからなんだか緊張する。

 

「小鳥遊君。入ってきていいですよ」

「はい」

 名前を呼ばれて僕は背筋を伸ばしてドアを開けて中に入る、転校生の気持ちが少しだけわかる気がした。

 

「今日から皆さんと同じクラスになる小鳥遊勇人です! よろしくお願いします」

 英才教育で学んだしっかりとした礼の仕方で頭を下げる。

 

「やーね、男ですって」

「問題を起こさないといいのだけれど」

「男なんて汚らわしい生き物がどうして私たちの学び舎にいるのでしょう?」

「教室を分けることはできないのかしら」

「はいはい、皆さん静かにしてください。小鳥遊君の席は一番後ろの窓際ですよ」

 頭を上げて教室を見渡すと一つだけ空いている席がある──多分あれが僕の席なんだろう。

 姿勢を正して自分の席に向かう、途中でもクラス中の強い視線がぐさぐさと刺さって来るのがわかる。

 そんな視線を受けながらやっと自分の席へたどり着いた。教室に来て席に座るまでにこんなにきつい思いをするなんて……

 僕は席について先生の話を聞く。ふと隣を見るとこっちを興味深そう見ているに女の子と目が合った。

 

「よ、よろしく」

 控えめに挨拶をするとその子はぷいっとそっぽを向いた。

 こんな調子でこれから上手くやっていけるんだろうか? 転入初日なのにこの先の事が不安になってきた。

 

 *Someone's point of view*

 

「なんなんですの! あの方は」

 女子だけの学び舎に相応しくない男子生徒が私は気になっていました。



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3.「プライド高い系お嬢様!小阪亜理紗」

「それではホームルームを終わります。号令お願いします」

「礼」

 号令が終わると香月先生は1-Aの教室を出て行く。

 うちの学園はAからFまで六クラスあって学年が変わるごとにクラス替えが行われる。

 つまり一年は同じクラスで二年になればまた違ったクラスに所属することになる、

 一クラスが四十人それでいて全員が女子。

 クラスメートも多いから名前を覚えるのだって一苦労だ……。

 

「なんとか終わったー」

 僕はほっと一息ついて心を落ち着かせる。

 休み時間が終わったら授業が始まるから教科書を入れてあるスポーツバッグに手を伸ばす──

 ──授業に必要なものは男子寮に準備されていて僕が持ち込んだのは中学時代から使っていたスポーツバッグのみ。初日は使う教科書も少ないから残りは机の中に置いていてもいい気がするけど。

 

「ちょっといいかしら」

「えっ……?」

 声のした方に顔を向けてみると怖い顔をした女の子が立っている。

「あなたのことですわよ! 聞いてますの?」

「はぁ……僕に何かようですか?」

「まあ! わたくしが小阪亜理紗(こさかありさ)だと知らないのかしら? これだから男ってやつは……」

 小阪と名乗った彼女は綺麗な黒髪とファッション誌の表紙を飾っていても不思議じゃないほどにスタイルのいい体形をしている。そして何より彼女はその、胸が大きい……

 これくらいが普通なんだろうか? なんて思いながらドンと張られた大きな胸に男ならどうしても目が行ってしまう。

 女性に対してすごく失礼な事をしている気もするけどなんとか理性を抑えこんで堪えるしかない。 

 けれど、彼女は僕の視線には気がついていないようで顔を近づけてくる。

 

「そもそもどうして男がこの恋麗学園にいますのよ!」

「それは──」

 おっといけない僕が学園に通う本当の理由は伏せていないといけなかったんだ。あやうく話してしまいそうになった。

「さあ、なんでだろうね?」

「あなた、この学園の存在する意味が理解できているんですの? ここを卒業すると約束された未来があるんですのよ!」

「誰もが憧れる素晴らしい女性になることを皆さんが目標にしてますわ。恋麗学園に通えることを誇りに思ってますの」

「それなのに場違いなあなたがいること時点で間違いだというんです」

「すみません……」

 僕はつい謝ってしまった。何も悪いことをしていないのに謝ってしまうのは子どもの頃からそういう習慣が身についてしまっているから仕方がない。

 

「とにかくー。あ、授業が始まりますわ」

 丁度いいタイミングでチャイムが鳴った──ナイスタイミングと心の中でそう言って一安心した。

 小阪さんは自分の席に戻っても僕の方を睨んでいる、よっぽど気に入らないみたいだ。

「はぁ……」

 溜息をついてノートを広げ授業に集中する。初日の授業は香月先生の担当科目の国語だった。

 

 授業はしっかりと進み香月先生が内容を理解しているのかを何度も問いかける。

 質問をされてもクラスの中で積極的に手を挙げる子はいない。

 最初に僕を見てきた隣の子はうーんと唸りながらノートと睨めっこしている。

 どうやら彼女は勉強についていくのがやっとみたいだ。

 僕も集中して授業を聞くことに、実はこの部分は家で家庭教師の先生に教わった内容だけど復習の意味でもう一度学ぶのもいいんじゃないかな。

 ゆったりと過ぎていく学園での生活にどこか安心感を覚えてしまう。

 

「これからどうする?」

「わたくしは食堂に行きますが一緒にどうでしょう?」

「いいねー。私もそうする」

 午前中の授業時間はあっという間に過ぎて昼休みに、だけれど僕は香月先生の授業以外は緊張して内容が全く頭に入って来なかった。

 クラスメートはそれぞれグループを作って昼ご飯を食べに行く。

 教室でひとりになってしまった。さて、何を食べようか? なんて考えながら外に出てみることにした。

 

「あら、あなたどこに行くんですの?」

 最初に僕に声をかけてきた小阪さんが何人かのクラスメートを廊下を歩いている。

 もう仲のいい友達ができたみたいだ。

「僕もこれからお昼ご飯を食べに行こうかと思ってね。それで──」

「そうなんですのね、惨めですわねー。お昼を一緒に食べてくれる相手が誰もいないだなんて」

 彼女は嫌味をひとこと言うと食堂の方へ向かった。良いんだ別に、女子高に入学したってことはこういう扱いを受けるっていうことはなんとなくわかっていたし。

 

「パンでも買ってくればよかったかなあ」

 お金はあるけれど今日のお昼ごはんの事までは考えていなかった。

 明日からはちゃんと準備してどこかで食べないといけないなあ。

 結局その日、お昼ご飯を食べ損ねてしまい腹ペコで午後からの授業を受けるしかなかった。

 

「終わったー」

 ホームルームが終わって背伸びをする、初日の学園生活はこれでおしまい。

 放課後はそれぞれが選択した時間を過ごす──部活もまだ始まってないから真っすぐ寮に帰る人がほとんどだ。しかも彼女たちはお嬢様だから学園を出て町に繰り出すなんて行為をしない。

 放課後の予定なんて特にはないからあとは男子寮に帰って休むのみ。僕は帰り支度を済ませて教室を出る。

 

「きゃっ!」

 廊下に出ると誰かとぶつかった。

「いったーい」

 相手の子はしりもちをついた。

「大丈夫?」

 倒れた相手の傍に近寄って手を差し出した。

「えへへ、ごめんない。ちょっと急いでいたので」

 彼女はその手を取って立ち上がるとパンパンとスカートについたゴミをはたいた。

「本当にごめんなさい……って。ええっ!? 男の子!?」

 自分が手を取っている相手が男だとわかると驚いた様子でぱっと手を離した。

「どうして男の子がここに? 確かうちは女子高のはずだよね? もしかして不審者!」

 警戒した女の子は咄嗟にファイティングポーズを構える。

「違うんだ不審者とかじゃなくてー。なんて言えばいいんだろう……その、ちょっと事情があって」

「事情?」

 思いっきり疑った目で見てくる、女子高に男子生徒がいるんだからこういう反応をするのは間違いじゃない。

「あっ! そうだ急いでたんだった! ごめんなさい私もう行くね」

 僕が次の会話の答えに悩んでいると彼女は走り出す。

 お嬢様の中にもあんな元気な子がいるんだなあ。そんなことを思いながらしばらくその場に立ち尽くした。

 

 寮に戻ってからは普段着に着替えて自分の時間を過ごす。

 以前、ここは宿直室で先生たちが交代で泊まり込んで緊急事態に備えていたらしい。

 今は新しい宿直室が作られて前からあったこの場所が男子寮へ改装された。

 風呂もシャワーも完備されれいて男の僕がひとりで住むには十分過ぎるくらいだ。

 でも、家とは違ってメイドさんがいないから家事はひとりでやらないといけない。

 今日は初日だったけど定期的に神崎さんに僕からプロジェクトの経過を報告しなければならない。

 このプロジェクトは思っていた以上に重要なものだ。しかも自分が中枢にいるんだから気を引き締めよう。

 

「今日は色々疲れたなあ」

 クラスで小阪さんという女の子に半ば八つ当たり気味にあれこれ言われたことや帰り際に廊下で会った女の子の事。

 そういえばあの子は誰だったんだろう? 同じクラスの子なんだろうか? 

 女子生徒が多い学園の中で僕はこれからも生活をしてかないといけない。

 学園の女の子と恋愛をするっていうのが目的だけど正直それどころじゃなかった……。

 一日でへとへとになるくらいの疲れを感じる。

 風呂から上がってベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちた。

 おやすみなさい。

 けれどこの時はこれからもっと大変な生活が待っているなんて思いもしなかった。



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4.「変化を予感させるかもしれない相手」

 まずい……。普段起きない時間に目が覚めてしまった。時計で時刻を確認すると朝の四時。

 こんな早い時間に起きたことなんて今まで一度もなかった。

 家にいる頃は決まった時間にメイドさんに起こされていたから毎日規則正しい生活が送れていたけれど、今は僕ひとりだから遅刻することだって十分にあり得る。

 明日の朝からは目覚ましをセットしておこう。

 いつまでもベッドに寝ていても仕方ないので起きることにした。

 カーテンを開けるともう結構明るい。そういえば今日の朝ご飯はどうしようかな? 

 思えばこの学園は都市部から結構離れた場所に建てられている。なんでも学生が勉強に集中できる環境を作るためらしくてどこかに遊びに行くのも車で移動しないといけない。

 近くにコンビニとかも無いしわりと不便なんじゃないか? と感じる。

 神崎さんに頼んだらなんとかしてくれるんだろうか? ちょっと相談してみようかな。

 でも、こんな早い時間に電話しても大丈夫なのかな、僕は少し不安に感じて携帯からなかなか神崎さんへ電話することができないでいた。

 

 

「よし」

 意を決して母さん以外が登録されていない携帯のアドレス帳を開いて神崎さんの番号を呼び出した。

 呼び出し音が鳴って相手はすぐに電話に出てくれた。

 

 

『もしもし、小鳥遊君? こんな早い時間にどうかしたの?』

 良かった神崎さんはもう起きているみたいだ、左手に携帯を持ち替えていつもより小さな声で話す。

『すみませんこんな時間に。実は今食事のことで悩んでいて』

『食事の事……?』

『はい、朝ごはんとかお昼ご飯をどうしようかなと』

『あーそういうこと。男子は女子寮の食堂は使えなかったわね。お昼は学食もあるんだからそこで食べればいいんじゃない? まあ、女子生徒ばかりだから行きづらいでしょうけど。困っているみたいなら業者に頼んで寮まで食べ物を届けるように手配しておいてあげるわよ?」

『すみませんお願いできますか?』

『いいわよ。電話かけてくるからもっと深刻な要件があるんじゃないかって身構えちゃったわ、学園側はあなたが不自由なく学生生活を送れるように最大限の事はやるっていう約束じゃない。私をもっと頼ってくれてもいいのよ』

『ありがとうございます。ひとりで生活し始めたんだし、いいかげん家事も覚えないといけないですよね』

『お家にいる時はお手伝いさんがいたのよね? 家電はあるから自分でやるのもいいけどあなたが困るなら誰か外部から雇うのも考えるわ』

『それは悪いですよ。できるだけ自分でできるようにならないと』

『無理しなくてもいいと思うわ。ただでさえ今は慣れない学生生活でストレスが溜まってるでしょうし』

 

『昨日は本当に疲れましたよ』

『大変だったようね。担任の香月先生には私から色々頼んでおくわ』

『ありがとうございます』

『大丈夫よ。小鳥遊君の方こそあまり無理しないようにね』

『はい』

『食事の件は明日までには解決できるわ。取り合えず今日はお弁当を届けさせるからそれを食べておいて』

『……わざわざすみません。それでは失礼します』

『ええ、それじゃあ私はすぐに仕事に取り掛かるわ』

 神崎さんとの通話を終えては制服に着替えて寮を出た。時刻はまだ五時前だけどちょっと朝の風に当たるのも悪くない気がしたんだ。

 

 

 **

 

 朝の学園は静かで僕が道を歩く足音が廊下に響いている──まだ他の子達は寝ているだろうからあまり大きい音は立てられない。

 

「それにしても広いなあ」

 まるでどこかのお金持ちのお屋敷みたいな広さがある。女子寮は四棟あって全生徒が寮で生活している。

 エレベータも付いていてしかも完全バリアフリー。さすがにお金がかかっているのがよくわかる。

 廊下を通れば男子寮から女子寮まで行くことはできるけれど色々と面倒なことになりそうだからできる限りは近づきたくはない……

 

 

「誰ですの? そこにいるのは」

「えっ……?」

 声のした方へ振り替える── 

「──君は小阪さん?」

「あなたこんな時間に一体何をしているんですの? まさか女子寮に忍び込もうと考えていたとか!」

「違うよ! 早く起きたからちょっと朝の運動がてらに歩いていただけだよ」

「本当かしら?」

 僕は疑った目で見てくる彼女の隣に並んで一緒に歩く。

「ついてこないで下さい!」

「別について行っているわけじゃないよ……たまたま行く方向が同じなだけだよ」

 自分から僕を引き離すように歩くスピードを速めていく。すごい早い……。

「小阪さんの方こそ、こんな早い時間から何をしていたの?」

「別にあなたには関係ないことですわ! これ以上私に付きまとわないでください!」

 どんどん先に進んでいく彼女を小走り気味で追いかけた。

「そんな言い方しなくても……」

 改めて分かったけど小阪さんは本当にスタイルがいい。

 最初あった時はあの大きな胸が気になっていたけれど、それ以外のところも結構──

 

 

「せっかくクラスメートになったんだから仲良くしようよ」

「結構です! 男の友達なんて私には必要ありません」

 取り付く島もなく女子寮の方へ行ってしまった。これ以上先に進んでも仕方ないから僕は教室に向かうことにした。

 

 

 *Someone's point of view*

 

 

「へえー面白いことになってるじゃん」

 この学園に唯一いる男子生徒──名前はまだ知らないけど小阪さんとなんだかいい感じ。

 彼女がぷりぷりと怒りながらこっちに来たから声をかけてみることにした。

 

「おはよう! 小阪さんも隅に置けないわね〜」

「何のことですの?」

「とぼけちゃってーさっき男の子と話してたじゃんか」

「あなた! 見てらしたの?」

「バッチリね、お嬢様のあなたがあんなにむきになってるところが面白いと思った」

「それ、喧嘩を売ってます?」

「別にそんなつもりはないってば! ねね、それで彼どんな子なの?」

「知りません! 気になるなら自分で聞けばいいでしょう」

「教えてくれてもいいじゃん。なんか見てた感じ小阪さん彼と仲良さそうだったしー」

「仲良くなんてありませんわ!」

「またまたー」

「というよりあなた誰ですの? なんで私の名前を──」

「ああそれはねー。あっ、まずいそろそろ部屋に戻らないと」

「ちょっと! まだ話は終わってませんわよ」

「ごめんなさい。あとでまた聞くからー」

 小阪さんと別れてすぐに寮の自分の部屋で学園へ行く支度を済ませた。

 

「おはよう」

 教室に入ってクラスメートに挨拶する。彼女たちはお喋りに夢中で何も反応しない。

 自分の席に向かう途中で小阪さんの席の横を通り過ぎる。

「まだ来てないのか」

 教室に来る前にちょっとだけ話したけど僕の彼女と仲良くなりたいって気持ちに嘘はない。

 ああいう態度をしているのだって何か理由があるんだろうし。

 それにあの子はなんだか魅力的だしね。

 

「お、おはよう」

 隣の子に挨拶しても無視される。こうもはっきりやられるとなんだか傷つくなあ。

 結局小阪さんはチャイムが鳴る前ギリギリになって登校してきた。僕と話したあと何かあったんだろうか? 

 しかも席に着く前にこっちを睨んできたし……もし機嫌を悪くしたのなら謝っておかなくちゃいけない。

 今日も一日が始まる。まだ今の生活に慣れたわけじゃないけどハーレム・プロジェクトの意味を理解して自分の役割を全うしなくちゃ。

 

「へえー小鳥遊勇人君って言うんだ」

 放課後、私は1-Aにいる友達に彼の名前を聞いた。次に彼に会えるのがちょっぴり楽しみに思えてきた。

 なんだか興味深い存在じゃない? 女子高にひとりだけ男がいるなんてきっとなにかがあるだろうし。

 今までずっと何も代り映えの無かった私の学生生活が変化しそうな予感がしていた。



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5.「全身全力元気系お嬢様!相倉麻奈実」

 昨日電話で神崎さんに頼んでおいた食材が朝早くに業者から届いた。

 サインをして受け取って冷蔵庫に入れる、料理をしない僕にはありがたい電子レンジで温めるだけで手軽にできる食べ物が詰め合わせになっていた。

 普段はメイドさんが作った料理を食べていたから家事をしない僕には本当に救世主的存在だと思う。

 これで食事は困らないで済みそうだ。一応ご飯を炊くことはできるからおかずは今日届いた奴を食べよう。

 けれど、こうやって一人で食事をするのは何だか新鮮だ。

 家にいた頃は必ず誰かと一緒に食べていたから静かな朝ご飯って言うのも案外悪くない気がする。

 

 

 ご飯を食べ終えて普段着から制服に着替えてからホームルームギリギリの時間になるように寮を出た。

 あまり早く行っても気まずいからクラスメートが揃った頃合いを見計らって教室に入ろう。

 昨日の朝、小阪さんと話したことを思い出した。

 まだ彼女とはちゃんと話したわけじゃないけれど僕の事を嫌っているわけじゃなさそうだ。

 廊下を通るとこそこそとこっちを窺う視線と話し声が聞こえた。

 女子高に男子生徒がいるっていうことは彼女たちにとってはイレギュラーなんだろう。

 そんな突き刺さるような痛い視線を掻い潜って僕は教室に向かった──というよりは早くその場所から逃げ出してしまいたかっただけ。

 

 

「ふう、朝から本当にきつい……」

 なんとか教室にたどり着いて一息ついたけどここはここでさっきよりも強い視線を感じる。

 一番オーラを発しているのはやっぱり小阪さんだった。

「すごい顔で睨んでるなあ……」

 今日も大変な学園生活になりそうだ。

 

 

「ここが1-Aの教室ね」

 私はこの学園にいる唯一の男子生徒小鳥遊勇人君の事が気になって彼が所属しているクラスの前までやってきた。

「あら、あなたはこの間の、ここで何をしてますの?」

「ああ! 小阪さん丁度よかった! ねえねえ今、小鳥遊勇人君はいるかな?」

「何なんですの! いきなり! それにあなたはFクラスの人でしょう!?」

「そんなことはどうでもいいじゃない。それよりも小鳥遊君はいるのって聞いてるのよ」 

「知りませんわ! そんなこと気になるなら自分で見ればいいでしょう」

 小阪さんは教室のドアを開けて私に中を見せつけた。

「いないわね」

 教室の中を覗いて見ても彼の姿を見つけることはできない。

「小阪さん、小鳥遊君どこに行ったのか知らない?」

「知りませんわ! 昼休みが始まると同時に出て行ってしまいましたし」

「小阪さんが意地悪言うから小鳥遊君辛くなっちゃったのかもねー」

「何ですって、それはどういう意味ですか?」

「別にー。それじゃあ放課後にまた来るわ」

 私は1-Aの教室を後にして自分の教室に戻る、放課後になるのが待ち遠しくて授業中も上の空で早く小鳥遊君に会いたいと思って胸が高鳴っていた。

 

 

「さてと、このあと何をしようか?」

 放課後に特に予定がない僕は帰り支度を整えている途中でこれからの時間の過ごし方を考えていた。

 この学園で僕の心が休まる場所はほとんどない。

 神崎さんに僕がここにいる意味と自分が中心になっている大きなプロジェクトの内容を思い出す。

 プロジェクトの本来の目的を忘れているわけじゃないけれど僕の方から積極的に彼女たちに関わっていくべきなんだろうか? 

 母さんに現状を聞かれたときに何も進展なしじゃまずい……

 このプロジェクトが失敗してしまったらそれこそ僕がここにいる意味も自分が必要とされる理由も無くなってしまう。

 一人だけになってしまった教室の中であれこれ悩んでいると急にドアが開いた。

 

 

「あ! いたいたー。ようやく会えたわね!」

「えっ……!? ちょっと!」

 考える間もなく彼女は教室の中に入って来る──目の前の女の子は澄んだ青い瞳と同じ色の艶々つやつやとした髪をしている。僕はその姿に一瞬だけ心を奪われてしまった。

「ふふふ、やっと会えたわね」

「き、君もこのクラスの生徒なの?」

「ううん、私はFクラスよ、ここに来たのはあなたに興味があってね」

「僕に?」

「そう! ねえねえ、あなたどういう事情があって学園にいるの?」

 興味深い顔をして僕に迫ってくる女の子、僕たちはお互いの息がかかりそうな近い距離まで密着した。

「あのさ、ちょっと近すぎじゃ……」

「えっ……? ああ! ごめんなさい」

 彼女は僕の言葉に気がついて顔を赤くしてパッと離れる。

「えへへ、ちょっと焦りすぎちゃったかな?」

 ばつの悪い表情を浮かべると少しだけ乱れた服装を整えた。

 

 

「Fクラスの人が僕に何か用なの?」

「さっきも言ったけど私があなたに興味があるのよ」

「興味?」

「そう、だって不思議じゃないこの学園は全寮制の女子高よ? それにふさわしくない男子生徒がいるってことに」

「それは……」

 彼女の言葉に僕は何も言い返せない、だって彼女が言っている事は間違っていないからだ。

 女子高に男子生徒がいるなんて言うことは普通に考えたら可笑しいってすぐにわかる。

「だから気になって聞いてみたくなったのよ。小鳥遊勇人君」

「僕の名前を知ってるの?」

「ええ、Aクラスに私の友達がいるからその子に聞いたの」

「聞いても別に面白いことでもないし……特に大きな理由もないよ」

「ふーん」

 本当はちゃんとした理由があってここにいる、神崎さんに他人に話していいことじゃないって言われたから彼女に教えるわけにはいかないんだ。

 

 

「どうやったら教えてくれる?」

 彼女はどんどん僕の方に迫ってくる、逃げ場が無くなって教室の隅まで追い込まれた。

「ごめん。どうしても他の人には話せない事情なんだ」

「そう……小鳥遊君が話せないって言うなら仕方ないわね」

「本当に理由を聞かないの?」

「あなたが話せないって言ったんでしょう? だったら無理に聞き出せないわよ」

 彼女は僕が思っていた以上にいい子なのかもしれない。なんて初対面でしかもまだ名前も知らない子にそんな印象を持つなんて。

「そう言えばまだ自己紹介がまだだったわね。私の名前は相倉麻奈実(あいくらまなみ)よ、よろしくね」

「小鳥遊勇人です。よろしく」

 自己紹介を済ませて彼女と一緒に寮へと戻る途中──特に会話は無かったけれど、相倉さんは時々こっちに視線を送っていた。

 

 

「じゃあ僕はこっちだから」

「うん、またね」 

 男子寮の方へ向かって歩き始めて少ししてから後ろを振り返ると相倉さんは僕に気づくと手を振ってくれた。

 僕も彼女に手を振り返してどこか照れくささを感じたけど悪くない気分だ。

 相倉さんは僕の姿が見えなくなるまでずっと同じ場所に立っていた。

 ごめん……僕がここにいる理由を話せなくて、周りに嘘をついて生きているってこんなにも心苦しい、ものなんだろうか……? 

 僕のお嫁さんを選ぶためにこの学園に編入されたこと、通っている全ての子にその使命を背負わせてしまっていること、彼女たちの将来に大きく関わっていること、考えてくると胃が痛くなってくる。

 

 

「小鳥遊君、何かすごいことに関わっているんじゃないかなあ」

 彼の態度を見てすぐに予想ができた、何かしらの大きな要因があってそれが関係しているんじゃないかな? 彼があそこまで頑なになる理由はもしかして──

 一度女子寮まで来たけどある予感がしてもう一度校舎に戻った。

 

 

「理事長いるかな?」

 取り合えず理事長室の前まで来てみたのはいいけどもしもいなかったらどうしよう? なんていう不安も浮かんで来た──私は意を決して理事長室のドアをノックした。

「どうぞ」

 反応があるっていう事は理事長は中にいる、一呼吸置いてからドアを開けて中に入る。

「あら、あなたは確かFクラスに所属している相倉麻奈実さんね。今日は何か用かしら」

 理事長は手元にある書類から私の方に視線を向ける。若くて綺麗な女性で女の私でも素敵だって思える。

「あの、こんな事を聞いていいかはわかりませんがどうしても気になってしまいまして」

「何かしら? 疑問を持つっていう事は大事なことよ」

 理事長は優しい表情で私に微笑むと緊張している私に座るように勧める。

「それで? 聞きたい事っていうのは」

「はい、あのっ……Aクラスの小鳥遊勇人君のことです」

 私の口から彼の名前が出てくると理事長は一瞬驚いた表情をするとすぐにいつもの顔に戻った。

「小鳥遊勇人君について何を聞きたいのかしら?」

「彼がどうして学園にいるのかなって何か事情が無いと女子高に男子生徒を入学させることなんてふつうはしませんよね?」

 私は思っていた疑問を理事長にぶつけてみた。ちゃんとした答えがもらえるのかはわからないけれど……

 

 

「理由ね、あると言えばあるわ。ただ、それはこの学園の存在意義にも関わって来ることだから簡単に話すことじゃないって思うの」

「どういう意味ですか?」

「でも、確かに相倉さんみたいに疑問を持っている生徒が殆どだと思うし、学園側もいつまでも本来の理由を隠して生徒たちを欺くのもいけないことだと思う。けど、生徒たちに事実を公表するかは私ひとりじゃ決めることはできないの」

「そうなんですか?」

「ええ、あなたが考えている以上に大人の世界っていうのは面倒なのよ」

 理事長は紅茶を私の前においてお茶菓子をいくつか袋から取り出して椅子に座る。

「あなたが本当にプロジェクトに真剣に取り組んでくれるっていうのなら理由を話して上げてもいいわよ?」

「そこまでしないといけない理由があるんですか?」

「あるわ。だってこれは未来にも繋がることなんだから」

「良かったら聞かせてもらえますか?」

「それでは相倉麻奈実さんはあなたは恋愛に対して真剣になれるかしら?」

「ええ!? 何ですかそれは」

「これから私の話すことは全て事実よ。それを聞いてあなたの意思がどう変わるのか? 知りたいわね」

「ハーレム・プロジェクト──正式名称自然繁殖推奨プロジェクト。それは未来に希望を持たせてくれる大きなプロジェクトなの」

 

 

 私は理事長の口から驚く事実を聞くことに──恋麗学園に通う生徒全員があの小鳥遊勇人君のお嫁さん候補でしかも学園側は彼にふさわしい女の子を育てて、ひとりでも多くの子と恋愛関係を持ってほしいと。

 それが自然生殖に繋がる行為で未来の私たちのために自然的な人口増加と繁栄を目指す一大プロジェクトだっていうことを知った。

 私は入ってくる情報を整理しきれずにただ唖然とするしかなかった。

 

 

「別に小鳥遊君と恋愛関係にならなくても良いっていう子もいると思うそうなると学園にいる意味がないから他の学校に移ってもらうわ」

「彼にふさわしいお嬢様を育てることが私が託されたことでもあるの」

「そんな事情があったなんて全然知りませんでした……」

「私が理事長に就任したとき小鳥遊君のお母さまとの間で進められていた話だったのよ」

「そういえば相倉さんは小鳥遊君にはあったのかしら?」

「はい、Aクラスの教室で会って少しだけ話をしました」

「そう、あなたから見て彼はどう?」

「まだ何とも言えません……」

 だってちゃんと話したわけじゃないし、正直彼がどういう人間なのかもわからない。

「これから仲良くなっていくっていう形でも全然問題ないわ」

「それは私が決めます。理事長の言われたプロジェクトに反するつもりはないですが」

「あらそう? だけどあなたが小鳥遊君に選ばれない場合だってあることはしっかりと理解しておく必要はあるわよ」

「プロジェクトの期間とかはあったりするんですか?」

「ええあるわ。彼が学園を卒業するまでの間っていうのが一時的な期間よ」

「一時的ですか?」

「この間で無理なら大学進学も含めて新しく検討し直さないといけないの。学園に通う間一人以上は恋愛関係を結べる相手がいないとおしまい」

「そのプロジェクトに学園に通う私たちの意思は関係ないんですか?」

「もちろんあるわ、嫌ならそれでもいい。だけどこの学園にいる必要は無くなる。まあ、うちに入学している子たちなら他の学校に行ってもやっていけるわ」

「ただ、うちを出ればもっと素晴らしい将来が約束されているし、それを捨てるって選択をする子がいるとは思えない」

「近いうちに生徒たちに公表して競い合ってもらうのも考えているのよ。実は、今いる上級生は一部を除いて進路はもう決まっていることいるのよ」

「今年からプロジェクトが始まったからそれ以前に明確な将来を考えている子はその道に進んでもらうわ。本人たちが希望すれば卒業はさせるけど学園に残ってもらってプロジェクトに参加するのも選択肢として用意してるわ」

「もっといい未来が約束された時一体どういう行動を取るのか? それはあなたたち次第ってこと、だから今は彼に選んで貰えるような女性を目指して努力するべきね」

「話はこれで終わりよ。これからちょっと大事なこと用があるから外してもらえるかしら?」

「はい。わかりました」

「相倉さんも頑張ってね」

 

 

 理事長室を出た私はこれから先の事考えていた。

 正直まだ入学したばかりで、将来のことなんて考えたいなかったけど、理事長が言ったことが本当なら私も彼の結婚相手の候補に含まれている──でも、好きでも無い相手と結婚するなんてありえない。

 理事長に言われたことが頭の中を何度も行ったり来たりしていた。一旦部屋に戻ってから改めて考えよう。私は女子寮の自分の部屋に向かった。

 

 

「お久しぶりです美鈴さん」

「歩美? どうしたのこんな時間に電話なんてしてきて」

「ええ、実はハーレム・プロジェクトの件で少し相談しておきたいことがあります」

「何かしら?」

「今日勇人君が学園に通う理由を聞きに来た女生徒がいました。彼女にプロジェクトのことを話しました。それで私が考えたのはこの事は全生徒に公表することです」

「なるほど。確かにプロジェクトの最終的な目的を考えると妥当だわ。最終的な決定権はあの子にあるけれど、早めに学園側の方針が分かれば生徒たちも自分を磨けるチャンスができるわけだし」

「ええ、ですがそれで通っている生徒たちが納得するかどうか……」

「いいんじゃない? 納得できない子は他の学校に移ってもらうわけだから。まあ、候補はたくさんいたほうがいいけれどね」

「それぞれの子がどういう風にアピールするのかデータも取れるし、それに恋愛経験のない勇人がどういう選択をするのかそれが重要なの。あの子が多くの遺伝子を多く残すことはこの先の未来にきっと役に立つ」

「だからこそ、このプロジェクトは絶対に成功させる必要があるわ」

「はい」

「学園での勇人の事は歩美に任せるわ。また何かあれば連絡して」

「わかりました。それじゃあ私は仕事に戻ります」

「いつも本当にご苦労様」

 

 

「……この先の未来ね」

 

 

 神崎さんからの連絡で僕は今日は一日休んでもいいと言われた。なんでも全女子生徒だけに特別な集会があるらしい。

 詳しい内容は聞かされているわけじゃないけれど休んでいいと言われてから素直にそうさせてもらおう。

「ここ最近慌ただしかったからゆっくり休もう」

 ベッドに寝転んで目を閉じる──あっという間に眠りに落ちた僕はその日は起きることはなかった。

 

 

「ふぁ」

 朝起きて欠伸をする。昨日はずっと眠っていて一度も起きなかった。体がべたついているからシャワーでも浴びて来ようと着替えを持って風呂場へ──

 

 

 シャワーを浴び終えて制服に着替え終えて登校の準備をする。この間あった相倉さんは確かFクラスとか言ってたっけ? クラスが違うならあまり会うことはないんだろうな。

 小阪さん以外でまともに会話した相手で、僕に興味があるって言ってたけれど。

 

「それにしても綺麗な子だったなあ」

 彼女と密着したときに女の子のいい匂いがした、澄んだ瞳と青い髪が印象に残っている。

 ああいう風に女の子と触れ合ったことなんて今まで一度もなかったからかなり緊張した。

 僕が学園にいる理由を聞きたがっていたけれど、本当のことが話せなかったのは悪い気がした。

 

 

「今日は朝から随分と騒がしい」

 寮から教室まで向かう途中、何人もの女子生徒が僕に視線を送っていた──その視線はこの間とは打って変わってどこか困惑も入り混じっているような独特な雰囲気も感じ取れる。

 

 

「おはよう」

 挨拶をして教室に入ると今まで僕のことなんて全く気に留めていなかったクラスメートが一斉にこっちを振り返る。

「おはよう! 確か小鳥遊君だよね? 私、同じクラスなんだけど──」

「ちょっと抜け駆けする気! 私が最初に声をかけようとしてたんだけど」

「なによ! あんたがトロイのが悪いんじゃない?」

「なんですって!」

 二人は僕の前でああだこうだと言い合いを始めてしまう。

「ちょっとあんたたちそんなのだと小鳥遊君に選んで貰えなくなるんじゃない?」

「ううっ……」

 騒ぎを見ていた子にそう言われると彼女たちは黙ってしまう。僕の周りには数人の女子生徒が集まっていた。

「ねえねえ、それよりもさー私、小鳥遊君と話してみたいと思ってたんだー」

「ああ! あんた最初は男子なんて興味ないなんて言ってたじゃない!」

「なによー別にそれ今言うことじゃないでしょう!?」

「それよりもさ小鳥遊君が自分の席に行けないでしょう? あんたたちも少しは考えなさいよ」

「ああ、そうだったね、ごめんなさい……」

 周りにいた女の子たちはさっと退いて道を開けてくれた。

「これは一体……」

 僕は今の状況が理解できずいる。何かあったんだろうか? そんなことを考えながらようやく自分の席に到着。

 

 

「おはよう」

 いつものように隣に座っている子に挨拶するけれど彼女は反応しない。だけど、今日は一瞬僕のほうを見て

「……おはよう」

 と挨拶を返してくれた。僕はそんな彼女の様子に驚いた。

 何なんだろう? 本当に今日は、自分の席に座ってからも落ち着かなかった。

 

「ちょっといいかしら」

「小阪さん? 僕に何か用かな」

 ホームルームが終わってすぐに小阪さんが話しかけてくる。彼女は僕が最初入学した時に話かけて来たけど今はなんか違う感じだ。

「あ! 小阪さんずるいですわよ。わたくしたちも小鳥遊さんとお話ししたいんですのに」

「最初に声をかけたのは私ですわよ」

「まあまあ、落ち着いてよ。話があるって言うのならちゃんと聞くからさ」

 僕がそう言うと小阪さんはこっちをじろりと睨んで僕のほうに体を向き直してくる。

「まずお聞きしますが理事長がおっしゃったことは本当ですの?」

「理事長? 何か言われたの」

「あら、あなたもしかして何も聞いていらっしゃらないの」

 小阪さんの言葉にクラスメートたちがザワザワとし始めた。

「あの、どういうことか教えてもらえるかな?」

「私たち、いいえ、この学園の女子生徒全員があなたの結婚相手の候補になっているらしいということですわ」

「ど、どうしてそれを小阪さんが知ってるの!」

「この間の全校集会で理事長の口から聞かされたんです。いきなりのことで私も驚きましたわ」

「ええっ……」

 神崎さん僕には他の人に話さないようにって言ってたのに一体どうしてこんなことになっているんだろう。

「その反応から察するとあなたは本当の事を聞いてらしたのね」

「うん」

「私は純粋に学べると思ってこの学園を受験したのにそんな裏があったなんて……」

 がっくりと肩を落とす小阪さん。そうだ彼女は将来のことをしっかりと考えていたんだろう。それなのに僕なんかの恋人候補なんていう話を聞かされたら納得できないっていうのはわかる。

「それじゃあ、小阪さんは脱落ってことでいいんじゃない?」

「えっ……?」

 声のした方を見るとひとりの女の子がドアの向こうに立っている。

「相倉さん! どうして君が」

「どうしてって、私は小鳥遊君に会いに来たのよ!」

 そういうと彼女はドアから1-Aの教室に入ってきて、僕の机の傍まで歩いてくる。

「理事長からハーレム・プロジェクトの事を聞いたけど私は真剣にやるつもりよ!」

 僕の傍まで来た相倉さんはクラス中に聞こえるような声でそう宣言する。

 

 

「これはまたとないチャンスよ! 今まで退屈だった生活が変わるいいきっかけになるかもしれない。もちろん最終的に小鳥遊君に選んで貰えないと意味がないけどね」

「この学園通っている以上は彼の恋人になれるように努力するだけ! まあ、小阪さんみたいにやる気がない子が脱落するのはライバルが減るし、私からしてみるとありがたいことだけど」

「な! なんですってぇ」

「他の皆はどうなの? まあ、真剣に参加するつもりがないんだったら理事長は他の選択肢も色々と考えているみたいだけど」

 相倉さんはそう言うとAクラスの教室を見回す──クラスメートの視線が一斉に僕に集まる。

「あなたたちは彼と同じクラスだっていう有利があるけど私は負けるつもりなんてないから」

 自信満々な相倉さんに誰もが驚きを隠せないでいた。

「ねえ小鳥遊君。今日のお昼ご飯一緒に食べない? 私、お弁当作ってきたの!」

「えっ……う、うん。いいけど」

「やったーありがとう!」

 全身を使って喜びを表現する相倉さんこの間教室でのできごともそうだけど彼女はとても元気のある子だと感じた。

「よろしくね! 小鳥遊君」

 僕にウィンクするとホームルームの始まるギリギリの時間まで僕の傍を離れようとしなかった。

 相倉さんの宣言で学園中の女子がハーレム・プロジェクトにやる気になっていくのだった。



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6.「あの人の見えてる世界は?」

 *Someone's point of view*

 

 昔はあたしもお嬢様なんて呼ばれていた頃があった。

 あたしの家は白鳳堂(はくおうどう)と言って老舗有名化粧品メーカーで日本を拠点において色んなジャンルの商品を開発していた。

 化粧品ブランドと言えばと言われるようにテレビCMとか雑誌にも載るくらいには知名度があってあたしも小さい頃からお母さんの仕事を見て将来は同じ仕事を継いで活躍したいと思っていた。

 お化粧に興味を持ち始めたのも小学生の頃でいつもお母さんが持って帰ってくる試供品をこそっと使っていた。

 白鳳堂の化粧品はたくさんの女の人たちに支持されてどんどん人気が上がっていく。

 お母さんもファッション誌のインタビューを受けたりコスメ業界から様々なオファーを受けて順風満帆そうに見えた。

 だけど、そんなあたしの夢は儚はかなく崩れ去っていく。

 順調に見えた会社経営は海外展開が失敗が続いて失速していき、あっという間に日本でのブランドの名声は地に落ちた。

 会長のお母さんも経営責任者としての失敗を感じて会社を立て直す為にそれこそ寝るのも忘れるくらいに働き詰め。

 お得意先から契約を解除され毎日ビジネスパートナー探しに奔走するお母さんは日に日にやつれていってもうあの時の面影も残っていなかった。

 家族のことよりも仕事を優先させて家事もやらなくなった。お酒を飲む機会も増えて荒れていく母親を見るのは子どものあたしには見るに堪えなかった。

 あたしが家に帰っても部屋から出てくることは無くてたまに顔を合わせてたら学校での成績の事ばかり。

 

 今では大好きだったお母さんと言い合いをする日々、家族はどんどん壊れていった。

 中学卒業を控えて進路先を決める面談でもお母さんは仕事を理由にして学校へは来なかった。

 あたしは成績が良くないからレベルの高い高校へは通うことが厳しい……だから家から近い高校への進学も考えていた。

 友達はいなかったわけじゃないけどうちの会社の経営が厳しくなったら皆が離れていった。

 所詮人間関係なんてそんなもの、上辺だけ取り繕って本当に親しくなろうなんて誰も考えていない。

 お母さんもあたしの将来に興味が無いみたいだから好きにさせてもらうことにした。

 あたしは色んな学校の紹介集めて自分の進学先を決めた。

 その中に恋麗女子学園を見つけた。全寮制のお嬢様学校で卒業生は海外を含めて多くの場所で活躍している。

 だけど、あたしの成績だと受験するのは難しいレベルの学校……でも、ここで諦めたらこの先ずっと後悔することになる。

 あたしは苦手な勉強を必至で頑張って成績を上げていった、学校内で一桁の順位に入ることも当たり前になるくらいにね。

 先生からも受験は問題ないと言われた。

 これからは親元を離れてひとりで生活していこう。

 結局お母さんとは何も話せずにあたしは家を出ることに決めた。

 だってあたしが家を出るっていうのにあの人は仕事で全く帰って来なかったんだから。

 

 入学式を終えて教室に入る、新しい制服はすごく可愛くて気に入っている。

 周りの子は皆あたしよりも全然レベルが高い子ばかりで家柄が優れている子ばかり──容姿だってそう。

 いきなり現実を突きつけられてあたしは既に自信を無くしかけていた。

 

「実は今日はもうひとり皆さんと一緒に学園に通うことになった人がいるんです、御崎みさきさんの隣の席が空いてますからそこに座ってもらうことになります」

 ホームルームで担任の香月先生の話しが終わる前に転入生が紹介されることに入学式ではそんなことは言ってなかったし急な話もあるものなんだなって思った。

 

「小鳥遊君。入ってきていいですよ」

「はい」

 香月先生に名前を呼ばれると一人の男の子が教室に入ってきた。

 男? 嘘でしょう確かこの学園は女子高なはずなのにどうして男の子がいるの? 

 

 

「やーね、男ですって」

「問題を起こさないといいのだけれど」

「男なんて汚らわしい生き物がどうして私たちの学び舎にいるのでしょう?」

「教室を分けることはできないのかしら」

 クラスの女子たちは口々にそう言う。

 彼女たちの反応は当然のことだしあたしもなんで男の子がAクラスにいるのか理解できなかった。

 

「はいはい、皆さん静かにしてください。小鳥遊君の席は一番後ろの窓際ですよ」

 そしてその男の子はあたしの隣の空いている席までやってくる。

「よ、よろしく」

 彼は引きつった顔で挨拶する──あたしはそれを無視して前を見た。

 ホームルームも終わって授業の準備する。彼は机にかけてあるスポーツバッグから教科書を取り出して机の上に置いた。

 

 彼、本気で授業を受ける気なの? 女の子ばかりのクラスの中にいる場違いな男子生徒は嫌でも注目される。

「ちょっといいかしら」

「えっ……?」

 そんな彼に同じクラスの小阪亜理紗(こさかありさ)さんが声をかける、他の女子も聞き耳を立ててふたりが何を話するのか気になっている。

 彼女は小鳥遊君に色々と自分の感情をぶつけて居る。何も悪いことをしていないのに謝る辺り人と話すのがあまり得意なタイプには見えない。チャイムが鳴って授業が始まると彼は溜息をついてノートを広げていた。

 

 小鳥遊君は完全にクラスから浮いていた。

 あたしもまだこのクラスに友達ができたわけじゃないけどそれでもクラスメートと端的な会話をするこだってある。

 誰も彼の存在なんて気にもしていない様子でいつも自分の家の事を自慢している子ばかりで正直あたしも居づらい……

 どこで聞いたのか知らないけれど、もう名家めいかとは程遠いあたしの実家の事を蔑さげすむような言葉も耳に入ってきた。

 自分で選んでこの学園に通っているけど思っていた以上に居心地の悪い場所だと思う。

 周りがお嬢様ばかりでここにいるあたしは完全にあぶれ者。

 そんな生活に疎外感そがいかんを抱いてひとりでいるように行動するようになった。

 どこにいても心の休まる所はない。

 あたしと同じように孤独な小鳥遊君も同じ気持ちなんだろうか? 

 彼は朝いつもあたしに挨拶をしてくれる──クラスメートなんだからそれくらいは普通のことなんだろうけど少なくとも自分から彼に挨拶をしたことはない。

 女子高に男子生徒がいるんだからきっとあたし以上に辛い思いをしてるんじゃないかな。

 授業中にたまに横目で様子を伺うと真剣にノートを取っている。勉強についていくのがやっとなあたしも見習いたいくらい。

 

 どうして彼はうちの学園に通っているんだろう? きっと何か訳があるんだろうけど自分で聞き出す勇気は持てなかった。

 小鳥遊君にとってあたしはただのクラスメートのひとりにすぎないわけだし。

 自分がどういうふうに思われているのか知ったところで何かが変わるわけじゃないし。

 将来のことは特に考えていない──この学園を無事に卒業した後自分のやりたいこと見つけるのだって遅くない。

 

 昔のあたしの夢だったお母さんと同じ仕事に就いて働くなんていう未来は今はもう幻想に過ぎないんだって思う。

 今度理事長が全校集会で重要な事を発表することになっているらしいけどあたしには関係ないこと。

 ふと小鳥遊君の席を見ると彼は帰り支度を済ませてすぐに教室を出て行ってしまった。

 目で後を追うけど彼の表情に悲壮感とかはない。

 あの人の目には何が見えているんだろう? あたしとは違う世界が見えているのかな? 

 夕暮れに染まった教室に残ってひとりで考える。

 このあと小鳥遊勇人君があたしのこれまでの生活を大きく変えてくれるなんて思いもしなかった“ハーレム・プロジェクト”の存在を知るのはすぐ後の話。



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7.「変わっていけるっていう予兆はあったの」

 *Someone's point of view*

 

「今日は体育館で全校集会がありますから皆さんは出席番号順に並んでください」

 香月先生に説明を受けてあたしたちは並んで集会場に向かう。

「集会なんて正直面倒だなあ」

 なんか今日は理事長から学園に関する重大な発表があるらしくて生徒たちはそれぞれにどんな話なのか予想していた。

 全校生徒が入ってもスペースがあるくらい広い会場はAクラスからFクラスが学年順に整列する。

 一年生のあたしらは先頭に列を作ってその横に二年と三年の先輩たちが並んでいく。

 担任が点呼を取って出席を確認してから理事長が着くのを待つことに。

 

「生徒の皆さんおはようございます。今日ここに集まってもらったのは学園からの重大な報告があってのことです」

 理事長は準備された教壇の前に立って生徒たちに呼びかける。あたしたちは姿勢を正して黙って話を聞く。

「私の恩人である『小鳥遊美鈴』さんをみなさんの中でも知っているひとがいると思います」

【小鳥遊美鈴】って言う名前くらいはあたしも聞いたことがある。

 確か国の発展に大きく貢献していて様々な形で女性が社会で活躍する場所や人材育成に携たずさわっている、推奨した色々な研究が今は幅広いジャンルや部門で役立っている。

 まさにエリートを絵にかいたようなひとだというイメージ。

 たまたまテレビを点けた時に映っていたきれいな大人の女性。

 まさかあの人が小鳥遊君のお母さんなのかな? って言っても同じ苗字なだけで親子じゃないかもしれない。

 ここにいる子たちも多分知っているんじゃないかと思う。それくらいの有名人、実は前にお母さんが小鳥遊美鈴さんと話をしていたのを見かけたことがある。

 小鳥遊さんはあたしの実家に興味を持ってわざわざ来てくれたみたい。ブランドの名声が地に落ちても個人的に支えているらしい。

 足りない資金も工面してくれてお母さんにとっては恩人といえる人。

 

「今回、私はその小鳥遊美鈴さんにとある重大なプロジェクトの推進を任されることになりました」 

「近年、男性の生殖機能低下に伴う人口比率の逆転と人工妊娠の増加。それは社会問題ともなっています」

「そんな様々な課題を考慮した結果、政府はある決断をしました!」

「これからの未来のために自然的な人口増加と繁栄を目指し、将来の人口減少を防止し自然生殖活動を奨励した近未来の人口増加を目指す自然繁殖推奨プロジェクト通称ハーレム・プロジェクトを学園主導で進めることになりました」

 

「我が学園に入学しているAクラス所属の唯一の男子生徒小鳥遊勇人君をその中枢に据え、今回恋麗学園はプロジェクトを担うにふさわしい女生徒を多く育てて、彼と恋愛関係になってもらいます」

 理事長の言葉に会場中の女の子たちはざわつき始める──あたしも何を言っているのかすぐに理解できなかった。

「もちろんそれを望まないという選択肢も選ぶことはできます。学園側から他の学校への編入手続きなどあなたたちが転校先で苦労しないように最低限のことはフォローする準備はあります」

「ここにいる女子生徒全員が将来を約束された存在。誰にでもチャンスがあります」

「最終的に小鳥遊君に選んで貰えるようにそれぞれが努力するように」

 神崎理事長は再度プロジェクトの重要性と意義と生徒たちに説明して全校集会は終わり。

 

「理事長の言うこと未だに信じられないよね……」

「うん。私らそんな目的があって学園に通わされていたなんて知らなかった」

「そういえば小鳥遊君だっけ? 彼、今日は来てないんだね」

 クラスの目が一斉に彼の席に集中する。なーんだ今日は来てないんだ。

 他所のクラスでも集会の話題で持ちきりで小鳥遊君がいるのかわざわざAクラスまで様子を見に来る子だっていた。

 ここにいるあたしらは将来が約束されている分、他の子たちよりも恵まれているんじゃないかと思う。

 将来? あたしはお母さんのみたいな人になるのが夢でもあった。

 自分のやりたいことが今のあたしには分からない。

 まあ、学園には通うけど理事長の言うプロジェクトに真剣に取り組むのかは別の話。

 示された道よりもあたしが自分で未来を切り開いていくしかないことに価値があるんじゃないかな? 

 

 “ハーレム・プロジェクト”は学園内に大きな影響を与えようとしていた。渦中の人、小鳥遊君が今日は学園に来ていないことも男子寮まで彼のことを迎えに行こうとする子も出てきた。

 誰にでもチャンスがあるっていう事は逆に考えるとライバルが多いってこと、皆それぞれがどう出し抜いて行くのか思惑を巡らせている。

 

「……バカみたい」

 昨日まで彼のことなんて気にも留めてなかったくせに。

 あたしは今の状況にうんざりして教室を出た──自分で選んでこの恋麗学園に入ったのに何も変わらない。

 ひとりは別に嫌いじゃないし、人付き合いは面倒だなって感じることはある。

 午後の授業が終わって放課後に、あたしは授業についていくのが精一杯。

 部活も何もしてないやりたいことがないあたしがこの学園にいる意味はあるのかな? 

 急に不安になることがある……。あたしだって強いわけじゃない。

 外を覗いてみると白鳳堂の看板を見かけた。高級ブランドも今では庶民向けの化粧品メーカーとして立場を固めつつある。

 この方向転換に多分お母さんは納得していないと思う。だけど、会社のことを考えたらなりふり構っている場合じゃない。若い女性をターゲットに新しい顧客の獲得と新規層の開拓。

 まだまだ時間はかかりそうだけど白鳳堂は着実に立ち直りつつある。

 家を出てひとりで暮らし始めたはずなのに気になってしまう。

 子どものころお母さんと一緒にお化粧をしたことを思い出す。いつも笑顔だったお母さんがあたしは大好きだった。

 小鳥遊君は自分の運命が決められてしまってどう思っているんだろう? 

 あの厳しそうな母親の期待に応えようと小さな頃から努力をしていたに違いない。

 あたしだって努力はしてきたつもりだけど彼が経験したことに比べたらほんの些細なこと。

 寮の自分の部屋に戻ってから今後の事を考えた。

 

「あたしはどうしたいんだろう…………」

 したいことと、なりたい自分が見えてこない。しばらくは悩みが続いていきそう。

 だけどね、これから先あたしの心は少しずつ変わっていく予兆がこの時からあったの。



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8.「出会いのきっかけはいつだって突然」

 お昼休み前の授業は体育、1-Aの女子は体育館で球技、男子の僕はグラウンドでランニング。

 体を動かするのは嫌いではないけど最近はあまり運動してなかった。

 教室で着替えている女子とは違い男子は更衣室まで行かないといけない。

 まだ真新しい体操服に着替えてグラウンドに向かう。 

 担当の先生が来るまでの間、軽く準備運動。

 ストレッチやひとりでできる柔軟運動をやって筋肉を解していく。

 流石にお金が掛かっているだけのことがあって体育館もグラウンドも大きい。

 僕が全部使っているわけじゃないから使用していない場所では他のクラスの女子がハードルやサッカーとかの競技をやっている。

 

 そういえば相倉さんはFクラスって言ってたっけ? あの青い髪は目立つから見つけやすいけど、グラウンドにはいないっていうことはFクラス授業は体育じゃないんだろう。

 相倉さんがAクラスで堂々と宣言してからクラスメートの女子たちの僕に対する態度が明らかに変化した。

 皆がそれぞれが唯一の男子生徒に色んな方法でアピールしてくる、休み時間中も声を掛けられることが増えた。

 内気な性格の子はなかなか積極的になれずに表情に焦りが見えていた。

 神崎さんが全校集会で何を言ったのか知らないけれどこんなに変わるものなんだな。

 更衣室で着替えを終えてから外に出ても女生徒たちに声をかけられる。

 恋麗学園に通っている女の子はみんな可愛い子ばかり、あまり女子と接したことがない僕でもそれがすぐにわかるくらいだ。

 運動している女子ってなんだかいいよね。準備運動をしつつもどうしても目線が行ってしまう。 

 汗をかいて湿った体操服に少しだけ細い腕に太ももかなり刺激的。

 グラウンドにひとりで体育をしている男子はさすがに目立つみたいで彼女たちも僕の様子を気にしていた。

 

 先生からの指示でグラウンドを十周走ることに。

 全力で走っても無断に体力を消耗するだけだから力を抜いて走ろう。

 疲れないようにペースを一定に保ってまず一周。

 久しぶりに体を動かしたけどなんとか疲労感は無い──ラストスパートが近づいてきて一気に速度を速める。

 ランニングも終わって小休止、僕は水道で水を飲んでそのまま頭に被った。

 女子も休んでいるみたいで無意識に蛇口に口を付けて水を飲んでいる子がエッチだなって思った。

 その子は僕と目が合うと顔を赤らめてすぐに蛇口から口を離した。

 ああいう仕草は女子高でしか見ることができないだろう僕はラッキーなんだろう。

 

 授業が終わって制服に着替える。今日のお昼は相倉さんと一緒に食べる約束をしているけど、どこで会えばいいんだろう? Fクラスに直接会いに行くのが早いのかな? 

 

「小鳥遊君!」

「えっ…………?」

 名前を呼ばれたから振り返って見ると二人分のお弁当を手に持った相倉さんに会う。

「男子は体育だったの?」

「うん、もう終わったから相倉さんのことを探していたんだ」

「そうなんだ! 嬉しいなー私からお昼食べる約束したんだから一緒に食べようね」

 彼女に手を引かれて校庭へ──他の生徒が見ていることなんて気にも留めていない様子で芝生にレジャーシートを広げた。

 

「さあ座って。あ、お茶飲む?」

 相倉さんは水筒を出して紙コップにお茶を注ぐ。

「ありがとう」

 彼女からお茶を受け取って一気に飲み干した。冷たいお茶が渇いた喉を潤す。

「冷たくて美味しいよ」

「よかった! ねえ、お弁当食べようよ!」

 綺麗に包まれた弁当のひとつを渡してくれた──お弁当が包まれた布は花の模様がプリントされたかわいらしいデザイン。

「おお! すごく美味しそうだね」

「えへへ、私料理には自信があるんだー」

 彼女の言うようにどのおかずも美味しそうだ! 几帳面に並べられている食材は彼女の性格なんだろう。

 僕は箸を伸ばしてまず卵焼きを口に入れた。

「お、美味しい!」

「本当? よかったー」

 丁度いい塩加減で好みの味だ。甘い味付けをすることもあるけど僕はあまり好きじゃない。 

 ハムに巻かれたキュウリにタコさんウィンナーが可愛らしくて食べるのが少しもったいない気もした。

 思えば誰かの手作りのお弁当を食べたことなんて今まで一度もないから感動。

 僕はべた褒めしながらおかずを一つ一つ口に運んでいく、相倉さんは褒められるのに慣れていないのか耳まで赤くなっていた。

 こんなに楽しい思いができるのなら女子高に通うのも悪くないなあ。

 どこが美味しかったのか伝えるとメモを取りながら聞いてくれた

「小鳥遊君が嫌じゃないのならこれからも作ってきてもいい?」

 少し上目遣いで見つめてくる彼女に嫌だなんてとても言えなかった。 

 自然な表情にすごくドキドキして目を真っすぐと見ることができなかった。

 恋愛ってこういう感じなのかな? 幸せに気分になれる。僕とお昼ご飯を食べることを楽しんでくれているなんて嬉しい。

「そうだね、僕も相倉さんと一緒にお昼ご飯食べたいよ」

「本当?」

 目をキラキラと輝かせて言う彼女に頷いてみる。

 こうしてちょっとずつお互いの関係を深めていくことが恋愛では大事なことだと思う。

 神崎さんに食事の件を電話でお願いしたけれど、これからお昼は誰かと食べることになるんだろうなあ。

 手作りのお弁当を作ってくれた彼女にお礼を言ってから別れた。

 

 

 **

 

 午後からの授業は数学。難しい公式が並んでいて正直頭が痛いけどしっかりとノートを取っておこう。

 先生は教科書に書かれている問題を板書して答えを問いかける。

 授業を聞きながらお昼のことを思い出した。

 初めて誰かと一緒にお昼ご飯を食べたこと、Fクラスの相倉麻奈実さんは綺麗な青い髪と瞳をした料理が上手な女の子。

 彼女の僕に対する気持ちはきっとハーレム・プロジェクトによるものなんだろうな。

 自分に決定権が与えられているけど候補になっている子たちが本当に僕のことを好きになってくれるのかはわからない。

 選ばれる子もいればそうじゃない子だっている彼女たちの人生だって変えてしまい兼ねない。これはかなり責任重大だ…………。

 

 放課後になる。特に予定もないから寮で休もう。

 教室はまだざわついているけど僕はそんなことは気にせずに帰り支度を整えた。

「ちょっといいですか?」

 ドアを開けてから教室を出ようとすると誰かに声を掛けられる。

「小阪さん? どうかしたの」

 声の主はクラスメートの小阪さん。今日の彼女はいつもと違って僕に対する声が優しい気がした。

「あなた、今帰るんですね?」

「う、うん。特に用もないし寮で休もうかなって」

「そうですか、少しだけお話しできません?」

 僕は小阪さんと一緒に教室を出てひとまず寮へ──ってここは女子寮の方角じゃないか? これはまずくないかな? 

「小阪さん、こっち女子寮だよね?」

「ええ、そうですわよ」

「そうですわよって」

 男子の僕がここにいるのを彼女はどう考えているんだろうか。

 小阪さんは寮の部屋の前に止まるとキョロキョロと辺りを見回した。

「どうしたの?」

「しっ! 静かに」

 人差し指を唇に置いて静かにするように表現する。

「とにかく中へ入ってください」

 彼女に言われた通りに部屋の中に入る。

 

「ここって──」

「私の部屋ですわ」

 小阪さんの部屋は配置まで考えられて置かれた家具に落ち着いた色合いの壁紙。

 確か女子寮は生徒の希望で色々と模様替えができるらしい。家具や必要なものは学園に申請すれば準備してもらえる。

 これもストレスを抱えないで学生生活を送れるようにという学園側の配慮なんだろう。

「座ってください」

 小阪さんがポンとクッションを出してくれて僕は言われた通りにする。

 彼女もカーペットの上にぺたん座りして僕たちはお互いの顔を近づける形で向き合った。

「最近クラスの女の子たちのあなたを目る目が変わったるのは気づいていますか?」

「うん…………」

「理事長のあの言葉には正直私も驚きました」

「やっぱり何か言われたの?」

「この間全校集会でハーレム・プロジェクトについて理事長が教えてくれましたわ」

「学園に通う女性と全員があなたの恋愛相手の候補だっていうんですもんね」

「いきなりそんなこと言われても私たちには気持ちの整理がつきませんでした」

 確かにそうだ。全生徒が僕の恋人候補でしかも恋愛関係にならないといけないなんて──しかもこれで恋麗学園に通う生徒全員に僕が編入している理由が分かってしまったわけだし。

 

「僕の行動で皆の将来が決まってしまうんだ。いい加減には振舞えないよ」

「あなたはそれで納得してるんですの?」

「どうなんだろう? 今まで誰にも必要とされなかった僕にこんな重要な役割があるなんてわかってちょっと意気消沈気味かなあ」

「でも、プロジェクトの重大性は自分でもわかっているから真剣にやっていくよ。いい加減な気持ちではやれない。そうじゃないと女の子たちに失礼だからね」

「あら、案外真面目なんですね」

「三年間で成果を残せるだけのことはやっておかないとね。そうしないと僕が存在する意味も無くなってくるし」

 時間がそこまであるっていうわけじゃないけど終わりが来る時まで母さんにしっかりと結果が報告できる形にはしておきたい。

 まあ、皆が僕の事を好きになってくれるなんて思わないからそれでもいいんだ。

「相手の気持ちを無視して恋愛なんてしたくないから恋人は考えてから選ぶつもりだよ」

「私は別にあなたと恋人になんてならないでも平気なのですけどね」

「ははは」

 小阪さんがそういうのなら彼女の気持ちは尊重しよう。無理に恋愛関係になってもお互いにいい気分じゃないだろうからね。

「ですが──この学園に通っている以上理事長の言う通りにしようとも思いますの」

「それって──」

「別にすぐに仲良くつもりなんてありませんし私にはあなたも世間の卑しい男どもと同じだという評価です! ですからあなたの方からしつこくするようでしたら私も考えないといけませんわ」

「僕は別に…………」

「いいこと? 私に馴れ馴れしくしないでください。今はただの友人なんですから」

「友人かーちょっとは進歩したのかな?」

「どういう意味です?」

「あ、いや今まではなんだか友達っていう感じじゃなかったから小阪さんの口から『友人』なんて言う言葉が出てきて素直に嬉しいと思っているんだ」

「か、勝手に勘違いしないでくださる!? ただの友人というポジションから変わることはありませんわ」

 それでも僕は嬉しいなあ。

 今まで友達と思われてなかった相手にそういうふうに言ってもらえるなんて。

 小阪さんとの話を終えて寮の自分の部屋まで戻った。

 

 

 *Manami point of view*

 

「小鳥遊君はどこにいるんだろう?」

 お昼を食べてから放課後も一緒に過ごそうと思ってAクラスを覗いてみたけど彼の姿はなし。

 私の作ったお弁当をあんなに美味しそうに食べてくれた

 

「ねえ小鳥遊君どこに行ったか知らない?」

 Aクラスの子に彼の居場所について聞きだしてみることに。

「彼なら小阪さんと一緒にいるとこを見かけたけど?」

「ええっ! それ本当?」

 小阪さんがどうして彼のことを、そういえば前に廊下で話している床を見たことがあるけどもしかしたら! 私は急いで教室を後にして寮の方へ向かった。

 

「ここね!」

 女子寮まで戻ってきた私は小阪さんの部屋の前に立つ──中に彼がいるのかはわからないけど。

「はい」 

 ドアをノックすると返事がある。ゆっくりと扉が開いた。

「あら、あなた。一体何の用ですの?」

「ちょっと入るわよ!」

「あっ! いきなりなんですのよ」

「──いない」

「あら? あなたは確かFクラスの相倉さん? 何なんですの急に」

「小鳥遊君はどこにいるの?」

「は?」

「Aクラスの子に聞いたわよ。小阪さん彼と何を話したの!」

「あなたには関係ないことです」

「なんか怪しい言い方ね」

「別にそんなことは──」

 一瞬だけ口ごもった彼女のしぐさを私は見逃さなかった。明らかに何かを隠している気がする。

「小阪さんって男嫌いだったよね? なのにどうして小鳥遊君と話すことがあるのかな」

「いいでしょうそんなことは」

「男なんて取るに足らない存在なんでしょう? そんな相手と親しくなるんなんてあり得ないわよね」

 小鳥遊君と彼女がどんな話をしたのか知らないけど私の心のなかなかに今まで感じたことない感情が沸き上がってくる。この気持ちは一体なんなのだろう? 

「私は彼とお昼一緒に食べたんだから!」

「知ってますわ。クラスの子たちが話してましたから」

「Aクラスで言った通り私は小鳥遊君に恋人として選んでもらえるようにがんばるわ。小阪さんみたいに彼に興味がない子とは違うわ」

「お付き合いする相手をそんなに簡単に決めることないんじゃない?」

「今ではできなくなった恋愛ができるチャンスなのよ。全力で楽しむべきじゃない」

「相倉さんは将来の事は何も考えていないんですのね」

「なによ! その言い方! 私だってちゃんと考えて行動してるわよ」

 小阪さんの言葉に私はらしくなく反発した。

 私が何も考えてないですって? 勝手なこと言わないでよね! 

 いつもならこんなことはないのに何故か今日だけはイライラした気持ちになる。

 

「彼ならさっき部屋に戻りましたわよ」

「そうなんだ」

「ええ、あなたが気にするようなことは話してませんわ」

「少し落ち着いていきませんか?」

 小阪さんは部屋の鍵を閉めて立ちっぱなしの私に座るように薦める。

「ごめんなさい」

「いいですわよ。彼とは“ハーレム・プロジェクト”のことを少し話しましたの」

「そうなの?」

「小鳥遊君自身もこんなことになって少し戸惑っていた様子でしたわ」

「そう」

「誰でもチャンスがあると分かれば皆目の色を変えるのもわかる気がします。学園を卒業すれば将来は約束されたも同然ですしね」

 

 彼女の言う通りだと思う。私たちは選ばれてここにいれるチャンスを与えてもらっている立場。

 同じ舞台に立てない女の子だって大勢いるのに。

 ライバルはたくさん──全員が彼の恋人に選ばれるわけじゃない。

 だからこそそれぞれが必死になるんだと思う。

 今の生活で満足している子だって少なからずいるんだろうけど、

 そういう子は学園にいる理由がない。

 恋麗以外にも女子高は多くあるわけだからそこに通えばいいという選択肢だってあるし、学園側も違ったアプローチを用意しているはず。

 だけれど、普通の学校で平凡な日々を送るよりも充実した学生生活を過ごす方がいいに決まっている。

 

「小阪さんは恋愛には興味無いの?」

「今のところはね、わたくしが夢中になれる相手がいれば話は別ですわ。今の小鳥遊君では力不足です」

「そっか」

 小阪さんはお茶とお菓子を準備してくれて私に振舞ってくれる。高そうなお菓子を摘まんで口に運んだ。

「あなたが必死なのはよくわかっているつもりです。その積極性は見習わないといけないですわね」

「小阪さんってさ、意外といい子?」

「もう! 意外とは余計ですわよ」

 同じクラスじゃないけど彼女とは純粋に友達になりたいなって思えた。最初この部屋に来た時のイライラもすっかり無くなっていつも通りの私に戻れていた。

 

「お邪魔しました。ごめんねお騒がせして」

「いいえ。相倉さんさえ良ければまた一緒にお菓子でも食べましょう」

「うん! ありがとうね」

 寮の小阪さんの部屋を出てからは真っすぐ自分の部屋へ戻る──小鳥遊君と彼女が仲良くなったらどうなるんだろう。別に一人の子が恋人になるってわけじゃないしそうなったら私は素直に応援できるのかな? 

 そういえば小鳥遊君はケータイを持っているのかしら? すぐに連絡が取れるようになりたいし次に会ったら聞いてみようっと。

 入学した時よりも今の方が全然楽しい。ハーレム・プロジェクトについて始め聞いた時は信じられなかったけど、恋愛をすることで前とは違った自分を見ることができるんじゃないかな? っていう期待もあるの。

 私とお昼を一緒に食べたいと言ってくれた彼の為に張り切って料理をしなくちゃね! 

 食材とかは学園側に言えば準備してもらえるし私みたいに自分でお弁当を作る生徒はあまりいない。

 ほとんどの子が女子寮の学食を使っているしあそこは種類も豊富でお金をかけて専属の栄養士さんがバランスが取れたメニューを作ってくれる。

 この学園は私たちには凄く快適に過ごせる場所で恵まれているなって改めて感じる。

 女子生徒の私がそう思っているけど男の小鳥遊君はどうなのかな? 

 お弁当を作るなら好きなおかずも聞いておかないとね。

 

 男子寮で休んでいると珍しく僕の携帯が鳴る──着信の相手は「小鳥遊美鈴」母さんからだ。僕は姿勢を正して電話に出る。

『もしもし』

『もしもし勇人、そちらの様子はどう?』

『毎日大変だけどなんとかやれてるよ』

『そう。あなたの行動にプロジェクトが大きく左右されるのよ? しっかりとしなさい』

『わかってるよ』 

 母さんとの電話はいつも緊張しっぱなしだ、普段からそこまで話すわけじゃないけど子どものころから忙しくてほとんど家にいない母親との思いでなんてそんなにない。

 僕の誕生日の日。幼心にプレゼントを待ちわびて帰りを遅い時間まで待ち続けたこともあった。

 結局寝ちゃったけどあとでメイドさんからお金を渡された時はどうすればいいのか理解できなかった…………。

 仕事で子どもの誕生日の日でさえ帰宅せずにお金は渡すからプレゼントは自分で買いなさいという意味だったたしい。

 だから僕は一番欲しいものは手に入ってたけど母親からの愛情なんてもらった試がない。

 メイドさんと町を歩いていると同じくらいの年の子が親と楽しそうに買い物をしているところを見て何度羨ましいと感じたことか。

 僕はわがままも言わずに母親が示した通りの生き方をしてきた。

 母さんにとって今の僕はプロジェクトを進めるために必要なだけで大した価値のない存在しかないんだろう。

 せめて期待を裏切らないようにしないと、僕がここにいる理由が無くなってしまう。

 まだ女性には少しだけ苦手意識があるけれど、そんなのじゃ恋愛は上手くいきようがない。

 僕自身が変わっていかないと── 

 

『勇人、あなたは自分がそこにいる意味をしっかりと理解しておきなさい』

『うん』

『三年もあると考えるのか三年しか無いと捉えるのかはあなた次第よ』

『母さんの期待を裏切らない程度にはがんばるよ』

『ええ、何かあれば理事長の歩美に頼んであるから』

 それだけ言うと電話は切れた──相変わらず忙しいひとだ。

 昔メイドさんに母さんの仕事のことを聞いた事があるけれど、まだ子供の僕には難しすぎるくらいだった。

 母さんは僕を生んでから仕事により一層取り組むようになったらしい。

 今の社会的な地位も一から積み重ねていったもの──家庭を犠牲にしてでもやり遂げないといけないことがあるらしい。

 そんな説明を受けても何を言っているのかすらわからなかった。

 あの時の生活が嫌なわけじゃなかった、ただ普通の子みたいに家族と一緒にどこかに出かけたり会話をしたりそんな細やかな願い事が叶ったってよかったのに。

 今日の夜は久しぶりにゆっくりと眠ることができた。

 

「おはよう」

「小鳥遊君おはよう」

 今まで挨拶すら返して貰えなかった状況からしたらかなり進展したんじゃないかな? 

 僕はクラスメートのみんなに挨拶をしてから自分の席に座る。

「おはよう」

 いつもみたいに隣の子にもおはようを言う──そういえばまだ彼女の名前は聞いてなかったなあ。機会があれば聞いておこう。

「おはようございます」

 僕が席に座ってそんなに経たないうちに小坂さんも登校してくる。

 彼女は教室に入ると真っ先に僕に視線を向ける。だけど以前みたいな刺々しさを感じない友人へと向けられた柔らかい感じ。

 僕も微笑みを返してホームルームが始まるのを待った。

 

 午前中授業は終わりお昼休みになる。昨日は相倉さんと一緒に食べたけど今日はどうなんだろう? なんて考えていると一部の女子から声をかけられる。

「小鳥遊君、良かったら私たちと一緒にお昼ご飯を食べませんか?」

「いいの?」

「誰かと約束しているのでしたらそちらを優先してくれてもいいですよ」

「ああいや、今日は誰とも約束してないからー」

 僕は両手を左右に振って否定の動作をする。せっかく誘ってくれているのに断るなんて事をしたら彼女たちの好意を踏みにじってしまうかもしれない。そんな失礼なことはできない。

「それじゃあお願いします」

「ほら、あなたも机をくっつけて」

 小学生が給食でやるみたいに机を繋げる、僕はいつも一人で食べていたからこれはまだ経験したことがない。

「小鳥遊君は何を食べるんですか?」

「僕はパンかなあ」

 朝ごはんで食べたパンの残りを持って机に座る。

「まあ、昨日はお弁当を食べていらしたのに」

「あれは別のクラスの子が準備してくれたんだよ。本来ならパンか朝の残りを持ってくるし」

「一緒に食べていた相手というのはFクラスの相倉さんでしたよね? ]

「うん、そうだよ。彼女から誘われたんだ」

「そうだったんだーあの子結構大胆なことやるんだね」

「そうよねー同じクラスの私たちだって小鳥遊君に声かけるの結構勇気いるのに」

 それぞれ楽しそうに話しながらパンやお菓子を準備する。

「私たちはあまり食べるっていうわけじゃないんだーこういうので十分だし」

 そう言って僕の向かいの席に座っている子は鞄から携帯食とペットボトルのジュースを出す。あれくらいで足りるんだから女の子は本当に羨ましい。僕はがっつり食べても午後はお腹が減ることが多いのに。

「ねえねえ、もっと小鳥遊君の事聞かせてよ」

「僕のこと?」

「うん! せっかく同じクラスになれたんだしお話ししようよ」

 自分のことを話すのはあまり得意じゃないけど彼女たちが聞きたいと言ってくれているし話してもいいかもしれないけど、話せるような面白いエピソードはない。

「あんた、女の子にチヤホヤされて二ヤつくとか気持ち悪いんだけど」

「えっ…………」

 声のしたほうを向くといつも僕を睨んでいた隣の席の子がそこにいた。

「なに? 私たちが小鳥遊君とお話してるのに邪魔しないでくれるかしら?」

「バカみたい」

 彼女は一言呟いて教室を出て行ってしまった。

「なんなんだろう」

「気にしなくていいよ。あの子はそもそもうちの学園に通っていること自体が場違いなんだしさー」

「言えてるー家柄が優れているわけとかでもなくてただの一般家庭なのにね」

「頭もあまり良くないみたいだし。ここにもギリギリで合格したって話だよ」

「ええ!? マジでー」

「授業ついていくのがやっとみたいだしねあの子」

「クラスに仲のいい友達いないみたいだしいつも孤立してるよね」

 そういえばあの子がクラスの友達と一緒にいるところを見たことがない。休み時間は机に突っ伏して眠っているし昼休みはすぐに教室を出て行ってしまう。

 学園に通っている生徒にもそれぞれの事情があるんだなあ。だけどいつもひとりの彼女を見ているとどうしても自分と重ねてしまう。

 

 中学時代の僕は友達もいなくてクラスからも孤立していた。

 最初の頃は気を遣って話しかけてくれるひともいたけれど、僕自身が積極的に周りと関わって来なかったから気が付いた時にはひとり。

 部活にも入ってなかったから放課後はいつも家に帰るだけ。

 友達を作らないでも苦労することはなかったし生活に何の影響もなかった。

 試験でしっかりと結果を残せば家庭教師の先生も母さんも特に何も言って来なかった。

 そうして三年間目立った活動もせずに卒業した。

 普通の学生が思い出話として話す修学旅行や文化祭の思い出もこれと言ってない。

 孤独だった僕と彼女は似ている気がするんだ。

 教室から出て行ったあの子はなんだか悲しい目をしていた。 

 気になる──僕の頭の中はそのことばかりで埋め尽くされた。

 

「それでは今日はここまで。それではまた明日」

「礼」

 ホームルームが終わって放課後に──隣の子は挨拶が終わると同時にカバンを持って出て行ってしまう。

「小鳥遊君。よかったらこれからー」

「ごめん。また今度」

 僕もスポーツバッグを持って彼女の後を追った。

 

「あら。行ってしまいましたわ」

「んーどうしたのかな?」

「彼は何か用事があるんでしょう。また機会を見て声をかけましょう」

 

「──いた」

 廊下に出るとちょうど角を曲がる彼女の姿を見かける。走っているわけじゃないのにすごく歩くのが早い、彼女に追いつくために僕も歩くペースを速めた。 

 

「ちょっと待ってよ」

 彼女に追いついて声をかける──けれど彼女は一瞬だけ足を止めてすぐに歩き始める。

「待っててば」

「うざい」

「なんでそんなこと言うの!?」

「あんた何考えてるのよ」

「僕は君のことが気になったんだ」

「キモイ」

「酷いなあ」

 取り付く島もない。絶対防御と言えばいいんだろうか? 彼女は他人に壁を作っている。

「あたしなんかに構ってないで他の子と遊べばいいじゃん」

 ズンズンと先を行くように進んでいく、僕は彼女のペースに合わせて一緒に歩く。

「僕の名前知ってる? 小鳥遊勇人って言うんだ」

「あっそ」

 興味なさそうに言うとそのまま下駄箱へ──寮に戻らないってことは部活にでも行くのかな? 

「いつまでついてくんのよ!」

「部活に行くの?」

「あんたには関係ない!」

 靴に履き替えてグランドに僕も慌てて後を追う。

「しつこい!」

「うわあ」

 彼女はいきなり後ろ回し蹴りをしてくる。白い足が空を切って着地する。

 さすがにスカートでそんなことしたら下着見えちゃうんじゃないかな? 

「危ないなあ」

「ちっ」

 舌打ちをして僕から距離を取った。

「これ以上近づくなら蹴るよ」

「さっきはいきなり蹴ってきたよね!?」

「ム!」

 彼女は足を振り下ろす。僕は体をそらしてそれを避ける。なんでこんな格闘ゲームみたいなことになっているんだ? 

「ちょっと!」

 振り下ろされた足から見える下着──こんなことをしているとは思えない水玉模様のパンツが一瞬見えた。

「危ないってば!」

 彼女は警戒を解くことはせずに何度も足を振り下ろしてくる。

 

「はぁはぁはぁ」

「避けるこっちの身にもなってよね」

「じゃあ避けなきゃいいじゃん」

「あんなキックにまともに当たったら無事じゃすまないって」

「あたしに何の用なの?」

「少しでいいから僕の話も聞いてよ」

 まだ距離は離れているけど彼女は一旦警戒を解いて近寄ってくる。

「僕は君と仲良くしたいんだ」

「こっちには別にあんたと仲良くする理由なんてないけど?」

「だって君悲しそうな顔してたよ」

「は? なにそれ」

「教室を出ていくときそんな顔してたから放っておけなくて」

「似てるんだ昔の僕に」

「昔のあんたにあたしが?」

「僕、中学の頃は友達もいなくてずっと一人だったんだ」 

 僕は昔の事を話し始めた。彼女は逃げもせずに聞いてくれた。

 人と付き合う必要なんてないって思ってた。関わらないでも自分の生活が変わるわけじゃなかったし、それでも生きてゆけた。

 けれど、それじゃあ駄目なんだと思う。

 社会出れば色んな人間と交流することになる、その中で孤立してしまったらおしまいなんだ。

 変わっていかなくちゃいけない。もっと交友関係を広げていかなくちゃならない。

 もちろん“ハーレム・プロジェクト”は重要──だからこそ僕はひとりでもたくさんの女の子と仲良くなりたいんだ。

 

「物好きねあんた。あたしと関わっても面白くなんてないのに」

「そんなことないよ。今はそうかもしれないけれど、もっとお互いの事を分かり合えるようになりたいんだ。もちろん君が嫌なら僕はやめるよ」

「変な子…………」

 彼女はホッとしたような表情をする。自然に出た仕草だろうけどすごく可愛いと思った。

「僕は小鳥遊勇人って言います。改めてよろしく」

「あたしは──」

 新しい出会いが自分自身を変えていく、このきっかけを大切にしていこう。目の前にいる女の子の顔を見つめて優しく微笑んでみた。



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9.「登録No.1相倉さん」

「あたしは御崎智佳(みさきともか)

「君の名前は御崎さんって言うんだね。改めてよろしく」

 初対面の印象は今後の関係を大きく左右する事になるって幼い頃から教えこまれて来た僕は御崎さんに失礼のない態度を取るように振る舞った。

「あたしはあんたとは友達以上の関係になるつもりないから!」

「わかった。それでも構わないよ」

 彼女は差し出した僕の手を取って握手してくれた。

 触れた御崎さんの手は僕が思っていた以上に小さい、女の子ってみんなそうなのかな? 

 ますます自分がこの場所にいることが場違いに思えてきた。

 小阪さんに相倉さん、そして御崎さんとまだ転入して数日しか立たないのにもう三人の子と話すようになるなんて。

 相倉さんに至っては“ハーレム・プロジェクト”に乗り気だしこれから慌ただしい毎日になりそうだ。

 学園の中にはまだ僕の事をよく思わない生徒もいるだろう。

 大きなトラブルが起こらず三年間無事に過ごせるのが一番だと思う。

 もちろんプロジェクトのことだって忘れちゃいけない。

 

 寮の自分の部屋に戻ってからは明日の授業の予習始めた。

 学業だけは疎おろそかにしちゃダメだからね。

 家庭教師がいないから勉強する時間は自分で調整するのは面倒だけどしっかりやっておこう。

 ノートを広げてテキストのページを写していく。

 静かな部屋にペンを走らせる音が響く──三十分毎に休憩を挟んで勉強を進めていく。

 終わった頃には二十時を過ぎていた、勉強道具をバッグに仕舞って入浴の準備する。

 家にいた頃は就寝時間から起床時間まで徹底的に管理されていたから少し窮屈だった。

 その分規則正しい生活はできていたんだけどね。 お風呂から上がってからは特にやることもなく携帯を開いた。

 母さんからいつも最新の端末をもらっているけどこのスマホに登録されている番号は母さんと家の事をやってくれていたメイドさんに神崎さんだけ。

 標準搭載されているアプリもほとんど使わないしましてやメールをする相手もいないし僕の番号を教えてほしいなんていう物好きはいないだろう。

 結局この日は二十三時を過ぎてもなかなか寝付けずに寝不足なまま登校しなくちゃいけなくなった。

 

「おはようございます」

「おはよう。今日も元気で行きましょう!」

 何人かの先生とすれ違った際に挨拶をしたけどこの学園の教師は美人が多い気がする。

 大人の女性と話すのはかなり緊張するしどうしても気を遣ってしまう、理事長の神崎さんと会話した時だってそうだ。

 小阪さんや相倉さんと上手く話せているように思うけど、深いところで女の子に対しては苦手意識がある。

 こんな調子で恋愛なんてできるのか不安だけど頑張るしかない。

 

「おっはよう! 小鳥遊君」

 肩を落として歩いていると元気な声が聞こえたから僕は後ろを振り返る。

「おはよう。相倉さん」

 Fクラスの相倉麻奈実さんは今日も人一倍明るい、その明るさに僕も自然と前向きな気持ちになることができた。

「誰か待ってるの?」

 僕は彼女の間からAクラスの教室の中を覗き込んだ。

「ううん、私はね小鳥遊君を待ってたんだ。ねえ、今日お昼はまた一緒に食べない?」

「相倉さんが迷惑じゃないのならいいよ」

「全然迷惑なんかじゃないよ! 私は小鳥遊君とお弁当食べたいなあ」

「そうなんだ」

 嬉しそうに表情をコロコロ変えていく相倉さんはとてもかわいいと思う。

 こんな子とお昼ご飯食べることができる僕は幸せものかもしれない。

「それじゃあまたお昼休みに迎えに来るから」

 足取り軽やかにFクラスに向かう彼女を見送って僕は教室に入る。

 

「おはよう」

「おはよう。小鳥遊君」

 クラスの子たちが一斉に挨拶してくれる。僕はそんな彼女たちとの些細な会話を楽しみつつ自分席へ。

「おはよう御崎さん」

 隣に座っている子──御崎智佳さん、昨日名前を知ったばかりでまだちゃんとした会話をしたことはない。

「おはよう」

 一言だけ返してくれると御崎さんは前を向いた。

 最初挨拶すら返してくれなかったから僕らの関係は少しは改善された気がする。

 

 授業の予習バッチリだった。担当教師に当てられても問題なく処理した。

 隣の席の御崎さんは難しそうな顔をしてノートとホワイトボードを交互に見直す。

 僕はメモ用紙を千切って次に彼女が当てられそうな場所を予想してその回答を書き込む。

「ではこの問題を御崎さん、できるかしら?」

「は、はいっ!」

 緊張しているのかガタンと大きな音を立てて立ち上がる御崎さん。

「ええっと…………」

「落ち着いて。わからないのなら素直にそう言っていいからね」

「いえ、だ、大丈夫です」

 そう答えているけど今の彼女は確実にテンパっている、ここで助け舟を出すのも悪くない。

 僕はさっき書いたメモを御崎さんの机に投げた。

「なにこれ?」

 隣の席から投げ込まれたメモを怪訝そうな顔をしながら広げる。

「これ──」

 どうやら当たりみたいだ。御崎さんは先生や他の生徒気づかれないようにメモの内容をホワイトボードに書き写したよ

「はい、正解です。よくできましたね」

 先生のその言葉にホッと胸を撫で下ろして自分の席に戻る御崎さん。

 途中チラリと僕の方を見て何か呟いていたけど小さい声で聞き取れなかった。

「それでは号令おねがいします」

「起立、礼」

 それか四時間目まであっという間に過ぎてお昼休みになる 。

 朝、相倉さんが迎えに来るって言ってたから彼女が来るまで教室で待っていよう。

 教科書を机の中にしまって軽く背伸びをする。

「さっきはありがとうね」

「えっ?」

 休んでいると御崎さんが声をかけてきた。どうやらさっきの授業でのお礼らしい。

「いいよ別に。御崎さん困ってたみたいだし」

「あんた勉強得意なの?」

「得意ってわけじゃないけど昨日たまたま予習してて内容知ってただけだよ」

「ふーん。でも助かったよ。ありがとうね」

 誰かにお礼を言われることがこんなに気持ちの良いことなんだなって思った。

 自分では大したことはしてないはずなのにそれに感謝してくれるなんてなんだか照れ臭い。

「それにしても相倉さん遅いなあ」

 昼休みが始まって十分以上経つのに彼女は一向に姿を見せない。

 結局昼休みが終わるまで相倉さんは現れず僕は男子寮までお昼ご飯を取りに戻った。

 

 放課後、帰り仕度を済ませて廊下に出る。

「小鳥遊君!」

 教師出てすぐの呼び止められて声のする方へ視線を向けた。

「ごめんなさい! 私からお昼ご飯誘ったのに約束すっぽかして」

 目に涙を浮かべて謝ってくる相倉さんにこっちまで申し訳ない気分になる。

「大丈夫だよ。何かあったの?」

「お昼は先生に頼まれて授業必要な教材とか運んでて──」

「そうだったんだね。理由があったなら仕方ないよ。だから泣かないで」

 僕は指で彼女の涙を拭ってあげた。

「ありがとう。本当にごめんなさい…………」

 まだ表情の暗い相倉さんを安心させるために顔に両手をあててあげた。

「心配しないで、僕は怒ってなんていないから、また元気な顔を見せて」

 自分でも随分大胆なことをしたと思える。やってから恥ずかしくなって彼女の目を真っ直ぐに見れなかった。

「うん」

 僕の言葉に安心してくれたのか彼女らしい優しい顔に戻ってくれた。

「小鳥遊君って本当に優しいんだね」

「そんなことないよ。目の前に泣いている女の子がいたら多分同じようにしてたんじゃないかなって」

「他の女の子でも?」

 少し不機嫌そうに上目遣いの相倉さんと目があった。

 そんな彼女を女子寮まで送って自分の部屋へ──

「小鳥遊君ちょっと待って!」

 名前を 呼ばれて歩みを止めた僕に相倉さんが駆け寄ってきた。

「あのね、小鳥遊君は携帯持ってる?」

「持ってるけど」

 僕はバッグの中から携帯を取り出して彼女に見せる。

「わー、これ最新機種じゃん! いいなあ」

 僕の携帯を見て目を輝かせる。

「じゃあ、小鳥遊君の番号教えてよ!」

「相倉さんは僕の携帯の番号を知りたいの?」

「うん、だって携帯あればいつだって連絡できるじゃん。でも、小鳥遊君が嫌なら無理には聞かないけど」

「ああいや、無理ってことはないんだけどね」

「何かあるの?」

「今まで僕の携帯の番号教えてほしいなんていう子はいなかったから」

「そうなんだ。先に私の番号教えるから電話かけてみて」

 僕は通話アプリを起動して相倉さんの番号に電話する。

「もしもし?」

「出ちゃダメじゃない」

「ごめん。つい嬉しくて」

「これが小鳥遊君の番号かーああそうだついでにメアドも教えて! LIME(ライム) はやってたりする?」

「一応アプリはあるけど」

 彼女に言われて世界的に人気があるツールLIME起動した。

 LIMEは通話やメッセージだけじゃなく画像や音楽を同じLIMEグループ内で共有して楽しめるらしい。

 通話も電話よりもクリアな音質でしかもLIME同士なら通話量が無料でメッセージ専用のスタンプなどもある。

 この携帯を買った時に標準でインストールされていたけど僕には使う機会が無かった。

 

「こっちは登録終わったよー」

 相倉さんは慣れた手つきでスマホを操作してあっという間に登録を済ませた。

「僕も終わったよ」

「私が小鳥遊君の番号登録ナンバー第一号なんだよね?」

「うん」

「それだけで十分嬉しいよ! 今日は本当にありがとうね」

 まっさらだった僕の携帯家族以外の番号が登録された。なんだかとても新鮮な感じがする。

 相倉さんと別れて男子寮まで戻る途中──

 ──メッセージが届いたこと知らせる通知音が鳴ったから僕は画面をタッチしてスマホをスリープモードから解除。

 

『今日は本当にごめんなさい。明日はお昼一緒に食べようね! 私が小鳥遊君のアドレス登録ナンバー第一号と考えるとなんだかすごく嬉しい』 

『僕もそうだよ。明日は楽しみにしてます』

 彼女から届くメッセージに返信する、誰かと繋がる事がこんなにも楽しいなんて。

 僕は夜寝るまでLIMEのやり取りを続けた。

 初めてスマホを持っていて良かったなと思った。

 登録した相倉さんの番号を眺めながら眠りについた。



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10.「Emergency」

 朝早く起きた僕は昨日の出来事を思い出す。

 家族以外の番号が登録されていない僕のケータイに一番最初に登録された番号——それもクラスメートの女の子の番号。

 夜寝るまでLIMEのチャット機能を使って話をした。

 彼女とは仲良くやっていけるかもしれない。

 女の子に対する苦手意識を少しは改善しなくちゃなあ。

 制服に着替えて寮を出るまで僕は初めて出来た友達のことを考えていた。

 

 女子達の間で自分の名前を聞く機会が増えてきた。

 中には男子がいることに納得がいっていない子もいて、そういう子達はグループになってクラスからは浮いていた。

 そんな中ある事件が起こる。

 

「あれ? 化学の教科書がない」

 机の中に入れていたはずの化学の教科書が見つからない。

 自分のロッカーには入れていないはずだしどこにいったんだろう? 

