強キャラ物間くん。 (ささやく狂人)
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雄英体育祭編
プロローグ


時は雄英体育祭前。

 

雄英高校の職員室では、一人の男が、隣に座る男に分厚めの冊子を手渡ししていた。

 

「ほら、頼まれてたやつだ。で、なんでまた俺のクラスの名簿を?」

 

「悪いな」

 

1人は一年B組担任、管赤慈郎(かんせきじろう)。屈強な体格と、個性《操血》を持つ教師兼プロヒーロー。ヒーロー名“ブラドキング”。

 

「ついさっき、マイクに体育祭の実況の補助を頼まれてな。勿論断ったが。…まぁ、念のためだ」

 

もう1人は一年A組担任、相澤消太。個性《抹消》を持つ抹消系ヒーロー。ヒーロー名は“イレイザーヘッド”。

 

相澤の言葉を聞いた菅は、得心がいったように頷く。

 

「なるほど。B組について無知では実況する時に苦労するな」

 

「話が早くて助かる」

 

気怠そうな声で言葉を返しながら、相澤は受け取った冊子に目を通す。

 

「大体の事はこれにまとめてある。あとは俺の説明でも聞いていくか?」

 

受け取った紙にざっと目を通すと、顔写真付きで入学以降の印象や助言のメモがされている。また、“個性把握テスト”の結果やオールマイト担当の“戦闘訓練”の結果や感想付きだ。

 

「…相変わらずマメだな」

 

「テキトーなお前よりはマシだろう、イレイザー」

 

顔と鍛え上げられた筋肉に似合わないこの几帳面な性格は、毎年意外に思う。お互い、今日の分の業務は粗方片付けている。管に付き合ってやる時間はある。

 

「まず出席番号1番の男子。泡瀬洋雪(あわせようせつ)からだな。《溶接》は直接戦闘能力には乏しいがーーー」

 

自分の受け持つ生徒を得意げに話す管を見ながら、相澤は呆れる。受け持ってまだ日が浅いというのに、かなり入れ込んでいる様子が見て取れる。ただ、相澤もその気持ちが理解できないわけでもなかった、特に今回のクラスでは。

 

「………はぁ」

 

手短に頼む、という言葉を飲み込み、管のクラス愛に付き合うことに決めた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

予想以上に一人一人の話が長く、ウンザリとした顔を浮かべ始めた相澤に構わず、菅は話を進めていく。

 

「ーーーー今後はこの大柄な体格を活かせるように鍛えさせる予定だ。さて…次は、18番だな」

 

相澤は渡されたプリントを1枚めくり、出席番号18番の少年についてのメモに目を通す。

 

「…ふむ」

 

出席番号18番、物間寧人。個性:《コピー》

触れた者の個性を5分間使い放題にできる個性。

 

ユニークな個性を持っているな、というのが第一印象だった。仕事柄、多種多様な個性を目にする相澤にとっても興味深い“個性”。

 

「初のヒーロー講義学…戦闘訓練で圧勝…か。個性把握テストの結果も中々だな」

 

“推薦入学者に引けを取らない程の実力者”というメモを見ながら、相澤は聞く。生徒は贔屓無しに厳しく接する“愛のムチ”のような教育方針の菅にとっては珍しいメモ書きだ。少なくとも、ここまでの評価を得ている生徒はこれまでの17人の中にはいなかった。

 

「随分とお気に入りなんだな?」

 

「優秀過ぎて困っているくらいだ」

 

困ったような、嬉しいような顔を浮かべ、嫌味を言うように、菅は相澤に続ける。

 

「入学式の日は()()()首席の爆豪君がいなくて、新入生代表の挨拶には困ったがな。()()の彼が代わりにスピーチしてくれたよ、まったく」

 

「…そいつは感謝しないとな」

 

軽く受け流すように、言葉を返す相澤。

 

“個性把握テスト”を入学式の日に決行したせいで、軽いお小言を言われるのは仕方ない事だろう、と自分を納得させ、(くだん)の物間についての話の続きを促す。

 

「中々に柔軟な生徒でな。協調性に乏しい点はあるが、状況を見極める力に長けている。その上“個性の扱い方”がかなり上手い」

 

「…“個性(コピー)の扱い方”か。どんな個性をコピーするべきか判断できる、って事か?」

 

「それもあるが…。まぁ、これに関しては実際の場面を見てもらうべきだな。俺の口からでは説明が難しい。それに…」

 

“実際の場面”…管が言っているのは雄英体育祭の事だろう。そう判断しながら、相澤は管に続きを促す。

 

「それに?」

「少々不思議に思う点もあってな。個性の使用中、新たな発見をしたように目を輝かせることが多いんだ。まるで──」

 

「────個性発現から間もない幼児、か」

 

「発現自体は、5歳に確認されているから、珍しいな、と思ってな」

 

「《個性》は上手く扱えていて、むしろ優秀、と。なら問題ないだろ」

 

物間寧人のこれまでの好成績を確認しながら、管にそう返す。俺の言葉に疲れたニュアンスが含んでることにでも気づいたのか、管は一瞬首を傾げ、すぐに答えにたどり着いた。

 

「あぁ、そういえばお前のクラスだったな。個性の発現が最近だった、珍しい生徒。確か名前は──緑谷出久、だったか。どうなんだ?彼の様子は」

 

「ま、先は遠そうだな。力の使い方に長けてるこの生徒とは真逆だ」

 

「はは、てことは、物間と気が合うかもしれんな。お前とマイクの凹凸コンビみたいに、な」

 

「…そうだな。不思議と俺も、そんな気がするよ」

 

そんな適当な答えを返しながら、次の生徒の説明に入ってもらうため、物間寧人のページを捲った。

 

 



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敵情視察に行こう。

「…敵情視察?」

 

「オゥ!体育祭も近ぇし、A組を見に行こうぜ!」

 

放課後、未だ慣れぬ授業を終えて、帰り支度を整えていた頃、クラスメイトに声をかけられた。銀色に光る身体が教室の照明に反射して目がチカチカする。一瞬目を細めながらも、声をかけた少年の姿を確認する。

 

鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)。B組出席番号13番、個性《スティール》身体の一部や全身を金属化することができる。

 

性格は一言で言えば単純。感情が行動に直結するタイプで、クラスでも最も熱血系に属する。先日の戦闘訓練でタッグを組んでから気に入られたのか、話しかけられることが多い。…まぁ、シンプルな個性という事もあって、()()()()()()()お世話になってると言える。まだ浅い付き合いではあるが、他のクラスメイトと比べれば仲良い部類に入る友人の一人だ。そんな友人の頼みだ、少し付き合うくらいならいいだろう。

 

 

「…ま、見るだけならね。無駄足だろーけど」

 

「オォ!サンキューな!早速行こうぜ!普通科のヤツらも今日行くって食堂で聞いてっから、早く行かないと席取られるぜ!」

「まてまて」

 

…コイツは敵情視察の言葉の意味をわかってないんじゃなかろうか。コンサートじゃあるまいし。

 

思わず不安になり鉄哲を引き止める。そして振り返り、もう一人の親しい友人に声をかける。

 

「拳藤。一緒に来てくれない?この馬鹿が暴走したら手に負えないし」

 

「…いや、私も鉄哲は手に余るけど…?」

「鉄哲係は正式に拳藤って決まったじゃないか、昨日」

「それ、聞いてないんだけど?本人ナシで正式に決まっちゃったんだ?」

「まぁ、決まっちゃったねぇ」

 

出席番号5番、拳藤一佳(けんどういっか)。個性《大拳》により、自身の拳を巨大化させることができる。

 

B組のクラス委員長でもある彼女は、鉄哲の暴走を抑止する役を受け持ってくれるからとても助かる。…入学してまだ日が浅いんだけどなぁ。鉄哲の多少のヤンチャに対応できるのは、クラスでも限られてくる。

 

ため息をつきながらも了承してくれる拳藤に感謝しながら、僕らは歩き出す。

 

A組へ向かう短い道中、拳藤は何度も鉄哲に念押しをしていた。

 

「ほんとに暴力沙汰とかやめてよ?」

 

「わかってるって!」

 

誤解のない様に言っておくが、鉄哲は特に野蛮な奴ではない。まぁ、クラス野蛮さランキングがあったら1、2を争うだろうけど。

僕らが鉄哲の暴走を心配しているのは“ある事件”があったからだ。世間にも衝撃を与えた大事件。

 

先日あった“USJ襲撃事件”。あれ以降、一年A組を英雄(ヒーロー)として取り扱う報道が僕らの耳に嫌でも入る。ていうか嫌だ。たまに来るA組目当てのマスコミにも、僕ら(B組)はいくらかの迷惑を被っている。主に登校時とか。

 

「君はA組?」と聞かれて「…B組です」と答えた時の記者のガッカリしたあの顔は何度思い返しても殴りたくなる。顔は覚えた。

 

その上、スタートは同じだったA組とB組で大きな差が開いてしまったような感覚を味わっている事が、鉄哲の不満(ヘイト)を増長させる。

 

いや、これに関しては鉄哲に限った話ではない。筆頭が鉄哲というだけで他にもA組を快く思ってない奴はB組にはいる。むしろ多いだろう。勿論この事には、拳藤も気付いている。

 

雄英体育祭でもB組が埋もれてしまうという結果になると、クラスの雰囲気がさらに悪くなってしまうだろう。

 

間違いなく、数人の不満が爆発する。最悪の事態だ。

 

「良くないな…」

 

前で念を押し続ける拳藤に目を向ける。

 

クラス委員長の彼女にも大きな負担がかかる事になるだろうし。

 

――どうやら雄英体育祭は、()()()()()()じゃなく、“B組全体の勝利”に目を向けた方がいいかもしれない。

 

なんて、ため息をつきながら考える。まぁ、準備が無駄になる事は無いと思うけど。

 

気付けば僕ら3人は、A組の教室前に到着していた。

 

「うげぇ…。人多っ」

 

「普通科の人が結構来てるっぽいね」

 

「――――そんなこと(敵情視察)したって意味ねぇから。どけモブ共」

 

予想以上の人の多さに辟易していると、そんな騒がしい声が気にならなくなるほどのオラついた発言が聞こえてくる。

 

なんとか人混みをかき分け、声の主の姿を確認する。ツンツン頭で目つきも悪く、如何(いか)にも不良、という感じの少年。

 

そんな彼の姿には見覚えがあった。1年前のヘドロ事件の被害者として聞いた名前であり、同年代だったことから記憶に残っていた。

 

一年A組、爆豪勝己、個性は《爆破》。

 

「!このヤロ───」

「ちょっと!」

 

そんな爆豪の物言いにこれまで溜まっていたイライラが抑えきれなくなったか、左隣にいた鉄哲が怒鳴り散らそうとする――所を、なんとか拳藤が食い止めていた。やはり拳藤を呼んでよかった。

 

そんな風に安堵していると、鉄哲のいる僕の左隣とは逆、右にいた少年が口を開く。紫の派手な髪色に加え、気怠そうな声色。普通科の生徒だろうか。

 

「──噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんなんなのかい?」

 

B組含むヒーロー科全体を煽るような言葉に、思わず苦笑する。まさかの風評被害だ。

 

当然そんな僕に構う事なく、普通科の少年は続ける。

 

「知ってた?俺ら普通科の人も、体育祭の結果(リザルト)によっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって―――と同時に、ヒーロー科の普通科落ちもあるってさ」

 

気怠げな目、薄く笑った、煽るような表情。そんな少年の隣で俯きながら、僕の口元も緩む。

 

「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ調子に乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

ふと、教室内を見やる。普通科落ちは誰もが避けたいのか、A組の数人は少しだけ不安げな表情を浮かべているのを見て、思わず感心する。これほど自信満々な宣戦布告ができる奴が普通科にいたとは。

 

―――ちょっとだけ、君の《個性》に興味が湧いたよ。

 

「オゥオゥ!隣のB組のモンだがヨ―――――」

 

普通科の少年の宣戦布告を聞いて火が点いたのか、拳藤を振り払った鉄哲もついに口を開く。

 

――――のを遮って、()は一歩前に出て言葉を紡ぐ。

 

「中々言ってくれるじゃないか、普通科くん」

 

隣で鉄哲と拳藤が目を瞠る。矢面に出る事を良しとしない僕の行動に、驚く。そんな2人を安心させる為目配せしておく。

 

「…アンタは?」

 

まさか隣にいる奴が喋りだすとは思ってなかったのか、微かに動揺した普通科の少年が僕に尋ねる。

 

()()()()()1年B組、物間寧人。ま、さっきのはちょっと言いすぎかな。あんまりA組と一緒の扱いはしてほしくないんだよねぇ、僕ら。うちにはあんな野蛮な奴はいないし──」

 

僕を鋭く睨みつける爆豪を一瞥しつつ、さらに奥のA組の教室内を見下すように目を向ける。

 

「──この程度の言葉に動揺してる臆病者も、B組にはいないからね。だからまぁ、訂正してくれると嬉しいよ、普通科くん」

 

「…お前」

 

不快そうに顔を顰める普通科の少年。何が気に障ったのかはわからない。ヒーロー科志望の彼を普通科と呼ぶことか、宣戦布告をたいしたことないと評したことか、はたまた名前を聞かれないほど、眼中にないことか。

 

「はン。一部同感だ。オレを他の雑魚どもと一緒にすンじゃねぇ」

 

「お、気が合うじゃないか」

 

爆豪が悪態をつきながら歩き始めた。ここにいる意味がないと思ったのだろう。僕はそのまま横を通り過ぎようとする爆豪に向かって手を差し出す。

 

「君もよろしく。もちろん、僕も本気で勝ちに行くからさ」

 

「…言ってろ、雑魚が」

 

口は悪いが、握手を無視する程の無礼では無いのか、バシッと手を払いのけるような扱いをされる。いや、無礼か。

 

爆豪が去り、残るのはA組の面々の困惑した顔。

 

険悪で気まずい空気の静寂の中、僕は2人に声をかける。

 

「…それじゃ、僕らも帰ろっか」

 

 

 

そうして僕らは帰路についた――訳でもなく、僕ら以外にいないB組教室で、ある実験をしていた。

 

「…なるほど手のひらから出る汗がニトロの役割を果たしてるのか。これ、多分汗だけでも充分起爆剤の扱いになるんじゃ?ていうか汎用性高いな、やっぱイメージ重視で結構…」

 

「あーあ、また()()()()だよ」

 

「おいおい、病気みたいに言わないでくれよ、拳藤」

 

特別なコツは無さそうだし、使いやすい部類に入る発動系個性だな。こういうタイプの個性は専用の耐性をもっていて、今回の場合は手のひらが火傷することないような爆破耐性ってとこか。

 

「言っとくけど、僕にとっては死活問題なんだからな」

「だからって、初対面で名前より先に聞くかなぁ、個性を」

「あー、そうだっけ?」

 

はて、そんな一か月以上前のことは忘れたな。

 

「そんなに楽しみだったんだな!俺たちの個性が!」

「アンタ、B組の個性はもう大体把握してるんでしょ?」

 

嬉しそうな鉄哲と、あきれた様子の拳藤を見ながら、僕は手のひらを天井に向ける。威力を抑える代わりに、爆破時に生じる閃光にイメージを寄せる。

 

「仕方ないだろう?面白い個性を求めて、雄英(ここ)に来たんだから」

 

興味深い個性があると、すぐ試したくなる。これは僕の(さが)だ。特にここに入学してからは新たな発見と驚きの連続だ。ほら、こんな風に。新しい使い方をまた発見してしまう。

 

「──まぶしっ!?」

閃光弾(スタングレネード)…ってとこかな。うん、気に入った」

「ちょっと物間!」

「いやぁ、ごめんごめん」

 

当然、被害を受けた拳藤が僕を叱り始める。そんな説教を聞きながら、僕はこれまでの、そしてこれからの日々に思いを馳せる。

 

こうやって今日みたいなヤンチャをして、呑気に色んな個性を試す、楽しい日々。そろそろオールマイトの《個性》でも突き止めて、試してみたいな、なんて考えながら過ごす日々だ。

 

 

 

───少なくともこの時までは、そのオールマイトの《個性》に深く関わることになるとは、全く思ってなかったんだ。当然、彼らと共に巨悪と対峙することも。

 

 

きっと話を進めるとしたら、雄英体育祭からになるのだろう。緑谷出久、彼を知ったあの日から、僕のヒーローアカデミアは始まる。

 

 



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奪りにいこう

雄英体育祭。

 

一見単なる運動会のような平和的行事に思えるが、そこらの行事とはまず規模が違う。

 

テレビ中継は当たり前。主に活躍するのがヒーロー科という事もあり、プロヒーローがスカウト目的で大勢観戦に来る。そんなプロたちにスカウトしてもらうため、僕ら可愛い生徒は必死にアピールする。例え将来有望な《個性》であっても認知されてなければ意味がない。全国規模での貴重なアピールチャンス、それが雄英体育祭だ。

 

そして今日は、その体育祭当日。

 

体育祭では義務化される体操服に着替え、僕はB組の集まる控え室まで移動する。もうみんな集まっている頃だろうか。つい時間ギリギリまで暇を潰してしまった事もあり、少し焦って小走りになる。

 

「ラストチャンスに懸ける熱と経験値から成る戦略とかで、例年メインは3年ステージだけど」

「今年に限っちゃ1年ステージ大注目だな」

 

「ねえ知ってる?今年の1年の中にエンデヴァーの息子がいるって」

「うっそマジで!?」

 

観客席へ向かう人混みをうまく避け、僕は控え室に向かう。思わず吐いてしまったため息は、A組目当ての声にかき消された。

 

「…どうしたもんかね、こりゃ」

 

状況は決して良いとは言えない。

 

 

 

 

「共同戦線?」

 

「あー…まぁそんな感じ。ほら、全員ライバルとかじゃなく、B組として勝つって感じでさ、サポートし合いながら」

 

B組クラス委員長、拳藤の提案に困惑の表情を浮かべる面々。控え室の隅で座る僕の視界には、殆どの人の表情を見渡せる。

 

そりゃそうだ。今日という日がヒーロー科にとってどれだけ重要か、わからない拳藤では無いだろう。

 

言い方は悪いが、他人を蹴落としてでも、プロヒーローへの道を切り開く。注目度でA組に劣っている分、アピールは人一倍頑張らないといけない。B組にとって、そういう行事になってしまっている。みんなで協力して。個人が埋もれてしまっては本末転倒だろう。

 

僕はみんなの様子を慎重に伺いながら口を開く。

 

「いいんじゃないかな。終盤はともかく、学年一つでもかなりの人数だ。予選でドジって落ちる可能性は、割とあるんじゃない?」

 

なんせ1学年だけでも普通科、サポート科と合わせて数百人だ。予選で150人ほどが失格となると見積もっても、その多数に自分は入らないと断言しにくいだろう。

当然これは序盤の話、勝ち進んでいくとまた話は変わっていくだろうが。安全に勝ち進むためには、この共同戦線は悪くない案だ。

 

「…成程。一理ある。仲間など必要ないが、利用するのも勝利の闇の手段。新生の未来へと希望を託すために」

 

僕の意図を汲み取ってくれたのか、言葉を返してくれた少年が1人。いや、本当にわかってるのかは不明。むしろ彼の言っていることがわからない。

 

「ま、そんな感じだよ、黒色(くろいろ)

 

「フム、面白い」

 

出席番号4番、黒色支配(くろいろしはい)。個性《(ブラック)》は、黒いものに溶け込むことができる。黒いものの中であれば自由に移動が可能であり、溶け込んだものが動かせるものであれば支配できる。真っ黒な肌と無造作な白髪、二重瞼が特徴的な少年だ。ちょっとだけ日常会話に不便な点はあるけど、かなり強力な《個性》を持っていることは確認済みだ。

 

 

黒色の賛成の言葉で、困惑していたB組の面々は、徐々に拳藤の案を肯定していく。元々、1人1人が気負いすぎなのだ。全員で協力となれば、少し気持ちも楽になる。拳藤の案を受け入れることで、プレッシャーも和らぐことだろう。

 

「まぁ、いいんじゃね?」

「心強いしね〜」

 

そんな面々の言葉を聞き、拳藤は深々と頭を下げる。その時、チラッと僕に目を向けたが、そっぽを向いて気づかないフリをしておく。

 

「…みんな、ありがと!みんなで勝ち残って、ブラド先生を喜ばせよう!」

 

うんうん、下手したら泣くんじゃないかな、あの人。今のとこ生徒の前では強面厳格教師を保ってるけど、もうすぐボロがでてきそうだな、と思い始めている今日この頃。

 

拳藤の感謝の言葉を受け取り、誰かの「そろそろ時間だ」という言葉を皮切りに、立ち上がる。

 

これでB組同士が対立して、余計な被害が出る事は無いだろう。つまり、“B組全体の勝利”にまた一歩近づいたと言える。いやぁ、よかったよかった。

そろそろ入場だ。控え室から出て、僕らB組は廊下で整列する。僕も並ぼうとしたところで、あの、と1人の女子に声をかけられた。

 

「ん、どうしたの?」

 

「…申し訳ありませんが、(わたくし)()()()()()()には賛成しかねます」

 

クラス全員の“賛成”という良い雰囲気を壊したく無いのか、秘密を打ち明ける様な小声で彼女は言う。

 

「…そっか。まぁそれは仕方ないよ、本来そーいう行事だからさ、塩崎」

 

 

出席番号8番、塩崎茨(しおざきいばら)。個性《ツル》髪の毛から生えているイバラのツルを操ることができる個性。

戦闘訓練時でも圧倒的な強さを見せつけ、入試でも4位という実力者。高い制圧力をもつ強力な個性と、誰に対しても慇懃な態度が特徴だ。

 

そんな事を整理しながら、僕は塩崎に続ける。

 

「ところで、なんで僕に言うのかな?僕から拳藤に言えって?」

 

「ええ、しっかりと発案者の方にお伝えしておこうと思いまして」

 

どうやら確信を持っている様で、僕は肩をすくめる。そこまで誤魔化す事でも無いので、あっさりと認める。

 

「まぁ、そうだけどさ。気づいた理由は?」

 

「慧眼な拳藤さんは最近のクラスの雰囲気の悪さに気づいておいででした。そこを考慮してこの案を出したのは納得できる話ですが…」

 

その通り。拳藤は気づいていた。B組全体がA組に勝つ、それがクラスにとって最も必要な事だと。自信を失わせない、最高の手段だと。

 

そんな拳藤を少し騙して、僕はこの案を提案させた。

 

「…物間さんに利益が多すぎると思ったのです。その…個性上」

 

ご明察。

 

僕の個性《コピー》はその名の通り、他者の個性をコピーする。つまり、他者がいないと只の無個性に成り下がる。

 

そして今、B組が協力する、という案が採用された以上僕は19の個性を得たと言える。

 

勿論こんな事せずとも、“個性を借りる”事くらい受け入れてくれたかもしれない。でも、B組の皆には重圧(プレッシャー)がある。

A組に劣っているという評価、世間からの注目度の低さ。クラスメイトに力を貸すつもりはないという考えに至ってもおかしくない、ある意味それが普通だ。

それらを考慮した結果、皆に前もって提案した方が、僕としては動きやすい。

 

僕の思惑の大体を見透かしている塩崎の言及に、僕は苦笑する。

 

「立場的に、僕から提案したら不満が出るかもしれないからね。切羽詰まってる拳藤を騙したのは悪いと思ってるけど…委員長の話のほうが耳を貸してくれそうでね」

 

「いいえ、責めている訳では御座いません。物間さんが提案すると、個性もあってより一層胡散臭く思えますから」

 

「今、個性抜きにしても胡散臭いって言わなかった?怒ってない?」

 

僕の言及に塩崎はいえいえ、と小さく笑って言う。

 

「決して悪い提案じゃありませんから。ただ貴方が大きく得をするだけで」

 

「へぇ、じゃあこの案に乗っかってみてもいいんじゃない?」

 

「いえ、それはないですね───貴方の得は、私にとって大きな損になってしまうので」

 

「……」

 

そう言い切る塩崎に、僕は一瞬黙り込む。

 

「どうやら、嫌われているわけじゃなさそうだね」

 

「…では、これで」

 

 

会話を切り上げた塩崎は小さくお辞儀し、前の方の列に加ろうとする。ちょっと待った、と僕は塩崎を呼び止め最後に小声で聞く。

 

「ちなみに、塩崎と同じように反対派は?」

 

「鉄哲さんと骨抜さんは同じ考えのようです、私が聞いた限り、ですが」

 

出席番号16番 骨抜柔造(ほねぬきじゅうぞう)

個性《軟化》触れたあらゆるものを柔らかくすることができる。生物は柔らかくすることができない。

 

そんな彼は天下の雄英に4人しかいない推薦入学生だ。かなりの実力者な事は周知の事実。

 

そしてもう一人鉄哲。

「運動会じゃねぇんだし、やりたい様にやるだけだ!」的な事でアツくなる彼を思い浮かべて、苦笑する。

 

戦いの時は対立し、仲間の時は協力する、そこの区別をつける程の単純さを持つ彼にとって、僕の提案は肯定できなかったのだろう。

 

塩崎が前の方へ並びに行くのを見送り、僕も列に入る。

 

すぐに入場の時間を迎え、僕らB組は歩き出した。

 

僕は歩きながら、思いを巡らす。

 

塩崎のあの提案を蹴った理由。仲間を騙した僕を怒ってるでも、嫌ってるでもない。あの発言の意図することはただ一つ。物間寧人を脅威に思っているからこそ、力を貸せない。そして同様に提案を蹴った骨抜と、あの控室で提案を聞いた直後、僕の反応を伺っていた数人も、同じ考えと見積もっていいだろう。

 

塩崎の言う通り、僕は大きく得をした。一つ目に、約15個の《個性》を取捨選択できる盤石な立場になったこと。二つ目に、B組全体での予選通過率が上がったこと。一応僕個人で脱落者が出ないよう手を尽くすつもりではあったが、クラス単位で協力することでさほど心配せずに済むことになる。そして三つ目に、僕を、そして僕が警戒するクラスメイトを見極めること。もとより油断はしないが、彼女らをより注意することは必須となった。

 

これが、あの控室で得た僕の“得”。

 

『刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!1年ステージ生徒の入場だ!』

 

マイク先生の声が、入場口にまで響き渡る。それに追随する様に、怒号の様な歓声が沸き起こる。

 

『ーーーーーーーつっても、やっぱ目当てはこいつらダロ⁉︎』

 

『敵の襲撃を受けたのにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた、奇跡の新星!』

 

『ーーーヒーロー科、 1年A組ィ!!!!』

 

勝負がまだ始まったわけでもないこの段階から、ここまでする必要があったかどうかを考える。アナウンスを聞いて顔を強張らせたB組の面々を見ながら、すぐに答えは出た。──あるに決まっている。

 

この程度のプレッシャーに負けて、結果的に安全策に溺れたB組と、全員が最初から一位を狙いにくるであろうA組とでは意識の差が違う。問題はメンタル、意識の差だ。

だから、そこを叩き直すことから始めよう。

 

片やヴィランとの戦闘やプロヒーローの戦いを間近で見たA組。

 

そして殆どが“協力”という言葉に簡単に頷いてしまったB組。

 

どっちが優れているかなんて、明白だ。

 

『話題性では遅れを取っちゃいるがこっちも実力派揃いだ!ヒーロー科1年B組ィ!』

 

必ず一位を取るための(アドバンテージ)を、僕は逃さず取っていく。そして愚かなクラスメイトは勝者が決まったころに気づくんだ。自分たちに何が足りていなかったのかを。──僕の後ろ姿を見ながら。

 

A組より少しだけ小さい歓声に包まれながら、僕は薄く笑う。

 

さぁ、奪りに行こう、全力で。

 



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捻くれ者。






「物間殿、私らを集めて、何の用件ですかな?…そろそろ予選も始まってしまいますぞ」

 

「まぁ待てって宍田、そう焦るな」

 

出席番号9番、宍田獣郎太(ししだじゅうろうた)。個性《ビースト》獣化することができる個性。

 

そんな彼を含め、僕の前にはB組のほとんどの顔が揃っている。いないのは3人、“鉄哲”と“骨抜”、そして“塩崎”だ。

 

この3人は先ほど控え室で、“B組の協力体制”には賛成できないと考えている。それなら僕がこれから提案する策も恐らく、反対されるだろう。

 

だから、僕はその3人以外の16人を集めた。

 

先程、ミッドナイトから“一次”予選である《障害物競争》の説明が行われ、B組以外の皆はスタート地点へ向かっている。

 

「ねぇ、そろそろ始まるし、さっさと行った方が良くない?物間」

 

少し焦った様子の拳藤を宥め、僕は皆に向かって話しかける。

 

「ーーーーさっきミッドナイトは、“1つ目の種目は”って言った。つまり、予選はこの《障害物競争》で終わりじゃない」

 

「…ヒヒ、だから何だ。お前は何を見据えている?」

 

「提案だよ、黒色。ここはまだ準備する段階だ。みんなも知ってる通り、この“雄英体育祭”の主役はヒーロー科だ。ヒーロー科が注目される行事なのに、一次予選程度で大幅に数を減らすとは考えにくいだろう?」

 

「ーーーこの《障害物競争》では、最低でも40人は残る筈だ。基準(ボーダー)が比較的大きいこの競技では、皆には《個性》を温存してほしい」

 

真剣に考え込んでいる様子の皆の顔を眺めながら、僕は更に続ける。

 

「逆にA組が使う《個性》を観察して、今後に生かすのもアリだと思ってる。これが、僕からの提案だ」

 

ここで僕は口を閉じて、皆の反応を見る。最初に反応したのは拳藤だった。彼女は納得したように頷く。

 

「なるほどね。鉄哲を呼ばなかったのはそういう理由か」

 

鉄哲ほどの熱血系は、“あえて順位を落とす”というこの案には頷きにくいだろう。拳藤に続き、宍田も口を開く。

 

「一理ありますな、物間殿。《個性》が知られているか否かではこちら側が有利(アドバンテージ)を取れますぞ」

 

全員、というわけでは無いだろうが、この場の雰囲気では賛成派が多くみられる。それを確認した僕は口を開く。

 

「一応言っておくけど、これは1つの選択肢だ。強要はしない。ただ、目先の栄光に縋るよりかは、いくらか堅実的だと思ってるよ」

 

 

「…それじゃ、解散。()()()で頑張ろっか」

 

僕の言葉を皮切りに、それぞれが動き出す。その動きに焦りは無い。まるで余裕が出来たかのように、《障害物競走》のスタート地点へ向かっていく。

 

その様子を見て、僕は自分の案が採用()()()()()()()事を悟った。

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

皆を見送りながら、僕は一息つく。結構長い演説となってしまって、口も疲れた。

 

いつのまにか《障害物競走》はスタートしていたようで、僕は小走りに出発地点に向かう。

 

隣で同じように走り出す拳藤を横目に、僕はやけに氷だらけのスタート地点を不思議に思いながら、遥か前方をゆくA組を追う。

 

「まさかアンタがB組の事をあんなに考えてたとはねぇ」

 

ニヤニヤとした口調でからかい、肩を叩く拳藤。

僕は彼女の手を振り払い、ため息をついて、答える。

 

 

 

「ーーーB組の為なんて考えてないよ。全部“自分”の為」

 

「え?」

 

呆けた声を出す拳藤に構わず、僕は続ける。周囲にはもうB組すらいないんだし、伝えても何も問題はない。

 

「ま、B組として勝つに越したことは無いけどさ。今回に限っては無理。さっきの僕の案で第2予選を有利に進めたとしても、予選を通過出来るのは数人程度だろーね。あとは多分A組独占」

 

「ちょ、ちょっと?何言ってんのさ?そんなのわかんないじゃん!」

 

「…拳藤も薄々気付いてるんじゃないの?“今の”B組は、()()んだよ。現に推薦(実力者)の骨抜や、それに塩崎も遥か先へ向かってる。A組と同様にね」

 

“いや、お前が引き止めたんだろ”という目で見てくる拳藤に、“ライバルに呼ばれて素直に応じ、ホイホイその提案を了承するってのがダメなんだよ”という視線を返す。

 

「ちなみにさっきの提案は全て“僕”の為。僕は元々1人で《個性》を観察する予定だったんだよ、《コピー》の為にさ」

 

「…でも、僕1人じゃ全ての個性を把握するのはちょっと厳しい。そんなところに()()()()()()協力体制の仲間達がいたもんだからさ」

 

これで、確実にA組の《個性》を把握できるって寸法。うーん、持つべきものはやっぱり友達だね。

 

僕は得意のニヤケ面をつくり、さらに得意な挑発するトーンを作る。

 

「…拳藤さ、鉄哲とかのA組への不満とか、結構心配してるみたいだけどさ。そんなの考えてられる程の余裕あんの?スゴイねー」

 

「…何、その言い方」

 

僕の軽口に機嫌を悪くした様子の拳藤。構わず続ける。煽るような口調で。

 

「いやいや、これでも褒めてんだって。そこまで強くないのによく人の心配なんて出来るなぁってさ」

 

瞬間。拳藤は、僕を殴ろうと右拳を握る。けど、実際に行動には移さない。

 

「ほら、今だって、控え室での“協力体制”が頭をよぎったでしょ?だから殴れない…考え方が甘いんだよ、拳藤は」

 

「…!」

 

クラス委員長としての責任が拳藤を動かしているのか、思いつめた様子の拳藤。

 

僕はそんな彼女に、あっけらかんと告げる。

 

「ーーー優勝すればいいんだよ。全部それで解決」

 

「はぁ?」

 

先ほどの僕への怒りなど忘れたかのように、呆けた声を出す拳藤。

 

別に、そこまでおかしい話じゃないだろう。

 

僕の予想では、B組から予選を通過出来るのは1人か2人。その誰かが、一位を取れれば、少なくとも負けでは無いだろう。

 

要は考え方の問題だ。

 

決勝トーナメントの上位がA組で独占され、クラス単位では勝利とは言えないが、“B組の誰か”が優勝をする。そうすれば、鉄哲の不満が爆発するレベルまでには達しないだろう。

 

つまり、勝ちでもないが負けでもない状況。

 

僕が狙うのはこれだ。というか、“勝てないんだから、負けないようにする”なんて、今時小学生でもわかる考え方だ。

 

「ーーーーつまり、優勝すればいいって事。もしこれでも不安なら、表彰台の1番上でA組を見下ろして煽りまくってやればいいんだよ。これだけやれば鉄哲も納得するだろ」

 

ま、テレビ放送されてる中そんな事すればヒーローとしての質が下がる。そこまでしようと考えてる人はいないだろうな、僕以外には。

 

そんなことを考えながら、僕は黙ったままの拳藤に告げる。

 

「ーーーーだから、()()を利用して僕は“一位”を獲りにいくよ」

 

ーーーーそれが、B組の為になると信じているから。

 

拳藤はどうする?と、目で訴えかける。

 

これまで一定のペースで前へ走り続けていた拳藤は、初めて足を止めた。

 

僕も立ち止まり、拳藤を見据える。

 

「…私、は、B組で勝ちたい。委員長だし」

 

あまり考えがまとまってないのか、途切れ途切れの言葉。それでも僕は急かすことなく、続く言葉を待つ。

 

「でも、勝利(それ)は今じゃないんだと思う。…今の私達じゃA組に勝てない。でも、()()()()()()

 

そうだ、急がなくてもいい。今は勝たなくていい。負けなければいい。

 

この反省を生かして、地道に進んでいこう。それが、多分B組の本来あるべき姿だ。

 

僕は口を開く。

 

「悪いけど、僕も負ける気は無いよ。狙うは優勝だ」

 

「…当たり前でしょ。私もだよ」

 

もう迷いは無いのか、拳藤の眼はいつも通り澄みきっている。

 

それを確認した僕は前を向く、先に進む為に。

 

 

 

「ーーーーーーーーーーッ⁉︎」

 

ーーーと同時に、後ろへ跳ぶ。

 

先ほどまで僕がいた場所に“無機質な拳”が通る。転がりながら受け身をとって、体勢を整える。

 

上を見上げると、数ヶ月ぶりの再会。

 

後ろにいる拳藤が呟く。

 

「入試の0pt仮想ヴィラン…!」

 

「…なるほどね。これが第一の試練って訳か」

 

 

第一関門《ロボ・インフェルノ》

 

「…ま、僕()の敵じゃないけどね」

 

そう言って、背後にいる拳藤に手を差し出す。拳藤は僕の手をじっと見つめ、ため息をつく。

 

「アンタ…今、ライバル宣言したばっかじゃん…。しまんないなぁ…」

 

そんな事言われてもなぁ…。今の僕は無個性だし、慈悲が欲しいとしか言えない。

 

手のひらが一瞬重なる、パチン、と小気味の良い音と同時に、僕は《大拳(コピー)》を発動させる。そして、大きな掌で無機質な拳を受け止める。

 

前へ駆け出した拳藤も僕と同じように《大拳》を発動させ、拳を巨大化し、仮想ヴィランを殴り倒す。

 

そのまま彼女は勢いづいたのか、前へ前へと走り続ける。僕の事など待たずに。

 

と、思った矢先、少しだけ立ち止まり、振り返った拳藤は、こう口パクした。

 

『ありがと』

 

すぐに前を向き直した拳藤は、更にペースを上げて走り出した。

 

「…ふん。なんのことやら」

 

さて、5分以内には片付けないとな。コイツら。

 

拳藤も去り、僕に目標(ターゲット)を定めた仮想ヴィランはこちらに向かってくる。僕は更に《大拳》を発動し巨大化させ、パワーを上げる。

 

あとはただ、思いっきり殴るだけ。うん、やっぱりシンプルで良い個性だ。

 

「ま、僕の方がいいけどね」

 

目の前で砕け散る仮想ヴィランを眺めながら、そう呟く。

 

 

 

 

口パクで伝えた言葉はちゃんと彼に届いているだろうか。あの捻くれ者の彼に。

 

物間の言葉を思い出す。

 

 

『ーーーB組の為なんて考えてないよ。全部“自分”の為』

 

「…なんて言ってた癖に、自分が優勝する理由は“B組の為”じゃん」

 

さっきの提案は全て“自分の為”なんて言ってたけど、それはちょっと違う。

 

物間が皆を利用するのも、“自分が優勝する為”なのだ。

 

そしてその肝心の“優勝する理由”の理由には、自分の為なんて微塵も無いのだ。

 

つまり、巡り巡ってB組の為を思って優勝を目指している。

 

「ほんとに、不器用というか、なんていうか…」

 

それに、このタイミングで私にこの話を打ち明けたのもそうだ。

 

私は“B組の事”を考えるあまり、“自分の優勝”を考えていなかった。個人ではなく団体を優先してしまっていたのだ。

 

けど、彼はそれは間違いだと指摘してくれた。

 

『僕が優勝してやるから、拳藤は自分の事を考えろ』

 

そう言ってくれた気がした。

 

結局、彼はどうしようもなく優しかったのだ。余裕のない私を気遣って、余計な事を考えてた私を気遣って。

 

ただ、それを伝えるのが不器用過ぎただけだ。そのおかげで、変に煽ってしまったり。

 

「…ほんっとに、捻くれてるなぁ」

 

 

でも、嫌いじゃないよ、そーいうとこ。

 

 

後ろは振り返らず、余計な事は考えず、ただ優勝のみを目指して、私は走り出す。

 

そこに、迷いはない。

 



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騎馬戦準備。

《障害物競走》最終結果(原作と変化無し)
1位 緑谷出久(A組)
2位 轟焦凍(A組)
3位 爆豪勝己(A組)
4位 塩崎茨(B組)
5位 骨抜柔造(B組)
6位 飯田天哉(A組)
7位 常闇踏陰(A組)
8位 瀬呂範太(A組)
9位 切島鋭児郎(A組)
10位 鉄哲徹鐵(B組)
11位 尾白猿夫(A組)
12位 泡瀬洋雪(B組)
13位 蛙吹梅雨(A組)
14位 障子目蔵(A組)
15位 砂藤力道(A組)
16位 麗日お茶子(A組)
17位 八百万百(A組)
18位 峰田実(A組)
19位 芦戸三奈(A組)
20位 口田甲司(A組)
21位 耳郎響香(A組)
22位 回原旋(B組)
23位 円場硬成(B組)
24位 上鳴電気(A組)
25位 凡戸固次郎(B組)
26位 柳レイ子(B組)
27位 心操人使(普通科C組)
28位 挙藤一佳(B組)
29位 宍田獣郎太(B組)
30位 黒色支配(B組)
31位 小大唯(B組)
32位 鱗飛龍(B組)
33位 庄田二連撃(B組)
34位 小森希乃子(B組)
35位 鎌切尖(B組)
36位 物間寧人(B組)
37位 角取ポニー(B組)
38位 葉隠透(A組)
39位 取蔭切奈(B組)
40位 吹出漫我(B組)
41位 発目明(サポート科H組)
42位 青山優雅(A組)



「…“緑谷出久”?」

 

無事、B組全員が二次予選を通過した事に一安心しながらモニターを眺めていると、一位の少年の名前が目に留まる。

てっきり予想では爆豪勝己が一位を取ると思っていたのだが、意外な名前が最も上に表示されている。

 

先頭集団の一位争いは中々熾烈を極めたと聞いていたが、詳しい事は見てないしわからない。

 

「…あとで誰かに聞いてみよう」

「はいは~い、お疲れ〜、物間」

 

と、呟いた時、背後から声。振り返る間もなく声の主は近づいて、僕の肩に腕を回す。やけに近い距離から顔を確認すると、そこにいたのは爬虫類顔の女子。

 

「いやー、物間の言う通りの基準(ボーダー)だったね〜、42人!」

 

出席番号14番、取蔭切奈(とかげせつな)。個性《トカゲのしっぽ切り》自身の体をバラバラにして浮かせることができる。

 

そして、骨抜や轟焦凍と同様の推薦入学者。

 

ため息をつきながら僕は言う。

 

「…何がお疲れ〜だよ、取蔭。39位なんてギリギリ攻めやがって…」

「まぁまぁ、無事通過したんだしさ」

 

推薦入学者と言われて分かる通り、彼女も当然強い。それは普段の戦闘訓練の様子からわかっているのだが、彼女にはなんというか、向上心というものがない。

 

いや、無い訳では無いのだろうが、お気楽かつ図太い性格が災いし、今回の《障害物競走》でも上位には入ろうとしない。

 

最後尾から出発した僕と拳藤よりも低い順位、これで推薦なのだから正直意味がわからない。

 

「あ、そーいえば」

 

唐突に、取蔭が指をさしながら口を開く。

 

「そーいえば、気になる個性の人がいてさ〜、ほら、あそこの!」

 

指の方向に視線を向けると、紫色の立った髪と濃い隈が特徴的な少年。順位が表示されているモニターから名前を調べる。

 

「あぁ、普通科の心操人使君ね…それが?」

 

「人を洗脳する個性っぽいよ」

 

コソっと内緒話をするように、彼女は「話しかけた人を操ってる様に見えたかな、私が見た限りだけど」と言った。心操と取蔭は順位から判断しても距離は離れてた筈だが…いや、彼女の《個性》なら不思議な事でも無いか。

 

その言葉に、少なからず僕は驚いた。その情報から鑑みるに、普通科には勿体ないくらいの“強個性”だ。

 

ただその驚きは表情に出さず、僕は取蔭に聞く。

 

「で、なんでそれ僕に教えたの?」

 

その問いに対し取蔭は爬虫類顔をニヤリと歪ませ、言葉を返す。

 

「ーーーーこういう情報が欲しかったんでしょ?」

 

「…まぁね」

 

やはり、取蔭は気づいていた。僕がB組を利用している事に。腐っても推薦入学者、と言ったところか。ただ、気づいていても何も行動しようとしないのが問題であるのだが。

 

実際、こんな風に他人の《個性》を把握するのが狙いだったので、正直助かる。多分、僕が心操に興味を持っていたことも、立ち振る舞いから察したのかもしれない。うーむ、侮れん。

 

「…ちなみに、予選1位の緑谷の《個性》は見えた?」

 

「ん〜、いや、見てないかな。てか多分、使ってないと思うよ?」

 

「は?」

 

それは可笑しな話だ。取陰の言葉を信じるなら、緑谷出久は《個性》を使わずに1位を獲ったらしい。なぜ使わなかったのか、という理由はわからない。僕と同じ思考なのか、それとも使えない理由(デメリット)があるのか。

 

「ま、いーや。あぁ、取蔭の()()()から」

 

「ん、いーよ」

 

そう言って、彼女は背を向け、手をヒラヒラと振りながら去っていく。仮にもライバルだというのに、僕の要求を何も考えずに了承する態度は、やはり心配だ。

 

取蔭切奈、彼女に関しては、僕でもよくわからない。普段のおちゃらけた雰囲気とは裏腹に、先程の様な核心を突く発言も多々見受けられるし、見込み(ポテンシャル)は充分にある。

 

だから、改善すべきはあの性格。まぁ、それが彼女の個性的な一面なのだが。

 

推薦入学者にしては、実力を発揮する気が無いってのは今後何とかしたいところだ。B組の為にも。

 

拳藤がクラスを完璧にまとめあげるのは、まだまだ先の話になりそうだ。そう考えると、思わずため息をついてしまう。

 

「ま、良い収穫もあったからいいや」

 

そう1人呟いて、僕は心操人使を見て、目を細める。

 

ーーーーーーーあの良い個性、使わせてもらおう。

 

そんな事を考えつつ、彼に視線を向けながら僕はこっそりと《トカゲのしっぽ切り(コピー)》を発動させた。

 

と、同時にミッドナイトが壇上に上がり、マイクを持って口を開く。

 

「…残念ながら落ちちゃった人も安心なさい、まだ見せ場は用意されてるわ!ーーーそして次!第二種目の説明よ!」

 

どうやら、2つ目の種目の説明のようだ。

 

《個性》の発動に意識を集中させながら、僕はミッドナイトの口から告げられた二次予選の種目を耳に入れる。ステージに浮かぶ大画面モニターに表示されたのはーー

 

 

ーーー《騎馬戦》

 

 

 

ミッドナイトによる《騎馬戦》の説明が終わり、それぞれが動き出す。

 

これから15分間、2〜4人の騎馬をつくるため、話し合いの時間が設けられている。誰もが実力者や強個性と組みたいと願い、奔走する。

 

そんな姿を眺めながら、僕も静かに歩き出す。

 

「爆豪私と組も!?」

「僕でしょ?」

 

「ーーーお前らの個性知らねぇ!何だ?」

 

周囲を見回すと爆豪勝己の周辺に、我こそは、と自己アピールをしようとA組の数人が群がっている様子が目に映る。

 

確かに汎用性も高い《個性》と、一般入試一位という実績を持つ爆豪と組もう、という考えは正しい。

 

もちろん僕だって強い個性を持つ人と組みたいし、それが第一条件だ。

 

ーーーーただ、その条件を満たした上で、僕はもう少し先を見据える。

 

見据えるのは、()()()B()()()()()

 

恐らく、今のB組の生徒殆どがA組には太刀打ちできない。

 

ヴィランの襲撃、というUSJ事件を経験したA組とは経験値が違う。現に先ほどの《障害物競走》でも、B組屈指の実力者である塩崎でも4位。推薦入学の骨抜もそれに次ぐ5位。

 

B組内での猛者がそこに甘んじているのだから、それ以外は目も当てられないレベルだろう。

 

つまり、B組はここでA組に負け、自信を失いかける。

 

「ま、完全に自信を失わせない為に、僕が優勝するんだけど…」

 

ここまで。僕が優勝するまでが決定事項だ。

 

B組はこの悔しさをバネにして更なる成長を遂げていく…って未来予想図を思い浮かべる。

 

ただ、その未来を実現する為には僕1人では力不足だ。

 

まず必要なのが、彼女の力だ。

 

歩き続けていた足を止め、僕は()()の手を握る。

 

「ーーー僕と組もう、拳藤」

 

「……へ?」

 

皆を牽引し、B組成長の要、“クラス委員長”という立場の彼女には、ここで経験を積んでもらう。

 

A組とB組の差は一言で言ってしまえば“経験”だ。

 

USJ事件の様に大きな経験値では無いだろうが、この後の決勝トーナメントは貴重な経験となる。

 

その経験の差は、B組を牽引する際に絶対に役に立ち、最終的にはB組全体の成長に繋がる。

 

僕は呆けた顔の拳藤を引き連れ、あと2人の候補を探す。

 

「ちょ、ちょっと…。物間…」

 

小さな声と抗議の目で訴えかけてくる拳藤。心なしか顔が赤い。それに構わず僕はあと2人の候補ーーーー鉄哲と塩崎を探す。

 

「物間、その、さ」

 

未だに小さな抗議を続ける拳藤が気になり、僕は振り向く。小さな不安が渦巻く中、僕は小声で聞く。

 

「…もしや、もう組む人決まってたり?」

 

「いや、そうじゃなくて…その…手」

 

視線を落とすと、握りっぱなしだった僕と拳藤の手。伏し目がちな拳藤に謝り、僕はすぐに手を放した。なんだか調子が狂うな、まったく。

 

 

 

 

結果的に言えば、僕の希望通りの騎馬メンバーとなった。

 

まず1人目。先程言った通りの拳藤。

 

「で?このメンバーで勝つつもりなの?」

 

先ほどの態度は一変、すっかり頼れる委員長の彼女だ。その方が僕としても助かる。

 

そして2人目。入試4位の実力者、塩崎だ。不安げな彼女は口を開く。

 

「私も、微力ながらお力添えしますが…物間さんからお誘い頂けるとは思ってませんでした」

 

流石塩崎、賢い。

 

B組の中でもかなりの強個性に位置する《ツル》を持つ彼女と僕の相性はあまり良くない。

 

端的に言えば、僕の《ツル(コピー)》と塩崎の《ツル》が絡まってしまい、思うように操作できなくなってしまうのだ。

 

この騎馬戦においてこの弱点は致命的にもなり得るが、僕はそれを踏まえながらも彼女を選んだ。僕は塩崎を安心させる様に告げる。

 

「…大丈夫だって。それが役立つ時がきっと来るから」

 

僕はA組の騎馬、轟チームのメンバーを見ながらそう答える。

 

そして最後の1人。鉄哲だ。

 

「オォウ!一位取りに行こうゼ!!」

 

彼に関しては下騎馬としての素質を持つ個性《スティール》と、拳藤の理由と同様、B組の精神的支柱となり得るからだ。馬鹿だし。

 

この種目を勝ち抜く力量(レベル)であり、B組の今後の成長に深く関わる主要人物。

 

拳藤、塩崎、鉄哲、そして僕。これが僕らの騎馬となる。

 

騎馬としてのptを計算すると、470ptとなる。塩崎と鉄哲の順位が高いからだろう、中々高い数値となっている。ま、それはどうでもいい。

 

なぜなら今回は鉄哲の言う通り、一位を獲るからだ。

 

つまり、狙うは《障害物競走》1位であるーーーー緑谷出久だ。

 

その為の準備は、もうほぼ整っている。

 

僕はチーム決めに難航しているのか、オロオロとしている緑色の髪をした少年の姿を見て、笑う。

 

さぁ、勝ちに行こう。

 



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まぁ、馬鹿でもわかるよね。

この前書きは読み飛ばし可です。

《騎手》
轟焦凍 飯田天哉 上鳴電気 八百万百 《615pt》
爆豪勝己 切島鋭児郎 瀬呂範太 芦戸三奈 《595pt》
心操人使 青山優雅 尾白猿夫 《245pt》
緑谷出久 常闇踏陰 麗日お茶子 発目明 《10000330pt》
柳レイ子 取蔭切奈 小森希乃子 《105pt》
鱗飛竜 骨抜柔造 泡瀬洋雪 宍田獣郎太 《370pt》
庄田二連撃 円場硬成 回原旋 黒色支配 《320pt》
葉隠透 耳郎響香 砂藤力道 口田甲司 《390pt》
峰田実 障子目蔵 蛙吹梅雨 《320pt》
角取ポニー 鎌切尖 《70pt》
小大唯 凡戸固次郎 吹出漫我 《165pt》

物間寧人 鉄哲徹轍 塩崎茨 拳藤一佳 《470pt》



会場には常に歓声が沸いている。けど。

 

「ここにいるほとんどがA組ばかり注目してる。何でだと思う?」

 

「…ちょっと、物間?」

 

不可解な顔で僕を止めようとする拳藤を気にかけず、僕はそのまま言葉を続ける。

 

()に向かって、宣言するように。

 

「そして鉄哲が言った通りA組連中も調子づいてる。おかしいよね?彼らとの違いは?ヴィランと戦っただけだぜ?」

 

「僕らB組が予選でなぜ中下位に甘んじたか。ーーーーー調子づいたA組に知らしめてやろう」

 

 

 

 

『おい起きろイレイザー!残虐バトルロイヤル!血で血を洗う雄英の合戦が今狼煙(のろし)を上げル!ーーー』

 

『ーーー騎馬戦のスタートだ!さぁハチマキを奪い合え!』

 

「麗日さん!発目さん!常闇くん!ーーーよろしく!」

 

マイク先生の開始の合図が、会場に響く。それと同時に総勢42人が動き出す。狙うは当然1000万を保持する僕のハチマキーーーかと、思っていたのだが。

 

「……?」

 

「デク君?どうしたの?」

 

動きを止め、僕の怪訝そうな顔が見えたのか、麗日さんが僕に問いかける。その問いに答える事なく僕は辺りを見渡し、疑問の色を深くして、思わず呟いてしまった。

 

「…何だ、これ」

 

「ーーー奪い合い?違うぜ!これは一方的な略奪よ~!」

 

「…!その声、峰田君か!」

 

思考を切り替え、声の方向を振り向くとこちらに一直線に向かってくる障子君の姿。視認出来る範囲では峰田君の姿が見当たらない。

 

「障子君⁉︎これ騎馬戦だよ⁉︎」

 

「待て緑谷。…隙間から来るぞ!」

 

常闇君の言葉に僕は目を凝らす。その瞬間、障子君の《複製腕》の隙間から、見慣れた紫色の球と薄いピンク色の舌が飛び出す。

 

「そんなのアリぃ⁉︎」

「蛙吹さんもか!すごいな障子くん!」

「梅雨ちゃんと呼んで、ケロ」

 

麗日さんと一緒に驚きながらも、僕は何とか《もぎもぎ》の球を躱す。蛙水さんの《蛙》特有の長い舌は常闇君の《黒影(ダークシャドウ)》で凌ぐ。

 

 

「いきなり襲来とはな…追われし者の宿命(さだめ)ーーー選択しろ緑谷!」

 

引き続き蛙水さんに対応してくれている常闇君の問いかけに、きっぱりと答える。

 

「勿論、逃げの一手!」

 

僕は手元にあるボタンを押して、バックパックを起動する。発目さん渾身の発明品(ベイビー)だけあって、スムーズに空中へ飛んでいく。

 

「…くそっ!逃すかよ!」

「ケロっ…ごめんなさい、届きそうに無いわ」

 

悔しそうな峰田君が上空にいる僕らに《もぎもぎ》の球を投げつけてくる。

 

「…黒影!」

『アイヨ!』

 

無重力(ゼログラビティ)》で麗日さん以外は浮かして総重量は麗日さん+装備や衣類分のみだから、空中にいる僕らを黒影が強引に持ち上げ、大まかな空中での機動性にも心配はいらない。

 

「どうですかベイビーたちは!可愛いでしょう?可愛いはつくれるんですよ!」

「機動性バッチリ!すごいよベイビー!発目さん!」

「でしょう!?」

「…浮かしとるからやん」

 

黒影のサポート込みで何とか峰田君達の猛攻を凌ぎきり、僕は空中から会場全体を見渡す。そして、更に感じた違和感を大きくする。

 

「ーーーーー!」

 

「…デク君。もうそろそろ…!」

 

麗日さんに無理させる訳にもいかないから、空中にいられる時間は無限ではない。僕は麗日さんに言葉を返して、着地を3人に伝える。

 

「わかった、麗日さん。…着地するよ!」

 

ジェットパックの出力調整に意識を集中させるも、僕の困惑が身体に出てしまったのか、不安定な状態になってしまう。

 

『…オット』

「どうした緑谷。先程からお前の集中が欠けている」

 

黒影のサポートで何とかバランスを保ち、無事着地すると同時に、常闇君からの喝が入る。自分でもよくわかっていないこの状況を整理する為、僕は口に出す。

 

ついさっき上空から見た光景までの違和感。

 

「…おかしい」

「何がですか?私のベイビーに故障などは見つかりませんよ!」

 

発目さんの言葉に、そういう事じゃない、と首を横に振る。

 

「さっき空中に浮いた瞬間、かっちゃんなら僕らを攻撃してくる、絶対。それに、開始と同時に僕らを攻める騎馬が障子君達だけってのもおかしい…もっと狙われると思っていたから」

 

開始と同時に感じた違和感はこれだ。僕らを攻撃する騎馬が圧倒的に少ない。これは一体ーーー?

 

「…そしてさっき上空から見た光景から考えると、B()()()()()()()()()()()()

 

「…どういう事だ、緑谷」

 

「今の構図はB組VSA組になってるって事だよ。A組から見れば狙うのは“僕”なんだけど、それをB組が邪魔してるって感じ。だから、僕を狙う騎馬が少ない」

 

かっちゃんの騎馬なんて、3つのB組の騎馬に囲まれていた。だから、僕のハチマキを狙う余裕が無いのだろう。

 

「B組は僕に固執しているわけではない…。これだけ聞けば僕らにとって良い事だけど、あまりにも僕らが眼中に()()()()()…。かっちゃんよりも僕を狙った方が絶対に可能性があるのに…」

 

 

 

「ーーーそりゃ、僕らB組はA組を敵対視してるからね」

「…アンタが開始前に煽ったんでしょ…」

 

僕のブツブツと呟くような疑問に答えるような、鋭い声。顔を上げると、金髪碧眼でタレ目のさわやかなルックスを持つ少年の姿。

 

そんな彼はニヤッと笑いながら僕らに話しかける。全てが予定通り、順調に進んでいると言いたげな表情で。

 

種明かしをするマジシャンの様に彼は口を開いた。

 

「ーーー単純なんだよ、A組も、B組も」

 

『さあまだ開始から2分と経ってねえが早くも混戦混戦!1000万を狙わず2位から4位狙いってのも悪くねぇ!』

 

「ーーー!」

 

そんなマイク先生の実況と同時に目に止まったのは、彼の首元にある2つのハチマキ。470のハチマキは自身の騎馬だろうが、もう1つの首元にある390は他の騎馬のもの。高めの数字から察するに、葉隠さん達の騎馬だ。

 

問題は時間が2分も経っていないという事。彼の個性はわからないが、葉隠さん達から短時間で奪った事を考えると、かなり警戒する必要がある。

 

「ミッドナイトが第一種目と言った時点で予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

 

「おおよその目安を40位以内と仮定し、その順位以下にならないよう走って後方からライバルになる者たちの個性や性格を観察させてもらった」

 

金髪の彼ーーー物間君の言葉に、発目さんが警戒しながらも呟く。

 

「…クラスぐるみって訳ですか」

 

物間君は発目さんをチラッと見た後、ため息をつくように話す。

 

「…まあ全員の総意ってわけじゃないけどいい案だろ?」

 

「人参ぶら下げた馬みたいに仮初めの頂点を狙うよりさ。その場限りの名誉に執着するなんて、馬鹿げていると思わない?…ま、そう思ってないから君は1000万(それ)を持ってるんだろうけど」

 

煽るように言葉を続ける物間君に、思わず目を細める。

 

…よく喋るな、この人。何が狙いだ?

 

B組がA組を抑えつけ、この1VS1の構図を作り上げたかったのは理解した。先程彼の右にいるオレンジ色の髪の…拳藤さんの言葉からして、クラスメイトの狙いが分散するように誘導したんだろう。

 

それなら、時間は限られているはず。仲間を時間稼ぎに利用するのにも、限界が来る。

 

そんな風に訝しみながら見ていると、彼はぼそっと呟いた。

 

「…自分が馬鹿にされても激昂しないタイプか」

 

その言葉の意味を理解する前に、彼は更に口を開く。

 

「ほら、特に彼!B組のヘイトの殆どは彼に向かっているんだよ。なんだっけな、あの恥ずかしい宣誓をした彼さ!」

 

『せんせー。俺が一位になる』

 

1時間ほど前の、かっちゃんの選手宣誓を思い出す。確かに騎馬3つに囲まれていた事を考えると、狙われているのは確かだろう。

 

両手を広げ、物間君は心底楽しそうに告げる。

 

「その結果が障害物競走では3位!笑えないかい?あんな大口を叩いた奴がこの結果だ。馬鹿なだけで救えないのに、無謀だなんて!」

 

「待ってデク君!何かおかしいよこの人!」

 

「ーーーこの野郎…!A組(僕ら)は、かっちゃんは常にトップを目指してるんだ!その志を馬鹿にする(いわ)れはないぞ!」

 

あまりの物言いに、僕は思わず口を開いた。怒りを露わにしながら彼の表情を見ると、ゾッとした。

 

物間君は更に顔を歪め、嬉しそうに笑った。笑いながら、はっきりと呟いた。

 

「ーーーほら、かかった」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕の身体は動かなくなった。

 

まるで、《洗脳》されたかのように。

 

 

 

 

 

 

騎馬戦の開始前、僕はB組を呼び集め、改めてA組“全体”への対抗心を煽り、緑谷出久に固執させる事を無くした。

 

これである程度の時間は稼げるので、僕らの騎馬だけが緑谷出久を狙うという構図を作りやすくなった。

 

爆豪勝己の騎馬は選手宣誓の一件もあり、狙う騎馬は必然的に多くなる。

 

轟焦凍の騎馬には屈指の推薦入学生、骨抜柔造の騎馬が向かっている。轟は何の理由かは知らないが《半冷半燃》の()しか使わない。

 

それなら骨抜の《軟化》である程度対応出来る…といった考えだ。勝算は中々あると思うし、良い判断だろう。

 

けど、開始前にした事はこれだけじゃない。

 

『取蔭、約束通り借りるよ』

『お、待ってたよ物間』

 

取蔭切奈、個性《トカゲのしっぽ切り》全身を細かく分割し、自在に動かすことができる。

 

僕は彼女の個性をコピーして、発動した。

 

分割した部分は“手”、向かう先は心操人使。

 

僕の個性は《コピー》体に触れた者の個性を五分間使い放題。同時に二つとかは使うことが出来ない。

 

この文面通り、僕の“コピーした”個性同時使用は不可能だ。けど、本来の《コピー》と《他の個性(コピー)》を組み合わせる事は出来る。

 

要は、《他の個性(コピー)》と《他の個性(コピー)》は無理だが、《コピー》と《他の個性(コピー)》の使用は可能という訳だ。

 

そうやって、僕は心操人使の個性ーー《洗脳》をコピーした。《トカゲのしっぽ切り》を使って、こっそりと彼の身体に触れる事で。

 

 

そして今。

 

「ーーーほら、かかった」

 

目の前の一位は、虚ろな目をこちらに向けながら、ただ無防備な姿で動きを止めた。

 

僕はすぐさま緑谷出久のハチマキに向かって手を伸ばす。様子がおかしいと瞬時に察した常闇踏影の個性《黒影》がそれを阻もうとするが、拳藤の《大拳》が一時的に抑えつける。

 

「緑谷!どうした⁉︎」

「デク君⁉︎」

 

緑谷騎馬自慢の防御壁、《黒影》の隙をつき更に緑谷騎馬に肉薄する。ただ、このピンチの状況にも関わらず、ただ動きを止めるのみの緑谷出久に焦った声がかかる。

 

ーーー無駄だよ、()()()から。

 

僕の《コピー》の使い方の1つに、()()がある。

 

(あらかじ)めコピーして、実験しておく事で、個性主しか普通なら知り得ない情報ーー“主の問いかけに答えた瞬間に洗脳が出来る”“発動は任意”“操られた本人に衝撃があると強制的に解除”など。

 

これらの条件を、僕は試すことによって把握した。ちなみに実験台は鉄哲。

 

…ほんとはこの“情報”で《トカゲのしっぽ切り》を使うという取引をする予定だったんだけど、取蔭のお気楽な性格のせいで調子が狂った。彼女は極端にやる気が無いわけではないのだが、あまり勝利に執着していないように見える。…それじゃ困るのだ。

 

そしてついさっきーー葉隠透が騎手である騎馬にも試してみた結果、効果は絶大。一瞬でハチマキを奪い取ることが出来た。

 

「物間…!早く!」

「うおおおおおお!行くぞ物間!」

 

拳藤と鉄哲の声と同時に更に緑谷騎馬に迫る。拳藤の《大拳》で《黒影》を抑えつけるのにも限界が来るのか、少し辛そうだ。

 

少しでも早く解放してやろうと、僕は更に腕を伸ばし、ハチマキにあと少しで触れる、という瞬間ーーだった。

 

緑谷出久を中心ーーーー正確に言えば、()()を中心として爆発に匹敵するような大きな衝撃。

 

 

「ーーーーーーーッ!?」

 

 

あまりの衝撃に、拳藤は《黒影》の対応を辞めて僕らの騎馬を守る壁のように《大拳》を発動。そのおかげで騎馬を崩れさせずに済んだので、彼女の隠れた好プレイだ。

 

けど、僕はそれを褒める余裕もなく、ただただ目を見開き、思わず呟く。

 

「…バカな、洗脳を、自力で解いた…?」

 

「ーーーーッ!」

 

大きな指の隙間から見えるのは緑谷出久の表情、“自分でも信じられない”という顔で、ドス黒く変色した五本の右指を見ていた。なんとも痛々しい。

 

緑谷出久は痛みに堪えながらもブツブツと呟く。

 

「指の暴発は僕だ。でも動かせたのは違う…!知らない人たちが浮かんで一瞬頭が晴れた…?あれはこの力を紡いできた人の気配…!?ーーハッ!」

 

最後に気づいたように口を閉じる緑谷出久。大方、《洗脳》が“声を聞く”だけで発動されるとでも思ってるのだろう。その情報は正確ではないが、正鵠を射ている。

 

もう、彼に洗脳は通用しないだろう。僕は一瞬で察する。

 

初見殺しの個性を破った緑谷出久の個性…なんだあれは。自身でも制御出来ないほどの“超パワー”ってとこか?

 

「物間さん、次の策を!」

「…そうだね、塩崎」

 

いや、どうやって《洗脳》を解いたのかは後回しでいい。頭を切り替えろ。

 

今集中すべきなのは彼の1000万のハチマキ。

 

大丈夫、当然、2つ目の策は用意してある。

 

 

 

 

『オイオイオイ!とんでもねぇパワーだな!予選一位の名は伊達じゃねぇって事かよスンゲェな!お前のクラスどうなってんだイレイザー!』

 

『…うるせぇな。見ればわかるだろ、アイツはまだ個性を制御出来てない。そこまで言われるもんじゃねぇよ』

 

『キビシー!自分にも他人にも厳しいなイレイザー!』

 

『…それに、俺が一番注目してるのはアイツだ』

 

『お?お気に入りでもいんのかよ珍しいな!』

 

『…俺のじゃない。ブラドのだ』

 

『おやB組物間!意外にも緑谷の超パワーを見ても全く退く気配無しィ!下克上なるか⁉︎』

 

『聞けよ』

 

 

 

 

絶え間なくどす黒く変色した右手が痛む。すぐさま麗日さん、発目さん、常闇君にジェスチャーで“声を出すな”と伝える。

 

歯ぎしりしながら痛みに耐えながらも、思考を回し続ける。

 

恐らく、物間君の《洗脳》は声を聞いた者が対象…いや、反応したら、か?そして前騎馬にいる鉄哲君の個性は《硬くなる個性》…切島君の個性と同じ。

 

先頭集団にいた塩崎さんの個性も《ツル》と判明してる。そして先程から拳藤さんは《大拳》を発動させている。

 

つまり、B組の“自分の個性を明かしていない”という有利(アドバンテージ)はもう無い。

 

それに、拳藤さんの《大拳》に関しても、初見では《黒影》が遅れを取ったけど、もう次はない。僕の贔屓無しで、《黒影》はトップクラスに強い個性だ。

 

物間君の《洗脳》は初見殺し程度、葉隠さんが負けたのも仕方がないと言えるくらいのレベルで。僕が今1000万を守れたのは、ただ運が良かっただけだ。

 

先程から一転、焦ったような声で僕に告げる物間君。

 

「…何とか言いなよ。指動かすだけでそんな威力か。うらやましいよ、君の個性」

 

ーーーー僕もそれ、思ってた。

 

「僕はこんな個性のおかげでスタートから遅れちゃったよ。恵まれた人間にはわからないだろうけど」

 

ーーーーわかるよ。でもそうだ。僕は恵まれた。

 

「お(あつら)えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!」

 

ーーーー人に恵まれた!だからこそ僕だって!負けられない!!

 

視線だけで言葉を返す。負けられないからこそ、絶対に口を開かない。恵んでくれた人(オールマイト)の期待に、応える為にも。

 

彼のこの悲痛の叫びは、僕の口を開かせる為のモノだってのは間違いない。決して僕からは攻め込まず、一定の距離をキープする。

 

ーーーー《洗脳》さえ攻略すれば彼らの騎馬に打つ手はもう無い。

 

 

 

『…なんて緑谷が考えてたら、物間の(てのひら)の上って訳だな』

 

『なんか言ったかイレイザー?実況席に立つ以上声は張ってけヨ!』

 

『ただの独り言だ。…物間のあの必死な演説も、B組殆どが個性を隠したのも、全てはこの為だったんだろ』

 

 

「ーーーーくそっ!」

 

 

僕が絶対に口を開かないと察したのか、物間君は苛立ったかのように前進して距離を詰めてくる。

 

もちろんすぐさま対応するのは《黒影》。あくまでも中距離を維持し、拳藤さんの《大拳》に注意しながら、物間君を抑えつけようと動き出す。

 

彼の個性は《洗脳》だから、身体的な向上は見られない。精々並の人間の身体能力なのだから、《黒影》なら余裕でーーー。

 

「ーーーーーーーー?」

 

 

 

強烈な違和感。

 

 

 

 

思い出されるのは、入試の実技試験と、その結果発表であった順位表。

 

実技試験の形式は単純なロボ破壊によるポイント稼ぎ。そして、順位表に表示されていた“物間寧人”の名前はーーー2位。

 

 

 

そうだ、最初からおかしかった。

 

彼は嘘をついていた。

 

あの入試で、《洗脳》をどう使えば2()()が取れる?

 

B組の殆どが個性を隠す事で、ただでさえ薄い()()()()()に気づくことが出来なかった。

 

隠してきた個性が《洗脳》のみであると、無意識に断定してしまっていた。

 

悲痛の表情で必死に叫ぶ彼の顔を見て、僕は“洗脳させようとしている”と判断した。

 

でも、これは違った。

 

彼はそうやって振る舞ったんだ。《洗脳》を持つ人物が言いそうな事を、演技には見えなかったあの表情で。

 

物間寧人の個性が《洗脳》だと、錯覚させた。

 

全ては、僕を騙す為。

 

黒影(ダークシャドウ)》が物間君を迎え撃とうと接近する。僕はそれを止めようと、「待って!」と声を出そうとするものの、脳裏に浮かぶのは《洗脳》という二文字。

 

「ーーーーーほんっとに、良い個性だよ。まぁ、僕の方が良いけどさ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な……」

「なんだと⁉︎」

 

右手だけで《黒影》を無力化した物間君は、再び距離を詰めてくる。ーー《黒影》は拳藤さんの《大拳》に初見じゃ後れを取った。そして、今も意表を突かれた。

 

苦しそうに抵抗する《黒影》を気にすることなく、物間君の騎馬は難なく僕らに接近する。

 

「君たちの騎馬の核は常闇踏影の《黒影(ダークシャドウ)》。そこさえ封じればあとは脆い」

 

物間君の左腕が僕のハチマキに伸びる。僕は反応が遅れながらそれに何とか抵抗しようとするもののーー。

 

「ーーぐうっ!」

「デク君!」

 

右手の痛みがそれを邪魔する。動きが鈍くなった僕の頭にあるハチマキを、彼は難なく掴み取り、そのまますれ違っていくように距離を取る。

 

『ここで大きく順位が変動ーー!物間チーム、一気に1位へ躍り出て、下克上成功だァ!!』

 

やられた。騙された。

 

《黒影》を僕らが油断する最適なタイミングで、無力化する為に。

 

彼は本当の《個性》を隠していたんだ。

 

彼の《個性》、それはーーー。

 

「ーー“コピー”…!」

 

「正解!…まぁ、馬鹿でもわかるよね」

 

僕の悔しそうな声に答えるように、背後で物間君の声がした。表情は見えないけれど、何となく予想はついて、僕は痛む右手を握りしめた。

 

 

常闇君が珍しく焦りの表情でこちらを向く。

 

「緑谷どうする。追うか?」

 

段々と遠ざかっていく物間君の騎馬を眺めながら、僕は常闇君に答える。

 

「…大丈夫、()()

 

僕は変色してしまった右手を見せる。そのドス黒い色に麗日さんが小さく悲鳴をあげるが、すぐに気づいた。

 

「デク君…その、ハチマキ。しかも二本も!」

「…成程な。アイツも最後の最後で油断したか」

 

「うん…多分」

 

物間君自身、僕の痛む右手ではハチマキを奪えないと判断したのか、注意が薄かった。だから咄嗟に首元にあった二本を取ったのだが…。

 

「…でも彼、最初から首に二本つけてたのが妙なんだ。まるで、僕にハチマキを取らせたみたいで」

 

「…アイツの意図はわからんが、とにかくよくやった緑谷。その右手を動かしてくれたお陰で助かった。あとは当初の予定通り、逃げ切るだけだな」

 

常闇君からの労いの言葉を聞きながら、僕は物間君の言葉を思い出していた。

 

『お(あつら)えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!』

 

あの時の彼の表情は確かに辛そうで、果たして本当に演技だったのか、僕は少し気にかかった。

 



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常にトップを

興奮した様子のマイクが隣で実況を続けているのを横目に、1人の少年を観察する。

 

「ーー6()()!僅か6分で物間チームがA組緑谷から1000万を奪い一位に踊り出たァ!」

 

USJ事件で脳無から負った傷はまだ完治しておらず、身体が怠い。けどまぁ、引き受けたからには最低限の実況はすべきだろう。

 

そう思いつつ、俺は口を開く。

 

「…ま、物間は情報戦で優位に立ってたからな。謂わば“わからん殺し”だ」

 

個性が《コピー》である事を最善のタイミングで明かした事は器量とも取れるが、特に凄い事でもない。

 

「ーーーーただ、本番では(ヴィラン)相手に個性が割れてるなんて当然の事。注目するのはこの後…どうやって保持するかだ」

 

いつだったか、B組の担任を受け持つブラドが、この少年を絶賛していた。彼の個性は“強個性”のように見えて“強個性”ではない。それでも入学から早い段階で、ブラドは彼の実力を認めている。

 

そこに、俺は興味がある。

 

ブラドお気に入りの生徒、物間寧人。その能力、見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

「さすがに、こりゃひどいな…」

 

想定はしていたけれど、ひどい有様だ。モニターに表示されている各騎馬のポイント数から考えると、B組がA組に劣っているのがはっきりと見てとれた。

 

開始と同時に爆豪騎馬に向かった“柳レイ子”、“小大唯”、“角取ポニー”がそれぞれ騎手の、計3つの騎馬は全滅。爆豪騎馬に加算されているポイントから鑑みるに、返り討ちにあった事は間違いない。

 

「…どうやら、骨抜さんも取られてしまったようですね…」

「推薦対決もこっちが負けかー…」

 

塩崎の呟きに、拳藤が残念そうに返す。彼女らの言う通り、“庄田二連撃”が騎手の骨抜達も、轟焦凍に返り討ちにされた事がわかる。“個性”としての相性は良かったと見ていたが、そう上手くはいかないか。

 

つまり、現状B組が持っているハチマキは僕らが持つ1000万のハチマキ1つのみ。

 

ヴィランとの交戦という経験値を得たA組は、僕が予想する以上にレベルを上げていたようだった。

 

「…まぁ、それでも僕らがする事は変わらない。ーーーーー全員蹴落として一位を獲る。それだけだ」

 

「ーーーーー悪ぃがそれはオレの役目だ」

 

声がした方向に目を向ければ、薄い金髪に赤目の三白眼が特徴的な少年。爆豪勝己。掌からの小さな爆破は威嚇しているつもりだろうか。

 

…できれば、もっと後に対峙したかったというのが本音だ。爆豪騎馬との距離は数メートル、腕を伸ばしても到底届く距離ではない。大丈夫、まだ、安全だ。

 

「とりあえずとっととソレ、寄越せや、雑魚共が」

「…随分と不用心だねぇ。さっきの《洗脳》が怖くないのかい?」

 

つい先ほど、緑谷出久との交戦で僕は初めて《コピー》の存在を明かした。その過程で僕が《洗脳》を持っている事は推察されるのだが、爆豪勝己はそれを警戒する様子が全く見られない。

 

「そーだよ爆豪!声で洗脳されるってアンタもさっき言ってたじゃん!」

「馬鹿芦戸!口閉じろって!」

 

「ギャーギャーうるせぇよクソ髪。《洗脳》なんて初見殺しを早い段階で使った意味考えろ」

「!…なーるほどな。時限式って訳か。そだろ爆豪?」

「そーいうこった。コイツに《洗脳》はもう残ってねぇよ」

 

瀬呂範太の言葉にそう返しながら、爆豪はこちらを真っ直ぐに見据える。その視線を正面から受け止めながら、僕は拳藤達に短く指示を送る。

 

「拳藤は常に《大拳》の発動、最初の作戦通りにね。鉄哲も同じく。塩崎は準備が整ったら合図を」

 

「了解!」

「オゥ!」

「………」

 

拳藤と鉄哲が個性を発動させ、塩崎は目を瞑って“準備”に集中する。この作戦の核は塩崎なので、僕らは塩崎のサポート、つまりは時間稼ぎを目標にすれば良い。

 

『…爆豪は、物間が《コピー》できる個性に時間制限がある事を緑谷との戦い方で察したんだろうな。…あの短い戦いの中でこれを見抜くとは、大した奴だよ』

 

『フゥ!入学試験主席の名は伊達じゃねぇな!…にしても、物間チームと爆豪チームが硬直状態だな⁉︎どちらも攻めあぐねてるって感じかァ‼︎』

 

『ま、そーだな。爆豪はB組拳藤の《大拳》を警戒。物間騎馬に関しちゃ機動力が無い。相手を迎え撃つしか無い訳だが…』

 

マイク先生と相澤先生の実況も耳に入れながら、僕は周囲を見渡す。

 

『ーーま、いつまでも同じ所で足踏みしてりゃ、こーなる』

 

今この騎馬戦の盤面はとってもシンプル。

 

まず遠くで緑谷騎馬VS轟騎馬が繰り広げられている。轟騎馬の狙いが緑谷出久なのか、そこの2つが潰しあってくれている。助かる。

 

そして僕ら物間騎馬vs爆豪騎馬。更に、これを囲むようにしてその他大勢の騎馬が群がっている。これが今の盤面だ。

 

「おい障子ィ!このままじゃやべぇって!1000万のハチマキ狙わねぇのか⁉︎」

「待って峰田ちゃん。爆豪ちゃんがいる以上、混戦に自ら入るのは不利だわ」

「…そうだな蛙水。今は機を窺おう」

「ぐぬぬ…!」

 

まぁ、残り時間もだんだんと少なくなってくる。一発逆転を狙うのなら、僕の1000万のハチマキを狙うのが当然の流れというものだ。ただ、爆豪の存在が抑止剤となっているのか、今すぐ飛びかかってくる訳では無い。嬉しい誤算だ。

 

「爆豪との決着次第って感じかね」

 

様子見に徹している多くの騎馬に囲まれながら、僕と爆豪は対峙する。不用意に近づけば拳藤の射程距離。さて、どうやって攻め込んでくるか。

そして爆豪は、ヒーローの卵とは思えないほど凶悪な笑みを浮かべながら、掌をこちらに向けた。

 

「ーーー閃光弾(スタングレネード)!」

 

「っ!」

「眩しっ!!?」

 

その瞬間、目の前で閃光が走り、僕らは視界を奪われる。視力が回復するまでの数瞬、その隙を、爆豪勝己が逃してくれる筈もない。

 

「お、おい待てって爆豪!」

 

切島鋭児郎の焦った声と同時に僕らの視力は回復する。視界には騎手だけがいない爆豪騎馬。

 

爆豪勝己の姿を見失う。

 

「……っ物間!後ろ!」

「ーーーーおせぇよ!」

 

拳藤の声に反応して振り向こうとするものの、僕は“間に合わない”と悟る。“閃光弾”に気を取られている間に爆破による空中移動で、爆豪単体に背後をとられた。今から振り向いて反応できる距離じゃない、奪られる。

 

 

「ーーッなら!」

 

爆豪に背を向けながら、右手だけを肩から出す。そして、デコピンの形をした右手を、爆豪に向ける。出来るだけ使いたくなかったけど、仕方ない。ついさっき戦った緑谷出久をイメージする。

 

ーー指の1、2本くらい、くれてやる。

 

指を弾いて僕は激痛を堪えるように短く目を瞑る。

 

けどーーーー。

 

「……は?」

 

発動しない。そんな馬鹿な。今、確かに使おうって。

 

『おぉーーっと!爆豪、ここで一旦距離をとったぞ⁉︎千載一遇のチャンスだったのでは⁉︎』

 

『…成程。爆豪は“物間が緑谷の個性を使う”と警戒したんだろう。物間が“超パワー”をコピーしてる可能性は拭えねぇからな』

 

『うまく騙したって訳か!やるじゃねぇかB組物間!』

 

期せずして距離をとらせることに成功はしたけど、僕は未だ混乱の中にいた。確かに、さっき緑谷出久に触れて、コピーはしたはず。なんで『コピー』できてないんだ。

 

ーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ブラフかよクソが!…アァ、クソ!あんなサイコパス個性はクソナードにしか使える訳ねぇんだ!」

「えぇっ!?」

「緑谷!こっちに集中しろ!」

「あぁっ!ごめん常闇くん!」

 

涙目になっている緑谷を視界の隅で捉えるが、今はそこまで構っている暇はない。緑谷VS轟の戦場からは距離がある、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一旦離れたものの、また空中から距離を詰めてくる爆豪。ただ、こちらはもう態勢が整っている。思考を切り替えろ、考えるのは後だ。

 

「拳藤!頼んだ!」

「頼まれた!…あっつ!」

 

僕は念のため『スティール』を発動させ金属化させながら、拳藤に指示を送って時間を稼がせる。

 

「爆豪!今助けるぞ!」

「行かせねぇぞダダ被り野郎!」

 

正面の切島には鉄哲、背後の爆豪には拳藤。場は一気に混沌として、周囲を取り囲んでいた面々も動き出す意志を見せる。

 

そしてーーー。

 

「準備は出来たね、塩崎」

「はい」

 

「それじゃ、よろしく」

「ーーー承知しました」

 

ここで、切り札の出番だ。

 

僕らが稼いだ時間で“準備”を終えた塩崎は、小さく、お淑やかに呟く。

 

「ーーーヴァイドロ・ザイル」

 

「…轟焦凍!」

 

それと同時に、僕は彼の名を呼ぶと同時に、伸ばした手が爆豪の肩を掠める。

 

ーーー混沌を極めた戦場が、終わる。

 

 

 

 

『ーーーーな、なんだこりゃあ…』

『………』

 

一瞬で戦況は姿を変える。

 

「…う、動けねぇ…つめてぇ…」

「やられたわね、峰田ちゃん」

 

先ほどまで僕らと対峙していた爆豪騎馬、そしてそれを取り囲んでいた多くの騎馬が、苦しそうに呻く。

 

僕はその光景を眺めながら、目の前にいる取蔭に話しかける。取蔭も他と同じように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「やぁ、取蔭、調子はどうだい」

「いやー…最悪だよ、物間」

 

僕は取蔭のそんな返答を華麗にスルーし、ネタバラシをするように口を開いた。

 

「まず僕が着目したのはこの騎馬戦のルールだ。普通の騎馬戦とは圧倒的に異なる点が、“個性”以外にもう一つあるだろう?」

 

・騎馬を崩されても、失格にはならない。

 

「つまり、これは脱落者無しのバトルロワイヤル。1位が狙われ続ける下克上サバイバルって訳だよ」

 

なら、現在1位の僕らはどうすればいい?当初の緑谷君達のように逃げの一手を辿るか?

 

いいや、そうじゃない。たとえハチマキを奪って撃退したとしても、永遠に追われ続ける不利な身のままだ。

 

「騎馬を崩すことなく、“拘束する事”。それが僕らの狙いだったんだ」

 

こうすれば、ほかの騎馬を実質的に脱落させることができる。

 

『拘束させるとなれば塩崎茨の個性は当然脅威。誰もが警戒するもんだ』

 

相澤先生の解説が、僕らの耳に届く。

 

『ただ、物間は()()()()()()()()。そう立ち回ったんだ。“拘束”という狙いを悟らせず、自らの《コピー》という個性を警戒させた。緑谷(1位)からハチマキを奪い取った“個性”という箔がつけば、注目させることが出来るからな』

 

その通り。僕にヘイトを集める事で塩崎の存在を隠し通す。

 

そして、塩崎の不意をついた一撃。

 

地中に張り巡らせていたツルを、相手の足下から出し、縄のように身体を拘束する技。

 

『ヴァイドロ・ザイル』

 

「拳藤は常に《大拳》を発動させてた。牽制の意味もあったけど、本当の狙いは塩崎の準備を隠し通す事だ」

 

僕の言葉に納得した様子の取蔭、その首から下は氷に覆われている。

 

「…なるほどね、でも、この氷結はどういう事?」

 

「?…見ればわかるだろう?轟焦凍の氷結さ」

 

「物間氏!まさか、A組と手を組んでいたのですか⁉︎」

 

「やだなぁ宍田。僕がそんな事するわけないじゃないか」

 

「いやいや〜?さっき“轟焦凍!”って呼びかけてたじゃん?」

 

いかにも“裏切られた”感を出してくる宍田獣郎太。B組は“打倒A組!”で話がまとまっていたから、まぁそう思うのも無理はない。

 

確かに、塩崎の“ヴァイドロ・ザイル”で多くの騎馬の動きを止め、トドメをさすかのように轟焦凍は氷結で凍らせた。これがこの状況を作り出した。

 

見事な連携、見事な作戦だ。

 

「本当さ、宍田、取蔭。僕と轟は打ち合わせなんてしてない。ただ、利害が一致しただけさ」

 

轟焦凍の騎馬のメンバーは“飯田天哉”“八百万百”。

 

そして僕が注目したもう1人、“上鳴電気”。

 

個性《帯電》を持つ彼で一時的に動きを止め、その隙に轟焦凍が凍らせる。八百万の《創造》なら自身に電気が通る事なく、相手を無力化できる。

 

「轟焦凍も考える事は同じ、氷結で相手を行動不能にする事が狙いだったんだよ。僕はそれを見抜いて、利用されてやったんだ」

 

僕らは決して打ち合わせなどしていない。轟焦凍から見れば“絶好のチャンス”だったんだ。塩崎の《ツル》で拘束されている面々は、凍らせ放題なのだから。

 

咄嗟に意図を汲んでくれた轟に、手をあげて応える。無表情でそっぽ向かれた。無愛想だな。

 

何はともあれ、結果的に多くの騎馬が行動不能となった。

 

「ま、実際宍田達も僕の1000万のハチマキを奪おうとしてたろ?裏切られたなぁ全く」

 

「ぐ…それは」

 

「なーんて、責める訳ないじゃん」

 

ここは勝負の世界。誰もが1位を目指して戦っているんだ。

 

「逆に言えば、全力でやる事がこの場に立つ条件だ。不必要な仲間意識で1位を取り逃がすようじゃ、ヒーローになる資格なんて無いさ」

 

ここには自分の騎馬以外仲間なんていない、バトルロワイヤルなんだ。ヴィランと邂逅したA組は、甘さなんてとうに捨てた。

 

「クラスメイトすら蹴落として勝て。この負けで、思い知っただろう?」

 

僕が1位になって1000万のハチマキを手にする。当然、B組の皆は僕を狙う。つい先程、共にA組を倒そうという考えでまとまったのに?

 

勝利への意欲、必死さ。僕が1位になる事で、少しでも思い出すといい。

 

常にトップを狙う者(A組)そうでない者(B組)の差。それを思い知るといい」

 

『残り時間は僅かだぜ⁉︎つっても、今動ける騎馬は少ねぇぞ!?』

 

塩崎の“ヴァイドロ・ザイル”は僕らを狙っていた面々が対象。

 

つまり、今動けるのは遠くで対峙している轟騎馬と緑谷騎馬。そして2人。

 

「いやぁ、やられたなぁ全く。完敗だよ物間〜」

 

プレゼントマイクの実況を耳にしながら、取蔭が口を開く。

 

「塩崎の《ツル》に轟の《半冷半燃》。この二つの合わせ技なんて無理ゲーじゃんか。逃げ場ないよ?」

 

「逃げ場なら、今僕が教えているだろう?それに、ほら、あっちにも良い手本がいる」

 

取蔭は僕の指差す方向に顔を向ける。そこにいたのは爆豪勝己。()()()()()()()空中で小さな爆破を繰り返し、浮遊している。僕のハチマキを奪うチャンスを狙っているのだろうが、僕も隙は見せない。僅かな残り時間なら、逃げ切るのは容易い。

 

塩崎の《ツル》を覆うように凍らせる作戦だから、もちろん氷結は僕の騎馬にまで及ぶ。それはどうあがいても避けられないけど、僕だけ避ける事は可能だ。

 

「あー、なるほどね。空中に行けば逃げられたって訳か」

 

「そーいうこと。塩崎の“ヴァイドロ・ザイル”は地中から、氷結も地を這って繰り出される。逃げ道は空中だけさ。よく気付いたね、()()()

 

「……やっぱバレてたか」

 

《トカゲのしっぽ切り》で切り離した“手”が僕の頭のハチマキを奪い取ろうと動き出す。僕はそれを爆破で容赦なく吹き飛ばす。取蔭なりの最後の抵抗ってことだろう。

 

「咄嗟に手だけを切り離し、最後の最後で1000万を掠めとろうって作戦ね。…ま、悪くはなかったよ」

 

切り離した部位は空中で操作可能な事は前もって知っていた訳だし、僕が警戒しない訳がない。

 

「あーあ、ダサい結果で終わっちゃったな。負けたよ、物間」

 

「それにしちゃ、あんまり悔しそうに見えないけど?」

 

「悔しいよ、けど、全力でやったからね。なら別にいいかなって」

 

取蔭切奈はこういう女子だ。けど、僕はまだ彼女の底が見えていない。そういうところが個人的に苦手で、今後が楽しみでもあるけれど。

 

『タイムアップ!!これにて騎馬戦、終了!!!それぞれの個性が光った、良い試合だったゼ!』

『…まぁ、そうだな。ブラドが気に入るのも少しはわかる』

 

こうして、特に波乱も起きずに騎馬戦は終了した。けど、本番はこれからと言っても過言ではない。空中に表示されている上位4チームの名前を見る。

 

決勝トーナメントに進出した、4チームを。

 

1位物間チーム 1000000pt

2位轟チーム 985pt

3位爆豪チーム 905pt

4位緑谷チーム 790pt

 

視界の隅で、悔しそうに唇を噛む紫色の髪をした少年の姿が目に入る。当然、彼の身体も氷漬けだ。

 

そして時は少し過ぎ、運命のトーナメント表が発表された。

 

 

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その個性を腐らせるな

 

騎馬戦が終わり、フィールドに残った氷を、左手で触れながら溶かしていく作業を、続ける。炎を使うのは不本意だが、自分で凍らせた人を見捨てるほど残虐な人間性を持ち合わせていない。

 

そうやってこの行いに納得はしているが、左の炎を使うたびに、冷え切った身体が温まっていく心地よさに、イライラする。

 

これじゃあ、結局、クソ親父の思い通りじゃねぇか。

 

 

『お疲れさんだエブリバディ!これにて予選は終了!!このまま本戦へーーーっと行きテェとこだが、その前に昼休憩に入るぜ!たっぷり休んで備えてロ!!』

 

「…さ、寒いッ、あ、ありがと轟…あんた、こういう時は左の炎使うのね」

「…ひどいです物間さん…。私達ごと凍らせる作戦だなんて聞いてないです…」

「オウ轟!溶かしてくれてサンキューな!」

 

「…別に良い、元々オレが凍らせたモンだ」

 

轟焦凍にとってはただ都合が良かっただけだ。大勢で集まってて、身動きの取れない集団を凍らせる事など容易い。

 

その状況を作り出したB組の騎馬の様子を、軽く観察したところ、今回の作戦を立てたのは騎手1人だという事がわかった。

 

『ーー轟焦凍!』

 

あれは、オレが思い通りに動くと確信した発言だろう。名前は何だっただろう。A組の名前ですら最近覚え切った所だ。B組には悪いが1人も覚えていない。

 

「ーーー…チッ」

 

目の前にいるB組の3人に聞こうとも考えたが、視界に入った赤い炎に目を奪われ、意識もそちらに向かった。

 

 

いるかもしれないな、と予想はしていたが、実際に見つけると不愉快だ。

 

これ以上考えるのはよそう。そう思考を打ち切り、その場を去った。

 

 

⭐︎

 

「ーーあの、オールマイト?話って?」

「いや、大した事じゃないんだ、緑谷少年」

 

身体半分壁に隠れながら手招きするオールマイトに連れられ、人目のつかない所までやってきた。ここまでコソコソするという事は、《ワン・フォー・オール》についてだろう。

 

「その、まず確認なんだが、物間少年に《個性》をコピーされたかい?」

 

そう聞かれ、先程の騎馬戦を思い返す。物間君の個性《コピー》は触れた人の個性を5分間使う事を可能にする、と後でB組の人に聞いた。

 

「その発動条件なら…そうですね。コピーはされたと思います…ってあぁっ!?もしかして、これってめちゃくちゃ危険な事だったんじゃ…!?」

 

先程リカバリーガールに治癒してもらった指を見ながら、さっ、と顔が青ざめていくのがわかった。対照的に、オールマイトは安心したような顔を浮かべる。

 

「まぁ、そうだろうね。物間少年の先程の様子から、彼は本気で君の《個性》を使えると確信していた。そして不発に終わったという事は喜ばしい事だ」

 

「…あぁ、でもなんで発動しなかったんでしょうか?」

 

「うむ、考えられるケースはいくつかある」

 

確かに、物間くんは《ワン・フォー・オール》を使おうとしていた。気になるのはその不発の理由だ。

 

「まず、彼の個性の条件がまだ複数あり、その1つを満たしていなかった。こればかりは本人に聞くしかないがね」

 

ただ触る事に加え、僕らにまだ明かしていない条件があり、僕の時はそれを満たしていなかった、ということか。まぁあり得る話だ。

 

「そして、《ワン・フォー・オール》は個性として特殊だ。“引き継ぐ個性”はコピーの対象に入らない可能性もあるだろうね」

 

正直、その可能性が1番高いと思った。ただ、それを確かめる術はないし、本人に確認する事もできない。

 

「他にも、彼自身が《ワン・フォー・オール》を最低限扱う器では無かった、という場合もあるが…まぁ、物間少年のコピーには怯える必要が無くなったのは、確かかな?当分は。……ふぅぅぅ、良かったぁ…!」

 

そう言ってホッと一安心…どころか、本当に安心した様子で座り込むオールマイト。というか少しやつれている。その様子に思わず焦ってしまう。

 

「えぇっ!?ど、どうしたんですか?」

 

「いや、ね…。実は物間少年には苦労していたんだ本当に…!」

 

話を聞くと、こういう事らしい。

 

初めてのヒーロー講座学から、今日に至るまで、毎日オールマイトに付き纏い、《コピー》の実験をしたがっていたらしい。隙あらば不意打ちで触れようとしてきたり、ちょっと病的なストーカーで困っていた…との事だ。

 

『初めましてオールマイト…じっ、実は!ファンです!握手してください!………チッ』

 

時には道端で出会うファンに紛れ、

 

『ーーあぁっ!?学校の階段で転びそうになっている生徒がここに!?これはNo.1ヒーローにしか助けられない!!……あぁ、えっと、A組の蛙水さん…だっけ?ありがとう、助かったよ…長い舌だね』

『ケロ』

 

時には自分を犠牲にした事故を装って、

 

「そりゃあNo.1ヒーローの《個性》なんて使ってみたいだろうけど…!!目の前で四肢が爆散する可能性もあるわけで、触れられる訳にはいかなかったのだ…!」

 

「あ、あはは…」

 

苦労、してたんだなぁ…。

 

多分オールマイトも、《ワン・フォー・オール》を本気でコピーされるとは思っていなかっただろう。ただ、万が一を思って、今まで何とか回避してきたんだろう。

 

ていうか、今日まで接触されなかった、っていうのが地味に凄いよなぁ…。さすがNo.1と言うべきだろうか。

 

「まぁともかく、これで物間少年とも堂々と握手できる!喜ばしい事だ!」

 

一生徒の握手を拒否するという事が、オールマイト自身も苦渋の決断だったのか、それが解決した今、とても嬉しそうに笑う。

 

「いやぁ良かった!君にも警告しようと思ったが、緑谷少年にまでお触り拒否されると物間少年も傷つくと思って、言えなかったのだ!」

 

「ま、まぁ、どんなに頑張ってもいつかは触られますし…」

 

「うむ!良かった!それじゃ、ワタシはエンデヴァーとちょっと話してくるから、この辺で!呼び止めて悪かったね!」

 

「えぇっ!?エンデヴァーが来てるんですか!?って、そうか、轟君の応援か…」

 

もう少し詳しく聞こうと思ったが、引き止めるのも悪いので、そのままオールマイトを見送る。

 

轟君といえば…先程の騎馬戦を思い返す。

 

騎馬戦後半はずっと僕の騎馬と轟君の騎馬の一騎討ちだった。お互い攻め手に欠けていた頃、飯田君が何か仕掛けようと動いた。

 

その瞬間、遠くで、大きな音。

そちらに目を向けると《ツル》で拘束されたA組、B組の面々があった。

 

あとは、言葉にするまでもないほどの、轟君の制圧作業だった。

 

「……そういえば、飯田君は何をしようとしてたんだろう?」

 

思い返してみて、やけに、1人の友達の事が気にかかった。 

 

 

⭐︎

 

 

「ーーー隣、いいかい?心操くん」

「…物間」

 

ここは、会場の外れ。人目につかない階段の最下段で、座り込んでいる少年の隣に、返事も聞かずに座る。

 

「…ハッ、何だ?…負け犬を笑いに来たのか?」

「…まぁ、否定はしないよ」

 

慰めに来たと言っても、恐らく彼は信じないだろう。君と僕は()()()()()わかる。人の暖かい気持ちを素直に受け取るっていうのは、難しい。僕らひねくれた人間にとっては。

 

「ふん。…負けたよ、完敗だ。お前が《洗脳》の存在を序盤にバラしてくれたお陰で、オレは何にも出来なかった」

 

《洗脳》は対策しようと思えば、簡単に対策できる。相手の話に応じなければ良いのだ。たったそれだけで、初見殺しの《洗脳》は通用しなくなる。

 

僕と緑谷との戦いを見ていた面々は気付くだろう。この戦場のどこかに、《洗脳》を持つ1人がいる事に。なら、誰か?A組、B組?…普通科のC組?

