機動戦士ガンダムSEED cause  (kia)
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機体紹介

若干のネタバレがあるかも知れないのでご注意ください。


[地球軍]

 

形式番号  GAT-X104

     

名称    イレイズガンダム

 

パイロット アスト・サガミ

 

武装    

      

イーゲルシュテルン×2   

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1      

 

専用装備

      

高インパルスビーム砲『アータル』×2

イレイズの背中に装備されているビーム兵器で、ストライクの装備の一つアグニのプロトタイプ。威力はアグニに劣るもモビルスーツを破壊するには十分。連射性はこちらの方が優れている。だが燃費はあまり良くない。 

      

腕部実剣『ブルートガング』×2

      

両腕に装備されている実剣で、普段は腕に収納されているが使用時にはスライドして刃が出てくる。ストライクのアーマーシュナイダーと原理は同じで、ジンの装甲を軽く切り裂き貫通する。 

       

レールガン『タスラム』×2

 

イレイズの燃費の悪さを考慮して開発された実弾武装。ほぼ完成していたが実戦配備から外される事が決まって放置されていた。威力は高く直撃させればジンを十分撃破できる。ただし装備するためにはアータルを外さなければならない。

      

[機体説明]     

 

ヘリオポリスで開発されたGATシリーズの集大成として開発された機体。一定の汎用性を持たせながらも、高い火力と機動性をもった機体として設計された。

だが操作性が良いとはいえず、しかもバッテリー消費率が他の5機に比べ高く稼働時間に問題を抱えている。稼働時間の延長策として専用の装備など開発されていたがそれが完成する前に実戦配備から外される事が決定してしまった。

そのため実戦用ではなく研究用として、アークエンジェルに先に運び込まれていた。この機体のデータを見た結果、稼働時間の延長を課題とした機体の開発に着手し「ストライク」が設計された。

G開発計画の集大成として期待されていたが、開発は難航し設計段階から何度も修正が加えられた。結果として現在の技術問題が浮き彫りになってしまった。(ストライク設計時にはすべての機体のデータを1から見直しつつ進められた。)

そして上層部から失敗作の烙印を押され、本来つけられる予定だった名前はつけられず、G開発計画の消し去りたい汚点、そしてコーディネイターを消すという2重の意味を込めイレイズと名づけられた。

 

 

形式番号  FX-551

     

名称    スカイグラスパー改

 

パイロット ムウ・ラ・フラガ

 

 

武装  

  

機銃×4

機関砲×2

ビーム砲×3

対艦ミサイル

 

[機体説明]

 

メネラオスからの補給の際に運び込まれたスカイグラスパーの内の1機。予備機としてアークエンジェルに搬入された3号機をムウ・ラ・フラガ用に調整した機体。

ビーム砲を両舷に追加し、推進力を強化している。その分操作が難しくなっているためムウ以外操縦できない機体となっている。

 

 

[ザフト軍]

 

形式番号   ZGMF-515b

 

名称     シグーディバイド タイプⅠ

 

パイロット  シリル・アルフォード

 

武装     

 

試作型ビームライフル×1

レーザー重斬刀×1

バルカンシステム内装防盾×1

       

[機体説明]

 

シグーの強化型実験機。基になった機体はビーム兵器実装のための実験機だったのだが、砂漠に降りたアークエンジェル隊との戦いに投入された結果、中破の損傷を受けてしまう。

この機体はビーム兵器を実装し、若干の改良は施されていたがガンダムに勝るものではなかった。そのため破壊された機体を基に改良を加えたのが本機である。

ビームサーベルなども装備される予定だったが資材不足や施設等で改修がおこなわれた訳ではないため、未実装に終わっている(ただし使用する為の改良だけは施されていた)

 

 

形式番号   ZGMF-515b

 

名称     シグーディバイドタイプⅡ

 

 

パイロット  シリル・アルフォード

 

 

武装     

 

ビームライフル×1

レーザー重斬刀×1

ビームサーベル×2

試作大口径ビームキャノン×1

 

[機体説明]

 

急場しのぎのタイプⅠを完全に改修した機体で見た目はシグーの面影を残しているが中身は完全な別物。背中のウイングバインダーを更に高出力化し、各スラスターも強化されている。これによりガンダムにも劣らない機動性を得た。

火力も試作型のビームキャノンを装備。このビームキャノンは機体とは別にバッテリーが内蔵されており、やや大型化されている。砲身の排熱の為に連続して撃てるのは二発までとなっている。

しかしガンダムに対抗するためとはいえ無理に強化した結果として操作性、整備性は最悪。まともに乗れる者がおらず、完全にシリル・アルフォード専用の機体となってしまった。

 



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機体紹介2(ネタバレ注意)

致命的なネタバレがあるかもしれません。
ご注意ください。


[中立同盟軍]

 

形式番号  ZGMF-X07A

 

名称    イノセントガンダム

 

パイロット アスト・サガミ

 

 

武装

 

頭部機関砲×2

ルプス・ビームライフル×1

ラケルタ・ビームサーベル×2

ラミネートアンチビームシールド×1

 

[専用装備]

 

『アクイラ・ビームキャノン』×2

 

イノセントの背中にある高出力スラスターの両端についている、イレイズのアータル以上の威力を誇るビーム兵器。ただフリーダムのバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲よりも射程は若干短くなっている。その分破壊力、貫通力はこちらの方が上。

 

背面高出力ビームソード『ワイバーン』

 

アクイラ・ビームキャノンの横についているビームソード。背中につけたまま展開する事で、すれ違いざまに相手を斬り裂く。外してビームソードとして使用することも可能。ビ-ムライフル程度の攻撃ならば防ぐ事もできる。通常のビームサーベルよりはるかに高い出力を誇るため、加速した状態で攻撃したならシールドの上からでも斬り裂ける。最大出力では大きな翼を展開しているような状態になる。

 

腕部実剣『ナーゲルリング』

 

イノセントの腕部に装備されている実剣。イレイズのブルートガングを改良、強化したもので対ビームコーティングが施されており、ビームサーベルなども受け止める事が可能であり、威力や強度も上がっている。

 

[機体説明]

 

ザフトで開発が予定されていたガンダムの1機。フリーダムやジャスティスと違いシンプルな装備となっている分、扱いやすく操作性も良い。後に開発が予定されていた何種類かの追加装備を使い分ける事で、どんな状況にも対応する高性能汎用機として企画されていた。ただ単体でも十分な火力と機動性を備えていたため、それらの装備は機体の運用データ収集後とされた。

 

[追加兵装]

 

斬艦刀『バルムンク』×1

ミサイルポッド×4

ロングレンジビームランチャー×1

ビームガトリング砲×1

 

[装備説明]

 

イノセントの追加兵装。元々予定されていた追加武装をすべて装着させ、同時に各箇所にアドヴァンスアーマーを装着し、防御と機動性も高めてある。腰に斬艦刀『バルムンク』、シールドの内側にガトリング砲、肩にビームランチャーそして反対の肩にミサイルポッドの装備している。これらの装備はいつでもパージできるように調整されている。同盟軍ではこの状態を『フルウェポン』の名称で呼ばれる事になる。

 

 

形式番号  ZGMF-X01A

 

名称    アイテルガンダム

 

パイロット レティシア・ルティエンス

 

武装

 

頭部機関砲×2

ルプス・ビームライフル×1

ラケルタ・ビームサーベル×2

ビームガン×2

ラミネートアンチビームシールド×1

 

[専用装備]

 

高機動装備『セイレーン』

 

高出力ビーム砲×2

斬艦刀『グラム』×2

機関砲×2

 

[装備説明]

 

地上での戦闘を考慮した高機動装備。ストライカーパックの1つとして考案されたI.W.S.Pを再設計、強化したもので、軽量化と火力、機動性の大幅な向上が図られている。それと同時にジャスティスのファトゥムーOOの試作型としての側面を持っているため、形状に類似点がある。レールガンに変わり高出力ビーム砲を装備し、斬艦刀にはビームが搭載された。宇宙でも装備可能となっている。

 

 

宇宙空間特殊装備『リンドブルム』

 

ドラグーンシステム×10

プラズマ収束ビーム砲×2

 

[装備説明]

 

宇宙戦用装備。レティシアの空間認識力を生かすため、同盟軍初のドラグーン装備となっている。ドラグーンを破損しても戦闘可能なようにフリーダムと同じプラズマビーム砲が装備されている。

 

[機体説明]

 

ザフトが最初に開発したNジャマーキャンセラー搭載機『ドレッドノート』の再設計機。ドレッドノートは開発期間短縮のためゲイツのパーツを流用していたが、『アイテル』はそれを1から見直し開発された。この機体はストライクのデータを参考にしており、バックパックを交換する事による武装の変更が可能になっている。(アイテルの名はギリシャ神話の神アイテールから)

 

 

形式番号  SOA-X01

 

名称    スウェアガンダム

 

パイロット イザーク・ジュール

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部ビームガトリング×2

レールガン『タスラム』改×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スカンジナビア、オーブ次期主力機開発計画の試作機。この機体はいわばイレイズの後継機にあたり、数々の欠点はすべて改善されている。バッテリー動力で限界まで性能を高めるというコンセプトで開発されたため非常に高性能。第2期GATシリーズとも互角以上に戦える。背中のタスラム改は通常のレールガンと散弾砲の2種類を使い分ける事が出来る。

 

形式番号  SOA-X02

 

名称    ターニングガンダム

 

パイロット マユ・アスカ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

グレネードランチャー×2

高インパルス砲アグニ改×1

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スカンジナビア、オーブ次期主力機開発計画の試作機。スウェアとの違いはNジャマ―キャンセラーを搭載している事と飛行形態に変形する可変機構を備えている事。飛行形態による高い機動性と軽量小型化したアグニ改を装備し、火力もある隙のない機体になっている。ターニングの名の通り、今までのモビルスーツ開発とは違い設計とコンセプトの方向転換を図っている。元々海に面したオーブ防衛の為に考案された機体であり、この機体を元に『ムラサメ』が開発されることになる。

 

 

形式番号  GAT-X105α

 

名称    アドヴァンスストライクガンダム

 

パイロット ムウ・ラ・フラガ

 

武装

 

通常のストライクと同様

 

[追加装備]

 

腰部ビームガン×2

グレネードランチャ―×4

 

[機体説明]

 

ストライクガンダムの強化、改修機。アラスカの戦闘にて傷ついたストライクに改修を施し、バッテリーを強化し、スラスターを増設した機体。最大の違いはデュエルのアサルトシュラウドを参考に開発されたアドヴァンスアーマーを装備している事であり、これにより火力、防御力、機動力すべてが向上した。

アーマーシュナイダーを取り出すのに影響が出ないように腰部に装着したビームガンに、脚部にグレネードランチャ―を装備した。

 

 

[アドヴァンスアーマー]

 

[装備説明]

 

オーブの研究者ローザ・クレウスが開発した追加装甲。

デュエルガンダムに装着されていたアサルトシュラウドを参考に開発されており、装着する機体の特性に合わせて装備が違うが名称は一貫して同じである。装備は今後同盟軍に浸透していき、他のモビルスーツの性能底上げや火力強化に使われることになる。

 

 

形式番号  GAT-X102α

 

名称    アドヴァンスデュエルガンダム

 

パイロット トール・ケーニッヒ

 

武装

 

通常のデュエルと同様

 

[追加装備]

 

腕部ブルートガング×2

レールガンシヴァ改×2

ミサイルポッド×2

腰部ビームガン×2

 

[機体説明]

 

デュエルガンダムの強化、改修機。アドヴァンスストライク同様の改修が施された機体。装備されていたアサルトシュラウドを研究し開発されたアドヴァンスアーマーが装備されている。両腕にブルートガングを装備し、両肩にミサイルポット、そして端に改良したシヴァ改が装備されている。アーマーをパージした状態でも本体も改修されているため、以前より性能は段違いに向上している。

 

 

形式番号 MBF-M1B 

 

名称    シラナミ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

対艦魚雷×4

腕部ブルートガング×2

 

[機体説明]

 

M1アストレイを水中用に改良した機体。一部だけだが追加装甲としてスケイルシステムを装備している。これは無数の鱗状のパーツが振動して推力を得るというもので、これにより従来の機体ではできない機動が可能となっている。背中にも大型推進機と魚雷を装備し、近接戦闘用としてイレイズのブルートガングを装備している。そして腰の左右と脚部に推進機を増設し、水中でも高い機動性を確保している。これらの仕様と水圧に耐える為に耐久性向上を図られているが、それにより高コストとなり生産性に問題が生じている。さらに欠点として魚雷を撃ち尽くせば武装は近接戦闘装備しかないという事で、補給の為撤退せざるえない。

 

 

形式番号 STA-S1 

 

名称   スルーズ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スカンジナビアが開発した初の量産モビルスーツ。外見は騎士甲冑のような外見であり、アストレイとの違いは機動性だけでなく防御力も高くなっている。その分パイロットの生存率が格段に上がっているが、同時にコストが高くなっている。

 

形式番号 STA-S2 

 

名称   フリスト

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

バズーカ×1

ビームガトリング×1

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スルーズの上位機。スルーズより機動性を向上させており、エースパイロット用の機体として配備されている。上位機であるため、幾つか武装も増えている。

 

[地球軍]

 

 

形式番号  GAT-X146 

 

名称    ゼニスガンダム

 

パイロット エフィム・ブロワ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

アーマシュナイダー×2

ビーム砲×2

 

[専用装備]

 

対艦刀『ネイリング』×2

 

[装備説明]

 

イレイズに装備されていたブルートガングの発展型。腕部にマウントしてあり、ソードストライクのシュベルトゲーベルよりも短く扱いやすくなっている。そのままでも使用可能だが取り外して使う事も出来る。

 

複合火線兵装『スヴァローグ』

 

[装備説明]

 

イレイズのアータルとタスラムを融合させた武装。二つの砲身がついており、使用時にどちらかの砲身がスライドしせり出され、もう一つの砲身と連結する事でビームもしくは実弾が発射される。破壊力も強化されていると同時に燃費の問題も解決されている。

 

[機体説明]

 

イレイズ本来あるべき姿。元々イレイズはGATシリーズの集大成の機体だったが燃費の問題や操作性など多くの問題を抱えた失敗作だった。しかし前線に投入されると同時に大きな戦果をあげ、再び注目される事になる。当時は技術的な問題で解消しきれなかった部分を改善し、戦闘データを基に強化され開発されたのがこの機体である。イレイズ開発時とは違い、問題もなく想定以上の性能も発揮したため本来つけられる予定だった『ゼニス』という名が与えられた。

 

 

[ザフト軍]

 

形式番号   ZGMF-F100 

 

名称     シグルド   

 

パイロット  

 

シオン・リーヴス

 

マルク・セドワ

 

クリス・ヒルヴァレー   

    

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド内蔵ビームクロウ×1

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

 

[機体説明]

 

特務隊専用の機体。シグーディバイドのデータを基に強化、再設計したものであり、元々ゲイツと同じく量産化する予定だったが、基になったシグーディバイド自体が一般のパイロットに扱えるものではなかった。そのため再設計したとはいえ『シグルド』もまた普通のパイロットに扱えるものでは無く特務隊専用の機体とした。武装は基本通りのシンプルな物だが、腹部にはイージスの『スキュラ』を改良した『ヒュドラ』を搭載している。

特にシオン・マルク・クリスの機体にはNジャマーキャンセラーが搭載され、PS装甲を装備。その性能はフリーダムにも後れを取らないほど。各パイロットの特性に合わせた専用装備が用意されており、各機が別の機体ともいえる特徴を備えている。ちなみにバッテリー機も存在し、PS装甲はオミットされているがそれでもゲイツを軽く上回る性能を持つ。その機体は特務隊ではなくブランデル隊に配属された。

 

[マルク・クリス機]

 

射撃戦装備

 

高出力スナイパーライフル×1

ミサイルポッド×2

 

[シオン機]

 

近接戦装備

 

肩部ビームガトリング砲×2

対艦刀『クラレント』×2

 

 

形式番号   GAT-X103 

 

名称     バスターアサルト   

 

パイロット  ディアッカ・エルスマン

 

武装

 

通常のバスターと同様

 

 

[追加装備]

 

ビームダガ―×2

小型アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

アークエンジェル隊との戦いで中破したバスターガンダムを改修し、さらにアサルトシュラウドを装備させた機体。ただバスター自体の火力は十分だったため、あくまで機動性と防御面に強化が行われた。各スラスターを強化、増設し防御面でも小型のシールドを装備させている。一応接近戦に備え腰部にビームダガーも備えられた。

しかし元々第1期GATシリーズにおいて1番の重量だったのが追加装備によってさらに重量が増してしまった。そのためこの機体を使用した地球上での戦闘は全く考慮されていない。

 

形式番号   GAT-X207 

 

名称     ブリッツアサルト   

 

パイロット  ニコル・アルマフィ

 

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

攻盾システムトリケロス強化型×1(3連ビーム砲、ランサーダート×2)

エクステンショナル・アレイスター×2

肩部ガトリング砲×2

 

[機体説明]

 

アークエンジェル隊との戦いで中破したブリッツガンダムを改修し、さらにアサルトシュラウドを装備させた機体。ブリッツの欠点だった武装を各部に分散し、ビームライフルとビームサーベルを装備。さらにトリケロスにもビーム兵器を搭載し火力を強化、グレイプニールの代わりにゲイツと同じくエクステンショナル・アレイスターを装備している。当然ミラージュコロイドも使用可能である。

 

 

形式番号   ZGMF-FX001 

 

名称     コンビクト   

 

パイロット  シリル・アルフォード

 

武装

 

機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

大口径収束ビームランチャー×1

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

ザフトで開発が予定されていたZGMF-Xシリーズ(ファーストステージ)に変わる旗頭として設計企画された機体の一つ。ガンダムに似た造形ではあるが、ツインアイではない。

両肩後ろの左右に2つの大きなバーニアを備え、背中、そして脚部に高出力スラスターを装備している。これによってフリーダムと同等以上の推力を得た。その反面武装は基本的な装備しかなく、シンプルなものとなっている。これはシリルの実力を発揮させるためには余計な装備はない方が良いと判断されたためである。

 

 

形式番号   ZGMF-FX002

 

名称     ジュラメント   

 

パイロット  アスラン・ザラ

 

武装

 

機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームソード×4

ビームウイング×2

高出力ビームキャノン×1

プラズマ収束ビーム砲×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

ザフトの旗頭となるべく開発された機体の1つ。この機体はアスランが搭乗していたイージスと同じ様に可変機構を備えている。バックパックの両端にプラズマ収束ビーム砲、イージスと同じく両手両足にビームソードを装備、モビルアーマー形態に変形してもプラズマ収束ビーム砲は使用可能、さらに先端にはビームキャノンがある。両翼にあるビームウイングを展開する事で接近戦にも対応できる。

 



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機体紹介3(ネタバレ注意)

ネタバレがあるかも知れないのご注意ください。


[同盟軍]

 

[戦艦]

 

スカンジナビア強襲戦艦『オーディン』

 

艦長  テレサ・アルミラ

 

武装

 

対空バルカンシステム

ミサイル発射管

主砲エネルギー砲

陽電子砲ローエングリン

 

[説明]

 

スカンジナビアの新造戦艦。左右に長いカタパルトがせり出しており、その中央には陽電子砲を装備している。開発にはモルゲンレーテも参加していた為かアークエンジェルと共通している部分がある。

 

 

スカンジナビア特殊作戦艦『ヘイムダル』

 

艦長 ヨハン・レフティ

 

武装

 

対空バルカンシステム

ミサイル発射管

主砲エネルギー砲

リニアカノン

 

[説明]

 

スカンジナビア新造戦艦の1つ。オーディンとは全く違い一回り小さく鋭利な造形をしている。用途に合わせオプションパーツを装着する事で、どんな作戦にも対応する事ができ、その際の速度はエターナルにも匹敵する。ミラージュ・コロイドも散布可能で隠密任務もこなせる。

 

 

高機動兵装『スレイプニル』

 

武装

 

大口径ビームキャノン×2

高エネルギービーム砲×2

対艦ミサイル発射管×多数

近接攻撃用ブレード×2

 

[説明]

 

ザフト軍大型機動兵装ユニット『ミーティア』のデータを参考に開発した、高機動兵装。データを参考にしたとはいえ、殆ど別物となっており、その用途はあくまでモビルスーツの強化に重点が置かれている。そのためミーティアに比べるとかなり小型化され、小回りが利くがその分火力は劣るも加速性はこちらの方がかなり上であり、使い勝手もよくモビルスーツ戦闘にも十分対応できる。

フリーダム、ジャスティス用に2機が実戦に投入される事になった。アイテル、イノセント用は専用装備の開発が優先されたため、最終決戦には間に合わなかった。

 

[地球軍]

 

形式番号  GAT-X142

 

名称    イレイズサンクション

 

パイロット クロード

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

対艦刀『ネイリング』×1

アンチビームシールド×1

 

[専用装備]

 

ガンバレルストライカー改

 

武装

 

ガンバレル×6

レールガン×2

 

[装備説明]

 

元々ムウ・ラ・フラガ用に開発されていたガンバレルストライカーをさらに改良を加えたもの。本来のガンバレルよりも小型化されており、扱いやすくなっている。同時にガンバレル展開状態、もしくは破損状態でも戦闘可能なようにレールガンも装備している。

 

[機体説明]

 

ゼニス開発の際に試作された機体の二号機。欠陥はあるが高い性能を誇っていたイレイズを再設計し、クロード専用の調整が加えてある。同時に後に手に入ったNジャマーキャンセラーを装備する事でエネルギー問題を解決した。ただし後付けのため腰の部分にむき出しの状態で装着されている。

 

[ザフト軍]

 

形式番号  GAT-X102A

 

名称    Tデュエル

 

パイロット エリアス・ビューラー

 

武装    

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

高出力ビーム砲×2

対艦刀『クラレント』×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

アークエンジェル隊に奪還されたデュエルガンダムの予備パーツで組み立てられた機体。ただ単純にデュエルの予備パーツで組まれた訳ではなく、開発が予定されていたZGMF-Xシリーズの1機『X12A』のパーツも同時に組み込まれている。

その際にNジャマーキャンセラーも搭載しため、エネルギー切れもない。背中にはシグルドの為に開発された高機動スラスターを装備し、さらにビーム砲や腰に対艦刀も備えたバランスの良い機体となっている。

 

 

形式番号  ZGMF-FX004b

 

名称    イージスリバイバル

 

パイロット アスラン・ザラ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×4

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

ドラグーンシステム(3連ビーム砲)×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

エドガー・ブランデルの用意した兵器工廠で独自に組み上げた機体。名の通りイージスのデータを反映させ、造形も良く似ている。

設計段階ではイージスのパーツを改修、強化し、そのまま組み上げられる予定だったが、さらなる性能向上のため実験的にディザスターのパーツを組み込む事が決定された。

そのため当初は可変機構を搭載する予定だったが、急遽オミットされている。

背中にドラグーンシステムを2つほど装備しており、これはパイロットであるアスランに合わせた調整を施し、補助用として装着されたもの。

3連ビーム砲となっているためプロヴィデンスなどに装備されたものより大きくなっているが、ドラグーンの側面にスライド式の小型アンチビームシールドが装着されているため遠隔操作のシールドとしても使用可能。

破損すれば何時でもパージできる。

 

 

形式番号   ZGMF-FX003

 

名称     プロヴィデンス   

 

パイロット  ラウ・ル・クルーゼ

 

武装

 

近接防御機関砲×2

高出力ビームライフル×1

複合防盾高出力ビームソード×1

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

ドラグーンシステム×43(そのうちの数機はビームファング)

 

[機体説明]

 

ザフトの旗頭となるべく開発された機体の1つ。元々ファーストステージであるZGMFーXシリーズの1機だったものをラウ・ル・クルーゼ専用の機体として設計し、開発された。企画されていた当初とは武装に変更が加えられている。ZGMFーXシリーズだったころより、外見がスマートかつ洗練されたものとなっている。

 

形式番号   ZGMF-FX004

 

名称     ディザスター   

 

パイロット  ユリウス・ヴァリス

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームソード×2

対艦刀『クラレント』×1

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

小型アンチビームシールド×1

ドラグーンシステム(ビーム砲)×10(ビームファング)×5

 

[機体説明]

 

ザフトの旗頭となるべく開発された機体の1つ。ザフト最強のパイロットであるユリウスの特性に合わせ設計、開発された。

造形はザフト特有のモノアイの頭部であり、ラウのプロヴィデンスと同じくドラグーンシステムが装備されている。しかしユリウスはあくまで近接戦闘を好んだためドラグーンは補助的なものとして装備され数が少ない。

その分機体の反応速度と加速性に重点を置いているため、スピードはプロヴィデンスを遥かに上回る。ザフト最強の機体。

 



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キャラクター紹介

原作キャラは載せていませんが設定を変えたりしています。



[主人公]

 

アスト・サガミ 

 

ヘリオポリスの学生でコーディネイター。性格は穏やかだが、どこか陰のある雰囲気を持つ少年。

キラやヘリオポリスの学生たちとは仲がよく友人。やや小柄な体型で身長もキラより低い。本人はその事を気にしている。

プラントのコーディネイターがあまり好きではない。

 

[ヘリオポリスの学生]

  

アネット・ブルーフィールド

 

ヘリオポリスの学生でナチュラル。ミリアリアの親友でコーディネイターにも何の偏見もなく接する。

かなり面倒見がよく他の学生たちからも人気がある。家庭的で家事が得意。

 

エフィム・ブロワ

 

ヘリオポリス工業カレッジの学生だが大のコーディネイター嫌い。

アストたちにもかなりきつく当たる。

エイプリルフールクライシスで家族を亡くしている。

フレイとはコーディネイター嫌いで気が合うが別に好意を持っているわけではない。

 

エルザ・アラータ

 

ヘリオポリスの学生でコーディネイター。血のバレンタインよりナチュラルに対してよい感情を抱いていない。

妹がおり、よく面倒を見ている。地球で生活していたことがあり、迫害された過去がある。

 

エリーゼ・アラータ

 

エルザの妹でコーディネイター。甘えん坊だが人懐っこい性格でアストたちにも懐く。

 

[地球軍]

 

セーファス・オーデン

 

地球軍第8艦隊所属。階級は少佐で経験豊富な優秀な軍人。コーディネイターでも差別する事無く使う。

民間人を巻き込むことを良しとしない良識も持っている。

 

クロード

 

黒髪のサングラスをつけた謎の男。ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルの信用も厚く、彼に進言する事もある。その関係で地球軍の上層部とも繋がりを持っている。

 

[ザフト軍]

 

ユリウス・ヴァリス

 

クルーゼ隊所属の赤服のパイロットでモビルスーツ隊を率いている。常にクルーゼにつき従う。

そのため『仮面の懐刀』の異名を持つエースパイロットでありその技量はザフト最強と言われている。

 

レティシア・ルティエンス

 

ラクス・クラインの護衛役。本来はザフト軍の赤服であるがシーゲル・クラインの要請でラクス護衛についている。

穏やかな性格でラクスとは姉妹のような関係で家族のように大切に思っている。ナチュラルに対する偏見はない。ザフトでは『戦女神』という異名で呼ばれている。

 

シリル・アルフォード

 

クルーゼ隊のパイロット。優秀でユリウスの僚機を務める事もある凄腕。

 

エドガー・ブランデル

 

『宇宙の守護者』と言われるザフトの名将。多大な戦果を上げた以上に友軍の危機を何度も救った事で部下たちからの信頼も厚い。

 

シオン・リーヴス

 

特務隊フェイスの1人。コーディネイタ―には普通に接するが、ナチュラルは人間と認めていない。

そのため子供でもあっさりと殺してしまうほど冷徹な対応をとる。パトリック・ザラからの信頼も厚い。普段から冷静で表情を顔に出さない。

 

マルク・セドワ

 

特務隊フェイスの1人。普段はふざけた態度が目立つものの任務となれば忠実に実行する優秀なパイロット。

女好きでレティシアに目を付けている。

 

エリアス・ビューラー

 

クルーゼ隊の補充要員として配属される。  どこか幼くこの戦争も正義の戦争と信じている。

カールとはアカデミーより入学前からの付き合い。

 

カール・ヒルヴァレー

 

クルーゼ隊の補充要員として配属される。寡黙だが仲間想いで、皆からの信頼も厚い。エリアスのブレーキ役。

 

クリス・ヒルヴァレー

 

シオン直属の部下。カールとは双子の兄弟であり、彼よりもはるかに優秀。

そのため内心彼を見下している。後に最年少で特務隊入りする。

 

[オーブ]

 

ローザ・クレウス

 

オーブの遺伝子学者。かなり多才な人物で医学や機械工学にも精通した優秀な人物。

だが本人は興味のある事にしか、情熱を注がない変わり者であり、良くも悪くも研究者である。エリカ・シモンズとは友人同士。

 

セレネ

 

マルキオの伝道所にいる孤児の1人。ザフトの攻撃で親を亡くしたが、憎しみを持っていない心優しい少女。

小柄で目が隠れるほど長い髪で顔が見えにくいが、整った顔立ちをしている。

 

[スカンジナビア]

 

アイラ・アルムフェルト

 

スカンジナビア第2王女で軍事のすべてを任されている総責任者。知識も豊富で交渉ごとにも隙はない優秀な女性。

国の為ならば手段を問わない一面も持っている。昔からオーブのアスハ家とは付き合いがあり、カガリを妹のように可愛がっている。

 

テレサ・アルミラ

 

スカンジナビア軍中佐。優秀である事は間違いないが、本人は堅苦しい事が苦手。

軍人らしくない人物だが、部下たちには慕われている。

 

ヨハン・レフティ

 

スカンジナビア軍少佐。テレサのお目付け役で苦労が絶えない。

それでもテレサの副官を務めるだけの技量は持ち合わせている。



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第1話   偽りの夢の中で

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.70 2月14日

 

 この日、食糧生産コロニー『ユニウスセブン』に対し地球連合が行った核攻撃により世界は大きく変わった。

 

 

 『血のバレンタインの悲劇』 

 

 

 そう呼ばれたこの事件により地球とプラントは交戦状態に突入。

 

 数多の犠牲を出しつつも激しさが増す戦いは、開戦から11ヵ月の時が過ぎようとしていた。

 

 そして C.E.71 1月25日 

 

 中立コロニーヘリオポリスから世界は再び大きく変わっていく。

 

 

 

 

 

 そこはまさに平和そのものだった。

 

 コロニー『ヘリオポリス』

 

 中立国であるオ―ブ首長国に所属するコロニーである。

 

 緑が多く気持ちのよい陽射しが差し、皆が楽しそうに笑っているコロニーの一画。

 

 工業カレッジのキャンパスでアスト・サガミは本を読みつつ、人を待っていた。

 

 約束の時間を若干過ぎているが、どうせまた仕事でも押し付けられているのだろう。

 

 あまり気にすることなくページをめくる。

 

 しばらく本を読み進めた時、こちらに向けて走ってくる足音が聞こえてきた。

 

 「ごめん、遅れた!」

 

 走ってきたのは茶髪にどこか幼さを持った待ち合わせの相手。

 

 友人であるキラ・ヤマトだった。

 

 手には小型のパソコンを持っているところを見ると、アストの予想通りらしい。

 

 「そんなに待ってないよ。その様子じゃまたカトウ教授に仕事頼まれたんだろう?」

 

 「そうなんだよ。昨日の分も終わってないのにさ。今まで少しでも片付けようと思って処理してたら、約束の時間過ぎてたんだ」

 

 ゼミの担当教諭であるカトウ教授は、キラに自身の仕事を処理させようと任せるときがある。

 

 アストもたまにやらされるのだが、それは学生に処理させる量を遥かに超えていた。

 

 その為、任されるキラはいつも頭を抱えているのだ。

 

 「そんなに大変なら少し手伝うよ。それに今日の呼び出しもたぶん追加とかじゃない?」

 

 「やっぱりそう思う? 全く教授も僕達にばかり仕事頼まないでほしいよね。この前の分が終わったと思ったらこれだよ」

 

 キラは教授から任された仕事に不満を漏らしているが、限度はあれどアストとしてはあまり苦ではない。

 

 教授はキラや他の友人たちに出会うきっかけをくれた人物だ。

 

 だから無理のない範囲でならできるかぎり手伝うことにしていた。

 

 アストはある理由からあまり人とは関わらず、周囲とも距離を置いていた。

 

 それで良いと思っていたし、これからも変わらないと考えていた。

 

 だがアストの考えなど完璧に無視し声をかけてきたのがカトウ教授だったのだ。

 

 はっきり言えば最初はかなり面食らったと言って良い。

 

 何せ自己紹介も無いまま、いきなり研究室に連れて行かれ仕事を手伝わされたあげく「これからも頼むから」なんて言う始末。

 

 良い印象がなくてもしょうがないだろう。

 

 どうやらずいぶん前から成績も良く、優秀なアストに目をつけていたらしい。

 

 最初は一人だけでやらされていたのだが仕事量はどんどん増えていき、教授もさらに人手が欲しいと思っていたのだろう。

 

 後に連れてこられたのがキラだった(無理やりだったことは言うまでもない)

 

 連れてこられた当初はどう話そうかと思っていたものだ。

 

 しかしキラのやわらかい雰囲気のおかげか、教授の仕事の愚痴を言ったり、お互いの課題を手伝ったりしているうちにいつの間にか仲良くなった。

 

 そして彼を通じて交友関係も少しずつ広がっていった。

 

 それからは慌ただしくも、楽しく日々を過ごしている。

 

 だからアストは教授にも、そしてキラにも深く感謝しているのだ。

 

 二人は雑談しながら歩き出すと鳥を模した小さなロボットが舞い降り、キラの肩に止まると首を曲げ、「トリ、トリ」と声が聞こえてきた。

 

 「いつ見ても感心する。よく出来てるよトリィ」

 

 このトリィと呼ばれた愛玩ロボットはアスランというキラの幼馴染みが作ったものだと前に聞いたことがある。

 

 その完成度は非常に高く、動きも実に見事で作った人物の優秀さが窺える。

 

 大切な幼馴染が作ってくれたものだからか、キラはこのトリィをとても大事にしておりどこへ行くにも連れて行っているほどだ。

 

 「うん。昔から凄かったからね、アスランは。僕なんか全然敵わないくらいだよ」

 

 敵わないと言いながらもキラは全く嫌な顔はせず、むしろ嬉しそうに笑っている。

 

 それほど大事な友人なのだろう。

 

 「キラがそこまでいう人なら、いつか俺も会ってみたいよ」

 

 「アスランとアストはきっと気が合うよ」

 

 アストもまたキラの言葉を聞き、笑みを浮かべた。

 

 「本当に会う時が楽しみだよ」

 

 そのとき街頭の大きな画面のニュースが騒がしくなり何となく上を見上げると、どこかで行われている戦闘の映像が映っていた。

 

 《……華南より7キロの地点では、現在激しい戦闘が行われて……》

 

 画面に映っているのは地球連合軍とザフトとの戦闘映像だった。

 

 ザフトとはプラントにおける事実上の国軍として機能する武装組織である。

 

 元々ザフトの前身は「黄道同盟」と呼ばれ、諸権利獲得を目的に結成した政治結社であった。

 

 その為正規軍ではなく義勇軍に位置づけられ、階級制は存在しないという話を聞いた事がある。

 

 つまり現在モニターに映っているのは連合軍とザフトが戦いを繰り広げている映像であった。

 

 「……また戦争のニュースか。華南って本土に結構近いな」

 

 「うん、そうだね。でも大丈夫、オーブは中立だし」

 

 キラがニュースを見て楽観的な意見を言うが、アストはそこまで楽観視はできなかった。

 

 『戦争なんて自分たちには関係ないこと』

 

 それはこのヘリオポリスに住む住民たちほとんどの共通認識だろう。

 

 アスト自身、そうであって欲しいと思う。

 

 しかし昔の記憶がそれを否定する。

 

 ―――そう、理不尽な出来事というのは、自分たちの意志とは関係なく降りかかってくるものである。

 

 彼はそのことをよく知っていた。

 

 

 

 

 二人で教授のラボのあるモルゲンレーテ社に向かっていたがその途中で見覚えのある数人が揉めているのが見えた。

 

 それを見た瞬間、アストは顔を顰めた。

 

 「あれっていつものだよな。また揉めてるのか」

 

 「ほんとだ。よくもまあ顔合わせるたびに喧嘩できるよね」

 

 アストとキラは深々と溜息をつく。

 

 「エスカレートする前に止めたほうがいい。また大騒ぎになったら大変だし」

 

 アストとしても面倒事は正直遠慮したいのだが、片方は顔見知りのため無視する訳にもいかず、嫌々ながらも近づいていく。

 

 「どうして私まで怒られなきゃいけないのよ!」

 

 「それ、私のセリフなんだけど」

 

 言い争っていたのはフレイ・アルスターとエルザ・アラータの二人だった。

 

 カレッジでは悪い意味で有名な少女たちである。

 

 そして、困った顔で周りにいるのはいつもフレイと一緒にいる女子達と数少ない友人の一人アネット・ブルーフィールドだった。

 

 言い争っている原因は普段のことを考えれば予想はできるが、このまま見ていてもしかたないのでとりあえず声をかける。

 

 「やあアネット。これっていつもの?」

 

 「あら、あんた達。そうよ。全くしょうがないんだから」

 

 アネットも呆れた顔しているのは訳がある。

 

 この二人はとにかく仲が悪く、いつも言い争っているのだ。

 

 それもくだらない些細な事でだ。

 

 「ハァ~見ててもしょうがないな」

 

 「そうだね。道の真ん中じゃ迷惑だし」

 

 未だ言い争いをやめる気配もない二人に意を決して声をかけた。

 

 「いい加減にしなさいよ。フレイ、エルザ」

 

 アネットが声をかけると振り返ったフレイが物凄い形相で噛みついてくる。

 

 百年の恋でも覚めそうな表情である。

 

 「私は悪くないわよ!! そもそも授業中に騒ぎを起こしたのはそっちなのに巻き添えで私まで怒られて! しかも課題までだされるし」

 

 「それ全部私のセリフなんだけど。そもそも騒ぎ出したのはそっちで、巻き添えは私の方」

 

 エルザの淡々とした態度と言葉が癇に障ったのかフレイは「何言ってんのよ!」とさらにヒートアップしてしまった。

 

 エルザはいつものように感情を表に出さず落ち着いた様子だ。

 

 それが余計にフレイの神経を逆撫でしている事にエルザは全く気がついていないようだ。

 

 気がついても無視しているのかもしれないが。

 

 どちらにせよこうなったら手がつけられず、どうしようかと思っていると後ろから複数の足音と共に声が聞こえてきた。

 

 「揉めているところ悪いけれど、そこを通してもらえるかしら?」

 

 声をかけてきたのはどこか硬い雰囲気をもったサングラスをかけた女性。

 

 後ろにはつき従うように二人の男性が立っていた。

 

 その女性の佇まいはきっちりしており、やり手のキャリアウーマンを連想させる。

 

 「す、すいません。すぐ退きますから。ほらフレイ、エルザ」

 

 アネットが女性の雰囲気から気後れしたように揉めていた二人を押しのけて道をあけると、三人は綺麗に背筋を伸ばし歩いて行った。

 

 しばらくその後ろ姿を見つめていると毒気が抜けたのかフレイが大きなため息をついた。

 

 「ハァ、もういいわよ! 何言っても無駄みたいだし」

 

 周りにいた二人に声をかけ、そのまま背を向けたが彼女は最後に氷のように冷たい一言を言い放った。

 

 「まったく、これだから『コーディネイター』は嫌なのよね」

 

 その言葉に周りの空気は明らかに悪くなる。

 

 「ちょっと! フレイ!」

 

 「ふん!」

 

 「待ちなさい!」 

 

 アネットの咎めるような声を無視して、フレイは明らかに嫌悪感のある視線をこちらに向けながら歩いて行く。

 

 三人を追いかけようとしたアネットをエルザが押し留めた。

 

 「いいわよ、アネット。私は『ナチュラル』なんて興味ないから」

 

 冷めたように視線を外しながらつぶやくエルザはフレイに向かって小さく吐き捨てる。

 

 「エルザもそういう事を言わないで」

 

 アネットが悲しそうに眉を顰め、たしなめるがエルザは気にした様子もない。

 

 「勘違いしないで。アネット達のことを言ってる訳じゃないから。悪いけど妹と約束があるから行くわ。アスト、キラまたね」

 

 「あ、ああ。エリーゼによろしく」

 

 「またね、エルザ」

 

 そのままエルザも振り返る事無く、フレイとは反対方向に向かって行ってしまった。

 

 『コーディネイターとナチュラル』

 

 これがフレイとエルザの不仲の根本的な理由だった。

 

 血のバレンタイン以前からも普通に生まれてくるナチュラルと遺伝子操作されて生まれてくるコーディネイターの対立は深刻だった。

 

 しかし現在地球では差別や反コーディネイター組織ブルーコスモスのテロのなども横行している始末。

 

 それは中立のオーブも例外ではない。

 

 小さいながらも揉め事は起きていた。

 

 先のフレイとエルザのように。

 

 そんな状況の中、血のバレンタインによって地球とプラントによる戦争が起きたせいか、より一層対立は根深くなっていた。

 

 それはアストもキラも無関係ではない。

 

 何故なら二人共コーディネイターだからだ。

 

 そのためかキラは最初にフレイを見た時、可愛いと言って憧れていたようだが、彼女の起こす騒ぎや彼女のコーディネイター嫌いの様子を見てすぐ目が覚めたらしい。

 

 「本当にしょうがないわね、あの二人は。まあ『アイツ』が居なかっただけマシだけどね。『アイツ』が居たらこんな騒ぎじゃ済まなかっただろうし」

 

 アネットの言う『アイツ』とはカレッジではフレイと同じ『コーディネイター嫌い』で有名な人物のことなのだがアストやキラはできるだけ思い出したくない。

 

 はっきりいって関わり合いになりたくない。

 

 碌な目に遭わないからだ。

 

 「そういえばあんたたちはこれからどこ行くの?」

 

 気まずくなった雰囲気を変えようとアネットが努めて明るく声を上げた。

 

 それに乗っかる事にしたアストはやや大げさに呟いた。

 

 「俺たちは教授のラボだよ。たぶん仕事の追加だろうけどね」

 

 アストの答えにアネットは呆れ半分納得半分の顔していたが「私も行くわ。教授にも用があったし」とそう言うと二人の隣に並び、ラボに向って歩き出した。

 

 

 

 

 ヘリオポリスからさほど離れていない宙域の小惑星の陰に見つからないように身を潜めたものがあった。

 

 ザフトで運用されている宇宙艦、ナスカ級艦『ヴェサリウス』、そしてローラシア級艦『ガモフ』の二隻である。 

 

 そのヴェサリウスのブリッジで二隻の艦の指揮を預かる、仮面をつけた男ラウ・ル・クルーゼは自分の部下の反応に苦笑しながらもたしなめていた。

 

 「そんな顔をするな、アデス」

 

 アデスと言われた男は、ラウにたしなめられても眉間に皺をよせ難しい顔を崩さない。

 

 「しかし、評議会の決定を待ってからでも遅くはないのでは?」

 

 アデスはこのヴェサリウスを任されている艦長である。

 

 普段はラウの意見に従う忠実な軍人であるが、今は流石に反論せざる得なかった。

 

 彼が懸念しているのは普通の指揮官であれば実に尤もな事。

 

 これから行おうとしている作戦行動は、特務を任されているクルーゼ隊といえども独断で行うにはあまりに躊躇わずにはいられないものだったからである。

 

 「いえ遅いですよ、アデス艦長。『アレ』は放置するには危険なものです」

 

 答えたのはクルーゼではなくモビルスーツ隊の指揮を任されている、赤服の青年ユリウス・ヴァリスだった。

 

 ユリウスは、非常に優秀で戦術眼だけでなくモビルスーツの操縦もトップクラス。

 

 現在クルーゼ隊に所属しているパイロット全員が束になっても敵わぬ程の腕前を持っている。

 

 『ザフト最強のパイロット』というのがクルーゼ隊全員の共通認識である。

 

 そして自分の隊を持てる程の戦果をすでに挙げているにも関わらず昇進を断り続け、今なおラウの下にいるため『仮面の懐刀』の異名で呼ばれている。

 

 それゆえかクルーゼ隊であるにも関わらず彼も隊長と呼ばれているくらいだ。

 

 「ユリウスの言う通りだ。私の勘もそう告げている。ここで見過ごせばその代価、我らの命で支払うことになるとな」

 

 その言葉にアデスも背筋を伸ばした。

 

 ラウの勘は不気味なほどよく当たるからである。

 

 「地球軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に奪取するぞ」

 

 

 

 

 ヘリオポリスの管制室は混乱の極みに陥った。

 

 突然へリオポリスに接近してきたザフト艦が、強力な電波干渉をおこなってきたのである。

 

 それが意味するところは一つしかなかった。

 

 すなわち戦闘行為。

 

 ザフト艦の明らかな戦闘行為に、秘密裏にヘリオポリスに入港していた地球連合の艦も慌ただしく動き始める。

 

 「敵は!?」

 

 モニターに向けて叫んだ男はすでに自分のパイロットスーツに着替えて機体に搭乗し、出撃準備を整えていた。

 

 男の名はムウ・ラ・フラガ。

 

 連合で『エンディミオンの鷹』といえば知らぬ者のいないエースパイロットである。

 

 「二隻!ナスカおよびローラシア級、電波干渉直前にモビルスーツの発進も確認した!」

 

 彼らは貨物船に偽装した艦で港に入港している。

 

 何故そんな回りくどいことをしたかといえば、ここヘリオポリスの中立コロニーという立場を隠れ蓑に、連合の秘密兵器を極秘に開発してからだ。

 

 彼らはその兵器に搭乗する予定のパイロットたちを護衛して来た訳である。

 

 「港を制圧される前に、船を出してください!」

 

 「わかった!」

 

 後手に回れはその分不利になる。

 

 機体のチェックが終了し、船のハッチが開くとすでに開始されていた戦闘の光が目に入った。

 

 「ムウ・ラ・フラガ出るぞ!!」

 

 ムウはフットペダルを踏み込むと戦場となった宇宙に向かって飛び出した。

 

 

 

 

 ザフト艦侵攻の知らせが届いたのか、モルゲンレーテの工場付近が目に見えて慌ただしくなり、中から巨大なコンテナが運び出されてくる。

 

 ヘリオポリス内に入り、その様子を見ていた者たちはほくそ笑んだ。完全に予定通りだったからだ。

 

 「隊長の言ったとおりだな」

 

 「つつけば巣穴から出てくるって?」

 

 冷静な口調でイザーク・ジュールが確認するとディアッカ・エルスマンが皮肉を込めて冗談交じりに言う。

 

 色の違いはあれどここにいる全員がザフトのパイロットスーツを身にまとっている。

 

 すでに彼らはコロニー内部に入り込んで工場区に潜入し、施設を破壊するため爆弾を設置していた。

 

 そしてそのカウンタ表示がゼロに近づいていく。

 

 リストウォッチを見ていたアスラン・ザラは緊張しているのか硬くなっているニコル・アルマフィの肩をポンと叩いて静かにつぶやいた。

 

 「時間だ」

 

 全員が銃を持ち、爆発の震動が起きると同時に工場から運び出されてきたコンテナに向かって飛び上った。

 

 

 

 

 事が起きる少し前。扉を潜ったアスト達を待っていたのは友人達の声だった。

 

 「あ、2人ともやっと来たか」

 

 「遅いぞー」

 

 アストたちが教授のラボに入って行くと同じゼミの仲間サイ・アーガイルと入口近くにいたトール・ケーニッヒが声をかけてきた。

 「アネットも一緒だったんだね。今日はエルザと一緒じゃなかったの?」

 

 「それが途中で、フレイたちと会っちゃってさ~」

 

 そのままアネットは、声をかけてきたミリアリア・ハウとそのまま雑談を始めてしまった。

 

 この二人は親友同士というだけあって非常に仲がよく、時には彼氏であるトールの存在も忘れて話し続けていることがある。

 

 さすがにデート中に出会った時に三時間以上忘れられていたという話を聞いた時はかなり同情してしまった。

 

 「これ教授から預かってるよ。追加だってさ」

 

 「ハァ」

 

 サイが一枚のメディアを差し出してきたのをキラがため息をつきながら渋々受け取る。

 

 ため息をつく気持ちもわからなくはない。

 

 アストも苦ではないがそれでも限度はあるからだ。

 

 現実逃避気味に部屋の中を見渡すと見た事のない人物がいるのに気がついた。

 

 何と言うかあからさまに近づくなというオーラが出ており、あそこだけ空気が重い。

 

 帽子をかぶった少年はドアにもたれかかりながらこちらを不機嫌そうに見ている。

 

 背格好から自分達と同年代くらいだろう。

 

 「あれ、誰?」

 

 ボソッと呟いたアストに近くにいたカズイ・バスカークが声を潜めて教えてくれた。

 

 「教授のお客さんだよ。ここで待ってて欲しいって言われたんだってさ」

 

 「へぇ」

 

 教授のお客にしてはずいぶん若い印象を受ける。

 

 帽子を深くかぶっているので顔は見えないが自分達と同年代の少年が教授の客というのはやや異質に感じた。

 

 気にはなったが詮索しても仕方がないと、いつも通り仕事をこなす為にキラに声を掛けて椅子に座った。

 

 ここまではいつもと変わらない日常だった。

 

 ずっと続いていくものだと、変わる事が無いと誰もが根拠も無く信じていた。

 

 しかしそれも突然崩れ出す。

 

 いきなり、轟音と共に立っていられないほどの凄まじい揺れが彼らを襲ったのだ。

 

 「きぁぁぁぁ!!」

 

 「なんだよこれ!」

 

 「隕石か!?」

 

 突然の事態に皆が悲鳴を上げながらパニック状態になった。

 

 「この揺れ、不味いかもしれない」 

 

 この揺れで建物が崩れる可能性もある為、建物の中にいるのは危険だと判断したアストは大声を張り上げる。

 

 「とりあえず建物を出よう。ここは危険だ!」 

 

 皆を落ち着かせる為にアストがそう言うと全員で部屋を飛び出し、出口に向かって移動を開始する。

 

 その途中で職員の人と合流したため、状況を聞くと信じられない答えが返ってきた。『ザフトに攻撃されている』と。

 

 職員に促され後に続こうとするがその時、後ろで声が上がった。

 

 「君! どこ行くの!?」

 

 後ろを振り返ると帽子をかぶった少年が、逆方向へ走りだしキラがそれを追っているのが見えた。

 

 「キラ!? 戻れ!」

 

 アストが呼び戻そうとするが、キラはそのまま走りながら奥へ向かって行く。

 

 「先に行って! 後から行くから!」

 

 「待て―――ッ!?」

 

 アストも追おうとするが、また凄まじい震動が起き天井が崩れ道が塞がってしまった。

 

 「くっ、キラ!!」

 

 崩れた天井に空いた穴を見上げると、空が見えそこを人型の巨大な物が轟音を鳴らし通り過ぎていく姿が見えた。

 

 全員が息を飲む。

 

 それは間違いなく、ザフト軍の機動兵器『モビルスーツ』だった。

 

 あんなものから攻撃されればこんな建物などあっさり破壊されてしまうだろう。

 

 「まずいって! 早く出よう!」

 

 トールが、声を上げミリアリアの手を引き走り出す。

 

 キラのことは気になるが道がふさがってしまった今はどうしようもない。

 

 余計な事は考えず脇目も振らず走り続けていたが、再び大きな振動が起きる。

 

 「また天井が! アスト、危ない!!」

 

 アネットの声に反応し、崩れてきた天井から逃れるためにアストは思いっきり後ろに飛ぶと次の瞬間、上から崩れた天井の瓦礫が落ちてきた。

 

 「くっ」

 

 後ろに飛んだ事で下敷きになることは避けられたが、土煙りが晴れると出口の方が完全に塞がれていた。

 

 隙間もなく通路は完全に埋まっており、一緒にいた皆とは完全に分断されてしまった。

 

 「アスト、無事か!」

 

 瓦礫のむこうからサイの声が聞こえてくる。

 

 「大丈夫だ。そっちは?」

 

 「みんな無事だ」

 

 「そうか、良かった」

 

 安堵した事で一瞬気が抜けるが、依然として危険な状態に変わりない。

 

 またいつ天井が崩れてくるかわからないのだ。

 

 周りを見渡すと建物の見取り図が貼ってあり、食い破るように顔を貼り付け読み取ると工場区の入口に続くルートが記載されていた。

 

 「俺は工場区の方から出るから、みんなは先に外に出てくれ」

 

 「……わかった。気をつけろよ」

 

 「ああ、外で合流しよう」

 

 トールの固い声にわざと明るく返事を返すと塞がれた道を少し戻る。

 

 踵を返し、工場区の入口に通じた通路を震動でよろけそうになりながらもわき目も振らず走っていると出口が見えた。

 

 「ここまで来れば!」

 

 そこまで一気に駆け抜ける。

 

 「なっ……これは」

 

 駆け抜けた先、工場区で行われていたのは激しい戦闘だった。

 

 緑色のパイロットスーツに身を包んだ者たちとモルゲンレーテの作業服を着た者達が互いに銃を撃ちあっている。

 

 モルゲンレーテの方は知らないが、パイロットスーツを着ているのはおそらくこの騒ぎの元凶であるザフトに間違いないだろう。

 

 作業服達が守るように銃を構えている場所の後ろに側に見えているのは巨大な足のような物だ。

 

 アストの居る位置からは全体像は見えないが、なんであるかは容易に想像はつく。

 

 「あれって、まさかモビルスーツか?」

 

 呆然とそれを見て呟いていると、こちらに気がついた赤いパイロットスーツが銃を向け発砲してくる。

 

 「くそ!」

 

 銃撃から逃れる為に咄嗟に正面にある瓦礫に飛び込むことで難を逃れた。

 

 「ハァ、ハァ、危な―――うっ」

 

 飛び込んだ先にあった物体を見てアストはおもわず口を抑える。

 

 そこには頭を撃ち抜かれ、殺されたらしい作業服の男の死体があった。

 

 「ぐっ」

 

 懸命に吐き気を抑え、何とか視線を逸らした。

 

 死体を初めて見る訳ではないが、気分は良くはない。

 

 なんとか今は我慢し、周囲を見ると近くに拳銃が落ちている事に気がつくと、自然に手に取る。

 

 「……壊れてはいないみたいだな」

 

 死んでいる男が使っていたものかどうかはわからないが、使えるようだ。

 

 銃の状態を確かめながら瓦礫の陰から様子を窺う。

 

 「……あのパイロットスーツ、同い年くらいか?」 

 

 プラントでは十五才で成人扱いという話を聞いた事がある。

 

 ならばあの年齢でザフトにいても不思議ではない。

 

 パイロットスーツの色は赤。

 

 詳しくは知らないがザフトの一般的な兵士は緑色の服であり、その中で成績優秀な者には赤色の服が与えられるという。

 

 相手は軍事訓練を積んだ連中。

 

 それに引き替えこちらは昔に自衛程度の軍事訓練を受けた事はある。

 

 しかし銃の扱いなどは慣れていない。

 

 手に取った銃で戦っても勝ち目など万に一つもないだろう。

 

 「どうする、アスト」

 

 アストは身を乗り出さないよう注意しながら反対方向にある出口の方を見ると瓦礫が高く積み重なっているが、出口を塞いでいる様子が見て取れた。

 

 それにザフトの兵士もいない。

 

 どうやらあのモビルスーツらしいものが目的らしくそちらに向かっているらしい。

 

 ならば―――

 

 「よし」

 

 もう一度敵の姿を確認するため陰から様子を窺うとそこにザフト兵の姿はなくなっていた。

 

 「どこに――――な!?」

 

 気がついた時にはザフト兵は瓦礫の上を飛び越えていた。

 

 一瞬反応が遅れたアストに対して銃で殴りつけてくる。

 

 「くっ」

 

 何とか後ろに飛んでかわすが、体勢が崩されてしまう。

 

 そこにザフト兵は容赦なく蹴りを入れてきた。

 

 勢いよく迫る蹴りに回避は間に合わない。

 

 腕を上げてガードするものの勢いを殺す事はできず床に蹴り倒されてしまった。

 

 ザフト兵は倒れたアストに躊躇いなく銃を構えてくる。

 

 やられる―――

 

 ザフト兵が銃を発砲しようとしたその時、再び大きな振動が起き、積み上がっていた瓦礫がさらに崩れザフト兵の意識が一瞬逸れた。

 

 「今だ!!」

 

 アストはその隙を見逃さず、咄嗟に手に持っていた銃を投げつける。

 

 だが相手はそれにすらも反応し銃を盾にして防いで見せる。

 

 アストはその隙に起き上がり傍にある瓦礫に飛びついた。

 

 崩れてかなり低くなっている部分を掴み、腕の力で体を持ち上げると足の方から反対側に乗り越えた。

 

 そして着地と同時に出口に向かって全力で走る。

 

 今度捕まれば間違いなく殺される。

 

 一瞬だが見えた顔は同じ年頃の少年のもの。

 

 しかし表情は冷たく、紛れもなく人殺しの眼だった。

 

 その視線から逃れるようにアストは出口まで走り抜けそのまま飛び込んだ。

 

 

 

 

 「逃げられたか」

 

 その赤いパイロットスーツのザフト兵、アスランは思わず呟いた。

 

 最初は民間人かと思ったが、このあたりにはもういない筈でありつまりは敵である。

 

 しかしこちらの攻撃を受け、なお逃げられたのには驚いた。

 

 偶然が重なった事も大きいが、こちらの油断もあったのだろう。

 

 しかもあの運動能力は普通の、ナチュラルのものではない。

 

 途中でそれに思い至ったため、アスランは追撃する為の反応が遅れてしまったのだ。

 

 「あの動き……」

 

 いや、それより今は任務を優先すべき。

 

 「アスラン、どうした?」

 

 周辺の敵を倒した味方が声をかけてくる。

 

 「何でもない。作戦を続行する」

 

 アスランは知らなかった。この奥に進んだ先で自らの親友と再会する事を。

 

 そして今すれ違った少年が、自分の因縁の相手になることを。

 

 まだ何も知らなかった。

 

 

 

 

 ザフトの兵士から何とか逃れ、アストが外に飛び出すとそこには、一つ目の巨人がライフルを撃ち施設を破壊している姿が飛び込んでくる。

 

 あれこそ世界で最も有名と言っていい、ザフトのモビルスーツ『ジン』であった。

 

 工場区の周りにはジンから逃げ惑う人々で溢れている。

 

 「皆は……」

 

 トール達を探すために先ほど脱出しようとした出口の方へ進むと先ほどまで一緒にいた見慣れた後姿が見えた。

 

 「皆! 無事か!」

 

 「アスト!」

 

 「良かった! 怪我はない?」

 

 「ああ、大丈夫だ。キラは?」

 

 「こっちには来てない」

 

 「そうか」

 

 もしかすると工場の方にあるシェルターに避難しているのかもしれない。

 

 いや、今はそう信じるしかない。

 

 「キラの事は気になるけど、ここも危険だ。俺たちもシェルターに行こう」

 

 「そうだな。行こう」

 

 全員で走り出すと後ろからはジンがライフルを撃ち、破壊する音が聞こえてくる。

 

 銃声と響き渡る破壊音にアネットが顔を青くしながら足を止めて後ろを振り返った。

 

 「どうして? なんでザフトが攻撃を?」

 

 アネットが震える声で呟いた。

 

 声だけではなく、体も震えている。

 

 いきなりこんな戦闘の中に放り込まれたら、誰でも恐怖するのは当たり前だ。

 

 ましてやアネットは普通の女の子なのだから。

 

 だがこんな所で突っ立ていたら、命がいくつあっても足りない。

 

 「アネット! 今は何も考えちゃ駄目だ、走って!」

 

 返事も聞かずアストはアネットの手を掴んで走り出すと、全く同じタイミングで背中を押され倒れこむほどの激しい爆発が起きた。

 

 「ぐっ」

 

 「うわああ」 

 

 爆発した方角を見るとそこから新たな2つの巨人が飛び出してくる。

 

 「何だあれは?」

 

 この時、アストは想像することもできなかった。

 

 今、飛び出してきた一機と共に闘うことになることを。

 

 そしてもう一機とは激しい命のやり取りをする事になると。

 

 彼もまだ知らない。

 

 

 




とりあえずよろしくお願いします


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第2話   戦火が見せた真実

 

 

 

 

 その部屋はかつてないほどの喧騒に包まれていた。

 

 人が次から次に慌ただしく出入りを繰り返している。

 

 その表情は全員が非常に特徴的であった。

 

 皆が例外なく、余裕の感じられない表情を顔に貼り付け、上役と思しき人物に指示を仰いでいた。

 

 「どうなっている!?」

 

 「急いで情報を集めて―――」

 

 騒がしい部屋の中央に設置されている長机には閣僚らしき人物たちが資料を広げ、起きてしまった事態の対応に追われていた。

 

 ここは地球の南太平洋に位置する中立国オーブの会議室。

 

 その会議室では突如入ってきたザフトによるヘリオポリス襲撃の報に大騒ぎとなっていた。

 

 「ウズミ様、これは例の件が……」

 

 「うむ」

 

 オーブの代表首長であり『オーブの獅子』の異名を持つウズミ・ナラ・アスハは掛けられた問いかけに静かに頷く。

 

 ウズミはザフト軍襲撃の知らせにたいして驚きはなかった。

 

 ヘリオポリスで極秘に行われていた事をザフトが掴んだならば今回の件、別段不思議なことではない。

 

 ウズミからすればやはりという思いの方が強かった。

 

 「カガリ様もヘリオポリスに赴かれていますし」

 

 側近の言葉にウズミは眉をより一層に顰める。

 

 現在娘であるカガリ・ユラ・アスハがヘリオポリスに赴いているのである。

 

 ヘリオポリスに向かった理由も含め、あの馬鹿娘の行動には頭が痛い。

 

 だが今はそれどころではないのだ。

 

 「ヘリオポリスと連絡は?」

 

 「戦闘によるジャマーの影響でまったく通じない状況です!」

 

 「アメノミハシラへ連絡を取り最悪の事態を想定して対処させろ!」

 

 「「はっ!」」

 

 指示を聞いた皆が一斉に動き出す。

 

 ともかく今できる事をしなければいけない。

 

 こんな事態になることは予測できていたにもかかわらず、防ぐことができず無辜の民たちを巻き込んでしまったことは痛恨の極みであろう。

 

 「ウズミ様これでよろしいのですか?」

 

 「今はこれしかありますまい。たとえ茶番だろうとね。それよりスカンジナビアの方からは?」

 

 「第二王女アイラ様よりご連絡が入っております」

 

 「わかった。私が行こう」

 

 悔いるのは後だ。自身にそう言い聞かせウズミも立ちあがると通信室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 《……レベル8の避難命令が発令されました。住民はすみやかに……》

 

 広報のアナウンスが爆発音にかき消されつつ、ヘリオポリス全体に響き渡っている。

 

 ジンの攻撃によって周囲のビルは破壊され、弾が着弾した場所から火事になっているところも多々見られた。

 

 アスト達が脱出してきた工場区は特に酷く、見る影もない。

 

 未だにジンはその巨大な銃を構え、工場を破壊し続けている。

 

 ジンが発砲し、近くの施設を破壊した影響で、大きな爆発が巻き起こり周囲に突風が巻き起こる。

 

 背後からの風に足を取られそうになりながらも、アスト達は何とか安全な場所に逃れようと必死に足を動かしていく。

 

 「くっ!」

 

 「きゃあ!」

 

 再び巻き起こる風に倒れこむほどでは無いが、思わず目を閉じる。

 

 何とか突風が収まり、目を開けた瞬間、再び爆発と共に震動が起こった。

 

 「またかよ!」

 

 「いやぁぁ!」

 

 次の瞬間、誰もが驚愕に目を見開いた。

 

 彼らの視線の先には、爆発に紛れ見たこともない巨体が二つ、工場区から飛び出してきたのだ。

 

 ザフトのモビルスーツとは明らかに違う造形である。

 

 二つの目を持ち、角のようなアンテナが頭に付いている。

 

 「何なの、あれ?」

 

 「モビルスーツか? あの機体は……」

 

 皆が疑問に思うのは良く分かる。

 

 アスト自身、一瞬見入ってしまった。

 

 だが今はそれどころではない。

 

 「みんな足を止めるな! 走るんだ!」

 

 アストの切羽詰ったような叫びにトール達も我に返ったように走りだした。

 

 「あ、ああ」

 

 アネットの手を引きながら走り出したアストは飛び出してきた機体に目を奪われる。

 

 あの時、工場区で見た機体はあれではないだろうか。

 

 足しか見えなかったため確かな事は言えないが、何となくそんな気がした。

 

 飛び出した内の一機はジンのそばに降り、もう一機はそれらと対峙するように地上に降り立つ。

 

「あの機体、まだ完成してないのか?」

 

 飛び出してきた機体には何の色もついておらず、さらに言えばジンと対峙している機体は武装すらも持っていないのだ。

 

 あれでは戦えるはずもない上、しかも歩くことさえままならないほど動きが鈍い。

 

 素人目に未完成だと思ってしまうのも無理はない。

 

 だが、そこで思わぬ変化が起きる。

 

 ジンが動きを止めるために突撃銃を構え発砲すると色なしの機体は避ける事すらできずによろめいた。

 

 ジンのパイロットは好機と見たのだろう。

 

 その隙を見逃す事なく重斬刀を引く抜くと色なしの機体に突っ込んでいく。

 

 振るわれた重斬刀がそのまま色なしの機体に直撃するかと思われた瞬間、突然装甲の色が白く変わり攻撃を受け止めたのである。

 

「色が変わった!?」

 

 一瞬ジンがたじろぐのも無理はない。

 

 色が突然トリコロールに変化したのもそうだが、驚くべきはジンの一撃を損傷もなく容易く受け止めた事だ。

 

 どうやらあの機体には特別な仕掛けがあるらしい。

 

 その時、佇んでいたもうもう一機のモビルスーツも赤く色が変化した。

 

 あの機体はどうやら対峙している白いモビスルーツと同系統の機体らしいが、ジンの傍にいるということはザフトに奪われたということらしい。

 

 もしかするとジンのパイロットに奪った機体の事を説明しているのか。

 

 しばらく様子を見ていたようだが、そのまま飛び立ってしまった。

 

 白い機体の方は、ジンの絶え間ない攻撃から逃れようと必死に動こうとしている。

 

 だが相変わらず動きは鈍い。

 

 攻撃は次々と直撃し、反動で後ろに存在した崩れかけのビルに背中をぶつけてしまう。

 

 相対しているジンのパイロットはかなり実戦慣れしているらしく、明らかに動きが違う。

 

 白い機体が放った頭部からの射撃をあっさりかわすと、的確に攻撃を加えていく。

 

 逆に白い機体はその攻撃に全く対応できていない。

 

 攻撃を受けた機体がよろめき、こちらの方に向かってくる。

 

 「じょ、冗談じゃねえよ! みんな、速く逃げるんだ!」

 

 再び戦闘に見入ってしまい足を止めていたが、トールの声で正気に戻る。

 

だが一歩遅かった。

 

 もう自分達の目の前に迫るほど、白い機体はジンに追い詰められていたのだ。

 

 「きゃああああああ!!」

 

 手を引いていたアネットが悲鳴を上げた。 

 

 しかし、ここでまたも変化が起きる。

 

 今まで鈍い動きしかできなかった白い機体が突然ジンを殴りつけ反撃したのだ。

 

 そして同時に今までのような鈍い動きは無くなり、機敏に攻撃をかわし始めた。

 

 ジンが倒れ込みつつライフルを連射するが、動きを変えた白い機体を全く捉えられない。

 

 「まさか、あのパイロットは操縦しながらOSを弄ってるのか」

 

そうとしか思えないほど、最初とはまるで違うかけ離れた動きをしていた。

 

 だがそんなことは普通の人間には出来る筈がない。

 

 自分と同じコーディネイターであるなら別だが。

 

 白い機体は順調にライフルの攻撃をかわしていくが、突然に動きが鈍った。

 

 「動きが鈍った?」

 

 それを見てジンのパイロットも好機と捉えたのか、重斬刀で突きの構えをとり、スラスターを噴射させ突進していく。

 

 しかしジンの反撃もそこまでだった。

 

 正面から突っ込んできたジンに白い機体は頭部の突撃砲で迎撃、それによって勢いを殺されたジンの攻撃をかわして距離を取る。

 

 そして戦いの決着はあっさりと着いた。

 

 白い機体が飛び回りながらジンの攻撃をかわし空中で腰部からナイフを引き抜くと、一瞬にしてジンの懐に飛び込みそれを首と右肩の付け根に突き立てたのだ。

 

 突き刺さったナイフによる損傷の為か、ジンはまったく動かなくなり、刺された場所から火花が飛んでいる。

 

 「倒したのか?」

 

 その時、コックピットハッチが開き緑のパイロットスーツが外に出てきた。

 

 どうにもならないと判断したのだろう。

 

 ジンのパイロットは機体を破棄して脱出する。

 

 アストはそこでようやく気がついた。

 

 「ビルに陰に隠れろ!!」

 

ビルの陰に飛び込みアネットを抱え込むようにして押し倒すと、次の瞬間、爆発音の後に吹き飛ばされそうなほどの爆風が押し寄せた。

 

 「ぐぅ!」

 

 「うわあああ!!」

 

 爆風が収まると顔をあげて体を起こし、巻き上がった埃に咳き込みながら皆の安否を確認する。

 

 「ゲホ、全員無事か?」

 

 「な、何とか無事」

 

 「こっちも」

 

 どうにか全員無事のようで、怪我もしてないようだ。

 

 「良かった。みんな、大丈夫みたいだな」

 

 「あ、あの、アスト」

 

 すると体をおこしたアネットが何故か、恥ずかしそうに頬を赤らめて声をかけてきた。

 

 「そ、その庇ってくれて、あ、ありがと」

 

 どうやら悲鳴を上げてしまった事など照れているらしい。

 

 普段しっかりしているようでやはりアネットも女の子だ。

 

 アストはできるだけ気にしないような素振りで返事をした。

 

 「いや無事なら、それで良かった」

 

 その様子を見ていたトールたちはニヤニヤと笑ってこちらを見ている。

 

 「な、何見てんのよ」

 

 「別に~」

 

「そうそう」

 

 アネットの顔がさらに赤くなる。余程恥ずかしかったらしい。

 

 「ニヤニヤしながらこっち見ないでよ!! あんたたちは!」

 皆の笑い声が重くなっていた空気を緩和する。

 

 今の騒ぎなど忘れてしまいそうになる。

 

 だが何時までもここにはいられない。

 

 危険が去った訳ではないのだから。

 

 「冗談はそこまでにして、シェルターに行かないと……」

 

 アストが言いかけた言葉を遮るように、思いもよらない所から声が掛けられた。

 

 《アスト!皆、無事!》

 響き渡るその声は近くにいるあの白い機体から聞こえているようだ。

 

 この声を聞き間違える筈はない。

 

 「えっ、まさか、キラか?」

 

 《良かった。皆、無事だったんだね》

 

 信じがたいことに、白い機体に乗っていたのはさっきまで一緒にいたキラだったのだ。

 

 

 

 

 

 ヘリオポリスの外で行われている戦闘は未だに続いている。

 

 砲弾の飛び交う終わる気配のない戦場でムウは彼の専用機メビウスゼロを操り、一人奮戦していた。

 

 彼の周囲にはもはや味方はおらず、敵の姿ばかりが視界に入る。

 それもその筈。

 

 彼と共に闘っていた他の機体はすべて落とされ、母艦もすでに沈んでしまったからだ。

 「くっ。この戦力差ではどうにもならないか」

 明らかに数が違いすぎる。

 

 ただでさえザフト連中が使うモビルスーツを相手取るには多くの戦力が必要だというのに。

 

 機体の接続されていたガンバレルを展開して、向かってきた敵機に攻撃する。

 

 ガンバレルは機体から分離した砲台を有線で操作し、多角攻撃を行うものである。

 

 この兵器はザフトのモビルスーツにも有効であったが欠点があった。

 

 これを扱うには高度な空間認識力が必要であり、ムウのような適性のある人間にしか使えないのである。

 

 ジンが展開されたガンバレルを狙い、突撃銃を放つ。

 

 「おっと!」

 

 それを巧みな操作でかわすと、リニアガンでジンを攻撃する。

 

 リニアガンから放たれた一撃がジンの突撃銃を払い落とすと同時に体勢を崩した。

 

 「これで!」

 敵機はガンバレルの動きや攻撃に反応出来ていない。

 

 いける!

 巧みな操作で背後に回り込んだガンバレルの攻撃がジンの肩に直撃し、戦闘不能に追い込んだ。

 

 その攻撃を受け、自身の不利を悟ったのかジンは踵をかえし撤退していった。

 

 ジンを撃退して、ムウはほっと一息ついた。とはいえ油断はできない。まだ戦闘は継続しているのだから。

 

 「ふう、次は―――なっ」

 

 しかし一息ついたのも束の間、ムウに身に覚えのある感覚が走った。

 「これは!? くっ、ラウ・ル・クルーゼに、ユリウス・ヴァリスか!」 

 彼らは何度も戦場で相対して来た宿敵たちである。

 

 何故二人の事を感じ取れるのか自分でもわからない。

 

 ただ今言えるのは、この状況で彼らと戦うのはあまりに分が悪すぎるということである。

 

 だが逃げられる訳もない。

 彼らのしつこさはムウが一番よく知っており、何よりも自身が感知したようにおそらく彼らもまた自分に気がついた筈だからだ。

 

 自分でもよく分からない確信を抱き、覚悟を決めたムウは迫ってくる敵の方へ機体を向かわせた。

 

 「オロール機被弾、緊急帰投」

 

 ヴェサリウスのブリッジでオペレーターの報告を聞いたアデスが驚きの表情で反応する。

 

 「オロールが? こんな戦闘で!?」

 

 驚きを禁じ得ないのは誰もが同じだった。

 

 戦力も碌にないはずなのに、ここまで手こずるとは思っていなかったのだ。

 

 「うるさい蠅が飛んでいるようですね、隊長」

 

 「そのようだな」

 

 誰もが驚愕する中でラウとユリウスだけは表情を変える事無く冷静なままだった。

 

 ラウに至っては笑みさえ浮かんでいる。

 

 「ミゲル・アイマンよりエマージェンシーです!」

 

 この報告に今度こそ、全員が驚愕する。

 

 先ほど冷静だった二人も、さすがに眉を顰めざる得ない。

 

 ミゲル・アイマンといえば『黄昏の魔弾』の異名を持つエースパイロットである。

 

 今は専用のジンに乗っていないとはいえ、そこらの敵に後れを取るとは思えない。

 

 敵の新型がそれだけの性能を持っていたという事か。

 

 「ミゲルが機体を失うほどとは、さすがに放置はできませんね。隊長、私が行きます」

 

 「いや、私も出よう。蠅も落としておきたいしな。アデス、あとを頼むぞ」

 

 「ハッ!」

 アデスに艦の指揮を任せラウとユリウスはブリッジを出た。

 ラウはジンの次世代型である『シグー』へ乗り込むと機体を立ち上げながら、ユリウスが自身の機体『ジンハイマニューバ』に乗り込むのを確認する。

 

 ユリウスの機体『ジンハイマニューバ』は脚部にスラスターなどを増設したジンの改修機であり、カラーリングもユリウス用に、青紫に塗装されていた。

 

 「ユリウス、行くぞ」

 

 「了解」

 

 二機はヴェサリウスから出撃して、すぐに戦闘をしている宙域へ向かう。

 

 駆けつけた戦場にはたった一機で奮戦する敵モビルアーマーの姿があった。

 

 その機体は、こちらに異常なほど早く気づき攻撃態勢をとってくる。

 

 「私達がお前を感じるように、お前も私達を感じるのか? 不幸な宿縁だな、ムウ・ラ・フラガ」

 

 「しかし彼は何も知りません。それは罪です」

 

 「違い無い」

 

 彼らの口調には、普段は見せない強烈なまでの憎悪が籠っていた。

 

 「ユリウス、ここは私がやる。最後の1機の始末を頼む」

 

 「了解」

 

 モビルアーマーの相手はラウに任せ、ユリウスの駆る青紫のジンはヘリオポリスに向かって行った。

 

 

 

 

 戦闘からどうにか生き延びたアスト達は白い機体『ガンダム』の周りでキラから話を聞いていた。

 同じくコクピットにいた作業服の女性は気を失っていたが、肩を撃たれ、出血していたのでミリアリア達が手当てしている。

 

 といっても、薬も包帯もないのでハンカチで止血する程度ではあるがやらないよりはマシだろう。

 

 ともかく話をしてもらったのは「何故キラがこんなものに乗っているのか?」という事に関してだった。

 

 キラによるとあの帽子の少年と一緒に、工場区のシェルターに行こうとしたが銃撃戦に巻き込まれたらしい。

 

 一緒に連れていた少年は運良く見つかったシェルターに入れた。

 

 キラは別ブロックの方に向うつもりだったが、そちらには行けそうになかったらしい。

 

 そこで途中で戦っていた作業服の女性の誘導に従いこのガンダムに乗り込んだという事のようだ。

 

 アストが工場区で見たモビルスーツの足の部分はやはりガンダムのものだったようだ。

 

 説明をしていたキラの顔が、一瞬悩むような表情を浮かべたのが気になったがあえて今は聞かなかった。

 

 それより先に聞かないといけない事がある。

 

 「そういうことだったのか。で、その腕はどうしたんだよ?」

 

 「えっ」

 

 「隠しても駄目だ。左腕、怪我してるんだろ」

 

 機体から降りる時も腕をかばうような仕草をしていたのですぐに分かったのだ。

 

 「た、大したことないよ。機体に乗った時に打っただけだし」

 

 なるほど。

 

 どうやら戦っている時に急に機体の動きが鈍くなったのは、キラが腕を怪我をしていたためらしい。

 

 それを聞いたアネットがキラに向かって怒ったように腰に手を当て詰め寄る。

 「それでも、ちゃんと言いなさい! 心配するでしょ!」

 「うっ。ごめん」とたじろぎながら謝っているキラと怒りながらも心配するアネットを見ながら、場違いにもほほえましい気分になってしまった。

 

 だがあの機体を見るとそんな気分も吹き飛んでしまう。

 

 工場区で見たこと、キラの話、そしてあの赤い機体が奪われたことを考えるとザフトの目的はこの機体だったのは間違いない。

 

 まだ何かあったのかもしれないが、少なくとも目的の一つだったのは確かだ。

 

 そしてキラと一緒に乗っていた作業服の女性はモルゲンレーテの社員ではないのだろう。

 

 キラの話だとガンダムのOS起動時には地球軍のマークが浮かんだらしい。

 銃を持っていたという事だし地球軍の人間である可能性は高い。

 

 そう考えるといつまでもあの機体の近くにいるのは危険だ。

 

 あの機体が地球軍のものだとすれば非常に重要な物である事はすぐ分かる。

 

 ザフトが狙うほどの機体となれば地球軍にとって切り札と言っても過言ではないのだから。

 

 カズイやトールたちはそんな考えなど持っていないのだろう。

 

 「ガンダムってすげーな」と話しながら機体を弄っている。

 

 不味いと思い、止めにはいるためトール達に近づいていくが、その時大きな銃声が鳴り響いた。

 

 「機体から離れなさい!!」

 

 後ろを振り向くと作業服の女性が起き上がり、憤りの籠った表情で銃を向けていた。

 

 そして引き金を引き、一発、銃弾を放った。

 

 全く別の方向に撃ったので、おそらく威嚇なのだろう。

 

 「なっ、なにするんですか!」

 

 キラが抗議の声を上げる。

 

 「これは軍の最重要機密。民間人が触れていいものではない」

 

 トールたちも銃の発砲に驚いたのかこちらに素直に集まってくる。

 

 「ぐ、軍、まさか地球軍?」

 

 「何で地球軍の人がここにいるんだよ」

 

 皆が不満を口にするが「黙りなさい!」という女性の一喝に黙り込む。

 

 「私はマリュー・ラミアス、地球軍の将校です。申し訳ないけどこのままあなたたちを解放するわけにはいきません。機密を見た以上はしかるべき所と連絡が取れ、処置が決まるまで私と来てもらいます」

 

 「そんな勝手な!」

 

 「私たちには関係ありませんよ!」

 

 それでも反論してくる彼らにマリューは銃を掲げながら全員の顔を見て続ける。 

 

 「あなたたちは関係ないと言ったけど、よく周りを見てみなさい。外では戦争をしているの。それが今の世界の真実なのよ」

 

 この惨状を目の当たりにしては、誰もが黙り込むしかなかった。

 

 「あなた達の名前を教えてもらいます」

 

 「サイ・アーガイル」

 

 「カズイ・バスカーク」

 

 「トール・ケーニッヒ」

 

 「ミリアリア・ハウです」

 

 「アネット・ブルーフィールドよ」

 

 「……キラ・ヤマト」

 

 「アスト・サガミ」

 

 全員の名前を確認した後、アークエンジェルという戦艦に連絡を取るというマリューの指示に従い動く事になった。

 

 皆不満はあるが、銃を突き付けられてしまっては従うしかない。

 

 アストだけならば逃げる事も簡単なのだが、アネットやミリアリアのような女の子もいる上、キラは怪我をしている。

 

 仕方無い。

 

 「キラ君、機体の通信機を使って連絡を取ってくれる? それから誰か工場区から3番のトレーラーを運んできてほしいの」

 

 「ちょっと待ってもらえませんか?」

 

 待ったをかけたアストにマリューは厳しい顔を向けてくるが、かまわず言葉を続ける。

 「別に不満があるわけじゃなくて、機体の操縦は俺にやらせてもらえませんか? キラは腕に怪我をしているんです」

 

 マリューはアストに機体の操縦ができるのかと、逡巡しているのかすぐに返事をしない。

 

 だからアストはもう一言かけることにした。

 

 「大丈夫です。俺もキラと同じですから」

 

 その言葉にマリューは驚いた顔をするがすぐに「そう。ではお願い」と言ってくる。

 

 アストはマリューの反応で確信した。

 

 彼女はキラがコーディネイターであることに気が付いている。

 

 先の戦闘時、マリューもコックピットでキラの操縦を見ていたなら、気が付いていても不思議ではない。

 

 普通、モビルスーツを操縦しながらOSを書き換えることなんてできないからだ。

 

 問題なのは彼女が地球軍の士官であるということ。

 

 地球軍の機密に触れたコーディネイターがどうなるかなど考えるまでもない。

 

 アストも自分のこともバラしてしまったが、友人達の為ならそれは些細な事だ。

 

 「……怪我をしているキラに操縦させる訳にもいかないもんな」

 

 いざという時は皆で逃げ出す事も考えないといけない。

 

 だから操縦を覚えておくことも必要になってくる。

 

とはいえ軍相手にそう簡単にいかないだろう。

 

 さらに外にはザフトもいるから事はそう単純ではないが操縦出来ないよりはマシな筈。

 とにかくキラを、みんなを守る事が最優先だ。

 

 そう、今度は自分が守るのだ。

 

 固く決意しながら、コックピットに乗り込んでシートに座る。

 

 スイッチを入れて、OSを立ち上げるとこの機体をキラがガンダムと呼んだ理由がすぐに分かった。

 

 General

 Unilateral

 Neuro-Link

 Dispersive

 Autonomic

 Maneuver

 

 「なるほど、これでガンダムか」

 

 OSの起動画面に映ったこの頭文字を繋げて読んだのだろう。

 

 納得しながらキラの組み上げたOSをさらに細かくチェックしていく。

 「流石だな。戦闘をしながらこれだけのOSを組み上げるなんて」

 

 プログラム関係ではキラには敵わない。

 

 キーボードを叩き、OSのチェックを行いながら機体の特性も把握した。

 

 戦闘中に色が変わったのはフェイズシフト装甲によるものだったようだ。

 

 フェイズシフト装甲とは一定の電流を流すことで位相転移がおき、あらゆる物理攻撃を無力化する事が出来るというもの。

 

 ジンの攻撃を防げたのはこれのおかげだったのだ。

 

 そしてもう一つ。

 

 この機体は装備を換装するという特性も持っているようで、武装がなかったのは何も装備しないまま飛び出してきたからという事らしい。

 

 マリューが持ってくるよう指示したトレーラーの積み荷はこの機体の武装かもしれない。

 

 納得しながらアストは調整が終わると同時に、マリューの指示に従いアークエンジェルに通信を行うことにした。

 

 

 

 

 破壊された港からヘリオポリス内部に進入していたユリウスは物陰に隠れ、広場に鎮座する機体をジンのコックピットから眺めていた。

 

 「あれが最後の機体か。周りにはトレーラーとモルゲンレーテの作業服の女、民間人らしき子供が数名か」

 

 作業服の女はおそらく地球軍の人間だろうが、何故民間人の子供がいるのかがわからなかった。

 

 「まあいい、今のうちに機体を破壊―――あれは!?」

 ユリウスが見ていたのは作業服の女の隣にいた少年、そしてもう一人機体から顔を覗かせた人物だった。

 

 「まさか――キラ・ヤマト、アスト・サガミ」

 

 ユリウスはしばらく呆然としていたが、徐々に口元に笑みが浮かび最後には声をあげて笑いだした。

 

 「クックク、アハハ、ハハハハハハハハハハ!!」

 

 狂ったような笑いには歓喜と憎悪が含まれていた。それも先ほどムウに対して見せたものとは比較にならないほどの。

 

「まさか君たちにここで出会うとはな! クルーゼ隊長、不幸な宿縁はここにもあったようですよ!!」

 

  破壊すべき機体と殺すべき相手を見つけたユリウスは、躊躇うことなく襲いかかった。



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第3話   夢の終わり、崩れた大地

 

 

 

 

 

 アストはコックピットでキーボードを叩きながら、トール達が運んできたトレーラーにあった武装をガンダムに装備させていた。

 

 装備した武装を確認すると『ランチャーストライカー』と表示されている。

 

 どうやら砲撃戦仕様の武装のようだ。

 

 右肩に『対艦バルカン砲』と『ガンランチャー』、左肩後方に長い砲身の高インパルス砲『アグニ』。

 

 これがランチャーストライカーのメイン武装である。

 

 この装備を背中に装着し同時に行ったOSの調整過程で分かった事であるが、この機体は『ストライク』というのが正式な名前らしい。

 

 「アスト君、装備し終わったらアークエンジェルへ通信をお願い」

 

 「分かりました」

 

 外で皆に指示を出していたマリューに従い、通信機のスイッチを入れて連絡を取ろうとした。

 

 その時だった。

 

 突然コックピット内に甲高い音が鳴り響き、レーダーが敵機接近の反応を映し出す。

 

 ハッチを閉じて機体を立ち上げモニターを見ると上空から青紫のジンが物凄いスピードで襲いかかって来るのが見えた。

 

 「なっ――ジン!?」

 

 咄嗟にフェイズシフトを起動させ装甲が色付くと、ジンの放った銃弾を弾き防御する。

 

 だが安堵する暇も無く攻撃はそれだけでは終わらない。

 

 高速で近づいてきたジンにすれ違いざまに蹴りを叩きこんできたのだ。

 

 「ぐあああああ!」

 

 急いで体勢を立て直すように起き上がるも、ジンは動きを止める事無く、重斬刀を抜き放ち突進してくる。

 

 「皆が居るんだ、ここから離れないと!」

 

 下手に暴れたら傍にいる皆を巻き込んでしまうかもしれない。

 

 この場所から離れようと後ろに跳躍し、同時に振るわれたジンの斬撃を回避する。

 

 このまま引きつ、離脱しようとしたアストだったが、このジンの動きは彼の予想を上回っていた。

 

 斬撃をかわされたジンはその勢いを殺すことなく、ウイングバインダーを噴射させ後ろに回り込みながら重斬刀を叩きつけてきたのである。

 

 「うわあああ!」

 

 背中に斬撃の直撃を受け、前方にバランスを崩しかけるも、何とか踏んばり耐える。

 

 しかしジンはそのまま連続で左右から叩きつけるように重斬刀を振ってきた。

 

 動きが速過ぎて全くついて行く事が出来ない。

 

 振り上げられた剣撃を腕で掲げて何とか防御する。

 

 今ストライクはフェイズシフトを展開している為、重斬刀は全く通用しない。

 

 弾き飛ばすように重斬刀を弾くと同時にイーゲルシュテルンでジンを攻撃するが寸前で避けられてしまう。

 

 「くそっ、このジン動きが違いすぎる」

 

 キラが戦った相手も戦い慣れした動きをしていたが、このパイロットはそれをあっさり凌駕する程の技量である。

 

 アグニで攻撃しようにも、このジンの動きの前では狙いをつけられず、動きを止めた瞬間にやられてしまう。

 

 どうにか状況を打開しようとアストは必死に操縦桿を動かし続けた。

 

 ジンの動きにアストが驚いていたのと同じように、青紫のジンハイマニューバを操っていたユリウスもまたフェイズシフトとストライクの機体性能に驚いていた。

 

 「ライフルも剣も通用しないか。なるほど、驚異的だな。まあ、それならそれでやり様もある」

 ユリウスはライフルで牽制しつつ接近、コックピット目掛けて何度も重斬刀を叩きつける。

 

 「ぐっ、うう、くそ!」

 

 アストは襲いかかる衝撃を歯を食いしばって耐え、どうにか機体の体勢を立て直すと肩に装備された対艦バルカン砲を放つ。

 

 だが動き回るジンに掠らせることすらできない。

 

 「甘いな。資質に優れていても所詮は素人か」

 

 ユリウスはジンを旋回させストライクの背後に回る。

 

 「機体に損傷は与えられないが、衝撃は殺せないだろう。どこまで耐えられるかな、アスト・サガミ!!」

 

 重斬刀の攻撃を受け、バランスを崩した敵機にさらなる追撃を掛ける為に前に出る。

 

 その瞬間、すさまじい轟音と共に山間部が崩れ落ち、立ち込める煙の中から巨大な白亜の戦艦が現れた。

 

 「……仕留め損ねていたか」

 

 あれは事前に把握していた敵の新型戦艦に間違いない。

 

 感情を抑えているが、ユリウスはもう一手打っておくべきだったと、自分の迂闊さに苛立っていた。

 

 ユリウスのジンと戦っていたアストも突然乱入して来た戦艦に目を奪われる。

 

 「コロニーの中に戦艦が……いや、それよりも!」

 すぐ意識を戻すと、正面を見据える。

 

 どうやらジンのパイロットもあの戦艦に注目しているらしい。

 

 今の内にターゲットをロックすると肩の対艦バルカン砲を発射した。

 

 「チィ」

 

 ジンは一瞬だけ動きを止めていたが、驚異的な反応で攻撃を回避し上空へ逃れる。

 

 だがその先には白亜の戦艦が待ち構えていた。

 

 アークエンジェルから発射されたミサイルがユリウスに向かって襲いかかる。

 

 その対処に追われたのか、ジンは動き回りながらミサイルを撃ち落とし、アークエンジェルの方に集中し始めた。

 

 「今だ!!」

 

 戦艦に引きつけられている今がチャンスだ。

 

 アストは照準スコープを引き出して狙いをつける。

 

 アグニの長い砲身を腰だめに構え、ミサイルの対処をしているジンにロックオン表示が出ると躊躇わずにトリガーを引いた。

 

 その瞬間、砲口から凄まじいエネルギーが放たれる。

 

 だが、それさえも通用しない。

 

 あのジンは驚くべき反応で発射されたビームをかわしてみせたのだ。

 

 放たれたエネルギーはそのままコロニーの外壁ごと貫通し巨大な穴を空ける。

 

 「こ、ここまでの威力があるなんて……」

 アストはあまりの威力とコロニーの外壁を破壊してしまった事に呆然としてしまう。

 

 一方アグニの威力を真近で目撃したユリウスは敵機の予想外の火力と仕留め損ねた新造戦艦の存在を見て、一度帰還するべきと判断した。

 

 「まさか、これほどの火力をもつとはな」

 

 現行存在するモビルスーツの持つ武装の中ではあり得ない程の威力である。

 

 十分に驚異的と言えるだろう。

 

 しかし殺したいほど憎い相手を思わぬところで見つけたことは収穫だった。

 

 アスト・サガミとキラ・ヤマト。

 

 両者とも憎悪の対象である。

 

 そしてユリウスにとってキラ・ヤマトは特にそうだ。

 

 今回はその存在を確認できただけでも十分であると、ユリウスはヘリオポリスから離脱した。

 

 

 

 

 ユリウスが離脱を決断した頃、ヘリオポリスの外では未だに戦闘が続いていた。

 

 その中心にいたのはムウとラウが搭乗するメビウスゼロとシグーである。

 

 コロニー外壁付近を移動しながら二機による激しい攻防が繰り返されていた。

 

 ムウはシグーのライフルを機体を加速させる事でどうにかやり過ごしガンバレルを展開すると四方から攻撃を仕掛ける。

 

 死角に回り込んだガンバレルがシグーを狙って砲撃を放つ。

 

 しかしラウはそれが見えているかの様な鮮やかな動きで容易く回避してみせた。

 

 「フ、当たらないな」

 

 「まだだぞ!」

 

 ガンバレルを巧みに操り、ラウのシグーを誘導するとムウの狙い通りの場所に追い込んでいく。

 

 「ここだ!」

 

 絶好のタイミングでリニアガンを放った。

 

 しかしラウは背中のウイングバインダーを操作しギリギリの所でかわす。

 

 「なっ」

 

 「甘いな」

 

 シグーは鮮やかな機動でリニアガンの攻撃を避け、ターゲットをロックするとライフルのトリガーを引く。

 

 正確な狙いで放たれたライフルに一射がガンバレルに直撃、破壊されてしまう。

 

 「どうしたかね、ムウ? これで終わりかな? 」

 

 嘲るようにつぶやくと動き回るガンバレルに狙いを定めて叩き落とし、重斬刀に持ち替えて斬りかかった。

 「くそ! ラウ・ル・クルーゼ!」

 

 このままむざむざやられるつもりはない。

 

 剣を下段に構えて接近してくるシグーに残った武装であるリニアガンで応戦するがすべて避けられてしまう。

 

 まるでこちらの動きを読んでいるのではと錯覚しそうになってくる。

 

 すれ違い様に振り上げられたシグーの重斬刀がメビウスゼロの左側面部を直撃、切り裂くと機体のバランスが大きく崩されてしまった。

 

 「しまっ―――」

 

 「これで終わりだ! ムウ・ラ・フラガ―――な!?」

 シグーがメビウスゼロを落とそうと再び剣を向けた瞬間、二機のいた近くのコロニーの外壁が突然吹き飛ばされた。

 

 その爆発の衝撃に巻き込まれたシグーは損傷はしなかったが、ムウの機体と離されてしまう。

 

 ムウにとってはまさに九死に一生を得たといったところだろうか。

 

 悔しいがここは一旦退き体勢を立て直すべきだ。

 

 「今のうちに!」

 

 メビウスゼロは破壊されたコロニー外壁に紛れ、そのまま港の方へ離脱した。

 

 「ムウはコロニー内部に向かったか」

 

 コロニーの港に向かうメビウスゼロの後ろ姿を見つめ追撃しよう前に出る。

 

 すると先程空けられた外壁の穴よりユリウスのジンハイマニューバが宇宙に飛び出してくる姿が視界に入った。

 

 見たところ損傷も無いようだが、一体何があったのか。

 

 「ユリウス、どうした?」

 

 「申し訳ありません、隊長。急ぎ報告しなければならない事があったため撤退いたしました」

 

 「なんだ?」

 

 「失敗していたのは最後の一機のことだけでなく、例の戦艦ついてもです。どうやら仕留め損ねていたようです。それからもう一つ。最後の機体に乗っていたのはアスト・サガミ、そしてその近くにはキラ・ヤマトも確認しました」

 

 「なに!?」

 

 流石のラウも言葉を失ってしまう。

 

 前者の戦艦のことよりも、後者のアスト・サガミとキラ・ヤマトの方が衝撃だった。

 

 「なるほどな……フフフ、これも運命というものかな。ユリウス、一度戻るぞ。詳しい話は後で聞かせてもらう」

 

 「了解」

 

 簡易的な報告を終え宇宙で合流を果たした二機は母艦であるヴェサリウスに向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 どうにかあのジンとの戦いを生き延びたアスト達はストライクと共にコロニー内部に入ってきたアークエンジェルに着艦した。

 

 格納庫に入ると地球軍の制服を着たクルーや整備兵が集まってきているのがコックピットからでも確認できる。

 

 だが戦艦に乗り込んでいるにしては数が少ない気がするのは気のせいだろうか。

 

 「ラミアス大尉!」

 声がかかった方からは士官らしき女性が数名とこちらに走ってきた。

 

 どこかで見覚えのある女性はフレイとエルザの揉め事があった時に街中ですれ違った女性であった。

 

 「バジルール少尉! よく無事で!」

 互いの無事を喜び合っていたが、アストがコックピットから降りて行くと困惑したように周囲がざわついた。

 

 それはそうだろう。

 

 彼らの新型機を動かし、ザフトのモビルスーツと戦ったパイロットが民間人の子供だったのだから。

 「こいつは驚いたなぁ」

 

 そういいながらパイロットスーツに身を包んだ男が近づいてきた。

 

 驚いたと言いながら全くそんな風に見えないのは男が軽そうな笑みを浮かべているからだろうか。

 

 「地球軍第7機動艦隊所属ムウ・ラ・フラガ大尉だ」

 

 「あ……地球軍第2宙域第五特務師団所属マリュー・ラミアス大尉です」

 

 「同じくナタル・バジルール少尉です」

 

 互いが敬礼を取り、三人が名乗り合う。

 

 「乗艦許可を貰いたいんだが、この艦の責任者は?」

 

 ムウの質問にナタルが言いにくそうに答える。

 

 ナタルだけではない。周りの士官たちも表情を暗くして俯いている。

 

 それだけで何があったかは容易に想像がついた。

 

 「……艦長を含め、主な士官はほぼ戦死されました」

 

 「え!? 艦長が――」

 

 「はい。ですのでラミアス大尉がその任にあると思います」

 

 流石にそこまでの事態とは思っていなかったのか、マリューは絶句してしまった。

 

 だがムウは訝しげに再び質問する。

 

 「ほぼって事は、誰か無事だった人がいたのか?」

 

 「ええ、セーファス・オーデン少佐が。ただ少佐は重傷を負っていまして、意識も戻っておりません」

 

 「ハァ、まあともかく乗船許可をくれよラミアス大尉。俺の乗ってきた船は沈められてね」

 

 「あ、はい。許可します」

 

 許可をもらったことで、話の区切りをつけたのかムウはアストの方に歩み寄ると顔を覗き込み、微笑みながら言った。

 

 「君、コーディネイターだよね?」

 

 「ええ、そうです」

 

 最初から誤魔化せるとは思っていなかった。

 

 ただ目の前の男があまりにストレートに聞いてきたためアストは思わず苦笑してしまった。

 

 その瞬間、雰囲気は一変しナタルの後ろにいた兵士が銃を構える。

 

 地球軍が戦争をしている相手を考えれば当然の反応。

 

 彼らが殺し合っている相手はザフトであり、コーディネイターなのだから。

 「何するんですか!」

 

 「そうだよ! なんなんだよあんた達!」

 

 「アストは敵じゃない!」

 

 いきなり銃を突きつけた兵士達にトール達が声を荒げて、アストをかばうように前に立つ。

 

 こんな時だというのに不謹慎にも頬が緩む。

 

 みんなの反応はとても嬉しかった。

 

 だがこの状況は不味い。

 

 アストがどう切り抜けるか考えようとした時、思わぬところから助けが入った。

 

 「銃を下ろしなさい」

 

 マリューが命じたことで兵士たちも迷いながらも銃を下ろした。

 

 「……アスト君だけではないわよね? キラ君、あなたもでしょう?」

 

 そう言われキラも頷く。

 

 「……ラミアス大尉、これは」

 

 「そう驚くこともないでしょう? オーブは中立だから、戦火に巻き込まれるのが嫌でここに住むコーディネイターがいても不思議じゃないわ。そうでしょう?」

 「ええ、それに僕らは一世代目のコーディネイターですし……」

 

 「両親はナチュラルってことね。いや悪かったな、とんだ騒ぎにしちまって。ただ俺は聞きたかっただけでね」

 全く悪びれる様子もなく、ムウは背を向け歩き出した。

 「俺はこれのパイロットになる予定だった奴らの訓練も見たことがあってな。連中は歩かすのにも苦労してたからさ」

 

 機体を見上げて、一瞬辛そうな顔をしたがすぐ表情を戻し振り返り告げる。

 

 「ま、それはそれとして。いつまでもこんなことしてる場合じゃないと思うけどね。今、外にいるのはクルーゼ隊だ。アイツらしつこいぞ~」

 

 クルーゼ隊といえばザフトの中でもかなり有名な隊の一つだ。

 

 噂では常に特務を任されるほどのエリート部隊だと。

 

 しかし何故この男はそれを知っているのだろうか?

 

 疑問はあるが今はそれどころではない。

 

 とりあえずマリュー達はブリッジへ上がり状況を整理する為の話し合いが行われる事になった。

 

 「―――現状は以上です」

 

 ナタルの説明を聞きマリューは頭を抱えた。

 

 無事だったのは艦内にいた一部の下士官と工員のみ。

 

 ナタルもシャフトの中で運よく難を逃れたらしい。

 

 唯一、重傷とはいえ無事だった士官であるセーファス・オーデン少佐も意識不明。

 

 外にザフトが控えているというにこの状況は絶望的ともいえる。

 

 よくナタル達もこんな状態でアークエンジェルを動かせたものだ。

 

 「状況はわかったよ。オーデン少佐が無事なら少しはマシなんだがなぁ。まあ泣きごと言っても始まらん。俺達でどうにかするしかない」

 

 「……敵もこのままで終わるはずもないし、突破するためにはストライクの力も必要でしょうね」

 

 「あのアストって坊主は了解してるのかい? それとも、もう1人の方かな?」

 

 これにはさすがにナタルが噛みついてきた。

 

 「今度はフラガ大尉が乗ればよいのでは? あんな民間人の、しかもコーディネイターの子供になど任せられません!」

 

 アストがコーディネイターという事で思うところもあるのだろう。

 

 吐き捨てるように言うナタルにムウは焦ったように言い返す。

 

 「おいおい無茶言うなよ。 あの坊主が書き換えたOS見てないのか? あんなもの普通の奴に動かせるわけないだろ。それに自分たちから戦力減らしてどうすんだよ。もちろん俺も出るが、あの坊主とストライクの組み合わせで一つの戦力になるなら使わない手はない。今はどんな物でも戦力になるなら使うべきだ」

 

 正確にはOSを書き換えたのはキラなのだが、余計なことは言わずマリューは別の事を考えていた。

 

 「戦力になるならどんな物でも……」

 

 「どうした? いい案でも浮かんだかい艦長?」

 

 艦長などと呼ばれてもまだ実感もわかないが、とりあえず『アレ』の事については、また改めて考えることにしようと思案をやめた。

 

 「……いえ、とりあえずアスト君には私の方から話をします」

 

 マリューはそのままアスト達のいる居住区へ向うが正直気が重かった。

 

 民間人の子供を戦闘に駆り出さねばならないなど、気の進むものではない。

 

 しかしこの状況では彼の力なくして、突破はできない。

 

 必ず再び敵は来るのだから。

 

 

 

 

 そのころヴェサリウスでは再度攻撃をかけるための準備が進められている。

 

 隊長機とユリウス機は損傷こそなかったものの機体整備のため今回は出撃が見送られた。

 

 その他の残ったジンにはすべてD装備が用意されている。

 

 D装備は要塞攻略戦用の装備でありそれだけ火力も高い。

 

 それを装備させるということは隊長であるラウがここでD装備を使ってでも倒す相手と判断したという事だ。

 

 準備の整った機体から、次々にヘリオポリスに向かって出撃していく。

 

 最後に発進した機体を見届けて整備兵たちも一息つこうとした時だった。

 

 突然奪取した機体が動き出したのだ。

 

 その機体、イージスに乗っていたのは奪取してきた本人であるアスラン・ザラだった。

 

 軽やかな手つきでOSを立ち上げ、機体をチェックする。

 

 アスランにはどうしても確かめたいことがあった。

 

 機体を奪取する時の現場に、幼いときに別れた友キラの姿があったのだ。

 

 信じられなかった。

 

 プラントでの再会を約束した友があんな場所にいるなんて。

 

 「キラのはずがない。でも……」

 

 アスランはまさかとは思いながらも、消せない疑念を払拭する為、動くと決めていた。

 

 周囲から制止する声が聞こえるが、すべて無視しアスランは宇宙に飛び出していく。

 

 ヴェサリウスを飛び出したイージスは突入部隊に合流し、コロニーの中に入っていく。

 

 その時、前を進んでいたミゲルから通信が入る。

 

 《アスラン! 無理やり来たからにはちゃんと役に立ってもらうぞ》

 

 「ああ、わかってる」

 

 命令を無視して来るなど、普段のアスランからは考えられない行動だった。

 

 ミゲルの通信も釘を刺すというよりも、アスランの様子を気にしてのことだったのだろう。

 

 だが今の彼にそのことに気づく余裕はなかった。

 

 

 

 

 アークエンジェルの居住区の一画でマリューが現状説明とアストに対しての協力要請をしていた。

 

 いつまたザフトの攻撃があってもおかしくないからだ。

 

 マリューの話を聞き終えると、キラが言い返そうとしたがアストはそれを遮った。

 

 おそらく「何故自分たちがそんなことをしなければいけないのか」とそんなことを言おうとしたのだろう。

 

 気持ちは解らなくもない。

 

 アストも昔そう思ったことがあった。

 

 [何故だ?]

 

 [どうしてこんな事に?]と。

 

 だが起こってしまったことを、どんなに否定しても意味が無い。

 

 現実は変わらない。

 

 だからアストは躊躇わずに返事をする。

 

 「分かりました。やります」

 

 その返事にキラが驚いた顔をしてアストに詰め寄った。

 

 「アスト、どうしてだよ! アストが戦う必要なんてないよ! 僕たちには関係ないことなんだから」

 

 「そういう訳にもいかないよ。ザフトはまた攻めてくる。誰かがやらないとみんなを守れない」

 

 「……それは」

 

 迷った様にキラは俯く。

 

 こうなる事はわかっていた。

 

 再びザフトが攻めてきた時、戦えるのはアストかキラしかいない。

 

 キラの負った怪我はたいしたものでは無いとはいえ無理はさせられない。

 

 だからこそ自分が行くのだ。

 

 「キラは戦わなくていい。俺がやる」

 

 「アスト……」

 

 キラが心配そうに見ているが「大丈夫」と笑いかけマリューと向き合う。

 

 「ラミアス大尉、俺がやります」

 

 アストの返事を聞いたマリューはひどく申し訳なさそうな顔をして俯いた。

 

 最初は典型的な軍人なのかと思ったが、格納庫でのことや今のやりとりで彼女の人柄を理解していた。

 

 アストやキラはコーディネイターなのだ。

 

 ならば居住区などにいさせることなく、独房に閉じ込めたりすることも地球軍の立場ならしてもおかしくない。

 

 そもそも本当に戦わせたいなら銃を突き付けるなり、人質をとるなりすればいい。

 

 なのに彼女はそれもせずに、わざわざここに来て説明までしている。

 

 それだけで彼女は信用に足る人物と判断するには十分だった。

 

 アストは格納庫へ向い、コックピットに座るとキーボードを叩きストライクの出撃準備を開始する。

 

 装備は『ソードストライカー』と呼ばれる近接戦装備である。

 

 メイン武装は対艦刀『シュベルトゲベール』と肩に装備されたビームブーメラン『マイダスメッサー』、そして盾に装備されているロケットアンカー『パンツァーアイゼン』。

 

 「ソードか……これならランチャー装備の時みたいな事にはならないな」

 

 流石にランチャーストライカーみたいに外壁を破壊してしまうような事はしたくない。

 

 アストが調整を終え、機体を移動させようとしたその時、再び強い震動が起きた。

 

 おそらくザフトが攻めてきたのだろう。

 

 そこに丁度ブリッジから通信が入った。

 

 《アスト君、ザフトがコロニー内に侵入してきたわ》

 

 「分かりました、行きます」

 

 アストは機体を歩かせカタパルトを装着する。

 

 そしてハッチが開き、発進準備が整うと息を思いっきり吐いた。

 

 また戦いの場に出る。

 

 あの紫のジンが来たら―――

 

 アストは余計な考えを振り払うように頭を振り、力一杯フットペダルを踏み込んだ。

 

 ストライクが外に飛び出すと、モニターに映り込んだ光景に絶句する。

 

 見慣れた街並みの姿は無く、周りはボロボロになっていた。

 

 街の所々から煙が上がり、建物が破壊されている。

 

 そこにコロニー内へ突入して来たジンがこちらを発見したのか接近して攻撃を仕掛けてきた。

 

 あの青紫のジンはいないようだが、攻撃を仕掛けてきたジンの装備は見慣れないもので、長い砲身のライフルや大型ミサイルなどを持っている。

 

 「あんなもの使われたら、ヘリオポリスは……くっ」

 

 これまでの損傷でかなり限界に近付いている筈だ。

 

 ここで上手く撃退しなければ!

 

 機体を上昇させてジンへと距離を詰めていく。

 

 こっちは近接用装備で距離を取られたら勝ち目がない。

 

 敵との間合いを測り、一気に加速して斬りかかる。

 

 「はああああ!」

 

 だが敵もただ止まってはおらず、ストライクの攻撃をギリギリで避けながら特火重粒子砲を構えて攻撃を加えてくる。

 

 放たれた光の線にアストは目を見開いた。

 

 「ビーム兵器か!?」

 

 ビーム兵器の攻撃を受ければフェイズシフトであれ、破壊されてしまう。

 

 何とか盾を掲げて防御しながら、攻撃の機会を窺う為、視線を走らせていく。

 

 「くそ! 何とか体勢を崩さないと攻撃が当たらない―――なら!」

 

 イーゲルシュテルンで牽制を行いながら、マイダスメッサーを引き抜きジンに向かって放つ。

 

 一度は避けられるが、放ったブーメランはそのまま飛んではいかずにこちらに戻ってきてジンの足を斬り落とした。

 

 「これで!!」

 

 バランスを崩した隙に懐に飛び込むと、シュベルトゲベールを上段から振り抜いてジンの胴体を真っ二つに切り裂いた。

 

 爆発したのを確認して次の敵に向かおうとするが、その時見覚えのある機体が視界に入ってきた。

 

 「ハァ、ハァ―――あの機体は、あの時の!?」

 

 モニターに映ったもの。それはつい先ほどストライクと共に工場区から一緒に飛び出てきた紅い機体だった。

 

 

 

 

 白い機体とジンの戦闘を見ていたアスランは確信を持つ。

 

 あの動きはナチュラルにできるものではない。

 

 パイロットは間違いなくコーディネイターであると。

 

 アスランは意を決して白い機体のパイロットを確かめるために近づいていく。

 

 「キラ! キラ・ヤマトなら返事をしてくれ!」

 

 だがコックピットにいたのはアスランの予想していた人物ではなく別人だった。

 

 「誰だ!?」

 

 「お前は!!」

 

 アスランは機体に乗っていたのがキラではない事に驚く。

 

 あの機体に乗っているのは信じたくは無くとも―――キラだと思っていたからだ。

 

 だが驚いたのはそれだけではない。

 

 モニターに映ったその顔には見覚えがあった。

 

 工場区で取り逃がした奴である。

 

 何故奴があの機体に乗っている?

 

 疑問に思うアスランに詰めよるように今度は白い機体の方から接近して声をかけてきた。

 

 「……まさか工場区にいたザフト兵か? いや、それよりも紅いガンダムのパイロット! どうしてキラの名前を知っているんだ!?」

 

 ガンダム?

 

 奪取したこの機体のことだろうか?

 

 だがそれよりもこの機体のパイロットはキラの名に反応した。

 

 アスランは再びパイロットに問いかける。

 

 「お前の方こそキラを知っているのか!? あいつは今……」

 

 アスランが続けて問いかけようとした時だった。

 

 「何やってるんだよアスラン! 回り込むから援護しろ!」

 

 「ミゲル!?」

 

 いつまでも動かないアスランに業を煮やしたのか、ミゲルのジンが突撃してくる。

 

 「くっ」

 

 アストは突然の攻撃に反応が遅れるも、回避しながらスラスターを吹かし距離を取った。

 

 機体を上昇しながら砲撃を回避し頭部のイーゲルシュテルンを放つが、ミゲルは軽くかわして当たる事は無い。

 

 「そんなのに当たるかよ!」

 

 さらにミゲルはストライクを狙い、ライフルを放つ。

 

 先ほどの借りをここで返してやる!

 

 「ちょろちょろと!!」

 

 攻撃を避ける敵機に苛立っているのか、ミゲルは毒づきながらミサイルを放った。

 

 これで仕留める事は出来ずとも動きは制限できる筈だ。

 

 しかし白い機体は避けるのではなく小さな盾で防御し、ミサイルの爆発による煙で視界が塞がってしまう。

 

 「くそ、何処だ!」

 

 煙で視界が塞がれた中、あの機体を探して視線をこちらの意表を突くように、広がった爆煙の中から白い機体が飛び出してくる。

 

 そして盾からアンカーを発射してジン腕を掴むと思いっきり引っ張った。

 

 「しまっ……」

 

 体勢を崩したミゲルに向かって、突っ込み巨大な剣を振り下ろし胴体を切り裂いた。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「ミゲル―――――!!!」

 

 斬り裂かれ爆散する機体にアスランは叫びを上げた。

 

 周囲を見ると戦艦を攻撃していた他のジンたちも次々撃破されていく。

 

 それが切っ掛けとなりジンの持っていたミサイルが地上やシャフトを次々と破壊してしまった。

 

 そして呆気なく限界は訪れる。

 

 これまでの攻撃に耐えられなくなったのかコロニーにひびが入り外壁が崩れ、凄まじい空気の乱気流が巻き起きる。

 

 「くっ、これまでか」

 

 コロニー崩壊にアスランは一瞬だけ白い機体を見つめ、そのまま離脱を図る。

 

 そして同じようにストライクも乱気流に巻き込まれ身動きが取れない状態に陥ってしまう。

 

 紅い機体もコロニー崩壊に巻き込まれないためか、外に向け離脱していく。

 

 それを追いかける事も出来ず、アークエンジェルに戻ろうとするがそのまま外に流されてしまった。

 

 「うあああああああ!!」

 

 アストの視界は回り、そのまま暗い闇の中へ吸い込まれていった。



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第4話   静かな闇の先で

 

 

 

 

 

 

 そこは何も知らぬ者から見ても惨状といえる光景であった。

 

 周囲には散らばるのは破壊されたコロニーの成れの果て。

 

 モビルスーツのコックピットに座るアストはアークエンジェルに脱出艇を二隻を運び込みながら宇宙に散らばる残骸に目を向けた。

 

 「……ヘリオポリスが、こんな風に……」

 

 彼の目の前には信じられない光景が広がっている。

 

 そこにあった残骸は昨日まで自分達が住んでいたコロニー『ヘリオポリス』のものである。

 

 蓄積されたダメージによって限界を迎えたヘリオポリスはバラバラになって崩壊してしまった。

 

 今まで自分たちの住んでいた場所が滅茶苦茶になって壊れている。

 

 動揺しない方がおかしいだろう。

 

 運び込んだ脱出艇を慎重に格納庫に置く。

 

 見つけた時はどうなるかと思ったが、とりあえず無事なようでホッと胸を撫で下ろした。

 

 アストはコロニー崩壊で宇宙に放り出された後、すぐにアークエンジェルと連絡を取った。

 

 そして位置を確認し合流しようとした時に、救難信号を出している脱出艇を二つを発見したのである。

 

 どうやらコロニーから放出された時に、お互いがぶつかり二つとも損傷しているのが外からでも分かった。

 

 正直、ザフトに追われているアークエンジェルに連れていくのは躊躇われたが、下手をすると中にまで影響があるかもしれないほどひどい状態。

 

 放置はできないとそのまま持ち帰ったのだ。

 

 もちろんマリュー達は良い顔はしなかったし、報告した時には少し揉めたが何とか許可を取る事ができ、こうして運び込む事が出来たという訳だ。

 

 アストは脱出艇より避難民の人たちが誘導されて行くのをコックピットから眺める。

 

 外の損傷が酷かった為、脱出艇の人たちの事が気になっていたのだが、やはりぶつかった衝撃は相当なものだったようだ。

 

 怪我人が多く、用意された担架に乗せられ何人も運ばれていく。

 

 痛ましくその様子を見ていたアストだったが、歩いて行く民間人の中に見慣れた人物が混じっているのに気がついた。

 

 「エルザとエリーゼだ。2人ともこの脱出艇に乗っていたのか」

 

 他の避難民に交じりアラータ姉妹が歩いていた。

 

 小さい妹の手を引きながらエルザはやや硬い表情で俯きながらも周囲を警戒している。

 

 こんな状況である以上不安なのは当然。

 

 何よりアークエンジェルは地球軍の戦艦、コーディネイターであるエルザが警戒するのは至極当たり前の事だった。

 

 アストは急いでコックピットから出るとエルザ達を呼び止める。

 

 「エルザ、エリーゼ!」

 

 呼びかけられたエルザはアストがいたのは予想外だったらしく驚いた表情を浮かべる。

 

 「アスト!? 脱出艇にいたの?」

 

 正直かなり答えにくいが、黙っている訳にもいかない。

 

 内心憂鬱になりつつも質問に答えようとした時、腹のあたりに軽い衝撃が起こる。

 

 下を見るとエルザの妹エーリゼがアストの腰に手を回し抱きついてきていた。

 

 「アスト兄ちゃん! アスト兄ちゃんもいたんだぁ」

 

 無邪気な笑顔を浮かべてこちらの顔を覗き込んでくる。

 

 エリーゼは物静かな姉のエルザとは正反対で明るく活発な性格をしていた。

 

 正反対の2人だが姉妹仲は非常に良く、いつも一緒にいるのをよく見かける。

 

 アストやキラにも懐いており何度か遊んだことがあるので一応顔見知りであった。

 

 エリーゼの頭を撫でながらさっきの質問に答える。

 

 「まあ、ちょっと事情があってね。後で話すよ。とりあえずキラ達もいるからそっちに行こう」

 

 アストは二人に今までの事をどう話すか迷いながら、とりあえず歩き出した。

 

 

 

 

 同じ頃、ブリッジでは今後の話し合いが行われていた。

 

 どうにか襲撃を切り抜けたとはいえ、未だ危機的状況に変わり無いからだ。

 

 「ザフト艦の動きは?」

 

 「駄目ですね。ヘリオポリスの残骸が多すぎて……」

 

 アークエンジェルの周囲には破壊されたコロニーの破片が漂っている。

 

 これのおかげで敵艦の位置が全くつかめないでいた。

 

 「それは向こうも同じだろうがね。で、どうする艦長?」

 

 ムウの問いかけにマリューは顎に手を当て考え込む。

 

 ザフトもこのまま自分たちを見逃す事は無く、再び攻撃してくるのは誰でも予想できる。

 

 その前に投降という選択肢もあるが、それはできない。

 

 自分たちは何としてもこの艦と新型機動兵器を持ち帰らなければいけないのだ。

 

 でなければこれまでの犠牲がすべて無駄になる。

 

 そんなマリューを見ていたナタルが口を開いた。

 

 「では私は『アルテミス』に向かうことを提案させていただきます」

 

 「あそこか……」

 

 ナタルの提案にムウは顔を曇らせる。

 

 それも当然で、アルテミスはマリュー達の所属している大西洋連邦ではなくユーラシア連邦に属する軍事衛星である。

 

 一応大西洋連邦とは軍事同盟を結んではいるが、その関係は微妙なものだった。

 

 それにこの艦やG兵器は公式発表どころか認識コードすら持っていない状態なのだ。

 

 「このまま月に進路を取ったとしてもすんなり行ける筈もありません。現在、こちらの戦力は限られています。物資の問題もありますし、これが一番現実的な策ではないかと」

 

 「そうね……今はそれしかないわね」

 

 艦長であるマリューの決断と共にブリッジが慌ただしく動き始めた。

 

 「デコイ用意。デコイ発射と同時にメインエンジン噴射。慣性航行に移行しアルテミスに向かいます」

 

 「アルテミスまでのサイレントランニング。おおよそ2時間、あとは運だな……」

 

 ムウのつぶやきにマリューは再び考え込む。

 

 今の状況では1つでも多くの戦力が必要、こちらの動きが読まれないという保養も無いのだ。

 

 『アレ』を使う事に問題がないわけでないが、躊躇っている場合ではない。

 

 「フラガ大尉。アスト君を連れて格納庫に行ってもらえませんか?」

 

 「あの坊主なら連れて行くまでもなく、自分から行くだろう? 他の連中と違って現状をちゃんと理解してるようだしな」

 

 「いえそうではなく……この艦にはもう1つ戦力になる機体があります。それを使えるようにして欲しいのです」

 

 マリューの言葉にさしものムウも驚いた。

 

 しかし同時に疑問もある。

 

 何故最初に言わなかったのかという事だ。

 

 疑問の答えを得ようとマリューに問いただそうとした時、ナタルが横から口を挟んできた。

 

 「待ってください! ストライクだけでなくあの機体まで使われるのですか? あの機体は……」

 

 「分かっているわ。でも今は一つでも多くの戦力がいる時よ」

 

 その指摘にナタルも反論できない。

 

 その様子を見ていたムウはなんとなく事情を察した。

 

 Gのパイロットになるひよっこ連中は5人しかいなかった。

 

 ムウはただの護衛役であり、6人目が居た事を知らされてなかっただけかもしれない。

 

 だが少なくとも護衛してきた艦に乗っていたのは5人だけだった。

 

 そして、その機体はこの艦に先に積み込まれていたにも関わらず誰も使おうと言わなかった事。

 

 最後にマリューやナタルの反応で推測するには充分だった。

 

 おそらくは何らかの問題があり、実戦では使われる予定のなかった機体という事だ。

 

 しかしそれでも使える物は使うべき。

 

 『戦力は多い方がいい』それはムウ自身が言った事なのだから。

 

 だが一つだけどうしても聞いておかないといけない。

 

 「パイロットはどうするんだ? 言っとくが俺じゃ乗れないぜ」

 

 「それは……」

 

 マリューは辛そうな表情を見ただけで、何を考えているかは予想はついた。

 

 ムウはそのまま何も言わずブリッジを出ると足早にアスト達の所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 ザフト艦ヴェサリウスの艦橋ではクルーたちが動揺していた。

 

 目の前には中立であったヘリオポリスの残骸が漂っている。

 

 彼らとしてもこんな結果になるとは誰も予想していなかったのだ。

 

 「隊長、中立のコロニーを破壊したとなると……」

 

 アデスが懸念を口にするがユリウスがそれを遮る。

 

 「そう問題はないですよ、アデス艦長。民間人は脱出しています。なにより責めを負うべきは中立でありながら地球軍に与していたオーブです。証拠のデータやモビルスーツもあります。それよりも重要なのは敵の新造戦艦の方でしょう」

 

 「そうだな。アデス、敵艦の位置はつかめるか?」

 その言葉にアデスは驚いた表情を浮かべる。

 

 先の戦闘で殆どのモビルスーツは撃破されてしまい、残っているのはラウのシグーとユリウスのジンだけである。

 

 「追われるのですか? しかしこちらには隊長とユリウスの機体以外、モビルスーツも残っては―――」

 

 「4機もあるさ。地球軍のモビルスーツ、使わせてもらおう。宙域図を出せ」

 

 「あれを投入されると?」

 

 「データを取ればもう構わないさ」

 

 困惑するアデスをよそにラウとユリウスは周辺の宙域図に目を向ける。

 

 「……敵の状況を考えるならばアルテミスですかね」

 

 「新型モビルスーツも運び込んでいなかったからな。碌な物資も積んではいないはずだ。補給の事を考えれば、まともな指揮官ならそう動くだろう」

 

 それを見ていたアデスも切りかえたのか、議論に加わる。

 

 「しかし、そちらに絞ってしまうと月方面に離脱されれば……」

 

 その時、オペレーターからの報告が入ってくる。

 

 「大型の熱量を感知! 戦艦クラスと思われます! 予測コースは月面、地球軍大西洋連邦本部!」

 

 その報告を聞くなり、ラウは得心したかのように頷くと指示を出した。

 

 「今ので確信した。ヴェサリウス発進だ。ガモフを呼べ」

 

 「しかし、隊長、それでは……」

 

 「問題はない、奴らはアルテミスへ向かうよ」

 

 ラウの指示に従い、ヴェサリウスはアルテミスへ向かい発進した。

 

 すべての指示を出し終えたラウはユリウスと共に一旦隊長室へ戻るとアスランを呼び出した。

 

 先の戦闘で彼は命令を無視、勝手に出撃したのである。

 

 いつものアスランであればあり得ない事。

 

 このまま何も聞かない訳にはいかない。

 

 「アスラン・ザラ、出頭いたしました」

 

 敬礼しつつ硬い表情を浮かべ、アスランが入室してくる。

 

 そんな彼にユリウスは冷たく問いを投げた。

 

 「アスラン、何故呼び出されたかはわかっているな。報告しろ」

 

 「はっ……命令に違反し申し訳ありませんでした!」

 

 「誰も謝罪しろとは言ってない。何故あのような行動をとったか報告しろと言っているんだ」

 

 ユリウスは静かな口調ではあるが、語気を強めて再び問う。

 

 彼は優秀で部下思いではあるが、軍規には厳しい。

 

 そのことで皆から信頼も厚かったが、同時に恐れられてもいる。

 

 アスランもそのことを知っているのか、かなり委縮した様子で立ち竦んでいる。

 

 「ユリウス、そんなに威圧してはできる報告もできまい」

 

 「しかし」

 

 「別にアスランに懲罰を課す気はない。だがきちんと報告はしてもらわないと困るな」

 

 隊長であるラウがそう言うのであれば何も言えない。

 

 流石にユリウスもそれ以上は何も言わず後ろに下がった。

 

 その事で多少なりとも安堵したのか、アスランも報告を始める。

 

 機体奪取の際に幼いころに別れた友人キラ・ヤマトらしき人物がいた事。

 

 現場にいたのが本当にキラだったのか確かめるために出撃したこと。

 

 そして最後の機体に乗っていたのは別人だったが、キラのことを知っていた事を話した。

 

 すべての報告を聞いたラウはため息をついた。

 

 「なるほど、そう言うことか。それは動揺しても仕方ないな」

 

 座って話を聞いていたラウが立ち上がりアスランの正面に立った。

 

 「だが、あの艦とモビルスーツは見逃すわけにもいかん。君の友人が乗っているという保証もない。申し訳ないがこのまま追撃は行う。しかしアスラン、次の出撃は君は外そう」

 

 「なっ、クルーゼ隊長!?」

 

 「友人がいるかもしれんのだ。それでは撃てないだろう」

 

 その言葉は意外だったのかアスランはひどく動揺した。

 

 それではキラがあの戦艦にいた場合巻き込んでしまう可能性がある。

 

 それだけは―――

 

 アスランは軽く首を振り、決意と共に顔を上げる。

 

 「待ってください! あのパイロットはキラのことを知っていました! あの艦にいる可能性は高い! もしかしたらナチュラルに捕まっているのかもしれない。もしそうなら助けたいんです! それを確かめさせてください!」

 

 「……なるほど、君の気持ちはわかった。確かに同胞が捕まっているなら助けるのは当然だ。それを確認するのもいい。だが彼が居たとして、もし地球軍に協力していたら?」

 

 「あいつはコーディネイターです。もしそうなら説得します」

 

 「それでも聞き入れなければ?」

 

 ラウの冷たい問いにひどく辛そうにアスランはその言葉を口にする。

 

 「……その時は……私が撃ちます」

 

 この時、俯いていたアスランは気がつかなかった。

 

 ラウが微かに笑っていた事に。

 

 「その言葉を聞いて安心したよアスラン。報告はもういい。次の作戦まで休め」

 

 「はっ」

 

 アスランはそのまま退室しようとするが思い出したように振り返る。

 

 「そういえば、大したことではないのですが……最後の一機に乗っていたパイロットが地球軍のモビルスーツのことを『ガンダム』と呼んでいました」

 

 「『ガンダム』? なるほど、地球軍ではあれらの機体をそう呼んでいるのかもしれない。一応、気にとめておこう」

 

 「はい。以上です、失礼しました!」

 

 アスランが退出した後、ユリウスは改めてラウに向き合う。

 

 「隊長、アスランの行動を本気で認めるつもりですか?」

 

 「何か問題でもあるか?」

 

 「上手くいく筈がありません。リスクだけが高い。そしてアスランにキラ・ヤマトが撃てるとも思えません。アスト・サガミの事もある。彼を撃つ機会があるとすれば未熟な今しかない。彼は、いえ彼らは放置しておけば必ず大きな脅威になる」

 

 ユリウスの懸念にもラウは笑みを崩さない。

 

 「もちろん、分かっている。手を抜く気はないさ。だからこそこうして追撃もかけている」

 

 「ならばアスランの行動は認めず、出撃を延期させるべきです。このままでは無用の犠牲が出て、戦力低下に繋がります」

 

 「そう言うな、ユリウス。それに興味もあるだろう。かつての友が敵になったとき、キラ・ヤマトがどう反応するのか」

 

 暗い笑みを浮かべるラウをユリウスは何も言わず、ただ無表情で見つめていた。

 

 

 

 

 アストはエルザとエリーゼを皆のいる居住区に連れて戻ると、驚きつつも全員が笑顔で二人を迎え入れた。

 

 エルザは相変わらず硬い表情だったが、エリーゼは嬉しそうにキラに抱きついている。

 

 「キラ、怪我の方はどうだった?」

 

 「うん、大した事は無かったよ」

 

 キラは大丈夫とアピールする為に怪我していた腕を見せてくれた。

 

 どうやら本当に大した事無かったようだ。

 

 先の救助したヘリオポリスからの避難民の中には偶然にも医者がいた。

 

 肩を怪我をしたマリューの治療を行うついでにキラの怪我も診てもらい、大したものではないと診断されていた。

 

 見知った顔が増えた事で少し気が緩んだのか皆、笑顔で談笑を始めるが、そこにムウが訪れた。

 

 「アスト・サガミ、少し話があるんだが」

 

 「なんでしょうか?」

 

 「いや、実はな―――」

 

 話の内容は戦力になる機体がまだこの艦には搭載されているので、それを使えるようにしろというもの。

 

 だが問題はその話の後だった。

 

 ムウがキラにもついて来るように言ったのである。

 

 「どうして僕が行かないといけないんですか!?」

 

 「……どうしてって全部言わないと分かんないか?」

 

 「それって……」

 

 要するに使えるようになった機体はキラに乗れと言っているのだ。

 

 「僕は軍人でも何でもないんですよ! なのに……」

 

 「そう言って次の戦闘でみんなで死ぬか? それにこう言っちゃなんだがね、軍人でもないのにもう戦っている奴はいると思うがな」

 

 ムウの言葉にキラはなにも言えなくなってしまう。

 

 確かにすでにアストは軍人でもないのに戦っている。

 

 他でもないキラ達の為にだ。

 

 答える事ができず俯くしかないキラを気遣って黙って聞いていたアストが口を開いた。

 

 「……その機体ってすぐに使えるものじゃないんですよね?」

 

 「俺は艦長から話を聞いただけだからなぁ。詳しくは知らないが、なんか問題ありそうな感じだったな」

 

 「そうですか。じゃあまず俺が見てみますよ」

 

 アストも現状は理解していた。

 

 アークエンジェルには余裕がなく、何時再びザフトの襲撃を受けるか分からない。

 

 戦力は一つでも多い方が良いというのは理解できる。

 

 それはわかっているが、それでもできるだけキラを巻き込みたくはなかった。

 

 何せモビルスーツに乗るという事は命懸けの戦場に向かうという事なのだから。

 

 「ハァ、分かった。とりあえずお前さんだけついて来てくれ……キラ・ヤマト、これだけは言っておく。俺やこいつも出撃して戦うけどな、絶対勝てる訳じゃない。もしかすると次の戦闘で死ぬかもしれない。お前、その時どうするんだ?」

 

 「……それは」

 

 「お前には出来る力がある。ならできることをやれよ。後悔のないようにさ」

 

 それだけ言うとムウはアストを連れ、部屋を出ると後ろからあまり好意的とは言い難い口調で呼び止められた。

 

 「ちょっと待ってもらえませんかね、軍人さん」

 

 振りかえるとそこには居たのは意外な人物。

 

 アスト達のよく知る少年と少女が立っていた。

 

 「……エフィム、フレイも」

 

 こちらに侮蔑と嫌悪を隠さない少年はエフィム・ブロワ。

 

 隣に立っているフレイと同じくカレッジではコーディネイター嫌いで非常に有名な少年だった。

 

 「なんでコーディネイターがここにいるんですかねぇ。ここ地球軍の艦でしょ?」

 

 アストとキラ、そしてアラータ姉妹にも鋭い視線を向けてくる。

 

 そのエフィムの発したその言葉に周囲の人達が凍りついた。

 

 全員の不信感の籠った視線が集まる。

 

 そんな空気に憤ったようにトールが立ち上がると、エフィムに食ってかかった。

 

 「やめろ、エフィム! こんな時までそれなのかよ、お前は!」

 

 「お前こそまだ友達ごっこかよ、トール。そもそも俺たちがこんな目にあってんのも、ヘリオポリス壊したのもそこにいるコーディネイター共の所為だろうが!!」

 

 それは皆、口には出さないだけで、ここにいる人達も思った事だろう。

 

 ザフトの所為で。

 

 コーディネイターの所為でと。

 

 「その事とアスト達は関係ないでしょ!」

 

 同じく怒った表情で立ち上がったアネットが言い返したことでさらに激しい口論が始まる。

 

 その様子を見かねたのか横からムウが呆れたように質問する。

 

 「じゃあ君はどうして欲しいと?」

 

 「決まってるでしょ。独房に入れるか、最低限、別の場所に隔離するかしてもらわないと一緒にいるなんて冗談じゃない!」

 

 吐き捨てるように言うエフィムにムウは今日何度目かのため息をついた。

 

 「悪いが君たちの要望にすべて答えられるほど余裕がないんだ。しばらく我慢してもらいたいな」

 

 「ちょっと、なによそれ!」

 

 文句を言おうとしたフレイやエフィムに向けムウは淡々と告げる。

 

 「……どうやら知らないようだが、君たちの乗っていた脱出艇を回収したのはこの坊主だ。こいつが脱出艇を見つけてこの艦に連れてこなければどうなっていたか言わなくてもわかるだろう。その辺のことも考えてほしいね」

 

 ムウの告げた事実に話を聞いていた他の人々も気まずそうに視線を落とす。

 

 同じように流石のエフィムやフレイも怯んだように口ごもってしまった。

 

 「……私たちを助けたのってあのモビルスーツでしょ? どうしてコーディネイターが地球軍のモビルスーツに乗ってるのよ」

 

 「そうだ。なんで―――」

 

 それでも文句を言おうとする二人の言葉を遮る様にムウはきっぱりと言い切った。

 

 「他に乗れる奴がいないからだよ。それとも君らが乗って戦ってくれるのか? またすぐ戦闘になるかもしれないんだ」

 

 エフィム達は忌々しそうにこちらを睨むとそれ以上は何も言わず別の場所に歩いて行った。

 

 流石に戦闘になるということだと文句を言う気もないようだ。

 

 それは他の人達も同じようで、それ以上の騒ぎにはならなかった。

 

 「余計な時間食ったな。行くぞ」

 

 「あ、はい」

 

 若干皆の事が気になったが、アストは歩き出したムウを追い格納庫に向う。

 

 そんな2人を整備士のマードックが待っていた。

 

 「待ってましたよ、大尉」

 

 「艦長から話は聞いていると思うんだが」

 

 「ええ、ちゃんと準備していますよ。あの機体です」

 

 マードックが指さした先にはストライクと似通った機体が立っていた。

 

 「あれがGAT-X104 『イレイズ』ですよ。まあいろいろ問題のある機体ですがね」

 

 「あの、いったい何が問題なんですか?」

 

 「まあ幾つかあるが、1番の問題は燃費の悪さだな。そのせいで他のGと比べても稼働時間が短い。他にも理由はあるらしいが、この機体は研究用ってことで月に運ばれる予定だったんだ」

 

 「なるほどな。坊主、とりあえず見てもらえるか?」

 

 「はい、わかりました。ところで機体の近くにおいてある物は何です?」

 

 機体の傍には幾つかの備品と共に何らかの武器らしい物が無造作に置いてある。

 

 「ああ、あれはイレイズの武装だよ。ほぼ完成はしてるんだが、イレイズが実戦配備から外されるのが決まってそのまま放置されたんだよ」

 

 「どんな武装なんですか?」

 

 「確か、イレイズの燃費の悪さを考慮しての実弾兵器だったかな」

 

 「なるほど」

 

 機体のハッチを開き、コックピットに乗り込むとOSを立ち上げ調整を開始。

 

 同時に機体の武装を把握する。

 

 武装は頭部イーゲルシュテルン、GATシリーズ共通のビームサーベルとビームライフル、アンチビームシールド。

 

 それから背中には二門の高インパルス砲『アータル』

 

 威力はストライクのアグニに劣るが連射性はこちらが上のようだ。

 

 さらに両腕には他のGATシリーズとは違い籠手のようなものが付いており、そこには『ブルートガング』という実体剣が収納されている。

 

 これはストライクのアーマーシュナイダーと同じ原理の武装で両腕に装備されている。

 

 長さはそれほどでもなく腕の長さと同じぐらいだが、この武器はあまり当てにできない。

 

 ジンならまだしも、実体弾を無効化するPS装甲を持ったガンダムには通用しないからだ。

 

 あくまでもバッテリー消費を抑えるための武装と考えておいた方がいいかもしれない。

 

 「どうだ、使えそうか?」

 

 「何とか。性能もかなり高いみたいですし。ただ、やっぱり稼働時間の方は問題がありますね。うまく戦わないとすぐエネルギー切れになります」

 

 「どのくらいで使える?」

 

 「使うだけなら調整が終わればすぐにでも大丈夫です。でも一度、機体のチェックをした方がいいですよ」

 

 「そうだな、わかった。そっちは頼む」

 

 ムウはそのままマードックと話し始めた。

 

 どうやら今のうちにストライクの整備を始めるらしい。

 

 そちらは完全に任せる事にして、しばらくイレイズの調整作業を進めていく。

 

 するといつの間にか格納庫を訪れていたキラがコックピットを覗き込んできた。

 

 「アスト、話があるんだけどいいかな」

 

 「キラ……いいよ。俺もちょうど聞きたいことがあったし」

 

 アストがいったん手を止めると、キラも背を向けてその場に座りこんだ。

 

 「それで話って言うのは、フラガ大尉の言ってたこと?」

 

 「うん。それもなんだけどさ……アストはどうして戦えるのかなって。モビルスーツに乗って、戦う事になっても全然迷ってなかったみたいだし」

 

 「どうしてって、もちろん友達を……みんなを守りたいからだよ。それに迷ってないわけじゃない。戦争なんて嫌だし」

 

 「だったら、なんで……」

 

 「前に色々あってさ。……その時は何もできなかったんだ」

 

 「アスト……」

 

 「それで、ある人に言われた。≪どんな理不尽な事だろうと現実は現実だ。泣こうが喚こうが何も変わらん。なら今何ができるか、何をすべきかその頭で考えて動け≫ってな」

 

 「何ができるか……」

 

 キラは考え込むようにつぶやいた。

 

 アストも前からキラに聞こうと思っていたことを口にした。

 

 「俺もキラに聞きたいことがあったんだ。ヘリオポリスでガンダムから降りて話を聞いてた時、なんか悩んでたよな。あれって……あの赤いガンダムのパイロットに関係があるのか?」

 

 驚いたようにキラが振り返った。どうやら当たりだったらしい。

 

 「えっ」

 

 「前の戦闘で話かけられた。キラ・ヤマトなのかって。あの機体と一緒に工場区から飛び出してきたし、なにか関係あるんじゃないのか?」

 

 「……じゃあ、やっぱりあれは」

 

 キラは辛そうに俯くが、意を決したように顔を上げた。

 

 「初めてガンダムに乗り込んだ時、その現場にいたんだ―――アスランが」

 

 その名前を聞いて今度はアストが驚いた。

 

 ここでその名が出てくるなんて予想すらしていなかったからだ。

 

 「アスラン!? アスランって幼馴染みの?」

 

 何度も話を聞かされた。

 

 その度に微笑ましい気持ちになったものだ。

 

 そのアスランがあの現場に―――いや、あの紅い機体に乗り込んでいたというのか。

 

 「うん。最初は見間違いだと思ったけど―――やっぱりアスランだったんだ」

 

 キラが戦う事を拒絶していた理由をアストは理解した。

 

 戦うという事は幼い頃のからの大事な親友と殺しあうことを意味する。

 

 それは紛れもなく―――悲劇だ。

 

 「キラはやっぱり戦っては駄目だ」

 

 「アスト、でも……」

 

 「もしもの時は、俺とフラガ大尉で何とかするから。キラはみんなと一緒にいてくれ」

 

 迷ったように俯くキラをそのまま居住区に送り出す。

 

 アストの決意はより強くなった。

 

 キラを戦わせてはならない。

 

 自分が闘わなければ―――

 

 だがそんな決意をあざ笑うように異変はすぐに起きた。

 

 ムウがブリッジに突然呼び出しを受けたのだ。

 

 しかもかなり切羽詰まった声で。

 

 マードックの話を聞いていたムウは、格納庫を飛び出すように走りだすとブリッジに駆け込む。

 

 「状況は!」

 

 「現在ナスカ級が本艦の左舷方向を並行して航行しています。さらに本艦後方にはローラシア級が接近中」

 

 ナタルが今の状況に関して簡潔に説明を行う。

 

 それだけで十分事の重大さを理解したムウは顔を顰めた。

 

 「こちらの動きを読まれたな……このままだとローラシア級に追いつかれて見つかるか、それから逃げようとエンジンを使えばナスカ級が転針してくる」

 

 誰もが絶句し、ブリッジ全体が沈黙する。

 

 それも当然で、この場にいたブリッジクルー達には今の状況を打開できる策を思いつける者など誰もいなかったのだから。

 

 だが一人だけは違った。

 

 「二艦のデータと宙域図を出してくれ」

 

 データを読み込むムウに全員が縋る様に視線を送る。

 

 そんな皆を代表して、ナタルが質問する。

 

 「な、なにか策でも?」

 

 ナタルの言葉にムウは内心溜息をつきながら振りかえる。

 

 「これからそれを考えるんだよ」

 

 そうしなければ沈むのはこっちなのだから。

 

 

 

 

 先ほどの騒ぎで気まずい雰囲気が漂っていた居住区にいる避難民の人たちもようやく落ち着きを取り戻していた。

 

 トール達も暗い空気を変えようと皆で雑談に興じていたのだが、ふとカズイがサイに聞いてきた。

 

 「そういやさサイはいいの? フレイの所に行かなくて。確か婚約者でしょ」

 

 「え、そうなの?」

 

 カズイの一言に皆が驚く。

 

 何といってもあの(悪い意味で)有名なフレイと婚約してるというのだ。

 

 あまり感情を表に出さないエルザでさえ驚いた顔をしている。

 

 「いや、あれは話だけだよ。とっくに断わったし」

 

 「そうなの? なんで?」

 

 「まあ親が勝手に決めたことだし。それにあの性格がね」

 

 普段から穏やかで兄貴分なサイでも彼女の相手は厳しかったらしい。

 

 そんな話をしていた時、突然艦内アナウンスが流れた。

 

 《敵艦影発見! 敵艦影発見! 第一戦闘配備!》

 

 切迫したアナウンスに避難民もざわめき出した。

 

 これから戦闘になるというのだから、無理もない。

 

 「……あの大尉の言ったようにまた戦闘になるんだな」

 

 サイが思わず呟いた。

 

 「アストは戦うみたいだけど、キラはどうすんだろ」

 

 カズイが溜息をつきながら先程から避けていた話題を口にする。

 

 さっきのエフィム達のことがあってからすぐにキラは居住区から出て行って、そのまま戻らない。

 

 エルザも硬い表情で黙ったままだ。

 

 「ねぇ、アスト兄ちゃんが戦うの?」

 

 「うん。そうだよ。私たちを守ってくれるのよ」

 

 無邪気にエリーゼが聞いてきたのをアネットが答える。

 

 エリーゼは意味が分かっていないのか嬉しそうに「そうなんだぁ」と笑っていた。

 

 「……俺たちを守るためか」

 

 トールのその言葉に全員が俯いた。

 

 あの大尉はできることをしろと言った。

 

 そしてアストは命がけで自分たちのために再び戦おうとしている。

 

 「やっぱり、あいつらにだけ、つらい思いはさせられないわね」

 

 アネットが立ち上がるとトールやミリアリア、サイとカズイも立つ。

 

 「……だよな。行くか」

 

 トールの言葉に全員が頷くが、エルザだけは座ったまま動かない。

 

 そして全員の顔を見上げて口を開いた。

 

 「……私は行かないわ。アストには感謝してるけど地球軍のために何かする気にはならないから。なによりあんなこと言われてまでなにかしようとも思わない」

 

 エルザが言ってるのは、エフィム達に言われたことだろう。

 

 確かにあんなことを言った奴らを守りたいとは普通思わない。

 

 でもアストは戦うのだ。

 

 そしておそらくキラも。

 

 だからこそ自分たちはアスト達の力にならないといけないと思う。

 

 「……エルザ、私はあなたもアストやキラも友達だと思ってる。地球軍を助けたいわけじゃない。友達を助けたいの。そこだけは勘違いしないで」

 

 そう言って立ちあがったアネット達は部屋を出てブリッジへ走りだした。

 

 

 

 

 ブリッジからパイロットスーツを着てこいと言われたアストはロッカールームで着替えを済ませ、格納庫に入る。

 

 そこではすでにムウが着替えを終えて待っていた。

 

 「へぇ、結構似合ってるじゃないの」

 

 「あの、大きいですよ、これ」

 

 「お前が小さいの。それより作戦を説明するぞ」

 

 ムウの提示した作戦とはこうだった。

 

 このままいけばアークエンジェルは追いつかれるか、見つかる。

 

 ならばアークエンジェルに攻撃が集中している間にムウがひそかに先行してナスカ級を叩くというものだった。

 

 「こいつはタイミングが重要だからな。頼むぞ」

 

 「はい、わかりました」

 

 「で、あの坊主は駄目だったか」

 

 「……いいんですよ、これで」

 

 今回の戦いにもあの紅いガンダムは現れる。

 

 相手がキラを探しているというならなおさらだ。

 

 だからこそキラは戦うべきではない。

 

 ムウと話を終えストライクに向かおうとするが途中でマードックに呼び止められる。

 

 「ストライクはまだ駄目だ! もう少し時間が掛かるぞ」

 

 どうやら機体整備がまだ終わっていないということらしい。

 

 「連中の動きが思った以上に早かったからな。もう一機は使えるんだろう。そっちで行くしかないな」

 

 「ええ、わかってます」

 

 アストはストライクから離れ、イレイズの向って走りだす。

 

 コックピットに乗り込こみ、スイッチを入れてOSを起動させる。

 

 「しっかりしろよ、アスト」

 

 自分が皆を守るのだ。キーボードを叩く手が緊張で震えるが、何とか気持ちを奮い立たせる。

 

 ハッチを閉じて操縦桿を握り、機体を動かそうとした時、通信機から聞きなれた声が届いた。

 

 《―――アスト》

 

 「ミリアリア!? なんで?」

 

 モニターに映っていたのは居住区にいる筈のミリアリアだった。

 

 何でアークエンジェルもブリッジにいるのだろうか?

 

 《以後私がモビルスーツおよびモビルアーマーの戦闘管制です。よろしく!》

 

 ミリアリアのそばにはサイもいるようだ。

 

 こちらを覗き込み笑って見せるが、そのせいで怒られている。

 

 アストがあっけにとられているとミリアリアが真面目な顔で言った。

 

 《私達ね、みんなで話して決めたの。できることをしようって。アストだけに無理はさせられないから》

 

 それだけでアストは声が出なくなるほど嬉しかった。

 

 キラと同じく軍には関わって欲しくなかったが、それでも彼らの気持ちが本当に嬉しい。

 

 ミリアリアやサイのお陰か緊張もほぐれ、改めて操縦桿を握り直すとイレイズをカタパルトまで歩かせる。

 

 《エンジン始動と同時に主砲発射! 目標前方ナスカ級》

 

 マリューの声と同時にエンジンが起動し、両舷からエネルギー収束砲ゴットフリートがせりあがってくる。

 

 《主砲、撃て!!》

 

 エネルギーが前方に向かい発射されるとそれにあわせて通信機から状況が伝えられた。

 

 《ナスカ級よりモビルスーツの発進を確認!》

 

 《イレイズ発進してください》

 

 「了解!」

 

 いよいよだ。目の前のハッチが開き暗い闇が広がる。

 

 深呼吸しながら、わき上がってくる恐怖を振り払うように叫んだ。

 

 「アスト・サガミ! イレイズガンダム行きます!」




とりあえず4話まで投稿しました。

主人公機登場。

こんな名前しか思いつかんかった。


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第5話   決意の出撃

 

 

 

 

 イージスのコックピットの中でアスランは、出撃前にラウに言われたことを思い出していた。

 

 捕まっているなら助ける。

 

 だがキラが地球軍にいて、こちらの説得に応じなければ……

 

 いや、そんなことはない。

 

 そして必ずこちらに連れ帰る。

 

 改めて決意した時に、敵機接近の警告音が鳴り響く。

 

 こっちへ向って来るのは、ヘリオポリスで対峙した機体ストライクだろうと思っていた。

 

だが違った。

 

 「な、なんだあの機体は?」

 

 正面から向って来たのはストライクに似ていたが違う機体であった。

 

 腕には籠手のようなものが装着され、背中には大きなスラスターが見えた。

 

 そのスラスターの左右には砲身らしきものが付いている。

 

 イージスのデータではGAT―X104『イレイズ』と表示されていた。

 

 つまりあれも―――

 

 「あんな機体もあったのか……」

 

 どうやらこちらが把握していなかった機体が存在したらしい。

 

 アスランは驚きと同時にもしかしたらという思いが湧く。

 

 あの機体のパイロットがキラかもしれない。

 

 アスランは湧きあがる気持ちを抑えながら、そちらに機体を直進させる。

 

 そしてイレイズを操作するアストもまた目の前に現れた機体に複雑な視線を向けた。

 

 「……イージスガンダム。あれにはキラの友達が乗ってるんだよな」

 

 来るだろうとは予想していたが、初手からあの機体が出てくるとは思っていなかった。

 

 2機のガンダムは互いにビームサーベルを構えると警戒しつつも接近し、高速ですれ違う。

 

 「その機体に乗っているのはキラ・ヤマトか?」

 

 「その声は……」

 

 乗っていたのはヘリオポリスで相対したパイロット。

 

 彼がキラの幼馴染―――アスランだ。

 

 アストの胸中に忸怩とした思いが湧きあがる。

 

 「お前はストライクに乗っていたパイロットか!?  あいつは……キラはどこにいる?」

 

 「……そんなこと聞いてどうするんだ?」

 

 「あいつはコーディネイターだ。地球軍にいる理由はない。こちら側に連れて行く。それともあいつを捕えているのか?」

 

 二機は互いに攻撃を加える事無く様子を見ながら、周囲を動きまわる。

 

 「違う!捕らわれている訳じゃない!」

 

 「じゃああいつは地球軍に……その動き、お前もコーディネイターだな。何故お前もキラも地球軍にいる? どうしてナチュラル共の味方をする?」

 

 「……こいつ」

 

 キラから話を聞いた時は、友達になる事もできるかもしれないと思ったし、アストも会いたいと思った。

 

 だがそれも無理だったようだ。

 

 友人のコーディネイターのエルザもナチュラルの事は好きではないが、それでも見下したり貶めたりすることはなく、だからこそ友人でいられたのだ。

 

 だがアスランは今、ナチュラル共と言った。

 

 それは傲慢なコーディネイターがナチュラルを見下す時によく使う言葉である。

 

 そしてプラントではそんなコーディネイターが大半を占めている。

 

 アストはそんなプラントのコーディネイターが好きではない。

 

 彼らは基本的にナチュラルを見下し、存在を侮蔑し、軽く見ている。

 

 その命さえもだ。

 

 それが嫌いだった。

 

 無論ナチュラルもコーディネイターを差別をすることも分かっている。

 

 だからと言ってプラントにつきたいとは思わなかった。

 

 「……お前も結局それか。そうやってナチュラルの人を見下して―――なっ!?」

 

 その時、別方向から放たれたビームによる攻撃がイレイズに襲いかかった。

 

 咄嗟に操縦桿を押し込み機体を上昇させてビームをかわすが、新たに割り込んできた機体は逃がさないといばかりに追撃を掛けてくる。

 

 「何をやっている、アスラン!!」

 

 アスランの耳に飛び込んで来たのは、ガモフから出撃してきたイザークの声だった。

 

 どうやら向うから追いついてきたらしい。

 

 「イザークか!? 待て!」

 

 こいつには聞きたい事がまだあるのだ。しかしそんなアスランの都合などイザークは知らない。

 

 アスランの制止を無視しビームライフルで攻撃を仕掛けていく。

 

 「貴様は下がっていろ! この機体は俺が仕留める!」

 

 アストは撃ちかけられたビームをシールドを掲げて受け止めながら、表示されたデータを読み取る。

 

 「Ⅹ102『デュエル』、これもガンダムか!」

 

 デュエルはしつこくこちらの退路を塞ぐようにビームを放ってくるが、それを機体を左右に動かして回避する。

 

 浴びせられるビームを防御しながら移動していると眼の端に光を捉えた。

 

 そちらに目を向け、モニターを見る。

 

 そこには別の機体から攻撃を受けているアークエンジェルの姿が映っていた。

 

 攻撃を仕掛けているモビルスーツもまたデータや形状から見てガンダムらしい。

 

 「アークエンジェル!? くっ!」

 

 二機を振り切ってアークエンジェルに向かおうとするが、デュエルがビームライフルでこちらの進路を阻むように攻撃を仕掛けてくる。

 

 「逃がすかよ! 落ちろ!!」

 

 今すぐ援護に戻りたいが、しつこく攻撃を仕掛けてくるデュエルを振り切る事が出来ない。

 

 「防御ばかりじゃ駄目だ」

 

 このままでは追い詰められるだけだと判断したアストはビームライフルを構えて、反撃に転じた。

 

 スコープで照準を合わせてトリガーを引く。

 

 だがデュエルはそれをあっさり回避すると、ビームサーベルを構え懐に飛び込んで斬りこんで来た。

 

 目の前に迫るビーム刃をシールドで受け止めながら、デュエルに蹴りを入れて引き離す。

 

 「こいつ!!」

 

 「速いけど、あのジンほど桁外れの動きじゃない!」

 

 ヘリオポリスで戦ったあのジンははっきり言って別次元の強さを持っていた。

 

 それに比べればこいつはまだ何とかなる。

 

 ライフルでデュエルを攻撃しながら、隙をみて離脱しようとするが今度はイージスが割り込んできた。

 

 アスランとしてもこの機体を逃がす訳にはいかないのだから、黙って見ている筈もない。

 

 「今度はイージスか!?」

 

 イージスがこちらの動きを止める為かスラスターを狙って、ビームサーベルを横薙ぎに振り抜いてきた。それを飛び退くように後退して回避する。

 

 「アスラン! 邪魔だ!」

 

 「下がるわけにはいかない! こいつにはまだ……」

 

 追撃してきたイージスをシールドで突き飛ばし、距離を取る。

 

 しかしそこに回り込んでいたデュエルがビームライフルを放ってくる。

 

 「くそっ、アークエンジェルが!」

 

 三機は激しく攻防を繰り返しながら、徐々にアークエンジェルの方へと近づいていった。

 

 

 

 

 アストが二機のガンダムと激しい戦いを繰り広げていた頃、アークエンジェルもまたガモフから出撃した残りのGであるバスターとブリッツの攻撃に晒されていた。

 

 「アンチビーム爆雷発射! ヘルダートは自動発射にセット! イーゲルシュテルンで弾幕を張れ!」

 

 ナタルの声がCICに響き渡る。

 

 それに合わせ爆雷が発射、炸裂し、ばら撒かれた粒子が敵のビームを拡散する。

 

 そして回避運動を取りながら、クルー達が必死に防戦していく。

 

 「ゴットフリート照準! 撃て!」

 

 砲塔から発射されたビームが二機のモビルースーツを狙って放たれるが、掠める事すらできず、空間を薙いでいく。

 

 堪らずナタルが怒鳴り上げた。

 

 「イレイズはどうした? 何をやっている!?」

 

 「イージス、デュエルと交戦中です!」

 

 やはりこちらが圧倒的に不利だった。

 

 マリューは手を握り締めて、己を奮い立たせる。

 

 なんとかムウの奇襲が成功するまでは、持ちこたえないといけないのだ。

 

 弱気になってはいられないと、前を見据え指示を飛ばした。

 

 そんな戦闘の震動は艦の中にも当然伝わっている。

 

 敵からの砲撃が艦の装甲を掠めるたびに震動が起き、避難民が悲鳴を上げる中で、キラは不安そうにモニターを見上げていた。

 

 見ているモニターの中ではアストの乗ったイレイズとデュエルが戦闘を行っており、その近くにはアスランの乗ったイージスもいる。

 

 複雑な気持ちで戦闘映像に見入っていると後ろから声をかけられた。

 

 「キラ、こんな所に居たの? 立っていたら危ないわよ」

 

 振りかえった先にいたのはエリーゼの手を引いたエルザだった。

 

 「エルザ……みんなは?」

 

 「……艦の仕事を手伝うと言ってブリッジに」

 

 「え! どうして……」

 

 「……あなたやアストにだけつらい思いはさせられないって、そう言ってたわ」

 

 その事を聞いたキラは自分が恥ずかしくなった。

 

 皆やアストがこの艦を守るために行動している。

 

 なのに、自分はここで何をやっているのかと。

 

 『何ができるか、何をすべきか―――』

 

 アストが前に言われたという言葉をもう一度思い出す。

 

 答えなら出ていた。

 

 ただキラに覚悟がなかっただけで。

 

 「キラ兄ちゃんも戦うの?」

 

 エリーゼがキラを見上げて聞いてくる。もう迷いはなかった。

 

 「うん、僕も行くよ」

 

 「そっかぁ。じゃあ大丈夫だよね? みんなを守ってくれるんだよね?」

 

 普段明るいエリーゼもやはり戦闘は怖いのだろう。

 

 不安そうにこちらを見ている。

 

 それは当たり前だ。

 

 幼い子供が戦場に放り込まれれば怖いのは当然、そんな事すら気が回らなかった自身が情けない。

 

 キラはしゃがみ込み、エリーゼの頭を優しく撫でた。

 

 「大丈夫、必ず守るから」

 

 「うん!」

 

 エリーゼに微笑みかけるとキラは格納庫に向かおうと立ち上がる。

 

 「待って、キラ」

 

 そのまま格納庫に向かおうとしたが、その前にエルザに呼び止められた。

 

 「どうしたの?」

 

 「……えっと。その、私はナチュラルの人のことはあまり好きじゃないの。ユニウスセブンの事とかいろいろあったし。でもねアネット達の事は嫌いじゃなくて、それにアストやキラの事もその……友達だと思ってるの」

 

 「エルザ……」

 

 「……だから、死なないで」

 

 普段からあまり感情を出さないエルザがこんなことを言うのは驚きだったが、キラや皆を心配して言ってくれたのだ。

 

 嬉しくないはずがない。

 

 「うん。わかった」

 

 エルザに力強く頷き返すとそのまま走りだす。

 

 キラが格納庫に辿り着くとストライクの出撃準備は整っていた。

 

 コックピットに乗り込もうとしたキラだったが、途中で知っている顔がいる事に気がついた。

 

 「やっと来たわね、キラ」

 

 「え、アネット? 」

 

 ストライクの足元には地球軍の制服を着たアネットが待っていた。

 

 「これを着なさい」

 

 アネットが放り投げてきたのはパイロットスーツだった。

 

 「えっ、どうして」

 

 「あんたは、必ず来ると思ってたから」

 

 つまりアネットはキラのことを信じて待ってくれていたのだ。

 

 思わず涙が出そうになるが必死にこらえる。

 

 キラは素早くパイロットスーツに着替えて、コックピットに乗り込んだ。

 

 OSを立ち上げ操縦桿を握ると恐怖と緊張で手が震える。

 

 大丈夫といくら言い聞かせてもなかなか震えが止まらない。

 

 するとアネットがコックピットを覗き込んできた。

 

 「キラ、手を出しなさい」

 

 「えっ」

 

 黙って右手を差し出すと、アネットはそのまま包み込むように両手で握りしめた。

 

 「キラ。あんたは一人じゃないわ。みんなが一緒だからね」

 

 「アネット……うん、ありがとう」

 

 手を離しコックピットハッチを閉じた。

 

 だが恐怖はもうあまり感じない。

 

 アネットが握ってくれた手には温もりが残っていた。

 

 目を閉じてみんなの顔を思い浮かべる。

 

 それだけでこれから辛い事が起きても耐えられる。

 

 キラはストライクを歩かせカタパルトを装着し、ストライカーパックの一つエールストライカーを背中に装備する。

 

 この装備は四つの高出力スラスターによりストライクの機動性を大幅に高める装備である。

 

 武装はGATシリーズの基本装備のビームライフルとビームサーベル、そしてアンチビームシールド。

 

 《キラ、気をつけてね》

 

 ミリアリアが戦闘管制であることは聞いていたので驚きはなかったが、なんだか変な感じだ。

 

 頷いてミリアリアに答えると目の前のハッチが開く。

 

 《ストライク発進どうぞ!》

 

 「キラ・ヤマト、ストライクガンダム行きます!」

 

 

 

 

 外で行われていたアークエンジェルへの攻撃は未だに激しく続いている。

 

 だがイーゲルシュテルンの弾幕とヘルダートの攻撃によりバスター、ブリッツ両機とも攻めあぐねているのが現状であった。

 

 「くそっ! 大した武装だな」

 

 「ええ、取りつけませんね」

 

 バスターのパイロットのディアッカとブリッツパイロットであるニコルはイザークよりこの艦の攻撃を任されていた。

 

 最初は三機で艦を沈めた後で、アスランと合流しモビルスーツを倒す予定だった。

 

 だがアークエンジェルより発進したのは、取り逃がした機体ではなく見たことのない機体。

 

 未知の相手にアスラン一人ではと援護にイザークが向かったのだ。

 

 と言っても援護とは建前で、イザークがアスランに手柄を渡すまいという対抗意識からだろう。

 

 本当はディアッカとしてもモビルスーツと戦いたかったのだが仕方ない。

 

 あの二人の間に入っても疲れるだけだ。

 

 そんなくだらない考えを振り払い、どう攻めるか考えていた時だった。

 

 敵艦がミサイルでこちらの動きを牽制している間に、ハッチが開きモビルスーツが飛び出してきたのである。

 

 その機体は取り逃がした最後の一機ストライクであった。

 

 「あの機体は、最後の一機ですね」

 

 「ああ、ちょうどいいな。ニコル、まずあの機体をやるぞ!」

 

 「了解!」

 

 バスターとブリッツはアークエンジェルから目標を変え、ストライクに襲いかかった。

 

 

 

 

 アークエンジェルから出撃したストライクはすぐに2機のガンダムによって攻撃に晒されてしまった。

 

 絶え間ない攻撃の中、キラは必死に操縦桿を引き、回避行動を取っていた。

 

 「ブリッツガンダムとバスターガンダムか!」

 

 コックピットに表示されたデータを読み取り、キラは操縦に集中する。

 

 バスターが放ったエネルギーライフルの攻撃を後退しながら避ける。

 

 だが後ろにはブリッツが回り込み右手の複合防盾トリケロスのビームサーベルで斬りかかってくる。

 

 「はあああ!」

 

 「くっ!」

 

 何とか機体を逸らし、斬撃を回避するものの、すぐにバスターがガンランチャーで追撃してくる。

 

 「逃げるだけかよ! この!」

 

 2機は連携を取り、左右から挟み込むようにストライクを追い詰める。

 

 キラは二機から繰り出される連携攻撃をかわすので手一杯だった。

 

 「このままじゃ駄目だ!」

 

 防戦に徹していたら、そのままやられてしまう。

 

 キラはスコープを引出しライフルを構えると2機に狙いをつけ、トリガーを引く。

 

 だが決死の思いで放った一射であったが、掠める事無くひらりとかわされ、ブリッツのビームサーベルが眼前に迫る。

 

 「うわあああああああ!!」

 

 目の前のサーベルに何とかシールドを前に突き出して受け止めると弾けるビームの光が火花を散らした。

 

 「受けられたか!」

 

 「離れろ!」

 

 敵機を突き放し、どうにか距離を取る。

 

 そのままブリッツにビームライフルを放つが、またもかわされてしまう。

 

 「隙だらけなんだよ!!」

 

 回り込んだバスターが隙を見て撃ち込んで来たガンランチャーを持前の反射神経でギリギリのタイミングで回避した。

 

 「ハァ、ハァ!」

 

 終わる事無い攻撃を前に、キラは徐々に追い詰められ、防御するのが精一杯になっていった。

 

 

 

 

 戦場から少し離れた場所で待機していたヴェサリウスで状況を観察していたラウは、念のためガモフに敵の戦力を探らせていた。

 

 ここから確認できた戦力は取り逃がした一機と未確認の機体が1機。

 

 もちろん未確認機のデータ収集も命じてある。

 

 「ガモフより入電!『確認された敵戦力はモビルスーツ二機のみ』とのことです」

 

 その報告を受けたラウはあごに手を当て考えを巡らせる。

 

 敵にまだこちらの把握していない機体があったのは計算外だったが、それでも腑に落ちなかった。

 

 あの2機のパイロットはおおよそ見当がつく。

 

 おそらくキラ・ヤマト、アスト・サガミだろう。

 

 だがあの2人がいくら素質に恵まれていても、明らかに経験不足。

 

 その彼らに戦局を任せきりにしてムウが何もしないだろうか?