 スポーツバッグの中やもう一度机を探してみたけれどやっぱり無かった。

 仕方ないから担当の教師に教科書を忘れたことを申告してから授業を受けた。

 クスクス。

 教室の中で誰かが(わら)っていた。

 

 そのあとは何事も無く午前中の授業は終わって昼休みになる。

 僕は今日は相倉さんとお昼を一緒に食べる約束をしていたから携帯と財布をポケットに入れて教室を出る。

「外に出たわよ、行きましょう」

 待ち合わせ場所は彼女から連絡があるって話だけど。

 スマホを操作してメッセージが届いているのを確認していると——

「ごめん、今いいかな?」

 全然知らない女の子に声をかけられた。

「何かな?」

「あなたとちょっとお話ししたいことがあってー。付き合ってくれません?」

 話かけて来た子とは別の女の子ががっちりと僕の腕を掴む。周りを四、五人の生徒に囲まれた。

 そのまま彼女達に引きづられるようにどこかに連れていかれる。

 

「カーテン閉めて鍵をかけて!」

「りょうかーい」

 最初に僕に声をかけた子周りにいる子達に指示を出す。

 周りにいる女の子は僕が逃げないように取り囲んだ。

「あの、それで話って何かな?」

「うふふ、やっとお話しできそうですわね、小鳥遊勇人さん」

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら僕に近づいて来る。

「あなたは今では学園の有名人ですわよ」

 僕の顎に手を当ててそういうとその手をそのまま頬っぺたに持っていく。

「何を!」

「私、欲しいものはどんな手を使っても手に入れるんですの」

 息がかかってしまいそうな距離まで顔を近づけてきたから僕は思わず顔を逸らす。

「さあ、私といけないことしましょう?」

 この場から逃げだそうと体を動かすけど三人の子に押さえつけられていて抜け出せない。

「ちょっと! あなた達、彼が動かないようにしておいて」

「わかってるって」

 腕を掴んでいた女の子は力を入れる。がっちりと固められてしまった僕はそのまま身動きできない。

「あなたが私を最初の恋人だと宣言してもらえるなら解放してあげますわ」

「もしかして目的はそれ?」

「ええ、あなた個人には何の興味もありませんが、わたしが欲しいのは約束された将来ですわ」

「あなたと恋人になれば私の未来は確実なものになります。だからそれを手に入れるためにどんなことでもやります」

「準備できたよー」

 横にいる女の子がスマホのカメラをこっちに向ける。

「ごめんねー。小鳥遊君」

「さあ! あのカメラに向かって私が恋人だと宣言するのです」

「…………」

「さあ! 早く!」

 大きな声で言う彼女に僕はたじろいでしまう。

「ぼ、僕は——」

 ピピピ。

「えっ?」

 ポケットに入れてた携帯が着信を知らせる。

「ごめん、電話鳴ってるみたいなんだけど」

「その携帯を私に渡しなさい」

 腕を掴んでた子は一瞬だけ力を緩めてポケットに手を伸ばしてた。

 しめた! 僕はその隙を見逃さずに掴まれた腕を彼女から引き離す。

「きゃっ!」

 バランスを崩すのを見計らって左腕を思いっきり振り抜く! 両腕が解放された僕は動揺する彼女らを尻目に鍵を開けて一気に教室を抜け出した。

「待ちなさい! ちょっと何をしてるんですか! 追いかけなさい」

 慌てている間に僕は力を振り絞って走る。

「どこに行ったのかしら?」

「見つけないとうちらヤバイよね」

「とにかく手分けして探すわよ」

 ピンポンパンポン

 昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る——僕はホッと胸を撫で下ろした。

「相倉さん怒ってるだろうなあ」

 一緒にお昼を食べる約束をしてたのにあんな出来事があったせいで結局その日は何も食べずに過ごすることに——僕は相倉さんにLIMEでメッセージを送ってから教室に戻った。

 けれど、昼休みにあった女の子たちなんだったんだろう? 

 ちょっぴり女子に対して恐怖感を覚えてしまった。



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11.「After school〜Lunch box〜」

 *Manami point of view*

 

「小鳥遊君遅いなぁ」

 今日は一緒にお昼を食べる約束をしてるのに彼はまだ来ていなかった。

「ま、そのうち来るわよね」

 レジャーシートを敷いて二人分のお弁当を置く。

 今朝早起きして頑張って作ったから早く食べてほしいなぁ。

 

 昨日初めて男の子に自分の携帯の番号を教えた。

 アドレス帳に登録された【小鳥遊勇人】の名前を見ると自然と頬が緩む。

 私が前に通っていた学校にも男子生徒はいたけど皆女子の顔色を伺ってばかりで自分から積極的に関わっているひとはいなかった。

 どこの学校も女子生徒の数が圧倒的に多いから男子は肩身が狭かったと思う。

 小鳥遊君もそうだったのかな? 彼は今でこそ学園中の女の子の注文の的だけど、本人はどう考えてるんだろう? 

「遅いなぁ」

 もうすぐ昼休みが終わろうとしてるのに一行に姿を見せない彼が気になる。

 約束を勝手に破るタイプの人じゃないとは思うけど…………。

 心配になって電話をしてみた。数回呼び出し音が鳴ってから切れる。

 ——呼び出し音は聞こえる、だけど出ない。

 本当に何かあったんじゃ? 不安になってきていても経ってもいられなくなった。

 お弁当を片付けてレジャーシートを畳んで教室へ向かう途中でアプリの通知音が鳴る。

「LIME? 誰からだろう」

 慌ててスマホの画面をタッチしてメッセージを確認した。

『ごめん。ちょっとトラブルに巻き込まちゃって…………。約束破っちゃったね』

『何があったの?』

『会った時にちゃんと話すよ。今日の放課後会えるかな?』

『うん。いいよ』

 スマホをしまって急いで教室へ結局お昼ご飯は食べそこなっちゃったけれど放課後小鳥遊君に会えるからその時に一緒食べよう。

 

「小鳥遊君いる?」

「相倉さんこっちだよ!」

 放課後にAクラス教室で待ち合わせ──彼はぽつりと自分の席に座っていた。

「お邪魔します」

「この席使ってもいいかな?」

「さあ? 別にいいんじゃないかな」

 私は荷物を置いてから椅子に座った。

「お昼休み本当にごめんね」

「来なかったから心配してたんだー。それで、何があったの?」

「うん、昼休みに相倉さんと一緒にお弁当食べる約束してたから待ち合わせ場所に行ったんだけど、その途中でトラブルに巻き込まれちゃったんだ」

「トラブル?」

「そう、何人かの知らない女子に空き教室まで連れて行かれてそこでちょっと変なこと言われたんだ」

「どんな事言われたの?」

「うん、それがね、僕をそこへ連れて行った女の子達のリーダーみたいな子が『自分を最初の恋人』だって宣言するように言われたんだ」

「最初の恋人…………」

「彼女がどうしてそんな事を言ったの理解できなかったけど、あれも“ハーレム・プロジェクト”が関係してるんじゃないかと思ったんだ」

「そうかもね」

「まあ、顔も名前知らない相手をいきなり恋人なんて言うのは変だし恋愛って言うのはそういうのじゃないよ」

 小鳥遊君は少し無理しているような笑顔をする。

「それで昼休みギリギリまでそこから逃げ出せなかったんだ。相倉さんには悪い事しちゃったね」

「ううん。そんな目に遭ってたなんて私全然気づかなかった。小鳥遊君と一緒にお昼を食べる事しか考えてなかった」

「逃げ出すきっかけを作ってくれたあの電話には感謝しないとなあ」

「電話?」

「そう、僕があの状況どう乗り切ろうかと考えていた時に着信があってそれのおかげで危機を脱することができたんだ」

「それって誰からの電話だったの」

「わからないや。結局切れちゃったからね。今、確認してみようかな」

 小鳥遊君はスマホを操作して着信相手を調べ始めた。

「あ…………」

「どうしたの?」

 私は彼のスマホの画面を覗き込んだ。

『相倉さん』

「えっ…………私?」

「みたいだね、じゃあ僕に電話かけてきたのは相倉さんだったって事か」

 私からの電話で小鳥遊君はトラブルから何とか脱する事ができたんだ。

 

「相倉さんのおかげだね」

「私はただ心配になったから電話しただけで」

「だけどあの電話に僕は救われたんだ」

「もう! そんなに大げさに言う事じゃないでしょう?」

「そうかなあ? 本当に感謝してるんだけど」

「もうこの話はおしまい! ねえ、お弁当なんだけど今から一緒に食べない?」

「いいよ。僕、お昼食べてないからお腹ぺこぺこなんだ !」

「うふふ。早起きして作ってきたから期待しててね」

 夕焼けが差し込む教室で遅い昼食を取った私たちは下校時間になるギリギリまで話をした。



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12.「Irregular situation」

「おはよう」

 いつものように朝の挨拶をしてから教室に入る。

 だけど、今日はなんだか雰囲気が普段とは違う感じがした。

 クラスメイトの女子達の僕を見る目は転入初日と比べたら優しくなったんじゃないかなって思う。

 だけど、一部の人はまだ男子が女子高に通う事に納得できない様子で刺さるような視線を向けられる事もある。

 

 この間は酷い目にあったな……。

 顔も知らない女子生徒に空き教室まで連れていかれてリーダー格の子に無理やり恋人宣言をさせられるところでなんとか逃げ出す事が出来た。

 “ハーレム・プロジェクト”は僕が考えていた以上に周りに影響を与えている。

 そして何事も無くホームルームは終わる。僕が一時間目の授業の準備を始めていると校内放送が流れる。

「今から緊急の全校集会をやります。生徒のみなさんは速やかに集まってください」

 ——神崎さんの声だ。急な放送に教室の中はざわつく、先生の点呼でクラスの皆は出席番号順に並んで集会場所へ。

 僕もすぐに用意をして教室の外に出ると──

「待って下さい。小鳥遊君は私と一緒に行く事になっていますよ」

 担任の香月先生に呼び止められた。どうやら僕は先に理事長室へと行かなくちゃいけないみたいだ。

 香月先生は僕が理事長室の前に立つのを確認してから集会場所に向かって。

 ふーっと深呼吸をしてドアをノックすると中から「どうぞ」と神崎さんの声がした。

「失礼します」

 扉を閉めて理事長の方を向くと作業中のパソコンから僕に視線を移した。

「わざわざごめんなさいね」

「いえ、これから全校集会ですよね? 何かあったんですか?」

「あったと言えばあったわね。さあ、行きましょうか」

 手元の資料をまとめてファイルを棚にしまい椅子から立ち上がる、神崎さんは本当に綺麗な人で何をやっても様になる人だ。

 集会場所を知らない僕は理事長の後ろをついて歩く、ちょっとだけど目の前にいる大人の女性にドキドキした。

 

「小鳥遊君はここで待ってなさい」

 そういうと神崎さんは目の前にある大きなモニターの一つに電源を入れた。

「ここは一体何なんですか?」

「貴方の為に学園側が用意した場所よ。そこのモニターで集会の様子を見ることができるの。他にも小鳥遊君が望むならこの場所を専用で使うことだって可能よ」

 言ってる事を理解するのに時間がかかりそうだけど、要するに僕の為に特別に用意された部屋らしい。一体なんの目的でこの場所を? なんて言う疑問が浮かんできたけど今はとりあえず神崎さんの言う通りにしよう。後で理由を聞けばいいからね。

 僕は備え付けられているいかにも高級そうなソファーに腰を下ろした。

 座って十分も経たないうちにモニターに映像が映る——どうやらさっき言っていたように全校集会の様子が確認できるみたいだ。

 それにしても広い会場だなあ。全生徒が集まっても会場にはまだ余裕がある。

 横のツマミを回して音量の調整をする、この広い部屋に自分しかいないのに違和感を覚える。

 教壇に立つ神崎さんは生徒たちにある事実を話し始めた。

 

 

 *Ayumi point of view*

 

「今日みなさんに集まってもらったのはとあるイレギュラーの報告をするためです」

 私は一部の生徒がやってしまったイレギュラーを全校生徒へと伝える為に手元の映像データを再生。

 

「ねぇ、何? あの映像…………」

 そこに映っていたのは小鳥遊勇人君が何人かの女子生徒に教室へ連れられて彼女達から無理やり何かを要求されているところ。

 おそらく携帯のカメラで撮影していると思われる映像は撮影者の手元がブレていかにも素人が取っているとわかる。

 カメラは小鳥遊君の姿を映しているけど彼は誰かに両腕を押さえつけられていて振り解こうと体を左右に振っている。

 真ん中にいる一人の女子生徒が何かを言うとカメラはズームで彼の顔を映し出す。

 小鳥遊君が唇を動かして言葉を発しようとした瞬間——彼の携帯が鳴ると腕を掴んでいた子がポケットに手を伸ばした。

 その隙を見逃さずに掴まれた腕を引き離して教室を出ていく。

 それから映像は切れて画面は真っ暗になる。

 

「ここに映っている映像が事実なら撮影者を含めた生徒たちの厳重な処分を検討しなくてはいけません」

 そういって生徒たちを見回すと何人かも女生徒の顔が真っ青になるのがわかった。おそらく心当たりがあるのね。

 プロジェクトを遂行するのに小鳥遊勇人君は必要不可欠な存在。

 この学園の生徒は誰にもチャンスある、それにも関わらず彼の意思を尊重せずに無理矢理関係を迫るような真似は許されたことじゃないわ。

 小鳥遊君自身がしっかりと考えて選んだ相手と恋愛をしなくてはいけない。

 私はプロジェクトを美鈴さんに任されている立場、絶対に成功をさせないと。

 

「心あたりがある生徒は集会が終わった後に理事長室まで来て下さい。もしも正直に名乗り出ない場合には学園側もそれなりの対応をしなくてはいけません」

 神崎さんのその一言で全校集会は終わり生徒たちはそれぞれ教室へと戻っていく。

 モニターの電源を切ろうと立ち上がると集会場に何人かの生徒が残っていた。

「あの子たちは……」

 そうだ僕は彼女たちを知っている。あの時のグループの中にいた子達だ。

 リーダー格の女の子は真っ青な表情をしていて周りにいる子達も不安げに何かを話している。

 この間の事を思い出したら怖くなってきた。この学園に通う女子生徒みんながああいう風になったら僕はどうするんだろう? 

 結局この日は授業にも集中できないで放課後になると逃げるように男子寮で残りの時間を過ごした。



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13.「君の事が知りたいと思うんだ」

「もう朝なのか」

 いつものように目が醒めるとノロノロとベットから出て少し体を動かす。

 子どもの頃からメイドさん達に厳しく躾けられていたから規則正しい生活サイクルが身についているんだ。

 携帯を開くと相倉さんからLIMEにメッセージが届いていたから返事を書いておいた。

 僕が書いたメッセージが女子寮にいる彼女に届いていると思う。

 誰かとこういう風にやり取りする事に充実感を得ている。

 昨日の出来事を思い出すと学校に行くのが億劫になるけど何とか頑張ろうと「よし!」って気合いを入れて寮の部屋を出た。

 

 登校時間にはまだ余裕がある。僕は中庭をゆっくりと歩いて校舎の方へ向かう。

 この学園に入学してから慌ただしい毎日を過ごしている。

 初日に話しかけてきた小阪さん、僕はまだ彼女に苦手意識がある…………。

 クラスは別だけど初めて友達になった相倉さん。

 お昼に一緒にお弁当を食べた事、初めて家族以外の人と連絡先を交換した事。

 そういえば同じクラスの御崎さんとも話をしたんだっけ。

 中学の頃は友達がいなかった僕が短い時間で仲良くなれそうな人を見つけるなんてね。

 御崎さんとも連絡先の交換をしたいけれど教えてくれるかな? 

 

 でも、彼女達はきっと“ハーレム・プロジェクト”の為に僕と親しくなりたいだけなんだろうな。

 学園に通う女子みんなにチャンスがあるわけだから必死にもなる。

 最終的に選ぶのは自分だけど本当に恋愛関係になれるような子に出会えるのかな? 

 

 教室に入ると一斉に視線を向けられる。

 最初入学した時とは随分変わったなと思う。

 授業の休み時間にクラスの女子から話しかけられる機会も増えてきた。

 話してみると良い子ばかりだと言う事はわかるのだけれど、どうしても彼女達が何を考えているのか探るような態度を取ってしまう。

 僕自身しっかりと向き合っていかなくちゃいけない。

 

「おはよう」

 隣に座っている御崎さんに挨拶をすると——

「——おはよう」

 今日も挨拶を返してくれた、最初に彼女に声をかけた時は無視されていたからその時と比べると今はちゃんと僕の事を認識してくれているんじゃないかな。

 

「御崎さんに後で話があるだけど時間あるかな?」

「話? 一体なによ」

 疑うような視線向けられても僕は怯むことなく話を続けた。

「放課後、時間あるならちょっとだけ付き合ってほしいんだけど」

「何か企んでる?」

 企むなんて酷いなあ…………。

 僕はただ、御崎さんと連絡先を交換したいだけなのに。

 彼女は特に予定は無いみたいで放課後、僕の話を聞いてくれる約束をした。

 これから授業が始まるというのに僕はその時が待ち遠しくて仕方が無かった。



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14.「Lunch Break and Tomoka」

 午前中の授業も問題なく進む。

 先生に当てられても緊張することなくやれた。

 終わって自分の席に戻るまでの間、やはり女子達から視線集めてしまう。

 こればっかりはまだ慣れないや。

 僕は照れ臭くなってちょっと俯きかげんになって歩く。

 顔を上げると御崎さんと目があった。

 僕は彼女に自然な笑顔を向けたらなんか物凄い顔で睨まれた。

 僕が席に座ってもまだ何か気にしているようにこっちを見てくる。

 人から見られるのに慣れていない僕は気づいていないフリをして授業に集中した。

 

 お昼前に相倉さんからLIMEメッセージが届く。

『近いうちにまた一緒にお昼ご飯を食べようね』という内容だった。

 僕はすぐに返事をしてスマホをカバン中にしまい込んだ。

 今日は一人でご飯を食べることにしよう。

 財布の中から小銭を数枚取り出してそのままポケットへ——この時間だと学食は混んでいるだろうしどこか落ち着いて食べれる場所があればいいんだけど。

 なんてあれこれ悩んでいるうちに時間は過ぎていく、お昼ご飯を食べる事を飽きられかけていた時、「ちょっといい?」隣の御崎さんに声をかけれた。僕は彼女の方へ顔を向ける。

 

「御崎さん。どうしたの? 僕、これからお昼食べようと思ってたんだけど」

 僕がそう言うと御崎さんはキョロキョロと辺りを見渡した。

「今日は一人で食べるんだ」

「うん。そのつもりだよ」

 彼女の視線は廊下の方へと向けられている。

「あの子、来ないんだ?」

「もしかして相倉さんの事かな? 今日は行けないってさっきLIMEにメッセージが来たんだ」

「ふーん」

 御崎さんの方こそ今日も一人でご飯を食べるのかな? 

 僕が転入してから彼女が誰かとお昼休みを過ごしているところを見た事がない。

 まあ、単に僕が知らないだけかもしれないけれど。

「今日は教室で食べようと思ってるんだけどまだ何も用意していないんだ」

 僕は手ぶらな事をアピールする。

 これから何か買いに行こうとしてたところで御崎さんに話しかけられたからね。

 何か用があって僕に声を掛けてきたんだろうから彼女が口に出すまで待つことにしたら。

「良かったらこれ食べて」

 数分間悩んだ御崎さんはカバンの中から紙袋を取り出して僕に押しつけた。

 中には菓子パンがいくつか詰められていて甘い香りが漂ってきた。

「本当にいいの?」

「別にいいわよ。それくらい」

 紙袋を受け取って自分の席に座る。

 パンはメロンパン、クロワッサンにデニッシュ、クリームパンが二個ずつ入ってる。

 サイズが小さいから一人でも食べる分にはちょっと物足りない感じもするけど…………

 せっかく御崎さんに貰ったんだから贅沢は言ってられない。

「ああ、そうだ」

 僕は良いことを思いついて自分の机を御崎さんの机にくっつけた。

「ちょっと! 何してるのよ」

「いいじゃない。こうやって机をくっつけて一緒に食べようよ!」

 前はクラスの子達に誘われて初めて体験したけど今日は自分からやってみよう。

「もう! 強引じゃん」

 なんて文句は言うけど嫌じゃないみたいだ。

 本当に嫌ならもっと拒絶するだろうし。

 教室の一角でお互いに机をくっつけて向き合う形で食事を取る。

 ちょっと他の子達からの視線が気になるけど、まあいいか。

 なんだか照れくさいけどこういうのも悪くない気がする。

 恥ずかしそうにする御崎さん様子を見ながら僕はささやかな昼休みを過ごした。



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15.「登録No.2御崎さん」

 午後は何もなくいつも通りの時間が過ぎて行った。

 ホームルームで香月先生から女子達に注意する連絡があった、この間僕の身に起こった出来事は学園中には知られているようだ。

 どうやらこのクラスにも心当たりがある生徒がいるみたいで何人かの子は自分達のやった事の重大さがわかって反省してるってところかな。

 無理矢理自分を結婚相手に選ばせるなんていう行為は許される事じゃない。

 第一にそれで結婚したとしてもうまくいく保証なんてどこにもないんだから。

 僕に選ぶ権利があるけれど、彼女達の気持ちを考えないで恋人になることなんてできない。

 放課後、それぞれが自分達の時間を迎えて活動を始める。

 僕は帰る支度をする前に隣に座っているクラスメートに声をかけた。

「御崎さん、今話せるかな?」

 連絡先を教えてもらうだけなのになんだか緊張する…………。

「何?」

「ああ、いや、その…………」

 自分から用があると言っておきながら口ごもってしまうのは本当に情けない。

 女の子と話すのは慣れてきたと思ってたんだけどなあ。

 なかなか言い出し切れない僕を御崎さんがじっと見てくる。

 一旦深呼吸して落ち着いてから意を決して言葉を発する。

「あのさ、僕は御崎さんと仲良くなりたいと思っているんだ。だから、良かったら連絡先を教えてくれないかな?」

 変に気取ることの無いように僕の素直な気持ちを彼女に伝えてみた。

「…………いいよ」

 そう言うまでに少しだけ間があって不安になったけど、御崎さんは嫌とは言わなかった。

「今携帯出すから」

 カバンにしまっている携帯を取り出して画面をタッチする。

「あたし、携帯に友達の番号登録するの初めてなんだ」

「えっ…………そうなんだ」

「なによ、悪い?」

「いや、別に悪くはないけど…………。僕も最近まではそうだったし、親以外だとお手伝いのメイドさんくらいしか連絡取ってなかったから」

 なんてちょっと自分の事を話してみたけど御崎さんには興味のないことかもしれない。

 僕はスマホのロック画面の解除をしてアドレス帳を開いた。

「御崎さんはLIMEってやってる? 僕は最近やるようになったんだ。良かったらそっちの方も教えておくよ」

「アプリはダウンロードしてるけど使ったことない」

「そうなんだ、メッセージのやりとりとかできて色々便利だよーって言っても僕も使い方は最近覚えたばかりなんだけどね」

 御崎さんのLIMEを登録する——今のところは相倉さんと彼女の二人だけしかいない僕の“友達”ページ。

「あのさ、登録したのはいいんだけど、知り合いかも知れないってとこにあの子の名前出てくるんだけど」

「もしかして相倉さんのことかな? あの子が一番最初に登録した相手なんだ」

「あの子と仲良さそうだもんね。いつもお昼にわざわざうちのクラスまで小鳥遊君を迎えに来てるし」

「一緒にお昼ご飯を食べてる約束した時だけだよ。それに今日は相倉さんから朝にLIMEにメッセージがあったから一人でご飯食べようと思ってたわけだしね」

「そうだったんだ」

 僕達はお互いの連絡先を交換し終えた。

 家族以外で登録された二人目のひと、嬉しくてずっと携帯の画面から目を離せなかった。

 

「あたし、LIMEとかメールはあまり使わないからメッセージ来ても返事遅くなっちゃうかもしれないから」

「大丈夫だよ。返事ができるときにしてくれたからいいから」

「ありがとう。そうするね」

「それじゃあ、これからどうする? 僕は寮に戻るつもりだけど」

「あたしも、女子寮の部屋に帰るわ。今日も疲れたから早く休みたいし」

「うん、わかった。ちゃんと寮まで送るよ」

 荷物をまとめて教室の鍵を職員室に返した後、御崎さんを女子寮まで送った、帰る途中は特に会話をしなかったけどそれでもいいんだ。

 男子寮に戻って制服から私服に着替えていると携帯が鳴る——僕はすぐにスマホを確認するとLIMEにメッセージが届いていた。

 

『さっきは寮まで送ってくれてありがとう。本当は寮に戻る前に言うべきだったんだけどタイミング逃しちゃって言えなかったの、今は部屋に戻ってゆっくりしてるんだけど、小鳥遊君にお礼を言わなきゃと思ってメッセージしてます。あたし、こうやってやりとりするの初めてだからまだ慣れなくてメッセージちゃんと届いてる?』

 

 文章を読み終えて返信するためにキーボードを表示する。

 慣れない彼女が一生懸命にメッセージをしているシーンが思い浮かんでくるなあ。

 僕はすぐに『どういたしまして、メッセージはちゃんと届いているよ。これからよろしくね』と返事をしてから着替えて脱いだままの制服を仕舞ってベッドに寝転んだ。

 さっき届いたメッセージを何度も読み返しながらその日はいつもより遅い時間に眠りについた。

 

 

 *Tomoka point of view*

 

『どういたしまして、メッセージちゃんと届いているよ。これからよろしくね』

 

 小鳥遊君からの返事はかなり早くあたしの元へ届いた。

 誰かとこうやってやりとりする事に慣れていなかったあたしはそのメッセージに返信をしようかなと考える。

 だけど、彼はできる時に返事をすればいいと言ってくれたし今日はまだ初日だからあまりメッセージ送ったらしつこい女の子だと思われちゃうかもしれない。

 仲がいい男友達なんて今まで一人もいなかった、男なんてって思う事があったけど、彼はあたしと仲良くなりたいと言ってくれた。

 学園に通う女の子全員に小鳥遊君の恋人になるチャンスがある。

 Fクラスの相倉さんみたいに積極的な子もいるかもしれない。

 自分が恋愛をしてるとこなんてイメージ湧かない。

 今のままのあたしなら小鳥遊君は恋人に選んでくれない。

 他の子みたいにやれる自信もない、第一に彼がどういうひとなのかも知らないわけだし。

 けど、学園に通っている間は何もしないのは選べない。

 理事長はあたし達の意思を尊重するって言っていた。

 小鳥遊君と恋愛関係になりたくない子は別の学校へ転校する事だってできる。

 将来のことなんて今はっきりしてるわけじゃないけど選択肢があるだけあたしらは恵まれているのかもしれない。

 これから彼と仲良くなっていけば変わっていくことができるのかな? あたしにも自分のやりたいことが見つかるのかな?



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16.「静かに過ぎていく学園生活」

 スマホに登録された二人の女の子の名前。

 それだけで僕の携帯は華やかになったんじゃないかと思う。

 彼女達からLIMEメッセージが届く度に嬉しく感じる。

 今朝は相倉さんからお昼を一緒に食べようとっていうチャットが飛んで来たから僕はすぐに返事をする。

 そんな細やかなやりとりを楽しみになるようになった。

 そう言えば御崎さんはお昼はどうするんだろう? 

 僕はついこの間知り合いになったクラスメイトの事が気になっていた。

 彼女が嫌じゃないのなら一緒にお昼ご飯を食べたいと思うんだ。

 スマホを操作して御崎さんにメッセージを送ってみた。

 返事は出来る時にしてくれればいいとは言ったけれど、いつ返信が来るのかな? って考えるとどうにも落ち着かない。

 ささっと制服に着替えを済ませてスポーツバッグを手に持って部屋を出た。

 結局、朝のうちは御崎さんからの返事は無かった。

 

 自分の席に着いて隣を見ると御崎さんの席は空いていた、彼女が僕よりも遅い事があるんだなあ。

 チャイムが鳴って香月先生がホームルームを始める。

「それでは出席を取ります」

 クラスメイト達は出席番号順に名前を呼ばれていく。僕は自分の番が来るまで窓の外をぼんやりと眺めていた。

「御崎さんは体調が優れないため今日はお休みしますと連絡がありました」

 香月先生に御崎さんが今日は休みだということを知らされる。

 そうか、体調が悪かったから今朝LIMEに返信が無かったのか。

 大丈夫かな? ちょっと心配だなあ。

 あれ? 僕は彼女の事を心配してる? 

 他人の事を気にかけるなんて前までの僕なら絶対にあり得ない。

 隣の席が空いているだけなのに今日はやけに寂しい気持ちになるなあ。

 

 昼休みになると相倉さんから待ち合わせ場所についてメッセージが届く。

 どこか静かな場所でお昼が食べたいとの事だった。

 どこか良い場所があるといいんだけど…………。

 思いつかないや。

 メッセージのやり取りを続けながら御崎さんの事が気になった。

 昼休みの間、彼女の様子を見に行きたいと思っていた。

 だけど、相倉さんにお昼を誘われた訳だしその約束を破る無碍にはできない。

 場所は決まらずに相倉さんと校内で落ち合う。

「お待たせ! 時間かかっちゃってごめんね」

「いや、大丈夫だよ」

 二人分のお弁当を手に僕らはどこが良い場所はないものかと校内をウロウロする。

「なかなか落ち着ける場所ないねー」

「そうだね」

 せっかく彼女が話しかけてくれたのに事務的な反応しか返せない…………。

「小鳥遊君、どうかしたの?」

「ああいや、何でも無いよ。早く食べないと昼休み終わっちゃうね」

「何か気になることでもあるの? 小鳥遊君さっきかどこか上の空だし」

 相倉さんはいつもと違う僕の様子にすぐに気がついた。

「クラスの子が体調悪くて休んでるんだけどその子の事が気になってるんだ」

 僕は正直に自分の考えを伝えてみる、こういう時は下手に嘘をつくと相手に余計に不審に思われてしまうから。

「そうだったんだ、その子とは仲良いの?」

「まだあんまりかな。最近友達になったばかりだし」

「そうなんだ。気になるなら放課後お見舞いに行ってみたら良いんじゃない?」

「そうだね、そうしてみるよ」

「とりあえず今はお弁当食べれる場所見つけないとね!」

「それならあそこなんてどうかな?」

 朝早く学校に向かう前に見つけた場所に相倉さんを案内する。

 男子寮の近くにある綺麗に整備された庭——手入れは行き届いていて鮮やかな緑が眩しいくらい。

「すっごーい! こんな場所あったんだ」

 相倉さんは目を輝かせて広い庭に喜ぶ。

 そんな様子に僕もすごく嬉しい気持ちになる。

 僕らのお昼ご飯はこの場所に決まった。

 相倉さんはスカーフを広げてその上に座る、僕はと言うとそのまま地面に直に腰を下ろした。

「それじゃあ食べよっか?」

 二人で同じお弁当を広げて楽しいランチタイムは始まった。

 相倉さんの料理はどれも美味しくて僕は食べる度に絶賛してしまう。

 僕が褒めすぎたせいか彼女ちょっと恥ずかしいそうにしていた。

 僕らの静かなお昼休みはいつもよりゆっくりと過ぎていった。

 よっぽどあの場所を気に入ったのか次にお昼を食べる時は絶対あそこで食べようと約束した。

 午後からの授業をしっかりとこなして放課後にみんなそれぞれの時間があるんだろうけど僕は用事があるんだ。

 ホームルームも終わって帰り仕度を整えてから教室を飛び出した。

 女子寮に行くのはなんだか緊張するなあ。

 いきなり行ったら御崎さんが驚くかもしれないからLIMEを送った方が良いのかな? 

 お見舞いには何か持って行った方が良さそうだ。

 一旦男子寮の自分部屋に戻ってまだ新しいフルーツを紙袋に詰め込んで女子寮に向かった。



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17.「御崎さんのお見舞いに行こう」

 *Tomoka point of view*

 

 今日は何だか体が重い…………。ベッドから起きるのさえもダルくなっちゃう。

「……着替えないと」

 制服に着替えようと思って衣装ケースに手を伸ばす。

 学園の生徒の部屋には服を仕舞える衣装ケースが備え付けられている。

 一応申請すれば取り外しも可能みたいなんだけど結構便利で今まで衣装ケースを撤去したなんていう話は聞いた方がない。

「もしかして風邪引いたのかな?」

 ここ最近はあまり眠れてなかったし、まだ学園での生活に不安を感じてるのかも……。

 体温計で熱を測っている間、枕元に置いてあるスマホに目がいく。

「小鳥遊君」

 あたしは初めて連絡先を教えてもらったクラスメイトの事が気になっていた。

 LIMEなんて今まで使って来なかったからメッセージを送るのにも苦戦しちゃう。

 彼への返信を数分悩んで送信する前におかしなところがないか確認する。

 家族以外の人とやり取りするなんて絶対にあり得ない事だと思ってた。

 

「三十七度六分か〜結構あるなぁ」

 熱を計り終えると一気にだる気が襲ってくる。

 ヤバイ……。今日は本当にキツイ。

 流石にこの体調で登校するのはやめておこう。

 あたしはスマホから学園へ電話してお休みする事を伝えた。

「熱冷ましあったかな?」

 何かあった時の為にお薬は準備しているんだけど、たまたま熱冷ましがなかったから市販の風邪薬を飲んで休むことにした。

 今日はゆっくり休もう。

 もう一度ベッドに入って静かに目を閉じた。

 

「………………」

「…………」

「……」

「ん、今何時?」

 スマホで時間を確認——十五時過ぎ、もう帰りのホームルームが終わる頃かな。

 結局今日は夕方まで寝てたみたい。

 早く良くならなくちゃ、勉強みんなに遅れをとるわけにはいかないし。

 ベッドから体を起こしてクッションに座る。

 休んだ人には後でクラスの子が連絡の為に尋ねて来る事になってる。

 あたしは眠気を覚ますために頭をプルプルと横に振る。

 ていうか今の自分はかなりだらしない格好をしている。

 こんなところを誰かに見られると恥ずかしい…………。

 なんていう事を考えているとドアのノックされた音に気がつく。

「はーい、今開けます」

 軽く服装を整えてドアの前へ——ふーっと深呼吸してから鍵を開けた。

 

「女子寮に来るなんて緊張するなあ」

 僕は誰にも見つからない事を祈りながら廊下を歩いている。

 今日は御崎さんが休んでいたから放課後彼女の様子を見に行こうと思っていた。

 香月先生に事情を話して御崎さんの部屋の場所を教えてもらった。

 流石は学園の全生徒が使っているだけあって女子寮はものすごく広い。

 コソコソと辺りを伺いながら御崎さんの部屋の前まで移動する。

 手に持っている紙袋にはお見舞いの為に用意したフルーツがいくつか入ってる。

 もちろん果物ナイフも忘れてない。

 あとはゼリーとか簡単に食べられそうなお菓子を持ってきた。

「三三二号室、ここだな」

 教えてもらった部屋番号のメモと見比べてみる。

 僕は趣のあるドアの扉を軽くノックした。

 

「あれ? 小鳥遊君? なんであたしの部屋に?」

「いや、今日御崎さん休んでたから気になってきてみたんだ。迷惑だったかな?」

「そんな事ないわよ。ここじゃなんだしとりあえず入って」

 僕は彼女の部屋に招き入れられる、そういえばこうやって女の子の部屋に入るなんて今まで一度も経験したことないや。

「座っていいよ」

「お邪魔します」

 御崎さんはさっとクッションを準備してくれた、僕はその上に座る。

「それで、具合はどう?」

「朝よりは楽になったかな、明日はちゃんと学校へ行けるわ」

「そう、それなら良かったよ。あーこれ無駄になっちゃったかなあ」

「何か持ってきてくれたの?」

「うん、フルーツとお菓子をちょっとね。いらないなら持って帰るよ」

「小鳥遊君がせっかく持ってきてくれたんだからちゃんといただきます」

 御崎さんは僕から紙袋を受け取ると一旦テーブルの横に置く。

 彼女の部屋は綺麗に整頓されていて無駄なものは少ない。

「朝LIMEにメッセージ送ったんだけど返事なくてちょっと気になってたんだ」

「えっ…………嘘」

 彼女は慌てて自分のスマホを取ってLIMEのメッセージを確認する。

「ごめん。メッセージ送ってくれたのに今まで気づかなかった…………」

「体調悪かったんだから仕方ないよ。僕も返信はできる時にしてくれたらいいって言ったしね」

 御崎さんの顔がちょっと赤い、熱がまだ下がってないのかな? 

 あまり長居しちゃ彼女に迷惑かけるだろうからそろそろお暇させてもらおう。

 顔を見れただけでも良かったからね。

「それじゃあ僕は帰るね」

「もう帰っちゃうの? もう少しいてくれてもいいよ?」

「御崎さん顔赤いよ? まだ熱があるんじゃないかな。それなら無理はしちゃダメだよ」

「えっ! こ、これはー。顔が赤いのはその……」

 そこまで言うと彼女は俯いてしまう。熱が上がっちゃったら大変だから。

「本当に今はそんなに辛くないんだってば!」

「駄目だよ。まだ顔が赤い。もしかしたら熱が上がってるかもしれないから」

 我ながらかなり大胆な事をしてるんじゃないかと思う? 

「わかった、ちゃんと休むから。ねえ、もう少しだけお話ししよ?」

 熱が出てるせいか御崎さんは子どもみたいに甘えてくる。

 普段見せない態度に驚いたけれど、彼女が僕を必要としてくれるのならそれに応えたい。

 僕は「少しだけなら」と返事をして彼女の脇に座った。

 御崎さんは頭を横にして僕の肩に乗せてきた。

 彼女のその仕草にドキりとしたけど何とか心を平静に保たないと。

 

「ちょっと熱いねーあはは、なんでだろう」

 耳まで真っ赤にして僕に優しい笑顔を向けてくれた。

「まだ熱が下がってないのかもね」

 なんていう細やかな会話をしていると御崎さんはいつの間か眠っていた。

 そのままにはしておけず僕は抱き抱えてベッドに寝かせる。

 このまま寝顔をずっと眺めていたいなんて邪な考えが思い浮かぶ。

 御崎さんの静かな寝息が聞こえる、僕は彼女を起こさないようにメモを残してそっと部屋を出る。

「……早く元気になってね」

 そう呟いてみたけど多分聞こえてないだろう。

 用が終わった僕は他の人に見つからないように男子寮へ戻った。



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18.「周りの変化」

 女子ばかりの学園に勇人が入学してから周りは少しずつだけど変化していった。

 中にはまだまだ男性に対していいイメージを持っていない生徒も多い。

 理事長の神崎さんは無理に学園に残る事を進めてはいない。

 嫌なら他の学校に転学するという選択肢もある、選ぶのは彼女たち自身。

 由緒ある家柄に生まれ、将来を約束されている女性達は更に自分を高める為に学園に通うことに意味があった。

 

 小阪亜理紗はまだ悩んでいた。

 亜理紗はずっと母親に憧れを持っていていつか同じ場所に立ってみたいとずっと思ってた、恋麗女子学園に入学したのも母に近づきたいという亜理紗自身の願いでもあった。

 亜理紗の父は婿養子で家での立場は弱かった。

 昔から頼りない父の姿を見ていたからか、男性に対していいイメージは抱けなかった。

 女子ばかりの学園で華やかな学生生活を送れるはずだった。

 

 小鳥遊勇人はある一件なら学園中の女子の注目の的になっていた。

 “ハーレム・プロジェクト”(正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)

 勇人が学園に通う三年間、学園にいる女子全員に恋人になるチャンスがある事、亜理紗達はその為に学園に通わなければいけない事、勇人に選んで貰えない子は平凡な日常を過ご過ごすしかないという。

 理事長の神崎の言葉を今だに信じれないでいたけれど、あの全校集会以降ちょっとずつだけど周りは変化していった。

 

 あまりおしゃれに気を遣っていなかった女の子達は自分をどういう風に見せるのかを考えてた、容姿に自信がある子はより一層美しさに磨きをかける。

 クラスの中ではそういった話題が中心になって仲の良いグループはお互いに色々と情報を交換していた。

 亜理紗は周りから見るとすごく恵まれたスタイルをしていた。

 B94、W59、H92の完璧なプロポーション、他に男子がいたら間違いなく魅了されていたと思う。

 亜理紗にスタイル維持の秘訣を聞きに来る子だっていた、そんな状況にうんざりすることも無く聞かれた事にしっかりと答えてあげる亜理紗の真面目さは同じクラスの子からも評判がいい。

 学園の雰囲気は今のところギスギスとした感じは見られない、勇人は最近Fクラスの相倉麻奈実や同じクラスの御崎智佳と仲よさそうにしている所がちょくちょく目撃情報としてあがっていた。

 積極的にアピール出来る子はいいんだろうけど、それが出来ない子もいる。

 亜理沙は自分は恋愛に興味ないと言って離れた場所から今の状況を眺めていた。

 

 残された時間は三年間もあると思っているけれど、自分がどうなりたいかを早めに決めないといけない。

 学園に残るべきか、それとも違う学校に転校するのか、それぞれの選択しないといけない時間が迫っていた。



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19.「自分の必要とされる理由」

「熱はまだあるかな?」

 体温計で熱を測る智佳、昨日の事はぼんやりとしか思い出せない。

 女子寮の自分の部屋に勇人が来てくれた事、起きたらベッドに寝ていた事、最初はその理由がわからなかったけれど、冷静になって考えたら顔から火が出るほど恥ずかしい…………。

 そっと置かれていたメモには二枚ある。メモの一枚目には今日の授業内容と必要な道具、学園からの連絡事項が書き込まれている。

 もう一枚目には「早く元気になってね」とだけ書かれている。

 智佳は勇人が部屋に持ってきたフルーツとお菓子に目が行く、誰かにお見舞いに来てもらったのなんていつ頃だろう? 

 お母さんはいつも仕事が忙しくて私が体調悪くなっても家に帰ってくる事なんてなかった。

 あたしには病気になった時に看病をしてくれる人なんていなかったから。

 

 勇人に昨日のお礼を言う為にLIMEアプリを起動する、直接言うのがいいんだろうけどなんか照れくさい。

 どんなメッセージを送るのか悩んだあげくシンプルに『昨日はありがとう』と書いて送信した。

 すぐに勇人から返事が来る、まだ智佳の事を心配しているようだった。

 学園で会えたら改めてお礼を言わなくちゃね。

 熱で辛かったあたしにとって小鳥遊君が来てくれたのは本当にありがたかった。

 学園では隣の席で、最近はよく話すようにもなった、男友達なんて今までいたことがないからなんだか新鮮。

 でも、それだけなの? あたしは小鳥遊勇人君の事をどう思ってるんだろう? 

 何度考えても答えはわからない。今楽しいからそれでいいのかも、フルーツの入れてある紙袋から苺を数粒口の中に入れて部屋を出る。

 

 

 *

 

「御崎さんが元気になってよかった」

 たった今自分の元へ届いたLIMEメッセージを読み終えてスマホをポケットに入れた。

 誰かのお見舞いに行くなんてことは僕も今まで経験が無かったらから緊張した、ましてや相手が女の子なんだから尚更だ。

 まっさらだった僕のスマホには女の子の連絡先が登録されている、これからもっと増えるんだろうか? 

 学園で迎える朝は悪くないと思えてきた、早く起きた日は校内を歩いて朝の風を感じる。

 御崎さんとは最初の頃と比べたら仲良くなれた気がする、なんて僕がそう思っていても彼女がどう考えてるのかはわからない。

 “ハーレム・プロジェクト”を成功させるにはもっとたくさんの女の子と関わっていかなくちゃいけない。

 だけど、僕は未だに自分から積極的に異性にアプローチをかけたことがない、それはわかってはいるんだけどなかなか難しい……。

 彼女達の将来も背負っているわけだからいい加減な気持ちで恋愛はできない、僕の事を好きだと思ってくれる子がもしもいたのなら——彼女達に必要とされる存在にならないと、卒業する時に学園生活が楽しかったと振り返れるように。

 それが僕がこれからやらないとならない事。

 プロジェクトの現在の進捗度も含めて母さんに中間報告をしないといけない、僕があの学園に通う意味をもう一度考えてみよう。

 相倉さんからLIMEメッセージが届く——今日のお昼を一緒に食べようという内容だった。

 僕は返事を返してから学園に向かう、一体どんな一日が待っているんだろう、楽しみだな。

 この時、勇人はこれからまた新しい出会いが訪れるのを知らなかった。

 

 

 *Someone's point of view*

 

「小鳥遊勇人。実に面白い存在だね」

 理事長から聞かされたとある計画——“ハーレム・プロジェクト”(正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)が行われている。

 学園に通う一人の男子生徒【小鳥遊勇人】彼がプロジェクトの中枢を担ってれ。

 私はモニターに映っているアプリケーションを操作しながら彼の情報を入手する為に学園のサーバにアクセスした。

 だけど彼の情報はトップシークレットみたいでいくらアクセスしてもプロテクトがかかっていて見ることができない。

「直接会うしか無さそうだ」

 コーヒーを啜りながら作業を続ける。“ハーレム・プロジェクト”が遂行されている意味を私は知りたい。

 女子校にたった一人だけいる男子生徒に俄然興味がある。

 プロジェクトが始まって数日が経っているのだけどその間学園の生徒たちには変化があった。

 まずは女子生徒たちみんなが外見を気にし始めた、元々あまり派手なメイクをする子は限られていたけど、今ではほとんどの女の子が自分をよく見せそうと努力している。

 積極的に小鳥遊君に話しかける子もいるみたいだけどそれができない人もいる、男性に対して免疫がない生徒ばかりだから、中には一部彼の事を快く思っていないグループもあるみたいね。

 三年間しかない学園生活を平凡に過ごすのか? それとも……。

 上級生にはあまり時間は残されていない、卒業までの間に小鳥遊君と恋人関係にならなくちゃいけないのだから。

 

 名門な家柄のお嬢様が多く通うこの学園で誇れるものを残せるかどうか。

 ちょっと調べたらわかったんだけど上級生はかなりギスギスとした関係みたい。

 元々プライドが高い人ばかりが多くて自分の家と他人の家を比較して周りの人間を貶めていたけれど、プロジェクトが始まって全校生徒にチャンスがあること、たとえ家柄が優れていたとしても小鳥遊君に選んでもらえないのなら学園にいる意味も無くなる。

 今まで他人を見下してきた子らには焦りの表情が見えた、逆に今までそんな彼女達に嫌味を言われていた子たちはやる気になっていた。

 どこの名家の娘であろうと関係ないのだから、小鳥遊勇人に恋人に選ばれたら将来は約束されたものになる。

 彼が気づかない場所で女子達の戦いは始まっていた。

 

 こんな私でも唯一覗けない場所があった——それは男子寮、一応理事長からは学園のセキリュティ管理を任されている、学園に設置されている監視カメラの映像を検証したり、不審者が侵入していないか調べたり学園のサーバがハッキングされないようにソフトをインストールしたりやる事はたくさんある。

 私は一日中この部屋にいる、幸いトイレやお風呂も設置されていて生活するのは困らない。理事長が特別に作らせた部屋でここの鍵の管理も私がしている。

 女子生徒である私がこの作業をやっているのも外部から人を入れたら映像を悪用される可能性があるから。

 入学前に私のスキルを理事長に見せるとこの役目を任された、授業を受けることができないんだけど特別な試験を受ける事で進級できる。

 普通に授業を受けている子たちじゃ絶対にわからないような内容の問題がズラリと並ぶ。

 食べ物や作業に必要なものは学園側が用意してくれる、元々あまり人前に出るのが好きじゃない私には今のこの空間は居心地がいい。

 映像の管理を任されているから女子生徒達のうふふな映像だって手に入れようと思えばすぐにやれる。

 まあ、私はそんなものに興味はないんだけどねー。

 閑話休題。

 男子寮は学園の一部セキリュティシステムが適用されていない、と言っても監視カメラでの映像解析ができないだけなんだよね。

 だから私が男子寮で何が起こっているのかを知る術はない。

 男子寮の場所は知らない生徒がほとんどだから何か問題が起こるとは思えない、もちろん小鳥遊君が女子寮に行って騒ぎになる場合もある。

 けれど、この学園の女子は自分の部屋から出ることがあまりないからトラブルが起こる可能性は低い。

 

 問題が起こらないようにするのが私の仕事なんだけどね。ちょっとだけ眠ろうと思って横になる。

 理事長が用意してくれたシングルベッドに倒れこんで仮眠をとる。

 ここ最近は割と忙しくて睡眠時間がかなり削れていた、そろそろちゃんと寝ないと体に支障をきたすかもしれない。

 何かあった時は自動的にわかるようになっているから大丈夫。

 目を閉じるとあっという間に眠りにつけた。



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20.「興味の対象」

「おはよう」

 クラスメイトに挨拶をして自分の席に座る。隣を見るとまだ御崎さんは来てないみたいだった。

 今朝LIMEのやり取りをしたから彼女の事は心配にならない、学園で過ごす一日一日を無駄にはできない。

 前を向くとまだ名前も知らない女の子と目があった、その子は僕と目が合うとウィンクをしてくれた。

 転入初日と比較すると随分と周りの人の僕に対する態度が変わったなと感じる。

 御崎さんは香月先生が教室に入って来るほんの少し前に登校してきた。

 らしくなくそわそわとしてる彼女の様子にくすりと笑って今日の学園での一日の始まりを知らせるチャイムの音を聞いた。

 

 国語の授業では難しい漢字の並ぶ小説の内容を勉強した、御崎さんは必死に授業についていこうとノートと格闘していた。

 こうやって椅子に座って一時間近い時間じっとしている事には慣れたけど授業が終わってからの休憩時間には立ち上がって体を動かす。

 僕はデスクワークには向いていない気がする。

 軽く伸びをして椅子にすとんと腰を下ろした。

 

「ねえ、今話せる?」

「え、何かな?」

 御崎さんに話しかけられた僕は椅子を引いて体を彼女の方へと向けた。

 

「あのさ……。昨日の事なんだけど」

「……うん」

 御崎さんが次に何かを言うまでの沈黙が続く——教室は騒がしくて僕らの会話の内容なんて掻き消されてしまいそうだ。

 

「LIMEでもメッセージ送ったけど、昨日はありがとう」

「良いよ、僕も御崎さんの事心配だったから」

 昨日学園を休んだ彼女のお見舞いに行った事のお礼を言われた。

 眠ってしまった御崎さんをベッドに運んでからは部屋を出たからずっと看病していたわけじゃない。

 だけど、ああいう事は今まで一度も経験無かった。ましてや女子の部屋に入るのにはすごく緊張した。

 

「元気になって良かったよ」

 せっかくの会話なのに事務的な対応しか出来ない。コミュケーション能力をもっと高めないといけないな。

 話している最中の御崎さんの顔がちょっと赤い事が気になるけれど……。

 今日は彼女と細やかな会話を楽しめた。

 

「相倉さんはもう来てるだろうか?」

 昼休みになる前にLIMEにメッセージが届く、今日のお昼はこの間、僕が見つけた特別な場所——男子寮の近くにある綺麗に整備されたあの庭。

 相倉さんが気に入ってくれたスポットでもある。

 財布だけを持ち出して教室を出る準備をする——その前に御崎さんに声をかけた。

 

「御崎さん、良かったらこれから一緒にお昼どうかな?」

「……えっ?」

 彼女は僕が何を言っているのかわからないみたいな顔をした。

 

「もしかしてもう誰かと約束しちゃったかな?」

「ううん! そうじゃないんだけどー」

 御崎さんは数秒考えてから「良いよ」と返事をしてくれた。僕たちは一緒に教室を出て相倉さんとの待ち合わせ場所に向かった。

 

「…………」

「……」

 廊下を歩く僕らに会話はない、御崎さんは何か言いたそうにしてたけど無理に聞き出す気はない。

 

「こっちって通って大丈夫なの?」

「平気だよ。もう少ししたら着くから」

 御崎さんら僕の後を不安げに着いてくる。あの場所をこの子も気に入ってくれたらいいな。

 

「わー! すごい! こんな所があったんだ」

 子どもみたいにはしゃいでいる御崎さんを他所に僕は辺りをキョロキョロと見回して相倉さんの姿を探した。

 

「あ! 小鳥遊君こっちだよ〜」

 ちょっと大きめな風呂敷を手に持っている相倉さんがこっちに手を振る。

 僕はその方向に歩いていく——御崎さんは少し遅れてついてくる。

 

「うふふ、やっぱりここは素敵だよね」

 はにかむ彼女に僕も微笑みを返してもう敷かれているレジャーシートの上に座った。

 暖かな春風が心地よい、この前昼寝しちゃいそうだ。

 

「今日は力入れて作ってきたから期待してね〜」

 風呂敷を広げてお弁当箱を並べる——御崎さんのはキャラクターがプリントされた可愛らしいデザインでとてもいい。

 僕用はシンプル形だ。わざわざ用意してもらったのは本当に申し訳ないな。

 

「あのさ、実は今日はもう一人いるんだけど……」

「んー?」

 相倉さんは僕の後にいる御崎さんに気づいた。

 

「あたし、やっぱり教室に戻るわ、二人きりのお昼邪魔しちゃ悪いし」

「待って! 良かったらあなたも一緒にどうかな?」

 僕が御崎さんを呼び止める前に相倉さんが先に声を出した。

 

「こういうのは大勢いた方が楽しいよ?」

 御崎さんは相倉さんの言葉に観念したみたいで靴を脱いでレジャーシートに座った。

 僕らは三角に座ってお弁当箱を広げた。

 

「自己紹介がまだだったね、私は1-Fの相倉麻奈実よ、よろしくね」

「御崎智佳、クラスは1-A」

「Aクラスって事は小鳥遊君と同じクラスじゃん! 羨ましい」

「……そう?」

「そうだよ! 私なんてFクラスだからすぐに会えないもん!」

 お互いに自分のクラスの話をしている女の子達の会話に入れない僕は一人お弁当を食べていた。

 

「御崎さんは小鳥遊君とは仲いいの?」

「うっ」

 丁度食べていた卵焼きを喉に詰まらせそうになる御崎さんに相倉さんがお茶を差し出した。

 

「その反応は怪しいわねー」

「別にそんなんじゃないから!」

 全力で否定する御崎さん、そんなに必死にならなくてもいいと思うけど……。

 一瞬だけ目が合ったけど彼女の方から逸らしてしまう。

 

「まあ、仲が良くても私は気にしないけどね」

「だから違うってば!」

「私らに残された時間はこの学園にいる間の三年間時間無いんだから」

 

 “ハーレム・プロジェクト‘に設定されている期間は僕が学園を卒業するまでほ三年間、問題無く過ごせば進級できて卒業もできる。

 だけど、その期間中に僕は恋人を見つけなくちゃいけない。

 この学園に通う女子全員にそのチャンスはある——女子達はそれが嫌なら別の学校へ転入することさえできる。

 彼女たちは三年間という時間で自分の将来まで決められてしまう。

 もちろん相手を選ぶ僕の責任も重大だ、いい加減な気持ちではいられないの。

 

「最初理事長から聞いた時は私も驚いたわ、この学園には自分で選んで入学したし、その為にやれることは精一杯やってきた」

「でもね、今はそんな事は関係ない。家柄とか今までの生活とかそんなのここじゃ何の意味もないの、小鳥遊君に選んでもらえないならそれで終わりなんだから」

 相倉さんは真剣な眼差しを僕に向けて来る。

「有名企業のお嬢様だろうと普通の家で育った子だろうと同じ立場にいる。三年間でどれだけ自分をアピールできるかだよ」

 僕も御崎さんも聞き入ってしまう。

「小鳥遊君に好きになって貰えるように努力しなくちゃね!」

「あたしはまだよくわからないわ」

「それが正しい反応じゃない? いきなり言われて気持ちの整理つけるのは難しいし、だけど、違う選択肢を選ぶ事だってあると思う」

「近いうちに学園の女子全員に今後の進路のアンケートを取るみたいだからその時に別の道を選ぶ事もできる。まあ、私はこの三年間を悔いのない学園生活にするだけかな」

 

「なんかごめんね? 空気悪くしちゃって」

「そんな事無いわ。あなたの言う事すごく分かるから」

「ありがとう。それじゃ私も食べよっかな」

 

 僕たちはのどかなお昼を楽しんだ。御崎さんは相倉さんと仲良くなったみたいでLIMEを交換していた。

 相倉さんはプロジェクトに対して真剣に考えている。

 僕もこれからの事をしっかりと考えていかなくちゃいけない

 

 

 **

 

 私の方から小鳥遊勇人に接触してみるのもありか……。

 何とか手に入れた彼に関する書類を眺めながらコーヒーを啜る。昨日までの重かった思考が嘘にみたいにクリアだ。

 ”ハーレム・プロジェクト“——その中心になる男子生徒に私は惹かれていた。



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21.「天才プログラマー?藤森玲」

 〈私はどうやら世間では天才なんて呼ばれているようだ〉

 そんなふうに思われる謂れはないんだけどなぁ、全く世の中っていうのは本当にままならないものだ。

 理事長から学園のセキュリティ管理を任されてはいるけどここ最近寝不足気味なのはよくない……。

 カフェインを常に摂取しているせいか私は徹夜を続けても体が不調に陥るなんて事は無かった。

 人間慣れたら何でもできてしまうと改めて思うよ? 

 一日中PCのモニターと睨めっこしてるのが私の仕事、この仕事をやっていれば誰からも文句は言われないし、学園側もあまり干渉して来ない。

 食事は専らサプリメントと携帯食で済ませている、手軽に取れるのはありがたいし、作業をしながらの食事は時間を効率的に使えてるんじゃないかな? 

 さて、ここ最近は入学式やら学園の行事で忙しかった。

 もちろん一年の私も本来ならば入学式に参加しなければならないのだけれど理事長に頼んで参加しなくてもいいようにしてもらった。

 長ったらしい挨拶や長時間多くの人といなければならない空間は私にとっては苦痛なんだ。

 ここで一人で過ごしている方がよっぽど健全的だ。

 

 恋麗女子学園に入学してからの最初の仕事はとあるプロジェクトを成功させる為に力を尽くす事だ。

 そのプロジェクトっていうのはハーレム・プロジェクト(正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)

 様々な計画を立案し、それなりの権力を持っていると噂されている小鳥遊美鈴女史が最高責任者として遂行される一大プロジェクト。

 その一因を私は担っている、正直そんな大それた計画に関わっている自覚はないんだけどね、自分に与えられた責務は果たさないといけないと思う。

 プロジェクトに関する情報は理事長から貰った資料がある、だけど私は紙の資料っていうのはイマイチ好きじゃないんだ。

 データ化した方が場所も取らないしいつだって確認することができる。

 学園内の機密に関する情報の持ち出しは禁止されているし契約書を書いた時に散々説明を受けた。

 ま、はなから持ち出す気なんて更々無いんだけどね。

 私の力が必要とされているのだから精一杯やる抜くつもりさ。

 今のところ順調に進んでいる〈ハーレム・プロジェクト〉私はその中心人物に俄然興味が湧いていた。

 

【小鳥遊勇人】

 小鳥遊美鈴女史の一人息子で女子校である恋麗女子学園に通う唯一の男子生徒。

 苦手な紙の資料に目を通して彼の情報を頭に入れていく。

 だけど、載っているのはほんの僅かなもので本当に必要な情報を得ることはできない。

 私は、彼に接触する事は別に禁止されていないから頃合いを見計らって一度会ってみようかと思っている。

 

「眠い……」

 まだやらないといけない仕事が残っている、私はシャワーを浴びる為に一旦立ち上がって下着を持って脱衣所へ。

 たまには湯船にお湯を張ってゆっくりと浸かって疲れを取るのも悪くない気がする。

 給湯器に電源を入れて湯張りスイッチを押す、一人で使うには十分な広さのある入浴場。

 湯張りが終わるまで下着姿でモニターの前に座る。

 なんともまあ、だらし無いかっこうだとは思うけれどこの部屋に出入りする人間は少ないから見られて困るものなんてない。

 一日中パソコンを使っていると部屋の中が暑くなる……。冷房も完備されているからそこは問題ないんだけどね。

 明日は久しぶりに校舎に顔を出してみようかな。私と同い年の子たちが学んでいる学び舎に。



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22.「ちょっと強引な彼女」

 学園内の空気はいつもながら変わらない。僕は歩くたびに周りからの視線を感じてしまう。

 女子校に通う唯一の男子生徒に興味津々、横を通り過ぎた女の子のふわりとしたいい匂いを感じるとやっぱり自分がいる場所は場違いなんじゃないか? と思ってしまう。

 女の子ってみんなこんないい匂いがするんだろうか? 

 そういえば御崎さんと相倉さんはあれから仲良くなったみたいだ。この前三人だけであの秘密の場所でお昼ごはんを食べたのがきっかけらしい。

 相倉さんは僕と御崎さんをLIMEのグループに入れて僕らはすぐに連絡が取れるようになった。

 彼女達が仲良くなったのは嬉しいことなんだけど僕は初めて家族の以外の人と関わりを持った。僕のスマホには母さん以外の電話番号が登録されてちょっとだけど華やかになる。

 でも、きっとあの子たちはプロジェクトの為に僕と仲良くしてるだけなんだろうな。

 僕が学園にいられる三年間に彼女達は自分の意志表示をしなくちゃいけないのだから。

 恋人を作るなんてすぐにイメージは湧かないけど彼女達が僕を本当に好きだと思ってくれるように自分のできることをしよう。別に一人じゃないとダメな訳じゃない、みんな幸せになれるような結末だって十分にあり得るんだから。

 プロジェクトはまだ始まったばかりだけど僕はゆっくりとしている暇はない、ここで結果を出さないと! 

 気持ちを新たにして教室の中に入ってクラスメイトの子たちと挨拶をする、今日は相倉さんからお昼の誘いはなかった。

 

 

 **

 

 

「さてと、私のクラスはどこだったかな?」

 久しぶりに学び舎に顔を出した私は自分のクラスを探してフラフラと彷徨う(さまよ)

 それにしてもやっぱり学園内は広すぎる……。無駄にお金をかけているだけじゃないだな。

 すれ違う子達は珍しそうに私を見ているがそんな事は気に留めず長い廊下を歩く。

 私の部屋から学園まではそんなに遠い距離にある訳じゃない、恋麗女子学園では独立した施設があって普段生活している生徒たちには全く縁のない場所でもある。

 

 制服を着れば私も少しは学生らしく見えるだろうか? 制服を着たのは入学式の日だけだったからなぁ。

 理事長に私は普段着でもいいと言われているから制服を着る機会がほとんどない、生徒手帳で自分のクラスを確認してから教室に向かう。

 恋麗女子学園の生徒手帳はそこいらの学校とは比べ物にならないくらいハイテクな代物。

 

 まず生徒手帳にはそれぞれICチップが組み込まれていてこれが生徒個人の情報を記録する為に必要不可欠。

 外部の人は学園が貸し出すカードキー無しではゲートのセキュリティは突破できない。

 訪問が終わったらもちろんカードキーは返さないといけない、持ち出し厳禁だからね。

 カードキーを借りる時には面倒な手続きをしなくちゃいけないから誰でも借りられるって訳じゃないんだ。

 ICチップに組み込まれた情報からその生徒の所属クラスや学年、部活動などの様々なデータを知る事が出来る。

 

 まあ、私がその管理プログラムを作成したんだけどね、女子校——しかもほとんど外部とのやり取りがない箱庭は生徒達が安心して学園生活を送るれるように最善の策が尽くされている。

 

 けれどそんな中唯一のイレギュラーな存在——それが彼【小鳥遊勇人】

 私も彼に関する情報はあまり持っていないしトップシークレット扱いされてるから閲覧できるのはほんの少しのデータだけ。

 学園が遂行する一大プロジェクトの根幹に関わっているのは知っている。

 

「Cクラス……ここか私の教室は」

 自分の所属するクラスの教室に着いた私は周りからの視線なんて気にせずに中へ入る。

 私が教室に入るとクラスメイトの目が一斉に集まる——そんな目に全く動じず自分の席に向かう。

 

 私の席は誰も座っていないせいか椅子に埃が溜まっていた、私は軽くそれを払うと初めてその席に座った。

 一応担任が説明はしてたみたいで私の存在はクラスメイトには認識されてはいるようだ。

 しかし、実際に教室にいるのが珍しいのかちょくちょく視線を感じる。

 まあいいさ、たまにはこういう体験をするのも悪くない。

 授業の内容は退屈で眠くなりそうだったけれどもなんとか耐え抜いて昼休みを迎えた。私は教室を出て今日の目的を果たす為に彼を探した。

 

 

 **

 

 お昼休みはいつものようにやってくる、僕は隣の席に座ってる御崎さんに声をかけみた。

 

「御崎さんこれからお昼一緒にどうかな?」

「いいわよ、どこで食べる?」

「秘密のあの場所で」

「わかったわ。先に行っててもいいよ、あたしお弁当作ってきたから一緒に食べよ」

「うん、それじゃあ僕は先に行ってるね。お弁当楽しみにしとくから」

 ひとまず財布だけを持って教室を出ようと扉の近くまで移動する。この間、僕が見つけたとびきりの場所で相倉さん、御崎さんと一緒にお昼を食べた。

 すごく楽しかったなあ、僕は彼女達と過ごす学園生活が充実しているなと思った。

 Aクラスの教室を出ると目の前に私服の女の子が立っている。

 お客さんだろうか? だけど、彼女の首には来客用のカードキーがぶら下がっていない。

 僕がその子の横を通り過ぎようとするとふいに制服の袖を掴まれた。

 

「待っていたよ、小鳥遊勇人君。これから時間はあるかい?」

 彼女は僕の名前を知っていた。急にぐいっと引っ張られて女の子は廊下を歩き始める。

 

「ちょっと! どこへ連れてくの? 僕はこれからお昼ごはんを食べる約束をしてるんだけど」

「食事か……それなら静かな場所で食べるのが一番じゃないか? 私の部屋へ行こう」

「あ! そんなに強く引っ張らないでよ!」

 御崎さんとお昼を食べるはずが予期せぬトラブルに見舞われた僕は何が何だか分からず呆然とするしかなかった。

 

「一体何なの……?」

 知らない子にぐいぐいと引っ張られた僕は学園内で来た事も無い場所まで連れて来られた。

 

「今開けるよ」

 そういうと彼女はポケットから生徒手帳を取り出してドアの側にあるリーダーにかざした。

 ピッ! という音が鳴って女の子はドアノブに手をかける。

 

「さあ入って。これからゆっくり昼ごはんでも食べながら話そうじゃないか」

 僕は彼女の言葉通りに部屋の中へと入る。

 部屋にはパソコンとモニターがいっぱい並んでいる——横にはベッドがあってまだ綺麗なシーツが引かれたばかり、女の子は冷蔵庫から飲み物とバランスバーを出して椅子に座る。

 

「あのさ、君は一体誰なの?」

「私、私かー。そういえば自己紹介がまだだったね。私は藤森玲(ふじもりれい)。君と同じ恋愛女子学園(ここ)の生徒さ」

「藤森さん……?」

「玲でいいよ、小鳥遊勇人君」

「僕の事知ってるの?」

「ああ、知ってるとも。君はこの学園じゃちょっとした有名人だからね」

「私は理事長に頼まれて学園のセキュリティを管理する仕事をしてるんだ」

「神崎さんに? そうなんだね、ああごめん。藤森さんって僕よりも年上なのかな?」

「玲でいいよ。それよりどうして君はそんな事を聞くんだい?」

「なんか話し方が学者みたいで大人びてるから僕より年上なんじゃないかと思って」

「なるほどー。そんな事を言われたのは初めてだ。ああ、質問には答えないとね、私は一年C組に所属してるから君とは同い年だよ」

「この話し方は子どもの頃からずっとなんだ、母がとある研究所で働いていてね、幼い時によく私もその研究所内の施設で遊んでいたんだ。私は母を尊敬していたからついつい学者の真似事なんて始めてしまった。ほら、形から入るのは大事だろう? だから学者っぽい喋り方とかを自分で研究したのさ」

「それで藤森さんはそんな喋り方になったんだね」

「君は頑なだね。“玲”でいいとさっきから何回か指摘してるんだが」

「ごめん……。女の子を名前で呼ぶことに慣れてなくてさ、でも、君がそういうなら僕も少しは名前で呼べるように努力するよ」

 

 ピコン! 

 

 ポップな音が鳴って僕はポケットからスマホを取り出す——御崎さんからLIMEにメッセージが届いてた。

 そういえば学園内では原則スマホの使用は厳禁だった。慌ててマナーモードをONにしてLIMEのチャットを開いた。

 

 御崎さんは僕が急にいなくなったらから心配してメッセージを送ってくれたみたいだ、すぐに返信したいけどまずここが何処なのかわからない……。

 学園内ではあるんだけれだも。

 彼女とお昼ご飯を食べるって言う約束はどうやら果たせそうにない。

 とりあえず『僕は大丈夫だよ。お昼は一緒に食べらせそうにないかも……』と返信してスマホをしまった。

 

「用は済んだかい?」

 藤森さんは僕がLIMEのメッセージに返信が終わるまで待っていた、そもそも彼女にいきなりこんなところに連れてこられたから今の状況になってるわけでー。

 

「私は君に興味があったんだ。だから、少しだけでいい話をしてくれないか?」

「どんなことを話せばいいの?」

 僕ができる会話なんてたかが知れてるしそれで彼女が知りたい情報を入手できるとは思えない。

 

「ほんのささやかな話題でもいいんだ。今は小鳥遊君の話を聞きたいからね」

 そういうと藤森さんは食事としてバランスバーと飲みものを差し出して来た。

 こういう食事を体験したのは初めてだからなんだか新鮮だなあ。

 僕は昼休みの少しだけの時間を彼女と過ごした。教室に戻ったら御崎さんに謝っておこう。



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23.「亜理紗の見上げる空の色は」

 最近というもの学園内には前とは変わった雰囲気が漂っています。

 そのきっかけはやっぱりと思える人物でした。

 

 彼が学園に入学して理事長から私達がこの学園に通っている本当の意味を聞かされた時は耳を疑いましたわ。

 私は幼い頃から母に憧れていてあんな女性になりたいと日々努力してきました、私の家は有名な家系で昔から跡取りは格式のある女性が継ぐ事が定められていました。

 母は娘である私を生むために国が管理している精子バンクから提供を受けて人口受精を選んだと聞きました。

 だからは私は父親の顔は知らないですし——何より男なんてものが存在する意味も分かりません。

 だけど、何の因果か子どもを産むには男性が必要だということ。

 ここ数十年で男女の人口比率は大きく逆転し、全人口の八割以上が女性中心になりましたわ。

 何で女性だけで子どもを生む事が出来ないんでしょう? 

 母に誘われて参加したパーティは女性ばかりで男性はほとんどいませんでした。

 私に相応しい相手なんてそうそういないと思いますし、何より私自身が男性を必要にしていない事です。

 

「それにしても本当に失礼ですわ!」

 学園に入学したたった一人の男子生徒【小鳥遊勇人】

 そもそも女子校に男子がいる事自体場違いなのに! 私をはじめとする他の女子達も彼の存在に疑問を持っていました。

 入学してそんなに日も経っていない頃急に全校集会が行われました。

 女子生徒全員が集められた会場の中で理事長による衝撃の事実を知る事に——私達は学園に通う三年間の間、小鳥遊君と恋人関係にならなくてはいけないというのです。

 家柄も今までの地位や名声は関係無く、学園に通う全ての女子生徒に平等に機会が与えられているということ。

 もちろんそれを望まない選択肢もあると理事長は言ってましたわ。

 とんでもない計画の成功が私達にかかっているなんて言われてもすぐに納得なんて出来ません。

 私は母みたいな素敵な女性になることに憧れてこの学園を選んだのにそんな裏があったなんて……。

 

 全校集会の後、教室に戻った私達に担任の香月先生から改めて自然繁殖推奨プロジェクト通称【ハーレム・プロジェクト】ついての説明を受けました。

 それぞれがどういう選択をするのかはこれから学園側がヒアリングを実施して決めるそうです。

 プロジェクトに参加する意思がない生徒は手続きを進めて新たな編入先の学校へ転校するとのこと。

 女子寮は退寮しなくてはいけませんし、恋麗学園に通っていたという事実さえも無くなってしまいます。

 入学当初から女子の派閥が出来、その中で順位の低い生徒は半ば強制的に従わされていました。

 まさに今までの地位や名声を武器に我が物顔で傍若無人の限りを尽くしてきた子が多くいました。

 けれど、もうそれらは何の意味も持たないという事が分かりました。

 

 例えどんなに家柄が優れていようと過去に素晴らしい栄誉を与えられていても学園に通っているうちはそれがゼロになる。

 今まで従者のような扱いを受けていた生徒と同じ立場となる。

 それに納得できない子は学園を去らなくてはいけないのです。

 

 生徒達がプロジェクトの真意を理解して学園内の雰囲気はガラリと変わりました。

 まずは今まで日の当たらない生き方をしていた子達が積極的にプロジェクトに関わっていくという強い意志を示し始めました。

 小鳥遊君に選んで貰えたら今までの生活を変えられる。自分を奴隷のように扱ってきたお嬢様達を見返すことができると張り切っています。

 みんな同じ立場——生徒達それぞれが考えて行動をするように変わりました。

 Aクラスの中でも変化が生まれましたわ。あれだけ身勝手に振舞ってきたお嬢様達が顔色に焦りを見せているという事。

 地位や名声などが関係無く、女の子としての魅力だけで勝負しなくちゃいけないのは彼女達の生き方を大きく変えるような出来事でもあるのです。

 

 私も入学した時に仲良くなっておこうとすり寄ってくるお嬢様は何人もいましたわ、ですがそう言う方々は私の方からお断りしました。

 損得勘定で人付き合いを続けるのは私には合わないからです。

 

 今日は小鳥遊君はお休みで男子寮で待機との事でしたが寮まで押しかけようと考えている子と少なからずいるみたいで教師達から注意を受けていました。

 

 私達の学園生活には避ける事のできない大きな課題があります。

 女子生徒それぞれが様々な想いと中には思惑を張り巡らせる子もいるみたいですが。

 この学園に通う意義を感じて毎日を過ごさなくてはならないということ。

 私も自分がどうするべきなのか考える必要がありますね。

 男性と恋愛関係になるのなんて想像できませんが卒業までには私が学園に通った証を残す事ができたなら、周りの変化に敏感になりつつも私の心の奥にある信念だけは曲げずにいようと思います。

 それがどんな結果を招こうとしても後悔はありません。

 

 茜色に染まった空はいつもと変わらずにそこにありました。

 これからどんな学園生活が待っているのかと思うとちょっとだけワクワクします。



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24.「勇人のLIMEグループ」

「小鳥遊君どこ行っちゃったんだろう」

 一緒にお昼食べる約束をしたのに彼は待ち合わせ場所に現れなかった。

 心配になってLIMEでメッセージを送ってみると『僕は大丈夫だよ。お昼は一緒に食べらせそうにないかも……』と返事が返って来た。

 多分何かトラブルに巻き込まれているんじゃないかなと思う。

 約束を反故にするのは許せない行為だけど小鳥遊君は後でちゃんと謝ってくれるからいつまでも怒ってはいられない。

 あたしは二人分のお弁当を手に持ったまましばらく立ち尽くす。

 

「これどうしようかな」

 流石に二つも食べる事はできないし、かと言って捨てちゃうのはもったいない。

 私は仕方なくLIMEで相倉さんに連絡した、小鳥遊君を通じて彼女と知り合ったけど色々話してみると意外と波長の合う相手だとわかった。

 LIMEグループは小鳥遊君と相倉さんとそしてあたしの三人だけ。

 夜の遅くまでメッセージのやりとりをしているんだけど、大抵はあたし達の女子トークに小鳥遊君が付き合ってくれる形になるかな。

 相倉さんはあたしのメッセージにこの前三人でお昼を食べた場所に集まらない? と返事が来た。

 小鳥遊君に用意したお弁当を持ってあたしは彼女が来るまで整備された芝生の上に座る。

 

 

 **

 

「お待たせー。あれ? 小鳥遊君とは一緒じゃないんだ」

「うん。教室で彼からお昼を一緒に食べようって誘われたんだけど、まだ来てないみたい。なんかトラブルに巻き込まれてるっぽい……」

「そうなんだ、心配だよね」

 相倉さんはスカーフを広げてその上に座る。あたしはお弁当を彼女の前に置いてちょっとだけ身を寄せた。

 

「プロジェクトの目的が明かされてから強引な手段に出る子もいるみたいだよ」

 お弁当箱の包みを開けながらあたしに話かける相倉さん。

 

「すごい! どれも美味しそうだねー。御崎さんって料理得意なんだ」

「まあ、一応わね。自信はあんまりないんだけど……」

「本当に美味しそうで食べるのが楽しみ。でも、これは小鳥遊君の為に作ってきたんだよね?」

「えっ……ちょっと! 何言ってるのよ」

「彼には言わないから教えてよ。御崎さんって小鳥遊君の事好きなの?」

「そんなことはー。自分の気持ちがなんなのかまだわからないの」

「そうなんだ。まあ、無理に聞き出すつまりはないんだけどね。私も彼のことほとんど知らない訳だしさ」

「でもね、私達に残された期間は三年間っていう短い時間だけなの。自分の将来を考えて行動するのは難しくて学生の私らには想像も出来ないかもしれない。それでも私は前向きになって努力していこうと思う」

「あなた、色々考えてるのね」

「もちろんだよ。まずは彼のことを知って、それから小鳥遊君に自分を好きになって貰わなくちゃ!」

 いつだって明るい相倉さんと接するとこっちまで元気を貰える気がした。

 小鳥遊君のいないお昼はいつもよりなんだか長く感じたけどあたしらはお互いに作ってきたお弁当の感想を言いながら休み時間を過ごした。相倉さんのお弁当はすごく可愛くてどれも美味しかった。あたしらは今度料理を教えあう約束をして別れた。

 気兼ねなく話せる相手ができた事は素直に嬉しい。彼女とはこれからも仲良くなりたいなと思う。

 玲さんと昼休みを過ごしたせいで御崎さんとお昼を食べる約束をすっぽかしてしまった僕は気まずそうに教室まで戻る。

 

 〈御崎さん怒ってるだろうなあ〉

 

 自分から誘っておいて約束を破るなんて最低な行為だし、彼女が怒るのも無理はない。

 そろりそろりとAクラスの教室は入ると自分の隣の席を見る。

 するとこっちを見た御崎さんと目があってしまう。

 彼女は表情を変えずに僕を数秒見ると視線を横に流した。

 言い訳なんてしないできちんと謝ろう、そう決心して自分の席に向かった。

 座る前に「ちゃんと理由を説明するから」と、一言伝えて椅子に座る、午後の授業がゆっくりと過ぎていくなか僕はいつまでも心を落ち着かせることができないでいた。

 放課後になってそれぞれの時間を過ごす子たちを見送りながら僕らは教師に残った。御崎さんはスマホをいじりながら頬杖つく。

 

「今日はごめん……僕から御崎さんをお昼に誘っておきながら約束をすっぽかして」

 彼女は僕の言う事を黙ってきいていた、正直にあった出来事を話した。

 教室を出てから藤森玲さんという女の子と一緒に過ごしていた事、それでお昼を御崎さんと食べれなかったという事実を伝える。

 

「本当にごめん」

 頭を下げてその姿勢のまま数秒の間沈黙が続く——僕はなかなか頭を上げることができずにいた。

 

「小鳥遊君、頭を上げてよ」

 先に沈黙を破ってきたのは彼女の方だった。

 

「事情はわかった、あたしは別に怒ってないから。小鳥遊君も大変だったろうし」

 女の子に気を遣わせるなんて情け無い……母さんが見たら間違いなく叱責されそうな場面だ。

 

「今日の穴埋めはきっとするから」

 僕は両手を合わせながら謝罪のポーズをする。

 

「じゃあ、明日は一緒にお昼ご飯食べよ? あたし頑張って作ってくるからさ。あと相倉さんも呼んでね、三人で食べましょうか」

「うん、そうだね」

 LIMEに登録されている二人の女の子の名前。彼女たちともっと仲良くなりたいと思う。

 明日の約束を取り付けてから男子寮の自分の部屋に戻る。

 どうやら御崎さんは今日は相倉さんとお昼ご飯を食べたみたいで後からLIMEのチャットで知ることに。

 二人共それぞれお弁当を準備しておくらしい、僕はそれが楽しみに感じてついつい長い時間三人でメッセージのやり取りをする。

 トイレに行って戻ってくるとスマホにはLIMEのメッセージ通知が表示される。

 僕はすぐに画面のロックを解除すると見覚えのないアカウトから友達登録の申請が来ていた。

 

『やあ、小鳥遊君。私の事は忘れていないだろうね? 今日はなかなか面白い話を聞かせてくれてありがとう。LIMEは初めて使ったんだが、ちゃんとメッセージは届いているかい?』

 

 僕宛に送られて来たメッセージを読み終えてすぐに誰が送信してきたのか分かった。

 今日初めて出会った女の子【藤森玲】さんだ。だけど、どうして彼女は僕のLIMEを知っているんだろう? 

 気になって僕は彼女のメッセージにすぐさま返信をした。

 

『玲さん? メッセージはちゃんと届いているよ。それよりどうして君が僕のLIMEを知ってるのさ』

『私の部屋で話した時にちょっとだけ君のスマホを触らせて貰っただろう? それでちょいと調べてみたのさ』

『そうだったんだ……いきなりメッセージが来たからかなりびっくりしたよ』

『はっはっは、それはすまないね。だけど、私は小鳥遊君に興味があるんだ。こうやって誰かに私からコンタクトを取ったのは実は初めてなん』

 

 メッセージのやり取りをしていると玲さんのLIMEのアカウントのアイコンが変わる。キャラクターとかじゃなくてシンプルな画像を設定しているのが実に彼女らしいと感じた。

 僕のアイコンは神秘的な風景のもので眺めていると、とても心が落ち着くようなものだ。

 相倉さんや御崎さんのアイコンは可愛い感じでそれぞれに個性がある。

 僕は玲さんを僕らのLIMEグループに追加した。すぐに彼女のアイコンが僕らの会話に登場し相倉さんと御崎さんは驚いてチャットを飛ばしてくる。

 

 

『えっ? 誰? 小鳥遊君が追加したの?』

『見たことない名前だけど……』

『ああ、彼女は藤森玲さん、今日知り合った子なんだ。これから僕らのLIMEグループでメッセージのやり取りをすることになるよ』

『1-C所属の藤森玲だ。気軽に玲と呼んでくれていいよ。私は個人的に小鳥遊君に興味があってね、だけど。LIMEは初めて使うからわからないことは皆に聞くとするよ』

『1-Cってことはあたし達と同い年?』

『ああ、そうだ。まあ、私は事情があってあまり校舎のほうには顔を見せないんだ。同じクラスの子たちも私の存在を知っているのは少ないと思う』

『実は今日、御崎さんとお昼を一緒に食べられなかったのは玲さんと過ごしていたからなんだ』

『そうなんだ、ていうか小鳥遊君は藤森さんを名前で呼んでるんだね』

『私が彼にそう呼んでほしいと言ったんだ。君たちも遠慮しないで呼んでもらえたら嬉しい』

『じゃあ、玲さんで。呼び捨てにするのは失礼な気がするしー』

『別に構わないよ。私はこうして誰かとやりとりをする機会が無かったからね。お互いに気を遣わない関係でいよう』

 

 僕たちは玲さんとメッセージのやりとりを続ける──夜の遅くまで何の変哲もない会話をする。

 女子たちのトークに僕は時々相槌を入れないがら彼女たちと気持ちを共感する。

 こうやって少しでも仲良くなれるといいなあ。僕がここにいる本来の目的を考える、だけど、彼女たちの気持ちを蔑ろにして恋人関係を築くなんていうことはできない。

 あくまでも学園に通う女の子たちには僕の事を好きになってもらわないと──僕との将来を真剣に考えてもらえるように、そのために自分ができることは精一杯やっていこう。

 しっかりとした態度で彼女たちと接していこう。三年間という限られた期間で僕が必要とされる証を残すために。

 穏やかに過ぎていく夜、明日また彼女たちと出会えることを楽しみにしつつ僕はベッドに横になる。

 おやすみなさい。また明日。



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25.「近況報告と優しい風が運んでくる出会う前の彼と彼女」

「報告は以上となります」

「ご苦労様、もう自分の仕事に戻ってもいいわよ」

「はい、それでは失礼します」

 私はデスクの上に整理された書類に目を通しながらプロジェクトの進捗状況を確認する。

 あの子が学園に通い始めてからまだそんなに日は経ってないのだけれど今がどんな状態なのか気にはなる。

 このプロジェクトを成功させる事は私の使命でもありし、何よりもこれから先の未来にとってとても重要な事だと思うわ。まぁ、勇人がどう考えているかはわからないんだけど。

 

 ここ数年の間に男女比率は大きく変化して男性は極端に数が少なくなってしまった。

 何故だか女の子が生まれる機会が増えてそれに伴い男子の出生率が大きく低下。

 女性たちがアクティブに活躍する一方で優秀な遺伝子を残せる男性は少ない。

 人口受精の数は圧倒的に増加しているのだけど、それには大きなリスクも生じる。

 

 学園に通っているたくさんの女子生徒のデータがPCのモニターに映し出される。

 名家の出身の子が多くいるのだけど、中にはごく普通の家庭の子も通っている。

 私も仕事上有名な家柄の人と会う機会があるから大体の事はわかる。

 女性達の見栄のはりあいやプライドの高さは生まれながらのものなのかしら? 

 

 歩美からの報告だとあの子はまだ恋人になる相手は選んでいないらしい。

 早めに決めてもらってプロジェクトを次のシーケンスへ移行しなくちゃいけないの。

 三年間という期限を決めている限り私があの子に過干渉するのは余り良くない。

 親子らしい会話なんて交わしたこともない、いつも家を空けてばかりいる私が今更親らしいことをしてあげようなんて思わない。

 ただ、勇人は本当にそれでいいのかしら? 昔からあの子は私が決めたことに嫌と言わずに素直に従ってきた、中学の頃は仲の良い友達すらいないことはメイドから聞いている。

 私は勇人には悔いのない人生を送らせてあげたい──あの人が亡くなってからの自分は今まで以上に家に帰らなくなった。

 

 勇人の父親は本当に優しい人だった。まだ小さい頃体調を崩したあの子を主人と二人で看病した。笑顔が眩しくてどんな時も前向きに生きているひとだった。

 彼の忘れ形見、たった一人しかいない私たちの子ども、主人との思い出を勇人に話したことはない。

 それを話しちゃうと楽しかった日々を思い出すから。何とか忘れようと仕事に打ち込む毎日、いつの日か私自身も子どもの事よりも自分のことを優先するようになっていた。

 何もかも母親に決められた人生を勇人はどう思っているのかしら? 