 

何だっていい、声を発さなければ。

 

初見殺しの《洗脳》という個性を、彼が考え無しにバンバン使おうとは考えないだろう。だから、確実に君よりも先に使える。これも、僕が君の《個性》を選んだ理由の1つだ。

 

お陰でーーいや、僕の()()で、心操は一気に不利な立場に追いやられた。同情はするよ。

 

心操はこっちを見ない。けど、口を開いたのが、雰囲気で分かった。

 

「『ーーー僕はこんな個性のおかげでスタートから遅れちゃったよ。…恵まれた人間にはわからないだろうけど。お誂えむきの個性に生まれて望む場所へ行ける奴らにはさぁ!』だっけ?……お前が言うかよ」

 

僕が緑谷に向かって言った言葉だ。口を開かせようと思って。

 

「…お前だって、“恵まれた人間”の1人だろ」

 

あぁ、彼は勘違いをしている。僕の《コピー》が強い個性だと思ってる。ーー1人じゃ何にもできない、誰も救えない個性の事を。

 

けど、それは指摘しない。それを僕が指摘すると、全てを否定する事になる。これまでやってきた事を、全て。

 

だから、僕は口を開く。

 

「…たまに、あるんだ」

 

「は?」

 

「僕は、“同調(シンクロ)”って呼んでる。たまに、元々の個性主の気持ちが伝わってくるんだ。…だから、()()は、多分君の言葉だ」

 

同調(シンクロ)”。この存在だけは確かだ。過去に何度かだが、経験した事がある。僕の《コピー》の謎の1つだ。発動条件もわからない。ただ、()()。僕の中にある《個性(コピー)》に僕は干渉する事ができる。

 

言い訳に聞こえるだろうか。馬鹿にしてると思われるだろうか。“同調”については、言わなくても良かった気もする。信じがたいだろうし。

 

ただ、認めたくなかっただけかもしれない。あれが自分の言葉だと。本当に“同調”したかどうかなんて、僕にもわからない。

 

「…何だ?泣いてんのか?」

 

ハッと顔をあげる。気付かないうちに、俯いていたようだ。

 

…参ったな、久しぶりに、ここまで動揺してしまった。

 

僕は頭を切り替え、しんみりした空気を振り払うように、笑顔を浮かべる。

 

「泣いてないさ。言っただろ?負け犬を笑いに来たって」

 

僕は立ち上がって、心操に向き直り、ビシっと人差し指を差す。そして、一言、告げる。

 

「ーーーウジウジするな」

 

これは正真正銘、僕の言葉だ。

 

「あの状況、あの戦場で、40人もいるヒーロー科の生徒がいる中で、僕は君を選んだんだ。普通科の心操人使、君をね」

 

ぽかん、とした表現が似合うような顔を浮かべる心操に構わず、僕は続ける。

 

「言っとくけど、君こそここで泣いてる暇なんて無い。君の《洗脳》が強い事はこの会場にいる全員が認めてる。なんせ、緑谷(1位)に打ち勝った個性だ、誰が否定するんだい?」

 

たとえ、僕が使った《洗脳》だとしても。《洗脳》が強力な《個性》な事に変わりない。

 

「お、おい何言って…」

 

「あとは、()だよ。《個性》なんて今はどうだっていい。君が強いか弱いかなんだ。だからもう一度言う。ここで泣いている暇なんて無い」

 

「ーーーここは天下の雄英だ。何もかもがヒーローになるにはお誂え向きだ。設備もーー教師も。自分を鍛える方法なんていくらでもある」

 

「ーーー僕はね、《個性》という存在が大好きなんだ。だから、たくさんの《個性(コピー)》を求めてる。あぁ、僕はだからこそこんな《個性》なのかもしれない」

 

“個性マニア”なんてあだ名もつけられているくらいだ。

 

「だから、正直、僕は君ーー心操人使という人間にはあまり興味はない。僕が求めるのは1つーーーー、こんな所で、その《個性》を腐らせるな。僕が認めた《個性》を」

 

ーーいつか()()()()までのし上がって来たら、僕がまた、その《個性》を使ってやる。

 

 

言いたい事は言った。本心だった。さぁ、ここにもう用はない。さよならの挨拶を言うような間柄でもないので、無言で足を進める。

 

僕は階段を上り、背後にいる心操から遠ざかっていく。

 

「…はっ、ハハハハハハッ!!」

 

後ろで、誰かの笑い声が聞こえた。ふむ、これで負け犬を笑わせにきた、という僕の発言は、実現した訳だ。結構結構。

 

はて、笑いに来たんだっけ?まぁ、どっちでもいいか。それも達成した訳だし。

 

 

 

 

⭐︎

 

 

昼休憩はもうすぐ終わる頃だろう、と思いながら、僕はいつものごとく時間ギリギリに会場に滑り込む。周りを見渡すと、学科に関わらず全員の生徒がいる事が確認できた。クラスメイトの姿もちゃんと確認でき…そんな中、1人で少し顔色を青くした、見知った女子がいた。本戦への緊張が高まっているのだろう。

 

『さぁ、昼休憩も終了し、本戦についてーーと、言いたい所だが、ここで予選落ちの皆に朗報だ!あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーションも用意してんのさ!』

 

「…あれ?このあと本戦じゃないのか」

 

喧しいプレゼントマイクの実況を背景に僕は自分の勘違いを正す。まぁ、そりゃそうだ、全員楽しまなきゃ体育祭とは言えない。

 

このレクリエーションの後、本戦のくじ引きって流れだろうか。

 

『しっかり、本場のチアガールも用意して…!…⁉︎どうしたA組ィ⁉︎』

『…何やってんだ』

 

「ーーなっ…」

 

驚きの視線は観客席にいる絵に描いたような本場チアガール…ではなく、グラウンドにいるA組(チアガール姿)に向かった。

 

可愛らしさと大人っぽさ、どちらの需要にも応えた美人揃いの高校生チアに、一段と盛り上がる会場、それでいいのか?

スカウトする理由を間違えなければいいのだが…。

 

って、そんな事はどうでもいい!

 

「騙しましたわね…峰田さん…!」

 

注目の推薦入学者、八百万百が悔しそうに呟く。くっ…これは確かに注目してしまう…!

 

「ぐっ…!こら、峰田!」

 

八百万と目があったのでさりげなく逸らし、犯人と思われる峰田とやらを追及する。おそらく言葉巧みに騙したのだろう。

 

「なんでB組には声をかけてないんだ!こっちにお眼鏡にかなうやつはいなかったってのか!?この最低!」

「び、B組の方!?だ、誰か!この方を止めてくださいまし!峰田さんが最低なのは確定ですが、たった今貴方も結構低くなりましたよ!?」

「う、うるせぇ!オレも声をかけたけど、話持ちかけた瞬間殴られたんだよ!あのゴリラ女に!」

「なんで拳藤に声をかけたんだい!?着せる相手を考えろ!拳藤へのスカウトが無くなったらどうしてくれる!?」

「チア姿とスカウトに何の関係が!?あっ!恐らく拳藤さんと思われる方がこちらに走ってきてます⁉︎」

 

ぐっ…!A組には峰田という参謀がいたのに、B組は誰も行動しなかったのか?不甲斐ない上に情けない…!B組男子に目を向けると、後悔と絶望を浮かべた表情の男子をいくつか見つける。あとは行動する勇気か…!

 

「クソ…ここでもB組は劣っているのか…早急になんとかしないと…」

「なんとかしなきゃいけないのはお前だ、バカ」

 

背後から聞こえる声と同時に、僕の影が大きな拳で出来る影に覆われる。あぁ、これは殴られますね。チラッと後ろを向くと、真っ赤な顔をして拳を作っている女子。あぁ、いや、緊張が無くなったなら、まぁそれでいいんだけど…痛そうだなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、観客席で、僕は1回戦1試合目の開始を待っていた。

くじ引きも終わり、レクリエーションも終わったらしい。おいおい、恐ろしい奴だな、拳藤の強さが全国放送されたぞ。絶対スカウト来るだろ。

 

そんな悪態をつきながら、僕は1回戦ーーー麗日VS爆豪の開始の合図を聞いた。

 




トーナメント表

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友達には

注目の本戦1試合目は、呆気ない結末だった。

 

爆豪VS麗日の戦いは、側からみればワンサイドゲームだったかもしれない。

 

試合開始の合図と同時に、先手必勝と言わんばかりに走り出す麗日。触れて無重力にする《個性》に対し、迎撃態勢で迎え撃つ爆豪。

 

そこからは、爆豪が麗日に向かって爆破を続け、麗日の策を真っ正面から叩き潰す。

 

ただ、それだけの試合だったーーーように見えた。

 

…けど、()()()()()実りのある試合だった。そう、断言出来る。

 

「…さて、次の試合は…あぁ、緑谷君と飯田君か。…ってそうだった」

 

そういえば、緑谷と話してみたかったのだ。騎馬戦の件について。決して忘れていたわけではないのだが。

 

昼休憩は心操と話してたし、レクリエーションの時は何故か意識を失ってたせいで、話しかける時間が無かったのだ。

 

緑谷と飯田の試合は20分後だ。少し話しかけるくらいならいいだろうか。

 

試合前に悪いな、と思いながらも個人的にはこの件も僕にとって最優先事項だ。早々と済ませてしまおう。なぁに、ただ彼の《個性》について聞くだけなのだから。

 

⭐︎

 

 

『ーーありがとなぁ。デク君は、飯田君とやろ?…見とるね、頑張ってね』

 

そう言って、控室に入った麗日さんを見送った僕は、そのまま自分の控室に向かう。その最中も、麗日さんの事で頭を巡らせる。

 

悔しくないわけないのに、それどころか、また笑顔で背中を押されてしまった。

 

その姿には尊敬の念が尽きないし、あの言葉に応えたい。

 

1回戦の相手が飯田君とわかった時は、ビックリした。まさか、こうして戦う事になるなんて。

ただ、これは真剣勝負なんだ。

 

友達だからって手加減なんてしてられないし、僕は手加減出来る程器用じゃない。

 

「…はやく、《ワン・フォー・オール》を制御できるようにならないとーー」

「やぁ、緑谷君」

「ーーおおおおお!?」

「…え、な、何?」

 

気付けば僕は自分の控室の前まで来ていたのだが、そこで思いもよらぬ人と出会ってしまった。

 

「えっと…物間君?だよね?」

「うん。名前、覚えててくれて嬉しいよ」

 

爽やかな笑顔で応えてくれる物間君。ただ僕の控室のドアの前で立ちすくんでいるので、正直不気味だ。僕を待っていたのだろうか。

 

「実は、君を待っていたんだ」

「…う」

 

思わず嫌な声が出てしまった。いや、言い訳をさせてもらうと、先程聞いた“オールマイトのストーカー”という話がまだ残っているのだ。それに、《ワン・フォー・オール》に関しても警戒しないといけない人物でもある。うっかり口を滑らせないようにしないと…!

 

やけに警戒されてると感じ取ったのか、困ったような笑顔を浮かべる物間くん。あぁっ…!なんか非常に申し訳ない…!

 

「…えっと、何か、用があるんだよね?」

 

「……うーん。やっぱり、また今度にしようかな。試合前にごめんね、頑張って」

 

試合の緊張でまともに話が出来ない状態と判断されたのか、話を切り上げる物間君。めちゃくちゃ良い子だ。

 

「うん…えっと、ありがとう」

 

「ーーーーあぁ、いたいた」

 

そうやって僕と物間君の間で話がまとまったその時、新たな客人が姿を現した。

 

彼はーー、いや、その方は僕を探していたようで、こちらに向かってくる。ーーー紅い炎を身に纏わせながら。それは、意外すぎる客人だった。

 

「エ、エンデヴァー⁉︎な、なんでこんな所に⁉︎」

 

「なに、ただの激励だ」

 

「へぇ」

 

げ、激励?僕に?なんで?

 

混乱に混乱を重ねる僕と、感嘆の声を漏らす物間君。こんなツテがあるのか緑谷君、みたいな目で見られても、どういう状況か僕にはちっともわからない。ただNo.2ヒーローに応援されてると思うとちょっと嬉しくて、浮き足立つ。

 

「え、えっと、ありがとうございます!僕なりに頑張りたいと思いまーーー」

 

 

「ーーーー君の《個性》は、オールマイトとよく似ている」

 

 

 

…その言葉に、僕の中の浮かれた気持ちは一瞬で消え失せる。

 

 

 

“緑谷出久”と書かれた控室の前で、僕ら3人は無表情で立ち尽くす。

 

…エンデヴァーが来たのに、気温が、2度程下がった気がした。

 

「…へぇ」

 

…隣で呟かれたその“へぇ”が、さっきのと違う事は鈍い僕でもわかった。

 

 

⭐︎

 

 

思わず漏れた僕の声に、エンデヴァーは目線だけで反応する。が、すぐに隣の…やけに顔色が悪い緑谷に向き直り、口を開いた。

 

 

「君の活躍見せてもらった。素晴らしい《個性》だね。指をはじくだけであれ程の風圧…。パワーだけで言えば…オールマイトに匹敵する力だ」

 

「な、何を…何を言いたいんですか。僕はもう行かないと」

 

エンデヴァーの登場から、明らかに動揺する緑谷…いや、別にエンデヴァーが来る前から挙動不審ではあったけど、さらに拍車がかかった。

 

これ以上ここで話を続けたくないと思っているのは、詳細を知らない僕でもわかった。

 

ここで、僕が気を遣ってエンデヴァーを連れてここを去るのもアリだが…。

 

何故か、もうちょっとだけこの2人の会話を見てみたい。

 

“緑谷出久の《個性》は、ただの《超パワー》ではない事”は、僕の中で確定している。

 

幾つかある仮説から絞り込む為にも、僕は少しでも情報が欲しい。一応僕の中では《オールマイトの隠し子説》もある。2パーくらい。

 

エンデヴァーは控室に逃げるように入ろうとする緑谷を引き止めようとはしない。ただ、かわりに口を開く。

 

「ウチの焦凍にはオールマイトを超える()()がある。君との試合はテストベッドとしてとても有益なものとなるだろう」

 

その言葉に、緑谷もーー僕も、動きを止める。

 

「ーーまぁ、君が決勝まで勝ち進めば、の話だがな。くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ…言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」

 

「ーー僕は、オールマイトじゃありません」

 

言いたい事は言い切った、というように、エンデヴァーは去っていく。その背中に、今度は緑谷が声をかける。

 

先程まであった怯えも、緊張も今は全く見られない。

 

「そんなものは当たりーー」

「ーー当たり前のことですよね」

 

食い気味に、緑谷は言葉を被せる。正直驚いた、先程までとは別人みたいに、凛々しい顔で、エンデヴァーと目を合わせている。

 

「轟くんも、あなたじゃない」

 

はっきりと、そうNo.2に向かって告げるその姿は、僕にとって少し眩しいものだった。

 

《個性》についてはあれ以上情報は得られなかったが、残って良かった。確かに、()()はあった。

 

空気が、ピリつく。睨み付けるように目を細めたエンデヴァーを、真っ直ぐに見つめる緑谷。

 

「…緑谷君、もうすぐ試合だ。会場に向かった方がいい」

「え?あ、ホントだ!それじゃ、失礼します!」

 

先程の問答など無かったかのように走り去る緑谷の姿を、僕とエンデヴァーが見送る。

 

残ったのは、2人。

 

緑谷への用も終わったエンデヴァーがここにいる用はないだろう。僕に目を向けずこの場を去ろうと足を動かす。あぁ、やっぱり親子だな、と思いながら、

 

「ーーーエンデヴァーさん」

 

僕はその背中に声をかけ、引き止める。正直、今が千載一遇のチャンスだ、感覚でわかった。

 

僕にとって、

この場での会話の1番の()()は、この人だ。

 

 

⭐︎

 

「あっ、いたいた!どこに行ってたのさ物間!」

「あぁ、悪いね拳藤、席取っておいて貰って。…お、まだ始まってないみたいだね、よしよし」

「…なんか焦げ臭くない?」

 

空いていた隣の席に座ると、失礼にも顔をしかめる拳藤。それはどうしようもないからご容赦願おう。

 

拳藤の言葉を無視して、僕は下のフィールドに目を向ける。丁度、緑谷と飯田が、試合前の礼を終えた所だ。

 

「クヒヒ…物間、お前はどう見る、この試合」

「…黒色、君はどうなると思う?」

 

「…緑谷はまだ《個性》を制御出来ていなイ。あのパワーは確かに脅威だガ、飯田が逃げ回り、緑谷の自滅を誘うのが定石.ダロウな。…キヒ」

 

つまり、長期戦の末、飯田天哉が勝つと見ているらしい。僕は目を瞑って数巡考える。

 

今までの予選で、飯田、緑谷両者の性格や考え方は大体把握している。緑谷の《個性》だけが不確定…予測不可能だけど。

 

「…そうだなぁ、どっちが勝つかはわからないけど、黒色の言った展開にはならないと思うよ」

 

「フム、なぜダ?」

 

「だってーーー」

 

『それではこれより、A組緑谷と、同じくA組飯田の試合を始めます!』

 

ミッドナイト先生の開始の宣言が始まったので、僕は黒色への説明を断念して、試合会場に目を向ける。

 

詳しい説明の代わりに、僕は少しだけ黒色に教える。

 

「ーーー目を離さない方が良い。多分勝負は…一瞬だ」

 

 

⭐︎

 

試合前の礼を終え、目の前の飯田君と対面する。

 

「…覚えてるかい?僕が騎馬戦の前に言った事を」

 

そう言った飯田君は、メガネが光に反射してよく表情が見えない。けれど、真剣さは充分すぎるほど伝わってきた。

 

「うん」

 

だから、僕もきっぱりと返事をする。さっきまでの物間君やエンデヴァーとの会話を考えるのは後だ。今は、飯田君や、麗日さんの思いに、精一杯応えたい。

 

『それではこれより、A組緑谷君と、同じくA組飯田君の試合を始めます!ーーー開始!!』

 

マイク越しに宣言するミッドナイトの開始の合図と同時に、僕は指先に意識を集中させる。

 

何かあっても直ぐに対応出来るよう、準備だけはしておかなくちゃーーー。

 

「トルクオーバー!」

 

「ーーっ!?」

 

飯田君の様子がおかしいのを、瞬時に、感覚的に悟る。

 

今までの飯田君の《エンジン》の使い方じゃない。

 

「ーーーレシプロバースト!!」

 

その違和感を探ろうとした瞬間、飯田君はいつのまにか、僕の予想を遥かに超えるスピードで、距離を詰めていた。

 

「ーーーな…!」

 

ダメだ、間に合わない…!

 

そう悟った僕は、“指を弾く動作”を省略して《ワン・フォー・オール》を発動させる。騎馬戦の時のように、これだけでも充分な威力だ。

 

「ーーーっ!この程度か、緑谷君!」

 

一瞬怯んだものの、更に距離を詰める飯田君に対し、痛みに顔を歪めながら、なんとか距離を取ろうと後ずさる僕。

 

ただ、その動きも、遅い。飯田君から見れば無駄な抵抗にしか見えないだろう。

 

この緊急事態に、僕が《ワン・フォー・オール》を使いこなせる訳もなく、飯田君の鋭い蹴りが僕の首元を捉える。

 

鈍い音と共に、僕は思わず膝をつき、そのまま僕は飯田君の手によって引きずられーーー場外へと連れ出される。

 

 

 

『ーーー緑谷君、場外!飯田君、2回戦進出!!』

 

 

 

ワァっと沸く歓声を聞きながら、座り込んだ体勢の僕は、飯田君を見上げる。

 

ま、負けた…?こんなに、あっけなく…?

 

「…1本使わせてしまったか」

 

飯田君は一瞬悔しそうな顔をしたが、誇らしげな顔で僕を見る。

 

まるで、僕に勝てたのが誇りかのように。

 

「言っただろう緑谷君。ーー君に挑戦すると」

 

そうして、騎馬戦前に聞いた言葉を復唱した。悔しいという感情を通り越して、あぁ、やっぱりかっこいいな、と思った。

 

 

⭐︎

 

 

試合時間は10秒にも満たなかった。

 

な?言っただろ?、とドヤ顔で黒色に自慢しようかとも思ったが、流石にうざいので自重する事にした。

 

「…やはり、お前の言った通りになったカ。…ちなみニ、何故(なにゆえ)この展開を予想しタ?」

 

不思議と予想通りみたいな反応をする黒色に僕は疑問を覚えるが、質問された事にはしっかりと答える。

 

「まぁ、そうだな…。わかりやすく言うならーーー」

 

僕は、試合会場をあとにする勝者と敗者に視線を向ける。先程まで真剣勝負をしたとは思えないほど、いつも通り、仲が良さそうだ。飯田が緑谷を慰めているけど。

 

「ーーー友達には、傷ついて欲しくないだろう?」

 

まぁ、結局指一本は傷ついた訳だが。

 

「…不思議なヤツだ。オマエは」

 

黒色が、呆れたように笑う。

 

なんだよ、当たり前の事を言っただけじゃないか。

 

「普段の授業デも、騎馬戦の時も、オマエの“予想”は驚くほど当たル。まるで、未来でも見て来たかのようダ。正直に言って、気味が悪イ」

 

僕はその言葉に答えない。そのまま、黒色は続ける。

 

「オレは、オマエの“影”が恐ろしい。…嫌いじゃないけドな」

 

言いたい事は終わったのか、黒色は満足気に僕から離れていき、僕はその背中を見送る。

 

 

僕は頭をかく。…参ったな。

 

…気の利いたカッコイイ台詞、考えておくんだった。

 

黒色と話す時は、色々と気を遣おう、と心に誓った。

 

 

 

 

⭐︎

 

 

『ーーー瞬殺!あえてもう一度言おう、瞬殺!シュンサツだぁ!』

「ウェーイ…」

「対戦、感謝します」

 

一回戦3試合目、A組の上鳴電気を圧倒した塩崎が、僕らB組の観客席まで戻ってくる。

 

クラスメイトが塩崎に群がり、先程の試合を労い、褒めちぎる。塩崎は照れるでもなく、謙虚にその言葉を受け取り、次も頑張る、的な事を言って、その言葉にまた皆ウェイウェイ盛り上がる。…負けた上鳴を煽ってるみたいになってないか?

 

まぁ、それはともかく。

 

なんか、やけに体育祭っぽくなってきたじゃないか。

 

「何が面白いのですか?物間さん」

「あぁ、塩崎。もういいのかい?皆への対応は」

「はい。この試合に勝った方が、次の対戦相手ですから。試合を観たいと言ったら許してくれましたよ」

 

にやけていたらしい顔を引き締め、塩崎と会話を続ける。

 

「にしても、圧勝だったなぁ…流石だよ」

 

「…何事にも相性がありますから。あの方の《電気》は私の《ツル》で防げたことが、勝因でしょう」

 

「また謙虚な…。なんだかんだ言って、今のところB組で1番目立ってるのって塩崎じゃないかい?」

 

塩崎は障害物競走でも高順位、騎馬戦でも作戦の核を担い1位、そして今回の圧勝。功績としては充分すぎるだろう。

 

()()()()()…ですか。なんだか含みのある言い方ですね?ふふ」

 

「さて、何のことやら」

 

お淑やかに、そして意地悪そうに笑う塩崎の顔を見て、なんだかむず痒くなった。

 

居心地が悪くなったので、僕はこの場を離れる事にした。

 

「あら、どちらへ?」

「鉄哲にアドバイスでも言ってくるよ、今なら多分控室にいるだろうし」

「……?」

 

塩崎が、“鉄哲さんにアドバイス?お馬のお耳にお念仏の類似表現でしょうか?”みたいな顔をする。はは、失礼かつ丁寧なヤツだなぁ全く。

 

もうすぐ始まる第4試合目は、常闇踏影VS瀬呂範太のカード。

その次の試合が鉄哲VS切島だ。

 

彼らの内どちらかが僕の2回戦の相手になる訳だし、ここは是非ともB組の鉄哲に勝って貰いたいところ……でも、ないな。別にどっちが勝っても同じだな。むしろ鉄哲がアドバイスで強くなってしまうかもしれない。そうすると苦労するのは僕だ。

 

まぁ、いくらライバルとは言え、鉄哲は友達だ。友達には、少し手助けしても問題無いだろう。

 

先程の飯田と緑谷の姿を思い浮かべる。

 

ギリギリ納得した僕は、そのまま鉄哲の控室に向かった。

 

…ちなみに、そのおかげで見逃したのだが、4試合目は常闇踏影が勝ったらしい。おめでとうおめでとう。

 

⭐︎

 

 

ブロックは変わり、そのまま続けて行われた第5試合目。

 

注目の鉄哲VS切島の試合はーーー。

 

「ーーーフンヌっ!!」

「ーーーフンヌっ!!」

 

「オラァゥ!!」

「オラァゥ!!」

 

「わっしょおおおおおい!!」

「ワッショオオオオオイ!!」

 

「“工夫していけ”って言ったよなぁ鉄哲⁉︎何も考えず殴り合うのはNGって言ったよなぁ!?!」

 

無意味としか言えない殴り合いの様子を見て暴れる僕を、B組男子生徒2人がかりで抑える。

 

「落ち着け物間!意味のない事をしたお前が悪い!」

「鉄哲を責めるのは自分の非を認めてからだ!」

 

「待て円場(つぶらば)泡瀬(あわせ)!この状況で僕に味方が居ないのはおかしすぎないか⁉︎」

 

《洗脳》の存在を疑うレベルで鉄哲に味方するクラスメイト…。くっ、なんでアイツは僕より人望があるんだ…?

 

あとでこっそりと説教しようと決心しながら、僕はため息をついて2人の拘束から抜け出る。

 

「くそっ、バカばっかりめ…!」

「いいじゃねぇか!こうやってバカするのが体育祭だろ?」

 

やけに笑顔の円場の言葉に、僕はそっぽを向いて答える。

 

「それでも、試合に負けちゃ世話ないさ」

「ーーーでも、アイツは楽しそうだぜ?」

 

硬い金属音が、会場内に響く。それに応じるように、観客席からは声があがる。どいつもこいつも、浮かれやがって。

 

試合に目を向けると、両者笑顔で殴り合う光景。

 

「…ふん、ただバカが2人いるだけじゃないか」

 

でも、まぁ、悪くないかな。

両者同時にノックダウンした姿に“体育祭らしさ”を感じ、小さな声で、そう呟いた。

 

 




トーナメント表


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(雑)


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物間寧人:オリジン


注意:本日2話目


 

両者同時ノックダウンした鉄哲と切島については、回復した後に改めて腕相撲で決着をつける、という事になったらしい。

 

なるほど、引き分けの時は腕相撲なのか。

 

「物間さん?そろそろ控室に行かないと…?」

「あぁ、わかってる。あ、応援頼んだよ。みんな」

 

塩崎に急かされ、僕はB組みんなに手を振りながら、観客席を後にしようとする。

 

その時、B組女子生徒の1人、小大唯(こだいゆい)と目が合い、困った様な顔をされた。

 

彼女の視線の先には、周りの声が聞こえてない程集中している拳藤の姿があった。その姿を小大は心配しているのだろう。

 

まぁ、試合が近づいてる事もあって適度に緊張してる様に見える。多分悪くない状態だから、気にしなくていいと目で伝え、小大は頷きで返す。

 

元々無口な彼女は、喋らずとも意を汲んでくれる事が多い。そういう長所を、どこかで生かせればいいのだが…。

 

「ほら、今はB組の事はいいから。自分の事に集中しなよ」

 

気付けば先程まで集中してた拳藤が、こっちを見てニヤっと笑いかけていた。

 

「ーー勝ってくれるんでしょ?」

 

「…さぁね。どうせ勝つなら、自分の為に勝つさ」

 

なんだよ、思ったより元気じゃないか。心配して損した。肩を竦め、僕は試合会場へ向かった。

 

さぁ、いよいよ僕の試合だ。

 

 

⭐︎

 

 

『一回戦6試合目!騎馬戦1位の功労者!B組の隠れた参謀、ヒーロー科物間寧人!』

 

VS(バーサス)万能創造!推薦入学とあってその才能は折り紙つき!ヒーロー科八百万百!』

 

「う…物間さん、でしたね。お相手出来て光栄ですわ…」

「せめて光栄そうなフリをしろ、フリを」

 

お嬢様は演技が苦手なのか、わかりやすく嫌そうな顔をされた。先程のチア事件から、僕の評価が下がってしまっているようだったので、僕はこの機会に弁明する。

 

「君はさっきの件をちょっと勘違いしている」

「…と、言いますと?」

 

話を聞く気はあるのか、遠慮がちに続きを促される。

 

「僕はクラスメイトのチア姿が見たかった()()じゃない。可愛いチア姿でB組の知名度を上げたかったんだ。…ほら、ただでさえ、USJ事件でA組が目立ってるんだしさ」

「い、いやらしい…!二重の意味でいやらしい人だったんですね…!」

 

やれやれ、これ以上は話をしても無駄みたいだ。というより話さない方がいいな。

 

「…両者、準備はいいですか?」

 

話が終わるのを待っていたのか、審判役のミッドナイトが声をかける。

 

「あ、一応もう一度確認なんですが、僕が前もって誰かの個性を《コピー》するっていうのは、ルール違反なんですよね?」

 

「うーん、ごめんなさいねぇ。やっぱりそれは、この“ガチバトルトーナメント”の1vs1の原則に反すると思うのよね」

 

思う、という表現を使うって事は、恐らく細かいルールに関してはミッドナイトに一任されている可能性が高い。やりようによっては、少しのルール変更くらいなら許容してくれそうだ。

 

まぁ、今回は()()()()ので、ここでは素直に引き下がる。これだけでも収穫は十分だろう。

 

それに、今の問答を聞いて、目の前の八百万は僕の《コピー》に警戒を強める。それも僕の狙いの1つだ。

 

僕と八百万は目で準備完了と伝える。それを確認したミッドナイトは手を上げ、マイクを通して宣言する。

 

『それではこれより、A組八百万と、B組物間の試合を始めます!ーー開始!』

 

開始と同時に、僕は駆け出す。勿論距離を詰めてくる事はわかっていたのか、八百万は近づいてくる僕に構わず、少し長めの刀剣を《創造》する。

 

「ーー安心してください。死ぬような素材で創造(つく)っておりませんわ」

 

素手で《無個性》の僕に対して、リーチ差で優位に立つ様だ。お嬢様は剣術の経験もあるのか、美しい所作で僕に牽制を入れつつ、距離を取ろうとする。

 

『おーっとB組物間!?思うように距離を詰められない!』

『物間に《創造》をコピーされると何をされるかわからないからな。八百万としてはこのまま仕留めたい所だろう』

 

相澤先生が褒める様に、八百万の“物間対策”は最適解に近かった。僕を《無個性》のまま決着をつけようとする。

 

『触りたい物間!触らせない八百万!ガード固ェ!!』

 

プレゼントマイクの解説を聞いた観客の声援が少しだけ八百万に傾き、僕に冷たい視線が注がれる。おいおい。

 

僕の“触ろうとする動き”にも慣れてきたのか、八百万は新たな《創造》に取り掛かる。掌から《創造》したマトリョシカを放り投げ、僕はそちらに視線を向ける。

 

「ーーーっ」

 

その瞬間、激しい光に、視界を奪われる。この感覚は先程味わったーー爆豪の“閃光弾(スタングレネード)”と同じ。

 

その隙を逃さまいと、距離を詰められる。

 

けど、一度経験していた分、僕の視界の回復は早かった。

 

『ここでA組八百万!奇襲に出たァ!』

 

意識を刈り取ろうと、首筋に振るわれる刀剣をギリギリでのけ反って躱す。

 

「ーーくっ!」

 

この一撃で決め切りたかったのか、《コピー》を警戒し、悔しそうに距離を取ろうとする八百万。深追いはしてこないと見て、僕は思う存分反撃に出る。

 

ただ、僕の腕の長さも頭の中で計算済みなのか“触れられない距離”は保つーーーーーので、伸ばした腕を囮に、僕は()()を八百万の手めがけて繰り出す。刀剣を持っている右手へ。

 

鋭い蹴り。これでも僕は、武術の心得もある。

 

元々、そう簡単に《コピー》出来るとは思ってない。

 

『…《コピー》するのを諦め、《創造》で造られた武器を狙ったのか、これは八百万も不意を突かれたな』

 

イレイザーのありがたい解説を聞きながら、僕は、思わず八百万の手からこぼれ落ちた刀剣に向かう。

 

カン、カラン、と地面に落ちる刀剣を中心に、僕と八百万は対面する。

 

八百万は拾おうとする。けど、その無駄な動きは僕の《コピー》のチャンスとなる。それをすぐ察したのか、刀剣を諦めて距離を取る。

 

僕は余裕を持って、八百万が《創造》した刀剣を手にする。うん、肌触りもいいーーー僕の目的だったモノだ。

 

 

「…ふぅ」

 

やっと、一息をつく。元々、八百万に対しては、《創造》した武器を奪う事に決めていた。《創造(コピー)》出来れば、もっと楽に勝てただろう。

 

けど、この1試合目に関しては、ただ勝つだけでは物足りない。

 

「…もう、勝ったつもりですか?」

「ーーーうん」

 

 

怪訝な顔をして、問いかけてくる八百万に、僕は曖昧に頷き、肯定で返す。

 

流石推薦入学者と言うべきか、もう一度刀剣を作り、そして僕の武器に対応する為の盾も《創造》していた。行動が早い。

 

「これでも、剣術の経験もありますわ。男女の差など関係無い程、鍛練を積んだという自負も!」

 

「ーーー2つ、自慢をするよ」

 

ゆっくりと、八百万を納得させるように、僕は口を開く。脈略もない発言に、困惑する彼女に剣の切っ先を向け、続ける。まず、1つ目。

 

「僕の剣術の師は…()()()強い」

 

僕はこの試合、個性《コピー》を使っていない。そして、これから、試合が終わるまで使わないだろう。

 

『ーーあとは、()だよ。《個性》なんて今はどうだっていい。君が強いか弱いかなんだ』

 

心操に言った励ましの言葉を思い出す。

 

僕の《個性》の強さもちゃんとこの体育祭でアピールするつもりだ。

 

ただ、それとは別に、僕は、僕自身の強さを証明する。この大観衆の前で。そして、No.2ヒーローの前で。

 

僕は八百万に向かって、2つ目の自慢を告げる。薄く笑いながら。

 

「ーーー僕は、物真似が上手い」

 

見せてあげよう、個性の《コピー》じゃない。

 

僕自身の“真似(コピー)”を。

 

 

 

⭐︎

 

 

昔から、僕は物真似が上手かった。

 

見たものをそのまま再現する才能。僕にはそれが備わっていたんだと思う。

 

小さい頃から…《個性》が発現する前から、両親のあらゆる行動を()()、真似をするように振る舞ってきた僕は、普通の子どもよりも成長が早かったのだと思う。

 

ただ無力な小さな身体は、視界に入った大人の行動を吸収していく。

 

身長や手の長さが足りず、台所に立つ事はできなかったが、母親と()()同じ料理を作ることも、僕は可能だったと思う。

 

父親が自慢げに見せてきた簡単な、コインが消えるマジックを、僕は種明かしをされる前に習得した。

 

たとえ大人の真似事だとしても、同年代の子ども達の中では群を抜いて。陳腐な表現だが、僕はすごかった。

 

「すごいなぁ」

「天才だねぇ」

 

なんて、両親や友達が僕の事を褒めてくれる事は日常茶飯事だったし、僕も当然のように受け入れていた。

 

ーーーあれ、もしかして僕って、天才なんじゃ?

 

この時は、ただ猿のように大人の真似事をするだけで、僕は強くなれる、と本気で思っていた。

 

 

けど、その瞬間も終わる。

 

 

ーーーー“超常”が“日常”になった時代に生まれ、“架空(ゆめ)”は“現実”になった時。

 

それは例えば、“掌から出る爆破”。

それは例えば、“炎と氷を操る力”。

それは例えば、“自身を破壊するほどの超パワー”。

 

僕にはどうあがいても真似できない、常識や世界の(ことわり)を無視した、“超常”の存在。

 

ただの大人の猿真似じゃ、到底太刀打ちできない存在。

 

「すっげぇたっくん!何その翼!?かっこいい…!」

「へへ…いいだろ?これが、俺の《個性》なんだ」

 

幼稚園でそこまで仲良くもない同年代が自慢している風景を見たとき、僕に雷のような衝撃が走る。

 

その存在を知った僕はーーーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()

 

僕が手を伸ばしても届かない、その存在は。

 

子どもが高校生や大人を憧れるように。

はやく大人になりたいと願うように。

 

自分にはできないものを、憧れる。

あぁなりたい、と心から願う。

 

ーー《個性》に、心惹かれる。

 

どんなにたっくんとやらの真似をしようとも、僕は翼を生やせない。

そんな当たり前の事実が嬉しかった。

 

そして僕は、周囲より遅れて発現した、自分の《個性》を知る。

自分の《個性》についての知識を深めていく。

 

 

《コピー》

 

 

そんな《個性》だと告げられたどこかの病院で、医者と向き合いながら、真っ先に質問した。

 

「何でも“コピー”できますか?」

 

「理論上はね」

 

その医者の言葉を聞いて、僕は天にも昇るほどの嬉しさを感じた事を覚えている。この世に無数に存在する、世界の理に反する“超常”を、僕の身に宿す事が出来る。これ以上の人生なんてあるだろうか。

 

「ただ、あんまり期待しない方が良い。これは恐らく、君の“想像力”に左右される」

 

医者は続ける。

 

「例えば、《犬》という異能型個性。これを完全に《コピー》するのは簡単な話じゃない。」

 

それは、考えてみれば当然の話だった。

 

《犬》という個性を持つ人に触れた瞬間、僕の姿は《犬》になるのか?答えは否。

 

「確かに、“触れる”という条件を満たした君は《犬》という個性をその身に宿す事はできる。5分間だけだがね」

 

「ーーーただ、それを発現させる必要がある。君は犬について熟知していて、“体毛がフサフサの毛”“規格外の嗅覚”などの特徴をイメージするんだ」

 

それは、言葉にするのは簡単だが、実際にやれと言われたら難しいものだ。

 

「君は人間だ。もちろん君の脳も…つまり、想像力もそう判断している」

 

「だから、君は自分の事を《犬》だと思い込むのは難しい。言ってしまえば、自分の脳を騙す行為だ。ーーーあぁいや、発動系の《個性》に関しては特に問題はないから、そこまで気にしなくてもーーー」

 

「あぁ、大丈夫ですよ」

 

思い込みで、脳を騙す。

 

厳しい事を言ってしまったと反省したのか、目の前の医者はフォローするように言葉を続けるが、僕はそれを遮って、安心させるように笑いかける。

 

「僕って、《犬》の真似もできると思うんです。多分僕の脳も、そう思ってます。…昔から、得意なんです、物真似は」

 

今思えば、4歳の僕が“昔から”なんて言ったのか、嫌な子どもだなぁ。

 

《個性》発現前、周囲からは“何でもできる天才”と褒めそやされ、僕自身も自覚があった。

 

多くは語らない僕の言葉に疑問符を浮かべる医者を見ながら、確信する。

 

僕は、どんなヒーローになるんだろう、と常日頃思っていた。

 

けど、違った。

 

僕は、どんなヒーローにでもなれるんだ。

 

これが、齢4歳にして知った、自分の現実だ。

 

 

「…まずは土台だ」

 

 

そこからは、僕自身の“出来る事”を増やしていく。自分自身が“何でも出来る器”でさえあれば、想像力も働かせやすい上に、どんな《個性》にも対応出来る。

 

その為に、10年近く、あらゆる分野を極めた。

 

基本的な身体能力は《無個性》なりに鍛え続け、空手や柔道などの武術、剣道などの剣術に関しては、パソコンで見る『~個性禁止、剣術大会~』などで事足りた。

 

間合い、息遣い、視線、足や腕の動かし方、果ては考え方までもを、僕は画面越しに、優れた観察眼で分析する。

 

日本一のあらゆる技術を、真似(コピー)する。

 

普通に考えれば不可能だが、なぜか、出来る気しかしなかった。

 

それほどまでに、《個性》のコピーではない、僕自身の技術(スキル)…“真似(コピー)”は反則的だった。

 

《個性》を使う為に自分自身を鍛え続け、トップクラスの《無個性》になった時には、中学を卒業する直前だった。

 

そして僕は、雄英という、狭い門を通る。

 

 

⭐︎

 

 

「だから、正直、《コピー》に関しちゃまだ謎が多いんだよなぁ…」

 

自分を鍛える事に気を取られ、僕は《個性》について、あまり詳しくない。

 

雄英に入ってから詳しく調べようと思っていたけど、“同調(シンクロ)”といい、緑谷の《コピー》失敗といい、色々と気になる事がありすぎる。

 

緑谷に関しては、恐らく僕の想像力不足だろうと予想している。緑谷が隠しているなんらかの“知識”が、僕の想像力を確固たるものにする、その時が、彼の《個性》をコピーする瞬間だ。恐らくキーワードは、“オールマイト”。

 

よし、だから当分は、緑谷の《個性》について探ろう。そう考えながら、僕は試合会場をあとにする。

 

 

そんな僕の横を、気絶した八百万を乗せた担架が通り過ぎる。保健室のベッドで寝かせるのだろう。

 

申し訳ないが、多少の心得や《個性》の小細工程度では、僕は全く負ける気がしない。《無個性》を極めた男だ、という自負がある。

 

もし、僕が負けるとするならばーーーー。

 

観客席に向かう通路の途中で、控室が連なっているスペースを通る。その時、

 

ガチャ、と目の前でドアが開き、少年が出てきたので、一瞬足を止める。今控室に入っていたという事は、次の試合に出る選手だ。これからトイレにでも行くのだろうか。

 

 

「……」

 

 

目も合わせず、激励も送らないまま、赤と白の鮮やかな髪色をした無愛想な少年の横を、そのまま通り過ぎる。

 

ーーそう、僕が負けるとするならば、

 

“超常”の中でもトップクラスの、圧倒的な《個性》だけだ。

 



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敵討ちです

『見かけによらずパワー型!B組全員が認めた姉御!ヒーロー科、拳藤一佳!』

 

VS(バーサス)ぶっちゃけ強すぎるよキミ!推薦入学者の実力は伊達じゃないってか!?同じくヒーロー科、轟焦凍!』

 

「あはは…。さっきぶりだね、轟」

 

目の前の対戦相手、拳藤一佳が声をかけてくる。さっき、というのは騎馬戦の時だろうか。

 

なんだろうと、ただの世間話ならする気はない。

 

その無言の雰囲気が伝わったのか、拳藤は用件だけを伝える。

 

「…ウチの捻くれ人間が聞いてきて、って言うから聞くけどさ。なんで左の炎使わないの?」

 

捻くれ人間…誰の事だ、と数巡する。答えが出てこないという事がわかった。

 

と、同時に、質問の内容自体に苛立つ。ほぼ初対面の、伝言形式で彼女に伝える義理も無い。

 

「……」

 

が、真っ直ぐにこちらを見るその視線に観念して、吐き捨てるように呟く。B組の姉御、と呼ばれているのもわかる気がした。

 

「…ある男の野望を、ブチ壊す為だ」

「…そっか」

 

これで充分だろう、と視線だけ向ける。答えを聞いた彼女は満足げに頷き、ミッドナイトに視線を向ける。

 

準備完了、の合図だろう。同じように、俺も頷く。

 

 

『それではこれより、B組拳藤一佳と、A組轟焦凍の試合を始めます!ーーー開始!!』

 

そして、試合が始まる。

 

 

「ーーー悪ぃな」

 

氷の塊が、真正面に位置する拳藤を襲う。彼女は避けようともせず…ただ、拳を握った。

 

 

⭐︎

 

拳藤一佳は繰り出される氷結を殴り、粉々にしながら少しずつ、進む。

 

轟焦凍は動じず、ただ作業のように氷を生み出す。

 

《大拳》で大きくなった拳は、その分観客席からも見えやすい。尖った氷で傷ついて、流血した痛々しい様子も。

 

ただ、その痛みに耐えながら、拳藤は進んだ。殴り続けた。

 

そして拳藤の《大拳》が、やっと、轟本体にまで届くかという所まで近づいた時。

 

今まで拳藤が破壊してきた氷結とは格が違う、最大火力の氷結が、拳藤を襲った。

 

 

そんな試合展開を思い返しながら、僕は控室のドアをノックする。

 

『…物間?いいよ、入って』

 

許しを得た僕は室内に入って、拳藤の様子を確認する。

 

包帯を巻いた両手に、視線を向ける。その視線に気付いた拳藤は、なんでもないように手を動かす。

 

「あぁ、これ?大丈夫だよ、すぐリカバリーガールに治癒…というか、チュウしてもらったから。その分、今は身体が怠いかな、あはは」

 

「……」

 

僕は喋らない。というより、あまりにも気丈に振る舞うその姿を見て、言おうと思っていた言葉を忘れてしまった。

 

どんなに強がるな、と言っても、彼女は強がるだろう。だからこそ、B組の姉御なのだ。

 

「そうそう。ちゃんと伝言は伝えたよ。答えは、“ある男の野望を、ブチ壊す為”だってさ。満足?」

 

「…あぁ」

 

その言葉を聞いて、轟家の事情について、大まかに把握する。エンデヴァーから聞いた情報と、差はない。

 

だからこそ、僕は気に入らない。

 

わかってる、これは真剣勝負だ。別に轟が拳藤に勝ったからと言って、轟が“悪”だとは思わない。ただ勝負して、勝ち負けがあるだけ。

 

それについて、僕が何かを思うなんてお門違いだ。これは2人の試合だったのだから。

 

だから、この苛ついた感情は、はやく捨てよう。

 

「…また何か、企んでるの?」

 

僕の表情から何かを読み取ったのか、拳藤が静かに聞いてくる。

 

「…何も?」

 

まだ実行できるかどうかも定かじゃない、作戦とも言えない作戦を、ここで言う必要は無い。

 

それに、僕は少し迷っている。一家庭の事情に、他人がズカズカ入り込んでいいものか。

 

「……強かったなぁ」

 

それを察して深くは聞いてこない拳藤が、しみじみと呟く。塩崎が言っていた、何事にも相性があると。そんな慰めの言葉をかけようか、なんて事は考えない。残酷な本音を言ってしまえば、僕だって、十中八九轟が勝つと予想していた。

 

手を差し伸ばすのは簡単だ。けど、これは拳藤自身の弱さに向き合う問題だ。クラス委員長としてB組を引っ張る上でも、乗り越えて欲しい課題。

 

僕も拳藤もわかってる。だからこそ、僕は何も言わない。

 

俯いた拳藤が、呟く。

 

「…“悪ぃな”って、言ったんだ。試合始まってすぐ」

 

拳藤が言ったのだろうか。いや、口調的に轟か。

 

「最初は、よくわかんなかったんだ。けど、戦っているうちに、伝わってきた」

 

俯いたまま拳藤は続ける、表情は見えない。

 

「ーーー多分あれは……“全力”じゃなくて悪いって意味だったんだと、思う」

 

もう、限界だ。

 

拳藤は、僕の苛立ちの核心を突く。

 

実際に戦っている拳藤は気付いたのだろう、轟焦凍の弱点に。

 

拳藤は間違いなく轟焦凍に全力で挑んだ。それは会場の皆が認める。

 

僕だって声を大にして言える。言えない訳がない。

 

「……っ」

 

 

僕は無言で拳藤から視線を外し、控室を出ようと、拳藤へ背中を向ける。ドアノブを掴み、顔を合わせず僕は告げる。

 

「ごめん、さっきのは嘘。本当はちょっとだけ考えてる」

 

僕の、1つの企み。もう、なりふり構っていられるか。

 

「ーーーー全力の(アイツ)を捻じ伏せる、とびっきりの策を、ね」

 

⭐︎

 

 

会場に戻ると、所々で笑いが起きる、和気あいあいとした空気が広がっていた。

 

見ると、もう既に始まっているA組芦戸とサポート科の発目の試合が、特殊な事になっていた。

 

『どうですかこの軽やかさ!エレクトロシューズは左右の靴を電磁誘導で反発させ瞬間的な回避行動を可能にしています!』

 

コスチュームにスピーカーを内蔵しているのか、発目の声は会場に響き渡る。と、同時に、サポート科の方で歓声があがる。なんでだよ。

 

『そしてこれと同じ靴を芦戸さんにも履いてもらいました!どうです!?感想を!』

「楽チンでめっちゃいい」

『ありがとうございます!』

 

 

『それらのアイテムを開発したのはこの私発目明です!サポート会社の皆さん、発目明!発目明をどうかどうかよろしくお願いします!』

「政治家か?」

「政治家ですね」

 

僕の声に反応する、塩崎。

 

「今来たとこなんだけど、これどういう状況?」

 

「発目さんと芦戸さんによる、サポートアイテムお披露目会です」

 

そう言われて納得出来るほど、僕は素直じゃないぞ、塩崎。

 

「ミッドナイト先生は止めないのかい?この状況を」

「神聖な試合を邪魔する事はしないでしょう、教職者ですよ?」

 

さっき自分でお披露目会って言ったじゃないか。

 

「…というか、A組の芦戸もサポートアイテム付けてるのか。これ、ルールに接触しなかったのかい?」

 

確か、ヒーロー科はサポートアイテムを事前申請して使用可能になるはずだ。

 

「試合前、芦戸さんがミッドナイト先生を説得してましたよ?」

 

『発目っちはこのアピールの為にここまで勝ち上がって来たんです!それに、全部凄い性能なんですよ!?私は、それを皆に教えたい!発目っちの…発明品(ベイビー)を!』

『うーん、青春!許す!』

 

 

「…って感じで」

「軽すぎるだろう!?」

 

細かいルールはミッドナイトの匙加減とはいえ、思ったよりアバウトだった。まぁ、両者の合意が得られたからこその処置だろう。

 

「…ふむ」

「何か思いつきましたか?」

 

さっきの拳藤といい、塩崎といい。僕はそんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。

 

「なんだか、悪巧みしてる顔してます。…子どもっぽくて、可愛いですよ」

 

そんな事は聞いてない。

 

『お次はこちら!対ヴィラン用の捕縛銃です。捕縛用ネットはカートリッジ式でなんと5発まで発射可能!』

「わぁ凄い!でも、射出音とか、気になっちゃいます!」

『よく気付きましたね、そこのB組の方!その通りなんです!そこでこちら、専用サイレンサーの出番です!!』

 

「何してるんですか…」

 

くだらない合いの手を入れた僕の隣で呆れた顔を浮かべる塩崎。

 

何、ただのお礼だよ。ルール変更の前例を作ってくれた事に対しての。

 

 

その後、サポートアイテムお披露目会は満足した発目の降参によって終幕。

 

無人の試合会場に、セメント先生が登る。何だろう。

 

《個性》を使って、小さな机を作り、満足げに去っていく姿を見て、ポン、と思い出す。

 

「…あぁ、腕相撲か」

「…忘れてたんですか?」

 

ジト目でこちらを見る塩崎に、僕はふんぞりかえって返事をする。

 

「どうでも良すぎて忘れてた」

「はぁ、全く…」

 

どうでも良い、というより、どっちでもいいが正しい。どちらが勝ち上がっても、《コピー》する個性は同じなのだから。

 

そして、後回しにされていた1回戦5試合目が再開される。

 

雄叫びをあげながら両者一進一退の攻防を繰り広げている…かどうかはわからないけど、接戦のようだった。地味なんだよなぁ…。

 

そして、戦いの末勝ったのはA組の切島だった。

 

これにて、トーナメント戦の1回戦が全て終了した。16人いた参加者は8人まで絞られる。

 

 

⭐︎

 

そして始まる、2回戦1試合目。

 

「ーーーレシプロ・バースト!!」

 

緑谷戦と同じく、開始と同時に必殺技を繰り出す飯田。そのまま猛スピードで距離を詰め、爆豪の頭めがけて蹴りを繰り出す。

 

ただ、僕の予想より爆豪の動体視力がバケモノだったのか、ただ躱すだけじゃなく、飯田の背後すらもとる。

 

「ーーーなっ!?」

 

その行動には虚を突かれたのか、飯田は反応できない。

 

右腕を振った爆破の威力が、レシプロ・バーストのスピードを後押しして、飯田を場外まで吹っ飛ばす。

 

「ーーー確かに速ェが、来るのがわかってれば反応できる。…オレと持久戦したくねぇってのもわかるけどな」

 

『飯田君場外!爆豪くん、準決勝進出!』

 

こうして、爆豪勝己が、先んじて勝ち進む。

 

「…なんだありゃ、強すぎない?」

 

隣に座る拳藤が不満そうに呟く。先程の敗戦を引きずっている様子はない。見た限りでは。

 

「あの強個性に、元々備わっていた基礎性能…1番になると宣言する程の事はあるね」

 

僕はその不満を否定しない。彼は学年でもトップクラスの実力者な事は、自他共に認める事実だろう。

 

「あんなのに勝てんの?物間」

 

純粋な疑問のように、拳藤に聞かれたので、正直に答える。

 

「今の試合を見て、“勝てそうだな”と思ったとこだよ」

「…どこにそんな要素が…?」

 

15秒ほどの試合だったが、僕にとって収穫はあった。ちょっとだけ引いた様子の拳藤を横目に、僕は観客席に戻ってきた飯田に目を向ける。

 

緑谷と麗日に迎えられ、朗らかに話す飯田。その時、唐突に彼の体が()()する。

 

「ーーーぶふぉっ!」

「!?な、何?」

 

その姿が滑稽すぎて吹き出してしまい、拳藤を驚かせてしまう。

 

気になってそのまま様子を見ていると、飯田は携帯電話をとり、緑谷達に断りを入れて会場を去っていった。やけに青い顔をしていた。

 

 

「…?」

「あ、出てきたよ茨!」

 

その様子に疑問を覚えるが、隣の拳藤が騒ぎ出し、僕は試合会場に目を向ける。塩崎と常闇の入場が始まったようだ。

 

拳藤が言ったように、塩崎が右の入場口から出てくる。そして、その反対側から出てきたのは常闇踏影。個性《黒影(ダークシャドウ)》と共に、観客に向かって一礼する。

 

両者トップクラスの強個性持ち。一体どちらが勝つのか、とっても見ものだ。

 

それにしても…!

 

「《黒影(ダークシャドウ)》…!めちゃくちゃ格好イイよなぁ。中距離までなら対応できるし、意思を持ってるから、本人が操作(コントロール)する必要も無いし…。いや、でもその分、意思疎通できなきゃ大変だよなぁ。黒色はどう思う?」

 

「……同じ闇に生きる者として、興味はある」

 

「だよねぇ。あぁ、いつか《コピー》してみたいなぁ…!あれなら、影を主成分とした生物とイメージすれば発動するだろうけど。その時は僕の《黒影》も意思を持つのかなぁ。常闇の《黒影》とは違う、僕の《黒影》ができるのかも…!」

 

「はいストップ。悪いとこ出てるよ」

 

隣の拳藤から繰り出される、手加減された控えめなチョップ。ただ不満なのは、これでも充分痛い事だ。

 

「ほら、試合に集中!あんたも応援しなって!」

 

拳藤に言われて、いつのまにか始まっていた試合を見る。

 

見れば、常闇踏影と《黒影》は2手に分かれて、塩崎を翻弄していた。《ツル》を伸ばして常闇本人を拘束しようとするが、如何せんすばしっこい。鳥のような顔をしているからだろうか。背も小さい。

 

「ーー《黒影》!」

『ワカッテルゼ!』

 

「ーーくっ。これでは2人相手しているようなもの…!」

 

常闇の背後へこっそりと忍ばせていた《ツル》を、《黒影》は迅速に処理する。その隙に常闇自身も攻め込む。見事な連携だ。

 

塩崎の弱点は機動力の高い相手に苦戦するという点だ。《ツル》を掻い潜られ、至近距離での1VS1を、塩崎は得意としていない。もしも飯田と戦う事になっていたら、勝つのは厳しいだろう。彼は“機動力”代表みたいなものだ。いや、あともう1人…。

 

塩崎のそんな苦戦してる姿に、拳藤は焦って立ち上がる。

 

「あぁ!押されてるよ、物間!」

「まぁ、押されてるね」

 

見ればわかる。ただここからは声援を送る事しかできない。焦っても状況は良くならない。

 

状況を変える事ができるのは、あの場にいる本人だけだ。

 

「ーーー閃きました」

 

そう呟いて、塩崎は目を瞑る。祈るように手を組んで集中する。

 

『どーしたB組塩崎!?動きが止まったぞ!?』

 

塩崎はどこかの硬いだけのバカと違って、考える頭を持っている。僕は頷く。

 

「ーーーそうだ」

 

相手を拘束する為に、《ツル》の“数”で対抗していた塩崎は、作戦を変えた。

 

細めの《ツル》何本かを、まるで自らの髪を結うように、纏めて、まるで1本の《ツル》のようになる。見る限り、細長い紐で作られた“縄”の構造を参考にしたのだろう。

 

「ーー手数より、力ですね」

 

その行動を何回か続け、頑丈な《ツル》が生成される。

 

細長い《ツル》で《黒影》の行動を制限する。拘束する事は難しくても、動きを制限させる事は可能だ。

 

「ーー!不味いっ、避けろ《黒影》っ!」

『無茶ッ、イウナァ!』

 

「ーーー喰らいなさい」

 

先程までとは違う、“威力重視”の攻撃に、《黒影》は大ダメージを負う。

 

「《黒影》ーーっ!」

「次は貴方です」

 

焦った常闇が声をあげる。が、その焦りを塩崎は静かに咎める。息をつく暇もなく繰り出される《ツル》に、なす術もなく拘束された常闇は、苦しそうに呟く。

 

「っ…降参だ」

 

『常闇君、降参!塩崎さん、準決勝進出!!』

 

歓声が沸く。これで、一つ目の準決勝のカードは、爆豪vs塩崎に決定だ。

 

「こ、こんなに強かったの…?あの()

 

拳藤が、唖然とする。正直言って、僕も驚いている。

 

塩崎はこの体育祭の中で、また一つ成長している。今までの塩崎なら、この試合も、自慢の“制圧力”で勝とうとしていただろう。

 

ただ、それに拘らず、《ツル》を使って“威力”に着眼点を置いた。この場でそれが《黒影》に効果的と悟って。

 

その、一工夫。

 

「こーいうのだよ、こういうの!」

 

「!?」

 

隣のビクッとする拳藤を無視し、近くで塩崎の勝利を無邪気に喜んでる男の首根っこを掴む。無様にも腕相撲で負けた男の。

 

「も、物間!やっぱ怒ってんのか!?悪い!謝る!」

「えぇいうるさい!黙ってついてこい!」

 

そのまま僕は鉄哲の首根っこを持ちながら、引きずって歩いていく。

 

途中ですれ違った塩崎に称賛の言葉を送り、僕は鉄哲と共に試合会場まで辿り着く。

 

僕と鉄哲の入場口からは、逆のーー、つまり、僕の正面の入場口から、切島鋭児郎がやってくる。2回戦の対戦相手だ。

 

「物間!よろしくな!…ってアレ、親友じゃねぇか。こんな所で何やってんだ?」

「オレにも全くわからん!」

 

 

試合開始まではまだ少し時間がある。

 

僕はフィールドに登り、ミッドナイト先生と切島に向かって、告げる。

 

「ルール違反とは承知してますが、僕はこの試合、B組鉄哲の個性、《スティール》を《コピー》して臨みたいと思っています」

 

ミッドナイト先生の目が光る。何かを期待しているように見える。

 

「理由を聞きます!」

 

「彼の…敵討(かたきう)ちです…!」

 

僕は目を伏せながら、悔しそうに、そう呟く。

 

まるでクラスメイト想いで、鉄哲の敗北を自分のことのように悔しがり、彼の為に何かをしてあげたい、鳥肌が立つような善人のように。

 

「ーーー許可します!」

 

そして、そんな青春物語を、目の前のミッドナイト先生は好む。先ほどの発目の件でわかったのだが、この人、激アツ展開が大好物なのだ。

 

そして、ここにも1人。

 

「物間…お前、良いヤツだな…!よし!そこまで言われちゃ仕方ねぇ!受けて立つぜ!」

 

…騙した僕が言うのも何だが、この2人ちょろすぎないだろうか。何はともあれ、僕の提案は受け入れられ、《スティール》の使用許可が出る。

 

じゃ、そういうことでお願いします、と言って、僕は後ろで待機している鉄哲の元へ向かう。話は聞こえていただろう。

 

「物間…、オマエ…俺の為に…!」

 

ミッドナイト先生のアナウンスによる変則ルールの説明を聞きながら、僕は呆れる。

…ここにも馬鹿が1人いたか。

 

ただ、それを否定するのも面倒なので、要点を的確に告げる。

 

「君の試合前に、僕がなんて言ったか覚えてるかい?」

 

「あー…。工夫とかなんやら、だったよな!」

 

曖昧すぎる記憶力に怒りを覚えるが、それを必死で抑える。

 

先程の塩崎は、試合の中で戦い方を変えた。その類の一工夫が勝敗を分けた。

 

その重要さを、僕は伝える。この戦いを通して。

 

「君は良くも悪くも単純だ。ただ、搦め手を覚えればもっと強くなれる」

 

鉄哲に向かって断言する。

 

だから、この試合を見て学べ。その為に、特等席まで連れて来たのだから。

 

「わかったかい?」

「オウ!期待してるぜ!」

 

本当にわかってるのかどうか怪しい鉄哲が、拳を突き出す。もうすぐ試合が始まる。そろそろ《コピー》してもいいだろう。

 

「…ふん」

 

僕は鉄哲と同じように拳を突き出し、コツンとぶつけ、《コピー》を発動させる。

 

ふと視線を感じたのでそちらを見ると、ミッドナイトがうっとりとした目でこちらを見ていた。

 

ええいやめろ、そんな『青春ねぇ…』みたいな目で見るな。恥ずかしくなる。

 

 

⭐︎

 

『それではこれより、B組物間くんと、A組切島くんの試合を始めます!ーーーー開始!!』

 

開始と同時に、僕と切島は駆け出す。お互いの距離は縮まり、拳を握る。

 

「やっぱお前、意外とアツイ男じゃねぇか!爆豪が言ってた印象とはだいぶ違うぜ!」

 

爆豪が僕の事をどんな風に言ってたのかは知らないが、ロクでもなさそうだ。僕は切島の言葉に答えず、また一段と距離を詰める。

 

お互いが勢いを殺さず、切島は右の拳を、それに対し僕は左の拳を振りかぶる。

 

「さぁ、来い!殴り合いだ!」

「ーーーそんな訳ないだろう、バカか?」

 

あんな無駄な殴り合いを延々と続ける趣味は僕にはない。

 

さっき鉄哲と拳を合わせたように、お互いの拳がぶつかる。

 

ーーーそして、切島の拳に纏う《硬化》の破片が、飛び散る。

 

その状況に、切島も、観客も、そして鉄哲も目を瞠る。

先ほどの一回戦では、“互角”だったはずが、切島は僕にダメージを与えられていない。

 

「ーーな、なんでだ!?」

 

実際に戦った切島はわかるのだろう。鉄哲の《スティール》よりも、僕の《スティール(コピー)》の方が“硬い”事を。

 

ーーー僕はその動揺を見逃さない。教える義理もない。

 

切島の崩れた体勢を見て、僕は屈みながら懐へ潜り込む。

 

『……《スティール》した部分は銀色に光る。…だからわかりやすいな。物間は拳同士がぶつかる一瞬、()()()()《スティール》を発動させた』

 

呟くような相澤先生の解説を耳にしながら、肘を切島の無防備な脇腹に突き刺す。その一瞬前、僕の()()()()銀色に光る。

 

『…金属には最大硬度がある。どんなに鍛えてもそれ以上の硬度は生み出せない』

 

脇腹の《硬化》された部分が砕け、破片が飛び散る。その破片が、痛みに顔を歪めた切島の目に入ったが、その影響はないようだ。全身の《硬化》なら、目も硬くなるらしい。

 

『だが、本来全身を覆える程の金属を、ある一部分に集中させる。それにより硬度は変わらずとも、質量や重量、密度は全身の場合より遥かに増す』

 

ーーーーだから、“全身”を覆う《硬化》を、“一部”の《スティール》が上回る。

 

《スティール》は身体を鋼のように硬くする個性。だから、僕はできると確信していた。この、“一点鋼化”を。

 

『…俺好みの、無駄をなくした《スティール》の使い方。合理的だな』

 

「ーーーげほっ!そんな簡単な事じゃねぇ…それは…!」

 

痛みに顔を歪め、脇腹を押さえながら驚きを隠さず呟く切島。まぁ、彼の言うことも一理ある。

 

戦いの最中に、あらかじめ相手がどこを狙ってくるかを予測し、そこを“一点鋼化”する。

しかも、全身を覆う量の金属を思い浮かべ、その全てを一点に集中させる、という特殊なイメージの過程を通る。戦闘中にそこまでの余裕は無いかもしれない。

 

ーーーただ、使いこなせれば強い。

 

馬鹿で単純な鉄哲と切島は、“考えながら戦う”事を苦手とする。だから《個性》を全身に使う。

 

つまり、それが出来れば格段に強くなれる。ーーーこれが、工夫だ。

 

痛みがおさまったのか、切島はまたもや拳を握って殴りかかってくる。あくまで殴り合いをご所望のようだ。

 

もちろん、それに付き合うつもりはない。

 

単純だからこそ狙いも分かり易い。顔を横にずらして拳を躱し、その腕を両手で掴む。背負い投げしようと思ったが《硬化》してる分重い。ので、背負い投げの振りをして意識を取られた隙に足払いをかける。

 

「ーーー!?」

「もう一つ、《個性》の使い方を教えてあげよう」

 

 

ガン、と硬い音を響かせながら倒れ込む切島の首に腕を回し、所謂袈裟固(けさがた)めの体勢になる。

 

「ぐっ、こんな拘束…!」

「この《個性》は殴るだけじゃないんだよ」

 

暴れ回る切島に構わず、僕は上半身に対し《スティール》をかける。僕自身の柔道の技術(スキル)に加え、《個性》の力が組み合わさった合わせ技だ。そう簡単に抜けられはしない。

 

「く…降参だ…!」

 

それを悟ったのか、悔しそうに口を開く。これで、決着。波乱が起きる余地もない、僕の完勝だ。

 

『切島君、降参!物間君、3回戦進出!!』

 

さぁ、これで僕は《個性(コピー)》を使いこなせる事を証明した。自分自身の技術(スキル)や強さも。この、一、二回戦を通して。

 

ーーーーこれでもまだ、足りませんか?()()()()()()

 

観客席のどこかでこの試合を見ていたであろうNo.2ヒーローに向かって、心の中で問いかける。

 

「負けたよ、物間。完敗だ!」

 

悔しそうにしていた切島が、僕に握手を求める。それを断るほど人としての何かを失ってはいないので、応じる。

 

「またいつか、リベンジさせてくれ!」

「…君が、もう少し賢くなったらね」

 

“考えながら戦う”力を身につけたら、また相手してもいいが、ただ馬鹿と試合するのは疲れるだけだ。

 

それを正直に言うと、意外にも切島は嫌な顔一つせず、笑顔で口を開いた。

 

「やっぱお前、爆豪の言った通りの奴だった!」

 

その内容が、ちょっとだけ気になった。

 



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ただの体育祭ですよ

連続投稿です


「醜態ばかりだな焦凍。左の力を使えば障害物競走も騎馬戦も圧倒できた筈だろ。ーーーー無論、一回戦の相手もな」

 

「いい加減子供じみた反抗をやめろ。おまえにはオールマイトを超えるという義務があるんだぞ」

 

「わかっているのか?兄さんらとは違う、おまえは最高傑作なんだぞ!」

「それしか言えねえのかてめぇは…!」

 

無視し続けるのも限界だった。思わず声が出る。

 

「お母さんの力だけで勝ち上がる。戦いでてめぇの力は使わねぇ」

 

そんな俺の言葉を聞くと、目の前の男は深いため息をついた。それが、いつものため息とはどこか違う事に気づいた。

 

まるで、何かを諦めたかのように、そして、何かを受け入れたかのように。

 

 

「今は通用したとしてもすぐ限界が来るぞーーーー()()()、な」

 

妙に含みのある言葉が、何故か気にかかったが、すぐに目前の2回戦に集中する事にした。

 

 

 

⭐︎

 

特に波乱もなく圧倒的な氷結で終わった、2回戦最後の試合、轟VS芦戸の試合の後。

 

軽く休憩を挟み、満を辞して開始された、準決勝1戦目。

 

塩崎茨vs爆豪勝己。これまでの功績も他と群を抜いて素晴らしい2人の対戦に、誰もが注目した。

 

そんな観衆の期待に応えるように、戦いは熾烈を極めた。

 

無数ともいえる《ツル》をフィールドに張り巡らせ、迎撃する塩崎。

 

縦横無尽に《爆破》で移動し、塩崎を翻弄する爆豪。

 

大きな《爆破》が起こる度に、観客は声をあげる、今やテンションは上がりまくっている。

 

その声を喜ぶかのように、爆豪は終始笑みを浮かべている。

 

「…最ッ高だぜ!イバラ女!」

「…っ!不愉快です…!」

 

元々機動力の高い相手には不利な塩崎。それでも爆豪の猛攻を何とか耐え凌ぎ、時には反撃する。そうやって、ただ時間が過ぎていく。

 

形勢は、爆豪に傾いている。

 

戦いに詳しくない観客ですら、それを察した瞬間。

 

()()()()()()()()()1()()()()()()

 

「「ーーーーーなっ!」」

 

その姿に、僕と塩崎は声をあげる。塩崎の表情が、明らかに曇る。

 

心なしか威力の増した《爆破》が、完璧に《ツル》の包囲網を崩す。

 

爆豪は、そのまま塩崎の懐に入り込み、爆風で吹き飛ばす。

 

『ーーー塩崎さん、場外!よって爆豪君、決勝進出!!』

 

そして、会場は盛り上がる。

 

こうして爆豪勝己は一足先に、最終決戦への参加券を手に入れた。

 

⭐︎

 

 

「面目ないです…」

「いや、仕方ないって、凄かったよ茨!」

 

しゅん、と落ち込む塩崎を、拳藤が必死で労う。その姿に、僕は声をかける。

 

「いいんだよ塩崎。拳藤と鉄哲なんて一回戦負け、その他は予選落ち。誰も責めないさ」

「あ、アンタねぇ…」

 

まぁ、責めてるのは自分自身だろうけど。

 

「最後の爆豪さん…余力を隠していたのでしょうか」

 

塩崎には、最後のギアが上がったかのような爆豪のスピードが、そう見えたのだろう。

 

「えぇ…アイツも?」

()とは…他に誰か?」

 

「多分それは違うよ、塩崎」

 

少し困ったような顔をする拳藤とそれに疑問を呈す塩崎に対し、僕は否定の言葉を告げる。

 

「実は機会があって僕は《爆破》を使った事があるんだけど…。あれの源は掌からの“汗”なんだ。それがニトロみたいな役割を果たしている」

 

いつかのB組教室で行った“実験”を思い出し、《爆破》のメカニズムを説明する。ちなみにこの情報も、僕が《爆破(コピー)》を使う際のイメージに必要となる。

 

「…なるほど、そういう事だったんですね」

 

さすが塩崎、察しが速い。

 

「…あぁ、“代謝”が良くなった、って事?」

 

遅れて気付いた拳藤に対し、僕は頷く。

 

「まぁ、そういう事だろうね。長期戦になると身体が温まる。その分掌の汗の量が増す。そういう仕組みだ」

 

「今思えば、飯田さんも長期戦を嫌ってましたからね…」

 

開始直後のレシプロ・バーストで試合を決めに行った飯田を思い出しているのだろう、納得の表情を浮かべる塩崎。

 

ずっとあの試合展開が気にかかっていたのか、少しスッキリとした表情を浮かべる塩崎。

 

「…そういえば」

「ん?」

 

まだ他に気になっていた事があったのか、僕に向かって塩崎は口を開いた。

 

「先程の物間さんの試合なんですが、どうしてわざわざ鉄哲さんの《スティール》をしたんですか?ルールを変えてまで」

 

…流石塩崎、鋭いな。普通は気づかないだろう、そんな細かい事。

 

「ーーA組の切島さんの《硬化》でも、戦えましたよね?」

「あ…。」

 

拳藤が、今気付いたかのように声を漏らす。

 

その通り。僕がただ切島に勝つだけなら、わざわざ注目を浴びてまで《スティール》に固執する必要はなかった。なぜなら、《硬化》でも勝てるから。

 

鉄哲に《個性》の使い方を見せる目的だったとしても、ただでさえ似ている《個性》。《硬化》でも充分に彼は学ぶ事ができる。

 

「…何か、理由があるんですね?」

 

僕の表情を見て、苦笑いしながら察する塩崎。おっと、顔が緩んでたかもしれない。悪い感じで。

 

当たり前だ。僕が鉄哲の為にあんな面倒くさい事する筈がないだろう。

 

勿論、自分のため。

 

もうすぐ始まる準決勝2試合目の為の、布石だ。

 

僕は曖昧に笑って誤魔化し、試合会場へ向かう為観客席から離れる。

 

答え合わせは、実際に見てもらった方が早いだろう。

 

 

 

⭐︎

 

先程の試合の熱が冷めやらぬまま、観客は興味津々の目を僕らに向ける。

 

『さぁ、準決勝第2試合!先程の敵討ちで評価爆上がりのB組物間VS(バーサス)!ーーここまで圧倒的強さで勝ち進んできたエリート、A組轟だァ!』

 

「それでは両者、準備はいいですか?」

 

フィールドに立った僕と轟焦凍は、向かい合う。言葉は交わさない。

 

ミッドナイトが僕ら2人に向かって、確認をとる。

 

「ーーーすいません、ちょっといいですか?」

 

そこを止める。タイミングは今しかない。ここからは、僕の時間だ。

 

観客の視線が、僕の上げた手に注目する。目の前の轟も、怪訝な顔で僕を見る。

 

「悪いんですけど、この試合も、ある人の《個性》で臨みたいんです。あ、勿論、轟くんやミッドナイト先生が良ければ、なんですけど」

 

「つまり、先程の様な変則ルール、という訳ね。となると…次は、拳藤さんの敵討ちかしら!?」

 

どうやら僕の事を気に入ってくれた様子のミッドナイトが、期待したような顔でこちらを見る。僕はその顔に向かって、ニッコリと笑顔を向けながら、後ろで待機してるであろう人を手招きする。

 

ここで姿を現すかどうかは僕にもわからなかった。ただ、これまでの試合を見て、僕があの人の《個性》に見合う存在だと、できる限りの証明はしたつもりだ。

 

だから不思議と“来る”確信はしてたし、実際にそうなった。

 

 

 

ーーーーーその瞬間、会場の雰囲気が変わった。

 

 

 

期待に満ちたミッドナイト先生の笑顔が、固まる。

観客席の人々は、言葉を失う。

正面にいる対戦相手は一瞬呆気にとられ、雰囲気がさらに刺々しくなる。

 

そう、No.2ヒーロー、エンデヴァーの存在に。

 

「この人です」

 

静まりかえった会場に、僕の声はよく響いた。

 

 

⭐︎

 

「ま、待って。…物間くん?流石にそれは…ねぇ?」

 

青春展開を期待していたミッドナイトは、冷や汗を流す。事態が大事(おおごと)になる事を察したのだろう。

 

ミッドナイトの曖昧な問いかけに答えない僕を見て、彼女はターゲットを変えた。

 

「…エンデヴァーさんもいいんですか?彼に《個性》を貸しちゃって」

 

「…なに、俺は触られるだけだ。特に問題はない。…()()、な」

 

エンデヴァーは含みを持った目をこちらに向ける。僕はその視線を受け流しながら、会場を見わたす。

 

事態を把握した人々が増えて、ざわつき始めた。

 

僕らの様子を見て、ミッドナイトはエンデヴァーが了承済みと悟る。だから、目標(ターゲット)を変える。

 

「と、轟君はどう?彼の提案は受け入れられるかしら?」

 

それはそうだ、僕が言った事なのだ。ーーー轟君やミッドナイトがよければ…と。当然この提案には、轟焦凍の意志も必要だ。

 

念には念を入れて、僕は轟に向かって口を開く。

 

「…そうですね。轟くんがお父さんの《個性》とは戦いたくないって事なら、僕も諦めるよ」

 

猫を被りに被った、善人ぶった発言ーーのように見えて、悪魔のような挑発だ。

 

ーーーある男の野望をブチ壊す為だって。

ーーー右だけで1番になると言い張る、ただの反抗期だ。

 

拳藤が聞いた情報。エンデヴァーから聞いた家庭事情。

 

ーーーー知ってるかい、轟。1番になる為には、No.2を超えなくちゃいけないんだぜ?

 

「…オレは構わない。誰の《個性》でも」

 

轟焦凍(じぶん)のプライドを懸けて、この提案には乗るしか、選択肢は無かった。

 

頼みの轟も了承し、ミッドナイト先生は焦る。これで、両者の合意を得た。

 

本音を言えば、僕の提案は棄却したいだろう。この僕のワガママを受け入れてしまうと、この本戦の公平性が著しく損なわれる。

 

それなら、自分のみの判断で、提案を受け入れないと宣言するか?

 

「……」

 

だが、それは簡単にはできない。何故なら、()()を作ってしまっている。

 

芦戸三奈と発目明の試合。

物間寧人と切島鋭児郎の試合。

 

そこで変則ルールを認め、後者に関してはこの提案と然程変わらない内容だ。ただ、《コピー》する相手が、生徒か、それ以外か。

 

いや、ヒーローの卵か、ヒーローか。

 

その微妙なラインで一方的にこの提案を切り捨てられない。

 

ただ、内心で焦っているミッドナイトは、気づいていない。

 

僕はもう一度観客を見渡し、彼女はそんな僕の行動を真似する。そして、気付く。

 

「………!」

 

そう、この迷っている間にも、状況は刻一刻と変化している。

 

「…なんだよ、それ、面白そうじゃねぇか!」

「親子対決ってこと!?」

「轟が苦戦する所も観れるかもな!!」

「…こういう事ですか、物間さん」

 

状況を完璧に理解した観客は、一部を除いて一貫している。

 

“見たい”。

 

その雰囲気になる事は、エンデヴァーがこの表舞台に姿を現した時から、決まっていた。

 

ここで、無理やり提案を取り消したとなると、ここまで盛り上がってきた雰囲気を壊してしまう。“前例”を使って不満をあげる人もいるだろう。

 

もはや、観客(ギャラリー)は僕の味方だ。

 

なぁに。

 

()()()()()()ですよ、ミッドナイト先生」

 

ーーーだから、雰囲気は大事ですよね?

 

そんな僕の声に、観念したようにため息をつくミッドナイト。僕はその姿を見てニヤリと笑う。するとすぐ睨み付けられた。

 

彼女はマイクを持って、宣言する。

 

『ーー許可します!』

 

当然、観客は盛り上がる。よし。僕は隠れて拳を握る。

 

 

そんな騒がしい声に紛れて、目の前の轟が僕に向かって呟く。不機嫌な姿を、隠そうともしない。

 

「…どういうつもりだ」

 

僕は笑いながら、答える。

 

「親子対決ーーーいや、親子喧嘩のつもりだよ」

 

からかったように呟く僕を、轟焦凍は睨みつけた。

 

さぁ、これで役者は出揃った。僕の思い描いたシナリオ通りに。

個性《コピー》を持つ僕だからこそ、いや、僕にしか書けない台本だ。

 

大観衆の中行われる雄英高校体育祭、準決勝2試合目は。

 

この僕、物間寧人の《ヘルフレイム》VS(バーサス)轟焦凍の《半冷半燃》の、()()親子喧嘩だ。

 



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大嫌い

確かあれは、中学の頃だった。

高校受験の英語の勉強の片手間に、

今や平和の象徴で不動のNo.1ヒーロー、オールマイトの名前の“意味”を知った。

 

Almight(オールマイト)《ɔːlmάɪṭi》全能の、全能者。

 

まさに“最強”を表すヒーロー名を、僕はおぼろげにだが、カッコいいな、と感じた。

 

ーーーーただそれ以上に、続けて調べたNo.2のヒーロー名について不思議な違和感を感じた事は、はっきり覚えている。

 

 

「…これでいいのか?」

 

 

そんな事を思い返しながら、僕はエンデヴァーの筋肉質の肩から手を離し、問いかけに頷く。そして、僕の中に《ヘルフレイム》が宿ったのを、なんとなく感じ取る。

 

ただでさえ僕の提案で待たせてしまっているのだ、あまり彼と話している時間はないだろう。

 

「えぇ。約束は守りますよ」

「…ふん。最初(ハナ)から期待はしていない」

「でも、現状を変えたいからここに来たんですよね?」

 

大の大人が高校生と“約束”というのが恥ずかしいのか、素っ気ない態度を取るエンデヴァー。

 

『ーーーエンデヴァーさん、もし良ければ、詳しい話を聞かせて貰えませんか?』

『…なんだ小僧。別にお前に教える義理はーー』

 

『僕の《個性》、知ってますよね?あぁ、そういえば、さっきの緑谷君は轟君と決勝で当たるけど、僕は順当に行けば準決勝で当たるんです』

 

『…何の話だ?』

 

『ーーー《個性》、()()()()()()()。その代わり、貴方の息子さんの“反抗期”を終わらせる事を、()()しましょう』

 

そんな、約束。

 

つまり今僕には、轟焦凍にただ勝つだけではなく、“左側”を使わせるというミッションが課されている。

 

まぁ、実は、このミッションをクリアさせる自信はあまりない。…というより、別にこの約束を反故にしても僕に実害は無いので、そこまで考えていない。ただ轟父子(おやこ)両方に嫌われるだけだ。

 

ーーー僕としてはこうして《No.2の個性(ヘルフレイム)》を使える事自体が幸せだし。

 

「ただ、あぁ…拳藤にはっきり言っちゃったしなぁ…。…仕方ない」

「物間くん!そろそろ試合を始めますよ!」

「はぁ…エンデヴァーさん」

 

『全力の轟を倒す』…自分の言葉を思い返しながら、ため息を吐く。ミッドナイト先生が急かしてくるので、僕はエンデヴァーに向かって言い逃げする。

 

この言葉が、どう転がるかはわからないけど。

 

「もし試合が中断になりそうだったら、それを止めて下さい。…あと、父親らしく、轟君の応援でもするといいと思いますよ」

 

 

 

⭐︎

 

()()()こんなもので倒れていてはオールマイトはおろか雑魚ヴィランにすら!』

『やめてください!まだ5つですよ!』

『もう5つだ!邪魔するな!』

 

思い出すのは、忌まわしい幼少の記憶。

この頃からだった。母親は病院に入れられ、本格的に父親を嫌うようになったのは。

 

そして、俺は今、当時のように。

 

「………ぐっ!」

 

ーーー膝をついて、顔を歪めながら、燃え盛る真っ赤な炎を見上げている。

 

『………』

 

つい試合が始まる前まで騒がしかった実況も、観客席の声も無い。もはや、火の海と化したフィールドの真ん中で佇む1人の少年に、目を奪われていた。

 

試合が始まって2分が経った頃だろうか。

 

もはや勝敗は、ほとんど決していた。

 

「ーーーしみじみ思うよ、《個性》には相性がある。()()君と()()僕じゃあ、100回やっても勝敗は変わらない」

 

ーーーそれ程までに、圧倒的な差。氷と炎の、相性の悪さ。

 

もう、何度炎をモロに浴びたかわからない。それでもまだかろうじて耐えているのは、自分の“右側”のお陰に他ならない。

 

だが、もはや立ち上がれない程の満身創痍だ。

 

「ここにいる観客(ギャラリー)もそれを察している。見ろよ!さっきまであんなに盛り上がっていたのに、今やお通夜みたいじゃないか?笑えるよ」

 

「けど、何故か、皆まだ何かに期待してるように見える。ここから巻き起こる、大どんでん返しに」

 

絶えず炎を身体に纏わせている少年ーー。

 

物間寧人が、両手を広げ、薄く笑う。

 

「さぁ、この状況を覆す事なんて、出来るのかなぁ?」

 

「テメェ…!」

 

所々痛む火傷に苦しみながら、思わず俺は苛立ちの声が出る。どんなに右側で身体を冷やしても、それを上回る熱量。火傷の痛み。

 

悔しいが、俺の“氷結”は、なす術もなく蒸発させられちまう。

 

そして薄々気付いていたが、コイツは俺に“左側”を使わせようと画策している。今のくだらない煽りも、その一種だ。

 

「…金でも握らされたか?ムカつくな…!」

 

詳しい事はわからないが、コイツはあのクソ親父の仲間みたいなものだ。そんな奴に歯が立たない自分にも、腹が立つ。

 

 

「ーーーームカついてんのはどっちだ、って話だよ」

 

静かに、フィールド一面を覆う炎の熱量が増す。

 

煽りは諦めたのか、無表情でこちらを見下ろす物間。

 

「この《個性》は、()()。使ってみて実感するよ。流石No.2まで登り詰めた《個性》だよ。()()もしてるし、使い方も豊富だ」

 

「ーーーただ悲しいかな。それと同時に“弱点”もわかるんだ」

 

それは、《コピー》を持つ物間寧人にしか出来ない、弱点の暴き方。

 

「超高温の炎を連続使用すると身体に熱が篭り、身体機能が低下していく。そしてそれを今、実際に感じているよ」

 

どんな《個性》でも万能ではない。強い点もあれば弱い点もある。

 

「ーーそしてこれは、君の“右側”にも言える事だ。ウチの学級委員長は気付いたよ、君も同じ様に冷え続けた時、身体機能は低下する」

 

「………」

 

そして同時に、()()俺の弱点を、的確に指摘する。

 

「…僕はね、クラスメイトは()()、人生を懸けて挑んできた普通科の少年、これまで戦ってきたA組の2人、()()()()()()()()ここに立っているんだ」

 

物間寧人は、感情を、怒りを()()()。炎が揺らめく。

 

「そうやって辿り着いた()()で、君みたいな半端野郎と戦ってるんだ。ムカついても仕方がないだろう?」

 

「ーーーあぁ、“左の力を使わずに1番になる”、だっけ?…よく言えたものだねぇ、()()()()の力で」

 

コイツが言ってるのは、正論だ。勝者と敗者の立場から考えても、この場において不適切なのは間違いなく俺だ。

 

「うるせぇ…。借りモンの《個性》の癖に…!」

 

そんな冷静な思考とは裏腹に、視界にどうしても映る一面の炎が、俺の感情を苛立たせる。ガキみたいな言葉が、口から漏れる。

 

「ーーーあぁ、その通りさ。()()()()()僕はまたムカつくんだ。“借りモン”の《個性》じゃない、君自身の《個性》が可哀想で仕方がない」

 

「だってそれはーーー、君の、《個性(ちから)》じゃないか」

 

まるで《個性》を人間とでも扱っているかのような物間の言葉。それに呼応するように、炎の勢いが増す。

 

俺の…《個性(ちから)》。その言葉は不思議と胸に落ちた。そして、ドクン、と“何か”が拍動した気がした。

 

その“何か”を否定するように、俺は首を振る。

 

「…ち、()()…!俺は、親父を見返す為に……!」

 

「ーーーーー()()()()()()()()?」

 

俺は言葉を失う。何を問われたのか、全くわからなかった。

 

「あぁ、()()()()()。君はずっと、僕を見ているようにみえて、()()()()()。僕の後ろにいる、エンデヴァーを見てるんだ」

 

「ーーーあぁ、本当に不愉快だ…!虚仮にされた気分だよ。ここまで来た“過程”を…!」

 

物間の言葉に、()()()()()。それに呼応するように、周囲の炎の熱を増す。

 

「ーーーなりたい自分(ヒーロー)になる為の、僕の“努力”を…!」

 

「………!」

 

ーーー()()()()()()()、なる為。

 

何故かその言葉を、聞いた事がある。いつの間にか、忘れてしまった言葉を。

 

どこかで、昔。

 

『いいのよ、お前は』

 

ーーー血に囚われる事なんてない。

 

『ーーーーーなりたい自分に、なっていいんだよ』

 

あぁ、なんで忘れていたんだろう。そんな、優しい声を。

 

自分の、原点(オリジン)を。

 

「…説得は失敗、か。悪いね、拳藤」

 

そう諦めたように呟いて、物間は右の掌をこちらに向ける。炎が、来る。

 

未だ片膝をつき満身創痍の身体は、動く気配が無い。氷結だけじゃ防ぎ切れない。なら、どうする?

 

決まっている。

 

とどめの一撃、と言わんばかりの真っ赤な炎が、俺を襲う。

 

「ーーーーーッ!!!!」

 

瞬間、ただでさえ高まっていた会場の“熱”が、増す。温度が、上がる。

 

ーーーーー()()()()

 

そうだ。思い出せ。

 

「俺だって…!ヒーローに…!!」

 

「…はぁ。遅いんだ…よ…はは…」

 

相殺された炎が晴れ、俺は物間寧人と()()()()()()目を合わせる。こんな俺に真摯に向き合ってくれた、感謝すべき男と。

 

さぁ、勝負はここからだーーー。

 

「……………は?」

 

ドサっと。

 

その瞬間、物間寧人は膝をついて、倒れ込んだ。

 

絶えず炎を身体に纏わせてーーーいや、()()

 

遅れて、俺は気付いた。先程物間が言った言葉を思い出す。

 

 

『超高温の炎を連続使用すると身体に熱が篭り、身体機能が低下していく』

 

『ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ただ話しているだけなのに、超高温の炎を使用する必要は、無い。

 

それでも、思い返せば、物間寧人は炎を()()放出していた。

 

それはなぜか?…考えられる理由は1つ。

 

ーーーー物間寧人は、《ヘルフレイム》を制御(コントロール)出来ていない。

 

物間が倒れ込んだのに関わらず、フィールドを覆う炎は熱量を増した。まるで、意思を持っているように。

 

 

⭐︎

 

 

ーーーーあぁ、マズった。

 

轟と会話し始めた時から、僕は《ヘルフレイム》を制御できていない。

 

意識が朦朧とする。もはや、轟と何を話していたのかも思い出せない。身体に溜まっていく熱が、考える事を許さない。

 

ここだけの話、轟に告げた言葉は全て無意識の、反射の言葉なのだ。まぁ、僕は口が回るし、実際何とかなったらしいので良しとする。

 

身体に鞭を打って思考を回し、なんとか現状を打開しようとする。

 

何が原因だっただろうか。

 

僕の“炎”のイメージとして、“怒り”という感情を使ったからだろうか。確かに、少し軽率だったかもしれない。

もっと冷静に、純粋な“炎”をイメージすればよかったのだろうか。

 

…わからない。ただ()()僕に《ヘルフレイム》は力を貸してくれない。それだけは確かだ。

 

いくら止めようと思っても、もう炎は止まらない。一度見せた隙を、《ヘルフレイム》は逃さない。

 

身体に籠もった熱を外に出そうと、脳が無意識に《ヘルフレイム》を発動する。ただその狙いとは裏腹に、身体は更なる熱を溜める。完全な悪循環。

 

あぁ、流石No.2の《個性》だ。そこら辺の《個性》とは、格が違う。僕なんかに扱えるシロモノじゃなかった。

 

もはや倒れ込んだ身体は動かない。

 

もう、僕に何とかする力はない。

 

あぁ、ダメだ。このままだと、戦闘不能と見なされて、試合が終わる。

 

 

それどころか、最悪、《個性》に焼き殺されるかもしれないな、なんて、あながち冗談とも言えない事を考えながら僕の身体は“燃える”。

 

 

燃えて、燃えて、燃えて、燃えて、燃える。

 

 

もはや、抗うことをやめた。

 

 

僕が《個性》を燃やしていたんじゃない。

 

僕が《個性》に()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

…なら、いい。思う存分、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーそうして辿り着いた先に、()()()はいた。見つけた。

 

《個性》に燃やされ続けて、身を委ねたその先に。

 

“現実”の僕の身体は動かないし、“現実”の僕の目は何も見えていない。

 

だから、ここからは“想像”。

 

そんな“想像”の中で、確かに僕は手を伸ばし、感じる。

“触れた”と。

 

 

それはいつだって、僕の《個性》の引き金(トリガー)

 

()()()()()()、と確信した。

いつの時代だって仲良くなる為に必要なのは、会話(コミュニケーション)だ。

 

轟焦凍とはもう会話した。

だから、()()()()()()()、《ヘルフレイム》。

 

お前を制御する為には、この“過程”が必要だ。

 

“《個性》と会話”。そんな荒唐無稽な話を現実にする現象を、僕は知っている。

 

「ーーーーー“同調(シンクロ)”」

 

 

その瞬間、場面は切り替わる。

 

 

⭐︎

 

真っ黒な空間。

 

気付けば僕は、そこで立ちすくんでいた。

 

ーーーーー…は?

 

声を出したつもりが、出ていない。

どういう事かと自分の現状を確認する。

 

鼻から下の、本来あるはずの身体は影のような黒いモヤに覆われていた。先程まで籠もっていた身体の熱もない。

 

ーーーーーなんだ、これ。

 

疑問は無限に生まれてくる。けど、そんな僕に構わず、()()()()()()()。年季の入った、大きめの屋敷の1室だ。

 

『ーーー…誰よりも、強くなりたい』

 

ーーーーー誰だ、このオッサン。

見覚えがない中年の姿に、思わず“出ない声”が出る。

 

しかし次の場面切り替えを経て、その正体を理解する。

 

それは、“炎”で(ヴィラン)を退治する姿。

 

No.2ヒーロー、エンデヴァーの姿だ。

 

今から十数年程前だろうか、それでも、まだ中年感は拭えない。

 

ーーーーーなるほど。

 

少しずつ、理解していく。僕は今、《ヘルフレイム》と“同調(シンクロ)”して、エンデヴァー…いや、轟炎司(とどろきえんじ)の人生の一部を辿っている。

 

僕はそれを、瞬きする事なく見る。《ヘルフレイム》を“知る”為に。“イメージ”する為に。

 

 

『ーーー“赫灼(かんしゃく)熱拳ヘルスパイダー”…観念しろ、(ヴィラン)

 

五指から炎を糸状に放射し、敵を拘束するNo.2ヒーロー。

 

ーーーーーへぇ。

 

その姿を見て、僕は思わず感嘆する。そういえば、エンデヴァーは事件解決数はオールマイトを超えて、史上最多という記録を持っている。

 

その事実も頷けるほどの、立派な手腕だった。

 

そしてまた、空間は変化する。

 

次は、筋トレなどの風景。ただの日常的な鍛錬の姿。僕は、《コピー》する為に触ったエンデヴァーの肩を思い出す。

 

オールマイトに負けず劣らずの筋肉。当然、生半可な鍛錬で手に入れられるものではない。

 

場面は何回か、似たような鍛錬の風景を続ける。

 

それはまさしく、“努力(エンデヴァー)”の人生だった。ただ、その結末を知ってる僕は、無性に悲しくなる。万年No.2という結果を。

 

 

そして僕は、その人生を辿る。

 

『ーーーーー立て、焦凍』

 

間違った、努力(エンデヴァー)の人生を。

 

 

『立て、焦凍。お前はこの技を習得しなければならない。俺から逃げるな。()()から逃げるな』

『うぅ…』

『燈矢は惜しかった。俺以上の火力を備えているのに、冷の体質を持ってしまって…。あいつは惜しかった』

 

『ーーーお前だ焦凍。ようやく、お前だけがこの技を!俺の野望を完遂できる!』

 

ーーーーーもう、いいよ。《ヘルフレイム》。これ以上は、もういい。

 

本心だった。もう充分だ。

 

これ以上、この記憶は見たくない。

だって。

 

ーーーーーその技は、僕が“真似(まね)”していいモノじゃない。

 

ーーーーーそれは、轟焦凍本人が、全てを乗り越えて習得すべき技だ。

 

ーーーーーだから、まず今、その一歩目を、()()()()()

 

《ヘルフレイム》が、頷いた気がした。

 

そして、僕は“現実”へーーーーー。

 

 

⭐︎

 

 

倒れていた身体を、起こし、状況を確認する。

 

試合は、まだ終わっていなかった。というより、僕の負けを決定しようとする間際を、僕の言った通りにエンデヴァーが止めているらしかった。

 

『なんで止めるんですか!?エンデヴァーさん!』

「うるさい!やっと焦凍が己の力を受け入れた所なのだ!邪魔をするな!」

『いや邪魔というか…!どちらというと貴方が…!!』

 

「…すいません、もう、大丈夫です」

 

僕は苦笑いしながら、怒り心頭のミッドナイトに無事を伝え、轟焦凍に向き直る。

 

何とか立ち上がってフラフラの轟は、僕に心配そうな顔を向ける。対戦相手に向ける顔じゃないな、全く。

 

僕はそれに、フィールドと僕、それぞれを暴走するように覆っていた炎を、自分の意思で消す事で応えた。

 

もう、心配はいらない。

 

「……試合、続けます」

『え、えぇ!?』

 

轟が、ミッドナイト先生に告げる。轟本人が認めたのだ、当然試合は続行。

 

ただ、僕も轟も、満身創痍。

 

だから、考える事は同じだった。

 

ーーーありったけの全力の、一撃を。

 

僕らは同時に、大技の準備を始めた。

 

 

今の満身創痍の僕の全力は、本来(オリジナル)のエンデヴァーの全力の足元にも及ばないだろう。

 

それはつまり、手加減なんて出来ない状況を意味する。好都合だ。

 

 

僕は自身の熱を、()()まで引き上げる。

 

足りない。もっと、燃やせ。己を燃やせ。

燃やされるんじゃない、()()()

 

ーーーーー力を貸してくれ、《ヘルフレイム》。

 

僕はあの“同調(シンクロ)”を通して、僕が《ヘルフレイム》を制御できない理由に辿り着いていた。

 

ーーーーー認めないと、ダメだよな。

 

中学の頃、英語辞典で見たあのページ。

 

Endeavor《ɪndévɚ》()()

 

その意味に、違和感を覚えていた。

 

ーーーーーそれが、“主”を馬鹿にされたように感じたんだろ?

 

大丈夫、お前のお陰でわかったよ。ただ、()、道を踏み外してるだけだ。それまでの轟炎司の人生はまさしく“努力”だ。

 

そして、多分これからも。

 

ーーーーーこれは、轟焦凍を救う為の戦いじゃない。

 

ーーーーー自分を見失った父子(おやこ)を救う為の戦いだ。

 

だから、力を貸してくれ。

 

()()()()()。身体が悲鳴をあげる。けど、悪い気分じゃない。

 

ーーーー不思議と、周りの様子が確認できた。

 

「そうだ!ここからがお前の始まり!俺の血をもって俺を超えて行き俺の野望をお前が果たせ!!」

 

僕の言葉通りに、息子に声援を送っているのだろうか。いや、あれはただの歪んだ親バカだな。

 

「ーーーー負けるな!轟くん!」

 

轟家の家庭事情を知っているであろう、緑谷の声。おや、僕に味方はいないのか?