 

 「あのモビルアーマーはまだ出られないということかな?」 

 

 「……そうだとしてもあの二機だけで突破できると、本気で考えはしないと思います。何かの作戦である可能性が高いかと」

 

 「確かにな」

 

 ユリウスも同じ様に考えているようで難しい顔でモニターを見つめていた。

 

 「敵艦、まもなく本艦の有効射程距離に入ります!」

 

 その報告にラウは思案をやめて命令を下す。

 

 「こちらも攻撃開始だ。主砲発射準備」

 

 「しかし、こちらのモビルスーツ隊が展開をして……」

 

 「……むこうは撃ってくるぞ。何よりわが隊に友軍の艦砲にあたる間抜けはいないさ」

 

 アデスは何か言いたげだったが命令遂行のために前を向く。

 

 これで終わりか―――

 

 そんな考えが皆の頭を過った、その時だった。

 

 ラウ、そしてユリウスになじみ深い感覚が走る。

 

 「隊長!?」

 

 「機関最大! 艦首下げろ、ピッチ角60! 急げ!!」

 

 その指示に反応できたものはブリッジには誰もいなかった。

 

 それも当然で彼らの感じ取っている感覚は言葉では伝えることなどできないものだからだ。

 

 だが突然オペレーターが驚きながら叫びを上げる。

 

 「本艦底部より熱源急速接近! これはモビルアーマーです!」

 

 急速に接近して来たモビルアーマーが機体の周りに接続していた砲台を展開し攻撃してくる。

 

 数発の砲撃がヴェサリウスの機関部に直撃し火を噴く。

 

 「機関損傷大! 推力低下!」

 

 「火災発生! 隔壁閉鎖!」

 

 「敵モビルアーマー離脱!」

 

 次々とブリッジに状況報告が入ってくる。

 

 「おのれ、ムウめ……!」

 

 そこにあったのは仮面をつけていてもわかるラウらしからぬ憤怒の顔だった。

 

 この損傷ではこれ以上の戦闘続行は難しい。

 

 「後退する! ガモフにも打電しろ!」

 

 ラウの決断は早かった。

 

 これ以上ここに留まっていても何もできず、下手をすると撃沈される可能性もあるからだ。

 

 そこで今まで黙っていたユリウスが口を開いた。

 

 「隊長、その前に出撃許可を」

 

 「なにをする気だ?」

 

 「アスランとニコルはともかく、イザークとディアッカの二人は素直に撤退するとも思えませんので」

 

 「……わかった。そちらは任せる」

 

 「了解しました」

 

 ユリウスはブリッジを出ると自身の機体に乗り込む為、格納庫へ向かって行った。

 

 

 

 

 イレイズはデュエル、イージスと攻防を繰り返していた。

 

 イージスの攻撃を避け、デュエルの斬撃を受け止める。

 

 そこでいつの間にかア-クエンジェルの近くまで来ていた事に気がついた。

 

 そして同時にストライクが出撃し、別のガンダムと戦っている姿も見えた。

 

 誰が乗っているかなど考えるまでもない。

 

 ストライクを動かせる者はアークエンジェルには1人しかいないのだから。

 

 「アスト!」

 

 「キラ!? お前……」

 

 案の定、モニターに映ったのはキラであった。

 

 どうして―――そう問いかけようとしたアストにキラはただ頷く。

 

 「僕は大丈夫! それより今は目の前に集中しないと……」

 

 アストがキラに気を取られた隙に、デュエルが一気に距離を詰め、振るったビームサーベルが眼前に迫る。

 

 「くっ」

 

 咄嗟に機体を操作しシールドで掲げると、どうにか防御に成功した。

 

 今のは正直、冷やりとさせられた。

 

 そのままデュエルの斬撃を弾き飛ばすとイレイズもまた下段に構えたビームサーベルを振り上げる。

 

 「いい加減に!!」

 

 「やられてたまるか!」

 

 袈裟懸けに叩きつけられたデュエルのビームサーベルをシールドで払いのけ、こちらのビームサーベルを上段より振り下ろす。

 

 確かに今はキラの言う通り、敵に集中しないとすぐにやられてしまう。

 

 アストがストライクの存在に気がついたように、イレイズと交戦しながらアスランもまたバスター、ブリッツと戦っているモビルスーツの存在に気がついた。

 

 「ストライク! まさかあれにキラが……」

 

 確かめなければならない。

 

 イレイズをデュエルに任せ、ストライクの方に向かおうとする。

 

 しかしそれに気がついたイレイズがデュエルを振り切り、イージスに向け横薙ぎにビームサーベルを振るってくる。

 

 「こいつは本当に邪魔ばかりを!」

 

 アスランはシールドで受け止めながら、湧きあがる怒りのまま叫ぶ。

 

 「邪魔をするなァァ!!」

 

 だが行かせられないのはアストも同じ事。だからアストも叫び返す。

 

 「行かせる訳にはいかない!!」

 

 2機は距離を取って再び激突する。

 

 そしてそのすぐ傍でもストライクもバスター、ブリッツ相手に奮戦を続けている。

 

 できるだけ距離を取り、ブリッツの接近を防ぎながらビームライフルで攻撃する。

 

 だがこちらの狙いの甘さ故か、掠らせる事もできずに容易く避けられてしまう。

 

 それが余計にキラの焦りを加速させていった。

 

 こちらの攻撃は一切当たらず、しかもキラにとっては初陣に近い。

 

 精神的に追い詰められていくのは当然であった。

 

 「くそ!」

 

 「それでは当たりませんよ!」

 

 ストライクの狙いの甘さにつけ込むように接近したブリッツが左手のグレイブニールを放つ。

 

 飛び出してきた爪がキラに襲いかかろうと迫ってくる。

 

 それを横に飛び退き回避するが、そこをバスターが狙っていた。

 

 「そんな動きじゃ狙ってくれって言ってるのと同じだぜ!!」

 

 キラは操縦桿を押し込み、機体を前に出す事でビームの一射をやり過ごした。

 

 それでも諦めないバスターの構えたエネルギーライフルが装甲ギリギリ掠めていく。

 

 どうにか攻撃を回避したキラが安堵する間もなく、飛び込んできたブリッツのビームライフルがこちらを狙って放たれる。

 

 「くぅ、まだ!」

 

 ブリッツの射撃をシールドで何とか防ぎ、後退しつつどうにか体勢を立て直す。

 

 それを見た二人は思わず毒づいた。

 

 「チィ! しぶといな!」

 

 「意外に粘りますね」

 

 こちらはザフトのエリートと言われたクルーゼ隊である。

 

 敵がこちらと同性能のモビルスーツとはいえ、ここまで仕留めきれないとは。

 

 どうにか二機の連携をやり過ごしながらキラも息を切らして、相手を見据える。

 

 「ハァ、ハァ、やられる訳にはいかないんだ。皆を守らないと」

 

 キラの中に再び湧いて来る戦闘の恐怖を抑え込みながら敵機を睨みつけた。

 

 しかし相手は完全にこちらよりも上手だ。

 

 どうすれば―――

 

 そんなキラの焦りを余所にバスター、ブリッツが再び攻勢をかけてくる。

 

 「……負けてたまるかぁぁぁ!!」

 

 恐怖や焦りを振り払うように叫び声を上げたキラはスラスターを噴射させ、果敢に二機のガンダムに向っていった。

 

 

 

 

 6機のGの激闘。

 

 周りを飛び交うビームの閃光と火花の光が宇宙を照らす。

 

 そんな激しい戦いはアークエンジェルからでも確認できていた。

 

 イレイズ、ストライク共に奮戦。

 

 粘ってはいるがどう見ても不利な状況である。

 

 いかに2人がコーディネイターとはいえ、所詮は素人。

 

 ザフト相手に戦うのは厳しいという事だろう。

 

 さらに言えばイレイズは稼働時間の方に問題がある。

 

 これ以上の長期戦になったら勝ち目が無い。

 

 援護すべきか、いやこの乱戦では2人まで巻き込む事になる。

 

 誰もが焦燥感を募らせていった、その時だった。

 

 待ちに待った報告が―――『作戦成功。帰投する』という連絡が入ってきたのだ。

 

 アークエンジェルのブリッジに歓声が上がる。

 

 マリューもホッと胸をなで下ろすと、気を抜くことなくそのまま指示を飛ばす。

 

 「この機を逃さず、前方ナスカ級を撃つ! ローエングリン発射準備!」

 

 「了解! ローエングリン1番、2番発射準備!」

 

 両舷艦首にある発射口が開く。

 

 「撃てぇー!!」

 

 ナタルの声と同時に特装砲ローエングリンが発射される。

 

 凄まじいまでのエネルギーが発射され、宇宙空間を薙ぎ払っていった。

 

 そしてローエングリンが迫って来るのを察知したラウは大声で叫ぶ。

 

 「スラスター全開! かわせ!!」

 

 圧倒的な火力はヴェサリウスの右舷をかすり損傷させ、その震動は艦が撃沈するのではと思えるほど激しいものだった。

 

 ラウがあらかじめ撤退を指示して、後退を始めていなければ直撃していたかもしれない。

 

 「くっ。戦域離脱急げ!」

 

 再び指示を飛ばしたラウの声に従うように忙しなくクルーたちは動く。

 

 誰であれこんな所で宇宙のゴミになどなりたくはないのだから。

 

 被弾したヴェサリウスは完全に戦闘力を失い、後退して行った。

 

 

 

 

 

 

 イレイズは変わらず動き回り、デュエル、イージスと刃を交えている。

 

 しかし徐々に限界が近づいてきていた。

 

 コックピットに座るアストは汗で濡れ、息が激しく切れている。

 

 敵の変わらない猛攻に焦りを隠せなくなっているのだ。

 

 赤い機体がイレイズの背後に回ろうと旋回してビームライフルを放ってくる。

 

 正確なその射撃を何とかシールドで受け止め、攻撃が止んだ瞬間にこちらもまた狙いをつけて撃ち返す。

 

 そんなイージスに合わせるつもりもないのかデュエルは横から接近してくるとイレイズにビームサーベルを振り下ろしてくる。

 

 直前でデュエルの攻撃を察知したアストは操縦桿を引き機体を右にそらして、回避した。

 

 「イザーク! 1人で突っ込むな!」

 

 「うるさい!!」

 

 この2機は確かに厄介ではある。

 

 技量も経験もアストよりも上である事は間違いないが、一つ致命的な欠点があった。

 

 連携である。

 

 彼らはお世辞にも連携が取れているとは言い難い。

 

 特にデュエルは自分だけでイレイズを落そうとしている分、イージスに合わせるつもりが全くないらしい。

 

 その隙を突く形でアストはどうにか互角の戦いに持って行く事が出来ていたのである。

 

 このままなら、どうにか戦う事が出来る。

 

 だがここに来てイレイズの欠点が影響し始めた。

 

 「ハァ、ハァ。思った以上にバッテリー消費が激しい。このままじゃ、まずい」

 

 敵はまだ余裕があるのか、攻撃の手を一切緩めない。

 

 だがこちらはギリギリである。

 

 そのため攻撃の回数が減り、徐々に追い詰められていた。

 

 「くそ! 離脱しないと……」

 

 先ほどの通信でムウの作戦が成功したと連絡が来ている。

 

 だがデュエルもイージスもこちらを逃がすつもりはないとばかりに猛攻を加えてきていた。

 

 イーゲルシュテルンで2機を牽制しながら攻撃を潜り抜け、アークエンジェル方向に進路を取る。

 

 「逃がさん!!」

 

 デュエルがビームライフルを構える。

 

 再びビームの攻撃だろうとシールドを掲げて防御の体勢を取った。

 

 しかしここで発射されたのはビームではなく、銃身の下部に装備されたグレネードランチャーだった。

 

 「しまっ――」

 

 予想外の攻撃に虚を突かれたアストにシールドの上からグレネードランチャ―が直撃し、イレイズは吹き飛ばされてしまう。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「良し、今度こそ!」

 

 グレネードランチャーの衝撃でアストは気を失いかけるが、頭を振ってどうにか正面を見る。

 

 そこには光刃を振り上げるデュエルが目の前に迫っていた。

 

 まだ死ぬわけにはいかない!

 

 皆を守るのだ!

 

 「やられてたまるかぁ!!」

 

 アストはデュエルの攻撃に合わせフットペダルを踏み、イレイズの足を振りあげた。

 

 それがデュエルの腹部に直撃、そのまま吹き飛ばす。

 

 当然その震動はコックピットのイザークにも伝わり体を揺さぶった。

 

 「チィ、しつこいんだよ! いい加減に落ちろ!!」

 

 再度攻撃を仕掛けようと構えた瞬間―――ヴェサリウスの損傷と撤退命令が同時に届いた。

 

 「なっ、 ヴェサリウスが被弾しただと!?」

 

 「……イザーク、撤退命令だ」

 

 「黙れ! こいつだけでも!!」

 

 再びビームサーベルで斬り込むが、またもシールドで防がれる。

 

 イザークは敵がコーディネイターであるとは知らない。

 

 そのためナチュラル相手に後れを取るなど、プライドの高い彼にはあり得ない屈辱だった。

 

 アスランとしても撤退命令は分かっているが、ストライクのパイロットを確かめたいという気持ちが未だに燻っている。

 

 それが素直に撤退命令を聞けなくしてしまっていた。

 

 前にストライクに乗っていたパイロットが今は別の機体に乗っている。

 

 なら現在ストライクに乗っているのはキラかもしれない。

 

 アスランはそれを確かめたかった。

 

 そして同じく徐々に追い込まれていたキラも2機の連携に翻弄されながら、離脱の隙を窺っていた。

 

 しかし焦りばかりが募っていく。

 

 それがキラの照準を狂わせ、余計に敵機に回避される要因になっていた。

 

 「くっ、当たらない!」

 

 バスターをビームライフルで狙うが、ブリッツが割り込んでそれをさせない。

 

 割り込んできたブリッツにビームサーベルを振るうが、トリケロスで防御されてしまう。

 

 キラは焦りのあまり強引な手に出た。

 

 だがそれは完全な悪手であった。

 

 「このまま押し込んで―――なっ」

 

 力任せにサーベルを押して行こうとしたが、突然ブリッツが機体を引き体勢を崩されてしまった。

 

 「今です! ディアッカ!」

 

 「もらったぜ!!」

 

 ブリッツが引いた先には、バスターがガンランチャーとエネルギーライフルを連結させた超高インパルス長射程狙撃ライフルで狙っていた。

 

 かわせない。

 

 直撃する。

 

 キラは思わず目を閉じてしまうが、攻撃はストライクに何時まで経っても届かない。

 

 目を開けたキラが見たのはこちらを狙っていたバスターが上方から攻撃を受けている姿だった。

 

 「なに!?」

 

 「モビルアーマー!?」

 

 戦場に飛び込んできた機影。

 

 それは先程ヴェサリウスを奇襲し、こちらに戻ってきたムウのメビウスゼロであった。

 

 ガンバレルを展開し、ストライクからバスター、ブリッツを引き離す。

 

 「今だ! 離脱しろ!」

 

 「フラガ大尉!? アストがまだ」

 

 「分かってる!」

 

 イレイズもイージス、デュエルと交戦しているがすでに防戦一方になり、追いこまれていた。

 

 殆ど攻撃せずに回避と防御に徹している所を見るとおそらくは指摘されていたバッテリーの問題だろう。

 

 ムウは機体を反転させ、3機が交戦している中に飛び込んだ。

 

 「坊主、離れろ!」

 

 「ッ!? はい!」

 

 ムウの声に咄嗟にイレイズは距離を取った。

 

 ガンバレルを展開し、2機に対して四方から攻撃が襲う。

 

 「敵機!?」

 

 「くっ!」

 

 砲撃に晒されたアスランとイザークは堪らずイレイズから離れる。

 

 いかにPS装甲をであろうとも無限ではない。

 

 実弾といえども受ければバッテリーは消費してしまうのだ。

 

 ゼロの的確な援護でアークエンジェル方向への道が出来る。

 

 「よし、アークエンジェルに帰還するぞ!」

 

 「はい!」

 

 メビウスゼロとイレイズは敵機が離れた隙に反転して離脱する。

 

 「逃がすかよ!!」

 

 「イザーク、これ以上は!」

 

 流石に不味いだろう。

 

 如何にアスランがキラに関して情報を得たいとはいえ、限度はある。

 

 バッテリーにも余裕がある訳ではないのだ。

 

 追いすがるデュエルにイージスも加わり、ストライクと戦っていたディアッカ達も合流する。

 

 「こっちも逃げられた!」

 

 「このまま追撃するぞ!」

 

 「二人とも待て!!」

 

 「そうです。撤退命令が……」

 

 「じゃあお前らだけで退けよ!」

 

 ニコルやアスランは制止するがイザークとディアッカは聞き入れない。

 

 このまま逃がせばそれこそ自分達のプライドに傷がつく。

 

 だが敵艦の射程に入ると3機を援護する為にアークエンジェルからのミサイルやリニアカノンが降り注いだ。

 

 降り注ぐミサイルを迎撃、リニアカノンの砲撃を回避しながら、攻撃を仕掛けようとした時だった。

 

 

 敵にとっても、そして味方にとっても想像もしなかった事が起こった。

 

 

 それに一番最初に気がついたのはムウであった。

 

 「これは!? ユリウスか!」

 

 例の感覚が全身に行き渡り相手の正体を看過したムウが警戒を促そうとした。

 

 しかし次の瞬間、正面から凄まじい速度で青紫のジンハイマニューバが突っ込んできた。

 

 「あのジンは!?」

 

 アストが初めて交戦し、へリオポリスでは相手にすらならなかった敵である。

 

 簡単に忘れられはしない。

 

 青紫のジンはアークエンジェルの攻撃を避け、ミサイルを迎撃しながら急速に接近してくると一番近くにいたイレイズに重斬刀を叩きつけた。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃をどうにかシールドで防ぐ事に成功するが、ジンはそのまま動きを止めず腹部を蹴りを入れてくる。

 

 「うわあああ!」

 

 その瞬間イレイズのPS装甲が落ち、色が消え元のメタリックグレーに戻った。

 

 バッテリー切れである。

 

 「アスト!?」

 

 まずい!

 

 今イレイズは完全な無防備だ。攻撃を受ければひとたまりもない。

 

 キラはイレイズを庇うようにジンの前に立ちふさがる。

 

 「アストは、やらせない!」

 

 キラはビームライフルで狙いをつけトリガーを引こうとするが、すぐに死角に回り込まれ見失ってしまう。

 

 「な!? どこに―――うわあああ!」

 

 そして背後に回ったジンはストライクを重斬刀で弾き飛ばした。

 

 「くそ! ユリウス!」

 

 ムウはガンバレルを展開し、ジンを狙って砲撃を開始するがその攻撃はあっさりとかわされてしまう。

 

 まるで舞うような動きを全く捉えられない。

 

 ジンは攻撃を回避しながら、重斬刀で近くの容易くガンバレルを斬り飛ばす。

 

 「先ほどの借りを返させてもらう。ムウ・ラ・フラガ!!」  

 

 飛び回りこちらを狙ってくる残りのガンバレルの射撃をスラスターを使って避け切ると同時にライフルを連続で発射する。

 

 そして砲台を破壊した爆煙に紛れる様に一気に距離を詰め、重斬刀を逆袈裟から振り上げゼロのリニアガンを斬り落とした。

 

 「凄い」

 

 「ああ」

 

 ニコルとアスランも思わずつぶやく。

 

 イザークやディアッカも見入っているらしく、息を呑んでいた。

 

 それはそうだろう。

 

 自分たちが手こずった相手を、性能の劣る機体で圧倒しているのだから。

 

 その技量はやはり圧倒的で、神業と言っても良い。

 

 自分たちでさえ彼には手も足も出ないのだ。

 

 アスラン達が驚いているとユリウスのジンがモビルアーマーを損傷させてこちら側に舞い降りる。

 

 「何をしている。撤退命令が出ていたはずだが」

 

 通信機から聞こえたユリウスの声に全員が戦闘中である事も忘れ、萎縮してしまう。

 

 ユリウスの声が震えが走るほど冷たかったからだ。

 

 「話は後だ。ガモフまで後退する」

 

 その言葉に逆らえる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 撤退したアスラン達はガモフのロッカールーム集められ、そこで四回ほど大きな音が響いた。

 

 ユリウスが思いっきり4人の頬を張り飛ばしたのだ。

 

 「何故殴られたかは分かっているな。撤退命令を無視し、勝手な独断行動。特にアスラン、貴様は二度目だ」

 

 「「「「申し訳ありませんでした」」」」

 

 全員が敬礼を返し謝罪するがユリウスは鋭い視線を緩める事無く睨みつける。

 

 しかししばらくすると視線を逸らしてため息をついた。

 

 「……クルーゼ隊長は、今回の事は不問とするとの事だ。だが勘違いするな。お前たちの行動が正当化される訳じゃない。個人の勝手な行動で味方に大きな損害をもたらす事もある。それを肝に銘じておけ!」

 

 「「「「は!」」」」

 

 一通りの話を終えたユリウスは続けて指示を出す。

 

 「ヴェサリウスは修理が終わり次第、一度本国に帰投する。アスラン、帰還の準備をしろ」

 

 「は!」

 

 「あの艦についてはガモフを残していくそうだ。イザーク、ディアッカ、ニコル、後を頼むぞ」

 

 「「「は!」」」

 

 ユリウスはアスランを連れロッカールームを出るとしばらく無言だったが、突然振りかえって口を開いた。

 

 「……アスラン。友人の事はどうなった?」

 

 「それは……」

 

 あの戦闘ではっきりしたことはキラは間違いなくあの艦にいるという事だけだ。

 

 後から出撃したストライクのパイロットかもしれないとは思ったが確証は無い。

 

 「これは忠告だ。友人の事は忘れた方がいい。このままでは味方に損害が出る。そうなれば、お前が背負う必要のないものを背負うことになる」

 

 ユリウスの言葉にアスランは何も答えられない。

 

 「……いや、余計なことだったな」

 

 「いえ、お気づかいありがとうございます」

 

 厳しいだけではなく部下に気を配れる、そんなユリウスを皆が尊敬している。

 

 アスランはユリウスのこういう所が信頼されているのだろうと考えていた。

 

 

 

 

 戦闘が終わりアークエンジェルに帰還したアストはいまだコックピットにいた。

 

 極度の緊張と命がけの戦闘による恐怖で動けなかったのだ。

 

 それでも何とかコックピットから這い出て、ヘルメットを取りその場に座り込む。

 

 「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 「アスト! 大丈夫?」

 

 アネットが心配そうにを覗き込んでくる。

 

 「うん、大丈夫。 キラは?」

 

 「キラも無事。あんたと同じよ。ほら」

 

 アネットの指さした方向には自分と同じ様に座り込んでいるキラが見える。

 

 どうやら彼も相当堪えたらしい。

 

 何とか立ち上がりキラの傍まで歩いて行くと、その横に腰を降ろした。

 

 「キラ、大丈夫か?」

 

 「なんとかね……」

 

 周りはすでに機体整備のために、様々な機械音が鳴り響いている。

 

 アネットはタオルを取りに行ったようだ。

 

 今なら誰にも聞かれることもないと、意を決したようにアストが口を開く。

 

 「……あいつと話したよ。キラの事探してた」

 

 「……そう」

 

 「あとキラをザフトに連れて行くってさ」

 

 「僕はザフトになんか行かないよ。絶対に」

 

 さらに話を続けようとした時、アネットが戻ってくる。

 

 「はい。タオル」

 「あ、ありがとう」

 

 受け取ったタオルで顔を拭くと、アネットが2人の顔を見て安心した様子で言った。

 

 「あんたたちが無事でよかった。本当に……」

 

 「アネット……」

 

 そしてゼロを降りたムウがニヤリと笑ってこちらに歩いてきた。

 

 「良くやったな、坊主ども。最後は締まらなかったが、それでも全員生きてる。上出来だ!」

 

 ムウの笑顔につられて皆も笑い出す。

 

 そう誰も死ななかったのだ。

 

 アストはそれだけでも戦った意味はあったと、そう思いながらアネットやキラ達の笑顔を眺めていた。




戦闘シーンは難しい。





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第6話   アルテミスの攻防

 

 

 

 

 スカンジナビア王国。

 

 オーブと同じく地球に存在する中立国の1つである。

 

 そのスカンジナビアの王宮に存在する執務室では1人の女性がキーボードを叩き作業をしている。

 

 作業をしている女性はスカンジナビアでも人気が高く、各国家からの信頼も厚い王族の一人、第2王女アイラ・アルムフェルトであった。

 

 スカンジナビアでは王族も何らかの職務に就かなければいけない。

 

 そうして責任感や国のためにという愛国心を育てる。

 

 ただそこにいるだけのお飾りなど不要。

 

 でなければ民を率いる事は出来ないという初代国王の方針が今でも引き継がれている。

 

 アイラが関わっている職務は軍事、事実上の軍トップという立場にある。

 

 まあ、それだけに留まらず外交の場に出て行く事も当然のようにある訳だが。

 

 そんな彼女が今関わっているのがヘリオポリス崩壊についてであった。

 

 友好国とはいえヘリオポリスはオーブのコロニーであり、客観的に見ればスカンジナビアは関係ない事だが、事実は違った。

 

 ヘリオポリスでは地球軍が新型機動兵器の開発を行っていた。

 

 オーブはその技術を盗用する形で自国の機動兵器も開発していたのであるが、実はスカンジナビアもそれに極秘裏に参加していたのだ。

 

 本来それは中立を唱えるオーブやスカンジナビアからすればあり得ない事であった。

 

 だが綺麗事で国は守れず、守る為には力がいるのだ。

 

 少なくともアイラはそう考えていた。

 

 作業を淡々と進めていくアイラの耳にコンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 「どうぞ」

 

 「失礼いたします」

 

 入ってきたのはファイルを持ったスーツに身を固めた男性。

 

 秘書官の一人である彼には今回の件に関する情報を集めさせていた。

 

 「報告いたします。ヘリオポリスにいた技術者の無事が確認されました」

 

 「そう。ただちに本国に帰還させなさい。ザフトの方は?」

 

 「本国の方は具体的な動きはまだ。それからこれは確定ではありませんが、ヘリオポリスを襲撃した部隊が建造されていた新型機動兵器を奪取し、地球軍の新造戦艦を追っているとか」

 

 その報告を聞いたアイラは顎に手を当てて思考する。

 

 何故奪取をおこなった部隊が新造戦艦を追う必要がある?

 

 確かに開発されていた戦艦は高性能であると前に報告があった。

 

 だが所詮は戦艦である。

 

 モビルスーツを有するザフトがこだわるほどのものだろうか?

 

 それとも追わねばならない理由があるという事か。

 

 つまりそれはザフトが危険視するものであり、当然そんなものは限られている。

 

 「ザフトはすべての機体を奪取した訳ではないの?」

 

 「おそらくは」

 

 つまりザフトは新型モビルスーツの何機を奪取できなかった。

 

 そこで取り逃がした機体を奪うか、破壊する為にザフトの部隊が追っているという事だろう。

 

 ザフトとしても建造されていた機動兵器を放ってはおけないようだ。

 

 それだけ地球軍のモビルスーツを危険視している。

 

 どうやらかなりの性能を誇っているらしい。

 

 「地球軍の新型機動兵器の情報はどこまで?」

 

 「オーブと同程度でしょうか。さすがにすべては無理です」

 

 「そうね、極秘計画だったしね。今回はウズミ様にもかなり無理をさせてしまったわ」

 

 今回の地球軍の計画はウズミも知らなかった。

 

 それを知ったのは開発が終盤に差し掛かった頃で、完全に手遅れの状態だった。

 

 いまさらすべてを公表したところで糾弾は免れず、極秘に処理しようにもオーブは関わりすぎていた。

 

 それでもウズミはすべてを明るみにだし、自身が責任を取る形で事をおさめようとした。

 

 それを止めたのはアイラだ。

 

 覚悟を決めたのならば未来のためにするべき事をしましょうと。

 

 毒を食らわば皿まで。

 

 新型機動兵器開発のノウハウを今のうちに得ようを提案したのだ。

 

 今回の事は遠くない未来において必要となってくるのは間違いない。

 

 だからこそウズミを説き伏せた。

 

 「今回の事で少なからず犠牲者もいる筈。それらの犠牲を出してしまった原因は私にもある」

 

 「アイラ様」

 

 「大丈夫よ」

 

 今後の兵器の主役はモビルスーツになるだろうとアイラは予想していた。

 

 ならば国を守るためにも、開発のノウハウは必要不可欠だった。

 

 「オーブの『アストレイ』も完成間近ということだし。こちらの状況はどう?」

 

 「はい。『STA-S1』は現在約80%ほど完成していると報告が上がっております」

 

 「わかったわ。開発を急がせなさい」

 

 「わかりました」

 

 男性が退出すると、アイラは再び作業に戻る。

 

 やることは山ほどあるのだ。

 

 時間が足りないほどに。

 

 

 

 

 ザフトの追撃から逃れる事に成功したアークエンジェルはどうにかアルテミスへ入港出来た。

 

 このアルテミスは小惑星に造られた軍事基地である。

 

 軍事拠点としてはたいした規模でもないが、この基地独自の防御装置を持っている事で有名だった。

 

 通称『アルテミスの傘』

 

 小惑星全体を光波防御帯で取り巻くことで、あらゆる兵器を通さない絶対防衛装置である。

 

 クルーの誰もがこれで少しは落ち着くこともできると思っていた。

 

 だが彼らを出迎えたのは歓迎の声でも、労いの言葉でもなく、冷たい銃口だった。

 

 入港と同時にアークエンジェルは武装兵やモビルアーマーに取り囲まれた。

 

 挙句艦内になだれ込んできた兵士たちによってクルーたちは食堂に閉じ込められてしまった。

 

 そして今マリュー、ナタルそしてムウはアルテミス内部の司令室に通されていた。

 

 不機嫌そうに顔を顰めるマリュー達の前には禿頭の士官がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら立っている。

 

 どうやら彼がここの責任者らしい。

 

 「ようこそアルテミスへ。 私が司令官のジェラード・ガルシアだ」

 

 「……ガルシア司令。この対応はどういうことでしょうか?」

 

 挨拶も早々にマリューは問い質す。

 

 極力、感情は押さえたつもりでも、険のある言い方にはなってしまうのもこんな対応をされれば無理はないだろう。

 

 しかしそんな様子も気にせずガルシアは笑みを浮かべて口を開く。

 

 「一応の措置だよ。艦のコントロールと火器管制を封鎖しただけだ。なにせ船籍登録もなく、わが軍の認識コードもないのだからね」

 

 言っていることはもっともではある。

 

 だが敵である可能性を疑うなら、何故アークエンジェルを要塞内部に受け入れるのか。

 

 ムウにはその予想はついていた。

 

 「―――ふむ、確かに君らのIDは大西洋連邦のもののようだ」

 

 各自に名乗らせたあと、端末で検索をかけて調べたらしい。

 

 「しかし君がまさかあんな艦と共にここに現れるとはね、『エンデュミオンの鷹』殿」

 

 「特務でありますので、仔細を申し上げる事はできませんが」

 

 素知らぬ顔で返答するムウに、ガルシアは初めて表情を変えた。

 

 鋭い視線でこちらを見つめている。

 

 そんな雰囲気に焦れたのかナタルがここに来た目的を口にする。

 

 「司令。我々は一刻も早く月本部に向かわねばなりません。そのための補給をお願いしたいのです。ザフトも追撃を諦めては―――」

 

 「ザフト?―――これかね?」

 

 画面に映し出されたのは、紛れもなく先ほどまで自分たちを追っていた敵艦の内の一隻だった。

 

 「ローラシア級!」

 

 「見てのとおりだよ。奴らは傘の外をうろついている。これでは補給を受けても出られんだろう」

 

 映像を見せられた三人の緊迫した様子とは対照的に、ガルシアは余裕で笑みすら浮かべていた。

 

 「奴らが去れば、月本部との連絡も取れるだろう。 それまでは休息を取るといい」

 

 呼ばれてやってきた警備兵に促され、部屋を退室させられる。

 

 要するに体のいい監禁というところだろう。

 

 「ここはそこまで、安全ですかね?」

 

 「ああ、安全だとも。母の腕の中のようにね。―――まあ、ゆっくり休みたまえ」

 

 警備兵に連行されながら、ムウは気付かれないようにため息をつく。

 

 この状況はムウにとっては予想通りの展開だった。

 

 あの司令官の態度、そしてこの対応からみて、目的はやはりあの2機だろう。

 

 とりあえず保険はかけておいた。

 

 予想通りとはいえ、やはりため息しか出てこなかった。

 

 

 

 

 アルテミスのすぐ傍に、停泊していたガモフのブリッジではブリーフィングが行われていた。

 

 戦略パネルを見ながら、艦長ゼルマンとイザーク、ディアッカ、ニコルが話し合っている。

 

 内容はもちろんアルテミスへ逃げ込んだ敵艦、通称『足つき』を仕留めるためにどうあの軍事衛星の防衛装置を突破するかである。

 

 「『アルテミスの傘』にはレーザーも実体弾も通じない。まあ向こうからも同じではあるが……。今のところあの傘を突破する方法はない」

 

 話を聞いたディアッカはいつも通り皮肉な笑みを浮かべる。

 

 「どうする? こっちから何もできないんじゃね。 出てくるまで待つ?」

 

 「ふざけるな! お前は隊長達が戻られた時に、何も出来ませんでしたと報告するのか? 俺たちはユリウス隊長にも任されたんだぞ。そんな報告ができるか!」

 

 流石にそう言われるとディアッカも黙るしかない。

 

 どうやらイザークは尊敬しているユリウスに頼むと言われたことでかなり気合が入っているらしい。

 

 すると今まで黙って戦略パネルを見ていたニコルが口を開いた。

 

 「……傘は常に開いてはいないんですよね?」

 

 「ああ、周囲に敵のいない時は展開はしていない。だがそこを狙おうとしても接近すれば再び傘を展開してくる」

 

 ゼルマンの回答に全員が沈黙する。

 

 結局は打つ手なしである。

 

 しかし、ニコルは表情を変えることなく言い放った。

 

 「……僕の機体、ブリッツなら何とかなるかもしれません」

 

 その言葉に全員が驚いた。

 

 「あれには面白い機能がついてるんですよ」

 

 

 

 

 要塞内部に収容されたアークエンジェルの食堂には兵士達によって閉じ込められたクルーだけでなく、居住区にいた避難民達も集められていた。

 

 食堂の前には銃を持った兵士が立ち、集められた人達は皆一様に暗い表情を隠せない。

 

 どこか不安そうに小声で話をしている。

 

 これまでの状況から考えても当り前の反応と言える。

 

 これで助かったのだと誰もが思った筈なのだから。

 

 そしてそれは半ば強引にこの場に集められたクルー達も同じであった。

 

 「あの、ユーラシアって味方なんじゃ……」

 

 「そう言う問題じゃないんだよ」

 

 「認識コードがないしなぁ」

 

 サイと他のクルー達との会話を聞いていたマードックが呟いた。

 

 「本当の問題は別みたいだがな……」

 

 「ええ」

 

 操舵士のノイマンもそう思っていたようでマードックのつぶやきに首肯する。

 

 まあそれが分かった所で今はどうしようもない。

 

 マリュー達が上手くやってくれれば良いのだが。

 

 先の見えない状況にマードックとノイマンがため息をついていると、ユーラシアの士官達が兵士を伴い入ってきた。

 

 先頭にいた禿頭の男が質問してくる。

 

 「私はアルテミスの司令官ジェラード・ガルシアだ。この艦に搭載されている2機のモビルスーツのパイロット及び技術者はどこかな?」

 

 キラが思わず立ち上がろうとしたのをアストが手を掴んで止めると対面に座るノイマンや後ろに立つマードックもそれを見て頷いた。

 

 やはりそういう事だったようだ。

 

 アストはガルシアの発言でムウの指示した事の意味が理解できた。

 

 ムウはアルテミス入港直前に2機のOSをロックしておくように指示を出していた。

 

 おそらくユーラシアの人間に勝手に弄らせない為だったのだ。

 

 「何故我々に聞くんですか? 艦長たちに聞けばよろしいのでは?」

 

 ノイマンの言葉にガルシアは不愉快そうに顔を歪める。

 

 おそらくマリュー達からは何も聞き出せなかったのだろう。

 

 「あの二機をどうするつもりですか?」

 

 「別にどうもしないさ。ただ公式発表より先に見られる機会に恵まれたからね。いろいろと聞きたいだけだよ」

 

 「私達は何も言えませんよ。軍事機密ですので。もしかしたらフラガ大尉が操縦していたのかもしれませんし、そちらに聞かれた方がいいかと」

 

 マードックの返答にさらに不機嫌さを増した顔で睨みつけてくる、ガルシア。

 

 「先ほどの戦闘はこちらでもモニターしていたよ。ガンバレルつきのゼロを操れるのはあの男しかいない事は私でも知っている」

 

 皆が口を閉じ答えがない。

 

 ガルシアはもはや食堂に入ってきた時の余裕はなく、苛立ちのまま声を荒げて質問を重ねようとした時だった。

 

 「2機のパイロット内の一人なら知ってますけど……」

 

 声を上げたのは、壁に寄り掛かっていたエフィムだった。

 

 隣には相変わらずフレイもいる。

 

 その返答にガルシアの不機嫌な顔は不敵な笑みに変わった。

 

 「ほう、教えてもらえるかな」

 

 「あそこに座ってる奴ですよ」

 

 エフィルが指さした先にはアストが座っていた。

 

 思わず舌うちしそうになるのを堪える。

 

 「あんな子供に動かせるはずがないだろう」

 

 「本当よ。だって彼コーディネイターだもの」

 

 フレイの言葉にガルシアもそしてユーラシアの兵も唖然とした表情になる。

 

 普通は地球軍の艦にコーディネイターなど乗っている筈もないからだ。

 

 しかしガルシアは納得しなように嫌らしい笑みを浮かべてアストに近づいてくる。

 

 「なるほどな、では君ならもう1人のパイロットも知っているだろう」

 

 アストは拳を握り締めながら、立ち上がるとガルシアの前に立った。

 

 「……ハァ。別にもう1人のパイロットはどうでもいいでしょう。モビルスーツのOSなら2機とも俺が外せますよ」

 

 その言葉に納得したのか、傍にいる士官に「準備を」と指示を出すとこちらに向き合った。

 

 「ふむ、まあいいだろう。ついてきてもらおうか」

 

 「……分かりました」

 

 その答えに満足したのか、ガルシアは兵に命じてアストを連行していく。

 

 「アス―――」

 

 連行されていくアストを前にキラが立ち上がりかけるがマードックが肩に手を当てて押し留める。

 

 それに気づいたアストもキラの方を見て首を横に振る。

 

 今キラが名乗りでても何の意味もない。

 

 事態が余計にややこしくなるだけだ。

 

 アストが連行されていった後、キラは悔しそうに唇を噛み、トールとアネットがエフィルとフレイを問い質す。

 

 「ふざけんなよ、お前ら!! なんであんなこと言うんだよ!!」

 

 「あんたたちアストがどうなってもいいわけ!!」

 

 物凄い剣幕で詰め寄る二人だったが、どんなに問い詰められてもエフィムもフレイも涼しい顔である。

 

 「大声出すなよ。別に本当の事だろ。それにここは味方の基地なんだしさ」

 

 「そうよ。それにいつまでもあの軍人の顔を見たくなかったしね」

 

 あくまで自分たちは間違ってないという態度の2人にトール達の苛立ちが募る。

 

 この2人がコーディネイター嫌いなのは知っていたが、ここまで自分勝手な行動を取るとは誰も思っていなかった。

 

 キラなどさっきから2人を睨みつけている。

 

 必死に怒鳴りかかるのを抑えているようだ。

 

 「そんなに睨むなよ。たぶん殺されることはないからさ。なんといっても俺たちを守ってくれたパイロット様だしな」

 

 エフィルが軽い口調で言い放つ。

 

 だがどんなに2人を責めてもなんの意味もない。

 

 すでにアストは連れていかれた後なのだから。

 

 今トール達にできるのはせめてアストが酷い事をされないよう祈るくらいしかできなかった。

 

 

 

 

 格納庫に連行されたアストはイレイズ、ストライクの前に立つ。

 

 見上げるとすでに2機のコックピットには技術者と思われる者たちが張り付いていた。

 

 見るからに入港してすぐにOSのロックを外そうとしていたらしい。

 

 「どっちのOSからロックを外せばいいんですか?」

 

 「まず君の機体の方から頼もうかな」

 

 自分の機体と言っても、別に決まってはいない訳だが。

 

 とりあえず前の戦闘で乗ったイレイズのコックピットに入りOSのロックを外していく。

 

 それを見ていた技術者は驚愕し、ガルシアは笑みを浮かべる。

 

 「流石だな。この調子で君にはOSのロックを外すこと以外にも、いろいろやってもらいたいことがあるのだがね。たとえばこいつの構造の解析や同じものの開発とか……」

 

 「……そんなことをする理由がありませんが」

 

 「君は裏切り者のコーディネイターだ。ならばどこで戦おうと同じだろう」

 

 ここでも同じか、生まれがどうこうって。

 

 正直侮辱されているようでかなり腹が立つ。

 

 あのアスランといいそんな事で命をかけていると本気で思っているのだろうか。

 

 アストの作業の手を一旦止めるとガルシアの方を向きハッキリと言い放った。

 

 「勘違いしないでください。俺はコーディネイターとかナチュラルとかそんな理由で戦った訳じゃない」

 

 一瞬、過去の情景が思い浮かぶ。

 

 あの時は何もできなかった。

 

 だからこそ今度は、

 

 「俺が戦ったのは、友人のためです!」

 

 アストはガルシアから視線を外すと再びキーボードを叩き始めた。

 

 本当に腹立たしい。

 

 

 

 

 

 ガモフはアルテミス宙域付近をゆっくりと離れていく。

 

 ずっと張り付いていた敵艦が離れたことでアルテミスの管制室は撤退したと判断したのだろう。

 

 展開されていた傘も消える。

 

 甘いと思いながらもそれを待っていたニコルはブリッツをガモフから出撃させた。

 

 宇宙空間を進むブリッツは各所にある噴射口からガスのようなものを噴き出した。

 

 それが広がっていくにつれ、徐々に機体が消えていく。

 

 完全に機体が消えたところでニコルは異常がないか機体状態を確認する。

 

 「良し、ミラージュコロイド生成に問題なし。使用時間は80分が限界か……」

 

 初めて使う機能だ。

 

 うまく作動した事にホッとする。

 

 これがブリッツの面白い機能『ミラージュコロイド』である。

 

 ミラージュコロイドは可視光線などの電磁波を遮断する特殊な微粒子を磁場で機体表面に定着させることでほぼ完璧な迷彩を施すことができる。

 

 これを展開すれば視覚だけでなく、レーダーにも映らない。

 

 ただこの機能にも欠点が存在する。

 

 それは使用すると電力消費が激しい為長時間の展開は不可能という事。

 

 そしてもう一つミラージュコロイドを展開している最中はPS装甲が使えないのである。

 

 ブリッツは誰にも気づかれる事なく徐々に接近してアルテミスに取りついた。

 

 表面の岸壁にはエアダクトなどの設備が見て取れる。

 

 「どこに……あれか?」

 

 ニコルは光学防御帯を作るリフレクターを見つけ出し、トリケロスを構えてビームを発射した。

 

 いかにアルテミスの傘が鉄壁の防御力を有していたところで、展開前にリフレクターを破壊されたら意味がない。

 

 ブリッツの放ったビームがリフレクターに直撃すると大きな爆発を引き起こす。

 

 その震動は中にも伝わっているはずだがすでにここまで取りついている以上問題はない。

 

 続けてビームを放ち、何機かのリフレクターを破壊する。

 

 「これくらいで十分ですね」

 

 これだけリフレクターを破壊すればもう『傘』は展開できない。

 

 ならば今度は本命である。

 

 ニコルはミラージュコロイドを解除し、アルテミスの表面を移動しながら次々と施設を破壊していく。

 

 そのまま内部まで侵入すると、ようやく警備のモビルアーマーが飛び出してきた。

 

 「対応が遅すぎますよ。傘の防御力に頼りきりだからこうなるんです!」

 

 ニコルはアルテミスの対応の遅さに呆れながらもモビルアーマーのミサイルを撃ち落とす。

 

 「残念ですけど、それではやれません!」

 

 攻撃してきたモビルアーマーをたやすくビームサーベルで斬り裂いた。

 

 そしてビームライフルで次々と近くのモビルアーマーから撃破していく。

 

 ニコルは別にナチュラルを蔑視する気はない。

 

 だからこそヘリオポリスが崩壊した時は胸が痛んだ。

 

 それが必要な事だと分かっていてもだ。

 

 だがいざ戦闘となれば話は別、容赦はしない。

 

 襲いかかってくる敵を薙ぎ払いながら目的の存在を探す。

 

「どこにいるんだ、足つきは?」

 

 しつこいくらい群がってくるモビルアーマーを破壊しながらアルテミスを突き進む。

 

 モビルアーマーがいくら来てもブリッツガンダムには傷一つ付けられない。

 

 難なく内部の奥までたどり着くとそこには探していた目標がいた。

 

 「見つけましたよ、足つき」

 

 

 

 

 OSのロック解除を終えたと同時にそれは起こった。

 

 突然、地響きののような震動が伝わり、そのあとで大きな爆発音が聞こえてきたのだ。

 

 「管制室、なにがあった!?」

 

 《内部にモビルスーツが侵入しています!?》

 

 その報告にガルシアたちは愕然とする。

 

 彼らは傘の防御力をあまりに過信していた。

 

 その傘の内部に敵が侵入してくるなど考えた事もないのだろう。

 

 アストは呆然とした兵士を隙を見てコックピットから蹴りだすとハッチを閉じる。

 

 「貴様! 何をする!」

 

 「敵に攻撃されてるのに、こんなことしてる場合じゃないでしょう!」

 

 「ええい、くそ!」

 

 それは正論だった。

 

 内部にまで侵入されているならこんな事をしている暇はない。

 

 ガルシア達は取りついていたイレイズから離れると急いでアルテミスの管制室に走り、同じくアークエンジェルに張り付いていた兵士達も飛び出していく。

 

 そして食堂に集められていたクルー達もアルテミスの様子がおかしい事に気が付いた。

 

 これだけの騒ぎ、気が付かない方がおかしい。

 

 なんであれこの状況を打開するチャンスだ。

 

 ノイマンが周りのクルー達と視線を合わせると頷く。

 

 アルテミスの連中には悪いが、今の状況を利用させてもらおう。

 

 椅子から立ち上がり戸惑いながら立ち竦む見張りに問いただす。

 

 「この震動はなんだ!!」

 

 「え、あ、いや」

 

 彼らもずっとここにへばり付いていた以上、知る訳がないのだがそんな事に構ってはいられない。

 

 「分からないなら確認取れよ!」

 

 千載一遇の好機を逃すまいと、他のクルーたちが飛び掛かり一斉に兵士達を押し倒す。

 

 「ブリッジクルーはついてこい!」

 

 「は、はい」

 

 倒された兵士達を尻目に全員が配置に戻る。

 

 「そいつらは外に出しておけよ」

 

 この震動が敵からの攻撃であるならば急いでブリッジに向かい艦を起動させなければここで終わる事になる。

 

 冗談ではない。

 

 ノイマン達が走って行くのを見ていたキラも格納庫に駆け出そうとするがマードックに止められる。

 

 「なんです!?  アストが……」

 

 「すぐに艦が出る。機体に待機だけにしとけ。坊主を信じろって」

 

 キラは何もできない自分に激しく苛立った。

 

 嫌な事はすべてアストに押しつけて何をやっているのか。

 

 あまりの悔しさにきつく拳を握る。

 

 だが無理に飛び出しても迷惑がかかるだけだ。

 

 「……わかりました」

 

 ただ俯きそう返事する事しかできなかった。

 

 

 

 

 アストはイレイズのPS装甲のスイッチを入れ、アークエンジェルのハッチを開き、そのまま外に飛び出した。

 

 外の基地は所々破壊され火の海だった。

 

 そんな中でこちら側に向かってくる機体―――やはりへリオポリスを襲った連中であった。

 

 敵は前回キラと戦っていたガンダム。

 

 「ブリッツガンダムか!?」

 

 ニコルもアークエンジェルから出てきた機体を見て警戒を強める。

 

 前回の戦闘データはニコルも閲覧済みであり、油断できる相手ではない。

 

 「イレイズですか……」

 

 アスランやイザークの2人でも倒しきれなかった相手。

 

 ここに来るまでに倒したモビルアーマーとは全く比べ物にならない。

 

 「ここで落とさせてもらいますよ!」

 

 ブリッツは先制攻撃とばかりに、グレイプニールを放つ。

 

 イレイズはイーゲルシュテルンで迎撃しつつ、迫ってきたグレイプニールを右手のブルートガングで弾き飛ばす。

 

 「実体剣!? あんな装備まで!」

 

 先の戦闘ですべてを見せた訳ではないという事はわかっていた。

 

 あの背中に装着されている兵器も今だ使っていない。

 

 見るからに強力な火器と予想は出来る。

 

 だがここはまだ要塞の中である。

 

 いくらなんでもここで強力な火器は使えないだろう。

 

 しかし慎重に行動しなくてはならない。

 

 こちらの知らない武装がまだあるかもしれないからだ。

 

 イレイズはブルートガングを収納すると、ビームサーベルを抜き斬りかかる。

 

 「アークエンジェルはやらせない!」

 

 ブリッツもトリケロスに装備されたランサーダートを発射し応戦する。

 

 何とか二発目までを回避し、最後の一発はビームサーベルで斬り払う。

 

 「くっ、やりますね」

 

 「こんな所まで追って来るなよ!!」

 

 イレイズはビームサーベルを振るうもブリッツはシールドで受け止める。

 

 ビーム刃がシールドに阻まれ火花が飛ぶ。

 

 互いに弾け合って距離を取り、再び構えた時、アークエンジェルが動き出した。

 

 《アスト、アルテミスから脱出するわ。戻って!》

 

 ミリアリアからの通信が入る。

 

 どうやらこの騒ぎに乗じてアークエンジェルを取り戻したらしい。

 

 「逃がさない!」

 

 アークエンジェルの動きに気づいたブリッツがビームサーベルを構えて突っ込んでくる。

 

 アストはシールドを捨て、左のブルートガングを構えた。

 

 「邪魔だ!」

 

 振り下ろされたビームサーベルをブルートガングで実体のトリケロスを狙い左に受け流す。

 

 弾き飛ばされた衝撃でブリッツが僅かに体勢を崩した。

 

 一瞬、懐が無防備になる。

 

 ニコルは背筋が凍った。

 

 完全に隙が出来てしまったのだから。

 

 アストはそれを見逃さず、ビームサーベルを振り抜いた。

 

 「くぅ、まだ!!」

 

 ニコルは操縦桿を引き、ブリッツを咄嗟に後退させた。

 

 刃が軌跡を描き装甲を袈裟懸けに薙いでいく。

 

 下がった事で致命的なダメージは負わなかったが、胸部の装甲が切り裂かれた。

 

 とはいえ浅かったおかげでコックピットに影響はない。

 

 それでも危ないところだった。

 

 もう少し深ければコックピットが抉られていただろう。

 

 その隙をつきアストはイレイズを後退させる。

 

 「待て!!」

 

 ニコルもそれに気がつきイレイズを追うが基地の爆発に機体が押され阻まれてしまう。

 

 そこに施設を攻撃していたデュエルとバスターも追い付いてきた。

 

 「ニコル無事か!」

 

 「問題ありません。追いましょう!」

 

 「ここまできて逃がすかよ!」

 

 今ならまだ間に合う。

 

 3機が邪魔するモビルアーマーを薙ぎ払いながら、アークエンジェルを追撃し始める。

 

 すると要塞の外に出ていたイレイズが反転、背後の砲身を前面に跳ね上げると三機に狙いを定めた。

 

 「ッ!? 避けろ!」

 

 イレイズが砲撃体勢に入っている事に気がついたイザークが叫ぶ。

 

 その声に合わせニコルもディアッカも回避行動を取るが位置が悪かった。

 

 彼らはまだ衛星の中だったのだ。

 

 砲口に光が集まり、強力なビームが放たれる。

 

 それはアグニほどの威力ではないがそれでもモビルスーツを破壊するには充分すぎる威力だった。

 

 デュエルの右腕が消失し、バスターも左足を破壊される。

 

 「くそ!!」

 

 「チィ!」

 

 損傷を受け距離も開いてしまった以上、追撃は断念するしかなかった。

 

 「この借りいつか返しますよ、イレイズ」

 

 ニコルもまた静かに闘志を燃やした。次の機会で必ず!

 

 

 

 

 イレイズは敵機を損傷させ、追撃してこない事を確認すると即座に反転しアークエンジェルに向う。

 

 「アータル……最後に使っただけだけどバッテリーを結構消費してしまった。調子に乗って使ってたら、あっという間に装甲が落ちる」

 

 この機体を実戦配備から外した理由がよく解る。

 

 酷く扱いにくいうえに、この燃費の悪さは致命的だ。

 

 アストはこれからの事に不安を覚えてしまう。

 

 「ハァ、それでもやるしかないよな」

 

 そう自身を叱咤し、アークエンジェルに帰還した。

 

 

 

 この日、絶対防衛装置を突破されたアルテミスは陥落した。




政治的な話とかうまく書けないですね。

もしかしたらおかしいかも。


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第7話   惨劇の場所

 

 

 

 

 

 

 椅子に座りアスランはただ黙って事の成り行きを眺めていた。

 

 普段から真面目な彼であるが今日は一段と固い表情で正面を見ている。

 

 今、彼の目の前では厳粛な空気の中で議会が開かれているのである。

 

 『プラント最高評議会』

 

 プラントは全12の市で構成されており、各市から1人を選出する。

 

 そうして選ばれた12人が最高評議会の議員としてプラントの行く末を決めるのである。

 

 歪曲した机の中央には最高評議会議長シーゲル・クラインが、その周りにそれぞれの議員が座っていた。

 

 その中にはアスランの父パトリック・ザラやイザーク、ディアッカ、ニコルの親もいる。

 

 アスランはラウと共にその最高評議会に出席していた。

 

 理由は中立コロニーヘリオポリスを崩壊させた経緯について説明する為である。

 

 まあヴェサリウスはあの戦闘でかなりの損傷を受けていたため、どんな形になろうと一度本国の方に戻らざる得なかったであろうが。

 

 「……以上がヘリオポリス崩壊の経緯です。あの崩壊の最大原因は地球軍の方にありますことをご報告いたします」

 

 ラウの報告を聞いた急進派の議員たちが紛糾し、同時に穏健派の議員たちも反論する。そこにパトリックの重々しい声が響く。

 

 「しかし、クルーゼ隊長。その地球軍の新型モビルスーツ、そこまでの犠牲を払ってまで手に入れる価値のあるものだったのかね?」

 

 「その性能については実際に機体に搭乗し、また敵側の機体とも交戦経験のあるアスラン・ザラより報告させたいと思います」

 

 ラウの言葉にアスランの表情が一段と強張った。

 

 これがアスランがここにいた理由である。

 

 ラウより地球軍の新型モビルスーツ『ガンダム』についての報告をするように言われていたのだ。

 

 若干の緊張を伴いながら背後のスクリーンに戦闘の映像が映し出されると、それに合わせて報告を始める。

 

 白い機体を見る度に湧きあがってくる複雑な感情を抑えながら。

 

 

 

 

 ラウとアスランが議会に出席していた頃、ユリウスは格納庫でモビルスーツの整備を行っていた。

 

 艦についての修理、補給はアデスや他のクルー達に任せてある。

 

 ただモビルスーツに関しては常に自身の目でチェックする事にしている。

 

 自分や部下の命がかかっているのだ。

 

 整備を信用していないわけではないが、他人任せというのはどうも落ち着かない。

 

 「問題は奪ってきた機体か」

 

 メタリックグレーの機体、格納庫に佇むイージスを見え上げながら呟く。

 

 そもそも奪ってきた機体には予備のパーツも部品もない。

 

 つまり損傷すれば修理できないのだ。

 

 幸いこのイージスは損傷を受けず、今のところ問題はない。

 

 しかしこの先も損傷なしなんて事はあるまい。

 

 現に足つきを追っていたガモフに搭載されていた3機は、アルテミスの戦いにおいてイレイズによって損傷を受けたらしい。

 

 それによってガモフにも帰投命令が出ている。

 

 ザラ委員長の命令によってデータの解析が終わり次第、ジンの生産ラインの幾つかをガンダムのパーツ、部品の生産に回すらしい。

 

 しかし本来生産すべき部品とは全く違う規格の部品を生産しようというのだ。

 

 そう簡単にはいくまい。

 

 それなりの時間を要する事になるだろう。

 

 一通りのチェックを終えたユリウスはあとは部下達に任せ、ヴェサリウスを後にするとその足である人物の元を訪れていた。

 

 エドガー・ブランデル。

 

 『宇宙の守護者』と言われた名将であり、様々な作戦で大きな戦果をあげただけでなく、窮地に陥った友軍を何度も救ったことでも有名な人物である。

 

 そのため、多くの将兵からの尊敬され、人望も厚い。

 

 ユリウスはアカデミーを卒業した後は最初に彼の隊に配属され、彼から戦術などいろんなことを教えられた。

 

 「お久しぶりです。ブランデル隊長」

 

 「噂は聞いている。活躍しているようじゃないか。前線はどうだ?」

 

 エドガーが指揮する隊は、現在ザフト最終防衛ラインに位置するヤキン・ドゥーエに配置されている。

 

 前線の事は情報として入ってきてはいるが、やはり現場にいた者からの話は貴重だ。

 

 そのため度々本国に戻って来たユリウスを呼び、話を聞いていた。

 

 無論その話だけでは無いのだが。

 

 「なるほどな。今回の事でさらに戦いは激化していくか……」

 

 「ええ、それで本国の方はどうですか?」

 

 エドガーは眉間に皺をよせて厳しい表情になる。

 

 「……ほとんど前と状況は変わらんが、1つ気になる噂があった」

 

 「なんです?」

 

 「……パトリック・ザラが極秘でとある物の開発を命じたというものだ」

 

 「それは?」

 

 一度言葉を切り、目を伏せる。

 

 しばらく口を閉ざしていたがエドガーだったが、再び口を開いた彼から飛び出してきた言葉は信じ難いものであった。

 

 「Nジャマーキャンセラーの開発だ」

 

 「なっ」

 

 これには普段冷静なユリウスも驚いた。

 

 Nジャマーは血のバレンタインの後、ザフトが地球上に投下した物。

 

 その効果は核分裂を抑止し核兵器を使用不可能にする。

 

 このNジャマーによりプラントは核の恐怖におびえる事が無くなったのである。

 

 ただそれにより地球では核エネルギーのすべてが使用不能になった事で、深刻なエネルギー不足になり多くの死者が出てしまったのだ。

 

 「まあ、あくまで噂だ。だがいつまで噂で済むかな。『戦争は勝って終わらねば意味がない』というのがあの男の口癖だからな。いったいどういう風に勝つつもりなのか……」

 

 「……国防委員長もプラントのために動かれているのでは?」

 

 強硬姿勢のパトリックを含む急進派は軍備増強を強く訴えている。

 

 それはエドガーとて必要であると理解している。

 

 だがあの男は別にプラントを守ろうと強硬路線を主張している訳ではないのだ。

 

 「プラントのため? 馬鹿馬鹿しい。あの男が考えているのは自らの復讐のことだけだよ。確かに現状、戦力増強は必要な事だがね」

 

 エドガーはプラントの中では知らぬ者のいないというほどの英雄だ。

 

 そのためプロパガンダに利用しようと近づいてくる者もいた。

 

 その中にはパトリックたち急進派議員もいて接する機会が多かった。

 

 もちろんすべて断りはしたが、それによってパトリックの本質を理解していた。

 

 「ともかく現状はこんなところだ」

 

 「ええ。今後はパトリック・ザラの行動をより注視していかなければいけませんね」

 

 2人の話はそのあともしばらく続き、ユリウスが部屋を出たのはそれから二時間後だった。

 

 

 

 

 アスランは評議会終了後、墓地に訪れていた。

 

 目の前にある墓が母レノア・ザラの墓標である。

 

 だがこの場所には遺体はない。

 

 アスランの母は破壊されたユニウスセブンの犠牲者の1人だからだ。

 

 ユニウスセブンはただの食糧生産コロニーであり、地球軍はそこに核を放った。

 

 それが『血のバレンタイン』と呼ばれる惨劇だ。

 

 それによって亡くなったのはアスランの母だけでは無く、誰かの大切な家族、恋人、友人も大勢いたのだ。

 

 アスランの胸の内に湧き上がる怒りと憎しみと共に、先の評議会での父の言葉が蘇る。

 

 『我々は同胞を、この大地を、プラントを守るために戦う。戦わなくては守れぬならば戦うしかないのです』

 

 最後に父はそう締め括った。

 

 アスランはザフトに志願すると決めた時のように再び決意を固めた。

 

 この場所を、人々を守るために戦おうと。

 

 そしてもう1つの決意をする。

 

 それは敵戦艦にいると思われるキラの事だった。

 

 あの時ストライクに乗っていたのは、キラで間違いない。

 

 何故、地球軍にいるかはわからないが、必ずこちらに連れてくる。

 

 もう大切な者を失うのは御免なのだ。

 

 その時はまたあのイレイズが邪魔をするかもしれない。

 

 あのパイロットもコーディネイター。

 

 できれば同胞を撃ちたくはないが、あのパイロットは説得には応じないだろう。

 

 ならば―――敵対するなら、容赦はしない! 

 

 今度こそ躊躇う事無く討つ!

 

 アスランにとってアストは、自分の邪魔をする敵という印象の方が強い。

 

 なにより奴はミゲルや仲間を殺したのだ。

 

 許せるはずもない。

 

 自身の覚悟を再確認していたその時、非常呼び出しの合図が鳴る。

 

 「呼び出し? いったい何が?」

 

 緊急事態かもしれないと急いでヴェサリウスに向ったアスランは、そこにいた意外な人物に驚く。

 

 ラウとユリウスの横にパトリックがいたのだ。

 

 訝しみながら近づくとユリウスが声を掛けてくる。

 

 「アスラン、ラクス様の事は聞いているか?」

 

 「ラクスですか?」

 

 一体どういう事だろうか?

 

 「追悼式典の準備のためユニウスセブンに向かった視察船が消息を絶ったのだ」

 

 ユリウスの言葉を補足するようにパトリックが横から口を挟む。

 

 ラクス・クラインはプラントの歌姫にして親同士が決めたアスランの婚約者でもある。

 

 クラインの名の通り現議長シーゲル・クラインの娘でもあり、今回ユニウスセブン追悼慰霊団の代表にもなっていた。

 

 アスランとしては、将来結婚する相手だと言われても実感がわかないのが正直なところ。

 

 だがそれでも大切な存在なのは変わらない。

 

 それに―――彼女のそばにはあの人もいる筈、ラクスと同じくアスランにとって大事な存在が。

 

 だからこそ消息不明の知らせはアスランをひどく動揺させた。

 

 「捜索に向ったジンからも連絡がまだ入らん。ユニウス・セブンは現在地球の引力に引かれ、デブリベルトの中にある。嫌な位置なのだ」

 

 「ではラクスの探索を我々が?」

 

 「そうだ。アスラン、ラクス嬢とお前の関係は誰もが知っている。それなのにお前の所属するクルーゼ隊が休暇というわけにもいかん。いいな、頼むぞ」

 

 そのまま背を向けて去る父親を見つめながら、アスランはつぶやいた。

 

 「……彼女を助けヒーローのように戻ってこいということですかね」

 

  「またはその亡骸を号泣しながら抱いて戻れということだろう」

 

 ラウの言葉に驚くと同時に凍りついた。

 

 つまりそれはラクスの死を意味する。

 

 そして一緒にいるはずの彼女も死ぬという事。

 

 そんな事は想像もしたくない。

 

 固まるアスランの様子を気にすることなく、ラウは薄く笑いながら言葉を続ける。

 

 「どちらにせよ、君が行かねばどうにもならないということだよ」

 

 ラウはヴェサリウスに乗り込んで行く。

 

 「……何があろうと覚悟は決めておけということだ」

 

 ユリウスは気遣うようにアスランの肩に手を置く。

 

 「行くぞ」

 

 「……はい」

 

 ユリウスの気遣いに感謝しながら、そう短く返事をすると嫌な想像を振り切る為に頭を振るとヴェサリウスに乗り込んだ。

 

 

 

 

 アルテミスを脱出したアークエンジェルはとある場所に向かって航行していた。

 

 向かっているのは―――『デブリベルト』と呼ばれる場所である。

 

 デブリベルトとは地球を取り巻く宇宙のゴミが集まっている場所。

 

 これらは宇宙開発などで出た廃棄物や戦闘で破壊された物が地球の引力に引きよせられて漂っているのだ。

 

 そんな場所に好んで行く者など殆どおらず、ジャンク屋などの限られた者くらいだろう。

 

 何故そんな所に向かっているのか?

 

 それは以前からの問題であるアークエンジェルの物資が切迫し始めたからである。

 

 結局アルテミスでは補給は受けられず、そのため物資不足は解決していない。

 

 特に弾薬と水はかなり深刻な状況なのだ。

 

 弾薬が尽きれば敵に襲われてもまともに迎撃出来ず、水については言うまでもない。

 

 このままでは月までたどり着く前に終わる事になる。

 

 そこでムウの発案でデブリの中の使える物資を使わせてもらおうという事に決まったのだ。

 

 もちろんそんなゴミ漁りのような真似には全員抵抗があった。

 

 しかしそんな事も言ってられない状況であり、他の打開策もない。

 

 モビルスーツを操縦できるアスト達にもデブリでの作業を手伝うようにと要請があり、そのためキラと格納庫に向かっていた。

 

 「今回はデブリでの作業の手伝いだから少しは気が楽かな」

 

 「そうだな。まあこんな状況じゃなきゃ、ゴミあさりなんてやりたくはないけどさ」

 

 苦笑しながら話してるとキラが黙って俯く。どうかしたのだろうか?

 

 「どうした?」

 

 「……アスト、この前のアルテミスでの事だけど、ごめん」

 

 突然の謝罪にかなり驚く。

 

 この前の件はキラの所為ではないだろう。

 

 「なんで謝るんだよ」

 

 「だって! アストだけいつも……。ヘリオポリスの時も、その後の戦闘も僕は何も」

 

 「そんなことないよ。キラだって戦ったじゃないか。それにさ……」

 

 アストは照れくさそうに笑いながら言った。

 

 「友達だろ。気にするなよ」

 

 キラは思わず泣きそうになる。

 

 アストがいなければ自分は、コーディネイターであることの孤独感や戦闘の恐怖に押しつぶされていたかもしれない。

 

 でも自分は1人ではない。

 

 出撃前に手を握ってくれたアネット。

 

 友達と言ってくれたエルザ。

 

 艦の仕事を手伝っている、トール達。

 

 そう、アストだけでなく、仲間たちもいるのだ。

 

 「アスト、ありがとう。今度は僕の番だ。僕がアストや皆を守るよ」

 

 キラは決意を固める。

 

 たとえ今度来る敵がアスランであろうとも、アスト達を自分が守るのだと。

 

 「アスト兄ちゃん! キラ兄ちゃん!」

 

 話をしているとエリーゼが走ってきた。

 

 1人ではなくエリーゼと同い年くらいの女の子の手を引いている。

 

 「エリーゼどうしたの? その子は?」

 

 「友達になったエルちゃん! エルちゃん、この人たちが私たちを守ってくれるんだよ!」

 

 「そうなんだ~!」

 

 二人とも目を輝かせて見上げてくる。

 

 そんな純真な目で見つめられるとキラもアストもどこか照れくさくなる。

 

 「ねえ、一緒に遊ぼうよ!」

 

 「ごめんな、これから宇宙に出て作業があるんだよ」

 

 「そうなんだよ。それが終わったら遊ぼう」

 

 「そっかぁ」

 

 残念そうに肩を落とすエリーゼにキラが優しく頭を撫でる。

 

 「ごめんね。今度遊ぼう」

 

 「キラ、みんな待ってるし、行こう」

 

 「あ、そうだね。2人共またね」

 

 「うん! 気をつけてね!」

 

 手を振っている2人に手を振り返すとアストがつぶやいた。

 

 「……あの子たちを守らないとな」

 

 「うん」

 

 あの子達を必ず守らなくては。

 

 改めて決意を抱くとそのまま格納庫に向かう。

 

 すでに準備が出来ており、作業艇に乗りこんだクルー達が外に出ていく。

 

 どちらがどの機体に乗るかはいままで決めてなかったが、基本的にアストがイレイズ、キラがストライクということになった。

 

 何故そうなったかというと、イレイズの欠陥にある。

 

 前回までの戦闘でこの機体の扱いにくさと燃費の悪さがよく分かった。

 

 ストライクに乗った感覚のままイレイズに乗るとあっという間にエネルギー切れを起こす。

 

 ならその事をよく理解しているアストの方がまだ適任だろうと判断されたのだ。

 

 外に出るといきなり大きな残骸がアストの目の前に飛び込んでくる。

 

 それだけでなく見渡すと周りには何らかの残骸が広がっている。

 

 こんな光景を見ているとヘリオポリス崩壊のことを思い出してしまう。

 

 この広がる光景はあの時によく似ていた。

 

 自分達も負ければこうなる、そんな未来が暗示されているようで、かなり嫌な気分である。

 

 周りのゴミを避けながら、比較的損傷の少ない戦艦から弾薬などを回収していく。

 

 そのまま何事もなく作業が進められると思っていた。

 

 だが、しばらくして通信機からキラやトールの声が聞こえてくる。

 

 「あ、ああ……」

 

 「これって……」

 

 「どうした!?  キラ、トール!  何があった!」

 

 何らかのトラブルかもしれない。

 

 ビームライフルの調子を確かめながら、警戒してキラ達の下に急ぐとそこにあったのは、誰もが予想すらしていないものだった。

 

 「これは!?」

 

 「……ユニウスセブン」

 

 キラのつぶやきが聞こえる。

 

 そこにあったのはあまりに異質な光景だった氷ついた大地、血のバレンタインで破壊されたユニウスセブンがそこにあったのだ。

 

 

 

 

 「あそこの水を!? 本気ですか! あそこは―――」

 

 「言いたいことはわかってるよ。俺だって出来りゃあそこは踏み込みたくない。でも水はあそこにしか見つかってないんだよ」

 

 キラの言葉にムウが反論する。

 

 ユニウスセブンを見つけた後、一度アークエンジェルに戻って報告すると「ユニウスセブンから水を運ぶ」という次の指示を伝えられた。

 

 流石にキラだけでなく他の面々も気の進まない様子だ。

 

 場所が場所である。

 

 あそこには何万の人が犠牲になった所、抵抗を持たない方がおかしい。

 

 「……死者の眠りを妨げる気はないの。ただ私達が生きるために必要なものを少しだけ分けてもらいたいの。それだけよ」

 

 マリューは憂鬱な表情で話を締めくくった。

 

 残念ながらそれしか彼らには選択肢は残っていない、生きるためには。

 

 皆が作業のためブリッジから出て行こうとした時に通信が入った。

 

 「どうしたの?」

 

 「艦長! オーデン少佐の意識が戻られました!」

 

 その報告を聞くとアスト達には準備を進めるように指示を出し、主だった士官たちは医務室に向かう。

 

 医務室に行くと体に包帯を巻きつけた男がベットに座っていた。

 

 顔色も良くない上に包帯は赤く染まっており、それだけで痛々しい。

 

 だがその目からは強い意志が感じ取れる。

 

 「オーデン少佐。お目覚めになられたばかりで起き上がられては……」

 

 「いや、私は大丈夫だ。それより現状を聞かせてくれるかな、ラミアス大尉」

 

 「あ、はい。わかりました」

 

 マリューは現状の説明を始めた。

 

 ザフトの奇襲に遭い、四機のGが奪われてしまったこと。

 

 ヘリオポリスが崩壊して脱出、避難民を連れアルテミスへ向うも補給も受けられず、陥落したこと。

 

 ストライク、イレイズを起動させ敵を退けたこと。

 

 そのパイロットが民間人のコーディネイターであったこと。

 

 そして現在、苦肉の策でデブリにて補給を試みていることなどを1から順に語っていく。

 

 すべてを聞き終えたセーファスは納得したように頷いた。

 

 「……なるほど。そんな状況でよくやってくれた、ラミアス大尉」

 

 「いえ、私など。皆がいてくれなければとてもここまで来れませんでした」

 

 「それに君がいたとはな、フラガ大尉」

 

 セーファスが柔らかい表情で声を掛けると、ムウもニヤリと笑う。

 

 「お久しぶりです、少佐」

 

 「フラガ大尉、オーデン少佐をご存じだったのですか?」

 

 「お互い顔を知ってる程度だ。前に少しだけ話したことがあるだけだよ」

 

 以前の作戦で世話になったらしく、お互い面識があったらしい。

 

 ある程度話が済んだところでナタルが今後のことを話し合う。

 

 「それでこれからはどうされますか?」

 

 「この怪我では私がブリッジに入っても足手まといになるだけだろう。艦の指揮は今まで通り、ラミアス大尉が執れ」

 

 「はい。わかりました」

 

 「……ストライク、イレイズの事もですか」

 

 ナタルが最も言いにくい事をセーファスに尋ねる。

 

 彼にもしアストやキラを機体に乗せるなと言われたら―――

 

 「それも今まで通りで構わない」

 

 マリューはその答えに思わず安堵する。

 

 報告の中でその事が一番気がかりだったのだ。

 

 もしコーディネイターである事を理由に乗せるなと言われた場合は、どうしようかと思ったのだが杞憂だったらしい。

 

 セーファスは別にコーディネイターの事で偏見を持っている訳ではない。

 

 ただの生まれの違いであると思っているし、別に差別したいとも思っていなかった。

 

 何よりこの状況では、選択肢など他にない。

 

 そのことをセーファスは冷静に理解していた。

 

 「了解しました」

 

 セーファスの指示を受けナタル達が退出する。

 

 マリューもそれに続いて出ようとした時、呼び止められた。

 

 「ラミアス大尉」

 

 「はい?」

 

 「なにかあったらすぐ声をかけてくれ。アドバイスくらいはできるだろう」

 

 「ありがとうございます」

 

 作業指示のためセーファスに敬礼して退室すると今度こそブリッジに戻った。

 

 

 

 

 

 エルザは居住区の一室で文庫本を読んでいた。

 

 とはいっても何度も読んでいるので内容はすでに暗記してしまっているものだ。

 

 しかしそれでもこの艦で地球軍に関わるよりは、まだ本でも読んで気を紛らわした方がいい。

 

 エルザにとって今の状況は正直苦痛だった。

 

 彼女は地球育ちのコーディネイターである。

 

 だからナチュラルの人々には差別や迫害を受けてきた。

 

 しかし中にはナチュラルでありながら、彼女を助けてくれた人たちがいた。

 

 だからこそ見下したり、嫌悪したりはしなかった。

 

 特にオーブに移り住んでからはそういう事に巻き込まれる事もなくなった。

 

 まあフレイのような例外もいたのだが、それも昔に比べたら全然たいしたことはない。

 

 だが、そんな時に起きたのが『血のバレンタイン』である。

 

 正直かなりショックだった。

 

 忘れかけていたナチュラルから受けた迫害の記憶が蘇り、ヘリオポリスにいたころはナチュラルとは距離を置いた。

 

 余計な揉め事を避けるためにだ。

 

 それが何の因果か地球軍の艦に保護されるなんて。

 

 助けてくれたアストには悪いがあのまま漂流していた方がマシだったなんて考えすら浮かんでくる。

 

 でも怪我人もいた事だし、この艦に保護されていなければ死者も出ていた。

 

 これで良かったのだ。

 

 でも――

 

 そんな不毛な考えを巡らせていると声が掛けられる。

 

 「どうしたの、 お姉ちゃん?」

 

 「えっ」

 

 いつの間にかエリーゼが顔を覗き込んでいた。

 

 よほど暗い顔をしていたのか不安そうに除きこんでくる。

 

 そんな妹に心配をかけないよう慌てて笑顔を作る。

 

 「なんでもないわ。それよりどうしたの?」

 

 「えっと、エルちゃんがね―――」

 

 嬉しそうに話し始めたエリーゼを見つめる。

 

 エルというのは避難民の中にいた小さい少女で、年が近いというので仲良くなったらしい。

 

 エリーゼもこんな状況で不安だったのだろう。

 

 友達ができたことでひどくはしゃいでいる。

 

 エルザにとって妹のエリーゼがいてくれたことが救いだった。

 

 いなければ精神的に参っていただろう。

 

 「エルザ、少しいい?」

 

 そこにアネットが顔をのぞかせた。

 

 手には折り紙らしきものを持っている。

 

 「実は手伝ってほしい事があるのよ」

 

 軍の仕事なら断るつもりだったのだが、内容は全然違ったものだった。

 

 「お、エルザも手伝ってくれるんだな」

 

 アネットに連れられていった部屋にはアストやキラ、トール達もいる。

 

 みんな手にもった折り紙で紙の花を作っていた。

 

 ユニウスセブンに踏み入ることになる、

 

 それは墓場に足を踏み入れるのと同じ事。

 

 これくらいの事はしたいというアネット達の提案で作ることになり、それを手伝ってほしいという事だった。

 

 「う~ん、難しいな」

 

 「カズイは不器用だなぁ」

 

 「トールだって人のこと言えないじゃんか」

 

 「喧嘩はやめなさいよ、もう」

 

 みんなで騒ぎながら紙の花を作っていく。

 

 ヘリオポリスにいた頃のような雰囲気で。

 

 そんな空気だったからだろうか、いつの間にかエルザも穏やかな気持ちになっていた。

 

 

 

 

 アスト達は再び宇宙に出て作業を始めようとしていた。

 

 今はアネットとミリアリアが先程色紙で作った花をユニウスセブンに投げている。

 

 ここは墓標、そして地球軍にとっての罪の証。

 

 そこに踏み入るからには気休めかもしれないが、それでもせずにはいられなかった。

 

 『せめて安らかな眠りを』

 

 それがたとえ偽善だとしても、そんな事を思ってしまった。

 

 作業が再開され、作業艇が凍った水を削りだしていく。

 

 その光景を見つめながらキラはストライクで哨戒していた。

 

 コックピットには先ほどエリーザがくれた紙の花がある。

 

 みんなで作っている時にもらったのだ。

 

 《守ってくれてありがとう、キラ兄ちゃん!》

 

 そう言って渡してくれたもの。

 

 アストもエルから貰ったものを「お守りになるな」と言って笑っていた。

 

 この花を見ていると嬉しくなって思わず笑みがこぼれる。

 

 しかしそんなキラに警戒警報の音が耳に飛び込んくる。

 

 正面を見ると1機のモビルスーツが佇んでいた。 

 

 「あれって……強行偵察型複座のジン!」

 

 何かを探しているのか、どうやらまだこちらには気がついていないらしい。

 

 何故こんな所にいるのかはわからないが応援を呼ばれる訳にはいかない。

 

 シートの後ろに設置してあるスコープを引き出すと狙いを定め、トリガーに指を掛ける。

 

 一瞬だけ『このままこちらに気がつかなければ……』そんな考えが頭をよぎった。

 

 だがすぐにコックピットの花が目に入り、アークエンジェルでの決意を思い出した。

 

 ―――今度は自分が皆を守るのだと。

 

 これがキラにとって覚悟を問われた最初の試練だった。

 

 それに答えるようにキラはターゲットをロックするとトリガーを引く。

 

 躊躇いも躊躇もない。

 

 ライフルの銃口からビームが発射され、こちらに全く気が付いていなかったジンは反応もできないままコックピットを撃ち抜かれた。

 

 そのまま後ろに流れ、大きく爆散した。

 

 「なんだ今の爆発は!?」

 

 「キラ、何があった!?」

 

 キラの呼吸はいつの間にか乱れていた。

 

 簡単に人殺しには慣れず、手も震える。

 

 「ハァ、ハァ、くそ、こんなんじゃ、駄目だ」

 

 震える自分を叱咤する。これでは皆を守る事ができない。

 

 乱れた呼吸を整えながら、報告するため通信機のスイッチを入れた。

 

 「ハァ、ハァ……ジンがいました。なにか探していたみたいですが、こちらに気がつく前に撃破しました」

 

 「……そうか、とりあえず戻れ。もしかすると俺たちを探していたのかもしれんからな」

 

 ムウの指示通りアークエンジェルに戻ろうとした時、再び警戒音が鳴る。

 

 反射的にビームライフルの銃口を向けるが、そこには敵はいない。

 

 いたのは―――

 

 「あれって……」

 

 目の前に漂っていたのは、敵影ではなく脱出ポットだった。

 

 

 

 

 「まったく、君らは落し物を拾う趣味でもあるのかな」

 

 ナタルはほとんど諦めたような声を出した。

 

 キラは結局、放っておくこともできず、脱出ポッドを持ち帰った。

 

 ナタルの嫌味ともとれる言葉にキラは憮然としている。

 

 アストは前に避難民の脱出艇を拾って来た事があったのでなんとも言えない。

 

 しかしなんでこんな場所に脱出ポットなんて漂っているのだろうか?

 

 まあそれは乗っている者に聞けば済む話だ。

 

 マードックがロックを操作して扉を開ける準備をする。

 

 その後ろには万が一に備え、武装した兵士が控えている。

 

「じゃ、開けますぜ」

 

 端末を操作すると、ハッチがかすかな音を立て開いた。

 

 そこから出てきたものに全員が毒気を抜かれた。

 

 《ハロ、ハロ》

 

 出て来たのはピンク色の球体。

 

 電子音を鳴らして出てきたペット用のロボットに全員が唖然としている。

 

 さらにその後から二人の少女が外に出てきた。

 

 「ありがとう。ご苦労様です」

 

 そう言ったのはペットのロボと同じピンクの髪したやさしく愛らしい顔の同年代の少女。

 

 もう一人はこちらを見て警戒した様子を見せている、腰まである長い金色の髪を持つ少女。

 

 この二人との出会いはキラの、そしてアストの運命を大きく変える事になる。




異名が思いつかない。

どんな名前がいいんだろ?



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第8話   姫と騎士

 

 

 

 

 今、士官室の中では微妙な空気に包まれていた。

 

 ナタルは頭を抱え、ムウは呆れた顔を、そして同じくマリューもまた二人と同じ心境である。

 

 理由は目の前にいる少女達だ。

 

 こちらに微笑んでいるピンク色の髪をした彼女はラクス・クライン。

 

 その名の通り、プラント現最高評議会議長の娘である。

 

 そして後ろに控えた少女はその護衛役でレティシア・ルティエンス。

 

 彼女の方は護衛役というだけあって警戒を崩していない。

 

 その立ち振る舞いには隙がなく、何らかの訓練を受けている事が分かる。

 

 もしかするとザフトに所属しているのかもしれない。

 

 ただその彼女にしてもラクスには振り回されているらしく、その言動にため息をついていた。

 

 マリューは心情をできるだけ、表に出さぬ様に務めながら質問する。

 

 「何故そのような方が、このような場所に?」

 

 「私達はユニウスセブンの追悼慰霊のための事前調査に来ていましたの」

 

 「……その時に地球軍の船と遭遇しまして、臨検すると言われたのでそれを受けました。しかしささいな事から諍いが起きてしまい、私とラクス様がポットに入れられ脱出したのです」

 

 「皆さんが無事だと良いのですが……」

 

 その言葉にマリュー達には何も言えなくなった。

 

 彼女達の乗った船がどうなったかなど、考えるまでもない事だったからだ。

 

 しかしいくら戦争が激化しているとはいえ民間船にまで手を出す者達がいるとは。

 

 様々な感情を吐き出すようにため息をついた後、士官室にいるように言って、部屋の外に出る。

 

 もちろん出られないように鍵を掛けてだ。

 

 「補給の問題が解決したと思ったら、今度はピンクのお姫様とそれを守る騎士様か」

 

 ムウの軽口を聞き流しながら、ブリッジに戻ったマリューはラクス達の処遇に頭を抱えていた。

 

 正直、現在のアークエンジェルには彼女らに構っている余裕はない。

 

 本来なら監視として部屋の前に警備兵でも置かなければならないのだろうがそれすら難しい。

 

 補給は終了しデブリを抜けて月に向かう進路をとっているが、ザフトの追跡がない訳でもないだろう。

 

 「で、どうすんの?」

 

 「このまま月へ連れて行くしかないでしょう」

 

 ナタルの言葉にマリューは身を固くする。

 

 「そりゃ、大歓迎されるだろうな。クラインの娘だしね」

 

 プラント最高議長のクラインの娘。

 

 その肩書きだけでも十分に利用価値がある。

 

 間違いなく政治的に利用される事になるだろう。

 

 マリューとしてはできればそんな目には遭わせたくはないが―――

 

 「……ともかく少佐にも報告しましょう」

 

 怪我をしているセーファスに負担は避けたいのだが、報告しないわけにもいかない。

 

 足取り重くブリッジを後にした。

 

 

 士官室に残されたラクスはモニターを覗き、船外の様子を眺めている。

 

 その様子を見ながらレティシアはこれからの事に思考を巡らせていた。

 

 はっきり言って頭が痛い。

 

 最初に地球軍に遭遇した時も運がないと思ったが、脱出して拾ってくれたのもまた地球軍の艦とは。

 

 「どうかしまして、レティシア?」

 

 「これからどうしようかと考えていました。いつまでも此処にはいられませんから」

 

 レティシアは先ほどまでとは違い、柔らかい雰囲気でラクスに答える。

 

 本来レティシアは穏やかな性格であり、ラクスとは出会った時から気があった。

 

 それゆえ二人は主従というより姉妹のような関係―――家族のようなものだ。

 

 それだけにレティシアはこの少女を護衛役とは関係なく守りたいと思っている。

 

 しかし状況はまずい。

 

 この艦がどこに向かっているにせよラクスは最高評議会議長の娘。

 

 地球軍の者なら政治的に利用しようと考えて当たり前だ。

 

 下手をすれば殺される可能性もある。

 

 だがそれだけは絶対にさせない。

 

 「そうですね。……もう少し様子を見ましょうか」

 

 レティシアは先程の士官達の様子やここに来るまでの事を思い出す。

 

 地球軍の艦にしてはここはかなり緩く、自分やラクスにも軽い身体検査はしたものの、拘束している訳でもない。

 

 なにより部屋の前には見張りの気配もない。

 

 それだけ余裕がないのか、それとも……

 

 何にせよ動きたくとも情報が足りない。

 

 「そうですね。今はまだ動けない……」

 

 とりあえずなにが起きても動けるようにしておく必要がある。

 

 ただでさえ狭いポットに入れられて体が痛いのだ。

 

 今は体を休めることにして、椅子に座った。

 

 

 

 

 

 アストとキラが機体の整備を終えて、食堂に顔を出すと二つのトレイを囲んでいる皆の姿が見えた。

 

 何をしているのだろうか?

 

 キラと顔を見合わせ、そのまま歩み寄る。

 

 「何やってんの?」

 

 「お、二人共。ちょうどいいや」

 

 「えっ」

 

 トールがニヤリと笑うとアスト達にトレイを押しつけてきた。

 

 「何これ?」

 

 「お前が拾ってきた二人の食事だよ。持って行くように頼まれたんだけど、俺達ブリッジに上がらないといけなくてさ」

 

 「悪いけどお願いできるかしら」

 

 アネットも気まずそうに言ってくる。

 

 彼女は責任感も強い。

 

 だから自分が任された事をアスト達の押し付ける形になるのが嫌なのだろう。

 

 「本当はトールが行きたがったんだけどね」

 

 「カズイ、余計なこと言うなよ」

 

 「え、なんで?」

 

 「だって、すげー美人らしいじゃん。ピンクの髪の子もいいけど、金髪の方もいいよなぁ」

 

 だらしない顔をしているトールに冷やかな視線を送るアネット。

 

 トールは忘れているのか?

 

 アネットはミリアリアの親友だって事を。

 

 忠告すべきかと悩んだが、どうやら遅かったらしくアネットが迫力のある表情で一歩前に出る。

 

 「全く男って……トール、ミリィに言っておくからね」

 

 「えぇぇ、ちょ、ちょっと待って、ミリィに言うのは勘弁してくれ!  怒ったらすげー怖いんだよ」

 

 「そんな事知らないし」

 

 さっさと歩いていくアネットを情けない表情でトールは必死に追いかけていく。

 

 その様子を見て皆が笑みを浮かべた。

 

 「あはは、じゃ俺も行くよ」

 

 「ああ、また後で」

 

 カズイも笑いを堪えながら二人の後を追って行った。

 

 「それじゃ、俺達も持っていくか」

 

 「うん、そうだね」

 

 キラと彼女達がいる士官室に向かうが、アストには若干心配事があった。

 

 「……プラントの人間か」

 

 今から会いに行くのはプラントの人間、典型的なコーディネイターなら正直あまり関わりたくない。

 

 「アスト?」

 

 「いや、いい人達だといいなと思ってさ」

 

 「そうだね」

 

 格納庫で見た2人の様子を思い出す。

 

 1人はおっとりとした感じで争い事には無縁そうに見える優しげな少女。

 

 もう1人は護衛役ということで冷たい感じの少女だったが、どちらも見た感じでは差別などする様な人物には見えなかった。

 

 だが人は見た目では判断できない。

 

 慎重に接しなければいけないだろう。

 

 そんな事を考えているうちにいつの間にか士官室にたどり着いていた。

 

 「すいません。食事を持ってきたのですが、入っても大丈夫でしょうか?」

 

 「どうぞ」

 

 許可をもらい中に入るとそこには格納庫で目撃した少女が見惚れてしまうくらいの愛らしい笑顔を浮かべていた。

 

 手にはあの球体のペットロボを持っており、『ハロ、ハロ』と音を出している。

 

 実際キラなどその笑顔に見とれているらしい。

 

 立ち止まっているキラを肘でつついて入るように促すと我に返ったように背筋を伸ばした。

 

 「あの、食事を持ってきました」

 

 「ありがとうございます」

 

 部屋に入ってトレイを机の上に置く。

 

 余計な面倒事が起きる前に出ていこうとするとピンクの髪をした少女の方に呼び止められる。

 

 「あの、よろしいですか?」

 

 「何でしょう?」

 

 「私達も皆さんと一緒にお話ししながら頂きたいのですが」

 

 「えっ」

 

 彼女は状況が解っていないのだろうか?

 

 普通、コーディネイターが地球軍の艦をうろついて、みんなと一緒に食事がしたいなどと言わない。

 

 ナチュラルの苦手なエルザも出来るだけ人の少ない時に食事をとっているくらいだ。

 

 思わず後ろにいる護衛の少女の顔を見ると、呆れた顔をしている。

 

 どうやら素で言っているらしい。

 

 天然という奴だろうか。

 

 それを聞いたキラが目を逸らした。

 

 「……ここは地球軍の艦ですし、その、コーディネイターの事あまり好きじゃないって言う人もいるから」

 

 エフィムやフレイと鉢合わせしたらどんな揉め事になるかは考えたくもない。

 

 あの2人は間違いなく騒ぎを起こす。

 

 「そうですか、残念ですわね……」

 

 少女の悲しそうな表情に気が咎めたのだろう。

 

 キラが慌てて取り繕った。

 

 「あ、いや、その僕たちでよければ話相手くらいにはなりますけど……ね、アスト」

 

 「え、そうだな。話をするくらいなら別に構わないけど……」

 

 そう言うと嬉しそうに花が咲いたような明るく微笑みかけてきた。

 

 「まあ! 本当ですか? ありがとうございます。あなた達は優しいんですのね」

 

 「え……」

 

 少女からすれば何気ない言葉だったのだろう。

 

 だがそれは今の自分たちには堪える言葉だった。

 

 これまでの事を考えれば―――

 

 「いや、えっと、僕は……僕もコーディネイターだから」

 

 「……そうだな。俺もそうだし」

 

 揉め事が起こるかもしれない。

 

 自分達は裏切り者だと告白したのだから。

 

 でもアストにはキラの気持ちが痛いほど理解できていた。

 

 キラがコーディネイターである事を話したのは、良心の呵責に耐えられなかったのだろう。

 

 これまでの事に後悔はない。

 

 そうしなければみんな死んでいたのだ。

 

 だが、それは彼女たちには関係ない事である。

 

 ここに来るまでどんな事情があろうと自分達は彼女達の仲間を殺めたのだ。

 

 だからこの少女の純粋な笑顔は眩しすぎる。

 

 優しいなんて言葉は逆につらい。

 

 だからコーディネイターである事をバラしたのだろう。

 

 正直な話、思いっきり罵倒されるだろうと思っていた。

 

 だが彼女の口から発せられたのは意外な言葉だった。

 

 「あなた達が優しい事に、それは関係ないと思いますが?」

 

 「えっ」

 

 彼女の顔には侮蔑も嫌悪も何もない。

 

 純粋な笑顔を浮かべたままである。

 

 こんなことを言われるとは思っていなかった。

 

 キラも意外そうな顔で彼女を見ている。

 

 「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はラクス・クラインと申します。こちらは私の護衛のレティシア・ルティエンス」

 

 「よろしくお願いします」

 

 『ミトメタクナイ』

 

 「そしてお友達のハロです」

 

 ハロがラクスの手から離れて、耳をパタパタさせながら飛ぶ。

 

 こんなのが頻繁に部屋を飛び回ったらさぞかし邪魔だと思う。

 

 だが二人は慣れているらしく気にしていない様子だ。

 

 なのでこちらも出来るだけ気にしないように視線を戻した。

 

 「は、はい。僕はキラ・ヤマトです」

 

 「アスト・サガミです」

 

 「よろしくお願いします、キラ様、アスト様」

 

 何というか、様をつけられるのは正直照れる。

 

 できれば普通に呼んでもらいたいが、嬉しそうなラクスを見ると言える訳もなく、仕方ないと諦めることにした。

 

 「じゃあラクスさんはプラントでは有名な人なんですね」

 

 「ええ、歌姫ラクス・クラインといえば知らない人はいないくらいですよ」

 

 「それは大袈裟です、レティシア」

 

 部屋に来る前にアストが危惧したような事はなく、士官室は穏やかな雰囲気に包まれている。

 

 先ほどキラが提案した様にラクス達が食事をしている間、話し相手を務めているのだが、この二人は思った以上に話しやすい相手だった。

 

 特に意外だったのが護衛役のレティシアである。

 

 格納庫で見た時は護衛役に徹していたからか酷く冷たい印象だったが、今は優しい表情が印象的だった。

 

 アストたちよりも年上ということで、ラクスと話をしている様子はまさに妹の面倒を見る姉のようだ。

 

 こんな人達もいる。

 

 プラントの人間によくない感情を抱いていたアストにとって嬉しい誤算とでも言えばいいのだろうか。

 

 どんな経緯であれそれが分かったのはよかった。

 

 「……ところで1つ聞いてもいいでしょうか?」

 

 「何ですか?」

 

 「2人はどうして地球軍に入ったのですか?」

 

 レティシアの疑問はごく当り前のもの、最初に聞かれなかったのが不思議なくらいである。

 

 現在の地球とプラントの関係からすれば、アストやキラのようなコーディネイターが地球軍にいるのはおかしいと思うだろう。

 

 イージスのパイロットもそう思ったからこそ聞いてきたのだ。

 

 『何故地球軍にいるのか』と。

 

 「……僕たちは地球軍に入った訳じゃないですよ。巻き込まれたんです」

 

 「巻き込まれた?」

 

 「ああ、実は―――」

 

 ヘリオポリスで起きた出来事からこれまでを説明する。

 

 念のためモビルスーツに乗っている事などは伏せたが。

 

 「では他のみなさんはヘリオポリスからの避難民なのですか……」

 

 「ええ、そうです」

 

 「それであなた達も協力してるんですね」

 

 事情を知った彼女達の表情が曇る。

 

 ヘリオポリスを破壊し、この状況を作ったのが自国の軍隊であると知れば当然かもしれない。

 

 それにしてもこの2人はナチュラルに対する偏見のようなものは持ってはいないらしい。

 

 「……本当にラクスの言った通りですね」

 

 「えっ」

 

 「あなた達は優しくて、そして勇気がある人だという事です」

 

 レティシアの笑顔に思わず見とれてしまった。

 

 隣に座っているキラなど照れてしまって顔が赤くなっている。

 

 「その、僕なんて何も、アストがいなかったらどうなっていたか」

 

 「それは俺のセリフだよ。キラがいなかったらきっとここまでできなかった」

 

 「2人は仲が良いのですね」

 

 暗くなっていた部屋の雰囲気が2人のおかげで明るくなった。

 

 そのまましばらく話し込んでいるとふと気がつく。

 

 そういえばかなり長い時間、居座っていた。

 

 話の区切りも付き、2人の食事も終わっているし、ちょうどいいかもしれない。

 

 「キラ、そろそろ戻ろう」

 

 「そうだね。では、僕たちはこれで」

 

 「はい、またお話しましょうね」

 

 ラクスの言葉に頷き、トレイを持って部屋を出る。

 

 ここに来るまでの不安も完全に消えており、アストは軽い足取りで歩き出した。

 

 

 

 

 アストとキラが部屋を出ると、再びラクスと2人になったレティシアは腕を組み今の話を頭の中でまとめていた。

 

 2人の話が本当だとすれば、この艦には最小限の軍人しかいないことになる。

 

 もしそうならばこの監視の緩さにも説明がつく。

 

 だが今の話を鵜呑みにもできない。

 

 何故なら彼らはコーディネイターであるからだ。

 

 地球軍の士官たちに正確な情報を与えられていない可能性も十分にある。

 

 「レティシアはどう思いました、彼らの事を?」

 

 「えっ、そうですね……」

 

 いきなりの質問に面食らうが、先ほどまでの事を思い出す。

 

 「さっき言った通りですよ。優しい勇気のある子達だと思います。友達思いですしね」

 

 話した印象や彼らの様子からレティシアはそう感じていた。

 

 どんな状況でもコーディネイターがナチュラルの、しかも地球軍の艦の手伝いなどしない。

 

 だが、あの2人は違う。

 

 そんな事は関係なく自分のできる事をしているのだ。

 

 それだけでも人柄は信用できるし、好感も持てた。

 

 「そうですか」

 

 ラクスはいつものように優しい笑顔を浮かべる。

 

 どうやらラクスも良い印象を持ったようだ。。

 

 「それにしても中立のコロニーを崩壊させるなんて」

 

 「そうですわね」

 

 「詳しいことはわからないですが、そんな無茶な事をするのはクルーゼ隊しかありませんね」

 

 特務を任せられるエリート部隊としてクルーゼ隊はプラントでも有名であり、その強さ故に地球軍にも名が通っている。

 

 しかしもう1つ彼らを有名にしている要因が存在する。

 

 それは敵に対して容赦がなく、どのような犠牲も厭わないという事であった。

 

 その行動に疑問を持つ人もいるが、同時に多くの戦果を挙げているため誰も咎められない。

 

 そしてこの艦がそんなクルーゼ隊と関わっていたなら、

 

 「もしかすると厄介なことになるかもしれない……」

 

 そんな嫌な予感が拭えなかった。

 

 

 

 

 「なるほど、クラインの娘か……」

 

 医務室で休んでいたセーファスはマリューからラクス達の事に関して報告を受けていた。

 

 「申し訳ありません。指示を仰がず勝手に―――」

 

 「いや、むしろ保護して正解だった」

 

 特に非難するような事も無く、ベットの上で考え込むように顎に手を当てる。

 

 「少佐?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 セーファスもまたマリューと同じく彼女を月に連れて行くことに若干の抵抗を感じていた。

 

 連れて行けばどうなるかは考えるまでもない。

 

 彼はどんな理由であれ、民間人が巻き込まれることを良しとしていない。

 

 たとえそれがコーディネイターでもだ。

 

 しかしだからと言って現実が見えないわけでもない。

 

 ストライクとイレイズのパイロットに民間人を乗せていることに異論をはさまないのもそうだ。

 

 しばらく考え込んでいたが、そのまま険しい顔で告げる。

 

 「近くに強行偵察型のジンがいたということだが、まず間違いなく彼女を探していたんだろう。デブリ帯に偵察機を送る理由は多くはない。つまり彼女はプラントにとって重要な存在という事だ」

 

 「その彼女を探すために派遣したジンも戻らないということになると……」

 

 「まさか、部隊が派遣されてくるということでしょうか?」

 

 「その可能性があるということだよ。彼女を保護してなければそれには気がつけなかった。派遣されてくるのはそれほどの規模ではないと思いたいがね。とにかく囲まれる前にこの宙域から離れた方がいい」

 

 「り、了解しました」

 

 その時、医務室に備え付けてある通信機が鳴る。

 

 ナタルがそれを取りしばらく会話をしていたが慌てて振り返った。

 

 「艦長! 少佐! 第8艦隊の先遣隊より通信が入ったとブリッジから連絡が―――」

 

 「なんですって!」

 

 「急ぎブリッジの方へ来てほしいそうです」

 

 「……私も行こう」

 

 「少佐!?」

 

 「戦闘をするわけではないだろう。問題ないさ」

 

 確かに階級的に上であるセーファスが居てくれた方が円滑に話が進むだろう。

 

 そう結論を出したマリューはセーファスに肩を貸し、支えながらブリッジへと向う。

 

 ブリッジに入るとノイマン達がモニターに張り付いていた。

 

 《……こちら第8艦隊先遣隊モントゴメリ。アークエンジェル応答……》

 

 そこから聞こえた声に思わずマリュー達も駆け寄る。

 

 「ハルバートン准将の部隊だわ」

 

 「位置はわかるか?」

 

 「まだ距離はあるようですが……」

 

 「けど合流できれば、少しは安心にできますね」

 

 皆の表情が緩む中でセーファスだけが厳しい顔を崩さない。

 

 「少佐?」

 

 「いや、このまま何事もなく行ければいいと思っただけだよ」

 

 このまま上手く合流できればいい。

 

 だが救助したクラインの娘の事もある。

 

 もしも彼女を探索するための部隊と遭遇したなら―――

 

 ともかく今できる事はこのまま無事合流できるように祈ることぐらいしかなかった。

 

 

 

 

 先遣隊との合流の話はすぐ艦全体に広がりクルー、避難民共に安堵した空気が流れていた。

 

 あと少しでこの状況も終わる。

 

 そう考えれば皆の気が緩むのも当然であった。

 

 それはヘリオポリスから巻き込まれてきた、トール達も同じ事。

 

 いや、戦闘にも参加して来た彼らだからこそ余計に気が緩むのだ。

 

 これでようやく慣れない戦場ともオサラバできる、命のやり取りから解放されるのだ。

 

 「はぁ~、やっとだよ」

 

 「うん、そうね」

 

 「そういえば、先遣隊にフレイのお父さんがいるとか聞いたけど。サイは知り合いなんでしょ」

 

 先程連絡が取れた先遣隊には一緒にフレイの父親のジョージ・アルスターが同乗していた。

 

 はっきり言ってしまえばかなりの親馬鹿。

 

 先ほども通信で顔が見たいなどと言っていたのだが、流石に公私混同という事で許可されなかった。

 

 「知り合いっていうか、二、三回会ったことあるだけだよ」

 

 「フレイには言わなくてもいいの?」

 

 「さっき言ったよ」

 

 そんな事を話しているとアストとキラが入ってくるのが見えた。

 

 どうやらトレイを持っているので、また士官室の彼女達に食事を持って行ったのだろう。

 

 最初はトール達が任された事だったのだが、いつの間にか二人の役目になっている。

 

 いや、トールはミリアリアに散々怒られたため、もう交代してくれと言えなくなってしまっただけだが。

 

 「アスト、キラ! 実はさ……」

 

 「うん、そこで聞いた。先遣隊と合流するって」

 

 「そっか」

 

 持って来たトレイを片づけると皆の居る近くの席へ座る。

 

 「エルザは?」

 

 「エリーゼと居住区の方にいたわよ」

 

 最後まで気を抜かないという事なのだろう。

 

 いかにも彼女らしいと言えばらしい。

 

 そんな事を思いながら全員の顔を見渡すとトール達はどこかホッとした表情をしている。

 

 いままで慣れない艦の仕事や戦闘による緊張の連続で張りつめていた。

 

 ようやく一息つけたというところだろう。

 

 そんな穏やかな雰囲気の中、エフィムとフレイが食堂に入って来るのが見えた。

 

 こちらを見つけると、あからさまに嫌な笑みを浮かべて近づいてくる。

 

 普段は碌に近づいてもこないくせに、一体何の用なのだろうか?

 

 エフィムが何か言う前に、トールが警戒しながら話しかける。

 

 「……何だよ、なんか用か?」

 

 「そんなに邪険にするなよ。ただパイロットの2人にお礼でも言おうと思ってなぁ」

 

 「お礼?」

 

 「ああ、今まで俺たちの為にありがとな」

 

 どう聞いても、嫌味にしか聞こえない。

 

 一緒に聞いていたトールやアネットも先程までとは一転して不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

 「そうね。パパの船が来たら、あんた達もお払い箱だし。助けてくれたことだけは感謝してもいいわ」

 

 「何よ、その言い方は! 2人がいなきゃあんた達も―――」

 

 「だから、礼を言っただろうが。ま、用はそれだけだ」

 

 エフィム達はそのまま離れて違う席に向かう。

 

 「アストがアルテミスでひどい目にあったのはあの二人の所為なのに」

 

 「本当に相変わらず……」

 

 「まあまあ、もうすぐなんだしさ」

 

 空気が悪くなったところをサイが苦笑しながらも宥めていく。

 

 

 

 この時は、本当にもうすぐだと信じて疑わなかった。

 

 

 

 それが甘かったと誰もが思い知ることになる。

 

 

 

 

 先遣隊がアークエンジェルへ通信を入れる少し前、宇宙を航行している部隊を捉えた艦があった。

 

 クルーゼ隊の艦『ヴェサリウス』である。

 

 ラクス捜索の任を負った彼らは先行し探索を行っていた艦と合流し、デブリベルトに向かい航行していたのだが、その途中で地球軍の艦隊を捕捉したのだ。

 

 「こんな場所で何を?」

 

 アデスの疑問は当然だった。

 

 このあたりには本当に何もなく、精々デブリベルトが近いくらいである。

 

 その疑問にラウが独り言のように呟いた。

 

 「……足つきがアルテミスより脱出した後、月に向うにはどうするかな」

 

 ユリウスも同じ事を考えていたのか、すぐに淡々と答える。

 

 「補給と出迎えの艦艇といったところですか……」

 

 「だとしたら、見過ごすわけにもいかんな」

 

 「我々がですか? しかし……」

 

 今のクルーゼ隊の任務はラクスの探索である。

 

 優先すべきはそちらではないのか。

 

 だがラウは気にした様子もなく、いつもと変わらぬ笑みを浮かべる。

 

 楽しむかのように。

 

 「無論ラクス嬢探索の任務を放棄するわけではないさ。しかし我々は軍人だからな。あれを見過ごすことはできないのだよ。 ……私も後世の歴史家に笑われたくはない」

 

 「隊長」

 

 「どうした?」

 

 ラウが指示を出そうとした時ユリウスが遮る。

 

 「私に考えがあります」

 

 「考え?」

 

 「はい。ジンを三機ほど使わせてもらいたいのです」

 

 「……いいだろう。任せる」

 

 「はっ」

 

 敬礼を取り、作戦の準備をする為、ユリウスはブリッジを後にする。

 

 

 再びあの艦、そして因縁の相手との戦いがそこまで迫っていた。




次は戦闘です。

うまく書けてると良いのですが。


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第9話   目覚めたモノ

 

 

 

 

 

 「レーダーに艦影捕捉! 数は3つ、護衛艦『モントゴメリ』、『バーナード』、『ロー』です!」

 

 アークエンジェルを迎えにきた先遣隊をようやくレーダーに捉え、報告を聞いたブリッジが喜びに湧き、歓声が上がる。

 

 これでようやく助かったと全員が安堵したのだ。

 

 気を抜くのも無理は無い。

 

 表情を変えていないのは怪我をおして、今はブリッジに控えているセーファスくらいである。

 

 一応艦長はマリューということになっている。

 

 だが階級的には彼の方が上であり、合流の時には彼もいた方がいいだろうということでブリッジにいてもらったのだ。

 

 マリューも安堵のため息をつくと前進を指示する。

 

 このまま進み、何の問題もなく合流できる筈だった。

 

 しかし―――

 

 「これって……」

 

 計器を見ていたアネットが思わず呟く。

 

 彼女は交代要員としてブリッジや格納庫などの仕事をしてもらっていて、現在は彼女がCICに入っていた。

 

 「どうしたの?」

 

 「まさか―――ジャマーです! エリア一帯に干渉を受けています!」

 

 その報告に全員が凍りついた。

 

 意味するところは1つしかない。

 

 ―――先遣隊が敵に見つかってしまったのだ。

 

 「敵の数は?」

 

 「現在確認できるのは、ナスカ級2、シグー1、ジン5!」

 

 「モントゴメリより入電! 『アークエンジェルはただちに反転離脱せよ』以上です!」

 

 マリューは咄嗟に判断できず、拳を握る。

 

 目の前で敵に襲われている味方を見捨てて逃げることなど―――

 

 顔を上げ援護に向かおうと命令を出しかけるが、それを遮るようにセーファスが声を上げた。

 

 「ラミアス艦長、撤退を」

 

 「少佐!?」

 

 「……ここで私達がやられる訳にはいかない」

 

 理屈では分かっているが、簡単に納得はできない。

 

 思わず反論の声が出る。

 

 「しかし!!」

 

 なおも食い下がるマリューに対して、あくまで冷静に告げる。

 

 「ラミアス大尉、君は艦長だ。この艦に乗っているすべての者の命を君が握っているんだ。その君が感情に流されてどうする? 何のためにここまで来た? 自分が本当にすべきことを見失うな」

 

 その言葉に反論も出来ず、マリューは下唇を噛む。

 

 彼の言っている事は正論だ。

 

 言い返すこともできない。

 

 自分達はアークエンジェルと2機のGを月に無事に届けなければいけない。

 

 ここでやられたら、ヘリオポリスの犠牲もすべて無駄になってしまう。

 

 自分の判断で保護した民間人やここまで一緒に戦ってきた仲間たちの命を無駄に危機に晒す訳にはいかないのだ。

 

 マリューは憤る感情を抑えつけ、絞り出すように声を出した。

 

 「……撤退します」

 

 「了解」

 

 反転するアークエンジェルにブリッジが静まり返る。

 

 それも仕方がない。

 

 これで助かると思いきや、一転して追われる立場に逆戻りなのだ。

 

 忸怩たる思いを抱えながら拳を固く握りしめる。

 

 そんなマリューにセーファスが再び指示を出した。

 

 「……一応フラガ大尉達を機体で待機させてほしい」

 

 「少佐?」

 

 「念のためだ。敵が現在確認できている戦力だけとは限らない」

 

 確かに先遣隊と同じくこちらも補足されてしまう可能性もある。

 

 保護したクラインの娘の探索隊も派遣されているかもしれないのだ。

 

 「わかりました」

 

 通信を繋ぎフラガ大尉達に、機体で待機を命じる。

 

 切り替えるように息を吐き出し、無事に宙域を離脱出来るよう祈りながら、正面を向く。

 

 

 ―――だが、そんな思いを裏切るように突然通信が入った。

 

 

 「下から敵が来るぞ!!」

 

 ムウの言葉に誰もが反応できない。その時、レーダーを見ていたアネットが叫んだ。

 

 「ッ!?  艦下方より熱源が急速に接近!」

 

 「な!?」

 

 驚きと共に問い返す間もなく大きな振動と衝撃が艦に襲いかかる。

 

 「敵の数は!?」

 

 「ジンが4つ! それから、これって―――」

 

 「どうしたの?」

 

 「Ⅹ303イージスです!」

 

 

 

 

 ユリウスは僚機の3機とイージスを引き連れ、アークエンジェルのすぐ傍まで迫っていた。

 

 敵にこちらの動きを悟らせず、ギリギリまで引きつけ、奇襲を仕掛けたのだ。

 

 こんな回りくどい手を使ったのは当然、理由がある。

 

 あの部隊が迎えの艦艇だとしても本命の足つきに途中で逃げられては意味がない。

 

 だから合流する直前まで敵を泳がせていたのだ。

 

 そしてもう1つ。

 

 足つきがどのように動いても対処できるようにしないといけない。

 

 ユリウスが提案したのは敵が合流する少し前に、モビルスーツを密かに発進、先行させ網を張るというものだった。

 

 足つきが離脱すれば奇襲をかけ足止めし、味方の救援に向かえば後ろから挟撃できる。

 

 「全機、作戦通りに。足つきはエンジンを狙え」

 

 「「「了解!!」」」

 

 この作戦にはアスランも参加していた。

 

 今度こそキラを連れて帰る為に。

 

 最初、ユリウスは反対した。

 

 キラに対する感情が命取りになりかねないと判断したからだ。

 

 しかしあまりにもアスランが食い下がってきた事。

 

 そしてPS装甲に有効なビーム兵器を装備しているのはイージスだけということで許可を出したのである。

 

 ただし撤退命令には絶対に従うという条件付きだが。

 

 「アスラン。わかっているな」

 

 「はい」

 

 「よし、行くぞ!!」

 

 機体を加速させ、アークエンジェルの下方から接近し、ライフルの射程に入ると同時に攻撃を開始した。

 

 

 

 

 ムウは機体を立ち上げながらコックピットの中で舌打ちする。

 

 ここでユリウスに捕まるとは。

 

 彼がいるということは近くにクルーゼもいる筈。

 

 おそらく先遣隊を攻撃しているナスカ級はクルーゼの母艦なのだろう。

 

 だとしたらセーファスの判断は正しかった。

 

 救援に向かっていたら、後ろから挟撃され、こちらが逆にやられていた可能性の方が高いからだ。

 

 「いいか坊主共。敵はこちらを逃がさないためにアークエンジェルのエンジンを狙ってくる。エンジンを守るんだ」

 

 「あの、先遣隊の方は……」

 

 キラの質問に一瞬言葉を詰まらせた。

 

 ジン5機とクルーゼのシグー相手に碌な戦力もないだろう先遣隊が持ちこたえられるとは思えない。

 

 しかしムウは余計な事は言わない事に決めた。

 

 それが原因で戦闘に集中できなくなれば命を落としかねないからだ。

 

 「……そっちは今は忘れろ。アークエンジェルが落とされたら意味がない。何にしても俺たちが脱出しなければ、あっちも逃げられないからな」

 

 「わかりました」

 

 「よし、 ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!!」

 

 メビウス・ゼロが出撃すると続いてストライク、イレイズも発進する。

 

 「アスト・サガミ、出ます!」

 

 「キラ・ヤマト、いきます!」

 

 2機がアークエンジェルを飛び出すと、ムウのゼロがすでにジンと交戦を開始しているのが見えた。

 

 援護のためそちらに向かおうとスラスターを吹かすが、阻むように青紫のジンハイマニューバが立ちふさがった。

 

 「またかこのジンか!!」

 

 アストの脳裏にヘリオポリスでの戦いが思い起こされる。

 

 あの時は何もできないまま、一方的にやられた。

 

 だが今度は違う!

 

 「いくぞ!」

 

 イレイズは接近してくるジンを狙いビームライフルを撃った。

 

 だが敵はあっさりとビームをかわして見せると、重斬刀を抜き斬りかかってくる。

 

 「アスト!!」

 

 キラは咄嗟にイレイズを援護しようとするが、イージスが突っ込んでくる。

 

 この機体は!?

 

 ―――あのガンダムには幼い頃からの友人であるアスランが乗っている。

 

 その事実と共に一瞬だけ脳裏を掠めた記憶がキラの表情を歪めた。

 

 「……イージスガンダム。アスラン!?」

 

 「キラか!」

 

 ようやくアスランはキラと話す機会を得た。

 

 この為にユリウスの反対を押し切って奇襲部隊に参加したのだ。

 

 逸る気持ちを抑えキラに話かけようとする。

 

 しかし、ストライクはビームサーベルを構え、迷いを振り捨てるかのようにイージスに斬りかかってくる。

 

 「やめろ、キラ! 俺たちが戦う理由なんてないんだ!」

 

 「アスラン」

 

 「何故そんな物に乗って俺達と戦う? どうしてお前が地球軍にいるんだ?」

 

 そう、自分達が刃を交え、戦う必要など何処にもないのだ。

 

 「僕は地球軍じゃない……」

 

 「なら戦うのをやめ―――」

 

 「それでも戦う理由ならある! あの艦には仲間が、友達がいるんだ!! 僕はみんなを守る!!」

 

 「キラ!?」

 

 ストライクのビームサーベルをシールドで防御しながらアスランは必死に声を上げ説得を続ける。

 

 しかしキラは全く手を緩めない。

 

 何故なんだ?

 

 キラは何を考えている?

 

 あまりにも簡単で当たり前の事。

 

 間違っているのは地球軍、正しいのはザフトでありプラントだ。

 

 なのに―――

 

 アスランは受け止めたサーベルを力任せに払うとイージスを後退させる。

 

 「やめろ!」

 

 「君こそどうしてザフトに入ってるんだ? 戦争なんか嫌だって言ってたのに……なんでヘリオポリスを―――みんなを傷つけるんだよ!!」」

 

 互いにビームライフルを構えて銃口から閃光が放たれる。

 

 アスランはストライクのコックピットをわざと外し武装を狙う。

 

 キラを殺さないようにするためだ。

 

 ビームの一射をストライクはシールドで防ぎ、撃ち返す。

 

 「ナチュラル共がこんな物を作って、戦火を拡大させようとしているからだ!!」

 

 ストライクの攻撃を捌きながらキラの説得を続けていく。

 

 正直、こんなに抵抗されるとは思っていなかった。

 

 キラはコーディネイターなのだ。

 

 こちらの言い分がわからないはずがない、そう思っていた。

 

 だがキラの動きに迷いはなく、本気で戦っている。

 

 それが一層アスランを困惑させた。

 

 

 

 

 ストライクとイージスが激しい戦いを繰り広げていた頃、イレイズもまた青紫のジンと交戦していた。

 

 スコープで狙いをつけ、ビームライフルで狙撃する。

 

 だが掠める事すらできずすべて避けられてしまう。

 

 それでもアストは敵機を目で追いながら攻撃の手を緩めない。

 

 一見すると前回同様そのスピードに翻弄されているかに見える。

 

 だが―――

 

 「いつまでも一方的にはやられない!!」

 

 ジンの重斬刀を後退したかわすと、イーゲルシュテルンで牽制しながらビームライフルのトリガーを引く。

 

 「チッ、こちらの動きについてくるか」

 

 連射されるビームの攻撃をユリウスはスラスターを吹かせて回避するとライフルで攻撃する。

 

 放った一射をシールドで防御すると再びイーゲルシュテルンを放ってきた。

 

 イレイズは極力ビーム兵器を温存しながら実弾で攻撃、さらにはこちらの攻撃をシールドを使って防いでいく。

 

 いくらPS装甲が実体弾を無力化できると言っても限界がある。

 

 バッテリー切れになればそれまでなのだ。

 

 「少しはマシに戦えるようになったようだな」

 

 イーゲルシュテルンを回避しながらユリウスはイレイズの動きを冷静に観察する。

 

 ヘリオポリスで戦った時ほど一方的にはなっていない。

 

 依然としてユリウスの方が技量としては圧倒的に上である事に変わりはない。

 

 しかしアスト自身が戦闘に慣れてきたという事と機体性能の差で何とかカバーしているらしい。

 

 「相変わらず厄介な機体だ。アスト・サガミも腕を上げている。これ以上の放置はやはり危険だな」

 

 ユリウスは周囲の戦況を見ると、ヴェサリウスは今だ戦闘中でこちらには来られず、イージスはストライクの相手をしている。

 

 他のジンは足つきの攻撃に回っているようだが、ムウ・ラ・フラガに邪魔されているようだ。

 

 情報をすべて頭の中でまとめ、即座に戦略を立てる。

 

 「……イレイズを確実に仕留めるには貴方は邪魔だな、ムウ・ラ・フラガ」

 

 ライフルで牽制し、蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

 蹴りを入れられた衝撃がアストを激しく揺さぶった。

 

 「ぐっ、うう」

 

 動きが止まったイレイズにさらに重斬刀を叩き込む。

 

 アストは反射でシールドを掲げ防御するが、威力は殺しきれずさらに距離が開いた。

 

 「お前の相手は後だ」

 

 そのままイレイズを無視し、ムウの方に向って行く。

 

 「バリアント、撃てぇー!!」

 

 アークエンジェルは接近して来るジンを取りつかせまいと必死に応戦する。

 

 徐々に先遣隊のいる宙域からは離れているが、まだ安心できる距離ではない。

 

 ナスカ級は高速艦、この程度では簡単に追いつかれてしまう。

 

 「ぐっ」

 

 「少佐!」

 

 呻くような声のする方を見るとセーファスが顔を歪めている。

 

 本来は戦闘に出られるような状態ではない。

 

 攻撃による震動は堪えるのだろう。

 

 「私は、大丈夫だ。指揮に集中しろ、ラミアス大尉」

 

 「は、はい」

 

 とはいえ、戦闘が長く続くとまずい。

 

 出来るだけ早く敵を撃退しなければ。

 

 そんな中、外ではムウのメビウスゼロがアークエンジェルの傍で攻撃を加えていたジンをガンバレルで迎撃していた。

 

 一射目はかわされるがそれは計算の内。

 

 側面に回り込ませたガンバレルの攻撃でジンの左腕を損傷させ戦闘不能にする。

 

 「これで1つ―――ッ!?」

 

 不利と悟り撤退していくジンと入れ替わるように、冷たい感覚がムウを襲う。

 

 「ユリウスか!?」

 

 迎撃の態勢を取るゼロに対して一気に距離を詰めたユリウスは相手の動きを予測しながらライフルを撃ち込むがギリギリで回避される。

 

 「避けるか、流石『エンデュミオンの鷹』だな。しかしムウ、あなたでは私の相手としては役不足だ。さっさと退場してもらおうか!」

 

 そのまま肉薄、ゼロの展開したガンバレルの一つを袈裟懸けに振るった刃が斬り飛ばす。

 

 「チィ!」

 

 咄嗟にスラスターを逆噴射させ、距離を取るとリニアガンで攻撃するが全く当たらない。

 

 ジンはバレルロールで回避運動を行いながら正確な射撃でゼロを狙ってくる。

 

 だがムウも何もしない訳ではない。

 

 残ったガンバレルを巧みに操り、ジンの左右から挟撃する。

 

 「これで!!」

 

 追い込み、確実に捉えた筈の攻撃すらも舞うような動きで回避されてしまう。

 

 それを見て歯噛みしながら思わず毒づいた。

 

 「本当に厄介な奴だな! けどやられっ放しも情けないでしょ!」

 

 ジンの回避先をあらかじめ予測していたムウはそこにリニアガンを放つ。

 

 「喰らえ!!」

 

 「ッ!?」

 

 ガンバレルをかわして体勢を崩した所に完璧なタイミングでの攻撃。

 

 落とすことはできなくとも損傷くらいはできると確信する。

 

 殺った!

 

 しかし、ユリウスはそんなムウの予想のさらに上をいった。

 

 驚異的な反応で機体を半回転させ、ギリギリで回避して見せたのである。

 

 「なっ、避けた!?」

 

 完璧なタイミングで放った一射をかわされた事でムウは動揺し、動きを鈍らせてしまう。

 

 「甘いな、ムウ」

 

 その隙を突く形でライフルが発射された。

 

 ゼロも咄嗟に回避行動を取るが間に合わない。

 

 「ぐっ!」

 

 直撃こそ避けたが側面に損傷を受けてしまう。

 

 「このまま落とすことはできるが、それはクルーゼ隊長に譲るとしよう。それに今相手にすべきは貴方ではないからな」

 

 「くそ、これじゃ立つ瀬ないでしょ! 俺は!」

 

 撤退していくムウを冷めた目で見送るとアークエンジェルに視線を戻す。

 

 「次は君達かな」

 

 そのままアークエンジェルのエンジンにライフルを構え攻撃する。

 

 無論敵艦も簡単にやられるつもりもないようだ。

 

 最後の抵抗のようにミサイルやレールガンで迎撃されるが、ユリウスは余裕で対処していく。

 

 ミサイルを撃ち落とし、レールガンを回避する。

 

 「無駄だよ。私には当たらない」

 

 ライフルのトリガーに指を掛けると躊躇う事無く引きエンジンを狙った。

 

 「悪いが君たちを逃がすわけにはいかない」

 

 一直線に進んだ一撃が狙い通りエンジンに損傷を与える。

 

 「キャアアアア!」

 

 アークエンジェルが激しく揺れ、ブリッジにアネット達の悲鳴が響き渡る。

 

 「損害を報告しろ!!」

 

 「第2エンジン損傷!! 出力低下!!」

 

 「まずいわ! このままではナスカ級から逃げられなくなる!!」

 

 エンジンから煙を吹くアークエンジェルに再度攻撃を仕掛けるためユリウスはライフルを構える。

 

 そこに追いついてきたイレイズがビームライフルを撃ち込みながら、接近してきた。

 

 狙い通りだ。誘い出されたとも知らずに獲物がやってきた。

 

 「アークエンジェルはやらせない!!」

 

 ユリウスは笑みを浮かべ、近くのジンに指示を出す。

 

 「追いついてきたか。シリル、クード、ついてこい!」

 

 「「了解!」」

 

 イレイズを取り囲むように、三機のジンが周囲に展開する。

 

 ユリウスが速度を上げて突っ込んでいき、袈裟懸けに斬り払う。

 

 「こいつら―――なっ!?」

 

 重斬刀の一太刀を後退して回避するが、背後に回り込んだもう一機がライフルで攻撃してくる。

 

 「ぐぅぅぅ! くそ!!」

 

 そこからどうにか離脱しようとすると、さらに別の一機が割り込んでくる。

 

 「逃がさねぇよ! シリル!!」

 

 「了解!!」

 

 豪を煮やしたイレイズがビームライフルを構えると今度は側面から別のジンがライフルを連射してくる。

 

 そちらに狙いを変えると今度は別方向からの攻撃されてしまう。

 

 かと言ってビームサーベルで斬りかかろうとしても距離を取られる。

 

 完全に敵のペースに乗せられてしまっていた。

 

 アストが前に戦ったイージス、デュエルも連携はお世辞にもうまくはなかった。

 

 だからこそ互角に戦うこともできた。

 

 しかしこのジン達は違う。

 

 完全な連携でイレイズを翻弄していた。

 

 「この!!」

 

 ビームライフルの一撃も青紫のジンは軽く避けて当たらない。

 

 アストに焦りが広がっていく。

 

 このまま攻撃を受け続ければどうなるか考えるまでもない事なのだ。

 

 シリル、クードのジンは距離を取り、速度で翻弄するユリウスの援護に回っている。

 

 これでは打つ手がない。

 

 「確かにPS装甲に実体弾は効かない。だが限界はある」

 

 そう無限ではない。実体弾でもエネルギーを削ることはできるのだ。

 

 だからユリウスは各機と連携し、効率よく攻撃することでイレイズのバッテリー切れを誘う作戦を取った。

 

 しかし、そこにイレイズを援護する者がいれば作戦に支障をきたす恐れがある。

 

 つまりムウを先に狙ったのはこの為であった。

 

 もし仮にムウがいればここまでの連携を取れなかっただろう。

 

 ストライクの方はアスランに任せている。

 

 もし説得に失敗しても、イレイズを先に仕留めた後でならどうとでもなる。

 

 「終わりだよ、アスト・サガミ!!」

 

 この作戦は欠陥を抱えるイレイズにとって最悪の作戦だった。

 

 「まずい、エネルギーが!」

 

 アストの危惧通りの展開。コックピットに鳴り響く警告音。

 

 バッテリーの残量が危険域に入っている。

 

 他の五機のガンダムならば、まだ余裕があったかもしれない。

 

 だがイレイズには致命的だった。

 

 「くそ!」

 

 「逃がさないよ」

 

 なんとか包囲網を抜けようと離脱を試みる。

 

 だが背後に回ったジンから攻撃を加えられてしまう。

 

 前に吹き飛ばされた先に次のジンがいる。

 

 突撃銃を構えイレイズを狙って放たれた。

 

 「うああああ!」

 

 ジンの放った弾が直撃する。

 

 それで最後。

 

 エネルギーがゼロになり、装甲が落ちると色が消え失せ元の鋼の色に戻る。

 

 「止めだ!」

 

 ユリウスが重斬刀で斬り裂こうと突っ込んでくる。

 

 避けられない、やられる。

 

 アストはこの先に襲いかかるであろう衝撃を想像し、思わず目を閉じた。

 

 

 

 その少し前―――

 

 

 

 アスランのイージスに阻まれていたキラにもアストが苦戦しているのがすぐにわかった。

 

 あのままではやられてしまう。 

 

 急いで助けに行かなければ!

 

 「アスト!!」

 

 すぐに援護に向かいたいが、そこにイージスが割り込んでくる。

 

 キラは邪魔をするイージスに苛立ちながらビームサーベルを横薙ぎに振った。

 

 「やめろ、キラ!」

 

 その攻撃をシールドで受け止めると、イージスもまたビームサーベルを叩きつける。

 

 斬撃をシールドで受け止め、互いに火花を散らしながらこう着状態になった。

 

 その光に照らされ、苛立ちを込めてキラは叫んだ。

 

 「アスラン、退いて! このままじゃアストが!」

 

 「……あいつの事は諦めろ」

 

 「アスラン!?」

 

 「あいつは仲間を傷つけた敵だ。このまま放置しておけば、また仲間を傷つける。だからここで討たなきゃいけない」

 

 「ふざけるな!!!」

 

 「いい加減にしろ、キラ! 剣を引いてこちらに来るんだ! あいつに何を言われたのか知らないが、こっちがお前の居場所なんだ!!」

 

 アスランはなにを言っているのだろうか。

 

 アストを諦めて見捨てろと、そう言っているのか。

 

 キラはアスランに対して初めて失望感を抱くと同時に激しい怒りが込み上げてくる。

 

 アストはヘリオポリスからずっとみんなのために頑張ってきた。

 

 キラがアスランの事を話した時も戦わなくていい、そう言ってくれた。

 

 アルテミスで何もできず、申し訳なくて謝った時も気にするなと、そう言ってくれたのだ。

 

 そんな彼を見捨てろと、アスランは言ったのだ!!

 

 怒りのまま叫び返そうとした時、キラの視界には追い詰められたイレイズが見えた。

 

 「アスト!!」

 

 

 あの時の覚悟を思い出す。

 

 

 今度は自分が皆を、アストを守るのだと。

 

 

 でもこのままではアストは―――

 

 

 

「そんな事は、絶対に――――!!!!」

 

 

 

 その時―――キラの中で何かか弾けた。

 

 

 それと同時に急に視界がクリアになり、鋭い感覚が全身に広がる。

 

 激しい怒りがキラの中に渦巻き、それをぶつけるように目の前の敵に叫んだ。

 

 「邪魔するなぁぁぁぁ――――!!!!」

 

 イージスをシールドで突き飛ばし、サーベルを一閃する。

 

 「なっ!?」

 

 サーベルが体勢を崩したイージスのシールドを弾き、その隙に蹴りを入れる。

 

 「くぅ、キラ!」

 

 先程までとはまるで違う動きについていくことができない。

 

 キラは吹き飛ばされたアスランを無視し、イレイズの方へと機体を向ける。

 

 「待て! キラァァ!!!」

 

 アスランの制止も虚しくストライクはイレイズの援護に向かって行った。

 

 

 

 

 ジンに追い詰められたイレイズの装甲が落ち、青紫のジンが止めとばかりに、刃を構えて突っ込んでいく。

 

 やらせるか!!!

 

 「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 ストライクはビームサーベルを青紫のジンに向け上段から振り下ろす。

 

 しかし、直前にこちらに気がついたのか敵機は驚異的な反応でそれを回避する。

 

 「ストライクだと!?」

 

 だがキラは追撃をやめない。

 

 かわしたジンにイーゲルシュテルンを放ち、体勢を崩すと再びサーベルを叩きつけた。

 

 それすらも避けようとするがユリウスの操縦に機体が反応しきれない。

 

 ストライクの一撃に回避が間に合わず左腕を斬り落とされた。

 

 ユリウスは機体反応の鈍さに苛立ちながら、敵を睨みつける。

 

 「くっ、この動きは……」

 

 「「ユリウス隊長!!」」

 

 周りにいたジン達が援護の為に向かってきた。

 

 「シリル、お前は左からだ!!」

 

 「了解!」

 

 左右に別れ、ストライクを挟みうちにしようと仕掛けてくる。

 

 だが今のキラには通用しない。

 

 すべてが止まって見える程に二機の動きは遅かった。

 

 ライフルによる射撃を回避しながら、右から迫ってくる1機にビームサーベルを投げつける。

 

 投擲された光刃の一投が予想外だったのか、反応が遅れかわしきれずジンの頭部に突き刺さる。

 

 「なっ!?」

 

 「遅い!!」

 

 そのまま懐に飛び込むとアーマシュナイダーを引き抜き、躊躇うことなくコックピットに突き立てた。

 

 突き刺さった刃が火花を散らし、クードは完全に押しつぶされてしまった。

 

 「クードォォォ―――!! こいつよくも!!」

 

 仲間であるクードの死に激高したシリルがストライクに突撃する。

 

 だがキラは焦ることなく、動かなくなった目の前のジンをつかむと敵に投げつける。

 

 「何だと!?」

 

 シリルは投げつけられたジンとの衝突を避ける為、スラスターを吹かし横へと逃れた。

 

 だがそれこそがキラの狙いだ。

 

 シリルがかわした瞬間にビームライフルで投げつけたジンを撃ち抜くと爆散させた。

 

 「ぐああああ!!」

 

 爆発に巻き込まれたジンは撃墜こそされなかったが戦闘のできる状態ではない。

 

 形勢は完全に逆転した。

 

 ユリウスはこれ以上は無理と判断すると即座に撤退命令を下す。

 

 「シリル、退くぞ!!」

 

 「しかし!!」

 

 「時間は稼いだ。これ以上は無駄死になる! アスラン、来い!!」

 

 「くそっ!!」

 

 青紫のジンが後退すると損傷したジンも撤退していく。

 

 そしてイージスも、反転して戦闘宙域から離れていった。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「キ、キラ、今の……」

 

 「アスト、大丈夫?」

 

 「あ、ああ。キラのおかげだ。ありがとう」

 

 その言葉で安堵した。自分は守ることができたのだと、ホッと胸をなで下ろした。

 

 

 

 

 

 ユリウスは後退しながら状況を整理していた。

 

 ヴェサリウスは危なげなく敵艦を殲滅したようだ。ここまでは予想通りと言えるだろう。

 

 しかし問題はこちらの方に起きた。

 

 作戦は自体は予定通りといって良く、足つきを沈める事は出来なかったが、十分に時間は稼いだ。

 

 今の距離ならヴェサリウスであれば問題なく追いつける。

 

 しかし、イレイズをあそこまで追い詰めながら落とすことはできなかった。

 

 その原因はストライクにある。

 

 ストライクが―――いやキラ・ヤマトが見せたあの動き、

 

 「あれは、まさか……」

 

 そうだとすれば今後大きな脅威となる。

 

 「どこまでも忌々しいな、キラ」

 

 その呟きには隠しきれない憎悪が潜んでいた。

 

 そしてアスランもまたやりきれない思いを抱えていた。

 

 説得できなければ―――

 

 以前ラウとした約束が脳裏を過る。

 

 「キラ、どうしてだ……」

 

 キラを撃つなどあり得ないとそう思っていた。

 

 だが最後に見せたあの動きは自分はおろかユリウスにまで損傷させるほどの力をキラは見せたのだ。

 

 あいつがこのまま地球軍として戦い続けたなら、ザフトは大きな被害を被るだろう。

 

 多くの仲間があいつに討たれる。

 

 だから今度はキラを……

 

 そこまで考えて、嫌な想像を振り捨てるように頭を振った。

 

 まだチャンスはきっとある。

 

 もう一度きちんと話せば大丈夫なはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 それにしてもキラはこちらに本気で敵対してきた。

 

 アスランの知っているキラは争い事を嫌っていたはずだ。

 

 それが何故―――

 

 アスランの脳裏浮かぶのはイレイズのパイロットの事。

 

 確かアストとかいう奴だ。

 

 ヘリオポリスからずっと因縁がある。

 

 「……あいつがキラに何かを吹き込んだのか」

 

 キラは昔からお人好しだった。

 

 今もそんなキラを足つきにいる連中は利用している。

 

 アストという奴もそうかもしれない。

 

 アスランの操縦桿を握る手に必要以上の力が入る。

 

 だとしたら、許せない。仲間を傷つけ、ミゲルを殺し、今度はキラまで。

 

 「やはり討つしかない、奴を」

 

 アスランは決意した。

 

 それこそがキラとの決定的な決別に繋がるとは気がつかないまま。




戦闘回、そしてキラSEED覚醒です。

原作より早いですが。


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第10話  互いの誓い

 

 

 

 アークエンジェルは緊迫しながらも、月に向けて歩を進めていた。

 

 艦内が未だに緊迫しているのには理由がある。

 

 それは先遣隊を攻撃していたナスカ級の1隻がアークエンジェルを追尾してきていたからである。

 

 そしてもう1つ。

 

 あのナスカ級が追って来たという事は合流しようとしていた先遣隊は全滅したという事に他ならない。

 

 大規模な部隊ではなかったとはいえ、この短期間に全滅させて追ってくるとは―――

 

 それでも不幸中の幸いかもう一隻は追って来てはいないものの、この危機的状況はなんら変わらない。

 

 「で、これからどうする? このままじゃナスカ級に追いつかれるぞ」

 

 ブリッジに来ていたムウの指摘したようにこのままでは逃げきれない。

 

 理由は2つある。

 

 こちらを待ち伏せしていた敵はなんとか追い払えたが、足止めされたため距離を稼ぐことができなかった事。

 

 そしてもう1つ。

 

 先程の戦闘で無傷とはいかず、エンジンに損傷を負ってしまったからだ。

 

 幸い軽微だったものの、エンジンの出力に若干の影響がでており、ナスカ級に徐々にだが追いつかれているのである。

 

 「ともかくなにか考えないと……」

 

 マリューは疲れたようにため息をつく。

 

 この艦に乗ってから休まる時などほとんどなかったのだから仕方がない。

 

 「少佐は?」

 

 「医務室で手当を受けています。先程の戦闘でずいぶん無理をされていたようですし」

 

 「なるほどね」

 

 「そういえば後で艦長室に集まって欲しいそうですが……」

 

 何か打開策でもあるのだろうか。

 

 本来なら自分がやられねばならない事なのに。

 

 これでは誰が艦長かわからないなと自嘲しながらため息をついた。

 

 情けないことにセーファスが負傷せず、アークエンジェルの指揮を最初から執っていたならと考えてしまう。

 

 再びため息をつき、そんな考えを振り払う。

 

 今は自分が艦長なのだと無理やり言い聞かせ、艦長室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 アストはイレイズのコックピットでキーボードを叩きながら先程の戦闘の事を考えていた。

 

 死んでいた。

 

 キラが助けてくれなければ、間違いなくここにはいなかっただろう。

 

 自分が守ると言いながら、結局は助けられるなんて情けない。

 

 「……もっと強くならないと」

 

 あの青紫のジンや他のガンダムと戦っても負けないように強くならなければ守る事などできない。

 

 そこでふと先程の戦闘を思い出した。

 

 「そう言えばあの時のキラは凄かったな」

 

 敵を撃退した時のキラの動きは普段とは比べ物にならないほど凄かった。

 

 あれは一体何だったのだろうか?

 

 「アスト、そっちは終わった?」

 

 「ああ、もう終わるよ」

 

 「なら、一度みんなの所に戻ろう」

 

 「そうだな」

 

 作業を終え、キラと居住区に向かう途中で先程の戦闘に関する事を聞いてみる事にした。

 

 「キラ、さっきの戦闘の最後の動きは凄かったけど、あれって……」

 

 「ああ、うん、僕にもよくわからないんだ」

 

 キラはその時の事を思い出すように目を閉じる。

 

 「アストを助けないとって思ったら、なにか弾けたような感覚のあと、目の前がクリアになったっていうか……」

 

 何とも要領を得ないが、キラ自身もうまく言えないらしい。

 

 「そうか。とにかくキラのおかげで助かったよ」

 

 「いや、アストが無事でよかった」

 

 キラは照れくさそうに笑う。

 

 先ほどまで命がけの戦いをしてきたとは思えないほど穏やかな雰囲気だった。

 

 だがそんな雰囲気を壊す叫び声のようなものが聞こえてくる。

 

 「今のって……」

 

 キラと顔を見合せて、歩いて行くと見慣れた少女が叫んでいるのが見えた。

 

 「嘘よ!! パパが死んだかもしれないなんて!!!」

 

 「落ち着けって、フレイ!」

 

 聞こえてきた叫び声はフレイものだった。

 

 普段からは想像もできない程、酷く取り乱しており、それをエフィムが抑えている。

 

 彼女の言葉で何故叫んでいるのか理解できた。

 

 フレイの父親は先遣隊にいた。

 

 そして襲っていたナスカ級がアークエンジェルを追ってきている。

 

 結果がどうなったかなど、誰にでも分かる事だった。

 

 「なんで、なんでパパが!!」

 

 自分達にはどうしようもなかったとはいえ、その姿は堪える。

 

 キラを促し共にその場を離れようとした時、フレイがこちらに気がついた。

 

 エフィムを振り払い、詰め寄ってきた。

 

 「あんた達、どうしてパパを助けてくれなかったのよ!!!」

 

 「フレイ」

 

 普段とは比べ物にならない、凄惨な顔で睨みつけてくる。

 

 あの戦闘ではキラにもアストにもどうしようもなかった。

 

 だがそれを彼女に言っても伝わらない。

 

 大切な家族を失ったというのなら、冷静でいられる筈がないのだ。

 

 「なんとか言いなさいよ!!!」

 

 悲痛な叫びに何も言えず、俯く事しかできない二人に後ろから声が掛けられた。

 

 「その辺にしておきなさい」

 

 「オーデン少佐」

 

 声を掛けてきたのはセーファスであった。

 

 傷に障らないよう、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 どうやら包帯を変えたらしく、最初見たときほど血が滲んでいなかった。

 

 「アスト君、キラ君、話がある。艦長室まで来てくれないか?」

 

 「あ、はい、わかりました」

 

 「ちょっと待ちなさいよ!! 話はまだ―――」

 

 「その辺にしておけと言ったはずだよ。親を亡くした事はつらいと思う。だからといって彼らを責めるのは筋違いだ。艦の撤退させたのは私だからね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、フレイの表情が変わる。

 

 悲しみから、怒りの表情へ、そのままセーファスに詰め寄った。

 

 「なっ!? あんたが!!」

 

 「なんでフレイの父さんを助けなかったんだよ!!」

 

 エフィムの糾弾にもセーファスは表情を変えることなく淡々と答えた。

 

 「そうしなければここにいる全員が死んでいたからだ」

 

 話は終わりだとセーファスはそのまま背を向けて歩き出した。

 

 「2人共、行こう」

 

 「は、はい」

 

 チラリとフレイ達を一瞥するとそのままセーファスについていく。

 

 「あの、少佐、いいんですか? あのまま放っておいて」

 

 「今、何を言っても彼女には伝わらない」

 

 確かにそうかもしれない。

 

 あの取り乱しようでは何を言っても無駄。

 

 しかし放っておいてもいいのだろうか?

 

 何と言うか放っておくと余計な揉め事が起きる気がするのだが。

 

 同じような事を考えているのか、キラも暗い表情で押し黙っている。

 

 このまま黙っていても仕方ないので気になっていたことを聞くことにした。

 

 「あの、話ってどんなことですか?」

 

 「ん、ああ、今の状況をどうにかするための話し合いだよ」

 

 つまり作戦会議ということだろうか?

 

 「まあ、行けばわかるよ」

 

 何も言わないセーファスの後について艦長室まで歩いて行った。

 

 

 

 

 「申し訳ありせん、クルーゼ隊長。1機は撃墜、3機損傷、1名戦死させてしまいました。この責任はすべて私にあります」

 

 「……まさか、お前の機体に傷をつけるとはな」

 

 ヴェサリウスのブリッジではユリウスが先程の戦闘の報告を行っていた。

 

 今回の作戦自体は成功である。

 

 だがユリウスからすれば戦死者まで出してしまったのは失態以外の何ものでもない。

 

 現に血が滲むほど強く拳を握っていた。

 

 それだけ責任を感じているという事だ。

 

 そんな彼を特に責め立てるでもなく、ラウは労いの言葉を口にする。

 

 「そう気にすることもない。足つきのエンジンにダメージをあたえただけで十分だ。戦力としてもまだ私のシグーとイージス、ジンもある。問題はないさ」

 

 「……はい」

 

 「お前を損傷させたストライクは警戒すべきだがな」

 

 表情からして納得していないようだ。

 

 しかし立場を弁えこれ以上は何も言わずに一歩下がった。

 

 話の区切りのついたところで、アデスが話に入ってくる。

 

 「隊長、ラクス様の事は―――」

 

 「ラクス嬢の探索も行うさ。そのために1隻はあの宙域に残してきた。我らは足つきを仕留めた後で参加すればいい。ただラクス嬢の事は足つきも関係しているかもしれないからな」

 

 「隊長、それはどういうことですか?」

 「月に向かう途中にはデブリ帯がある。追われている足つきからすれば、身を隠すには絶好の場所、そしてユニウスセブンもその中だ」

 

 ラウの推論にアデスは思わずぎょっとした。

 

 あり得ないと言いたいところではあるが、そう言われればそんな気もしてくるから不思議だ。

 

 「では、まさか足つきにラクス様が……」

 

 「その可能性もあるということだよ」

 

 それだけ言うとラウは自分の席に座り、今後の事を思案し始めた。

 

 

 

 

 アークエンジェルを追うヴェサリウスの格納庫では戦闘を終え帰還していたジンのパイロット、シリル・アルフォードが損傷した自機を見上げていた。

 

 その表情は険しく、ユリウスと同じく血が滲むほどの力で拳を握っている。

 

 彼もまた仲間想いの男だった。

 

 シリルはユリウスと僚機を務める事もある優秀なパイロットであり、それは先の戦闘で死んだクードも同じ。

 

 ユリウスとあれほどの連携をとれるものはクルーゼ隊には隊長のラウを除いて彼らしかいない。

 

 シリルが考えていたのは先ほどの戦闘の事だった。

 

 敵をあそこまで追い詰めながら倒すこともできず返り討ちに遭い仲間をみすみす殺されてしまった。

 

 許せるはずはない。

 

 それは敵だけの事ではない。

 

 不甲斐無い自分自身もだ。

 

 「シリル」

 

 「アスランか。機体の状態はどうだった?」

 

 「ああ、こっちは問題ない。そっちは?」

 

 「あれを修理するくらいなら、新しい機体を用意した方がいいと言われたよ」

 

 やや苦笑しながらシリルは再び機体を見上げ、そして静かに決意を口にする。

 

 「あいつらは必ず倒す、必ずだ!」

 

 その言葉を聞いたアスランに一瞬複雑な感情が浮かびあがる。

 

 シリルの言う倒す者の中にはキラも含まれているからだ。

 

 しかし彼の言う事も分かる。

 

 だからこそこれ以上犠牲が出る前に、そして取り返しのつかなくなる前にキラを連れ戻さなければならないのだ。

 

 アスランは辛そうな表情を浮かべたが、すぐに引き締めると頷いた。

 

 「……ああ、そうだな」

 

 あれだけの力を持った機体を放っておくことなどできないのだ。

 

 プラントを―――仲間を守るためには。

 

 

 

 

 呼び出されたアストとキラは緊張感の漂う艦長室の中で成り行きを見守っていた。

 

 正面の机にはマリューが座り、その対面の左右にはムウとナタル、セーファスがいる。

 

 「それで少佐、皆を集められた理由はなんです?」

 

 黙っていても仕方ないと思ったのか、意を決してナタルが話を切り出した。

 

 「もちろんこの状況を打開するための話だ。その前に二人に今の現状を説明したいんだけど構わないかな?」

 

 「ええ、問題ありません」

 

 マリューは頷くも、ナタルは不満そうな顔を隠さない。

 

 彼女からすると正規の軍人でもなく、コーディネイターのアスト達がここにいるのが不満なのかもしれない。

 

 「現在、アークエンジェルがナスカ級に追われている事は知っているね?」

 

 「はい」

 

 「アークエンジェルはエンジンに損傷を受けたが、被害自体は軽微。しかしエンジン出力に影響が出てしまい、このままだと逃げきれない。私達を迎えにきた先遣隊はおそらく全滅し、他の援軍も来ないとは言えないが必ず来るという確証もない。何より援軍が来るより前に追いつかれるだろう。そこで何か手を打たなければいけないと、ここまでが現状だ」

 

 追撃されているのは知っていたが、そこまで切羽詰った状況とは―――

 

 避難民がこの状況に気がついていないのは幸いだった。

 

 これまでの戦闘で避難民のストレスは限界に近い。

 

 下手をするとパニックになる可能性すらある。

 

 「それでどうしようというんです?」

 

 キラの質問に皆がセーファスを見る。

 

 「……ラクス・クラインをナスカ級に引き渡す」

 

 「な、どういうことですか!!」

 

 思わずナタルが大声を上げる。

 

 声こそ上げなかったがこの部屋に居いる全員が驚いていた。

 

 それを見越していたセーファスはナタルに向き合うと手で制した。

 

 「落ち着け、バジルール少尉。ちゃんと説明する」

 

 「も、申し訳ありません」

 

 その言葉に冷静さを取り戻したナタルは流石に気まずかったのか頬を赤くし謝罪すると、一歩下がる。

 

 「ラクス・クラインがプラントにとって重要な存在である事は明白だ。追ってきているナスカ級もおそらく彼女の探索に来た部隊だろう。その彼女を引き渡すから動きを止めろと要求すればナスカ級も止まる。もちろん止めなければ命の保証はないと脅す必要はあるが」

 

 「しかし、それでは敵がが彼女を奪還した後、こちらがやられるだけです!」

 

 「もちろん黙って引き渡す訳じゃない。引き渡しで動きを止めたナスカ級をランチャー装備のストライクで狙撃する。ランチャーストライカーなら可能だろう」

 

 確かにアグニなら直撃させれば撃沈も出来る。

 

 だがこの作戦には当然リスクも伴う。

 

 「危険ですよ! もし失敗すれば―――」

 

 失敗すれば足の止まったアークエンジェルは包囲され、撃沈されてしまうだろう。

 

 しかしセーファスは特に表情を変える事無く言い放った。

 

 「それはこのままでも同じだ。だが今の私達には他に有効な打開策はない」

 

 その通りだ。

 

 この場の誰もが他の策など思いつかない。

 

 「キラが狙撃役なら俺は?」

 

 「アスト君にはイレイズでラクス・クラインの引き渡し役をしてもらいたい」

 

 「わかりました」

 

 「それからもう1つ。もしストライクによる狙撃が失敗した場合は君がナスカ級に損傷を与えること」

 

 「待ってください! 少佐、それは……」

 

 今度はマリューが声を上げた。

 

 確かに引き渡す際に敵艦に近づくことにはなるが、その分危険も大きい。

 

 下手をすれば敵の攻撃によって離脱できなくなるかもしれない。

 

 「これはあくまでも失敗した時の話だ。それにもしもの備えは必要だろう」

 

 「……はい」

 

 それから具体的な作戦を詰めていく。

 

 まずイレイズにラクスとレティシアを乗せてナスカ級に向かう。

 

 この時に受け渡す相手を指定するのだが、イージスに決まった。

 

 何故イージスかといえば、万が一の時に戦闘には参加させない為である。

 

 流石にラクス・クラインを乗せたまま戦闘は行えないだろう。

 

 そして同時にストライクはランチャーを装備し船外に出る。

 

 アークエンジェルの陰に隠れて見つからないように待機し、ムウのゼロもストライクと同じように待機しておく。

 

 これは敵がこちらと同じく奇襲をしてきた時、敵を足止めにしストライクが攻撃するまでの時間を稼ぐためだ。

 

 「―――以上だ。何か質問は?」

 

 「彼女達には誰が伝えるんです?」

 

 「というか素直にこちらの言うことを聞いてくれますか?」

 

 ナタルが懸念を口にする。

 

 彼女達が大人しく事らの言う事に従うとは考えづらい。

 

 最悪、無理にでも言うことを聞いてもらわないといけなくなる。

 

 そうでなければアークエンジェルが沈んでしまうのだ。

 

 「……俺とキラで伝えます。何度か話もしていますし。これは彼女達にとっても悪い話じゃない」

 

 「うん。そうだね」

 

 アストとキラはあれから何度か食事を運んでそのたびに話をしている。

 

 地球軍の士官が行くよりは話もしやすいだろう。

 

 「では頼む。1時間後に作戦開始だ」

 

 「「「了解」」」

 

 艦長室を出たアストはキラと共にその足で士官室に向かう。

 

 「でも、なんて言って話せば」

 

 キラの懸念は尤もだった。

 

 数回話をしてある程度仲良くなったとは思う。

 

 それでも彼女達はプラントの人間なのだ。

 

 自国の軍隊に攻撃する作戦に協力してくれるかはわからない。

 

 「正直に言うしかないと思う。彼女達からすれば助かるチャンスだから拒否はしないはずだ。それにラクスさんはともかくレティシアさんはこちらが隠しても気がつきそうだしな。そうなって協力してもらえない方がまずいと思う」

 

 「うん」

 

 もちろんそれでうまくいくかはわからない。

 

 それでも彼女たちに無理やり言うことを聞かせるようなことはしたくなかった。

 

 それにキラやセーファス達には言ってないが彼女達には頼みたいこともある。

 

 士官室の前までたどり着くとやや緊張気味にキラが声を掛けた。

 

 「あの、キラですけど、入ってもいいですか?」

 

 「キラ様ですか? どうぞ」

 

 向こうからの返事を聞いて扉を開いた。

 

 「あら、アスト様も一緒でしたのね」

 

 「ええ、2人に話があったもので」

 

 ラクスとレティシアが顔を見合わせるのを見ながら、できるだけ落ち着いて今の状況と作戦について説明する。

 

 もちろん今まで伏せていた自分たちがモビルスーツのパイロットである事も明かした。

 

 流石に驚いていたが、嘘はつかないと決めたばかり。

 

 余計な不信感を抱かれるよりはマシであると揉め事を覚悟して説明する。

 

 「という事なんですが」

 

 キラの説明を聞き終えたラクスの表情はいつも通りだが、レティシアの表情は硬い。

 

 「1つ聞きたいのですが、どうしてそんな話を私達にしたのですか? わざわざそんな話をしなくても銃を突きつけて言うことを聞かせようとか思わないのですか?」

 

 その方が手間もかからない。

 

 わざわざ説明し、協力を頼む理由など無いのだから。

 

 「できればそんなことはしたくありません。それにこれは2人にとっても悪くない話です。このままアークエンジェルと一緒に月に連れていかれるよりはずっといい」

 

 「……確かにそうですね」

 

 月に連れて行かれればどうなるかは、レティシアも重々承知済みである。

 

 だからこそその前に脱出を図るつもりだった。

 

 そういう意味ではこの話に乗らない手はない。

 

 罠であったとしても、このままよりはずっと離脱できる可能性は高くなる。

 

 「それに、その、実は今の話とは別にお願いがあるんです」

 

 アストの発言に今度はキラも驚いてアストを見つめた。

 

 何を頼むつもりなのだろうか?

 

 「ラクスさん達を引き渡すイージスガンダムにはキラの昔からの友達が乗っているんです。名前はアスラン・ザラ。このまま彼とキラを戦わせたくないんです。せめて今でもキラは彼の事を友達だと思っている事だけでも伝えてもらえませんか?」

 

 そう言ってアストは頭を下げた。

 

 「アスト、僕はもう覚悟しているから」

 

 「いや、それでも友達だろ。あいつはお前をつれて行きたがって―――」

 

 「前も言ったけど僕は行かないよ」

 

 キラは前から覚悟は決めている。

 

 敵がアスランであろうと戦うと。

 

 だが実際に対峙した時に同じ様に言えるか内心不安だった。

 

 アスランとの思い出が消えた訳ではないから。

 

 しかし前の戦闘でのアスランとの会話で迷いはなくなった。

 

 少なくともアストを撃つと言ったアスランと行く事はない。

 

 「そうですか。アスランと……」

 

 「知っているんですか?」

 

 「はい、将来私が結婚する相手ですから」

 

 「「えっ!?」」

 

 知り合いなのも驚いたが、まさか婚約者とは。

 

 何と言うか偶然にしても出来過ぎている気がする。

 

 「優しいのですが、とても無口な方で。でもこのハロを下さいました」

 

 彼女の手の中で『ハロ、ハロ』と喋っているロボを見つめる。

 

 どうやらあのペットロボは彼の自作のものだったらしい。

 

 「そうですか。僕のトリィ、えっと鳥のペットロボなんですけど、それも彼が作ってくれたんですよ」

 

 「まあ、そうなのですか?」

 

 目を輝かせるラクスにキラは機会があれば見せると約束している。

 

 本当にそんな機会が訪れるのであればだが。

 

 「アスト君。君がどうしてそこまで?」

 

 今まで黙っていたレティシアが真剣な目でこちらを見つめてきた。

 

 疑問も当然かもしれない。

 

 会って間もない人間に頭を下げてまでこんな事を頼むなんて。

 

 アストはそれに笑って答える。

 

 「友達で戦わずに済むならそれに越したことはありませんから」

 

 どこか儚いような笑みを浮かべるアストがレティシアには酷く危ういものに見えた。

 

 酷く無理をしているとそんな気がした。

 

 「君は―――」

 

 「俺の事よりどうするのか決めてください」

 

 考えるまでも無い。

 

 2人はお互いを見て頷き合う。

 

 「そうですね、わかりました。その話を受けましょう」

 

 特に揉める事無く話が纏まった事にアストもキラも安堵の表情を浮かべた。

 

 それよりも先程からレティシアはアストの事が気になるのかジッと見ている。

 

 ちょっと居心地が悪いが気が付かないふりをした。

 

 今はそれどころではないのだから。

 

 2人を引きつれて格納庫に向かう。

 

 もちろんそのままという訳にはいかないので、ロッカールームに入り宇宙服を取り出す。

 

 「えっと、これに着替えてくれますか?」

 

 キラが宇宙服を渡すがラクスの服を見て服の上からは、無理な事に気が付いたようだ。

 

 彼女はロングスカートで上から着るのは難しい。

 

 レティシアの方は短めのスカートなので問題ないようだが。

 

 「ではこうしましょう」

 

 アスト達の視線に気が付いたのかラクスは笑みを浮かべるといきなりスカートを脱ぎ始める。

 

 ピンクの下着が一瞬見えたので咄嗟に視線をそらした。

 

 「なっ!」

 

 「ちょっと!」

 

 「ラ、ラクス、なにしてるの!? 君たちは早く出て!」

 

 「は、はい」

 

 レティシアに急かされ、慌ててロッカールームを飛び出した。

 

 「ハァ、まったく」

 

 「あはは、驚いたね」

 

 「笑いごとか!」

 

 はっきり言って全然笑えない。

 

 本当に彼女には驚かされる。

 

 心臓に悪い。

 

 さっきの光景を出来るだけ思い出さないようにしながら、アスト達もパイロットスーツを着こむと、自分の機体に乗り込んだ。

 

 「2人共しっかり掴まってください」

 

 「ええ」

 

 「わかりました」

 

 流石に3人が乗り込むと狭い。

 

 だが問題はそこではなくアスト以外は年頃の、しかも美人の女性である。

 

 ドキドキしながら余計な事を考えないようにOSを立ち上げて、発進準備を進めていく。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「い、いえ、なんでもありません!」

 

 若干声が裏返ってしまう。

 

 余計な事は考えるな。

 

 自分にそう言い聞かせ、作業を終えるとキラに通信を入れた。

 

 「……よし、キラ聞こえるか? こちらの準備は終わった」

 

 「うん、こっちも大丈夫」

 

 《アスト、キラ、作戦開始よ。イレイズはカタパルトへ》

 

 「了解!」

 

 アネットの管制に従いイレイズをカタパルトまで移動させ、そして機体を発進させた。

 

 「アスト・サガミ、行きます!!」

 

 発進時のGの後、目の前に宇宙空間が広がる。

 

 そのまま機体を反転させると追ってきていたナスカ級を目指した。

 

 作戦ではストライクはそのままアークエンジェルの陰に待機するはずだ。

 

 アストは緊張を逃すように息を吐く。

 

 アークエンジェルから離れ、全周波でナスカ級に通信を入れる。

 

 「こちらは地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、イレイズガンダム。ラクス・クライン嬢及び護衛の女性を同行している。この2名を引き渡したい」

 

 あらかじめ言うことは決めていたので詰まることもない。

 

 「ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスガンダムが単機で来ることが条件だ。これが守られない場合は彼女達の命は保証しない」

 

 

 

 

 「隊長の言う通り、足つきにラクス様が……」

 

 アデスが酷く動揺したように呟いた。

 

 それは他のクルーたちも同じである。

 

 自分達の探していた人物が敵艦にいるとは思っていなかったからだ。

 

 「どう思われますか、隊長?」

 

 「十中八九、何かの作戦だろうな。イレイズのパイロットの独断というのも否定はできないが」

 

 ユリウスの問いにラウはあくまで冷静に答える。

 

 保護していたラクス・クラインをこんな形で、今引き渡す理由など限られている。

 

 ラウはあえて断定こそしなかったが、間違いなく敵の策だと分かっていた。

 

 そこに待機していたアスランからブリッジに通信が入る。

 

 《隊長、行かせてください!》

 

 「待て、まだ本当にラクス様かどうかも―――」

 

 「いいだろう、許可する」

 

 《ありがとうございます!》

 

 通信が切れるとアデスがなにか言いたげにこちらを見てくる。

 

 「そんな顔はよせ、アデス。艦を止めて、私のシグーを用意しろ」

 

 「よろしいのですか? ストライクも確認されていませんが?」

 

 「こちらにとってもチャンスであることも確かだよ。ユリウス、あとを頼む」

 

 「了解しました」

 

 

 

 

 ナスカ級を視認できる位置まで辿り着いたイレイズのコックピットに甲高い警戒音が鳴る。

 

 正面に見えるナスカ級から発進した赤い機体、イージスがこちらに近づいてくるのが見えた。

 

 イレイズの手前まで来るとギリギリの位置で停止する。

 

 アストはビームライフルを敵機に向けると通信機に向け、声を掛けた。

 

 「コックピットを開け!」

 

 ハッチが開きヘリオポリスで見た赤いパイロットスーツが見える。

 

 「お前がアスラン・ザラか?」

 

 「そうだ」

 

 何回か戦闘で聞いた声が返ってくる。

 

 硬い声なのは罠ではないかと警戒しているのだろう。

 

 今さらながらキラが来た方が良かったのかもしれないと思う。

 

 これがおそらく親友と話す最後の機会になるからだ。

 

 一応キラに受け渡し役と代わるか聞いたが、伝言を頼まれただけで断られてしまった。

 

 「何か話してください」

 

 「え?」

 

 「顔見えませんから、ラクスさんが乗ってることを伝えないと」

 

 言いたいことが分かったのか、顔を綻ばせ相手に向かってひらひら手を振る。

 

 こんな時まで彼女らしい仕草に笑みが浮かんだ。

 

 「こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ。レティシアも一緒ですよ」

 

 「確認した」

 

 「では、彼女達を引き渡す」

 

 アスランがコックピットから出てくる。

 

 それを見たアストは座席から二人の背中をイージスの方へ押し出した。

 

 2人はコックピットの所にたどり着くと、こちらを振り返る。

 

 「アスト様、ありがとうございました。キラ様にもありがとうと伝えてください」

 

 「わかりました。ラクスさんもお元気で。レティシアさんも」

 

 「ええ、アスト君も無理をしては駄目ですよ」

 

 思わず笑みが零れた。

 

 まさかこちらが気遣われるとは思っていなかった。

 

 「……お前がキラの言っていたアストか?」

 

 「そうだ。アスト・サガミだ」

 

 「……前も聞いたな。お前もキラもコーディネイターなのに何故地球軍にいる?」

 

 「俺もキラも別に地球軍じゃない。だが守りたいものがある。そう言うお前は何故戦う?」

 

 「俺の母はユニウスセブンにいた! これ以上地球軍の、ナチュラルの好きにさせないためだ!!」

 

 「なるほどな。……俺も昔、大事な友人を亡くしたことがある。お前の痛みがわからない訳じゃない」

 

 聞かなければよかった。

 

 アストは若干後悔する。

 

 相手の事情など知らない方がいい。

 

 これから先、確実に殺し合う事になるのだ。

 

 これ以上深入りする前に伝えるべき事を伝えよう。

 

 「キラから伝言ある」

 

 「ッ!?」

 

 それを聞いたアスランは息を飲んだ。

 

 「《僕は君と行く事はない》とのことだ」

 

 「そうか……」

 

 明確な拒絶の意思。

 

 アスランの中の希望は砕かれた。

 

 なら言うべき事は1つである。

 

 上官との約束を口に出すことで誓いに変えて、アスランは顔を歪めて叫んだ。

 

 迷いを振り切るために。

 

 「ならばお前も、そしてキラも俺が討つ!!」

 

 「本気か? キラは友達じゃなかったのか?」

 

 「あいつがこちらに来ないなら敵として撃つ。お前もだ!」

 

 どうやらラクスに頼んだ事も無駄だったらしい。

 

 アルテミスに向かう際の戦闘で話した時から思っていた。

 

 こいつとは決して―――

 

 「キラから話を聞いた時はお前と友達になれるかもしれないと思った。でも……」

 

 アストははっきりと言い放つ。

 

 お互いの立場を明確にする為に。

 

 「俺とお前は相容れない。お前にキラは討たせない。キラを討つというなら―――」

 

 相手の顔は見えないが、アストは決意をこめて相手を睨みつける。

 

 「お前は俺が討つ!!」

 

 アスランもまた目の前の相手を睨んだ。

 

 これ以上言うことはない。

 

 アストはイレイズのハッチを閉じるとイージスから離れた。

 

 

 

 

 「敵機、イージスより離れます」

 

 その報告を聞いたラウは即座に指示を出す。

 

 「エンジン始動、アデス、回避運動だ。撃ってくるぞ」

 

 そう言うと同時にラウのシグーが発進する。

 

 「隊長!?」

 

 「アスラン、ラクス嬢を連れ帰還しろ」

 

 ラウはアークエンジェルに一直線に向かっていくが、そこにイレイズが立ちはだかった。

 

 「アークエンジェルには行かせない!」

 

 アークエンジェルの方にはキラが敵艦狙撃のためアグニを構えているはずだ。

 

 今は気づかれる訳にはいかない。

 

 ビームライフルでシグーを狙う。

 

 だがそれを容易く回避したシグーは突撃銃で反撃してくる。

 

 その動きには見覚えがあった。

 

 あの青紫のジンの動きによく似ていたのだ。

 

 「この動きはあのパイロットなのか? いや、どこか違う」

 

 「君との手合わせは初めてかな、アスト・サガミ君!」

 

 卓越したシグーの動きに翻弄されながらもアストはなんとか食らいついていく。

 

 重斬刀をシールドで防御すると反撃としてブルートガングで斬りつける。

 

 「なるほどいい動きだ。ユリウスの言う通りか」

 

 腕を上げてきているという事だろう。

 

 ニヤリと笑みを浮かべると突撃砲を構え、イレイズを狙い撃つ。

 

 アストは正確な射撃による一撃をスラスターを噴射させ咄嗟に後退する事で避けた。

 

 前のような作戦に嵌る訳にはいかない。

 

 「俺がナスカ級に損傷を与えないといけないかもしれないんだ。迂闊に攻撃も受けられない」

 

 シグーをイーゲルシュテルンで牽制しながら距離を取った。

 

 

 

 

 敵艦からの動きはアークエンジェルでも掴んでいた。

 

 「ナスカ級、エンジン始動!」

 

 「モビルスーツの発進を確認!」

 

 「キラ君! フラガ大尉!」

 

 マリューが二人に呼びかける。

 

 「はい!」

 

 「了解!」

 

 ストライクとゼロが作戦を開始する。

 

 すでに船外で待機していた二機は機体を立ち上げた。

 

 装備は予定通り、ランチャーストライカーである。

 

 キラはスコープを引き出し、ナスカ級を狙いアグニを構える。

 

 「坊主あとは任せたぞ!」

 

 「はい!」

 

 そう言ってムウも敵艦より発進し、イレイズと戦闘中のシグーに向う。

 

 スコープ内をのぞき込み、ターゲットをロックしながら、トリガーに指を掛ける。

 

 だが敵艦もこちらの意図に気がついていたのか、回避運動を取っていた。

 

 「逃がすわけにはいかない!」

 

 回避先を計算し、トリガーを引くとアグニを発射した。

 

 凄まじい閃光がナスカ級を襲う。

 

 しかしスラスターを全開にしたナスカ級がビームを掠めながらも回避に成功する。

 

 「避けられた!?」

 

 このままではアストが危険だ。

 

 再度アグニを構えるとナスカ級に照準を合わせた。

 

 その時だった。

 

 イレイズと戦闘していたシグーが距離を取って反転し帰還していったのだ。

 

 「え、なんで」

 

 思わず追撃することも忘れ呆然としてしまう。

 

 ナスカ級はシグーを回収すると攻撃してくる事無く撤退していく。

 

 「どういうことかはわからんが、もういいぞ。追撃して藪蛇はつまらんしな」

 

 「は、はい」

 

 敵側に何があったのかはわからない。

 

 もしかするとラクスがなにかしてくれたのだろうか。

 

 キラはそんな事を考えながら帰還してくるゼロとイレイズを見つめていた。




オリキャラも増えてきたし、キャラ紹介とか出したほうがいいですかね。



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第11話  運命の選択

 

 

 

 

 

 

 

 クルーゼ隊の艦ヴェサリウスはラコーニ隊との合流ポイントに到着していた。

 

 紆余曲折ありはしたが、無事保護する事が出来たラクス・クラインを本国へ送るためである。

 

 ちなみにヴェサリウスは引き渡した後すぐに足つきに攻撃を仕掛けることになっている。

 

 ここまで来て逃がすつもりなど毛頭ないという事だ。

 

 何にしろラクスを助けだせた事に安堵しながら、アスランは彼女を連れ、部屋へ案内していた。

 

 《ハロ、ハロ》

 

 「ハロがあなたに会えて嬉しいみたいです」

 

 「ハロにそんな感情のようなものはありませんよ」

 

 思わず苦笑しながら答える。

 

 こうしているといつもの彼女であり、出会った頃と何も変わらない。

 

 だが、先程の戦闘を思い出すとあれは何かの間違いであったのではと思いたくなってくる。

 

 ラクスが引き渡された後、イレイズとシグーが戦闘開始し、さらにストライクによる砲撃が放たれた。

 

 ここからさらに激しい戦闘になると思われた時、傍にいたラクスがイージスの通信機を入れラウに言い放ったのだ。

 

 《ラウ・ル・クルーゼ隊長。すぐに戦闘行動を中断してください。追悼慰霊団代表のわたしくしのいる場所を戦場にするおつもりですか? そんな事はしないでください》

 

 その時のラクスの表情や真剣な声は今まで見た事も、聞いた事もない。

 

 彼女には最も縁遠い表情であった。

 

 「アスラン? どうなさいました?」

 

 「い、いえ。何でもありません」

 

 考え過ぎて、ラクスの顔をジッと見つめていたらしい。

 

 照れくさくなって、誤魔化すように別の事を口にする。

 

 「その、地球軍の艦にいたということですし、大変でしたから大丈夫かと思いまして」

 

 「大丈夫ですよ。レティシアも一緒でしたし、何よりキラ様とアスト様が良くしてくださいましたから」

 

 2人の名前を聞くと非常に複雑な気持ちになる。

 

 何よりあいつの―――アスト・サガミの名前は聞きたくなかった。

 

 アスランからすればアストさえいなければキラの事もうまくいったのではないか。

 

 そんな気持ちが抑えられないのだ。

 

 「……そうですか。すぐラコーニ隊と合流ですからそれまでは部屋にいてください」

 

 「アスラン?」

 

 「この部屋です。なにかあれば連絡を。失礼します」

 

 そのままラクスに背を向けて歩き出す。

 

 本当はもっと話をした方がいいとは思ったが、余計な事まで言ってしまいそうだった。

 

 下手をすれば彼女に八つ当たり的な感情をぶつけていたかもしれない。

 

 そんな事は絶対にしたく無かった。

 

 自分の行動に自己嫌悪しながら、それでも自分の感情を抑えられない。

 

 アスランはため息をつきながら、ラクスの視線をあえて考えずに歩き出した。

 

 

 

 

 「以上が地球軍の艦に捕まっていた理由です」

 

 報告の為に呼び出されたレティシアがラウやユリウスにこれまでの経緯を説明する。

 

 それを聞いていたラウは静かに笑みを浮かべ、レティシアを称賛する。

 

 「なるほど、そんな状況で良く彼女を守ってくれた。流石『戦女神』と呼ばれたパイロットだ」

 

 「いえ」

 

 『戦女神』とはレティシアの異名である。

 

 レティシアとしてはそこまでの戦果をあげた覚えもないし、腕があるとも思わない。

 

 自分よりすごいパイロットはいくらでもいるのだ。

 

 なのにそんな異名で呼ばれているのは恐縮してしまう。

 

 本国のプロパガンダ的な意味合いもあるのだろうから仕方ない部分もあるが。

 

 正直に言えば気分は良くない。

 

 直感だがこの男は決してレティシアを称賛などしていない。

 

 にも関わらず昔の異名で呼び褒め称えるとは嫌がらせにしか聞こえなかった。

 

 そもそも最初に会った時から、どうもこの男を信用する事が出来ない。

 

 何故かと聞かれればはっきりした事は言えないが、何というか非常に冷たい、憎悪にも似た感情を感じる事があるからだ。

 

 「……いえ、当然の事をしたまでですので。では私は失礼します」

 

 ヘリオポリスの事を聞こうかとも思ったがやめた。

 

 特務と返されればそれ以上聞きようがないし、彼と話していても気分が悪くなるだけだ。

 

 踵を返しさっさと隊長室から退室しようと歩を進める。

 

 彼らの顔など長く見ていたくはない。

 

 しかし扉の前に立ったとき後ろから声が掛けられた。

 

 「レティシア・ルティエンス」

 

 今まで黙っていたユリウスが呼び止めた。

 

 彼の事はラウよりはマシであるとは思っているが、あまり話していたい人間でもない。

 

 どうも見透かされている気になってしまうのだ。

 

 無視する事は出来ないと振り返ったレティシアをユリウスは鋭い視線で見つめていた。

 

 「なんでしょうか?」

 

 「前線に復帰する気はないのか? お前ほどの力があるなら―――」

 

 「ラクス護衛の任務がありますので」

 

 ユリウスの言葉にかぶせるように言うと、今度こそ隊長室を後にした。

 

 

 

 

 

 ラクスと別れたアスランは先程の自己嫌悪を抱えながら、自分の部屋に戻ろうと歩いていると前から歩いてきたレティシアとすれ違う。

 

 「あら、アスラン。久しぶりですね」

 

 「あ、レティシアさん。お久ぶりです」

 

 相変わらず彼女の前では思わず緊張してしまう。

 

 彼女は誰もが見とれるほどの美人であり、もともと女性と接することの苦手なアスランは余計に緊張するのだ。

 

 まあそれはアスランが彼女に憧れの感情を持っていることも大きいかもしれない。

 

 ただこれが恋愛感情なのかわかっていないのだが。

 

 「どこに行かれていたのですか?」

 

 「……一応クルーゼ隊長に挨拶を」

 

 レティシアはどこか憂鬱そうに呟いた。

 

 嫌な事でもあったのか、ため息をつきながら首を振った。

 

 何かあったのだろうか?