 PCのモニターに映し出されたあの人にそっくりな息子の顔を見て仕事を進めるのだった。

 

 

 *

 

 僕のスマホに登録された三人の女の子の名前。

 一人は同じクラスの子、もう一人はクラスは別だけど家族以外で初めて僕が連絡先を登録した相手。

 そして、最後の一人はほんの最近知り合ったどこかミステリアスな雰囲気の漂う女の子。

 

 学園に入学してからまだそんなに日にちが経っているわけじゃないんだけど、中学の頃ひとりも友達のいなかった僕にもう三人も友人ができたことは本当にうれしく思う。

 彼女たちとの関係はこれからの僕の接し方で変わってくる。卒業するまでに恋人を決めるという僕の使命を果たす為に

 

 たまに廊下を歩いていると刺さるような視線を向ける女の子もいる、相倉さんに聞いたんだけど、どうやらまだ僕が学園にいるのをよしとしない女子の派閥もあるみたいなんだ。

 彼女たちの反応は当然なことをだと思うし女子高に男子生徒が通っていることに違和感を覚えても仕方がない。

 ただし、問題を起こしそうな生徒は学園の厳しい管理のもと活動を制限クラスされている。

 Fクラスから下のクラスの子には会ったことがないのだけど彼女たちは同じ校舎にいながら半ば隔離されたような感じだと聞いた。

 

 特別な家柄で由緒正しい教育を受けてきた筋金入りのお嬢様達が所属するGクラス、進学を目標に他のクラスは違うカリキュラムを専攻するHクラスは学園のイメージアップに一役買っているという話だ。

 

 特にGクラスの女子たちはプライドも一流で常にお互い腹の探り合いをしているらしくて自分の家の事を持ち出して他のクラスの子を見下している態度を取っていることが多いみたい。

 両クラスとも“ハーレム・プロジェクト”には懐疑的な見方をしているらしい。

 

 女子生徒が大半を占めるこの学園での僕の立場をしっかりと理解する必要がある。

 たまに他のクラスの女の子が僕を訪ねて来る。そんな子達と会話を交わすことがあるのだけど彼女たちが何を考えているのかは分からない。

 建前で僕と仲良くしているのかもしれないし、自分はいい加減な気持ちで接しちゃまずいと思うんだ。

 入学した頃と変化していく学園の雰囲気を毎日感じながら中学の頃ではあり得ないほど慌ただしい日々を過ごしている。

 そんな中、勇人の周りではちょっとずつだけど変わっていくできごとが起こり始めていた。

 

 

 *Someone's point of view*

 

「まさか小鳥遊君と同じ学校に通うことになるなんてなぁ」

 私は内気な性格だからか、なかなか彼に話しかけることができずにいた。

 ……彼が私のことを憶えているなんて言う保証なんてないのに。

 もしも、私を忘れていないのだったらあなたに言いたいことがあるの。

 もう会うことは無いと思っていたけど……。何の因果か神様は私に彼ともう一度出会うきっかけをくれた。

 あの時に言えなかった想いを伝えたい。そして私は──

 綺麗な髪がふわふわと風に揺れる、新しい出会いを待ち焦がれながら少女が見上げる瞳には夕暮れの校舎がオレンジ色に映し出されていた。



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26.「もう一度アナタに会えたのなら」

 *Someone's point of view*

 

 子どもの頃の私は引っ込み思案で周りの子と仲良くできずに友達もいなかった。

 あれは丁度小学五年生の頃の話かな、クラスの学級会の時のこと──

 

 私たちのクラスはいつも賑やかでかなり苦手だった……。その日、私はやりたくない仕事を押し付けられて何も言えずにただ、ずっと立ち尽くしていた。自分の言いたいことを上手く言えずに悩んでてもう本当に辛かった

 

 先生は私の味方はしてくれず無理やりに出来もしないことをやらせようとしていた。

 泣きそうなくらい辛くて逃げだしたくなった時に一人の男の子が発言する。

 

「その子の考えも聞かないでやりたくもないことを無理やりにやらせるのはどうかと思います」

 一人の男の子の発言にクラス中の皆が驚いた、もちろん私だってそうだった。

 

 その男の子の名前は【小鳥遊勇人】君。周りが騒がしい男子ばかりが多い中、ひとりだけ落ち着いた子で彼が周りの人と話しているところは見たことがなかった。

 何ていうんだろう? 常にひとりぼっちで自分から他の人に関わっていかない消極的なひと。

 だから、私も発言するまで彼の存在を完全に失念していた。

 私が押しつけられそうになっている仕事っていうのは簡単に説明すると自分のクラス紹介のページを作ってそれを学校全体の発表するっていうもの。

 

 人前で発表するのはすごく緊張することなのにましてそれをひとりでやらなくちゃいけないなんてなおさら気が滅入る……。

 

 私が自分の意思を上手く伝えられずにグズグズしていると小鳥遊君は言いたいことをはっきりと言ってそれ以降は何も喋らなくなった。

 

 結局、皆で話し合って発表者が決まり。クラスの子たちも極力して紹介ページを作ることに落ち着いた。

 

「あのっ……さっきはありがと」

 私は小鳥遊君の席まで行って彼にお礼を言うと──

 

「嫌なことははっきりと伝えた方がいいよ」

 とだけ言うとあっという間に教室から出て行ってしまう。

 

 その日以来、私はちょっと変わっているクラスメイトの事が気になり始めた。

 小鳥遊君に言われたとおりできないことや、やな事ははっきりと伝えるようになってからは周りの子達とも仲良くやれて友達もできた。

 放課後、友達と話しながら帰ったりお互いの家に遊びに行ったりして今までの自分が嘘なくらいに楽しい日々が続いていた。

 そんな中でも彼はいつだって一人きり。小学校を卒業するまで友達を作らず下校時間になるとすぐに帰ってしまい私も小鳥遊君と話す機会はほとんどなかったの。

 

 教室で顔を合わせても会話するほど仲がいいわけでもないし、私自身も友達と過ごす事が増えて小鳥遊君を気にすることもなくなってきた。

 ある日、私たちのクラスで問題が起こったの──それはクラスの子の大切にしている物が無くなると言った事件で本人が気づいて担任の先生に報告してその日、放課後にクラス全員で集まって犯人探しが始まった。

 皆がそれぞれに責任を擦り付けクラスの絆は崩壊しようとしていた。私も仲の良かった子にやってもいないことに対して疑いの目を向けられた。

 今までみたいに自分がやってもいないことを伝えてそれでお終いの筈だったのにその日を境に仲の良い女の子のグループから仲間外れにされて、遊びにいく約束や予定などに私が呼ばれなくなった。

 それだけじゃなくて、私の下駄箱に嫌がらせで蛙や虫とかが入れられていて、体育の時は教室に置いてた体操服がなくなるっていう出来事も起きたの。

 もちろん、先生に相談しようとも思ったのだけどしばらくすれば収まるだろうと私自身も考えていてそんなに深い問題にしなかった。

 

 あの出来事が無ければ──

 

 その日、いつものように女子が教室で着替えているとひとりのクラスメートが私の傍によってきた。

 次の瞬間、彼女はカッターナイフで私の服を切りつける。

 

「きゃっ!」

 服の上から切りつけられたけどその刃は皮膚を切り取り私は腕から流れる血を抑えながら切りつけてきた相手を睨む。

 

「いきなりどうしてこんなことをするの!」

 らしくなく大きな声で彼女に怒鳴るけど返事はしない、沈黙の間にクスクスと誰かの笑い声が聞こえた。

 その声の主は今まで私が仲良くしていた子で彼女はにやけ顔で私の方へ近づいてくる。

 

「ごっめーん。でも、アナタ最近調子にのってたからいい薬になったんじゃない?」

「どういうこと?」

「気づいてなかったんだー和美がアンタと仲良くしてた理由を」

 取り巻きの子達は和美ちゃんの顔を見て言いながら私を嗤っている。

「アンタみたいな地味な子と友達やるのも疲れるってことよ!」

 和美ちゃんはカッターナイフを持ってた子からカッターを取り上げると刃を少し出して私の方へ向ける。

 

「あの時私が大事な物を亡くしたって言ったじゃない? あれは嘘だよ」

 そう、和美ちゃんの大事にしているものがなくなってクラスが疑心暗鬼になったあのできごと、私は結末を詳しくは知らないけどあの後彼女自身が見つけ出して解決したって聞いたけど。

 

「うちらのクラスにアンタみたいな陰気な子がいるとイメージが悪くなるのよ」

 そして、彼女は今で思っていた事を全部話し始めた。

 彼女はずっと前から私のことをよく思っていなかったらしくて、どうやって私をクラスから孤立させようかと考えていた時にあの事件を思いついた。

 もちろん、最初から犯人なんかいなくて私を女子グループから孤立させるために仕組まれたことだった。

 事の顛末を知ったその場に崩れて地面にお尻をついた。

 

 今まで友達だと思っていたクラスメイト達はみんなで私を仲間外れにしようとしている。もう誰も信じられなくなった私は放課後になった校舎を一人ふらふらと歩いていると私の目にひとりの人物が映る。

 それはクラスで常に一人でいることの多い男の子──確か小鳥遊君っていう名前。

 小学校から同じクラスにいたのに最近まで私は彼のことなんて忘れてしまっていた。

 

 部活動に賑わうグランドを見下ろすその表情はどこか別次元を見ているようだった。

 少し離れた場所で彼の様子を観察していると周りの人すれ違っても全く気にも留めずに真っすぐとした視線は前だけを向いていた。

 

 あの出来事以来、私のクラスでの扱いは酷くなって特に女子グループからは仲間外れにされたりするのは日常茶飯事で昼休みの時は私の作ったお弁当に嫌がらせをするようになる。

 私もお昼ご飯の時間になると教室の外に出るようになったんだけど、それでも何も変わらなかった。

 学校に自分の居場所なんて無い……。このままどこか遠くの世界へ旅立ってしまいたい。

 毎日そんなことを考えながら通うのが精神的に辛くて朝なんて来なければいいと思うようになる。

 

 友達もいなくて一人ぼっちになった私は周りに相談することもできずにひとりで抱え込んで目一杯悩んだ……。

 

「あの、これ落としたよ」

「えっ……?」

 声がした方に振り替えるといつも一人きりで過ごしているクラスメイトの男の子がそこにいた。

 

 どうやら私が落としたストラップを拾ってくれたらしい。そのストラップは酷い悪戯でボロボロになって何度付け直しても落ちちゃうようになっちゃった。

 だけど、意外──彼がこんな行為をするなんて思いもしなかった。だってクラスの誰とも関わらずに小鳥遊君がだよ? 

 

「……ありがとう」

 私がお礼を言うと彼は今までに見せたことが無い優しい笑顔で応えてくれた。彼の意外な一面に私は驚きを隠せなくてその仕草にドキリとした。

 

「辛そうな顔してるけど大丈夫?」

「えっ……?」

 本当に意外だった。他人に興味が無いと思っていた彼がこうして私に話しかけてくるなんてー。

 

「うん、大丈夫だよ」

 嘘……私は笑顔を作ってみたけどそのぎこちなさは全然大丈夫だとは思われないかもしれない。

 

「ちょっと、付いてきてくれるかな?」

 小鳥遊君はそう言うと私の手を引いて放課後の廊下を駆け出した。

 

「私をどこに連れて行くの?」

「ちょっとね、今日は遅く帰ってもいい日なんだ。だからいつもとは違う場所に行くつもり」

 学校を出てからも私たちの手は繋がれたままで彼は前だけを見て走り続けている。夕方を過ぎて夜に差し掛かった街を振り向きざまに確認しながら戸惑いを隠せない表情を彼に見せることはなかった。

 

 

「さあ、着いたよ」

 そう言うと小鳥遊君は手を放して土手を降りて夜の空を見上げる。川の上に掛かった橋の下には電車が通る音だけが響いている。

 

「ねえ、ここってどこなの?」

 辺りが暗くてよくわからない……。彼は一体私をどこに連れてきたんだろう? 

 

「ねえ―聞いてるの」

 私がそう言って彼に詰め寄ると小鳥遊君はそっと指を上に向けた。その動きにつられて私は上を見た。

 

「……綺麗」

 見上げた空にはたくさんの星が輝いていてものすごくロマンチックな雰囲気を漂わせている。

 私はその光景に釘付けになっていると隣にいる小鳥遊君が口を開く。

 

「星空って綺麗だよね。この空を見ているとどんな悩み事も小さいと感じられるよ」

 彼は優しい口調でそう言うと私に微笑みかける。

 

「僕たち一人ひとりは大きな存在だけど宇宙の広さから見たら本当にちっぽけなんだ。小さな出来事で悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくるんだよね」

 小鳥遊君は時々流星が流れる空をじっと見てゆっくりと私のほうへ体を寄せる。

 

「色々と辛いこととかあるかもしれないけど、たまには落ち着いてこうやって自然と触れ合うのもいいことだと思うよ」

 一瞬だけ見つめ合うような形になる──近くで見ると彼はすごく整った顔つきをしてるなって思う。

 その後少しだけ一緒の時間を過ごした後、彼は迎えの車が来て帰ることになったんだけど、その時に私を家まで送ってくれた。

 初めて人の車に乗って移動したからかなり緊張した……。車内で私たちは何も会話をしなかった。

 

「また明日」

 私が車の中にいる小鳥遊君にそう言うとドアのウィンドウを開けて「また明日。おやすみなさい」とだけ言うと車はあっという間に走り去った。

 その日以来、私は小鳥遊君の事を認識し始めた。彼の様子を注意深く観察したり、でも、自分から話しかける勇気はなかなか出なかった。

 

 結局中学校を卒業するまで一度も小鳥遊君と教室で会話をしなかった。私は周りの子に内緒にしてお嬢様が通う恋麗女子学園に進学することに決めていた。

 

 有名な学校だから勉強が大変だったけれど、なんとか頑張れた。そういえば小鳥遊君は進路どうするんだろう? クラスに男子は数人しかいなくてその人たちは地元から離れた学校に通うと聞いたけど……。

 

 卒業式が終わってクラスメイトの子らはそれぞれ別れを惜しんだり、校舎を背に記念撮影をしたり、最後の中学生生活にピリオドを打つ。

 友達がいない私はというと何も残さずに三年間学んだ学び舎を見上げている。

 あまりいい思い出はないんだけど、入学した時はすごくワクワクしてこれからの学生生活がどんなふうになるのか楽しくて仕方なかった。

 卒業証書を入れた丸筒を握り直すと出入り口に一台の車を見かける。

 

「あれは確か、小鳥遊君の」

 そう、彼が送り迎えされている。黒を基調にした高級外車は今日も同じ場所に停まっていた。

 私は車の方へ走り出して周りをキョロキョロと窺った。

 そして、今、小鳥遊君は車に乗り込もうとする寸前。

 

「あのっ!」

 私は勇気を振り絞って自分でも驚くくらい大きな声で彼に呼びかける。

「小鳥遊君。卒業おめでとう」

 一瞬、ポカンとした顔をするとクスりと笑い「卒業おめでとう」と返事をしてくれた。

 

 三年間私達が交わした会話卒業式の日のたったそれだけ。でも、私は彼の事は忘れないと思う。

 だって、初めて見上げた星空がいつまでも私の心の中に思い出として残っているの、悩んだ時は一人で夜空を見上げるようにもなった。前よりはちょっぴりだけど前向きになれた気がする。

 そのきっかけをくれた小鳥遊君にもしも──もう一度アナタに会えたのなら。

 伝えたいこともあるし、話せなかったこと一杯話したい! 

 私、変わっていけるかな? これからどんな自分になっていくのかな? 

 新しい学校でも私、頑張るからね。

 一度だけしか話したことがないひとりの同級生の事を想いながら私は眠りについた。



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27.「私の視線の先に映るもの」

 *Someone's point of view*

 

 学園に入学してから数日経ったんだけど私はまだクラスに仲のいい友達ができず殆ど一人の時間を過ごしていた。

 中学の時に遭ったクラスメートからの裏切りは今でも私の心の中に治りの遅い傷を刻み付けた。

 

 恋麗女子学園はお嬢様たちが通う有名な学園で正直私がここに通っているのはかなり場違いな気がした。

 それでも自分で選んだ学校なんだからしっかりと勉強して卒業しなくちゃ。

 将来のことなんて今は考える余裕は無いけどこれから「夢」を見つけることができたらいいなぁ。

 

 学校から生徒たちに重要なことを伝えるみたいで全校集会が行われている会場に私たちのクラスも向かうことになった。

 

 地味な私とは違って優雅で可憐な女の子たちが多くいる、本当に女子高なんだぁって感じがする。

 クラスの中では地味目な子とお嬢様たちとでグループが分かれていた、私はどちらの派閥にも所属しないで自分のやりたいようにしていた。

 

 中にはそういう私の態度を気によく思っていないひともいるみたい……。人付き合いって難しいと改めて感じる。

 

 全校集会の中で神崎理事長の言葉に会場にいる全女子生徒が疑問を持ったと思う。

 

 その内容はというと学園でとあるプロジェクトを進めるということだった、それだけなら誰も驚かない気もするんだけど、プロジェクトの説明を受けてびっくりした。

 

 女子ばかりの学園に通う唯一の男子生徒──彼が卒業するまでの間にこの学園の女の子を結婚相手に選ぶというものだった。

 

 もちろん有名な家柄出身のお嬢様たちは納得がいかない様子で理事長へ抗議する。

 だけど、理事長はそんな彼女たちの言葉を一蹴するとプロジェクトの意味を話し始めた。

 

 学園に通う全ての女子にチャンスがあると同時に例え優れた家系に生まれたとしてもこの学園にいる間はそんなことは何の意味も無くなる。

 

 逆に彼に選んで貰えたら将来は約束され、優雅な暮らしをすることもできるらしい。

 

 理事長の言葉に納得できない表情を見せる子もいればそれとは逆に目を輝かせている子もいた。

 

 地味だからクラスの中心的存在にはなれずイジメや仲間外れの対象になっていた女の子たちだっていると思う。だけど、たった一つのチャンスを掴みさえすれば今までの立場を変えることができる。

 

 全校集会から教室に戻ると話題はその話で持ち切りだった。

 Aクラスにいるという男子生徒に女子たちは興味津々、だけどやっぱり男子が女子高に通っていることを疎ましく考えている子もいるみたい。

 

 私は【小鳥遊君】とは小学生の頃からの同級生だということは周りには内緒にしておいた。

 だって聞かれることも無いし……。

 

 騒がしくなる教室の中でうんざりしつつ彼の事を考えていた。

 

 中学を卒業した日から一度も会ってなかった。自分から話しかけた回数は数得るほどもないけど前に一緒に見上げた綺麗な星空は今でも覚えているの。

 

(小鳥遊君は私の事を覚えているんだろうか?)

 

 彼にとって私っていう存在は多分クラスメイトの一人だっていう認識──きっと再会したって何もないはず。

 

 教室の中は小鳥遊君の話題に持ちきりになる。何人かの子はAクラスまで彼の様子を見に行くっていう話もしていた。

 

 頑張って入学したこの学園で私たち女子はたった一つしかない選択を迫られる。

 

 プロジェクトに乗り気じゃない子は別の学校への編入手続きとかを学園側がやってくれるみたい。

 

 中には転入を考えている子もいるみたいだけど、プロジェクトに前向きに取り組めば将来が約束される。

 その言葉に女子たちの目の色が変わったことを私も感じ取っていた。

 

 全校集会が終わってから学園内は独特な雰囲気が漂っていた。

 

 まず、女子たち皆が身なりとかに気を遣うようになった。だらしない恰好は極力避けてナチュラルなメイクをしてから登校してくる子が増えた。

 

 それから、皆仲がいいというわけじゃなくてプライドが高いお嬢様たちは自分こそが小鳥遊君に選ばれるべきだと自信満々に振舞っている。

 

 ピリピリとしたムードが学園全体に広がる──計算高い女子たちは他人を蹴落としる事を画策する。

 

 私のクラスもそういう子ばかりでクラスの雰囲気も良くない。

 

 上級生は後が無くて割と焦っている感じが見て取れる。学園を卒業するまでに実績を残しておきたいらしい。

 

 一部のクラスの子は男子生徒である小鳥遊君を学園から排除しようと活動を始める人もいた。

 

 もちろん、学園側にそんなことが知られたら退学処分じゃすまない。

 そんな出来事が私の日常に《変化》をもたらしていた。まだ積極的になれない自分がいて小鳥遊君とまた会えるようになるにはもう少しだけ時間がかかりそう。

 

 緩やかに流れていく時の中で私はたった一つの希望ともう一度あの人に巡り合えた奇跡に胸を躍らせながら女子寮の自分の部屋の天井を眺める。

 制服のままベッドに寝転んだ。スマホを開くとホーム画面にはあの時に小鳥遊君と見上げた星空の写真がいつもよりも鮮明に見えた気がした。

 

 今の私の見ている目線の先には何があるんだろう? 

 輝くような未来が描かれているのかな? 

 そのままゆっくりと目を閉じて頭の中を空っぽにする。

 

(またアナタに会えるのを楽しみにしています)



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28.「二人の時間が重なる前〜Before meeting〜」

 学園の雰囲気は相変わらずで僕は名前も知らない女子生徒から挨拶される。

 僕も「おはよう」と返してから教室へ向かう。

 ──廊下は賑やかで女の子達は友達同士で会話を楽しんでいる。

 その脇を抜けていく僕には自然と彼女たちからの注目が集まる。

 注目される事に慣れてはいないけど、自分に興味を持ってくれているのは少しだけ嬉しく感じる。

 入学した時とは違う学園内の空気に身を置いて僕は改めて自身が関わっているプロジェクトの意味を考えた。

 期間が決まっている事だからいつまでもぐずぐずとはしていられない。

 僕との未来に希望を持ってくれる相手を決めなくちゃ。

 ここに通っている女の子達の未来を僕が背負っているのだから。

 最初は戸惑っていたけれど、少しずつ自分の役割を自覚するようになった。

 

 希望した生徒には礼儀や作法を学ぶ特別なカリキュラムが組まれる事に、立派な女性になる為に努力を惜しまない子もいればあまりやる気が起こらない子もいる。

 それは人それぞれだから仕方ない事なんだろうけどちょっとずつ周りが変化するのを感じながら一生懸命なお嬢様たちを見ていると僕も彼女たちとつり合うような男になろうと思う。

 

 マナーとかは小さい頃から世話をしてくれているメイドさんにある程度のところまでは教え込まれた。

 だけど、僕とは違い華やかな世界で生きてきたお嬢様たちにはそんな礼儀や作法なんてごく自然に教わったものなんだろう。

 理事長の神崎さんは色々と僕を気にかけてくれていて、学園生活で苦労する機会が減っているのは頭が下がります。

 同じ歳の子とはちゃんと話せるようにはなったけど未だに歳上の女性と話す時は緊張する。

 だって家族である母さんとでさえ上手くコミュニケーションを取れてないんだから。

 

 プロジェクトのおかげで女の子達の僕を見る目は変わったけれど、ごく一部の生徒からはよく思われていないようだ。

 前みたいな問題が起こらないとは限らないし……。気をつけておこうと思う。

 

 Aクラスの教室では女子のグループが楽しそうに会話をしている。僕と目が合う元気に「おはよう」を言う子もいれば挨拶すらできない子もいる。

 自分の席に向かう途中で御崎さんの方を向いて彼女が登校して来てるのを確認する。

 相倉さんに御崎さん、玲さん。最近使い始めたLIMEの登録人数は増えてグループチャットに参加することが多い。

 僕自身が彼女らとの交友を望んでいる。

 ──だけど、学園を卒業した後はどうなるかなんて言うのはまだ分からない。先の事は考えると不安になるけれど……。

 

 授業中に困っていた御崎さんに周りに気づかれないように助け舟出す。

 定期テストが近いから皆真剣に勉強してる、僕はというと実はあまり勉強してない。

 男子寮に戻ってからスマホで色々な事を調べたり自分の時間を過ごしているからだ。

 学生の本分は勉強なんだけど子どもの頃からの英才教育のおかげか焦って勉強しなくてもテストで良い点を取る方法を知っている。

 

 まずは担当教師の性格を理解してテスト範囲を考察することだ。

 端的に言ってしまえばこの先生ならこう言った問題を出すんじゃないか? と予想する。

 棒大な範囲からある程度の予測ができればその場所を徹底的に勉強する。

 それだけで半分以上の点数が取れる。残りはいつもやるようなテスト勉強の方法でもいい。

 満点なんて取るつもりはないから平均点よりも高い点数が取れていれば良いんだか。

 学校ではテストの点数だけが全てじゃない。

 ──学力以外のところで判断するところも少なからずあるのだろうけど。

 この学園がどんな風に生徒を評価しているのかは知らないけれど自分が出来るだけの事は最低限やろう。

 

 お昼前にスマホを操作しているLIMEの通知アイコンが表示されるー僕はすぐにバックグラウンドにしているアプリを立ち上げてグループトークを開いた。

 

『テストも近いしみんなで勉強会なんてどうかな?』

 相倉さんから送られているメッセージに既読マークが付くと先ずは御崎さんから返信がある。

『いいね、あたしは勉強に苦労してるから誰か教えてくれたら助かります』

『ほう、君は勉強が苦手なのか』

 御崎さんのメッセージに玲さんが返信をする。

『僕も良いと思う。御崎さんはいつも勉強大変そうだからね。みんなで勉強会なんて初めてだからなんか新鮮だよ』

『小鳥遊君も賛成ね、玲さんはどう?』

『私も賛成だよ。こう言う機会はあまり無かったから貴重な時間になりそうだ』

『オーケー! それじゃあ全員参加って事で。けど、場所はどうしよう?』

『女子寮の相倉さんの部屋で良いのではないかな?』

『そうだね、私の部屋でも良いんだけどさすがに四人もいるとなると狭くなるかなぁ。どこか落ち着いて勉強できる場所が良いんだけどね』

『学園の図書館って使えないんだっけ? 勉強は静かな所でやりたいんだけど……』

『図書館は他の生徒もいるから落ち着いて勉強って言うのは難しい気がする』

『私の部屋は君達を招くには適切だとは言えない。力になれずに申し訳ない』

『あたしの部屋も相倉さんと似たような事情だしね。女子寮の個人部屋は二人くらいでちょうどいい広さなのよね』

『うーん。そうなると先ずは勉強会がやれそうな場所を見つけるのが最初かなあ』

『あのさ、僕、静かに勉強できる場所に心当たりあるよ』

『ホント? 小鳥遊君それってどこなの?』

『僕の部屋だよ。今は僕だけしか住んでいないんだけど、部屋の広さは結構あるんだ』

『ほうほう、小鳥遊君の部屋かそれは面白いな』

『それじゃあ理事長に男子寮へ行く許可を貰わないとね!』

 学園の女子生徒が男子寮へ行く事は理事長の神崎さんの許可が無いと許されていない。

 理由としては元々が女子校で男子寮なんて存在しなかったのが一つとして挙げられる、他には学園へ通う僕の負担を配慮した形で、プライベートが尊重されているからだ。

 僕が女子寮へ行くのに許可はいらないけど用もなしに彼女達の部屋を訪ねるのは良い事ではない。

 恋人を作ると言っても本来の目的にそぐわない様な行動は控えておきたい、ここに通っている間は彼女たちの意思を尊重しなければならない。

 

 

 閑話休題

 

 相倉さん達は放課後に理事長に男子寮へ行く許可をもらいに行くらしい。

 正当な理由を説明する為に僕も同席することになった。

 ちなみに玲さんも理事長に何かしらのコンタクトは取ってくれるらしい。

 僕らは待ち合わせ場所を決めてから理事長室に向かう事にした。

 

「緊張するなぁ」

 相倉さんは深呼吸して扉ノックした

 ──その様子を見ていた僕と御崎さんも同じように緊張してきた。

「どうぞ」と部屋の中から声がして僕達はアイコンタクトをして相倉さんがゆっくりとドアノブに手をかけた。

 

「あら、今日はみんなでどうしたのかしら?」

 僕らが部屋に入るとパソコンのモニターから理事長室にいるそれぞれに視線を移す神崎さんはすぐに僕の存在にも気がついた。

 

「小鳥遊君もいるみたいね、それでどういう用件かしら」

 神崎さんに座るように促された僕たちはソファに腰を下ろす。入学の時に座って以来だけどふかふかで座り心地が良いソファだなと思う。

 

「今日は理事長にお願いがあってきました」

「お願い? 何かしら」

 相倉さんは隣に座っている御崎さんと僕の顔を交互に見返してうんと頷く。

「私たちのテスト勉強の為に男子寮を使わせてほしいんです」

「あら、勉強ならちゃんとできる場所はあるはずよ。どうして男子寮を使いたいのかしら」

 

「確かに勉強の為だけなら他の場所でも良いんですが、私は小鳥遊君ともっと親密な関係になりたいと思ってまして」

 相倉さんはそう言うと僕とアイコンタクトを取る。彼女の言葉にゆっくりと頷いて返事する。

 

「あなたも同じなの?」

 神崎さんは御崎さんにも問い掛ける──彼女は一瞬だけ僕の方を見ると何も言わずに首を縦に振る。

 

「もう仲のいい女の子ができたみたいね小鳥遊君。いい傾向だわ。さっき藤森さんからも男子寮を使わせてほしいって言うメッセージが届いていたからあなた達が訪ねてくるのは分かってたの」

 神崎さんは椅子から立ち上がって僕らの側に寄ってくる。

 

「まあ、正確には男子寮ではなくて小鳥遊君の部屋って言う言い方になるわね」

「知っているとは思うけど小鳥遊君が学園を卒業するまでの間の限定的に男子の受け入れを許可しているだけで君が卒業したらうちの学園は元の女子校に戻るだけなの」

「あなたがいる意味は自分が想像しているよりも学園にとってプロジェクトを遂行するのに重要なの」

「だから私もできる範囲でなら協力するつもりよ。彼の部屋をテスト勉強の為に使う事に許可を出します」

「ありがとうございます」

「積極的に仲良くするのは良いことでもあるわ。いい? あなた達女子には残された時間が少ないのよ? それだけは理解しておいて頂戴ね」

 神崎さんとの話を終えた僕らは玲さんと待ち合わせして僕の部屋に向かう事に。

 ──女の子を自分の部屋に招き入れるなんて経験は初めてだから緊張するなあ。

 

 校舎を出た僕らは誰もいなさそうな場所を選んで玲さん待つ。「私はちょっとやらなくてはいけないことができてね、なーにそんなに時間はかかる事はないから君達は先に待ち合わせ場所で待っていてくれるかい?」

 

 玲さんからLIMEを確認してから三人で待ち合わせ場所で待つ。

 神崎さん許可を得て相倉さんと御崎さんに玲さんは僕の部屋に来られるようになった、あくまでもテスト期間中という条件付きだけれど。

 神崎さんは学園側はプロジェクトを完遂する目的の為に協力は惜しまないので、彼女達の中に僕と親しい関係になりたいという子がもっとたくさんいれば今後の事を含めて生徒ヒアリングをするらしい。

 転校を望む子にはここと謙遜の無いくらい条件の良い学校への転入だって可能だ。

 結局のところ選ぶのは生徒側であって今現在通っている女の子たちどういう風な選択するかに限る。

 

 相倉さんや御崎さんだって他の学校へ転入できる選択肢はあるのだから。

 彼女達が選んだ事に僕は口出しをしないし、できる立場でもない。

 けれども、こんな自分の為に残ってくれる子がどれくらいいるのかはわからない。

 僕は自分の責任を全うして僕との学園生活を選択してくれた女の子達の将来を考えていかなくちゃいけないんだ。

 

 十分もしないうちにLIMEに玲さんから『今からそっちに向かう』とだけ短いメッセージが届いて僕らは彼女と合流することに。

 これから僕の部屋に女の子を初めて向かい入れる。緊張もするけれどこうやって誰かと一緒に勉強するなんて今までに経験がなかったから何だか新鮮。

 

 玲さんと合流して四人でゆっくりと歩き始めた。僕と親しくなりたいと言ってくれた女の子らとちょっとずつだけど仲を深めていこうと改めて思った。



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29.「亜理紗から見た変化」

「小阪さん、勉強を教えてくれる?」

 

「ええ、構わないですわよ」

 

 テストが近いAクラスの教室ではクラスの子達がそれぞれの得意科目を伸ばしたり苦手な教科の克服に取り組んでいます。

 成績の良い子もいれば授業についていくのがやっとな子もいて勉強のやり方も人によって違います。

 

 私に勉強を教えて欲しいと頼まれたクラスの子の机に自分の机をくっつけてノートを広げます。

 

 机を動かす時に小鳥遊君の席に目を向けると彼の席に本人はいませんでした。隣の席の御崎さんの姿も見かけません。

 そういえば最近、御崎さんと仲良さそうに話す小鳥遊君の姿を見かける事があります。

 

 以前と比較するとクラスの雰囲気は少しですが変わった感じます。

 初め理事長から私達が学園に通う理由を聞いた時は受け入れる事が出来ず気持ちの整理もなかなかつきませんでした。

 それはクラスの女子達も同じようで戸惑いと様々な思いが交錯しているようにも見えますが私にも分からない事は多いのです。

 

 恋愛の経験がある子なら積極的に行動できるのでしょうが私はそう言った経験がありません……。

 そもそも男性に対してもあまり良い印象は持っていませんし。

 お母様のような素敵な女性になるのが私の夢でもあります、だから恋愛なんてしている余裕はありませんの。

 卒業するまでの間、自分の将来をしっかりと考える必要がありますわね。

 

 体育の授業で女子が教室で着替えている中、小鳥遊君が教室を出て行くのを見ました。

 後から体育の先生に聞いたのですが、男子生徒である小鳥遊君は別に用意された教室で着替える事になっているそうです。

 ごく一部の子は彼も一緒に教室で着替えても良いんじゃないかと言ってましたが女子ばかりの中で男子が着替えるのは気まずいでしょうに。

 

 Aクラスの女の子たちの仲は悪い訳ではありませんが前よりはピリピリとした空気を感じます。

 私たちは小鳥遊君と同じクラスだと言うメリットを活かさなくてはいけない事、ここ最近では他のクラスの女子が彼を訪ねてAクラスまでやって来る機会が多くなりました。

 他のクラスの子とはあまり仲良くありません、むしろ険悪な雰囲気が漂っています。

 みんな焦りがあるのは見ていてわかります。それだけ自分の将来に対して真剣に考えているのでしょうね。

 私はどうなのかしら? お母様のような素晴らしい女性になる事が目標ではあるのですが……。

 もしもそれとは違う道があるのなら──すぐに決断はできないかもしれませんが自分の将来について真剣に考える必要がありますね。



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30.「きっかけはいつだって細やかな日々が運んでくる」

「ここが僕の部屋だよ」

「うむ、特に変わった所は無いようだね」

 玲さんは顎に手を当てて部屋の扉を見ると横にいる御崎さんと相倉さんもお互いに顔を見合わせる。

 僕はドアノブに手をかけて「ふぅ」と深呼吸してからゆっくりとドアを開ける。

 部屋の中は僕が出て行ったままの状態でベッドには私服が着替えた時のまま残っている。

 

「お邪魔します」

 相倉さんが最初に僕の部屋の足を踏み入れると御崎さんと玲さんも後に続く。

 

「私たちの部屋と違ってかなり広いね」

 女子寮の御崎さんの部屋に入った時は病気の彼女の様子を見に行っていたから女子の部屋の広さなんて気にならなかったけれど、言われてみたら一人で使うのに広すぎるくらいの部屋だと思う。

 

「ごめん。床に直接座る形になるかな、クッションでもあれば良かったんだけど」

「大丈夫だよ。私、そういうのは気にしないし。ね? 御崎さん」

「そうね。あたしも相倉さんと同じ考えだよ」

「私はクッションがあった方が嬉しいのだがね」

 玲さんは自分の考えている事をストレートに言葉にする。

 まさか女の子が自分の部屋に来るなんて思ってもみなかったからやっぱり緊張する。

 神崎さんに頼んだら色々な物を用意してくれるから次の機会があればお願いしておこう。

 

 丸テーブルの周りを囲んで全員が座る。玲さんの勉強道具のタブレット端末を出して操作を始める。彼女曰く「書いて覚えるというアナログな事は好きじゃないんだ」だそうだ。

 

 うちの学園は生徒に一台タブレット端末が配られ、それを授業に使う教科もある。

 ノートを取るのはあくまでも手段の一つであって学園側は教師の負担を考えて出来るだけ筆記する授業の個数を減らしたい考えのようだ。

 デジタルな方法なら大きな黒板も必要じゃ無いしパソコンを使って情報を共有すれば楽になる事もある。

 テスト範囲を記録しておけば忘れる事はないだろうし。

 テストの問題をコンピュータで採点する方式も一部の教科で採用していて僕が考えている以上にこの学園は技術の最先端を進んでいるのかもしれ無い。

 将来的には一人一台共有のパソコンを用意して本格的に授業のカリキュラムに組み込む計画らしい。

 

 御崎さんと相倉さんも一応準備していた端末を取り出す。二人とも慣れた手つきでタブレットを操作する。

 

 進学クラスのHクラス以外はテストで出題される問題に違いはないらしい。A組の僕とF組の相倉さんが同じ科目を勉強するのは問題無い。

 学力テストは生徒の判断基準の一つだけど全体で見ても判断材料として占める割合は少ないらしい。

 

 玲さんは僕たちに学園側が考えている事を話してくれた。

 学力や教養は基本的な部分であるがゆえに学園側はそこまで重要視していないようだ。

 僕が卒業するまでの間に学園に通う女子生徒たちはしっかりとした意思表示が必要らしい。

 

 プロジェクトを進行する為に必要な活動は生徒たちそれぞれが選択する事になる。優秀な遺伝子を未来に残す為に──

 

 ──僕に出来る事は彼女たちの将来を背負っていると認識して自分が選ばれた理由を理解して行動する事だと思う。

 

 今は彼女たちとこうやってやり取りをしているけれど、本音を言うと僕は女性にはどこか苦手意識がある。母さんに厳しくされたのがその理由の一つでもあるのだけど、今まで僕から周りの女の子と関わって来なかった。

 女子高生に編入されると分かった時は息苦しさを感じた。

 けれど、僕が女性が苦手と言うのを彼女たちに知られる訳にはいかない。

 だって彼女たちは自分の将来を考えてこれから僕と過ごす事になるのだから。

 だからこそ僕は彼女たちの想いに応えないとならない。

 勿論、僕を好きになってくれる子がいればいいんだけどね……。

 この学園で過ごす間に僕はちゃんと結果を残さないといけない。母さんが期待してくれているんだから。

 気持ちを改めて学園に通う女の子たちと向き合っていこうと決意をした。

 

「テスト範囲はこんなところだろうか。御崎さんは苦手な教科ってある?」

 

 あまり勉強が得意じゃない御崎さんに声をかけた、彼女は端末を操作してテスト範囲のメモを残す。

 相倉さんが勉強を教えているようだけど僕からできる事があれば手を貸してあげたい。

 でも、自分の部屋に女の子が三人も来てるのは何だか変な感じだ。

 子どもの頃から仲がいいなんて言える友達すらいなかった僕がこうやって誰かと一緒に勉強するなんて言う機会はなかった。

 御崎さんが苦手な教科を教えて貰い、僕はテスト対策用のデータを彼女の為に準備しようと思った。

 勉強で苦労するのは学生の悩みの一つでもあるから少しでも御崎さんがテストの問題を解けるようになれば良い。

 学園サーバーを使って勉強に必要なアプリケーションはダウンロードできるようだ。中学生の頃にそういうデジタルな教材は使った事が無かったから、学園は一歩先の未来へ進んでいるんだなって感じる。

 玲さんは「自分で作った方が早い」と言っていた。

 

 僕たちは静かにテスト勉強を進める。LIMEで彼女らとやり取りをする様になってちょっとだけ充実した学園生活を過ごしている気がするんだ。

 

 勇人は改めて自分を変えていこうと決意して。学園に通う女子達にしっかりと向き合っていこうと思うのだった。

 彼が彼女に"再会"するのはもうすぐ後の出来事。



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31.「私はあなたに会いに来たの」

 勉強会が終わって僕はベッドの上に寝転んでいた。

 LIMEにはグループのメンバーからメッセージが届いていた。

 相倉さんからの提案でテストが近くなればお互いの都合が合えばまた一緒に勉強しようとの事だった。

 玲さんはスタンプで返事をして、僕も同じように返信する。

 

 女の子とこう言ったやり取りができるようになったのは少しだけ進歩したと思う。

 この広い部屋に彼女達が訪ねて来た。今度は緊張する事のないように接しよう。

 三年間というのは長いようで短い期間──学生生活を一日も無駄にする訳にはいかない。

 もっと僕の方から女の子達と関わっていかなくちゃいけない。

 

 神崎さんと話した時に色々と説明を受けたけれど、プロジェクト自体は今のところは特に大きな進展は見られない。

 それが良い事かと言えば違うんだろうなあ。

 僕が何もしていないと言うのを自分でも分かっている。

 だからこそ僕は周りにもっと関わるを持たないといけない。

 

 プロジェクトの対象である女の子らが他の学園に編入したと言う話はまだ耳にしないから皆それぞれ思うところがあるのだろう。

 だから、僕は彼女達に恋人だと認めて貰えるような振る舞いをしなくちゃいけない。

 

 スマホの充電が終わって僕は寝る為に部屋の明かりを消す。

 

「ん? 今の音は何だろう?」

 外から聞こえて来た音が気になって僕は部屋の窓を開ける。

「いったーい」

 窓の下から声がしたから覗いて見ると知らない女の子が尻持ちをついていた。

 女の子は僕と目が合うと罰の悪そうな顔をして視線を逸らす。

 

「ちょっと待ってて!」

 眠気なんて吹き飛んでしまった僕は慌てて部屋を出て夜に出会った不思議な女の子の元へ。

 

「大丈夫? ケガとかしてない」

 彼女の側に駆け寄った僕はそっと手を差し出す。

「騒がしくしてごめんなさい」

 彼女はその手を取って立ち上がる。

 綺麗な瞳をした子だなあと思った。月明かりが彼女の顔を照らし出す。

 初対面の相手に警戒心を持たせないように僕は礼儀正しく振る舞う。

 これも子どもの頃から教育を受けて来た事で意識しないでも自然とできるようになった。

 

「……夜の遅くに珍しく騒がしかったから驚いたよ」

 僕がそう返すと彼女の顔はみるみるうちに赤く染まる。

「ちょっと気になる事があって、本当にごめんなさい」

「ケガは無いんだよね? 安心した」

「うん」と頷くと落ち着きなく彼女を上下に揺らす。

「女子寮へは戻れそう?」

「うん、それは大丈夫」

 彼女がここで何をしていたのか聞くべきなんだろうけど事情を知ったところで僕に何ができるわけでもないから理由は聞かないでおいた。

 

「あなたが小鳥遊君だよね?」

「えっ……? そうだけど」

 初対面の女の子がいきなり僕の名前を出して来たから驚いた。ああでも、この学園に通う子なら名前くらいは知っててもおかしくないか。

 何て自分の頭の中だけで納得していると女の子は僕の顔をじっと見つめて「ふーん」と言う言葉を漏らす。

 

「ちょっと様子を見るだけだったけれど本人に会えたのはラッキーね」

 小さくガッツポーズをする女の子に僕は状況が飲み込めないままポカーンとしていた。

 

「私はあなたに会いに来たの。【小鳥遊勇人】君」

 真っ直ぐな瞳が僕を捉える。真剣な表情に僕はドキリとする。

 

 

 *

 

 私は母親の決めた結婚相手とのお見合いに嫌気がさしていた。

 子どもの頃から両親みたいな立派な大人になる為に自分を押し殺して習い事に励んでいた。

 お父さんはすごく優しい人で辛くていつも泣いていた私を抱きしめてくれて側にいてくれた。

 家でのお父さんの立場は低くてお母さんや周囲の女性たちからはあまりいい扱いを受けていなかった。

 男性の割合が極端に減っている中、自然受精で生まれた私は大きな期待を背負ってしまう。

 それはまだ小さな女の子には到底耐えられるようなものじゃなかった。

 小学生になる頃にはお母さんが私の将来の結婚相手とのお見合いを勧めてきた。

 

 あの頃の私には結婚の意味はよく分からずお母さんに言われた通りにお見合い相手に会う日々が続いた。

 

「我が家計をあなたの代で絶やすわけにはいかないのです」

 これがお母さんの口癖だった。私は言われた通りに相手に好印象を与える振る舞いをして小学生ながらお見合い相手に気を遣う。

 そんな日常に違和感を覚えたのは中学生になったころ。

 私の家は古くから続く由緒正しい家柄でお屋敷を構え周囲の景観から明かに浮いた雰囲気を漂わせていた。

 

 お母さんの仕事があまり上手くいかず苛立ちをぶつけられる事も多くはなかった。

 その度にお父さんは「ごめんな。お父さんが何もしてあげられないばかりに」と謝るばかり。

 お父さんはたまに私に昔の事を話してくれる事があった。

 お母さんの実家は有名な資産家で手広く商売をして会社の実績を伸ばしていたらしい。

 お母さんとは会社の経営が順調な時に出会った──お父さんの方から何度もアプローチをしてようやく結婚する事ができた。

 だけど、お父さんが継いだ会社の経営が傾いて生活が苦しくなった時にお母さんはお父さんを見捨ててまだ小さかった私を連れてお母さんの実家に帰って来た。

 それからは母と娘二人だけの生活が始まった。

 お母さんは何日も家に帰って来ない事も多くなくて私はいつも一人でご飯を食べていた。

 中学生になる頃には私達親子の関係は完全に冷え切っていた。

 私は親の世話にならない寮付きの高校へ進学を決めて家を出た。

 もちろん私の進学先は母には伝えていない。

 これからは自分の力だけで生きていこうと決心したからもうお母さんの世話になるつもりはない。

 だけど、心残りがあるならお父さんの事、あまりいい思い出は無いけど、お父さんは私と離れてどうしてるんだろう? いつかまた再会したいなぁ。

 必ずお父さんに会いに行こうと思う。

 

 この学園に入学してからは周りとのギャップに少し落ち込み気味だった……。

 有名なお嬢様たちの通う学園で私の居場所はなかった。

 クラスにも馴染めず放課後は真っ直ぐ寮の自分の部屋帰る。

 そんな日々が続いたある日、いつものように廊下を歩いていると人とぶつかる。

 

「いったーい」

 私はその場に尻もちをついてしまう。

「大丈夫?」

 ぶつかって来た相手は私の側に寄ってきて手を差し出して来る。

「本当にごめんなさい……って。ええっ!? 男の子!?」

 目の前の相手が男の子だと分かった私は動揺してぱっと手を離す。

 どうして女子校に男子生徒がいるのか理解できず私の思考回路はフリーズしたまま。

 

 相手の男の子は必死になって弁解する。私達のやり取りは他の生徒達から注目を集めていた。

 あまり目立つのはまずい気がして「あっ! そうだ急いでたんだった! ごめんなさい私もう行くね」と咄嗟に嘘をついてその場を離れた。

 それから真っ直ぐに自分の部屋へ戻ってけど、さっき会った男の子の事が気になっていた。



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32.「僕がこれからやらなくちゃいけない事」

 〈学園の雰囲気が変わって来たみたいね〉

 

 小鳥遊君がうちの学園に通うことになってから園内の雰囲気も独特なものへ変化した。

 女子生徒達はそれぞれが自分のアピールポイントを理解して長所を伸ばしている。

 私は理事長として学園を任されている立場。歩美さんから大事な息子さんを預かっている

 

 プロジェクトの事を全校生徒に伝えてからこの学園を去る事を選択した女の子はいない。

 他校への編入の手続きを迅速に進めるのは私の仕事の一つでもあるのだけれど。

 生徒たちが選んだ事を支えてあげるのは他の先生たちの役割。

 私の仕事はあくまでも学園に関わる事務的な処理からプロジェクトの進捗状況の報告などデスクワーク中心。経営や学園の運営の事もしっかりと考えなくてはいけない。

 

 歩美さんが今度学園を訪れる事になっている。都合を合わせて何度も訪問すると言っていた。

 息子さんの事が気になるのかしら? 

 母親の想いを彼がどの程度理解しているのかは分からないけれど、少なくとも歩美さんは勇人君を大事に思っている。

 本人はなかなかそう言った事を自分の口から彼に話そうとしない。

 親子なんだから気を遣わずにいればいいのに。歩美さんは仕事ばかりで息子と向き合う時間を取れなかった事を悔やんでいるみたい。

 赤の他人の私から見ても心配になるくらいかなり複雑な親子関係。

 今日も一日の仕事を始める為にコーヒーを準備する。モニターに映し出された勇人君からの報告書に目を通しながら「ふぅ」と一息ついた。

 

 

 *

 

 テストが近いから放課後は部活動は休みで教室に残って勉強するクラスメイトの姿を見かける。

 僕の午後からの予定は特に無い。これから自分の部屋へ戻っても良いのだけど、昨日夜あった出来事を思い出していた。

 名前も聞かなかった女の子、彼女は僕に会いに来た何て言ってたっけ。

 部屋で聞いた物音もきっとあの子が僕に会う為に行動したからなんだろう。

 同じ学園に通っているのならもしかしたらまたどこかで会えるかもしれない

 クラスに残る女の子たちからの視線が気になるけれど僕はタブレットを取り出してテスト範囲を確認した。

 

「小鳥遊君。良かったら私達と一緒に勉強しない」

 タブレットを机の上に置いて頬杖をつくとクラスの女の子に声をかけられた。

 僕は彼女がついさっきまでいたグループの方へ目線を移すと何人かの女の子と目が逢う。

 

「お邪魔じゃないのなら」

 そう返事をして女子グループの輪に入る。これからはこういう機会も増えて来るだろうから慣れなくちゃいけないなあ。

 僕はバッグを床に置いて僕を誘いに来た女の子の隣に座った。

 彼女ははにかんだ笑顔を見せてくれた。

 ふわりと香る良い匂い。女の子って本当に良い匂いがする。

 タブレットを操作して勉強を教え合う。殆ど初めて話す子ばかりで少しだけ緊張した。

 彼女達が今の僕をどういう風に思っているのはわからないけれど、こんな僕とコミュニケーションを取ってくれるのはありがたい。

 クラスメイトの名前は覚えておかないといけないや。

 

 時刻は十八時になろうかとしていた。ホームルームが終わってから教室で勉強を三時間くらいやってた事になる。

 

「今日は勉強に誘ってくれてありがとう。また機会があれば遠慮なく声をかけてね」

 誘ってくれた女の子にお礼を言ってから教室を後にした。こんな時間まで学園にいるのは珍しい。

 僕は軽やかな足取りで真っ直ぐ自分の部屋へ向かった。

 

「ふぅ」

 髪の毛をドライヤーで乾かして一息つく。僕の部屋には風呂が付いているのがありがたい。

 さっきまで長風呂していたから体はポカポカと暖かい。

 スマホをベッドの上に置いて寝転んだ。これからこの間みたく女の子達がこの部屋を訪ねて来る機会も増えていくんだろうなあ。

 

 相倉さんや御崎さんとは仲良くやれているけど、まだ特定の誰かと深い関係になった訳じゃない。

 彼女らにはそれぞれに僕と関わる目的があるんだろう。

 そうだ、分かっているさ。

 プロジェクトに関係しているのは僕だけじゃない、この学園に通う女子が対象なんだ。

 今年卒業する上級生は必死になっているのだろう。

 将来の事を考えて自分達がどう行動するべきなのか皆知っている。

 僕からもっと積極的に関わっていかなくちゃいけないんだ。

 すぐにやってみよう。明日からクラスメイトの女の子達とちゃんと接していこう。

 そう決意した僕はクラスメイトの名前と顔を覚える為に夜の遅い時間までパソコンに向き合う。

 結局、寝るのは二十三時を過ぎた頃だった。

 LIMEにメッセージが届いていたのに気がついたのは翌日になる。



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33.「私のなりたい私って何だろう?」

 全校生徒は理事長からの呼び出しで集められる。

 学園側から生徒達に大事な話があるらしい。クラスの子達は「何の話だろう?」とあれこれ予測を立てていた。

 女子生徒しか通えないはずのこの学園にどうして男子がいたんだろう? 

 私はその事で頭が一杯だった。

 

(さすがの人数だなぁ)

 

 全校生徒が一つの場所に集まる──クラス毎の人数が多いからかなり窮屈に感じる。

 周りは少しざわついているけれど、私達は準備された椅子に座おって理事長の話を聞く。

 なんとも言えない雰囲気の中理事長は学園が遂行するあるプロジェクトについて説明を始めた。

 

 〈ハーレム・プロジェクト〉 (正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)

 

 近未来の人口増加を目指す一大プロジェクト。

 この学園に通う私達生徒はその計画の一端を担っているらしい。

 理事長の言葉に周りが騒がしくなる。その反応も当然だと思う。私達は入学する時にそんな事は聞かされてないし……。

 学園側に不信感を抱く子が出ても不思議じゃない。理事長はプロジェクトの意味を生徒達に伝える。

 半信半疑で話を聞いている子がほとんどだけど中には逆な反応を見せる子もいた。

 生まれや家柄でお嬢様達はそれぞれプライドを持っていた、自分よりも立場の下な子達を奴隷のように扱っているのを見かける。

 私はああいうのは大嫌いで注意した事もあるんだけど、彼女らは聞き入れてくれなかった。

 そんな私達が女子生徒が皆同じ状況に置かれているという事、プロジェクトに関われば約束された未来が待っていると言う説明に目を輝かせる子がいる。

 

 その日を境に学園内の雰囲気がちょっとずつ変わっていく。

 まずは生徒たちが皆身嗜みに気を遣い始めた、制服を着崩していた子も胸元のリボンを結んでしゃんとした格好をする。

 メイクをして来てる子もちらほらと見かける。皆Aクラスにいると言う意中の人が気になるみたい。

 

 プロジェクトに関わる気の無い生徒には学園側が新しい編入先を手配してくれるみたいで近いうちに全校生徒にヒアリングをして今後の自分の身の振り方を選択する。

 

 私はどうしようかな? 親元を離れてこの学園に進学して将来の事なんてまだまだずっと後の事だと思ってた。

 周りの子たちがアクションを起こす中、私自身も今後どうするべきなのか考えてみよう。

 

 あの時、偶然出会った男の子がきっと【小鳥遊勇人】君なんだろうなぁ。

 彼は初対面の私にどんな印象を持ったのかな? 

 もしかしたらあのやり取りを覚えてすらいないかも……。

 第一印象で大方のイメージが決まるって言う話を聞いた事があるけど、私も彼の事を知らないからこれから少しずつ分かるようになればいっか。

 

 放課後の校舎は静かな時間が流れる──部活に精を出す子もいれば真っ直ぐに自分の部屋に帰る子もいる。

 皆、それぞれが自分の時間を過ごす中で、私は入部希望届に視線を向けた。

 

「……何の部活に入ろうかなぁ」

 部活は強制じゃ無いんだけど、せっかくの学園生活だからハリのあるものにしなくちゃね! 

 夕暮れに染まる教室で一人まだ何も書いていない一枚の紙を眺めながら放課後を過ごす。

 

 

「今日も疲れちゃった」

 自分の部屋に戻ってからは制服も脱がずに真っ先にベッドに倒れ込む。

 

(ちょっとくらいなら寝ちゃっても大丈夫だよね?)

 

 さすがに眠気には勝てないから十分だけでも良いから眠っちゃおう。

 十分後にアラームをセットしてうつ伏せのままゆっくりと目を閉じた。

 

 ピピピ

 

 時間通りに鳴るアラームを止めてベッドから体を起こして軽く伸びをする。

 欠伸が出るのを我慢しつつ着替えを持って女子寮の大浴場へ。

 

 お風呂に入る時間は特に決まりが無くて生徒たちが自分の良い時間に入浴する事ができる。

 お嬢様たちの通う学園なだけあって女子寮の大浴場はかなりの広さがある。私の実家のお風呂もそれなりに大きかったけれど、比較するとそれほどじゃない。

 脱いだ下着を洗濯機に入れてスイッチを押す。この時間帯だと誰も使っている子はいないみたい。

 女湯には最新型の洗濯機が何台も備え付けてあってそれを使って服を洗濯する。

 時々、他の子下着を自分のと間違えちゃいそうになる事もある。

 それから自動販売機もあって冷たい飲み物が売られていて百円あれば全部買えちゃうのはお得じゃないかなぁ

 ワンコインで買えるのはすごくありがたいし、意外とドリンクの種類も豊富。

 シャンプーやボディーソープは事前に注文すれば購入できる。

 一応寮の購買部でも売っているから困った時は使ってみるのもありかも。

 

 チャポン! 

 

「ふぅ」

 体を洗ってお湯に浸かる。お風呂に入るとさっきまでの疲れは抜けて温かいお湯が体を解していく。

 じっくり一人で考える時間も欲しかった私は長い時間入浴する。

 

「そろそろ上がろうかしら」

 お風呂から出ようとすると浴場の扉が空いて誰か入って来た。

 

「あ、誰か入ってたみたい。こんな時間に珍しい。私だけかと思ってた」

 顔も知らない女の子がお風呂に入って来た。彼女は体を洗ってシャンプーを済ませて私の方に近づいて来る。

 

(せっかく一人で考えてたのにこれじゃあ台無しじゃない)

 

「待って! もし良かったら少しお話ししない?」

「えっ……?」

 この子は何を考えているんだろう……。顔見知りでも無い相手にいきなり話しかけるなんて。

 

「私、もう上がろうと思ってたんだけど……」

「そうなんだ? それじゃあ引き止めちゃってごめんね」

 そう言ってあっさりと引き下がる彼女の様子を見て私はちょっと面をくらう。

 

「別に少しだけならいいよ」

 私は彼女の隣に座る。

「そう? 迷惑だったらすぐに言ってね」

 パッと明るい表情を浮かべると彼女は目を輝かせて話始める。

 

「あのね。実は私クラスの友達とあまり上手くいってないんだ」

「たはは」と笑うけど、その顔はどこか寂しい雰囲気を漂わせていた。私は黙って彼女の話を聞く。

 

「あなたは今の学園の状況をどういう風に捉えてるの?」

「分かんない。理事長から説明された事も正直あまりピンと来てない」

「そうだよねー。うん、私その気持ち分かるよ。いきなりだったもんねー。私らが学園に通っている理由がまさかあんなプロジェクトの為だと聞かされた時はびっくりしたよ」

「将来の事なんて今までちゃんと考えて来なかったからこれから自分で選択できるのはまだ恵まれているんじゃないかなって思うの。もちろん最終的には彼に選んで貰えるような女の子にならなくちゃいけないんだけね」

 彼女はプロジェクトに対して真剣に考えていると分かる──私が学園に通っている意味をもう一度よく考えさせられる。

 嫌なら他の学校へ転入もできるし結局自分の事は自分で決めるしかない。

 

 私のなりたい私って何だろう? 

 未来のビジョンなんてすぐには浮かんでこないし、ましてや今はまだ自分の中でもこれからどうすればいいのか答えすら出ていない。

 名前も知らないこの子はしっかりと決断したんだろう。私にできることは──

 彼女と話してお風呂を出る。私は部屋に戻った後にもう一度自分自身に問いかける。

 今後のこと、未来の情景を描いて眠りについた。



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34.「偶然の再会」

「次の授業って何だっけ?」

「確か体育だったはず。私達は教室《ここ》で着替えるけど、どうする?」

「私もそうしよっかなぁ。どうせ女子しかいないんだし」

「だよねーあんたもさっさと着替えちゃいなよ」

 クラスメイトの会話を聞いた僕はため息一つついてスポーツバッグに手をかけて立ち上がる。

 僕が立ち上がるとクラスの女子からの視線が集まる。

 女の子達は照れたように頬を染めている。男の僕が女子しかいない教室で着替えるのは苦痛でしかない。

 まず目のやり場に困る……。

 女子しかいない教室だと案外彼女達は大胆な行動をする事が多い、プロジェクトの件が全校生徒に知られてからは振る舞い方を変える子が増えてきた。

 

 まず教室や廊下で女の子達に挨拶をされるようになったのが小さな“変化”の一つだ。最初の頃と比べたら男子の僕に対する接し方が柔らかくなった気がする。それでもまだ冷たい視線を感じる事はあるんだけどね。

 

「小鳥遊君がいても私達は気にしないんだけどねー」

「むしろ彼に私のプロポーションの虜になって欲しいくらい」

「あんたずるいわよ! 色仕掛けなんて!」

「だって女ならそう言うところも武器にするべきじゃない? ぐずぐずしてたらあっという間に三年間が過ぎちゃうからねぇ」

「言えてるー私らは彼に選ばれないと将来無いしね……」

「うちのお母様にプロジェクトの事話したらものすごい事になったの」

「うちもだよーチャンス貰ってるならそれを活かしないってうるさくて」

「どこの親も似たようなものなんだね。うちだけかと思っちゃったよ」

「けどさ、私らは小鳥遊君と同じクラスなのにあんまり彼と話してないよね」

「確かに」

「もっと積極的にならないといけないのかもね」

「抜け駆けって言うの違うと思うんだよね。学園に通う女の子全員にチャンスがあるわけだしさー彼に選ばれるかは結局は私達次第ってこと」

「やっば! 急がないと次の授業に遅れちゃう!」

「あ! 待ってよー私もすぐに行くから」

 何気ない会話を聞いていたAクラスの女子達はそれぞれ今後の事を考えるのだった。

 

(この状況は非常にまずい……)

 

 今日の体育の授業は柔軟──マットの準備を手伝う中僕は鬱屈な気持ちになっていた。本来ならば体育は男女別の授業になるはずなのに何故か今日は女子と同じ柔軟をやる事になった。体操着姿で整列するクラスメイト、チラチラと僕の様子を伺う子がいる中で自分だけ疎外感を覚えながら体を動かして行く。

 普段からあまり運動をする方じゃ無いけど体育の授業で体を動かす程度なら問題ない。

 女子からの視線を感じるけれど、授業に集中しようと頭をリセットして柔軟に挑む。

 

「それじゃあペアになって! 授業を始めるわよ」

 先生の掛け声を聞いて僕は周りを見渡す──けれど誰もペアを作ろうとしない。

 

「どうしたの? 皆、ペアを作らないと授業が進められないわよ」

 女の子達はキョロキョロとしてペアを組む相手を探す。こう言う時は積極的に行かないと最後に一人余って結局、先生と一緒になる事があるんだ。

 何故詳しいかって? 僕は先生と組む機会が多かったから。中学生時代に仲が良い友達もいなかったし、先生と組んでも気にしなかったけど僕が当時のクラスメイトにどういう風に映っていたのかは今は知る由もない。

 僕はペアを組む相手なんていないから女子の輪から離れる。

 先生の言葉でペアを組んで行く皆を眺めながら準備体操を進める。

 

「ねえ、良かったら私とペアにならない?」

「えっ……?」

 まだあまり話した事のない女の子に声をかけられた、彼女は僕の腕に自分の腕を絡めてガッチリとホールドする。

 腕に生暖かい感触を感じて胸がドキドキしてきた。

 

「もしかして私の胸でドキドキしてる?」

 耳元で優しく囁いて更に体を密着させてくる。女の子の良い匂いと柔らかな感触を肌に感じる。

 

「あのさ、胸当たってるんだけど……」

「自分から小鳥遊君と密着させてるの、もっと私で感じて?」

 上目遣いで見つめて来る女の子に僕はどうして良いのか分からずにリアクションできない。

 

「ちょっとこっちに来なさい!」

「いや〜ん。せっかく良いところだったのに」

 僕から引き離された彼女は名残惜しそうに連れて行かれた。女子の輪の中にいた御崎さんと目が合うと僕は気まずそうな表情をする。

 

「小鳥遊君も早くペアを作っちゃいなさい」

 先生の言葉に僕は渋々従う事にする。女子はもうペアを作っていて結局僕は余ってしまった。

 

(さてと、どうなる事やら)

 

 明らかに浮いている僕を見て先生がやれやれと言った表情を見せる。

 

「仕方ないわね。小鳥遊君は私とペアになりましょう」

 僕は先生の側で準備運動をする──大人の女性と接するのはそんなに無いから緊張する。

 て言うか体を動かしているとやはり女子からの視線が集まる。

 注目されるのにはいい加減慣れなくちゃいけないなあ。

 今日の授業は何だかゆったりと時間が流れる気がするんだ

 

「それじゃあ今から先生がやる柔軟をみんなもやってみて。小鳥遊君は先生の背中をゆっくり押して貰えるかしら?」

 マットな脚を開いて体を前に倒して柔軟やる先生の指示に従って背中を押す。

 かなり体が柔らかいのか胸が地面についても先生は苦しそうな顔も見せずに続ける。

 

 女子たちも真似をするけど、流石にここまで柔らかく無い子ばかりなのか苦戦しているように見えた。

 

「先生凄すぎ! どうやったらそんなに体柔らかくなるの?」

「学生時代から柔軟は続けて来たから皆は若いんだからこれからよ」

 先生は姿勢を変える──脚を上下に開いてゆっくりと伸びを始める。

 

「ごめん小鳥遊君。あなたも授業に参加して良いわよ」

 別に準備されたマットを眺めながら考える、まさかあれを僕もやるのか? 先生の真似はできそうに無いから適当にやるしかないそうさ。

 

 苦しそうな顔を見せる子もいれば先生みたいに体の柔らかい子もいる。

 僕は座って体を前に倒す──いてて、これは意外とキツいぞ……。

 普段からあまり運動をやる方じゃない僕の体は結構硬い。

 女子に混じって一緒に体育の授業を受けているなんて何か変な感じだけど仕方ないだと割り切ってる。

 女子たちが休憩している間も僕は一人で柔軟を続ける。チラチラと見ていた子達は今度ははっきりと僕の方へ視線を向ける。

 

「小鳥遊君。少し休んでいいわよ」

 先生の言葉に僕はマットに寝込んだ、高い天井を眺めて呼吸を整える。

 休憩が終わったら次は先生の柔軟を手伝う事になっている。

 指示された通りにペアとして授業の補助をして行く。たまにはこう言うのも悪くないか。

 体育の授業は問題なく終わり僕は自分から進んでマットを片付ける。

 

「ありがとう。手伝わせてごめんなさいね」

「いえ、僕が自分でやっていることですから」

「次の授業はきちんと小鳥遊君も参加できるものにするわ。今日の授業は流石に緊張したんじゃない?」

「そうですね。女子だけの体育の授業を僕が受けるなんて経験ありませんでしたから緊張感しましたよ」

「学園側もねあなたと女子生徒たちとの交流の機会を増やす目的があるみたいなの。私たち教師も例のプロジェクトの事は聞かされているし、成功する為に協力しなくちゃいけないの。それも私たちの仕事だから」

 道具の片付けも終わって僕も教室に戻る事に、ジャージ姿で廊下を歩く。広い校舎の中をゆっくりとした時間が流れる。

 更衣室に向かう途中にFクラスの前で足を止めた。

 

(相倉さんはいるだろうか?)

 

 僕の周りも随分と賑やかになった気がする。

 

 クラスの違う相倉さんは初めて仲良くなった女の子。それから御崎さんに玲さん。LIMEなんて使う機会はなかったのに今ではグループチャットを使って色々な事を知る事ができた。

 これから周りにもっと関わっていきたいと決めた僕は「よし」と小さな声で気合を入れてからFクラスの教室を離れる。

 

「えっ……?」

 顔を前に向けると一人の女の子がそこにいた。

 

「……キミは確か」

 目の前にいる子の顔をじっと見つめる。

 

 そうだ、僕は彼女の事を知っている──まさかこんなところで会うなんて。

 もう二度と出逢うことはないだろうと思っていた相手に偶然に再会する。それは新しい物語のページを開くような感覚でまるで僕たちがまた逢う事が運命的なものだと感じられるようだった。



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35.「もう一度君に逢えるなんてね」

「……君は確か牧野さん?」

 目の前にある短い髪がふわりと揺れた、艶やかで綺麗なピンク色の唇。僕が最後に会った時の牧野さん(かのじょ)とは若干違う雰囲気を漂わせていた。

 それでも分かるんだ。僕は彼女を知っている。

 

「どうして君がこんなところにいるの」

 中学時代の同級生が同じ校舎にいる事自体に驚きを隠せなかった。

 彼女と話した事は数えるほど多いわけじゃないけれど、唯一僕が自分から話しかけた事がある相手だから。

 

「本当に小鳥遊君なんだ、また逢えて嬉しいです」

 彼女は目に涙を溜めて喜んでくれた。僕とまた逢えたのがそんなに嬉しいんだろうか? ついこの間まで中学生だった僕らは高校生になったから言って大きく変わったわけじゃない。

 

「僕の事、覚えててくれたんだね」

 中学時代に仲の良い友達なんて一人もいなかった僕を覚えていてくれてる子がいたなんて。

 教室に戻る途中で運命的な再会をした僕は午後の授業でもその事ばかりが頭の中に残っていた。

 

 放課後の予定がない僕は自分の部屋に戻ろうと教室を出る──騒がしい廊下を抜けて男子寮の方へ歩いていると人気を感じて後ろを振り返る。

 

(誰もいないか)

 

 気のせいだと思って歩く始めるとスマホのバイブレーションが振動する。すぐさまポケットから取り出してみるとLINEの通知を知らせていた。

 アプリを立ち上げてグループチャットを開くと相倉さんから今度みんなで集まってご飯を食べようと言う誘いを受けた。

 僕も御崎さんや玲さんに習ってすぐに返事をして予定を決める。いつのまにか当たり前のようになったLINEでのやりとりはいつだって僕は新鮮に感じる。

 これからこうやってやりとりをする女の子が増えてくるんだろうなあ。母さんの番号しか登録されていなかった僕のスマホにはもう三人の女の子の連絡先が登録されている。

 スマホをポケットに突っ込んで再び歩き始めようと顔を上げると女の子と目が逢う。

 

「……あ」

「こんにちは」

 偶然なんだろうか? それとも僕が来るのを待っていたのだろうか? 

 目が合った女の子が自分の知り合いだとすぐに分かった。

 

「やあ、牧野さん。まさかまた会うなんてね」

「……そうだね」

 彼女は慌てた様子を見せると何か言いたげに口をモゴモゴと動かしている。僕は牧野さん言葉を発するまで待つ事した。

 ほんの数秒僕らの間に沈黙の時間が流れると彼女は何か決心したみたいに手をぎゅっと握って深呼吸。

 

「あのっ! 小鳥遊君、これから時間ありますか?」

 勇気を振り絞って発した言葉はしっかりと僕の耳まで届いた。

 

「うん。大丈夫だよ」

 僕は牧野さんに優しく微笑みかけ彼女の用事に付き合うことになった。



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36.「小さな幸せを見つけてみようか」

(緊張したなぁ)

 

 教室に戻って来てからの私はさっきの出来事を思い出していた。まさかあんなとこで小鳥遊君に会えるなんて思いもよらなかったから。

 内気な私は他の子たちみたいに積極的に彼に関わっていけるような性格じゃないのはわかってる……。

 だけど、せっかく同じ学園に通えているのんだから今この瞬間を無駄にはしたくないってそう思うの。

 

 もしもだけど、小鳥遊君と恋人同士になれたとしたらすごく幸せな事じゃないかな。それはずっと私が望んでいたことでもあるの。

 中学を卒業してもう二度と逢えないと思っていたんだけど、運命の悪戯なのか私はもう一度彼に巡り合うことができた。

 このチャンスを逃したくない! 

 今の自分を変えなくちゃ! 期間はたったの三年間しかないんだし……。

 

 *

 

 僕は牧野さんと一緒に廊下を歩いている。彼女の予定に付き合うとはいったけれど、どこで何をするのかはまだ聞かされていない。

 顔を上げると彼女と目が逢う、僕が笑いかけると牧野さんは頬を染めて照れ臭そうに顔を俯かせる。

 中学時代の同級生とああいった形で再会するなんてね、しかも彼女は僕の事とを忘れていなかった。

 数えるほども話したことがない相手だったのに。

 

 ふと廊下の窓の外を見ると運動部に所属する生徒たちがグラウンドで体を動かしている、彼女たちは放課後の時間を部活動に取り組む、学生なら当たり前の光景だけど、僕にはどこか縁のない事に思えた。

 スポーツは嫌いじゃないけれど、自分から積極的に体を動かすなんていうのはあまり似合わない気がする。

 僕はどちらかと言えばインドア派だし、普段から自分の部屋にいることが多いから。

 

 静かな放課後の時間はいつもよりもゆっくりと流れている気がする──僕は牧野さんとの会話の話題を頭の中で考えながら前を歩いている彼女の後をついていく。

 

「着いたよ」

「ここって女子寮だよね? ここで何をするの」

 僕が連れてこられたのは意外な場所だった。女子寮へは何度か来たことがあるけれど、彼女はここで何をするんだろうか? 

 

「まずは入って」

 牧野さんの言葉のままに僕は彼女の部屋に入る事にした。女の子部屋に入るのはまだ慣れていないから緊張するなあ。

 僕が中に入ると牧野さんはドアに鍵をかける。前に御崎さんの様子を見に彼女の部屋に入ったことがあるけれど、女の子の部屋って本当にいい匂いがするんだな。

 なんていう事を考えていると牧野さんは頭に? マークを浮かべていた。

 

「座って、立ちっぱなしだと疲れると思うよ?」

 お言葉に甘えさせてもらおう。僕はすぐにカーペットの敷いてある床に腰を下ろしてスポーツバッグを脇に置く。

 

 牧野さんはというと僕と近い距離に座り僕らは向き合う姿勢になる。

 彼女の真っすぐな瞳が僕の姿を捉える瞬きすると綺麗な睫毛が上下に揺れる。

 ──数秒感、僕たちは見つめ合う、それは短いようで長く感じられる時間だった。僕は牧野さんが何か言うまで黙って様子を見ていると彼女はその体を僕の方に近づけると二人は吐息がかかるような近い距離まで接近する。

 

 こうしてじっくりと牧野さんの顔を見ると彼女はとても魅力的だと感じた。可愛いと言う言葉が似合うほどに整った顔つきはこうやって近くで見て初めてわかることができた。

 

「ちょっと顔が近いね」

 僕がそういうと牧野さんは照れたように頬を緩める。それから数秒の間、また沈黙を迎えたかと思えば彼女はゆっくりと口を開く。

 

「今日小鳥遊君に私の部屋に来てもらったのはどうしても伝えたいことがあったんです」

 急に敬語で話し出す牧野さんはやっぱり緊張してるみたいだ、僕は口を挟まずに彼女が次の言葉を発するのを待った。

 

「ずっと、伝えたいと思ってたの。だけど、中学生の頃は結局言えなかったから……。またこうやってあなたに逢えた事を嬉しく感じます」

 僕に逢えた事をこんなにも喜んでくれるなんて聞いたらこっちも嬉しい気持ちになる。

 

「私は、私は小鳥遊君の事が──」

 意を決して次の言葉を出そうとした瞬間、ポケットの中に入れているスマホのバイブレーションがブルブルと鳴った。

 

「ごめん。一応マナーモードにはしてたんだけど……」

 すぐさまポケットからスマホを取り出して確認するとLINEのグループチャットにメッセージが届いていた。

 

 牧野さんはそれを覗き込むとハッとした表情になる。

 

「そうだ、良かったら小鳥遊君の連絡先教えてもらえませんか?」

「えっ? 僕の連絡先知りたいの?」

 意外な言葉に驚いた。牧野さんは「うん」と頷くと自分のスマホを持ってくる、僕がLIMEのアカウントを教えると目をキラキラと輝かせていた。

 

「実は一応グループも作ってあるんだ」

 僕は牧野さんをLIMEグループに招待してあげた。僕たちのトーク欄に新しいメンバーが増えた。

 相倉さんや御崎さんはすぐに反応してくる──僕は彼女たちに新しく加わった牧野さんの事を説明すると各々にスタンプで返信をしたりして彼女を歓迎した。

 玲さんもLIMEを使いこなしているみたいだし、僕らはお互いに自己紹介をする。

 相倉さんの声かけでまた今度みんなで集まろうって事になった。

 

「牧野さん、改めてよろしくね」

「うん! よろしくね小鳥遊君」

 久しぶりに“再会”した同級生との思い出話に会話を弾ませるなんていうのは僕にはできないけど、今日こうやって彼女とまた逢えた事が僕にとって細やかな幸せの一つになるんだろうなと思った。



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37.「このきっかけが私を変えていく気がするの」

 小鳥遊君の連絡先を教えてもらった私は彼が帰った後、自分の部屋でスマホを眺めてた。

 ホーム画面は昔小鳥遊君と一緒に見た夜空の風景であの日以来ずっと同じ画像を使っている。

 純粋に綺麗な風景だから好きだというのもあるんだけど、私にとっては初めて誰かと一緒に過ごした貴重な時間でもあった。

 

 彼と話した回数は数えるほどじゃないけれど、それでも思い出に残っている。

 この学園にはお母さんに勧められて通う事になった。実家の跡を継ぐために少しでの立派な女性に成長してほしいという願いも込められている。

 

 最初は乗り気じゃなかった。中学時代にあんなできごとがあったんだし、友達なんて必要ないとも考えてた。

 お父さんもお母さんのすごく優しい人で小さい頃から私は大切に育てられてきた。

 牧野家は子どもがなかなかできない家系でお父さんたちが結婚した時に親族らの期待を一身に背負って苦労したとよく話してくれたことがある。

 

 私もそんな両親の期待に応えたくて勉強や自分にできる事を最低限努力した、色んな人たちからのプレッシャーは子どもだった私にはかなり堪えるものだったけれど、そこから逃げ出さずに今までやってきた。

 

 小鳥遊君と初めて会った時、彼はお手伝いさん? の運転する車で学校へ登校してきた。

 最初のうちはその珍しさにクラスメイトたちがこぞって声をかけていたけど、一週間も経たないうちにいつもどおりの日常が戻ってきた。

 彼はいつだって一人でいる事が多かった。クラスに仲の良い友達がいたのは見たことがないし、放課後になるとすぐに家に帰る。

 

 自分で望んで周りの人と距離をとっているようにも見えた。

 学園に進学してきてから彼の事を色々と耳にする機会が増えた。

 子どもの頃から親による英才教育を受けていただとか、彼のお母さんは政府にも顔の利く人物だとか中には信憑性に欠ける噂も混じってた気がする。

 

 それでも小鳥遊君は自分からそれらの話題について語ることはしないで今の学園の雰囲気の中で自分の立場をしっかりと理解している気がした。

 

 理事長から例のプロジェクトの内容を聞かされてから学園に通う女子達の間には何とも言えない空気感が漂っている。

 三年間という短い期間で自分たちの将来のことが決まってしまう。

 うちのクラスの子たちはプライドの高いお嬢様が揃っているからなかなk納得はしていないみたい。

 

 今まで生まれや自分の家の事で他人を見下していたお嬢様たちが一般の生徒と同じ立場になるのは理解できないことなんだろうなぁ。

 

 登校してきた時、お嬢様が侍女の人に酷い罵詈雑言を浴びせているのを見かける事があった。私はああいうのは嫌い……。

 だけど、今ではそんな彼女たちも大人しく振る舞っている。

 クラス毎に対抗意識みたいなのを感じる──私は小鳥遊君の事を知っているだけマシなのかも。

 彼と全く話ができないで高校生活を終える子だっていると思う。

 だからこそ皆んな必死になってるんだろうなぁ。

 

 学園に通っている今のうちに自分がどうしたいのか決めなくちゃいけない。

 もちろん他の学校への転入だって選択肢の一つだと思う。おそらく何人かの生徒はそれを選ぶんじゃないかなって思う。

 

 私も最初は学園に通う自分が場違いな気がしたけど、今は違う──小鳥遊君とまた一緒の時間を過ごせる事を幸せに思う。

 まだ、私の気持ちを伝えたわけじゃないんだけど、これからも彼と同じ時間を過ごせるのなら──

 

 彼に選んで貰えるにはどうしたらいいんだろう? 今まで以上に努力をしなくちゃね。

 

 LIMEは全く使っていなかったんだけど、こうやって小鳥遊君の連絡先をゲットしたんだしこれからは積極的に使おうと思う。

 

 グループチャットに初めて参加した私を他の子は歓迎してくれた。

 あとで彼に聞いたんだけど、仲のいい子でLIMEで連絡を取り合っているみたい。

 そういうのって良いなぁ。私もその輪の中に入れてもらえるなんてね。

 

「頑張ろっと」

 

 スマホを見ながらぼんやりと次の予定を考える。このきっかけを無駄にしたくない。私の「恋」はまだ始まってすらいないのだから。



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38.「周りがどんどん変わって行く気がするんだ」

 LIMEを起動するとトークのグループを確認するのが日課になっている。

 新しく登録した牧野さんの連絡先を見ながらスマホを操作する。

 ──最近の新しいモデルを使っている僕は機種に特別なこだわりは無い。連絡が取れるようにと母さんがいつも最新のものを準備してくれてそれを使っているだけなんだし。

 初期からインストールされているアプリで不必要なものはアンインストールしてるから容量とかの問題に悩む必要がない。

 もう四人の女の子と仲良くなれた。前までの僕と比較すると驚くらいの進歩だと思う。

 限られた時間で彼女たちとの仲を深めていかなくちゃいけない。

 その手段としてLIMEをうまく使って行こうと思う──こうやって僕と仲良くしてくれる子が増えてくれたら嬉しい。

 

 牧野さんは別のクラスだと思うけど、これからは会う機会も多くなってくるんだろうなあ。新しい出会いはいつだってワクワクとした気持ちになれるんだろう。

 それはずっと僕が感じることの無い感情でもあった。一人を選んで友達もいなかった自分が人と巡り合う事になんて縁がない事だと思っていたから。

 

 いつの間にか学園で過ごす時間をとても大切にしたいと考えるようになった。もっと彼女たちの事を知るべきだと思う。

 早速今日から始めてみようかな。

 いつも通りの時間に部屋を出た僕はまっすぐと教室に向かうのだった。

 

「おはよう御崎さん」

 

 隣に座っているクラスメイトに挨拶してから僕は自分の席に座る──相変わらず他の子からの視線も気になるけど、そんな彼女たちに微笑みを返してからホームルームが始まるのを待った。

 

「皆さん、おはようございます。今日は今後の学戦の行事についてせつめいしますね」

 

 みんなは担任の香月先生の言葉に耳を傾ける。僕はいえばぼんやりと外の景色を眺めていた。

 

「入学してまだそんなに経っていませんが皆さんは今後様々な学校行事に参加することになるでしょう。それは一人一人が意識を持って取り組むことになります」

 

 香月先生は生徒達に諭すように言うと今後実行されるであろう学校行事についての説明を始めた。

 

 詳しい詳細の書かれたプリントが配られそれぞれが目を通していく。

 僕はこう言うことに積極的に参加した試しがない。女子が主役の学園で僕が取り組める行事なんて少ないだろうから──なんて言う事を考えてプリントを見る。

 

 月ごとに様々な行事が予定されていて生徒達に休まる時間は少ない。

 各部活のオリエンテーションは部活に入るつもりのない僕には縁のない行事だし。

 

「ミスコンなんてあるんだ」

 

 年に一度の行事らしく紹介文も他の行事とは違った文体になっている。

 どの行事も女子生徒が活躍できるように準備されたものだ。唯一の男子生徒の僕がやれることなんて──

 

 ──よくプリントを見ていると所々に自分の名前が載っていた。

 これは一体どう言うことなんだろう? ミスコンの所には審査員の項目に僕の名前があるし……。

 ていうか殆どの行事に僕の名前が載せられている。

 

「先生、これってどういう意味なんですか?」

 

 疑問をすぐに香月先生に尋ねることにした。

 

「あら、どうしたの小鳥遊君。何かわからない事があるのかしら?」

 

「行事の至るところに僕の名前が載せられているんですが、これはどういうことなんでしょう?」

 

「あなたにも学校行事に積極的に参加してもらうという事です。名前が書かれている行事に参加することはもう既に決まっていることです」

 

「それって本当ですか? 見たところ僕が参加して良さそうな行事は少ないかと思いますが……」

 

「その辺は調整をしているから大丈夫よ。それに小鳥遊君が参加してくれた方がみんなやる気が出ると思うし、ね?」

 

 先生はそう言ってクラスのみんなに呼びかける──クラスの女子達は頷いて決意を示す。

 後で僕は神崎さんから学校行事の説明を再度受ける事になり、ホームルームは終わる。

 

 教室では行事の話題で盛り上がっている、クラス別に対抗して行う競技とかもあってそれぞれのクラスに対抗心を持たせるのが目的らしい。

 体育祭ではクラスの団結が大事になる種目等が多く導入される見込みだ。

 

 もちろんどの行事の中心は女子生徒達なんだけど、その中で僕は特別な存在らしい。

 今までちゃんと学校行事に参加して来なかったからやる事が増えて来るのを思うと今から気持ちが沈んでくる……。

 周りに積極的に関わって行こうと決めたはずなのに……。

 

「小鳥遊君ってお昼はいつもどこで食べてるの?」

 

 三時間目の授業が終わり休憩中にクラスの子から話しかけられる。

 

「決まった場所でいつも食べるっていうわけじゃないかな。ただ、教室で食べることは少ないけど」

 

「そうなんだーもしも良かったらうちらと一緒に食べない」

 

「いいよ。迷惑じゃないのなら」

 

「やったー。正直断られるんじゃないかなって思ってた」

 

「そんな事しないよ。せっかく誘ってもらえたのに失礼な事できないし」

 

 教室でお昼を食べるのも悪くない──クラスの子と親睦を深めるいい機会かもしれないし。

 

 もちろん彼女達が自分の為に僕と仲良くやって行こうと思っていてもそれでもいいんだ。

 どんなきっかけだろうと僕に興味を持ってくれたんだから。

 

 

 お昼になってさっき僕を誘ってくれた子がお弁当を持って僕の前の席に座る。そこに彼女の友達達も加わって賑やかな感じになる。

 

 僕はあらかじめ買っておいたパンと飲み物を机に置く、少し狭いけれど仕方ないか。

 

 賑やかな食事は嫌いじゃない。女の子達の会話に入ることもせずニコニコとしながら彼女達とのお昼を楽しむ。

 

「小鳥遊君っていつもパンなんだ?」

 

「そうだね、正直量は足りていなんだけど自分でお弁当を準備する事なんてしないからお昼はいつもこんな感じだよ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 彼女は何かを考えるような仕草を見せる、僕は食べ終えたパンの袋をゴミ箱に捨てると次に食べるやつをスポーツバッグから取り出す。

 

 固形のバランス栄養食品とエネルギーゼリーとプロテインバーだ。

 朝ご飯はいつもこの手の食品で済ませる事が多くて常時携帯している。

 手軽に食べられるから気に入っている。

 

 男子寮の僕の部屋には携帯食が常に補充されている。寮に入った時に専門の業者に頼んで準備してもらった。

 実家にいる時はお手伝いさんが料理を準備してくれる事が多かったけど中学校でお昼の時によく食べていた。もちろんお弁当も持たされていたからそれと合わせて食べるんだ。

 

「正直、女ばかりのクラスだと居心地悪くない?」

 

「最初はそう感じていたけど、今では大分慣れたよ。体育の授業の時に移動しなくちゃいけないのは面倒だけどね」

 

「うちらは教室で着替えてるもんね。移動してから着替えないといけないとかマジで大変だね」

 

「そうだね。でも、僕は今こうやって君たちと話せる事を嬉しく思ってるんだ。少しは仲良くやっていきたいと考えてるし、まだ気持ちが整理できてない子も多いと思う。だけど、せっかく同じクラスになれたんだから僕は君たちと仲良くなりたい」

 

 自分が考えている事を素直に伝えてみる──おそらくクラスにいる他の女の子達も僕の言葉を聞いているんだろう。

 

「うちらももっと小鳥遊君と仲良くなりたいと思ってるよ。ね? そうだよね」

 

 彼女の隣にいる子はゆっくりと頷く。それに他の子達も反応する。

 とりあえずこのクラスの女の子達は純粋に僕との仲を深めないと考えてくれているようだ。

 僕は彼女達にお礼を言って一人一人の名前を聞いた──同じクラスの子の名前くらいは覚えておこう。

 

 ある一人のクラスメイトの呼びかけでAクラスのみんなで共通のLIMEグループを作ることになった。その中心にいるのは僕でクラスの連絡とかに使うみたいだ。

 どんどん自分の周りが変わって行くのを感じとる。人を変えるにはまず自分から変わらないといけない。

 僕はちょっとずつだけど前向きになってこれからの事を考えるようになった。

 新しい“変化”がもたらす効果が学園中に広がりを見せるのをひしひしと感じる。



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39.「陽だまりが運んでくる出逢い」

「さてと、今日はどうやって過ごそうかな?」

 今日は学園も休みで部活に所属していない僕は一日中暇な時間を過ごすことになりそうだ。

 実家にいた時はいつも部屋に閉じ籠って外に出た試しがない──友達のいない僕は誰かと遊びに出かけるなんていうのは経験したことがないからね。

 そんな事を考えてぼんやりとスマホを眺める、最近だとスマホを見ている時間が長くなっている気がする。

 前まではただ、連絡する為だけに使っていたものなのに今ではLIMEとかのアプリを使う機会が増えてきた。

 

 学園に通い始めてからの僕の生活は充実している。可愛い女の子達に囲まれているのは嬉しく思うかもしれないけれど、意外と苦労が絶えない……。

 女子だけの花園に男である僕が迷い込んでいるのは場違いのように感じるし、学園自体は今後男子生徒を迎え入れるつもりは無いらしい。

 つまり僕が最初で最後のケースになる、自分の役割をきちんと理解しなくちゃいけないし、学園に通う女の子達の将来も僕が背負っているという責任感も湧いてくる。

 だからこそ、この三年間という短い時間でしっかりと実績を残さないと。

 これから先の未来がどうなるかなんていうのは今の僕にはわからない。

 一度母さんと話さないとね。自分の母親がどういう考えを持っているのか? 最低限それくらいは知っても良いと思う。

 

 プロジェクトの進捗状況を神崎さんに提出する為にパソコンで書類を作成する──まだ慣れないこともあるけれど、何とか上手くやれている。

 僕の部屋には最新型のノートパソコンが一台設置されていて、これは入学当日に理事長から預かったものだ。

 生徒達にはそれぞれタブレット端末が支給されているけど、僕は特別に自分のパソコンを準備された。

 データの管理から報告書の作成、家でパソコンは使っていたから操作自体に悩む必要はない。

 ちなみにこのPCはネットにも繋がっているので調べ物で検索エンジンを使うこともできる。

 管理サーバーは一括されてるらしいけど、僕が調べた事は本人が許可しない限りは他者に閲覧できない仕様となっている。

 

 つまりだ、僕がこのパソコンを使っていかがわしいワードを検索したとしても自分が許可しない限りそれが知られるというのはない。

 ま、そんな事調べたりはしないんだけどね。

 

 ネット上には様々な情報があって、その中から自分が必要としているものを探し出すのはそんなに難しい事じゃない。

 それでもかなりの情報が無関係のやつだったり、一定のキーワードが含まれているもので検索結果にヒットするだけだという。

 ネットを使う上で重要なのは情報の取捨選択だと思う。

 自分にとって何が必要なのかしっかりと見極めてから使わないと数多くの情報に惑わされて目的のものを見つけることができない。

 

 専門業者に用意してもらったクリーナーを使ってキーボードの周りを掃除する──使った後はちゃんと掃除しておかないとね、実はPCのキーボードって思っている以上に汚れていることが多いんだ。

 僕はいつも使う時は手袋を使っているけどそれでも、パソコンを触る時は慎重にならざる得ない。

 

 PCのデスクトップ上には数個のアイコンが並ぶ──本当に必要最低限なものしか使わないからスッキリとしている。

 

 さっき入れてきたココアを机に置いて一息つく。こういうのんびりとした時間も悪くない気がする。ここ最近はちょっと慌ただしい日が続いていたけど本来僕は穏やかな日常を好む。

 

 生活に必要なものは揃っているし今のこの部屋に不満はない。そう言えば女子の部屋にはお風呂は付いていないらしくてみんなは大浴場を使っているらしい。

 それに比べたら自分の部屋にシャワーとお風呂がある僕は恵まれているのかもしれない。

 まあ、男の僕が女湯を使う事になるなんてありえないとは思うけど……。

 

 僕は学園で知り合った女の子達の事を考えていた。

 ──まずはFクラスに所属する相倉麻奈実さん。積極的な性格で僕が初めて仲良くなった子、いつも明るい彼女を見ていると何だかこっちまで明るくなれる。

 

 それから同じクラスの御崎智佳さん。僕の隣の席に座っている子で、最初は仲良くやれるか心配していたけど、話してみるとすごく良い子でいつも努力している彼女の姿は僕にも良い影響を与えている。

 

 次に知り合ったのは藤森 玲さん。ミステリアスな雰囲気の漂う女の子でなかなかに掴みどころのない相手でもある。今のところ僕が名前で呼ぶ唯一の女子、学園のセキュリティの管理を任されているなどネット関連には強い子。

 あまり授業に出る機会がないから、校舎で見かける機会は少ない。

 話し方にクセがある子だけどね。

 

 そして牧野 栞さん。

 僕の中学時代のクラスメートで彼女と話した回数なんて数えるほどもないのに僕の事を知っていた。

 おっとりとした雰囲気の女の子だけど、かなりグラマーな体型をしている。中学時代とはちょっぴり感じが変わっていたけどそれでもすぐに牧野さんだと分かった。

 昔の僕を知る相手だからこれからは気兼ねなく話せそうだ。

 牧野さんとはこれから仲良くやっていこうかなと思っている。

 

 あとは僕への当たりはきついけどAクラスに所属している小阪亜理紗さんがいる。典型的なお嬢様な彼女はプロジェクトの内容が明らかになっても僕と仲良くする気はないらしい。

 それは彼女が選んだ事だから僕からは何も言えないけれど同じクラスなんだだからできるだけは上手くやっていきたい。

 

 今のところはこんなことろだろうか? これから知り合いになる子もいるだろう。そう言えばこの間夜僕が出逢った不思議な女の子──彼女は一体誰なんだろう? 