 

「物間さん……!」

「アツくなれぇぇぇぇェエ!!」

「物間っ…!ぶちかませっ!!!」

 

そう少し悲しんでいると、聞こえてくる。騎馬戦を共に乗り越えた、僕の親友らの声。

 

あぁ、最高だ。

 

その声援に応える為に、僕は更に自分を燃やす。

身体に、熱を溜め続ける。歓喜を、怒りを、哀しみを、感情を、自分のありったけを燃やし続ける。

 

ついにそれも、()()を迎える。

 

ーーーーーまだ、だ。《ヘルフレイム》。

 

ーーーーーウチの学校の“校訓”、知ってるかい?

 

ーーーーー…“大嫌い”って。はは、確かに、言いそうだ。

 

ーーーーーそれじゃあ、君は?

 

僕は、《ヘルフレイム》との最後の会話を終えて、体勢を変える。

 

両腕を十字にクロスさせ、両手両足を大の字に開く。

 

「ーーーーーありがとう」

「ーーーーーありがとな、物間」

 

 

僕と轟の感謝の言葉が重なり。

 

轟焦凍の“()()名のない大技”と物間寧人の“プロミネンスバーン”は衝突する。

 

そして、決着がつく。

 

⭐︎

 

『……轟君、場外!ーーーよって物間君、決勝戦進出!!!』

 

そんなミッドナイトの声と、怒号のような歓声を聞きながら、僕は再度倒れ込む。

 

意識を失う間際、ストン、と何かが抜け落ちた感覚が僕を襲う。

 

あぁ、5分経ったんだなと思いながら、目を閉じた。

 



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完膚なきまでの一位

目が覚めると、知らない天井。

 

「……」

 

落ち着いて、順を追って理解していこう。

 

まず、さっきまで僕は轟焦凍と激闘を繰り広げ、ハプニングに見舞われながらも無事勝利を収めることができた。そして()()()への切符を手に入れた僕はそのまま倒れ込んだ…と。

 

倒れ込んだ理由に予想はついている。

 

《ヘルフレイム》の最大火力を()()()の使用に加え、

 

“1人の男の人生を辿る”というその感覚に、脳が耐えられなくなったのだろう。

 

つまり、ここは保健室のベッド。

 

バッ、と身体を起こす。決勝戦が控えているのに、どれくらい時間が経ったかわからないのは不安だ。最悪、体育祭が終わっているかもしれない。

 

焦りからか、身体が妙に火照る。

 

痛みはない。リカバリーガールの治癒を受けたからか。

 

ただ、特有の気怠さと目眩が僕を襲う。

 

「……大丈夫か?」

 

その時、横から声がかかる。

 

見れば、僕と同じようにベッドで上半身を起こしている轟焦凍の姿があった。怪我した様子は見られないから、彼も治癒して貰ったのだろう。

 

「…決勝戦は?」

「まだ始まってない。あと20分後ってとこだ」

 

簡潔に、聞きたいことだけを聞くと、轟はすぐに答えてくれた。どれくらい気を失っていたかはわからないが、決勝戦には間に合う事に安心する。

 

「そっか。ありがとう」

「…………」

 

そこからは、気まずい時間。

 

参ったな。試合中は色々余裕が無くて何を言ったかは覚えてないけど、結構過激な事を言った自覚がある。そういう面で、僕は自分を信頼していない。

 

謝ろうか、と一瞬迷ったが、わからないまま謝っても失礼だろう。そう考えた僕は、轟の事を気にせずさっきの試合ーーーー“同調(シンクロ)”について思いを馳せる。

 

今までの“同調”は僕にとって“なんとなく個性主の考え方がわかる”…という認識だった。

 

心操のがいい例だ。確かあの時は、“心操が言いそうな事”が《個性》を通じて伝わったのだ。

 

『お誂え向きの《個性》に生まれて、望んだ場所へ行ける奴らにはさぁ!』

 

ただ、今回は違う。

 

あの黒い空間。声も出せない実態のない僕。個性主の“人生”を辿る“同調”ーーーーーー“同調(シンクロ)過去視(リコール)”は初めての経験だった。

 

心操とエンデヴァー。その違いは?

 

真っ先に思いつくのはーーーー。

 

「…“年齢(とし)”、か?エンデヴァーは今も昔もオッサンだし……」

 

「口を開けば失礼な事を言うな、小僧」

「やぁ、物間少年、轟少年!ワタシ達が来たぞ!」

 

「あ、オールマイト。良い筋肉してますね、触らせて下さい」

「エンデヴァーを無視してまで触りたいのかい!?…いや、もうこの心配はいらないんだったか…?」

 

2人の来客に、僕は一旦“過去視(リコール)”の考察を止める。が、ちょうど良いところに来た。保健室は、エンデヴァー、轟焦凍、オールマイトと僕という異様な4人で構成される。

 

そんな中、エンデヴァーに向かって問いかける。少し気にかかっていたのだ。

 

『…なに、俺は触られるだけだ。特に問題はない。…()()、な』

 

試合前のあれは、《コピー》に対して、僕が《ヘルフレイム》を扱えるわけがないと見据えた発言。エンデヴァーは、どうしてわかったのだろうか。僕はそれを質問する。

 

「当たり前だ。ただの小僧がこの俺の《個性》を使えるはずがないだろう」

「…偉そうに」

「何か言ったか?焦凍」

「…………」

 

無視はやめてやれよ、無視は。息子にされて1番傷つく事だぞ。

 

ふむ、つまりただの勘か、という事を踏まえると。

 

「…自尊心が異常に高い男…って違いもあるか」

「エンデヴァーに恨みでもあるのかい、君ら!?」

 

馬鹿言え。それは息子の方だけだ。

 

途中危なかったが、最後には《ヘルフレイム》も僕に力を貸してくれたのだ。あながち間違いでもあるまい。

 

エンデヴァーは謙虚かつ野心に満ち溢れている。心操とは雲泥の差だ。こうして見ると、僕は心操の事が随分と気に入っている。謙虚ではなく自己意識が低いが正しいかもしれないが。

 

ただ、この説はあまり僕にとってしっくり来ない。多分違うだろう。

 

そうなると、やはり“年齢”ーーー、いや、“人生”か?

 

エンデヴァーの“人生”を辿った感覚を思い返しながら、僕はさらに考察を進めていく。

 

過酷な経験や長い時間、それを経て()()した《ヘルフレイム》はそれなりの意思を持つ。まるで頭の固い老人のように。

 

その複雑化した《個性》を“過去視”で人生を辿り理解した。その理解を元に、改めて《個性》をイメージ。

 

そうして初めて、《ヘルフレイム》を制御できた。いや、それどころか…。

 

「…僕の予想より、炎の勢いが増した…?」

 

そんな感覚があった。“借りていた”《個性》なはずが、あの最後の瞬間だけは“まるで僕の《個性》”かのように扱えた。

 

いや、当然か。《コピー》のイメージの質が高まったのだから。

個性(コピー)》のイメージが綿密になればなるほど…つまり、僕がその《個性》を理解すればするほど、僕にとって扱いやすくなる。

 

つまりあの“同調(シンクロ)過去視(リコール)”という現象は、

 

“人生”を通して複雑化した《個性》を理解し、本来より《個性》の力を引き出す手段。

 

こう考えると、納得ができた。

 

というより。《個性》が“人生”という説が、なんだか僕好みだ。

 

いや待て、何にしろ、まだ仮説。何回かの対照実験で明らかにする必要がある。

 

僕は辺りを見回して、壮絶な“人生”を送った人を探す。これでエンデヴァーの時のように“過去視(リコール)”する事が出来れば、僕の仮説は正解に近づく。

 

「………?」

 

…ピッタリな実験対象、平和の象徴(オールマイト)と、目が合う。

 

だが、僕自身、何か()()()()がする。

 

何があったかは知らないがこれまでの毎日とは違って、今のオールマイトは隙だらけだ。僕でも触ることくらいなら簡単にできる。《コピー》を試せる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これは、今までの僕には無かった感覚。“同調”についての“理解”が僕の《コピー》の新しい感覚を生み出したのか。

 

僕と《コピー》の“会話”での、(コピー)の声かどうかはわからないけど。

 

別にまだ《コピー》出来るかどうかも確証はない。

 

だが、僕の中の何かが警報を鳴らす。

 

オールマイトの“人生”を辿ること自体が危険かのように。僕の身体が追いつかないかのように。

 

それはまるでーーー。

 

()()()の“人生”を、その身に宿しているような。

 

「時に物間少年…。体調はどうだい?」

「なんだ、貴様もその用件だったのか」

 

僕の思考はつゆ知らず、目の前のNo.1とNo.2は口を開く。僕はそんなオールマイトの問いに正直に答える。

 

「……最ッ悪ですね」

 

「だろうな」

 

僕の言葉に、フンっ、とエンデヴァーが鼻を鳴らす。

 

実は今の僕の状態は、かなり悪い。薄々気付いてたけど、これ《治癒》の影響じゃないな。

 

「今の君は《ヘルフレイム》の最大火力を使いすぎた影響で、身体に異常をきたしている。…わかりやすく言うならば、“体温調節機能がバグっている”。慣れない熱に、身体が混乱してしまっているんだ」

 

その説明は、わかりやすかった。今僕の身体は目眩や頭痛に加え、身体が()()()()()()。正直、ここまで頭を回すのが辛かった。

 

「貴様…!なぜそこまで俺の《個性》に詳しい…!」

「何故って…。ワタシの好敵手(とも)の《個性》じゃないか」

「なっ…!」

 

好敵手と書いて“とも”と呼ぶ。そんなベタな当て字するんだなぁ、オールマイトも。そして呆気にとられているエンデヴァーを見ながら、僕は思う。

 

ーーーーーそんな当たり前の、何気ない事を見落としてきたんだろうなぁ、この人は。

 

「ふ、フンっ!…それはともかくだ、小僧。まぁ一晩寝れば身体は元通りになるだろうから、安心しろ」

 

「いや、今すぐ治したいんですけど」

 

「諦めろ、俺も若い頃通った道だ。大事を見て決勝戦は辞退した方がいい。安心しろ、代わりに焦凍が出れば解決だ」

 

こ、この野郎…!先程までの慈愛の表情から一転、僕はエンデヴァーを睨み付ける。

 

こいつ、轟の“左”を使ってる所を見たいだけだ…!

 

だが、この“慣れ”による不調はリカバリーガールの治癒の範囲外だ。もうどうしようもない。僕は絶望する。

 

「…なぁ物間。《半冷半燃(俺の個性)》なら、戦いながら体温調節できるぞ?」

 

物間寧人の《半冷半燃》VS(バーサス)爆豪勝己の《爆破》。そんな決勝戦を思い浮かべる。

 

僕は一瞬、「それだっ!」と言いかける。けど、我慢して首を振る。その提案自体は嬉しいのだが。

 

「いや、それはダメだ。そうなると、僕は1回戦以外、全部他人の力で優勝する事になる。…それは観客(ギャラリー)も納得しない。それなら、轟焦凍(オリジナル)が出た方がマシさ」

 

「そうだろう!さぁ焦凍!準備するぞ!」

 

「ーーーいや、今の俺はこの体育祭に相応しくない。その前に“やるべき事”がある。…お前が教えてくれた事だ、物間」

 

「…どこ見てるんだ、っていうお前の言葉通り。俺はあの時、なりてぇモンが見えてなかった。お前のお陰で気付けたーーーーありがとう」

 

…申し訳ない事に全く覚えてないが、僕の言葉は轟の心に響いたらしい。そして今、真摯に僕の目を見つめ、感謝の言葉を紡ぐ。

 

いや、なんで今言うんだよ。さっきの気まずい時間に言ってくれ。…じゃないと、何故かこっちが恥ずかしくなる。

 

丸くなった態度の轟に目を瞠るエンデヴァーと、普段より数段ニッコリな笑顔を浮かべるオールマイトを見ながら、僕は咳払いをして調子を戻す。

 

「…そもそも、僕は出ないとは言ってないし。今回は誰の《個性》もコピーしない」

 

「しかし物間少年。その体調ではとてもじゃないが爆豪少年には…」

 

僕はオールマイトの言葉に首を振る。

 

確かに状況は最悪だ。あのセンスの塊少年に勝つのは至難の業だ。ただ、だからこそ。

 

「ーーー僕が狙うのは、完膚なきまでの一位なんですよ」

 

この逆境を乗り越える事で、それを証明してみせる。

 

 

⭐︎

 

 

『さぁ雄英高体育祭もいよいよラストバトル!1年の頂点がこの一戦で決まる!いわゆる決勝戦は、ヒーロー科物間寧人VSヒーロー科爆豪勝己!』

『しかも!!入試1位と2位がここでバトル!!特に物間には準決勝と同様ドデカイので下克上を期待されてるゾォ!?』

 

『…《コピー》するにしても、爆豪には触る事すら困難だ。そこをどう攻略するかだな』

 

観客からの期待の声を聞きながら、僕と爆豪は向かい合う。目眩がする…そして寒い、いや、熱い。

 

そんな絶不調な身体に鞭打って、B組の皆に手を振る。そういえば、僕はB組の為にも戦ってたんだっけなぁ、なんて、おぼろげに思い出す。頭が回らない。

 

ミッドナイトが口を開く。

 

「両者、準備はいいですか?……物間くん、本当にいいですか?」

 

どうやら、さっきの僕の大立ち回りがトラウマになっている様子のミッドナイト。そんな彼女に苦笑いを向けながら、頷く。あとでちゃんと謝らなきゃなぁ。

 

「はい、()()()()()()()

 

我ながら、演技は上手いと思っている。というより、“真似(コピー)”で突き詰めた技術(スキル)だが。

 

身体の不調を一切悟らせず、僕は煽るような笑みを爆豪に向ける。

 

「…俺()()必要ねぇってか…!舐めやがってクソが…!」

 

霞む視界で、怒りを燃やす爆豪を見ながら僕は心の中で否定する。

 

ーーいいや、ただ、自分の力で勝ちたいだけさ。

 

『それでは決勝戦!A組爆豪君と、B組物間君の試合を始めます!!ーーー開始!!』

 

 

試合開始と同時に僕は走り出す。

 

 

 

さぁ決勝戦に相応しい、()()()()()()()()を始めよう。

 

 

 

僕は回らない頭で、これまでの爆豪の戦いを思い返す。

 

1回戦、爆豪VS(バーサス)麗日。

 

ーーーーー《無重力(ゼログラビティ)》で無力化しようとする麗日に対し、迎撃態勢をとる爆豪。

 

ーーーーー()れようとした相手に対する、爆豪の対応を知った。

 

つまり今《コピー》の為触れようとする僕に対しても、逃げる事なく、迎撃態勢をとる。

 

それを確認しながら、僕はーーーー()()

 

「ーーーーあぁん?」

「ーーーーまさか、」

 

最初に違和感に気付いたのは、同時に2人。

 

目の前の男、爆豪勝己と、観客席で察した緑谷出久だった。本人は何故かは知らないが、今この会場に()()()

 

「ーーーそりゃ気づくか。“体験してるもんな”」

 

そう呟きながら、僕は“走る”。

 

スピードはそんなに出ていない。体調が悪いから遅いまである。けど、何故か、()()()()()()()()()()()

 

確信をもった緑谷が驚きのあまり声を張り上げ、その声が僕の耳にも届く。

 

「ーーー“レシプロ・バースト”!!」

 

緑谷VS(バーサス)飯田。爆豪VS(バーサス)飯田。

 

たった2回。観客席から見た飯田天哉の“必殺技”の走るフォームを、完璧に再現する。不可能に近い芸当を、僕の“真似(コピー)”は可能にする。

 

緑谷戦で見た1度目で、僕はその構造を理解した。

 

《エンジン》のトルクの回転数を操作して、爆発的な加速を可能にするーーー1分もすれば行動不能になる、誤った使用法。そのせいか、脚が先走るような走り方となる。

 

2回目の爆豪戦では自分が使っている所を完璧にイメージした。あとは今、それを再現するだけ。

 

「ナメてんのか…!!」

 

ただ、スピードまでは再現できない。《エンジン(コピー)》があればできるが。だから、今の爆豪の言葉は“自分に対して”ではなく、“飯田(オリジナル)に対して”、かもしれない。だとすると結構良いやつだな、こいつ。

 

実際にその速さを体感しーーそれを破った爆豪には通用する筈もない。

 

だが、それでも構わないという風に、僕は2回戦を再現する。

 

2回戦と同様に距離は詰められ、僕の右足の蹴りが、爆豪の首を襲う。と同時に、当然、()()()が爆豪を襲う。僕の“真似(コピー)”の再現度に、震える。

 

ーーーー爆豪にとっての“勝ち筋”を再現され、思わず同じ回避行動……僕の背後を取るという行動に出る。僕の誘導した通りに。

 

「ーーーーっ!」

 

想定通り、空を切った僕の蹴り。その反動を利用して後ろに向き直る。しまった、という顔をする爆豪と目が合う。

 

そして、そういう切羽詰まった爆豪の動きを、予選も含めた全てを以って予測する。

 

ーーー()()()()()

 

「…捕まえた⭐︎」

 

無防備な右腕を左手で掴み、右手の《爆破(コピー)》で爆豪を吹き飛ばす。

 

場外にはならなかったものの、僕と爆豪の間には試合開始前くらいの距離が再び開く。

 

ただ、状況はもう違う。僕は先程とは違い掌で小さな《爆破》を発動させながら、爆豪に告げる。第一難関はクリアした。

 

「さぁ、第2ラウンドと行こうか」

 

「チッ、クソが!この俺が…!」

 

僕の思い通りに誘導された。その事実が、爆豪を苛立たせる。

その戦法で“勝ったことがある”という()()()()()()が、経験が、僕に付け入る隙を与えてしまった。

 

だが、そんな苛立ちが治まったのか、爆豪は一転、悪どく笑う。

 

「ーーーへっ、イラつくが、これはこれで構わねぇ。《無個性》のカスをぶっ潰しても1番とは言えねぇからな」

 

「俺が目指すのは、ただの一位じゃねぇ。()()()()()()()()()だ。だから、全力のお前をぶっ飛ばさないと意味がねぇ」

 

どこかで聞いたフレーズを口にしながら、自信満々に笑う爆豪。

 

「…へぇ、そんなに自信があるんだ」

 

「ーーーあぁん?どんなにお前が《爆破(それ)》で真似事しようが、この俺に敵う訳ねぇだろが。ナメてんのかボケナス」

 

ーーーそれは俺だけの《個性》だ。

 

「…はは。1つ、良い事を教えてあげよう」

 

自分が“1番”、“オンリーワン”だと口悪く笑う爆豪に向かって、僕も笑う。あぁ、本当に滑稽だ。

 

目眩でふらつきそうになる足に意識を集中させながら、僕は爆豪に向かって、告げる。掌を《爆破》させながら。

 

「ーーーーこの世に僕がいる以上、()()()()は存在しない」

 

誰にも、“超常”を独り占めなんてさせない。

 

お望み通り見せてあげよう。

 

物間寧人の“全力”を。

 



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僕らしいな。

あぁ、頭が痛い。目眩がする。息が苦しい。視界がぼやける。足が震える。冷たい。熱い。寒い、暑い。

 

ーーーーーー回避。

 

目の前に迫る爆撃を、横っ飛びで直撃を避ける。…が、爆風で体勢が崩れた。

 

当然のように追撃。…息つく暇もない。疲れ知らずの体力め。

 

「さっきまでの威勢はどうしたよ物真似野郎!逃げ回ってばっかじゃねぇか!?」

 

『…しかも動きが鈍いな。さっきの轟戦の影響か?』

 

かろうじて《爆破(コピー)》で相殺しながら、一旦距離を取ろうと後ろに下がる。

 

試合開始から3分。戦況は誰が見てもわかる通り、物間寧人の防戦一方だった。

 

観客(ギャラリー)は《爆破》という強個性同士の決勝ということもあり、一方的な展開でも異常な盛り上がりを見せている。そんな中、実況の相澤先生は冷静だ。

 

『物間の狙いは時間稼ぎ…か?だが、爆豪に対してそれは悪手でしかない。何故ならーーー』

 

「ーーーー俺はスロースターターなんだよ。持久戦なら俺に圧倒的に分があるわボケ」

 

「…知ってるさ」

 

僕は更なる爆撃を辛うじて躱しながら、呟く。無様な逃げの一手だ。

 

塩崎戦で見た通り、爆豪は長期戦になればなるほど力を増す。《爆破(コピー)》を持つ僕にも同じ事が言えるが…生憎、今の僕の身体は健康体とは程遠い。不利になっていくのは承知の上だ。

 

そんな僕の呟きに、ピクリと爆豪が反応を見せた。

 

「……やっぱテメェ、なんか企んでんな?クソナードと同じ目してやがる…!」

 

クソナード。はて、誰の事だろうか、と一瞬思考を回す。…が、目眩と身体の気怠さによって、考えることすらままならない。きつい。

 

「ーーー上等だ。それごとねじ伏せてやる。“爆速ターボ”ォ!!」

 

「ーーーーッ!?」

 

速い。さっきよりも数段。躱せない。

 

直撃。

 

「ーーーーーーぐッ!!」

 

『モロに入ったぁぁぁぁ!!!』

 

2バウンド程して転がったあと、受け身をとって立ち上がる。すぐさまのけぞって《爆破》を躱すが、続けて放たれた鋭い蹴りは躱せないので、両腕でガードする。腕に痛みが走る。

 

ーーーーまずい、そろそろ限界だ。

 

「手応えねぇなぁ!さっきのイバラ女の方が強いんじゃねぇか!?」

 

塩崎と物間(ぼく)、どっちが強いか、か。それは正直わからない。この決勝戦のような1vs1なら僕にとって不利だが、100%勝てない気もしない。

 

ーーーーただこの戦いと同じく、僕は全力を出さないといけないだろう。

 

…《本物(オリジナル)》に勝つという事は、そういう事なのだ。

 

「ーーー死ねぇ!!」

 

本当に死ぬんじゃないかくらいの、最高潮まで威力が高まった《爆破》が僕の目の前に迫る。流石にこれを食らったらひとたまりもない。

 

一撃で吹っ飛ばされて場外だ。負ける。

 

 

 

 

「ふぅ…。70%ってとこか」

 

これまでの時間、無様に逃げ回っていた訳ではない。

 

まだ完全ではないが、僕は“全力”を発揮する。もっと時間をかけたかったところだ。

 

ーーーー長期戦が得意なのは、君だけじゃないんだよ。

 

僕の《爆破(コピー)》が、爆豪の《爆破》を相殺する。ーーーー()()()()()()()

 

 

『…!…動きが』

「ーーーー速くなりやがった…!」

 

相澤先生と爆豪が瞬時に気付く。先程までの動きとは“キレ”が違う。

 

だが、僕は心の中で否定する。

 

ーーーー速くなったんじゃない。本来の僕の速さに戻ったんだ。

 

視界の隅で、エンデヴァーやオールマイトが目を瞠る。あの2人並んで座ってるのな。結構仲良いんじゃないか?

 

ーーーー反撃に転じようにも、この絶不調な身体をどうにかしないと話にならない。

 

この体調を()()()()()()。そんな事ができるのか?できる。考え方を変える。

 

 

『例えば、《犬》という異能型個性ーー。《犬》だと思い込み、自分の脳を騙す行為だ』

 

 

僕の原点(オリジン)ーーー僕は、どんな存在にもなれるから。

 

 

()()()()()()()()()()真似(コピー)”する。

 

 

勿論長くは続かないし、反動はとてつもない。ただ、脳が騙されて()()()()()間は、僕はいつも通りに動ける。

 

だから、僕は更に脳を騙し、真似(コピー)する。

 

「………お、おい。なんかさ」

「……お前も、そう思うか?」

「いや、だってさっきから」

 

ざわ、ざわと観客がざわつく。僕の動きが戻り更に白熱した戦いを目にしているのに関わらず、動揺が広がっていく。

 

『お、おいイレイザー?さっきより激しい戦いにはなっちゃいるが…。こいつぁおかしくねぇか?』

『…うるせぇ。黙って見せてくれ』

『実況放棄すんじゃねぇヨ!!』

 

『…驚いたな。これはまるでーーーー()()()()()いるようだ』

 

ーー僕は…いや、俺は()()()()を“真似(コピー)”する。

 

 

⭐︎

 

 

70%。相殺。相殺。直撃。相殺。直撃。

 

何発かはまだ食らってしまうが、致命傷は避けられる。なんせ今の僕の“身体”は正常なのだ。元々の身体能力は高い方だ、伊達に10年ほど鍛えていない。

 

そうやって時間が過ぎていく内に、僕の“真似(コピー)”は段々と完成に近づく。爆豪勝己という存在へ、成り代わっていく。

 

80%、相殺。直撃。相殺。相殺。相殺。

 

90%。相殺。相殺。相殺。相殺。相殺。

 

ーーーーーー100%。

 

もはや、観客は声を出さない。どう見ても異常な光景に目を奪われる。

 

重苦しい静寂が会場を覆い尽くす。ただ、僕と爆豪が()()()放つ爆破音だけが響き渡る。洗練された演劇を見ているような感覚だろうか。

 

爆豪は鏡と戦っているような感覚を味わっている事だろう。それ程までに、僕と爆豪の動きは同じだ。

 

「ーーーー気色悪りぃ…!」

 

そう思うのも、無理はない。

それほどまでに僕の技術(スキル)、“真似”の最終完成形。

 

完全模倣(パーフェクトコピー)”は規格外だ。

 

そんな僕の様子を見て爆豪が顔を顰める。そして、笑う。どこにも焦点の合っていない、虚ろな目を見たのだろう。そして、僕の“完全模倣”の本質に気付く。

 

「ーーーイカレてるぜ、お前…!!」

 

そうやって話してる間にも、僕と爆豪の《爆破》が相殺される。戦いは終わらない。終わる気配を見せない。

 

あぁ、まだだ。()()足りない。

 

結局、真似は真似。偽物は偽物。本物に辿り着いたとしても、決して本物は上回らない。

 

ただ完全模倣(こんなこと)を続けていても、ただ時間が過ぎていくだけ。

 

あと一押し。あと一歩が届かない。

 

ーーーーだから《個性》に問いかける。

 

これまでの“爆豪勝己の動き”という表面的なものじゃなく。

もっと深く、本質的な“爆豪勝己の考え方”を理解したい。

 

そうして、僕の“全力”は完成する。この身に一時的に宿った《個性》を通して。

 

心の中で呟いた。

 

ーーーー“同調(シンクロ)共有(トランス)”。

 

エンデヴァーの時の“過去視”ではなく、心操の時の“同調”。

 

『お誂え向きの個性に生まれた奴らにはさぁ!』

 

それは《個性》を通じて“考え方を共有する”。答えろ、教えろ。

 

「ーーーーチィっ!埒が明かねぇ!」

 

ーーーー()()()()()()

 

…伝わる。成功した。これまで長く《爆破(コピー)》と戦ってきたのだ。身体に馴染んだお陰だろうか。

 

 

この瞬間、僕は勝利を確信した。

 

僕自身の“完全模倣”と、《個性(コピー)》の“同調・共有”を()()()()()()

 

それは、僕の最終奥義。正真正銘、僕の全力。

 

今の僕のあらゆる実力を以って、爆豪の動きを()()()()。いや、もはや爆豪の事を“自分の事のように”理解している僕にとって、それは予測という表現じゃ生温い。

 

「ーーーー“同調・未来視(リアライズ)”」

 

それは最早、未来予知の域に達している。

 

この“最強”で、僕は“本物”を超える。

 

 

⭐︎

 

本物(オリジナル)》と《偽物(コピー)》。

 

爆破(オリジナル)》と《爆破(コピー)》。

 

その差の壁は、高くて厚い。心が折れかけるほどに。僕の人生を通して、それは痛いほど理解している。

 

 

「“閃ーー”」

「ーーーー“閃光弾(スタングレネード)

 

けど今。この瞬間だけは、僕は“本物”を超える。

 

埒が明かないから、そろそろ勝負を確実に決めに来る。それを()()()()()僕は、一足先に“閃光弾”を放つ。

 

「ーーーーーッ!」

 

不意を突かれた爆豪の腹に爆撃を放つ。僕の《爆破(コピー)》が届く。

 

「逃がさない」

 

距離を取ろうとする事も()()()()()。先回りして蹴りを放つ。直撃。爆豪がよろめく。その隙は大きい。

 

腕を掴んで一本背負いの要領で背中を叩きつける。爆豪はろくに抵抗もできない。

 

痛みに顔を顰めながら、更に動きの変わった僕に戸惑いながら、爆豪は体勢を立て直そうとする。

 

勿論それも許さない。

 

僕の拳が爆豪の右頬に届く。そのまま吹っ飛ばされながら、《爆破》で追い払おうとする爆豪。それもわかっていたように僕は避ける。

 

“未来視”で僕が行動を前もって変えても、爆豪の驚異の反射神経ではそれにすら対応される可能性がある。だからギリギリ対応されないタイミングに回避をする。爆豪勝己という存在を理解している僕だからこそできる芸当。

 

爆破(コピー)》を顔面に放つ。これも中々の勢いで吹っ飛ぶも、場外にはギリギリならなかった。だから、次が最後の一撃。

 

「……勝てる」

 

そう呟いて、更に追撃へ行こうと足を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

「………………?」

 

 

 

ーーーーーーー気付けば、地に伏していた。

 

 

 

 

ん?なんだ。これ。おかしい、な。足が、もつれた?転んだ?

 

先程より全く回らない頭を動かしながら、状況を確認しようとする。

 

「ーーーーーーッ!!!!!!!」

 

瞬間。かつてない程の目眩、頭痛が僕を襲う。身体の至る所が悲鳴をあげる。歯軋りして堪えていないと、気を失っていただろう。身体がピクリとも動かない。

 

反動(フィードバック)

 

これまで脳を騙し騙しやってきた反動が、今?理解は出来る。納得はできない。だって、それが意味する事はーーーー。

 

少し考えれば、わかる事だ。今日一日脳をフル活動させ、爆豪の観察、飯田の必殺技の真似、《ヘルフレイム》の“同調・過去視(リコール)”そして“完全模倣”と“同調・未来視(リアライズ)”。これらを、1日で。体育祭2日構成にしろよ。

 

とっくに脳の限界を超えている。想像力での《コピー》の範疇を超えている。

 

あぁ、全く。“更に向こうへ(プルスウルトラ)”しすぎるのも問題だなぁ、はは。なんて、笑い飛ばす余裕も僕にはない。

 

限界を超えた脳は、3文字を浮かべる。

 

ーーーーー負ける。

 

「…………………」

 

だって身体が動かないし、声も出せない。頭が痛くて耐えられない。体温調節も出来ない身体は、これ以上活動しない。

 

あぁ。無理だ。手の打ちようがない。僕が何もしなくても、恐らく体勢を立て直したであろう爆豪が何もしなくても。ミッドナイトは試合終了の言葉を紡ぐ。

 

だって僕の状態は言い訳のしようもない、戦闘不能だ。そうでしょう?ミッドナイト。

 

僕の脳内の声が届いたのか、ミッドナイトは口を開く。

 

 

 

「…………物間くん、戦闘ふのーーーーーー」

「ーーー待て。まだ終わってねぇ」

 

 

そんなミッドナイトの宣言を、何故か爆豪が止める。

 

「こいつの“目”は、まだ死んでねぇ…!」

 

何の事だろうと首を傾げる。いや、傾げる余力すら無いんだけどね。

 

そんな満身創痍の僕をまっすぐに見つめる爆豪をおぼろげに見ながら、ふと、相澤先生の言葉が思い出された。

 

『ーーー爆豪はここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断もできねえんだろうが』

 

確かあれは、一回戦一試合目の麗日戦だった。つまり爆豪はあの時と同じように、手加減も油断もしてないって事か。

 

…なんだよ。さっきまであんな態度だったのに。今は対等と見てくれてるって事か?

 

なんだろう、この気持ちは。別に嬉しくはないけど、口元が緩む。

 

()()()()。その気持ちに応えたい。

 

顔だけ動かしてフィールド全体を見る。視界には爆豪と戸惑っているミッドナイトと、キラリと光る“何か”が映る。1つじゃない。いくつかある。

 

爆豪は身体は伏せたままのそんな僕の顔を見て、笑った。この戦いが心底楽しいかのように。

 

「そうだ…もっと()()()…物間ァ!」

 

ーーーー上等だ。

 

「“榴弾(ハウザー)砲着弾(インパクト)”ォ!!!」

 

爆風により回転を付加しながら、まっすぐ僕目掛けて突っ込んでくる爆豪。まるで人間型ミサイルだ。

 

…いや、流石に満身創痍の相手にする技じゃないでしょ。セメントス先生の出番じゃないか?

 

「………けど、好都合」

 

これは、賭けだ。

 

少しだけ回復した僕は呟きながら、掌を上に向ける。そして、普通より()()()()()()()爆破(コピー)》をイメージする。

 

『…なるほど。手のひらから出る汗がニトロの役割を果たしてるのか』

 

『ーーー“赫灼(かくしゃく)熱拳ヘルスパイダー”…観念しろ、(ヴィラン)

 

イメージの根底は、この2つの記憶。

 

《爆破》の基本的な構造と、“過去視”で見たエンデヴァーの技。

 

そうして出した僕の《爆破(コピー)》は、空中へ飛んでいく。小さな爆撃がある程度の高さへ辿り着くと、そこで《爆破》する。

 

それはまるで、昼に咲く花火。風情もへったくれもない小さなものだ。歓声も小さかった。

 

 

そうして流星群のようにフィールドへ落ちてくる火花は、()()()()

 

 

赫灼(かくしゃく)熱拳ヘルスパイダー”は五指から出す“粘り”のある炎が、蜘蛛の巣のようにヴィランを捕らえる技だった。実際に見た事は無いのだが。

その“粘り”を《爆破》に応用する。

 

そうして火花がフィールドに辿り着いた瞬間。それは“ 榴弾(ハウザー)砲着弾(インパクト)”で飛んでくる爆豪が僕の目の前まで辿り着いた瞬間でもあり。

 

 

 

《爆破》する。

 

 

⭐︎

 

 

フィールドが、黒い煙で覆われる。 

 

『すっげぇ煙!おーい、コレ勝負はどうなってんだ!?』

 

自分がどこにいるのかもわからない。爆風で飛ばされたのは確かだが、出来るだけの抵抗はしたつもりだ。ちなみにまだ倒れているままだ。

 

審判のミッドナイトも見えてないだろう。つまり、決着は煙が晴れた後。

 

…いやぁ、まさかここまでの爆発になるとは。確かにフィールドに僕の“手汗”が散らばっているのを見た時は、ちょっと多いな、と思ったけど。

 

煙が晴れるまでの間、なんでこんなに手汗が多かったのかを考える。僕はそこまで汗っかきではない。すぐに結論は出た。

 

『…わかりやすく言えば、体温調節機能がバグっている』

 

保健室で聞いた、オールマイトの言葉。体温調節の一仕事を担っているのは汗腺だ。

人間は暑いときや運動をしたときに、上昇した体温を下げるために汗をかく。

 

つまり、通常より過剰に暑いとバグった脳が判断していた時、過剰に僕は手汗をかいていたという訳だ。

 

それが序盤、回避に徹して“真似”の準備をしていた時に散らばった、と。

それ以降は“完全模倣”で相殺し続けていたから、手汗に発火しなかった、と。

 

なるほど、と思わず納得してしまう。伏せたままだけど。

 

それと同時に煙が晴れて、フィールドの様子が明らかになる。

 

まず僕の状態。

 

僕のすぐ横には小さな崖があり、その崖の上に僕は位置している。つまり、ギリギリ場外じゃないゾーン。ちなみに死にそうだ。

 

対する爆豪はーーー。

 

ぽかん、とした顔でフィールドの外で尻餅をついていた。何が起こったかわからないという風に。ちなみに元気そうだ。

 

という事は。という事にも関わらず。

 

『…爆豪君、場外!ーーーーよって、物間君の勝利!!』

 

そんな審判の声が届く前に、歓声は上がっていた。主にB組の方から。

 

『以上で全ての競技が終了!今年度雄英体育祭1年優勝はーーーーB組物間寧人!』

 

そんな大歓声をその身に浴びせられる。…が、僕の身体はもう限界を超えて動かないので、勝者は地に伏している。なんとも締まらない。

 

僕は呆気にとられている爆豪に目を向ける。

 

榴弾(ハウザー)砲着弾(インパクト)”の動力と、想定していなかった僕の“ニトロ爆弾爆弾(ボムボム)フェスティバル2020”の力が合わさって場外まで飛ばされたのだろう。

 

特に戦闘不能になるほどの大ダメージは負っていない。むしろ、戦闘不能なのは僕の方だ。

 

「なんか、爆豪ちゃんってこういうのばっかりね、ケロ」

「どういう事?梅雨ちゃん」

「最初の戦闘訓練もこんな感じだったわ」

「あぁ!デク君と私の時か!」

 

そんなどこかの会話を聞きながら、僕は苦笑いする。

 

「…運が、良かったなぁ」

 

まさか、“完全模倣”や“同調・未来視”ではなく、苦し紛れの策で。しかも運の要素が大きかった。その上、場外というルールが無かったら完全に僕の負けだ。

まさに試合に勝って勝負に負けた。

 

爆豪がこの勝負をどう思っているかはわからないが、僕はイマイチこの結果には納得がいっていない。まぁ、言い訳をすると僕もベストな状態じゃなかったし。またいつか、爆豪とは改めて戦いたい。まぁどうせ、機会はあるだろう。

 

結局僕自身の力と関係なく、捻くれた対抗策で決着が着いた。

 

試合内容には納得していないが…何故か“僕らしいな”と思ってしまった。やっぱりこれが、本物(オリジナル)の僕なのかもしれない。

 

こうして、長かった体育祭は終わりを迎える。

 

…まぁこういう時くらいは、()()()、喜んでもいいかな。

 




注)厳密に言えば完全模倣すれば相殺にはならないです。ノリで相殺させました…!


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気長に待ちますか。

「ーーーーワタシがメダルを持って来た!!!」

 

そんな声と同時に歓声があがる。お待ちかね、オールマイトの登場だ。閉会式のメダル授与が始まった。

 

オールマイトはそのまま3位と書かれた台の上にいる塩崎と轟に向かって口を開いた。

 

「塩崎少女おめでとう、君は強いな。戦いの中で成長するその姿、素晴らしかったぞ!」

 

「身に余るお言葉…光栄です。私は、級友(クラスメイト)の背を追いかけているだけですが」

 

「ハハハ!君は謙虚だな!」

 

塩崎と話しながら僕の方に一瞬目を向けるオールマイト。勿論それには付き合わない。塩崎との軽いハグを終え、次は同率3位の轟焦凍へ。

 

「おめでとう轟少年、保健室の時も思ったが以前よりもいい顔をしている。エンデヴァーも困惑してたぞ!何か、心境の変化があったのかい?」

 

轟はまっすぐオールマイトの目を見て呟いた。

 

「あなたのようなヒーローになりたかった。それを思い出しました。清算しなきゃならないモノはまだあるけど……この事に気づけただけでも、大きな一歩だと思っています」

 

「うん…やっぱり良い顔だ。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

 

そう言って、轟とも軽いハグをした。筋肉が暖かそうだ。

 

「…そして、爆豪少年。開会式の宣誓通りには、惜しくもならなかったな!…にしても、意外だな。もっと暴れ狂うモノだと思ってたぞ!」

 

さも意外かのようにオールマイトが冗談を言うが、僕も同様に驚いている。野蛮かつ粗野の爆豪の事なので、表彰台ではあらゆる拘束具で暴走を抑える必要もあると思っていたのだが。

 

予想と反し、爆豪は静かだった。無言で、自分の負けを受け入れていた。

 

「…いらねぇ」

「おや?」

 

「二位のメダルなんか貰えるか!!俺は一位にしか興味ねぇんだよ!!」

 

「…負けは認めるが、二位は認められない…って事かな?ハハ、エゴイズムの塊だな!勿論、良い意味でな!…だがメダルは受け取っとけよ。自分の傷として!決して忘れぬよう」

 

「だからいらねーって!」

 

結局抵抗を続ける爆豪に、オールマイトは強引にメダルを受け渡し、優しく抱擁する。

 

…そして、僕の元へ。

 

「やぁ、物間少年。調子はどうだい?」

 

「…まぁ、立てるくらいには」

 

それもギリギリだけど、何とか。そう答えて、僕の首元にもメダルがかけられる。一位の、金メダルだ。

 

「どんな状況でも諦めないその強さ。トップヒーローには欠かせない要素の一つだ。これからも大事にしていけよ!…勿論、自分の身体もな!」

 

心配…してくれていたのだろう。目に見えてわかりにくいが、身体に負担のかかる大技を連発していたからなぁ。やはり、オールマイト程の猛者にはわかるのだろう。

 

僕は頷いて、その言葉に応じる。

 

「なんか、君も意外と大人しいな。…そういえば、いつものセクハラも今回は無いのかい?ワタシとしてはもう大丈夫なのだが…」

 

何故か先程よりも心配そうな表情を浮かべるオールマイト。セクハラとは心外だ、ただ会う度に身体のどこかに触れようとしただけじゃないか。

 

…ところで。もう大丈夫、とは何が大丈夫なのだろうか。少し疑問に思ったが、僕は質問に答える。

 

「もう当分オールマイトの《個性》は嗅ぎ回りませんよ、安心して下さい」

 

なんせ、僕の《コピー》が警報を鳴らしているのだ。今じゃない、と。当然僕は《個性》を信じる。

 

これは僕の予想だが、緑谷の《個性》に対してもこんな反応になるだろう。

 

それに、No.2の《個性》に苦戦していたようじゃ、No.1の《個性》に軽々しく挑戦しようとは言えない。当分は《コピー》の研究と、自分自身の鍛錬に集中するつもりだ。

 

「そ、そうなのかい?なんだか、触ろうとしてくれないのも、少し寂しいな…?」

 

変な感覚に陥っているオールマイトに引いていると、下の段から怒ったような声が届く。拗ねているのだろうか。可愛い奴め。

 

「おいオールマイト!コピー野郎との話だけ長えんじゃねぇのか!」

「うるさいなぁ。黙って見下ろされてなよ、僕に」

「ンだと…!殺すぞボケ!」

「君、いつか本当に爆豪少年に殺されそうだなぁ…!」

 

勝ちは勝ちだ。どんな試合内容であろうとも。

 

ヒヤヒヤしているオールマイトは僕にも優しい抱擁をして、観客に向かって告げる。まとめの言葉だ。

 

『今回の勝者は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!』

 

『競い、高め合い、さらに先へと登っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!』

 

『てな感じで最後に一言!皆さんご唱和下さい!せーのっ!…“お疲れ様でした”!…あれっ!?』

 

期待していたものとは違った観客からブーイングが起こるが、僕は当分“更に向こうへ(プルスウルトラ)”はしたくない。身体を大事にすると決めたばかりだし。

 

というわけで、お疲れ、自分。

 

そんなふうに自分を労っていると、僕より一段下にいる爆豪が声をかけて来た。一段下、これが重要だ。

 

「おいコピー野郎。あの技の名前教えろ」

「あの技って…最後のやつかい?なんで?」

「アレはお前が考案した技だろうが!名前くらい聞いてやるっつのボケ!」

「へぇ」

 

発案者の僕の技名を引き継ぐって事か。なんだ、意外と律儀というか芯が通っているというか。感心しながら、僕は技名を告げる。

 

「“ニトロ爆弾爆弾(ボムボム)フェスティバル2020”」

「ダサすぎんだろ!?却下だクソが!」

 

当たり前だ。僕が名前を真剣に考えるのは自分の技とB組の《個性》だけだ。爆豪の技なんてこれくらいで丁度いい。ダサい技を使えばいいのだ。

 

「いいや、ダメだね。結構汎用性は高いあの技は、“ニトロ爆弾爆弾フェスティバル2020”だ。これは譲れない」

「これ以上連呼すんじゃねぇ!俺が新しく名をつけてやる!」

 

そう頭を掻きむしりながら発狂する爆豪。

 

ニトロの“手汗”を轟の炎で発火させるなんて合わせ技(コンビネーション)もできるのだ、汎用性は高い。いつか、“ニトロ爆弾爆弾フェスティバル2020”でヴィランを倒すなんて機会も訪れるかもしれない。

 

そういう時はこの技名をしっかり宣言して欲しいものだ。

 

僕と爆豪のそんな言い争いの内に閉会式も終わり、体育祭は幕を閉じた。

 

 

⭐︎

 

 

「あの、物間くん!」

「…緑谷、くん?」

 

ブラド先生からの有難い解散の言葉を受け取った僕は、B組20人という大所帯で帰路につこうとしていた。実際は家に帰らず、どこかで打ち上げをするようだが。薄々感じていたけど仲良いよなぁ、このクラス。

 

そんな感じで雄英の敷地内を出ようとした時、A組の緑谷に声をかけられた。僕は目を細める。

 

何の用だろうか。僕はB組の面々に手を振って先に行けと促す。

 

残ったのは僕と緑谷のみ。

 

「き、急にごめんね!気を遣わせちゃって…。あ、優勝、おめでとう!」

 

少し申し訳なさそうだが、屈託のない笑みで僕の優勝を祝ってくれている緑谷。勿論それは有り難く受け取る。

 

「ありがとう。…それで、僕に何か用だった?」

 

「…うん。あの、物間君って、《個性》の使い方が上手いよね?初めて使う《ヘルフレイム》でも、“プロミネンスバーン”使ってたし…!かっちゃんの《爆破》の空中移動は上手く出力を調整しないとバランスが取れないから…!」

 

あぁ、うん。なんかどこかで見た事がある光景だ。僕と同じ匂いがする。拳藤達の気持ちが少し分かった気がする。

 

自分の話にのめり込んだ人は簡単には戻ってこないので、拳藤直伝のチョップで意識を戻させる。

 

「…それで、用は?」

 

「あ、うん。…その、僕の《個性》をどうすればいいか考えて欲しいんだ!見ての通り、まだ制御出来てなくて…」

 

「ーーーーなんだ。そんな事か」

 

「…へ?」

 

体育祭が終わってすぐの質問は、“強くなりたい”という気持ちが表れている証拠だろう。充分に伝わった。

 

ふむ。“自身を壊す程の超パワー”の悩みか。それを解決する方法は思いついていた。…が、1から100まで教えるのは彼の為にもならない。というわけでヒントだけ。

 

「僕と切島君の戦いを思い返すといいよ。彼に聞くのもアリだろうね」

 

「…へ?…いや、そうか。“一点鋼化”…。その()だ。参考にすべきは切島君や鉄哲君の方だ…!」

 

…気付くのが早すぎないか?というより、緑谷は頭の回転が僕と同じくらい速そうだ。

 

僕は正直、自分のことを賢い方だと思っている。それは成績の話ではなく考える力の話だ。《無個性》なりにどうにかしよう、という10年近くの特訓の成果だろう。まず考える癖がついている。そんな僕と緑谷は似ている。

 

…ふむ。この考えも、僕の仮説を後押しする。緑谷出久とオールマイトの《個性》についての仮説を。

 

こうして緑谷と話している間にも、僕の《コピー》は警報を鳴らしている。オールマイトへの対応と同じ…いやそれどころか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーーー《個性》は“人生”。僕は口の中で反芻する。

 

…まぁ、当分僕は彼らの《個性》には関わらずに生きていくのだ。いつかは《コピー》する事になるだろうが、それは今じゃない。

 

だから、ぶつぶつと自分の話に熱中している緑谷にも興味はないし、彼の“新技”についても興味はない。ヒントを与えただけの僕に、ダサい名前をつける権利はない。残念。

 

「……行くか」

 

緑谷の用も終わったので、僕はバリアフリーを存分に考慮された雄英の校門をくぐる。

 

「よっ」

 

そこには、先に行った筈の拳藤が居た。僕を待ってくれていたのだろう。手を軽く挙げて感謝し、僕ら2人は歩き出す。そろそろ夕方だ、オレンジ色の夕陽が顔を出す。

 

「打ち上げ、駅前のカラオケでやるってさ。…物間は疲れてるし、行かなくてもいいと思うけど…」

「いや行くよ」

 

馴れ合いはそこまで好きじゃない、けど、嫌いでもないのだ。そしてB組の事は好きな方だ。なら、答えは決まっている。

 

こうして拳藤と話していると、障害物競走の時の会話を思い出す。

 

「…まさか、ホントに優勝するとはね。B組の為に」

「はは。信じてなかったのか?」

 

A組に対する不満が溜まっていたB組の為に、勝ち星をここであげときたかった。僕1人の優勝とはいえ、確かにB組はA組を上回った。

 

これで少しはB組の溜飲も下がるだろう。そういう思惑も、確かにあった。

 

B組といえば、僕と塩崎がメダルと共に表彰式から帰って来た時。

 

「…そういえば皆、僕の優勝に対する祝福が少なくなかったかい?塩崎ばかり褒めてたけど」

「あ、気付いた?」

 

悪戯がバレたような顔をしながら、拳藤が控えめに笑う。はて、ホームランを打った選手を祝わない野球のアレだろうか、名前は忘れた。

 

けど、どうやら違ったらしい。

 

「試合中はね、凄かったんだよ皆。喉大丈夫か、ってくらい応援してて」

「…ならどうしてカラオケに行くのか」

 

そんな僕の小さな疑問は無視し、拳藤は呟く。

 

「けど試合が終わったら、さ。パッと見普通なんだけど、よく見たら落ち込んでたんだよね、皆」

「……?」

 

どういう事だろう。僕の想定では、B組は皆僕の勝利を喜んでくれると思ったのだが。

 

「それで唯に聞いたらさ、“…悔しいな”って言ったんだよ。しかも、あの唯が少しだけ悔しそうな顔で!」

 

小大唯。拳藤と仲のいい女子の1人で、《個性》は《サイズ》。彼女の特徴といえば、あまり感情を表に出さず無口な所だろう。そんな彼女が、か。

 

「…………なるほど」

 

つまり、皆のあの妙に口数が少ない様子はーー。

 

「皆、物間との差を感じちゃって、落ち込んでたんだよね」

 

A組の八百万、切島、轟、爆豪。ボロボロだったが、仮にも全勝した僕の姿はそんな風に見えていたのか。少し驚く。

 

「…でも、もう()()、と」

「…うん」

 

落ち込んで()彼女らは、もう前を向いている。自分の弱さを受け入れ、僕に対して“悔しい”という感情を持つ。

 

ーーー僕を“ライバル”と認識し、奮起する。

 

「…はは」

 

僕は…いや。僕と拳藤は勘違いをしていた。

 

B組の殆どを弱いと断じて、ここで僕が手を差し伸ばさなければ、と。

 

けど、そんな必要は無かったんだ。

 

僕が手を差し伸ばさずとも、彼ら彼女ら高め合う。ここにいるのはヒーローの卵達だ。

 

勝手に火を付け合って、勝手に成長する。僕の手助けなんて特に必要としていなかった。

 

「…仮に、の話だけどさ。もし物間が爆豪に負けても、多分皆…」

「うん。ーーー爆豪をライバルと思って、また明日から頑張るだろうね」

 

そのライバルという存在が、僕になっただけ。僕と拳藤の心配は、全くの杞憂だったのだ。

 

まぁ、“もし”とか“仮に”なんて話はどうでもいいか。大事なのは今、今日という日が、無事ハッピーエンドを迎えた事だ。

 

「…で、拳藤も悔しいのかい?」

「そりゃあ勿論。当分は物間を超えるのが目標だよ」

「時間を無駄にするのは感心しないなぁ」

「ははっ、言うねぇ。でもまぁ、強くなりたいよ、私も。今日の評価次第で、職場体験(インターン)も決まるからさ」

 

プロヒーローに目をつけられ有名事務所で職場体験出来れば、必ず力になるだろう。

 

そうだなぁ…拳藤の《大拳》はパワー型の《個性》だし、フォースカインドの所とか良いんじゃないだろうか。あそこは切島や鉄哲も好きそうだし、友達がいれば楽だろう。そうだな、あとはーーー。

 

「ーーーーだから、負けないよ。物間!」

 

そんな事を考えながら歩く僕に向かって、拳藤が笑う。屈託のない、純粋な笑顔。一瞬、言葉を失った。

 

前の方で、B組の面々が見えた。僕らが合流しやすい様にゆっくり歩いていたのだろう。拳藤がその様子を見つけて、合流する為に小走りになる。

 

僕は拳藤の背中を見ながら、ぼんやりと思う。視界が、夕陽でオレンジに染まる。綺麗だった。

 

ーーーーそうだな、あとは。ウワバミさんの所とか、いいんじゃないか?

 

そんな事を考えながら、僕はB組の背中を見ていた。

 

 

⭐︎

 

 

ここからは後日談。体育祭以降、僕の生活で変化した事がいくつかある。それを紹介していこう。

 

まず一つ目。

 

「お、君、見たよ体育祭!エンデヴァーと仲良いんだな、アツかったよあの戦いは!優勝おめでとう!」

「がんばってね!ヒーローの卵、期待してるよ!」

「将来はエンデヴァーの相棒(サイドキック)か?」

 

こんな感じで、通学中に見知らぬ人に声をかけられる事が多くなった。正直に言うと悪くない気分だ。エンデヴァーと仲が良いと思われるのは少し嫌だけど。ごめんな、《ヘルフレイム》。

 

そして二つ目。僕はつい昨日の会話を思い出す。

 

『…ダメだ。悪いが俺はそこまで暇じゃないんでな』

『えぇ…。放課後の空いた時間だけでいいんです。僕なら1ヶ月もあれば大体出来るようになりますよ?()()()()()

『…お前なら本当に出来そうで怖いな』

 

これは職員室での僕と相澤先生の会話だ。僕はイレイザーヘッドのサポートアイテム、“捕縛布”の技術(スキル)を得る為、教えを乞うていた。

 

自分でも見様見真似で“真似(コピー)”しようと思ったのだが、やはりプロヒーローの技術は難しい。一筋縄では行かないと判断した僕は、直接指導してもらう事にしたのだ。

 

のにも関わらず、断られてしまった。

 

『…悪いが、()()がいるんだ。そいつへの指導がひと段落したら、お前にも教えるから。今は我慢してくれ』

『先約?じゃあ、その人と一緒に僕にも伝授して下さいよ』

 

誰の先約かは知らないが、まとめて同時に教えてもらえれば万事解決だろう。

 

『…はぁ。そいつは“普通科”なんだ。ヒーロー科とのカリキュラムの兼ね合いで、お前と同時は難しい。言っただろう、俺は暇じゃないんだ』

 

『…成る程。学科の違うそれぞれに教えるのは、()()()じゃない』

 

『そういう事だ。今回は諦めてくれ』

 

という会話を経て、不本意だが納得はした僕は引き下がった。

 

それにしても、“普通科”の男子か。イレイザーの“捕縛布”を扱うというのは常人には難しい。だって僕ですら難しいのだ。相応の覚悟がないと会得はできないだろう。

 

…そんな物好きが僕以外にこの高校にいるとは、不思議な事もあるもんだ。イレイザーの“捕縛布”講座はもう少し後になりそうだ。

 

「………ま、気長に待ちますか」

 

“捕縛布”も、彼も。

 

そんな昨日の事を思い返しながら、僕は体操服に着替えた。

 

最近妙に熱が入っていて、僕が狙われる事が多くなったB組の戦闘訓練に向かいながら。

 

ーーー僕はいつも通り、今日も勝つ為の作戦を考えていた。

 




これにて体育祭編、もとい《ヘルフレイム》編は終了です。

章ごとに同調で関わる《個性》もあるので、そこにも注目してくれると嬉しいですね。


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職場体験編
ファントムシーフ


「それでそれで、決勝でのあの動き。相手の爆豪くんって子みたいだったよね?狙ってやったの?どうやるの?」

「波動さん…用があるのはミリオだ。あと、物間くんも嫌そうだ」

 

体育祭から1週間と少し。優勝の熱も落ち着き始めた頃、僕は食堂で昼食を食べていた。いつもはB組の愉快なクラスメイトと食べるのだが、今回はまた特殊な状況だ。

 

「それに……俺達の前に先客がいるようだ」

「いえ、オレは別に。蕎麦食ってるんで」

 

「……はぁ」

 

僕の正面の3つの席を埋める偉大な先輩方の1人、天喰環(あまじきたまき)とA組の轟焦凍の会話の様子を横目に見ながら、思わずため息をつく。

 

「見れば見るほど不思議な子だね。ミリオが気にかけるのもわかるかも」

「サーが気に入ってた子だからね!そりゃ勿論、俺も気になるさ!」

 

正面で質問攻めしてくる波動ねじれとその横で笑顔を浮かべる通形ミリオの姿を見ながら、僕は天井を見上げ、どうしてこの状況になったのかを思い出していた。

 

『…物間。これから昼飯か?もしよかったら、一緒に食わねぇか?』

 

そんな、轟の一言から始まった筈だ。何か話があるのは雰囲気で悟ったし、断る理由もない。話の内容も予想できていたが。

 

それぞれの昼食を注文する為少し別れ、僕はグラタンと共に空いている席へ座ろうとした。轟もその後蕎麦を持って僕の正面へ向かおうとした所だったが、それより先に席を埋めた人がいた。正面の女性が口を開いた。

 

『君が物間寧人くん?だよね。今年の1年の体育祭の話は有名だから、顔はわかるんだ』

『…物間、この人は?』

 

取ろうとした正面の席を諦め、僕の横に座った轟が、当然の疑問を僕に向ける。

 

『波動ねじれ。3年の体育祭で見事準優勝を飾った先輩だよ』

『あれ、不思議。なんで知ってるの?』

『録画してたので』

 

先日行われた雄英体育祭はド派手に全国放送されている。それは学年問わず同じだ。3年の体育祭もある程度僕は見ている。準優勝という功績ならば、記憶にも残りやすい。

 

『そっかそっか。じゃあ話が早いね。…あ、ミリオ!環!こっちこっち』

 

だから、続いて波動の両横に座った2人の先輩についてもある程度知識はあった。勿論初対面だが、波動の口ぶりだと僕に用がある事はわかる。ただ、何の用かはわからなかった。

 

『初めまして、だね!3年B組、通形ミリオ。よろしく!』

『どうも。それで、どうして3年のトップの通形先輩がここに?』

『珍しくサーが興味を持った生徒だからね!俺も気になっているのさ!』

 

その言葉を聞いて、納得がいった。プロヒーロー、サー・ナイトアイと繋がりがあるのなら僕に話しかけるのは不思議な事じゃない。

 

『わかりました。とりあえず、轟との話が終わったらでいいですか?』

 

どんなに偉大な先輩方であろうとも、先約は轟だ。順番は守ってもらおう。

 

『勿論大丈夫さ!…俺はね』

『…俺、()?』

 

『それで、私の《個性》も使えるの?ちなみに《波動》はね、威力はあるんだけどねじれちゃうから速さはないんだ。なんでかな?』

 

そんな僕の願いは叶わず、正面に座る波動ねじれの口が開いた。そして全く閉じない。好奇心旺盛なその性格で、会話のペースが独特だ。

 

こうして轟焦人と僕、そしてビッグ3との奇妙な昼食が始まった。

 

 

⭐︎

 

「轟、話を聞こうか。用があったんだろう?」

「いいのか?」

「いい。どうせ職業体験の話だろう?」

 

いい加減話を進めないと不味い。未だ興味津々の視線を向けてくる波動ねじれを無視し、僕は強引に轟に会話を促す。

 

当然だが、昼食時の食堂には生徒が多い。その多くの生徒はこの異色なメンバーでの食事に奇怪な視線を向けている。目立ちたくない訳でも無いが、見世物のような扱いをされるのは困る。

 

さっさと話を切り上げたい気持ちが生まれてくる。恐らく2人とも同じ用件なのだ、結局はまとめて話す事になるだろうが。

 

「今回の職業体験で、オレは親父から指名を受けた。そして確認なんだが、お前も指名されたよな?」

「まぁね」

「えー。やっぱ凄いんだねぇ、物間くん。エンデヴァーとの繋がりもあるんだ」

「…あの有名な“親子対決”の一端を担ったんだ。不思議な事じゃないよ、波動さん」

 

轟の言葉に肯定し僕は先輩方の反応を見る。どうやら、僕とエンデヴァーはそれなりに深い関係だと勘違いされているようだ。

 

エンデヴァーの、息子への歪んだ固執について詳しくない一般人には単なる興味湧くイベントのように感じたのだろう。

 

実際はその轟焦人に対する執着を利用し、《ヘルフレイム》を僕が使う状況まで持っていっただけなのだが。まぁ、人様の家庭事情など知る由もない。

 

…そんなこんなでエンデヴァーと関わりを持った僕だが、何故か彼には嫌われていない。寧ろ気に入られている方だ。

 

その証拠に指名が来た。あのNo.2から。

 

「…オレは、親父の指名を受けようと思ってる。父親の下じゃなく、No.2まで登り詰めたプロヒーローの下で学ぶつもりだ」

 

以前の…僕と轟の準決勝よりも迷いがない顔つき。体育祭のあと、何か気持ちを切り替えるきっかけを得たのだろう。そういえば、“しなきゃいけない事”があると言っていた。それを終えたのだろう。

 

そんな轟は言葉を続ける。

 

「それで正直、物間にも来てくれると助かると思ってる。やっぱアイツと2人きりってのは慣れねぇから。それにお前とも仲良くしていきたい」

 

…どうやら、僕は轟父子に随分と気に入られているらしい。意外な高評価に僕は内心で驚いていた。

 

No.2ヒーロー、エンデヴァー。そこでの職業体験で得るものは少なくない。それは考えるまでもない事だ。

 

No.1のオールマイトは雄英教師なのだから当然だが、僕が受けた指名の中では最もヒーローチャート…順位が高い。

 

断る理由など無いに等しい。だが。

 

「悪いね、轟。もう行く所は決めてるんだ」

 

そう言って僕は轟に向けていた視線を、左斜め前に向ける。

 

通形ミリオ。個性《透過》を駆使し3年雄英体育祭の優勝を飾った、トップクラスの実力者。恐らく、この高校で彼に敵う生徒はいない。僕ですらも。

 

そして先程から一方的に話す波動ねじれから聞いた情報では、現在サー・ナイトアイの下でヒーローインターンを行なっている。

 

僕はオールマイトのように常に笑顔を浮かべる先輩へ向かって、頭を下げる。

 

「少しの間ですが、お世話になります。通形先輩」

 

それは僕が、サー・ナイトアイの指名を受け入れる事の表明だった。

 

僕の中に、迷いはなかった。

 

 

⭐︎

 

 

職場体験。

 

その説明は、先日のヒーロー情報学の授業で詳しくされた。我らの担任ブラド先生の説明はいつもわかりやすくて助かる。

 

体育祭の結果や個人のコネクションで全国のプロヒーローから指名が来る…というより、来た事。

本格的な指名は即戦力となる2・3年生からであり、ここでの指名は将来性に対する興味に近い事。

 

そして、ハイテクな黒板に表示されたB組の指名件数は、1位が僕、次点で塩崎、鉄哲、拳藤。あとは騎馬戦で派手に《個性》を見せた骨抜や凡土などがチラホラと。

 

「あぁ…!!やっぱダメかー…」

「そりゃそうだ。障害物競走では《個性》を温存して、騎馬戦でも見せ場無かった奴に指名なんか来るわけないよな…」

 

多くのクラスメイトが憂鬱な気分になるが、当然とも言える結果だった。今回B組で目立ったのは本戦のトーナメントに参加した物間騎馬の4人だ。

 

鉄哲が1回戦負けにも関わらず少し指名数が多いのは、2回戦の僕の戦いが影響してるだろう。《スティール》の可能性を広げた戦い方は、僕の評価を上げると共に鉄哲の潜在能力に気付かせる。

 

拳藤も騎馬戦での咄嗟のサポート力、短所長所がはっきりしている《個性》なので育てやすい。そんな観点から指名数を少し伸ばしているのだろう。

 

塩崎に関しては言わずもがな。3位という記録は伊達じゃない。

 

とりあえず、僕が目をつけた3人に関しては心配いらないだろう。職場体験を終えた頃には更に強くなって帰って来る事を確信した。

 

その他の生徒に関してはどうするか……そんな事を思案しながら、僕は自分を指名したプロヒーローの一覧に目を通していた。

 

「No.9のリューキュウ…No.5のエッジショット…No.4のベストジーニスト……」

 

今や名高いプロヒーローが名を連ねているのを見ながら、更に目を通していく。不思議なことにNo.4のベストジーニストに指名を貰った事は素直に喜べなかった。

 

No.2ヒーロー、エンデヴァーの名前を見た時は思わず二度見したものだ。指名が来るとは思っていなかった。

 

そんな中僕は、“サー・ナイトアイ事務所”の文字を見つける。

 

「…………」

 

個性《予知》の存在を噂程度に知っていた僕は、思わず笑みを溢した。

 

もはや、ヒーローチャートの上位に名を連ねるプロの事など、頭から消え去っていた。どうでもいいとすら言える。

 

期待はしていた。優勝という箔がついた僕になら、可能性はあるんじゃないかと。

 

個性《予知》ーーーー“超常”の中の“超常”に()()()瞬間を、僕は心の底から渇望していた。

 

 

⭐︎

 

 

そんな先日の事を思い返しながら、僕は下げていた頭を上げ、通形ミリオに向き直る。

 

「うん。歓迎するよ、物間君」

 

笑顔で応えてくれる通形先輩。僕は同じように笑顔を返しながら、質問する。

 

「ちなみに、ナイトアイが僕を気にかける理由って知ってますか?」

 

ナイトアイがこの様な形で生徒を指名するのは珍しいとブラド先生から聞いている。目の前の通形ミリオの様な潜在能力を認められた生徒が指名されるので、ナイトアイのお眼鏡に僕は適ったという事だ。

 

その理由。いつ、どの戦いから僕の実力を認めたのかを問う。

 

「やっぱり、僕と…この横にいる轟との準決勝ですか?」

 

僕に断られたが表情は変わらない轟を親指で指差しながら、続けて聞く。

 

僕と轟の“擬似親子喧嘩”。No.2ヒーローのエンデヴァーが間接的にだが雄英体育祭に参戦、しかも相手は実の息子となると、話題になるのは当然だった。今年の1年体育祭が例年よりも目立っているのは、この事が大きい。

 

その戦いぶりから僕の強さ…一部では《ヘルフレイム》の強さと噂されているが、普通科のやっかみとして気にしないことにしている。

 

それはそうと、あの準決勝で僕の実力を認めた人は多い。

 

ナイトアイもその中の1人だろうか、と予想を立てた。だが、通形先輩は首を横に振る。

 

「いいや、違うさ。サーは決勝…爆豪君との戦いを見て君に指名を入れたんだ。興味を持ち始めたのは、たしかに準決勝だったらしいけどね」

 

僕が体育祭に臨んでいる間、この人も体育祭の真っ只中だ。恐らく、後にナイトアイの相棒から聞いた情報だろう。

 

「サーはこう言っていたらしいんだ。……()()()()()()()()()()、と。心当たりはあるかい?」

 

正直に言えば、ある。

 

僕の全力を以てしてやっと発揮できる大技。長い時間をかけ戦いの中で相手を理解…“真似(コピー)”し、“同調(シンクロ)で《個性》を通して更に理解を深め、相手の動きを“予知”する。

 

僕が確実に“本物(オリジナル)”を超える事ができる、僕にしかできない“予知”、“同調・未来視(リアライズ)

 

情けない事だが、爆豪戦ではそれまでの負担に身体が耐えきれなかったのであと一歩及ばなかった。

 

どうやら、ナイトアイはその動きに興味を持ったらしい。画面越しでもそんな事がわかるナイトアイの観察眼には驚く。…だが、本当にそれだけだろうか?確かに僕の“未来視”はナイトアイの《予知》に似ているかもしれない。そこに興味は生まれるだろう。

 

けど、イマイチ納得がいかない。それだけの事で態々職場に一生徒を招き入れるだろうか。モヤモヤする。

 

だが、この事を口頭で説明するのは難しい。“未来視”の概念も、僕の懸念も。

 

「えぇ、まぁ」

 

だから曖昧にその辺は誤魔化して、僕はこの食堂を後にする事に決めた。また近い内に通形先輩とは会う事になるのだから、今人目が多いこの場所で懇切丁寧に説明する必要はない。

 

轟に別れの言葉を告げ、僕は食堂を出て教室に戻る。長話しすぎたせいで、昼休みはもうすぐ終わりだ。

 

「ところで轟くん。その火傷の跡ってどうしたの?」

 

何やら地雷を踏みに行った波動ねじれの言葉を薄らと聞きながら、 B組に向かう廊下に向かい、歩く。

 

「あ、物間くんや」

「昼休みはあと僅かだ!速やかに教室に戻った方がいいぞ!」

 

そんな廊下で、A組のよく見る三人衆。飯田、麗日、緑谷と遭遇した。それぞれ、手には教科書とノートを持っている。

 

「やぁ。移動教室かい?」

「うん。今日は13号先生の救助訓練講座なんだ。大きいモニターがある2階の教室じゃないとダメらしいよ」

「なるほど」

 

波動ねじれに捕まった轟は大丈夫だろうか、と少し心配しながら緑谷に声をかける。僕が心配に思ったのは轟だけじゃなく、緑谷もだ。

 

「それで、そのボロボロな姿は喧嘩でもしたのかな?」

「…あはは」

 

苦笑いを浮かべる緑谷の姿は腕や脚、顔に多少の傷を浮かべたものだった。大方、《個性》の扱い方に苦戦しているのだろう。

 

…まだ使う使わないのスイッチに囚われているって所だろうか。

 

何はともあれ、僕からのヒントを得て小さな一歩を踏み出したところだ。これ以上僕が口出しする必要もない。

 

なので、職場体験に話題を変える。

 

「ところで、君はどこで職場体験するんだい?」

「えーっと…グラントリノって方で、もう引退してるけど雄英教師だった事もあるらしいんだ。知らないよね?」

「へぇ、知らないな。そっちの2人は?」

 

グラントリノ…僕には聞き覚えがない名前だ。一応頭の片隅に入れておき、緑谷の両端にいる2人にもどこにいくかを聞く。

 

麗日がバトルヒーロー、ガンヘッドの事務所。そして飯田がノーマルヒーロー、マニュアルの事務所。

 

「…へぇ」

 

それを聞きながら、僕は飯田に目を向ける。飯田天哉の兄…プロヒーローインゲニウムの話は噂として耳に入っている。巷で噂のヒーロー殺しの件だ、話題性は高い。

 

「どうした?物間君。…って、あと1分で授業開始だぞ、行こう2人とも!」

「あ、うん!」

「またね物間くん!」

 

生憎飯田天哉に詳しい訳ではないが、いつも通りA組委員長としての責務を全うするような態度、兄の件を引きずっている様子はないように思える。

 

部外者の僕が口出しするわけにもいかない。A組の3人をそのまま見送って、僕はB組の教室へ戻った。

 

あぁ、僕はオールマイトの元相棒(サイドキック)の所だよ、って緑谷に伝えておけばよかった。どんな反応をするか楽しみだったのに。

 

…体育祭を通して、A組の数人と軽く話す仲にはなった。轟や緑谷には僅かに尊敬されている気がするし、2回戦で戦った切島とも廊下で声をかけられる。鉄哲(バカ)枠はもう充分なのだが。

 

あと、コスチュームの件で八百万の手も借りたっけな。顔見知りになっておいてよかった。

 

「あ、いた物間。さっきミッドナイト先生が呼んでたよ」

 

そんな事を思い返しながら教室に入るや否や、拳藤がそう声をかけてくる。

 

「…ミッドナイト先生?何かしたっけ?」

 

「アンタねぇ…。ヒーロー名、B組の中で決めてないのアンタだけよ?多分その件」

 

………ヒーロー名?初耳だ、ヒーロー名を決める話なんて僕は聞いてない。だが、プロヒーローの下で職場体験する上で僕らヒーロー志望も名前があった方が都合が良いのは確かだ。話の流れとしては納得がいく

 

ということは。

 

「職場体験の説明の後、ミッドナイト先生がヒーロー名考案の時間取ってくれたでしょ?」

 

…その時間は、僕が《予知》に心奪われている時間だ。どうやら、上の空でヒーロー名の話題が耳に入っていなかったらしい。これは失態だ。

 

「ヒーロー名…か」

 

しかし参った、思いつかないのだ。本名でもいいが、エンデヴァーのような深い意味のヒーロー名に憧れる気持ちはある。適当につけるのは気が進まない。

 

「…拳藤は何にしたんだっけ?」

「バトルフィスト、わかりやすいでしょ?」

「確かに」

 

《大拳》を使ったパワー、それがヒーローとしての拳藤の魅力だ。女の子っぽいかどうかはともかく、名前と特徴が繋がっている。

 

オーソドックスな名前の付け方と言える。

 

…けど。

 

「僕の《個性》だと、そういうのはできないな」

「あー、確かに。イメージが定まらないよね」

 

僕の《個性》コピーはそう単純にはいかない。確固たるイメージは無く、臨機応変に適応していくヒーローになる事は間違いないだろう。

 

そうなると神出鬼没や、曖昧なイメージをヒーロー名に取り込むのも手だろう。

 

授業が始まったので、拳藤は僕から離れて席につく。ヒーロー情報学の授業が始まって数分、僕は自身のヒーロー名について真剣に考えていた。

 

「…幻影(ファントム)、うん。ピッタリだ」

 

幻のように曖昧な存在。それが僕のヒーローとしての方向性、それが変わることはない。強さも弱さも状況によって常に変動する。

 

そして、他人の《個性》を使うという僕の戦い方も考慮するなら。

 

「“ファントムシーフ”…か。悪くないな」

 

幻の泥棒。怪盗のようなヒーロー。“正義”とは少しズレている気もするが、そもそも僕に“正義”は似合う気がしない。

 

何にでもなれる、幻のようなヒーロー。

 

これから一生付き合っていくであろうヒーロー名を数回反芻し満足した後、僕は数日後始まる職場体験に思いを馳せた。



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お世話になります

サー・ナイトアイについて、僕が知ってる事をまとめてみよう。

 

自分にも他人にも厳しくストイックな仕事が有名なヒーロー。テレビなどのメディアでも厳しい顔つきがデフォルトの、スパルタと聞いている。

 

個性《予知》の詳細は本人が好んで明かさない事もあって僕には調べ上げる事が出来なかった。その事もあり、僕の職業体験はその情報だけでも実りあるものになる。

 

そして…No.1ヒーロー、オールマイトの元相棒。どんな理由でコンビ解消をしたのかは知らないが5、6年前に2人は別の道を歩み始めた。

 

…だが、僕はそこに興味は無かった。オールマイトとの関係や《個性》については後回し。僕の目的は《予知》をコピー出来るかどうか。

 

大して珍しくない《シャチ》や《兎》などの動物系個性とは異なる上、《爆破》などの発動系個性とも少し異なる特殊なパターン。

 

…“時間”という世界の理に反する《個性》。概念すら崩す“超常”。それが《予知》だ。

 

それに()()()。この目的に、オールマイトは関係が無かった。

 

「受け継ぐ《個性》。物間寧人、貴様を後継者として育てる役目を、私が受け持ってもいい」

 

ーーーけどそんな僕の想いとは裏腹に、僕は平和の象徴の《個性》と密接に関わっていくことになる。

 

 

⭐︎

 

「全員コスチュームは持ったな?…よし。さぁ行ってこい、我が教え子達よ!くれぐれも失礼のないようにな!」

 

ブラド先生の激励の言葉に、はい!と皆が口を揃え解散する。それぞれが自身の職場体験へ向かっていく。勿論僕も、コスチュームが入った鞄を手に歩き出す。

 

「お待たせしました、通形先輩」

「大丈夫さ!さぁ、行こう、サーの所に!…あ、あと俺の事はミリオでいいからね。事務所ではヒーローネーム使うから、あまり畏るのは良くないだろう?」

「それもそうですね、ミリオ先輩」

 

迎えに来てくれたミリオ先輩と一緒に電車に乗る。ここから到着には1時間ほど掛かるので、先輩と2人で会話して時間を潰す。

 

「先輩のヒーロー名って、“ルミリオン”でしたよね?良い名前ですね」

「わかる?俺もそう思う!全てとまではいかないが100万、オールじゃなくともミリオンを救う人間になりたい、そう思ったんだ!」

 

だからルミリオン、か。目標が高すぎるなんて考えはよぎらない。雄英のトップは、いつかその夢を叶えるだろうという確信があった。

 

「今の口振りだと、オールマイトも意識してるんですけど」

「そりゃあ、昔からの憧れだからね!君は、“ファントムシーフ”だっけ?」

 

僕の、“何にでもなれるヒーロー”を表す名前。実は結構満足している。

 

「先輩、結構オールマイトのファンなんですね。言われて見なくても雰囲気が似てます」

 

いつも笑顔な所とか、コミカルな雰囲気はオールマイトを彷彿とさせる。オールマイトへの憧れの気持ちが起因してるのだろうか。

 

「勿論さ!ま、サーには負けるけどね!」

「?…ナイトアイってオールマイトのファンなんですか?」

「事務所に行けばわかるよ!結構ポスターも貼ってあるんだ!…君は、オールマイトに憧れたりしないのかい?」

 

意外なナイトアイの前情報を聞きながら、ミリオ先輩の質問について考える。

 

「…どうでしょう。あの人みたいになりたいって気持ちは、多少あるんですけどね」

「なんか複雑な顔してるね!悩み事かい?」

 

僕の微妙な表情からミリオ先輩が更に明るく振る舞う。優しい気遣いだが、僕自身もこの質問に困惑していた。

 

僕にとってのオールマイト。謎に満ちた彼の《個性》。恐らく今の僕では《コピー》できない特殊な《個性》だ。

 

まだ、僕の力は不足している。平和の象徴は遥か高みにいる。彼の姿だけはコピーできないのだ。

 

…?

 

心のどこかでモヤモヤが広がる。

 

僕らヒーロー志望は強いヒーローになりたい。それは当然だ。つまり、オールマイトを目指すも同然。僕だって、No.1ヒーローにはなりたい。

 

…けど、“平和の象徴”になりたいと、僕は心の底から言えるのだろうか?いや、なりたいのではなくーーー。

 

「難しい顔だね!良くないぜ!くれぐれも、サーの前ではダメだ」

「…はぁ、そうなんですか?」

「あぁ。知らないと思うけど、サーの性格はユーモア重視!笑顔が大好きなんだ!」

 

またもやナイトアイの意外な一面。だが、オールマイトの相棒と考えれば納得できるものだ。

 

「笑顔…ですか。ちょっと自信ないんですけど」

 

そう言いながら、練習も兼ねて笑ってみる。

 

「うん、相手を論破した直後の顔だね!それもユニーク!」

 

ウザい顔なのは充分に伝わったので、僕は早々と笑顔の練習は諦めた。ゴマをするように相手の好みに合わせるのは僕らしくもないし。

 

それにしても、こうして電車で座りながら雄英のトップと話をするなんて少し前の僕じゃ考えつかなかったな。なんて、僕がこの現状を思ってる間にも電車は進んでいく。

 

目的地、ナイトアイ事務所に向かって。

 

⭐︎

 

「合格だ。もうすぐウチの相棒達はパトロールを終えて帰ってくる。顔合わせや自己紹介はそこで済ませておくんだな」

 

軽い挨拶と僕との握手を終えたナイトアイは、その言葉を残して事務所の一室に入って行った。何かしらの業務が残っていたのだろう。

 

「…え?」

「凄いじゃないか物間君!サーがあんなにあっさり受け入れるなんて!」

 

場所は移り変わりナイトアイの事務所で、僕はポカンとした間抜けな表情を浮かべていた。スパルタなイメージを持っていたから、なんとも拍子抜けだ。

 

「…まぁ、指名貰った側ですからね。そりゃ門前払いはされませんよ」

 

笑わせろ、なんて無理難題をふっかけられる事も想定していたが要らぬ心配だったようだ。

 

「バブルガール達を待っている間は事務所の紹介でもしようか?今サーが入って行ったのは資料室で、これまでの事件がまとめてーーー」

 

「すいませんミリオ先輩。ナイトアイと2人っきりで話してきます」

 

一年近くもナイトアイに起用されているミリオ先輩は、勝手知ったる口振りで事務所を紹介してくれる。だが、申し訳ないけどそれを中断させ、ここで待っていて欲しいと告げる。

 

僕は返事も聞かずに、件の資料室とやらに向かう。ナイトアイが入った部屋だ。

 

「失礼します」

 

中に入り、ドアを閉める。四方がファイルの詰まった棚で囲まれている部屋で、その奥の1人がけのソファに座るナイトアイと向かい合う。

 

急ぎの業務に追われている様子はない。ナイトアイと話す為に部屋に入ってくることが、()()()()()()()()()()()()()()()、僕と目を合わせる。

 

やっぱりか。

 

…初対面なのでこっそり《コピー》するのを遠慮した僕に構わず、ナイトアイは《予知》していたようだ、先程の握手の時に。

 

「…視たんですね。流石《予知》だ」

「貴様の目的はそれだろう?」

「へぇ、それも視たんですか?」

「いいや、これはワタシの予想だ」

 

正解、流石プロヒーロー。僕の狙いは勘破されていた。

 

「お恥ずかしながら、僕が《コピー》を本格的に使い始めたのは最近でして。どの程度まで適用出来るのか調べておきたいんです」

 

それが、僕がナイトアイ事務所を選んだ理由。

 

「ところで、どうして僕なんかを指名したんですか?ナイトアイに指名されるなんて思っても見ませんでした」

 

では、ナイトアイが僕を選んだ理由は?それを単刀直入に聞く。

 

「体育祭の優勝者だ、戦い方もワタシと似ていると来た。それ以外に理由が必要か?」

 

ミリオ先輩から食堂で聞いた情報、確かに筋は通っている。本当にそれだけの理由だろうか、という疑問は残るが納得はする。

 

「まぁ、貴方がそう言うなら」

 

深くは聞きませんよ、そう言いながらナイトアイに歩いて近付き、手を伸ばす。当然《コピー》する為だ。今回の目的である、《予知》を。

 

するとナイトアイは立ち上がり、僕の手をひょいと避ける。

 

「……………」

 

もう一度手を伸ばす。先ほどよりも少し速く。

 

ナイトアイはそれも避ける。

 

「…………」

 

数回、小学生の小競り合いのように無言でそれを繰り返した後、僕は怪訝な顔をナイトアイに向ける。

 

「…どう言うつもりですか?」

 

険しい顔で、僕を見定めるような視線。長身のナイトアイに見下ろされる形になる。

 

「物間寧人、ヒーロー科1年B組。逢沿中学校出身で、中学での身体把握テストで学年1位を3年間維持。体術や剣術などの心得もアリ、と。間違い無いな?」

 

間違いは無い。中学までの体力測定では個性の使用は禁止なので、全員無個性で測る。そうなると僕の横に出るものは居ない。当たり前と言えば当たり前の話。

 

「…ただの1生徒をそこまで調べてるんですね。いやぁ、光栄ですよ」

 

光栄?とんでもない。はっきり言って異常だ。単なる職場体験で迎え入れる生徒を前もって調べるのはおかしくはない。だが、調べすぎだ。

 

確実に、何かを企んでいる。

 

「《コピー》…体に触れた者の個性を五分間使い放題にする《個性》、か。これは間違いではないが適当でもない」

 

「ーーー流石にそれは、テレビ中継で見てわかる情報の域を越えてますよ」

 

思わず口を挟んでしまったが、それに構わずナイトアイは僕の《個性》の見解を述べていく。

 

「“触れた者の《個性》を自身に宿し、()()する《個性》”だろう?《コピー》の本質は」

 

隠していた訳でも無いが、教師にも言ってない情報、“同調”についても指摘するナイトアイ。思わず感嘆の声を漏らす。

 

「…凄いな、満点回答ですよ」

 

「貴様の《個性》とは違うが、“似た個性”を相手した事もある。その系統には詳しい」

 

“似た個性”…()()、か。どこかのヴィランだろうか。一瞬気にかかったがすぐに頭を切り替え、ナイトアイとの会話に集中する。

 

「それでも、あの準決勝を見ただけで辿り着くのは驚きですよ」

 

《予知》抜きにしても、ナイトアイの観察眼には舌を巻かざるを得ない。“同調”についても見る人が見ればわかるのだろうか。

 

ーーーだが、どうしてそこまで僕を調べた?

 

その疑念は再燃する。

 

そんな僕の疑いの視線を受け、ナイトアイが口を開いた。

 

「一つ聞こう。オールマイトの《個性》はコピーしたのか?」

 

そんな質問。僕の答えはノーだ、首を横に振って答える。触れるチャンスは体育祭以降あったが、あえて《コピー》していない。

 

「…そうか。では、貴様が《コピー》できる個性は一つだけか?」

「質問は一つじゃなかったんですか?」

「ボーナス問題だ」

 

それでいいのか、という言葉をグッと飲み込みながら質問に答える。

 

「一つですね、例えば今貴方の《予知》を僕の身体に宿しても、ミリオ先輩の《透過》は共存出来ない」

 

「そうか、まぁいい。貴様が言った事だ、本格的に使い始めたのは最近だと」

 

「なんの話ですか?」

 

要領を得ない応答に思わず口を挟んで先の言葉を促してしまう。《コピー》を使い始めたのは高校からという言葉が、今関係するのだろうか。

 

「貴様も知っているだろう?…()()()()()を」

 

個性は成長する。その事実は知っている。事実、“過去視”で見たエンデヴァーの《ヘルフレイム》の熱量は、数年前よりも増していた。

 

「…なるほど、“ストック”ですか」

「そうだ、貴様の《個性》の成長によって、自身の個性の許容数が増えるかもしれん」

 

本当にそうなるかはわからないが、今後使い続ける上で2つ同時とは行かなくとも、テレビのチャンネルを切り替えるように“個性(コピー)の切り替え”が出来る可能性はある。

 

それはまぁ、いいとして。

 

どうしてナイトアイは僕の《個性》について真剣に検討しているのか?物間寧人という存在に何を求めているのか?

 

その理由についてはまだ確信は持てない。ただの予想の域を出ない僕の仮説は、口に出す訳にもいかない。

 

それに、今日の本題はそれではない。

 

「まぁ、僕の《コピー》の話はいいとして、《予知》をコピーさせて貰ってもいいですか?あ、あと《予知》の情報とかあると助かりますね」

 

僕の《コピー》はイメージ力に左右される。仮に僕が《予知》を身体に宿したとしても、発動の条件や未来を視る感覚のイメージを知っておく必要がある。先程の握手で“視た”事から、僕と同じく触れるのが条件と予想はしているが。

 

僕はコピーの為の《予知》に関する最低限の情報を聞く。が、ナイトアイはこの質問には答えなかった。

 

「先程の質問に答えよう。貴様を指名した理由は、貴様を見定める為だ」

 

「…はぁ」

 

そんな唐突な言葉に困惑する中、ナイトアイは更に続ける。

 

「貴様の今の実力、潜在能力(ポテンシャル)、人間性を加味し、ワタシの信用に足る人物かを判断させて貰う。この二週間でな」

 

そう、宣言した。

 

「随分と上から目線ですね。それに、まだ最終的に何をさせたいのかも言ってませんよ」

 

「言っただろう。ワタシの信用次第だと」

 

つまり、目的も2週間後までお預けって事か。…ふざけた話だ。もはや話にもならない。

 

「いくら温厚な僕でも不愉快ですね。僕を指名したのはそちらでしょう?」

 

流石に苛立ちの声が漏れる。これから2週間値踏みされると思うとうんざりするのも仕方のない事だ。

 

「僕に何を求めてるのかは知りませんが…。今、ここで帰ってもいいんですよ?」

 

勿論ハッタリだ。流石にそこまでガキのような事はしないが、話の主導権を握るためにあえて強く出る。

 

しかし、この展開も《予知》で視ていたのか動じた様子は無い。

 

「貴様がそれでいいなら構わない。貴様の目的は叶わないがな。…()()()()()()

 

ここでナイトアイと喧嘩別れしてしまうと、僕の《予知》をコピーするという目的は確かに叶わない。しかし…()()

 

「ワタシの《予知》を以ってすれば、貴様が《予知》をコピーする未来は無くなる」

 

「…つまり、2週間《予知》を我慢しろ、と?」

 

2週間をこの事務所で過ごさない限り、僕の悲願を妨害し続けるという事を宣うナイトアイ。おいおい。

 

「…人の一生を正確に視る《個性》?いくらなんでも、“超常”の枠を超えてるだろ…」

 

思わず呟いた言葉にも、ナイトアイは反応しない。このセリフも《予知》で視ていたのだろうか。

 

流石にナイトアイの言葉をそのまま受け入れる事は出来ない。今後数年を正確に《予知》するだけでも異常なほど強個性だ。有り得ないにも程がある。

 

僕の予想では触れる事が最低条件、長くて数時間後の未来を視る《個性》だった。ナイトアイの言葉は、そんな予想を遥かに上回る。

 

「…いや、確かめる事はできる」

 

《予知》について詳しくは知らない。僕が先程自分で言った事だ。だが、確かめる方法はある。

 

今、ここで《予知(コピー)》を使い実験すること。

 

「ワタシに挑むつもりか?この条件で貴様に勝利は無い。ワタシが視た通りだ」

 

「…はは、そう自信満々に言われちゃその気も起きませんね」

 

僕の諦めたような乾いた笑いが部屋に響き、一瞬の静寂。

 

 

 

好機(チャンス)

 

 

 

「ーーーーワタシが息を吸ったタイミングでの奇襲」

 

伸ばした僕の腕を掴みながらナイトアイは呟く。僕の掌はナイトアイの肩ではなく、空気に触れている。

 

「人間は力を入れる瞬間必ず息を『止める』か『吐く』…逆に言えば、『吸う』タイミングは人間の無意識な油断だ」

 

「それに加えて不明瞭な視線、全てに対応できる重心、“触れる”為の技術(スキル)か?」

 

「ーーーだが、ワタシには全て“視えている”」

 

たった一瞬の攻防で、全てを見抜くナイトアイ。僕は掴まれていた手を離してもらい、降参のポーズを取る。

 

一撃を入れろという課題(ミッション)ではなく、触れろという課題。それすらもクリアできないとはお手上げだ。《予知》の強さには恐れ入る。

 

「さぁどうする?貴様は2週間《予知(コピー)》の我慢を了承するだけだ」

 

これまでの話し合いをまとめる。

 

ナイトアイの望みは、僕の価値を見定める事。言い換えれば、僕の全力を見る事だ。

この話し合い…《予知》をお預けにしなければ、この職場体験で僕は手を抜くと思っていたという訳だ。

 

その見解は、()()()()()()()()()()()

 

例えば轟焦凍はエンデヴァーの元に向かった。それは彼のヒーローとしての資質を学ぶ為。

 

対して僕の目的は《個性》。ヒーローでは無い。

 

もし初日に《予知(コピー)》が済んでいたら、僕は真摯に職場体験に向き合っていただろうか。断言は出来ない。

 

……僕はヒーローよりも《個性》に興味がある。そういう人間だからだ。

 

「ワタシの《予知》は、貴様の言う“超常”その物だ」

 

そう言われると、益々《コピー》したい欲は増す。当然だ、期待以上の《個性》なのだから。僕が“個性マニア”というのも調査済みなのだろう。

 

仮にハッタリだとしても、そこまでしてナイトアイが僕を引き留める理由にも興味が沸く。こんな話し合いをする程、どうしてナイトアイは()()()()()()()

 

僕が2週間滞在すればこの2つの目標は達成できると見ていい。後者はナイトアイの信用を勝ち取る必要があるが。

 

そう考えればここで帰るのは得策ではない。取引とも言えない取引に、僕は応じる。

 

「…2週間、お世話になります」

 

そう言った僕の顔はひどく仏頂面だったに違いない。が、ナイトアイはそれにも構わず手元の書類に印鑑を押した。

恐らくあれで、職場体験受け入れが正式に決まったのだろう。

 

こうして僕とナイトアイの、最悪な顔合わせは幕を閉じた。

 

 

⭐︎

 

 

話を終えて僕とナイトアイが一緒に資料室から出た時にはミリオ先輩とナイトアイ事務所の2人の相棒が集まっていた。

 

「あ、出てきたよバブルガール!センチピーダー!って、何だか険悪な雰囲気だね!という事で自己紹介をどうぞ、まずはバブルガールから!」

「えぇっ!?最悪なフリにも程があるよミリオ君!」

 

「物間寧人です。趣味は人の真似で、今1番知りたい事はナイトアイが嫌がる事です」

 

まず、その辺にあるオールマイトのポスターを捨てて行こうと思っている。

 

「凄い素直な悪意だねぇ!初対面で嫌われすぎじゃないですかサー!?」

 

そんな涙目のバブルガールに構わず、ナイトアイはもう1人のサイドキック、ムカデのような人に声をかけた。

 

「センチピーダー。昨日言った通り、明日の朝イチで移動してくれ」

「了解しました、保須でしたよね?」

「あぁ」

 

そんな業務連絡を耳にしながら、僕はナイトアイの嫌がる事を考え続けていた。

 

そうだな、まだ仮免もない僕が街中で《個性》を使うと、ナイトアイの監督責任で減給とかにならないだろうか。うん、今しがたナイトアイの下で職場体験が決まったのだ。問題無いな。

 

「…はぁ」

 

前途多難、その一言に尽きる。見定めるような視線を浴びながら僕は深いため息をついた。

 



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もう大丈夫。

「ーーーぐっ!」

 

《透過》の応用ワープで背後を取られた。それは予測出来たが、ガードのため組んだ腕をすり抜け、僕の腹に拳がめり込む。普通に痛い。

 

「また負けた…」

「まだまだ甘いね!いくらなんでも、一年坊に遅れは取らないさ!」

 

ナイトアイ事務所での職場体験が始まって1週間。もはや日課と化している早朝のミリオ先輩との1vs1を終え、朝日を眺めながら会話する。

 

まぁ、僕は腹パンされてうつ伏せになってるから朝日は見えないんだけど。

 

「ぐ…わかっちゃいたけど強過ぎる…」

 

僕とミリオ先輩との相性が悪いのを抜きにしても、ミリオ先輩の積み重なった経験での予測は凄まじいものだ。

 

悉く動きを読まれて、躱される。

 

それに、《透過》を《コピー》するにも触る為の手はすり抜けてしまうのでどうしようもない。こうしてなす術なく腹パンされるまでがいつもの流れだ。

 

一度だけミリオ先輩の油断から《透過》をコピー出来たこともあったが、その時は着ていた服が脱げるというハプニングもあったものだ。勿論露わになった僕の腹には容赦なく拳が飛んできた。圧倒的屈辱。

 

以降、こっそり夜中に《透過》の練習をしたりしている。

 

《透過》は思っていたより調整が難しい個性だ。ワープやすり抜けなどはまだ形にもなっていないが、今日では何とか服を着たまま発動させる事ができるようになった。

 

まぁ、それでもミリオ先輩には敵わない訳で。

 

「流石、雄英のトップ…。3年生の中じゃ敵無しじゃないですか?」

 

それどころかこの人、プロも含めてもトップクラスのヒーローじゃないか。

 

「いいや?決勝で波動さんとは良い勝負だったし、環も俺と同じくらい強いのさ!」

「天喰先輩…ねぇ」

 

「おや?あんまり環の事強くないと思ってる?」

 

「いや、そこまでは言ってませんけど」

 

なんだろう、あの人についてはまだ底が見えていない。

 

雄英体育祭という大観衆の中だったからか、ベストを尽くしていなかった印象を持っていた。それでも結果は3位というのだから、充分強いとも言えるわけで。

 

「知ってるかい?環のヒーローネームは、太陽すら喰らうモノ(サンイーター)なんだぜ?」

 

「太陽…」

 

ミリオ先輩の眩しい笑顔を見ながら、呟く。

 

…本当にこの人、オールマイトの隠し子なんじゃないかってくらいヒーローに向いてるよ。

 

⭐︎

 

「次はこっちだ。ついてこい」

「…はぁい」

 

早朝のミリオ先輩の訓練を終えると、昼前にはナイトアイと2人でのパトロール。僕は常時生意気モードだ。

 

そんな感じで険悪な雰囲気にはなってしまう。たまに体育祭優勝を祝う声がかかるが、その時は僕も悪い気はしないので、少し明るくなる。

 

ミリオ先輩…ルミリオンとバブルガールはペアで別の地区へパトロールに向かっている。

 

…パトロールするならバブルガールとが良かったな。

 

この1週間、特に事件は起きておらずただナイトアイと2人並んで散歩する事を続けている。

 

どうしてこんな長身細身メガネと横に並んで街を歩かなければならないのか。

 

「………はぁ」

 

思わずため息。

 

その理由はわかっているが、簡単に受け入れは出来ない。近くにいた方が観察しやすいのだろう。

 

「……む」

「ん?」

 

そのまま足を進め、角を曲がる。すると赤いショートカットの少女が蹲っていた。5歳くらいで、膝を丸めているから表情はよく見えない。

 

僕とナイトアイは駆け寄り少女に話しかけた。

 

「どうしたんだい?」

 

「…えっと…その、ママがいなくて…」

 

迷子、か。これはまた一種のヒーロー活動だ。

母親とどこかで逸れて途方に暮れていた所だったのだろう。

 

さて、どうするか。

 

涙目の少女から一瞬目を離し、僕とナイトアイは視線を交わす。

 

「………」

 

“お前がやれ”と言わんばかりの視線を向けるナイトアイ。あぁ、子ども苦手そうだもんな。

 

…いや、違うか。

 

僕の力量を見極める為、か。

この職場体験で、ナイトアイは僕を試し続けるのだろう。僕の実力を知る為に。

 

…やれやれ。本職が職場体験に来た生徒に仕事を任せるとは、場合によってはヒーロー失格じゃなかろうか。

 

職場体験っていうのは僕らヒーロー志望がプロヒーローの仕事ぶりを見て学ぶって行事だったはずなんだが。

 

まぁ、今だけは上司命令。

 

 

 

僕なりの“迷子の対処法”を見せてあげよう。

 

 

 

「ーーー()()()()()!お兄さんと一緒にママを見つけよう!」

 

 

「…!?」

 

 

僕は()()()()()()()()()()()を浮かべ、そう少女に笑いかけた。

 

後ろにいるから見えないが、呆気に取られたナイトアイの表情が目に浮かんだ。

 

 

⭐︎

 

 

「…ふぅ、一件落着、と」

 

あの後自己紹介を軽く済ませ、これまで母親とどうやって来たのかを聞き出し、先ほどまで居たという商店街まで戻って右往左往した母親を見つけた。

 

何の工夫もなく、普通に迷子のトラブルを対処した。

 

そして、僕とナイトアイは何事も無かったかのようにパトロールを再開した。

 

「…………」

 

…なのだが、ナイトアイからの視線がやけに痛い。

 

何故、しっかり解決したのに。

 

そう思いながらナイトアイの怪訝な顔を見る。すると、口を開いた。

 

「さっきのアレはなんだ?正直、鳥肌が立ったぞ」

 

「アレって…あぁ、僕の笑顔の事ですか?良い笑顔だったでしょう?」

 

僕は得意げに笑う。

 

()()()()()気持ち悪い…とも言えるな」

 

言うなよ。

 

そう抗議する僕に構わず、ナイトアイは続ける。

 

「貴様は卑屈に陰湿に捻くれた笑顔がお似合いだろう。今のような。それが何だ、あの…まるでミリオの様な顔は」

 

殴ってやろうか、この男。その言葉は飲み込んだ。

 

「…あぁ、正解ですよ」

 

「は?」

 

「ミリオ先輩なら、ああやって迷子に対処するでしょう?」

 

深くは語らない。恐らく、この言葉だけでナイトアイには伝わるだろう。僕の“真似(コピー)”について。

 

不本意だが、僕はナイトアイの言う通り笑顔が得意ではない。ミリオ先輩とも話した事だ。

 

だが、迷子で困っている少女に向かって、“卑屈に陰湿に捻くれた笑顔”を向けるのはヒーローらしくない。

 

例えば、怪我などを負っていて救助が必要な子どもや老人が居たとする。そこに辿り着いたヒーローの第一声が、「うわぁ、大変だ!」だと、要救助者に不安を与える。

 

だから、オールマイトはこう言うのだ。

 

「ーーー大丈夫!ワタシが来た!」

 

つまりはそういう事だ。

 

ヒーローは強さだけで成り立つモノじゃない。このような明るい印象が必要な場合もある。

 

だから、僕はミリオ先輩の笑顔を“真似(コピー)”した。テンションも無理矢理上げた。

 

あの少女を安心させる為に。

 

「呆れたな。自分の笑顔で安心させようとは思わなかったのか?」

 

「今出来ない事を無理にはしませんよ」

 

人に倣う事が、悪い訳はない。

 

「…なるほど。それが最善だと思ったら、貴様は自分を殺すんだな?」

 

そんな、意味深な事を告げるナイトアイ。

 

少し大袈裟な言い回しだが、内容は的確だ。僕は頷く。あの場では僕の笑顔ではなく、ミリオ先輩の笑顔が最善と判断したのだから。

 

「まぁ、そうですね」

 

「…その言葉を覚えておけ」

 

そう言って、ナイトアイは歩きを進めた。

 

うーん、やっぱりこの人はよくわからない。

 

 

⭐︎

 

「はぁ、歩いた歩いた」

「おつかれ〜、物間君。はい、お茶」

「どうも。バブルガールさん」

 

昼休憩。

 

ナイトアイ事務所で昼食を取り、少しの間の休みを満喫する。

 

ソファに座りながら、テレビを見て時間を潰す。

 

ふと周囲を見渡すと、ナイトアイとルミリオンだけがおらずバブルガールが僕と同じように休んでいた。

 

「あれ、あの2人は?」

「サーとミリオ君?2人は今出た所だよ。明日は商店街でお祭りをするからね。その関係で」

 

「お祭り?」

 

「うん。といっても、食べ物の屋台が並ぶだけだけどね」

 

そういえば、さっきの迷子の子を連れて商店街に行った時はやけに騒がしかった。なるほど、祭りの準備でもしてたのか。

 

「祭りの間には事件が起きてもおかしくないから巡回を強化するんだ。君も、これまで以上に歩くよ?」

 

「へぇ、この地区は今そんな時期なんですね。…あれ?ならなんでセンチピーダーさんは出張に行ったんですか?」

 

僕を迎え入れた先週、確かもう1人の相棒、センチピーダーという方が“保須”に向かった筈だ。

人手が足りなくなりそうなこの時期に、どうして彼をここから離れさせたのだろうか。

 

「あれ、聞いてない?ヒーロー殺しの話」

 

ヒーロー殺し、ステイン。

 

その名は最近よく耳にするし、知人の兄が被害に遭ったとも聞いている。

 

…あぁ確か、インゲニウムが襲撃されたのはーーー。

 

「そうか、保須か」

 

「そういう事。付け加えて言えば、奴はこれまで出現した7か所全てで必ず4人以上のヒーローに危害を加えている。保須ではまだインゲニウムしか襲われていないからね。サーの読みでは、まだ保須で犯行を続けるってさ」

 

「へぇ、意外と考えてるんですね、あの人」

 

人間性に難あるというか、僕個人として気に入らない人ではあるけど、プロヒーローとしては実績を持つようだ。

 

そんな僕の心情を察したのか、バブルガールは笑う。僕とナイトアイの仲の悪さは事務所内で有名だ。

 

僕は気まずい気持ちから口を開いた。

 

「…それなら、こっちのお祭りよりも保須に向かわせた方がいいんじゃ」

 

単なる商店街の祭りより、危険性の高いヒーロー殺しに着目すべきだろう。ナイトアイ本人が保須に向かっても良さそうなモノだが。

 

「あぁ、それなら心配いらないってさ。ヒーロー公安委員会に連絡した所、保須にはエンデヴァー事務所も向かってるらしくてね。これ以上の戦力は不要なんだ」

 

エンデヴァーも保須へ、か。ナイトアイの予測と同じ判断を、No.2も下したという訳だ。

 

こう考えると、ナイトアイは《予知》ではなく予測が得意なヒーローとも言えるだろう。

 

「そういえば、あの人いつも資料室に篭ってるな」

 

「あぁ、あそこにはこれまでのヴィランの資料が残ってるんだ。サーはそこから事件を予測するんだよ」

 

資料、か。情報から予測、そこからヴィランを退治する。

 

これがナイトアイのヒーロー活動の流れなのだろう。

 

「あれ、興味ある?」

「まぁ、少しは。…ナイトアイの仕事ぶりを見る機会があんまり無かったので。資料室を見学してみたいですね」

「え?あんなに2人一緒にいるのに?」

 

ナイトアイの仕事ぶりを見るどころか、僕の仕事ぶりを見られてばかりだ。

 

そう言う訳にもいかないので、誤魔化しながら資料室に入る。初日の最悪の顔合わせのイメージが無ければ、ファイルに囲まれた普通の部屋という印象を持っただろう。

 

続くように資料室に足を踏み入れたバブルガールがご丁寧に解説してくれた。

 

「こっちの棚は有名なヴィランのデータね。学校でもやってるでしょ?犯罪者学で。異能解放軍指導者デストロ、稀代の盗人、張間謳児とか」

 

「いや、それは2年からのカリキュラムだったような?でも、名前は聞いた事ありますよ」

 

「へぇ、そうなんだ。こっち側は指定敵団体のファイルだね。指定敵団体っていうのは敵予備軍みたいなものでヒーローとしても監視下において警戒してるんだ」

 

へぇ、ヴィランの中でもそんな区分があるのか。

 

そう思いながらファイルの表紙に目を向ける。『死穢八斎會』…聞いた事ないな。

 

僕はまた別のファイルを手にとる。

 

「あ、そっちは特に徒党を組んでないヴィランのファイルだね。ほとんどソロで、各地を転々としてるんだ」

 

「へぇ…」

 

そう呟きながら、僕はペラペラと流し読みする。

 

『連続失血死事件』

『連続焼死体事件』

 

少し昔の話の前者に関しては容疑者は存在するようだが、未だ逃亡中。名前や顔写真なども無かった。小さくメモで、“未成年の為メディア等へは非公表、調べる場合は警察署本部のデータベース”と書かれている。

 

最近の事件らしい後者に関しては目撃者も証拠も出ていないのか、犯人の情報は無い。“炎”の《個性》…か。

 

ある一家が頭をよぎったが特に関係ないだろうと思い直す。

 

「それにしても、一口にヴィランと言ってもそれぞれ規模が違うものですね」

 

「まぁね。大物のデストロからその辺のチンピラの類まで、多種多様だね」

 

「そして今勢いのあるヴィラン連合…。嫌な世の中になってきましたね」

 

バブルガールが思い出したように手を叩く。

 

「あぁ、USJの!大変だったよねぇ、雄英も。オールマイトが撃退したんでしょう?」

 

「えぇ。僕はその場にいなかったので詳しくは知りませんが」

 

ここにA組の生徒でもいれば、詳細を知れるんだけどな。

 

「この辺の結構凶悪なヴィランが、ヴィラン連合とかの1つの団体としてまとまると厄介ですね」

 

「確かにねぇ…」

 

うんうん、と頷くバブルガール。

 

未だソロで活動しているヴィランが異能解放軍やヴィラン連合に入る可能性は充分あるだろう。

 

ヴィラン連合の目的は世間から見てもまだ明かされていない。どんな思想のもとで犯罪を行なっているのか。

 

それを踏まえてヴィランは集まってくるのだ。チンピラ程度ではない、“我”を持った凶悪なヴィランが、思想の実現を求めて。

 

今後世間に向かって明かすであろうヴィラン連合の目的によっては、更に勢力を伸ばす可能性もある。

 

このように超人社会は、少しずつ闇に飲まれていく。

 

どうして今、状況は悪化しているのか?要因はいくつかあるだろう。

 

その一つにオールマイトがヒーロー活動のみでなく、雄英教師の業務をこなしているというものがある。

 

当然教師を兼任する事によって、以前よりヒーロー活動は“少し”減った。その“少し”が、ヴィランの精神的な付け入る隙なのだろう。

 

それ程までに、平和の象徴の影響は大きい。

 

気付けば僕はナイトアイの資料室で、そんなことを再確認していた。

 

 

⭐︎

 

 

翌日。

 

コスチュームを着た僕とナイトアイは、普段と同じようにパトロールをしている。

 

普段と違う事と言えば、街の騒がしさだろう。祭りが始まり活気付いている。

 

「おぉ、来たな優勝の兄ちゃん!コスチューム似合ってるぜ!」

「おい無視するな。相手してやれ」

「あー、どうもー」

 

「あ、お兄ちゃん…!」

 

そして、絡まれる事も多くなった。ナイトアイに強いられ精一杯の愛想笑いで対応していると、見知った少女がこちらを見ているのに気付く。

 

昨日会ったばかりなのだ、勿論覚えている。

 

今はしっかりと母親と手を繋いで祭りを楽しんでいる。僕は手を振って“ミリオ先輩の笑顔”を浮かべる。少女は嬉しそうに手を振り返した。

 

「………」

 

そんな僕の姿を、ナイトアイは無言で見つめる。まるで責めるように。

 

なんだよ。その辺のおっさんと少女なら対応が変わってもいいじゃないか。というか当たり前だな。

 

そんな無言の抗議の視線を送ろうとした時だった。怒号ともとれる声が耳に届く。

 

「虫が入ってたんだっての!ダンゴムシ!見ろや!」

「そ、そんな…!何かの間違いじゃ…!」

 

どうやらトラブル発生のようだ。僕とナイトアイは現場に向かう。

 

すると、2人の男性が言い合っているようだった。

1人はたい焼き屋の店主。もう1人は単なるクレーマーってとこだろうか。

 

よく見ると、たい焼き屋の左隣の屋台の店主がニヤニヤと笑っている。

 

ふーん…?