 

 アスランは不審に思いながらも、触れない方が良いと思い話題を変える事にした。

 

 「前線には戻られないのですか?」

 

 「ユリウスにも言いましたが、今はラクスの護衛を優先します」

 

 「あなたほどのパイロットが戻られれば、前線もずいぶん楽になります」

 

 レティシアは『戦女神』と呼ばれるほど優秀なパイロットだ。

 

 アスラン達と同じく赤服であり、彼女が戻るだけで兵士達の士気も上がる。

 

 しかし彼女は地球での任務を最後に前線を離れてしまった。

 

 戦時中のため除隊はしてないが、その優秀さを買われラクスの護衛についている。

 

 昔、何故戦線を離れたのか前に質問した事があったが、はぐらかされてしまった。

 

 プライベートに関する事だけに踏み込むこともできなかったが、悩みがあるなら力になりたい。

 

 「買いかぶりです。私はそれほどのパイロットではありませんし、なにより私1人が戻った所で戦局は変えられません」

 

 「それはそうかもしれませんが……」

 

 それでも彼女が一緒に戦ってくれたなら、これほど心強い事はないと思うのだが。

 

 そんな事を考えていたアスランにレティシアは穏やかな笑みを浮かべる。

 

 「それよりラクスとはちゃんと話をしましたか?」

 

 「え、ええ、まあ」

 

 先程の対応を思い出すと再び罪悪感が湧いてくる。

 

 やはりもう少しきちんと話した方が良かっただろうか。

 

 「婚約者なのだし、その辺もちゃんとしないと駄目ですよ」

 

 駄目な弟に言い聞かせるような言葉に思わず笑みがこぼれる。

 

 女性の接し方については全く反論できないな、などと考えてしまった。

 

 「アスラン」

 

 「は、はい」

 

 穏やかな雰囲気から一変し急に真面目な顔で話しかけられた為、ドギマギしながら姿勢を正す。

 

 「本気で彼らを撃つ気?」

 

 「……ええ」

 

 その話題に先程までの穏やかな気分は吹き飛び、冷たい怒りが沸き起こってきた。

 

 「あの2人は―――」

 

 「プラントを守るためには必要なことです。……俺もキラとは正直戦いたくはありません。でもこのまま放っておくこともできない。キラは地球軍に、アスト・サガミにいいように使われているんですよ。だから……」

 

 「違います」

 

 「えっ」

 

 急に咎めるように言われアスランは戸惑った。

 

 レティシアは今までとは違い冷たい目でこちらを見ている。

 

 「彼らは友人たちを守るために戦っているだけ。アスト君はあなたとキラ君を戦わせたくないと言っていました」

 

 「ならこちらに来ればいいでしょう!! その友人っていうのもどこまで本当だか、キラも結局そう言われて利用されてるんだ!!」

 

 アスランは顔を歪めて思わず吐き捨てる。

 

 レティシアは短く「そう」というとそのまま背を向けた。

 

 「アスラン、1つだけ言っておきます。自分が絶対に正しいなんて思わない方が良いですよ」

 

 「……それは俺が間違ってるってことですか?」

 

 「貴方の戦う理由は知っています。大切なものを守ろうというのが間違いとは言ってません」

 

 「なら!」

 

 「なら敵はどうなのでしょう」

 

 「えっ」

 

 思いもよらない質問に言葉が詰まる。

 

 「敵は何のために戦うのかと聞いています」

 

 敵の戦う理由?

 

 そんな事は考えた事もない。

 

 何故なら正しいのは自分たちで間違っているのは―――

 

 「君は引き金を引くということの意味をきちんと理解していますか?」

 

 言葉が出てこない。

 

 「もう1つ、アスト君はあなたの思っているような子ではありません」

 

 「ッ!?」

 

 「彼は友達思いの優しい子です。それだけに無理をしているようですごく心配ですけど」

 

 アスランは震えていた。

 

 まさか彼女にそんな事を言われるとは思っていなかった。

 

 何よりも奴の名をレティシアから聞きたくはなかった。

 

 「では、私は戻ります」

 

 「……はい」

 

 かすれた声で返事をする。

 

 そう答えるしかなかった。

 

 なによりアスランを動揺させたのは、レティシアまでがアストを庇うような言葉を口にした事だ。

 

 再び感情が抑えられなくなる。

 

 「あなたまで、あいつを庇うような事を言うんですか……」

 

 アスランは自分でも気がつかないうちに強く拳を握りしめていた。

 

 彼の中に渦巻いていたものは怒りではなく、激しい嫉妬だった。

 

 キラだけでなく、レティシアまでアストを擁護したのだ。

 

 その事が余計にアスランを苛立たせた。

 

 

 

 

 レティシアが退室した後、隊長室ではラウとユリウスは前回までの戦闘内容の検証を行っていた。

 

 主な内容はユリウスを損傷させたストライクに関する事である。

 

 「なるほど。『SEED』か」

 

 「ええ、間違いないかと」

 

 ラウはユリウスの報告に珍しく不満げであった。

 

 「『SEED』。ユリウス、お前がSEED論を信じていたとは知らなかったな」

 

 「別に信じている訳ではありませんが、他に言いようもありません」

 

 「……人の可能性か」

 

 ラウは吐き捨てるようにつぶやく。

 

 それは彼にとっては唾棄すべきものである。

 

 「なんであれ、彼が特殊な力を持っている事は事実。これ以上キラ・ヤマトを放置してはおけません」

 

 「それについて異論はない」

 

 彼らは最初からアスランの説得など期待していなかった。

 

 結果がどうであれキラ・ヤマト、アスト・サガミを殺すつもりだったのだから。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスはガモフ、そして増援のツィーグラーと合流し、アークエンジェルへ攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 すでにラクス・クラインはラコーニ隊に引き渡し、現在はモビルスーツ隊のメンバーを集め作戦説明をおこなっていた。

 

 「―――以上だ。何か質問は?」

 

 全員の顔を見渡し、質問がないのを確認するとすぐに指示を出す。

 

 「では、作戦を開始する。補充人員との顔合わせなども事前に済ませておくように」

 

 「「「了解!!」」」

 

 各々が一斉に動き出した。

 

 今回は大きな戦闘になるだろう。

 

 だからなのか全員が気合いの入った表情で準備に取り掛かっている。

 

 そんな雰囲気に当てられたアスランも気合いを入れ、準備に取り掛かる。

 

 その時、見ない顔の二人が話しかけてきた。

 

 「あの、アスラン・ザラさんですよね。今回クルーゼ隊に配属されたエリアス・ビューラーです!」

 

 「同じくカール・ヒルヴァレーです!」

 

 補充人員のパイロットらしい。

 

 緊張しているのか、表情がやや硬い。

 

 そんな彼らに昔の自分もこんな風だったのかなと考えながら敬礼を返す。

 

 「そうか、アスラン・ザラだ。よろしく頼む」

 

 「「よろしくお願いします」」

 

 出来れば彼らも無事に生き残って欲しいものだ。

 

 そんな様子を見ていたのか、イザーク達も近づいてくる。

 

 「新人か、イザーク・ジュールだ」

 

 「は、はい。よろしくお願いします!」

 

 一緒に傍に来たニコル、ディアッカも自己紹介をしていく。

 

 「2人共今回が初陣だろう。無理はしないようにな」

 

 「ナチュラルのモビルアーマーなんかに後れは取りませんよ」

 

 「油断するな、相手はガンダムだ。……敵はユリウス隊長の機体を損傷させたほどのパイロットだからな」

 

 アスランは若干躊躇いながらもエリアスを諌める。

 

 それだけの力を奴らが持っているのは事実。

 

 油断はこちらの死を意味するのだ。

 

 「ふん、それも偶然だろうよ。ユリウス隊長が損傷を受けるなど何かの間違いだ。俺が仕留めてそれを証明してやる! デュエルも追加装甲を装備して強化したしな」

 

 イザークはユリウスを尊敬している分、余計にこの前の戦闘結果が気に入らないらしい。

 

 プラントにおけるガンダムのパーツ生産がようやく始まり、アルテミス戦において損傷を受けた3機の修理がようやく終わった。

 

 その際に問題にされたデュエルの火力不足など補う強化装備も同時に開発され、今回装備されている。

 

 「まあ、いつまでもナチュラルにいいようにされてるのは面白くないしな」

 

 ディアッカもイザークと同意見ようだ。

 

 好戦的な2人らしいと苦笑してしまう。

 

 「そうですよね! ナチュラルなんかに負けるわけないですよ。俺達がしてるのは正義の戦争なんですから!」

 

 エリアスが意気揚揚と宣言する。

 

 カールはそんなエリアスをあきれ顔で見ている。

 

 だがイザークやディアッカはそんなエリアスが気に入ったのか笑顔で話していた。

 

 「アスラン、どうしました?」

 

 「い、いや。何でもない」

 

 エリアスが正義と口にしたとたんレティシアに言われたことを思い出していた。

 

 彼の言っている事はザフトの軍人全員の共通認識だ。

 

 アスラン自身そう思っている。

 

 すべてはナチュラルが悪いと。

 

 しかし―――

 

 《自分が絶対に正しいなんて思わない方が良いですよ》

 

 彼女はそう言っていた。未だにそれがどういう意味なのかはわからない。

 

 しかしアスランの胸の奥では消えない不安のようなものが渦巻いていた。

 

 

 

 

 ザフトの追撃から逃れたアークエンジェルはついに第8艦隊と合流を果たしていた。

 

 第8艦隊は智将といわれたハルバートンの率いる艦隊である。

 

 ヘリオポリスからようやくここまでたどり着いたクルーたちからすると、やっと肩の荷も下りるというものである。

 

 アークエンジェルを旗艦メネラオスの横につけると操舵士のノイマンが思わずつ呟いた。

 

 「しかし、いいんですかね。メネラオスの横につけても」

 

 その口調は実に軽やかで、今までの緊張感は感じられない。

 

 皆ようやく安心出来たという証拠だろう。

 

 「ハルバートン提督がご覧になりたいのだろう。この計画を強く後押ししていたからな」

 

 「艦長、少佐。行きましょう」

 

 「ええ」

 

 他のメンバーにブリッジを任せ、格納庫に向かう。

 

 普通はこちらから出向くものなのだが、それも先ほどのセーファスの言った通りなのだろう。

 

 マリューにとっても直属の上司にあたる人だ。

 

 ハルバートンがどう思っているかはわかっている。

 

 ようやく積年の思いが実ったのだ。直接見たいと思うのも当然だろう。

 

 格納庫に降りると、士官たちが整列する。

 

 「まさか君たちとは。ヘリオポリスのことを聞いた時は駄目かとも思ったが」

 

 メネラオスから来た連絡艇から降りてきた将校が声を上げた。

 

 彼こそが第8艦隊を指揮するハルバートン提督である。

 

 格納庫にいた全員が一斉に敬礼した。

 

 「お久ぶりです。閣下」

 

 「ナタル・バジルールであります」

 

 「第7機動艦隊所属ムウ・ラ・フラガであります」

 

 「おお、君がいてくれたのは不幸中の幸いだった」

 

 「いえ、たいして役には立てませんでしたよ」

 

 ムウは苦笑しながらハルバートンに言葉を返す。

 

 そして包帯を巻き立っているセーファスに向き合う。

 

 「オーデン少佐、その怪我でよくやってくれたな」

 

 「いえ、私は何もしていません。ここまで来れたのはラミアス艦長や他のクルー達の奮戦によるものです」

 

 「うむ、ともかくご苦労だったな。月でゆっくり傷を癒したまえ」

 

 「私よりも保護した民間人の中にも怪我を負っている者もいます。そちらを先に」

 

 「それもわかっているよ。手配はすでにしている」

 

 その時ハルバートンの後ろからスーツを着てサングラスをつけた黒髪の男が出てくる。

 

 顔立ちからしてかなり若い。

 

 「提督、お話も結構ですが……」

 

 「わかっている。すまんが艦長室まで案内してくれるか。詳しい話はそっちで話そう」

 

 「わかりました」

 

 「では提督、私は彼らと話をしてきますので」

 

 明らかにハルバートンは不満そうな顔をしている。

 

 だがすぐに無表情になりマリュー達に先導され歩き出した。

 

 いったいどうしたのだろうか?

 

 その理由をマリューはすぐに知る事になる。

 

 

 

 

 ハルバートンを士官全員で出迎えていた頃、アストとキラは食堂で休憩をとっていた。

 

 というのも今まで機体の整備で動きっぱなしだったのだ。

 

 ムウいわく壊れたままは不安だとか。

 

 つまりは第8艦隊と合流できたとはいえ、敵が来ないとはいえないという事。

 

 パイロットの性とでも言えばいいのか。

 

 何であれこれでお役御免という奴である。

 

 食事を終え、これからの事でも話そうかと思っていたのだが見慣れない男が食堂に入ってきた。

 

 サングラスをかけスーツを着たその男はアスト達を見つけると近づいてくる。

 

 「君たちがアスト・サガミ君とキラ・ヤマト君かな?」

 

 「そうですけど、貴方は?」

 

 「失礼。私はクロードというものです。君たちに話があってね」

 

 「話ですか……」

 

 クロードは食堂の人払いをして近くの椅子に腰かけた。

 

 サングラス越しにもこちらを観察しているのが分かる。

 

 しかしそこに感情は全くと言っていいほど感じられなかった。

 

 まるで実験動物を見ていようで、あまりいい気はしない。

 

 「単刀直入にいうと、君たちにはこのまま地球軍に残ってもらいたい」

 

 「……どういうことですか?」

 

 「そのままの意味だよ。とりあえず状況を説明しようか。今、君たちは地球軍の志願兵ということになっている」

 

 「なっ」

 

 驚くキラを無視してクロードは話を進めていく。

 

 「どのような理由であれ、民間人が軍の兵器を使用し、戦闘を行うのは犯罪。そうさせないための処置がとられているんだよ」

 

 「それじゃトール達も」

 

 クロードは黙って頷いた。

 

 「正直、今の地球軍にはザフトと正面から戦える者は少ない。にもかかわらず君たちのような戦力を手放すのは損失だ」

 

 すると今まで話を聞いていたアストが口を開く。

 

 「俺達の事を知って言ってるんですか?」

 

 「もちろんだよ。その上で言ってる」

 

 つまりコーディネイターであろうと関係ないということだ。

 

 とても地球軍の言う事とは思えない。

 

 それだけ余裕がないという事なのか。

 

 思い出したくはないがアルテミスの司令官も似たような事を言っていた。

 

 必要ならコーディネイターでも利用するという事か。

 

 しかし、この男は何なのだろう?

 

 一見地球軍の士官にも見えないのだが―――

 

 「……もし断った時は」

 

 「断らせると思うかい? 君たちの首を縦に振らせる方法はいくらでもある。まあ、こちらとしてもそんな乱暴な手段はとりたくないが……何であれ君たちが自分から残ってくれるのが一番いい」

 

 クロードの物言いに苛立ちながら、拳を固く握り締める。

 

 何が乱暴な手段はとりたくないだ。

 

 つまりこちらには最初から選択権など無いという事だろう。

 

 反発心が湧いてくるがそれを堪える。

 

 ここで嫌とは言えない。

 

 家族や友達に迷惑をかける事になるからだ。

 

 目の前にいる男に対する嫌悪感を押し殺し、2人は覚悟を決めて頷いた。

 

 「……わかりました。地球軍に残ります」

 

 「僕も」

 

 そう返事をすると笑みを浮かべてクロードは立ち上がる。

 

 「では詳しい話をしようか。ここでは何だし場所を変えよう」

 

 キラと共に席を立つとそこにフレイとエフィが食堂に入ってきた。

 

 「ちょっと待ってくれないかしら」

 

 「何かな、お嬢さん?」

 

 クロードの問いかけにフレイは何の迷いも無くはっきり答えた。

 

 「私も地球軍に志願するわ」

 

 「俺もだ」

 

 「えっ!?」

 

 言っている事が分かっているのだろうか?

 

 フレイなど軍に最も縁遠い生活をしてきたはず。

 

 軍隊生活など耐えられるとは思えない。

 

 クロードもわずかに困惑したかの様な表情を浮かべていた。

 

 「お嬢さん達、意味が解っているのかな?」

 

 「ええ、当然でしょ」

 

 クロードは数秒考え込んでいたが、2人を見て頷いた。

 

 「まあ、いいでしょう。志願を断る理由はありませんからね。では君たちもついてきなさい」

 

 何故フレイ達が志願するのかわからない。

 

 父親のことが関係しているのだろうか?

 

 「フレイ、エフィム、何で……」

 

 「……あんた達には関係ないわ」

 

 そう言うとそのままクロードについて歩き出した。

 

 

 

 

 

 食堂で志願を口にする数分前、フレイは医務室に向っていた。

 

 目的は1つ。

 

 父を見捨てたあの軍人に会う事。

 

 ただ会ってどうするのかまでは考えていなかった。

 

 フレイを突き動かしていたのは許せないという感情である。

 

 そう、許せない。

 

 自分の唯一の肉親を見殺しにしたあの男が。

 

 「フレイ、あの軍人に会ってどうするつもりだよ」

 

 「うるさいわね! ついてこないで!!」

 

 後ろからついてくる、エフィムを怒鳴りつけた。

 

 彼とはコーディネイター嫌いというところは、自分と同じなので気が合うものの決して仲がいいわけではない。

 

 アークエンジェルはアストやキラの事があるためか、コーディネイターには比較的友好的な空気が流れている。

 

 そんな艦の中ではこいつと居た方が気が楽なだけだった。

 

 だが今は邪魔でしかない。

 

 フレイの頭の中はいかにこの感情をどう相手にぶつけるかだけで一杯だった。

 

 医務室の前まで来ると、フレイは躊躇うことなく扉をあける。

 

 「君たちか……」

 

 そこには目的の人物、包帯を巻きなおしているセーファスがいた。

 

 「何か用かな? 私はもうすぐここを発たないといけないのだが」

 

 セーファスの足元には確かにカバンが置いてある。

 

 中に荷物が入っているのだろう。

 

 フレイは思わず絶句した。

 

 もうすぐ父の仇がいなくなると言うのだ。

 

 言ってやりたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出て来ず、睨みつけることしかできない。

 

 「なるほど、父の仇を取りにきたといったところかな……」

 

 「そうよ。あんたがパパを見捨てから!!」

 

 「それについては言い訳のしようもないな。だが私を殺した後はどうするつもりだ?」

 

 「決まってるわ、あんたの後はパパを殺したコーディネイター達を!!」

 

 セーファスは思わずため息をついた。

 

 そんな態度が気に入らなかったのか、後ろにいたエフィムが叫ぶ。

 

 「なんだよ、あんた。何とも思わないのかよ! それともコーディネイター共を庇うつもりか!!」

 

 「君もやたらコーディネイターを嫌うがなにか理由でも?」

 

 「俺の両親はエイプリルフールクライシスで死んだ! コーディネイターがNジャマーなんてものばら撒いたからだ!!」

 

 これにはフレイも驚いた。

 

 自分と同じくコーディネイター嫌いなのは知っていたが、理由までは知らなかったのだ。

 

 「なるほど」と納得したようにセーファスは頷く。

 

 エフィムにはその態度が余計に腹立たしかった。

 

 何も知らないくせに!

 

 すべては奴らが悪いのだ!

 

 「そうか、君らの理由は分かった。ではアスト君やキラ君はどうなるのかな? 君たちは彼らのおかげでここまで来れた。いわば命の恩人だ。そんな彼らも仇だと?」

 

 その指摘にフレイはビクンと肩を震わせる。

 

 頭に血が上っていたエフィムさえ気まずそうに視線を逸らした。

 

 「それは……」

 

 確かにそうだ。

 

 認めたくもないし、悔しい話だがそれは紛れもない事実である。

 

 「どうした、答えられないのか?」

 

 コーディネイターは憎い。

 

 だが嫌悪はすれど自分たちを守ったあの2人は復讐の対象なのだろうか?

 

 自分でもわからない。

 

 「世界は君たちの思っているほど単純じゃない。今は戦争中だ。君が体験した事はその中で起きている悲劇の一つだ。でもだから敵をすべて殺せばいいという訳ではない」

 

 「なにが言いたいの?」

 

 「ただ相手に憎しみをぶつけてもなんの解決にもならない。失くしたものも戻らない」

 

 「じゃあどうしたら良いって言うのよ!!」

 

 「それは君自身が答えを出すしかない。どうしても復讐がしたいなら止めるつもりもない。私が言っても説得力もないからね。だがそれをするならあくまでも自分の意思できちんと答えを出せるようになってからにした方がいい。そのためにまずは世界で起きている戦争の真実を知りなさい。そしてコーディネイターの事も。それを知った上で復讐がしたいというなら私の命を君にやろう」

 

 そう言ってセーファスは部屋を出ようとする。

 

 「ちょっと、まだ話は―――」

 

 「君が答えを出すまでは死なないと誓う。だから君たちも自分の答えを探しなさい」

 

 フレイは出て行ったセーファスを追いかける事も出来ずに立ち尽くすしかなかった。

 

 「へっ、なんだよ。何も知らないのはあんただろ」

 

 吐き捨てるエフィムの言葉にフレイも同感である。

 

 だが、彼の言った事が頭から離れない。

 

 どうすればいいのだろうか?

 

 医務室から出て呆然と歩く。

 

 ぐるぐる頭の中で先ほどの会話が繰り返される。

 

 エフィムが何か言っているようだが耳に入ってこない。

 

 気がつくと食堂の前まで来ていた。

 

 そこにはアストとキラ、そして見慣れない男が話をしていた。

 

 そして『地球軍に残る』そんな声が微かに聞こえてくる。

 

 それはフレイにとってまたとないチャンスだった。

 

 「そうか、地球軍に入れば……」

 

 「フレイ、まさか志願する気か?」

 

 「どうせこのまま本国に戻っても何も無いもの」

 

 そう本国には何もない。

 

 唯一の家族は死に待っていのは孤独のみ。

 

 だったらセーファスのいう答えを出すために行動した方がいい。

 

 結果的に復讐を決めたとしても地球軍に入ることは決して損にはならない。

 

 「まあいい機会か。コーディネイター共と戦うには」

 

 「あんたも来る気?」

 

 「悪いかよ」

 

 「好きにしたらいいわ」

 

 止める理由は無い。

 

 あくまでフレイは自分の為に志願するのだから。

 

 そのまま食堂に入っていく。

 

 これが2人の運命の選択になるとも知らずに。

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫にはヘリオポリスからの避難民が溢れている。

 

 これから連絡艇でメネラオスに行きシャトルに乗り換える為である。

 

 彼らにとってつらい戦艦暮らしはここで終わり、これから普段の生活に戻れる。

 

 そのためか避難民には笑顔が絶えないのは当たり前だろう。

 

 ただ予想以上に人数が多く、数回の往復が必要になる予定だった。

 

 その中にヘリオポリスから艦の仕事を手伝っていたトール達もいた。

 

 近くにはエルザやエリーゼもいる。彼らの表情もどこか晴れやかなものだった。

 

 「やっと終わりだよ」

 

 「本当だな。さすがに少しきつかった」

 

 サイとカズイが楽しそうに談笑しているがトールは浮かない顔だった。

 

 「トール、どうしたの?」

 

 「いや、アークエンジェルは大丈夫なのかなとか考えてた」

 

 「第8艦隊と合流したし、あとはアラスカに降りるだけだっていう事だし大丈夫だろ」

 

 「そう、そう」

 

 サイやカズイが軽い感じで言うがトールの表情は変わらない。

 

 「どうしたのよ。はっきり言いなさい」

 

 焦れたアネットが問い詰める。

 

 「……アストやキラはちゃんと除隊許可証を受け取ったのかなってさ」

 

 それを聞くとみんな黙ってしまう。

 

 確かに気にはなっていた。

 

 「あなた達一緒だったんじゃないの?」

 

 「エルザは知らないだろうけどさ、第8艦隊と合流してから2人とは会ってないんだよ」

 

 第8艦隊と合流してしばらくして集められたトール達はナタルから書類を渡された。

 

 その書類は除隊許可証というものだった。

 

 軍人でもないのに何で、という疑問もあったが非常時の処置として軍人扱いとなっていたらしい。

 

 とにかくこれで終わりということでみんな嬉々として受け取ったのだがその場にアスト達はいなかった。

 

 ナタルに聞いてもはぐらかされただけできちんと答えてもらえなかったのだ。

 

 2人は自分たちとはこなしてきたことが違う。

 

 新兵器に乗って戦ってきたのだ。

 

 そしてコーディネイターでもある。

 

 不安材料としては十分だ。

 

 「まだ時間もあるし探してみようかな」

 

 アネットの提案にみんなが乗ろうとした時だった。

 

 突然の揺れがその場にいた全員を襲った。

 

 「きぁぁぁぁ!!」

 

 「な、なによ、これ!?」

 

 「これって……」

 

 今アークエンジェルは宇宙にいるのだ。

 

 その中でこれほどの揺れ、思い当たる事など1つだけだ。

 

 「まさか、攻撃されてるのかよ……」

 

 トールが呆然と事実を口にした。




キャラ紹介も載せました。


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第12話  炎に消える

 

 

 

 それは誰も予期できない突然の出来事であった。

 

 何もない筈の空間からビームが放たれると護衛艦に直撃し大きな爆発を引き起こしたのである。

 

 連続で撃ち込まれたビーム攻撃を受け、ブリッジを破壊された1隻の戦艦が沈められてしまう。

 

 その衝撃は周囲に伝わり艦を揺らした。

 

 突然起こった事態に呆然としつつもすぐ我に返ったマリューは状況を確認する為、声を上げた。

 

 「何が起こってるの!?」

 

 「わかりません! レーダーに反応なし!」

 

 一瞬言葉を失うものの、すぐにとある可能性に思い至る。

 

 あの機体であれば、今の状況を作り出せる。

 

 「ミラージュコロイド、ブリッツだわ! 各艦に打電。ここにブリッツがいるということは近くに敵艦もいる筈よ。ハルバートン提督は?」

 

 「連絡艇に乗り込まれたようです」

 

 「すぐ発進させて」

 

 「まだ避難民の収容が―――」

 

 「それは後よ!」

 

 アルテミスで行われた奇襲と同じだ。

 

 対応が遅れれば遅れるほどこちらの損害と増え不利になる。

 

 指揮官であるハルバートンがメネラオスに戻らなければ動くこともできない。

 

 「レーダーに反応! ザフト艦です!」

 

 「数は!?」

 

 「ナスカ級1、ローラシア級2」

 

 「ザフト艦よりモビルスーツの発進を確認!」

 

 遅かった。

 

 前と同じく完全に後手に回ってしまい、各艦独自で応戦せざるを得ない状況になっている。

 

 「イーゲルシュテルン、バリアント起動! 後部ミサイル発射管コリントス装填!」

 

 ナタルが次々と指示を出し、戦闘に備える。

 

 ブリッツはミラージュコロイドを解除し、各艦のモビルアーマーと交戦しているようだ。

 

 ミラージュコロイドは強力だが、その分多くの電力を使用するのが欠点である。

 

 そのためこれ以上の展開は戦闘に支障がでると判断したのだろう。

 

 「メネラオスより入電! 『アークエンジェルは本艦につき待機せよ』以上です!」

 

 モニターを見ているクルーたちは不安を隠せない。

 

 それはマリューも同じだ。

 

 人員はギリギリであり、何よりセーファスはもういないのだ。

 

 あの先遣隊合流時に起きた戦闘もセーファスがいなければどうなっていた事か。

 

 しかし弱気になっている場合ではない。

 

 こんな状況だからこそ、艦長の自分がしっかりしなくては。

 

 マリューは自信を叱咤しながら、モニターを見つめていた。

 

 

 

 

 敵の攻撃による衝撃が伝わったアークエンジェルの格納庫は避難民によるパニックが起こっていた。

 

 我先に連絡船に乗り込もうと避難民が詰め掛けていく。

 

 ようやく終わる。

 

 そう思って気を抜いていた矢先にこの騒ぎでは、パニックになるのも無理はない。

 

 だがあまりの勢いに近くにいたトール達もそれに巻き込まれてしまった。

 

 「ちょ、ちょっと」

 

 「これはきついな」

 

 なんとか人のいない横に抜けようともがく。

 

 だが次から次へ押し掛けてくるためなかなか抜けられない。

 

 「エリーゼ、手を離さないで!」

 

 「お姉ちゃん!」

 

 エルザはエリーゼとはぐれないように手をつないでいたが、人ごみに押され手を放してしまう。

 

 「エリーゼ!」

 

 あっという間に見えなくなり場所もわからない。

 

 とにかく一回人のいない横へと抜けるとすぐにトール達も人混みの中から出て来た。

 

 「はぁ、たまんないな」

 

 「みんな、大丈夫か?」

 

 周囲を確認する他のメンバーの姿が確認できたが、手を繋いでいたエリーゼの姿だけが見えない。

 

 「エルザ、エリーゼはどうしたんだ?」

 

 「あの人ごみではぐれてしまったの!」

 

 「はぐれた!?」

 

 エリーゼはまだ幼い。

 

 なのにこんな時にはぐれてしまうなんて。

 

 「急いで探さないと」

 

 「そうだな。でもこの人ごみじゃ」

 

 今だ騒ぎは収まらず、喧騒が格納庫に響き渡っていた。

 

 これでは何時治まるか分かったものではない。

 

 ようやく地球軍の兵士が連絡艇から、人を離すとそのまま発進する。

 

 それによって人数が減りはしたものの、依然として避難民はパニック状態のままだ。

 

 「皆さん落ち着いてください! ここは危険ですので一度艦内に引き返してください!」

 

 そう声をかけて落ち着かせようとする。

 

 だがそう簡単に収まらない。

 

 もう嫌だという声がそこら格納庫を包み、中には泣き出してしまった人もいる。

 

 今までのストレスが限界に来てしまったのだろう。

 

 とはいえ人はずいぶん少ない。

 

 「とりあえずエリーゼを探そう」

 

 「ええ」

 

 先程に比べ人が少なくなっているので、探しやすくなっているものの見つからない。

 

 「そういえばあのエルちゃんもいないな」

 

 「本当ね。先に連絡船に乗ったのかな」

 

 「もしかして、エリーゼもさっきの連絡艇に乗ったんじゃ」

 

 「え、じゃあ先にメネラオスに?」

 

 「そんな……」

 

 戦闘になり、傍にいないのは不安なのだろう。

 

 俯いているエルザを励まそうと声をかけようとした時、パイロットスーツを着た2人が格納庫に入ってくるのが見えた。

 

 それは全員が心配していた仲間、アストとキラだった。

 

 「アスト、キラ!?」

 

 「みんな、まだ連絡艇に乗ってなかったのか」

 

 「お前たちこそ何でまだパイロットスーツなんて着てんだよ?」

 

 「それは……」

 

 気まずそうに視線をそらしたキラに変わりアストが説明する。

 

 みんなに気付かれないように表情を出来るだけ明るくして。

 

 「俺達は地球軍に志願したんだよ。エフィムとフレイも一緒に」

 

 これには全員が驚いた。

 

 エフィムやフレイはわかる。

 

 あの2人はコーディネイターを毛嫌いしていたし、フレイに至っては動機も十分にあるからだ。

 

 だがアストやキラは地球軍に志願する理由などない。

 

 一体どういう事なのだろうか?

 

 トールが困惑しながらも問う。

 

 「なんで?」

 

 気まずそうに顔を伏せていた、キラが顔を上げた。

 

 「逃げられないって思ったからかな」

 

 「それにちゃんと最後まで責任は取らないと。俺は機体にもそれなりに愛着があるし」

 

 「責任って」

 

 「最後までアークエンジェルを守るって事だよ」

 

 本当の事は言えない。

 

 これ以上みんなは巻き込めない。

 

 するとアネットがアストとキラに詰め寄った。

 

 「あんた達、なんでそれを言わないのよ!」

 

 「えっ」

 

 「私達に相談しろって言ってんのよ! 仲間でしょ!」

 

 アストは怒られているにも関わらず思わず笑みを浮かべてしまった。

 

 そんな君達だから巻き込みたくなかったんだと口に出しそうになる言葉を思わず呑み込む。

 

 やっぱり選択は間違っていなかった。

 

 彼らと話して余計にそう思う。

 

 これ以上危険な目に遭わせたくない。

 

 話を逸らすように別の話題を口にする。

 

 「……俺達の事よりエリーゼはどうした?」

 

 「ちょっと!」

 

 誤魔化すように話を逸らしたアストにアネットが詰め寄るが、焦った様子のエルザが状況を話してくれる。

 

 「えっと、はぐれてしまったの。探したんだけど見つからなくて」

 

 「さっきまで連絡艇に乗ろうとみんなが押し掛けてたから、だけどそれに巻き込まれて先にメネラオスの方に行ったんじゃないかって」

 

 「まあエルちゃんも先に乗ったみたいだし、あの子のお母さんが面倒を見てくれてると思うけど」

 

 その時、艦内を再び振動が襲う。

 

 近くでまた爆発が起きたらしい。

 

 「とにかくみんなは艦内に戻るんだ」

 

 アストとキラは頷き合うと自分の機体に向け走っていく。

 

 「待ちなさい、話はまだ―――」

 

 アネットの制止を無視しそのまま行ってしまう。

 

 「本当にあいつらは!」

 

 「二人とも戦うことにしたんだ」

 

 「キラなんてあんなに嫌がってたのに」

 

 「なにかあったのかな」

 

 「……とりあえず一回戻ろう」

 

 アストとキラが地球軍に残ったことに複雑な気持ちになりつつも、トール達は兵士達の誘導に従って艦内に歩き出した。

 

 

 

 

 

 三隻のザフト艦より発進したモビルスーツが第8艦隊のモビルアーマーメビウスと戦闘を開始していた。

 

 ジンが縦横無尽に動き回り、メビウスを撃破していく。

 

 出撃した全モビルスーツに対しラウからの通信が入ってくる。

 

 《目標はあくまでも足つきと2機のガンダムだ。ほかに時間を食うなよ》

 

 「「「「了解!!」」」」

 

 

 それは言われるまでもない事である。

 

 全員が後方にいるアークエンジェル目掛けて突っ込んでいく。

 

 そんな中、初陣であるエリアスとカールも順調に敵を屠っていた。

 

 迫ってきたミサイルを撃ち落とし、重斬刀でメビウスを真っ二つに切り裂く。

 

 「へっ、やっぱり大したことないな」

 

 「油断するなよ、エリアス。ガンダムもまだ出てきていない」

 

 メビウスのバルカン砲をかわし、突撃銃で撃ち落とす。

 

 2機のジンは巧みな連携で敵を翻弄しながら撃破していく。

 

 やっぱりカールとの連携はやりやすい。

 

 アカデミーの頃から組んで来ただけあって息はぴったりだった。

 

 「慎重すぎるんだよカールは。それにお前にとっても家族の仇が討てて嬉しいだろ」

 

 「いつも言ってる、俺はそんなつもりで戦おうなんて思ってない」

 

 いつものようにカールは冷静に返す。それがエリアスは不満だった。

 

 カールとの付き合いはアカデミーに入る前からだ。

 

 そのころからクールな性格で人付き合いの苦手な彼を放っておけなかったエリアスが声をかけたことで友人になった。

 

 しかし血のバレンタインからすべてが変わった。

 

 カールの家族はユニウスセブンにいたのである。

 

 無事だったのはユニウスセブンを離れていたカールと双子の弟だけだった。

 

 家族の死を知った時は落ち込んでいたが、しばらくして立ち直りザフトへの入隊を決めたカールについてエリアスも入隊した。

 

 ナチュラルが許せなかったからだ。

 

 しかしカールは違った。

 

 家族の仇を討つためにザフトに入ったとばかり思っていた。

 

 だがカールは一度たりともナチュラルを責めず、しかもザフト入隊は仇討ちのためではないと言い切ったのだ。

 

 悪いのはすべてナチュラルであり、この戦争もプラントを守るための正義の戦争なのに。

 

 「それより見てみろ」

 

 「なんだよ」

 

 エリアスが見た先にいたのは、先輩であるアスラン達の乗るガンダムだった。

 

 ジンも戦艦やメビウスを落としているが彼らはその比ではない。

 

 先行し奇襲をかけたブリッツがグレイプニールでブリッジを破壊し、目標である足つきに向うために邪魔な護衛艦を沈めていく。

 

 イージスがモビルアーマーに変形すると機体中央部に搭載されている複列位相エネルギー砲『スキュラ』で敵をなぎ払う。

 

 バスターが超高インパルス長射程狙撃ライフルで戦艦の装甲を貫く。

 

 そして新装備アサルトシュラウドに身に包んだデュエルがビームライフル、肩のレールガン『シヴァ』を巧みに使いメビウスを落としていく。

 

 デュエルの新装備アサルトシュラウドは高出力スラスターを付加した追加装甲と左右肩部にレールガン『シヴァ』と5連ミサイルポッドが取り付けられている。

 

 それによって性能を高めたデュエルは4機の中でも特に目覚ましい働きをしていた。

 

 彼らの活躍を見ているだけでも胸が熱くなるというもの。

 

 こんな人達と戦えるなんて、それだけで夢のようだった。

 

 「すごいな」

 

 「ああ。よし、俺達もいくぞ」

 

 ガンダムの活躍によって奮起したエリアスとカールも今まで以上の動きでメビウスをライフルで落としていく。

 

 そして、アスラン達だけではなく鬼気迫る動きで戦っているジンがいた。

 

 通常のジンとは形状が違う。

 

 それはシリル・アルフォードの『ジンアサルト』である。

 

 ジンアサルトは通常のジンにデュエルと同じくアサルトシュラウドを装備した機体であり、これにより火力、推進力など強化されている。

 

 シリルはその推力をフルに使い縦横無尽に飛びまわる。

 

 「邪魔だ!!」

 

 ミサイルをガトリング砲で迎撃しながら、敵艦を突撃銃で攻撃する。

 

 途中敵艦からの反撃もナチュラルには捉えきれない機動でかわしていく。

 

 それはエースというにふさわしい動きだった。

 

 シリルの実力を知るものでさえ見惚れるほどだ。

 

 大型ビーム砲、対空砲を吹き飛ばしブリッジを破壊して撃沈する。

 

 「シリル、無理するなよ」

 

 「アスランこそ今の内からへばるなよ。本番はガンダムが出てきてからなんだからな」

 

 「ああ」

 

 狙いはお互いに同じだ。アスランとしてもここで手間取る気はない。

 

 目標はただ一つ。

 

 イレイズのみ。

 

 互いに声を掛け合うと次の敵に向かって行く。

 

 戦いは奇襲を仕掛けたザフトが圧倒的に優勢に進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ザフトの容赦のない戦いぶりをアークエンジェルのクルーたちは戦慄しながら眺めている。

 

 これだけの艦隊とモビルアーマーがたった4機のガンダムと数機のジン相手に手も足もでないのだ。

 

 マリューが唇を噛み耐えているところに格納庫から通信が入ってきた。

 

 「何で俺達が艦内待機なんだよ! 第8艦隊でもあれの相手はヤバイぞ! 俺達が出ても焼け石に水かもしれんが―――」

 

 「本艦出撃命令はまだありません。引き続き待機を」

 

 まだなにか言っているが無視して通信を切った。

 

 ムウの気持ちは良くわかる。

 

 これは先遣隊の時と同じ、味方がやられているのを見ているだけ。

 

 あの時は逃げる事しかできなかった。

 

 しかし今はできる事がある。

 

 「メネラオスにつないで!」

 

 モニターにハルバートンの顔が映る。その表情には珍しく焦りがみえる。

 

 《どうした!?》

 

 「本艦はこれより艦隊を離脱、降下シークエンス入りたいと思います。許可をお願いします。敵の狙いは本艦です。本艦が離れない限り、このまま艦隊は全滅します」

 

 マリュー指摘は間違っていない。

 

 今も奪取されたXナンバー相手にここまで追い込まれているのだ。

 

 仮に残った全軍をあげて攻勢に出ても返り討ちが関の山である

 

 「閣下!」

 

 ハルバートンは部下の顔を見た。

 

 これから今以上の苦難に襲われるだろう彼らにしてやれる事もなく、悔しさで手が震える。

 

 だがそんな心情を表に出すことなくニヤリと笑った。

 

 《相変わらず無茶な奴だな、マリュー・ラミアス》

 

 「部下は上官に習うものですから」

 

 ハルバートンは笑みを浮かべて頷くと命令を下す。

 

 《よし! アークエンジェルはただちに降下準備に入れ。臨界点まではきちんと送ってやる!!》

 

 彼らの背中を守る。

 

 それがここまでついてきてくれた部下達に最後にしてやれる事なのだから。

 

 そのままアークエンジェルは降下準備に入る。

 

 それは格納庫のムウにも伝わっていた。

 

 「降りる!? この状況で!?」

 

 「まあ、このままズルズルと行くよりは良いんじゃないですかい」

 

 確かにそうかもしれないが、問題はあの四機を振り切れるかどうかだ。

 

 仮にこのまま敵に突破されれば、こちらは逃げ場はない。

 

 「フラガ大尉! 俺達でギリギリまで抑えましょう」

 

 「このままだと第8艦隊も危ないですよ」

 

 アストとキラがコックピットから呼びかけてくる。

 

 ムウはしばらく思案していたが―――

 

 「……そうだな。よし、すぐ出られるようにしとけ」

 

 「「はい!!」」

 

 ムウはゼロのコックピットに乗り込むと再びブリッジに呼びかける。

 

 「艦長、ギリギリまで俺達を出せ!!」

 

 ムウは無茶ともいえる要求をマリューにつきつけた。

 

 このまま見ている事はできないと。

 

 「なにを馬鹿な。こんな状況で―――」

 

 ムウを諌めようと言い返そうとした時、アスト達が会話に割り込んでくる。

 

 「艦長、お願いします。行かせてください。カタログ・スペックではガンダムは単機でも降下可能です」

 

 「それにメネラオスには避難民の人たちも乗っています」

 

 2人の少年が必死に懇願してくる。

 

 マリューは彼らの顔を見ているだけで、胸が痛くなった。

 

 ハルバートンから彼らの地球軍残留の話を聞いた時は耳を疑ったものだ。

 

 ここまで来れば彼らは他の子供たち同様、除隊になるもの思っていたのだから。

 

 当然抗議しようとしたのだが、その時のハルバートンの表情がすべてを語っていた。

 

 どうする事もできないと。

 

 正直、今まであれほど苦渋に満ちた表情は見たことがない。

 

 それを見ては何も言えなくなってしまった。

 

 ムウもどこか辛そうに顔を歪め、ナタルは表情も変えていなかった。

 

 生粋の軍人である彼女からすれば当然ということなのだろう。

 

 だがマリューは納得など到底できなかった。

 

 自分たちはこちらの都合で巻き込んだ少年たちをさらに死地に送り込む事になるのだから。

 

 決断のできないマリューに痺れを切らしたのかナタルが返答する。

 

 「わかった。ただし常に高度とタイムには注意しろ! スペック上は大丈夫でもやった人間はいないんだからな。いいですね、艦長」

 

 「……わかったわ。3人ともフェイズスリーまでには戻ること。いいわね!」

 

 「了解!」

 

 「「わかりました!」」

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘を優勢に進めていたザフトだが何時まで経ってもアークエンジェルに動きはない。

 

 今なお4機のガンダムとジンが次々と新たな獲物を見つけては屠っていく。

 

 中には損傷し、離脱していく艦もいる。

 

 普通なら手は出さず、黙って見ているのかもしれないがラウは違った。

 

 「レーザー照準、主砲発射準備」

 

 「主砲、撃て!!」

 

 ヴェサリウス、ガモフから発射されたビームが離脱中の艦の装甲を貫通すると各所から火を噴き、爆散した。

 

 「人を残せば、新たな武器を手にして再び戦場に来る。それが次に自分を殺すかもしれない」

 

 爆散する敵艦を見ながら笑みを浮かべる。

 

 依然として戦闘の優勢さは変わらず、それを見つめていたラウは静かにつぶやく。

 

 「ハルバートンはどうあっても足つきを地球に降ろすつもりか」

 

 「こちらはおかげで楽ですが。イレイズ、ストライク共に出て来ませんから」

 

 アデスがそうであって欲しいと半ば願望を込めて口にする。

 

 あの2機が来るだけでもどれだけ被害が出るか。

 

 このまま足つきの腹に入ったまま落ちてくれればそれに越したことはない。

 

 とはいえ敵もそこまで甘くはないだろう。

 

 「隊長、私も出た方が良いのでは?」

 

 「そう言うな。たまには部下たちにも花を持たせてやれ。ガンダムも出てきてはいないのだからな」

 

 「……はい」

 

 ラウはしばらくはこうして静観していればいいと思っていた。

 

 今の戦況はならば自分やユリウスが出るまでもないと。

 

 だが予想に反しすぐに状況が動いた。アークエンジェルが降下を始めたのである。

 

 「この状況で降りるだと!? ハルバートンめ! 艦隊を盾にしてでも降ろす気か!」

 

 「足つきよりモビルスーツの発進を確認」

 

 「こんなタイミングで出てくるとは」

 

 アデスの驚くのも当たり前だ。

 

 命知らずとでも言えばいいのか。

 

 限界点も近いはず。

 

 ユリウスはいつも通りの冷静な表情でモニターを見つめていた。

 

 

 

 

 

 ハッチが開いた先に広がっているのはいつもの宇宙ではなく青い地球だった。

 

 「こんな状況で出るのは俺もはじめてだぜ」

 

 いつもより緊張したムウの声が聞こえてくる。

 

 ゼロの発進を見届けた後、アストも出撃する。

 

 「アスト・サガミ、出ます!」

 

 カタパルトから押し出されると、青い海が眼前に広がる。

 

 そのまま吸い込まれそうになる錯覚を振りきって機体を上昇させるが、いつもとは違い機体がうまく上がらない。

 

 なにか引かれる様に機体が重いのだ。

 

 「重力に引かれてるのか」

 

 ペダルを強く踏み込み、スラスターを吹かせ戦場へ向かう。

 

 戦場に到達したアストはまず戦艦に群がるように攻撃しているジンを狙った。

 

 エンジンを破壊しようとしている敵機をビームライフルで狙い撃つ。

 

 放たれたビームがジンの右腕を吹き飛ばし、体勢を立て直そうとしているところに一気に接近しビームサーベルで斬り裂いた。

 

 「次!!」

 

 仲間をやられ怒ったのか近くにいたジンが重斬刀を抜き、襲いかかってくる。

 

 それを見たアストは息を吐き冷静に対処する。

 

 上段より振り下ろされた重斬刀をシールドで受け流し、機体側面からブルートガングで串刺しにして撃破する。

 

 そして次の敵に目を向けようとした時、ビームの閃光がイレイズを掠めていった。

 

 「ブリッツガンダム!!」

 

 艦隊に奇襲をかけてきた黒い機体ブリッツガンダムがトリケロスをかまえていた。アルテミス以来の再会である。

 

 ここでこいつを倒す!

 

 そうすればこの先有利に戦える。アストは汗ばむ手で操縦桿を強く握った。

 

 「イレイズ、アルテミスの借りを返させてもらいますよ」

 

 ニコルもイザーク達のように口に出したりはしないが、ザフトのエリートクルーゼ隊の一員である事に誇りを持っている。

 

 だから足つきとガンダムをここまで逃がし、味方に損害を与えた事に責任を感じていた。

 

 彼も仲間を、プラントを守るために戦うことを決めた1人だからだ。

 

 それだけにニコルの相当な意気込みでこの戦闘に臨んでいた。

 

 トリケロスのビームサーベルを構えるとイレイズに向って斬りかかった。

 

 イレイズは突っ込んできたブリッツのサーベルをシールドで受け止めると、ブルートガングを叩きつける。

 

 ニコルはブルートガングによる衝撃を噛み殺し前を見据えた。

 

 前に戦った時よりも強い。

 

 イレイズのパイロットは明らかに腕を上げているが、決して負けられない。

 

 自分もまたクルーゼ隊の一員なのだから。

 

 そしてアストもまたブリッツを睨む。

 

 ブルートガングは実体剣のためダメージは与えられないが、突き飛ばし距離を取ることはできた。

 

 もう一度息を吐くとビームサーベルを構え、ブリッツを斬りつける。

 

 互いに譲らないまま、両者は激突していった。

 

 

 

 

 

 

 そんな中再び状況は変化する。

 

 ザフト艦の一隻ガモフだけが突出し、旗艦メネラオスに近づいて行くのだ。

 

 もともとガモフは敵の戦列に近い位置にいたが、今では完全に敵陣に入り込んでいる。

 

 これでは敵艦からの攻撃をまともに受けることになる。

 

 「ガモフ出過ぎだぞ!! ゼルマン、なにをやっている!!」

 

 アデスが叫びながら、ガモフに通信をつなぐ。

 

 距離が離れ、ジャマーの影響もあり映像は酷く乱れている。

 

 《……ここまで追い詰めながら引くことは……》

 

 ガモフ艦長ゼルマンの顔は落ち着いたもので、すでに覚悟を決めているような表情だった。

 

 《……足つきは……必ず……》

 

 それを最後に通信が途切れる。

 

 ガモフは敵艦の砲撃を浴びながらも止まらない。

 

 バスターと戦っていたムウはそれを見て驚愕した。

 

 「刺し違えるつもりか!? させるか!!」

 

 バスターにガンバレルを展開し攻撃を加える。

 

 「そんなのが効くかよ!!」

 

 ディアッカはメビウスゼロを落とすためエネルギーライフルを放つ。

 

 それをかわすとガンバレルを操り、狙い通りの位置ににバスターを誘導するとリニアガンを撃ち込んだ。

 

 確かにPS装甲にリニアガンは効かない。

 

 しかしここは大気圏、重力に引かれいて動きにくい。

 

 特に重武装であるバスターは身動きがいつも以上に取りにくい筈だ。

 

 そこを狙わせてもらう。

 

 発射されたリニアガンはバスターの足に直撃すると、そのままバランスを崩してしまった。

 

 「なにぃ!? ぐぁぁぁ!!」

 

 「よし、これで!!」

 

 メビウスゼロがバスターを振り切ってガンバレルを展開し、ガモフを落そうと一斉に攻撃する。

 

 全弾命中しエンジンからも火が出る。

 

 それでも重力に引かれているのか止まることなくメネラオスに突っ込んでいく。

 

 「くそ! 駄目か!!」

 

 ムウは思わず吐き捨てる。

 

 もうどうしようもなかった。

 

 互いの砲撃が艦の装甲を撃ち抜き、そこから大きな爆発が起きる。

 

 メネラオスからシャトルが切り離され、徐々に離れていく。

 

 それと同時に2艦は互いを巻き込みながら灼熱の炎に包まれていった。

 

 アデスはやりきれない気分でその光景を見つめていた。

 

 「クルーゼ隊長……」

 

 思わず振り返るとそこには対照的な二人がいた。

 

 上官のラウはモニターを見つめ、微かに笑みを浮かべている。

 

 その冷たい表情に思わずぞっとしてしまう。

 

 そして隣のユリウスは表情をわずかに歪め、敬礼していた。

 

 死にゆく味方を悼むように。

 

 

 

 

 

 

 キラはエールストライカーのスラスターを噴射させ、ギリギリの位置でデュエルと交戦していた。

 

 アークエンジェルを出撃してすぐにこちらを見つけたデュエルと遭遇し、そのまま戦闘になったのだ。

 

 「前に見た時より速い。装備が変わったからか!」

 

 「今日こそは仕留めるぞ!! このナチュラルが!!」

 

 アサルトシュラウドを装備して増設されたスラスターを吹かし、シヴァを放ちながら距離を詰める。

 

 そしてストライクのビームライフルの攻撃を避けながら、ビームサーベルで上段から斬りつけた。

 

 キラは振りかぶられた一撃をシールドで受け止め、そのまま力一杯突き飛ばす。

 

 この先へ行かせる訳にはいかない!

 

 だからこいつを倒す!

 

 距離を取った隙にこちらもビームサーベルを抜き、デュエルと激しく斬り結んだ。

 

 「アークエンジェルはやらせないぞ!!」

 

 「いい加減に落ちろぉ!!」

 

 サーベルをシールドで受けとめ、こちらも負けじと相手にサーベルを振るう。

 

 2機の高度は戦闘の間にも下がり続け、限界点まであとわずかの位置にまで達していた。

 

 それでもデュエルは引くことなくストライクに攻撃を仕掛けていく。

 

 このままこう着状態が続くかと思われた。

 

 しかし徐々に形勢が片方に傾いていく。

 

 「くそ! 俺が押されている!?」

 

 イザークはストライクの動きについていけなくなっていた。

 

 ビームライフルとシヴァを巧みに使い連続で攻撃を仕掛けるもすべてかわされてしまう。

 

 それに引き替え自分はストライクの攻撃を防御するので手一杯になりつつある。

 

 踏鞴を踏んだデュエルの装甲をストライクのサーベルが掠め傷を作った。

 

 「こんなことがあってたまるか! この俺がナチュラル相手に!!」

 

 イザークにとってこれほどの屈辱はない。

 

 イレイズのパイロットもそうだが相手はナチュラルなのだ。

 

 自分たちコーディネイターよりも劣る種であるナチュラルに後れを取るなど。

 

 こいつをあっさり落とし、今までの借りを返すために今度こそイレイズを落とす。

 

 そのはずだった。

 

 それなのにこっちが逆に追い詰められるなど。

 

 こんなことは認めてはいけない。

 

 「俺が負けるかぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 イザークは叫びながらもストライクに突っ込んでいく。

 

 しかしそれが戦いの明暗を分けた。

 

 キラは突っ込んできたデュエルのサーベルをかわし、そのまま下に構えていたサーベルを斬り上げた。

 

 「しまっ―――」

 

 完全に虚を突かれたイザークは咄嗟に機体を引く。

 

 だが完全には避けきれず、アサルトシュラウド胸部の装甲を抉った。

 

 「浅かったか」

 

 キラはそのままシールドで突き飛ばし、さらにスラスターを吹かしてデュエルの顔面部に蹴りを入れて距離を取ると、地球の重力に引かれ、これ以上の接近が難しくなる。

 

 イザークの顔が屈辱で歪んだ。

 

 ストライクの攻撃でやられなかったのはコーディネイター故の反射神経とアサルトシュラウドを装備していたからだ。

 

 もし新装備でなかったら、コックピットが抉られていたかもしれない。

 

 そこまでいかずともここは大気圏の灼熱の中。

 

 ハッチが吹き飛ばされただけでイザーク自身は燃え尽きていただろう。

 

 それが一層彼のプライドを傷つけた。

 

 「くそぉぉぉぉぉ!! ストライクゥゥ!!!!!」

 

 

 決して認めない!

 

 そんなイザークの心情を表わすようにビームライフルを乱射する。

 

 「そんなものが当たると―――ッ!?」

 

 キラの視界に割り込んで来た物、イザークの攻撃を遮るようにデュエルとストライクの間を横切った。

 

 それはメネラオスから脱出してきたシャトル。

 

 「まずい! やめろ、撃つな! それには―――!!!」

 

 キラは力一杯叫ぶ。

 

 しかし願いは叶わず、イザークは怒りの瞳でシャトルを睨みつけると、ビームライフルをむける。

 

 「よくも邪魔をしてくれたなぁ!」

 

 これは自分の戦いを邪魔した報いである。

 

 「逃げだした腰ぬけ兵どもがぁぁぁぁ!!」

 

 それはキラにも、そしていまだギリギリの位置で戦っていたアストにも見えた。

 

 2人は先ほどみんなと話したことを思い出す。

 

 ≪エリーゼはどうしたの?≫

 

 ≪はぐれてしまったの。探したんだけど見つからなくて≫

 

 ≪先にメネラオスの方に行ったんじゃないかって≫

 

 ≪まあエルちゃんも先に乗ったみたいだし―――≫

 

 コックピットに置いてある紙の花が目に入る。

 

 キラは必死に近づこうとし、アストはブリッツを引き離そうとする、

 

 あのシャトルには―――

 

 

 「「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 

 だが無慈悲にもデュエルのライフルからビームが放たれる。

 

 本当に一瞬。

 

 シャトルをビームが貫くと衝撃で歪んだかと思いきや、すぐに灼熱の火に焼かれ爆散した。

 

 「うああああああああ!!」

 

 キラはシャトルの爆発に巻き込まれ吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアストにも見ていた。

 

 無慈悲にもシャトルが燃え尽きる瞬間を。

 

 あまりに現実感がない。

 

 あれに、爆散したシャトルにエルやエリーゼが乗っていたなんて。

 

 信じられない。

 

 信じたくはない。

 

 でも認めたくなくても、頭では理解しているらしい。

 

 その証拠に目からは涙が零れているから。

 

 激しい怒りがアストを支配した。

 

 

 「あ、ああ、あああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 激情と共に何かがアストの中で弾けた。

 

 すべてがクリアになる。

 

 サーベルを振り下ろそうとしているブリッツをシールドで突き飛ばし、グレイプニールごと左腕を斬り落とす。

 

 「おおおおおおお!!」

 

 涙を流し絶叫しながらブリッツに襲いかかる。

 

 左腕を落とし、体勢を崩したブリッツの頭部を斬り飛ばした。

 

 「メインカメラが!? くそ、こいつ急に!!」

 

 「ニコル、下がれ!」

 

 「アスラン!?」

 

 ブリッツの救援にイージスが駆けつけてくる。

 

「今日こそ落とす!! アスト・サガミ!!」

 

 アスランはここで決着をつけるつもりで引き金を引く。

 

 こいつさえいなくなれば!

 

 ビームライフルでブリッツから引き離しイレイズにスキュラで攻撃するがあっさりとかわされ、逆にライフルで反撃されてしまう。

 

 アストの射撃は実に正確であり、イージスをコックピットを狙ってくる。

 

 「邪魔だぁぁぁぁぁ!!」

 

 その攻撃にアスランは思わず舌を巻く。

 

 「なっ、強い!? 前とは違う!」

 

 屈辱で頭に血が上る。

 

 こいつにだけは負けられない!

 

 必死に応戦するもイレイズを捉えられない。

 

 そんなアスランを冷静にさせたのは高度を知らせる警告音だった。

 

 高度がかなり下がっているのが確認できる。

 

 アスランを焦りが支配していく。

 

 それが隙となったのかイレイズのビームがイージスの右足を貫いた。

 

 「ぐっぅぅぅ!? くそ!」

 

 バランスを崩したイージスに容赦なくビームが浴びせられる。

 

 なんとかシールドで防ぎつつ反撃するがひらりとかわされ当たらない。

 

 イレイズの動きに全くついていくことができないのだ。

 

 だが退けない。

 

 後ろには傷ついたブリッツがいる。

 

 なによりも相手は宿敵アスト・サガミなのだから。

 

 そしてアストもまた同じだった。

 

 退くことはできない。

 

 今まで感じたことのない感覚に身を任せ、怒りのまま咆哮する。

 

 「落ちろぉぉぉぉ!!」

 

 絶対にこいつらは許せない!

 

 ここで殺してやる!!

 

 ビームライフルを巧みに使いでイージスを追い詰めていく。

 

 だがそこにシリルを含めたジンが3機、援護に駆けつけてくる。

 

 「アスラン、援護するぞ!」

 

 「シリル、待て! 今のこいつは―――」

 

 「PS装甲でもバッテリー切れに追い込めば倒せる!」

 

 アストの異常な戦闘力を警戒してアスランは制止する。

 

 だがシリルは制止を振り切り、ジンでイレイズに襲いかかった。

 

 ガトリングで牽制しながら、ミサイルで攻撃する。

 

 シリルは前の戦闘でユリウスと共にイレイズを追い詰めていた。

 

 その経験があるが故に、落とせるという自信があった。

 

 それが彼の判断を誤らせてしまった。

 

 「仲間の仇を討たせてもらうぞ、ガンダム!!」

 

 そんなジンの動きは今のアストにはあまりに遅い。

 

 ミサイルをイーゲルシュテルンで迎撃し、爆煙に紛れ懐に飛び込む。

 

 「なっ、こいつ!!」

 

 懐に飛び込んできたイレイズに重斬刀を抜いて応戦、上段から振り下ろす。

 

 「遅すぎる!」

 

 アストは機体を左にそらしてかわすと同時にブルートガングを一閃する。

 

 それによってジンアサルトの両足を切断し、回し蹴りの要領で蹴りを入れる。

 

 「ぐああああ!」

 

 「シリル!!」

 

 援護に入ろうとした他のジンををアータルで迎撃する。

 

 アータルの直撃を受けたジンは耐えることもできず爆散した。

 

 「なんだ、こいつは……」

 

 あまりの動きについていく事もできない。

 

 再びイージスに目標を定めようとした時、アークエンジェルからの通信が入った。

 

 《アスト君、限界よ! 戻って!!》

 

 「なっ」

 

 もう少しで落とせる。

 

 こいつらを倒せるのに。

 

 だがアークエンジェルから離れるわけにもいかない。

 

 「……了解です」

 

 必死に怒りを抑え込みアストはイージスを牽制しながら戦線より離脱した。

 

 

 

 

 こちらを警戒しながらイレイズは距離を取って反転し、足つきとストライクを追っていく。

 

 「アスラン、ありがとうございます。助かりました」

 

 「いや、気にするな。ここは危険だし急いで戻ろう。シリルも大丈夫だな」

 

 「……ああ」

 

 「イージスで運ぶぞ」

 

 損傷したブリッツとジンを掴む。通信機からシリルの声が聞こえてくる。

 

 「くそ、くそぉぉ!!」

 

 シリルはコンソールを叩きながら叫ぶ。

 

 「また仲間を……」

 

 その声を聞きアストへの怒りを再確認する。

 

 「(アスト・サガミ、お前は俺が討つ! 必ずな!)」

 

 帰還しながらアスランは振り返る。

 

 「……キラ」

 

 そこには決別した友が炎に包まれ落ちていく姿が見えた。

 

 

 

 

 シールドを掲げ大気圏に突入したアストはアークエンジェルに向って降りていく。

 

 だがキラの乗るストライクはシャトルの爆発に巻き込まれた影響か、大きく離れていた。

 

 「キラ!!」

 

 《アスト君聞こえる! アークエンジェルを寄せてストライクを回収します。あなたもこちらに合わせて!》

 

「……わかりました」

 

 機体をアークエンジェルが寄せる方に軌道修正していく。

 

 コックピット内はとっくに常人の耐えられる温度を超えていた。

 

 息をするたびに肺が焼けるような苦しさがある。

 

 気を失いそうになりながらも操縦桿を握り操作していく。

 

 何とかアークエンジェル後部に着艦すると視線をストライクの方へ向ける。

 

 ギリギリではあったがどうにか、キラも無事回収できたようだ。

 

 それを確認すると、気が遠くなっていく。

 

 意識を失う寸前、エリーゼとエル、2人の少女の無邪気な笑顔が見えた気がした。




今さらですが機体紹介も載せました。

本当は登場した時に出したかったのですが、すいません。


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第13話  砂漠の戦場

 

 

 

 

 

 昔の夢を見ていた。

 

 見慣れた街は炎に包まれ、各所から爆発音が聞こえる。

 

 遠くからは悲鳴が聞こえ、周りには人の死体があふれていた。

 

 まさに地獄。

 

 後に『スカンジナビアの惨劇』と言われたテロ事件である。

 

 

 誰もが知っている『ジョージ・グレンの告白』

 

 すべてはここから始まったと言っても過言ではない。

 

 ファーストコーディネイターと呼ばれたジョージ・グレンが自らの秘密を、遺伝子操作されて生まれてきたコーディネイターである事を世界に伝え、波紋を広げた事件だ。

 

 この出来事から多くのコーディネイターが誕生し、その存在が世間に知れ渡った。

 

 だがこれによって当時は自然保護団体であったブルーコスモスが反コーディネイターを掲げ、過激テロを行うようになっていった。

 

 その中で大規模なテロが行われたと言われているのがコロニーメンデル、月面都市コペルニクス、そして中立国スカンジナビアである。

 

 幼いアストはそんな地獄の中にいた。

 

 いつもの見ていた風景は見る影もなく、そこら中が破壊されている。

 

 毎日通う学校も窓が壊れ、そこら中から煙が上がっていた。

 

 そしてそんな自分の腕の中にはどんどんと冷たくなっていく人。

 

 脇腹からとめどなく血が流れて止まらない。

 

 いつも一緒に笑いあっていた一番の友達だった。

 

 家族ぐるみの付き合いで、自分がコーディネイターでも差別することなく接してくれた。

 

 その人の命が今にも消えようとしている。

 

 アストはただ涙を流し、抱きしめながら震えることしかできない。

 

 泣き叫びながら名前を呼ぶ。

 

 微かに反応があるものの、返事はない。

 

 それでも呼び続ける。

 

 だがついに反応がなくなった。

 

 どれだけ名前を呼ぼうと、揺すろうともう眼を覚まさない―――もう二度と。

 

 

 

 「あああああああああああああああああああああああああ―――――――!!!!」

 

 

 

 「アスト! しっかりして!!」

 

 かけられた声に反応するように眼を覚ます。

 

 白い天井が見え、ミリアリアが心配そうに覗き込んでいた。

 

 いまだ朦朧としている頭を振り、意識をはっきりさせる。

 

 「ミリィ?」

 

 「そうよ、大丈夫? 水飲んで」

 

 「ありがとう」

 

 渡された水を飲むと渇ききった喉が潤い、ようやく意識がはっきりしてくると周りを確認する。

 

 どうやら医務室に寝かされているらしい。

 

 横にはミリアリアだけでなくアネットやトールもいるようだ。

 

 良く見ると全員が何故か前も着ていた地球軍の制服に身を包んでいる。

 

 「……その恰好は?」

 

 「ああ、俺達も軍に志願したんだ」

 

 「なっ、志願って……」

 

 「キラとアストだけ置いていけないだろ。

 

 それに第8艦隊と合流した後も変わらない編成のまま降りて来ちゃって人手が足りないんだよ」

 

 「だから私達も手伝うことにしたのよ」

 

 第8艦隊?

 

 その単語に忘れていたものが急に蘇ってくる。

 

 炎に包まれたメネラオス、撃ち落とされたシャトル、そして落ちていくストライク。

 

 すべてを思い出すと同時に飛び起きた。

 

 「ここはどこだ!? あれからどのくらいたった!? キラはどうなった!?」

 

 「お、おい」

 

 「いいから教えて―――」

 

 「ちゃんと教えるから、落ち着きなさい」

 

 アネットに静かに窘められる。

 

 彼らの様子を見る限り今すぐどうなるという訳でもないようだ。

 

 バツの悪そうな顔をして押し黙る。

 

 「……ごめん」

 

 「いいわよ。とりあえずキラは無事っていうかあんたの隣にいるわよ」

 

 振り返るとベットにはキラが眠っていた。

 

 腕には点滴を打ってあり、呼吸も落ち着いている。

 

 その姿に思わずほっとした。

 

 「少し前までうなされていたけど、大分落ち着いたみたいね」

 

 「良かった。それでここはアラスカ?」

 

 「違う。ここはアフリカ大陸の北部あたりらしいわ」

 

 アネットが詳しい状況を教えてくれる。

 

 あの時アークエンジェルはストライク回収のために、本来の降下地点であるアラスカから大幅にずれてしまったらしい。

 

 しかし不味いのは降りてしまった場所であるアフリカ大陸はザフトの勢力圏、つまりは敵陣の真っ只中に飛び込んだ事になるのだ。

 

 状況は理解できた。

 

 のんびり寝ている場合でない事もだ。

 

 しかしもう一つだけ聞いておかないといけない事があった。

 

 「……それで、その、エルザは?」

 

 エルザの名前が出た瞬間、トールやミリィが俯いた。

 

 それが明確な答えである事は分かっている。

 

 それでも聞かずにはいられなかった。

 

 普段気丈なアネットも泣きそうになりながらもアストの問いに答える。

 

 「……部屋に閉じこもってるわ」

 

 それだけで十分だった。

 

 やはりエリーゼは―――

 

 これ以上は自分の目で確かめようとベットから降りて、そばに掛けてあった制服を掴むと医務室を出ようとするが、慌てたトールが呼びとめた。

 

 「おい、まだ寝てないと―――」

 

 「もう大丈夫。それよりキラを頼む」

 

 「ちょっと、どこ行くのよ!?」

 

 「エルザの様子見てから、格納庫に行くよ」

 

 そう言って、答えも聞かないまま医務室から出た。

 

 正直にいえばエルザに会うのは気が重かった。

 

 何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのかも解らない。

 

 だが、会わない訳にはいかない。

 

 自分はその場にいながら、守る事ができなかったのだから。

 

 アストはエルザのいる部屋の前に立つとしばらく迷うが意を決して扉を開けた。

 

 「……エルザ、アストだけど」

 

 声を掛けても返事がない。

 

 明かりもついていない暗がりの部屋を見渡すとエルザは隅で蹲っていた。

 

 やり場のない憤りを堪えながら、近づくと再び声をかける。

 

 「エルザ」

 

 近くで呼びかけてようやくこちらに気がついたのかエルザが顔を上げた。

 

 泣いていたのだろう、目が真っ赤になっている。

 

 アストの顔を確認するとエルザの頬を涙が伝う。

 

 「アストぉ、エリーゼがぁ、エリーザがぁ」

 

 「……ごめん、エルザ。俺がもっとうまく戦っていれば……」

 

「違う、アストの所為でも、キラの所為でもないってわかってる。でもなんでエリーゼが死なないといけないの? なんでぇ、なんでぇぇ、うああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 エルザはアストに飛びついて泣き始める。

 

 「ごめん、ごめんな」

 

 何故こんな事になったのだろうか。

 

 そんな疑問に答えは思い浮かばない。

 

 アストはただエルザを抱きしめながら詫び続ける事しかできなかった。

 

 

 

 

 「アスト君、目を覚ましたそうよ。キラ君の方はまだ眠っているみたいだけれど容体は安定しているみたいだし」

 

 「とりあえず、一安心だな。けど嫌な所に降りちまったなぁ」

 

 現在、マリューとムウは艦長室で今後の事を話し合っていた。

 

 アークエンジェルが降りた場所はザフトの勢力圏。

 

 こんな場所では敵が襲撃してくるのも時間の問題だろう。

 

 おそらく今まで以上の攻勢を掛けてくる事は必至。

 

 そんな敵を迎撃しながら自分たちはアラスカにたどり着かなくてはならないのだ。

 

 「ともかく、本艦の目的、および目的地は変わりません」

 

 自分たちは辿り着かなければいけない。

 

 犠牲となった者たちのためにも。

 

 「了解! まあなんとかなるでしょ」

 

 ムウの相変わらずの軽口にマリューは苦笑する。

 

 「そういえば避難民の方はどうする?」

 

 「今は一緒に来てもらうしかないでしょうね。こんな場所に放り出す訳にもいかないですから」

 

 「そうだな。特にあのエルザって嬢ちゃんはそれどころじゃないだろうからな」

 

 ヘリオポリスからの避難民であり、アスト達とも親交があったエルザの事はマリューも知っていた。

 

 幼い妹と常に一緒にいたのが印象に残っている。

 

 しかし、その妹は撃墜されたメネラオスのシャトルに乗り込んでおり死亡したという話を聞いている。

 

 それを彼女が知った時にはひどく取り乱し、今は士官室に閉じこもっているとか。

 

 「……やりきれないな」

 

 「ええ」

 

 「俺にも姉や世話になった叔父が居てな。その人達が死んだ時は、そりゃ落ち込んだもんさ。家族を失うという事は想像以上につらい。ましてやあんなふうな死に方だとなおさらな」

 

 「……そうですね」

 

 「はぁ、とりあえず俺は格納庫に行って機体を見てくる。あんたも休めるうちに休みな。艦長がそんなんじゃ、いざって時にどうにもならないぜ」

 

 ムウは手を振りながら退室し、静かに扉が閉まった。

 

 しかし本当にこの艦に乗ってからというもの休まる時などない。

 

 問題だけは変わらず山積みだが。

 

 マリューはとりあえずムウの助言に従い今のうちに休むことにしてベットに向け、歩き出した。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの降下を許してしまったものの、第8艦隊を全滅させたクルーゼ隊は今だ軌道上に留まっていた。

 

 現在はガモフが落ちたことで帰還する艦を失ってしまった機体の回収などを行っていた。

 

 だがそれももうじき終了し、本国に帰還することになっている。

 

 そんな中、アスランはパイロット控え室で物思いにふけっていた。

 

 考えていたのは、白い機体に乗っていたキラの事とそして―――

 

 「ここにいたんですか、アスラン」

 

 いつの間にか控室にはニコルが入ってきていた。

 

 イレイズによって手酷い損害を受けたブリッツであったが、不幸中の幸いでパイロットであったニコルには怪我は無かった。

 

 「イザークとディアッカ両名とも無事に降下できたようです」

 

 「そうか」

 

 あの戦闘でデュエルとバスターは敵機と交戦しながら地球に降下してしまった。

 

 そんな二人の無事が確認できたためかニコルは嬉しそうに報告してくる。

 

 今までモビルスーツ単体による大気圏降下は前例はない。

 

 心配するのも当然だろう。

 

 「帰還は未定だそうです。 あ、それからシリル、エリアス、カール、あと何人かこのまま地球に降りるみたいです」

 

 「え、シリル達が?」

 

 「はい、どうやら足つきを追わせるみたいです」

 

 あれだけの戦闘が終わった後にも関わらず休みなく地球に行くなんて。

 

 心配そうなアスランにニコルは努めて明るく声をかける。

 

 「シリル達なら、大丈夫ですよ。地上の部隊も一緒な訳ですし」

 

 「……そうだな」

 

 本音では正直そこまで楽観はできない。

 

 2人は先の戦闘でイレイズの圧倒的な戦闘力を目の当たりにした。

 

 ニコルなど撃墜される直前まで追い詰められたのだ。

 

 とはいえ今は仲間の無事を願う事しか、他にできることなどなかった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルが着陸いている場所を砂丘よりスコープで覗き込んでいる者がいた。

 

 マーチン・ダコスタ。

 

 ザフト地上部隊バルトフェルド隊に所属する軍人である。

 

 「さて、どうかな大天使様は?」

 

 「依然動きはありません」

 

 上官の問いにダコスタが答える。

 

 彼が見上げた先にはコーヒーカップを片手に持つ長身の男が立っていた。

 

 この男こそザフト軍地上部隊の名将アンドリュー・バルトフェルド。

 

 『砂漠の虎』の異名を持つ男である。

 

 「地上はNジャマーの影響で電波状況はぐちゃぐちゃだし、迂闊に動けないといったところかな。できれば『魔神』にも『戦神』にも眠っていてもらいたいんだがね 」

 

 『消滅の魔神』と『白い戦神』

 

 それがあの2機につけられた異名である。

 

 イレイズはクルーゼ隊に大きな損害を与え続け、ストライクは『仮面の懐刀』と言われたユリウス・ヴァリスを損傷させた。

 

 その上両機とも低軌道会戦においては圧倒的な力を見せつけたのだ。

 

 この異名はザフトがいかにあの2機を恐れているかの証明でもある。

 

 バルトフェルドはアークエンジェルを見ながらコーヒーを口に含むとよほど気にったのか笑顔で「これはいいなぁ」などと呟いている。

 

 彼の趣味はコーヒーを自己流のブレンド法で入れることであり、作戦中にまでそれを持ち込んでくるのだからダコスタとしては頭が痛い。

 

 そのまま砂丘を下りて待機させていた部下たちの前に来ると、先程までとは違い真面目な顔で命令を下す。

 

 「これより地球連合軍新造戦艦アークエンジェルに対する作戦を開始する。今回の作戦目的は敵艦及び搭載モビルスーツの戦力評価である!」

 

 「落としてしまってはいけないのでありますか?」

 

 「う~ん、そう簡単にいけばいいんだけどねぇ。あのクルーゼ隊が落とすことができず、ハルバートンが第8艦隊を楯にしてまで降ろした艦だ。搭載機については『消滅の魔神』と『白い戦神』なんて異名まである。 油断はできないぞ。一応な」

 

 「了解であります」

 

 上官と部下が互いに笑みを浮かべる。

 

 そこには揺るぎない自信と信頼があった。

 

 「よし、作戦開始だ。総員搭乗!!」

 

 ダコスタが号令をかけると一斉に動き出す。

 

 バルトフェルドが指揮官車に乗り込むといつも通りに声を掛けた。

 

 「さあ、戦争をしに行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルがその異変に気がついたのはすぐだった。

 

 警戒音が鳴り響き、CICに座っていたフレイが報告する。

 

 「これって、レーザー照射されてる?」

 

 「そうだよ!!」

 

 たどたどしい報告に頼りなさが垣間見えるが無理もない。

 

 フレイは説明こそ受けたものの、戦闘は初めてであり、まだ慣れていないのだ。

 

 「ブロワ二等兵、アルスター二等兵、落ち着け。説明を受けたとおりにすればいい」

 

 「「り、了解」」

 

 ナタルはそう言って二人を落ち着かせると、気合いを入れて命令を出す。

 

 「第2戦闘配備を発令!」

 

 「了解!」

 

 艦内に鳴り響く警報に皆が慌ただしく動き出す。

 

 それは士官室にいたアストにも当然聞こえていた。

 

 この震動は敵からの攻撃に間違いない。

 

 「敵か!?  エルザ、俺行くから!」

 

 急いで部屋を飛び出していく。

 

 そんなアストの背中に声がかかる。

 

 「……アスト、死なないで」

 

 「ああ、大丈夫」

 

 今度こそ守る!

 

 誰も傷つけさせるものか!

 

 すぐにパイロットスーツに着替えて格納庫に飛び込むとムウとマードックが大声で言い争いをしている姿が見えた。

 

 「だから飛ばせる様にしてくれればいいんだよ!!」

 

 「それが無理だって言ってんでしょうが!!」

 

 二人の前には戦闘機らしきものが鎮座している。

 

 『スカイグラスパー』

 

 ストライクの支援用に制作された地上用戦闘機。

 

 この機体の特徴はストライカーパックの装備が可能という点である。

 

 戦闘中でもストライクに素早くパックを届けることができ、スカイグラスパーもその装備の火力や機動力を使用できるのだ。

 

 アークエンジェルにはその機体が三機ほど配備されたのだが、どうやら調整が完璧ではないらしくすぐ出撃とは言えない状態のようだ。

 

 つまり今回ムウの援護は期待できない。

 

 アストはそのままイレイズに駆け寄ろうとするが、途中で足を止める。

 

 イレイズは色々問題のある機体であり、地上ではどの程度戦えるかもわからない。

 

 考えている内に敵のミサイルによる攻撃で艦が大きく揺れた。

 

 迷っている暇はない。

 

 アストはイレイズではなくストライクに向かって走り出す。

 

 「マードックさん、今回はストライクで行きます! イレイズでいきなり地上戦は厳しいですから」

 

 「わかった!!」

 

 「キラは?」

 

 「まだ目を覚ましてません」

 

 ムウに向かってそう言うとストライクのコックピットに飛び込んだ。

 

 今キラは戦えない。

 

 だからアスト1人でアークエンジェルを守らなければならないのだ。

 

 覚悟を決め素早く機体を起動させていくと通信回線からブリッジのやり取りが聞こえてくる。

 

 《5時の方向に敵影3!!》

 

 《ミサイル接近!!》

 

 《機影ロスト!》

 

 《照明弾撃て! 迎撃!!》

 

 どうやら敵の位置もつかめていないらしい。

 

 このままではジリ貧である。

 

 「俺が行きます。ハッチ開けてください」

 

 《待て! 敵の位置も戦力もわからない》

 

 「でも、このままじゃ……」

 

 アストの指摘にナタルも難しい顔で黙り込んだ。

 

 《いいわ、発進させて。艦の装備では小回りがきかない》

 

 艦長の許可が出たことで正面のハッチが開く。

 

 ランチャーストライカー選択、背中に装備する。

 

 《いいか、敵戦闘ヘリを排除しろ。重力があることを忘れるなよ》

 

 ナタルからの指示にうなずき正面を見据えた。

 

 「アスト・サガミ、ストライクガンダムいきます!」

 

 機体がカタパルトから押し出され、強烈なGが掛かるが、いつもとは違い急激に下へと落ちていく。

 

 「ぐっ、これが重力か!?」

 

 無重力の状態に慣れているせいか、機体が重く感じる。

 

 非常に動きにくい。

 

 「なんだよ、これ」

 

 宇宙での戦闘に慣れてしまった事で余計に感じる地上の動きにくさに戸惑いながら、体勢を立て直し立ち上がろうとする。

 

 しかしやわらかい砂地のせいか足場が安定しない。

 

 そこに敵のヘリが砂丘から飛び出しミサイルを発射してくる。

 

 それをどうにか回避しようにもバランスが取れず、直撃してしまう。

 

 「ぐあああ!!」

 

 衝撃に呻きながら迎撃しようとするが足場が安定しないため立つ事もままならない。

 

 そんなストライクを見て好機と捉えたのか砂丘に隠れたヘリが再び姿を現してミサイルを叩きこんできた。

 

 苛立ちながら肩のバルカン砲を放つも、すぐ砂丘の陰に入られてしまう。

 

 「くそ!」

 

 ヘリを追うためにスラスターを吹かそうとした時だった。

 

 再びコックピットに敵機接近の警戒音が鳴り響いた。

 

 「なんだ?」

 

 黒い影が砂丘から躍り出る。

 

 キャタピラを駆動させ疾走する四足のモビルスーツが現れた。

 

 地上作戦用のモビルスーツ『バクゥ』

 

 獣を思わせるシルエットと4本足による身軽な機動。

 

 そしてキャタピラによる高速走行。

 

 これらの高い性能によってザフト地上部隊の主力兵器として配備されているモビルスーツである。

 

 「『白い戦神』か。宇宙でどうかは知らんが、地上ではバクゥが王者だ!!」

 

 「あれもモビルスーツか!?」

 

 バクゥは高速移動で翻弄しながらストライクに迫る。

 

 アグニを前にせり出し、狙いをつけようとするも、足場の所為もあって上手く狙いがつけられない。

 

 発射されたミサイルをイーゲルシュテルンで迎撃しながら飛びあがるとアグニを発射する。

 

 だが高速で移動するバクゥには当たらない。

 

 「くっ、速い!? あのスピード、ランチャーで出たのは失敗だったな」

 

 バクゥの攻撃から少しでも逃れようとするが、砂地に足を取られ、満足に動けない。

 

 もっと自由に動けたら!

 

 「まずは足場か。接地圧を何とかしないと」

 

 このままではどうにもならないと判断したアストはキーボードをとり出しプログラムを修正していく。

 

 肩のバルカン砲で砂地を撃ち、視界を遮り狙いをつけ辛くし、わずかにできたその隙にプログラムの書き換えていった。

 

 もちろん一か所に留まることなく移動を繰り返す。

 

 そんな戦法に苛立ったようにバクゥが攻撃してくるが、まともには取り合わない。

 

 まず足場をなんとかしないと戦いにさえならないのだから。

 

 「アグニは出来るだけ使わずに―――」

 

 ストライクはイレイズに比べて癖がなく扱いやすい。

 

 だがそれでもアグニは強力な分だけをバッテリー消費する。

 

 アストはイレイズに乗っている経験を生かし、できるだけバッテリー消費を抑える戦い方をしていた。

 

 「これでどうだ!!」

 

 ストライクが着地すると今度は砂地に足を取られる事なく動ける。

 

 まだ甘い部分はある。

 

 プログラムに長けるキラならもっとスムーズにできたのかもしれないが贅沢は言ってられない。

 

 「よし、これで接地圧はいい。マードックさん、エールストライカーの準備をお願いします!!」

 

 《ちょっと待て、どうやって換装する気だ?》

 

 「こっちで何とかしますから、いつでも射出できるようにして下さい」

 

 《わかった》

 

 周りは砂丘に囲まれていてアークエンジェルの近くにいかなければ換装できないが、どの道ランチャーストライカーではバクゥの機動性には対抗できないのだ。

 

 「あきらめろ!! 『白い戦神』!!」

 

 ストライクの周りを高速で動き翻弄していたバクゥの内の1機が飛びかかってくる。

 

 だが先ほどまでとは違い足場が崩れることはない。

 

 イーゲルシュテルンで攻撃し、動きが鈍ったところにアーマーシュナイダーを抜きバクゥの腹に叩きつけた。

 

 「このぉ!!」

 

 そのまま動かなくなったバクゥを敵の方に放り投げ、アグニで破壊する。

 

 強力なビームによって撃破された事で大きな爆発が起こり、敵機の動きが鈍った隙にアークエンジェルまで飛んだ。

 

 それを見ていたバルトフェルドはこの戦闘で初めて表情を変えた。

 

 鋭い目で相手を睨む。

 

 「ダコスタ君、私も出るぞ」

 

 「隊長!? しかし隊長の機体は――」

 

 「大丈夫だよ、1人でも問題ないさ」

 

 そのままダコスタに背を向け自身の機体まで走って行く。

 

 彼の顔には子供のように楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 アークエンジェルに跳躍したストライクにバクゥが迫る。

 

 「しつこい!」

 

 CICもこちらの意図を理解して、敵機を近付けないため援護してくれる。

 

 その間に着地するとランチャ―ストライカーをパージした。

 

 「エール射出!」

 

 《落とすんじゃねぇぞ!!》

 

 飛び出してきたライフルとシールドを受取り、背中にエールストライカーを装備する。

 

 「ぶっつけ本番でも何とかなるもんだな。いくぞ!!」

 

 追ってきたバクゥに対しスラスターを吹かせ、接近するとビームサーベルで背中の左翼を斬り飛ばす。

 

 さらに蹴りを入れて、体勢を崩すと至近距離からビームライフルで狙いうちにした。

 

 ビームに撃ち抜かれ爆散したバクゥを尻目に次の敵を見据えるが、そこに新手が現れる。

 

 「あれは……」

 

 通常のバクゥとは形状が少し違う。

 

 『バルトフェルド専用バクゥ改修タイプ』

 

 複座式のコックピットを採用し動力や駆動系など強化が施された機体である。

 

 頭部には普通とは違う大きな牙がついており、背中に二連大型レールガンが装備されている。

 

 普通とは違うバクゥの姿にアストもおのずと敵機が特別な機体であると気がつく。

 

 「もしかして隊長機か?」

 

 「さて見せてもらおうかな。『白い戦神』と言われた実力をね。全機ついて来い!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 隊長機と思われるバクゥが中心になり各機が連携を取り始めた。

 

 1機がストライクをひきつけ、その隙にもう1機が背後からミサイルを放つ。

 

 「ぐぅ!?」

 

 さらに正面からミサイルの雨が降り注いだ。

 

 「おらおら、終わりかよ!」

 

 「メイラムの仇だ!」

 

 絶え間なく続く波状攻撃にたまらず上へ飛び上がるストライクを待ち受けるように改修機が待ち構えていた。

 

 「逃がさんよ!」

 

 「こいつら!」

 

 振り下ろされたサーベルファングをシールドで受け止めたが、牙が盾を貫通し、突き破られてしまう。

 

 そしてスパイクを叩きつけられて地上に落されてしまった。

 

 「ぐあああ!!!」

 

 強い!

 

 単純な操縦技術だけではない。

 

 連携も今までの連中より遥かにうまい。

 

 途中で隊長機がレールガンを放ってくるが何とか穴のあいたシールドで防ぎ、スラスターを噴射して何とか着地すると周囲を見渡す。

 

 バルトフェルド隊の面々にとってここまでは計算通りといってもいい。

 

 計算違いがあるとすれば、彼らが知らない事実がある事。

 

 すなわちアストが連携で追い詰められる事が初めてではない事だった。

 

 やられる訳にはいかない。

 

 まずは―――

 

 「連携を崩す」

 

 周囲にイーゲルシュテルンで砂煙を巻き起こし、狙い通りに連続でビームライフルを放つ。

 

 「フン、そんなのが当たるかよ!」

 

 余裕で回避するバクゥのパイロットは嘲るように鼻を鳴らした。

 

 アストとしてもそう簡単に当たるとは思っていなかった。

 

 もちろん狙いは別にある。

 

 各バクゥはビームを避ける為にフォーメーションを崩し、散開した。

 

 「油断するなよ!」

 

 バルトフェルドは注意深く敵機を見据える。

 

 なにを考えているのか?

 

 あんな煙幕はすぐ晴れ、そこで終わりだ。

 

 それとも他に何かあるというのか―――

 

 「隊長、チャンスです! 一気に畳みかけましょう!!」

 

 「……そうだな」

 

 これ以上考えていても埒が明かない。

 

 ならば余計な事をされる前に、仕留めてしまうべきか。

 

 「よし、行くぞ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 味方機に指示を飛ばすと、再び連携のため動き出す。

 

 それを見たアストはニヤリと笑った。

 

 これを待っていたのだ!

 

 「そこだぁ!!」

 

 砂埃が晴れると同時に飛び出すと、バクゥ目掛けてビームサーベルを投げつけた。

 

 「なに!?」

 

 サーベルの刃がバクゥを足に突き刺さり動きを止める。

 

 そこをビームライフルで狙い撃ちにした。

 

 閃光が直撃したバクゥは大きく爆散する。

 

 「これを狙っていたのか」

 

 アストは敵が連携する際、最初に必ず同じ位置につくことを見抜いていた。

 

 だからいったん敵の連携を崩し、再び連携を組むよう仕向け、狙った位置に来た敵を狙い撃ちにしたのだ。

 

 1機バクゥを失った敵は、浮足立っている。

 

 今がチャンスだ!

 

 「これ以上、好きにはさせない!!」

 

 その瞬間、アストの中で何かが弾けた。

 

 すべてがクリアになり研ぎ澄まされた感覚のまま、バクゥに突っ込んでいく。

 

 先程まで翻弄されていたバクゥの動きも今のアストにはあまりに遅い。

 

 「遅いんだよ!!」

 

 すれ違いざまにビームサーベルを逆袈裟斬りに振るう。

 

 「な、なんだと!?」

 

 バクゥの足と頭が切断され砂丘に激突。

 

 そこにイーゲルシュテルンを叩き込む。

 

 撃破したのを確認し、動きを止めることなく次の敵に向った。

 

 こちらを狙うミサイルを砂丘を盾に使って回避すると、ビームライフルを砂地に撃ちこみ視界を遮る。

 

 「これでぇぇ!!」

 

 そしてそのまま回り込みバクゥの側面からビームサーベルを振り下ろした。

 

 真っ二つになったバクゥは火を噴き、爆発した。

 

 「このぉ!!」

 

 隊長機がストライク目掛けて突っ込んでくる。

 

 しかし、それも遅すぎる。

 

 ビームサーベルを投げつけると同時にイーゲルシュテルンで狙い撃ち、爆発させる。

 

 「しまっ――」

 

 大した爆発ではないがバルトフェルドの視界を塞ぐには十分だった。

 

 その瞬間にアーマーシュナイダーを引き抜きバクゥの頭部に突き刺した。

 

 「くぅ、やってくれるな!」

 

 最後の一撃か、スパイクを叩きつけてくるが咄嗟に後ろに跳んで避ける。

 

 敵の攻勢もそこまでだった。

 

 「退くぞ、ダコスタ!」

 

 「り、了解」

 

 生き残った改修機と共に残りのバクゥも後退していく。

 

 「ハァ、ハァ、退却したのか」

 

 《まだ、わからん。油断するなよ》

 

 「了解」

 

 アストは乱れた息を整えながら周囲を警戒する。

 

 他に敵の来る気配はない。

 

 「はぁ、なんとかなったな」

 

 ようやく一息つける。今度は守ることができたのだと安堵しながら息を吐きだした。

 

 

 

 

 

 味方と共に後退しながらバルトフェルドは機体の状態を確認する。

 

 「派手にやられたな。ダコスタ君データの方は?」

 

 「ええ、問題なく」

 

 この戦闘目的は十分すぎるほど果たした。

 

 だが同時に被害は大きすぎた。

 

 隊長機を含む6機のバクゥの内4機は撃破され2機は撤退に追い込まれた。

 

 地球に降りて来たばかりの戦艦と1機のモビルスーツ相手にである。

 

 仮にあのまま戦闘を続けていてもあのモビルスーツを倒すことはできなかっただろう。

 

 それどころか間違いなく返り討ちに遭っていた。

 

 さらに悪い事に敵のモビルスーツはもう1機存在するのだ。

 

 出てこなかった理由まではわからないが参戦してくれば今回以上の被害が出る可能性も十分すぎるほどある。

 

 「これは、参ったねぇ。流石『白い戦神』と言われる訳だな」

 

 「隊長、そのセリフはそれらしい表情で言ってくださいよ」

 

 「おっと、失礼」

 

 そうは言いながらもバルトフェルドは表情を変えることなく敵を見据える。

 

 その表情には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 それにしても――

 

 「あのパイロットは……」

 

 最初は砂地に足を取られ動くこともままならなかったにも関わらず途中からは別の機体かの様な動きを見せた。

 

 つまりプログラムを戦闘中に書き換えたのだ。

 

 そして装備換装後の圧倒的な戦闘力。

 

 「クルーゼ隊が仕留められなかった相手か」

 

 噂に違わぬと言ったところだろう。

 

 バルトフェルドはより深い笑みを浮かべて撤収した。

 

 

 

 

 戦闘を終えたアストはロッカールームに佇んでいた。

 

 しかし着替える事無く、手に持った物をじっと眺めている。

 

 「アスト、入ってもいい?」

 

 「え、ああ」

 

 入ってきたのはアネットだった。

 

 嬉しそうにそばに寄ってくる。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「キラが目を覚ましたわよ」

 

 「そうか」

 

 安心した。

 

 しかしエリーゼの事を知ればキラは自分を責めるだろう。

 

 引きずらなければいいのだが。

 

 憂いを持ったアストの様子にアネットは訝しむようにこちらを覗き見てくるが、そこで手に持った物に気が付く。

 

 それはユニウスセブンの時に作った紙の花だ。

 

 「それって」

 

 「……ああ、エルちゃんがくれたんだ。キラもエリーゼから貰ってた」

 

 酷く思いつめた顔でアストは呟く。

 

 その顔を見たアネットは唇を噛んだ。

 

 何もできないのか、そんな悔しさからか自然と言葉が出た。

 

 「アスト、あんたの所為じゃないから」

 

 「アネット……」

 

 「絶対にあんたやキラの所為じゃないからね」

 

 情けない。

 

 こんな陳腐なセリフしか言えない自分が悔しかった。

 

 「ありがとう、アネット」

 

 本当に情けなかった。

 

 自分が慰められてどうするのだ。

 

 

 

 

 

 そこは煌びやかな部屋だった。

 

 普通に暮らす人々には一生縁がないだろうというぐらいの豪華な家具や装飾品がある。

 

 その部屋にはスーツを着た優男が本を読んでいた。

 

 男の名はムルタ・アズラエル。

 

 アズラエル財閥の御曹司にして反コーディネイターを掲げるブルーコスモスの盟主である。

 

 上機嫌にページをめくっていく彼に、机の上に置いておいたパソコンに通信が入った。

 

 《アズラエル様》

 

 画面に映った男を見て軽薄そうな笑みを浮かべる。

 

 「やあ、クロード。早速報告を聞こうかな」

 

 《はい。まず予定通り2機のGのデータを無事入手。そしてパイロット2名も地球軍に残留させました》

 

 「僕としては化け物なんて使いたくなかったんだけどね。まあ化け物同士殺し合ってもらうのは都合がいいけどさ」

 

 《そう仰らないでください。彼らには彼らなりの利用のしかたがあります》

 

 「それはわかってるよ。いくら危険な猛獣でも首輪をつけておけばそれなりの使い方があるからね」

 

 《ただアークエンジェルが予定とは違いアフリカ方面に降下してしまったようですが》

 

 「それは構わないよ。あの艦には最前線に行ってもらってザフトの目を引きつけてもらうつもりだったし」

 

 ザフトがあの艦と2機のGを脅威と見て、つけ狙っているのをアズラエルは知っていた。

 

 だから初めからアラスカに降下してもすぐ最前線に行かせるつもりだったのだ。

 

 「こっちの準備が整うまではせいぜい頑張ってもらわないとねぇ」

 

 《はい、そちらも順調です。今回のデータで『ストライクダガー』と例の機体も完成に近づくでしょう》

 

 「うん。引き続き頼むよ、クロード」

 

 《了解しました》

 

 通信を終えアズラエルは空を見上げる。

 

 そこにはいるのだ。駆逐すべき者たちが。

 

 「待ってろよ、化け物どもが」

 

 その顔には残酷な笑みが浮かんでいた。




『消滅の~』はドロアテさんのアイディアをそのまま使わせてもらいました。

ありがとうございました。


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第14話  交差する時

 

 アストはイレイズのコックピットから外の様子を眺めながら待機していた。

 

 そのすぐ横にはストライクも立っている。

 

 外にはマリューとムウが武装した兵士を連れ、銃を持ち迷彩服や防弾ジャケットなど着こんだ集団と話をしている様子が見えた。

 

 所謂レジスタンスという奴だろう。

 

 名前は『明けの砂漠』というらしい。

 

 アストとしては過去の事もあり、彼らのような存在にはあまりいい印象がない。

 

 なんであんな連中と―――

 

 そう思いもするが現実は厳しい。

 

 現在アークエンジェルは数日前にザフトに襲撃された所から離れ、別の場所にいた。

 

 事の起こりは戦闘が終了してすぐの事。

 

 突然バギーに乗った人物が現れ、会談を持ちかけてきたのだ。

 

 自分達の目的は言わず、ただ敵の情報が欲しければ指定のポイントまで来いと言ってすぐ去って行った。

 

 そんな彼らにあからさまに怪しいと反対意見も出たが、アークエンジェルはこの辺りに関する情報があまりに少なすぎた。

 

 もちろん罠の可能性も捨てられないが、リスクを負ってでも敵の情報は欲しいということで彼らと話す事に決定したのである。

 

 落ちつくため息を吐くと思考を止め、ストライクの方を見る。

 

 キラはあの戦闘の後すぐに目を覚ましたのだが、シャトルが撃墜された事が相当ショックだったのだろう。

 

 目覚めてすぐにエルザと話してきたのも影響してか、きつく拳を握りしめて涙を流していた。

 

 そして追い詰められたような顔でアストに戦う事を宣言したのだ。

 

 今度こそ守って見せると。

 

 「キラ、大丈夫か?」

 

 「え、あ、うん、もう大丈夫。体調は問題ないよ」

 

 「……そっちもだけど、エリーゼやエルちゃんの事だ」

 

 キラは何も言わず黙り込んだ。

 

 大丈夫な筈はない。

 

 そう簡単に気持ちの整理などつかない。

 

 気持ちは良く分かる。

 

 何故なら自分自身も吹っ切れたという訳ではないからだ。

 

 正直かなりきつい。

 

 今も目の前の事に集中して、できるだけ考えないようにしていないと塞ぎ込んでしまいそうだ。

 

 「……大丈夫とはお世辞にも言えないけど、でももう誰も死なせたくないから」

 

 かすれた声で言うキラの様子にアストも俯いた。

 

 やはり相当思いつめているらしい。此処は言っておいた方がいいかもしれない。

 

 「キラ、1人で気負うなよ」

 

 「……でも僕がもう少し早くデュエルを落としていたら」

 

 「そう思うのはお前だけじゃない。俺だってそうだよ。もっとうまく戦っていたらってそう思う。トール達だって何かできなかったのかってそう思ってるさ」

 

 「アスト……」

 

 「だから自分を責めるな。みんなも同じなんだから。今度こそ一緒に守ろう」

 

 「うん、ありがとう」

 

 少しは気が紛れたのか先ほどよりは明るく返事をしてくる。

 

 ちょうど話の区切りがついた時、外に出ていたマリューから通信があった。

 

 《サガミ少尉、ヤマト少尉。二人共降りてきて》

 

 話は終わったのだろうか?

 

 キラと顔を見合わせると言われたとおりコックピットから降りていく。

 

 一緒に志願したフレイとエフィムは二等兵だったのに自分たちが少尉というのはパイロットだからということだろう。

 

 階級についてはマリュー達も変わった。

 

 ハルバートンの計らいでマリューやムウは少佐、ナタルは中尉、そして他のクルーたちも昇進していた。

 

 しかしコーディネイターの自分達が士官の階級とは思わず苦笑してしまう。

 

 地面に降り立ちヘルメットを脱ぐと明けの砂漠から驚きの声が聞こえてきた。

 

 「なっ、まだガキじゃねぇか!?」

 

 「あのガキ共がパイロット?」

 

 どうやらアストとキラの年でモビルスーツに乗っているというのが驚きだったようだ。

 

 やはり彼らのような存在は好きになれない。

 

 とはいえ、揉め事にする訳にはいかない。

 

 出来るだけ表情を出さないようにしないと。

 

 そんな中こちらに向かい飛び出した者がいた。

 

 防弾ジャケットを着た少女が驚きの表情を見せ、キラの前に立つ。

 

 誰だ?

 

 飛び出し、驚きの表情を浮かべていた少女の顔がすぐに怒りに変わる。

 

 「何故お前があんなものに乗っているんだ!?」

 

 そんな怒鳴り声と共にキラに手を上げてくる。

 

 密かに何があってもいいよう構えていたアストは横からその手をつかみ、引っ張って体勢を崩すと足をかけてあっさりと転ばした。

 

 転んだ少女は驚きと怒りの入り混じった表情で怒鳴ってくる。

 

 「この、何するんだ!!」

 

 「あ、すまない。つい反射的に―――っていうかいきなりキラに殴りかかったのは君だろう」

 

 「いや、それは―――」

 

 「カガリ」

 

 リーダーと思われる男に呼ばれ、カガリと言われた少女はしぶしぶ引き返していく。

 

 「キラ、あの子の事知っているのか?」

 

 「うん、知ってるっていうか……」

 

 キラは困惑した様子で少女の後ろ姿を見つめていた。

 

 何故あの子がここにいるんだろう?

 

 そんな疑問がキラの胸中に渦巻いていた。

 

 

 

 アンドリュー・バルトフェルドは自らの母艦『レセップス』の艦長室で書類を眺めていた。

 

 内容はジブラルタルからの補充人員の着任についてである。

 

 補充人員自体は歓迎だ。

 

 前の戦闘でバクゥを撃破され戦力は消耗しているし、敵も強敵とくれば戦力強化はありがたい。

 

 それでもバルトフェルドとしては素直に喜べなかった。

 

 「どうされたのですか、隊長?」

 

 「ジブラルタルから送られてくる補充人員があのクルーゼ隊からってことでね。まあバクゥ数機と他のモビルスーツを寄こしてくれるらしいけど」

 

 「なにか問題でも?」

 

 「足手まといが増えてもなぁっていうのが正直なところだ。全員、宇宙戦の経験しかないらしいからな」

 

 それでダコスタも納得した。

 

 宇宙戦と地上戦では全く違う。

 

 ましてここは砂漠なのだ。

 

 宇宙しか知らない者では話にもならないだろう。

 

 だからこそストライクのパイロットがあれほどの戦闘をして見せたのは驚きだったのだが。

 

 「それにクルーゼ隊ってのも気に入らんね。俺はあいつ嫌いだし」

 

 「隊長、子供じゃないんですから」

 

 そんな事を言っている間にも到着したらしい。

 

 レセップスの近くに数機の輸送機が降りてくる。

 

 「まあ追い返す事もできんしな」

 

 そう言って席を立ち外に歩き出し、急ぎ甲板に出ると風が吹き砂が舞っていた。

 

 それがよほど嫌なのか全員顔をしかめている。慣れない内は仕方がないだろう。

 

 「ようこそ、指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ。君らを歓迎するよ」

 

 心にもないことを言う上官にダコスタは内心呆れるものの表情には出さない。

 

 「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです」

 

 「同じくディアッカ・エルスマンです」

 

 「シリル・アルフォードです」

 

 「エリアス・ビューラーです」

 

 「カール・ヒルヴァレーです」

 

 次々と自己紹介していく。

 

 最後の1人が名乗ると同時に機体も輸送機からすべて運び出される。

 

 その中でも目の引くのはストライクと似た形状の2機ともう1つはシグーを改良したと思われる機体だ。

 

 各部スラスターを強化し、試作型のビームライフルと腰には普通とは形状の違うレーザー重斬刀が装備されている。

 

 バルトフェルドはそれらを興味深そうに見つめた。

 

 「あいつとよく似ている。同系統の機体だな。もう一つのあの機体は……」

 

 「シグーを改良してビーム兵器を使用可能とした機体です」

 

 「なるほど」

 

 機体を見ていたバルトフェルドにシリルが説明する。

 

 どうやら彼があの機体に搭乗する予定らしい。

 

 「バルトフェルド隊長にお願いがあります」

 

 「なんだね」

 

 シリルが前に出て嘆願する。

 

 ダコスタとしてはあまりいい話とも思えない。

 

 クルーゼ隊といえばエリートである。

 

 となればプライドも高く、扱いにくい。

 

 少なくともバルトフェルドもダコスタもそういう印象が強い。

 

 おそらくシリルの要望も戦闘では好きにさせてほしいといった事だろう。

 

 しかし彼の要望はダコスタの予想とは大きく違っていた。

 

 

「私達は宇宙戦の経験しかありません。ですので試作機のテストを兼ねて演習をさせていただきたいのです。このままでは隊長の指示通りに動くこともできず、作戦行動にも支障が出ます。それにバクゥはともかくデュエルとバスターは砂漠用に調整も必要ですから」

 

 これには正直驚いた。

 

 どうやら彼らを見くびっていた。

 

 エリート部隊の隊員だけはあって自分たちの現状をよく把握しているようだ。

 

 「わかった、許可しよう。こちらの隊員を何人かつける。砂漠用の調整が必要なら整備スタッフを使ってくれ」

 

 「ありがとうございます」

 

 敬礼をしてシリルは一歩下がる。

 

 「ということだ。あとは頼むよダコスタ君」

 

 「ええ~!?」

 

 ダコスタの肩をポンと叩きそのまま歩いて行ってしまう。

 

 演習に参加する者の編成やスケジュールの調整などはすべて丸投げされてしまった。

 

 呆然としていたダコスタは我にかえると肩を落とし、ため息をついた。

 

 いつも面倒な事はすべてこちらに押し付けるのだあの人は。

 

 ともかく動こうと肩を落として、準備に入った。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは明けの砂漠の本拠地と思われる場所に移動していた。

 

 結局あの会談で必要な情報は得られなかった。

 

 どうやら彼らはアークエンジェルを味方につけたいらしい。

 

 正確にいえば利用したいという事だ。

 

 彼らの装備を見てみても、お世辞にもモビルスーツ有するザフトに対抗できるとは思えない。

 

 しかしこちらを利用すれば状況も変わると思ったのだろう。

 

 だがそれはアークエンジェル側も同じである。

 

 こちらとしても情報もなく、土地勘もない上、補給もないのだ。

 

 今の状況でザフトと戦うのは不利な要素が多すぎる。

 

 だから利用しようとしているのはお互い様だった。

 

 先導するバギーによって案内された場所は周りが岩山で囲まれており、外からは見えにくい。

 

 上空からの偵察にも警戒し、隠蔽用のネットをかぶせている様子が見て取れた。

 

 マリューとムウ、ナタルは明けの砂漠のリーダーであるサイーブに連れられ指令室と思われるところまで案内される。

 

 様々な機材が散乱する部屋にある机の上に地図を広げると話を始めようとしたのだが、あの金髪の少女が近づき耳打ちをして去っていく。

 

 「彼女は?」

 

 「俺達の勝利の女神さ」

 

 「名前は?」

 

 サイーブは探るようにムウに視線を向けた。

 

 「女神様じゃ名前知らなきゃ失礼でしょ」

 

 からかい半分にムウが言うと視線をそらして答える。

 

 「カガリ・ユラだ」

 

 その話は終わりとばかりに地図を指さして話し始める。

 

 あの少女は何かあるのだろうか?

 

 サイーブの態度を不審に思うが地図の方に目を向ける。

 

 「まずあんた達の相手だが、アンドリュー・バルトフェルドだ」

 

 「敵は『砂漠の虎』ってことか」

 

 ザフトでも屈指の名将の1人である。

 

 また厳しい戦いになりそうだ。

 

 「今はバナディーヤに奴の母艦レセップスがいる」

 

 「アラスカに行くには……」

 

 「ジブラルタルを突破するかインド洋から太平洋に抜けるかだな」

 

 「この戦力でジブラルタルは無理だって」

 

 ジブラルタルにはザフトの前線基地がある。

 

 そこにはザフトの大部隊が駐屯しているはずだ。

 

 アークエンジェル1隻で突破するなど無謀を通り超えて自殺行為だ。

 

 「じゃあ、バナディーヤのレセップスを落として紅海に抜けるしかないな。だが言うほど簡単じゃねぇ。ビクトリアが落とされてから奴らの勢いは強いしな」

 

 「ビクトリアが!?」

 

 これにはさすがに驚いた。

 

 自分たちがこんな状況になっている時にそこまで事態が動いていたとは。

 

 「残るはパナマか」

 

 ザフトの地球侵攻作戦『オペレーション・ウロボロス』は宇宙港のすべてを制圧するというもの。

 

 現在残っている宇宙港であるパナマの侵攻も時間の問題だろう。

 

 だからこそ一刻も早く自分たちはアラスカにたどり着かねばならないのである。

 

 

 

 

 

 アストとキラはアークエンジェルに迷彩ネットをかけ終わり座り込んで休んでいた。

 

 2人で黙って空を見上げると色々と考えてしまう。

 

 失ってしまった命やエリーゼ達の事を。

 

 そこにあの少女カガリがこちらに向かって歩いてきた。

 

 何の用だ?

 

 また殴りかかってくるつもりだろうかと警戒し思わず身構えてしまう。

 

 「勘違いするな。何もする気はない。その、さっきのことだが別に手を出す気はないかった……訳でもないが、その」

 

 一応謝りにきたといったところなのだろうか。

 

 内容は全然謝罪になってないが。

 

 そんな様子が微笑ましかったのかキラがくすくすと笑い出した。

 

 「なにが可笑しい!」

 

 「何がって……」

 

 それだけ可笑しかったのかキラは笑い続けている。

 

 キラがこんなに笑うのを見るのはもしかしてヘリオポリス以来かもしれない。

 

 エリーゼ達の事以来塞ぎ込んでいたのでいい傾向だ。

 

 キラとこの少女とは相性がいいのかもしれない。

 

 ともかく前から気になっていたことを聞くことにした。

 

 「さっきも聞いたけどキラの知り合いなのか?」

 

 「あ、ああ、アストも会ったことあるよ」

 

 「えっ」

 

 「ほら、カトウ教授の研究室に来ていた子がいたよね」

 

 彼女の顔をまじまじと見てしまう。

 

 この子があの時の?

 

 いや、しかし―――

 

 「……あれって男の子だったじゃないか」

 

 「あ~」

 

 キラが視線を逸らす。

 

 嫌な予感がしてカガリの方を見ると肩を震わしている。

 

 不味いと思った瞬間カガリの拳が飛び出してきた。

 

 「こいつといい、お前といい、女らしくなくて悪かったなぁぁぁぁ!!」

 

 カガリの一撃がアストの顔面に直撃した。

 

 「ぐぁ!」

 

 「アスト、大丈夫!?」

 

 避けられなくはなかったのだが、今回は避けてはいけない気がしたのでそのまま受けた。

 

 今のはこちらが悪いだろう。

 

 でも痛い。

 

 カガリが落ち着いたのを見計らって話しかける。

 

 殴られた頬をさすりながらだが。

 

 「悪かったよ。そう怒らないでくれ」

 

 「ふん!」

 

 相当気に障ったようだ。

 

 だがいつまでもそれでは話が進まないと思ったのか、不機嫌そうな態度を隠さないまま話し出した。

 

 「あのあとずっと気になっていた。お前はどうしただろうと」

 

 彼女があの時のヘリオポリスにいたのなら、自分を助けてくれたキラの事は気になって仕方なかっただろう。

 

 「それがあんな物に乗って現れるとはな」

 

 いったい彼女は何が気に入らないんだ?

 

 イレイズやストライクを睨んでいるが、何かあるのだろうか?

 

 「いろいろあったんだよ」

 

 さらにカガリが何か言おうとしていたがキラのどこか思いつめた様子を見て思いとどまったようだ。

 

 カガリの追及も収まったようなので、アストはさっきから気になっていたことを聞くことにした。

 

 「ところでなんで君がここにいるんだ? オーブの人間じゃないのか?」

 

 「えっ!? え~と、私は、だな」

 

 あからさまに聞かれたらまずいといった感じである。

 

 どうやら彼女は嘘がつけない性格らしい。

 

 「カガリ」

 

 「あ、キサカ。悪いな、もう行く」

 

 助かったとばかりキサカと呼ばれた、たくましい長身の男の下に走って行く。

 

 どうやらあの子に何かあるのは間違いないようだが別に詮索する気はなかった。

 

 「ハァ~キラ、アークエンジェルに戻って機体の調整をしておこう。前の戦闘で接地圧弄ったし、イレイズの事でマードックさんと話さないといけないしな」

 

 「うん、そうだね」

 

 カガリと話したおかげか、少しは元気になったようだ。

 

 アークエンジェルに戻るために機体に乗り込み格納庫まで戻ってくると、スカイグラスパーのそばでムウとエフィムが話していた。

 

 「何でエフィムがいるんだろ?」

 

 「さあな」

 

 あんまり関わりたくないが、今までエフィムが格納庫に来た事はないし、整備の手伝いにも見えない。

 

 「今のままじゃ実戦なんて程遠い。もっとシュミレーターをやり込んでから実機だ」

 

 「くそっ!」

 

 「あのなぁ、一応上官なんだから敬えよ」

 

 「……了解しました、フラガ少佐」

 

 エフィムが苛立たしげに格納庫の隅にあるシュミレーターに歩いていく。

 

 「どうしたんですか?」

 

 「ああ、あいつスカイグラスパーのパイロットに志願したんだよ。そんで実戦にいきなり出せってな。無茶言うなっての」

 

 エフィムが志願した?

 

 でも彼ならそう驚きはない。

 

 コーディネイターと戦う為に地球軍に入った彼だ。

 

 パイロットを志しても何らおかしくない。

 

 「エフィムの実力はどうなんです?」

 

 「ああ、筋はいい。鍛えればかなりのパイロットになる」

 

 戦力が増えるのは助かる。

 

 それでもヘリオポリスからの知り合いが戦いに加わるのは正直複雑な心境だ。

 

 たとえ相手が自分たちを嫌悪しているとしても。

 

 「あっ、そうだ。マードックさんは?」

 

 「曹長ならスカイグラスパー3号機のとこだ。あれが一番じゃじゃ馬で調整に手間取ってんだよ。何か用なのか?」

 

 「ええ、イレイズのことで」

 

 そのまま皆と連れだってマードックのところへ向う。

 

 スカイグラスパー3号機は部品が散乱しコードもむき出しの状態になっていた。

 

 良く見てみると若干形状が違う。

 

 「これって確か少佐専用に調整された機体だって言ってたけど」

 

 「その分調整とかも難しいんだろうな」

 

 スカイグラスパー3号機はムウのために改良された機体であり、左右の端にビーム砲が装備され、出力も強化されている。

 

 「曹長」

 

 「おう、どうした?」

 

 「イレイズの事なんですけど、前に言ってた実弾装備は使えませんか? 少しでもバッテリーの消費を抑えようとするとアータルは使いにくいですし」

 

 「う~ん、使えなくはないが俺もこっちの作業で手一杯だからなぁ。それにアータルの方はいいのか? あれはアータルを外してからじゃないと装備できないぞ。イレイズはストライクと違って換装なんてできないから一度外すとそう簡単には戻せなくなる」

 

 「ええ、構いません。作業はこちらでやりますから」

 

 「わかった。なんかあったらすぐに言ってくれ」

 

 礼を言ってイレイズのそばに置いてある武装を見る。

 

 レール砲『タスラム』、アータルとは違う実弾兵器だ。

 

 イレイズは非常に扱いにくく、バッテリー消費の激しい機体であり、それをなんとか改善するための苦肉の策として実弾兵器の装備が開発されたらしい。

 

 「これって完成してるの?」

 

 「ああ、マードックさんのよるとほぼ完成してるみたいだけど……」

 

 とりあえず確認しない事にはわからない為、タスラムに端末をつなげて調べていく。

 

 「なるほど。放置していただけあって状態はあまり良くないけど、整備と調整さえ終わればすぐ使える」

 

 「じゃあ、すぐに取りかかろう」

 

 キラと作業を始めようとした時だった。

 

 トール達、そしてエルザが格納庫に入って来たのが見えた。

 

 「みんな、どうしたの?」

 

 「ブリッジの方はいいから、こっちの手が足りないから行って来いって言われてさ。手伝うことあるんだろ?」

 

 「うん、でもエルザは……」

 

 「……私も手伝う。今は余計な事は考えないで動いていた方が楽だから」

 

 エルザの顔色は良くない。

 

 正直すぐに休ませた方がいいのではと思うくらいだが、部屋にいてもエリーゼの事で悩むだけ体にも良くない。

 

 アネット達もそう思って連れ出したのだろう。

 

 「わかった。エルザが手伝ってくれるのは助かる」

 

 「じゃ、始めようか」

 

 タスラムの調整と整備をエルザ達と整備班に手伝ってもらいながら開始する。

 

 みんなでこんな風に何かをするのはユニウスセブンで折り紙を折って以来だ。

 

 あの時もヘリオポリスを思い出した。

 

 あれからたいして時間も経ってないのに遠い昔のようだった。

 

 一緒に作業をして気がまぎれているのか全員表情が明るい。

 

 全員の顔を見てアストもキラも再確認する。

 

 彼らを守らなければいけない。これ以上誰も死なせないと。

 

 

 

 

 

 レセップスの格納庫ではシリル達の機体を砂漠用へ調整する作業が進んでいた。

 

 あとは砂漠に出て機体の具合を見た後、細かい調整を行っていく予定になっている。

 

 そのために演習を提案したのだから。

 

 シリルが自身の機体を見上げる。

 

 シグーを改良したこの機体はビーム兵器を使用可能になっている。

 

 ようやくこれでガンダムと対等に戦える。

 

 『消滅の魔神』と『白い戦神』を倒す事が出来るのだ。

 

 あとはパイロットであるシリル自身の問題である。

 

 あの驚異的な実力をもつあのパイロット達とどこまでやれるか。

 

 そんな事を考えているとイザークとディアッカが声をかけてくる。

 

 「……シリル、何故あんな提案をした」

 

 「まったく、俺らまで地上部隊と一緒に演習とはな」

 

 イザーク達にとってシリルの提案は面白くなかった。

 

 彼らにはエースパイロットとしての矜持がある。

 

 しかもエリートのクルーゼ隊のメンバーだ。

 

 それが何故地上部隊と演習し、教えを乞わねばならないのか。

 

 「ガンダムを確実に倒すためだ」

 

 「それは俺達だけで十分だ! 地上部隊の力など借りる必要はない!!」

 

 「そうそう。今度こそ仕留めてやるさ!」

 

 「……あの時も言ったが俺達は地上戦には慣れてないし、ましてや砂漠だ。戦い方を見るだけでも損はない。それにイザークの機体は完全な状態じゃ無いだろう」

 

 デュエルはストライクの攻撃でアサルトシュラウド胸部の装甲を大きく破損してしまった。

 

 その為本来ならば単独で大気圏を突破して来たイザークの体調と合わせ、機体の修復を待ってからこちらに合流する予定だった。

 

 しかし彼はそんな予定を無視して、無理やりこちらに来てしまった為、デュエルはアサルトシュラウドを外した状態なのだ。

 

 「それは……」

 

 「なら地上部隊との連携も邪魔にはならない」

 

 「ずいぶん弱気じゃないか。ニコルの臆病でもうつったの?」

 

 ディアッカが挑発するように皮肉を言う。

 

 だがシリルは表情を変えない。

 

 すでに覚悟は決めたのだ。

 

 「俺はもう奴らを侮るのをやめただけだ。奴らは強い。油断すればこちらがやられる。もう仲間を撃たせないために奴らを確実に倒す。そのためなら誰の力でも借りるさ」

 

 決意に満ちたシリルにイザーク、ディアッカ共に何も言えなくなってしまう。

 

 「今度こそ『魔神』と『戦神』を倒す」

 

 決意をこめて機体を見上げる。たとえ刺し違えてもあの2機を―――

 

 鋭い視線がここにはいない敵を見据えていた。




カガリ登場です。

でも彼女は本当どうしようかな。


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第15話  激突する刃

 

 

 

 イレイズとストライク、2機のガンダムが慎重に砂漠を横断しながら飛行していた。

 

 そんな2機を率いる様に前方にはバギーが数台走っている。

 

 それに乗っているのはカガリとキサカ、他数名の明けの砂漠のメンバーである。

 

 「もうすぐ予定ポイントだ。キラ、そっちはどうだ?」

 

 「うん、こっちも異状なし」

 

 彼らが向っている場所はそれこそ何もない砂漠の真ん中。

 

 ここに来た理由はイレイズの新装備のテストとキラが砂漠に慣れるための訓練の為。

 

 イレイズの背中にはアータルが外され、新装備である『タスラム』が装着されていた。

 

 本当ならばもう少し時間が掛かるはずであったが、想定以上に早く換装が可能になり、ここまでテストしにきたという訳だ。

 

 それが可能になったのも間違いなくエルザのおかげである。

 

 細かい調整など結局ほとんど彼女がやってしまった。

 

 優秀な技術者になるとマードックが太鼓判を押すほどに見事な手際だった。

 

 ストライクの方も第八艦隊の補給の1つであるバズーカ砲を装備している。これも地上での戦闘を考慮し、バッテリー節約のためのものだ。

 

 アストは機体状態を見ながらレーダーで周囲を確認し、もう1人の味方に声をかける。

 

 「……エフィム、そっちはどうだ?」

 

 「……別に問題はねぇよ」

 

 そっけなく言うと、もう話す事は無いとばかりに黙ってしまう。

 

 何故ここにエフィムがここにいるかと言えば、まさに執念の勝利とでも言えばいいのか。

 

 要するにずっと実機に乗せろと言い続けたエフィムに根負けしたムウが訓練としてアスト達に同行させたのだ。

 

 もちろん戦闘になればすみやかに撤退することが条件ではあったが。

 

 まあムウもエフィムがそんな命令を聞くとは思ってなかったのだろう。

 

 それとなくフォローするように言ってきた。

 

 はっきり言ってアストもそしてキラにもフォローする自信はない。

 

 戦闘になればそんな余裕はなくなるし、エフィムが素直にこちらの言うことを聞いてくれるとも思えないからだ。

 

 こうなるともう敵と遭遇しない事を祈るしかない。そこに先行していたカガリから通信が入る。

 

 《聞こえてるか? もうすぐポイントにつく。そしたら装備の試射でも何でもしろ。それが終わったあとで私達も作業に取り掛かる》

 

 「了解した」

 

 カガリ達がバギーを止め、荷台から何か慎重に降ろしている。

 

 明けの砂漠のメンバーがここまで同行して来たのはもちろん理由があった。

 

 彼らは砂漠のあらゆる場所にトラップを仕掛けており、今回も自分たちの罠を仕掛けるためにここまできたという訳だ。

 

 元々明けの砂漠の基本的な装備ではモビルスーツを扱うザフトに対して有効なものは少なく、地雷などを仕掛けそこに敵を誘いだして罠にはめるといった戦法をとっている。

 

 その為、彼らが戦っていく上でこう言ったトラップの設置は必要不可欠なのだ。

 

 カガリ達が荷物を下ろし、このあたりの地形を確認している姿を確認するとテストを開始する為、この場から離れていく。

 

 「じゃあ、予定通りタスラムの試射から―――ッ!? レーダーに反応!!」

 

 「敵!?」

 

 コックピットに響く警戒音を聞きながら周囲を確認すると獣型のモビルスーツがこちらに向って突っ込んで来るのが見えた。

 

 そのさらに後方からはシグーと思われる機体のシルエットが見え、そして―――

 

 「あれは―――デュエルとバスターか!?」

 

 「……デュエル」

 

 キラがいつもとは比べものにならないほど低い声を出す。

 

 エルやエリーゼの仇が現れたのだ。抑えろと言う方が無理だろう。

 

 アストも怒りをどうにか堪えキラに声を掛けようするが、その間にもバクゥは高速で接近してくる。

 

 相変わらず厄介な速度と動きである。

 

 バクゥの突進を横に飛び回避するとビームサ―ベルを抜き迎撃しようと構えた。

 

 その瞬間、敵機の頭部からピンク色の刃が形成される。

 

 「まさか、ビームサーベルか!?」

 

 イーゲルシュテルンで迎撃しながら、急速に迫ってくる光刃を間一髪で回避する。

 

 どうやら奪ったガンダムより得たビーム兵器の技術を他のモビルスーツにも転用して来たという事らしい。

 

 これは今後、他の機体も使ってくると考えていた方がいいだろう。

 

 「キラ、気をつけろ。ガンダム以外もビーム兵器を使ってくるぞ!」

 

 「わかった!」

 

 ストライクが新装備のバズーカを構え、トリガーを引くと砲弾が発射される。

 

 しかしそれは高速で動きまわるバクゥには通用せず、その機動性を持って軽々回避されてしまった。

 

 キラは初めて対戦するバクゥの動きに驚愕する。

 

 速い!

 

 話には聞いていたが予想以上の速度である。

 

 しかし構ってられない。

 

 倒すべき敵はデュエルなのだから。

 

 「当たらない!? なら―――」 

 

 バズーカからビームライフルに持ち替えるとスラスターを吹かしてバクゥに接近しトリガーを引いた。

 

 放たれた一射がバクゥのウイングに命中し、あっさりと破壊した。

 

 「これで!!」

 

 ウイングを破損しバランスを崩した所にバズーカを撃ち込んだ。

 

 砲弾の直撃を受け爆散するバクゥを確認すると次の敵を見据える。

 

 「やれる!」

 

 アストからのアドバイスがあったのも良かったのだろう。

 

 確かな手ごたえを感じながらキラは突進してくるバクゥに向って行った。

 

 

 

 

 彼らが砂漠を行く2機のガンダムを見つけたのは本当に偶然であった。

 

 宇宙戦しか経験の無いクルーゼ隊のメンバーがシリルの提案した砂漠戦の演習中に移動しているガンダムの姿を発見したのである。

 

 演習の責任者として同行していたダコスタからすれば運が無いの一言に尽きる。

 

 これがいつものバルトフェルド隊の面々ならさほど問題はなかっただろう。

 

 だが今彼と共にいるのは大半がクルーゼ隊のメンバー。

 

 敵を見つけた彼らがどうするか、ジブラルタルから派遣されてきた理由を考えれば火を見るより明らかだった。

 

 「ストライクとイレイズだ!!」

 

 「こりゃ運がいいねぇ。なあイザーク!」

 

 「ああ。前回の借りを返すぞ、ストライク!!」

 

 「ま、待て! 私達は―――」

 

 案の定こちらの制止など無視して、2機に向かって行く姿に思わず頭を抱えたダコスタにバルトフェルド隊の同僚が尋ねてくる。

 

 「どうするんだ、ダコスタ?」

 

 「……見捨てる訳はいかないだろう。そもそも今の我々に戦っても勝ち目など無いんだぞ。まったく冷静な状況判断もできないのか」

 

 前の評価が音を立てて崩れていく。

 

 やっぱりあいつらは扱いにくいだけだった。

 

 今回はあくまでも演習のためにここに来ていたのだ。

 

 明けの砂漠の襲撃を警戒はしていたが、弾薬などはそれらを追い払える最低限しか残ってない。

 

 イザーク達のビーム兵器を持つ機体なら戦えるだろうが、砂漠用の調整も中途半端でバッテリーもそう多くは残っていない筈であり、その上パイロット達もまだ完全に砂漠戦に慣れた訳ではない。

 

 「ともかくできる限り援護を。ただし無理をする必要はない。不利になったら退いてくれ。こんな戦闘で無駄死にすることはないんだからな」

 

 「了解!」

 

 残りのバクゥも先行したクルーゼ隊のメンバーを援護のため発進する。

 

 それを見守りながらダコスタは盛大にため息をついた。

 

 本当に面倒な仕事を押し付けられてしまったものだ。

 

 軽く上官を恨みながら戦闘の状況確認のためスコープを覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 ストライクを見つけたイザークは激情に身任せ突進する。

 

 大気圏での借りを返す時だ。

 

 「ストライクゥゥ!!!!」

 

 しかしストライクにたどり着く前にライフルを構えたイレイズが割り込んできた。

 

 「邪魔だぁぁ!!」

 

 背中からビームサーベルを抜き、立ちはだかるイレイズ目掛けて斬りかかる。

 

 しかし―――

 

 「遅い」

 

 アストはそれを余裕で回避すると同時に左膝をデュエルの腹部に直撃させ吹き飛ばした。

 

 「ぐあああああ!!!」

 

 膝蹴りによって倒れ込んだデュエルに容赦なくビームサーベルを振り下ろそうとするがすかさずバスターからの援護が入った。

 

 「チッ!」

 

 バスターからの砲撃ををシールドで防ぎ、一旦距離を取る。

 

 「大丈夫か、イザーク」

 

 「くっそォォォ!!!  俺が、俺がナチュラルなんかに後れを取る訳がない!!!」

 

 イザークは体勢を立て直しながら、ビームサーベルを持つ目の前の機体を睨みつける。

 

 今自分が借りを返すべき相手はストライクだ。

 

 しかし、イレイズにも何度も屈辱を与えられた事に変わりはない。

 

 順番は変わるが立ちふさがるならこいつから倒すだけである。

 

 「あまり熱くなりすぎるなよ、イザーク」

 

 「わかっている!! いくぞ、ディアッカ!」

 

 「ああ、今日こそ落としてやる!」

 

 アストはデュエルとバスターが迫ってくる冷静に観察しながらビームサーベルを構えなおす。

 

 「キラだけが頭にきてると思うなよ、デュエル!!」

 

 怒っていたのはキラだけではない。

 

 だからデュエルに躊躇する気はさらさらなかった。

 

 バスターのエネルギーライフルの射撃をかわしながら、デュエルの懐に飛び込むとビームサーベルを袈裟懸けに振るう。

 

 イザークはシールドを掲げ、ギリギリで受け止めるが、すぐにイレイズのシールドに突き飛ばされ体勢を崩されてしまう。

 

 その隙を見逃す事無く攻撃を加えていく。

 

 「イザーク!」

 

 見かねたディアッカは再びエネルギーライフルでイレイズを狙うが、あっさりとかわされイーゲルシュテルンで反撃を受ける。

 

 「そんなものが効くかよ!」

 

 ディアッカは気づかなかった。

 

 狙われたのはバスター本体ではなくその足場の方だった事に。

 

 「どこ狙って―――なに!?」

 

 バスターの足元は砂丘の下り坂になっている。

 

 そこをイーゲルシュテルンの攻撃で崩され、機体のバランスが取れなってしまう。

 

 やはりだ。

 

 こいつらはまだ砂漠の戦いになれていない。

 

 砂漠の戦闘に慣れていない事と合わせ、機体の調整が完璧ではないため体勢を整えるにも時間がかかる。

 

 戦闘をしながらアストはそこを狙って攻撃を加えていく。

 

 「貰ったぞ、バスター!」

 

 「くそ!」

 

 スラスターを吹かし、再びビームサーベルで斬りかかろうとするが今度は体勢を立て直したデュエルが援護に入ってくる。

 

 だがアストは気にすることなくそのまま光刃を上段から叩きつけた。

 

 振るった斬撃はシールドで防御されてしまうが、そこにすかさず蹴りを入れる。

 

 完全に防戦一方。

 

 イザークはイレイズの攻撃を防ぐのが精一杯になっていた。

 

 それこそストライクとの戦った大気圏のように。

 

 「何故だ!? 何故ついていけない!?」

 

 砂漠戦に慣れてないとはいえそれは相手も同じはず。

 

 しかも今はバスターからの援護もあるというのに。

 

 アサルトシュラウドがないからか?

 

 「くそぉぉぉぉ!!」

 

 イザークは敵に押されているという目の前の現実を認められないまま防戦していった。

 

 

 

 

 

 デュエルの攻撃を避け、距離を取ったイレイズの目の前をバスターの収束火線ライフルのビームが通り過ぎる。

 

 その光景にアストは若干の違和感を感じ取った。

 

 今のは外したと言うよりも勝手に逸れたという感じだったからだ。そこにキラからの通信が入る。

 

 「アスト、砂漠の熱対流でビームがそれる。OSの調整を!」

 

 「了解!」

 

 即座にキーボードを引き出して、調整を行う。

 

 砂漠では昼は温度が非常に高く、大気が激しく対流した状態にある。

 

 それによってビームが曲げられるため正確に目標を狙えない。

 

 バスターの砲撃もそれで逸れたのである。

 

 それでもバスターがある程度こちらを狙えているのは、完全ではないにしろ砂漠用の調整してあるのだろう。

 

 アストはバクゥとの戦闘の時と同じく牽制を行いながら跳躍、その間にキーボードを叩き調整を終わらせる。

 

 「くっ、少し時間が掛かった」

 

 スコープを引き出し狙いを定めると、ビームライフルを構えているデュエルを狙う。

 

 銃口からビームが発射され、今までとは違い逸れる事なくデュエルのビームライフルを撃ち落とした。

 

 「なにっ!?」

 

 「あいつ、正確に当てやがった。本当にナチュラルかよ」

 

 驚くイザーク達を余所にアストは冷静にバッテリー残量を確認する。

 

 まだ問題のないレベルではあるが、油断はしない。

 

 しかしこのままだと手が限られてくる。

 

 ならば―――

 

 「……ぶっつけ本番だけどタスラムを使うか」

 

 まだ試射もしていない為、不安がないわけではないがここは調整してくれたエルザを信じよう。

 

 デュエルに蹴りを入れて引き離すと同時に背中から砲身をせり出し『タスラム』を発射した。

 

 砲身から高速で実体弾が撃ち出され、デュエル、バスターに直撃する。

 

 PS装甲のため撃破はできないが二機を大きく吹き飛ばした。

 

 「ぐあぁぁぁぁ!」

 

 「くっ、新しい装備だと!?」

 

 この威力ならジンやバクゥであれば問題なく撃墜できるだろう。

 

 弾数は限られるものの、バッテリーを消費するアータルよりは使い勝手がいい。

 

 「よし、大丈夫だ。これならいける!!」

 

 アストはタスラムに異常がないのを確認すると調整してくれたエルザに感謝しながらペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 アストがイザーク達と戦闘を行っている傍ら、キラもまたバクゥ相手に善戦していた。

 

 最初こそ砂漠の環境やバクゥのスピードに驚いたが、今は問題なく戦えている。

 

 「これで!!」

 

 狙いをつけタイミングを合わせてバズーカを撃ちこむとバクゥの前足を吹き飛ばす。

 

 前足を失ってバランスを崩した敵機との距離を即座に詰めるとビームサーベルを突き立てた。

 

 光刃によって貫かれ爆散するバクゥから離れて、イレイズの援護に向おうとした時だった。

 

 レーダーが敵の接近を感知し、警告音を鳴らす。

 

 モニターを確認すると正面から白い機体が近づいてくるのが見えた。

 

 「シグーか?」

 

 幾つか細部は変わっているが間違いなくシグーである。

 

 「見つけたぞ、『白い戦神』!!」

 

 シリルはライフルを構え、狙いをつけるとトリガーを引く。

 

 すると銃口から緑色の光が発射され、一直線にストライクに襲いかかった。

 

 「なっ、シグーもビーム兵器を!?」

 

 キラは咄嗟にシールドを掲げてビームを受け止める。

 

 まさかという思いが湧くがさっきのアストの忠告を思い出すと息を吐き、動揺を落ち着かせた。

 

 さっき忠告されてなければ反応できなかったかもしれない。

 

 シグーは腰にマウントされたレーザー重斬刀を抜き、動きを止めたストライクに振り下ろした。

 

 キラは機体を引き後ろに回避しながら、再びバズーカを構える。

 

 「逃がすかぁぁぁ!!」

 

 シリルはレ-ザー重斬刀を振り下ろした勢いを殺すことなく、機体ごとストライクに体当たりし、敵機を突き飛ばす。

 

 ストライクは転倒こそしなかったが後ろによろめいて隙を生み出す。

 

 そこに再びレーザー重斬刀を振り下ろすと構えていたバズーカを真っ二つに斬り落とした。

 

 「くっ!?」

 

 破壊されたバズーカを投げ捨て、イーゲルシュテルンを撃ちながら距離を取った。

 

 だがシグーはそんな攻撃をものともせず重斬刀を振るってくる。

 

 その鬼気迫る勢いにキラは背筋を凍らせた。

 

 「なんなんだ、このパイロットは!?」

 

 明らかに他の機体とは違う。

 

 「今度こそ、今度こそ倒す!!」

 

 ストライクはシグーの猛攻をシールドで防ぎながら後退するが、シリルは逃がさないとばかりに追撃してくる。

 

 こいつは!?

 

 敵機の執念ともいえる動きに気圧されてしまう。

 

 それだけの殺意をぶつけられていたのだ。

 

 戸惑うキラを尻目にシグーが再び重斬刀を振り上げた時だった。

 

 上空にいたスカイグラスパーがシグーに向けてミサイルで攻撃して来た。

 

 「今だ!」

 

 シグーがスカイグラスパーからのミサイル攻撃をかわした隙に体勢を立て直しビームサーベルを抜く。

 

 「エフィム!?」

 

 「お前は下がってろよ!」

 

 「フラガ少佐から戦闘に遭遇したらすぐ離脱しろって言われたじゃないか!」

 

 「ふん、関係ないね。それより前だ!」

 

 キラが意識をエフィムに向けた隙にシグーがレーザー重斬刀を構えて突っ込んでくる。

 

 刃の切っ先をシールドで弾き、ビームサーベルで突きを放つ。

 

 互いの攻撃をかわし、同時に攻撃をくわえていく。

 

 そこにタイミングを見計らったようにスカイグラスパーの援護が入る。

 

 言うだけあってエフィムは初陣とは思えないほどの動きをしていた。

 

 訓練のおかげでもあるんだろうが、ムウが言っていたように本人の素養もあるのだろう。

 

 それでもすべて彼に任せられるほどではない。

 

 たとえ嫌われていても、アークエンジェルを守る仲間だ。

 

 死なせる訳にはいかない。

 

 キラはスカイグラスパーも動きを注視しながら、援護の為に前に出た。

 

 

 

 

 

 アスト達と別れ、地雷設置の準備を行っていたカガリ達も戦闘に気がついていた。

 

 あれだけ大きな爆発音が響けば当然であるが。

 

 「おい、あいつら虎の部隊と戦ってるぞ」

 

 カガリが確認のためスコープを覗き込むと確かに2機のガンダムが戦闘を行っていた。

 

 しかも戦況はかなり優勢らしい。

 

 「なあ、これチャンスだろ。『虎』はいないみたいだけど、今ならザフトのモビルスーツを倒せるかもしれない」

 

 「そうだな。今までの借りを返し、仲間の仇も討てる」

 

 スコープを覗き込んでいた者がそう口にすると次々に賛同の声が上がる。

 

 カガリとしても今まであいつらの所為で苦しむ人たちを見てきた。

 

 だから彼らの言い分に不満はない。

 

 皆が頷き、武器を担いでバギーに乗り込んでいく。

 

 「よし、私達もいくぞ! アフメド!」

 

 「ああ! わかった!」

 

 同年代の仲間であるアフメドに声をかけてバギーに乗り込む。

 

 今こそ借りを返す時だ!

 

 「待て、カガリ!」

 

 カガリに常につき従っている男キサカがこちらを呼び止める。

 

 だが今さらやめられるはずもない。

 

 「行きたくないならここに残れ。私は行くぞ」

 

 キサカはため息つくとバギーの後部座席に座った。

 

 「よし、いくぞ!」

 

 次々と戦場に向かいバギーを走らせて行く。

 

 だが彼らは気がつかない。

 

 自分たちの行動がいかに無謀なものということに。

 

 

 

 

 

 

 デュエル、バスター共に反撃の糸口すらつかめないまま追い詰められていた。

 

 イザークが近接戦を挑み、斬りかかろうとすると足場を狙われ動きが鈍り、そちらに気を取られた瞬間、イレイズのビームが機体を掠めていく。

 

 「くそっ!!」

 

 ディアッカはガンランチャーとエネルギーライフルを連結させ対装甲散弾砲を撃つ。

 

 「これならどうだよ!」

 

 撃ち出された散弾がイレイズのシールドに直撃した。

 

 実弾のためPS装甲にはダメージはないだろうが、動きを止めることぐらいできる筈だ。

 

 その上シールドを破壊できれば一石二鳥である。

 

 そう考えていたディアッカは思わず固まってしまった。

 

 散弾が当たりイレイズが吹き飛ばされたと思われた場所には、姿は確認できずシールドが落ちているのみ。

 

 「なっ、どこに!?」

 

 次の瞬間、警告音がコックピットに鳴り響いた。

 

 それに気づいた時にはイレイズは機体の側面に回り込みビームサーベルを振りかざしていた。

 

 何とか回避しようとするが間に合わない。

 

 「しまっ―――」

 

 「遅いぞ、バスター!!」

 

 振るったビームサーベルの一撃がガンランチャーとエネルギーライフルの連結部分を切断したと同時に蹴りを入れて突き飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「ディアッカ!? よくも!!」

 

 イザークが援護に入ろうとした時、バルトフェルド隊のバクゥが割り込んでくる。

 

 「無事か、撤退しろ!」

 

 「ふざけるな!! 俺達は――――」

 

 「そんな状態で何ができる? 冷静になれ! お前らはまだ砂漠戦にも慣れてないんだ!!」

 

 イザークは言い返す事も出来ない。

 

 この現状を見ればやられるだけであると否応なしに理解させられていたからだ。

 

 「……わかった。退くぞディアッカ」

 

 「くそっ!」

 

 コンソールを殴りつけ、バクゥに援護されながらデュエルはバスターと共に撤退していく。

 

 「逃がすか!」

 

 ここで倒す!

 

 二人の仇を取る!

 

 アストは追撃しようとするも、援護に駆けつけてきたバクゥによって進路を阻まれてしまう。

 

 「邪魔だ!!」

 

 サーベルを突き出しバクゥの胴体を串刺しにして撃破するが、残りの機体もミサイルやレールガンでイレイズを行かせまいと攻撃を加えてきた。

 

 どうあってもデュエルとバスターを逃がすつもりらしい。

 

 「追わせない気かよ!!」

 

 苛立ちながらもそれを引きずる事無く思考を切り替える。

 

 アストは撤退していくデュエルとバスターを一瞬だけ見ると、バクゥにビームライフルで牽制しながら反撃に転じた。

 

 バルトフェルド隊の援護を受け撤退していくイザークは屈辱のあまりモニターを殴りつけた。

 

 「……この屈辱必ず晴らす」

 

 コックピットからイレイズの姿を睨みつけながら撤退していった。

 

 

 

 

 デュエルとバスターが撤退してなお戦闘を続けていたシリルはストライクとスカイグラスパーの思わぬ連携に徐々に押されていた。

 

 しかしこのまま黙ってやられるつもりなど毛頭ない。

 

 反撃する為、前に出ようとした瞬間、それを遮るように目の前で爆発が起きる。

 

 「なんだ!?」

 

 ミサイルが来た方向からバギーが次々とこちらに向ってくる。

 

 「レジスタンスか!?」

 

 「なっ、なんで彼らが来るんだ!?」

 

 明けの砂漠の登場はシリルにも、そしてキラも動揺させた。

 

 当然である。

 

 モビルスーツ相手に彼らの装備で一体何ができるというのか。

 

 「邪魔な奴らだ!!」

 

 バス―カ砲の攻撃をかわし、足でバギーを踏み潰す。

 

 無駄死にたいのか、こいつらは!

 

 ハエを払うようにバギーを一蹴すると再びストライクに目を向けると通信回線から「撤退しろ」とダコスタの声が聞こえてくる。

 

 「くっ、まだ退けるか!! 仲間の仇を―――」

 

 スカイグラスパーのビームを避け、再びストライクに斬りかかる。

 

 しかしレーザー重斬刀の斬撃はシールドで流され、体勢を崩した所に斬り変えしてくる。

 

 「遅い!!」

 

 「なに!?」

 

 ストライクが逆袈裟に振り抜いた一撃によって左腕を切り落とされたシリルは咄嗟に機体を後退させるが、敵機はそのまま踏み込んでくる。

 

 このままでは―――

 

 その時、2機のバクゥが割り込んできた。

 

 「大丈夫か、シリル?」

 

 「援護するぞ」

 

 「エリアス、カール!?」

 

 二機のバクゥが連携をとり、ストライクに向かっていく。

 

 カール機が残り少ないミサイルを発射し、敵機を牽制する。

 

 「シリルはやらせないぞ、ガンダム」

 

 「ナチュラルが調子に乗るなよ!!」

 

 放ったミサイルを横に飛んで回避したストライクにエリアスがビームサーベルを展開して突っ込んでいく。

 

 「くっ、まだ援護がいたのか!」

 

 連携を取って攻撃してくるバクゥの動きをビームライフルを放って阻害するとそれに合わせスカイグラスパーもミサイルで援護してきた。

 

 それによりバクゥの動きが崩されてしまう。

 

 「くっそぉ! ナチュラルの分際で!!」

 

 「エリアス、焦るな! 立て直す」

 

 途中でレジスタンスが邪魔をしてくるがバクゥの前には彼らの攻撃など通用しない。あっさり踏み潰されてしまう。

 

 キラはそんな彼らの行動に苛立ちが隠せなかった。

 

 「何やってるんだ! そんな攻撃が通用する訳ないのに!!」

 

 それは初陣のエフィムにさえ無謀な行動に見えた。

 

 「……死にたいのかよ、あいつらは」

 

 ストライクとの対戦を邪魔してくる明けの砂漠にエリアスは怒りをあらわにバクゥの前足を振りぬきバギーを吹き飛ばす。

 

 「鬱陶しいんだよ!!」

 

 その隙に懐に飛び込んできたストライクはエリアスのバクゥを蹴り飛ばし、攻撃を仕掛けようとしたカールのバクゥに衝突させた。

 

 「うあああ!?」

 

 「くっ、こいつ!?」

 

 衝突し動けないバクゥのウイング部分をサーベルを振り下ろして断ち切り、さらにスカイグラスパーも加わってあっさりと劣勢に追い込まれてしまった。

 

 その光景にシリルは奥歯を砕けんばかりに噛みしめる。

 

 

 「やらせるか……これ以上仲間をやらせるかァァァァ!!!!」

 

 

 その瞬間シリルの中で何かが弾けた。

 

 視界がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされる。

 

 「うおおおおおお!!!!!!」

 

 背中のウイングバインダーの出力を最大にしてストライク目掛けて突撃するとこちらに反応してビームサーベルを振るってくる。

 

 だが今のシリルにはそれが酷く遅く見える。

 

 機体を左に回転させビームサーベルを軽々と回避すると蹴りを入れ、体勢を崩したところにレーザー重斬刀を振り下ろす。

 

 その一撃をキラはギリギリのタイミングで掲げたシールドで受け止めた。

 

 「ぐっ、このパイロットいきなり動きが―――」

 

 防御に転じ動けないストライクに再び蹴りが入るとシールドを弾き、懐に隙ができてしまう。

 

 「しまっ―――」

 

 「そこ!!!」

 

 そこにシリルはすかさずレーザー重斬刀を叩き込んだ。

 

 咄嗟に回避しようとするものの間に合わない。

 

 レーザー重斬刀のビームがストライクのコックピットハッチを抉り、キラの眼前に外の景色が飛び込んでくる。

 

 思わず呆然としてしまった。先程までとは動きがまるで違う。このパイロットは一体?

 

 「落ちろぉぉぉ!!」

 

 シリルは動きを止めることなくストライクに連撃を加えていくが、流石の反応でシールドを構えて防御していく。

 

 動きの変わったシグーに徐々に追い詰められていくキラは操縦桿を強く握りしめた。

 

 脳裏に浮かぶのは自分の力不足で死なせてしまった少女達の顔―――

 

 負けられない!

 

 もう二度とあんな事は絶対に!!

 

 

 「まだだァァァァ!!」

 

 

 キラの中で何かが弾けた。

 

 再びあの感覚が蘇る。

 

 さきほどまで圧倒された敵の動きがはっきりと知覚出来る。

 

 迫るビーム刃をシールドで逸らし、ビームサーベルで斬り払うがシグーはそれを紙一重で回避すると逆に攻撃を加えてくる。

 

 「おおおおおおお!!!」

 

 「やらせるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 他の入り込む隙のないほど激しい攻防。

 

 「なんだこれは……」

 

 「シリル、いつの間にこんな……」

 

 その凄まじいまでの戦いに周囲にいた者たちはただ見ている事しかできない。

 

 互いのビーム刃が装甲を掠めて、削る。

 

 戦いはほぼ拮抗、いや、機体の性能差の分だけシリルの方が不利だろう。

 

 このままではいずれ押し切られる事になる。ならば―――

 

 シリルが賭けに出ようとした時、戦いに水を差すように再び通信が入る。

 

 《いい加減にしろ!! 撤退するんだ!!》

 

 ダコスタだ。

 

 だが聞ける筈もない。

 

 無視して戦闘を継続しようとしたシリルの耳に警告音が響く。

 

 見ればバッテリー残量がほとんど無くなっていた。

 

 これではエネルギーが切れたと同時に撃墜されるだろう。

 

 退くしかない。

 

 「くっ、……了解」

 

 屈辱に顔を歪めながら撤退を決意する。

 

 「エリアス、カール退くぞ」

 

 「「了解」」

 

 ストライクを突き離し、離脱しようとするがキラもそれを黙って見てはいない。

 

 「逃がさない!!」

 

 ここまで来て逃がす事などできる筈もない。こいつは危険だ。今倒さなければ!

 

 シグーにビームサーベルを振りかざす。シリルは咄嗟にスラスターを吹かし、砂を巻き上げ視界を遮った。

 

 「視界が!?」

 

 虚をつかれたストライクは一瞬動きが止まる。

 

 そこを狙いレーザー重斬刀を振り抜くと次の瞬間、ストライクのビームサーベルを持った右手の先が宙に舞った。

 

 「このぉぉ!!」

 

 腕を斬られた衝撃に動揺する事無く、シールドを捨てアーマーシュナイダーを引き抜くとシグーに叩きつけた。

 

 アーマーシュナイダーの刃が右肩部に直撃し、シグーの腕を損傷させた。これにより両腕を失ったシグーは戦闘力を失ったことになる。

 

 「チィ、今日はここまでだ、ガンダム!!」

 

 シリルはストライクから距離を取ると今度こそ機体を反転させて撤退した。

 

 

 

 

 

 撤退していく敵機を見ていたキラは安堵の息を吐く。

 

 現在の機体状態で戦闘を続けるのは厳しい。

 

 撤退してくれたのは幸運だった。

 

 「……それにしても、あのパイロットは」

 

 今まで戦ってきた中でもかなりの強さだった。

 

 重斬刀によってコックピットハッチが吹き飛ばされた時は、正直生きた心地がしなかった。

 

 ここまで冷汗をかいたのは青紫のジンと戦った時以来かもしれない。

 

 こちらを圧倒する技量とビーム兵器を搭載した機体、今後もあの敵と戦う事を考えると危機感が募る。

 

 だが―――

 

 「……それでも戦わないといけないんだ。みんなを守るためには」

 

 キラはそう静かに呟いた。

 

 そのために戦う事を躊躇う気はない。

 

 そして周りを見渡すとイレイズがこちらに向かっているのが見える。

 

 その姿に安堵するとさらに別の場所に視線を向ける。

 

 そこには仲間の亡骸にしがみつき泣いているカガリの姿があった。

 

 どうやら今の戦闘で出た犠牲者らしい。

 

 だがそれを見てもキラには悲しみも何も感じない。

 

 ただ怒りの感情だけが渦巻いていた。

 

 彼らは何をしているのだ。

 

 あんな装備でモビルスーツ相手に敵うはずはない。

 

 それがわかっていたからトラップを仕掛けていたんじゃないのか。

 

 命を無駄に捨てるような行為。

 

 そんな彼らにキラは苛立ちを抑える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 レセップスの艦長室で副官のダコスタからの報告を聞いたアンドリュー・バルトフェルドは頭を抱えた。

 

 演習中に二機のガンダムと遭遇、ダコスタによる制止を無視して戦闘を開始。

 

 敵機に損傷を与えたもののこちら側の被害も甚大。

 

 バスター小破、シグーは中破。バクゥも3機撃破され残りの機体にも損傷あり。

 

 これでは頭を抱えてしまうのも無理ないだろう。

 

 アークエンジェルに対する作戦も練り直さなければいない。

 

 「……ハァ~なんでこうなるかなぁ、ダコスタ君?」

 

 「それは私も言いたいですよ」

 

 「過ぎた事を言っても仕方ないし、とりあえず損傷機の修理を急がせてくれ。 それからジブラルタルの方にも報告してまたバクゥを回してもらわないといかんな」

 

 「彼らの事はどうするのです?」

 

 「どうしたものかなぁ」

 

 本当に面倒な事になったとバルトフェルドは再び頭を抱える。

 

 ダコスタも声には出さないが同じ気分だった。

 

 「そういえば今回の戦闘でイレイズのデータも手に入りました。そちらも確認してください」

 

 そう言うと表情を一転させたバルトフェルドは早速データを確認し始める。

 

 その顔には先ほどまでの呑気な雰囲気はなく、獲物を狙う者の目になっていた

 

 「ふむ、なるほど。報告にはない装備を使ってるな。今回あのパイロットはイレイズに乗っていたのか」

 

 「隊長?」

 

 『砂漠の虎』といわれるだけあってバルトフェルドは優れた観察眼を持っている。

 

 それによって前回の戦闘時ストライクに乗っていたパイロットが今回イレイズに乗っているのをすぐ見抜いた。

 

 相変わらずいい腕をしている。

 

 だがそれより今回違うパイロットが乗っているはずのストライクにも驚かされる。 

 

 イレイズのパイロットと遜色ない腕前である。

 

 そしてもう一つ驚かされたのはシリル・アルフォードであった。

 

 まさかあのストライクをここまで追い詰めるとは。

 

 「まったく、どいつもこいつもとんでもないな」

 

 そう言いながらもバルトフェルドは楽しそうな笑みが浮かべていた。



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第16話  敵将の姿

 

 

 

 キラとアストは私服に着替えナタル達アークエンジェルのクルーと明けの砂漠のメンバーと共にジープに乗って街に向かっていた。

 

 街の名は『バナディーヤ』

 

 『砂漠の虎』が駐屯している場所である。

 

 そんな場所に危険を冒して行くにはもちろん理由がある。

 

 ヘリオポリスからの避難民を抱え、連続して行われた戦闘でアークエンジェルは早急に補給が必要になっていた。

 

 パイロットであるアスト達まで来るのは艦の戦力的に不味いと思ったのだが、ガンダムは両機とも修理、調整中のため動かせない。

 

 特にストライクの方は修理に時間が掛かるらしい。

 

 その為『こっちは任せて気分転換も兼ねて行ってこい』とムウにも言われてしまったのだ。

 

 「……おい。もうすぐ着くぞ」

 

 「ああ」

 

 カガリは不機嫌そうに告げる。

 

 こちらと話す時はいつも不機嫌そうだが今日はいつにも増して機嫌が良くない。

 

 その原因はおそらく先の戦闘の時の揉め事だろう。

 

 ザフトの部隊との戦いの後、アストはキラ達と合流を果たした。

 

 その時、明けの砂漠も一緒だったのだが、彼らの無謀な行動に関して言い争いになったのだ。

 

 あんな無謀な行動を取り、挙句無駄な犠牲者を出した彼らには本気で頭にきた。

 

 アスト達も戦闘が終わった直後でイラついていたのもある。

 

 特にキラはかなりキレていた。

 

 普段のキラからは考えられない事なのだが仲間の死に激昂していたとはいえ、喚き散らしていたカガリに平手打ちを喰らわせたのだ。

 

 あれにはかなり驚いたが、まあそのおかげでアストも冷静になれた。

 

 でなければ自分も手を出していたかもしれない。

 

 ともかくその所為かカガリはこちらを見ようともしない。

 

 とはいえ突っかかってこられるよりは楽ではある。

 

 アストとしても彼女と話す気にはなれなかった。

 

 流れる景色を眺めながら余計な事を考えるのをやめるとこれまでの事を思い返した。

 

 ヘリオポリスからここまで色々とありすぎた。

 

 戦いに支障が出ないようあまり考え込まないようにしていたがこうしていると嫌でも考えてしまう。

 

 これからの事、失われた命、襲いかかってくる敵、そしてアスラン・ザラ。

 

 奴とは必ず決着をつけなくてはいけない。

 

 そんな事をしばらく考えているとジープが止まる。

 

 カガリが車から飛び降りるのに続きアストとキラも車を降りた。

 

 「じゃ、4時間後に」

 

 「気をつけろ」

 

 「わかってるよ」

 

 カガリはキサカからの忠告を軽く流して歩き出す。

 

 それについていこうとした時、前のジープに乗っていたナタルが振り返り呼びかけてくる。

 

 「サガミしょ……少年」

 

 流石にここで少尉と呼ぶのはまずいと思ったのか途中で言い直した。

 

 その普段とのギャップに一緒についてきたアークエンジェル組は顔を俯かせている。

 

 おそらく笑いをこらえているのだろう。

 

 「……その、2人とも頼むぞ」

 

 顔を赤面させながら慌てて前を向くナタルにアストやキラも苦笑しながら頷いた。

 

 「はい、そちらも気をつけてください」

 

 そう声をかけるとジープは走り去った。

 

 「おい! なにやってんだよ、早く来い!!」

 

 先に歩いていたカガリに急かされて慌てて後を追い、街の中に入るとそこは戦時下とは思えないほどの活気に溢れていた。

 

 多くの人が行き交い、店からは大きな声が聞こえてくる。

 

 「とても『虎』の本拠地とは思えないな」

 

 「そうだね、活気もあるし」

 

 そんな二人の感想が気に入らなかったのかカガリはふんと鼻を鳴らす。

 

 「こっちに来てみろ」

 

 そう言うと雑踏から外れ、角を曲がるとその先にあった光景に息を飲んだ。

 

 そこにあったのは活気のある街には似つかわしくない大きく抉られた地面、爆撃の跡だった。

 

 そして建物の上から大きな艦らしき物が見える。あれが虎の旗艦『レセップス』だろう。

 

 「この街の本当の支配者はあいつだよ。逆らう奴は容赦なく殺される。それがここの現実なんだよ」

 

 吐き捨てるようにカガリは言う。

 

 その通りなのだろう。

 

 表面上は平和でもここに住んでいる人々はいつも戦争の恐怖に怯えている。

 

 でもそれは『虎』に対してだけなんだろうか?

 

 アストには『明けの砂漠』もその対象に入っている気がする。

 

 どちらの存在にしろ戦いを引き起こすのだ。

 

 ただ平和に暮らしていた人たちにとってはどちらも似たようなものであり、正直いい迷惑だろう。

 

 とはいえアスト自身ももう地球軍、彼らの事をどうこう言える立場にはない。

 

 そんな事を考えているなど知らないカガリは敵艦を睨みつけながら叫んでいた。

 

 「だからこそ倒さないといけないんだ、『虎』を!!」

 

 「お、おい。声がでかいぞ」

 

 こいつは見つかったらどうするつもりなのか。

 

 何より自分で言った事だろう。

 

 逆らう者は殺されると。

 

 「あ。と、とにかくそう言うことだ。早く離れるぞ」

 

 「君が大声出すから……」

 

 「うるさい!」

 

 カガリの後を追って急いでその場から離れる。

 

 前途多難。

 

 アストはキラと顔を見合わせると同時にお互いため息をついた。

 

 

 

 

 

 アスト達がバナディーヤについた頃、トールは格納庫に設置されたスカイグラスパーのシミュレーターで訓練を行っていた。

 

 モニターに映る敵の攻撃をやり過ごし、機体を旋回させて回り込んだ。

 

 今度こそやれる!

 

 「これで!」

 

 敵機をロックしビームを撃つためにトリガーを引こうとした。

 

 しかし敵機は突然ロックから外れ、視界から消えていなくなった。

 

 「え、どこに―――うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 攻撃が当たると同時にシュミレーターのシートが震動する。

 

 モニターには撃墜の表示が出ていた。

 

 「またやられた……」

 

 悔しさと情けなさで拳をきつく握る。

 

 これじゃ駄目だ!

 

 息を吐き出しながらシートから立ち上がると反対側のシュミレーターを操縦していたエフィムが笑みを浮かべて立っていた。

 

 「全然駄目だな、トール」

 

 「くそ」

 

 エフィムに触発されスカイグラスパーの訓練を始めてからトールは一度も勝てなかった。

 

 戦闘を経験したのが影響しているのか奴は前より動きが良くなっている。

 

 「で、どうする? まだやるか?」

 

 トールはアストやキラの力になりたかった。

 

 2人に頼りきりで何もできない自分が嫌だった。

 

 何よりも2人を嫌っているエフィムが戦場に出た事が悔しかった。

 

 それなのにこの様である。

 

 でも投げ出す気はない。

 

 今度こそ勝つ!

 

 「当たり前、やるさ!」

 

 「ふん、上等だ」

 

 再びシートに座り訓練を開始する。

 

 そんな様子をムウはマードックと眺めていた。

 

 「たく、ゲームじゃなんだぞ」

 

 「まあいいじゃないですか、少佐。前の戦闘でエフィムの坊主も自信がついたんでしょ」

 

 「それで調子に乗らなきゃいいんだがね。あいつ、俺の言うことなんて全然聞いてないんだからなぁ。戦闘になったら逃げろって言ったのに」

 

 前回の戦闘から帰還したエフィムにきつく言ったつもりだったのだが、全く堪えてない様子だ。

 

 ふとストライクの方を見ると損傷箇所の修理がおこなわれている。

 

 戻ってきた時はかなり大騒ぎになった。

 

 ここまで損傷するなど、誰も予想すらしてなかったからだ。

 

 パイロットであるキラに怪我がなかったのは不幸中の幸いだったのだが。

 

 「それにしてもキラがあそこまでやられるなんてな。敵にも相当な腕の奴がいるらしい」

 

 「ええ、正直驚きましたがね。調整の方はエルザの嬢ちゃんが手伝ってくれていますんで、その分楽ですけどね」

 

 見るとエルザはコックピット前に座りキーボードを叩いている。

 

 彼女は軍人という訳ではなく、避難民なのだから艦の仕事を手伝うのは不味い気もする。

 

 まあ今さらではあるし、アークエンジェルはその辺はかなり緩い。

 

 何と言っても人手は足りないのだ。

 

 だからその辺については誰も何も言わない。

 

 副長は不満そうにしているが、彼女の扱いについては艦長に一任しよう。

 

 また心労が増えて申し訳ないが。

 

 「そういや、もう一人の嬢ちゃんはなにしてんですかい?」

 

 格納庫にはトールやエフィムだけではなくアネット、ミリアリア、サイ、カズイもいるが最後の1人がいない。

 

 「ああ、フレイ・アルスターね。彼女ならCICでお勉強だよ。普段からマニュアル読んだり副長から教えてもらったりしてる」

 

 「へぇ、あの嬢ちゃんがねぇ」

 

 マードックが驚いた表情を浮かべた。

 

 いかにも温室育ちに見えたフレイがそこまでやっているのが意外だったのだろう。

 

 それにはムウも同感だったが、彼女の場合は父親の事が関係しているからそう不思議ではない。

 

 とはいえ複雑な気分にはなる。

 

 彼女を戦いに引きこんだ要因の1つはこちらにもあるからだ。

 

 なんであれ―――

 

 「ま、子供にばっかり任せてちゃ駄目だよな」

 

 ムウはそう呟くとトール達の様子を見るためシュミレーターに近づいていった。

 

 トールやエフィムの訓練を眺めていたのはムウ達だけでなく、アネット達も見ていた。

 

 「トールも頑張ってるわね。どうしたのミリィ?」

 

 「……トールも戦闘に出たりするのかな」

 

 「心配?」

 

 「うん」

 

 「大丈夫! あの様子じゃ実戦なんて何時になるやら。もし出たとしてもアストやキラもいるじゃない。だから心配ないよ」

 

 「そうだよね、ありがとうアネット」

 

 暗い顔をしていたミリアリアに笑顔が戻る。

 

 この子に暗い顔は似合わない。

 

 本当にトールには勿体ない彼女だ。

 

 笑顔が戻った事に安心したアネットはストライクの調整を手伝っているエルザの方を見る。

 

 今、友人達の中では彼女が一番心配なのだ。

 

 地球に降りたばかりの頃は塞ぎこんでいたものの、今は艦の仕事も手伝っている。

 

 だが吹っ切れたという事でもないようで、それ以外の時間は外を眺めたり考え込んだりしているのだ。

 

 見ている事しかできない自分が歯がゆい。

 

 「はぁ、そういえばあいつらは大丈夫かしら」

 

 もう1つの心配の種。

 

 いつも心配ばかりかける2人の事を思い浮かべた。

 

 

 

 

 カガリは手にしたメモを見ながら雑踏の中を歩き、そんな彼女の後ろをアストとキラが大きな買い物袋を手についていく。

 

 「……まだあるのか?」

 

 「ああ、次はこっちだ」

 

 正直もう勘弁してほしい。

 

 これなら格納庫で機体整備の手伝いをしていた方がまだ楽だ。

 

 だがこっちの事などお構いなしでカガリはどんどん先に進んでいく。

 

 そんな彼女を追って行こうとした時だった。

 

 ふと目に入った道の端で老婆が座っており、その前には本らしきものが積み上がって置いてある。

 

 古本か何かだろうか。

 

 何となく気になって老婆に近づくと、店の前にしゃがみ込む。

 

 「……いらしゃいませ」

 

 「少し見せてもらってもいいですか?」

 

 「どうぞ」

 

 積み上がっている本はやはり古本の類らしい。

 

 種類はバラバラで相当古い物から最近の物まである。

 

 その中で研究書らしきものが目にとまった。

 

 「お婆さん、これは何の本ですか?」

 

 「これはSEEDについて書いてある本さね」

 

 「……SEEDか」

 

 

 『SEED』

 

 Superior

 

 Evolutionary

 

 Element

 

 Distend-factor

 

 過去に論文で発表された人の認識力に関する研究であり、発表された当時は騒ぎにはなったもののすぐに忘れ去られた。

 

 だがコーディネイターによってその存在を脅かされたナチュラルの研究者がこの『SEED』を引き合いに出してきてから再び注目される様になった。

 

 自分たちはコーディネイターにも劣らない力があるのだと。

 

 とはいえ大半の人は懐疑的である。

 

 理由としては簡単でSEEDの解釈が諸説あり非常に曖昧なのだ。

 

 眉つばものの話も多く、あまり信じられていないのが現状である。

 

 特に自分たちを進化した新たな人類と主張するプラントのコーディネイター達はSEEDをナチュラルの妄言として忌み嫌っているとか。

 

 未だにSEEDについて研究を続けているのはオーブ、コペルニクスの研究者くらいだと言われている。

 

 「アスト、どうしたの?」

 

 「あ、いや、ちょっとな」

 

 戻ってこないアストが気になってキラもこちらに来たようだ。

 

 後ろからアストの手元を覗き込んでいる。

 

 「……お前さんはSEEDを信じるのかね?」

 

 「え、いや俺は―――」

 

 正直言えばまったく信じていなかった。

 

 ただ最近戦闘中に起こるあの不思議な感覚の正体について何かの手がかりになればいいかと思ったぐらいだ。

 

 「お婆さんはSEEDを信じているんですか?」

 

 キラの質問に老婆は静かに微笑む。

 

 「……そうじゃのう。どうじゃろうな。ただ信じるというならSEEDではなく人の方をじゃな」

 

 「……人を信じる?」

 

 「昔SEEDは人が持つ大きな可能性であると言われていた。人はどんな困難も乗り越える事が出来るのだと。そんな力を秘めているとな。だがどんな力を持とうが人は人じゃ。そこは変わらんよ。何かを成すとしたらSEEDではなく人だ」

 

 「そうですね……」

 

 「すまんの。年寄りの戯言じゃよ。気にせんでくれ」

 

 「いえ」

 

 「お前ら何やってんだ!!」

 

 「あ」

 

 怒鳴り声に振り替えると金髪の少女が眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。

 

 「勝手にいなくなってお前ら―――」

 

 「ご、ごめん」

 

 「お婆さん、この本お願いします」

 

 数冊手にとって代金を払うとカガリの下に急いで戻る。

 

 それから買い物を再開したのだがカガリの機嫌がさらに悪くなってしまった。

 

 流石に何も言わずに途中で抜けたのは悪かったな。

 

 反省しよう。

 

 アストはそう思いながらカガリに詫びようと走り寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠は今日も快晴だった。

 

 見上げると忌々しいほど太陽がこちらを照りつけている。

 

 「暑い」

 

 ディアッカ・エルスマンはデッキブラシを持ってレセップスの甲板の上にいた。

 

 彼だけではない。

 

 甲板の上にはクルーゼ隊の面々が全員デッキブラシを持って掃除をしている。

 

 「何で俺達がこんな事を」

 

 「言うな。それよりまず手を動かせ。でないと終わらんだろうが!」

 

 「でもよ、イザーク。すぐ砂埃が舞って汚れるのにこんなことしても意味ねぇよ」

 

 「仕方ないだろう。罰なんだから」

 

 シリルがデッキブラシでこすりながら言う。

 

 そうこれはバルトフェルドが先の遭遇戦で命令違反をした全員に科した罰だった。

 

 最初は甘い処罰だと思っていたのだがとんでもない。

 

 何度綺麗にしてもすぐ汚れてしまいやり直しなったあげく、そして雲一つかからない照りつける太陽の下の作業、正直地獄だ。

 

 「で、バルトフェルド隊長は?」

 

 「さっき町の視察に行くって出かけたみたいだな」

 

 「はぁ、うらやましい」

 

 「いいからさっさと手を動かせ!!!」

 

 「はいはい。暑いんだから怒鳴るなよ」

 

 イライラしているイザークを尻目にやる気の出ないディアッカ。

 

 そんな雰囲気を変える為かエリアスが努めて明るい声できりだした。

 

 「そういえばあの時のシリルは凄かったよな。いつもとは動きが違うっていうかさ」

 

 「そうだな。あれはなんだったんだ?」

 

 カールの質問に思案するようにシリルは顎に手を添える。

 

 「……わからない。ただいつもとは全く違った感覚だった」

 

 「ふ~ん。でもあれならも『魔神』と『戦神』も倒せるんじゃないか?」

 

 「そんな簡単じゃない。ガンダムのパイロットは強い。機体性能もこちらより上だ」

 

 「でも、負ける気ないんだろ」

 

 「当たり前だ。次は倒す」

 

 「貴様ら喋ってないでさっさとやらんかぁ!!」

 

 「「「は~い。わかりました」」」

 

 これ以上イザークの機嫌を損ねないために全員手を動かすことにした。

 

 

 

 

 ようやく買い物も一段落ついたアスト達はカフェの椅子に座り込んで一休みしていた。

 

 「疲れたな」

 

 「そうだね。早く戻りたいよ」

 

 もしかすると戦闘より疲れたかもしれない。

 

 そんな様子を見たカガリが呆れた表情で文句を言う。

 

 「このくらいの買い物で情けないな。それでも男かよ、お前達は」

 

 この際男かどうかは関係ないと思う。

 

 とにかく買い物がこんなに疲れるなんて知らなかった。

 

 キラの言う通り早く戻りたい。

 

 「……で、まだあるの?」

 

 「だいたいは揃ったんだが―――」

 

 カガリは手元の買い物リスト見ながらぶつぶつ呟いている。

 

 どうやらまだ終わりそうにない。

 

 かなり憂鬱になる。

 

 ため息をついたその時、テーブルの上に料理が運ばれてくる。

 

 カガリが先程注文していたものらしい。

 

 「……なにこれ?」

 

 初めて見る料理だった。

 

 この地方のものだろうか?