 近いうちにまた逢えるような予感がしていた。

 

 新しい出会いが待ち遠しく感じるようになっていた。僕は彼女達に好きになって貰えるように、恋人だと認めて貰えるように頑張らないといけない。

 

 普段からたくさんの人から見られているという認識を持って節度ある学生生活を送りたいと思う。

 

 春の風は心地よさを運んでくる──僕は部屋の窓を開けてその空気を中に入れる。季節を感じるなんて風情のある事は今までやらなかったけど、温かな陽だまりが運んでくる出逢いにワクワクとした気持ちを持ちながら午後の時間をゆっくりと過ごした。



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40.「僕がこの場所にいるためにできることは」

『今のところは特に大きな変化を迎えているわけではありませんがプロジェクトの遂行に問題はありません』

『そう? 歩美も無理をしないようにね。理事長のアナタが倒れたら学園の運営に支障をきたすわけだし』

『分かってますよ。美鈴さんに心配をかけるような真似はしませんから。それよりも近いうちに学園に顔を見せるって言う話は本当なんですか?』

『ええ、そうよ。プロジェクトの進み具合はアナタから報告は受けているのだけれど、実際に自分の目で見て確かめたいこともあるのよ。それにあの子……勇人の事も気になっているし』

『やっぱり息子さんことは気になるんですねー。きちんと伝えてあげたらいいのに』

『私は今まであの子に何もしてあげられなかった。今更母親らしく接しても勇人が困るだけでしょ』

『そういうものですか? 美鈴さんが今までやってきたことを息子さんに話せば理解してもらえるんじゃないですか? 少なくとも彼と話した感じではそんなに強情な性格には思えませんでしたし』

『どうかしらね……。それは話してみないことにはわからないわ。とにかく近いうちに学園に顔を見せるつもりだからその予定でお願いね』

『わかりました。また何かあればその都度報告します。それでは私は仕事に戻りますね』

 美鈴さんからの電話を終えてパソコンのモニターを見る──ここ最近少しずつだけれど、学園内の変化を感じるようになった。

 全校集会でプロジェクトについて生徒たちに説明してから空気が変わっていった。

 今のところ他の学校へ転入したいと願い出る生徒の存在は確認できない。上級生は結果を残さないと行けないと焦っているけど彼女たちは卒業まで日がないから一日たりとも無駄にできない。

 

 一度でもプロジェクトに関わってしまえば中途半端で終える訳にはいかない──今後の進路に関して相談を受ける教師たちも大変ね。

 作成した報告書に目を通しながら仕事を進めていく。私にできること、やるべきことをこなしておかないと美鈴さんに自分が残した結果を見てもらうために。

 

 もっと生徒達が触れ合えるような学校行事やイベントを開催する予定も考えてある。それも全てはプロジェクト遂行の為、時間を取って彼ともしっかり話をしたいと思う。

 ゆっくりと流れていく時間を感じながら気を引き締めて仕事に取り組むのでした。

 

 

 *

 

 最近は何だか自分でも積極的に慣れている気がする。クラスメイトの女の子達との会話を楽しむようになりつつある、女の人に対しての苦手意識を払拭できるようにしないと、まだ僕と深く関わる子がいないから知られていないのもあるんだけど、これから彼女達と親しくなるうちに僕の心の奥底にある気持ちが大きくならないことを祈るしかない。

 

 苦手の程度にもよるのだけど僕の場合は他人と関わるのを極めて避けてきた。中学時代も仲の良い友達もいなかったし、自分が自ら望んだ事だとは言え寂しい学生生活を過ごしていた。

 愛想良く振る舞ってはいるけれど本当はどこかで彼女達を避けているのかもしれない。恋愛をすることで傷付く事から逃げているだけ──僕自身は変化を恐れているのかも……。

 

 本当なら自分の決めた進学先で友達も作らずに学生生活を迎えて、卒業後の進路だって母さんに話さずに全部僕が勝手に決めてこうどうしていただろう。

 

 この学園に通うことになったのは母さんに言われてからなんだけど、いや、性格にはある重要なプロジェクトに僕自身が深く関わっているわけなんだけどね。それでも学園にいるうちは自分の価値を見出せる気がするんだ。

 

 事実昔の僕では考えられないくらい早く親しくなれそうな女の子達と知り合えた。彼女らが僕と仲良くするのは理由があると分かっているけど、毎日何かしら些細な出来事が僕の学生生活に一種の望みをもたらしてくれている。

 惰性で過ごしていた日々から脱却して充実した生活を送れる事に幸せを感じているんだ。

 スマホに登録される連絡先が増える度に嬉しく思う。LIMEでチャットしていると寝る時間も遅くなる、そんな日常が僕をちょっとずつ変える。

 

 変わるのに恐怖を覚えることだってあるだろうけど僕に取ってはどれも新鮮で今までに体験した事がない事ばかりだ。

 純粋に【小鳥遊勇人】に興味を持ってくれている生徒がどの程度いるのかも気になるけれど、僕は彼女達に相応しい人間にならないとダメなんだ。

 母さんにプロジェクトの進捗状況を尋ねられた際に何も無いでは僕がここにいる意味すら失ってしまうかもしれない。

 将来を共にする相手を選ぶ時迷いのない決断ができるように成長していかないと。

 その最初として僕から仲良くなった女の子を声をかけようと思うんだ。そんな小さなことから初めてみようと思う。

 これから先に出逢える子、そしてこれまでに出逢った子達との思い出を大事にしたい。

 

 自分の居場所は僕自身が選んで行くしかなさそうだ、まだ、心の奥にある女性に対する苦手意識を気づかれないように──そしていつしかそれを克服してありのままの自分で彼女達と向き合える日が来ることを。



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41.「僕の心の中にある感情と向き合ってみよう」

 それでなんだけど今度みんなで例の場所で一緒にお弁当を食べるっていうのはどうかな? 

 

 そうだね。僕は良いと思うよ。玲さんや牧野さんにもあの場所を知って欲しいと思うし

 

 決まり! 私、張り切ってお弁当の準備するからね。楽しみだなぁ

 

 なんかあの場所を知る人がどんどん増えてく気がする……。

 

 良いじゃない! 食事はみんなで食べたほうが絶対に楽しいと思うし。

 

 そうね、あなたのその前向きさはあたしも見習いたいと思う。

 

 たはは、私も御崎さんみたいに大人しい子になれたら良いんだけどね……。とにかく! そういう事で次のお昼は場所に集合ね、小鳥遊君は何か食べ物は準備するの? 

 

 うーん、僕はパンでも持っていこうかな。料理はしないから自分で弁当を準備するのも面倒だから。

 

 それじゃあ私が小鳥遊君の分も用意していいかな? 

 

 良いの? 相倉さんの負担になったりしないかな? 

 

 大丈夫大丈夫。一人も二人も作るのには変わらないし、ああ、そうだ御崎さんも良かったら小鳥遊君のお弁当作りに付き合ってくれない? 

 

 しょうがないわね。料理することは嫌いじゃないからいいわよ。それにあたしは相倉さんと仲良くなりたいと考えてるから丁度いい機会だなって思う。

 

 嬉しい! じゃあ頑張ろうね! 楽しみにしててね小鳥遊君。

 

 LIMEでチャットを終えた僕はスマホをポケットにしまう。僕が知らないところで彼女たちはちゃんとお互いに仲良くなろうと努力をしていた、相倉さんと御崎さんはちょくちょくやりとりをしているみたいでクラスが違くても友情を育んでいる彼女らの友情はいいなあと感じる。

 

 相倉さんの明るさに御崎さんもちょっとずつだけど変わっていってる気がする。性格に違いがあるから上手くやっていけるかは正直不安なところもあったのだけれど、どうやら僕の心配は取り越し苦労になりそうだ。

 あの場所でみんなでお昼ご飯を食べるなんてね。すごく楽しみだ。

 相倉さんたちが準備してくれるお弁当に僕はワクワクしながらその日が来るのが待ち遠しく感じた。

 こういう細やかな出来事でも良いから彼女たちとの仲を深めていこう。

 僕の部屋は相変わらずに静かでいつもと変わらない空気が広がる中で期待感と幸福感を抱いて。

 

 

 机に備え付けられているパソコンを操作する──僕の部屋に準備されているものは常に最新の機器が揃えられている。

 このスマホだって母さんから用意されたものだけどモデルは新しいタイプ。古いものを長く使うなんていう習慣とは縁遠い生活をしていた。

 だからといって愛着があるものを捨てるっていうわけじゃない。

 新しいものに買い替えるということは前に使っていた道具は使い切ったということだ。

 物が溢れている現代で一つのもを大事に使うなんていう意識を持っている人ってどれくらいいるんだろうか? 

 自分の部屋にあるものは殆ど業者に頼めば手に入る、そんな十分な生活に慣れてしまっている。

 

 

 教室で配られたプリントには学校行事が書かれている──僕はぼんやりと目を通しながら考える、今まで学校行事へはあまり乗り気じゃなかった。

 

 みんなで楽しむなんていう空気が理解できなかったし、僕はいつだって面倒なことは避けていたかった。

 

 友達なんて必要ないと思っていた、だってそうだろう? 一人の方が気楽でいい、誰かに邪魔されることがなくて自分の好きなことがやれる。

 中学時代はいい思い出もないからこの記憶は触れることのない脳内の引き出しの中に永遠にしまっていこう。

 

 そんな小鳥遊勇人が今ちょっとずつだけど変わるとしていた。それは本人も自覚するところで些細な変化にも敏感になっていた。

 

 その兆候を感じて学園生活を充実したものにしようと考える。

 

 教室の中は学校行事話題を話すクラスメイトが増えてきた。運動部は体を動かすような行事にやる気になっているなか勇人は自分はどうするべきなのか? と思考を巡らせていた。

 

 スポーツは苦手だというわけじゃない。平均的にできるだけでこれといって夢中になれるような競技は無かった。

 子供の頃から自分で何かをやるということはしてこなかった。

 

 母親から受けた教育の中にスポーツも含まれていたのだが、安定した成績を残すことで満足したのか強制されるようなことは無かった。

 

 親子なんて言っても僕は母さんの考えてることを理解してない。プロジェクトだって僕の意見なんて聞かずに勝手に始めた事だし……。

 

 小鳥遊家に家族団欒なんていうものは縁遠い、いつだって一人で過ごして来た僕にとっては孤独は全然苦痛なんかじゃない。

 いつか母さんが学園を訪れた時に僕は自分の意思表明をしようと思っている。

 

 その為に今はちょっとでも良い未来に繋がるように行動するだけだ。

 これからどんな出逢いが待ち受けているのかはわからないけれど、僕は相倉さん達との関係を深めていこう。彼女達にふさわしい男になる為に。

 いつも通りの日常が少しずつ変化していく事、それがこの先どんな結末を迎えようとしてもきっと大丈夫だろう。

 

 ぼんやりとスマホの画面を眺めながら皆でお昼ご飯を食べる日が来るのが楽しみになってきた。



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42.「春の息吹を感じながら過ごす日々」

「御崎さん、今日のお昼はあの場所でみんなで食べることになっているから一緒に行かない?」

 隣の席の御崎さんに声をかけてLIMEで他の子達に連絡をする。お弁当の包みを持って立ち上がる彼女とアイコンタクトを交わして教室を出る。

 僕はスマホをポケットにしまい待ち合わせ場所に向かう──相倉さんが牧野さんを連れて来るらしくて僕らは玲さんを迎えに行く為に彼女の所属するCクラスへ──

 

「藤森さん? 今日は教室に来てませんけど……」

 クラスメイトの女の子に玲さんを呼んで貰ったのだけど、どうやら彼女はCクラスにはいないらしい。

 

(となるとあの場所かなあ)

 

 彼女だけに準備されている特別な個室。そう言えば玲さんはいつもあの場所にいるって言っていた気がする。

 僕は御崎さんと玲さんのいる場所に向かう相倉さんには『少し遅れるかもしれない』とだけメッセージを送っておいた。

 

「いやあ、わざわざすまないねー。どうだい、良ければここでお茶でも飲んで行かないかい?」

「遠慮しておくよ。それより玲さん、今日は皆でお昼ご飯を食べるっていう約束をしておいたはずなんだけど」

「君はつないなぁ。たまにはじっくりと話す機会があっても良いとは思わないかい? ま、いいか。すぐに支度するから外で待っていてくれるかな」

 僕と御崎さんは部屋の外で待つことに──一分も経たないうちに玲さんがトートバックを持って出て来る。

 眠そうな表情をしている彼女はふわーっと欠伸をしてから部屋に鍵をかけた。

「お待たせ。いやあ、誰かと食事を取るなんていうことはあまり経験がした事がないんだ。今日は楽しくなりそうだ」

 そう言って笑顔を見せる玲さん。僕らはちょっと早足気味で待ち合わせ場所に向かった。

 

「あ! 来た来た。こっちだよ〜」

 僕らの姿を見かけると相倉さんが手を振ってくれた──僕も相倉さんとそばに居る牧野さんにも手を振った。

 

「遅くなってごめん。待たせちゃったかな?」

「平気だよー。私も牧野さんもそんなに待ってないから。ね、牧野さん」

「うん、だから大丈夫だよ。小鳥遊君」

 僕らは靴を脱いで相倉さんが準備してくれたマットの上に座る──中庭の草木の独特な匂いが届く。陽だまりの中、眠たくなる様な空気が広がる。

 前にここに来たときは御崎さんと相倉さんと一緒だったけれど、今日はあの時と比べると賑やかなものだ。

 

 僕は相倉さんの隣に座り、その横に御崎さん、玲さんの順番で座っている。皆、それぞれに綺麗なおかずで彩られた個性的なお弁当箱が並んでいる。彼女達はお互いの料理の感想を言いながら口に運んでいく。

 

「はい、小鳥遊君。お茶」

「ありがとう。わざわざごめんね」

 相倉さんからお茶を受け取ったぼくはきゅーっと一気に飲み干してコップを置く、暖かい陽気に包まれた僕らの秘密の場所は特別な空間に感じられた。

 

「玲さんは料理したりするの? 何かお弁当がシンプルなものばかりが入っている気がするけれど」

「ああ、自慢ではないが料理は割り得意な方なんだ。だけど、今朝は食材が少なくてね、あるもので考えて作ったからこんな味気のないお弁当になってしまったんだ」

「へえー意外ね。藤森さんて料理しないと思ってた。あ、これ食べても良いかな?」

「構わないよ。私も相倉さん達がどんなものを準備してくるか気になっていたからね。ふむふむ。今日は非常に興味深い」

 科学者が研究対象を見る様な興味の眼差しでお弁当のおかずを見ると、タブレット端末を取り出して何やらメモをしている。

 

「これは美味しい! 御崎さんが作ったものだね。良ければ私にも作り方を教えてくれるかい?」

「別に良いけど……」

「感謝するよ。お礼に私のとっておきを御崎さんに教えるよ」

 

 女の子達が料理の話で盛り上がる中僕はふと牧野さんと目が合う──僕と目が合った彼女は顔を赤くして俯いた。まだ照れくさいのかもしれない。

 だけど、他の子達とも仲良くやれているみたいだ。三人だけの秘密の場所が今では五人が知っている、こうやって秘密を共有できる相手が増えていくんだろうなあ。

 

「正解だったね。相倉さんの提案は」

 僕は隣に座っている相倉さんの耳元で囁く様に言った──彼女が仲を深める為に提案してくれたお昼を一緒に食べるっていう約束は大成功。

 

「そうだね。誘って良かったと思う」

 このイベントをきっかけに今まで以上に皆と親しくなれた気がする。

 今日の昼休みの時間はゆっくりと流れる様に感じる。皆の笑顔に包まれた校庭は春の優しい風が運んでくれる息吹が心地よい。

 少し眠くなるけど、このかけがえのない時間を少しでも長く続けたいと思う僕は彼女達に積極的に話しかけた。

 それぞれが違った反応で僕の話を聞いてくれる──今まで自分のことを誰かに話すなんていうことは好きではなかったけれど、変わって行こうと決めた日から僕はちょっとだけど、前向きになれたんだ。

 お昼休みが終わっても余韻に浸りながら午後の授業に臨む。

 

 放課後を迎えた僕は特にやることが無いから自分のへやに戻ろうかと考えていた。

 

「あのさ、予定ないのなら付き合ってほしいことがあるんだけど」

 帰り支度を済ませてスポーツバッグに手をかけた瞬間御崎さんに話しかけられた。

 僕は右手にバッグを持って彼女の机の横に立つ。

 

「良いよ、放課後の予定は特にないから付き合うよ」

「決まりね。それじゃあ行きましょうか」

 周囲の視線は僕らの方に向けられているけれど、そんな事は気に留めていないのか御崎さんはただ真っ直ぐに前にだけを見て進んでいく。

 

 静かな廊下に靴音が響く──いつも放課後になるとすぐに自分の部屋に戻ってしまうからこうやって終わった後の学園内を歩くのは珍しい。

 

 彼女の用事付き合うとは言ったけれど、一体どんな用件なのかは聞いていない。僕はスポーツバッグを握る手にぐっと力を入れた。

 

「とりあえず入って」

 女子寮の美咲さんの部屋まで案内された僕は彼女に言われるがままに部屋の中へ入る。

 

「お邪魔します」

 この前来た時は御崎さんのお見舞いで訪ねただけだからこうやって改めて女の子部屋に入ると緊張する。

 

「座ってていいから」

 用意されたクッションに座ってバッグを脇に置いた──一人部屋にしては十分な広さがある。流石は有名な学園といったところか。

 女子生徒の部屋は僕の部屋ほどじゃないけど結構な広さがある。寮自体も大きいから必然的にこういう構造になったのかもしれない。

 御崎さんはカーテンで仕切りを作る、多分着替えるんだろうと思う。

 僕は黙って座り部屋の中をキョロキョロと見回す。

 シュッと服の脱げる音が聞こえる──やましいことは考えていないのだけどカーテンの向こうで女の子が着替えていると思うと何かドキドキする。

 なんていう浅はかな思考を巡らせているとカートンが開けられて私服に着替え終えた御崎さんが出てくる。

 

 いつも学園で制服姿の彼女しか見ていないから普段着姿は何だかとても新鮮に感じる。あまりジロジロと見るのは失礼だから僕は目を逸らしながら部屋の天井を見た。

 

「小鳥遊君を部屋の呼んだのはね、あなたときちんとお話がしたいなって思ってたから。ほら、学園は同じクラスだけどなかなか喋る事が少ないじゃない?」

「確かにそうだね。僕は君ともっと仲良くなりたいと思ってるよ」

「本当に? 実は正直に言うとね、理事長から説明されたプロジェクトにあたし達が関わっているっていう実感が湧かないの。今まで男の人接する機会なんて限られていたわけだし、急にあんな説明を受けてもなかなか受け入れることができないの」

「だけどね、最近はちょっとだけど考え方が変わってきたんだ。相倉さんとかのおかげかな、LIMEであの子や小鳥遊君とやりとりをするようになってから学園生活が楽しいと思えてきたの」

「あたし達がこの学園に通えるのは限られた時間でしかないけど、卒業するまでに自分の将来のこととか真剣に考えておきたいの。その第一歩としてまずは小鳥遊君と親しい関係になりたいなって」

「あなたが誰を相手に選んでもあたしは後悔しないつもりだけど、だからと言って自分が選ばれないなんて言うのは考えたくない。やるからには真剣に取り組みたいの」

 御崎さんの真っ直ぐな思いは僕にもちゃんと伝わってくる。それだけプロジェクトに対して真剣に考えてくれているんだ。

 だから、僕はそんな彼女達に応えないといけない。僕は無意識に御崎さんの手を握っていた。

 

「大丈夫、御崎さんの言いたいこと、ちゃんと伝わってるから」

「僕の方が君たちに対して誠実な態度を取らなくちゃいけないんだ。だって、この学園に通っている子達が未来のことを真面目に考えている。僕はそれに応えられるだけに人間にならなきゃダメなんだ、それが僕がここにいる理由でもあるんだから」

「相倉さんや御崎さん達と話す様になって僕はちょっとだけど変わった気がするんだ。“変化”を怖がわらないで受けて入れたいと思うようになった。これから先、残された期間は多くないけれど、僕は君達の想いをしっかりと受け止めて成長していきたい」

「確かに最後に選ぶのは僕だけど、嫌なら断ってくれたっていい。だけど、自分の想いには不誠実にはなりたくないんだ。どんな結果を迎えようとしても僕は答えを出すつもりだよ」

 今まで胸に溜め込んできたものを一気にぶちまける──最初に聞いてくれたのが彼女だ。今僕が親しくなりたいと思っている子にも自分の本当

 の気持ちを伝えよう。

 部屋に戻った僕は早速LIMEのグループにメッセージを送った。数分も経たないうちに皆からの返信が届く。

 相倉さんは初めからプロジェクトに真剣に取り組みたいと思っていたようだ、玲さんは僕自身に興味があるみたいでプロジェクトの事はじっくりと考えて決めるらしい、牧野さんはまだ気持ちの整理がついていないらしいけど考えがまとまった時は教えてくれると言ってくれた。

 皆がそれぞれの選択をしていくなかで僕は自分に出来ることを再確認して明日からの学園生活に臨んでいこうと気持ちを新たにするのだった。



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43.「初めての体験は幸福感を覚える出来事でした」

 心地よい春の風が部屋の中に吹き込んでくる。僕は伸びをしながら朝の日光を浴びて「今日も一日頑張ろう」とやる気にスイッチを入れた。

 ここ最近は学園での生活が充実している、親しい女の子も増えたし何よりも学校に通っていて楽しいと感じるようになってきたんだ。彼女達からいい影響を受けてる。

 

「さて、今日はどうしようかな?」

 放課後の予定を考えながら制服に着替える。周りに積極的に関わっていこうと決めたけれど、自分から行動を起こすのは結構難しい……。

 いつだって自分からそう言った行動を取った事がないからきっかけづくりをどうするべきなのかと考える。

 今はまだ、特定の誰かと仲の良い関係ってわけじゃ無い。彼女たちだって選ぶ権利はあるのだから。

 今僕によくしてくれてる子達との仲を深めたいしこれから出逢うだろう女の子たちを思って行動したい。

 あれこれ悩んでいても始まらない、僕はLIMEでグループのみんなにメッセージを送る。

 

 放課後予定のない子は僕の用事に付き合ってほしいと。もちろんそんな大層な用なんてないのだけど、彼女たちと過ごす為のきっかけづくりくらいにはなるだろう。

 

 トークルームにメッセージを送るとすぐに返信が届く。

 相倉さんと御崎さん、それに牧野さんから返事が来た。玲さんは少し忙しいみたいで、自分の仕事が終わったら付き合ってくれるみたいだ。

 僕は再度メッセージに返信してからスマホをポケットにしまいこんで男子寮を出る。

 

 女子だけの学園は朝から賑やかでその様子を遠くから眺めていると何人かの女の子が僕の方へ手を振ってくれた。

 顔も名前も知らない相手──だけど僕は同じように彼女たちに手を振り返す、もちろん笑顔もそっと付け加えてね。

 

 廊下を歩く度に注目される、たくさんのひとからじっと見られるのは緊張してまう……。

 

 ゆっくりと歩いて教室の前まで来る、多分ちょうどいい頃合いだろう。

 

「おはよう」

「あ、小鳥遊君! おはよう」

 

 クラスにはもう何人かの生徒が登校して僕が挨拶をするとすぐに返事をしてくれた。流石に僕の名前を知らない子はいないらしい。真っ直ぐに自分の席へと向かってから隣の席に見る。

 

(御崎さんはまだ来てないのか……)

 

 それから椅子に座ってホームルームが始まるのを待つことに、周りでは近頃流行し出したファッションの話題で盛り上がってる。

 何人かの子は僕に話を振ってくれたけれど、そういった話題に詳しくない僕は自分の好みも交えつつクラスメイトとの話に花を咲かせつつ朝の退屈な時間が過ぎていくのを感じた。

 

 

 昼休みになってから教室を出て少しだけあの場所に向かう。今のところ僕らしか知らないとっておきの場所であそこで陽だまりを感じながら昼寝でもしてよう。

 窮屈な校舎から出ると強い日差しが中庭に降り注ぐ、その眩しさに目を細めて太陽を睨む。

 

「流石はお嬢様学校だな。昼休みでも人が多い」

 中庭には女の子達が集まっていてお昼ご飯を食べているグループとかもある。あの辺りはとびっきり裕福な家庭のお嬢様方が陣取っている。

 

 聞いた話によると一部の生徒は従者の方と同伴で寮暮らしをしているらしい。学園側に許可はもらっているらしくてクラスによっては一緒の授業に参加することもあるようだ。

 自分が支えている主人が立派な女性に成長するために最大限のサポートが約束されている、言えば彼女らは他の子らとは違い特別な位置にいる。

 

 上品な笑い声と気品のあふれる雰囲気何よりも美人が多くいる、たいせつにそだてられたんだろうなと感じられるほど優雅で可憐なお嬢様達のグループを眺めていると彼女達の視線が僕に向けられる。

 

「どうやら見つかってしまったようだ」

 グループの中のお嬢様方は興味深そうに僕を見ると隣にいる従者の人に何か口添えしている。

 するとその従者の方がこっちまでやってくる。

 

「失礼します。貴公は小鳥遊殿でいらっしゃいますか?」

「はい、そうですけど」

「実はですね、お嬢様があなたとお話がしたいと申しておりましてよければあちらまで一緒に来ていただけますか?」

「ごめんなさい。今はちょっと……。これから行かないといけない場所があるんです。申し訳ないですがまたの機会に」

「そうでしたか、そちらの都合も考慮せずに無責任な頼みをしてしまいましたね。どうかお許しください」

「頭を上げてください。別に謝られるようなことじゃないですし、僕がただ中庭をフラつていただけならそのお誘いを謹んでお受けしたところです。今回はタイミングが悪かっただけです」

「僕みたいな庶民が名家のお嬢様とお話をさせてもらえるきっかけを頂いただけでも身に余る光栄です」

 まさか自分が声をかけられるなんて思いもしなかったリアクションに困った。けれど、嘘のない自分の言葉で誠意を伝えればきっと相手の心にも届く気がするんだ。

 お付きの人は僕の言葉を聞くと主人の元へ戻っていった。その後再度機会を見てからお嬢様方との食事会に誘われる事になった。

 神崎さんがプロジェクトの意味を生徒達に伝えてから学園内の雰囲気は変わっていった。

 その渦中にいるのが自分だと言うことを再度確認してからお気に入りの場所へ向かった。

 ちょっとだけ昼寝をするつもりがついつい寝過ごしてしまい結局昼休みが終わるギリギリの時間に教室に戻った。

 

「さてと、この後の予定っと」

 スマホでLIMEを立ち上げてメッセージを確認する、御崎さんに声をかけて僕らは教室を後にする、すぐに牧野さんと相倉さんと合流してから廊下を歩き始める。

 玲さんからも「もう少しで終わる」との返信を受け取って午後の時間を共有する為に校舎を出る。

 

「うーん。風が気持ちいいわね!」

「そうだね。この時間帯に出かけるって言うのもたまにはいいかもしれないね」

 女子生徒が学園の外に出るには特に許可を取る必要はない──だけど僕は念のため理事長へ外出の許可を貰い学園外へ遊びに行くための準備を整えた。

 全寮制の学園で窮屈に感じている生徒も一部ではいるらしくて門限さえ破らなければ生徒のプライベートな事には干渉しないスタイルを取っているらしい。

 

「待たせたね、これからどこへ行くんだい?」

「ショッピングモールまで行きましょう。色々と眺めているだけでも十分リフレッシュになるよ」

 相倉さんを先頭に歩き始める。誰かとこうやって出かけるなんて言うのは今まで経験して来なかったからなんだか新鮮だなあ。

 

 暑くもなく寒くもないちょうどいい気温が僕らの好奇心を刺激する。後ろでは御崎さんと牧野さんが話をしている。

 二人とも活発的な子じゃないけれど、どこか波長が合うらしくて仲が良さそうだ、玲さんはその様子に好奇心の眼差しを向けるとちょくちょく二人の会話に混じる。

 独特な雰囲気の女の子だけど玲さんは他の子とも上手く関係を築けているみたいだ。

 

「流石に広いわね。あ、そうだ、皆は喉乾いてない? ちょっと距離もあったし歩き疲れてるんじゃない?」

 

「あたしは……大丈夫」

「私も平気です」

「私は結構疲れたぞ。けれど、たまにはこうやって運動するのも悪くないが、体が水分を求めている」

「じゃあ、少しだけ休憩しましょうか。ほら、あそこにちょうどいい感じのお店もあるし」

 

 僕らは冷たいドリンクを定休してくれるお店に入って休むことに、店内は女性客ばかりで一人だけいる男の僕はなんだかすごく場違いな感じがした……。

 時々向けられる視線を何とか気にしないように振る舞ってメニューに書かれているドリンクを注文した。

 

 広めの座席に座って寛ぐ自分でもわかるくらいには歩き疲れているみたいだった。

 注文したドリンクが来たから乾杯する。

 相倉さんはサイダー、御崎さんカフェオレを牧野さんは抹茶オーレを玲さんの果汁百パーセントのジュースがテーブルに並ぶ。

 僕が頼んだコーラは最後に届く「ごゆっくり」と声をかけて店員さんは別のお客の接客に向かう。

 相倉さんは御崎さんたちとドリンクの感想を言い合いながら楽しそうに話す。僕はひたすらコーラを飲みながらそんな彼女たちの様子を眺めていた。

 

 休憩も終わってショッピングモールをブラつくことになった。それぞれに行きたい場所があればそこに向かうというけど、女の子たちは特に何もなかった為、結局お店を見て回ることに。

 

 僕は一つだけ気になるお店があってそこへ行くことにした。

 

「ごめん。ちょっと僕は今から単独行動を取ってもいいかな? 気になるお店があったから見ておきたくてね」

「そうなんだ。だったらみんなで行こうよ! ねえ? 別に構わないよね」

 

 相倉さんがそういうと他の子たちは頷いて反応する、僕は最初来たときに目に入ったアクセサリーショップに彼女らと向かうことに。

 

「へえー。こんなお店あったんだ」

 

 中に入ると女性向けのアクセサリーが並べられている。おしゃれな店の内装、若いお客さんが多いことをみると人気店なのかもしれない。

 メンズものも一応あるみたいで小さくコーナーとしてまとめられていた。

 僕はその中の商品の一つを手に取ってみる──なかなかいいブランドのアクセサリーだ。確かネットとかでも評判が良かったはずだ。

 男性向けのアクセサリーは派手さを感じさせずシックで大人びたデザインが気に入った。

 ネックレスやブレスレット等種類も豊富に揃えられている、見ているだけでも十分な気がしてきた。

 女性陣は店員からおしゃれなアクセサリーの情報を聞き出している。

 そして、学生でも買えるような安いアクセサリーを購入してから店を出る。

 

「結構いいデザインのがあったけど学生の私たちじゃ買えない代物ばかりだったよねー」

「そうね、もっと安くてお手頃に手に入るといいんだけど……」

「でも、私は見てるだけでも十分に楽しかったですよ」

「君たちを見ていると退屈しないなぁ。うむ、良い経験になりそうだ」

「小鳥遊君は? 何買ったの」

「うん。ほらこれだよ」

 

 僕はラッピングされた箱を見せてアピールする。

 

「こうして仲の良いメンバーで買い物とかしたりするのってすごく楽しいよね! 私たち知り合ってそんなに長いわけじゃないけど素直にそう思うもん」

 

 自分のストレートな感情をそのままに出す相倉さんにつられて僕たちはゆっくりと頷いた、また今度来ようという約束を取り付けてそれぞれ部屋に戻る。

 

「ただいま」

 迎えてくれる人がいるわけじゃないのについ「ただいま」と言ってしまう、少し汗ばんだシャツを脱いで洗濯かごへ放り込む新しい着替えを出して脱衣所へ。

 

 ぬるめのシャワーをさっと浴びてから髪をドライヤーで乾かす「ふぅ」と一息ついてさっき買ってきたアクセサリーを手に取る。

 自分でも似合うかわからないけど、デザインが気に入って買ったネックレスを付けてみる。

 

「意外としっくり来るもんだな、プライベートの時は身につけていよう、せっかく買ったんだし」

 女の子達との買い物は貴重な体験となった。これからはああいう風に誰かと同じ空間や時間を共有するんだろうな。

 以前の僕ならば絶対にあり得なかった事──少しは前向きになれたのかな? 自分の身に起こる“変化“を感じながら今ここにある出逢いとその先に待っている未来へ想いを馳せるのでした。



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44.「予期せぬ訪問」

 今日もいつもよりも校内が騒がしい気がする──そんな様子を疑問を感じながら僕は教室に入った。

 

「あ、おはよう小鳥遊君」

「おはよう。何だか今日はざわついてるけれど何かあったの?」

「あーそれはね、ていうか小鳥遊君は聞いてないんだ」

 

 頭に? マークを浮かべるクラスメイトの子に彼女達がそわそわとして落ち着かない理由を尋ねてみた。

 

「実はね、明日理事長の元に学園外からお客様が見えるらしいの。その話題で持ちきりなんだー」

「外部から学園を訪ねて来る人なんて珍しくはないと思うけれど……? そんなにすごいひとが来るの?」

「その反応だと本当に何も聞かされていないみたいね」

 

 誰か有名人でも来るんだろうか? 女子はそういう話題が好きだろうし仮に事実だとしても僕には関係ないことか。

 

「あのね、明日理事長を訪ねてひとっていうのは【小鳥遊美鈴】さん。確か小鳥遊君のお母さんだよね?」

 

「えっ……? それって本当なの? なんで急に母さんがー」

 

 プロジェクトに関する報告書は提出しているはずだからわざわざ来る必要性を感じない。第一にあの人が息子の通う学園に興味を持つとも思えない。

 

 プロジェクトの為に僕をここに通わせうように手続きしたのは母さん。あの人はいつだって仕事を一番に考えている、だから僕の事なんて気に留めてもいないだろう。

 神崎さんを訪ねて来るらしいから何か重要な用件があるに違いない。

 子どもの頃参観日にすら来たことがないあの人が──仕事ばかりですっかり僕らの親子関係は冷め切ってしまっている。

 僕だって今更母さんに何かをしてもらおうとなんて考えていないし、学園を卒業したら一日でも早く自立するつもりだ。

 もちろんプロジェクトに関わっている間は結果を残す為に真剣に取り組むけれど。

 

「小鳥遊君のお母様って確か政府とかにも顔が効くでしょ? 女性の社会進出の基礎を作ったとも言える人じゃない。そんな有名な人に会えるなんてここに通って良かったわー」

「雑誌とかに特集ページ持ってたりするし女性からの支持はすごく高いんだよね。うちなんて親子揃ってファンだもん」

 

 嬉々として母親の話をするクラスメイトに僕はどんな反応を返したらいいのかわからなかった。彼女達が憧れている【小鳥遊美鈴】の姿は家庭を犠牲にして築き上げたものだ。

 それは僕が一番理解している、親の仕事のことに口を出すつもりないけれど、母さんが人気のある人物だというのは知らなかった。

 僕は周りに家庭の事を話すような親しい相手はいなかったし、第一に僕が彼女の息子だというのも知られていない事の方が多い。

 

 どうやらこの学園に通う子が僕が母さんの子供だと言うのを知らされているようだ。ある程度は覚悟してはいたけれど、正直昔のことを聞かれるのは気分が良いことじゃない。

 

 いつも一人で自分の部屋で遊んでいた。退屈はせずにゲームにインターネットに意外とひとりでできる遊びはあるんだ、たまに体を動かすくらいで、それ以外はあまり外に出ていない。

 

 *

 

 勇人のそんな様子にいち早く気づく生徒がいた──御崎智佳だ。

 

 彼の母が学園にやって来るという話題をクラスメイトに聞いてもピンとこなかった、けれども小鳥遊美鈴の名前は聞いたことがあった。

 自分の母が気にかけていた人物でなんとか彼女の力を借りたいと色々と交渉などもしてたらしい。

 

 勇人自身が自分のプライベートな話題を口に出さないのは言いたくないからだというのは分かる。

 

 智佳も実家のことを話すのは好きじゃない。小鳥遊家の家庭事情に口を出せるほどまだ彼と親しいわけじゃない。

 

 きゃあきゃあ言いながら美鈴の話をするクラスメイトの輪の中で無理して笑顔を見せる勇人の様子を見ながら自分と彼との接点を考える。

 

 仮に小鳥遊君と恋人同士になれたとしたら、彼の母親と会う機会だってやってくる、その時にあたしはどうするんだろう? 

 

 先生が教室に入ってきても騒ついた雰囲気はなかなか治らなかった、自分の席に戻る途中で小鳥遊君はあたしと目が合う──逸らしはしなかったけれど、すぐに顔を前に向けて香月先生の話を聞き始めた。

 

 この間街に出かけてからあたしは相倉さん達と親しくなる、藤森さんは相変わらずだけど彼女なりに何か考えていることなんだろうから少なくとも口を出すほどじゃない、LIMEで色んなやりとりをするうちに友達っていいなぁと思えるようになる。

 

 まだ知り合ってから日は浅いけど、あの子達と仲良くやっていきたい、相倉さんとお料理の話をしたり、女子トークは広がりを見せていた。

 

 その居心地の良さに今は満足してる──あたしがこの学園に通っている意味、それはわすれないようにしなくちゃね。

 

 

 **

 

 明日母さんが学園にやってくるというのは他のクラスにも知られているようだ。いつもと違った雰囲気の校舎で僕はより一層目立ってしまう。廊下で会った他クラスの子の中にはメイクをしている子もいた、元々は女子校だからそれがごく当たり前の光景なんだろうけど、男の僕にはイマイチ慣れない。

 

 廊下で母さんについて話す子たちの会話は意識しないのに耳に入ってくる。

 

 自分の親が割と有名人なんだなって改めて実感させられた、それでも彼女たちはうちの家庭事情なんか知るはずも無いだろうし、理想を抱いているのはテレビや雑誌とかで見る【小鳥遊美鈴】という女性なのだから。

 

 思いつきで行動するような人じゃ無いけど、何の理由があって学園に来るのだろうか? まあ、少なくとも僕を気にかけているわけじゃないというのは分かる。

 神崎さんに大事な用があるんだろう。騒ぎにならないように生徒が授業を受けている間に来るらしいけど……。

 

 僕は何となく母さんに会いたく無い気がして、放課後はすぐに寮の自分の部屋に戻ろうかと考えていた。

 

 相倉さんからLIMEにメッセージが届く──この間彼女たちと街に出かけてから積極的に仲を深めようとしてくれている、正直ありがたいことだなって思う。僕自身では絶対にそんなことはできないだろうし。

 

 いつのまにか小鳥遊班とかいう名前が付けられた僕らのグループは午後の時間を共有することになる。玲さんは仕事があるらしくて付き合えないみたいだけど「後ほど時間を取ってもらえるとありがたい」という返信をもらった。

 

 僕らは待ち合わせの時間を確認してからそれぞれの教室に戻る──今日はどんな楽しいことが待っているんだろうか? 今から楽しみだ。



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45.「決意を胸に抱いて」

(なるほど、これは面白い)

 

 モニターに映し出された小鳥遊美鈴女史の情報を見ながら微量のカフェインを摂取する。

 明日彼女が学園を訪問する予定となっているらしい、私は理事長から仕事のメールを受けてPCと睨めっこ。

 小鳥遊女史は小鳥遊勇人君の母親で学園を上げて遂行ているとあるきかく「ハーレム・プロジェクト──正式名称は自然繁殖推奨プロジェクト」の立案者でもある。

 自分の息子をプロジェクトの根幹に据えるとは一体どんなつもりなんだろうか? 彼女自身の経歴やこれまでの行ってきた輝かしい研究や実績の数々が目に留まる。

 こんな有名な母親がいるのに小鳥遊君はそのことを全く私たちには話さなかった。彼自身言いたくない理由があるのだろう。

 理事長から貰った仕事をこなしていく最中、LIMEにメッセージが届く、最近ではこのアプリをよく使うようになって来たなぁ。私が小鳥遊君とやりとりする事を可能とした──スマホは通話とメールのみを使っていたのだが、グループでトークをするのは案外悪くない。

 前持っていっておくが私は別に社交性が欠如しているわけじゃないぞ? 

 仕事の為に一人でいることが多かった手前あまり人と直接やりとりをする機会が少なかっただけだ、事実大体の要件はメールや電話で済ましているし。

 しかしそんな私自身も彼と関わるようになってから部屋を出る回数が増えたんだ。

 彼には面白い友人ばかりだ、もちろん彼女たちとはこれからも仲良くやっ栄光と思うよ。

 プロジェクトの期間は決められている、小鳥遊君が選ぶ事だが、私たちの中から彼の恋人となり得る女の子を選択するだろう。

 私自身、これからの将来のことなんて考えてもいないが、もしも彼が私を選んでくれたら素直に嬉しい。

 

 まあ、一人だけ選ぶなんていうのはプロジェクトの目的に反しているから数人の女の子が恋人になるのだろうけれど──

 

 小鳥遊美鈴女史がどういった人物なのか一度は接触してみたいと考えている、理事長に間を取り持ってもらえばいいか。

 この間、みんなで街まで出かけたのは私にとってはすごく新鮮な体験でもあった、基本的に必要なものは業者に頼めば用意してもらえるし、この生活に不便さは感じていないのだから無理に変える必要もない。

 それでも、同じ歳くらいの子と一緒に遊ぶというのは実に気分がいい、女子の話題に疎い私に相倉さんや御崎さんはよくしてくれている、彼女たちと友情関係を育みながら新しい発見ができると尚更いいね。

 

 キーボードを叩きながら仕事をこなしていく、学生の身分だがきちんとした報酬は貰っているし、労働した分の対価は得るべきだろう? そうでないと割りに合わない。

 ゆったりと流れる時間の中で私は少しずつ“変化”していくのを感じながら午後の時間を過ごした。

 

 

 *

 

 

 学園内の雰囲気は相変わらずでみんなそわそわとしている。僕はというと自分の母親と何とか顔を合わせない方法を考えていた、明日は通常通り授業があるしもしも校舎内で母さんに出くわした場合はどうしよう? 

 昨日の放課後小鳥遊班で集まって遊んだ、彼女たちは気を遣っているのか僕に母さんの話題は振って来ないでいつもと同じように接してくれた。

 僕自身も聞かれなかったから母さんについて特に何も言っていない、だけど、いつかはちゃんと話すべきなんだろう。

 それは僕が恋人を選んでその子たちとの将来を考えた時に避けては通れない道だ。

 もしも結婚することになるとしたら無論母さんとも顔を合わせる事になるのだから。

 

 あの人のことだから僕の結婚相手に対してもあれこれと口を出してきそうだ、自分の息子を仕事の為に女子校へ入学させるような人だし。

 親子関係を修復するだけの時間はない、仮に僕にそれが可能だとしても向こうがきちんと対応してくれるかは別問題だからね。

 自分が選んだ相手が悪く言われたら流石に頭に来る、ずっと母さんに世話にならない、あっちだって仕事が第一で息子のことなんて無関心を通してきた、だから僕も今更母親らしい事をしてほしいなんて思っちゃいない。

 

 この感じも母さんが帰ったら落ち着くだろうな、そんなことを思いながら廊下を歩いと話し声が聞こえてきた。

 

「ねえねえ? 明日ってあの【小鳥遊美鈴】さんが学園に来るって話本当なの?」

「本当だよ。もうそこら中その話題で持ちきりだし間違い無いんじゃないかなー」

「そうなんだ! 実はね、私あの人のことずっと良いなぁって思ってたんだよねーほらなんかカリスマ性あるでしょ? 同じ女として憧れるもん」

「それは言えてるー実際に女性人気高いみたいだよ? うちらと同じ目線で世の中を見てるっていうのが共感されてみたい」

「だよねー。ねえどうする? 授業サボって見に行っちゃおうか?」

「面白そう! ああでも、確か理事長室で大事な話をするとか言ってたからうちらじゃそもそも会えないんじゃね?」

「それは何とかするしかないでしょ!」

「けどさ、アンタそんな浮かれてて良いの?」

「えー何が?」

「何がって、ほら、理事長がこの前に説明した何たらプロジェクトの事よあれが分かってからクラスの子たち目の色変わったじゃん。うちらも真剣にやらないと学園にいられなくなるよ」

「大丈夫だって! 男と付き合うなんて正直ごめんだし……。三年間も期間はあるんでしょう? その間に自分で進路とか決めるわよ」

「近いうちに全校生徒にヒアリングするみたいね。そこでダメだったら学園を去らないといけないらしいわよ」

「えっ……? 嘘、その話マジなの?」

「マジマジ、だからみんな必死になってるんじゃん。まあ、別の学校への転入とかは学園側が進めてくれるらしいんだけどね」

「どうしよう……。私、成績危なくて何とギリギリでこの学園に受かったから親に顔向けできないのよ。結果残さないと実家に何言われるか」

「うちら大分遅れてるからねーここから巻き返すのは結構大変だと思うわ」

「とにかくそのヒアリングがあるまでに何とかしておかないと!」

 

 偶然にも話をしている女の子達と目が合った。さっきあの子が言っていたことが本当なら少なくとも学園内に僕と付き合いのは拒否したいと考えている子もいるみたいだ。

 嫌がっている相手に無理強いするつもりは無いし、僕は自分が選べる立場でもあるのだからああいう子は恋人として選んじゃいけない気がする。

 プロジェクトに対してみんながどの程度真剣に向き合っているのかは一度神崎さんに聞く必要があるな。僕はプロジェクトの目標を達成する為に真面目に取り組んでいこうと決意したのだから。

 バツの悪そうな顔を見せる彼女達の脇を抜けて僕は教室に戻った。

 

 

 男子寮の自分のパソコンからメールを出す──宛先はもちろん理事長の神崎さん宛だ、明日母さんが帰ったら会う約束を提案する。

 すぐに返信が届き時間の指定を受ける、明日会った時に僕の決意を改めて伝えるつもりだ。

 小鳥遊班の子達には僕の気持ちは伝えた──最終的には恋人関係になってその後の事、重婚する場合は様々なハードルがあるけれど、乗り越えていきたい。

 学園に通う女の子達がプロジェクトに真摯に取り組んでくれた良いなと感じる、その為に僕は自分ができる事はやり抜こうと思うんだ。

 こうやって何かに対して真剣に考えるのは今までやってこなかった、だからこそ成功させたい。

 女の子達の幸せを願って強い信念を持ってやろう。初めは乗り気じゃなかったプロジェクト遂行に関して僕は改めて決意を胸に抱いて明日を待つのでした。



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46.「この細やかな時間を大切にして行こうと思えるんだ」

「おはよう。御崎さん、ちょっと良いかな?」

「?」

「あのさ、今日の放課後って暇? もしも用事がないのなら小鳥遊班で集まって遊ぼうかなと思ってるんだ。ああ、もう相倉さんと玲さんには連絡済みだよ。牧野さんにはこれからLIMEしようと思う」

「放課後ね、うん、良いわよ。あたしも特に予定はないし」

「ありがとう。また、街に繰り出そうと思うんだ、ていうか実は今日はあまり学園にいたくないんだ」

 

 僕らは放課後街に繰り出す約束をする──その前に理事長に会わないといけないことも伝えておいた。プロジェクトに関する大事な話がある、それは僕の今後にも関わることだから蔑ろにするわけにはいかない。

 

 母さんが来るということで学園内の雰囲気はいつもよりも賑わっている、メイクをしっかりとしている子をちらほらと見かける中で僕はできるだけ目立たないように行動した。

 授業に集中しながらぼんやりと考える。これから僕がやろうとしている事──それに対して学園に通う子たちはどういう反応を見せるのか? 

 

 小鳥遊班に加わる女子はこれから増えていくと思う。偶然に小阪さんと目を合わせる、そう言えばここ最近彼女とは話していないな。

 転入初日に色々あってまだそこまで仲が良いとは言えないけれどせっかく同じクラスになれたわけなんだしもっと彼女とも仲良くなれればいい。

 

 たまに御崎さんと話しているところ見ると小阪さんは僕らの事を鬱陶しく感じてはいないようだ、相倉さんの積極性をお手本にして周りの子とコミュニケーションを取ってみようかな。そうだ、放課後の件、小阪さんも誘ってみよう。もし断られたとしても食い下がって彼女を無理にでも小鳥遊班の活動に付き合わせよう。

 

 ちょっと強引な気もするけど、仲良くなりたいのならそういう積極性も必要じゃないかと思う。僕は今まで自分の周囲の人と関わってこなかったから。

 

 あっという間に帰りのホームルームの時間を迎えた、担任の香月先生からはいくつかの注意点と学園行事に関する説明を受ける、僕は話を聞きながらどうやって小阪さんに声をかけようか考えていた。

 一応御崎さんにも相談しておこうかな。放課後になって僕は隣に座っている御崎さんに「先に用事を済ませてくるよ」と声をかけて教室を出て理事長室へ向かう、小阪さんの件は「OK」と返事を貰ったし僕が戻るまでは彼女に任せておこう。

 

 

 *

 

「失礼します」

 

 ドアをノックして扉を開ける。

 

「あら、いらっしゃい。さあ、座って。一体今日は何の話があるのかしら?」

 

 フカフカのソファに腰を下ろして理事長が準備した紅茶のカップに口をつけた。

 

「はい、実は今日はプロジェクトに関して大事な話がしたくて来たんです」

 

 神崎さんはデスクから立ち上がって僕の目の前に座るとお菓子を一つだけ摘んで口の中へ。

 

「今まで僕はプロジェクトに関して半信半疑で自分が女子校に通っているのが信じられないし、いきなりのことだったので戸惑いました……。母さんに無理やりに決められたことでしたし、自分がそんな重要な企画に関わっているなんて実感湧きませんでした」

 

「けれど、最近ではそんな考え方が変わってきたんです。きっかけはひとりの女の子でした。彼女はプロジェクトに真剣に向き合っていて僕と恋人になれるように努力していたんです、そして、他の子と接するうちに僕自身、彼女たちの将来を真面目に考えなくちゃいけないなと思ったんです、きちんと向き合ってくれている子たちに対して僕はいい加減な態度を見せるわけにはいきません」

 

「だから僕はこの学園に通う意味──プロジェクトを達成させるために真面目に取り組んでいこうと考え方を変えました。これからは周りに積極的に関わっていこうかなと、そして最終的には恋人を選んでその先の未来を思い描いて、活動していこうと。それで今日は理事長にお願いしたいことがあって来たんです」

 

 僕の言葉を黙って聞いてくれている、正直神崎さんには面倒な事を押し付けるかもしれない、それでも僕が決意した事は揺らぎない。

 

「僕がプロジェクトに真剣に関わっていくのでもしも学園内でまだプロジェクトに対して懐疑的な意見を持っている子、あるいは初めから真面目に取り組むつもりがない子は早めに進退をはっきりとさせてほしいんです。彼女たちのこれから先のことを考えると学園に三年間縛られているよりも違った選択肢を選べる方が道は広がってくると思うんです」

 

「僕との恋人になりたくなのなら無理はさせたくないし、プロジェクトを成功させる意志がある子に残ってほしいんです。もちろん最終的な目標はわかっています。プロジェクトの為でもいいので僕との将来を考えられる子を選びたい、彼女たちにふさわしいと思われるような人間にならなくちゃいけないんです。それが今向き合ってくれている女の子たちへ僕からのできる最大の誠意なんじゃないかなって」

 

「そこまで、考えていたのね、正直驚いたわ。初めてあなたがうちの学園に編入されることになったと聞いた時は不安な気持ちもあったの、だってあなたは自分の意志じゃなくて美鈴さんに言われたからなんでしょう? それでプロジェクトを成功させることができるのかしらって」

 

「美鈴さんと今日話してあなたの考えも聞いて私も学園を預かる身としての立場を理解して行動しようと思うの。まあ、実は近いうちに生徒たちにヒアリングを行う予定だったの、そこで自分のこれからの事を決めてもらう、学園を去るというのなら別の転入先を用意するつもりでいたの。選ぶのは生徒だから学園側は無理にとは言わない」

 

「プロジェクトを成功させることに価値観を見出せる子がどのくらいいるか? 自分の将来を見据えて活動するなんてなかなかできることじゃないわ。ここに通っている子は大半が名家のお嬢様で由緒正しき家柄で育ってプライドが高い子も多いわ。従者の子と分け隔てなく接している子はほとんどいないわ」

 

「プロジェクトの内容を生徒に説明した時に目の色が変わった子もいたわ。有名な家柄でも格差があって大企業の令嬢さんは周りの子を見下している、お嬢様の中にも派閥みたいなものがあって大変なのよ。ここに通っているうちはそういったしがらみはゼロになる。みんな平等にチャンスが与えられているわけね」

 

「それが納得できない子だっているわ。今までの自分の生き方を変えることは難しいの。プライドがあるからこそね」

 

「勇人君の言いたい事はちゃんと分かってるわ。ヒアリングの結果が出たあなたにも教えることにしましょう」

 

「無理を言ってすみません……」

 

「いいのよ。私はあなたには協力するつもりだし、ああ、別に美鈴さんに言われたからってわけじゃないわよ? 私の個人的な気持ちで動いているの」

 

 神崎さんとの話を終えた僕は理事長室を後にする──今まで自分から進んで行動したことがあっただろうか? 

 この学園に通うようになって起こった“変化”だ。それは良い傾向でもある。

 

「さてと、みんなを待たせているんだ。急いで待ち合わせ場所に向かおう」

 

 小鳥遊班のみんなに用事が終えた事をLIMEのメッセージで伝える。放課後は街で遊ぶ約束をしている。僕は中庭を抜けて外へ出た。

 

 

「あっ! 小鳥遊君来たよ! こっちだよ〜」

 

 僕の姿を見つけた相倉さんが元気に手を振ってくれた、その後他のこ達も同じように手を振る。僕は片手を上げて彼女達の輪の中に入ると──

 

 ──その中に小阪さんもいた。

 

「小阪さんも今日は付き合ってくれてありがとう」

「別に好きできたわけじゃありませんわ。ただ、御崎さんに誘われて仕方なくです」

 

 そう言って隣にいる御崎さんを見る。彼女は僕と目が合っても逸らすことはせずに優しい笑顔を向けてくれた。

 

「小鳥遊班に新しい仲間が加わったところで今日は一体どこへ行くんだい?」

 

 玲さんが訪ねる、彼女は基本的にインドア派と言っていたのに僕らの細やかな用事に付き合ってくれている。

 

「行く場所は決まってるんだ。さあ、みんなついて来て」

 

 先頭の僕が街の方へ走り出すとみんなが後をついて来る。誰かと行動することがこんなにも楽しいことだなんてね。昔の僕が知ったらどんな顔をするだろう? 

 温かい日差しを浴びながらかけがえのない時間を過ごす、みんなの笑顔の中心に僕がいて──

 

 ──そんな穏やかな日常を僕は大切にしていきたいと思うんだ。



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47.「まずはみんなで遊んでみよう」

 今日は最近新しくオープンしたって言うお洒落なアミューズメントパークまで遊びに来た。学生でも手頃な価格で遊ぶことができる為、人気のスポットらしい。

 事前にネットで調べておいて良かった。皆が楽しんでくれたらいいなあ、僕は目的地を小鳥遊班+αに伝えて放課後は目一杯遊ぼうと意気込んだ。

 お嬢様が多いからああいった施設に行く子は少ないらしくて僕を含めた全員が初めての体験に胸を躍らせていた。

 パークの中には流行りのビデオゲームの他にもリズムゲームやコインゲームにスポーツが体験できるアトラクションが導入されている。

 普段ゲームをやる機会が多い僕は機器の説明をしながらチームで遊べるホッケーゲームをやることにした。

 お札を両替機で百円玉に変えて数枚をポケットに入れる──小阪さんは初めて見る光景に目を丸くしていた、その様子が何だか新鮮で僕は思わずくすりと笑う。

 実は玲さんはかなりのゲーマーらしく僕らは別のペアになったけどお互いに勝ちを譲らず真剣勝負を繰り広げた。

 誰かと一緒にゲームをするのってこんなに楽しいことなんだ! 普段は専ら一人用のゲームで遊んでいたからこういった体験は実に良い。

 僕らの様子を眺めている相倉さん達も混じって色んなゲームをプレイした。筐体から聞こえてくる賑やかな音に胸を弾ませて興味のあるゲームを探している、この中では僕と玲さんが詳しいから皆に色々と教えてあげた、御崎さんと相倉さんがガンシューティングをプレイしている様子を眺めながら小休止。

 久しぶりに体を動かしたから何だか不思議と充実感を覚えている。

 

「ん? 何やってるんだろう?」

 

 みんなからちょっと離れたところでクレーンゲームの筐体をじっと見ている小阪さん──僕はすぐに彼女の元に行き声をかける。

 

「小阪さんはクレーンゲームが気になるの?」

 

「えっ……? いいえ、そんなことありませんわ」

 

 そう言いつつも彼女の視線は筐体の中になる可愛らしいぬいぐるみに向けられていた、僕は微笑みかけるとポケットからコインを数枚取り出しゲーム機に投入する。

 

「どれが欲しいの?」

 

「別にわたくしは──」

 

「遠慮しないで良いよ。景品をじっと見てたの知ってるし、欲しいのあれば僕が取ってあげるよ」

 

 目を輝かせて欲しい景品を指差す小阪さん、幸いに彼女が欲しがっているぬいぐるみは入り口近くにうつ伏せで寝かされていた。

 先ずは景品とアームの距離を確認しながらボタンを押して慎重に操作する──クレーンが動く様子を目をキラキラさせて見ている小阪さんを何だか可愛いなと感じた、アームをお目当ての景品の位置へ固定。

 さて、問題はここからだ。大体この手のゲームのアームは掴む力が弱く設定されていることが多いから掴んで入り口まで運んでいる途中に落ちてしまうことがある……。

 攻略法はそれぞれあるけど──この筐体の場合、景品を落とす入り口のところにバーが付けられてないからアームで少しずつずらして落とせばゲットできる。

 もう片方のボタンを押してアームを景品に引っ掛ける。持ち上がった瞬間に位置がずれて入り口の近くまで移動した。

 ラッキー! これなら次で取れそうだ。同じようにアームを動かして今度は深めにボタンを押し込む。

 狙い通りにぬいぐるみは持ち上がった瞬間に向きを変えてそのまま下に落ちる。

 出てきた景品を取り出して小阪さんに渡しクレーンゲームの筐体から離れる。

 

「クレーンゲームって案外難しくて取れるようになるまでコツが必要なんだけど今回はラッキーだったよ。少ない金額でゲットできたしね」

 

 僕が渡した可愛らしいぬいぐるみをギュッと抱きしめる、喜んでもらえたみたいで良かった、ずっとゲーム中も小阪さんの様子を見てたけどあまり楽しめていなさそうだったからね。

 

「ありがとうございます! わたくし大切にしますわ」

 

「うん。他に欲しいものはあったりする?」

 

「いえ、ありませんわ」

 

「そう、だったらちょっと向こうで僕に付き合ってくれないかな?」

 

 小阪さんの手を引いてダンスゲームの筐体があるエリアへ移動した。

 

「こういうゲームの経験は?」

 

「……ありませんわ」

 

「そう、やってみると案外楽しいよストレス発散にもなるし」

 

 コインを投入して機械を操作する──初心者の小阪さんが相手だから難易度はイージーに設定してっと、やっぱり僕がやっているところを見てもらった方がいい気がするな。

 

「このゲームはこうやって遊ぶんだ。曲に合わせて矢印が流れてくるからそれに合った足元のパネルを踏んでいく。最終的にスコアが多い方が勝ち」

 

 僕は自分の体を使って小阪さんにゲームの説明をする、リズムゲームは反射神経も使うけど難易度がイージーなら流れてくる矢印の数も少なくてスピードも遅いから子どもにだってクリアできる。

 

 ハイスコアの文字とプレイが終了ガイドを聞いて一旦呼吸を整えた、まだ悩んでいる様子の小阪さんの手を引いて僕の隣に陣取らせる。

 

「えっ……」

 

「大丈夫。初めはゆっくりと流れてくるからタイミグよくパネルを踏むだけだから。それじゃあ僕は1P側に移動するね」

 

 GAME STARTの文字がモニターに表示されて僕が選んだ曲が流れ始める。僕は純粋に楽しむ為にしっかりと足を動かしてパネルを踏む。

 横でプレイしている小阪さんは真剣な様子で流れてくる矢印の向きを確認していた。

 

 2P WIN!!! 

 

「負けちゃった。いやあ、すごく楽しかったよ。小阪さん初めてなのによく動けてたと思う」

 

 もちろん手なんか抜いていないこういう場合に手を抜くのは一緒に遊んでくれる相手に失礼だし何より相手に気を遣わせてしまう。

 

「どう? 小阪さんは楽しめてるかな?」

 

 ワイワイとはしゃぎながら遊んでいる玲さんたちの様子を見ながら僕は小阪さんの隣に座る。

 

「わたくしこういう場所には初めて来ましたの」

 

「そうなんだ、他の子もそうみたいらしいし、まあ。お嬢様が来るような場所ではないよね。僕は普段からゲームで遊ぶ事が多いからこういうところに来ることに違和感はないけれど」

 

 自販機でペットボトルの飲み物を買って一旦休憩する、楽しそうに遊ぶ相倉さんたちの体力には驚かされる。

 

「小阪さんが僕をどういう風に思っているのかはまだわからないけど、僕は君たちの想いに応えたいと考えてるんだ。お嬢様とお付き合いするのにふさわしいひとになりたいなって。もちろん例のプロジェクトに関することなんだけど、それでも学園に通っているからには責任を持たないといけないと思うんだ」

 

 今こうやって一緒に遊んでいるのが彼女にとっても貴重な経験になるんじゃないかと思う。

 

 そんなほんの細やかな出来事に幸福感を覚える。その後は相倉さんに誘われてパーク内でスポーツを楽しんだ、たった一日がとても長く感じ充実感を持って僕らはそれぞれの寮へ戻るのでした。



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48.「少し先の事を考えてみようか」

 寮の自分の部屋に戻った僕は遊び疲れたのかベッドに倒れ込んだ、今日体験したことは僕にとっても貴重な経験になるんじゃないかとおもう。

 誰かと一緒に過ごす時間があんなにも楽しいことだなんてね、今までずっと一人で遊んできたからすごくワクワクした。

 彼女たちと知り合ってから積極的になれた気がする、共に過ごせるのはたったの三年間しかないけれど、その中で僕はたくさんの思い出を作りたい。学園内で誰が僕の恋人になるのかはまだわからないけど自分がやれることは精一杯やろうと思う。

 別に母さんの為じゃない──僕自身がプロジェクトに真剣に向き合っていこうと決めたからでどんな結果を迎えようと納得に行くものにしたいんだ。

 

 小鳥遊班に入る女の子がこれから増えていくだろう。新しい子に出会える高揚感に胸を躍らせていた。

 今まで女性に対して苦手意識を持っていたはずなのに少しずつ変化していく、いつか彼女たちと裏表のない本当の関係になれたらいいな。

 LIMEのトーク欄には今日の感想を話す相倉さんと御崎さんがいる、玲さんも会話に交じりつつスタンプなどで返信を返す、牧野さんも必死について行こうと頑張っている。

 僕はそんな彼女たちの様子を微笑ましく感じながら返信用のメッセージの内容を考えていた。

 

 最新型のスマホを持っていながらも、今までほとんどこういったアプリを使ってこなかった。専ら専用ブラウザと通話しか利用していない、実家に僕専用のPCがあるからスマホのネットで検索するのは外にいる時くらいだ、フリーのWi-Fiに接続できる時以外は全くと言っていいほどインターネットの機能を使ってない。

 連絡先もメイドさんと母さんだけの二件で、特に母さんにはあまり電話をかけることはしなかった。

 スマホを持っている意味が無いような気がするけど、僕が選んだわけじゃ無い、母さんが持たせてくれたものだ。

 自分で支払いができるようになったら僕名義に変えるつもりでもあるし、高校を卒業後は親の世話になるつもりはない。

 プロジェクトが成功して恋人ができたら彼女たちとの将来を考えて自立しようかと今のところは考えている。

 小鳥遊の家から出たって良い──これ以上自分の人生を親に好き勝手にされちゃ堪らない。

 けれど……彼女たちが小鳥遊の名が目的で僕と仲良くしてるんだとしたら、本当の恋人関係になれるんだろうか? 

 

 あれだけの生徒がいれば中にはそういう風に考えている子だっているだろうし、自分の家の事を真剣に考えて好きでもない相手と結婚するなんて事を彼女たちは納得できるんだろうか? 

 

 プロジェクトに向き合って行こうという考えはブレていないはずなのにあれこれと詮索してしまう。昔から周りの人間と友好な関係を築いてこなかったツケが今頃になって出たのかもしれない。

 僕自身がどうするべきなのか、もう一度ちゃんと考える必要があるな。

 

 LIMEでメッセージのやりとりを続けながら少し先のことを見据えて今後の行動を改めるのでした。



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49.「これから先に起こる出来事は今までに体験したことがないものになるでしょう」

 小鳥遊君たちと一緒に遊んでわたくしは女子寮の自分の部屋に戻りました。

 彼がゲームで取ってくれたぬいぐるみを机の上に置いてベッドに倒れ込みます、生まれて初めて体験した出来事にまだ興奮が冷めないんです。

 ああ言うところでお友達と遊ぶと言うのは今までで一度たりともありませんでした。

 本当に気兼ねなく接することができる友人──そんな存在に憧れていましたの。

 もちろん高校生になるまで仲が良い友達がいなかったわけじゃありません。ですが、大抵の人はわたくしの立場や生まれ育った家柄を羨んでいる人ばかりでしたの。

 

 わたくしと仲良くするのは自分の実家の為、好きで友人関係を続けているではないと言うのは分かっていました。ずっと周りからそういう扱いをされてきたのですから……。

 

 小阪の名前を聞いたら態度を変えてわたくしにぺこぺこと頭を下げる様子を見ると彼女たちの本心を知る事ができるのでした、中学生の頃はわたくしの取り巻きみたいな子がたくさんいて結局あの子達は【小阪亜理紗】と友達だということを周りに自慢したいだけ──わたくしと対等な立場で人間関係を築いていきたいだなんて微塵も思っていないはず。

 

 

「小阪家の女性は常に周りを惹きつける存在でないといけません。その意味が亜理紗には分かるかしら?」

 

 幼い頃からお母様に言われ続けた言葉──子どものわたくしには深い意味を理解するのは難しいことでしたが、母に倣って素敵な女性になろうと努力しましたわ。

 まずは言葉遣いや作法を徹底的に学ばされました、食事のマナーや礼節に至るまで今思い出すと辛いことばかりでした……。

 それでも周囲の期待、お母様の期待に応えたいと弱音を吐く事も無くやり続けました。

 

 そんな生活が続いていよいよわたくしが高校へ進学すると言うお話が小阪家で話題に上がった時に海外への留学や名家の方とのお見合い、そう言った話も上がるようになり、お母様は小阪家の親族の人たちとわたくしの将来について話していました。

 

 実はわたくしには姉妹がいますの、姉と妹とわたくしの三姉妹。

 妹はわたくしとは正反対の自由な性格をしていて、周りからはあまり良い評価をされていない事を知っていますが、それでも明るく振る舞って家柄に捉われず自分の好きなようにやりたい事をしてますの。

 古臭い小阪家の伝統等にいつもうんざりしている様子でした、妹はわたくしと一歳しか歳は変わらなくて来年には受験を控えています。

 あの子の進路はわたくしは聞いていないのでどこの学校に通うのか未だにわかりませんの……。

 妹との仲は悪くありません。むしろわたくしはあの子みたいに自分に素直で前向きになれたら良いなぁと思っています。

 わたくしやお姉様が厳しい躾を受けているのを間近に見ていたので妹とは子どもの頃から自分の将来をしっかりと考えていましたわ。

 

 いつか本当の意味で家族と向き合わなくちゃいけない日が来る。その時にわたくしはどういう選択をするのかしら? 

 

 お父様とお母様は常に将来の事を考えていてわたくしや姉妹に様々な経験をさせる事で人間としての成長を促すつもりなのでしょう。

 

 後継者問題が囁かれる中でお姉様は名家の方といくつかのお見合い話がきています。お互いの利害が一致して、名門の家系同士で結婚をすれば小阪家の地位も更に揺るぎないものとなるでしょうね。

 両親に反発せずに生きてきたわたくしとお姉様のこれからの将来はどういう風になっていくのか予測ができません。

 ただ、妹はそんな状況からひとりで抜け出して自由に生活している──それがとても羨ましく感じると共にわたくしも自分の事を決めてもいい頃合いなのかもしれません。

 学園に通っている目的、そこは忘れることがないようにしておかないといけませんわね。



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50.「美鈴からの依頼〜勇人に興味を持った女の子〜」

「それでは我が学園への転入の手続きを済ませますので、今後のことは日を改めてご連絡致します。それでは失礼します」

 

 理事長室の電話の受話器を置き、一息つく神崎の元へ部下がコーヒーと少しばかりのお菓子を持って来る。ここのところ仕事続きでろくに休んでいない彼女はアイマスクをしてゆっくりと目を閉じた。

 プロジェクトの経過に関する報告書を作成しながら時期にやって来るであろう来客を待ち遠しく感じた。

 と言うのも近いうちにとある国の王族の娘が恋麗女子学園に留学を兼ねて転入することとなったのだ。突然の転入騒動は神崎自身に直接な繋がりはなく彼女の上司である勇人の母である美鈴からの依頼でもあった。

 

 名門の家柄出身が多く通う恋麗女子学園に留学も兼ねて通う事が正式決まった。

 王女様とその付き人の人、二人が入学する──付き人の女子生徒は王女様の護を兼任しながら学園の様子を直接彼女の実家へ報告する役目もある。

 もしも彼女が通う事になっても特別な扱いはせずに一般生徒と同じように学生生活を送らせて欲しいと両親からの要請があった。

 学園内の機密事項としてこの事実を知っているのは理事長の神崎と彼女に依頼した美鈴と王女の両親のみ、もちろん生徒や教師はこの事を知らされていない、そしてプロジェクトの中心人物の勇人本人にも。

 全寮制のお嬢様学校ということで美鈴を信頼した向こうの両親が娘を通わせる学校として指名してきた。

 美鈴は王女が勇人の婚約者となれば両国の関係性が寄り密接になると言い、他の生徒と比べると格が違う王族の娘を息子の恋人候補として送り込むつもりだ。

 それほどにプロジェクトの遂行は重要な意味を成している。

 書類に目を通し転入の手続きと制服の発注に彼女が住む寮の手配を進める。

 

「今度は誰かしら?」

 

 理事長室の電話でなく自分の携帯に直接着信がある。神崎にかけて来る人物いうのは限られている為彼女は電話の相手を容易に予測することができた。

 

「もしもし」

 

「歩美かしら。今電話しても大丈夫かしら?」

 

「ええ、ちょうど休憩を取っていたところですが、問題ないですよ一体何の御用ですか?」

 

 電話の相手は予想した通り美鈴で、ソファーに座りながら淹れてもらったコーヒーカップに手を伸ばす。

 

「例の件なんだけどちゃんと進んでいる? 向こうの親御さんからあなたに連絡があったと思うのだけれど……」

 

「ええ、ありましたよ。ついさっきね。その電話が終わった後休んでいたら美鈴さんからの着信があったんです」

 

「あらそうだったの。忙しいところごめんなさいね。それでね、実は相談したいことがあるのだけど」

 

「相談? ですか。言っておきますが美鈴さんに言われた仕事ならきちんとこなしているので問題ないです。学園の理事長としてできる範囲のことでなら相談を受けましょう」

 

「悪いわね。そんなに難しいことじゃないの……。実はあの子、勇人のことなんだけどね」

 

「息子さんのことですか? 一体どんな相談が?」

 

「そっちの学園に通う前に王女様があの子の事を知りたいって言い出したらしいのよ。将来結婚するかもしれない相手でしょ? だからそう言うふうに思うのは自然な事だと思うのよ。これは彼女が直接に私に頼んできたの。まあ、私があの子の母親だと言うのは教えてないんだけどね、プロジェクトの責任者だから連絡を取ってきたみたいなのよ」

 

「息子さんの事を教えるのは構いませんが、どうして私に相談するんですか? 美鈴さんは彼のお母さんでしょう? それなら自分でやった方が早くないですか」

 

「確かにその通りね。だけど、あの子は私の事を信頼していないから……。無理矢理に進路を変えさせて、恋麗女子学園に通わせるのを決めたのは私だから、勇人が母親にどんな感情を抱いているのか知らないのよ」

 

 歩美には美鈴の言っている事は多少は理解できた。彼女は家庭よりも仕事を選んだ。それで自分の子どもと今に至るまで真剣に接した事がなかったのだから。勇人の父親が健在で海外で働いていることすら伝えていないのだろう。

 小鳥遊家の親子関係はすっかり冷めきってしまっている。それは外部の人間がどうにかできるほど簡単なものじゃない。

 

 勇人は母親の元から離れて自立するのを望んでいる。今まで自分で将来を決めた事がない彼にとって学園で過ごす三年間は人生の岐路でもある。

 

 

「お節介かもしれませんがもっと息子さんにきちんと向き合うべきじゃないですか? いつまでも逃げているなんて美鈴さんらしくないですよ」

 

「そうね、歩美の言う通りかもしれない。このプロジェクトが成功したらあの子と一度ちゃんと話してみるわ。その為には今は仕事第一でいなくちゃいけないのよ」

 

「母親って大変なんですね。私にはまだまだわからない事ばかりですよ」

 

「あなたも結婚すれば分かるようになるわよ。ただ、最近は男性が少なくなってきたし世の中の女性はなかなかパートナーを見つけるのだって難しい、そういった状況を変える為に私たちは働いているのよ。それを勇人が理解してくれてると良いんだけどね」

 

「ご主人はまだ日本には戻られないんですか?」

 

「ええ、あの人も向こうでの仕事が忙しいみたいい。きちんと終わらせてから帰って来るつもりみたい。勇人は父親の存在を知らないから」

 

「息子さんなりにプロジェクトに真剣に向き合っているみたいですよ。学園で親しくしている女子生徒も何人かいるようですし」

 

「最終的にあの子自身が恋人を選ぶけれどちゃんと決断できるのか心配だわ」

 

「それは今の段階では何とも言いようがないですね。彼が自分の将来と真面目に向き合う日が来れば答えははっきりと分かると思います」

 

 歩美は部下に依頼して勇人の学園に入学するまでのデータを美鈴に送った。

 小中学時代にまでこれと言って親しい友人もできず、常に一人でいた事、周りの人間と距離を置いていた事、勇人に関する情報を知っていく度に気の毒に思う。

 両親からの愛情をしっかりと受けて育っていればもっと個性を持った男の子に育っていたかもしれない。

 どこか消極的な彼がプロジェクトに真剣に向き合ったのに驚いた。

 勇人自身も今の現状を変えていこうと考えたのだろう。

 

 それが小さな変化だとしても少しずつ彼自身を変えていく──

 ──今日も小鳥遊班のみんなと過ごす時間に心地良さを感じながら学園に通う女子生徒たちと交友を深めていくのだった。



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51.「父帰国!」

(仕事もひと段落がつきそうだ、帰国の準備を進めなくてはな)

 

 デスクに飾っている妻の写真を眺めながら故郷の事を考えていた。こっちで仕事をするようになって十年以上は経っている。息子の勇人は今丁度高校生になるだろうか? 

 僕は小さな頃に別れた息子の事を思い出す──しっかりと育っているといいんだけど。

 美鈴に任せておけば心配はいらないだろうとは思うけれどもやはり勇人の事は気がかりでもある。

 何故ならばあの子は父親の存在を知らないのだから、幼い頃の記憶なんていうものはすぐに忘れ去ってしまう、勇人が産まれた時はそりゃあ嬉しかったさ、それと同時に自分が父親になることへの決意や将来に向けての夢を抱くようにもなった。

 あいつが幸せでいてくれるなら、僕も海外で仕事を頑張ってきた甲斐がある。

 十年もこっちにいれば日本での生活なんて随分と懐かしさを覚えてしまうんだ。ようやく帰国できる、帰ったら先ずは美鈴にあってそれから勇人とも話がしたい。

 

 父親として言いたい事、伝えたかった事は山程ある、これからはもっと家族との時間を優先するべきだろう。

 何かあっても僕を呼び戻すことが無いように言っておいたし今後はずっと妻と息子の元にいられる。

 

 美鈴に近いうち帰国する為の連絡を済ませてから身の回りの整理を始めた。

 

「これも新しいのに変えなくちゃいけないな」

 

 十年前に買ったフューチャーフォンは今の時代には沿わない古めかしいデザインをしていた、スマホに変えるきっかけがなくてずっとそのままにしておいたけどそろそろあたらしくしてもいい。

 

 けれど、日本に帰ってもやることは増えそうだ。

 

 ハーレム・プロジェクト(正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)

 

 美鈴はその責任者としてプロジェクトを遂行している。帰国したら僕にも何か要請があるかもしれない、彼女から届いたプロジェクトに関する書類ぶ目を通しつつ考える、女性人口が増えてきて、政府も抜本的な対策に乗り出したようだ、男性は数少ない中で遺伝子による優劣を決められる。

 

 もちろん劣勢な遺伝子を持つ男性が全て排除されるわけではない──彼らにはそれに相応しい待遇などが用意されている。国内でも不満は聞こえることもあるだろうが今はなんとか均衡を保っている状態だ。

 いつこときれてもおかしくはない。

 

 僕が子どもの頃には考えられなかった問題に今現在直面している、これから先の未来を考慮してプロジェクトをなんとしても成功させる必要がある。

 

「美鈴ひとりで大丈夫だろうか? あいつは昔から何でも背負い込むからな、体調を崩してないといいんだが……」

 

 しかし、プロジェクトの内容に関して引っかかる部分もある──それは中心となる優秀な遺伝子を持つ男性の情報が載せられていないことだ。

 機密があるんだろうが一体誰が美鈴の要請でプロジェクトに関わっているのかもわからない。

 それに女性をたくさん集めるというのもなかなかに骨が折れることだろう、手元にある情報だけでは根幹までは窺い知れぬ。

 

 日本に戻って手伝う事になったとしたら多少は情報を共有してくれるんだろうか? 