 

「どうやら、たい焼き屋の売り上げに嫉妬して無理矢理クレームを入れたようだな。あのチンピラはただの雇われだろう」

「《予知》で視たんですか?」

「いいや。だが2つの店の仲が良好では無いのは調査済みだ」

「どこまで調べてるんですか…」

 

ヒーロー活動と言えるのか?それは。

 

僕とナイトアイが少し会話してる間にも、状況は進んでいく。

 

「ま、待ってくれ!」

「こんな屋台、ぶっ壊してやるぜ!」

 

そう言ってチンピラは足を《結晶化》させて屋台に蹴りを繰り出そうとした。《硬化》や《スティール》の類か。

 

まぁ、それは流石に見逃せない。

 

ナイトアイが瞬時に動き、チンピラの肩を掴む。

 

「これ以上くだらない事をするな。見苦しいぞ」

「あぁん?誰だテメー?」

「…どうりで見たことない顔だ。最近引っ越してきたのか?」

「だったらなんだってんだ?」

「いいや、無知ほど恐ろしいモノはないな」

 

なるほど。この辺りのヒーロー事情を知っていればクレームをつけるなんて事はしなかっただろう。ここが、サー・ナイトアイの管轄だと知っていれば。

 

元来喧嘩っ早い性格なのか、チンピラがターゲットを変えナイトアイと向かい合う。数秒後には、乱闘が始まるだろう。

 

「テメ…さっきからうるせぇ、な…、あ?」

 

 

 

その時、ピンク色の小さな煙が顔を覆い尽くし、()()()()()()()()()()

 

 

 

それを確認し、少し遠くに待機していた僕も現場に駆け寄る。

 

「……む?」

「ナイトアイ、とりあえず警察に引き渡しましょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()

「…貴様か?」

「やだなぁ。仮免もない僕が何出来るって言うんですか」

 

仮免も持ってない者は《個性》を使ってはいけない。当たり前の話だ、それを破るつもりはない。

 

そう惚ける僕に厳しい視線を向け、到着した警察にチンピラを引き渡す。事情を説明し終えた後、路地裏に移動した僕はナイトアイの目の前で正座していた。

 

反省…する気は無いぞ。

 

「何をした?言え」

「…これを使いました」

 

そう言って僕はコスチュームの裾に隠していた、ピンポン玉サイズのカプセルを差し出す。

 

ファントムシーフのサポートアイテムその1、《眠り香(スリープ)(バレット)》だ。

 

()()()()()()

 

ミッドナイト先生の《眠り香》を衝撃で水風船のように割れるカプセルに入れるだけ。

 

そう言うと、ナイトアイは更に顔を顰めた。

 

「雄英の教師がこんな危険なサポートアイテムを許可したのか…?」

 

ミッドナイトの《眠り香》は香りを嗅いだ者はすぐに眠りにつかせる《個性》だ。使い方を一歩間違えれば大惨事にもなりうる強力な《個性》。

 

それを単なる生徒の僕に預けるなんて言語道断。ナイトアイはそう考えているのだ。

 

「やだなぁナイトアイ。僕の《個性》忘れちゃったんですか?」

 

では次に、()()()()()()を説明しよう。

 

まずミッドナイトにこっそり触り、《眠り香(コピー)》を手に入れる。そして頼んでおいた八百万の《創造》で造った特性カプセルに、僕の《眠り香》を入れる。

 

これで完成だ。

 

ちなみにカプセルに関してはサポート科に頼む線も考えたが、あれは教師を通さなければいけないので諦めた。ミッドナイトに見つかれば一発でアウトだ。

 

『八百万、頼みがあるんだけど…いい?』

『物間さんが…!ワタクシに…!?ひ、引き受けましょう!』

 

と、2つ返事で了承してくれた八百万には感謝しかない。…今思い返せば、妙な反応だったな。僕の悪巧みにも気付かず、カプセルを造った訳だが…。

 

まるで、自分を頼られるのが嬉しいような…?

 

まぁ、今はいいか。

 

頭を切り替え、目の前のナイトアイの顔を見る。呆れと納得と感心が入り混じったような表情。

 

「はぁ…なるほど…さっきの技術(スキル)は…“指弾”か?正確に額を撃ち抜いたな」

 

“指弾”。僕の技術の一つ。大雑把に言えば、片手でするデコピン銃のようなものだ。勿論弾は《眠り香弾(スリープバレット)》だ。

 

「えぇ、ちゃんと《眠り香》の量も顔を覆う程度に調整しましたから」

 

「威張るな、阿呆め」

 

お叱りを受けたが、僕は少し不満の声を漏らす。

 

「いやぁ、僕の《個性》は使ってないからいいじゃないですか…」

「間接的には使ったのだろう。しかも学校の許可も無く…黒に近いグレーゾーンだ」

 

僕の予想よりだいぶ黒かった。緑谷のデラウェア・スマッシュとやらから得たアイデアなのだが、少々思い切った事をし過ぎただろうか。確かに反省。

 

「一応、ナイトアイがあのチンピラをやっつけたように見えるタイミングでぶつけたんですよ?」

 

実際、(はた)からみればナイトアイの功績に見えただろう。僕の姿には誰も注目していなかったし、遠くからでは指弾の軌道も正確にはわからない、筈だ。…そういえば、あの女の子が妙に目を輝かせていたような?

 

「そう、これで証拠はナシ!感謝してください!」

 

そう言って再び威張る。諦めたようにナイトアイはため息をつく。

 

「何故ワタシが感謝する必要がある。あの程度のチンピラに負ける筈がーーー」

 

「ーーーでも、店に被害が出る確率は高かった」

 

僕がそう言うと、ナイトアイは口を閉じた。先を促すように僕を見る。

 

「《結晶化》の個性の特徴は“倒れにくい”こと。短期決戦でのノックダウンはあまり期待出来ません。加えてナイトアイの身体能力は高いと言っても無個性レベル」

 

「ーーーナイトアイが勝ったとしても、あのまま続けていれば祭りの雰囲気が損なわれる」

 

それが、《眠り香弾》を使った理由だ。

 

「…はぁ。今回は不問にしといてやろう。次はちゃんと教師の許可……いや、仮免取ってからにするんだな。これは没収だ」

 

「…あぁっ!」

 

そう言って僕が差し出した《眠り香弾》を懐にしまうナイトアイ。どこかで処分されるのだろう。

 

強い衝撃で破裂するので、扱いは当然慎重になる。なので、在庫は2つしかないのだ。

 

つまり、今の僕の手持ちはゼロ。…仕方ない、諦めよう。

 

「今日はもう貴様のパトロールは終わりだ。ここからはワタシとミリオが引き継ぐ。事務所で反省するついでに休んでるんだな」

 

メインが反省なのは納得いかないが、上司の命令は絶対だ。渋々頷き、僕はナイトアイ事務所へ帰っていった。

 

 

⭐︎

 

 

そこからは特にハプニングも無く、ただただ時間が過ぎていった。早朝のミリオ先輩との特訓の回数も増えーー。

 

そして気づけば、職場体験最終日を迎えていた。

 

僕の、ここに来た目的が達成される日だ。

 

結局、この2週間でした事といえば迷子の保護とチンピラ退治程度だ。

これで、ナイトアイは満足だろうか。

 

「…………」

「…………」

 

パトロールを普段より早く切り上げ、事務所に戻ってきた僕とナイトアイ。ルミリオンとバブルガール、そして3日ほど前に帰ってきたセンチピーダーはまだ帰ってきてない。

 

僕はテレビを見ながら、どう話を切り出そうか迷っていた。

 

とりあえず僕の目的は《予知》をコピーする事。2週間滞在すればこの目的は達成できる事になっているので、ソワソワしてしまう。

 

…だが、心のどこかでナイトアイ自身の話に興味を持っている自分がいる。

 

どうして僕を呼んだのか。どうして僕の実力を知りたかったのか。

だが、これらを話すかどうかはナイトアイの判断に一任されるのだ。あまり期待しない方がいい。

 

そう思いながら、僕はソファに座ってテレビを見る。

 

『巻いて…巻いて…巻き切れる?ヘアスプレー“UNERI”』

「な…」

 

唖然。

 

君らは、ふと目にしたCMで同級生が映っていた経験があるだろうか?僕は今そんな貴重な経験をした所だ。

 

あとで電話してからかってやろう。

 

CMが終わると、ニュースが始まる。今世間を賑わせている……いや、賑わせていた話題を、今日も報道するのだろう。

 

そうぼんやりと考えていると。

 

「ーーーまず、オールマイトの《個性》について話そう」

 

そう、ナイトアイが切り出した。部屋の空気が緊迫する。

テレビを消そうか迷ったが、面倒なので消さない事にした。

 

「…オールマイトの《個性》?それが関係あるんですか?」

 

「尤も、貴様はあの人が何の《個性》なのか、察しが付いているのだろう?」

 

僕の質問には答えず、そう確信した風に話すナイトアイ。どうやら、随分と僕の事を高く評価してくれているようだ。

 

僕はナイトアイの言葉を受けて、真剣にNo.1ヒーローの《個性》について考える。

 

雄英に入ってからの生活、その中でのオールマイトとの関わり。

 

それを辿ると、必ず1人の少年に辿り着く。

 

オールマイトが《コピー》を警戒しなくなったのは、あの少年の《個性》を《コピー》出来ないと判明した時だ。

 

憎むほどNo.1への想いを燃やしていたエンデヴァーは、あの少年とオールマイトの《個性》が似ていると言った。

 

あの少年はまるで高校から《個性》を使い始めた僕のように、自分の《個性》に無知だった。

 

どうして、僕は()()()《個性》を《コピー》出来なかったのか?

《個性》とは“人生”。《個性》を通して過去視した《ヘルフレイム》から学んだ事だ。

 

もしその“人生”が、僕1人のモノでは受け入れ切れなかったら?

僕1人の“器”に収まりきらなかったとしたら?

 

当然、容量を超えた“人生(個性)”は、僕の中に宿らない。

 

これらの事実から導かれる結論。それはーーー。

 

「ーーー受け継ぐ《個性》。物間寧人、()()()()()()()()()育てる役目を、私が受け持ってもいい」

 

「…は?」

 

そんな僕の予想の斜め上を行く提案を、ナイトアイは当然のように告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

オールマイトの意思に逆らう。

 

そんな提案を。

 



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“超常”に抗う

“その《個性》じゃスーパーヒーローにはなれないよ”。

 

そんな事、言われなくてもわかっている。ずっと昔から。

 

ーーーけど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

これは正真正銘、僕の言葉だ。

この言葉()は僕を蝕む。

 

そう、まるで呪いのように。

 

 

⭐︎

 

 

時は職場体験最終日。

場所はナイトアイ事務所の一室。

 

そこでナイトアイと顔を合わせながら、僕は先程のナイトアイの言葉の意味を考える。

 

『貴様を後継者として育てる』

 

不動のNo.1ヒーロー、オールマイトは緑谷出久を後継に選んだ。

そんな彼の元相棒(サイドキック)…サー・ナイトアイは物間寧人を後継に選んだ。

 

「…まさか、僕に声がかかるとは思ってませんでしたよ」

 

そう呟く僕に対しても、ナイトアイは無言。

 

僕は続ける。

 

「そういう話なら、ミリオ先輩が適任だと思ってたので」

 

これは僕の本心だ。オールマイトの後釜として相応しい人を挙げろと言われたら真っ先に思いつくのはあの人、ルミリオンだ。

 

だからこそ僕を後継にするという考えは思いつきもしなかった。

 

「…そうだな。ミリオ以上の適任はいない。…いや、()()()()()

 

諦めたように話すナイトアイ。

 

つまり、状況が変わった、と。

 

ナイトアイは随分と前からミリオ先輩に目をつけていた。その理由として、オールマイトを受け継ぐ器に育てるというものがあったのだろう。

 

なら、何故“今”はミリオ先輩より、僕の方が適任なのか?

 

「ミリオは自慢の弟子だ。ワタシを慕い、努力を怠らず、雄英のトップに辿り着いた男。誇りに思う。…だが、ミリオはどこまでもヒーローだった」

 

師匠という立場からミリオ先輩を深く知るナイトアイがそう言う。短い付き合いの僕でも、ミリオ先輩の人柄はわかっている。

 

彼はヒーローだ。

 

「…そういう事か」

 

ナイトアイの言葉で、僕は答えに辿り着く。

 

そうだ、状況は変わった。

仮に、オールマイト本人がミリオ先輩を後継に選んだとしたら、彼は快く引き受けただろう。平和の象徴という重荷すら。

 

けど、今は違う。

元は“無個性”の緑谷出久からNo.1ヒーローの《個性》を奪う。それは、1人の少年の夢を奪う事を意味する。

 

“どこまでもヒーロー”。

 

その言葉は的確だった。通形ミリオという理想主義者(ヒーロー)は、緑谷出久から《個性》を受け取らない。断言出来る。例えオールマイトを説得したとしても、通形ミリオが納得しない。

 

緑谷(ヒーロー志望)が《個性》を譲渡し無個性に戻るとなったら、ミリオ先輩はそれを拒否する。「いらないです」と真顔で言う光景が容易に想像出来る。

 

この結論に、ナイトアイは一足早く辿り着いた。愛弟子の性格を知り尽くしているのだろう。だからこそ絶望した。

 

「ミリオとは違い、貴様はそんな事気にしないだろう?貴様はワタシと似ている」

 

だからわかる、と言った風にナイトアイは僕を見つめる。

この流れだと、僕が“少年の夢を奪っても何とも思わない冷酷な奴”になってしまうな。

 

…あぁ、()()()()()

 

「貴様はワタシと同じ…現実主義者(ヒーロー)だ」

 

考えるまでもない。オールマイトも、緑谷出久も、通形ミリオも、間違っている。

 

この場合での最善は、通形ミリオが後継者になる事。だが、通形ミリオはヒーローには向いてるが緑谷出久の後継者には向いてない。

 

ならば、通形ミリオの説得。あるいはーーー僕が後継者になる事。選択肢は2つしかない。

 

「…ナイトアイと同じ、ですか」

 

同族嫌悪。感情より理論。僕がナイトアイに反抗してしまう理由が、少しわかった気がする。

 

全てを見透かしたような目でナイトアイは僕に問う。

 

「それとも何だ。ミリオのように、貴様も緑谷に譲るのか?それが間違った選択だとしても」

 

僕はそう言われて、緑谷の姿を思い浮かべる。体育祭では酷かったな。《個性》のコントロールは全く出来ていなかった。オールマイトとの関連性を見つけ出すのが難しいほど。

 

『その、僕の《個性》をどうすればいいか考えて欲しいんだ!見ての通り、まだ制御出来てなくて…』

 

『それで、そのボロボロな姿は喧嘩でもしたのかな?』

『…あはは』

 

だが体育祭以降、その欠点を克服する為の努力はしている。体育祭後の僕のアドバイスから、“全身へ行き渡らせる超パワー”の特訓をしている。

 

案外、この職場体験で扱えるようになっているかもしれない。けど100%では無いだろう。少しずつ、彼は成長していく。そう確信があった。

 

廊下で会った、ボロボロの緑谷出久。No.1ヒーローの期待に応える為に努力をしている彼の気持ち。心打たれる感情はある。素晴らしい向上心だと。

 

「ーーーでも、()()()()()

 

それとこれとは話が別だ。

緑谷が絶望に陥ろうとも、もっと大事な事がある。緑谷の選択は、最善ではない。

 

生憎、僕らにはそう時間が残されてないのだから。

 

状況は悪化している。刻一刻と。

 

『ーーーその男の逮捕とあって、日本中には安堵の声が広がっています』

『彼は、何のために犯罪を繰り返して来たんでしょうね…ヒーローの殺害という犯罪を』

『その件ですが、専門家をお呼びしています』

 

テレビから聞こえるニュースの声。3人が今話題の事件について語っている。

 

ヒーロー殺し、ステイン。

 

数々の波紋を呼んだ彼の悪行は、5日程前に終わりを迎えた。No.2ヒーロー、エンデヴァーの手によって。

 

『ーーーステインの主張は“ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない”と言ったモノなんです』

 

“贋作が蔓延る世界の粛清”。そう称して犯行を続けてきたステインの理念が、逮捕後メディアによって報じられた。

 

そして今、『英雄回帰』と呼ばれているこの理念がそのまま“ヴィラン連合の理念”として扱われている。

 

5日前の保須襲撃事件。三体の脳無。ステインの路地裏での犯行。全てが繋がり、その思想は蔓延する。

 

「この事件をきっかけに、ヴィラン連合は勢力を増す」

 

ナイトアイはテレビに目を向けながら、そう告げる。テレビの画面は事件解決を成し遂げたエンデヴァーの紹介に入っている。

 

「不相応な子どもの夢に付き合う時間は無い」

 

そう、バッサリと切り捨てるナイトアイ。

 

だから、緑谷とも、ミリオ先輩とも違う。第三の後継者が欲しかった。

 

「それで、僕、ですか…。緑谷みたく、制御出来ないかもしれませんよ?」

 

僕も緑谷も同じ人間。《個性》発動時に自身を破壊する可能性もあるだろう。

 

仮に《個性》を受け継いだとしても、制御できるという保証はない。

 

「逆に聞こう。ーーー()()()()()()()?」

()()()?」

 

売り言葉に買い言葉…ではなく。単なる事実だ。

 

僕なら必ず、緑谷以上に扱える自信はある。

仮に今この瞬間、受け継いだとしても。

 

その根拠を、僕とナイトアイは持っている。

 

「毎朝、ミリオと特訓を続けているようだな」

「あれ、バレてたんですか」

 

この2週間日課となっていたミリオ先輩との1vs1。結局僕が勝つ事は無かったが、収穫はあった。

 

「貴様の事だ。《透過(コピー)》の特訓をしていたのだろう?」

 

夜中にこっそり起きて《透過》を練習してる事もバレてたか。

 

「…それで、進捗はどうだ?」

 

ナイトアイの言葉の意味を瞬時に汲み取り、僕は口を開く。

 

「壁のすり抜けが出来た所です」

 

《透過》の応用で、移動に便利な“すり抜け”と“ワープ”。これが中々難しい。

全身に《個性》を発動すると、何も見えない。何も聞こえない。呼吸さえもできない一時的に完全な無感覚状態へと陥る。

 

身体の部位一つ一つを《透過》させる“すり抜け”とは違い、1度地面に沈むワープのその無感覚状態には慣れるのが難しい。

 

…逆に言えば、()()()()()()()出来るという訳だ。

 

「本来《個性》というのはその者にしか与えられていない唯一の特徴だ。自己同一性(アイデンティティ)と言っても良い」

 

それは僕の、《個性》は“人生”という考え方によく似ている。

 

「ミリオの場合、発現から15年ほどの馴染んだ《個性》を鍛え続け、雄英のトップに辿り着いた」

 

僕は無言で先を促す。

 

ナイトアイの言いたい事はよくわかる。僕の“超常”…いや、“異常”について、彼は言及する。

 

「貴様は2週間で、ミリオの数年分を“真似(コピー)”した。…残酷な話だな。ミリオじゃなかったら心折れてるだろう、貴様の才能にな」

 

「才能…ですか。それだけじゃありませんよ」

「何だと?」

 

僕は首を振って、ナイトアイの言葉を否定する。

 

「…これが、僕の生き方なので」

 

だって僕には、“コピー”しか無かったのだから。そんな“人生(個性)”を歩んできたのだ。

 

ーーー()()()()()()()()

 

ナイトアイは僕の表情を見て一瞬戸惑ったが、すぐに話を戻した。僕もいつもの表情に切り替える。

 

「オールマイトは受け継いだ当初から、《個性》を制御出来ていた。これはあの人の“才能”が為せた業だ」

 

流石、ナチュラルボーンヒーロー。緑谷が悪戦苦闘している“超パワー”を早い段階で使いこなしていたらしい。

 

そしてそれは、僕にも同じ事が言える。僕の才能ーーー《個性》に適応する“才能”があれば。

 

「納得は出来ました。僕がここに来た理由」

 

ミリオ先輩以外の後継者候補が欲しかった事。

僕の“才能”を求めている事。

感情に左右されない現実主義者の、緑谷にとって残酷でも、最善を尽くす賢い頭脳を求めている事。

 

あぁ、確かにこれは。

 

物間寧人以外の適任はいない。ただ一つを除いて。

 

「僕が《個性》の後継者に相応しい事は理解しました。ーーーけど、“平和の象徴”の後継者には、相応しくありませんよね?」

 

今は叶わない理想となったが、ミリオ先輩は適任だった。平和の象徴のイメージにぴったりだった。

 

「見たでしょう?僕の笑顔」

 

ーーー卑屈に陰湿に捻くれた笑顔。ナイトアイは僕の笑顔をそう揶揄(やゆ)した。不本意だが僕もそれは認めている。

 

「オールマイトの様に明るく元気に振る舞え、とでも言うんですか?」

 

ナイトアイはこうも言った。僕とナイトアイは同じ現実主義者だと。ミリオ先輩ほど、理想に心を売ってない人種だ。

 

言うなれば、作り笑顔に疲れる人種だ。

 

「そこで、貴様の“真似(コピー)”の出番だろう」

「…はは」

 

心のどこかでその返答を予期していたのか驚きはなく、ただ乾いた笑いをしてしまう。

 

『それが最善だと思ったら、貴様は自分を殺すんだな?』

 

物間寧人を殺して、オールマイトを真似(コピー)しろと。

 

「1年…いや、半年もあれば真似(コピー)は済むだろう。違うか?」

 

そう問われても僕は答えられない。それほど大掛かりな真似(コピー)はした事ない。他人に成り代わる事は。

 

…はは。

 

この男が僕と同じ現実主義者?冗談じゃない。

僕なんかよりずっと冷酷に、緑谷を切り捨て、僕を利用する。

 

()()の為には手段を厭わない、異常者(サイコパス)だ。

 

「貴方はNo.1のファントムシーフを求めているんじゃない。2代目のオールマイトを求めている」

 

「それが不満か?」

「そりゃあ、良い気はしませんよ」

 

当然だ、ヒーローの物間寧人を否定されたようなものなのだから。不服ではある。

 

「ーーーーだが貴様は断らない。それは先日の迷子の一件で理解した。貴様は先を見据え、感情に左右されない」

 

1週間前に僕が手掛けた迷子の解決。

 

僕はあの時、少女を安心させる為に“通形ミリオ”を装った。それが最善だと思ったから。

 

そして今、多くの人々を安心させる為に“オールマイト”を装えと言われている。

 

そしてその提案も正に最善。スケールが違うだけの話だ。

 

「それにこの2週間で判断した。貴様は他人の“真似”を当然のように受け入れている。言わば貴様はーーー空っぽな人間だ」

 

「…………」

 

僕は無表情でナイトアイを見る。当然の事実を告げたと思っているのだろう、彼も無表情だ。

 

ーーーナイトアイの推測は、()()()()()()()

 

なら、結論はほぼ決まったようなものだ。

 

「…けど、まだ話していない事があるでしょう?」

 

だがここで、僕の中で疑問が湧き出る。サー・ナイトアイの目的だ。物間寧人に対する異常な執着。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

2週間前の資料室でも思った疑問。ステイン事件が発生する以前から、どこかナイトアイは焦っている。

 

緑谷出久の成長速度を見限り、比較的直ぐに平和の象徴として機能するであろう僕を後継者にしたがっている。

 

…そんなに、時間の猶予が無いのだろうか。僕以上に、ナイトアイは焦る。何かの結末を恐れている。

 

そもそも、どうしてここまでナイトアイが尽力する理由…行動理念がまだ見えない。

 

心から平和を願うガラでも無いだろうに。平和の象徴の後継を求めている。

 

「全部、話してくださいよ」

 

僕の問いに、ナイトアイは悔しそうに呟く。自分ではどうにも出来ない問題で、何も出来ないことが歯痒いのだろう。

 

「貴様なら…少し時間があればあの《個性》を…《ワン・フォー・オール》に適応出来る…!オールマイトと遜色ない人柄にもなれる…。そうすれば、あの人も納得して…!」

 

「ーーー納得して、“引退”出来る?」

 

第2のオールマイトが完成すれば、オールマイト本人が心置きなく引退出来る、と。

 

「…そうだ。緑谷が一人前になるまで、オールマイトはヒーロー活動を続けてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!だが、()()()()()()()…!」

 

「…あぁ、そういうことか」

 

僕はその言葉を聞いて、ナイトアイの行動理念を理解する。

 

よく考えれば、ポスターに囲まれたこの部屋を見渡せば一目瞭然の事だった。

全部、オールマイトだ。

 

オールマイトを引退させる為に、ナイトアイは僕を利用する。僕に、平和の象徴という責務を背負わせようとする。

 

ーーーだから、ナイトアイが何を恐れているのか察しがついた。

 

オールマイトがこのまま引退しなければ、どうなってしまうのか。

 

僕はただオールマイトは《個性》…《ワン・フォー・オール》の力が衰えてしまったので後継を選んでると考えていた。その答えは間違いではないだろう。

 

ただナイトアイの理由はそれだけでは無い。オールマイトとナイトアイでは、視えてるモノが違ったのだ。

 

正確に言うならば、ナイトアイは“視た”のだ、結末を。

 

なら丁度良い。僕の本来の目的を達成するとしよう。

 

「約束です。避けないでくださいよ?」

「…」

 

僕はナイトアイの近くまで歩き、肩を触る。ナイトアイは目を瞑り、抵抗する素振りも無かった。

 

《予知》が、僕を受け入れる感覚。

 

同調(シンクロ)”が始まった。

 

ふぅ、と一息ついて僕は呟く。

 

「ーーーー“同調・過去視(リコール)”」

 

《ヘルフレイム》以来の、意識が遠のく感覚。精神が、沈む。

 

ーーーナイトアイが未来を視るように、僕は過去を視る。

 

 

 

⭐︎

 

暗闇の中に僕は立っていた。顔の上半分以外の感覚はない。黒いモヤが僕を覆う。

 

過去視は2度目なので特に慌てる事もなく、移り変わる空間を見る。記憶を、覗く。

 

だがその瞬間雑音(ノイズ)が響き、僕は顔を顰めた。羽虫のような、耳障りな音。

 

ーーーーなるほど、思い出したくない記憶って事か。

 

その僕の推測が正しかった事を、ナイトアイの記憶は証明する。

 

『ーーや、逃ーーーー!グラントリノ!』

『ーーー俺より自分の事気にしてろ!走れ!すぐに追いつく!』

 

所々であがる悲鳴、叫び声。まさに阿鼻叫喚。

 

『ぐっーーーっ!』

 

悲惨。その言葉でも表せない状況だった。雑音が空間に響く。まるで思い出したくない記憶のように。

 

抉れた地面、倒壊した建物。ボロボロな背の小さな老人。黄色いコスチュームを身に纏い、足裏から噴射された空気で移動している。

 

()()()()()()。ナイトアイの口から出た、恐らくこの老人のヒーロー名。

ほんの2週間前に聞いた名前だ。確か、緑谷出久の職場体験先。

 

だが僕の意識はグラントリノではなく、ある一点に引き寄せられていた。

 

 

化物。

 

 

瓦礫の山の上で佇む“異形”。脚や腕などの人のパーツはある。だが、人間とは思えない“何か”があった。

 

ーーーーーーー…。

 

息が、出来ない。

 

口の感覚も無いのだから、呼吸という概念すらないこの空間でも。気付けば息を止めてしまっていた。その場にいない僕でも威圧されるほどの、純粋に歪んだ悪意。

 

『フフフ…また逃げられてしまったか。全く、残念だ』

『くっ…グラントリノ、必ず!』

 

全く残念そうに見えないヴィランから視界を外し、ナイトアイは走り出し、逃げる。ナイトアイはこのヴィランをもう見ていない。

 

なので、当然場面は変わる。これ以上ナイトアイの記憶にあのヴィランは映らない。

 

その感覚もした。空間が歪み、また次の記憶へと。

 

『ーーーーーん、おや…?そこに誰か…?』

 

場面が切り替わる瞬間ヴィランのそんな声が聞こえたが、それを疑問に思う前に次の空間へと姿を変えた。

 

また新しい登場人物が現れたのか、もしくは。

 

⭐︎

 

 

次の場面は、病院の廊下だった。

 

『待ってくれオールマイト…!』

 

手すりを掴みながら苦しそうに足を引きずるオールマイトを呼び止めるナイトアイ。

 

包帯を腕に巻いていて、心なしか普段より痩せて見えるオールマイトは、背後のナイトアイに振り向かない。

 

ナイトアイの横にはグラントリノ、リカバリーガール、根津校長が並んでいた。

この面々が、《ワン・フォー・オール》について認知しているのだろう。

 

『無茶だオールマイト。もう引退すべきだ』

『みんなが私を探している…。待っているなら、行かなきゃな…』

 

フラフラな足取りで進むオールマイトの背に、ナイトアイは声をかける。

 

『その体でヒーローを続けてもみんなが辛くなるだけだ。あなたの願う平和のためにも伝説のまま引退すべきだ』

『後継者ならウチでいくらでも探すといい。君は十分に頑張ったさ』

 

励ますように、根津校長とナイトアイは説得を続ける。

 

『もうフカフカのベッドで安眠をとっていいんだ。明るく強く親しみのある人間、あなたのような人間を見つけ託そう』

『その人間が見つかるまでの象徴は?オール・フォー・ワンがいなくなってもすぐ後釜が現れるぞ』

 

オール・フォー・ワン。それがあのヴィランの名前だと瞬時に理解した。

 

反論したオールマイトの足が崩れる。倒れないようナイトアイは背中から支える。

 

『象徴論はわかる!敬服している!…けれど…当の貴方が、全然笑えてないじゃないか!』

 

もう苦しんでる姿は見たくないと、ナイトアイが声を荒げるが、すぐに息を吸って冷静に告げる。

 

『…もう一度言う。引退すべきだ』

 

『これ以上ヒーロー活動を続けるなら私はサポートしない。できない。したくない』

 

その言葉を聞き、今この瞬間、この2人はコンビを解消したのだと悟る。5、6年前の話だ。

 

『“視た”のか?私のことは視なくてもいいって言ったはずだろ』

 

『あなたが引退しても次のNo.1は現れる!少しの間荒れるかもしれないが”避けられる”かもしれないんだ!』

 

『その少しの間にどれだけの人々が脅えなければならない?』

 

強い眼力で、ナイトアイを睨むオールマイト。ナイトアイが一瞬たじろぐ。

 

『それに君の予知が外れたことはないだろう』

『前例が今まで無かっただけだ!未来など私が変えてやる!』

 

その会話を聞いて少し驚く。《予知》で視た未来は変えられない。変わった事がない。“超常”が、そう造られている。

 

『このままじゃ予知通りになるんだよ!それではダメなんだ!』

 

『………』

 

『ーーー私はあなたの為になりたくてここにいるんだ!オールマイト!』

 

『私は世の中のために…病院(ここ)にいるべきじゃないんだ、ナイトアイ』

 

そうしてナイトアイの腕を振り払い、オールマイトは歩き出す。

 

遠ざかっていく背中に向かって、ナイトアイは苦痛に歪んだ表情で叫ぶ。

 

僕の、外れてほしかった予想を裏付ける言葉を。

 

『オールマイト!このままいけばあなたはヴィランと対峙し、言い表せようもないほど凄惨な死を迎える!』

 

 

⭐︎

 

気付けば、ナイトアイ事務所に居た。

だが、“同調”が終わった訳ではなく、まだ僕は過去の中にいる。

 

ナイトアイが携帯電話を手に取り、声を荒げている。通話中のようだ。

 

『無個性の中学生に《ワン・フォー・オール》を譲渡しただと!?』

 

電話の相手は、予想するまでも無かった。オールマイトだ。恐らく最近の話だろう。

 

『…人を助けられる人間になりたがっている』

 

聞こえにくいが、オールマイトの静かな声が僕の耳に届く。

 

『志だけでは務まらない!相応しい人間なら他にいくらでもいるだろう!』

『だが、無個性の中学生だって相応しい人間だ』

 

『……っ!馬鹿げている!』

 

そう言ってナイトアイは電話を切る。苛立ちを隠さず、デスクを拳で殴った。

 

『どうしてわかってくれないんだ……!』

 

数分後には深呼吸し少し落ち着いたのか、“雄英生徒ファイル”を手に取り、ペラペラとめくる。

 

付箋が貼ってあるページに辿り着くと、そこには通形ミリオの顔写真が。

この電話の頃から、後継者候補を育てていたのだろう。いつか緑谷とオールマイトを諦めさせる為に。

 

だが、遅れてナイトアイは気付くのだ。

 

通形ミリオは、《ワン・フォー・オール》が無くとも“最高のヒーロー”になる事に。

 

緑谷を切り捨てられない程の、理想主義者(ヒーロー)だった事に。

 

 

 

⭐︎

 

“過去視”を終えた僕に、全身の感覚が戻ってくる。

 

「…………?」

 

その時、何か違和感があった。前回の“過去視”とは違う何かが。だが、体に異常があるわけではない、気にせず話を続けるべきだろう。

 

「《予知》で見た未来は、変わらないんですか?」

「………あぁ」

 

5、6年前にナイトアイは前例が無いと言った。それは今も。

 

《予知》で視た未来は変えられない。的中率100%と言えば聞こえはいい。

 

だがそれは時に、残酷な事実を突きつける。

 

ーーーーオールマイトの死は変えられない。

 

「…そう、ですか」

 

なんだか、実感が湧かない言葉だ。不動のNo.1ヒーローが死ぬ、だなんて。

 

体勢を変えて、ソファを全て使って寝っ転がる形になる。消耗した体力を回復する為だ、態度が悪いと怒らないで欲しい。

 

「…それで、結論は?」

 

そんなだらしない体勢の僕に答えを促すナイトアイ。おいおい、そんなに焦るなよ。

 

「貴様にとっても悪い話じゃないはずだ。オールマイトの《個性》が手に入るんだ、No.1ヒーローへの近道の切符だ」

 

平和の維持、ファントムシーフ、ナイトアイ、オールマイト。どの視点から見ても、この提案はメリットが大きい。それは間違いない。

そう、僕にもメリットがある。

 

“スーパーヒーローになれる”

 

陳腐な表現だが、その一言に尽きる。

 

《コピー》を使いこなす“才能”も備えている僕は強い。これからもその事実は変わらないだろう。

 

トップクラスのヒーローにはなれる。

 

けどスーパーヒーロー…そう、オールマイトのようにはなれない。

 

1人では何も出来ない《個性》。周りに仲間がいないと力が発揮できないヒーローが、平和を維持する大きなピースになるなど不可能に近い。他力本願なNo.1ヒーローなどいない。

 

“スーパーヒーローにはなれない”

 

それは僕が《コピー》を手にした、4歳の頃から変わらない事実。

 

ーーー()()()()()()()()

 

()()、そうだ。《ワン・フォー・オール》を継承すれば、貴様は間違いなくトップヒーローにーーーーー」

 

 

 

 

 

「ーーー貴様は、No.1ヒーローになれる」

 

 

 

 

 

……()()

 

 

 

前途あるヒーローの卵誰もが憧れる夢。誰もが()()()()()()()()()()。そのレールを敷いてくれる目の前の男の提案。

 

それに対し、僕が下した決断とはーーー。

 

 

 

「流石にこんな大事(おおごと)を即決は出来ません。少し…いや、結構時間を貰ってもいいですか?日を改める形で」

 

“保留”である。

 

そんな僕の煮え切らない返答に納得したのか、先程の焦りを落ち着かせ頷くナイトアイ。

 

「…オールマイトの説得材料を集めるにも時間がいるから構わない。貴様がイエスと言えばすぐに取り掛かる準備のな」

 

「えぇ。貴方も手応えあるでしょうが、前向きに検討してますよ」

 

これは本音だ。

この瞬間、仮ではあるが物間寧人とサー・ナイトアイは結託し、オールマイトと緑谷出久と対立する。

 

「…もうすぐミリオ達が帰ってくる。ここで一度話を打ち切るぞ。質問があったら状況を見計らって聞け」

 

当然、《ワン・フォー・オール》の件は内密に、ということか。ナイトアイの個人的な連絡先を聞き、話は終わる。

 

ナイトアイはお気に入りの資料室へ向かい、ソファーに座った僕は事務所の一室に1人取り残される。

 

 

この内に、話をまとめよう。

 

ナイトアイの目的。それはオールマイトを引退させ、彼の死という未来を捻じ曲げる事。

それにうってつけなのが僕、物間寧人だったという事。だから彼は僕を利用する。第二のオールマイトとなれば、オールマイトは素直に引退するだろう。

 

全てはオールマイトを救う為に、ナイトアイは行動している。

 

対して僕の目的は?

No.1ヒーローの《個性》を手に入れる事が出来て、平和の象徴という重荷を背負う事にはなるだろうが、そこはナイトアイのバックアップや“真似”で何とかなる気もする。

 

僕へのメリットは大きい。No.1ヒーローへの最短距離の近道を示されているようなものだ。

 

だから僕は殆ど、ナイトアイの提案を受け入れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、“物間寧人は《ワン・フォー・オール》を受け継がない”。何故かそんな確信があった。

 

 

僕は今どんな顔で、ナイトアイが入った資料室を見ているだろうか。僕という存在に期待し縋るナイトアイに向かって。“過去視”で視たナイトアイの強い想いを知りながら。

 

ただ一つ言える事と言えばーーーそんなナイトアイの希望を打ち砕く事に、特に罪悪感は無い。

 

保留と答えた理由は当然ある。

 

確かに僕が関わればナイトアイの目的は果たされ、オールマイトは死を免れるかもしれない。寧ろ、その可能性ーーー勝算があってナイトアイもこの提案をしたのだ。

 

僕だってオールマイトが死ぬのは嫌だ。

 

提案を受け入れるのが“最善”。ファントムシーフを捨てるのは気に食わないが、《ワン・フォー・オール》を受け継ぐ事には乗り気だった。

 

だが、1つの事が引っかかっていた。

 

個性《予知》で視た未来は絶対に変えられない。変える事が出来ない。

 

つまりオールマイトの死という台本(シナリオ)に、第二の物間寧人(オールマイト)という登場人物は居ない可能性が高い。

 

つまり《予知》が、“超常”が、後継者は物間寧人ではないと判断を下した。

 

勿論別の可能性はある。僕が《ワン・フォー・オール》を受け継いでもオールマイトの死は変えられないのかもしれないし、不測の事態があるかもしれない。

 

最悪、《ワン・フォー・オール》を受け継いだ僕がヴィランに殺され、オールマイトは引退せず殺されるかもしれない。

 

けど、《予知》での未来に、《ワン・フォー・オール》を受け継ぐ僕はいない可能性が高い。それは僕が第二のオールマイトになれるという絶対的な自信ではなく。

 

サー・ナイトアイはオールマイトの死を避ける為に、“未来を変える”為に奔走している。そんな彼が《予知》の台本通りに動くとは思えない。

 

つまりナイトアイは物間寧人という存在を未来を変える為に利用する訳で、《予知》での未来に物間寧人がいない可能性が高い。

 

「“超常”に抗う事を躊躇する…それがこの提案を蹴る理由か?」

 

僕は自問自答する。いや、僕の中にある《予知》に聞く。

 

心のどこかで僕は“超常”に屈していて、《予知》で視た未来を変えることは不可能と断じている?だから《ワン・フォー・オール》は受け取らない?

 

……もしくは。

 

僕にとって譲れない“何か”を、この保留期間に見つけるか。そういう台本になっているのかもしれない。

 

ナイトアイがオールマイトの為にファントムシーフを殺すように。

 

僕が“何か”の為に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…はは。それじゃあ、人の事は言えないな」

 

先程僕はナイトアイを異常者と称した。けどこの仮説が合っているとしたら、僕も立派な同類だ。

 

サー・ナイトアイはオールマイトの為に行動する。

 

僕は一体、何のために行動するのか。

その答えは考えても出なかったし、《予知》も教えてはくれなかった。

 

だからこそ()()()()。空っぽな僕を、自分の事を知りたい。

 

だからこそ僕は台本にーー《予知》に抗わない。

 

だからこそ“保留”と答えた。

 

そもそも未来を変える事は不可能だ。僕は僕らしく、こんな深読みして“保留”と答える事も《予知》のお見通しなのだ。

 

ただ、いつも通りにいればいい。

 

だって何をしようとも《予知》の未来は変わらない。

 

ーーーそれでオールマイトが死んでしまったとしても、それは運命(さだめ)だったと受け入れよう。

 

その結末は悲しいけど、()()()()()()()()()

それは“超常”に囚われ、呪われ続けている僕らしい結論だった。

 

“その《個性》じゃスーパーヒーローにはなれないよ”。

 

ーーーあぁ、その通りだな。

 

こんな決断を下す僕は、ヒーローに向いてないのかもしれない。

何度交わしたかわからない“会話”を今日も終え、僕は“過去視”で疲れた頭を癒す為目を瞑る。

 

ーーーおやすみ、《コピー(僕の呪い)》。

 

返事は返ってこなかったが、構わず僕は眠りについた。

 



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林間合宿編
恐ろしいな


週明けのA組の教室、2週間の職場体験を終え日常に戻ったその日の朝、HR前の爆豪勝己の周りは騒がしかった。

 

「アハハハ!マジか爆豪!」

「クセついちまって洗っても直んねぇんだ。おい笑うな!ブッ殺すぞ!」

「やってみろよ8:2坊や!」

「んだとコラ!!」

 

No.4ヒーロー、ベストジーニストの下で職場体験を終えた爆豪の頭髪はセットされまくり、真面目さや清潔感を嫌でも感じさせた。

切島、瀬呂…そして僕が立て続けに爆笑し、爆豪が不満を爆発させた所に、僕は口を挟んだ。スマホで実物の画像を見せながら。

 

「それなら、是非おすすめのヘアスプレーがあるんだけどさ。ほら、CMで見ない?プロヒーローウワバミの…」

「いるかボケ!」

「何A組に馴染んでんのアンタ…。あと“その話”は勘弁して…私と八百万の為にも」

 

自分の教室ではないからか、控えめな手刀で済ませてくれた拳藤。B組教室に僕がいない事に気付いて今来たところだろう。件の八百万の方をチラリと窺うと、俯きながら「私はヒーロー…ヒーロー」と唱えていた。

 

「これはこれは皆さん、有意義な職場体験だったようで」

「爆豪や八百万に喧嘩売らないの。代わりに私が買うからさ」

「お、それは勘弁」

 

A組の教室内で、普段のように会話を続けるB組の僕らにも特に奇異な視線は向けられない。職場体験終わりともあって、浮き足立ってるのもあるだろうが。

 

「で、なんでA組に来たの?珍しくない?」

「別にいいじゃないか、他クラスと交流を深めても」

「物間ちゃんはたまに爆豪ちゃんを揶揄いに来てるわ」

「蛙吹ーーーあ、梅雨ちゃん。そうだったね。暇な時に限るけど」

「ふーん、そうなんだ」

 

以前来た時は「梅雨ちゃんと呼んで」と言われたのを思い出し、呼び方を訂正しながらも同意する。僕、拳藤、梅雨ちゃんの珍しい3人で話している間にも、僕はA組面々の“変化”に興味津々だった。

 

「お茶子ちゃんはどうだったの?この1週間」

「ーーーとても有意義だったよ」

「…目覚めたのか」

 

謎のオーラを出しながら問いに答える麗日。全く麗かではない、武術の極意でも学んできたのだろうか。そういえば彼女はガンヘッドの下だったか。

 

「たった1週間で変化すげぇな」

「変化?違うぜ上鳴。女ってのは元々悪魔のような本性を隠し持ってんのさ…」

「Mt.レディのとこで何見た!?」

 

比較的近くにいる峰田と上鳴の会話が聞こえてくる。その様子を横目に見ながら、僕は口を開く。

 

「まあ一番変化というか大変だったのは彼ら3人だろうね」

 

そう言って、件の3人ーーー緑谷、轟、飯田に目を向ける。

 

「そうそうヒーロー殺し!」

「心配しましたわ」

「エンデヴァーが助けてくれたんだってね」

「すごいね。さすがNo2ヒーロー!」

 

ヒーロー殺し、ステインとの保須での邂逅。そしてエンデヴァーによって救われた3人。…という事になっている事件で、周囲のクラスメイトは心配の声をかける。

 

「そうだな…。救けられた」

 

事実をしみじみと実感するように轟が呟く。芦戸や八百万などのクラスメイトが安心する姿を見ながら、僕は目を細めて3人を見る。

 

ーーー世知辛いね。功績が讃えられないってのは。

 

ステインとの邂逅。そして退治。詳しい経緯までは知らないが、“エンデヴァーが退治した事になった”とは聞いている。勿論この事は当事者や重要関係者にしか知られていない。それはA組の様子を見ても判断できるだろう。

 

何故僕が知っているかと言うと、サー・ナイトアイから流される情報だ。あの日、“増援”という形でセンチピーダーさんを送っていたナイトアイ事務所にも情報が伝わる。それを僕に言ったというだけの話だ。

 

勿論、他言無用という条件はある。

 

「…ちょいちょい、何で緑谷睨んでんの?」

 

拳藤が僕の様子を不審に思ったのか、小声で聞いてくる。ステインの件の3人を見ていると自分でも思っていたのだが、側からみればそうじゃなかったらしい。

 

「睨んでなんかいないさ。無事で良かったという気持ちで一杯だよ」

「…善人ぶる時のアンタって、ホント怪しいよね」

 

高校入ってから長い時間を共にしてきた拳藤からの言葉に、僕は苦笑いを返す。でも、そうか…無意識に緑谷の方を見ていたか。

 

まぁ、仕方のない事だ。

 

ーーー僕はもう《ワン・フォー・オール》と無関係ではいられない。

 

最終日でのナイトアイの提案に僕は“保留”と答えた。その後職場体験が正式に終わり、ナイトアイとは今後の方針について話し合った。

 

『やっぱりまだ時間をください。自分の気持ちの整理と…あと、緑谷が後継者に相応しくないかどうかも確認したいので』

『最終的な決定権は貴様にある。私は私なりにオールマイトの説得の為に動くからな。準備は進めておく』

 

説得の準備。後継者を物間寧人にする件で、緑谷の説得に必要性を感じていないのだろう。緑谷出久はオールマイトの事を、“夢を見させてくれた恩人”だ。そんな恩人から諦めろと言われれば従わざるを得ない。

 

だが、緑谷の説得もオールマイトの説得も簡単な仕事じゃない。

 

『…程々に。本業はヒーロー活動ですから』

 

僕はそう言ったが、この件を無理にでも進めるのが万人を救う(ヒーロー)活動だとなんとなくわかっていた。

 

かくして、僕とナイトアイは仮の協力体制となる。

 

当面の目標として、()()()()()()()()()。たとえ《ワン・フォー、オール》を受け継がないと予感していても、手を抜いていい理由はない。

 

僕が納得して受け継ぐか否かは決める。それで《ワン・フォー・オール》を得る結末になったのなら、未来は変わったと言えるが。例えば緑谷が全く平和の象徴に相応しくないと、僕が心の底から思った時とか。

 

ナイトアイとは今後も定期的に連絡を取り合う予定だ。緑谷、オールマイトに関する情報は、ナイトアイが明かしていいと判断したものだけ僕に伝わる。

 

今後幾つか僕も要求する事になるだろうが、彼は出来るだけ僕に力を貸してくれるだろう。サー・ナイトアイは情報通のヒーローだ。ここのコネが出来たのは収穫と言える。

 

そうして、物間寧人&サー・ナイトアイvs緑谷出久&オールマイトという奇妙な対立が出来上がる。そういえば、物間寧人を後継者にするという考えはオールマイトに伝えているのだろうか。隠れてコソコソと説得材料を集める感じの言い回しだったが。まぁ、あとで聞いてみればいい事だ。

 

仮の協力体制。ナイトアイはナイトアイなりに説得の準備を進め、僕は僕なりにオールマイトの“真似(コピー)”の準備、緑谷との接触を続けていけばいい。

 

《ワン・フォー・オール》とは関わる。僕の意思が固まるまでは後継者候補として。…それに、まだ後継者は緑谷か僕という2択な訳じゃない。

 

それが僕の当面の考え。

 

ナイトアイの準備が終わり次第僕は決断しなければならない。だが、彼は「決断は急がなくていい」と言った事が気にかかる。この話の流れなら誰もが出来るだけ早く結論が欲しいと思うものだが。

 

「もうすぐHR始まるから、行くよ。じゃあね八百万」

「えぇ。物間さんも、また」

 

職場体験で仲を深めたのか手を振り合う2人を横目に僕らは教室を出る。最後に飯田天哉と笑い合っている緑谷の姿を見て、僕と拳藤はB組への廊下を歩く。と言ってもすぐ近くな訳だが。

 

「にしても、ヒーロー殺しと会うなんて災難だよねぇ。さすがトラブルメーカーA組って感じ?」

(ヴィラン)に遭遇した割には、大した怪我じゃなかったようだね」

「…そ、そう?飯田が結構重症って聞いたよ?後遺症が残るとか」

「?…あぁ、緑谷の話だよ」

「緑谷?」

 

疑問を持つ拳藤に、僕は答える。

 

「彼の《個性》じゃ、どこか大怪我してるもんだと思ったけどね」

「…いやいや。ヒーロー見習いは《個性》で危害加えちゃダメってなってるじゃん。危なくなる前にエンデヴァーが来てくれたんじゃない?」

 

一瞬納得したがすぐに否定する拳藤には曖昧に誤魔化す。交戦してないと認識している拳藤にはわからない事実だ。

 

ーーー少しは使いこなせるようになったかな。

 

果たして現後継者に未来は有るのか…無いのか。近くで見させてもらおうか、緑谷出久。

 

 

⭐︎

 

その日の昼休み。僕は廊下を歩きながらA組担任の相澤先生を探していた。痛む背中をさすりながら不在と告げられた職員室を出て、適当に歩く。

 

「……やっぱ機動力が問題だよなぁ」

 

1時間目のヒーロー基礎学。オールマイトが主催した救助訓練レースで5人中4位という結果に終わった訳だが、その途中に足場にしていた鉄パイプから落下してしまったのだ。

 

一位だった塩崎は《ツル》と入り組んだ鉄パイプを絡めて移動するのに対抗し、僕も自身の両手両足でターザンのように移動した。出し惜しみもなく全力だ。その結果中盤までは塩崎と一位争いができたものの、差は徐々に広がり焦った所で落下。

 

痛みに呻く間に抜かされてしまった始末だ。

 

『?…いつもの物間さんなら、レース前に私の《ツル》を《コピー》するのでは?もしくは宍田さんの《ビースト》か』

 

レース後、塩崎にそう聞かれたことを思い出す。

 

『いや、いいんだ。今回は良い機会だし、自分の力だけでやりたくてね。…いてて』

『大丈夫ですか?』

 

心配そうに背中をさすってくれる塩崎は、続けて僕に問いを投げかける。

 

『それにしても、“良い機会”とは?』

 

ーーー僕に《ワン・フォー・オール》が必要か否か再確認する為。

 

そう伝える訳にもいかないので、塩崎には適当にお茶を濁した。

 

そんな事を思い返しながらも、廊下をふらふらと歩く。…ここまで見つからないとなると、心操の捕縛布レクチャーでもしてるのかもしれない。僕も混ぜろ。

 

「…まぁ、林間合宿もあるし。焦らなくてもいいか」

 

そう呟き、B組の教室へ引き返す。“機動力”や“無力化”の手段となり得るイレイザー・ヘッドの捕縛布は、近い内に“真似(コピー)”する時間もあるだろう。普通科の手の届かない場所で。

 

B組に向かう道中、会議室に入る緑谷とオールマイトを目撃した。

 

…隠す気あんのかな、あの2人。

 

なんか心配になって助言したい気もするが、「僕知ってます」とわざわざ今言う必要もない。ここはスルーを決め込むべきだろう。

 

先程のオールマイトと緑谷出久の姿を思い返す。《ワン・フォー・オール》の性質を聞いた僕は、《コピー》と《ワン・フォー・オール》が相容れない存在だとはっきり理解した。

 

僕という(コップ)の容量を超えた、複数人の“人生()”。受け継ぐ《個性》。

 

他人の《個性》を宿し、《個性(コピー)》に干渉する《個性》。…自分で整理してもややこしいな、僕の《個性》。

 

だが、《ワン・フォー・オール》に関しては宿す事すらままならない。僕の器が耐えられないのだろう。“宿す(コピー)”と“発動(ペースト)”の工程の内、前者でつまずいているのだから話にならない。

 

僕自身、本当になんとなくだが《コピー》が《ワン・フォー・オール》を否定する感覚がある。さっきの2人の姿からぼんやりと圧力がある感じだ。

 

それはもはや嫌悪感に近い。恐らく性質上相性が悪いのだろう。

 

そして、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確に言うならば、()()()()()()

 

これが何を意味するかは、正確には分からない。

 

ただ一つ言える事としては。…まぁここまで相性が悪い悪い言ってきた身だが。

 

ーーー僕が《ワン・フォー・オール》を《コピー》する日は、そう遠くない。

 

普段なら嬉しい結論が、何故か今だけは悲しかった。

 

 

⭐︎

 

「えー。期末テストまで残すところ一週間。ちゃんと勉強してるだろうな?テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておくように、以上だ」

 

そう言って帰りのHRを締めくくるブラド先生。各々が帰り支度を始め、自由な放課後を迎える。

 

「知ってる?演習試験って入試の時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ。先輩から聞いたんだけどね」

 

隣の席の拳藤が鞄に教科書を詰めながら声をかけてくる。話題は先程の期末試験について。

 

「へぇ、そうなんだ。…ちなみに全員一斉にやるかな、それ」

 

先輩に聞く、その発想は無かった。ミリオ先輩からでも聞いとけばよかったなと思いながら、僕は拳藤に問う。

 

1人であのロボットと対するのなら少々面倒だ。

 

「あはは。そう言うと思ってそこも聞いたけどね。去年は2人一組だったらしいよ」

 

なんと僕を想って詳しく聞き出してくれていた拳藤。女神か?

 

「んー…ま、なんとかなるかな」

「そかそか。よかった。補習ってなると合宿で時間潰されちゃうからね」

「あ、合宿自体は行けるのか。優しいね」

 

そんな適当な事を話しながら、僕も帰り支度を終えるが、まだ席を立たない。

 

「あれ?帰らないの?」

「ちょっとコスチュームやらサポートアイテムやらで用があってね。サポート科に寄ってくよ。先帰ってていいよ」

「ん、そっか。じゃ、また明日」

 

そう言ってドアに向かう拳藤を、ふと呼び止める。

 

「あ、そういや拳藤って八百万と仲良かったよね?」

「?…うん、まぁ。職場体験同じだったし、それなりに。あ、何?勉強教えてほしいの?」

「馬鹿。こちとらB組5位だぞ。いらないよ。…じゃなく、また手を借りるかもって言っといて」

 

まぁ、誇れるような順位でもないけどさ。

こっそりサポートアイテム作るには八百万の《創造》がとても便利だ。…まぁ僕の《創造(コピー)》でも代用は出来るけど…。そうなるとボディータッチが激しいスケベ男という称号を貰いかねない。難儀なものだ。

 

そして、言葉を付け足す。

 

「…やっぱ、八百万に勉強教わろうかな。ついでに()()()()()()()。拳藤も一緒にどうだい?」

「え、どしたの。珍しくない?…別にいいけどさ」

「ん。じゃあよろしく〜」

 

軽く拗ねた様子の拳藤を手を振って見送る。今の問答では八百万との勉強会に拳藤が来るかはわからないな。

 

拳藤は前回の中間テスト、B組内で2位だったから教わる必要が無いのだろうし、恐らく来ないだろう。

 

思い返せば八百万は“眠り弾(スリープバレット)”を頼んだ時は元気が無かった。正しく言えば、僕に頼られるまで元気が無かった。

 

体育祭で僕に敗北し、自信喪失。他人に、特に勝者である僕に頼られる事が嬉しかったのだろう。端的に言えば、自分を見失っていたのだ。

 

そんな理由が今だからわかった。いや、ずっと前からわかっていたのかもしれない。何故なら僕も同じだから。

 

救助訓練レースで自身の限界を確認し。

対ロボで共に戦う仲間の有無を不安に思い。

今もサポートアイテムに頼ろうとする自分。

 

『“良い機会”とは?』

 

塩崎の問いに再び心の中で答える。

 

ーーー僕に《ワン・フォー・オール》が必要か否か再確認する為。

 

そして、その結論は出た。

 

拳藤も帰ったので教室には僕しか残っていない。無気力に椅子にもたれ、顔を出し始めた夕焼けを一枚の窓を通して眺める。

 

「……本当に、“良い”機会(チャンス)だよ」

 

誰もが欲しいと願う《個性》。No.1ヒーローの《個性》。オールマイティーに応用できる“超パワー”は、僕に安定感をもたらす。

 

今日一日だけでも、理解できる。

 

やっぱり僕には《ワン・フォー・オール》が必要なんだ。

 

その事に納得はしてるし、それが正解だということもわかる。けどそれと同時に、僕はいつか間違うのだろう。

選択を誤り、僕は《ワン・フォー・オール》を受け継がない。

 

「…馬鹿だなぁ」

 

誤った選択を嫌うのなら、今すぐにでもナイトアイに承諾の意を伝えれば良い。けど僕はそうしない。それは何故か。()()()()()()()()()

 

何に悩んでいるのかもわからない。緑谷を思いやる気持ちは最初から無い。理論的に考えて断る理由は無い。

 

ただ一つ有るのは、間違うという未来だけ。

 

間違う事を知っていながら間違うというのは、存外難しい。さらに言うならば、性質(タチ)が悪い。

 

僕は鞄を持って、無人の教室を出る。

 

ーーーこの好条件の中でも間違うのなら、まだ殺したくない“自分”がいる事に他ならない。

 

それを知りたい。

 

結局はそれに尽きるのだろう。本当に、浅はかな考えだ。馬鹿だなと自分でも思う。真剣なナイトアイに失礼ともとれる。

 

けどそれでいい。損は無い。

 

ナイトアイが僕を利用するように、僕もナイトアイを利用する。僕という希望に縋らせる。その台本の中で、僕は間違う理由を見つけるという目的を達成する。

 

いや、未来が変わるというケースなら僕はオールマイトの真の後釜として《ワン・フォー・オール》を受け継ぐから、ある意味でスーパーヒーローになるという目的は達成される。

 

うん、損は無い筈なんだ。

 

そう自分に言い聞かせながら、足を動かしサポート科の教室に向かう。いつものように、他人に頼る為に。

 

 

⭐︎

 

それから一週間と少し。3日間の期末テストを終え、演習試験の日を迎えた。試験内容を前もって聞いているB組の面々は余裕の表情で、やけに多い教員の姿を見ていた。

 

「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

そんな根津校長の言葉に、B組の面々は騒つく。それもそのはず、拳藤から伝えられたロボットとの対戦ではなくーーー。

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ!

というわけで諸君らにはこれから2人1組でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

雄英教師兼プロヒーローとの対戦。そう聞かされれば、驚きの声があがるのも当然。不可能と嘆く声も当然だった。僕はB組より先に演習試験を終わらせたA組の様子がおかしいな、とは思ってたから納得が大きかった。試験内容を聞くのは一種のカンニングだからやめておいたが。…カンニング云々の前に両クラス試験は同時にやるべきだが、教員の数的に叶わなかったのだろう。

 

面々の不安などを意に介する事なく、根津校長は淡々と説明する。

 

「試験の制限時間は30分!君達の目的はこのハンドカフスを教師にかける or どちらか1人がステージから脱出することさ!」

 

僕はぼんやりとルール説明や重りなどのハンデを聞きながら、対人に備える試験に変更した事に思いを巡らす。

 

…どう考えても、ヴィラン連合の対策だよなぁ。納得納得。寧ろそれを思いつかなかった自分に驚く。普段なら気付くまでは行かずとも視野には入れている筈だ。…疲れてんのかなやっぱ。最近学校中を歩き回っているから見えないところで疲れが溜まってるかもしれない。3年生の階はやはり緊張してしまう。

 

「そして最後に、物間くんと拳藤さんの相手はーーー」

 

自分の名前が呼ばれ、意識を現実に引き戻す。辺りを見渡してもそれぞれのペアの正面に教師が佇んでいる。9人の教師がそれぞれの場につき、僕と拳藤の前には無人。

 

ーーーだった空間に勢いよく着地してきたNo.1ヒーローの姿に、思わず拳藤と共に息を呑む。

 

「ーーーワタシが、する!」

 

合宿中の肝試し、楽しみだったんだけどなぁ…。A組をこの手で驚かせたかった…。

 

密かに期待していたものを諦め、僕は止めていた息を深く吐いた。

 

 

⭐︎

 

「ーーーまぁ勝ち筋はあるんだけどね」

「え、ホント?ハッタリじゃなくて?」

「超ガチ。めちゃくちゃ薄い可能性だけど一応ある」

 

ちなみに今は先ほどから場所を変え、20分間の作戦会議タイムである。目を丸くした拳藤に僕は自分の作戦を説明する。

 

「…とりあえず、僕と拳藤がオールマイトを倒すっていうのは不可能だ。これだけは譲れない」

「うん、まぁ確かに。そんなはっきり断言されると困るけど」

 

馬鹿言え。現実を知るってのは超大事なんだ。うっかり後継者を無個性の少年にしちゃう理想を追い求める人だっているんだぞ。

 

ちなみに僕がオールマイトの《個性》をコピー出来ないっていう事実は結構前に世間話として伝えた筈なので、この絶望的な戦力差は拳藤も充分にわかっている。

 

「つまり、あの人を倒すって線は論外。なら、道は1つしかない」

「“ハンドカフス”ね」

 

その通り。一瞬の隙を見てオールマイトに手錠をかける。この道しかない。

 

「でも、そんな事できるの?…そりゃまぁオールマイトから逃げて脱出ってのは無理だろうけどさ。手錠かけるのも同じくらい無理じゃない?」

 

「……これは拳藤にしか言わないんだけど」

 

意味もなく耳打ちするように拳藤に近づく。少し驚いた様子だったが、彼女からも耳を近づけてくれる。いや、そんな大層な内緒話じゃないんだけど、“こういう話”は慎重になっておいて損は無い。

 

「オールマイトは長期戦に弱いんだ。将棋やチェスとかでも、終盤は集中力が続かないらしい」

「…は、何それ?どこ情報?」

「隣のクラスのオールマイトファン」

「なるほど」

 

適当な嘘に納得する拳藤を横目に、僕は先程更衣室から持ってきた携帯を見る。メッセージアプリを開き、新着メッセージに目を通す。つい先程送ったものに対する返信だ。

 

“今なら時間が取れる。電話でいいか?”

 

そこに承諾と感謝の意を返し、僕は拳藤に大まかな作戦を手短に伝える。

 

「とりあえず、僕が時間稼ぎ担当を受け持つから…拳藤は気絶してて」

「いや、意味全くわかんないけど」

 

怪訝な顔をする拳藤に知人と電話をすると言ってその場を離れる。説明は後回しだ。1人手持ち無沙汰になった拳藤は、鉄哲と宍田獣郎太の元へ向かった。彼らの相手は確かセメントス先生だったな。

 

周りにクラスメイトがいない場所まで行き、電話をかける。

 

『この時間は授業中、正確には期末の演習試験の筈だが…緊急か?』

 

そんな電話の始まりを聞きながら、僕はサー・ナイトアイに応える。僕の授業時間まで把握してるのは普通なのか判断に悩むところだ。

 

「まぁ、いくつか質問がありまして」

『あと少しでパトロールの時間だ。手短に頼むぞ』

 

まぁこちらも、サー・ナイトアイ事務所はこの時間で昼休憩というのを知っていて電話しようと思った訳だけど。

 

「まず、僕が後継者候補である事をオールマイト本人に言っても問題ありませんか?」

 

これが質問の一つ目。

 

『それは前も言っただろう。その点に関しては貴様が思うようにすれば良いと』

「…わかりました。貴方の計画に支障が出ないなら構いません。時間稼ぎのネタとしておきます」

『…時間稼ぎ?一体何の話をしている』

「肝試しの話です」

『本当に何の話をしているんだ』

 

OK、これで時間は稼げる筈だ。オールマイトなら《ワン・フォー・オール》の話に食い付くに違いない。

 

それにしても、この話での僕の行動でサー・ナイトアイの『物間寧人後継者計画』には影響は出ないらしい。もしくは僕ならそれほど大きなヘマはしないと信頼されているか。

 

「もう一つ質問…いえ、確認したい事があります」

 

なら、その『物間寧人後継者計画』はどんなものなのか?勿論本人に聞いた事はある。

 

だがその時の返答はどれも曖昧なもので、核心を突こうとしない。適当なユーモアで誤魔化されてしまう。

 

そんな意味の無い会話は、言外に“事前に教え行動が少しでも変化してしまう事を恐れている”と告げている。端的に言えば、「気にせず普段通りの行動を心がけよ」だ。

 

僕はそれを察し、ナイトアイは僕が察したことを察する。それ以降特にそれを聞く事はなかったが、あえて僕はここで踏み込む。

 

「ーーー貴方の説得材料の1つは、実行の“タイミング”ですか?…例えば、()()()()()()()()()()()()()()、とか」

『………』

 

無言は肯定。そう義務教育で習ったので僕の推測は正解だと悟る。

 

『…本当に恐ろしいな、貴様は』

 

ナイトアイの口ぶりから、僕の例え話も正解だとわかる。それならば、と僕は更に口を開く。が、それを遮るように携帯から無機質な声が届いた。

 

『“己の不甲斐なさに心底腹が立つ。彼らが必死で戦っていた頃ワタシは…半身浴に興じていた”』

 

「…なんですか、それ」

 

『ワタシの《予知》で見た事柄の一つだ。貴様ならこれだけでも充分だろう?』

 

そう一方的に言って、ナイトアイは電話を切る。

 

3分にも満たない通話時間を表示している携帯を眺めながら、僕は先ほどの言葉について思いを巡らす。

 

《予知》は直近の未来ほど鮮明に、先の事になるほど曖昧になる。5、6年前がオールマイトを《予知》した時期なので、この発言も曖昧に視えた未来の1つなのだろう。途切れ途切れ、ズタボロに切り裂かれた映画のフィルムのように。

 

オールマイトへの《予知》以降、ナイトアイは人生を視るような大きな《予知》はしていない。僕から見れば情けない事だが、酷く臆病になっている。憧れの男の死という心的外傷(トラウマ)が彼を蝕んでいる。

 

なので、彼もこの時期の詳しい展開はわからない筈。だが、断片的なオールマイトの言動から予測出来たものがあったのだろう。

 

そしてそれが、物間寧人を後継者にする為の手札。

 

そこから1分、ナイトアイの視点から考える。これは僕の得意分野だ。

…そうして出た結論に、思わずため息をついてしまう。

 

「…恐ろしいのはどっちだって話だよ」

 

 

⭐︎

 

 

今現在、バスの後ろ座席でぐだーっと座る僕は、前方で世間話に花を咲かせているオールマイトと拳藤の姿を見ている。

 

演習場に着くまでの僅かな時間だ。…いや、学校の敷地内でバスとか使うのおかしいな?よく考えろ?

 

「それにしても、なんでオールマイト先生が私達の相手なんですか?さっき物間が言ってたんですけど、テキトーなペアや相手じゃないんですよね?」

「フムフム。物間少年は何故そう思ったんだい?」

 

唐突に後ろを振り返り、僕に問うオールマイト。

 

「鉄哲と宍田のペア、相手セメントス先生だったでしょう?」

 

うん、と頷く拳藤を見ながら、僕は続けて口を開く。

 

「もし今回の試験のテーマが“2人で協力”なら鉄哲と骨抜を組ませる。頑固&柔軟、この組み合わせの化学反応がB組では1番大きいと思うし」

 

案外、あの2人がチームになればA組の主力にも勝てるかもしれないな、なんて。意味ない妄想を膨らませる事なく、僕はさらに言う。

 

「そうじゃないって事は、あと考えられるのは“弱点の克服”」

正解(ビンゴ)だよ、物間少年!」

 

そう褒められてつい浮かれた僕は、更に喋ってしまう。

 

「セメントス先生には“頭の悪いパワー型”を当てるって感じですかね。A組なら、切島と…砂糖、一応飯田かな」

「せ、正解だよ物間少年…。A組は切島少年と砂糖少年さ…」

 

教師っぽく生徒を褒めたつもりが、予想以上に的確に答えられ立場を見失っているオールマイト。だが、コホンと咳払いをし、僕と拳藤を見る。

 

「それじゃあ、何故君ら2人の相手はワタシなんだと思う?」

 

そう問うオールマイト。残念ながら、僕はその正解にまだたどり着いていない。

 

「“弱点の克服”…かぁ。私達の弱点って何だと思う?物間」

「オールマイトを相手にすりゃ弱点なんて無限にあるさ」

 

いくらハンデがあろうとも無理ゲーなのは変わらない。弱点云々の話じゃなくなってるんだよなぁ、この人の場合。

 

「…つまり、僕らに弱点なんてない、無敵な存在」

「物間は何でも出来るけど何でもできない器用貧乏で…私は《大拳》で出来る事を増やす…って感じかな?」

「……まぁ、合ってんじゃない?」

 

何か釈然としないけど、拳藤の答えは僕の考えていたものと全く同じだった。

 

まぁ、少し特殊な僕の《個性》を相手するとしたら…相澤先生か根津校長みたいな更に特殊な《個性》で相手するのも当然だろう。

 

僕のオールマイティさとオールマイトのオールマイティさは全くの別物だが、そこを鍛えろという事だろう。多分、知らんけど。

 

…いや、今日戦ったらいよいよガチで《ワン・フォー・オール》欲しくなっちゃうんじゃないのこれ。無い物ねだり的な、ナイトアイの策略か?

 

そんな僕の思考は露知らず、オールマイトは笑顔で応える。

 

「やはり君も賢い、拳藤少女!…だが、もう一つ理由があるんだ。これは、弱点関係なしにね!物間少年はわかったかい?」

 

僕は直感で答える。

 

「A組の時に相手したのが飯田と八百万なら、クラスのリーダーって所ですかね」

「?…あぁ、アンタ副委員長だもんね。全然仕事しないから思いつかなかった」

「なんてこと言うんだ拳藤。全部君1人でやってしまってるからこっちに仕事が回ってこないんだ」

 

そもそも学級や委員会での副委員長ってのは肩書きのみの事が多い。それなら書記の方が大変だろうと断言出来る。要所要所での呼びかけ等は委員長の拳藤がしてくれるので、全くする事がない。

 

そう思うと本当に委員長にならなくて良かったと思う。まだクラスメイトからの評価も定まっていない中、入試次席として始業式で適当なスピーチをした僕に注目が集まったのは仕方ない事だが。

僕が極限まで委員長を渋ると、気を利かせた目の前にいる少女が名乗り出て、その感謝を込めて副委員長の座についたというのが経緯だ。

 

…入試次席な事は隠そうと思えば隠せた事だし、主席の爆豪が始業式をサボったのが原因じゃないだろうか。うん、やっぱ爆豪が全部悪いわ。

 

そんな意味のない結論にたどり着いた僕に、オールマイトは首を横に振る。

 

「まぁその推測は良いセンいってるが…残念。ワタシの相手は…緑谷少年と爆豪少年さ」

「…それ、ただ仲悪いってのが弱点なんじゃ」

「拳藤の言う通り。オールマイトの事で拗らせ2人組じゃないですか」

 

「ぐ…君らもよく見てるな…!」

 

君ら“も”…か。つまりこのペア分けを考えたのは僕らの事をよく見ているそれぞれの担任って所だろうか。だとすると……。

 

あと少しで答えに辿り着けそうといったところで、僕ら3人が乗っていたバスは停車する。演習場に着いた僕らはバスから降り、オールマイトが時間切れと告げる。

 

「答え合わせは試験の後と行こうか!さぁ、あと数分で試験は始まるぞ!」

 

1時丁度にそれぞれ全員の試験が始まる事になっている。今僕は時計を持っていないが、12時56分といった所だろう。この場を離れて仕切り直し、試験開始のブザーを待つ運びだ。

 

答え合わせは試験の後、と言ったオールマイトに告げる。たった今たどり着いた僕の答えを、嫌そうに。

 

「…背負う期待と責任が重すぎる」

 

そんな僕の答えに、オールマイトはニヤりと笑う。正解のサインだ。

 

疑問符を浮かべている拳藤と、苦い顔をしている僕。両方を視界に入れ、オールマイトはいつもの笑顔で口を開いた。

 

「ーーー守るものが多いからこそ、ヒーローは負けないんだよ」

 

1年A組を例に出そう。クラスをまとめるでもないし中心にいるわけでもなく、おまけに仲は最悪。だが、いつの間にかその熱がクラスに伝播するという存在がある。ーーーそんな事実は今は無くとも、今後そうなると担任の相澤先生は確信しているのだろう。だから、あの2人を選んだ。

 

クラスを纏める学級委員長等ではなく、()()()()()()()()()()()()2()()だからこそ、ここでオールマイトに勝てればクラスへの影響力、勢いも増すだろう。

 

負けた時の事は知らないけど…まぁ相手がオールマイトならいくらアイツらでも仕方ないかとなるだろう。まぁ勝敗でそんな責任を負う事はないから別にいいか。

 

まぁつまり、僕と拳藤がクラスを底上げをしてくれ、オールマイトにすら勝つ可能性を秘めているとブラド先生に期待されているのだ。

 

期待の教え子だからこそ、良い経験としてNo.1ヒーローを相手させる。

 

…ナイトアイもブラド先生にも言える事だが、僕はそんな期待されるような存在じゃないんだけどな。…ブラド先生は親馬鹿の類、生徒馬鹿だからなぁ。教え子好き過ぎだろあの人。

 

まぁ、その信頼や期待を“守る”為に、精一杯頑張らせて頂きますけども。

 

僕と拳藤はオールマイトの元から離れる。それぞれ市街地の構造を小走りに確認しながら身を隠す。

 

「拳藤、目的のトコ見つけたらすぐ言って」

「りょーかい…あ、アレは?」

 

そんな中、僕と拳藤はある建物の前で足を止めた。雄英側が作った市街地ステージを構成する1つである事務所のようなものだ。

 

なんとなく僕が2週間滞在していたサー・ナイトアイ事務所の面影もある。似てるってだけだけど。

真っ白なペンキが塗られて清潔さを持ち、かつ頑丈な新築物件。うん、良い物件だ。

 

「よし、ここにしよう。ーーーそれじゃあ、早速()()()()

 

僕と拳藤は同時に《大拳》を発動する。

 

そんな時、ビーっと無機質なブザーが鳴る。かくれんぼでいう鬼が動き出す。オールマイトというヴィランが。

 

 

 

 

その20分後には、僕の計画通り、目の前にオールマイトが姿を現す。

ーーー平和の象徴の本当の姿(トゥルーフォーム)で。

 




今話から期末試験編か林間合宿編にしようか迷いましたが、期末試験で“過去視”する《個性》はない上、話の展開上林間合宿にそのまま繋がっていく部分も多いので林間合宿編とさせて頂きます。長編になるので2つ過去視します。

というわけで、林間合宿・過去視《ワープゲート》・《ワン・フォー・オール》編です。


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あぁ、本当に恐ろしい

学期末実技試験。ヒーロー役2人の生徒に対しハンデ付きのヴィラン役教員1人で、僕らが条件をクリアする。出来なければ赤点で先の林間合宿で補習という運びとなる。

 

B組より一足先に試験を終えたA組の話を聞くに、赤点だと林間合宿にも行けないと聞かされているらしいが…。あれはイレイザーの合理的虚偽ってやつだろう、僕らのブラド先生に聞くと全員必ず行くと教えてくれた。

 

絶望してた上鳴と不安に思ってた瀬呂とは軽く話した訳だが、何となく面白かったのでこの事は伝えなかった。

 

だが、結果に関わらず合宿に行けるとはいえ、赤点を取るとレクリエーションの一つである肝試しの時間が削られる事になるらしい。それは嫌だ、絶対嫌だ。

 

「ーーーというわけで絶対勝とう、拳藤」

「うん。まぁ、モチベーションあるのは良いことだけどさぁ…」

 

呆れた顔の拳藤に向かって、僕は確認をとる。肝試し抜きにしても、合宿中僕の時間が制限されるのは好ましくない…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それじゃ、作戦通りに行こうか」

「りょーかい……負担がアンタに偏りすぎてる気するけどなぁ…この作戦」

「散々言ったじゃないか。これがベストだって」

 

変に曲解すれば嫌味とも取れる僕の発言も、真っ直ぐな拳藤は受け入れる。釈然としないながらも僕の事を信じてくれるらしい。こればかりは、4月から築き上げてきた信頼関係の賜物だろう。

 

倒す事が勝利条件じゃないのだから僕らにも勝機はある。そう考えてる間にも僕の《大拳(コピー)》の打撃が、目の前の建物の塗料を剥がしていく。

 

 

⭐︎

 

「ウウム…やはり、戦力差がありすぎるのでは…?」

 

試験開始から5分経った頃だろうか、脱出ゲートの前でワタシ…オールマイトは依然佇んでいた。緑谷少年と爆豪少年のように仲の悪さは見受けられない…寧ろ仲が良すぎるとすら思える2人だが、機動力や純粋なパワー比べとなると、ワタシが負ける事は有り得ないだろう。

 

ワタシを除いた10人の教員で試験させるべきでは…とB組担任、菅くんには申告してみたが聞く耳を持たずあの2人…。

 

物間寧人と拳藤一佳を熱烈に推していた。

 

物間少年と拳藤少女の名は職員室でもよく聞いていた。問題児の多いA組とは違い、“優等生”のB組代表2人組だ。

 

ワタシのイメージでは物間少年が学校内をフラフラ歩き回り普通科、サポート科…最近では職場体験から通形少年とも関わりを作っているようだった。それは我ら教員にも同様で…特に相澤君とよく話している姿を見かける。

 

だが、いくら世渡り上手とはいえ大小の問題は生まれてしまう。誰彼構わず…かどうかは知らないが、多種多様に人との繋がりを作る場合に相手を不快にさせる事は少なくない。

そこで出番となるのが拳藤少女だ。

 

先日…普通科のリーゼント頭の少年に言いがかりでもつけられたのか軽い口論となった事件があった。

 

『はいはい。すーぐ煽るんだから…。あ、ごめんな?』

 

ワタシが現場に向かった時には気絶している物間少年を手馴れた様子で引きずる拳藤少女の姿があった。

 

その後聞いた話に寄ると、口論となった遠因はリーゼント少年のヒーロー科に対する嫉妬の類だったそうだ。ヘラヘラと気さくに話しかけてくるヒーロー科…しかも体育祭優勝の物間少年の存在に苛立ったとか。

 

青春(イイ)…。そういう関係も…アツい…!』

 

ワタシと一緒に現場に赴いたミッドナイトは恍惚な表情でそう呟いていた。視線は目を覚まして気兼ねなく言い合っている物間少年と拳藤少女に向いている。確かに側から見れば痴話喧嘩のように見える光景だ。

 

そんな感じで、2人の名前は一緒に聞く事が多い。恋仲云々の話は職員室では1名しか主張しておらず、B組を代表する2人として名が挙がるし、ワタシの彼ら2人の印象も同じようなものだ。

 

あと気になる事といえば、物間少年の職場体験先がワタシの元相棒(サイドキック)の所だった事だろうか。彼が生徒を指名するとは珍しいなとやけに印象に残っていた。

 

確かに先のバスでの会話の節々から2人の頭脳面での賢さは見受けられたが…やはり純粋な戦闘力では相手にならない。唯一の頼みの綱である物間少年も、《ワン・フォー・オール》を《コピー》出来ない。《個性》としての相性に恵まれなかったのだ。

 

恐らく、この唯一の脱出ゲートの前にいるだけで彼らは何も出来ない。だが、30分という時間は残念ながらワタシにとって長い。

 

「ーーーやはり、授業ともなると時間ギリギリか…」

 

《ワン・フォー・オール》の灯火は今も弱くなっている。マッスルフォームを維持できる時間は普段の授業時間…1時間弱のようなものだ。演習試験というのもあり延びる分も生徒だけの作戦会議時の休憩で補えていれば良いのだが…。

 

恐らく、今からマッスルフォームの維持はもって20分といった所だろうか。30分の時間切れを待っていたらトゥルーフォームの姿になる事は避けられない。

 

そうなると、今現在のかくれんぼの立場が逆転してしまう。それは避けたい事態だ。やはり短期決戦が望ましい。

 

足に力を入れ、身体を動かす。

 

「やっぱ重っ…。いや、ワタシの体重が悪いのか…」

 

ハンデとして体重の半分の重りをつけているワタシは、思わず呟く。マッスルフォーム時は200Kgなので…。

 

だが、慣れるのも一瞬だった。重りの負担を帳消しにするほどのパワーを身体に纏うように《ワン・フォー・オール》を調整し、平常時と変わらない動きでーー“走る”。

 

とりあえずこの市街地を2()()でもしようか…と考えていたその時。

 

「ーーーーほう」

 

轟音が響く。感覚だけだとプレゼントマイクの個性《ヴォイス》と言った所だろうか。

 

そういえば最近物間少年がサポート科の発目少女と研究室に入り浸っているとの話を妙に嬉しそうなミッドナイトから聞いた。となると彼考案のサポートアイテムだろうか。

 

数瞬意味を考える。ワタシをおびきよせる為の罠と考えるのが妥当だが…。生憎、サポートアイテムを囮に2人がその隙に脱出、というシナリオは叶わない。ゲートに戻ってくるまで、ワタシなら10秒もかからないからだ。

 

「ワタシの力を見誤ったか…?」

 

そう疑問に思うが、策に乗った振りをするのが最善と理解。そして実行する。

無駄足になるだろうと踏んではいるが音の向かう方へ行き、他方で出た2人の尻尾を捉える。

 

そう考えていたものだから、辿り着いた先、目の前にいる拳藤少女の姿に困惑してしまう。

 

「わ、ホントに来た…」

 

不思議な事に、拳藤少女もワタシの姿を見て驚いている。この明らさまな罠にかかるとは思ってなかったのだろう。だが、ワタシの事情から短期決戦が好ましい。それを知る由もない彼女は、ワタシ相手に戦闘態勢をとる。

 

ここで流石に、おかしいと悟る。

 

「ーーーむ…?拳藤少女が時間を稼いでいる間に、物間少年が脱出する作戦かね?」

 

この試験の勝利条件は「教員にハンドカフスをかける」あるいは「生徒どちらかが脱出」だ。なら拳藤少女が囮となり物間少年が逃げる…作戦としては成り立っている。

 

ーーーひどく杜撰で、甘い見通しな事を除けば。

 

「…ッ!?」

 

そんなワタシの“威圧”に目の前の拳藤少女は後ずさる。

 

「ーーーやだなぁオールマイト。レディーにヴィランを任せて逃げる訳ないじゃないですか」

 

その声の主を探す為、上を見上げる。門番のように佇む拳藤少女のその後ろ。柱や壁がやけにボロボロで、廃屋と言われてもおかしくない事務所の2階から手を振っている物間少年の姿を目に入れる。

 

冷静に周囲を見渡すと、近くのレストランや一軒家も同じように、“誰かが故意に傷つけたように”ボロボロになっている。

 

「…どういうつもりかね?」

「すぐわかりますよ。…拳藤!」

 

名前を呼ばれた拳藤少女は少し大きめのハンカチを口につけ、マスクのように息を無駄に吸い込まない工夫をする。

 

と同時にワタシに当てないように、そして囲うように狙われた複数のビー玉のようなものが地面に衝突し、毒々しい紫色の煙が辺りを覆う。

 

直感で…いや、先ほどの拳藤少女の様子から吸ってはいけないと頭が理解する。

 

そして身体でーー、拳一振りで煙を払う。天候を変える程のパワーではなく手加減したものだったが、煙で覆われた視界は一瞬で晴れ、目の前には小さな拳。

 

「ーーー“双大拳”!」

 

着撃の瞬間に拳を巨大化させる事で、威力を増やす技だろうか。そういえば物間少年が鉄哲少年の《スティール》で似たような事をしていたか。

 

そんな事を思い出しながら、大きくなった拳をガッチリと難なく受け止める。いや、ちょっと痛い。その様子は表に出さず、巨大化した薬指を掴む。

 

「…っ!」

 

全く通用しなかった事に驚き…そして理解した拳藤少女は退くべきだと判断。ワタシに掴まれた拳を元の大きさに小さくし、生まれた隙間で手を引き抜き距離を取ろうとする。

 

「ーーー同じパワー型《個性》なら戦いになると踏んだのかい?」

 

この煙が晴れた一瞬の奇襲で大ダメージを負わせようと思っていたのかは知らないが、やはり杜撰な計画。この試験でワタシに正面戦闘を臨むこと事態がミステイクだ。

 

「…っ!?は、はやーーー」

「ーー遅い」

 

拳藤少女にはない機動力。一瞬で距離を詰め、チャイナ服コスチュームで露わになっている右手首を掴み捉える。そのまま流れるような動作での手刀で意識を刈り取り、拳藤少女はそのまま地に伏せる。

 

…さて。

 

「相方が倒された訳だが…君はそこから動かないのかね?」

 

事務所の2階部分の窓から顔を出し、事態を静観している物間少年に問う。物間少年の“指弾”技術(スキル)での援護、拳藤少女の《大拳》での正面戦闘。

 

これがB組代表の2人が知恵を絞って編み出した作戦なのならば、期待外れと言わざるを得ない。

 

「まさか。まだまだ策はありますよ」

 

そう顔を歪め笑う物間少年は、その場から動く様子がない。それを見て悟る。

 

ーーーあのボロボロの事務所の一室で、ワタシと対するつもりだろう。

 

事務所にサポートアイテムを散りばめ、無数の罠があるのだろう。だが、それにわかっていて乗るほどワタシも馬鹿ではない。

 

「この試験の設定を覚えているかね?君タチはヒーロー役、そしてワタシはヴィランだ。ヒーロー側の篭城戦に付き合ってくれるヴィランがどこにいる?」

 

ドラマでよく見る、人質をとる犯人が篭城し、その周囲で説得を試みる警察のシーンを思い浮かべる。この状況と立場が逆だ。

 

その指摘を、物間少年は笑って受け流し、白々しく、今思いついたようにおどける。

 

 

「そうですねぇ…ーーー《個性》に()()()()()()()()()()()とかなら、無理に攻め込んでくるんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

「……まさかキミは、」

 

ーーー知っているのか?