 

 「知らないのか。ドネル・ケバブだよ! このチリソースをかけて―――」

 

 「ちょっと待った!」

 

 突然声がかけられ驚いた3人が振り向くと、ひどく目立つ格好の男が立っていた。

 

 帽子にアロハシャツにサングラスと周囲からかなり浮いている。

 

 どう見ても地元民には見えない。

 

 「ケバブにはチリソースじゃなくてヨーグルトソースが常識だろう!」

 

 いきなり何を言っているんだろうか?

 

 アスト達が呆然としているとカガリがムッとして言い返す。

 

 「いきなりなんなんだお前は! 私がどんな食べ方をしようが勝手だろ」

 

 カガリは勢いよくケバブにかぶりつくと「あ~うまい」などと言って見せつけている。

 

 いくらなんでもそれは大人げないだろう。

 

 まあ、相手の男も頭に手を置き空を仰ぎながら「……なんという」とか言っているので同様に大人げない。

 

 その2人がこちらを向くと同時に捲くし立てる。

 

 「ほら、お前もこのソースを」

 

 「待て、彼も邪道に落とす気か」

 

 「ちょ、ちょっと待て。二人で容器持って暴れたら――――」

 

 案の定2人の持つ容器からソースが飛び出て派手にカバブに大量にかかってしまう。

 

 気まずそうにこちらを窺う2人。

 

 アストは目の前の惨状にしばらく呆然としてしまった。

 

 キラの方を見るときちんと自分のケバブは守っているのだからちゃっかりしている。

 

 「いやぁ、すまなかったねぇ」

 

 「……いえ、別に大丈夫です」

 

 大量にソースの掛かったケバブは無視してお茶を飲む。

 

 腹を壊す事はないと思うが、さすがにあれを食べる気にはなれない。

 

 「それにしてもすごい荷物だねぇ。パーティーでもするの?」

 

 いつのまにか空いている椅子に座り込んだ男が茶を飲みながら聞いてくる。

 

 「これは俺達の分だけではなく、知り合いの買い物も含まれていますから」

 

 「ていうか、お前には関係ないだろうが! そもそも何でここに座ってるんだよ!!」

 

 「まあまあ、落ち着いて。ただでさえ目立ってるんだし」

 

 キラがカガリをなだめる様子を見ながら笑っていた男が急に顔つきを変え鋭い目で外を見るとアスト達も『それら』に気がつく。

 

 「伏せろ!!」

 

 男が声上げると同時にテーブルを蹴りあげ、キラはカガリ腕を掴んでその陰に引っ張り込んだ。

 

 次の瞬間大きな音とともに何人かが踏み込んでくる。

 

 「死ね! 宇宙の化け物!!」

 

 「青き清浄なる世界のために!!!」

 

 銃を乱射しながら男たちがそう大声で叫んだ。

 

 「ブルーコスモスか!?」

 

 何故ブルーコスモスがここを狙う?

 

 アストやキラの事がばれたのだろうか?

 

 いや、この街に入ってからその手の話はしていない。

 

 一緒にいるカガリさえ知らないはずなのだ。

 

 その時、同じテーブルに座っていた男が銃を取り出しテーブルの陰から発砲すると襲撃者達も負けじと撃ち返してくる。

 

 だが今度は別のテーブルに座っていた客が襲撃者の男を撃ち殺した。

 

 「全員殺せ!!」

 

 同席の男の命令が鋭く飛ぶと同時に他のテーブルの客達も銃を構えて次々と襲撃者達を射殺していく。

 

 決着は呆気ないほど簡単に着いた。

 

 襲撃して来た男たちは射殺され、辺りは静まり返っている。

 

 それを確認すると同席していた男がテーブルの陰から立ち上がった。

 

 男が周りを警戒しているのを見たアストも周囲の様子を窺うと壁の方の人影に気づく。

 

 「危ない!!」

 

 キラもそれに気がついたのか大きな声で警告する。

 

 隠れているのがばれた男はやけになったように飛び出してきた。

 

 アストは咄嗟に近くに落ちている銃を拾い、飛び出した男に向け発砲する。

 

 もちろん素人同然のアストに当てることなどできない。

 

 撃ったのは当てるためではなく動きを止めるための威嚇だ。

 

 思惑通り一瞬動きを止めた男は、それが仇となりあっさりと撃ち殺された。

 

 「アスト、大丈夫?」

 

 キラが声をかけるもアストは返事をすることなく撃ち殺された男の死体を見ていた。

 

 その瞳は凍りつくように冷たくキラでさえ声をかけるのを躊躇うほどだった。

 

 「おい、大丈夫かって聞いてるんだよ」

 

 「え、ああ、大丈夫だ」

 

 カガリの声に振り返った、アストは思わず笑ってしまう。

 

 声をかけてきたカガリはケバブのソースを頭から被り、酷い姿になっていたからだ。

 

 「なに笑ってんだよお前は!!」

 

 「いや、その恰好を見せられると」

 

 「本当だね。酷い恰好だ」

 

 「お前らなぁ」

 

 カガリが文句を言うため口を開こうとした時、外にいた赤毛の男が慌てて飛び込んで来る。

 

 「隊長、ご無事ですか!?」

 

 「ああ、私は平気だよ」

 

 隊長?

 

 嫌な予感がする。ングラスを外した男の素顔を見たカガリが息をのんだ。

 

 「アンドリュー・バルトフェルド」

 

 その名前を聞いたアストとキラは思わず身を固くした。

 

 目の前の男こそ倒すべき敵だったのだから。

 

 

 

 

 

 埃っぽいカフェから一転アストとキラは豪華な客室に通されていた。

 

 「いやいや、本当すまなかったねぇ」

 

 「お気になさらずに」

 

 テーブルを挟み対面に座った男アンドリュー・バルトフェルドは軽薄な笑みを浮かべながらコーヒーを出してくる。

 

 ちなみにカガリはバルトフェルドの恋人と思われる女性に連れられ服を着替えに行っていた。

 

 ここはザフトが拠点として使っているホテル、つまり敵陣の真っただ中ということになる。

 

 何故こんな場所にいるのかといえばバルトフェルドに半ば強引に連れてこられたのだ。

 

 お茶を邪魔した上に命の危険にさらして服まで汚したのだからこのまま帰せないということらしい。

 

 これが普通の人なら問題はないのだが相手が相手だ。

 

 本当なら今すぐにでも帰りたいのだが、変に遠慮しても怪しまれるかもしれない。

 

 だから何も言わずについてきたのだ。

 

 「僕はコーヒーにはうるさくてね。飲んでみて感想を聞かせてほしいな」

 

 流石に毒は入って無いだろうとコーヒーを口に含む。

 

 「あ、おいしいですね」

 

 「わかるか!」

 

 「えっと、詳しくないので感想は言えないですが」

 

 「わかってくれるだけでもいいよ。僕の周りには理解者が少なくてね。君は……どうやら駄目のようだ」

 

 キラは顔をしかめている。

 

 どうやらコーヒーは苦手のようだ。

 

 コーヒーを飲んで落ち着きはしたもののやることもない。

 

 とりあえず買った古本を手に読み始める。

 

 相手が目の前にいるというのに本を読むなど失礼な行動だろうが、下手に会話をして墓穴を掘るのも馬鹿らしい。

 

 ここは敵地で、相手は砂漠の虎であると割り切ることにした。

 

 「ほう、その本ずいぶん古いものだねぇ。しかもSEEDの研究書とは。君はSEEDを信じているのかな?」

 

 今日2回目の質問にアストは誤魔化すことなく答える。

 

 「正直まったく信じていませんね」

 

 「信じていないのに何でそんなものを読むんだ?」

 

 「真偽は別として興味はありますから。そう言うあなたはどうなんですか?」

 

 答えのわかっている事を聞いた。

 

 彼はプラントのコ―ディネイターなのだから、興味がある筈はない。

 

 むしろ嫌悪しているだろう。

 

 「僕はそうだねぇ。本当だとしたら見てみたいものだね」

 

 「えっ」

 

 「そんなに驚くことかな。元々コーディネイターというのは人の可能性を追及して生まれた者達だろう。その先があるなら見てみたいと思うのは当然じゃないか」

 

 「……大半のコーディネイターはそんなこと思わないですよ」

 

 「まあ、そうだろうね。だがそれがこの戦争の最初の原因でもあるんだがね。人にはまだ先があるってそう信じられて生まれた僕らがこんな形で戦争をしてるなんて皮肉だが」

 

 苦笑しながらコーヒーを口にするバルトフェルド。

 

 その時、先ほどカガリを連れていった女性が顔を覗かせた。

 

 「おまたせ」

 

 女性と一緒に入ってきたカガリは普段の格好とはかけ離れたドレス姿だった。

 

 「ありがとうアイシャ。よく似合ってるじゃないか。というか着なれてるって感じかな」

 

 その言葉にカガリは心底鬱陶しいといった感じで不貞腐れている。

 

 「ほら、あなた達も何か言ってあげなくちゃ」

 

 「え、ああ。本当に女の子だったんだな」

 

 「てめぇぇぇ!!」

 

 アストの言葉に憤慨した様子でカガリが詰め寄ってくる。

 

 「アスト、いくらなんでもそれは……」

 

 実はキラも同じことを考えていたわけだがここは黙っておいた方がいいだろう。

 

 そんな様子を心底可笑しそうにバルトフェルドとアイシャは見ている。

 

 「まったく、どういうつもりだ。人にこんなものを着せて」

 

 カガリは相当イラついた様子でバルトフェルドを睨んでいる。

 

 前の戦闘で仲間が死んだばかりで怒りを抑えられないのだろう。

 

 アストやキラからすれば自業自得としかいえない話だけれど。

 

 「まったくいつもこんな遊び半分でやられていたらたまったもんじゃないな」

 

 「ん?」

 

 「こんな調子で戦争まで遊び半分じゃないのかって聞いてるんだよ!」

 

 不味いかもしれない。

 

 元々彼女は直情型で熱くなると周りが見えなくなるのはここまでの付き合いでわかっている。

 

 このままだと余計なことまで喋りそうだ。

 

 制止しようと口を開こうとするが先にバルトフェルドが冷たい視線をカガリに向ける。

 

 「では本気でやればいいのかな。敵対した者たちは皆殺しにって。こんな風に」

 

 懐に持っていた銃をカガリに突きつけた。

 

 咄嗟にキラが庇うように立ちあがる。

 

 「君らはどう思う? モビルスーツのパイロットとして」

 

 「どうして!?」

 

 アストは思わず心の中で舌打ちをする。

 

 そんな真っ正直な反応してどうするんだよ!

 

 やはり不審に思われてでも断るべきだった。

 

 「おいおい、正直すぎるな君は」

 

 苦笑しながらバルトフェルドも立ち上がる。

 

 カガリの反応でこっちの素性は完全にバレてしまった。

 

 だが疑問もある。

 

 カマをかけたところをみると、ある程度目星をつけていたという事だ。

 

 「戦争には制限時間も得点もない。ならどうやって勝ち負けを決める? どうやって終わりにするのかな? すべての敵を滅ぼしてか?」

 

 「……どちらかが戦争を継続する力を失い、降伏すれば終結するでしょう?」

 

 「今のままではそんな形でこの戦争が終結するはずもない。本当は君だってそう思ってるんだろう」

 

 図星だ。

 

 そんな単純にこの戦争は終結しないだろう。

 

 カガリを庇いながら壁際へ追いやられる。

 

 「そんな事より何故わかったんですか?」

 

 「僕も別に趣味だけで街を散策してる訳じゃない。それらしい人間がいたら気にかけておくのは当然だろう。というより君らは普通に目立ちすぎだ」

 

 バルトフェルドの方を見ながらも視線で何か突破口を探す。

 

 なんとかしなければ。

 

 だがそれも見透かされているのかニヤリと笑みを浮かべている。

 

 「やめた方がいい。いくら君たちが規格外の怪物だとしても暴れて無事に出られる訳がないよ。ここには君たちと同じコーディネイターしかいないんだからね」

 

 「えっ、お前たち」

 

 カガリが驚いた声を上げるが気にしてられない。

 

 「君たちの戦闘を見させてもらった。あれだけの戦闘をする者たちをナチュラルと言われて信じるほど私は呑気じゃないよ。とりあえず褒めておく。流石『消滅の魔神』と『白い戦神』と呼ばれるだけある」

 

 『砂漠の虎』の異名は伊達ではないようだ。

 

 洞察力も高いらしい。

 

 しかし―――

 

 「『消滅の魔神』と『白い戦神』てなんなんですか?」

 

 「君らの異名だよ。イレイズが『消滅の魔神』、ストライクが『白い戦神』。そうザフトでは呼ばれているのさ」

 

 そんな異名がつけられていたとは知らなかった。

 

 それだけザフトから警戒されているらしい。

 

 「なんであれ、あの機体のパイロットである以上は私達は敵同士ということだ」

 

 アストもキラもなにか隙がないか相手の挙動に集中する。

 

 そんな2人をバルトフェルドは一瞬悲しそうに見た後、銃を下した。

 

 「ま、今日は君らに迷惑をかけたことだし、ここは戦場じゃないしね。帰りたまえ」

 

 バルトフェルドは銃を懐に戻すとこちらに背を向けて呟いた。

 

 「今日は話せて楽しかったよ。良かったのかはわからないがね」

 

 「……あなたとは出会わなければ良かったです」

 

 キラは辛そうにバルトフェルドの背中に語りかけた。

 

 それはアストも同じである。

 

 この男は決して嫌いではない。

 

 むしろ好感すら持っている。

 

 だからこそ複雑な思いに駆られるのだ。

 

 次会うとしたらそこは戦場で、確実に殺し合う事になるのだから。

 

 アストは2人に目配せをして足早にドアへ向う。

 

 これ以上ここには居たくなかった。

 

 ドアを開け外に出ようとした時、バルトフェルドの声が聞こえた。

 

 「戦場で会おう」

 

 「……そうですね。また」

 

 アストは振り返ることなくドアを閉めた。

 

 互いに苦い思いを抱えたまま、敵との邂逅は終わりを告げた。




SEEDについてはこの先で出てきます。

オリジナルの設定なので、突っ込みどころもあるかもしれません。


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第17話  穏やかな光、広がる影

 

 

 その日は本当にいい天気だった。

 

 人によってはピクニックでも行こうという気になるほど過ごしやすい気候。

 

 そんな日差しを受けながらアスランは閑静な住宅街の道を車で走っていた。

 

 目的地はクライン邸。

 

 大気圏での戦いを終えた後、プラントに帰還したアスランは久しぶりの休暇を過ごす事となった。

 

 その際に父親であるパトリックから「婚約者らしく休暇の時には顔ぐらい出しておけ」と釘を刺されたのである。

 

 別にラクスに会いに行く事は問題はない。

 

 ただ女性の扱いに慣れていないアスランはラクスに会いに行くたびに緊張する上にレティシアも居るとなれば、もしかすると戦闘時より緊張してしまうかもしれない。

 

彼女とうまく話せるだろうか。

 

 アスランはこの前の事でかなり気まずかった。

 

 別に喧嘩をした訳ではないが、このまま気まずいままなのは避けたい。

 

 だから彼女と話すとも訪問の理由の1つであった。

 

 しばらく走り続けた先に見えた広い庭がある邸宅の門の前に車を止め、設置されているカメラに身分証をかざす。

 

 「認識番号285002、クルーゼ隊所属アスラン・ザラ。ラクス嬢と面会の約束です」

 

 《確認しました》と合成音声で返事がくると同時に門が開く。

 

 緊張を和らげるために一度深呼吸をするとアクセルを踏み敷地内に入っていく。

 

 車を止めドアの前まで行くと執事が出迎え、邸宅に足を踏み入れた。

 

 「ようこそ、アスラン。来てくださって嬉しいです」

 

 『ハロ、ハロ、アスラーン』

 

 笑顔で迎えてくれたラクスに持ってきた花束を手渡すと「ありがとうございます」と嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべてくれた。

 

 それを見てこちらも笑顔を浮かべるも―――

 

 『ミトメタクナーイ』

 

 さっきから周りを飛び回っているハロ達は正直鬱陶しい。

 

 初めてプレゼントした時に「気に入りました」と言われたので、ここに来るたびに贈っていたのだが流石に多すぎたかもしれない。

 

 反省しながら庭に用意されていたテーブルに向かう。

 

 「ラクス、このハロ達は、その迷惑では?」

 

 「この子たちもあなたに会えてはしゃいでいるのでしょう」

 

 前にもラクスには言ったのだがハロにそんな感情はない。

 

 だがこうも嬉しそうに笑うラクスに水を差す必要もないと余計な事は言えなかった。

 

 「そういえばレティシアさんは?」

 

 「レティシアは軍のお仕事で朝から出ております。貴方に会えないのが残念だと言っておりました」

 

 「……そうでしたか」

 

 レティシアはクライン議長の要請を受け、ラクスの護衛についているが軍人である事に変わりはない。

 

 その為、軍から呼び出されればそれに応じなければならない。

 

 まあプラントの歌姫ラクス・クラインの護衛の任務に就いているため前線に出ることはないのだが―――ともかく話が出来なかったのは残念だが仕方ないだろう。

 

 「ふふ、レティシアに会えなくて残念ですか?」

 

 「え、い、いえ、そんな事は……」

 

 こちらを見透かすような笑みで見つめられたアスランは若干狼狽しながら、誤魔化した。

 

 かなり気まずい。

 

 この前も言われたばかりなのだから、きちんとしなければ。

 

 気持ちを切り替えるつもりで頭を振る。

 

 庭に用意された椅子に腰かけ、紅茶が用意されている間に話をしようとするがハロ達がうるさくて話ができない。

 

 するとラクスが立ち上がり近くのハロを手に取るとひげを書いて「この子が鬼ですよ」と庭に放った。

 

 そのハロを追いかけるように追って行く他のハロ達を見送るとようやくアスランは口を開いた。

 

 「追悼式典には戻れず、申し訳ありませんでした」

 

 「お母さまの事は私が代わりに祈らせていただきました」

 

 「ありがとうございます」

 

 「お会いできると聞いて楽しみにしていました。今回はゆっくりできるのですか?」

 

 「どうでしょうか」

 

 軍人であるアスランにとって確実な休暇など無い。

 

 命令があればすぐにでも戦場に赴くことになる。

 

 それゆえにラクスには心苦しいが再訪問の約束すらできないのだ。

 

 そんな中ラクスがふと呟いた。

 

 「最近は軍に入る人が増えてきたようですわね。私の友人にも志願された方が多くいます。どんどん戦争が大きくなっている気がします」

 

 「……そうかもしれませんね」

 

 プラントを守るため、そして戦争を終わらせるために軍に入った。

 

 その選択は間違ってないと思う。

 

 しかし―――

 

 暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように努めて明るくラクスが言う。

 

 「そういえばキラ様とアスト様。お元気でしょうか? あの後お会いになられました?」

 

 「……彼らは地球ですよ。たぶん無事でしょう」

 

 彼女にそんな気は無かったのだろうが、奴の名前を聞くとそれだけで複雑な感情が湧きあがってくる。

 

 「キラ様とは小さいころからの友人だったのでしょう?」

 

 「え、ええ。昔から兄弟のように……」

 

 キラとの思い出が蘇る。

 

 幼い頃から常にキラと一緒だった。

 

 それはこれからも変わらないと思っていたのに。

 

 すべては奴の、アスト・サガミの所為で。

 

 「ハロの事をお話しましたら、自分もトリィをあなたに作ってもらったと」

 

 「あいつまだ持っているんですか?」

 

 「ええ、今度見せてもらう約束をしたんです」

 

 朗らかに笑う彼女を見てアスランは何も言えなくなってしまう。

 

 その約束が果たされる日が来るのだろうか。

 

 「レティシアもアスト様の事を気にして、ずっと心配しているんですよ」

 

 「えっ」

 

 その言葉にもやっとした気分になる。

 

 彼女が奴の心配をしていると聞くだけで苛立ちが募った。

 

 「そういえばアスト様からあなたに伝えてほしいと言われていた事があるんですよ」

 

 「……奴から?」

 

 「ええ。キラ様はあなたを大切な友人だと思っていると」

 

 それを聞いたところでどうしようもない。

 

 ただ戦い難くなるだけ、もう結論は出ている。

 

 次は敵として討つ。

 

 キラと自分の道は交わる事はないのだから。

 

 「そうですか。キラが……」

 

 「―――私、あの方が、キラ様が好きです」

 

 アスランは驚いてラクスの顔を見た。

 

 そこには冗談で言った様子もなく、ただいつも通りの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 「レティシア・ルティエンス。君に任務だ」

 

 軍に呼び出され赤い軍服を身に纏ったレティシアをそんな言葉が出迎えた。

 

 「どのような任務でしょうか?」

 

 「今度完成する試作機のテストパイロットをしてもらいたい」

 

 手渡された資料を見ると形式番号YMF―X000A、機体名『ドレッドノート』

 

 だがそれ以外は何も記載されておらずスペックも武装も記載されていない。

 

 外見は表示されているが、これまでのザフトの機体とは別物だという事は分かる。

 

 どちらかと言えば連合から奪取した機体に似ている。

 

 「名前以外は何も記載されていませんが?」

 

 「特別な機体でな。詳しくは工廠で説明を受けてくれ」

 

 「……了解しました」

 

 どこか釈然としないものを感じながらも返事をする。

 

 「それからこの機体に関する事は完全に極秘になる。たとえ誰が相手だろうと口外してはならない」

 

 完全な極秘。

 

 この機体はいったい―――

 

 「わかりました」

 

 手渡された資料を返却し、退室した。

 

 今回の任務に関する疑問はあるが任務は任務。

 

 レティシアは詳しい事を聞くために工廠に足を向けようと歩き出した。

 

 すると正面から顔を合わせたくない2人が歩いてくる。

 

 自分と同じく赤服だが、左の襟元に所属を示す徽章つけている。

 

 ザフト特務隊『フェイス』

 

 国防委員会直属の特務部隊であり、その権限は通常の指揮官よりも上位の命令権を持ち、さらに単独の自由行動まで許可されるほどである。

 

 レティシアは極力感情を表に出さないように無表情で敬礼をしながらすれ違う。

 

 そのまま通り過ぎる事が出来れば良かったのだがそう上手くはいかず、予想通り軽薄な笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

 「おいおい、つれないなぁ、レティシア。久しぶりに会ったんだから声ぐらいかけたらどうだ?」

 

 「……申し訳ありません」

 

 「相変わらずか。しかしやっぱりいい女だな」

 

 嫌らしい視線を向けてくる男にレティシアは無言で睨みつける。

 

 「よせ、マルク」

 

 「いいじゃねぇか、シオン。久しぶりに同じ隊に所属していた仲間に会ったんだからさ」

 

 この2人シオン・リーヴスとマルク・セドワとは確かに昔同じ隊に所属していた。

 

 しかし前はともかく今は仲間などとは思わない。

 

 「……任務がありますので用がなければこれで失礼します」

 

 「待て、レティシア」

 

 「何でしょうか?」

 

 「前にも言ったが、特務隊に来い。優秀な者はその力を揮うにふさわしい場所に居るべきだ」

 

 「その件はお断りした筈ですが。何より特務隊への転属は国防委員会か評議会議長の指名が必要なはずです」

 

 「お前ならば問題はない。『戦女神』と呼ばれるほどの技量を持ち、戦果も上げている。ナチュラル共を排除するためにもお前の力が必要だ」

 

 やはりこの2人は前と何も変わっていない。

 

 ラウとは別の意味で話もしたくない。

 

 言う事は決まっているからだ。

 

 これ以上の会話は無意味としてレティシアはキッパリと告げる。

 

 「何度言われようとも答えは変わりません。では失礼します」

 

 そのまま背を向けて歩き出す。正直もう顔も見たくなかったのだが、ため息をつくと同時に昔の事を否応なく思い出してしまう。

 

 

 

 レティシア・ルティエンスは第1世代のコーディネイターである。

 

 幼いころ頃からコペルニクスで暮らし、両親を含めナチュラルに囲まれて過ごしてきた。

 

 幸いにしてコーディネイターに対する偏見にさらされる事は少なかった為、レティシア自身もナチュラルを見下す様な事もなかった。

 

 だからナチュラルの友人も多くいたし、両親も優しかった。

 

 アスランがコペルニクスに留学した事があると聞いた時は奇妙な縁を感じたものだ。

 

 しかしコペルニクスでのテロが頻発するようになって、両親は危機感を覚えたのだろう。

 

 プラントに移住するように勧められた。

 

 その勧めに従い両親と別れプラントに移住し、しばらくは平穏に過ごしていたのだが、その間にも地球とプラントの関係は悪化し続け、いつしか月に居る両親や友人とも連絡が途絶えてしまった。

 

 両親の事を探しはしたものの、当時の情勢ではコーディネイターと関係があると分かるだけで危険になりかねない為に積極的には探せなかった。

 

 そして小規模の戦闘が散発するようになる頃、ザフトへ志願した。

 

 近しいプラントの友人達を守りたいと思った事、そして何よりナチュラルを知るからこそ現状をどうにかしたいと思ったのが大きな理由であった。

 

 しかしこの時のレティシアはまだ気が付いていなかった。

 

 自分の選択の結果なにが起きるか。

 

 

 優秀な成績でアカデミーを卒業し、赤服を与えられ、その後『血のバレンタイン』が起き、戦争は決定的になってしまう。

 

 部隊に配属されレティシアも各地を転戦し、それなりの戦果も上げ、そしていつの間にか『戦女神』と異名がついていた。

 

 この頃はそれが誇らしかった。

 

 一緒の部隊で戦っているシオンやマルク達のように戦争に積極的ではなかったが、それでも自身の道は正しいと信じていた。

 

 

 だが、それもあの任務まで。

 

 それは地上の作戦参加を命じられ、地球の戦闘に加わった時の事であった。

 

 作戦中にゲリラと思われる者たちの妨害があり、レティシア達に排除するように命令が下ると彼らが潜伏しているとされる拠点に奇襲を仕掛けた。

 

 だがその場所は戦争の避難民が数多くいる町だったのだ。

 

 町は火の海になり、レティシアの乗るジンの足元には逃げ惑う人々がいる。

 

 そんな人々を何の躊躇もなく殺していく仲間達。

 

 特にシオンとマルクの2人は嬉々として殺しつづけている。

 

 ゲリラ側からの反撃は全く無く、ただ一方的な殺戮だけが繰り広げられている。

 

 その光景は地獄そのものだった。

 

 そんな地獄を生み出している者たちはレティシアの制止の言葉など鼻で笑い、無視する。

 

 返答があってもシオンからの返事は「ゴミを掃除しているだけだ」という信じられないものだった。

 

 レティシアは引き金を引くこともできず、呆然と目の前の光景を見つめている事しかできなかった。

 

 

 そして最悪の瞬間が訪れる。

 

 

 作戦が終了した後残ったものは瓦礫と死体の山だけだった。

 

 だだそれを静かに見つめていた。

 

 そして気が付く。

 

 瓦礫の下に挟まった2つの死体。

 

 下半身は瓦礫に埋まり上半身だけが外にはみ出している。

 

 折り重なるように埋まっているのは男性が下の女性を助けようとしたのだろう。

 

 レティシアの呼吸が荒くなる。

 

 目の前の現実が受け入れられない。

 

 忘れようもない代えがたい大切な人達。

 

 そこにいたのは動かぬ死体となった両親の姿だった―――

 

 

 

 結局あの町にゲリラは居なかった。

 

 正確には出入りはしていたようだが拠点ではなかった。

 

 ゲリラたちは別の場所に展開していた部隊が壊滅させたらしい。

 

 つまり命令とはいえ自分たちのした事はただ関係ない民間人を虐殺しただけ。

 

 にも関わらず同じく作戦に参加していた部隊の連中は何も疑問に思ってもいないらしい。

 

 むしろナチュラルの始末が出来たと喜んでさえいる。

 

 

 両親の遺体はとりあえず埋葬してきた。

 

 溢れる涙は止まることなく流れ続けている。

 

 どうしてこうなったのだろうか?

 

 もしかするとレティシアもいつのまにかプラントの空気に毒されていたのかもしれない。

 

 ナチュラルが憎い、ナチュラルが悪いとそんな風に。

 

 要するに自分は何もわかってない子供だったのだ。

 

 ザフトに入るという事がどういうことか理解できてなかった。

 

 両親を殺すことになるなど考えてさえいなかった。

 

 なにが『戦女神』だ。

 

 誇らしく思っていた自分が許せない。

 

 

 それからのレティシアは感情を押し殺し、ただ任務をこなした。

 

 戦いたくはなかったけれど、無責任にすべて放り出す事だけはできなかった。

 

 そしてこれまで仲間として付き合ってきた者たちとは距離を置いた。

 

 シオン達はうるさくナチュラルを侮蔑する話を聞かせてきたがすべて無視した。

 

 あの町の惨劇は彼らだけが悪いわけではないが、彼らにも紛れもなく責任はある。

 

 そんな事も気にかけない彼らを仲間とは思えなかった。

 

 そして地上の作戦に区切りがつきプラントに帰国したと同時に配置転換の申請を出した。

 

 しばらく戦場を離れ、考えたかった。

 

 自分はどうしたいのか、どうすればいいのかを。

 

 それから幸運にもシーゲル・クラインに会う機会に恵まれ、こちらに事情を知った彼の計らいでラクスの護衛となったのだ。

 

 シーゲルもラクスも家族のように接してくれ、それが戦場でささくれ立ったレティシアの心を癒してくれた。

 

 

 

 レティシアは過去を振り払うように頭を振ると再び歩き出す。

 

 本当に嫌な相手に会った。

 

 これ以上余計な事を言われる前に立ち去ろうと歩を速めた。

 

 

 「本当勿体ないよなぁ」

 

 去っていくレティシアの後姿を未だ嫌らしい視線で見ながらマルクがつぶやく。

 

 「いい加減にしろ。行くぞ」

 

 「いいのか?」

 

 「今はな。それに我々も呼び出されているんだ。遅れる訳にはいかない」

 

 「はいはい、わかりました。……いつか俺の女にしてやるよ、レティシア」

 

 マルクは去っていくレティシアの背中にそう呟くと先に歩きだしていたシオンを追った。

 

 呼び出された部屋に入ると忙しなくキーボードを叩くパトリック・ザラが座っていた。

 

 もうすぐ現評議会議長シーゲル・クラインが任期を終え、その後任はほぼ間違いなくパトリックだと言われている。

 

 その関係でパトリックは最近一か所に留まることはほとんどなく飛び回っているのだ。

 

 それだけにこうして仕事をしているとはいえ部屋にいるのは珍しいといえる。

 

 「失礼します。お呼びでしょうか、ザラ委員長閣下」

 

 パトリックは鋭い視線でこちらを一瞥すると手を止めた。

 

 「御苦労。お前たちに任務がある」

 

 「どのような任務でしょうか?」

 

 「シーゲル・クラインを監視せよ」

 

 予想外の任務にいつも冷静なシオンも驚く。

 

 「……どういうことでしょうか?」

 

 シーゲル・クラインは確かに穏健派の代表であり急進派のパトリックとは政治的に対立している。

 

 特に最近の穏健派は急進派に押され、市民の間でもパトリックを支持する声が多い。

 

 それでも現評議会議長だ。

 

 不穏な動きなどできる筈もない。

 

 そんな彼を監視せよとはどういうことなのだろうか。

 

 パトリックはその質問には答えず部屋に備え付けてあるディスプレイにデータを表示する。

 

 2人はそのデータを読み取っていくと徐々に表情が変わる。

 

 表示されたのは先ほどレティシアが読んだ資料とほぼ同じ『ドレッドノート』のデータだった。

 

 違うのはこちらの方がより詳細な情報が記載されている事、そしてテストパイロットにレティシアの名が書かれている事だろう。

 

 そのデータの中でも特に注目すべきは動力だった。

 

 この機体の動力は核を使用しており、そのためNジャマーを無効化する『Nジャマーキャンセラー』が搭載されているのだ。

 

 これはプラントに住むコーディネイターからすれば驚愕するものだろう。

 

 Nジャマーがあるからこそプラントは核の脅威に晒される事はなくなったのだから。

 

 「なんでこんなものを……」

 

 「無論、勝つためだ!!」

 

 パトリックは拳を机に叩きつける。

 

 おそらく何度もおこなった議論なのだろう。

 

 少なくともこれの開発に関わった者たちとも相当やりあったはずだ。

 

 マルクはそれでも不服そうではあったが、シオンは表情を全く変えない。

 

 それどころか薄い笑みさえ浮かべパトリックに問い返す。

 

 「ナチュラル共を排除するには必要ということですね?」

 

 「その通りだ」

 

 シオンの問いに満足したのかパトリックもまた笑みを浮かべる。

 

 「それでこの機体についてはクライン議長もご存じのはずです。評議会議長がこれほどの重要事項を知らないなんて事はありえない」

 

 「もちろんだ」

 

 「では何故監視などを? まさかクライン議長がNジャマーキャンセラーの情報を漏らすと?」

 

 「私とてそこまでの愚か者とは思いたくはない。だがあれがそうしないとも断言できんのも事実」

 

 最初はパトリックの独断で開発を進めていく事を考えたが現実的に厳しく、発覚した場合のリスクも大きい。

 

 だからNジャマーキャンセラー開発の件を議会の前にシーゲルに提案せざるえなかった。

 

 かなり反発される事を予測していたからだ。

 

 しかし意外にもシーゲルはあっさりとそれを了承したのである。

 

 当初は訝しんだものの、よく考えればすぐ解った。

 

 シーゲルは血のバレンタインの報復として地球上に散布されたNジャマーについて深く悔やんでいた。

 

 あれによりエープリルフールクライシスが起き、多くの犠牲が出たからだ。

 

 もちろんパトリックからすれば当然の事をしただけであり、むしろ手ぬるいとすら思っているが。

 

 つまりシーゲルからすればNジャマーキャンセラーが完成し、今なおエネルギー不足に喘ぐ地球に提供すれば、かつて自分が起こした事の償いができるのだ。

 

 もちろんこれらに証拠はなく、すべてパトリックの想像にすぎない。

 

 しかし古い付き合いでありシーゲルをよく知るが故に、そうするというある種の確信がある。

 

 「……もしもの時はあらゆる手段を使って阻止せよ。いかなる犠牲も問わん」

 

 「「了解しました」」

 

 シオンとマルクは退室すると同時に動き出す。

 

 「思った以上に大事だったな。まあ議長のそばにはレティシアだけでなく歌姫様もいるからなぁ。やる気もでるってもんだ」

 

 「はぁ、全くお前という奴は。しかし……」

 

 「どうした?」

 

 「理解できないな。何故ナチュラルなどを助けようとするのか」

 

 「レティシアもたまにやってたけどな」

 

 助けると言えば語弊があるだろう。

 

 レティシアがしていたのはナチュラルを対等に扱っていたというだけだ。

 

 奴らの話に耳を貸し、抵抗しない者は傷つけなかった。

 

 しかしそれはシオン達からすれば理解に苦しむ行動でしかない。

 

 何故なら彼らにとってナチュラルとは、醜く愚鈍な殺して当然の存在なのだから。

 

 「ああ、あれはあいつの唯一の欠点だ。……そういえば昔いたな」

 

 「ん?」

 

 「いや、昔似たような奴がいた。優秀なコーディネイターでありながらナチュラルが友達とか抜かす馬鹿がな」

 

 シオンにしては珍しく顔に感情が出ている。

 

 明らかに侮蔑の笑み。

 

 その話を聞いたマルクも小馬鹿にしたように笑う。

 

 「なんだよ、それ。今そいつどうしてんの?」

 

 「さあな」

 

 苦笑しながら「くだらない事を思い出した」と吐き捨てるといつものように冷静な表情に戻る。

 

 表情を変えたのはマルクも同じ、普段こそふざけた態度が目立つものの任務となれば別。

 

 任務遂行のための冷徹な顔になる。

 

 「無駄話はここまでだ。行くぞ」

 

 「了解」

 

 2人はクライン邸に向け歩き出した。

 

 

 

 

 整理された執務室でエドガー・ブランデルは硬い表情のまま書類に目を通していた。

 

 読んでいたのは信頼できる部下に調査を頼んでいた報告書。

 

 しかしその報告が良いものではない事は表情を見れば明らかだった。

 

 そこにコンコンとノックが響く。

 

 「入れ」

 

 「失礼します」

 

 入ってきたのは戦場から戻ってきたユリウスであった。

 

 「どうしました?」

 

 エドガーは何も言わずユリウスに書類を差し出す。

 

 受け取った報告書はNジャマーキャンセラーに関するものだった。

 

 「ブランデル隊長の危惧が現実になりましたか」

 

 「いずれこうなるとは思っていたがな」

 

 「どうなさるのですか?」

 

 「今は何も出来ないさ。もしもの為の保険は掛けたし、それ以外の準備も始めている」

 

 「例の件ですね。そちらは?」

 

 「10%と言ったところだな。そっちはどうなのだ?」

 

 「オペレーション・スピットブレイクが可決されれば地球に赴く事になります。その合間にでも」

 

 「頼む」

 

 必要事項をすべて確認するとユリウスは立ち上がりそのまま音も立てずに退室した。

 

 

 

 

 『明けの砂漠』の拠点に身を置くアークエンジェルでは、『砂漠の虎』の母艦レセップス突破のための準備に追われていた。

 

 傷ついたモビルスーツの修理も終わり、マリュー達は明けに砂漠のメンバーと連日打ち合わせを行っている。

 

 各場所で資材が運ばれ、忙しなく皆が動く中、キラはストライクのコックピットに座ってキーボードを叩いていた。

 

 大部分はエルザがやってくれたので細かい調整だけで良いためかなり楽が出来る。

 

 そんなリズム良く叩かれるキーボードの音が響くコックピットハッチの前にはアストが座り本を読んでいた。

 

 「アスト、その本面白いの?」

 

 興味深そうにアストが読んでいるのはバナディーヤに赴いた際に購入したSEEDに関する研究書であった。

 

 「ああ、最初は暇つぶしに読んでたけどなかなか面白い。もうほとんど読んだしキラにも貸してやるよ」

 

 「うん、ありがとう。でも何でSEEDの本?」

 

 「ああ、戦闘中にたまに起こる感覚があるだろ。あれがなんだか解らないからさ。なんでもいいから手がかり無いかなって」

 

 「じゃ、あれがSEEDなの?」

 

 読んでいた本をこちらに向けながら、キラの問いかけに苦笑すると首を横に振る。

 

 「学者じゃないんだ、そんなの分かる訳ないだろ」

 

 「まあそうだね」

 

 「でも名前ないと呼びにくいし、これと同じ名前でいいんじゃないか?」

 

 アストが本を掲げる。

 

 あくまで自分たちの中で決めた名前だ。

 

 たとえ間違っていたとしても別に誰も困る事はない。

 

 ならそれでいいかとキラも納得することにした。

 

 「SEEDを自分たちでコントロール出来れば有利に戦えるよね。この前のシグーのパイロットみたいな相手だと逆に使えないと厳しい」

 

 「これからはあんな強敵が増えていくだろうしな。良い訓練方法でもあればいいけど」

 

 2人して良い方法がないか考えるが思いつかない。

 

 しばらくそうしていると下の方から騒ぎ声が聞こえてきた。

 

 どうやらまたスカイグラスパーのシミュレーターでエフィムとトールが訓練しているらしい。

 

 サイやカズイも参加している所を見ると訓練というより半ば遊びになっているようだ。

 

 そこに何故かアークエンジェルにいるカガリまで加わって大騒ぎになっている。

 

 その様子を見ていたアストは思いついたように口を開く。

 

 「……俺達もシミュレーターで訓練するか」

 

 「シミュレーター?」

 

 「ああ。SEEDが発動したのはどんな時かって考えると、戦闘の集中した時とか感情が高ぶった時とかだろ。だったら同じような状況作って訓練すればSEEDを使うのに必要なきっかけくらいは掴めるかもしれない」

 

 「……そうだね。そうすれば僕達の訓練にもなる」

 

 「ああ」

 

 思いついた案を実行するため2人はマードックを捜し始める。

 

 砂漠の決戦はすぐそこまで迫っていた。



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第18話  砂塵、舞う

 

 

 

 『砂漠の虎』の母艦レセップス。

 

 そこにジブラルタルからの補給で送られてきた多くの物資が運び込まれていく。

 

 当然その中にはモビルス―ツなども含まれていた。

 

 ここまでの戦闘で疲弊したバルトフェルド隊は決戦に備え、急ぎ準備を進めていたのである。

 

 その光景をリストと合わせて眺めながら砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドは不満の声を洩らしていた。

 

 「ジブラルタルの連中は何を考えてるんだ? ザウートなんてなんの役にも立たないってのに」

 

 「隊長いくらなんでもそれは」

 

 「事実だよ。あの2機相手に機動力のないザウートなんて唯の的、バクゥは品切れか!?」

 

 バルトフェルドの愚痴を聞いていたダコスタはため息をついた。

 

 だが今回ばかりはバルトフェルドの気持はよく分かる。

 

 ザウートは砲撃支援向けの機体であり、火力は十分あるのだが、機動力はお世辞にもあるとは言い難い。

 

 現在バルトフェルド隊においては固定砲台として使われるのが常になっているのだ。

 

 そんな機体をいくら持って来た所であの2機は止められないのは、直接戦ったダコスタが一番理解していた。

 

 にもかかわらず配備されたバクゥは多くない。

 

 これでは愚痴も言いたくなるだろう。

 

 「あっちは元気みたいだがね」

 

 「ええ」

 

 バルトフェルド達の視線の先にはクルーゼ隊の面々が運ばれてきたデュエルの強化装備アサルトシュラウドを装着するのを手伝っているのが見える。

 

 さらにその横ではビーム兵器を搭載した強化型のシグーの調整が進められていた。

 

 遭遇戦で負った損傷も修復され、同時に改修も行われている。

 

 それらを見上げる面々の表情は何時になく真剣そのもの。

 

 ようやく借りが返せるといったところだろう。

 

 「まあ、やる気があるのはいいことだよ。彼らには先鋒を務めてもらうしね」

 

 「いいのですか?」

 

 「下がれと言っても下がらんだろう? なら前に出てもらうさ。勝手されるよりはいいよ」

 

 「了解です」

 

 とにかく無いものねだりをしても仕方ない。

 

 これでどうにかするしかないのだから。

 

 

 

 

 

 準備を進めていたのは虎だけではない。

 

 アークエンジェルもまた準備を終え発進しようとしていた。

 

 潜んでいた岩壁からはバギーが次々と発進し、それに続くように白亜の戦艦も動き出す。

 

 そんな中、カガリもまたバギーにバズーカを積み込み、戦いの準備を整えていた。

 

 その手には鮮やかな石が光っている。これは先ほど仲間であったアフメドの母親から貰ったものだ。

 

 どうやら加工してプレゼントしてくれるつもりだったらしい。

 

 アフメドはこの前の遭遇戦でバクゥの攻撃を受け死んだ。

 

 年も近く一番親しい仲間だった。

 

 街で出会った敵将の姿が思い浮かぶ。

 

 あんなふざけた奴に皆が―――

 

 ≪ならどうやって勝ち負けを決める? すべての敵を滅ぼしてか?≫

 

 なのにあいつの言った言葉は消える事無く、何度も思い出された。

 

 「くそッ!!」

 

 首を振りアフメドがくれた石を強く握りしめていると、傍に駆け寄ってきたキサカが声をかけてくる。

 

 「カガリ、どうした?」

 

 「いや、なんでもない。行こう!!」

 

 バギーに勢いよく乗り込むと戦場へと飛び出した。

 

 皆の仇を取る!

 

 「今日こそ倒すぞ!!」

 

 砂漠の風を受けながら、決意を胸に前を見据えた。

 

 

 

 

 

 戦場に向かうアークエンジェルのパイロット待機室。

 

 そこにアスト達は戦場に着くまでの間、待機していた。

 

 歴戦の戦士であるムウはもちろんアストやキラもいつもと変わることなく落ち着いている。

 

 エフィムは流石にまだ慣れてはいないようだが、一応は平静を保っていた。

 

 だがここにもう1人ガチガチに緊張した人物が座っていた。

 

 「トール、大丈夫?」

 

 「あ、ああ。だ、大丈夫」

 

 エフィムと一緒に訓練を重ねていたトールも今回ついに初陣を飾ることになったのだ。

 

 キラが声をかけても全く緊張が和らぐ事なくガチガチのトールを見かねたのかムウが口を開いた。

 

 「ケーニッヒ。初陣のお前は後方支援だ。無理だと思ったならすぐ下がればいい。生き残る事だけ考えろ。いいな」

 

 「は、はい」

 

 「トール、お前は後ろに下がってていいぜ。あとは俺がやるからさ」

 

 「な、何ッ!!」

 

 いつもの嫌味にトールが激昂するがそれでもいつも通り嘲るように笑みを浮かべる。

 

 そんなエフィムにムウが真面目な顔で告げた。

 

 「ブロワ、お前も後方で援護に徹しろ」

 

 「な、なんでだよ!!」

 

 「お前もケーニッヒと同じくひよっこだからだよ。前の戦闘で生き残ったからって調子に乗ってると死ぬぞ」

 

 「くっ」

 

 悔しそうに顔を逸らすエフィムからトールの方に視線を戻すとムウはいつもの笑顔でポンと肩を叩く。

 

 「ま、心配すんな。俺もいるし、この二人もいる」

 

 「そうだよ。僕たちも出来るだけ敵を近付けないから」

 

 「モビルスーツはこっちを狙ってくるだろうし、前に出なきゃ大丈夫だ」

 

 3人の励ましにぎこちないながらもトールはようやく笑みを見せた。

 

 その様子を見たアストとキラは顔を見合わせると互いに頷く。

 

 2人の考えは一緒だった。

 

 トールを絶対に死なせないと。

 

 その時、スピーカーからミリアリアの声が聞こえてくる。

 

 《各パイロットは搭乗機へ》

 

 「よし、いいか。ブロワが1号機、ケーニッヒが2号機だ。前には俺とアスト、キラが出る。いいな!!」

 

 「「「了解」」」

 

 各自が部屋を出て、自身の機体に向かう。

 

 「レ、レーダーにっ」

 

 「レーダーに反応。敵機と思われます。攪乱がひどく数は不明」

 

 カズイのたどたどしい報告を引き継ぐようにフレイが声を上げる。

 

 「その後方に大型の熱量を確認。数3、敵母艦及び駆逐艦と思われます」

 

 ブリッジに次々と情報が飛び交う。

 

 大型の熱量は間違いなくレセップスとその僚艦だろう。

 

 いよいよ本番である。

 

 あれを突破できなければアラスカには辿り着く事は出来ない。

 

 マリューは自身に気合いを入れるように大声で命令を下した。

 

 「対艦、対モビルスーツ戦闘用意! 各機発進させて!!」

 

 「イレイズ、ストライク、スカイグラスパー発進!!」

 

 彼らの目の前にはすでにレセップスの姿が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 《スカイグラスパー、フラガ機、発進どうぞ!》

 

 《ムウ・ラ・フラガ出る!!》

 

 ムウのスカイグラスパーがランチャーストライカーを装備して先に発進、それを見届けると次はイレイズがカタパルトまで運ばれていく。

 

 「各部異常なし」

 

 自分の落ち着かせるように息を吐く。

 

 今日戦う相手はあの男、『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドである。

 

 忘れようもないバナディーヤでの事を思い出すが、それを振り払うようにもう一度機体チェックを行っているとミリアリアが声を掛けてきた。

 

 《あのアスト、トールの事……》

 

 画面に映ったミリアリアの顔は今にも泣きだしそうなのを必死にこらえているように見える。

 

 当然だ。

 

 大事な恋人が戦場に赴こうとしているのだから。

 

 それを察したアストは極力明るい声でミリアリアを安心させようと笑顔で頷く。

 

 「任せろ。トールにも言ったけど敵ははこっちを狙ってくるから、前に出なければ大丈夫だよ」

 

 《う、うん》

 

 なんの根拠もない気休めだが言わないよりはいいだろう。

 

 《頼むわよ、アスト》

 

 アネットが画面に割り込んでくる。

 

 彼女もいつもと変わらない様に見えるがそれでも心配なのだろう。

 

 顔が強張っていた。

 

 「ああ、分かってるよ。アスト・サガミ、イレイズガンダム行きます!!」

 

 イレイズがカタパルトから押し出され、戦場に飛び出していく。

 

 《本当にエールでいいのか?》

 

 「はい。バクゥには機動性の方が重要です」

 

 《わかった!》

 

 キラはこれまでの戦闘を踏まえてエールを選択した。

 

 ランチャーストライカーではバクゥに対抗できないのはアストの戦闘からも分かるし、巨大な剣のソードストライカーは論外だろう。

 

 まず間違いなく剣の間合いには近付けないからだ。

 

 エールを背中に装着すると発進準備が整う。

 

 前回破壊されたバズーカの予備も装備してある。

 

 《キラ、アストにも言ったけど》

 

 「うん、大丈夫」

 

 不安げなミリアリアに頷く。

 

 絶対に死なせるもんか―――

 

 そんな決意を胸にキラは声を上げた。

 

 「キラ・ヤマト、ストライクガンダム行きます!!」

 

 発進した先で待っていたのは戦闘ヘリとバクゥによるミサイル攻撃だった。

 

 戦闘ヘリとミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とすと向ってきたバクゥに突っ込んでいく。

 

 途中また別の戦闘ヘリが邪魔をするが、ムウのスカイグラスパーの攻撃を受けて墜落する。

 

 地上でも変わる事のないムウの腕は流石と言ったところだろう。

 

 専用に調整された機体のおかげもあってか、その動きは通常のスカイグラスパーよりも格段に良い。

 

 キラはエールストライカーからビームサーベルを抜くとミサイルの雨を潜り抜けバクゥの正面から斬りつける。

 

 振るった斬撃がバクゥの首を捉え、あっさりと斬り飛ばし、動きを止めた所をビームサーベルで突き刺した。

 

 撃破した敵の爆発背中に受け、次に迫ってくるバクゥに向けてバズーカを放つが、敵機はそれを回避するために横へと軌道を変えた。

 

 その瞬間に再びサーベルに持ち替えると、接近し横薙ぎに一閃した。

 

 胴を斬り、バクゥを爆散させ落としたのも束の間、次から次に敵が迫ってくる。

 

 だがキラは全く動じていなかった。

 

 落ち着いた動作でバクゥのビームサーベルをかわすと機体を空中で宙返りさせ背後からビームライフルで狙い撃つ。

 

 その攻撃をかわす事が出来ず、一撃で撃破した。

 

 「これで3つ! 次は―――ッ!?」

 

 次の敵機を求め周囲に視線を走らせたキラの目の前に因縁の機体がいた。

 

 「あれは、デュエル!」

 

 こちらが見つけたと同時に向こうも気がついたのだろう。

 

 一目散にこちらに突撃してくる。

 

 PS装甲を持つガンダム相手に実体弾は効かない。

 

 むしろ邪魔だと判断し、バズーカを捨てデュエルを迎え撃つ。

 

 キラは知らず暗い笑みを浮かべていた。

 

 これで仇が取れるのだと―――

 

 「今日こそ倒す!! デュエル!!」

 

 キラのSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 ストライクを発見したイザークは思いっきりペダルを踏み込み突っ込んでいく。

 

 今回の作戦において機体の調整が間に合わなかったシリルを除いたクルーゼ隊のメンバーは先鋒を任された。

 

 これはチャンスである。

 

 今までの忘れようもない屈辱の数々を晴らす日が来たのだ。

 

 機体はすでに砂漠仕様の調整は済み、アサルトシュラウドも装備している。

 

 今度こそまぐれはないだから。

 

 「ストライクゥゥゥ!!!」

 

 肩のミサイルポッドからミサイルを発射し、同時にシヴァとビームライフルを一斉に撃ちこむ。

 

 だが攻撃が直撃する瞬間ストライクは空中に飛び上がり回避する。

 

 それを見たイザークはビームサーベルを抜くと自身も飛び上がり、シヴァを発射しながら斬りかかった。

 

 ストライクはシヴァをかわして体勢を崩している姿を好機と見たイザークはここぞとばかりにサーベルを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「落ちろぉぉ!!」

 

 殺ったと、そう確信する。

 

 だが次の瞬間、信じ難い事に宙に舞っていたのはデュエルの腕であった。

 

 「なにっ!」

 

 イザークは驚愕に目を見開き、そして一瞬だが致命的な隙を晒してしまった。

 

 動きを止めたデュエルをストライクはシールドで殴りつけ地面に叩き落とす。

 

 「ぐあああああ!!」

 

 地面に叩きつけられたイザークはその衝撃に一瞬気が遠のく。

 

 「イザーク、避けろ!!」

 

 聞こえたディアッカの声に反応して地面を滑らすように機体を動かす。

 

 そして頭を振って正面を見るとストライクのビームサーベルが自分の居た場所に突き刺さっていた。

 

 「イザーク、無事か!?」

 

 「……ああ」

 

 認めたくはないが、ディアッカの呼びかけが無ければ自分は確実に死んでいた。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 「落ち着けよ。その腕じゃ厳しいだろ。全員でやるぞ、エリアス、カール!」

 

 「「了解!!」」

 

 二人のバクゥがミサイルで撹乱、そしてバスターがガンランチャーとエネルギーライフルでストライクを攻撃する。

 

 悔しいがディアッカの言う通りだろう。

 

 これではストライクを倒す事はできない。

 

 屈辱を押し殺し、イザークも皆の攻撃に合わせストライクに向っていった。

 

 

 

 

 

 

 戦況をダコスタから聞いていたバルトフェルドは笑みを浮かべる。

 

 実に不謹慎ではあるが彼はこの現状を楽しんでいた。

 

 状況はこちらがやや不利と言ったところだろうか。

 

 ストライクは先鋒のクルーゼ隊が奮戦し抑えているが、イレイズは止められず被害が拡大している。

 

 それだけでなくもう1機の戦闘機も曲者でこちらも結構な腕前らしく厄介である。

 

 その機動性はザウートの砲撃を軽々避け、持ち前の火力で逆にこちらが大きな被害を受けていた。

 

 さらに本命の足つきには戦闘ヘリが攻撃を仕掛けをしている様だが、これも2機の支援機によって阻まれている。

 

 全く流石と言う他ない。

 

 それでも例の仕掛けは今のところ気付かれてはいないのは僥倖と言える。

 

 「アンディ、準備完了よ」

 

 「ありがとう。アイシャ」

 

 恋人のアイシャがパイロットスーツを着て近づいてきた。

 

 彼女もこれから自分と指揮官機に乗って出撃する事になっている。

 

 見上げた先にあるのはバクゥよりも一回りほど大きい機体だった。

 

 TMF/A-803『ラゴゥ』

 

 指揮官用に開発されたバクゥの強化大型機である。

 

 バクゥを超える性能と強力なビーム兵器を搭載した為、一回り大きな機体となっており、それにより複雑となった操縦を複座にする事で解決している。

 

 アイシャはこの機体のガンナーを務めてもらう。

 

 彼女はこう見えてもそこらのパイロットには引けを取らない腕前なのだ。

 

 互いに顔を見合わせると頷きあってコックピットへ乗り込むと、機体の調整の為、残っていたシリルから通信が入る。

 

 「バルトフェルド隊長、『シグーディバイド』の調整が終わりました」

 

 『シグーディバイド』はビーム兵器を搭載したシリルの強化型シグーの正式な名前である。

 

 配備された時は単純にビーム兵器を搭載しただけであったが、遭遇戦の際に損傷した機体を改修する事で性能も向上している。

 

 「そうか、こちらも出撃準備は完了した。いくぞ!!」

 

 「了解!!」

 

 レセップスより二機のモビルスーツが出撃する。

 

 「君には因縁のある『戦神』の方を頼めるかな。私は『魔神』の方に」

 

 「分かりました!」

 

 シグーディバイドとラゴゥは互いの獲物に向かって、別方向に向かって移動を開始する。

 

 「さあ、始めようか。イレイズの名の通り消えてもらおう」

 

 バルトフェルドは笑みを浮かべて戦場を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 イレイズのビームライフルから発射されたビームがバクゥの胴体を貫くと、爆発と共に炎が上がる。

 

 「ハァ、ハァ、今ので3機目―――ッ!?」

 

 撃破したバクゥを尻目に、次なる敵を探して視線を流すと、突如放たれたビームに気がつき間一髪、シールドで受け止めた。

 

 攻撃が放たれた方向へ目を向けると、そこに居たのはバクゥと似ていながらも一回り大きな機体だった。

 

 「新型!? ……隊長機か」

 

 当然乗っているのは砂漠の虎だろう。

 

 フゥと息を吐くと目の前の敵を見据え、互いが敵の挙動を見逃すまいと注視する。

 

 そして近くで起きた爆発を合図に両方が動いた。

 

 アストは即座にビームライフルを掲げてラゴゥを狙うが、ビームは掠る事さえできず空を薙いだ。

 

 「速い!?」

 

 ビームの連射をかわし、一気に加速して砂丘の陰に隠れる。

 

 そのすぐ後に逆方向から飛び出してくると背中の二連ビームキャノンで攻撃を加えてきた。

 

 「速いだけじゃなくて射撃も正確、伊達に隊長じゃないってことか!!」

 

 止まっていたら的になるだけと判断したアストはバクゥと戦う時同じく、一か所に留まらず動き回りながら撃ち返す。

 

 そんなイレイズを見てアイシャが納得いったように呟いた。

 

 「なるほど、いい腕だわ。皆が手こずるのも分かる」

 

 「だろう。だが最初の戦闘の時はもっと凄かった」

 

 「嬉しそうね、アンディ。……辛いわね、あの子達のこと好きでしょ?」

 

 その問いには答えずどこか寂しそうに笑みを浮かべる。

 

 「……さて、そろそろ仕掛けを使う時だな」

 

 まるではぐらかす様に指示を出す。

 

 だがそれこそが答えであるとアイシャはあえて言わなかった。

 

 わざわざ指摘するまでもなく、彼自身も気がついている事だから。

 

 今は自分の役目を、彼の為に勝つことだけを考える事にした。

 

 ラゴゥのビームキャノンがイレイズを狙って放たれ、砂漠を抉っていく。

 

 猛攻を捌きながらアストもまた反撃していく。

 

 

 その時、アークエンジェルの後方に新たな敵艦が現れた。

 

 

 「まさか伏兵か!? アークエンジェル!!」

 

 新たな敵に気付いたアストはアークエンジェルに向おうとするが当然ラゴゥがそれを阻み、発射したビームキャノンがイレイズのビームライフルを撃ち落とす。

 

 「くっ!」

 

 「行かせんよ、少年」

 

 「くそぉ! キラは?」

 

 ストライクもイレイズと同じく敵によって進路を阻まれている。

 

 相対しているのは前に戦ったシグーのようだ。

 

 「……やる事は変わらない。あなたを倒して行くだけだ!!」

 

 タスラムを前方に放つとラゴゥはその機動性を持って、砂を滑るように回避していく。

 

 しかし発射された砲撃によって砂煙が舞い一瞬視界を遮った。

 

 その隙にビームサーベルに持ち替え、ラゴゥに向けて斬りかかる。

 

 「はああああ!!」

 

 当然ラゴゥもビームサーベルを発生させ突っ込んでくる。

 

 お互いが交差する一瞬の攻防。

 

 競り勝ったのはイレイズ。

 

 ラゴゥの右翼とビームキャノン右砲身を同時に斬り裂いていた。

 

 「くぅ、流石だな! アイシャ損傷は!?」

 

 「少し待って!!」

 

 ラゴゥはすぐ振り返るとイレイズに再度接近戦を仕掛けた。

 

 

 

 

 当然後ろから現れた敵の伏兵についてはアークエンジェルも気が付いている。

 

 だが完全に挟まれた形になっており、逃げられるような状況では無くなっていた。

 

 「敵艦より砲撃!」

 

 「回避!!」

 

 「ヘルダート、コリントス撃てぇー!!」

 

 こうなれば前にいるレセップスを抜くしかない。

 

 しかし前後からの容赦ない砲撃と数機のバクゥの攻撃によって徐々に追い詰められていく。

 

 それは上空から見ていたエフィムやトールにも分かった。

 

 「くっ、アークエンジェルが……おい、エフィム、どうするつもりだよ!?」

 

 トールが驚いたように声を上げる。

 

 何故なら突然エフィムがアークエンジェルの方に向かい降下していったからだ。

 

 あれだけ後方支援に徹しろって言われていたのに。

 

 「このままじゃやられる。黙って見てられるかよ!!」

 

 確かにそうだ。

 

 このままじゃ―――

 

 それは実戦経験の無いトールの目で見ても明らかであった。

 

 自分はアストやキラと一緒に戦うために、みんなを守るためにパイロットに志願したんじゃないのか。

 

 自身の決意を見つめ直し、震える手を抑えつけ覚悟を決めた。

 

 「よし、行くぞ!」

 

 トールもエフィムの後を追い降下していく。

 

 先行したエフィムはまずアークエンジェルの周りのバクゥを狙う。

 

 「何時までもあいつらばかりに任せられるかよ」

 

 バクゥにミサイルを発射し、それを避けたところをビーム砲で狙撃するが、敵もそう簡単にはやられてくれない。

 

 ビームは右前脚を破壊したものの、撃破はできなかった。

 

 「なら、接近して」

 

 損傷した敵機に止めを刺す為、もう一度攻撃を仕掛ける。

 

 だがそれがいけなかった。

 

 タイミングを見計らいバクゥは飛び上がると、スカイグラスパーを踏みつぶすように落下して来た。

 

 「なっ、このぉぉ!」

 

 ビーム砲を上方に向け放ち、バクゥを撃ち抜くが、破壊しきれなかった残骸がこちらに向かって落ちてくる。

 

 「うあああああ!!!」

 

 必死に操縦桿を操作し、何とか潰されなかったが同時に地面に激突してしまう。

 

 衝撃に呻きながら、頭を振って意識をはっきりさせようと努める。

 

 ヘルメットのバイザーに罅が入ってはいるが、何とか無事のようだ。

 

 下が砂漠でなければ死んでいただろう。

 

 とんだ醜態を晒してしまった。

 

 ヘルメットを脱ぎ棄てコックピットから出るとすぐ傍に自身が撃墜したバクゥがあった。

 

 爆散するような様子もない。

 

 まだ敵がいるかもしれないという緊張なのかエフィムの体が震え出した。

 

 「……なにやってんだよ。コーディネイターと戦う為に地球軍に志願したんだろ。しっかりしろ」

 

 銃を手に持ち警戒しながらゆっくりと機体に近づく。

 

 足部の陰から覗き込むと緑のパイロットスーツが見えた。

 

 コックピットから投げ出されたのだろう、ピクリとも動かない敵兵の姿に息を吐く。

 

 だがまだ死んでいると決まった訳ではない。

 

 確認の為、油断せず銃を構えながら正面に回った。

 

 「あっ」

 

 その姿を見た瞬間、思わず声が出てしまった。

 

 ザフト兵は自分と同じくらいの少年だったから。

 

 「う、うう」

 

 突然呻くような声がした方に銃を構え直した。

 

 見ればザフト兵が手をこちらに向け伸ばしている。

 

 敵である事はパイロットスーツから分かるはず。

 

 もしかしたら目が見えていないのかもしれない。

 

 撃つべきかと悩んでいるとはっきり声が聞こえた。

 

 「……かあ……さん」

 

 それを聞いた瞬間、エフィムは何故か手を取っていた。

 

 あれだけ嫌っていたコーディネイターの、しかもザフト兵の手をしっかり握っていた。

 

 自分でも何でそんな事をしたのかわからない。

 

 無意識にだろうか。

 

 エフィムが手を握ると安心したような顔をしたザフト兵はそのまま手から力が抜けた。

 

 死んだ、いや自分が殺したのだ。

 

 「うっ」

 

 口に手を覆うと凄まじい吐き気に襲われる。

 

 結局、戦闘前に食べた物をすべて吐き出してしまった。

 

 エフィムは始めて戦争というものを実感したような気がした。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 近くにバギーが止まり金髪の少女が走ってくるが、今のエフィムに答える余裕などなかった。

 

 

 

 

 エフィムのスカイグラスパーが戦線離脱した事で、戦場で踏ん張っていたトールの負担が一気に増える。

 

 後方の駆逐艦の上にいるザウートの攻撃を何とか捌きながら負けじとビームとミサイルを撃ち返し、駆逐艦に直撃させる。

 

 そこから大きな爆発を起こしさらにザウートまで巻き込んで損傷させた。

 

 「よし、いけるぞ!」

 

 そう勢い良く攻撃を仕掛けていくが、それを阻止する為に、下方からバクゥのミサイルが迫ってきた。

 

 「うわっ」

 

 咄嗟に機関砲で何とかミサイルを破壊するも背中に冷汗が流れていく。

 

 かなり危なかった。

 

 ムウにも言われた事を思い出す。

 

 ≪お前の悪い癖はすぐ調子に乗ってしまう事だ。常に冷静に、自分の力量を履き違えるな≫

 

 これはシミュレター訓練をしていた時に何度も言われた事。

 

 そう自分は今回が初陣の新兵でひよっこなのだ。

 

 勘違いしてはいけない。

 

 落ち着けるように息を吐くと機体を旋回させ損傷した敵駆逐艦を狙う。

 

 自分が撃沈させる必要はなく、要はアークエンジェルを狙えないようにすれば良いのだ。

 

 慎重に接近しビーム砲でアークエンジェルを狙う砲台を破壊しながら、下からの攻撃に対して回避に専念する。

 

 そこに別の強力なビームがバクゥをなぎ払った。

 

 アグ二を装着したムウのスカイグラスパー3号機である。

 

 「フラガ少佐!」

 

 「待たせたな! 良く持たせた!!」

 

 「はい! でもエフィムが……」

 

 「あいつは無事だ、心配ない。このまま一気に行くぞ!!」

 

 「了解!」

 

 二機の猛攻により駆逐艦は完全に戦闘力を失い撤退、その勢いのままレセップスに突撃していく。

 

 それによりアークエンジェルの士気も上がり形勢は一気に傾いていく。

 

 ストライクとの戦闘に突入していたシリルにもそれは確認できた。

 

 完全に劣勢に立たされている。

 

 ストライクにバルカン砲を浴びせ、レーザー重斬刀を上段から振り下ろす。

 

 しかし敵機はひらりと刃をかわすとビームサーベルで突き返してくるが、ギリギリで内装防盾で防御する。

 

 だがそのままバルカン砲ごと弾き飛ばされてしまう。

 

 「くっ!! 分かってはいたが一筋縄ではいかないな、ガンダム!!」

 

 改修を施したとはいえ劇的に性能が向上した訳ではない。

 

 性能差は依然として変わらない。

 

 何よりもすでにキラはSEEDをすでに発動させていた。

 

 これによりシリルは劣勢を強いられていたのである。

 

 さらには援護してくれるであろう味方はすでに居らず、すべて撤退していた。

 

 シリルが駆けつけた時にはデュエルの損傷は大きかったためバスターと下がらせた。

 

 イザークは最後まで文句を言っていたが、聞いてはいられない。

 

 そして2機のバクゥはすでにやられてしまった。

 

 幸いコックピットは無事だったのでエリアスとカールは他の機体に回収され撤退済みである。

 

 どう攻めるべきか、考えて込んでいるとダコスタから通信が入ってきた。

 

 《全軍後退せよ。繰り返す、全軍後退せよ》

 

 「なっ、どういう事だ、ダコスタ!?」

 

 《シリル・アルフォードか。聞いての通りだ。この戦い我々の負けだ》

 

 すでに大半の戦力は撃墜もしくは戦闘不能に追い込まれていた。

 

 そしてレセップスは完全に戦闘力を失い退艦命令も出ている。

 

 もはや戦闘継続は不可能だった。

 

 「くそっ!!」

 

 《シリル・アルフォード。頼みがある。隊長を救って欲しい》

 

 「バルトフェルド隊長はどうしているんだ?」

 

 《今もイレイズと戦闘中だ。あの人はおそらく最後まで撤退などしないだろう。ここで死ぬつもりだ》

 

 「……本当か」

 

 《……ああ。あの人はそういう人なんだ。だから頼む。隊長を助けてくれ!》

 

 「頼まれるまでもない。必ず救う!!」

 

 その瞬間、シリルのSEEDが弾けた。

 

 斬り込んでくるストライクに体当たりで吹き飛ばすとレーザー重斬刀を振るう。

 

 キラはそれを間一髪シールドで受けとめるが、シリルはその勢いを殺さず、さらに力任せに押し込んだ。

 

 シールドが火花を散らし、徐々に斬り裂かれていく。

 

 だがシリルの狙いは別にあった。

 

 ストライクのビームサーベルを持つ右手を肘で弾き、手を伸ばすと背についているビームサーベルを手に取り、そのままエールストライカーに突き刺した。

 

 「なっ、くっ!!」

 

 キラは驚愕するもレーザー重斬刀の押しが弱まったのを見計らい体当たりして突き放すとエールをパージする。

 

 何故シグーにビームサーベルが使えるのか。

 

 それは今回の改修が施された際にこの機体にもGATシリーズと同じ規格のビームサーベルが装備されるはずだったからだ。

 

 レーザー重斬刀は威力こそ大きいが取扱いが難しく隙もできやすいからである。

 

 背中の装備を破壊された事でストライクは機動性が削がれた。

 

 このまま一気に攻めたいところだが、あまりのんびりしてはいられない。

 

 自分にはしなければいけない事があるのだ。

 

 ビームサーベルを使用しているためか、バッテリーの方もギリギリだ。

 

 シリルはビームライフルに持ち替えると敵機の足元めがけて発射する。

 

 ビームを回避するために距離を取ったストライクを尻目に離脱するとバルトフェルドの救出に向った。

 

 それを見ていたキラは撤退したと判断して周囲を見渡す。

 

 どうやら敵のほとんどは撃墜したか、撤退したらしい。

 

 油断は禁物だが戦闘はほぼ終わったと見ていいだろう。

 

 それにしても―――

 

 「やっぱり、あのパイロットは強い」

 

 正直、アスランや他のガンダムのパイロットと比べても格が違う。

 

 今回も退いてくれたからこそ良かったがあのまま続けていたらどうなっていただろうか。

 

 負ける気はなかったが、確実に勝てたとも言えない。

 

 「このままじゃ駄目だ」

 

 もっと強くならなければいけない。そんな決意を胸にアークエンジェルに帰還した。

 

 

 

 

 バルトフェルドから撤退命令が出た事で大半の戦闘は終息している。

 

 だがすべての戦いが終わった訳ではなく、戦場の一画で最後の戦闘が行われていた。

 

 イレイズとラゴゥが空中で交錯すると互いの機体に傷が刻まれるが戦闘継続には影響がない程度。

 

 アストは通信回線をオープンにして呼びかける。

 

 「バルトフェルドさん、決着はつきました。これ以上の戦闘に意味はない、降伏してください」

 

 「まだだよ、少年!!」

 

 突っ込んでくるラゴゥの攻撃にタイミングを合わせ、ビームサ―べルを逆袈裟から振るうとラゴゥの前足を斬り飛ばした。

 

 「言ったはずだ。戦争には明確な終わりのルールなど無いと」

 

 「だからここで死んでもいいって言う理屈にはならないでしょう! あなたにも仲間はいるはずだ!! その人達の為にも―――」

 

 「それは敵である君が言うセリフではないな!」

 

 確かにアストらしくないのかもしれない。

 

 街で出会ってしまったのが不味かったのか、自分でも思った以上に彼とは戦いたくなかったらしい。

 

 敵機の攻撃を捌きながら、アストは残りのバッテリーを確認する。

 

 やはりイレイズのエネルギーは危険域に入っている。

 

 むしろここまで戦えたことこそ僥倖と言えるだろう。

 

 バッテリーを節約した戦い方もそうだが背中の武装をタスラムに変更した事が大きかった。

 

 アータルのままではとっくにバッテリー切れに陥っていたに違いない。

 

 「……退いてはもらえないんですね」

 

 「……戦うしかあるまい。どちらかが滅ぶまでね」

 

 アストのSEEDが弾ける。

 

 ビームサーベルを捨て、腕部のブルートガングを抜き放ち、正面から突っ込んでいく。

 

 それに応じるようにラゴゥもまた光刃を構え、正面から突撃を仕掛けてきた。

 

 これが最後の激突―――

 

 「はあああああ!!」

 

 「うおおおおお!!」

 

 二つの影が重なる。

 

 イレイズのブルートガングがラゴゥの頭部より斜め上に突き出るように串刺しにしていた。

 

 「……完敗だな。少年」

 

 コックピットには直撃していなかったのか、まだ死んではいないらしい。

 

 声をかけるべきか、一瞬迷う。

 

 その時だった。

 

 

 「イレイズゥゥゥ!!」

 

 

 咆哮と共に突っ込んで来るのは白い機体シグーディバイドであった。

 

 「こいつはキラと戦っていた奴か!!」

 

 ラゴゥから咄嗟に離れ、シグーのレーザー重斬刀をかわす。

 

 だがシリルは動きを止めることなく猛攻を仕掛ける。

 

 繰り出される斬撃をシールドで何度も受け止め、反撃しようとした時だった。

 

 繰り返し鳴っていた警戒音が消え、ピーと甲高い音に変わるとイレイズの装甲は落ち、元のメタリックグレーに戻る。

 

 フェイズシフトダウン、すなわち限界時間である。

 

 その瞬間を見逃すシリルではない。

 

 「終わりだ、イレイズ!!!」

 

 レ―ザー重斬刀の一撃を身を屈めてかわすが、次のビームサーベルによる斬撃で右足が斬り落とされてしまう。

 

 その衝撃で機体がバランスを崩し後ろに倒れ込むとシリルは止めとばかりにビームサーベルをイレイズに突き出した。

 

 「まだだぁぁぁぁ!!!」

 

 ビームサーベルの軌跡が酷く遅く感じられる中、アストは操縦桿を操作した。

 

 倒れ込む瞬間に各スラスターを調整し、一瞬機体を水平に浮かせると、そのままシグーに向けてタスラムを発射した。

 

 「なんだと!? ぐぁぁぁ!!!!」

 

 狙い通りタスラムはシグーの脚部を直撃した。

 

 脚部を破壊されたシグーはそのまま横に倒れるが、すぐ体勢を立て直す様に動き出す。

 

 アストはこれ以上の戦闘は無理と判断した。

 

 先程自分ががバルトフェルドに言った事、これ以上の戦闘に意味はない。

 

 スラスターを吹かし、どうにか離脱を試みる。

 

 流石に敵も損傷が大きいためかこちらを追っては来なかった。

 

 距離を取り、イレイズの撤退を見届けるとシリルはすぐに通信で呼びかけた。

 

 「隊長、大丈夫ですか? バルトフェルド隊長!」

 

 次の瞬間ラゴゥから火が噴き小規模の爆発を起こし機体が崩れる。

 

 「不味い、早く助けないと」

 

 シリルはラゴゥのコックピット部分だけを切り離すとそれを抱えて合流ポイントに急いで向った。

 

 

 

 

 砂漠の決戦はアークエンジェル側の勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 その夜、決着のついた砂漠で宴が開かれていた。

 

 ようやく宿敵を倒す事が出来たのだ。

 

 明けの砂漠のメンバーからすればその喜びは当然と言えるだろう。

 

 ヘリオポリスからの避難民の人々もこれまでの鬱憤を晴らすかの様に一緒に騒いでいる。

 

 だがアークエンジェル組の中で宴に参加しているのはマリューやナタル、ムウの3人だけで後は遠巻きに眺めているだけだ。

 

 それはトール達も同じである。

 

 アストやキラなど宴が始まるなり、アークエンジェルに帰って行った。

 

 特にアストは軽蔑するかの様に彼らを見ていた。

 

 正直トールもこんな事をしている気分ではない。

 

 戦場は恐ろしいものであり、人殺しは最悪な気分であった。

 

 初陣だったからかもしれないが、だからこそあんな風には喜べない。

 

 未だに手の震えが止まらないのだ。

 

 それでもここにいるのは自分を心配してくれたミリィ達にこれ以上気を使わせないためだった。

 

 「トール、本当に大丈夫なの?」

 

 「心配性だな、ミリィは。俺は大丈夫だよ」

 

 「エフィムが落ちた時はヒヤッとしたけどさ」

 

 「そうそう、すごく心配したんだぜ。もうテンパっちゃってさ」

 

 「カズイはその前からそうだったでしょ」

 

 「うっ」

 

 「「「あははははははは」」」

 

 皆の笑顔をみていると穏やかな気分になる。

 

 大変だったけど、頑張って良かった。

 

 その時、トールは素直にそう思えた。

 

 そして宴が始まってすぐにフレイは誰一人いない岩場を歩いている。

 

 宴などに興味は無く、今はただ静かな所で考えをまとめたかったのだ。

 

 これまでフレイなりに色々と考えてきた。

 

 父の仇の士官セーファス・オーデンの言った事と自身の答えを。

 

 それを得るために医務室に赴きコーディネイターの事を勉強したりもした。

 

 アストやキラの事もさりげなく観察した。

 

 でも答えはやはり変わらない。

 

 コーディネイターが許せない。

 

 復讐。

 

 その二文字が答えとして明確になろうとした時だった。

 

 近くから何かが聞こえる。

 

 「何?」

 

 少し気になって、音を立てないように出来る限り静かに近づいていく。

 

 そこにいたのはエルザだった。

 

 岩の上に座って星を見ているのだろう。

 

 今は顔をあわせる気にもならないと背を向けると、丁度その時後ろから先程の声が、今度ははっきり聞こえた。

 

 「うっううう、エリーゼぇぇ」

 

 フレイは息を飲む。

 

 エルザは声を殺して泣いていたのだ。

 

 彼女の妹の事は知っている。

 

 だがそれを聞いた時は自分の事で精一杯で気にしてもいなかった。

 

 父が死んだすぐ後でなら、そしてセーファスの忠告を受けず考えなかったら、当然の報いと思ったかもしれない。

 

 だが今のフレイは違った。

 

 泣くのだ。

 

 彼らコーディネイターも悲しむのだ。

 

 大切な誰かを失えば。

 

 「あっ」

 

 そう理解した瞬間フレイの瞳から涙が零れた。

 

 「……フレイ?」

 

 フレイが漏らした声で気がついたのだろう。

 

 エルザが振り向いていた。

 

 今の顔を―――涙を流すところを見られるなんて最悪だ。

 

 しかもよりによってこの女に。

 

 だが涙は止まらない。

 

 気がつけば2人して泣いていた。

 

 もうナチュラルもコーディネイターも関係なかった。

 

 此処にはただ大切な家族を失った2人の少女が涙を流している、それだけだった。




機体紹介も更新しました


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第19話  海上の死闘

 

 

 

 

 「はああああ!!」

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 イレイズのビームサーベルが袈裟懸けに振るわれ、ストライクの右腕を斬り裂いた。

 

 だがストライクも体勢を立て直しながら、すぐに反撃に転じる。

 

 シールドで突き飛ばすと同時にビームサーベルを抜くとイレイズの左腕を斬り落とした。

 

 ぶつかり合った2機は距離を取り、相手の出方を窺う。

 

 やはり強い。

 

 アストもキラもお互いをそう評価する。

 

 今まで共に戦場を駆け抜けてきた仲であり、その分戦い方から癖まですべて分かっていた。

 

 それだけにかなり戦いが長引いてしまっている。

 

 だがそれもここまでだ。

 

 次で決着をつける!

 

 「キラァァァ!!!」

 

 「アストォォォ!!!」

 

 二人のSEEDが発動する。

 

 思いっきり機体を加速させ、機体が交錯する瞬間に振り抜かれる刃。

 

 その一撃がイレイズの胴体を横薙ぎに、ストライクを袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 ビーという機械音が鳴り響いた後、演習終了の文字が画面に映し出される。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 息荒く這い出るようにコックピットから出たアストはその場に思わず座り込んだ。

 

 ふと横を見るとキラも似たような状態で倒れている。

 

 その様子を苦笑しながらフゥと息を吐き、頭を上げるとそこにはアネットが不自然なほど素敵な笑顔で待ち構えていた。

 

 「うふふ、お疲れ様。ねぇ、アスト、私の言いたい事分かる?」

 

 「い、いや、その。ア、アネットさん?」

 

 笑顔が非常に怖い。

 

 思わず顔が引きつってしまった。

 

 「キラ、貴方もよ」

 

 「あ、あははは。どうしたのかなぁ、アネット?」

 

 アネットは何か溜めるように目を伏せ、吐き出すように―――

 

 「この数日、碌に食事もとらないであんた達はなにやってるのよぉぉぉ!!!!」

 

 怒鳴り声が格納庫に響き渡る。

 

 2人が行っていたのはモビルスーツの訓練用のシミュレーションである。

 

 これはあの力『SEED』を使いこなす為、そして迫りくる強敵との対戦に備え2人で考えた訓練案だった。

 

 しかしそれを思いついたまでは良かったのだが、アークエンジェルには肝心のシミュレーターが存在しなかった。

 

 その為自分達でプログラムを作成し実機のコックピットで訓練を行う方式をとり、今まで訓練を行っていた。

 

 だがいざ始めるとなかなかやめられず、休むことなくズルズルと続けてしまった。

 

 それを見たアネットから散々休めと言われていたのだが、結果的に無視してしまった為にこうやって怒鳴られているという訳である。

 

 「私何度も言ったわよねぇ、アスト、キラ。ちゃんと食べなさいって」

 

 「ああ、いや」

 

 「それだけじゃないわ。あんた達ちゃんと寝てるんでしょうね」

 

 アネットのあまりの迫力に2人して震え上がり、何も言えなくなってしまう。

 

 「まさかあんた達……」

 

 「い、いや。ちゃんと寝たよ。コ、コックピットで」

 

 「ば、馬鹿。キラ、余計な事―――」

 

 それを聞いたアネットはふるふる震え出す。

 

 もちろん怒りでだ。

 

 「2人共さっさと部屋で休みなさい!!!!」

 

 「「は、はい!!」」

 

 慌てて立ち上がり格納庫から飛び出していく。

 

 「あ、ちゃんとご飯食べてからね」

 

 「あ、ああ」

 

 「わ、わかったよ」

 

 そんな様子をムウ達は苦笑しながら見ていた。

 

 「たく、坊主共も仕方がないですねぇ」

 

 「気持ちがわからんでもないがね。何とか勝てはしたがギリギリって感じだったしなぁ。しかし、彼女が言ってくれてよかったよ。ようやく砂漠を抜けて海に出たけど、またいつ敵が現れるかはわからない。 なのにあの2人が動けないってのは不味いからな」

 

 アークエンジェルは砂漠の虎を降し紅海へ出ていた。

 

 ザフトの襲撃を警戒しながらも、ここ数日間は何事もなく順調に進んでいる。

 

 まあそれが不気味ではあるのだが――

 

 「俺らが言ってもあまり意味無いみたいですからね」

 

 「一応上官なんだけどなぁ、俺」

 

 「で、あっちは坊主共はどうです?」

 

 マードックの視線の先にはスカイグラスパーのシミュレーターがある。

 

 そこでもアスト達と同じ様に朝から晩までトールとエフィムが訓練を続けていた。

 

 「ケーニッヒは実戦を経験したのが良かったんだろうな。前よりずっと安定してるよ。ブロワも前に比べれば無茶な動きをしなくなったし。だいぶいい感じだ」

 

 実際この前の戦い以降二人の実力はかなり向上している。

 

 墜落したエフィムの怪我も心配ないようでいつも通りだった。

 

 若干強気な態度がなりを潜めているのが気になるが。

 

 「しばらく敵も来ないといいがね」

 

 とはいえ敵とて言うほど甘くはないだろう。

 

 思案していたムウの耳に騒がしい声が聞こえてくる。

 

 トールとエフィムがまた言い争っているらしい。

 

 「負けていられないな」とムウも気合いを入れ仲裁に向った。

 

 「今度は何揉めてるんだ?」

 

 「フラガ少佐、エフィムが連携を無視して1人で突っ込んでいくから、その……」

 

 「それでこの前も落ちたって文句言ってたのか」

 

 「はい」

 

 エフィムを見ると不服そうにトールを睨んでいる。

 

 ただ気になるのがやはりどこか覇気がない。

 

 いつもならもっと言い返している筈なのだが、それほど落されたのがショックだったのだろうか。

 

 「ブロワ、お前の欠点は自分を過信して状況判断が甘くなるところだ。前の時だってケーニッヒと連携を取ってれば―――」

 

 「……もう分かりましたよ。次からは気をつけます」

 

 エフィムは踵をかえし「今日は休む」と言って部屋に戻って行った。

 

 「やっぱり変ですよね」

 

 「そうだな」

 

 いつまでも引きずらないいが。

 

 ムウはエフィムが去った方を見つめていた。

 

 部屋へ戻ったエフィムはこの前の戦闘の事を思い出していた。

 

 思い浮かぶのはあのザフト兵―――

 

 ≪……かあ……さん≫

 

 そう言っていた。

 

 「くそ、なんで思い出すんだよ!」

 

 敵にだって家族が居るなんて解っていた事だ。

 

 それなのに―――

 

 かつてエフィムにあの軍人セーファスの言葉が思い出される。

 

 ≪世界は君たちの思っているほど単純じゃない≫ 

 

 ≪ただ相手に憎しみをぶつけてもなんの解決にもならない。失くしたものも戻らない≫

 

 ≪だから君たちも自分の答えを探しなさい≫

 

 答えなら初めから出ている。

 

 コーディネイターを1人残らず倒す。

 

 そのためにパイロットに志願した。

 

 だが最近はあの2人、アストとキラは敵ではないと思い始めていたのも事実だ。

 

 そして今回の事。

 

 今さらコーディネイタ―に対する憎しみは消えない。

 

 しかしアークエンジェルで戦うあいつらは認めてもいいかもしれない。

 

 少しではあるがエフィム自身にも気がつかないうちに変化が起きていた。

 

 

 

 

 食事を終えたアストとキラは甲板へ向っていた。

 

 食堂にいた避難民の人が教えてくれたのだが、皆交代で海を見るために外に出ているらしい。

 

 気分転換にどうかと言われ、一度出てみる事にしたのだ。

 

 アネットには怒られそうだが、少しなら平気だろう。

 

 「でも、その、アレは大丈夫なのかな?」

 

 食堂でそれこそ思わず持ってたスプーンを落してしまうほど意外なものを見てしまったのだ。

 

 なんとあのフレイとエルザが一緒に食事をしていたのだ。

 

 見た感じでは楽しそうではないものの、決して嫌がってもいなかった。

 

 ヘリオポリスから考えればあり得ないとしか言いようがない。

 

 「まあ、喧嘩はしてなかったみたいだし。それに前みたいにギスギスしてなかったっていうか」

 

 「そうだね、何かあったのかな」

 

 「多分な。まあ前みたいにいがみ合っているよりはずっといい」

 

 「うん」

 

 そのまま歩いて甲板に出ると気持ちのいい風と、景色の綺麗な海が眼前に広がっていた。

 

 これは確かにいい気分転換になる。

 

 「すごいね」

 

 「ああ、なんか久しぶりだなこんなの」

 

 「地球に降りて、ずっと戦闘だったもんね」

 

 そのまま座り込み無言で海を眺めていると何故か『砂漠の虎』の事を思い出した。

 

 ≪戦争には制限時間も得点もない。ならどうやって勝ち負けを決める? どうやって終わりにするのかな? すべての敵を滅ぼしてか?≫

 

 大局的な物の見方とでも言えばいいのだろうか。

 

 バルトフェルドの言いたい事は分かる。

 

 だがそれは個人ではどうする事も出来ない。

 

 だからと言って何も考えないというのも問題なのだろうが。

 

 「どうやって、か」

 

 「えっ」

 

 アストのつぶやく声が聞こえたのだろう。

 

 キラに「なんでもないよ」と手を振ると再び海を眺める。

 

 すると甲板の入り口が開き1人の少女が艦内から出てくるのが見えた。

 

 「ん~、いい風だ。何だ、お前達も出てたのか」

 

 こちらに歩いて来たのは明けの砂漠に所属していた少女カガリ・ユラだ。

 

 彼女はアークエンジェルが出発しようとした時に「私も連れて行け」とキサカと共に無理やり乗り込んできたのだ。

 

 何故乗り込んで来たのか理由は知らないが、もしかすると避難民の人たちが気になっていたのかもしれない。

 

 彼女は砂漠にいた頃もやたらと気にしていたようだった。

 

 「お前ら大丈夫か。ずいぶん疲れた顔してるけど」

 

 「訓練で疲れただけだよ」

 

 「体調管理もパイロットの仕事だろ。今敵に襲われたらどうするつもりだったんだ?」

 

 「返す言葉もないな」

 

 カガリはキラの隣に座るとぶっきらぼうな口調で聞いてきた。

 

 「お前らさ、なんで地球軍にいるんだ? コーディネイターなんだろ?」

 

 「変かな」

 

 「変っていうか、この戦争の事考えたらさ、その、色々あるだろ。ナチュラルとコーディネイターの対立みたいな。そう言うのはないのかよ」

 

 「君は?」

 

 「私は別にコーディネイターだからどうっていうのはないさ」

 

 その言葉にキラは笑みを浮かべた。嫌悪感を持たれてなくて安心したのだろう。

 

 まあ彼女は良くも悪くもまっすぐな人なので嫌なら嫌と言うだろうけど。

 

 「さっきから黙ってるがお前はどうなんだよ」

 

 「えっ、俺か。俺は……別に差別する気はないがプラントのコーディネイターは好きじゃないな」

 

 「お前もコーディネイターなのにか?」

 

 「俺自身の事とは話が別だ。一応言っておくがコーディネイターだからと言って、それを問答無用で殺そうとするようなテロリストはもっと嫌いだ」

 

 若干視線が鋭くなり、声色が冷たくなってしまった。

 

 それを見てカガリも何か聞いてはいけない事だったのだろうと、それ以上は聞いてこなかった。

 だがキラはそうでもなかったようで、遠慮がちに聞いてくる。

 

 「……あのさ、聞いてもいいかな?」

 

 「なんだ?」

 

 「前に、その、色々あったって言ってたよね。テロと関係があるの?」

 

 アルテミスに向かう際、話した時の事だろう。

 

 「……どうしてそう思うんだ?」

 

 「バナディーヤでブルーコスモスのテロに巻き込まれた時に、様子がおかしかったから」

 

 あの時のアストの目はキラでさえ寒気が走るほど冷たいもので、あれを見て以来少し気になっていたのだ。 

 

 「聞いても嫌な思いするだけだ。それでも聞きたいか?」

 

 「うん」

 

 別にやましい事がある訳ではないので話すのは構わないが、やっぱり気が進まない。

 

 カガリは何の話か分かっていないようだが邪魔をするつもりもないらしく黙って話を聞いていた。

 

 「俺は昔スカンジナビアに住んでたんだよ。そこで巻き込まれたんだ、『スカンジナビアの惨劇』に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカンジナビアはオーブと同じく中立国である。

 

 当然ナチュラルだけでなくコーディネイターも住んでいる国であり、その辺りはオーブと同じなのだが大きく違うところがあった。

 

 それは他の国々とも交流を持ち、積極的に外交も行っている事。

 

 まあオーブが閉鎖的という訳ではないがスカンジナビアほどではない。

 

 もちろんその相手にはプラントも含まれる。

 

 特にシーゲル・クラインはスカンジナビアの生まれという事もあり、秘密裏に交流を持っていた。

 

 そんな中でアストは両親と暮らしていた。

 

 隣に住むナチュラルの一家と家族ぐるみで付き合い、平和の中で確かに幸せと呼べる環境だった。

 

 隣の1人息子ケントとは友人だった。

 

 ケントのお陰でナチュラルに対する偏見を持たなかったと言っていい。

 

 アストにとって得難い親友だった。

 

 ずっと続くと信じていた平和が崩れたのはプラントからの留学生が来てからだ。

 

 シーゲルと親交が深かったスカンジナビアは非公式に留学生を受け入れたり、技術者を派遣したりしており、その一環だった。

 

 『シオン・リーヴス』

 

 『カール・ヒルヴァレー』

 

 『クリス・ヒルヴァレー』

 

 この数名の留学生がすべてを引き起こしたのである。

 

 彼らは典型的なコーディネイターだった。

 

 ナチュラルを見下し、侮蔑する。

 

 特にシオンは同じ人間とすら認識しておらず、冷静にそして冷酷にナチュラルを完全に否定していた。

 

 アストは幼いころから優秀であったため、すぐに彼らに話かけられたのだが、もちろん話が合うはずもなく、よく言い争いになったものだ。

 

 アストは必死に訴えた。

 

 ナチュラルの人達とも友達になれると。

 

 だが完全に無視され、それどころか逆に関係を断ち切りプラントに来いの一点張りだったのだ。

 

 そのたびに落ち込んでいたがケントは「いつか友達になれるよ」と励ましてくれた。

 

 だが結局彼らは話をまともに聞いてはくれなかった。

 

 そして彼らが帰国する日が近づいてきた日、呼び出されたアストはシオンから言われたのだ。

 

 「もう一度言う。お前ほど優秀な者がナチュラル共といる必要はない。俺達と来い」

 

 そんな事できる筈もない。

 

 そう答えるとシオンは「やはり掃除が先か」と呟きあっさり引き下がった。

 

 あっさり引き下がった彼を不思議に思いながらもそこまで気にならなかった。

 

 それほど彼らともう会う事はないという方が嬉しかったのだ。

 

 だがそんな事も吹き飛ぶような事件が起きる。

 

 アスト達の通っていた学校のバスが事故を起こしたのだ。

 

 しかも周りの人々を巻き込んだ大事故を。

 

 それを皮切りにブルーコスモスのテロが各地で起こり始め、アストやケント達もそれに巻き込まれてしまった。

 

 そしてケントはブルーコスモスからアストを庇い命を落とした。

 

 亡骸に泣きついていた時にシオン達が現れたのだ。

 

 燃える街を心底くだらなそうに見つめるシオンの口から飛び出した言葉は信じられないものだった。

 

 バスの事故を引き起こしたのはシオン達であると。

 

 バスに細工し事故を引き起こした後、それをネットを使いブルーコスモスの情報網にコーディネイターによるテロであると流したのだ。

 

 何故そんな事をしたのか?

 

 シオンは普段の冷静な表情ではなく残酷な笑みを浮かべてこう言った。

 

 「ただの掃除だよ。ゴミがあれば片付けるのは当たり前だろう。それよりお前の周りのゴミも片付いた。これで心おきなくプラントに来れるだろう」

 

 何を言ってるのか理解できない。

 

 ゴミだって、こいつは何を言っているのだろうか。

 

 アストは怒りをこめた視線で睨みながら「ふざけるなぁ!!」と叫ぶ。

 

 親友が死ぬきっかけを作った奴と一緒に行くなどあり得ない。

 

 そんな事さえ分からないのか。

 

 その時、シオンは初めて感情を込めた表情を浮かべていた。

 

 それは怒りと屈辱。

 

 ここまでお膳立てをしてやってなお自分を拒絶する。

 

 シオンにとって言う事を聞かず拒絶するアストの存在は許せないという事らしい。

 

 そこでさらに爆発が起き、それを見たシオンは自身の感情を押し殺し、危険と判断したのか皆を引き連れ去っていく。

 

 最後に「そこまで馬鹿なら仕方ない」と吐き捨てて行った。

 

 追いかけて殴りたかったが、アストも怪我をしていてそんな余裕はなかった。

 

 その後、テロは一応終息した。

 

 シオン達はすぐプラント本国に帰国したらしい。

 

 だがすべては壊れてしまった。

 

 ケントの家族は父親以外全員が死んだ。

 

 優しく元気だった人が虚ろな瞳で呆然としていた姿は子供心に凄まじい衝撃を与えた。

 

 それからすぐに友達だったスカンジナビア在住のコーディネイター達はオーブ、またはプラントに移住してしまった。

 

 ここは危険だと思ったのだろう。

 

 そしてアストも怪我を負った両親と別れ、オーブに行くことになったのだ。

 

 しかし出国の準備をしていたある日、アストはまたブルーコスモスと思われる男に襲撃された。

 

 ショックだった。

 

 襲撃して来たのはケントの父親だったのだ。

 

 涙を流し、どこから手に入れたのかわからない銃を持ってアストを狙っていた。

 

 自分を庇いケントは死んだ。

 

 だから殺されても仕方無いと諦めた。

 

 それだけの理由もあったから。

 

 しかし撃たれなかった。

 

 引き金かかった指は震えている。

 

 迷うようにアストを見つめていた。

 

 そして次の瞬間、別の方角から銃声がした。

 

 閉じてしまった目を開くとケントの父がアストを庇っていた。

 

 撃ったのは別の男。

 

 「青き清浄なる世界の為に」と叫んでいる事からこの男もブルーコスモスだろう。

 

 その男も駆けつけてきた軍の人間に射殺された。

 

 倒れたケントの父親に「どうして?」と言うとなにも言う事無く笑ってそのまま息を引き取った。

 

 アストは結局最後まで何も出来ないまま、出国するまでの間、軍に保護された。

 

 あまりのショックで塞ぎ込んでいたアストに世話をしてくれた軍人が一喝した。

 

 『甘ったれるな!』

 

 『どんな理不尽な事だろうと現実は現実だ。泣こうが喚こうが何も変わらん。なら今何ができるか、何をすべきかその頭で考えて動け!』

 

 『そうすりゃ、何もしないでいるよりか、この先マシになるだろうさ』

 

 だからせめて自身の身ぐらい守ろうと最低限の訓練と戦いの心構えを学んだのだ。

 

 それで何か変わる訳でもなかったが何もしないのは嫌だった。

 

 そしてヘリオポリスに渡った。

 

 最初の内は友人を作る事も怖かった。

 

 また失うかもしれないと。

 

 しかしキラ達に出会い、救われた。

 

 だから今度は自分の番なのだ。

 

 「あとはキラの知っての通りだよ」

 

 キラもカガリも何も言えずに俯いている。

 

 ただアストが戦えた訳がようやく理解できた。

 

 彼の中にあるのは友人を死なせた事による罪悪感であり、守ってもらったからこそ今度は自分がという強迫観念のようなもの。

 

 キラの中にもあるのだ。

 

 小さな少女たちを守れなかった罪悪感が。

 

 だから今度こそはと銃をとってきた。

 

 アストはずっとそんな気持ちを抱えてきたのだ。

 

 「な、聞いても嫌な気分になるだけだろ」

 

 「……ごめん」

 

 「なんでキラが謝るんだよ。話をしたのは俺なんだから気にするな」

 

 俯いていたカガリが顔を上げてアストを見た。

 

 その時のアストの顔はどこか諦観したような表情だった。

 

 「……なんでそれを訴えないんだ。プラントの留学生がきっかけを作ったって」

 

 「話しても意味がないからさ。仮に話してもスカンジナビアはそれを公開したりはしないよ」

 

 「なんで!!」

 

 「当時の俺は子供だぞ。信じてもらえる筈がない。そして証拠もない。それにそれを訴えたら非公式に交流していた事まで公開することになるし、プラントとの関係まで悪化する事になる。何のメリットもない」

 

 納得できないのかカガリは不満そうにしている。

 

 率直な彼女らしいと苦笑してしまう。

 

 「……だからアストはプラントのコーディネイターが嫌いなんだね」

 

 「さっきも言ったが差別する気はない。ラクスさんやレティシアさんみたいな人もいるって分かったしな」

 

 しばらく誰も話すことなく沈黙したまま時が過ぎる。

 

 そしてアストが立ち上がると努めて明るく声をかけた。

 

 「長話になったな。そろそろ部屋に戻ろう。アネットに見つかったらまた怒られる」

 

 そんな彼の気遣いにキラも笑みを浮かべると立ちあがった。

 

 「そうだね。休んでまた訓練しないと」

 

 「ああ」

 

 「私はもう少しここにいる」

 

 そういうとカガリは海を眺め始めた。

 

 考える事でもあるんだろうと邪魔しないように2人は甲板を後にした。

 

 

 

 

 しばらくそんな穏やかな航海が続くと思われた。

 

 しかし、突然ブリッジを警報が鳴り響く。

 

 「レーダーに反応!!」

 

 「敵か?」

 

 とっくにシートに座りモニターを見ていたフレイが叫ぶ。

 

 「速い! この速度は少なくとも民間機ではありません!!」

 

 「総員第2戦闘配備」

 

 「機種特定『ディン』です!」

 

 アークエンジェルの上空から翼を広げ接近して来たのはザフト大気圏内用モビルスーツ『ディン』であった。

 

 大気圏内で飛行出来るように軽量化され、揚力を得るため翼をもつ機体である。

 

 接近して来たディンは間を置くことなくアークエンジェルに攻撃を仕掛けてくる。

 

 イーゲルシュテルンやミサイルで迎撃するも、その機動性を生かしアークエンジェルを翻弄してきた。

 

 「スカイグラスパーを出して! このままでは埒が明かない」

 

 「了解!」

 

 ムウ、トール、エフィムの三機が空の敵を迎え撃つ為、出撃する。

 

 しかし、次の脅威はすぐにやってきた。

 

 「ソナーに感あり! ……これはモビルスーツです!!」

 

 「今度は発破音! 魚雷3!」

 

 進路を変えて回避するには間に合わない。

 

 マリューは咄嗟に判断し、叫ぶ。

 

 「推力最大! 離水!」

 

 ノイマンが渾身の力を振り絞って操縦桿を引き、何とか魚雷を回避する。

 

 だが危機はまだ終わらない。

 

 水中からイカのような造詣の機体が顔を出すとミサイルを放ち、それがアークエンジェルの船体を掠めていく。

 

 「機種特定『グーン』です!!」

 

 水中用モビルスーツ『グーン』は水中から戦艦や拠点攻撃を行うための機体であり、そのため火力だけでなく、水中における機動性にも優れている。

 

 艦底部のイーゲルシュテルンで対応するもすぐに水中に逃げられてしまう。

 

 それをストライクのコックピットで見ていたキラは即座に決断する。

 

 「僕が海中に降りる。マードック曹長、ソードストライカーを準備してください! アストは甲板から援護を!!」

 

 「キラ!?」

 

 「ソードストライカーで?」

 

 「ビームを切れば実剣として使えます。アスト、ディンは頼むよ」

 

 「……了解」

 

 ここはキラに任せようとストライクが海中に降りていく姿を確認するとイレイズを甲板に上げ、ディンを迎撃する。

 

 「なるほど、空を自由に飛びまわるってのは厄介だな」

 

 クルクルと上空を動き回るというのは狙いが付けにくい。

 

 ディンからのミサイル攻撃をイーゲルシュテルンで迎撃し、すぐさまビームライフルを構える。

 

 タイミングを見計らい敵機が再びこちらに向かってくる瞬間を狙い撃つ。

 

 「そこだ!!」

 

 放たれたビームが真っ直ぐ進み、飛んでいたディンに直撃するとそのまま爆散した。

 

 落ちていく敵の姿を見届けると続けて次のディンを狙う。

 

 今度は当てる訳ではなく、敵を誘導するようにビームを放つ。

 

 「トール、今だ!」

 

 「わかった!」

 

 ディンが回避するために移動した位置に先回りしていたトールの攻撃が命中し敵機を撃墜した。

 

 訓練の成果だ。

 

 確かな手ごたえを感じる。

 

 「この調子なら大丈夫そうだな。よし坊主共、俺が敵艦を叩く。それまで持たせろよ」

 

 「敵艦?」

 

 「ああ、カーペンタリアからじゃ距離がありすぎる。母艦があるはずだ。それを叩く」

 

 「「「了解!」」」

 

 「ここは頼むぞ!」

 

 ムウが敵艦の攻撃に向かい、その間の迎撃は自分たちで行う。

 

 アストやキラは慣れているのだろうが、トールからすれば不安が一気に大きくなる。

 

 ムウはそれだけ大きな存在だからだ。

 

 そんな様子を察したのかエフィムが軽口を叩いてくる。

 

 「どうしたトール。まさかビビってんのかよ」

 

 「な、そんな訳ないだろ」

 

 「まあ、安心しろよ。イレイズもいるし、いざとなったらこっちでもフォローする」

 

 「え、ああ。助かる」

 

 最近のエフィムはなんだか少し変わった。

 

 前なら小馬鹿にするように嫌味を言ってきても、フォローするなんて絶対に言わなかった。

 

 しかし今はこんな風にトールを気にかけてきたり、それだけでなくアストやキラとも話をしているのだ。

 

 そんなエフィムの姿にどこか嬉しくなり、いつの間にかトールの中にあった不安が吹き飛んでいた。

 

 「よし、行こう」

 

 「ああ」

 

 エフィムと連携を取りながらディンの迎撃に向かった。

 

 

 

 海に潜ったキラはグーンの素早い動きに翻弄されていた。

 

 砂漠でバクゥと戦った時も面食らったものだが、水中での機動性が圧倒的に違いすぎる。

 

 しかしキラは慌てる事無く冷静にその動きを観察していた。

 

 ソードストライカーを装備している以上近接戦闘に持ちこまなければ勝機はないが、グーンの動きは素早い。

 

 ならば―――

 

 「ふん、動く事も出来んのか『白い戦神』!!」

 

 動かないストライクを見てグーンのパイロットは鼻で笑う。

 

 これは当然のことだった。

 

 水中でこのグーンの動きについて来れる筈もない。

 

 一気に決めてやる!

 

 機体を加速させ距離を詰めると、正面から魚雷を叩きこむ。

 

 しかし彼の思考はそこで途絶えた。

 

 彼の機体はストライクのシュベルトゲーベルに串刺しにされていたのだから。

 

 キラは倒したグーンからシュベルトゲーベルを抜くと海底に落とす。

 

 何とかうまく行った。

 

 簡単に近付けないなら向こうから来るのを待つだけである。

 

 とはいえ単純に待っただけでは距離を取られて攻撃されるだけなので当然駄目。

 

 だから地形を利用し、正面から攻撃を仕掛けてくるように誘導したのだ。

 

 だがこんなやり方はいつまでも通用せず、他のグーン達は警戒しながら距離を取っている。

 

 それを見たキラはストライクを徐々に後退させた。

 

 当然グーン達も追ってくるのだが、それが罠だった。

 

 「アークエンジェル!!」

 

 「ゴットフリートの射線を取る! 良いわね少尉! ナタル、一回で当てて」

 

 「り、了解」

 

 「わかりました」

 

 「本艦はバレルロールを行う。総員衝撃に備えよ。アスト君、行くわよ!」

 

 「は、はい」

 

 イレイズが甲板から飛び上がるとアークエンジェルの巨体がぐるりと回り上下が逆になる。

 

 「ゴットフリート、撃てぇー!!」

 

 発射されたビーム砲がグーンを焼き破壊する。

 

 難を逃れた機体にもその隙に接近したストライクの攻撃で撃破され爆散した。

 

 船体が元の姿勢に戻ると皆から安堵のため息が漏れた。

 

 後はディンの迎撃が終われば戦闘の片はつき、あとはムウの報告待ちだ。

 

 キラも甲板での迎撃に加わる為に浮上しようとした時だった。

 

 新たな魚雷がストライクを襲いかかったのである。

 

 「ぐっ、あれは……」

 

 魚雷を発射してきたのはグーンではない。

 

 見るから水中戦闘に特化したフォルムを持つ機体だ。

 

 水中用モビルスーツ『ゾノ』

 

 グーンに比べ格闘能力が大幅に強化され、地上での機動性も改善された機体である。

 

 それに搭乗していたのはマルコ・モラシム。

 

 『紅海の鯱』の異名を持つ男であった。

 

 「よくも部下たちを! ナチュラル共がぁ!!」

 

 魚雷を放ちながら接近、腕の鉤爪をストライクに振り下ろす。

 

 ギリギリのところを回避されるが構う事無く体当たりを仕掛ける。

 

 「こいつを倒せばクルーゼにもでかい顔をさせずに済む! 落ちろガンダム!!」

 

 「くっ、なんてパワーなんだ!!」

 

 キラはゾノをパワーに押されながらも、殴り付けて弾き飛ばし距離を取った。 

 

 機動性もパワーもすごい。

 

 海中での戦闘は不利、何とかしなければ。

 

 そんなキラの苦戦をアークエンジェルから聞いたアストはすぐ行動を起こした。

 

 「キラこっちで動きを止める。その間に倒せ!!」

 

 「どうやって?」

 

 「任せろ。マードック曹長、バズーカを!」

 

 イレイズはシールドを捨て、射出されてきたバズーカを受け取って飛び上がるとディンの翼をビームライフルで破壊する。

 

 そしてバランスを崩した所に近づきブルートガングで斬り裂くと爆発する前にディンを蹴り落とした。

 

 海に落ちると同時に大きな爆発を引き起こす。

 

 当然それは海中にも伝わり、大きな振動が襲いかかる。

 

 「な、なんだ!?」

 

 モラシムが気を取られたその一瞬が勝負の明暗を分けた。

 

 動きを止めたゾノにキラはシュベルトゲーベルを突き刺し、同時に体当たりで突き飛ばすとそこに上からレール砲とバズーカの雨が降ってくる。

 

 イレイズがタスラムとバズーカで海の中を攻撃したのだ。

 

 砲弾を受けゾノは片腕を失い半壊の状態になってしまう。

 

 「ば、馬鹿な、せめてお前だけでも……」

 

 残った腕のフォノン・メーザー砲を構え敵を狙おうとするが、すでにストライクは目の前のまで迫っていた。

 

 肘でゾノの腕を弾き、アーマーシュナイダーで機体中央に突き刺した。

 

 「ぐあああ!!」

 

 アーマシュナイダーの突き刺さった部分から火を噴くとゾノは海底に落下し爆散した。

 

 「ふぅ、ありがとう。助かったよアスト」

 

 「いや、こっちも終わった」

 

 すべての敵を退けたアークエンジェルにムウから連絡が入る。

 

 敵母艦を発見、撃墜したと。

 

 歓声の沸くブリッジ。

 

 紅海での戦いはアークエンジェルの勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 休暇を終え地球に降下したアスランはニコルと共にジブラルタル基地に降り立っていた。

 

 部屋に荷物を置き、皆がいるであろうブリーフィングルームに入る。

 

 目に入ってきたのは隊長であるラウ・ル・クルーゼに詰め寄るようにイザークが懇願している姿だった。

 

 「お願いします、やらせてください隊長!!」

 

 そんなイザークを諌めるようにユリウスが前に出る。

 

 「イザーク、感情的になり過ぎだ。落ちつけ」

 

 「……はい」

 

 ユリウスに言われたからかイザークはおとなしく引き下がる。

 

 「足つきがデータを持ってアラスカに入るのは何としても阻止しなければならない。だがそれはすでにモラシム隊の任務となっているのだが……」

 

 「隊長?」

 

 言葉を濁したラウにかわりユリウスがそれを引き継ぐ。

 

 「すでにモラシム隊は足つきによって全滅したという報告が入っている」

 

 「なっ」

 

 全員が絶句する。

 

 マルコ・モラシムは『紅海の鯱』と言われるほどの猛者だ。

 

 砂漠の虎と言われたアンドリュー・バルトフェルドが倒された事に続き、ザフトに衝撃が走ったのは間違いない。

 

 今回の事で『消滅の魔神』と『白い戦神』の名は恐怖の対象としてさらにザフトに広まる事になるだろう。

 

 「ならば尚の事我々の仕事です、隊長! 奴らは、『消滅の魔神』と『白い戦神』は我らの手で!!」

 

 「そうですよ。俺達がやらなければ!!」

 

 「私も同じ気持ちです!!」

 

 「仲間の仇を!!」

 

 イザークだけでなくディアッカ、エリアスといった面々もそろってラウに懇願する。

 

 静かなのはシリルとカールくらいだ。

 

 それでもその目は鋭く、彼らも反対ではないようだ。

 

 「ふむ、私やユリウスはスピットブレイクの準備で動けんが、そこまで言うなら君らだけでやってみるかね?」

 

 「はい!」

 

 意気込むイザーク達を尻目にユリウスはラウに反論する。

 

 「隊長、今はスピットブレイクに備えるべきです。それに彼らだけで足つきを追わせるなど危険です」

 

 「心配するな、ユリウス。イザーク達とて子供ではないさ」

 

 「しかし!」

 

 「大丈夫ですよ、ユリウス隊長。今度こそ奴らを討ってこれまでの汚名を返上して見せます」

 

 そこまで言われては何も言えないのだろう。

 

 ため息をつくとユリウスは後ろに下がった。

 

 「ではここにいる全員で隊を編成し、指揮はアスランに任せる」

 

 「なっ、私ですか?」

 

 「カーペンタリアで母艦受領の手配をしておこう。すぐに準備したまえ」

 

 それだけ言うとラウはユリウスを伴い部屋を後にする。

 

 「ふん、ザラ隊ね」

 

 「お手並み拝見かな」

 

 イザークやディアッカは不満そうではあるが他のメンバーは特に気にすることなく準備に入っている。

 

 アスランは以前にラウに誓った事を思い出していた。

 

 説得に応じなければ―――その結果はもう出ている。

 

 俺はキラを、そして奴を討つのだ。

 

 アスランは改めて胸の内を確認すると僅かに残る痛みを無視し、皆に続き準備を始めた。




モラシムさんあっさり退場です。

本当はもっと粘らせようかなと思ったんですけどね。


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第20話  故郷に別れを

 

 

 

 

 プラントの新たな評議会議長が決定し、しばらくの時間が経過していた。

 

 シーゲル・クラインの後任は誰もが予想した通りパトリック・ザラであった。

 

 シーゲルは議員ではなくなったものの、平和の為に色々精力的に活動している。

 

 ザフトはパトリックの指示のもと軍備を増強。

 

  新型機の開発も積極的に行っており、そして議会では『オペレーション・スピットブレイク』が可決されていた。

 

 これは地球軍最後の宇宙港パナマ基地を攻略し、地球軍を地上に封じ込めようとする作戦である。

 

 そしてそれはラクスの護衛についていたレティシアにも影響を与えた。

 

 シーゲルの厚意でラクスの護衛として戦線から離れていたが、すぐ復帰するように打診が来たのである。

 

 どうやらオペレーション・スピットブレイクの為に兵を遊ばせては置けないという事なのだろう。

 

 軍人である以上命令には逆らえない。

 

 そこで復帰する事をシーゲル、そしてラクスに伝えるためにクライン邸を訪れようと車で移動していた。

 

 クライン邸まであと少しという所に来た時だった。

 

 持っていた端末から音が鳴る。

 

 「軍からの呼び出し?」

 

 端末には短いメールが入っていた。

 

 送り主のわからないメールではあったが、その内容はレティシアを驚愕させるには十分すぎるものであった。

 

 『シーゲル・クラインは『勇敢な者』をプラントから運び出し地球側に渡そうとしている』

 

 「なっ、まさか……」

 

 『勇敢な者』

 

 それは最近までレティシアがテストパイロットしていた機体につけられていた名である。

 

 YMF―X000A『ドレッドノート』

 

 まさに勇敢な者という名がふさわしく、この機体にはNジャマーキャンセラーが搭載されており、核エネルギーで動いているのだ。

 

 この機体を地球側に渡せば、深刻なエネルギー不足の解消は出来るだろう。

 

 だが同時に地球軍の手に核が戻るという事でもある。

 

 「……どうする?」

 

 このメールが本当かどうかはわからない。

 

 無視するべきか?

 

 いや、確認するだけならすぐだ。

 

 これがただの悪戯であるならそれでいい。

 

 だがもし本当だったら絶対に止めなければいけない。

 

 今回の事はシーゲルだけではなく、下手をすればラクスにまで危険が及ぶかもしれないのだから。

 

 しかし、このメールの送り主は何者なのだろうか?

 

 Nジャマーキャンセラーの事は極秘中の極秘だったため、テストパイロットを務めたレティシアにも口外してはならないと命令を受けている。

 

 そのため現時点で知っている人間は限られている筈である。

 

 「今は考えている場合ではありませんね」

 

 車のアクセルを踏み込むとスピードを上げてクライン邸に急ぐ。

 

 門をくぐると邸宅前に車を止め、出てきた執事に詰め寄った。

 

 「今日、シーゲル様は?」

 

 「は、はい。本日はお出かけになられており―――」

 

 「どこに?」

 

 「宇宙港ですよ。レティシア」

 

 「ラクス」

 

 「どうしたのですか? そんなに慌てて」

 

 一瞬どうすべきか悩むが、確証もなくラクスには言うべきではないだろう。

 

 「いえ、シーゲル様にお聞きしたい事があって……」

 

 「……何かあったのですね」

 

 「そんな事は……」

 

 「隠してもわかりますよ。レティシアの事なら何でもお見通しですから」

 

 ニコニコと笑って言われても困るのだが、そんなに分かりやすいのだろうか。

 

 「私も参ります」

 

 「えっ、しかし……」

 

 「父に関わる事なら私もいた方が良いのではないですか?」

 

 しばらく考え込む。

 

 あくまで確認に行くだけ、仮に真実ならラクスもそばにいた方がいざという時に守る事ができる。

 

 なによりこうなったラクスは意外と頑固で説得している時間も惜しい。

 

 「分かりました。行きましょう」

 

 「ありがとう、レティシア」

 

 2人で車に乗り込むと急ぎ宇宙港に向け走らせる。

 

 「それでなにがあったのですか?」

 

 「……匿名のメールが私の所に届きました。シーゲル様が軍の機密を地球側に渡そうとしていると」

 

 「そんな、父がまさか」

 

 「私もそう思います。でもその機密は非常に重要な物で、もしも本当だった場合はプラント全体が危険にさらされる」

 

 「……仮にそうだとして父はそのような物を何故地球側に渡そうとするのでしょうか?」

 

 推測はできる。

 

 だが本当の理由は直接本人に聞くしか無いだろう。

 

 できれば杞憂であって欲しいものだが。

 

 急いだおかげか、そう時間もかからず宇宙港に到着できた。

 

 路肩に車つけそのまま降りようとするとそこである気がついた。

 

 ラクスはプラントの歌姫。

 

 このまま港に行けば間違いなく大騒ぎになるだろう。

 

 「仕方ないですね」

 

 レティシアは着てきていた私服を脱ぎ、持っていた軍服に着替えると私服をラクスに手渡した。

 

 「少し大きいかもしれませんがラクスは私の服を着てください」

 

 「こういうのも楽しいですわね」

 

 確かにこういう時でなければ楽しいのかもしれないが今はそれどころではない。

 

 あとは髪をまとめて帽子でもかぶれば、良く見ない限りは大丈夫だろう。

 

 「これで何とか大丈夫でしょう」

 

 「ええ、行きましょう」

 

 出来るだけ目立たないように2人で港の中に入る。

 

 ラクスの事が気付かれるのではないかと内心ドキドキしていたがどうやら大丈夫らしい。

 

 「シーゲル様がどこに行ったか知ってますか?」

 

 「知人に会うと言っていただけなので場所までは」

 

 ドレッドノートを運び出すには通常のシャトルでは駄目だ。

 

 となれば運搬用の貨物船辺りだろうか。

 

 その時、再びメールが届く。

 

 それにはシーゲルの居場所が書いてあった。

 

 レティシアの推測通りの場所、一応近くの受付に飛び込み問いただす。

 

 「軍の者です! 今現在立ち入りが禁止されていて、なおかつ貨物船だけが止まっている発着場は?」

 

 「え、えっと」

 

 「早く!」

 

 「は、はい」

 

 場所は一致する。

 

 レティシアの剣幕に怯えながらもきちんと教えてくれた受付嬢に礼を言うとラクスの手を取り、エレベータに乗り込んで下へ降りていく。

 

 目的の階で降りてすぐ目的の人物シーゲル・クラインとその傍には何人かの男たちがいるのが見えた。

 

 最初は政治家かと思ったがどちらかといえば科学者か技術者といった印象を受ける。

 

 「シーゲル様!」

 

 声をかけるとシーゲル達は酷く驚いたようにこちらを向いた。

 

 「レティシア、ラクスも何故ここに?」

 

 「突然、申し訳ありません。ですが急遽お聞きせねばならない事がありましたので」

 

 鋭い視線でシーゲルを見据えると単刀直入に聞く。

 

 「ある筋からシーゲル様がドレッドノートを地球側に引き渡そうとしていると情報が入ったのです。これは真実なのですか?」

 

 「……」

 

 「ドレッドノートは最重要軍事機密です。試験が終わった今、解体されるのが決まっています。現在どうなったのか、解体作業は誰がおこなったのか、調べればわかります。たとえ隠蔽工作をしていても痕跡くらいなら出てくる筈です」

 

 シーゲルは何も言う事無く黙ったままだ。

 

 「……何故否定されないのですか? 仮にこの事が公になれば真偽はどうあれ、国防委員会も黙ってはいません。下手をすればラクスにまで危険が及ぶのですよ!!」

 

 「……お父様、レティシアの言っている事は本当なのですか?」

 

 それまで黙っていた成り行きを見ていたラクスが問うた。

 

 その声は静かに、なんの感情も籠っていない。

 

 ただ事実を確認しようとする意思だけが感じられる。

 

 そんな娘に観念したのかシーゲルは口を開いた。

 

 「君の言う通りだよ。レティシア」

 

 「では本当に―――」

 

 「ああ」

 

 「何故そんな事を?」

 

 レティシアは怒りを抑え出来るだけ冷静に聞く。

 

 信じていたからこそ、恩人だからこそ怒りが込み上げてくる。

 

 だが怒りに任せては話も出来ない。

 

 「それは―――」

 

 その時、誰も予想していなかった事態が起きた。

 

 レティシア達がいた後方から乾いた一発の銃声が響いたのだ。

 

 「ぐっ、うう」

 

 シーゲルの腹部が血で赤く染まり、そのまま蹲った。

 

 撃たれた。

 

 それを理解すると同時にレティシアは反射的にラクスを自身の背に隠し、背後に銃を向けた。

 

 「シーゲル様!?」

 

 「はい。そこまで」

 

 そこにいたのは特務隊フェイスのメンバー、銃を構えたシオン・リーヴスとマルク・セドワの2人が立っていた。

 

 「あなた達が何故ここに」

 

 「おいおい、お前らしくもないなぁ。言わなくてもわかってんだろ」

 

 「監視されてたって事ですか?」

 

 「ああ。ずいぶん前からなぁ」

 

 「どうして撃ったのです?」

 

 「当然の事だろう。そこにいる男がした事は国家反逆罪だ。ザラ議長からもドレッドノートに関する情報流出を防ぐためならあらゆる手段、犠牲は問わないと命令を受けている」

 

 つまりパトリック・ザラはこの事を知っていたという事だろう。

 

 ではメールを送ってきたのも彼なのだろうか。

 

 いや、監視していたならレティシアにメールを送る意味がない。

 

 「お父様、しっかりしてください」

 

 ラクスがシーゲルに駆け寄りハンカチで腹部を抑えている。

 

 だがそれでけで血が止まる事はない。

 

 非常に危険な状態である。

 

 「急いで病院へ連れて行かないと」

 

 「その必要はないですよ、歌姫様。そいつはここで死ぬんだから」

 

 マルクの言葉にラクスは鋭い視線で睨みつけた。

 

 「良い顔するねぇ、歌姫様。凄く好みだよ今の君」

 

 「その辺にしておけ。レティシア、お前は下がっていろ」

 

 「何をするつもりなのですか」

 

 「愚問ですね。ラクス様、さっきマルクが言っていたでしょう」

 

 そう言うと銃をラクスとシーゲルに向ける。

 

 「ナチュラルに味方するゴミを処理するだけですよ」

 

 「待ちなさい、尋問もせずに―――」

 

 「その必要はない」

 

 「ラクスまで巻きこむつもりですか!」

 

 「彼女はシーゲル・クラインの娘だ。加担していなかったとどうして言い切れる。疑わしきは罰する、当然の事だ。そもそもなぜナチュラルなど救おうとするのか理解に苦しむ」

 

 常に冷静なシオンらしくもなく苛立たしげに吐き捨てる。

 

 「まるであいつを……アスト・サガミを見ているようでひどく気分が悪い」

 

 「えっ」

 

 シオンの口から飛び出した予想すらしていなかった人物の名にレティシアだけでなくラクスも驚いている。

 

 「どうしてあなたがアスト君の名を……」

 

 予想外だったのはシオンも同じだったらしい。

 

 「お前が何故奴の名を知っているんだ? まさか会ったのか?」

 

 レティシア達が口を開こうとした時だった。

 

 突然ドレッドノートを積み込んだと思われる荷物が爆発したのだ。

 

 レティシアはラクス達に飛び付いて覆いかぶさると同時にシーゲルを抱え、ラクスや他の者たちと荷物の陰に隠れる。

 

 「いったい何が」

 

 「……ラクス」

 

 「お父様、しっかりなさってください」

 

 「これを」

 

 ラクスにディスクにディスクを握らせた。

 

 シーゲルの出血はすでに周りに広がっている。

 

 おそらくはもう手遅れだろう。

 

 「シーゲル様、何故こんな事を」

 

 「私はかつての罪を償いたかった。Nジャマーによって10億人の命を奪った償いを」

 

 「……それはあなたのエゴです。今は戦争中、あれが地球軍の手に渡れば再びプラントに核が使われるでしょう。それが新たな悲劇と犠牲を生む。償い方なら他にもあったはずです」

 

 「……ああ、そうだな。ラクス、本当にすまない」

 

 シーゲルの手を握るとラクスの目から涙が零れる。

 

 そして手から力が抜けた。

 

 「お父様!」

 

 レティシアはシーゲルによって救われた。

 

 家族のように接してくれて、ラクスとも知り合えた。

 

 彼らと過ごした時間は本当にかけがえのないものだった。

 

 そんな時間を与えてくれた恩人の死に黙とうを捧げた。

 

 「ラクス、ここは危険です。行きましょう」

 

 「はい」

 

 気丈に振舞ってはいるものの父親の死だ。

 

 ショックを受けない筈もない。

 

 だがのんびりはしてられない。

 

 爆発した貨物船からは今なお炎が出ている。

 

 いつ貨物船の燃料が爆発するかもわからないのだ。

 

 しかし入口までは瓦礫にふさがれ炎が勢いよく上がっている。

 

 このままでは爆発に巻き込まれるか、焼け死ぬかのどちらかだろう。

 

 「どうすれば」

 

 「あの、いいですか?」

 

 技術者と思われる人物が声をかけてくる。

 

 「あっちに出口がありますから」

 

 「えっ」

 

 術者の指さした方向に出口は見当たらない。

 

 「前に使われていた通路があるんです」

 

 何故そんな事を知っているのか?

 

 いや、考えている暇はない。

 

 技術者たちについて走る。

 

 ラクスが一度だけシーゲルの方を振り返るがすぐ追いかけてきた。

 

 何の変哲もない壁にある突起物を掴んでスライドさせると通路が顔を出した。

 

 「さ、早く」

 

 ラクスを先に進ませ最後に中に入ると壁を元に戻した。

 

 「別の場所にシャトルがあります。それで脱出しましょう」

 

 「ずいぶんと用意がいいですね」

 

 「……もしもの時シーゲル様が私達を逃がすために用意されたものです。この通路もすぐ潰せるようになってます」

 

 そこまで周到に準備していたという事らしい。

 

 この分ではラクスを逃がす方法も考えていたのだろう。

 

 「仲間もいるという事ですか」

 

 「多くはありませんが」

 

 「一応聞いておきますが、ドレッドノートを誰に渡すつもりだったのですか」

 

 「……マルキオ導師です」

 

 確かコーディネイターとナチュラルの融和を唱えて、独自の宗教論を持った人物だ。

 

 彼のシンパはかなりの数いるらしい。

 

 ジャンク屋などにもパイプを持っているとか。

 

 シーゲルはそのような人物ならドレッドノートを渡しても大丈夫だと思ったのだろうか。

 

 もしくは彼が渡すようにシーゲルを唆したのか。

 

 「シーゲル様もすぐに地球側に渡すつもりはなかったのです。情勢を見極めて―――」

 

 「それでも危険である事に変わりはない」

 

 レティシアはきっぱりと言い切ると前を向く。

 

 通路を抜けると同時大きな振動と共に爆発音が響き渡った。

 

 どうやら貨物船が爆発したらしい。

 

 「大丈夫ですか、ラクス」

 

 「ええ、ありがとう。レティシア」

 

 「こちらに来てください」

 

 通路を抜けた先にあったフロアを進みさらにエレベーターで降りるとシャトルの発着場に辿り着いた。

 

 「プラントを出るのですね」

 

 「ええ」

 

 少なくともシーゲルと一緒にいた技術者はプラントにいれば確実に殺されるだろう。

 

 そして自分達もそうだ。

 

 シオンが先程言っていたようにすでにラクスも危ない。

 

 彼女は自分にとっても大切な家族のようなもの。

 

 必ず守らなければ。

 

 「行きましょう」

 

 今なら貨物船の爆発の騒ぎの乗じて脱出も可能だろう。

 

 「はい」

 

 シャトルに乗り込んで、準備を整えるとそのまま発進する。

 

 「どこへ向うのですか?」

 

 レティシアは何も言わなかった。

 

 もはや自分達の行く場所など限られているのだから。

 

 ラクスはシャトルの窓からプラントを見る。

 

 離れていく故郷を目に焼き付けるために。

 

 

 

 

 ドレッドノートに関する任務が終了したシオンはパトリックに報告に赴いていた。

 

 その表情はいつもの冷静なものではなく笑みが浮かんでいる。

 

 貨物船の爆発に巻き込まれたものの、幸いマルクも自分も大した怪我ではなくすぐ動ける程度のものだった。

 

 マルクは一応検査を受けているがシオンは本当にかすり傷だったため、そのまま報告に来ていたのだ。

 

 だが今の彼にとっては怪我などどうでも良かった。

 

 今回の件で思ってもみない事実が判明したからだ。

 

 「ふ、ふふふ、あははははは。傑作だな、おい。まさかお前が地球軍とはな、アスト」

 

 レティシアから思ってもみなかった名前が出た。

 

 監視の一環でクライン親子やレティシアを含め関係者の交友関係はすべて調べられていた。

 

 その中にアスト・サガミの名はなかった。

 

 もちろんプラントに戸籍もない。

 

 ではどこで知り合ったのか?

 

 地球という可能性もあるが、その時は任務で知り合う機会もなかったはずだ。

 

 ならば可能性は一つしかない。

 

 ラクス・クラインはユニウスセブン追悼慰霊の事前調査の際、行方不明となり地球軍の艦に捕らわれていた事がある。

 

 おそらくはその時だ。

 

 何故ならそれ以外で彼女らはプラントを離れた事がないからだ。

 

 つまり地球軍に奴はいる。

 

 近年味わった事のない感覚だった。

 

 憎悪を歓喜。

 

 それに身を委ねながらシオンは笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 「失礼します」

 

 エドガー・ブランデルの執務室に部下が入ってくる。

 

 その顔からあまりいい報告ではないのだろう。

 

 とは言っても最近いい報告などほとんど聞いた事はないのだが。

 

 「例の件ですが、保険を使いました」

 

 「そうか、レティシア・ルティエンスは失敗したか」

 

 レティシアが受け取ったメールはエドガー達が送ったものであった。

 

 シーゲルを監視をしていたのはパトリックの命令で動いていた特務隊だけではなく、エドガー達もだ。

 

 彼らとしては事が大きくなる前に納めて欲しかったのだが、上手くいかなかったようだ。

 

 もちろんそのための保険も掛けておいた。

 

 もしもの場合は監視役の者がドレッドノートに仕掛けた爆弾で破壊する算段になっていたのである。

 

 「被害は?」

 

 「発着場の一つが当面使えない状況です。任務を受けていた特務隊二名が軽傷。一般人に被害はありませんでした。ただ――」

 

 「どうした?」

 

 「爆発に巻き込まれシーゲル・クライン、ラクス・クライン、レティシア・ルティエンスの3名とシーゲル・クラインに従っていた数名の技術者の行方が分からなくなっています。おそらく死亡したものかと」

 

 「生きている可能性は?」

 

 「あの状況では難しいでしょう。あらかじめ脱出経路を用意しておけば分かりませんが。ただシーゲル・クラインに関しては特務隊に銃撃されたという報告も受けていますので爆発、火災に関係なく死亡の可能性が極めて高いかと」

 

 エドガーは顎に手を当て考える。

 

 あのシーゲル・クラインがなんの備えもなく動いていたとは信じ難い。

 

 そこまで迂闊だろうか?

 

 元最高評議会議長ともなればNジャマーキャンセラーの重要性は十分理解していただろうし、当然国防委員会、ひいては評議会も動く事も明白である。

 

 ならばいくつかの手を打っておくのは当然ではないだろうか。

 

 しばらくの思案の後に口を開く。

 

 「パトリック・ザラは?」

 

 「は?」

 

 「今回の件、パトリック・ザラはどう見ているんだ?」

 

 「一応死亡と捉えているようです。表向きは事故に巻き込まれたと報道するようですが。それからまだ確認がとれていませんがパトリック・ザラが司法局を動かしたと」

 

 パトリック・ザラも生存を疑っている。

 

 司法局を動かしたというのはそういうことだろう。

 

 2人は若いころからの友人だったと聞く。

 

 だからこそシーゲル・クラインの事も詳しいパトリック・ザラが疑うのは当然といったところか。

 

 もちろん他の穏健派の不審な行動を察知したとも考えられるが、こちらにそのような情報は入ってない。

 

 「こちらの事は?」

 

 「爆発の件は探っているようですが、こちらには気が付いていないようです」

 

 「ふむ、シーゲル・クラインの死亡、娘も行方不明。生きていてもプラントにはいられまい。これで穏健派、いやクライン派は完全に瓦解状態かな」

 

 「いえ、それがどうやらクライン派を纏めている人物がいるようで」

 

 「誰だ?」

 

 「ギルバート・デュランダル。ユリウスやラウ・ル・クルーゼとも親交のある人物のようです。これが資料です」

 

 手渡された資料に目を通すとそこには経歴などが記載されている。

 

 遺伝子科学者で、かなり優秀な人物のようだ。

 

 だがいくつか気になる部分もある。

 

 「なるほどな。彼の事はユリウスにも聞くとして、一応詳しく調べられるか?」

 

 「どこか気になるところでも?」

 

 「ああ。それから1人をつけておいてくれ」

 

 「了解しました」

 

 「他になにかあるか?」

 

 「はい。もう1つ」

 

 「なんだ?」

 

 「パトリック・ザラ主動で開発が企画されていた、新型のNジャマーキャンセラー搭載モビルスーツの設計資料を含めたすべてのデータが消去されていたと報告が上がっています」

 

 そんな事が出来る人物は1人だけ。

 

 「……シーゲル・クラインか」

 

 「はい。パトリック・ザラもそう考えているようです。司法局を動かしたという話はこの件があったからではないかと噂されています」

 

 「なるほど、そう言う事か。消されていたのは?」

 

 「ドレッドノートを合わせると、ZGMF-X07A、09A、10Aの4機です」

 

 「13Aは?」

 

 「13Aはまだ企画段階でしたので」

 

 再び資料を手渡される。

 

 「これに伴い新型機開発を大きく変更するようです。報告は以上です」

 

 「わかった。引き続き頼む」

 

 「了解しました」

 

 部下が退出するとエドガーは再び考える。

 

 状況が大きく動き始めた。

 

 だからこそ準備は念入りにしておかなくては。

 

 そう結論を出しエドガーも部屋を出ると誰もいなくなった部屋は静まりかえる。

 

 それはまさに嵐の前の静けさだった。

 

 

 

 

 その数日後、前評議会議長シーゲル・クラインと歌姫ラクス・クラインの死亡が発表された。



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第21話  近くて遠い場所

 

 

 

 アークエンジェルはようやくオーブ近海までたどり着いていた。

 

 このまま何事もなくアラスカまで辿り着けるかとも思っていたのだが、そこで待ち構えていたかのようにザフトによる幾度か目の襲撃を受けたのである。

 

 これが今まで通りディンやグーンによる攻撃だったならさほど驚きもなかっただろう。

 

 アストやキラだけでなくエフィムとトールの技量もかなり上がっている。

 

 特にシミュレーション訓練を行い始めてからの彼らの技量は以前とは比較にならないくらいである。

 

 油断は禁物だが通常の戦闘ならば危うげなく終わった筈だ。

 

 それぐらいアークエンジェルのクルーたちも戦闘に慣れている。

 

 だが今回ばかりは話が違った。

 

 今襲撃して来ているのは彼らと最も因縁深い相手、奪取されたガンダムを使う部隊だったのだ。

 

 「こんなところまで追ってくるなんて!」

 

 「イーゲルシュテルン、被弾!!」

 

 「損傷率20%を超えます!!」

 

 ガンダムの高い火力にアークエンジェルの武装は破壊され、徐々に追い詰められていく。

 

 バスターのスナイパーライフルの一撃が装甲を掠め、デュエルのミサイルが襲いかかる。

 

 その後ろからブリッツとイージス、そしてディンが同時に襲撃してきた。

 

 防戦の為すでに出撃していたイレイズ、ストライク、3機のスカイグラスパーが迎撃する。

 

 「ウォンバット照準! 全機にグゥルを狙えと伝えろ!」

 

 「グゥル?」

 

 「モビルスーツを乗せて飛行している物だ」

 

 「了解!」

 

 ナタルの指示でミリアリアが全機に伝える。

 

 それを聞いたアスト達も足もとのグゥルを狙って攻撃する。

 

 「アスラン・ザラ!!」

 

 アストは先程からこちらを執拗に狙ってくるイージスを攻撃する。

 

 どうやら向うもこちらを倒そうと強く意識しているらしい。

 

 それは望むところである。

 

 「アスト・サガミ、お前を倒せば!」

 

 「アスラン、援護します!」

 

 「頼む、ニコル」

 

 こいつさえ倒せば――― 

 

 ビームライフルを構え、ブリッツ共に宿敵を攻撃する。

 

 その後ろからはディンが援護につき、ミサイルで迎撃していった。

 

 「ディンは少佐達に任せて、俺は―――」

 

 視線の先にはイージスとブリッツの2機がいる。

 

 アスランと決着をつけるのはいいが、邪魔が入っても面白くない。

 

 狙いを定めたアストは甲板の上から飛び上がり、ビームサーベルを抜くと前に出ていたブリッツに斬りかかった。

 

 「イレイズ!!」

 

 お互いの構えたビームサーベルが空中で交錯する。

 

 その攻防は長くは続かず、宇宙とは違い勝負は一瞬でついた。

 

 光刃を潜り抜けたイレイズはビームサーベルを上段から振るい、ブリッツの右腕を捉えるとそのまま斬り飛ばしたのである。

 

 「なっ!?」

 

 それに驚いたのはニコルだった。

 

 イレイズの動きは前とは明らかに違っていた。

 

 それでも怯む事無く残った左のグレイプニールを放つがあっさりと避けられてしまう。

 

 アストはそのまま機体を回転させ、ブリッツの両脚部を切断すると残った上半身にタスラムを至近距離で直撃させ、吹き飛ばした。

 

 「うわああああああ!!」

 

 「ニコル!?」

 

 PS装甲は切れていなかった為、胴体は破壊されなかったものの、吹き飛ばされた上半身は海中に沈み、脚部はグゥルと共に爆散する。

 

 あまりに鮮やかな動きにアスランは思わず呆気にとられてしまった。

 

 一体どれだけの修羅場をくぐればあのような事が出来るのか。

 

 仲間をやられた憤りを怒りを込めて、宿敵を睨みつける。

 

 「よくもぉぉぉ!!」

 

 アークエンジェルの甲板に降りようとするイレイズをビームライフルで狙う。

 

 だが容易くシールドで防がれ、そのまま近くのディンを踏み台にして蹴落とすと無事に甲板に帰還して見せた。

 

 「アスト・サガミ!!!」

 

 あそこまでの技量をこの短期間に身につけたというのか。

 

 そんな敵の姿に焦れたのかデュエルが前に出た。

 

 「待て、 イザーク!!」

 

 「うるさい!!」

 

 こんな状況で黙ってなどいられない。

 

 そんな焦った行動が裏目に出たのか呆気なくグゥルを破壊されると、飛び上がりアークエンジェルに取りつこうとしてくる。

 

 それを見たキラが静かに告げる。

 

 「僕が行く。援護を」

 

 「了解」

 

 2人とも自分でも驚くほど酷く冷静だった。

 

 訓練成果が出ているのだろう。

 

 目の前の敵に全く脅威を感じない上、あのシグーがいないのも大きい。

 

 敵を退けるだけなら、SEEDを使うまでもない。

 

 2人は日々苛烈な訓練と実戦によってほぼ任意にSEEDを発動できるようになっていた。

 

 イレイズの援護を受けストライクはスラスターを吹かして飛び上がると武器を構える事はなくそのままデュエルに向かって行く。

 

 それを見たイザークは激高した。

 

 自分と戦うのに武器を構えるまでもないという事か!

 

 「舐めるなぁぁぁぁ!!」

 

 ビームサーベルをストライクに向けて振り下ろす。

 

 だがキラは避ける素振りも見せず振り下ろされた腕を掴み、下方に引くと同時に近くにいるバスターに向け投げつけた。

 

 「何ぃぃぃ!?」

 

 「おい、イザーク!?」

 

 空中で激突した二機はそのまま絡み合って海面に落ちていく。

 

 それを見届けると近づいてきたイージスの動きを阻害する為、ビームライフルを放つ。

 

 「くっ!?」

 

 イージスはシールドを構えて防御しながら、撃ち返すがキラを捉える事ができない。

 

 甲板に着地したストライクは再び迫るディンを迎撃する。

 

 アスランは戦慄した。

 

 こんな短い攻防であっという間にディン数機と3機のガンダムを撃墜、または無力化したのである。

 

 バルトフェルド隊やモラシム隊を退けた時点で分かってはいた事だが、あの2人の技量は尋常ではない。

 

 「くそぉ、カール援護しろ」

 

 「エリアス、焦るな」

 

 2人の乗ったジンアサルトが脚部のミサイルポッドでアークエンジェルを攻撃する。

 

 「取りつかせるか! 坊主共ついてこい!!」

 

 「「了解!!」」

 

 3機のスカイグラスパーがジンアサルトを牽制する。

 

 敵もまた肩のガトリング砲で応戦するがムウのスカイグラスパーの動きを捉える事が出来ない。

 

 「なんなんだ、あの戦闘機は!?」

 

 「気をつけろ、動きが違うぞ!」

 

 ムウの動きに合わせるようにエフィムとトールも動いていく。

 

 2機のジンアサルトと3機のスカイグラスパーの交戦は絶妙の連携をもって互いを落そうと攻勢に出た。

 

 ここまでの戦闘、一見アークエンジェルが優位に立っているように見えるが、数というのはそれだけで脅威でもある。

 

 3機のスカイグラスパー、2機のガンダムが敵を未だに迎撃しているが彼らがいかに優れていてもこの数すべてを捌けてはいない。

 

 3機のガンダムが戦線離脱した事で戦況は優位になっているものの、度重なる被弾はアークエンジェルに深刻なダメージを与えていた。

 

 そしてこの戦いはこの海においてもう一つの敵を呼び寄せてしまう事になる。

 

 「海上にオーブ艦隊です!」

 

 「助けに来てくれた!」 

 

 カズイが歓喜の声を上げる。

 

 彼からすれば故郷の軍隊が助けに来てくれたと思っているのだろう。

 

 しかしマリューは厳しい顔を崩さないまま冷たく命じる。

 

 「不味いわね。領海に寄りすぎた。取り舵10」

 

 「何でですか!」

 

 カズイが思わず抗議の声を上げる。

 

 普段ならあり得ない事だがそれだけ今の状況に追い詰められているという事だろう。

 

 「オーブは友軍ではないわ。これ以上近づけば撃たれる」

 

 「そんな……」

 

 それを裏付ける様にオーブ艦隊より入電が入ってくる。

 

 《接近中の地球軍、及びザフト軍に通告する》

 

 《中立であるオーブ連合首長国は武装した戦艦、航空機、モビルスーツなど領海、領空の侵犯を一切認めていない》

 

 《ただちに進路を変更されたし》

 

 その時ブリッジに駆け込んでくる者がいた。

 

 金髪の少女カガリ・ユラだった。

 

 後ろにはつき従うようにキサカもついて来ている。

 

 「構うな! このまま突っ込め!!」

 

 「あなた何を―――」

 

 「オーブ艦隊につなげ! 私が話す!!」

 

 呆然とするカズイのインカムをひったくると怒鳴りつけた。

 

 「これからアークエンジェルはオーブの領海に入る。だが撃つな!!」

 

 《なんだ、お前は》

 

 「私は……私はカガリ・ユラ・アスハだ!」

 

 《なっ、ひ、姫様がそんな艦に乗っているはずはない、そして確証もない。仮にそうでも従う事は出来ん》

 

 そう言うと一方的に通信を切ってしまう。

 

 「おい、待て!」 

 

 その間にもディンの攻撃は続き、アークエンジェルが被弾していく。

 

 「エンジン被弾、推力低下!」

 

 「高度維持できません!」

 

 その様子を見ていたキサカがマリューにそっと耳打ちする。

 

 「これでは領海に落ちても仕方無いだろう。心配ないさ、第2護衛艦軍の砲手は優秀だからな。上手くやる」

 

 彼女がオーブの姫なら常につき従っていたこの男も――

 

 マリューはため息をつくと命じた。

 

 「ノイマン少尉、操舵不能を装い領海に突っ込んで! オーブ艦隊への攻撃は厳禁、各機に打電!」

 

 「了解!」

 

 そのやり取りは外にも伝わっていた。

 

 アストはオーブの領海に突っ込む前に飛びイージスに斬りかかり、それにアスランも応じた。

 

 イレイズのビームサーベルをシールドで受けとめるが、イージスのビームサーベルは空を斬る。

 

 シールドで突き飛ばされたと同時に別方向からビームが飛んでくる。

 

 避ける間もなくビームがイージスのグゥルを貫通する。

 

 「くっ、キラか!?」

 

 ライフルを構えるストライクに複雑な視線を向けるとグゥルから離脱、せめて一矢報いるためイレイズをビームライフルで攻撃した。

 

 しかしイレイズはスラスターを使い一瞬上昇、機体を水平にしてビームをかわし、さらにその状態からタスラムを放った。

 

 「なっ、ぐあああああ!!」

 

 虚を突いた攻撃にアスランは全く反応できずに直撃を食らい海に落下していった。

 

 それを尻目にイレイズは危うげなくアークエンジェルの甲板に着地する。

 

 「キラ、援護ありがとう」

 

 「大した事ないよ。それにしても彼女、お姫様だったんだね」

 

 「……ああ、そうだな」

 

 今までの自分達の失礼な言動を考えれば正直背筋が凍る。

 

 時代が時代なら不敬罪で処刑されていたかもしれない。

 

 しかしあの子が姫とは―――

 

 「……似合わないな」

 

 「……また殴られるよ」

 

 改めて苦笑いが止まらなかった。

 

 こんな所を見られたらキラの言うようにまた殴られるかもしれない。

 

 他の敵は撤退していく姿を見届けると二機はアークエンジェルに帰還した。

 

 

 

 閣僚室でこれらすべてを見ていたオーブの閣僚達は一斉に今なお黙っているウズミ・ナラ・アスハを見た。

 

 ウズミは立ち上がると静かに告げる。

 

 「とんだ茶番だが、仕方あるまい」

 

 「アイラ王女には何と?」

 

 現在とある理由があって国を訪れていたスカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトもこの騒ぎには興味を持つだろう。

 

 「後で私から話そう。かの艦とモルゲンレーテにもな」

 

 「『彼女ら』の事が落ち着いたばかりでこれとは」

 

 閣僚の1人がぼやくように言う。

 

 オーブにアークエンジェルが来る前に起こった事案がようやく片が付いたばかりで新たな問題がやってきたのだから、ぼやきたくなるのも分かる。

 

 「本当に仕方ありますまい」

 

 かの艦についてはオーブも責任があるのだから。

 

 

 

 

 「こんな発表を信じろっていうのか!!」

 

 イザークが怒鳴りながらテーブルを殴りつける。

 

 彼が怒るのも無理はない。

 

 オーブのアークエンジェルの行方についての公式発表。

 

 その回答がアークエンジェルはすでにオーブを離脱しているというとても信じられないものだった。

 

 あれだけの損傷を受けた敵艦が、そう簡単に動ける筈はない。

 

 「舐められてんのかね。やっぱり隊長が若いせいかなぁ」

 

 アスランはディアッカの皮肉は無視して話を進める。

 

 「これがオーブの正式回答というならここで揉めていても解決はしないだろう。カーペンタリアからも圧力は掛けてもらうが、すぐ解決しないならば潜入する」

 

 「足つきの動向を探るんですね」

 

 カールが冷静に捕捉してくれる。

 

 「突破すれば足つきがいるさ! それでいいじゃない!」

 

 なおも食い下がってくるディアッカにアスランは冷たい口調で言う。

 

 「ヘリオポリスの時とは違う。軍の規模もな」

 

 「なにぃ」

 

 「オーブの技術力の高さは言うまでもないだろう。中立といったところで裏に何を隠しているかはわからない国だ。それに俺達の戦力は低下しているんだ。シリルが来るまでは迂闊な行動は取るべきじゃない」

 

 そう言われれば反論のしようがない。

 

 さっきの戦闘でディンは半数が撃墜、または損傷を受けた。

 

 何より大きいのがニコルの離脱である。

 

 ブリッツは大破に近く修復にもかなりの時間を要する上、ニコル自身も怪我を負ってしまった。

 

 今、仮に戦ってもあれだけの力を持った2機相手にどこまでやれるか。

 

 シリルの機体改修が遅れているために、合流していなかったのが大きかったのか。

 

 どちらにせよ、確証がない以上は迂闊に動けない。

 

 「潜入するのは俺、イザーク、ディアッカ、エリアス、カールだ」

 

 「ふん、OK、従おうじゃないか。潜入も面白そうだし。案外奴らの、ガンダムのパイロットの顔が拝めるかもしれないしな」

 

 出ていくイザーク達を見てアスランはため息をついた。

 

 全く、自分が隊長になったのが気に入らないのは分かるが、もう少し協力的になってくれたなら作戦もやりやすいというのに。

 

 「隊長、自分がフォローしますから」

 

 「ありがとう、カール」

 

 カールの気遣いに少し気が楽になった。

 

 あいつらは必ずいる。

 

 だからこそ今までの因縁に決着をつけなければならないのだ。

 

 命を落とした仲間達の為にも。

 

 

 

 

 

 オーブに入国したアークエンジェルはしばらく待機を命じられ、その後呼び出されたマリュー達はオノゴロ島の中にある指令本部のある部屋に案内されていた。 

 

 カガリの護衛役だったキサカ、正確にはオーブ軍レドニル・キサカ一佐の話では、今から会うのはオーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハらしい。

 

 ヘリオポリスの件以降代表の座を退いたらしいが今だその影響力は大きい。

 

 そのような人物が直接話そうというのだ。

 

 最初こそ困惑したが、現状を考えれば当然かもしれない。

 

 中立国であるオーブが地球軍所属のアークエンジェルを受け入れた事で、当然ザフトからも圧力がある筈である。

 

 そこに何かの思惑があるのは間違いない。

 

 「お待たせして申し訳ない」

 

 扉を開け壮年の男性が入ってくる。

 

 彼こそがウズミ・ナラ・アスハだろう。

 

 別に何かしている訳でもないのに威圧感が違う。

 

 座っていた椅子から立ち上がり、互いに挨拶と自己紹介をするとウズミが座るのを確認しマリュー達も腰かけた。

 

 「さて早速話を始めましょう。まず言っておきますが公式に貴方達はわが軍に追われすでに領海から離脱したという事になっている」

 

 「はい」

 

 「まさか助けてくださったのは娘さんが乗っていたからという訳ではないのでしょう?」

 

 ムウがいつも通り軽い口調でウズミに問うが、彼はニコリともせずに鋭い視線で見つめ返してきた。

 

 「君達の艦にいる避難民ならいざ知らず、国と馬鹿娘とを天秤にかけるとでも?」

 

 「失礼しました」

 

 悪びれる様子もなくムウが詫びる。

 

 仮にも権力者相手にこの胆力はある意味凄い事なのかもしれない。

 

 「最初にお話しておくと我が国オーブは中立国。何故我々が中立を保つのか、それはナチュラル、コーディネイター双方ともに敵に回したくはないからだ。無論たやすくはない。これらを保つには力が必要。しかし持ちすぎれば危険視され狙われる。だがそれでも力は必要なのだ」

 

 何が言いたいのだろうか。

 

 困惑気味なマリュー達に気がついたのか、こほんと咳をして話を戻した。

 

 「少し話がそれましたな。色々、君達と話もしたいのだが時間もない。単刀直入に何故貴方達を助けたのか話そう。オーブが希望するのは2つ。1つ目はヘリオポリス避難民の全員の引き渡し。もう1つはアスト・サガミ、キラ・ヤマト両名の戦闘データを取らせて貰いたい」

 

 

 

 

 ウズミとの対談を終えアークエンジェルに帰還したマリュー達は艦長室に集まり、オーブの提案について話をしようとしていた。

 

 だが、誰も口を開かず、部屋は沈黙が支配していた。

 

 ただ黙っていた訳ではなく困惑していたというのが正しいかもしれない。

 

 避難民の引き渡しについては問題はない。

 

 むしろ早々に引き取って貰いたいくらいだ。

 

 エルザ・アラータの件もあるが、彼女は戦闘行為には参加しておらず他の子供たちとは違う。

 

 ナタルは機密に触れたなどと言っているが、そもそもアークエンジェルや2機のGを建造したのはオーブのモルゲンレーテである。

 

 それに敵であるザフトにはもう4機のGも奪われているのだ。それこそ今さらだろう。

 

 問題は後者の条件だ。

 

 2人の戦闘データを取りたいという事だが正確にいえばオーブの試作機に乗り、軍のパイロット達と模擬戦をして欲しいとの事。

 

 要するにテストパイロットのような事をしろという話なのだが、これを受けてくれれば補給などかなり便宜を図ってくれるらしい。

 

 「どう思います?」

 

 黙っていても仕方ないとマリューは2人に聞いた。

 

 「どうって言われてもねぇ。正直悪くない条件だとは思う。避難民に関しては問題ないし、戦闘データに関してはまあ2人には悪いがあっちの手札が見れる訳だしな」

 

 「中尉は?」

 

 「確かに少佐の仰られる様に条件としては悪くはないですが……」

 

 彼女にしては歯切れが悪い。

 

 おそらくマリューと同じ事を考えているのだろう。

 

 はっきりいえばかなり無理難題を言われると思っていた。

 

 今のアークエンジェルは酷い状態であり、補給と修理を交渉に出されればどんな条件であれ飲む方向で検討せざる得なかっただろう。

 

 とにかくオーブの思惑が何であれ選択肢は一つしかない。

 

 「……条件を飲みましょう。バジルール中尉、2人を呼んでもらえるかしら」

 

 「了解しました」

 

 ナタルが部屋を出ると思わず机に突っ伏した。

 

 「また坊主達には悪いけどな」

 

 「……ええ。本当に」

 

 これまでにも無理をさせて来て、ここでまた彼らを切り売りするような事をしなければならない。

 

 本当に気が滅入る。

 

 そんなマリューを気遣うようにムウが肩を叩いた。

 

 今はその気遣いに感謝し、これからの事を考え始めた。

 

 

 

 

 同じ頃アークエンジェルの食堂でサイ達が集まり話し合っていた。

 

 話題はやはりオーブの事である。

 

 「こんな形でオーブに来るなんてな」

 

 「本当よね」

 

 彼らからすれば複雑な気分である。

 

 故郷が目の前にあるのに入る事は出来ないなんて。

 

 「あのさ、この場合はどうなるの?」

 

 「なにが?」

 

 「いや、降りたりとかさ」

 

 サイやアネット、ミリアリアも若干呆れた顔でカズイを見る。

 

 今さら何を言っているのだろうか。

 

 カズイはそんな視線に気づいたのか慌てて取り繕うように捲くし立てた。

 

 「除隊とかじゃなくて、休暇とかさ」

 

 「ああ、休暇ね。そんな簡単に上陸とか出来ないんじゃないのかしら」

 

 「そうだよな、俺達地球軍な訳だし」

 

 「て言うか今の状況でそんな事出来ないと思うけどね」

 

 「そ、そっか」

 

 カズイは意気消沈したように椅子に座り込んだ。

 

 まあ気持ちは分かる。

 

 上陸が許可されればヘリオポリスから別れた家族に会えるのだ。

 

 しかし、アネットの言う通り今の状況では望み薄だろう。

 

 さっきから黙ったままのミリアリアの様子を窺うと何か別の事を考えているかのように別の場所を見ている。

 

 「どうしたの、ミリィ?」

 

 「え、ああ、トールはどうしたのかなって思って」

 

 「トールはエフィムと一緒に訓練してるんでしょ。さっきアストとキラの様子見に行った時にいたし。最近やたら仲良いしね、あいつら」

 

 最近トールとミリアリアが話すところをほとんど見ていない。

 

 肝心のトールはアスト達に感化されたのかエフィムと毎日一緒に訓練しているのだ。

 

 それだけに口には出さないがミリアリアも寂しいのだろう。

 

 「アストとキラ、また訓練してるの?」

 

 「そうなのよ。暇さえあればいつでも。前に比べたら食事とかもちゃんとしてはいるけど、まだたまにコックピットの中で寝たりしてるのよね。まったく!」

 

 「なんか2人の母親みたい」

 

 「何か言ったかしら、サイ」

 

 「い、いや何も」

 

 あまりの迫力にサイは思わず後ずさった。

 

 コメディのようなやり取りに沈んでいたミリアリアもカズイも調子が出て来たのか笑みを浮かべる。

 

 その時、食堂の外から声が聞こえてきた。

 

 あの騒ぎ声はオーブの姫、カガリだろう。

 

 皆で顔を出すと、そこには普段とは全く違うドレスに身を包み歩く彼女の姿が目に入った。

 

 「本当にお姫様だったんだなぁ」

 

 「うん、普段からは想像できなかったけど……」

 

 今まで接してきたカガリはなんというか、お姫様の対極に位置するような人間だと思っていたのだ。

 

 それだけに目の前にドレスを着たカガリを見ると何とも言えない気分になる。

 

 「別にそれほど仲良かった訳じゃないけど、もう迂闊に声もかけられないな」

 

 「そうね」

 

 自分達はそうでもないが、あの2人は結構仲が良かっただけにもしかすると寂しがるかもしれない。

 

 カガリの後ろ姿を見ながらアネットはそんな事を考えていた。

 

 そして会談の次の日。

 

 アストとキラはモルゲンレーテの工場に立っていた。

 

 例の提案を受け入れオーブ機のテストパイロットをする為にここに呼び出されたのである。

 

 まあ流石に地球軍の制服は不味いのでモルゲンレーテの作業服を着ている。

 

 周りを見ながら待っているとすると前から2人の女性が歩いてきた。

 

 1人は技術者らしく、もう1人は白衣を着ていかにも研究者と言った風体だった。

 

 「初めまして、エリカ・シモンズよ。で、こっちが」

 

 「ローザ・クレウス」

 

 「「よろしくお願いします」」

 

 挨拶を済ませるとエリカに先導され案内された先にあったものは数体のモビルスーツ。

 

 「……ガンダム」

 

 キラが呟いた通り、その造形は二人の乗っている機体によく似ていた。

 

 「この機体でデータを取らせてもらうわ」

 

 テストパイロットのような事をすると聞いていたため、驚きはなかったがオーブもモビルスーツの建造と量産に入っていたらしい。

 

 今の世界情勢を考えれば、当たり前の戦略か。

 

 ザフト、連合共にモビルスーツを作りあげ、戦果をあげているのだ。

 

 これらに対抗する為の力として、オーブがモビルスーツを建造するのは不思議なことではない。

 

 しかしこれはオーブの重要機密のはず。

 

 これを地球軍のパイロット見せてもいいのだろうか?

 

 「これがオーブの守りだよ」

 

 声をした方を振り向くとラフな格好のカガリがいた。

 

 流石にここでドレスは着ないらしい。

 

 着れば余計に目立つだろうし、まあ彼女も嫌がっていそうだ。

 

 「カガリ……様」

 

 「やめろ、様づけなんて背中がかゆくなる」

 

 彼女は相変わらずらしい。

 

 キラはそんな様子にホッとしながら彼女を見ると頬が腫れているのに気がついた。

 

 誰かと喧嘩でもしてのだろうか。

 

 「オーブは中立国だ。その中立の意思を貫くための力さ」

 

 そう言いながらカガリの表情は晴れる事無く、どこか怒りを抑えるような、そんな表情だ。

 

 「はぁ、もしかしてまだ気にしてらしたんですか?」

 

 「当たり前だ! 知らなかったで済む筈がないだろう! 仮にも国を預かる為政者が!! 知らなかったというならそれも罪だ!!」

 

 「だから責任はお取りになったでしょう?」

 

 「ふん、今でもああだ、こうだと口を出しているじゃないか」

 

 2人が言い争いを始めてしまった。

 

 言い争いというよりかはカガリをエリカがなだめるような感じだが。

 

 そんな2人を尻目にローザが説明を始めた。

 

 「アレは無視していい。それよりもお前達にはあの『アストレイ』に乗ってもらうが、その際にこれをつけてもらう」

 

 手渡されたのは用途の解らない大きなリングの様な物。

 

 ほぼ頭の大きさくらいだ。

 

 「それを頭につけて、腕にはこれを」

 

 今度はリストバンドのようなものを渡される。

 

 「何ですか、これ」

 

 「データを取るために必要な物。こっちについて来い」

 

 「……はい」

 

 カガリ達の方を見るとまだ言い争いが続いているがいいのだろうか。

 

 するとさらに後ろから別の女性が近づいてきてカガリの肩に手を置いた。

 

 「言いすぎよ、カガリ」

 

 「アイラお姉さま!」

 

 驚いた顔でその女性を見る。

 

 しかしすぐ笑顔になると女性に抱きついた。

 

 「久しぶりね、カガリ。国を飛び出したと聞いて心配していたのよ」

 

 「……すいません」

 

 「無事ならいいわ。それよりカガリ、お客様の前で失礼よ」

 

 こちらに目を向けると自己紹介を始める。

 

 「私はアイラと言います。カガリの姉みたいなものかしら」

 

 姉という事は彼女もオーブのそれなりの立場にいる人間なのだろうか?

 

 「……よろしくお願いします」

 

 挨拶するとアストの方に目を向けジッと見つめてくる。

 

 「あの、なにか?」

 

 「いえ、ごめんなさい。小柄で可愛いな~と思ってね」

 

 「か、可愛い」

 

 表情が若干引き攣った。

 

 アストは身長が低いのが悩みだったりする。

 

 コーディネイターなのだから背も人並みに伸びてもいいと思うのだが。

 

 そんなアストの悩みを知っているキラは苦笑いしている。

 

 「そ、そんな事より、早く始めましょう」

 

 誤魔化すように言うとそれに乗ってくれたのかアイラがエリカの方を向く。

 

 「今回私も立ち会う事になったのでよろしくお願いします。もちろんウズミ様の許可は取ってありますから」

 

 「わかりました。ではついて来てください」

 

 先導していくエリカの後ろにつき歩き出す。

 

 途中でエリカ達と別れアストとキラはアストレイに乗り込んだ。

 

 コックピット自体は他のXナンバーと変わらないものだった。

 

 「作ったところは同じなのだから当たり前か」

 

 OSを起動させ機体を立ち上げる。

 

 《聞こえてる? 言っておくけどOSをいじったら駄目よ》

 

 「了解です」

 

 《まずはキラ君にこちらのパイロットと戦ってもらうわ。その後アスト君に。それを何回か繰り返した後、最後に貴方達二人で模擬戦よ。いい?》

 

 「「はい」」

 

 前の扉が開くとキラがアストレイを演習場に進ませる。

 

 すでに相手は準備を整えていたのか演習場にいた。

 

 キラが中央まで進むと放送でエリカが合図する。

 

 《では始め!》

 

 

 

 

 

 エリカ達の見つめるモニターにはアストレイ同士が戦っている様子が映っている。

 

 いや正確には戦いにはなっていない。

 

 パイロットの技量に差がありすぎて戦いどころか、碌な訓練にすらなっていない。

 

 それは誰もが承知済みである。

 

 数々の戦いを潜り抜けてきた2人と勝負になるはずがない。

 

 だからカガリが驚いていたのは全く別の事であった。

 

 「……どうなってるんだ。いつの間にあんなに動けるようになってたんだ、アサギ達は」

 

 そう、驚いていたのはオーブのパイロット達の乗ったアストレイの動きだ。

 

 今機体に搭乗している旧知のパイロット達は、以前に満足に歩かす事すらできなかったのだ。

 

 だが今は普通に動いている。

 

 その動きはザフトのモビルスーツの動きと遜色ない。

 

 驚きを隠せないカガリにエリカは苦笑して答える。

 

 「まあ、カガリ様がいなかった間に色々ありましたから」

 

 「なんだよ、それ」

 

 「後でウズミ様にでも聞いてくださいな。それよりあの二人は予想以上にすごいわね」

 

 「あたりまえだ。勝てる訳ないだろう。あいつらがアークエンジェルをたった2人で守り抜いてきたんだからな」

 

 正確にはムウ達もいた訳だが、おおむねカガリの意見は間違っていない。

 

 エリカはカガリからモニターに視線を移す。

 

 そんな事は百も承知だ。

 

 だからこそリスクを負ってでもアークエンジェルを匿ったのだから。

 

 そして演習が始まってさらに翌日。

 

 朝日が昇る前、まだ薄暗い中5つの影がオーブの地に足をつけた。

 

 釣り糸を垂らしていた男がそれを確認するとにやりと口元を吊り上げ、影のうちの一つが前に出ると、身に着けていた物を取る。

 

 「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」

 

 「ようこそ、平和の国へ」

 

 互いに握手を交わすとすぐに行動し始めた。宿敵の存在を確認するために。

 

 

 

 

 

 

 宇宙の暗礁宙域。

 

 そこを3機のモビルスーツが飛び回っていた。

 

 その機体はザフト特有の造形をしているが、現在ザフトに存在するどの機体とも違うものだった。

 

 飛び回る機体に搭乗していたのはフェイスの2人、シオンとマルクだった。

 

 「いいねぇ、この機体は!」

 

 「調子に乗って壊すなよ。この機体はまだ完成しているわけではないのだからな」

 

 「ハイ、ハイ。でもこれの基礎になった機体もまだ改修してるらしいじゃないか?」

 

 「ああ、限界まで改修し、その上でデータを取った後、こちら側にフィードバックするつもりらしい」

 

 「じゃ、この機体は?」

 

 「この機体はあくまでプロトタイプだ。データ収集が終わり次第解体される」

 

 「これでも十分だと思うがね。おいそっちはどうだよ?」

 

 先行する二機に追随するようにもう1機がついてくる。

 

 「問題はありませんよ」

 

 「なにかあれば言え。いいな、クリス」

 

 「了解」

 

 後ろからついてくる機体に乗っているのはクリス・ヒルヴァレー、カール・ヒルヴァレーの弟である。

 

 シオンに目をかけられ、彼の直属として任務についている実力者だ。

 

 非常に優秀でその実力は兄以上と言われている。

 

 「そういえばスピットブレイクに間に合うのか正式機は?」

 

 「……何機かの試作型なら間に合うかもしれないな」

 

 岩の間を軽々避け、装備された武装を試し撃ちしながら3機は順調にテスト工程を終えていく。

 

 「楽しみだぜ」

 

 「ああ、本当にな」

 

 「楽しみなのはいいですが、前見てくださいね」

 

 「分かってるよ!」

 

 本当に待ち遠しい。

 

 来るべき時を控え、シオンは深い笑みを浮かべていた。



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第22話  邂逅の日

 

 

 

 

 オーブに上陸したアスラン達はザフトの諜報員に連れられて移動していた。

 

 行先はオノゴロ島。

 

 話によればアークエンジェルがいるとすればここしかないと言う。

 

 もしいればの話だがと懐疑的な返答をされてしまったが、可能性があるなら行くしかない。

 

 「これがIDカードだ。これで工場第一区画までは入れる。それ以上は急には無理だ」

 

 「そうか……」

 

 「無茶はしないでくれ。今はどうやらVIPが来てるらしくてな警備がかなり厳重なんだよ」

 

 「VIP? まさか―――」

 

 「いや、あんたらの探しものとは関係ない。あれの話の前からだしな」

 

 「誰が来てるんだ?」

 

 「さあね。こっちの耳には何も入ってこない。噂じゃ他国の重鎮らしい」

 

 それで厳重な警備になっているようだ。

 

 これは思った以上に情報を得るのは厳しいかもしれない。

 

 彼らは内陸に目を向けると慎重に歩き出した。

 

 

 

 

 

 モルゲンレーテの演習場にブザーが響き渡るとエリカがパイロット達に声を掛ける。

 

 「お疲れ様、今ので演習はすべて終了よ」

 

 《全然勝てなかった》

 

 《本当よね》

 

 《疲れたぁ》

 

 アストレイに搭乗していた3人の若い女性達アサギ、ジュリ、マユラが一斉に疲れ切った声を上げた。

 

 それに引き替えアストとキラは今だ余裕の表情でハンガーに向けアストレイを歩かせている。

 

 エリカは自分の横でキーボードを叩き続ける同僚を見る。

 

 「そっちはどう?」

 

 「データは十分だ」

 

 「そう、後で見させてもらうわ」

 

 こちらも十分すぎるほどにデータはそろった。

 

 パイロット達に休息を取るように言い、ローザと共にモルゲンレーテの研究室に移動するとデータをまとめていく。

 

 そもそもオーブが何故アークエンジェルを受け入れたのか。

 

 理由はいつくかある。

 

 1つはアストレイを使った戦闘データの収集。

 

 オーブには実際に戦場でモビルスーツを使った戦闘をしたパイロットは1人もいない。

 

 それゆえ現場を経験したからこそ分かるパイロットの意見や訓練の方法、モビルスーツ戦闘のノウハウなど不足している物が多くあった。

 

 それを少しでも補うため最前線を経験してきた者たちからデータを得ようと考えたのだ。

 

 実際今回得たデータは実に貴重で今後のアストレイの強化や次期新型機にも生かされる。

 

 そして強さを調整しないといけないが、彼らのデータを使い訓練シミュレションを作る事ができるだろう。

 

 『彼女達』の作ったデータもあるが種類の多いに越した事はない。

 

 これにより軍のモビルスーツ戦闘の錬度は多少なりとも上げる事が出来る筈だ。

 

 もちろんアークエンジェルにある、2機のXナンバーの実戦データを要求する事も出来た。

 

 しかしOSの問題が『彼女達』によって解決した今そこまで焦る必要はない。

 

 なによりザフトとの間にリスクを負う以上地球軍の間にまで争う火種を作るのは好ましくないという理由もあった。

 

 そしてもう1つがアスト、キラのデータだった。

 

 2人が気がついているかどうか解らないが彼らは普通ではない。

 

 彼らはオーブで研究されている『SEED』を発現させている可能性が高い。

 

 SEEDの研究を行っているローザが言うには間違い無いとの事。

 

 アストレイに乗る際につけてもらった器具は彼らの事を調べるものだった。

 

 「で、本当にSEEDなの?」

 

 「間違いない、2人は模擬戦の最中に反応速度、空間認識力などが途中で爆発的に高まっている。これは明らかに異常な数値。通常あり得ない」

 

 ローザの見ている画面を覗き込むと確かに戦闘の開始時と最中とでは明らかに違う数値が出ている。

 

 普通であれば機械の故障を疑う異常なレベルだ。

 

 「確かに全然違うわね。……あなたの研究はわかっているけど、いい加減結論を聞かせてもらえる? 今までのSEED研究は大体が眉つば物ばかりだし。あなたは違うのでしょう?」

 

 「……ああ。結論からいうとSEEDとは―――」

 

 ローザが一瞬目を伏せ、再び目をあけるとエリカをまっすぐ見た。

 

 「適応能力だ」

 

 「適応能力?」

 

 「そうだ。『過度の状況変化に対応するための適応能力』だ。SEEDを発現させると自身の能力を高め今まで対応できなかった事に適応出来るようになる。可能性の発現と言う奴かな」

 

 「あの二人が訓練も受けていない素人でありながらあれだけの戦果を叩きだしたのもそう考えれば……」

 

 「そう、あの二人の資質の高さもあったのだろうが、それだけでは説明がつかない事もある」

 

 「まさに先を行くための能力か」

 

 どんな事にも適応できるという事は今まで行けなかった所へも行けるという事。

 

 コーディネイターはそのために生まれたはずの存在だったのだが、今の現状を鑑みればそれこそナチュラルとどこが違うのかと言いたくなる。

 

 「あの2人はこの先の人の可能性を示す事になるだろう。良くも悪くもな。それが発現した場所が戦場だというのは皮肉だが」

 

 「……そうね」

 

 「まあ、SEEDのすべてが解明できた訳ではない。まだまだ研究しなければ。あの2人はそう言う意味でいいサンプルだ」

 

 話を終えるとローザはすぐパソコンに戻ってしまった。

 

 彼女の意味深な言い方が気にはなったが。

 

 エリカも残りのデータをまとめる為、席に着いた。

 

 

 

 

 演習が終了した頃、アークエンジェルの食堂でフレイとエルザが食事を取っていた。

 

 周りにはほとんど人はいない。

 

 避難民はオーブが受け入れる事になっている為、審査が終われば本国に戻る事になっている。

 

 エルザの審査ももうじき終わるだろう。

 

 そう考えればこれがアークエンジェルで過ごす最後の時間だった。

 

 トール達は家族との面会の許可が下りたため会いに行っている。

 

 しかし、彼女達に家族はいない。

 

 それがいつも以上に2人を無口にさせていた。

 

 そして食事が終わり食堂から離れようとした時、エルザが口を開いた。

 

 「……私、今日でこの艦を降りるわ」

 

 「そう」

 

 「だからあなたに言っておきたい事があるの」

 

 なんだろうか。

 

 今まで散々嫌な事も言ってきたし、その恨み事だろうか。

 

 「ありがとう、フレイ。あの時、あなたがいてくれたから私は1人ではないって思えた」

 

 「えっ」

 

 砂漠での事だ。

 

 まさか礼を言われるとは思っていなかった。

 

 「フレイ、私達にはもう家族はいない。でも1人だなんて思わないで生きて帰ってきて。そしてもう一度会いましょう」

 

 エルザは手を差し出す。

 

 「……エルザ」

 

 昔ならその手を取ることはなかっただろう。

 

 でももう今は違う。

 

 エルザの手を取るとフレイは笑って言った。

 

 「必ず帰るわ。そしたら新しい服を一緒に買いに行きましょう」

 

 「ええ」

 

 2人は笑う。

 

 大事な人を失ってから、初めて見せた心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 モルゲンレーテでの作業を終えたアストとキラはアークエンジェルに戻ろうとしていた。

 

 まだイレイズ、ストライクの整備が終わっていないからである。

 

 そんな中、アストはどうしても聞いておきたい事があった。

 

 「なあ、キラ。どうして両親に会わないんだ?  許可下りたはずだろ。トール達と一緒に行けば良かったのに」

 

 そう、キラは両親との面会を断っていたのだ。

 

 「ああ、うん」

 

 「俺の事なら気にしなくていいぞ」

 

 「正直どんな顔すればいいかわからないんだ。 僕はもう軍人で……そして人殺しだから」

 

 「そっか」

 

 確かにそうかもしれない。

 

 実際トールも直前まで渋っていた。

 

 これをエフィムが「会える内に会っとけよ」と説得したのだ。

 

 その時のエフィムの様子が少し変だったのが気がかりだったがフレイが教えてくれた。

 

 エフィムも家族がいないと。

 

 その事を聞いて会う事を決意したらしい。

 

 だから無理に会えとは言わなかった。

 

 それはキラ自身が決める事だからだ。

 

 「おい、遅いぞ」

 

 沈黙する2人に声を掛けてきたのは、いつも通り不機嫌な顔をしたエフィムであった。

 

 少し離れた場所にはムウの乗る車が待っている。

 

 「エフィム、何で?」

 

 「迎えに来たんだよ。暇だったしな」

 

 フレイもそうだが、最近の彼は本当に変わった。

 

 前であればこうしてこちらを気遣う事などしなかった筈だ。

 

 「そう、ありがとう」

 

 エフィムはバツの悪そうに顔を逸らすと言い淀むようにこちらをチラチラ見ている。

 

 「どうした?」

 

 「いや、そのお前らに言っときたい事があってよ」

 

 「何?」

 

 「その、今まで色々悪かったな」

 

 いきなりの謝罪に面を食らう。

 

 一体何があったのだろうか?