 

 母親がそんな仕事をしているというのは息子は知っているんだろうか? 十年も戻っていない我が家が急に懐かしくなる。まだ小さかった勇人の成長した姿と対面できるのは楽しみだ。

 

 帰国へ向けて時間が過ぎていく──僕はもうこの国に思い残すことが無いようにしておこう。二度と戻る機会はないのだから。

 

 

 *

 

 

 日本へ帰る日にちが決まり飛行機のチケットが届いた。

 

「美鈴だな、全く本当に手が早いよ。連絡してからこんなに早く届くとはね」

 

 必要な荷物を僕の家に送り手持つだけを機内に持ち込む──外の景色を見ると雲が広がっている、そういえば向こうに行く時もこんな感じだったか。

 

 十年前のことなのによく覚えているものだ。リラックスして座席の背もたれに背中を預けて機内で流れているラジオに耳を傾ける。到着するまで少し眠ろう。

 

 直人が日本行きの飛行機に乗り込んだ丁度今、ある王国のお姫様は訪れる異国の地に関する勉強をしていた。

 

 王国はチャーター機を準備して機内には王宮関係者が多く乗り込んでいた。一国のお姫様が見知らぬ地への留学はリスクが伴うもの。彼女が苦労する事がないように最大限にバックアップするようだ。

 

 

「懐かしいなあ。すっかり周りの様子は変わっているけどこの空気感は日本に到着したとすぐにわかる」

 

 直人は荷物を受け取り彼を迎えに来るだろう車を待った。春の穏やかな風がふわりと花びらを運んでくる、この国は四季が本当に美しい。

 向こうにいた頃には感じたことのない感覚だ、改めて帰ってきたんだな。

 

 

「旦那様お帰りなさいませ」

 

「それは僕の事かい? 君は一体誰なんだ」

 

「ご挨拶遅れました。私は小鳥遊家で働いているメイドの一人でございます。奥様である美鈴様から本日旦那様が帰国なさるという情報を伺いお迎えにあがりました」

 

「そうなのかい? そりゃあどうも。わざわざすまないね。そういえば君はさっきメイドだと自己紹介したね? 美鈴は家にはいないのかい?」

 

「詳しいことは車の中でお話しします。それではどうぞ」

 

 直人は言われるがままでに車に乗り込んだ。

 

「僕一人の為にこんな豪華な車を用意してもらってすまないね」

 

「いいえ、それが私の仕事ですから」

 

 広々とした車内のシートにゆったりと腰を落とす。メイドだという彼女僕の横になると運転手へ指示を出した。

 目的地へ向かい車は走り出す──僕はシートに座り寛ぎながらさっき彼女が言いかけた事の続きを尋ねた。

 

「うちは君のようなメイドを雇っているのかい?」

 

「はい、奥様はお仕事がお忙しくほとんどうちへ帰ってこない為家事全般は私たちメイドが担当しています。交代勤務で時給も高いので私は満足しています」

 

「そうか……。僕はてっきり美鈴が火事やらをやっていると思っていたよ。じゃあ勇人はどうしてる? 美鈴が家に帰る時間が少ないならあの子は寂しい思いをしてただろうに」

 

「勇人様の教育も私たちの仕事の一つです。しっかりと社会に出ても苦労する事のないように作法から教養まで教え込みました」

 

「それも美鈴が頼んだことなのかい? 家事ばかりじゃなく息子の教育まで任せるとは……」

 

「ご心配ならさらずに、勇人様は教養のある人物へ成長なさいましたよ」

 

「そんな事になってたなんて知らなかったな。それで勇人は今どうしてる? 今日は平日だが父親が戻ってくるというのは知らされていないのか」

 

「旦那様にも仰っていないのですね……」

 

 僕は彼女からこれまでの事を全て聞かされた。まず美鈴と勇人の親子関係は完全に冷め切ってしまっているということだ。

 小さい頃から親の愛情をまともに受ける事がなかった息子は内向的な性格になってしまったらしい、自分から周りに関わらずひとりでいることを選ぶ極端な生活は勇人を孤独にした。

 小中学校時代には仲の良い友達すらできずにいつも家で遊ぶことが多かった。

 自分に興味すら無い母親を軽蔑して進学する高校は親に相談せずに決めた。

 

 これじゃああの子があまりにも不憫だ……。十年も家を空けていた僕がいう事じゃ無いけれども美鈴と約束した夢、子どもが産まれたらきちんと育てようと、だけど、その約束は守られていない。現に美鈴は僕が海外で働いている事を勇人に推しれてなかったのだ。

 

 壊れている親子の関係──これを修復するのは長い年月がかかるかもしれない。けれど、僕が帰ってきたからには勇人にこれ以上辛い思いをさせるわけにはいかない。

 

 久しぶりに帰って来た我が家、僕の部屋はあの日のままで何も変わらない。

 

 

「今、勇人は家から学校に通っているんだろう? 帰ってくる前に一度話をするつもりだ。勇人の通っている学校の事を教えてくれるかい?」

 

「奥様に一度伺ってからになりますがそれでもよろしいでしょうか?」

 

「どうして美鈴に聞く必要があるんだい? 普通の学校に通っているなら何も関係ない事だと思うがね」

 

「勇人様のこと、やはり奥様から聞いていらっしゃらないのですね」

 

 僕は彼女の口から勇人の現状を教えてもらった。

 

 

「もしもし? あなた、帰って来てたんですね」

 

「メイドの子が言ってた話は本当か?」

 

「あら、いったい何を聞いたのかしら?」

 

「勇人が普通の高校に通っていないってことだけだ」

 

「そう、まあ、あなたも帰ってきたし一度家で話しましょうか? 仕事を終わらせたら家に帰ります」

 

 僕は荷解きをしながら美鈴が帰ってくる時間まで待つことにした、夕飯などはメイドの人たちが作ってくれて交代勤務している彼女たちを見届けると夜の九時前になっていた。

 

 

「ただいま」

 

 ドアが空いて美鈴が帰ってきた──十年ぶりの再会だと言うのに彼女は顔色一つ変えずに自分の部屋で着替えだけを済ませてリビングへ降りてくる。

 

「聞かせてもらおうじゃないか、僕がいない間にどうしてこんな状況になっているのか」

 

「まぁまぁ、ちょっと落ち着きましょう。でないと真面目な話もできないわよ、十年ぶりに会うんだから」

 

 そう言うと彼女はグラスを二つ準備して高そうな酒を注ぎ始めた、僕はソファーに腰を下ろして妻の姿を見る。

 

「どこから話せばいいかしら……。真実を聞いてあなたがどう言う反応をするのか少し気になるけれどね」

 

 そして僕は美鈴の口から今の状況を聞く──ハーレム・プロジェクトに僕らの息子である勇人が関わっていること。

 勇人が有性生殖に適したDNAを持っていてこの国の未来の為に多くの女性と関係を持ちその遺伝子を残していくという目的。

 普通の高校に通わず女子校へ進学したこと、全て美鈴がプロジェクトを完遂させる為に用意してきたという事実を聞かされた。

 

 

「じゃあ勇人は望んで自分の運命を受け入れたのか?」

 

「……いいえ。最後に選ぶのはあの子自身だけどきっかけづくりは私が準備してきたことよ。だからこそ、このプロジェクトに失敗は許されない、だからあなたにも協力してもらうことあるの」

 

「親なら子どもの将来を考えるべきだろ! プロジェクトを達成する為だけに自分が存在しているなんて勇人が可哀想だ、僕はそんな事の為に今まで海外で仕事をしてたわけじゃないんだ! 親子三人で暮らせるようにー」

 

「分かっているわそんなこと! だけど、プロジェクトが成功しないとこれから近い未来に私たちは滅びることになる、そうならないためにあの子には何としてもやり遂げて貰わないといけないのよ! 私たち親子の事情で今更白紙に戻すことなんてできないわ」

 

「勇人が通っている学校の名前を教えてくれ、僕はあいつの父親なんだ会うことくらいは許されるだろう」

 

「いいわ。教えてあげる学園はセキュリティが厳しいけどパスできるようにしておくわ」

 

「美鈴、僕たちの約束は忘れてないよな? 全部勇人の為なんだよな?」

 

「……忘れるわけがないじゃない。ただ、あの子は私達の気持ちなんて何も知らないけどね。いつかはきちんと向き合うべきだと自分でもわかっているのよ。けれど、それは今じゃないもっと時間が経ってから」

 

「昔みたいに笑い合っていける家族に戻れるといいな。あ、せっかく戻ってきてなんだが、僕はしばらく好きなようにさせてもらうよこっちでの生活にも慣れなくちゃいけないからな」

 

「わかったわ。これからはずっと日本にいるんでしょう?」

 

「ああ、僕は美鈴や勇人の元にいる。もう離れたりはしないさ」

 

 直人は気持ちを新たにして美鈴から恋麗女子学園の場所と勇人に会う日時を決めて新しい生活をスタートさせる。



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52.「未来への展望」

「現在、我が国の人口比率問題は深刻な状況に直面しています」

 首相官邸では長年解決方を見出せないでいるこの逆転現象と連れなす問題も提起されていた。

 長年の政策は功を成したとは言えず、若者の結婚率は低下の一歩で誰もが将来に一抹の不安を抱えている。

 

「首相、このデータを見てください。我が国のここ十年ベースでの男女の出生率の比較図です。男子の出生率は著しく減少の傾向にあります」

「……これは確かに大問題ね、ここまで人工比率が逆転するなんて私が首相になった時には既に直面していた問題でもあるわ。なんとかしたいとは考えているのだけれどね」

「優秀な遺伝子を持った男性が少ないというのも原因ですし、結婚をして子どもを育てられるような状況ではないという厳しい現実があります。若者に向けた政策──それらが実行されていないのです」

 

 若者が少なくなるというのは国の将来を俯瞰した場合に危機的な状態であるというのは一部の人間は勘づいている事でもあった。

 若い世代が日本を活性化させていくような社会情勢にならなければいけない、しかし、現実はそう甘くなかった……。

 ここ十年、政府は若者に向けた政策を実行してこなかった──その結果若年層で政治に関する無関心が増えてきて選挙に行く人が減少した。

 

「若い人へ向けての政治ね、それはずっと課題でもあるわ……。これから先日本がどんどん暗くなっていくのが見えているの」

「若い世代が結婚や子育てに関して希望を持てるように政府が支援するべきだと思います! これは早急に手を打つべき政策だと」

「そうね、その為に前々から進めてきたことがあるの」

「例のプロジェクトですか……。政府がそれを支援すると」

「なりふり構っている場合ではないのよ。それにこのデータを見る限り“どうやら彼”は優秀な遺伝子を持った男性だというのが判明したわ」

 日本の未来をとあるプロジェクトに懸ける方針で政府はまとまりかけていた。

 

 **

 

「直人さんが日本に帰国したっていうに未だに家に帰れないなんてね」

 デスクの周りを整理整頓して新しい書類に目を通す──昔みたいに彼と日本で暮らせるというのに私が相変わらず仕事に追われている……。

 プロジェクトの進捗状況はあの子次第だけど、もしもの場合を考慮して最善策を考えておかなくちゃ。

 そういえば勇人はしっかりと学園での生活を送れているのかしら? 

 親子といえ、私とあの子の間には溝がある、当然ね、今まで構ってあげることなんてなかったのだから……。

 親の愛情をまともに受けなくても勇人は捻くれた性格じゃないのは良かった。

 直人さんも私たちと日本で暮らすために海外での仕事を終わらせて帰国したわけだし、一度親子三人で話さないといけないわね

 

「これが終わればまたあの頃みたいに──」

 

 家族三人での生活、それは私が望んでいた光景。それを実現させるためにまずできること──



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53.「息子との再会を待ち焦がれながら」

 息子のいる恋麗女子学園を訪れる日が決まり僕は日本に来て数日は家でゆっくりと過ごしていた。美鈴から届いた仕事のメールに目を通しながら新しく買ったスマートフォンを操作する。

 僕が日本にいない間に随分と便利になったものだ。スマートフォンは一台あれば大抵の事ができる、まあ、パソコンには到底及びはしないのだけれども生活を豊かにするには充分すぎるくらいの機能が備わっている。

 

「美鈴から教わったLIMEというのを使ってみるか。必要が無いアプリケーションはアンインストールしておけば容量の面は問題ないだろう。しかし、こっちに戻ってきてまだ数日しか経っていないのに最初にやる事が携帯を新しくすることとはな」

 

 やはり勇人の事は気がかりだった、僕と会ってどういう反応をするんだろうか。いないと思っていた父親と<再会>すると言うのはなかなか気持ちの整理もつかないのだろうな。

 今は学園の寮に住んでいるらしいがあの子はどんな学生生活を過ごしているのか? 十年ぶりに会って一体何を話そうか。

 

 これからは僕が勇人に出来るだけのことをしてやろう。今まで離れていた分あいつとの時間を大切にしていきたい。

 日本を離れるときまだ小さくて幼さの残る息子の姿を見てから海外へ旅立った。それからはずっと向こうで仕事をしていて帰国するのがこんなにも遅くなってしまった。

 

 勇人、父さんはな、一度たりともお前や美鈴のことを忘れたことはないぞ。お前がどんな風に成長しているのか今から会うのが楽しみなんだ。もう寂しい思いはしなくていいんだ。父さんがずっとお前の側にいる。

 

 お前の名前は僕の名前の人の文字から取って付けたんだ。僕にとって息子であるお前はかけがえのない大切な存在だ、これからは目一杯親としての愛情を注ごう。

 

 学園の理事長である神崎くんと連絡を取る──彼女は美鈴の後輩で僕は数えるほど会っていないが今はプロジェクトを遂行するために協力してくれてるらしい。女子校であった恋麗女子学園に勇人を入学するのを勧めたのは美鈴だが、彼女は理事長として生徒たちにしっかりと説明をして今後の学生生活をどんな風に過ごすのか選択肢を用意した。

 勇人の結婚相手を選ぶという目的の為に女の子達がどれほどプロジェクトに真剣に向き合ってくれるのだろうか? 

 

 学園を去る生徒には新しい学校への転入が許可されているらしく手続きなどは学園側が率先してやってくれるらしい。彼女達は自分で選択する事が可能なんだ、まだ学生なのに自分の将来と向き合わないといけないのは酷な気もするが……。

 

 最終的には勇人自身が決断する事になる、あの子が選んだ相手と結婚する、日本の法律で重婚は原則できないことになっているんだが、美鈴はそれをどうするつもりなんだ? もしもダメな場合は海外にでも移住しなくちゃいけない。

 

 それにたくさんの女性と結婚すると言うのはそれを養っていくだけの経済力も必要になってくる。学生の勇人がその辺りの事情を踏まえて決断するのは時間がかかることだろう。

 僕は親としてあいつになにをしてあげれるのか? 幸いこの家にはまだ使っていない部屋がたくさんある。家事をしてくれているメイド達の掃除が隅々まで行きとどいているから誰か新しく住まわせる場合には十分な環境でもある。

 

 

 学園に通うお嬢さん達は名門出身の子ばかりだと聞いたが向こうの親御さんが勇人との結婚を認めるかどうか。うちは代々続く歴史的な名家なんかではなくごく普通の家系だ。相手の身分差は必ずどこかで関係を悪化させる一員にもなる、取り除くべき問題は山積みで今の段階ではどっちに転ぶのかもさえ分からない。

 勇人が幸せでいてくれるならそれでいいのだが、僕自身も自分の身の振り方を考えるべきだろうと思う。

 

 息子との<再会>を待ち焦がれながら僕は早速学園の事について調べ始める、それともしもの時のために広いお屋敷でも準備しておかないといけないな、知り合いに声をかけてみるか。

 

 親として勇人の為にできることをやろう、父親としての在り方を見つめ直す。

 

 父さん達にも帰国の挨拶もしないといけないな。僕が美鈴と結婚した時に最後に会ってから何も連絡すらしていない。

 父さんも孫ができたと知れば当然喜ぶだろう、美鈴が勇人を小鳥遊の実家に連れて行ったのかは知らないけど十年以上会っていない息子が帰国したと分かれば嬉く感じると思う。

 

 さてと、一旦父さんに連絡してから勇人に会いに行くか。未来へ向けて着実に進んでいく、僕のそばには息子と美鈴がいてくれるから何も不安には思わない。

 息子と会える日を楽しみにしながらゆったりと過ぎていく午後の時間を過ごすのだった。



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54.「某国の姫君」

「失礼します。姫様、今日はすごく楽しそうにしていますね」

 

「もちろんよ。だって一日でも早く恋麗学園へ通いたくてわたしワクワクしているのだもの。こんなに楽しいのは随分と久しぶりだわ」

 

「うふふ。姫様が嬉しいとこっちまで同じ気持ちになれますね、ですがー。学園へ通う目的を考えて下さい、向こうでは目立つ行為はくれぐれもご注意を」

 

「もーわかってるわ。は心配性ね、お父様たちはわたしの留学が目的なんでしょう? 王族なら他国の情勢を知っておく必要があるっていつも耳にタコができるくらいに言われてるんだもん。こっちの学校が嫌だと言う訳ではないわ。だけど、生まれ育ったこの地を離れるというのはわたしも不安なことはあるのよ? それでもあなたがいてくれるからまだ何とかなっているから」

 

「姫様をお守りすることは私の使命でもありますから当然です」

 

「真面目ね。これからもよろしくお願いするわ。っとその前にこの間お願いしていた事はどう? 進展はあったかしら」

 

「【小鳥遊勇人】の件ですか、それなら問題ないです。恋麗女子学園から彼に関する情報をこちらに送って貰いました」

 

「そう、あとで見せてちょうだい。未来の結婚相手になるかもしれない人だししっかりと自分の目で確認しておきたいの。わたしが住む寮の手配や制服まで準備して貰って本当に頭が下がるわ」

 

「姫様なのですから当然の事です。異国の地で暮らしていく為に最大限の誠意を見せるのは大事ですからね。恋麗女子学園は全寮制の学校になっています。姫様と私は同じ部屋に住むようですね。最もその方が護衛役としてはありがたいことですが」

 

「向こうでお友達はできるかしら。通っている子はみんな由緒正しい家系の子ばかりなのでしょ?」

 

「そうですね、ただ、一部の者は一般家系の方もいらっしゃるようですよ。姫様の格は学園内でも数段上なのではないかと」

 

「やっと今でまで学んできた礼節とかが役に立ちそうね。日本ってどんなところなのかしら」

 

「私も行った事がないので聞いた情報によりますが四季の移り変わりがあり、その際の自然がとても美しいと聞いています。後は文化が進んでいて我が国にないものが多く存在していると」

 

「楽しみだわ! 早く行ってみたい。その前に彼の事をもっと知っておかなくちゃね」

 

 わたしの生まれ育った国は豊な自然と御伽の国みたいな雰囲気が漂う大きいとは言えないけど小さくもない国。

 

 とある王国の王女として生まれたわたしは両親の愛情を目一杯に注がれてちょっと過保護すぎな王宮で育った。

 わたしの近衛警護してくれているこの子との付き合いは長いの、今回彼女と何人かの護衛と一緒に日本で暮らすことになるの。

 詳しい事は向こうについてからになりそうね、初めての異国の地できちんとやっていけるかしら? なんていう不満もあるのだけれど、信頼できる相手も来てくれてるのだし、わたしが心配するような事は何もないと感じるわ。

 日本へ向かう飛行機の中でわたしはこれから会うだろう一人の男性の情報に目を通す。

 

「うふふ、早くあなたに会えるのを楽しみにしてるわ、【小鳥遊勇人】君」

 

 雲の上を飛行する自家用ジェットの座敷でゆったりと寛ぎながら窓の外に広がる光景を眺める、これからどんな生活が待っているのかしら? 

 今から待ち遠しいわ!



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55.「ストレンジ・エンカウンター」

「姫様、長旅でお疲れでしょう。大丈夫ですか?」

 

「ええ、問題ないわ、飛行機での長時間の移動というのは慣れないものね。ずっとシートに座っていると肩も凝るし……。だけど、ようやく外に出れて嬉しい気持ちよ」

 

 自家用のジェット機はゆっくりと滑走路を滑り着陸する──こういうふうに飛行機になるのは随分と久しぶりね。国にいた時は王宮から出る機会は少なくて来客はいつも宮殿でお出迎えしていたし。

 長旅で疲れもしたけどこれからこの日本での生活が始まるかと思うと自然と心も踊る気がするの。

 

「それでは姫様ここからは車での移動になります。ずっと移動ばかりで大変でしょうけど、もう少しの辛抱ですから」

 

 すぐさまお迎えの車に乗って移動……。空港から恋麗学園のある場所までは一時間もかからないとは聞いているけれど。わたしの留学の為に色々と動いてくれたお父様達の苦労を感じ取れる。

 わたしが日本へ来た表向きの理由は海外への留学って事になっているのだけれど、実際は違う。

 

 わたしがこれから恋麗学園へ通う間、とあるプロジェクトを成功させる為の目的があるの。最初にその事を聞かされた時はとても納得できるようなものじゃなかったわ。

 だって将来の結婚相手をそんな簡単な事で決めるのに大きな疑問があったから……。

 

 だけど、我が国の情勢の事をお父様に聞かされると人ごとでは思えなった。

 わたしは一人っ子で他に姉妹はいない、ゆくゆくは王位継承する身で子どもの頃から大事に育てられてきた。

 それでもお世継ぎの問題はずっと王家に代々から続く深刻な大きな障害となっていたの。

 わたしが生まれた事で一旦は一段落したのだけれど……。お父様達は王族の血を途絶えさせるわけにはいかないとわたしに縁談の話を準備したり、嫡子を産むに相応しい優秀な遺伝子を持つ男性を探していました。

 この国日本では男女の人口比率が逆転し女性中心の社会が作られていると聞きました。

 政府は改善策を見出せずに減少する男性の数に頭を抱えている様です。数十年前はこんな状況に陥るなんてかんがえもしなかったみたい。

 急激な変化に対応が遅れたのかしらね。だけど、それは我が国も似た様な状勢にあります。

 まず国を治める王家が常に後継者の問題に直面しているということ──そして、この先どうなるか分からないほど明るいとは言えないのが現実。

 

 わたしがこの日本に来た目的──それだけは忘れないようにしておかないと。

【小鳥遊勇人】さんは特別に優れた遺伝子を持っているらしくてそれが理由でプロジェクトの中心人物に選ばれた。

 自分の将来の結婚相手になるかもしれない男性──彼がどういう人なのかもらった情報だけで判断するのは難しい。

 車の車内から外の風景へ視線を移す、見たことがないビルの看板や文字がどんどん通り過ぎていく、本当に異国に来たんだなって改めて実感できる。

 幸い今日は学園はお休みで校舎内に他の生徒はいない。先ずは理事長に会ってから女子寮のわたしの部屋に向かう。

 情報で小鳥遊君は女子寮と違った場所に住んでいるらしい、彼は女子生徒ばかりの学園で特別な待遇をされている。

 わたしは少しでも彼の近くにいられるようにとお願いして学園に通う間は彼の住む寮でお世話になる事に決めた。

 もちろんこの事を知っているのはごく一部の人、いずれ結婚すれば一緒に住むことになるのだから早めに慣れておく必要がある。

 

「着きましたよ。どうやら門にはセキュリティカードを通す必要性があるようですね。あらかじめ理事長から二人分のカードキーを預かっているのでそれを使いましょう」

 

 カードリーダーにカードキーをかざすと門のロックが解除される。生徒達は学園へ入学する際に専用のIDカードを支給されるらしいわ。

 わたしも日本に来る前に自分の国のIDカードに情報を追加した。

 わたしの国では国民にそれぞれ個人のIDが割り当てられている。それを使えばさまざまな行政のサービスなどが受けられるの。

 この番号は偽造するできないようにICチップが搭載されたカードで管理され、持ち主に関する細かなデータがインプットされているの。

 こういった面では他の国に比べると技術が進んでいると感じるわ。IDカードに関する犯罪件数も少ないと聞いているし。

 

「まずは理事長への挨拶があります。それからは自分の部屋に向かいますがその前に荷物が届けられているかは確認が必要でしょうね。姫様と私、二人で住む事になるのですから」

 

「そうね。けれどよくこんなわがままが通ったと思うわ。だって他の子は女子寮に住んでいるわけでしょう? わたしたちだけ特別扱いな気もするけれど」

 

「致し方ない事だと思います。何せ姫様が日本に来た理由は普通の生徒とは違いますから」

 

 学園の門を潜るとわたしを出迎える影が見える。それが大人の女性だというのはすぐにわかったわ。

 

「ようこそおいで下さいました。あなたの事は聞いています。私はこの恋麗学園の理事長の神崎です。さ、ここで長話もなんですからお嬢様には理事長室へ来てもらいます」

 

 いよいよね。わたしの日本での生活が始まる──生徒のいない学舎を眺めながらこれから先に起こるであろう出来事にワクワクとした気持ちを持って歩き始めました。

 

「長旅でお疲れでしょう。さあ、遠慮なく座ってください、今お茶の準備をしますから」

 

 理事長は慌ただしくわたしをもてなすと机から何枚かの書類を持って前に座りました。

 

「転入の件なら問題ないと思います。あなたが望んだ通りの対応をさせてもらったから、もちろん住む場所に関してもね」

 

「それはありがとうございます」

 

「けれど、まだ肝心の本人には伝えてません。小鳥遊君がどういう反応をするかだけどね、いきなり自分の部屋に二人も女の子が住む事になれば当然驚くでしょうし」

 

「……無理を言ってすみません」

 

「いえ、謝らなくても大丈夫よ。これが私の仕事だから、あなたの事を美鈴さんに任されているわけだしね。学園に通うからには不自由な思いはさせないわ」

 

「ありがとうございます。そういえば私達の荷物はどうなっているのでしょうか? もう部屋には届いているのかしら」

 

「それなら今日にも届く予定になっているわ。あなた達が学園を訪れる時間帯に届くように手配してあるわ。部屋に行けば揃っているんじゃないかしら」

 

「それなら良かったです。私も姫様も異国での暮らしには苦労するでしょうから少しでも気が晴れるように本国で使っていたものはいくつか持ち込ませてもらいました。もちろん生活の為にこちらでも揃える必要があるのでしょうが」

 

「お金は無駄遣いできないし必要最低限なものだけ揃えましょう。寮で生活するのなら住む場所は心配さなそうだし、食事とかも学園のものを使えばいいから」

 

「何か不満なことがあればすぐに言ってください、あなた達が有意義な学園生活を過ごせるように最大限にバックアップするつもりよ」

 

「感謝します。それではもう少しだけお話を聞かせてもらえますか」

 

 私たちは理事長から学園の説明を受ける──全校生徒は彼を除いてみんな女の子、有名な家柄の子が多く通っているという、表向きは留学が目的ということになっているからわたしは極力自分の身分を公にしないように言われている。

 海外からの留学生は珍しくて注目の的になるだろうけれど、日本でお友達ができると良いなぁとは思っているの。

 

 大方の説明を受けたわたしたちはこれから自分たちが住む事になる場所に向かう。

 

 もしかしたら彼がいるかもしれない、早く会えるのが本当に楽しみ! 青く晴れ渡った空が綺麗で空もわたしたちを歓迎しているように感じるわ。

 

 

 **

 

 

 外の騒がしさが気になった僕はベッドから起きて外に出た。

 

「これは一体どういうことなんだ?」

 

 業者っぽい人たちがこっちに向かって歩いて来ているのがわかった。真っ直ぐと僕の部屋に向かっている。もしかして母さんが何か荷物を送って来たのか? いいやあの人に限ってそんなことはしないだろう。

 息子の生活になんて無関心だろうし。梱包された箱がドアの前に置かれてドンドン荷物で埋め尽くされていく。

 

「これで最後です。毎度ありがとうございましたー」

 

 一言そう言うと業者の人はすたこらと歩いて行ってしまう──外にはこの状況が飲み込めない僕が一人ドアの前に立っているだけだった。

 

「こんなたくさんの荷物どうするんだよ……」

 

 事態がわからずに呆然として部屋に戻ろうとすると──

 

「どうやら荷物は届いているみたいね」

 

 声がした方へ振り返ると、見慣れない女の子が二人いた、綺麗な金髪がおそらく地毛だろう、日本人じゃないと言うのは何となく分かる。

 

「あの、君たちは一体?」

 

「初めましてわたしはー」

 

 この奇妙な出会いが僕の学園での生活に変化をもたらすなんて言う事はこの時は予想すらしていなかった。



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56.「Golden encounter」

 綺麗な金色の髪が風に揺れて良い匂いが運ばれてくる──僕は目の前にいる女の子の綺麗さに驚いた、彼女は日本人ではないっているのがすぐにわかった、もしかしたらあの金色の髪は地毛じゃなくてかつらで、彼女はコテコテの日本人かもしれないなんていう疑問を心の片隅で持っていた。

 

「はじめまして、小鳥遊勇人君」

 

 一歩進んで僕に挨拶する翡翠色と言えば良いのかな? 漫画とかでよくみるライトグリーンの瞳が真っ直ぐと向けられる。

 好奇心の混ざった眼差しを受けても僕は彼女から目を逸らすことはしなかった。

 僕はこの子を知らないけれど向こうは僕の事を知っているようだ。昔どこかであったことがあるのだろうか? 

 そうだとすれば思い出さないと──けれど、あんなに綺麗な金髪の女の子の顔を忘れるわけないとは思うんだけどなぁ。

 

「はじめまして」

 

 女の子の後ろにいた子からも挨拶される──つり目でクリムゾンレッドの瞳、そして同じく金髪、この子も過去の僕の知り合いなのかな? 

 思い出そうとしても検索結果にヒットするものはない。だとすればまるっきりの初対面なんだろう。

 

「はじめまして。どうして僕の名前を?」

 

「うふふ、それは順を追って説明するわ。今はまず最初に部屋の中で休みたいのだけれど……長旅で疲れてしまって」

 

 彼女は申し訳なさそうにそう言った。まだ状況が飲み込めない僕は一旦自分の部屋に彼女達を招き入れる。ついでに外にある荷物も運び入れた。

 

「なかなかの広さね、ここにあなた一人で住んでいると言うのはちょっともったいない気がするわ。他の生徒の部屋もこれくらいの広さなのかしら?」

 

「いや、この部屋ほど広くはなかったと思うよ」

 

 以前御崎さんの部屋に入ったことがあるのだけれど、僕の部屋ほど広くなかったと思う、あの時は彼女のお見舞いを優先していたからそこまでじっくりと見たわけじゃないんだけどね。

 

「荷物はこれで全部ね。ちゃんと届いているみたいで安心したわ」

 

 金髪の女の子は大きめの段ボールの山を見て感慨深そうにしていた。

 

 ブルブル

 

 

「おっと、ごめん。電話みたいだから少しだけ外すね」

 

 僕はポケットからスマホを取り出して通話ボタンを押しながら部屋の外に出た。

 

「もしもし?」

 

「もしもし、小鳥遊君? 神崎です。今時間は大丈夫かしら」

 

「はい。何かあったんでしょうか?」

 

「そうね、どこから話せばいいのかしら……。今あなたの部屋に女の子が二人来てると思うのだけれど」

 

「ええ、ついさっき会って挨拶されました。今は僕の部屋で休んでいます」

 

「そう、じゃあもう彼女達には会ったのね。えっとね、こうなった状況を説明するけど大丈夫?」

 

「お願いします」

 

「分かったわ。彼女達はねとある国のお姫様とその警護を務める騎士団の団長さんなの。今回プロジェクトの為にわざわざ来日してもらっていうわけ」

 

「プロジェクト……となるとやっぱり母さんが関わっているんですか?」

 

「ええ、その通りよ。美鈴さんがプロジェクトが企画された頃からずっと親交を深めて来た相手でもあるの。あなたの結婚相手の候補として相応しいからと選ばれたの。彼女の祖国は今、この国と似たような状況に置かれているの。王族に跡取りがなかなか生まれないらしいのいよ」

 

「今の王様にやっとできた子どもが女の子だったの。それでも国中の人に祝福されて恵まれた環境で育ってきたわ。だけど、すぐに後継問題が問いただされることになったわ。国を繁栄させる為に自分の置かれた立場とか色んなしがらみを抱えて生きていかなくちゃいけない。それはまだ大人になれない少女には厳しいことでもあるの」

 

「世継ぎの問題が最優先にされるから早い段階で縁談の話がいくつも来ていたらしいのよ。けれど、相手はそんなに良い人ばかりではなくて王家を乗っ取ろうとする輩もいたみたいね。そんな相手を排除しているうちに国に彼女と釣り合うだけの男性がいないと言うのがわかったの」

 

「王家は代々女性の家系が多かったみたいだし親戚に男性がほとんどいないらしいのよ」

 

「それが今回あの子が日本に来ている事に関係があるんですか?」

 

「そうね、あちらの親御さんから自分の娘を日本に留学させたという話を持ちかけてきたのよ、表向きはそれが理由だと語っているけど、美鈴さんがプロジェクトの件を話したみたいね、それであなたが王女様の結婚相手として不足がないか色々と吟味するみたい」

 

 

「あの子は大変な運命を背負っているんですね。国の繁栄が目的だとしてもさっき初めて会って彼女には裏表の無さそうな印象を抱きました」

 

「これからなんだけど、実はお姫様の強い希望であなたの部屋で同居することになっているの。今日まで伝えられなくてごめんなさい。どうしても実際に小鳥遊君に会うまでは秘密にしておいてほしいと頼まれていたの」

 

「そうだったんですか……じゃあ、僕の部屋の前に積まれていた見覚えのない荷物はあの子のものだったんですね」

 

 遠くの国から遥々日本へやってきた金髪の王女様──おとぎ話みたいな出来事だけどそれが今現実になっている。

 

 神崎さんから聞いた話を直接彼女の口からも聞かされる事になるのだろけど、僕が王女様の結婚相手として相応しい人間になれるかはわからない、プロジェクトに関わると言うことはあの子も学園に通って他の子たちみたいに決められた期限の中で自分の将来について考えていくんだろうな。

 

 神崎さんとの電話を終えた僕は青く晴れ渡った空を眺めたー太陽が眩しくて目を細める「よし」っと気持ちを改めて部屋に戻る。

 

「おかえりなさい。段ボールだけど勝手に開けさせてもらっているわ。殆どがわたしたちの荷物でもあるから」

 

「うん」

 

 荷解きをしている女の子側に座って手伝う事に──その前にやらないといけないことがある。

 

「あのさ、ちょっと良いかな?」

 

「何かしら」

 

 作業の手を止めてこっちに体を向ける金髪の女の子。すごくチャーミングだという印象を持った。

 

「改めて自己紹介させてもらうよ僕の名前は小鳥遊勇人。君の名前を聞かせてもらえるかな」

 

「わたしの名前は……」

 

 これからこのゴールデンな出会いを大事にしていこう。そして今日から始まる同居生活にドキドキしながらゆっくりと彼女に手を差し伸ばすのだった。



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57.「Golden variation」

「わたしの名前はメルア・フィオーナ・ルークランシェ・セレスティア・イーリス。ルークランシェ王国の第一王女、ゆくゆくはルークランシェ王国の女王になるのが決まっているわ」

 

 “ルークランシェ王国”

 

 確か北欧にある国でヨーロッパでは比較的に豊な国だと言う話を聞いた事がある、近代ヨーロッパの歴史を勉強した時に僕はその名前を知った。

 その王国の姫君が一体何の用があって僕の前にいるんだろうか? 王族なんて御伽噺の中だけだと思っていたけれど……。たった今、目の前にある現実を簡単に受け入れられそうにない。

 特に物が多くなかった僕の部屋はいっぺんにどこかの国の王宮みたいな感じに模様替えされる。

 

「君の事はなんて言う風に呼べば良いかな? ルークランシェさん? ああ、ごめん。外国人の友達なんていないからどう接したらいいのか悩んでいるんだ」

 

「そうね、メルで良いかしら? 親しい人からはそう言う風に呼ばれているの。あなたがこの呼び方で良いのならわたしは構わないわ」

 

「それじゃあ、メル。いくつか君に聞きたい事があるのだけど聞いても良いかな?」

 

「何かしら? わたしが答えられる範囲でなら」

 

「どうして日本にルークランシェ王国の王女様がいるの? それも僕の部屋に来ていることがいまだに理解が追いついていないのだけど……」

 

「ああ、それならー」

 

「私の方から説明します」

 

 メルの隣にいる金髪の女の子が会話に割って入る、一体彼女は何者なんだろう? 荷物の荷解きを手伝っているだけのようには思えないけれど。

 

「挨拶が遅れました。私はアイリスと言います、メルア様の護衛を務めている近衛騎士団の隊長で、この度は姫様の護衛を任されています。一緒に学園へ通う事もすでに決まっていて、このお部屋でお世話になります。

 私、以外にも本国から来た護衛の者たちがこの学園の近くに拠点を構えています。姫様に何かあればすぐに駆けつけられるようにです。拠点といっても要塞のようなものでなく広めの住居と言いますか、体を休める場所なのです」

 

 丁寧に挨拶をするアイリスさん──気品と騎士としての風格を漂わせる彼女の様子に僕は背筋を伸ばした。こういう時は相手に失礼のないような態度を取らなくちゃいけないましてや初対面の相手なら尚更。子どもの頃から礼節は教わっていたし、しっかりと振舞おう。

 

 メルの護衛だというアイリスさんから彼女たちが日本に来た理由を聞かされた。

 

「じゃあ、やっぱりあのプロジェクトが関わっているんだね……」

 

 ここでも話題の中枢を担うのは“ハーレム・プロジェクト"

 って言うことは母さんが関係しているのか……。あの人のことだ、僕の知らないところでプロジェクトに関する活動を進行しているのだろう。

 

 メルと母さんがどう言った関係なのか知らないけれど欧州からわざわざ日本まできたのだから彼女も僕の恋人候補の一人なんだろうな……。

 生まれて初めて見た金髪美少女状況が違っていれば誰もが羨むような環境なんだろうけど、僕は手放しには喜ぶことができない。

 だって、彼女と結婚するという事はゆくゆくは僕がルークランシェ王国の未来を築いていくのだろうから。

 

 良い加減な気持ちではいられやしない。これからメルがどう言う風に学園生活を送っていくのかも気になるし。

 心配事がまた増えてしまったな……。そんな今の状況を彼女達に悟られるわけにはいかない。プロジェクトに向き合っていくと決めたのだから覚悟を決めておかないと。

 

 ふと顔を上げるとメルと目が合った──彼女の透き通った綺麗な目は真っ直ぐと僕を捉えている。こうして見るとメルは本当に美人だという印象。

 お姫様ってこんな綺麗な子ばかりなのかな? 漫画やゲームの世界でしか見たことが無かった御伽噺に登場しそうな女の子が目の前にいる。

 新しい出会いはが僕に何を運んでくれるんだろうか? 

 明日からの学園生活がまた一段と忙しくなりそうだ。ああそういえばルークランシェ王国ではLIMEって使われているんだろうか? 

 

 コミュニケーションを取るための方法は色々と考えておかないとな。

 てっていうかメル達は本当にこの部屋で過ごすんだよな。今まで自分の私物しか無かったけど美少女と同じ部屋で暮らすなんて緊張する……。

 今日は眠れそうにない。その後二人の荷物の整理を手伝い出たゴミを処理する。夜空には綺麗な満月が明るい光を地上へ届けるその金色の輝きを見上げつつ自販機で三人分の飲み物を買って部屋に戻るのだった。



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58.「Golden Transfer student」

「……もう朝か」

 時刻は六時三十分。どうやらいつもよりも随分と早く起きてしまったようだ、セットしてある目覚ましを止めて伸びをする。

 部屋の半分がカーテンで閉じられている、昨日訪れた金色の出会いはまるで夢の後継のような雰囲気を出していた。けれども。夢なんかじゃなくて現実の話だ。

 日本から離れた異国から一人のお姫様がやってきた──そして今は僕の部屋に住んでいる、御伽噺みたいだなと感じる、僕は彼女を起こさないように冷蔵庫に入れてあるペットボトルのお茶を飲み干した。

 昨晩はメルの荷解きを手伝っていた。部屋の半分にカーテンを取り付けてお互いのスペースを確保、僕にとってこの部屋は結構広いと感じていたから別の問題はない。

 メルは従者の人と一緒にこの部屋に住む事が決まっているらしい、事の詳細は神崎さんに聞けば分かるのだろうか? 

 

 平凡だった僕の日常は変わっていく──そんな変化を肌で感じながら制服に着替える。

 

(まだ寝ているんだろうか?)

 

 自分の部屋なのに着替えるのに気を遣う、女の子がいるなんて緊張する。メルとは同じクラスになれたら良いなあ。

 

(綺麗な髪色だったなあ)

 

 彼女の笑顔と生まれながらに持った金髪に魅力を感じていた、外国人の女の子って皆あんなに綺麗なんだろうか? 

 

 ついでに冷蔵庫から取り出したバランス食品を食べながら考える、朝食はいつも簡単に済ませられるようにカロリーバーや飲むプロテインにゼリー。

 業者に頼んでおいたからまだまだたくさんある。自分専用の冷蔵庫の中に入れてある。

 軽めの朝食を済ませて登校時間までネットサーフィンをすることに。

 

 

「おはよう。勇人、あ、名前で呼んでも良いかしら?」

「おはようメル。別に構わないよ」

 

 カーテンをさっと開けて起きてきた。元気なメルと挨拶を交わす、昨日初めて顔を合わせたはずなのに彼女は持ち前の明るさにこっちまで明るい気分になれる。

 

「おはようございます。小鳥遊殿」

「おはようございます」

 

 従者のアイリスさんとも挨拶をする──彼女は騎士らしく凛々しい表情をしている、異国の地でゆっくりと眠ることができたのだろうか? 

 そんな事を思いつつ、メルが制服に着替えるらしいからカーテンを閉める。隣で女の子が着替えているなんてドキドキする。

 やましい気持ちがないはずだけど気にならないと言えば嘘になる、カーテンへじっと視線を向けた。

 

 胸の高鳴りを抑えつつ、僕は時間が過ぎていくのを待った。

 

 

「見て勇人! 似合うでしょう」

 ふふんと自信満々に学園の制服を着たメルが登場する。

 

「良く似合っていると思うよ」

 混じり気ない正直な気持ちを伝えると彼女の表情は明るくなる。

 

「良かった。実際に着てみるまで分からないものよね。準備してもらった甲斐があったわ」

 

「姫様、良くお似合いですよ」

「ありがとうアイリス」

 

 メルと一緒に制服に着替えたアイリスさんも出てきた。

 

 

「アイリスさんも良く似合ってますよ」

「恐縮です」

 

 制服でも凛々しい雰囲気は感じ取れる──アイリスさんは表情を変える事なくメルの制服姿を褒めていた。

 僕が気になったのは制服越しでも分かるくらいアイリスさんの胸が大きいということだ。

 

 近くで見るとボリュームのある胸に引き締まっている体は鍛えられているのだなとすぐに分かる。

 

 あまり女の子をジロジロと見ちゃいけないけど、どうしても気になる。彼女の前ではそれを悟られないようにしよう。

 

 

「わたし達、後から登校することになっているから勇人は先に学園に行っても良いわよ」

「私とメルア様は理事長へ挨拶を済ませた後、教室に向かうことになっているのです。小鳥遊殿はお気になさらずに」

「そうなんだ、じゃあ僕は先に行ってるよ」

 

 荷物に手をかける僕はメルとアイリスさんにどうしても言いたいことががあって一旦振り返る。

 

「二人とも、学園で楽しい生活を送れると良いね。こうやって会えたのも縁だと思うから、充実した学生生活を送れることを願っているよ。今僕はとても幸せな気分。それじゃあいってきます」

 

 

 部屋を出ると気持ちの良い風が吹いている──今日から新しく始まる生活に幸福感を覚えながら教室に向かった。

 

 

 **

 

「おはよう」

 

 教室では女子達が集まっておしゃべりしている、彼女達は僕に気づくとそれぞれ挨拶をしてくれた。最初女だけのクラスに一人きりという状況に不安を感じたけれど、今はそうじゃない。彼女達はプロジェクトに関わっている、たとえ本心じゃなくても僕の事を意識してくれているんだ。

 

 真っ直ぐに自分の席へ向かう。隣の席を覗いてみると御崎さんはまだ来ていないみたいだった。今朝は相倉さんや牧野さんとLIMEのグループトークに花を咲かせていたようだけど……。

 

 ポケットに入れているスマホをマナーモードにしてホームルームが始まるのを静かに待った。

 

 

「皆さん、おはようございます」

 香月先生が教室に到着、さっきまで賑やかだったクラスが静かになる。

 僕は先生の耳で聞き流しながらメル達のことを考えていた。

 彼女と同じクラスになれたら良いんだろうけどこればっかりは僕の力ではどうすることもできない。

 

「それでは、今日は皆さんに重要な報告があります」

 

 真剣な表情で話す香月先生にみんなが視線を向ける。

 

「突然ではありますが、このクラスに転校生を迎える事になりました」

「「転校生? 誰だろう」」

 

 先生の言葉に一瞬女子達が騒がしくなってけどすぐに治る──この時期に転校生がやってくるなんて別に珍しいことでもない。

 

「さあ、入ってきて」

「はい」

「!」

 金色の髪を揺らしながら一人の女の子が教室に入ってくる。

 

(メル!)

 僕は心の中で叫んだ、今朝朝のやりとりをしたお姫様がこのクラスにいる事に驚いた。

 

「ルークランシェさんはこれからこのクラスで一緒に学ぶことになりました。彼女は留学といった形で日本へ来たの。皆はテレビとかで見たことがあるかも」

 クラス中の人間がびっくりしている──もちろん僕もそうだ。うちの学園へ通うことは聞かされていたけれども。クラスまでは知らなかった。

 

「メルア・フィオーナ・ルークランシェ・セレスティア・イーリスよ。今日から恋麗女子学園でみんなと同じように勉強にしていくことになるわ。よろしくね」

 うちのクラスにはお嬢様がたくさんいる、その中でもメルは格段に優れた家柄をしている。何人かは彼女に嫉妬の視線を向けていた。

 そんな様子も気にも留めずこれから始まるだろう学園生活をワクワクした気持ちで待ち望むのだった。

 

「ルークランシェさんの席は小鳥遊君の後ろになります」

 綺麗な髪を靡かせて優雅に歩く姿にクラス中の人が見惚れる──彼女は本当にお姫様なんだ。

 僕の横を通り過ぎる際に一瞬だけウインクしたのを見逃さない。僕とメルが知り合いだというのは現時点では秘密。

 

 自分の席に座った彼女は好奇心の眼差しを僕に向ける。そしてメルの隣の席にはアイリスさんが座るらしい。従者である彼女もメルと同じ教室で学園生活を過ごす事に。

 香月先生から二人の転校生について説明があり、ホームルームは終了した。

 

 ルークランシェ王国のお姫さまが転校してきたというニュースはすぐに学園中を駆け巡った。

 その様子を一目見ようとAクラスに人が集まっていた。そんな様子に戸惑いつつ見守ることに。

 

「すごい人気ね」

「無理もないよ。彼女はお姫様なんだから、正直僕もすごく驚いているよ。友達になりたいけど、身分の差を感じるし……」

「あっ! 御崎さんと小鳥遊君じゃない。聞いたわよあなた達のクラスにとんでもない子が転校してきたんだって」

 御崎さんと一緒に教室を出て歩いていると相倉さんに声をかけられた。

 僕らはいつもの場所で待ち合わせる。相倉さんはLIMEで玲さんと牧野さんへ連絡する。

 すぐにみんな集まってお昼を食べることになった。

 

「じゃーん! 今日はいつもより張り切ってお弁当作ってきました」

「すごーい、これ相倉さんが作ったんですか?」

「ふふーん。そうよ。さあ、皆食べてみて」

「相変わらず元気だね、君は……。けれども、それも悪くないか」

「藤森さんはもっと栄養取らなきゃね! いつも適当に済ませているんでしょう?」

「食事は食べやすい時間に取ると決めているのだが……。あれもこれもというわけにはいかないだろう。足りない栄養分はサプリメントで補っているし問題ないと思うが」

「確かにそうだけど、きちんとバランス良くね、さ、小鳥遊君もどうぞ」

 

 皆で食べるお昼ご飯はすごく美味しい──この学園に通わなければこんな経験をすることはなかっただろう。昔みたいに一人で食べて……。

 どうしてだろうか。前までは当たり前だったのにな。今は一人で食事するのは物足りないとさえ思う。

 

 相倉さんの素直さが僕にも良い影響を与えてくれた。LIMEでグループを作って僕たちはお昼の時間を共有する。周りと仲良くなっていく御崎さんは適切な言葉で分析する玲さん。その輪に加わる牧野さん。

 彼女達の微笑ましい様子を僕は眺めるのが好きなんだ。

 けれど、その中心にいるのは自分。プロジェクトの為だとはいえ、こうやって集まったのに縁を感じる。

 僕だけの特別な時間──この瞬間がずっと続きますように。



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59.「月明かりに照らされて始まる関係」

 ルークランシェのお姫様が学園にやってきたこと周りはその話題で持ちきりだったプライドが高いお嬢様達は彼女の立場に嫉妬を隠しきれないでいた。

 僕は普段通りの態度でメルと接する──あくまでもクラスメイトの一人として彼女と関わることで僕とメルが知り合いであるというを悟られないようにするために取った行為でもある。

 

 LIMEのグループトークでもメルの話題が上がることがあるのだけれども、僕は至って自然な感じで話に加わる、自分の部屋に戻ってからスマホを弄っているとメルから話しかけられた。

 

「あら、勇人は何をしているのかしら? スマートフォン? 何か面白いアプリでもあるの?」

 

「そうだね、LIMEってメルは知ってる? 僕も最近入れたアプリなんだけどこれを使ってコミニケーションを取っているんだ。グループトークで仲良くなった女の子達とやりとりしてるよ」

 

 僕は彼女が疑問に感じていたことに答える。メルは自分の端末を取り出してアイリスさんと何か話している。

 

「LIMEですか……。? 私は使った事がありません。ですが姫様、使うなら安全性を考慮するべきだと思います。インターネットは意外と危険だと言いますから」

 

「そうですね。だけど、LIMEの運営会社は日本の企業でセキュリティ対策に力は入れているんだよ。現にこれまで大きな問題が発生したのは聞いた事がないし、たくさんの人が使っているアプリでもあるんだ」

 

 僕はネットの情報をアイリスさんに教えた、信憑性にかけるかもしれないけれどテレビなんかの偏重した保津よりはよっぽどマシと思う。

 情報を正しく整理する事ができない人はインターネットを使うべきではないだろうし、ネット上にある膨大なデータから自分が必要としている正しい情報を入手するのは至難の業だ。

 

「小鳥遊殿は最新機種のスマートフォンを使っているようですね、私たちも日本に来る時に渡されたのですが、便利で使いやすいと思います」

 

「スマートフォンの便利さを知るともう戻れないよね、ルークランシェは日本よりも科学が発展しているんでしょう? すごい機能のやつとかあったりする」

 

「いえ、そこまで違いはないですよ。国にいた時と同じフォーマットで使えるのはありがたいことです。日本でメルア様と連絡が取れる手段は必要ですから、常にお側には私がいますが万が一の事態も想定しておかいないといけません」

 

 アイリスさんは本当に真っ直ぐな人だなあ。僕は彼女に好印象を抱いた、遠い異国にお姫様と二人きり……。さぞかし大変だろう。王族の生活なんて僕にはイメージできない、メルの苦労なども計り知れない。

 それでも彼女達が少しでも過ごしやすいように自分がやれる事はしたいと思う。

 

「姫様。今日は転入初日で色々大変でしたね。ルークランシェ王国の姫が学園へ通うとなるとかなりの反響があるようです。寮に戻ってきたのですからはゆっくりと休みましょうね」

 

「そうね、ありがとうねアイリス。わたしの心配も良いのだけれどあなたの方もしっかりと休んでちょうだい。ずっと対応に追われて休む暇もなかったでしょう」

 

「恐悦ながら……。姫様に近づく不遜な輩に目を光らせる必要がありますから、この国いる間姫様の身の回りの護衛はルークランシェにいた時と同じようにやらせてもらいます」

 

「本当に感謝しているわ。アイリスのおかげでわたしが平穏な時間を送れるのだものね」

 

 メルとアイリスさんは日本に来る前から固い絆で結ばれている──ただの主従関係ではないというのが何となくわかる。

 

「ルークランシェの姫である事をよく思わない方々も少数ながらいると聞いています。そういう輩が姫様に危害を加えないか注意しておかないと」

 

「クラスメイトの子に色々と挨拶されたのだけれど、名前はまだ覚えられていないわ」

 

「僕も話した事がない子が多いよ。状況が状況だけにね。最初はすごく冷ややかな視線を向けられたものだよ」

 

「そういえば勇人はお昼いなかったわね。どこへ行ってたの?」

 

「それは──」

 

 あの場所のことは僕たちの秘密だ。メルに教えようかどうか迷う、彼女が僕とまだそこまで親しい中ではないし。

 

「一応みんなに聞いてみないことには」

 

 僕はスマホのグループトークにさりげなくメルの話題を出してみる、彼女が僕の部屋にいることは内緒だ。他の生徒には二人には特別な寮が準備されていると学園側は説明している。

 

「メルが僕の部屋で暮らしているのは秘密だからバレないように聞いてみるよ」

 

 

 *

 

「そういえば今日僕らのクラスに転入してきた子なんだけどね。彼女と友達になるにはどうしたら良いんだろう?」

 

「うーん、同じクラスだし小鳥遊くんの方から声をかけてみたら、聞いた話によるとルークランシェさんは人あたりは悪くないって言うし」

 

「話すきっかけがあれば良いんだけど……。お姫様と友達になるなんて緊張するじゃないか。僕は女の子が好きそうな話題は提供できないし」

 

「Aクラスに彼女の様子を見に行く生徒が多いようだね、私は特に気にはならない、ルークランシェ王国の名前はトレンドに入っている時があるから目する機会は多いが」

 

「藤森さんはインターネットとかの情報にも詳しそうだよね……」

 

「なに、そんなに難しいことじゃないさ、牧野さんも何か気になることがあるのなら調べてみるといい、色々と面白い情報を得る事ができるかもしれないよ」

 

「うちの学園ってお嬢様が多く通っているけど、ルークランシェさんはそんな子達とは全然違った雰囲気だよね。なんというか有名人のオーラがあるっていうか」

 

「御崎さんの言う通りかもね。現にCクラスでも結構な話題になっているわよ、私はまだ会ったことがないけど機会があれば友達になりたいなぁなんてね」

 

「失礼のないようにしないと。でも緊張するわね」

 

「楽しそうね」

 

「あ、ごめん。メルと友達になるにはどうしたら良いのか聞いていたんだ」

 

「LIMEでそんな事聞いてたのね。グループチャットね、面白そう」

 

「この間作ってもらったばかりなんだ。まだ参加者は多くはないけどね、僕らはいつもこれで連絡を取り合っているよ」

 

「ちょっといいかしら?」

 

 メルは僕の端末を取り上げて操作し始めた。

 

「これでよしっと。勇人に友達申請しておいたから承認しておいてちょうだい」

 

 端末を返すとホームメニューのアイコンに通知が表示されていた、僕は手順通りに操作してメルと友達登録を済ませる。

 LIMEでは友達になった人と更に繋がれる機能とかがあるんだけど、僕は一部に制限をかけて使っている。

 

 相倉さんに、御崎さん、玲さんと牧野さん、小阪さん、五人の女の子と知り合うことができた、そこにメルが加わる。小鳥遊班がどんどん賑やかになっていく、僕はルークランシェのお姫様と友達になることを目標に定めて一旦トークから離脱する。

 

 

「まだ知り合って日は浅いけどみんな良い子だよ。メルもきっとすぐにでも仲良くなれると思う。っとその前に、最初に僕と友達になってくれるかな?」

 

「ええ、もちろん。日本に来て最初の友達が勇人。あなたよ、これからよろしくね」

 

「こちらこそ、一緒に登校すると怪しまれるから明日から僕は時間をずらして学園に行くことにするよ」

 

「わたしたちだけが知っている秘密っていうのも悪くないわね。この部屋に女の子が訪ねてきた時はどすればいいのかしら?」

 

「そう言う機会はないはずだから大丈夫だとは思うけど、万が一誰か来たら部屋の中に入れずに対応してほしい」

 

「ここに来るのは理事長に頼まれて消耗品や食料を運んで来る業者の人だけだし、時間帯も生徒がいない時を見計らって来るようにしてあるんだ。僕はいつも必要なものは注文して用意してもらっている」

 

「わたしたちも頼めば用意してもらえるのかしら?」

 

「それは僕にはわからないかな。一旦理事長に聞いてみたほうがいいかもしれない」

 

「この部屋で生活するのに不自由なものはありませんが、わたしも姫様も日本での生活は初めてなので小鳥遊殿色々とご迷惑をおかけするかもしれません」

 

「僕ができる範囲の事なら応えていくよ。心配事があれば相談にのる」

 

「ありがとう。今日は一日疲れたから休むことにするわ」

 

「おやすみなさい」

 

 結局、メルに僕らの秘密の場所を教えようかどうか悩んだけどまだ、内緒ということにしておいた。彼女と本当の友達になれた時に教えようと思う。

 

 あくびが出る前に僕も寝ることにしよう──今日はゆっくり眠れそうだ。静かな月夜に幸福感を抱いて、ベッドに入る。明日からまた慌ただしくなるのだろうけど、きっと大丈夫。

 

 おやすみなさい。また明日。



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60.「再会へ向けて」

「ルークランシェさんの学園への転入は完了しています。彼女は特別に準備させた部屋で暮らして学園生活を送る事になります。何かあればその都度私の方から報告を上げさせてもらいます」

 

「分かったわ。歩美も大変だと思うけれど、学園の運営は任せるわ。それで気になることがあるのだけど……」

 

「何でしょう?」

 

「勇人の事、あの子はルークランシェ王国のお姫様と上手くやっていけると思う? 彼女を読んだ理由はプロジェクトを遂行する為の一つの手段ではあるのだけど……」

 

「それは息子さん自身の問題では? そこは私が介入するべきではないでしょう。あくまでも彼の意志を尊重します」

 

「私が様子を見に行っても良いのだけど……。あいにくあのこは母親を嫌っているから」

 

「プロジェクトの進捗状況が気になるのはわかりますが、焦っても良いことはありませんよ、この学園に通ううちは何か大きな成果が上がるとは思いますが、定められた期限でプロジェクトを進行していくにはまだまだ時間がかかります」

 

「歩美には苦労かけるわね。もしもあの子に何かおかしなところがあればすぐに報告してちょうだい。それと近いうちに直人さんが学園を訪ねることになっています」

 

「旦那さんが? 一体どういう用事でしょう」

 

「勇人と会うのよ。あの人が海外での仕事を片付けて帰国したのも息子のため、まだ小さい頃に会ったきりばかりだから勇人がどう言う反応をするのかはわからないけれどね、直人さんに会う時のスケジュールは歩美から勇人に伝えてちょうだい。詳しいことは私からメールを送るわ」

 

「わかりました。それじゃあ他に何かあればまた連絡ください」

 

 美鈴さんとの通話を終えた私は丁度仕事を終える、毎日忙しい日々が続いているけれど、嫌な気持ちにはならない。プロジェクトを成功させること──それが私に任された使命でもあるのだから、私は美鈴さんから届いたメールに目を通す。

 

 小鳥遊君と彼のお父さんが会う日時と場所が載せられている。親子の<再会>は美鈴さんがセッティングしたようだけど、どう言うふうに彼に伝えようかしら? 

 

 彼自身がどの程度美鈴さんの考えていることを理解しているのかはわからない、ずっと子どもの時から家族で過ごす時間が少なかった小鳥遊家の人、お父さんが帰国してこれから少しでも改善されていけばいいのだけど……。

 

 

 *

 

「おはよう。今日もいい天気ね」

 

「あ、おはようございます、ルークランシェさん」

 

 メルアの周りにはすぐに人だかりができる、彼女自身が人を惹きつける魅力があるのだろう。優雅で可憐な姿に憧れを抱く生徒もいるのだとか、Aクラスの女子たちはそんな華やかな空間で過ごせることに優越感に浸っていた。

 勇人は時間を遅らせて登校する──彼が教室に入ると真っ先にメルアと視線が会う。優しく微笑む彼女に挨拶を交わしあくまでもただのクラスメイトの一人として接する。

 

 お嬢様の通う学園の雰囲気は一人の生徒の転入によって変化する。女子達は羨望の眼差しと時折混じる嫉妬の視線を感じながらクラスメイトとの仲を深めていく。

 

 そして、全校集会が行われることになり生徒達は移動する──勇人は待機となり一旦自室へ戻る。詳細は後で神崎からの連絡で知ることになるだろうと思い、部屋で休む。

 

 メルアと勇人が同じ部屋で暮らして来ることは誰にも知られていない。女子は気軽に男子寮へ行くことが許されていないので他の生徒が事実を知る機会はない。

 

 集会所で理事長からプロジェクトに対して生徒達に質問が飛ぶ。正直、学園に通えることに満足した生徒がほとんどだったので未だにプロジェクトに関しては半信半疑な子が多く存在していた。

 

 歩美の口から伝えられた内容をそれぞれの深層心理へ落とし込む。目的があって学園にいるというのを生徒たちに再度認識させるためだ。

 そして歩美はアクションの一つとしてメルアを全校生徒に紹介した。もちろん彼女の目的は留学だというのを伝えた。

 

 三年間という短期間で成果を上げなくてはいけない。勇人が仲良くなった女の子は現状五人しかいない、もっと積極的になるように生徒達を促す。先程の美鈴との会話で焦っても良い結果にはならないと言っていたが、のんびりと進めている暇もない。

 勇人と同じクラスに所属する女の子だけが優先されると言うことはない。誰にだってチャンスはあるそれを生かせるかは彼女達の行動次第なのだからプロジェクトが成功すれば得られるものが大きい、プラスの面を考慮しても真面目に取り組んでおいて損はない。

 日本の未来がここにいる少女達にかかっていると言えば大袈裟かもしれない。

 

 女子達は改めて自分たちの置かれた環境を理解する──生まれ育った環境に違いはあるけれど、学園に通っている間に彼女らに身分差はない。

 

 勇人は部屋で眠っている、午後からの授業に間に合うように目覚ましもセットしているので仮眠をとっても平気。

 

 教室へ戻った女子達は彼がいないのを見て自分たちの現状を話し始める。

 

「正直、まだプロジェクトに関して疑いを持っていましたわ」

 

「わたくしもです。急に言われても受け入れられないでしょうし、それに望んで通っている学園でそんなことをやらされることになるなんて……」

 

「ただ、変わりない学生生活を送って卒業できればいいのにと考えていいましたけれども」

 

「けれど、殿方とお話しする機会なんて今ままでなかったですしどうするでよろしいのでしょうか?」

 

「わたくしも同じですわ。あの方に自分から話しかける勇気が持てません」

 

「クラスが同じという面では有利だと思いますわ。他のクラスの子が彼とお話しする機会は限られているでしょうし」

 

「一人の殿方に複数の女性が……。あまりいい気分ではありませんね」

 

「嫌悪感を抱くのも無理はないですわ、本来決められた相手と結婚するべきでしょうし」

 

「わたくしは両親からお見合いを勧められたことがありますわ。男性が少ないので相手を探すのに苦労していたみたいですが」

 

「ですが、理事長に最初に言われた言葉を忘れていますの?」

 

「なんでした?」

 

「この学園へ通う生徒には他にはないチャンスがあると言う事です。小鳥遊様と恋仲になれば将来が約束されます、女性としてワンランク上のステップに進むことができるのですよ?」

 

「嫌な方はそれでいいのではなくて? 私はこの好機を逃すつもりはありません、抜け駆けというのは存在しません。私たちが彼に選んでもらえるような女性にならないといけませんの」

 

 お嬢様方は自分たちの容姿と家柄を確認する──しかしここでは例え高貴な家に生まれていようとその差はゼロであり、生まれで決まるわけじゃない。

 一人の男性に恋人として選ばれるかそれが一番重要なポイントでもある。

 

 家柄を盾にプライドを振りかざしていた子は自分の身の振り方を考えなくてはいけない状況に、そんな子たちに冷ややかな目で見られていた子は身分差という仕切りが取り払われた事で多少気分が楽になるだろう。

 

 全校生徒たちが改めて自分の立場を理解する──学園側のヒアリングで他校への転入を望む生徒が存在する場合は申し出るようにとの指示を受ける。

 

 *

 僕は教室に戻り午後に授業に合流する──何だろう? クラスメイトの視線が以前よりも柔らかい感じになった気がする。

 授業に集中しているとあっという間に時間が過ぎた、メルは日本の勉強にも十分ついていけてるのはすごいと思う。特に英語の発音は流石外国人だなって感じた。

 少しずつクラスメイト共仲良くやっている、お嬢様ばかりだからやりやすいのかな? 

 放課後女子寮へ戻る他のクラスの女の子たちとささやかな会話を楽しむ、地道だけどこう言ったやり取りで交友関係を広げていかなくちゃな。

 

 男子の僕が女子寮へ気軽に行く事は無いけど、どんな子が住んでいるのかは興味はある。

 午後からの予定を考えているとスマホが鳴る。

 マナーモードに設定してあるからバイブレーションがブルブルと震えただけなんだけどね。

 

 理事長の神崎さんから用事があるとのメールを受け取った僕は男子寮へ向かう途中から引き返した。

 

 

「ふぅ」

 

 理事長の扉の前で一旦深呼吸──そしてドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から神崎さんの声を聞いてドアを開けた。

 

「放課後なのに呼び出してごめんなさいね。小鳥遊君にちょっと大事な用があるの」

 

 僕はソファに座ると理事長はプリンアウトした一枚の紙を持ってくる。

 

「用件だけならメールでも良かったのだろうけどやっぱり直接会って話すべきだと思ったの」

 

 神崎さんは印刷した紙を僕の前に突き出した。

 

「今週の金曜日、小鳥遊君に会って貰いたい人いるの」

 

「はぁ?」

 

 僕はその紙に目を通す──学園内のとある場所の情報が載っている。

 

「相手の方がどうしてもあなたに会いたいと言っているの、午後からの授業は公認欠席になると思うから準備しておいてね」

 

「これだけですか? 内容的にはメールでも良いような気がしますけど」

 

「そうね、金曜に小鳥遊君が会う人、私の口から伝えても良いかしら?」

 

 神崎さんは僕の反応を気にしている。ゆっくりと頷くと次の言葉で衝撃を受けた。

 

「小鳥遊君が会うのはあなたのお父様よ」

 

「……父さん?」

 

 神崎さんの言葉を僕はすぐに理解できずにその場に固まった。



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61.「目的の為に」

 優秀な遺伝子を持った男性が少ないと言うのは大きな社会的問題となっている。

 昨今男子生の割合が少ない為、結婚できる女性の数も減少。

 これからの社会子どもが生まれないというのは日本の人口が衰退する一因にも繋がってくる。

 政府もそれは問題視しているが、なかなか良い案が出てこない、貴重な遺伝子を持つ男性を確保するというのが使命なのだろうけど、全ての男性が機関で検査を受ける環境を整備するのに時間がかかっている。

 今活躍している女性は人口減少が始まる前に生まれた世代が中心。ある時を境にめっきり男子が生まれなくなった。様々な研究がされたが遺伝子が関わっている事なので慎重になるしかなかった。世論を影響を受ける為、問題は山積みだ。

 

 美鈴が企画したプロジェクトに対しても疑念を抱く学者は少なからず存在する。それでも、日本の人口減少を止められるような策を打ち出すまでには至っていない。無理があるかもしれないが美鈴が立ち上げたプロジェクトには成果が期待されている。

 学園に通う生徒達にこの状況を説明するのに様々な時間と資料を準備された。理事長の神崎はそれらを元に目的をしっかりと彼女達に伝える。

 これまで抜けていた部分、そして生徒に行ったヒアリングの結果を受けてプロジェクトの進捗状況や達成目標をスライドで映し出した。

 

 学園に通う女子生徒に課せられた課題は彼女達が想像していたのよりも大きい、もちろん他の学園へ転校するという選択肢も選べる為最終的に決断をするのは彼女ら自身となる。

 しかし、自分たちの未来の一つの可能性が示されただけで、それを選ぶかどうかは本人達次第。

 生徒達をやる気にさせるにはどうすれば良いだろう? 

 ただ、将来を約束するだけでは不透明な理由づけになる。そこで理事長は生徒達それぞれにある課題を準備するのだった。

 

 

 *

 

 勇人は神崎から金曜日の予定を聞いて部屋に戻ってから色々と思考を巡らせていた。

 父親が自分に会う為に日本へ帰国したこと、幼い頃別れた父とどんな会話をすればいいのかわからない……。

 

 ずっと家を開けていた父と母、勇人には家族団欒の思い出はない。家族の関係はそう簡単に修復されない。

 もちろん父を恨んでいるわけじゃない、しかし母は父が海外で働いていることすら息子に伝えていなかったのだ。

 

 僕に会う為に帰国した父さんは一体どんな気持ちなんだろう? 

 昔の事を思い出す──大きくて優しい手に頭を撫でられた記憶、穏やかな笑顔と暖かみのある男性。何となく覚えている、それが父さんに関する記憶。

 

 神崎さんからは父さんの事は詳しく聞かなかった。海外で働いていた事、そしてようやく日本へ戻ってきたと言う。

 

「どうしたの? 勇人。難しい顔をして」

 

 ふとメルに話しかけらた、顔に出てたか……。気をつけないとな。

 

 彼女に話しても良い事なんだろうか? 赤の他人であるメルにこんな話をして平気かな? 

 

「あのさ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」

 

 誰かに話すことで解決することもあるかもしれない。っと言うよりは僕はメルの優しさに縋りたかったもしれない。

 金曜日に父さんと会うこと──そしてこれまで僕の身の上を話す。

 今まで誰にも言った事がなかったのに、親しい友達すら作らなかった自分が過去の話をするなんてな。

 

 何も言わずに聞いてくれたメルは最後の言葉を聞くと少し間を置いて話す。

 

「会うか合わないかはあなたが決める事じゃない? それは他人であるわたしがどうこう言う問題ではないと思うの。ただ、わたし個人の感情なら会った方が良いと思う」

 

「たった一人のお父さんなんでしょう? 今までは辛いことがあったとしてもこれから先にそれがずっと続くわけじゃないわ。わたしは国を離れて日本に来たけれど、向こうにいるお父様達が心配になることがあるもの。遠くない場所にいて会うことができるなら幸せなことじゃない」

 

「それにお父さんだって勇人に会いたくてわざわざ学園まで来るんでしょう? そこまでしても息子に会いたいって思っているのよ」

 

「正直言うと僕は父さんと会って何を話したら良いのかわからないんだ。今までいないと思って過ごしてきたからに急に再会してちゃんとした会話ができるんだろうかって」

 

「それはお父さんも同じじゃない? 十年以上も会ってないのだから勇人とどんな話をすれば良いのだろうと悩んでいると思うわ」

 

「どんなささやかな会話でも良いじゃない? 無理しないでゆっくりと関係を修復いていければね、いつだってお父さんには会えるんだから」

 

「父さんは本当に僕に会いたいと思っているんだろうか?」

 

「本心を知るのは金曜日になればわかるんじゃない? 最終的にはあなたが決断するべきよ」

 

 メルの言うことは間違っていない。父さんと会うかは僕が決めないといけないんだ。子供の頃温かさを感じた父さんの手の感触を思い出す。

 あの時優しく見守ってくれたのを今まで何で忘れてたんだろう。

 

「決めたよ僕、父さんに会うことにする」

 

「うん、きっとその方が良いと思うわ」

 

 メルに相談することでもなかった気もするけれど,彼女に話せた事で心の中に残っていたモヤモヤも取り除かれた。

 金曜日、午後からの予定は決まった。僕は父さんとの再会する日を待ち遠しく感じた。

 

(ちゃんと会ってそれから話をしよう。ずっと言えなかった気持ちを伝えてみよう)



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62.「面談」

 今日は父さんと会う日──子どもの頃の父の顔をなんとなく思い出す。

 ぼんやりとした記憶でしかないけれど……。

 会ってどんな会話をすれば良いんだろうか? 神崎さんの話だと父さんは男子寮を訪ねてくるようだ。この部屋で話すことになっている、メルとアイリスさんは学校へ行くだろうから部屋には僕一人だけになる。

 メルと同棲を始めたけど、窮屈さは感じていない。いつも明るくて素敵な笑顔を持つ魅力的なお姫様に僕は癒されている。

 もちろん彼女が目的が会って日本に来ていることは知っているし、お姫様の恋人として相応しい人間にならなくてはいけないと思う。

 

 決して家族仲が良いとは言えない。僕は母さんを理解できていないしあの人は家族よりも仕事を選んだ人なのだから。

 父さんが来るのは朝の十時過ぎ僕は普段着のままソワソワとした気持ちの中父が来るのを待った。

 

「今日は勇人と会う日か……」

 

 息子との十年ぶり<再会>成長した勇人の姿が見れるのは楽しみだ。海外で仕事をしていても家族の事は忘れた事はない。

 家族がいたからこそ遠い異国の地でも頑張れた。昔みたいな家庭に戻ろう、そのために僕は帰国したのだから。

 

「旦那様、お車の準備ができていますよ」

 

「ああ、すまないね」

 

 お手伝いさんに見送られて恋麗女子学園へ向かう車に乗り込む──どうやら美鈴が手配してくれたようだ。息子は今,とあるプロジェクトに関わっていて訳があり女子校へ通っている。

 あの子の将来の結婚相手を選ぶ為だというのだが、本当のの目的は違う。優秀な遺伝子を絶やさない事、これからの日本社会は男性が少ないことが少なからず影響を及ぼして来るだろう。

 だから勇人の遺伝子を未来へ残していく、これから先の未来に大きく関わっているプロジェクトでもある。

 自分の息子がそんな重要な役割を担わされていると知ったのはつい最近の事だ。

 僕にできることはあの子を支えて行くことだ──勇人が父である僕の提案を拒否したらやむを得ないが……。

 

 車の外の風景はどれも見覚えのない景色が広がっている。都会ではあるがどこかい侘しさを感じる街、学園は賑やかな繁華街とはそこまで遠くないらしい。やはり街の中は女性が多く窓の外からその様子に違和感を覚える。

 

「付きました。それでは定時にお迎えに上がります」

 

「どうもありがとう。ご苦労様」

 

 車を降りる前に財布の中からコインを数枚取り出して運転手に渡す。

 

「あの、これは一体?」

 

「僕の気持ちだよ。受け取っておいてくれ」

 

 怪訝そうな顔してチップを受け取る。海外での暮らしが長かったから

 すっかり馴染んでしまっていたチップを渡す習慣、そう言えば日本チップを渡すという文化はなかったんだな。

 

 日本と海外の文化の違いは様々だが、十年も続けてきた習慣が数日の日本での生活で改善されるわけがない。

 

 勇人との面談が終わった際に連絡を入れるということを伝えると運転手は頷いて車を走らせる。

 僕は数日前に美鈴から届いたセキュリティカードを取り出してゲートのカードリーダーにかざす。

 ピっという効果音と共に大きくて広い門が空く。平日の朝方ということで他の生徒たちは授業中である。勇人は今日は特別に休む事になっているらしく、僕が校内で誰かに会うという可能性は少ない。美鈴に聞いておいた男子寮の場所へ向かう。

 日本の環境には珍しいほど欧米風の立派な校舎だ。なんでもこの学園は日本中で活躍する多くのOBを排出しているらしい。女子学生にとっては恋麗女子学園に通うのが一種のステータスになる。

 

 全寮制のお嬢様学校──設立されてからまだ数十年余りというのに学園内には最先端の教育を受けられる設備や様々施設が併設されている。

 学園の運営には最大限にお金をかけているという印象。

 

 

「さてと、あの場所がそうか」

 

 華やかな校舎とは目立たない場所にある一件の建物がある。何でも女子生徒は許可が無いと男子寮へ立ち入る事は禁止されているらしい。

 勇人の為だけに準備されたというその場所を見上げながらドアのインターホンを押す。

 

 

 ピンポーン

 

 インターホンが鳴りモニターで確認すると見覚えない男性が立っていた。

 僕はすぐに通話ボタンを押した。

 

「はい」

 

「勇人か? 久しぶりだな。父さんだ」

 

「今開ける」

 

 ドアのロックを解除して父を迎えに行く。

 

「勇人、多くなったな」

 

「……父さん?」

 

「ああ、そうだ。十年ぶりだな」

 

 父さんは部屋に上がると僕の頭を撫でてくれた──優しくて温かみのある手、昔こうして僕の頭を撫でてくれた感触懐かしく思う。

 

「あまり長居はできないがな、今日勇人に会えて良かった」

 

 父さんは荷物を地面においてあぐらをかく。僕が出したクッションの上に座ると部屋の中を見渡す。

 

「意外と広いんだな。けどお前が使っているスペースは少ないのかな?」

 

「ちょっと事情があってね」

 

「そうか……」

 

 しばらく沈黙が続く──ドラマなら感動の<再会>とか何だろうけど僕は父さんとどんな話をすればいいのかわからなかった。メルは父と会った方が良いとは言ってくれたけど僕は父さんときちんと会うのは今日が初めてだから緊張している。

 

「家に帰ったら勇人も美鈴もいなくて驚いたよ。家にはメイドさんがいたしな、もしかして勇人はずっとあの環境で育ってきたのか?」

 

「うん」

 

「そうか……。その反応だと美鈴は仕事で殆ど家には帰ってこなかったみたいだな」

 

「お前にも随分と寂しい思いをさせたな。すまなかった」

 

「それは父さんが謝る事じゃないよ」

 

「これからはずっと日本にいられるぞ。美鈴や勇人の側にな、勇人、父さんはお前と離れた十年を埋めようと思っているんだ。いや、十年だけじゃない、父さんが死ぬまで家族としてお前を支えていく。これからはその為に何でもするつもりだ」

 

「正直僕は父さんと過ごした記憶がない……。今だって何の話をすれば良いのかわからないんだ。会うのも躊躇ったけど友達に絶対に会った方が良いって言われて決断したんだ」

 

「そうか、父さんも同じだ。勇人とどんな話をするればいいのか悩んでいた。十年も家を離れていて今更父親になんか会いたくないだろうと、だが、こうやって勇人と話しができて父さんは嬉しいぞ、もちろん今まで言えなかった事、伝えきれなかった思いはたくさんあるだろう、全部今言う必要はないんじゃないか? これから勇人が話したいと思った時に話してくれればいい」

 

「父さんは勇人の味方だ。お前が今どんな状況におかれているのかも知っている。急にプロジェクトの為に女子校に通うなんて戸惑っただろう。自分で望んだ進路へ進むことも許されていないのだからな。勇人の未来が光り輝くものであればいいその為になら父さんは協力は惜しまないつもりだ」

 

「まだ父さんに誇れるような人間にはなれていないんだ。これからこの学園に通う三年間でしっかりと結果を残さないといけない。ここにいる女の子たちの将来も僕が背負っているんだから」

 

「責任感が強いな。お互いが望んだ相手と結婚すること、それが良い家庭を築くのに必要な事だ。日本は一部例外ではあるが一人の男性が複数の女性と関係を持てるみたいだな。ただ、それは本当に稀な事で男性が減った今の社会では適用される機会がほとんどない。まさか、勇人がその対象になるなんてな。三年間というのは長いようで短いだろう」

 

「僕はプロジェクトに対して真剣に向き合って行くって決めたよ。それが僕がここいる理由でもあるから。たくさんの女の子と恋人になるんてゲームみたいな話で今は実感が湧かないけどね」

 

「もしも、広い家が必要なら言いなさい。実は父さんは勇人の為に用意した家があってなこれが結構な広さなんだ、向こうでお金を貯めて買った、将来は母さんと勇人、それからこれから家族になるかもしれない相手と住むのも良いかもしれない。何だったら海外でも良いぞ! 父さんが住む場所は準備する」

 

「その機会が来たら父さんに真っ先に伝えるよ」

 

「何かあればすぐに連絡するんだぞ? 携帯は持ってるよな。父さんの連絡先を教えておくから最近では便利な機能がたくさん増えてきてるからな」

 

 僕はとうさんの連絡先を教えてもらう──父さんは実家に戻って日本での仕事を続けるみたいだ。今度は僕の方からきちんと時間を作って会う約束をする。父さんは僕に恋人ができたら教えて欲しいと言った。

 まだこれとして意識してるひとはいないけどこれからは友好な関係を築ける相手を増やしていこうと考えている。

 

「じゃあ、父さんは帰るからな。何かあったらすぐに連絡しなさない、悩み事の相談でもいい力になるぞ」

 

「ありがとう父さん。今日は会えて話しができて良かったよ」

 

 寮を後にして帰宅する父の背中を見送りながら僕はすこし先に未来の情景を思い描く。

 

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

「ただいま帰りました」

 

「アイリスさんもおかえりなさい。喉乾いていない? ちょうど冷蔵庫に冷たいジュースがあるけど必要なら準備するよ」

 

「ありがとう。それじゃあいただくとするわ」

 

「私も一杯いただきます」

 

 僕は三人分のコップを準備してジュースを注ぐ。普段は一人だと多いほどたくさんの飲みのもが冷蔵庫に入ってるけど三人いるからちょっと少なく感じる。

 

 果物の自然な甘さとすっきりとした口当たりが広がる。本来なら果汁が100%のものをジュースと呼ぶらしいけどコーラとかの飲み物のほとんどをジュースと略称している。

 

 コップを洗って元の場所にしまい、部屋で寛ぐ──メルとアイリスさんは普段着に着替える。カートン越しに服を脱ぐ音が聞こえ僕はごくりと唾を飲んだ。

 

 

「それで今日はどうだった?」

 

「何が?」

 

「勇人、お父さんと会ったんでしょう? ちゃんと話はできたの?」

 

「ああ、その事ね。メルに言われた通りだったよ父さんと会って良かったと思う。そこまで込み入った話をした訳じゃないんだけど意味はあったよ」

 

「そう、良かったわね。もしかしたらわたしもいつか会うことになるのかしら? あなたとわたしが恋人になればご両親へ挨拶をしなくちゃいけないだろうし」

 

「姫様と、小鳥遊殿がそう言った関係になれば真っ先に私に報告してください」

 

「あら、アイリス、あなたも例外ではないのよ? この学園に通っている以上はあなただって勇人のお嫁さん候補の一人でもあるんだから」

 

「わ、私は姫様の護衛で日本に来ているわけですし恋愛とは無関係では?」

 

 顔を赤くして照れているアイリスさんを可愛いと感じた、スタイルが良くて素敵な女性だと言う最初持ったイメージはプラスに働いているのかもしれない。

 メルやアイリスさんに相応しいと思われるような男にならないと。それから三人でゲームをしたりして遊んだ。誰かと一緒に楽しい時間を共有するのも悪くないな。

 僕は充実した時間を感じながら明日からどんなイベントが待っているかと思うとドキドキしてなかなか寝付けなかった。



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63.「小鳥遊班に新しい刺激が加わる」

「勇人、何か気になることがすぐにでも父さんに相談しなさい。いつだっていい、どんな些細なものでいい。父さんは勇人の力になりたいんだ」

 

「ありがとう父さん。できればまた今度もう一度会って話をしよう。って言っても父さんも仕事があるだろうから都合が良い日があれば教えて」

 

「そうだな、落ち着いたらちゃんと連絡する。それまでは勇人も頑張るだぞ。無理はしないようにな」

 

「わかった。それじゃあ学校に行くから切るよ」

 

 スマホに登録された父さんの連絡先、僕はきちんと父とコミュニケーションを取る。

 LIMEを使って小鳥遊班の皆とも連絡を取り合う、彼女達の関係が少しくらいは進展したんじゃ無いかなと感じる。真っさらだった僕のスマホの連絡帳は今は女の子の電話番号が登録されている。

 何だか夢みたいな話だ。これから先仲良くなる子が増えてきたら管理をしっかりとやる必要があるな。

 父さんは今、一人で暮らしているらしくて日本では母さんの仕事を手伝うみたいだ。機会を設けて学園を訪ねる回数を増やしていくらしい。

 父が家族の為に行動をしてくれているのを僕は素直に嬉しいと感じている、母さんとはうまくやれてないけど父さんとなら良好な関係を築けそうだ。

 

 男子寮の僕の部屋に同棲しているメルは日々の学園生活を満喫しつつ自分磨きに余念がない。僕自身もきちんとした人間になろう。

 

 背筋をまっすぐ伸ばして歩く。意識してやっていることだけどこれがまた結構きつい……。慣れないうちは苦労しそうだ。お嬢様達に相応しい自分になるためにまずは形から入ってみよう。

 

 クラスメイトとの何気ない会話に混じりつつ交流を深めていく──僕から積極的に行動を起こして周りの人達の評価を上げていかないと、授業中はしっかりと集中して休み時間には少しでも良いからクラスの子と接する時間を作る。最初と比べると彼女達の僕への態度も随分と柔らかくなった、こうやって同じクラスになれたのも何か縁だ。

 僕はお嬢さん方に恥ずかしくない人間でいないと! 昼休み小鳥遊班が集合するこうしてお昼を食べるようになったのはつい最近のことだけれど、このランチタイムが好きだ。それぞれの昼食を楽しみにながら会話を続ける、玲さんは相変わらずだけど人付き合いは悪くない。

 前にLIMEでこんなことを言っていた。

 

「小鳥遊班の集まりは嫌いじゃない。むしろ今ままで経験してこなかったからすごく新鮮な気分でいるよ。昼食にありつけるのはありがたいことだからね、相倉さんには感謝している。もちろん君にもね」

 

 なんて事を玲さんは言っていたけれど僕だって同じ気持ちだ。味気なかった昼食が楽しいと感じられるようになった。小鳥遊班に加わる女の子は魅力的な子ばかりだ。

 

(メルからLIMEへにメッセージが届いているな)

 

 僕は片手でスマホを操作しながらメッセージに目を通す。

 

「勇人、ご機嫌はいかが? お昼教室にいないみたいだけどどこにいるのかしら? ちゃんとお昼ご飯は食べてる」

 

「ああ、食べてるよ。実はとっておきの場所があってそこでいつも食べるようにしているんだ」

 

「まあ、それはいいわね! わたしにも教えてくれるかしら?」

 

「うーん。どうだろう? 他のみんなに聞いて見ないことには」

 

 この場所は小鳥遊班の皆の秘密にしているし、メルに教えていいものなんだろうかと悩む……。

 

「あのさ、皆に聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」

 

 皆は僕の方へ視線を向けた──一旦深呼吸してメルがこの場所を知りたがっている事を伝えた。

 

「嘘っ、あのルークランシェさんが私たちに興味を持ったの?」

 

「僕たちにかはわからないけどこの場所に興味はあるみたいだね」

 

「ていうか小鳥遊君はいつからルークランシェさんと友達になったの?」

 

「つい、この間、彼女の方から『お友達になりませんか』って声をかけてきたんだ」

 

「すごーい。彼女って有名人でしょ? なかなか友達になれる機会なんてないよ」

 

「確かに、彼女が学園に来てから他のクラスも随分と騒がしくなっているようだ。某国のお姫様だ一筋縄にはいかなさそうだね。俄然私も彼女には興味がある」

 

「私は別に教えてもいいと思います……。元々この場所見つけたのは小鳥遊君だから小鳥遊君が決めた方が良いのでは?」

 

「私も牧野さんと同じ意見。小鳥遊君が決めるべき」

 

「それじゃあ、彼女にこの場所の事を教えることにするよ。みんなありがとう」

 

 僕はすぐにメルのメッセージに返信をして彼女を小鳥遊班のLIMEグループへ招待した。

 

 各々が違ったリアクションを取って新しい仲間を迎える──相倉さんは早速メルと色々メッセージのやりとりをしていた。ちょこちょこと玲さんも疑問を投げかけたりして和気藹々とした雰囲気。

 僕は次のランチの時はメルをこの場所へ招待する役目に任命された。

 男子寮へ戻ってからは上機嫌なメルと昼食の話題で盛り上がる。ランチタイムにはアイリスさんも相席するらしいけどこのひとなら大丈夫だろう。

 

 

「じゃあ、楽しみしてるわね。おやすみなさい勇人」

 

 カーテンの向こう側、比較的に近い距離にいるけどそこは侵してならない領域な気がして若干メルとの関係に距離があると感じながら自分のベッドに寝転ぶ。

 御崎さんもメルとメッセージのやりとりをしているみたいだ。グループチャットを使わないで個人で交友を深めている。

 

「明日も頑張ろう」

 

 決めたからには良い加減な気持ちではいられない。メルが学園に転校してきた事でプロジェクトは大きく進行していく。お嬢様たちそれぞれが想いを持ちながら向き合っていく、この先の結果がどうなるのかはまだ僕にはわからない。



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64.「お昼の一時」

「今日は勇人にとっておきの場所を教えてくれるのよね?」

 

「そうだよ。LIMEでみんなには連絡入れているよ。メルとちゃんと話をするのをすごく楽しみにしているんじゃないかな。僕もその一人だし」

 

「うふふ、そう言って貰えたら嬉しいわ。ねえ、お昼はアイリスも一緒なのよね? みんなと仲良くできるかしら」

 

「問題ありません。メルア様に心配して頂かなくても私自身、学園に通う生徒の皆さんとは良好な関係を気付きたいと思っています」

 

「アイリスさんならきっと大丈夫だと思うよ。それに二人は学園じゃかなり有名人みたいだし、他のクラスの人も話題にしてるらしいよ」

 

 外国からの転校生の二人の話題はあっという間に学園中に広がっていった。同じお嬢様方が通うからそう言うのには事欠きないのかもしれない。「ごきげんよう」っという挨拶が似合うような子ばかりでごく一般家庭に育った僕には彼女達との身分差さえ感じる……。

 生まれや育ちで人を判断する訳じゃないけれど、最初のうちは意識していなくても自然と距離感を保って接していた。

 今ではそんなことは些細な事柄だと割り切って生活している。

 

「お昼になったら一緒に教室を出よう。そう言えばメルの方は誰からかランチを誘われていたりはしないの? お嬢様方から結構声をかけられているのを見たけど」

 

「無いわ。みんなどこか遠慮しているのかしら、自己紹介でアピールして来る子が多いわね。ただ、わたしと仲良くしてくれるのは嬉しいのだけど、あの子達にはもっと魅力を伝えるべき相手がいるはずよ」

 

 そう言ってメルは僕の方へ視線を向ける──ルークランシェ王国のお姫様だからお友達になりたいと考えるのは自然なんだろうけど、彼女たちが学園に通う“意味”それをもっと重要だと認識する必要があるとメルは言った。

 

 午前中の授業はあっという間に過ぎていった──僕は御崎さんとアイコンタクトを取ってから教室を出る準備をする。メルとアイリスもタイミングを見計らってAクラスの教室を後にする。

 僕らは合流してから他の子にもLIMEでメッセージを送る。

 

 小鳥遊班が全員集合──その輪の中に新しい仲間が加わるんだな。

 

「こんなところがあるんなんて思いもしなかったわ」

 

「僕も最初見つけた時は驚いたよ」

 

 例の場所に二人を案内する長閑な時間を感じながら爽やかな風が心地よさを運んでくれる。先に着いていた玲さん達に自己紹介するメルを見ながらマットの上に腰を下ろす。隣に座る御崎さんがお弁当を広げた、よく見ると御崎さんだけじゃなく牧野さんも準備していた。僕は何も持ってきていないことがすごく申し訳ない気持ちになる……。玲さんもサプリメントとミネラルウォーターを取り出してみんなのお弁当を的確に分析していた。

 メルは僕の隣に座って目を輝かせていいる。アイリスさんはそのそばに座って日本の食材に驚きを隠せないでいた。

 

「ねえ? これは何ていう食べ物なの?」

 

「それは卵焼きお弁当に入れるのは定番なの! まあ、苦手な人もいるだろうけど、ルークランシェさんの口に合うかどうか」

 

「メルと呼んで。もう友達なんだから気を遣わなくても大丈夫よ。その代わりわたしもあなたのことを名前で呼ばせてもらうから」

 

 メルの言葉にみんな一瞬驚いたリアクションを取ったけどすぐに対応する。まだ外国から来日したばかりの彼女達は日本の文化の何もかもが珍しいみたいだ。

 

「お弁当と言うのですか……。ルークランシェには無い文化です」

 

「昔から日本にあるんだよ。外で手軽に食事を取る方法として根付いたんだ。うちの学園は学食もあるからお弁当を準備している子はあまりいないんじゃないかな?」

 

「そうなのね。早く食べたいわ! すごく楽しみに」

 

「うむ、どうやら相倉君は気合を入れて準備してきたようだね。それは見てわかるよ。牧野君もだ、それぞれが特色のあるお弁当を準備している。これは興味深い」

 

「藤森さんも食べてよ! 自信作だから」

 

 量が多い時は僕が全部食べてあげようと思ったけど、僕は次の瞬間驚愕した。

 

 メルの食べる量が半端ないということだ──女の子が食べるには結構多いと思うおかずでも彼女は平気で平らげてしまう。その様子にみんな呆気に取られていた、アイリスさんは呆れ顔でメルに注意する。

 

「姫様! そんなにがっついて食べてはいけません!」

 

「えー、だって美味しいんだもん。あ、これも貰うわね」

 

「すごい食べっぷりだね……」

 

「僕もびっくりしたよ」

 

「けど、こんなに美味しそうに食べてくれるなら作った甲斐はあったかな」

 

「……そうね、小鳥遊君はどう?」

 

「御崎さんの作ったお弁当すごく美味しいよ」

 

 素直に感想を伝えると御崎さんは頬をほんのりと赤らめて恥ずかしそうにした。偽りのない気持ちで彼女達に感謝しよう。

 今まで一人で昼食を取るのが当たり前になっていて大勢でランチをするなんて前の僕なら想像もつかなかった。

 小さな変化を受け入れながら至福のランチタイムは過ぎていくのだった。

 

 寮に戻ってからはメルもアイリスさんも今日のランチは大満足していた。今度は自分も作ってみようかと張り切るメル、アイリスさんは次は紅茶を水筒に入れてこようと上機嫌でやりとりをしている。

 それからLIMEでメンバーに感謝の気持ちを伝えて機会があれば自分たちのお茶会に招待したいと提案する。みんな興味津々でメルに質問をしていた。

 って待てよ。お茶会ってどこでやるんだろう? メルに聞いても秘密だとはぐらかされる。疑問に感じたけど僕は深く追求しない。

 綺麗な月明かりが部屋を照らす──窓から群青色の空を見上げて学園で過ごす時間に充実感に浸った。

 

(明日も賑やかな日になりそうだ)



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65.「リマインド」

 麻奈実は新しい刺激にワクワクとした高揚感を抱きながらお弁当を作ている──LIMEで仲良くなった小鳥遊班の皆の為に昼食を準備することは彼女にとってはとても大切な用になっていた。

 クラスは違っていても周りの人と仲良くやれるのが麻奈実の長所でもある、その中でも智佳とはお互いに気を遣う事がなく自然体で接することができる相手、表向きの彼女は天真爛漫な印象を与えている。

 けれど、彼女にも悩み事がないわけではない。大手の家電メーカーの令嬢として生まれて幼き頃より厳しい躾を受け、自由な時間は殆どなかった。両親は将来的に麻奈実に会社を継がせようと考えており、早い段階から縁談の話も上がっていた。

 両親に決められた道を進むのは将来が約束され、安定した生活を送ることができる、けれどそれが麻奈実が本当に望んだ人生なのか? 日々自問自答しながら生きていた。彼女がこの恋麗学園を選んだもの親元を離れて生活して自分の考えをまとめておきたかったからだ。

 自分で選択して高校を選び通う──両親には反対されたが、それでも決意は揺らがなかった。

 お嬢様ではあるが、麻奈実自身、自分から実家の事を話さなかった。ありのままの姿で評価をされたかったからだ。

 一部のお嬢様たちは家柄や身分を自慢して、周囲はとるに足らないものだという価値観を持っていた。

 麻奈実も最初、どこの名家出身なのか? とクラスメイトに散々聞かれてうんざしつつ何とか上手いこと誤魔化していた。

 すると自分よりも身分が下だと思われてクラスで何かと雑用を押し付けられる事になった。

 彼女がそれをきっぱりと断ると今度周りはありもしない噂を広め始めた。自分で望んで選んだ高校だというのに想像していた以上に窮屈さを感じていた……。

 

 昼休みは一人で過ごす──社交的な麻奈実でもクラスには馴染めないでいた。

 

「どうすればいいんだろう?」

 

 独り言のように呟いて考える。もっとクラスメイトと仲良くする必要があるのかな? 実家の事を話すべきだろうか? けれど、大抵の人は麻奈実の実家の事を知ると友達になろうと近づいてくる。人ってそんなもの、立場でしか判断できない相手と付き合う気はない……。

 本当の友達と言える相手がいない、それが麻奈実の悩みだった。

 

 そんな彼女が変わったのはとある生徒が学園に入学してから。そう、【小鳥遊勇人】だ。

 自分と同じで女子校に通う男子生徒という事で皆からは否定的な目を向けられる。

 それでも彼は文句一つ言わずに笑顔でいた。どうして辛いのに笑っていられるんだろう? 麻奈実は勇人興味を持った──最初は好奇心で彼に近づいた。

 きっと勇人も今までの人と同じで自分のことをフィルター越しでしか判断できないと相手だと思っていた。

 麻奈実と初対面の相手は殆ど彼女の身の上の質問をする、慣れたとはいえいまだに不快感を覚える……。

 

 でも。勇人は麻奈実に対してもごく普通の態度で接する。これまでになかったできごとに戸惑いつつ、【小鳥遊勇人】という人物に更に興味が湧いた。

 そして、学園から発表された例のプロジェクト──それが周知されてから学園内の雰囲気が変わった。

 今まで勇人に対して否定的な目を向けていたお嬢様方の態度が急に変わる。

 廊下では彼の話題を耳にするようになり、なんとしても知り合いになろうと動いている、学園では彼女達の家柄や身分は関係ない、アピールできるポイントを失って必死にもがいている様子を見る。

 麻奈実は勇人と知りあいそれからLIMEでやりとりをする親しい友人ができた。皆優しくて大事な人たち──だからみんなに喜んでもらえるのが嬉しかった。

 学園に通って得したと感じるようになっていた──そして智佳や玲たちと夜の遅くまで女子トークを楽しむ。

 空気を読んで勇人は参加しないが、彼女達の話題のどこかに必ず彼が出てくる。新しく加わったルークランシェのお姫様もキラキラな表情で会話を楽しんでいた。

 

(ここに来て本当に良かった)

 

 いつもように小鳥遊班でランチを楽しみつつ自分の周りの人の笑顔を見ながら幸せを感じる麻奈実でした。



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66.「相手の事を理解する為に」

 仲の良い友達もできて学園での生活を楽しんでいる、小鳥遊班の子達はそれぞれが個性的ですごく素敵な子ばかり。

 あたしは毎朝、相倉さんの提案でお弁当の準備をしてるけど、こんな風に誰かの為に行動したのっていつ振りだろう? 