 

困惑する中で脳裏に思い浮かぶのは元相棒、サー・ナイトアイの姿。だとしても、一体何故この子に、という疑問が残る。

 

「ーーー積もる話でもしましょうよ。この距離で話してると、拳藤が起きた時に察してしまう。彼女、僕らが思ってるよりずっと賢いので」

 

その口振りから、“秘密を握っている”と断言している。

 

「まぁ信じて貰えないと思うけど、階段や廊下に罠とかはつけてません。安心してここまで来てください。…あぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、うっかり壊さないように」

 

気絶している拳藤少女をここに放置する事に抵抗は覚えたが、こうなると連れて行く訳にもいかない。

 

事情が変わった。いや、物間少年によって変えられた。これこそが彼の望んだ状況なんだろう。

 

ゆっくり歩き、階段を上り、そのままドアを開く。彼の言う通りここに来るまで罠は無かった。とすると、この一室に罠がある。

 

その部屋に足を踏み入れると、無防備な様子で椅子に背もたれを預けている物間少年の姿。

 

「“ワタシが来た”…って言わないんですか?楽しみにしてたのになぁ」

「今はヴィランだからね」

 

そう口では返すものの、ヴィランがヒーローの誘いにホイホイ乗る訳がない。なら何故ワタシはここに来たのか。当然、《ワン・フォー・オール》の話をしに来た。

 

どういう経緯でーーー彼はどこまで知ってるのか。そしてこれからどうするのか。見極める為に。

 

5秒程の静寂の中、先に口を開いたのは物間少年だった。

 

「まぁ、結論から言えば全部知ってますよ。貴方の個性《ワン・フォー・オール》についても。緑谷出久を後継者に選んだ事も。サー・ナイトアイと喧嘩別れした事も。そしてーーー」

 

「ーーー貴方を待ち受ける結末も」

 

ワタシの死すらも、ナイトアイは彼に告げたのか。あのナイトアイがそこまで気を許し、信用しているとは驚きだ。

 

「…そこまで知っているのなら話が早い。口止めはナイトアイからされているのだろう?一体ここで何を話すのかね?」

 

緑谷少年にも言ったように、ワタシの《個性》に関する話は口外厳禁。平和の象徴はあくまでも象徴であり、その実態は明らかにするべきではない。聡い彼なら、当然その事も理解している筈だ。

 

「いえ、貴方の意志を確認しておこうと思いまして」

「ワタシの意志?」

 

疑問の声に応えるように、物間少年は口を開く。

 

「ーーー“後継者”緑谷出久を諦める気はありますか?」

「ーーーないね」

 

即答だった。そんなワタシの答えに、物間少年は目を細める。冷たく見下ろすような視線、期待外れだと言外に話すその態度に、空気がピリつく。

 

「物間寧人を《ワン・フォー・オール》の後継者にする。ーーーこれがサー・ナイトアイの意向です」

 

その言葉に目を見開く、が、納得も大きかったので取り乱しはしなかった。ナイトアイが彼を職場体験に呼んだ意図が理解できたからだ。

 

だから、気になる事を聞く。

 

「ナイトアイの意向…という事は、君の考えはまた違う、と?」

「………」

 

妙につまらなそうに、だが無言を貫く物間少年に、ワタシは更に疑問を抱く。

 

「君は、乗り気じゃない、と?」

「まぁ、()()()そうなんでしょうね。…ま、()()()()未来なんてどう転がるかわからない。僕がひょんな事から受け継ぐ気になるかもしれません」

 

そんな曖昧な言葉でお茶を濁す物間少年の姿に、ちぐはぐさを感じてしまう。まだ彼の意志が固まっていないようで、彼の、()()()()()()

 

「僕としては、通形ミリオ先輩に受け継いで貰った方がベストだと思ったりもしますねぇ」

 

のほほんと、世間話をする様に新しい名を出す物間少年。聞くだけで耳が痛くなる名だ。ナイトアイが育成していた後継者の名前。

 

「…はっきりしないな、君は一体何がしたいんだい?」

 

困ったように頬をかきながら笑う物間少年。

 

「何がしたいかは、まだ決まってません。ーーーーけど、()()()()()()()()()()

 

ひどく歪んだ笑顔で続ける物間少年に、何故か鳥肌が立った。両手を広げ、爽やかに主張する。

 

「心操人使の《洗脳》。僕の《洗脳(コピー)》で、緑谷出久の遺伝子の一部…血にでもしましょうか。一滴の血を僕かミリオ先輩に摂取させるよう仕向ければ、半強制的に《ワン・フォー・オール》の譲渡は完遂される。違いますか?」

 

「違うね。《ワン・フォー・オール》を譲渡するという意志が無ければ儀式は成立しない」

 

「なら、緑谷出久に“その意志を持ち、血を通形ミリオにあげろ”と《洗脳》する」

 

矢継ぎ早に、改正案を提示してくる物間少年にワタシもすぐに首を振る。

 

「心操少年の《洗脳》は“頭を使う行為”には適用されない。君も知っているんだろう?諦めるんだね」

 

相澤君が興味深そうに心操少年のデータを見ていたので、ワタシもそれを覗き見した事が幸いした…!心操少年はこれまでの試験や授業態度でも、特に体育祭以降優秀な成績を残している、その点からヒーロー科編入も視野に入れていると相澤君が言っていた。それが無ければ《個性》の詳細を知る事は無かっただろう。

 

「…はは、ですよね。やっぱりその意志とやらをクリアする必要があるか。…逆に言えば、そこをクリアする()()で《洗脳》で事を成せる」

 

「…ッ、君は、本気なんだね」

 

薄く笑いながら、ワタシの目を見る物間少年。

 

「まぁ、微妙な認識の違いはあるとはいえ…僕とナイトアイの根幹は同じです。ーーー緑谷出久以外が後継者をやるべきだ」

 

そして、ワタシの判断を否定する。緑谷少年を否定する。

 

「冷静になって考えてくださいよ。No.1の《個性》を手にしながら体育祭では1回戦負け、身体を破壊しながら戦うヒーローに平和を任せてなんていられませんよ」

 

「いや、それは違う。彼は職場体験以降、力の扱いに慣れてきている。5%の力を保つ事で体育祭の彼とは見違えるほどに強くなっている」

 

古豪グラントリノの教えが活きたのだろう、緑谷少年の危なかっしさは格段に鳴りを潜めている。

 

「…5%、か。じゃあ正直に答えてくださいよ。()()5%なのか、()()5%なのか」

 

思わず口を閉じてしまう。それはいけない、と思いながら口を開くが、その先に続く言葉をワタシは持っていない。この口ぶりなら彼も知っているのだろう、ワタシが譲渡された時には大して苦労せず、すぐに扱えた事を。

 

「ーーーほら、やっぱり()()()()()()()()()()

 

ワタシは目を伏せる。その言葉はワタシに酷く突き刺さった。

 

先日ーーー、全鎧(フルカウル)の成果を目の当たりにしたすぐ後、緑谷少年と会議室で話をした。《ワン・フォー・オール》の話と、ワタシの話をする為に。

 

だが結局、オール・フォー・ワンや《個性》のルーツを告げただけで、ワタシの話は出来なかった。

 

『君はいつか奴と…巨悪と対決しなければならない…かもしれん。酷な話になるが…』

『頑張ります!オールマイトの頼み、何が何でも応えます!』

 

 

『ーーーあなたがいてくれれば僕は何でもできる!できそうな感じですから!』

 

そう純粋に、まっすぐに見つめる緑谷少年の目を、思わず逸らしてしまった。言わなければいけないとわかっていたのに。

 

…すまない、緑谷少年。その時にはもうワタシは、君のそばにはいられないんだよ。

 

そう、()()()()()()()()

 

「ーーー僕の《コピー》とナイトアイの《予知》。出来る事はきっと多いし、さっきの会話で分かる通り、僕らは本気です」

 

《洗脳》云々の会話から充分に伝わってきた意志が、彼らの宣戦布告を後押しする。手段を選ばず、半強制的にでも《ワン・フォー・オール》を奪う事も視野に入れると。

 

「…それは、恐ろしいな」

 

思わず呟いてしまう。意外すぎる組み合わせだが、2人が協力すれば出来ないことはないのではないか。そう錯覚してしまうほど、恐ろしい2人だ。

 

現に、物間少年は職場体験が終わってもまだ通形少年とコンタクトを取り合っている。彼の考え、通形ミリオを後継者にするという準備を着々と進めているのだろう。

 

「ーーーま、話はこれで終わりですね。それじゃ、試験に戻りましょうか」

 

そう言われ、我に返る。しまった、ただでさえ時間が無いのに、物間少年と話しすぎた。今は演習試験の最中と強く自覚する。

 

「……ふぅ」

 

物間少年は姿勢良く立ちながら、その目はワタシの一挙一動を観察する。それに呼応するようにワタシも動き出す。“会話”という時間稼ぎの第一ラウンドはワタシの負けだと認めよう。

 

だが、第二ラウンドの“戦闘”での勝敗は見るまでもない。

 

そう自分の勝利を確信しながら、ワタシは彼に向かって腕を伸ばしたーーー。

 

 

⭐︎

 

 

「お、白い煙…時間切れのサインですか?」

 

僕の呟きに、目の前のオールマイトは反応しない。

 

迫りくる手のひらを屈んで躱し、流れるように繰り出された蹴りは半歩ずらして避ける。最小限の動作で回避行動を続け、反撃は行わない。

 

一度でも触れられたらゲームオーバー。そんな無理ゲーに、僕は今挑戦している。

 

大きく、ハンデ付きの身体で繰り出される猛攻には多少の予備動作が伴う。そこから()()

 

その作業をひたすら続けていた。

 

「ーーーこの動き…!ナイトアイの…!」

 

正解(ビンゴ)。僕にとって2週間という時間はあまりにも長い。長すぎてーーー触れようとする僕の猛攻を避け続ける“ナイトアイの回避行動”の“真似(コピー)”はとっくに済んでしまっている。

 

従来の僕の回避とは違い、わかっているからこそ無駄のない動き。特に目線だ。「この行動をした以上あの未来通りになる」と確信する為の、予備動作の確認。その視線が顕著に現れている。

 

「にしても、よくわかりましたね。ナイトアイの動きだって」

「これでも…彼には近くで助けられた事も多かったから、ねっ!」

 

そんな会話を続けながらも、オールマイトは猛攻の手を緩めない。僕を確保しようと手を伸ばし続ける。

 

そういえば、早朝の1vs1。ミリオ先輩の動きとナイトアイの動きは似ていると感じた事がある。やはり、師弟関係ともなると似てくるのだろうか。

 

ーーーなら僕の師匠は、優に100人を超えている。

 

「…くっ…!やりにくいな!」

 

吹き出す白い煙の量が多くなってきたオールマイトがそう非難の声を告げる。が、僕はさらりと受け流し、そっぽを向く。

 

オールマイトにとって今の状況は芳しくない。正しく言うのならば…“全力を使わせない状況”だ。

 

この、狭い事務所の一室。

 

それだけで彼の力は制限される。まず前提条件として、《ワン・フォー・オール》で常時100%というのは()()()()()

 

下手をすれば天気すら変えてしまう程の超パワー。少し走るだけで暴風大災害が発生してしまう。なので、もし100%を使うにしてもそれなりに広大な土地が必要となる。

 

こんな単純な事に緑谷が気付いているかどうかは、置いておくとして。

 

やけにボロボロなこの事務所、周囲にある建物にも影響が出る程の超パワーを出そうものなら、辺りは為す術もなく崩壊する。

 

そして、そうなると。

 

「僕も大怪我してしまうだろうし…それに、真下にいる拳藤が1番危ない」

 

手刀で昏倒された拳藤に被害が出る。様々な要因が重なり合って、オールマイトは全力を発揮できない。「ヴィラン…いや、悪魔め…!」と悪態をつくオールマイトは無視する。

 

「く……!ならーーーっ!」

 

更に《ワン・フォー・オール》の発揮%を上げ、先ほどまでとは違いこの一室を兎を連想されるような髪型のようにピョンピョン跳ねるように飛び回るオールマイト。建物が崩壊しない程度の勢いで、僕を撹乱する。

 

《予知》の過去視で見た、グラントリノの動きに似てる。オールマイトも師匠の動きに似せてるのかもしれない。

 

ーーーだが、それも躱す。

 

制限に制限を重ねたオールマイトと、ナイトアイを“真似”し回避に徹した僕。この事務所の一室で、触れるか触れないかの戦い。

 

それは、緑谷出久とナイトアイの攻防に等しい。

 

「…なんだ、余裕じゃないか」

 

そう考えればなんて事はない。その自信が僕の動きを後押しする。躱して躱して躱し続ける。

 

そして間もなく…僕の“時間稼ぎ”は完成する。

 

ーーーBON(ボン)

 

先ほどから湧き出る白い煙が、一層大きくなる。その煙が晴れた時、僕は前もって用意していた言葉を告げる。

 

「ーーー()()()()()本当の姿(オールマイト)

「…………」

 

身体は痩せ細り、No.1ヒーローの面影など微塵もないその姿を、僕は笑顔で迎え入れる。

 

ーーー勝った…!

 

あとは単なる作業、すぐさま単なる“煙幕弾”を用意し、“指弾”技術で打ち込む。…本音を言えば“眠り弾”が良かったのだが、学校の特許がまだ得られそうもない上、秘密裏に作っても使ったら必ずバレてしまうので妥協の目眩しだ。

 

この試験の為に用意したサポートアイテムは2つ。プレゼントマイクご愛用の指向性スピーカー付きパーティー用クラッカーと、“眠り弾”の要領で作った“煙幕弾”。

 

前者は現物(オリジナル)が元々ある物なので発目明が作るのは簡単。一瞬だけプレゼントマイクの《ヴォイス》を再現、ヴィランの近くで使えば怯ませ、遠くで使えば場所を知らせる囮のような使い方も出来る。

 

そして今使う後者が、この作戦の仕上げの役割を果たす。ただ煙幕を撒き散らすだけの存在だが、この狭い1室では両者の視界を曇らせる。そのてんやわんやな状況で、僕がオールマイトにハンドカフスをかける。

 

拳藤にはこの紫色の毒々しい煙は、“有毒である”と嘘を告げている。なので、最初のオールマイトと拳藤の邂逅の時、拳藤は煙を吸わない様に振る舞った。そんな自然な演技を目の当たりにしたからこそ、オールマイトも警戒し、息を止め、焦りを見せる筈だ。

 

 

 

 

 

ーーーそんな台本(シナリオ)は、片手で“煙幕弾”を()()()()()()()()()()()()()()()台無しにされていく。

 

 

 

「………は?」

 

至近距離、速度も威力も申し分ない。僕の最高熟練度の“指弾”技術を、真正面から見切った。その事実を理解するのに、数秒はかかった。その数秒が命取り。

 

「教師としても、平和の象徴としても君は恐ろしい存在だったがーー安心したよ。まだワタシにも教えられる事はありそうだ」

 

気付けば僕は地に伏していて、その無防備な両手首にハンドカフスがかけられる。腹がジーンと痛む。この感覚…2週間喰らい続けた腹パン…。

 

「今試験では、君の方がよっぽどヴィランっぽかったからね」

 

思考停止状態に陥っていた僕は、笑う痩せ細ったオールマイトの姿を見ながら、悟る。

 

ーーー僕らは()()()()()()()()()()()

 

否。例えばオールマイトが勝利を目指すのなら、この事務所の一室のように狭い空間を破壊するべきだ。建物が倒壊して拳藤や僕が大怪我を負おうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。寧ろ2人とも救っちゃうかもしれない。

 

極論、全力を出せない狭い空間を嫌うのなら、この市街地を破壊し尽くし荒野にすればいい。その方がヴィランっぽいし小細工も何もない真っ向勝負で僕らが勝つ事などないのだから。

 

でも、それをしなかったのは何故か。僕の甘い見通しでは《ワン・フォー・オール》の話で動揺し、そこまで気が回っていないんだと思っていた。けど、違う。

 

演習試験という名目上、僕らのステージで戦ってくれてたんだ。特に強すぎる存在(オールマイト)ならなおのこと譲歩や妥協が必要になる。勝負を成立させる為に。

 

「君は作戦を立て、その通りに実行するのが得意だろう?人を使い、自分を使い、技術を使い、知識を使い、あらゆる手段を用いて目的を達成しようとする。うん、その精度はワタシも驚いた。現に、さっきまで君が思い描いていた台本(ストーリー)通りだった筈だ」

 

今は見る影もない平和の象徴としてではなく、雄英教師として、僕に教える。

 

「だからこそ勝利を確信した。無個性同士の戦い、加えてハンデ(重り)付きのワタシでも勝てると踏んだのかい?」

 

だが、そう言葉にされると僕の甘い見通しが痛い程理解できる。

 

「《ワン・フォー・オール》の力を譲渡後すぐに引き出せる男だ。…ヤワな鍛え方じゃないよ」

 

そう、優しく告げるオールマイト。

 

そうだ。この男は、世界で1番高い壁だ。絶対勝てる作戦も保証も全て無に帰す、絶対的な力を持つ器の男だ。本当の姿(トゥルーフォーム)なら勝てると驕っていた自分を殴りたい。

 

一瞬の油断を完全に見据えられていた。

 

 

 

だからこうして、負けた。

 

 

 

「はは…遠いなぁ」

 

画風の違う鍛え上げられた筋肉も無いのに、今の僕と同じ無個性なのに、こんなにも遠い。凄い。敵わない。敗北を認め、ポツリと呟く。

 

僕は倒れた体勢のまま、オールマイトを見上げる。目が合ったオールマイトは、いつもの面影のある笑顔で、優しく問う。

 

「君も、ワタシのようになりたいのかい?」

 

その問いは、僕が《ワン・フォー・オール》を受け継ぐか否かを問う。

 

ーーー確かに、《ワン・フォー・オール》を受け取れば、貴方のようになれるだろう。

 

「緑谷少年と初めて会った時にね、彼はこう言ったんだ」

 

昔を懐かしむように、1年前の出来事を話すオールマイト。

 

『ーーー《個性》の無い人間でも、あなたみたいになれますか?』

「ーーーだが、()()()()()()()?」

 

オールマイトが、確信をもって口を開く。

 

()()。一体何が違うんだろう。僕と緑谷の違い。“個性の無い人間”という部分か、“オールマイトみたいになりたい”という部分か。

 

なら、両方違う。

 

「ーーー貴方(あなた)を凄いと思う。貴方に憧れた事もあった。貴方の《個性》を羨ましいと思った」

 

僕は一瞬、言葉を切る。もう少しで、僕の結論に辿り着きそうな感覚。

 

「ーーーけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは、オールマイトを真っ向から否定するような言葉で。それでも優しい笑顔で受け入れるオールマイトに、僕は言う。

 

「僕が憧れたのは、N()o().()1()()()()()()()()。きっとーーーー」

 

ーーー僕の求めるスーパーヒーローは、()()()()()()()()()()

 

『ーーー拳藤・物間チーム。条件達成』 

 

 

無機質な音声に僕の言葉は遮られ、オールマイトは目を丸くする。僕が辿り着いた答えも、結局言わずじまいだ。その事を残念に思うよりも早く、試験に合格した事を喜ぶ。

 

「…間に合ったか、拳藤」

 

その言葉で、オールマイトは悟る。ハンドカフスではない勝利条件、“生徒どちらかの脱出”が達成された事を。たった今拳藤は、脱出ゲートを通過した。

 

「ハッハッハ!やられたな…君が囮だったとはね」

「いや、どう考えても貴方の自滅でしょ。僕如きにこんな時間稼がれて、拳藤が目を覚ます事を考慮しなかった筈がない」

 

言外に、結局手を抜いてくれたんでしょう?と責める。15分弱足止めされたんだ、僕の苦肉の策も看破していただろう。そう思っていたのだが、オールマイトは目を丸くして呟く。

 

「確かに」

「…ホントにわかってなかったのか」

 

意外というかなんというか。そこまで頭が回らなかったのは驚きだ。

 

「いや、普通相方がヴィランに襲われていたら救けに来るだろう?だから思いつかなかったんだ。…緑谷少年も爆豪少年を救いつつ脱出したし」

 

理想主義的なヒーロー観がその可能性を除外したと言い訳するオールマイト。先入観に囚われ過ぎだろそれは。呆れながら、口を開く。

 

「残念。僕は貴方が思ってるより優しいんですよ。その本当の姿(トゥルーフォーム)を見せないよう、目を覚ましたら一目散に逃げるよう指示してます」

 

僕の言葉に一瞬呆けたオールマイトは、すぐさま吹き出した。

 

「フフ…そうか、そうだな。ヴィラン役のワタシですら救う対象だったか。これは一本取られた」

 

別にそこまで考えてやった訳じゃないんだけど…まぁいいか。勝ちは勝ち。本当にギリギリの及第点ではあるが、林間合宿での補習は免れた。

 

そんな良い気分な僕は、オールマイトに一つ助言をする。表情は真剣だ。

 

「えぇ、僕は優しい。けど、ナイトアイは優しくないですよ」

「…知ってるさ」

 

オールマイトは沈痛な表情を浮かべ、悔しそうに呟く。

 

あぁ、本当にナイトアイは優しくない。

 

『“己の不甲斐なさに心底腹が立つ。彼らが必死で戦っていた頃ワタシは…半身浴に興じていた”』

 

試験開始前の電話でナイトアイから教えてもらった、オールマイトの未来の言葉。そこから推測出来た事実は、僕を震え上がらせた。

 

オールマイトがここまで憤慨し、自身の無力を嘆く。その正確な時期やタイミングはわからない。…が、理由だけはわかる。

 

“彼ら”が必死で戦う。つまり命をかけて戦っている時に、その場に居合わせなかった事を悔やんでいる。なら、現雄英教師のオールマイトがそこまで感情を露わにする程の、“救うべき対象”とは誰か?

 

ーーー当然、生徒(僕ら)だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何故ならオールマイトが無力感と危機感、そして絶望感で心が折れた瞬間こそ、“()()()()()()()()()()()

 

あえてこの事実を僕に伏せようとした理由も納得できる。物間寧人、ひいては僕が大切にしている友人にも危害が及ぶから、余計な事はするなと言外に告げていた。その事件を未然に防ぐような行動はするなと。

 

まぁ、《予知》で起きた事柄なら、僕が知っていたとしても変えられない未来なんだろうけど。

 

これらの事から考えて、危害が及ぶ雄英生徒。その中でも1番可能性が高いのはやはり…1年ヒーロー科。

 

それがわかっているのに救おうとも動かず、ナイトアイはただ事態を静観する。いや、全てを利用するのだろう。

 

40人いる1学年ヒーロー科も、(のち)に戦う事になるであろうヴィランも、そして、協力相手(パートナー)である物間寧人ですらも。

 

全てを利用し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その歪んだ愛を理解した時、恐ろしいと素直に感じた。その感想は今も変わらない。

 

ーーーあぁ、本当に恐ろしい。

 

だが、全てを利用してまで手に入れたい、捻じ曲げたい未来がある。その覚悟と手段は、僕の納得に値する。

 

「オールマイト。僕は多分、《ワン・フォー・オール》を受け継ぎません」

「……うん」

 

唐突な僕の独白にも、真摯に頷くオールマイト。

 

「けど、緑谷が後継者に相応しいかはまだ判断がついてない。というか否定的です」

「そうか…残念だが、仕方ないね」

 

オールマイトも茨の道だとわかっているのだろう。目を伏せて頷く。だが、それは悪手だ。やっぱり貴方は、緑谷出久を信じ切れていない。

 

「だから、陣営的にはナイトアイ側につきます。僕とナイトアイの力を合わせれば、第3の選択肢…通形ミリオに受け継がせる事も出来ると思うので」

 

ナイトアイの手となり足となるように《コピー》が働けば、できる事は格段に増える。ふと、第2の選択肢だったミリオ先輩が、今や第3の選択肢になっている事が少し気にかかった。

 

僕の思考とナイトアイの思考は似ている。理想主義者に現実を見せる為、絶望させて心を折る。それが説得のタイミングだと。

 

その考えで行くと、理想主義者である通形ミリオの心を折ればいいのではないかと。思いつきで、突拍子の無い話をするならばーー彼を無個性にすれば、《透過》で積み重ねた努力を水の泡にすれば。馬鹿げている発想だが、それに近しい事なら、()()使()()()()()()()()()

 

愛弟子だから愛着が湧いてしまい、心を折るような事はしたくないのかもしれない。或いは、その程度でミリオ先輩は絶望しないと知っているか。

 

何の生産性もない推測だ、これ以上は考える意味もない。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、頭の片隅に入れておく。

 

サー・ナイトアイは物間寧人を後継者にする為、役者(キャスト)を利用し台本(シナリオ)を書き換える。

オールマイトは緑谷出久が後継者だと信じ、間違い続ける。

緑谷出久は自身が後継者だと責を負い、全力(ベスト)を尽くし成長する。

物間寧人は緑谷出久を見定め、通形ミリオを後継者にする未来を探る。

 

整理してみると、なんとも歪な関係だ。

 

「うん。まぁそんな感じなので、頑張ってください。応援だけはしてますよ」

 

適当に話を打ち切り、僕は外に目を向ける。脱出ゲートを通った拳藤が引き返し、こちらに戻ってくる頃だと判断したからだ。

 

その僕の視線を悟り、オールマイトは近くにあったロッカーに入りすっぽりと隠れる。おぉ…細身の身体が役に立っている…。

 

謎の感動を味わっていると、その2秒後に、バン!とドアが開かれる。

 

「ーーー物間!無事!?…って、逆に手錠かけられてる!?」

 

目立った外傷はないものの、手首を拘束され地に伏している僕の姿を見て困惑の声をあげる拳藤。そんな狼狽してる彼女に笑いかけながら、僕らの演習試験は幕を閉じた。

 

 



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よくやった

今までの話の中で最も長くて暗くて小難しい話になってます…。疲れてる方は休んでから読んだ方がいいかもです…。




時間切れギリギリ、長期戦となった僕&拳藤vsオールマイトが終わり、拳藤と2人で最初の集合場所に戻った時にはB組全員が集結していた。落ち込んでいる様子の生徒がいないということは…つまりはそういう事だ。

 

僕らの姿を見るなり真っ先に2人の男女が向かって来た。

 

「おっせーよ、物間!てか、どうやって勝ったんだよあのオールマイトに!」

「うっさい泡瀬…。なんでそんなテンション高いの?」

 

B組出席番号1番、泡瀬洋雪(あわせようせつ)。逆立てた黒髪でX模様のバンダナが特徴的な男子生徒だ。個性は《溶接》。B組の数少ない常識人男子の1人なのだが…、やけにテンションが高い。

 

「なんでって…試験クリアしたからに決まってんじゃん!なぁ小大!?」

「……ん」

 

泡瀬と組んでいたのであろう、B組女子小大唯が呼びかけに応える。普段は無表情で感情が読めない彼女だが、今日は何故か喜んでいるように見える。確か…2人の相手は根津校長だったか?

 

「さては…校長に何か褒められた?」

「…そう」

「よくぞ聞いてくれた物間!試験終わった後、こう言ってくれたんだよ根津校長!」

 

『ーーいやはや、まさかあそこまで冷静に対処されるとはねぇ。実は結構焦って、途中からA組の上鳴君と芦戸さんより厳しく妨害したのさ!』

 

「…うん、まぁどんな状況かどうかはわかんないけど、つまり」

 

僕の言葉を最後まで言わせず、ウズウズとした様子の2人は喜びを表現する。

 

「これって、俺らがA組に勝ったって事だよな!」

「…ん!」

 

珍しく感情を表に出す小大唯の姿は普通に可愛かったので、脳に焼き付けておくとして。泡瀬?この天使の隣にそんな男はいない。

 

はいはい、とあしらって2人の拘束から抜け出す。だがすぐにまた別の2人に囲まれる。なんでだよ。いや、落ち込んでる人いないんだし、全員クリアしたのはわかってるよ。逐一僕らに報告いる?必要性を全く感じない。

 

「流石ですな物間殿。オールマイトすら退けてしまうその手腕、感服致しました…!」

「え、見てたの?」

 

新しい来訪者、宍田獣郎太のその言葉を驚きながら聞き返す。僕らの戦い方を見てるなら、オールマイトの本当の姿(トゥルーフォーム)も見られてる事になる。それはちょっとやばいだろ。

 

「いえ、試験を早めにクリアした我らはモニター室で他のクラスメイトの試験を見学出来たのですが…途中から同席していたリカバリーガールに追い出されてしまって…」

「めっちゃ躱してた所までは見たぜ、物間!」

 

宍田と鉄哲の言葉に思わず一安心。オールマイトの本当の姿(トゥルーフォーム)も、無様な僕の姿も見られていないようだった。リカバリーガールグッジョブ。あ、そういえばあの人も《ワン・フォー・オール》について知ってるんだったな。

 

「ところで、件のオールマイトは?先ほどから姿が見えませんが…」

「あ、物間が言うには…」

 

拳藤が遠慮がちに僕を見る。僕は頷き、拳藤の言葉を引き継ぐ。

 

「僕と拳藤に負けた事がショックだったのか、一足先に学校帰って屋上で黄昏てるってさ」

「お、オールマイトがそんなに落ち込んでるんか…」

 

姿を現せない事情があるので、僕が勝手に作った嘘に鉄哲が珍しく同情の表情を浮かべる。僕がオールマイトをこてんぱんにして心を折ったとでも勘違いしてるのだろうか、残念。それは僕じゃなくナイトアイの仕事だ。

 

「それで、そっちはどうだったの?相手セメントス先生でしょ?」

「ま、結果は見えてるけどね」

 

これ以上オールマイトの話をされるのは都合が悪いな。そう考えていたら、上手く拳藤が話を変えてくれたのですぐさま乗っかる。

 

「危なかったですが、ワタシの機動力で上手く脱出…という感じですな」

「宍田の背中、乗り心地めっちゃ良かったぜ!」

 

その言葉で、なんとなく試合展開を悟る。彼ら2人の弱点は“冷静さを失いがち”という点だ。宍田の個性《ビースト》は獣化して身体能力を上げるメリットのかわりに、テンションがハイになってしまうというデメリットがある。鉄哲に関しては言うまでもない事だが。

 

そんな2人なら、セメントス先生の《セメント》に真っ向から対抗していくかもという危惧はあったのだが、そんな僕の予想は良い意味で裏切ってくれたらしい。

 

『戦闘ってのは、自分の得意を相手に押し付ける事だが…うん。言葉にせずともわかっていたようだね。流石B組だ』

 

そんなセメントス先生の講評を頂いたらしい宍田と鉄哲は、僕に対する報告を終えて満足気だ。いや、試験クリアや先生に褒められたり、A組に勝ったりと、嬉しいのはわかるけどさ…。

 

何か妙だなぁ、と不思議に思っている僕の脇腹を、コツンと拳藤がつつく。視線を向けるとやけにニヤニヤしてる姿。なに、なんなの。え、ホントに何。

 

そんな懐疑的な視線を送ると、突然拳藤が顔を近づけてくる。一瞬ぎょっとしたが、目が「耳を貸せ」と言ってるのでそれに従う。小声で、そして嬉しそうに拳藤が言う。

 

「ーーー“常に冷静に”。“自分の得意を相手に押し付ける”。いつもアンタが言ってる事じゃない?特に鉄哲に」

「…は?いや、言ってないし」

 

そんなはっきり、教師面して指導した事なんて無い。そんな器でもないし。確かに僕が言いそうな事ではあるけど。だが、拳藤は不満気に僕に言い返してくる。

 

「そりゃ言ってないけどさ。…()()()()()()()()そう言ってるの。普段の戦闘訓練の授業とかでさ」

 

僕の戦い方……。直近の対オールマイトでは、時間稼ぎの為に狭い空間に誘い寄せ、《ワン・フォー・オール》に関する“会話”という僕の得意分野で勝負した。確かに、自分の得意を押しつけてはいる。

 

珍しく言葉に詰まった僕に、拳藤は小声で更に揶揄ってくる。耳がくすぐったいからそろそろやめてほしい。

 

「みんな、アンタを参考に…アンタの()()してんだよ。だからA組にも勝てたし、試験もクリア出来たって感謝してんの」

 

「はーーー」

 

絶句。だが、拳藤の追い討ちは止まってくれない。不味い、耳打ちが心地よくなって来た、癖になりそう。新たな扉を開きかけた僕に、拳藤はニッと満面の笑みを浮かべる。

 

「ほら、皆頑張ったんだから。少しは褒めてあげたら?」

 

「………」

 

「あ、私茨のとこ行ってくる。じゃ、試験お疲れ様。ーーーー()()()()()

 

そう言って、上機嫌のまま、口笛を吹きながら立ち去っていく拳藤。クラスの雰囲気が史上最高に良いこの状況、1番喜んでるのはクラス委員長の彼女だろう。体育祭の件で思い悩んでいた頃とは見違えるほどに、明るくなった。

 

それはそうとして、拳藤がその場を離れて残ったのは宍田と鉄哲と僕というむさ苦しい男3人。一刻も早く立ち去りたいというのが、本音だが、たった今一つ仕事が出来た。

 

こう改まると気恥ずかしいというかなんというか。だがいつものように捻くれた言葉だと誰も得しないツンデレみたいになってしまう。いや、いかん、もう考えすぎだ。率直に言ったほうがいいこうなると。拳藤も気を利かせて離れた訳だし。

 

照れ臭いけど今だけは“誰か”の言葉じゃなく、“僕の”言葉で。

 

「…ま、よくやったんじゃないの」

 

そっぽを向きながら、何とか褒める僕に、奇妙な視線が2つ注がれる。どんな顔かは予想がつくので絶対にそちらを振り向かないと決意。言い逃げしてその場を離れようとする僕に、鉄哲の声がかかる。

 

「オウ、サンキューな!まぁ、オレは真っ向勝負しようぜってずっと言ってたんだけどな!!」

 

おいコラ。台無しじゃねぇか。

 

僕は鉄哲の肩に触れ、流れるように《スティール(コピー)》で頭を小突く。これこそがいつもの日常って感じで、少し安心してしまったのは内緒だ。

 

 

⭐︎

 

 

 

「えー、気になる期末試験の結果だが…。筆記、演習共に赤点0。特に演習は例年と違う試験だったが、無事全員クリアできた事を、俺は誇りに思う…!」

 

帰りのHR、そう言って涙を呑むブラド先生の姿を見ながら、皆呆れながらも笑顔を浮かべる。そんな朗らかな雰囲気を味わいながら、僕は溜息をつく。

 

目下の懸念は2つある。僕は皆に悟られないよう笑顔を浮かべながら、その懸念に思いを巡らす。

 

まずB組での僕の立ち位置だろう。先の一件でわかったが、気付けばクラスの中心になりつつあるようだ。目の前のブラド先生の思惑通り、クラスを牽引する立場を引き受けなければいけないらしい。

 

A組という競争相手もいるし、雄英高校の設備はかなり良い。クラスを底上げする要素は十二分に揃っているし、僕と拳藤の手腕で出来る事は確かに多い。4月以降ぼんやりと考えていたベストなB組クラス体制としても概ね変わらないのだが…。

 

懸念の2つ目、《ワン・フォー・オール》の件が気がかりだ。緑谷出久、オールマイト、サー・ナイトアイの動向、通形ミリオの資質。後継者候補として関わる以上、この4人とは常にコンタクトを取っておきたい。いつか僕らに及ぶであろう“危害”も視野に入れる必要もある。

 

これらの懸念を同時並行で解決していくとなると…ちょっと忙しすぎる。端的に言って荷が重い。こういう時に協力相手となるナイトアイにヘルプを頼むべきなのだが、そうもいかない事情が出来た。

 

表面上僕とナイトアイは協力してるが、きっとナイトアイは僕を敵と認識している。彼が推す後継者候補の物間寧人ですら。

 

だが、それは仕方のない事だと理解もできる。だって僕は後継者にならないとほぼ意志が固まっているからだ。多分ナイトアイもそれを察している。だからこそ。

 

「ちょっとまずいな…」

 

誰にも気付かれないほどの声量で僕は呟く。状況はあまり芳しくない。というか、本来協力相手であるナイトアイにも迂闊に頼れない以上僕への負担が大きい、大きすぎる。

 

なら、どうするべきか。

 

僕としては《ワン・フォー・オール》の件に集中したいというのが本音だ。B組の牽引よりも重要なのは明らか。

 

そんな僕の思考は露知らず、帰りのHRも終えて和気あいあいとした様子のB組の面々が騒いでいた。

 

「あ、そーいや明日休みだしさ。B組みんなで買い物行かない?」

「お、いいんじゃね」

 

取蔭の思いつきの提案に、骨抜が柔軟に対応している。それに続くように鉄哲等の面々が賛成の意を唱える。どうやら、明日ショッピングモールに行く計画を立てているようだ。

 

そして、拳藤が僕に声をかけてくる。

 

「明日、1時に駅集合だってさ。夜ごはんどうする?」

 

もはや、誘われずとも行く前提である。そこまでの信用を勝ち取った気は無かったのだが、クラスでの僕の評価はかなり高いらしい。そして親しみやすい存在らしい。

 

「んー、ごめん。明日は用事あるからさ、僕はパスで」

「え、そーなの…なんか最近物間忙しそうだよね、急に3年生と絡んだり」

「職場体験通して仲良くなってね。君と八百万みたいなものさ」

「ふーん…」

 

微妙な嘘を並べるのも都合が悪いので、僕はすぐに次の話題を切り出す。

 

「あ、でも明日電話は大丈夫だからさ。(たま)にかけるかも」

「…あー、なに、結局寂しいんだ?可愛いトコあるじゃん」

「…ま、そんな感じ。ほら、みんな待ってるよ。行ってあげな」

 

断じてそんな感じでは無いのだが、そういう事にしておく。結局嘘をついてしまうのだから、余計な事だったかと後悔する。

 

僕を除いたB組の輪に戻った拳藤を見届けながら、僕は1人頷く。

 

この状況でB組内の僕の地位を上げるのは避けたい。《ワン・フォー・オール》に関わる以上、B組の手助けに手が回らなくなる可能性が高い。というわけで、僕は一旦フェードアウト。当初の予定通りクラス代表の拳藤に任せていこう。

 

だが、ナイトアイの示唆する“危険”にはB組が巻き込まれる可能性も高い。その危険がいつ、どのタイミングで、どの規模で。それを調べる必要がある。

 

最悪、明日ショッピングモールで買い物中のB組が襲われる可能性だってある。流石に考えすぎ、過保護だと思われるかもしれないが、あくまで可能性の話。

 

とりあえず拳藤と定期的に連絡を取り合う事でB組の様子は確認する。B組の事は拳藤に任せている間に、僕は《ワン・フォー・オール》の件に集中できる訳だ。拳藤の負担は少し増えてしまうが、今の勢いのあるB組なら大して苦労しないだろう。

 

僕を除いた19人が明日出掛けるのに対し、僕は1人で《ワン・フォー・オール》の件で動く…と。そう思うとなんとも言えない感情が渦巻く。ま、《個性》に振り回される学校生活ってのも悪くないか。

 

 

⭐︎

 

「おー、物間くん歌うまいねー?本家のPVみたいだった…不思議!」

 

そうして迎えた翌日、僕はカラオケルームの1室で雄英ビッグ3の波動ねじれ先輩にお褒めの言葉を頂いていた。キラキラとした視線が眩しい。どうもこの人とは相性が悪い。逆に僕の“技術(スキル)”とカラオケは相性が良い。

 

「まぁ、“真似(コピー)”は得意なので…。あ、天喰先輩次の曲入れないんですか?」

 

僕は今日誘ったもう1人、天喰環先輩に声をかける。なんとも異質な3人でのカラオケだが、僕がこの状況にしたのはこの天喰先輩と話す為である。

 

「いや、いい…。帰りたい…!あ、水なくなった」

「あ、じゃあ私歌うー!いいよね?」

 

そんな目的の先輩はマイペースに席を立ち、ドリンクバーに向かった。ううむ、やはりカラオケと天喰先輩は相性が悪いよなぁ。実際、この3人で出掛けようと提案したのは僕でも、カラオケを提案したのは今歌い出した波動ねじれ先輩なのだ。

 

天喰先輩と2人で出掛けるのは恐らく彼の精神的ハードルが高い。得体の知れない物間寧人という印象を払拭する為に3年生の教室に行く頻度を多くしたのだが、あまり効果は得られなかった。残念。

 

というわけで3人目、波動ねじれの出番である。頼んでいる立場の僕が彼女の提案を蹴る訳にも行かず、場所はカラオケに決定。橋渡し役の彼女には感謝してるが、この選択は天喰先輩には酷じゃないだろうか。

 

そんな僕の憐みの視線を受け、波動先輩は歌うのを中断してニッと笑う。

 

「いーのいーの!ノミの心臓直せって、ファットガムさんから散々言われてるから!」

 

天喰先輩のお母さんのように告げる波動先輩に、思わず苦笑する。メンタルが弱い天喰先輩にとってはカラオケも訓練の一つらしい。この口振りだと天喰先輩は無理矢理連れてこられたんだろう。

 

「そのプレッシャーが俺を更なる低みへ導く…。あの人はいつもこうなんだ…パワハラだ…」

 

ファットガム。個性《脂肪吸着》の、ふくよかな体型が特徴的なプロヒーローの元で、インターンを続けている天喰先輩は、中々の期待を背負っているようだ。まぁ、なんにせよ今は話が出来る状況じゃない。

 

そう判断した僕は、そのまま波動先輩と順番を回し、1時間弱歌い続けた。

 

お互い休憩を挟もうと提案し、隣の部屋の歌声が耳に届く。常に騒がしいのがカラオケという施設な訳だが、話をするのに不都合というわけではない。

 

「…それで波動さん。なんでこの3人でカラオケ…?ミリオを呼ばないのかい?」

「んー。私も不思議なんだよね。ミリオは呼ばないようにって物間くんに言われててさ」

「…君が?」

 

そうして、僕を見ながら目を丸くする天喰先輩。不思議がる波動先輩の為にも、そろそろ嘘の本題を切り出した方がいいだろう。

 

「その、15日ってミリオ先輩の誕生日ですよね?プレゼント何にしようかなって迷ってて」

 

悩む素振りを見せながら頬をかく僕の姿に、波動先輩が目をキラキラと輝かせる。天喰先輩は拍子抜けしたような顔をしている。得体の知れない後輩から、先輩思いの後輩と思ってくれれば御の字だ。

 

今日は7月8日。通形先輩の誕生日である7月15日までちょうど1週間である。プレゼントに悩んでいるという理由は自然だろう。拳藤や塩崎が今の僕の姿を見たら不自然すぎて鼻で笑う所だろうが、生憎物間寧人について詳しくない2人だ。結構自然に演じられたと思う。

 

「えー、すごい!ねぇ聞いた?ミリオにこんな良い後輩出来たんだねぇ、いいなー」

「…そういう事なら協力できるかもな。俺達ならミリオの好みも少しは知ってるし。それを教えればいいのか?」

 

そう話す2人に、僕は頷く。掴みは上々なので、さりげなく本題を切り出す。

 

「はい、好みとか…。あとこれを機に、ミリオ先輩についてもっと知りたいですね…。天喰先輩って、ミリオ先輩の幼なじみなんですよね?」

 

そう言って天喰先輩に目を向ける。以前の職場体験の時、ミリオ先輩の口振りからして天喰先輩と仲が良いのはわかっている。

 

今日僕が知りたいのは通形ミリオの情報。

 

昔を懐かしむように、僕が望む情報を多く持っているであろう天喰先輩は呟く。

 

「そうだな…。アイツとは小学生からの付き合いだ。ミリオは昔から明るくて…太陽みたいで、誰よりもヒーローを目指してる。そんなヤツだったよ」

「確かに、想像つくなー」

 

のほほんと相槌をうつ波動先輩も気にせず、天喰先輩は薄く笑う。思い出話を続ける。

 

「…の割には体育が苦手でな。《個性》使っていい時にはいつも最下位。《透過》の扱いには笑いながら苦しんでたな」

 

《透過》のコントロール。確かにあの《個性》の強さは熟練度に左右される。一朝一夕で扱えるような《個性》ではなく、日々の鍛錬が重要となるだろう。

 

「んー。まぁミリオは根っからのヒーローだし。ファンからのプレゼントなら何でも喜ぶよねー?」

「…確かに、そうだな。君も、特に気負う必要はないよ」

 

「…そう、ですね。ありがとうございます、先輩方」

 

僕の悩みは解決、という事で一区切りつく。大した情報は得られなかったが、大体の方針は固められそうだ。ーーー通形ミリオを後継者にする方法の、方針を。

 

「あ、そーだ。これから3人で買いに行かない?誕生日プレゼント。私まだ買ってないんだよね」

「…ここを出られるなら何でも大賛成だ」

「物間くんも、もうすぐ林間合宿で忙しいでしょ?なら早めに買っておいて損ないよ!」

 

今日は7月8日な訳だが、林間合宿は7月20日から始まる夏休みの序盤だ。充分に時間はあるが、断る理由もない。虫除けスプレーとかも買わなきゃいけないし。僕は波動さんの提案を承諾する。

 

ついでに気になった事を聞く。

 

「ちなみに、1年生の林間合宿ってどんな感じでした?」

「んー?例年通り、ちょっと遠いとこにあるキャンプ場で、ひたすら《個性》伸ばしって感じだったかな?あんま覚えてないや」

「…肝試しは気をつけた方がいい。あの廃墟は…」

 

思い出すだけでトラウマなのか、天喰先輩がブルブルと震える。例年通り、か。合宿場は一年毎に変える訳じゃなく、毎年同じらしい。なら、対策を立てることはできそうだ。

 

僕はすぐにマップアプリを開く。波動さんから詳しい地名を聞きその周辺をズームする。地形情報を頭に叩き込み、肝試しのステージとなった廃墟を調べる。と同時に、僕らB組が驚かせる側と仮定しB組の面々を頭の中で配置していく。

 

ーーーヴィランに襲撃されたとして、僕が全員を救えるように配置していく。

 

「…はぁ」

 

だが、ため息と共にその作業を打ち切る。やめた。過保護すぎる気もするし、肝試し、ひいては林間合宿中に襲われるとも限らない。狙ってくるなら昼より夜とはいえ、無駄な労力になる可能性が高い。

 

「ーーーどしたの?行くよー?」

「…あ、すいません」

 

スマホと睨めっこしていた僕を不思議に思ったのか、波動さんが声をかけてくる。天喰先輩の姿は見えないが、もう会計に向かったのだろう。

 

僕ら3人は会計をさっと済ませ、今後の予定を確認し合う。

 

「それじゃ、ミリオのプレゼントを買うとして…どこで買う?近くにデパートとかあったっけ?」

 

ふと、今B組が行っているであろうショッピングモールを思い出す。それを提案しようと一瞬考えたが生憎ここから遠い場所にある。何か緊急事態があったら連絡はしとくよう拳藤にも言ってあるし、問題は無いと思うが…。

 

2人に電話する旨を伝え、了承を得たのを確認した僕は携帯電話を再び開き、拳藤一佳に電話をかける。彼女が出たのは3コール目だった。

 

『もしもし?どーしたの?』

 

そんな拳藤という女子の声が聞こえたのか、波動先輩がこちらに顔を向ける。僕の電話相手に興味を持ったのか、キラキラとした視線を向ける。僕は念の為少し離れた。

 

そうして電話に集中すると、何故か電話の奥が騒がしい。拳藤の声は問題なく聞きとれる事から、彼女の周囲に多くの人がいる様子だと判断する。

 

「いや、どうって事はないんだけど…。そっち、何があった?買い物は?」

 

何か非常事態が無かったかを問う。返ってきたのは困惑の声だった。

 

『えーっと…。私も詳しくはわかんないんだけど、ヴィランがここに居たらしくてね?今は避難っていうか、警察の指示に従って移動してる感じ』

「ーーーすぐ行く」

『え?』

 

僕は拳藤との通話中のまま波動先輩と天喰先輩の元へ向かう。気付けば拳を握っていて、掌に爪が食い込んでいた。

 

「すいません。これから急用が出来てしまって…買い物はまた今度でいいですか?」

「そーなんだ!じゃあ仕方ないね。いいよね?」

「…俺達は全然大丈夫だが……君は大丈夫か?」

 

何が、とは聞けなかった。今僕がどんな顔してるのかは自分ではわからないから。2人に一礼して改めて謝罪し、僕は拳藤との電話を再開しながら駅に向かう。

 

「ーーー場所と、何があったかを詳しく教えて」

『…今、波動先輩といたの?』

 

波動先輩はあれほどの美人だから有名なんだろうか、という僕の思考と同じくらいどうでもいい事を聞く拳藤。いや、今そういうのいいから。ちゃんと天喰先輩もいたから。

 

⭐︎

 

緑谷出久を《ワン・フォー・オール》の後継者として見定める日々が続く中で、気付いた事がいくつかある。

 

爆豪勝己や、轟焦凍などの競争相手(ライバル)。飯田天哉、麗日お茶子のような親友と彼女(ヒロイン)。オールマイト、グラントリノといった師匠。

 

No.1の《個性》、見初(みそ)められた後継者。

 

そして今日、ヴィラン連合の中核である死柄木弔との接触、因縁。

 

それらを身近に感じた僕は、こう思った。

 

ーーーまるで僕が憧れたスーパーヒーローのように、緑谷出久は誰よりも主人公だ。

 

きっと彼が主人公の物語は、憧れの人から授かった強大な《個性》を徐々に扱えるように成長し続け、最高のヒーローとなる…そんな物語だろう。

 

本来、ナイトアイの計らいが無ければ僕はきっと彼の人生に深く関わる事のない存在だ。彼が主人公のように、僕は脇役(モブ)。《コピー》という他力本願な《個性》を持つキャラは、主人公のように輝けない。

 

 

ーーーそんな脇役は、緑谷出久(主人公)の物語を()()()()()

 

 

⭐︎

 

 

陽もすっかりと落ち、電灯のみが辺りを照らす警察署の前に僕は立っている。携帯電話を操作しながら、目的の人物を待つ。

 

夏休みが近いこともあり、冷たい夜風が蒸し暑かった僕の身体を丁度良いくらいに冷やしてくれる。なので、待つ事は苦じゃなかった。本来苦しく思うべきなのは、これから僕がする事だ。

 

「………物間くん?」

「ーーーやぁ、緑谷くん」

 

警察署から出てきた緑谷出久に、声をかける。彼と話すのは久しぶりだ、一番最後に話したのは…職場体験前、“全鎧(フルカウル)”の進捗を聞いた時だったかな。

 

「出久、この子は?」

「あ、えっと…。B組の物間寧人くん。ほら、体育祭で優勝した」

 

緑谷の隣にいた優しそうな雰囲気の女性ーーー緑谷出久の母親だろう、その母親に緑谷が僕の事を紹介してくれる。僕は会釈と軽い挨拶を交わす。そうして目を合わせていると、緑谷の母親が目をうっすらと赤くしているのに気付いた。その涙の跡は、息子への心配を表している。

 

「突然すいません、お母さん。この後緑谷君と話してもいいですか?…少し長くなりそうですけど」

 

そんな緑谷の母親にこのお願いは酷だろうな、と話してて気付く。こんな日くらいは息子と2人で帰りたいだろう。だが、それより早く緑谷が口を開いた。

 

「うん、僕も、君と話したかったんだ。…ごめんお母さん、ちょっと行ってくるね」

「出久…」

()()()。…それじゃ、お母さんお願いします。僕は歩いて帰るので」

 

家へ送り届ける役の警察官に母親を任せ、僕と緑谷は警察署から離れる。何か言いたそうな、不安気な緑谷の母親に向かって心の中で謝罪した。

 

無言で緑谷と2人、横に並んで歩き続ける。

 

そうして、舞台は海浜公園に移り変わる。時刻はもうすぐ6時。僕と緑谷は向かいあって、お互い何から話そうか迷う。

 

その迷っている間、暗い中でもうっすらと見えた空き缶のゴミが目に入る。4月や5月の頃はゴミ一つなかった綺麗な砂浜が、段々と汚れているようだった。

 

「…昨日、オールマイトから聞いたんだ」

 

緑谷が、そう切り出した。表情は暗くてよく見えない。僕が先を促すように無言を貫くと、緑谷は更に続ける。

 

「オールマイトの元相棒(サイドキック)の、ナイトアイ。あの人が、君を後継者にしたがってるって」

 

「ーーーそして、君も。通形ミリオ先輩を後継者にする気…なんだよね?」

 

小さく頷く。その首肯に緑谷出久は一瞬何かの反応を見せた。ショックだったのか、悲しかったのか、裏切られたと思ったのか。…全部同じか。

 

オールマイトが昨日の演習試験の話を、緑谷に伝えている可能性は考慮していた。だが、結局は昨日の話、すぐに咀嚼できるようなものではない。

 

ーーー自分を完全否定する、僕とナイトアイの存在は。

 

その痛ましい姿に、僕は一瞬目を逸らしたくなった。これから僕が話す事は本当に正解なのか、迷った。これ以上緑谷出久を傷つける必要があるのかと躊躇した。

 

「ーーー()()()()、なんだね?」

 

「…え?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。緑谷出久は全部聞かされていない。

 

緑谷の呆けた反応からそう確信した僕は、少し感情を込めて切り出した。

 

「君が今までのようにオールマイトの後継者でありたいのならーーー覚悟を見せてくれ」

 

ーーー僕がこれから出す試練を乗り越えてくれないか、主人公。

 

月夜に照らされた緑谷の顔は、呆然と、そして困惑している。それに構わず、僕は決定的な言葉を口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。ナイトアイの考えでは、僕かミリオ先輩ならその未来は避けられる。ーーーそれでも君は、後継者としていられるかい?」

 

「なーーーー」

 

オールマイトが緑谷出久に言わないようにしていた事実、《予知》で定められた変えられない未来を、僕の口から緑谷に届ける。残酷な事実に目を白黒させる緑谷を眺めながら、僕は新たな来訪者を歓迎する。

 

6時丁度、海浜公園。送った連絡通り。

 

「こんばんは、オールマイト」

 

ただならぬ雰囲気を察したのか、“ワタシが来た”といういつもの口上は、聞けなかった。

 

 

⭐︎

 

 

「これは…。物間少年、一体何を?」

 

本当の姿(トゥルーフォーム)のオールマイトは真っ先に僕に視線を向ける。だが、僕は思考停止してる緑谷を見つめる。

 

さぁ、全部話せ、緑谷出久。()()()()()()()()()

 

「オ、オールマイト…。死ぬって…?《予知》されたって事です、か?」

「そうか…知ってしまったか」

 

この事だけは言わないように、隠して、騙して、偽っていたのだろう。その苦労を僕が全て壊してしまった。その負い目から僕は一歩足を引き、2人の様子を静観する。

 

「…なんで、言ってくれなかったんですか」

 

俯きながら緑谷は呟く。その拳は強く握られていて、今にも血が出てきそうだった。オールマイトも目を逸らし、お互いに顔を合わせない状況が続く。

 

静寂は、オールマイトの小さな言葉が破った。

 

「…言う必要、あったかな」

 

「ーーーあるでしょ!」

 

ガバっと顔をあげて、怒鳴るように口を開く緑谷。それでも、未だ目は合わない。

 

「新事実ばっかりでなんかよく分かんないまま否定されて!何よりオールマイトの意図が分からなくて!秘密にする意図が分からないからモヤモヤする!」

 

堰を切ったように叫び出す緑谷。昨日話された僕とナイトアイの意向、今日話されたオールマイトの死。その情報量が、緑谷を追い詰める。

 

ーーーいや、僕が緑谷を追い詰める。

 

「ごめんな…。君には言いたく無かったんだ。君は、ワタシのファンだから」

 

自身の死を秘密にした理由は、緑谷が悲しむと思ったから。オールマイトはそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーいや、()()()()()()()()

 

 

ただでさえ重苦しい空気の中、僕は口を開きオールマイトを糾弾する。その逃げ場を塞ぐ。

 

「ファンだから?何(ぬる)い事言ってんですか。緑谷出久が貴方の誇りにかけて1番の後継者と断言できるなら、そんな言葉は出てこない筈でしょ」

 

「ーー待て。物間少年。それは違う」

 

「いいや、違わない。結局は貴方は、緑谷を信頼してないから自分の事を言わなかった。自分の事をこの未熟者に任せられなかった」

 

オールマイトの目を真っ直ぐに見つめ、逃げ道を無くす。

 

「ーーーファンだから言わなかったんじゃない、後継者として緑谷出久が未熟だったから、これ以上の負担にならないようと、貴方が、他ならぬ貴方が()()()()()()。遠慮してしまった」

 

そんな歪な師弟関係を、僕はこれ以上許容出来ない。

 

僕は一旦言葉を切る。言葉を失ったオールマイトを一瞥し、呆然と僕の言葉を咀嚼している緑谷に視線を向ける。

その顔は、段々と歪んでいく。納得、理解、不甲斐なさ、屈辱。一体どの感情を持ってるのか、僕には計り知れない。

 

それでも僕は、彼を追い詰める。

 

「そもそも緑谷。君は被害者面できる立場じゃない。根本を辿れば、君が《ワン・フォー・オール》を…オールマイトの後釜になれる素質が無かったから、こんな結末になってるんだ」

 

「………」

 

俯き、僕の言葉を静かに聞く緑谷。だが、僕の口はまだ閉じない。

 

「君がさっきお母さんに言った言葉を覚えているかい?ーーー“大丈夫”。…逆に聞くよ、一体何が大丈夫なんだ?今の君が、()()()()()()()()()()()()

 

体育祭で1回戦負け、職場体験まで《個性》を使う度に身体を壊し続けた、そして死柄木弔との邂逅。母親が心配で涙を流すのも仕方ない、親心として当然の涙だ。けど、その涙を拭える力を君はまだ扱えていないだろ。

 

「君の“大丈夫”じゃ誰も安心させられない。救えない。だから、オールマイトも安心させられないし、救えない」

 

お互いが言わないようにしていた事実。目を逸らしてきた現実。それを、僕ははっきりと言葉にする。

 

「ーーーオールマイトは君に何も言わず、そのまま朽ちていくつもりだったんだ。他ならぬ、君のせいで」

 

「ーーーそんな」

 

僕の言葉に、緑谷が縋るようにオールマイトを見る。その目は、違うと言ってくれと懇願しているようだった。

 

緑谷が、震えながら口を開いた。

 

「嘘でしょ…そんな…なんで…。嫌だよオールマイト。生きててよ。体育祭で、覚えてますか?約束!」

 

オールマイトは、まだ緑谷と目を合わせない。その事実に更に顔を歪めながら、緑谷は続ける。

 

「僕…果たせなかったんだ、約束。果たせるまで生きててよ!“僕が来た”って言うところ、生きて見ててよオールマイト!」

 

数秒の静寂。

 

唯一の灯りだった月は一時的に雲に隠れ、この場にいる全員の顔すらも暗闇で隠す。そんな暗闇で、オールマイトの声だけが耳に届く。

 

「ーーー緑谷少年。ワタシね 《予知》を聞いて割とすんなり受け入れたんだ。ゴールが…終わりが見えたのならそこまでひた走ろうって」

 

僕は目を瞑る。きっとここが、まだ引き返せるチャンスだった。今からでも緑谷を信じるとはっきり告げる事で、この歪んだ関係は修復される。緑谷は勿論、僕も心のどこかでそれを望んでいた。

 

けど、その望みは潰えた。オールマイトは()()()

 

「最早今は、ただそれだけの存在だ。終わりの近い男が、君の重荷になってしまう事が耐えられなかったんだ。…すまない」

 

「違う、違うよ…!重荷なんかじゃない!《予知》の未来なんて、僕がどうにかするから!…だから生きてよ、オールマイト!」

 

ーーー無駄だよ緑谷。今の君じゃ、その声は届かない。積み重ねてきたものがあまりにも無さすぎる。

 

()()()()()()。否、僕が時期を早めた。大した成果を残さず、日々を積み重ねる事なく、オール・フォー・ワンというわかりやすい終わり(ゴール)があるこの時期に。緑谷はオールマイトが死ぬ未来を知ってしまった。

 

もしも、緑谷が大きな成果を残せている時期だったら、“仮免取得”等のわかりやすい成長が、オールマイトを安心させられていたら。

 

ーーーそんな仮定は、最早意味を成さない。

 

僕は結局1度も目を合わせる事の無かった2人を見届け、海浜公園を出ようとその場を離れる。暗闇のまま歩く途中、空き缶のゴミを数本蹴ってしまう。僕はそれを一瞥し、拾う。近くにあったゴミ箱に捨てたが、きっとまだゴミは残っている。

 

そう確信しながら、通話中だった携帯電話をポケットから出す。画面上の通話時間は15分弱を表しており、電話の奥の人物が僕に問いかける。

 

『…どういうつもりだ?』

 

何の説明もなく、通話中のまま放置されていたナイトアイからしてみれば当然の疑問。

 

「ーーー貴方の望む展開にした。《予知》で視たヴィラン襲撃の時期、タイミング、人員、《個性》、目的。ーーーもし林間合宿中なら、その場所も。出し惜しみする事なく全て教えてください」

 

緑谷出久と死柄木弔の接触。USJ含め雄英生徒とヴィラン連合の邂逅は2度目。演習試験も例年と違ったことから、毎年同じという合宿場も変更になる可能性が高い。

 

「緑谷とオールマイトの関係はこれで更に不安定になった。あとは貴方の考えてるであろう一押しで、僕らの目的は完遂される」

 

物間寧人とナイトアイの共通の目的。それは“緑谷出久を後継者から引きずり下ろすこと”。その事前準備として、緑谷、オールマイトの心を折る必要があった。

 

先程の口論で、緑谷とオールマイトの関係性は修復不可能な程に揺らいだ。それはナイトアイにとって好都合な展開だ。

 

「オールマイトを説得させる為、貴方はオールマイトを絶望させ、失望させる。緑谷出久の未熟さを更に突きつけるつもりでしょう。もしくは、オールマイトの全盛期並の後継者が直ぐに必要な状況を作るか」

 

そうして焦ったオールマイトは、自ら緑谷出久を諦める。

 

「そのお膳立ては充分でしょう、だから、今僕が望む情報を教えてもらいます」

 

これは取引、交渉の類だ。それも僕がかなり不利な。ナイトアイから教えてもらう情報が全てとは限らないし、都合の良いように改竄する可能性だってある。

 

けど、それでもいい。今僕に足りないのは情報。先手に回る力だ。今の後手後手に回る状況が気に入らない。

 

これ以上はもう、たくさんだ。

 

『…解せないな。確かに貴様は期待以上の働きをした。ワタシの意図を読み取り、ワタシの為に動いた。ーーーだが、それは貴様の義務ではなかった』

 

僕の苛立ちに気付かず、冷静にナイトアイは分析する。利害が一致してるとはいえ、オールマイトの心を折る事に関してはナイトアイに一任されていたし、今日の僕の行いはお節介、余計なお世話とも取れる。

 

では、そうまでして緑谷出久とオールマイトの関係性を壊したのは何故か。明確な悪意を持って、ナイトアイの手助けをしたのは何故か。

 

『“今日というタイミング”…。緑谷と死柄木が接触したらしいな?“ワタシがチラつかせたヴィランの影”…。今日がその日だと勘違いでもしたか?ーーーそれで、級友(クラスメイト)が危険と焦ったか?』

 

あぁ、()()()()()()。おぞましいエゴで緑谷とオールマイトの関係性を更に歪めた僕自身にも、正確に僕の考えを見抜く電話相手にも。

 

ーーーこれ以上、《ワン・フォー・オール》のいざこざに僕の大事な級友(クラスメイト)を巻き込むな。

 

ナイトアイ、貴方の考えは非人道的だとしても利益が最も大きい合理的な正解だ。それに僕も理解も納得も出来る。たとえ15歳程度の子どもがヴィランに襲われようとも、オールマイトを説得させる事でそれ以上に救える命がある。

 

だからそれは否定しない。けど、僕だって見過ごせないものだってある。()()()()()()()()()()()()。緑谷とオールマイトに恨まれる立場になってもいい。過保護だなと笑われてもいい。

 

今勢いのあるB組に被害が及ぶ事で、曇ってしまう笑顔がある。ありがとね、と小さな声で彼女は言った。ヴィランの存在を予め知っていて、何も動こうとしなかった僕に。感謝を受け取る資格なんてない僕に。

 

だからせめて、守らせてくれ。

 

その為なら僕は緑谷とオールマイトの関係にヒビだって入れるし、必要ならば粉々にしたっていい。

 

『…?…まさか、図星だったのか?』

「ーーー僕の要求する情報はメールで」

 

自身の予想が的中した事が意外だったのか、驚いたような声。僕にそんな温かい思いやりがある事自体が奇妙だというように。それを遮り用件を告げ、僕は一方的に電話を切った。

 

ナイトアイの作戦、考え方は否定しないし邪魔はしない。僕ら生徒がヴィランに襲われる事でオールマイトへの揺さ振りとなり得るなら、その事件とやらを邪魔する気は無い。ただ、僕のB組(大切な物)を守るだけだ。

 

そう決意した時携帯が小さく振動し、メールの受信を僕に伝える。それは、取引成立の証明だった。

 

ナイトアイからのメールを開き、4行程の文をざっと流し読みする。そして最後の1行を見て、小さく呟く。

 

「《予知》の未来は変えられない、か…」

 

   目的:爆豪勝己・物間寧人の拉致。

 

その結末を、僕は一足先に知る。

 

これが本当の情報かは確かめる方法もない。けど、この情報だけで出来る事は格段に増えた。それだけで充分。

 

舞台は林間合宿、タイミングは肝試しの途中。

 

ヴィラン連合の手によって、物間寧人は敗北する。そんなバッドエンド。

 

ーーーその台本(シナリオ)は、もう変えられない。

 




小難しい話になってしまった気がするので、質問があれば随時答えさせて頂きます…!
あと、お褒めの言葉等の感想はしっかりと目を通し励みになっております!最近は返信まで手が回らず申し訳ない…。


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他人事とは思えない






緑谷とオールマイトの関係にヒビを入れたあの日から2週間。つつがなく終えた終業式、そして始まる夏休み。その間にも“通形ミリオ誕生日会”に誘われたが、何分忙しく、祝いの場に参加することは叶わなかった。

 

そう、忙しかったのだ。この林間合宿に備えて。

 

「筋繊維は酷使することにより壊れ強く太くなる。《個性》も同じだ。使い続ければ強くなる。でなければ衰える」

 

先導するブラド先生に率いられ、“魔獣の森”で精神、体力共に摩耗した僕含めるB組面々は森を抜ける。そうして目の前に広がった広大な土地で、先に向かっていたA組の姿が視界に入る。

 

「ーーーすなわちやるべきことは一つ、限界突破!!さぁ行け、我が教え子達!」

 

地獄絵図と言っても差し支えない光景を眺めながら、僕らはその試練に足を踏み入れた。

 

 

⭐︎

 

林間合宿。夏休みの序盤、7月25日から始まったこの一大行事の目的は“個性伸ばし”。(のち)にイレイザーから聞いた話によると仮免取得を前倒しする為の措置ということ。

 

中々の大所帯かつハードワークになる事も予想されるのだが、雄英高校側としてはヴィラン連合の動きを警戒、生徒の安全を憂慮しこの合宿場に関しては限られたメンバーしか教えられていない。

 

ヒーロー科の生徒は当日まで何も聞かされていないので、今ここにいる場所の正確な位置はわからない。それらを知っているのは同行したイレイザー、ブラドキング含めた教員、そして少人数で僕ら生徒を管理する4人組ヒーロー、“ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ”……そして()だ。

 

例年と違う合宿場、その情報だけでは飽き足らず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()知っている。

 

極少数に限られた情報網、雄英高校側はヴィラン連合に気取られないよう出来る限りの処置を取った。では、何故その結末になってしまうのか。

 

 

「ーーーおい、集中しろ馬鹿」

 

「……はい?」

 

捕縛布で見事に捕縛され、簀巻きにされた状態で地に転がされる。顔をなんとか動かして呆れた顔で僕を見下ろすイレイザーを見る。

 

その顔を見てハッと気付く。

 

「何ボーッとしてんだお前。…昨日以上に無駄な動きが多いぞ。…疲れてるのか?」

 

「え、えーっと…」

 

あはは…と苦し紛れに頬を掻こうとするも、布で拘束された腕が動かないので断念。

 

しまったな。今はイレイザーとの“捕縛布特訓”の時間だった。

 

昨日から始まった林間合宿、他の生徒が各々“個性伸ばし”に集中する中、僕だけは“個性伸ばし”と並行してイレイザーとの個人授業に励んでいる。

 

実際に体験してみた方が合理的だろうと告げられ、捕縛してくるイレイザーとそれを躱す僕という構図が主な個人授業。躱すという行為の前段階として相手の動きを予測しなければいけない。その動きを見て学べという魂胆だ。

 

結果から言えば、昨日に引き続き今日も進捗は芳しくない。というのもこれは僕の方に問題がある。

 

ため息をついてイレイザーが口を開く。

 

「…今朝ラグドールから報告があった。朝4時半に宿に()()()()()B組生徒が居たってな。随分と早い散歩のようだな、物間」

 

げ、と思わず声が出そうになる。プッシーキャッツの1人、ラグドールの個性《サーチ》に引っかからないようにした僕の努力は無駄だったようだ。ラグドールは4時半に起床したのか、早起きすぎる…。僕は言葉を慎重に選んで返す。

 

「明日の肝試しの作戦を練ってたんですよ…。どうやってB組を配置しようかなと思いまして」

 

苦し紛れの嘘のように思えるが、嘘ではない。出来る限り肝試しの舞台である森の構造は予習してはいたが、その確認を怠る理由もない。

 

「それで寝不足になってたら世話がない。…その調子で続けるのは合理的じゃないな。“個性伸ばし”に入れ」

「……ふぁい」

 

当然寝不足を指摘され、自然とあくびを噛み殺していた。少し睨まれたので、そそくさとその場を離れる。目の隈は朝見た鏡では確認出来なかったから、僕の寝不足はイレイザー以外にわからないだろう。

 

そして、僕に絶えず襲いかかる心労は誰にもわからない。

 

イレイザーに呆れられて折角の個人授業を打ち切られた僕は、A組B組が入り混じり狂ったように“個性伸ばし”に集中している広場に向かう。

 

僕の“個性伸ばし”がてら、クラスメイトの様子でも確認しようかな。

 

その広場も、伸ばす《個性》によって大まかに2つに区分されている。

全体的に発動型は《個性》上限アップ。異形型その他は基礎体力向上を目的に組まれている。

 

後者の基礎体力向上組の方に目を向ける。

 

「さぁ撃ってこい!」

「ーーー“(アーム)解放(ファイア)”!」

「ーーー5%デトロイトスマッシュ!」

 

B組出席番号10番、庄田二連撃(しょうだにれんげき)。個性《ツインインパクト》ーーー打撃を与えた箇所に任意のタイミングでもう一度打撃を発生させる。二度目の打撃は数倍の威力となる。

 

予め右肘に与えておいた1度目の打撃。そして相手を殴る直前に“解放(ファイア)”する事で威力を増す必殺技で、緑谷と共にプッシーキャッツの1人、虎に襲いかかる。が、《軟体》で華麗に躱され流れるような反撃で撃沈。地に転がされた緑谷が歯軋りする。

 

「ーーーくそっ!」

 

あの海浜公園での夜以降、緑谷とは話していない。だが、気持ちの切り替えは恐らくまだ出来ていないのだろう。未熟な自分はオールマイトから充分な信頼を得られていない。期待されているとしても、オールマイト自身の事を任せて貰えない。そう理解したのだろう。

 

鬼気迫る表情で鍛錬に励む緑谷の姿を見ながら、そのオールマイトへの一種歪んだ執着とも言えるそれはナイトアイに通じるものがあるな、と思った。

 

そんな事を考えながら、僕は緑谷の隣で倒れている庄田の元へ向かう。緑谷がこちらを見て一瞬表情を変えたが、気にせず悔しそうな庄田に手を差し伸ばし、引っ張り起こす。

 

「流石プロ、一撃与えるのも難しそうだ…大丈夫かい?」

「…腕が耐え切れる2回目の威力だと大した打撃にならない。今は実践ではなく身体を鍛えるべきだろうか?」

 

小さく丸い身体で反省する庄田に対し、僕は笑う。本当に、向上心が立派なたくましい級友(クラスメイト)を持った。

 

「人間の限界を突き詰めていったところでたかが知れてるさ。この超人社会、《個性》の応用に目を向けた方が良い」

「というと?」

「今は超人社会と同時に科学が発達した社会だ。僕から出せるヒントはこれだけ。合宿中の《軟体》の攻略はまた別の視点から考えるんだね」

 

庄田は「そうか、サポートアイテム…!」と呟いたのを見て、その場を離れる。腕の限界に不安があるのなら、不安を取り除くようなサポートアイテムを腕に取り付ければ良い。腕への衝撃を効率よく吸収・放出してくれるアイテムとか。

 

庄田にそんなヒントをあげその場を離れる。用件は終わったし、緑谷と顔を合わせるのはいくら僕でも気まずい。憧れの人との関係を壊した張本人がここに居るべきではないのは重々承知している。

 

次はどこへ行こうかな、と考えながら僕は足下にあった小石を拾う。手慣れたように“指弾”技術で弾き飛ばし、すぐさま《ツインインパクト》を発動させる。空中で加速した小石は正面の木にめり込んだ。ギリギリ貫通とまではいかなかったものの、凄まじい威力。

 

「…うん、問題ないな」

 

僕は両手を握っては開きを繰り返して調子を確認する。《個性(コピー)》に異常はない、問題なく使える。そんな僕に声がかかる。

 

「?…相澤先生のトコはもういいのか?物間」

 

声をかけられ、姿を確認する為後ろを振り返る。ジャージを羽織った轟焦凍に向かって返事する。

 

「…ん。ただの休憩さ。そっちこそ、ドラム缶風呂はもういいのかい?」

 

派手な強個性故に鍛え方も派手だなぁ、と初日に思ったから印象に残っていた。

 

「こっちも休憩だ。あの鍛え方し過ぎると風邪引いちまうからって相澤先生が」

「はは。違いない」

 

身体を急激に冷ましたり熱したりするのは危険でもある。そこの所を考慮するイレイザーはやはり合理的…いや、当然か。

 

「そっちの“個性伸ばし”の進捗はどうなんだ?」

「んー…。まぁ、見て貰った方が早いか」

「?」

 

問われた僕は轟の肩に触れ、《半冷半燃》を《コピー》する。そしてーーー。

 

先程見せた“指弾”と《ツインインパクト》の合わせ技を見せる。木に石がめり込むのを見て轟が「おー」と間の抜けた声を出したのを聞きながら、《半冷半燃》を発動する。

 

右半身を凍らせ左から炎を放出する。その状態を5秒間キープし、左の炎を操作して右半身を覆った氷結を溶かしていく。そんな軽いパフォーマンスに轟はぱちぱちと拍手をした。

 

僕は自慢気に胸を張って言う。

 

「ふふん。どうだい?」

「やっぱスゲェな。もう左右を同時に使えるなんて」

「そっちかー」

「?」

 

いやぁ、そっちかー。僕が褒めて欲しかったのは“《個性》の保有数(ストック)が増えた事”なんだけどなぁ。

 

昨日の林間合宿初日、“個性伸ばし”を強いられた僕が真っ先に向かった先はこの轟焦凍の所だった。

 

《半冷半燃》。母親の“氷”と父親の“炎”を合わせたハイブリッド《個性》。それは見る人が見れば“個性2つ持ち”とも言われてしまうチート個性だ。

 

だからこそ、僕の目的であった保有数(ストック)の上限突破には最適の《個性》だった。自身に2つの《個性》が宿っているというイメージの取っ掛かり。

 

これは僕の勝手な予想だが、きっと僕の身体はとっくに《個性》2つなら受け入れられる器に成長していたんじゃないだろうか。勿論そう考えていた理由はある。

 

体育祭準決勝でのエンデヴァーの過去視。それ以降、僕の保有(ストック)量を超えた存在…緑谷とオールマイトに対する嫌悪感を感じる、謂わば第六感が備わっていた。僕の《コピー》に対する理解が深まったからこその現象だろう。

 

なら、2回目の過去視。サー・ナイトアイの時点で更に理解は深めていると予想していた。若しくは《コピー》の使用数での慣れか。以前も言った通り高校から本格的に使い始めた《個性》だ。数をこなしていれば僕の中に宿る《個性》の数が増えていく可能性もあるだろう。

 

ま、過程はともかく僕の“個性伸ばし”は昨日の時点で達成していた。目の前の轟焦凍には感謝しかない。

 

「オレは同時に使うのはまだ慣れないな。先に氷の方が出ちまう。なんかコツとかあったりするのか?」

 

…感謝の代わりにささやかなアドバイスでもしておくか。それにしても、先に氷が出る、か。ふむ。

 

「左を使う意志と父親への反抗心がぶつかってるんじゃない?こればっかりは今すぐどうにか出来るもんじゃないけどさ」

「そうか。…お前、結構ズケズケ言うよな。家庭の事情とか関係無しに」

 

轟に苦笑いしながら言われて、僕は思わず口を噤んだ。確かに、今の発言は軽率だったかもしれない。

 

「まぁ、別にいいんだけどな。親父とも繋がりあるんだし」

 

そうふっと笑う轟を見ながら、僕は自分で自分に困惑していた。おかしいな、確かに僕にしては他人の家庭事情に首を突っ込み過ぎだ。デリカシーが欠けている。

 

けど何故か、()()()()()()()()()()()()()

 

「おーい轟ィ!オレの“個性伸ばし”に付き合ってくれねぇか?…って、オウ!物間もいたか、丁度いいな!」

「…鉄哲?」

 

叫びながらやって来た鉄哲が、僕と轟の前で立ち止まる。鉄哲は切島と殴り合ってた筈だが。

 

「ラグドールさんに教えて貰ったんだけどよ。オレの《スティール》は《硬化》と違って熱や冷気に耐性が付くらしい!っつー訳で2人の出番なんだ!轟が燃やして物間が冷やす!どうだ!?」

 

ラグドール発案という事もあって、発想も着眼点も悪くない。鉄哲のくせに。

 

「僕はめんどいからパス。自分の“個性伸ばし”の為に色んな人のトコ回んなきゃいけないし」

「そうか!じゃあ轟頼む!」

「…わかった。両方同時には使えねぇから、交互でもいいか?」

 

そんな2人の交流を眺め終え、僕はその場を離れる。基本スタンスは林間合宿なので、こういうクラス間を超えての交流はそれっぽい。意外にもそこまで2人の相性が悪くないらしい。

 

2人から離れて皆の様子を見ても、そのAB交流はチラホラと確認できた。

 

その一つである小大唯と八百万百の組み合わせに向かう。2人はヒーロー科でも有数の美少女なので、自然と足が向いていた。いやぁ、欲求ってのには勝てないね。

 

「あら、物間さんも“個性伸ばし”ですか?」

「…ん」

「ケーキ美味しそうだなぁ。食べてもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

口元についていたケーキを拭い、そう声をかけてくる八百万。そして八百万が《創造》を中断したように、小大がマトリョシカを大きくする作業も中断する。八百万が創ったモノを小大が《サイズ》で調整する。中々効率的だ。

 

苺だけつまんで口に入れ、逆の手で八百万の肩に触れる。そして2人に何も持っていない掌を見せ、キザなマジシャンのように手を合わせる。その一瞬後にはプラスチック製の小さな白い鳩が僕の開いた手から姿を現した。生き物は創れないので飛び立つ事はない。

 

「まぁ…。まるで熟練のマジシャンのようでしたわ。流石怪盗(ファントムシーフ)ですわね」

「はは、茶化すなよ。君の《創造》だからこそ出来る事だよ」

「いえいえ。思わず見惚れてしまうほど手馴れてましたわ。マジックの経験がお有りで?」

「…まぁね」

 

《個性》というものが存在するこの超人社会で、手品なんてものが流行る訳もない。それでも一定数の支持によって一個のジャンルと成立してるので、その熟練者(プロ)も当然いた。僕もそれを経験済みだ。

 

「それじゃそろそろ行こうかな。あ、小大も《個性》借りるね」

「…ん」

 

上限数を増やす“個性伸ばし”の為、僕は小大の肩にも触れる。これで今僕の身体には《サイズ》と《創造》が宿ってる事になる。

 

「…ん?」

「?」

 

だが、そう小大に近付いた瞬間彼女が首を傾げた。何がおかしい事しただろうかと僕も自身の行動を振り返るが、特に異質な所はない。はて?

 

すると、彼女の方からグイッと身体を寄せてくる。「まぁ…!」と目を輝かせた八百万を横目に、僕も困惑、そして焦燥する。学年1のミステリアス美少女と謳われてる事を見聞の広い僕は知ってるので、きっと出来てるであろうファンクラブに殺されるのは避けたい。多分この娘そんなんじゃないし。

 

「…な、なに」

「ん。…あっちに一佳いる」

「拳藤?」

 

考えの読めない普段の無表情が少し変化し、困ったように眉を下げた。その可愛らしい仕草を見て、1学年で最も可愛いと噂されるだけの事はあるなぁとしみじみ思う。そんな小大はどこかを指差し拳藤の所在を伝えてくる。いや、聞いてないんだけど…?

 

そしてもう満足したのか八百万に“個性伸ばし”を再開しようと声をかける小大。訳もわからないまま僕は2人の場所から離れてーーー人目のつかない森の木の影に隠れる。

 

そこで幾つか、“ある物”を《創造》し、小さいと言っても差し支えないモノが出来たが、念の為《サイズ》で更に小さくして目立たないようにしておく。

 

「大きいモノを作るのは時間がかかるけど…。複雑なモノも時間がかかるんだよな」

 

そう呟きながら、僕は深く息を吐いた。気付けばその場に座り込んでいた自分に驚き、しっかりしろと自身を叱咤した。

 

 

⭐︎

 

「あら物間ちゃん。…ってどうしたのかしら」

「フラフラですぞ?物間殿」

 

「いや、脂肪使うってすっかり忘れてた…」

 

…めちゃくちゃお腹減った。あとでもう一回ケーキ貰いに行こ。

 

それにしても蛙水梅雨と宍田獣郎太の組み合わせも珍しいな。《個性》がお互い異形型だから気が合うのだろうか。

 

「で、君ら2人はどんな鍛え方してるの?」

「自身の《個性》の身体能力を使ってこの崖を登る訓練ですぞ!我は獣、蛙水殿は《蛙》ですな」

「2人で競争したりもしてるけど、やっぱり宍田ちゃんには敵わないわね。物間ちゃんも混ざる?」

 

さっきの鉄哲のように、個性《コピー》なら色んな訓練に参加できる可能性を秘めている。こうやって誘われる事もしばしばだ。

 

「異形型の《コピー》かぁ…。出来なくは無いんだけど、ちょっと不格好になるんだよなぁ」

「あら、難しいのね」

 

「まぁね。…一回実践してみようか。宍田、借りるよー」

 

宍田が了承したのを確認しながら、個性《ビースト》を《コピー》する。雄英高校指定ジャージと半袖シャツを脱ぎ、僕の上半身が露わになる。というのも、《ビースト》で獣化すると人間サイズに設定されている僕のジャージが破れてしまうのだ。ちなみに宍田はそれを見越して大きめのサイズのジャージを着ている。

 

唐突に脱ぎ出した僕に梅雨ちゃんは特に動揺は見られない。それどころか首を傾げ疑問を浮かべた。

 

「…上半身だけなのかしら?」

 

…下半身も脱げと?そんな冷や汗が流れかけたが、当然の疑問ではある。《ビースト》を発動させるのなら全身を獣化させる事になる。衣類を気にするのならば全部脱ぐのが正しい判断だろう。

 

説明するより実践した方が早いと判断した僕は、《ビースト(コピー)》を発動させる。

 

ーーーそして、僕の右腕が獣化する。

 

他は人型を保っているが、僕の右腕だけが獣特有のフサフサの毛を纏う。触り心地がいいので、僕の《コピー》が五分で終わってしまうのが残念でならない。これを枕にすると快眠できる気がする。

 

「…驚いたわ。私達みたいな異形型を“一部”だけ発動させるのね」

 

流石A組、ご名答。《硬化》や《スティール》でも見せた、全身ではなく一点にする方法だ。

 

「ま、全身の《ビースト》も出来なくはないと思うけど…。僕の《個性》はイメージに左右されるからさ、完全に獣に成り代わるってのは難しいんだ。つまりこれは妥協案、だね」

 

異形型の《個性(コピー)》はやはり特殊だ。丁度いい機会なので、僕の《コピー》についておさらいしてみようか。

 

以前、サー・ナイトアイは僕の《コピー》はこう称した。『触れた者の《個性》を自身に宿し、干渉する《個性》』この表現はかなり正解に近い。体育祭を見ただけでこれに気付くとは彼の観察眼には驚かされるばかりだ。

 

干渉云々は“同調・過去視”の話に関連してくる訳だが…今注目すべきは前半の《個性》を宿すという表現。

 

言葉の通り、今現在僕の身体には《ビースト》が宿っている。“宿す(コピー)”の状態が完了した訳なのだが、異形型となると“発動(ペースト)”に苦戦してしまう。

 

《爆破》などの発動型に関しては特に苦労しない。“掌からの汗がニトロの役割”という知識と視覚からの情報で僕の《コピー》のイメージは成立している。

 

だが、《ビースト》や《蛙》にはそのイメージの構築に大きな壁がある。

 

「…物間ちゃんは人間ってトコね。確かに、自分が動物になるイメージは難しい気がするわ。でも、一部だけ動物っていうのも難しくないかしら?」

 

その通り、今の僕のように片腕だけが“人間じゃない”状態も同じくらいイメージが難しい。全身よりかはイメージしやすいとはいえ、だ。

 

「まぁ、それはその通りなんだけどね」

 

僕はここで一旦言葉を止め、ニヤリと笑う。梅雨ちゃんが首を傾げる。そんな彼女に、自慢げに言ってやった。

 

「ーーーたとえ全身じゃなくても、僕に《コピー》出来ない《個性》があるという事実よりかはかなり現実的で、有り得るんだよ(イメージしやすいんだよ)

 

だって、僕に《コピー》出来ない個性なんて無いんだから。

 

そう自信満々に告げる僕に梅雨ちゃんはクスっと笑う。

 

「物間ちゃんは、自分の《個性》が大好きなのね」

 

まぁね、と頷く僕を宍田が横からじっと見つめていた。

 

 

⭐︎

 

「オイ、A組のやつら《個性》で火ィ点けてんぞ!ずるくねぇか!?」

「こら鉄哲、余所見してないで人参切って」

「小森ー。《個性》でキノコつくってー」

「はい、アンタも希乃子を利用しない」

「ふふ、怒られてやんの。やっぱ鉄哲と物間を制御できんのは拳藤しかいないねぇ」

 

2日目の夜からはカレーくらい自分達でつくれと言われたので、満身創痍の身体に鞭打って動く。料理自体は苦手じゃないが、寝不足や疲れも相まって単純に億劫だった。

 

この状態で包丁という刃物を持つのは逆に危険ではないだろうか。うん、きっとそうだ。

 

サボる為の理由付けは完了、包丁の扱いは鉄哲に任せよう。コイツなら怪我とかしないし。

 

うんうんと頷いてた時、A組方面から声が聞こえる。

 

「えぇっ!?爆豪くん包丁うまっ!?意外やわ…」

「意外ってなんだコラ!!包丁に上手い下手なんざねぇだろが!」

「わっ!?余所見しないで!?」

「出た出た…才能マン」

 

「鉄哲ー?切るの代わってやろーか?」

「オウ、助かるぜ!」

 

 

⭐︎

 

「またお前らは…。ハァ…B組は真面目な奴らが多いと聞いてるんだがな」

「いやぁ…B組は補習者ナシですから、そこは合ってますよ(笑)」

「馬鹿っ物間。相澤先生になんて口の利き方…」

「…それほどの元気があるんなら、明日からの昼の特訓をもっと厳しくできそうだな」

「はは…お手柔らかに」

 

夜10時。B組男子一同の寝床となる畳の敷かれた大部屋で、僕ら男子は正座で相澤先生の説教を受けていた。理由は騒ぎすぎ。

 

「昨日に続いて枕投げ…か。恥ずかしいと思わないのか?物間」

「わかってませんね。男のロマンってものを。なぁ骨抜?」

「…オレ?まぁ旅行の夜だし、ハメ外すのもいいかと」

 

流石の柔軟な対応。僕の無茶振りにも的確に応えてくれる。

 

「…ならトランプでもしてろ。オレはこれから補習で手が離せん。大人しくしてろよ」

 

はーい、と声を揃えた僕らを一瞥した後、ピシャリと扉が閉められる。

 

「さて、枕投げは禁止された訳だけど…誰かトランプとか持ってる?」

 

問いかけてはみたものの、どうやら誰もカードゲームの類は持ってないようだった。13人もいて誰も持ってないのか…。

 

「うーん…する事もないし、寝る?」

「ーーー馬鹿野郎!」

「お前は何もわかっていない!」

 

「び、B組常識人4人組!?」

 

僕の至極もっともな提案を却下する泡瀬と円場、その後ろで回原と鱗の2人が頷いている。そんな意外な展開に僕は驚く。僕の中々の常識発言を否定されるとしても、この4人にだけはされないと思っていたからだ。

 

泡瀬洋雪、円場硬成、回原旋、鱗飛竜。このメンバーはB組常識人男子4人組だ。ちなみに個性はそれぞれ《溶接》《空気凝固》《旋回》《鱗》と有能なものが揃っている。

 

A組に負けず劣らず個性的なメンバーが連なるB組とはいえ、真面目という評価を保てているのはこのツッコミ4人の活躍に他ならない。

 

そんな彼らが拳を握って、何を熱弁しようと言うのか。

 

「俺達は今からーーー女子部屋に行く。そして一緒に遊んでこようと思う」

 

代表して告げた泡瀬の言葉に、僕含めたB組の面々がざわつく。宍田獣郎太が焦ったように諭す。

 

「あ、泡瀬殿…。先生方がそんな破廉恥な事を見過ごす訳もありませぬぞ」

「破廉恥て」

 

少々照れながら言う宍田に苦笑いするも、今度は円場が口を開いた。

 

「まぁ思い出せよ宍田。さっきの相澤先生の言葉を」

「さっきのイレイザーの…?ハッ!?」

 

宍田、そして他のB組の面々も遅れて気付く。円場はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「そう!この時間帯からは相澤先生とブラド先生は補習!つまりA組の馬鹿どもに付きっきりって訳だ!」

「な、なんと…!?ですがここにはプッシーキャッツもいる。そもそも女子が男子の参加を断ったら…!?」

「プッシーキャッツとはいえ乙女!俺達の気持ちを汲んでくれればそこまで大きな罰は下さないだろう。…それに、俺達には言い訳もあるんだからな!」

「い、言い訳…!?」

 

円場と宍田の話がヒートアップし、他の男子も話にのめり込んでいく。

 

「ーーートランプだよ。トランプを借りに行くという名目で女子部屋に行き、そこから何とか一緒に遊ぶ方向に持っていくんだよ!これで途中で見つかっても言い訳が利くだろ?」

 

確かに、相澤先生が自分から言った事でもあるし(?)説教に口答えする材料にはなりそうである。

 

「ーーー俺達はな。女子と仲良くなりたいんだ」

 

引き続き円場が拳を握りながら呟く。その熱意に宍田が思わず後ずさる。言葉自体は純粋な願いのように思えるが、10時を過ぎたこの時間に女子部屋に向かうとなると深読みしてしまう。

 

「…エロい事を期待してるんじゃない。ただ、眠くてウトウトしてる小大を目に収めておきたい。あわよくば距離を縮めたい!」

 

…思ったより純粋な男だったが、泡瀬がそれに続く。

 

「忘れてないか?今は夏休みなんだ。お前ら、このイベントを逃していいのか?女っ気のない1年を過ごす事になるぞ?」

 

その泡瀬の視線は黒色支配に向かった。その視線に本人も気づいたのか、照れ臭そうにそっぽを向いた。だが、泡瀬がそれを逃さない。

 

距離を縮め肩を組み、小声で何事かを話している。…大方、黒色の想い人…小森希乃子と仲良くするチャンスだぞ、とでも言ってるのだろう。

 

ここまでの議論を経てB組全員が妙なテンションになっているのか、どうやら女子部屋突入に乗り気なメンバーが増えているように思える。たった今黒色も陥落した。

 

「ーーーさぁ行くぞ物間!女子との交渉はお前に任せたぞ……って、いない!?」

 

いざと言う時にプッシーキャッツを言いくるめる要員として僕に声がかかる気はしてたので、さっさとこの場はおさらばしよう。

 

まぁ成功する訳もないし、罰として明日の特訓が過酷になるのはちょっときつい。これ以上イレイザーを怒らせるのはまずいんでね。

 

骨抜の言う通り…イベントの夜っていうのは皆羽目を外すんだなぁとしみじみ思う。真面目なB組がこんな馬鹿馬鹿しい事をするとは驚きだ。まぁ今日は僕がいない事でこの作戦を諦める可能性もある。何故ならまだ2日目、チャンスはいくらでもあると、彼らは思うからだ。

 

 

「ーーーーーーーーッ!ォ゛エッ゛!………ァ」

 

 

そんな事を考えながら男子の大部屋を離れーーーーーー男子トイレで皆の力を合わせ作ったカレーを吐いた。呻きながら嘔吐した。

ずっと頭の中にこびりついている不快感と嫌悪感を思う存分吐き出し、ポケットに入れていたハンカチで口を拭う。

 

目の前にある鏡で自分の顔を確認し、酷い顔だな、と笑う。あぁ、全然楽しくない。ストレスと不安と嫌悪が一斉に、絶えず押し寄せてくる。特に酷いのはーーークラスメイトが笑った時。

 

明日もまた平和に過ごせると当然かつ能天気な考えを垣間見る度に僕の精神はすり減って行く。ハメを外した馬鹿な男子を見るたびに、それを心の底から楽しめない自分が居る。元来捻くれた人間だと言うのに、更に拍車がかかってしまった最悪の気分。

 

頼むから、僕の前で楽しそうにしないでくれ。

 

僕らの林間合宿は明日で終わると言うのに。

 

時刻は10時30分前、僕は男子トイレから出て、玄関に向かう。時間も時間なので人気(ひとけ)はない。広めの玄関で、ここにはほぼ全員の靴が揃えられている。スマートフォンの灯りで靴のデザインを確認しながら目的の何足かに、僕が昼《創造》した発信器を靴裏につける。

 

「……よし」

 

あとはカバンに入れてある受信機を使えば、この3人ーー緑谷、爆豪、拳藤の位置は特定できる。爆豪は勿論、万が一未来が変わり、緑谷や拳藤に危機が及んだ時のための予防策と言ったところだ。特に緑谷の《ワン・フォー・オール》は狙われてもおかしくない。雄英ジャージに付けようとも思ったが、訓練で汚れたので替えの服を代用する可能性もある。そういう理由で靴裏に仕込んだ。

 

「…物間?」

「ーーーーッ!?」

 

任務を終え、部屋に戻ろうとしたその時、声をかけられる。明かりのない暗い廊下から姿を現したのはーーーB組クラス委員長、拳藤一佳だった。

 

僕は動揺を押し殺し、何気ない風を装う。今の僕の行動を見られていないという前提で話すしかないだろう。

 

「あぁ、拳藤か。外に用事かい?もう暗いし、オススメはしないかな」

「あー…えっと。ラグドールさんが、ここに物間いるって教えてくれてね」

「…個性《サーチ》か。でもなんで拳藤が?」

 

大丈夫、《サーチ》で僕の場所を見られていたとしても細かい情報は得られない筈。せいぜい誰かの位置がわかる程度。僕は心の中でほっと一安心する。

 

「な、なんでだろうね!?委員長だからじゃない!?」

 

顔を赤らめて妙に動揺している拳藤が不思議だが、僕はそっかと受け流す。話を変えて欲しそうだったので微妙に話題をずらす。

 

「ラグドール…プッシーキャッツがそっちにいるんだ?」

「う、うん。お風呂上がってから女子会って感じかな」

「へぇ。楽しそうだね。女子会かー…」

 

女子会…女子会か。何するんだろう、お菓子を持ち寄ったりトランプしたり…あぁ、恋バナとかもするのかな。赤くなっていた頬も落ち着き、拳藤がポケットから折り畳まれた白い紙を出し僕に渡す。

 

「あ、これ。皆にも言っておいたよ。明日の肝試しの配置ね」

「おっけー、ナイス」

 

僕は紙を受け取り、ハンカチの入ってないポケットに仕舞う。

 

「アンタほんとに楽しみなんだね、肝試し」

「え?」

「え?」

 

一瞬思考停止し、間抜けな顔を見せてしまう。だが、確かに以前は肝試しを楽しみにしていた事に気付く。しまった、ここにきて失態。

 

「あ、あぁ!?まぁね?一応これもA組とB組の勝負だからね。全力で勝ちに行くさ」

「…………」

 

そう取り繕った表情も、声色も、拳藤は真っ直ぐに受け入れる。そして、悲しそうに笑った。

 

「玄関出てすぐのとこに、ベンチがあるんだよね。一回座らない?」

「…?ま、いいけどさ。ラグドールさんに叱られない?」

「あぁ、それは大丈夫。逆に楽しんでくれると思う」

 

…?よくわからないけど、拳藤が大丈夫ならいいか。拳藤の話が終わるまで、この寝不足に耐えるとしよう。

 

「わ、綺麗な月…!」

 

先程発信器を付けられた靴を履きながら、拳藤が外に出る。僕も後に続いて、近くのベンチに2人で腰掛ける。ほぼ無風で、肌寒さは感じない。いい夜だ。

 

「そーだ。円場達がそっちに行かなかったかい?トランプ借りたそうだったんだよな」

「え?来てないかな。入れ違いになったのかも」

 

ヘタれたか、明日以降に引き伸ばしたか。まぁどちらでもいいか。今夜で終わりだ。そう考えれば考えるほど、吐き気が僕を再度襲う。

 

ーーー罪悪感が、僕を襲う。

 

「ーーーねぇ物間。無理、してない?」

 

隣の少女からそう言われた瞬間、思わず唇を噛み締めた。やめろ。B組の何人かには気付かれているとは薄々感じていた。小大や宍田の反応からして、僕が普段より変なのはバレていたのだろう。

 

同じように拳藤はそれに気づき、僕を気遣う。無理してないかと。

 

そうだ、そうなんだ。

 

無理なんだよ。明日僕らはヴィラン連合に負ける、その未来を変えることは出来ない。理に反するとも言える。

 

未来というのは、予め決まっているんだと思う。これは僕なりの《予知》の見解だが、恐らく当たっている。

 

並行世界の内の一本の線。あらゆる分岐も終え、決まった物語を辿っている。それは所謂、この世界の人生。

 

世界の物語(人生)

 

個性《予知》は一つの物語を覗き見する権利。だが未来を変えられないという事は、その物語を書き換える事が出来ないという事。

 

仮にナイトアイが《予知》で先の展開を視て有利に立ち回る事は出来る強キャラであっても、そもそも視た未来そのものでナイトアイは強キャラとして位置している。ただ台本を読んだ強い演者(キャラ)という事だ。ナイトアイが強い台本(物語)に予め仕上がっているんだ。

 

台本に逆らう事で自身にかなりの不利益が生じる。だからこそ台本通りに動かなければいけない。それが、変えられない《予知》の正体。

 

当然選択肢が複数生まれる場合もあるだろう、どちらをとっても不利益が生じない、自由な状況が。ジャンケン勝負などの場合なら、手を変える事で未来を変えられるかもしれない。だが、恐らくその場合は《予知》されないのだと思う。小説でいう行間、空白だ。風景は映らない。

 

物語に影響する未来が、《予知》で視える未来が変わった事は未だかつてない。

 

『ヴィランの数、《個性》は不明…。襲撃タイミングは3日目の肝試し、目的は僕と爆豪の拉致…。最初の情報こそ大事でしょ、ふざけてるんですか?』

『ワタシから見れば貴様には攫われて欲しいからな。念の為伏せておこうと思ってな』

『…ヒーローとは思えない発言ですね。訴えれそう』

『オールマイトを救う事で、救われる命が幾つもある。それに貴様も爆豪も殺されたりはしない、安心しろ』

『でしょうね。そうじゃなかったらガチで訴えてますよ』

 

ナイトアイは僕と爆豪が拉致される事でオールマイトと緑谷の問題に関して解決できると考えている。尚且つ変えられない《予知》の未来で僕の安全は確保されたも同然。

 

発信器等の小細工や肝試し配置で()()()()に編成という過保護な行動が無くても、B組に危害が加わる事なく僕と爆豪が攫われ事件は解決するかもしれない。

 

けど、僕には何もしないなんて出来なかった。今この場で、僕だけが知ってるんだ。林間合宿が最悪の形で終わる事を。目の前の少女を不安で苦しめる事を。楽しそうに馬鹿しているB組男子も、プッシーキャッツと女子会しているB組女子も。全員苦しめる。

 

僕だけがこのバッドエンドを知っている。

 

ここまで聞けば、そもそもの襲撃を回避するという案も出てくるだろう。僕がなんとか口を回して林間合宿を中止にする。そして高校に帰ればバッドエンドは免れる。

 

ーーーだが、ナイトアイの目的は達成されない。僕が攫われなければ、彼は悲しむだろう。

 

緑谷から《ワン・フォー・オール》を剥奪するというナイトアイの計画を尊重したい。

B組をヴィラン連合の魔の手から遠ざけたい。

 

僕はそんな相反する想いを兼ね備えてこうして中途半端に妥協し、勝手に罪悪感に潰れ、ヴィラン連合に攫われて何らかの形で救われるという、物語を構成する1人の演者(キャラ)

 

考え事を止め、現実に戻る。

 

「……うーん」

 

拳藤にそんな僕の胸の内を吐露する訳にもいかないので、なんて言い逃れようか迷う。そんな時、僕の両頬を拳藤が両手で挟む。パチンと小気味いい音が響き、僕と拳藤は至近距離で向かい合う。

 

流石の僕も目を白黒させて焦る。何この状況、え、ちょっと?拳藤さん?