 

 「どうしたんだよ、いきなり」

 

 「ずっと言いたかったけど機会がなくてな。俺は家族が死んでからずっとコーディネイターが嫌いだ。でも戦場で出て、敵の事とか色々あって、お前らもあんな危険な場所でいつもアークエンジェルを守るために戦ってる。もちろん今でもザフトは憎いがお前らの事は仲間だって認めようと思ったんだよ」

 

 「……エフィム」

 

 アストもキラも驚いた。

 

 一緒に戦っていてもエフィムとの関係はいつまでもこのままだろうと諦めていた。

 

 だがフレイが変わったようにエフィムも変わったようだ。

 

 2人は心が少し暖かくなった。

 

 少しでも歩みよれたなら、これから変わっていく事が出来るかもしれない。

 

 それはごく小さい事なのかもしれない。

 

 だが死と隣り合わせの中にいた2人にとっては間違いなく希望だった。

 

 エフィムやフレイのようにいつか世界も―――

 

 「それだけだ。一応言っとこうと思ったんだよ。俺もアークエンジェル守る為に戦う」

 

 照れ臭くなったのかエフィムは後ろを向いて頭をかいている。

 

 「ほら、早くアークエンジェルに戻るぞ」

 

 「うん」

 

 ムウが運転する車に乗り込むとアークエンジェルに向け走り出した。

 

 

 

 

 オーブに潜入したアスラン達は一旦二手に別れ、捜索を行った。

 

 まずは軍港。

 

 もちろん堂々と港に停泊している筈はないが確認の為には一応必要だろうと判断した為だ。

 

 とはいえ案の定、手がかりを得る事は出来なかったが。

 

 そして市内。

 

 こちらでも手掛かりを得るために散策してみたが繋がるものは何もない。

 

 残るは工場区だが警備が厳重すぎる。

 

 近づく事はできず、セキュリティも突破は難しい。

 

 「公式発表通りここにはいないのでしょうか?」

 

 「欲しいのは確証だ。居るなら居る、居ないならば、居ないという」

 

 だがそれが簡単に見つかれば苦労はない。

 

 一緒に組んでいるカールも疲労の色を見せている。

 

 朝から歩き通しなのだ。

 

 しかも手がかりもないでは、精神的にも厳しいだろう。

 

 そしてそうこうしている内に時間になってしまった。

 

 「イザーク達との合流時間だ。工場の所まで戻ろう」

 

 「はい」

 

 歩いて合流地点に向かう。

 

 その途中で立ち往生している車を見つけた。

 

 エンジントラブルでも起こっているようだ。

 

 「不味いな。他者との接触はできるだけ避けて―――えっ!?」

 

 だがアスランが驚いたのはその車の乗員だった。

 

 居るのは4人。

 

 内2人は知らないが他の2名の顔は忘れようがない。

 

 「キラ……アスト・サガミ」

 

 思わぬ形で確証が見つかった。

 

 どうやらこっちには気がついてはいないらしく見つかる前に隠れないといけない。

 

 こちらが顔を知っているように、彼らもアスランの顔を知っているのだから。

 

 身を隠す為に横の茂みに飛び込むが隣にいたカールが動かない。

 

 かなり驚いた様子で4人を見ていた。

 

 「カール、どうした? 彼らがこちらに気が付く前に―――」

 

 「まさか……」

 

 「待て、それ以上近づくと気付かれる」

 

 だがカールは聞き耳を持たず近づいていくとあちらもこっち気がつき、アスト・サガミが驚愕の表情を浮かべる。

 

 「……カール・ヒルヴァレーか?」

 

 「アスト・サガミ」

 

 互いの名を呼んだ事にアスランは混乱する。

 

 この2人は知り合いなのか?

 

 アスランは知る由もないがアストにとってカールはあの惨劇の引き金を引いた者たちの1人であり、カールにとってもアストは酷く罪悪感のある相手だ。

 

 お互いもう会う事はないと思っていただけにこの再会は予想外だった。

 

 2人が驚いてしまうのも無理はない。

 

 アストは鋭い視線でカールを睨む。

 

 「カール・ヒルヴァレー、お前が何でここにいるんだ?」

 

 アストは感情を抑えながらカールに問う。

 

 「アスト、君はオーブに―――」

 

 「俺の事はどうでもいい! スカンジナビアの時のようにオーブでテロでも起こすつもりか!!」

 

 カールがテロを起こす?

 

 どういう事だ?

 

 「……なんと言おうと俺達がやった事が許されるとは思ってない」

 

 「当たり前だ!」

 

 カールとアスト・サガミの関係も気にはなるがこれ以上ここにいるのはまずい。

 

 合流時間も過ぎてしまっている。

 

 アスランは帽子を深くかぶり、顔が見えないようにする。

 

 気休めだが何もしないよりはいいだろう。

 

 足もとの石を拾い、別の方向に投げた。

 

 それに全員が反応し、視線を逸らした瞬間に茂みから飛び出した。

 

 「カール、いくぞ!」

 

 「えっ、あ、はい」

 

 そしてカールの腕を掴んでその場から逃げ出した。

 

 後ろでアスト・サガミが「待て!」と叫んでいるが待つはずがない。

 

 カールはどこか陰鬱な顔をしながら後ろを気にしていた。

 

 「カール、あいつと何があったか知らないが今は任務中だ。俺たちの素性を知られる訳にはいかないんだぞ」

 

 「すいませんでした。隊長」

 

 とはいえ俺の顔が見られていないとも限らない。

 

 アスト・サガミはカールの方に注目していたから大丈夫だとは思うが、キラの方は気づいた可能性がある。

 

 だがどちらにせよ、知りたい情報は手に入った以上長居は無用だった。

 

 

 

 

 

 急ぎ走り去るカール達の後ろ姿をアストは憎しみの籠った視線で睨みつけていた。

 

 そんなアストにキラが声をかける。

 

 「アスト、今の前に言ってたスカンジナビアの――」

 

 「ああ、その内の1人だ」

 

 一緒にいるエフィムやムウは事情が呑み込めないのか怪訝そうにこちらを見ている。

 

 「知り合いか、坊主」

 

 「ええ、まあ」

 

 「そうか」

 

 ただならぬ様子だったのを察してか、それ以上ムウは聞いて来なかった。

 

 対処が済み車に乗り込もうとキラを呼ぶ。

 

 「キラ、どうした?」

 

 2人が走り去った方角を見ている。

 

 「後から来た帽子をかぶっていたのは、もしかしてアスランかもしれない」

 

 「なっ!?  確かなのか?」

 

 「一瞬だったから、でもあれは間違いなく……」

 

 もしそうならアークエンジェルがオーブにいる事がばれた事になる。

 

 アスランはこちらの顔を知っているのだから。

 

 そしてそのアスランとカールが一緒にいたという事は、あいつもザフトという事だ。

 

 「……すぐ戦闘だな」

 

 「うん」

 

 次はオーブを出た瞬間に襲いかかってくるだろう。

 

 ならその時こそ、彼らと決着をつける時だ。

 

 そう訳もなく確信していた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの修復とモビルスーツの整備が完了するまで後僅かとなった頃、ウズミは机で仕事をしながら、これからの事を考えていた。

 

 その時コンコンとノックと同時に「アイラです」と声がした。

 

 「どうぞ」

 

 「失礼します、ウズミ様」

 

 入ってきたアイラはいつものように笑みを浮かべソファーに腰掛ける。

 

 「カガリとまた喧嘩されたそうですね、ウズミ様」

 

 「アレにも困ったものだ」

 

 娘のカガリはまたも国を飛び出し、アークエンジェルと共に行こうとしていた。

 

 だから言ったのだ。

 

 戦争の根幹、憎しみの連鎖を知れと。

 

 撃てば撃たれた者が撃った者を憎む。

 

 そして撃ち返せばさらに新たな憎しみが生まれるだろう。

 

 これが単純でそして何より人を縛るモノだ。

 

 「カガリは素直で真っ直ぐな、いい子なんですけどね」

 

 アイラと共におもわず苦笑する。

 

 ウズミとしてはもう少し落ち着いてくれれば安心なのだが。

 

 しばらく和やかな雰囲気で話をしていたが、アイラが真面目な顔で本題を切りだした。

 

 「『彼女達』から連絡が入りました。予定では約2週間ほどでX01Aが完成するそうです。その後順次07A、09A、10Aがロールアウトするとの事」

 

 「そうか。『SOA-X02』は?」

 

 「あれは可変機構の調整に時間がかかっているとか。それでもすでに80%は完成し、そして『SOA-X01』の方は細かい調整を残すのみとの事です」

 

 「こちらも今回の事でアストレイの運用に道筋がついた」

 

 「ええ、次期主力機の開発計画も順調に進んでいます。『STA-S1』も量産開始しましたし、上位機種『STA-S2』も完成間近です」

 

 「赤道連合との話はこちらでも続けていますし、後は時間ですかな」

 

 「はい。私達が何もしなくても、パナマが落ちれば時間の問題でしょう。ただ地球軍の方は外交で時間を稼ぐ事はできるとは思います」

 

 「しかしその地球軍もムルタ・アズラエルが出てくれば……」

 

 「ええ、彼の影響力はかなりのものですし、楽観はできません。そして問題がプラントですね。パトリック・ザラはこちらと交渉する気もない様子です。シーゲル様が健在なら評議会に話を持っていく事ぐらいは出来たかもしれませんけど」

 

 「とにかく今できる事を」

 

 「ええ、そういえばウズミ様」

 

 「何か?」

 

 「彼らに会いました」

 

 「そうか」

 

 「なにも言わなくても?」

 

 「ええ、それが彼らの為だと。両親からもそうして欲しいと言われている」

 

 「そうですか」

 

 アイラはソファーから立ち上がると礼をして部屋を出る。

 

 残されたウズミもまた忙しなく動き始めた。

 

 

 

 

 オーブ潜入から帰還したアスラン達はオーブ北の海域で待機していた。

 

 しかし今のこの現状に皆が納得している訳ではない。

 

 その証拠に艦の中の兵士たちは不満を募らせていた。

 

 この前の潜入では結局アークエンジェルがオーブにいる手掛かりを得る事はできず、空振りに終わった。

 

 だが隊長のアスランは「足つきはオーブ」にいると断言したのだ。

 

 根拠は何だと問うても答えず、ここにいるの一点張りだった。

 

 そして遅れていたシリルと合流し、補給を受けてそのまま待ち構える作戦を取ったのである。

 

 これでは不満も出るのも当たり前だった。

 

 確かにアラスカを目指すなら間違いなくここを通るだろう。

 

 だがそれはアークエンジェルがオーブにいればの話であるからだ。

 

 その話題の隊長であるアスランはその補給の為、浮上した潜水艦の甲板の上で海を見ていた。

 

 ここにいるのはアスラン自身、艦の中の空気を読んだというのもあるが、聞きたい事があり呼び出した人物を待っている為である。

 

 今イザーク達を含む多くの兵が不満を持っているのはわかる。

 

 しかし根拠を言う事は出来ない。

 

 根拠を話せばキラやアストの事を言わなくてはならない。

 

 アストについてはともかく、キラに関しては撃つとは決めたものの、それでも苦い思いがしない訳ではないし、プライベートな事まで話さなくてはならないからだ。

 

 「隊長お待たせしました」

 

 「ああ、呼び出して悪かったな、カール」

 

 呼び出していたのはカールだった。

 

 潜入した時にアストと出会ってしまった時の様子が変だったので話を聞いておきたかったのだ。

 

 「……話というのはアストと会った時の事ですよね」

 

 「ああ」

 

 聞き流すには不穏な単語が出てきたからだ。

 

 「カールがテロを起こすとはどういう事だ?」

 

 しばらく俯いていたカールは顔を上げると話し始めた。

 

 自分達の罪の話を、スカンジナビアの悲劇の真相を。

 

 「―――という訳です」

 

 アスランはただただ絶句するしかなかった。

 

 しかしアストが何故プラントに来なかったか理由はわかった。

 

 奴がかつて言っていた親しい友達を亡くした事があるとはそう言う事だったのだろう。

 

 「特務隊に入ったシオンや弟のクリスは全くその事を気にしていません。それどころかあれは当然の事だと」

 

 アスラン自身ナチュラルに対して不信感がない訳ではない。

 

 血のバレンタインの事を思い出せばそれだけで怒りが湧く。

 

 しかしだからと言って関係ない人達を巻き込んでのテロを肯定はできない。

 

 ましてやそれが当然だったなどと―――

 

 「血のバレンタインの時に家族を亡くしてようやく気がついたんです。あの時アストはこんな気持ちだったのだと」

 

 「じゃあ、なんでザフトに志願したんだ?」

 

 「このままじゃ駄目だと思ったんですよ。奪った分の償いを何かしなければってね。まあそれで軍人として誰かを殺してるなんて矛盾してますけど。もう1つは止めたかったんですよ」

 

 「止めたかった? 地球軍をか?」

 

 「いえ、ザフト軍をです。隊長はご存じないかもしれませんが軍の中には民間人さえ平気で殺すような奴らもいるんです。というかさっき言ったシオン達なんですけど」

 

 その事実にアスランは少なからずショックを受けた。

 

 自分の所属する軍隊がそのような事をしているとは思っていなかったのである。

 

 「……俺はもうあんな事は止めさせたかったんです。あとは隊長と同じ理由ですよ」

 

 「俺と同じ?」

 

 「プラントを守る、です」

 

 「そうか……」

 

 それだけ聞ければ十分だった。

 

 過去に何があったにせよカールが仲間であることに変わりは無いのだから。

 

 「そういえば、私からもお聞きしたいことがあります」

 

 「何だ?」

 

 もしかするとキラ達の事だろうか。

 

 「イザーク先輩達の事をどう思われているのですか?」

 

 「は?」

 

 「その、いつも喧嘩というか、揉めてますので」

 

 後輩としてはアスラン達の仲がかなり険悪に見えたのかも知れない。

 

 まあ仲が良い訳ではないけども。

 

 今回はいつも仲裁役としていてくれたニコルが居ない所為もあるだろうが、相当ギスギスしてるように見えたらしい。

 

 「……仲間だと思ってるし、信じている。背中を任せて一緒に戦う事ができるのは仲間だからだ。むこうはどう思っているかわからないけどな」

 

 「そうですか」

 

 嬉しそうにカールが笑う。

 

 その様子にいささか不審に思った時だった。

 

 突然明らかに不自然なほど大きな声が聞こえてきたのだ。

 

 「どうするんだ、イザーク!」

 

 「ふん、気に入らん! だが今回は信じてやる! ……仲間だからな」

 

 ディアッカとイザークの声だ。

 

 もしかしてずっと聞いていたのだろうか。

 

 驚いてカールの方を見ると先程と変わらない笑みが浮かんでいた。

 

 どうやら仕組まれていたらしい。

 

 「……ありがとう、カール」

 

 「いえ」

 

 そうしてしばらく2人で雑談を交わしていた。

 

 そしてアスランとカールの話を聞いていたイザーク達はその場を離れていた。

 

 「用事ってこれかよ、エリアス」

 

 「いや、俺は知りませんでしたよ。カールに連れて来いって言われただけですし」

 

 「ふん」

 

 あの場にいたのはエリアスに連れていかれたからだ。

 

 カールが仲間内の事で気を使ったらしい。

 

 イザークは苛立たしげに音を鳴らして歩く。

 

 全く仲間だと思っているなら根拠ぐらい話せばいいのだ。

 

 そうすればこんな艦内も空気にならずに済むというのに。

 

 「でもカールにあんな過去があって、あんな事考えてたなんて知りませんでした」

 

 確かに意外だったが気になる事も言っていた。

 

 ザフトの中で戦えない民間人を殺している者がいると。

 

 まさかと思う。

 

 だがカールの声は嘘を言っているような気配はなかった。

 

 もし自分が目撃者、もしくは当事者になったらどうするのか。

 

 考えようとしてすぐにやめた。

 

 そんなあるかどうかもわからない事より、大事な事がある。

 

 イザークは鼻で笑うと再び歩き出す。

 

 あるいはここで考え続けていたならイザークは覚悟を決める事が出来たかもしれない。

 

 自身の罪と向き合う覚悟を。

 

 

 

 

 そしてついにアークエンジェルが出港する時が来た。

 

 すべての修理が終わり準備が整っている。

 

 アラスカまでもうすぐ。

 

 これでハルバートンや散っていた者たちに少しは報いる事が出来るだろう。

 

 「オーブ軍より通達です。周囲に艦影なし。発進は予定通りに」

 

 フレイの報告にマリューは頷く。

 

 「了解と伝えて」

 

 「艦長、アスハ代表がドックにお見えですが―――ヤマト少尉を甲板に出して欲しいと言っています」

 

 どういう事だ?

 

 まあ少しなら構わないだろう。

 

 「ヤマト少尉に伝えて」

 

 「了解!」

 

 格納庫で待機していたキラはその連絡を受け甲板に出るとカガリが大声でこちらに駆けてくる。

 

 「キラー! あそこ見ろ!」

 

 カガリの指さした方向には懐かしい人達がいた。

 

 「父さん、母さん、エルザも」

 

 そこにはヘリオポリスから会っていない両親とこの前別れた友人がいた。

 

 母は涙を流し、父はそんな母を宥めながら力強く頷いていた。

 

 そしてエルザはいつもと違い優しい笑みを浮かべて手を振っている。

 

 だがキラはどうすればいいのかわからなかった。

 

 「お前、なにしてんだよ。何で会わないんだよ」

 

 「ごめん。正直どうすればいいのか、なんて言ったらいいのかわからないんだ」

 

 そう、なんと言えばいいのか。

 

 軍人になって人を殺したと、そして幼馴染みのアスランと殺し合っていると言えと。

 

 言えるはずもない。

 

 「でも、お前!」

 

 「わかってる。今はまだ会えないと伝えてほしい」

 

 「キラ……わかった」

 

 キラはいつも通の笑みを浮かべるとカガリに手を差し出した。

 

 「カガリ、色々あったけど、今までありがとう」

 

 そう言うとカガリの顔がくしゃくしゃに歪みそのままキラの首に飛びついた。

 

 「お前も、アストも絶対死ぬなよ! 約束だぞ!!」

 

 「うん、必ずまた会いに来るよ。アストと2人で」

 

 カガリが離れ、艦内に戻ろうとするがその前にもう一度だけ振り返った。

 

 両親の姿、エルザ、カガリ、全員の姿を目に焼き付ける。

 

 その時、キラの目から一筋だけ涙が零れた。

 

 これが何の涙かはわからない。

 

 でも自分には負けられない、死ねない理由がある。

 

 それを確認するとキラはアークエンジェルの中に戻った。

 

 彼はもう振り返らなかった。



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第23話  怨嗟の咆哮

 

 

 

 

 

 アスランにとってそれはようやく、そして来るべくして来た瞬間であった。

 

 ようやくこの時が来た!

 

 ここですべてを―――これまでの因縁を断ち切る!

 

 待機していた潜水艦内に警報が鳴り各パイロットが機体に搭乗すると艦長から全員が待ちに待った知らせが届く。

 

 《近づいてくる艦の特定が出来た。『足つき』だ》

 

 全員が息を飲む。

 

 正直確認が取れるまでは皆が半信半疑だったのだ。

 

 しかし結局はアスランの采配が正しかった事になる。

 

 これにより今まで疑念や不満を持っていた兵もアスランに対して評価を改め全幅の信頼を寄せた。

 

 そう、過程がどうであれザラ隊はアークエンジェルを落とすという目的に向かって今一つに纏まったのである。

 

 アスランは自身に発破をかけるつもりで叫んだ。

 

 「全機、出撃する! 今日こそ『足つき』を落とす!! そして『消滅の魔神』、『白い戦神』を倒すぞ!!」

 

 「「「了解!」」」

 

 潜水艦から次々とモビルスーツが飛び出す中にはシリルのシグーディバイドの姿もあった。

 

 シグーの面影はあるが、さらに形状は変化し、以前とはまるで別の機体になっている。

 

 「シリル、機体の状態はどうだ?」

 

 「ああ、いける。問題ない!」

 

 「わかった、頼むぞ!」

 

 これまでの鬱憤と倒すべき敵を前にした隊員の士気は最高に高まっている。

 

 その勢いのままザフトの猛攻が開始された。

 

 

 

 

 迫りくるザラ隊の姿はアークエンジェルもその機影を捉えていた。

 

 「レーダーに反応! モビルスーツです!」

 

 「機種特定、これはイージス、デュエル、バスター! 後はジン、ディンが多数、不明機が一!」

 

 また奪ったガンダムを使う部隊。

 

 やはりあんな発表を信じるほど甘い相手ではなかったという事だろう。

 

 しかし逆を言えばここさえ突破できれば、アラスカまで辿り着く事ができる。

 

 つまりここが正念場だ。

 

 「戦闘準備、対モビルスーツ戦闘用意! ゴットフリート、バリアント照準! コリントス装填!!」

 

 「各機出撃! 逃げきればいいんだ、深追いはするな」

 

 ナタルの指示を受け各機が出撃準備を整え、カタパルトに運ばれていく。

 

 アストは機体を起動させながら、キラに話し掛けた。

 

 最後の確認をする為に。

 

 「キラ、来たのはあいつらだ」

 

 「うん、わかってるよ」

 

 ずっと前から決めていた事なのだ。

 

 キラと奴を戦わす事はできない、だから―――

 

 「あいつが来たら―――アスラン・ザラが来たら俺がやる。いいな?」

 

 「アスト、でも……」

 

 「いいんだよ、宇宙での約束を果たす時だ」

 

 ラクスとレティシアを引き渡す際のやり取りを思い出す。

 

 ≪ならばお前も、そしてキラも俺が撃つ!!≫

 

 ≪あいつがこちらに来ないなら敵として撃つ。お前もだ!≫

 

 ≪俺とお前は相容れない。お前にキラは撃たせない。キラを撃つというなら―――≫

 

 ≪お前は俺が撃つ!!≫

 

 あれは譲れない誓いのようなもの。

 

 そう、アスラン・ザラをここで討つ。

 

 あいつにキラは討たせない。

 

 開くハッチの先を見据えながら、フットペダルを踏み込んだ。

 

 「アスト・サガミ、イレイズガンダム出ます!!」

 

 「キラ・ヤマト、ストライクガンダム行きます!!」

 

 二機のガンダムがアークエンジェルより発進する。

 

 ストライクの装備は始めからエールを選択していた。

 

 多数の敵とガンダムが3機、換装している余裕もないだろう。

 

 「結構数が多いな。ブリッツがいないのがせめてもの救いかな」

 

 前回の戦闘でかなりの損傷を与えたブリッツは戦線に復帰できなかったようだ。

 

 火力のあるガンダムは1機でも少ない方がいい。

 

 「アスト、 あれを見て!」

 

 キラが言う先にいたのはシグーの面影を持つ機体がいた。

 

 「まさか、あれってあの時のシグーか?」

 

 「多分」

 

 アストとキラがこれまで戦ってきた敵の中で最も危険視していたのは青紫のジンと砂漠で戦ったシグーの2機である。

 

 あのパイロット達は強敵で、敵のガンダムよりも厄介な敵だった。

 

 しかもあのシグーの形状は―――前とはかなり違う。

 

 どうやら以前よりも強化されているらしい。

 

 だがそれでも負ける気ははない。

 

 再びあれらの敵と戦う時に備えて今まで訓練をしてきたのだから。

 

 「あれが一番の強敵だ。注意しろよ、キラ」

 

 「了解!」

 

 敵が射程に入ると同時に先に出撃していたムウのランチャーストライカー装備のスカイグラスパーが先制攻撃を開始する。

 

 「坊主共、しっかりついてこいよ!」

 

 今回はエフィムが予備のエールストライカー、トールがソードストライカー装備し出撃していた。

 

 最近はこの2人もようやく息が合ってきた。

 

 連携を組めばそう易々と落とされる事もないだろう。

 

 「「了解!」」

 

 ムウの撃ち込んだアグニの一撃でディンを撃墜し、ビーム砲の連射で周囲の敵を分散させる。

 

 それに合わせて2人も攻勢に出た。

 

 「トール、いくぞ!!」

 

 「おう!」

 

 息の合った連携を組み、正面の敵に向かっていく。

 

 エールの推力で一気に加速し、装備したビームライフルとビーム砲の連撃でグゥルに乗ったジンを狙撃する。

 

 空戦能力の高いディンよりグゥルに乗った機体の方がまだ動きは鈍い為、撃墜しやすいと判断したのだ。

 

 狙い通りジンを撃墜したエフィムを攻撃しようとするディン。

 

 それを回り込んだトールがシュベルトゲーベルで両断して撃破する。

 

 「よし、いいぞ。その調子だ! ただしXナンバーには手を出すなよ。あっちはアストとキラに任せておけばいいからな!」

 

 「「了解!」」

 

 3匹の鷹を連想させる見事な動きで連携を取って攻撃していく敵機の姿にエリアスは激しく苛立った。

 

 「あんなナチュラルなどに後れを取ってたまるか! 前時代の兵器ごときに! ザフトを舐めるな!」

 

 「エリアス、迂闊に前に出るな!」

 

 強引に前に出ようとするエリアスを諌めようとカールが叫ぶ。

 

 しかし止まる事無く、乗機のジンアサルトをムウのスカイグラスパーに向ける。

 

 カールはあまりに慎重すぎる。

 

 「あんな蠅などに負ける筈がない!」

 

 飛び回るスカイグラスパーに狙いを定め、突撃銃を発射する。

 

 だが敵機は射線を読んでいたかのように、ひらりとかわし動きを捉える事が出来ない。

 

 「ちょこまかと!」

 

 脚部のミサイルポッドからミサイルを発射し、グレネードランチャーで進路を塞ぐ。

 

 そして追い詰めたところにガトリング砲で止めを刺そうと狙いをつけた。

 

 「これで終わりだ!」

 

 そう意気込みトリガーを押し込もうとしたその時―――

 

 「エリアス、後ろだ!」

 

 「なっ!?」

 

 いつの間にか後ろに回った二機のスカイグラスパーがこちらを狙っている事に気がつく。

 

 エリアスはコーディネイター故の反射神経でビームライフルの一射をギリギリで回避する。

 

 しかしすぐ後ろから来たもう1機が撃ち込んだビーム砲に突撃銃を破壊されてしまった。

 

 「こいつら!?」

 

 攻撃を仕掛けてきた2機の方へ注意を逸らした瞬間、さっきまでエリアスが狙っていたムウに逆にロックオンされてしまった。

 

 「悪いが貰ったぞ!」

 

 「しまっ――」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 ビームが発射されジンアサルトを撃ち抜こうと迫る。

 

 だが目を閉じたエリアスが撃墜される事はなかった。

 

 カールが自身の機体を前に出し、盾にしてかばったのである。

 

 スカイグラスパーのビームはジンアサルトの腕を容赦なく撃ち抜き破壊する。

 

 「カール!? 無事か!?」

 

 「ああ、片腕がやられただけだ。問題ない」

 

 動き回る敵機を牽制しながらカールを庇い、徐々に後退する。

 

 「悪い、俺が突出したせいで」

 

 「だから気にするな。それより敵が来るぞ!」

 

 こちらを狙ってくるスカイグラスパーを周りの味方と共に迎撃する。

 

 しかしこれはムウの作戦通りだった。

 

 ジンやディンを出来るだけ引きつけ、撃墜しながらアークエンジェルより引き離す。

 

 これによりイレイズとストライクの負担がかなり減る筈である。

 

 現にアークエンジェルを攻撃しているのは3機のガンダムと不明機、数機のディンのみだ。

 

 「ま、そっちは頼むぞ!」

 

 あの2人なら問題ない。

 

 それはムウの勘であり、同時に確信に近いものだった。

 

 ムウは2機と連携し機体を旋回させ、戦闘に集中し始めた。

 

 

 

 

 ムウ達のおかげで敵機の数も減ったとはいえ、依然としてアークエンジェルでも激しい戦闘は続いていた。

 

 放たれる砲撃に合わせ、イレイズ、ストライク共に敵機を順調に撃退していくが今回はザフト側も動きが違う。

 

 あのシグーらしき機体が加わった所為なのかはわからないが、鬼気迫る勢いで攻撃を仕掛けてきているのである。

 

 特に3機のガンダムの攻勢は凄まじく、よほどの決意と覚悟を持って戦闘に臨んでいるのだろう。

 

 「ディアッカ、ストライクを牽制しろ!」

 

 「了解!」

 

 スナイパ―ライフルでストライクを釘づけにすると、その隙にデュエルが接近しシヴァを叩き込む。

 

 「くっ、こいつら!」

 

 キラも流石に前のようにすぐに決着という訳にもいかない。

 

 以前は全くと言っていいほど連携のとれていなかった彼らだったが、今回は明らかに違うからだ。

 

 「落ちろ、ストライク!」

 

 「くっ!?」

 

 何があったのかは知らないがこちらも黙ってやられるつもりはない。

 

 キラはアークエンジェルの援護を受けながらビームライフルを発射し、相手の動きを阻害していく。

 

 そしてストライクとは別方向を警戒していたアストもまたアスランとの戦闘に入っていた。

 

 イージスのビームライフルを防御しながら、こちらも狙いをつけて撃ち返す。

 

 「アスト・サガミ! 今日こそ決着をつけるぞ!」

 

 「チッ!!」

 

 アストは思わず舌打ちをしながら、反撃を試みる。

 

 こちらとしてはすぐにでも接近戦に持ち込み決着をつけたい所なのだが、それをもう1機の敵が邪魔をしてくる。

 

 あのシグーだ。

 

 ビームライフルによる攻撃も面倒だが、問題なのは腰にマウントされたあのビーム砲だ。

 

 アレの直撃を受けたら流石にただでは済まない。

 

 「やっぱり、あいつが一番面倒だな」

 

 正確な射撃といい、動きといい、他の奴とは完全に一線を画している。

 

 アスランを仕留める為にはまず奴をどうにかしなければなるまい。

 

 「今まで通りいくと思うなよ、イレイズ!!」

 

 シグーの放ったビームを防御すると、タスラムを撃ち込んだ。

 

 まだ救いなのはあのビーム砲は連続では撃てず、しかも隙も大きくなる為か簡単には使ってこない。

 

 ならば狙うのは前回と同じく足もとのグゥルだ。

 

 あれさえ落とせば飛行の能力を持たない機体はこちらを追えない。

 

 「キラ、グゥルを狙うんだ。それで1機でも脱落させればそこから押し込める!」

 

 「分かった!!」

 

 デュエルのグゥルを狙いビームライフルを撃つがそれを看破しているのか、簡単には当たらない。

 

 このままでは埒が明かないと判断したキラは飛び上がり接近戦を仕掛ける。

 

 「ストライク!!」

 

 「デュエル!!」

 

 互いのビームサーベルをシールドで受け止め、火花を散らしてこう着状態となる。

 

 こいつを倒す!

 

 お互いが相手を睨みながら同じことを思うが、その状態も長くは続かない。

 

 キラがデュエルのビームサーベルを受け止めたシールドを意図的に引いたのである。

 

 「何ィ!?」

 

 いきなりシールドを引かれた事で、バランスを崩したデュエルに膝蹴りを入れ、さらにビームサーベルを一閃する。

 

 光刃が右腕を落とし、回し蹴りの要領で下に叩き落すと同時にビームライフルでデュエルを狙い撃った。

 

 それがデュエルの左足を直撃し、大きな爆発を引き起こした。

 

 「ぐああああ!!!」

 

 彼にとって不幸だったのは落ちていった場所がアークエンジェルの甲板部分だった事だろう。

 

 思いっきり甲板に叩きつけられたイザークはそのまま意識を失ってしまった。

 

 「イザーク!?」

 

 ディアッカがイザークの下に駆けつけるため、アークエンジェルに取りつこうとするがそれをさせるキラではない。

 

 バスターの進路を阻むようにビームライフルを放った。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 ディアッカは焦る。

 

 叩き落とされたデュエルはすでにPS装甲が落ちている。

 

 足を破壊された時の爆発の影響かは不明だが、コックピットの方にもなにかあっておかしくはない。

 

 イザークが無事かどうか不明なのだ。

 

 それを見ていたアスランは即座に判断しシリルに命じた。

 

 「シリル、ディアッカの援護に行け!!」

 

 「しかし!?」

 

 「イレイズは俺が討つ!! 元々そのつもりだったんだ!!」

 

 こいつだけはと、あの時宇宙で誓ったのだ。

 

 だがその瞬間、脳裏にレティシアの顔が浮かんだ。

 

 彼女は奴を――――

 

 「ッ!?」

 

 頭を振って余計な考えを追いだすと敵を見据える。

 

 こいつは絶対に俺の手で討つのだ!

 

 「了解だ! ストライクは任せろ!」

 

 「……ああ!」

 

 本来ならばキラも自身の手で決着をつけるべきなのだろう。

 

 だがそれは後だ。

 

 自分が絶対に倒すべき相手、それは間違いなくイレイズなのだから。

 

 「いくぞ!!」

 

 イージスをイレイズに向け接近させるとビームサーベルを抜いて突撃する。

 

 「上等だ! ここで決着をつけてやる!」

 

 それを見たアストは意気込みながらライフルを投げ捨てた。

 

 狙いは同じく接近戦。

 

 ここでアスラン・ザラを仕留める。

 

 サーベルを引き抜き甲板から飛び出すと一直線にイージスに向かって突っ込んでいく。

 

 そしてアスランに命令を受けたシリルはアークエンジェルからの砲撃を回避しながら、バスターと交戦しているストライクに攻撃を仕掛ける。

 

 ここまで来ればもはや因縁と言ってもいい。

 

 宇宙から続いてきた戦いをここで終わらせる!

 

 「今日こそ倒す、ガンダム!!」

 

 「あのシグーか!? でも、 前みたいにはいかない、そのために訓練してきたんだ!!」

 

 お互いに剣を構え激突する2機。

 

 それを見ていたディアッカも援護に入ろうとするが横からのビームに晒される。

 

 「何!?」

 

 「忘れて貰っちゃ困るね!」

 

 バスターの進路を塞いだビームを撃ってきたのは、ムウのスカイグラスパーであった。

 

 その後ろからエフィムとトールの機体もいる。

 

 大半のディンを撃破し、残りも損傷させた3機はアークエンジェルを援護する為に戻ってきたのだ。

 

 「坊主共、正念場だぞ!!」

 

 「「了解!」」

 

 だが戻ってきたのはスカイグラスパーだけではない。

 

 損傷しながらもエリアスとカールのジンアサルトも援護に駆けつける。

 

 「お前ら、そんな状態で!?」

 

 「そんな事より援護しますよ、ディアッカ先輩!!」

 

 エリアスのジンアサルトは肩とウイングバインダーを損傷しバランスが悪い。

 

 良くこの状態で戦えたと感心してしまうほどの状態であった。

 

 「俺より自分の事を気にしとけ!」

 

 「大丈夫ですよ!」

 

 そしてもう1機のジンアサルトはそれこそエリアスより酷い状態だった。

 

 片腕もなく武装のほとんど欠損している。

 

 「カールはもう撤退しろ!」

 

 「しかし!?」

 

 「ここは俺達に任せておけよ、カール。その機体、もう満足に動かないんだろ」

 

 確かにこのまま居ても足手まといにしかならないかもしれない。

 

 「くっ、了解」

 

 「いくぞ、エリアス! 言っておくが無理すんなよ!」

 

 「了解! ナチュラルなんてここで落して見せますよ」

 

 「ああ、そうだな!!」

 

 攻撃を仕掛けてくるバスターの姿を見たムウも呟いた。

 

 「お前さんの顔も見飽きたんでね。そろそろ退場して欲しいんだがな!!」

 

 ここにエース同士の対決が始まった。

 

 

 

 

 

 

 エース同士の決戦が開始され、アークエンジェルを狙う敵の数がさらに減りはしたものの、ブリッジでも戦いは今も続いていた。

 

 「バリアント、撃てぇー!!」

 

 「各機の戦況は?」

 

 「はい。イレイズはイージスと、ストライクはシグーと思われる機体、スカイグラスパーはバスター、ジンと交戦中です!」

 

 残りの敵機の数もそう多くはない。

 

 これならアークエンジェルだけで十分に対応できる。

 

 「みんな、もう少しよ!」

 

 そう、もう少しなのだ。ここを突破出来ればアラスカに辿り着ける。

 

 「ナタル!!」

 

 「了解! ゴットフリート照準、撃てぇー!」

 

 アークエンジェルの進む道を切り開くようにゴットフリートの砲撃が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 エース同士の戦いは、激しさを増しながらも拮抗した状態となっていた。

 

 互いがすべてを駆使して相手を倒そうと攻防を繰り広げる。

 

 しかしそれも長くは続かない。

 

 最初に均衡が崩れだしたのはイレイズと戦っていたイージスであった。

 

 イレイズのシールドに突き飛ばされたイージスが大きく揺らぎ、バランスを崩してしまう。

 

 その瞬間を狙ったアストはビームサーベルを袈裟懸けに叩きこむ。

 

 「ぐぅぅ、くそォォォ!!!」

 

 アスランは紙一重のタイミングで何とかシールドを突き出して受け止めるとイレイズを怒りの籠った視線で睨みつける。

 

 「ここまで、ここまでの差があるのか。俺と奴には!」

 

 完全な防戦一方。

 

 反撃する事すらままならない。

 

 前回の戦いで技量の差はわかっていたが、ここまで圧倒されるなんて思っていなかった。

 

 アスランも負けてたまるかとビームサーベルを振るうが、イレイズに掠める事も出来なかった。

 

 アストははすでにシールドによる防御すらしていないというのに。

 

 クルーゼ隊のエースパイロットとしてこれほどの屈辱は無い。

 

 「こんなものか、アスラン・ザラ!!」

 

 「くっ!」

 

 イレイズから距離を取りビームライフルで牽制しながら、スキュラを放つ。

 

 「甘い!」

 

 それを冷静に見切ったイレイズは飛び上がって回避すると背中のタスラムをせり出して撃ち込んでくる。

 

 砲弾を回避しようとするが間に合わず、ビームライフルを破壊されてしまう。

 

 そして破壊されたライフルの起こした爆発の余波でイージスは仰向けに転倒してしまった。

 

 「ぐあああああああ!!!」

 

 アストは決着をつける為、そしてこれで終わらせる為にビームサーベルを構えて斬りかかった。

 

 「これで終わりだァァ!  アスラン・ザラ!!」

 

 「あっ―――」

 

 繰り出され、容赦なく振り下ろされる光刃を前に、アスランはただ呆然とその軌跡を見つめる事しかできなかった。

 

 もう防御も間に合わない。

 

 完全な敗北―――それを受け入れた。

 

 だがその時、イージスとイレイズに割り込む影があった。

 

 「隊長!!」

 

 イージスを助ける為に飛び込んできたカールのジンアサルトだ。

 

 残った片腕で重斬刀を振り上げ、イレイズに斬りかかったのだ。

 

 しかし傷ついた機体ではイレイズに及ぶべくもなく、あっさりと迎撃されてしまった。

 

 「邪魔だァァ!!」

 

 アストは重斬刀をかわすと逆にビームサーベルを下段から振り上げる。

 

 光刃が腕を斬り落とし、両腕を失って戦闘不能に陥ったジンを蹴り飛ばす。

 

 「ぐうううう!!!」

 

 アストは再びイージスに向きなおり、止めを刺さんとビームサーベルを振りかざした。

 

 しかし―――

 

 「隊長ォォォォ!!!」

 

 「カール!?」

 

 イージスを庇うように飛び出してきたカールの半壊状態の機体にビームサーベルが深々と突き刺さった。

 

 「た、いちょう、に、げてくだ、さい」

 

 血を吐くような、擦れたカールの声がアスランの耳に届く。

 

 通信機から聞こえてくる微かな声が現状を物語っているにも関わらず、何が起きたか理解できない。

 

 「あ、あ、あああ」

 

 そしてその声はアストにも届いていた。

 

 通信機から聞こえてきたのはカールの声―――

 

 「ア、スト、ごめん、な」

 

 そして限界が来たジンアサルトはそのまま爆散した。

 

 

 「あ、ああ、あああああああ、カ―ルゥゥ―――――ッ!!!!!!」

 

 

 アストは爆散した機体から飛び退くように離れ、その光景をただただ見詰めていた。

 

 「……カールが今の機体に乗っていたのか」

 

 カールは知っていたのだろうか?

 

 イレイズに乗っているのがアストだという事を。

 

 いや、知っていたならもっと早くに何か言ってきそうなものだ。

 

 つまり聞こえてきたのはカール自身が最後に本心から呟いた言葉なのだろう。

 

 変な気分だった。

 

 正直死ねばいいと思った事があるくらい嫌っていたし、憎んでいたのに。

 

 復讐を果たして、喜ばしい筈なのに―――

 

 思わず操縦桿を殴りつけた。

 

 何でこんな気分になっているのか、自分でもわからなかった。

 

 

 

 

 爆発し撃破された機体の残骸を見ながらアスランは怒りで震えていた。

 

 不甲斐無い自分をフォローしてくれたカールの笑顔が浮かぶ。

 

 そんな彼を助けられず、見ている事しかできないまま死なせた自分の無力さも、そして―――あっさりと殺した目の前の敵も、許せなかった。

 

 そう―――絶対に許せない!!!

 

 殺してやる!!

 

 殺意だけがアスランを支配し、それ以外の思考は一切消えた。

 

 

 

 「アスト・サガミィィィィ!!! 貴様ァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 アスランのSEEDが弾けた。

 

 

 

 「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 シールドを投げ捨て両手足のビームサーベルを抜き放ち、イレイズに襲いかかる。

 

 「殺してやる!!!」

 

 アストは後退しながらシールドで防御するが、アスランの動きはそれを上回っていた。

 

 右手のサーベルをかわすと次は逆の左足から、その次は右足、左手と縦横無尽にビームサーベルが襲いかかってくる。

 

 「くっ、数が多い!?」

 

 ついに対応できなくなった所に隙が出来る。

 

 アスランはそれを見逃すことなく斬撃を叩き込んだ。

 

 それによりイレイズのシールドが吹き飛ばされ、さらに右足のサーベルが右肩部の装甲を斬り飛ばす。

 

 「落ちろォォォォ!!!!」

 

 アスランは獣のような咆哮を上げながらイレイズに迫る。

 

 体勢を崩した所に斬撃を加え左胸部を抉り、さらなる斬撃がイレイズが回避する寸前に右のタスラムを斬り裂いた。

 

 「ぐぅ、タスラムが!? この動きはまさか……」

 

 アスランの別人のような動きの原因をアストは冷静に看破した。

 

 SEEDに間違いない。

 

 「貴様だけは絶対に許さない!!!」

 

 「SEEDか。だけど―――」

 

 焦る必要は無い。

 

 落ち着け!

 

 深呼吸し冷静にイージスを見つめる。

 

 すべてはこんな敵に備えの事、今まで積んできた訓練はこの為だったのだ。

 

 「いくぞ!」

 

 アストのSEEDが発動した。

 

 

 

 

 アスランは感じた事のない感覚に身を委ねながら、勝利を確信した。

 

 勝てる!

 

 こいつを殺せる!

 

 「俺の前から消えろォォォォ!!! アスト・サガミィィィィ!!!」

 

 アスランは勝利感に酔いながらイレイズに特攻する。

 

 この時、自身の勝利を微塵も疑っていなかった。

 

 それがあっさり覆る事も知らないまま。

 

 

 

 

 

 カール機の撃墜。

 

 その様子はストライクやスカイグラスパーと交戦していたシリルやディアッカ、エリアスも見ていた。

 

 「カ、カール、まさか……」

 

 「う、嘘だろ。そんな、嘘だ!!」

 

 「くぅぅぅ、イレイズゥゥゥ!!!」

 

 シリルは激昂すると同時にSEEDを発動させるとイレイズに突撃しようと向きを変えるが、そこにキラが割り込み進路を阻んだ。

 

 「行かせるか!!」

 

 「邪魔だぁぁ――――!!!」

 

 シグーディバイドはレーザー重斬刀を振り下ろし同時にビームライフルを捨て肩に装備されたビームサーベルを引き抜くと横薙ぎに叩きつける。

 

 重斬刀をシールドで防ごうとしたキラは、シグーのビームサーベルに気づき後退して避けようとするが、ビームライフルを切断されてしまった。

 

 「ぐっ、こいつはやっぱり強―――うわあああ!!!」

 

 ウイングバインダーを吹かせ体当たりしてきたシグーによってストライクはアークエンジェルの甲板から突き落とされてしまい、2機はもつれ合うように下の島へと落ちていく。

 

 「キラ!!」

 

 「トール、今はキラより目の前の敵だ!!」

 

 バスターもジンアサルトも動きが先程までと違う。

 

 仲間を倒された事で、決死の攻勢に出たらしい。

 

 「よくもカールを!!」

 

 「このナチュラル共が!!」

 

 「こいつら、急に!?」

 

 バスターのガンランチャーを何とか回避したトールであったが、その先にジンアサルトが待ち構える。

 

 エリアスは肩のガトリング砲で牽制しながら敵機を誘導するとアサルトシュラウドをパージして目くらましに使い、上から重斬刀で斬りかかった。

 

 「しまっ――」

 

 「落ちろ!」

 

 撃墜されかけたトールをエフィムが援護する。

 

 ビームライフルがジンの片腕をもぎ取り、ミサイルがグゥルを破壊するとジンはそのまま海へと落下した。

 

 「ぐぁぁぁ!!!」

 

 「エリアス!?  よくも!!」

 

 ディアッカはバスターを反転させエリアスを落とした2機に襲いかかる。

 

 こいつらはだけは許せない!!

 

 普段皮肉ばかり斜に構えたディアッカも今は敵への怒りを隠そうともしない。

 

 「エフィム、助かった!」

 

 「気にするな。それよりバスターだ」

 

 エネルギーライフルで2機を攻撃してくるバスターにムウが仕掛ける。

 

 「そう簡単にはやらせないぞ、バスター!!」

 

 「ちょこまか逃げやがって!!」

 

 ムウの攻撃をかわしながらも反撃してくるバスターだが、スカイグラスパーの推力を最大限に使った機動を捉えられない。

 

 「くそ、ナチュラルが!」

 

 それを見たエフィムがムウとトールに叫ぶ。

 

 「俺が突っ込む。その後で少佐、トールだ」

 

 「おい、エフィム―――」

 

 また無茶な事をしようとしていると思ったトールは止める為に声を掛けようとするが、モニターに映ったエフィムの顔を見て何も言えなくなった。

 

 「少しは信じろよ、仲間だろ!」

 

 「……よし、行け」

 

 そんな彼の覚悟を汲み取ったムウは何も言わずに指示を飛ばす。

 

 「了解!」

 

 バスターに突っ込んでいくエフィム。

 

 「正面からかよ、舐めやがって」

 

 ディアッカはスカイグラスパーに向けミサイルを発射、それをエフィムは機関銃で迎撃すると爆煙で視界が塞がれた所にミサイルを撃ち込んだ。

 

 「見え見えだよ! 落ちろ!!」

 

 バスターは動きを鈍らせたスカイグラスパーをガンランチャーで攻撃してくる。

 

 間違いなく直撃する。

 

 だがこれがエフィムの狙いだった。

 

 機体を回転させシールドをつけた左側でガンランチャーを防いで見せたのである。

 

 「ぐっ!!」

 

 「なんだと!?」

 

 予想外の動きにかなり驚きはしたものの、敵機は完全に体勢を崩している。

 

 その隙に追撃の為エネルギーライフルを向けた。

 

 しかしそれがいけなかった。

 

 注意をエフィム機に向けた瞬間、ムウのスカイグラスパーがアグニで攻撃してきたのだ。

 

 「1機だけじゃないんでね!」

 

 「しまった!」

 

 アグニがバスターの右腕を捉え吹き飛ばすが、ディアッカもザフトのエースであり、赤服の1人。

 

 攻撃が当たる前にエネルギーライフルの照準を変えムウのスカイグラスパーに攻撃を仕掛けていた。

 

 「チィ!」

 

 ビームの一射が機体の推進器を掠めてしまった。

 

 これで先程までのような動きはできないだろう。

 

 「くそ、これぐらいで―――なっ」

 

 ディアッカは自機の損傷に気を取られ一瞬、失念していたのだ。

 

 そう、スカイグラスパーはもう1機いた事に。

 

 「うおおおおお!!」

 

 突撃してきたトールのスカイグラスパーが構えたシュベルトゲーベルがバスターの左肩ごと左腕と左足を斬り裂いた。

 

 「ば、馬鹿な、俺がナチュラ―――うああああ!!」

 

 そしてすれ違いざまにアンカーを発射し、バスターを掴むとグゥルより引きずり下ろしそのまま海に叩き落とした。

 

 「ハァ、ハァ、少佐、エフィム大丈夫か?」

 

 「俺は問題ない」

 

 「こっちは戻らないと駄目だな」

 

 ムウの機体は煙を出し、外側から見て一目で分かるほど厳しい状態である。

 

 これ以上の戦闘は無理な事は一目瞭然だった。

 

 「もう残っているのは2機だけです。少佐はアークエンジェルへ」

 

 「……わかった。無茶だけはするなよ」

 

 「「了解」」

 

 ムウの帰還を確認したところでトールとエフィムも動き出す。

 

 「俺達も2人の所に行こう。俺はキラの方へ」

 

 「じゃ、こっちはアストの方に行く」

 

 2人はバラけて各機の援護に向かった。

 

 

 

 

 アークエンジェルの甲板から小島へと降りたキラとシリルはお互いに刃を振り激しくぶつかり合っていた。

 

 両者SEEDを発動させ激しい攻防を繰り広げる。

 

 ストライクのサーベルが空を斬り、同時に繰り出したレーザー重斬刀もかわされる。

 

 互角に見える両者に違いがあるとすればそれは冷静さであった。

 

 シリルは仲間を殺され怒りに満ちているが、キラはSEEDを発動させながらも完全に冷静であった。

 

 「ガンダムゥゥ!!」

 

 憤怒と共にストライク目掛けレーザー重斬刀が振るわれるが、防御はおろか回避の素振りも見せない。

 

 そう、単純にキラはこの瞬間を待っていたのだ。

 

 敵の振るってきた斬撃のタイミングに合わせビームサーベルを振り上げる。

 

 「ここだァァ!!!」

 

 その結果、ビームサーベルにより、レーザー重斬刀は刀身半ばから叩き折られてしまった。

 

 「なにぃ!」

 

 レーザー重斬刀は取り回しが悪いものの、非常に高い攻撃力を持った武装である。

 

 仮に直撃を受けてしまえば、それだけで致命傷になってしまうだろう。

 

 だからキラはさっさと破壊してしまった方が戦いやすいと判断したのである。

 

 「これが狙いか!?」

 

 重斬刀を折られ、踏鞴を踏んだ隙に頭部に蹴りを入れられ、シグーはセンサーの一部が破損してしまう。

 

 「チィ!」

 

 「ハァ、ハァ」

 

 あのシグー相手に互角に戦える。

 

 キラは確かな手ごたえを感じながら操縦桿を握り返し、敵を警戒する。

 

 しかし今の攻撃により逆にシリルは冷静になっていた。

 

 「前から分かっていた事ではあるが強いな!」

 

 冷静さを無くして勝てる相手ではない。

 

 折られた重斬刀を投げ捨て両手にビームサーベルを構える。

 

 「いくぞ!」

 

 シグーに合わせキラも攻勢に出る。

 

 しかし今回驚くのはキラの方だった。

 

 先程までのどこか勢いに任せた荒々しい攻撃ではなく冷静な斬撃。

 

 これによりキラはタイミングを狂わされシールドを斬り裂かれてしまった。

 

 シールドを斬り裂いたシリルはもう片方のビームサーベルでストライクの右胸を抉った。

 

 「ぐぅ、そう簡単にやらせないぞ!」

 

 キラは左手にもビームサーベルを持つとシグーの斬撃を掻い潜り左右に攻撃を繰り出す。

 

 それがシグーの頭部を破壊し、左肩部分を斬り裂いた。

 

 だがシリルは引くことなく蹴りを入れるとストライクを突き放すと後退した所にさらなる追撃を繰り出す。

 

 片方のビームサーベルを投げつけ、その隙にビームキャノンを構えた。

 

 「しまった!」

 

 体勢を崩した状態でビームサーベルをかわしたキラはビームキャノンを避ける余裕がない。

 

 「終わりだ、ガンダム!!」

 

 発射されたビームキャノンの強烈な閃光がストライクに襲いかかる。

 

 キラは咄嗟にスラスターを全開にし、右に避けようとするが間に合わずに左腕を完全に破壊されてしまった。

 

 「うわあああ!!」

 

 仰向けに倒れ、衝撃から意識をはっきりさせようと頭を振りながら機体状態を確かめる。

 

 左腕は完全に破壊されてしまい、それによって左足も影響を受けているかもしれない。

 

 「しぶといな、だがここまでだ!」

 

 シリルは再びキャノンを構えた。

 

 キラの脳裏に今までの事が浮かぶ。

 

 これまでの戦い、失ったもの、そしてオーブでの再会、そして思い出す。

 

 自分には死ねない、負けられない理由がある事を。

 

 そこに―――

 

 「キラ!!」

 

 トールのスカイグラスパーがビームを撃って乱入して来たのだ。

 

 ビームキャノンを撃とうとしていた突然の乱入者にシリルは舌打ちしながら回避する。

 

 「トール!? 駄目だ来るな! こいつは危険なんだ!!」

 

 「でも、お前!」

 

 トールにキラを見捨てられる筈はない。

 

 だがキラをあそこまで追い詰める相手に自分ではどうにもならない事も理解できる。

 

 ―――その時、ムウの言葉が脳裏をよぎった。

 

 ≪お前の悪い癖はすぐ調子に乗ってしまう事だ。常に冷静に、自分の力量を履き違えるな≫

 

 そうだ、冷静になれ。

 

 今自分のできる事は何だ?

 

 「……直接戦う事じゃない。俺がすべき事はキラの援護だ」

 

 シグーに対し一定距離を保ったまま、牽制のつもりで攻撃、決して正面から向ってかないようにする。

 

 「うるさい奴め!」

 

 シリルがトールに攻撃しようとした瞬間、キラに向けて叫んだ。

 

 「キラ、あいつの注意を引くんだ。その間にソードを射出する!!」

 

 「えっ……わかった!」

 

 機体を立ち上がらせたキラはイーゲルシュテルンを撃ち込みながら、シグーに向けて突っ込んでいく。

 

 「自棄になったか、ガンダム!」

 

 スカイグラスパーを狙っていたビームキャノンをストライクに向け、発射態勢に入った。

 

 「今だ!」

 

 発射の直前にエールを分離させ機体は真上に飛び、エールをそのまま突っ込ませた。

 

 「なんだと!?」

 

 ビームキャノンがエールストライカーを破壊し爆散させると、至近距離だったため爆煙がシリルの視界を塞いだ。

 

 「トール!!」

 

 「いくぞ、キラ!」

 

 スカイグラスパーから射出されたシュベルトゲーベルを空中で受取り、そのままシグーに振り下ろした。

 

 「うおおおおおお!!」

 

 シリルは爆煙の中から現れたシュベルトゲーベルを回避出来ず、直撃を食らってしまった。

 

 右肩から袈裟懸けに斬り裂かれる。

 

 「まだだぁぁ!!」

 

 動く左手のビームサーベルを振り上げようとするが、キラはシュベルトゲーベルから手を離し蹴りを入れて吹き飛ばすとシグーは崖から海に転落し、小さな爆発を引き起こした。

 

 「大丈夫か、キラ?」

 

 「ハァ、ハァ、うん。助かったよトール」

 

 「いや、間に合ってよかった」

 

 アストの安否も気になるがこの状態ではどうしようもない。

 

 キラは信じるしかないと自分に言い聞かせシートに深く座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 アスランは手を緩める事無く、容赦ない攻撃を加えていく。

 

 しかしそれでも焦りを隠せないでいた。

 

 その理由は簡単である。

 

 要は追い詰めた筈の敵を何時まで経っても仕留める事が出来ない。

 

 それが彼の焦りを募らせていた。

 

 先程まで自分の方が絶対的に優勢だった筈なのだ。

 

 損傷も与え、武装も破壊した。

 

 にも関わらず攻撃が当たらない―――当たらないのだ。

 

 あと少しなのに!

 

 こいつを殺せるのに!

 

 「はああああ!!」

 

 咆哮し憎悪を込めて逆袈裟から一撃を叩きつける。

 

 だがそれも容易く見切られ、弾き飛ばされると逆に振るわれた斬撃によってこちらの装甲が抉られてしまう。

 

 アスランは怒りに我を忘れながらも驚愕していた。

 

 シールドを失ったイレイズにビームサーベルを防御する手段はないはずだった。

 

 だが奴はそれを信じられない方法で解決したのである。

 

 ブルートガングだ。

 

 イレイズはイージスのビームサーベルではなく、腕や足と言った実体部分に攻撃のタイミングを合わせ左手のブルートガングを叩きつけて弾き飛ばしていたのだ。

 

 アストはこれまでの戦いで学んでいた。

 

 PS装甲は実弾や実剣でダメージは与えられない。

 

 だが衝撃を殺す事は出来ないのだ。

 

 だからイージスの攻撃に合わせ実体部分を狙えば防御と同時に体勢も崩せる。

 

 しかし普通のパイロットではSEEDを発現させたアスランの動きの合わせて攻撃を繰り出すなど不可能だろう。

 

 だがアストもまたSEEDを持っているのだ。

 

 出来ない筈がない。

 

 「くそォォォォォ!!」

 

 怯む事無く右足を蹴り上げ、同時に左腕を上段から振り下ろす。

 

 しかし―――

 

 「無駄だ!!」

 

 斬撃を弾き、隙が出来たところにビームサーベルを叩きこむ。

 

 振り上げたイレイズの一撃がイージスのコックピットハッチを吹き飛ばした。

 

 切り裂かれた衝撃と共にアスランの目に前に外の景色が広がった。

 

 「くぅぅぅ!」

 

 視線の先には憎むべき男が乗るイレイズの姿が真近に見える。

 

 負ける訳にはいかない!

 

 カールの為にも!

 

 迂闊に攻撃出来ないアスランは歯噛みしながらも一旦後退するが、そこに別方向からビームが飛んできた。

 

 飛び退いてビームをやり過ごし、振り向いた先にはアークエンジェルの戦闘機、エフィムのスカイグラスパーだ。

 

 「アスト、無事みたいだな!」

 

 装甲が所々破壊されているイージスの姿はエフィムには満身創痍に見えた。

 

 今なら倒せると判断したエフィムはイージスに攻撃を仕掛ける。

 

 「エフィムか!? 下がれこいつは―――」

 

 それが再びアスランの怒りに火をつけた。

 

 あの戦闘機が来たという事は他の隊員達も――

 

 脳裏に一緒に戦ってくれた仲間達の顔が浮かんだ。

 

 こいつらはどこまでも俺の大切なものを奪っていく!

 

 「貴様らはァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 怒りの炎が再びアスランの憎悪を煽り、湧きあがる感情のままスカイグラスパー目掛けて襲いかかった。

 

 「なっ、速い!?」

 

 エフィムの反応を上回る速度でイージスが攻撃を繰り出した。

 

 「逃げろぉぉぉ!!」

 アストもそれを追うが間に合わない。

 

 エフィムも4本のビームサーベルを受け何とか回避しようとするが、ビームライフルごと右側を斬り裂かれたスカイグラスパーは落ちていく。

 

 「エフィムゥゥ!!!」

 

 スカイグラスパーは呆気なく落下し、爆発した。

 

 「あ、ああ」

 

 破壊されたエフィム機の爆煙を眺めながら、オーブでの出来事がよみがえった。

 

 ここから少しずつでも変わっていけると、そう思ったのだ。

 

 現に彼は変わってきていた、本当の仲間になれたと、そう思ったのに―――

 

 アストとキラが抱いた希望をゴミのように!!

 

 こいつが!!!!

 

 「……アスラン・ザラァァァァァ!!!!」

 

 アストは激しい怒りに身を任せイージスに襲いかかり、アスランもまたそれに応じた。

 

 「アスト・サガミィィィィィィィ!!!!」

 

 「うおおおおおお!!!」

 

 アスランの攻撃を掻い潜ったイレイズはサーベルを一閃、次の瞬間イージスの左腕が宙を舞った。

 

 「ぐぅぅ!! 貴様がいなければァァ!! 貴様さえいなければァァァァァァ!!」

 

 そうすべては奴と出会ったばかりに―――奴が存在したばかりに!!!

 

 ありったけの憎悪と憤怒を込めて、光刃を叩きつける。

 

 だがそれはアストにとっても同じ事。

 

 ヘリオポリスからずっとそうだった。

 

 こいつらが自分の居場所を、大切な人達を奪ってきたのだ。

 

 だから―――

 

 「勝手なことを言うなァァァァァ!!」

 

 3本のビームサーベルを再びブルートガングで流しながら、イージスにサーベルを振るいダメージを与えていく。

 

 度重なる攻撃によりイージスの装甲はボロボロになっている。

 

 しかしアスランに撤退の二文字はない。

 

 こいつを倒すまでは!!

 

 

 そして何時までも続くかと思われた戦いも決着の時を迎える。

 

 

 

 装甲の抉られたイージスの右足をブルートガングが弾くと同時に破壊する。

 

 斬られた訳ではない。

 

 しかし完全に動かなくなってしまった。

 

 アスランがここまで拮抗出来た理由は手数の多さにある。

 

 4本のビームサーベルによる縦横無尽の攻撃はアストが技量で上回っているとはいえ十分な脅威であった。

 

 それが半分、これは致命的だった。

 

 「ちくしょう!!!  まだァァァァァ!!」

 

 それでも諦める事無く、残ったビームサーベルを振り下ろす。

 

 だがアストはもはや弾く必要もないと回避する。

 

 そして隙が出来たイージスにビームサーベルを横薙ぎに振るい腹部の装甲を吹き飛ばした。

 

 「今度こそ終わりだァァァァァ!!」

 

 態勢を崩したイージスの腹部にブルートガングを叩き込む。

 

 刃が装甲を貫き、そしてフレームを砕いてイージスの腹部を貫通した。

 

 その衝撃はコックピットまで到達し、アスランを激しく打ちのめした。

 

 「ぐあああああああああ!!」

 

 激しい痛みが全身を襲う。

 

 それでも何とか目を開くと目の前にイレイズの姿があった。

 

 負けられない。

 

 負けたくない。

 

 こいつにだけは!!

 

 その時イレイズのPS装甲から色が落ち、元のメタリックグレーに戻る。

 

 ―――バッテリー切れたのだ。

 

 アスランにとって千載一遇の好機。

 

 今なら倒せる!

 

 とはいえもう満足に戦う力は無い。

 

 ならば最後の手段―――残った力を振り絞り自爆装置を押そうとするが、上手く右腕が動かない。

 

 その間にもイレイズはブルートガングを振り抜こうとしている。

 

 まだだ!

 

 「まだだァァァァァァ!!」

 

 動く足でペダルを動かし、左手で操縦桿を操作する。

 

 イージスの残った左足のビームサーベルを蹴り上げ、イレイズの右腕を斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、こいつ!!」

 

 まだこんな力を残していたのか。

 

 アストは止めを刺す為、操縦桿を押し込みスラスターを全開にした。

 

 「落ちろぉぉぉ!!!」

 

 勢いをつけブルートガングを振り抜くとイージスを真っ二つに両断するが、反動で左の刃は折れてしまう。

 

 そのままイージスは上半身と下半身がバラバラに落下すると同時に爆散した。

 

 

 

 

 ヘリオポリスからの長い戦いが決着した瞬間だった。




機体紹介も更新しました。


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第24話  辿り着いた先

 

 

 

 アークエンジェルはザフトの襲撃を退け、満身創痍ながらもどうにかアラスカに辿り着いていた。

 

 しかしその割に艦内は暗くあまりに静かだった。

 

 その理由の1つはようやくここまで来た事で出た安心感と疲労感。

 

 そしてもう1つはエフィム・ブロワの戦死。

 

 正確にはMIA、つまり戦闘中行方不明という事なのだが実質は戦死扱いとなった為だった。

 

 一応戦闘の終息後にマリューがオーブに捜索を頼んだが、未だに報告は上がってこない。

 

 それが意味する事は、皆言わずとも分かっていた。

 

 これはパイロット組に大きな影響を与えた。

 

 特にそれを目の前で見ていたアストは憔悴し、直接操縦を指導していたムウもやりきれない様子でシミュレーターを殴りつけ、キラやトールもしばらくは格納庫に座り込んで動けなかった程であった。

 

 だがそんな消えない傷を負い、多くのものを抱え込みながらも彼らは目的の地にまで辿り着いたのだ。

 

 しかしだから歓迎されるとは限らない。

 

 入港してきた彼らを会議室のような場所で忌々しく見つめていた者達がいた。

 

 「まさか辿り着くとは……ハルバートンの執念でも守っているのですかね」

 

 「守ってきたのはコーディネイターの子供達ですよ」

 

 1人の士官の男が不機嫌な表情を隠そうともせず冷たく告げる。

 

 ウィリアム・サザーランド大佐。ここにいる将校達の中で、誰よりもブルーコスモスの思想に染まった男である。

 

 「そうはっきり言うものではないよ、サザーランド大佐」

 

 「しかし、GATシリーズは今後我らの旗頭になるべきもの。それがコーディネイターの子供に操られていたのでは話になりませんよ」

 

 「まったくです」

 

 「まあ、まあ。どちらにせよ彼らの末路は決まっているのですから」

 

 彼らにとってアークエンジェルがどれだけの戦果を挙げたかなど関係ない。

 

 これがナチュラルだけでなし得た戦果ならもう少し歓迎しただろう。

 

 だがそこにコーディネイターの存在が混じったら駄目なのだ。

 

 心の底からブルーコスモスの思想に染まった彼らにキラやアストと言った不純物の混じったアークエンジェルなど必要ない存在なのである。

 

 「ええ、すでに準備は整っています。もうすぐですよ」

 

 その時、サザーランドの手元のパソコンより甲高い音が鳴る。

 

 キーボードを操作し、通信を繋ぐと1人の男が映し出されていた。

 

 《ごきげんよう、皆さん》

 

 「アズラエル様」

 

 画面にはブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルが笑みを浮かべている姿が映っていた。

 

 よほどいい事でもあったのだろう、ずいぶん機嫌がよさそうに見える。

 

 「何か、ありましたか?」

 

 《うん、こっちの準備が整ったからその報告にね》

 

 「では、最後の機体も―――」

 

 《うん、完成したよ。パイロットもいいサンプルが見つかったしね》

 

 その言葉に周囲から「おお」と声が上がる。

 

 《これで4機になる。ストイライクダガ―も量産に入ってるし》

 

 「後は予定通りに――」

 

 《それで頼むよ。アークエンジェルは十分役に立ったから、もう必要ないしね》

 

 アズラエルの冷たい言葉に追随するようにその場にいた全員が頷く。

 

 「了解しました―――青き清浄なる世界のために」

 

 

 

 

 《作戦統合室よりアークエンジェルへ通達。現状のまま艦内待機せよ。以上だ》

 

 アラスカに入港したマリュー達にかけられた言葉はあまりにあっけないものだった。

 

 「それだけですか? 他に指示は?」

 

 《これだけしか聞いていない。こっちもパナマ侵攻の噂の所為か忙しくてな、とりあえずゆっくり休んでくれ》

 

 それだけ言うと係員もあっさり通信を切ってしまった。

 

 この対応には些か疑問を感じる。

 

 歓迎されずとももっとはっきりした対応があると思っていたのだが―――どちらにせよ、命令ならば従うしか無いだろう。

 

 クルーは艦内待機と指示を受け、アークエンジェルの食堂では仕事を終わらせたヘリオポリスのメンバーで食事を取っていた。

 

 いつもと違うのは訓練ばかりで時間の合わない3人のパイロットとフレイがいる事だろう。

 

 だがその雰囲気は決して明るいとは言えない。

 

 理由は明白で今だエフィムの事が尾を引いていたのだ。

 

 特にアスト、キラ、トールの顔は暗い。

 

 エフィムが変わり、仲間になれるかもしれないと思った矢先だったのだから、そのショックは相当なものだろう。

 

 そんな雰囲気を嫌ったのかフレイが口を開く。

 

 「いい加減にしてくれないかしら。あんた達何時までそうしてるの?」

 

 「ちょっと、フレイ!」

 

 「黙ってて、アネット。私はあんた達よりもあいつの事には詳しいからね。その上ではっきり言わせてもらうけどあいつはきっと後悔なんてしてないわ」

 

 「えっ」

 

 「あいつのコーディネイター嫌いは本物よ。そんなあいつがあんた達と一緒に戦って、そして助けようとした。この意味分かる? それはあんた達を仲間だって思ってたって事よ」

 

 フレイは真剣な表情で話してはいるが、目には涙が溜まっている。

 

 自身も言っているようにこの中では一番多くの時間共有して来たのはフレイだ。

 

 思うところがあるのは当然だった。

 

 「あいつは助けようとした事を絶対後悔なんてしてないわ。だからあんた達も何時までも気に病むのはやめなさい。悔しいならもっと強くなればいい。そして今度こそ守ればいいでしょ」

 

 彼女なりに元気づけようとしてくれている。

 

 ヘリオポリスにいた頃に比べ本当に変わったようだ。

 

 そんなフレイに触発されたのか3人にもぎこちないながらも笑みを見せる。

 

 「……うん。そうだね」

 

 「ああ」

 

 「ありがとな、フレイ」

 

 フレイは目元を袖で拭き、恥ずかしいのか顔を逸らすのを見て皆が笑顔になる。

 

 和やかな雰囲気となったその時、食堂の外から大声が聞こえてた。

 

 「触るな!!」

 

 何事かと食堂から顔を出すと後ろ手に縛られた同い年くらいの少年がいた。

 

 その顔は怒りで歪み、兵士達に怒鳴りつけている。

 

 デュエルガンダムのパイロット、イザーク・ジュールである。

 

 アークエンジェルの甲板に落ちたデュエルはそのまま回収され、彼はそのまま捕虜となったのだ。

 

 「……あれがデュエルの」

 

 拳を握り締め、キラが低い声で呟く。

 

 エル、そしてエリーゼを殺した相手が目の前にいる、怒りが抑えられないのも無理はない。

 

 それはキラだけではない。

 

 エリーゼを知る面々は皆、目の前の少年を睨んでいた。

 

 それに気がついたのかイザークもまた物凄い形相で睨みつけてきた。

 

 「ふん、なんだよ。ナチュラルが!」

 

 明らかに見下した言い方、その視線や態度はシオン達を思い出させる。

 

 気が付くとアストは血が滲むほど拳を握っていた。

 

 必死に殴りかかりたい衝動を抑えていると、キラが一歩前に踏み出した。

 

 「キラ!」

 

 制止も聞こえていないのか、鋭く睨みつけながらイザークの歩み出る。

 

 「なんだ、貴様」

 

 「何で撃った?」

 

 感情を抑えるようにキラが問いかけに何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げる。

 

 「はぁ?」

 

 「大気圏突入の時、君はシャトルを撃っただろう? 僕はそれを目の前で見てた。何故撃った?」

 

 「目の前でだと? ……まさか貴様がストライクの!?」

 

 キラの発言でストライクのパイロットであると気がついたのだろう。

 

 イザークは表情を一変させた。

 

 「貴様がぁぁ!!」

 

 後ろ手に縛られながらもキラに掴みかかる勢いで前に出るが兵士達に止められる。

 

 「質問に答えろ」

 

 「ふざけるなぁぁ!!」

 

 興奮したのか暴れて質問するどころではない。

 

 「キラ、気持ちは解るけど今は問い詰めても無駄よ」

 

 「でもっ!」

 

 「なんの騒ぎだ!!」

 

 騒ぎを聞きつけたナタルが走り寄り、イザークを一瞥すると即座に兵士に命じる。

 

 「早く独房に連れて行け!」

 

 「はっ!」

 

 兵士達は敬礼を取ると無理やりイザークを連れていった。

 

 無論彼はキラに対して殺意のこもった視線を浴びせ続けていたが。

 

 ナタルはそんな様子にため息をつくと踵を返す。

 

 だが途中で振り返るとキラに声をかけた。

 

 「……ヤマト少尉、気持ちは解るがいい加減割り切れ」

 

 それだけ言うとそのまま去って行った。

 

 その言葉にキラは何かを考えるように反対方向に歩いていく。

 

 「キラ!」

 

 しかしこちらの呼び声に反応する事無く、そのまま歩き去った。

 

 「大丈夫かな、あいつ」

 

 「……いいよ、後で俺が探してみるから」

 

 騒ぎが収まった後、時間を置いてアストはキラを探していた。

 

 部屋には居なかったので、心当たりを探し一応格納庫の方にも顔を出す。

 

 そこでは3機のガンダムの修理が行われていた。

 

 回収したデュエルはともかくイレイズ、ストライクの状態はお世辞にも良いとは言えない。

 

 ストライクの左腕は完全に破壊され、あのシグーのビーム砲を受けた事で左足も酷い状態らしい。

 

 そしてイレイズはイージスの攻撃で右腕を斬り落とされ、右のタスラムを破壊されてしまった。

 

 その上、左のブルートガングは折れてしまっている。

 

 イージスに斬り落とされた右腕は回収してあるが、タスラムや左のブルートガングは修復できるかわからないという決して良いとは言えない状態であった。

 

 眉を顰めて機体を見つめていたアストに気がついたマードックが話しかけてくる。

 

 「おう、どうした?」

 

 「えっと、キラを見ませんでしたか?」

 

 「いや、こっちには来てないな」

 

 「そうですか……ところでタスラムはどうです?」

 

 「見てみたが、ありゃ駄目だな。砲身から完全に切断されちまってて修復不能。予備もないしな」

 

 返ってきた答えは想定はしていたが、最悪に近いものであった。

 

 しかし何も装着しないという訳にはいくまい。

 

 何かを考えなければ。

 

 「ブルートガングの方は?」

 

 「あれも同じだ」

 

 そもそもイレイズは実戦配備から外された機体であり、武装の予備パーツなどは無いのだ。

 

 「……破壊された方のタスラムを外してアータルは着けられませんか?」

 

 つまり片側にタスラム、もう片側にアータルを装着するという事。

 

 だがそれは本来ない仕様なので、かなり無茶を言っている事になるのだが―――

 

 「それだとOSとかみんな弄る事になるぞ」

 

 「お願いします。このままじゃ戦えませんから」

 

 「ハァ、無茶言いやがって。わかったよ、何とかしてみるさ」

 

 「すいません、後で手伝いますから」

 

 「おう」

 

 一通りの機体状態を確認すると格納庫を後にする。

 

 結局キラ見つけたのは誰もいない展望デッキだった。

 

 今はアラスカのドックに入った状態で外は何も見えない為、誰もいない。

 

 そこで手にトリィを持ち、複雑な表情のまま眺めている。

 

 「……キラ」

 

 「アスト、どうしたの?」

 

 「ちょっと話がしたくてな」

 

 キラに並んで外を見る。景色は見えない代わりにアークエンジェルの傷つけられた部分の修理が行われている所が見えた。

 

 手元のトリィを見ると、アストは今になって罪悪感に襲われた。

 

 そう、自分はキラの友達を殺した。

 

 覚悟は決めていたし、そうすると宣言していた。

 

 それでもキラには相当なショックだったに違いない。

 

 「……ごめん、キラ」

 

 「えっ、何が?」

 

 「俺はキラの友達を殺した……」

 

 そう言うと悲しそうにキラが俯いた。

 

 「アストが謝る事じゃないよ。本当なら僕がやらなきゃいけない事だったんだよ」

 

 「キラ」

 

 「……でも、やっぱり僕はまだ心のどこかでアスランを敵だって思ってなかった。だから凄く悲しい。でもそのアスランがエフィムを殺したんだ。それは絶対に許せない」

 

 キラは酷く複雑そうに呟くと、悲しみと憎しみが混在しているような表情を浮かべた。

 

 「これが戦争なんだよね。こうなるって解ってたはずなのに。バジルール中尉の言う通りだ。だからもうけじめはつけなくちゃ」

 

 そう言うと手元のトリィのスイッチを切るとアストに手渡してくる。

 

 「キラ!?」

 

 「アストが預かっていてくれないかな?」

 

 「でも、それは……」

 

 敵だったとはいえ大事な幼馴染から貰った、大切なものの筈だ。

 

 それを―――

 

 「いいんだ。これを持つ資格はもう僕にはないから」

 

 資格なら自分にもない。

 

 キラにそんな思いをさせたのは自分なのだから。

 

 「キラ」

 

 「勘違いしないでほしい。アスランの事を忘れるとかじゃない。ただ区切りをつけたいだけだよ」

 

 「……わかった。預かっておくから」

 

 そう言うとトリィを受け取る。

 

 「じゃ、僕も格納庫に行ってくるよ」

 

 「ああ」

 

 展望デッキから出て行くキラの背中に問いかける。

 

 「キラ、一つだけ聞いてもいいか?」

 

 「何?」

 

 「もし、あいつが生きていたらどうするんだ?」

 

 あの状況で無事とは思えないが、コックピットを直接潰した訳ではない。

 

 生きている可能性もあるだろう。

 

 「……そうだね。戦う事に変わりはないけど、でも少し話がしたいかな」

 

 そう言うとそのまま歩いて行った。

 

 手元の動かないトリィを見ながら敵の事を思い出していた。

 

 これまでの事に後悔はない。

 

 もしアスランが生きていたとしても、再び戦う事になるだけだろう。

 

 そして奴もまた同じ事を考える筈だ。

 

 なのに、アストはどこかで生きていると良いと思っている事に気が付く。

 

 「自分勝手だな、本当に」

 

 アストは苦笑すると展望デッキを後にした。

 

 

 

 

 結局それから数日間アークエンジェルに指示はなく、ただ待機だけが命じられた。

 

 いくらパナマ侵攻に備えてとはいえこの状況は異常である。

 

 捕虜の扱いにさえ何も言ってこないのだから。

 

 その為か、クルーのストレスは溜まる一方だったが、やっと動きがあった。

 

 アークエンジェルの査問会が開かれる事になったのである。

 

 部屋にはアークエンジェルの士官たちが集められ、そして入ってきた数人の将校たちに敬礼する。

 

 「ウィリアム・サザーランド大佐だ。諸君ら第8艦隊所属アークエンジェル審議、指揮を任されている」

 

 サザーランドの冷淡と思われる程冷たい声色の言葉で査問会は始まった。

 

 ヘリオポリスの戦闘の件から、ここアラスカにたどり着くまでの説明していく。

 

 それをサザーランドは不愉快そうに聞いていた。

 

 「―――以上が報告になります」

 

 「ふん、大した戦歴だな。マリュー・ラミアス艦長」

 

 それは誰の目から見ても明らかな皮肉だった。

 

 「まぁ、すべてはコーディネイターの子供がいたことが不運と言ったところかな」

 

 「は?」

 

 どういう事だろうか?

 

 彼らが、アストやキラがいたことが不運?

 

 2人がいなければ私達はここに来れなかったのに?

 

 「君も報告の中でもあっただろう。驚異的な力だと。その驚異的な力がなければここまでの犠牲は出なかっただろうな」

 

 「しかし彼らがいなければ―――」

 

 「彼らがいなければヘリオポリスは崩壊せず、アルテミスは陥落せず、第8艦隊も無事だったかもしれない」

 

 つまりそれは―――あの時何もする事無く自分達に死ねと言っているのと同じだ。

 

 他の士官もそれに気が付いているのだろう。

 

 全員の顔が驚愕に染まっている。

 

 「そして彼らにストライク、そして研究用だったイレイズすら引っ張り出して乗せてしまったのは君だろう?」

 

 「すべては私の判断ミスだと?」

 

 「私達はコーディネイタ―と戦っているのだ。子供だろうと関係ない! 奴らがいるからこそ世界は混乱するのだよ!」

 

 マリューは戦慄した。

 

 かつてハルバートンは言っていたのだ。

 

 ≪上の連中はどれほどの兵が戦場で命を落としているか数字でしか知らんのだ!≫と。

 

 これが地球軍上層部の考え方。

 

 話に筋は通っているように見えて、すべてはコーディネイターに対する憎悪と偏見に帰結している。

 

 「まあ過ぎた事を言っても仕方あるまいな」

 

 サザーランドは冷めた口調で進めていく。

 

 それこそ何の興味もないと言わんばかりに。

 

 それからの査問はただ事務的に行われた。

 

 マリューも、そして他の士官たちもただ心中には虚無感だけが燻り、普段規律だ、軍規だと口にしているナタルでさえ、どこか虚しそうにただ座っていた。

 

 この時の誰しも思っていたに違いない。

 

 ―――これまでの戦いはなんだったのだろうか?

 

 ―――自分達はなんの為にここまで来たのだろう?

 

 そんな虚しい気分が消えないまま、査問会が終了する。

 

 「これで当査問会は終了する。長い質疑、応答ご苦労だった」

 

 その言葉には何の感情も籠っていない。

 

 だがもうどうでもよかった。

 

 ただこの男の顔は当分見たくはない。

 

 将校たちが部屋から出ていく中、サザーランドが立ち止まり、言い残していたとばかりに口を開いた。

 

 「アークエンジェルの任務は追って通達する」

 

 その指示に全員が顔を顰めた。

 

 それはまた基地内待機という事に他ならないからだ。

 

 だが次に続く言葉にさらに驚いた。

 

 「ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉、フレイ・アルスター2等兵には転属を命じる。それ以外の乗員は現行のままだ」

 

 「アルスター2等兵もですか?」

 

 「彼女はアルスター事務次官の娘。その娘が父親の仇を討つために志願する。いい話だとは思わんかね? 彼女の戦う場所は前線でなくとも良いのだよ」

 

 つまり彼女の立場と境遇をプロパガンダに利用しようという事だ。

 

 別に彼女自身がどう思おうと構わない。

 

 美談は軍が勝手に作り上げれば良いのだから。

 

 「以上だ。早く持ち場に戻りたまえ」

 

 そこには労いも何もない。

 

 面倒事は終わり、そのような雰囲気だ。

 

 彼らの中の虚無感は大きくなっていく一方だった。

 

 

 

 

 アストはアネットと共に食事を持って歩いていた。

 

 行先は捕虜のいる独房である。

 

 アラスカについてずいぶん経つが艦内待機のままでなんの音沙汰もない。

 

 ようやく艦長達が査問会に呼ばれ何らかの動きはあるのだろうが、クルーのストレスは増すばかり。

 

 もはや誰も捕虜の食事の事などどうでもいいとほったらかしの状態だった。

 

 そこで面倒見のいいアネットはそれを見て「私が持って行く」と言いだし、流石にあの捕虜の所へ1人で行くのは心細いだろうとアストが一緒が同行する事にしたのだ。

 

 そういえば前にもこんな事があった。

 

 あの時は予想に反し友好的な相手であったが、今回は違う。

 

 典型的なプラントのコーディネイターである。

 

 「どうしたの、アスト?」

 

 「ん?」

 

 「なんか怖い顔してたけど」

 

 どうやら表情に出ていたらしい。

 

 首を振って気分を変えると息を吐き出す。

 

 「ああ、何でもないよ。ちょっと緊張してるのかも」

 

 「ちょっと、しっかりしてよ。男でしょ」

 

 「ああ」

 

 独房に着くと扉を開けるとそこから見えた薄暗い通路の奥にある独房に捕虜がいる。

 

 イザークはこちらに気が付き睨みつけてくるがアネットは気にせず話しかけた。

 

 「食事よ。遅くなって悪かったわ」

 

 しかし何の返事もせずに、ただこっちを睨んでいる。

 

 取りつく島もないとはこの事だろう。

 

 ため息をついてアネットが去ろうとすると突然声を掛けてきた。

 

 「奴を、ストライクのパイロットを連れてこい」

 

 その言葉にアストが反応し、アネットを下がらせてイザークと向き合った。

 

 「何故」

 

 「何故だと!?  決まっている! 奴は―――」

 

 「仲間を殺した相手だから恨み事の1つでも言いたいと?」

 

 そう言うと今度はこちらを睨みつけてくる。

 

 図星という事だろう。

 

 「ハァ、なら俺でも良いだろう。俺はイレイズのパイロットだ」

 

 「なっ!?」

 

 告げられた事実に驚愕し目を開くと鉄格子に張り付いて怒鳴りつけてきた。

 

 「貴様がぁぁ!! 貴様の所為でどれだけの仲間が死んだと思ってる!!」

 

 「……そうだな。俺が殺した。それは否定しないし、責めも受ける。でもお前はどうなんだ? ナチュラルの人を何人殺してきた?」

 

 「ふん、貴様らナチュラルが何人死んだところで知った事か!! それより―――ッ!?」

 

 イザークの罵倒は続かなかった。

 

 アストが先程までのどこか負い目のある表情ではなく、氷のように冷たい目でイザークを睨んでいたからだ。

 

 「……お前らはいつもそうだ。そうやってナチュラルの人を見下して、命も軽く見て、そんなに偉いのか!!」

 

 鉄格子に手を伸ばし、そばに来ていたイザークの胸倉を掴み上げる。

 

 振り切ろうとしても思った以上の力で掴み上げられ動けない。

 

 「教えてやる。俺はコーディネイターだ!!」

 

 「な!?」

 

 驚愕で動けず、同時に告げられた事実に頭が働かない。

 

 「ちょっと落ち着いて、アスト!」

 

 アネットが止めに入るが、アストは頭に血が上っているのか胸倉を掴み上げたままだ。

 

 だがイザークはさらに混乱していた。

 

 今アネットが呼んだ名には覚えがあったからだ。

 

 そう、アスランとカールが話していた時に出てきた名前―――

 

 「……お前がカールの言っていたスカンジナビアのコーディネイターか?」

 

 「あいつから話でも聞いたか? そうだよ! お前らプラントのコーディネイターはいつもそうだ! 自分勝手な理由であっさり人を殺す! ナチュラルが何人死のうが関係ないだと、ふざけるな!!」

 

 その剣幕とカールの告げた事実を聞いていた為、簡単に声がでない。

 

 だが、怯んで堪るかと必死に反論を絞り出す。

 

 「……血のバレンタインを引き起こしたのは―――」

 

 「だからお前達は何をしてもいいのか! 誰を殺そうが許されるのか!!」

 

 「くっ」

 

 さらに力が込められ、呼吸が苦しくなる。

 

 それを驚きながら見ていたアネットだったが、アストに飛びついてイザークから引き離す。

 

 「アスト、落ち着きなさい!!」

 

 互いの荒い息だけが独房に響く。

 

 「カールは前の戦闘で俺が殺した」

 

 「何っ!?」

 

 イザークの萎えかけた怒りが再び湧いてくる。

 

 こいつがカールを―――

 

 「でもな、俺の中にはなにもない。殺してやりたいとさえ思っていたのに、すっきりしたどころか逆に嫌な気分だよ」

 

 落ち着いてきたのかただ淡々と語る。

 

 「お前はどうなんだよ。嫌いなナチュラル殺してすっきりするのか?」

 

 「それは……」

 

 アストは答えないイザークに背を向け独房を出ようとする。

 

 「待て、話はまだ―――」

 

 「……ああ、もう1つだけ。ストライクのパイロットもコーディネイターだ」

 

 「なっ」

 

 さらに追い打ちをかけるような事実を突きつけられた、イザークはもう絶句するしか無かった。

 

 「あの時キラが言おうとした事を教えてやる。お前が撃ったシャトルに乗っていたのはな、ヘリオポリスの民間人だよ」

 

 「えっ」

 

 「お前らの攻撃で崩壊したヘリオポリスの避難民が乗っていたんだ! その中には子供もいた! そしてコーディネイターだっていたんだ!」

 

 それだけ言うとアストは独房から出るとアネットもそれを追う。

 

 だがイザークはそれどころでは無い。

 

 告げられた事実を受け止める事が出来ず、フラフラと備え付けのベットへ座り込んでしまった。

 

 「……俺はなにをしているんだ?」

 

 頭の中が混乱している。

 

 自分は民間人を殺した?

 

 イレイズ、ストライクのパイロットがコーディネイター?

 

 カールが死んだ?

 

 イザークは自身の告げられた罪、そして仲間の死の事実を受け止める事が出来ず、ただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 アネットは独房から出たアストを追って外に出る。

 

 「アスト!」

 

 「……ごめん、アネット。感情的になってしまった」

 

 「それは仕方無いと思う。私だってあいつのもの言いは腹が立ったし」

 

 アネットがわざと腰に手を当て怒って見せるとアストも口元に笑みが浮かぶ。

 

 だがどこか元気がない。

 

 「……あのさ、なにかあったら言ってね。悩みとか」

 

 「えっ」

 

 「あんたもキラも抱え込みすぎ。少しは頼りなさいよ」

 

 「……ありがとう、アネット」

 

 先程までのどこか冷たく、嫌な気分が無くなり、暖かなものが広がっていく。

 

 アストは笑みを浮かべ、アネットに感謝しながら歩き出した。








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第25話  洗礼の声

 

 

 気だるさを感じながら、ゆっくりと瞼を開けて目覚めると見えたのは覚えの無い天井であった。

 

 何も考える事無く、視線が彷徨い、働かない頭で辺りを確認するため体を動かそうとした時、激しい痛みが突如襲いかかる。

 

 「ぐっ!!」

 

 全身に走る激痛に思わずベットに蹲る。

 

 それさえも苦痛であり、何とか痛みから逃れようと何度もベットの上で体勢を変え、呻き声を上げた。

 

 「ぐああ、ハァ、ハァ」

 

 たったこれだけの事に息が上がる。

 

 結局元の体勢が一番楽であり、仰向けになって天井を見上げた。

 

 未だに痛みは引かないが、おかげでずいぶん頭ははっきりしてきた。

 

 「ここは……どこだ?」

 

 周りの壁などは普通の住宅の物のようで、病院という訳ではないようだ。

 

 視線だけを動かし自分の状態を確認する。

 

 腕には点滴が打ってあり、全身包帯で巻かれていた。

 

 「……俺は……生きてるのか?」

 

 はっきりと意識を取り戻し、生きている事を実感する。

 

 その時、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた音が聞こえてくる。

 

 「おや、目が覚めましたか」

 

 扉が開き入ってきたのは黒髪の男。

 

 瞼が閉じ、杖を持っている事から盲目である事がわかる。

 

 「……あなたは?」

 

 「失礼、私はマルキオと言います」

 

 マルキオ?

 

 どこかで聞いた覚えのある名前ではあるが、怪我の所為かはっきりとは思い出せない。

 

 思い出せない以上は仕方無いと、余計な事は言わず、端的に必要な事だけを聞く事にした。

 

 「ここは?」

 

 「私の伝道所です。あなたはそこで倒れていたのですよ。大怪我をして」

 

 なるほど。

 

 つまり彼に助けられたという事のようだ。

 

 そう納得し動けないながらも、礼を言う。

 

 「助けていただいて、ありがとうございます」

 

 「いえ、見つけてきたのはこの子です。礼はこの子に」

 

 マルキオの後ろから髪の長い小柄の女の子が顔を出した。

 

 前髪で顔が隠れていて表情は見えないが、こちらを見ている。

 

 「そうか、ありがとう」

 

 そう言うと少女は恥ずかしそうにマルキオの後ろに隠れた。

 

 それを微笑ましく見ているとマルキオが思い出したように口を開いた。

 

 「そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでした。教えていただいても?」

 

 「あ、はい」

 

 体はマルキオの方には向けられないので、顔だけでもと首を向ける。

 

 「俺はアスラン・ザラです」

 

 

 

 

 

 自己紹介を終えたアスランは色々な事を聞いた。

 

 あれからすでに三日以上経っている事。

 

 オーブに連絡を取り、カーペンタリアから迎えが来る事。

 

 しかし天候の影響でもう少し時間がかかる事。

 

 一通り話し終えたマルキオはアスランに気を使ったのか「休んでください」と言って部屋から出ていった。

 

 本当はアークエンジェルがどうなったか聞こうとも思ったが、民間人の彼らが知る筈はない。

 

 とはいえ聞くまでも無いだろう。

 

 間違いなく彼らはアラスカに入っている筈である。

 

 「くそっ!!」

 

 自分達は負けた。

 

 『消滅の魔神』と『白い戦神』に。

 

 キラに。

 

 そして――

 

 「アスト・サガミ!!」

 

 その名を口にするだけでアスランの胸中にどす黒い憎悪が渦巻く。

 

 あの戦いを思い出すだけで怒りでどうにかなりそうだ。

 

 奴は絶対に許せない!

 

 カールを殺したあいつだけは!

 

 イージスをブルートガングで真っ二つに斬り裂かれ落下する際、アスランは咄嗟に脱出していた。

 

 その時、彼を突き動かしたのはまだ死ねないという執念。

 

 あの体でよく脱出できたものだと思うが、コックピットハッチが破壊されていた事が幸運であった。

 

 アスランはただ外に飛び出すだけで良かったのだから。

 

 アスランが怒りに震えていると突然扉が開く。

 

 首だけをそちらに向けると、数人の子供たちがこちらを覗いているのが見えた。

 

 何か用だろうか?

 

 1人の子供が駆け足で部屋に入って来るとアスランに訊ねてきた。

 

 「……ねえ、お兄ちゃんはザフトなの?」

 

 「えっ、ああ、そうだよ」

 

 隠す必要もないと正直に答える。

 

 ここに運ばれた時にパイロットスーツを見られている筈だ。

 

 もうすぐカーペンタリアからの迎えもくる以上、隠した所で意味はない。

 

 すると扉の陰から様子を窺っていた、

 

 子供達も一斉に入ってくる。

 

 何事かと思っていると、最初に入ってきた子供が叫んだ。

 

 「この、人殺し!!」

 

 その一言はアスランの思考を止めるに十分だった。

 

 「お父さんとお母さんを返せ!」

 

 「大きくなったら、お前らなんてみんなやっつけてやるからな!」

 

 全員が怒鳴り声を上げ、アスランを睨みつける。

 

 その目には憎しみの光が宿っていた。

 

 何か言わなければならないのに、何の言葉も出てこない。

 

 「これ、なにをしているのですか!」

 

 怒鳴り声を聞きつけたのか、マルキオがやってくる。

 

 マルキオの声にバツが悪そうな表情を浮かべた子供達は一斉に部屋から走り去った。

 

 「すいません、あの子達はカーペンタリア占領戦などで親を亡くしているもので」

 

 「……いえ」

 

 マルキオの申し訳なさそうな声に、ただそう答えるのが精一杯だった。

 

 怒りで染まっていた思考は冷め、鈍器で頭を殴られたような衝撃にアスランは襲われ、同時に全身に寒気が走る。

 

 あの子供達の目にあったのは紛れもなく憎しみだった。

 

 おそらく先程までのアスランもあんな顔をしていたのだろう。

 

 その憎しみを与えたのは紛れもなくザフトであり、アスラン自身である。

 

 ≪自分が絶対に正しいなんて思わない方がいい≫

 

 ≪君は引き金を引くということの意味をきちんと理解していますか?≫

 

 かつてレティシアが言った言葉。

 

 あの時は理解できなかった意味がようやく解った気がした。

 

 すべてが間違っていた訳ではない。

 

 でもすべてが正しかった訳でもなかった。

 

 そんな風に打ちひしがれていると、最初に出会った少女が水の入った洗面器とタオル、包帯を乗せたトレイを持て部屋に入ってくる。

 

 「……包帯、変える」

 

 「ああ、すまないね。セレネ」

 

 セレネと呼ばれた少女は枕元にトレイを置くとタオルを手に取った。

 

 「……私やります」

 

 「わかった、頼むよ」

 

 マルキオが部屋から出ていくとセレネはしばらく黙っていたが意を決したようにアスランに近づいてくる。

 

 「……あの……動け、ますか?」

 

 「……ああ」

 

 あまり痛まないように慎重に体を動かす。

 

 包帯をゆっくり外しながら新しいものに替えていく。

 

 そんなセレネの顔を見ると先ほどは見えなかったが整った顔立ちが良く分かった。

 

 やや小柄ではあるが、アスランとそう年齢は離れていないように見える。

 

 その時、ふと思い至った。

 

 もしかするとこの少女も先ほどの子供たちと同じなのだろうか。

 

 沈黙に耐えかね、そして確かめたくて声をかけた。

 

 「……君もさっきの子供たちのように、その、戦争で……」

 

 「……はい、ザフトの、攻撃で」

 

 やはり、この子も―――

 

 何と言えばいいのだろう?

 

 詫びればいいのか、いや、そんな事に意味はない事はアスランが一番知っている。 

 

 母を失った時に怒りと悲しみ、痛みを嫌というほど味わったからだ。

 

 でも、ならどうして助けたのだろう?

 

 重傷であったアスランを見つけ、助けてくれたのはこの子だ。

 

 しかしその時はザフトのパイロットスーツを着ていたはず。

 

 両親の仇である筈の自分を何故?

 

 「どうして助けてくれたんだ? 俺は君にとっては両親の仇なのに……」

 

 「……仇なんて、思ってないです。マルキオ様がいつも言ってます。戦争は、どちらも辛いものだって。私も辛かった。きっとザフトの人も辛いです。だからいつも早く終わればいいと思ってます」

 

 どちらも辛い。

 

 そんな事、考えた事もなかった。

 

 いつも自分の事だけで。

 

 「あの、みんなの事を許してあげてください。みんなも辛いんです。いつも夜に泣いてます」

 

 「……怒る権利なんて俺には……」

 

 いろんな感情がごちゃごちゃになり、アスランの目から涙が零れた。

 

 怒り、憎しみ、悲しみ、罪悪感、そんなものが溢れてくる。

 

 それが余計に涙を止まらなくした。

 

 それを見たセレネはおろおろしながらアスランの涙を拭いてくれる。

 

 「あの、元気出してください」

 

 「……すまない」

 

 しばらく涙が止まる事はなかった。

 

 その間ずっとセレネは涙を拭いてくれていた。

 

 彼女が部屋を出てしばらくずっと天井を眺めていた。

 

 考えていたのはこれまでの事。

 

 キラ、そしてアスト・サガミ。

 

 彼らは何を考えていたのだろうか。

 

 結局アスランは彼らの事を何も知らない。

 

 いや、知ろうともしなかった。

 

 彼らがした事を許せる訳ではない。

 

 それでも、もっと他になにか出来たのではないだろうか?

 

 こんな取り返しがつかなくなる前に。

 

 しばらくそんな風に考え事をしていた時だった。

 

 突然風を切るようなヘリのローター音が聞こえてくる。

 

 カーペンタリアからの迎えだろうか?

 

 足音が聞こえたと同時に入ってきたのは金髪の少女、後ろには兵士もいる。

 

 もしかすると地球軍かと思い、身を固くするが少女は手を振って兵士を追い払い、扉を閉めるとアスランのベットに近寄ってきた。

 

 「お前が、アスラン・ザラか」

 

 「……そうだ」

 

 「そう睨むな。敵じゃない。私はカガリ・ユラ・アスハ、オーブの者だ」

 

 どこかで聞いた名前だと思ったらアークエンジェルがオーブの領海に差し掛かった時、叫んでいた少女の名だ。

 

 オーブの姫。

 

 あの時はイレイズにすぐ落とされた為、気にもしていなかった。

 

 しかし彼女の格好はとても姫には見えない。

 

 そもそもオーブの姫が何の用なのだろう?

 

 「オーブが俺に何の用だ?」

 

 「もうすぐお前の迎えが来るそうだ。それから聞きたい事がある。スカイグラスパーって戦闘機を落としたのはお前か?」

 

 戦闘機?

 

 そこで前回、イレイズとの戦闘の際に撃墜した機体の事を思い出した。

 

 どうやらまた自身の犯した罪がやって来たらしい。

 

 「……そうだ、俺が落した」

 

 「そうか。ではエフィムはもう……アストやキラは悲しむだろうな」

 

 今、彼女はアストとキラと言ったのか?

 

 良く考えれば彼女はアークエンジェルにいたのだから、知っていたとしても不思議じゃない。

 

 「お前は―――奴とキラを知っているのか?」

 

 「えっ、お前、あの2人を知ってるのか!?」

 

 彼女の驚きように苦笑しながら、それも当然かと納得しながら口を開く。

 

 「……奴の事はそうでもないが、キラの事はよく知ってる。幼馴染みって奴だ。仲良かったよ」

 

 その言葉にさらに驚いたようにカガリは思わず詰め寄った。

 

 今、脳裏に浮かんできたのは、最悪の想像だったからだ。

 

 「でも今までアークエンジェルと戦って……それも知ってたのか?」

 

 「……知ってたよ、相手がキラだって」

 

 カガリは呆然と信じられないものを見るようにアスランの方を向く。

 

 「なっ、じゃ、何で!!」

 

 「敵だったから。それしかなかった」

 

 「キラは、アストはそれを―――」

 

 「知ってた」

 

 その返答に今度こそ言葉を失う。

 

 互いに知っていながら殺し合っていたなんて、そんな―――

 

 「お前は何とも思わないのか? 友達だったんだろ? なんでそんなに……」

 

 カガリから見たアスランはどこか達観し、そして諦観しているように見える。

 

 それが余計に彼女を戸惑わせた。

 

 もっと憤ったり、嘆いたりするものではないのか?

 

 しかし、そこですぐに自身の思い違いを知る。

 

 「……戦争だからだ。そうしなければ守れないから。そう信じてたんだけどな」

 

 相変わらず淡々とした口調、だがそこで分かった。

 

 彼はずっと葛藤し、苦悩してきたに違いない。

 

 似たような顔を見た事があるからこそ分かるのだ。

 

 過去を語ったアストの顔、どうにもならないものを諦めた表情。

 

 すでに決定的な事が起こってしまったのだ。

 

 彼らの道はもう二度と交わらない。

 

 そんな結論に至り、それ以上はもう何も言えなかった。

 

 「……君も知り合いだったんだろ、エフィムだっけ? 俺を責めないのか?」

 

 そのアスランの質問に気分を切り替えようと深呼吸をしながら、口を開いた。

 

 「……私はそう親しかった訳じゃない。何度か話をした事があるだけだ……それにそういうのはやめた」

 

 「やめた?」

 

 「ああ、私もお前と同じだよ」

 

 守るために銃を取る。

 

 それは今でもすべてが間違っているとは思わない。

 

 銃を取らなければならない時はある。

 

 でもカガリはあまりに何も知らなすぎた。

 

 撃つ事の意味、そして覚悟。

 

 何1つ知ろうともせず、そして何も持っていなかった。

 

 そんな自分にアスランを責める権利などあろうか。

 

 「それが正しいと思ってた。でも色々あって、あいつら見て、そしてお前にも会って。やっぱり敵にだっていい奴はいるし、どうすればいいのか解らなくなってしまったんだ。だからお前だけが悪いって私にはもう言えない」

 

 砂漠で会ったアロハシャツの男を思い出す。

 

 彼はこの事を理解していたのだろう。

 

 あの時はただ拒絶し、話をしようともしなかった事が悔やまれる。

 

 「……そうか。そうだよな、お前みたいな奴だっているんだよな」

 

 アスランはカガリが来て初めて表情を見せた。

 

 彼は痛ましい笑みを浮かべていた。

 

 なんでこんな事に気がつかなかったのだろうかと、そんな自分にあきれる様に。

 

 その時、コンコンとノックする音が聞こえた。

 

 「入れ」

 

 「失礼します。カガリ様、迎えが来たようです」

 

 「そうか。聞いたな?」

 

 「ああ」

 

 カガリは立ち上がると、アスランに礼を言う。

 

 「今日、お前に会えてよかった」

 

 「俺もだ」

 

 部屋にザフト兵が入ってきてアスランを担架に乗せる。

 

 そのまま外に運ばれていくと子供たちがこちらを見ていた。

 

 その視線はやはり憎しみを宿している。

 

 アスランはこの光景を目に焼き付けた。

 

 これは自分達の犯した罪なのだ。

 

 決して忘れてはならない。

 

 その時、子供の1人がこちらに近づいてくる。セレネだ。

 

 「あの……」

 

 兵士達に怯えているのか、中々言葉が出てこないようだ。

 

 そこでこちらから話しかけて助け舟を出す事にした。

 

 「君には世話になった。ありがとう」

 

 「いえ、その、えっと、これを……」

 

 セレネがゆっくりと差し出したもの、それはきれいな石であった。

 

 「これは?」

 

 「ハウメアの守り石だよ」

 

 近くにいたカガリが教えてくれる。

 

 「あの、死なないで。あなたが死んでも悲しむ人が必ずいます」

 

 これを受け取る権利があるのだろうか?

 

 自分は―――

 

 「受け取ってやれよ、この子の気持ちだ」

 

 「……ありがとう」

 

 そう言って手を伸ばして受け取ると彼女ははにかみながら笑ってくれた。

 

 その笑顔に見送られながらアスランは運ばれていった。

 

 

 

 

 

 マルキオの伝道所からカーペンタリアへと運ばれたアスランは治療を受けながら部隊の事を聞いた。

 

 結局あの戦闘で生き残ったのはシリル、ディアッカ、エリアスの3人だけ。

 

 ニコルはすでにプラント本国に帰国して、治療を受けているらしい。

 

 そしてアスランやシリル、ディアッカの3人も、怪我の治療の為に本国に帰国する事になるようだ。

 

 つまり『オペレーションスピットブレイク』で動けるのはエリアスだけという事になる。

 

 これは完全に隊長である自身の責任であった。

 

 自分の無力さ、不甲斐無さに打ちひしがれていると、部屋の外から声が掛かる。

 

 「ユリウスだ。入るぞ」

 

 「はい」

 

 ユリウスが病室に入ってくる。

 

 いつもの冷静な顔だが、どこか気遣うように起き上がろうとするアスランを手で制した。

 

 「そのまま休め」

 

 「はい。今回の事、申し訳ありませんでした。すべては私の責任です」

 

 「お前が気にする必要はない、と言いたいが無理だろうな」

 

 当たり前だ。

 

 隊は完全に壊滅状態なのだから。

 

 「だがお前だけの責任ではない。敵の力を見誤りお前たちだけで追撃に向かわせた私達にも責任がある。私ももっと強くクルーゼ隊長に進言すべきだった。すまない、アスラン」

 

 「そんな……」

 

 ユリウスの責任ではない。

 

 これは自身の至らなさが招いた結果だ。

 

 「ともかく、本国では『消滅の魔神』と『白い戦神』の2機は最上級の危険度を持つ敵であると認識された。それにより奴らに関する案件は特務隊の管轄となる」

 

 「特務隊の!?」

 

 「そうだ」

 

 特務隊を動かすと言う事はそれだけ本国も本気という事だ。

 

 事態の推移を理解しようと考え込んでいたアスランだったが、そこで珍しくユリウスはどこか言いにくそうにしているのに気がついた。

 

 しかし彼はすぐに表情を改めると冷静な顔に戻り、アスランに向き直る。

 

 「隠していてもいずれ伝わるだろうから先に言っておく」

 

 「なんです?」

 

 「シーゲル・クライン、ラクス・クライン、レティシア・ルティエンス。この3名が死亡した」

 

 「は?」

 

 最初は何を言われたのか理解できなかった。

 

 あまりにも荒唐無稽な事に聞こえたからだ。

 

 それがようやく脳の隅々まで行き渡ると、怪我の事も忘れて身を乗り出した。

 

 「なっ!? どういう事ですか!!」

 

 「落ち着け」

 

 「申し訳ありません、でも!」

 

 落ちつける訳がない。

 

 シーゲルやラクス、そしてレティシアが死んだなどと聞かされて冷静でいられる訳は無かった。

 

 「事故だ。港に停泊していた貨物船のエンジンがトラブルで爆発し、傍にいた3人はそれに巻き込まれたそうだ」

 

 「そんな……」

 

 何故そんな事になるんだ?

 

 自分の大切な者たちが次々にいなくなっていく。

 

 「……アスラン、お前はしばらく休め。色々な事がありすぎた」

 

 「……はい」

 

 部屋を出ようとするユリウスがアスランの手元にある石に気が付く。

 

 「その石は?」

 

 「あ、はい。助けてくれた人がくれた物です」

 

 ユリウスの言う通り色々ありすぎた。

 

 あの伝道所であった事は短いながらもアスランの価値観を揺さぶるには十分だった。

 

 そんなアスランの表情に気がついたのか、立ち去ろうとしていたユリウスが近くの椅子に座った。

 

 「1人で考え込むより、話してしまった方が楽な事もある。私でよければ聞こう」

 

 「でも……」

 

 「お前は1人で抱え込みすぎる。たまには誰かに頼る事も大切な事だ」

 

 「そうですね」

 

 アスランは助けられた場所で起こった事を語り始めた。

 

 失ったもの、気がついた現実、無自覚に生み出してしまった憎しみと犯した罪。

 

 「――ということがありました」

 

 ユリウスは何も言う事無く黙って話を聞いていた。

 

 「なるほどな。それで?」

 

 「えっ」

 

 「それでお前はどうするつもりだ? 戦場から身を引くか?」

 

 「それは……」

 

 どうするべきか。

 

 ユリウスの言う通り、戦場を離れる事も1つの選択だろう。

 

 だがそれでいいのか?

 

 自分がいない時、もし取り返しのつかない事が起きたら後悔する事になるのでは?

 

 「答えはお前自身が出さなければ意味がない。私から言える事は自分が後悔しない道を選べという事しか言えん」

 

 「……はい」

 

 そこでユリウスは一瞬考え込むように目を伏せるがすぐに向き直ると、今まで以上に真剣な表情に変わる。

 

 「……アスラン、プラントに帰国すればさらに残酷な現実がお前を待っている」

 

 「どういう事です?」

 

 「エドガー・ブランデル隊長を知っているな?」

 

 「ええ」

 

 プラントで英雄である『宇宙の守護者』を知らない者など居ないだろう。

 

 「彼に会え。会えば今までお前が見えていなかったプラントの裏側が見えるだろう。それを知った上で自分の道を決めると良い。彼に会えるように手配しておく。話を聞くだけでも参考になるだろう」

 

 「……わかりました」

 

 「そして彼の話を聞いた上でまだ戦う気があるならば―――」

 

 一旦言葉を切ると、ユリウスは真剣な表情でアスランの目を見ながらはっきりと言った。

 

 「アスラン、私と来い」

 

 「え、どういう意味でしょうか?」

 

 「それはブランデル隊長と話せば分かる」

 

 そう言うとユリウスはそのまま部屋から出て行った。

 

 本国になにがあるのか、先程のユリウスの言葉にどんな意味があるのか。

 

 それは分からないが今後の自分に大きな影響を与える事だけは間違いない。

 

 答えはそれを見極めてからでも遅くない、そう思い再び天井に視線を向けた。

 

 すると突然、景色が歪む。いつの間にかまた涙が出てきたらしい。

 

 「ラクス……レティシア」

 

 本当に自分はどうしてこう遅いのか。いつも失ってから気が付く。

 

 どうやら俺はレティシア・ルティエンスという女性に恋をしていたらしい。

 

 「遅すぎる」

 

 結局なにも出来ないまま終わってしまった。

 

 もっと早くに気が付いていれば―――

 

 そんな後悔ばかりが頭の中で繰り返される。

 

 自分の大切な者たちの死を悼みアスランは涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 ラウ・ル・クルーゼはコートを着込み、吹雪が巻き起こる外を何の感情も込めずに眺めていた。

 

 その部屋には誰もおらず、家具も何もない。

 

 空き家と思われるその場所で、彼は人を待っていた。

 

 しばらくするとコン、コン、コンと3回扉をノックする音が聞こえる。

 

 事前に決めていた合図だ。

 

 ラウが慎重に扉を開けると待ち人の男が素早く部屋に入ってきた。

 

 「待たせてしまったかな、ラウ」

 

 「気にするほどでもないさ、クロード」

 

 互いに笑みを浮かべるとクロードは懐からディスクを取り出した。

 

 「これがアラスカ基地『JOCH-A』のデータだ」

 

 ラウはそれを受け取るとすぐポケットにしまう。

 

 「中を確認しなくてもいいのか?」

 

 「アズラエルは取引で偽造のデータを渡すほど愚かではないだろう。何より君が渡してくれた物だ。信用している」

 

 「光栄だな。それで『オペレーション・スピットブレイク』に変更は?」

 

 「ない。すべて予定通り進むだろう」

 

 「わかった。こちらもそう伝えておく」

 

 そう言うと長居は無用とクロードはすぐに立ち去ろうとするが扉をくぐる瞬間、振り返る。

 

 「ラウ、『彼』にくれぐれもよろしく伝えておいてくれ」

 

 「ああ」

 

 そう言うとすぐに立ち去る。

 

 ラウがその場所から消えたのはクロードが立ち去って1分もしない内であった。

 

 

 

 

 アークエンジェルがアラスカに辿り着いてすでに6日が経過し、査問会の折りに転属を命じられていた3人が退艦する時が来た。

 

 ムウ、ナタル、フレイの3人が荷物を持って歩いてくる。

 

 「では、艦長」

 

 敬礼したナタルにマリューも敬礼で返す。

 

 間違いなく彼女がいなければ、自分達はここにたどり着く事は出来なかっただろう。

 

 「今までありがとう、ナタル・バジルール中尉」

 

 「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 「また、会えるといいわね」

 

 「終戦になればそれも叶うでしょう」

 

 握手を交わす2人を尻目にフレイは不満そうにしながらアネット達を見る。

 

 「なんで私だけが転属なの?」

 

 「でも命令だし……」

 

 サイが宥めるように言う。

 

 「わかってるわよ」

 

 フレイはため息をつくとアスト達、全員の顔を見る。

 

 「アストやキラがいるし大丈夫だとは思うけど、一応言っておくから。全員死ぬんじゃないわよ」

 

 「フレイ……」

 

 「もう一度必ず生きて会いましょう」

 

 「うん」

 

 「ええ、必ず」

 

 そう言うとフレイはみんなの手を握った。

 

 もちろんアストやキラの手も。

 

 そして最後にムウが頭をかきながらマリューと向き合う。

 

 「たく、何もこんな時に教官やれ、はないでしょ」

 

 「貴方が指導すれば、前線の新兵の生還率も上がるわ」

 

 それでも不満なのかムウは不貞腐れたような顔をしている。

 

 「ほら、遅れます」

 

 「ああ」

 

 ムウとマリューは切なげに見つめ合うと手を挙げて敬礼をする。

 

 「今まで、ありがとうございました」

 

 「……俺こそな」

 

 互いの語尾が震えているが指摘する事はない。

 

 名残惜しそうに見つめ合っていたがやがてムウが背中を向け、アスト達の方に歩いていく。

 

 「坊主共、世話になったな」

 

 「いえ、こちらこそ。少佐がいなければやられていました」

 

 アストをキラはムウに合わせ敬礼する。

 

 だが隣にいるトールだけは俯いたままだ。

 

 スカイグラスイパーの操縦技術を叩き込まれたトールからすればいわば師匠のようなもの。

 

 それだけに思うところもあるのだろう。

 

 「ケーニッヒ、ここまでよく生き延びた。これからも無茶だけはするなよ」

 

 「フラガ少佐」

 

 泣きそうなるのを堪えるとトールは力一杯叫んだ。

 

 「今までのご指導ありがとうございました!!」

 

 「ああ、こっちこそな。死ぬんじゃないぞ」

 

 「はい!」

 

 ムウはそれだけ言うと歩いて立ち去っていく。

 

 その姿が見えなくなるまで全員が敬礼を崩す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 プラント本国でパトリック・ザラはザフト全軍に対してある重要な命令を下した。

 

 『オペレーション・スピットブレイク』

 

 事前に準備されていたこの作戦は開始と同時に何の問題もなく動き出した。

 

 ただ兵士たち全員が知らされていた作戦との違いがあるとすれば攻撃目標だろう。

 

 知らされていた攻撃目標は『パナマ』。

 

 しかし発動されたスピットブレイクの攻撃目標はアラスカ『JOCH-A』

 

 

 

 再びアークエンジェルの激闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 地球にほど近い場所にそれはあった。

 

 スカンジナビアの宇宙ステーション『ヴァルハラ』

 

 この『ヴァルハラ』はオーブの『アメノミハシラ』同様の軍事用ステーションである。

 

 現在の大戦が開始される前よりオーブの協力のもと、開発が進められていたが現在は中断している状態だった。

 

 スカンジナビア本国で開発が予定されているマスドライバー『ユグドラシル』も同時に放置されている。

 

 そのため『ヴァルハラ』は未完成であり、機能としても半分程度といったところに留まっているのが現状であった。

 

 それでもすでに動いている場所も存在する。

 

 それがモビルスーツ開発に必要な施設であった。

 

 何時重大な局面となるかは不明、そんな不測の事態に備え、各施設は問題なく稼働し、メカニックマンや研究者達が忙しなく動き回っている。

 

 その施設のモビルスーツハンガーに置かれた機体からピンクのパイロットスーツを着た人物がゆっくりと下りてくる。

 

 ヘルメットを外すとピンクの髪がふわりと舞い広がった。

 

 「ラクス様、機体の方はいかがですか?」

 

 「はい、問題ありませんわ」

 

 技術者と思われる男の問いにピンクの髪の少女ラクス・クラインはいつものやわらかな笑みを浮かべる。

 

 プラントから脱出した彼女達はスカンジナビアに身を寄せていた。

 

 元々シーゲル・クラインと親交が深かったスカンジナビアはラクス達の立場を聞くと秘密裏に保護してくれたのだ。

 

 もちろんそれに見合う対価も要供されたが。

 

 モビルスーツに関する技術協力や新型機の開発などもその1つである。

 

 「これで後は『SOA-X02』だけですね」

 

 「どれくらいかかりますか?」

 

 「もう少しと言ったところでしょうか。可変機構の調整に時間がかかっています」

 

 「そうですか……」

 

 『SOAーX02』は元々オーブの強い要請を受け開発された機体である。

 

 向こうには申し訳ないがもう少し待ってもらうしか無いだろう。

 

 「すでにX01A、07A、そして『SOA-X01』はオーブの方へ輸送済みです。しかし良いのでしょうか?」

 

 「何がでしょう?」

 

 「完成した機体はすべてオーブへ運んでいます。スカンジナビアの方は大丈夫なのでしょうか?」

 

 「……そうですね、アイラ様には考えがあるのでしょう」

 

 ラクスが話し込んでいるとそこにレティシアが飛び込んでくる。

 

 「ラクス、アイラ様より連絡です。緊急のようですね」

 

 「わかりました」

 

 パイロットスーツのまま通信室に入ると画面にアイラの顔が映る。

 

 しかしその表情は普段の優しげな顔では無く、非常に厳しいものだった。

 

 《ラクス、レティシア良く聞いて。ザフトに動きがあったわ》

 

 「それは、まさか……」

 

 《ええ、『オペレーション・スピットブレイク』でしょう。 ただ……》

 

 「何かおかしな事でも?」

 

 アイラは今まで以上に難しい表情で、驚くべき事を告げた。

 

 《……ザフトが攻撃目標としているのがパナマでは無く、アラスカなの》

 

 「なっ!?」

 

 「どういう事でしょうか? スピットブレイクの目標はパナマだったはず。評議会がこれを了承していたとは思えません」

 

 《詳細は不明よ。プラントはもうこちら側と交渉する気もないようですから、ほとんど情報が入ってこないの》

 

 確かにパトリックが評議会議長になってから急進派の勢いが増している。

 

 とはいえこんな急に目標の変更。

 

 しかも地球軍本部の攻撃、いくら急進派が勢いがあるとはいえ評議会でもそう簡単に決定はできない筈である。

 

 となれば―――

 

 「パトリック・ザラの独断……」

 

 「かもしれません」

 

 《それであなた達に任務よ》

 

 スカンジナビアに保護してもらう条件のもう1つは軍属となる事だった。

 

 ただ立場が立場なだけに階級はまだ無い。

 

 現在スカンジナビアでもモビルスーツの量産は進んでいる。

 

 しかしパイロットは訓練はしていても、まだモビルスーツ戦の経験はない。

 

 そのため1人でも戦闘経験のあるパイロットが必要であり、優秀なパイロットであったレティシアに協力を要請したのだ。

 

 正直迷いもしたが、今の自分達には選択権はない。

 

 それで条件を飲んだのだが、予想外にラクスも志願して来たのだ。

 

 当然だが最初は止めた。

 

 だがラクスはレティシアだけに危険な事はさせられない、そして自身の身くらい守れるようになると言って聞かなかったのだ。

 

 結局レティシアが折れる形で決着し、ラクスは訓練を受け始めた。

 

 「任務とはどのような?」

 

 《X09AおよびX10Aでアラスカ近くに降下、情報収集をして欲しい。ただし必要ない戦闘は避ける事》

 

 「情報収集ですか?」

 

 《ええ、実はもう一つ気になる事があるの。ザフトの攻撃目標が判明しているのに地球軍に動きが全くないの》

 

 「え、本部が攻撃されるというのに?」

 

 《パナマから救援が出たという話は未だにない。だからその理由を見極めて欲しいの》

 

 確かにそれは不可解ではある。

 

 「了解しました」

 

 通信が切れるとすぐさま準備に取り掛かり、出撃の為に動き出す。

 

 「ラクス、あなたは初陣ですから戦闘になっても無理はしないようにね」

 

 「ありがとう、レティシア」

 

 すでにパイロットスーツは着ているためそのまま機体に乗り込む。

 

 ZGMF-X09A『ジャスティスガンダム』

 

 ZGMF-X10A『フリーダムガンダム』

 

 この2機は本来ザフトの切り札となるはずだった機体であり、シーゲルが最後に渡したディスクの中身はこれらの機体のデータだった。

 

 機体のデータを破棄しようかとも思ったが、もし今のプラントが暴走した場合の抑止力が必要になる。

 

 そのためにリスクはあれどスカンジナビアに協力を仰ぎ『ヴァルハラ』にて建造していたのだ。

 

 「ラクス、行きますよ」

 

 「はい」

 

 二機が起動しPS装甲が展開される。

 

 「ラクス・クライン、ジャスティス」

 

 「レティシア・ルティエンス、フリーダム」

 

 

 

 「「行きます!!」」



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第26話  空から来た絶望

 

 

 

 アークエンジェルから退艦し、地下ドックに移動していたムウ達はあまりの喧騒に辟易していた。

 

 一斉に潜水艦に乗り込む為にとんでもない長蛇の列が出来ており、さらに兵士達の声が反響する事でとんでもない騒音となっている。

 

 しかし、その様子は明らかに異常だった。

 

 「どうなってんだ、これ」

 

 ムウが疑問に思うのも無理はない。

 

 いくらなんでも人数が多過ぎる。

 

 まるで基地ごと移動するかのような―――

 

 「パナマへ向かう隊がいるのでしょうか?」

 

 「う~ん」

 

 確かにそう考えるのが自然かもしれないが、今頃になって移動とは少々遅い気もする。

 

 「君はあっちの艦だな」

 

 不審には思うがこのままで居ても仕方がないとナタルがフレイの指令書に書いてある艦を指す。

 

 「少佐はどちらです?」

 

 話を振られ、渡された資料に目を通す。

 

 「えっと、俺はお嬢ちゃんと同じみたいだな」

 

 「そうですか、では少佐」

 

 「ああ、ここでお別れみたいだな」

 

 そう言うとムウは手を差し出すと敬礼をしようとしていたナタルは慌てて手を握り返してくる。

 

 「じゃ、元気で」

 

 「あ、はい」

 

 そう言って手を離すと今度はフレイが前に出る。

 

 「バジルール中尉、色々お世話になりました」

 

 「いや、君もよく弱音も吐かずについてきた。こちらこそ世話になった」

 

 ナタルとフレイが握手を交わす。

 

 ムウがトールの師匠だった様に、フレイにとってナタルこそが師匠だった。

 

 CICだけでなく戦術、戦略なども教えてもらった。

 

 フレイが足手まといになる事無く、ここまでついて来られたのは間違いなくナタルのおかげだ。

 

 「さ、行くぞ」

 

 「はい。では」

 

 「ああ」

 

 ナタルに別れを告げ、二人は改めて列へ並ぶ。

 

 しかし列が動き出す気配はない。

 

 どうやら潜水艦の搭乗はまだ始まっていないらしい。

 

 ムウの頭に浮かぶのはやはりアークエンジェル、ひいてはマリューの事だった。

 

 「……少し様子見を行く事ぐらいできるか」

 

 そう決めたムウは列から離れようとするが途中で服の裾と掴まれ、足を止めてしまった。

 

 「どこに行くんですか?」

 

 服を掴んできたフレイを誤魔化すように頭をかいて苦笑いを浮かべる。

 

 「いや、俺、忘れ物してさ」

 

 その様子をしばらくジッと見ていたフレイはため息をつくと一緒に抜けるように列から離れた。

 

 「お、おい」

 

 「アークエンジェルに行くんでしょ。私も行く」

 

 「いや、しかしだな」

 

 「あの艦に大事なものがあるのは、貴方だけじゃありません」

 

 そう言うとフレイはムウを無視して行ってしまう。

 

 「……まったく。そりゃそうだよな」

 

 彼女もまたアークエンジェルのクルーだったのだ。

 

 気になるのは当たり前、ならばムウに止められる筈もない。

 

 何故なら彼もまた同じ理由で白亜の艦の下に行こうとしているのだから。

 

 

 

 

 

 突然鳴り出したアラートにクルー達は困惑したようにマリューを見る。

 

 査問会を終えたアークエンジェルに下された新たな任務。

 

 それはアラスカ守備軍に所属するというものだった。

 

 本来宇宙艦であり、新型のモビルスーツを搭載したアークエンジェルがアラスカの守備とは不審には思う。

 

 だが、ここに辿り着いてからの対応を見ればそれも今更であろう。

 

 「統合作戦室より入電です!」

 

 「サザーランド大佐、これは――」

 

 《守備軍はただちに発進せよ! 敵襲だ!》

 

 地球軍本部であるこの『JOCH-A』に襲撃?

 

 《やられたよ。やつらは攻撃目標を直前にパナマからこの『JOCH-A』に変更したのだ》

 

 「なっ」

 

 つまりパナマ侵攻はここ『JOCH-A』を落とす為の陽動だったという事だろうか?

 

 現在地球軍の大半の戦力はパナマにあり、今のアラスカはもぬけの殻同然だった。

 

 その隙を突かれた形になる今の状況は非常に不味い。

 

 《厳しい状況ではあるが、ここをやらせる訳にもいかん! 何としても死守せよ!》

 

 サザーランドはそう言って通信を切る。

 

 この戦力で守り切れるのか?

 

 そんな疑問と不安は尽きないが、まだ救いなのはアークエンジェルには2機のモビルスーツが戦闘可能である事だろう。

 

 もしもアークエンジェル単艦での戦いになっていたらと思うとゾッとしてしまう。

 

 「……何であれ、ここをやらせる訳にはいかない。アークエンジェル、発進!」

 

 「了解!」

 

 白亜の戦艦がドックから発進し、外に向かって出撃する。

 

 だがすでに『JOCH-A』はザフトによって囲まれてしまっているらしく、どこを見ても敵の姿しか見えない。

 

 その光景に思わず絶句しながら、マリューは自分を叱咤するように命令を飛ばす。

 

 「くっ、イレイズ、ストライク、スカイグラスパーを発進させて!」

 

 命令に従って全機が出撃し、敵部隊の迎撃を開始する。

 

 とはいえこれだけの数、いかにこれまでの激戦を生き抜いてきたキラやアストといえど明らかに不利である。

 

 だが、逃げ場はどこにもありはしない。

 

 生き延びる為にはやるしかないのだ。

 

 アークエンジェルの決死の戦いが始まった。

 

 

 

 

 「くらえ、ナチュラル!!」

 

 エリアスの乗るシグーディープアームズのエネルギー砲からのビームが砲台を破壊すると同時に迫ってきたミサイルをジン用の突撃銃で撃ち落とす。

 

 シグーディープアームズはビーム兵器搭載の試作モビルスーツである。

 

 シリルの使っていたシグーディバイドとは別のビーム兵器を実装するために実験機として開発された機体である、

 

 だが、ビーム兵器は冷却能力の不足で長時間の連射ができないという欠点も持っていた。

 

 しかしそれでも十分すぎる性能を有している。

 

 だからエリアスはバッテリー消費を押さえる為と連射の欠点を補うためジンの突撃銃を持たせて出撃していた。

 

 砲台を破壊したその後も動きを止める事無く、容赦ない砲撃で戦車や戦闘機を破壊していく。

 

 まさに獅子奮迅の戦いぶりだった。

 

 「落ちろォォ!!」

 

 「エリアス、あまり熱くなるなよ」

 

 「大丈夫ですよ。カールの仇、そしてアスラン隊長達の無念ここで晴らして見せます」

 

 撃ち込まれるミサイルを迎撃しながら、旋回しつつ飛び回り、敵を翻弄し反撃を加える。

 

 その気合の入った戦いぶりにラウはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「頼もしいな、お前もそう思うだろうユリウス」

 

 「冷静さを無くしています。褒められた状態ではありません」

 

 ディンを駆りつつ、専用のシグーで淡々と敵を迎撃しているユリウスに思わず苦笑する。

 

 今のエリアスには何を言っても聞きかないだろう。

 

 アスラン達は戦線離脱を余儀なくされ、同期のカールは死に、他の隊員達も全滅した。

 

 こんな絶好の機会に唯一戦える彼が冷静でいられる筈もない。

 

 「では私は特務がある。ここは任せるぞユリウス」

 

 「了解」

 

 前線はエリアスとユリウスに任せ、ラウは戦線から離脱する。

 

 そしてディンの機動性を生かし空中を自在に動き回りながら、ミサイルを迎撃し、戦闘機を破壊する。

 

 明らかに他とは違う動きに地球軍のパイロットたちは戦慄した。

 

 「なんだよ、あれ」

 

 「あんな動き……」

 

 彼らが驚くのも無理はない。

 

 他の敵モビルスーツ達に比べて、あまりにも違いすぎた。

 

 エース級の動きに完全に戦意喪失してしまった者たちは動きを止めてしまう。

 

 ラウはそんな敵を見逃すほど甘くない。

 

 「戦場で動きを止めるとはな」

 

 動きを止めた者達に躊躇なくライフルを叩き込み、あっさり仕留める。

 

 危うげなく設置された砲台を次々と破壊しながら、ある場所にディンを着陸させた。

 

 「さて、このあたりか」

 

 手元のデータを確認し、コックピットから降りる。

 

 機体は木々に隠れ、早々に見つかる事はあるまい。

 

 銃を懐から取り出して走り出すと、周囲を警戒しながら目的の場所を探す。

 

 トラブルも無いまま、しばらく走ると目的の扉を発見する。

 

 慎重に扉を開けると基地内部に通じる道が顔を出した。

 

 「流石はクロード。正確な情報だ」

 

 クロードから渡されたデータは寸分の狂いもなく正確であった。

 

 まあ、始めから疑ってなどいなかったのだが。

 

 この先になにがあるか楽しみであるとほくそ笑むとそのまま内部に侵入した。

 

 

 

 

 ラウが戦線から離れたのを確認したユリウスは、先行するエリアスに指示を飛ばしながら、正面から迫ってくる敵を迎撃する。

 

 「エリアス、左の砲台を破壊しろ」

 

 「了解!」

 

 ビームに撃ち抜かれた砲台が破壊され、その隙に迫ってくる戦闘機のミサイルをバルカン砲で撃ち落とす。

 

 一気に接近し、上段から振り抜いたビームサーベルであっさりと両断する。

 

 ユリウス専用シグーはかつてシリルが使っていた実験機に近い。

 

 ビームライフルを持ち、両肩にビームサーベルを装備しており、違いがあるとすればレーザー重斬刀を装備していないという事と機動性を強化してある事だった。

 

 その機動性をフルに使い、敵を寄せ付けないユリウスは徐々にその表情を曇らせていく。

 

 「全然大した事無いですね、手応えがないですよ」

 

 「……そうだな」

 

 エリアス言う通り、あまりに手応えがない。

 

 いや、なさすぎるのだ。

 

 ザフトのモビルスーツ隊が次々と地球軍の戦車や戦闘機、砲台を破壊していく。

 

 まさに圧倒的。

 

 ザフトからすればこれだけの戦力を投入して、落とせないはずはないと誰もがそう思っているだろう。

 

 だが、ユリウスは違った。

 

 「どういう事だ?」

 

 いくらなんでも簡単すぎる。

 

 パナマ侵攻に備えて戦力を集中させていたにせよ、ここは地球軍本部であり、ここにもそれなりの戦力があって当たり前の筈である。

 

 なのにこの防衛力の貧弱さはなんだ?

 

 普通であればこんなにあっさりと突破できるものではないだろう。

 

 「……これは何かあるな」

 

 ユリウスの直感がそう感じた。

 

 これは確かめる必要があると判断すると早速動き出す。

 

 「ユリウス隊長?」

 

 「……エリアス、しばらく戦線を頼む。確かめたい事が出来た」

 

 「了解です」

 

 ユリウスは機体を急速に降下させ、降り立つ場所を探すように旋回する。

 

 そこを戦車が狙ってくるものの、難なくかわしバルカン砲で撃破。

 

 さらなる追撃もグゥルに乗っているとは思えない複雑な機動で敵を翻弄しながら、常人では捉えられないその動きで惑わされた敵を容赦なく屠っていく。

 

 「ば、化け物だ!」

 

 「うわあああ!」

 

 恐慌を起こしたように逃げまわる敵を冷たい視線で睨むと失望を隠さず吐き捨てる。

 

 「怯えるくらいなら、初めから出てくるな」

 

 逃げ回る敵はすべて無視し、慎重に周囲を観察するとすぐに目的の場所を発見する。

 

 視線の先にあったのは基地内に繋がるゲートの一つだった。

 

 「あそこだな」

 

 機体をそこに向かって突っ込ませるとビームライフルでゲートを吹き飛ばし、途中邪魔な者たちは歯牙もかけずに排除していく。

 

 あまりに呆気ない。

 

 手応えの無さに嘆息すると通信機のスイッチを入れて呼びかける。

 

 「ゲートの1つを破壊した。ここから侵入出来るぞ」

 

 ユリウスの声にさらに士気が上がり、勢いよく破壊されたゲートよりモビルスーツが内部へと侵入していく。

 

 それを見届けると適度な場所に機体を降ろし、コックピットから降りた。

 

 「機体を頼むぞ」

 

 近くにいたジンに機体を任せると、ユリウスも内部に侵入する。

 

 目標は管制室にアクセスできるデータベース。

 

 状況を確認するだけなら、わざわざ最深部まで行く必要はないのだから。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の苛烈ともいえる攻勢が続く中、メインゲート近くの戦場で奮戦している地球軍の戦艦の姿があった。

 

 言わずと知れた白亜の艦アークエンジェルである。

 

 その奮戦故か未だにゲートは破られずに守られていた。

 

 絶え間なく振りかかる砲弾。

 

 止む事のないミサイルの嵐。

 

 それらを搭載された武装すべてをフルに使い、薙ぎ払っていく。

 

 そして甲板に降り立ったモビルスーツが取りつこうとしている敵を撃ち落としていた。

 

 「艦長、数が多すぎます! 我々だけでは対応しきれません!!」

 

 ノイマンの指摘にマリューは思わず拳を握り締めた。

 

 ここまで対応できたのも搭載機であるイレイズ、ストライク、そしてスカイグラスパーの迎撃のおかげだ。

 

 単艦であればすでに致命的な損傷を受けていたとしても不思議はない。

 

 「とにかく、今は持たすしかないわ!!」

 

 アスト達も必死に戦っているのだ。

 

 自分達がここで諦める訳にはいかない。

 

 そして外でも同じようにパイロット達が降り注ぐ敵の攻撃を前に必死に戦闘を継続している。

 

 見渡す限り敵の姿。

 

 突破口もない、ゴールの見えない戦場でアストとキラ、そしてトールの3人は激戦を続けていた。

 

 「キラ、左だ!」

 

 「わかってる!」

 

 銃口から発射されたストライクのビームがジンの胴体を撃ち抜き、グゥルごと撃墜する。

 

 同時にイレイズが甲板から飛び上がり右のブルートガングで近くのディンを串刺しにして、踏み台にすると右のアータルを撃ち込んだ。

 

 放たれた閃光に巻き込まれた数機のモビルスーツは碌に抵抗も出来ないまま破壊されていく。

 

 援護を受けながらアークエンジェルの甲板に降り立つと今度は左に装着したタスラムでジンを迎撃した。

 

 「良し、調子は悪くない!」

 

 事前に調整していた為に特に不具合もない。

 

 やれる!

 

 現在のイレイズはマードックに注文した通り、右にアータル、左にタスラムを装着。

 

 そして左腕には折れたブルートガングの代わりにアーマシュナイダーが装備されていた。

 

 急場しのぎの装備ではあるが、何も無いよりはいいだろう。

 

 イレイズ、ストライク共に連携を組み、アークエンジェルに取りつこうとする敵を排除する。

 

 しかし敵は怯むことなく攻撃を仕掛けてきた。

 

 「くそ、数が多すぎる!」

 

 「アスト、バッテリーに気をつけて。危険域に入ったらすぐ補給を」

 

 「ああ、そっちもな。イレイズよりは稼働時間が長くてもこの数じゃ厳しいだろう」

 

 どれだけ迎撃しても減らない敵。

 

 明らかにこちらの対応能力を圧倒する数が彼らの前に立塞がっている。

 

 そしてそんな危険な空をトールは1人で飛んでいた。

 

 「これで!」

 

 予備のエールストライカーを装着したスカイグラスパーの機動性で敵を振り切るとターゲットをロックしビームライフルで敵機を叩き落とす。

 

 「少佐はいないんだ! 俺がその分、頑張らないと!」

 

 前ならば不安で仕方なかった筈だ。

 

 それだけムウの、エフィムの存在は大きかった。

 

 だが今やこの空を飛び、戦えるのは自分1人。

 

 でも2人から受け取ったもの、引き継いだものがある。

 

 だから決して無様な戦いなどできない。

 

 「トール、無茶はするなよ」

 

 「分かってるって!」

 

 旋回しながら敵機の攻撃を避け、応戦していく。

 

 だがこんな戦いは長くは持たない。

 

 元々数が違うのだから、時間が経てば経つほどこちらは疲弊していくだけ。

 

 そして疲弊していくのは外で戦っているパイロット達だけではなく、アークエンジェルのブリッジでも同じだった。

 

 「ゴットフリート照準、撃てぇー!」

 

 両舷のビーム砲から発射されたビームが敵を捉えて撃墜する。

 

 しかしすぐに次の敵が襲いかかってきた。

 

 だがそれにも即座に対応し、次の指示を飛ばす。

 

 「ヘルダート、バリアント撃てぇー!」

 

 ミサイル、リニアカノンがディンを直撃し、容赦なく吹き飛ばした。

 

 だがそれでも敵の攻勢は止む事無く、続いていく。

 

 これは精神的にきつい。

 

 撃っても、撃っても敵は減らず、こちらの損害が増えるばかりで、味方の援軍が来る様子もない。

 

 ブリッジクルーも焦りの色を隠せず、カズイなどは半ば悲鳴のような声を出していた。

 

 「艦長、やはりこの戦力では守りきれませんよ!」

 

 ノイマンの言う通り、今の戦力ではどうにもならない。

 

 ここまで持ちこたえられたのも2機のガンダムのおかげだ。

 

 マリューが思案に一瞬でも気をそらした間にも敵の砲火がアークエンジェルに突き刺さり、アネットの報告に我に返る。

 

 「ミサイル接近!」

 

 「ッ!?  回避――!!」

 

 数発のミサイルが迫るがノイマンの操舵で何とか直撃だけは避けれた。

 

 しかしすぐに次の攻撃が押し寄せる。

 

 「さらにミサイル!」

 

 回避は間に合わない!

 

 「迎撃!!」

 

 数発のミサイルは直前で破壊に成功するが、撃ち漏らした内の一発が右舷に直撃、大きな振動が艦を揺らす。

 

 「被害状況は!?」

 

 振動で思わず突っ伏したサイが声を上げる。

 

 「右舷フライトデッキ被弾!!」

 

 その報告に胸を撫で下ろした。

 

 艦の戦闘に影響が出る損害ではない。

 

 これだけの攻勢を考えればまだマシな方だろう。

 

 マリューは気を引き締めると再び指示を飛ばし始めた。

 

 

 

 

 地下ドックからアークエンジェルへ向かっていたムウ達は途中で鳴り響く敵襲の警報を耳にする。

 

 「敵襲!?」

 

 このタイミングで?

 

 偶然―――にしては出来過ぎているような気もするが。

 

 正直地下ドックでの大移動を目撃した後では、これらを予期していたのではと疑いたくなる。

 

 「少佐、これって……」

 

 「ああ、嫌な予感がするな」

 

 こんな事をしている場合ではないかもしれない。

 

 フレイの手を引き、ドックへ向って走ろうとした時―――突如として襲いかかったあの感覚にムウは驚きを隠せなくなった。

 

 「……これはラウ・ル・クルーゼか!?」

 

 離れてはいるがもう1つ、感覚がある。

 

 こちらはおそらくユリウスだろう。

 

 「奴らが内部にいるだと!?」

 

 侵入されているなら放っておく事はできない。

 

 近い方から確かめる必要がある。

 

 「えっ、どうしたんですか?」

 

 「こっちだ、お嬢ちゃん」

 

 「ちょっと!」

 

 フレイは慌てつつも、走り出したムウの後を追う。

 

 いったい何なのだ?

 

 それにラウ・ル・クルーぜって、確か敵将の名前の筈だ。

 

 ムウの背中に訝しむような視線を向けながら、見失わないよう走って行った。

 

 

 

 銃を持った兵士達をかき分け、2人がたどり着いたのは管制室。

 

 本来ならば今も人が溢れているのが当然なのだが、ドアの隙間から見ても薄暗い。

 

 警報が発令され襲撃されているにも関わらずだ。

 

 「人がいない?」

 

 「ああ、こりゃ本格的におかしい……ここか?」

 

 慎重に部屋の中を覗き込むと白い服を着た男が背を向けているのが見えた。

 

 白いザフトの制服―――ムウの感覚が言っている。

 

 間違いないラウ・ル・クルーゼだ!

 

 銃を構え踏み込もうとした瞬間、ラウが振り返り銃を撃ってくる。

 

 「くっ」

 

 どうやら奴もとっくにこちらが近づいていた事に気がついていたらしい。

 

 この感覚がラウ・ル・クルーゼにも備わっているというのなら、不思議な事ではないが、奴は一体何者なのだろうか?

 

 「きゃあ!」

 

 弾ける銃弾にフレイが思わず声を上げるとそれを嘲笑うようにラウが声を出す。

 

 「久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ」

 

 思った以上に澄んだ、そして人の神経を逆撫でするかの様な声で語りかけてくる。

 

 「せっかく会えたのに残念だが、貴様につき合っている時間はなくてね」

 

 その間にも反撃の隙を与えないよう、ラウは銃を撃ち込んでくる。

 

 というかこいつはどうも人をイラつかせるのが上手いらしい。

 

 そんなこちらの心情など無視して話を続けてくる。

 

 「貴様がここにいるという事は用済みになったか。落ちたものだ『エンデュミオンの鷹』も。後でユリウスにも教えてやるとしようか」

 

 そう言うとラウは身を翻し、別のドアから外に飛び出した。

 

 「待て!」

 

 ムウが飛び込んだ時には既に姿は無く、管制室は閑散としている。

 

 それも気になるが―――

 

 「何故奴がここに?」

 

 「少佐、今のザフト兵の事もそうなんですけど、何でここには誰もいないんです?」

 

 フレイの疑問はもっともだった。

 

 今もザフトによる激しい攻勢は止む気配もなく、防衛部隊との戦闘が続いているのだ。

 

 本来ならここで状況を把握し、各部隊へと指示が飛ばされている筈。

 

 様々な疑問や不信が湧きあがる。

 

 とりあえず奴が何を見ていたのか確認する為、近づき表示されていたデータを読み取ると驚愕した。

 

 「なっ!? これは……」

 

 「どうしたんですか?」

 

 不審に思ったフレイも近づいてデータを読み取るとその表情が見る見る青ざめていく。

 

 「何なんですか、これは!!!」

 

 彼女が憤るのも無理はない。

 

 ムウでさえ怒りで冷静さを無くしてしまいそうだ。

 

 「こういう事か」

 

 ずっと感じていた違和感、その答えがようやく出た。

 

 始めから上層部はこれを狙っていたのだ。

 

 「お嬢ちゃん、アークエンジェルに急ぐぞ。これを伝えてやらなきゃ不味い」

 

 「はい!」

 

 2人は急いで管制室から飛び出すと通路を駆け抜けていく。

 

 「でも、どこから向うんですか? たぶんアークエンジェルは今も戦闘中の筈ですよ」

 

 「なんとかするさ。こっちだ!」

 

 ムウに先導され辿り着いたのは、格納庫だった。

 

 運が良い事にまだ出撃していない戦闘機が残っていた。

 

 「よし、まだあったな。お嬢ちゃん、あれで脱出するぞ」

 

 「え、あれでですか……」

 

 フレイは思わず顔を引き攣らせ、表情を曇らてしまう。

 

 別にアレに乗る事が嫌なのではない。

 

 操縦するのがムウである事が問題なのだ。

 

 「何やってる急げ!」

 

 「……はい」

 

 彼女が渋ったのにはもちろんきちんとした理由がある。

 

 アークエンジェルのCICにいたフレイはムウの機動を良く見ていた。

 

 あんな素人目に見ていても無茶苦茶な機動は普通の人間には出来ない。

 

 その後ろに乗ればどうなるか―――超能力者でなくても簡単に未来が予知できる。

 

 フレイは憂鬱になりながらも、覚悟を決めると意を決して機体に乗り込んだ。

 

 

 

 

 無数の敵から放たれる砲撃に晒されながらも、メインゲートを守護するアークエンジェルはどうにか持ちこたえていた。

 

 その姿をディンのコックピットから見ていたラウは思わずほくそ笑む。

 

 「生贄はユーラシアの部隊とアレか」

 

 ヘリオポリスから逃し続けた獲物を自身の手で仕留め切れなかったのは残念だがこれも一興。

 

 「ユリウスは残念がるだろうが」

 

 彼のキラ・ヤマトへの憎しみはラウ以上だと言ってもいいだろう。

 

 そしてアスト・サガミ―――彼もまたこの手で倒したかった。

 

 しかしこれ以上ここに長居する事は命取りになる。

 

 生憎ここで一緒に心中する気はない。自分にはまだまだやる事があるのだから。

 

 ラウは母艦へ帰還しようと機体を上昇させたその時、上空から飛来する物を確認する。

 

 「あれは……フフ、ザラ議長殿はよほど『足つき』が目障りらしいな。特務隊を投入し、未完成の機体を使うとは」

 

 だが、これで彼らの命運も尽きたか。

 

 今も奮戦を続ける標的達に、憎悪の笑みを送るとそのまま母艦へ機体を向かわせた。

 

 

 

 

 空から降りてくる3つの機影。

 

 その姿はアークエンジェルやアスト達も気がついていた。

 

 「なんだ、あの機体?」

 

 「新型か!」

 

 上空から飛来した三機は見た事もない機体だった。

 

 ザフト特有の造形でありながら、どこか普通の機体とは違う。

 

 ZGMF-F100『シグルド』

 

 ザフトの未来を担うパトリック・ザラ主導で開発された新しいモビルスーツ開発計画、その中に属する機体である。

 

 武装はビームライフルやサーベルといった基本的なビーム兵装に加え、腹部にビーム発射口が付いている。

 

 そしてこの機体最大の特徴はNジャマーキャンセラーが搭載されている事であった。

 

 これにより核動力が使用可能となり、通常の機体とは比較にならない性能を誇っている。

 

 シグルドのコックピットに座り、戦場の状況を確認したシオンは深い笑みを浮かべた。

 

 「まさか目の前とはな」

 

 倒すべき敵の姿に何時になく高揚する。

 

 そしてあそこにはいる―――この手で殺してやりたい相手が!

 

 「運がいいな。あれだろ『足つき』ってさ」

 

 「ええ、間違いないですね」

 

 同じくシグルドに搭乗しているマルクとクリスも問題ないようだ。

 

 その声からもやる気が漲っている。

 

 「分かっていると思うが目標はあくまで『消滅の魔神』と『白い戦神』の2機だ。『スピットブレイク』の方は他の奴らに任せておけ」

 

 「ナチュラルを殺せるいい機会なのになぁ」

 

 「あの2機をさっさと片付ければ参加できますよ」

 

 2人は全く気負いが無く、むしろ余裕すら感じられる。

 

 相手はザフト全軍が震え上がる敵、イレイズとストライクだというのにだ。

 

 実に頼もしい。

 

 それでこそ背中を任せられる。

 

 「この機体はまだ未完成な機体だ。無理して壊すなよ」

 

 「機体自体は完成してんだから問題ないさ」

 

 そう言うとマルクは獲物を狙う獣のように鋭い視線で相手を見据える。

 

 「噂通りか見てやろうじゃないか!」

 

 ただでさえ狙ってた女が死んでストレスが溜まっているのだ。

 

 「では、いくぞ!」

 

 「ああ!」

 

 「はい!」

 

 3機のシグルドが囲むようにアークエンジェルに襲いかかる。

 

 その速度は明らかに従来のモビルスーツを軽く上回っていた。

 

 「速い!?」

 

 狙撃したストライクのビームをすり抜けるようにかわすとマルクはビームサーベルで斬りかかった。

 

 凄まじい速度で距離を詰めてきたシグルドに驚きながらも、キラはシールドを掲げて防御する。

 

 だが、すぐに異変が起きた。

 

 「なっ!?」

 

 受け止めたサーベルを押し留める事が出来ず、徐々に押し返されていくのだ。

 

 ペダルを思いっきり踏み、操縦桿を必死に前へ持っていくがそれでも現状は変わらない。

 

 「何なんだ、この機体は!?」

 

 「ふん、『白い戦神』ってのは、この程度かよ!!」

 

 マルクはサーベルを押しつけ、隙ができた所に今度はシールドで殴りつける。

 

 そして体勢を崩したストライクをビームクロウで斬りつけた。

 

 「くっ!」

 

 振り下ろされた光爪を前にキラは咄嗟に機体を逸らす。

 

 しかし素早く振り抜かれたビームクロウは肩部の装甲をあっさりと抉って、斬り飛ばした。

 

 「接近し過ぎだ! 今なら!」

 

 シグルドの腹目掛けて膝を蹴り上げ、隙を作る。

 

 「これで!!」

 

 バランスを崩した所に下段に構えていたサーベルで斬り上げるが、スラスターで後退され、光刃は空を斬った。

 

 上手い。

 

 機体もすごいがパイロットも相当の腕だ。

 

 特務隊に選ばれるものは優秀な者だけであり、ザフトのトップガン達である。

 

 いかにキラといえど、そう簡単に倒せる相手ではない。

 

 「やるじゃないかよ!!」

 

 スラスターを噴射させ、再びビームサーベルを横薙ぎに振るってきたシグルドの一撃を逸らし、こちらも負けじと光刃を振う。

 

 「まともに受けたら押し切られる! 攻撃はすべて流さないと!」

 

 力勝負ではこちらが不利。

 

 ならばシールドを使って捌いていくしかない。

 

 上手く攻撃を捌きなが攻撃を繰り出してくるストライクにマルクは感嘆の声を上げた。

 

 噂なんて当てにならないと思っていたが、こいつはいい!!

 

 「へぇー、思ったよりやるじゃないの。けど何時まで持つかな!」

 

 「ハァ、ハァ」

 

 負けられない。

 

 これだけの攻撃に晒された状態で一機でも欠ければ致命的になる。

 

 みんなを守る!

 

 ならば使うしかない。

 

 キラはSEEDを発動させた。

 

 「いくぞ!!」

 

 クリアになった視界と感覚に従い、スラスターを全開にして、シグルドに斬りかかった

 

 そしてすぐ傍で戦闘していたアストも2機のシグルド相手に苦戦を強いられていた。

 

 機体の速度もそうだが、最も感じる違いそれがパワーだった。

 

 まともに受ければ、盾ごと両断されかねない。

 

 敵からの攻撃で傷つきながらも、イレイズが放ったビームライフルの一射をシールドで平然と止める。

 

 そして今度は横から割り込んで来た1機がビームクロウで上段から斬りつけてきた。

 

 「そんなものに!」

 

 最初は驚きはしたが、一度見れば対処可能だ。

 

 ビームクロウをシールドで受け止め、右のブルートガングを引き出し叩きつける。

 

 しかしシグルドは大して動じる事無く片方の腕で弾くと、同時に殴りつけてきた。

 

 「ぐっ、この!」

 

 アストは咄嗟に前に出ると敵機との間に踏む込み、体当たりで突き飛ばす。

 

 今いる場所は狭い甲板の上、派手に動き過ぎれば落ちる。

 

 かといって上空に逃げるなどあり得ない。

 

 上空から降りてきた所から見て、あの機体は非常に優れた空戦能力を持っている。

 

 迂闊に飛びあがれば、ただの的になるだけだ。

 

 「ハァ、ハァ、今のは?」

 

 先程のブルートガングによる一撃、敵はシールドで防御した訳ではない。

 

 腕で弾いた。

 

 しかも敵機は大した損傷もなく無傷。

 

 なれば答えは一つしかない。

 

 「……PS装甲か」

 

 これだけのパワーとスピード、性能はすべてあちらの機体が上回っている。

 

 そこにPS装甲による防御力に加え、パイロットもエース級となれば―――

 

 「厄介だな」

 

 対峙した敵に気を取られているともう一機が回り込んで腹部のビーム砲を放ってきた。その威力はイージスのスキュラと同等以上であった。

 

 「チッ!」

 

 シールドでビームを受け止め防ぐが、動きが取れなくなってしまう。

 

 その隙に対峙していた機体がビームサーベルを抜き突撃してくる。

 

 避けられない。

 

 ならば―――

 

 再び機体を前に出し、敵機の懐に飛び込むと振り下ろされたサーベルを押し止めるが、パワーの違いが大きく、徐々に押され始めている。

 

 どうにかしなければ、あっさり両断されて終わりだ。

 

 状況を打開する為、動こうとしたアストの耳に敵の声が聞こえてくる。

 

 《フフフ、アハハハ、どうした? ナチュラルを―――友達を守るんじゃないのか?》

 

 「何!?」

 

 突然何を言っているんだこいつは?

 

 いや、惑わされる事はない。目の前に集中しろ!

 

 《しかし地球軍とはな。お前の愚かさには反吐が出そうだ》

 

 「なっ!?」

 

 こいつはなんなんだ?

 

 俺を知っているのか?

 

 「……お前は誰だ?」

 

 《愚かなだけではなく、記憶力まで無いのか。まあいい》

 

 アストの問いかけに答える様に敵機は機体を近付けてくると驚きの行動に出た。

 

 なんとコックピットハッチを開いたのだ。

 

 戦闘中にハッチを開くなど正気の沙汰ではない。

 

 「なにをして―――ッ!?」

 

 敵のパイロットがヘルメットを取ると見覚えのある顔だった。

 

 いや見覚えのあるどころではない。

 

 その顔は―――

 

 「いかにお前が愚かでもこれで分かるだろう、アスト」

 

 「……シオン」

 

 こちらの呟きを聞きとっていたのか、シオンはニヤリと笑う。

 

 「覚えてはいたようだな。クリス、お前はしばらく離れていろ。他の連中に撃たせるなよ」

 

 《了解》

 

 シオンが口にした名前にアストは再び驚愕する。

 

 「クリスだと!?」

 

 あちらの機体に乗っているパイロットがクリスとは。

 

 カールの件があるから、そこまで不思議に思う事ではないかもしれないが、彼までザフトにいるのか。

 

 「どうした、顔くらい見せろ」

 

 そう言うとアストもまたコックピットハッチを開いた。

 

 戦闘中のこんな行動は自殺行為。

 

 それでもこいつの言う事を無視する事はできない。

 

 逃げたと思われる事だけは絶対に嫌だった。

 

 「久しぶりだな、アスト」

 

 「シオン、俺がイレイズのパイロットだと何故わかった?」

 

 「レティシアが口を滑らせたのさ。まあ、イレイズのパイロットだと分かったのは今だがな。お前を挑発した時の声ですぐ分かったよ。しかし、相変わらずか、お前の愚劣さは。今も言ってるんだろ、ナチュラルが友達とか」

 

 アストの視界が怒りで歪む。

 

 こいつは何も変わっておらず、昔のままだ。

 

 「だが、感謝してもいい」

 

 「感謝だと」

 

 「ああ、カールを殺したのはお前だろ」

 

 一瞬、体が硬直した。

 

 弟のクリスもいる。

 

 カールの事は罵倒されても、反論はできない。

 

 「ほう、その顔、知っていたのか。殺した相手がカールだと」

 

 「だったら?」

 

 「言っただろ、感謝してもいいと。最近のあいつは何かにつけてナチュラルを庇う言動が増えてな。そしてむやみに殺すのはやめろと言いだした。どうやら昔の事を今さらながらに悔やんでいたらしい」

 

 カールが最後に言った言葉が脳裏に蘇る。

 

 ≪ア、スト、ごめん、な≫

 

 あれはカールの本心だったという事か。

 

 アストの胸中に複雑な思いが湧く。

 

 オーブで会った時にもっと話せば良かったのだろうか?

 

 「それが最近は鬱陶しくてな。だからお前が消してくれて助かった」

 

 こちらを煽るような物言いに挑発だと分かっていても感情が抑えきれない。

 

 「貴様ァァ!」

 

 「そうそう、もう一つ。お前が地球軍に入ってくれた事もだ。一応お前もコーディネイターだからな。同胞を殺すのは良心が痛む。だがこれで何の遠慮もなくお前を殺せるからな」

 

 「ふざけるなぁぁ!!」

 

 互いがハッチを閉じると弾け合うように距離を取った。

 

 アストはSEEDを発動させビームサーベルを抜くと一気に飛びかかる。

 

 許せない!

 

 こいつだけは!

 

 「シオン!!」

 

 「来い、アスト」

 

 シオンもビームサーベルを構えて迎え撃った。

 

 

 

 

 

 上空で敵からの攻撃を避けつつ、ミサイルを迎撃していたトールは思わず歯噛みする。

 

 イレイズ、ストライク共に近接戦闘をしている為に今の状況では援護が出来ないのだ。

 

 迂闊な攻撃では味方に当ててしまうかもしれない。

 

 さらに下手をすればアークエンジェルの方にもダメージを与えてしまうだろう。

 

 「くそ、これじゃ!」

 

 アークエンジェルに群がるディンをビームライフルで撃ち落とすと今度はグゥルに乗ったジンが突撃砲でスカイグラスパーを狙ってくる。

 

 「しつこい!」

 

 操縦桿を倒し、機体を下降させ攻撃をかわすと旋回し攻撃してきた敵機をロックする。

 

 「落ちろ!」

 

 トリガーを引くと同時にミサイルが発射され、直撃を受けたジンを海上へ叩き落とした。

 

 撃ち落としても群がってくる敵にうんざりしながら、次の目標に向け攻撃しようとしたそこに一機の友軍機が近づいてくるのが見えた。

 

 「あの機体の動きは!?」

 

 忘れる筈もない。

 

 毎日のように見ていたのだから。

 

 あの友軍機の動きはフラガ少佐のものに間違いない。

 

 でも何故ここにいるのだろうか?

 

 しかしそんな事を考えていた間に戦闘気はジンに囲まれ右翼に損傷を受けてしまう。

 

 何時ものムウなら余裕でかわせるだろうが、機体の状態が良くないのかいつもより動きが鈍い。

 

 あのままでは危ないと判断したトールはムウが乗っていると思われる機体の援護に入る。

 

 後ろから攻撃していたジンのグゥルを破壊すると、接近してきたディンをビームライフルで翼を撃ち抜く。

 

 傷つけられ、飛行能力をなくしたのか敵機はそのまま墜落していった。

 

 なんとか間に合った事にホッと安心して息を吐くと、通信を開いて呼びかける。

 

 「フラガ少佐! 何故こんな所に?」

 

 「ケーニッヒ、助かったぜ。色々あってな、アークエンジェルに着艦したいんだが」

 

 「今はあの新型が張り付いていて」

 

 眼下では2機のガンダムがシグルド相手に押されながらも奮戦していた。

 

 しかもその内の1機は誰も近づけ無いように周囲を警戒しているのが見てとれる。

 

 あの機体がいる限り、このまま近づいても落とされるだけだろう。

 

 しかし何時までも今の機体にムウを乗せてはいられない。

 

 なら自分のするべき事は決まっている。

 

 「俺が隙を作ります。そしたら損傷した右デッキから侵入してください」

 

 「お、おい」

 

 「大丈夫ですよ、自分の弟子を信じてください」

 

 トールの言葉にムウは呆気に取られながらも、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

 

 「分かった。頼むぞ!」

 

 「了解!」

 

 ここが今まで訓練して鍛えた腕の見せ所だ。

 

 トールは機体を降下させ、離れているシグルドに向けて突撃するとビームライフルを連射した。

 

 そんなスカイグラスパーの突撃に気が付いたクリスは機体を上昇させた。

 

 「シオンの邪魔はさせない。ナチュラルなどに!」

 

 撃ち込まれたビームをあっさりかわし、ビームライフルで撃ち落とそうと狙ってくる。

 

 こちらを狙う正確な射撃をトールはムウそっくりの機動でかわすと、ミサイルを叩き込んだ。

 

 「これが訓練の成果だ!」

 

 これぐらいの動きであればムウを真似る事は出来る!

 

 撃ち込まれたミサイルを迎撃するクリスは驚いていた。

 

 「なかなかいい動きだ。噂に聞く『エンデュミオンの鷹』か?」

 

 クリスがトールに集中した瞬間、ムウがアークエンジェルに向かって降下する。

 

 「いくぞ、しっかり掴まっていろよ、お嬢ちゃん!」

 

 「は、はい」

 

 顔を真っ青にしながら返事をするフレイの返事を背中で聞いたムウは戦闘機を損傷した右デッキから、そのまま格納庫に突っ込んでいった。

 

 トールからの通信で着艦してくる事を察していたマリューの指示でネットを張っていたおかげか、被害などはなかったようだ。

 

 ムウはコックピットから飛び降りるとブリッジに向かって走る。

 

 後ろで整備班が何か言っているが答えている暇はない。

 

 「ハァ、ハァ、うっ」

 

 フレイも口を抑えながら何とかついて来ているらしい。

 

 顔色は非常に悪く真っ青だったが。

 

 ブリッジに駆け込んだムウは驚くマリューに叫んだ。

 

 「艦長、すぐに撤退だ!」

 

 「少佐、貴方何をしているんですか!? 転属はどうしたんです?」

 

 「そんな事はどうでもいい。それよりここから撤退するんだ!!」

 

 「何を―――」

 

 事情が呑み込めないのか、困惑した表情を浮かべるマリュー達にムウは真実を告げた。

 

 「いいか、良く聞け。本部の地下にサイクロプスが仕掛けられている。基地から半径十キロは溶鉱炉になるって大きさの代物がな」

 

 その言葉にマリュー達は凍りついた。

 

 その反応は当然だろう。

 

 自分達になにも知らせず、そんなものを仕掛けるなんて誰が考えるだろうか。

 

 「そんな、まさか……」

 

 「うぅ、……本当ですよ」

 

 ブリッジに口を手で覆いながら、青い顔のフレイが入ってきた。

 

 「フレイ!?」

 

 「……少佐と一緒に私も見て来ました。確かにサイクロプスが仕掛けられていました。そしてすでに司令部には誰もいません」

 

 「なっ!?」

 

 確かに司令部とコンタクトを取ろうとしても同じ電文が返ってくるだけだった。

 

 碌な指示もなくどういう事かと思えばこれだ。

 

 マリューは怒りで拳を強く握り締める。

 

 今もなお、守備隊が命を張って戦っているというのに!

 

 「まあ、最初からおかしいといえばおかしかったけどな。要するにアークエンジェルを含めた守備軍は囮さ。ザフトの戦力を奪うための」

 

 ノイマンも怒りを隠すことなく吐き捨てる。

 

 「つまり俺たちにここで死ねと」

 

 「ああ、仕掛けを勘付かれないよう奮戦してな」

 

 ムウの言葉に完全にブリッジは沈黙する。

 

 元々アラスカに辿り着いた時の対応やあの査問会から地球軍上層部に不信感はあった。

 

 しかしここまでやるとは思わなかった。

 

 マリューは怒りに震えながらも宣言する。

 

 「この戦闘の目的がザフトの戦力を奪う事ならすでに本艦はその任を果たしたものと判断します。そしてこれは艦長である私の独断です! もしもの時はそう証言してくださいますね?」

 

 そんなマリューを痛ましそうに見つめながら、同時に励ますようにムウは笑みを浮かべた。

 

 「そう気張りなさんな、俺も出る。知らなかったか? 俺は不可能を可能にする男なんだぜ。だから必ず脱出できるさ」

 

 ムウの言葉に励まされながら、頷いたマリューは声高く命じた。

 

 「僚艦に打電『我に続け』、機関最大、左翼を抜く!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 

 ムウはそのまま格納庫に向かい、フレイはCICに座る。

 

 そこでサイが自信なさげに報告を上げる。

 

 「艦長、敵が!」

 

 「どうしたの?」

 

 「敵の動きが鈍って、いや少しずつ撤退している?」

 

 どういう事だ?