 小鳥遊君はあたしたちのうち誰か特定の子を贔屓するわけじゃなくて皆平等に接している、本来なら彼は学園の中から恋人を一人選ばなくちゃいけない立場なんだろうけど、事情が違うから気になるほどじゃない。

 この学園に通う全ての子が小鳥遊君と恋愛関係になれるのだから──普通で考えるとありえないような状況の真っ只中にいる。

 あたしも最初は乗り気じゃなかったけど、彼の誠実さやプロジェクトに対して真剣に向き合う様子を見て考えを改めた。

 クラスが同じで自然と話す機会があるのはあたしにとっては大きなチャンスだと思う。

 LIMEでのトークの中心は彼の話題がほとんど、藤森さんや牧野さんみたいな子とやりとりができるなんて早々にない事だと思う。

 

 そして今回新しく知り合った子──ルークランシェ王国のお姫様でインターネットのニュース記事で見たことがある。綺麗な長くて金色の髪を風になびかせている姿は自分とは何だか別の次元の人間だという印象を持つ、外国のお嬢様って可憐で優雅な子ばかりなんだろうか? 

 普通の高校へ進学してたら間違いなく彼女と知り合うきっかけはなかった思う。

 プロジェクトの為にわざわざ日本まで来たメルアさんの覚悟は相当なものだとわかる。

 他の子が気づいているかはわからないけど小鳥遊君と彼女は何だか親しそうに見えた、あたしたちに見せる表情とはちょっと違う柔らかい感じの態度、彼をよく観察しているそういうところが節々に感じられた。

 

 なんかちょっと悔しい……。あたしが彼と話す様になったのは最近だけどメルアさんの方が仲が良さそうに見える。

 もっと積極的に行かなくちゃダメなのかな? そう考えると相倉さんの積極性は羨ましく思う……。

 あたしはどこか遠慮しているのかも。

 

「御崎君は小鳥遊君が好きなのかい?」

 

「えっ? 急に何を言い出すの……」

 

「いや、食事中、彼の事ずっと見ていただろう? 君は気づいていないと思っているだろうけど、注意深く観察していればすぐにわかることだよ」

 

 藤森さんの指摘にあたしは顔を真っ赤にして俯いた。

 

「ははは、意外と可愛いところがあるじゃないか。なーに、自分の気持ちを偽ることはないさ。私も含めてここにいる女の子は少なからず彼に好意を持っているわけだしね、牧野君の彼を見る目は御崎君よりも情熱的だ。彼女は小鳥遊君とは何かあるのかもしれない」

 

「興味はあるが無理な詮索はしないさ、時期が来たら彼女の口からきちんと説明があるだろうし、何より私も今の状況がすごく居心地が良いんだ」

 

「藤森さんはどうなの? 小鳥遊君のことどう思っているの?」

 

「君がどういう風な予想しているかはわからないが、わたしにとって彼は少なくても興味の対象ではあるよ。と言ってもまだまだ知らないことばかりだからね。小鳥遊君は自分の事をあまり話したがらないだろう? だから謎な部分が多いのさ」

 

 藤森さんの言葉に納得する。彼が自分の事はあたし達に話さない、どういう理由があるのかは分からないけど誰も詮索しないから特に問題にはなっていないけど……。

 けど、彼のことを詳しく知りたいと思っているのはあたしだけじゃないはず、聞き出して答えてくれるんだろうか? 今まで話していないのには特別な訳があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

 隠し事のない関係──それを作る為にあたし達は小鳥遊君のことをもっと知る必要があると思う。

 

「ねえ? 小鳥遊君、今日の放課後、あたしの部屋に来てくれない」

 

「え? どうして」

 

「ちょっとした用があるの。もしかして先約済みの子がいるの?」

 

「ああ、いや、そう言うのは特にないけど。わかった。放課後だね」

 

 あたしは放課後女子寮のあたしの部屋で彼と会う約束を取り付けた。

 もっと小鳥遊君の事を知る必要がある、そしてその情報を彼が許してくれるなら他の子にも共有したい、これまでのあたし達の関係に変化をもたらす為に一手打つ事にした。



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67.「お互いの過去を知る」

 放課後、僕は御崎さんの部屋で彼女と会う約束をしている、初めてこの学園に入学した頃、彼女も他の女子生徒みたいに僕を見る目は冷ややかなものだった。

 たまたま同じクラスで席も隣同士、可愛い女の子と隣になれるなんて本来なら喜ばしいことなのかもしれないけど、あの時の僕には手放しで喜べなかった。

 自分の望んだ形でこの学園に進学したわけじゃないからだ──母さんに無理やり入れられて、不満が溜まっていた。

 だけど、相倉さんや玲さん達と知り合って僕は少しずつ変わっていった、牧野さんや御崎さんと話す事も増えて、いつの間にか僕の周りには女の子が集まっていた、そんな僕らのグループを小鳥遊班と呼んでそれぞれがコミュニケーションを取っている。

 学園に通う女の子が皆仲良くというわけにはいけないだろうけど少なくとも小鳥遊班の子たちはお互いに良い関係を築けている。

 

 僕は授業に集中する、女の子ばかりのクラスで自分の存在する理由を何とか見出して真面目に学園生活を送る。ふとメルに視線を向けるとまっすぐな瞳はボードに向けられていた、教師がPCで映した資料の説明に耳を傾けている。

 中にはノートを取らない子もいるが、それはあくまでも生徒個人の自主性を尊重しているとの事で、学園側も容認している行為なんだ。

 

 勉強の仕方はそれぞれで良い、社会で生きて行くためには個性を引き出さないといけない。お嬢様達はみんなが独自の考え方を持っているし、それを伸ばすのも教育というものなんだろう。

 

 Aクラスは以前と比べると居心地が良くなった気がする──メルのおかげなんだろうか? アイリスさんとメルと同じ学舎で勉強している自分は何だか夢見たいな感じがしていた。

 

 

 あっという間に時間は過ぎホームルームを終えてそれぞれが帰路につく──僕は同じクラスのお嬢様たちに「また明日」と挨拶を済ませて荷物をまとめる、まだ御崎さんは残っていてどうやら僕の支度が終わるのを待っているようだった、僕はサッと終わらせて教室を出る前にメルとアイリスさんに午後の予定を伝えておいた。

 特に詮索もされなかったが出ていきざまにメルが小さな声で「楽しんできてね」と呟く。

 

 御崎さんの部屋に到着して一旦辺りの様子を伺う──誰もいないよな? 特定の子の部屋に出入りしているところを見られるのはまずい……。僕はドアを軽くノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から聞こえる声に反応してもう一度周りをキョロキョロと確認してから部屋に入った。

 

「やあ、今日はお招き頂きありがとう」

 

 社交辞令を言いつつ御崎さんの部屋に入る──前に彼女が熱を出したときに来たことがあるけれど、やっぱり女の子の部屋というのは緊張するな……。

 

「うん、まずは座って」

 

 御崎さんの出してくれたクッションの上に座り込む、僕と彼女は向き合う形になる。

 

「今日部屋に来てもらったのは聞いて欲しいことがあるからなんだ、相倉さんや藤森さんを見てて感じたの、あたしももっとあなたのことをしらなくちゃいけないってだから聞いて欲しいの」

 

「うん」

 

 真剣な表情の美咲さんはゆっくりと口開き始めた。

 

 御崎さんが恋麗女子学園へ進学してきた理由、彼女の実家のことを聞いた。昔、有名だった化粧品メーカーで今ではブランドの力が衰えているということを、親が自分を見てくれていなかったという彼女の寂しさに僕は共感できる部分がある。

 

「いきなり小鳥遊君にこんな話して反応に困るよね……。ごめんなさい」

 

「ううん、そんなことないよ話してくれてありがとう。今まで僕は御崎さんのことちっとも知らなかったんだなって気づくことができた」

 

「僕もさ、母親とはうまくいってないんだ。【小鳥遊美鈴】って名前は聞いたことがあるでしょう? あの人が僕の母さんなんだ」

 

「……そうだったんだ」

 

「仕事一辺倒で家には殆ど帰ってこなかった、だから僕は子どもの頃から家族団欒とは縁遠い生活を送っていたんだ、身の回りの世話は母さんが雇ったメイドさんがやってくれてたし、教育にもうるさかったよ」

 

「あたしが小鳥遊君と初めて会った時に何か他の人と距離を置いてるなって印象を持ってたの」

 

「あながち間違いではないよ。僕が望んでそうしてきたんだから下手に人間関係を作らないほうが楽だなって思っていたから中学まで仲の良い友達なんて一人もいなかった」

 

「そうだったの? あたしたちと仲良く話しているから友達も多いかと思っていたよ」

 

「社交的な付き合いが上手いだけだよ、本当の僕を知る人がいないからね、だから気を遣わなくてすむからね、この間、長年いなかった父親と再会したんだ、どういう人なのかきになっていたけど、父さんは僕のことを真剣に考えてくれていたんだ、もう十年以上会っていない息子を海外にいても気にかけてた。父さんと連絡先も交換したし、今後は僕の力になってくれるってさ。本当に嬉しかったよ」

 

 初めて父さんと会って話をした時は緊張した──けれども、父親が僕を想っていた気持ちを知れて家族って悪くないものだなって実感する。

 

 僕は十年もの間くすぶっていた感情を上手く伝えられたかどうかはまだわからないけれど、ちょっとずつ親子の仲を取り戻していこうと考える。

 

「御崎さんの事、色々知れて良かった話してくれてありがとう」

 

 僕は彼女の手を握って純粋な気持ちを伝えた、思っていた以上に小さな手はとても可愛いらしくて、女の子なんだって改めて実感できる。

 

「ねえ? 小鳥遊君の話だけど小鳥遊班のみんなに共有しても良いかな」

 

「それは良いけど……。みんながどういう反応するのかは気になる、僕はちゃんと好意を持ってくれている相倉さんたちに自分の事を話していなかったんだから、急に知ってどんな風に思われるのか? 正直怖い部分もあるよ」

 

「大丈夫だよ、怖がらないで、小鳥遊君がもっと辛い目に遭ってたんだなって分かるもん。親からの愛情を貰えないのってすごく寂しい事だよね……。大好きな家族と一緒に暮らしているのに他人みたいで、その心の痛みあたしにはわかるから」

 

 そうだ、御崎さんも僕と同じなんだ、彼女は一生懸命に生きていてそれでも叶わない事があったんだ。同じ痛みを抱えていたから共感できる。

 僕は今までよりも彼女事を身近に感じるようになった。

 

 自分と似たような経験をしたいたひとが近くにいたなんて。僕は御崎さんの髪を優しくかきあげる、今でも彼女は不安なんだ……。

 そんな様子をおくびにも出さないで振る舞っている。

 

「御崎さんの気持ちすごくわかるよ。今で辛かったね、もう平気だよ」

 

 今日のできごとで僕らの関係はより親密さを増した──御崎さんからのLIMEで僕の過去を知った小鳥遊班のみんなはそれぞれ違った反応を見せていたけど、メルは二人きりで会っていたことに怒っていた。それに相倉さんも追従して色々と質問責めにされる。それを見て面白そうにからかう玲さんとちょっと怒りながら参加してくる牧野さんに板挟みされた僕はタジタジになりながらきちんと関係説明した。

 

 僕ら小鳥遊班の絆は少しずつだけど深まっていくのだった。



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68.「それぞれが感じる影響力」

「何だい二人共、随分と機嫌が悪そうな顔をしているじゃないか」

 

 麻奈実と玲、栞の三人は校舎内で落ち合うとお昼を食べるために例の場所へ向かう所。

 二人のいつにもなく不機嫌そうな様子にすぐに玲は何かを感じ取った。

 

「私も最初は驚いたよ。まさか小鳥遊君がルークランシェ王国のお姫様と知り合いだったとはね、彼は私たちにどうしてそんな重要な事を隠していたのか理解に苦しむ……」

 

「藤森さんそうじゃ無いんです」

 

「ん? それ以外に何かあるのかい? 私はてっきりそれが理由で相倉さんと牧野さんが怒っているのだと思っているのだが」

 

「違います! ねえ? 相倉さん」

 

「ええ、牧野さんの言う通り! 私たちが怒っているのには他に理由があるのよ」

 

「他の理由? それはいったい何なんだい? 実に興味深いね」

 

「私たちが怒っているのは御崎さんのことです!」

 

 いつもおとなしい牧野さんが少々大きな声のボリュームで強めに言う。それに続いて相倉さんの大きく首を振って頷いた。

 

「あの二人が仲良かったのは驚いたよ! 御崎さんってそう言うのを私達に感じ取らせないのが上手いって言うか単に普通のクラスメイトかと思ってた」

 

「そうかい? 彼女の小鳥遊君を見つめている視線は少し雰囲気が違ったようにも見えたけれど」

 

「藤森さんはよく観察しているんですね……。私は小鳥遊班に入れてもらってから御崎さんともトーク欄で話すようになったんですけど、彼女は小鳥遊君の話題なんてちっとも話さなかったですから。

 

 牧野さんは彼の中学時代の同級生なんだよね? 昔の小鳥遊君ってどんな人だったの?」

 

「……それが、中学生の頃は私は小鳥遊君とは殆ど話したことが無かったんです、彼はみんなと距離を置いていてどこか遠くからクラスの輪を眺めているような人でした、だから私もどんな人なのか詳しく無いんです」

 

「ほう、なかなかに面白い話が聞けたよ。彼は私たちに自分のことを話したがらないからね、まだまだわからないことだらけさ」

 

「そうだね、私たちもっと積極的に関わっていかなくちゃ!」

 

「そうですね、相倉さんの言う通りだと私も思います」

 

「あのさ、牧野さんに一つ聞いてもいいかな?」

 

「なんですか?」

 

「牧野さんってやっぱり小鳥遊君が好きなの?」

 

「えっ……。えっと、はい」

 

 顔を赤らめて俯く栞──麻奈実と玲はわかりやすい反応だなって言う感想を持った。

 

「そういう二人はどうなんですか?」

 

 逆に質問されて面をくらう玲とは対照的に麻奈実は笑顔で「私も大好きだよ」と真剣に応える。彼女のまっすぐな思いが周りに良い影響を与えているに違いない。

 玲は「ノーコメント」と言い、うまく追求から逃れる手札を切る、実に玲らしいと思う。

 恋バナで盛り上がる辺り彼女らもれっきとした高校生でついこの間まえは中学の制服を着ていたけれど、急に大人びた風に成長する。

 

 本来ならば彼女らは恋敵とも言える──一人の男性に複数人の女性がアプローチするなんていう漫画みたいな世界が実在している。

 プロジェクトの目標達成の為に恋人を一人に選ぶ必要はないのだが、選ばれる側であるという自覚がある生徒が果たして学園内にどれほどいるのだろうか? 

 プロジェクトを成功させることはこの先の未来にも繋がっている、今はまだ若い彼女達はそれぞれが決断しなくてはいけない時期を迎えている、プロジェクトは着実に進行する中、勇人の周りの時間はゆっくりと進んでいくのだった。



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69.「ミスコン開催へ向けて」

 学園が主催するミスコンの開催が近いからか園内はいつにも増して賑わいでいる。

 廊下で話すお嬢様方の会話の内容に耳を傾けるとミスコンの話題で持ちきりだ。

 僕は彼女達に「ご機嫌よう」と挨拶をしてAクラスまで移動する。

 なんでもミスコンは多くの生徒に参加できる権利があるみたいでルックスはもちろんのこと、一人一人の個性も評価されるポイントのようだ。

 実際どう言う風になるのかはイメージがつきにくいけど各クラスから参加者を募るらしい。

 

 僕がその審査員に選ばれているということは他言無用らしく、学園側からも口止めされている。

 ミスコンも僕のお嫁さんを選ぶ為のイベントの一つに過ぎないらしくプロジェクトを進行するのに欠かせない行事だから責任重大。

 たくさんの参加者の中からトップを選ばなくちゃいけない。

 選ばれた子は歓喜し、そうじゃない子は落胆するだろう。

 それでも、学園に通う子が真剣に取り組んでくれるのはみんな僕に選ばれたいと言う真っ直ぐな想いがあるのだろう。

 

 ミスコンの詳しい詳細が記されたメールを受信する。部屋のパソコンはメルには触らないように注意はしてあるけど……。

 そもそもカーテンで仕切られた絶対領域に僕が侵攻する事は無いし、メルやアイリスさんに用事がある時はカーテン越しに声をかけている。

 

 

 **

 

「ねえ、アイリス。さっき麻奈実に聞いたんだけど近く学年が主催するミスコンがあるらしい」

 

「ミスコンですか? 私はそういったものに関心はないのですが。日本の学校ではそのようなイベントが催されているのですね」

 

「多分恋麗学園だけだと思うわ。麻奈実に聞いても他の学校で開催された例は聞いたことがないというし、なんでもプロジェクトの一環のらしいわ」

 

「あのプロジェクトですか……。姫様はプロジェクトを成功させる為に日本まで来ましたが、本当に良いのですか?」

 

「何がかしら?」

 

「ご自身の結婚相手をそんなに簡単に決めて良いものかと? 小鳥遊殿がどういう男性なのかまだ情報が少ないですし。正直メルア様に相応しい方なのかという疑問もあります」

 

「アイリスは心配性ね。でも、わたし自身彼の事はもっと知りたいと思っているわ。その為にこうして一緒の部屋で暮らすのを理事長にも許可してもらっているわけだし」

 

 わたしは彼のことをルークランシェ王国にいた時から知っている。与えられ情報が全てとは言えないけれど、日本で勇人と会えるのをとても楽しみにしていたの。

 わたしが、彼と知り合うよりも先に魅力的な子が既に仲良くしていたLIMEのグループ小鳥遊班に入れてもらって新しい友達とも知り合えた。

 

 ライバルといえばそうなんだろうけど、彼のお嫁さん候補は一人だけじゃない、この学園に通っている子みんなが対象。

 

 だからこそ、もしも結果として自分が選ばれなかったという現実を受け止めるにはかなりの時間が必要だと思うの。

 

 学園外ではルークランシェ王国のお姫様という身分を最大限に活かすことができるのだろうけど、ここにいるうちは身分差はあったとしてもそれが大きな武器になるとは言えないわ。

 

 むしろわたしはみんなよりもちょっと遅れているから限られた時間の中で成果を残さないと。

 

 

 小鳥遊班のトークルームではミスコンの話題で賑わいでいた。1クラスで参加者に制限はないから出たいと思う女の子はいるらしい。

 

 まだ躊躇している子も少なからずいるらしいけど、迷っている暇はない、ミスコン開催の意義は生徒達にもきちんと伝えられている。

 

 ルックスに自信があるお嬢様方はその美貌を武器にアピールするつもりだ。

 

 相倉さんを始めとする小鳥遊班の子達も参加を考えている女の子がいるみたいだ。

 玲さんは参加者の管理を学園側と分散してやるらしくて自分は参加している場合ではないと言っていたけれど、相倉さんが説得して彼女を参加させる為に小鳥遊班が一致団結。

 

 僕は自分が審査員に選ばれていると言うことは伏せておいてたくさんの参加者がいるというのは嬉しいことだと言うのを素直に伝える。

 

 学園側から大々的にミスコンの内容が掲載されると女子達は歓喜の声をあげて、自分磨きに精を出す。

 

 高級な化粧品でメイクしたお嬢様も目立つ中、自然なお化粧で自分に自信をつける子もいる。

 

 彼女達にとってメイクは新しい自分へ変身する為のアイテムなんだろう。

 

 女の子はああ言うふうに気分も養子も変えられると言うのは羨ましく感じる、独特な雰囲気が漂う学園内で僕はミスコンにどんな女の子が出場するのかワクワクした。

 

 学園側がもうプッシュするイベントが成功を収めるのは容易い事だ。ミスコンに出る女の子から僕のお嫁さん候補選びに一歩リードするひとが現れる。

 

 部屋で詳細のメールに目を通しながら冷蔵庫に入れてあるスポーツドリンクを飲み干す。

 

 お風呂上がりで汗をかいた体に水分とミネラルが染み渡るドライヤーで髪を乾きしながらふとカーテンへ視線を向ける。

 

 メルとアイリスさんはどんな会話をしているのだろう? そんなことが気になったけれど、僕は絶対領域に侵攻することはせず自分の机に向かって明日の学園生活をイメージしていた。



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70.「悩み事の一つくらいはあってもいいものだと思う」

「ねえ? 御崎さんはミスコンはどうするの、私たちのクラスだと出場する子の応募が多いんだ。みんなメイクとかに力入れ始めてるしクラス毎に参加できる人数に制限はないからたくさんの子が出ると思うの」

「うちのクラスは多分、ルークランシェさんが出るんじゃないかと思う。あたしが出ても場違いだろうし……。他のお嬢様達と同じ舞台に上がるなんて考えられない」

「そう? 御崎さんだって十分に可愛くて魅力的だと思うわよ? 小鳥遊班がきっかけでこうして話すようになったけど私は御崎さんの事好きだよ。藤森さんや牧野さんも同じように言ってたよ」

「ありがとう。相倉さんのその素直さはあたしも見習いたい」

「そう? ねえ、御崎さんに聞きたいことあるんだけど良いかな?」

「何?」

「あのね、御崎さんって結構オシャレじゃん? やっぱりメイクとかにも普段から気を使っているの」

「……別に意識した事はないけど」

 

 智佳は麻奈実の言葉にふと実家の事を思い出していた──化粧品メーカーだから母親から普段から身だしなみには気を遣うように教育されていた。

 意識しているわけではないが、智佳はオシャレには人一倍努力をしていた。

 新しいコスメの情報が出るとお店に出向いて試す、元の素材が良いのでメイクで更に可愛さに磨きがかかる。

 今まで実家の事を他の人に話すのは(はばか)っていたのだが、この際きちんと理解してもらおうと麻奈実を含めた小鳥遊班の女の子達に自分の生まれ育った家の事を話した。

 

 

「そうだったんだ。白鳳堂って有名な化粧品メーカーだよね? じゃあ、御崎さんもお嬢様なんだ!」

「今は昔ほど有名じゃないわ。色々あって続いているのがやっとなの」

「確かにここ最近の経営状況は良くないと聞くね。一時期は日本の女性のステータスだったようだが、大手のメーカーにお客を殆ど取られたみたいだね。と言うことは御崎君は実家を継ぐ為にこの学園を選んだのかい?」

「違う。恋麗学園への進学はあたしが自分で決めたの。親の世話にはなりたくないし……。家を継ぐ気はないよ」

 

「みんなにも話さなくちゃいけないってずっと思ってた。けどなかなか勇気が出なくて言い出せなかったの……。けれど、彼と話してその考えが変わった。小鳥遊君の過去を知ってあたしだけが小鳥遊班の友達に隠し事するのは嫌だなって」

 

 智佳にとって自分の過去を話すと言うのは勇気がいる行動でもあった。自分の実家の事──誰かに話せるような状況じゃ無かった中学生時代、そこまで仲のいい友達もいなくて、周りからちょっとだけ距離を取っていた。

 

 けれど、恋麗学園に入学してからすぐに悩み事を打ち明けられる友達に出会った。

 

 それは御崎自身が進んでアクションを起こしたわけじゃない。【小鳥遊勇人】と言う男子生徒、彼がきっかけで集まった女の子たち。

 

 それぞれが問題を抱えている、それを共有できる関係なのが小鳥遊班──

 

 ──智佳の過去を聞いて麻奈実たちは自分たちの家の事や学園へ進学した理由を話し始めた。

 まだ学生の彼女は誰にも言えない秘密を持ちながらも学園生活を謳歌していた、玲は今まであまり人と話す機会が多くなかったと語り、自分がこれまでに体験してきた出来事を語り始めた。

 

 まだ相手のことを知らなかった、それでも徐々にだけど仲を深めていき、小鳥遊班のメンバーは絆を紡ぐ。

 今回の女子トークには勇人が参加することはない、まずは女の子達が触れ合う、いずれ彼には彼女達の悩みを解決する為に試練が訪れるだろう。

 その日が来るまでは忙しなく学園での生活は過ぎていく、一秒一秒の時間を惜しみながら開催が近いミスコンへ向けて学園全体の雰囲気が変化していくのだった。

 

 勇人は男子寮でPCの画面を見ながらレポートを作成していく、プロジェクトの進捗状況を入力するテンプレートに必要な情報を載せていく。

 

 作業用のPCは簡素なデスクトップ背景が表示されていて専用のソフトだけがインストール済みで画面内に置かれているアイコンの数は少ない。

 キーボードを叩きながらレポートの文章を推敲。

 父からの連絡が届いていたが今は後回し、完成したレポートをメールに添付にして神崎のメールアドレスへ送信。

 

 送信完了! の文字を見てふぅと一息ついて一旦コーヒーブレイク。

 父親からのメッセージに返信をする、息子の将来の為に色々と動いてくれているようだ。もしも恋人ができたら会わせて欲しいとの事だった。

 

 ミスコンの準備の為に業者が校内を出入りする──お嬢様達に作業をやらせるのは本意では無いため学園が委託した業者により、会場の設営や登場のイベントの説明などの打ち合わせで慌ただしく働いている。

 

 そんな様子を見て勇人はLIMEで友佳に連絡を取る──すぐに返信をもらい、他のメンバーへ同じ内容のメッセージを送信して約束を取り付ける。

 小鳥遊班で一緒に遊ぶ約束──今度はメルアも一緒だ。日本に来てまだそこまで日の経っていない彼女との親睦を深めるために勇人が企画した。

 全員からOKの返事をもらってLIMEをバックグラウンドで起動しながらアミューズメントパークをネットで検索をする。

 

(メル、楽しんでくれたら嬉しいな)

 

 と、呟いて隣に目を向けるとカーテン越しから女の子の声が聞こえる。

 聞き耳を立てるような失礼なことはせず、今後の予定を考えながら、小鳥遊班で遊べる日を楽しみに待つことにした。



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71.「ブライトライフ」

 どうやら昨日はワクワクとして眠れなかったらしいメルが早起きして僕に声をかけてきた。

 

「おはよう、勇人。お目覚めはいかがかしら?」

「おはよう、起きるの早くない? みんなとの待ち合わせは九時のはずだよ、今はまだ六時前じゃないか……」

 

 元気にはしゃぐメルをよそに僕は寝ぼけ眼で反応する──こんな時間におきるなんて……。今日がよっぽど待ち遠しかったんだろう。

 

 今日は小鳥遊班のみんなで出かける予定になっている、発案者は僕で、日本に来たばかりのメルと親睦を深める為に企画した。

 小鳥遊班のみんなには許可はもらっているし、僕自信メルとは仲良くなりたいと考えていたから良いきっかけで。

 彼女の綺麗な金髪がふわりと揺れるといい匂いがした──お姫様ってこんなにも美しくてこの空間がまるで御伽噺の世界のように感じる。

 

 僕とメルが同棲していることは内緒だし、お付きのアイリスさんも一緒だから実質、女の子二人と同じ部屋に住んでいることになる。

 

 彼女たちはプロジェクトの為にわざわざ日本まできたのだからその真剣な想いはしっかりと受け止めないとダメだな。

 

「ねえ? 今日はどう言う場所に連れて行ってくれるのかしら」

「お姫様のメルが満足してくれるようなすごい場所に連れて行けはしないけど、行く前に色々調べておいたんだ。商店街の中にあるお店でショッピングや美味しい食事を食べられる場所だよ」

「そう? それは楽しみだわ! ねえ、アイリスは今日どんな服装で行く?」

「私もメルア様もあまり目立たないような服装で行きますよ、人混みが多い場所でしょうし目立ってしまうと小鳥遊殿にもご迷惑をおかけするでしょうし」

「確かに、ルークランシェのお姫様が日本に来ているっていうのはかなり話題になるだろうからね、メルの気持ちもわかるけど僕たちが楽しく遊ぶ為には我慢してもらうしかなさそう」

「そうね、そういうのには慣れてるから平気よ? いつもアイリスに口を酸っぱく言われているもの、それに、貴重な勇人達との時間が減るのはわたしも気になるわ」

「ごめんね。いつかちゃんと歩けるようになると良いんだけれど……」

「あら、わたしが勇人のお嫁さんになれば簡単なことだと思うわ。その為に日本に来たのだし」

 

 メルはプロジェクトを達成する為に異国の地までやってきた。逆の立場になって僕が海外に行くなんて事になったらどうなるんだろうか? 

 

 想像してみたけどいまいち実感が湧かない……。

 

「プロジェクトっていう大義もあるのだけれど。わたしは勇人、あなた自身に興味を持ったのよ? 一度会ってみたいと思ったの」

 

 僕の手を取って純粋な気持ちを伝えてくれるメル、僕は照れ臭くなってけど、しっかりと彼女の手を取る。

 その様子はお姫様とダンスするナイトのようだった。

 

 僕は同棲を怪しまれないため、メルは僕が寮を出てから時間を置いてアイリスさんと待ち合わせ場所に向かうことに、先に出た僕は心地良い風を感じながらゆっくりと歩くスマホを見るとLIMEにメッセージが届いていたそんな何気ないやりとりに思わず頬が緩む。

 

 女の子達はそれぞれ腰が現れる服装で待ち合わせ場所にやってくる。仲良く会話しながら時折見せる笑顔、そしてメルは日本の文化を楽しんでいる、アイリスさんも目を輝かせながらメルと一緒になってはしゃいでいるところ見ると彼女も年相応な女の子なんだなって感じた。

 

「あれ? 小鳥遊殿こんなところで何をしているのですか?」

「ああ、アイリスさん。みんな元気に遊んでいるから僕は少し休憩してたんだ、アイリスさんも飲む?」

 

 買っておいたジュースを差し出すと彼女は受け取ってくれた。メルみたいな綺麗な金髪をしている、いつも凛々しい表情をしているアイリスさんだけどたまに見せる気を抜いた自然な仕草にドキドキする。

 

「姫様のあんな嬉しそうな顔、日本に来てからよくみます。ルークランシェにいた時は公務ばかりでほとんど王宮の外に出る機会はありませんでしたから」

「そうなんだ? お姫様ってすごく大変なんだね。メルの性格からしたらよく抜け出してそうな感じがするけど」

「ええ、従者と一緒に探すのに苦労していました」

 

 アイリスさんは「はぁ」とため息をつきつつメルの元気な姿を目に留める。

 

「日本での生活は慣れないだろうけど、アイリスさんがいてくれるならメルはきっと大丈夫だと思うよ」

「そうですね、姫様はいつも頑張りすぎているところもあるので羽を伸ばして欲しいと感じているのも事実です」

「メルアさんみたいに身の回りをしっかりと警護してくれる頼もしい騎士がいるから安心できるんだよ」

 

 アイリスさんとメルは本当に仲が良い──いつも一緒にいることが多いのにお互いの立場を理解して尊重し合っている。

 

 僕と同棲するようになってからもアイリスさんは自分のことよりもメルを優先していた。

 

「羽を伸ばすか、それもそうかもね」

「えっ……?」

 

 僕はアイリスさんの手を引いてビルの中になるおしゃれなアクセサリーが売っているお店に入る。

 

「あの? 小鳥遊殿、これは一体どういうことですか?」

「羽を伸ばすのはアイリスさんも同じだよ。いつもメルの為に頑張っているんだからこれくらいはね」

 

 僕は店の中にあった手作りのアクセサリーを選んで購入する──可愛いラッピングに包まれた紙袋をアイリスさんに渡す。

 

「これは僕からの気持ち。ルークランシェ王国の女性がこんな安物のアクセサリーで喜んでもらえるかはわからないけど」

「これは──さっきのお店で買ったのですか?」

「うん、ああ、僕からのプレゼントだっていうのは内緒だよ? 他の女の子もいるわけだしね。ただ、アイリスさんへのお礼の気持ちだよ。今日の予定に付き合ってくれた分も含めてね」

「メルには今度別の贈り物をプレゼントするつもり」

 

 アイリスさんは僕から貰った紙袋をじっと見つめて何やら呟いていた。

 

 寮に戻ったメルは興奮した様子で今日の事を話している、僕はそれを頷きながら聞く、パッと明るい表情を見せるメル、本当に表情豊かな子だなあって思った。

 ふとアイリスさんと目が逢う──僕がニコリと笑いかけると彼女は顔を赤くして俯いた。少しは警戒心は薄れてくれたかな? 

 僕達は夜遅くまで今日の話で盛り上がった。



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72.「突然の事実と新しい場所での生活」

「ねえ? みんな、ちょっと気になることがあるんだけどいいかな?」

「なに? どうしたの相倉さん……」

「相倉君何か面白い発見でもあったのかい?」

「もしかして小鳥遊君の事ですか?」

「ううん……実はねー」

 

 私は、御崎さんたちに最近気になっている疑問を投げかけてみた。

 

 小鳥遊班に加わったルークランシェ王国のお姫様──メルア・フィオーナ・ルークランシェ・セレスティア・イーリスさん。

 

 こんな長い名前を全部覚えている人なんてなかなかいないんじゃないのかな? 

 私たちはメルと呼んでいる。というか彼女がそう呼んで欲しいと言ってくれたの。

 彼女は本当にどこかの御伽噺に出てくるようなお姫様で綺麗な金色の髪がとても魅力的でその外国人特有の美しさに女の子の私でも見惚れちゃう。

 

 そんな彼女が恋麗学園に転校してきたのは最近の事、例のプロジェクトの為に日本まで来たっていう話だけどルークランシェさんも小鳥遊君の恋人候補でもある。

 

 正直この学園に通う誰よりも高貴な身分でそこいらのお嬢様では到底太刀打ちができないほど……。

 

 そんなすごい人とお友達になれただけでもすごいのに彼女とはLIMEでやりとりをする仲でもある。

 

「私が気になっているのはね、メルのことなの」

「……ルークランシェさん?」

「あのお姫様がどうかしたのかい?」

「うん、あのね、彼女の小鳥遊君を見る目が何かちょっと怪しいなって思って」

「言われてみれば……」

「うむ、彼はあのお姫様とは仲が良さそうだね。一体どう言う経緯でステディな関係になったのかは確かに気になるところではあるのだけれど」

「でしょう? 小鳥遊君何か私たちに隠している気がするんだよね」

 

 どうも怪しい──仲が良すぎるって言うか、ただのクラスメイトってだけじゃ無いんじゃないかと思うの。

 

 私たち小鳥遊班の女の子とは親しい関係だけど、それとはなんか違う……。

 どう言うふうに説明すれば良いんだろう? 私の目から見ての特別な関係じゃないかなって疑わしい雰囲気が漂っている。

 

 疑問を抱いたのはこの間遊びに行った時の事、私たちはルークランシェさんと思いっきり遊んで、日本の文化を楽しむ彼女に色々な場所を案内してあげた。

 小鳥遊君はルークランシェさんのお付きのアイリス? さんと一緒にいて常に彼女のことを気にかけていた。

 

 自分が楽しむ事よりもルークランシェさんを優先していたし、私たちが気付いてないかと思っているんだろうけど、アクセサリーショップで何かを買っていたのよね。

 

 多分他のみんなも同じ様に気にかかってはいるんだろうけど、言い出すタイミングを掴めていないみたい。

 

「それで何だけど、その疑問を解決するために協力して欲しいことがあるんだ」

「協力して欲しいこと?」

「相倉君、やはり何か面白いことを考えているようだね。良いだろう私にできる範囲のことであるなら協力しよう」

「ありがとう藤森さん。他の子は嫌なら無理しなくていいからね?」

「あの……何をやるつもりなんですか?」

「それはねー」

 

 **

 

「理事長、今日は放課後にFクラス所属の【相倉麻奈実】さんが訪ねて来る事になっていますが」

「ええ、知っているわよ。何でも私にお願いしたいことがあるらしいのよね。大体のことは担任に話せば解決する問題なんだけど、直接理事長室まで訪ねて来るって言うことはそれだけ重要な用事なのでしょう。藤森さんから彼女が訪ねて来るというメールを貰ったし要件は直接会って話すそうよ」

「そうなのですか? わざわざ理事長を訪ねて来ると言う用事一体なんなんでしょうね」

「彼女が来たら少しだけ外してもらえるかしら?」

「はい、わかりました」

 

 生徒されたデスクに座り麻奈実が訪れるのを待つ歩美だった。

 

 

「ふぅ。緊張する……」

「私も理事長室には始めて来たので緊張します」

 

 私は御崎さんたちと一緒に理事長室の扉の前までやってくる。一旦深呼吸してドアをノックすると中から「どうぞ」と言う声が聞こえる。

 私は皆んなの顔をそれぞれに見て、頷いてドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開く。

 

「ご機嫌よう」

「ごきげんよう。あなたを待っていたのよ。さあ、中に入ってちょうだい」

「はい」

 

 緊張した表情で理事長室に入りソファに座る。

 

「あら? この子達は?」

「ああ、私の友達です。私一人だと不安で来てもらったんです」

「藤森さん、あなたもいるのね」

「やあ、神崎理事長。ご機嫌はいかがだい?」

 

 理事長室へ来ても相変わらずな藤森さんに私たちは驚きながらそろそろと中に入ってる。

 

「立ち話もなんだし、あなたたちも座ってちょうだい。すぐに飲み物を準備するわ」

 

 理事長は冷蔵庫からジュースを取り出してグラスを四つ並べて注ぐ。

 

 私たちは緊張してジュースに手をつけられていなかったらまずは藤森さんが「飲まないのかい?」と声をかけてグラスを持ち上げた。

 

「「「いただきます」」」

 

 私たちはグラスに口をつけてジュースを飲む──甘い果汁の味が口一杯に広がる。

 

「それで? 今日はどんな要件があって来たのかしら」

「はい! あの今日は理事長にお願いと聞きたいことがあってきました」

「お願い?」

「はい、実は小鳥遊君の事で相談がありまして」

「まあ! 彼の事で相談? 一体何かしら」

「実は私たち男子寮に行きたいと考えているんです」

「男子寮へ? 何か特別な理由があるの」

 

 そう聞かれてしまうと言葉に詰まってしまう……。だって私の考えていることはちょっとした好奇心が混じっているのだから。

 

「小鳥遊君とルークランシェさんの仲が気になるのだよ。相倉君は」

 

 悩んでいると藤森さんが助け舟を出してくれた。ほっとしていると理事長は私の前に座るとコーヒーカップに口をつける。

 

「彼とルークランシェさんとの関係は機密事項ではあるのよね。だから学園側は安易に許可を出すわけにはいかないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、でも、いずれは分かることだしいつまでも隠し切れるとは思ってはいないわ」

「良いわ。これからルークランシェさんをここに呼びましょう。あとは小鳥遊君もね。全員揃ってから話の続きをしましょう」

 

 理事長の言葉に私たちはそれぞれびっくりしたようなリアクションを取るとすぐにスマホで彼に連絡を取り始めた。

 

 十分もたたないうちにルークランシェさんと小鳥遊君が理事長室までやってくる。

 

「神崎理事長、一体どういう要件なのでしょうか」

「まずは座ってちょうだい。話はそれからよ」

「相倉さん、隣に失礼するわね」

 

 メルは私の隣に座る──シャンプのいい香りがして綺麗な金髪がさらりと揺れた。小鳥遊君は頭に? マークを浮かべながら今の状況が理解できていないみたいだった。

 

 

「小鳥遊君、一応あなたの考えも聞いておきたいわ」

「はい、何でしょうか?」

「そうね、実は男子寮は元は学園を警備のする人が泊まるために準備した建物だったのよ。それを改装してあなたが住めるようにしたのだけど、今後の事を考えて学園は小鳥遊君の住む場所を別に用意する方針なのよ」

「そうだったんだ……男子寮ってそういう意味だったんですね」

 

 男子寮の存在は聞かされていたのだけど、私たちは理事長の許可なしで気軽に訪れるようなところでは無いし、と第一場所もわからない。

 

「女子寮に新しく併設された建物があるのは知ってる?」

「はい、気になって色んな人に尋ねてみたんですが、理事長の許可がないと話せないって言われました」

「そうね、実はあの建物は今回小鳥遊君の住む場所として新しく利用する事にしたの」

「それはどうしてですか?」

 

 理事長は小鳥遊君とメルの顔を交互に見る。

 

「あの狭い部屋に同棲していたらルークランシェさんも窮屈でしょう? それに小鳥遊君だってゆっくりと休める場所は必要なはず」

「待って下さい、話が見えないんですが……」

「黙っておいてもいずれはバレちゃうことなのよ。だからもう隠すことはしないように決めたわ」

「今彼女は男子寮で小鳥遊君と同棲しています」

「「「「同棲!?」」」」

 

 一同は驚いて二人の顔を見ると──小鳥遊君は苦笑いを浮かべつつ「実はそうなんだ」と理事長の言葉を肯定する。

 

「ルークランシェさんが学園に転入する為の条件でもあったのよ。彼女がどうしても小鳥遊君と同じ部屋で暮らしたいと。だから学園側がその希望に沿って男子寮の部屋を提供したのだけど、あの狭い場所での同棲なんてお互いにストレスが溜まるんじゃないかと考えたの」

「だから女子寮の横にある棟を今後は小鳥遊君の住む場所として利用する事にしたの、彼には近いうちに私から連絡をする予定だったけどその手間が省けたようね」

「あなたが今住んでいる男子寮が今後は取り壊す事になるわ」

「そして小鳥遊君の住む棟に女子生徒が訪れる時に学園の許可は必要なくなるわ」

「私はねもっと彼と学園の女子生徒と交流を深めてほしいと思うのよ。だから今回新しい住居を用意して他の子たちが行きやすい場所を提供したの。今後ルークランシェさんのお部屋は彼とは別になるのだけど同じ棟に住むことになると思うわ。規模感で言えば女子寮よりも豪華かしらね」

「そうだったんですね」

「ええ、プロジェクトを成功させる為に学園側は最大級に環境を活かす必要性があるの。ごめんね。せっかく同棲にもなれてきたのに急にこんな話をして」

 

「いえ、僕は平気です。じゃあこれから引っ越しをするってことですよね?」

「そうなるわね。ルークランシェさんの荷物を棟へ運ぶのは今週の土日になるかと思うわ。そこで小鳥遊君も新しい部屋に移る予定になるかしら」

 

「あのっ! 一つ聞いても良いですか?」

 

 今まで黙っていた牧野さんが声を出す──いつもより大きな声だったからみんな彼女に注目する。

 

「その棟に私が住む事って可能なんですか?」

「えっ……?」

 

 面をくらったような顔をする小鳥遊君をじっと見つめて牧野さんは理事長に尋ねる。

 

 

「ええ、可能よ。そうなると今の女子寮から移ってもらう事になるとは思うけれどそれであなたが平気なら。ただし、部屋を移る際は学園側に申請は必要になるわね」

「……そうですか。ならお願いしても良いですか?」

「大丈夫よ。その前に、あなたの所属クラスと名前を聞かせてもらえるかしら?」

 

「Dクラスの牧野栞と言います」

「牧野さんね、すぐに申請書を準備するからそれに記入してもらえるかしら」

「はい」

 

「何だかすごいことになっちゃったね」

「そうね」

「御崎さんはどうするの?」

「えっ……?」

「あなたも小鳥遊君と同じ棟で暮らすの?」

「あたしは──」

 

 御崎さんは間を置いて考えている。牧野さんが申請用紙を記入している最中私も考えをまとめる。

 

「あなたはどうするの藤森さん?」

「私も申請用紙をもらえるかい? こんなに魅力的な話は他に無いと思うからね。小鳥遊君とはもっとステディな関係を築いていきたいと考えていたんだ。同じ棟で暮らせばお互いに信頼関係を築く事だってできるだろう。こんなチャンスを見過ごすのはもったいないんじゃないかな?」

 

 藤森さんはちらりと御崎さんに視線を送るとまだ悩んでいる彼女の背中をポンと叩く。

 

「すみません……あたしにも申請用紙ください」

 

 御崎さんも決めたみたいね、こうして小鳥遊班の女子が彼と同じ棟で生活することになった。

 

 もちろん私もみんなが書き終わった後に申請用紙をもらった。私たちの荷物は棟に運ばれる手続きがとられる。

 

 そして理事長はこの後学園集会で今回の件を説明する。

 小鳥遊君と同じ棟で生活する女の子は希望性で絶対に選ばないといけないわけじゃない、けれど、他の子たちがその条件にどれほどまで魅力を感じるかは個人差があるけれど、私たちは彼と同じ空間で暮らせることに幸福感を抱いていた。



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73.「新しい生活と好奇心を運んでくれるものは」

 『急な事でごめんなさいね。小鳥遊君も混乱したでしょう?』

 

 神崎さんから届いたメールに目を通す──今日はかなりびっくりする出来事に遭遇したんだ。

 

 ことの顛末はメルの元に理事長から連絡あったことだ、どうやら重要な要件らしくすぐに理事長室へ向かう準備をするメルを他所に僕はスマホを触っていた。

 

「勇人? 今大丈夫かしら」

 

 カーテン越しにめるによばれたから僕はすぐに「大丈夫だよ」と返事をする。

 そして僕も理事長室へ行くことになった。どうやら神崎さんは僕たち二人に用があるらしい。

 僕はすぐに着替えてメルと一緒に部屋を出た。僕たちが同棲しているというのは学園内では秘密なんだ。

 

 そして、理事長室へ行くと相倉さんをはじめとする小鳥遊班のみんなが勢揃いしていた。

 どうして彼女たちがいるのか理由を尋ねる前に神崎さんは話を進めていく。

 

 その後、衝撃の事実を告げられる……。

 

 理事長の口から僕がメルと同棲しているという秘密は明るみになり、今後の男子寮の扱いについて知らされた。

 

 話によると僕たちが住んでいる男子寮は取り壊され、女子寮の横に僕が住むための専用の建物を建てたらしい。今後はそっちの棟で生活するとこになるみたいだ。

 

 それだけならまだ受け入れることができるのだけど。次の理事長の言葉に僕は思わず大きな声でリアクションを取る。

 

 何でも、今後メルと住む棟には希望制ではあるけれど、他の女子生徒も住むことが可能らしい。メルと同棲しているだけでも緊張しているのに他の女の子と一緒に暮らすなんて想像するだけで何だかゲームの世界みたいだ。

 まず、牧野さんが理事長に棟への転居を希望していた。僕は彼女とは中学生の頃の同級生だけど、そこまで深くは関わってこなかった。

 そんな牧野さんは僕と同じ場所で暮らしたいって言ってくれた時にはすごく驚いたんだ。

 

 牧野さんに刺激されたのか玲さんや御崎さんも理事長から申請書を受け取る、最後まで悩んでいた様子の相倉さんも気持ちを決めたのか用紙に必要なことを書き込んでいく。

 

 後日、転居を希望した子と僕たちの荷物が新しい棟に運ばれることになっていて、一足先に僕はその場所へ案内された。

 

「引っ越し当日に渡すつもりだけどくれぐれもお部屋の鍵は無くさないようにね、小鳥遊君の部屋も他の生徒と同じで鍵が無くても一応ここのキーパネルで暗証番号を入力すればあけることができるわ。ただし、その番号は私にも知らされていないのだから他の人にも教えちゃダメよ?」

 

「はい、ところでこの棟は全部で何人くらい住めるんですか?」

 

「そうね、一応学園に通う女子生徒の八割が暮らせるような広さではあるわ。使われていない部屋は空き部屋になっていて希望した子から順番に割り当てられていくの。もちろん女子寮をそのまま使いたい生徒はそのまま普段通りの生活をおくってもらうわ」

 

「食堂もあってお風呂は男女分かれているから心配ないはずよ。でも、男湯の方が広いらしいわ。あと女子寮と違うのはお風呂は男湯の方が広いってとこかしらね。お洗濯も男女毎に違うから気を遣う必要はないわよ」

 

 僕はお風呂の中に足を踏み入れる。一人で使うにはもったいないくらい空間だ。

 

「確かに脱衣所は広いですね。男は僕しかいないはずなのにこんなに広くていいのかな?」

 

 脱衣所には洗濯機や自動販売機もあってお風呂にはセンサーが付いているらしくて、男の僕は女湯には侵入できない。

 

 さすがの設備に終始感心しっぱなしだ。すごくお金がかかっていると思う。

 

 前に住んでいた男子寮もなかなか充実した暮らしができていたけど、それ以上の生活が送れそうだ。

 最初は不安な気持ちもあったのだけど。実際に神崎さんに案内されるとその不満も解消された。

 

 荷物が運ばれる間、一足早く僕は新しい棟での生活を許可をもらってまだ荷物が運ばれていない自分の部屋の中を見渡す。

 男子寮よりも広い部屋で過ごせるのは快適、これからはこの場所でしばらく暮らすことになるんだろうな。

 

 すぐに父さんに連絡をする──父さんは息子の将来の為に家を準備してくれたりお嫁さんになるかもしれない女の子たちが不自由な生活を送ることが無いように色々と動いてくれている。

 

 僕もLIMEで倒産とやりとりするようになったのはほんの最近の話だけれど、十年以上会っていなかった父の存在は僕の中ではとても頼もしく感じた。ふと昔のことを思い出すと父さんの優しい手が頭を撫でてくれた、安心した僕は笑顔で父さんに話しかけると嬉しそうな表情で聞いてくれた。

 

 今まで忘れていたのはどうしてだろう? 父さんと離れてからの自分は家族と呼べるのは母さんだけだった……。

 母さんとは仲良くできなかった、あの人は息子よりも仕事を優先したんだから仕方ない。いつだってそうだ子どもの幸せなんて考えてない。

 

 僕に結婚相手ができた時はあの人にも会わないといけないんだろうけど、正直な気持ちで言えば会いたくない……。

 

 父さんには恋人を紹介したいとは思うけれど、母さんには会ってほしく無い。

 

 親子なのに関係が冷めきってしまっている──一度壊れてしまった関係を修復するのは容易な事じゃない。そもそもこの学園に通っているのだって母さんに急に言われたことだし……。

 

 自分の奥底に抱える悩みを他の人に相談せずに自己完結する。いつの日か話す状況が訪れるかもしれないけどそれまでは彼女たちに迷いをもたらす様な出来事は避けておきたい。

 

 新しく住む棟で深く思考を巡らせながら僕はこれからの生活を考えるのだった。



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74.「タイムオブピース」

「やあ、みんなおはよう。相倉さんは引っ越しの準備は順調に進んでいるかい?」

「ばっちり。私の部屋にはそこまで荷物が多くからないすぐに終わると思う藤森さんはどう?」

「うむ、私は色々と運ばないといけないものが意外と多いんだ。部屋を変えても自分がやるべき事は変わらないからね。けれども、新しく住む棟は私が予想していた以上にいい場所らしい。あの後理事長から色々と話を聞いたんだ」

「そうだったんだ! 私は小鳥遊君と一緒に住めるなんてとっても嬉しいわ」

「そうだね、私も彼と同じ空間で過ごして自分がどう言うふうに変わるのか? 興味はある。小鳥遊班のみんなは同じように感じているんじゃ無いだろうか?」

「そうだね。御崎さんとメル、それに牧野さん。彼女たちが何を考えているのか知りたいわ。だけど、一番の目的はもっと小鳥遊君と仲良くなりたいってことかな。恥ずかしいけど私の彼への気持ちは真剣だから」

「なるほど。自分の気持ちを隠さずに真っ直ぐに伝える事ができるのは素晴らし事だと思うよ。相倉さんの明るさに私達も何だか元気をもらっていると感じている」

「そう? えへへ。嬉しいなぁ」

「御崎さんも彼への想いは真剣だと私は思う。彼女はあまり自分の感情を表に出すタイプでは無いのだろうけど、じっくりと観察していれば分かるよ」

「そうだね。あとはメルかな? まさか小鳥遊君と男子寮で同棲していたなんて……」

「あの事実には私も驚いたよ。彼女とは数回程しか会っていなかったし、二人の関係が分かるようなものは無かったからね。小鳥遊君もそう言うことをペラペラと口外するような人ではないし、しかし、二人が同じ場所で暮らしていたと言うのは実に興味深い話だよ」

 

 小鳥遊君とメルと同棲していた事は小鳥遊班のみんなが知っている。彼は機密事項だったので言えなかったと誤っていたけれど、私は外国から来たお姫様が羨ましいなと思った。

 

 もしも、私が彼と同じ部屋で暮らしていたら毎日ドキドキして会話すらままならないんじゃないかな? 

 藤森さんや御崎さんは私の素直さを褒めてくれるけど、私だって女の子だもん、男の子を意識すると緊張することだってあるんだよ? 

 小鳥遊君は誰かを贔屓にすることはせずにみんなを同じように接してくれる、だからこそ、メルがすごく羨ましい……。

 

 転校してきてからずっと男子寮で生活してきたわけだし、今思い出すと小鳥遊君も彼女と接している時は微妙に態度が違っていたし、その<変化>はじっくりと観察していれば気づく。

 

 私たちが学園に通っている意味──もちろん例のプロジェクトのためなんだろうけど、私は純粋に【小鳥遊勇人】君に興味があるの。

 初めて異性を意識した、クラスは違っていても私は彼のことが気になっている。

 

 まだ、そこまで仲が良いってわけでもない。三年間っていう限られた時間の中で一日一日を意義があるものにしなくちゃいけない。

 気づいたら過ぎていたなんて後悔はしたくない……。

 

 学園に通う他の女の子達がどれほど真剣に考えているんだろう? 小鳥遊班の子は私と同じ考えなのかな? 

 

 自分たちで彼と一緒に住む事を希望した。それは少しでも小鳥遊君の事が知りたいと思ったからでそれは御崎さんたちも同じじゃないかな? 

 

「女子寮での生活も凄く楽しかったんだだけどねー。お嬢様達に囲まれての日常って豪華なように思えるけど時々肩が凝るんだよね……」

「そうなのかい? 私はお嬢様方とはあまり話したことがないかな。身分差があると彼女達はそれを誇示しようとするからね、名家に生まれ育っていない子は総じて庶民として扱われる、そういうのはうんざりしないかい?」

「……そうね」

 

 何か思い当たる節があるのか、御崎さんは藤森さんの言葉に頷いていた。この学園に通う子は一般的な家庭の子と比べると裕福な人が多い。

 某企業のお嬢様だって平然と通っているし付き人同伴で寮に暮らしている子だっている。

 

「ごきげんよう」って言う挨拶を交わす、西洋の物語に登場するお姫様みたいに綺麗な女の子ばかり。自分の家柄に誇りとプライドを持っている。

 

 だからこそ、ごく普通の家庭の子は肩身が狭い思いをしていた──お嬢様達から階級で区別され、クラスメイトなのに声をかけることすら許されない、そんな身分差に教室での空気も重苦しいものだった。

 

 私も笑顔でクラスメイトと接していたけど、彼女達がまず最初に聞いて来たのはうちの事──実家がどういう家で貴族や上流階級の出身なのか? それで本人と付き合うのか判断するらしい。

 

 見栄を張って嘘を吐くような子はいなかったけど、クラスでは一種のランク分けみたいなのが行われていて、上のグループに所属するお嬢様たちは傲慢な態度を取るようになった。

 教室の空気が息苦しい……。楽しいはずの学園生活が居心地悪く感じる。

 

 理事長がプロジェクトの事を全校集会で話してからはそんな重苦しい学園内の空気が一変した。

 今まで家柄や生まれを武器に横柄な態度を取っていた一部のお嬢様方は学園に通っているうちはそれが何の意味も持たないという現実を知らされた。

 苛立ちと不安を感じているお嬢様たちもいるみたいだけど、私は彼と仲良くなれるきっかけが掴めてラッキーだと思う。

 小鳥遊君は自分の事を周りに話すようなタイプじゃない。私たちも彼の過去の事や今まで暮らしてきた生活、まだまだ知らないことがたくさんあるの。

 

 だからこの同棲はいい機会じゃないかなって思う──もっと小鳥遊君の事を知りたい。私は自分が恋人として選んで貰えるように頑張る! 

 それは小鳥遊班の女の子はみんなそう言うふうに感じているんじゃないかな?

 

 藤森さんや御崎さんとも彼の事で話をする。私たちは新しい場所での生活を待ち焦がれながら放課後の校舎を後にして女子寮へ戻るのでした。



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75.「わたしたちのゴールデンタイムが始まるわ」

「姫様、私たちの荷物は全部積み終えたとの連絡を業者の方にいただきました」

「そう? 良かったわ! 日本に持ってきているものはそれほど多くはないのだけれど、このお部屋に置くにはちょっと量が多すぎたんじゃないかと思っていてたの。勇人は何も言わなかったけど、きっと迷惑していたんじゃないかしら」

「どうでしょう、仮にその様に感じていても小鳥遊殿ならきちんとメルア様に仰ると思いますよ。まだ、知り合ってから日は浅いですが、とても紳士的な方だなという印象を持っています」

「まあ! もしかしてアイリスも勇人に興味があるのかしら?」

「なっ! 何を仰るのですか! 小鳥遊殿じゃ将来的にメルア様の結婚相手になるかもしれないお方です、なので私も注意深く観察しているだけです」

「あらそう? 赤くなって可愛いわねアイリス」

「もう! からかわないで下さい姫様」

「わたしはもしもの話だけど勇人があなたを結婚相手として選んでも不満はないわよ。だってこの学園に通っているのだからアイリスだってその候補になるのは当然だろうし」

「選んでもらえるなんて考えてはいません。全ては小鳥遊殿次第ですから」

 

 学園側が準備した新しい生活場所である棟にお引っ越しする為の準備をするためにわたしたち。このお部屋で彼と同棲した期間は短いものだったけどお部屋を移ってもわたしの想いは変わらない。

 

 もっと勇人の事を知るべきだと思うの。だって将来結婚するかもしれない相手の事を何も知らないのはまずいだろうし、お見合いだってまずはお相手の方と直接会ってから相手の人となりを知るわけだし。

 

 日本に来て勇人と同じ空間を共有してもまだまだわたしには彼を理解できたわけじゃない。

 自分の事をあまり話そうとしないから聞き出すのも一苦労……。

 

 お風呂上がりに金色の髪をまとめているとカーテン越しにある彼の生活が気になる。決して勇人からはわたしたちの生活空間へ無断で入ってこない。

 何か用事がある時はわたしかアイリスに必ず声をかけている。アイリスとも仲良くやれているのは嬉しいことね。

 

 これからは特別な場所で更に絆を深めていく──もちろんそれはわたしだけではなく、他の女の子も同じね。

 

 小鳥遊班って言う勇人に興味を持つ女の子達のグループ、それにわたしも入れてもらっているのだけれど。メンバーの人とは徐々に信頼関係を築いているの。

 

 みんな勇人に惹かれて集まった子達、LIMEで彼の事が話題にあげるケースがほとんどね、今はわたしだけが同棲しているけれど、これからはあの子たちも学園が準備してくれた棟で暮らす。

 

 女の子同士の交流ももっと深めていきたいし、新しい場所での生活にワクワクしているの。

 

「メル、ちょっと良いかな?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 カーテン越しに勇人に声をかけられた──時刻は二十一時過ぎ、夜に話しかけてくるなんて珍しい。一体何の用かしら? 

 

「アイリスさんも一緒で良いんだけど。ちょっと外の空気を吸いに行かない。それと僕は二人と話したいことがあるんだ」

「わかったわ。すぐに支度するわ」

 

 アイリスとアイコンタクトを取って外に出る準備をする。勇人は「僕は先に外で待っているから」と返事をしてからお部屋を出た。

 

「小鳥遊殿お待たせしてすみません」

「ううん。僕が外に出てまだ五分も経ってないから全然平気だよ。実はとっておきの場所があるんだ、そこで話をしようか。僕についてきて」

 

 勇人はそう言ってわたしたちの前を歩く──アイリスとわたしは彼の後ろを歩く。夜にお散歩なんて何だか新鮮だわ」

 

「もうすぐ着くからね」

 

 勇人は周りを気にしながら外を庭を歩く──お嬢様がたくさん通うこの学校で夜に校舎内をうろつくなんて言う行為が見つかれば問題になる、だからできるだけ人に見つからないように歩く。

 

「さあ、着いたよ。この場所は理事長に新しく住む棟を案内してもらった後に僕が見つけたんだ」

「わあ! とても綺麗」

「ええ、学園内にこんな場所があるんて知りませんでした」

 

 わたしたちが案内されたのはおそらく朝に来ても綺麗な緑の芝が心地よい場所なんだろうけど、夜に来ると全く情景が違ってくるお月様がとっても良く見えて、夜空の満点の星空が見渡せる神秘的な自然が包み込んでくれる場所。

 その特別な時間をわたしたちは言葉で表すのをやめて宇宙が作り出したいくつもの煌めきに夢中になる。

 

「良い場所だろう? 月が金色に輝いていて、それに星空も綺麗だ。僕はね、こういう神秘的なものを見るのが好きなんだ。あ、これ、実は誰にも言ってない秘密」

「その秘密をわたしに教えちゃってもいいの?」

「うん、初めてメルの金色の髪を見た時に僕はとても魅力的だなって感じたんだ。だから話しても良いかなって思った。もちろんこの場所を見つけたのは偶然なんだけど、お月様の色を見てすぐにメルの事を思い浮かべたよ」

 

 勇人は優しく微笑むとわたしの隣に並ぶ──そして、そっと手を取り言葉を伝えてくる。

 

「お姫様のメルに相応しい相手になる為に、僕ができることはやるつもりだよ、少しずつお互いの事を知っていこうね」

「そうね。わたしもあなたの事もっと知りたいと思っていたの」

 

 嬉しそうな表情をする勇人、顔がすごく近くてドキドキする。彼は「もちろん、アイリスさんもだよ」と言って、アイリスの側に寄る。

 

「わ、わたしもですか?」

「うん、この学園に通っているのだからアイリスさんだって僕のお嫁さん候補だよ。だから君とも親交を深めていきたい。それが僕の気持ち」

 

 月明かりがわたしたち三人を照らす──わたしのゴールデンタイムは今この瞬間に始まっているんだなって思うの。きっとアイリスだってそう、勇人の言葉にわたし達はそれぞれ違った言葉を返したけれど、本質的な部分は同じ。

 

「姫様! あれを見てください」

 

 アイリスが指さすように目を向ける。

 

「すごい! 流れ星よ! 勇人、見てるよね?」

「もちろんだよ。僕もびっくりした。今日メルにアイリスさんと流れ星を見れてすごく嬉しいよ!」

 

 あっという間に流れていく星を見上げながらわたしたちはこれから始まる“ゴールデンタイム”が待ち遠しくて仕方なかった。



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76.「私のずっと抱いていてきた感情」

 私はお部屋の整理をしてお引っ越しがすぐにできる準備をします。

 理事長室で聞いたお話は内気な自分を少しでも変えたいというきっかけを持つことができました。

 まさか彼と同じ棟で暮らすようになるなんて夢にも思わなかった。スマホのロックを解除してホーム画面から写真アプリを選択、普段あまりカメラ機能を使うわけじゃないんだけど、(素敵な風景を撮影した写真の中に一枚だけあるもの)

 ──それは小鳥遊君の写真、こっそり撮ったから顔をこっちを向いてなくて明後日の方向を見ている。

 

 少し遠くから撮影してもはっきりと顔がわかるくらいに鮮明な写真、最近のスマホのカメラはすごいなぁって思う。

 いつもこの写真を見ると胸に込み上げてくる想いがある。私の初恋、片思い、中学生時代から温めてきた感情。

 彼と見つめ合うだけで顔が赤くなる、でも、それを気づかれないように振る舞うのは大変……。

 

 想いを伝える事ができずに進学して高校生になって後悔してたのに運命の悪戯なのかもう一度を小鳥遊君に出会うことができたのだから。

 だけど、今は中学生の頃とは状況が違う……。私だけが彼に好意を抱いていたあの日、仲の良い女の子なんて全然いなくていつもクラスでは一人ぼっちだった彼を思い出した。

 

 例のプロジェクトを上手くいかせる為だとはいえ、小鳥遊君に興味を持つ女の子が出てきているというのは前までとは全く異なっている。

 

 小鳥遊班のみんなとLIMEでチャットをしているけど相倉さんは多分彼の事が好きなんじゃないかと思う。

 彼女は誰に対しても態度を変えずに自然体のままで接する、それは小鳥遊君に対してもなんだろうけど、彼の話をしている時はなんだか楽しそう。自分の気持ちに正直で明るくて本当に良い子だなぁ。

 

 御崎さんとはそんなにお話しするわけではないけど、物静かな感じと相手を気遣う心がとても素敵だと感じる。しかも小鳥遊君とは同じクラスで彼の連絡先もゲットしているのは羨ましい。

 

 藤森さんは学者さんみたいな話し方をする女の子で色々なものの情報を

 教えてくれる、世間の事にはあまり興味がないみたいだけど、知識はたくさん持っていて、私たちがふと感じる疑問にもさらっと回答してくれて頼り甲斐があるなって印象、どう言うきっかけで小鳥遊君と知り合ったのかは気になるけど……。

 

 そして最近新しく小鳥遊班に加わった異国のお姫様【メルア・フィオーナ・ルークランシェ・セレスティア・イーリス】さん。

 

 テレビで彼女の事を見た事がある、綺麗なドレスに身を纏いお付きの人を何人も従えて他のヨーロッパの国との外交に積極的に取り組んでいた。その姿はいつでも見る人を魅了していて、日本にしてもインターネットでは彼女の公務はトップニュースでヘッドラインに載るくらい。

 国内でも密かなファンが多いっていう話を聞きます。

 長く伸びてしっかりと手入れされた金の色の髪、自然なカラーと日本人とは違った髪色に憧れを持つ女の子もいます。

 あんなに可憐で女の子でも見惚れちゃうほど綺麗なお姫様。

 そんな彼女と同じ学園に通っていて、しかもお友達になれるなんて夢じゃないかな? って思う。

 メルさんは小鳥遊君の恋人、ううん、将来のお嫁さんになる為にルークランシェ王国から日本にやってきた。

 

 すぐに彼とも仲良くなったみたいでしかも二人は同棲してた──その状況に私は嫉妬しちゃった……。小鳥遊君と同じ部屋で暮らせるなんてとっても羨ましいし、ずるいと思う。それがお姫様の特権なのかわからないけど、日本に来る時は最初からそう言う条件だったのかも……。

 理事長で話を聞いた時は信じられなくて戸惑ったけど、彼も認めていたし、本当なんだってわかった。

 

 それから理事長の話を聞いていて今後、小鳥遊君と同じ棟で暮らせる事を知ってそれで、居ても立ってもいられなくなっちゃって自分から申請用紙を貰いました。これまでの私からは想像ができないほど積極的な行動で驚いちゃった。用紙に記入している時に冷静になって考えてみたのだけど、やっぱり私は小鳥遊君の事が好きです。ずっと言えなかった気持ち、いつか伝える日が来るといいなぁ。その前にもっと彼のことを知って、私もお嫁さんとして選んでもらえるように頑張らなくちゃ! 

 

 メルさんに嫉妬しちゃったけど、プロジェクトの中身では小鳥遊君は一人のおんなのこを選ぶ訳じゃない、他の子だって彼の恋人になるチャンスが与えられているのだから、私だけが特別じゃないっていうのはわかります。

 

 彼と暮らすようになってもっと自分をアピールしていこう、あの時から私が抱いていた感情、それが小鳥遊君に言える日が来るまで頑張りたいと思います。



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77.「変わっていけることに期待を感じながら」

 “同棲”

 

 一つの家に住むこと。それが女の子同士であるならば大した問題じゃないんだろうけど、今の状況ではニュアンスが違ってくる。

 

 通り過ぎた女子生徒から『ご機嫌よう』と挨拶される。最初転校してきた時はヒソヒソと噂話で僕の事を話していた女子の輪も少しずつだけど変化を見せ始めた。僕は彼女達に「ご機嫌よう」と返して西洋のお城みたいな廊下を歩いて教室へ向かう。

 ここ最近の女子達のトレンドは専ら神崎さんが話した新しい棟での生活の事だった。

 興味津々な眼差しが僕に向けられる──これから同じ空間で暮らすかもしれない相手を多少は気になるのだろう。お嬢様達の優雅な振る舞いと好奇心の視線を浴びる僕は以前よりも緊張していた。

 

 彼女たちに相応しい人にならなくちゃいけない。そう言うふうに思い、子どもの頃から英才教育を受けた教養を“意識”する事なくごく自然に出す。

 中には驚いた反応を見せる女の子もいたけれど、生まれながらに育ちが良い彼女たちに僕の所作は綻びがないか心配だ……。礼節なんて使う機会が無いと感じながらも真面目に取り組んできてよかったなと今改めてそう思える。

 

 神崎さんに教えてもらったことなのだけれど、実は例の棟での生活を希望する女子生徒が僕が思っていたよりもたくさんいるみたいだ。

 一部の子は真剣にお付き合いをすることを考えている人もいるらしい、そのきっかけづくりとして同じ棟で暮らして僕と言う人間を理解したいのだと。

 まだ名前すら知らない女の子たち──彼女達とこれから知りあえっていけると思うと何だかワクワクする。昔、人と関わって来なかった僕が影響を受けて変わっているのが実感できる。

 もう殆ど片付いてしまった男子寮の僕の部屋、ここで過ごすのもあと僅か、新居でどんな出会いがあるのか期待に胸を弾ませている。

 

 **

 

 理事長から全校生徒に伝えられた事実、【小鳥遊勇人】君と同じ棟で生活を始めること、その選択肢は学園に通う女生徒達それぞれが選ぶことが可能であるということ。

 まだピンと来ていない子も学園内にはいるのだけど、担任の先生に晴れやかな表情で申請書を受け取る子の姿も見かける。

 

 あたしたち“小鳥遊班”のメンバーはすぐに彼と同棲する為の準備を始めたのだけど、うちのクラスの中ではまだ迷っている子だっている。

 無理もないわね、今まで男の子と同じ場所で暮らすなんていう経験はあたしにだってないし、みんな様々な問題を抱えているんだなと思う。そんな簡単に決断できるほど行動力がある人ばかりじゃない。

 

 お嬢様達のプライド。これまで何不自由なく生活して来たこと、欲しいものはなんだって手に入れてきた、自分をよく見せるために関わる人間さえも選んでいた、そんな彼女達が学園に通っているうちは庶民と同じ立場になるんだもん、納得がいかない部分だってあるのは当然じゃないかな? 

 

 あたしが寮で荷物を整理している時、ピコンとスマホの通知音が鳴る。

 

(相倉さんからのメッセージ? 新しい棟へお引越しした後、一度彼女の部屋に皆で集まって女子会をするらしい)

 

 もちろん“女子会”だから小鳥遊君は参加できない。メルさんとアイリスさんにも許可をもらっているみたいであたしたちはトークルームのチャットでメッセージのやりとりを続ける。

 

 皆、新しい棟での暮らしが待ち遠しいみたい。相倉さんはまずはあたし達が親交を深めていくのが目的って言っていた。“小鳥遊班”の友情を育んでお互いに普段思っていること、考えていること、女の子同士じゃないとなかなかおしゃべり出来ないようなプライベートに関する話題も話す。あたしは聞かれて困る様なことはないし、何よりも皆をもっと知りたいと思ってたからちょうど良い。

 

 本来なら男性が複数の女性とお付き合いするなんてよく思われない事だし、政府だって認めているわけじゃない、けれど、今の時代背景を考えると例のプロジェクトが進められている理由も納得がいく。

 

 将来的な人口減少を防ぐ目的があるらしいのだけど、未来がどうなるかなんて言うのは今のあたし達には分からない……。それでも少しは良い方向へ進む為に学園側がプロジェクトを成功させるのは最優先の課題。

 

 休憩中にベッドに座って荷物に視線を向けて彼の事を思い浮かべる。

 

 あたしが熱を出した時にお見舞いに来てくれたこと、自分から過去にあった出来事を話してくれたこと、初めて会った時からあたしたちの関係はちょっとだけど進展した。あたしが彼に対して抱いている感情は藤森さんには見抜かれている、彼女はとても観察力があって付き合いは短いのに周りの人の事をよく見てるなぁって思う。

 

 胸が昂る気持ち──これが“好き”って感情にはまだ程遠いかもしれない、だけど、あたしは小鳥遊君をもっと知りたいと思うの。お互いを理解して信頼関係が生まれれば気持ちだって昂るだろうし。

 

 相倉さんみたいに積極的にアプローチをしよっかなって考えちゃうこともあるけど、あたしはあたしらしく行こう! 

 

 気持ちを新たに新居での生活に高揚感を覚えたあたしはいつもよりもLIMEでやりとりするメッセージの回数が増えていった。

 

 自分の中に訪れる“変化”に敏感になりながらもぎゅっと胸の前で手を握る──トクンという心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらい静かな女子寮で変わっていけることに期待感、胸の奥に彼への想いをそっと抱いてベッドに入る。久しぶりに情熱的な夢を見ちゃったけどその内容は内緒ね! 

 

 目を閉じると思い浮かぶ小鳥遊君の優しい笑顔──いつかきっとあたしが抱いている気持ちを伝えることができると思う。

 それまで待っていてね、すぐじゃ無いだろうけど、ちゃんと言える日が来るから──。



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78.「聖蘭寮」

 今日は学園が休みで一日フリーな時間、新しい棟への引っ越しは今日中に終わる予定らしくて業者さんが慌ただしく働いている。

 恋麗女子学園は世間からの認知度も高いからいい加減に仕事をする事はできない。

 

 引っ越しを希望する生徒の荷物を部屋に運んでから理事長に報告、漏れが無いかは事前に学園側が準備したデータシートでチェックして仕事を終える、業者さんは荷物運搬後、作業員を集めて貸与されたタブレット端末を操作する。

 

 生徒の個人情報は伏せられていて端末はあくまでもデータ管理に使われるだけ、搬入漏れが無いかを確認した業者さんはタブレット端末を管理者に返却して作業終了。

 

 僕たちは理事長から連絡を受けて棟へ向かう──男子寮を出る際にメルとアイリスさんに声をかけて、三人でこれから暮らす場所がどんな所なのか胸を弾ませた。

 

 

聖蘭(せいらん)寮──ここだね、あれ? 前来た時はまだ名前が付いて無かったけれど、この感じだとほんのさっき新しく設置されたみたいだね」

 この間、棟を訪れた時はまだ名前すら無くてただの棟って言う呼び方をしていたのだけれど、どうやら『聖蘭寮』って言う名前が付いたらしい。

 入口に設置されているおしゃれな表札はついさっき取り付けられたものだろうと分かるくらいに綺麗でこれからここで暮らす生徒をまず初めに迎えてくれた。

 

 真新しい寮の建物を見上げて僕らは自動ドアを開いてからエントランスへ、聖蘭寮全体は「オートロックシステム」壁に取り付けてあるパネルはどうやら部屋のロックを解除したり、生徒の顔を認証して本人確認をする為のものらしい。

 

「もうすぐ理事長が来るみたいだからそれまで待っていよう」

 LIMEに神崎さんからメッセージが届いていた──僕らはそれぞれの部屋のキーを受け取る事になっている、エントラスで待つ事十五分、神崎さんがやってくる。

 

「こんにちは、小鳥遊君とルークランシェさんはもう来ていたのね。すぐに部屋のキーを渡すわね」

 僕とメルは部屋の鍵を貰い神崎さんにオートロックの解除の仕方を教えてもらう。

 

「まずはパネルの前に立って、顔認証をするの。その後にここにキー刺して回せば自動ドアのロックが解除されるわ」

 僕とメルは神崎さんに言われた通りにパネルの前に立つ──

 

 ──ピ! 

 

 無機質な電子音が聞こえてパネルに表示されていたLOCKと言うデジタル表記のモニターの文字がOPENに変わる。

 

「顔認証で一致した時はモニターのLOCKと表示されている文字がOPENに変わるわ。寮に住む生徒は顔認証を行わないと自分の部屋には入る事ができないわ。そうしないと扉のロックは解除されないの。ここに住む女子生徒の顔のデータはもうインプットしてあるから他の人がパネルの前に立っても顔認証で弾かれるって事ね」

 自動ドアが開いて僕たちは寮の中に足を踏み入れた。

 

「あとは自分の部屋に入る方法ね、それも教えておくわ」

 神崎さんは僕たちの前を進んでいく。後をついて行きながら寮の中をキョロキョロと見ながら歩く。

 

「さて、小鳥遊君のお部屋で説明させてもらうわね。まずはこのパネルに指を置いて」

 

 僕は言われて通りにして部屋のドアの横に設置されているパネルに指を置いた。無機質な電子音が聞こえて認証完了の文字がパネルに表示される。

 

「指紋認証が完了したみたいね。部屋のドアを開ける時はエントランスと似たような感じで、まずは個人の指紋を登録しなくちゃいけないの。その後にキーを差し込んで鍵を開けたら中に入れるわ」

 試しに僕が持っていたキーを鍵口に差し込むと指紋認証のパネルのデジタル表記がOPENに変わる。ゆっくりとドアノブに手をかけて扉を開く。

 

「セキュリティは頑丈にしておくことに越したことはないわ。個人情報を学園側がきちんと管理するから漏洩する心配はないわ」

 神崎さんは他の生徒にも寮の説明をしなくてはいけないらしくて部屋のキー解除の方法を教えてくれてからエントランスへ戻っていった。

 僕は寮の中に他にどんな設備があるのか気になっていたから少しだけぶらつく事にした。メルとアイリスさんは自分たちの部屋に入って荷物の整理をするようだ。

 

 僕は部屋の扉を閉めて振り返り新し目の廊下を一歩一歩ゆっくりと歩き始めた。

 

「あ! 小鳥遊君だ。おーい」

 元気な声が聞こえて僕は声がした方へ視線を向けた──

 

「──相倉さん! それに皆も、来てたんだね」

 声の主はやっぱり相倉さんだった、元気がいい彼女に僕は口角を上げてから近づく、側にいた御崎さんと玲さんにも声をかける。

 

「やあ、先に来ていたんだね。私たちはちょうど今着いたところだよ。理事長に寮についての説明を受けていたところなんだ。中にいるって言うことは小鳥遊君はもう終わったのかい?」

「うん、僕はメルとアイリスさんと一緒に来たんだ。ついさっき説明を受けたところだよ」

 玲さんは僕と会話をしつつもしっかりと神崎さんの説明を聞いていた。

 

「実はね聖蘭寮セキュリティ諸々のシステムは学園側からの要請で全部彼女が導入したものなのよ」

 神崎さんは玲さんを指してそう言う風に伝えると一斉に彼女に視線が集まる。

 

「なーに、大したことではないさ。実装は理事長が手続きを進めてくれていたし、私はシステムを作成しただけさ。今後は女子寮も聖蘭寮(ここ)と同じ設備を使うみたいだしね、そうなると管理が色々と大変ではあるのだけれどね」

「学園のセキュリティは彼女以外にも担当している人がいるのだけれど、藤森さんは仕事も性格でスピードがあるのよ。だから今回お願いしたの」

「そうだったんですねー。玲さんは本当にすごいんですねー」

「辞めたまえ、褒めても何も上げたりしないよ? けれどまあ、君に褒められるのはとても心地がいい」

 玲さんはいつにもなくにっこりとした笑顔を見せてくれた。相倉さんと御崎さんは彼女のスペックの高さに驚いていた。

 

 理事長から同じような説明を受けて丁度お昼になる。僕らは中速を取るために食堂へ向かう。

 

「すごーい! かなり広いよ! 女子寮のもすごかったけど、ここも負けてないくらい」

「……そうね、あたしはあまり女子寮の食堂は使ったことがないけど」

「御崎さんはいつも部屋で食べてたんだっけ? 私は友達と時間があった時くらいかなあ。お嬢様が多くてちょっと使いづらかったけど」

「ほう、私も基本的に食事は部屋で取っているからこう言う場所で食べるのは経験したことがないよ。小鳥遊君はどうだい?」

「男子寮には食堂なんていう洒落たものは無いかなあ。朝と夜は自分の部屋で食べてるよ。基本的にはバランス栄養食品とエネルギーゼリーに野菜ジュース、後はプロテインを飲んでる。お昼は例の場所で皆お弁当を食べるようになってからランチが毎日楽しくて仕方ない」

「食堂で皆一緒に食べるのも悪く無いけど、時間が合えば“小鳥遊班”の皆でまたあの場所でお弁当食べたいね。私、ランチタイムを大切にしたいと思っているの」

 

 希望を出せばバイキング方式を採用している寮の食堂──通常は食券を購入する形式らしい。入り口のすぐ横に券売機が置かれていて、料理の種類は五〇を超えている。

 

 さすがはお嬢様達が利用することを考えているなあ。こだわるポイントが的確だ。飲み物も紅茶にコーヒー、ジュース、炭酸飲料、緑茶、ココアと他にも色々とある、紅茶に至ってはミルクティーにアイスティー、ストレートティー等様々な種類が豊富に揃っている、コーヒーも似たようなものだ。

 流石にプロテインはないみたいだ。何を飲もうか悩んでいると女の子たちはランチのメニューを決めていく。

 

 僕は一旦保留にしてから部屋に戻ってプロテインシェーカーを取りに行く。

 

「小鳥遊君は何を食べるのか決めた? 私たちはもう先に食べちゃってるけど」

 僕は相倉さんの隣の席に座ってシェーカーをテーブルに置いてから券売機の方に引き返す。

 

「これ何が入っているの?」

「プロテイン。相倉さんには馴染みがないものかもしれないけど……」

「ふーん」

 

 彼女は初めて見るシェーカーを興味深そうに凝視する。御崎さんや玲さんも興味津々な様子、牧野さんに至っては目をまん丸にしていた。

 僕は券売機でしばらく悩んだ挙句結局ランチセットの券を買って機械横のトレイに入れた。

 

 買った食券をトレイに入れることでバーコードを読み取って直接厨房に選んだ料理のデータが贈られる。

 全員の料理が決まったのを確認してからシェフが料理を始める。頼んでから作り始めるから食堂を使うときは先に席を確保しておくことが先決なんだろうけど、実際どれだけの人数が利用するかわからない。

 今日は“小鳥遊班”のメンバーしかいないからそこまで気を回す事はないんだろうけど……。

 

 僕らは新しく住む寮での食事を堪能してそれぞれの部屋に戻る。

 

 

「ふぅ、ちょっとしか動いてないのに疲れたなあ」

 僕は靴を履いたまま膝を折ってベッドの上に倒れ込んだ──男子寮から運ばれた荷物はまだ荷解きすらされておらず段ボールがカーペットの上に置かれているだけ、一旦休んでから怠さを感じる体に鞭を打って荷物を整理する。

 大したものは入っている訳じゃないのになんだかずっしりとした重さを感じた。

 他のみんなはもう荷物整理は終わったんだろうか? デスクに伏せているスマホが気になりもしたけれど、今日中に荷解きを終わらせようと意気込んでから作業に取り掛かった。

 

 あいにく荷物が少なかったから一時間もかからないうちに終わる事ができた。スマホで時間を確認する──十四時二七分。

 昼食を食べてからそんなに時間は経ってない。汗を流す為に僕は浴場に行く事にした。神崎さんに案内してもらった時はじっくりと見たわけじゃないしな、今の時間帯なら誰もいないだろう。僕は着替えとお風呂セットを準備して大浴場へ向かった。

 

 暖簾を潜って男一人が使うには広すぎる更衣室で着替える。女子の方が圧倒的に人数が多いだろうに僕がこんな広々とした空間を独占できるのに優越感に浸りながら脱いだ衣服を洗濯に放り込む。女湯はちゃんとわかりやすく男湯の暖簾と色違いになっているから流石に間違える人はいないだろう。

 

 腰にタオルを巻いてセンサーで生体反応を確認。ピピピという電子音がが聞こえてスライドドアを開く。

 

「……この臭いはまさか」

 硫黄の独特の臭いが浴場に広がっている──そういえば神崎さんに説明を受けた時にお風呂のお湯については聞いてなかったな。

 

 僕は椅子に腰掛けシャワーのお湯で汗を洗い流す。ボディーソープを泡立ててスポンジで体に馴染ませていく? シャンプーを手の平で泡立ててから髪の毛を洗う、天然成分がしっかりと毛先に染み込んでいく。

 洗顔はゴシゴシと擦らず優しくマッサージする様に洗い上げる。

 最後に桶にお湯を張って全身を流してから濡れないようにタオルとスポンジを籠に入れて入り口側のラックに置いてから入浴。

 

「やっぱりそうか!」

 硫黄の匂いとお湯のヌメヌメした感じ──これは間違いない! 