 

「悩んでるならちゃんと言って。なんでも1人で背負い込まなくていいから。私を頼って」

「…何言ってるんだ、拳藤。僕は君に頼りっぱなしだろう?」

「それは《個性》の話でしょ」

「……もしかしてこの前の演習試験の話かい?あれは君のお陰で勝てたようなものじゃないか」

「オールマイト相手に時間稼ぐなんて、アンタの負担が大きいに決まってる。それにあの時、受け身を意識して上手く倒されてくれ、なんてーー」

「悪かったよ。あの作戦しか思いつかなかったんだ。一回拳藤とオールマイトの一騎討ちを挟まないとあの人の油断を突けないーーー」

 

「ーーーほら、アンタは一度、私とオールマイトが交戦しない作戦を考えたでしょ?」

 

「……」

 

僕は視線を外そうとするも、拳藤の両手で姿勢を変える事すら阻まれる。作戦を練る上で、拳藤の負担が最小限になるものを考えた事は事実だ。

 

「…ごめん。あの時はアンタのお陰で勝てたのに、今無茶苦茶な我儘言ってる」

「…はは。そーだね」

 

少し伏せられた目に、僕は力無い声をかける。拳藤が言いたい事はなんとなくわかる。何もオールマイト戦の時に限った話じゃない。これはこれまでの謂わば僕の過保護な態度が原因。

 

顔を上げ、凛々しいとすら思える表情が僕の視界に入る。思わず見惚れてしまう程の。

 

「私は守られるだけのヒロインになりたい訳じゃないよ、物間」

「…そう、だね」

 

ここは天下の雄英。目指すものは殆ど同じ。そんな事はわかっている。わかっていたのに、こうして拳藤を傷つけていたんだ。

 

「今アンタが何に悩んで苦しんでるのかはわかんないけどさ。それがもし私達の為なら本当にやめて。そして、私達を頼って欲しい」

 

そうして両手を離し、僕も自由になる。僕と拳藤はそれぞれ正面を向きながらベンチに座る。

 

正直、その言葉を全部受け入れるのは難しい。勿論意味は理解出来るし彼女の意見を尊重したいとも思っている。だが今この状況で言い換えるなら…ヴィラン連合と拳藤が相対する事を受け入れるという事。僕はそれに耐えられるだろうか?結論はすぐに出た。ーーー無理だ。

 

どうして無理か、なんて考えるだけ時間の無駄だ。

 

それに、今更僕の行いを改めるには遅すぎる。襲撃は明日までに迫っていて、もう回避出来ない。物語は止まる事を知らない。

 

明日の夜、一体どんな過程を経てバッドエンドを迎えるのかはわからない。けど、拳藤の望みが叶わない事だけはなんとなくわかる。

 

林間合宿そのものを中止させればナイトアイ以外の多くの人間がハッピーエンドを迎えられる。その手段を取らないというのは紛れもない僕の過ちだ。《ワン・フォー・オール》の件が解決する…正確にはナイトアイが解決させる…だが、そのメリットを差し引いてもあまりに人道に反する。

 

この僕の不用意な決断でB組に予想以上の危害が加えられる…その可能性が高いと判断した時は。

 

僕が責任を持って、爆豪勝己と自分の身をヴィラン連合に差し出す…事も視野に入れる。勿論さりげなく、だが。そうすれば目的を達成したヴィラン連合がB組を標的にする事はない。あとは僕らがプロヒーローに救出されるだけだ。

 

この筋書きでも一応、ナイトアイから告げられた物語に適している。

 

当然進んで取りたくはない選択肢。横にいる彼女が嫌う自己犠牲の頂点のような考え方だ。

だけど悲しいかな。この奥の手が僕に安心感を与える。夜、寝れない時はいつもこれを想う。

 

そして。

 

気付けばいつものようにその安心感に身を任せーーー瞼が閉じてしまっていた。

 

⭐︎

 

「…物間?」

 

突如カクンと俯き、隣の少年が小さく寝息を立てた。整っていると言える横顔を眺めながら、どうしようかと悩む。私に寄り掛かろうともせず、独りで眠りに入ったこの少年を。

 

「と、とりあえず…」

 

寝るにしては苦しそうな体勢なので、腕を伸ばして彼の顔を自分の方に引き寄せる。そのまま自分の膝に上半身を倒させる。

 

膝枕の体勢になった事で一息つき、ここからどうすべきかと再度悩んだ。思考を巡らせている間に自身の右手が無意識に真下で眠っている少年の髪に触れた。そのまま優しく撫でる。

 

思わず頬が緩んだ。この状況をラグドールに見られたらまたからかわれてしまう。…そうか、ラグドールに見つけてもらえれば楽かな。まぁいざとなったら自分で連れて帰るけど、それで目立ってまた噂されるのは避けたい所だ。

 

「…何背負ってるかは知らないけどさ」

 

サラサラな髪を撫でながら思わず漏れた呟き。当然物間寧人の耳には入らない。それでもいいと口を開く。

 

「いつか、救けてみせるからね」

 

まだ彼の隣に並べるほど強くはないから。きっと彼は皆が思ってるよりも強くて、優しいから。なのに1人では戦えなくて、独りで苦しんでるから。

 

いつか隣で胸を張って立てるように。この膝枕みたいに、頼ってもらえるように。

 

ーーーだから見ててね、物間。

 




荼毘を掘り下げたくて本誌を待ち望んでます。
あとややこしくて疑問とかあればお答えします。


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わからなかった

自身の足元から吹き出されていく紫色のガスが、広範囲にまで満ちていくのを感じる。ガスを吸って気を失う者、異常に気付き逃げ惑う者。反応は様々だが、我々…開闢行動隊の奇襲は成功と言っていいだろう。

 

「…こちらマスタード。荼毘か?」

『様子はどうだ』

 

毒ガスから感知できる情報を確認しながら、たった今繋がれた連絡を返す。こちらの問いに構わず荼毘が雑に様子を聞いてくる。

 

…なぜこいつがリーダーで僕がその部下になるのかは甚だ疑問だ。会話もままならない精神的異常者よりかはマシだが。

 

「問題ない、出入口は塞いでる。そっちこそ教師の足止めはどうなんだい?」

『チャレンジ1回目だ。時間稼ぎくらいにはなるだろ』

 

僕の役目は肝試しの出入口付近の空間に毒ガスを充満させる事。これで生徒と教室や引率のプロヒーロー共を隔離させる。

対して荼毘とトゥワイスはイレイザーヘッドとブラドキングの足止めの役割を担っている。そう長く保つとは考えにくいが。

 

『対象を回収したら連絡する。集合場所はわかってるだろ?』

「そこまで馬鹿じゃないんでね。確認ならムーンフィッシュにした方が良いんじゃないか?」

『馬ァ鹿。話になんねぇよ』

 

尤もだ、と鼻を鳴らして通話を切る。初手は順調。さっさと対象を回収してトンズラしたいところだが…。

 

ズレそうなガスマスクを整え、その方向に目を向ける。

 

「鼠が1匹…か」

 

1人、まっすぐこちらに向かってきている。

 

台風のように渦状に充満する毒ガス。その濃度の差を見て中心に向かってくる輩がいるとは予想していた。一つ気にかかるのはーーーそれが早すぎること。

 

つい先ほど受けた奇襲から僕の存在に気づき《個性》の分析まで終えているとは…いやはや。

 

「さすがは名門校だよなぁ。中々賢いネズミみたいだ」

 

でもね、残念だ。

 

「このガスはさぁ僕から出て僕が操ってる。君らの動きが揺らぎとして直接僕に伝わるんだよ。つまり筒抜けなんだって」

 

センサーとしての役割を果たしたガスに、奇襲は通用しない。距離が近づく。毒ガスで両者視界を塞がれているが、ここは僕の戦場(フィールド)だ。

 

腰元から拳銃を取り出し、紫に染まった空間に向ける。あと数秒で顔が見える距離まで辿り着く。死に際の顔だけ見させて貰おうか。対象じゃないとも限らないし。

 

3、2、1と心の中でカウントダウンする。僕に向かって走って来ているシルエットがぼんやりと見えて来た瞬間、ニヤリと笑う。

 

「さようなら。エリート雄英生ーーー!?」

 

紫の奥、人の形をしていた影が大きく変化する。正確に言うならば変化したのは一部…両手だ。()()()()()()が横薙ぎに払われ、風で毒ガスが勢いよく飛ばされる。

 

僕と侵入者を挟んでいた毒ガスが姿を消し、黒いシルエットだった人物が露わになる。自身のジャージで応急処置的に口元を隠しているものの、すぐに名前は思い浮かんだ。

 

ーーーリストにあった名前だからだ。

 

「…っ、物間寧人!」

 

無表情を浮かべながら冷めた視線を向けてくる目の前の男に、思わず憤る。握っていた引き金を引き、銃声音が辺りに響く。

 

それと同時に、甲高い金属音が響く。肩を狙った銃弾は確かに命中してーー物間の足元に落ちた。物間の勢いは止まらない。

 

効いてない…!?いや、この《個性》…体育祭で見た…!

 

「ーークソっ!《硬化》か!」

 

相性が悪い…!ガスでの窒息を狙おうにも風を起こされたら回復されるし、《硬化》で拳銃は通用しない!ダメだ、一旦逃げーーー。

 

「ーーーーは?」

 

逃げようとするのも織り込み済みだったのか、走ろうとした瞬間足をかけられ、転ばされる。仰向けに転んだ僕の腹に跨るようにマウントを取った物間が拳銃を奪い、そのまま僕の顔に向ける。

 

《硬化》で少し重量が増した分が、僕の腹に重くのしかかる。

 

物間寧人は無表情のまま、口を開いた。

 

「そのガスマスク…自分もガスを吸ったら影響があるのか。ーーー外せ。そしたらガスを止めざるを得ないだろう?」

 

ガスマスクを外さなければ撃つ、というニュアンスを込めて銃口を近づける物間。

 

もはや、選択肢など無いに等しかった。恐怖で震える身体を抑えようと努めるも、効果は無い。このガスマスクを外して仕舞えば怯えた表情をこの男に晒す事になる。身近に感じた死への恐れが、その屈辱を上回った。

 

ガスマスクを外し、毒ガスも止める。

 

話が出来る環境になったのを確認して、物間は冷たく見下ろしながら口を開く。

 

「このガスの効果、仲間の配置、仲間の《個性》。全部言え」

 

ガスの効果は気絶するだけ。その情報だけなら言ってもよかったが、あとの2つは言いたくなかった。その考えがわかったのか、物間は顔を歪めた。

 

「仲間を庇ってるのか?ヴィラン連合と聞いてたけど、醜い仲間意識だけはあるのかい?ステインの信徒か?」

 

「…うるさいな」

 

思わず口から出た反抗の言葉に、更に顔を歪める物間。それに構わず感情のまま続ける。

 

「僕だってあんな頭のおかしい奴ら仲間だなんて思ってないさ。ステイン派なんかでもない」

 

全く、本当に頭のおかしい奴らばかりなんだ。今作戦のリーダーで気に入らない荼毘。会話の通じないトガやマスキュラー。ステインシンパのスピナー。数えていたらキリがない。目的も思想もバラバラでイカレた奴らが集まった集団だ。

 

それでもたった一つだけ、共通している意思がある。

 

この気に入らない社会をぶっ壊したい。生きづらい世の中を失くしたい。

 

その一点だけを見るならば、目の前の気に入らない男に歯向かう勇気が自然と出てくるものだった。

 

「ーーーーっおかしいんだよ大体!このヒーローがチヤホヤされてる社会がさぁ!エリートの雄英生徒(きみたち)にはわかんないだろう!?いくら凡人がヒーローを目指したところで結局どこかで躓く!素晴らしくて誇れて恥ずかしくない学歴を持たない奴らは結局どこかで割りを食う!平等じゃないんだよこの社会が!!」

 

歪んだ顔が無表情に戻り、冷たい視線が僕を襲う。

 

「体育祭1位だっけ?益々気に入らない!その蔑んだ目も、エリート街道まっしぐらのその立場も!!」

 

「お前程度のヤツどうにでも出来たんだ!偶々僕の《個性》と相性の良い《個性》を持ってただけで…僕をそんな目で見るな!!」

 

あぁクソ…!あの筋肉ダルマが僕の護衛につく手筈だったのに…!つまんないからってどっか消えやがって!

あいつがいれば、この男にも勝てたのに…!

 

「ーーー悪いね、君の《個性》を完封出来たのは偶然じゃないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な…!?」

 

唖然とする僕に構わず、物間寧人は告げる。

 

「目的は生徒の拉致。そして襲撃が肝試しの時って事は…教師と生徒が1番離れるタイミングだ。なら森への入り口に近いこの場所に、隔離できるようなヴィランが来ると踏んでいた」

 

確かに、さっきの奴の問いにヴィラン連合の目的は含まれて無かった。こいつは今日の襲撃を知っていて、それに対応して来ていた。つまりーー。

 

「だから僕の班は森の入り口付近に配置させて貰った。みんなを逃がすって時に、君の存在は邪魔だからね」

 

自身が扱う《個性》もコイツが配置した通りに。あらゆる範囲攻撃に対応できるような仲間を揃えていた…!

 

「なんで…ッ」

 

なんで知ってる。そしてーーー何故知ってるのにこいつは何もしなかったのか。

 

その問いに、物間寧人は笑う。哀しそうな表情だが、見方によっては嬉しそうにも見える。

 

「これは茶番なんだ。君らが必死になろうと僕らが必死になろうと結末は変わらない。決まってるんだよ。()()()僕らの負けだ。そこから爆豪も僕も無事救けられて、次は勝つ。多分オールマイトが来るんだろうな」

 

「ただね、今回負けるとは言ってもタダで負けてやる訳じゃない。出来るだけそっちの戦力を削いで、次に活かす負け方をしてやる。そう決めたんだ」

 

「僕の最初の目標は仲間達全員を逃す事。それが終わったらーーー僕らの思い出を奪った分くらいは、償ってもらう。どうせ負けるのは決まってるんだ、せいぜい抗ってみせるさ」

 

ーーー()()()()()()()()()()()()

自分には理解できない言葉をつらつらと並べられ困惑した様子の僕に、物間は哀しそうに笑った。

 

「オイ物間!この辺にヴィランいなかったか!?…ってなんだソイツ?誰だ?」

「ガスが消えてる…物間、もしかしてそいつ…」

 

そんな纏まらない思考をかき消すように、誰かの声が耳に届く。首だけを動かして姿を見るとどこかで見た顔が並んでいた。確かテレビで見た、こいつのクラスメイトだった筈だ。

 

「…これは貰うよ。脅しくらいにはなりそうだ」

 

僕にしか聞こえない小声でそう呟いた物間は拳銃を腰元に隠し、デコピンのような動作をする。額に小さな衝撃があるのを最後に、段々と瞼が重くなっていった。

 

 

⭐︎

 

「物間!もしかしてそいつ…」

 

そう言って駆け寄ってきたのは拳藤で、後ろに続いたのは鉄哲だった。どこから持ってきたガスマスクかは知らないが、それを付けてきたという事はこのヴィランを倒しにきたんだろう。

 

「なんだコイツ、寝てるぞ?物間の知り合いか?」

「そいつがヴィランね。殴りたいなら殴っていいよ。あ、起こさないようにね」

「なんだと!?」

 

ぎゃあぎゃあと煩い鉄哲にヴィランを任せて、拳藤に話しかける。というか弁明する。

 

「気付けば居なくなってると思ったら…」

「そこでたまたま出くわしたんだ。大して強くなかったのはラッキーだったよ。鉄哲と拳藤が来るんなら僕が頑張んなくても良かったかもね」

 

実際、僕は《スティール》と《大拳》でヴィランを完封出来た訳だし、この2人なら遅かれ早かれ倒していたかもしれない。ただ、あまり危険な目にはあって欲しくないのも事実だ。

 

拳藤がため息をついた。

 

「はぁ…アンタは…とりあえず無事で良かった。そのヴィランも先生達に引き渡したいし、一旦森の外に出ないと。今ガス吸っちゃった庄田とレイ子を唯が介抱してくれてるから」

「わかってる。でも一回この辺でみんなを待とう。待機だ」

「待機って…ガスが消えたってわかった他のヴィランが、こっちに向かって来るかもしれないじゃん」

 

「それもそうだけど…正規ルートで森の外に出たところで、ヴィランと戦ってるプッシーキャッツと出くわすだけだ。邪魔になりかねない」

 

今僕らがいるのは肝試しの舞台である森の出入り口付近。つまりA組ペアが出発してすぐ脅かす役割を受け持っていたのが、この物間班である。メンバーは僕と拳藤、鉄哲に加え、小大唯と柳レイ子、庄田二連撃だ。

 

位置関係を説明すると、ここから1番遠いのが“宿舎”である。今現在はA組問題児の補習の為ブラド先生やイレイザーがいる筈で、この宿舎まで行けば安全と言える。

 

宿舎からかなり離れた所で“肝試し準備広場”である。A組が順番に出発する時の待機場所のようなものだ。ここにはプッシーキャッツとA組のペア数組がいるのだが、マンダレイからのテレパスを聞くに2人のヴィランに襲撃されているようだ。

 

そこから比較的近い所が僕らのいる森の出入り口付近。教師と生徒を隔離するには絶好の場所だからこそ、ここが狙われると確信していた。

 

「ってことは…。広場を迂回して宿舎に向かうって事?」

「それが安全だろうね。こっちは6人中2人がダウン。寝てるとは言えヴィランも抱えないといけない。少し人手が欲しい」

「うーん…。それはわかるけど…」

 

さっさとここから離れたいのか、拳藤が唸る。僕は彼女を安心させるようにきっぱりと断言する。

 

「この非常事態だ。みんなで固まって動いた方がいい」

 

我らが物間班はさっきも言った通り森の出入り口に近い。なら、宿舎や広場に向かう時にここを通るのは必然。最大の鬼門だった毒ガスは消えた上にーーー。

 

ここには頼れる拳藤(リーダー)と、ついでに僕がいる。

 

クラスメイトの合流場所としては真っ先に思いつく場所になる筈だ。

 

そんな僕の考えを裏付けるように、背後の草むらがガサリ、と鳴る。拳藤がそれに反応する前に、見知ったクラスメイトが顔を出した。

 

「あ、いたいた。ほらね、言ったじゃん?」

「ケンドー!!よかったデス!」

「切奈!ポニー!」

 

まず姿を現したのは取蔭切奈と角取ポニー。その後ろに凡土固次郎と吹出漫我が不安そうに顔を出す。

 

女子2人への対応は拳藤に任せつつ、僕は男子の方に向かう。

 

「よかったよ、凡土、吹出。4人全員無事みたいだね。流石だよ」

「ん〜。僕らっていうより、切奈のお陰かな。変なガス吸わないようにって指示くれたのも彼女だし。よかったよかった」

 

凡土の言葉に、後ろでうんうん、と頷く吹出。2人の様子から見るに、頼りになる取蔭切奈のお陰でパニックにならずに済んだようだ。

 

「それは何よりだ。向こうに鉄哲と小大、気絶中の庄田と柳がいるからそっちに向かってくれるかい?あとヴィランもいるから…凡土、腕と足を身体にくっつけておいてくれ」

「擬似拘束ね、おっけー」

 

B組出席番号17番、凡土固次郎。黄土色の肌をしており、がっちりとした体格を持つ。1年ヒーロー科の中では最も高身長を誇るが、性格はのんびりとしていて話し方も子どもっぽいのが印象的だ。

そして個性《セメダイン》で、接着剤のような粘着性を持つ液体を出す事が出来る。ヒーローネームは“プラモ”。

 

「じゃあそっちは任せた…取蔭!ちょっといいかい?」

「ん〜?いいよっ。物間にお礼も言いたかったしさ」

「お礼?」

 

拳藤と角取ポニーから離れて、こちらに向かってくる取蔭。ニヤニヤとした顔で近寄る取蔭が首を傾げた。

 

「え?所々に道案内の矢印があったから、助かったって言いたかったんだけど…。あれ?物間じゃないんだ?」

「矢印?何の事だかさっぱり。まぁその話は後にしようか。頼みがある」

「お、なになに?言ってみ?」

 

興味津々、といった表情で先を促す取蔭に、僕は上を指差す。予め木の表面に彫っておいた道標は触れられたくない話題だ。僕としてはシラを切るしかないので、さっさと本題へ移る。

 

「ん?空?」

「そう。“目”だけを切り離して空から様子を見てほしい。さっきからやけに焦げ臭いし、多分どっかでーーー」

「あ、ホントだ。奥の方、結構な大火事っぽい。んーと、青い…炎?」

「青い炎…か。轟の仕業とかじゃ無さそうだな。ヴィラン側にそういう《個性》があるって事か」

 

《トカゲのしっぽ切り》で身体の部位、“目”を切り離して宙に浮かばせる取蔭。森とは言え火事などの目立った状況を把握しやすい。上空から見える情報量は少なくない。

 

「あ、近くに骨抜達いるよ。もうすぐここに着く。塩崎達は見えないなぁ…。木に隠れてこっからじゃ難しそう」

 

今回の肝試しの班分けは僕が予め決めていたものだ。入り口付近には僕達6人が位置していて。

 

その少し奥には取蔭、吹出、凡土、角取の4人グループ。

 

さらに奥には骨抜、円場、泡瀬、回原、鱗の男子5人グループ。

 

そして最後に塩崎、宍田、鎌切、小森の4人グループだ。

 

勿論、僕は肝試しで勝てるようにこのグループ分けにしたのではない。結論から言えば、頼りになるリーダーがいるように編成している。

 

言い換えるならば拳藤班、取蔭班、骨抜班、塩崎班という風に、各班1人だけリーダー性を持つ人物を取り入れている。実際問題、僕1人でバラバラに配置された19人を守り抜くのは難しい。だからこその処置だ。

 

さっきの取蔭班のように頼りになる人間がいるだけで緊急事態でも冷静さを損なわずに済む。取蔭は普段はちゃらんぽらんという言葉が似合うような性格だが、これでも推薦入学者の1人。轟や八百万と肩を並べる人材だ。

 

そしてもうじきここに辿り着くという骨抜班。リーダーである骨抜柔造も同じく推薦入学者。この場所まで撤退する位なら何という事はないだろうと、僕は考えていた。

 

だから、その予想が覆された時は少しだけ驚いた。

 

「悪い物間…!円場と途中で逸れたみたいだ!」

 

話を聞くに、どうやら僕が思ってたよりガスは広範囲に広がっていたようで、骨抜達の元まで届いていたらしい。取蔭同様警戒するように指示した骨抜は、そのまま出入り口付近…僕らのいる場所まで突っ切ろうとした。ガスマスクもなく無我夢中で走っていたのだが、そこで段々とガスが薄まっているのに気付いた。この時僕があのヴィランを倒したのだろう。

 

ガスが無くなってお互いの無事を確認しようと辺りを見回すとーーー。

 

円場だけがいない状況だったと。

 

「話はわかった。きっとどこかでガスを吸い込んで倒れてるんだろう。…うん、大丈夫」

「…物間?」

 

落ち着いて話してくれ、と座らせた骨抜に合わせるように膝をついていた僕はすっと立ち上がる。見上げるような骨抜に、僕は笑いながら告げる。少し離れた所にいるみんなには聞こえない声量で。

 

「ーーー円場は僕が助けに行く」

「な…!?いや、オレも行く。気付いた時にはここが近かったから一旦立ち寄っただけだ。元々オレが助けに行くつもりだった」

 

「駄目だ。骨抜はここに残っててくれ」

「は…!?」

 

僕の言葉に目を丸くする骨抜。そして焦る彼に僕は説得の言葉をつらつらと並べる。

 

「今ここには14人集まってる。この大人数を守り切れるのは骨抜の《柔化》が必要不可欠だ」

「いや、それは駄目だろ。これはオレのミスで起こった。これ以上オレの所為で友だちに迷惑はかけられない」

「ーーー珍しく頭が固いな、骨抜」

 

譲りそうもない骨抜を見下ろしながら、僕は怒りを込めて静かに呟く。

 

「円場の件で責めてる訳じゃない。いつ誰が君の責任だって言った?君が先導しただけで、リーダー的責任を負えなんて誰も言ってないだろう?」

 

僕の言ってる事は間違いではない。自分のミスだと悔やむ骨抜は、あくまで肝試しで脅かす班の一員であり、決して対ヴィランのリーダーではない。何故ならーー。

 

「そもそも、誰もヴィランが来るなんてわからなかったんだ。円場の件は君の所為じゃない」

 

自分で言ってて吐きそうになる言葉だ。それでも僕はこう言わなければいけない。誰にも責任なんて負わせない。誰も傷つけさせない。

 

それが、僕の間違った選択の償いだ。

 

「骨抜。ーーー皆を任せた」

 

ギリギリ納得した様子の骨抜に僕はそう言って、森の奥に足を踏み入れようとする。

 

「ーーー物間!」

「……拳藤」

 

僕を呼び止めたのは拳藤だった。胸元で手をぎゅっと握り、拳藤は口を開いた。

 

「私も行く」

「駄目だ。行くのは僕一人だ」

 

僕ははっきりと、拳藤を拒絶する。彼女がこう言うのはわかっていた。だからこそ即答できた。

 

「ヴィランも1人で倒して…また1人で行くの…?」

 

記憶に新しい昨日の夜。彼女は自分を頼れと言った。1人で解決しようとするな。過保護すぎる態度はやめろ、と。

 

そんな彼女にかける言葉は、きっとどれを選んでも間違いになるんだろう。たった一つの正解は彼女と共に森の奥へ進む事。その行動だ。

 

だけど、その行動だけは出来ない。

 

「……」

 

やっぱり僕は過保護なんだろうな、と再確認する。

 

だって、ヴィランが狙っているのは僕と爆豪だから。僕の側にいるということはヴィランが必ず寄ってくるという訳だ。そんな所に彼女を置いておけるかと言われれば、答えは決まっている。

 

「…塩崎達が来たら宿舎に向かう事。あの人数を纏めきれるのは拳藤しかいない。…あぁ、近くに八百万がいるんだっけ?なら彼女とも合流した方がいい」

 

口から出るのはこじつけにも近い言い訳。それを聞いて拳藤が辛そうに顔を歪める。当然僕も心が痛む。

 

ーーー無理だ。誰も連れて行けない。そして僕は今すぐにでもここから離れないといけない。

 

いつ僕を狙ったヴィランが来るかわからない。やっと集まれたみんなの為にも、僕はここにいてはいけない。

 

僕は拳藤から目を逸らし、今度こそ森の奥へと足を進める。

 

きっと、円場が行方不明になるのも最初から決まっていたんだろう。だからこそ僕は宿舎に向かわず、森の奥へと向かうんだ。

 

そしてヴィランの手によって拉致される。そのバッドエンドが分かっているのにも関わらず、僕は引き返そうとしない。クラスメイトを危険に晒さぬ為に、安全地帯から離れていく。

 

まるで決まった台本をなぞる役者(キャスト)のように、バッドエンドへと向かっていく。

 

その感覚に、思わず鳥肌が立つ。

 

“未来は変えられない”。

 

その言葉の本当の意味を、今初めて理解した。

 



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回収完了

ーーーおかしい。

 

拳藤達から離れて数分。円場を探して森の奥へと進み続けていた僕は足を止める。ヴィラン連合の目的は僕と爆豪の筈なのに、未だ僕の所にヴィランが来ない。それだけ見れば嬉しいことのように思えるが、裏を返せばこの襲撃が終わらないということだ。

 

1人で敵地へと向かう僕の姿はヴィラン連合にとって絶好の鴨だろう。それにも関わらず人の気配もなく、拉致される気配も殆どない。

 

「これは一体…?」

 

木々が連なる森の中、足を止め辺りを見回しながらそう呟いた。ーーーその瞬間。

 

「ダメですよ。ボーッとしちゃ」

「ーーーーッ!」

 

背後から聞こえた声。そこから逃げるように咄嗟に前に転がる。刃物が肩を掠めたようだが、幸い浅かったようで痛みはそれほどない。

 

…誰もいないところから、突然現れた…!?

 

肩に手を当て傷を確認し、膝をついた体勢。そのままヴィランの姿を確認しようと顔を上げる。

 

ーーーが、そこには誰も居なかった。

 

「わぁ。すごい反射神経です。すごいなぁ、綺麗な血だなぁ」

 

っ、また背後…!

 

すぐさま立ち上がり、先程とは違い今度は応戦。聞こえた声目掛けて最速で蹴りを放つ。手応えなし。

 

片足を軸にしていた分不安定になっていた重心が崩される感覚。まずい、転ばされる。バランスを崩しながら腰元の拳銃に触れる。

 

背中を地面にうち仰向けに転がった僕の腹に跨るヴィラン。この状況になってやっと姿を確認する。

 

ベージュ色のセーターを着て、髪型は両サイドに作られたお団子が特徴的な女子。黄色い瞳が嬉しそうに揺らいでいた。口元に付けられた歯の模様のマスクは恐らく毒ガス対策のものだろう。

 

つい先ほどの毒ガス男とは真逆の体勢。僕が圧倒的に不利な状況だ。腰元に隠しておいた拳銃を取り出すも彼女の華奢な左腕が振るわれ拳銃は手元から離れていく。地面を転がる拳銃を回収するチャンスは作れそうにない。

 

「へぇ…マスタード君の拳銃だぁ…。倒されちゃったんだ」

 

そう呟いて首を傾げるヴィランに、僕は顔を歪める。

 

ーーーまずいな、この状況。

 

思っているよりピンチだ。今僕の中にある《個性》はゼロ。手持ちの武器は先程失った空の拳銃と“眠り弾”のみだ。

 

実弾が入っていた拳銃はしっかりと空にしておき、殺傷能力を予めゼロにしている。誤射も怖い上に、人を殺す道具の扱いに関してはヴィランの方が得意な事から、奪われて利用される方が厄介だと思ったからだ。

 

だから拳銃は偽工作(ブラフ)。拳銃を取り出しそれを対処されると同時に、逆の掌に“眠り弾”を仕込ませておいた。こうなると厄介なのは彼女の付けているガスマスクだ。何とかして外させないといけない。

 

兎に角時間稼ぎしつつ誘導させてみるしかない、か。

 

「あれ?貴方、私とどこかで会いました?」

「……。見覚えがあるって話なら、体育祭とかで覚えられたかな」

「…あぁ!思い出しました!リストに合った顔です…物間、物間寧人君、だよね?…あれ?」

「悪いけど、一方的に名前を知られてるのは不快でね。一旦自己紹介を挟まないか?」

 

リストとやらが何を指すかは知らないが、僕のふざけた提案にきょとんと目を丸くするヴィラン。だがそれも一瞬で、すぐさま笑顔を見せる。

 

「トガです!トガヒミコ!よろしくね、寧人君!」

「…話好きならもっと教えてくれないか?そうだな…。君の《個性》についてとか」

「好きなモノは血です!寧人君の血は好みだから持って帰るね!いいよね?」

「いや、だから話を…」

 

僕の血、か。最初に肩を切られた時に回収されたのかもしれないが、今そんな事はどうでもいい。この状況を打破するには…。

 

「ーーーもしかして、消える《個性》だと思ってる?」

「……」

 

トガヒミコは今僕に跨っている体勢だ。距離は必然的に近くなり、僕が彼女に触れることも容易くなる。僕は時間稼ぎの間、何度も《コピー》を試みていたが発動しない。《透過》寄りの消える《個性》ならこの体勢から抜け出せるかもしれないと期待していたが…。

 

トガヒミコは僕の首元にカッターナイフを押し当てながら、顔を僕の耳元に近づけ、囁く。

 

「違うよ。これは技術。相手の目と耳から私の存在を逸らすの。その瞬間息を止めて何も考えず潜み紛れるの」

「…へぇ。それは便利な技術(スキル)だね」

「ふふ、コツを知りたい?」

「そりゃあ勿論」

「いいけど…その代わり、もっと知りたいなぁ。君のコト」

「…参ったな」

 

正直打つ手が思いつかない。目の前のヴィラン、トガヒミコは刃物の扱いに長けているし、その気になれば僕を傷つける事を厭わないだろう。

 

その瞬間。途方に暮れながら呟いた言葉に呼応するように、辺りに轟音が響き渡った。

 

「……?」

 

トガヒミコと顔を見合わせ、お互いが疑問の表情を浮かべる。

 

重く鈍い音が絶え間なく続く。それはまるで巨大な怪獣が森の木々を薙ぎ倒して進んでいるようで。

 

ーーーそして、僕に覆いかぶさるような体勢だったトガヒミコの後ろに、“黒い影”が蠢いたのを見た。ーーーこれは攻撃だ。

 

『ーーーーガアァァァッッ!!!』

「ーーーっどけろ!」

 

トガヒミコを蹴り飛ばし、自由を得た僕もすぐさま跳び退く。その一瞬後、僕とトガが居た空間は黒い影に押しつぶされ、地面が深く抉れる。

 

「んー…痛いのはヤです。寧人君」

 

蹴られた腹をさすりながら、こちらを睨むトガヒミコを横目に、僕は黒い影の主を視界に入れる。

 

「ーーー俺から…離れろ!!」

 

肥大化した自らの個性、《黒影》に呑み込まれつつある常闇踏影の姿を見て、僕は即答する。

 

「ーーー了解!」

 

助けてあげたいが先程の《黒影》の攻撃をモロに受けたら死ぬ危険すらある。ここは一旦退いて態勢を整えーーー。

 

「あれ?私のことは助けたのに、あの人は助けてあげないの?寧人君」

 

いつのまにか隣に居たトガヒミコが僕にそう問う。心臓に悪いから気配を消すな。

 

「あのままだったら僕も巻き添えだったからね。君を助けた訳じゃない。それにーーー」

 

トガヒミコと共に暴走した《黒影》の攻撃を大きく跳んで躱しながら、言葉を続ける。

 

「ーーー万が一死んでたら、常闇も後味悪いだろうし」

 

顔見知りが人殺しなんて笑えない冗談だ。

 

無様にも転がりながら着地した後、やけに無反応なトガヒミコの顔を見て、キョトンとした表情を浮かべている事に気付いた。目で訝しむとニヤッと笑顔を浮かべてきた。

 

「なるほどねぇ。それが君の理由なんだ。もっと知りたいなぁ、君のコト」

「…コイツを抑えてくれたら、たくさん教えてあげるんだけどな」

「協力しろ、ですか?それはヤです。その後2人がかりで倒されちゃうので」

「そりゃ残念ーーーッ!」

 

…なんかさっきから、僕ばっか狙って来てないか…!?

 

再び繰り出された攻撃は横っ跳びして躱し、そのまま木の影に隠れる。トガヒミコは僕とは反対方向に跳んで、距離を離した。

 

「殺されるのはヤだから…バイバイ」

 

トガヒミコはそう言って森の奥へと消えていく。深追いできる状況でもない、諦めるしかないな。

 

「ーーー常闇!しっかりしろ!」

「ーーー物間…か?俺の事はいい!他と合流し、他を救い出せ!…鎮まれ、黒影!!」

 

常闇の苦しそうな声に構わず、《黒影》が僕を狙う。僕はすぐさま走り出してまた別の木の影に隠れる。轟音と共に振り返ると先ほどまであった木がへし折られている。なんて攻撃力…!

 

そのパワーに息を呑んでいた時、《黒影》の黒い爪が僕の頭部を狙ってる事に気付いた。しゃがんで躱したものの、今度は全身を押しつぶすような攻撃。後ろに跳んでそれも避ける。

 

「ーーー防戦一方じゃ埒が明かないな」

 

後ろに跳びながら左手に握っていた《眠り弾》を“指弾”技術で放つ。狙いは本体である常闇踏陰だが、彼に届く前に《黒影》の鋭い爪で弾かれてしまう。くそっ…!

 

と、その時。《黒影》の攻撃の余波で根元を破壊された一本の木が、僕のもとへ傾いている事に遅れて気づいた。体勢を崩してしまっていたのですぐに回避行動に移れそうにない。僕はかなりの痛みを覚悟して目を瞑る。

 

「ーーー大丈夫か、物間」

「あー…えっと、大丈夫。ありがとう」

 

目を開いて状況を理解した僕は、左で3本、右で2本の合計で5本の腕を駆使し木を難なく支えた男に感謝を述べる。

 

「《複製腕》…障子くん、だっけ?助かったよ」

「…お前は名前より先に《個性》が思いつくんだな。まぁいい、動けるな?」

 

僕は頷き、《黒影》の攻撃を障子目蔵と共に躱す。2人並んで回避行動を続けながら、僕は彼に事の詳細を尋ねる。彼は常闇と肝試しペアだった筈だから、何が起きたか知っているだろう。

 

「マンダレイのテレパスでヴィラン襲来、そして交戦禁止を受けすぐに厳戒態勢をとった。直後、背後からヴィランに襲われた。咄嗟に常闇を庇ったが…」

「…!その腕…」

 

僕は障子の一本の右腕の先が切断されている事に気付いた。かなりの切れ味を持つ刃物で襲われたことが窺える。

 

「傷は浅くないが失ったわけじゃない。この腕なら後で複製できるからな。…だがそれでも奴には堪えられなかったのか…抑えていた奴の《個性》が暴走を始めた」

「君の怪我が引き金で、本来の獰猛な性格の《黒影》が暴れ出した、ってことか」

「あぁ。それに恐らく奴の義憤や悔恨が意識の乱れとなって抑えることに集中できていない」

 

なるほどね。トガヒミコではなく僕ばかり狙われた理由がやっと分かった。トガに初撃でつけられた肩の傷。そこから垂れる血に《黒影》は反応していたってことか。

 

「ーーー話はわかった。常闇が抑え切れないなら別の奴が抑え切るしかないな」

「それはそうだが…具体的にはどうするんだ?」

「そりゃまぁ…頼りになるクラスメイトの出番、かな」

「……?」

 

「少しの間、時間稼ぎを頼めるかい?」

 

障子は迷いもなく頷いた。

 

 

⭐︎

 

「こっちだ!!常闇!《黒影》!」

 

障子が声を張り上げ真正面から姿を現したのと同時に、僕は《黒影》の背後に回る。そのまま深呼吸し、口を開き、彼の名前を呼ぶ。

 

ーーー正直、これは計算内だったし計算外でもあった。

 

肝試しの前、僕はあるクラスメイトに特別な指示をしていた。

 

『ーーー自由行動?』

『そうだ。君はどのグループにも属さなくていい。その代わり、ある男に対してアクションを起こして欲しい。ーーー自分の《個性》が言うことを聞かなくなったらかなり肝が冷えると思わないかい?』

『…………』

『あぁいや、君をハブいてるとかじゃないんだ。敵を騙すなら味方からって言うだろ?君には僕らを驚かせるくらい自由に動いて欲しいんだ』

 

ーーー得意だろう?闇に紛れるのは。

 

《黒影》の背中から、クラスメイトが姿を現す。

 

「ーーーすまない。俺の《黒》じゃ抑え切れなかった…!」

「君が謝ることじゃない。何回か動きを鈍らせてくれてるのはなんとなくわかってる。よくやってくれたよーーー黒色」

 

多分、彼がいなければ《黒影》の攻撃をトガヒミコもろともくらっていた。黒色はトガから僕を救う為、丁度いい攻撃になるように調整してくれていた。

 

本当に謝るべきは僕の方だ。黒色支配と常闇踏影の《個性》。2人が組み合わさればB組のメンバーと固めるより強いと思ったから単独行動してもらったが…かなり負担を強いてしまった。

 

黒色支配。個性《黒》ーーー“黒”に溶け込む事が出来る。今回の“個性伸ばし”で溶け込んだ物は動かす事が可能になった。

 

肝試しの夜という時間帯から常闇の《黒影》がかなり強力になる。中途半端にB組と組ませるよりかは安全と考えていたが計算が狂った。

 

膝をつき、荒い呼吸を繰り返している黒色の肩をポンと叩く。

 

「もう大丈夫だ。…僕がいる」

 

黒色の足りない“黒”は僕が補おう。その為の僕の《個性(コピー)》だ。だから、もうひと頑張りしてくれないか?

 

僕の意図を察した黒色は頷き、立ち上がる。肩を並べて足を踏み出しーーー。

 

 

ーーー僕らは《黒影》の闇と同化していく。

 

 

⭐︎

 

ーーーつっかれた…!

 

なんかもう、元気すぎる赤ん坊をあやす感覚だ。じゃじゃ馬すぎて黒色と2人がかりで抑えるのも一苦労だった。身体の痛みは無いものの、精神的に何かがゴリゴリと削れる。

 

どれくらいの時間が立ったかはわからない。荒い息を整えながら、落ち着いた様子の常闇踏陰を見る。

 

一度落ち着いたら問題ないのか、息を整えた常闇は悔しそうに呟いていた。

 

「俺の心が未熟だった。怒りに任せダークシャドウを解き放ってしまった…黒色と物間がいなかったらどうなっていたかわからない…すまない」

 

「闇の深さ…そして俺の怒りが影響されヤツの狂暴性に拍車をかけた。結果収容も出来ぬほどに増長し障子を傷つけてしまった」

 

そんな常闇に、障子と黒色が声をかける。

 

「そういうのは後だ。…とお前なら言うだろうな」

「ヒ…その闇には付き合うな。いつか身を滅ぼすぞ、宿敵」

「障子、黒色…ありがとう」

 

常闇はもう問題ないと判断したのか、障子が僕に問う。

 

「…それで、これからどうするんだ?物間」

 

なぜ僕に聞くのか、という疑問は呑み込む。それに僕に判断を仰ぐなら好都合だ。僕はこれからの方針を告げる。ここからは別行動だ。

 

「常闇を2人で宿舎まで連れ帰ってくれ。僕は1人でこのまま進む」

 

トガヒミコを追うつもりはない。先に片付けるべきなのは円場の救出だ。

 

そう言っても、当然賛同する者はいなかった。真っ先に反対したのは障子だ。

 

「無茶を言うな。お前もかなり消耗している。全員で宿舎に向かった方がいいだろう」

「……ヒ。円場を闇から救い出すならオレも向かうぞ」

 

後に続いて黒色が主張するも、僕は首を横に振る。

 

「これくらい大したことない。…それに、常闇がまた暴走したら黒色の存在が必要になる。山場を超えた今の《黒影》なら、黒色1人で充分だろう?」

「物間。ならこの4人で先に進むのはどうだ?情けない話だが、たとえ暴走しても…お前らがいてくれたらかなりの戦力になると思う」

 

常闇が真剣な表情で新たな提案をしてくる。だが、僕はそれにも首を横に振る。

 

「奥でかなり大規模な火事が起きてる。轟や爆豪と合流するかもしれないってなると、黒色や常闇の《個性》は相性が悪い」

「…戦力にならない、ということか」

 

常闇が悔しそうに俯く。だが、残りの2人は納得していない。

 

当然だ。僕がそれっぽく言い訳しているだけで、この3人から距離を取ろうとしているし、それが正解とは言い難い。だが、僕の近くにいるだけで危険なのだ。《黒影》の強大な力に気付かれ常闇がヴィラン連合のターゲットになる可能性もある。

 

なんて説得しようかーーと。よく回る舌を動かそうとしたその時だった。

 

マンダレイの《テレパス》が脳内に響く。

 

『ーーーA組B組総員!プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!繰り返すーーー』

 

僕らは顔を見合わせる。イレイザーヘッドが僕らに戦闘許可を出した。仮免資格のない未熟者でも《個性》を使うことを認めたという事だ。この非常事態、遅かれ早かれそうなるとは思っていた。 

 

「…?」

 

ここまでは考えていた通りの内容だったが、何故か、無性に嫌な予感がする。なんだ、この感覚は。

 

テレパスが引き続き脳内に響く。

 

『ヴィランの狙いの1つが判明!狙いはーーー』

 

思わず舌打ちをした。まずい。僕が狙われてると目の前の3人に伝わると尚更別行動を取りにくい。最悪のタイミング、絶対反対される。…どうする、逃げるか?

 

そう考え動き出そうとしたが、当然テレパスが言葉を紡ぐ方が早い。

 

『生徒の“かっちゃん”!かっちゃんはなるべく戦闘を避けて!単独では動かないこと!わかった!?かっちゃん!』

 

…え?

 

面白いくらい連呼された“かっちゃん”は気になる。呼び方的に緑谷が関わってることも理解は出来る。だけど理解できない事が一つだけある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

いや、待て。そう決めつけるのはまだ早い。よく思い出せ、考えろ。

 

僕が頼りにしていたのはナイトアイの情報だ。つまりナイトアイが僕に間違った情報を敢えて伝えた?それも一つの可能性だ。

 

そもそも緑谷が聞き出せなかっただけで僕が狙いの可能性も捨て切れない。

 

だが、考えてみれば妙だった。最初に接触したマスタードも先程会ったトガヒミコも、僕を見て意外そうな表情を浮かべていた。誘拐対象にする反応にしては不自然じゃないか?

 

待て、あの時。トガヒミコはなんて言っていた?

 

『ーーーリストにあった顔です』

 

“リスト”。リストって何だ…?あぁくそ、何だ、何かが噛み合わない。

 

…考えるのは後だ。今はとにかく、円場を救けることに集中しよう。

 

なんであれこのテレパスは好都合だ。狙いは僕じゃない事から、円場を救けるだけだから問題ないという言葉は一応信用される。

 

黒色達を渋々納得させ、無理矢理別行動をとる。

 

3人は宿舎へ。僕は森の奥へと足を進める。

 

骨抜がどこで円場と逸れたのかはわからないが、骨抜班担当の場所まで引き返せばどこかで会えるとは思っていた。

 

僕はその道を小走りに、先程の不可解なテレパスに頭を巡らせながら進んでいく。

 

その数分後、思惑通り僕は円場を見つける。やはり途中で毒ガスを吸ってしまったようで気絶していた。

 

そして。

 

その場にいたのは円場だけではなかった。僕の代わりに円場を回収してくれてたのだろう、円場を背負っている轟、普段通りイライラしている爆豪。

 

さらにーーー口元から鋭い刃物を繰り出すヴィラン。

 

「ーーー不用意に突っ込むんじゃねぇ!」

 

爆豪の特攻を妨げつつ、氷結の壁でヴィランの刃から爆豪を守る轟。だが続けて繰り出される刃が氷結を貫通し、爆豪はそれを持ち前の反射神経で躱す。

 

「肉、肉…!駄目だぁ…!だめだだめだゆるせない…!」

「だぁクソ!きめぇな!!」

「一旦下がれ爆豪!さっきの聞こえてたか?お前狙われてんだぞ!」

「クソデクが何かしたなオイ…!戦えっつったり戦うなっつったりよぉ…!?クソどうでもいいんだよ!」

「だからさっさとさがれーーー次来るぞ!」

 

口元から何本もの刃を繰り出し、それで身体を支えて地の利を得ている。空中から雨のように降り注ぐ鋭い刃を、轟は氷結、爆豪は小さな爆破で対応している。あのヴィラン…個性《歯刃》ってところか。あの2人がかなり防戦一方だ。

 

一度木陰に隠れて様子を窺っていたが、その時轟の背後を狙った刃に気付いた。爆豪は先行してるし、轟本人も気付いていない。あのままだと背負っている円場諸共串刺しだ。

 

「…ッ!借りるぞ轟!」

「ーー物間!」

 

僕は全速力で駆け出し、轟の肩を叩き《半冷半燃》を発動する。僕の右足から伝播する氷結で刃を防ぎながら、爆豪に指示を出す。

 

「下がれバカ!君ごと凍らすぞ!」

「ーーー俺に命令するんじゃねぇ!」

 

僕の登場に動揺もせず、そう反抗しつつも《爆破》で僕らの後ろまで下がってくる。よし、あとでいい子いい子してやろう。

 

背後にいる爆豪を守るように、僕と轟が並ぶ。

 

「轟、手加減しなくていい。ーーー同時に行くぞ」

「…!」

 

僕の意図を察した轟は頷き、お互い右脚に力を込める。

 

轟の氷結だけじゃあのヴィランを攻めきれなかったのなら、2人分の氷結で決める…!

 

体育祭で見せた“最大火力の氷結”を、僕と轟が同時に繰り出す。単純計算で2倍。凄まじい氷の圧がヴィランを襲う。

 

ーーーなのに。

 

「肉…足りないなぁ…!もっと、もっと…ぁぁあ!」

 

全ての氷結を砕き、捌き切ったヴィラン…(ヴィラン)ネーム“ムーンフィッシュ”の姿に、僕は思わず顔を顰めた。コイツ、強い…!

 

「何呆けてやがる!さっさと次に備えろや!」

「おい爆豪!ここででけぇ火使って燃え移りでもすりゃ火に囲まれて全員死ぬぞ。わかってるな?」

「喋んな!わぁってら!」

 

勝てない理由の大部分がそれだ。森という状況から火の類の《個性》はどうしても制限されてしまう。かといって氷結だけでは火力不足だとついさっき思い知らされた。

 

「ゆるせなぁ…ぁあ…!ゆるせない…ぃ!」

「ーーーだからボーッとしてんじゃねぇ!何の為に来たんだテメェ!」

 

気付けば爆豪に後ろから首根っこを掴まれ、そのまま引っ張られる。後ろに吹き飛び尻餅をつき、轟と爆豪、そして救ける対象の円場の背中を見上げる。

 

何の為って…そんなの円場を、大事なクラスメイトを助ける為に決まってる。いや、今はそこじゃない。僕がこの戦場に来て、何が出来るかを考えろ。僕がこの場にいる意味は何だ?

 

再び雨のようにムーンフィッシュの刃が僕らを襲う。僕と轟の氷結で自分含め4人を守る。そのまま攻勢に出ようと爆豪が《爆破》で攻撃しようにも無数の歯刃を掻い潜らないといけない。その大立ち回りの過程で恐らく《爆破》が森に引火してしまう。

 

逆に言えば、最短距離かつ最小火力での“爆速ターボ”なら、森に引火せずムーンフィッシュに攻撃出来る。

 

「待て…それなら」

 

「物間!危ねぇぞ!」

「コイツの邪魔すんな半分野郎!どうせくだらねぇ悪知恵があんだよ!」

「いや、くだらねぇなら邪魔するだろ」

「いいから黙ってコイツ守ってろ!」

 

気付けば何やら喧嘩してる様子の2人に、僕は声をかける。

 

「非常に不本意だけど…あのヴィランには力を合わせないと勝てない」

「何不満そうな顔してんだテメェ!思いついたんならさっさと話せや!」

「何か考えがあるのか?物間」

 

いつも通り怒鳴り散らしてくる爆豪と、何故か期待に満ちた表情を浮かべてこちらを見る轟。

 

僕は頷き、作戦を手短に説明する。作戦としては単純だが、難易度はかなり高くなる。けど、この2人になら託せる。

 

「フィニッシュは爆豪。君が決めろ」

「あぁん!?言われなくても決めてやるわ!」

「轟、かなり繊細な調整が必要になる。出来るな?」

「あぁ」

 

「ーーーよし。それじゃあ1年トップ3の力、あのヴィランに見せてやろう」

 

⭐︎

 

隣で、轟が目を瞑って集中している。

 

『爆豪の“爆速ターボ”で止めを指す。僕と轟であのヴィランまでの道を作る。基本はコレだ』

『俺と物間で、か。そうなるとあの刃が厄介じゃねぇか?』

『まぁね。だから体育祭で見せた君の大技…アレを使う。あぁ、名前があるなら後で教えて』

『?でもアレ使うにしても少し時間がかかっちまうし…爆発で森に引火するんじゃねぇか?』

『それなら、程々の威力に抑えればいい。これで邪魔な刃を蹴散らせるだろう?…はは。そんな難しそうな顔をするな』

『右ならともかく、左はそんな繊細な調整出来ねぇぞ…あ』

 

『言っただろ?僕と君であの技をするんだ。調整も時間も大した問題じゃないさ』

 

 

轟が右手を地面に付ける。そしてーーー氷結を通して()()()()()()。僕はそれを肌で感じて、思わず笑みが溢れる。扱いに長けている右側のその冷気の調整は、完璧だった。

 

「“膨冷”ーーー」

 

轟の口から出た言葉に応じるように僕の左半身が燃える。懐かしい感覚、体育祭で味わったあの高揚感が僕を襲う。身体が、熱い。なのに全く悪い気分ではなく…かなり調子が良い。

 

左手を突き出し、冷やされた空気に向かって調整された熱量の炎を放つ。()()()。あの頃は知らなかった技名の続きを引き継ぐ。

 

「ーーー“熱波”!」

 

冷やされた空気が膨張し、爆風を引き起こす。体育祭の時ほどの威力ではないものの、それでいい。それがいい。

 

土煙が僕らの視界を塞ぐ。刃を破壊できたか、道が作れたかはわからない。それに構わず轟は叫んだ。

 

「ーーー行け!」

 

同時に、僕と轟の間を突風が駆け抜ける。僕らの“膨冷熱波”で邪魔な刃を蹴散らしていると確信した爆豪が、爆速ターボで土煙に飛び込んだ。

 

その一瞬後に、僕も“爆速ターボ”で爆豪を追う。こういう時、コピーストックを2つに増やしておいて良かったとしみじみ思う。

 

「ーーーヘマしたらフォローするか」

「あん?なめんなボケ」

 

僕が爆豪に追いついた時には、全てが終わった頃だった。爆豪は気絶したムーンフィッシュを抱えながら、僕を見下ろしている。

 

「…はっや。何したの?」

「あ?その小さい脳ミソで考えろや」

「…痙攣してる?あぁ、至近距離で“閃光弾(スタングレネード)”を撃ったのか。君なりに山火事の心配もしてたんだね」

「……キメェ」

「おいコラ」

 

僕と爆豪はそんな言い合いをしながら轟の元へと戻る。爆豪の手腕を褒めようと思ったがイラついたのでやめた。

 

「…倒したか」

 

安心した様子の轟に笑顔を返し、僕は手を上げる。一瞬首を傾げた轟はすぐに察し、同じように手を上げ僕らはハイタッチを済ませる。

 

「…コイツきめぇ。真似野郎、お前持て」

「…へいへい」

「物間、これからどうする?」

「…狙われてる爆豪は宿舎まで送り届けないとな」

「あ、おい!オレを守るように歩くんじゃねぇ!」

 

茶番を見たって顔をしてる爆豪は僕にムーンフィッシュを投げてくる。僕だってキモいやつは持ちたくないんだけど…。まぁ、仕方ないか。

 

念の為最後の1つの眠り弾をムーンフィッシュの口の中で砕く。これで当分起きないだろう。このヴィランとはもう2度と戦いたくない。そう思うほど強かった。相当な場数踏んでる、それも悪い道で。

 

ハンデがあったとは言え僕と爆豪、轟の3人がかりで何とか倒した相手だ。かなりの強敵と言える。

 

ーーーそんな強敵を倒したからこそ、気が緩んでしまったんだ。

 

「ーーーかっちゃん!」

 

正面から緑谷が走ってくる。それを支えるように両端に梅雨ちゃんと麗日がいて…。よく見たら緑谷の両腕がどす黒く変色している。一体何が、いやそもそも何故ここにいるのかという問いが頭に浮かぶ。

 

その頭の中での問いは、緑谷の焦った声にかき消された。

 

「ーーー()()()!かっちゃん!」

 

 

 

正直、少し考えればわかることだった。今日だけで何度も戦いに身を投じた疲れと、強敵を倒したという気の緩みがこの最悪の事態を引き起こした。

 

最初に轟と同時に放った大氷結と、さっきの“膨冷熱波”に“ゼロ距離閃光弾”。

 

ーーーあれだけ派手な戦いをしておいて、ヴィランが来ないはずが無いのに。

 

迂闊な自分を悔やみながら振り向く。僕の後ろに居たはずの爆豪は忽然と姿を消し、入れ替わるように姿を現した人物がニヤリと笑う。

 

「ーーー()()()()()()()。これより帰還する」

 

ヴィランの言葉が言い終わる前に、僕と轟は同時に氷結を繰り出す。

 

ーーー手応えは無かった。



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条件は同じ

「おっと危ねぇ。さすが雄英生。躊躇無くその威力を放つかよ?」

 

声がした方向を見上げ、ヴィランの姿を確認する。黒い目出し帽、白い仮面、キザなシルクハット。顔は見えないけど…声色と背丈からして男だろう。

 

悠々と木の細長い枝に降り立つヴィランは、小さなビー玉を一瞬見せ、さりげない動作でコートの右ポケットに入れた。

 

「ーーーかっちゃん!」

「彼なら俺のマジックで貰っちゃったよ。こいつはヒーロー側にいるべき人材じゃあねぇ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」

「返せ!!連れてくなよこの野郎!」

「…緑谷、落ち着け」

「ーーー梅雨ちゃん、こいつ持って出来るだけあのヴィランから離れてくれ」

 

荒い口調で叫ぶ緑谷を、轟が諫める。僕は背負っていたムーンフィッシュを、満身創痍の緑谷を支えている梅雨ちゃんに渡す。

 

「ふむ。ムーンフィッシュの回収は難しいか…ん?…なるほど、計画は狂ったのか」

 

ヴィランは僕を見ながら首を傾げた。が、すぐに僕らに背を向けて木々を軽やかに移動していく。

 

「まぁ本命は回収したから良しとしよう。ーーーそれでは、お後がよろしいようで」

「ーーー追うぞ!麗日、こいつ頼む!」

「あ、うん!」

 

背負っていた円場を麗日に任せた轟が先陣を切り、爆豪を攫ったヴィランの後ろ姿を追う。

 

最後尾に緑谷、その両端に梅雨ちゃん、麗日がいて僕、轟の順で必死に足を動かすも、距離は離されていく一方だ。

 

僕はその状況に歯軋りしながら、あのヴィランの言葉が引っかかっていた。“回収完了”。つまりヴィラン連合の目的は爆豪1人だったということだ。

けど、先程の妙な態度…僕がここにいる事を意外に思う視線。本命は爆豪だったが、僕にはまた別の目的があった?

 

くそ。わからない。

 

「くそ…障子君がいれば…!」

 

緑谷の悔しそうな呟きを聞き、僕は振り返る。両腕が変色し、意識がはっきりしてるかも怪しい危険な状態。《ワン・フォー・オール》の反動でこの状態になってしまった事はすぐに察せる。

 

彼にどんな戦いがあったかは知らないが、戦い方を想像するだけで痛々しく、顔を顰めてしまう。僕はその姿から目を逸らし隣の梅雨ちゃんに声をかける。

 

「…梅雨ちゃん。あのヴィランの《個性》が何かわかる?」

 

僕と轟が振り返った時には爆豪は奪われていたが、その一部始終を彼女は見ていた筈だ。

 

「爆豪ちゃんの肩に触った一瞬後には、あのビー玉になってたわ。消えたと勘違いする程、一瞬で」

 

「ーーーわかった。これから《爆破》であのヴィランを追う。轟、あとは任せた」

 

ヴィランの《個性》を把握した僕は掌での小さな爆破を確認しながらそう告げる。あと1分少しってところか。

 

「な…!?物間くん、《爆破》があるならもっと早く…!」

「言っとくけど出し惜しみしてた訳じゃない。勝つ算段が出来たから今行くんだ」

「なら僕も…麗日さん、僕を《無重力》で…!」

 

「ーーー駄目だ。連れて行けない」

「…!」

「ふ、2人とも…?」

 

緑谷がキッと僕を睨みつけるが、僕は真正面から睨み返す。僕と緑谷の間で流れた剣呑な雰囲気に、麗日がオロオロと慌てる。

 

「そもそも1人で行った方がいいし、今の君なら尚更無理だ」

「なんで…ッ!僕が未熟だからかよ!また君はそうやって…!」

 

痛みでハイになってるんだろう。あの夜を思い出したのか、怒鳴るように抗議する緑谷に僕ははっきりと告げる。

 

「そうだ。その消耗した身体で、何が出来るんだい?今の君に誰かを安心させるような力はない。諦めて宿舎まで引き返した方がいい」

 

「かっちゃんが拐われてるって時に僕だけそんな事ーーーッ!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

僕は足を止め、緑谷の胸ぐらを掴む。

 

「ーーー君だからこそ安全地帯にいるべきじゃないのか!?」

 

この非常事態にこんな事してる場合じゃないのはわかってる。それでも言わないといけないと思った。誰かが言わないと、この馬鹿は自分が如何に恵まれてるかわからない。

 

轟も梅雨ちゃんも麗日も走るのをやめた僕らを見て茫然とする。

 

「その身体で…ッ!死ぬ寸前まで身を削って!君は自分の存在がどんなに貴重かわかっているのか!?」

 

あえて《個性》ではなく存在という言葉に言い換える。まぁ、どんなに誤魔化したところで怪しまれてしまうだろうけど。

 

僕らの間で伝われば充分だ。

 

()()にどれだけの想いが込められてると思ってる!託されてるんだよ…!もう君だけの夢じゃないんだ!考えナシの行動はよせ!」

 

「そんな事言ったら…僕は何も出来ないじゃないか!」

 

「君はもう()()()ヒーローの立場じゃない…!君が死んだらこれまでの何もかもが()()()!ナイトアイの悲願も一生叶わない!あの人がどれだけ必死になって…!」

「…ッ!」

 

君は周囲に恵まれて、特別にしてもらった存在だろう…!

 

何も死に限った話じゃない。彼がヴィラン連合に拉致され、《ワン・フォー・オール》がヴィランの手に渡った瞬間ゲームオーバーだ。

 

そう、僕が恐れてるのはナイトアイの夢…“オールマイトを救う”事が不可能になること。緑谷がいくら怪我しようと、命を危険に晒そうと、彼の個性が《ワン・フォー・オール》じゃないならどうでもよかった。

 

彼が綱渡りな行動をするたびに、僕は肝を冷やす。だからこそ昨日発信器をつけたりと気にかけていた。

 

「落ち着け物間!何があったかはわかんねぇけど…今はそれどころじゃねぇだろ。とにかく手ェ離せ」

 

「ーーー轟、みんなを任せた」

 

もう《爆破》の残り時間も少ない。今すぐにでも追わないと間に合わないだろう。

 

僕は“爆速ターボ”をイメージしながら、先程のヴィランの《個性》を思い出す。

 

今僕の中には残り僅かとなった《爆破》と《半冷半燃》がある。5分間という制限はかなり不便だが、“個性伸ばし”でも長くならなかった事からこれはずっと5分なんだろう。

 

《爆破》と《半冷半燃》。両方ともかなり強力な《個性》だが、あのヴィランに対抗するには“ある《個性》”が欲しい。

 

僕はこの場にいる面々を確認する。

緑谷、轟、梅雨ちゃん、麗日。4人の顔を見た後、僕は新しい《個性》に手を伸ばしたーーー。

 

 

⭐︎

 

掌が熱い。絶え間なく《爆破》を発動させながら空中を飛び続ける。ある程度の高度になったら体勢を変えて空を泳ぐように移動する。

 

当然簡単な話じゃない。右手と左手の爆破の加減をうまくやらないと、バランス崩す可能性があるし、この高さでそれをミスった時はちょっと怖い。

 

その恐怖心は感じつつも、更にスピードを上げていく。たまに利き腕に力が入りすぎることもあるが、身体を捻りながら調整する。

 

そのまま空を駆け続け、僕はその後ろ姿を見つける。間に合った…!

 

「ーーー返せ!」

「…ん?」

 

僕は敢えて声を張り上げ、お目当てのヴィランーーー(ヴィラン)ネーム、Mr.コンプレスに僕の存在を気付かせる。心なしか嬉しそうにコンプレスが笑う。

 

「…ほう。意外と大したことないと思っていたが…。さぁヒーロー、友達を救け出せるかな?」

「…上等!」

 

その挑発に乗っかり、僕は更に距離を詰める。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

Mr.コンプレスの個性…触れた物体を小さなビー玉に変える…《圧縮》と言ったところだろう。物や人を運ぶのに便利で、誘拐や拉致に関して言えば文句のつけようのない適した個性。

 

触れられた時点でゲームオーバー。

 

 

 

 

 

 

ーーー()()()()()()()()

 

ここからは一つのミスも許されない。

 

 

 

 

 

 

《爆破》の勢いのまま僕はMr.コンプレスとの距離を詰める。その愚直な接近にコンプレスは笑った。

 

「おいおい、それは悪手じゃないか?ーーーこの程度かよ、雄英生」

 

コンプレスの言う事は正しかった。彼の《個性》を前もって知っていて尚、不用意に接近を続けるのは愚かと言わざるを得ない。

 

「…………」

 

だけど僕は無言で接近を続ける。

 

空中で迎え撃つようなコンプレスとの距離が更に近付きーーーついに腕一本分の距離となる。

 

コンプレスも仮面の中で笑っているようだが、少し声に緊張が含まれている。その事から僕の《コピー》を警戒している事もわかった。

 

それを確認しながら、一瞬お互いを警戒して硬直する。

 

 

ーーー先に動いたのは僕だった。

 

左手の《爆破》で空中性能をなんとか維持しつつ、右掌で意識を集中させる。

 

「“閃光弾(スタングレネード)”!」

「ーーーッ!?」

 

《爆破》の応用技、“閃光弾”で目眩しをした後、僕の右腕がついにMr.コンプレスへ向かう。

 

慎重に、けれど的確に、コンプレスのコートの右ポケット目掛けて。

僕は見ていた。このヴィランに後れを取ったあの時、小さなビー玉をコートの右ポケットに入れている所を。

 

しかしーーー。

 

「ーーー残念だが、そこに君のオトモダチはいない」

「ーーーッ!!」

 

躱された。

 

伸ばした僕の右腕は空を切り、視界には自身の仮面を片手で外し、素顔を見せたMr.コンプレスの姿が映る。そしてーーー。

 

「《コピー》での勝ち筋と()()()()()()()()から奪い返す。2つの勝ち筋を追ったようだがーーーそれは欲張りってヤツじゃないか?」

 

出した舌の先には、薄い青の小さなビー玉が乗っかっていた。

 

コンプレスは笑った。

 

「“クセ”だよ。マジックの基本でね、物を見せびらかす時ってのはーーー()()()()()()()()()()()だぜ?」

 

空を切り無防備な僕の右腕を見て、Mr.コンプレスは笑みを深めた。

 

コンプレスの右掌が僕の腕へと近づいて行き、僕はそれに抵抗しない。

 

あと一秒でコンプレスが僕の腕に触れ、《圧縮》が発動されるーーーその時。

 

 

 

 

 

ーーー嬉しいか?Mr.コンプレス。

 

僕は笑った。

 

ーーー嬉しいだろうな。敢えて見せびらかした偽工作(ブラフ)に、まんまと引っかかってきた雑魚が目の前にいたら。

 

マジシャンがマジックで観客を騙すように、自分が“欺いてやった”快感に襲われている事だろう。

 

ーーーわかるよ。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

Mr.コンプレスが《圧縮》を発動させーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()が小さなビー玉となる。

 

「ーーーな…!?」

 

形勢逆転。《圧縮》に失敗したMr.コンプレスの右腕を、僕は左手で掴む。()()()

 

「ーーー奇遇だね。僕にも同じ“クセ”があるんだ」

 

“見せびらかす時は、見せたくない物がある”。Mr.コンプレスの言葉を借りながら、僕は《圧縮》をイメージする。

 

「ーーー《圧縮》」

 

その一瞬後には、僕の手には一つのビー玉が握られていた。僕の勝ちだ。

 

あの時、Mr.コンプレスが右ポケットに爆豪を仕舞ったのは偽工作(ブラフ)だとすぐに分かった。それはきっと僕のマジシャンとしての“技術”のお陰かもしれないし、そもそもその方面は僕の得意分野だからかもしれない。

 

触れられるだけでゲームオーバー。騙し合い。

 

これらを武器にするMr.コンプレスにとって、僕という存在は天敵だろう。

 

ーーーそんな事を考えながら、空中にいた僕は落下していく。

 

残り時間殆どゼロだった《爆破》を捨て、《圧縮》をコピーしたからだ。当然空中性能は落ちる。

 

今僕の中には宿っている《個性》は2つ。

 

《圧縮》、そしてーーー《空気凝固》だ。

 

“爆速ターボ”で追いかける前。

 

コンプレスが僕に触れるより早く、僕が触れて《圧縮》で動きを封じる。僕はずっとこの勝ち筋を思い描いていた。

 

…では、どうやって?

 

一歩間違えれば僕が《圧縮》されて爆豪と共に連れ去られる危険がある。

むしろーーー《予知》の結果から逆算すればそうなる事が確定している。

 

どうすれば、どの《個性》があればMr.コンプレスに勝てる?それを考えた結果、敢えて右腕を囮にして、その隙を突くという作戦が思い浮かんだ。

 

そしてその無防備な右腕をどうやって守るかを考える。

 

答えはすぐに出た。

 

轟が麗日に預けた、僕がここまで救けにきた理由でもあるクラスメイト。

 

B組出席番号12番、円場硬成(つぶらばこうせい)。個性ーーー《空気凝固》。吹き出した空気を固めて透明の壁を作り出し、肺活量に応じて大きさが決まる。

 

僕はこの《個性》でMr.コンプレスに空気の壁を《圧縮》させた。悟られないよう伸ばした右腕の周囲に《空気凝固》を発動させ、コンプレスの圧縮を防いだ。

 

ーーー救けるつもりが救けられたな、円場には。

 

そんな事を心中でぼやきつつ、落下した身体が地面に近づいて行く。身体を捻って少し移動し、細めの木の枝に腕を伸ばす。自身を《圧縮》して着地すればなんとかなるかもしれないが、自分に《個性》を発動させるほど“深く”関わると“同調”が発生するかもしれない。この状況でMr.コンプレスの過去を視るのは得策ではないのでやめておく。

 

掴んだ木の枝は当然折れるが、ほんの少しだけ落下速度を軽減できた。あとは《空気凝固》で更に軽減してーーー。

 

「ーーー()ったぁ…!」

 

結果。かなり痛い程度の着地で済ませる事が出来た。まぁ結局痛いんだけど。

足や腕は折れてない。打撲はあるかもだけど大して気にならないなら無いも同然。

 

あとは《圧縮》の解ける5分以内に、宿舎まで戻る。これを成し遂げれば僕ら雄英の勝ちとなる。

 

そう自身の状態と今後の方針を確認して、顔を上げる。

 

 

僕を喰い殺すような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーー()け戦が始まった。

 

⭐︎

 

時間は約5分前。場所は“広場を迂回した宿舎までの道の途中”。

 

黒色支配、円場硬成、物間寧人の3人を除いた1年B組の殆どが地に伏している光景を、拳藤一佳は見ていた。

 

「骨抜…!」

 

気絶した鉄哲を抱えながら、同様に意識を失っている骨抜柔造の状態を確認する。肩と背中に深い切り傷を負って、かなりの血が出ている。疑いようもなく重傷だ。思わず息を呑んだ。

 

はやく、病院、にーーー。

 

途端、膝から力が抜けて行く。肩を貸していた鉄哲と共に、身体が地面と衝突しうつ伏せに倒れる。

 

頭から流れ出る血が片目に入りそうだったので目を瞑る。どうやら自分も出血しすぎたようだと察した。

 

抗うことのできないほどの瞼の重さを感じながら、自分を、そしてクラスメイトを痛めつけた元凶を見る。

 

「……?」

 

何故か森の奥へと引き返したヴィランの背中を見ながら、瞼が完全に落ちる。

 

「泡瀬さん…!これを…!」

 

意識を手放す直前、友達のそんな声が聞こえた気がした。

 



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木々が蒼い炎でパチパチと燃える中、その音に混じって話し声が聞こえる。人数は…3人。

 

「コイツ知ってるぜ!誰だ!?」

「寧人君です。彼、とっても綺麗な血です」

「え、知り合い!?俺も知ってる!」

「喋ってないで取り囲め。逃げられンぞ」

「今燃えカスにした所だろうが!弱いっつーのお前!」

「馬鹿言うな。ーーー効いてねェよ」

 

咄嗟に《空気凝固》で造った壁で炎を防ぎ切る。その事を確認した僕はやっと辺りを見回して状況を確認した。

 

「トゥワイス、トガ。お前らは退路を断て」

「荼毘君は何もしないんですか?サボりですか?」

「よくないぜサボり!許す!」

「《圧縮》持ちの奴に近づけねェだろ?オレの出番だ」

 

目の前にいる黒髪の男ーーー荼毘が両手を僕目掛けてかざす。全身…特に顔には変色した皮膚が移植されたような痛々しい姿に少し顔を顰めた。そんな僕とは対照的に荼毘本人は笑顔だった。思わず鳥肌が立つほどに。

 

「ーーーッ!」

 

再び蒼い炎が僕を襲う。すぐさま造った空気の壁で微妙に軌道をずらして受け流しつつ、僕は荼毘に向かって走り出した。

 

跳躍。

 

遠くに息を飛ばすように両手を口元に移動させ、《空気凝固》を発動させる。イメージは、空気の箱…!荼毘を箱の中に閉じ込めるように空気を固める技…!

 

「ーーー“エアプリズン”!」

「ーーー意味ねェよ」

 

熱が、空気の箱を()()()()()()。空気とは言っても《個性》で物質化したもの。どんなに個性伸ばしで硬度を高めても、物質ごと溶かされてたら確かに意味はない。

 

僕の《圧縮》を警戒してか炎を放ちながら距離を取ろうとする荼毘。僕は蒼い炎を後ろに飛んで躱したので荼毘の思惑通り距離が空いてしまう。

 

僕と荼毘は一瞬、視線を交わす。

 

そして気付けば、攻防の間に逃げ場を塞ぐように火の手が回っていた。木々が連鎖するように燃え続け、炎の渦のように囲まれていた。

 

「ーーーったく、最後の最後に一仕事増やしやがって…メンドクセェなぁ」

 

再び遠距離から攻撃を続ける荼毘と、それを《空気凝固》で何とか躱す僕。それを数回繰り返し、荼毘は時間稼ぎをしていると気付く。

 

僕が《圧縮》を《コピー》した事で、物間寧人という存在はかなり厄介になっている。トガヒミコもトゥワイスとやらも手出しが出来ず、攻め手が荼毘の炎しかないのだ。

 

裏を返せば《圧縮》が無ければどうという事はない。《圧縮》がなくなるその頃には《空気凝固》も無くなっている。ただの無個性をゆっくり仕留めればいい。

 

「くそ…!」

 

思わず呟きが漏れる。荼毘、トゥワイス、トガヒミコの包囲網を潜り抜けるのはかなり困難だ。トガヒミコから投擲されたナイフを《空気凝固》で造った壁で防ぐ。足元を這うように繰り出された炎は一旦真上に跳び、空気を固めた地面に着地し凌ぐ。(はた)から見れば空中に座っているようなものだ。

 

躱し切った僕は反撃に移る。《空気凝固》で造られた空気の塊を《圧縮》。小さなビー玉を指弾で放ち、トガヒミコの頭上で解除する。

 

「ーーグえっ!?」

 

頭に大きな透明のガラスが降ってきたような感覚を受けるトガヒミコ。硬度もなかなかの分、重さもある程度ある。痛そうだ。

 

「ーーー器用だなァ。使いこなしてやがる」

「そりゃどうーーーも!」

 

放たれた蒼い炎を空気の壁で軌道をずらし、続けて放たれた分は自身が横っ跳びして難を逃れる。確かに防戦一方とはいえど戦えてはいる。だが、懸念はあった。

 

そろそろ《空気凝固》が切れる時間。そうなったら炎を防ぎ切れない。

 

どうする。どうする…!?

 

 

 

ガサリ、と後ろの草むらが動いた音を聞いた。

 

「……?」

 

 

 

当然僕はその音に反応して、振り向き、その姿を見た。

 

「ーーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

別に誰かに操られてるとか、そういう話じゃない。自分の意志で、脳が、“何か”が。

 

コイツは危険だと警報を告げていた。

 

マズい、マズいマズいマズいマズいーーーー!!!

 

目の前にいた荼毘も、視界の端で捉えていたトガヒミコもトゥワイスも無視して、“それ”目掛けて駆け出した。

 

「ほう…」

「なんだぁ!?」

 

感心するような荼毘の声も、困惑したようなトゥワイスの声も気にならない。ただその危険な存在に対する恐怖が僕の頭を占めた。

 

いや、正しく言うならば。

 

かつてないほどの“嫌悪感”を感じたからこそ恐怖を覚えた。この嫌悪感を僕は知っている。緑谷出久、オールマイト。この2人に対して感じた事のある感覚だ。

 

 

 

ーーーコイツは危険だ。早く《圧縮》で…!

 

 

と、無我夢中に、そして()()()()()()()()腕を、ガシッと掴まれる。背中から蜘蛛のように生え出ている6本の腕ーーーその内の一つが、僕の右腕を掴み、握り潰した。骨が砕ける音、というのを初めて聞いた。

 

「ーーーーーは?」

 

瞬間、駆け巡る痛みに耐えられず僕は崩れ落ちる。目を見開き、息を止めながら左手で右肘に触れ、繋がってることを確認する。だが、それに安堵してる暇なんてある訳が無かった。 

 

「ーーーぁ、」

 

地面に崩れ落ち、見上げた先にあるのは異形の生物の、剥き出しになった脳。痛みでのたうちまわる僕の頭をがっしりと掴む()()に、僕は恐怖を覚える。リンゴのように頭を握り潰されるイメージが過ぎった。

 

そして。

 

 

脳無の指先から放たれた“赤黒い針”が、僕の頭を貫いた。

 

 

 

 

本能でわかる。Mr.コンプレスの天敵が物間寧人のように。

 

僕の天敵はこの“脳無”だと。

 

「ヴ、ァ」

 

それを理解した時。脳無が何か、言葉とは到底言えない何かを喋る。

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

「ーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

僕の脳内に、膨大な情報が流れ込んで来る。脳が焼き切れるかと思うほどのスピードで処理しようとするも全く間に合わない。

 

僕の叫び声が森の中に響き渡るのを気にする暇も無くーーーいや、そもそも何も考えていなかったのかもしれない。莫大な情報量が、僕自身の思考力を奪っていく。

 

やめろ、やめてくれ。

 

そんな懇願の言葉も意味を成さず、僕の脳が悲鳴をあげ続ける。そうやって処理していく間に、僕は流れ込んでくる情報が何なのかを理解していく。いや、させられていく。

 

これはーーー“記憶”だ。

 

 

ガタイの良かったパワフルな男性の()()。妻と平凡に暮らしていた老人の()()。警察官として働いていた女性の()()。または、チェーンソーなどを得意にしていたヴィランの()()

 

こんな記憶なんて知らない。けどこの感覚は知っている。これまで何度かあったーーー“同調(シンクロ)過去視(リコール)”。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ある時は3人同時に、ある時は男の人生を視ていると思ったら突如ヴィランの人生に切り替わる。ここまでされたら誰だってわかる。

ぐちゃぐちゃだ。複数の《個性》が不規則に混ぜられた事で、“同調”も安定していない。

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

僕は人目も気にせず、いや、そんなもの気にかけている余裕なんて無く絶叫する。先程の脳無のように言葉になっていないかもしれない。それでもそうしなければ耐えられない。

 

いや、そもそも僕は耐えてなどいなかった。

 

許容上限を超えている。僕のコピーストックが2つのように。《個性》が人生と同じというならば、僕の2つ分の器で、この脳無(4人)の人生を受け止め切れる筈も無かった。

 

改人脳無。複数の個性とDNAを組み合わせて造られた化物。僕は今、その根本に触れている。

 

無作為に、暴力的に、脳を破壊するように、僕という(コップ)を超えた量の(記憶)が流れ込んで来る。僕の心を破壊していく。

 

「ーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

「…実験動物(モルモット)リストNo.2、物間寧人。死柄木の先生とやら専用のリストだ」

 

後ろで誰かが喋っている。けどそんな事に構っている余裕は無い。僕は叫び、発狂し続けながら老人の記憶を視ていた。

 

その記憶の中で、老人の《個性》の詳細を知った。今僕の頭を貫いている、赤黒い針。

 

ーーー《個性強制発動》。

 

「コレは俺の指示に従う俺仕様の“脳無”なんだがーーーお前専用でもあるらしいぜ?物間寧人」

 

場面は移り変わる。時期は飛び飛びとは言え、その変化していく四季や状況を把握するためにも脳の処理を必要とする。いや、もはや脳の処理はとっくのとうに追いついていない。ただ廃人のように見せられているだけだ。

 

「先生とやらがお前の為に造った特別な奴でな。本来ならコイツがお前を探してこの“実験”をする予定だったんだがーーー」

 

ーーーそして1人の人生が、終わりを迎える。

 

その事実に、その感覚にこれまでにない衝撃が走る。後ろから聞こえる誰かの声も理解することなく、気付けば僕は嘔吐していた。

 

死んだ。1人の人間だった男の記憶が終わった。不幸にも誰かに殺されたようだった。まるで自分が殺されたかのような感覚を確かに味わい、それに反応する間も無くまた()()()()()()

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「お前を見つけられなかったんだろう。見る限り、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

次に終わりを迎えたのは警察官として働いていた女性だった。何者かに後ろから刃物で刺された様子を視る。思わず目を背けたくなる光景だったが、目を背けた所で脳に入り込む記憶は拒否出来ない。刃物で致命傷を負ったものの息はあった女性は、近くの病院に運ばれた。けれど間もなく息を引き取った。

 

苦しい、悲しい。なんで彼女が、僕がこんな目に…!

 

「ーーーこの実験動物リストは先生の趣味らしくてな。無理してお前を拐う必要はねェんだが…」

「弔くん言ってましたよね?先生の為にも連れて来いって」

「だりィなァ。ーーーとりあえず黙らすか。…燃やせばいいのか?」

「荼毘くん。寧人君を脳無しくんから解放すればいいのでは?なんでも焼けばいいってもんじゃないです」

「あぁ…。触れた者の《個性》を発動させるんだっけな。脳無、離せ」

 

僕の頭を掴んでいた脳無の掌が離れ、僕は膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れる。

 

“同調”が終わった。

 

だがまだ残っている。頭の中に入り込んでくる処理し切れていなかった分の記憶が、僕の精神を更にすり減らしていく。死に向かっていく人生が脳内に流れ込んでくる。

 

「ーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

けど、無限かと思われた地獄に終わりが見えた事で、僕は別の事を考える余裕がほんの少しだけ出来た。

 

 

 

 

改人脳無の姿を、僕は朦朧とする意識の中でもう一度確認する。そして、悟ってしまう。あの言葉の意味を。

 

 

『ーーーくだらねぇ邪魔も入ったようだしな』

 

 

脳無の肩につけられた不自然な切り傷。それはナイフなどの刃物ではない、寧ろトゲの付いた細長い何かを押し付けられた跡のようにも思える。

 

ーーー塩崎茨の《ツル》。

 

脳無の足元に付着した、粘着性のある液体。今は乾燥して固まったようだが、そのボンドのような液体には見覚えがあった。

 

ーーー凡土固次郎の《ボンド》。

 

硬い皮膚は貫通するのには至らなかったものの、脳無の膝付近についたその独特な傷痕を見慣れた僕にはすぐわかる。

 

ーーー回原旋の《ドリル》。

 

それは紛れもない、彼らが戦ったという痕跡だった。

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーー!!」

 

ーーーだからこそ僕は絶望した。

 

巻き込んでしまった償いとして、ヴィランから遠ざけようと必死だった。襲撃されるのを知っていたから、罪悪感に耐え忍び、警戒を怠らなかった…!

 

その決意も、これまでの努力も、全て無に帰していた事を悟った。そして、今まで目を背けてきた事実に気付かされる。

 

円場を救けるつもりがMr.コンプレスの戦いでは彼に頼り。

皆を救けるつもりが、結局はヴィランとの戦いに巻き込んでしまっている。

 

それどころかどうだ。僕の脅威だった改人脳無を過程はどうあれ結果的に足止めしてくれていたことになる。

 

結局、()()()()()()()()()()()()()

 

ナイトアイの《予知》でこの襲撃を知り。

拳藤の《大拳》と鉄哲の《スティール》でマスタードを倒し。

轟の《半冷半燃》と爆豪の《爆破》でムーンフィッシュを追い詰め。

円場の《空気凝固》でMr.コンプレスを欺いた。

 

唯一、無個性で挑んだトガヒミコにはなすすべなく敗北し、常闇の《黒影》と黒色の《黒》に救けられる始末。

 

皆を救ける為1人で行動してきた自分を否定するには充分だ。

 

僕が救けていたんじゃない。僕が救けられていた。そんな事に今更ながら気付く。

 

「ーーーーーーーーーー!!!」

 

気付けば僕は泣いていた。“同調”の苦しみのせいなのか、無力を嘆いた涙なのかは、今となってはわからない。

 

ーーー君はスーパーヒーローにはなれないよ。

 

なれる訳がなかった。所詮僕はこの程度の人間だった。特別じゃなかった。本物じゃなかった。

 

結局、1人では、何も出来ないんだ。

 

…あぁ。

 

“同調”は粗方終わった。それでも僕は叫び続けた。涙を流しながら、喉が潰れる程の声量で。そうでもしないと狂ってしまいそうだ。

 

「ーーーったく、うるせェな」

 

一瞬、蒼い炎が視界を覆う。顔を燃やされたと遅れて理解した。痛い、熱い、などと感じる間もなく、僕は意識を失いかける。

 

「ーーーーァ」

 

僕の叫び声は、もはや声になっていない。

 

喉を焼かれた、のか。なら喉だけ焼いてくれればいいのに。いや、そんな面倒くさい温情をかけてくれる筈もないか。にしても器用だなぁ、と気付けば感心していた。

 

骨を砕かれたり、顔を灼かれたり。散々な目に合っているな、と笑う。まぁ、実際に笑える身体じゃないんだけど。

 

いや、もう、どうでもいいか。

 

そんな事を意識を手放す直前、ぼんやりと考えながら。

 

 

 

 

『ーーー立て、焦凍』

 

 

 

 

「………?」

 

その時、無意識に思い出されていく記憶がある気がした。限界を超えた筈の脳が、これだけは思い出せと叫んでいた。

 

自分で使ったことがあって、自分で体感した(燃やされた)からこそわかる、僕にしか出来ない事が。

 

『ーーーは惜しかった。俺以上の火力を備えているのに、冷の体質を持ってしまって…。あいつは惜しかった』

 

体育祭で視せてくれた記憶を思い出す。…あぁ、本当だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「で、この寧人君はどうします?火傷した寧人君はカッコいいので、トガ的には持って帰りたいです」

「トガちゃんがそう言うならコイツは、ここに捨ててこうぜ!」

「うるせェな。リーダー権限で俺が決めーーー」

 

 

 

 

 

「ーーーーャ」

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあ?」

 

目の前では、荼毘が面白いくらい間抜けな顔を浮かべていた。焦げた顔で、僕は口角を上げたつもりだが、出来たかどうかは自信ない。

 

喉がうまく機能しなくて、言葉にならない。それでも、僕はある名前を呼んだ。無意識に、子不孝な父親を思い浮かべながら。真似しながら。

 

「ーーーオイオイオイオイ。何だ?お前」

「どうしたよ荼毘!コイツ何か喋ってたか!?」

 

ぼやけた視界で確認する。荼毘が真顔で、少しだけ怒りを含んだ表情で僕を見下ろしていた。

 

「あン?何も聞こえてねェが…。こいつの顔が一瞬、イカれる程ムカつく野郎の顔に見えたんだよ」

「なるほど!そっくりさんだな!」

「誰ですか?そのムカつく野郎って」

 

トガの問いに、荼毘は答えた。表情は、ぼやけた視界ではよく見えなかった。

 

「ーーーさァな。とっくのとうに忘れたよ」

 

雄英ジャージのポケットを探られる感覚。《圧縮》されたコンプレスと爆豪を僕から奪った荼毘。その姿を最後に、僕は意識を失った。

 

そこから後の会話を、僕は知らない。

 

 

「…爆豪をアジトに連れてくぞ。黒霧はまだ来ねぇのか?」

「え、荼毘くん。寧人くんはアジトに連れてかないんだ」

「あ?話聞いてなかったのかテメェ」

 

 

「ーーーアジトじゃねぇ。研究施設に連れてくんだろ。実験動物(モルモット)なンだから」

 



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長所と短所

目を開けてすぐ、薄暗い照明に気付いた。固めのベッドで寝ていた身体を起こし、自身の姿を確認する。

 

「……?」

 

青色の雄英ジャージではなく、病院で一般的に使われているような入院着を身に纏っていた僕は、右腕の裾をめくり上げて顔を顰めた。

 

僕の右腕が()()()()()。脳無に握りつぶされた肘と手の真ん中ら辺から形が歪み出し、真っ直ぐな腕とはとても言えなかった。

 

けど幸い、というか不思議なことに痛みは全くと言っていいほどなく。その代わり脳の意思と右腕が連動しない。…腕の神経が通ってない?麻酔でも撃たれたのかもしれない。

 

「…あー」

 

一応荼毘に灼かれた喉の調子を確認したところ、発声自体は問題無いようだった。少し掠れているようだが、会話に支障はない程度に回復している。…回復されたのかもしれないが。

 

「……っと、冷た」

 

ベッドからおりて裸足で冷えたコンクリートの床に立つ。無機質なコンクリートで囲まれたこの1室には、ベッドがいくつか並んでいた。今はどれも無人で、まるで病院だ。この部屋や服といい、麻酔といい、本当に。

 

薄暗いコンクリートで囲まれたこの部屋にはベッドが8つ揃えられていた。まるで重症の患者を想定しているようで気分が悪い。

 

だが、そこで気付いた。8つある内の1つ、ベッドに寝かされている女性の姿に。

 

「な…!?」

 

あろうことか裸だった。しかも見知らぬ人ではない。だが、そんな事に狼狽している時間は少なかった。

 

「…ラグドール!?」

 

4人1組のヒーローチーム「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」の一員で、個性《サーチ》で僕らの林間合宿をサポートしていた彼女が、何故ここに…?

 

無造作に放置されていたラグドールに適当な布団をかけ、頸動脈に指を当てて脈を測る。生きてる事に安堵しつつ、ラグドールの表情を見て顔を顰めた。

 

焦点の定まっていない虚ろな目は、まるで廃人のようだった。

 

「ーーーッ!」

 

その姿に息を呑みつつ、顔や足首に付着しているヌメっとした液体に触れる。身体全身に付いている事から、この液に体を浸していたと考えられる。

 

そして最後に、僕は《サーチ》をイメージする。

 

「……」

 

不発、という結果から、僕は察する。あの時の荼毘の言葉を思い出しながら。

 

ーーー僕が実験動物リストNo.2ならば、No.1は彼女だった。

 

「…すいません」

 

僕は彼女に向かって謝り、部屋のドアに足を向ける。窓はない。出入り口と言えるのはドアだけだ。

 

右腕の使えない僕はラグドールを背負う事も出来ない。なら、ラグドールの脱出を考えるなら僕がまず脱出して、増援を呼びに行くこと。もしくはここにいるであろう爆豪と合流して背負ってもらうか、だろう。

 

それに、僕に《コピー》がまだ宿っているならば、僕と話がしたいという意思がある、筈だ。

 

歩きを進め、そのドアノブを捻り部屋から出る。

 

すると、左へ行くか右へ行くかの選択肢が現れる。だが、暗い通路を目を細めてよく見ると、左は行き止まりのように見えた。対して右に少し歩くと広い空間が広がっているようで、微かに照明も見えた。

 

「ーーーっ」

 

その広場目指して右に向かっていると、唐突に頭痛がした。続けて襲う目眩に、思わず膝をついた。力の入らない右腕は身体を支えられず、四つん這いすらもできなかった。

 

ゆっくりと立ち上がり、左手を壁につけて身体を支えながら歩く。一歩、また一歩と進むたびに、頭痛はガンガンと鳴る。灯りの無い通路をノロノロと進みながら、僕は本調子じゃなかった思考力を取り戻しつつあった。

 

ここはどこだろうか。不意に聞こえてくる機械を動かしたような重低音や、濁った鼠色のコンクリートからどこかの廃工場のようにも思える。

 

爆豪と拐われたのだから、この不気味な場所に彼もいる筈だ。とりあえず彼と合流しないといけない。片腕の使えない無個性はあまりにも無力だ、本意ではないが《爆破》に頼ればできる事は増える。

 

ヴィラン連合のアジトなら、こうやって不用意にウロつくのは悪手かもしれない。だがあのベッドで入院患者のように寝ている訳にもいかないだろう。

 

今はここが何処なのかを探るのが最優先の筈。そして次に爆豪と合流。

 

現状の方針は決まった。次考えるべき事はーーー。

 

「拳藤……」

 

脳無と交戦したと思われるクラスメイト。彼女らは無事だろうか。あの脳無が僕専用の怪物とはいえ、彼女達が手痛い被害を被った可能性は充分ある。今は誰も死んでない事を祈ることしか出来ない。

 

漠然とした不安が心を苛んでいく中、通路を進み切った僕は広い空間に出る。

 

そうして目の前に広がった地獄に、僕は顔を顰めた。

 

嫌悪感。

 

生命維持装置、なんて言葉がぴったりの容器一杯に満たされた培養液。恐らく、ラグドールに付着していた液体はあの培養液なんだろう。

 

そして、

 

その培養液に浸されていたのは紛れもない、僕の天敵。改人脳無。

 

10、いや、20体程はあるだろうか。規則正しく並べられた生命維持装置に、脳無が一体ずつ入っている。

 

「…はは」

 

冗談みたいな風景に、思わず笑ってしまう。森での改人脳無にはあんなに取り乱したのに、今の僕は余裕があるように思える。

 

それは多分、《個性強制発動》の有無に起因しているんだろうな。僕専用の脳無だと荼毘は言った。ならノーマルタイプの脳無には《個性強制発動》は搭載されていないんだろう。

 

つまり、僕が緑谷やオールマイトと対峙するようなものだ。この程度の嫌悪感なら慣れっこだ。学校で毎日顔を合わせている訳だし。

 

 

 

「ーーーあぁ、もうそんな時間か。すまないね、長く生きているとつい時間の感覚を忘れかける」

 

 

 

だからさ、わかるんだよな。

 

背後からかけられた声に、第六感が働く。

 

史上最悪の嫌悪感。“コイツだけは《コピー》するな”と脳が警報をあげている。あの脳無を超えたこの感覚は恐らく、《個性強制発動》を宿した者、ということだ。

 

そして、それだけに留まらない。きっと僕なんかには数えきれない程の、そして僕の心を破壊するには充分の量の《個性》を持っている。

 

ラグドールの《サーチ》を奪う事に何の罪悪感を覚えない、《ワン・フォー・オール》の生みの親。

 

巨悪の根源。

 

 

「…オール・フォー・ワン」

 

 

その名を呼びながら、僕は振り向いた。

 

 

⭐︎

 

黒いスーツ。顔は…特殊な黒いヘルメットを被ってるようで、見えない。最も、顔を見たところで《変装》のような個性できっと変えてしまうのだろう。

 

「こちらの事情にも詳しそうだ。誰かの《個性》に“干渉”したのかな?」

「なんで…知ってる」

 

オール・フォー・ワンはクスクスと笑いながら、楽しそうに呟いた。そんな彼に、僕は何故知ってるのかと問う。

 

“個性に干渉する個性”。果てはその記憶すら覗く事のできる《コピー》の本質に、オール・フォー・ワンは何故気づくことができたのか。

 

確信が無ければ、あんな脳無を僕に寄越さないだろう。

 

未だ上機嫌のまま、オール・フォー・ワンが笑う。

 

「僕と似ているからさ。それ以上の理由をご所望かい?」

 

雄英体育祭での《ヘルフレイム》。確かに、ナイトアイが《コピー》の本質に気付いたのもその時だったはず。あの時彼は“似てる《個性》を知っている”と言っていた。きっとそれは《オール・フォー・ワン》の事を言ってたんだろう。

 

ナイトアイが気づいたように、似ている《個性》だったから僕に目をつけた。似ている《個性》だったからこそ、違いに気付いた。そういう事だろう。

 

「…爆豪はどこにいる?」

「あぁ、彼は弔の所にいる。あっちの説得は難航しているようだが、ね」

 

なるほど。この廃工場、もしくは廃病院のような場所に爆豪もいると思っていたが、ここに彼はいないらしい。同様に死柄木も。

 

「…なんで僕をここに?」

 

僕は核心を突く。

 

《コピー》が欲しいならさっさと奪えばいい。この状況で、僕がオール・フォー・ワンに勝つ可能性など万に一つも無い。それは相手も重々承知の筈だ。

 

「本音を言うなら君の《個性》は今すぐにでも欲しい。だが、こう見えても人でね。得体のしれないモノは口にしたくないんだよ」

 

とてもそうは思えないが、という言葉は失礼になるから飲み込んだ方がいい、のだろうか。一応命を人質に取られているようなものだし、あまり抵抗するような事はしたくない。

 

僕は意味を汲み取り、オール・フォー・ワンに確認を取る。

 

「つまり、僕を研究し尽くしてから奪う、と」

 

冗談じゃない。利用されるだけされてポイ、みたいなもんだ。断るに決まっている。だが、それはそれで問題が当然ある。

 

断ったらどうなるか、をこれ見よがしに置いてあった事を思い出す。廃人のようなラグドール。視界に映る無数の脳無。用済みになったラグドールをあそこに寝かせていたのもそういう意図があったんだろう。性格悪い。

 

揶揄うように笑うオール・フォー・ワン。

 

「友好の証に、身体は治療しておいたじゃないか。一般的な医療器具しかないんだがね」

 

一般的な医療器具を何故持っているのか、という疑問が浮かんだが、すぐに消えた。麻酔の効いた右腕をチラリと見る。やはりこれは敢えて回復されたものだったか。まぁ、痛みで会話もままならないのも阻止できるからって理由もありそうだが。いや、まて……。

 

「……()()()。《コピー》を奪う理由なんてないんじゃないか?オール・フォー・ワン。知ってるはずだ、僕の《コピー》はお前の劣化だと」

 

そうだ、こいつには僕の《コピー》を奪う理由がない。なら、いよいよこの場に呼ぶ理由なんて存在しなくなる。いったいなぜ。

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()、だろうね」

 

 

 

思考が、完全に停止した。言っている意味が分からなかった。何一つ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、君だけが僕と対峙した!選ばれたわけでもない、選ばれることを拒んだ君が、僕の最後に立ちふさがった!」

 

「興味が沸いた。人生で最高の瞬間だった、君の眼に僕が映るあの一瞬が!」

 

「だから正式にズルをした。()()()()()()()()()()()。再び僕のもとへ辿り着くように」

 

 

 

こいつは、なにを言っている?この男が、僕を恐れている?あり得ない、こいつは殺そうと思えば、いつでも僕を殺せる。なぜ僕は今生きている?そもそも、緑谷のことまで知られているのはなぜだ?知られているのは危険じゃないのか?はやくこいつをどうにかしないと。──僕に?できるっていうのか?違う、考えるべきなのはそこじゃなくて──この口振り、まるで。

 

 

「また会おう、物間寧人。──期待しているよ」

 

少しだけ見上げるような動作をしたあと、オール・フォー・ワンはふわりと浮遊した。

 

 

 

 

 

その時、轟音と共に天井を突き破り、僕の目の前に()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

僕とオール・フォー・ワンの間を踏みつぶすように、紫色の布地で包まれた大きな足。いや、デカすぎる、人間の域を超えている。つまり、《個性》で巨大化された足。

 

そんなヒーローを、僕は知っている。

 

見上げながら、僕という小さな存在をアピールした。

 

「ーーーMt.レディ!?」

「あ、いましたー!ベストジーニストさーん!?こっちですー!」

 

大きい声が響く。状況を把握していくに連れて感謝の念に堪えない。いや、もうマジ女神に見える。助かった。と一息ついた。

 

「あっぶなー。踏まなくて良かった…。日頃の行いってヤツかな、これも」

 

ガサツすぎる…。心の中で女神発言を取り消す。そして、ここにいる救出対象は僕だけじゃない。彼女が誤って踏まれたら大変だ、と口を開く。

 

「君!雄英の生徒だな?取り敢えずここから離れるぞ。こっちだ」

「待ってください!ラグドールがまだあっちに…!」

「!…わかった。虎、聞こえたな?」

「ーーー当然!」

 

続々と姿を現すプロヒーロー、ベストジーニストにラグドールの居場所を伝え、ラグドールと同じプッシーキャッツの虎がその場に向かう。

 

その間、Mt.レディは未成熟だった脳無を嫌そうな顔で握り潰していた。

 

「うっへぇ…。気持ち悪…」

「それと、まだヴィランが少なくとも1人!さっきまでここに居たんですけど…」

 

いつの間にか、オール・フォー・ワンは姿を消していた。《サーチ》でMt.レディの奇襲は予期していたのかもしれない。

 

「その右腕…。すぐに病院に向かった方がいい、ギャングオルカ、彼を頼む」

「あぁ、任せろ」

 

僕の歪んだ右腕を見て顔を顰めたベストジーニスト。シャチっぽいヒーロー、ギャングオルカに僕の身柄を預ける。右腕は麻酔で痛みはないから見た目よりは大丈夫だ、と告げようとする僕。

 

「ーーーラグドール!返事をするのだ!」

「息はあるようだ、良かったな」

「あぁ、だが、様子が…」

 

遠くで虎がチームメイトのラグドールに声をかけている。虚ろな目に困惑している虎のもとに、ベストジーニストが駆け寄る。

 

 

 

 

「ーーーすまないね、虎。前々から良い《個性》だと思って。丁度良いから、貰うことにしたんだ」

 

 

 

そっちに居たか…!