 

 敵が本部の仕掛けに気が付いた?

 

 どちらにせよこれはチャンスだ。

 

 離脱するにはこの機会を逃す訳にはいかない。

 

 できねば死が待っているのだから。

 

 

 

 

 

 『JOCH-A』を巡る戦いは未だに治まる気配もなく、激しい戦闘が続いていた。

 

 ムウのスカイグラスパーが参戦した事や敵が徐々に後退している事で戦況もだいぶ楽になっている。

 

 トールと連携を取りながら、クリスをアークエンジェルから引き離す。

 

 「たく、こいつも厄介な奴だな」

 

 装備しているアグニの砲撃を平然と受け切る敵に思わず毒づく。

 

 それを聞いたトールも思わず苦笑しながら答えた。

 

 「アストやキラでも手こずる相手ですからね」

 

 「お前よく無事だったな」

 

 「回避に専念してましたから。それに向こうもこっちを落とす気がないって言うか、ただ近付けないようにしてるだけみたいなんで」

 

 なるほど、ならそこを突かせてもらうとしよう。

 

 ムウが旋回し再び攻撃を仕掛ける。

 

 「地球軍にもこれだけのパイロットがいるとは」

 

 クリスは敵パイロットの技量に驚きながらも油断する事無くビームライフルを構える。

 

 シオンの命令だ。

 

 他を近づかせる訳にはいかない。

 

 「ナチュラル風情が調子に乗らない事だ!」

 

 スカイグラスパーのビームを防ぎながら放ったクリスの射撃が正確にムウの機体を狙ってくる。

 

 ギリギリのタイミングで機体を逸らしビームをやり過ごした。

 

 「そう簡単にはいかないってことか!」

 

 だがそれで諦めるムウではない。

 

 再び体勢を立て直すとトールと共に突っ込んでいった。

 

 ムウ達が連携を組み、クリスと戦っていた時も甲板の上では死闘が繰り広げられていた。

 

 1対1の戦いになっているとはいえ、押されている事に変わりはない。

 

 アストはシグルドの斬撃を掻い潜り、ビームサーベルを振り下ろす。

 

 しかしそれをあっさりかわされると逆方向からのビームクロウが迫る。

 

 それをどうにかシールドで逸らしながら、至近距離からタスラムを放つ。

 

 完全に防戦一方である。

 

 シオンの技量も高く厄介だが、問題はあの機体だ。

 

 敵機は最初から何の遠慮も無くビーム兵器を乱発してくる。

 

 それにも関わらず今だパワーダウンの兆候すら見えない。

 

 しかしこちらは限界に近かった。

 

 すでにバッテリーが危険域に入っているがこの状況では補給に戻る事もできない。

 

 横目で周囲を見るとキラの方もシグルドに押されている。

 

 イレイズほどではないにしろストライクの方も限界は近いはずだ。

 

 予備の装備に換装しようにもトール達も手一杯。

 

 何より換装を簡単にさせてくれるはずもない。

 

 現状は手詰まりに近い状態になっていた。

 

 「くそ!」

 

 イレイズの振るったビームサーベルをシグルドは軽々と受け止める。

 

 アストはここで賭けに出た。このままではジリ貧なだけだ。

 

 ならば―――

 

 イレイズの攻撃を簡単に防いだシオンはビームサーベルを振りかざす。

 

 「ここだ!!」

 

 アストはシールドを捨て左のアーマシュナイダーをスライドさせて抜き放つとシグルドの腕に叩きつけた。

 

 実剣であるアーマーシュナイダーではPS装甲は貫通できないが、ビームサーベルの一撃を逸らす事はできる。

 

 「チィ」

 

 予想外の反撃にシオンは思わず舌うちをした。

 

 今の一撃で仕留めるつもりだったのだ。

 

 アストはアーマシュナイダーから手を離し、ビームサーベルで袈裟懸けに振り下ろす。

 

 タイミング的に避けようがない。

 

 これで殺ったか!?

 

 しかしシオンはシグルドを上方に逸らし腹部のビーム砲を発射する。

 

 ビームに巻き込まれた左腕は消し飛ばされ、そして同時に振るったビームクロウでイレイズの胴体を斬り裂いた。

 

 「ぐああああ!!」

 

 損傷を受けながら、イレイズは甲板に倒れ込んだ。

 

 「こんなものだろうな」

 

 本来なら今のをコックピットに放つ事も出来たがシオンはあえてそれをやらなかった。

 

 そんな呆気ない最後は許さない。

 

 もっと苦しめてから殺すのだから。

 

 倒れ込むと同時にPS装甲が落ちる。

 

 限界時間、そして損傷の為だろう。それを見ていたキラが叫ぶ。

 

 「アスト!!」

 

 「おいおい、仲間心配してる場合かよ」

 

 「邪魔するな!!」

 

 マルクはサーベルを避け、同時にビームクロウを叩き込む。

 

 光爪による一撃を前にストライクはどうにかシールドを掲げるが、今回は体勢が悪く、逸らす事が出来なかった為に正面から受け止めてしまった。

 

 その攻撃で力負けしてしまい、機体が大きく弾き飛ばされてしまう。

 

 「ぐっ!」

 

 「休んでる暇はねぇぞ!」

 

 マルクは体勢を崩したストライクに追撃をかけ、ビームサーベルを振り下ろす。

 

 機体を横に転がすように何とか避けるが、これではとてもアストの援護にはいけない。

 

 「もう終わりか、アスト」

 

 「う、うう、くそ!!」

 

 操縦桿を動かしてみるが全く反応がなかった。

 

 先の一撃を受けて損傷した時、駆動系がやられてしまったのかもしれない。

 

 「つまらんな、こんなものか」

 

 「まだ!」

 

 何とか動かそうと色々試すが機体が動く気配はまるでない。

 

 そんなイレイズを見下ろしていたシオンは普段は見せない残酷な笑みを浮かべ、挑発するようにアストに声を掛けてくる。

 

 「良い余興を思いついたぞ、アスト」

 

 「余興だと!?」

 

 シグルドはスラスターを使い上昇するとアークエンジェルの砲火を避けながら、ブリッジの前に佇んだ。

 

 「この艦から先に沈めるというのはどうだ? 友達が乗ってるんだろこれに。あの時の再現さ」

 

 脳裏に昔の光景が浮かぶ。大切なものがなくなる瞬間が。

 

 「や、やめ―――」

 

 「お前の愚かさと無力さを知れ」

 

 嘲るように言葉を紡ぎ、ゆっくりとビームライフルをブリッジに突き付けた。

 

 キラも、ムウも、トールも敵の迎撃に手一杯、とてもそれを阻止できる位置にはいない。

 

 それを知っているからアストは必死にイレイズを動かそうと操縦桿を動かす。

 

 「動け! イレイズ!  動けぇ!!」

 

 誰も間に合わない!

 

 「動けェェェェェェェ!!!」

 

 「もう遅い!」

 

 愉悦の笑みを浮かべながらシオンが引き金を引く。しかし―――

 

 

 まさに一瞬。

 

 

 何処からともなく放たれたビームの一射が、シグルドのビームライフルを捉え吹き飛ばした。

 

 「何だとッ!?」

 

 急速に接近してきた『ソレ』はシオンのシグルドに腰から抜いたビームサーベルで斬りかかる。

 

 その斬撃を受け止めたシオンだったが、同時に繰り出された蹴りをお見舞いされ吹き飛ばされてしまった。

 

 

 「あ、あれは……」

 

 

 アストの視界に映っていたもの―――それは蒼き翼を持った天使だった。



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第27話  蒼き翼、紅き剣

 

 

 

 

 特務隊によるアークエンジェルへの攻撃が始まった頃、アラスカ基地内部に潜入したユリウスはようやく見つけたデータベースから管制室にハッキングを行っていた。

 

 キーボードを叩きながら次々とセキュリティをクリアしていく。

 

 いや、セキュリティなど無いも同然だった。

 

 これを見て益々違和感が膨れ上がっていく。

 

 「流石に重要機密まで簡単にいくとは思えんが―――」

 

 しかしユリウスの予想に反しあっさりと目的のデータを発見できた。

 

 「どういうことだ?」

 

 だがその疑問もずっと感じていた違和感の理由と共に理解した。

 

 「……なるほど。サイクロプスとはな」

 

 基地防衛の戦力が少ないはずだ。

 

 地球軍はここを守る気は始めからなかったのだ。

 

 そしてセキュリティの件も納得する。

 

 すべて消し飛ぶ以上そんなものは必要ないと言う事だ。

 

 思った以上の有様にため息しか出てこない。

 

 呆れる。

 

 そして今ここを守るために戦っている者たちは哀れだ。

 

 これが戦争である以上、敵を殺すことを躊躇わないし、敵が同じ様に殺そうとしてくる事も否定しない。

 

 それは銃を取り、命のやり取りを覚悟した彼からして当然の事だった。

 

 しかし味方諸共に敵を撃つというやり方は断じて認められない。

 

 戦う理由は違えど共に戦う者たちを目先の勝利の為に切り捨てる者たちに未来などない。

 

 これを仕掛けた者たちは、いずれ相応の報いを受けるだろう。

 

 ユリウスはデータベースから離れ、自身の機体を待機させてあった地点に戻りシグーに乗り込むと、任せていたジンから連絡が入る。

 

 「ユリウス隊長、ご無事で」

 

 「ああ、すまなかったな。それより撤退しろ」

 

 「は? いえ、まだバッテリーに余裕が―――」

 

 「理由は後で説明がある。死にたくなければ撤退しろ」

 

 「り、了解です」

 

 ジンのパイロットは戸惑いならも了承した。

 

 困惑するのも無理はない。

 

 ここまで自軍が優位に進めているというのに撤退する理由が分からないのだろう。

 

 詳しく説明してやりたいが、先に説明しなくてはならないのは彼ではない。

 

 すぐさま通信機のスイッチを入れると旗艦に繋げる。

 

 「こちらクルーゼ隊のユリウス・ヴァリスだ」

 

 《どうした?》

 

 「今すぐ全軍を撤退させろ」

 

 《はぁ!? 貴様何を言っている! ここまでわが軍が優勢に―――》

 

 

 ユリウスの言い分に納得できない様子に艦長は食ってかかってきた。

 

 まあこの状況を考えれば当然の反応だと言える。

 

 すでにメインゲートまで突破しているのだから。

 

 しかし旗艦を任された艦長ともあろう者が冷静さを無くしてどうするというのだ。

 

 この状況に少しの違和感も持たない事に失望を隠せず、憤る艦長に内心呆れながらユリウスは冷静に告げた。

 

 「これは罠だ。アラスカ基地の地下にサイクロプスが仕掛けられているのを確認した。あの大きさの物が作動すれば半径10キロは巻き込まれる」

 

 《な、なんだと!?》

 

 「今からならまだ突入した部隊も間に合うかもしれない。すぐに撤退命令を出せ」

 

 《し、しかし―――》

 

 どうやら葛藤しているらしい。もし誤認だった場合、自分が責任を問われるとでも思っているのだろう。

 

 「……俗物が」

 

 仲間の命より、我が身大事か。

 

 決局地球軍の連中と変わらない。

 

 こんな者たちが進化した新たな種を名乗るなどなんの冗談だ。

 

 この艦長に対する感情が呆れから嫌悪に変わると今までより冷たい声色で言ってやる。

 

 「誤認だった時の責任なら私が取ってやる。早く出せ」

 

 《わ、分かった》

 

 それからすぐに全軍に撤退命令が伝わり、徐々に部隊が後退していく。

 

 だがすでにかなりの部隊がすでに最深部にまで侵入している筈、どれだけの部隊が間に合うか。

 

 ユリウスはさらに通信を開いた。

 

 「エリアス、聞こえるか」

 

 「はい」

 

 「私達は限界まで味方の撤退を支援する。しかし引き時を見誤るなよ。私達が巻き込まれたら意味がないからな」

 

 「了解!」

 

 ユリウスはエリアスのディープアームズを引き連れ支援を開始した。

 

 

 

 

 

 ザフト全軍に撤退命令が下った時、他にもそれを把握していた者達がいた。

 

 フリーダムとジャスティスでアラスカに降下していたレティシアとラクスである。

 

 降下した2人はアイラの命令通り情報収集のため戦闘区域ギリギリの位置まで近づき、撃墜された、もしくはパイロットが脱出したと思われるジンやシグー、ディンといった機体を調べ情報を得ていた。

 

 幸いサフトも地球軍も戦闘に集中しているためか気づかれる事はなく接近する事が出来た。

 

 「レティシア、これは……」

 

 「ええ」

 

 おそらくこれが地球軍が救援を出さなかった理由。

 

 守備軍諸共にザフト軍を吹き飛ばすつもりなのだろう。

 

 レティシアは怒りで強く拳を握る。

 

 仲間の命をなんだと思っているのか。

 

 「守備軍の人達は―――」

 

 「おそらく知らされてはいないでしょう」

 

 撤退を始めたら仕掛けに気付かれる可能性がある。

 

 サイクロプスを仕掛けた者たちがそんな間抜けな事はしないだろう。

 

 知っていればとっくに撤退を始めている筈―――いや死ねと言われて戦線を維持できるものなどおるまい。

 

 「どうにか知らせる方法はないでしょうか?」

 

 「……仮に知らせる事が出来ても今からではとても間に合わない。下手をすれば私達まで巻き込まれる」

 

 その事実にラクスは俯き、言葉にしたレティシアも思わず唇を噛む。

 

 どうする事もできない。

 

 憤りを押し殺し、後退しようと声を出そうとした時だった。

 

 ラクスが何かに気が付いたように声を上げた。

 

 「レティシア、あれを!」

 

 示された方向を見ると見覚えのある白亜の艦が僚艦を引き連れ離脱しようとしている姿が見える。

 

 ―――アークエンジェル

 

 かつてラクスやレティシアが関わった艦、それがアラスカから離れようとしていた。

 

 このタイミングで離脱しようとしているという事は彼らはサイクロプスの事を知っているのだろう。

 

 しかしザフトのモビルスーツの攻撃を受け、進路を阻まれている。

 

 さらに中には見慣れないモビルスーツも混じっていた。

 

 新型だろうか?

 

 そして甲板ではイレイズとストライクがアークエンジェルを守るために奮戦している。

 

 しかし見る限り劣勢であり、追い詰められていた。

 

 「行きましょう」

 

 「ラクス!?」

 

 突然の言葉に驚きながら、モニターをに映るラクスの顔を見る。

 

 「レティシアもそう思っていたのでしょう? それに彼らにはお世話になりました」

 

 「それは……」

 

 助けるメリットが無い訳ではない。

 

 彼らの持っている情報は戦闘データを含めても貴重であり、アイラの命令である情報収集に反している訳でもない。

 

 何よりラクスの言う通りだ。

 

 レティシア自身がそんな理屈よりも彼らを助けたいと思っていた。

 

 口元に笑みを浮かべて頷いた。

 

 「ええ、そうですね。行きましょう!」

 

 「はい!」

 

 2人は飛び立つ。白亜の艦に向けて―――

 

 

 そして蒼き翼と紅き剣が戦場へと舞い降りた。

 

 

 動かなくなったイレイズのコックピットにいるアストの目の前に降り立ったのは蒼き翼をもつ天使。

 

 その形状は自身がよく知る機体によく似ていた。

 

 「……ガンダム」

 

 ZGMF-X10A『フリーダムガンダム』

 

 Nジャマーキャンセラーを搭載した核動力機である。

 

 そしてもう1機―――キラを庇うように降りたった紅い機体がいた。

 

 ZGMF-X09A『ジャスティスガンダム』

 

 何なんだこの機体は?

 

 そこでフリーダムから通信が入る。

 

 そこから聞こえてきたのは、アストが知っている人物の声だった。

 

 「無事ですか、アスト君?」

 

 「まさか、レ、レティシアさん?」

 

 「無事のようですわね、アスト様、キラ様」

 

 「ラクスさん?」

 

 ジャスティスから聞こえてきたピンクの髪を持った少女の声。

 

 何故あの2人がここにいる?

 

 そのモビルスーツは?

 

 様々な疑問が湧いてくる。

 

 「今は話している時間がありません。アークエンジェル、私達が援護します、その間にサイクロプスの影響範囲外へ離脱してください」

 

 サイクロプスの事まで知っている?

 

 どういう事だ?

 

 「早く! 時間がありません!」

 

 「え、ええ。わかりました」

 

 突然の出来事に戸惑っていたブリッジクルー達も我に返る。

 

 そして同じく動きを止めていたザフトも動き出した。

 

 突然乱入してきた見た事のないモビルスーツによって吹き飛ばされながらも、我に返ったシオンは、怒りを込めて敵を睨みつける。

 

 「なんなんだよ、こいつらは!!」

 

 「さあな、1つ分かっているのはこいつらは敵だという事だ!!」

 

 シオンとマルクはフリーダムとジャスティスに襲いかかる。

 

 撤退命令も聞き、状況も理解している。

 

 だがそれこれとは話が別だ。

 

 サイクロプスが起動する前に、この艦を落とせば良いだけの事。

 

 彼らの中には絶対の自信があった。

 

 シグルドの性能をよく知るが故に敵がどのような機体だろうと負けるはずがないと。

 

 しかし―――

 

 「邪魔をするなァァ!!」

 

 シオンはビームサーベルを逆袈裟から振るい、フリーダムを斬りつける。

 

 正面からの一撃。

 

 仮に受けられても力任せに押し込めばいいだけ、そんな判断だった。

 

 だがその攻撃はあっさりとフリーダムによって止められてしまう。

 

 そのまま押し込もうとしても全く動かない。

 

 「何ッ!?」

 

 目の前に事実に思わず驚愕してしまう。

 

 核動力を使っているシグルドは従来の機体を圧倒する性能を持っている。

 

 それとパワーが互角など、通常の機体ではあり得ない。

 

 そして繰り出された斬撃を止めたレティシアはすぐにシグルドの事を理解した。

 

 「やはり、この機体Nジャマーキャンセラーを搭載している」

 

 それにこの機体の動きには覚えがあった。

 

 シオンだ。

 

 という事はあちらの機体にはマルクが乗っているだろう。

 

 つまりこの機体を任されているのは特務隊。

 

 長時間の戦闘はまずいかもしれない。

 

 彼らはレティシアの動きを知っているからだ。

 

 生きていると分かればラクスの事にも気が付く可能性がある。

 

 その前にここを切り抜けなければ。

 

 フリーダムはシグルドのサーベルを押し返すと蹴りを入れると腰にマウントされたクスフィアス・レール砲を展開しシグルドに放った。

 

 レール砲から放たれた砲弾が敵機に直撃し、吹き飛ばす。

 

 「ぐぅ!!」

 

 その衝撃に耐えるようにシオンは歯を食いしばるが、その隙にレティシアはすべての砲身を敵に向けた。

 

 レール砲と翼から回転して長い砲身バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲がせり出され同時にビームライフルを構え一斉に発射する。

 

 フルバーストモードの砲撃がシグルドだけではなく、アークエンジェルの進路を阻んでいたモビルスーツ達を一斉に薙ぎ払った。

 

 「くそがぁぁ!!」

 

 傍でストライクと戦っていたマルクもジャスティスの動きに翻弄され、フリーダムの攻撃を阻止できない。

 

 腹部から発射されたヒュドラの一撃をかわしたラクスは2つのビームサーベルを連結、ハルバード状態にして横薙ぎに叩きつけた。

 

 「チィ」

 

 相手の攻撃に舌打ちしながらシールドを構えて刃を流し、距離を取って回避する。

 

 「甘いですよ!」

 

 しかしジャスティスは逃さないとばかりに肩に搭載されたビームブーメランを取るとシグルド目掛けて投げつけた。

 

 「なっ!?」

 

 予想外の武装によって虚をつかれたマルクは体勢を崩されてしまう。

 

 その隙を見逃さず再びビームサーベルを振り下ろした。

 

 特務隊相手でも戦えている。

 

 スカンジナビアに保護されてから戦うと決め、ずっとレティシアから訓練を受けていた。

 

 その訓練の成果であり、そしてこのジャスティスの性能のおかげだ。

 

 元々この機体にはラクスが搭乗する予定であり、OSも調整してある。

 

 だから違和感も無く手足のように動かす事が出来た。

 

 激突する2機のガンダムとシグルドの戦闘に圧倒されていたアストは我に返るとキラに呼びかける。

 

 「キラ、今の内に補給するんだ」

 

 「え、あ、でもアストは?」

 

 「俺は大丈夫だ」

 

 アストはイレイズから降りると、甲板から艦内に入り、そして走って格納庫に飛び込んだ。

 

 そこにマードックが声をかけてくる。

 

 格納庫はムウが飛び込んで来た機体とストライクの補給で大騒ぎだった。

 

 「坊主、無事か!?」

 

 「はい、俺は大丈夫です。それより曹長、デュエルは使えますか?」

 

 「一応修理はしてあるが……」

 

 「出ます!」

 

 返事も待たずそのままデュエルに駆け寄ってコックピットに乗り込むとOSを立ち上げ調整を加えていく。

 

 急がないと!

 

 いくらあの二人が乗ってきたガンダムが優れていても相手は3機だ。

 

 慣れないデュエルでも援護くらいはできる。

 

 調整が終わると同時にブリッジに通信をつなぐ。

 

 《アスト!? あんた大丈夫なの?》

 

 「ああ、今からデュエルで出る!」

 

 アネット返事をするとカタパルトに乗せて、発進させた。

 

 「アスト・サガミ、デュエルガンダム行きます!!」

 

 飛び出した先に待ち構えていたように攻撃してきたディンをビームライフルで撃ち落し、甲板に着地する。

 

 周囲を見るとレティシアの乗った機体がシオンを抑え、ラクスがキラと交戦していた敵を抑えている。

 

 もちろんムウやトールも奮戦し進行方向の敵機を排除しているが、3機目の新型が邪魔をしている所為か上手く捌けてはいない。

 

 ただレティシアが敵部隊を排除してくれたおかげか、随分数は減っている。

 

 「なら、もう少し踏ん張れば!」

 

 アストはムウ達を狙う新型をビームライフルで狙いをつけた。

 

 あれに乗っているのはクリス―――カールの弟だ。

 

 それだけで一瞬手が止まりかけるが、首を振ってトリガーを引く。

 

 「少佐、トール、俺が引きつける! その間にアークエンジェルの守りを!」」

 

 「お前、デュエルで―――分かった、キラは?」

 

 「補給中です、もうすぐですから」

 

 「了解だ!」

 

 とはいえキラが出てくる頃にはすべて終わっているだろうが。

 

 

 

 

 

 空を旋回しながらクリスは甲板から攻撃してきたデュエルを見る。

 

 「確かこちらが鹵獲していた機体だったな……取り戻したという事か」

 

 クリスは内心舌打ちする。

 

 搭乗していたパイロットが誰か知らないがザフトの恥さらしだ。

 

 取り返されたというならば破壊する必要がある。

 

 それにデータを取ってある以上もはやザフトには必要ない機体だ。

 

 ビームサーベルを構え、ビームライフルを構えたデュエルに向かって突撃する。

 

 「邪魔なお前には消えてもらうぞ!」

 

 振り上げられた斬撃を流すように盾を構えると、どうにか外側に向けて弾き飛ばした。

 

 「やるな」

 

 「やはりパワーが違う!?」

 

 一度対戦した経験からどういう風に戦えばいいかは分かっているが、長期戦はあまりに不利だ。

 

 アストはビームサーベルを横薙ぎにに振るうがシグルドはクルリと回転して、斬撃を回避すると腹部のビーム砲を放つ。

 

 「避ければアークエンジェルに当たる!?」

 

 あの威力が当たれば、船体もただでは済まない。

 

 回避という選択が無い以上、取れる行動は一つだけ。

 

 アストはシールドを前面に出し、ビームを正面から防御した。

 

 「ぐっ!」

 

 「動きを止めたな!」

 

 クリスは防御に集中して動けないデュエルとの距離を一気に詰め、ビームクロウを叩きつける。

 

 「しまっ――」

 

 どうにか光爪を捌きはしたが、気が付いた時には遅かった。

 

 いつの間にか甲板の端まで後退させられていたのだ。

 

 駄目押しに受けた蹴りが脚部に直撃すると甲板から突き落とされ落ちていく。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「そのまま海面まで落ちろ!」

 

 ペダルを強く踏みスラスターを吹かせ何とか堪えようとするが、クリスはさらに追撃をかけようとビームライフルを構えていた。

 

 やられる―――

 

 その時、通信機からラクスの声が聞こえてきた。

 

 「アスト様、乗ってください!」

 

 その声に反応したアストは咄嗟に横に機体を滑ると、デュエルに近づいてきた。

 

 ビーム砲で牽制を行いながらジャスティスの背中に装備されていたリフターがこちらに向かって飛んできていた。

 

 「分離させる事もできるのか」

 

 どうにかスラスターを使い、リフターの上に飛び乗るとシグルドに向けシヴァを撃ちこむ。

 

 「チッ、しぶとい!」

 

 「簡単にやられるものか!」

 

 シヴァを回避したシグルドと突撃するデュエル。

 

 互いのビームサーベルが交錯した時―――

 

 

 その瞬間が訪れた。

 

 

 サイクロプスの起動。

 

 それによって基地内に侵入していた先行部隊のジンのモニターに罅が入り、そしてパイロットは膨張するように膨らむと―――風船のように弾け飛んだ。

 

 同じ様にアラスカ基地内に侵入していたモビルスーツ達が次々と破壊され、強烈なマイクロ波を発生させた兵器は徐々に規模を大きくし円形に広がっていく。

 

 その様子を確認したサイがブリッジに響き渡る大声で叫んだ。

 

 「サイクロプス起動!!」

 

 「機関最大!! 退避――!!」

 

 アークエンジェルはレティシア達の援護のおかげでずいぶん距離を稼いでいたが、それでもまだ安心できる距離ではない。

 

 エンジンを最大で噴射しながら離脱していく戦艦の姿にシオンは拳を握り締めながら、命令を下す。

 

 「マルク、クリス、撤退だ」

 

 「しかし!」

 

 「死にたいなら好きにしろ」

 

 サイクロプスを確認したシオン達は撤退を選択する。

 

 しかしその心中は屈辱による怒りに満ちていた。

 

 負けるはずがないと挑んだ戦いで結局敵は撃ち果たせなかった。

 

 任務失敗。

 

 屈辱のあまり思わずモニターを殴りつけた。

 

 「次こそ殺してやる、アスト」

 

 憎しみをこめて呟いたシオンはそのまま味方を引き連れ、後退していった。

 

 

 

 すべてが終わった後、アークエンジェルは海岸に突っ込むように着陸。

 

 アラスカ基地があった場所には、ただサイクロプスによる破壊の後だけが残っていた。

 

 「助かった?」

 

 「そうみたいね」

 

 戦闘の疲労感と助かったという安堵感が広がり、アネット達はシートに深く座り込んだ。

 

 しばらくは何もしたくない。

 

 このまま眠っていたい。

 

 そんな誘惑にかられながらも、マリューは状況確認の為に命令を出す。

 

 「艦の状況確認、僚艦は?」

 

 「はい、艦は航行には支障ありませんが、火器はほとんどが使えません」

 

 「本艦に追随していた2隻は無事のようですが乗員についてはまだ不明です」

 

 「そう」

 

 サイクロプスに巻き込まれなかっただけでも良かった。

 

 乗員も何人かは無事な筈だ。

 

 「デュエル―――アスト君は?」

 

 「無事です」

 

 その報告にマリューは今度こそ安堵のため息をつく。

 

 あれだけの戦闘でよくこれだけの被害で済んだものだと感心してしまう。

 

 途中でザフトが撤退行動を取っていたのも大きい。

 

 あれでアークエンジェルを襲っていた大半の敵がいなくなったのだ。

 

 そしてもう1つは―――近くに降り立った2機のモビルスーツ。

 

 援護してくれた彼女達のおかげだ。

 

 あの機体の援護がなければ新型3機によってアークエンジェルは落とされていただろう。

 

 《皆さん無事ですか?》

 

 ピンクの髪の少女が通信してくる。

 

 「大丈夫よ、ありがとう。それで―――」

 

 《はい、私達もお話したい事がありますし着艦許可をいただけますか?》

 

 「ええ、許可します」

 

 そう言うとラクスはいつか見た柔らかい笑顔を浮かべた。

 

 彼女達はプラントの人間だった筈だが、ザフトと交戦していたのだ。

 

 少なくとも敵ではないとマリューはそう判断した。

 

 

 

 

 

 潜水艦の艦橋でラウは表情こそ変えなかったがこの結果に不満を持っていた。

 

 本来ならアラスカのサイクロプスによってザフトの戦力は大半が奪われ、この結果によってさらに戦争が激化していく予定だったのだが―――

 

 ユリウスの得た情報を元に撤退指示が出され、結局サイクロプスに巻き込まれたのは全体の4割という結果に終わってしまったのである。

 

 一応何故仕掛けがあると分かったのかと聞いたが「直感ですよ」と相変わらずの答えだった。

 

 「……親譲りという事か」

 

 その辺は流石と言える。

 

 まあそれでも、犠牲が出なかった訳ではない。

 

 このまま憎しみは広がっていく。

 

 その様子を想像しラウは微かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 戦闘を終え無事に母艦に帰還したエリアスはユリウスと共に艦橋から退室する。

 

 「今日はご苦労だったな、ゆっくり休め」

 

 「あ、はい。ありがとうございます」

 

 確かに疲れた。

 

 ユリウスのおかげで被害は大きくならなかったものの、あのまま撤退指示が出ていなかったらどれだけの被害が出ていたことか。

 

 そう考え憂鬱になっていたところに前から歩いてくる者達に気がついた。

 

 襟に徽章をつけている特務隊『フェイス』のメンバーである。

 

 敬礼しすれ違う。

 

 しかし最後の1人に見覚えがあった。

 

 「クリス?」

 

 カールの弟、クリスだった。

 

 エリアスはあまり話した事はないが顔は知っていた。

 

 その能力は非常に優秀で最年少でフェイスに選ばれている。

 

 卒業は同時だったのにこの差は、とも思うがカールは素直に祝福していた。

 

 ただその反面はあまり彼の事を話したがらなかったのが印象に残っている。

 

 「エリアスですか、久しぶりですね」

 

 「……ああ」

 

 もうカールの事は知っているのだろうか?

 

 一応聞いてみようと声を発しようとしたがクリスの前にいた男に遮られた。

 

 「クリス、知り合いかよ」

 

 「彼は愚兄の友人ですよ」

 

 愚兄?

 

 カールの事か!?

 

 思わずカッとなったエリアスはクリスに詰め寄った。

 

 「おい! なんだよその言い方は!」

 

 「事実でしょう。イレイズにあっさりやられて戦死したと聞いてますが」

 

 突きつけられた事実に一瞬言葉が詰まる。

 

 「……知っていたのかよ」

 

 「ええ。全くあんなのが兄だと思うと恥ずかしいですよ。ザフトの恥だ」

 

 「てめぇ!!」

 

 吐き捨てたクリスに掴みかかろうとしたエリアスの腕をユリウスが押しとどめた。

 

 「よせ、エリアス」

 

 「くぅ」

 

 前に出たユリウスに興味がなさそうにしていたシオンが初めて表情を変える。

 

 「『仮面の懐刀』か。あなたもザフト最強といわれる程の技量があるなら特務隊に来たらどうです?」

 

 「考えさせていただきますよ。行くぞエリアス」

 

 「……はい」

 

 そのままユリウスについて歩いていく。

 

 しかし途中で振り返るとクリスに向かって告げる。

 

 氷のように冷たく底冷えするような声で。

 

 「……カールの事を侮辱して聞き流すのはこれが最後だ。次はないと思え」

 

 今度こそユリウスは振り返る事はなかった。

 

 それを聞いたエリアスは胸がスッとした。

 

 クリスはそれに威圧され何も言えないようだ。

 

 その様子を見たエリアスは溜飲を下げ、笑みを浮かべてユリウスの後についていった。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは全員が集まり、再会したレティシア達と情報交換を行っていた。

 

 この2人がすでにプラントの人間では無く、スカンジナビアにいる事は最初に確認してある。

 

 詳しい事ははぐらかされたがあの機体もスカンジナビアで開発したらしい。

 

 「なるほど、やはりそういう作戦でしたか」

 

 「たぶんな……」

 

 自分達は軍人。

 

 死ぬ事も任務の内、それも覚悟くらいはしていたつもりだ。

 

 しかし現実こういう立場に立たされればやはり考えさせられる。

 

 特に今回犠牲になった兵士達はこんな結末になるなど考えてもいないかった筈だ。

 

 「……本部の連中はだいぶ前からザフトの攻撃目標がアラスカだと知っていたんだろうさ」

 

 「そうでなければあれだけのサイクロプスなんて準備できないですよね」

 

 ムウの推測にフレイが捕捉する。

 

 「……でもどうやって知ったのでしょうか。今回の件はプラント評議会でも知らなかったでしょうし」

 

 「どういう事です?」

 

 「プラントを出たのはずいぶん前ですから、確かな事は言えません。しかし私達がいた頃に可決された『オペレーション・スピットブレイク』の攻撃目標はパナマでした。しかも直前まではパナマに攻め込むつもりで部隊を展開していましたし」

 

 「つまりザフトでも限られた人間しか知らなかった?」

 

 「はい、そう考えて良いと思います」

 

 一体誰が情報を漏らしたのかはわからないが、ここで考えても答えは出ないだろう。

 

 そこで話を切り替えるようにラクスが次の難題をぶつけてきた。

 

 「それでこれからどうなさるおつもりですか?」

 

 「どうって……」

 

 それが今アークエンジェルが直面している次なる問題である。

 

 「Nジャマーの影響で連絡は全く取れませんよ。応急処置してパナマまで行くんですか?」

 

 「歓迎してくれんのかな。色々知ってる俺達をさ」

 

 そう、それだ。

 

 この作戦の事を知っている自分達を上層部は決して歓迎などしてくれないだろう。

 

 それどころかまた今回と同じ様に捨て駒にされるか、闇に葬られるか。

 

 どちらにせよ碌な末路は待っていまい。

 

 それとは関係なしに勝手に戦列を離れた自分達は敵前逃亡―――パナマに行って待っているのは軍法会議だ。

 

 「では、私やレティシアと共にオーブに行きませんか?」

 

 「オーブに?」

 

 「はい、あそこなら皆さんを受け入れてくれるはずです。私達の方からも話をしますし」

 

 スカンジナビアとオーブは友好国である。

 

 そのスカンジナビアに身を寄せているはずの2人はオーブに知り合いでもいるのだろうか?

 

 しかし彼女達の事を抜きにしても、現実的に考えればそれしか無い。

 

 アークエンジェルの船体やクルー達の疲労もピークに達している。

 

 しかもこの状態でザフトに見つかりでもしたら―――そう考えれば選択の余地はない。

 

 話をしてみなければわからないが、いきなり攻撃される事はないだろう。

 

 「……わかりました。オーブへ向かいましょう」

 

 「そうですか! キラ様やアスト様とまたお話できますね、レティシア」

 

 「ええ、そうですね」

 

 死闘の後とは思えない二人の無邪気な会話にクルー達に笑みがこぼれる。

 

 アークエンジェルは僚艦と共にオーブへと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 この日、世界を驚かせ、歴史に刻まれた出来事が2つ存在した。

 

 1つは地球軍本部アラスカ基地『JOCH-A』の壊滅。

 

 そしてもう一つ―――

 

 スカンジナビア、オーブ、赤道連合、この3国による軍事同盟の締結である。

 

 再び世界は大きく動き始めていた。




機体紹介2も更新しました。

ネタバレもあるのでご注意を。


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第28話  新たな力

 

 

 

 スカンジナビア、オーブ、赤道連合の3国による軍事同盟。

 

 通称『中立同盟』は各地に波紋を投げかけた。

 

 しかしその中でで一番動揺したのは地球連合の一角である大西洋連邦であった。

 

 彼らは『JOCH-A』に仕掛けたサイクロプスでザフトの大半の戦力を奪い取り、さらに世界中の国々を力づくでも連合に参加させ、一気にこの戦争にけりをつける予定だったのである。

 

 当然その中にはスカンジナビア、オーブ、赤道連合も含まれていたのだが、その3国が先に同盟を結んでしまった。

 

 これは連合には参加しないという意思表示に他ならない。

 

 懸念すべきはこれを機に自分達も他国と同盟を組み、連合から離脱する動きが出る事。

 

 他の国家も進んで連合に参加した国ばかりでは無く、力で無理やり参加させた国も多いからだ。

 

 つまり彼らはザフトだけでなく、内部にまで多くの敵を作ってしまったのだ。

 

 そしてその駄目押しが『JOCH-A』の件である。

 

 この件で捨て駒にされたのはユーラシアの部隊ばかり、これによって大西洋連邦とユーラシアは決定的な溝が出来てしまっていた。

 

 そして彼ら最大の誤算、それがサイクロプスによって削られたザフトの戦力は約4割であった事。

 

 8割は削りたかった連合にとって、これは大きな計算違いとなった。

 

 そんな現状を危惧してか、アラスカから移動した新地球軍本部では連日会議が開かれている。内容はもちろん中立同盟の事であった。

 

 「断じてこの同盟を認める訳にはいきません!!」

 

 「ならばどうするというのですか!?」

 

 「当然撤回を要求するんですよ! 従わないなら武力を持って―――」

 

 「馬鹿な!? 『JOCH-A』で予想以上にザフトの戦力は削れなかった! 次、狙ってくる場所が何処かなど誰にでも分かる! パナマだ! ここを落とされる訳にはいかんのですよ!」

 

 「そうだ! 今、余計な所に戦力を送ることなどできる筈もない!!」

 

 「では、これを認めるというのですか!!」

 

 会議は紛糾して意見が纏まらない。

 

 これを退屈そうに眺めていた男、ムルタ・アズラエルはあくびを堪え周囲を見る。

 

 全く無駄な事を連日飽きもせずに良くやるものだ。

 

 確かにこの同盟は目障りであり、いずれ消えてもらう事にはなるだろう。

 

 しかし今はパナマを優先させるべきなのは、当然アズラエルにも分かっている。

 

 だからこそ余計な事は言わずに、事態の推移を見守っていた。

 

 袖をまくり腕時計で時間を確認するとちょうど『アレ』のテストが終わった頃だった。

 

 アズラエルは気分よく席を立つと何も言わずそのまま退室する。

 

 ここでこれ以上、無駄な時間を過ごす気など、彼には全くなかった。

 

 

 

 

 

 

 『JOCH-A』から脱出したアークエンジェルは太平洋を南下し、オーブ付近まで近づいていた。

 

 僚艦として従っていた艦はもう航行不能になっていたため、無事だった乗員はアークエンジェルに移動させている。

 

 それでも無事だった人数は圧倒的に少なく、あの戦闘がいかに激しかったか否が応でも認識させられた。

 

 「でも、オーブに受け入れてもらえて助かったよな」

 

 「そうね、もうクタクタだし」

 

 サイとアネットは先程までとは違い明るい表情である。

 

 すでにオーブには連絡を入れており、受け入れてもらえる事になっているのが彼らにとっては久々に聞いた明るいニュースなのだから無理もない。

 

 そんな中でアストとキラも再会したレティシア達と談笑していた。

 

 内容は大した事のない雑談、それでも久しぶりに穏やかな気分になった。

 

 そんな会話が一区切りした時、レティシアが気まずそうにアストに尋ねた。

 

 「……アスト君は、シオン・リーヴスという人物を知っていますか?」

 

 彼女から奴の名前が出た事も意外であったが、良く考えたらプラントにいたのだから不思議はない。

 

 「……ええ」

 

 険しい表情に変わったアストにレティシア達も関係を察したのだろうが、それでもあえて踏む込みこんできた。

 

 「どういう関係か聞いてもいいですか?」

 

 ラクスの質問にどう答えるべきか。

 

 キラが気遣うようにこちらを見ている。

 

 気遣いは凄く嬉しいがアストの中では一応区切りは付けているつもりだ。

 

 過去の事でみんなに迷惑をかけるつもりはない。

 

 もちろんだからと言ってシオンを許すつもりは全くない訳だが。

 

 落ち着くために一度深呼吸してキラに「大丈夫だ」と笑って頷くとレティシア達に説明する。

 

 過去の出来事によるシオンとの因縁やここに来るまでの事を。

 

 すべてを聞き終えた2人の顔は暗い。

 

 聞いて気持ちのいい話ではないから無理もない。

 

 それに自身の過去の事よりまず彼女に言わなくてはならない事があった。

 

 「ラクスさん、俺はあなたの婚約者を殺しました。言い訳するつもりもありません」

 

 アストの言葉にラクスはいつもの笑顔で答えた。

 

 「アスト様が気にする事ではありません。元々親同士の決めた事ですし、何よりアスランも覚悟していた筈です。戦場なのですから」

 

 「ラクスさん……」

 

 「普通にラクスとお呼び下さいな、アスト。キラも」

 

 「うん、分かったよ。ラクス」

 

 キラとラクスが笑い合う。

 

 前から思っていたけど2人は本当に仲が良く、見ていると微笑ましくなる。

 

 「じゃあ、こちらも聞いていいかな?」

 

 「はい」

 

 「ラクスはどうしてスカンジナビアに?」

 

 キラの質問にラクスの顔が曇った。

 

 それでけで想像がつく。

 

 彼女もまたつらい経験をしてきたのだろう。

 

 「ごめん、言いたくないなら―――」

 

 「いえ、大丈夫です。アストにもつらい話をしてもらいましたから」

 

 今度は自分の番であるとラクスは小さな声でポツポツと話し始めた。

 

 プラントでの出来事を―――

 

 「父のやろうとした事が間違っていた事は分かっています。でも……」

 

 「ラクス、我慢しなくてもいい。経緯はどうあれ家族が亡くなったんだから」

 

 「キラぁ」

 

 肩に手を置くと、彼女は涙を浮かべてキラの胸に飛び込んで泣き始めた。

 

 無理もない。

 

 父親が死んでからずっと気を張っていたんだろう。

 

 今はそっとしておいた方がいい。

 

 アストはレティシアを促し部屋の外に出ると静かに呟いた。

 

 「……私は何を見ていたのでしょうか。ラクスが苦しんでいたのを知っていたはずなのに。結局何もできませんでした」

 

 それは違う。

 

 かつては自分も大切なものを失い、その時かけられた言葉に確かに救われたのだ。

 

 1人だったらどうなっていたか。

 

 アストは慎重に言葉を選びながら口を開く。

 

 「それは違います。彼女にとってはあなたの存在は救いになったはずです。一人だったらきっと色々な事に押しつぶされていたかもしれない」

 

 「アスト君……」

 

 「俺だってそうだった。あの時1人だったら、キラ達に会わなかったらどうなっていたか」

 

 レティシアが辛そうにアストを見つめていた。

 

 先程聞いたアストの過去、それを聞いた時レティシアは強く共感していた。

 

 自身と似ている部分が多かったからだ。

 

 それだけに何故ここまで戦ってこれたのかも分かってしまった。

 

 罪悪感と強迫観念。

 

 キラも気が付いたアストの心情をレティシアも理解し、そんな理由で戦ってきた彼が悲しかった。

 

 アストはみんなを守れるなら、誰も失わないなら、自分が死んでも良いとすら思っていたに違いない。

 

 「そんな顔しないでくさい。俺の事よりもラクスの方が心配です」

 

 いつもと変わらぬその表情を見たレティシアは思わずアストを抱きしめていた。

 

 あまりに悲しくて、涙が出そうになる。

 

 そんな顔を彼に見せたくなかった。

 

 「ちょ、ちょっと」

 

 アストはバタバタ手を振ったが、放してくれそうも無い。

 

 誰にも見られない事を祈りながら、しばらくの間アストはレティシアの胸の中でジッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 満身創痍のアークエンジェルはようやくオーブへと辿り着き、前と同じようにオノゴロ島のドックの中へ入って行く。

 

 正直ここに戻る事になるなど誰も予想すらしていなかっただろう。

 

 その艦をウズミやカガリ達は痛ましげに見つめている。

 

 傷ついたボロボロの船体を見ればどれだけの激戦だったか否応にも理解できてしまう。

 

 艦にいた誰もが疲れ切り、気を緩ませていたから、だから失念していたのだ。

 

 捕虜となっているデュエルガンダムのパイロット、イザーク・ジュールと因縁のある人物がここにいた事を。

 

 

 

 

 

 

 暗い独房の中でイザークはイレイズのパイロットが言っていた事をずっと考え続けていた。

 

 ≪お前が撃ったシャトルに乗っていたのはな、ヘリオポリスの民間人だよ!≫

 

 あの時、確かにストライクとの戦いを邪魔したシャトルを撃った。

 

 それに乗っていたのは戦いから逃げた地球軍の兵士達だと思っていた。

 

 逃げだした腰ぬけなど、死んで当然だと。

 

 なのにまさか民間人だったなんて思いもよらなかった。

 

 「くそっ!」

 

 何故自分がここまで悩まなければいけないのか。

 

 悪いのは血のバレンタインを引き起こした地球軍で、すべてナチュラルの所為―――

 

 ≪だからお前達は何をしてもいいのか! 誰を殺そうが許されるのか!!≫

 

 「くっ」

 

 その言葉がイザークの耳から離れなかった。

 

 アストと話をしてから時間の経過も忘れ、こんな事ばかり考えている。

 

 その時、ドアの開く音がして光が差し込んできた。

 

 またあの髪の長い女が食事でも持って来たのだろうか?

 

 ベットから体を起こすと、そこには見た事がないモルゲンレーテの作業服を着た少女が立っている事に気がついた。

 

 オーブの人間が何故ここに?

 

 訝しげに見ていたイザークは女の手に刃物を持っている事に気がつき息を飲む。

 

 少女はどこから持って来たのか独房のカギを外すと中に入ってくる。

 

 それは紛れもなく絶好のチャンスだった。

 

 いくら刃物を持っていても所詮は女、取り押さえる事は簡単にできる。

 

 それでも足は動かない。

 

 何故なら―――少女は泣いていたから。

 

 両目から涙を流し、その顔は憎しみに満ちている。

 

 「アンタがデュエルのパイロット……」

 

 そう言うと一歩踏み込んでくる。

 

 「あんたがエリーゼを!!」

 

 振りかぶってきた刃物を咄嗟に横に避けた。

 

 至近距離からでも避ける事ができたのは普段の訓練の賜物だろう。

 

 「な、何故、俺を―――」

 

 イザークは思わず聞いていた。

 

 以前なら気にもせずに、襲ってきた敵をただ排除していただろう。

 

 だが今は違った。

 

 何故だか理由が知りたかった。

 

 「あんたが撃ち落としたシャトルにいたのよぉ!! 私の妹がぁ!!」

 

 それを聞いた瞬間―――イザークは衝撃を受けると共に体の力を抜いた。

 

 受け入れたのだ。

 

 この少女には自分を殺す権利があると。

 

 「うあああああ!!」

 

 振り上げられた刃を見つめ呟いた。

 

 「……すまなかった」

 

 詫びなど意味がない事は分かっている。

 

 それでも言わずにはいられなかった。

 

 だがその刃が振り下ろされる事はない。

 

 刃物を持った少女をいつも食事を持って来た少女が抑えていたからだ。

 

 「アネット、邪魔しないでぇ!」

 

 「エルザ、駄目よ! こんなことしても!」

 

 「放してよぉ! こいつを殺して―――」

 

 アネットを振りほどこうとエルザが暴れるが、そこに制止する声が響く。

 

 「やめて、エルザ!」

 

 そこにはアストとフレイが立っていた。

 

 「刃物を捨てるんだ、エルザ!」

 

 「何で止めるの!」

 

 「そんなことしてもエリーゼは喜ばないから。あの子は優しいお姉ちゃんが好きだったんじゃないの? なのに自分の為に優しいお姉ちゃんに人を殺してほしいなんて言う子なの?」

 

 「それは……」

 

 「……私もパパが死んだ時、復讐の事だけ考えてた。どうこの怒りと憎しみをぶつけるか、そればかり考えてた。その時に言われた事があるの。≪ただ相手に憎しみをぶつけてもなんの解決にもならない。失くしたものも戻らない≫って」

 

 フレイは悲しそうに呟く。

 

 「……本当にどれだけ戦っても何も戻ってなんてこなかったよ」

 

 そう言うとエルザに近づき抱きしめた。

 

 「だからエルザ。エリーゼが大好きだったあなたのままでいて。お願い」

 

 エルザの手から刃物が落ち、そして泣き始めた。

 

 「う、うう、うぁあああああ!」

 

 「うん、もういいから」

 

 フレイはエルザの背中を撫でながらアスト達の顔を見て頷くとそのまま独房を出ていった。

 

 今はみんなオーブに無事たどりついて気が抜けていた。

 

 その所為か誰かが独房のカギを持ち出すなんて考えておらず、捕虜であるイザークの事も失念していた。

 

 迂闊にも程がある。

 

 そしてその場に残ったのはホッとするアストとアネット、そして俯いたままのイザークだけ。

 

 とにかく間に合って良かった。

 

 独房に入って行くエルザの姿を見かけなければ、どうなっていたか。

 

 「……どうして逃げなかった?」

 

 俯くイザークに問いかける。

 

 エルザがコーディネイターであっても訓練を受けたイザークの相手にならない。

 

 取り押さえ、逃げる事も簡単だった筈だ。

 

 だが何時までも答えが返ってくる事はなくその様子を見ていたアストはため息をつくとそのまま外に向かった。

 

 「一応言っておくが俺達はもう地球軍じゃない。だからお前を拘束する意味もない」

 

 「……何?」

 

 そこで初めてイザークが憔悴した表情のまま顔を上げてくる。

 

 「俺達は今オーブにいる。まだ上陸はできないが、それも許可が下りるまで、お前も辛抱しろ。許可が出たら釈放になるだろうからな」

 

 「どういう事だ。何故オーブに――」

 

 「釈放になったら教えてやる」

 

 そう言って独房を閉め、アネットと共に歩きだしたアストの背中に一言呟いた。

 

 「……俺はどうすればいい?」

 

 「……知るか、自分で考えろよ。でなきゃ多分意味がない」

 

 突き放すようにそう言うと部屋から出て行った。

 

 取り残されたイザークは呆然と床だけを見ていた。

 

 ようやく実感できたのだ。

 

 アストに話を聞かされた時もショックではあったが、どこか実感が湧かなかった。

 

 でも今は違う。

 

 涙を流し自身を糾弾してくる少女の姿がはっきり脳裏に焼き付いている。

 

 浮かびあがってきたのはこれまでの事。

 

 そしてこれからの事。

 

 どうしたらいいのか―――

 

 そんな自問自答を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 「私共の勝手な願いを聞き届けていただき、ありがとうございます。しかもこのような時期に」

 

 以前と同じようにオノゴロ島の一室に通されたマリュー達はウズミ達との面会を果たしていた。

 

 「事が事だけにクルーの皆さまには不自由を強いる事になるがご了承いただきたい。わが国も今は忙しくてな」

 

 事情を聞いた時は驚いたものだ。

 

 中立3国による軍事同盟とは。

 

 詳しい話を聞きたいところではあるが、こちらの話が先となる。

 

 「とはいえゆっくり休む事はできよう。わが国の事だけではない。地球軍本部の壊滅による影響は世界に及ぶ。再び大きく動き出すのも時間の問題。その時どうするのかゆっくり考えるといい」

 

 「ありがとうございます」

 

 それから『JOCH-A』で起こった戦いの経緯と結末ついて詳しい説明をしていく事になった。

 

 実際体験してきた事とはいえ、口に乗せるのはつらいが、何とかすべてに事象を伝える事が出来た。

 

 「なるほど、サイクロプスとはな」

 

 「自軍の兵士達をなんだと思ってるんだよ!」

 

 ウズミ、そしてカガリも憤りを隠せない。

 

 「それでこれか……」

 

 備え付けのスクリーンに映像が映る。

 

 地球軍司令部の正式発表。

 

 これは戦場にいたアークエンジェルクルー達にとっては正直聞くに堪えないものだった。

 

 いかに守備軍が勇猛に戦ったとか、すべてはコーディネイターの所為だとか声高に叫んでいる。

 

 マリューやノイマンもそうだが、さすがのムウも怒りを隠せない様子だ。

 

 「まったく、たまらんね」

 

 「ええ」

 

 プロパガンダに利用することは予想していたが、実際に見れば良い気分はしない。

 

 「大西洋連邦は一層強く圧力を掛けてくる事になるだろう。無論我々も例外ではあるまい」

 

 「もしかしてその為に同盟を?」

 

 「……それも理由の1つではある」

 

 ウズミは顔を歪めるがすぐに元の表情に戻し、話を続けようとした時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

 「私です」

 

 「入ってくれ」

 

 入ってきたのは若い女性―――アストとキラはその人物を知っていた。

 

 オーブでアストレイの戦闘データを取った際に出会った女性、アイラであった。

 

 「お話し中に申し訳ありません、ウズミ様。こちらの関係者がここに来ていると聞いたものですから」

 

 「アイラ様」

 

 アイラ様って、どういう事だ?

 

 いや、こんな所に入って来れるという事はそれなりの地位の人間というのは分かる。

 

 ラクス達の反応からしてスカンジナビアの関係者だろう。

 

 「そういえば初めての人もいますね。自己紹介しましょう」

 

 そう言うとこちらに向き直る。

 

 「スカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトです。どうかお見知り置きを」

 

 「えっ、スカンジナビアの!?」

 

 キラが驚くのも無理はない。

 

 まさか王女だとは思わなかったというか。

 

 ラクスやカガリ、そしてアイラ、流石に国の重鎮と縁が多すぎる。

 

 「さてレティシア、ラクスと話がありますのでよろしいですか?」

 

 「うむ」

 

 「2人もこちらに。それからアスト君とキラ君にも話があるの。後でいいかしら」

 

 「……はい、わかりました」

 

 いったい何の用事があるのか、想像もできないがとりあえず頷いておく。

 

 それを見て満足したように頷いたアイラが2人を連れて退室するとウズミが視線を戻して話し始める。

 

 「さて、同盟の件だったかな。理由は先ほど申した通り、そしてもう1つ。これから起こる戦いに備えてだ」

 

 「これから起こる戦い? それはオーブが戦場になるという事ですか?」

 

 「そうだ。君たちは次の戦いがどこで起こると思う?」

 

 次の戦い―――それは誰もが知っている。

 

 「パナマですね」

 

 「そうだ。ではその次は?」

 

 ザフトの攻撃目標はあくまでも宇宙に上がる為に必要なマスドライバーだ。

 

 そして地球軍が保有するマスドライバーはすでにパナマのみで仮に失えば宇宙への道が閉ざされる事になる。

 

 そうなればどうする?

 

 「あ、まさか、マスドライバーをめぐって戦いが起きるという事ですか?」

 

 「そうなろう。たとえどちらが勝とうともな」

 

 その話を聞き複雑な気分となる。

 

 前ならばオーブは中立、そんな言葉を口にしたに違いない。

 

 だが、もうそんな事は言えはしない。

 

 それで済むならヘリオポリスは崩壊などしていないからだ。

 

 「……戦われるのですか? オーブの理念を捨ててでも」

 

 ムウの指摘にウズミは顔を曇らせた。

 

 彼自身、マリュー達が想像できないほど葛藤したに違いない。

 

 苦渋の決断、彼の表情がそれを物語っていた。

 

 「……信じてくれた国民達を、なにもせず切り捨てる事などできようか」

 

 「……失礼しました」

 

 「いや、良いのだ。話はこれくらいだな。君たちは自分達の身の振り方を考えてくれ」

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 ウズミが退出し、マリュー達もアークエンジェルに戻る為に部屋を出るとアストとキラは先ほどのアイラの下へ行くためカガリについて行く。

 

 その途中でカガリの表情が曇っている事に気がついた。

 

 「カガリ?」

 

 「……お前達に言っておかなければならない事がある」

 

 一旦言葉を切ったカガリは、意を決したように口を開いた。

 

 「アスラン・ザラに会った」

 

 「なっ!?」

 

 会ったと言う事は、生きていたのだ。

 

 どうやらマルキオという人物に助けられていたらしい。

 

 隣のキラを見ると驚いているようだが、それだけだ。

 

 前言っていたように自分の中でけじめをつけたということだろう。

 

 「あいつから聞いた。お互い知っていながら殺し合っていたって。何でだよ! 何でお前達は―――」

 

 悲しそうに詰め寄るカガリにキラははっきりと答えを告げる。

 

 「僕達はお互い譲れないものがあったから。友達だったけど、いや友達だったからこそ譲れない事だったんだよ」

 

 「キラ……お前」

 

 「教えてくれてありがとう、カガリ」

 

 すべて覚悟している顔で告げる彼にそれ以上、何も言えなかった。

 

 アストが肩をポンと叩き、頷くとカガリは潤んでいた目を袖でこすり、先導するように歩き出した。

 

 泣きそうになっているのを見られたくないのかもしれない。

 

 相変わらずな彼女に微笑ましくなりながら、2人は後を追って歩き出した。

 

 再び3人は歩き出しエレベーターに乗り込む。そして降りた先に大きな扉があり、その前にアイラ達が待っていた。

 

 「お姉さま、連れて来ました」

 

 「ありがとう、カガリ」

 

 アイラがアスト達に目を向ける。

 

 笑みを浮かべるとジッとこちらを見つめている。

 

 「お姉さま?」

 

 「ああ、ごめんなさい。アスト君は相変わらず小柄でかわいいと思ってね」

 

 その言葉にアストは頬を引きつらせた。

 

 小柄でかわいいって、全然褒めてないだろう。

 

 それにもう1人反応したのがレティシアだった。

 

 面白くなさそうに眉をひそめアストの前に立つとアイラに先を促す。

 

 「……アイラ様、本題に入りませんか」

 

 「あら、レティシア、貴方―――」

 

 「……なんです?」

 

 「なんでもないわよ」

 

 ニヤニヤしながら見つめてくるアイラにプイとレティシアは横を向く。

 

 肝心のアストはなんの事か分からず首を傾げるだけだ。

 

 もしかするとデートで忘れられたトールはこんな気持ちだったのかもしれない。

 

 「ごめんなさい、本題に入りましょう。貴方達はこれからも戦う気はある?」

 

 「えっ」

 

 「ウズミ様から話を聞いたのでしょう。遅かれ、早かれ、オーブは戦場になる。その時、戦う気はあるかと聞いているの」

 

 アストもキラも躊躇う事無く頷いた。

 

 「理由を聞いてもいいかしら?」

 

 「戦う理由は昔も今も変わりませんよ。友達を守るためです。そして決着を付けないといけない相手もいる」

 

 「僕もです。僕にも守りたい人達がいます。なにより僕自身が戦わず見ているだけなんてできない。何もしなければきっと後悔しますから」

 

 2人の返答を聞き、顔を先程とは違う真剣なまなざしでジッと見つめてくる視線を逸らす事なく見つめ返した。

 

 しばらくそのままでいると、アイラは笑みを浮かべた。

 

 先程までとは違いそれはとても優しい笑みであった。

 

 「2人の理由はわかりました。そんなあなた達にこれを渡したいの」

 

 カードキーを通すと扉が開いていく。

 

 扉の先にあったのはアラスカでラクス達が搭乗していた機体。

 

 そしても2二機ほど見た事のない機体がある。

 

 「まずキラ君あなたには『フリーダム』に乗ってもらいたいの」

 

 「『フリーダム』ってレティシアさんの機体じゃないんですか?」

 

 「私の機体はあれです。名前は『アイテルガンダム』」

 

 ZGMF-X01A『アイテルガンダム』

 

 ドレッドノートを再設計した機体であり、バックパックを専用装備に換装する事で武装を変更できるようになっており、この辺りはストライクの発想を受け継いでいる。

 

 「そしてアスト君、あれが貴方の機体『イノセント』よ」

 

 ZGMF-X07A『イノセントガンダム』

 

 フリーダムやジャスティスと比べればジンプルなデザインであり、腕には腕部実剣『ナーゲルリング』、背中にスラスターに2門の砲身『アクイラ・ビームキャノン』などの武装が装備され、砲身の横には高出力ビームソード『ワイバーン』が装備されている。

 

 「一応言っておくけどこれらの機体にはNジャマーキャンセラーが搭載されているの」

 

 「なっ!?」

 

 Nジャマーキャンセラー!?

 

 そんなものが外に、ひいては地球軍の手に渡ればどうなるか。

 

 自分達に託されようとしているものが、どれほどのものか実感してアストもキラも息を飲んだ。

 

 「お願いできるかしら」

 

 「「はい」」

 

 2人の返事にアイラは笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 モルゲンレーテに存在している研究室の1つ、ローザ・クレウスの研究室でキーボードを叩く音が響いている。

 

 そこにノックする事もなく入ってきた者がいた。

 

 エリカ・シモンズである。

 

 勝手知ったるという感じで、ローザの下に歩いてくる。

 

 彼女も今更の事を別に咎めはしない。

 

 「ローザ、あなたにいい話よ」

 

 「ほう、なんだ」

 

 「あの2人がまたオーブに来たわよ」

 

 キーボードを叩くのをやめると口元に笑みを浮かべる。

 

 常に表情を崩さない彼女にしては珍しい事だ。

 

 「そうか」

 

 「そんなに嬉しい?」

 

 「ああ、研究対象が戻ってきたんだ。嬉しくないはずがない。あの二人のデータはコペルニクスの連中も興味を示していたしな」

 

 「え、まさかあの2人のデータを渡したの?」

 

 「問題にならない程度のデータだけだ。すべて渡す筈はないだろう」

 

 予想外の行動にエリカは思わずため息をついた。

 

 問題にならないのなら良いが、この友人は研究のためなら多少の無茶もしてしまう為、非常に心配なのだ。

 

 「そうそう、頼まれていた物は出来てるぞ」

 

 「本当!?」

 

 「ああ、X102とX105の改修プランと『アドヴァンスアーマー』のデータだ」

 

 差し出してきたディスクを受け取る。

 

 「呆れるわね、もうできるなんて。それだけの才能があるならこっちの分野にも手を出せばいいのに」

 

 「ふん、モビルスーツに興味はない」

 

 ロ-ザはあくまで遺伝子学者だが、それだけではなく工学の分野や医学にも精通している人物である。

 

 しかし、本人は興味の無いことはほとんど見向きもしない。

 

 今回のように機嫌の良い時でなければ手伝いもしてくれないのだ。

 

 「さあ、私は忙しいんだ。邪魔するな」

 

 「はいはい」

 

 渡されたディスクに目を落とす。

 

 改修した機体に『アドヴァンスアーマー』を装備させれば性能も火力も上がる。

 

 名前は『アドヴァンスデュエル』と『アドヴァンスストライク』と言ったところか。

 

 エリカは早速この事に関する説明のためアークエンジェルに向かった。

 

 

 

 

 

 

 佇む1機のモビルスーツを複数の機体が取り囲む。

 

 GAT-01『ストライクダガー』

 

 ストライクのデータを基に開発された連合初の量産型の機体である。

 

 そして相対しているもう1機は全く違う機体であった。

 

 腕には剣をマウントし、背中には二対の羽のような物と2つの砲身が付いている。

 

 ストライクダガーに取り囲まれた機体が腕にマウントされた剣を振るうと、ストライクダガ―はあっさり斬り裂かれ、崩れ落ちた。

 

 それらを援護する間もなく呆然としてしまうストライクダガー部隊に対し、容赦なく背中の装備を前に跳ね上げ叩き込んだ。

 

 凄まじい閃光が敵機を包み、消し飛ばすとそこで戦闘は終了する。

 

 格納庫に戻ってきたその機体をアズラエルは恍惚に満ちた表情で見つめていた。

 

 GAT-X146『ゼニス』

 

 元々イレイズが乗る筈だった完成系。

 

 GATシリーズの集大成であり、旗頭となる機体。腕には対艦刀『ネイリング』を、背中にはアータルとタスラムを複合させた武器、複合火線兵装『スヴァローグ』を装備し、その性能は第二期GATシリーズの中でも最高性能である。

 

 コックピットが開きパイロットが下りてくるとすぐ研究員と思われる白衣の男たちが寄ってきた。

 

 「どうですか、アズラエル様」

 

 「素晴らしいよ」

 

 事実アズラエルは満足していた。

 

 これならやれる。

 

 あの化け物共を1人残らず排除できる筈だと。

 

 そうしてパイロットの方にも目を向ける。

 

 いや『アレ』はパイロットなどではない、ただの部品だ。

 

 他と違い、あの部品は使える。

 

 途中で拾ったモノのためどこまで使えるか不安だったが思った以上だった。

 

 無理やり強化したため、若干障害も出ているが戦闘には問題ないレベルである。

 

 アズラエルは研究者たちに処置を受けている『ソレ』に声をかけた。

 

 「もうすぐ君の出番だ。期待してるよ」

 

 残酷な笑みを浮かべたアズラエルはその部品の名前を呼んだ。

 

 「エフィム・ブロワ君」




機体紹介2更新しました。


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第29話  オーブ侵攻

 

 

 

 

 地球軍パナマ基地。

 

 最後のマスドライバーが存在するこの場所で激しい戦闘が起こっていた。

 

 ザフト軍によるパナマ侵攻。

 

 『JOCH-A』の件で焦ったのは地球軍だけではなく、ザフト、パトリック・ザラも同じであった。

 

 『オペレーション・スピットブレイク』の目標変更はラクス達の推測通り、パトリックの独断であり、いくら急進派の勢いがあるとはいえ、評議会を無視したのは彼にとってかなりのリスクがある。

 

 それでも結果さえ出れば問題ないと、そう判断したのだが、今回はそれが完全に裏目に出た。

 

 サイクロプスによって作戦は失敗し、ザフトの戦力4割を失ってしまった。

 

 当然他の議員は黙っていなかったが、作戦内容を洩らした疑いがあるとして即座に拘束し、さらにパナマの攻撃を命じたのだ。

 

 失点を取り戻すため、すべては勝つためにだ。

 

 だが彼は気が付いていない。

 

 そもそも秘密裏に進めてきた攻撃目標変更の事を知っている人間は、限られた者しかいないという事を。

 

 

 

 敵の防衛戦を抜き、ジンやディン、ゾノまでが上陸すると次々と施設を破壊していく。

 

 すべてがザフト優勢に事が進んでいたのだが、途中でそれを阻止する存在が現れた。

 

 地球軍初の量産型モビルスーツ『ストライクダガー』部隊である。

 

 ストライクダガー部隊が展開されると同時に攻勢に出た地球軍は、一気に戦線を押し上げていく。

 

 彼らは実戦経験の不足や生まれによる身体能力の差を高度な連携でカバーしていた。

 

 ザフトは兵士個人の資質においては地球軍を上回っている。

 

 しかし対モビルスーツ戦のノウハウは無いと言って良い。

 

 今までモビルスーツを所有し、作戦で使用してきたのはアークエンジェル隊のみだったからだ。

 

 つまりザフトもまたこれほど多くのモビルスーツを相手に戦う経験など持ち合わせていなかった。

 

 だが地球軍は違う。

 

 モビルスーツで追い込まれてきた彼らは、すでに対策や戦術も十分に立てられていた。

 

 ジンたちはストライクダガーの巧みな連係によって撃破され、戦局は膠着状態となっていく。

 

 出撃した唯一のクルーゼ隊の隊員であるエリアスはそんな戦場に突撃した。

 

 「行くぞ!!」

 

 シグーディープアームズのエネルギー砲で、敵を狙い撃ちにする。

 

 ビームの一撃を受け破壊されたストライクダガーを確認すると、棒立ちの敵に突撃砲を放ち、レーザー重斬刀で一気に斬り込んだ。

 

 「はああああ!!」

 

 重斬刀がストライクダガーを真っ二つに斬り裂き、同時に刀を横薙ぎに振るい敵を真横に斬り飛ばす。

 

 次々と破壊されていくストライクダガーの爆煙に紛れ、離れた部隊とも距離を詰める。

 

 「こんなおもちゃみたいなモビルスーツで、やれると思うなよ!!」

 

 レーザー重斬刀を敵機の中央に叩きこむと串刺しに、援護に来た他の敵に投げつけた。

 

 そのまま動きを止めたストライクダガーにビーム砲を撃ち込んで一網打尽にする。

 

 いくら数がいようと敵じゃない!

 

 少なくとも『消滅の魔神』と『白い戦神』、奴らよりも強い奴などこの場にはいないのだから。

 

 勢いを増すエリアスを止められる敵はいなかった。

 

 こちらに突っ込んで来たストライクダガーを斬り裂くと、怯んだ敵部隊にビーム砲を叩き込む。

 

 「こんなもんじゃないぞ! カールやアスラン隊長達の無念は!」

 

 胸の内の憤りを叩き付けるように叫びを上げ、レーザー重斬刀を振い次から次に敵を排除していく。

 

 潜水艦からそれを見ていた艦長が、驚嘆を隠すことなくエリアスを褒め称えた。

 

 「見事な腕前ですな、さすがクルーゼ隊のメンバー。『魔神』達と戦って生き延びただけはある」

 

 「ふ、光栄ですな」

 

 表情を変える事無くそれを見ていたユリウスは眉を顰めた。

 

 あまりに感情的になりすぎている。

 

 あれではいつか足元をすくわれかねない。

 

 「隊長、私に出撃の許可を」

 

 「必要ないよ、ユリウス」

 

 何故と問い返す必要はなかった。

 

 「時間だ」

 

 ラウの言葉に合わせるように空から飛来物が落ちてくる。

 

 あれこそが今回の作戦における切り札―――『グングニール』と呼ばれた兵器だった。

 

 降下してきた物体にジン達が取りつき、マニピュレータで操作し、起動させていく。

 

 装置のカウンターが数字を刻み、そして0になった瞬間―――

 

 凄まじい閃光を放ち、強力な電磁パルスが戦場を駆け巡るとすべての電子機器は停止。

 

 そしてグングニールの影響を受けたマスドライバーは崩壊していった。

 

 マスドライバーが崩れ落ちていく姿にエリアスもホッと一息ついた。

 

 今回の戦闘は完全にザフトの勝利だった。

 

 やったという心地よい満足感が全身を満たしていく。

 

 

 しかし戦場における残酷な現実が始まったのはここからだった。

 

 

 味方のジンが動けなくなったストライクダガ―を次々と押し倒し、突撃砲を突き付け破壊したのだ。

 

 「なっ」

 

 それだけではない。抵抗をやめ投降しようとしてきた兵士達まで虐殺し始めた。

 

 何をしている。

 

 「やめろぉ!!」

 

 エリアスはあまりの光景に思わずジン達を止めに入る。

 

 しかし―――

 

 「何故止めるんだよ!」

 

 「そうだ、これはアラスカで死んだ奴らの仇だ!!」

 

 「お前だってさっきまでやってたじゃねぇか!!」

 

 俺はさっきまで同じ様に戦っていた?

 

 エリアスはその言葉に愕然とする。

 

 その通りだったからだ。

 

 かつてカールの言葉が甦る。

 

 ≪平然と戦えない民間人さえ殺す者がいる≫とそう言っていた。

 

 今回は民間人ではないが、もう戦意もなく、力もない無力な者たちだ。

 

 彼らを殺す事に何の意味がある?

 

 これは地球軍がアラスカでした事となにが違うのか。

 

 呆然としている間にも虐殺は続く。

 

 その光景を見つめながら思い出すのはかつての自分の言葉―――正義の戦争。

 

 躊躇いもなく口にし、そして信じていた事だが、それももう言葉にする事も出来なくなっていた。

 

 俺は何をやっているんだ?

 

 何が正しくて、何が間違っているんだ?

 

 繰り広げられる地獄の中で止める事も出来ず、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの独房の中でイザークはあの事件以降、ひたすら思案する日々を送っていた。

 

 それでも一向に答えは出ない。

 

 どうしたらいいのか?

 

 そうして何度目かのため息をついていると扉が開く。

 

 差し込んで来た光に眩しさを覚えながら目を細めるとあの少女、確かアネットとか言ったか、彼女が食事を運んできた。

 

 「食事よって、ちょっとあんた、ほとんど食べてないじゃないのよ!」

 

 大きな声で注意するが、一瞥しただけで何も答えない。

 

 「そんなんじゃ体壊すわ、きちんと食べなさい!」

 

 この女は何を言っているのだろうか?

 

 もしかして心配している?

 

 チラリとアネットの顔を見ると本気で心配そうにしているのが分かり、益々疑念が募る。

 

 その疑念を消化しきれなかったイザークはそれを声に出して問いかけた。

 

 「……お前は俺が憎くないのか?」

 

 「えっ」

 

 「……俺は知り合いの仇だろう? 何故気にかける?」

 

 その疑問にアネットは答えず、壁際に座るとポツポツと話出した。

 

 「まあ、あんたのした事は許せないけど、それってお互い様だし。私達だってあんたの仲間たくさん殺してる訳でしょ。ならあんただけ責められないじゃない」

 

 その答えに返事ができない。

 

 正直に言えば彼女のような回答が出来る方が稀であり、あのエルザという少女の方がまだ理解できる。

 

 イザークはアネットの方をじっと観察するが隙だらけで、とても訓練を受けた軍人には見えない。

 

 「……お前、本当に軍人か?」

 

 「私は元々軍人じゃ無いし」

 

 「何?」

 

 「私は、ていうかアストやキラ達もだけどヘリオポリスの民間人だったの」

 

 ヘリオポリスの民間人だと!?

 

 「始めから地球軍のパイロットだったんじゃないのか?」

 

 「違うわよ」

 

 彼女の話によれば自分も参加した、ヘリオポリスの新型機動兵器強奪。

 

 あの作戦に巻き込まれ、そして避難民の人たちを、友人達を守る為、軍人に志願したという。

 

 俺が戦っていた相手は軍人ですらなかったのか―――

 

 何度目だろうか、そんな風に打ちひしがれていると今度はアネットが訊ねてくる。

 

 「あんたは何で軍人になったの?」

 

 「俺は……プラントを、守るためだ」

 

 語尾が小さくなり、はっきり言えなかった。

 

 俺は本当にそんな理由で戦っていたのだろうか?

 

 本当は自身のプライドや強さを見せつけたいとそんな幼稚な考えで戦っていたのではないか?

 

 民間人でありながら、友人の為に戦う事を決めた彼らと比べて俺は―――

 

 そんなイザークの心情を知ってか知らずか、アネットは努めて明るい声で言った。

 

 「そっか、あんたも何か守りたいって思ってたんだね。私達と同じだ」

 

 同じなのか?

 

 本当に?

 

 アネットは立ち上がると食器を持つ。

 

 「あんたが悩むのは当然だと思うけどご飯は食べなさい。じゃないと悪い方にばかり考えちゃうわよ」

 

 「おい、お前―――」

 

 「お前って、あ、そっか。自己紹介とかしてなかったっけ。私はアネット・ブルーフィールド。えっと……」

 

 「……イザークだ。イザーク・ジュール」

 

 「そっか、元気出しなさいよ、イザーク」

 

 そう言うとアネットは出ていった。

 

 イザークは運ばれた食事を手元に引き寄せると一口食べる。

 

 それがとても美味しく感じられ、自分が空腹だった事に気が付いた。

 

 「あの女……アネットの言う通りだな」

 

 こんな状態で良い考えなど浮かばない。

 

 食事も取らずにいた自分の迂闊さを恥じいる。

 

 どんな時も万全でいなければ、いざという時になにもできない。

 

 イザークは少しだけ前向きになった自分に気が付くことなく、食事を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 パナマ陥落の報はすぐさま全世界に、そしてオーブ、スカンジナビア、赤道連合といった同盟各国にも伝わっていた。

 

 「やはりこうなったか」

 

 報告を聞いたウズミは眉間に深い皺を寄せる。

 

 共に聞いていたアイラもいつもの余裕はない。

 

 これらを想定していたとはいえ、幾分早い。

 

 パナマを失い余裕を無くした地球軍は早急にマスドライバーを確保しようとしてくるだろう。

 

 でなければ早々に宇宙の基地は補給もなく干上がるからだ。

 

 「ウズミ様、こうなっては地球軍が動くのも時間の問題です。外交である程度の時間は稼げるかもしれませんが……」

 

 「時間がないのは承知していた事です。赤道連合の方からも連絡が入っておる」

 

 今も地球軍侵攻に備えた防衛準備はさせているが万全とは言い難い。

 

 だが予測は外れる事無く、地球軍が狙ってくるのはオーブであろう。

 

 スカンジナビア未完成のマスドライバー『ユグドラシル』を狙ってくる事も一応考えてはいたが、今の状況でそれはない。

 

 「あちらはどうなのです?」

 

 「もうじき工場も完成し、生産も開始できると報告が来た」

 

 赤道連合がこの軍事同盟に参加したのには当然訳がある。

 

 元々オーブやスカンジナビア同様、中立の国ではあるが目立った軍事施設等はなく、ザフトや連合からは無視されていた立場というのが正しい。

 

 しかし大西洋連邦の圧力に屈し、連合参加を決めればどうなるかといえば、親プラント国家である大洋州連合との対立は避けられない。

 

 国同士が近いため、すぐに戦場になる場合もあるだろう。

 

 連合も支援はしてくれるかもしれないが、重要拠点のない赤道連合を本気で守ってくれるかといえば疑問が残る。

 

 その点オーブやスカンジナビアは信用できた。

 

 要請すれば即座に対応してくれるだろう。

 

 連合に参加しようが、中立同盟に参加しようが戦場になる可能性があるならば、国の為になる方針を取るべきとした。

 

 その為オ―ブ、スカンジナビアに条件を提示したのだ。

 

 それが2国からのモビルスーツの技術提供と生産工場の建設する事だった。

 

 高い技術を持つ2国から支援を受ければ技術力が向上し、モビルスーツの部品などの生産をおこないオーブやスカンジナビアに輸出していけば経済も潤う事になる。

 

 この条件で赤道連合は軍事同盟に参加したのだ。

 

 「……ともかく今回地球軍の目標はオーブとなりましょう。準備は?」

 

 「アスト・サガミ、キラ・ヤマト両名は『X07A』、『X10A』の搭乗を了承しました」

 

 「こちらもアークエンジェルが参戦を決めてくれた。そしてアドヴァンスストライク、アドヴァンスデュエルの改修、調整が終わり、パイロットにはムウ・ラ・フラガ、トール・ケーニッヒが搭乗するそうだ」

 

 「我が国の『STA-S1』の配備は完了しています。『STA-S2』の方は本国と『ヴァルハラ』防衛に外せませんので」

 

 「分かっている。全てのモビルスーツにイレイズのデータを参考に開発したOSを搭載する事で、稼働時間を大幅に延長させた。そしてわずか数機ではあるが水中用モビルスーツ『シラナミ』も完成している」

 

 これで守り切る。

 

 そのためにこれまで準備してきたのだから。

 

 「後は――」

 

 ウズミは来るべき戦いに備えアイラとの詰めを行った。

 

 

 

 

 

 

 オーブが戦いの準備を進めていた頃、地球軍本部は1つの決定を下した。

 

 内容はオーブ侵攻、目的はマスドライバーの奪取。

 

 それだけでなく、3国が組んだ軍事同盟を潰すという目論みも当然ある。

 

 しかし反対意見も出た。

 

 スカンジナビアの外交によってオーブ侵攻に積極的ではない国も存在しており、何よりもビクトリア奪還を最優先にすべきという意見の方が多かったのだ。

 

 しかしそれを黙らせる形で無理やり通したのが、ムルタ・アズラエルである。

 

 彼の圧力によって反対する国々は黙らざるを得ず、オーブ侵攻は決定した。

 

 

 

 

 地球軍がオーブに対し最後通告をおこなったのはそれからすぐの事であった。

 

 

 

 

 マリューはアークエンジェルのブリッジから一人外を眺めていた。

 

 オーブからの地球軍からの最後通告がきたという報告を受けた彼女は、クルーを集めた。

 

 その上ですべてを説明し、退艦するか、それともかつて自分がいた軍と戦うかを選んでほしいと告げた。

 

 マリュー自身は戦うつもりだ。

 

 このまますべて投げ出し逃げる事はできない。

 

 アストやキラ、ムウ達も戦うと聞いている。

 

 結果、そうして残ったのは―――

 

 「退艦希望者十一名。みんな凄いじゃないの。アラスカでの事がよっぽど頭にきたかねぇ。元ユーラシア所属の連中もオーブ軍に入ったって話だし」

 

 ムウがいつもの口調でブリッジに入ってきた。

 

 彼の言う通り、退艦すると決めたのはごく僅かであり、大半が戦う事を選択したという事だ。

 

 しかし再び戦場に赴くというのに、それは喜んでも良い事なのか?

 

 そんな不安のようなものが渦巻き、胸中を複雑にさせていた。

 

 そういえば、もう一つ気になっていた事がある。

 

 「……少佐は何故戻っていらしたんですか」

 

 フレイは元々転属には消極的だった。

 

 ヘリオポリスからの仲間とも良好な関係を築いているようだし、戻ってくるのも分からなくはない。

 

 でも彼は何故戻ったのだろう?

 

 一応見当くらいはついているが、もし外れていたらかなり恥ずかしい。

 

 「今更聞く? それ」

 

 そう言うとムウはマリューを無理やり引きよせ唇を重ねた。

 

 不意打ちで硬直し、唇を離した後も呆然としてしまった。

 

 「これが答え」

 

 ニヤリと笑うムウの顔を顔を背けて見ないようにする。

 

 よりによってこんな方法を使わなくても良いではないか―――

 

 しかしマリューは無理やりキスされた事には全く怒っていなかった。

 

 というか自分の気持ちなど彼にはとっくに見透かされているのだろう。

 

 結局何も言えなくなり顔を真っ赤にしたマリューはブリッジにノイマン達が入ってくるまでムウに抱きしめられていた。

 

 

 

 あらかじめ聞かされていた戦いがもうすぐ起こる。

 

 地球軍からの最後通告が届いたという話を聞かされたアストは出撃準備をする為、キラやレティシア、ラクスと格納庫に向かっていた。

 

 新型の訓練をもう少しやりたかったが攻めてきた以上、そんな事を言っていられない。

 

 後は戦いながら調整していくしかないだろう。

 

 「アスト! キラぁ!」

 

 そんなアスト達の正面からカガリが泣きそうな顔で走ってくる。

 

 珍しい。

 

 彼女は普段から感情的ではあるが大勢が見ているにも関わらず、涙を流すなどよっぽど余裕がないのかもしれない。

 

 「どうしたの?」

 

 「いや、だって、オ―ブが戦場になるなんて……」

 

 「ウズミ様やアイラ様から話は聞いていたんだろ」

 

 「そうだけど」

 

 彼女の国や民を思う心は知っている。

 

 アークエンジェルに乗り込んでいたヘリオポリスの避難民達の事も常に気にかけていた。

 

 そんな彼女からすれば国が戦場になる事など耐えられないのだろう。

 

 笑みを浮かべたキラが励ますように肩を叩く。

 

 「心配いらないよ。僕たちも出るから」

 

 「キラの言う通りです。カガリさん、私たちを信じてください」

 

 「それに上に立つ人間がそんな取り乱してどうするんだ?」

 

 「うっ」

 

 カガリは涙を拭き、バツが悪そうに顔を俯かせた。

 

 本当に感情を隠すのが下手だな、彼女は。

 

 その様子にキラは苦笑すると元気づけるように笑顔で言った。

 

 「大丈夫だから」

 

 「キラぁ!」

 

 カガリは再び涙を浮かべ、キラに勢いよく飛びついた。

 

 困惑顔でこちらに助けを求めてくるが、無理です。

 

 俺ではどうにもならない。

 

 そんなキラを笑顔で見つめるラクス。

 

 笑顔に見えるのだが、寒気が走るのは何故だろう。

 

 いつも一緒のレティシアも離れているし、触らぬ神に祟りなしって奴かもしれない。

 

 カガリが落ち着き、再び歩き出した先で見知った顔が話しているのを見つけた。

 

 トール、サイ、カズイだ。

 

 その中でカズイだけが私服に着替えていた。

 

 マリューの話を聞いて戦うと決めた者もいれば降りると決めた者もいる。

 

 カズイは降りるという事だろう。

 

 着替えたカズイをサイとトールが送り出していた。

 

 「元気でな、カズイ」

 

 「えっと、2人は降りないの?」

 

 「俺は最後まで戦う。エフィムの事もあるし、アストやキラばかりに無理させられないからな」

 

 「できる事をするだけだよ。それにオ―ブが戦場になるんだもんな」

 

 2人の決意を聞いたカズイは信じられないような表情になった。

 

 多分みんな降りると思っていたのだろう。

 

 「で、でも、アネットとかミリィは降りるでしょ。女の子だしさ……」

 

 縋るように言うカズイに、2人は憐みの視線を向ける。

 

 自分が降りたいと決めたなら、それで良いと思うのだが―――彼はそれ以上に人の目が気になってしまうのかもしれない。

 

 本当にしょうがない奴だとサイはため息をつくとやさしい声で言った。

 

 「もうさ、他の奴の事は気にするなよ」

 

 「ああ、お前が自分で決めたんだろ。それならそれでいいじゃん」

 

 すると泣きそうな声を出しながらカズイは絞り出すように呟いた。

 

 「でもさ……俺だけ降りるって言ったら、みんな臆病者とか卑怯者とか俺の事、思うんだろ! 解ってるけどさ、でも、俺には―――」

 

 それを聞いていたアストはキラの手をつかみカズイに後ろから近づいていく。

 

 キラが戸惑い気味にこちらを見てくるが無視する。

 

 そしてカズイと肩を組むように腕をまわした。

 

 「うあ、アスト!?」

 

 「サイやトールの言う通りだ。お前が自分で決めた事なんだから誰も文句は言わないさ。戦いが怖いのは当たり前、そこにナチュラルもコーディネイターもない」

 

 アストの言葉にカズイの目が潤む。

 

 「でも、アスト、俺……」

 

 「気にするなって。それより平和になったらまたみんなで遊びに行こう。トールのおごりでさ」

 

 「いいね、それ」

 

 「爽やかに同意すんなよ、キラ!」

 

 「じゃ、サイ?」

 

 「なんで!?」

 

 みんなで顔を見合わせると笑いが込み上げてくる。

 

 トールが「ぷっ」と噴き出した所で、全員我慢できずに笑いだした。

 

 「「「「「あははははは!!」」」」」

 

 まるでヘリオポリスにいた頃のような錯覚を覚える。

 

 あれからまだ一年も経っていないというのに色々あり過ぎて、ずいぶん昔のように感じる。

 

 だからこんなくだらないやり取りが、ずいぶん懐かしい気がした。

 

 「カズイ、死ぬなよ。約束だ」

 

 「また会おう、カズイ」

 

 カズイは涙を堪えたように頷いた。

 

 「……アストもキラも死ぬな」

 

 最後は涙声になっていたカズイの去っていく背中を見えなくなるまで全員で見送っていた。

 

 「……あんな約束して、あいつに余計なものを背負わせたかな」

 

 この先何があるか解らない。

 

 もしかしたら次の戦闘で全滅するかもしれないのだ。

 

 その時、今の約束がカズイの重荷にならなければいいのだが―――

 

 そんなアストの呟きにトールが軽く肩を小突いた。

 

 「何言ってんだよ、みんなで生き延びて約束を果たせば問題ないだろ」

 

 「そうだよ、俺達は死なないさ」

 

 トールとサイは笑顔につられ、こちらも笑みを浮かべる。

 

 「うん、そうだよな」

 

 改めて仲間達の温かさに触れ、アストは再認識する。

 

 こいつらを守るために戦ってきたのは間違いじゃなかったと。

 

 「さて、じゃ俺はブリッジに上がるよ」

 

 サイと別れた後、トールに気になった事を聞いてみた。

 

 「そういえばトールはミリィと話したか?」

 

 「えっ、なんで?」

 

 やっぱり話してないようだ。

 

 最近のミリアリアはかなり寂しそうにしている事に気がついていないらしい。

 

 それでも話しかけてこないのは、訓練の邪魔をしたくないからだろう。

 

 といってもアスト自身、アネットに言われるまでまったく気が付かなかったのだが。

 

 「最近ミリィとあんまり話してないんじゃないか? 訓練ばかりでさ。きちんと話しておけよ。じゃないと「別れる」って言いだされても知らないぞ」

 

 その指摘にトールがたじろいだ。

 

 一応自覚があるのだろう。

 

 「そ、そうだな。じゃ、少し話してくる」

 

 「うん、そうした方がいいよ」

 

 トールはサイの後を追うようにブリッジに向かった。

 

 振り返るとラクスとレティシアは笑顔でアストを見つめていた。

 

 「な、なんです、二人共?」

 

 「アスト君は本当に友達思いですね」

 

 レティシアの笑顔に思わず見とれてしまった。

 

 「そ、そんな事無いですよ。ほら行きましょう」

 

 「素直じゃ無いな、お前」

 

 カガリの言葉に反論する気も起きない。

 

 「ふふ、そうですね。行きましょうか、レティシア」

 

 「ええ」

 

 みんなが笑顔で歩き出した。

 

 キラまで笑っていたし、全員が終始アストの顔を見ていた気がするが、気のせいだと思い込んで振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 独房を訪れたアネットは鍵を差しこんで扉を開ける。

 

 「釈放よ。出て、イザーク」

 

 「……話が全く見えん。いい加減に説明くらいしろ」

 

 イザークはずっと独房の中にいたため、今の状況を何も知らない。

 

 知っているのはここがオーブという事ぐらいだ。

 

 「そっか、そうよね。ごめん、きちんと話す」

 

 アネットがこれまでの事を話し出した。

 

 アラスカで、パナマで、そしてオーブでこれから起きようとしている事を。

 

 「こんな感じかな」

 

 イザークが独房にいた間に大きく事態が動いていたらしい。

 

 「悪いけど、ここを出たらその先は自分でどうにかして。これから戦闘になるの」

 

 自分が着ていた赤いパイロットスーツを手渡される。

 

 「……デュエルは?」

 

 「あれは元々こっちの物。すでにモルゲンレーテが持って行って改修したらしいわよ。今回の戦闘にも使うみたいだし」

 

 それに関しては仕方無い、どの道、輸送の手段もない。

 

 そういえば気になっていた事があった。

 

 アネットの服だ。彼女は未だに軍服を着ている。

 

 話によればすでに『足つき』、いやアークエンジェルは地球軍ではない。

 

 つまりアネットも軍人ではなくなった筈である。

 

 なのに―――

 

 「……何故軍服を着ているんだ?」

 

 「アークエンジェルもオーブ防衛に参加するから。私服じゃ不味いでしょ」

 

 あっさりと言うアネットに面食らうが、それでは返答になっていない。

 

 「そうじゃない。もう軍人ではなくなったんだろう。何故お前が戦う?」

 

 「お前じゃなくてアネットよ! ……あんたと同じって言ったでしょ」

 

 「何?」

 

 「オーブは私の国で、そして友達とか家族とか守りたい。そのために戦うのよ」

 

 何の迷いもなく彼女はそう言った。

 

 その姿は今のイザークにとってはひどく眩しく姿だった。

 

 

 

 そしてその時が訪れる。

 

 

 

 オーブに近づいてくるのは地球軍艦隊。

 

 それらを率いる旗艦からアズラエルは優雅に外を眺めていた。

 

 腕時計で時間を確認すると丁度良い時間だ。

 

 目障りな同盟はここで叩きつぶしてやる。

 

 ニヤリと笑い合図を出そうとした時、ブリッジのオペレーターが叫んだ。

 

 「オーブ方面から急速接近する物体を感知! 数は4、モビルスーツです!!」

 

 「何ッ!?」

 

 見ると正面から特徴のある機体が猛スピードで突っ込んでくる。

 

 1機は蒼い翼が特徴的な機体『フリーダム』

 

 もう1機は後ろにリフターを背負った赤い機体『ジャスティス』だった。

 

 「いくぞ!!」

 

 キラはすべての砲身を前に構え、ターゲットをロックする。

 

 狙うはモビルスーツを搭載している艦だ。

 

 そして次の瞬間、各砲門から閃光が一斉に発射された。

 

 「いっけぇー!!」

 

 砲口から放たれた攻撃が容赦なく各艦隊に突き刺さる。

 

 直撃した箇所から起こった爆発による凄まじい衝撃が艦を揺らし、破損した部分から炎が上がる。

 

 そして更なる爆発を引き起こし、バランスを崩した艦は撃沈した。

 

 「各艦迎撃!!」

 

 そう命じた艦長の言葉に従って、ミサイルが発射された。

 

 目標はさらに砲撃を行おうとしているフリーダム。

 

 しかしそれを庇うように前に出たジャスティスがビームライフルとビーム砲を使いミサイルを次々と撃ち落としていく。

 

 「くっ、あの2機に砲火を集中―――」

 

 「さらに別方向から高速移動物体!?」

 

 「なんだと!?」

 

 オペレーターが示した方角からさらに別の機体が迫ってくるのが見えた。

 

 白を基調としたその機体『イノセント』が背中のアクイラ・ビームキャノンを構えると戦艦目掛けて狙い撃った。

 

 「上陸する前に叩かせてもらうぞ!!」

 

 強力なビームが戦艦を貫通し、大きな爆発を引き起こして沈んでいく。

 

 そして貫通しなかった艦もビームが直撃した部分から、大きな炎が上がり撃沈させた。

 

 「くっ、あれを落とせぇぇ!!」

 

 艦長の叫びに各艦がイノセントを落そうとミサイルで狙ってくるが、ビームライフルと頭部機関砲を使いすべて迎撃する。

 

 イノセントを操りながら、アストはコックピットの中で驚嘆していた。

 

 シミュレーションでも体験はしていたが実機となるとまた違う。

 

 「凄い!」

 

 以前に搭乗していたイレイズとは比べ物にならない性能である。

 

 今まで自分を縛っていた枷が外れたように縦横無尽に動き回る。

 

 それに追随するように背中にジャスティスのファトゥムーOOに似たものを装備したレティシアの『アイテル』が援護をしてくれる。

 

 背中の装備はアイテル専用の高機動装備『セイレーン』であった。

 

 これはストライカーパックの一つとして考案されたI.W.S.Pを再設計、強化したものであり、同時にファトゥムーOOの試作型でもあるためよく似ている。

 

 違いがあるとすれば斬艦刀『グラム』を装備している事だろう。

 

 「やらせません!」

 

 レティシアはセイレーンのビーム砲と腰のビームガンでミサイルを落とすと同時にビームライフルで各艦の砲台を潰していく。

 

 「おのれ、オーブめぇ! こっちも出撃準備だ! 急げ!!」

 

 アズラエルが苛立ちに任せて叫ぶ。

 

 これが同盟の作戦であった。

 

 どれだけ技術が優れていても、同盟軍と地球軍では物量が違う。

 

 数とはそれだけで脅威なのだ。

 

 だから同盟軍は最も機動力のある機体で奇襲をしかけ、今のうちに戦力を削れるだけ削り、艦隊を足止めしている間に他の部隊の展開を済ませておけば、敵機が上陸して来たとしてもそこを狙い撃ちにする事ができる。

 

 「キラ、ミサイルには構うな! こっちで迎撃する! フリーダムがこの中じゃ、一番火力がある。お前は戦艦を狙え!」

 

 「分かった!」

 

 フリーダムを守るように3機がミサイルを迎撃し、撃ち落としていくと砲撃が艦隊を沈めていった。

 

 思惑通り、かなり有利に戦局は進んでいる。

 

 序盤は完全に同盟軍の作戦勝ちであった。

 

 これでかなりの数が出撃前に海底に沈んだ事になる。

 

 

 しかし地球軍とて甘くはない。

 

 すぐに反撃が開始される。

 

 

 この状況に業を煮やしたアズラエルがモニター越しに指示を出す。

 

 そこに映った4人の顔を見据えながら憤怒を抑え込み、子供に言い聞かせるような口調で言った。

 

 「いいかな、君たち。モルゲンレーテとマスドライバーは壊してはいけません。解ってるね?」

 

 そこの居た少年達、オルガ、クロト、シャニ、そしてエフィム。

 

 全員が研究員から貰った薬を飲み干すと、容器を捨てながら鬱陶しそうに答えた。

 

 「他はいくらやってもいいんだろ?」

 

 「ですね」

 

 「……」

 

 「うっせーんだよ、お前ら。新入りみたいに黙ってろ」

 

 アズラエルは先ほどの苛立ちも忘れ、エフィムに語りかける。

 

 「さあ、君の出番だ。思いっきり、殺っておいで」

 

 「……はい」

 

 4機の死神が戦場に躍り出る。

 

 それを確認したアストは眉をひそめた。

 

 見た事もない機体が4つ、オーブに向かって急速に近づいてくる。

 

 「地球軍の新型!? 本土に行く気か!」

 

 この先に行かせる訳にはいかない。

 

 ミサイルを撃ち落としていたイノセントは4機に向っていく。

 

 「なんだあれ」

 

 「敵。まあいいか、アレからやるよ」

 

 クロト・ブエルは自身の機体GAT-X370『レイダー』をイノセントに向けた。

 

 レイダーはイージスと同じく可変機構を持ち鳥のようなモビルアーマーに変形が可能。

 

 その上に乗るのはオルガ・サブナックが搭乗する機体GAT-X131『カラミティ』である。

 

 見る限りいかにも砲戦使用と思われるその機体はバスターの後継機だった。

 

 カラミティはイノセントを狙いスキュラとビーム砲を一斉に発射する。

 

 「おらぁ、落ちろぉぉ!!」

 

 「これくらいで!」

 

 アストは迫る閃光を潜り抜け、カラミティにビームライフルを撃ちこんだ。

 

 しかし今度は別の機体が割り込んできて、そのビームを曲げてしまったのだ。

 

 「ビームが曲がった!?」

 

 「何、あの機体は?」

 

 それを見ていたキラ、レティシア、ラクスも驚く。

 

 コックピットの中でシャニ・アンドラスはほくそ笑んだ。

 

 「効かないよ」

 

 GAT-X252『フォビドゥン』

 

 異様な形のリフターを背負ったこの機体にはゲシュマイディッヒ・パンツァーと呼ばれるミラージュ・コロイドの技術を応用した特殊兵装を装備していた。

 

 これによりビームを屈折、偏向させる事ができる。

 

 「チッ、やっかいな装備を」

 

 「私がやります」

 

 ラクスのジャスティスが前に出るとビームサーベルを連結させハルバード状態で横薙ぎに叩きつける。

 

 「ラクス―――ッ!?」

 

 「どこ見てんだよォォ!!」

 

 「そうそう!」

 

 援護に駆けつけようとしたフリーダムとアイテルにカラミティ、レイダーが襲い掛かる。

 

 カラミティがレイダーから降り、海上を滑るようにホバーで移動すると背中のビーム砲でフリーダムを狙う。

 

 「おらァァ!」

 

 「くっ」

 

 ビームの直撃を避ける為にクルリと機体を回転させ、逆さに反転したままバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 しかし敵機は滑るように横に避けるとビームが海面に直撃、海水が跳ね上がり、同時に蒸発させる。

 

 「これでェェ!!

 

 巻き上がった水蒸気がを隠れ蓑に上空に目掛けスキュラを叩き込むがフリーダムは構えたシールドでビームを弾き飛ばした。

 

 しかし敵の怒涛の攻勢はまだまだ続く。

 

 「もらったよ!」

 

 回り込んだレイダーが動きを止めたフリーダムを狙って頭部に装備されたビーム砲ツォーンを放つ。

 

 「喰らえ、抹殺!!」

 

 「やらせない!」

 

 その射線上にアイテルが割り込みツォーンを防御すると、二本の斬艦刀『グラム』を抜く。

 

 「レティシアさん!」

 

 「こっちは任せてください」

 

 レティシアはレイダーにグラムを袈裟懸けに振るう。

 

 クロトはその斬撃を防盾砲を防ぐと弾け飛んだ。

 

 「邪魔すんなよ、必殺!」

 

 破砕球ミョルニルをアイテルに叩きつけるが、レティシアはセイレーンの機関砲で軌道を変えそのまま回避するとビーム砲を放つ。

 

 「当たりませんよ!」

 

 「この!」

 

 叩きこまれたビームを変形したその速度でかわし、再び突撃姿勢を取った。

 

 キラ達がそれぞれの敵と相対していた時、イノセントもまた最後の敵と交戦していた。

 

 「似ている、イレイズに」

 

 その機体はイレイズによく似た機体だった。

 

 腕部に対艦刀、肩からせり出すように2門の砲口、背中には2つの砲身と2対の羽のようなものが付いている。

 

 「後継機か」

 

 失敗作だった筈の機体の後継機とは。

 

 散々世話になった分、何と言うか感慨深い気分になる。

 

 「さらに自分でその機体を破壊する事になるとは」

 

 皮肉な話だと苦笑しながら、腰からビームサーベルを抜くとゼニスに向って斬りかかった。

 

 「ここから先には行かせない!!」

 

 敵機は剣撃をシールドで防ぎ、至近距離から肩のビーム砲を撃ってくる。

 

 「当たるか!」

 

 それを最小限の動きだけで回避すると、再び逆袈裟から光刃を叩きつけた。

 

 横に逃れるように回避するゼニスだが逃がすまいと同時に背中のビームソード『ワイバーン』を展開する。

 

 ビームソードがまるで翼のような刃を形成し、敵機に襲いかかる。

 

 完璧なタイミングの攻撃だ。

 

 しかし相手は刃が直撃する寸前に機体を上昇、直撃を避けるとワイバーンはゼニスのビームライフルだけを斬り裂いた。

 

 アストは驚愕する。

 

 「なんだ今の反応は!? あのタイミングで直撃を避けるなんて……」

 

 驚異的な反応としか言いようがない。

 

 他3機のパイロットもそうだが、本当にナチュラルなのか!?

 

 こちらの驚きなど無視しゼニスは腕部の対艦刀ネイリングを抜き放つとビーム砲を撃ちながら突っ込んでくる。

 

 「反応だけじゃなく、動きも速い!」

 

 ビーム砲をかわしつつ、ネイリングをシールドで受け止めるとビームサーベルを上段から振り下ろす。

 

 しかしゼニスは横に機体を逸らして斬撃を回避するともう片方のネイリングを振り下してくる。

 

 「このぉ!」

 

 ナーゲルリングを展開するとネイリングを受け止めた。

 

 腕部から突き出た刃がビーム刃を止め、2機の間を火花が散る。

 

 ナーゲルリングはイレイズに装備されていたブルートガングの改良、強化したものだ。

 

 威力もそうだが一番の違いは、ビームコーティングが施されている事。

 

 これによってビーム兵器を受け止める事が出来るようになった。

 

 ネイリングを弾き、ゼニスを蹴り飛ばして一旦距離を取るとそこで通信機から声が漏れてきた。

 

 《……に……死……》

 

 なんだ?

 

 《……コーディネ、イターに、死を》

 

 敵の声か、でもこの声はどこかで?

 

 《コー、ディネイター、に死、を》

 

 聞き覚えがある。まさか―――

 

 「……エフィムなのか?」

 

 《コーディ、ネイターに、死をォォォォォォ!!!》

 

 エフィムの絶叫に応えるかのように速度を上げたゼニスはネイリングを構えイノセントに特攻していった。

 

 

 

 

 

 

 

 新型のGATシリーズ投入によって厄介な敵4機が抑え込まれた。

 

 その間に体勢を立て直した地球軍は反撃に出る。

 

 各ストライクダガ―部隊は順次発進させ、そしてもう一手。

 

 アズラエルは再びモニターを覗き込むとそこに映った機体見て、ほくそ笑み命令を下した。

 

 「さあ今のうちに君らにも動いてもらうよ」

 

 「「「了解」」」

 

 モニターに映った機体が発進準備を整える。

 

 ≪GAT-01D1 デュエルダガー発進準備完了≫

 

 「ミューディー・ホルクロフト、行くわ」

 

 ≪続いてGAT-A01/E2 バスターダガー発進準備完了≫

 

 「シャムス・コーザ、行くぜ」

 

 ≪続いてGAT-01A1 ダガー発進準備完了≫

 

 「スウェン・カル・バヤン出る」

 

 

 格納庫から三機が順次出撃していく。

 

 その名の通りこれらは初期GATシリーズの量産機である。

 

 すべて初期先行試作型の機体だが、その分何度も改修が施されており、同じ機体よりも高い性能を誇っている。

 

 そしてパイロットも特別な訓練を受けた者達だ。

 

 「これでオーブも」

 

 アズラエルはようやく機嫌を直し、笑みを浮かべると戦闘を観戦し始めた。

 

 

 オーブに脅威が迫りつつあった。

 

 

 そして同時にもう一つの脅威が近づいてくる。

 

 

 オーブ軍司令部では各地区で地球軍の迎撃が始まり、各オペレーター共に声を張り上げる。

 

 しかしその内の一人がその情報を読み取り絶句した。

 

 「なにかが戦闘宙域に接近してきます。これは―――」

 

 「どうした!?」

 

 「ザフト軍です!!」




イレイズのデータを参考にしたOSと水中用モビルスーツは杉やんさんのアイディアを使わせてもらいました。

ありがとうございました。

12/15加筆修正しました。


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第30話  答え

 

 

 

 

 

 地球軍によるオーブ侵攻はフリーダムを含む4機の新型が奇襲を仕掛け、戦艦をいくつか潰した事で地球軍の戦力は減少させる事に成功。

 

 今のところオーブ有利で戦闘が進んでいた。

 

 しかし同時に投入された新型GATシリーズが奇襲を仕掛けた4機を抑え込んだ事で戦況は次の局面へと移行していく事になる。

 

 そう、地球軍の侵攻が開始されたのである。

 

 フリーダムの砲撃から逃れ、無事だった各艦よりストライクダガーが発進していく。

 

 だが同盟軍も黙っていた訳ではなく、部隊はすでに展開され、地球軍が来るのを待ち構えていた。

 

 そして同じく敵が来る前にドックから出撃していたアークエンジェルも戦闘開始する。

 

 すべての準備が整い、クルー達が指示を待つ中、マリューが声を張り上げた。

 

 「ストライク、デュエル発進!」

 

 そしてCICもナタルが座っていたシートにフレイが座り、指示を飛ばす。

 

 「イーゲルシュテルン、バリアント機動、艦尾ミサイル発射管全門装填!」

 

 硬い顔のフレイにマリューが声をかける。

 

 「アルスターさん、大丈夫よ。落ち着いて。主な指示は私が出すから」

 

 それに合せるようにサイ達を笑った。

 

 「そうだよ、フォローするからさ」

 

 「ええ、バジルール中尉と訓練してた通りにすればいいわ」

 

 「そうそう、いつも通りでいいのよ」

 

 「サイ、ミリアリア、アネット、ありがとう」

 

 みんなの励ましに緊張も少しはほぐれたのか笑みを浮かべるがすぐ表情を引き締めると全員に言った。

 

 「……バジルール中尉に比べたら頼りないかもしれないけど、精一杯やるわ。みんな、よろしくお願いします」

 

 「「「了解!」」」

 

 その声はムウ達のコックピットにも聞こえていた。

 

 「お嬢ちゃんも立派になったねぇ。俺達も負けてられないぞ、トール」

 

 「分かってますよ、少佐」

 

 いつの間にか名前で呼ばれている事を嬉しく感じる。

 

 トールはニヤケそうになる顔を引き締めると、同時に前方のハッチが開いた。

 

 「ムウ・ラ・フラガ、アドヴァンスストライク出るぞ!!」

 

 「トール・ケーニッヒ、アドヴァンスデュエル行きます!!」

 

 アドヴァンスストライクとアドヴァンスデュエル。

 

 この2機は改修を加えた本体とアドヴァンスアーマーと呼ばれる追加装甲を装備した機体である。

 

 アドヴァンスアーマーはデュエルのアサルトシュラウドを参考に開発されており、装着した機体ごとに装備が違う。

 

 ストライクの方は腰部にビームガンと脚部にグレネードランチャーを装備している。

 

 「少佐、その装備でいいんですか?」

 

 「まあ、試してみないとな」

 

 現在ストライクはすべてのストライカーパックを同時に装備していた。

 

 見る限り小回りもきかなそうだし、正直結構な重量で、かなり扱いにくいと思うのだが―――

 

 「そっちはどうなんだ?」

 

 「俺の方は問題ありませんよ」

 

 デュエルの方は両肩にミサイルポッド、両端にシヴァの改良型と両腕にはブルートガング、そして腰にはストライクと同様にビームガンが装着されていた。

 

 「良し、ならいくぞ!!」

 

 「了解!」

 

 ストライクとデュエルはスラスターを全開にしてすでに戦闘は始まっている戦場に向かって突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 海上の戦艦から見ていた地球軍の指揮官達はようやく安堵する。

 

 正直あの四機からの奇襲を受けた時は生きた心地がしなかった。

 

 だがそれも抑えられ、オーブ攻略に入れる。

 

 予定よりもかなり戦力が減少してしまったが、それでも小国を落とすには十分な物量であり誰もが勝利を確信していた。

 

 

 

 しかし再び地球軍にとって大きな誤算が起きる。

 

 

 

 

 上陸したストライクダガーがビームライフルを構え攻撃を開始する。

 

 それを待ち受けていたアサギ・コードウェルが乗るM1アストレイが迎え撃つ。

 

 ビームをたやすくかわしてストライクダガーの懐に入り込むとビームサーベルを叩きこんだ。

 

 「これでぇ!」

 

 ビームサーベルがコックピットを貫通し撃墜するとそれを見た他のストライクダガーが獲物に群がる獣のように刃を抜いてアサギのアストレイに襲いかかる。

 

 しかしアサギは焦せる事無く後退すると後ろに控えていたマユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンのアストレイと合流し、3機同時に放ったビームライフルでストライクダガーを狙い撃ちにした。

 

 「やらせないわよ!」

 

 「このぉ!」

 

 決して単独で動かずに向ってくるストライクダガーに対して連携を取り、アサギがライフルで牽制し、マユラ、ジュリがサーベルで斬り込む。

 

 ぎこちなさを感じさせない軽やかな3機の動きに地球軍は全くついていく事ができない。

 

 「な、なんなんだよ、あの動きは!?」

 

 「ついていけない!?」

 

 次の瞬間、数機のストライクダガーは2機のアストレイによって斬り刻まれた。

 

 「良し!」

 

 「やれるわね!」

 

 「うん!」

 

 地球軍を圧倒していたのは彼女達だけではない。

 

 他のパイロット達も次々にストライクダガーを撃退していく。

 

 「やれるぞ!」

 

 「地球軍を押し返せ!!」

 

 確かな手ごたえを感じ各パイロットは意気込む。

 

 これはある意味当然の結果だった。

 

 理由の1つがOSの差である。

 

 同盟軍の使っているOSはラクス達がスカンジナビアの保護を受けた際、対価として開発した物。

 

 それにイレイズのデータを使い、さらに洗練したのが現在のOSだった。

 

 引き換え地球軍のOSはお世辞にも完成しているとは言い難い出来。

 

 あくまでナチュラルが操縦し、戦闘が出来るようになったというレベル。

 

 まだまだ課題も残る物だ。

 

 そしてもう1つが錬度の差。

 

 正確にいえば対モビルスーツ戦闘の錬度である。

 

 早期にOS開発の目処が付いたオーブ、スカンジナビアでは、モビルスーツの訓練が地球軍よりもずいぶん早い段階から行われていた。

 

 そしてアークエンジェルが地球軍に所属していた頃、オーブに匿われた際に取ったデータで作った、戦闘シミュレーションによる訓練が導入された事も大きい。

 

 これによりただ実機を動かし戦うのではなく、どういう動きなら相手に勝てるかという事を学ぶことができた。

 

 もちろん地球軍でも対モビルスーツ戦術や作戦は練られている。

 

 それによってパナマではザフトを押し返し、こう着状態にまで持って行ったのだ。

 

 だがそれはうまく連携でき、機体数も揃っていればの話。

 

 今は想定以上に数を減らし、敵に翻弄されている為、予定通りに動く事が出来ないのである。

 

 「くそぉ、オーブめぇ!」

 

 予想外の動きに動揺しながらも、何とかアストレイに肉薄しようと試みる。

 

 ビームサーベルを抜き、上段からアストレイに振り下ろすが、今度は別方向からのビームに腕を吹き飛ばされた。

 

 「なに!?」

 

 視線の先にいたのは見た事もないモビルスーツだった。

 

  「な、なんだあの機体は!?」

 

 しかしストライクダガーのパイロットはその答えを知る事無く、ビームライフルで撃ち抜かれ蒸発した。

 

 残った地球軍のパイロット達がその機体が見た印象は―――巨大な騎士。

 

 STA-S1『スルーズ』

 

 スカンジナビア初の量産モビルスーツであり、その姿は騎士甲冑を思わせる造形だった。

 

 武装はビームライフルとシールドを持ち、腰にビームサーベル、頭部にイーゲルシュテルンといった基本的な装備を持つ。

 

 そして機動性はアストレイと同等以上であり、そして防御力にも重点が置かれパイロットの生存率を上昇させている。

 

 スルーズはスラスターを噴射して肉薄する。

 

 「速い!?」

 

 高速で動きまわるスルーズに翻弄され、次々とビームサーベルで斬り裂かれていく。

 

 「囲め! 狙い撃ちにしろ!!」

 

 「了解!」

 

 複数の機体と共に攻撃を仕掛けようとスルーズを囲み、攻撃を仕掛けようと展開する。

 

 だがそこに1機のスルーズが飛び込んでくる。

 

 今まで以上の速度で接近してきたその機体のライフルとサーベルによって斬り裂かれ、陣形が崩されてしまった。

 

 「なんだ、こいつ!?」

 

 「動きが違うぞ!」

 

 「うあああああ!!」

 

 囲もうとしていたストライクダガーを撃破すると、動きを止める事無く次の敵機に向かって移動していく。

 

 数で勝る筈の地球軍は上陸して間もない地点で完全に足止めされ、そしてそこにアークエンジェルから発進した2機のガンダムも参戦する。

 

 「おーお、凄いねぇ。けど負けてられないでしょ!!」

 

 ムウはシュベルトゲーベルを引き抜くと、一気に接近しストライクダガーを真っ二つに両断、さらに近くにいた敵機をシールドごと次々斬り裂いていく。

 

 ビームライフルの攻撃を巧みに避けながら、腰のビームガンで牽制する。

 

 そして動きを止めた敵から斬り捨てた。

 

 「危ない、危ない、けどなそう簡単にはいかないってね!」

 

 アドヴァンスストライクの機動性に満足げな笑みを浮かべる。

 

 そしてOSもそうだ。非常に扱いやすく、動かすのになんの違和感もない。

 

 寄ってきたストライクダガーをアグニで薙ぎ払い、さらに別の敵を斬り裂いた。

 

 そんなアドヴァンスストライクを狙いビームライフルを構えた敵機を、今度はアドヴァンスデュエルがシヴァ改で狙い撃つ。

 

 シヴァの直撃を受け爆散した敵機の煙に紛れ、ビームサーベルを引き抜くとストライクダガーに斬りかかる。

 

 「遅い!!」

 

 こちらに反応する前に胴体を斬り裂くと、機体を回転させ後ろの敵機にサーベルを叩き込む。

 

 トールもアドヴァンスデュエルの性能に驚いていた。違和感無く手足のように動かせる。

 

 「この機体なら戦えるぞ!」

 

 密集している敵部隊にミサイルポッドを放ち、ビームライフルを撃ち込んだ隙に敵陣に突撃していった。

 

 

 アストレイやスルーズだけでなく2機のガンダムの参戦で地球軍の部隊は押し返されてしまった。

 

 これは完全に予想外の事であり、海上で見守っていた艦長達はこの現状が信じられない。

 

 最初の奇襲で戦力が減らされているとはいえ、まさかこの物量を押し返されるとは―――

 

 そしてもう1つ、彼らにといっての脅威が存在した。

 

 戦闘を観察していた艦橋が突如、振動と共に大きく揺れる。

 

 「何だ、状況知らせ!!」

 

 爆発が起きると共に炎を上げたストライクダガーの母艦の1つが沈んでいく。

 

 しかしそれは上空からの攻撃ではなかった。

 

 「……これは海中から―――モビルスーツによる攻撃です!!」

 

 「な、まさか水中用モビルスーツか!?」

 

 彼らの予想通り海中には魚のように俊敏に動き回る機体が居た。

 

 MBF-M1B 『シラナミ』

 

 M1アストレイを水中用に改良した機体である。

 

 背中に大型推進機と魚雷を装備し、腰の左右と脚部にも推進機を装着している。

 

 近接戦闘用として両腕にイレイズのブルートガングを、そして一部ではあるが追加装甲としてスケイルシステムを装備し、これにより水中でも高い機動性を持っていた。

 

 無論弱点も存在し、武装の少なさがあげられる。

 

 魚雷を撃ち尽くせば近接戦闘装備しかない為、撤退せざるえないのだ。

 

 「隊長、魚雷残弾残り僅かです」

 

 「良し、残りを敵の腹に叩きこんでやれ!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 無防備な水中から攻撃を受けた艦は沈み、魚雷を撃ち尽くしたシラナミは撤退していく。

 

 「各艦被害甚大!」

 

 「おのれぇ!」

 

 艦長は、思いっきり手摺を殴りつけた。

 

 このままいけば押し返すどころでは無く、こちらが敗北し、殲滅される可能性もある。

 

 撤退すべきか―――

 

 そんな悲壮感がブリッジを包む。

 

 しかしそんな考えを打ち払う存在が戦場に駆けつけた。

 

 105ダガー、デュエルダガー、バスターダガーの3機である。

 

 「やってくれんじゃないかよ、オーブもさ」

 

 シャムスが笑みを浮かべて吐きすてる。

 

 そこに同情は無く、むしろやられた者達を嘲笑っていた。

 

 「先に行った連中が不甲斐無いだけでしょ」

 

 ミューディーもおおむねシャムスと同じで、倒された者たちを見下している。

 

 「……」

 

 スウェンは何も言う事無く、戦場に目を向ける。

 

 確かにどのモビルスーツもいい動きをしており、こちら側とはモビルスーツ戦闘の錬度も違う。

 

 あれではいい的になるだけだろう。

 

 「行くぞ」

 

 装備しているエールストライカーのスラスターを全開にするとビームサーベルを抜き、アストレイに向って突っ込んだ。

 

 「増援か!」

 

 「返り討ちにしろ!」

 

 こちらに気がついたアストレイがビームライフルで応戦してくるが、放たれたビームを機体を回転させてかわし、光刃を上段から振り下ろす。

 

 105ダガーのサーベルがアストレイに食い込み、斬り裂くとそのまま振り抜くと裂かれた敵機は崩れ落ち、爆散した。

 

 さらに動きを止める事無く、次の敵機スルーズに向かう。

 

 振り抜かれたサーベルをシールドで捌き、懐に飛び込むとサーベルで串刺しにすると寄ってきた敵をビームライフルで次々撃ち抜く。

 

 「おいおい、1人占めかよ」

 

 シャムスはミサイルポッドを打ち出すと、エネルギーライフルを叩きこみ数機のアストレイが巻き込まれ倒された。

 

 さらにガンランチャーを連射し、敵機を破壊していく。

 

 「意外と数は多いわね」

 

 スウェンの後を追うようにビームライフルとリニアキャノンを連射する。

 

 その砲火を潜り抜けた者にミサイルを浴びせ撃破していった。

 

 この3機の猛攻にムウ達も気が付く。

 

 「あれは敵のエースか」

 

 「みたいですね」

 

 「このままじゃ被害が増える一方だ。俺達が行くぞ、トール」

 

 「了解です」

 

 2機のガンダムがスウェン達を迎え撃つ。

 

 105ダガ―にムウはガトリング砲を叩き込むが、スウェンはそれを後退してかわすと、同時にビームライフルで迎撃した。

 

 「正確な射撃だな。パイロットはやはりエース級か!!」

 

 浴びせられたビームをシールドで防ぎ、シュベルトゲーベルを袈裟懸けに振り抜く。

 

 スウェンは振り下ろされたシュベルトゲーベルをシールドを構えるが、まともに受け止めるのではない。

 

 そんな事をすれば、他の機体同様にそのまま両断されてしまうだろう。

 

 受け止めた瞬間滑らせるように横に逸らし、シュベルトゲーベルをいなすと下段に構えたビームサーベルを斬り上げる。

 

 「チィ、こいつは」

 

 機体を後退させ、サーベルを回避しアグニを撃ち出すがスウェンは放出された閃光を上空に飛ぶ事で逃れた。

 

 「……やるな」

 

 相手はなかなかの腕であり、さらには機体性能も向うの方が圧倒的に上―――状況はこちらがやや不利か。

 

 冷静に思考し、次の一手を考えながら再び斬りかかってきた敵機をスウェンはシールドを掲げ迎え撃つ。

 

 「少佐!?」

 

 「どこ見てるんだ!!」

 

 「私達を無視しないでよね!!」

 

 トールもシャムス、ミューディーを相手に奮戦する。

 

 バスターダガ―の攻撃を潜り抜けながら、デュエルダガーにサーベルを叩きつける。

 

 しかし敵は斬撃をシールドで逸らすと逆に逆袈裟から斬り返してきた。

 

 「くっ!」

 

 トールは咄嗟に後方に下がりサーベルを回避すると、腰のビームガンで牽制しながら、ビームライフルを叩きこむ。

 

 「結構やるじゃない」

 

 「みたいだな!」

 

 シャムスはミサイルポッドを発射し、撹乱しながらアドヴァンスデュエルの回避先を読んでガンランチャーを発射した。

 

 「くっ、こいつら! 他の連中より強い! だけど俺だってアスト達と訓練を積んで来たんだ! 負けられない!」

 

 トールは思いっきりペダルを踏む込むと後ろにではなく、前に加速する事でガンランチャーを避け、シールドを掲げるとそのままバスターダガーに突っ込んだ。

 

 「うおおおお!」

 

 「何ィィ!?」

 

 咄嗟の事にシャムスは反応できない。

 

 そのままアドヴァンスデュエルのシールドで突き飛ばされたバスターダガーは大きく突き飛ばされ転倒した。

 

 「ぐぅぅ」

 

 「これでぇ!!」

 

 転倒した的にサーベルを振り下す。

 

 しかしデュエルダガーのリニアキャノンの攻撃に晒され、たまらず横へと逃れた。

 

 「ちょっと、しっかりしなさいよ」

 

 「くそがぁ!!」

 

 起き上がったシャムスは屈辱と怒りのままアドヴァンスデュエルを睨みつける。

 

 「調子に乗るなよ!!」

 

 バスターダガーはエネルギーライフルとガンランチャーを構えるとアドヴァンスデュエル目掛けて突進した。

 

 「まあ、やられっ放しもムカつくしね」

 

 シャムスの後を追うようにミューディーもビームサーベルを構え、機体を前進させた。

 

 

 

 

 

 現在の戦況はほぼ互角、いや、同盟軍がやや有利という状況だろうか。

 

 フリーダムを含めた4機が地球軍の新型と交戦し、改修したガンダムもエース級を抑えている。

 

 他は依然としてアストレイ、スルーズによってストライクダガー部隊は阻まれ、艦隊に対しては水中からシラナミが攻撃を仕掛けている。

 

 このままいけば同盟軍は勝てる―――そう思った時、再び脅威は訪れる。

 

 それを初めに確認したのはオーブ軍司令部であった。

 

 各部隊の戦況を随時報告していたオペレーターがそれに気がつき声を張り上げる。

 

 「何かが戦闘宙域に接近してきます。これは―――」

 

 その様子に司令部で指揮をしていたカガリも顔を険しくする。

 

 オペレーターの表情はどう見ても良い報告ではない。

 

 敵の増援だろうか?

 

 「どうした!?」

 

 その報告は想定された中でも最悪に近いものだった。

 

 「ザフト軍です!!」

 

 地球軍の後方からザフトが接近してきたのだ。

 

 疑問はある、だがカガリは訝しみながらも戸惑う事無く指示を飛ばす。

 

 「ザフトの真意がどうあれ、こちらからは手を出すな! ただし警戒は怠らず、様子を見るんだ! 各部隊に打電!!」

 

 「「「了解!」」」

 

 その事実は新型GATシリーズの相手をしていたアスト達にも伝わり、そして相対していた地球軍も気がついていたのだろう。

 

 後方の艦隊は逆方向に砲台を向けている。

 

 「チィ、こいつらしつこい!」

 

 オルガは思わず毒づきながらもスキュラを叩きこみ、その砲撃をひらりと回避しながらキラはクスフィアス・レール砲を撃ち出した。

 

 「ザフト!? こんな時に!?」

 

 キラの声にラクスも困惑ぎみに答える。

 

 「確かにザフトが攻めてくる事も想定してはいましたが―――」

 

 ラクスはフォビドゥンの誘導プラズマ砲『フレスベルグ』を左右に機体を動かす事でかわしながら、機関砲を放つ。

 

 実体弾はゲシュマイディッヒ・パンツァーでは曲げられないが、TP装甲でダメージはない。

 

 しかし衝撃を殺せないのは変わらない筈。

 

 機関砲によって動きを止めたフォビドゥンに蹴りを入れ、吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ、調子に乗ってぇぇ!!」

 

 シャニは激昂するとジャスティスにニーズへグを振りかぶった。

 

 「パナマ攻略からそう時間も経っていないというのに!?」

 

 アラスカでの被害に加え、パナマで勝利したとはいえ損害も出た筈であり、この短期間に戦力を整えたとも思えない。

 

 レイダーの放ったミョルニルを避けながら、レティシアはビーム砲を撃ち込んだ。

 

 「さっさと消えろよぉ! 滅殺!!」

 

 変形を駆使しビーム砲を避けた、レイダーはツォーンを叩きこむがそれもアイテルの盾で防がれてしまう。

 

 「ザフトの狙いは……くそ! エフィム!!」

 

 アストはゼニスの攻撃を受け止めながら、エフィムに叫ぶ。

 

 「やめろ!!」

 

 アストは死んだと思った仲間に必死に呼びかけるが、ゼニスは動きを緩める事無くネイリングを左右から振り抜いてくる。

 

 それをナーゲルリングで捌きながら、声を張り上げた。

 

 「コーディ、ネイ、タァァァ!!」

 

 「くっ、エフィム! 俺だ、アストだ!!」

 

 「あああああ!!」

 

 こちらの事が分からないのか、獣のような叫び声を上げ、イノセントを狙ってビーム砲を叩き込んでくる。

 

 「くそ、一体どうしたんだ?」

 

 戸惑うアストを気にする事無くゼニスは背中の『スヴァローグ』を前に跳ね上げると、イノセントに向け発射した。

 

 凄まじいビームの本流が目の前に迫り、機体を半回転させて、回避する。

 

 「アータルの改良版か!?」

 

 直撃を受ければただでは済まないだろう一撃をやり過ごすとライフルで牽制しながら一旦距離を取った。

 

 レイダーの攻撃を避けながらイノセントの戦い方を見ていたレティシアは様子がおかしい事に気がつく。

 

 何というか彼らしく無く動きが若干鈍い。

 

 「アスト君、 どうしたのですか!?」

 

 「ッ!?……いえ、何でもありません」

 

 冷静になる為にアストは頭を振る。

 

 「……心配かけてどうする。しっかりしろよ、アスト・サガミ」

 

 息を吐くと迫りくるゼニスのビーム砲をすり抜け、ペダルを思いっきり踏み込んだ。

 

 スラスターの出力を上げ、速度が増したイノセントは敵機の懐に飛び込む形で突っ込んでいく。

 

 「死ねぇぇ!」

 

 タイミングを合わせネイリングを振りあげ、サーベルを構えたイノセントを迎え撃つ。

 

 一瞬の交錯―――

 

 すれ違った後、ゼニスの対艦刀は根元から斬り落とされていた。

 

 「な、に」

 

 「ハァ」

 

 息を吐き出し、即座に振り向くとアストは再び敵機へと向かっていく。

 

 「大丈夫みたいですね」

 

 動きの戻ったイノセントに安堵するとレティシアはレイダーと向かい合いながら再び思考する。

 

 このタイミングでのザフト襲撃、その狙いがあるとすれば―――それは一つしか思いつかない。

 

 「……マスドライバー」

 

 彼らが戦力が整う前にリスクを負ってでもオーブを攻める理由はそれだけ。

 

 という事は今地球軍を攻撃している部隊は注意を引くための囮である可能性が高い。

 

 「全員、聞いてください! ザフトの狙いはマスドライバーです!」

 

 レティシアの指摘に全員がハッとその事実に思い至った。

 

 「そうか、今オーブは地球軍に集中しているからその隙に……」

 

 「間違いありませんね」

 

 全員が納得できる理由だった。

 

 「じゃあ、本命は逆方向か!」

 

 「すぐに司令部に連絡を!」

 

 しかし今はどこも手一杯の筈。

 

 さらに前線は地球軍の侵攻を防いでいる。

 

 マスドライバー防衛の戦力を回す余裕などない。

 

 となれば―――

 

 「俺が行く」

 

 アストの提案を理解したキラはすぐに頷いた。

 

 「分かった、こっちは僕達で何とかするから」

 

 一瞬エフィムの事を話すか迷うが、話せばキラも動揺するだろう。

 

 それが命取りになるかもしれない。

 

 結局、何も言う事無く、本土に向かう事に決める。

 

 ゼニスにアクイラ・ビームキャノンを放つと同時に接近する。

 

 ビームの閃光を機体を上昇させて回避した敵機にナーゲルリングを叩きつけた。

 

 「退け! 今は構ってられないんだよ!!」

 

 ナーゲルリングはシールドで防がれたが、体勢は崩した。

 

 その隙にシールドで殴りつけ、吹き飛ばしたゼニスを無視し、本土に向け機体を加速させた。

 

 「後は追わせないぞ!!」

 

 「邪魔だァァァァ!!」

 

 イノセントを追おうとするゼニスにレール砲で吹き飛ばすと、しつこく攻撃を仕掛けてくるカラミティにビームライフルを放った。

 

 「余所見してんじゃねぇぇぇ!!」

 

 こちらを無視してゼニスに向き合うフリーダムに苛立ちながらオルガはスキュラを発射する。

 

 「余裕見せてんじゃねぇよ! これで落ちやがれ!」

 

 「はあああああ!!!」

 

 カラミティのスキュラが迫る中、キラはSEEDを発動させる。

 

 直撃したと思った瞬間、フリーダムはオルガの予想を超えた反応を見せた。

 

 最小限の動きだけで砲撃を回避すると蒼い翼を広げカラミティに突撃してきた。

 

 スピードを落すことなくビームサーベルを引き抜き、袈裟懸けに振り抜く。

 

 その速さにオルガは反応しきれず、機体を後退させ、直撃だけは避けるもバズーカ砲を切断されてしまった。

 

 「くそがァァ!!」

 

 「お前はァァァ!!

 

 それを見ていたゼニスも残ったネイリングでフリーダムに襲いかかる。

 

 繰り出された斬撃を潜り抜けて回避すると、至近距離からレール砲を撃ちこむ。

 

 砲撃はシールドで防がれてしまうが敵機は後方に吹き飛ばされる。

 

 しかしキラの虚を突くように体勢を崩した状態で、再びスヴァローグを構えて撃ち出してきた。

 

 だが今回撃ちだされたのはビームではなく、実体弾だった。

 

 「あの機体、実体弾も撃てるのか!?」

 

 予想外の攻撃にキラは驚愕するも、バレルロールしながら速度を上げ、砲弾を回避する。

 

 しかしゼニスはその間に距離を取って体勢を立て直していた。

 

 ラクスとレティシアはキラの戦闘に驚いていた。先程までとは動きがまるで違う。

 

 「凄いですね」

 

 「ええ」

 

 感心している場合ではない。

 

 こちらもアストが抜けた分気を引き締めなければ。

 

 「行きましょう」

 

 「はい!

 

 2人はキラの援護する為、敵機に向かって行った。

 

 

 

 

 

 背後から迫ってきたザフトが地球軍艦隊に攻撃を仕掛け、グゥルに乗ったジンの攻撃が甲板に突き刺さり、爆発を引き起こした。

 

 当然地球軍も砲撃とミサイルで応戦するがそれをディンが撃ち落とす。

 

 一見すると激しい攻防に見えるが、ザフトの攻撃はどこか本気ではなかった。

 

 レティシアの言う通り、ザフトの本命はマスドライバーだったのである。

 

 マスドライバー攻撃部隊はすでに別方向から接近しており、地球軍を攻撃している部隊はオーブの注意を引くだけで良かったのだ。

 

 ―――ザフトのオーブ襲撃。

 

 それを命じたのは言うまでもなく最高評議会議長パトリック・ザラである。

 

 地球軍のオーブ侵攻を察知したパトリックは即座にマスドライバー破壊を命じた。

 

 いくらパナマを落とそうが、新たにマスドライバーを確保されれば意味がない。

 

 地球軍にマスドライバーを渡す訳にはいかない。同盟軍が勝てれば良いが、物量差を考えるならば奪われる可能性の方が高い。

 

 そうなる前に破壊する方が確実だと判断したのである。

 

 元々オーブに対してザフト不信感は大きいものだった。

 

 理由は言うまでもない―――ヘリオポリスにおける地球軍新型機動兵器の開発。

 

 中立だと言い続けながらも地球軍に与していた裏切り者、それがザフトの、パトリック・ザラの認識であった。

 

 だからこそオーブ攻撃を命じるのに何の躊躇いもなかった。

 

 もちろん反対意見も存在していた。

 

 いくら裏切っていたとはいえ、今だオーブは友好国に変わりなく、しかも多くの同胞達がいる。

 

 そして極めつけはスピットブレイクの目標変更を独断でおこなっていた事でパトリックに対する不信感が高まっていた事もあり、反対意見は最後まで消える事は無かった。

 

 それでもつき従っていたのは急進派の者たちだけである。

 

 ただそれでもこの作戦が実行に移されたのは、拘束されるのを恐れての事。

 

 最近のパトリックは反逆者とみなせば即座に拘束していた。

 

 だからこそ反対を押し通す事が出来ず、オーブ襲撃は可決されたのである。

 

 

 

 

 

 

 釈放されたイザークは丘の上からオーブと地球軍の戦闘を眺めていた。

 

 戦局は同盟軍優勢、あのアークエンジェルも防戦に加わっている。

 

 それを複雑な気持ちで見つめていた。

 

 「……ここで何をしているんだ、俺は?」

 

 さっさとカーペンタリアに行く方法を考えなければいけないのに。

 

 だがどうしても脳裏にアネットやアスト達の姿が浮かび、アークエンジェルの戦いが気にかかったのである。

 

 だがそこで状況は変わる。

 

 コーディネイター故の視力でその機影をとらえた。

 

 「まさか―――ザフトだと!?」

 

 何故ザフトが攻撃を仕掛けるのか疑問が湧くがすぐに理解した。

 

 「マスドライバーか……」

 

 ザフトからすればある意味当然の行動だ。

 

 パナマを落とそうとオーブからマスドライバーが奪われれば意味もないのだから。

 

 「くっ、しかし―――」

 

 昔の自分であれば何の疑問も抱かなかったに違いない。

 

 だが今は違った。

 

 イザークはザフトの目的を理解した瞬間、血が滲むほど強く拳を握りしめていた。

 

 丘からは港が見え、そこに多くの避難民が船に乗ろうと詰めかけている。

 

 当然そこには子供の姿もあった。

 

 ザフトがマスドライバーを破壊しようとすれば、当然この辺りも戦闘に巻き込まれるだろう。

 

 ≪あんたが撃ち落としたシャトルにいたのよぉ!! 私の妹がぁ!!≫

 

 ≪だからお前達は何をしてもいいのか! 誰を殺そうが許されるのか!!≫

 

 イザークは目を閉じ、拳を握りしめながら俯く。

 

 俺は――――

 

 その時、イザークの足元を家族と思われる4人が走っていくのが見えた

 

 「シン、急ぐんだ! オーブが優勢なうちに避難するんだ」

 

 「わかったよ、父さん!」

 

 「マユも頑張って!」

 

 「う、うん」

 

 立ち止まって周囲を見渡す。

 

 「地球軍はまだずいぶん離れてる。まだ大丈夫だ」

 

 父親の言葉に母親も少年も頷くが少女だけは暗い顔だ。

 

 その様子に気がついた兄と思われる少年が励ました。

 

 「マユ、そんな顔するなよ。俺が守ってやるからさ」

 

 「お兄ちゃん」

 

 互いが笑顔で頷くと再び走り出す。

 

 守る。

 

 それはアネットも言っていた。

 

 ≪そっか、あんたも何か守りたいって思ってたんだね。私達と同じだ≫

 

 ≪オーブは私の国で、そして友達とか家族とか守りたい。そのために戦うのよ≫

 

 かつては自分自身もそう考えていた。

 

 プラントを、同胞を守ると。

 

 しかし自身の迂闊な行動の為に不幸になった者がいて、そしてそんな俺を心配してくれた者もいた。

 

 今、その者達が命の危機に晒されているのだ。

 

 「……俺はそれを黙って見ているのか?」

 

 断じて否だ。

 

 それが答えである。

 

 彼女達を死なせたくはない。

 

 そして自分の犯した罪から逃げられるとも思わない。

 

 手の中にある赤いパイロットスーツを見ると共に闘った仲間達の顔や思い出が蘇ってきた。

 

 ディアッカ、ニコル、そしてアスラン。

 

 先に逝った者達。

 

 イザークはそのすべてに別れを告げた。

 

 「すまん。皆、俺は―――」

 

 謝っても意味はない。

 

 裏切りには変わりないのだから。

 

 しかし俺はこの道を選ぶ。

 

 イザークは顔を上げると、赤いパイロットスーツを投げ捨てる。

 

 それはけじめのようなものだった。

 

 そして一気に丘を駆け降り、モルゲンレーテの工場区に走る。

 

 その途中でザフトの部隊が騎士のような形状を持った機体と戦闘している様子が確認できた。

 

 同時に先程までいた場所を振り返ると戦闘している姿も見える。

 

 あの親子は無事だろうか。

 

 ザフトの機体と戦っているのは見た事もない白いモビルスーツ。

 

 その形状はよく知ったもの―――ガンダムだ。

 

 「オーブの機体か?」

 

 いや、今は考えている場合ではない。

 

 地響きが起きる地を踏みしめ、工場の中に飛び込むと作業服を着た者達が動き回り、壊れた機体を運び込んだりしている。

 

 使える機体はないかと視線で探す。

 

 「……デュエルがあれば」

 

 そこに後ろから声が掛けられた。

 

 「……あんた、なんで?」

 

 後ろを振り返るとあの少女、エルザが敵意を籠った視線を向けてくる。

 

 一瞬怯むが、目を逸らす事はせず、エルザを見つめながら、はっきり口にした。

 

 「……俺にモビルスーツを貸せ、いや貸してくれ」

 

 「えっ」

 

 「お前が俺を憎んでいる事は分かっている。許されるとも思っていない。だが、今何もせず見ている事はできない。足つき―――いや、アークエンジェルを助けたい」

 

 その言葉を不審な表情と鋭い視線でこちらを見てくるエルザ。

 

 だがそれは当然の事として受け止める。

 

 「今まで落とそうとしてきたくせに、今度は守りたいなんて虫のいい話ね」

 

 「わかってる。自分がどれだけ都合の良い事を言っているかは、しかし―――」

 

 「……今攻めてきているのは地球軍だけじゃない、ザフトもよ。あんたは撃てるの?  仲間でしょ?」

 

 いざそう言われればはっきり撃てるかわからない。

 

 きっと迷うし、苦しむだろう。

 

 だがそれはザフトに戻っても同じ事なのだ。

 

 だから―――

 

 「……覚悟はしてきた」

 

 そう言ってエルザの目を見つめた。

 

 しばらくそうしていると後ろから別の女性が近づいてくる。

 

 「戦力が増えるのは助かるわね」

 

 「エリカさん」

 

 エリカはイザークを見るとニヤリと笑った。

 

 「こっちについて来なさい。あなたの乗れる機体があるわ」

 

 「エリカさん、本気ですか!?」

 

 「ええ、今は一機でも戦力はあった方がいいからね」 

 

 イザークは一瞬迷うが、そのまま手招きするエリカの後をエルザと一緒にその後を追っていく。

 

 途中でどこかに連絡を入れ、皆でエレベーターに乗り込み、下へ降りる。

 

 その先にあったのは大きな扉があり、その前には一人の女性が立っていた。

 

 「アイラ様、連絡したパイロットです」

 

 「そう、時間も無いし、手早く自己紹介しましょう。私はスカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトです」

 

 「なっ!?」

 

 驚くイザークを無視し、アイラはさらに続ける。

 

 「あなたの事は知っているわ、イザーク・ジュール君。ザフトの兵士である事もね。だから聞くけど本当にいいのね? これからあなたに見せる機体は同盟軍にとって重要な機体なの。これに乗るという事はもう君はザフトには戻れないという事よ。それでも?」

 

 問われるまでもなく、それはとっくに覚悟している。

 

 イザークは迷う事無く頷いた。

 

 その答えにアイラは笑みを浮かべ、扉を開いた。

 

 扉の先にはメタリックグレーの機体が立っている。

 

 その造形はイレイズによく似ていた。

 

 「SOA-X01『スウェア』よ。この機体はスカンジナビア、オーブ次期主力機開発計画の試作機なの」

 

 武装は頭部イーゲルシュテルン、ビームライフル、ビームサーベルといった基本装備と腕部にはビームガトリング、背中にはタスラムの改良型を装備。

 

 この改良型は通常のレールガンだけでなく、散弾砲も発射できるようになっている。

 

 「見ての通り、この機体はイレイズの後継機という事になるわね」

 

 造形が似ているのはそういう事らしい。

 

 「しつこいようだけど、もう一度だけ聞くわ。本当にいいのね?」

 

 「ああ」

 

 そう言うとイザークは渡されたパイロットスーツに着替え機体に乗り込んだ。

 

 するとエルザがコックピットを覗き込んでくる。

 

 「……なんだ?」

 

 「アネットが言ってたわ」

 

 「……あいつが、何を?」

 

 エルザは落ち着くように息を吐く。

 

 「最初のあんたはみんなを見下してる嫌な奴だったって。でも話したら結構いい奴で……エリーゼの事でも苦しんでいるって。戦っていた理由も大切なものを守るためで、許せとは言わないけど、あんたの事も解ってやってほしいと言っていたわ」

 

 あの女がそんな事を。

 

 後で礼くらいは言っておいた方がいいかもしれない。

 

 「でも私はあんたのやった事をきっと許す事はできないと思う」

 

 「……ああ、当然だろう」

 

 大切なものを奪った人間をそう簡単に許せるはずはない。

 

 「……それでもすべてあんた所為にするのはやめようと思う。戦争だものね。……そしてあんたを許す努力をしてみるわ」

 

 エルザの言葉にイザークは俯く。

 

 一言絞り出すのがやっとだった。

 

 「……すまん」

 

 「みんなをお願い」

 

 そう言ってコックピットからエルザが離れると様々な思いが湧いてくる。

 

 だがそんな感傷は後だ。

 

 イザークは息を吐くとコックピットハッチを閉めOSを立ち上げる。

 

 機体が起動すると上の隔壁が開き、同時にペダルを踏み込み叫んだ。

 

 「イザーク・ジュール、『スウェア』出る!!」



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第31話  少女が見た戦場

 

 

 

 地球軍のオーブ侵攻―――その隙を突く形で攻めてきたザフト軍と同盟軍との攻防は激しく続いていた。

 

 そんな中、オーブのマスドライバー施設『カグヤ』を破壊する為、静かに近づいている者達がいる。

 

 ザフト軍特務隊である。

 

 シオン・リーヴスは部隊を率い、シグルドのコックピットでほくそ笑むと作戦を開始する為、同行してきた部隊に指示を飛ばした。

 

 「良し、作戦開始しろ。第一部隊は軍司令部及び軍施設の破壊を、第二部隊はこちらの援護に回れ」

 

 「「了解」」

 

 各部隊の動きを確認するとこちらも目的地に向かって移動を開始する。

 

 彼は最初から今回の作戦に対し何の感情も抱かなかった。

 

 いつものように義務として、ただ命じられた任務を遂行するのみ、それが特務隊しての矜持だからだ。

 

 「くくく、この前の鬱憤をここで晴らしてやる」

 

 マルクはどうやら獲物を逃がした憂さ晴らしが出来ると喜んでいるらしい。

 

 任務に関しては真面目な男だから大丈夫だとは思うが一応釘を刺しておく。

 

 「任務の事も忘れるなよ」

 

 「当たり前だろ」

 

 いらない世話だったようだ。

 

 だが彼にここまでの気合いが入るのも理解できる。

 

 彼らはシグルドの調整の為、パナマ戦に参加できなかった―――しかしその不満を解消するように出撃前、シオン達に朗報が入ってきたのだ。

 

 それはオーブに取り逃がした獲物であるアークエンジェルがいると言うものだった。

 

 あの時の屈辱を晴らす事ができるとなれば、マルクでなくとも気が高ぶるのは当たり前である。

 

「……今度こそ殺してやる、アスト」

 

 高揚感に浸りながら、目標を確認するとその途中に避難しようと港に集まっている連中の姿も見えた。

 

 そして今なお丘を駆け抜けている人影すらある。

 

 その必死さはあまりに無様―――まったくナチュラルというのは見るに堪えない。

 

 まさに地を這う虫だ。

 

 「普段ならあんな虫など、どうでもいいのだが。今日は気分がいい」

 

 もうすぐ取り逃がした獲物を殺れるのだ。

 

 その前の余興として遊んでやるのも悪くない。

 

 シオンはシグルドの腹部に設置されたビーム砲、複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』をそちらに向ける。

 

 「まず狙うは丘を走っている奴からだ―――消えろ」

 

 シグルドの腹部に光が集まり、そして死の閃光が放たれた。

 

 

 

 

 

 それは本当に一瞬の事だった。

 

 港に向かい家族と共に走っていたマユ・アスカを後ろから吹き飛ばす暴風が襲ったのは。

 

 体が浮き、視界は光に包まれ何も見えず、そこで意識を失った。

 

 だが気を失っていたのはわずかな時間だったらしく、顔を上げると周りは木々が吹き飛ばされ自分達が走っていた場所の近くが大きく抉られている。

 

 何かが当たった跡だろう。

 

 だが運はいい。

 

 直接当たった訳では無く、手前の丘が盾になって直撃はしなかったようだ。

 

 体を起こそうとするが、なにか体の上に乗っているため動きにくい。

 

 それでも無理やり体を起こすと上に乗ってたものがずり落ちる。

 

 上に乗っていたのはボロボロになっている兄、シン・アスカの姿だった。

 

 「お兄ちゃん!!」

 

 痛む体で倒れたシンに縋りついた。

 

 マユを庇ったらしい。

 

 そして周りには同じ様にボロボロの姿になった父と母の姿があった。

 

 「お父さん!! お母さん!!」

 

 何が起きた?

 

 なんでこんな事に!?

 

 地球軍は未だこの辺りには来ていない筈―――そんなマユの疑問もすぐに解消される。

 

 何故ならすぐ近くに空を飛ぶ一つ目の巨人がこちらを見ていたからだ。

 

 「……あれがやったの?」

 

 マユは逃げる事もできず、ただ呆然とその機体シグルドを見つめる。

 

 その姿はまさに悪魔そのもの。

 

 その悪魔、シグルドはこちらに向けビームライフルを構えた。

 

 咄嗟にマユは傷ついたシンを守るように覆いかぶさる。

 

 そんな行為に意味はない。

 

 次の瞬間マユの体は家族諸共、跡形も残らず消え去るだろう。

 

 それでも庇わずにはいられなかった。

 

 ビームが放たれるその瞬間、思わず目を閉じる。

 

 

 誰か助けて!!

 

 

 その時、突風が吹いた。

 

 

 マユがゆっくりと目を開くと、何かがこちらを守るように立ちはだかり、その悪魔を吹き飛ばした。

 

 「え、何……」

 

 目の前には、美しい白い機体が佇んでいた。

 

 背中には砲身と閃光を放つ翼のようなものが放出している。

 

 「……天使?」

 

 少なくともマユにはそう見えた。

 

 今の状況を忘れて目の前の機体に見入る。

 

 それだけ衝撃的だった。

 

 マユ・アスカは一生忘れる事はないだろう。

 

 自分達を救ってくれた存在『イノセントガンダム』とそのパイロットの事を。

 

 

 

 マスドライバーに向かっていたアストの視界に入ってきたのは、アラスカで自分達を追い詰めた機体シグルドであった。

 

 そしてさらに見えた。

 

 一つ目の機体が腹部ビーム砲『ヒュドラ』を避難民に向かって放つ瞬間を。

 

 「……あの機体、シオンか!!」

 

 そのままシグルドは躊躇なくビームライフルを丘に向ける。

 

 まさか、無事だった人に向けて撃つつもりなのか?

 

 激しい怒りが全身を駆け抜け、アストは知らず叫びを上げた。

 

 「やめろォォォォォォォ!!!」

 

 脳裏に過去の出来事、そしてエルやエリーゼの姿が浮かぶ。

 

 「撃たせてたまるかァァァァ!!」

 

 アストはペダルを思いっきり踏み込むとスラスター全開にし、機体を加速させた。

 

 何とかシグルドのビームが放たれる直前に駆けつけ、抜き振り払ったビームサーベルで斬りつける。

 

 「何!?」

 

 イノセントの接近に気がついたシグルドは咄嗟に後方に下がる事でビームサーベルを回避した。

 

 だがアストはそれだけに留まらず背中のワイバーンを展開しシグルドに叩きつけた。

 

 「背中に武器だと!?」

 

 予想外の奇襲となったワイバーンの攻撃に虚をつかれたシオンは反応が遅れ、叩きつけられた刃を前にシールドを掲げる。

 

 だが加速のついていたイノセントのビームは防ぐ事が出来ずにシールドごと斬り裂いて行く。

 

 「くそ!」

 

 シオンは斬り裂かれたシールドを投げ捨て、対峙した機体を睨みつけた。

 

 「オーブの新型か?」

 

 アストは目の前のシグルドを警戒しながら、何とか間に合った事に安堵する。

 

 モニターで背後を拡大すると傷ついた少女が不安そうにこちらを見上げ、その周囲には家族と思われる人達が倒れている。

 

 その痛々しい姿に苦いものが込み上げてくる。

 

 すぐにでも助けたいが目の前の敵をどうにかしなければいけない。

 

 「シオン、貴様ァァァ!!」

 

 怒りに任せてシグルドに向けてビームサーベルを叩きつけた。

 

 「お前はまさか、アストか!?」

 

 振り抜かれた斬撃を回避しながらシオンもサーベルを抜いた。

 

 「新しい機体か」

 

 「貴様はこんな事をして!!」

 

 叫びながらシグルドに突進する。攻防を繰り返しながら、その場から遠ざかっていく。

 

 このままの位置で戦っていたら再び避難民の人達を巻き込むことにもなりかねない。

 

 「早く、あの子を助けないと。その為には!!!」

 

 そこにクリスが割り込んでくると、イノセントのサーベルを受け止め、逆に斬り返してくる。

 

 「シオンに手は出させないぞ」

 

 「クリスか、邪魔だ!」

 

 攻撃をシールドを使って弾き、クリスに機体目掛けてライフルを構えるが今度は背後から迫ってきたマルクがビームクロウを叩きつけてくる。

 

 「また変な機体かよ! さっさと落ちやがれ!」

 

 「チッ、三機目か」

 

 機体を逸らしビームクロウを回避すると、振り向き様に蹴りを入れて体勢を崩し、構えていたビームライフルを撃ち込んだ。

 

 正確な一射がシグルドの左足を捉えて貫通するとそのまま脚部を吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「マルク!?」

 

 「このぉ!」

 

 ビームサーベル、ビームクロウを同時に展開したクリスが、イノセントに襲いかかる。しかしサーベルは空を斬り、クロウもシールドで止められてしまう。

 

 そのまま押し込もうとするが、全く動かない。

 

 「動かない!?」

 

 シオンは冷静にイノセントとシグルドの戦闘を観察する。

 

 明らかにおかしい。

 

 誰よりもこの機体の性能を知っているが故に疑問が湧きあがってくる。

 

 核動力を使用している以上、並のモビルスーツでは太刀打ちできる筈はないのだ。

 

 にも関わらずアストが乗っている機体はシグルドと互角以上に戦えている。

 

 そう考えるとあのアラスカで遭遇した機体もそうだった。

 

 シグルドと互角―――そこである推測がシオンの中で浮かびあがってきた。

 

 「まさか、Nジャマーキャンセラーを搭載している……」

 

 そう考えれば辻褄も合う。

 

 Nジャマーキャンセラーはプラントでさえ最近になってようやく実用化したもの。

 

 いかにかの国が高い技術力を誇るとはいえ、オーブが単独でそれを開発したと言うのは流石に考えられない。

 

 となるとどこから情報が漏れたかという事になる訳だが、心当たりは一つしか考えられなかった。

 

 そう、死んだとされていたレティシア達が生きていたのだ。

 

 シオンは怒りで奥歯を噛み締める。

 

 「……見つけ出して殺してやる」

 

 

 まずは予定通りこいつから消し、その後で―――

 

 イノセントと戦っているマルク達に加勢しながら、他のモビルスーツに指示を出す。

 

 「全機、こいつは我々でやる、お前達はマスドライバーを狙え」 

 

 「「「了解!」」」

 

 シオン達の戦いに見入って動きを止めていた他の隊員も動き出すとマルク達にも先程の推測を聞かせた。

 

 「マルク、クリス良く聞け。あの機体にはNジャマーキャンセラーが搭載されている可能性がある」

 

 「何!? いや、なるほどな」

 

 「そう言う事ですか……」

 

 得心がいったとばかりに頷く。どうやら彼らも疑問に思ってはいたらしい。

 

 「詳しい事は後だ。まずこの機体を破壊するぞ」

 

 「「了解!」」

 

 イノセント破壊に動き出す三機のシグルド。

 

 戦闘を避けマスドライバーに行こうとしている味方機を追おうとしている敵機にヒュドラを叩き込んだ。

 

 「マスドライバーには行かせないぞ!」

 

 「くっ、簡単には行かせてくれないか!」

 

 連携を組み攻撃を仕掛けてくるシグルドの攻撃をいなしながら、グゥルに乗ったジンを狙いビームライフルを構えた。

 

 しかしシオン達も特務隊、直前でヒュドラを放って妨害してくる。

 

 「くそ!」

 

 「調子に乗るなよ!」

 

 敵機の攻撃に阻まれマスドライバーに向かった者達を追う事が出来ない。

 

 先行したジンが標に向けて突撃砲を構えた。

 

 「不味い!?」

 

 アストはSEEDを発動する。

 

 「そこをどけェェ―――!!」

 

 マルクの繰り出した斬撃をかわし、シールドで殴りつけた。

 

 「ぐぅ!」

 

 「アストォ!」

 

 味方を援護しようとクリスがサーベルで斬りかかってくるが、機体を上方に回転させワイバーンを展開する。

 

 イノセントを捉える事が出来ず、空振ったシグルドの腕を展開された刃によって一瞬の内に斬り裂いた。

 

 「なっ!?」

 

 腕が宙を舞い、隙が出来たところに背後から膝蹴りを入れる。

 

 「ぐあああ!!」

 

 下方に吹き飛ばされたクリスを無視しマスドライバーに向かう。

 

 だが今度はシオンがヒュドラを放ち進路を塞いだ。

 

 「行かせんぞ!!」

 

 「しつこい!!」

 

 進路上に叩き込まれたビーム砲をバレルロールして回避するが、砲撃によってマスドライバーから距離が離れてしまう。

 

 「無駄な足掻きだ、もう間に合わんさ!」

 

 「シオン!!」

 

 ジンのマスドライバーに対する攻撃が始まろうとしたその時―――別方向からのビームによって突撃砲を持つ腕が破壊された。

 

 「一体誰が!?」

 

 別方向から見た事のない機体が接近してくる。

 

 よく見ればかつて自分の搭乗した機体に良く似ていた。

 

 あれは―――

 

 「……イレイズ? いや……」

 

 イノセントは正確にその機体名をモニターに表示する。

 

 SOA-X01『スウェア』

 

 アストはホッと息を吐いた。

 

 どうやらあの機体のおかげで何とかなったようだ。

 

 味方らしいが、いったい誰が乗っているのかと通信機のスイッチを入れる。

 

 モニターに映ったのは全く予想外の人物、デュエルのパイロット、イザーク・ジュールであった。

 

 「……お前が、何故?」

 

 「言いたい事はあるだろうが今は目の前の事に集中しろ」

 

 イザークの事は気になるが言ってる事に間違いはない。

 

 アストはしばらく黙っていたが一言だけ問いかけた。

 

 「……いいのか、それで?」

 

 その意味は先程アイラが問いかけてきた事と同じもの。

 

 相手はザフトだ、それでも戦えるのか、そういう意味。

 

 「……ああ。信じられんのも無理はないがな」

 

 「わかった。その機体を託されたという事は大丈夫なんだろう」

 

 イノセントはシグルドと向き合い、その背にスウェアがつく。

 

 いわゆる背中合わせだ。

 

 「じゃ、お前にはマスドライバーを守ってほしい。俺はあいつらをやる」

 

 「見た事のない新型か。おそらく特務隊―――わかった、それから俺の名前はイザークだ!」

 

 「そうか。それじゃこっちも、アスト・サガミだ。そっちは任せるぞ、イザーク!」

 

 「ああ、いくぞ、アスト!」

 

 互いの相手に向かい突撃した。

 

 イザークはスウェアの性能を確かめるため思いっきりペダルを踏むと機体は一気に加速し、ジンに肉薄する。

 

 「これは……デュエル以上だ!」

 

 新しい機体の性能に満足しながら、腰のビームサーベルを抜いてジンを斬りつけた。

 

 マスドライバーを狙っていた突撃砲を容易く破壊し同時にシールドで突き飛ばすとジンはグゥルから落ちていく。

 

 「下がれ!」

 

 こうなると分かってはいたが―――やるせない気分になる。

 

 戦う前に決意し、覚悟もした。

 

 それでも簡単に割り切れるものではない。

 

 そんな迷いを首を振って追い出すと、次の敵に向かう。

 

 ジンがマスドライバーを狙いミサイルを発射する。

 

 「やらせん!」

 

 その先に回り込むと両腕に装備されたビームガトリングを構えた。

 

 普段は収納されているガトリング砲がせり出され、ミサイルを狙い発射される。

 

 ビームガトリングから発射されたビームによってミサイルはハチの巣にされ爆散した。

 

 「くそ、なんだあの機体は!?」

 

 「これでは攻撃が当たらんぞ!」

 

 「なんとしても突破するんだ! ザフトの為に!!」

 

 スウェアに突撃するジン達をイノセントと戦いながらシオンは観察する。

 

 「……あれでは駄目だな」

 

 どうやらあの新型もかなりの性能を持っているらしい。

 

 とはいえこちら側にも援護に行けるほどの余裕がある訳ではない。

 

 第一部隊も騎士を思わせる機体によって阻まれているようだ。

 

 向うは優勢のようだが、もうすぐ時間切れ。

 

 そして忌々しい話だが、こちらは防戦一方だ。

 

 「このぉ!!」

 

 「落ちろ!!」

 

 マルクとクリスの二人が左右から挟み込むようにビームクロウでイノセントに襲いかかる。

 

 しかしイノセントの反応はシオン達の予想を超えていた。

 

 シールドを捨て両腕のナーゲルリングを構えると左右同時にビームクロウを受けとめる。

 

 「これでやれると思うな!」

 

 アストは機体を回転させ受け止めた刃を流すように弾くと、その勢いのままビームサーベルでビームクロウごと左腕を斬り落とす。

 

 「マルク!?」

 

 マルクを助けようとクリスはビームクロウを再度振りかぶった。

 

 「今度こそ落とす! 我々特務隊が貴様などに負けるはずはない!」

 

 ヒュドラで誘導しながらの一撃がイノセントを捉える。

 

 「うおおおお!」

 

 殺ったとクリスがそう確信した瞬間―――シグルドの腕は宙を舞っていた。

 

 見えなかった。イノセントが何をしたのかまったく解らなかった。

 

 「アストォォ!!」

 

 「くそ野郎が!!」

 

 シオンのシグルドが両手にビームサーベルを持って突進し、そしてマルクも援護の為にヒュドラを撃ちこんだ。

 

 しかしそれさえもアストには遅すぎる。

 

 「そんなんじゃ当たらない!」

 

 ヒュドラをあっさり回避し、ワイバーンでシグルドの頭部を破壊すると突っ込んできたシオンをビームサーベルとナーゲルリングで迎え撃つ。

 

 「機体が変わったくらいで!!!」

 

 それだけでここまで追い詰められるなど認められない!

 

 本来はこちらの方がすべてにおいて勝っているのだ!

 

 あんな奴に―――

 

 「我々が負けるものかぁ!!」

 

 シオンはビームサーベルを振り下ろした。

 

 しかし敵機は振り下ろされるサーベルの軌跡を見極め、ナーゲルリングで弾き返した。

 

 「シオン、終わりだ!」

 

 「ふざけるな!!」

 

 シオンはすかさずもう片方のサーベルを叩きつける。

 

 「これでぇ!」

 

 しかしサーベルが届く事はなく、イノセントのビームサーベルによって返り討ちに遭い逆にシグルドの腕が斬り裂かれてしまった。

 

 「何故だ! 何故負ける!?」

 

 一瞬呆然としたシオンを尻目にイノセントは頭突きでシグルドの体勢を崩し、スラスターを吹かせ加速する。

 

 そして互いが交差する瞬間にイノセントのワイバーンがシグルドの両足を切断した。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「シオン!」

 

 何とか墜落だけは避けたが完全に形勢不利、武装も消耗し、機体の損傷も激しい。

 

 このままではアストを討ち果たす事も出来ず、挙句マスドライバー破壊の任務も失敗、特務隊としてこれほどの恥はない。

 

 しかし施設破壊を任された部隊も結構な損害を被り、マスドライバーの方も未だ敵の新型に阻まれ攻撃を仕掛ける事も出来ておらず、残りの機体数も限られている。

 

 施設の方はともかくマスドライバー破壊任務だけは絶対に完遂しなくてはならない。

 

 「……マルク、時間を稼ぐぞ。クリスはその間にマスドライバーを潰すんだ。ただし無理はせずいつでも撤退できるようにしておけ」

 

 「私の機体は両腕が破壊されています」

 

 「武装はヒュドラがあれば十分だろう。撤退に見せかけてマスドライバーに接近しろ。特務隊である以上は任務達成するは当然の事。そのためにあらゆる手段は問わん」

 

 「……了解」

 

 シオンとマルクがイノセントを引きつけるためヒュドラを使い牽制するとその間にクリスが撤退の振りをして戦線から離れた。

 

 「クリスが離れた、撤退か?」

 

 アストが訝しむように呟く。

 

 「いや、違う」

 

 クリスは出会った頃からコーディネイターである事に絶対の自信と誇りを持っていた。

 

 普段こそ物静かではあったが、内には激情を秘めていた。

 

 そんなアイツがここまでやられ、何もせずに撤退するなどあり得ないだろう。

 

 「目的はマスドライバーか」

 

 おそらくイザークに阻まれ焦れてきたってところだろう。

 

 追い込まれている以上は焦るのも当然ではある。

 

 「しかし、だからって行かせるなんて、できないだろ!!」

 

 シオン達を振り切ろうとするが、今度は適度に距離を取り攻撃してくる。

 

 「時間稼ぎか!」

 

 「マルク、意地でも行かせるな!」

 

 「分かってるよ!」

 

 残った腕でビームライフルを発射しながらイノセントをここに釘付けする。

 

 それはまさに特務隊の意地だった。

 

 クリスがマスドライバーの傍までたどり着くと新型を相手に苦戦しているジン達がいた。

 

 残っているのは三機だけで、マスドライバーには損傷を与えられていない。

 

 「……役立たず共が」

 

 クリスは心の中で吐き捨てると、通信を入れる。

 

 「無事ですか?」

 

 「申し訳ありません。未だ取りつく事も出来ません」

 

 「仕方ありません。僕の機体も酷くやられたましたから。それでも僕は特務隊であり、貴方達はその傘下にある。特務隊はなにがあろうと任務を完遂しなければいけません。貴方達はその覚悟がありますか?」

 

 「もちろんです!」

 

 「最後まで戦いますよ!」

 

 クリスはニヤリと笑う。

 

 「……それでは遠慮はいらないですね―――2機はギリギリまであの敵機に接近して、その間にもう1機はマスドライバーに突っ込んでください」

 

 「しかし、それではあの機体にやられてしまうだけでは?」

 

 「我々の目的はマスドライバーの破壊です―――後は言わなくても分かりますね?」

 

 モニターに映る少年の冷淡な表情に3人のパイロット達は黙り込んでしまう。

 

 もう彼らに選択肢など残っていなかった。

 

 「……わ、分かりました」

 

 「そうですよ、すべてはザフトの為にね」

 

 3機が別れ、一機がマスドライバーに、残った機体はスウェアに突っ込んでいく。それを見たイザークは不審に眉を顰めた。

 

 「どういうつもりだ?」

 

 2機は無視して、マスドライバー向った敵を優先するのは当たり前の事。

 

 「何かの作戦か」

 

 駆けつけてきた新型が気になるがアストとの戦いで両腕を失っている状態だ。

 

 あれでは戦闘に参加はできないだろう。

 

 ただ徐々に距離を詰めてきているのが気になる。

 

 なんであれ―――

 

 「今そこに行かせる訳にはいかん!」

 

 突っ込んで来た2機を無視し、背中のタスラム改を放った。

 

 放たれたのは散弾砲。

 

 無数の小さな弾がジンに直撃し、武装や腕など致命的な損傷を受けた。

 

 もう機体を動かす事もできない、後は落ちていくだけだと判断する。

 

 そして突撃してきた2機に向きなおり、迎え撃つ。

 

 しかしこれがクリスが狙っていた事だった。

 

 「まあギリギリですかね」

 

 ターゲットをロックすると残った武装であるヒュドラをスウェアを引き離す為に発射した。

 

 「今ですよ!」

 

 「くっ……ザフトの為に!!」

 

 ボロボロになったジンは残ったスラスターを噴射させ、マスドライバーの近くで爆散する。

 

 近くにいたスウェアを巻き込み、吹き飛ばした。

 

 「何ッ!? 自爆だと!?」

 

 これが狙いだったのか!?

 

 さらに残ったジンがマスドライバーに向けて突撃していく。

 

 「くそ!」

 

 ビームライフルで背後からジンを狙いトリガーに指を掛ける。

 

 しかしもう1機がこちらに向けて突撃してくるとそのままスウェアに組みつく。

 

 「やめろ、無駄死にする気か!」

 

 「すべてはザフトの……プラントに為だ!!」

 

 自爆しようとしたジンを蹴りを入れるが、直前で起きた爆発によってさらにマスドライバーから距離を離されてしまう。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「見事ですね。それでこそザフトの兵士です」

 

 爆発の衝撃から体勢を立て直し、シグルドからの砲撃を避けながら睨みつけたイザークは声を荒げる。

 

 「貴様、わざと味方を煽って!」

 

 「人聞きの悪い。それに僕はきちんと聞きましたよ。ちゃんと任務完遂の覚悟はあるかって。だから本望でしょう」

 

 「おのれェェ!!」

 

 突撃したジンは再びマスドライバーを巻き込み爆発を引き起こす。

 

 だが損傷を与えたものの、その被害は大したものではない。

 

 「それでもあの程度ですか」

 

 それを見ていたイザークは怒りに震える。

 

 味方をなんの躊躇いもなく、爆弾代りに使うとは!