 さっきまでの疑問が確信に変わった。

 

「これは温泉だ」

 まさか学校のお風呂で温泉に入れるなんて思いもしなかったなあ、僕は温泉に肩まで浸かりゆっくりと温まる。疲れが一気に抜けてゆく。至高の瞬間、このままずっと浸かっていたい。

 

 女湯も温泉なんだろうか? 女の子は温泉が好きだと聞くしメルはなら絶対に喜びそうだ、外国人にも温泉は人気だというのはネットのニュースで見たことがある。

 まだ夕食前だと言うのに僕は随分と長風呂をしてしまった。

 

「ふぅ。さっぱりしたー」

 ドライヤーで髪を乾かしてからお風呂を出る。温泉の効果か疲れを感じない。僕は「うん」と力強く頷くとゆったりとした足取りで自分の部屋に戻った。

 

 聖蘭寮での新しい生活にワクワクしながら初日の夜はなかなか寝付く事が出来なかった。



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79.「寮でのちょっとしたやりとり」

 神崎に提出するプロジェクトの進捗状況の報告書を部屋のPCを使って仕上げる勇人。聖蘭寮での生活が彼にとって新しい刺激をもたらしてくれるのは想像に容易い。女子との“同棲”なんて言うものは漫画の世界だけのことだと思っていけどそれが今、現実になっている。

 勇人は“小鳥遊班”の女の子と交友を深めていこうと考えてた女子校で唯一の男子生徒彼が学園に通う目的はプロジェクトを完遂させる為なのだが、本人は将来の展望を思い描いていた、考えがまとまると真っ先に父親に連絡をして色々な相談をする。

 

 十年以上親子関係を築いていないはずなのに勇人にとって父は特別な存在でもある。母親と上手くいってないが、家族であるという認識は持っていた。

 

 寮に引っ越してから父に連絡すると将来の為に動いてくれているのを改めて知らされた。息子とずっと一緒にいると決めた父親の決意は堅いものだ、自分にパートナーができたら最初に父に紹介をすると言うことで約束を取り付けた。

 

 父さんは母さんの事をあまり話そうとはしない……。夫婦の仲が冷え切ってしまっているわけではないのだけど、もしかしたら僕に気を遣っているのかもしれない。

 父さんが思い描く未来は僕たち家族が昔みたいな日を過ごせるのがきっと願いなんだろう。だけど、僕は母さんを許しているわけじゃない、あの人にどんな考えがあったとしても到底に受け入れるのは難しい……。

 

 今は父さんが僕の味方だ。いずれは家族の問題にも向き合うべきなんだろうけどまだその時が来るのは大分後になりそうだ。

 

 

 **

 

「あれ? 小鳥遊君? もしかして今からお風呂」

 お風呂セットを持って寮の廊下を歩いていると”小鳥遊班“のみんなと立ち合わせる。どうやら彼女たちは一緒にお風呂に入るみたいだ。

 

「ううん、僕はついさっき上がったばかりだよ。ちょうど部屋に戻るところなんだ。相倉さんたちはこれからお風呂?」

「うん! そうだよ。聖蘭寮に来てさっきまで私の部屋で女子会をしてたんだけど、まずは皆との仲をもっと深めようかなって思ったの。女の子同士だから遠慮もいらないしね」

 僕の質問に元気に答える相倉さん──そういえば寮に引っ越してきた時に女子会をするとは言っていたなあ、どんな感じなんだろうか? 

 御崎さんはそんな僕らのやりとりを微笑ましく見ている。牧野さんと玲さんは寮のお風呂に関してあれこれと夢中になって話している。

 

「理事長にお風呂はすごく広いって聞いてたから楽しみだよー」

 女の子はやっぱりお風呂が好きみたいだ。ニコニコとしている相倉さんを見ているとこっちまで何だか嬉しい気分になれる。

 

「しかし、私が気になっているのは実は男湯の方なんだ」

 御崎さんの傍から顎に手を当てながら探偵みたいなポーズを取りながら玲さんが出てくる。

 

「男湯が気になるの? それはどうして?」

「女湯は広いというのは教えてもらったのだが、男湯はどうなんだろうね? 実際には小鳥遊君しか使わないわけじゃないか。だからそれほどに広いスペースは必要じゃないんではないかな? けれど、この寮の設備を考えるとそこまで狭くもなさそうだし」

 神崎さんは男湯の方が広いって言ってたけど、実際にはどうなのかはわからない。だって僕は当然女湯には入れないわけだし、比べようがない。

 

「小鳥遊君、実際どうだった? お風呂の広さ」

「女湯と大した比較はできないけど、男の僕が使うには十分すぎるくらいの広さだったよ。自販機に最新型の洗濯機もあったし、それに脱衣所も広々空間で良かったよ」

「そうなんだー」

「私たちはまだ使ってないから気になっちゃうよね。藤森さんはいつになくそわそわしているようだけど?」

「私は入浴が大好きなんだ! 見たまえ! このシャンプーなんてネット販売しかされてなくて、私が普段使うお店では購入することすらできない。天然成分が髪を艶々にしてくれるのさ。女の子でお風呂が嫌いな子はいないと思うよ」

「すごーい! ねえねえ、どこで買ったのか後で教えてくれない?」

「ああ! 良いとも。使用感の良さは私が自分で試したから折り紙付さ」

 女子トークに花を咲かせる”小鳥遊班“僕はそんな様子を口角を上げながら聞いている。

 

「ああ、そうだ! 実はね、男湯なんだけどちょっと変わっているんだよ」

「変わってる? どういうふうなの」

「女湯が同じかは分からないけど……。男湯はねー」

 僕は一旦大きく息を吸い込んで胸に手を当てて次の言葉を吐き出した。

 

「温泉なんだ。お風呂場に入った瞬間に独特な匂いですぐにわかったよ。体を洗った後にお湯に浸かってみて確信したんだ」

 

「ええ!? 温泉なの? 良いなあ」

「相倉さん! もしかしたら女湯も温泉かもしれませんよ!」

 温泉と聞いて女子たちは目を輝かせている──クールな感じな御崎さんも目をキラキラと輝かせて相倉さんとキャッキャッとはしゃいでいる。

 

「……温泉か、実に興味深い。いやーこの寮に引っ越してきて正解だったよ。それだけでも価値がありそうだ」

 鼻息荒く語る玲さんは先頭を切って歩き始める。彼女にとって「温泉」というものはよっぽど好奇心をそそるものなんだろう。

 

「それじゃあ、私たちはもう行くね! 温泉楽しみだなぁ」

 相倉さんが片手を上げて「またね」の合図をする、ウキウキとした表情を見せる”小鳥遊班“の女の子達を見送った僕は自分の部屋に戻るのだった。



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80.「女子会〜親睦を深めよう〜」

「相倉さん。お風呂場では走らないようにね。滑って転んだら一大事になるよ」

「わかってるよー。ねえ、それよりもこれ見て最新型の洗濯機があるよ! 小鳥遊君言ってた事、本当だったんだ! あ! あれは自販機じゃない? 何があるかなぁ」

 

「元気ですよね。相倉さん」

「……えっ? そうね」

「私もあれくらい何でも好奇心を持って行動できると良いんですけどね」

 牧野さんは苦笑しながら脱衣所のロッカーを開ける──銭湯よりも豪華なロッカーは番号式のダイヤル錠を回して鍵を開ける方式みたい。

 

 藤森さんと相倉さんは脱衣所に置かれている自販機がどうとか洗濯機の性能がどうとか言う話をしている。牧野さんは恥ずかしがりながらキョロキョロと周りを確認してから服を脱ぎ始める。あたし達はそれぞれ固まってロッカーを使う。

 そう言えばメルとアイリスさんの姿はまだ見てない。彼女たちも同じ寮で生活する事になっているから顔を合わせていないのが気になる。

 お風呂に入る準備が終わってセンサーの前に立つと「ピッ」という機械音でドアのロックが解除された。

 このセンサーは生体反応を認識してるらしいけど、基本的女の子しか使わないのに必要な機能なのかな? 

 

 **

 

「ふぅ……」

 温かいお湯に浸かって一息つく、聖蘭寮にお引越しが終わってからのんびりと過ごす時間がなかったから。

 

「おお! 浴場は広々としているじゃないか! 流石と言ったところか。しかしまあ、私達だけしか使わないので半ば貸切みたいなものだね」

 藤森さんはご機嫌そうにお風呂の中を見渡している──あたしたち四人で一緒に入ってもかなりの広さを感じるっていうか、二十人以上が使ってもまだまだスペースがあるんじゃないかな? 

 今のところ“小鳥遊班”の女の子しかいないみたいだけどこれから人が増えたらお風呂に入る時間も考えないといけないのかもね。

 

「隣に座っても良いですか?」

「……うん」

 体を洗い終わった牧野さんがあたしの横にゆっくりと腰を下ろして湯船に浸かる。彼女はしっかりと洗顔やシャンプーをしていて入浴の順番が一番最後になっちゃったみたい。

 あたしたちの間に沈黙が続く。牧野さんは何かいいたげにチラチラとあたしに視線を送っている。

 

「あのっ! 聞きたい事があるんですけど……」

「何? て言うか同い年なんだから別に敬語じゃなくてもいいわよ」

「すみません。これは生まれつきでー。でも、私は御崎さんとも仲良くなりたいなと思っているんです。敬語を使いますがこれが私の素の状態なんですよ」

「……そう」

 牧野さんは体をグッとあたしの方に寄せてくる。身長はあたしよりも低いけど発育の良い体は羨ましいなって感じる。それにすごく肌も綺麗でスキンケアには気を遣っているんだなぁ。

 

「私、正直こんな事になってちょっとびっくりしてるんです」

「?」

「“小鳥遊班”のみんなにも少し話したましたが、私は小鳥遊君とは中学生の頃同じクラスだったんです」

 あたしは牧野さんの話を黙って聞く事にした。

 

「彼は進路とかのことは全然話しませんでしたし、中学生の時は仲のいいクラスメイトもいなかったんです。いつも一人で過ごしていて、何だか寂しそうにも見えました。けれど、それは小鳥遊君が自分で選んでいた。私は彼とは親しい仲じゃありませんでした」

「それでも、高校生になった彼の事が気になってました。両親の勧めで女性らしさを磨く為に恋麗女子学園に進学を決めたんです」

「周りが名家のお嬢様ばかりで私みたいな子が通っていて平気なんだろうかな? って考えてました。現に私の所属するDクラスはプライドが高い子がたくさんいますから、その中での自分の振る舞い方に悩んでいるんです」

 

「ふぅ」と一息ついた牧野さんはあたしの身体をまじまじと見る──女の子同士だから別に隠す様なことはないけどじっと見られるのは恥ずかしい。

 

「御崎さんは小鳥遊君の事が好きなんですか?」

「えっ!? どうしたのいきなり……」

「彼と話している時に御崎さんの様子を観察していたんですが 何だか普段とは違った表情をしてましてー。それで小鳥遊君の事をどう言うふうに思っているのかな? って気になってたんです」

「あ、あたしは別に」

 牧野さんに指摘されて考えてみる──あたしは彼の事が好きなんだろうか? 前に藤森さんにも似たような事を言われたけど……。他の人から見ても分かりやすい態度を取ってるのかなぁ。

 

「隠す事はないですよ、私は彼と親しい仲になれてませんが、好意を抱いているのは間違いないです、自分の気持ちには嘘はつけませんから」

「あたしはまだ分かんない……。今まで『恋』なんて経験していないからこの感情が何なのか整理がつかないでいるの。あなたみたいに率直に自分の気持ちを伝えられるのは羨ましいなと思う」

「誰かに気持ちを伝えるのは簡単な事じゃないって思います……。ですが、真っ直ぐな想いは曲げたくない、御崎さんももっと向き合う時間が増えてくれば自然と分かってくると思いますよ」

 彼女は笑顔でそう教えてくれた。あたしも「そうね」と返事をしてお湯に浸かり直す、身体の疲労が一気に取れていく──このまま眠っちゃいそうなくらい心地が良い。

 

 相倉さんと藤森さんがニコニコしながらお風呂に入っている。あたしたちの側に近寄ってきて四人で同じ場所に固まってお喋り。

 

 相倉さんは相変わらず元気で積極的に話しかけていた。藤森さんはお風呂の分析を始めて入浴の豆知識を披露する。牧野さんとあたしは笑いながらその輪の入る。最後は男湯の温泉の会話で盛り上がって牧野さんが「こっそり入っちゃいます?」って冗談を言いつつあたしたちは同じ時間を共有する。

 

 お風呂から上がった後は相倉さんのお部屋に集合してから軽く女子会を開く──甘いおやつと飲み物はまるで夜の些細なティーパーティー。

 時刻が二十三時を回ってもあたしたちの女子会はお開きにはならず。結局〇時過ぎに終わるのでした。



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81.「スクールライフイズパイオリティ」

「…………」

 

 アラームが鳴る前に目が覚める。僕はゆっくりと瞼を開けると自分の部屋の天井が見える。寮での初日の朝はそこまで清々しいものではない、僕は枕元に置いているスマホで時刻を確認──

 

「──七時か、もう少し遅く起きても平気だな。それにしても今朝は眠気が増してるな」

 昨日は眠るのが遅くなってしまい、今はまだ意識がふらふらとしている状態だ。男子寮から運び込まれた荷物整理が終わって段ボールを学園に指示された場所に破棄する。

 

 ちょっとだけ配置を変えてみたけれど、部屋の中はそれほど大きな変化はない。机の上に置かれたノートパソコンは理事長に提出するレポートを作る為のものだ。一応ネットには繋がっているから調べ物をする事はできるんだけどね。

 

 プロジェクトの進捗状況に関するレポートは提出期限があってタイトなスケジュールで管理されている。まあ、僕の場合は何かと決められていた方が動きやすいからいいんだけど。

 

 聖蘭寮で暮らし始めて訪れる変化には敏感になろう。僕はLIMEを開いてグループ名“小鳥遊班”のトークルームでみんなに「おはよう」とメッセージを送る。

 

 それから一旦スマホをスリープモードにしてから顔を洗う為に男湯に向かう。洗面所まで少し歩かないといけないのが面倒だけど歩いているうちに目が覚めるだろう。

 さっと制服に着替えていつでも登校できる支度を済ませてから部屋を出る。

 

「おっと、これを忘れちゃダメだよな」

 ベッドに置いてたスマホをポケットに入れて忘れ物が無いか再確認。バッグを持って今度こそ準備完了! 僕は部屋のドアを閉めて振り返り廊下を歩き始めた。

 

 **

 

「おはようございます。小阪さん」

「おはようございます」

 Aクラスは今日も何も変わりありませんわ。教室に入りクラスメイトの皆様に朝のご挨拶、お嬢様ですから普段から振る舞いには気をつけておかないといけませんの、ですが、何だかわたくしの周りが少々騒がしくなってきましたわ。

 

「小阪さん、授業でどうしても分からない箇所があるのだけれど良いかしら?」

「わたくしでお力になれれば」

 クラスの子に勉強を教えます──もう慣れたとは言え頼りにされるのは悪くない気分です。わたくしはつい小鳥遊君の席に視線を向けてしまいます、彼はまだ登校して来ていません。

 わたくしよります遅く学園へいらっしゃる彼の日頃のスケジュールを把握している訳がありません。

 ですが、教室でゆっくりとお話しする時間さえままならない。

 

 皆さんで一緒に遊んだ事、わたくしには初めての体験でした。彼はどんなひとなんでしょう? 同じクラスにいるのにわたくしは小鳥遊君の事をちっとも知りません。

 

 最近では隣の席の御崎さんと楽しげにおしゃべりなさっているのを見ます。いつの間にあんなに彼女と仲良くなったのでしょう? 

 一応彼のLIMEの連絡先は教えてもらいましたわ、“小鳥遊班”というトークグループにわたくしの名前もあります。あまり自分から会話にさんかするだけではありませんが……。

 

「そういえば聞いた? 『聖蘭寮』の話」

「ああ、女子寮の横にある棟のことでしょう? なんか学園側は入居希望者を募集してるみたいだけどー」

「今の女子寮でも十分に生活に困ることはありませんし、わざわざ新しい寮へ転居するメリットを感じませんわ」

「そうだよね。希望した人は学園から転居の申請書をもらうんだって、それに書いてからお引越しの準備をするみたい」

「うーん。学園の女子寮って結構有名じゃん? 私は気に入ってるからここを選んだわけだし、今更転居するっていうのもねー」

「同感。向こうの寮がどの程度の規模なのかもわからないしね」

 

 教室の中では女子寮の横にある棟「聖蘭寮」の話題をチラホラと聞きます。わたくし達もあの場所が学園側に寮と教えられるまではどんな建物なのかも存じ上げませんでしたわ。

 女子寮よりは新しめの建物であるのは確かですが……。

 一度は話題に上がりましたがすぐに別の話に変わりました。クラスメイト達はあまり興味がない様子でしたが、この後、担任の香月先生のホームルームでの説明で空気が一変します。

 

 ホームルームが始まる五分前に小鳥遊君が教室に入ってきます。一瞬だけ視線が合い彼は「おはよう」とわたしくに挨拶すると自分の席に座ります。ちょうど同じタイミングに登校して来た御崎さんと何かお話をしていましたが、内容まではわかりませんでした。

 

「おはようございます皆さん、それでは今日のホームルームを始めます」

 香月先生は学園の行事の事や、授業中に気になったところは担当の先生にすぐに質問するような環境が大事だと仰います。それからはクラスの連絡事項を伝え皆がホームルームが終わるのを感じ取っていると何かを思い出したように『ごめんなさい。最後に一つだけ』と手元にあるタブレット端末を操作します。

 

「ええっと、皆さんは女子寮の横にある『聖蘭寮』を知っているかしら?」

 朝に少しだけ話題に上がった棟の事が香月先生の口から出るとは思いませんでした。

 

「他のクラスの担任も自分達のクラスで説明していると思うのですが、理事長から学園に通う生徒の皆さんにご報告があります」

 香月先生は端末を専用の機材に接続してスクリーンに映像を映し出します。一瞬教室の中がざわつきましたがすぐに治まりました。

 

「『聖蘭寮』に関してのことです。あの棟は今後は特別な寮になります」

 映像をスライドさせて説明する香月先生──クラスメイト達は節々に隣の子と顔を見合わせています。ちらりと視線を送ると小鳥遊君はいつもと同じ表情でスクリーンを見つめていました。

 

 香月先生が「聖蘭寮」の情報を生徒に共有していきます。そしてわたくし達はあの棟が存在してる意義を知ることになりました。

 

 話はこうです。学園側が遂行している例のプロジェクト、その一部として女子達と小鳥遊君の交友をもっと深める目的の為、「聖蘭寮」と言う場所で一緒に暮らすというもの。

 

 先生は寮の設備と規模の紹介に移って行きます。女子寮よりも厳重なセキュリティで管理されていて、お金かけて建築されたという規模感はすぐに感じ取ることができましたわ。

 

 希望した生徒は寮へ転居が可能な事、小鳥遊君と同じ空間を共有して共に過ごす事で更に親交を深めていけるだろうと。

 現在は十人以下の生徒がもうこの寮で暮らしているらしくて、早速新しい場所での生活が始まっているようです。

 

 短い時間で目的を伝えおえた香月先生は最後に転居を希望する生徒がいれば願い出てほしいと言ってホームルームが終わりました。

 

 ホームルーム後、お嬢様達は口々に感想を良い、今朝会話の片隅になったワードが今後中心になるだろうというのを感じ取れました。

 

 わたくしはどうしようかしら? 小鳥遊君と同じ場所で暮らすなんて……。

 殿方と一つ屋根の下、今までそのようなことはもちろん経験がありませんわ、他の方はどうなのでしょう? 皆さんは会話の中でチラチラと彼に視線を送っています。

 

 するとLIMEにメッセージが届きます。わたくしは休み時間になるまでスマホを見ないようにしていましたがついアプリを立ち上げてしまいます。

 

 

『小阪さんも聞いた? 【聖蘭寮】の事』

 

 メッセージの送り主はFクラスの相倉さん。“小鳥遊班”のグループトークにわたくしも入りメッセージの返信をします。既読の文字がつくとすぐに別の方からお返事があります。

 

『私のクラスでも担任が今朝のホームルームで説明したよ。まあ、もうすでに知っている事だからね、大して新しい刺激はなかったけれども』

『そうだよね。私たちはもう理事長に聞いてたし』

『どういうことですの?』

『ああそっか、小阪さんはあの場にいなかったよね。詳しいことを説明するね』

 相倉さんは自分達が何故「聖蘭寮」について知ってたのかを教えてくれました。

 

『このトークグループは私たちしかいないから隠すことはないけど“小鳥遊班”は一足先に聖蘭寮で生活させてもらってるの』

 相倉さんらはもう寮での暮らしを始めているらしいのです。わたくしはどんどん公開される情報に頭がパンクになりそうなりながら整理して行きます。

 

『小阪さんも希望すれば寮で暮らせるから興味があるなら申請してみたら?』

 小鳥遊班のメンバーはわたしくがもうその一員であるかのように接してくれています。もしかしたらこのトークグループに招待された時から決まっていたのかもしれません。

 

 わたくしは寮での生活に関わることをいくつか質問しました。

 女子寮の自分のお部屋もとても気に入ってますが、彼女達のお話を伺いそれを上書きするほどに「聖蘭寮」での暮らしが魅力的に感じました。

 

『小阪さんと一緒に暮らせるなら僕は嬉しいかな。もっと仲良くなりたいと思ってたし』

 小鳥遊君がメッセージを送ると皆さんがそれぞれにスタンプを使って反応します。

 

『一旦しっかりと考えてから決めてみますわ。ちゃんと決まった時は皆さんへご報告しますわ』

 

 メッセージを送信してアプリを閉じます──気持ちが揺らいでいるところを深呼吸して落ち着かせます。

 

 彼は変わらない笑顔をわたくしに向けていました。学校が終わった後、自分のお部屋に戻って今後の事を思慮するのでした。



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82.「心の片隅にある感情」

 わたくしはどうしたいのでしょう? 

 

 落ち着いて考える必要がありますね、いずれにせよ今後のわたくし自身も身の振る舞い方に関してどうするべきなのかちゃんと態度で示さなくてはいけません。

 

 お部屋に戻ってからはこれから先の事を考えていました。

 小鳥遊君の言葉を何度も頭の中で反芻させ、悶々とした感情を抱きながら枕をぎゅっと抱きしめます。

 

 学園に通う意味──それがわたくしが当初思い描いていたものとは違った形になり、現在のところ周りに起こった“変化”を感じ取りつつ生活しています。

 

 例のプロジェクトの事、三年間という期間にわたくし達学園に通う生徒に課せられた義務、最終的に彼が選ぶのでしょうが、複数に女性との関係を築いていくのが将来的に必要であると言うのです。

 本来ならば、一人の男性としか恋愛出来ないのが当たり前の世の中でわたくし達はその常識から外れた行為をしているのです。

 

 プロジェクトに関しては皆さんが納得しているわけではありません。それでも自分がこの場所にいる意味を再認識して自分の意志でプロジェクトを成功させる為に行動をする子もいるのです。

 

 わたくしはどうなんでしょう? わたくしはどうしたいのでしょう? 自問自答。

 答えを出さなくちゃいけません。そうしなければ自分が行動する目的さえも見失ってしまいそうですから──

 ──男性の存在を取るに足らないものだということ、わたくしはこれまで両親の勧めで色々な殿方に会ったことがあります。

 お母様達は早くわたくしの結婚相手を決めておきたいというが本心でしょうね。

 

 小阪の家は将来わたくしが継ぐ事になるでしょうし……。名家の名に恥じぬような素敵な女性へ成長しなくちゃいけませんわ。

 わたくしに相応しい相手がいるかどうか、釣り合う人がいるかどうか。

 

 初めて小鳥遊君に会った時彼はわたくしの家の名前を聞いてもピンと来ない反応をしていました。

 

 幼い頃から“小阪”の名前がいつも目立っていましたわ。どこに行くにしても「小阪」さん所をのお嬢様とわたくしを認識する人ばかりでしたわ。

 

 わたくし自身も実家は誇りに思っていますし。御家の繁栄為に自分が存在していると言うのは理解できます。

 

 分け隔てなく人間関係を築いて、小阪家に有益になる人物との交友を深めていく、このやり方は昔からわたくしの家族がやってきた手法でもありますわ。

 それが、そんな日常がもう当たり前になっていましたわ。周りのお嬢様方もわたくしの実家の名前を聞くとお近づきになろうと迫ってきます。

 

 相手の本心をくみとって付かず離れずの関係を作っていく。世渡りというものは意外と神経を使うものなのです。

 

(あの時の小鳥遊君はすごく楽しそうでした)

 

 小鳥遊班の皆さんとご一緒に遊んだ時、彼は今までわたくしに近づいてきた人たちみたいな損得感情は無く、ただ単にわたくしとお友達になりたそうな感じでした。

 

 転入初日に彼に言った言葉はわたくしの本心ですし、自分の気持ちに嘘をつくなんて出来ませんでした。

 

「──小鳥遊君には最悪な印象を持たれたかもしれませんわね」

 

 それでも彼はわたくしにキツく言われた事なんて気にせずに「仲良くなりたい」と言ってくれました。

 

 小鳥遊君がクレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみと目が合います。表情なんて無いはずですのにどこか微笑んでいるようにも見えます。

 

 ぬいぐるみや可愛いモノが好きだというのはわたくしの秘密です、両親にも知られていないわたくしだけの趣味嗜好、彼をそれを知ったらどういう反応をするのでしょうね。

 

 わたくしはスマホの電源を入れてLIMEを立ち上げました。今までこう言ったアプリは使用した試しがありませんでしたし、使い方は勉強中です。

 

「──可愛い」

 

 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて元の位置に戻します。

 

「ちょっと疲れましたわ……もっと素直になっても良いのかもしれませんね」

 

 意を決して小鳥遊君にLIMEでメッセージを送ります──わたくし個人的な悩みの相談を持ちかけてみます。

 

 メッセージを送信するとすぐに既読マークが付きました。小鳥遊君はレスポンスは素早いようですわ。

 

『小阪さんからメッセージが届くなんてね。僕に何か相談があるんだよね?』

 

『わたくし、今、悩んでいるんです……。何度考えてもなかなか結論が出なくて、ですから小鳥遊君に相談しようと考えたんです』

 

『へえー、そうだったんだ。小阪さんからメッセージが届いた時はびっくりしたけどちゃんと理由があるみたいだね。僕で良ければ相談に乗るよ』

 

 わたくしは今までの学園での生活、それから今後の事、自分の中でなかなか決まらないでいた本心を彼に打ち明けました。

 

『そっか。小阪さん大分悩んでいるみたいだね。確かにここ最近起こっている出来事は急展開なものが殆どだから気持ちの整理がつかないのも無理はないと思うよ』

 

『自分がどうしたいのかまだ決めかねているんです』

 

『……簡単に決めるなんてなかなか難しいよね。わかるよ。僕も最初この学園に通うようになった時随分と悩んだからね。僕は元々、自分で進学先を決めていたんだ、母さんの世話にはなりたくなかったし』

 

 小鳥遊君は彼がこれまでの過去をわたくしに話してくださいました。

 

 話を聞いていると彼はお母様とは上手くいっていないと事実を知りま【小鳥遊美鈴】さんの名前はわたくしもよく耳にすることが多いです。あの人が小鳥遊君の母親だと言われるとなんとなくですがイメージが湧いてきました。

 

 学園側が遂行する例のプロジェクトを企画したのも小鳥遊さん。彼女の強引な方法で彼は女子校へ入学させられることに、今まで知らなかった

 事実を伺ってわたくしは小鳥遊君も悩みを抱えていた事を理解しました。

 

『僕は小阪さんとこうやって話せるのは凄く嬉しいよ。同じクラスなんだからもっと仲良くなれればいいと思っている。それが僕の素直な気持ちだよ』

 

 LIMEのメッセージだけで全てが分かるわけではありません。ですが、悩みを相談出来る友達が一人でもいらっしゃるのは心強いものです。

 

 わたくしは感情的になっていた自分の態度を改めようと決心しました。わたくしも素直な気持ちでいよう。小鳥遊君がそうしているように。

 

『わたくしの悩みは小さいものかもしれません。それでも、なかなか自分の心というのはわからないものですね』

 

 自分を変えるというのは時間をかけてでもやり遂げたい目標になりました。

 わたくしはいつ必ず──

 

『──ちょっとずつでも変わっていけたいいなぁと考えましたわ。時間がかかる事かもしれませんがわたくしはきっとやり遂げて見せますわ!』

 

『良い結果に結びつけば幸せだよね。僕も新しい小阪さんに出会えるのを楽しみにしておくよ』

 

 初登校の日、彼に酷いことを言ってしまったのに小鳥遊君はわたくしを「応援する」と言ってくれました。

 

 彼の事をちょっぴり見直しましたわ。全てを教えてもらった訳ではありませんがわたくしの心の片隅にあるモヤモヤしている感情。それがなんなのかはこの時のわたくしに理解できるのは先のお話し。



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83.「Girl's Study Group」

 もうすぐ定期テストが実施されるから学園内はお勉強ムードが漂っていた。僕はというと一人で新しい寮の部屋で机に向かっている。けど、シャープペンは動かずに一点で止まったままだ。

 各生徒にタブレット端末が支給されているからノートを取るって事自体が珍しい。授業の要点はすぐにデータとして残せるのにメリットはあるし、第一に何冊もノートを買わなくて済むのもありがたい。

 机のノートパソコンを見ると勉強なんてやめてしまってネットサーフィンをしたくなるなあ。

 人間、欲求を自制するのはなかなかに難しい事だと感じる。僕は、テスト範囲を再確認しながらタブレットを操作する。アナログ式な方法に慣れていたから最初はこの新しいやり方に合わせるのには時間が必要になるだろうと考えていたけれど、案外すんなりと受け入れることができた。

 

 “小鳥遊班”の皆は女子だけでの勉強会を開催するみたいだ。正直言うとその輪の中に僕も加わりたかったけど声がかからなかった。

 多分一人の時間を配慮されてのことなんだろうけど、逆に僕は女の子たちと過ごせた方が嬉しいんだけど。

 

「よし、聞いてみようかな」

 スマホでLIMEアプリを起動──グループトークに入室してメッセージを送信した。

 

『ごきげんよう。女子だけの勉強会中に悪いけど、僕も参加したかったなあ』

 

 メッセージを送った後、一度タブレットの充電を確認した──

 

 ──まだ八〇パーセント以上はある。これなら大丈夫そうだ。充電アダプターを使うのは充電が一〇パーセント以下になってからでも良い。

 

「ん? もう返信が来たのか。相倉さんはやっぱりレスポンスが早いな」

 

 通知音が聞こえたからスマホのロックを解除、ホーム画面のLIMEアプリには通知のバッジが表示されている。

 僕が送ったメッセージには“既読”の文字が付いていてメッセージ欄には相倉さんの返事が残っていた。

 

『ごきげんよう、気になるなら小鳥遊君も来てみる? 皆に聞いたけど嫌な反応する子はいなかったよ〜。ここにはメルさんやアイリスさんもいるけど、私の部屋は狭くないから大丈夫』

 

 グループのメンバーがスタンプで会話を始める、個性的なスタンプを使っているのを見て僕は思わず頬を緩めた。

 

『すぐに行くよ。みんなとの勉強会楽しみにしてる』

 

 相倉さんへメッセージ送信してタブレットとスマホの充電器を持って部屋を出る。ペンは借りればいっか。部屋の鍵をしっかりと閉めてから僕は相倉さんの部屋に向かった。

 

 

 ──コンコン。

 

「もしかして小鳥遊君かな?」

「おそらくそうじゃないかな? 他にこの部屋を訪ねてくる人はいないだろうし、彼からLIMEが送られてきて、まだそれほど時間も経過してないからね。すぐに来てくれたんだろう」

「あ、いらっしゃい! どうぞ入って」

「お邪魔します」

 

 部屋の中を見渡すと“小鳥遊班”のメンバーが勢揃いしていた。僕が相倉さんの部屋に入ると一斉に視線集まる。

 

「ご、ごきげんよう」

「やあ、ごきげんよう。さあ、小鳥遊君ここに座りたまえ!」

「あー。玲さんはなに自分の膝の上に誘導しようとしてるのよ! ちょっと待ってね、今、クッションを用意するから」

「ジョークが通じないな〜。相倉さんは、まあ、だけど、実はジョークなかったりしてね」

「もうっ! 何言ってるのよ! 玲さんは」

 

 ウインクする玲さんを嗜めつつ僕は相倉さんが出してくれたクッション上に座って一息つく。

 

「私たち静かに勉強してたのよ。わからない部分はお互いに教えあったりしてたの。ほら、メルさんやアイリスさんはまだ日本の学校には慣れていないだろうから色々と教えていたの」

「彼女たちはすごく勉強熱心だよ。だから、こちらも教え甲斐があるってものさ。私は授業は退屈でしょうがないが、テストで赤点を取るわけにはいかないからね。ちなみに誰かに勉強を教えるというのは嫌いじゃないんだ」

「そうね、でも、御崎さんは周りについていくのが精一杯みたいだよ? 一生懸命に頑張っているからテストでいい点取ってほしいなって思う」

「あたしはタブレットの操作を大分覚えてきたとこよ。授業の内容がすぐに復習できるのは助かってる……。本当に便利だよねこれ」

「僕もそう思うよ。ただ、今までアナログな勉強法に慣れていたから初めは結構苦労したよ……。部屋にあるパソコンも使ってうまくまとめてはいるのだけど」

「勇人のお部屋にはパソコンがあるの?」

「ああ、そうだよ。ノートパソコンが一台あってそれでレポートを作ったりしてる」

「一体なんのレポートなんだい?」

「プロジェクトの進捗状況とかの報告だよ。学園に入学した時から理事長にレポートの作成が義務として課題を出されているんだ。三年間ちゃんとやらなければいけないものなんだ」

「ほうほう、なるほどねえ。じゃあ小鳥遊君は通常の勉強もやりながらレポートも作成しているわけか、それは一苦労だね」

「……大変ですね。普段の授業にはついていけてますか? 無理はしないでね小鳥遊君」

「ありがとう牧野さん。授業は何とか遅れないように頑張れてるよ。だけど夜の遅くまで勉強するって言うのは流石に避けている。睡眠不足は体に毒だからね」

「私たちが知らないだけで小鳥遊君もかなり忙しいんだね……」

「まあね、だけど、こうやってみんなと一緒に勉強できるのは嬉しく思うよ。一人で部屋で机に向かっていても息苦しかったし。女の子と同じ空間にいられるってだけで心も安らぐし」

「この勉強会をするときに小鳥遊君にはあえて声をかけなかったんだ。や、別に嫌ってるとかじゃないないんだよ? むしろ──」

「相倉さん、告白にはまだ早いんじゃないか? それに他のみんなもいる場所でなんて勇気があるね」

「違うわよ! 玲さんからかわないでよね!」

「はっはっは! いやあ、面白い反応を見せくれるねキミは」

 

 相倉さんと玲さんがキャッキャとやりとりをしている中でメルはいつの間にか僕の隣に座っていた。ふと顔を横に向けるよ彼女と目が合う。エメラルドグリーンの綺麗な瞳──美しい金色の髪は撫でてみたくなるような妖艶さを感じる。

 

(もしや僕は金髪フェチなのか?)

 

「うふふ、どうしたの勇人? わたしの事じっと見てるけど」

「いや、綺麗な金髪に見惚れていただけだよ」

「勇人は本当にわたしの髪が好きみたいね」

 上機嫌なメル、彼女の自然な笑顔が宝石みたいな価値があるんじゃないかと思う。それはテレビ等で披露する大勢の人向けに見せる笑顔とは違った飾り気の無い表情

 

「小鳥遊君とメルさんって同棲してたんだよね?」

「ついこの間まではね、周りにバレないように振る舞うのは苦労したよ。メルアさんはルークランシェ王国のお姫様だろ? そんな子が僕と一緒に住んでいるなんて知られたら大事になりそうだったし」

「あら、わたしは勇人との生活は日本に来る前からとっても楽しみにしていたのよ? それとその“メルア”さん呼び方辞めてもらえるかしら? もう同棲の事は知られてしまっているのだから今更他人行儀な呼び方をする必要は無いわ。いつもみたいにメルと呼んで」

 

 僕が彼女の事を“メル”と呼んでいることは今までは秘密だったけど、どうやらもう隠す必要はないみたいだ。

 

「そうだね。もう隠しようが無いね。僕自身メルアさんって言い方は何だかしっくり来ないなって思っていたんだ。“メル”これでいいかな?」

「よろしい。今後はそう呼ぶように、……あら? 皆どうしたの?」

「いやーメルさんと小鳥遊君ってもうそんなに仲良くなってたんだなって思ったの。知り合ったのは私たちよりもあとだよね?」

「ええ、そうよ。わたしが日本に来るきっかけが勇人だもの。仲良くなりたいって言うのは当然のことでしょう」

「お姫様は流石の行動力だね。私たちも見習うべきだと感心したよ。まあ、これからは私たちも小鳥遊君と一つ屋根の下、絆を深めるきっかけは今まで以上にあるものさ」

「そうですね……私も頑張らないと!」

「この中で誰が小鳥遊君に選ばれても恨みっ子無しだよ?」

「そもそも、複数人選んでも問題ないはずだろう? 一人しか選ばれないというのは逆に不自然じゃないのかな」

「僕はもっと皆の事を知っておきたい。もちろん結婚相手は真剣に選ぶよ、だけど、その前に僕を好きになってもらうところから始めたいと思っているんだ」

 お互いが好き同士じゃなければ決して上手くいくはずがない。今後ずっと死ぬまで同じ時を過ごして、どちらかを失うその日が来るまでは。

 

 女子だけの勉強会に参加してみたけど“小鳥遊班”の女の子達はとても優しくて個性的な子が揃っているなと感じた。

 メルもアイリスさんは日本語に関してもしっかりと教養を受けてるらしくて二人とも語学が堪能なのは舌を巻く。

 僕は子どもの頃、英才教育を受けさせられていたけど、好きで勉強した訳ではないから基本的なところのみが身についた。

 英語やフランス語などの多言語を学んだ人と話せばすぐにボロが出てしまうのだろうな。

 自分の教養の無さをメル達に悟られないように喋る時は気をつけておかないと。

 

 テストに向けて各々が苦手強化を重点的に勉強する。御崎さんは同じクラスの僕に授業で分からない部分を質問。それに適切な回答をして彼女の分からない部分を分析し、対策と試験の傾向を打ち出した。

 

「教師の性格も頭に入れておくと大まかな出題される箇所の予測はできるよ、教科は多くないからポイントをおさえておこうか? 学園での初のテストだから平均点以上は取りたいとは考えてるよ」

「全教科満点取る人なんて滅多にいないよね」

「私は赤点さえ免れれば点数は気にしないさ。何もしなくても七〇点は取れると自分で分析してる、追試や補修授業なんてごめん被りたいしね」

「追試なんかになったら面倒そうだよね。やりすぎて頭がパンクしない程度には勉強しようかな」

「うむ、それが良いさ、詰め込み過ぎるのも良くないからね。できる範囲でベストを尽くせば問題ないだろう」

「──そうね」

 ぽつりと呟くように同意する御崎さん。彼女はタブレットを操作する手を一旦止めて「ふぅ」と息を吐く。

 

「もう三時間以上休みなく勉強してもんね。今日はここら辺で終わっておこっか? ずっとやり続けてても疲れちゃうだろうし。リラックスしててからの方が効率も上がると思うわ」

 相倉さんの言葉に僕もはっとして時刻を確認──十五時前かお昼前からこの部屋でテスト勉強をしているからもう三時間以上も経ってたんだな。

 皆疲れた表情を見せているしこれ以上は続けるのはプラスになるとは思えない。

 

 女の子達は飲みものを準備するために部屋を出る。僕は一人残って戻って来るのを待つ。

 充電が切れそうなスマホを電源に繋いでからスリープモードにして床に置いた。

 今日はいつもより長い時間勉強していたからなあ。立ち上がって背伸びする、集中していから気づかなかったけどずっと座りっぱなしで足も痺れていた。

 楽な姿勢で待ちながらさっきまで勉強していた内容が頭から抜けないように何度も繰り返して記憶する。

 

 五分も経たないうちに皆が部屋に帰って来た。

 お菓子とジュースをご馳走になってから解散。女の子ばかりの空間に居心地の良さを感じながら“小鳥遊班”プラス僕の“ゴールデンタイム”は終わりを迎えるのだった。



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84.「Golden Bell Time」

「ふぅ。ちょっと休憩しようか。皆も疲れたでしょう?」

「そうだね? あ! もう十三時になってたんだ。朝からずっと休憩勉強してたからもう覚えられないよ」

「あたしはもう頭の中がパンパン」

「はっはっは! 御崎さんは随分と熱心に勉強していたね。テストなんて気構えることはないさ。赤点を取らなければ問題ないわけだし」

「──だって追試になったりしたら恥ずかしいじゃん」

「相変わらず真面目だね。けれど、こうやって“小鳥遊班”のメンバーで勉強するのは悪くないと感じているよ。私は高揚感すら覚えているさ。ねえ? 小鳥遊君もそう思うだろう?」

「うん、僕もこうやって一緒に過ごせるのはすごく嬉しいよ。けれど、女の子だけの勉強会にいつも僕が呼ばれて場違いじゃないかと感じることはあるけれど……」

「気にしなくて平気だよ! せっかく『聖蘭寮』で暮らしているわけだから私たちはもっともっと小鳥遊君と仲良くなりたいなって思っているし」

 笑顔を見せてそういう相倉さん、僕は周りを見るとみんなが頷くメルとアイリスさんもニコニコしていた。もうすっかり仲良くできているみたいでよかった。

 僕らは貴重な時間を過ごす、そうやってちょっとずつ信頼関係を築いていくんだ。

 

 **

 

「わたしは今のところ日本に来てよかった感じているわ。アイリスあなただってそうでしょう?」

「はい、私は姫様のおそばにいられる時間が増えたのでそれがとても嬉しく感じています」

「うふふ、そうね。ルークランシェにいた時はアイリスはいつも稽古稽古でなかなかわたしとはお話をする気機会がなかったものねー」

「……はい、ですが、メルア様をお守りするのは私の仕事でもありますし、常に鍛錬は重ねておきたいのです。それが使命ですし」

「良い心がけだとは思うのだけれど、あまり無理はしないでね。あなたはわたしにとって大切な人なんだから」

「はい、姫様に気を遣わせないようにと常に気を配っています」

「もう少し肩の力を抜いても良いんじゃない? 日本に来てからもずっと仕事をしぱなっしじゃリフレッシュもできないだろうし」

 アイリスはいつだってそう──自分のことよりもわたしの事を優先してくれる。それは嬉しいのだけど、わたしはもっと彼女に自分を大事にしてほしいなと思っているわ。

 小さい頃からどんな時でもずっと変わらずにわたしのそばに居てくれた。アイリスがいたからわたしはいつでも自然体のままでいられたの、ただの王女と警護の騎士ってうだけの関係じゃない、それはいつの日か話せる機会が来るのでしょうね。その時までは秘密にしておくわ。

 

「新しい寮で生活を始めたけれど不自由な部分を感じるところは今のところ無いわ。みんなが良くしてくれるし、それに勇人とまた同じ場所で暮らせるんだもん」

「メルア様は小鳥遊殿を気に掛けていらっしゃいますね」

「ええ、日本にいる以上はしっかりと目的を持っておきたいわね。勇人と将来結婚するって決まった時に彼の事をお父様たちにしっかりと紹介できるくらいにはならないと」

「正直例のプロジェクトが成功するかどうかは私には分かりかねますが……メルア様がご自分で決断なさったのならその選択を私は支持しますよ」

「ありがとう。けれど、前にも言ったと思うのだけれどわたしはアイリスにも勇人と仲良くなって欲しいわ! もしもあなたが彼を婚約者として選んだとしてもわたしは後悔しない。むしろ応援するわ」

「わ、私がですか!? まだ、彼がどう言った人間なのかそこまで知っているわけではありませんよ」

「これから知っていけばいいわよ、そのきっかけはいくらでもあるのだから焦ることはないわ。あなたももっと自分の人生を大切にしてね」

 わたしはアイリスの手を握ってそう伝える。その気持ちはわたしの本心。アイリスにも幸せになってほしい。これまで自分を押し殺して姫であるわたしを守る事を優先してきたのだから。

 女の子は誰だって幸せになれるチャンスがあるの。そう信じているわ。彼女が勇人を選んでくれたらわたしは嬉しい──

 ──だって同じ人を好きになるのだから、一人の女の子を選ぶわけじゃないから彼が誰と添い遂げようと恨んだりはしない。

 むしろ、大変なのは勇人の方、だって、あんなにたくさんいる女の子の中から自分の結婚相手を選ばないといけないのだから、しかも期限付きの学園での生活、これから先も色んなイベントが起こるのでしょうね。

 “小鳥遊班”に加えてもらった充実感でワクワクしながらわたしは午後からひと時がゆったりと過ぎていくのを感じるのでした。

 

 こっそり勇人からもらったマカロンをお部屋で食べてティータイムを楽しむ。次はみんなをお茶会に誘おうかしら? ティーセットはルークランシェで使っていたものをそのまま日本に持ってきたし、時々こうしてお部屋で寛ぐ時間もとってもゴールデンなタイムだと思わない?



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85.「定期テスト1日目」

「それでは、始めます」

 教師の合図で一斉に端末を操作してテスト問題を開く。今日は定期テスト第一日目で三教科のテストが実施される予定だ。

 中学生の頃までの所謂答案用紙を配布して回答すると言うの一般的なのテスト方式はここでは採用されていない。

 生徒それぞれに学園から支給されたタブレットに教師が作成したテスト問題が出題され、それを解いて行く形となる。

 書き問題にはペンタブを使って記入して選択問題はパネルをタッチして回答を選ぶ、タブレットの操作に慣れてきた人ならスムーズに問題に答える事ができて、テスト後の採点も楽にできて利便性もある。

 テスト問題はテスト終了後、それぞれがデータ化されて担当教科の教師が学園で使用しているPCのサーバーに転送され解答。

 自己採点するよりも効率が良く管理もしやすいというのがプラスに働いている。

 採点結果はテストが終わった後に細分化、受験者個別の点数を弾き出して生徒個人の端末にデータを転送する。

 答案用紙の点数を誰かに覗かれるなんていう心配もないし、プライドが高いお嬢様方には実にマッチした方式だと思う。

 デジタル化が推奨される社会情勢の中で最先端の教育を受けられるのはさすがだなっていう印象をもった。

 

 一教科目のテストが終わっても教室で騒いだりする人はいなくて皆静かに自分の席に座っている。テストの当番の教師が次の準備を進めているのを眺めながら僕は御崎さんに話しかけた。

 

「御崎さんはどうだった? 何かこんなハイテクな方法のテストは初体験だよ。てっきりマークシートかなって思っていたんだけどね」

「……そうだね、あたしも初めてだったからなんだか不思議な感じ。でも、慌てないで問題を解けたかな」

「そっかー。御崎さん勉強頑張ってたもんね、きっと良い結果に結びつくと思うよ。僕はそういうふうに思うよ」

「ありがとう。小鳥遊君は落ち着いてテスト受けてたね」

「まあね、こういうことは焦っても良いことはないから、リラックスしてテストに臨んだよ」

 御崎さんとはテスト問題に関した話はしないけれど、次の試験が始まるまで細やかな会話を楽しんだ。彼女は勉強も一生懸命で本当に頑張り屋さんだなあ。

 

 僕は窓の外を眺めながらぼんやりと思い出した──

 

 ──中学までの間、テストでいい点を取っても親に褒められたことなんてなかった。結果を出すのを当たり前という母さんの態度に次第に僕自身も無駄だなあと感じ取るようになっていたんだ。

 昔からあの人はそうだ、仕事を優先して息子ときちんと話す時間を作ってくれたことなんて一度もない。英才教育は専門の人に任せっきりで子どものことに関心すら抱かない母親……。

 

 親に期待するのも辞めて僕は与えられた課題をクリアしていくだけの人生に退屈さを覚えていた。

 

 父さんにテストのことを話したら学生の頃やっていた勉強法を教えてくれたLIMEでのやりとりをする中で僕はどこか安心感を抱いていた。

 父さんは優しい人だ。十年以上も日本を離れていたこと、息子と家族として過ごせなかったことを後悔していた。

 これからは僕の傍にいてこれまでポッカリと空いてしまった溝を埋めるために時間を使ってくれる。

 いつかあの頃みたいに家族で笑い合える日が来るんだろうか? 

 

(いや……ありえないだろうな)

 

 そんな淡い期待を抱くけど、すぐに辞めた。

 だって母さんが僕を気にかけているわけがないんだ。僕には父さんがいればいい、あの人とはこれから先何があっても上手くいくわけがないと思うから。

 結婚相手が決まったら真っ先に父さんに紹介するつもりだ。プロジェクトを成功させるのを最優先に考えている母さんが僕の結婚を喜んでくれるはずがない。

 学生で結婚を考えている人はどれくらいいるんだろうな? 大抵は就職や大学進学とか将来に向けての進路を真剣に悩んでいたり学生ならではの悩みを抱えている。

 チャイムが鳴って教師は次のテストを始める準備をする。開始の合図と共に僕は端末を操作して問題に目を通す。

 

「やっと終わりましたわね」

「ええ、今日は三教科だけですが、明日もあるので勉強を続けておかないと」

 テストが一通り終わって放課後の教室内はいつものような空気感が戻る──

 

 ──僕は「ふぅ」と一息付いてタブレットをスポーツバッグにしまう。

 そう言えば女子生徒は学園指定のカバンを使っているのだけど僕には支給されていない。編入自体が急な事だったし準備されていなかったのかな? 

 まあ、使い慣れているスポーツバッグの方がしっくりくるから良いんだけど。

 

「ん? LIMEに通知が……」

 

 いつの間にかLIMEに通知バッジが表示されている僕は立ち上げっぱなしのアプリを再起動してトークルームに入る。

 

『ごきげんよう。小鳥遊君、テストはどうだった? 相倉さんがテストが全て終わったら打ち上げでもやろうと言っているのだが、君も参加するかい?』

 どうやら玲さんからのメッセージらしい、彼女らしい文体で的確に用件だけど伝えるのは見事だ。

 

『ごきげんよう、玲さん。良いね! 打ち上げなんて楽しそうだし僕も賛成だよ。また相倉さんの部屋でやるの?』

『それがね、彼女が言うには今度はキミの部屋に皆でお邪魔しようって言うのだけどどうだい?』

『──僕の部屋で? 僕は別に構わないけど全員入ったら少し狭いかもしれないよ。それでも平気?』

『私はOKだけどね。って言うか部屋が狭くなると言うことは小鳥遊君の部屋には荷物が多いのかい?』

『いや、僕の部屋はさっぱりしてるよ。必要なものとベッド以外は置かれてないし』

『私たちの部屋と変わらない位の広さだろう? それなら問題ないんじゃないかな? 実は私はキミの部屋にお邪魔するのを楽しみにしているんだ、なかなかそう言った機会はないだろう? だから面白いことが起こるんじゃないかと期待が膨らむ』

『ははは、玲さんらしいや。うん、許可しまーす。と言うか皆もっと遠慮しないで僕と関わってほしいなと思ってたんだよね』

 

『聖蘭寮』へ移ってきてから彼女たちとこれまで以上に仲良くなれればいいと思っていたし、僕自身の積極的にコミニケーションを取ろうって行動を始めたからそう言う点ではプラスになっている。

 僕らがLMEでやりとりをしていると相倉さん達もルームに入ってくる。あれこれとチャットしながらテストが最終日が来るのをワクワクした気持ちで待つことにした。



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86.「ストライド・アフター・デイ」

「うん、次のテスト範囲はそんなところかな。御崎さんが僕に聞いているところで合ってるよ。授業の内容がメインだとは思うけれど、教科書に載っていない小さな情報にも目を向けておくと良いかもね。気になる部分があるのなら言ってくれて構わないから」

「……そうだね、ありがとう。小鳥遊君が同じクラスでよかった」

「お役に立てて何よりだよ、まあ、僕も長い時間勉強をしているわけじゃないけどテスト範囲を教えるくらいはできるそうかなって」

 ノートパソコンでネットサーフィンしつつハンズフリーにしたスマホで御崎さんと通話する。

 ことの発端はテスト一日目が終わって自分の部屋に戻って次の日の教科の復習をしようとしている時に珍しく携帯が鳴った。

 ホーム画面に表示される【御崎智佳】の名前に僕は一度深呼吸してから通話ボタンを押す──

 

 ──少し戸惑ったような彼女の声が聞こえて来る。僕は何となく状況を予想しつつタブレットを操作した。

 御崎さんはテスト範囲の事でどうしても聞いておきたいことがあったみたいだ、彼女は普段から真面目に授業を受けているから心配するような事は無いんだろうけど……。

 必死に勉強している姿を見ている僕からすると困っている御崎さんの力になれれば良いと思った。

「聖蘭寮」 に移ってから“小鳥遊班”の女の子達はそれぞれが僕との将来を真剣に考えて行動を始めている。

 まず、玲さんは自分の部屋で作業する時以外は積極的に僕と関わって色んな事を聞いてくる。僕に関する新情報をを得るたびに「本当にキミは退屈しないなぁ」と微笑みながら呟く。

 相倉さんに影響されたと言ってたけど、女の子達が自分に目を向けてくれたことが嬉しい。僕自身も彼女達と過ごす時間を大切に感じている。

 相倉さんや御崎さんともちゃんと話ができるようになったしメルや牧野さん、周りに集まった魅力的な子たち──彼女たちとささやかな学園生活を楽しみにつつ午前中はプロジェクトの報告レポートをまとめていた。

 

 **

 

 学園内の雰囲気が変わってきた頃、周りに馴染めていない一人の女子生徒がいた。

 教室では明るくクラスメイトに愛嬌を振る舞っていてもそれが自分の本心ではないと知っている。

 格式のある名家出身のお嬢様たちが通う恋麗学園で自分みたいな一般人が同じ空間にいる事に疎外感に居た堪れなくなっていた。

 放課後特に仲がいい女子グループはそれぞれが予定を話しながら「ご機嫌よう」と教室を出る。

 何か面白いことがないかな? と校内を散策しても何も見つからない。学園では次第にとある生徒の話題を耳にする機会が増えてくる。

 

【小鳥遊勇人】女子校に通っている唯一の男子、始めの頃、女子たちはそんな僕に嫌悪感を抱き、まるで見下すような視線を向けて人として見ているのかも疑問符が付くところ。

 そう言った扱いが平気かと言えばそれは違う……。

 僕はただ、気にしていないふりをしていただけだ──気にしていなければ傷つかない、関わらなければ関係が破綻するのを怖がらずにすむ。

 ちょっとした小休止で外の空気を吸う為に部屋を出た。

 

 

「ふぅ。風が気持ちいいな」

 

 居心地のいい風が甘い香りを運んでくる、空に向かって背伸びをして整備された芝生の上を歩く、水やりは最先端の機械で行われている。

「聖蘭寮」は女子寮とは違った雰囲気があるし、何より気を遣わずに暮らせるのがありがたい。青く晴れ渡った空──お日様が照らす陽光に眩しさを感じるけど、不思議と悪くない気分。

 芝生を踏み締める音を響かせて寮の近くにある畔のそばまでやってくる。

 今頃みんなは何をしているんだろう? 御崎さんは勉強頑張っているのかな? 相倉さんは次の休みに女子皆で料理の勉強会を開催するとって言ってたかな。

 牧野さんには僕が昔読んで面白かった小説の情報を教えて、メルとアイリスさんには日本での暮らしで困ることがないように日頃からそうだんにのるつもりだ。

 

 地面に寝そべって空を見上げた──あいからず青くて綺麗な空がどこまでも広がっている。ポカポカとした陽気に目を閉じたらすぐに眠ってしまいそうだ。

 綺麗な空気を吸い込みながらゆっくりと瞼の竿を下ろす。まどろむ意識はあっという間に優しい空間に溶けていく。

 

「……あれってもしかして?」



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87.「期待と不安が入り混じる新生活」

 よほど疲れていたのだろう。僕の“意識”はあっという間にまどろみの中へと落ちていく。深く、深く、深く、頭の中を空っぽにしながら潜在意識だけが僅かにゆらゆらとあっちとこっちを漂う睡魔に抗うことなんてせずにそのまま身を任せた。

 

 

 **

 

「……小鳥遊君もしかして寝てる?」

 側に近づくとたった今眠りに着いたのか眩しい太陽の光なんて気にもせずに小鳥遊君は目を閉じて寝息を立ててる。

 私は起こさないようにととゆっくりその場に座る。芝生の良い匂いを風が運んでくる、安心しているのか彼はちっとも起きる気配はない。

 ちょっと安心しちゃった。ていうか寝顔が可愛いって思っちゃった。

 あの時はきちんとお話しできなかったけど今度こそ──

 男子寮で出会ったときは私の好奇心で小鳥遊君に近づいたけれど、今日は違う。

 

 私も『聖蘭寮』で暮らすことに決めたから寮がどんな場所なのか見に来たの。私が住んでいる女子寮とは違うなって印象を持った。

 理由としては小鳥遊君に興味を持ったっていうのが一番だけど、自分の将来を考えた時にこの先どうすれば良いのかなって思ったの。

 理事長から聞かせたプロジェクトの詳細を全て理解している訳ではないけれど……。

 眠っている小鳥遊君は無防備、かなり安心しきっちゃってる、クラスが違くても彼の噂は学園中に広がっていた。最初は無関心な子ばかりで、お嬢様達の通う学園では他とは違った独特な空気が流れていたの。その状況に息苦しさを感じていた子もいたんじゃないかな? 

 

「可愛い」

 そっとほっぺに触れてみても反応はない。安心してお昼寝している彼の見ちゃうと何だか心が安らぐ。

 

 小鳥遊君はうちのクラスでも話題に上がる様になってきた。わざわざAクラスの近くまで様子を見に行く子もいるらしいの、クラスが違うと交流がないから自分で積極的にアピールしないとね。理事長へ書類を提出して許可が降りるまでそう時間はかからない。

 私は新しく暮らすことになる寮での生活に待ち焦がれながら【小鳥遊勇人】って言うひとがどんな相手なのか知らなくちゃいけないし……。

 

 じっと見つめても起きる気配は無い。よっぽど眠いんだろう、まあ、この場所はお日様も良い感じに照らすからお昼寝にはちょうど良いのかも。

 

「ふぅ」と深呼吸して晴れ渡った空を眺める──雲はゆっくり左から右に流れていく、午後の穏やかな日常、学園では退屈だなぁって思っていたけれど今は何だか特別な気持ち。

 

「私、小鳥遊君とお話ししたいこと。あるのになぁ」

 

 なんて呟いてみたけど、やっぱり無反応。私は「よし」」っと言って立ち上がって一旦寮に向かうこれから一緒に暮らすかもしれない子たちに先に挨拶しとこ、だって小鳥遊君まだ起きる様子ないし。

 心地よい風がふわりと髪を揺らす私は一瞬だけ彼の方を振り返って「聖蘭寮」の方へ歩き出した。

 

 **

 

「こんにちは。御崎さん」

「……こんにちは、牧野さんは何をしてるの?」

「うん、ちょっと小鳥遊君とお喋りしたいなって思っていたんだけど……そういえば御崎さんは彼を見ませんでした?」

「あたしは見てないわ。自分の部屋にいるんじゃない?」

「それが、小鳥遊君のお部屋に行ってみたんだけど、彼いないみたいだったんです」

「そうなんだ。どこか遠くへ行くってことはないんだろうけど……」

 御崎さんは考える仕草をすると「あたしも探すのを手伝うわ」と言ってわたしたちは小鳥遊君を探すことにしました。

 

「一応『小鳥遊班』のLIMEで情報共有しておこうか? みんなで手分けして探した方が効率いいと思うし」

 御崎さんはLIMEアプリを立ち上げてチャットグループにメッセージを送信。

 すぐに既読マークが付いて、相倉さんと藤森さんからレスポンスが──

 

『──小鳥遊君を探してるんだ? お部屋にはいなかったの?』

『うん。だからどこに行っちゃったのかなって。彼ともっとおしゃべりしたいなぁって、仲良くなりたんです』

『そっかー。分かるよ、私だってそうだもん、抜け駆けとかいうのはこう言う場合は無いと思うよ? だって皆小鳥遊君を知りたくてこの寮で暮らしているわけだし』

『そもそも、一人だけを選ぶなんて言われてないからね。学園にいる私たちには平等にチャンスがあるわけだ、その中で“小鳥遊班”は特別だという認識はあるけどね』

『探検するの? 何だか面白そうね!』

『メルア様、これは遊びではありませんよ、小鳥遊殿を見つけるのが目的です』

『わかっているわよ。アイリス』

 

 エントランスで落ち合う約束をして私と御崎さんはキョロキョロと辺りを見回しながら彼の姿を探すのでした。

 

 

「へえー、ここが入り口かー」

 

 おしゃれな表札には『聖蘭寮』の文字──ここからな中に入れると思う。

 玄関の自動ドアが開くと女子寮とは違う新しめのエントランスに「オートロックシステム」

 壁に取り付けてあるパネルは何だろう? 入り口で色々と考えていたら中に人影が見えた。

 

「あれ? お客さん? っていうかその制服、うちの学園のだよね」

 自動ドアが開くと中から女の子たちが出てくる。私の制服を見ると先頭にいた金髪の子が「中にごようですか?」と声をかけてきた。

 

「あのっ。突然ごめんなさい! 実は私、今度この寮で暮らすことが決まったので寮がどんなふうになっているのか気になってきたんです……」

「そうだったんだ。中を見て回るのは良いとは思うけど、私たちちょっと外に用事があって後でなら案内できるけど、どうする?」

 何やらお取り込み中らしい──私がどう返事をしようかと悩んでいると一人の子が口を開く。

 

「相倉さんたちは小鳥遊君を探してくるといい。彼女は私が寮の中を案内しよう」

「えっ……?」

「仮に何かあってもアイリスさんがいてくれるから安心だろう? 彼女はとても勇敢で護衛には最適な人物だ。そこの君、それでも良いかい?」

「ええっと、私は平気ですが……それより皆さんは小鳥遊君を探しているんですか?」

「そうなんです。私がお話ししたいことがあって……。彼のお部屋を訪ねてもいらっしゃらなかったので、こうして外に探しに行こうとしていたんです」

 やっと状況を把握した私はグッと手を握って勇気を出して言葉を出す。

 

「あのー。小鳥遊君なら私、いる場所知ってますよ」

「本当ですか? 彼はどこにいるんです」

「寮の近くの畔でお昼寝してます。私、たまたま、その姿を見かけちゃいまして」

「あら、そうだったの」

 金髪の女の子はそういうと好奇心を持った視線を私に向ける。

「全然起きる気配がなかったので先に寮を見学しようかなって思ってここに来たんです」

「なるほど、では、小鳥遊殿は遠くへは行っていないのですね」

「はい、畔までは歩いて行けばすぐですし」

「それだったら心配ないね。牧野さん、この子にそこへ案内してもらえば良いよ」

「そうですね。お願いしても良いですか?」

「はい!」

 私が答えると他の子たちは寮の中へ戻っていく。

 

「あのっ、すみませんでした」

「あら、どうしてあなたが謝るんですか?」

 優しい口調言われて思わず見惚れちゃった──っていうかこの子本当に可愛い、さっきいた他の人たちもそうだったけどこの学園って女の子のレベル高くない!? 

 

「まだ、自己紹介してませんでしたね。私は【牧野 栞】と言います」

「私の名前は──」

 自分の名前を彼女に伝えて私は小鳥遊君がいる場所に案内します。この寮でならやっていけるかも。最初不安に思っていた気持ちが無くなっちゃって新しい寮での生活に期待と訪れる”変化“に高揚感が湧くのでした。



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88.「新しい刺激がもたらす空気を直に感じながら」

 気持ちがいい風が吹いている庭で僕は昼寝をしていた──目が覚めるとまだモヤモヤとする意識を現実まで戻して軽く伸びをする。

 青く晴れ渡る空にはお日様が今日も変わらない日差しを送り続けている。

 

「どれくらい寝てたんだろう……?」

 十三時前か、どうやら二時間くらい寝ていたみたいだ、疲れていたんだろうか? 昼寝なんて子どもの頃以来だ。ここ最近は充実した日々を送れているのかもしれないけど些細な出来事で疲労感を抱いていたのかな。

 

「さてと、寮に戻ろうかな」

 芝生の上から立ち上がってパンパンとズボンを叩いてゴミを落とす。緩やかなに過ぎていく時間がちょっとだけもったいないなあと感じながら踵を返して「聖蘭寮」に戻った。

 

 **

 

「向こうから誰か歩いてきてませんか?」

 牧野さんが指差す方向を見るとこっちに向かって歩いてくる人影が見える。

「ちょっと待ってみましょうか、多分小鳥遊君だと思いますし」

「そうですね」

 私たちが足を止めて待っていると近づいてくる人の顔が見える位置まで来るとそれが彼だと私たちは確信した。

 

「あれ? 牧野さん? どうしてこんなところにいるの」

 彼は真っ先に牧野さんに声をかけるとキョトンとした顔をして私たちに視線を向けていた。

 

「それに君は一体?」

「あのっ……私はー」

 私が言い淀んでいると隣にいる牧野さんが代わりに説明してくれた。

「彼女は『聖蘭寮』で暮らすことになる【姫城】さんです。私もついさっきと知り合ったのですよ」

「初めまして! 『姫城芳乃』です」

 私は、はっとして頭を下げて小鳥遊君に挨拶をする──数秒沈黙が刻まれると「よろしく。姫城さん」という声が聞こえて顔を上げた。

 来た道を引き返して寮へ戻る途中に「聖蘭寮」で暮らすことになった経緯を牧野さんと小鳥遊君に語りました。

 内心では緊張していたけど、小鳥遊君が落ち着いてお話ししてくれたから焦らずに穏やかに気持ちでおしゃべりができた。牧野さんの第一印象は好意的に思える。

 

 寮へ戻った私は改めて一緒に暮らす他の女の子達に自己紹介──理事長から聞いていた以上に広くて新しめの棟に感動してキョロキョロと周りを見回す。

 皆は私の歓迎会をやろうと言ってくれて相倉さん? っていう子のお部屋にお邪魔することになっちゃった。

 そして、ここでは本当にあのルークランシェさんが暮らしていた。テレビで見るよりもすごく綺麗で手入れされた金色の長くて美しい髪が羨ましい。

 これから仲良くなれたら良いなぁ。お姫様って言うのには憧れを持っている、私の実家も地元では有名な名家だけど、一国のお姫様と比べたら小さなものだと感じる。

 

(大丈夫、ここでならきっとやっていける)

 

 素直にそう感じてガールズトークを楽しむために相倉さんのお部屋に向かう。途中で小鳥遊君とすれ違うと彼は「ようこそ。姫城さん、この寮は女の子ばかりだから気を遣わずに過ごせると思うよ。何か困った事があれば僕で力になれるなら声をかけてね」そう伝えると自然な笑顔を見せてくれた。

 はじめは寮で暮らしている子たちと仲良くやっているのかな? っていう不安な気持ちで苦しかったけど、大丈夫そう。

 自己紹介を終えると藤森さんが“小鳥遊班”の存在を私におしえてくれた、LIMEの連絡先も交換してグループチャットにも入れてもらう。

 新しく始まる人間関係にワクワクとした気持ちとちょっぴりの幸福感を抱いて私の新しい生活が始まるのでした。



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89.「私の新しい居場所」

「さ、新しい仲間が増えたことだし姫城さんに寮の中を案内しよっか」

「いいんですか?」

「うん! だってこれから一緒に住むんだし、私はもっとあなたの事知りたいと思うんだー。今とっても嬉しいんだもん」

 ニコニコした顔で私の手を握る相倉さん。そんな様子を他の子たちも微笑ましそうに見ている。

 彼女の明るさに触れていると寮に来る前までの不安なきもちなんて一気に吹き飛んじゃった。

「聖蘭寮」に住んでいる子たちは新しく仲間になった私に興味を持ってくれた、今まで身分を差し引いて接してくれる友達なんていなかったから……。

 

 私の実家──姫城家は日本でも有名なお茶を作っている老舗の茶舗。幼い時からお祖父様や両親の仕事を見てきた私は跡取りとして育てられた。お嬢様言葉を普段から使うようにと教育されてきたけど本当の私は違う、こうやって女の子っぽい口調で話すのが本当の私なの。

 だけど、それは他の人の前では曝け出さないように振る舞ってきた。愛想の良い人になろうと無理をしてきた。今の自分の居場所を守る為に、学園に通っている理由は将来の為、姫城の名に恥じない女性に成長する為、自分のやりたいことを我慢し続けてきた。

 

 定期的に両親に学園での状況を報告することになっているのだけど、例のプロジェクトの件は隠しておくわけにはいかなかった。

 お父さんたちはどうせなら学園に通っている間に私の結婚相手を決めておきたいという考えがあるみたい。

 子どもの時からお見合いはたくさんやらされてきた。家の為に一刻も早く跡取りを見つけたい、娘の将来をしっかりと見据えて手を打つ、生まれた時から自分の未来は決められていた。

 私だってその期待に応えようと頑張った。他のお嬢様よりも優れた結果を出さないと納得させられない。

 何をするにしても姫城の家を背負ってぃるという重圧は大きくなるたびにつれて私の心を締め付けていく。

 

 自由になりたい。家の為にじゃなくて自分の為に生きていきたい。そんなふうに思う。学園に通う三年間で私は変わることができるのかな? 将来にやりたいことを見つけられるのかな? 

 

 ふと御崎さんと目が合う──彼女は表情は変えないけど、真剣な視線で私の顔をじっと見ている。自信に満ちた眼差し、羨ましく思う……。

 

 彼女たちは地に足をつけて生活しているんだろうなぁ。それに比べて私はどうだろう? 親に言われるがまま、自分の気持ちを押し殺して良い子であり続ける、手のかからない子どもほど親が苦労しないですむのだら、名前を教えても寮の皆は私を普通の女の子として接してくれる。それが一番嬉しいの。

 綺麗で新しい建物は最先端のセキュリティがガードしてる。この場所が今の私の居場所──

 

 ──楽しそうに寮の設備について説明する相倉さん。”小鳥遊班“は彼女が中心なんじゃないかな? 

 

「どうしたんだい? 姫城君、浮かない顔をしているようだが」

「えっ……?」

 藤森さんが不思議そうに尋ねてくる。彼女は学者さんみたいな話し方をしている変わっている女の子っている印象だけど、自分に素直に生きているから飾らない姿を他の人にも見せられるんだろう。

 

「ええっと、その……」

「なーに、これからは時間はしっかりとあるから無理をすることはないさ。私だって初めて彼女たちと出会った時には緊張したものだ、だけど、今はこの寮に移ってきて良かったと思っているよ。前よりも『小鳥遊班』のメンバーとも仲良くなれた気がするしね。相倉さんが言った通りさ、私も姫城さんとは仲良くやっていきたい」

 飾らない素直な言葉──藤森さんは自分の意志をちゃんと持ってここでの生活を選んだんだ。

 

「それは私も同じふうに思ってますよ」

 私の肩に手を乗せて頬を緩ませるのは牧野さん。小鳥遊君を探してた時に彼女とはお話ししたけどとっても良い子だと思う。

 

「そうね、それじゃあわたしは姫城さんを芳乃って呼んでも良いかしら?」

「ふぇ? ルークランシェさん!?」

 長くて美しい金髪の王女様はライトグリーンの瞳で私を捉える。外国人のお友達なんてできたことはないけれど、ルークランシェさんはおとぎの国のお姫様みたいに現実離れした可愛さが際立つ女の子。

 彼女のそばにいると何だか魔法にかかったみたいなぽわぽわとした不思議な感覚。

 女の子なのにこんな気持ちになるのは変かな? それにしても綺麗な髪で羨ましいなぁ。

 

 小鳥遊班では定期的に女子会を開催しているみたいで私も参加できるかどうか聞かれた、女の子同士の仲を深めるっているのが目的みたい。

 相倉さんは私たちの中で誰が小鳥遊君の恋人に選ばれたとしても純粋に応援できると言っていた。

 学園に通う三年間──長いようですぐに過ぎていく時間、一日一日を大事にしなくちゃね! 

 私はここに来たからは彼をもっと知りたいないと思うの。

 相倉さんはそれぞれのお部屋を紹介してくれたあとに最後に彼のお部屋の場所を教えてくれた。

 女子の部屋は同じフロアに固まっているのだけど、彼の部屋は別のフロアにある。って言っても同じ寮の中だからそこまで離れているわけじゃない。

 女の子しか空間で彼はどんな風にすごしているんだろう? 

 小鳥遊君のことが気になったけど寮の中を案内してくれるみんなには言い出せずに先に進む、時間を作って一度彼ともお話をしてみたいなぁ。

 

 **

 

「聖蘭寮」に新しい仲間が増えた──確か名前は姫城芳乃(ひめぎよしの)さんって言ったっけ? 

 僕はまだ彼女とちゃんと話をしたわけじゃないからどういう子なのかはわからないけれど、こうして寮で一緒に暮らす女の子がいてくれるのは嬉しく思う。

 

 *

 

「ねえ? どうして彼っていつも一人でいるの? クラスにも全然馴染んでないしね」

「しっ! 本人に聞こえるわよ。クラスにいても影が薄いし、誰も気にしてないんだからよくね?」

「言えてるー。こっちから話しかけても反応が悪いし、キモいよね」

「ギャハハ! アンタそういうこと言うんだー」

「女子連中みんなそう思ってるっしょ。事実なんだから仕方なくない?」

 

 

 僕は自分が望んで一人でいることを選んだ──だけどそれは同調思想の強い学校生活では逆に目立ってしまう行動だった。

 クラスで浮いた存在、誰からも気にされずにその場所に自分がいないという認識でクラスメイトはスクールライフを過ごす。

 時々声をかけてくる生徒は罰ゲームだったり、面白がったりして友達としてではなく学校生活から抜けたハミダシ者の僕を見下す為だ。

 そんな期間を中学まで過ごし、僕はそう言った悪意のある人たちから余計に距離を置いた。それが逆にクラスでの孤立を生んで、どんどん悪い方向へ進んでいく。

 味方なんかいない。だったら、関わる必要のないじゃないか。高校受験の為、教師からの評価を上げるために学校でやるべき課題は確実にこなしてきた、クラスでの評価は最低クラスだけど、幸いに教師から問題児というふうに思われずに済んだ。

 義務教育であるとしても高校を受験するなら内申点も重要だし,僕は勉強ができたから苦労することはなかった。

 担任教師は下手に干渉せずに着実に課題を終わらせて模範生として過ごしている僕に問題は無いと考えていたんだろう。

 

 卒業を間近に控えた時期──クラスでは進学や就職の話題が離される中で今まで空気みたいに扱ってきたクラスメイトが「勉強を教えて欲しいの」と頼み込んできた。女子が多い中で男子の僕はその空間に居心地の悪さすら感じていたから早く抜け出したかった。

 これまで見下していたくせにいざとなれば頼ってくる。こういう人たちはみんなそうなんだ。だからこそ僕は自分の評価がさらに貶められようとしても彼女らの要求を断り続けた。

 

 中学まではろくな思い出も無いし、正直忘れたい気分だ……。

 今は僕に興味を持ってくれている子たちがいる。それだけが昔とは違う所だ、卑屈にならず彼女たちの想いに応えられるようにならないとな。

 忘れたかった嫌な記憶を引き出しにしまい込んで訪れた新たな出会いを大事にしていこうと思うのだった。



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90.「ようやく本当の仲間になれた気がするんだ」

 五月中旬

 

 

 定期テストが終わってから一段落した雰囲気が校内に漂う。次のテストは学期末で夏休み前になる。

 

「……夏休みか。今年の予定はどうしようかなあ」

 予定が空白のままのスマホのカレンダーをぼんやりと眺めながら考える。

 夏休みの課題は早々に終わらせて自由な時間を作るっていうのがずっと僕がやってきたスタイルだ。

 中学まではずっとゲームをして時間を消費していた、だって夏休みの間は無限に時間があるのだから、あらかじめ買っておいたゲームをゆっくりとプレイしたんだ。

 学校が始まる直前まで課題に手をつけないっていう人がいるというけれど、僕にはわからない感覚。

 楽しいことと、辛いこと、最初にどちらを優先するのか? それはひとそれぞれだとは思うのだけれども、先に嫌な事を終わらせておいた方が後で気にしないで済んで楽なのになあ。

 

 理事長からもらった一年間のスケジュールに目を通しながら作っておいたプロテインを飲む。うん、今日も美味い! 

 この学園は学校行事の数自体はそこまで多くないみたいだ。

 大きなイベントは体育祭と文化祭がメインか──お嬢様達の通う学校の文化祭はどういうふうになるんだろうか? 

 男手は僕だけだからおそらくクラスで何かをやるときは力仕事をやる係として駆り出されるんじゃないかな? 

 昔から体育祭や文化祭というものには積極的に参加したためしがない。一般生徒の盛り上がりを冷めた目で見ながら適当に過ごしていた。

 クラスの人間との関わりなんて僕にはいらなかったから──

 ──けれど、今はちょっと違うなって徐々に考えるようになってきた。

 高校でも部活には入らずに放課後は寮の部屋でネットを使って色々調べたり、携帯ゲーム機でゲームをやったりしている。

 強制じゃ無いから部活に入る必要性は無いだろうし、やりたいと思える活動が無いというのも理由の一つだ。

 そう言えば“小鳥遊班”の彼女達はクラブ活動はしないんだろうか? 学園が終わるとすぐに寮に戻ってきているみたいだけど、皆やりたいこがないのかな? 

 

 僕はLIMEのグループチャットに疑問を投げかけてみた。

 

『皆は部活には入らないの? 学園でやりたい事とかないの』

 送信するとすぐに既読の表示がつく、意外とみんなLIMEを見てるんだなあ。

 

『私は部活よりも優先するべきとがあるからね。特に魅力的だと感じる部が無いし、入らなくても良いと思っているんだ』

 最初にレスポンスが来たのは玲さん──彼女は返信内容をしっかりとかんがえてからメッセージを送信するタイプだし,こんなに早く反応されたのには驚いた。

 

『部活かー。確かに興味はあるんだけど、放課後の時間を拘束されるのは困るかなあ』

『あたしは特に興味なし……。部活やっていてプラスになることがあるんだったらやるけど、入部するメリットがないから今のところはやるつもりない』

 相倉さんと御崎さんから返事が届く──二人とも自分だけの時間を大切にしているみたい。

 

『……私も特に興味ありません。お料理の勉強はお部屋でもできますし、わざわざ部活でやるのもなぁ、それに……』

『それに?』

『学園に入学して小鳥遊君と再会して、放課後は小鳥遊君との時間を大事に過ごしたなって思っているんです』

 牧野さんの意外な答えに僕は返信が遅れてしまった。彼女は中学時代のクラスメートとはだったけど、大きな関わりを持っていたわけじゃない。

 それにも関わらず彼女は僕の事を思ってくれていた。

 

『わたしは部活動をやってみたいとは思うけれど、彼女の言うように勇人と一緒に過ごせる時間をなによりもだいじにしたいわ。その為に日本に来たんですもの』

『メルア様が部活動をやるとなると大事になりそうな気もしますが、姫様がやりたいというのならば私は不備の無いよう全力でサポートします』

『話題になると色々と動きにくいよねーメルさんは有名人だし』

『それなんだけど』

『何? どうかしたの』

『その“メルさん”っていう呼び方よ。せっかく皆とお友達になれたのにちょっと遠慮しがちだよ思わない?』

『けれど、ルークランシェのお姫様を呼び捨てにはできないし……』

「あら、私はメルと呼んでくれた方が親近感が湧くわよ? お友達にはそう呼んで欲しいわ』

 いつだってメルはそうだ。彼女は行動力がある。“小鳥遊班”の一員になったのだけど、身分の違いで皆の関係はどこか距離感があるように見えた。

『彼女がそう望んでいるのならば応えてあげるべきじゃないかい? そうだろメル』

 ごく自然に「メル」と彼女の名前に呼びかける玲さん。さすがだ、玲さんの行動は掴み所がない。これまでの距離感、遠慮していた空気感を取り除いてしまった。

 

『メルア様、お友達ができて本当に良かったですね。皆様、どうか姫様と今後も仲良くしていただけると助かります』

『そんな! アイリスさんにそこまでお願いされたら嫌とは言えないよ。だけど、私はメルだけじゃなくあなたとも仲良くなりたいと思っているの』

『わ、私はあくまでもメルア様のおまけですので』

『アイリス、あなたはいつだってわたしを一番に考えてくれるのだけど、わたしはあなたにも学園でお友達を作って学生生活を謳歌してほしいと思っているわ。ルークランシェにいる時から自分よりもわたしを優先していたじゃない? ここは日本なのだから肩の力を抜いた方がいいと思うわ』

『メルア様……』

 アイリスさんとメルの信頼──それは僕たちが知り合う前から固い絆で結ばれていたのだろう。

 どことなくアイリスさんのメルに対する態度は特別な感じがする。

 短い間彼女達の関係を観察してわかったことなんだけどね。

 

『改めてよろしくメル』

 僕はメッセージを送る──それは電波に乗って部屋にいる彼女に届いているだろうなあ。学園に来て一ヶ月以上が過ぎたけれど、ようやく動き出しそうだ。

 

 ああ、そうだ。次の休みの日に父さんが「聖蘭寮」を訪ねてくる。こっちでの仕事だって忙しいはずなのに息子と過ごす時間をとってくれる。

 新しい寮での暮らしをどうしているのかも気にして来てくれるようだ。

 僕は父さんには何もできていない、いつの日かちゃんとしたお礼を準備しないといけないな。

 ゆっくりとだけど、今まで父さんと過ごせなかった分の時間を取り戻していこう。

 

 LIMEで大まかな事を皆に伝えると相倉さんが真っ先に会いたいと言っていた。僕は父さんにそれを伝えると「父さんは構わないよ。将来の勇人の結婚相手になるかもしれない子達なんだろ? 一度会っておきたいと思う」と返事が来た。

 そして成り行きで全員が参加することに、日時をLIMEで流すとそれぞれがスタンプを使って反応。まだ誰か特定の人を恋人にするっていうわけじゃないけど、自分の父親と彼女達を引き合わせるのはなんだか緊張するなあ。

 ──父さん、僕には大事にしたいと思える子たちが出来ました。今度父さんにも会ってほしい、もしも、彼女達の中から結婚相手を選ぶ時は長い付き合いになりそうだからね。よろしくお願いします。



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91.「リビディショナル」

 部屋の中に差し込む日差しは静寂な空間に終わりを告げてくれた。

 見慣れた天井が変わらずに今日も白い色を覗かせていて、僕はぐるりと周りを見渡してスマホを手に取り起き上がり、PCが立ち上げる前にマグカップに白茶色の粉末と角砂糖を二つ落とし込んだ。

 持ち上げたカップをポットの前に置いてボタンを押すと湯気を立てながら粉が液体に溶けていくのをティースプーンでかき回しながらわずかに広がる香ばしい匂いを堪能した。

 朝の格別な一杯──マグカップの取っ手に指をかけてゆっくりと傾けてると温かい薄茶色のそれはのどかな甘さを口の中に広がらせながら独特な香りを運んでくれる。

 父さんにもらったコーヒーとココアの紙容器は立体的な存在感を示してちょっぴり量が減っているのだけど、外からはそんなことは見えないくらいに綺麗にピンと背筋を伸ばして立ち上がっている。

「ふぅ」と一息付いて既にデスクトップにアイコンが並んだノートPCの前に座ってちびちびとコーヒー啜る。いつもよりも早く目覚めた日はこうしてコーヒーブレイクで眠気を覚ますのがちょうどいい。 朝食は寮の食堂で皆で一緒にことに取り決めたから時間が来るまで待つことにしよう。うん、そうしよう。女の子達はどんな表情を見せてくれるのだろうか? 

 毎朝自作したプロテインを飲みながらすっかり目が覚めた僕は書きかけのレポートには手をつけずに真っ白な天井の壁紙をぼんやりと眺めながら思いに耽るのだった。

 

 

「やあ、おはよう小鳥遊君、今朝は一体何を食べるのかな?」

「おはよう玲さん。これから決めるところだよ。みんなで寮での食事なんてなんだか新鮮な気分だよ」

「そうかい? ああ、そういえば君はずっと男子寮の自分の部屋で食事を取っていたんだっけ、実は私も似たようなものなのだけどね。けれど作業中に食事をすることはしないんだ。食事は食事、仕事は仕事でちゃんと時間を分けているからね、PCでの仕事が多いとどうしても手軽に食べられる物を選んでしまうのが問題なのではあるけれども……」

 玲さんは券売機の前でうーんと唸りながら朝食セットのメニューのボタンを押した。ここの食堂をきちんとした料理人がメニューを作っている、使うのは寮に住んでいる僕らだけなんだけど、そういう部分は神崎さんの指示できちんとした食事が提供できるようにとのことらしい。

 

「そういえば、君は確かプロテインを自作していると聞いたんだけど本当かい?」

 食券を出し終えた玲さんが僕に問いかける。

 

「そうだよ。部屋の冷蔵庫で冷やしているやつもあるけど……。毎朝自分で作ることが多いかなー。ホエイタイプの粉末プロテインをシェイカーでシェイクして作ってるよ。ぬるま湯を使う時もあるけど基本は牛乳で作ってるね、食事前に飲んでるよ」

「ほう、それは興味深いね。もしよかったら私にも作り方を教えてくれるかい? プロテインには前々から興味があったのだけど、自分で作るっていうのはやったことがなかったから」

「良いよ。それじゃあ、今日からでも──」

 

「おはよう。二人とも先に来てたんだー。てっきり私たちが一番かと思っていたよ」

 相倉さんが残りのメンバーを連れて食堂に入ってくる。玲さんは早く起きたから先に来たらしいのだけど偶然にも僕と鉢合わせたってわけさ。

 僕は定食を頼んだから出来上がるまで時間がかかりそうだ。他の子たちは和気藹々とし今朝の朝食のメニューを選んでいる。

 

「ねえねえ、二人はなんの話をしてたの?」

「玲さんに今度プロテインの作り方を教えてあげるっていう話。前から興味があったみたいなんだ」

「へえー、そうなんだ! 小鳥遊君プロテインなんて飲んでるの?」

「うん、ずっと前からね、朝の日課と言いますか、一日三回分飲んでるよ。栄養のある食べ物を取らないといけないのは分かっているけど、それだけだとどうしても足りない部分があるからね」

 僕のプロテインの知識を皆聞いてくれる──あまり話すことはしなかったからこうやってささやかな話題を提供できるのは嬉しく思う。

「玲さんはどうする? 僕が飲んでいるタイプが余っているけどそれでも良いかな?」

「おっ、それはありがたいね。実際現物をどう手に入れようか考えていたところだったんだ」

「最近なら公式ホームページから直接買うっていうのが選択肢としては一般的だけど、僕は学園に入学してから最初に理事長に頼んで準備してもらってるんだ。他の消耗品と同じように注文している」

「そういえば小鳥遊君お昼の時いつも何か飲んでたけどあれがプロテインだったんだね」

 御崎さんがするりと僕の隣に座る──彼女は僕の昼食時に飲んでいたモノの正体がずっと気になっていたみたいだ。

「そうだよ。学園に通っているとどうしてもお昼は取り忘れることがあるからね、朝準備して持ってくるんだ。お嬢様方には珍しいものかもしれないね」

 焼き魚定食を食べ終えた僕は玲さんにあげるプロテインを取りに部屋に戻る。相倉さんや御崎さんも興味津々で結局、僕が全員に作り方を教えてあげることになった。

 取り敢えず今回は僕が神崎さんに連絡しておいて、受け取ることになるのだけれど、次からは個別に要請するらしい。その辺の事情も説明済みだ。

 

 LINEでメッセージを送ってから“小鳥遊班”大集合──僕の部屋だと狭いから一度食堂に集合することにした。

 

「さあ、準備はこれだけだね。牧野さん。そこの牛乳を取ってくれるかな?」

「はい。分かりました」

 牛乳を受け取って準備は完了! 

 

「まずこれがプロテインシェーカーで、容器に付いてるスプーンで粉を三杯入れる。量は好みに合わせて調整してくれてオーケーだよ」

 珍しそうに粉が入ったシェーカを覗き込む一同──メルなんて目をキラキラと輝かせていた。僕はその視線を感じつつも次の説明に入る。

 

「そして、水か牛乳をこの目盛まで入れるっと、後は蓋をしっかり閉めて振るこれで感染」

 上下に振って見せると粉が溶けて牛乳と混じっていく、薄いココア色に濁ったらバッチリ。シェイカーで直接飲むのも良いけれどコップに移して取るのだってありだ。

 

「これを三回分作っていくんだ。ね? 簡単でしょ、今回はココア味を使ったけど、他のフレーバーを試したい人はどうぞ。夜は眠る二時間前に飲むのが良いらしい」

 

 健康的な体を維持するっていうのが目的ではあるのだけど、何より清涼飲料水よりは好みでコンビニとかに寄る機会があればバー状のタイプをかうことだってある、決して味も悪くない。

 女の子がこういうモノを食べたりするのはイメージが湧かないなあ。玲さんは「これから試してみるよ」と言うと自分に必要な量を分析し始める。

 彼女は本当に学者みたいだ──「うむ」と唸ると容器側面の栄養成分を確認。何か気になる部分でもあるんだろうか? 