 

そんな彼らに、その声が届く。夜に紛れた暗闇、そこからオール・フォー・ワンが姿を現した。ベストジーニストが瞬時に警戒態勢を取る。

 

「ーーーダメだッ!そいつから離れてください!」

「落ち着け、離れるのは貴様の方だ。まず安全地帯へ送り届ける」

「ギャングオルカ…!」

 

叫ぶ僕を諫めるギャングオルカに、もどかしい気持ちに襲われる。オール・フォー・ワンの姿は限られた人間しか知らない、いや、変幻自在だからこそ巨悪の根源の姿を知る者は少ない。

 

「そいつはただのヴィランじゃないんだ!」

「ーーーヴィランという事を教えてくれただけでも充分だ、少年」

 

一般人ではないという確証から、ベストジーニストが動く。

 

No.4ヒーロー、ベストジーニスト。個性《ファイバーマスター》ーーー繊維を自由自在に操る個性。繊細なコントロールで敵の拘束や強制移動が可能に。

 

「な…」

 

ベストジーニストがヒーローコスチュームの“繊維”を自在に操り、オール・フォー・ワンを拘束する光景を見て、僕は目を見開いた。

 

凄い、あまりの早業。洗練された《個性》の扱い。No.4ヒーローの名は伊達じゃなかった。

 

僕は呆然と、そのトップヒーローの風格を見ていた。オール・フォー・ワンが繊維で堅く拘束されているその様子に、この戦いの勝機を見出していた。

 

そして。

 

 

 

一瞬の、(まばゆ)い光。

 

 

 

 

辺り一帯が荒れ地と化したこの場所で、気付けば僕は地に伏していた。仰向けでのまま星空を見上げていた。

 

「…は?」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

僕の身体にのしかかるように、シャチっぽい身体がそこにはあった。重い、という感覚よりも、その傷だらけの広い背中に声が震えた。

 

「ギャングオルカ…?」

 

僕を庇うように倒れ込んでいたギャングオルカの大きな身体に、声をかける。呻き声で返事が返ってきたものの、動ける身体ではないとすぐに悟った。重症だ、僕を庇ってしまったから。

 

「ーーー流石No.4、ベストジーニスト。僕は全員消しとばしたつもりだった」

 

パチ、パチと静寂の中に拍手が響く。その声に、思わず鳥肌が立つ。拍手ができるという事は繊維での拘束から抜け出したという事。

 

「咄嗟に繊維で皆を庇う洗練された技術…並の神経じゃない。長年の経験から得られる技術、か」

 

ギャングオルカの声も、Mt.レディの声も、ベストジーニストの声も聞こえない。ただ聞こえるのは、抑揚のない冷たい声。

 

「ーーー君のは、いらないな」

 

 

 

「ーーーオール・フォー・ワン…!」

 

ギャングオルカを丁寧に退かして立ち上がり、オール・フォー・ワンを睨みつける。そんな中、僕は彼に視線を逸らさず状況を確認した。

 

Mt.レディは倒れている。ベストジーニストが庇ったのなら命までは取られていない筈だ。同様に虎も重症だが、最悪の事態にはなっていない。その上チームメイトのラグドールを庇っている様子に感心する。あの状況ならラグドールも無事だろう。

 

僕はベストジーニストに目を向け、歯軋りする。

 

彼が最も危うい。腹部における重症、出血量も尋常じゃない。

 

なんで…ッ。

 

なんで僕だけが、無事なんだ…?

 

理由はわかりきっている。僕が救出対象で、彼らがヒーローだから。僕はギャングオルカに庇われた。

 

「あぁ…。折角弔が自身で考え自身で導き始めたんだ。出来れば邪魔はよして欲しかったな。だが、これが正しい道か」

 

もはや僕の事など眼中にないのか、オール・フォー・ワンは空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

「今回ばかりは仕方ない、か。ーーー()()()、弔」

 

「な…!?」

 

瞬間、黒い液体が空中に出現。その臭気に思わず顔を顰めながら、そこから突如姿を現した爆豪勝己に唖然とする。

 

「ーーーッんだコレ…!」

「なんなんですか…」

「なんかクッセぇ!良い匂い…」

 

「…《転送》系の個性か…!くそっ!」

 

爆豪に続くように次々と現れる見知ったヴィラン達。トガヒミコ、トゥワイスの姿に警戒しながら、咳き込んでいる爆豪のもとへ向かう。

 

「爆豪、これは一体…!」

「オレにもわかんねぇよクソが!」

「ぐ…一旦こっちに…!」

 

状況を聞いたらすぐ怒鳴られた。とりあえず爆豪の腕を掴んでここから離れる事を促す。

そんな僕と爆豪を、オール・フォー・ワンがしっかりと見据える。逃がさない、と言われているようなその視線に、僕と爆豪は動きを止めた。

 

「ーーーッ!」

 

そんな中、次々とヴィランが転送されてくる。Mr.コンプレスや何故か気絶している荼毘。知らないヴィランも当然いて、トカゲのようなヴィランに、赤い長髪とサングラスが特徴のヴィラン。筋骨隆々な肉体に“筋繊維”を纏わせたヴィラン。

 

そして最後に現れたのは、荼毘と同じく気絶している黒霧と、ヴィラン連合の中核、死柄木弔。

 

「また失敗したね弔…。でも決してめげてはいけないよ」

「先生…」

「いくらでもやり直せ。そのために僕がいるんだよ。全ては君のためにある」

 

そう言って死柄木に手を差し伸ばすオール・フォー・ワン。その光景は確かに教師と生徒のようにも見える。

 

「ーーーッ!行くぞ、爆豪!」

 

その錯覚を首を振って頭から振り払い、この場から立ち去るために足を踏み出す。その時だった。

 

突風と衝撃。オール・フォー・ワン目掛けて突っ込んできたその存在が到着するだけで、地面から足が浮きそうなほどの風が吹く。

 

「全てを返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!」

「また僕を殺すか?オールマイト」

 

ーーー悪夢が、始まる。

 



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来い

「ずいぶん遅かったじゃないか。バーからここまで5km余り。僕が脳無を送り30秒は経過しての到着…衰えたねオールマイト」

「貴様こそ何だその工業地帯のようなマスクは。だいぶ無理してるんじゃあないか?」

 

「おい、いつまで倒れてんだコラ」

「…ぐ」

 

近くにいる爆豪がオールマイトとオール・フォー・ワンの姿を見ながら声をかけてくる。僕はなんとか身体を起こして状況を把握しようと試みた。

 

「ーーーここは逃げろ、弔。黒霧、みんなを逃がすんだ」

「ちょ…アナタ!彼やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけどワープを使えるならアナタが逃がしてちょうだいよ!」

 

オール・フォー・ワンの指先から飛び出した赤黒い針が伸び、横たわっている黒霧の身体を強引に起こす。

 

「?何ビビってんだお前」

「…トラウマでね」

「あぁ?」

 

その光景を見た僕は爆豪の背中に思いっきり隠れていた。ぐ…情けない。

 

「僕のはまだ出来たてでねマグネ。彼の座標移動と違い僕の元へ持ってくるか僕の元から送り出すしか出来ないんだ」

 

 

「ーーー《個性強制発動》」

 

黒霧の《ワープゲート》が発動し、ヴィラン連合にとっての脱出口が生まれた。

 

「先生は…」

「ーーー常に考えろ弔。君はまだまだ成長できるんだ」

 

そう言ってオール・フォー・ワンはオールマイトを迎え撃つ。戦いの場が、僕らから離れていく。

 

「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトをくい止めてくれてる間に!駒持ってよ!」

 

Mr.コンプレスが気絶した荼毘を《圧縮》しながら、放心状態の死柄木弔に声をかける。そんなコンプレスの言葉は当然僕と爆豪にも聞こえていて。

 

「…駒って、君の事かい?」

「知るか」

 

そっぽを向く爆豪に苦笑いしながら、冷や汗を流す。連合の狙いは爆豪と共に脱出することだろう。

 

「マスキュラー!アンタも手伝いなさい!」

 

マグネ、と呼ばれていたヴィランが筋肉質な男…いや、最早筋繊維を身に纏った大柄な男に声をかける。

 

「あぁ?そいつはそのシルクハットの役目だろ」

「ダメです。あの人を寧人君に近づけたら私達もピンチになるので」

「トガちゃん…。オレにもリベンジの出番ってやつをさ…。オジサン悲しいよ」

「チッ、かったりぃ…」

 

マスキュラー、トガヒミコ、Mr.コンプレスの会話を聞き、僕はため息をつく。

 

トガヒミコの言い分は正しかった。僕がもし《圧縮》を《コピー》した時、この不利な状況の中でもヴィラン連合を一網打尽にできるチャンスが生まれる。

 

それを憂慮してMr.コンプレスを僕に近づけたくないだろう。

 

だが言い換えれば、僕と爆豪が別行動をとった場合。僕が“自分は狙われてないからええやん”と爆豪を囮にして1人で逃げた場合、Mr.コンプレスは出番を得る。

 

つまり、今僕が取るべき行動というのはーーー。

 

ヴィラン連合の面々に囲まれた僕と爆豪は、背中合わせになって戦闘態勢をとる。

 

「ーーー足引っ張んじゃねぇぞ」

「…やれやれ、世話が焼ける」

「あァ!?」

 

お互い決して本意では無くとも、爆豪と仲良く共闘するしかないわけだ。

 

僕と爆豪は同時に《爆破》を発動した。

 

 

⭐︎

 

 

「驚くくらい役に立ってねぇなぁ!?テメェ!」

 

爆豪が怒鳴り散らしながら僕の首根っこを掴み引き寄せる。無理やり移動させられた僕は結果としてトカゲのヴィランーーースピナーの攻撃を躱す事が出来た。表現を変えるなら爆豪に助けられました。

 

「いや、僕は予想通りだけど」

「お前が世話焼かれてんじゃねぇ!」

 

マグネの蹴りを躱しながら怒鳴る爆豪に、僕は心の中で言い訳する。

 

いや、だって右腕が使えないんだからしょうがないじゃないか。現在僕の右腕は骨折している。オール・フォー・ワンの心優しい配慮で麻酔が効いているものの、僕の右腕は使い物にならない。

 

当然、片手だけの《爆破》でヴィラン連合の攻撃を捌き切れる筈も無く。

 

「ーーーッ!一回死んでろ!」

「…りょーかい」

 

爆豪の言葉に、僕はしゃがむ。僕の背後から迫って来ていたトガヒミコの横振りのナイフは空を切り、爆豪の《爆破》でトガヒミコを退ける。

 

…意思疎通だけは完璧なんだよな。一旦“同調”で考え方を経験したから、だろうか。

 

丁度しゃがんだ体勢だったのでそのままトゥワイスの足をかけて転ばせ、《爆破》でマグネに牽制する。

 

遠くで戦いを見守っているMr.コンプレスに時折挑発してみるが、悔しそうに肩を震わせるだけで成果は無い。

 

まぁ、僕がこの場にいるだけでMr.コンプレスを抑えていると思えば、良い働きなんじゃないだろうか。

 

「ーーー余所見してんじゃねぇ!」

 

ぐいっ、と再び入院着の後ろの襟を掴まれた僕は爆豪に投げ飛ばされる。見ると、さっきまで僕が居た地面は“筋肉質な拳”で抉れている。

 

「筋肉ダルマが…!」

 

爆豪がそのヴィランーーーマスキュラーに向かって呟く。マスキュラーは残念そうに笑っていた。

 

「なんで抵抗すンだ爆豪!?一緒に緑谷についてもっと語り合おうぜェ!?」

「…え、そんなことしてたの?」

「な訳ねぇだろボケ」

 

僕のポロっと出た呟きに、爆豪は不機嫌そうに呟いた。心なしかげんなりしている。

 

「デクを意味不明なくらい褒めちぎってるイカレ野郎だ。話が通じるワケねぇだろうが」

「はぁ…?」

 

緑谷を強いと褒めるマスキュラーと、緑谷は弱いと貶す爆豪の論争がアジトではあったらしい。え、何それ。そっちのアジト楽しそうじゃない?こちとら悪の親玉と対峙してたんだけど?

 

このままでは攻撃を躱し切れないと悟った爆豪に抱えられながら、僕らは少しだけ移動する。そんな僕らをマスキュラーは嬉々として追って来た。緑谷の熱狂的なファンはしつこかった。

 

「で、なんでアレは緑谷を褒めてんの?」

「…デクに倒されたから、だとよ」

「…緑谷が、アレを?」

 

確かに、森で合流した緑谷は《ワン・フォー・オール》で身体を壊している状態だった。あの怪我はマスキュラーと交戦したものだったのか。

 

「…ん?じゃあなんでここにいるの?」

 

当然の疑問を、僕はトガヒミコのナイフを蹴り飛ばしながら爆豪に聞く。

 

「ーーーそこにいる黒霧ちゃんに回収してもらったのよ。私も、スピナーもね」

「なるほど…ねッ!」

「キャッ!」

 

僕の質問が聞こえていたのか、マグネが蹴りを繰り出しながら返事をくれた。僕はお返しに地面に向かって《爆破》を放ち、土煙をマグネに浴びせる。

 

そのまま後退して爆豪と再び背中を合わせる。

 

その時、爆豪はヴィラン連合に聞こえない声量で、こう呟いた。

 

「ーーーーーーー」

「は?どういうこと」

「文脈も読めねェのかテメェは!?…USJン時に俺が確認した、間違いねぇ」

 

その言葉を聞いて、やっとピンと来た。なるほど、確かに脱出方法がすぐ近くにあった訳か。

 

「…あ?テメェ、まさか気付いてなかったのか?」

「…まぁね」

 

そんな僕の言葉に、爆豪が怪訝な顔をする。

 

「おい、お前ーーーー」

 

「ーーーどうしたよ爆豪!?緑谷より強いって言ってる割には、逃げ回ってばっかじゃねぇか!?」

「めんっどくせぇ…!!」

 

何か言いかけた爆豪に、マスキュラーの猛攻が襲い掛かる。ギリギリで凌いでいる様子の爆豪を見て、戦いに巻き込まれぬよう一旦距離を離す。

 

トガヒミコが視界にいないと察した瞬間、僕は蹴りを後ろに放つ。

 

「ーーーわっ。バレてましたか、寧人君」

 

気配を消して背後から迫って来ていたトガヒミコは僕の蹴りを驚いたように躱して、一旦距離をとっていた。

 

「…そりゃ、2回目だからね」

 

気配を消して相手に迫るその技術。それは視覚誘導の一種な訳だから、視界に入らない場所からの奇襲が最も効率が良い。なら、攻撃される場所は予想できる。

 

「トガちゃん!助けに来たぜ!帰っていい!?」

 

トゥワイスが飛び込んで来たのを見て、僕は《爆破》を駆使して距離をとる。爆豪とマスキュラーの攻防が一息ついたのを確認し、すぐさま爆豪と合流する。僕を守ってくれ…!

 

と、情けなく爆豪の所へ向かうと、またもや爆豪とマスキュラーが話していた。

 

「緑谷が勝った俺に勝てねぇなら、お前は緑谷より弱ェって事だろ!?いい加減認めようぜ?自分に正直に生きようじゃねぇか!」

「あぁ…!?あのクソナードが俺より強ェ訳ねぇだろが…!!」

 

まるで緑谷を巡る論争みたいになっていた。この2人、ホントは仲良いとすら思える。共通の趣味が有れば仲良くなれるってのは本当だったか…。にしても、緑谷についてそんなに熱くなれるって事は。

 

「爆豪、君、ホントは緑谷の事結構好きなんじゃないか?」

「あ?殺すぞコラ。もうフォローしてやんねぇぞ」

 

そうドスの利いた声で言いながらも、僕の対処できなかったスピナーの攻撃を《爆破》で受け流す爆豪。なんだかんだ優しい男だ。

 

僕はそんな彼に本心から呟いた。

 

「それは勘弁。君ナシだったらいよいよ終わりだ」

 

ただの無個性で、この人数に対応できる訳がない。むしろ、こっちに爆豪という天才がいるから何とかなってるまである。

 

こういう考えでそう呟いたのだが、爆豪はまたもや怪訝な顔をこちらに向けた。

 

「お前、何腑抜けてんだ」

「………」

「普段のムカつくテメェなら、澄ました顔で虚勢張ってんだろが」

 

僕が1人では何も出来ないことを認めている態度を、爆豪は指摘した。

 

「…実際そうじゃないか。今こうやって、君に庇われて何とかなってる」

 

《爆破》で爆豪の方へトガヒミコを吹き飛ばしながら、呟く。その言葉にさらに険しい顔をする爆豪。

 

無理だよ、爆豪。ここまで心を折られて立ち直れるほど、僕のメンタルは強くない。独りで立ち向かったあの森の中で完全敗北し、オール・フォー・ワンに心を丸裸にされ、こうして君に頼らざるを得ない状況。

 

虚勢なんて張る気力もない。ただただ弱い自分を受け入れている。

 

…もし、もしも僕が。

 

僕が変な意地を張らずに、物間寧人を殺して《ワン・フォー・オール》を受け継いでいたら。

 

きっと今僕らを取り囲むヴィランも、そもそもあの森での悲劇も。圧倒的な力で解決していただろう。そんなハッピーエンド。

 

あぁ、ひどいなぁ、ナイトアイ。

あの人は、この状況になるのをわかっていたんだ。

僕が“特別”を捨てて、第二のオールマイトを受け入れる為に。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

悪魔だよ、あの人。

 

「ーーーもし」

「あ?」

 

僕は足を止め、僕を守り続ける爆豪の背中に声をかける。トガヒミコのナイフも、スピナーのゴチャゴチャした刃物も、全て《爆破》でいなし続ける天才へ。

 

「ーーーもしも君が、比喩も何もない、《個性》や性格すらも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーーそんな自分を受け入れられるか?

 

僕は無理だと思った。《コピー》という個性と共に過ごしてきたからこそ人一倍募った思いが、“物間寧人という特別”を求めている。平和の象徴として君臨しても、その虚しさに耐える事は出来ないと思っていた。

 

 

「ーーーあ?何言ってんだテメェ」

 

Only.1のオールマイトに憧れた僕が、

No.1のオールマイトに憧れた爆豪勝己に共感を求める事は、間違っている。彼からしても意味がわからないと突き放すだろう。

 

そう、思っていた筈なのに。

 

「ーーー俺がいつ、オールマイトみたいになりてぇって言ったよ」

 

「…え?」

 

爆豪の言葉に、目を丸くした。

 

爆豪は僕の問いの前提、“君がオールマイトになったとして”を否定した。

 

そんな筈は無い。君はオールマイトに憧れ、オールマイトのようになりたいとーーー。

 

 

 

 

「ーーー俺の目標は、オールマイトを()()()No.1ヒーローだ。一位を超えねぇと一位にはなれねぇだろうが」

 

 

 

 

「………」

 

思わず、息を呑んだ。

 

その答えは、僕の予想とはかけ離れたもので。

 

爆豪勝己は、オールマイトのようになりたいのではなく、憧れだからこそ超えると言った。

 

妙に、心にストンと落ちた。

 

「…少しはマシな顔になったじゃねぇか」

「ーーー馬鹿言え。絶不調の時でも君の100倍マシだよ」

「へっ、言ってろ」

 

「ーーー勝とう」

 

少しだけ軽くなった身体を動かしながら、僕は《爆破》でトゥワイスを迎え撃つ。

 

ーーー自分でもわからないが、視界が広くなった気がした。

 

全てが終わった後に、この感情を整理しようと心に決めた。

 

⭐︎

 

反撃開始だ。

 

少しはマシになったらしい僕の思考は、この状況を打開する策に辿り着く。

 

「ーーー僕らがここで戦ってるから、オールマイトが全力を出せてない。ただ、逃げるのが困難なのも事実」

「わぁってら!だからテメェがーーー」

「後ろ、来てる」

「ックソが!」

 

すぐさま振り向いてスピナーに《爆破》を浴びせた爆豪の背中に自身の背中を合わせ、小声で告げる。

 

「作戦がある。君が囮になってる間にーーー」

「俺に命令すんじゃねぇ!」

 

「…はぁ。独り言だ、聞き流してくれていい」

 

僕はそうため息をつきながら、トガヒミコが投擲してきたナイフに《爆破》を合わせる。顔をしっかり狙ってくるところ、かなり容赦ない。

 

「一緒に戦ってるから僕も狙われてるけど、実際狙いは君なんだ。なら、君と別行動をとれば僕だけでも“目的”まで辿り着ける。問題は、君がそれまで耐えられるか、だけど」

「ハァ!?足手纏いがいなくなンなら余裕だわ!」

 

僕と別行動をとった時、爆豪はMr.コンプレスの《圧縮》にも対応しないといけない。あくまで彼にしてもらう事は“連合の目を僕から逸らす事”。時間稼ぎ程度に働いてくれればいい。

 

「…まぁ、問題はそれだけじゃないんだけど」

「あ?」

 

そう怪訝な顔で振り向く爆豪に、何でもないと返す。これは僕の問題だ。正確に言うならば、僕の“第六感”の。

 

「時間が惜しい。決行のタイミングはーーー」

 

次、僕らとヴィラン連合との距離が離れた時。

 

 

 

その言葉は、突如発生した音に掻き消された。

 

 

正確に言うならば、壁を破壊するような音と、氷を生成する音に。

 

 

突然その場に現れた巨大な氷。それは空に向かって伸びる道のようで、僕も爆豪も、ヴィラン達ですら目を奪われた。

 

その氷の上を猛スピードで駆け抜ける存在を見て、僕は呟いた。口元は、少し緩んでいたかもしれない。

 

「…バカかよ」

 

真ん中にいるのは飯田天哉。《エンジン》を駆使して氷上を突き進む。そんな彼の両端で、地上にいる僕らに向かって手を差し伸ばす存在。

 

切島鋭児郎と鉄哲徹鐵の大きな声を、爆豪と僕は確かに聞いた。その言葉の意味、ここにいる理由、全てを理解した僕はーーー。

 

「ーーー()()

 

爆豪の背中を押して、そう呟いた。一瞬爆豪が躊躇ったのを見て、僕は薄く笑う。

 

《爆破》での飛行性能なら、切島や鉄哲の手をとることは可能だ。だが、片腕でそこまで出来るかと問われれば、難しいだろう。

 

なら、僕と爆豪が手を取り合って《爆破》する事で何とかなるかもしれない。言い換えれば、僕がおんぶでもされて爆豪に連れて行ってもらう。まぁ、死ぬ程嫌だけど。

 

そもそも、そういう問題じゃないんだ。

 

助けなきゃいけない世話の焼ける奴らが、まだそこにいるんだ。

 

不本意だが、爆豪とは意思疎通だけは出来るので僕の意図を汲み取ってくれた筈だ。

 

「…しくじんなよ」

「誰に言ってる」

 

その会話を最後に、爆豪は《爆破》で空へと飛び立つ。それを見届ける事もなくーーー。

 

僕は“爆速ターボ”で()()()()()()()

 

⭐︎

 

 

「ーーー逃がすな!遠距離ある奴は!?」

「荼毘に黒霧、両方ダウン!」

「あんたらくっついて!」

 

目的である爆豪が飛び去った事から、彼を捕らえようと右往左往するヴィラン連合。マグネの《磁力》を利用して何とか爆豪を追おうとしてる連合の姿を確認しながら。

 

僕は“爆速ターボ”の出力を更に上げ、その分スピードは増す。左手だけの《爆破》でバランスは崩してしまい、地面に勢いよく転ぶ。膝を擦り剥いたかもしれない。

 

だが、今はそれどころじゃない。すぐさま体勢を整えて再び“爆速ターボ”を発動する。

 

ヴィラン連合の目的が爆豪勝己のように、僕にも目的がある。その目的に向かって一直線に、突き進む。

 

今、連合は爆豪に気をとられている。想定と違うが囮の役割は果たしてくれている。

 

今、爆豪勝己に意識を割いている分、ヴィラン連合は物間寧人を警戒しない。勿論、すぐに気付かれるだろうが、この今だけは僕に自由が生まれる。

 

その判断は、正しかった。

 

ヴィラン連合は物間寧人を警戒しない、その考えは間違っていなかった。しかし。

 

ただ1人だけ。爆豪勝己にも物間寧人にも執着の無い、イレギュラーがそこにはいた。

 

「ーーーそうだよなぁ!?来るよなぁ!信じてたぜェ!?お前ほどのヒーローが、救けに来ない訳ねぇもンなぁ!!ーーー緑谷ァ!」

 

「ーーーッ!させるかっ!」

 

“爆速ターボ”のスピードを上げ、氷結の発生地点に迷わず向かうマスキュラーの目の前に追いつく。

 

このぶっ飛んだ作戦。手の届かない空中から戦場を横断する考え方。粗は多い。

 

たとえば僕の右腕が折れていて空中性能が不十分な事。

折れた右腕の代わりに爆豪のサポートを得る程彼との仲は良くない事。

 

そして。鉄哲達ではない方…轟達が戦場から離れる目算が、甘い見通しな事。緑谷のヒーロー性に執着しているマスキュラーが、彼を見逃す筈がないという事。

 

こんな粗の多い、不十分な考え方。ーーー“救けたい”という強い想いが編み出した、悪くない作戦を目の当たりにして。

 

過程はどうあれ、気付く奴は気付く。実際、僕も、マスキュラーも気付いた。

 

「ーーーいるんだろうッ!?緑谷!」

「ーーーッ!」

 

そう叫びながら、僕は“閃光弾”でマスキュラーの足止めをする。太い腕で目を庇ったマスキュラーを見ながら、僕は言葉を続ける。

 

「ーーーこれから僕の《個性》で逃げる!そこにいる轟達も!」

「邪魔すんじゃねェよ…!今イイとこなんだからよォ!」

「ーーーー!」

 

マスキュラーの筋繊維で覆われた太い足が僕の横腹を捉える。なす術なく吹き飛ばされながらも、僕はマスキュラーの足下に《爆破》を放ち、土煙を巻き上げる。

 

大丈夫だ…!ここに轟や緑谷がいるって事は、この場所を突き止めた八百万もいる筈…!あの3人の頭なら、僕の意図を察せる!

 

そして、蹴り飛ばされた僕は、その勢いを殺す事なく目的まで辿りつくように《爆破》で調整する。

 

マスキュラーの妨害は成功、僅かな時間稼ぎになった。

 

受け身もとれず転ぶように着地した僕は、ふらふらと立ち上がりながら、ついに目的地まで辿り着く。

 

目の前で渦を巻く黒い靄。《個性強制発動》で開かれたヴィラン連合の脱出口。

 

それは人型という原型を留めておらず、僕の伸ばした手は一瞬躊躇する。触れればいい。《コピー》する為には触れなければいけない。

 

この《個性》で、黒霧の《ワープゲート》で僕らは逃げる事が出来る…!

 

だが、そこには問題がいくつかあった。

 

まず、黒霧に実体があるのかどうか。僕が触れたと認識出来ない場合、《コピー》は発動しない。この最初の難関をクリアしなければいけない。

 

僕は爆豪の言葉を思い出す。

 

『ーーー奴には本体がある』

『は?どういうこと』

『文脈も読めねェのかテメェは!?USJン時確認した、間違いねぇ』

 

この脱出経路を予め思い描いていた爆豪がくれた情報。USJ事件で交戦した経験からの知識だ、疑う余地は無い。

 

僕は黒く渦巻いているその中心に腕を入れる。その時、コツンと固い何かに触れた。すぐさま腕を引っこ抜き、黒霧から離れるように走り出す。

 

「ーーーー来い!!」

 

マスキュラーに追われながら姿を見せた緑谷、轟、八百万を見ながら、僕はそう叫ぶ。僕に気づき、こちらに走ってくる。

 

その時。

 

 

ドクン。

 

 

 

と、何かが這い寄ってくる感覚。わかっている。あの地獄を味わう覚悟はもう出来ている。僕はお前を受け入れる。お前が僕のストックを超えている事に、()()()()()()()()()()()()

 

だが、それは今じゃない。

 

まずは全員、ここから救ける。その後で、言いたい事は全部言え。見せたいものは全部見せろ。僕が全て受け止めてやる。

 

だから、今だけは…!この瞬間だけはーーー。

 

人間でもなく、実体もないモノ、という特殊なイメージは。

 

()()()()()()()()()()()()()。身体の一部を実体のない黒い靄へと変化させる。

 

苦しい。怖い。《ワープゲート》が、徐々に僕の心へ近づいて来る。蝕んでいく。“同調”が始まる予感、その恐怖に、僕のイメージは不安定になる。それにつれて、黒い靄も安定しない。今にも霧散しそうになる。

 

「ーーー物間くん!」

 

心配そうな顔を浮かべた緑谷が、轟が、八百万が僕の元へたどり着く。マスキュラーもじきにここに来るだろう。時間がない。

 

《ワープゲート》をコピー出来ないなんて考えるな…!

 

自分の原点を思い出せ。雄英(ウチ)の校訓を思い出せ。

 

()()()()()()()()()()()()()んだろう!?なら、ヴィランの《個性》を使いこなすヒーローにでも、脳無の《個性》を使いこなすヒーローにでもなってみせろ!

 

だからーーーー!たとえ脳無だろうと…!

 

 

「ーーー力を貸せッ!《ワープゲート》!」

 

 

 

目を見開いた緑谷の顔を視界に入れながら、僕らを取り囲み、そして捕食するように渦巻いた黒い靄に気付く。黒い靄が、僕らを呑み込んだ。

 

 

僕は確信したように、得意気に笑った。

 

 

⭐︎

 

 

それが、現実世界での最後。

 

 

気付けば、見慣れた黒い空間に居た。実体もない、喋る事もできない世界で。

 

『ーーー俺のゴーグル貸してやる。これなら目を守りながら近付けるだろ?』

 

怪人脳無の記憶を。

 

『ーーーこのゴーグルは俺とショータの友情の証!守り抜こうぜ!』

『…楽しそうだな白雲』

 

黒霧の記憶を。

 

『ーーー俺達三人なら、何でも解決できると思うんだ!』

 

そしてーーー倒壊する建物に巻き込まれた、呆気ない死を。

 

僕はその記憶を、声も出せずに、気付けば泣きながら視ていた。

 

悲劇に塗れた、白雲朧の人生を。

 



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ロマン

序盤の話を改良・展開に大きな変化はありません。(12/7)

「長所と短所」を改稿・今後に関わる変化を入れました。(12/7)




白く眩い照明。同じく白く清潔なベッド。窓から差し込む朝日で、ヴィラン連合との戦いが終わった事を理解した。

 

「…ん」

 

今度は本物の病院である事を確認して、自分の身体の状態も確認する。麻酔で感覚の無かった右腕は問題なく動く。かなりの怪我だったが、リカバリーガールの《治癒》でもされたのだろうか。何にせよありがたい。

 

まだ意識は曖昧で、身体は気怠い。その身体に鞭打って僕は呼び出しボタンを押す。看護師さんに目が覚めたと報告して、あの後どうなったかを聞きたいから。

 

見舞い品などが見受けられない事から、あの騒動が終わってすぐの朝、ということだろうか。長い時間気を失っていた訳ではない事にホッとする。

 

備え付きのテーブルに置いてあったリュックは僕が林間合宿に持っていったものだった。そのリュックに手を伸ばしてスマートフォンを取り出す。電子機器に頼ってしまうのは若者の性だろうか。

 

「…………」

 

メッセージアプリにはかなりの連絡が来ている。まず母親と父親、先生に無事と謝罪の旨を伝え、あとはクラスグループに同じ文を送っただけだ。個人個人に言うのは手間がかかる。

 

 

朝の報道番組がちょうど始まる時間だな、と思いついた僕はスマートフォンをテレビ機能に切り替える。

 

看護師さんが来るまでの間はこれで時間を潰そう。

 

そう考えて小さな画面を見る。見慣れたニュースキャスター達の聞き慣れた声が僕の耳に届く。

 

『ーーー次は、君だ』

 

『以上が、実際のVTRです。何度見てもカッコいいですね!未だ闇に潜むヴィラン達へ向けたこの言葉、まさにNo.1ヒーローです!』

『え、えぇ。そうですね。…そして昨日(さくじつ)、そんなオールマイト事務所から送られた文書によると、彼は以前から戦える身体では無かったとーーー』

 

 

スマホの電源を切る。同時に慌てて入ってきた若い看護師さんに、安心させるように笑いかけた。

 

 

 

⭐︎

 

 

平和だなぁ、とぼんやりと思った。

 

「来たよ〜」

「お、無事みたいだな。今回ばかりはさすがのお前も…って冷や冷やしたぜ?」

「ちょっと回原。病院だから静かに」

「にしても思ったより元気そうで良かったぜ!物間!」

「鉄哲!?話聞いてた!?」

「…ん。一佳。静かに」

「あはは〜。騒がしくてごめんねぇ」

 

昼前の11時。ぞろぞろとやってきたのはB組のみんなだった。取蔭がひらひらの手を振りながら謝罪してきたが、僕も手を振って気にするなと返す。病室が一気にワイワイと騒がしくなった。

 

「朝から退屈で丁度いいよ。ここには僕以外いないしね」

 

4人部屋を占有してるみたいで居心地が悪かったから助かるまである。そしてそんなことより聞きたいことがあった。

 

「そっちも元気そうだけど…。他は?」

 

見る限り、人が少し足りない。そりゃあ忙しくて見舞いに来れない時もあるし、朝に回復を告げたばっかりだから仕方ないとも言えるけど。一抹の不安が過ぎる。

 

「あの時ガスで気絶してしまった、円場さん、庄田さん、柳さん、宍田さんはまだ目を覚ましてません。お医者様は心配いらないと言ってましたが…」

「あぁ、ガス吸っちゃったのはその4人か。ま、生徒の誘拐が目的だった訳だし、命までとる効果は無いでしょ。安心して大丈夫さ、塩崎」

「…申し訳ありません。私の判断が遅れて、宍田さんがガスを…」

「《獣化》の時は鼻が利くしなぁ。こればっかりは仕方ない、そう気に病まなくていい。骨抜にも言ったけど、誰の責任とかの話じゃないからね」

 

《獣化》した宍田に乗っかれば早めに拳藤達とも合流出来たのだが、彼が気絶してしまったらどうしようもないだろう。塩崎班だけ僕がいる時に合流出来ていなかった疑問を解消した時、首を傾げた。また新たな疑問が生まれる。

 

「…あれ、その骨抜は?」

 

話にも出した骨抜柔造の姿が見えない。むしろ気絶した面々を除けば彼だけがこの場にいない事になる。

 

「その、骨抜さんは…」

 

と、言い淀む塩崎に、思わず僕の頬に冷や汗が流れる。…おいおい、まさか。

 

「ーーー物間に会わせる顔が無いってさ。思ったよりメンタル弱いっしょ?馬鹿だよね」

「ちょ、ちょっと!切奈!?」

「…あぁ、なるほどね。焦って損した」

「物間!?」

 

拳藤が焦ったように僕と取蔭をキョロキョロと見る。僕は別に悪口を言ってる訳じゃない。取蔭も…同じ推薦枠だし骨抜とも仲は良いから、多分悪口じゃない。違う、よな?

 

「大方、アイツも茨みたいに責任感じてるんでしょ」

「それは私の精神面が軟弱だと…?」

 

流れ弾に当たっている塩崎はともかく、そういえば骨抜には「皆を任せた」とはっきり告げた気がする。円場は僕が助けに行くから、と。

 

拳藤が骨抜をフォローするように口を開いた。

 

「でも、私が言うのもなんだけど、骨抜は頑張ってたよ。あの脳無相手にも臆さないで、真っ先に私達を逃すように動いてた」

「それで負けてるんだから、ただの力不足だよねぇ。アイツも、私も」

「おや、珍しく謙虚じゃないか?取蔭」

「あれ程コテンパンにやられたら、自信も無くすよ」

 

どんな戦いがあったのかは知らないが、かなり一方的な戦いになったらしい。その辺の詳細はあとで聞くとして。

 

「無事な姿だけ見せてくれれば充分なんだけどな。ま、今度無理やりにでも顔会わせるさ。あ、それとーーー」

 

拳藤の口振りをみるに、おそらく骨抜が1番重症だったのだろう。病院で治療を受けて何とかなったのなら、その姿を見せてくれるだけで僕は満足だ。

 

そして、

 

“みんなを守れなかった”という責任の他に、“あの時自分が物間についていっていれば”という後悔がもしあるとしたらーーー。

 

「ーーー僕が拐われたのは僕がドジっただけだ。気にする事じゃないよ、黒色」

「…」

 

あの時ついてくる事を拒否した黒色にも、フォローを入れておく。部屋の隅の壁に腕を組みながら寄りかかっていた彼は顔をあげ、無言で頷き、僕はそれを見て満足する。

 

そしてもう1人。

 

僕が“ついてくるな”と言った彼女を見る。

 

「………」

 

拳藤一佳。勿論彼女への申し訳ない事をしたという気持ちはある。かなり不安にさせてしまっただろう。

 

けど、僕は謝罪をする前に言わなければいけない事があった。

 

わいわい、がやがやと人数が多くなった分話し声は増える。騒がしいように見えて病院側に迷惑にならないような声量、という配慮もしていて思わず笑みが溢れる。

 

真面目なクラス。A組とは違ってコツコツと積み重ねていくタイプの、間違いを犯さないクラスだと思っていた。

 

そう、思っていたのに。

 

適度に騒がしい病室の中、僕は口を開いた。

 

「ーーー昨日はよく救けに来てくれたね、鉄哲」

 

「…え?」

 

一瞬、静寂が室内を支配する。困惑を浮かべる面々を観察しながら、僕は察する。あの夜の鉄哲の行動は、()()()()()()()()()()()、と。

 

僕は鉄哲の反応を見る。僕に感謝されたとでも思ったのか、嬉しそうだ。

 

「イイってことよ!ダチが拐われてるって時に、ジッとしてなんていられねェからな!」

「あっはっは。…鉄哲」

「つっても、自力で脱出したみてェだけどな!やっぱ流石だぜーーー」

 

僕はニコニコと笑いながら、寝ていたベッドから足を下ろす。そのまま鉄哲の近くまで行く。

 

気怠い身体を何とか動かし、拳を振りかぶる。それを見た鉄哲は目を見開きながら、《スティール》を発動する。

 

ガン、と。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

1発、確かに殴った僕は、怒気を込め、吐き捨てるように告げる。

 

「…最悪の気分だ。君は、本当に馬鹿だった」

 

あぁ、良くない。言っておきながら自分でも気付いている。

 

これは八つ当たりだ。

 

いきなり険悪な雰囲気になった僕らに、周囲は困惑する。だが、それにも構わず僕は続ける。

 

「どんなに正当な感情だろうと、ルールを破るならヴィランの行為(それ)と同じだ。そんな鉄哲を、僕は望んだ訳じゃない…!」

 

「そ、それでも!オレはーーー」

 

 

 

「ーーーあの、どうかしましたか?さっき何か音がしましたけど…」

 

その時、朝様子を見に来てくれた看護師さんが姿を現した。鉄哲を殴った音が気になったのだろう。僕はすぐさま申し訳なさそうな顔を作る。

 

「あぁ、すいません煩くて。ほら、取蔭も」

「…すいませんねぇ。…それじゃ皆、物間は元気そうだし、円場達のお見舞い行こっか。さーいこいこ」

 

ナイス、と目で褒めるが、取蔭は何故か睨んできた。妙な空気を切り替えるように鉄哲の背を押して皆を部屋から追い出す取蔭。空気を読むスキルがあると助かる。困惑しつつも病室から出て行く皆を、僕は見送る。

 

少し遅れて、拳藤が最後に病室を出ようとする。

 

僕は重たい空気の中、その背中に声をかける。

 

「鉄哲は馬鹿だし、大馬鹿だ。後先なんて考えちゃいないけど、僕はそういうとこ、嫌いじゃない」

 

「……うん」

 

拳藤が足を止め、こちらを振り向く。後ろ手でドアを閉め、病室は僕と拳藤の2人きりになる。

 

後先を考えない鉄哲の行動。僕と彼がその論点で衝突する事はいくつかあった筈だ。今は夏休みの中盤とはいえ、彼とはよく話す方だから。

 

それでも今日まで、これほど本気の喧嘩になった事は、僕がここまで怒った事はない。

 

それは何故か。

 

僕と鉄哲の間に、拳藤がいたからだ。

 

鉄哲が決定的な間違いを犯しそうになった時は、必ず拳藤が止めていた。だからこそ、僕と鉄哲は仲のいいダチになれている。

 

だからこそ、僕は問う。

 

「ーーー君は知っていたな、拳藤。どうして止めなかった?」

 

鉄哲と切島の仲がいい事は承知している。そこから発展して僕と爆豪救出組に入ったのかもしれない。

 

だが、僕は拳藤と八百万の仲が良い事も知っている。八百万と合流して、交戦した脳無。脳無格納庫を突き止めた緑谷達。八百万の発信器が無いと出来ない芸当だ。

 

もし拳藤を通して八百万の発信器の存在を知り、鉄哲が僕の救出に向かったとしたら?

 

皆が鉄哲の行動を知って困惑する中、あの時拳藤だけが目を伏せた。

 

許せる訳がない。拳藤は鉄哲の暴走を黙認した。

 

「なんで…って。言われないとわからないの?」

「あぁ。僕には全く理解できないからね」

 

睨み付けるような視線が交錯する。

 

「いいや、同じ。アンタが私達を守りたいように、私もアンタを救けたかった」

「僕は迷惑だった」

 

突き放すような僕の言葉に、拳藤が怒りを露わにした。

 

「ーーーそんなの、関係ないでしょ!?…アンタが1人で突っ走って、いつのまにかヴィランに拐われてて…!」

 

「………」

 

「思い返せば…!アンタは私達を説得する時、“すぐ戻るから大丈夫”とは言わなかった!」

 

そうだっただろうか。あまり記憶に無い。けど、そうなんだろうなと妙に納得した。

 

だってその言葉が“嘘になる”と知っていたから。だからこそ、僕は皆から離れて単独行動を心がけていたんだから。

 

「何か隠してんのに何も言ってくれなくて…!私達を頼ってくれない!何もさせてくれないのに、何もするな、なんて納得出来るわけない!鉄哲を止めるなんて、出来ない…!」

 

言える訳がない、僕が狙われていたなんて。《ワン・フォー・オール》の事も、ナイトアイの事も。

 

それでも、彼女の姿に心が痛む。

 

わかってる。これはどっちが正しいか、正しくないかの問題じゃない。どちらが納得出来るか否か、という話なら、拳藤の方に分がある。

 

ただ、それよりも。

 

僕は間違っていたんだと、気付かされる。

そもそもの“前提”を、間違えていた。

 

言葉を失った僕に、拳藤は背を向けドアを開く。

 

「…その手も、あとで診てもらいなよ」

 

病室を出る前、拳藤は僕の赤くなった拳を見ながらそう呟いた。

 

僕だけが残った病室で、赤く腫れた手を眺める。

 

「…痛いなぁ」

 

いつもと違って、《スティール(コピー)》を使わず殴ったからダメージを負ったのは僕だけだ。僕だけが損した気分になる。硬いんだよアイツ。

 

拳藤は気付いていたようだが、僕が自分の拳で鉄哲を殴るのは、本気で怒った時だけだ。

 

まぁ、こっちの方が、両方の()鹿()に効く。

 

あぁ、ホント痛い。

 

⭐︎

 

その後、塚内という刑事さんに話を聞かれたし、こちらも話を聞いた。本当は昨日のうちに事情聴取を済ませたかったようだが、それは叶わなかった。

 

《ワープゲート》を発動し、僕はあの場にいた緑谷、轟、八百万の3人を雄英高校の敷地内に送り届ける事が出来たらしい。もっとも、その時には僕も気を失っていたらしいが。きっと“同調・過去視”の反動が来たんだろう。

 

「ーーーそれは、本当かい?」

「…証拠も何もないですけど。捜査の手掛かりにでもしてもらえれば」

 

オール・フォー・ワンとの会話や、“同調(シンクロ)”という現象についても説明した。このことを知ってるのは僕の知る限りナイトアイとオール・フォー・ワンの2人だけだったが、これを機にブラド先生達にも伝わるだろう。

 

別に隠していた訳でもない。僕だって、こんな情報が出て来るとは思わなかった。そしてこの情報は警察に渡した方がいいと思った。良いタイミングだったと思う。

 

「…わかった。イレイザーやプレゼントマイクには…」

 

ここで、僕の話を聞いていた塚内さんは悩む素振りを見せた。

 

「この事を話すかどうか、ですか。それは警察の判断に任せます。現状、話しても何も変わらないと思いますけど」

「そう…か。辛いだろうな」

「えぇ…。本当に」

 

確かに、この事実を伝えるのは心苦しい。あの人達は知らないままの方がいいとすら思える。

 

「わかった、協力ありがとう。誓うよ、この情報はこちらで有効に使わせてもらう」

「ありがとうございます」

 

僕は礼を言い、頭を下げた。とにかく、これで話しておくべき事も聞くべき事も全て聞いた。

 

そしてその中には、僕が伏せた情報もある。

 

“同調・過去視”を使った訳でもない、ただ灼かれた経験から来る荼毘についての推測。それはあまりにも根拠が薄いし、警察もノーマークって訳ではない事を察して口を閉じた。

たとえ言った所で、捜査材料にはなり得ないだろうし。

 

「あの、オールマイトの病室ってどこにあるかわかりますか?」

 

事情聴取を終え、病室を出ようとする塚内刑事に声をかける。

 

「二つ隣の病室だが…。すまない、次は彼の事情聴取でね、少し待っていてくれないか?」

「あ、大丈夫です。また時間を置いてから行くので」

 

そんな会話を交わし、塚内刑事の背を見送る。

 

再び1人になり、そして暇になった病室で、僕はスマートフォンを取り出した。

 

先程返せなかった個人個人に対する連絡を済ませていく。

 

中学の知り合いからも来ていたので無事と感謝の旨を送る。テレビで爆豪と僕がヴィランに拐われたという報道は当然、悪い方で反響があったようで。特に体育祭でのNo.1とNo.2だ、セキュリティは勿論、雄英の生徒の質まで疑われてるかもしれない。

 

と、そこでNo.3の轟から連絡が来る。『起きたって聞いたが、無事か?』という文に、『僕よりそっちの心配をした方がいい、除籍処分すら有り得るぞ』と返す。

 

返信が途絶えた。僕の無事は確認出来た上に痛い所を突かれて無視するつもりだろうか。まぁそれならそれでもいいけど。

 

そう思って轟との会話は終了、にするつもりだったが、気がかりな点があったのでそれについても聞く事にした。完全な蛇足だ。

 

『ちなみに、そちらの親父さんは?』

『部屋でうるせぇ』

 

やけに早い返信に、思わず笑ってしまった。

 

あの人の心中も、複雑だよな。わかるよ。

 

 

⭐︎

 

コンコン、と2度ノックして、「どうぞ」という返事を聞いてからドアを開ける。

 

「あぁ、物間少年か。すまないね、こんな姿で」

「…トゥルーフォーム見るのは初めてじゃないし、気にしてませんよ」

「それもそうか」

 

後ろ手でドアを閉めながら、オールマイトにそう返す。僕の言葉にオールマイトは苦笑した。

 

「そこに座るといい。さっきまで塚内君とグラントリノが来ていてね」

 

オールマイトが指差した椅子に座り、改めて様子を確認する。少し暖かい事から、本当についさっきまでいたんだな、とぼんやり思った。

 

痩せこけた頬、萎んで垂れ下がっている金色の髪、そして力なく笑ったその笑顔。

 

胸が痛んだ。

 

そんな僕に、オールマイトは頭を下げた。

 

「ーーーすまなかった。君や爆豪少年、愛する生徒の危機って時に、駆け付けてあげられなくて」

「…あぁ。それは、別に。結局救けに来てくれた訳ですし」

 

林間合宿の話だろうか、とぼんやり考えながら口から出たのは、そんな素っ気ない言葉だった。馬鹿、違うだろ。

 

躊躇いがちに口を開く。

 

「…貴方が謝る事じゃないですよ。僕の方こそ、なんていうか、お手を煩わせてって感じで」

「…物間少年?」

 

僕の煮え切らない言葉と態度に、オールマイトは目を丸くした。珍しい、とでも思ってるんだろうか。

 

あぁ、駄目だな。調子狂う。僕は自分の髪をくしゃりと掴み、俯いた。オールマイトから僕の表情は見えない筈だ。

 

まずは彼に、言っておかないといけない。

 

「ーーーホントに、なんで貴方が謝ってるんでしょうね」

 

そう呟いた。

 

「謝らなきゃいけないってのは、僕の方です。オールマイト」

 

そう続けた。

 

「…物間少年?いや、この怪我や引退については君の気にする事じゃ無いんだ。君もナイトアイから聞いていただろう?遅かれ早かれこうなるとーーー」

 

「はい、知ってました」

 

僕は一体、どこで間違えたのだろうか、と。散々考える時間はあった。そうして何度も、何度も、何度も、同じ答えに辿り着く。

 

決まってる。

 

僕は最初から間違えていた。

 

「ナイトアイは、()()()()()()()()()()()()()()。貴方が緑谷出久を否定するように、僕を選ばせるように仕向けている。だから、今回の()()()()()()()()()()()()()()()

 

僕は、彼の思惑を、全て知っていたのに。

 

「ナイトアイにとって、都合の良い展開になると知っていた。こうなると予想も出来た…!合宿で襲われると、拐われると知っていた!オールマイトが救けに来てくれるとわかっていた!こうやって…!」

 

僕は知っていた。

 

ナイトアイが《ワン・フォー・オール》を物間寧人に継がせようとしている事も。自分自身が拐われる事も、オールマイトが救けに来て、痛手を負う事も。全部わかっていた筈なのに。

 

「貴方が…《ワン・フォー・オール》を緑谷じゃなく、()()()()()()()()()()()と、そう思わせるこの結果が、全部わかっていたんです」

 

「…ナイトアイにとって、今が絶好のチャンス。貴方も、僕も、きっと緑谷も。もう一押しでナイトアイの望むままの展開になる」

 

ナイトアイはずっと、この時を待ち望んでいた。全員の心が不安定になり、少しの干渉で未来を変えられるこのチャンスを。

 

《ワン・フォー・オール》を緑谷が所有する物語を書き換える最後のチャンスは、ここしか無いとナイトアイは狙っていたんだ。

 

だからこそ、林間合宿での襲撃、この神野の悪夢を《予知》していたのにも関わらず放置した。全ては今日の為に。

 

何故なら、それがナイトアイにとって最も良い結果を生み出すから。

 

オールマイトは、僕の言葉に目を丸くした。図星だった。彼は、緑谷よりも僕を選ぶという選択肢を、確かに視野に入れていた。

 

さっき、オールマイト本人が言っていた事だ。“ワタシがその場にいれば”と。当たり前だ、オールマイトがいるだけで全てが変わる。林間合宿での悲劇なんて起こりようがない。そもそもの発端は未然に防げた。

 

そう、あの場にオールマイトが。()()()()()()()()()()()()()()()()()。緑谷じゃなく僕を選んでおけば。

 

そうやってオールマイトの()()()()ーーーそんなナイトアイの描いた物語を、僕は知っていた筈なのに。

 

「物間少年…君は」

 

「ナイトアイはヒーローとしての全てを投げ捨てて今日に賭けてきてる。それほどの覚悟が、僕にはなかった」

 

いや、僕には何もかも足りていなかった。覚悟だけじゃなく、力も。だからこうして、後悔している。

 

「──君は、知っているんだね。ナイトアイの覚悟を。…だから止めようとはしなかった」

 

「はい、だから、教えてください。僕はこれから──」

 

───どうすれば?《ワン・フォー・オール》を受け継ぐか否かという選択をする資格は、僕にはない。オールマイトは静かに口を開いた。

 

「ワタシの口からは言えないよ、助言も決断も。きっといつか後悔するからね」

 

「だから君の事は任せるよ──ワタシが最も尊敬する女性(ヒト)に」

 

そして俯く僕の手を握り───

 

⭐︎

 

 

そうして、暗闇の中に僕は佇んでいた。

 

『ーーーお師匠。実は昨日、変な夢を見まして。ある兄弟の《個性》を巡る喧嘩のようで…これってまさかーーー』

 

『そりゃ夢じゃない、面影だ』

 

『面影?』

 

『その《個性》はさ、きっと色々溜め込んじまうんだよ。“ああしたい、こうなりたい”ってな』

 

女性は続ける。

 

『ーーー“力”の前にはいつだって“想い”がある』

 

『培ってきた人達の想いが“力”の一部として記憶されてる。私はそう思ってるよ』

 

『…オカルトでしょうか』

 

『ーーー()()()だよ。道半ばで倒れたとしても、《ワン・フォー・オール》の中でまた会える、ロマンだ』

 

呆然と、そんな記憶を見ながら。

 

横で僕と同じようにその記憶を見ている(思い出す)女性に目を向ける。

 

記憶に映る風貌と同じ、鮮やかな黒髪、白いマント、それなりに鍛えられた身体。

 

オールマイトの先代。

《ワン・フォー・オール》7代目継承者。

 

「ーーーさぁ、()()()()()()()()、物間寧人」

 

明るく快活な、オールマイトにそっくりな笑顔を浮かべながら、志村菜奈はそう言った。

 



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最高のヒーロー

細やかな雪が降りしきる、初冬の曇り空の下。薄汚れた川沿いで、二人の男女が向かい合っていた。見覚えのある痩せこけた頬と特徴的な髪形の青年と、今、僕の隣で同じ景色を眺めている彼女とまったく同じ風貌をもつ女性。そして、僕の声は届かない。

 

これは過去、さらに言うならば──。

 

『みんなで笑って暮らせる世の中にしたい。その為には象徴が必要です』

 

『象徴?』

 

『平和の象徴…この国から犯罪が減らないのは国民に拠り所がないから、頼れる柱が無いからです。ですから、僕がその柱となります』

 

『だからヒーローになりたいと?無個性なのに?……フフッ、八木俊典、だっけ?』

 

『──お前ホント面白いな、イカれてる』

 

 

オールマイトの原点(オリジン)だ。

 

 

『人を救けるって、その人は怖い思いをしたってことだ。命だけじゃなく、心も救けてこそ真のヒーローだと、私は思う──どんだけ怖くても、自分は大丈夫だって笑うんだ。世の中、笑ってる奴が一番強いからな』

 

オールマイトを奮い立たせてきた、いくつもの言葉。

 

『俊典、限界だって感じたら思いだせ。何のために拳を握るのか。原点…オリジンってやつさ。──そいつがお前を、限界の少し先まで連れて行ってくれる』

 

隣で、目を細めて懐かしむ彼女の口から出てきた言葉が、No,1ヒーローを支えてきた。

 

だからこそ感じずにはいられない。このまま、支え続けて欲しかったと。──この感情は、誰のものだ?《ワン・フォー・オール》の“同調”で共有される、オールマイトの願いか?無関係の僕が身勝手に作り上げた望みか?──どうだっていい、答えは出ない。それより、何があっても目を離すな。

 

 

『──あとよろしくな、空彦。そいつの夢、叶えてあげてくれ』

 

『お師匠!!──お師匠!!!』

 

 

 

『────素晴らしい喜劇をありがとう』

 

 

 

瞬きすら惜しんで、この最期を見届けろ。

 

 

 

 

 

「いやぁ、悪いねぇ。しんみりさせちゃって。私の最期が流れるのは予想外だった、やっぱ、こっちが自由に選べるって訳でもないのかね?」

 

全ての過去視が終わったあと、僕の隣にいた彼女──志村菜奈はそう口を開いた。対する僕の口元は黒く靄がかかっており、実体がない。当然言葉も発せないため、何の反応も返せなかった。

 

「──ってそうか、喋れないんだった。私も経験あるよ、何かもどかしいというか、落ち着かない感じだろう?」

 

もどかしい、という感覚はあるが、それ以上に困惑している。そもそもこの空間で人と会話すること自体が初めてなのだ。不便さを感じるよりも先に、疑問と混乱が僕を襲う。

 

そんな僕の感情を視線から読み取ったのか、志村菜奈は手をひらひらと振りながら言う。

 

「さっきも言ったろ?ロマンだよ。個性を通して、個性の中で出会えるこの空間。生きてるときも何度かあった。殆どは、おっさんに勝手に呼び出されるって感じだったけどな」

 

僕が相槌を挟もうとしても、それは声にならない。結果的に、志村菜奈が僕に一方的に話しかけるという構図が出来上がる。なるほど、これは確かにもどかしい。

 

「あぁ、稀に精神干渉系の個性が引き金になる、って例も聞いたかな?といっても、この《ワン・フォー・オール》の中で完結してたらしいけど」

 

「だから、お前みたいな奴は初めてってワケさ。個性に干渉する個性持ちの、《ワン・フォー・オール》とは関係ない他人がこの場に来るって例はね」

 

おわかり?とこちらの様子を窺う志村菜奈に、頷くモーションで返す。反応が返ってきたことが嬉しいのか、満足げに彼女はOK、と呟いた。

 

《ワン・フォー・オール》は受け継がれてきた個性、そして個性に刻み込まれた記憶や人生をのぞき込むことが可能な僕の《コピー》──なるほど、確かに理解はできる。志村菜奈がここに存在する理由、それは《ワン・フォー・オール》には記憶や人生と共に、その人格が受け継がれているという訳だ。

 

そして、彼女の発言から他の継承者も《ワン・フォー・オール》の中にいることが読み取れる。僕は辺りを見回すジェスチャーをしてみる。

 

「……?──あぁ、他の奴らは、って?もういないよ、全員荷造りもしっかり済ませて、次に行ってる。だから、ここにいるのは私だけだ。──なんでだろうな、最後の僅かな残り火になっても、ここを離れるのは名残惜しくてなぁ」

 

「俊典も、まだ私がここにいると確信してお前を寄越した訳だしな。く~、生意気な奴め!」

 

そう口を尖らせるが、想いが通じ合っていることを照れ隠ししているようにしか見えなかった。言葉が発せなくてよかった。余計なことを言って殴られそうだから。

 

「っと、そうか。本題がまだだったか。俊典の頼み、叶えてやらないとな。さて──」

 

志村菜奈はそこで一息ついて、真面目な表情で僕をまっすぐ見据えた。僕は身構える。

 

「──お前、これからどうしたい?」

 

───わからない。

 

間髪入れずに、心の中で呟いた。

 

 

 

「───?なんだ、その顔。じゃあ質問を変えるか…《ワン・フォー・オール》を受け取るか?ナイトアイの思い通りになるか、って話だよ」

 

──正しい選択がわからない。僕の判断一つで、ラグドールは個性を失い、ジーニストもギャングオルカも負傷し、オールマイトは引退した。何か、そうならない為に出来ることはあった筈なのに。

 

《ワン・フォー・オール》を受け継いだ僕は、全てを救うことが出来ただろうか。無力な僕は、ナイトアイの策を止めようとせず、守りたかった級友に救われ、No.1ヒーローを終わらせてしまったけれど。

 

全てを救えたか、それはもう答えが出ない問いだ。だが、今この最悪の状況よりかは、いくらかマシな結末を迎えたんだろうな、と思う。

 

「そうかそうか。なるほどな、私が思うに、お前───」

 

なら何故、今になっても僕は《ワン・フォー・オール》を受け取らないのか。

 

「──ビビってるだけだよ」

 

口元が黒い靄で隠れていて良かった、と思った。そのお陰で、情けない苦笑いをこの女性(ヒト)に見せずに済んだから。

 

⭐︎

 

「私はたった18年ちょっとしか生きてないけど、色んな人を見てきた自負がある。その経験を踏まえて言うと、お前みたいな奴は結構いる」

 

「個性ってのは幼少期からずっとついて回るものだろ?生活と切っても切り離せない身近な存在だ。そんな個性が、その人の人格を形成するなんてよくある話だろう?」

 

「例えば《浮遊》の個性を持つ女は、嫌なことがあれば空を飛び回ってスッキリする。そんな生活を続けてると、明るく笑顔の似合う人間性が出来上がったりもするわけだ」

 

「───無個性だった少年が、個性を持つヒーローに強く憧れを抱く。そんな夢見がちな性格を、無個性が形成するんだ。そして───」

 

「他者を頼る個性を持つ少年は、独りの限界に直面し続けて、自分の無力さを理解する。その分他人、若しくは他人の《個性》へ()()()()()、そして()()を向ける」

 

──“個性マニアだもんなぁ、物間は”。

 

「自分の器の小ささを決めつけて、力を手にする責任に臆している。そんな臆病な性格が、幼少期からの生活で刷り込まれていく。ま、自覚はあったみたいだけどな」

 

「つまり、お前は諦めてるんだよ。《ワン・フォー・オール》を受け継いでも、オールマイトのようにはなれない。自分が、こんな特別な個性を手にする器じゃない、ってな。いくら自信満々に虚勢を張ろうとも、体育祭で一位を取ろうとも、その本質はまだ変わってない」

 

耳が痛い話だ。僕の──物間寧人の本質を容赦無く言い当ててくる志村菜奈に、降参の意を込めて目を瞑る。お手上げのポーズでもしたいが、生憎黒い靄で動かすことが出来ない。

 

だが、それでも志村菜奈は言葉を止めない。むしろ、ここからが本題と言わんばかりに口を開いた。

 

 

「───お前、自分のことを脇役だと思ってるだろ?」

 

「他者無しでは生きられない自分と違って、俊典や緑谷出久のような奴が主人公と諦める。いやいや、責めてる訳じゃない。私らは個性と生きてるんだ、そう考えるのは寧ろ自然なことさ。お前の生き方なら尚更、な」

 

その2人以外にも貴方も、僕には輝いて見える。《ワン・フォー・オール》に選ばれたからってだけじゃない。この人の本質が、僕には眩しく見えるんだ。

 

「でも今、目を逸らして他人に選択を委ねるのは違うだろ、物間。たった一度の失敗で挫けて折れて、他者に依存する決断だけは許せない」

 

───わかってる。わかってるんだ。僕が決めないといけないんだ。この人にも、オールマイトにも依存しないで、僕自身が決めないと進めない。

 

だけど。

 

────僕自身の“底”なんて、僕が一番知っている。

 

自分のことなんて自分が一番わかっている。僕という人間がどの程度なのか、知り尽くしている。だからこそ僕は虚勢を張る。自分を欺き、他者の真似で取り繕う。

 

そんな僕の出す答え、それは───。

 

「依存する事と、他者を頼る事は全くの別物だよ、()()

 

「スーパーヒーローだって、脇役が居ないと成り立たない。なら、主人公の──緑谷出久の物語にお前は必要なんだよ。いや、そもそも緑谷出久だって脇役だ。なぜなら──」

 

 

 

「───“誰もが他人の人生の脇役であり、自分の人生の主役なんだ”」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕の視界は一変した。

 

 

 

いや、世界すら変わった気がした。その言葉は確かに、僕の心に届いたんだ。

 

 

 

 

「───うん、いい笑顔だ」

 

そして気が付けば僕の目の前で。

 

日も暮れかかる夕方、窓から差し込むオレンジ色の光に照らされたオールマイトは、そう頷いた。

 

───この瞬間、僕が何をすべきか、何をしたいかが決まった。

 

ありがとう、志村菜奈。きっといつか、僕の力でまた会いに行く。そんな気がする。

 

 

⭐︎

 

 

中途半端に全部救おうとして、それでも力が及ばなかったから、神野の悪夢が引き起こされた。それは理解した、けど、そこで思考を止めるな。

 

僕は何を救おうとしたのかを改めて考える。真っ先に思いつくのは級友だ。戦いから遠ざけようと、僕が単独で動く事で守ろうとした。だが、それはあの襲撃自体を事前に防ぐ事でも達成できた筈だ。事情を教師陣に話す事で、対策も取れただろう。

 

けれどそうしなかった。それは何故か。──ナイトアイの策そのものが、最後の希望が成り立たなくなる、彼が救われない結末を嫌ったからだ。

 

だからこそ中途半端。ナイトアイも級友も、力が足りないのにも関わらず傲慢にも全て救おうとした。

 

なら、僕が必要なものは決まっている。──力だ。

 

「テキサスSMASH‼‼」

「──へぶっ!」

 

そんなことを再確認しながら、包帯が巻かれた細腕が、緑谷出久の頬を直撃する場面を眺めていた。

 

場所は市営多古海浜公園。オールマイトに緑谷を呼び出してくれと頼んだところ、彼が指定した場所だ。日も落ちて肌寒くなってきたな、と肩を少し震わせる。過去視の後はどっと疲れが来るのか、体調を崩しそうだな、とぼんやり心配する。殴られた緑谷は心配しない。

 

「君ってやつは本当に言われたことを守らない!全て無に帰るとこだったんだぞ。全く、誰に似たのやら…」

 

「すみません…」

 

あの神野で、僕と爆豪救出のために姿を現した件だろう。林間合宿中に僕が似たような指摘をしたからか、緑谷はなぜか同席している僕にもちらりと視線を向け、申し訳なさそうな表情を浮かべた。そんな緑谷に、オールマイトの話に集中しろ、と目配せを送る。師匠の言葉は、全部心に刻んでおいたほうがいいことを知っているから。

 

「──緑谷少年、ワタシね、事実上の引退だよ。もう戦える身体じゃなくなってしまった」

 

「だというのに君は毎度毎度、何度言われても飛び出していってしまうし!何度言っても身体を壊し続けるし!だから今回は!」

 

緑谷は叱られる、と思ったのかぎゅっと目を瞑った。だから彼からは見えなかっただろう、オールマイトの優しさに溢れた顔が。宝物を抱きしめるように、細腕が弱弱しく、とても大事そうに緑谷を包んだ。

 

「──君が初めて怪我をせず窮地を脱したことが、すごく嬉しい」

 

僕の場所からは緑谷の目が潤むのが見えた。だから僕は目を逸らし、海浜公園の入り口に目を向けた。そして、人影と目が合う。怒りと、絶望が入り混じったような表情のその人は、僕を睨みつけた。だが、僕も怯む気はない。

 

──これが僕の意志だ。

 

「君は本当に言われたことを守らないよ。その泣き虫、治さないとって言ったろう?」

 

 

「───なぜ」

 

 

 

その震えた声が、僕の耳に届いた。

 

 

 

 

「───なぜだ!オールマイト!どうしてまだ緑谷を選ぶ!」

 

緑谷の慟哭を遮るようなその声が海浜公園に響き渡り、オールマイトも緑谷も声の主に目を向ける。オールマイトが、久しぶりの再会を懐かしむように声を震わせてその名を呼んだ。

 

「……ナイトアイ」

 

憧れの人から名を呼ばれたのにも関わらず、ナイトアイは苦しそうに顔を顰めた。そしてオールマイトから目を逸らし、緑谷、そして僕に視線を向ける。

 

 

「今回の一件でわかった筈だ!緑谷には荷が重かった、譲渡する相手は他にいると!きっとまだ間に合う、考え直してくれ!もう今しかないんだ…!」

 

ナイトアイは苦しそうに、叫ぶ。

 

「──ここで未来を変えないと、待つのは破滅だけだ!」

 

「…それが、君の視た未来、か」

 

「──あぁ。すぐに使いこなせる者に譲渡すべきだ!あなただってそうだっただろう!?オールマイト!」

 

無個性だった八木俊典は、《ワン・フォー・オール》を使いこなす才能があった。そうして№1ヒーロー、オールマイトが誕生した。この流れを、ナイトアイはもう一度望んでいる。悪に対抗する強大な力が必要だと知っているから。

 

「ナイトアイ…。君の言うことは否定できない、確かに緑谷少年も未熟だし、ワタシは先生としても未熟だ。聡い君から見れば、間違った選択をしているんだろう。だが、君のそんな苦しそうな顔が正しいとも思えない」

 

「違う…!私の言うことを聞いてくれれば、全て丸く収まるんだ、オールマイト!」

 

「──違うのは貴方の方だ、ナイトアイ」

 

「…っ!物間…!」

 

僕はオールマイトとナイトアイの間に一歩割って入り、緑谷たちを庇うように立つ。ここからは僕の時間、ここが正念場だと気を引き締める。

 

「なぜ邪魔をする、物間!貴様も理解しているはずだ、緑谷はオールマイトのようにはなれない!そんな未来は存在しないと!」

 

「確かに緑谷は個性の使い方も全然わかってない、信頼も安心もできない未熟者だ。だが、そんな彼を見捨てるその判断、それこそが──」

 

「────()()()()貴方の過ちだ。それだけは繰り返しちゃいけなかったんだ」

 

「な……!?」

 

僕は過去視で視た、あの病院の廊下での場面を思い出す。

 

満身創痍のオールマイトが崩れ落ちないように支えながら、ナイトアイは必死に彼を引き留めていた。

 

『──オール・フォー・ワンがいなくなっても、すぐに後釜が現れるぞ』

 

『象徴論はわかる!敬服している!…けれど、当の貴方が全然笑えてないじゃないか!…もう一度言う、引退すべきだ』

 

そして、ナイトアイはこう言った。

 

『これ以上ヒーロー活動を続けるなら私はサポートしない。できない。──したくない』

 

()()だ。僕はここで強い違和感を覚えた。オールマイトを救いたいと強く願っているはずのナイトアイが、なぜオールマイトから離れる選択をとったのか。非合理的だ。そして、その答えにやっとたどり着いた僕は、今ここ、海浜公園で追及する。

 

「どうしてあの時、そばで支えなかったのか。なぜオールマイトから逃げたのか。僕はずっと考えていた。そしてオールマイトを見るその顔を見て、やっとわかった」

 

凄惨な死を予知したあの日から、ナイトアイはオールマイトから離れた。接触を断ったものの、後継者探しに必死になるほどオールマイトを諦めていない。そして、オールマイトと顔を合わせるたびに苦しそうな表情を浮かべるその反応から。

 

 

「──っ貴様にわかるのか!顔を見るたびに想起される、死に際の光景が!悪夢として私を襲い続けるこの苦痛が!」

 

──“心的外傷(トラウマ)”、それも重度の。だけど、ここで憐れむべきじゃない。情に絆されないで、今度こそ間違わない。

 

「──それでも支えるべきだった。本当に守りたいのなら、離れるべきじゃなかった」

 

「──っ!!」

 

その残酷な過ちを、どうやって証明しようか。志村菜奈と──そして爆豪と話してやっとわかった。

 

『俺がいつ、オールマイトみてぇになりたいって言ったよ』

 

『…え?』

 

『──俺の目標は、オールマイトを超える№1ヒーローだ。一位を超えないと一位にはなれねぇだろうが』

 

そう、だから。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ」

 

貴方の二の舞にはならない。今度こそ、支える人が必要だ。だから、僕は《ワン・フォー・オール》を受け継がない。貴方とは別の選択をする。

 

後ろにいるオールマイトと緑谷をちらりと見て、再びナイトアイと対峙する。

 

「僕は緑谷陣営(こっち)につくよ、ナイトアイ。貴方ができなかったことを、僕は成し遂げてみせる。緑谷出久の相棒(サイドキック)として、貴方を超える。そしていつか──」

 

「───その悪夢(トラウマ)からも、救ってみせる」

 

貴方が間違っていたことを証明して、そうして初めて貴方を救うことができる。そんな気がするから。

 

 

ナイトアイは動揺を隠しきれない震えた──そしてか細い声で呟いた。僕はそれに、はっきりと返す。

 

 

「不可能だ」

 

「いいや、できる」

 

「未来は変わらない。()()()、変えられなかった」

 

「変えてみせる。──そのために僕がいる」

 

「…………」

 

そして、ナイトアイはゆっくりと、力なく背を向けた。当然だ、今、僕の言葉で救われるというものでもないだろう。心の整理の時間が必要だ。未来を変える具体的な手段が思いついている訳でもないので、こちらにも時間が必要なわけだが。

 

僕は遠ざかっていく背中に声をかける。

 

「二学期のヒーローインターン、枠二つ用意しておいてくださいよ」

 

そこで、必ず未来を変えて見せるという意志を込めて。返事は来なかった。僕はその背中が見えなくなるまで、彼を見つめた。

 

……これで、僕とナイトアイの仮初の協力関係は完全に崩壊した。当分、連絡を取り合うこともないだろう。けどいつか、必ず僕の味方として引き入れてみせる。彼を、悪夢から解放した後に。…それに、新たな協力者を得たわけだし。

 

 

 

「……ありがとう、物間少年」

 

病院で僕の考えを前もって聞いていたオールマイトは、そう僕に笑いかけた。僕も笑顔でそれに応じる。

 

「まだ礼を言うには早いですよ。まだ何も始まってない。それに──」

 

「えっと…?オールマイト?物間君?」

 

そして、イマイチ話に付いていけてない緑谷出久に目を向ける。オールマイトは一歩離れ、僕らが話しやすい場を作ってくれた。ぐ…これは、改まると少し恥ずかしいな。けれど、避けては通れない。未来を変える為の一歩目だ。

 

「──まず、助けにきてくれてありがとう、緑谷」

 

「…うぇぇっ!?」

 

そう言って頭を下げた僕に、緑谷は大きく困惑した声を上げる。顔を上げた僕は、思わず苦笑いした。

 

「ご、ごめん!なんというか、意外で…というか、逆に僕が助けられた側だから、礼を言うのはこっちというか…」

 

そう言って慌てる緑谷を見ながら、僕は考える。緑谷があの神野に来たこと自体が、きっとオールマイトが後継者に選んだ理由の本質なんだろう。常軌を逸したほどの救ける想い。これが、彼が主人公の物語なんだろう。

 

だから、僕は彼の物語の脇役となる。ならせめて、どんな役を得るかは自分で決めようと思ったんだ。師匠や先生はオールマイトや相澤先生、友達や彼女(ヒロイン)は飯田天哉や麗日お茶子。ライバルは、爆豪勝己や轟焦凍だろうか。力がない僕は他人を頼らないと生きていけないから、支えあう関係が好ましい。そんな関係に、あえて名前を付けるとしたら──。

 

「緑谷。僕は君に力を貸すから、君も僕に力を貸してほしい。──僕の…そして君の、相棒として」

 

──主人公を支える(キャラ)として、君を支え続けよう。まだそんなに強くない、弱キャラかもしれないけど。

 

そんな僕の捻くれた考えなど露知らず、緑谷は呆然とした。そして僕の言葉を理解した彼は、嬉しそうに、頼もしそうに笑顔を浮かべた。──そうだ、次は僕らだ。

 

さぁ続けようか、僕の物語を。この個性に今も刻み込まれている、僕が主役の人生(物語)を。あぁ、言い忘れてたけど。僕も緑谷と同じ…いや、誰だって同じだ。誰もが、自分の人生の主役なのだから。

 

──()()()、僕が最高のヒーローになるまでの物語だ。

 

 

 

 



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仮免試験編
新生活


あとがきにてご報告があります。


室内に入ったクラスメイト達は、それはもう興奮していた。

 

「す、すっげーーーーー!!!広っっっ!!?」

「おい!ソファー柔らけぇぞ!!!!」

「うっひぃ~、天井も高いね~」

「せんせー!首だけ切奈が上から見下ろしてくるの!」

 

雄英敷地内校舎から徒歩5分、築3日の学生寮『ハイツアライアンス』──夏休みが明けて、全寮制となった雄英高校を訪れた僕らは今日、クラス毎に用意された寮に初めて足を踏み入れた。それ自体は不思議なことでもないのだが、単なる学生の寮生活と思うことなかれ。

 

「…学生寮は1棟1クラス。右が女子左が男子と分かれてる。ただし1階は共同スペースだ。食堂や風呂洗濯などはここで行う」

 

僕らの担任、ブラドキングはこの興奮状態を予想していたのか、動じることなく手元のマニュアルを読んでいた。最悪、その冊子を置いて行ってもらえれば聞いてなくてもなんとかなるのだろう。

 

「部屋は2階からで、1フロアに男女各4部屋の5階建て。そして1人部屋──エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間となっている」

 

とは言っても、話はしっかりと聞いた方がいいわけで。しかし目を輝かせた一部の生徒の耳に入っているかは怪しい。まぁ、気持ちはわかる、今日から親元を離れた新生活が始まるのだ。興奮するのも無理はない。

 

「アンタら…!いい加減静かに──はぁ、もういいや…」

 

なんと拳藤が諦めるほどだ。珍しい光景を見た僕は苦笑しながら拳藤を見る。そして、同じタイミングで僕の方を見た彼女と目が合う。いつもなら「物間も何か言ってやってよ」とでも言われそうなものだが、彼女は気まずそうにすぐ目を逸らした。……。

 

「──ふふ」

 

「……なにさ、塩崎」

 

「いえいえ、物間さんの珍しいお顔が見れたので」

 

「……む」

 

隣でクスクスと笑い出した塩崎にそう言われ、言葉が詰まる。どんな顔だった?とはなんとなく聞きたくないので、急いで不機嫌そうな顔を取り繕う。

 

「早めに話をしないと、このまま気まずいままですよ?拳藤さん、ああ見えて頑固ですから」

 

「いや、見たまんまだ。知ってるよ」

 

──林間合宿が襲撃されたあの日、僕は事情もあって単独で敵陣に突っ込み、あっけなく敗北。そのまま連合の大ボスの所まで連れていかれた…という事件があった。当然拳藤にも心配をかけたわけで、病院ではこっぴどく叱られた。その喧嘩が今日まで続いている、という訳だ。仕方ないじゃないか、あれ以降自宅待機が命令されてたんだから。

 

僕と塩崎は並んで階段を上る。僕は横目で、彼女が口を開くのを見る。

 

「──では、意外と傷つきやすいのも知っているのでは?」

 

「………」

 

僕は黙った。都合のわるいことは黙る都合のいい男なんでね。

 

「ふふっ。リーダー二人が元気ないと、私たちの気も沈んでしまいます」

 

「いや。めっちゃ今うるさいけど」

 

割り当てられた自分の部屋に向かって駆けるクラスメイトを指さしながら言う。まさに今、部屋に超夢中だけど。

 

「空元気、というものです。では、私も部屋が気になるのでこれで」

 

塩崎は二階で足を止め、そう小さく会釈した。僕は四階だから、当然ここで別れることとなる。言いたいことは言い終わったのだろう、くるりと僕に背を向けた。

 

「ねぇ塩崎、…何かいいことでもあったのかい?」

 

そんな背中に声をかける。僕が珍しい顔を見せたように、塩崎も今日は珍しく…かなり浮かれているように見えた。塩崎は振り向いてこう言った。

 

「愛する級友達との新生活ですから。ご存じありませんでしたか?私、このクラスが好きなのです──皆さんと同じように」

 

本当に上機嫌だな、と彼女の顔を見て少し驚く。僕も小さな微笑みを返した。

 

「……ん、そっか。悪いね、引き留めて」

 

「いえいえ、では」

 

丁寧にも再びお辞儀をした塩崎。彼女が部屋に向かって歩き出したのを見て、僕も階段を上り始めた。

 

「皆さんと同じように…ね」

 

塩崎の言葉を思い返す。襲撃事件を経て、僕の知らないうちにクラス間の絆でも強まったのかもしれない。確かに、皆夏休み前と比べて(たくま)しくなったように思う。良いことだ。

 

自室に着き、荷物を置いた僕は窓を開けて景色を眺める。日光の眩しさに目を細めた。──うん、天気も良い。

 

 

 

 

「──ま、こんなもんかな」

 

その日の夜、荷解きを終えた僕は部屋を出て、一階の共同スペースに行くため階段へ向かった。ソファに座ってあの大画面テレビで休憩しようと思ったからだ。テレビはあの一台しかない訳だが、この場合チャンネル権はどうなるのだろう、と階段を下りながら考える。多数決が無難なとこだけど、そうした場合僕の見たい『無個性ボクシング大会』は一生見れないだろう。なぜならニーズが少ないから。ま、いざとなったら持ってきたパソコンで見るか。

 

「……ん?」

 

そんなくだらないことをぼんやりと考えながら二階へ辿り着く。その時、二階の廊下で妙な光景があった。

 

「円場…と回原か?どうしたんだい?」

 

廊下で蹲ってて顔は見えない、様子がおかしいことはすぐにわかった。彼らに近づいた僕は、二人が肩を震わせていることがわかった。……笑ってる?

 

「も、物間か…。くく…この部屋」

「…部屋?」

 

笑いをこらえながら目の前を指さす回原。指の先あったのは部屋…クラスメイト、黒色の部屋だった。よく見れば、ドアが少し開いている。二人はこの中を見て爆笑していたとわかった。

 

「なんだそりゃ。…あほらし」

「──待ぁーてって物間!一目でいいからさ、覗いてみてくれよ!」

「黒色なら今風呂行ってるからさ!」

「余計ダメだろうが」

 

呆れて場を離れようとした僕をしつこく引き留める二人。面白さを共有したいのか、僕を開放してくれそうにない。

 

「…?まぁ、ちょっとなら」

 

さすがに妙だな、と感じつつ折れた僕は、ドアを閉めるついでに中を一瞬見ることにした。

 

ごめん黒色、と心の中で謝りつつ僕はそ~っと小さな隙間から部屋の中を覗く。そして、()()を目にした。溢れんばかりの、“闇”を。

 

───こ、これは……!

 

 

 

「────ば」

 

 

「───────ッ!!!!!!?」

 

 

予想以上の黒い部屋に絶句していると、その天井から逆さまの黒色支配が唐突に姿を現した。ドアの僅かな隙間から覗いていた僕の目の前に。僕の息が一瞬止まる。

 

そして後ろからパン!パン!とクラッカーの音二つ。

 

 

 

いや、…え?なにこれ。は?

 

言葉を発しようと口を開いてはいるものの、あまりの急展開に脳がついていけていない。今僕は随分と間抜けな顔をしている。塩崎が見れば吹き出すことだろう。──だって、目の前にいる三人が大爆笑しているのだから。

 

その光景を見て、僕は理解した。

 

「…なるほど、いい度胸してるじゃないか」

 

どういうつもりか知らないが、本当に唐突なサプライズドッキリという訳だ。三人は笑いながら言った。

 

「いや~、悲鳴上げるほうに賭けてたんだけどな」

「ヒヒ…俺の勝ち」

「あれは誰でもビビるって!くく…」

 

 

 

 

───上等だ、野郎ども。

 

 

 

「ほら、もう充分でしょ!落ちつけって…てい!」

 

「ぐふっ!」

 

背後からの手刀を食らい、僕は気を失っている円場の胸倉から手を離した。首をさすりながら後ろを見ると、あきれ顔の拳藤がいた。

 

「なにはしゃいでんのさ。あーあ、随分暴れちゃって。鉄哲と…宍田!三人を部屋までお願い」

 

拳藤は床に伏せている男子三人を見下ろしながらため息をついた。それから、いつのまにか集まっていた観客(クラスメイト)にてきぱきと指示を送る。

 

「一佳~。一応先生に報告する?」

 

「…ふん。ただのじゃれあいだよ取蔭。お互い個性も使ってない、ただの、ね」

 

「お、悪ガキ物間だ」

 

しし、と笑う取蔭。ふん、と頭を動かすと、頭突きしたせいか少し眩暈がした。近くにいた拳藤がそんな僕を支える。

 

「ったく、一体何をそんなに──」

 

と拳藤が顔を上げた時、至近距離でぱっちりと目が合った。

 

──近いな、と真っ先に感じた。次に、こんな距離感は久しぶりだな、と考え、最後に喧嘩中だったことを思い出す。あ、まずい、きまずい。

 

さーっと顔を青くした僕。するとなぜか顔がほんのりと赤くなった拳藤。僕の視界の隅に大勢いる観客が映り、何かが危険だと、僕の直感が理解する。

 

「拳────」

 

 

 

 

 

「─────わ、すごいノコ。黒色の部屋、まっくろ!」

 

小森希ノ子のその声を聞いた瞬間、全員の意識がそちらに向いた。

 

「へぇ~、特徴あるねぇ」

「ウラめしさ抜群で、悪くない」

「ん……」

 

つられて黒色の部屋を眺めた取蔭、柳、小大が三者三様の感想を漏らす。女子の食いつきがかなりいいことに気づいた僕は、さっき向かいの1年A組寮が騒がしかったことを思い出す。なるほど…これか…。

 

「物間悪ガキ事件も解決したことだし…。じゃさ、皆の部屋お披露目会しようよ。個性ありまくりじゃん?吹出とかさ~」

「oh、楽しそうデース!」

「───」

 

ニヤニヤと笑顔を浮かべた取蔭の提案に角取が元気よく賛成し、吹出漫我は顔の白コマに「マジでか…!」と浮かべた。泡瀬と麟の男子二人も冷や汗を流している。

 

「マジデース!さっそくイキマショウ!」

 

外国人の角取と漫画好きの吹出は日頃からアニメの話で盛り上がることが多い。その分気心知れた仲なのか、角取にはまったく遠慮がなかった。

 

ぞろぞろ、と吹出の部屋に向かって移動するクラスメイト達。楽しそうでなによりだ、とその背中を見送る。そういえば、拳藤がさっきから黙りこくっているな、とここで気づいた。そして、未だに彼女に支えてもらう体勢だったことに、遅れて気づいた。

 

「……拳藤。もう一人で立てるから──」

 

「──へっ!?あ、ごめん!」

 

「いや、それはいいんだけど」

 

「じゃ、私もあっち行こうかな…!アンタみたいに羽目外したら大変だし…」

 

「…ん、そうかい」

 

そう言って、お部屋お披露目大会の集団を追いかけようとする拳藤。一瞬引き留めようかとも思ったが、彼女の様子がおかしいのもあって、見送ることにした──その時だった。

 

「あちらのことはお任せください、一佳さん」

 

「…茨」

 

馬鹿二人が鳴らしたクラッカーのごみを回収していた塩崎が、拳藤を引き留めた。今この場に残っているのは三人だけだ。

 

「物間さんを四階まで送り届けてくださいませんか?階段で転んだら大変ですし…」

 

自分の頭を指さしながら、そう告げる塩崎。拳藤はうっ、と言葉に詰まった。僕はといえば身体の調子を確認し、問題ないな、と心の中で呟いた。“こっちは大丈夫だから”と僕が口を開こうとしたその時。

 

塩崎は小さくため息をついた。そして僕に、たった今回収したクラッカーのごみを見せつけてきた。──まさか。

 

「…拳藤」

「な、なに?」

 

「もしかして、クラッカーの音でここに来たのかい?」

「んーと、そうね。最初にパンって音がして、ドッタンバッタンってやかましかったから皆集まったわけだけど」

 

そんな僕らの会話を聞いて、塩崎は満足そうに頷いた。こ、これは…!

 

僕はがっくりとうなだれた。

 

仲直りの、()()()()をされているのか、この僕が。は、恥ずい…!

 

馬鹿騒ぎを起こして委員長モードの拳藤を呼び出すことで、僕らが話しやすいようになる、この状況。かなり気を遣われている…!

 

「──では、私はこれで」

 

塩崎の言葉に、僕は顔を上げる。一瞬目が合い、そのまま彼女は去っていった。

 

………。ここまで背中を押されて、チャンスを無駄にするほど僕も馬鹿じゃない。

 

「拳藤」

 

気まずい空気を吹き飛ばすように、静かに彼女の名を呼んだ。

 

「──な、なに」

 

少し緊張しているような声の拳藤に、僕はこう言った。

 

「少し、散歩でもしないかい?」

 

 

 

「さすがにちょっと寒い。もう夏も終わりかな」

 

玄関の扉を開き、そう拳藤に話しかける。その拳藤は向かいのA組寮を見て、あ、と声を漏らした。僕もそちらに目を向けると、A組の数人が寮の玄関前で何か話しているようだった。麗日と梅雨ちゃん、轟と飯田に、切島と緑谷の六人が集まっている。

 

その時、緑谷と目が合ったので、挨拶程度に僕は手を挙げた。緑谷は同じように返してくれたが、妙に表情が優れない。そもそも、なんだか場の空気が深刻そうだ。

 

「なにしてんだろ、麗日たち」

「さぁ…、でも、明るい話はしてなさそうだ。ま、少し歩こうか」

 

暗い話に僕らが関わる理由もないだろう、挨拶も程々にして、僕らは寮から離れるように歩きだす。ちらりと振り向くと、A組の面々は丁度話が終わったのか、寮に戻るところだった。唯一、緑谷が頑張ってね、というジェスチャーをしてきた。なるほど。

 

「…ちゃんとケジメをつけたわけだ」

 

あの日の、神野の悪夢でかけた迷惑や心配を、しっかりと。今度は僕の番、だな。

 

少し寮から離れて、レンガで造られた道を僕と拳藤は並んで歩く。涼しい風が軽く吹き、僕は足を止めた。一つ息を吸って、僕は口を開いた。

 

「今日さ、塩崎に言われたんだ。──このクラスが…B組が好きなんだ、って」

 

「…うん」

 

僕の言葉に、静かに相槌を打つ拳藤。僕は星空を眺めながら続ける。

 

「それで、その時思ったんだよね」

 

「…うん」

 

僕は一瞬目を瞑り、口を尖らせながら言った。

 

 

 

「“いや、僕の方が好きだけど”ってね」

 

「…うん?」

 

拳藤の相槌が疑問符を持った。僕は構わず言葉を並べ立てる。

 

「泡瀬はクラスの中でも判断力があって、僕らを見てくれてる。鎌切は好戦的で爆豪に近い危うさがあって、角取は日本語の覚えは早いし、笑えるくらい素直だ。柳に借りたホラー映画は外れがないし、小大は僕にいつも塩対応だ。それに──」

 

「はいストップ」

 

拳藤が心底呆れた顔でこちらを見る。僕は仕方なく口を閉じた。

 

「これ、なんの話?」

 

「──僕がどれだけB組を大事に思ってるかの話さ。危険を犯してでも守りたい、っていうね」

 

「………」

 

「───最初に興味を持ったのは“個性”だったんだ。ある人に言わせてみると、僕は他人の個性への憧れが強い生き方らしくてね。そして最近は、少し考え方が変わったんだ」

 

──個性には人格や過去が刻みこまれ、その人生を視ることができる。そう理解した瞬間、僕の興味の対象は個性だけに留まらなくなった。

 

「今は、他人そのものを理解したい、って気持ちなんだ。個性だけじゃなく、その人が何を感じ何を見て、何を楽しいと思うのかが気になった。──そうやって、僕はこのクラスを好きになっていったんだ」

 

「だからこそ守りたかった。誰も傷つけたくなかったから、君たちを遠ざけた」

 

そうして最後に、僕はごめん、と頭を下げた。

 

「……それは、わかってる」

 

拳藤は目を伏せながら、悔しそうにそう言った。

 

「何を抱え込んでたのかは知らないけど、私たちを守ろうとしてたのはわかるよ。素直にうれしいって気持ちもある」

 

「拳藤…」

 

「──ただ、一人でボロボロになるほど大変だったのに、頼ってもらえなかったことが悔しいだけ…!」

 

そう言葉を詰まらせる拳藤を、僕は静かに眺める。心の中で深呼吸をして、覚悟を決めた。力もないのに虚勢を張り続けて、一人で何とかしようとしたツケが、今ここで回ってきただけのこと。

 

「物間、アンタは強いから──」

 

「違うんだ、拳藤。僕は弱い」

 

それを聞いた拳藤は顔を上げた。目を見開かせて、何なら顔を青ざめさせている。その反応も当然だろう、以前までの僕なら絶対に言わない言葉だ。今でも、クラスメイトに、こんな情けないことはできることなら言いたくない。

 

それでも。僕の物語には拳藤一佳が必要だから。

 

「事情は言えないけど、何としてでも守りたいものがもう一つ増えたんだ。傍で見てやらないと危うい、手のかかる奴が。…僕はなんでも出来るわけじゃないから、いざという時はきっとクラスよりそっちを優先することになる」

 

両方大切だけど、僕には一人で全部救う力はない。だから。

 

「──君を頼りたい。君に任せたいんだ」

 

ぽかん、と口を開けて驚いている拳藤に、僕は笑う。本当に今日の僕は珍しい、こんなに本心をさらけ出したのは今日が初めてだ。──だがそうしないときっといつか限界がくる。1人で立てない時は、彼女に支えてもらいたいから。

 

「さっきも言ったけど事情は言えない。けど、僕が行き詰まったら、力を借りる時が来るかもしれない。だからその時は、B組ごと力を貸してほしい」

 

《ワン・フォー・オール》のことは、当然言えない。けど僕だけじゃどうにもならない時には、彼女たちに頼ることがあるかもしれない。B組が力を貸してくれれば、僕はなんだって出来る気がするから。

 

静寂。

 

僕は恐る恐る拳藤の様子を窺う。けど、僕は信頼していた。事情も説明できないこんな僕の意味不明なお願いも、彼女なら受け入れてくれると。なぜなら。

 

「──ふふっ、何それ。無茶苦茶だな」

 

そう笑う拳藤一佳を見ながら、僕は思う。

 

──なぜなら、彼女は皆が頼れる、一年B組の委員長なのだから。

 

 

 

 

「なんか妙なことに首突っ込んでんだ?」

 

和解も済ませ、話も落ち着いたので僕らは寮への道を引き返す。その道中、拳藤はそう僕に聞いた。僕は曖昧に頷く。

 

「うん、だからもし妙なことがあったら連絡してほしいんだ」

 

「妙なこと…って?」

 

「……まぁ拳藤にはクラスの事を見ててほしいんだ。みんなの悩み事とか、僕は気づいたりできなそうだし」

 

「?そもそも悩みを相談されるような立場じゃないでしょ」

 

「あれ?一応副委員長なんだけどな?」

 

どこで彼女と格差がついてしまったのだろう。日頃の行いでしょ、と彼女は呆れたように笑う。それもそうか。

 

「ま、クラスをよく見てほしいんだ。そしてなんか変だな、ってことがあったら僕に教えてほしい」

 

「物間のお悩み相談室でも開くんだ?」

 

「あぁ、すぐに解決してやるさ」

 

そんなくだらないことを話していたら、僕らは寮にたどり着いた。時間的に部屋披露大会は終わる頃だろうか、ちょうどいいな。けど、僕は玄関の前で足を止めた。

 

「あれ、入んないの?」

 

「あぁ、もう少し頭を冷やそうと思ってね。実はまださっきの喧嘩の熱が引いてないんだ」

 

「ふーん?ま、いいか。風邪ひく前に戻りなよ?」

 

そう言って、拳藤は寮に入った。僕はそれを見送ったあと、壁に背をもたらせ、腕を組んで考える。考える内容、それは──。

 

 

 

 

───内通者。

 

 

 

林間合宿襲撃を手助けした、連合の手先が、あのメンバーの中に潜んでいる。教師、プッシーキャッツ、そして生徒(ぼくら)の中に。当然これは、B組も例外ではない。簡単に尻尾を出すとも思えないが、拳藤を通して不審なことは僕に伝わるように手配できた。その分、僕は教師陣とA組を探る。立場上は緑谷やオールマイトの方が探りやすいだろうが、彼らにはなんとなく期待できなそうだ。

 

だが、収穫は恐らくないと考えているのも事実だ。

 

理由は二つ。一つ目は、先日大きく内通者として動いたため、当分は大人しく身をひそめるだろう、という予想。そして二つ目に、()()()()()()()()()()()()。僕の《コピー》の応用で使える“過去視”は、大まかにだが警察の塚内さんという方に明かしている。すると当然、関係者であるイレイザーやマイク先生にも伝わってしまったはず。ブラドキングメモにも追記されるだろう。つまり、雄英教師陣の間では、伝わっているわけだ。

内通者を追い詰めることができる、僕の力が。やましいことがない人間はそんなに気にしないだろう、すぐに忘れてしまうかもしれない。ただ内通者のみが恐れる、僕という存在を。

だというのに今日まで何の行動も起こさない内通者。ということは、教師の中にはいないと見ていいだろう。

 

となると内通者は──。

 

「──()()。けどそうなると…」

 

過去視は人生を覗き見る現象だ。特徴として、人生経験の少ない若者には作用しないことがわかっている。過酷な人生を送ってきたのなら、話は別になるだろうけど。

 

つまり、生徒から強引に聞き出すことはできず、手詰まりなわけだ。寮生活ということもあって、自由に動き回れないのもある。雄英側は、そうして内通者を対策しているわけだけど。

 

「そうなると今欲しいのは──信頼の置ける外部の協力者」

 

真っ先に思いつくのはサー・ナイトアイだ。《予知》を駆使すればほぼ確実に内通者を突き止めることができるはずだし、情報収集力にも長けている。生徒の過去を突き止めることもできそうだ、僕の中学の体力テストの結果まで知っていたわけだし。

 

「その為には、あの人を()()()こっち側に引きこまないと…」

 

無理やり協力を強いることは、不可能ではない。けど、あの人の根強いトラウマ…オールマイトの変えられない死を克服させてからでないと、僕の気が収まらない。つまり第一目標は──未来は変えられることの証明。そのあとで、内通者を捕らえることができるはずだ。オールマイトとナイトアイ、緑谷と僕(二代目)の4人なら。

 

それまでは、こちらから迂闊に探れない。どんな些細な動きも見逃さず、ボロが出るのを待つくらいしか。

 

「……疲れた」

 

考えがまとまったところで、僕はそう呟いた。

 

今日から始まった新生活、あの楽しそうにはしゃいでいたクラスメイト達。僕を励まそうとしていた馬鹿達や、背中を押してくれた彼女に混じって。

 

“敵”がいることを意識して、疑い続けるのはかなり疲れる。

 

もし。もしも。

 

あの中に──僕の愛するクラスメイトの中に“それ”が潜んでいた時、僕はどうするんだろう?