 

 「貴様ァァァァ!!!」

 

 ビームサーベルを抜き突っ込んでいく。

 

 そんなスウェアの攻撃を後退してかわすと、シグルドは反転した。

 

 「この損傷でこれ以上の戦闘は厳しいですから、今は引かせてもらいますよ」

 

 イザークは退いて行くシグルドを追うが、クリスはヒュドラを海面に撃ち込むと大きな水柱が上げ、それに紛れて撤退した。

 

 「くそ、逃げられた」

 

 それをしばらく見つめていたが、すぐに操縦桿を殴りつけた。

 

 「あれがザフトの、いや特務隊のやる事なのか……」

 

 今まではザフト軍のトップガンであり、尊敬すべき目標であるとそう考えていた。

 

 イザーク自身の憧れもあった。しかし今は違う。

 

 「許せん、あの機体のパイロットは」

 

 イザークは機体を翻すと、イノセントの方に移動し始めた。

 

 爆発によって崩れていくマスドライバーの姿を見たシオンはニヤリと笑う。

 

 「シオン、クリスの奴がやったようだぜ」

 

 「よし、撤退する。第一部隊も撤退しろ」

 

 「了解!」

 

 2機の引き際は実に鮮やかだった。

 

 牽制しながら即座に反転、徐々に離れていく2機を見つめる。

 

 追撃したい気持ちもあったが、今優先すべきは―――

 

 「急がないと!」

 

 アストはイノセントをあの少女がいた場所へと向けた。

 

 少女は未だその場で呆然と座り込んでいた。

 

 歯を食いしばり近くに降り立つとコックピットから出た。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「……え、あ、あの」

 

 少女の方は大丈夫そうだ。

 

 しかし周りの人たちは不味いかも知れない。

 

 特に少年は頭部から血が出ている。

 

 「不味いな、急いで運ばないと。君、イノセントで運ぶからこっちに来て」

 

 「……えっと」

 

 「早く!」

 

 「は、はい」

 

 少女の手を引き、コックピットに乗せるとそこにイザークのスウェアが到着した。

 

 「……アスト、どうした?」

 

 「イザーク、手伝ってくれ。重傷者だ!」

 

 「わかった」

 

 重傷者の人達をイノセント、スウェアの手に乗せ運ぶ。

 

 少女のコックピットの中でじっと黙っていた。

 

 やはり家族が気になるのだろう。

 

 それにあれだけの戦闘を目撃したのだから、ショックも大きい筈だ。

 

 声を掛けようとした時、そういえば彼女の名前を聞いていなかった事を思い出す。

 

 「君の名前は?」

 

 「え、あ、マユです。マユ・アスカ」

 

 「そうか。俺の名前はアスト・サガミだ」

 

 「はい」

 

 何か言おうと口を開きかけるがやめた。

 

 今は一刻も早く運び込むのが優先。

 

 そのまま何も言う事無く、重傷者を近くの病院に運び込んだ。

 

 

 

 

 マスドライバーに損傷を与えると同時に攻撃を仕掛けていたザフト軍は撤退した。

 

 当然その情報は地球軍にも伝わっている。

 

 「な、マスドライバーが損傷を受けた!?」

 

 アズラエルにとって計算外どころではない。

 

 この戦闘の意味すら失っただけでなく、戦力も大分消耗してしまった。

 

 これ以上の戦闘はビクトリア奪還作戦にも影響が出かねない。

 

 「撤退すべきでは?」

 

 確かに艦長の言う通りであり―――それにそろそろあいつらも限界の筈なのだ。

 

 アズラエルの危惧通り4機の新型機はパイロット、機体共に限界に達しつつあった。

 

 「くそぉ!」

 

 カラミティの放ったビームを蒼い翼を広げてかわすフリーダム。

 

 その鮮やかさすら感じる姿にさらに苛立つ。

 

 苛立ちを吐き出すようにスキュラと同時に背中のビーム砲シュラークを撃ちこんだ。

 

 しかしそれは掠める事無く、逆に接近してきたフリーダムの一撃でシュラークを斬り裂かれてしまう。

 

 「ぐぅ」

 

 それを見ていたクロトが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

 「情けないなぁ、オルガ」

 

 「なんだと!」

 

 「もう撤退した方がいいんじゃない?」

 

 そうクロトがオルガを挑発していた時だった。

 

 アイテルのビーム砲が水面に当たり、水柱が立つとクロトの視界を遮り同時にレティシアはグラムを構え、レイダーに突っ込んだ。

 

 「はあああああ!!」

 

 「なにぃ!?」

 

 反応が遅れたクロトはミョルニルを一刀両断され、ビーム砲で足を撃ち抜かれた。

 

 「チィ」

 

 「なんだよ、撤退した方がいいのはお前じゃねえか!」

 

 「なんだと!!」

 

 それをシャニは冷めた目で見ると、呟く。

 

 「2人共、同じだし」

 

 ジャスティスのビームを逸らしながら、フレスベルグを発射した。

 

 それをラクスは上昇してかわすと、今度は後ろからゼニスのネイリングが迫る。

 

 「まだです!」

 

 リフターを分離させてネイリングを回避し、同時にビームブーメランをゼニスに投擲した。

 

 投げつけたブーメランはシールドで防せがれるが体勢を崩したそこにビームサーベルで斬りかかる。

 

 しかしゼニスは再びスヴァローグを構えビームを発射する。

 

 体勢を崩していたため回避はたやすいが、それでも驚異的な威力を前に警戒して距離を取った。

 

 ―――その時だった。

 

 4機の様子が変わったのは。

 

 コックピットに居るパイロット達は一様に苦しみ出す。

 

 「ぐあああああ!」

 

 「くそぉぉぉ!  ああああ!」

 

 「あああ、ああ、ああ」

 

 「グォォォ、コ―ディ、ネイ、ググ!」

 

 限界時間だった。

 

 薬物による強化をおこなっている彼らはその効果が切れた時、耐えがたい禁断症状に襲われるのだ。

 

 この状態になれば戦闘どころではない。

 

 「くそぉぉぉ、クロトォォォ!」

 

 オルガの声に合わせるようにレイダーがカラミティを掴むと、ゼニス、フォビドゥンと共に撤退していく。

 

 「撤退していく?」

 

 「そのようですね」

 

 「……アスト君は大丈夫でしょうか」

 

 「アストなら大丈夫ですよ」

 

 撤退してくる4機を見たアズラエルはさっさと指示を出す。

 

 「艦長さん、撤退しますよ。これ以上は無意味ですから」

 

 アズラエルは屈辱を押し殺して、冷静な表情を作る。

 

 しかし内心は怒りで気が狂いそうだった。

 

 「……オーブめぇ!」

 

 必ず潰す。

 

 必ずだ。

 

 「……信号弾撃て。全軍撤退する」

 

 「了解」

 

 旗艦より信号弾が発射され、全機のストライクダガ―が下がって行く。

 

 「チィ、こいつらまだ殺してないのによ」

 

 「ま、命令じゃあね」

 

 「……撤退する」

 

 同じく信号を確認したスウェン達も引き上げていく。

 

 引き上げていく敵部隊の様子にムウやトールもようやく一息ついた。

 

 「やっと撤退ですかね」

 

 「油断するなよ。まだ分からん」

 

 「了解です」

 

 敵の撤退は軍司令部でも確認できた。

 

 「地球軍艦隊撤退していきます」

 

 その報告を聞いたカガリは即座に指示を出す。

 

 「油断はするな。まだ完全に退いたとは限らない。被害状況は?」

 

 「市街地、軍関連の施設共に被害が出ています」

 

 「現在確認中ですが、ザフト軍の攻撃で民間人の一部に重傷者がでた模様」

 

 「マスドライバー損傷あり。被害自体は軽微ですが、しばらくは使用できないかと」

 

 当然のことだが無傷とはいかないが、それでもこの程度で済んだのは事前準備のおかげだろう。

 

 カガリは気を抜くことなく、指示を出し続けた。

 

 

 

 結局この後、地球軍の攻撃が再開される事はなくそしてザフト軍の攻撃もなかった。

 

 

 

 誰もが想像しなかった結果を残し、後の歴史に『オーブ戦役』と呼ばれる事になる戦いは幕を下ろした。



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第32話  戦禍の痕

 

 

 オーブと地球軍、そしてザフト軍まで加わったオーブ戦役と呼ばれた戦いが終結してからすでに5日が経過していた。

 

 あれだけの激しい戦闘でありながら、被害が軽微で済んだのは軍が奮戦してくれたおかげだろう。

 

 会議室でウズミを含めたオーブ首脳陣とアイラを中心としたスカンジナビアそして赤道連合の閣僚達が集まり報告と会議を行っていた。

 

 もちろんその中にはカガリもいる。

 

 何故自分がここにいるのか疑問を抱かない訳ではないが、アイラいわく「今後の勉強のために」との事。

 

 折角アイラが用意してくれた場だ。

 

 学ぶためにも、話をしっかり聞かなくてはならない。

 

 「今回の戦闘による被害は予測されていたものより遥かに軽微でした」

 

 「ですがマスドライバーは損傷を受け、修復、点検を含め一か月は使えません」

 

 「アメノミハシラ、ヴァルハラ共にその程度の日数なら問題ありません。コペルニクスと交渉もしていますし」

 

 「ええ、そちらは良いでしょう。しかし次も同じような攻撃を受ければ今回のようにいくとは限りますまい」

 

 「それもしばらくは大丈夫でしょう」

 

 アイラの言葉に皆が耳を傾ける。

 

 「地球軍は現在ビクトリア奪還作戦を進めておりますから、そちらを優先するはず。仮にビクトリアを取り戻したとしても、オーブ再攻略に乗り出す可能性は低い」

 

 「何故です?」

 

 「地球軍は各地にあるザフトの基地攻略を最優先にするはずです。同時に宇宙も放置はできません。隙を作ればそこからザフトに手酷い反撃を受けるでしょうから。何より今回の侵攻により同盟軍の力を知った。簡単には攻め落とす事も出来ず、戦略的な意味合いも少ない。アラスカの件から地球軍の評判は良くありません。これ以上のリスクは冒さないでしょう。攻めてくるとしたらプラントとの戦争終結後です」

 

 「うむ、それも確実にとはいえませんがな」

 

 「もちろん、そちらの備えも準備させています。しかし、問題はプラントでしょう。今回の件で開戦状態となった訳ですが情報が少なすぎます」

 

 「何度か交渉を呼びかけましたがすべて無視されました」

 

 これも頭の痛い問題だった。

 

 地球軍の方は各国が進んで参加している訳ではなく、無理やりという国も多くある。

 

 しかも今回の戦いでオーブに無理やり侵攻した事で、各国の信頼をさらに失ってしまった。

 

 引き換え中立同盟はスカンジナビアを中心として外交をおこない、密かに交流を続けている。

 

 そしてユーラシアはアラスカの件もあってか、大西洋連邦とはかなり険悪である。

 

 地球軍は一枚岩ではない、そこにつけいる隙があるという事だ。

 

 しかしプラントは違う。

 

 完全にこちらを無視しているのだ。

 

 「プラントの事は大洋州連合の方に接触をしてみますが……」

 

 「望み薄ですか」

 

 「ええ……」

 

 流石に何の情報もないというのは厳しい。

 

 いつまたザフトが攻めてくるかもわからないのだ。

 

 そのための対策が必要だろう。

 

 「では、この件私に任せてもらえませんか?」

 

 「アイラ様、なにかお考えが?」

 

 「考えというほどではありませんよ」

 

 「うむ、ではそちらはお任せしましょう」

 

 「わかりました」

 

 アイラがそう言うと次の議題へと移っていく。

 

 そして会議が終盤に差し掛かろうという時、アイラがカガリに声をかけてきた。

 

 「そういえば、カガリ」

 

 突然自分の名前をよばれたカガリはびくっと体を震わせる。

 

 何故ここで私が呼ばれるんだ?

 

 「今から話す議題はあなたにも関係がありますから、良く聞いておくこと。そして後でその事に関する話もありますから、別室にくるように」

 

 「は、はい」

 

 何をするつもりなのかとカガリは内心不安になりながら、会議の推移を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 今回のオーブ戦役による一般人への被害は少なかった。

 

 しかし少ないとはいえ、完全に被害が出なかった訳ではない。

 

 戦いの被害者の一人であるマユ・アスカは、オーブ戦役終了後もずっと病院内で寝泊まりしている。

 

 未だ家族は集中治療室から出られない状態で、とてもではないが他の者達のようにこれからの事など考えられなかった。

 

 毎日が気が気ではなく、食事もほとんど喉を通らず、夜も眠れない。

 

 唯一の救いは自分を救ってくれたパイロット、アスト・サガミが毎日会いに来てくれた事だろう。

 

 誰かと話をしていれば気がまぎれるし、その時だけ嬉しい気分になれた。

 

 そんな日が何日か続き、ようやく家族に関する話を担当医から聞かされる事になる。

 

 しかしそこで告げられた事実はさらに残酷なものだった。

 

 診察室に呼び出されたマユが椅子に座る。

 

 「……マユさん、こんな事を君に告げるのは心苦しいのですが」

 

 ドクターが辛そうにマユを見ている。

 

 それだけで良い知らせではない事は解ったが、ずっと聞かないでいる事はできない。

 

 マユは深呼吸すると、話の続きを待つ。

 

 「……まず最初に全員命は取り留めました」

 

 「本当ですか!!」

 

 「ええ」

 

 生きている!

 

 それだけで十分だ。だがドクターの顔は暗いまま、気まずそうにカルテを見ている。

 

 「……なにかあるんですか?」

 

 「お父様、お母様ですが、遷延性意識障害です」

 

 「それって……」

 

 「治療は試みますが、おそらく意識が戻る事はもう……」

 

 マユはショックのあまり脱力した。

 

 もう意識が戻らない。

 

 それはもう死んだと同じ事、そんな―――

 

 「そしてお兄様ですが……」

 

 「……はい」

 

 「先程も言いましたが命は取り止めました。しかし未だに危険な状態であり、現状維持が精一杯な状況です」

 

 「じゃあ、お兄ちゃんも……」

 

 「いえ、彼の場合は違います。確かに頭部に傷を負っていましたので、多少記憶の混乱はあるかもしれませんが、彼の場合は体の怪我の方が問題なのです」

 

 マユは何も言葉にできず、どうすればいいのかも解らない。

 

 13歳の少女には過酷すぎる現実を前に、泣く事もできずに呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 イノセントの調整を終えたアストは憂鬱な表情で考え込んでいた。

 

 考えていた内容は戦場で助けた少女マユ・アスカの事である。

 

 最近毎日時間が出来れば彼女の下を訪れていた。

 

 今、彼女を一人にはできない。

 

 アストも昔の経験で知っているからだ。

 

 大事な人達を失う辛さを。

 

 そして今回彼女の家族に起こった事はすでに病院から聞いていた。

 

 それを聞いた彼女も塞ぎ込んでいる。

 

 元気づけてやりたいが、どうすればいいのか―――

 

 「アスト、 どうしたの?」

 

 「キラか」

 

 同じくフリーダムの調整を行っていたキラが寄ってきた。

 

 1人で悩んでいても仕方ない。

 

 ここは相談してみた方がいいだろう。

 

 「実は―――」

 

 戦場で助けた女の子の事を話すが、あまり明るい話ではない。

 

 聞き終えたキラの表情は予想通りに暗くなった。

 

 「……そっか」

 

 「ああ、とりあえずこれから会いに行くつもりだけど」

 

 「う~ん、じゃその前にラクス達にも相談してみたらどうかな。僕達だけで考えるよりはいいと思う」

 

 「そうだな」

 

 ラクス達は訓練が終わった頃を見計らい、キラと一緒に歩き出す。

 

 「そういえば、イザークとちゃんと話したのか?」

 

 「うん、あれから色々話はしてるよ」

 

 オーブ戦役が終結した後、スウェアに搭乗していたイザークとキラは当然顔を合わせる事になった。

 

 「どうして君が僕達の味方をするんだ?」

 

 鋭い視線でイザークを見る。

 

 「……ストライクのパイロットか。俺は犯した罪から逃げる気はない。責任は果たす。そのために俺はあの機体に乗った」

 

 イザークの言葉を聞きじっと見つめていたキラは感情のこもらない声で言った。

 

 「その言葉信じていいんだね?」

 

 「ああ」

 

 「もし君がその言葉を覆したなら―――」

 

 「その時は俺を殺せばいい」

 

 その言葉を聞きキラは顔を伏せる。

 

 今までの事で葛藤もあるからそう簡単に割り切れないだろう。

 

 「……僕もたくさんの君の仲間を殺してきた。その僕が君を責める権利がない事も分かってる。でも、これだけは忘れないで欲しい。あの戦いで幼い命が失われたって事だけは」

 

 「……忘れる事などできるものか」

 

 「なら僕が言う事は何もない。いや、これから一緒に戦うなら自己紹介しないと、キラ・ヤマト、よろしく」

 

 そう言ってキラは手を差し出す。

 

 イザークは迷う事無くその手を握った。

 

 「イザーク・ジュールだ」

 

 あれ以来キラは普通にイザークと話しているのを見かける。

 

 アストもイザークに対するわだかまりのようなものがなかった訳ではない。

 

 しかしキラとの会話を聞いた後はアストもけじめをつける事にした。

 

 それからはアストもイザークに声をかけているし、アネットやマードックとも話しているようだ。

 

 なんであれ、少しずつ馴染んでいるのは良い事だろう。

 

 そうしてシミュレーターの近くまで来るとラクスとレティシアの二人の姿を見つける。

 

 「ラクス、レティシアさん」

 

 「キラ、アスト、二人もどうしたのですか?」

 

 「少し相談があるんだ」

 

 顔を見合わせる二人に事情を説明する。

 

 聞き終えた後の顔はキラと同じく暗い。

 

 「そんな事が……」

 

 彼女も父親を亡くしているため、マユの気持ちがよくわかるのだろう。

 

 「俺はこれから彼女の所に行こうと思っているんだけど―――」

 

 するとラクスは真剣な顔で言った。

 

 「では私達も一緒に行ってもかまいませんか? 話したい事もありますし」

 

 「話したい事?」

 

 「ええ、ご両親のことはさすがに難しいですが、お兄様の方はなんとかなるかも知れません」

 

 「本当か!?」

 

 「ええ、確実に大丈夫とは言えませんが……」

 

 ラクスの言葉に難しい顔をしているレティシア。

 

 その表情からその考えが簡単でないことは明らかだった。

 

 「ラクス、本気ですか?」

 

 「ええ」

 

 「なにか問題なのか?」

 

 「……そうですね、まずマユさんの所に行きませんか? 詳しくはそこで話しましょう。こういう時、一人じゃない事が救いだったって言ったのはあなたでしたし」

 

 そういえば以前にそんな事をレティシアと話したんだった。

 

 「じゃあ僕も行くよ」

 

 どうやらキラにも気を使わせたらしい。

 

 でも丁度良い。

 

 「キラ、少し頼みがあるんだが……」

 

 「何?」

 

 頼みごとを伝えるとキラは快く頷いた。

 

 これで少しは元気になってくれれば良いとそんな事を考えながら病院に向かった。

 

 

 

 

 

 マユは病室で横たわる両親の姿を見つめていた。

 

 ようやく集中治療室から出てきた両親は目を開くことなく静かに眠っている。

 

 兄のシンの方は未だに治療中らしく、様子を見る事さえ敵わない。

 

 眠り続ける両親を見て実感する。

 

 もう起き上がる事もなく、声を出す事もない。

 

 そう考えると今までの思い出が蘇り、より一層悲しくなる。

 

 気が付くとマユの目から一筋の涙が零れ落ちていた。

 

 「……泣いては駄目」

 

 何度も目元をこすり、涙を拭くが止まらない。

 

 そこにコンコンとノックが響いた。

 

 「アストだが、入っても大丈夫だろうか?」

 

 「ア、アストさん!? ちょっと待って下さい!」

 

 目元をもう一度拭き、窓ガラスに映った自分の姿を見た。

 

 こんな姿は見せられない。

 

 きっと心配してしまう。

 

 アストにはいっぱい助けてもらったのだ。

 

 これ以上迷惑はかけられない。

 

 深呼吸し、もう一度目元を拭くと涙は零れなかった。

 

 そして無理やり笑顔を作ると「どうぞ!」と返事をした。

 

 「失礼します」

 

 入ってきたアストが驚いたようにマユのそばに駆けよってくる。

 

 どうしたのだろうか?

 

 もう一度よく窓ガラスに映った自分を見てみると、目が赤くなって涙のあとが残っていた。

 

 「どうしたんだ!? 何か―――」

 

 「え、えっと、その」

 

 そこでベットの様子に気がついたようだ。

 

 外から見えないようにカーテンで仕切ってたため、気がつかなかったらしい。

 

 「そうか、ご両親は出てこられたんだな」

 

 「……はい」

 

 マユは再び俯いた。

 

 彼の前だからと気を張っていたが、再び視界が涙で歪んでくる。

 

 そんな彼女をアストは静かに抱きよせた。

 

 「ア、アストさん!?」

 

 「ご両親の事は聞いた。無理する事はない、泣きたい時は泣けばいい」

 

 そんな事言われたら、我慢していたのに。

 

 マユが必死に堪えていたものが、溢れだす。

 

 アストの服にしがみついて泣きだしてしまう。

 

 「う、うう、お父さん達は、もう目を、覚まさないって、それでぇ、ううう、うああ!!」

 

 何も言う事無くマユの背中を撫で続けた。

 

 しばらく泣いていたマユが落ち着いてアストから離れた。

 

 「す、すいません」

 

 「別に気にしていない。それより今日は紹介したい人達がいるんだ」

 

 アストの声に反応して、外で待っていたらしい人達が入ってくる。

 

 今まで泣いていたのでかなり気まずいのだが、入ってきた人達は気にした様子もない。

 

 マユは入ってきた3人を見た。

 

 軍服を着ているという事は軍人なのだろう。

 

 1人はアストと同じ服を着た優しげな男の人、後の2人は目を引くほどの美人でアスト達とは違う服を着ている。

 

 「えっと」

 

 「突然申し訳ありません。まず自己紹介から、私はラクス・クラインといいます」

 

 「レティシア・ルティエンスです。よろしくお願いします」

 

 「僕はキラ・ヤマトです」

 

 「は、はい。マユ・アスカ、です」

 

 困惑するマユにラクスが優しげに微笑む。

 

 なんというか癒される笑顔だった。

 

 「みんな、俺の仲間なんだ。こんな時だし、1人でも知り合いがいた方がいいと思ってね」

 

 どうやらアストが気を使ってくれたらしい。

 

 確かに彼以外に知り合いはいないし、ほとんど話もしなかった。

 

 それが余計に塞ぎ込む原因になっていたのだろう。

 

 ラクスが穏やかな笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

 「マユさん、よければ私達とお友達になってくれませんか?」

 

 「え、私とですか!?」

 

 「駄目でしょうか」

 

 「そんな事ありません! よ、よろしくお願いします!」

 

 笑顔で答えるマユにアストは持ってきていた箱を渡す。

 

 「あの、これは?」

 

 「開けてみてくれ」

 

 箱の蓋を開けるとそこに鳥を模したペットロボットが入っていた。

 

 手にとってスイッチを入れると翼を広げ動き出し、マユの肩に止まった。

 

 「わあ! これって」

 

 「トリィっていうんだ。えっと、僕の昔の……知り合いが作ってくれたものなんだ。マユちゃんにあげるよ」

 

 「大切なものなんじゃ……」

 

 キラは一瞬複雑そうな表情を浮かべる。

 

 アスランの事を思い出しているのかもしれない。

 

 しかしすぐに複雑そうな顔を正すと、笑顔で答えた。

 

 「気にしないで、君に持っていてほしい。ただ大切にしてね」

 

 「はい、ありがとうございます!!」

 

 肩のトリィを見ながら嬉しそうに笑うマユ。

 

 家族の件で塞ぎ込んでいた彼女もこれで少しは元気になってくれれば良い。

 

 そうしてみんなで話をし、その中でマユも楽しそうに笑っていた。

 

 それだけでもキラ達を連れてきたのは正解だった。

 

 特にトリィの事は気にいったらしく、何度も手に乗せて眺めていた。

 

 話が一区切りついたところで笑顔だったラクスが真剣な表情になるとマユに向き合い話を切り出す。

 

 「マユさん、お兄さんの事ですけど」

 

 「あ、はい」

 

 先程言っていた話だろう。

 

 しかしレティシアは未だ難しい顔をしたままであり、もしかするとよほど危険な手段なのかもしれない。

 

 「プラントの医療技術ならお兄さんを助けられるかもしれません」

 

 プラント!?

 

 確かにプラントの技術は確かにオーブよりも格段に進んでいる。

 

 ラクスやレティシアはプラントに住んでいたため、その技術の高さをよく知っていて当然だ。

 

 それなら重症である彼女の兄を助ける事はできるかもしれない。

 

 だが―――

 

 「ほ、本当ですか!?」

 

 「はい、ただいくつか問題があるのです」

 

 「ええ、ラクスの言う通りプラントならおそらく助けられる。しかし、現在ザフトと同盟軍は敵対関係になっています。いわば今は戦争中なのです。ですからマスドライバーの修復が終わっても、プラントに行く方法がありません」

 

 レティシアの指摘した通り、行く方法もなく、行けたとしても今の状況でプラントに行くなど自殺行為に等しい。

 

 「……そうですか」

 

 マユは再び落ち込んでしまう。

 

 だがラクスも落ち込ませる為にこんな事を言った訳ではない。

 

 「でも、全く方法がない訳でもありません」

 

 「えっ」

 

 「コペルニクスはオーブなどと同じ中立都市で、プラントとも交流があります。ここで、その、クライン派の人とコンタクトを取ればプラントへ入国の手引きをしてもらえるかもしれません」

 

 レティシアが難しい顔をしている訳が分かった。

 

 クライン派というのがどういう組織か知らないが、そんなものと接触すればラクスの生存がバレ、再び狙われる事になりかねない。

 

 「それにこれは独断にて出来る事でもないのです。私達はあくまで同盟軍の軍人ですから」

 

 「……はい」

 

 「期待させるような事を言って申し訳ありません。……でも私の方からもアイラ様にお話してみます」

 

 「なんでそこまで?」

 

 「私も父を亡くしていますから」

 

 ラクスの言葉にハッとマユが顔を上げる。

 

 その時の顔は優しそうであり、同時に悲しそうだった。

 

 「……ありがとうございます、ラクスさん」

 

 しかしそう簡単にはいかないだろう。

 

 これは国を巻き込むことになるのだから。

 

 マユとの話を終えると、全員でアイラの所に訪れる。

 

 通された部屋には連日の会議で疲れた顔でため息をつくアイラとカガリがいた。

 

 彼女もまたやや疲れた顔をしているのは気のせいだろうか。

 

 「どうしたのかしら? まあ、こっちも用事があったからちょうど良かったけどね。レティシア、あなたに話があったのよ」

 

 「私にですか?」

 

 「ええ、まあそれは後でいいわ。先にそちらの話を聞きましょうか」

 

 「はい」

 

 ラクスが語り出す。戦火に巻き込まれた一人の少女の話を。

 

 「……つまりそのマユという子の家族を救いたいと?」

 

 「はい」

 

 話を聞き終えたアイラは、険しい顔で見つめてくる。

 

 やはりそう簡単に良しと言える話ではない。

 

 「言っておくけれど今回被害を受けたのは彼女だけではないわ。もちろん彼女の家族が負った被害が償えないほど重い事は認めるし、戦争の責任は私達にあるのも確かです。出来る事はしましょう。しかしその提案はリスクが高すぎる」

 

 「……分かっています。しかしアイラ様―――」

 

 「と言いたいところだけど、条件付きで認めてもいいわ」

 

 「えっ?」

 

 ラクスが気がついたようにアイラを見る。

 

 「先ほどレティシアにしようとした話に関係があるのですね」

 

 「そう。みんなも知っている通り、現在同盟軍とザフト軍は敵対関係にある。かなり前からそうだけどプラントとは交流がない状態で、情報が全く入ってこないの。そこでレティシアにどうにかプラントに潜入してもらって情報を集めてもらおうと思っていたのよ」

 

 「なるほど、それで条件というのはなんでしょうか?」

 

 「今の話を聞いて、クライン派と接触するというのは悪くないアイディアだと思うわ。内側から手引きしてもらった方が潜入しやすい。ただ、クライン派にラクスが接触するのは駄目よ。あなたが接触すれば必ずクライン派の旗頭に据えられる。つまりラクスは動かないこと」

 

 ラクスの事が露見すれば現在の最高評議会が黙っていないだろう。

 

 必ず抹殺に動く筈だ。

 

 「それから、脱出経路も確保しないといけない。これについてはこちらでも考えてはいるけど安全に、確実に脱出できる訳ではないのよ」

 

 しばらく考えていたレティシアであったがすぐに真っ直ぐアイラを見た。

 

 「アイラ様、私にやらせてください。危険は承知の上です」

 

 「……わかったわ。潜入の人選は―――」

 

 「俺も行きます」

 

 アストが志願したのが意外だったのか、全員が驚いた。

 

 「何故君が?」

 

 「もちろんマユちゃんの事もありますけど、プラントも一度見ておきたいんですよ。それにレティシアさんだけでは心配ですから」

 

 「アスト君」

 

 レティシアが嬉しそうに頬を緩めた。

 

 それを見たラクスやアイラが微笑ましそうに見つめているのに気がついてすぐに顔を引き締めるが、皆の視線は中々逸れてくれない。

 

 ゴホンと咳を一度すると話を戻した。

 

 「と、とにかく、詳細は後ほど、報告書にまとめておきますので」

 

 「そうね、どの道マスドライバーが使えるようになるまで一ケ月は必要になるわ。それまで計画を練り、準備を進めましょう」

 

 「了解です」

 

 そういえば先ほどから黙っているカガリは何でここにいるのだろうか。その視線に気がついたのか、カガリは気まずそうに顔をそむけた。

 

 「ああ、先に言っておくけどカガリも宇宙に上がる事になると思うからよろしくね」

 

 「え、カガリが?」

 

 「……ああ、宇宙で軍の指揮を担当する事になった。といってもあくまでオーブ軍のだがな」

 

 同盟軍とはいえオーブ、スカンジナビア軍が統括されている訳ではない。

 

 話し合いは続いているし、連携強化も図られている。

 

 だがそれが整う前に宇宙で戦闘が起こる可能性が高い。

 

 そこで事前に宇宙での戦闘による混乱など起きないように訓練を行う事になったのである。

 

 今回のオーブ戦役のデータはかなり役立つだろう。

 

 カガリはそこで指揮を執っていた経験を買われ、宇宙に行く事になったのだ。

 

 もちろん彼女だけが行く訳ではなく、補佐として何人かついて行く予定ではあるが。

 

 「とにかく、そういう事だ」

 

 「そんなに緊張しないで、カガリ」

 

 「……それは無理です、お姉さま」

 

 「勉強のつもりでいいのよ。今回は演習なのだから」

 

 「……はい」

 

 カガリは自信がないのか、表情は硬いままだ。

 

 「どうしたの、カガリらしくないじゃないか?」

 

 「……別に、その、私にそんな大役が務まるのかと思っただけだ。それに……」

 

 「それに?」

 

 「結局この前の戦いでも何もできず、戦いの前だってあんなに取り乱して、自分が情けない」

 

 どうやらカガリなりに考えていたらしい。

 

 「カガリ」

 

 「なんだよ、アスト」

 

 「お前にはお前にしかできない事があるはずだ。今回の演習もその内の一つだろ」

 

 「それは……」

 

 「悔やむ前にまずお前ができる事から始めてみろ。できない事があれば誰かに頼れ。それは恥ずかしい事じゃない」

 

 カガリはしばらく考え込んでいたが、顔を上げると頷いた。

 

 「……そうだな。すまない」

 

 どうやら少しは吹っ切れたらしい。

 

 その顔はいつもの彼女に戻っていた。

 

 

 

 

 

 ザフト軍カーペンタリア基地。

 

 その作戦室の一室に特務隊3人の姿があった。

 

 「くっそぉぉ!!」

 

 マルクは怒りに任せ近くの椅子を蹴り上げる。

 

 蹴られた椅子が机にぶつかり、派手に音を立てて散乱する。

 

 いつもならばシオンやクリスが止めに入るところだが何も言わず、それどころか彼らもまた怒りを堪え、拳を握りしめていた。

 

 「どういう事だよ、なんでNジャマーキャンセラーの情報が漏れてんだよ!!」

 

 「……どうもこうもない。情報を漏らした奴がいるというだけだ」

 

 「それって……」

 

 「思い当たる節など一つしかない」

 

 「なるほど、彼女達ですね」

 

 クリスの一言でマルクも気がついたらしい。

 

 ラクス・クライン、そしてレティシア・ルティエンス、彼女達しかいない。

 

 そう気がついた瞬間、マルクは今までの苛立ちが嘘だったようにいきなり笑いだした。

 

 「アハ、アハハハハ! そうか、そうだったのかぁ! 生きてたのかよレティシアァ!! ハハハハ!」

 

 最高の気分というのはこういう事を言うのだろう。

 

 あの女が生きているのだ。

 

 しかも裏切って。

 

 「……今度こそ俺の女にしてやる」

 

 あの体を好きに出来る、それを思い描くだけでも興奮してくるというものだ。

 

 「マルク、気持は分かるが落ち着け」

 

 「ああ、わかってるよ」

 

 「ではシオン、我々はどうするんですか?」

 

 「まずはザラ議長に報告し、その後は本国に帰還する事になる」

 

 シオンの方針にマルクは明らかに不満そうにしている。

 

 彼としては今すぐにでもオーブに向かいたいのだろう。

 

 クリスにしてもアストにやられっ放しというのは納得できない様子だ。

 

 気持ちは理解できるが、自分達は特務隊であり、任務が優先すべき。

 

 だからこそ―――

 

 「……ここは堪えろ。それにシグルドのデータを持ち帰り、機体を完成させなければならない」

 

 「チィ、まあ確かにこのままじゃあの白い機体に勝てないしな」

 

 「ええ、今度こそ倒しますよ。必ずね」

 

 それについては異論はない。

 

 今度こそ奴を、アスト・サガミを殺すのだ。

 

 「……このままで済むと思うなよ、アスト」

 

 シオンは憎しみを込めて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブで会議が行われてからさらに5日後、地球軍はビクトリアに侵攻し、これを陥落させた。

 

 すでに戦闘を終えて各機体の残骸が転がり、勝者である地球軍の兵士達が敵機の残骸を探索し生き残った者たちがいないか探している。

 

 しかしそれは助けるためではない。

 

 生きている者がいれば確実に殺す為であった。

 

 崩れ落ちたジンのコックピットで生き残った敵兵を見つけた地球軍の兵士は、躊躇う事無く撃ち殺していく。

 

 そんな中を一台の車が走っていた。

 

 車に乗っていたのは一人の将校、ウィリアム・サザーランドとスーツを着た男ムルタ・アズラエルであった。

 

 「流石ですよ。お見事でしたサザーランド大佐」

 

 「いえ、ストライクダガーは良い出来ですよ。アズラエル様がオーブで敗戦されたのは、予期せぬ機体の所為でしょう」

 

 「……とんでもない国だよオーブは。ああ、スカンジナビアもだね」

 

 正直あの機体を使って負けるとは思ってもいなかった。

 

 各量産機もそうだが、特にあの4機の性能は破格の物。

 

 そしてあれだけの戦闘をしたにも関わらずパワーダウンの兆候もない。

 

 あの機体は―――

 

 「もしかしてあの機体、核エネルギーを使ってるのかもしれない」

 

 「なんですと!?」

 

 「確証はないけどね」

 

 「その機体の方はよろしいので?」

 

 もし本当に核エネルギーを使用しているのならば是が非でも手に入れる必要がある。

 

 しかしアズラエルは余裕を崩すことなく笑みを浮かべた。

 

 「ああ、それはこっちでどうにかするよ。あてがあるんだ」

 

 「了解しました」

 

 それにどうせ今は同盟軍攻撃には踏み切れない。

 

 前回の戦闘で同盟軍の力を見た連中はみんな揃って及び腰である。

 

 侵攻前の強気な態度は消え失せ、敵対する気がないなら放置すべきという意見が大半を占めていた。

 

 これを動かすのは流石に面倒である。

 

 しかも結果が伴わなかったオーブ侵攻を強行したのがアズラエル自身なだけに、今回もという訳にはいかなかったのだ。

 

 「では同盟の方は?」

 

 「今すぐにでも消えて貰いたいけど、それは後。まず先約があるだろう。そっちを終わらせなきゃ」

 

 マスドライバーを見上げるとそれだけでサザーランドは意図を察したのだろう。

 

 異論は挟まなかった。

 

 アズラエルはシャトルに乗り込むと端末に映像を映す。

 

 そこに映っていたのは偵察機に撮らせていたもの。

 

 マスドライバーで白い機体と戦うザフトの3機のモビルスーツ。

 

 その機体は徐々に損傷を受け最後には撤退していく。

 

 だがアズラエルの興味はそんなところにはない。

 

 重要なのはその3機もまた最後までパワーダウンの様子もなく戦っている事だ。

 

 「つまりこのザフト機も同じ」

 

 核エネルギーを使っている可能性があるのだ。

 

 そしてザフトならいくらでも情報は手に入る。

 

 すでにこの件はクロードに命じてあり、後は知らせが来るのを待つだけ。

 

 こちらはただ準備を進めておけばよい。

 

 アズラエルは機嫌良く、地球を見下ろしていた。

 

 その時を楽しみにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 スカンジナビアの軍事ステーション、『ヴァルハラ』のドックには2隻の艦が停泊していた。

 

 1隻はアークエンジェルに似た白い戦艦。

 

 そしてもう1つは一回り小さく鋭利な形のシンプルな形の戦艦。

 

 スカンジナビア所属の戦艦『オーディン』と『ヘイムダル』である。

 

 それをヴァルハラ内部から見上げていた女性に1人の青年が駆け寄ってくる。

 

 「アルミラ中佐!」

 

 「……ヨハン、今度は何の用だ?」

 

 テレサ・アルミラ中佐は不機嫌そうにヨハン・レフティ少佐を睨んだ。

 

 今ようやくオーディンの慣熟航行が終わったばかり、さらにヘイムダルに至ってはまだ調整段階の筈である。

 

 「そんな不機嫌そうな顔しないで下さいよ、中佐。アイラ様から連絡が入ってます」

 

 「……直接か?」

 

 「え、ええ」

 

 間違いなく、厄介な事だ。

 

 彼女が直接言ってくるなんて間違いない。

 

 「あの~中佐?」

 

 「分かってる、今行く」

 

 無視する訳にもいくまい。

 

 テレサは憂鬱な気分で通信室に向かった。

 

 そして彼女の予想通り、要件は厄介事であった。




マユ・アスカ、彼女は13歳にしました。
彼女はほとんどオリキャラになります。



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第33話  プラント潜入

 

 

 

 

 

 

 

 アスト達はアークエンジェルに乗り込み、再び宇宙へと飛び立とうとしていた。

 

 オーブのマスドライバーの修復も終わり、本土防衛軍の再編も落ち着いた。

 

 これからは宇宙が戦いの主戦場になる。

 

 それに備えてこれから宇宙での演習が行われる事になり、アークエンジェルも演習に参加するために宇宙に向かう事になったのである。

 

 「各ブロックの機密チェックは厳に!」

 

 マリューの指示に従い、全員が忙しなく動いていく。

 

 フレイは手元を見ながらマリューに問いかけた。

 

 「艦長、私達も演習に参加すると聞きましたけど」

 

 「ええ、そういう事になるわね」

 

 アークエンジェルは数少ない激戦を潜り抜けた艦である。

 

 宇宙での戦闘経験も多い。

 

 今回の演習でも注目される事になるだろう。

 

 「その後はどうなるんですか?」

 

 「まだ未定よ……もしかするとアスト君達を迎えに行く事になるかもしれないわね」

 

 「アスト達は大丈夫なんですか?」

 

 サイの指摘に皆不安げな表情になった。

 

 彼らの任務はプラントに潜入する事、流石に敵の中に潜入するとなれば心配にもなる。

 

 「…そうね、詳しい事は聞いていないけど、レティシアさんが一緒に行くようだし、大丈夫よ。それより無駄話はここまで」

 

 「「はい」」

 

 とはいえマリューも気にならない訳ではない。

 

 潜入する事になった者は万が一の時に備え、この一ケ月間生身の訓練も行った。

 

 キラやトールといった面々も参加し、銃やナイフの使い方などを学んでいた。

 

 だが一ケ月でそう簡単に成果が出るとも思えない。

 

 やらないよりはマシといったところだ。

 

 「艦長、準備完了しました!」

 

 マリューは思案を打ち切ると合図を出す。

 

 「……アークエンジェル発進!!」

 

 「了解!」

 

 ノイマンが返事をすると同時にアークエンジェルが発進すると重力を振り切ってそのまま宇宙へと上がって行った。

 

 向かう先はオーブの軍事ステーションであるアメノミハシラである。

 

 ここで大規模演習は行われる事になる。

 

 

 

 

 

 大気圏を抜け、宇宙に出たアークエンジェルの展望室から地球を見下ろしている少女がいた。

 

 肩にトリィを乗せ、外を見るその瞳は酷く悲しげである。

 

 「マユ、ここにいたのか」

 

 「アストさん」

 

 外の景色を見ていた少女マユ・アスカはアストの声に振り返る。

 

 そこには先ほどまでの悲しみはない。

 

 むしろ強い決意が瞳に宿っている。

 

 「もうすぐアメノミハシラに着く。準備は?」

 

 「大丈夫です」

 

 「よし、では行こう。レティシア達も待っている」

 

 「はい!」

 

 2人は展望室を後にすると格納庫に移動してする。

 

 アストはマユに気がつかれないようそっと様子を窺った。

 

 どうしてこうなったのか―――いや、これで良かったのか。

 

 未だに納得できない部分もある。

 

 この少女を危険に巻き込み、挙句これから一緒にプラントに潜入するなんて、やはり間違っているのではないだろうか。

 

 「アストさん、どうしました?」

 

 「いや……」

 

 気まずい雰囲気を振り払うため、アストは彼女に再び問いかける。

 

 「……本当にいいのか?」

 

 「はい、私の選んだ事です」

 

 もう何度も繰り返した問答で、彼女の答えは変わらない。

 

 事の起こりは彼女の兄を治療するため、そして情報収集の為にプラントに行く事を彼女に話したのが始まりだ。

 

 それを聞いた彼女は自分も行くと言い出したのだ。

 

 兄の事が心配で仕方ないのは分かる。

 

 しかし当然了承する事などできない。

 

 みんなで「危険だ」と言って止めたのだが、頑として譲らなかった。

 

 そこでレティシアが条件を出した。

 

 アストの為に組まれた訓練メニューを一ケ月間、マユも共に受ける事。

 

 そしてついてこれなくなった時点でプラントに行く事はあきらめるという条件である。

 

 彼女はその条件を迷う事なく了承。

 

 その時から厳しく、そして対等に接するため、マユの呼び方を変える事になった。

 

 正直かなりきつい訓練であったが、それでもマユは弱音を吐く事はなく、最後までついてきた。

 

 結果、彼女もプラントに同行する事を許可されたのだ。

 

 「……マユ、もしなにかあっても無理するな。俺が守る」

 

 アストははっきりと告げた。

 

 何度言った言葉だろう。

 

 そう言いながらも、守れなかった命も多い。

 

 それでもこの子は死なせない。

 

 それはレティシアも同じだろう。

 

 彼女はマユの訓練に熱を入れていた。

 

 それは何があってもいいようにという彼女の配慮であり、それだけ心配だったに違いない。

 

 「はい、ありがとうございます、アストさん」

 

 その言葉を聞いたマユは少し頬を赤く染めて笑顔で頷いた。

 

 エレベーターを降り、格納庫に入ると、そこではレティシアが待っていた。

 

 「来ましたね」

 

 「すいません、お待たせしました」

 

 そばにはキラやラクス、トール達もいる。

 

 見送りに来たらしい。

 

 「アスト、気をつけてね。マユも」

 

 「ああ」

 

 「はい」

 

 「私も共に行きたかったのですが……」

 

 「ラクスさんはここにいてください。大丈夫です、必ず戻りますから」

 

 「ええ、待っています」

 

 トールも努めて明るく振舞って、アストの肩を叩く。

 

 「こっちの事は心配しなくていいからさ。アークエンジェルは演習に参加するだけだし」

 

 「調子に乗るな、トール。スカンジナビアのパイロット達もいい腕してるぞ。舐めてたら痛い目に遭うぞ」

 

 「わ、わかってますよ、少佐」

 

 調子に乗るトールとそれを諌めるムウ。

 

 相変わらずの光景にホッとすると同時に頭の隅に追いやっていた事実を思い出してしまう。

 

 ―――エフィム・ブロワ

 

 本当なら彼もここにいる筈だった。

 

 それがあんな機体に乗って―――

 

 すでに彼とあの機体の事はみんなに話してある。

 

 キラもムウも驚いていたが、一番ショックを受けていたのは間違いなくトールだ。

 

 終始なにか考え込んでいたようだし、「今度は俺が話す」とそう言っていた。

 

 しかしあのエフィムはどこかおかしかった。

 

 こちらの事も分かっていなかったようだし。

 

 そんな風に考え込んでいると、横から医療カプセルに入ったマユの兄である少年がシャトルに運び込まれていく。

 

 カプセルを運び込んだのを確認し、レティシアがアスト達を見て頷いた。

 

 「行きましょう、二人共、早く乗ってください」

 

 「はい」

 

 「じゃ、キラ、ラクス、トール、少佐、後を頼みます」

 

 「うん」

 

 「気をつけてな」

 

 「行ってきます!」

 

 レティシア、マユとシャトルに乗り込むと席には先に座っている人物がいた。

 

 「待たせたな、イザーク」

 

 そこにいたのは名実共に同盟軍所属となったイザーク・ジュールだ。

 

 今回の潜入にはプラントに詳しい人間が必要という事で彼にも白羽の矢が立った。

 

 アスト達の参加した訓練も軍人であったイザークが直接指導してくれたのだ。

 

 「別に……」

 

 イザークは腕を組み、不機嫌そうに答える。

 

 しかしアストやレティシアは気にする事なく席に着いた。

 

 彼の不機嫌顔はいつもの事だからだ。

 

 だがマユはそう取らなかったのだろう。

 

 青い顔でイザークに近づくと勢いよく頭を下げた。

 

 「す、すいません! 遅くなってしまいました!!」

 

 その様子に流石のイザークも慌てたように取り繕う。

 

 「い、いや、俺は怒っている訳ではなくてだな……」

 

 「で、でも」

 

 「いいから、座れ」

 

 「……はい」

 

 マユは落ち込んだようにアストのそばに座った。

 

 「……不器用な奴だな」

 

 苦笑しながらアストはマユに小声で囁いた。

 

 「マユ、イザークは怒っていないぞ」

 

 「え」

 

 レティシアもくすくす笑いながら小さな声でフォローした。

 

 「あれでもあなたの事を気遣っているのですよ」

 

 マユがイザークを見ると変わらず不機嫌そうにも見えるが、こちらをチラチラ窺っていた。

 

 イザークなりに気にしているらしい。

 

 それに気がついたマユは笑みを浮かべる。

 

 「では行きましょうか」

 

 「はい!」

 

 アークエンジェルより四人を乗せたシャトルが発進した。

 

 

 

 

 プラントのある執務室でアスランはそわそわしながらソファーの上に座っていた。

 

 何度か深呼吸し、落ち着こうとするが上手くいかない。

 

 ここまで緊張するのにはもちろん訳がある。

 

 ここは『宇宙の守護者』と呼ばれた英雄、エドガー・ブランデルの執務室なのだ。

 

 アスランはイレイズとの戦いで負った傷を癒すためにプラントに帰国し、しばらく治療に専念してようやく退院できた。

 

 その後、ユリウスとの約束通りエドガーの元を訪れたのだ。

 

 あっさり執務室に通されたまでは良かったのだが、これから会うのは誰もが知っている英雄である。

 

 そう考えれば緊張するというもの。

 

 そんな事など知る由もなく、エドガーが部屋に入ってきた。直立不動で立ち上がり、敬礼する。

 

 「失礼しています。クルーゼ隊、アスラン・ザラです!」

 

 そんなカチコチに固まったアスランにエドガーは苦笑しながら手で制した。

 

 「そんな畏まらないでくれ、アスラン・ザラ。今日はあくまで私的な場なのだから」

 

 「は、はい」

 

 エドガーが反対側に座るのを見て、アスランもソファーに腰かける。

 

 「さて、まずは私の自己紹介からかな。エドガー・ブランデルだ。初めまして」

 

 「はい」

 

 握手を交わし、話を始める。

 

 そうしている内に緊張も解れたのか、スムーズに今までの出来事、前線で見たもの、ユリウスから聞いた事。

 

 そして迷っている事を話す事ができた。

 

 「なるほどな」

 

 「ユリウス隊長から聞きました。ブランデル隊長ならばプラントの裏側を教えていただけると」

 

 「ああ、確かに知っている。だがそれを聞く覚悟が君にあるかな?」

 

 「……お願いします!」

 

 このままでは前に進む事もできない。

 

 以前のように盲目的に軍の命令に従っていく事は出来なくなってしまった。

 

 だからこそすべてを知り、答えを出さなくてはいけない。

 

 手の中の石を握るとそれだけであの伝道所での出来事が蘇る。

 

 アスランには責任があるのだ。

 

 「……わかった」

 

 エドガーは手にした端末を操作し、データを呼び出しそれを見せてくれた。

 

 そのデータを読み取ったアスランは驚愕のあまり立ち上がる。

 

 「なんですか、これは!」

 

 表示されていたのはNジャマーキャンセラーのデータ。

 

 それを搭載し、核動力で動く新型のモビルスーツの資料だった。

 

 しかもその内の1機には自分が搭乗する事になっている。

 

 ZGMF-FX002 『ジュラメント』

 

 この機体はイージスと同じく可変機構を持ち、モビルアーマー形態に変形でき、高い機動性を誇る機体のようだ。

 

 武装はビームライフルなどの基本装備にバックパックの両端にプラズマ収束ビーム砲。

 

 さらに先端にはビームキャノン、イージスと同じく両手両足にビームソードを装備。

 

 変形しても両翼にあるビームウイングを展開する事で接近戦にも対応できる。

 

 これがアスランの新たな力だった。

 

 これならばイレイズに―――アスト・サガミに勝てるかもしれない。

 

 しかし―――

 

 「……何故、何故こんなものを!」

 

 「落ち着きたまえ、アスラン」

 

 その言葉に我に返ると、気まずそうにソファーに座った。

 

 「……申し訳ありません」

 

 「気にする事はない。君の立場なら当たり前だ」

 

 核はユニウスセブンを破壊し、母の命を奪った力である。

 

 アスランが動揺するのも無理はない。

 

 「だが、残念な事にこれだけではないんだ……これは極秘のデータだ。口外しないように」

 

 そう言ってエドガーが見せたデータはアスランをさらに動揺させた。

 

 「あ、ああ、これは……」

 

 アスランが見たのはとある兵器のデータだった。

 

 『ジェネシス』

 

 ザフトの最終兵器である、ガンマ線レーザー砲。

 

 こんな物が地球に放たれれば、どうなるか、想像もしたくない。

 

 「これを君の父上が建造している」

 

 「ち、父上がこんなものまで……」

 

 脱力しソファーに座り込んだ。

 

 覚悟はしていたがこれほどの事実とは思っていなかった。

 

 呆然としていたアスランは徐々に決意に満ちた顔つきになる。

 

 「無茶な事はやめたまえ」

 

 その言葉にハッと顔を上げるとエドガーが厳しい顔でこちらを見据える。

 

 「君が考えている事は分かる。止めようと思っているのだろう」

 

 当然の事だ。

 

 あれが放たれるという事は地球にいるあの少女セレネや子供たちも巻き込まれる事になる。

 

 それだけはさせない。

 

 たとえ、命を捨てる事になっても。

 

 「……そんな事をすれば殺されるだけだ」

 

 「それでも、俺は―――」

 

 家族だ。

 

 父上を止めなくてはいけない義務がある。

 

 「それは君の自己満足だよ。なんの解決にもならない。仮に上手くいっても、その先はどうするんだ? 君はただでは済まない。その上戦争はまだ続く」

 

 「……」

 

 「何より君のような若者こそ、この先の未来には必要だ。無駄死にはさせられない」

 

 その言葉にアスランは黙って俯いた。

 

 「……では、どうしたら?」

 

 黙って見ている事は出来ないというのに。

 

 「ではお父上の本心を聞いてみてはどうかな?」

 

 「えっ」

 

 「いきなり過激な方法を選ぶのではなく、まずは話をしてみるといい。 君らは親子だろう?」

 

 確かに。

 

 まずは真意を確認しなくてはいけない。

 

 「とはいえ今の君を一人で会わせる訳にはいかないな。私も行こう」

 

 「ブランデル隊長、しかし……」

 

 「邪魔はしないさ。それに私も別件で呼び出されていてね」

 

 エドガーは立ち上がるとアスランを伴い外に出ると車に乗り込み、国防委員会本部を目指す。

 

 シートに座ったアスランはもう1つ気になっていた事を聞いた。

 

 「……ユリウス隊長がもし俺がまだ戦う道を選ぶなら自分達と来いと言っていました。どういう意味でしょうか?」

 

 「……話してもいいが、それは後だ。まずお父上と話をしてからの方がいい」

 

 「分かりました」

 

 車を本部の傍につけると2人で降りると本部の中に入り、パトリックがいるであろう部屋へと通された。

 

 普通ならこんなに簡単ではない。

 

 もっと入念なチェックと手続きが必要になる。

 

 エドガー・ブランデルがそれだけ信用されているという事だろう。

 

 「失礼します」

 

 入室すると、忙しなく作業を進めるパトリックの姿があった。

 

 こちらの姿を確認すると手を止める。

 

 しかしその視線は厳しく、まるで罪人を見るような目だった。

 

 「……ブランデル、何故アスランがいる? 呼び出したのは貴様だけのはずだが?」

 

 「いえ、ちょうどご子息とお会いしましてね。久しぶりにお話してはどうかと思いまして」

 

 「余計な事だ。まあいい、それより貴様に聞きたい事がある」

 

 「何でしょう」

 

 パトリックは鋭い視線をエドガーに向ける。

 

 それはプラントの英雄に向ける視線ではなく、明らかに敵意が籠っていた。

 

 「……貴様、何をしようとしている?」

 

 「何のことでしょう?」

 

 「とぼけるな!!」

 

 パトリックの怒号が飛ぶ。

 

 しかしエドガーはアスランでさえ竦み上がるほどの声だというのに平然としている。

 

 「最近プラントを退去する者たちが増えてきた」

 

 プラントからの退去?

 

 戦争中だから共考えられるが、しかし退去してどこへ行こうというのか。

 

 「ふん、逃げ出した者たちなど本来はどうでもいい事だ! だが不自然なほど数が多く、しかもどこに行ったのか全くつかめない!」

 

 「それが私と何の関係があるのですか?」

 

 「知らんとでも思っているのか! 貴様に従う者達『ブランデル派』だったな、プラントから退去した者たちが最後に接触したのは貴様の手の者だという事は分かっているのだ!」

 

 その指摘にため息をつくと首を振った。

 

 「私は知りませんね」

 

 「貴様ぁ!」

 

 「お話は以上ですか? ならアスラン、君が話すといい」

 

 「えっ」

 

 パトリックは敵意を超えて殺意の籠った目でエドガーを睨みつけている。

 

 こんな状況で話が出来るだろうか。

 

 いや、どんな状況でも同じだ。

 

 自分が話す事は結局パトリックを怒らせる結果になる事は変わらない。

 

 アスランは一回だけ深呼吸すると前に出る。

 

 「……父上はこの戦争をどうお考えなのですか?」

 

 「何?」

 

 「いえ、この戦争をどうする気なんですか? 俺はそれを聞きたくてここに来ました」

 

 パトリックは机に拳を叩きつけると、アスランの前に立つ。

 

 「何も知らん子供が知った風な口を―――」

 

 「何も知らないのは父上ではありませんか? 撃っては撃ち返され、戦いが新たな戦いを呼ぶ、そんな事の繰り返しです。犠牲は増えていくばかりだ!」

 

 アスランの脳裏にあの子供達の―――セレネの姿が浮かぶ。

 

 あんな子供たちをあと何人生み出す事になるのか。

 

 「どこでそんなくだらん事を吹き込まれた!! ブランデル、貴様かぁ!!」

 

 その言葉にエドガーは心底呆れかえった。

 

 アスランは子供ではない。

 

 自分で考え、そして世界を見てきたのだ。

 

 その上の考えだと思い至らないのか。

 

 「どうせレティシア・ルティエンス共が生きていたのも貴様の手引きだろうが!」

 

 「なっ」

 

 「……彼女達が生きていた?」

 

 やはりそうか。

 

 予測はしていたが、彼女達は生きていたらしい。

 

 だがアスランは困惑気味にエドガーを見る。

 

 「どういう事です? 彼女達は事故で死んだのでは?」

 

 そういえばアスランとラクスは婚約者同士、その護衛であったレティシアとの面識もあったはず。

 

 事情を知らない彼が動揺するのも無理はない。

 

 「アスラン、それは後で話そう。それより本当なのですか?」

 

 「ふん、特務隊から報告があった。オーブ戦で確認した新型モビルスーツを解析した結果、消されたZGMF-Xシリーズだと判明した! ナチュラルに与するとは、『戦女神』も落ちたものだ!」

 

 同盟軍が彼女達を保護し、ZGMF-Xシリーズを開発したという事だろう。

 

 だがアスランはそれどころではない。

 

 彼女は、レティシアは生きていたのだ。

 

 胸の内を歓喜が満たすと同時にレティシアを貶めるパトリックの物言いに怒りが湧く。

 

 「そんな事は今初めて知りましたよ」

 

 「どうだかな! Nジャマーキャンセラーの事だけでなく、スピットブレイクの攻撃目標を漏らしたのも貴様達だろう!!」

 

 「それこそ、私が―――」

 

 「父上は何故Nジャマーキャンセラーなど開発したのですか?」

 

 アスランはわざと二人の問答を遮るように大きな声を出した。

 

 これ以上彼女を貶めるような発言は聞きたくなかったからだ。

 

 何よりこの事だけは絶対に聞いておかなければならない。

 

 「ユニウスセブンを破壊したのは核です! だからこそプラントはすべての核を放棄し―――」

 

 パトリックはアスランの胸倉をつかみ上げて睨みつける。

 

 「もちろん勝つためだ!! そしてナチュラル共を一人残らず殲滅するために必要なのだ!! 我々が戦っているのはその為だろう、そんな事さえ忘れたのか貴様は!!」

 

 その言葉にアスランは凍りついた。

 

 今、何と言ったのだ?

 

 ナチュラルを殲滅する?

 

 相手が父親である事も忘れ、呆然とパトリックの顔を見た。

 

 怒りと憎しみ、それしか読み取れない表情。

 

 分かっていた事だ。

 

 エドガーに『ジェネシス』のデータを見せられた時から、父は本気だと。

 

 それでもアスランはどこかでまだ父を、パトリックを信じたかった。

 

 これは何かの間違いだと。

 

 だが結果は――――

 

 パトリックはアスランを突き飛ばすと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 「もういい、時間の無駄だな。さっさと退室しろ。しかしブランデル、貴様の嫌疑が晴れた訳ではないぞ。それを忘れるなよ」

 

 アスランにも分かる。

 

 これは最後通告だ。

 

 ただの軍人や議会の議員ならとっくに拘束していただろう。

 

 しかしエドガーはプラントの英雄である。

 

 その影響力は侮れない。

 

 証拠もなく拘束などすれば、ザフトが分裂する危険すらあるのだ。

 

 「……了解しました。議長、一つお願いがあるのですが」

 

 「……なんだ?」

 

 「アスラン・ザラをわが隊に転属させたいのですが、どうでしょうか?」

 

 「貴様」

 

 たった今最後通告を受けたばかりなのに、何を考えているんだ?

 

 驚きと困惑で固まったアスランを尻目に2人が睨みあう。

 

 しかし意外にもパトリックは席に着くとあっさり了承した。

 

 「好きにしろ。どうせ『消滅の魔神』に後れを取るような者だ。クルーゼ隊にいても足手まといになるだけだろうからな」

 

 「ッ!?」

 

 アスランは拳を強く握る。

 

 その通りだ。

 

 確かに俺は奴に負けた。

 

 反論のしようもない。

 

 だがそれを他でもないパトリックに突きつけられたのはショックだった。

 

 ここに来てその言葉が一番アスランを傷つけた。

 

 「ありがとうございます、議長。では失礼します」

 

 エドガーとアスランは共に退出するため背を向けた。

 

 そしてその背中にパトリックは吐き捨てる。

 

 「……失望したぞ、アスラン」

 

 「……それは俺もですよ」

 

 アスランは本部を出るまで一言も話さなず、再び車に乗り込む。

 

 「済まなかったね、アスラン」

 

 「……いえ、父の本音を聞けただけで十分です」

 

 自身の決意はより強固になった。

 

 止めなくてはならない。

 

 そしてエドガーにも聞かなくてはならない事がある。

 

 「ブランデル隊長、そろそろすべてを教えていただけますか? 俺をあなたの部隊に転属させたことを含めて」

 

 「……そうだな。君に教えよう、そして共に来てほしい」

 

 そしてアスランにすべてが開示された。

 

 

 

 

 

 

 アスト達がプラントに向かって移動していた頃、アメノミハシラとヴァルハラの中間地点で大規模な軍事演習が行われていた。

 

 今回の目的はあくまで宇宙戦闘に慣れる事。

 

 そしてオーブ、スカンジナビア両軍の連携強化である。

 

 それにより両軍が混合された編成になっており、2国のモビルスーツが入り混じった戦場となった。

 

 トールの乗るアドヴァンスデュエルが攻撃してきたアストレイの攻撃をかわすと逆にビームライフルで撃ち落とす。

 

 無論ライフルから放たれたのは実弾ではなくペイント弾である。

 

 「よし、次!」

 

 撃墜となったアストレイを避け、次に迫ってきたスルーズの攻撃を旋回してかわし、一気に懐まで飛び込むとビームサーベルを叩きつけた。

 

 こちらも本当のビームサーベルではなく訓練用のダミースティックとなっている。

 

 小気味よく次の敵に向かおうとすると、ムウから通信が入ってくる。

 

 「トール、なにやってる! 1人で突出し過ぎだ。そのままじゃ囲まれるぞ!」

 

 「大丈夫ですってば、これくらい」

 

 ビームサーベルで斬りかかってきたアストレイの攻撃をシールドで逸らし、シヴァを放つ。

 

 また1機撃墜したところに、3機のアストレイがビームライフルで狙ってくる。

 

 「これ以上はやらせないわよ、トール君!」

 

 「ジュリ、回り込んで!」

 

 「分かった!」

 

 アレに乗っているのはアサギ達らしい。

 

 トールは向ってくるマユラ機にビームライフルを投げつけると、そのままでデュエルを突っ込ませた。

 

 「えっ!?」

 

 ビームライフルを投げてきた事に虚をつかれたマユラは一瞬硬直し、動きを止めてしまう。

 

 トールはニヤリと笑うとその隙にビームサーベルを叩きつけた。

 

 「きゃあああ!」

 

 吹き飛ばされて撃墜となったマユラが抜けた穴から離脱を図る。

 

 「何やってんのよ、マユラ」

 

 「大丈夫?」

 

 「やられちゃったぁ」

 

 しかしアサギは焦ることなく笑みを浮かべる。

 

 これは作戦通りなのだ。

 

 「トール君、こっちの勝ちね」

 

 そんな事とは知らず離脱したトールを待っていたのはこちらを囲むように待ち構えていた数機のスルーズ、そしてもう一機。

 

 STA-S2 『フリスト』

 

 スルーズの上位機である。

 

 外見はスルーズに比べややスマートになり、スラスターが強化されているため機動性が格段に向上、武装も基本装備に加えバズーカやビームガトリングなど増設されている。

 

 「げっ、これって」

 

 スルーズやフリストに囲まれたトールは罠に嵌った事に気がついた。

 

 「ヤバいかぁ。でもあのフリストを突破すればまだなんとか―――」

 

 トールの言葉は最後まで続かなかった。

 

 目の前のフリストはビームサーベルを構えると一気に突っ込んで来たからだ。

 

 「なにっ!?」

 

 咄嗟にシールドを掲げ防御するがその際に蹴りを入れられ体勢を崩される。

 

 再度接近してきたシヴァを撃つがあっさりとかわされ、懐に入られてしまう。

 

 「なんなんだ、このパイロット!?

 

 その腕前は間違いなくエース級、というか普通のパイロットじゃない。

 

 トールが目の前のフリストに引きつけられた隙に別のスルーズがビームライフルで左腕を撃ち抜かれてしまう。

 

 「げ、まずい!」

 

 そこまでだった。

 

 隙を作ったデュエルにフリストは背中に装備されたビームガトリングを撃ち込み、その直撃を受けたトールは撃墜されてしまった。

 

 それはアークエンジェルのブリッジでも確認されていた。

 

 「……ケーニッヒ機、ブラッスール機に撃墜されました」

 

 アネットは呆れながら報告する。

 

 それ聞いたフレイは思わず頭を抱えた。

 

 「1人突出して、あんな罠に引っ掛かった挙げ句に撃墜されるなんて」

 

 「はぁ、トールの奴」

 

 サイも呆れ気味だ。

 

 ミリアリアだけが不安そうに画面を見ている。

 

 実戦だったら、そう考えているのだろう。

 

 そんなミリィを気遣ったのかフレイが頭を抱えながら言った。

 

 「ミリィ、後でトールを説教しておいて」

 

 ミリアリアは驚いた顔の後、苦笑すると頷いた。

 

 「うん、わかった!」

 

 「ケーニッヒ機が抜けた穴を塞ぐ、第一部隊を側面に!」

 

 「了解!」

 

 マリューの指示に合わせて部隊が動き、ムウのアドヴァンスストライクが先頭に立ち敵軍を抑える。

 

 そんな中でフリーダムとジャスティスは対峙していた。

 

 「いくよ、ラクス」

 

 「ええ、いつでも」

 

 キラはビームサーベルを抜くとジャスティスに斬りつけた。

 

 ラクスはサーベルを後退してかわすと、フォルティスビーム砲でフリーダムを狙う。

 

 それを掻い潜るようにジャスティスの懐に飛び込むが、リフターを分離させ攻撃を回避するとラクスもハルバード状態にしたビームサーベルを振るう。

 

「やるね、ラクス」

 

「キラも流石です」

 

 フリーダムはビームライフルを撃ちこむと、回避しながらジャスティスもまた撃ち返す。

 

 

 大したトラブルも無く、演習は予定通り順調に進み、終了した。

 

 

 オーブ戦艦クサナギのブリッジに座って指示を出していたカガリはホッと息を吐く。

 

 「キサカ、部隊をまとめて、アメノミハシラに引き上げるぞ。各指揮官に今回の演習に関する報告―――」

 

 「カガリ、スカンジナビア軍の方から通信が入っている」

 

 演習中に何かあったのだろうか?

 

 「わかった、こちらに繋げ」

 

 カガリはモニターに映った指揮官と話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルから発進したアスト達はようやくプラントへと辿りついていた。

 

 アメノミハシラからコペルニクスに行き、そしてそこからクライン派の手引きでプラントに渡ったのである。

 

 その為、結構な時間が掛かってしまった。

 

 シャトルの窓から大きな砂時計が見える。

 

 「あれがプラントなんですね……」

 

 「ああ、そうだ」

 

 マユが初めて見たプラントを複雑な顔で見つめていた。

 

 家族の事を考えればマユの気持ちも解る。

 

 アスト自身もそうだからだ。

 

 「アスト君、大丈夫ですか?」

 

 「……ええ、ありがとうございます」

 

 心配そうなレティシアに笑顔を向ける。

 

 今回は彼女が中心で動くことになる。

 

 余計な負担は掛けられない。

 

 「ここからが本番だ。気を抜くなよ」

 

 「はい」

 

 「ああ」

 

 イザークが先導する形で港を後にし、予め用意されていた車に乗り込んだ。

 

 プラントに住んでいたイザークとレティシアは一応変装らしき格好をしている。

 

 といってもイザークはサングラスをかけ、レティシアは長い髪を束ねているだけだが。

 

 そんな物で大丈夫なのかとも思ったが、レティシア曰く「ラクスならともかく軍人の顔なんてそう覚えている人はいませんよ」という事だ。

 

 マユの兄はプラントに着くと同時に運び出され、先に病院に向っている。

 

 クライン派の息のかかった場所らしく、危険はないとの事。

 

 鵜呑みにはできないが、ここは信用するしかない。

 

 運転している者にイザークが質問する。

 

 「どこに向っている?」

 

 「我々の代表者の所です。ぜひ皆さんと話がしたいとの事です」

 

 「代表者? 誰か聞いてもかまいませんか?」

 

 「ギルバート・デュランダル様です」

 

 レティシアに視線を向けると、首を振った。

 

 どうやら知らないらしく、イザークも同様のようだ。

 

 「もうすぐ着きますので、お話はそこで」

 

 運転手の言う通り、目的の場所であるホテルにはすぐに辿り着いた。

 

 そう大きくはないがそれなりに豪華な場所である。

 

 「こちらにどうぞ」

 

 車から降りた所に待っていた男に先導され中に入るとエレベーターに乗り込み、指定された階で降りた先の部屋へ案内される。

 

 「こちらです」

 

 中にはいると数人の男と秘書と思われる女性。

 

 そして中央に黒髪の男が立っていた。

 

 おそらくこの男が―――

 

 「ようこそ、プラントへ。私がギルバート・デュランダルです。わざわざ来てもらって申し訳ない」

 

 「いえ、こちらが無理を言っている立場ですから」

 

 レティシアがそういうとデュランダルは笑みを浮かべた。

 

 「……なにか?」

 

 「失礼。『戦女神』とお話できるとは光栄ですよ」

 

 「それはザフトの上層部が勝手に言っているだけです」

 

 一見穏やかに会話をしているように見える。

 

 しかしレティシアは内心警戒していた。

 

 この男からは嫌なものを感じたのだ。

 

 「……そろそろ、本題に入りませんか?」

 

 レティシアが切り出すとデュランダルも真面目な顔で頷いた。

 

 「そうですね。我々もいくつかお聞きしたい事があります」

 

 「何でしょうか?」」

 

 「1つ、ラクス・クラインは今どうされているのか? もう1つはあなた方はNジャマーキャンセラーをどうするつもりなのか? 最後に私達と協力してもらえるのか? これだけです」

 

 「……そうですね。まず1つ目、ラクスの事ですが、彼女はプラント脱出後に死亡しています」

 

 レティシアの回答にその場にいた者たちが驚き、デュランダルも眉間に皺をよせ考え込んでいる。

 

 これはラクスの身を守るために事前に決めていた事だ。

 

 「……そうですか。彼女には我々を率いて貰いたかったのですが」

 

 やはりそういうつもりだったらしい。

 

 彼女の無事を伏せたのは正解だったようだ。

 

 「2つ目、Nジャマーキャンセラーについての事ですが、同盟軍はこれを地球軍に渡すつもりは一切ありません」

 

 「それを聞いて安心しました。あなた方を疑っていた訳ではありませんが、それでも不安ではありましたから」

 

 「そして最後の質問ですが、協力する事に問題はないと思います。しかしそれは私達が独断で決めて良い事ではありませんから、そういうお話があった事を上へ伝えるという答えでは駄目でしょうか?」

 

 「いえ、それで十分ですよ。我々は早くこの戦争を終わらせたいと思っているのですから」

 

 デュランダルは秘書に指示すると、一枚のディスクを取り出す。

 

 それをレティシアに手渡した。

 

 「これは?」

 

 「我々が集めた情報ですよ。これをお持ち下さい」

 

 こんな物まで渡してくるとはどういうつもりだ、この男は?

 

 「……何故こんな事まで」

 

 「言ったはずですよ。私達はあなた達と協力し、この戦争を早く終わらせたいのだと。これはその第一歩だと思ってください」

 

 笑顔で言うデュランダル。

 

 しかしアストはこの男を信用できない。

 

 先程一瞬だが目が合った。

 

 彼の目は笑っておらず、何か別のものを見るかの様な、そんな目だったのだ。

 

 「では皆さんはこれからどうされるのですか?」

 

 「……私達は少しプラントを見て回った後、帰国します」

 

 「そうですか。帰りのシャトルもこちらにお任せ下さい」

 

 「ありがとうございます」

 

 話が終わり掛けた頃、今までずっと黙っていたマユが声を上げた。

 

 「あ、あの!」

 

 「ん、なにかな?」

 

 「お兄ちゃんの事ありがとうございました」

 

 「そうか君が彼の家族か。彼の事は任せておきたまえ」

 

 「は、はい」

 

 「では、失礼します」

 

 「何かあればまた連絡してください」

 

 レティシアの達が退出するのを見計らって秘書の女性がデュランダルに話しかける。

 

 「よろしいのですか、あれで」

 

 「ああ、十分だよ」

 

 今回の事で同盟軍と接点が持てた。

 

 協力関係もプラントの情報が手に入らない今、断ってくる事はない。

 

 「それにしても彼には疑われてしまったかな」

 

 アスト・サガミ―――つい彼を観察してしまった。

 

 出来ればキラ・ヤマトにも会いたかったのだが、今回は仕方がないだろう。

 

 デュランダルは手元の端末を操作する。

 

 表示されたデータは運び込まれたマユの兄、シン・アスカの物だ。

 

 それを見た瞬間、思わず笑みを浮かべた。

 

 「……これは思わぬ収穫だな」

 

 「どうされたのです?」

 

 「いや、思わぬところから駒が1つが手に入った。しかし、これならば是非彼女も欲しかった」

 

 惜しい事をした。彼の妹マユ・アスカ。

 

 彼女も手元にあれば、なお良かったのだが。

 

 デュランダルは苦笑すると端末を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルを出たアスト達は町を歩いていく。

 

 やはりプラントの技術は発展しているだけあって他の国とは違い、見ているだけで目を引かれるものばかりだ。

 

 ホテルを離れ、しばらく歩いたところでイザークが口を開いた。

 

 「……どうやらつけられてはいないようだな」

 

 その言葉にマユはハァと息を吐く。

 

 「上手くいって良かったですね。あのデュランダルって人も良い人みたいでしたし」

 

 マユの言う通り上手くいったのだが、どうもすっきりしない。

 

 アストやレティシアが暗い顔をしているのが気になったのか、イザークが不思議そうに聞いてくる。

 

 「どうした? マユの言う通りだろう?」

 

 「そうですね。確かにそうなんですが、上手くいき過ぎている気がします」

 

 「ああ、それにあのデュランダルという男はどこか信用できない」

 

 「え、なんでですか?」

 

 「目だ。彼は穏やかに話しているように見えて、目は全然笑っていなかった。別の何かを観察している、そんな目だ」

 

 レティシアも同感だったのか、難しい顔で考え込んでいる。

 

 「……一応目的は達成しました。情報も手に入りましたし、マユのお兄さんはクライン派に任せておけば、とりあえずは大丈夫でしょう」

 

 「はい」

 

 マユとしては治るまでそばについていたいのが本音だろう。

 

 だがそこまでプラントに留まってはいられない。

 

 それだけ自分達の立場は危険なものだ。

 

 バレたら間違いなくただでは済まない。

 

 「余計な事に巻き込まれない内に、早くプラントを出ましょう」

 

 「そうですね」

 

 港に向かう途中で普通に売っている新聞や情報雑誌など数点を購入する。

 

 重情な事が載っているはずもないが、現在のプラントを知るには十分だ。

 

 必要な事はすべて行い、全員で港に移動する。

 

 特に危険な事もなく、何とか任務完了した。

 

 

 ―――そう思った時だった。

 

 

 突然レティシアの手を誰かが掴む。

 

 「なっ、誰―――ッ!?」

 

 レティシアの手を掴んでいたのは、アストも、そしてイザークもよく知っている相手―――アスラン・ザラであった。



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第34話  少女の翼

 

 

 

 

 

 アスランがそれに気がついたのは本当に偶然であった。

 

 ブランデルの話を聞き、自身も協力する事を決めた、その時である。

 

 目の端にどこか懐かしい、緑色の鳥が見えたのは―――

 

 「どうかしたか、アスラ―――なんだ?」

 

 入った連絡は意外なものだったのか、エドガーが珍しく驚いた顔をしていた。

 

 「……アスラン、今プラントにレティシア・ルティエンス達が来ているらしい」

 

 「え、どういう事ですか?」

 

 「実は気になる人物に監視をつけていたんだが、そこから報告があった。どうやら彼らはクライン派と接触したらしい」

 

 エドガーが命じていたギルバート・デュランダルの監視、そこから情報が来たらしい。

 

 アスランもエドガーからレティシア達に何が起こったのかすでに聞き及んでいる。

 

 そんな彼女達の立場からすれば、今のプラントに来るなど自殺行為だ。

 

 「何故プラントに?」

 

 「……おそらく目的は情報収集だろう。ザラ議長殿の言う通りなら彼女達はオーブにいる筈だ。今は戦争中だからな、情報はいくらあってもいい」

 

 ならば先ほど見えたのは―――そう思い至った瞬間、叫んでいた。

 

 「すいません、車を止めてください!」

 

 「どうした?」

 

 質問に答えず車が止まると同時に外に飛び出す。

 

 先程見えた物が想像通りだったのなら、間違いなく彼らが近くにいると言う事になる。

 

 走り出し、溢れる人の中、目的の人物を探す。

 

 「……どこだ」

 

 もしかすると奴も一緒にいるかもしれない。

 

 強く拳を握し締め、内側から湧いてきたどす黒い感情を押し殺した。

 

 結局、港近くまで辿り着き、周囲を見渡す。

 

 「どこにいる?」

 

 そうして見つけた。

 

 後ろ姿で髪を束ねているが間違いない。

 

 あの後ろ姿はレティシア・ルティエンスだ。

 

 もう3人ほど一緒にいてその内の一人は懐かしい緑色の鳥を肩に乗せていた。

 

 だがアスランが予想していた人物ではなく、髪の長い少女のようだ。

 

 それは今は良いと叫びたい衝動を堪え、レティシアに駆け寄り手を掴んだ。

 

 

 

 

 「……アスラン」

 

 手を掴まれたレティシアは驚き、固まってしまう。

 

 まさか彼に見つかるなんて思っていなかった。

 

 「やっぱり、貴方でした……生きていたのですね」

 

 どこか安心したように言う目の前に少年にレティシアは言葉を詰まらせる。

 

 心配させていたのは申し訳なく思うが今は立場が違うのだから。

 

 意を決して掴まれた手を払うと距離を取った。

 

 「レティ―――」

 

 離れたレティシアに詰め寄ろうと前に出ようとするアスランだがその前に立ちふさがった人物がいた。

 

 その姿を見た瞬間、レティシアとの再会の歓喜は消え失せ、再びどす黒い感情が胸中を支配する。

 

 「……アスト・サガミ」

 

 「……アスラン・ザラ」

 

 宿敵との3度目の邂逅。

 

 ヘリオポリス、オーブ、そしてプラント。

 

 ここでもまたアスランの、アストの目の前には―――こいつが立ちふさがった。

 

 ここまで来るともはや運命とすら言いたくなる。

 

 「……生きていたのか、意外にしぶといな」

 

 生きている事は知ってはいたがあえて皮肉を込めて言ってやる。

 

 そんな挑発的な言葉にアスランは視線を鋭くし、その瞳には殺意が宿っていた。

 

 「生憎だったな。貴様には色々と借りを返したいところだが、今は邪魔だ。そこをどけ!」

 

 「断る。何をする気か知らないが、彼女に手は出させない!」

 

 睨み合うアストとアスラン。

 

 それを無視しながら背後にいるレティシアに話しかける。

 

 「レティシア、さん。あなた達の事は聞きました。プラントから離れた理由も分かります。でも俺―――いえプラントには貴方が必要なんです。だから、戻ってきてください」

 

 「……アスラン」

 

 「あなたには絶対に手は出させません。俺が―――」

 

 「悪いが、彼女は俺達の仲間だ」

 

 再び割り込んで来た憎むべき男に感情が高ぶっていく。

 

 「貴様はどこまでも俺の邪魔を!!」

 

 アストの割り込みにアスランは怒りを隠すことなく睨みつけた。

 

 「いつも、いつも貴様と言う奴は!」

 

 感情の赴くまま懐に手を入れると銃を取り出して突き付けると、その様子に気がついた周囲の人々が騒ぎ出す。

 

 このままでは不味い。

 

 アスランに見つかった上に騒ぎが大きなっては逃げきれなくなる。

 

 それを見て咄嗟に動いたのはイザークだった。

 

 「マユ、港の中に走れ!!」

 

 「え、はい!」

 

 イザークの声に反応したマユが走り出す。

 

 「アスラン!!」

 

 それに合わせアスランに向け銃を撃った。

 

 「くっ……イザークか!?」

 

 銃の発砲音にアスランは咄嗟に反応し、横に飛ぶ事で回避した。

 

 イザークからすれば元々当たるとは思っていなかったし、当てる気もなかった。

 

ただ注意が引ければそれで良かったのだ。

 

 かつての仲間というのもある。

 

撃ちたくはなかったが、ここで捕まる訳にはいかない。

 

 「2人共、走れ!」

 

 「行きますよ!」

 

 「ええ」

 

 アストはレティシアの手を引いた。

 

 すでにマユは先行している。

 

 それを追いかけるようにイザークも走り出した。

 

 「待て!! ……イザーク、くそ!!」

 

 アスランは思わず地面を殴りつけると、すぐさま立ち上がり走り出した四人を追う。

 

 「どうしてイザークまで?」

 

 疑問を振り払うように首を振ると追いかけなければと港に飛び込むが中は大混乱となっていた。

 

 先ほどの銃声で民間人から悲鳴が上がり、とにかく安全な場所に逃げようと人の波が押し寄せてくる。

 

 「これに紛れて逃げるぞ、場所は分かってるな?」

 

 「ああ。マユ、手を」

 

 「あ、はい!!」

 

 片方の手でマユの手を握る。

 

 「アスト君、私は大丈夫ですから」

 

 恥ずかしそうに言うレティシアにアストは構わず手を握る。

 

 「そんな事言ってる場合じゃないですよ。はぐれたら面倒です。イザーク、先行してくれ」

 

 「分かった」

 

 人ごみに紛れて港の奥へと進んでいく。

 

 アスランも必死に追いかけるが、この人ゴミである。

 

 発砲する訳にもいかず、彼女の姿をすぐに見失ってしまう。

 

 「レティシアさん!!!」

 

 アスランの叫びもただ虚しくロビーに響き渡った。

 

 

 

 どうにか逃げきれた四人はクライン派が用意していたシャトルにたどり着き、中に乗り込む。

 

 「ハァ、どうするんですか?」

 

 「急がないとアスランからの報告で外は囲まれるはずだ」

 

 運が無いというか、アスランに見つかるとは思ってもいなかったが、それでもアクシデントは想定済み。

 

 「仕方ありません。無事に出られたら良かったのですが、プランBで行きます」

 

 普通に脱出できないならば無理やり行くのみ。

 

 レティシアは端末を操作、暗号を発信し、そしてすぐシャトルがプラントから離脱する。

 

 だが飛び出した宇宙にはすでに何機かのジンが展開していた。

 

 《そこのシャトルに通告する。直ちに停止せよ。でなければ撃墜する》

 

 そう言って止まれる筈もなく、シャトルはジンの警告を無視し、加速する。

 

 《警告を無視したと判断し、撃墜する!》

 

 ジンがシャトルにミサイルを発射する。しかしそれ当たる事はなかった。

 

 何もない空間から突然の発砲があり、ミサイルを撃ち落としたのだ。

 

 《なんだ!?》

 

 ジンのパイロットが驚愕する。

 

 何もない空間から突然見たこともない戦艦が現れたのだ。

 

 スカンジナビア戦艦『ヘイムダル』

 

 ヘイムダルはアイラからの命令を受け、ミラージュ・コロイドを展開してプラント周辺に待機していたのである。

 

 潜入したレティシア達が普通にプラントから離脱できれば良い。

 

 しかし何らかの事態に巻き込まれ脱出が難しい場合彼らと合流する事になっていた。

 

 《戦艦だと!?》

 

 ジンのパイロットが動きを止めた瞬間、戦艦から発射されたミサイルで撃墜されてしまった。

 

 「あれって……」

 

 「スカンジナビアの戦艦か」

 

 「ええ、あれがスカンジナビア所属の特殊作戦艦『ヘイムダル』です。このまま合流します」

 

 ヘイムダルはシャトルを速度を合わせ、回収する為にハッチが開く。

 

 《みなさん大丈夫ですか?》

 

 柔和な笑顔の青年がモニターに映る。

 

 「ええ、こちらは問題ありません。えっと……」

 

 《失礼しました。スカンジナビア軍ヨハン・レフティ少佐です》

 

 「レティシア・ルティエンスです。よろしくお願いします。こちらの任務は完了しました。後は脱出するだけです」

 

 《了解です。一応格納庫にはみなさんの機体もありますからそちらで待機してください》

 

 シャトルから降りると格納庫にはアスト達の機体が運び込まれ、さらに奥には見たことのない機体が一機佇んでいた。

 

 「マユ、君は部屋で待機するんだ」

 

 「は、はい」

 

 シャトルを回収を確認したヨハンは即座に命令を出す。

 

 「離脱します。機関最大!」

 

 「「了解!」」

 

 ヘイムダルは一気に加速する。

 

 その速度は通常の戦艦とは比べ物にならない程だった。

 

 《速い!》

 

 《なんだよ、あの戦艦は!?》

 

 迎撃に出たジンを置き去りにしてその場から一気に離脱した。

 

 

 

 

 

 

 港でレティシア達を見失ったアスランはエドガーの命令通りの場所に向かっていた。

 

 以前はクルーゼ隊だったためヴェサリウスが母艦だったが、今はブランデル隊である為、当然母艦も変わる。

 

 アスランがたどり着いた場所に停泊していた艦は今までのザフト艦とはまるで違っていた。

 

 「……なんだ、この艦は」

 

 色はピンクでスマートな艦体である。

 

 正直かなり面食らったが、今はそんな事は気にしてられない。

 

 艦のハッチを潜り、ブリッジに入るとそこにいたのは、今プラントで一番の有名人であった。

 

 「よう、初めましてかな。アンドリュー・バルトフェルドだ。で、あっちが副官のダコスタと操舵を担当するアイシャだ」

 

 「よろしくね」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「は、はい」

 

 どうやら彼がこの艦を任された艦長らしい。

 

 まさか奇跡の生還のヒーローがブランデル隊に所属しているとは思わなかった。

 

 イレイズに倒されたバルトフェルドはシリルによって回収され一命を取り留めていた。

 

 コックピットを潰されなかったのも幸運だったのだろう。

 

 それにしても彼がここにいるという事は―――

 

 「貴方もブランデル隊長の?」

 

 「まあ、そういう事かな。それより追撃に入るぞ、すぐ格納庫に。そこに君の機体がある」

 

 「了解です!」

 

 アスランはパイロットスーツに着替え、格納庫に入ると資料で見た自身の機体があった。

 

 ZGMF-FX002 『ジュラメント』

 

 すぐさまコックピットに座り機体を立ち上げる。

 

 この機体で今度こそ奴を倒し、そして彼女を連れ戻すのだ。

 

 「よし、メインゲート解放! 『エターナル』発進!!」

 

 ゲートが開くとピンクの戦艦が宇宙に飛び出す。

 

 「こいつは速い! すぐに追いつくぞ!!」

 

 バルトフェルドの言うとおり、エターナルもまた先ほどの戦艦ヘイムダルに勝るとも劣らない速度で追撃を始めた。

 

 

 

 

 プラント周辺に潜んでいた敵艦の存在は即座にザフト全軍に伝えられ、もちろんクルーゼ隊の母艦ヴェサリウスにもそれは通達された。

 

 「何、敵艦の追撃をエターナルが?」

 

 しかもそれにはブランデル隊に転属となったアスランも参加しているらしい。

 

 ブリッジに召集されたパイロット達も口々に追撃を希望した。

 

 「隊長、私達も行きましょう!」

 

 「ええ、アスランだけを行かせられませんよ」

 

 「隊長!」

 

 「落ち着けディアッカ、ニコル、エリアス。ヴェサリウスでもあの速度には追いつけん」

 

 ユリウスの言うとおりそれだけ敵艦も、エターナルもその速度は通常の艦とは比較にならない。

 

 いかに高速艦と呼ばれたヴェサリウスでも追いつく事は出来ないだろう。

 

 ここは任せる他ないと締めくくろうとした所に1人黙っていたシリルが口を開く。

 

 「では、私に行かせて下さい。私の機体ならば追いつけます」

 

 「シリル、君は病み上りだが、大丈夫かね?」

 

 「はい、問題ありません」

 

 顎に手を当て考えていたラウであったが、すぐに首肯した。

 

 「いいだろう、君に任せる」

 

 「ありがとうございます!!」

 

 ブリッジを出ていくシリルを見届けると、指示を飛ばす。

 

 「まあ追いつけないにしろ、黙っている訳にもいかんな。ヴェサリウス発進だ」

 

 「了解!」

 

 「クルーゼ隊長、私達も出撃を」

 

 「ここはシリルに任せておけばいい。私やユリウスの機体も調整中だしな」

 

 特にユリウスの機体は遅れており、未だプラントの工廠で調整が続いているのだ。

 

 パイロットスーツに着替えたシリルが格納庫に入ると、そこに立つ自身の機体を見上げる。

 

 ZGMF-FX001 『コンビクト』

 

 この機体は両肩後ろの左右に二つの巨大バーニアを備え、背中、そして脚部に高出力スラスターを装備している。

 

 その反面武装はビームライフル、ビームサーベルといった基本装備に肩に大口径ビームランチャーを装着したシンプルなものとなっている。

 

 シリルは機体に乗り込み、OSを立ち上げていく。

 

 自分にこの機体が乗りこなせるか?

 

 「弱気になってどうする。今度こそ俺はガンダムを倒す! 仲間の仇を討つ!」

 

 ヴェサリウスが発進したところでハッチが開く。

 

 「シリル・アルフォード、『コンビクト』行くぞ!!」

 

 両肩のバーニア、スラスターを吹かし、外に飛び出すとさらにペダルを踏み込み一気に加速した。

 

 そのGによってシリルの体がシートに押しつけられる。

 

 「ぐっ、なんて速度だ!」

 

 その速度は今までのモビルスーツとはまるで違う。

 

 シリルは歯を食いしばると操縦桿を強く握り、前を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 最初こそ順調であった逃亡劇であったが、ザフトも黙って見逃すほど甘くは無く、ヘイムダルはヤキン・ドゥーエの部隊に攻撃を受け足止めされていた。

 

 囲むように接近してくるジンやシグーが次々を砲撃を繰り出し、発射されたミサイルが迎撃され、その振動が艦を揺らす。

 

 「やはり簡単には行かせてくれないか。仕方ない、モビルスーツを発進させてくれ」

 

 ハッチが開きすでに機体で待機していたアスト達が発進する。

 

 「アスト・サガミ、イノセントガンダムいきます!!」

 

 「レティシア・ルティエンス、アイテルガンダム出ます!!」

 

 「イザーク・ジュール、スウェア出るぞ!」

 

 3機のガンダムがヘイムダルより出撃すると追撃してくるジンやシグーを次々と撃墜していく。

 

 イザークがビームガトリングでミサイルを迎撃し、レティシアがビームライフルとビーム砲でジンを撃ち落とす。

 

 そしてアストがビームサーベルでシグーを真っ二つにした。

 

 「流石ヤキンの部隊だな。錬度が高い」

 

 イザークの言う通り、そこらの部隊とは動きが違った。

 

 一対一では敵わないときちんと認識し、的確に距離を置いて砲撃を加えてくる。

 

 「『宇宙の守護者』と呼ばれたエドガー・ブランデルの率いる部隊ですからね。油断はできません」

 

 ヘイムダル目掛けて叩き込まれた砲撃をある程度捌き、撃墜した時だった。

 

 ブリッジから通信が入る。

 

 《何かが来る! 注意してくれ!》

 

 ヨハンの警告のすぐ後にこちらのレーダーでも反応があり、急速に近づいてくるものを確認した。

 

 「戦艦?」

 

 レティシアの言う通り近づいてきたのは戦艦だった。

 

 しかしあの速度で離脱し、今も足止めを受けているとはいえヘイムダルに追いついてくるなんて、敵の戦艦もかなりの速さを誇るらしい。

 

 「よし、追いつけたようだな。アスラン君、準備はいいかな」

 

 「はい!」

 

 「対艦、対モビルスーツ戦闘用意。モビルスーツ発進!」

 

 「「了解!」」

 

 エターナルのハッチが開くとアスランはPS装甲を起動させ、機体が真紅に染まる。

 

 「アスラン・ザラ、『ジュラメント』出る!」

 

 ジュラメントは発進すると一直線に近くにいたイノセントに突進する。

 

 「速い!」

 

 ジュラメントの放ったプラズマ収束ビーム砲を上昇して回避するとアストはビームライフルを放つ。

 

 しかし敵機は迫るビームを速度を上げて振り切り、ビームソードを展開してイノセントに斬りかかった。

 

 「こいつ!」

 

 「ZGMF-Xシリーズの一機か!?」

 

 ビームソードをシールドで止めたイノセントもまたビームサーベルを叩きつけ、ジュラメントもまたシールドを構え、受け止める事で完全にこう着状態になった。

 

 そこで互いに気が付く。

 

 この戦い方は知っている相手であると。

 

 何度も、何度も戦ったからこそ分かる。

 

 「アスラン・ザラか!」

 

 「くっ、アスト・サガミィィ!!」

 

 今までの憤り、すべてをぶつけるかのように叫び、右足のビームソードを展開するとイノセントに向け蹴り上げた。

 

 「チッ、イージスと同じかよ!」

 

 咄嗟の判断で操縦桿を引き、機体を下がらせるとジュラメントのビームソードを回避する。

 

 しかしアスランにとってこの程度は想定内、攻撃の手を緩める事無く、さらにビームライフルで狙い撃つ。

 

 「借りを返させてもらうぞ!!」

 

 「そう簡単に殺れると思うなよ!」

 

 放たれたビームをシールドで防ぐ負けじとアクイラ・ビームキャノンを放つ。

 

 「当たるか!」

 

 ジュラメントは後退してかわすと、再びビームライフルで応戦した。

 

 

 2機の戦いを確認したレティシアはジンにビームガンで頭部を損傷させ、シグーをビームライフルで撃墜するとそちらに機体を向かわせる。

 

 「アスト君!! イザーク君、ここを頼みます!」

 

 「了解だ!」

 

 イノセントと鍔迫合っているジュラメントにビーム砲を浴びせ、グラムを抜く。

 

 「レティシア!?」

 

 「えっ」

 

 叩きつけられたグラムをシールドで受け止め、聞こえた声から相対している機体にレティシアが乗っている事に気がついたアスランは叫ぶ。

 

 「レティシアさん!!」

 

 「アスラン、君がその機体に……」

 

 グラムを弾き返すとアイテルをビームライフルで狙撃する。

 

 しかしアスト相手の時とは違い、狙うのはあくまで武装やメインカメラであり、決してコックピットは狙わない。

 

 「レティシアさん、俺と来てください!」

 

 「何を言って……何故そこまで私に拘るのですか?……仮に貴方について行ったとして同盟軍の中には私が守りたい人達がたくさんいます。その人達を捨てろと?」

 

 「そ、それは……」

 

 「はっきり言いますが、私があなたと行く事はありません」

 

 「レティシアさん、俺は……」

 

 言葉が詰まる。

 

 ここでブランデルのしようとしている事を口外はできない。

 

 かといってこんな場所で自分の気持ちをはっきり言えるような人間でもなかった。

 

 「貴方は何がしたいのです!!」

 

 ジュラメントのビームをかわしながら、逆にビーム砲を撃ち返す。

 

 アスランは歯を食いしばり、アイテルの後ろに回り込むと背後からバックパックを狙いビームソードで斬りつける。

 

 だがレティシアは機体を半回転させるとジュラメントの斬撃を回避してみせた。

 

 「なっ」

 

 見事と言わざる得ない、鋭い反応に思わず驚愕してしまう。

 

 完全に捉えたと思った一太刀だったのだ。

 

 それをああも見事に回避されるとは―――

 

 呆然としている間にも蹴りを入れられ、体勢を崩した所にグラムを叩きつけられた。

 

 アスランは操縦桿を引き、ペダルを踏み込むと機体を左に流す。

 

 だがグラムの一撃を回避するには至らず、ビームライフルを斬り裂かれてしまった。

 

 「強い!」

 

 流石『戦女神』と呼ばれたパイロット、元々手加減出来る相手ではなかった。

 

 彼女を行かせる訳にはいかない。

 

 なら―――

 

 「……貴方を連れ戻します。力づくでも!!」

 

 アスランのSEEDが弾ける。

 

 動きの変わったジュラメントはプラズマ収束ビーム砲で牽制するとスラスターを全開にし、一気にアイテルに肉薄する。

 

 「うおおおおおお!!」

 

 「速い! それに動きも変わった!?」

 

 

 レティシアは先程までとは別人のような動きに戸惑ったが、すぐに認識を切り替える。

 

 叩きつけられたビームソードをシールドで逸らしながら、機関砲を撃ち込んで距離を取る。

 

 それでも止まらないジュラメントにグラムを構え迎え撃つ。

 

 「レティシアさん!」

 

 イノセントが割って入ろうとするが、今度は別の方向から放たれたビームが襲いかかってくる。

 

 「増援か!?」

 

 アストは下方に機体を加速させると、今までイノセントがいた場所を閃光が薙ぐ。

 

 「なんだ?」

 

 ビームが放たれた方向から、凄まじいスピードで見たこともないモビルスーツが突っ込んでくるのが見える。

 

 「また新型か!」

 

 かなりの速度が出ていたにも関わらず、正確な射撃でイノセントを狙ってくる敵パイロットの技量に舌を巻く。

 

 「避けられたか」

 

 あの距離からの射撃で倒せるほど甘い相手ではなかったらしい。

 

 だが―――

 

 コンビクトの最大出力で戦場まで辿り着いたシリルもアスランと同じく白い機体のパイロットに気がついた。

 

 「乗っているのは『消滅の魔神』、ならばここで決着をつける!!」

 

 腰からビームサーベルを引き抜くと、バーニアを全開にしてイノセントに迫った。

 

 アストはコンビクトの速度に驚くものの、退くことなくビームサーベル抜き、互いの光刃をシールドで受け止めると同時に弾け合う。

 

 「これってまさか、あのシグーのパイロットか」

 

 よりによってあいつとは。

 

 キラも仕留めきれたかは分からないと言っていたが、やっぱり生きていたらしい。

 

 今まで戦ってきた敵の中でも危険な相手の1人であるが、自分もあの頃に比べて成長はしている。

 

 「前みたいにはいかない!」

 

 スピードを生かした戦法で一撃離脱を図ってくる敵の攻撃をやり過ごしながら、ビームライフルとアクイラ・ビームキャノンを同時に放つ。

 

 「チィ、一筋縄ではいかないか」

 

 コンビクトに襲いかかる三つの閃光をシリルは機体を上昇させて回避するとビームライフルでイノセントの動きを牽制し、ビームランチャーで狙いをつけた。

 

 「落ちろ!!」

 

 再び放たれた凄まじいビームの光をアストは旋回して回避すると、背中のワイバーンを展開して斬り払った。

 

 「何!?」

 

 その攻撃に意表をつかれたシリルはシールドで防御の構えを取った。

 

 ただ正面から受け止めるだけでは盾ごと斬り裂かれてしまうため、ビームの進行方向にシールドごと機体も流し、光刃を受け流した。

 

 「流された!?」

 

 「今のは驚かされたぞ、流石『消滅の魔神』だ。しかしもう通用すると思うな!!」

 

 シリルは無防備とも思える背中を狙い連続でビームライフルを撃ち込んだ。

 

 しかしイノセントはビームを数発をかわし、残りのビームは機体を回転させワイバーンで弾き飛ばすという離れ業で防いでみせる。

 

 「あんな事まで、できるのか」

 

 敵の技量に思わず歯噛みすると再びビームサーベルを構え、イノセントに斬り込んでいった。

 

 

 

 

 モビルスーツからの攻撃、そして同時にヘイムダルはエターナルの攻撃にも晒された事で完全に動きを鈍らされてしまった。

 

 今なお撃ち込まれたミサイルを防衛についているスウェアが撃ち落とす。

 

 「しつこい!」

 

 迫ってきたシグーをビームサーベルで斬り飛ばし、後ろを抜いたジンにタスラム散弾砲で撃破する。しかしジンを撃墜したのも束の間、別方向から次の敵が攻撃を仕掛けてくる。

 

 「くそ、俺でだけでは捌ききれんぞ!」

 

 シグーのビームライフルを防御しビームガトリングで狙い撃ちにする。

 

 そして重斬刀を振り下ろそうとしたジンにイーゲルシュテルンを撃ち込んで怯ませた隙にサーベルを横薙ぎに一閃した。

 

 奮戦するスウェアに助けられ、ミサイルの攻撃で揺れるヘイムダルのブリッジでもヨハンが指示を飛ばす。

 

 「対空防御! 主砲発射、目標敵戦艦!」

 

 ヘイムダルより発射されたビームがエターナルに襲いかかった。

 

 「回避! 主砲撃てぇー!!」

 

 バルトフェルドの指示通りにアイシャの操舵でビームを回避すると同時に撃ち返す。

 

 ヘイムダルが艦体を傾けるとビームが通り過ぎ、そして発射したリニアカノンがエターナルの右舷を掠めた。

 

 「やるな!!」

 

 「相手の指揮官も大したものだな!」

 

 バルトフェルドとヨハンは互いの指揮を称賛する。

 

 しかしヨハンの方には余裕はなくなりつつあった。

 

 この包囲網を破り、突破するには一手足りない。

 

 迫ってくる敵モビルスーツはスウェアが防いでいるが、放たれるミサイルの迎撃は難しくなっているが、他の機体の援護は期待できない。

 

 イノセント、アイテルは敵の新型を抑えている為こちらに手が回らないからだ。このままでは敵に包囲殲滅されてしまう。

 

 徐々に追い詰められていく状況にヨハンは焦りを募らせていった。

 

 

 

 そんな戦闘の状況をマユはモニターで見ていた。

 

 敵の砲撃によって震動が起こるたびに焦燥が募っていく。

 

 「……アストさん」

 

 アストの乗るイノセントが敵と戦っている。

 

 これでいいのか、私は?

 

 肩のトリィを見る。

 

 アストは自分を何度も助けてくれた。

 

 キラは元気づける為にトリィを渡してくれた。

 

 兄を救うためにラクスは上の人間に掛け合ってくれた。

 

 レティシアはマユの我儘に嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。

 

 みんなが命がけでここまで自分を連れてきてくれたのだ。

 

 何時も誰かが助けてくれたというのに本当にこのままでいいのか?

 

 「……違う、私もみんなを助けたい」

 

 訓練を受けたのもアスト達の足手まといになりたくなかったからだ。

 

 だから今度は―――

 

 「……私も、みんなの為に!」

 

 そう思い立つとマユは待機していた部屋から飛び出す。

 

 震動が起きるたびに何かに掴まりながら、格納庫に飛び込むと視線の先にあったのはメタリックグレーの巨人。

 

 静かに佇むモビルスーツが自身を動かすパイロットを今か今かと待っていた。

 

 それを見つめ、意を決して床を蹴るとコックピットを開いて乗り込んだ。

 

 「君、何をしているんだ!」

 

 整備の人間が止めに入ろうとするが、今のマユには届かない。

 

 コックピットハッチを閉じ、機体を起動させる。

 

 キーボードを叩くマユの操作に淀みはない。

 

 「……調整はこれで良し。機体名は―――『ターニング』」

 

 SOA-X02『ターニング』

 

 スウェアと同じく次期主力機開発計画の試作機である。

 

 可変機構を備え、Nジャマーキャンセラーを搭載し、武装も基本装備に加え腕にグレネードランチャー、背中に改良したアグニ改を装備している。

 

 この機体がヘイムダルに運びこまれていたのは、最終調整がようやく終わったから。

 

 今回の任務が終了した後でレティシアがテストパイロットを務める形で稼働テストを行う予定だったのだ。

 

 《ターニングに乗っているいのは誰だ?》

 

 「私です!」

 

 《君は!? 早く降りなさい、それは―――》

 

 「行かせてください。訓練は受けています」

 

 《しかし!!》

 

 「今は一機でもモビルスーツがあった方が良い筈です! 私もみんなを助けたい!!」

 

 マユの言葉にヨハンは言葉を詰まらせる。

 

 彼女の言う事は正論であった。

 

 このままではこの場を突破する事は難しい。

 

 しかしこんな子供を戦場に送り出すなど―――人としての良心と軍人としての判断がせめぎ合う。

 

 悩んだ末にヨハンは決断した。

 

 《……決して無理はしない事、それが条件だよ》

 

 ヨハンの言葉にマユは顔を綻ばせ頷いた。

 

 「はい!」

 

 PS装甲が展開され、カタパルトに移動する。

 

 汗で滲んだ手で操縦桿を握り直すと閉じていた目を見開いた。

 

 大丈夫、今度は私が―――

 

 《進路、オールグリーン。ターニングどうぞ!》

 

 「マユ・アスカ、ターニングガンダム、行きます!」

 

 マユの体が射出された際のGでシートに押しつけられる。

 

 それでも歯を食いしばり戦場に飛び出した。

 

 「まずは!」

 

 取りつこうとしているジンにビームライフルを向け、敵をロックしトリガーを引く。

 

 ビームライフルから放たれた閃光が真っ直ぐ進み、ジンの胴体を撃ち抜いた。

 

 「やった?」

 

 敵機を落した事で動きを止めたターニングに側面から回り込んだジンが重斬刀で斬りつけ、斬撃の直撃で機体を大きく揺らす。

 

 「きゃぁぁぁぁ!!」

 

 思わず悲鳴を上げるマユ。

 

 しかしPS装甲に実体剣は通用しない為、損傷は無かった。

 

 「しっかりしなきゃ!」

 

 頭を振り視界をはっきりさせると追撃してきたジンの攻撃をシールドで止め、同時にビームサーベルを抜くと逆袈裟に振るって斬り裂いた。

 

 「ハァ、ハァ、動きを止めたら駄目」

 

 落ち着くために息を吐くと操縦桿を握りなおす。

 

 撃ち込まれたミサイルをビームライフルとイーゲルシュテルンで迎撃し、同時にシグーを撃墜した。

 

 「次は!」

 

 そこにミサイルを撃ち落としたスウェアが近づいてくる。

 

 「誰が乗っている?」

 

 「イザークさん!」

 

 「……まさか、マユか!?」

 

 「はい!」

 

 まさか新型に乗っているのがマユとは思わなかったのかイザークは酷く動揺する。

 

 「何故そんなものに!?」

 

 「話は後です」

 

 確かにその通り。

 

 今も敵は手を緩める事無く、攻撃を仕掛けてくる。

 

 「チッ、マユ、俺の傍から離れるなよ!」

 

 「はい!」

 

 マユのフォローを行いながら、敵機を近づけまいとスウェアは砲口を構える。

 

 ターニングが出た事でヘイムダルに余裕が出来た事で、ヨハンは脱出の為の一手を打つ。

 

 「マユちゃん、こちらが指示したらアグニ改で敵艦を狙うんだ。座標を転送する」

 

 ターニングのコックピットに座標が転送され、同時にヘイムダルからミサイルとリニアカノンを一斉に発射されるとエターナルに襲いかかる。

 

 敵艦が迎撃に集中した隙にマユは座標に向けアグニ改を構えた。

 

 援護の為にスウェアがビームガトリングで敵機を牽制し、ヘイムダルも敵機にミサイルを発射する。

 

 「今だ!」

 

 「はい!」

 

 マユは指示通り背中に装備されているアグニ改をせり出すとターゲットをロックし、発射した。

 

 アグニ改の砲口から凄まじいビームが発射され、エターナルに襲いかかる。

 

 それに気がついたバルトフェルドは即座に声を上げた。

 

 「回避!!」

 

 強力な砲撃がエターナルの左舷を掠めるように通り過ぎた。

 

 「外れた!?」

 

 「いや、そうでもない」

 

 ターニングのアグニの閃光はエターナルの左舷をわずかながらに損傷させていた。

 

 「損傷は!?」

 

 「軽微ですが、エンジンに若干の影響が出ます!」

 

 「やられたな」

 

 これでは推力を上げられず、敵艦に追いつけずに逃げられてしまうだろう。

 

 状況を的確に読んでいたヨハンは即座に指示を飛ばした。

 

 「モビルスーツに撤退信号! 同時に全砲門開け! モビルスーツの撤退を援護せよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 撤退信号が上がると同時にイノセントもアイテルも撤退を開始する。

 

 アストはコンビクトの懐に飛び込むと体当たりして、突き飛ばし、さらに蹴りを入れて距離を取った。

 

 「ガンダムゥゥ!!」

 

 シリルは叫びを無視し、アストは即座に機体を反転させた。

 

 レティシアも撤退したいがアスランの苛烈な攻撃に晒され、撤退できない。

 

 「逃がしませんよ!!」

 

 ビームソードを受け止め、グラムで斬り返す。

 

 アスランは左足のビームソードでアイテルを蹴りあげ、さらに右手のビームソードを袈裟懸けに振るう。

 

 繰り出される攻撃を回避しながら、レティシアも斬り返す。

 

 「くっ、隙がない」

 

 レティシアに焦りが募るが、それに構う事無く再び斬りかかってきたジュラメント。

 

 その時、数発のビームが襲いかかる。

 

 「何!?」

 

 「下がれ、レティシアさん!!」

 

 イノセントがビームライフルでジュラメントを牽制する。

 

 「アスト君!」

 

 「退くぞ!」

 

 「はい!」

 

 アイテルを逃がすように立ちふさがるイノセントの姿にアスランは激しい怒りを抱く。

 

 「アスト・サガミィィィィ、貴様は、本当にいつも、いつも!!」

 

 怒りに任せプラズマ収束ビーム砲を放つ。

 

 「アスラン・ザラァァァ!!」

 

 アストのSEEDが弾けた。

 

 プラズマ収束ビーム砲を潜り抜け、ビームサーベルを振るう。

 

 アスランはシールドで防御するが同時にナーゲルリングでジュラメントを弾き飛ばした。

 

 「ぐぁぁぁ! くそぉぉ!!」

 

 衝撃に耐えるアスランだが、次の瞬間アイテルがグラムを投げつけてきた。

 

 態勢を崩した状態でシールドを構えるが、レティシアはジュラメントに直撃する前にグラムをビーム砲で撃ち抜いた。

 

 グラムが破壊され、引き起こされた爆発を目くらましに2機が反転する。

 

 その姿にアスランはそれを見て叫んだ。

 

 「レティシアァァ!!!!」

 

 全機の帰還を確認したヘイムダルは全ミサイルとリニアカノンを前方と背後に撃ちこむ。

 

 それに怯んだ敵編隊の穴を狙い、一気に艦を加速させた。

 

 「機関最大!! 急速離脱!!」

 

 ヘイムダルは宙域から全速で離脱した。

 

 

 

 

 それを見ていたアスランは思わずコンソールを殴りつけた。

 

 「くそォォ! またか、またお前は俺から奪うのか!!」

 

 友を奪い、仲間を奪い、そして今度はレティシアまで―――

 

 「……今度こそは、奴を」

 

 アスランは闇を睨みつけ、暗い声で静かに呟いた。

 

 

 

 

 ヘイムダルが戦闘宙域から離脱して格納庫に降り立ったアストは座り込んでいるマユに駆け寄った。

 

 彼女はさっきの戦闘でターニングで出撃したという。

 

 危惧した事が現実になってしまった。

 

 彼女を戦いには絶対に巻き込みたくなかったのに。

 

 「マユ、大丈夫か!?」

 

 「ハァ、ハァ、は、はい」

 

 どうやら怪我はないようだが―――

 

 「彼女は大丈夫だ」

 

 イザークの言う通り、息が荒いが無事らしい。

 

 多分初戦闘の緊張と疲労によるものだろう。

 

 アストもキラも最初はこんな風に座り込んで動けなかったから分かる。

 

 「マユ、どうして出撃なんてしたんだ!」

 

 「ハァ、私もみんなを守りたかったからです。助けて貰ってばかりだから、だから今度はって」

 

 それは奇しくもアスト自身の戦う理由と同じである。

 

 自分もかつてそう考えた。今度は自分がと―――

 

 「そう、出撃した事は素直に喜べないですが……ありがとう、マユ」

 

 「レティシアさん」

 

 「そうだな、マユに助けられた」

 

 レティシアもイザークもどこかホッとした様子でマユを見つめる。

 

 アストもため息をつきながらも膝をつくとマユの肩に手を置いた。

 

 「……色々言いたい事はあるけど、今は一つだけ言わせてもらう。よく生き延びた、上出来だ」

 

 それはかつてムウがアルテミスに向かう際の戦闘後にアストとキラにかけた言葉だった。

 

 「アストさん……」

 

 マユは涙を滲ませると静かに泣き始めた。

 

 それをレティシアが抱きしめる。

 

 なんであれ生き延びて本当に良かった。

 

 アストは立ち上がると、いつも通り不機嫌そうな顔のイザークに笑みを零す。

 

 そして互いに拳を差し出して軽くぶつけ合った。




キャラクタ―紹介、機体紹介2を更新しました。

機体紹介3投稿しました。


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第35話  選んだ道

 

 

 

 

 プラントを離脱したヘイムダルは予定ポイントであるL4に向かっていた。

 

 なんとか追手も振り切り、クルーも安堵が広がりブリッジの空気も緩んでいる。

 

 これからもう一隻の戦艦と合流し、ヴァルハラに帰還する事になっている。

 

 しかし合流してもすぐに離脱とはいかない。

 

 先ほどの戦闘でわずかながらでも損傷を受けた為、応急修理だけでもしなければならない。

 

 だがあれだけの攻撃に晒されながらこの程度で済んだのは僥倖と言える。

 

 艦長を任されていたヨハンからすればクルーの奮戦に感謝の言葉しかない。

 

 ブリッジを訪れていたアストとレティシアはヨハンより今後の説明を受けていた。

 

 「それで、もう一隻の艦というのは『オーディン』ですか?」

 

 「はい、先に『メンデル』で待機している筈です」

 

 コロニー『メンデル』は数年前、バイオハザードを引き起こし閉鎖されたコロニーである。

 

 だがそれはあくまでメディアが発表した事であり、裏では別の事が囁かれていた。

 

 メンデルは遺伝子の研究をしていた事でも有名であり、ブルーコスモスに狙われテロが起こったのではないかと。

 

 この真偽はどうあれ、メンデルの一連の事件は大規模テロ事件の一つとして世間では数えられている。

 

 「メンデルか……」

 

 レティシアとヨハンの会話を聞きながらアストは憂鬱な気分になった。

 

 またこの名前を聞く事になるとは―――正直メンデルの名前は聞きたくない。

 

 嫌な事しか思い出さないからだ。

 

 そんなアストの様子に気がついたのかレティシアが傍に寄ってくる。

 

 「アスト君、大丈夫ですか? 顔色が良くありませんが……」

 

 「え、ああ、大丈夫ですよ」

 

 気遣うレティシアに笑顔で返す。

 

 余計な事で心配させる訳にはいかないとアストとしては笑顔で返したつもりだったのだが、ぎこちなく見えたのかレティシアはますます心配そうにこちらを見つめている。

 

 変に詮索される前に話題を変えた方がいい。

 

 「えっと、目的地までどのくらいですか?」

 

 「ああ、後一時間くらいだね」

 

 「分かりました。俺はマユと訓練しながら、イノセントの整備を手伝ってきます」

 

 あの後、マユはターニングのパイロットに志願し、承認された。

 

 アストは最後まで反対したのだが、彼女の決意は非常に固く結局認めざる得なかったのだ。

 

 アストが逃げるようにブリッジを離れると残された二人は訝しげな表情を浮かべる。

 

 「彼、様子が変でしたね」

 

 「そうですね……」

 

 レティシアは不安そうにブリッジの入口を見つめる。

 

 彼のあんな顔は初めて見た。

 

 まるで悪夢を見た後のような、酷い顔だった。

 

 「すいません、ここはお願いします」

 

 「ええ」

 

 やはり心配で、放ってはおけないとレティシアはアストを追い、ブリッジを離れた。

 

 

 

 

 格納庫に向かうアストに脳裏にかつて言われた言葉が蘇る。

 

 ≪やっぱり、お前なんて―――≫

 

 メンデルの名前を聞いたせいか、嫌でも思い出してしまう。

 

 「……とっくに吹っ切ったはずだ」

 

 首を振って余計な考えを追い出し、エレベーターのボタンを押そうをした時―――

 

 「待ってください、アスト君」

 

 「レティシアさん?」

 

 レティシアが後ろから無重力の通路を進んで来る。

 

 どうやら追いかけて来たらしい。

 

 アストの目の前に来ると、心配そうに顔を覗き込んできた。

 

 「……あの、どうかしたのですか?」

 

 「えっ?」

 

 「……先ほども言いましたが顔色が良くありません。何か悩み事ですか?」

 

 気を使わせてしまった事に罪悪感を覚え、彼女に感謝しながらも否定する。

 

 「いえ、大丈夫ですよ」

 

 アストとしては心配させないようにしたつもりだったのだが、レティシアはさらに顔を曇らせた。

 

 「えっと、どうかしました?」

 

 「……私では頼りになりませんか」

 

 レティシアはアストの力になりたかった。

 

 しかし自分では彼の力にはなれないのだろうかと悲しそうに俯く。

 

 「いや―――えッ!?」

 

 良く見ると瞳に涙を溜め、今にも零れそうになっている。

 

 「ちが、違いますよ!」

 

 レティシアの予想外の反応に思わず狼狽してしまう。

 

 「……では」

 

 「えっと、単に昔を思い出しただけですよ」

 

 「スカンジナビアの事ですか?」

 

 「まあ、そうですね」

 

 だがそれだけであんな顔はしないだろう。

 

 キラ、ラクスと話した時は様子に変化はなかった筈―――そこまで考えてすぐに察した。

 

 「……聞いた話以外にもなにかあるのですね?」

 

 鋭い。

 

 前も思ったが彼女の勘はムウ並みに鋭い。

 

 どうやら隠し事はできないらしい。

 

 「……ええ、まあ。すいません、気持ちの整理がついたら話しますから」

 

 「……こちらこそ、ごめんなさい。詮索してしまって」

 

 「いえ、ありがとうございます。いつか必ず話しますから」

 

 「はい、いつでも言ってくださいね」

 

 アストの言葉にようやくレティシアが笑顔を浮かべる。

 

 やっぱり彼女は笑っていた方が良いとこちらも笑みを返した。

 

 

 

 

 

 戦闘を終え、各機の調整が行われている格納庫のシミュレーターではマユがイザークを訓練を行っていた。

 

 「はああ!!」

 

 スウェアのビームサーベルをシールドで弾き返すとターニングはビームライフルを構える。

 

 しかしロックしようとした時には、敵機はすでに射線上から移動しており、当てる事ができない。

 

 「駄目だ! 相手の行動を確認してから対応していてはすぐにやられてしまうぞ!」

 

 「は、はい!」

 

 理屈は分かっているが、上手くできない。

 

 こちらの隙を見て撃ち込まれたタスラムの砲弾をかわしながら、ビームライフルを放つがスウェアを捉える事ができない。

 

 「どこに……えっ!?」

 

 いつの間にか接近され至近距離からのガトリング砲の連弾の堪らず飛び退こうとするが、一歩遅かった。

 

 その前に懐に飛び込んできたスウェアに蹴りを入れられ、体勢を崩されてしまう。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 シートが蹴りを入れられた反動で激しく揺れる。

 

 その振動を歯を食いしばって耐え、横薙ぎに振るわれたビームサーベルに気がついたマユはスラスターを吹かし、機体を後方に下がらせた。

 

 しかしそれでも完全に回避する事は出来ず、左足を斬り落とされてしまう。

 

 「きゃあああ!!  ま、まだ足を斬られただけ!!」

 

 体勢を立て直しビームサーベルを構えてスウェアに突っ込んでいくが、片足を落とされたターニングはバランスを崩し、袈裟懸けの斬撃はあっさりかわされてしまう。

 

 「機体のバランスを考えろ! 損傷すればそれだけで通常通りには動かなくなる!」  

 「まだ!」

 

 マユはスウェアにアグニ改を構える。

 

 しかしイザークはターニング接近にしアグニ改をシールドで逸らすと、気がついた時にはコックピットをビームサーベルで貫かれていた。

 

 その瞬間、ビーという音の後、モニターに終了の文字が映った。

 

 「えっ」

 

 「終わりだ」

 

 呆然としたマユにイザークは構わず声をかける。

 

 「敵の体勢も崩さず、いきなりあんなものを構えても当たる筈はないだろう」

 

 「……すいません」

 

 マユは悔しさで唇を噛む。

 

 こんなんじゃ駄目だ。

 

 これではみんなを―――アストを守る事などできない。

 

 気分を切り替える為、息を吐くとイザークに頼み込んだ。

 

 「もう一度お願いします!」

 

 「……少し休憩しろ。さっきからずっとだろう」

 

 「でも!」

 

 「水分を取って、少し休め」

 

 「……はい」

 

 イザークはシミュレーターを離れ、近くに座り込むと未だシートに座っているマユを見つめる。

 

 正直なところイザークは彼女の才能に驚いていた。

 

 もちろんまだまだ素人臭さは抜けていないが、それでも短期間にここまで腕を上げるとは末恐ろしい。

 

 このまま鍛えていけば、マユはアストやキラの技量にも届くパイロットになるだろう。

 

 それが彼女にとって良い事なのか、イザークには判断できない。

 

 せめて今してやれる事は彼女が生き延びられるように鍛えてやる事くらいである。

 

 「イザークさん、そろそろお願します!」

 

 「分かった」

 

 休憩を終え、立ち上がると続きを行う為、シミュレーターの方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 ヘイムダルを追撃するも後一歩のところで逃がしてしまったエターナルは損傷した部分の修復を行っていた。

 

 とはいっても損傷自体は軽微で、わざわざドックに戻るまでもなく修理可能なのは不幸中の幸いであった。

 

 その後はクルーゼ隊と合流し、再度追撃に向かうことになっている。

 

 そんな中アスランは艦長室に呼ばれ、バルトフェルドにコーヒーを振舞われていた。

 

 ブリッジにいたダコスタは気の毒そうにこちらを見て、一緒に来たアイシャは面白そうに笑っている。

 

 「さ、できたぞ」

 

 振舞われたコーヒーを口にする。

 

 「うん、おいしいですね」

 

 アスランが満足そうに頷くとバルトフェルドも嬉しそうに喜んだ。

 

 「いや~嬉しい。味を分かってくれる人間が少なくてねぇ。勧めてもみんな嫌がるし」

 

 「毎日コーヒーばかり飲まされれば、彼らだって嫌がるでしょう」

 

 「僕は気にならないけどね」

 

 「貴方はね」

 

 長年連れ添った夫婦のようなやり取りにアスランは戸惑気味にコーヒーを飲む。

 

 この雰囲気はきつい。

 

 かなり居づらいのだが、本人達はまるで気がついていないらしい。

 

 思わずため息をついてしまう。

 

 今、自分はそんな気分ではない。

 

 結局彼女をこちらに連れ戻せなかった事、それが彼を余計に気落ちさせていた。

 

 「あの、バルトフェルド艦長。私に何か話があったのでは?」

 

 「ああ、君と話がしたかったんだよ。仲間としてね」

 

 仲間。確かにアスランはエドガーの提示した意志に賛同した。

 

 人によってはまぎれもなく自分たちは裏切り者という事になるのかもしれない。

 

 今のプラントのやり方を否定するという事なのだから。

 

 あの時、車で提示された事を思い出す。

 

 

 

 「アスラン、君はこの先プラントに未来があると思うか?」

 

 「え、それは……」

 

 「私はこのままでいけばプラントに未来は無い、そう思っている。少なくともパトリック・ザラのやり方では破滅するだろう」

 

 それについては反論のしようが全くなかった。

 

 あの様子を見た後では余計にそう思ってしまう。

 

 「……つまりあなたがやろうとしているのは、クーデターって事ですか?」

 

 「……まさか。武力に訴えて、無理やり政権を奪うつもりはない。しかしプラントの事は君も分かっているだろう」

 

 「ええ……」

 

 アスラン自身が身に染みて分かっていることだ。

 

 「しかも今ではNジャマ―キャンセラーまで開発してしまった。情報漏洩も時間の問題だろう」

 

 「えっ、何故です?」

 

 「オペレーション・スピットブレイクの攻撃目標変更は一部の人間しか知らなかった。にも関わらず情報は地球軍に早期から漏れていた。これはパトリック・ザラ周辺の人物が裏切り、情報を流しているという事だ」

 

 「ではそれを知らせれば!」

 

 「あの議長殿がこちらの言い分を信じるとでも?」

 

 そう言われたらアスランも黙る他なかった。

 

 おそらくパトリックは今でもエドガー、もしくはクライン派の人間が漏らしたと考えているに違いない。

 

 「私達も誰が裏切り者か探らせているが、司法局も動いていてね。なかなか情報が掴めない」

 

 「そうですか……」

 

 その裏切り者さえ見つかれば、状況も変わるかも知れないのに―――

 

 「再びプラントが核で焼き払われる可能性も否定できない」

 

 「くっ!」

 

 それだけは何としても防がなくてはならない。

 

 母のような悲劇だけは二度と起こさせてはならない。

 

 「だから私はプラントの住人を密かに用意したコロニーに移住させている」

 

 「えっ」

 

 つまりパトリックの言っていたプラントから退去していた人達はそのコロニーに行っていたという事なのか?

 

 「しかしそんなコロニーをどこから?」

 

 「最初に用意したコロニーは老朽化したり、破損したものを修復したものだ。そこから新たなコロニーも建造した。もちろん見つからないようにミラージュ・コロイドを使ってな」

 

 なるほど。

 

 疑問はまだあるが、すべて聞いてからにしようと思考を切り替える。

 

 「そしてこの期に私はもう1つの根本的な問題を解決したいと思っている」

 

 「もう1つ?」

 

 「出生率の低下だ」

 

 今プラントでは出生率の低下が大きな問題になっていた。

 

 コーディネイターは世代が進むにつれ遺伝子配列が個別に複雑化した事で受精が成立せず、遺伝子の型が組みあわない者同士は出産が不可能という事実が発覚したのである。

 

 その対策として婚姻統制を敷いているものの、未だ問題の解決には至っていない。

 

 「パトリック・ザラはコーディネイターの知識や技術の力で何とかすると言っているが、それで解決はしないだろう。……この問題の解決は私はナチュラルの力が必要になってくると思っている」

 

 それは奇しくもシーゲル・クラインの考えと同じだった。

 

 出生率の問題に危機感を抱いていたのだろう。

 

 彼は南米の一部にコーディネイターを密かに移住させ、ナチュラルと交配させていたらしい。

 

 「しかし、プラントのコーディネイターもナチュラルもハーフを嫌悪していますし」

 

 「そう、だから意識改革が必要だ。ナチュラルだから、コーディネイターだから、そんな考え方を変えなくてはいけない。それを守るために武力もいる。そのためコロニー中には兵器工廠も作った」

 

 「それだけの資金や資材をどこから?」

 

 「今回の件は私の独断ではないのだよ。プラントの協力者はもちろん、コペルニクスの企業からも支援を受けている」

 

 流石にこれほどの規模とは思っていなかった。

 

 「そして人材も集めている。君たちが地球に行った際、ユリウスに頼んでいた」

 

 シーゲル死後、南米にいたハーフコーディネイター達や地球軍に破棄されかけた戦闘用コーディネイターなどを保護させていたのだ。

 

 「……それでどうするのです、プラントを?」

 

 「どうもしないさ。戦争中はザフトとしてプラントを守る。しかしその後はプラントを出ていくことになるだろう。私にはプラントの考え方は合わないらしくてな」

 

 プラントでエドガーの考えが受け入れられる事はないだろう。

 

 だからこそ同じ様な事を考えていたシーゲルも秘密裏に事を進めていたのだ。

 

 その事は彼自身も分かっている。

 

 それでもやるという、覚悟が垣間見えた。

 

 「ブランデル隊長のやろうとしている事は分かりました。しかしそれが戦いの引き金にはならないでしょうか?」

 

 「戦いは起きるよ。間違いなくね」

 

 「では……」

 

 「だがそれは何もしなくても同じ事だよ。結果が変わらないなら私は自分の意思で動く。ただこれは私の考えであって扇動する気はない」

 

 「ブランデル隊長」

 

 「アスラン、私は先ほど言った意識改革がこれから一番必要な事だと考えている。仮にこの戦争が終わったとしても再び争いは起きる。少なくともナチュラル、コーディネイターの対立は変わらん」

 

 「そうかもしれません」

 

 あの伝道所にいた子供達は決してザフトを許さないだろう。

 

 彼らだけではない。

 

 この戦争によって生まれた、憎しみが新たな戦いを呼ぶ事になる。

 

 「それを少しずつでも変えていく切っ掛けを作りたい。私達がやろうとしている事の結果が出るには長い時間が必要になるだろう。私達がその結果を見る事はないかもしれない。……裏切り者の汚名を被る事になるかもしれない。それでも未来の為に君の力を貸してほしい」

 

 頼むとエドガーは頭を下げた。

 

 もちろんアスランの返事は決まっている。

 

 今まではプラントの為に、母の仇を討つために戦っていた。

 

 しかし今度は未来の為に―――

 

 「分かりました。協力させてください」

 

 「ありがとう、アスラン。では君にもこれを見せておく」

 

 端末を再び操作した先に示されたデータは驚くべきものだった。

 

 「これは……」

 

 「まだ完成度は約60%といったところだ。いざという時にはこれを使う」

 

 こんなものまで―――

 

 「ユリウスには話しておく。これからは彼と動いてもらう事も多くなるだろう」

 

 「分かりました」

 

 

 

 

 そしてレティシア達を見つけ、こうして追撃している。

 

 「ブランデル隊長の考えをあなたはどう思っているんですか?」

 

 バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを眺めながら呟く。

 

 「賛同したからここにいるんだけどね。まあ人によっては綺麗事だとか、うまくいく筈がないとか言うかもしれないけど、だがこのままでもどうにもならないのは同じだろうからな」

 

 「確かにそうですね」

 

 「……あの少年にも言ったが、僕は先が見たいんだよ」

 

 あの少年?

 

 誰の事かは分からないが、昔に会った人物なのだろう。

 

 バルトフェルドはどこか懐かしいものを思い出すように天井を見上げていた。

 

 「先ですか?」

 

 「そう、この先が見てみたい。でもこのままじゃそれも見れない。だから僕は協力する事にしたんだよ。君は?」

 

 「俺は―――」

 

 色々な事が浮かぶ。

 

 母の事、キラの事、ラクスそしてレティシアの事、出会った子供たち、そしてセレネ。

 

 「……俺も同じです。少しでもこの先を良くするためにです」

 

 「そうか」

 

 話が一段落した所で今まで黙っていたアイシャが笑顔を浮かべてアスランを覗き込んでくる。

 

 「なんですか?」

 

 「……君って、レティシアちゃんの事、好きなの?」

 

 「なっ!?」

 

 アスランは驚愕して固まってしまった。

 

 「いきなり何を!?」

 

 「ほぉ~、そうなのか?」

 

 「い、いえ、その、なんで?」

 

 「聞こえてきた通信からそうなのかなって」

 

 迂闊だった。

 

 あの時は彼女を連れ戻す事しか考えていなかったから周りの事を意識していなかった。

 

 「で、どうなの? もしそうなら応援するわよ!」

 

 「え~と」

 

 質問の内容に困っていると、ブリッジから連絡が入った。

 

 不満そうにアイシャが通信を受けるとバルトフェルドに向き直る。

 

 「アンディ、ダコスタ君から。修理終わったみたいよ」

 

 「そうか、ではクルーゼに余計な事を言われる前に行くとしますか」

 

 「はい」

 

 質問がうやむやになった事に安堵しながら、艦長室を出る。

 

 するとバルトフェルドが再びアスランに問いかけた。

 

 「まあ、先ほどの質問は今度聞くとして」

 

 今度聞くつもりなのか―――アスランは憂鬱になりながら、バルトフェルドの言葉に耳を傾ける。

 

 「彼女をこっちに連れてくる事を諦めるつもりはないんだろう?」

 

 「ええ、 当然です!」

 

 アスランは諦めてなどいない。

 

 キラの時とは違う。

 

 必ず連れ戻すのだ。

 

 ブリッジに3人が入ったすぐ後に、エターナルはクルーゼ隊と合流するために発進した。

 

 

 

 

 

 

 L4に辿り着いたヘイムダルはメンデルに入港するとそこに白亜の艦『オーディン』が停泊していた。

 

 しかし驚いたのはアークエンジェルと見た事のない戦艦も一緒に止まっていた事だ。

 

 ブリッジにアスト達も集まってその戦艦を見つめる。

 

 「なんでアークエンジェルまで? それにあの艦は?」

 

 「あれはオーブの戦艦『クサナギ』ですよ。

 

 アークエンジェルを含めて護衛艦として派遣してくれたのでしょう」

 

 アストの疑問にヨハンが答えた。

 

 「なるほど」

 

 オーブの戦艦までここにいるという事はすべて見越していたという事か。

 

 あのアイラ王女は思った以上のやり手らしい。

 

 「さ、行きましょうか」

 

 艦を降り、全員で港に併設されている施設に向うと無重力の通路の先にある部屋でキラ達が待っていた。

 

 「アスト、大丈夫だった!?」

 

 アストの姿を確認したキラが寄ってくる。

 

 「ああ、マユのおかげで助かったよ」

 

 キラと無事を喜び合うと近くにいたトールも声をかけてくる。

 

 「アスト、大変だったな」

 

 「演習はどうだったんだ、トール?」

 

 「それが酷い目にあったよ。少佐にたっぷり絞られた」

 

 トールの事だ。

 

 おそらく無茶な行動でもしたのだろう。

 

 そんな雑談をしていると端にカガリが立っている事に気が付いた。

 

 傍にはキサカもいるのだが、どこか上の空で手元の写真を眺めている。

 

 「キラ、カガリはどうしたんだ?」

 

 「さあ、最近いつもああなんだよね。話かけても何でもないってはぐらかされたし」

 

 何かあったのだろうかと見つめているとこちらの視線に気がついたのか、すぐに写真を隠しキサカと別の場所に行ってしまった。

 

 「変だな」

 

 「うん、やっぱり変だよね」

 

 キラと顔を見合わせると、2人で首を傾げた。

 

 そして艦から降りたマユ、レティシアもラクスとの再会を喜んでいた。

 

 「心配しました。でも、無事で良かったです」

 

 「ラクスさん、心配掛けてすいませんでした」

 

 ラクスが顔を曇らせマユを抱きしめる。

 

 「えっ、あの」

 

 「あまり無茶な事をしては駄目ですよ」

 

 「はい、ごめんなさい」

 

 彼女もすでにマユがターニングに搭乗した事を聞き、心配していたのだろう。

 

 ラクスは抱擁を解くと、改めて問いかける。

 

 「……マユ、ターニングのパイロットになった事は聞きました。本当に良かったのですか?」

 

 「はい、私の選んだ事です。すべて覚悟していますから」

 

 決意を知ったラクスは、それ以上何も言わなかった。

 

 気遣いは分かっているが、やめるつもりはない。

 

 マユはあえて明るい声で別の話題を振った。

 

 「演習の方はどうでしたか?」

 

 「……ええ、うまく行きましたよ」

 

 ラクスもその話に乗って、そのまま雑談に興じた。

 

 その傍で皆の様子を眺めながらいつも通りの表情で壁に背中を預けていたイザークの肩をアネットが思いっきり叩いた。

 

 「いきなり何をする!!」

 

 「あんたが辛気臭い顔してたから。無事で何よりよ、イザーク」

 

 「ふん!」

 

 そっぽ向いたイザークを笑って見守るアネット。

 

 そしてヨハンも自身の上官の下にむかう。

 

 「遅いぞ、ヨハン」

 

 「すいません、中佐。これでも急いで来たのですが」

 

 「全く、こっちは自己紹介も済ませてしまったぞ」

 

 そんなテレサとヨハンのやり取りをマリューとムウが苦笑しながら見ていた。

 

 「ラミアス艦長、こいつが私の副官ヨハン・レフティ少佐だ」

 

 「マリュー・ラミアスです」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「で、こっちがムウ・ラ・フラガ」

 

 「エンデュミオンの鷹ですか……よろしくお願いします!」

 

 「よろしくな」

 

 一通りの自己紹介が終わるとテレサがヨハンに視線を戻す。

 

 「で、任務は完了したのか?」

 

 「はい。レティシアさんから、無事完了したと報告を受けています」

 

 満足したように頷くと、固い表情で問いかけてくる。

 

 「そうか、ところであいつは何処だ?」

 

 「え、ああ。彼なら、あそこです」

 

 ヨハンが指さした先に目的の人物がいるのを見るとテレサはすぐさま床を蹴って近づいていく。

 

 「久しぶりだな、ガキ」

 

 「え……」

 

 アストはテレサの姿に酷く驚いていた。

 

 「……アルミラさん、なんでここに?」

 

 「まったく、何年も連絡一つ寄こさんで、まさかパイロットになっているとはな」

 

 アストは驚きのあまり声が出ない。

 

 「何で私が此処にいるかは、オーディンの艦長だからだ」

 

 なんというかあまりの偶然に思わず、頭を抱えたくなった。

 

 というか今までこの可能性に思い至らなかった自分の迂闊さにため息が出る。

 

 そんなアストにキラが声をかけた。

 

 「アスト、アルミラ艦長と知り合いなの?」

 

 「……ああ、前に言った事あっただろ。軍人に保護されたって、この人だよ」

 

 「えっ!?」

 

 彼女がアストを助けた軍人!?

 

 意外な繋がりにキラも驚いたようにテレサを見つめる。

 

 そんなアスト達にテレサは呆れたような視線でこちらを眺めていた。

 

 「今でもお前の保護者は私になっているんだがな」

 

 「すいません」

 

 「全く、そう言う所は昔と何も変わってないな」

 

 「そうですか?」

 

 アストとテレサのやり取りに周りにいたキラ達はやや意外そうに2人を見る。

 

 何と言うか、もっと気まずい関係なのかと勝手に思っていたが、勘違いだったらしい。

 

 説教している筈のテレサですら、雰囲気に険悪なものは感じ取れず、どこか嬉しそうだ。

 

 一通り文句を言い終えたテレサはアストの顔を見ると怒っていた顔から一転し、心配そうな顔をする。

 

 「それでお前、ここにいて大丈夫なのか?」

 

 テレサの気遣いに笑みを浮かべる。

 

 どうやら変わっていないようだ。

 

 彼女は大雑把な部分もあるが、面倒見もいい。

 

 だから昔から部下には慕われていた。

 

 今回もアストがメンデルにいる事に心配になったのだろう。

 

 「……ええ」

 

 「……そうか、ならいい。ふん、まあ前よりはマシな顔になっているな。だが詳しい話は後だ。レティシア・ルティエンス」

 

 アストの顔を不安そうに見つめていたレティシアは突然呼ばれテレサの方を見る。

 

 「なにか?」

 

 「任務は完了したと聞いたが?」

 

 「ええ、大丈夫です」

 

 「ヨハン、ヘイムダルの修理にどの程度掛かる?」

 

 「ここに来るまでに応急処置はしてましたし、あと二時間もかからないかと」

 

 「ギリギリだな」

 

 ザフトとてこのまま黙っている筈はなく、当然追手が来るだろう。

 

 できればその前に此処を発ちたい。

 

 「修理を急がせろ。追撃が来る可能性が高い、アークエンジェル、クサナギもそのつもりで」

 

 「了解です!」

 

 「分かった」

 

 それぞれが艦に戻り、準備を始める。

 

 始めから今回のプラント潜入になんのトラブルも起こらないなどと考えてはいなかった。

 

 ヘイムダルが追われてくるのも想定済み。

 

 だからアイラは護衛の艦としてオーディンだけでなく、アークエンジェルやクサナギを寄こしたのだ。

 

 そんな中カガリがテレサに話しかける。

 

 「アルミラ中佐、ヘイムダル修復の間にモビルスーツのテストをしたいのだが、構わないだろうか?」

 

 「モビルスーツの?」

 

 「ああ、今クサナギでようやく組み上がったのだ。時間があるならデータを取りたい」

 

 「時間厳守でなら構わない。それからテストはコロニー内で行う事。外では目立つし、哨戒機を出すので邪魔になる」

 

 「分かった」

 

 カガリがクサナギに戻るのを確認すると、テレサもオーディンに戻って準備を始めた。

 

 

 

 

 クルーゼ隊の艦ヴェサリウスと合流したエターナルはブリーフィングを行っていた。

 

 内容はもちろんプラントに潜んでいた敵艦の追撃である。

 

 「しかし、L4ですか……困ったものですな、アレにも」

 

 「そうだな。テロリストに使われたり、今回のような事にもなる」

 

 アデスの言葉にラウは鼻で笑う。

 

 よりによってメンデルとは、これも運命という奴だろうか。

 

 「さて、どうするかな?」

 

 確認された戦艦は合わせて4隻。

 

 その内の1隻は彼らと縁深い戦艦アークエンジェル、さらにもう1隻がプラント付近にいた戦艦である。

 

 しかしもう2隻は不明艦である。

 

 同盟軍の戦艦である事は間違いないだろうが―――

 

 「敵戦力が正確に把握できないですし、特務隊の到着を待ってはいかがですか?」

 

 「逃げられてしまっては意味もないだろう」

 

 「それはそうですが……」

 

 アデスとしてはリスクをできるだけ避けたいのだろう。

 

 「隊長、我々で攻撃を仕掛けましょう」

 

 「ディアッカ、相手は同盟軍ですよ。油断は禁物です」

 

 ニコルがディアッカを諌める。

 

 彼も同盟軍相手となるとさすがに異論は挟まなかった。

 

 以前に起きた『オーブ戦役』によって同盟軍は世界にその力を見せつけた。

 

 それによって警戒したのはザフトも同じである。

 

 「ニコルの言うとおりだ、ディアッカ。ドレッドノート、イノセント、ジャスティス、フリーダム。この4機だけでも十分脅威だよ」

 

 特務隊の報告からすでにこれらの機体の事は周知の事実となっている。

 

 勿論、プラントからの技術流出があった事は極秘として伏せられているが。

 

 「ふむ、バルトフェルド隊長はどう思われる?」

 

 ラウの問いかけにバルトフェルドは明らかに嫌そうに答える。

 

 《……まあ、情報収集は必要じゃないかな。とはいえこっちはクルーゼ隊長の指示に従うように命令を受けているんでね。そちらに従おう》

 

 「なるほど」

 

 ラウが薄い笑みを浮かべるとそこに今まで黙っていたユリウスが発言する。

 

 「隊長、私がメンデルから侵入し、背後から奇襲しかけます」

 

 「……そこから情報収集も可能か。しかし、お前の機体はまだ工廠で調整中だろう?」

 

 「ゲイツで構いません。ただ僚機としてアスランを連れて行きたいのですが?」

 

 ラウが顎に手を当て考え込む。

 

 「アデス、特務隊はどのくらいで到着する?」

 

 「もうすぐかと」

 

 考えていたラウはそう時間もかけずに結論を出した。

 

 「……特務隊が到着次第、敵艦に攻撃を開始する。その際にユリウス、アスランの二名がコロニーに侵入し背後から奇襲攻撃を仕掛ける」

 

 「「「「了解」」」」

 

 エターナルとヴェサリスで作戦が決定していた頃、もう1隻ナスカ級がL4宙域に近づいていた。

 

 それに乗っていたのはクルーゼ隊が待ちわびていた特務隊であった。

 

 「で、クルーゼ隊の言うとおりに動くのか?」

 

 「そんなはずがないだろう。我々の任務は四機のZGMF-Xシリーズを完全に破壊する事だ」

 

 「データの方はいいのか?」

 

 「もちろんすべて排除していく事になるが、今は目の前の任務に集中しろ」

 

 「ともかく僕達は独自に動くんですね?」

 

 「当然だ。クルーゼに付き合ってやる必要などない」

 

 地球で破損したシグルドも修復が終わっている。

 

 さらに未完成部分も無くなり、専用装備も完成した事でようやく本来の力を出せるようになっていた。

 

 もうこれで奴に後れを取ることはない。

 

 「ククク、ようやく会えるぜ。なあ、レティシア」

 

 「……今度こそアストを殺す」

 

 2人共殺気立っているが、それはシオンも同じ事だ。

 

 これまでの屈辱の数々を思い出すだけで腸が煮えくり返る。

 

 だがそれもここまでだ。

 

 シオン達の戦意が高まった頃、ちょうどクルーゼ隊の艦ヴェサリウスとの合流地点に近づいてきた。

 

 ヴェサリウスの姿を確認し、すぐに通信を入れる。

 

 本当は無視して作戦行動を取りたいのだが、邪魔をされても面倒だ。

 

 「こちらザフト特務隊シオン・リーヴスです」

 

 《クルーゼ隊、ラウ・ル・クルーゼです。お待ちしていましたよ》

 

 ラウの皮肉とも取れる言葉を無視し、話を進める。

 

 「状況を説明してください」

 

 《はい》

 

 状況説明と事前にラウ達の立てていた作戦を聞くと納得したように頷いた。

 

 彼らに雑魚の相手を任せれば、目標に集中できる為、こちらとしても好都合である。

 

 「分かりました。その作戦で行きましょう。ただし我々は独自に動きますので」

 

 《作戦に参加していただけないと?》

 

 「戦闘には参加しますよ。しかし戦闘中はこちらの判断で動くと言っているのです。我々には任務もありますから」

 

 《……了解しました。ですが作戦開始のタイミングはこちらと合わせていただきたいのですが?》

 

 「ええ、いいでしょう」

 

 ラウからの通信を切ると同時に3人が格納庫に向かうとそこには地球に降りてきた頃とは違うシグルドの姿があった。

 

 背中には高出力化したスラスターを装備し、シオン機とマルク、クリス機の専用装備が装着された。

 

 シオンの機体は両肩にビームガトリング砲をつけ、腰に対艦刀『クラレント』を装備している。

 

 マルク機、クリス機は腰にミサイルポッドの装着し、さらに長い砲身を持つスナイパーライフルを装備していた。

 

 全員が機体に乗り込むと、出撃準備を整える。

 

 「よし、行くぞ!!」

 

 「了解!!」

 

 作戦開始と同時にナスカ級から三機のシグルドが発進した。

 

 「いいのですか、あれで?」

 

 「構わないさ。それに向うは特務隊だ。権限は我々よりも上だしな」

 

 「では、こちらも」

 

 「作戦を開始する。各機出撃させろ」

 

 「「了解!」」

 

 各オペレーターが指示を出すとモビルスーツが発進していく。

 

 「アデス、ここを頼むぞ。私も出る」

 

 「隊長自らですか?」

 

 「相手は強敵だ。それに慣らし運転には丁度いい」

 

 アデスには背を向けていたため見えなかったが、この時、ラウは笑みを浮かべていた。

 

 そろそろ『彼ら』も来る頃合い。

 

 ポケットに入ったディスクを『彼ら』に渡せばすべてが終わる。

 

 そう考えれば笑みも浮かぶというものだ。

 

 格納庫には1機のモビルスーツが佇んでいた。

 

 その造形は実に特徴的でまさにガンダムである。

 

 ラウが機体に乗り込もうとすると整備の一人が長々と説明をしてくる。

 

 「理論はおわかりだと思いますが」

 

 「ああ、大丈夫だ」

 

 適度にあしらうと機体に乗り込んだ。

 

 脳裏に浮かぶのはムウの事。

 

 「あの男に出来て、私に出来ないはずはない」

 

 それはある種の確信とも言える。

 

 ラウがスイッチを入れるとPS装甲が展開され―――

 

 「ラウ・ル・クルーゼだ。『プロヴィデンス』出るぞ!」

 

 破滅をもたらす天帝が動き出した。




機体紹介3更新しました。



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第36話  L4の激戦

 

 

 コロニーメンデルを中心とした同盟軍とザフトの戦闘が始まろうとしていた頃、数隻の艦がこの宙域に接近していた。

 

 その内の1隻は色に違いがあるものの、アークエンジェルと同じ形状の戦艦であった。

 

 地球軍強襲機動特装艦『ドミニオン』

 

 アークエンジェル級2番艦である。

 

 そのドミニオンのブリッジ、艦長席に座っていたのはかつてアークエンジェルにも乗艦していた事もある男セーファス・オーデン中佐であった。

 

 真っ直ぐに前を見ていたセーファスに副長のナタル・バジルール少佐が声をかけた。

 

 「オーデン艦長」

 

 「どうした?」

 

 「……今回の件、どう思われますか?」

 

 ナタルが口には出さないが不服そうに聞いてきた。

 

 新造艦であるドミニオンの初任務はザフトにいるスパイからの情報を受け取る事である。

 

 それだけでも眉を顰めそうなものなのだが、さらに軍属でもないあの男ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルの言う事を最優先とせよ、そんな面倒な要請のオマケ付きで任務をこなさなければならない。

 

 これでは副長のナタルとしては頭が痛い事だろう。

 

 さらに彼女がアズラエルに対して不信感を持っている理由は他にもある。

 

 手元の端末を操作してモニターに情報を映し出す。

 

 そこにはドミニオンに運び込まれた新型モビルスーツとパイロットのデータがあった。

 

 画面をスクロールさせ、最後に載っていたのは4機のGATシリーズと四人のパイロットの詳細データ―――いや、そうではない。

 

 ここに書かれている記述を素直に読み取るならば、パイロットではなく彼らはモビルスーツを動かす部品なのだ。

 

 肉体を改造され、薬物で強化された者達、それが生体CPUだった。

 

 それだけで吐き気がするほどの嫌悪感に襲われるというのに、記載されている4人の内最後の1人を見た。

 

 エフィム・ブロワ

 

 セーファス、ナタル共に知っている少年である。

 

 初めてこのデータを見た時は思わず立ち上がってしまったほど驚いたものだ。

 

 オーブ沖の戦闘で落とされたエフィムを偶然通りかかった地球軍の哨戒機が発見し保護したらしい。

 

 だが詳しい経緯は教えてもらえず、表示されたデータはすべて抹消済みとなっている。

 

 戦死したと思われていた者が生きていた。

 

 本来ならば喜ぶべき事なのだろう。

 

 だが兵器にされていたとなれば、それは生きていたとしても喜んで良い事なのだろうか?

 

 「……今回の件は当然、罠である可能性もありますし」

 

 「言いたい事は分かる。私も同じ意見だが、彼がこちらの言い分を聞いてくれるとは思えん」

 

 「それはそうですが……」

 

 ナタルの顔が曇る。

 

 最近彼女はこういう顔が増えてきた。

 

 以前の彼女ならば命令に異論を挟む事などなかったというのに、それだけに驚きの変化と言える。

 

 「大丈夫だ。クルーの命くらいは私が何とか守ってみせるさ」

 

 「艦長……」

 

 セーファスの頼もしい言葉にナタルは頬を緩ませた。

 

 その時ブリッジの扉が開いて、いつものニヤついた顔でアズラエルが入ってきた。

 

 「あと、どれくらいですかね?」

 

 「……もうすぐです。今の内にモビルスーツの出撃準備をしてもらえると助かりますが?」

 

 「これは失礼、すぐに準備させましょうか」

 

 アズラエルは後ろに控えていた白衣の研究員に指示を出す。

 

 やはりナタルはこの男を好きになる事が出来ない。

 

 言い方や仕草がいちいち癇に障る。

 

 それはセーファスも同じはずだが、彼はそれをおくびにも出さず平然と対応しているのは流石の一言だろう。

 

 そして下がった研究員と入れ替わるように、メネラオスと合流した際にハルバートンと一緒にいた男が前に出る。

 

 「ではアズラエル様、私も行ってまいります」

 

 「頼むよ、クロード」

 

 「了解いたしました。ストライクダガーを一機、お借りします」

 

 礼儀正しく頭を下げるとクロードはブリッジを出て、格納庫に向かう。

 

 今回スパイと接触するのは彼であり、場所はメンデル付近らしいのだが詳細は知らされていない。

 

 そしてクロードがスパイと接触している間、ドミニオンは敵がいなければ周囲を警戒を、もし仮に他の勢力がいれば攻撃を仕掛け引きつける事になる。

 

 「これは!?」

 

 CICに座ったクルーが上擦ったような声上げる。その様子からするとあまり良い報告ではないようだが―――

 

 「どうした?」

 

 「メンデル付近で戦闘が行われている模様です!」

 

 この付近での戦闘というのは、訝しむアズラエルの様子から見ても地球軍の部隊ではない。

 

 「どこの所属だ?」

 

 「ザフトと……不明艦が3、それからアークエンジェルです!!」

 

 「アークエンジェル!?」

 

 彼らが軍を離れ、現在は同盟軍に所属している事はすでに知っている。

 

 しかしまさかこんな場所で出会う事になるとは―――

 

 それに何故ザフトと同盟軍が戦っているなど疑問はあるが、出会った以上無視はできまい。、

 

 「へぇ~それは都合がいいですね。オーブでの借りをここで返すのも悪くありませんし」

 

 アズラエルは獲物を見つけたかのような笑みを浮かべるが戦況を見たナタルが即座に反論した。

 

 「アズラエル理事、この状況で無理に介入するなど危険すぎます!」

 

 「はぁ、副長さん。最初に作戦は伝えていた筈ですよ」

 

 「しかし!」

 

 「それに僕の要請を聞くようにって上から言われていた筈でしょう。命令なんですから従ってもらわないと」

 

 そう言われればナタルも反論できずに唇を噛むしかない。

 

 軍人である以上は命令に従うのが当然なのだから。

 

 「……バジルール少佐、席に着け。戦闘準備だ」

 

 「艦長!?」

 

 「流石ですね、艦長さんはよく分かってる」

 

 アズラエルの称賛も聞き流すように無視した、セーファスは指示を飛ばし始めた。

 

 「本艦は戦闘準備に入る。各艦にも打電」

 

 ブリッジが慌ただしく動き出す。

 

 「イーゲルシュテルン、バリアント起動! ミサイル発射管全門装填!」

 

 CICも忙しなく作業を進めるが、その動きはどこかぎこちない。

 

 無理もない。大半のクルー達にとってはこれが初陣となる。

 

 だが敵はそんな事を考慮してはくれない、死にたくなければやるしかないのだ。

 

 「訓練通りにやれば大丈夫だ。落ちつけ」

 

 「は、はい」

 

 「り、了解です」

 

 ナタルの的確な指示で落ち着いたのか、訓練通りに作業をこなし始めたクルー達を尻目に徐々に戦闘宙域に近づくと敵艦を捉える位置に辿り着いた。

 

 「……ローエングリン照準、目標『アークエンジェル』 その後、各モビルスーツ発進」

 

 「「「了解」」」

 

 セーファスは一瞬だけ目を伏せるとその後は表情を変える事無く、ただ前だけを見ていた。

 

 

 

 

 

 ドミニオンが攻撃を仕掛けてくる少し前の事。

 

 メンデルに停泊し、急ぎ修復や補給を行い出港準備を整えていた4隻の戦艦に哨戒に出ていた機体からザフト襲撃の知らせが飛び込んできた。

 

 オーディンのブリッジで報告を聞いたテレサは思わず舌打ちする。

 

 「チィ、予想よりずいぶん早いな。ヨハン、状況は?」

 

 《まだです。少し時間が掛かります》

 

 予想通りの答えにため息しか出ない。

 

 少なくともテレサの予測では後、1時間は猶予があると思っていた。

 

 それをこうも早く対応を取ってくるとは。

 

 それだけ敵の指揮官が優秀という事なのだろう。

 

 「くっ、急がせろ! ヘイムダルに搭載した機体はそのまま発進! アークエンジェル、クサナギ、私達が前に出てヘイムダルの修理までの時間を稼ぐ」

 

 その後は状況によって、対応していく。

 

 本当ならこんな行き当たりばったりな事はしたくはないのだが、今は敵からの攻勢を凌ぐしか手がない。

 

 《了解!》

 

 《こちらはまだコロニー内のカガリ達が戻っていない》

 

 カガリに時間厳守とは言っていたが予想以上にザフトの動きは早かった為、仕方がない。

 

 「……時間がない。キサカ、戦闘準備を優先しろ」

 

 《了解だ》

 

 「オーディン発進するぞ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 メンデルより三隻の艦が発進し、各機出撃していく。

 

 すでに準備を終え、ヘイムダルに搭載されていたイノセント、アイテル、スウェア、ターニングの4機は出撃済み。

 

 そして後方から発進したアークエンジェルからもモビルスーツが発進しようとしていた。

 

 「ラクス、無理しないで」

 

 「私は大丈夫ですわ、キラ」

 

 「うん、キラ・ヤマト、フリーダム行きます!」

 

 「ラクス・クライン、ジャスティス参ります!」

 

 モニターで互いに頷いた2人はフットペダルを踏み込むと、ハッチから宇宙に飛び出した。

 

 そしてその後に続くように2機のガンダムもカタパルトに運ばれる。

 

 「トール、演習みたいな事はするなよ!」

 

 「分かってますよ!」

 

 アドヴァンスストライクにすべての武装が取り付けられる。

 

 結局オーブ戦で使ったこの形態をムウは気に入り、そのまま使う事にした。

 

 もちろんトールは微妙な顔をしていたが。

 

 《ムウ、頼むわ》

 

 マリューの言葉にムウはいつものようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「了解。ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ」

 

 トールはアドヴァンスデュエルの計器をチェックしながら出撃準備を整える。

 

 ムウに言われた事を反芻しながら、演習の不甲斐無さを思い出す。

 

 これでもきちんと反省しているのだ。

 

 流石にミリィに泣きながら説教された時は罪悪感で一杯になってしまった。

 

 もうあんな顔はさせたくない。

 

 今もモニターには不安一杯という表情で映っている。

 

 《トール、無理しないでね》

 

 少しでも安心させようと笑って頷くとキラ達を追うように戦場に飛び出した。

 

 「ああ、トール・ケーニッヒ、デュエル行きます!」

 

 クサナギ、オーディンからもアストレイ、スルーズ、そしてフリストが発進し、襲撃してきたジンやシグーと戦闘を開始する。

 

 「全機、ザフトの好きにさせるな!」

 

 「了解!!」

 

 ビームライフルの直撃を受けたジンの爆発を尻目にスルーズがビームサーベルで斬りかかる。

 

 押し寄せてくる敵からの攻撃に互角に応戦していたモビルスーツ隊だったが、突如別方向からの強力なビームが襲いかかり数機を同時に消し去ってしまった。

 

 「何!?」

 

 「あの機体は!?」

 

 彼らが振り向いた先にいたのは、マスドライバーを破壊した特務隊が操る3機のシグルドであった。

 

 「邪魔だぜ!」

 

 マルクがヒュドラの一撃で敵機の陣形を崩すとシオンが対艦刀『クラレント』を抜き、敵部隊に斬り込んだ。

 

 「この加速、いい感じだ」

 

 その動きはかつてのシグルドとは明らかに違い、反応できないアストレイの懐に飛び込むと袈裟懸けに振るった。

 

 「は、速い!?」

 

 「遅いぞ。 愚鈍なナチュラル共」

 

 クラレントの斬撃がアストレイを容易く両断すると、肩のビームガトリング砲で近くのスルーズを蜂の巣して破壊する。

 

 さらにアストレイ、スルーズがビームサーベルを構えて、シオンを囲ってくるが別方向からのビームに撃ち抜かれてしまった。

 

 「ぐあああ!」

 

 「ど、どこから!? うああああ!」

 

 ビームが放たれた先には距離を取ったクリスがスナイパーライフルを構えて狙撃していた。

 

 ターゲットをロックし、発射された正確な一射が次々と敵機を撃ち抜き、撃破していく。

 

 「ふん、他愛ない奴らだ。こんな雑魚に用はない。奴は何処だ」

 

 「おい、シオン。あれだ!」

 

 マルクが指摘した方向にいたのはビームサーベルを連結させ、ジンを斬り飛ばす紅い機体―――

 

 「ジャスティスか。まあいい、アレから殺るぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 3機のシグルドが連携を取り、ジャスティスに襲いかかる。

 

 ラクスは斬り飛ばしたジンを悲しそうに一瞬眺めると、次の敵に向おうと周囲を見た。

 

 すると正面から一条の閃光がジャスティスに迫ってきた。

 

 「くっ!」

 

 咄嗟にシールドを掲げ、たビームを受け止めた先には覚えのある機体がこちらに向かってくるのが見える。

 

 「あれは―――」

 

 アラスカ、オーブで見た機体、特務隊のものだ。

 

 しかも良く見るとアラスカやオーブの時に比べると装備に変更がある。

 

 どうやら強化してきたという事らしい。

 

 「なんであれ、これ以上好きにはさせません!」

 

 ラクスにしてもあの特務隊には思うところはある。

 

 自身の事は良い。あれはこちらに非がある事で、それで恨む気はない。

 

 しかし、マユの件は別だ。

 

 病室での彼女の泣き顔は忘れられない。

 

 感情的になりかけたのをどうにか堪え、操縦桿を強く握ると、鋭い視線で3機のシグルドを見据える。

 

 「さぁて、あれには誰が乗ってんのかなぁ!」

 

 マルクはスナイパ―ライフルを発射すると、すぐにビームクロウを構え直して突撃する。

 

 だがジャスティスは放たれたビームを加速しながら回避すると同時に光爪をシールドで止めて見せた。

 

 「へぇ~やるね。おい、ジャスティスに乗ってんのはレティシアか?」

 

 「貴方は!?」

 

 「なんだ、歌姫様かよ。俺はレティシアを探してんだよ!」

 

 ジャスティスに蹴りを入れて突き放すと、さらにビームサーベルを叩きつける。

 

 「まあ、あんたも悪くはないけどなぁ。それなりに楽しめそうだし」

 

 マルクの声にラクスに生理的な嫌悪感が湧いてくる。

 

 この男の言い分はどうしてこう下品なのか。

 

 「……貴方とレティシアを会わせる訳にはいきませんね」

 

 「じゃあ無理やりにでも聞き出してやるよォォ!!」

 

 嫌悪感を振り払うようにビームサーベルでシグルドを斬り払うが、そこにマルクと入れ替わるようにクラレントを構えたシオンが斬り込んでくる。

 

 「この裏切り者が!」

 

 「前に比べると格段に速いですね」

 

 斬撃を見切りクラレントを後退して避けるが、その先に回り込むように待機していたクリスの放ったスナイパーライフルの攻撃が襲いかかる。

 

 「僕もあなたの歌、好きだったんですけどね。残念ですよ」

 

 「くっ」

 

 連続で叩き込まれる狙撃を機体を左右に振り、ビームを回避していく。

 

 「さすが特務隊ですわね!」

 

 回り込みクラレントを振りかぶるシオンをフォルティスビーム砲で牽制し、動きを鈍らせたところにビームサーベルで斬りつける。

 

 「中々やるじゃないか! 歌よりこちらの才能の方が優れているんじゃないか、ラクス・クライン!!」

 

 「だからと言って嬉々として力を振るうつもりはありません!!」

 

 互いの攻撃を受け止めて、こう着状態になったところに今度はマルクがヒュドラで狙ってきた。

 

 「これで終わりだぜ、歌姫様!!」

 

 ヒュドラが放たれた瞬間に、シオンがジャスティスを突き飛ばし体勢を崩す。

 

 「くっ!」

 

 何とかシールドで防ぐ為、機体を立て直そうとするラクスの視界に別の機体が割り込んでくる。

 

 ジャスティスのリフターと良く似たバックパックを装備した機体、アイテルであった。

 

 「ラクス! 大丈夫ですか!?」

 

 「ええ、ありがとうレティシア!」

 

 仕留めたと思ったシオン達は忌々しそうに乱入してきた機体を睨む。

 

 「今度はドレッドノートか」

 

 「丁度いい。あの機体のパイロットも確認できるしな」

 

 マルクの発言に流石にシオンも眉を顰める。

 

 いくらなんでもレティシアに執着しすぎている。

 

 下手をすれば、今後それが仇になりかねない。

 

 「マルク、こだわり過ぎだ」

 

 「いいじゃねえか、やる事は変わらないんだからさぁ!」

 

 シオンの言葉を無視し、マルクはアイテルに攻撃を仕掛ける。

 

 接近しながら腰のミサイルランチャーを放つとアイテルはジャスティスを背にしたまま機関砲で迎撃する。

 

 シグルドは破壊されたミサイルの爆煙に紛れ、引き抜いたビームサーベルで襲いかかった。

 

 「誰だよ、ドレッドノートに乗ってんのは?」

 

 「マルク!?」

 

 目の前のモビルスーツから待ち望んだ声が聞こえてくる。

 

 満足そうにニヤリと笑みを浮かべ、手を止める事無くサーベルの連撃を繰り出していく。

 

 「生きいて、嬉しいぜ!」

 

 振りかぶられるビームサーベルをかわし、アイテルもまたグラムを抜くと接近してきたシグルドに斬艦刀を叩きつけた。

 

 その攻撃をシールドで捌きながら、マルクはレティシアに呼びかける。

 

 「レティシア、俺の女になれ。そうすりゃザラ議長にも俺から取り成してやる」

 

 「なんの冗談ですか、それは?」

 

 その冷たい声が何よりもレティシアの心情を現しているのだが、マルクは聞く耳持たない。

 

 「おいおい、俺は本気だぜ」

 

 「お断りです!」

 

 「なら無理やりにでも、俺のものにしてやるさ!」

 

 隙をみて腹部から放たれたヒュドラをシールドで受け止め、セイレーンからビーム砲を撃ち返す。

 

 「レティシア、貴様までもここまで愚かとは思っていなかったぞ!!」

 

 「シオン、私は貴方より、マシなつもりです!!」

 

 マルクの援護にシオンも割り込みガトリング砲を放ってくるが、今度はジャスティスが割り込みシールドで防ぎながら、サーベルで斬りかかった。

 

 「ラクス!」

 

 「こちらは任せて下さい!」

 

 「チッ、まずはお前から死にたいか、ラクス・クライン!!」

 

 ジャスティスの斬撃を弾き、シオンがクラレントを横薙ぎに振う。

 

 対艦刀の一薙ぎをラクスもシールドで受け止め、光が散る。

 

 「ラクス、レティシアさん!!」

 

 駆けつけたキラが阻むように立ちはだかるジンやシグーを瞬時に斬り飛ばし、一気に距離を詰めようと機体を加速させる。

 

 だがそこに控えていたクリスのスナイパーライフルの砲撃が進路を阻むように襲いかかる。

 

 「フリーダムか。ここから先には行かせん!」

 

 凄まじいまでの速度で接近してくるフリーダムにミサイルで牽制し誘導しながら、スナイパ―ライフルで狙い撃つ。

 

 連射で放たれたビームをシールドを使って凌いでいくが、クリスの攻撃の巧みさから接近できない。

 

 「くっ、まだ―――ッ!!」

 

 その時、突然撃ちこまれた別方向からのビームによる攻撃に気がついたキラは即座に機体を後退させ回避するが、その砲撃はフリーダムを的確に狙い次々と雨のように襲いかかってきた。

 

 正確に放たれた砲撃を蒼い翼を広げながら縦横無尽に飛びまわり、キラはすべて避け切っていく。

 

 そこで見た。

 

 こちらを狙いビームランチャーを構え、肩の後ろに大きなバーニアを持つ機体の姿を。

 

 「あの機体は!?」

 

 キラと最も因縁のある相手シリル・アルフォードの搭乗するコンビクトである。

 

 「あの動きは『白い戦神』!!」

 

 ようやくあの日の決着を―――仲間の仇を討てる!