 ちゃんとした食事を摂るのは大切だし、彼女達は美容にも気を遣わないといけないのが大変だ。

 新しい仲間の姫城さんは玲さんとも親しそうに会話をする。僕の周りの女の子は優しい子ばかり──

 

 ──個性的でそれぞれに魅力がある。説明を終えて部屋に戻るとノートPCのスリープモードを解除してブラウザを開いた。検索ボックスにキーワードを入力してEnter。すぐに表示された検索結果の中から自分が必要だと思う情報を抜き取っていく。

 静かな部屋にキーボード叩く打音が響くとちょっぴり安心。

 深夜前になるまでネットで調べ物を続けながら寝る前に作ったプロテインを飲み干してからもうひと頑張り。

 今日中にキリが良いところまで調べておきたい。

 

 外の薄黄色の光がパソコンの画面を照らす──部屋の電気を点けていても自然が魅せる月光は夜の帳が降りた空から降り注ぐ。

 ひと時の静寂に心地よさを感じながらようやく役目を終えたパソコンを閉じベッドに入ると意識をする事なく深い眠りに落ちるのだった。



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92.「勇人宛の郵便」

「……これはもしかすると」

 

 部屋に戻ってきた僕は机に封筒を置いた──どうやら僕宛に郵便が届いているようだ。ペンスタンドからハサミを取り出して封筒を開けていく、手にざらりとした紙の感触に触れてからゆっくりとハサミを動かした。

【小鳥遊勇人】へ郵便を送るなんていう物好きはどこの誰だろう? 

 母さんは要件をメールか電話で済ませることが殆どだし……。

 あの人が仕事以外で息子に興味を示すことなんてないだろう。

 もしかして父さんから何か用事でのあるのだろうか? 

 けれども、父さんとはいつもLIMEでもやり取りをしているし、そこまで込み入った話ならあの人なら手紙で伝えるなんて事はしない……。

 立派な封筒を開くと三つ折りされた一枚の紙と返信用の封筒と挟まれていた小さな紙がペラリと落ちる。

 僕はまず最初にさっき落ちた小さな紙に目を通す──病院の診察券? の様な形をしているそれは裏面に該当する医療機関の連絡先が載っている。

 

「富士ヶ嶺病院か、どこかで聞いたことがあるような名前だけど……」

 思い出せそうで思い出せないモヤモヤとしたなんとも気持ちが悪い感覚だ、その紙を机に置くと次に三つ折りにされた紙を読んだ。

 

 “定期検診のお知らせ”一番上に書かれている文字を見ると僕はなんとなくだけどこの手紙が届いた意味を察した。

 

 そうだ、これはさっき同封されていた紙に書かれていた医療機関で検査を受ける様にとのお達しだ。

 例の紙は僕が検査を受ける病院の診察券で郵便の内容によれば【富士ヶ嶺病院】で遺伝子に関する検査を受診する様にとの事らしい。

 学園に入学する前に一度母さんから紹介された医療機関で検査を受けた──その結果で僕の進学先がこの学園に決まってしまったのだった。

 

 書類だけで、あまり詳しい説明は受けていないけど僕は強い遺伝子の持ち主らしい。それが今後の人類の未来に関わると言う話なのだから自分でも驚いた。

 

 手紙は誰が送ったものかはわからないけど、検査を拒否する理由はない。プロジェクトに関わる事なら尚更だ。しっかりと自分の体とは向き合っていかなくちゃいけない。

 僕は診察券に書かれた病院に連絡を入れる。電話越しに名前と生年月日血液型を聞かれたからそれに答えるとオペレーターは「すぐに担当にお繋ぎします」と無機質な返答をして電話の先から保留中のアナウンス音が鳴る。待つこと数十秒──

 

 ──若い声の女性が電話に出た。僕は改めて手紙の内容を説明してから近いうちに病院で検査を受けると言うことを伝える。

 お医者さんはすぐに理解できたようで、僕が都合の良いをマッチングさせてくれた。どうにもプロジェクトの件は医療機関には伝達されているようで、検査もきちんとしたものを受けなくてはいけないらしい。

 移動の時間も考えると学園に戻って来れるのは夜になるかもしれない。

 前のものとは違って病院で本格的に体を調べるのはちょうど良い機会だから持病とかが無いかも検査してもらおう。

 これから先僕に万が一のことがあれば、せっかく仲良くなれている彼女たちにも迷惑がかかる。

 優しい感じの声で検査当日の説明をしてくれる女医さんの話にメモを取りながら耳を傾けた。

【富士ヶ嶺病院】までは向こうが送迎してくれるみたいで、当日は大きな荷物などは必要ないらしい。検査が終われば真っ直ぐに学園に戻ってくるからその後は自由にやれそうだ。

 疑問に感じた事をお医者さんに投げかけるとしっかりとした口調で答えてくれた。この人なら安心して任せてもいいかもしれない。ほっとしながらもほんの些細な事でも聞きそびれないようにと自分に言い聞かせる。

 

 診察日が決まり、僕はスマホのカレンダーアプリを立ち上げて真っ新な予定欄にスタンプを押して女医さんに教えてもらった内容を打ち込む。

 

 そういえば、このカレンダーアプリって普段はあまり使ったことが無かったなあ。カレンダーはその日の日付を確認するくらいだし……。メモ帳アプリはよく使うんだけどね。

 そもそも予定を書く程のイベントなんて僕の周りには起こらないから普段から立ち上げる機会もそれほどに多くないや。

 タスクキルせずにバックグラウンドのままのアプリは三つ程だからスマホの機能性を心配する必要もないし。

 検査は学園が休みの日に行くことにしたから授業に遅れが生じるなんていう心配は杞憂に終わりそうだ。

 

「一応神崎さんには報告しておいた方がいいな」

 すぐに理事長宛に今回の詳細を載せたメールを送信する。もしかしたら僕が病院に行かなくちゃいけないことはもう既に知っているかもしれないけれど、念のために伝えておこう。

 初めて使ったカレンダーアプリの画面を凝視しながら検査日を再確認するのだった。



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93.「普通が普通である為には」

「牛乳が切れてるな……」

 今朝プロテインを自作するときに冷蔵庫の中にある牛乳を取り出してみたらちょうど使い切ってしまった。

 無くなる前に業者に発注をかけるべきだったなあ。

 代用できそうなのは豆乳くらいか、紙パック容器の豆乳が冷蔵庫の下の段に並んでいる。僕はそれをサイドポケットに移動させて扉を閉じた。ついこの前届いた郵便──病院で検査を受けるようにとのお達しで、入学前以来となる医療機関での検査の日にちはすぐに決まった。

 LIMEで父さんにその事を伝えると病院まで車で送ってくれて、検査が終わるまで付き添ってくれるらしい、仕事があるのかもしれないのに僕の為に時間を作ってくれるのはありがたい。母さんに言われたのかもしれないけどそれでもいいや。父さんが付いてきてくれるのなら不安はない。

 検査の結果は希望すれば僕も知ることができるけれど、実際のところはプロジェクトを遂行する部署へ伝達されるようだ。

 そこの責任者はもちろんあの人──一応香月先生にも経過の報告が届く事になっている。僕が病院で検査を受けるということは理事長や香月先生等ほんの数人程度にしか知られていない事実。学園側はあくまでも内密に進めたいみたいだ。僕もペラペラと喋るつもりはないし、変にあれこれと詮索されない方が助かる。

 自分の体に関することだけど、彼女たちにはそれほどまでに大きく関係する事象ではない。

 

 何だろう? 毎日が忙しくても全然嫌に感じない。外の風は普段通り吹いて部屋の窓を叩く。篭りがちな僕の部屋にはノートパソコンでキーボードを叩く打音が静まり返った空間を生活感をもたらす。

 スマホには“小鳥遊班”の女子たちがチャット欄でトークをしている。いつ参加しようか様子を伺いながら彼女たちの会話の内容に目を通しつつ画面に視線を向け夏休み明けの学園の予定表に目を通す。イベントがそれほど多いわけではないのだけれど、夏休み明けは文化祭や体育祭とか普通の学校でもやるような行事の実施が決まっている。

 中学の頃なんて学校行事に真面目に取り組んだ覚えがない……。

 

 *

 

 クラスから孤立していた僕はいつだって1人でいる時間を大事にしてたんだ。もちろん、それは自分自身で望んだことだし子供っぽいクラスメイトと仲良く過ごすなんて言うのが苦痛に感じていたのだから仕方ない。

 

 部活に勉強に普通の中学生なら友達と遊んだりして楽しくて充実した学生生活を送っているんだろうけど、僕にはそんな楽観的なビジョンは浮かんでこなった。

 中学なんて義務教育で通っているのだから余程のことがない限りは卒業できる。

 なんとなくだけど、そう、なんとなくそういった雰囲気が合わなくて教室で授業を受けている時だって板書をノートに写すだけで先生の話はまともに聞いてなかった。

 それでも牧野さんみたいな物好きな子が僕を気にかけてくれていた。彼女と学園で<再開>したのは正直びっくりしたけどあの子はこれまでのクラスメイトと違って僕を色眼鏡で見ていない。牧野さんの穏やかな雰囲気にどこか安心感を覚えていたんだ。

 

 そして彼女が“小鳥遊班”のみんなと仲良くしているのを僕は素直に嬉しく感じている。中学時代そんなに牧野さんとは話した記憶はないけど、僕の心の中にはちゃんとメモリーが刻み込まれている。

 今風に例えるなら癒し系女子って言うのかな? そのフレーズが彼女にはぴったりだよ。LIMEでトークをしている輪の中に自然と入り込んでいくとみんなはすぐに僕を歓迎してくれた。

 ありふれた日常──普通だけど心地が良い日々、僕は毎日に充実感を覚えながら午後の予定を消化するのだった。



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94.「アフタヌーン・ティー」

「それじゃあ小鳥遊班の女子会を開催しまーす。みんな大丈夫? ジュースとお菓子は行き届いてるよね?」

「問題ないですよ相倉殿、まさかルークランシェから日本に持ち込んだティーセットがこんな形で役に立つなんて思いもしませんでした」

「そうね。わたしは日本に来てからもアフタヌーン・ティーを楽しみたいとは思っていたのだけれど、こうして日本のお友達とお茶会を開くのはなんだか新鮮な気分だわ」

「メル、本当にありがとうね! わー。お菓子どれもとっても美味しそう」

「うむ、というか“小鳥遊班”で集まるのはもはや恒例行事になっているね。相倉さんが最初に言い出したことではあるのだけれど、私もこの空間は気に入っているよ。あ、お菓子私にも貰えるかい?」

「どうぞ。姫城さんも遠慮しないでね? これから一緒に寮で暮らしていくんだしもっとあなたの事知りたいと思っているの。仲良くしてくれるかな?」

 麻奈実の言葉にゆっくりと頷く芳乃──もう定例になった女子会はお互いの事を理解するために開かれるだけじゃない、ちゃんとした理由がある。

 

「もぐもぐ、そういえば夏休み前に学園が開催するミスコンとかいうのがあるみたいだね。調べてみたんだけど、去年はそう言った行事は実施されていなかったみたいなんだ」

「へえーそうなんだ。ていうか藤森さん食べながら喋るのはお行儀悪いと思うよ? ミスコンかー。どうして急にやるようになったのかな」

「おそろくだが、ああいや、これはあくまでも私の推測なのだが、例のプロジェクトが関係してるんじゃないかと思うんだ? ほら、去年恋麗女子学園はまではただの女子校だっただろう? ミスコンなんて開催する理由もなかったんじゃないかな? それが今年からは違う」

「あー。小鳥遊君がいるからか」

「ご名答! 彼が学園に通っているのだから目的としては十分だろう? 小鳥遊君が恋人を選ぶ為の判断材料になるわけだし」

「……けど、そうなると参加する子は多そうね」

「詳しい内容は学園側から説明はあるとは思うけどね。どのくらいの規模でやるのか未知数だ。参加者が多いと審査の時間や項目も増えて手間がかかるだろうしね」

「あたしたちはどうするかだよね。ねえ? もしもミスコンが開催されるとしたら藤森さんは出るの?」

「いや……本来私はそう言ったイベントは苦手なんだが、もしも彼から出場を頼まれたら断れないかな。だが、結局は自分の意志で参加することにするのだろうけど。小鳥遊君という存在は大きなものになるからね」

「うーん。私も藤森さんと同じですね。人前で目立つのはあまり好きではないです……。でも、小鳥遊君が望むなら頑張ってみようと思います」

「わたしは参加してみても良いかと思ってるわ。面白そうだし、それに勇人も何かしら関わって来るかもしれないし、少しでも好印象は与えておきたいの。もちろんみんなを出し抜くって言うことなのだろうけど、わたしは彼に選んでもらえるように最善を尽くすつもりだわ」

「姫様が出るなら話題にはなりそうですね。ご自分で決めるのなら私は特に何も言うことはありません。メルア様のご意志が一番大切ですから」

「あたしはどうしようかな」

「あの。皆に話しておきたことがあるんです……」

 全員の視線が彼女に向けられる中で牧野さんは一旦深呼吸をしながら昔の話を語り始めた。

 

 

「私、小鳥遊君とは中学時代同じクラスだったんです」

「ほう、それは興味深いね。彼はどういう中学時代を送っていたのかい?」

「……いつもひとりでいる事が多かったです。クラスメイトと距離を置いて、遠くから眺めているような感じ、敢えて関わりを持っていないようにみえました」

「それは意外ね、彼、あたしたちとはちゃんとお話ししてくれるのに」

「私も最初は信じられませんでした。中学時代に彼と仲がいい子なんて全くいませんでしたから。私も少しだけしか話した事がなかったですし、小鳥遊君自身が一人でいるのが好きな風にも思われてました。クラスの人も彼を話題にする事はありませんでした」

「授業が終わればすぐに帰っていたので放課後に何をしているのかも知りませんでした。小鳥遊君にとって私の存在はただのクラスメイトの一人だったのかも」

「わたしが日本に来て勇人と話した時、気になる部分はあったわ。なんて言う風に説明すればいいのかわからないのだけれど、どこか他の人とは違う感じ? 本心を探られないようにあえて気丈に振る舞っているのというのかしら外から見れば人当たりは悪くなさそうに見えるのだけど。相手に不快感を与えない距離感で関係を築こうとしている風に見えた」

「過去のことを語りたがらないのは何か理由があるかしら……。ちゃんと話してくれる時が来るのを待つしかないのかもね。小鳥遊君ならきっと話してくれると思う。そう信じてるわ」

「そうだね。まあ、彼とはこれから長い付き合いにはなりそうだからいつか判明することだろう」

「あー。藤森さんその言い方だと自分が恋人に選ばれたいと思ってるんだー」

「もちろんだろう。それが学園にいる意味でもあるのだから。みんなは違うのかい?」

「それは──」

「藤森さんの言うとおりですね。女子寮から『聖蘭寮』へお引越ししたのだって少しでも小鳥遊君と過ごしたいと言うのがありますし」

「誰が選ばれても恨みっ子なしだよ? ていうかプロジェクトの方針だと一人に決めないといけないってわけではないのだけどね」

「勇人の意志を尊重しなくちゃね。どういう結果になったとしても」

 

 緩やかに過ぎて行く時間の中でデジタル時計の数字が変化するのを眺めながらそれぞれの想いを胸に抱いて未来に希望を描くのだった。



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95.「Dinner Time」

「ああ、それじゃあ病院に行く時は父さんもついていくからな。検査の結果は気になるしな」

「ありがとう父さん。急にこんなこと頼んで悪かったね」

「なーに、気にしなくていいぞ。勇人には親らしい事をずっとやってこなかったからな、これくらいはなんともないぞ親子なんだから遠慮しなくていい」

 

 日本でも仕事をしている父さんは夜に電話をかけても普段通り接してくれる。父さんからは母さんの仕事の手伝いをしているっていうのは聞いている。

 

「勇人はこれから先自分で将来を決めないといけない時期が来るだろうが、父さんはお前がどんな選択をしたとしても親として見守っていくつもりだ。十年以上も片時だって勇人や母さんの事を想わなかった日はない」

「学園を卒業するまでには自分の考えを持って行動していくよ。父さんには色々と相談するかもしれないけど……」

「今度また学園を訪ねるからその時にお前が仲良くしている女の子を紹介してくれるか? その子たちと恋人になるかはわからないが父さんも一度くらいは挨拶をしておきたいからな、今は彼女たちと別の寮で暮らしているんだろ?」

「そうだよ。この間男子寮から引っ越しが終わったとこ・僕は広めな一人部屋を用意してもらった」

「なるほどな。セキュリティが最先端の建物だっていう話じゃないか。情報は母さんにもらったデータに入ってたから知っているぞ」

「そうなんだ。母さんは父さんには色々と伝えているみたいだね」

「ああ、勇人の事はわかる範囲で報告を受けるように約束したからな。けれども、母さんよりもお前の方が僕と連絡している機会は多い。美鈴はいつも忙しそうだしな、僕もメールと電話でしかちゃんかやりとりはしてない。日本に帰国したら会うのを約束してたんだけどな」

「父さんよりも仕事を優先するなんてあの人らしいや」

「勇人、お前が嫌じゃないのなら時間を作って三人で会わないか? もちろん断ってくれてもいい。お前は母さんとの関係があまりうまくいってないようだし、一気に修復するというよりは少しずつでも美鈴と話をししてみないか?」

「考えておくよ。あの人が来てくれるとは思えないけど……」

「はっはっは、手痛い言い草だな。分かった。母さんには僕の方から連絡しておくよ。そうだ、病院が終わった後は暇なんだろう? 検査が終わったら会えるように都合をつけよう。なーに、母さんの事だお前の体の結果が気になるだろうからもしかしたら来てくれるかもしれないぞ」

「病院は十三時前には終わるらしいからそのあとなら僕も時間があるよ」

「十三時か。分かった。その時間帯で食事でもしながら久しぶりに家族で集まろう」

 

 長い間失われていた小鳥遊家の家族が集まる、父さんはああ言っていたけれど、母さんが仕事を放ったらかしてわざわざ来るなんていうのは想像ができない。

 あの人はいつだってそうなんだから──息子よりも仕事が第一、だからこそ僕らの親子関係は冷え切って修復困難な状況になっている。

 

 期待なんてしない、ただ、僕はせっかく時間を作ってくれた父さんに迷惑をかけたくないだけなんだ。

 

 父との通話を終えてスマホをポケットにしまい込む──「ふぅ」とため息一つついて僕は部屋から出た。

 

「ん? 食堂の方が騒がしいな」

 廊下に出てほっつき歩いてると何やら賑やかな声が聞こえてくる。

 

「あ! 小鳥遊君も来たんだー。今はメルからルークランシェの料理を習っているんだよ」

 ニコニコしながら相倉さんがエプロンすがらで厨房から出てくる。ペンギンがプリントされた可愛いエプロンを着て髪をまとめている。

 僕は「可愛いエプロンだね」と感想を言ってキッチンを覗くとメルが嬉しそうな表情で料理を教えている。

 

「あら、勇人いらっしゃい。もしかしてあなたお腹が空いたのしら?」

「かもね、部屋から出たら食堂から元気な声が聞こえたから興味が出てきてみたんだ。それにしても驚いたなあ。メルが料理してるなんてね」

「意外かしら? ルークランシェにいた時は王宮専属のコックさんがいたから自分で作ることはないのだけど、アイリスに材料を揃えてもらってこうして振る舞っていたのよ」

「ねえねえ! これはどういう料理なの」

「ルークランシェの郷土料理ね、地元では良く食されるものなの、旬に取れた食材を調理して振る舞うのだけど、家庭によってそれぞれ微妙に味付けに違いがあって一つの料理なのに完成形は存在しないわ」

「へえー。それは面白いね」

「……小鳥遊君」

「御崎さん? どうしたの? 君はみんなと一緒に料理しないんだ」

「違うわ。ただ、あなたに聞いておきたいことがあって」

「聞いておきたいことって何?」

「うん、良ければ小鳥遊君がお家でどんな料理を食べていたのか聞いてもいい?」

「えっ……?」

「所謂おふくろの味っていうやつです!」

 ビシッと指を立てながら牧野さんが近づいてくる。なーんだ、そういう事かあ、けれども、何で御崎さんはそんな事を聞くんだろう? 

 

「あたしは小鳥遊君の好みも知っておきたくてそうしたら料理を作る時により一層頑張れる気がするの」

「家で食べてたのものかー。正直うちではお手伝いさんが料理を作ってくれてたから御崎さんが期待しているような応えは出せないと思うよ・栄養管理された食事が出されただけで──ああ、ごめん。こんな時に言うのもなんだけど皆には知っておいてほしいんだ」

 

 僕は小鳥遊家の事情を彼女達に話す──隠す必要なんてないんだから、僕が母親と上手くいっていない事、子供の頃母さんの手料理なんて食べたことがないという事実、みんな真剣な表情で聞いてくれている。

 御崎さんの言葉が心に重く響く──彼女は僕の好みを知りたいと言ってくれた。相倉さんもメルも僕の為に美味しい食事を提供しようと頑張ってくれているそういう彼女らの気持ちを無碍にするわけにはいかない。

 

「ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃって」

「いや、御崎さんは何も悪くないよ。僕がちゃんと話さなくちゃいけなかったんだ、こうやって『聖蘭寮』で暮らすわけになったから隠し事はしたくない」

 みんなの楽しい雰囲気を崩したくない……。僕は取り繕うように笑顔を見せて食堂の椅子に座った。

 メルの故郷の料理がどう言ったものなのか若干の興味がある。

 コップに注がれたリンゴジュースの琥珀色越しに様子を伺いながら食事が完成するのを待った。

 

「お待たせしました。完成ですよ。藤森殿は食器の準備をお願いします」

「任せたまえ。ああ、そうだ、牧野さんと御崎さんも手伝ってくれるかい?」

「良いですよ」

「仕方ないわね、あたしも早く食べたいし」

 座っている僕に優しく微笑みかける御崎さん──僕はコップのジュースをゆっくりと飲んでから準備をしている彼女達を凝視した。“小鳥遊班”の全員がテーブルに着く。食堂でみんなでの食事かあ。すごく良い時間を過ごしているなと感じる。

 それぞれが自分に着くとアイリスさんがお皿に料理を取り分ける。メルも手伝ってルークランシェの料理がテーブルに並んだ。

 外国の食事を体験するなんて滅多にないから何だか緊張してしまう……。

 なんてゴージャスな夕餉なんだろうか? 部屋でカロリーバーやバランス栄養食品で済ませる食事とは大違いだ。

 準備されたナイフとフォークを器用に使いこなして食べる──子供の頃嫌と言うまで教え込まれた礼節がこんなところで役に立つなんてね。

 

「美味しい! こんな美味しいものは初めて食べたよ」

「うふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ。アイリスと二人で頑張った甲斐があったわね」

「私も調理には参加しましたが大半はメルア様がやってくださいました。皆さんの喜ぶ顔が見たいと言っていたので大成功ですね」

「ほんとー。海外の料理なんてレストランでしか食べられらないと思ってたよ」

「うむ、美味だな。メルさんの腕もさる事ながら食材も新鮮でイキの良い物が揃えられているのだろうね。この盛り付けは見事だ」

「ありがとう」

「牧野さん? どうかしたの」

「いえっ……。メルアさんと一緒に夕飯を食べていると何だか夢の中みたいに思えちゃったんです」

「それは私もそう思います」

 姫城さんと牧野さんは目をまん丸 にしながら料理とメルの顔を交互に見比べていた。

 

「確かにそうね。わたしも誰かの為に料理を振る舞うなんていうきかいが少なくてみんなに喜んでもらえるのか心配だったの」

「とっても美味しいよね! 私、メルから料理教わりたいなぁって思っちゃった」

「あら、わたしはあなた達から日本の料理を教えてほしいと考えてるわ。勇人の好みだって知っておきたいのよね」

「それは全員同じじゃないかな? 私は料理には興味がなかったが小鳥遊君のためと言うのなら真剣に取り組んでみようかな」

「じゃあ、皆で時間を作って“小鳥遊班”で料理会をやろっか!」

「全く、相倉さんはいつも決断が早くて羨ましいね。キミのそういう前向きな部分は私も見習うべきだと感じているよ」

「わ、私もお料理をもっと勉強したいです。それから皆さんとも仲良くなれたらなって」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎると言うけれど、僕らのディナータイムはゆったりと時感が流れていき、食事が終わり今日の感想を言い合いながら女の子達は和気藹々とお風呂場に向かう。

 僕は自分の部屋に戻ってノートPCを立ち上げると書きかけのレポートの続きに取り掛かるのだった。



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96.「Scheduled for summer vacation」

「そろそろ夏休みの予定を立てようと思っているけど皆はお休み中の予定はどうなっているのかな? 決まってたりする」

「あたしは一応お母さんに実家に顔を出すようには言われてるけど……」

「私は寮の部屋で涼しくして過ごすかな、暑いのは苦手なんだ、PCを扱っている分少しでも熱量が少ない場所にいたい。それとアイスがあれば最高だな。うむ、それがいい」

「そうなんだー。やっぱり長期休暇は帰省するのが当たり前なのかなー」

「そうでもないんじゃない?」

 女の子たちの会話にごく自然と入り込む僕、彼女たちは高校生活初めての夏休みに胸を躍らせていた。

 玲さんは暑いからどこにも行きたくないらしい。実に彼女らしいや。

 御崎さんと姫城さんに牧野さんは帰省の予定、相倉さんはご両親とは電話やLIMEでやりとりをしているらしくて実家に帰るほどでは無いらしい。

 メルとアイリスさんは帰りたくても外国では難しいだろうし……。

 お嬢様方はやはり家の事を考えたら実家で過ごすのが違和感がないんだろうね。部活動をやっている子は学園に残って部活動に精を出す。

 青春だなあ。僕は特に入りたいと思えるような部活がなかったからせっかくの高校生活なのに何もしていない。放課後は真っ直ぐ寮に戻るし部屋ではネットサーフィンをするけど僕のプライベートなスケジュール帳は真っ新なままだ。ああ、そうだ遂にこの寮にも新しいプロテインが届いたんだ! 業者からの段ボールの中身には僕が注文しておいた量ピッタリだから不満はない。

 

「勇人は夏休みの予定はあるのかしら?」

 メルが興味ありげなトーンで僕の予定を聞いてくる──一斉にみんなからの視線が集まる。

 

「特にないかな。実家に帰省するつもりはないし」

 夏休み中あの家での生活なんて窮屈すぎる……。僕には帰る場所があるのはわかっているけど、思い出なんていうものはない。

 昔のことを思い出す──

 

 ──部屋の中でゲームをしている自分。お手伝いさんが準備した食事を取り終えてからは自分のだけの世界に入り込んだ。母さんは家に帰って来る頻度が少なくて仮に帰宅しても息子と顔を合わせるようなことはせずに仕事に戻る。あの人はいつだってそうだ。

 

 彼女たちに僕の家庭事情は詳しく話しているわけではないのだけど、みんな気を遣ってか詮索するような真似はしない。

 

「一応父さんと会う約束にはなっているんだけどね」

「お父さんに?」

「ほう、小鳥遊君のお父さんかね」

 女の子たちは興味津々な様子。

「父さんは寮に訪ねて来ることになっているから僕はずっと自分の部屋にいるつもりだよ」

「ねえ? 私も会っちゃダメ?」

 驚いた相倉さんがそんな突拍子もない事を言うから僕は数秒固まってしまった。頭の中が整理できていない。

 

「相倉さんが父さんに? 聞いてみないことには分からないけどでも、キミの予定を僕がもらっちゃってもいいのかな?」

「うん! 大丈夫だよ。だって、もしも小鳥遊君とお付き合いすることになったら将来的にはご家族にも会うことになるだろうし、先に挨拶を済ませておこうかなって」

「麻奈実の言う通りかもね。わたしも興味あるわ、勇人のお父様がどう言う人なのか気になるし」

「メルア様、急にそんなことを言うと小鳥遊殿が困るのでは?」

「あら、そうかしら? 勇人はどう思うの」

「──僕はメルが会いたいって言うのなら別に良いとは思うけれど、だけど、さっきも言ったけど一旦父さんに聞いてみないことには判断できない」

「メルア様がお会いなさるなら私も同席します」

「面白そうだね。私も是非とも会ってみたいね。挨拶を済ませておくという相倉さんの言うことにも賛成だよ」

「なんか大事になってきたなあ……」

「良いじゃない! こうして同じ寮で暮らしているわけなんだし、私は小鳥遊君との事真剣に考えていつもりだよ? ね? みんなもそうでしょ?」

 周りの子に同意を求めると全員がゆっくりと頷いた。どうやら僕が思っている以上に彼女たちは将来の事を真剣に考えてくれているみたいだ。

 

「けれど、御崎さんたちは実家に帰省するんだよね? 小鳥遊君のお父さんに会う機会がなくなっちゃうんじゃない」

「そうだね、御崎さんたちの予定を急に変更するっていうわけにもいかないだろうし……。会えない人は時間の都合を作って別の機会って事になるのかもね。今は仕事は落ち着いているって言ってたからスケジュールさえマッチすれば父さんはいつでも寮に来てくれると思うけど、御崎さんや牧野さんたちが都合の合う日を聞かせてもらえたら僕がセッティングするから」

「……ごめんなさい。気を遣わせて」

「良いよ、気にしないで、夏休みに実家に帰省するのは当然だし御崎さんたちが謝る必要はないよ、そもそも僕が夏休みに寮で父さんと会う約束をしていたわけなんだし」

 

 僕はすぐにスマホで父さんに連絡を入れる──返信は早くきて父さんは相倉さんと会うのをOKしてくれた。

 ほっと一息をついた僕はメルの隣に座る。綺麗な金髪が顔に近づくとシャンプーのいい匂いがした。綺麗なライトグリーンの瞳が僕を捉える。

 本当に綺麗な子だ、自然な笑顔が実に絵になる。

 相倉さんは父さんに会えるのを喜んでくれた。「服は何を着ようかな? ドレスなんて持ってないよー」とアワアワしているのは可愛い。

「ドレスなんて必要ないだろう」と冷静にツッコミを入れる玲さんは顎に手を当てて何かを考えているみたいだった。

 まっさらだった僕のスケジュール帳は華やかな色がまず一つ。これからどんどん増えていく事だろう。そんな未来に高揚感を抱きながら夏休みが来るのを待ち遠しく思うのだった。



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97. 「Schedule adjustment」

「いくつか候補はあるんだが、勇人にも話は聞いておこうと思ってな物件を下見に行ってもいいぞ。今後長く住むことになるかも知れないからな家は大事だ」

「ちゃんと決めておこうと思うよ。と言ってももうしばらく時間がかかるかもしれない。今は学園での暮らしで精一杯だから」

「お前の時間がある時に考えればいいさ。新しい寮でも一人部屋なんだろう? 寮に戻ってきてからいくらでも暇はあるさ、とりあえずは勇人のパソコンにメールにデータを添付して送っておくよ。目を通しておいてくれ」

「わかった」

 

 通話ボタンをタップして電話を終える──僕はブラウザを立ち上げていつも使っているフリーメールのページを読み込んでログインした。

 基本的にメールなんてゲームサイトや動画サイトの登録をするくらいにしか用はないけど、父さんとやりとりするようになってからは頻繁にメールを送るようになった。まあ、こういうのは僕はLIMEでも別にいいだけどね。

 父さんからすぐに住居の候補画像が添付されたメールが僕のPCに届く。

 いくつか検討をしている物件があるらしくて、僕が一人で住むのも良いんだけど、もしも誰か結婚相手と暮らすことになっても不自由のない位の広さの家を探しているみたいだ。

 一枚目の画像に写る新しく建てられたマンションは高原に佇む別荘みたいな建売住宅──選択肢は十分に用意されているんだな。

 何十年も会ってなかったはずなのに僕の中では父さんはあっという間に母さんの順列を追い抜いて大事な家族になった。

 まずはプロジェクトを成功させてからその先に進みたい──学園に通う子達がどういった選択をするにせよそれには僕が関わってくるのだから。

 こうやって寮でみんなと一つ屋根の下で暮らすようになったこと、自分からアクションを起こして生活に変化をもたらしたのは成長した面でもある。

 彼女達と過ごす度に僕は新しい発見ができる。何気ないように思える毎日が退屈なんかじゃなくて、日々訪れる小さな変化に心を躍らせながら僕は夏休みが来るのを待ち遠しく感じていた。

 

 

 *

 

「ねえ、御崎さんどうしよう!」

「相倉さん、どうしたの? 何だか慌ててるみたいだけど」

「だって! 緊張しない? 小鳥遊君のお父さんに会うんだよ?」

「……そうね、あたしもなんか緊張してきた」

「まだ、彼のお父様が来る日ではないだろう? 二人とも今から緊張していては当日大変じゃないのかい?」

「藤森さんは冷静ね」

「なーに、こう言うことはなるようしにかならないさ。変に振る舞って相手に不信感を抱かせるのは良くないからね」

「わたしは楽しみにしてるわ、まだ夏休みではないのだけれど、勇人のお父様がどう言う人なのか気になっているの。それに、もしかしたらこれから先、顔を合わせる機会が増えれ来るかもしれないわ」

「メルア様はルークランシェ王国の事も小鳥遊殿のお父様にお話しされるようですよ。私たちも身分を隠す必要はないですしね、姫様が決めた事でしたら特に言うべきにではないですし」

「この寮で暮らすのを選んだったって言うことは、みんなも勇人とステディな関係になりたいわけでしょ? それはわたしも同じ気持ちだわ」

「まあね、メルみたいに素直に気持ちを伝えられたらどんなに楽か」

「あら、難しい事じゃないと思うわ。みんなそれぞれに個性があるのだから、表に出しても損は無いんじゃない。それに勇人が気に入らないのならとっくに自分から意思表示しているだろうし」

「彼はあまり自分の事をペラペラと話すような人ありませんから……」

「牧野さんは小鳥遊君とは中学生の頃、同じクラスだったんだよね? 昔からああいう人なの」

「私も、特に仲が良かったわけじゃ無いんですが、小鳥遊君はいつも一人でいる事が多かったですし、クラスメイトとは距離を置いているように見えました。正直こうやって一緒に寮で過ごすなんて言うのは夢なんじゃ無いかと思うくらいです」

「あのー、提案があるんですけど」

「姫城さん?」

「女の子で服を買いに行くっていうのはどうかなって思ったんですが」

「良いわね! ショッピングならまずは外出許可を理事長にお願いしなくちゃいけないけど、問題ないと思うわ」

「女の子同士でのショッピングか、うむ、それは実に興味深い、親睦を深めるにはもってこいじゃないか。同じ寮に住んではいるがお互いにまだ遠慮はあるだろうと見ていたんだが、わだかまりがあると今後の生活に支障が出る、相互理解を深めるのは良いアイデアだ」

「姫城さんも加わった事だし、これから先賑やかになりそうだしね! 女の子同士で気を遣わずに遊ぶって言うのも大事かも」

「遊びに行くんじゃなくてお洋服買いに行くんじゃなかったの?」

「はっはっは、御崎さんは相変わらず真面目だね。まあ、目的はその通りだが、女の子同士気兼ねなく時間を共有するのはその目的にもマッチしているんじゃないか?」

「小鳥遊君はどうするんでしょう……?」

「牧野さんの? どうかしたの」

「いえ、小鳥遊君は私達と一緒に過ごすのをどういうふうに感じているのかなって言うのが気になっているんです。彼は昔から本音は話すような人ではないですし」

「そういえば、あなたは勇人と中学生の頃のクラスメイトだったのよねね? 三年間も同じ教室で時間を共有してるなら多少は彼に理解があるのかもしれないわね」

「いえ、実は私もそんなには仲が良いってわけじゃなかったですし、むしろ今の方が小鳥遊君とちゃんとお話ができています」

「女子で遊ぶのも確かに良いけど、ちょっとでも長い時間小鳥遊君といたいって感じているのはみんなも同じなのかしら」

 麻奈実の問いかけに“小鳥遊班”のメンバーはゆっくりと頷いた──自分達がここにいる意味、それを再度確認してからみんなで勇人の部屋に向かうのだった。

 

 

 寮でゆったりと自分の好きな事をしている時は時間が流れるのが早く感じる、休日はいつもより遅い昼前に起きてからPCを立ち上げる。ものの数秒でOSのアイコンが表示されてディスプレイにデスクトップアイコンが並んでいく、最新型のノートPCは起動早い、無駄なソフトやアプリがインストールされていないけれど、最低限の仕事はしてくれる優秀なマシーンだ。

 チェアにもたれかかりながらマウスを動かしてブラウザを起動──検索エンジンに興味のあるワードを打ち込んで検索ボタンを押す。

 瞬間的に表示されるネットのページをスクロールさせながらトップビューの内容にぼんやりと目を通す。

 

 いくつかの大手の掲示板ではここ最近に話題になっている芸能ニュースのスレッドが立てられていて、自分くらいしか住人がいないだろうゲームの掲示板へ飛んで立てられているスレッドを巡回する。

 

 インターネットを使えば世界中の人と交流ができる──同じ趣味を持った相手とスレッド内で会話をしながらモニター越しでのやりとりにどこか安心感を覚えてしまう。僕がパソコンを使えるようになったのは中学に入学する前、基本的に一人で遊ぶことが多かったからゲームやパソコンとかの娯楽は僕にとっては学校の友達よりも大事なものだった。

 ノートパソコンはキーボードを叩く音が聞こえないから気に入っている。一応寮内はWi-Fiがあるから理事長に頼んで僕の部屋のPChネットに繋がるようにしてもらった。玲さんも同じようにしているらしいけど、彼女は有線で接続している為、多分僕よりもネット環境は快適なんだろう。

 

 一旦パソコンをスリープモードにして椅子に座って寛いでいるとドアがノックされた。

 

「はい」

 

 僕は鍵を開けてドアノブに手をかけてゆっくりと扉を引いた。

 

「小鳥遊君、おはよう! 今って時間あるかな?」

 

 声の主は相倉さんで僕は「大丈夫だよ」と返事をして部屋から出る──彼女の後ろに目がいくと他の女の子達もいて何やら神妙な様子だ。

 一体何事だろう? ドアを閉めて扉を背にして廊下に立つ。

 

「あのね、今度みんなで街にお買い物に行く事にしたんだけど、もしも

 良かったら小鳥遊君も一緒にどうかなあって」

「それは構わないけど……。そういった連絡ならLIMEでも良いんじゃない? わざわざ部屋を訪ねてくるからもっと重要な事かと思っていたけどね。けど、来てくれたのは嬉しいよ。うん。僕も丁度寮のみんなと親睦を深めたいと考えてたからちょうどよかったよ」

「じゃあ次のお休みの時に街まで出かけましょう。私が外出届けを申請しておくから」

「動きがスピーディーだね相倉さんは、けど、確か外出許可はそれぞれクラス毎に申請する必要があるんじゃなかったかい? まずは担任教師に用紙をもらうところから始めないとだが」

 玲さんは怪訝そうな顔をしながら外の風景に視線を移す。

「玲さん? 何か気になることがあるの」

「ああいや、私は普段あまり教室に行くことがないんだ、担任の名前くらいは覚えているのだけど、直接的な面識は少ないんだ。だから頼みづらくてね」

「ああ、そっか。玲さんは教室で授業を受けている訳じゃないからね」

「どういうこと?」

「私は学園から特別な空間を与えられていてね、そこで生活する事がほとんどなんだ、この寮に引っ越してきて活動拠点は寮内に移りはしたけれども自分から学びやに行くなんていうのはよっぽどのことがない限りはあり得ない」

「そういえば藤森さんが登校しているの見たことないかも……」

「理事長から仕事は寮の部屋でやっても良いという許可はもらってあったからねここは快適だし無理に動きたくはない、それに小鳥遊君と同じ空間を共有できるのは私にはすごく刺激的なんだ」

 

「だったら、理事長に直接頼んでみたら良いんじゃないかな? 玲さんなら神崎理事長とも日頃からやりとりはしているだろうから頼みやすいと思うけど、担任に寮まで用紙を持ってきて貰うとか」

「なるほどね。確かにそうかもしれない。それならば私自身がわざわざ教室まで出向く必要も無さそうだし、うん。早速頼んでみるよ」

 

 玲さんがスマホから業務メールを送信する──彼女の入力スピードはとても早くてあっという間に要件を神崎さんに伝えてその後担任へ伝達、今日中に用紙を持って寮へ訪ねて来るそうだ。

 来週の予定は相倉さんがLIMEで教えてくれるらしい。僕は女の子たちと数分廊下で話し込んだ後、自分の部屋に戻るのだった。



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98.「ちょっとした違和感を抱いて」

 学園から外出許可が降りて僕たち“小鳥遊班”は街に出かけることになった。一応門限は午後21時までで、それまでに学園に戻って来ればいい。

 神崎さんに聞いたことなんだけど、学園に通う女の子達は夜に寮から出歩く際はIDカードを携帯しなくちゃいけないらしい。

 夜は安全の為、寮の扉は完全にロックされるらしくてIDカードをかざさないと外にも出ることができない、無断で出た場合はすぐにサーバーに情報が伝達されてペナルティが発生してIDカードにリミットがかけられて使えなくなる。

 カードのリミットは学園に申請して解除してもらう方法以外は無くて一度制限がかかってしまうと満足に学園での生活を送るのも難しくなる。

 IDカードは学園内の施設で使用する頻度が多いからだ。

 例えば図書館で本を借りる時も、PCを使って処理するんだけど、本の裏面のバーコードをバーコードリーダーでスキャンしてパソコンにIDカードを挿入すると貸し出した生徒の情報がサーバーに登録されて処理が完了。返却する時は図書館内に数台設置されているパソコンを使って自分で返却プログラムを起動させる。と言ってもIDードを挿入してから返却処理を実行するだけだからそこまで複雑っていうわけじゃない。

 学園は最先端の警備システムが導入されていて監視カメラで映像を記録して常に安全管理を行なっているみたいだ。一応女子寮の個別の部屋にはカメラが設置されていないようで生徒のプライベートを守られている。

 僕は月明かりに照らされた廊下の風景に視線を向けてぼんやりと考える。

「聖蘭寮」にも同じシステムが導入されているから僕たちは安心して寮での生活が送れてている。玲さんがプログラムを作成したようで不備の無い警備システムはセキュリティの向上に役立っている。

 これだけたくさんの生徒が通う学園では外出するのも一苦労だ……。

 名家のお嬢様達がストレスを溜めないような環境作り、不安なく学生生活を過ごせるように他の学校と比較すると未来のテクノロジーも採用されているんだ。

 生徒毎に割り振られたIDは学園を卒業するまでの間管理されて、学園のサーバーに共有のデータとして保存されてる。何万ものロックが張り巡らされているようで、それらを全て解除するのは並大抵はものじゃない。

 玲さんが神崎理事長にシステムの構築を頼まれた時に彼女はしっかりと仕事をこなし驚くほどに高品質なプログラムを完成させた。

 

 彼女は実は日本政府や海外企業からいくつもスカウトが来ているらしく将来はそう言ったところに勤務する可能性があるらしい。そんな子が僕に興味を持っているのが不思議なくらいだ。

 

 **

 

 部屋に戻ってLIMEのトークルームでチャットに返事を書く。

 

「外出許可が降りて本当によかったー」

「そうだね、理由をしっかりと書いてたし、理事長には僕からも色々と説明をしておいたよ。まあ、門限はきちんと守るって言うことを条件に許してもらったんだけどね」

「まあ、女の子が遅くまで遊び歩くなんて学園のイメージを損なう行動でもあるからね、理事長が厳しくなるのも納得さ。制服を着ていなくてもどこかで誰かが見ている可能性だってあるのだから、ここ最近では街中にも監視カメラが増えて来ただろう? ああいうのは街の治安を維持するのに一役買っているってわけ」

「気にしてみると監視カメラって意外と見つかるわよね」

「政府が国民を監視している様に感じて嫌がる人は未だに多いようだけどね、昔と比べたら凶悪犯罪は減ったんだ。女性が路上で襲われるなんていう事件を耳にしなくなっただろう?」

 

 男女の人口比が逆転してから暴力的な犯罪は減少している。ニュースでも女性が凶悪な犯罪に巻き込まれるっていうのは聞く機会がめっきり少なくなってきたけど、それと反比例するかのように近年ではネットを使った誹謗中傷や特定の相手に対する攻撃が過激になっている風潮がある。

 インターネットが身近になって来たからこそ起こり得る事件が増加していることで政府も問題提起を始めて、学校でもネットの使い方に関する授業が組み込まれている。

 LIMEやスマホのアプリ──便利な世の中に変化したのは喜ばしい事だけどそれに対する代償にもちゃんと向き合わないといけない。

 

「まあ、ウチの学園でイジメが横行しているなんていう話しは聞かないけどね、ああいうのは特定のグループで一人を徹底的に攻撃するなんていう卑怯な真似をする子がまともな学生生活を送れるとは思えないが……」

 

 玲さんは普段から大人と会う機会が多いからか彼女の思考や行動理念などはまだ学生の僕らと比べると卓越していた。冷静な分析力から来る根拠のある発言がそれを紐付ける。

 だけど、決して大人びた態度は見せずに“小鳥遊班”の女の子達と関係を築いていくことに努力する。

 

「三年間しかないんだよね……あたしたちには」

「うん、毎日がこんなに楽しいとあっという間に三年間が来ちゃいそうな気がするよね。気をつけておかないと」

「学園側は例のプロジェクトの成果を残したいという考えがあるから何も無しというのは許されないと思う。ま、最終的にはキミがどう判断するかだよ」

 

 玲さんからのメッセージを見て改めて自分の置かれた立場を再認識した。

 

「選ぶのは僕さ。だけど、将来の事もしっかりと考えてから決断したい。だって皆の未来に責任を持っていくわけだから、いい加減な気持ちで決めるなんて言うことはできない」

「決めるのは小鳥遊君だっていうのはわかっているよ。私たちは選ばれるように努力するだけだから誰が選ばれても恨みっこなしね!」

「……もちろん。あたしは『小鳥遊班』の全員がハッピーになれたら良いなと思うの」

「御崎さんも大分自分の気持ちを出す様になってほっとしましたよ。寮のお風呂でお話しした時はまだまだ遠慮があったように見えましたし」

「あら? お友達とお風呂に入るっていうのは面白いわね。ルークランシェでは経験したことがないわ」

「向こうだとメルア様はお一人では入らないにしても従者が一緒に入浴してお体を洗ったり入浴中のお世話をしますから」

「わたしはアイリスとも一緒に入りたいのだけれどね。あなたはいつも剣の稽古を理由に断るじゃない」

「それは! 姫様をお守りするのは私の仕事でもありますし、常に鍛えておかないといけないのです、お許しください」

「日本だと一人ではゆっくりとお風呂に入れるのはとってもありがたいことだわ。身の回り事はアイリスがしてくれるけれど、広いお風呂にゆったりと浸かるのは日本の良い文化だと思うわ。最初は入り方がわからなくてびっくりしたもの」

「ルークランシェでは湯船に浸かるなんていうことはしませんからね。浴場は広いですが、シャワー等で汗を流すことがほとんどですし、浴場は共有のものですから入浴時間も決められています」

「お姫様って大変なんだね……」

「生まれた時からそういう生活をすごしてきたのだからもう当たり前のものになったわ。日本に来てルークランシェとは違った生活を送れているはわたしには刺激になっているわ」

 メルの故郷はどんな国なんだろう? ネットでしか見たことがない北欧の王国は日本に住んでいる僕には想像を膨らませるしかないんだ。

 例えばだけど、これから先の未来に僕が彼女の故郷を訪ねるような出来事が起こるとすれば──

 

 ──彼女は日本にずっといるわけじゃない。いつかはルークランシェに帰ってしまうのだから、学園にいるうちは僕らと変わらない学生、けれど、メルはお姫様でもあるんだ。

 

 アイリスさんは僕の細やかな“変化”に感づくと楽しそうに話すメルに視線を向けた。そういえばアイリスさんは自分の事はあまり話そうとはしない。

 彼女はあくまでもメルの護衛という立場をしっかりと守り常にお姫様のそばに居る。王国でもきっとああいう風にアイリスさんが目を光らせてメルを守っていたんだろうなあ。

 日本に来ても彼女は肩に力が入っているのも当然だとわかる。だってお姫様に何かあれば責任問題に繋がる。

 同じくらいの年に見えるのに大人びていて落ち着いている雰囲気を出すアイリスさんに僕は興味を持った。

 だけど、彼女は僕たちの関係を少し離れた場所から見ている感覚だ。メルとの距離は近いのだけど、 他の子とはまだまだ親密な関係とはいえない。

 僕は微笑みながらメルを見ているアイリスさんのそばに寄って耳元で囁く。

 

「どう? アイリスさんもメルと同じようにたまにはハメを外しても良いんじゃない?」

「小鳥遊殿? 一体何を言っているんですか」

「キミがずっとメルの側にいるのは使命なんだと分かるけど。もっと自分を大切にしても良いんじゃない? 皆がメルを危険な目に合わせたりはしないと思うから」

「……。それもそうですね。小鳥遊殿この後時間はありますか?」

「特に予定とかはないけどどうしたの?」

「話しておきたことがあるんです。それでは午後に小鳥遊殿のお部屋に伺いますね」

 アイリスさんは何やらいつもと違い真剣な眼差しで僕を見つめていた。

 遊びの予定の調整をしてそれぞれが部屋に戻る。

 僕は午後からアイリスさんと会う約束をしたから彼女が訪ねてくるまで待つことに。

 

「小鳥遊殿? 今お部屋にいらっしゃいますか?」

 

 三回ドアがノックされた後にドアの外からアイリスさんの声が聞こえる。僕はベッドから体を起こして服装を整えて大きく深呼吸してドアノブに手をかけた。

 

「いらっしゃい」

「お邪魔しますね」

 僕は彼女を部屋に招き入れてドアに鍵をかけた──部屋の中を見渡すように視線を向けるとアイリスさんは僕と向き合うと綺麗な赤い瞳で捉えると真っ直ぐ向き直り喋り始めた。



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99.「アナタに伝えたい事があるとするなら」

「お邪魔しますね」

「どうぞ、今クッションを準備するからちょっと待っていてくれる?」

 僕にそう言われるとアイリスさんは一瞬だけ戸惑いの表情を見せたけど、すぐにいつもの顔に戻る──ベッドの脇に置いてあるクッションを出して彼女に座るように合図するとすんなりと座ってくれた。

 こうしてアイリスさんと二人きりで話すなんて言うのは緊張するなあ。彼女のそばにはいつだってメルがいるし、アイリスさんも片時だって離れた事はない。お姫様を護衛するだけだという任務を背負っているのだろうけど、真面目なアイリスさんはその仕事をきちんとこなしている。

 初めて顔を合わせた時の警戒心を僕は忘れているわけじゃない。

 メルは僕と会えるのを楽しみに日本まで来てくれてたのだけど、アイリスさんは違う。あくまでもメルの付き添い、ルークランシェから託されたお姫様を守るという使命感に燃えているのだろう。

 

「それで? 僕に話したい事って何かな?」

 しばらく沈黙の時間が続いたけど、その均衡を破ったのは僕の言葉だった。

 

「そうですね。小鳥遊殿とは一度きちんとお話しするべきだと思っていました。話というのは他でもないメルア様の事ことなんです……」

「メルの事?」

 いつにも増して真剣な表情のアイリスさんに僕は少々圧倒された。彼女のクリムゾンレッドの瞳は真っ直ぐに僕を捉えていた。その視線に目を逸らさずに僕も彼女を見つめる。

 

「私とメルア様が日本に来た理由は小鳥遊殿も知っているかと思います」

 もちろんだ二人が来日したのは例のプロジェクトが関係している──母さんが勝手に話を進めていた事だから僕はそれ以外の事情は知らないんだけどね……。

 

「例のプロジェクトそれを達成するというのがこの学園 に通う生徒たちの義務です。しかしながら、事実は若干違っているのです」

 

 僕はアイリスさんが落ち着いて話せるように冷蔵庫から飲みものを取り出して渡したら「ありがとうございます」とお礼を言って一口だけ口に含んだ。

 

「小鳥遊殿の未来の結婚相手を選ぶ目的がある例のプロジェクトですが、メルア様はまだ話していないことがあるんです。それはルークランシェ王国の中で起こっている争いが関わっています」

 

「ルークランシェ王国は今、跡継ぎ問題に直面しているのです。メルア様には姉妹がたくさんいて、彼女自身の王位継承権はそれほど高いものではありません」

 

 王家の後継者問題──それはおとぎ話だけの事かと思っていたけど、実際に起こっている問題でもあって、アイリスさんはメルの置かれている立場について教えてくれた。

 

「メルア様はルークランシェ王家の後継候補でもありますが、優先順位は高くはないのです、本来ならご姉妹がすんなりと継承を受けて女王になるべきなのですが……正直に言うとメルア様のご姉妹は皆ご自分が王位を継承する事しか考えておらず王宮内で争いを起こしているのです」

「姉妹なのに喧嘩してるんだ……」

 僕には兄弟がいないからそう言うのには疎いけど普通の家庭がするような兄弟喧嘩と呼べるようなものではないんだろうな。

 

「……はい。国民には知られないようにはしていますが、王宮内ではそれぞれの派閥が動きを見せていて小競り合いなんていうことはしょっちゅう起こっているのです」

 

 ルークランシェの実情を話す度にアイリスさんの表情は曇っていく。

 

「そんな状況でもメルア様は周りに気を遣い国民にも目を向けて公務をしっかりとこなしていました。ですが、それが他の姉妹には鬱陶しく感じたのですね。メルア様は王宮で様々な嫌がらせを受けました……」

 

「それをメルのお父さんは知ってるの? お姉さんたちが悪い事をしたのなら王様に言ってもらうのが解決策としては最善だとは思うけど」

「ええ、王は今王宮内で起こっている問題の解決に乗り出しているところなのですが、上手くいっていないと聞きます。そもそも幼い頃からメルア様よりもご姉妹を贔屓してきたというのはあります。お姉様方は公務を行う機会も減ってきてその皺寄せがメルア様に及んでいるのです。それでもメルア様は嫌な顔一つせずご公務をやり遂げてきました」

「後継者争いに巻き込まれて信頼できる人は私以外は全員メルア様の元を去って行きました。それは決してメルア様のせいではありません。お姉様方が無理矢理にメルア様から引き離したのです」

 

 初めてメルと会った時に見せてくれた笑顔──明るくていつも周りを和ませてくれるメルが悩みを抱えているなんて僕は気づかなかった。

 彼女と結婚することになったらこの問題にも真剣に向き合わないといけない。今の僕に何ができるんだろう? 何度考えても良い答えが浮かばない。

 

「メルア様にこれ以上辛い思いはさせたくないです……。日本に来てお友達もできて楽しそうにするメルア様を見て改めてそう感じました。小鳥遊殿と関わるようになってから昔見せていたような純粋な笑顔を覗かせてくれるようになりました」

 

「あのさ、一つ聞いてもいいかな?」

「何でしょうか?」

「アイリスさんがメルを大事にしているのは何かただのお姫様と付き人って感じがしないんだけど何か理由があるの?」

「それは──小鳥遊殿にはお伝えしておかなければいけませんね」

「メルア様と私は──」

 アイリスさんは深呼吸して僕に視線を向ける。伝えるにしても彼女ならに勇気が必要な事なんだろう。僕は急かさずに彼女が次の言葉を発するのを待った。

 

「──私とあの子は姉妹なんです」

「えっ?」

「先ほどもメルア様の姉妹の話をしましたね。私も、そのひとりなんです。王位継承権はあの子よりも上です」

 

 僕は正直の事実を知ってしばらくその場に立ち尽くした。

 

「姉妹? メルとアイリスさんが?」

 アイリスの顔を見るとクリムゾンレッドの瞳が僕を捉えている。

「こうしたらどうですか?」

 両手で僕の顔を包むとグイッと引き寄せてみた──僕はアイリスさんと見つめ合う形になる。お互いの息がかかるくらい近い距離まで近づけられてドキドキする。アイリスさんは本当に綺麗な顔をしてる。

 メルと同じく生まれ持った金髪の髪にはおしゃれなコサージが彼女の美しさを際立てていた。

 

「どうですか? 本当なら殿方にこんな事をするのは憚るのですが、小鳥遊殿はメルア様の大事なひとですし、信頼しているのでこうした行為にも抵抗はありません」

 

 アイリスさんは上目遣いでいつもとは違い緊張した様子で言う。

 

「アイリスさん、とても綺麗です。ごめんなさい、今まではっきりとアイリスさんの事を意識した事がなかったので……。メルと同じで自然な金髪がすごく好きです」

 

 ありのままの感想を伝えるとアイリスさんは顔をちょっぴり赤くして俯く。何だろう、今まで綺麗だなって感じていた人の咄嗟の仕草に僕は胸の高鳴りを覚えた。

 

「日本に来てからのあの子は毎日楽しそうでした。ルークランシェにいた時にはあまり見せなかった顔でした。それを引き出してくれた小鳥遊殿と聖蘭寮のみなさんに感謝しなくちゃいけませんね」

 

「アイリスさんはメルのことを大切に思っているんですね。初めて会った時からずっとそれは感じてました」

「あの子は私とは違うんです。明るくていつだって前向きでだからこそメルの幸せを一番に考えるようにしてきました。もちろんそれはこれからも変わりません」

 

 普段はメルア様と呼んでいるアイリスさんが「メル」と呼び方を変える辺り本当に彼女の姉妹なんだと言うことが実感できる。

 

「私とメルのお母様は同じじ人なんです。それが他の姉妹とは違っている部分、姉妹であってもあの人たちはメルとは血の繋がりがありませんから」

 

 本当に血が繋がりがある姉妹だからこそアイリスさんは常にメルの事を気にかけていた。アイリスさんが近衛騎士団に入団したのもメルを守る為、鍛錬をして自分の腕だけであの子を守りたいと決意した。自分が女王になることよりも大切な妹を守る事が彼女にとっては何よりも優先すべき事なんだろう。

 

 

「アイリスさんはとても真面目なんですね。僕も見習いたいです」

「ずっとこうやって生きてきましたから。真面目だと改めて言われると何だか変な気分です」

「打ち明けてもらって僕もこれからちゃんと将来に向き合おうと思えました。ありがとう」

「お礼を言われる等な事ではありません。私はただ、あの子の為に」

「けど、学園に通っている間はアイリスさんだって同じですよ」

 僕の言葉に彼女は頭に? マークを浮かべている。

 

「アイリスさんだって僕の結婚相手の候補だということです」

「ええ!?」

「別に一人だけを選ぶって言うわけじゃないですし、メルを選んでもアイリスさんを選んでも良いと思います」

 

「あのっ、小鳥遊殿それは本気なのですか?」

 この反応を見る限りアイリスさんは今まで恋愛経験がないんじゃないかな? あわあわと動揺する彼女が年上なのになんだか可愛いなって思えた。

 

「本気ですよ。アイリスさんはこれまでずっとメルの為に頑張ってきたんですよね? でも、自分の幸せも考えて良いんじゃないかな?」

「私がメルを差し置いて幸せになるなんて──」

 やっぱりこの人は頑なだ──これまで自分よりも妹を優先して生きてきた。メルの幸せを誰よりも望んでいた、だけど、アイリスさんが幸せになっちゃいけないなんていう決まりはない。

 

「僕はまだアイリスさんにふさわしい男かどうかはわかりません。だけど、一度しかない機会なら自分の幸せを追いかけてみても良いんじゃないかな?」

「何だか小鳥遊殿と話していると調子が狂います。ですが、何でしょうね、嫌な感じはしません」

「うふふ」と笑ってくれたアイリスさん──これまで見れなかった彼女混じり気のない笑顔。

 

「小鳥遊殿に言われた事、一度あの子にも相談してみます」

「メルなら僕と同じ事言うと思いますよ。ずっとアイリスさんを見てきたわけですから」

「そうですね。今日はお話ができて本当に良かったです、これまで抱えていたモヤモヤとした気持ちが晴れました」

「僕もアイリスさんと話せて嬉しかったです。実は前から仲良くなれたら良いなあとは思っていたんです」

「そうだったんですか。これからはあなたに言われた『私の幸せ』 について真剣に向き合っていきます、それでなんですが、一つ要望があるのですが良いですか?」

「何ですか?」

「今後もこうして二人きりでお話ししてもらえますか?」

「先約が無ければ」

「ありがとうございます。それとなんですが、二人きりの時は小鳥遊殿を名前でお呼びしたんですが」

 ちょっと頬を赤らながら照れているのを隠さずでいるアイリスさんに「名前で呼んでもらえるのは嬉しいです」と答える。

 パッと明るい表情になったアイリスさんを観察するとメルのお姉さんだなあって感じる。

 

 LIMEの使い方がまだまだわからないみたいで僕がやり方を教えてあげてアイリスさんの連絡先を登録できた。

 

「それでは、勇人さん。今日はありがとうございました」

 アイリスさんが部屋から出ると施錠してベッドに座る。

 見惚れるほど綺麗な金髪を思い出しながら午後の自室で流れる時間はまるで停滞したかの如くゆっくりと進んでいくのでした。



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100.「 Value」

「聖蘭寮」の朝はのんびりとした時間が流れている。住んでいる女の子たちは遅刻しないように早めに起きて朝食の準備中、朝が苦手な子もいるみたいだけど、登校はみんなで一緒にっていう取り決めをしたから起きるのが遅い子にも配慮しながら朝ごはんをテーブルに並べる。

 自分達で料理を作るなんて言うのはお嬢様方には縁遠い事かなとも思っていたんだけど、牧野さんを中心に御崎さんに相倉さん、料理ができる子が他の子をまとめていた。玲さんは料理をしないわけではないらしいけど基本的に携帯食で済ませる事が多いみたいで自分で朝ご飯を作ると言うのはあまり経験がないらしい。

 僕はテーブルを拭いたり食器を並べたりして料理以外で手伝える場面を見つけて積極的に動いている。

 正直牧野さんたちが声をかけてくれなければ、僕も玲さんみたいにプロテインと携帯食で食事を済ませてしまうところだった。

 

「御崎さん、そこの調味料取ってくれない?」

「これね、わかったわ」

「朝ご飯はしっかりと食べないとですね。こうやって皆で作るのはすごく楽しいですし、料理の勉強にもなります」

「まあ、あたしは好きでやってるんだけどね。さあ、もうすぐできるわよ」

 ちらりと僕に視線を送るとすぐに鍋に戻す。ウインナーやベーコンとかの加工肉と野菜がたっぷり入ったスープはグラグラと煮えたっていた。

 おたまですくって小皿を使って味を確かめる「よし」って満足した様子で火を止める。

 相倉さんは牧野さんとサンドイッチを切り分けて皿に乗せる。

 レタスにトマト、卵、ハムがサンドされたふわふわのパンは彼女たちが業者に頼んでおいた食材。共用の大きめの冷蔵庫から飲み物を取り出して洗っておいたコップに注ぐ。

 大体みんなは野菜ジュース──僕は自分の部屋から持ってきたプロテインをコップに移してシェイカーの蓋を閉めた。

 

「ん? 姫城さん、おはよう。何してるの?」

「あ、おはよう小鳥遊君。ちょっと今日の朝ごはんの作り方を相倉さんに教えてもらおうと思ってたの」

 姫城さんは制服姿で食堂に入ってくると真っ直ぐにキッチンに向かっていた。相倉さんたちと何やらおしゃべりをしながらスマホで料理の写真を撮る。

 

「勉強熱心だね。姫城さんは、私も料理を作るために色々と聞いておくことにするよ。御崎さん、ちょっといいかい?」

 玲さんは御崎さんを捕まえて朝食に関しての質問をぶつけていた。聖蘭寮で共同生活を送るようになってから女の子たちはなるべく同じ時間を過ごす機会を増やそうと努力を欠かさない。

 “小鳥遊班”という小さなグループの集まりがこれから先はもっと広がっていくことを願いながら僕はコップに注いだプロテインを飲み干す。

 

「「「いただきます」」」

 

 賑やかな朝ご飯を食べるのが僕はまだ慣れない──家にいた時は一人で食事する事が多かった……。家族団欒なんていう言葉とは程遠い生活を送っていたから誰かと一緒にご飯を食べるのは貴重な体験だ。

 

 休日はゆっくりと食事をするのだけど、学園がある日はそうは言っていられない。スマホで時間を確認したら七時十五分になったところ。

 寮から学園まで距離があるわけじゃないけど遅刻はしたくない。

 それは女の子たちも同じようで食べ終えたら食器を食洗機に入れて歯を磨く為に洗面所に向かう。

 遅れないように身支度を済ませて登校の準備──寮のエントランスの前に集まって皆で自動ドアを通って外に出た。

 

「風が気持ちいいね!」

 元気よくそう言う相倉さんの明るさに“小鳥遊班”のメンバーは笑顔になる。牧野さんや玲さんもニコニコしながら今日の学園での過ごし方を話していた、御崎さんはそれをちょっと離れた場所から眺めながらも腕に絡んできた相倉さんにちょっぴり照れた様子を覗かせながら会話に加わる。

 

「新しい子も入ったことだし、今日のお昼はみんなで食べようか? 僕らのとっておきの場所でね、『小鳥遊班』の親睦を深めよう」

「さんせーい、あの場所、私のお気に入りだし! 小鳥遊君とのランチすっごく楽しみ」

「お昼まで一緒になんて迷惑じゃない?」

「そんな事ないよ姫城さん。僕が君達とお昼ご飯を食べたいと思っているし、全然迷惑だなんて感じたことはないよ。学園で少しでも同じ空間と時間を共有できる機会があるのなら遠慮するべきじゃないと思うんだ」

「姫城さんももう私達の大切な友達なんだから気を遣わなくてもいいよ?」

「はっはっは、相倉さんのその元気は一体どこから湧いてくるんだい?」

「だって何でも前向きに考えた方が楽しくない? 私は周りの人にももっともっと楽しくなって欲しいんだー」

 腕を絡ませながら御崎さんの顔を見ると彼女はゆっくりと頷いた。この二人は仲が良い。御崎さんだけじゃなく、他の女の子とも上手く付き合えている相倉さんの社交性はいつだって僕を驚かせてくれる。

 お昼ご飯の予定を相談しながら僕らはそれぞれの教室に向かうのだった。

 

「あら、おはようございます」

 僕の席の近くには小阪さんがいて、周りのお嬢様方と何やら楽しげなおしゃべりの最中──僕は邪魔をしないようにゆっくりと椅子を引いて腰を下ろした。小阪さんはクラスメイトの子と一限目の授業で使う資料に関して話をしているみたいだ。授業中でも教師は課題の提出を指示する場合がある。端末を上手い事操作をして制限時間内に課題を消化するプログラム、パソコンやスマホの使い方は普段自分で学ぶ事が多いのだろうけど学園では使い方を知っている前提でカリキュラムを進めているから詳しい説明を受ける機会はほとんどない。

 

 小阪さんは自分の端末の画面を見せながらクラスメイトの課題をこなすのに協力している。彼女は面倒見が良い、周りの子も彼女の事を頼りにしている感じが見て取れるし、小阪さんも嫌な顔を見せずに親切に応えてるようだ。

 うちの寮では玲さんがメルに電子機器の使い方を伝授していたけど、他の子もわからない部分を質問していた。

 僕はある程度は使いこなせるから玲さんに聞くようなことはないのだけど、彼女は「小鳥遊君も何かあれば何でも聞きたまえ!」と自信満々に宣言してた。

 

「それではこの問いに対する回答ですが──過去に遡っているようで実際に言えばそんな事はなく」

 

 学者の学ぶような内容の問いかけが問題として生徒たちに出題された。SF小説を好んで読んでいるような人たちには興味深い授業なんだろうけど、そうじゃないひとには難しくて理解をするのは大変だと思う。

 御崎さんは端末を操作してレポートを仕上げていた。今日の課題の一つとして今日の授業内容をそれぞれレポートにまとめて提出するというものがある。僕はブルートゥースのキーボードを取り出して端末に認識させる。

 タッチパネルからそのまま入力する方式を殆どの子が使用しているけれども、僕は自前のキーボードで打ち込む方がしっくりくる。

 パソコンやタブレットの操作は苦手じゃないし現に部屋でプロジェクトに関する資料を自分で作っているから授業のレポート作成なんて容易い。

 静かな教室にキーボードの打音だけが、どこか場違いな雰囲気を醸し出していた──御崎さんは驚いた様子でその姿を見ていたけど椅子を動かして僕の耳元で「良かったらあたしもそのキーボード使っていい?」って囁く。僕は丁度打ち終えたキーから指を離して作成したレポートの文章に目を通しながら御崎さんにハンドサインでOKの合図をした。

 

 課題が終わって時間を確認する──まだ、一五分も経過してなかった。終わった後は自習らしいから僕は何となく次回のテストで出題されそうな箇所をぼんやりと眺めがながらブルトゥースのキーボードを御崎さんに渡した。彼女は自分の端末にキーボードを認識させると。僕よりもちょっと遅いペースでキーを叩き始めた。

 玲さんほどではないけど僕も電子機器の扱いは得意だ──彼女は専門的な知識が豊富なだけじゃなく色んな視点から客観的に物事を観察できる、マルチタスクだってお手のものさ。僕と関わるようになってからこれまでとは違った姿を覗かせている。

 

 休み時間になったからふらりと教室を出た──女の子ばかりの空間は夢みたいな場所だと感じる人もいるだろうけど、実際は結構気を遣わないといけないから精神的に滅入る時がある。そんな時は外の風に当たって気持ちをリフレッシュする窓を開放的なエントランスのソファーに腰を下ろして物思いに耽るのも悪くない。次の授業まで十分くらいしか無いけどエレベーターに乗る為に廊下を歩いていると何やら話声が聞こえてくる。

 

「こんな事に本当に価値があるのかしらね?」

「さぁ? この学園は設備も最先端ですし、何より『男子』がいないところに魅力を感じていましたのにまさかこんな事になるなんて思いもしませんでしたわ……」

 

 僕はスッと角に隠れて会話の内容に耳を傾けた。

 

「男子との恋愛なんて穢らわしいですわ、それに彼の方は自分の立場というものがわかっているのかしらね? 学園に通うのは名家出身の子ばかり、それがあんな庶民のしかも何の価値もなさそうな男とお付き合いするなんて私達になんのメリットがあるというの」

「理事長も急に変な事をおっしゃいますよね。小鳥遊美鈴さんでしたっけ? 名前くらいは聞いたことはありますが所詮は庶民、私たちを縛るような真似はできませんわ」

 

 どうやら彼女達は僕が学園に通っていることに関しての不満を漏らしているみたいだ。最初の頃と比べると僕に対する侮蔑の視線や軽蔑するような言動は少しは改善されてきたと感じてはいたけど、これが現実なんだろう……。

 

 皆が納得しているわけじゃない、現に僕だって最初のうちは女子校にかようことにストレスを感じていた。だけど、相倉さんや御崎さんたち“小鳥遊班”の女の子達のおかげでストレスフリーな生活が過ごせていた。

 プライドの高いお嬢様方と接するのにちょっと背伸びをしなくちゃいけない……。

 家柄の格式や両親が有名人であること──そのファクターが彼女たちとってこれまで生まれ育った環境、周囲を取り巻く人間関係そう言った要因が人を判断する大部分。

 本来なら彼女らとは済む世界が違う。僕みたいなごく普通の家庭に育った人間が名家のお嬢様と出逢うきっかけなんて早々ないものだ。

 それにも関わらず今僕はこの学園に通っている。自分が選んだ進学先ではないけど……。

 

 気分転換の為に教室を出たのに僕はしばらく廊下の角から動く事ができなかった。

 結局御崎さんからLIMEが来てようやく鉛みたいな足でのろのろと歩き始めた。

 ちなみに今日のお昼はそんな沈んだ気持ちを女の子に気づかれないように“小鳥遊班”のみんなでお気に入りの場所で食べた。

 ガールズトークに花を咲かせる彼女達の輪の中に入るのが自然となった。

 僕の隣に座っている御崎さんと目があう──真っ直ぐな視線で見つめて来る彼女は優しく僕に微笑む。ふわりとした良い匂いがして僕の周りに女の子達が集まってきた。

 どうやら僕の些細な変化に気づいたみたいでみんな「何があったのか?」を尋ねてくる。

 

「さすがにわかっちゃったかな? ごめん、君たちに変な気を遣わせたくなくてできるだけ態度に出さないようにしてたんだけどね……」

 いつも不安に感じている事、彼女達の将来は僕の行動次第これまでずっと溜め込んでいた気持ちを話す。

 女の子達はそれぞれがじっと僕の顔を見て真面目に話を聞く。

 

「小鳥遊君も大変だったんだね……。ごめんね、なかなか気を回せなくて」

「みんなにはストレスを感じないで過ごしてほしいんだ。こうやって同じ時間と空間をシェアして少しでも不安や悩みを抱いたりしないために僕が努力する。自分がやるべきことはしっかりとわかっている」

「私達に気を回してくれるのはありがたいが、小鳥遊君はもっとキミ自信を大事にするべきだと思うな」

 ごく自然にそして熱意のある声色で語りかける玲さん。彼女の言葉の女の子達は頷く。

 いつも女の子達に気配りしているところ、自分より彼女らを優先にしている事、僕が気がついていないようで実はみんな分かってた。

 “小鳥遊班”というグループに居心地良さを感じる。

 

「これからは自分一人で抱え込まないで何かあればすぐに言う」

 この場所が僕のお気に入り。三年間っていう短い期間だけど、一日一日を大切に過ごそう。

 校庭吹く風が女の子に髪を揺らす。僕は「ふぅ」と深呼吸して新しい気持ちで彼女達に向き合うのでした。



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101.「Moon Day」

 勉強は夜の静かな時間にやるのがいい──学園に入学して数日「聖蘭寮」に移る以前の話だ。

 

 

 **

 

「……荷物はこのくらいか」

 部屋の中に置かれたダンボール。梱包されているガムテープをカッターで切り取って箱を開けた、そこまで荷物が多いわけじゃないけれど床に置かれたダンボールから学園生活に必要な物を取り出す。

 女子校に通うなんて言う現実ではなかなか起こらない出来事が僕の身に訪れた。

 母親と仲が悪い僕にとって唯一親に反抗できた部分──それが自分で進学先を選んで高校に通う事だった。

 

 一人での学園生活に不安があるかとそうじゃない。これまでもずっと一人で中学時代を過ごしてきたんだ、だから今更ひとりでのスクールライフを送る事がストレスには感じない。

 

 荷解きを終えて一休み。まだ着てから日の浅い制服がかかっているハンガーが目に入る──男子寮の部屋は男の子が一人で生活するには十分な広さがある。女子の部屋がどういう感じなのか知らないから比べようがないけれど、流石はお金持ちが通う学校だなあって改めて感じる。

 

 一日中部屋に閉じ籠りっぱなしでも僕は平気なんだ。むしろ自分だけの時間は有意義に過ごそう。中学の頃は唯一家だけが心が休まる場所だった。

 ネットの掲示板を巡回しながら面白い話題を探す。以前僕が立てたスレはいくつかのレスが付いていたけど、ひっきりなしに書き込まれる掲示版の奈落の底まで落ちていた。

 トップページ上部の検索フォームからスレのタイトルを入力してEnter。

 一秒待つと僕が立てたスレが画面に表示される。ふぅーと深呼吸ひとつついてクリックしてページに入り込む。

 相変わらずここの住人さんはのんびりとしたやり取りが好きだ。

 

「おっとこの辺にしておこうかな」

 ネットブラウザは一旦バックグラウンド処理させながら学園から支給された端末を操作して授業の復習を始める。

 中学生まではノートに書き写していた授業内容も高校だとそれぞれの科目ごとにタブレット端末で管理がしやすいシステムを採用している。

 教師からの課題にすぐに取り組めて提出もあっという間に完了、これまでやってきた勉強法と見違えるくらいに快適だ。

 その日の授業の復習も簡単に出来て間違っていた部分はすぐに修正可能、画期的な進歩に僕は関心を示しながら端末を操作する。

 時刻は二一時になろうかとしていた──徹夜で勉強なんていう効率の悪いやり方は好きじゃない……。ちゃんと睡眠を取らないと寝不足のまま授業を受ける羽目になるのは避けないと。

 月明かりが部屋を照らす中僕はひとり、この先学園で起こる出来事をイメージしながら課題に取り掛かるのだった。



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102.「遠くない未来」

 学園に入学して新しい寮での生活はあたしにいつも新鮮な出来事を運んでくれる相倉さんや牧野さんはとっても良いこ──あたしは彼女たちに影響されてどんどん前向きな性格に変わっていく、分担しながら作るご飯、美味しそうに食べてくれる小鳥遊くんの顔を見るのは嬉しいの。

 彼と出逢ってからたくさんの大切な縁と巡り合う。

 あたしはそんな日々の細やかなイベントにちょっぴりだけ幸せを感じている。

 

 一旦勉強を小休止しているとスマホに見覚えのある名前が表示された。

 すぐにアイコンをタップして相手からの着信に応じる。

 

「……もしもし」

「もしもし、智佳? お母さんだけど今平気かしら?」

「お母さん? うん、大丈夫。勉強がひと段落して休憩してたところだから」

「そう……」

 お母さんとの電話はいつもこう、事務的なやり取りをしてそれで向こうは満足して切っちゃう。お母さんから電話がかかってくることなんて一年で数えるほどしかない。

 基本的にあたしの事には無関心……。いい意味で言うと放任主義ってやつ? かな。

 お母さんは仕事が忙しくて滅多に家に帰って来ることも少なかった。あたしが高校生になる時だって、大事な会議があるからってまともに取り合ってくれずに後で毎月の生活費だけを渡された。

 寮ぐらしだから生活に必要なものを変え揃える必要は無いの。

 大体のものは揃っているし、最先端の設備としっかりとした教育を受けられる学園はあたしにとっては三年間通うには十分すぎた。

 

「元気にしてる? 学校で困ったことはない」

「……別に無いよ。学校での生活は全然苦労して無いかな」

「そう」

「貰った生活費はあまり使ってないけどね。寮には最低限なものは揃っているし、不自由な想いはしなくて済むし」

「何かあればすぐに連絡ちょうだいね。それじゃあお母さんは仕事があるから」

 それだけ言うと電話を切ってしまう──やっぱりあの人は何も変わらない。通話を終えてからふぅと深呼吸してからタブレットで勉強の続きを始める。親子らしい会話なんて期待しているわけじゃない、お母さんは今はあたしよりも仕事が大事なだけ……。

 ちゃんとわかっている。

 

 あたしの実家は今、新しいビジネスが成功するかの瀬戸際──高級ブランドで売りにしていた名声はたった一つの失敗で地に落ちた。

 庶民派のブランドへ方向転換せざる終えなくなったのは白鳳堂の海外展開の失敗が原因。

 

 お母さんは自信を持って白鳳堂のブランド力は海外でも通用すると説明していた。ずっと日本人に寄り添って有名な化粧品メーカーとしての歴史を紡いできた誇りがあったからこその海外展開、それはブランドの将来的な顧客の獲得と維持売上をトップにするための施作。

 何度も外国の市場を分析して現地にも足を運んだ、まだ小さかったあたしは仕事を頑張っているお母さんを尊敬していた。

 ──そして念願の海外店舗の出店、これでブランドの名前が広がると喜んでいたのは覚えている。

 ……だけど、現実は残酷なまでにお母さんの努力を踏み躙った。

 

 現地では日本よりも高い価格で高級化粧品ブランドとして勝負をしたのだけど、逆にそれが仇になった。現地の商品は全て日本からの輸送、現地で原材料を調達するのは難しい状況でコスト面に配慮するとそうせざるえなかったのだけど、最初こそは物珍しさにお客さんは来ていたのだけど、現地に根付いているメーカーと価格競争に負けて撤退することに──その負債は日本の本社に重くのしかかる。今では経営も余念ならないくらいにね、白鳳堂の海外展開の失敗はメディアに報道されて一般の人も知る事にこれまでのような高級路線で続けていくのが難しくなってしまって、大きな方向転換に舵を切る。

 

 だけど、それは悪い事じゃなかった。庶民派のブランドに切り替えた事でこれまで白鳳堂の化粧品に触れなかった層の新規お客の獲得に成功した。元々品質は高くて女性からの支持も高かったけど、ブランドのイメージが先行しすぎてとっつきにくいメーカーだった。

 今では若い女性層からのリピート率が高くて、SNSやインターネット通販サイト、直営店でのは売り上げは増えているの。

 

 街中で街頭ビジョンでの広告を見かけるようにもなった。あたしと同い年くらいの女の子がお店に来て化粧品を買っているところは何度も見かけた。

 

 お母さんはブランドのイメージ変更定着の為に今まで以上に仕事を頑張っている。

 白鳳堂の未来は少しずつだけど明るいものに変化していってる。あたしはどうしたいの? 子どもの頃はお母さんの後を継いで白鳳堂を成長させたいという夢があったけど……。

 今はそれだけが自分の人生の選択肢じゃないと思える──だってあたし にはもっと大切な夢が見つかったのだから。

 

 三年間という遠くない未来、あたし自身の将来について真剣に考えなくちゃいけない。

 

「あたしは、小鳥遊くんと──」

 

 ふと浮かぶ彼の笑顔は勉強に集中していたあたしの頭の中をいっぱいにするのでした。



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103.「サマーバケーション・スケジュール」

誰だって頑張りすぎちゃう事はあるよね。普段から何気ない過ごしていてもどこかで無理をしているものだって気づくのはいつだって状況が悪くなってから……。

僕は今まで病気で学校を休んだ事がない。いや、厳密に言えば病気になるのがたまたま学校が休みの日で大体は登校日までには治ってしまう。

そう、運が良いのが続いただけ……。皆勤賞なんていうものを目指す気は無かったのだけど、中学時代の三年間は一度でも休まずに通学した。

卒業式の日に表彰されたけれど、特別だと言う感覚は覚えない。

義務教育だから登校しなくても中学は卒業できる、高校だって数多くある選択肢の中から自分が行きたい学校を選んで合格に向けて勉強する。

幸いにも僕は勉強が苦手ではなかったから受験には苦労しなかったし、志望校に進学する事で中学時代を忘れて新しい環境でスタートできる事にワクワクしていた。

 

夏休み前、寮のエントランスに集合する“小鳥遊班”

牧野さんと姫城さんは人数分の飲み物を準備しながら会話に加わっていく。僕は暑くなって来たからスポーツタオルを持ってきているのだけど、エアコンが効いた寮の部屋では出番は無さそうだ。

 

「じゃあ、夏休みに向けて予定を立てようか?」

「さんせーい、提案なんだけど街にあるアミューズメントパークで遊ぶって言うのはどうかな?ほらほら、ホームページ見るととっても楽しそうだよ」

「……けれど、確かそこって結構人気のテーマパークでしたよね?いつも人が多くて全然遊べないと聞いたことありますよ」

「牧野さんの言う通りね、あたしは前に近くを通った時に入り口の前から行列ができているのを見たことあるわ。当日ちゃんと遊べるか心配……」

「私は涼しい部屋でのんびりと過ごすのも悪くないと思うのだけどね、クーラーの効いた部屋で食べるアイスクリームーーそれは至福のひと時と言えるだろう」

「フリーパス券を買えば自由に遊び放題みたいだよー」

「アミューズメントパークで遊ぶのもいいと思うけど、何か他にあるかな?みんな行きたい場所はないの?」

「あたしは誘われてたら出かけるつもりだけど、夏休みはずっと寮にいる予定ね、外は暑いから涼しいところのいなくちゃ……」

「勇人はどうするのかしら?」

メルに視線を向けられた僕は牧野さんが用意してくれたジュースのコップに口をつけたところだったーーみんなが僕に注目している。

 

「僕はここに行こうかなと考えているんだ……」

スマホのブラウザでブックマークしてあるホームページを見せた。

 

「水族館?」

「アクアリウムパークって言って最近オープンしたらしいよ。この間街に遊びに出た時に掲示板に載っているのを見てね、涼しそうだから行ってみようかと考えていて、色々調べていたんだ」

「……アミューズメントパークよりは涼しそうね」

隣に座っている御崎さんがひょいと僕のスマホの画面を覗き込んだ。

「後はこれかなあ。プラネタリウム。これも夏に上映予定で夏休みの間には一度くらい行きたいなあって。涼しそうだし」

「良いわね!それじゃあどちらも行きましょうか」

メルがそう言うとみんなが頷いた。ーーこうして“小鳥遊班”の夏休みの予定は決まるのだった。

 

 

 

「夏休みを有意義に過ごす為に課題は先に終わらせておこうね」

相倉さんの言葉を思い出して、僕は支給された端末を操作して次の予習に取りかかる。いちいちノートを広げずに済むのはありがたい。

勉強は嫌いじゃないし、退屈には感じない。学園から与えられた課題をクリアすれば問題ないのだから……。

LIMEのトークで夏休みに入ったらみんなで集まって勉強会をする約束を決めた。

課題をさっさと終わらせてゆっくり休みを過ごす為だ。休み中に父さんも寮に様子見に来るみたいだし、去年とは違って充実した休暇になりそうだ。

僕は彼女たちにありがとうとチャットでメッセージを送ってから既読が付いたのを確認した後にベッドの脇にスマホを置いてから見慣れた天井を眺めつつ目を閉じて眠りについた。



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104.「フリー・チャット・トーク」

「小鳥遊勇人の医療機関での定期検査を推奨します」

 AIが弾き出した答えをモニターに表示させる。無機質な機械音声は与えられたプログラムを実行し、現在のデータを参照して未来の傾向を導き出していた。

「対象の血液検査を実施、遺伝子レベルまで解析する事が望ましい。また、現在進行形で進んでいる人口比率の逆転現象に対する対抗策を模索する段階にあります。プロジェクトは次のフェーズに移行後、監察対象の経過監察を怠らないように。また、正確なデータの整理と情報収集の必要性を打ち出すべきでしょう」

 

 モニター越しの機械音声は人から与えられたプログラムを消化していく、記憶装置の容量はアップデートされ毎にバージョンアップ。

 始めに実装された頃と比べると随分優秀になった。

 時代はAIによる機械化とテクノロジーの進化と発展を推進していて企業やごく普通の家庭にまで普及。

 パソコンが高級な電化製品ではなくて、馴染み深い機器に変化したのはここ数十年の取り組みの世界だとも言えるわね。

 スマートフォンやタブレット端末も格安で高性能なものがニーズに応ええる形で世間に広がっていく。

 先を見据えた政策は生活を豊かにしてくれたし、現に何不自由がなく暮らせていることに感謝するしかないのだけど、その豊かさが人を変化させて小さな変化がやがて大きなものに。

 私はずっとこの仕事に携わってきたからこそ分かるの──私達は転換期を迎えているの。

 

 AIとの共生は最初のうちは様々な議論が交わされて批判的な意見も多くみられた。機械はあくまでもそれを動かす人間の感性で趣旨も目的も違人間とは全く別物の存在──感情も理性も持たず、与えられた課題を的確に処理して応えを導き出す。冷たい感じもするのだけれど、それが“彼”らの仕事でもあるし、不平不満を訴えたことはない。

 私の仕事をサポートしてくれる大事なパートナーと言っても差し支えがないかしら? これから先の未来はまだはっきりと認識できるわけではないのだけど、プロジェクトを成功させていつかあの子とも向き合わなくちゃならないわね……。

 

 *

 

 “小鳥遊班”のLIMEグループは賑やかなメンバーばかりだ──彼女達は僕がチャットに参加していない時も女子トークで盛り上がっている。

 僕を中心に集まってきた女の子。可愛いスタンプで会話を続けるのを眺めていると自然と笑顔になる。

 ネットサーフィンで僕が使っているスマホの新機種がこの間発売されたのを公式ホームページやSNSで知る事ができた。今のも気に入っているけど、新しいやつも興味あるなあ。

 端末の代金は親が払っているから無駄遣いしない様に日頃から通信には気を遣ってるんだけど、幸いにもフリーWi-Fiの電波が飛んでいる場所はたくさんあるんだよね。

 父さんが帰って来てから携帯代は払ってくれると約束してくれた。まあ、僕が働き出して自分で払えるようになるまでの間だけって言う話。

 多分だけれど、この学園に通っていなければLIMEを積極的に使う事なんて無かった……。

 友達もいない僕が他人に自分の連絡先を教える機会なんてない……。

 そんな風に考えていたのだけど、今になると僕の日常を楽しくしてくれる女の子達に感謝の気持ちを持っている。

 LIMEのグループチャットはかわいいスタンプがいっぱい使われていてとても楽しい気分になる。

 僕は父さんともやり取りをしているのだけど、そっちではスタンプを押す機会はほとんどない。

 父さんはいつも僕の事を気にかけてくれている──同じ親でもやっぱりあの人とは違うんだ……。

 

 母親なんていう存在だけのあの人は仕事が最優先で息子の事なんて無関心。僕がどれだけ頑張っていても彼女は興味を持たないだろう。

 子供を研究対象にしか見ていない冷たい人だから。

 僕にとって母親に抱いている感情なんてそんなものだ──これから先は父さんと一緒に暮らして行こう。海外で働いていたのに僕のことを常に気遣ってくれる父さんの存在が僕の中でも重要なものに変わっていった。

 グループチャットで日常にはりを与える会話を楽しみつつ部屋で暖かいココアを飲みながらホット一息つくのだった。



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