 

そこで考えるのを止め、僕は自室に戻る。そして、疲れた頭を癒すように眠りについた。

 

 

 




こんばんは。『強キャラ物間くん』について、ご報告があります。
本作では内通者関連の話を回収していくのですが、十中八九原作の内容とは違います。というか原作のは誰なんですか??と日々悶々としています。
オリジナル展開ですが、少しづつ、そっとちりばめていく伏線に読者の皆様が気づいて、予想したりと楽しんでもらえたらとてもうれしいです。
しかし、賢すぎる方もいます。そう、勘の良い方です。私は好きです。あ、わかっちゃった…という方は、ネタバレを避け、“天才だからわかりました”とコメントしてください。ニヤニヤします。
どうしても確認したい方は感想欄でなく、直接私に送ってもらえたら幸いです。間違ってたら笑います。

挑戦状のようになってしまいましたが、読んでくださること自体とてもうれしいです。
感想も返信できていませんが、全て目を通して励まされています。誤字報告にもいつも助けられています。ありがとうございます。

それでは。


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絶望

本誌ネタバレ注意です。


「ム…必殺技ガナイ?…ナルホド、ソウカ」

 

雄英高校が全寮制に完全移行したあの日から、一週間が経過した。そんな中一学年ヒーロー科は兼ねてより林間合宿から計画されていたヒーロー仮免取得に向け、“一人最低二つ、必殺技の習得”というノルマが課せられた。そうして現在、僕ら一年B組はセメントス先生考案の施設、体育館γでその課題に取り組んでいた。

それぞれが自分の個性を考えて工夫し四苦八苦する生徒を、担任のブラドキングに加え、セメントス、エクトプラズム、ミッドナイトという豪華メンバーが見て回る形だ。そしてエクトプラズム先生が考え込んでいた僕に声をかけ、冒頭の議題となる。

 

「えぇ、僕の個性は状況によって左右されるので、必殺技もその場で編み出すってスタイルかな、と」

「ナラ、コノ訓練の趣旨トハ反スルガ、基本的ナ体術ヲ鍛エルカ?」

 

この場合の“必殺技”というのは自分の奥の手、という意識を持つことで試験や実戦で心の余裕を保つためのものだろう。同時に、ヒーローとしてのイメージを確立させるものでもあるが、生憎僕の《コピー》はどちらにも適していない。心の余裕も知名度もないヒーローになりうるという訳だ。まずいね。

 

「そうですね…。分身を二体お願いできますか?」

「ホウ、自信家ダナ。一体デハ余裕カ?」

「やだなぁ、単独で複数相手にする訓練をしておきたいだけですよ。周りに仲間がいない状況に備えて、ね」

「あら、仮免試験じゃその可能性は低いわよ?」

 

その時、僕らの会話が聞こえていたのだろう、ミッドナイト先生が口を挟んだ。

 

「仮免は受験者が多いから、どの学校もクラスまとめて同じ会場で一斉に受けるの。確かB組は…」

「国立舞鶴競技場ダ」

「そうそこ!ってわけで、クラスメイトと協力できるのよ。詳しい試験内容はわからないけど、物間君なら楽勝じゃないかしら」

「無駄ナプレッシャーヲカケルナ」

「はは…。ちなみに、B組の会場()ってことは、A組とは違うんですか?」

「そうね。あっちは国立多古競技場よ」

 

ふむ…。じゃあ緑谷とは違う会場ってことか。あっちが仮免取得してくれないと、後期のヒーローインターンの参加権すら無くなってしまう。そうならないために必要ならサポートしていこうと考えてたけど…こればかりはどうしようもないな。僕に有利な試験形式らしいが、慢心せず自分のことに集中することとしよう。

 

「ソレデ、訓練ハドウスル?」

「あ、それじゃ分身を──」

「待って物間君」

 

考え込んだ僕に、エクトプラズム先生が話を戻した。僕は当初の予定通り体術の訓練を頼もうとしたところ、ミッドナイト先生が声をあげた。僕とエクトプラズム先生は首を傾げ、彼女の言葉を待つ。そして、目をギラギラと少年のように輝かせたミッドナイト先生はこう言ったのだ。

 

「つくってみたらどう?──合体必殺技」

 

CASE.1 取蔭切奈の場合。

 

「ししっ。どう?女子になった感覚は?」

「…意味がわからない。というか意味がない」

「えー」

 

身体を分解することができる個性、《トカゲのしっぽ切り》で僕と取蔭はお互いの頭部を交換してみた。結果として、頭は物間寧人、身体は取蔭切奈の意味不明なモンスターが存在してしまった。なんだこれ。その逆を楽しんでいる取蔭と呆れている僕を見たミッドナイト先生は首を横に振った。

 

「ダメね。一発ネタ程度ってとこかしら」

 

こんなネタがあってたまるか。

 

「そもそも取蔭の身体の感覚はあくまで君が持ってるんだし、神経が繋がらないなら意味ないだろ、これ」

「二人三脚みたいに意思疎通しないと自然に動けないよね~やっぱボツ?」

「ならいっそ、不自然な存在になってしまえばいいんじゃないかしら」

「はい?」

「ほら──こんな感じで──」

「………」

 

ミッドナイトの指示に従い、僕と切奈は限界まで身体を分解する。そのパーツをミッドナイトがうんうんと唸りながら、プラモデルかのように組み立てていく。取蔭の分解された側頭部が冷や汗をかいているのを見て、彼女もこの先生のおかしさに気づいたようだった。

 

「ふぅ、こんな感じかしら」

 

結果として出来上がったのは、僕と取蔭のパーツを組み合わせ、一体の出来損ないロボットのような怪物だった。二人分の身体を一つに組み合わせ、腕が四本、僕の足のパーツは取蔭の足二本をサポートするように使われていた。

 

「──どうかしら?目を後ろにも設置したから、視界は360度見えるわよね?……それと、やる前には“──合・体!”って叫ぶといいと思うの。もちろん、声も揃えてね」

 

一体の怪物となってしまった僕と取蔭はミッドナイト先生にそう頼まれ、しばしの沈黙。何この人、こわいんですけど。マッド先生だろもはや。そうドン引きする僕の後ろから声がする。背後に組み立てられた取蔭の口が、こうつぶやいた。

 

「なるほど…。ついに物間と一つになっちゃったか…」

「全てを放棄したねぇ!?取蔭!?いや、取蔭さん!?」

「ちょっと動かないでよ~。一応当たってるんだけど?」

「そこの18禁ヒーローに言ってくれるかい!?そもそもどのパーツの感触かなんてわかんないし!」

「あら、できることなら味わいたかったようね」

「わ、スケベだ」

「黙って!?…ちょ、何か動いてるんだけど!何これ!?」

「ん、くるぶし」

 

くるぶし!?

 

CASE.2 円場硬成&宍田獣郎太の場合

 

「む…なんですかな物間殿。新たな特訓ですか?」

「ってかなんか疲れてね?」

 

なんとかミッドナイト先生を撒いた僕は、各自で必殺技考案に勤しんでいた円場と宍田を呼び出した。僕個人としてはさっきの件でモチベーションが全くないのだが、エクトプラズム先生の『将来ノチームアップノ予行演習ニモナル。一度経験シテミルトイイ』という言葉で、授業の一環として取り扱われている。あまり期待はできないが真面目に取り組むこととしよう。

 

「ん、まぁちょっと試したいことがあってね。君らの個性、貸してくれるかい?」

 

2人の了承を得て、僕の身体に《獣化(ビースト)》と《空気凝固》が宿る。2秒ほど目を瞑って予行演習(イメージ)、そして僕は息をおもいっきり吸い込む。

 

「──よし」

 

《獣化》した太い足で、僕は勢いよく跳躍。当然翼をもたない四足歩行の生き物はそのまま空中に留まることなどできやしない。だが僕なら、その不可能を覆せる。

 

「と、飛んでる…?おい、物間飛んでるぜ!」

「なんと、これは…」

 

呆気にとられる円場と宍田を視界に入れながら、驚くのはまだ早いと僕は笑う。

 

《コピー》は同時発動できない。《空気凝固》で空中に見えない足場を計算しながら配置し、すぐさま《獣化》に切り替えてその足元に飛び移る。空中を飛び回る獣は、その機動力の高さも相まってナイトアイの記憶の中にいたグラントリノのように動き回る。パフォーマンスを見せるように円場達の周囲を翻弄するように飛び回り、最後に軽やかに着地する。そんな僕を拍手で迎える二人。

 

「いやはや、さすが物間殿ですな。まさかこんな使い方があったとは…」

「空でも戦える宍田ってことだろ?けっこう強いんじゃねーのこれ…」

 

感心する宍田と驚きながらも引いた様子の円場に対し、僕は首を傾げた。

 

「なに言ってんの。けっこう強いから君たちに教えたんじゃないか」

 

宍田の機動力と攻撃力はB組内でもトップクラス。それを円場の《空気凝固》で最大限サポートするというスタイルは、簡単に対処できるものじゃない。

 

「僕が出来るってことは、二人にも出来るってことなんだから」

 

円場と宍田が顔を見合わせた。

 

「ま、僕一人だからこそタイミングよく足場を生成できるわけだし?二人の息が合えば、の話だけどね」

「今後の訓練次第、というワケですな」

「お前ばかり強くなってもらっちゃ困るしな!やってやろうぜ宍田!」

 

僕の挑発に笑顔でノッてきた宍田と円場。ま、こんなもんか。気合十分の彼らに背を向け、僕はその場から離れる。

 

「物間、サンキューな!」

 

僕の背中に声をかける円場。後ろを振り返らず、僕は手を軽く振って返す。ま、彼らのダサい技名でも楽しみにしておこう。

 

CASE.3 小大唯&柳レイ子の場合

 

「あれ、もしかして僕、いらない?」

「まぁぶっちゃけそうかも」

「ん」

 

僕が適当に見て回っていたところ、《サイズ》を使った小大が石ころを大きな岩に変え、柳が《ポルターガイスト》で的を模した壁に正確に当てている光景が目に入った。

 

出席番号19番、柳レイ子。ヒーローネーム“エミリー”の彼女の個性、《ポルターガイスト》は身近にあるものを操ることができる。制限としてはヒト一人分の重量までしか操れないことだ。外見は灰色の髪が片目を覆っており、確認できる右目の隈が特徴的だろうか。本人はその不気味さを狙って出しているのか、ホラー好きの側面もあって、より不気味である。あと拳藤と仲が良い。

 

「柳の操れる重量を完全に理解した小大が《サイズ》で重量を微調整しているのか。息の合ったコンビだね」

 

そういえば小大も拳藤とは仲が良かったな。日頃から仲良くしている分、こういう実践形式でも問題なく協力できるわけだ。

 

「そゆこと。で、なにしにきたの」

「ん」

「冷たいなぁ…」

 

ホラー映画を見ているときしか笑顔を見たことのない柳と、学年一のミステリアスガール小大は僕への対応が冷たい。柳はホラー系のビデオを貸してくれと頼めば嬉々として了承してくれるのでこれが素の対応だろうが、小大に関してはマジでわからない。常に僕を警戒しているような塩対応な気もする。ちょっと?君たちと仲のいい拳藤、僕とも仲いいよね?

 

「ま、ちょっとアドバイスかな。あ、エクトプラズム先生、こっちに一体お願いしまーす」

「イイダロウ」

「「?」」

 

たまたま通りかかったエクトプラズム先生に声をかけ、分身を一体もらう。

 

「で、これ倒せばいい?岩で跡形もなく」

「…ん」

「怖い一言を付け足すなよ。小大もかなりやる気だな?」

 

僕は二人を落ち着かせ、説明する前に彼女たちの個性を借りる。そうして、《サイズ》で手ごろな石を六つほど大きくし、《ポルターガイスト》で少し複雑に組み立てる。途中でエクトプラズム先生に中に入って寝ころんでもらった後、岩のいくつかを大きくして、重量を《ポルターガイスト》の範囲外とする。こうしないと簡単にクリアされちゃうからね。

 

「ナルホド、イイ考エダ」

「どーもどーも」

 

訓練と計算された岩の組み立て方に感心したエクトプラズム先生の言葉に、そう返した後、僕は小大と柳に改めて説明する。

 

「今からエクトプラズム先生は要救助者、この不安定な岩を取り除いて、中に埋まってる先生を助けるって訓練だよ。ミスったら崩れ落ちる」

「対敵じゃなくて、救助訓練てこと?」

 

僕は柳の問いかけに頷く。

 

「仮免ってことはヒーローとしてのあらゆる能力を見られるはず。戦闘能力に加え、授業でも取り扱ってる要救助者への対応、もね」

『今年ハ例外ダガ、基本ハ二年デ仮免取得ヲスル。ソノ分君タチハ授業デノ救助訓練ノ経験値ハ不足シテイル』

「──とのことだ。必殺技もいいけど、こういうのも意識しておいて損はないよ、って話さ」

 

岩に埋もれてくぐもった声のエクトプラズム先生の言葉を引き継ぐ。必殺技を編み出すメリットは多いものの、救助面ではカバーできないだろう。

 

「ま、僕からの挑戦状みたいなものさ。君らの力を合わせて、先生を救いだしてみるといい」

「…ん」

 

意外にも、僕の挑発にノり気だったのは小大だった。柳に目配せを交わし、一つの岩に触れる。さて、どうなるか。一応少しだけ、簡単にはクリアできないようにしたつもりだ。

 

『マテ、中カラ見テワカルガ、並ベ方ニ彼ノ性格ガニジミ出テイル。カナリ』

「ちょっと、ヒントはなしですよ先生」

『ナ二?…ダガ失敗スレバワタシガ──』

「ひっかけがあるんだって。唯、この岩じゃないんじゃない?」

「…ん」

「ここ先に小さくしたら…あっちが倒れそうじゃない?」

「…ん」

「あ、そこいいね。じゃあすぐ私がすぐどかすから、やっていいよ唯」

「ん」

「──あ」

『エ?』

 

南無。

 

 

「見てたわよ~?いい青春してるじゃない」

「…ミッドナイト」

「あら、呼び捨て?」

「いいように使いまわされたら、悪態もつきたくなりますよ」

「バレてたのね」

 

その後、何組か回ったものの、僕自身の必殺技を編み出すには至らなかった。そもそも、僕ができるということは同じ個性をもつクラスメイトにもできるのだから、オリジナルの個性をもつ彼らが習得した方が効率的なのだ。とんだ無駄足を彼女に踏まされた。どっと疲労が積もって休んでいるところを、ミッドナイト先生が声をかける。

 

「生徒に教師役をお願いするなんて、あまりおおっぴろげに言えないもの」

「ま、暇だったからいいんですけどね」

「お互い、いい刺激になったんじゃないの?」

「否定はしませんよ」

「あら、素直。にしても物間君、教師に向いてるんじゃない?オールマイトよりよっぽど向いてるわよ?」

「はは、あの人に比べれば誰だってそうですよ」

 

ミッドナイトの辛辣な言葉に、僕は思い出し笑いをする。

 

 

 

 

「──あら?物間君って、そんなにオールマイトと仲良かったかしら?」

 

 

 

「…最近、縁があるのか緑谷と喋ることが多くて。その関係で、オールマイトともよく話すんですよ」

 

一瞬言葉に詰まったものの、僕は用意していた言葉を紡ぎ出す。不自然さは残らなかったはず。

 

「あぁ、彼、オールマイトに憧れてるものね」

 

少々踏み込んだ会話だったが、特段怪しい反応は見られない。──念のため過去視を試すか?いや、過去視後は副作用として大きな疲労が僕を襲う。僕の力を知っている教師陣から見れば怪しく思われるだろう。僕自身が内通者でないことを証明できない限り、僕もあまり怪しい行動は避けたい。少なくとも、今ではない。

 

「そうだ、ついさっき、コスチュームの件が完了したって連絡が入ったわよ?まだ授業時間は残ってるし、受け取りにいってみたら?」

 

そう思い出したように告げたミッドナイト先生に、僕はそうします、と返し、運動場γを出る為ミッドナイトに背を向ける。視線を感じながら、僕はサポート科のパワーローダー先生がいる部屋、ディベロップメントスタジオに向かった。

 

 

 

「じゃ、ちょっと用あるから」

「オウ!」

 

その日の昼休み。鉄哲と学食を食べ、適当な理由を付けて別行動をとる。周りに誰もいないことを確認しながら約束の場所、仮眠室に足を踏み入れた僕は、すでに来ていたオールマイトの正面、そして緑谷の隣のソファに腰掛ける。

 

「お、物間少年がこっそり来たね」

「あれ、遅れました?」

「ううん、時間ぴったりだよ、物間君」

「そりゃよかった」

 

軽い挨拶はほどほどに、オールマイトが本題を切り出す。

 

「先日物間少年に言われたことを受けて、まだ途中だがまとめてみたんだ。──歴代継承者について」

 

そう言って、一冊のノートを取り出すオールマイト。

 

そう、この仮眠室の密会は僕にとって今日が二回目だ。その時は今持っている情報の共有と、自身の能力の説明を済ませた。その際、《ワン・フォー・オール》の中に、歴代継承者が生きていることを説明し、オールマイトに情報を求めたのだ。

 

僕と緑谷の真ん中にノートを広げ、大まかにだが目を通す。多少気にかかる点はあるが、ノート自体が未完成なら今追及することはないだろう。適宜確認していくとしよう。携帯で写真として残そうとも思ったが、あまり持ち運びたくない情報だ、控えよう。

 

「志村菜奈、《浮遊》…なるほど。ぴったりの個性だ」

「でも、ホントなんですか?この、《ワン・フォー・オール》の中でみなさんが生きてるっていうのは…」

 

僕が納得を示す隣で、緑谷が改めてそう疑問を抱く。オールマイトは困ったように頷いた。

 

「ワタシも先代との会話がなければ、そう簡単には信じられない話だ。それもなんとなくの“感覚”でもない、はっきりとした意思疎通ができるとはね…信じられないのも無理はないよ、緑谷少年」

 

確かオールマイトは、先代の志村菜奈と“ロマン”の話をしている。知らないおっさんが話しかけてきたという先代の体験談から理解もしやすいのだろう。

 

「すまないが、緑谷少年の為にももう一度説明してもらえないかい?物間少年」

「ごめんね、物間くん」

「ん、いーさ別に。前回の説明も完璧じゃなかったからね」

 

そうして、僕に矛先が向いた。二人に頼まれた僕は、改めて仮説を説明する。どこから話すべきか悩むが、まずは僕の個性の説明から入ろうか。

 

「僕の《コピー》は触れた人の個性を五分間使い続けられる、ってのは前言ったよね?」

「うん、発動系も異形系も使える、すごい個性だよね」

「そう、そこから使っていくうちに、僕の個性の本質は“他人の個性への干渉”ってことがわかったんだ。多分だけど、コピー能力はその副次的なものだと思う」

 

《ヘルフレイム》《予知》《ワープゲート》《改人脳無の大量の個性》と《ワン・フォー・オール》の残り火、では《コピー》を使って“同調(シンクロ)過去視(リコール)”が起きた。その経験からして、《コピー》は他人の個性に干渉し、過去を覗き見ることができると推測される。

 

「副次的って…コピーはついでってこと!?」

 

緑谷が僕の説明に目を見開かせて驚く様子を見ながら、僕は至って真面目に頷く。

 

「さらに詳しく言うと、多分“干渉”にも手順があるんだと思う。一度他人の個性を──正確には“個性因子”を複製して僕の中に宿すんだ。多分その個性因子(コピー)が、本来の個性因子(オリジナル)と全く同じ構造を持っていて、僕の中で“干渉”が発生するんだと思う」

「な、なるほど…。あれ?それじゃあ物間君が《ワン・フォー・オール》の中でオールマイトの先代に会ったってことは」

 

そう、緑谷はいい所に気が付いた。ここからが本題だ。僕はノートを見ながら言う。

 

「受け継がれる個性…《ワン・フォー・オール》には歴代継承者の個性因子までもが受け継がれている。そして個性因子さえあれば借りモノ(コピー)でも自由に扱える──この意味、わかるかい?」

 

ハッと僕の仮説に気づいた緑谷と、そんな僕らを静かに見つめるオールマイト。

 

一息ついて、僕はその仮説を口にした。

 

「緑谷、君にはこれから新たな個性が発現する。…あくまで、可能性だけどね」

 

そう一言添えて、僕の説明は終了した。

 

 

「少し、休憩を。…いや、もうすぐ昼休みも終わる。今日はこのへんで終わりにしようか」

「そうですね、混乱してる奴もいますし」

「ご、ごめん…」

 

そうアハハ…と笑う緑谷は席を立った。教室に戻るのだろう。

 

「あれ?物間君行かないの?」

「ん、一応時間ずらして戻るよ。一緒に戻るのもどうかと思うし」

「そ、そっか」

「ドライね、君」

 

オールマイトにそう指摘され、僕は苦笑いしつつ心の中で反省する。《ワン・フォー・オール》関連の話には慎重になりすぎている自覚はあった。緑谷との信頼関係が崩れるのは僕も避けたいところだ。

 

「それじゃ、先に行くね」

「……シュートスタイルに移行したんだって?今日、発目さんから聞いたよ」

 

仮眠室を出る直前の緑谷の背中に声をかける。

 

「──ま、悪くないんじゃない?オールマイトとは違うスタイルで」

 

緑谷の相棒としてナイトアイを超えようとする僕に対し、緑谷本人も独自のスタイルでオールマイトを超えようとしている。2代目コンビとしては、上々の滑り出しと言えるだろう。

 

「…!──ありがとう、物間くん!」

 

振り向き笑顔でそう言う緑谷に、はやく教室戻れとジェスチャーを送る。いや別に、照れくさいとかじゃないから。マジで。

 

「そういえば僕も聞いたんだけど物間君のコスチュームの時計、五分を測るんじゃなく、五分単位で測れるものにしたの!?それってもしかして──」

「ええい!いいからはよ戻れ!」

 

僕の注意に笑って頷き、やっと緑谷は仮眠室を出た。僕は時計を見ながら悪態をつく。あと五分くらいは時間がありそうだな、と横目で確認する。

 

「──ったく…」

「はは、うまくやっているようで何よりだよ」

「こちらこそ。そう見えて何よりですよ」

 

そう言い返しながら、僕はオールマイトにノートを返す。受け取ったオールマイトは笑顔を見せているものの、どこか浮かない表情だ。そういえば、さっきから口数が少なかったな。

 

「なにか問題でも?」

「…物間少年の考察を聞いてワタシも考えてみたんだが」

「…?」

 

僕は首を傾げながら、オールマイトの次の言葉を待つ。はて、何か説明不足なところがあっただろうか。

 

「君が“干渉”できるということは、恐らくだが奴も──」

 

あぁ、その話か、と僕は納得する。僕は確信を持って頷く。

 

「ええ、ほぼ確実に出来るでしょう。オール・フォー・ワンも」

 

僕が可能なことは、当然奴にも可能だ。“干渉”のロジックを鑑みても、奴の中に宿るあらゆる個性は生きているだろう。

 

「む…」

「そう気を張らないでくださいよ。元№1。奴は今身動きできないんでしょう?」

 

特殊刑務所、タルタロス。ヒーロー殺し、ステインも収容されているあの場所は死刑すら生温い極悪人が収容される、日本で最も危険で安全な刑務所だ。特にオール・フォー・ワンに対してなら厳重に拘束されていることだろう。収容されて日数も経過した、脱獄の恐れもないし、いざとなれば殺すことを国も躊躇わないだろう。

 

「そもそも、“干渉”できたところで奴は何も───」

 

 

 

『───()()()()()()()()()()()()()、だろうね』

 

 

「──────でき、な」

 

 

 

 

 

 

その時僕は、オール・フォー・ワンの言葉を思い出す。あの神野で奴が放った、あの時理解できなかった言葉。

 

“個性に宿る人格”

 

“奪い与える個性”

 

“死柄木弔”

 

そして──“干渉”。

 

僕の様子がおかしいことに気づいたオールマイトが、不審そうに僕の顔を覗き込んだ。

 

「物間少年?君…汗、すごいぞ?なにか悩みがあるなら──」

「──はは、なるほどなぁ…。ねぇ、オールマイト」

 

だから、“僕が脅威”、か。奴が僕を評価していた理由が、やっとわかった気がする。つい先日、命を賭してオール・フォー・ワンを倒した彼に聞くのはちょっと申し訳ないなぁ、なんて思いながら僕は言う。

 

 

 

 

 

 

「オール・フォー・ワン、どうやって倒しましょうか?」

「───what?」

 

ただ確実なのは、奴を倒すことができるのはこの世界でたった二人。──緑谷出久と物間寧人のみ、という事実だ。そしてなんとなくだが、その間、緑谷出久は死柄木弔と対峙する気がする。ということは、僕の敵は誰になるか。

 

まったく、絶望しかない。

 



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激動の一日

「…え?」

 

パァン、と白色の手袋を付けた僕の手が、麗日さんの手元にあるオレンジ色のボールを弾き飛ばす。困惑の声を漏らす()()()()()姿()()()()()()に向かって、僕はこう告げた。

 

「ひょっとして、士傑の人ですか?」

 

問いかける形にはなったけど、半ば確信があった。僕と士傑の女性を取り囲むようにして陣形が組まれていた他校の生徒の前で、目の前にいる麗日さんは不用意に姿を現し、個性を発動させる素振りさえ見せなかった。だけど──。

 

「そんなの、僕の知ってる麗日さんじゃない」

「───気付いて助けたって事は、逆に利用しようとしていたの?」

「…そ、そこまで頭は回ってません。けど結果的に助けて良かった。麗日さんじゃないならあのまま落下して大怪我してましたから」

 

そう言いながら、麗日さんを形作っていたモノが剥がれ落ちていく。その異様な光景に動揺しながらも答えを返す僕に、彼女は笑ってこう言った。

 

「…それがキミの理由なんだね──()()()()()()()()()()、キミのコト」

 

 

⭐︎

 

 

 

同日。本土から約5km離れた沖に建造された収容施設───“対個性最高警備特殊拘置所”通称『タルタロス』───その最下層の一室。

 

「好意と理解の二つには近しいモノがある。そうは思わないかい?」

「…………………」

「好きな教科ほど成績が良くなるように、興味が有れば有るほどその対象に対して理解する事が出来る」

「…」

 

片方は言葉を続け、片方は無言を貫く。

 

「君は僕を嫌いのようだが、僕は君を好ましく思っている。だからこそ君が大切にしたいモノ、嫌がる事が手に取るように理解できる。それが、君と僕の決定的な違いさ、オールマイト」

「…良く喋るな」

「察してくれよ!久々に会話が成り立つんだ」

 

派手なヒーローコスチュームを細身の身体に纏うオールマイトは、鋭い視線で正面に居座る人物を射抜く。

 

「貴様は何がしたい?何がしたかった?人の理を超え、その身を保ち生き永らえながらその全てを搾取、支配、人を弄ぶことに費やして何を為そうとした?」

「今言った事が全てさ。どうせ君には理解出来ないのだから、意味の無い会話だ。…だがそうだな、強いて言えば君と同じだ。君が正義のヒーローに憧れたように僕は悪の魔王に憧れた。シンプルだろう?」

 

オール・フォー・ワンはそう多くは語らなかった。これが生産性の無い話題と確信しているように。だからこそ、別の話題を取り上げるのだろう。

 

「ところで…世間は君の引退にかなり動揺したと思うんだが、様子はどうだい?」

『外の情報は遮断しています』

「…だ、そうだ」

 

この面会を見守る看守(自分)から告げられた言葉、同じように拒否するオールマイト。そんな状況を意にも介さずオール・フォー・ワンは言葉を続けた。

 

「きっとこうかな?今頃メディアは君のいなくなった不安、そして新たなリーダーエンデヴァーへの懸念が重なりヒーロー社会全体の団結を訴えている───一方で、不安定になりつつある空気を察知してヒーローを支持しない、いわゆる日陰者が行動を起こし始める」

 

オールマイトは静かな表情でそれを聞く。自由に話す目の前の男を止める気配は一切無かった。この男から放たれる一言一句が、たとえ信憑性が限りなく低いとしても、情報の一つだからだ。

 

「弔たちはしばらく潜伏を続けるんじゃないかな。台頭する組織を見極めるためにね。どこも勢力を拡げたいだろうからヴィラン同士での争いも頻発するだろうね。つまりヒーローは、連合以外の組織にも目を光らせなければいけないわけだ」

 

僕の描いたシナリオが機能していれば、こんな感じかな、と話すオール・フォー・ワン。推測を話していたはずのその口振りには、何故か確信があるようだった。

 

「そんな混沌を巻き起こした原因の一つは間違いなく、君の偽りの姿と引退な訳だ」

 

ここで一呼吸置かれたその間は、オールマイトに言葉がじわりと染み込むように、よく聞かせるように。そんな意図が込められた話し方だった。

 

「今後君は人を救うこと叶わず自身が原因で増加するヴィランどもを指をくわえ眺めるしかできず無力さにうちひしがれながら余生を過ごすと思うんだが…教えてくれないか。どんな気分なんだ?」

『…っオールマイト、離れてください』

 

ガタン、とオールマイトが立ち上がるが、それを制止する。数秒動きを止め、冷静になったオールマイトは静かに口を開いた。

 

「貴様だけが全てわかっていると思うな。貴様の考えはよくわかっている。お師匠の血縁である死柄木に私あるいは私と少年を殺させる。そうだな?」

 

そう問いかけるオールマイト。ただの看守である自分には、彼が話した内容の全てを理解する事は出来ない。録音テープを回すと同時に手元のパソコンに会話内容を正確に打ち込むのが自分の職務だ。“お師匠”や“少年”といった言葉の意味を言及するのが、自分の仕事ではない事は確かだ。

 

「…………?」

 

そんな事を考えている間にも時間は過ぎているのだが、会話が途切れた事を妙に思う。そんな不自然な空白の中、私はオールマイトの様子がおかしい事に気付いた。次に待つオール・フォー・ワンの返答を心待ちにしているような、そんな“焦燥”。対して、その反応を楽しむようにオール・フォー・ワンはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

────()()()()()()

 

 

 

 

 

「………ッ‼︎貴様はッ!その為の“後継”とでも言うつもりか!!」

「クク。神野(カミノ)で君が喜ぶ姿は、中々滑稽だったよ──()()()()()()()()()()()

 

 

 

激昂。両者の隔たりとして機能するガラスを叩くオールマイト。その姿と怒りを露わにした態度に息を呑む。そして会話の意味は理解出来ないが、これ以上オールマイトは冷静に奴と話せる状態ではないだけはわかる。他の職員に、オールマイトを退出させるように命じる。

 

「君では辿り着けなかった答えだろう?感謝するといい、()()1()()()()()に」

「……黙れ」

『オールマイト、退出を』

()は君には出来ない事を為せる。何故なら敵にも興味が有るから、さ。それは一種の好意であり、理解の手段だ。──本当に()()()()()()だ、そう思わないかい?」

「…黙れ!ワタシは、彼にそんな事を背負わせない!」

「舞台を降りた君では無理だ」

 

“まるで自分は降りていない”そんな口振りだった。

激昂するオールマイトを、先程指示した職員が強引に面会室から連れ出そうとする。引き摺られるオールマイトに向かって、オール・フォー・ワンは告げる。

 

「もう既に、僕と彼の戦いは始まっている」

「…!」

 

その言葉にオールマイトは目を見開き、言葉を失ったまま───面会室から退出させられた。会話相手を失ったオール・フォー・ワンは、今さっき閉じられた扉を見ながら付け足すように呟いた。その言葉を実際に聞いたのは、看守である自分だけ。

 

 

─────そして、終わっている。

 

 

 

⭐︎

 

同日。

 

 

──気分が悪い。

 

 

寮の自室で、メールで送られてきた内容に目を通した僕はベッドに伏せたまま頭を巡らすも、集中出来ない。うまく頭が回らない原因に夜食を口にしていない事に気付きながら立ち上がる。

 

机に無造作に置かれた、今日取得したばかりのヒーローとしての仮免許証を見る。ただでさえハードな1日だった。何百人も集まる中で勝ち抜いた仮免試験、当然僕の疲労も溜まっている。

 

それでも、疲れて休みたい気分じゃなかった。寧ろ、考えていないと気が済まなかった。

 

オールマイトから送られた、“オール・フォー・ワン”との面会内容の概略が、僕の心と体を重くする。僕が無理言って送ってもらったのに、変な話だ。当然、これは機密事項であり口外してはいけない…ましてや、僕のような高校生が知っていい内容ではない。それでもオールマイトは僕を事情を知る者として──いや、(れっき)とした関係者として託した。

 

そしてこれは僕の想定した中でも最悪の内容であり、僕だけが得る事の出来る新たな情報が含まれている。僕だけが、僕にしか気付けない事実。これは、オール・フォー・ワンから僕に向けた言葉でもあるのだろう。

 

遠く離れて、会話もせずに───それでも、僕と奴は戦っている。そしてこの戦場に、オールマイトは介入出来ない。

 

そういう意味ではオールマイトはオール・フォー・ワンの言葉を受け入れている。だからこそ僕にこんな機密事項を渡す。そうする事で、戦場との繋がりを得ようとする。正確に言えば、僕からも同じように情報を開示する事を暗に求めている。

 

その意図は理解している。だが情報を開示する内容、そして相手を選ぶ必要がある。───今日からは本格的に、オール・フォー・ワンが送り込んだ“内通者”を警戒しなければいけないのだから。

 

「──物間?いないの?」

 

とそんな時、ドアが開かれる。顔を覗かせた彼女は真っ暗な部屋で佇む僕を見つけ、驚いた顔をする。ノックくらいして欲しいな、と一瞬思ったけど、多分僕が気付かなかっただけなんだろう。

 

「…はいこれ。ランチラッシュさんが心配しててさ、持ってけって」

「ありがとう、…さすが委員長。助かるよ」

 

手渡されたのはラッピングされたおにぎりだった。食堂で勤務するランチラッシュの料理はどれも絶品だ。食欲はないがありがたく頂く。そして彼女は他に何も言う事なく、そして何も聞かなかった。

 

でも、きっと彼女は勘づいている。今日、一年B組が臨んだ仮免許試験、その最中に起きた“何か”が僕を追い詰めている事に。誰かに悟らせてしまう程、僕を動揺させる事実が明らかになった事に。

 

「できるだけはやく寝なよ。明日から新学期なんだから」

「わかってるよ。おやすみ」

「…ん」

 

それでも、拳藤はそれ以上踏み込む事はしなかった。一瞬見せた悔しそうな表情を不思議に思ったが、そのまま自室に帰ってくれた拳藤を有り難く思う。

 

また、1人の時間が生まれる。暗闇の中で、僕は計画を立てる。策を練る。巨悪と戦う覚悟はもう出来ている。あとは時間と手札があればいい。

 

時計の針は進む。今日が段々と終わりに近づく。それでも、僕を睡魔が襲う事は無かった。不安が僕の眠気を殺している事には、最後まで気付かなかった。

 

「仲間が…足りない。事情を理解してくれそうな奴が、せめてもう一人…」

 

思考の中、どこか遠くで爆発音が聞こえた。それは聞き覚えのある───自分でも使った事のある《個性》の音、そんな気がした。生徒が出歩くには遅すぎる時間帯なのに。

 

それを聞いた直後、無意識に安心したのか僕を眠気が襲う。僕の抵抗虚しく、瞼はゆっくりと重くなる。

そうして、激動の一日が終わっていく。



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詰み

『スティール』
肉体の一部や全身を金属化する事ができる!最強の盾にも矛にもなる!


雄英生としての一年目、その半分の課程を終えた僕らは今日から後期を迎える。一年生にして仮免許取得、寮生活への移行。僕らの高校生活を取り巻く大きな変化。

 

「柱の喪失。あの事件の影響は予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう。特にヒーロー科諸君…2~3年生の多くが取り組んでいる校外活動ヒーローインターンもこれまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

 

教壇にちんまりと立ちながら、そんな環境の変化について言及するのは根津校長。

 

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人たちは今その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ─── 君たちは是非ともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材になってほしい」

 

校長先生の鼓舞にも似た言葉は、僕らの気を引き締めるのに充分だった。その後、生活指導担当の教員であるハウンドドッグ先生からは、昨晩喧嘩した生徒がいた事に伴う注意喚起が行われた。ふむ、全く心当たりがないな。

 

⭐︎

 

「君タチまとめて、オレと戦ってみようよ!」

 

そんな始業式を終えて2日後の午後、体育着に着替えた僕ら一年B組は体育館γで雄英高校ビッグ3の一人、通形ミリオと対面していた。

 

「あの…私達、インターンの説明と伺っているのですが…?」

 

控えめに塩崎が疑問を溢す。そう、先日の始業式で根津校長も言及していたインターン活動、その説明を現地で活躍する雄英生に説明してもらうという趣旨でこの場に集められた。身体を動かす訓練のような時間とは思っていなかった彼女の反応は正しい。そんな彼女と対称的に、ミリオ先輩は元気よく、快活に返した。

 

「さっき別のクラスでやってみた感じ、座学より戦い(こっち)の方が手っ取り早い気がしてね!なら最初から集合場所をココにしてしまおう、って考えさ!」

「…いや、ミリオ…。1分で終わる話と評した子もいた」

「時間余ったら、この子達にも質問していいのかな?」

 

まさに自由人。陰で様子を見守る天喰環、波動ねじれが口々に呟く中、一年B組の態度は消極的だった。僕はその様子を黙って見守る。

 

「戦う…つっても…ねぇ?20対1って事すよね?」

「流石にそれは先輩殿でも…」

 

骨抜、宍田が遠慮の姿勢を示しながら、担任であるブラドキングに視線を向ける。ブラド先生は無言で頷くだけだった。そんな中、僕は挙手して口を開く。

 

「通形先輩。質問があるんですけど」

「HAHA!久しぶりの挨拶もナシかい!?思ったより元気そうだね、物間クン!」

 

通形先輩と関わるようになった切っ掛けはサー・ナイトアイ事務所での職業体験だ。その後、僕と爆豪は敵連合に拉致された林間合宿があったので、この人なりに僕のことを心配していたのだろう、と察する。心の中で感謝を唱えながら、僕は質問を口にする。

 

「戦うって言ってますけど、勝利条件は何ですか?」

「片方が戦闘不能になったら、では不服かい?」

「まぁ、それなら降参ですね」

「…ちょ、ちょっと!?物間!」

 

もう片方の手も挙げて降参のポーズを取る僕の肩を、拳藤が慌てたように掴む。勿論彼女の言いたい事はわかるが、これは言葉で説明したところで納得される内容ではない。僕はクラスメイトに伝わるように、はっきり告げる。

 

「先輩の“個性”を知ってる僕だからこそ言える。あの人を倒すには、20人じゃ足りないよ」

 

それほどまでに、僕らとは格が違う。僕がここまで言う事に驚いたのか、数人が息を呑む。まぁ確かに珍しい事だが、これに関しては認めざるを得ないことだ。

 

「…“ミリオに一撃を食らわせる”。それが彼らの勝利条件にしよう」

「意地悪だよねー、通形も。もう一つのクラスの子達は、それすら出来なかったのに」

 

そんな先輩方2人の言葉に、僕以外のクラスメイトが驚く。もう一つのクラス───一年A組が完敗したという事実に。…どうだろう、手合わせが明日だったら、A組が勝つ未来もありそうだけど。まぁ、考えても仕方の無い事か。

 

「うん!良い緊張感だ───ルールも決まった事だし…そろそろ行くよ!!」

 

林間合宿で初めて、僕らB組は敵と邂逅した。その恐怖、不安、緊張感…その経験が、僕らの意識を戦場のものに切り替えてくれる。

 

通形先輩が動くと同時に、僕ら全員が臨戦体制を取ることが出来た。うん、良い集中力…皆動けてる。

 

だからこそ、僕の指示も聞き逃さない。

 

「────後ろだッ!!」

 

 

()()()()()()()通形先輩を見た瞬間、僕は声を張り上げながら振り返る。僕からは少し離れた位置にいる柳、塩崎、小大、庄田──クラスでも近接戦を得意としない後衛組───その背後に突如として通形先輩が姿を表す。

 

「させるかよッ!“エアプリズン”!」

「下がって、唯!──“双大拳”!」

 

僕の指示に素早く反応した円場、拳藤が後衛組のカバーに入る。《空気凝固》で造りだす箱で逃げ場を無くし、着撃の瞬間に《大拳》を発動させる事でスピードと重量を殺す事なく高威力の一撃を繰り出す“双大拳”。

 

しかし、通形ミリオはそれら全てを《透過》する。そして意にも介さず後衛組へと接近していく。

 

「…《サイズ・大》」

「距離、角度良し…“解放(ファイア)”!」

 

《サイズ》で巨大化させたビー玉を小大から受け取った庄田二連撃は《二重衝撃》で槍のように通形先輩に向かって放つ。狙いは顔。

 

だが、来るとわかっていればその部分のみを《透過》すればやり過ごせる。現に、ビー玉は通形先輩の顔を貫通して背後の壁にめり込む。だが裏を返せば───。

 

「不意を突いた遠距離攻撃なら、オレに一撃食らわせれるかもね!」

 

だからこそ、通形先輩は後衛組を優先して倒す事に決めた。だがその動きと傾向は、何度も手合わせした僕なら容易に予測出来た。

 

「───骨抜!」

「任せろっての!《柔化》!」

 

「……おっと!」

 

僕は後衛組のカバーに回る為に動きながら、骨抜に指示を出す。途端、通形先輩の足元が()()()。液状化した地面が彼の足を引き摺り込むように埋まっていく。ここで、拳藤が何かに気付いたのを僕は確かに確認した。

 

「この場所に罠を仕込んでいたのか…!勘がいいのか、中々のやり手だね、キミ!そして──」

 

膝下まで埋まった通形先輩に向かって、柳の《ポルターガイスト》によって操られた、先程の巨大化したビー玉が襲いかかる。

 

その瞬間、通形先輩は姿を消す。正確に言えば、自ら地中へと潜っていった。ビー玉は誰もいない空間を横切り、僕らは彼の姿を完全に見失う。

 

「───やはりキミは良い司令塔だ!サーが気に入るのも当然!」

「今んとこ、不仲ですけどね───ッ⁉︎」

「HAHA!それもまた面白い(ユニーク)!」

 

それは、僕にとって予想外。先程までの後衛組を狙っていた動きから一変して、僕を──それも真正面から姿を現した。背後にも注意を割いていた僕は一瞬、反応が遅れる。腕によるガードは間に合わないし、意味が無い。

 

「キミが頭を使うように、オレも当然、使うんだよね!このクラス…先に君を崩せば、隙が生まれる!」

 

POWER‼︎‼︎‼︎

 

そう言いながら、僕の腹に通形先輩の拳が入る。腹パンによる強い衝撃。職場体験の時なら、ここで戦闘不能になっていた。

 

「…………い、」

 

一瞬の静寂の後、()()()()が叫ぶ。

 

「痛すぎるなぁ!!コレ!なんで!?」

「───ウラァ‼︎‼︎“俺拳”!」

 

赤く腫れた拳を冷やすようにヒラヒラとさせる通形先輩の背後から、全身を鋼鉄化させた鉄哲が姿を見せる。

 

「成る程ね!これはこれは…油断した!キミの《個性》か!!」

 

大きな隙を見せてしまった事を危ういと思ったのか、地中に潜って再び姿を消す通形先輩。仕切り直しを狙ったのだろうが、それは逆効果だ。三回目、《透過》の瞬間移動を使えば使うほど、貴方は自分の首を絞める。

 

今度は、僕の背後に現れた。それは予測出来た事だったから躊躇なく《スティール(コピー)》を再び発動する。

 

「“集中鉄化”───“シュートスタイル”」

「っと!!見覚えのある動きだ!!」

 

脚だけに集中して《スティール》で鋼鉄化させる事で、素早さを殺さず蹴りを繰り出せる。威力も反応速度も申し分無かったが、A組の誰かで経験済みの動きだったのか難なく反応された。

 

「これで隙だらけ、だね!!」

「───させっかヨォ!!」

 

無理に蹴りを繰り出したせいで僕の体勢が崩れ、通形先輩は反撃を繰り出そうとする。だが、僕と彼の間に鉄哲が割り込む事で動きが止まる。不用意に鉄の塊に手を出せば、痛い目を見るのは自分だからだ。

 

「──凄いな」

「ねー。あの2人、良いコンビになるんじゃないかな。息ピッタシだ」

「…熱血少年はまだ荒削りみたいだが…それをもう1人の彼が上手くカバーしている。最強の矛にも盾にもなる《個性》…二人いれば隙が無いな」

「すごいねぇ、通形と互角だなんて」

 

けど、決定打はお互いに無い。僕と鉄哲、通形先輩の近接戦は確かに完全な互角ではあったが、これを続けても仕方ない。どちらかが先に仕掛ける必要があり、先に動いたのは通形先輩だった。

 

「食らえ──“ブラインドタッチ目潰し”!」

「隙だらけダゼ!先輩ヨォ!!」

 

僕の目を狙った2本の指、思わず目を瞑りそうになるがそれは危険だと瞬時に判断。後ろに飛び退く事で安全を確保する。そして“目潰し”の隙を逃さぬよう鉄哲が突っ込む。

 

「───待て!」

「もう遅いさ!!」

 

僕の焦った声を掻き消すように声を張り上げた通形先輩は、接近してきた鉄哲の腕を()()

 

「打撃が通りにくいならそりゃあ、他の手も考えるよね!!」

 

そのまま力一杯投げ飛ばす。これで僕と鉄哲は完全に分断され、最強の矛と盾はバラバラに。

 

だが、投げ飛ばすという動作に伴う大きな隙を作ること。───それが、僕の計画だ。

 

 

「───今だよ、茨!」

「心得ています───“土遁・ドロローサ”」

 

そしてここからは、彼女の計画が機能する。

 

一撃を警戒していた通形先輩は、ただ殴り掛かっても意味がない。人間の反応速度を超える速さでは動けない以上、《透過》に躱されて終わりだ。

 

なら、どうするべきか?

 

地中から密かに機を伺っていた塩崎の《ツル》が通形先輩の両足を拘束する。これではまだ、一撃を加えたとは言えない。まだ、戦いは終わっていない。なのに───。

 

 

通形先輩は動きを止めた。《透過》を発動させる素振りも見せない。まるで時が止まったようだった。

 

 

「ねぇねぇ。なんで通形は動かないの?変なの」

「これは……!」

 

この静寂を不思議に思う波動先輩と、驚いたような天喰先輩の声。そしてビッグ3の三人目…通形先輩は───。

 

相変わらず両足の拘束から抜け出そうとせず、満面の笑顔で僕を見た。見事だ、と告げるように。けど、僕は首を振る。賞賛を浴びるべきは僕じゃない。

 

静寂の後、彼女が口を開いた。

 

「これで詰みですよね、先輩」

「キミは──拳藤一佳さん、だったよね!」

 

嬉しそうにそう言った通形先輩は、降参のポーズを取った。

 

 

⭐︎

 

「えー、なんでなの?天喰クン。通形ならあの《ツル》も《透過》で簡単に抜け出せるのに」

 

わからないことが不満なのか、通形先輩が負けたことが不満なのか、波動先輩はつまらなそうに溢す。そんな波動先輩の横にいる…未だ驚きを隠せない天喰先輩は“自分が説明してもいいのか”というように拳藤を見る。拳藤が頷いたのを見て、天喰先輩は説明を始めた。

 

「…確かに波動さんの言う通り抜け出す事は簡単だ。…だが、足を拘束されるのと腕を拘束されるのは決定的な違いがある。……正確に言えば、足を《透過》させると必ず“ある事”が起こるんだ」

「ある事って……あ、()()()()()()()()()()?」

 

波動先輩はパン、と手を叩いて正解を出す。そう、この戦闘で何度も見た、通形先輩が地面に潜る様子。長い付き合いの彼女達ならもっと見覚えがあるだろう。

 

「…足の裏を透過させる訳だから、当然ミリオは地面に潜らざるを得ない。そして《透過》を解除する事で地中に突如生まれたミリオという質量が弾き出され、再び地上へと姿を現す。これが“透過の瞬間移動”の原理だ」

「うんうん、それで?」

「彼らの…いや、彼女の計画はその“瞬間移動”を使わせる事だ。“瞬間移動”の直後は《透過》を解除している訳だからそこに一撃を叩き込む、それで彼らの勝利だ」

「へぇ〜。なんか、モグラ叩きみたいだね。……?でもそれって通形が出てくる穴がわかってないと、成立しないよね?」

 

ここで、天喰先輩はぐるりと見渡す。運動場γの全体を見るように。

 

「…言い得て妙だな。“穴がどこにあるかもわからないモグラ叩き”。彼女らは、この策を成し遂げたんだ」

 

天喰先輩が驚いた点。きっとそれは、気付けば視界に映る範囲に()()()()()()()()()()見えなかった事だろう。そしてその全員が通形先輩ではなく、自身の周囲の地面を注視している事だ。

僕と鉄哲と通形先輩──この3人の戦いに目を奪われる余り、他のクラスメイトが誰も介入してこない事を不思議に思うのが遅れていた。

 

拳藤が詰みを宣言したその時点で、拳藤は全てのクラスメイトに指示を出し終えていた。運動場γという範囲に限り、“瞬間移動”で出てきた通形先輩を“叩ける”ようにクラスメイトを()()した。だから、この場で姿の見えない生徒が何人かいるのだ。

 

それに気付いた通形先輩は動きを止め、詰みを理解した。

 

「あー!なるほど!」

 

そこで、ポンと手を叩いて閃いた事をアピールする波動先輩。そしてその指は運動場γの天井へと向けられる。

 

「ずっと不思議だったんだよねぇ。なんで空中(あんなトコ)に“彼女の目”があるのか」

「へへ。気付いてくれました〜?」

 

ニヤリと笑いながら長い緑色の髪を指でくるくるとする彼女──取陰切奈は自慢げに胸を張った。

 

「あれ、通形に伝えるためだったんだね。“もう逃げ場はないぞ〜!”って」

「そんな可愛い感じじゃないんすけど…」

 

照れ臭そうにそっぽを向く取陰をよそに、うんうん、と頷く波動先輩。《トカゲのしっぽ切り》で分離した目を上空で光らせておく事で、どこに逃げようとも視覚できる。まさに監視役の中心を彼女は担ってくれたんだろう。

 

「そしてオレ相手に時間稼ぎと隙を作った男子二人!見事だったね!打ち合わせ無しで前線を張り続けた判断も素晴らしい!少しでも撤退の意思を見せれば、オレももう少し早く異変に気付けたからね!」

 

僕と鉄哲を真正面に褒める通形先輩。鉄哲は褒められてむず痒そうだった。

 

「拳藤の意図は途中でわかったし…鉄哲(コイツ)は撤退の二文字を知らないんで、僕は合わせるだけでした」

「なんでか知らネェけど、物間とは戦いやすいんだよな!」

「ウン!良いコンビだ!!」

 

大きく頷く通形先輩に苦笑いを返す。口には出さないが、普段から鉄哲と共に過ごしている結果だろうな、と思った。

 

「あとは…《柔化》の彼も良かったね!あの時オレが少し焦ったのを見て、足の裏と“瞬間移動”の関係に気付いたようだしね!」

 

通形先輩が地上にいるという事は、足の裏は《透過》していないという事になる。これが明確にわかるシーンを作り出したのは、間違いなく骨抜の功績だろう。

 

「そして作戦の要である茨って呼ばれてたキミ!地中に《ツル》を潜める判断、作戦決行のタイミングも完璧だったよ!」

「…あざっす」

「拳藤さんの指示に従っただけですので」

 

褒められた2人…骨抜は軽くて浅いお辞儀を返す。対称的に、深く腰を曲げて賞賛を受け取る塩崎。

 

そうして満を持して、通形先輩は拳藤を見る。

 

「そう!間違いなく今回のMVPは彼女だ!奇抜な作戦というユニークさ!一つのクラスを纏め上げる指揮力と、それに至るまでの積み重なる信頼!そして───」

 

ここで通形先輩は一呼吸置き、僕ら全員を見渡した。

 

「───経験と推測!これが、オレたちが一番伝えたかった事なんだよね」

 

「時に物間君!キミはオレのパンチを受ける時、お腹に“集中鉄化”させていたね!それは何故だい?」

 

まだ仄かに赤い手を冷やすように振りながら、僕に問う。僕は求められた解答を考えようと思ったが、この人相手に小細工するのも時間の無駄だと思い、ありのまま答えた。

 

「職場体験で一緒になった時に、腹をたくさん狙われたからです」

 

天喰先輩が通形先輩を呆れた顔で見る。手加減はしなかったんだろうな…と言いたげな顔だったが、そんなの気にもせず満足そうに通形先輩は頷いた。

 

「そう、彼は過去のオレとの手合わせという経験から、今日の攻撃を推測した」

 

更に言うなら、後衛組を狙う判断や始めに背後を取る傾向なども以前の通形先輩との関わりから読み取った事だ。…僅かに僕の推測を外れたのは、通形先輩が僕の真正面から姿を現した事。背後を警戒していた僕にとって、逆を突かれた形になった訳だ。──つまり、彼は僕が予測すると予測した。計算外だったのは通形先輩が僕を思ったより高く買っていた事だろう。

 

そしてこれが、経験という糧になる。多少の悔しさを心に滲ませながら、僕は通形先輩の話の続きを聞く。

 

「拳藤一佳さん!キミはどうやってオレの“瞬間移動”のカラクリに気付いたんだい?」

「えっと…骨抜の《柔化》が効いて、“瞬間移動”で逃げた時…ですかね」

「そう!この戦いで2、3回しか使ってない技の原理を見て“経験”し、“推測”して策を立てた!─── 長くなったけれどコレが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった!」

「…なんだか、先生方のする講評みたいになってたな」

「先生ごっこって感じで、私は結構楽しかったよ?」

 

“経験”と“推測”が雄英トップヒーロー『ルミリオン』の強さの秘訣。そう唱える理由の一つに、彼があの環境に感謝しているからだろう。彼を育てた師がいる、あの事務所に。

 

「インターンにおいて我々はお客ではなく1人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね。それはとても恐ろしいよ。プロの現場では時に人の死にも立ち会う」

 

───わかっている。だからこそ、僕はあの人の強さが欲しい。ルミリオンが吸収したように、僕の“経験”と“推測”の力を育てたい。それが、巨悪に対抗する手札(カード)の一つになるから。

 

「けれども怖い思いもつらい思いもすべてが学校じゃ手に入らない最高級の経験!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップをつかんだ!──ので!怖くてもやるべきだと思うよ1年生!」

 

後期から始まるインターン、僕は───物間寧人はナイトアイ事務所に行くと決めている。彼を(サー)と呼ぶために。

 

クラスメイトと共に拍手をしながら、僕は自分の決意が固まった事を再認識した。

 

 

⭐︎

 

時間に余裕があったので、運動場γで個人訓練という名の自由時間が生まれた。通形先輩にインターンの件で改めて挨拶しようと思ったが、彼は今ブラド先生と話しているようだったので諦めた。

 

「ねぇねぇ、これって切れ目の部分はどうなってるの?痛くないの?」

「っあー…。自分トカゲなんで…」

 

辺りを何となく見回してると、珍しく気圧されている取陰を見つけて、少し笑いそうになった。その瞬間、僕の肩を誰かが掴む。それは腕の無い、手の平だけの状態だった。

 

巻き込まれそうな気配を感じ、僕は瞬時に目を伏せて取陰と波動先輩から距離をとる。だがそんな僕の抵抗虚しく、再び肩を掴まれる。

 

逃げられないか…そう半ば諦めながら振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。

 

「天喰先輩…ですよね」

「…すまない…少し聞きたい事があって」

 

俯きながら小声で僕に話しかける天喰先輩。あまり人と関わるのを好まない人だと思っていたため、僕は驚きながら彼の次の言葉を促す。意外と積極性もある人なんだな、と彼の性格を再分析しながら。

 

「…ミリオも波動さんも、今回の作戦の立案者はキミのクラスの委員長…拳藤一佳さんだと思ってるけど。いや、勿論俺もそう思う。でも正確には──」

「…………」

 

彼は俯いているから、僕の表情が見えない。

 

「───最初に思い付いたの、キミじゃないのか?」

()()()()()()()()()()()()?」

 

自分で出した声が、思ったより無感情だった事に驚いた。けど、それに天喰先輩が気付く様子は無かった。人の視線は気にするけど、空気は読めない人だと再評価を下す。

 

「…勝利条件を変えた事、《柔化》の彼に指示した事。──目立つ事でミリオを前線まで誘き寄せた事。…まるで、彼女にあの策を()()()()()()ように動いてたみたいに、オレには見えた」

 

君は、最初から《透過》について知ってる生徒だからね。そう話す天喰先輩の推測に対し、僕は頭を下げる。

 

「ありがとうございます。()()()()()()()()

 

僕はその言葉を残し、彼の質問に答えぬまま背を向けた。

 

…やはり、聡い人には気付かれる。けど思い付きで考えたものにしては、良いシミュレートになった。反省点も見えた。天喰環という人物の評価──理解が間違いだった。見られる事を嫌うからといって──いや、だからこそ人の事をよく注視していた。

 

もし彼を予め“理解(コピー)”していれば、僕の立ち回りは変わり、この場にいる全員を()()()()事が出来たのだろう。

 

全く、まるで全てを掌の上で転がす黒幕のような考え方だ。今回に限っては、天喰先輩が僕の掌から零れ落ちた訳だが。…同じ高校の先輩すら騙しきれないとはね。道は遠そうだ。

 

僕が未来で相手するのは正真正銘、最凶の“黒幕”だ。そんな奴相手に、物間寧人のまま立ち向かったところで自殺行為。

 

だからこそ、僕は思考を奴に近付ける。理解する。模倣(コピー)する。そうして初めて、僕は奴と同じレベルになれる。

 

『彼は君には出来ない事を為せる。何故なら敵にも興味が有るから、さ。それは一種の好意であり、理解の手段だ。──本当に似たもの同士だ、そう思わないかい?』

 

僕の武器である《コピー》と“理解”。その使い方も、奴はお見通しだった。目には目を、歯には歯を──黒幕には黒幕(コピー)を。 

 

戦い方を理解したあの日から、僕は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 



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4人の会議

「…“謹慎になったから会議出来ない”って知らされた時は、流石の僕も驚いたよ」

「あはは…ほんと、面目ない…」

 

もはや見慣れた会議室のソファに腰をかけながら、僕は正面に座る緑谷に向かって呆れた顔を向ける。彼の顔や腕には多少の傷が見られる。リカバリーガールに《治癒》してもらう事も禁止されてそうだな、と隣のクラスの担任の顔を思い浮かべる。

 

そして、僕はそんな緑谷の横──彼と同様に僅かな傷が《治癒》される事なく戒めのように残っている少年に目を向けた。

 

不機嫌そうな様子は見られるが、僕と視線を合わせる気は無いようだった。この場に僕が居る事に気まずさを感じているのか、落ち着かない様子にも見えた。

 

コホン、と僕の横に座るオールマイトが咳払いをした後、僕に向かって話す。

 

「では早速…数日前に連絡したが、物間少年には改めて説明しよう。先日の一件で───」

「俺がクソ緑谷(デク)の個性を問い詰めて、芋づる式でオールマイトから事情を聞いた。不満か?」

「…物間少年には急な話になって申し訳ないが、ワタシは彼も“緑谷少年の理解者”として相応しいと判断した」

「キメぇ表現…!」

「は、話のわかる人って、褒めてるんじゃないかな…。それで、どうかな…物間くん」

 

おずおずと進言する緑谷は、少し申し訳無さそうだ。秘密を守れなかった自身の不注意を反省しているようだった。僕はそんな彼の意を汲み取って、ため息を吐く。

 

「別に不満は無いさ」

「そっか…!」

「──ケッ」

 

ぱぁ、と顔を明るくする緑谷の横で、不満そうに顔を逸らす爆豪。態度は良くないが、確かに悪くない人材ではある。もっとも、僕が注目しているのはA組所属という点だ。緑谷のクラスメイトで協力者というのは、彼にとって精神的に助けられる面もあるし、他クラスである僕がA組について把握するのに割く時間も減るだろう。

 

「オールマイトから聞いた事を口外するようにも見えないし、問題は無いよ。──役に立つかどうかは別として」

「──あ?」

「も、物間くん…!」

 

自然と付け加えてしまった僕の減らず口に、爆豪が少し遅れて反応し、緑谷が焦ったように僕を呼ぶ。蛇足だったか、と一瞬後悔するが事実でもあると自分を納得させた。

 

先程述べたメリット、その根幹にあるのはA組所属という点だけ。逆に言えば、A組所属なら爆豪じゃなくても良かったという事になる。寧ろ、クラス内で緑谷の精神的な助けとなるような存在なら、絶賛不仲の彼では怪しい所でもある。

 

当然、これは“現状”の話だ。特にいてもいなくても関係の無い協力者という僕の評価が変化する事もあるだろう。実力を評価していない訳ではないが、僕が求めているのは()()じゃない。

 

口を滑らせた僕は意識を切り替える。嫌味を言うようにそれを指摘し、対抗心を煽る事で無理矢理にでも改善させる。最優先するなら人間関係の改善、性格の矯正。或いは、戦闘面への異常な拘りの矯正。

 

そうする事でやっと、爆豪勝己は僕にとって使える手札の一枚として数えられる。

 

「───物間少年」

 

名前を呼ばれて隣を見た。そして、僕の頭から血の気が引く感覚。憐れむようなその視線を、僕は見つめ返す事ができなかった。

 

───僕は何を考えていた?

 

役立つ?手札?…人間を利用価値で判断する考え方を、僕はどこから学んだ(コピーした)

 

以前なら…いつもの僕なら小さな失言もただの軽口として、爆豪なら尚更小言の言い争いに発展させればいいだけだった。そこに、何の目的も見出さなかった筈なのに。

 

奴の事を考え過ぎている弊害が、随分と早い段階で出たものだ。オールマイトはタルタロスでの面会から、僕のその危うさに注意していたようだった。

 

取り繕うタイミングを見失い、妙な重苦しい空気が会議室に漂う。それを判断した僕は爆豪に向かって言う。

 

「悪いね、言葉が足りなかった。少なくとも、“今回の件に限っては”役に立たないだろう、って言いたかったんだ」

「今回の件って?」

「インターン…仮免保持者だけが行ける校外活動だよ。そっちも説明はあっただろう?」

「うん…あ、でもかっちゃんはその日居なかったから」

「とっくのとうにプリント貰って破り捨てたわボケ!」

「ま、補講に備えた方がよっぽど有意義だしね。集中出来なくて落ちるなんて事になったら、目も当てられない」

「ソッコー受かるわ!!」

「まぁまぁ…」

 

爆豪の怒号を宥めながらオールマイトはお茶を啜る。

 

「しかし提案なんだが…爆豪少年を除け者にするのもなんだし、先に一度現状を説明するのも良いんじゃないかい?緑谷少年にはまだ話せてない事もあるし、ね?」

「良いですよ、じゃあインターンの話は後でにして───」

 

今日は爆豪を含めた4人の初めての密会。オールマイトの意図は単なる顔合わせだったようであり、情報の擦り合わせが目的だったようだ。特に断る理由も無いので僕は頷く。

 

さて、どこから話そうか。

 

「まず前提として、僕らはそんな壮大な事が出来る訳じゃない。たかが学生で、ヴィランと対峙するのにも許可や権利が必要な無力な赤子だ」

「テメーらしくねぇな。気に入らないからぶっ倒すくらい言うと思ったけどな」

 

僕が現状を説明するにあたり、爆豪が口を挟む。僕と爆豪は連合に攫われた事もあって、僕が奴らを倒す事を目標にしているとでも思ったのだろう。

 

「出来るならね。──けど、隣の大人が目を光らせている以上、無謀な挑戦はしないつもりだ」

「ワタシはそこまで背負わせたい訳ではない。死柄木達については、エンデヴァーや上層部に任せるべきだろう」

「ええ。だから、僕は自ら動くことはしないつもりだ」

()()っつー事は…」

「最優先は“自衛”…ってことだね…!」

 

僕は緑谷の言葉に頷く。

 

「雄英は連合に2回襲撃を受けている。今後もそれが発生するとなると…それを撃退する実力を付けてもらう事になる」

「ケッ──つまり、今まで通りってコトかよ」

「まぁね。だけど他にも僕らが出来る事はある。当然、学生の範囲内でね」

「…その一つが、このノートだ」

 

オールマイトはテーブルに一冊のノートを置く。《ワン・フォー・オール》の歴代継承者について記された本だ。

 

「未だ謎の多い個性、それを解明する事だね。もっとも、これは物間少年の発案だが」

「…受け継ぐ“個性”。僕の見立てだと、今までの継承者達がその中で生きているんだ。これは僕の《コピー》で偶然知った事実だけどね」

「それが個性に“干渉”する個性…ってヤツか」

 

《コピー》については緑谷から予め聞いていたのか、爆豪がつまらなそうに言う。

 

「僕の中に…この人達が…」

 

ノートをめくりながら呟く緑谷を横目に、僕は説明を続ける。

 

「オールマイトでも知らなかった発見だ。だからこそ、まだそこには“何か”あると僕は思う。自由に過去の出来事が会話で手に入れる事が出来るだけでも、貴重な情報になる」

「チッ…!けど現状手掛かりが得られるのは持ち主のデクだけなんだろ?じゃあ謎が解かれる事はねぇよ」

「勿論そう簡単にいかない事はわかってるよ、爆豪少年。この件に関しては長い目で見るとしよう」

 

オールマイトがそう話を一区切りさせ、僕は今日の本題にも関わる話を切り出す。

 

「あともう一つ。さっきも言った連合からの2回の襲撃…それにも関係するんだけど」

「USJ事件と、林間合宿の件だね」

 

と、一呼吸置く。緑谷が僕の言葉の意味を読み取り、話を改めて整理する。

 

「そこから明らかになるのは、雄英内部にいる“内通者”の存在だ」

「………」

 

一瞬驚きの表情を見せた爆豪が黙って僕の言葉の続きを待つ。

 

「根拠もある。USJに関しては彼らの狙いは一年A組…ひいてはオールマイトを狙い撃ちしたものだった。なら問題はその時間にその授業である事をどうやって知ったか、だ」

「カリキュラムをどうやって入手したか、だよね」

 

マスコミの撃退にも役立つ雄英バリア──それを突破された()()()()()()()、とオールマイトからの情報もある。

 

「だから外部からの侵入者の可能性は低い…ってか?それだけで決めんのは(はえ)えだろ」

「その通り。だからこそ二回目の林間合宿──その合宿場所が把握されてた事から学校側も問題視し始めた」

「───なるほどな、全寮制か」

「…話が早くて助かるよ」

 

そう、学校側である教師陣も動き始めた。内心ではお互い疑心暗鬼が渦巻くものの、この“内通者”に関し何らかの対策を練り始めている筈だ。

 

「で、俺らでその“内通者”を探すって話か?」

「さっきも言った通り“自衛”出来る中で、の範囲でね。緑谷やオールマイトに関する情報を与えないという意味で警戒するだけでも効果はある筈だ」

「つまりこちらからは極力手を出さない、という話だ。ワタシはこれでも教師だからね、危険を見過ごす訳にはいかない」

「言っちゃなんだが…(ヌリ)ぃな」

 

爆豪は僕とオールマイトに向かって失望の眼差しを向けながらため息を吐く。

 

「さっきの“個性の謎解明”を長い目で見るっつー話ならまだわかるぜ。だがこの“クソネズミ”は別だ。さっさとぶっ潰すべきだろうが…物間(テメぇ)にしては消極的過ぎてつまんねぇな」

 

そんな爆豪の言葉も当然わかる。僕らが学生で危険を冒せないからといって、何らかの行動を起こさないでは事態の変化は見込めない。だがオールマイトの言う通り、安全性は重視したい。

 

「…考えてることは、ある」

 

僕が前々から立てていた策。まだ実行するには重要な難関が待っているが。

 

「僕らが動くのがダメなら、安全に“大人”に動いて貰えばいい」

「…あ?」

「───サー・ナイトアイ。僕は彼の力が有れば、内通者問題を解決出来ると思っている」

 

オールマイトは無反応、緑谷はうん、と頷き、爆豪は少しだけ疑問の反応を見せた。僕はそんな彼に説明するように続ける。

 

「彼の個性である《予知》は、1日一回、触れた人間の未来を知る事が出来る。つまり、内通者が敵連合と接する()()()()未来の様子を彼なら視る事が可能なんだ」

「…じゃあ今すぐ呼べよ、そんな“制限”があるなら日数もかかるだろうが」

「…ワタシとナイトアイは元々チームを組んでいてね…7年程前、ワタシの未来を案じて彼はワタシと別の道へ進んだんだ」

「…元“相棒”っつーコトか」

「あの時も喧嘩別れだったが、最近再び衝突してしまったんだが…」

「──緑谷が継承者である事に不満らしい」

「……!」

 

オールマイトが言い淀んだのを見て、僕が続きを引き取る。すると、それを聞いた爆豪は何かを堪えるように口を閉じた。僕はその様子を見て感心する。

 

───「ソイツの言う通りだろ」とか言うと思ったけど…彼の中でもこの件について整理できていない様子だった。へぇ…詳しい内容は知らないけど、“緑谷との喧嘩”は良い方向に転がっているみたいだ。

 

そしてナイトアイの件に関して加筆すると、緑谷の件とは別にもう一つ問題がある。それは彼の《予知》を使用する事に対する恐怖だ。それを克服する事も目標にしなければいけないが…まぁ、爆豪にはここまで説明しなくてもいいだろう、どうせ来れないし。

 

「だから、まず彼を説得して正式に協力してもらう。そこから内通者探しを本格的に始めようと思う」

「クソデクを認めさせるってか」

「その通り。その為に───」

 

僕は緑谷の目を見る。少し遠回りしたが、これが今日の本題だ。爆豪は来れないが、彼は来る資格を持っている。

 

「インターンでは緑谷も“ナイトアイ事務所”に来て欲しい。彼を説得するチャンスはそう多くないからね」

「…全寮制になった事で、外部との交流は前より厳しくなったからね。さっきも言った通り、雄英は内通者の監視も目的にしている」

「えぇ。必要以上に動いて無駄に僕らが怪しまれるよりかは、こういうイベントを利用するしかない」

「───うん、勿論行くよ。ナイトアイとしっかり話してみたかったし───」

 

そこで、緑谷は僕を見て安心したように微笑んだ。

 

「『君“も”来て欲しい』って事は、物間君も一緒なんだよね?」

「……まぁね」

 

目を逸らしながら答える僕を見て、オールマイトは少し笑った。対して、爆豪はイライラを加速させたようだった。

 

「オレに関係無ぇ(ハナシ)すんじゃねぇよ……!」

「…だから言っただろう?今回の件じゃ戦力にならないって」

「クソが!帰る!」

 

爆豪は席を立ち、会議室から苛立ったように出て行く。それを呆れながら見届けた僕は、視線をそのままオールマイトへ移した。緑谷もさっきから気になっていたようだ

 

「…オールマイト?」

「で、何をそんなにニコニコしてるんですか?」

「───ん、なんというか…フフ」

 

先ほどから笑いを堪えるような顔を見せるオールマイトに問いかけると、彼はこう言った。

 

「会議中、爆豪少年がキミら2人の会話するトコを見て、戸惑っている様子が面白くてね」

 

そう笑うオールマイト、それはまるで教師が生徒の成長を見て喜ぶような笑顔だった。しかし、イマイチ要領を得ない。僕は首を傾げる。

 

「…あ、もしかして、僕と物間君の会話が物珍しかったんじゃないかな。僕もたまに、こうして物間君と喋ってる状況が信じられないって思うから…」

「…まぁクラスが違えば話す機会はないからね。内通者に不審がられても面倒そうだ」

 

なるほど、意外な交友関係に困惑してたってところか。他人の人間関係に興味を持つヤツとは思えないけど…それが爆豪なりの変化…ってトコロか。よし。

 

「───じゃ、追いかけようか」

「え?」

 

緑谷が目を白黒させながら声をあげる。僕はそんな彼の疑問を背に、爆豪が先ほど閉めたドアに歩みを進める。

 

いちいち困惑されるのも面倒だからね。

 

「───チームの一体感の為には、会話(コミュニケーション)が必要だろう?」

 

 

⭐︎

 

「───テメェら…オレの隣を歩くんじゃねぇ!!後ろ行けや!」

「…や、やっぱりこうなる…」

「ところで、君らのクラスは仮免どうだったの?試験内容とか…誰が受かった、とかさ」

「ぜ、全然気にしてない…!」

 

 

「───で、士傑の2年生の方だったんだ。麗日さんの話によると、僕と会う前に腕を引っ掻かれたみたいで…多分触れた人の姿になれる個性だったんじゃないかな」

「“多分”って…その後聞いてないのかい?君が?」

「いつもみてーにキショい行動力使えや」

「き、聞く前に帰っちゃったんだよ!体調悪かったらしくて…」

「士傑の生徒といえば…誰かさんが捕まって上鳴電気に助けて貰ったんだっけ?さぞ強い生徒だったに違いない」

「テメぇ、なんで知ってんだゴラ!」

 

 

「───も、物間君はどうだったの?B組の仮免試験は」

「それは勿論…全員合格──水が空いたね、A組」

「肩触んなそろそろ黙れや殺すぞ…!」

「そ、そっちには誰か手強い人とかいなかったの?」

「…そっちとは違うクラスの士傑生かな。彼()と出会えたのは収穫だったよ」

「…あ?強ぇ奴だったのかよ?」

「別に…単なる珍しい個性だった、ってだけさ。双子の個性なんて滅多に見られるモンじゃないからね…!」

「チッ…!個性マニアが…」

「あ、あはは…」

 

僕らは、廊下を騒ぎながら歩いた。ただ普通の男子高校生のように。僕も、これから待ち受ける困難の事も忘れて笑っていた。

 

その幸せを噛み締めるように、僕は歩いた。

 



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インターン初日

数日暮らすには問題ない程度の予備の着替えや日用品を詰め込んだアタッシュケースを抱え、僕は目の前のドアを2回ノックする。横目で隣人の様子を軽く確認すると、酷く緊張した様子の緑谷がいた。 

 

道中、慣れないながらも励まそうとしてみたものの、僕の立場から言えることは少なかったため、あまり効果は無かったようだ。

 

どうしたものかな、と逡巡しながら、応答の無いドアの前で待つことしばし。

 

「やぁやぁ!よく来たね!」

「───!?せ、先輩!びっくりさせないでくださいよ!」

 

閉じたドアの真ん中から顔だけがヌッと現れたスマイルに、緑谷が思わず、と言った風に声を荒げた。当の本人──通形ミリオは悪びれもない笑顔を保ったまま、HAHA、と笑う。

 

「ごめんごめん!でも、2人とも気難しい顔をしているのも悪いと思うんだよね!」

 

とくに、サーの前では、と笑いながらドアを開けたミリオ先輩は、僕らに道を示す。

 

「ようこそ───ナイトアイ事務所へ」

 

この日から、約1ヶ月間の校外活動(ヒーローインターン)が始まる。

 

 

⭐︎

 

実績ある、もしくは実力があると学校側が認めた者のみだけ採用された特例の1学年からのインターン活動。その期間の授業は公欠扱いとなり、インターン終了後に補講への参加が義務付けられる。特例措置のため正確には判明しないが、2学年に進級後にも授業進度に影響する可能性がある為慎重に選ぶように、等等。諸々の説明を担任から聞き受けた上で、打ち合わせ通り僕と緑谷はナイトアイ事務所を希望した。

 

学校側からの許可を得たものの、OFAを巡って対立していたナイトアイからの許可が出るかの懸念もあったが、申請は通ったようだ。

 

そして僕もナイトアイも、このインターンがお互いの要求を通す最後の機会という事も理解している。

 

現在事務所でナイトアイによる緑谷への圧迫面接を見守っているミリオ先輩やバブルガールには申し訳ないが、僕らはナイトアイを説得する為にここに来た。本来のインターンの目的からはかけ離れたものであり、その内容も迂闊には口に出せない。

 

「貴様がここで働くメリットは承知した。だが私が貴様を雇用するメリットは?社会に対し自分はどう貢献できるのか?他者に対し自分がどう有益であるか認めてもらうためにはそれを示さねばならない」

「僕が社会にどう役立てるのか…」

「貴様が我が事務所にどう利益となるか、言葉ではなく行動で示してみるといい」

 

ナイトアイと緑谷の会話は続く。途中、一瞬だけナイトアイが僕に目配せしたが、すぐに緑谷へ視線を戻し、手に持っていた印鑑を顔の前まで持ち上げる。

 

「3分だ。3分以内に私から印鑑を取ってみよ。私のもとでヒーロー活動を行いたいのなら貴様が自分で判を押せ」

「え、えっ…!?」

「実技試験ってコトですか?サー!」

「そうだ。ミリオとバブルガールは退室を。午前のパトロールに励め」

「は、はい」

「元気が無いな」

「「───イエッサー!」」

 

見事な敬礼を見せ、ミリオ先輩とバブルガールが部屋の出口へ向かう。途中、バブルガールが退室を命じられなかった僕に不思議そうな視線を向けた。

 

「ここを緑谷に紹介したのは貴様だったな、物間。責任を持って緑谷を学校まで送り届けるといい」

「僕のインターンの初仕事がそうならない事を願いますよ」

 

軽口を叩きながら、僕は横目で2人の退室を見送る。扉が閉じた事を確認し、僕は“全鎧”を準備している緑谷を手で制す。実技面接もあえて僕を残したのも、僕らにOFAについての話があるというメッセージだ。彼と戦う必要なんかない。ただ、話し合うだけだ。

 

「───やっと、落ち着いて話が出来ますね」

「あぁ、そうだな」

 

僕とナイトアイは互いに頷き、彼は所長用の椅子に、僕は近くのソファーに腰を下ろす。僅かに話しに付いていけてない緑谷は立ったままだが、別に問題ないだろう。

 

まず最初に、僕から話を切り出す。

 

「わかってると思いますが、ここに来たのはヒーローとしての実力を磨く為ではありません」

「───では何故ここに来た?」

「緑谷出久をOFA継承者とするという方針のまま、僕らに協力すること──この要求を呑んでもらう為に」

 

つまりは、交渉だ。あくまで事務的に、感情を表に出さぬように話を進める。僕らはまだ満足に話し合いも出来ていないのだから。

 

「…っ、あなたが僕じゃなく、通形先輩や物間君にOFAを継承して欲しいのは知っています。確かにオールマイトを間近で見てきたあなたにとって、僕なんて比べる価値も無いっていうのも…分かってます」

 

緑谷が緊張した面持ちで、それでも、と続ける。

 

「そのオールマイトが託してくれた、あなたが認めた物間君が信じてくれた───その期待を、裏切りたくないんです」

 

表情は固くとも、真っ直ぐな視線。緑谷は頭を下げた。

 

「──お願いします。僕らに力を貸してください」

 

ナイトアイは一瞬だけ口を開き、すぐに閉じた。少しの間無言の状態が続くも、意を決したように、改めてナイトアイが口を開く。

 

「…私の考えは変わらない。OFAの後継者は、貴様であるべきではない」

「じ、実力なら!確かに物間君みたいに上手くは扱えないですけど、彼から教えて貰ってることで、成長は実感してるんです!」

「…まぁ、オールマイトよりかは効率的に教えられます。根っからの感覚気質なので、あの人」

「だから、今は未熟でも、きっと──!」

()()()()()()()()()()からだ。どんなに過程が順調でも、結果が伴わない事を私は知っている」

 

僕らの言葉を一刀両断するかのような鋭い口調に、僕も緑谷も思わず口を閉じた。それっきり、ナイトアイも続きを話そうとはしない。いや、話す事を拒んですらいた。

 

だが、ここで踏み込まなければ、今日ここに来た意味が無い。

 

「──6年前、貴方はオールマイトの未来を視た。緑谷出久を後継者に選び、その育成途中に、敵によって殺される未来を」

 

だから、間に合わないという表現を使った。今この状況を打破しない限り、未来は変わらない、と。

 

なんてことはない、この人はオールマイトの未来を視た6年前からずっと、それを否定しようと抗い続けた。彼の行動の全てに、その抵抗の意志が含まれる。

 

───だからこそ、僕らの説得には頑なに応じない姿勢を見せる。

 

これらの情報を統合すれば、その先にある答えに辿り着ける。少し考えればわかる事だった。

 

「貴方はこれから僕や緑谷、オールマイトと、()()()()()()()()()()()()()()───6年前、そんな未来を《予知》した」

 

なんとも不思議な話だ。今こうして相対しているナイトアイは、僕らの説得を聞き入れ、僕らと共に戦ってくれると、《予知》は判断した。つまり僕らは、半ば目的が達成される事を確信してここに来ている。

 

───そして、恐らくここに、6年前のオールマイトとナイトアイの相棒解消の真実がある。

 

「今日僕らが突き付けた要求を呑み、僕らと共に敵連合に立ち向かう───その結果が、オールマイトの死である事を知った貴方は、オールマイトから離れることを選んだ」

 

そして今も抗い続け、未来を変えられる事を証明しようとしている。

 

そして6年後に、僕らがオールマイトとの和解を目的にここに来る事も視えていた。だからこそ、僕らを諦めさせようとしている。違いますか?、とナイトアイに視線を向けると、彼は観念したように息を吐く。

 

「…私は、貴様らの助けなど求めていない。だが、《予知》がそれを否定した。信じられない事に──その先にある結末を知っていながら、貴様らと手を組み、共に死ぬ未来…震えたよ、自分の愚かさに」

 

黙って彼の話を聞く僕らを一瞥し、ナイトアイは続けた。

 

「私の《予知》は万能ではない──いや、万能では無くなった、が正しいか。全てを視る力は、今の私には無い」

 

「6年前の《予知》では、オールマイトの未来を断片的な未来としてしか視る事が出来なかった。貴様が脳無を《コピー》出来ないのと同じ理由か、もしくは───無意識下で、私自身が全て視る事に耐えられなかったからか」

 

僕は補足するように口を挟む。

 

「貴方はそれ以来、《予知》の使用を控えている───使わなくなった身体機能が衰えるように、今のその力では全てを見通す事は出来ない」

 

「…オールマイトの視界を通して視た未来でも、私が《予知》を使う素振りは無かった。私に何か調べさせていたようだが…貴様らが私の個性をそれにアテにしているのなら、先に言っておこう。その期待には応えられない」

 

《予知》を使って雄英内部にいる内通者を暴く──その計画を聞いていた緑谷が心配そうな顔で僕を見る。僕は緑谷を手で制しながらナイトアイに答える。

 

「そんなのは大した問題じゃない。僕らには───オールマイトを救うには貴方の力が必要だ」

「───その言葉を信じた!その結果を知っている!それでは何も変わらない…変えられない!それがわからないのか!?」

「僕らは、6年前貴方が何を視たのか知らない。それでも今、貴方を救けないといけない事は──わかる」

「…っ。理解が出来ない、非合理的だ───私と関わらなければ、変えられるかもしれないんだぞ!?」

「───それでも…!」

 

声を荒げたナイトアイにつられて、僕の声に感情が乗る。ナイトアイの《予知》には頼れないとか、本人が救けて欲しくないと言い張っているとか───そんなものはどうでもいい。

 

「それでも貴方は、あの日、僕に関わった!僕にOFAの事を教え、縋ろうとした!それが無ければ、今ここに僕は居ない!」

 

6年前から、ナイトアイはオールマイトの未来から僕の事を知っていた。僕がOFAの秘密の共有者である事も知っていた───だから、僕に目を付けた。その結果、OFAの後継に相応しいと判断し、期待し、縋った。

 

「僕がOFAを継げば、オールマイトとの和解も、死を回避する事も───全てが上手くいくと期待していたんじゃないのか!貴方が求めたのは、そんな幸せな未来じゃないのか!」

 

だけど結局、その希望は砕かれた。僕がOFAを拒んだ事で、彼が視た未来と同じ道を歩んでいる。

 

オールマイトのファンという痕跡を感じない、殺風景な事務所の一室で、僕は声を荒げる。側にいられない程のトラウマと化した6年前からの悪夢に囚われ続け、最後に縋った僕という光は閉ざされた。そうやって苦しみ続けたナイトアイに向かって。

 

「貴方との関係を()って得られる未来が、元気とユーモアのある社会である筈がない!」

 

僅かに息切れした呼吸を落ち着かせながら、僕はナイトアイを真っ直ぐに見据える。ナイトアイは目を瞑って僕の言葉を聞いていたが、その顔は険しい。

 

「…そうか───私はいつか、その言葉に…救われるのだろう。貴様らと共に歩んだ先にあるのが、破滅とも知らずに」

 

緑谷が、はっと息を呑む。柔らかいナイトアイの口調に、期待の雰囲気が漏れる。しかし。

 

「───だが、どうやらそれは今では無いようだ」

 

そんな雰囲気を切り裂くように、ナイトアイは告げた。

 

「一時の欲に溺れ、貴様を巻き込んだ責任を取らねばならない。だからこそ、貴様の救いの手は───とれない」

 

苦痛に歪むその表情と、その言葉の意味を理解した。──あぁ、と頭の中で納得する。

 

ナイトアイが視たのは、オールマイトの死だけでは無かったのだ。

 

「まさか…!ナイトアイ、そんな…!」

 

僕と同じように不穏な雰囲気を察知し、理解した緑谷が、動揺を露わにする。僕は、静かにナイトアイに問う。

 

「教えて下さい───6年前、貴方が視た未来を。どうやら僕には、その権利があるようだ」

 

そう問い詰めた僕に、ナイトアイは告げる。それは、僕らが口を閉ざすには充分の答えだった。

 

「貴様だけではない。この場にいる全員が──オールマイトよりも先に死ぬのだから」

 

そういう未来だと決まっている、そう付け足し、彼は語り出す。

 

⭐︎

 

平和の象徴と呼ばれた、一人の男の最期を。

 

それは、断片的なモノだったという。6年間全てを映像として視る事が出来なかったのは、OFAという特別な個性への“干渉”だったからか、その“未来”が《予知》使用者の精神を蝕む程の悪夢だったからか。

 

最初に語られたのは、5、6年前ほどの敵との邂逅。その大まかな特徴を口頭で説明していくたびに、緑谷が敵ネームとその倒し方、裏エピソードまで解説してくれた。当然の事だが、ナイトアイの視た未来と緑谷の確実であろう情報に齟齬は無かった。

 

その後、同じような例がいくつか挙げられ、過去の事例とも一致していた事から、同じ未来を辿っている事がわかる。恐らくだが、当時のナイトアイはニュースを眺めながら視た未来で得た情報を確かめていたのだろう。どんな些細な事でもいいから違っていてくれ、と。

 

だが、そんな希望を打ち砕かれつつも、時は過ぎていく。

 

6年後──つまり現在に近付くほど、《予知》の情報量が少なくなっていったという。

 

根津校長との会話──雄英で後継者を探さないか、という提案を視た。

ヘドロ状の敵に駆け寄る少年を視た。

衰えていく自身の力に悔やしさを覚える姿を視た。

 

巨悪と対峙する瞬間───平和の象徴の終わりすらも、8年前に視ていた。

その日の晩、どこかの砂浜に自分(ナイトアイ)と、少年2人が居た。片方の少年と自分が言い争っている様子を、オールマイトは後ろから見守っていた。自分とオールマイトの視線が交わる事が無かったことから、6年後には不仲である事がわかった。

 

それからは、生徒を視る事が多くなった。

 

特にオールマイトの視界に入っていたため視る機会が多かった2人───かつてヘドロ敵に立ち向かっていた緑髪の少年、砂浜でオールマイトと共にいた金髪の少年だった。

 

会議室で何か話しているのを視た。朧げな会話から、OFAの関係者と判断した。後継者は緑髪の少年───緑谷出久であるとわかった。

 

いくつかの場面転換を経て、再びその会議室を視た時には、目つきの悪い少年が増えていた。

 

生徒に対して教鞭を執る姿──良き教師であろうとするその姿を視た。神野での引退以降、戦いから離れた影響だった。

 

だからこそ、オールマイトの未来では、このインターンの内容までは視る事ができなかった。

 

会議室には自分を含めた5人が集まっていた。それはたったの一回、それも短時間のものだったが、雄英は閉鎖的な対応を取っている事も視えていた為、その影響と納得した。

その日、自分とオールマイトが笑い合いながら握手をしていた。

 

その後は、何度か2人で顔を合わせて話しあっていた。書類のやり取りと“鷹見”という人物について話し合っていたようだった。

断片的に視た未来の中では、それがオールマイトの最後に視た自分の姿だった。

 

雄英の生徒1名が、行方不明になったというニュースが流れていた。画面には“これで3人目、関連性は”というテロップも流れており、それを悔しそうに眺める──そんなオールマイトを視た。

 

次に視たのは、錯乱状態の住民に罵声を浴びせられたオールマイトの姿だった。辺りを見渡せば、同様に錯乱状態の者や、座り込んで絶望している者がいた。“ここは安全だ”と避難を誘導しているようだった。

 

“災害”が起きた事だけがわかった。事態が加速する。

 

次に視たのは、病院のベッドで眠っている満身創痍の緑谷出久を眺める姿だった。

 

次に視たのは、ヒーロー科の生徒38名を雄英の外門で迎え入れる姿だった。その多くがボロボロで、戦いの跡が残っていた。そこには、緑谷出久と物間寧人の姿だけが無かった。

 

そして。

 

幾許かの時が流れ、終わりを迎えた。

 

避難場所としての設備を備えていた雄英という城を、怪物───怪人脳無によって攻め落とされた。敷地内に侵入されて戦いになった時、そこには“ヒーロー”が居ないに等しい状態だった。ヒーロー飽和社会は、とっくに崩壊していた。

 

怪物の太い腕によって、腹を貫かれる姿を視た。ゆっくりと崩れ落ちながら、眼球だけを動かしていた。

 

周囲には誰も居なかった。救けてくれるヒーローも、救けを求める市民も。力と未来を託した少年も、その少年の相棒も、そして自らの相棒も。瓦礫の山と化した雄英の、最期の生き残りだったオールマイトの視界が、霞む。

 

そして、何も視えなくなった。

 

 

⭐︎

 

俄には、信じられない内容だった。戦線を退いたオールマイトの未来の為、得られる情報自体は少なかった。そんな限られた情報でも、僕らに衝撃を与えるものだった。

 

と、そこに。

 

「こら、“ファントムシーフ”!いくら見張りとはいえ、ボーッとしていい訳じゃないんだからね!」

「…いやぁ、あまりにも動きがないもので」

「まぁ、気持ちはわかるけど」

 

思わず考え込んでいた僕の頭を、バブルガールがツン、と小突く。誤魔化すように笑いながら、僕は見張り対象の屋敷に目を向ける。

 

指定敵団体、死穢八斎會──現在は敵予備軍として扱われ、その中でも昔の風潮を強く残した極道を歩む数少ない組織。

 

最近───正確には神野での柱の喪失から死穢八斎會は表立った活動をするようになり、罪の摘発を免れながらも裏社会での影響力を強めているとみられる───以上が、ナイトアイ事務所が出した推論である。

 

その為、現在では基本活動である担当区画のパトロールと、死穢八斎會の動向の監視、調査を受け持っている。

 

インターン初日に僕が駆り出されたのは後者であり、死穢八斎會の本拠地と見られる屋敷をバブルガール、ナイトアイの3人で監視していた。

 

前者のパトロールをデクと共に担当していたルミリオンから連絡が来たのは、その途中だった。

 

曰く、死穢八斎會の若頭、治崎廻と接触したと。

 

5人が合流し、意見の擦り合わせを行っている時、デクが小さく呟いた。新たに判明した、治崎の娘と思わしき子の事だ。

 

「エリちゃんと呼ばれてました。手足に包帯を巻かれて、何も分からないけど助けを求めてた。どうにか保護してあげられていたら…」

「───傲慢な考えをするんじゃない」

 

その呟きに反応したのは、ナイトアイだった。

 

「事を急いては仕損じる。焦って追えばますます逃げられる。助けたい時に助けられるほど貴様は特別じゃない」

 

それは、ナイトアイらしい建設的な意見だった。彼は常に先を見ている。そういう生き方をしてきたのだろう。

 

「現在こちらも他事務所とのチームアップを要請中だ。まず相手が何をしたいか予測し、分析を重ねた上で万全の準備を整えなければならない」

 

緑谷から反論が出なかったのを確認して、ナイトアイは僕ら学生組は先に事務所に戻っていろと指示を出す。

 

気付けば曇天からは雨が降り出しており、その雨足は少しずつ強まっていった。俯く緑谷の髪を濡らしていく。ミリオ先輩は自分が傘を持って来るから、僕ら2人は近くの屋根で雨宿りしてて、と言ってくれたため、その厚意に甘える。

 

《透過》を使えば、全身ビショ濡れになる事は無いのだろうか、なんて考えながら僕は緑谷の横でミリオ先輩を待つ。

 

未だ俯き、落ち込んだ様子の緑谷を見ながら考えるのは───ナイトアイが語ってくれた未来の事。あの後、ミリオ先輩とバブルガールがパトロールから帰ってきた事によってあの場は解散、以降、僕と緑谷もその件について話していない。

 

まぁ、無理も無い。あれだけの話を聞かされた上に、治崎と接触して思う所もあったのだろう。気持ちを整理させる時間が必要だ。憧れの人の死の顛末を知り、それを理解するのはナイトアイに限らず辛いものだ。

 

それに───あの未来、不可解な点がいくつかある。ナイトアイはあの断片的な情報の中でも、僕ら3人はオールマイトが死ぬ以前に命を落としていると判断した。その根拠はきっと、“災害”とやらで雄英が避難場所となった時、未来を知る僕らならそこでオールマイトを守ろうとする、もしくは彼と共に移動するからだろう。

 

もうこの世にいないから、それが出来なかった。そう考えるのが妥当だ。

 

僕らがいつ死ぬのかは“災害”の時期も不明の為突き止める事はできないだろう。だが、“災害”の後──雄英が避難場所となった時点で、少なくとも緑谷は生きている。その後彼は雄英とオールマイトから離れ消息不明となった。

 

よほどの事情が無い限り有り得ない事だ。緑谷がオールマイトを危険に晒すなんて。“僕やナイトアイが生きていれば”その判断だけはさせなかった筈だ。

 

つまり、僕とナイトアイは“災害”の最中かそれ以前には死んでいる。恐らく、これは間違いないだろう。

だが、僕が死んだからといって、他の人間が緑谷を引き止めない筈もない。これから事情を共有する爆豪だって、力ずくで緑谷を止めるだろう。

 

「………いや」

 

確か、僕と緑谷以外の傷だらけのヒーロー科の面々を見た未来があった。最初に聞いた時は、生徒まで敵との戦いに参加しなければならない程追い詰められてると汲み取ったけど、実際はそうじゃなかったのかもしれない。

 

…緑谷出久を止めるために、戦った?

 

そして、緑谷はそれに応じる事はなかった事になる。38人を相手に対処出来る程強くなったかどうかは置いておいても、その説得を拒絶したこと自体信じ難いものだ。彼らしくない。

 

いったい、未来で何が───。

 

「───行かないで、って言ったんだ」

 

ハッ、と考え込んでいた顔をあげ、掠れた声で呟く緑谷を見る。

 

「あの子…エリちゃんは、震えてた。きっと、行かせるべきじゃなかった」

 

僕が、もっと強ければ、と呟く緑谷の頭を叩く。少し強めに叩くと、緑谷は頭を抑えながら涙目でこちらを見る。僕はため息を吐いた後、呆れた様子で言った。

 

「もし僕が君の立場だったら、ナイトアイや通形先輩と同じ判断をするだろうね」

 

あの場での急いでの保護は難しい。時間をかけてもいいから、安全に、確実に、と考えるだろう。緑谷の行動を全否定するような言葉に、少し傷付いた顔を見せた。でも、と僕は続ける。

 

「───これは、僕だけの判断だ」

「…え?」

 

意味を理解出来ず呆けた緑谷に向かって、ニヤリと笑う。

 

()()()()()()()()()()()()()、あの場で戦って、保護するだろうね──僕と君なら、それが出来る」

「───ッな、なんで…?」

 

目を見開き、一瞬言葉を失った緑谷は僕に問う。僕はなんてことないように告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()?それなら、僕はそのサポートをする。これでも、君の相棒候補だからね」

 

それを聞いた緑谷は、脱力し、呆れたように口元を緩ませた。

 

「君がそう言うと、どんな事でも出来るって思っちゃうよ」

「僕ら2人で平和の象徴を超えるっていうんなら、大抵の事は出来ないとね」

 

そう言って、笑い合う。

 

全盛期だったあの2人を超えるつもりなら、こんな所で足踏みしていられないだろう。それこそ、死んでいる暇などない。

 

僕は極力、緑谷の意志を尊重したい。緑谷がヒーローになりたいという意志を、その夢を叶えたいと思った。身の丈に合わない“個性”で両腕を破壊してでも、いじめっ子を無謀にでも救いに来た彼を見て、僕は。

 

…ほんの少しだけ、憧れた。それはきっと、僕が持っていないもの。真似とか、手本とか、そういう次元を超えた───“常軌を逸した救ける想い”に、ついて行きたいと思った。その隣に立ちたいと願った。

 

だからきっと僕は、緑谷がどんな茨の道を進むとしてもそれについて行くんだろう、と会話をしながら再認識した。

 

だから、だろうか。

 

緑谷出久が雄英を去ろうとするその時、()()()()()()()()()()()()()を思い浮かべてしまった。理論的に、時に暴力を用いてまで、彼を引き止めるだろうか。いや、むしろ───。

 

緑谷と戦ったかもしれない一年A組の面々と、それに同行したB組。果たして僕のクラスメイトも、緑谷を引き止めに行ったのだろうか。

 

解は出ない。どんなに予測を立て、推測しても、僕には未来なんてわからないのだから。だから僕らは、今を生きるしかない。

 

級友と戦う未来に備える現在を、生きていくのだ。



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