 

 「あの日の借り、今返す。いくぞ!!」

 

 バーニアを噴射させ加速したコンビクトはビームサーベルを抜き、フリーダムに斬り込んでいく。

 

 「速い! このぉ!!」

 

 突っ込んでくるコンビクトにビームライフルで応戦するが、すり抜けるように避けながら凄まじいスピードで突っ込んで来た。

 

 負けじとビームサーベルを抜き、コンビクトに叩つけ、弾け合い、距離を取るように旋回しながら再びビームサーベルを振りかぶり激突する。

 

 「ガンダムゥゥ!!!」

 

 「はあああああ!!!」

 

 キラとシリルそしてラクス、レティシアと特務隊の戦いは完全に拮抗し、攻防を繰り広げる。

 

 「キラ、レティシア、ラクス!!」

 

 マユ達と戦艦の護衛をしていたアストも援護に駆けつけようとした時、アークエンジェルの前方から凄まじい閃光が迫ってきた。

 

 「アークエンジェル!!」

 

 アストの声に合わせマリューが叫ぶ。

 

 「回避!!」

 

 ノイマンが咄嗟に回避行動を取る事で閃光はアークエンジェルを逸れていく。

 

 今迫ってきたのは陽電子砲、そしてマリューの視界の先にいたのは―――

 

 「アークエンジェル?」

 

 「同型艦か」

 

 ノイマンの言う通りアークエンジェルと同じ形状を持つ戦艦、その後ろから地球軍の艦であるネルソン級やドレイク級が数隻いる。

 

 「なんで地球軍がここに?」

 

 全員が驚く中でフレイだけが冷静に指示を出す。

 

 「みんな、落ち着いて。なんであれ地球軍が敵である事に変わりはないわ」

 

 フレイの言葉に皆が気を引き締める。

 

 「アルスターさんの言う通りよ。敵艦に注意して!」

 

 「「「了解」」」

 

 アークエンジェルが迎撃の構えを取ったのを確認するとセーファスは通信回線を開いた。

 

 「艦長さん?」

 

 突然の行動にアズラエルが不思議そうの首を傾げ、ブリッジクルーは全員驚く。

 

 今は戦闘中、すでにザフトもこちらに気がついているのだ。

 

 普段のセーファスとは思えない行動に表情一つ変えなかったのはナタルだけであった。

 

 「こちらは地球軍宇宙戦艦ドミニオン。アークエンジェル聞こえているな?」

 

 《その声はオーデン少佐!?》

 

 「久ぶりと言っておこうかな、ラミアス艦長」

 

 《……はい》

 

 「一応聞く。降伏する気はあるかな?」

 

 《ありません》

 

 マリューの躊躇いのない言葉にセーファスはニヤリと微かに笑みを浮かべた。

 

 あのひよっこ達が頼もしくなったものだ。

 

 「そうか。ならばこちらも遠慮なく戦えるというものだ。ナタル、戦闘開始だ。アズラエル理事モビルスーツの発進を」

 

 《ッ!?》

 

 マリューの驚いた顔を最後に通信を切るとアズラエルが訝しむようにこちらを見上げる。

 

 「なんだったんですか、今の?」

 

 「……ちょっとした心理戦のようなものですよ」

 

 セーファスはマリューの性格を知っている。

 

 彼女は基本的に甘い。

 

 知り合いが敵艦にいるとなると必ず動揺するだろう。

 

 だからこそわざと通信回線を開き、こちらの顔を見せ、ナタルの名前も出したのだ。

 

 「彼らは強敵ですからね」

 

 怪我の治療に専念していた時もアークエンジェルの噂は聞いていた。

 

 その戦果は決して侮れるものではない。

 

 だから勝率は1%でも上げておきたかった。

 

 しかしそれはあくまで建前で自分自身、彼らの顔を見たいという気持ちがあった。

 

 どう成長したのか、それが見たかったのだ。

 

 「……戦闘開始、モビルスーツ出撃!」

 

 「「了解」」

 

 ドミニオンのハッチが開き、搭載機であるストライクダガーと4機の新型GATシリーズも発進していく。

 

 「あの機体は……」

 

 オーブで戦った機体だ。

 

 あの機体に搭乗しているパイロット達は動きも反応速度も普通ではない。

 

 アストレイやスルーズではどうしようもないだろう。

 

 だがキラ達はザフト機を抑えるので精一杯、ならば―――

 

 「俺が抑えるしかないか。イザーク、マユを頼む!」

 

 「分かった!」

 

 「アストさん!?」

 

 「マユはイザークの傍から離れるなよ」

 

 そう言うとイノセントを4機の迎撃に向かわせた。

 

 そして近づいてきた白い機体に気がついたのは敵も一緒である。

 

 「アイツだ!」

 

 「他の機体は?」

 

 「まずアレを片づけた後で殺せばいいんじゃない」

 

 「コーディ、ネイターは、殺す!」

 

 イノセントの姿を確認した4機のガンダムは、武装を構えると一斉に襲いかかる。

 

 「今日こそは消えろよ!」

 

 「行くぞ!」

 

 カラミティの砲撃を潜り抜け、レイダーのミョルニルを回避したアストはビームサーベルを構えると接近してきたゼニスに斬り込んだ。

 

 「アストさん!」

 

 激しい攻撃に晒されるイノセントの姿を見たマユはジンをビームライフルで撃ち抜くと援護に向かおうとするがそこにスウェアが割り込んでくる。

 

 「マユ、あちらはアストに任せておけ」

 

 「でも!」

 

 「奴なら大丈夫だ。それより目の前の敵に集中しろ」

 

 ザフトの機体だけでなく今度はストイライクダガーまで加わってくる。

 

 イザークはターニングを守るようにビームサーベルを抜き、接近してきたストライクダガーを袈裟懸けに斬り裂くと同時にタスラムを放ち、敵部隊を分断する。

 

 「マユ!」

 

 「はい!!」

 

 そこにターニングが突撃し振るった一撃が、ストライクダガーのコックピットに突き刺さり、そのまま横薙ぎに斬り捨てる。

 

 同時に近くの敵機にグレネード・ランチャーを撃ち込んだ。

 

 直撃を受けた敵は大きく爆散し、閃光になって消え、その光に紛れさらにビームライフルを撃ち込んで落としていく。

 

 「マユ、ここは俺だけでも問題ない。他の援護に行け」

 

 「……分かりました」

 

 ターニングが飛行形態に変形し他の援護に向かう。

 

 イザークはこちらを攻撃して来るストライクダガーを迎え撃った。

 

 調子よく敵を撃退できている。

 

 このままいけるかと思いきや突然なにもない空間からビームが放たれる。

 

 その一射が傍にいたアストレイを貫くと、さらに別方向からスウェアを狙いミサイルが降り注ぐ。

 

 そして周りのスルーズをゲイツがビームクロウで斬り裂いて行く。

 

 「チッ、ザフト増援か? お前たちは下がれ!」

 

 「り、了解」

 

 イザークはミサイルをビームガトリングで迎撃すると、ゲイツをビームライフルで牽制する。

 

 味方機を逃がしながら距離を取ったところで攻撃してきた方角に視線を向けるとそこには見覚えのある機体がいた。

 

 ザフトに所属した頃、最も仲の良かった少年が搭乗していた機体―――

 

 「……バスターか。ではもう一つは」

 

 何もない空間から姿を現す黒い機体ブリッツだ。

 

 2機ともイザークの知っている姿とは違っている。

 

 おそらくは地上で受けた損傷から改修を受けたのだろう。

 

 バスターアサルトは各部にスラスターが増設され、腰にはビームダガ―、腕に小さいシールドと胴体にも装甲が追加されている。

 

 ブリッツアサルトもバスターと同様な改修が行われ、特に武装面に大きな変化がある。

 

 ビームライフルを持ち、腕のトリケロスもビーム砲を搭載し、腰にビームサーベル、そして肩のガトリング砲を装備しているようだ。

 

 イザークは汗ばむ手で操縦桿を握りなおす。

 

 「……ディアッカ、ニコル。となるともう1機はエリアスか……」

 

 覚悟していたつもりでもやはり現実は違う。

 

 今までザフトとは何度か戦ったが敵が知り合いだとそれだけでもきつい。

 

 「キラはこんな気分だったのか……」

 

 すでにキラとアスランの関係も聞き及んでいる。

 

 自分が同盟軍に加わった時も「自分達のようにはなるな」と言っていた。

 

 「ふん、せっかくの忠告だ。きちんと聞いておくさ」

 

 動きを止めたスウェアを警戒しながらディアッカ達は次の一手を考えていた。

 

 「チィ、あいつ、やるな」

 

 「イレイズに似た機体ですね。パイロットは違うようですけど」

 

 「このまま行きますか?」

 

 「そうだな、次で仕留めるぞ。ニコル、エリアス!」

 

 「ええ」

 

 「了解です」

 

 ブリッツが腰からビームサーベルを抜くとガトリング砲を撃ち、さらに別方向からはゲイツからビームライフルで援護してくる。

 

 イザークはブリッツの攻撃をかわしながら、ゲイツのビームを避け顔を歪めた。

 

 そこにバスターが散弾砲を放ってくる。

 

 流石に連携が上手い。

 

 それは自分の知っているものより洗練された印象すら受ける。

 

 地球での戦いから、さらに訓練を積んだのだろう。

 

 相手の癖や動きを思い出しながら機体を操作し、攻撃を捌いたイザークは通信機を操作し、思いっきり叫んだ。

 

 「ディアッカ! ニコル! エリアス!」

 

 宇宙に響いたその声に、攻撃を加えていた三機が動きを止めた。

 

 「今の声って」

 

 「まさか……」

 

 「……イザークですか?」

 

 通信機から返ってきた声は懐かしい仲間の声だ。

 

 「そうだ……」

 

 動揺し動きを止めたバスターにかすれた声で返事をする。

 

 「……どういう、一体どういう事だよ、イザーク!!」

 

 ディアッカの声に苦々しい気持ちになりながらも、話をするために口を開いた。

 

 

 

 

 

 各場所での戦闘が激化していく中、敵機をアグニで撃ち抜いたムウは唐突に気がついた。

 

 「なっ、これは!?」

 

 例の感覚が全身を駆け抜け、その存在を教えてくる。

 

 奴が向かってくるのはコロニーの方角からだ。

 

 居るのはクルーゼではなく―――ユリウス。

 

 奴に背後から来られたら不味い。

 

 ビームサーベルを振りかぶってきたストライクダガ―をシュベルトゲーベルで返り討ちにすると即座に機体を反転させた。

 

 「少佐、どこに!?」

 

 ブルートガングでジンを両断したトールの声に答えるようにムウが叫ぶ。

 

 「ザフトがコロニーの内部からも来るぞ!」

 

 「え? コロニーから敵!?」

 

 そうなれば挟撃される事になる。

 

 しかもコロニー内にはヘイムダルが修理中の筈、さらには内部にカガリ達もいる。

 

 「少佐、俺も―――!?」

 

 迫ってきたストライクダガーのビームをかわし、シヴァを叩き込む。

 

 「くそ、数が多い!」

 

 これでは戦線から離れる事が出来ない。

 

 ミサイルポッドを敵部隊に放ち、陣形を崩した所にビームサーベルで斬りかかると同時にアークエンジェルに連絡を入れる。

 

 「アークエンジェル、背後のコロニー内から敵が来る! 少佐が迎撃に向かった!」

 

 トールからの通信にマリューは思わず歯噛みした。

 

 コロニーの中からの奇襲とは。

 

 しかし今そちらの迎撃に回せるだけの余裕はない。

 

 「……ともかく全機にその事を伝えて」

 

 「了解」

 

 アークエンジェルからの通信で全軍にその事が伝わり、コンビクトと激闘を繰り広げ、コロニーの近くまで来ていたキラは視線をコロニーに向ける。

 

 「コロニーから敵が来る?」

 

 まだ中にはカガリ達がいる。

 

 今敵が来たら間違いなく鉢合わせになってしまう。

 

 「くそ!!」

 

 互いに弾け合ったところでクスフィアス・レール砲を至近距離で撃ち込む。

 

 「ぐぅ、ガンダムめ!」

 

 砲弾が直撃する寸前で防ぐ事に成功したシリルは衝撃で距離を取られてしまう。

 

 その隙にフリーダムはコロニーに向かうが、コンビクトも逃がさないとばかりに背後からビームライフルで追撃してくる。

 

 「逃がすか!!」

 

 「くっ!」

 

 振り切れない。

 

 再びコンビクトにビームサーベルで斬り込もうとした時、別方向からのビームが敵機に降り注いだ。

 

 「キラさん!」

 

 「マユ!?」

 

 ビームを後退して回避したコンビクトに、ターニングが立ちふさがる。

 

 「行ってください。ここは私がやります!」

 

 「無茶だ!」

 

 敵機に向け、ビームライフルを構えるターニングにキラは声を上げる。

 

 「こいつは強敵だ! マユではまだ!!」

 

 「今はそんな事を言っている時ではない筈です! 私は大丈夫ですからカガリさん達を助けに行ってください!」

 

 確かに敵は待ってはくれず、躊躇っている暇はない。

 

 「分かった」

 

 キラは迷いを振り切るように機体を反転させる。

 

 「すぐに戻る! くれぐれも無理をしては駄目だ、いいね!」

 

 「はい!」

 

 コロニー内に入っていくキラを尻目にマユは何時でも撃てるようにトリガーに指を置く。

 

 キラが手こずるほどの敵相手にどこまでやれるだろうか―――

 

 「ううん、違う。やらなきゃ、みんなを守るために!!」

 

 いつかはこんな強敵とも戦わないといけないなら、この戦いも避けては通れない!

 

 「チィ、雑魚が邪魔をするなぁ!!」

 

 ターニングにビームランチャーを撃ち込むとマユは機体を変形させ、加速、一気に射線から離脱する。

 

 そして再びモビルスーツ形態になるとビームライフルを乱射する。

 

 「思ったよりはやるな!」

 

 コンビクトもまたバーニアを噴射し、ビームを振り切るとサーベルで斬りかかった。

 

 「速い!?」

 

 振り下されたサーベルをシールドで受けとめ、マユもまたビームサーベル横薙ぎに振るった。

 

 「ここから先には行かせません!」

 

 互いの斬撃を防ぎ、同時に弾け合うと再び斬り込み、激突していった。

 

 

 

 

 

 

 三陣営が入り乱れる戦場。

 

 それをラウはどこまでも楽しそうに眺めていた。

 

 「……どこまでも愚かなものだ、人間とは」

 

 脳裏に母の言葉が思い出される。

 

 ≪良い? 人は色々な可能性を持っている。きっと今よりもっと先にも行けるわ。だから信じて、ラウ≫

 

 「母よ、これが現実です。人はどこにも行けはしない。互いに憎み、殺し合うのみだ」

 

 そんなプロヴィデンスに近づいてくる機影がある。

 

 地球軍の量産型モビルスーツ、ストライクダガーだ。

 

 しかしラウは敵機を前にしても何もすることなく、笑みを浮かべている。

 

 「ラウ、私だ」

 

 予定通り、ストライクダガーに搭乗していたのはクロードであった。

 

 「クロード、待っていたよ」

 

 互いにコックピットハッチを開き、ラウは箱に入ったディスクをクロードに手渡した。

 

 「これが頼まれたものだよ」

 

 「ああ、確かに」

 

 クロードは受け取った箱を手に機体へ戻る。

 

 「クロード、これで戦争は終わる」

 

 「そうだな。どういう形であれ、終わりを迎えるだろう。それが君の望む形である事を願わせてもらう」

 

 そう言うとストライクダガーはプロヴィデンスから離れ、戦場のど真ん中にいる母艦へ帰還していく。

 

 途中で彼が撃墜されてしまうなどという心配は全くない。

 

 それは無駄な心配だからだ。

 

 「さて―――ん?」

 

 ラウはコックピットの中で戦場に視線を戻すと、ムウが離れていく事を感じ取った。

 

 どうやらメンデルの中にいる、ユリウスに気がついたらしい。

 

 「フフフ、行くがいい、ムウ。そこですべての真実を知れ。そして絶望するがいい」

 

 愉悦の笑みを浮かべ、さらに獲物を探すように視線を滑らせる。

 

 そこには地球軍の新型を1機で抑えている白い機体イノセントがいた。

 

 「では君に絶望を味わってもらおうかな。アスト・サガミ君」

 

 シリルの報告からあの機体のパイロットがアストである事は分かっていたラウは獲物を見つけた事でさらに笑みを深くすると戦場に機体を向わせた。

 

 

 

 

 

 攻撃を避けながら動き回るイノセントにフォビドゥンはフレスベルグを叩きこんだ。

 

 「はあああ!!」

 

 「そんなものに当たらない!」

 

 最初こそビームを曲げるあの武装には驚いたものの、一度見れば十分対応出来る。

 

 アストは機体を上昇させ、フォビドゥンの攻撃から逃れるが、そこに待ち構えていたゼニスがスヴァローグを放った。

 

 「くっ、流石に一対四は厳しいか……けどお前らは連携が下手くそなんだよ!」

 

 スヴァローグを避け、ビームライフルを撃ち込んでいくが今度はカラミティがシュラークで攻撃してくる。

 

 「落ちやがれぇぇ!!」

 

 「鬱陶しい!!」

 

 ワイバーンを展開しビームを弾き飛ばすと逆手に抜いたビームサーベルでカラミティの右足を斬り落とした。

 

 「ぐぅ、くそがぁ!」

 

 「オルガ、お前は下がってろよ。滅殺!」

 

 「チッ!」

 

 迫るミョルニルを機関砲で軌道をずらし、シールドで弾き飛ばすと、アクイラ・ビームキャノンでレイダーを狙い撃つ。

 

 鉄球を弾かれ一瞬動きを止めたクロトはビームをかわしきれずに左腕を破壊されてしまった。

 

 「ぐあああ!」

 

 クロトの醜態を見たオルガは鼻で笑う。

 

 「ハッ、余裕なんて見せているからだ! お前も下がれよ、クロト」

 

 「うざいんだよ、オルガァァ!!」

 

 ここまでやった相手に引くなどあり得ないだろう。

 

 「こいつは必ず殺す!」

 

 クロトは怒りのままにイノセントに突っ込んでいく。

 

 

 だが、その迂闊とも言える行動が―――彼の明暗を分けた。

 

 

 「てめぇぇぇぇ!! 抹―――」

 

 

 イノセントにツォーンで攻撃しようとした瞬間、クロトの意識は消えた。

 

 何故ならレイダーは上からのビームにコックピットを撃ち抜かれていたからだ。

 

 さらに四方から次々とビームがレイダーを射抜き、火を噴いた機体は大きく爆散した。

 

 「なっ!? どこから?」

 

 アストは咄嗟に距離を取り、最初にビームが放たれた方向を見ると、そこに後光のように砲口らしき突起部がついたバックパックを背負った機体が佇んでいた。

 

 ZGMF-FX003『プロヴィデンス』

 

 武装はビームライフル、盾と一体となった複合防盾高出力ビームソード、腹部にはエネルギー砲ヒュドラを搭載。

 

 さらにこの機体最大の特徴は量子通信による砲撃端末を遠隔操作できるドラグーンシステムが装備されている事だった。

 

 これは連合のガンバレルと同じシステムを用いたものだが、ドラグーンシステムは有線式ではなく無線式であるのが特徴である。

 

 「聞こえているかな、アスト・サガミ君」

 

 「誰だ?」

 

 「私はラウ・ル・クルーゼ。ある意味で君とは兄弟のような者さ」

 

 アストは何も言う事無く、目の前の機体を睨みつけた。



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第37話  パンドラの箱

 

 

 

 ザフトが攻撃を開始したすぐ後にメンデル内部に侵入したユリウスとアスランはその光景に顔を顰める。

 

コロニーの中は放置されていただけあって、荒れ放題だったからだ。

 

 敵を警戒しながら、周囲に気を配っていたアスランにユリウスが声を掛けた。

 

 「アスラン、これから同盟軍に攻撃を仕掛ける訳だが、やりすぎるな」

 

 「えっ、どういう事ですか?」

 

 「彼らにはこの先やってもらう事がある」

 

 「やってもらう事?」

 

 重ねてユリウスに質問を返そうとしたところに、レーダーに反応があった。

 

 「コロニーの中にモビルスーツ? 同盟軍か?」

 

 レーダーの指し示す先にいたのは四機のモビルスーツ。その内の三機は同盟軍の量産機だが、もう1機は―――

 

 「ストライクか……」

 

 細部に違うを持ち追加装甲のようなものを装着、色も赤主体となっているが間違いなくストライクである。

 

 MBF-02『ストライクルージュ』

 

 ストライクガンダム改修の際に作られた予備パーツで組み上げられた機体。

 

 違いとしては最初から改修されアドヴァンスアーマー装着を前提として開発されたパーツで組まれているため、オリジナルよりも性能は上である事。

 

 武装面には変更点はなく、アドヴァンスストライク2号機というのが正しいかもしれない。

 

 アスランは複雑な気分でモニターに映った機体を見つめる。

 

 思えばアスト・サガミだけでなく、あの機体と出会ってすべてが狂ったように噛み合わなくなった。

 

 そういう意味ではストライクも因縁の機体と言えるだろう。

 

 「ユリウス隊長、同盟軍の機体です」

 

 「そのようだな。見逃す訳にもいかない。いくぞ、アスラン」

 

 「了解です」

 

 躊躇う事無くペダルを踏み込み、狙いをつけてトリガーを引く。

 

 当然ストライクルージュのテストを行っていたカガリ達も接近してきたザフト機に気がついていた。

 

 「カガリ様!」

 

 「分かってる」

 

 アサギの叫びにカガリは静かに答えると素早く思案する。

 

 自分についているのはアサギ、マユラ、ジュリの三人だけだ。オーブ戦役でも戦果を上げた彼女らではあるが、まだ未熟と言っていい。

 

 そして自分も訓練は受けていても実戦経験の無い素人同然である。

 

 引き換えザフトは青紫の機体と見た事もない形状の機体、おそらくエース機だ。

 

 私達では足止めも難しいだろう。

 

 何より自分達がやられたら誰が背後からの攻撃を知らせるというのか―――

 

 アストも言っていた。

 

 自分に出来る事をする、出来ない事は誰かに頼れと。

 

 今すべき事は戦う事では無く、背後からの奇襲を知らせる事だ。

 

 「全機、後退するぞ」

 

 「ええ~! どうしちゃったんですか、カガリ様?」

 

 「絶対戦うって言いだすと思ったのにぃ」

 

 「どうやって止めようか考えてたんですよぉ」

 

 「お前ら、私をなんだと思っているんだ!」

 

 ま、まあ昔はそんな無茶ばかりしていた気がするけど、何時までも昔の自分ではない。

 

 「あ~も~うるさい! さっさと退くぞ!」

 

 「「「は~い」」」

 

 カガリ達が後退すると同時に敵機が攻撃を仕掛けてくる。

 

 ビームが直撃するギリギリで退避すると、反転し港を目指した。

 

 「ほう、即座に撤退する事を選んだか」

 

 「敵の指揮官は冷静なようですね」

 

 味方の背後を守るために応戦してきそうなものだが、悪くない判断だ。

 

 彼らにとっては応戦してくれた方が都合が良かった。

 

 全機撃破すれば自分達の存在は知られず、背後からの奇襲も仕掛けやすかったのだが―――

 

 しかしユリウスもアスランも焦らない。

 

 敵には誤算があったのだ。

 

 それは―――

 

 「アスラン」

 

 「了解です」

 

 ジュラメントはゲイツの前に出て変形し、モビルアーマー形態になると同時に速度を上げる。

 

 それは撤退していくカガリ達の予想を遥かに上回る速度だった。

 

 「ちょ、嘘でしょ!?」

 

 「は、速い!!」

 

 明らかにこちらより速度で上回っている。

 

 簡単に追いつかれてしまう。

 

 「悪いが逃がす訳にはいかない」

 

 アスランは逃げる敵機をロックする。

 

 ターゲットは隊長機であるストライクだ。

 

 敵機に回避先まで予測し、先端に装備されたビームキャノンのトリガーを引いた。

 

 「カガリ様!!」

 

 「くっ!」

 

 放たれた閃光にカガリは操縦桿を力一杯引くと機体をわずかに掠めてビームが通り過ぎていく。

 

 「避けられた?」

 

 だがそれは勘違いであった事をすぐに思い知らされる。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「アサギ!!」

 

 先行していたアサギのアストレイにビームキャノンが直撃したのだ。

 

 右腕を消し飛ばされ、バランスを保てなくなった機体はそのまま落下していく。

 

 その事実にカガリは思わず戦慄した。

 

 あの機体のパイロットはこちらが回避する事も、すべて予測してビームを放ったのだ。

 

 つまりカガリが回避しようとうも、先行していたアサギはかわせないと踏んでいたのだ。

 

 そして仮に2機とも避けられたとしても十分足を止める事はできる。

 

 やはりあのパイロットはエース級、こちらに勝ち目はない。

 

 「戦闘中に動きを止めるなんて!」

 

 「しまっ――」

 

 アサギに気を取られ視線を外した隙にアスランは一気にルージュに肉薄し、右腕から展開したビームソードを叩きつけた。

 

 「逃がさない」

 

 「そう簡単には!」

 

 カガリはシールドを突き出してビームソードを防ぐが、敵はそんな反応をあっさり上回り、左足のビームソードを蹴り上げる。

 

 ビームソードはルージュの持っていたビームライフルを破壊し、アスランはそのまま機体を回転させシールドで殴りつけた。

 

 「反応は悪くないが、動きが甘過ぎる。素人か?」

 

 「きゃああああ!」

 

 「カガリ様!!」

 

 ルージュは殴られた衝撃で地面に叩きつけられた。

 

 激突する直前にスラスターを吹かしたものの、その衝撃は凄まじくカガリは一瞬意識を失いかける。

 

 「あ、ああ、ぐっ、ハァ、ハァ」

 

 「今助けに―――」

 

 「く、来るな。お前達は、敵の、襲撃を、知らせろ」

 

 「でも!」

 

 「早く行け!!」

 

 2機のアストレイは少し迷った末にそのまま港の方へ機体を反転させた。

 

 カガリは目の前の紅い機体を見つめる。

 

 反撃できる余裕もない―――やられる。

 

 ジュラメントはビームライフルを構えるとこちらに狙いをつけた。

 

 「これで終わりだ」

 

 トリガーを引こうとした時、後方にいたユリウスが叫んだ。

 

 「アスラン、避けろ!!」

 

 「ッ!!」

 

 その声に反応して操縦桿を引き、ジュラメントが後退した瞬間、凄まじいビームが機体がいた場所を薙いでいった。

 

 「あれは……ストライクか!?」

 

 アグニを構えこちらを狙っている機体は間違いなくストライクであった。

 

 こちらもデュエルのような追加装甲を装備し、細部が変わっているが色はアスランの知る通り白だ。

 

 「……キラか?」

 

 アスランが逡巡していると、後方のゲイツが前に出てストライクに攻撃を仕掛ける。

 

 「アスラン、ストライクは私がやる。お前はもう1機をやれ」

 

 「もう1機?」

 

 ゲイツとストライクの戦闘が始まるとほぼ同時に蒼い翼を広げた機体が近づいてくるのが見えた。

 

 「フリーダムか!」

 

 

 

 

 敵機と交戦するストライクを発見したキラは即座に通信を入れる。

 

 「ムウさん、大丈夫ですか!?」

 

 「キラか!? こっちは任せてお嬢ちゃん達を!!」

 

 ムウが交戦しているのは青紫の機体。

 

 キラの脳裏にかつて交戦した機体の事が思い出される。

 

 「あれはたった1機でこちらを翻弄したあのパイロットじゃ……ムウさん!?」

 

 「大丈夫だ!! 行け!!」

 

 「くっ、分かりました!」

 

 その場はムウに任せ、キラが向かった先には地面に倒れ込むストライクルージュとアストレイの姿があった。

 

 先程すれ違ったマユラとジュリから聞いていたが、ストライクルージュの方は目立った損傷はないが、アストレイは右腕を破壊されている。

 

 さらに上空からストライクルージュをビームライフルで狙っている紅いザフト機がいた。

 

 「カガリ!? これ以上、やらせない!!」

 

 キラはビームサーベルを引き抜くと、翼を広げてジュラメントに斬り込んだ。

 

 「はああああ!!」

 

 「フリーダム!!」

 

 アスランも突っ込んで来た機体にビームソードで応戦し、2機が正面から激突する。

 

 振り下ろされたビームサーベルをシールドで逸らし、右足のビームソードを蹴り上げた。

 

 「これで!」

 

 「足から!?」

 

 キラは下から迫ってきた光刃に舌打ちしながら後退すると、フリーダムの眼前をビームソードが通過する。

 

 それを見届け、今度は胴目掛けて横薙ぎにサーベルを振るう。

 

 そこで2人は同時に違和感に気がついた。

 

 「この動きは!?」

 

 「まさか!?」

 

 フリーダムの斬撃をシールドで受け止め、ジュラメントもビームソードで斬り返す。双方の攻撃を受け止めたところでお互いに気が付いた。

 

 「キラ!?」

 

 「アスラン!?」

 

 フリーダムとジュラメントは弾け飛ぶと同時に距離を取った。

 

 だが攻撃を仕掛ける事はなく、複雑な心境で互いの機体を見つめる。

 

 「……久しぶりだな、キラ」

 

 「……そうだね」

 

 通信機から聞こえた声は懐かしさすら覚える幼馴染の声。

 

 だが2人の態度は再会した幼馴染みの会話としてはあまりに余所余所しいものだった。

 

 昔とは立場が違いすぎ、そしてお互いに奪い合い過ぎた。

 

 もう昔に戻る事はできない。

 

 「まだ戦っているのか。もう地球軍ではないんだろ? 何故だ、何故戦う? そんな機体に乗ってまで!!」

 

 「僕にだって戦う理由はある! 守りたい人達がいる! 君こそ何で戦うんだ?」

 

 「俺にも譲れないものがある!」

 

 「ザフトの正義の為?」

 

 アスランは一瞬言葉を詰まらせた。

 

 昔ならば躊躇う事なく、そう言っただろう。

 

 プラントの為で、ザフトの正義の為にと。

 

 だが今は違うのだ。

 

 「……俺は信じた道を進むと決めた。この先の未来の為に俺は戦う。キラ、モビルスーツを降りてくれないか? 俺はお前を討ちたくない」

 

 「仮に僕が退いたとしても、君は同盟軍を攻撃するんだろう。何度も言ったはずだ、僕にも守りたい人達がいるって!」

 

 それはレティシアと同じ言葉。

 

 アスランはどうしてこうなるのかと憤りながら操縦桿を強く握る。

 

 「それに君はアストをどうするつもりだ? 僕みたいに声をかけるのか?」

 

 「それは……」

 

 「殺す気なんだろう、アストを」

 

 その通りだ。

 

 この先なにがあっても奴とは決着をつける事になる。

 

 その時、容赦も躊躇いもなくトリガーを引くだろう。

 

 「そんな君と行く事はない!」

 

 キラの拒絶の言葉にアスランは唇を噛んだ。

 

 「……結局、こうなるのか」

 

 アスランも退く訳にはいかない。

 

 すでに道は選んだのだから。

 

 「……仕方無い。俺の進む先に立塞がるならば!」

 

 アスランのSEEDが弾けた。

 

 異常なほど研ぎ澄まされた感覚に身を任せ、フリーダムに斬りかかった。

 

 「お前を倒す!!」

 

 「速い!?」

 

 アスランの鋭く速い動きの変化に驚くものの、冷静に繰り出された斬撃を捌いていく。

 

 しかし先程までと比べれば、あまりに動きが違いすぎる。

 

 躊躇い無く次々と襲いかかってくる斬撃はすべてが必殺の攻撃だった。

 

 「気を抜けばやられる!」

 

 機体を左右に逸らしながら斬撃をかわし、シールドで防御する。

 

 その上から蹴りを叩きつけフリーダムの体勢を崩し、さらに両足のビームソードを展開し一気に襲いかかった。

 

 「これで終わりだ、キラァァァ!!」

 

 「まだだぁぁ!!」

 

 キラもまたSEED発動させた。

 

 繰り出された斬撃を潜り抜け、至近距離でクスフィアス・レール砲を撃ち込む。

 

 「何!?」

 

 吹き飛ばされたジュラメントにビームサーベルを振りかぶる。

 

 だがアスランもスラスターで体勢を立て直すとフリーダムを迎え撃つ。

 

 「アスラァァァン!!!」

 

 「キラァァァァァ!!」

 

 互いの斬撃が交差し、激突を繰り返していった。

 

 

 

 

 激しい戦いを繰り広げるキラとアスランの戦いが行われていたすぐ近くでもう一つの戦いが繰り広げられていた。

 

 ムウの乗るアドヴァンスストライクとユリウスのゲイツの戦いである。

 

 機体性能的にはムウが圧倒的に有利だったはずだが、ユリウスは自身の技量でその差を補っていた。

 

 放ったアグニを回避しビームクロウで斬りつけるが、ストライクはシールドで受け止める。

 

 「ユリウス・ヴァリス!!」

 

 「思ったよりはやるな。だが―――」

 

 機体を流れるように回転させ後ろに回り込むとストライクの背中に蹴りを入れ、態勢を崩したところにビームライフルを撃ち込んだ。

 

 「ぐぅ!」

 

 ムウは無理に態勢を立て直そうとはせず、機体を上方に加速させビームを避け切った。

 

 しかしそれを見透かしていたかのようにゲイツは接近して斬りかかってくる。

 

 「だが、ぬるい!!」

 

 「この!」

 

 光爪をギリギリで受けきり、シュベルトゲーベルで斬り返そうとするがゲイツに余裕で避けられてしまう。

 

 シュベルトゲーベルは威力はあるが、小回りが利かない為に素早く動くユリウスを捉えられない。

 

 「それならそれでやりようはあるんだよ!」

 

 そう判断したムウはシュベルトゲーベルをゲイツに向かって投げつけ、その隙にビームサーベルを袈裟懸けに振るった。

 

 「ほう、相変わらず思い切りはいいな」

 

 思い切りの良い判断に感心しながらも、投げつけられたシュベルトゲーベルを避け、迫ってくるストライクとビームクロウで斬り結ぶ。

 

 だがそれはユリウスの罠であった。

 

 サーベルを振りかぶろうとした瞬間にエクステンショナル・アレスターを放つ。

 

 「なに!?」

 

 意表を突かれたムウは反応が一瞬遅れてしまい、エクステンショナル・アレスターの一つが右肩部に直撃、対艦バルカン砲を破壊されてしまう。

 

 「これまでだな、ムウ・ラ・フラガ」

 

 「舐めるなよ!!」

 

 ユリウスは落下していくストライクに止めを刺そうと前に出るが、ムウもやられっ放しではなく、ゲイツの頭部にビームガンを撃ち込んだ。

 

 「チィ、反応が鈍い」

 

 驚異的な反応でビームを避けようとするが機体がユリウスの反応速度について行く事ができず、ゲイツの頭部を掠め、一瞬視界が奪われてしまう。

 

 「ここだ!」

 

 怯んだ隙にパンツァーアイゼンを放ち、ゲイツの腕を掴むとそのまま地上に向けて機体を引く。

 

 落下していたストライクの重さも加わり、スラスターだけでは支えきれずそのまま一緒に地上に落ちてしまった。

 

 「ぐっ、私とした事が無様な!」

 

 自分の迂闊さに苛立ちながら、計器をチェックし状態を確認しようとするが、ムウがストライクのコックピットから出るのが見える。

 

 ユリウスは薄く笑みを浮かべ、コックピットから飛び出した。

 

 「フ、良い機会かもしれないな。この忌むべき場所で貴様の罪深さを教えてやる」

 

 そう決めたユリウスは銃を取り出し、発砲しながらムウをある場所へと誘導していく。

 

 

 

 そこはまさに彼にとって、いや彼らにとってパンドラの箱であった。

 

 

 

 ユリウスとムウが地上に落ちた事は上空で激しい戦闘を繰り広げていた二人も目撃していた。

 

 「ユリウス隊長!」

 

 「ムウさん!」

 

 互いの斬撃を弾き合い、距離を取った2機は同時に地上に降下する。

 

 「キラ!」

 

 「アスラン」

 

 相手も同じように味方の援護に行こうとしている。

 

 だが素直に行かせる事は出来ない。

 

 「お前を行かせる訳にはいかない!」

 

 「それはこっちも同じだ!」

 

 降下しながら、互いに斬撃を繰り出し激突と離脱を繰り返す。

 

 「はあああ!!」

 

 「くそ!」

 

 叩きつけられた一撃を弾いたアスランは焦っていた。

 

 「強い!」

 

 分かっていた事だがキラの技量の高さには舌を巻く。

 

 はっきり言えばこちらの予想を大きく上回っていた。

 

 今もフリーダムの攻撃を逸らし、3本のビームサーベルで反撃してしていくが、全く捉える事ができない。

 

 これまでの戦果やシリルの話からキラの実力を知っていたつもりだったが、以前よりもさらに腕を上げている。

 

 プラントで戦ったアストもそうだった。

 

 悔しさで歯噛みする。

 

 だがアスランが治療に専念していた間も2人は最前線で戦い続け、訓練も怠らなかった。

 

 元々あった技量の差が大きくなるのも無理はない。

 

 「ああ、分かっている! だが、それでも!!!」

 

 負けないという意思を込め、渾身の一撃を叩きこむ。

 

 だがキラはジュラメントのビームソードをかわすと、シールドを掲げてそのまま突っ込んできた。

 

 「なっ!?」

 

 突撃を避ける事が出来ずシールドで突き飛ばされたアスランにキラはビームサーベルを上から振り下ろす。

 

 「これで!!」

 

 吹き飛ばされたジュラメントもスラスターを使い体勢を立て直しフリーダムに突撃する。

 

 「キラァァ!!」

 

 二機が交差する。その瞬間―――フリーダムの放った斬撃でジュラメントの胸部が抉られてしまう。

 

 「浅かったか」

 

 「くっ」

 

 打ち負けたアスランは機体状態を確認する。

 

 胸部を傷つけられたが損傷自体は大した事はなく戦闘には影響はない。

 

 再びフリーダムに向き合うとすでに地上ギリギリまで降下している事に気が付く。

 

 さらにユリウスとストライクのパイロットらしき男が銃を撃ち合いながら建物の中へ入っていった。

 

 「ユリウス隊長!? くっ、仕方ない!!」

 

 アスランは機関砲とビームライフルでフリーダムの周りを攻撃し、煙幕を張ると距離を取り、反転すると建物の反対側に機体を降ろした。

 

 「あの建物だったな」

 

 銃を持ちコックピットから出るとユリウスが入っていった建物に走りって行くと、その途中で墜落したストライクルージュを発見した。

 

 「機体そのものには損傷はないらしいが……」

 

 地面に叩きつけられた衝撃でパイロットはダメージくらいは受けているかもしれないが、放っておく事は出来ないだろう。

 

 パイロットを警戒し近づいていくが、その必要はなかった。

 

 コックピットから這い出たように倒れ込んでいるパイロットを見つけたからだ。

 

 慎重に近づき銃を構える。

 

 「悪いが不確定要素は排除させてもらう」

 

 その時、呻き声がすると同時に首が動き、金髪の髪と僅かながら顔も見えた。

 

 見えたのは知っている顔―――

 

 「……カガリ!?」

 

 忘れようもない、あの伝道所で出会った少女だった。

 

 あの時の少女を手に掛けようとしていたのかと思うと手が震える。

 

 「う、うう、ここは?」

 

 「目が覚めたか?」

 

 カガリは軽く頭を振りヘルメットを取るとこちらを見て驚愕した。

 

 「なっ、なな、おま、お前は、アスラン!? なんで?」

 

 まあ気がついて目の前に敵がいたら動揺はするだろうが、驚きすぎだ。

 

 「何でここにいるんだよ!」

 

 その質問にアスランは気まずそうに視線を逸らす。

 

 「……お前を落したのは俺だ」

 

 かつて話をして、好感を持った相手だ。

 

 身につけているハウメアの守り石に手を当て、苦々しい気持ちになりながらもアスランは答える。

 

 たった今殺され掛かったのだ。

 

 罵倒の一つも覚悟していたのだが、カガリの反応は違っていた。

 

 「そうか、お前だったのか。道理で敵わない訳だな」

 

 非常にあっさりと納得したように彼女は頷く。

 

 その反応に呆気にとられ思わず問い返してしまった。

 

 「俺はお前を殺そうとしたんだぞ。怒らないのか?」

 

 「うん? なんだそれは。それなら私達だって同じだろ。戦場にいるんだからな。それに前に言っただろう、私はそういうのはやめたってな。仮にお前に殺されたって恨んだりしないさ」

 

 「あっ、ハハ、そうだったな」

 

 アスランは思わず笑ってしまった。

 

 「なに笑ってんだ!」とカガリは怒っていたが、なんというかホッとしてしまったのだ。

 

 彼女も気がついた所で、これ以上のんびりしてはいられないとユリウスを追う事にした。

 

 「おい、どこ行くんだよ」

 

 「あそこに敵と一緒に俺の上官が入っていったんだ。それを追う」

 

 「敵って、私達の仲間じゃないか! 私も行くぞ」

 

 アスランと並び立つようにカガリもついてくる。

 

 「……俺たちは敵同士なんだがな」

 

 すっかり毒気を抜かれたアスランはどうせ何を言ってもついてくるだろうと特に拒絶する事なく一緒に歩いて行く。

 

 

 そして2人は建物に足を踏み入れた―――そこが禁忌の場所とも知らずに。

 

 

 キラもアスランが距離を取ったところでストライクの近くにフリーダムを降ろすとコックピットから銃を持ち、建物に入っていく。

 

 

 真実が開示される時が近づいていた。

 

 

 コロニーの外でも激戦が繰り広げられる中、アストはラウの乗るプロヴィデンスと対峙していた。

 

 ラウ・ル・クルーゼといえばヘリオポリスからつけ狙ってきた敵将。

 

 それが何故自分を知っているのかとアストは訝しみながらもビームライフルを構えた。

 

 「何故、俺の名を知っている?」

 

 「フフ、さてね」

 

 「この―――ッ!?」

 

 トリガーを引こうとした瞬間、アストはペダルと操縦桿を押し込み、加速して前へと出る。

 

 するとすぐ後に今までイノセントがいた空間を、数発のビームが薙ぎ払った。

 

 この攻撃に気がついたのは完全に偶然であり、勘と言ってもいい。

 

 先程の連合のガンダムを撃墜した攻撃を見ていなければやられていただろう。

 

 加速するイノセントを追撃するかのように四方からのビームの雨が次々を襲いかかってくる。

 

 「なんだ、これは!?」

 

 機体を左右に動かし、ビームを回避しながら先ほどの光景を思い出す。

 

 良く見れば小型の砲口持った突起物らしきものが周囲に浮いているのが確認できた。

 

 「ガンバレルか!」

 

 「理論は同じだがね、こちらの方が範囲は広い。避け切れるかな」

 

 ビームライフルで射出されたドラグーンを狙うが、簡単には当たらず、連射しても掠める事すらできない。

 

 「甘いな」

 

 それに引き替え、ラウの攻撃は正確無比。

 

 ビームライフルの射撃と合わせ、四方からのビーム攻撃をかわし続けるだけで精一杯である。

 

 アストと戦っていたカラミティを含む3機は同じ様にドラグーンの攻撃に晒され、すでに撤退しているがそんな事すら気にかける余裕もない。

 

 「君は自分の事をどれだけ知っている?」

 

 「何を!!」

 

 こちらは必死だというのに余裕の声が苛立ちを募らせる。

 

 「君は自分を育てたご両親が本当の親ではない事を知っているのかな?」

 

 その質問に何も答えず、そしてイノセントの挙動には一切の乱れもない。

 

 つまり―――

 

 「ほう、意外だな。君は自分の事を知っていたのか」

 

 「何でそんな事をあなたが知っている?」

 

 「言ったはずだ。私はある意味君とは兄弟だとね」

 

 ドラグーンによるビーム攻撃の合間にプロヴィデンスも再びビームライフルで狙ってくる。

 

 アストは同時にビームライフルの攻撃を避けながら、アクイラ・ビームキャノンで牽制した。

 

 普通のパイロットなら何もできずに終わっているだろう。

 

 避けてなお、反撃までしてくるとは、まさに驚異的としか言えない。

 

 「じゃあ、あなたもメンデルで……」

 

 「私の事はいいさ。ではもう一つ、キラ・ヤマト君についてはどうかな?」

 

 「どういう事だ?」

 

 「フフフ、ハハハ、なるほど! 君が知っているのは一部のみ、しかも自分に関する事だけか! 何、簡単な事さ、キラ君もまた我々と同じという事だよ!」

 

 「キラが!?」

 

 そして奇しくもこの時、コロニーの中でキラも同じ話を聞かされていた。

 

 ムウを追い、建物の中に入ったキラは一人の男と対峙していた。

 

 倒れた机の陰にムウと共に隠れて銃を向ける。

 

 しかし何故か目の前の男から全く敵意を感じない。

 

 いや正確には抑え込んでいるという感じだろうか。

 

 「キラか。ムウだけでなくお前までここに来るとは運がいい」

 

 「貴方が……ユリウス・ヴァリス」

 

 最も危険な敵―――自分達を追い詰めた敵の中で彼ほど強い者をキラは知らない。

 

 しかし何故自分の事を知っているのか疑問を口にしようとした瞬間―――今度は別の人物がその部屋に飛び込んでくる。

 

 「ユリウス隊長!」

 

 「アスランか」

 

 飛び込んできた相手に驚くが、それ以上にキラとムウは別の事に意識を奪われた。

 

 アスランが伴っていたのはカガリだったからだ。

 

 「お嬢ちゃん!?」

 

 「カガリ!!」

 

 「キラか!」

 

 カガリがこちらに駆け寄ろうとするのをアスランが制する。

 

 「今は動くな」

 

 アスランと連れ立って現れたカガリを複雑そうに見つめていたユリウスは机の資料と写真立てを放り投げた。

 

 そこに挟んであったのはいくつかの写真、それに反応したのはムウとカガリだった。

 

 「親父!?」

 

 「なんであの写真が!?」

 

 カガリが懐から取り出した写真と全く同じ物が写真立てに飾られている。

 

 この写真は演習終了後にアメノミハシラに視察に来たウズミから弟がいると言われ、キラがそうであると伝えられていた。

 

 「その写真が何故?」

 

 「皮肉なものだな。ここに兄弟が揃うとは。これでアスト・サガミがいればなお良かったのだが」

 

 「兄弟? アスト? 一体何言っている!?」

 

 ユリウスから語られた事は驚愕すべきものだった。

 

 「キラ、お前の両親は本当の親ではない。それはカガリ、お前も同じだ」

 

 「えっ」

 

 「貴様、何を言っている!!」

 

 ムウの発砲にも動じる事無く撃ち返し、あっさりと銃だけを撃ち落とした。

 

 「殺す気はない。話が終わるまでおとなしくしていろ。これにはあなたも関係しているんだからな、ムウ」

 

 「なんだと?」

 

 ムウとユリウスの会話もやり取りも耳に入ってこなない程、キラは全く反応できない。

 

 ユリウスは銃を構えながら呆然とするキラにさらに追い打ちをかけるように淡々と語る。

 

 「やはり知る筈もないな、忌々しい。キラ、お前は自分が何なのか知らなくてはいけない。それがお前の義務だ」

 

 「ユリウス隊長、先程からなにを……」

 

 動揺していたアスランもユリウスに問いただす。

 

 キラの両親の事はアスランも知っている。

 

 幼いころからの付き合いで仲も良かった。

 

 記憶にも残っているあの人達がキラの両親ではないなど、もしかするとこの話は聞いてはならない類の話ではないのか―――

 

 「真実を語るだけだ。奴はこれを知らなければならない。知らないなど許さない」

 

 普段冷静なユリウスらしくない、感情の籠った声。

 

 そこにあったのは紛れもない憎悪であった。

 

 「あ、貴方は、何を言っているんです? 僕が、僕が何だって、言うんですか!?」

 

 震えるキラに構う事無く、事実を口にした。

 

 「ここに来るまでに見たのだろう? アレを、人工子宮を」

 

 「……人工子宮?」

 

 この部屋に足を踏み入れるまで確かに見た。

 

 床に広がる青い液体に浸かる竈のような機械を。

 

 「人類の夢、最高のコーディネイター、そんな狂気の夢を形にしたもの、それが人工子宮だ。そしてお前はその中で生まれた成功体、数えきれない兄弟達を犠牲にしてな」

 

 自分があんな鉄の機械から生まれた?

 

 棚に並べられた瓶に入れられた標本の胎児達、あれが兄弟?

 

 見るだけでおぞましい嫌悪感が湧いてくる、こんな狂った研究の果てに生まれた?

 

 そんな―――

 

 「ユリウス隊長!」

 

 堪りかねたアスランが口を挟んだ。

 

 たとえ真実でも知らなくて良い事はあるだろうと。

 

 敵対しているとはいえ、キラに対して情は残っているのだ。

 

 しかしユリウスはやめるつもりもないのか、無視して話を続けていく。

 

 「そしてカガリ、お前もそうなる筈だった」

 

 「わ、私が?」

 

 「そうだ。キラのデータを基にしてお前こそ完璧で最高のコーディネイターにするつもりだったのだ、ヒビキ博士は」

 

 カガリも言葉を失う。

 

 知らされた事実はそう簡単には受け止めきれないものだった。

 

 

 

 

 そして宇宙でもアストがラウから真実を聞かされていた。

 

 「キラが最高のコーディネイター?」

 

 「そう、彼はメンデルの狂気の結晶であり、すべての原因。いや原因はもう一つあるな。《僕は、僕の秘密を今明かそう》」

 

 それは誰もが知っている言葉―――

 

 「《僕は人の自然そのままに、ナチュラルに生まれたものではない》」

 

 ファーストコーディネイタージョージ・グレンの台詞だ。

 

 「奴がもたらした混乱で、どこまで人はその闇を広げたか君は知っているのかな? 高い金を出し、好き勝手に命を弄りまわし、気に入らなければ捨てていく。まるで玩具のように」

 

 ラウは歌うように高らかに饒舌に語り続ける。

 

 「人は知りたがり、欲しがり、命が大事といいながら弄んで殺し合う! 人の可能性などまやかしだよ! 人は変わらず、どこにも行けはしないのだから!!」

 

 熱を帯びていくラウの言葉に合わせるようにドラグーンの攻撃も激しさを増していく。

 

 「そんなに憎いならば、殺し合え! 望み通りに! 君もそんな人が生み出した狂気の一つだろう!」

 

 ラウの言葉にアストは何も答えず、ただ強く操縦桿を握っているだけだ。

 

 

 

 

 ユリウスの話にムウは怒りを込めて怒鳴り返した。

 

 「貴様! いったい何の権利があって!!」

 

 「権利ならあるさ。私には、そしてクルーゼ隊長にも」

 

 

 そしてパンドラの箱が開かれる―――

 

 

 

 ある男がいた。

 

 名はロイ・ダ・フラガ。

 

 アル・ダ・フラガの年が離れた弟である。

 

 ロイは非常に優秀な男であった。

 

 それこそ兄であるアルすら霞むほど。

 

 フラガ家特有の直感も非常に優れ、かといって性格が歪んでいる事もない、真っ当な男だった。

 

 それが兄であるアルに劣等感を抱かせ、フラガ家を継がなくてはいけないというプレッシャーも加わり、彼を余計に歪ませる事となってしまった。

 

 そうした積み重ねの結果、アルは自分の力を鼻にかけ、誰も信じる事をしない傲慢な人物に育って行く事になる。

 

 そんな中でロイは運命とも言える二つの出会いをする事になる。

 

 一つはユーレン・ヒビキ、もう一つはアルの妻ミラとの出会いであった。

 

 ロイとユーレンは大学で出会い、互いが優秀であった事もありすぐに意気投合。

 

 紛れもなく互いが親友となっていった。

 

 そしてミラ。アルの婚約者候補の一人として出会ったロイとミラはすぐに惹かれあい、愛し合うようになった。

 

 しかしすでに資産家同士の政略結婚であった二人の婚約を止める術はなく、ロイは身を引くように仕事に没頭した。

 

 そして間もなくアルとミラは結婚し二人子供を授かる。

 

 最初に授かった子供がアリア、そしてずいぶん後に授かったのがムウである。

 

 アリアが生まれた時は後継ぎではない事に落胆していたが、ムウが生まれてからのアルの喜びようは凄いものであった。

 

 しかしここからすべてが狂っていく事になる。

 

 アルはムウを後継ぎとして育てようとしたが、ミラは強硬に反対し自由に育てようとした。

 

 彼女はムウをアルのような傲慢な人間にしたくなかったのだ。

 

 そしてアルをなにより失望させたのは、ムウはアルほどの素養がなかった事。

 

 フラガ家の才能を引き継いで生まれてきたのは姉であるアリアの方だった。

 

 アリアの才能は明らかにアルすら超えており、これは絶対に許せない事だった。

 

 アルは知っていた。

 

 ロイとミラが愛し合っている事を。

 

 そしてアリアが本当は自分の娘ではなく、ロイの娘である事も。

 

 自分は遺伝子においてもロイに劣っている。

 

 アリアとムウの差を見れば―――いや、そんな事は認められない。

 

 しかし他に後継ぎがいないのも事実。

 

 そんなアルに狂気の考えが浮かんだ。

 

 「そうだ、私自身を生み出し、後継ぎとすればいい」

 

 自分のクローンを作る事。

 

 誰も信用できず、生まれた息子も使えないなら自分を生み出せばよい。

 

 そう考えたアルはロイの親友ユーレンに接触した。

 

 ロイを通じ彼がコロニーメンデルにおいて遺伝子研究していた事を知っていたからである。

 

 そして事前に研究資金で困っている事も調べてあった。

 

 話はトントン拍子に進み、このまますんなり事が運ぶと思われた。

 

 だがここでロイが邪魔に入った。

 

 ロイはユーレンがメンデルで危険な研究に手を染めていると聞き、止めに来たのである。当然アルのしようとした事も止められた。

 

 「なにを考えているんですか、兄さんは!! ユーレン、君もこんな命を弄ぶような研究はやめるんだ!!」

 

 「ロイ、私は……」

 

 親友の言葉にユーレンは一度は思い留まったが、アルの方はやめるつもりはなかった。

 

 なんとしても後継ぎは必要。

 

 ムウのような能無しを後継ぎにする気はない。

 

 そしてアルの中にさらなる狂気が宿った。

 

 アルは自分の娘として育てていたアリアに手を出した。

 

 才能と力を持つ彼女と自分の遺伝子を使い、子供を生みだしたのだ。

 

 これはロイとミラに対する復讐であり、そして生まれた子供の持つ才能はアルの思惑通りだった。

 

 しかし誤算もあった。

 

 生まれた子供は近親者同士ゆえか、体が弱かった。

 

 ここでリスクを負ってでも誕生させた子供を死なせる訳にはいかない。

 

 そこで生まれた子供のクローンを何体か作り、様々な臨床試験を行う事にした。

 

 アルにとって彼らはただの使い捨ての存在ではある。

 

 だが何があっても良いように、そしていざという時のスペアとするために必要な存在であった。

 

 ユーレンは研究費を極秘でくれてやるというアルの言葉に悩みながらもこの依頼を受ける事になる。

 

 彼にも必要な事だった、最高のコーディネイターを生み出すという目的の為には。

 

 

 

 「そのクローンの1人がクルーゼ隊長だ」

 

 「ま、まさか……」

 

 ムウも覚えている。

 

 年の離れた姉アリアは確かに非常に優秀で、優しい人だった。

 

 奴が―――ラウ・ル・クルーゼがそんな姉と父親の遺伝子を使って生まれた子供のクローンだなんて。

 

 話を聞いていたキラ達も驚きのあまり言葉を無くしている。

 

 「……じゃあ、お前もそのクローンの」

 

 「……私は違う」

 

 

 

 ロイがすべてを知った時にはもう手遅れだった。

 

 最高のコーディネイターの研究は進み、アルの子供は生まれ、クローンも誕生した後だった。

 

 彼は二人を何度も説得した。

 

 しかしそれが聞き入れられる事はなく、徐々に彼もまた正気ではなくなっていった。

 

 ロイはまともな人間だった。

 

 それだけにメンデルで行われている実験の狂気に耐えられなかった。

 

 そして娘のアリアが実験に利用された事もその一端となってしまった。

 

 彼は考えた。

 

 アルの都合で生まれた子供やクローンはどうにもならない。

 

 せめてアルから遠ざけ、彼の影響を受けないようにする事くらいしかできない。

 

 しかしユーレンを止めるにはどうしたら良いのか。

 

 今でも最高のコーディネイターを生み出す研究を続けており、こちらの言い分を聞こうともしない。

 

 そこで彼はもう1人の天才を招いた。

 

 シアン・カグラ博士―――彼女にユーレンの研究の欠陥を見つけてもらい、そこから説得できると考えた。

 

 しかしこれもまた狂気の一端となる。

 

 シアンもまた研究者だった。

 

 ロイにユーレンの研究に欠陥は無いと報告し、逆に唆した。

 

 「必要なのは彼の生み出す最高のコーディネイターが暴走した時に止める存在よ」

 

 それでは本末転倒。

 

 まともだった頃のロイならばこんな口車に踊らされる事はなかっただろう。

 

 しかし彼もすでに狂気に犯されていた。

 

 ユーレンを止めるはずの研究はいつの間にか対抗するための研究に変わった。

 

 同じように人工子宮を研究し、対抗する手段を模索する。

 

 そしてロイは自分とミラの遺伝子を使い一人の子供を生みだし、その後生み出された子供のデータを分析し、シアン博士も自分の遺伝子を使って子供を生みだす。

 

 

 それこそ最高のコーディネイターに対するカウンター、『カウンターコーディネイター』であり―――

 

 

 「それが私、ユリウス・ヴァリスであり―――アスト・サガミだ」



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第38話  暗闇で輝くもの

 

 

 

 メンデルの研究所内で接触したユリウスの話はキラに大きな絶望を与えるものだった。

 

 現に共に聞いていたムウ、カガリ、そして関わりのないアスランすらも絶句している。

 

 それだけ語られた話は衝撃的だったのだ。

 

 そして今またキラの友人アスト・サガミの秘密が告げられていた。

 

 「……アストが貴方と同じ?」

 

 「そうだ。奴は俺と同じくお前を殺すためにシアン・カグラ博士によって生み出された存在だ」

 

 

 

 

 シアン・カグラ博士。

 

 紛れもなく天才だった彼女はその才能ゆえに孤独であった。

 

 ただアル・ダ・フラガのように性格が歪んでいた訳ではなく、彼女は致命的に周りに興味がなかった。

 

 常に研究の事だけを考え、自分の知的好奇心を満たす事こそがすべて。

 

 そんな人物である。

 

 だが彼女とてすべてを無視していた訳ではない。

 

 研究の為にはやはり人との関係も無視できなかった。

 

 それゆえ外面だけの社交性を磨き、人とのつながりを持っていった。

 

 そんな中とある男からの依頼が舞い込む。

 

 依頼者はロイ・ダ・フラガ。

 

 彼の依頼はユーレン・ヒビキ博士の研究を調べ欠陥を見つけて欲しいというものだった。

 

 最初は興味も持たずに断るつもりだったが、話を聞く内にどのような研究なのか気になり、確かめる事にした。

 

 そしてあっという間に魅せられた。

 

 最高のコーディネイターを生み出す。

 

 これを自分の手でなし得れば―――

 

 彼女は依頼を受け、研究を開始した。

 

 しかし問題はロイである。

 

 依頼を受けたはいいが彼はこれらの研究を潰したがっている。

 

 だが彼女にとって幸運だったのはすでにロイは狂気に犯されていたという事。

 

 冷静な判断が出来ないロイに彼女は囁く。

 

 「この研究に欠陥はないわ」

 

 「そんな、ではどうやって―――」

 

 「今は問題ない。しかし本当に問題になるのは子供が誕生してからよ」

 

 「どういう事だ?」

 

 「もし生まれた子供が暴走し始めたらどうなるかしら? 誰にもどうにもできないでしょう。だから必要なのは彼の生み出す最高のコーディネイターを止める存在よ」

 

 これはシアンが研究を続ける為の方便であったが、同時に彼女自身の危惧から来ている言葉でもある。

 

 最高のコーディネイターは人の夢であり希望であるが、裏を返せば誰にも止められない危険な兵器になりかねない。

 

 ロイを説得し、シアンは研究を続け、そしてその成果である1人の子供が生まれた。

 

 ユリウスと名付けられた子供は予想を超えた素養を持っていた。

 

 これはロイとミラの遺伝子の優秀さもあったのだろう。

 

 それでも予想以上の結果だった。

 

 ロイはこの結果に満足し、ユリウスをカウンターとすることを決めた。

 

 しかしシアンは満足などしていない。

 

 何故ならばユリウスはロイのものだったからだ。

 

 シアンは自分だけのものが欲しかった。

 

 「ユリウスは素晴らしい。でもあれは私のものではない。私は私だけのものが欲しい。なら再び生み出せばいい!」

 

 そしてついにシアンは自分の遺伝子を用いて実験を開始した。

 

 だが足りないものもあった。

 

 それは男性の遺伝子。

 

 しかしそれももちろん考えてあった。

 

 シアンは研究に必要だからとロイにユーレンの実験で使われたデータ。

 

 そして世界中の遺伝子情報とサンプルを集めてさせ、その中で最も優秀な遺伝子を用いる事にしていた。

 

 どのような男かなど興味もなく、どうでも良かった。

 

 ただ優秀であれば良いのだ。

 

 結果、想定通りの子供が誕生した。

 

 「素晴らしいわ、貴方ならユーレンのコーディネイターだって殺せる!」

 

 自分だけのものだ、この子は。

 

 シアンは人生で一番の喜びに包まれていた。

 

 そして重要な事に気が付く。

 

 「そういえば名前がなかったわね……そうね、誰より先を行く者。いえ、誰より明日を行く人……明日人。あなたの名前はアスト、アスト・カグラよ」

 

 そうして最高のコーディネイターを殺す存在は産声を上げた。

 

 だがその後、彼女はブルーコスモスのテロであっさりと命を落としてしまう。

 

 生まれた子供は助手をしていた研究者の1人、サガミ博士が連れ出し自身の養子としたのだ。

 

 

 

 

 ユリウスが話終えたにも関わらず、キラは何も反応出来ない。

 

 それはカガリやムウも同じだ。

 

 ただアスランだけが苦々しい表情でキラを見ていた。

 

 「……今すぐにでも決着をつけたいところだが、腑抜けたお前には興味がない」

 

 ユリウスは踵を返すと部屋から出ていく。

 

 入口に立ち、振り返ることなく、冷たい声で呟いた。

 

 「キラ、お前を殺すのは戦場でだ。立ち上がって向ってこい……このまま折れるようなら殺す価値もない。腑抜けたまま、朽ち果てろ」

 

 それにキラは答えられない。

 

 アスランは声をかけようとするが、途中で思い留まった。

 

 今の俺はキラの敵であり、そんな自分がなにを言えばいいのか?

 

 傍にいたカガリの肩に手を置くと誰にも聞こえないように小声で囁いた。

 

 「……キラを頼む。それからお前も、その」

 

 こんな時、何も言えない自分が不甲斐無い。

 

 そんなアスランの姿に呆然としていたカガリも正気に戻ったようにこちらを見てくる。

 

 その目には涙が溜まっていたが、すぐに頷くと立ち上がりキラの下に歩いて行った。

 

 キラの事は彼女に任せようと自分に言い聞かせ、意識して振り返らないようにして後を追った。

 

 「アスラン」

 

 「え、あ、はい」

 

 「言いたい事はあるだろうがそれは後だ。私は一旦ヴェサリウスに戻る。ゲイツは損傷してしまったからな」

 

 「ではジュラメントでヴェサリウスまで護衛します」

 

 「頼む」

 

 外に出たアスランは今は何も言わずに機体に乗り込むとコロニーを脱出した。

 

 

 

 

 アスランが出て行った後、カガリはキラに駆け寄り肩を揺する。

 

 「おい、キラ、しっかりしろ!」

 

 「カ、カガリ」

 

 キラは焦点の合ってない目でこっちを見てくる。

 

 無理もない。

 

 ここで聞かされた事はあまりに衝撃的だった。

 

 正直カガリ自身もきついがそれでもキラに比べればマシな方だ。

 

 だから努めて明るく振舞う。

 

 「本当にしょうがない奴だな。それでも私の弟かよ」

 

 「弟って……」

 

 そこでキラも気がついた。

 

 カガリの声は震え、涙が零れそうになっている事に。

 

 「ありがとう、大丈夫だよ」

 

 「キラ」

 

 はっきり言って痩せ我慢ではあるが、落ち込んでいる暇はない。

 

 今も外では戦いが続いている筈だ。

 

 急いで皆の援護に向かわなくてはならない。

 

 「ムウさん、行きましょう」

 

 「あ、ああ」

 

 ムウもどこか上の空だ。

 

 彼にとっても聞かされた話はショックだったのだろう。

 

 本当にどうしてこうなったのだろうか?

 

 そんな考えても意味のない事が問答がキラの頭からいつまでも離れる事はなかった。

 

 

 

 

 暗い宇宙を舞うドラグーンからの射撃がイノセントを追い詰めていく。

 

 その姿を眺めながらラウは高らかに話し続ける。

 

 「皮肉なものだとは思わないかね? 君は本来キラ・ヤマト君を殺す存在として誕生したにも関わらず、友として時を過ごし、今では共に戦う戦友の間柄だ!」

 

 アストは操縦桿を絶え間なく動かし続け、放たれるビームを次々と回避していく。

 

 「だからこそ興味がある。彼が真実を知ったとき、どう絶望するのかね!」

 

 怒りを抑え、プロヴィデンスにビームライフルを撃ち込みながらラウに問い返した。

 

 「……それで貴方はなにがしたいんだよ? 復讐か?」

 

 「そうだな、私達にはあるのさ。人間を、人類を裁く権利が!」

 

 先程の話は聞いていた。

 

 ユリウスが自分と同じ存在という事も、目の前の男がクローンという事もだ。

 

 「……そうか」

 

 砲撃を掻い潜ったイノセントにヒュドラを撃ち込むが、それを紙一重で避けたアストにラウは高らかに告げた。

 

 「人類はどこにも行けずに滅ぶ! そして君たちもまた同じように消えて貰おう!」

 

 「―――けるな」

 

 ラウは再びドラグーンを放ち、その内の数機を接近させビームファングを展開、イノセントに突撃させた。

 

 離れた位置からのビーム攻撃とビームファングによる近接攻撃を同時に叩き込む。

 

 「これで終わりだ!」

 

 誘導したイノセントにビームが迫る。

 

 だが同時にアストが叫んだ。

 

 「ふざけるなぁぁ!!!!」

 

 アストのSEEDが弾けた。

 

 迫ってきたビームが機体に掠めるが最小限の動きで直撃を回避し、ビームファングをビームサーベルで斬り落とした。

 

 その驚異的ともいえる反応にラウは驚愕する。

 

 「あのタイミングでかわすだと!?」

 

 イノセントはスラスターを全開にして一気にプロヴィデンスとの距離を詰めた。

 

 「うおおおお!!」

 

 ビームサーベルを袈裟懸けに振るうがラウは複合防盾を掲げ、斬撃を防ぐ。

 

 しかしアストは動きを止める事無くプロヴィデンスに蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 「ぐっ!」

 

 「貴方が何がなんであれ、キラやみんなに危害を加えるというなら容赦なく倒すだけだ!」

 

 さらに追撃をかけようと接近するがラウはビームソードを展開、イノセントを斬り払った。

 

 その斬撃を後退して回避すると同時に再びドラグーンのビームが四方から襲いかかってくる。

 

 「ふん! そのみんなとやらが君の事を知ればどう思うかな? 誰もが君を羨み、妬む! そして必ず排斥される!! 必ずだ!!」

 

 「だからなんだ! 俺はそんな事はどうでもいい!! ただ大切なものを傷つけさせない、それだけだ!!」

 

 機体を回転させビームを回避すると背後のドラグーンを撃ち抜く。

 

 だがラウはビームライフルでイノセントの動きを牽制しビームソードを叩きつける。

 

 両者の戦いはすでに他が入り込む余地のない領域に達していた。

 

 

 

 

 

 敵モビルスーツからの砲撃を迎撃していたオーディンの艦橋でテレサは指示を飛ばしながら戦況を見る。

 

 「三時方向、主砲撃てぇー!!」

 

 ビーム砲が接近してきた敵モビルスーツを薙ぎ払う。

 

 しかし敵機を迎撃したのも束の間、別方向からミサイルが次々撃ち込まれ、バルカンシステムでミサイルを撃ち落とす。

 

 「不味いな」

 

 完全に劣勢である。

 

 アークエンジェルは敵の同型艦、クサナギも同様に地球軍艦を迎撃し、ジャスティス、アイテルは敵3機と交戦中だ。

 

 さらにフリーダムはコロニーの中で、イノセントはザフトの新型を抑えている。

 

 これを打開するには――

 

 そこにテレサが待ちに待った報告が入ってくる。

 

 《中佐、ヘイムダルの修復完了しました!》

 

 テレサは思わず笑みを浮かべた。

 

 ようやくこれで動き出せるとはいえ一刻の猶予もない。

 

 すぐに表情を引き締めると、ヨハンそしてマリュー、キサカに作戦を伝えた。

 

 「ヨハン、作戦を説明する、良く聞け! アークエンジェル、クサナギもだ!」

 

 テレサが作戦を伝えると同時にヨハンは動き出す。

 

 アークエンジェルもクサナギも同様だ。

 

 それでもタイミング的にはギリギリ。

 

 これ以上戦いが長引けばこちらが持たない。

 

 「急げよ、ヨハン」

 

 砲撃による振動を噛み殺しながら、テレサはモニターを注視していた。

 

 

 

 

 

 そしてコロニーから出撃し、動き出したヘイムダルの事はドミニオンでも掴んでいた。

 

 「動き出した?」

 

 「はい、レーダーで確認しました」

 

 セーファスは顎に手を当て考える。

 

 同盟軍は完全に劣勢。

 

 いくら彼らが強くともザフト、地球軍に挟まれた状況ではどうにもならないはず。

 

 とはいえセーファスとしては無駄な戦闘はせず、もう撤退したいところだ。

 

 任務を達成したクロードは帰還しているため、作戦はすでに完了している。

 

 しかし横を見るとアズラエルが憤怒の表情で目の前のアークエンジェルを睨みつけている。

 

 よほどレイダーが落とされたのが気に入らなかったらしい。

 

 ちなみにカラミティは損傷酷く戦場には出られず、残り2機は補給中だ。

 

 どの道今のアズラエルの様子からして撤退を進言しても無駄であろう。

 

 「……敵艦の位置は常に把握しておけ」

 

 「了解!」

 

 「バリアント、撃てぇー!」

 

 ナタルの叫びに合わせリニアガンが発射され、それがアークエンジェルに降り注ぐ。

 

 「回避!」

 

 マリューの掛け声にノイマンが回避運動を取る。

 

 「流石、バジルール中尉ですね」

 

 「ええ、本当に」

 

 アークエンジェルとドミニオンの戦況はほぼ互角。

 

 それはお互いの事を熟知していた事が大きな要因だろう。

 

 特にナタルとフレイは師弟関係のようなものだ。

 

 どう出てくるかお互いに良く分かっていた。

 

 「左から敵モビルスーツ4!」

 

 「デュエルに迎撃させて!」

 

 トールは向かって来たストライクダガーにシヴァを撃ち込んで撃破すると、残った敵にビームサーベルを突き刺し斬り捨てる。

 

 さらに襲いかかってくるストライクダガーにビームガンを撃ち込んで動きを止め、ブルートガングを一閃し撃破した。

 

 「ハァ、ハァ、数が多すぎる!!」

 

 するとそこでドミニオンに動きがあった。

 

 ハッチが開き2機のガンダムが出撃してくる。

 

 ゼニスとフォビドゥンである。

 

 「あれが出てきたら俺だけじゃ……でも、あの機体にエフィムが乗ってるんだよな。なら説得しないと」

 

 それにアークエンジェルを守るためにも退く訳にはいかない!

 

 トールはストライクダガーをビームライフルで撃ち抜くと二機を迎撃する為に前へ出た。

 

 「なに、あれ」

 

 「コーディ、ネイターは、殺す」

 

 シャニは向ってくるアドヴァンスデュエルを視認すると残酷な笑みを浮かべた。

 

 獲物が自分から寄ってきてくれた。

 

 クロトの間抜けは死んだし、オルガは出られない。

 

 その分は自分が殺せるのである。嬉しくない筈がない。

 

 そして傍にいたエフィムも動き出す。

 

 彼は敵の事だけを考えていた。

 

 他の事など知らない。

 

 ただ敵を殺すだけである。

 

 アドヴァンスデュエルにシャニはフレスベルグを放つと、ニーズヘグを構えて突っ込んだ。

 

 「落ちろよォォ!!」

 

 「くっ」

 

 フレスベルグを機体を上昇させてギリギリ回避するが、振るわれたニーズヘグはかわしきれず片方のシヴァを斬り裂かれてしまう。

 

 「シヴァが!?」

 

 「ハッ!! 遅いよ!」

 

 トールはビームライフルを撃ち込んで距離を取ろうとするが、ゲシュマイディッヒ・パンツァーで曲げられてしまう。

 

 「ビームが曲がった!?……あれがキラ達が言ってたやつか」

 

 接近してくるフォビドゥンにミサイルを叩き込む。

 

 しかし今度は横からゼニスがネイリングを袈裟懸けに振るってくる。

 

 「エフィム、やめろ!  俺だトールだ!!」

 

 「うおおおお!! 死ねぇぇ!!」

 

 こちらの事など認識していないのか言葉も無視して、斬撃を繰り出してくる。

 

 「俺が分からないのかよ、エフィム!!」

 

 シールドを掲げ、ゼニスの斬撃を逸らしフォビドゥンの攻撃にも警戒する。

 

 はっきり言って反撃する暇がない。

 

 相手の技量が高く攻勢にでる事が出来ないのだ。

 

 しかもトールが離れた隙にアークエンジェルにストライクダガーが攻撃を仕掛けている。

 

 このままじゃ―――

 

 「手が回らない。イザーク、何やってんだ! 援護に来てくれ!」

 

 アークエンジェルに猛攻が加えられていた時、イザークは再会した仲間と話をしていた。

 

 これまでにあった事、自身の犯した罪の事を―――

 

 「……だから同盟軍に入ったのか」

 

 「……そうだ」

 

 やるせなさに全員が唇を噛む。

 

 気持ちは分かる。

 

 特にエリアスはパナマなど直接見ている為、余計にだ。

 

 「……俺は色々なものを見て、そして知った。今まで通り何も考えずザフトの命令に従って戦う事はもうできん」

 

 「カールを殺した連中なんですよ、イザーク先輩!」

 

 エリアスの叫びにもイザークは落ち着いて答えた。

 

 「お互い様だ……それにアークエンジェルにいる連中は―――イレイズ、ストライクのパイロットは軍人じゃない。民間人だ」

 

 「なっ!?」

 

 「民間人だって!?」

 

 「……そうだ、彼らは俺達が壊したヘリオポリスの民間人だったんだ。俺達が彼らの運命を狂わせたんだ。それだけじゃないイレイズのパイロットはカールが言っていたスカンジナビアのコーディネイターだよ」

 

 今度こそ言葉を無くしてしまう。

 

 それこそかつてイザークがそうだったように。

 

 「少なくとも俺達には奴らを責める権利はない」

 

 誰もが何も言えなくなった時、スウェアに通信が入る。

 

 《手が回らない。イザーク、何やってんだ! 援護に来てくれ!》

 

 「トールか? 今行く!」」

 

 イザークはアークエンジェルに機体を向けた。

 

 「イザーク!」

 

 「……できればお前達とは戦いたくないがな」

 

 それだけ言うとスウェアは反転し奮戦しているアドヴァンスデュエルの援護に向かった。

 

 残されたディアッカ達は追いかける事も攻撃する事もできなかった。

 

 「くそ!」

 

 「イザーク……」

 

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 

 かつて自身に生まれた疑問がエリアスの中に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 防戦一方のトールはゼニスのビーム砲を何とか回避すると残ったシヴァで2機を牽制する。

 

 「エフィム!」

 

 「おおおおお!!」

 

 ゼニスが繰り出したネイリングの一撃を受け止め、トールは声を張り上げる。

 

 こちらの事が分からないのか?

 

 ネイリングを突き飛ばし、距離を取って何とか粘っているが限界は近い。

 

 そこに後ろから回り込んだフォビドゥンのニーズヘグがアドヴァンスデュエルに迫る。

 

 「終わりだぁ!」

 

 だがそこにタスラム散弾砲がフォビドゥンに振り注いだ。

 

 実体弾はゲシュマイディッヒ・パンツァーでは曲げらず、TP装甲でも衝撃は殺せずに吹き飛ばされてしまう。

 

 「くッ!? 誰だよ、俺の邪魔すんのは!!」

 

 シャニの先にいたのはイザークの乗るスウェアだった。

 

 背中のタスラムを構えてフォビドゥンを牽制している。

 

 「トール、無事か!」

 

 「助かった、イザーク」

 

 スウェアはアドヴァンスデュエルの横につくとビームサーベルを構える。

 

 「これ以上好きにはさせん!!」

 

 イザークは目の前にいるフォビドゥンに斬り込んだ。

 

 

 

 

 そしてコロニー付近でコンビクトと激しい戦闘を繰り広げていたマユはシリルの高い技量によって徐々に追い詰められていた。

 

 「やっぱり強い!」

 

 「粘るじゃないか!」

 

 コンビクトはビームライフルの攻撃を加速して振り切ると一気に接近しビームサーベルを振り抜いた。

 

 どうにかシールドを掲げ何とか防ぐ事に成功するが、コンビクトが放った速度の乗っている斬撃は強烈でターニングを後ろに吹き飛ばす。

 

 「くぅ!」

 

 「……なるほどな」

 

 シリルは相手の技量を冷静に看破した。

 

 素質もあるし、それなりに訓練も積んでいる。

 

 だが圧倒的に実戦経験が足りない。

 

 「まだまだ!」

 

 ターニングはスラスターで体勢を立て直し、コンビクトに再びビームライフルを連射する。

 

 「無駄な事を!」

 

 再びビームをかわし、斬り込んでいく。

 

 「これで終わりだ!!」

 

 しかし、今度はシリルの思惑通りにはならなかった。

 

 「ここです!!」

 

 マユはコンビクトのサーベルを逸らし、至近距離で腕のグレネードランチャーを撃ち込んだ。

 

 「なにぃ!?」

 

 衝撃と予想外の反撃にシリルは驚愕する。

 

 「この短期間にこちらの動きに合わせてきただと!?」

 

 吹き飛ばされたコンビクトにマユはビームサーベルで斬りつけた。

 

 迫るビームサーベルを機体を逸らしかわそうとするが、間に合わずビームランチャーをマウントしていた右肩を斬り裂かれてしまう。

 

 再びシリルは驚愕するが、すぐターニングをシールドで突き放し距離を取った。

 

 背筋に冷たい汗が流れる。

 

 油断していたとはいえ、自分に傷を付けるとは―――

 

 「……危険だ、お前は」

 

 このパイロットが成長していけば必ずザフトにとって大きな脅威になる。

 

 今ならまだ技量はこちらが上だ。

 

 危険な芽は早めに摘まねばなるまい。

 

 「……お前には消えてもらうぞ!」

 

 シリルのSEEDが弾けた。

 

 バーニアを全開にして突っ込んでいく。

 

 「さらに加速した!?」

 

 マユはコンビクトのビームサーベルを受けるような事はせずに、上昇して回避する。

 

 「甘い!!」

 

 しかしそんな動きなど見切っていたとばかりにビームライフルを撃ち込み、再び距離を詰めてくる。

 

 懐に飛び込まれ繰り出される斬撃をシールドで受け止めていくが、あまりの勢いに後退させられてしまう。

 

 「これって、まさかアストさん達が言っていた『SEED』?」

 

 マユも訓練で何度か体験した事がある。

 

 『SEED』を発動させたアストやキラの強さは別次元ともいえるもので、最初に手合わせした時など何もできないまま撃墜されてしまったほどだ。

 

 勢い良く迫りビームサーベルを繰り出してくるコンビクトに翻弄され、防戦一方になってしまう。

 

 次々に繰り出される斬撃を捌き、反撃を試みるがあっさり回避され当たらない。

 

 「このままじゃ!」

 

 焦るマユに振り下されたビームサーベルを受け止めるが、敵はバーニアを吹かしそのまま押しこんでくる。

 

 「ザフトの未来の為、危険なお前には落ちてもらうぞ!」

 

 その時、追い詰められたマユを救うように別方向からのビームがコンビクトに襲いかかる。

 

 「くっ、これは!」

 

 シリルは機体を後退させビームが放たれた方向を見ると蒼い翼を広げたフリーダムがこちらに向かってビームライフルを構えていた。

 

 「『白い戦神』か!? このタイミングで戻ってくるとはな!!」

 

 「キラさん!!」

 

 その後ろからムウのストライクが続き、カガリのストライクルージュが損傷したアストレイを抱えている。

 

 「ムウさん達はアークエンジェルに」

 

 「ああ、ここは頼む」

 

 2機がそのままアークエンジェルに向かうのを確認するとターニングの傍に移動する。

 

 「……良かった。まだ無事だね、マユ」

 

 「はい、えっとキラさん?」

 

 「ん?」

 

 「大丈夫ですか、なんだか……」

 

 キラの声はどこかおかしい。

 

 なんというか覇気がないといえばいいのか。

 

 「うん、僕は大丈夫。それより下がって、マユ。すぐ終わらせるから」

 

 キラはSEEDは発動させ、コンビクトに斬り込んだ。

 

 「『白い戦神』、今度こそ決着をつける!」

 

 シリルもフリーダムを迎え撃ち、互いに斬撃が同時に弾け合う。

 

 しかし今度の戦いは長引く事はなかった。

 

 振るわれたビームサーベルの斬撃を無視し、懐に飛び込みコンビクトの左足を斬り落す。

 

 しかし同時にフリーダムの装甲も斬り裂かれるが気にした様子もなく、再び突進する。

 

 「なんだこの動きは!?」

 

 明らかに先程までの奴ではない。

 

 目の前にいるフリーダムの動きはどこか自棄になっているというか。

 

 自身の損害を考えていない、そんな無茶苦茶な動きである。

 

 それが結果的にシリルの虚を突く事になり、損傷を受けてしまった。

 

 「何を考えている?」

 

 絶えず繰り出される斬撃を捌きながらシリルは機体状態を確認する。

 

 左足の切断と右肩の損傷。通常の戦闘ならともかく相手が『白い戦神』では命取りになりかねない。

 

 ましてや今のような損害を気にしない無謀な戦いぶりではなおの事。

 

 「出来ればあの可変型のパイロットだけでも仕留めたかったが、仕方がないな」

 

 2機が交差した瞬間、シリルはすれ違い様に振り向くと逆袈裟にビームサーベルを叩きつけ、キラも振るわれたサーベルの攻撃に構う事無く斬り返す。

 

 シリルは敵のサーベルを潜り抜け、腰のレール砲を斬り裂き、態勢を崩したフリーダムをシールドで突き飛ばすと距離を取る。

 

 「口惜しいが今は退かせてもらう」

 

 そのままビームライフルで牽制しながら撤退していった。

 

 退いていったコンビクトを確認したマユは安堵の息を吐く。

 

 「ふう、あのパイロット、強かった」

 

 あれがエース級の実力を持ったパイロットとの戦い―――正直、生きた心地がしなかった。

 

 しかし、やはりキラはおかしい。

 

 普段ならあんな無茶な動きは絶対にしない筈だ。

 

 「キラさん、損傷は? それにやっぱり何かあったんですか?  その、動きがおかしいです」

 

 「……大丈夫だよ。それよりみんなの援護に行こう」

 

 キラはマユに力無く微笑むと、そのまま先行してしまう。

 

 「キラさん!」

 

 やっぱりおかしい。

 

 早く追わないと、あのままでは危険だ。

 

 ターニングを変形させ飛行形態になると、フリーダムを追いかけた。

 

 

 

 

 

 同盟各艦共に奮戦してはいたが、物量の差によって徐々に追い詰められている。

 

 それは攻撃に加わり、エターナルのブリッジで戦況を確認していたバルトフェルドにも分かった。

 

 コロニー内に待機していた艦はこの混戦でレーダーでしか確認できないが、デブリに阻まれているらしく足止めされている。

 

 これでは全滅するのも時間の問題だろう。

 

 「これでアークエンジェルも終わりですか」

 

 「そうね」

 

 ダコスタとアイシャが冷静に呟く。

 

 確かに2人の言う通り、このままではそう長くは持つまい。

 

 しかしバルトフェルドはどこか落ち着かなかった。

 

 あの艦、アークエンジェルはどんな状況からでも生還してきた。

 

 ならば今回も、と思ってしまうのは考え過ぎだろうか。

 

 「なんか嫌な感じだねぇ」

 

 それは戦場で培ってきた長年の勘である。

 

 「隊長はまだ彼らが何かしてくると?」

 

 「そうだね。このままで終わるようなら、僕らは砂漠で負けてないよ」

 

 そのバルトフェルドの勘は当たる事になる。

 

 同盟軍の3艦が密集しヴェサリウスの方に突進して来たのだ。

 

 しかも各モビルスーツもそれに合わせ、動き出している。

 

 「なっ、あれじゃ集中砲火にさらされるだけなのに……」

 

 「そうね、何をする気なのかしら」

 

 ともかく動き出した敵を警戒しなければならないだろう。

 

 バルトフェルドは鋭い視線でこちらに向かってくる敵艦を見つめた。

 

 

 

 

 

 動き出した同盟軍の戦艦はザフト艦に突っ込んでいくその姿を確認したラクスとレティシアは通達されていた作戦に合わせ、戦艦に向かい動き出す。

 

 しかしそれを許す特務隊ではない。

 

 「どこに行くつもりだ、レティシアァァ!!」

 

 上段から振り下ろしたビームクロウをアイテル目掛けて叩きつける。

 

 「貴方に何時までも付き合っていられません。ラクス!!」

 

 シールドで光爪を弾き返し同時に上昇すると、その瞬間ジャスティスのファトゥムーOOが正面から突っ込んで来た。

 

 「何だと!?」

 

 視界を塞がれたマルクは一瞬動きが止めてしまう。

 

 「これで!」

 

 そこを見計らってシオンのシグルドを突き放したジャスティスがハルバード状態のビームサーベルを上段から勢い良く振り下ろし、回避行動を取ったシグルドの右腕を斬り落とした。

 

 「この!!  やってくれるじゃねぇかぁぁぁ!!」

 

 こんな世間知らずの歌姫様にやられるなど屈辱でしかない。

 

 ヒュドラをジャスティスに叩き込むがラクスは回避と同時にビームブーメランを投擲し、迫ってくるシグルドをシールドごと弾き飛ばした。

 

 マルクの援護しようとするクリスをレティシアはビーム砲で牽制し、クラレントを振るってくるシオンにグラムで斬り結ぶ。

 

 「ここで死ね、レティシア!!」

 

 「何時までも貴方達に付き合っている暇はないんですよ!」

 

 そこに後ろから回り込んだジャスティスが機関砲で斬り結ぶシグルドの態勢を崩し、さらに蹴りを叩きこんで距離を離す。

 

 「ラクス・クライン、貴様!!」

 

 「レティシア、今です!」

 

 「ええ、退きましょう」

 

 シグルドにビーム砲を放ちながらラクスとレティシアは反転し、母艦を追った。

 

 「くそがぁぁ!!」

 

 「落ち着け、マルク。クリス足を止めろ!」

 

 「了解です」

 

 クリスはスナイパーライフルで2機を狙撃しようと狙いを定めるが、側面から強力なビームが迫ってくる。

 

 「今度はなんだ!?」

 

 そこにはアークエンジェルに移動しながらアグニで攻撃してくるアドヴァンスストライクの姿があった。

 

 「ま、これぐらいはやらなきゃな」

 

 ムウも精神的に参ってはいるが、今は戦闘中である。

 

 その切り替えの早さは長年の経験故だろう。

 

 3機のシグルドを牽制しながらムウも後退する。

 

 「おのれ! すぐ追撃するぞ! マルク、いけるな?」

 

 「当たり前だ! レティシアの前にあの姫様だ! 捕まえて女に生まれた事を後悔させてやる!」

 

 「行きましょう―――ッ!?」

 

 追撃しようとした3機に今度は地球軍のストライクダガーが攻撃を仕掛けてくる。

 

 「地球軍だと!」

 

 「邪魔だ!!」

 

 シオンはビームライフルの攻撃をかわしながら敵機をクラレントで両断し、マルク、クリス共にヒュドラで接近してきた敵を薙ぎ払う。

 

 「どけ、雑魚共!!」

 

 「数だけは多いな!」

 

 「ナチュラルのおもちゃが!」

 

 予期せぬ邪魔者に苛立つ3人は気がついていなかった。

 

 離れていたはずの地球軍がすぐそこまで接近している事に。

 

 

 

 

 

 

 アストとラウの激しい攻防は未だ終わる気配すらなく続いていた。

 

 プロヴィデンスの放った斬撃をイノセントは回避し、後ろに迫るドラグーンをワイバーンで斬り飛ばす。

 

 「あの砲台、いくつあるんだよ!」

 

 再び接近しビームサーベルで斬り込むが、迫ってきたビームファングがそれを阻む。

 

 それを機関砲で迎撃し、側面からのビームをかわしたが、別方向からの攻撃で左足を撃ち抜かれてしまう。

 

 「ぐっ!」

 

 「流石だよ。ここまでやるとは―――」

 

 これは偽りのない本音である。

 

 ここまでドラグーンを撃ち落とし、回避し続けるとは、驚異としか言いようがない。

 

 「しかし、これまでだ! アスト・サガミ君」

 

 「まだだぁ!!」

 

 アストは操縦桿を動かし、ビームを回避していく。

 

 もっとだ!

 

 もっと速く!

 

 迫るビームをサーベルで斬り払い、ワイバーンで防いでいく。

 

 「チィ、厄介な奴だよ。君は」

 

 ビームライフルを構えイノセントに狙いをつけたところでラウはムウがアークエンジェルに近づいている事を感じ取る。

 

 「ムウだけではない、レティシア・ルティエンス達もか」

 

 敵艦の位置を確認する。

 

 おそらくこの状況を覆す為に何かするつもりだろう。

 

 ヒュドラでイノセントを狙おうとした瞬間、ラウの直感が脅威を感じとった。

 

 「何!?」

 

 咄嗟に機体を後退させると次の瞬間、今までいた空間をビームが薙ぎ払った。

 

 「フリーダム!」

 

 視線の先にはバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲を構えて突っ込んでくるフリーダムの姿があった。

 

 その後ろからは変形したターニングが追ってくる。

 

 「キラ、マユ!?」

 

 「アストさん!!」

 

 「……アスト、後退して。撤退だ」

 

 作戦は分かっているが、この男はここで倒しておかなければならない。

 

 だがアークエンジェルを含めた3隻の艦はすでに動き始めている。

 

 自分の身勝手で作戦を無駄にする訳にはいかない。

 

 「……了解。後退するぞ」

 

 ドラグーンを撃ち落としキラ達と合流しようとした時、再びラウが笑い出した。

 

 「フフフ、アハハハ、そうか。君がフリーダムのパイロットか、キラ・ヤマト君」

 

 「貴方は……」

 

 「私はラウ・ル・クルーゼ。ぜひ君にも会いたかったのだよ、キラ君」

 

 その名前を聞いたとたん、再びユリウスの話が脳裏をよぎった。

 

 「……ラウ・ル・クルーゼ」

 

 この人も―――

 

 必死に考えまいとしていた事が思い出され、キラは動きを止めてしまった。

 

 「キラ!?」

 

 致命的な隙。

 

 それを見逃すほどラウは甘くない。

 

 ニヤリと笑みを浮かべると操作したドラグーンでフリーダムを背後から撃ち抜いた。

 

 「ぐっううう!!」

 

 フリーダムの翼が破壊され、さらに右足も撃ち抜かれてしまう。

 

 「キラさん!!」

 

 マユはフリーダムを庇うように前へ出る。

 

 しかし巧みに操られたドラグーンによりフリーダムから引き離されてしまう。

 

 「何、これ!?」

 

 「君に用はない。さて、キラ君、アスト君共々消えてもらおう」

 

 ターニングを排斥したプロヴィデンスはビームライフルで止めを刺そうと狙いをつけた。

 

 「マユ、下がれ! お前じゃ無理だ!!」

 

 「でも、キラさんが!」

 

 「くっ、キラ!!」

 

 放たれたビームがフリーダムを撃ち抜こうとするが、イノセントが割って入りシールドで防御する。

 

 「キラ、しっかりしろ!!」

 

 しかし、キラは答えず、フリーダムも動かない。

 

 「どうしたんだ!?」

 

 今のキラは明らかにおかしい。

 

 「私の名前を聞いただけでその反応……なるほど。君も知ったか、真実を」

 

 「なっ!?」

 

 先程ラウから聞かされた事実を知ってしまったとするなら、戦闘どころではない筈。

 

 すぐにキラの状態を看過したアストは即座にマユに指示を飛ばす。

 

 「マユ、キラを連れて後退しろ!」

 

 「アストさんは……」

 

 「俺もすぐ行く!」

 

 「……分かりました」

 

 シールドでドラグーンを防ぎ、フリーダムを掴むとすぐ後退するが、逃がさないとばかりにラウは追撃を開始する。

 

 「逃がすと思うかね!」

 

 「やらせるかァァ!!」

 

 ドラグーンをビームライフルで撃ち抜くと同時にプロヴィデンスに突撃する。

 

 「まずは君から仕留める必要があるようだね!」

 

 ラウは砲塔をコントロールしながら、イノセントの突撃を防ごうと四方からビームを叩き込む。

 

 「うおおおおおおお!!!」

 

 迫る無数ビームをかわしていくが数発機体を掠め、そしてついに左のアクイラ・ビームキャノンが破壊されるが、それでもイノセントは止まらない。

 

 「チィ」

 

 ラウはビームソードを展開し、イノセントを斬り払おうと横薙ぎに振るった。

 

 アストはその攻撃を掻い潜りビームサーベルを袈裟懸けに叩きつけ、プロヴィデンスの右腕を斬り落す。

 

 さらにすれ違いざまにワイバーンを展開し、胸部の装甲を抉り飛ばした。

 

 「ぐっ、本当に厄介な存在だな!」

 

 予想以上に機体が損傷を受けてしまった。

 

 「ここで無理する必要はないか……」

 

 ドラグーンをイノセント囲むように展開し、その間に撤退を選択する。

 

 「逃げる気か!」

 

 「今日はここまでだ、アスト・サガミ君。決着はまたいずれ」

 

 「待て!」

 

 プロヴィデンスが後退すると同時にドラグーンも退いていく。

 

 それを見たアストは一瞬だけ、ラウが退いた方向を睨みつけると機体を反転させた。

 

 

 

 

 ザフト艦に突撃した3隻の艦は誰もが予想した通りに集中砲火を浴びている。

 

 「足つきは何を考えているんだ?」

 

 ユリウスを送り届けたアスランは戦線に復帰していた。

 

 目の前には因縁の戦艦。

 

 この艦もまた自分の目の前に立ちはだかり続けた壁である。

 

 それを突き崩さんとアークエンジェルにプラズマ収束ビーム砲を構えた。

 

 「ここで終わらせるぞ、足つき!」

 

 しかし側面からジュラメントに向けて、数発のビームが降り注いでくる。

 

 咄嗟に退避行動を取り、攻撃がきた方向に収束ビーム砲を向けるとビームライフルを構えた紅い機体が向って来るのが見えた。

 

 「ジャスティスか!」

 

 アスランはジャスティスが叩きつけてきたハルバード状態のビームサーベルをシールドで受け、蹴りを入れて突き放し同時にビームライフルで攻撃を仕掛ける。

 

 「アークエンジェルはやらせません!」

 

 ライフルの射撃をシールドで受け止めながら、再び斬り込んでくる。

 

 「まさか、ラクス!?」

 

 予想外の声に驚愕する。

 

 まさか彼女までモビルスーツに乗っているなど。

 

 「……アスラン、お久ぶりです」

 

 「君まで……」

 

 自身の旧知の者が再びアスランの前に立ちふさがる。

 

 彼女まで俺の敵に―――

 

 さらに後ろからはレティシアの機体アイテルがビーム砲を撃ち込んでくる。

 

 「ドレッドノート、レティシアさん!」

 

 再び迷いが生じるが、これは連れ帰るチャンスであるとそう思い直しビームライフルを向けながら彼女達に話かけた。

 

 「レティシアさん、ラクス、俺と一緒に来てくれ!」

 

 「その答えは前に言った筈ですよ、アスラン!」

 

 振りかぶられたグラムを防ぎながら諦める事無く、アスランは叫んだ。

 

 「レティシアさん!!」

 

 「何度も言いました。私は貴方と行く気はないですよ!」

 

 アスランの叫びも虚しく、レティシアは応じない。

 

 そこにラクスがビーム砲を放ってくる。

 

 「ラクス、君も!」

 

 「アスラン、貴方こそこのままで良いのですか?」

 

 「君に言われなくとも分かっている、俺だって!」

 

 砲火に晒されながらも2人を相手にアスランは叫び続けた。

 

 そしてアークエンジェルにナスカ級の攻撃が掠めるたびに凄まじい震動が艦内に伝わる。

 

 「艦長、これでは」

 

 「もう少しよ。持たせて!」

 

 そして後ろから追ってきた数隻の地球軍の艦にドミニオンの射程に入ろうとした時、テレサが叫ぶ。

 

 「ヨハン!!」

 

 「了解!!」

 

 その瞬間、突然ナスカ級の上方に戦艦ヘイムダルが出現する。

 

 そして3隻の前に立ちふさがっていたナスカ級に対し主砲を発射した。

 

 「狙うは中央のナスカ級、ただし撃沈しないように!」

 

 放たれたビームがヴェサリウスの右舷を直撃。

 

 それによって艦は傾き、戦列を維持できずにザフトの囲いが崩れた。

 

 「上から砲撃だと!? ミラージュ・コロイド―――くそ、ヴェサリウスが!」

 

 アスランはヴェサリウスを攻撃した艦を睨みつけ、憤りを叩きつけるようにプラズマ収束ビーム砲を放出する。

 

 しかし敵艦に直撃する前にジャスティスが射線上に入りシールドで防御した。

 

 「ラクス、君は!」

 

 「やらせません!」

 

 ジャスティスと向き合うアスランに別方向からビームが浴びせられる。

 

 「チッ、あ、あれは―――」

 

 ビームが放たれた方向から来たのはフリーダムを抱えたターニングだった。

 

 しかし驚くべきはそこではない。

 

 あのフリーダムが大きく損傷しているのだ。

 

 「キラ!?」

 

 キラほどの技量を持ったパイロットをあそこまで追い込むなんて―――

 

 そこまで考えて自分の考え違いに思い至った。

 

 あの話を聞いた後では、まともな者ならば普通ではいられない。

 

 戦闘など行える筈もなく、そこを突かれたのかもしれない。

 

 表情を歪めるアスランを尻目にさらに後方から最も忌むべき機体も駆けつけてきた。

 

 「イノセント!!」

 

 良く見れば所々奴の機体も損傷を受けているのが見てとれる。

 

 イノセントを倒す絶好の機会だった。

 

 「今ならば!!」

 

 フットペダルを踏み込みスラスターを全開にすると躊躇う事無くイノセントに向かって斬り込んでいく。

 

 「アスト・サガミ!!」

 

 「……アスラン・ザラか」

 

 振り下ろされたビームソードをナーゲルリングで受け止め、激しい光を迸らせながら鍔迫り合う。

 

 「今日こそお前を―――」

 

 「……うるさい。今の俺は機嫌が悪い。失せろ」

 

 「ふざけるな!!」

 

 アストはナーゲルリングを押し込み外側に向けビームソードを弾き飛ばすと、ジュラメントを殴りつけて吹き飛ばした。

 

 「ぐぅ!」 

 

 「……お前に構ってる暇はない」

 

 そのままビームサーベルを一閃し、ビームライフルを破壊して距離を取った。

 

 「貴様ァァ!」

 

 その物言いは改めて差を見せつけられたようでアスランの神経を逆なでする。

 

 退く気はないとばかりにイノセントを追撃しようとした時、今度はアイテルがビーム砲を浴びせてくる。

 

 「くっ、レティシアさん!?」

 

 「アスト君、大丈夫ですか!?」

 

 「ええ、このまま退きます」

 

 イノセントを庇うように退くアイテルにアスランは力一杯叫んだ。

 

 「待ってくれ、レティシアさん!!」

 

 しかし彼女からの返答はなく、そのまま2機はアークエンジェルに帰還した。

 

 「各艦、モビルスーツを回収後、機関最大!! 現宙域を離脱!!」

 

 ヘイムダルが残りのナスカ級とエターナルを牽制し、その間に各艦がすり抜けていく。

 

 「良し、我々も離脱する!!」

 

 「「了解!!」」

 

 全艦がある程度距離を稼いだ所を見計らい、ヨハンの指示を受けたヘイムダルも離脱した。

 

 

 

 「やられたな」

 

 ドミニオンのブリッジでセーファスは驚嘆していた。

 

 「ええ、まさかあの状況から逆転してくるとは。おそらく優れた指揮官がついているのでしょう」

 

 CICからナタルも称賛の言葉を送った。

 

 同盟はコロニー内に待機していた艦をデブリに紛れさせ、ミラージュ・コロイドを展開し姿を隠す。

 

 その間これだけの混戦状態であれば、デコイを使えば十分誤魔化せるだろう。

 

 そして残った3隻の艦が敵を引きつけている間に姿を隠した敵艦がナスカ級の近くにつき、準備が完了したら地球軍の艦を引きつけつつ、姿を隠した艦で奇襲をしかけナスカ級を突破。

 

 そうすれば地球軍とザフトが正面から向かい合う形となりこちらを追う事は出来ない。

 

 現に今も同盟軍を追うどころか、ザフトとの交戦状態に入っていた。

 

 目の前に敵がいるのだ、背を向ける事が出来るはずもない。

 

 「見事だ」

 

 セーファスはいけないと思いつつも笑みを浮かべると、指示を飛ばし始めた。

 

 

 

 

 ストライクダガーを撃ち落としながらアスランは遠ざかるアークエンジェルを見つめる。

 

 「レティシア、ラクス」

 

 結局2人の説得は上手くいかなかった。

 

 彼女達の事を諦めた訳ではないが脳裏には別の事が浮かんでいる。

 

 キラ、アストの秘密―――それを知って混乱していたのはアスランも一緒であった。

 

 「……いや、余計な事は後だ。戦闘に集中しなければ」

 

 考えるのをやめるとジュラメントを駆り、敵の迎撃に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 後にこのL4で起きた大規模戦闘は『L4会戦』と呼ばれる事になる。

 

 

 

 

 

 結局地球軍との戦闘もヴェサリウスの損傷もあり、敵を迎撃しながら後退する事となった。

 

 隊長室でユリウスの報告を聞いたラウは愉快そうに笑う。

 

 「そうか、やはりキラ・ヤマトは真実を知ったか」

 

 「はい」

 

 そしてムウもまた同じく真実を知ったらしい。

 

 その時の絶望の表情を見れなかったのは実に残念ではある。

 

 ラウやユリウスにとって彼らは憎しみの対象である。

 

 何も知らず、のうのうと生きてきた彼らを決して許す事はない。

 

 

 

 ロイ・ダ・フラガはユリウスを生みだしてすぐにアル・ダ・フラガによって謀殺された。

 

 理由はクローンを含む子供たちをアルから引き離そうとしたためだ。

 

 ロイを憎んでいたアルは何一つ躊躇う事無く彼を始末した。

 

 その過程でユリウスもまたアルの下に行く事となる。

 

 ロイが死にクローン達に待っていたのは臨床試験という名の人体実験。

 

 ラウやユリウスが物心ついたころにあったのは地獄だった。

 

 毎日が人体実験の日々。

 

 ロイというブレーキがなくなった事でアルの狂気は加速した。

 

 クローン達は次々に死に、そこには絶望しかない。

 

 特に憎悪していたロイの遺産ユリウスには苛烈な実験が繰り返された。

 

 まさに地獄であった。

 

 しかしそんな彼らにある時、救いの手が差し伸べられた。

 

 ロイの意思を受けミラがアリアと共にラウ達を救出してくれたのだ。

 

 それからは今までとは違う穏やかな時だった。

 

 その中でアリアは彼らに様々な事を教え、与えてくれた。

 

 ラウやユリウスにとってアリアはまさに光であり、希望であった。

 

 特に彼女は人間の可能性を説いていた。

 

 絶望しかなかった彼らに希望を与えたかったかもしれない。

 

 「人は様々な可能性を持っているの。もちろん貴方達にもあるわ。きっと今より人はもっと先までいける。だから信じてラウ、ユリウス。他でもない貴方達自身を」

 

 ラウもそれを信じようと思った。

 

 ユリウスにとってそれは希望になった。

 

 しかしそんな安易な希望はあっさり打ち砕かれた。

 

 アルが自分達の居場所を突き止めたのだ。

 

 再び現れたアルはもはや狂気に満ち、言葉など届かない状態となっていた。

 

 あれほど後継者の為に必要としていたクローン達も、邪魔だとばかりにユリウスを含めたすべて始末しようとしたのだ。、

 

 銃を向けるアルにラウ達は成す術はない。

 

 だがその時アリアが立ちふさがり自分達を庇って凶弾に倒れた。

 

 そして助けようとしたミラもまた同じように殺されてしまった。

 

 彼女達の死によってラウの中に決定的な罅が入った。

 

 希望が絶望に変わり、怒りと憎しみだけが残った。

 

 その後アルは屋敷で焼け死んだ。

 

 どうしてそうなったかは言うまでもないだろう。

 

 

 ラウは決めたのだ―――ささやかな希望すらも欲望の果てに踏みにじり、奪い取るこんな世界の人類、すべてを裁くと。

 

 

 そしてユリウスもまた決めた―――彼女を失ったからこそ、アリアの言葉を無かった事にはさせないと。

 

 

 そして今へと至る。

 

 

 ラウは人類に裁きを、ユリウスは人類に先を求めて行動している。

 

 

 お互いの行動は知らずとも邪魔をする気はない。

 

 仮にラウの思惑通りになったとしても、それは人に先がなかったというだけ。

 

 ユリウスの思惑通りになったなら母の言葉が正しかっただけ、それだけの事だった。

 

 

 

 

 L4から脱出したオーディンを含む戦艦はヴァルハラに向かっていた。

 

 アークエンジェルの待機室ではアストやレティシア、カガリ達が言葉少なく座り、キラは着艦と同時に倒れてしまったため、部屋に運ばれ今はラクスが傍についている。

 

 そしてアスト達はカガリからメンデルの話を聞いていた。

 

 語られた事実にレティシア達は驚き、マユは泣きそうになっている。

 

 「アスト、お前驚いてないな。知ってたのか?」

 

 「……ある程度は。それにクルーゼの奴が御丁寧に教えてくれたからな」

 

 吐き捨てるように語るアストの言葉にレティシアは気がついたのだろう。

 

 メンデルに来る際に様子がおかしかった理由に。

 

 「……そうだな、全部話す。マユは知らないだろうから初めから話すよ」

 

 過去の話を再び彼らに聞かせ、そしてまだ話していない事を語った。

 

 それは両親の事。

 

 『スカンジナビアの惨劇』により怪我を負った両親は病院に運ばれていた。

 

 そして両親に再会した時、彼らの目は酷く冷たく見た事もない顔をこちらに向けた。

 

 何かに恐怖しているような、そんな顔。

 

 両親は今回の事件の原因、それはアストだと思っているらしく、いきなり真実を語り出した。

 

 その真実は絶望を与え、さらに両親だった人たちは吐き捨てたのだ。

 

 「やっぱり、お前なんて生まれてこなければ良かったんだ!!」

 

 その後両親と会う事はなく、テレサ・アルミラに保護される事になった。

 

 

 

 アストが淡々と話終える。

 

 そうして顔を上げるとレティシアがアストの頭を抱え込むようにして抱きしめた。

 

 レティシアの豊満な胸を押し付けられて息が出来ない。

 

 「ちょ、ちょっと、レティシアさん?」

 

 戸惑い気味に彼女の顔を見上げるとレティシアは泣いていた。

 

 彼女だけではない。

 

 マユなど顔を手で覆い声を上げて泣き、カガリも涙を浮かべ、イザークでさえ何かを堪えているかのように顔を伏せている。

 

 「アスト君。君は、生まれてきて、良かったんです! 生まれない方が良かったなんて、絶対無い! 私は貴方に会えて嬉しいですから!」

 

 「そ、そう、です! アストさん、いなかったら、私もお兄ちゃんも助からなかったんですから!」

 

 「……ありがとう」

 

 抱きしめられながら、その温もりに身を任せた。

 

 俺はみんなに会えて良かった―――

 

 紛れもなくアストにとって、彼らこそが絶望という闇を照らす光であった。



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第39話  ヴァルハラ防衛戦

 

 

 L4会戦から無事に生還した戦艦は実に酷い状態であった。

 

 特にプラントから脱出してきたヘイムダルは当面戦闘はおろか航行すら難しい状態である。

 

 搭載されたモビルスーツもイノセント、フリーダムは中破の損傷。

 

 アストレイ、スルーズを含む量産機も破損していない機体を見つける方が難しい。

 

 これでよく無事に帰ってきたと呆れるばかりだ。

 

 そんな彼らが命がけで持って帰ってきた情報に3国の代表者達は会議室で頭を抱えていた。

 

 「まさか、こんなものまで……」

 

 デュランダルから提供されたデータの中には誰もが閉口してしまう兵器の詳細が入っていた。

 

 『ジェネシス』

 

 ザフトの最終兵器ともいえる、ガンマ線レーザー砲。

 

 これがもし地球に放たれれば―――

 

 「パトリック・ザラが強硬姿勢でいる事は分かっていましたが……」

 

 「ええ、これは我々だけの問題ではありませんよ」

 

 この兵器の前には地球軍も同盟軍もない。

 

 しかし―――

 

 「仮にこの情報を地球軍に教えたとしても、敵対している私達と協調しようとは言わないでしょう」

 

 そう、今の地球軍を掌握しているブルーコスモスのメンバーが協力する筈もない。

 

 おそらくそのままプラント殲滅の口実にしてしまう上に同盟には理不尽ともいえる要求を突きつけてくるだけだ。

 

 「プラントのクライン派、ギルバート・デュランダルはこちらと協力したいという申し出があったそうですが?」

 

 「ええ、今回提供されたデータは彼から渡されたものです。ただ―――」

 

 「何か問題でも?」

 

 「直接話した者からは彼は簡単には信用出来ないという話でした」

 

 根拠がある話ではないが、

 

 確かにこれだけの極秘データを現在少数であるクライン派が手に入れるのは難しいはず。

 

 そのデータを殆ど見返りもなく提供してくるとは、なにか思惑があるのではと勘繰るのも無理はない。

 

 「……クライン派については情報交換を基本とした協力に留めるとして、この兵器についてですが―――」

 

 「……私はこの兵器『ジェネシス』の破壊を提案いたします」

 

 皆がアイラに注目する。

 

 「我々から攻撃を仕掛けると?」

 

 「はい、この兵器を放置はできないでしょう。国や同盟などすべては地球があればこそです。しかしジェネシスが使用されたなら、すべてが終わります」

 

 「……うむ」

 

 反論の余地はない。

 

 パトリック・ザラは交渉に応じるつもりもなく、今までの行動からも自制する気がないのは明らかだった。

 

 ならばこちらも国を、地球を守るために動かざる得ない。

 

 会議は満場一致で『ジェネシス』の破壊を決定した。

 

 

 

 

 

 会議でジェネシス破壊が決定されていた頃、格納庫ではアスト達が訓練を行っていた。

 

 「くっ、この!」

 

 飛び回る物体を捉える為に、視線を鋭く流していく。

 

 背後から来た砲塔の一射を、側面に機体を流し回避するとビームライフルで撃ち落とす。

 

 「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 それでも動き回る砲塔の数は一向に減らず、絶え間ないビームの光が襲いかかってくる。

 

 「この程度で!!!」

 

 四方から撃ち掛けられたビームの光を潜り抜け、見える敵に向かって突撃した。

 

 シミュレーターでの訓練が終了し、疲労困憊という様子でアストとキラが顔を出す。

 

 「やっぱりきついな。対ドラグーンの訓練は」

 

 「そうだね。普通の訓練とはまた違うしね」

 

 アスト達は今回、通常の訓練だけではなく、対ドラグーンの訓練も合わせて行っていた。

 

 それは『L4会戦』で接敵したラウのプロヴィデンス、あの機体に対する対応する為である。

 

 これだけの訓練を行ってなお、勝てるかどうかわからない。

 

 それほどの驚異を感じるあの敵と次に戦う時はそれこそ決死の覚悟が必要だろう。

 

 座り込んだアストは隣にいるキラの顔を見るとどうやらいつも通りのようだ。

 

 メンデルで真実を知ったと聞かされた時はどうなるかと思ったが。

 

 すでにキラにもアストの過去は語っており、その時に―――

 

 「生まれはどうあれ俺達は俺達だ。キラが俺の友達である事も変わらない」

 

 「アスト……うん、ありがとう」

 

 そう話をしてからはある程度は吹っ切れたようで普通に戻った様子だ。

 

 ラクスが元気づけてくれたという事もあるのだろう。

 

 そして同じく元気のなかったムウもすでにいつも通りの調子になっていた。

 

 普通は自分の家族がこれだけの事に関わっていたと分かれば考え込むものだが、引きずらない辺りは流石ムウという事なのだろう。

 

 マリューに話す事で折り合いをつけたのかもしれない。

 

 「それにしても派手にやられたな」

 

 「修復には結構かかるって話だよ」

 

 モビルスーツハンガーには修理中のイノセントとフリーダムが佇んでいる。

 

 2機ともボロボロであり、よくもまああそこまでやられたなと感心してしまう。

 

 「機体が動かせないというのも落ちつかないな。何時敵が来るかもわからないというのに」

 

 「そうだね。でもイノセントは修復と同時に追加兵装を装備するって、整備班の人達も言ってたけど」

 

 「らしいな。この先クルーゼみたいな相手と戦っていく事になるし、助かるよ」

 

 ラウ・ル・クルーゼやユリウス・ヴァリスのような強敵と戦うなら機体性能は高いに越した事はない。

 

 そして修理中が行われている機体の隣ではアイテルも背中にはセイレーンではないバックパックが装着されようとしている。

 

 宇宙空間特殊装備『リンドブルム』

 

 これは同盟軍初のドラグーン兵装であり、高機動スラスターとドラグーンだけでなくプラズマ収束ビーム砲も装備され、高い空間認識力を持っているレティシア専用装備となっている。

 

 ただこの装備は調整に時間が掛かるらしく、アイテルもしばらく動かせないらしい。

 

 つまり同盟軍主力4機の内、今まともに戦闘可能なのはジャスティスのみという事になる。

 

 さらに他の機体の多くも傷ついている事から、敵の襲撃に備えてアメノミハシラから援軍が来る予定らしい。

 

 「はぁ、ともかく着替えて休もう」

 

 「そうだね」

 

 立ち上がると更衣室に向かった。

 

 アストとキラが立ち去った後もシミュレーターではマユがマユラ、ジュリと訓練を行っていた。

 

 3人が搭乗している機体の設定はアストレイになっている。

 

 ターニングでは性能差があるため訓練にならないからだ。

 

 「行くわよ、マユちゃん」

 

 「はい!」

 

 マユラがビームライフルを放つが、マユは紙一重で回避し逆にライフルを撃ち返す。

 

 迫るビームをシールドで防御した隙に、ペダルを思いっきり踏み込んで加速し懐に飛び込むとビームサーベルを一閃した。

 

 「はあ!!」

 

 「きゃああ!」

 

 右足を切断されたアストレイはバランスが取れず崩れ落ちる。

 

 「ここです!」

 

 倒れた機体に容赦なくビームサーベルを突き刺しマユラ機を撃破した。

 

 「隙ありよ、マユちゃん!」

 

 その隙の後ろにいたジュリがビームサーベルを振りかぶって上段から振り下ろすが、見切っていたように機体を半回転させると光る刃が装甲を掠めるギリギリの位置を通り過ぎていく。

 

 そこに回し蹴り要領で蹴りを胴に叩き込み、アストレイを吹き飛ばすと今度はビームライフルを撃ち込んだ。

 

 「嘘、やられたぁ!」

 

 シミュレーターが終了し、外に出るとマユは息を吐いた。

 

 「ふう、なんとか上手くいった」

 

 L4会戦から生還して以降、マユの技量は飛躍的に向上している。

 

 あれだけの激戦を乗り越え、ザフトのエースパイロットと戦った経験が彼女の技量を引き上げていた。

 

 もちろんアストやキラに敵うものではないが、そこらのパイロットに後れは取らないだろう。

 

 だが彼女自身は決して自惚れてもいなければ、満足もしていなかった。

 

 「いや~マユちゃん、強いよ」

 

 「本当よ、私たちじゃ敵わないもんね」

 

 「そんな事ないですよ。訓練の成果が出ただけです」

 

 マユは戸惑い気味に笑みを浮かべる。

 

 L4での戦いで相対したパイロットの実力は自分を遥かに凌駕していた。

 

 もしキラが来てくれなければやられていたに違いないのだ。

 

 「そういえばアサギさんは大丈夫だったんですか?」

 

 アサギのアストレイはコロニー内での戦闘で激しい損傷を受けていた。

 

 右腕は破壊され、地面に落下した事でコックピットに相当の衝撃が伝わったらしい。

 

 「うん、しばらく入院するみたい。でも怪我は大したことないからすぐ復帰するって言ってたし」

 

 「そうですか、良かった」

 

 安心したように息を吐いた。

 

 マユは共に訓練を受け、何かと気にかけてくれる彼女達とは仲が良かった。

 

 それだけにアサギの負傷を聞いた時は酷く不安になってしまった。

 

 また誰かがいなくなるのではないかと。

 

 しかしそれも杞憂だったようだ。

 

 そんなマユをジュリが心配そうに覗き込んでくる。

 

 「でも、マユちゃんも無理しちゃ駄目よ。いくら強くてもあなたはまだ子供なんだから」

 

 「そうよ、嫌になったらいつでも言ってね」

 

 「はい。でも、大丈夫ですから」

 

 彼女達の気遣いに感謝しながら、格納庫で修理中のイノセントを見た。

 

 装甲にビームの掠めた跡が無数につき、足と背中の武装も損傷している。

 

 彼を助けたいとターニングに乗り込み、パイロットなったのに何もできなかった。

 

 もっと強くならないと―――

 

 イノセントを見つめていたマユに2人は顔を見合わせると笑みを浮かべる。

 

 「マユちゃん、もしかしてぇ~、アスト君の事好きなの?」

 

 その質問にしばらく呆然としていたが、意味を理解すると同時に一気にマユの顔が真っ赤になった。

 

 「ち、違いますよ! えっと、アストさんは、その、助けてくれた恩人で!」

 

 「え~そうなの」

 

 「てっきり、アスト君の事が好きなのかと思ってた」

 

 「も、もちろん嫌いって訳じゃないですよ!」

 

 「「やっぱり~!!」」

 

 「だから違いますから!!」

 

 必死に弁明するのだがニヤニヤと笑われ聞いてもらえない。

 

 結局狼狽してしまったマユはしばらく間2人にからかわれ続ける事になってしまった。

 

 

 

 

 

 アスト達の訓練が終わった頃、レティシアとラクスは会議が終了したアイラの下を訪れていた。

 

 帰還した時にある程度の報告は済ませていたが、詳しい話を聞きたいという事で、詳細な報告を行っていたのである。

 

 「―――以上です」

 

 「なるほど、やはりクライン派はラクスを旗頭として動くつもりだったようね」

 

 「はい、少なくともギルバート・デュランダルはそうするつもりだったようです」

 

 話を聞いていたラクスは沈痛な面持ちで俯いている。

 

 彼女にも関わる話だけに思う所もあるのだろう。

 

 「ラクス、戦闘中に敵と会話したわね」

 

 「……申し訳ありません」

 

 「別に謝る必要はないわ。パトリック・ザラもクライン派もあなたが簡単に死んだとは思っていなかったでしょうから」

 

 そもそも彼らが搭乗してる機体は本来ザフトの開発していた機体であり、そこから考えていけばラクスが生存している可能性にも簡単に辿り着ける。

 

 アイラもいつまでも彼女の存在を隠しておけるとは思っていない。

 

 「ただ、暗殺などには備えないといけないけど……」

 

 「アイラ様?」

 

 「……レティシア、ギルバート・デュランダルをどう思ったかしら?」

 

 「そうですね。ナチュラルとコーディネイターの融和を望んでいたシーゲル様の意思を継ぐ人物に見えるのですが、腹の底では何を考えているか分からない。そんな得体の知れなさがありました」

 

 「……なるほど。彼にも注意しておかないといけないということね」

 

 何を考えているにせよ、ラクスを利用させる訳にはいかないと結論付けると、今度は会議の結果を伝える。

 

 「良く聞いて二人共。今回プラントから持ち帰ったデータの中に無視できない物があったの。それがこれよ」

 

 手元の端末を操作し分かりやすいように『ジェネシス』のデータを表示した。

 

 それを読み進めた2人の顔が驚愕に染まる。

 

 「ザフトがこんなものまで作っているなんて……」

 

 「アイラ様、同盟軍はどうされるのですか?」

 

 「今回の会議でこの兵器『ジェネシス』の破壊が決定されたわ」

 

 ザフトと戦争状態である事を考えれば、敵がこのような兵器を持っていると分かった以上は破壊しようとするのはごく自然の事である。

 

 「ただすぐにとはいきません。ジェネシスのできるだけ正確な位置把握し、戦力を整える。今回の戦闘で戦力を消耗してしまいましたから」

 

 「どの程度の時間が掛かるでしょうか?」

 

 「今はまだはっきりとは言えません。準備が整い次第といったところかしら」

 

 「そうですか。確かにL4での戦闘は激しかったですし、レフティ少佐から聞きましたけどヘイムダルは……」

 

 レティシアの指摘にアイラは憂鬱そうにため息をついた。

 

 「ええ、今回の作戦には使えないでしょう。元々特殊作戦用の艦でしたし、調整は終わってはいたものの、慣熟航行も碌に行わないまま実戦でしたからいつくかの不具合が出ている上、損傷も激しい」

 

 高速艦であるヘイムダルを使えないのは痛い。

 

 彼の艦を使用した奇襲が行えない以上、正面からザフトと戦う事になる。

 

 「準備は入念に行いますが厳しい戦いになる……2人共頼むわ」

 

 「「了解しました」」

 

 一通りの話を終え、レティシア達が退出しようと背を向けると再びアイラが声を掛けてくる。

 

 「レティシア」

 

 「はい、なにか?」

 

 振り返ったレティシアにニヤリと笑みを浮かべる。

 

 その顔を見た瞬間、嫌な予感がした。

 

 というかまた碌でもない事を言い出す気では―――

 

 「アスト君とは進展したかしら?」

 

 「なっ!?」

 

 レティシアの顔が真っ赤に染まると狼狽し始める。

 

 「い、い、いきなり何を言っているんですか!!」

 

 「え、もしかして何の進展も無いの?」

 

 「だから、わ、私は別に彼の事なんて!」

 

 「呑気にしてると別の誰かに取られるわよ」

 

 「ぐっ、話を聞いて―――」

 

 そんなレティシアを尻目に今度はラクスに問いかける。

 

 「ラクスはキラ君とどうなの?」

 

 「ふふふ、そうですわね。順調とだけ」

 

 レティシアは驚いてラクスの顔を見詰める。

 

 いつの間にそんな事に!?

 

 「そう。それは良かったわ。レティシアも頑張らないとね」

 

 「そ、そうですね」

 

 レティシアは頬を引きつらせながらそう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 中立同盟はジェネシス破壊作戦の準備を開始した。

 

 しかしザフトも大人しくしていた訳ではない。

 

 各方面に部隊を派遣し、地球軍に対する牽制、そして同盟軍の動向を探っていた。

 

 そして今も―――

 

 ヴァルハラがある宙域にナスカ級が数隻接近し、攻撃を仕掛けようとしている部隊がいた。

 

 L4から彼らを追ってきた特務隊である。

 

 そもそも彼らの受けた極秘任務はZGMF-Xシリーズすべての破壊と関わったすべての者を抹殺である。

 

 前回の戦闘で敵は戦力を消耗し、厄介なZGMF-Xシリーズの内2機の損傷を確認している。

 

 つまり今が絶好のチャンスなのだ。

 

 

 「L4の戦闘で同盟軍も消耗している。今が好機だ」

 

 「シオン、作戦は―――」

 

 「正面からでいいだろ。そうすりゃレティシア達も出てくるさ」

 

 クリスの質問にかぶせるような言い放ったマルクの言葉に流石のシオンも冷たい視線を向ける。

 

 最近の行動、言動は目に余る。

 

 「……マルク、いい加減にレティシアの事は忘れろ」

 

 「はぁ!? 何言ってんだよ。前にも言ったがやる事は変わらないんだからいいだろうが!」

 

 「最近のお前は女に拘る余り連携も取れていない。それでラクス・クラインにもしてやられただろう」

 

 「ふざけるな! あんなのはたまたま油断しただけだ! あの女も必ず俺が殺るさ!」

 

 激昂するマルクにシオンは変わらず冷たい視線を向けたままだ。

 

 「……いいだろう、そこまで言うなら正面はお前に任せる」

 

 「当たり前だ」

 

 不機嫌そうに言うと、「フン」と鼻を鳴らしてブリッジを後にした。

 

 「……いいのですか、シオン」

 

 「ああ、好きにさせればいい。クリス、お前は小数を率いて別方向から奇襲を仕掛けろ。ただし時間を掛けるな。アメノミハシラから援軍が来る前に終わらせる」

 

 「了解です」

 

 シオンもまたクリスの共に格納庫に向かう。

 

 この時、彼の胸中はまさに氷のように冷たかった。

 

 マルクは自分が致命的なミスを犯した事に気がついていない。

 

 レティシア達に拘るあまり冷静さを無くし、失念していたのである。

 

 シオン・リーヴスという人物がどういう人間なのかを。

 

 ナスカ級から発進し、ヴァルハラに接近してきたシグルドにアークエンジェルの中で待機していたアネットが気がついた。

 

 「……レーダーに反応! これってザフト機!?」

 

 同時にヴァルハラの方でも気がついたらしく、警報が鳴り始め、ブリッジに飛び込んできたマリューが叫んだ。

 

 「何があったの!?」

 

 「ザフトです! ナスカ級と敵モビルスーツ!」

 

 マリューはシートに座ると艦内通信でマードックを呼び出す。

 

 「アークエンジェルは出られる?」

 

 《まだ無理ですよ! 戦艦はどれも酷い状態なんです!》

 

 そんな事は分かっている。

 

 しかし、現在イノセント、フリーダム、アイテルの3機は出撃出来ないのだ。

 

 「ともかく一刻も早く動けるようにして! 各モビルスーツの発進を!!」

 

 《分かりました!》

 

 「了解!」

 

 鳴り響く警報の中、敵機迎撃の為にモビルスーツが次々と出撃していく。

 

 「全く、言ってる傍から敵襲なんて!」

 

 「ぼやいてもしょうがないよ」

 

 「ああ」

 

 間が悪いというか、もしくはこの状態だからこそ狙ってきたのか分からないが。

 

 アスト、キラ共にパイロットスーツに着替えはしたが、搭乗する機体は修理中である。

 

 「機体は動かせないぞ!」

 

 格納庫に入ってきたアスト達に整備の人間が怒鳴りつける。

 

 「やっぱり駄目か」

 

 「うん、分かってたけどね」

 

 その後ろからラクスとマユがパイロットスーツを着て走ってきた。

 

 「2人共、ここは私達にお任せ下さいな」

 

 「はい、私も頑張りますから」

 

 力強く頷く2人を複雑な気持ちで見つめる。

 

 もしかすると艦で自分達を送り出してくれたみんなもいつもこんな気分だったのかもしれない。

 

 何にしろ今自分達に出来る事はなく、信じて任せる以外にない。

 

 「分かった。ここは頼む」

 

 「……ラクス、気をつけてね」

 

 「ありがとう、キラ。では行きましょう、マユ」

 

 「はい」

 

 そのまま機体に乗り込むとOSを起動させ、PS装甲を展開する。

 

 「ラクス・クライン、ジャスティスガンダム参ります!」

 

 「マユ・アスカ、ターニングガンダム出ます!」

 

 2機がカタパルトに押し出され、宇宙に飛び出すとすでに戦闘は開始されていた。

 

 スルーズとフリスト、アストレイが奮戦し、ジンやシグーを抑え、ストライクルージュに搭乗したカガリが後方から指示を飛ばす。

 

 「第2部隊は側面に回れ!」

 

 味方を突破して来たゲイツをビームライフルで撃ち落とすが、流石にすべてを抑える事は出来ず、何機か突破されてしまう。

 

 だがそこに控えていたマユラとジュリが迎撃する。

 

 「アサギの分も!」

 

 「私達だって!」

 

 接近してきたジンをビームサーベルで斬り裂くとジュリがもう1機のジンをビームライフルで撃ち抜く。

 

 「お前たち調子に乗らないようにな」

 

 「カガリ様に言われたくないですぅ」

 

 「本当ですよぉ」

 

 「お前らなぁ!」

 

 ふざけているように見えて3機はきちんと連携を取りつつ敵機を押し返していく。

 

 そしてカガリの指揮のおかげか、順調に迎撃出来ていると思われた。

 

 しかし正面かた強力なビームを放ち、味方機を薙ぎ払ってくる敵がいた。

 

 何度も相対した敵、特務隊フェイスのモビルスーツ、シグルドである。

 

 「また、特務隊ですか」

 

 ラクスは顔を曇らせた。

 

 アレは他の機体では抑えきれないだろう。

 

 キラ達のいない今、彼らは自分がやるしかない。

 

 「特務隊……マユ、私が前に出ます。援護をお願いします」

 

 「はい!」

 

 接近してくるシグルドもジャスティスの存在に気がつくとマルクは歓喜笑みを浮かべる。

 

 「探す手間が省けたってもんだ! わざわざ来てくれるなんて感激だぜ、歌姫様よォォォ!!!」

 

 ビームクロウを展開し、スナイパーライフルをジャスティスに向ける。

 

 「借りは返すぜェェェ―――!!」

 

 マルクの叫びに応える様にスナイパーライフルからビームの閃光が迸る。

 

 「当たりません!」

 

 ラクスは機体を傾けるだけで回避し、ビームサーベルを抜きながらフォルティスビーム砲を撃ち込んで接近すると、シグルドと斬り結ぶ。

 

 「歌姫様、レティシアはいないのかよ」

 

 「あなたには関係ありません」

 

 振り下ろされたビームクロウを回避するとビームサーベルを横薙ぎに振るうが、マルクは膝を蹴りあげジャスティスの腕に当てる事でサーベルの軌道を逸らした。

 

 「そうかい。ならまずあんたからだ!!」

 

 「そう簡単にはいきません!」

 

 シグルドとジャスティスが互いの機体を抉らんと激突していく。

 

 「ラクスさん!!」

 

 マユはジャスティスを援護する為にビームライフルを構えた瞬間、もう1機のシグルドがクラレントで斬り込んでくるのが見えた。

 

 「同盟の可変型か。ここで落ちて貰うぞ!」

 

 「もう一機!?」

 

 繰り出されたクラレントを捌きながら、ビームサーベルで斬り返した。

 

 斬撃をシールドで受けたシオンはすぐにターニングの事を看破する。

 

 「……チッ、この機体も核動力を―――という事はNジャマーキャンセラーを搭載しているか。ならばここで破壊する」

 

 クラレントを下から隙い上げるように振り上げ、弾き飛ばした隙にヒュドラを叩き込む。

 

 「ぐっ、強い!? でも!!」

 

 シールドを掲げ、ヒュドラを受け止めると弾かれた閃光が目の前を激しく照らし出した。

 

 その光の中、マユは敵モビルスーツに目を奪われる。

 

 「この機体は―――」

 

 今でも夢に見る事がある。

 

 オーブ戦役で家族が撃たれた瞬間、そして自分を見下ろす悪魔の姿を。

 

 その悪夢を生み出した元凶が目の前にいる。

 

 マユは思わず通信機のスイッチを入れた。

 

 「貴方が撃ったんですか?」

 

 「なんだお前は?」

 

 「答えてください! 貴方がオーブで民間人に向かってビーム砲を放ったんですか!?」

 

 「だとしたら?」

 

 その言葉に一瞬頭が沸騰しそうなほどの怒りが沸き起こり、スラスターを全開にして一気に距離を詰めてビームサーベルを袈裟懸けに振るう。

 

 「どうして……どうしてそんな事を!?」

 

 斬撃を受け止めたシオンはいつも通りの冷たい声で答えた。

 

 「お前はナチュラルか?」

 

 「……違います」

 

 「チッ、お前もコーディネイターでありながらナチュラルに与するか。まあいい、答えてやる。掃除をしただけだ」

 

 「掃除?」

 

 「そうだ。地を這うナチュラルというゴミを片付けただけだ」

 

 「何を、言って、いるんですか、貴方は……」

 

 掃除?

 

 ゴミを片付けた?

 

 マユにはシオンが何を言っているのか理解できなかった。

 

 「……ザフトの人達はみんなそうなんですか? 地球にいる人達の事なんてどうでもいいんですか?」

 

 「当然だろう。誰がゴミなど気にかける? 生きている事自体が害悪だ。安心しろ、お前を殺した後で他の連中も一緒に殺しておいてやる。地獄で再会するんだな」

 

 「―――せません」

 

 「なに?」

 

 「これ以上貴方達に誰も撃たせません!!」

 

 シグルドをシールドで突き飛ばし、斬り込んでいくがそれも上手く凌がれてしまう。

 

 「ふん、そんなものが通用すると思うか?」

 

 執拗に向かってくるターニングの攻撃を回避し、嘲るように吐き捨てるとクラレントで応戦してくる。

 

 「貴方は! 貴方だけは!!」

 

 「失せろ、ナチュラル共と一緒にな!」

 

 2機は刃を振りかぶり、衝突しながら激しく斬り結んでいく。

 

 

 

 そんな戦いを待機室の中からアスト達は見ていた。

 

 「あれは……シオンか!?」

 

 ターニングと戦闘を繰り広げているのは間違いなくシオンの搭乗するシグルドである。

 

 いくらマユが腕を上げているとはいえ、彼女一人で特務隊を相手に戦うのは厳しい筈だ。

 

 せめてモビルスーツがあれば援護くらいは出来るのだが。

 

 「みんな!?」

 

 キラもモニターに釘付けとなり心配そうに覗き込んでいるが、そこで何かに気がついたように呟く。

 

 「あれ、2機しかいない?」

 

 「どうした?」

 

 「あの2機って確か特務隊のものだってラクス達が言ってたけど、いつも3機で行動してた筈だよね」

 

 「……確かにいない」

 

 モニターで確認できるのは2機のシグルドだけで、1機足りない。

 

 損傷を受けた為に出撃を見送らせたとも考えられるが、L4会戦でそこまでの損傷を受けたという話は聞いていない。

 

 ということは―――

 

 「……まさか、別方向から攻撃してくる気か!?」

 

 その予測通り別方向からクリスが率いた別部隊がヴァルハラに接近していた。

 

 「攻撃を開始する」

 

 「「「了解!!」」」

 

 シグルドのスナイパーライフルから放たれた閃光が直撃し、凄まじい衝撃がヴァルハラ全体を大きく揺らした。

 

 「攻撃!?」

 

 「くっ、やっぱり別方向からきたのか!」

 

 今防衛戦力の大半は正面から来た敵の迎撃で精一杯の筈。

 

 どうにもできない状況に拳を握りしめて耐えていた時、レティシアが待機室に飛び込んできた。

 

 「2人共いますか!?」

 

 「レティシアさん?」

 

 「予備機のフリストが使えるようになりました! それで出ましょう!」

 

 アストとキラは顔を見合わせると、互いに頷いて待機室を駆けだした。

 

 モビルスーツハンガーではすでに3機のフリストが準備されていた。

 

 すぐさまコックピットに乗り込んで、細かくOSを調整する。

 

 「アスト君、キラ君、聞こえていますか?」

 

 「はい」

 

 「大丈夫です」

 

 「フリストは優秀な機体ですけど、いつも私達が乗っている機体とでは性能が違います。無理だけはしないようにしてください」

 

 フリストはエース用として配備されているスルーズの上位機である。

 

 上位機だけあってこの機体の性能は高く、演習ではトールが惨敗したほどの性能を示した。

 

 さらに一部のエース達にはさらなる改修や強化が施されるなど、同盟の仲でも非常に優秀な機体に位置している。

 

 「では行きましょう!」

 

 「了解!」

 

 カタパルトから射出されたフリストが宇宙に飛び出すと接近してくるザフト機を迎撃する。

 

 「行くぞ!」

 

 レティシアがビームライフルでジンを撃ち抜くと、キラがビームサーベルでゲイツを両断した。

 

 さらに後ろからアストがガトリング砲で近づいてくる敵機を撃ち落としていく。

 

 「ナチュラルの作ったおもちゃ風情に後れを取るとは情けない」

 

 クリスは落とされた者達を侮蔑しながら、3機のフリストを見据えた。

 

 「まあいいです。僕が片付ければいいだけですから」

 

 スナイパーライフルを発射すると同時にヒュドラを叩きこむ。

 

 「来るぞ!」

 

 アストの声に合わせてスラスターを吹かすと、散開して迫るビームを回避するとビームライフルで敵機の動きを牽制していく。

 

 「キラ、レティシア、あの機体には単独で向うな」

 

 いくらフリストが優秀でもあの機体には敵わない事は分かっている。

 

 特に近接戦闘で戦うのはパワーが違う為に勝負にならない。

 

 「はい!」

 

 「うん、分かってる」

 

 「この、調子に乗るな!」

 

 3機は連携を取りながらシグルドを抑えにかかる。

 

 別動隊とアスト達が戦いを繰り広げていた頃、ヴァルハラに奇襲があった事は前線にいる全員に伝わった。

 

 「別方向から攻撃!?」

 

 「なんだと!?」

 

 トールがシヴァでシグーを損傷させ、飛び込んだイザークがビームサーベルで斬り捨てる。

 

 そして後ろに回り込んだ敵機をムウがシュベルトゲーベルで両断し、さらに敵部隊をアグニで薙ぎ払った。

 

 「まずいな。向うに戦力はほとんど残ってないぞ」

 

 この状況にカガリは咄嗟に判断する。

 

 「くっ、マユラ、ジュリ、向うの援護に回れ!」

 

 「でもここは?」

 

 「私は大丈夫だ。行け!」

 

 「「了解!」」

 

 マユラとジュリが移動し始めた時、アークエンジェルからの通信が入り、現状をフレイが説明する。

 

 《今のところは大丈夫です。アスト達が予備機のフリストで迎撃に出ました》

 

 「そうか、だがいくら坊主達でもあの新型はきついだろう」

 

 アスト達がいくら卓越した技量を持っていても流石に量産機でシグルドの相手は難しい。

 

 さらにマユラとジュリが援護に行っても状況が好転するとは思えない。

 

 「ラクスさん、行ってください!」

 

 「マユ!?」

 

 「ここは私達でなんとか抑えますから!」

 

 シオンの繰り出した斬撃を受け止めながらマユが叫ぶ。

 

 ラクスは一瞬迷うがすぐに決断するとシグルドを蹴りつけ、機関砲を撃ち込むと距離を取った。

 

 「……分かりました。ここはお願いします!」

 

 ジャスティスはそのまま反転し、アスト達の下へ向かう。

 

 それを見たマルクは逃がさないとばかりに追撃しようと前に出た。

 

 「逃がすかよ!!」

 

 「マルク、迂闊に出るな!」

 

 そんなシオンの制止を無視して突っ込んでいく。

 

 「馬鹿が……結局お前も愚か者か、マルク」

 

 シオンは追う事も止める事もせずただ冷たい視線で見つめているだけだった。

 

 「ラクスさんは追わせない!」

 

 マユはシグルドを引き離し、ヴァルハラに向かったマルクを追う為に背を向けた。

 

 しかし黙って追わせるほどシオンは甘くなく、背中にガトリング砲を叩きこんだ。

 

 「行かせると思うか」

 

 咄嗟に機体を半回転させたターニングはシールドでガトリング砲を受け止めるが、その隙に蹴りを入れられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃあ!」

 

 吹き飛ばされたターニングに追い打ちを掛けるように、ヒュドラが襲いかかるが何とか上昇して回避する。

 

 ビームは機体を掠めていくものの、避け切りビームライフルで反撃した。

 

 「くっ、振り切れない!」

 

 シオンの妨害を受けるマユを無視してマルクはジャスティスを追撃していたが、途中で立ちはだかったマユラとジュリのアストレイに阻まれる。

 

 「ジャスティスの後を追わせる訳にはいかないわ、ジュリ!」

 

 「うん、ここで止める!」

 

 自分達が援護に行くより、ラクスが行った方が良いと2人は判断した。

 

 もちろんシグルド相手に戦うには厳しい事も理解しているが、それでも行かせる訳にはいかないのだ。

 

 2機のアストレイが連携を取りながらシグルドに攻撃を仕掛けた。

 

 マユラがビームライフルで動きを牽制し、ジュリがビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 だが彼女達の前にいる敵はザフトのトップガンである。

 

 そう簡単にやれるほど甘くはない。

 

 「雑魚が邪魔するなぁぁ!!」

 

 マルクはジュリのビームサーベルを容易く弾き飛ばすとヒュドラでマユラ機の右足を破壊する。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「これで止めだ!」

 

 体勢を崩したマユラ機にビームクロウを展開し、斬り裂こうと振りかぶる。

 

 「やらせない!」

 

 それを阻止せんとジュリがビームサーベルで斬りかかるが、マルクは機体を逸らしあっさりと斬撃を回避。

 

 マユラ機に振り下ろそうとしていたビームクロウを横薙ぎに叩きつけた。

 

 「ナチュラル風情が生意気なんだよ!!」

 

 「あ」

 

 ビームクロウがジュリ機を深々と抉り、斬り裂いた。

 

 「ジュリィィィ!!」

 

 斬り裂かれたアストレイは爆散こそしなかったが、見るからに致命傷であった。

 

 「邪魔するからだよ、そして次はお前だ!!」

 

 「よくもぉぉ!!」

 

 マユラは怒りに任せビームライフルを連射するが、シグルドには当たらない。

 

 そして再びビームクロウで斬り裂こうと懐に飛び込んできた。

 

 「避けられない!?」

 

 「死ねよォォ!!」

 

 ビームクロウがマユラ機に振り下ろされ様とした時、シグルドに強力なビームが撃ち込まれる。

 

 「また邪魔かよ!」

 

 後退してかわし、攻撃が来た方向に目を向けた。

 

 「今度はストライクか!!」

 

 マルクが見た先には白と紅のストライクが2機。

 

 ムウのアドヴァンスストライクとカガリのストライクルージュが援軍として駆けつけて来たのだ。

 

 「ジュリ!?」

 

 カガリの目の前に破壊されたアストレイの姿があった。

 

 あれではパイロットはもう―――

 

 「お嬢ちゃん、今は」

 

 「分かってる!」

 

 ムウの言葉に怒りを抑え込み、深呼吸をすると操縦桿を握りなおすとストライクが放ったアグニからのビームに合わせ、カガリもビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 「次から次に鬱陶しい!」

 

 アグニのビームを回避すると、スナイパーライフルで撃ち返し、接近してきたストライクルージュにミサイルを撃ち込んだ。

 

 カガリはイーゲルシュテルンでミサイルを撃ち落とし、爆煙に紛れ接近するとシグルドと斬り結ぶ。

 

 「このぉ!」

 

 しかしカガリが戦うには相手が悪すぎた。

 

 「ハ! この程度かよぉ!!」

 

 蹴りを入れて突き放し、ビームライフルを連射しルージュを追い詰めていく。

 

そんな激しい攻防を破壊されたアストレイのコックピットでジュリが片目で見ていた。

 

「……体は、ほとんど、動かない」

 

 腹には深々と破片が刺さり、ヘルメットのバイザーも罅が入り自分の血で半分ほど見えなくなっている。

 

 自分はもう駄目だろう。

 

 もうじき死ぬ。

 

 かろうじて見える視界にはカガリが必死に戦っていた。

 

 「……助けないと」

 

 ジュリは最後の力を振り絞り、右手を動かして操縦桿を前に押し込み、ペダルを踏むとアストレイの残ったスラスターを使って突撃した。

 

 「なっ!?」

 

 完全に虚を突かれたマルクは反応が遅れ、ジュリのアストレイが斬り上げたビームサーベルに背中のスラスターを斬り裂かれてしまった。

 

 「ぐっ、こいつ!! この死に損ないがァァァァ!!!」

 

 マルクがジュリのアストレイを破壊しようとビームサーベルを振り上げた。

 

 しかし―――

 

 「はああああ!!」

 

 注意を逸らしたシグルドの隙をつき、アストレイの斬撃がシグルドの右足を斬り飛ばす。

 

 「ば、馬鹿な、俺がナチュラル如きに! くっ、シオン、援護を!!」

 

 マルクの叫びにシオンからの返答はない。

 

 「シオン! おい、シオン!!」

 

 「……うるさい奴だ」

 

 ターニングと戦闘していたシオンは不機嫌そうに答える。

 

 「シオン、援護を!」

 

 しかし返ってきたのはマルクが期待したようなものではない、冷たい返答だった。

 

 「その必要はない」

 

 「なに?」

 

 「お前の勝手な行動で作戦は失敗だ。一応クリスがヴァルハラに損害は与えたが、時間切れだ」

 

 その声の冷たさにようやくマルクは自身の過ちに気がついた。

 

 出撃前の言葉は最後の警告だったのだ。

 

 「お前を助ける気はない。無能な奴に用は無いからな。マルク、お前はここで死ね」

 

 「ま、待て、シオ―――」

 

 「その位置で自爆でもすれば多数の敵も巻き込めるだろう。せめて無様な死に方だけはするなよ、特務隊として」

 

 それを最後に通信が完全に切れる。

 

 それはつまり―――マルクは見捨てられてしまったのだ。

 

 「ふ、ふざけるな。俺がこんな所で死んでたまるかぁ!」

 

 シグルドを操作し撤退しようとするがうまく機体が動かない。

 

 アストレイに背中のスラスターを斬られたのが不味かったのだろう。

 

 「くそ、くそ、動け、このポンコツが!」

 

 マルクが必死に操作している前にストライクルージュが立ちふさがる。

 

 「邪魔してんじゃねぇー!!」

 

 苛立ちを込めヒュドラをストライクルージュに撃ち込んだ。

 

 カガリは迫る閃光を見つめながら、敵を見据える。

 

 マユラ、そしてジュリが命を懸けて作ってくれたチャンス。

 

 「絶対に無駄にする訳にはいかない!」

 

 その時、カガリのSEEDが弾けた。

 

 「はああああああああ!!!」

 

 研ぎ澄まされた感覚で操縦桿を操作し、ヒュドラを回避するとスラスターを全開にしビームサーベルで斬り込んだ。

 

 ストライクルージュの先程までとは違う鋭い動きにマルクは反応できず、ビームサーベルで両腕を切断されシールドで殴りつけられた。

 

 「これでどうだ!!」

 

 「ぐああああ!!」

 

 態勢を崩したところにムウがパンツァーアイゼンを放ち、シグルドを掴むと勢いをつけ味方のいない方向に投げつけた。

 

 「その機体も核動力だろう。だからここで落す訳にもいかないんでね!!」

 

 吹き飛ばされた敵機にカガリはスコープを引き出すとビームライフルで狙撃する。

 

 「これで落ちろ!!」

 

 普段のカガリならば正確な狙撃など無理だろうが、今はSEEDを発動させている。

 

 いつもとは比較にならない射撃精度で敵機を狙い撃った。

 

 「お、俺がナチュラルなんかに、レ、レティ―――」

 

 放たれたビームがシグルドのコックピットを撃ち抜くと大きな閃光となって爆散した。

 

 その閃光を合図としてシオンは撤退命令を出した。

 

 「全機、退くぞ!」

 

 「「「了解」」」

 

 シオンはターニングにビームガトリングを放ち、距離を取ると反転する。

 

 「待て!」

 

 「いつかお前とも決着をつけてやる」

 

 そう吐き捨てると撤退を開始した。

 

 そして味方の撤退は別方向にいたクリスにも伝わっていた。

 

 「マルクがやられたようですね」

 

 あれだけ勝手な事をしていた以上、自業自得であろう。

 

 そう胸中でマルクの存在を切り捨てると淡々と命令を下す。

 

 「全機、撤退命令です」

 

 「「「了解!」」」

 

 クリスはジャスティスをビームライフルで牽制しミサイルを放つと撃墜される前にヒュドラで撃ち落とし、目くらましに使って反転した。

 

 「……退くならば追う必要もありませんね。みなさん大丈夫でしたか」

 

 「ああ、ありがとう」

 

 「こっちも大丈夫だ」

 

 「私もです。しかしヴァルハラに損害を与えてしまいました」

 

 シグルドの攻撃で抉られた部分がむき出しになっている。

 

 あれほどの損害では修復に時間が掛かるだろう。

 

 「……ええ、しかしこの程度の被害で済んで良かったですよ」

 

 「ともかく戻りましょう」

 

 「「「了解」」」

 

 アスト達も警戒しながらヴァルハラに帰還する。

 

 ザフトはシグルドが撃墜された事で完全に撤退した。

 

 シオンは母艦に帰還する途中で一瞬だけ、マルクが落とされた方向を見ると侮蔑するように吐き捨てる。

 

 「最後まで役に立たない奴だ。屑が」

 

 そのまま振り返ることなく帰還した。

 

 

 

 

 マユがそれに気がついたのはすべてが終わった後だった。

 

 宇宙に浮かぶボロボロになった機体。

 

 それに寄り添うようにストライクルージュとアストレイがいる。

 

 「あれって―――」

 

 通信機からマユラとカガリの泣き声が聞こえてくる。

 

 それだけで何があったのか悟った。

 

 また自分の近しい人が逝ってしまったのだと。

 

 「そ、そんな、うう、うああ、ジュリ、さん」

 

 バイザーの中に大粒の涙があふれる。

 

 マユもまたカガリ達と共に泣き始める。

 

 他に出来る事は無く、ただ失った大切なものを悼み、涙を流す。

 

 マユの胸中には深い悲しみと共にザフトに対する明確な敵意が、刻み込まれていた。




機体紹介2、3を更新しました。


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第40話  ボアズの閃光

 

 

 

 L4会戦から約2ヶ月の時が流れていた。

 

 その間にも地球軍とザフトの戦闘は激化していたが、現在は膠着状態となっている。

 

 そんな中、地球連合軍本部では連日会議が行われていた。

 

 議題はアズラエルが手に入れたNジャマーキャンセラーについてである。

 

 アズラエル自身はこれを持って一気にプラントを殲滅しようとしているのだが、他の首脳達がなかなか首を縦に振らない。

 

 「アズラエル、Nジャマーキャンセラーを手に入れたのはお手柄だ。しかし―――」

 

 「核で総攻撃というのは……」

 

 「そうだ。まずエネルギー問題を解決する方が先決だよ。我々の国では今年の冬に凍死者が出る恐れすらある」

 

 その言葉を聞いたアズラエルは机を殴りつけ、黙らせた。

 

 「この後に及んで何を言ってるんですか! 相手はコーディネイターなんですよ! 撃たなきゃ勝てないでしょうが、この戦争に!」

 

 「しかし、我々は戦争だけをしている訳ではない。国民達を―――」

 

 「そんな事は戦争が終わった後にでもやって下さいよ。それに核なんて前に撃ってるじゃないですか! 何を躊躇う事があるんです!?」

 

 高らかに告げるアズラエルに出席している首脳陣の半分以上が冷たい視線を向ける。

 

 そもそもユニウスセブンに核を撃ち込んだのはアズラエルの息のかかった連中が勝手にした事である。

 

 「……勝手な事をしておきながら良く言う」

 

 そんな呟きや視線を無視し、アズラエルは締めくくった。

 

 「さっさと終わりにしてくださいよ、こんな戦争は」

 

 アズラエルがここまで強引に事を進めようとしているのには理由がある。

 

 もちろん今すぐにでもプラントを殲滅したいという感情はあるが、それだけではない。

 

 地球の戦況が思った以上に良くないのである。

 

 アズラエルの考えではアラスカの件でザフトの戦力を大幅に削った後、大量のモビルスーツ部隊を投入し一気に戦局を塗り替えるつもりだった。

 

 しかしアラスカの思惑は外れ、オーブ戦役での敗北。

 

 強引な侵攻に対する各国の反発。

 

 内部ユーラシアとの対立など様々な事が重なり状況は良くない方へ向かっていった。

 

 現在の戦況は膠着状態。

 

 L4会戦にて旗頭のGATシリーズの1機レイダーが撃破されるという誤算。

 

 このままでは今のアズラエルの立場まで失いかねない。

 

 それではあの化け物共を駆逐できなくなる。

 

 だからこそこれ以上の誤算が生じる前にプラントを殲滅する。

 

 撃ってしまえばその後はどうにでもなるのだから。

 

 結局そのままアズラエルが自身の考えを押し切り、プラントへの侵攻が決定された。

 

 会議を終え部屋に戻るとそこにはクロードが待っていた。

 

 「お帰りなさいませ、会議はいかかでしたか?」

 

 「ああ、全く頭の固い連中を相手にするのは疲れるよ。でも、ようやく決まった」

 

 アズラエルは笑みを浮かべる。

 

 そう、些か誤算もあったがこれでようやくあの化け物共を葬りさる事が出来るのだ。

 

 「レイダーの穴埋めにクロード、君にも出てもらうよ」

 

 「はい。もちろんです」

 

 クロードの返事に満足するとアズラエルは椅子に座り、端末を操作する。

 

 そこに映し出されたのはクロードの機体―――

 

 GAT-X142 『イレイズサンクション』

 

 ゼニス開発の際にデータ収集の為に試作された機体の2号機だ。

 

 それにクロード用の調整を加え、L4で手に入れたNジャマーキャンセラーを後付けで搭載している。

 

 武装は基本的な装備と対艦刀『ネイリング』、そして背中にはガンバレルストライカーを改良したものを装着してある。

 

 これで準備は整った。

 

 アズラエルはサザーランドに連絡を取るため通信を入れた。

 

 

 

 

 地球軍のボアズ侵攻。その知らせはすぐさまザフト全軍に知れ渡った。

 

 ザフトにはプラント防衛の拠点として2か所の宇宙要塞が存在する。

 

 それが『ボアズ』と『ヤキン・ドゥーエ』である。

 

 そして今その拠点の1つボアズに地球軍が侵攻してきたという知らせが入ってきたのだ。

 

 ボアズとヤキン・ドゥーエ、その中間の位置にいたエターナルで報告を聞いたアスランは拳を握り締めた。

 

 「ついに来ましたね」

 

 「そうだな」

 

 何時か来るとは思っていたが―――

 

 地球軍の侵攻自体はそう不思議がる事ではないが、予測されていた時期よりもかなり早い。

 

 こんな時期に攻撃を仕掛けてきた地球軍もまさか無策で来る筈もない。

 

 「これは何かあるね」

 

 「ええ」

 

 バルトフェルドも同じように考えていたか、その表情は実に険しい。

 

 「隊長、我々にもボアズに向かうように命令がきました」

 

 ダコスタの報告に頷く。命令とあれば行くしかない。

 

 「シリルはどうするんですか?」

 

 アスラン達がこの宙域にいたのはこれからシリルのコンビクトと合流する事になっていたからだ。

 

 合流後、エターナルに搭載された機動兵装のテストを行う予定になっていたのだが―――

 

 「途中で合流しよう。ダコスタ、通信回線を開け。エターナル発進だ。ボアズに向かうぞ」

 

 「「了解!」」

 

 号令に合わせエターナルはボアズに向かって発進した。

 

 

 

 

 

 ボアズ侵攻に伴いパトリック・ザラが執務室に入ると同時に評議委員達が詰め寄ってきた。

 

 執務室には数人の評議委員や軍関係者、そして特務隊に転属となったラウ・ル・クルーゼもいる。

 

 「議長―――」

 

 「うろたえるな! ボアズ侵攻は予想された事だろう!」

 

 パトリックの言葉にその場にいた者達は徐々に平静を取り戻し、次々と報告を上げていく。

 

 「全軍の招集は?」

 

 「完了しております」

 

 「報道管制は?」

 

 「そちらも問題なく」

 

 彼らにとってこれは予想されていた事。

 

 予定通りに対応していく者達を見ていたラウは誰にも気がつかれないように微かに笑みを浮かべた。

 

 地球軍が動き出したという事は準備が出来たという事。

 

 この戦いの結末は誰もが予想もしなかったものになるだろう。

 

 その時に目の前にいる男、パトリック・ザラの顔がどう変わるか楽しみで仕方ない。

 

 その結末を思い描きながら、モニターを見上げた。

 

 

 

 

 

 ボアズは地球軍侵攻の知らせを受け、すでに迎撃の為部隊を前面に展開していた。

 

 無数のモビルスーツが宙域を覆い尽くし、見ただけでも要塞に辿りつくのは不可能に見える。

 

 そして出撃した誰もが迫りくる敵を意気揚々と待ち構えていた。

 

 「来たぞ!!」

 

 声が響くと同時に地球軍艦隊を視界に捉えた。

 

 「全機、ナチュラル共に後れを取るなよ!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ジン、シグー、そして最新鋭機ゲイツも地球軍の迎撃に移る。

 

 それは地球軍側も同じだった。

 

 数十隻にも及ぶ艦艇から次々とストライクダガーが出撃していく。

 

 こちらもボアズに展開したモビルスーツの数に負けてはいない。

 

 地球軍がこの作戦にどれだけ力を入れているかが分かる程の戦力が展開されていた。

 

 双方が徐々に接近し―――そして戦端が開かれた。

 

 「落ちろ、ナチュラル共!」

 

 「そんなモビルスーツモドキで!!」

 

 ジンとシグーが重斬刀を抜き、突撃砲を構え、ストライクダガー部隊に突っ込んでいく。

 

 重斬刀がストライクダガーのボディを真っ二つに斬り裂き、シグーの突撃銃で敵機を蜂の巣にして破壊する。

 

 しかしストライクダガー部隊も一方的にはやられない。

 

 「迂闊に出るなよ! 連携を組め!」

 

 「「了解」」

 

 ビーム兵器を標準装備しているストライクダガーはジンよりも高性能である。

 

 最新鋭機であるゲイツは標準装備しているものの圧倒的に数が少ない。

 

 つまり個々の力は劣っていても機体性能と数は連合の方が勝っているのだ。

 

 連携を組んだストライクダガーの放ったビームライフルの一撃がジンの胴体を貫通し、撃破された機体の閃光に紛れ、接近するとビームサーベルでシグーの胴体を串刺しに撃墜する。

 

 「良し、やれるぞ」

 

 「調子に乗るなよ、コーディネイター!」

 

 一見有利なのは、物量で上回っている地球軍である。

 

 だがやはりモビルスーツでの戦闘は経験豊富なザフトに有利なのか、地球軍の圧倒的な数相手に互角以上に戦っていた。

 

 押し迫るストライクダガーを次々と撃破し、ザフトが押し返していく。

 

 だが二か所ほど例外があった。

 

 一か所目はドミニオンから発進したGATシリーズ、3機のガンダムである。

 

 「おらぁ!」

 

 オルガの怒声に合わせスキュラとシュラークをジンに叩き込み、まとめて消し飛ばすと負けじとシャニがフレスベルグで接近してきたゲイツ諸共敵部隊を薙ぎ払った。

 

 「はっ! 弱すぎ!」

 

 そしてエフィムも叫び声を上げながらネイリングで斬り込んでいく。

 

 「コーディネイタァァァ!!」

 

 振り下ろされたネイリングをゲイツがシールドで防御しようとしたが、受け止めきれない。

 

 「な、止められ―――うああああ!!」

 

 シールドごとゲイツを両断し、向ってくる敵機にスヴァローグを撃ち込んだ。

 

 放たれた閃光が複数のモビルスーツを宇宙の塵に変えていく。

 

 「な、なんだよ、あれは……」

 

 「ひ、怯むな! 押し返せ!!」

 

 ゲイツ部隊が囲むように3機のガンダムに襲いかかる。

 

 しかし、これは完全に失策であった。

 

 「沢山いるねぇ」

 

 「殺しがいがあるぜ!」

 

 「コーディネイターは殺す!」

 

 3機は怯むどころか嬉々として向ってくる敵機を蹂躙していく。

 

 彼らは今までの鬱憤を晴らすかのように盛大に暴れ回っていた。

 

 クロトが死んでからうるさい奴がいなくなり、少しはマシな環境になるかと思いきやアズラエルの機嫌がすこぶる悪くなりこちらが八つ当たりされる時も増えた。

 

 何より彼らにストレスを与えていたのは同盟軍の4機である。

 

 明らかに自分達よりも格上の存在―――それが許せなかった。

 

 「チッ、あいつらがいないのが不満だけどよ」

 

 「でも、ストレス解消にはいいよね、こいつら」

 

 「数は多いしな」

 

 フォビドゥンのニーズヘグに叩き斬られ、カラミティの放ったスキュラの直撃に爆散した敵機を見て二人は楽しそうに笑う。

 

 「死ねぇぇ!!」

 

 エフィムだけは何時も通り、余計な事には捉われる事無く、叫びながら敵を屠っていった。

 

 彼らはまさに戦場の死神だった。

 

 そしてもう一か所の例外―――こちらも3機のモビルスーツ。

 

 違いがあるとすればその3機はガンダムではなく量産機。

 

 スウェン、シャムス、ミューディーの3人であった。

 

 「いくぜぇぇ!!」

 

 シャムスの声に合わせバスターダガーからミサイルが発射され、敵部隊に襲いかかると同時にスウェンの105ダガーとミューディーのデュエルダガーがビームサーベルを構え斬り込んでいく。

 

 「いくわよ!」

 

 「……」

 

 動きの違う二機に反応できず、ゲイツがあっさりと撃墜されてしまう。

 

 スウェンはさらに動きを止める事無く、ビームライフルで次々と敵機を撃ち落としていく。

 

 「なんだこいつらは!?」

 

 「ナ、ナチュラルごときに!!」

 

 自らの内に湧いた恐怖を誤魔化すように声を上げ数機のジンが105ダガーに攻撃を仕掛ける。

 

 振りかぶられた重斬刀をスウェンは敵パイロットが自らが手加減したのかと錯覚するほど軽やかにあっさり回避する。

 

 ビームサーベルを逆袈裟に斬りつけ、さらに振り返りシグーの胴体目掛け横薙ぎに振るうと真っ二つに両断した。

 

 「あいつ、他と動きが違う!?」

 

 「本当にナチュラルかよ!?」

 

 迎撃する者たちは驚きを隠せない。

 

 しかしスウェンからすればこんなものは戦闘ではなく、まだ本気で戦ってすらいない作業のようなものであった。

 

 こちらの戦いぶりに敵の動きが鈍ったところに容赦なくビームライフルを撃ち込んでいく。

 

 「うわあああ!」

 

 「ば、馬鹿なぁ!」

 

 105ダガーの動きについて行く事が出来ず、迎撃のジンやシグーは数を減らしていった。

 

 「1人占めはずるいぜ、スウェン」

 

 難を逃れ距離を取ろうとした者達も、シャムスが放ったミサイルとガンランチャ―の雨が降り注ぎ、取りに逃した敵機をミューディーがリニアキャノンで撃ち落としていく。

 

 「雑魚だけど数だけは多いわよね、こいつら」

 

 「余裕、余裕」

 

 「……油断はするなよ」

 

 3機は一切の乱れもない連携を取ってザフトのモビルスーツを圧倒していく。

 

 彼らの戦闘をドミニオンで眺めていたアズラエルは上機嫌であった。

 

 正直彼らを投入したオーブ戦役からずっと満足な結果が得られずイラついていたのだが、しかし今回の戦闘はそのような事もなさそうだ。

 

 「いいねぇ、ようやく成果が出たよ。これならクロードを出さなくても良さそうだねぇ」

 

 「そのようですね」

 

 ご機嫌なアズラエルの後ろにパイロットスーツを着たクロードが佇んでいた。

 

 いつものようにサングラスをかけているため表情はよく見えないが、口元には笑みを浮かべている。

 

 「ドゥーリットルより入電です」

 

 「繋げ」

 

 セーファスはあえて感情を出さないように告げる。

 

 誰が、何を言おうとしているか分かっているからだ。

 

 感情を出せばそれこそアズラエルを殴り飛ばしかねない。

 

 モニターに映ったのは予想通りウィアム・サザーランドだった。

 

 《道が開けたようですな。ピースメーカー隊発進します》

 

 アズラエルは今までにないほどの残酷な笑みを浮かべる。

 

 「了解!」

 

 彼らの悲願がここから始まる。

 

 この宇宙から化け物を一匹残らず駆逐するという悲願が。

 

 これほど嬉しい事はない。

 

 それこそ声を上げて笑ってしまいそうである。

 

 ドゥーリットルを含む数十隻の艦からモビルアーマーメビウスが編成を組み、いずれも巨大なミサイルを抱えてボアズに向かっていく。

 

 「なんだあの部隊は?」

 

 それに気がついたゲイツが接近していくが、メビウスに近づく前にゼニスのネイリングで斬り落とされてしまう。

 

 さらに近づこうとした敵モビルスーツをフォビドゥンがレールガンで撃破する。

 

 「あれに近づくなよ、俺達が怒られるだろ」

 

 ボアズを射程距離に捉えたメビウスのパイロットがミサイルの安全装置を外す。

 

 「安全装置解除、信管起動、確認!」

 

 各パイロット達がミサイルのスイッチに手をかけた。

 

 それを眺めながらアズラエルは笑みを深くする。

 

 「これでボアズも終わりだ」

 

 しかしミサイルが機体から離れたその瞬間、頭上から降り注いだビームによって撃ち落とされてしまった。

 

 爆発したミサイルは大きな閃光と共に視界を白く覆う。

 

 さらに近くのミサイルやメビウスを巻き込んで誘爆し、凄まじい爆発を引き起こす。

 

 ザフトにとって不幸中の幸いだったのはメビウスに近寄れなかった為に巻き込まれた機体がいなかった事だろう。

 

 しかし目の前の閃光を見たザフト兵は驚きに固まっていた。

 

 今のは紛れもなくプラントに住む者にとって最大の禁忌―――血のバレンタインを引き起こした核だった。

 

 Nジャマーがあるかぎり地球軍が手にする筈のないもの、それが何故―――

 

 だが驚いていたのはザフトだけではなく、地球軍同様である。

 

 「いったい何故、防がれた!?」

 

 ビームが撃ち込まれた方向に誰もが視線を向けると、何かが猛スピードで戦場に突っ込んでくる。

 

 アスランのジュラメントとシリルのコンビクトである。

 

 ただし普段とは違うモノを装着していた。

 

 それはミーティアと呼ばれる大型兵装である。

 

 普段はエターナルの先端に接続されているが、分離させモビルスーツに装着する事で戦艦並の火力を得る事ができる。

 

 2人は迎撃した核ミサイルの閃光を見つめながら憤りを覚える。

 

 「地球軍め! 核を使ってくるなど!!」

 

 シリルは怒りのままにミーティアの全ミサイルポッドを開き、敵機をロックすると一斉に撃ち込んだ。

 

 すさまじい数の攻撃が敵モビルスーツに降り注ぎ、放たれた攻撃が地球軍のモビルスーツ部隊を一瞬の内に撃破していく。

 

 「もう核は撃たせないぞ!!」

 

 アスランもシリルに続くように砲門を開き、敵機を薙ぎ払っていく。

 

 そんな2機の増援に、動きを止めていたザフトも動き出す。

 

 「貴様らァァァ!!」

 

 「よくも核など!!」

 

 怒りにまかせ地球軍に襲いかかる。

 

 ゲイツがビームクロウでストライクダガーを串刺しにするとジンが突撃砲で敵機を撃ち抜く。

 

 ザフトが勢いを取り戻し地球軍を押し返していく中、怒りを感じていたのはジュラメントを操るアスランも同じであった。

 

 昔のようにナチュラルすべてが悪いなどとは思わないが、やはり地球軍は許せない!

 

 また血のバレンタインと同じ事を引き起こそうとするなんて!

 

 「これ以上好きにはさせない!!」

 

 アスランは機体を加速させ、怒りを吐き出すようにビーム砲を発射し次々にストライクダガーを破壊していく。

 

 

 

 

 ザフトに核ミサイルを撃ち落とされたアズラエルは憤怒の形相で通信士にインカムを奪い取りサザーランドに連絡をつける。

 

 「残存の核攻撃隊にボアズを攻撃させろ!!」

 

 《しかし、あの2機がいては―――》

 

 「奴らに迎撃させ―――」

 

 怒りの冷めやらぬアズラエルにクロードが静かに声を掛ける。

 

 「いえ、アズラエル様。私が出ましょう」

 

 クロードの声に少しは冷静さを取り戻したのか、怒りの表情を一転させニヤリと笑った。

 

 「クロード……」

 

 「3機のGはボアズまでの道を守らせた方が良いでしょう。あの厄介な2機は私が抑えます」

 

 「……そうだね。君に任せよう。それなら安心だ」

 

 「はい、では行って参ります」

 

 クロードはそのままブリッジを後にする。

 

 それを見送ったセーファスはアズラエルに訊ねた。

 

 「彼はそれほどのパイロットなのですか?」

 

 ずっと気になっていた。

 

 アズラエルは彼を重宝し、自分達の言葉には耳も貸さないがクロードの忠告は素直に聞き入れている。

 

 それほどの人物なのかと。

 

 「それは見てのお楽しみって奴ですよ、艦長さん」

 

 機嫌を良くそう言ったアズラエルは再びモニターを見始めた。

 

 

 

 戦況はアスラン、シリルの参戦によりザフトがやや有利となっていた。

 

 しかし順調に敵部隊を押し返していたシリルに向けてビームが放たれる。

 

 「まだ来るか!」

 

 撃ちこまれたビームをミーティアの推力を使って振り切り、機体を旋回させて反撃する。

 

 だが敵機はミーティアが放ったビームを上昇して回避すると再びビームライフルを放ってくる。

 

 「チッ、しつこい!!」

 

 シリルの前に立塞がっていたのはスウェンの105ダガーであった。

 

 「……火力、推力共にこちらより圧倒的に上か」

 

 ミーティアに複雑な軌道で追いすがるとビームを撃ち込んでいく。

 

 彼がこのような軌道を取ったのはもちろん訳がある。

 

 スウェンはコンビクトが装着したミーティアの大きさゆえに火力はあれど小回りは効かないと判断したのだ。

 

 それが功を奏し、こちら放ったビームがミーティアを掠めていく。

 

 シリルは思わず舌打ちした。

 

 「このパイロットは!?」

 

 ミサイルを撃ち込んで105ダガーの動きを牽制し、その間に体勢を立て直そうとするがそこに隙が出来てしまった。

 

 そこに上方からバスターダガーとデュエルダガーが放ったミサイルとリニアキャノンが撃ちこまれた。

 

 「くっ、増援か!?」

 

 それらの攻撃を迎撃した瞬間にスウェンがビームサーベルで斬り込んだ。

 

 「……落ちろ」

 

 「何!?」

 

 虚を突かれたシリルは機体を傾け回避しようとするが、105ダガーの斬撃は左のアームユニットを傷つけた。

 

 「チッ」

 

 咄嗟に機体を前面に加速させ、スウェンの攻撃範囲から離脱するとミーティアの損傷を確認した。

 

 かなり深々と斬り裂かれたらしく、左のアームユニットは使えそうにない。

 

 「ミーティアを失う訳にはいかないか……」

 

 そのままミーティアをパージすると三機のダガーを見据える。

 

 一番厄介なのはストライクの量産機のパイロット。

 

 こいつはザフトのエースパイロットと遜色ない動きだ。

 

 「やるな。だが……」

 

 ビームサーベルを構えるとバーニアを展開し、一気に機体を加速させ突っ込んだ。

 

 「貴様らの好きにはさせない!」

 

 シリルのSEEDが弾けると105ダガーにビームサーベルを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「速い」

 

 コンビクトのサーベルを受け止め斬り返そうとするが、すぐに距離を取る事に切り替え、蹴りを入れて突き放す。

 

 「どうした、スウェン?」

 

 「……パワーが違う。まともにぶつかれば押し切られる」

 

 コンビクトの性能をすぐに看破したスウェンは接近戦は不利と判断した。

 

 それだけではない。いきなり敵の動きが格段に良くなったのである。

 

 装着していた兵装をパージしたからかもしれないが、油断はできない。

 

 「じゃ、距離とって戦った方がよさそうね」

 

 「ああ。じゃ、いくぜ!!」

 

 シャムスはガンランチャーとエネルギーライフルを一斉に発射するがシリルはいともたやすく避け切ると再び速度を上げて斬り込んでくる。

 

 「俺が止める。二人は援護を」

 

 「「了解」」

 

 スウェンが前に出て、コンビクトを迎え撃つ。

 

 左右から振り下されるビームサーベルをシールドと巧みな動きで捌いていく。

 

 「こいつ!」

 

 「そう簡単にはやられない」

 

 決して正面からは斬り合わず、それでもスウェンはコンビクトを完全に抑えている。

 

 もちろん2機の援護と自身の技量があればこそではあるが、戦いは拮抗し絶妙な勝負を演じていた。

 

 

 

 

 

 シリルがスウェン達と激闘を繰り広げていた時、アスランは迫りくる敵機をミーティアの一斉砲撃で薙ぎ払い艦隊に攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 一気に接近するとターゲットをロックする。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 アスランがトリガーを引こうとした時、正面からビームが撃ちかけられた。

 

 機体を急上昇させビームを回避し、攻撃してきた敵機を見る。

 

 「あれは、イレイズか……」

 

 背中の装備や細部が変わり色は黒主体になっているが、紛れもなく宿敵が乗っていた機体―――クロードの乗るイレイズサンクションであった。

 

 その姿に思わず操縦桿を握る手に力を込める。

 

 パイロットが違うと分かってはいても、あの機体を見るだけで今までの憤りが渦巻いてくる。

 

 「悪いが容赦はしない!」

 

 向ってくるジュラメントの姿を観察しながらクロードは視線を滑らせると、もう一機の敵はスウェン達が抑えているのが見えた。

 

 「むこうは任せても大丈夫のようだな」

 

 機体を加速させビームライフルで目の前の敵機に攻撃を仕掛ける。

 

 クロードもまたスウェンと同じくミーティアを装備したままでは細かい動きに対応できないと判断した。

 

 スラスターを吹かせ、急旋回すると機体の下に回り込みビームライフルを撃ち込んだ。

 

 「やらせるか!」

 

 しかしアスランも簡単にはやらせない。

 

 止まる事無く動き続けミサイルを発射し、イレイズの動きを牽制する。

 

 だがここで予想外の事が起こる。

 

 イレイズの背中から弾け飛ぶように装備の一部が分離すると別方向からビームが降り注いだのだ。

 

 ビームライフルからの攻撃と合わせ、撃ちこまれてくるビームがミーティアを掠めていく。

 

 「なんだ!?」

 

 アスランはすぐに思い至る。

 

 何度か見た事があった足つきを追っていた時、モビルアーマーが仕掛けてきた攻撃と同じだ。

 

 あの時、敵機が放ってきたのは実弾だったが、イレイズの武装はビームを放ってきている。

 

 「あの武装の改良型か!?」

 

 左右から放たれたビーム攻撃をスラスターを使いかわした瞬間、イレイズサンクションが懐に飛び込んでくる。

 

 そして片腕にマウントしていた対艦刀ネイリングをミーティア目掛けて一気に振り抜いた。

 

 対艦刀の一太刀が右側のミサイルポッドを切断、ミーティアは凄まじい爆発を引き起こした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 爆発の震動を歯を食いしばって耐え、体勢を立て直そうとするが、次の攻撃が迫っている気がつき飛び出すようにミーティアを切り離した。

 

 「くそ!」

 

 ミーティアはイレイズの放ったレールガンの攻撃を受けさらに損傷を受けた。

 

 破壊こそされなかったが対艦攻撃は行えないだろう。

 

 アスランは悠然とこちらに向き合う機体を睨みつける。

 

 同じだ。これでは前と全く変わらない。

 

 目の前の敵が奴と重なる。

 

 俺は―――

 

 「俺はもうお前には負けない!!」

 

 アスランのSEEDが弾ける。

 

 「おおおおおお!!!」

 

 初めてSEEDを発動させた時のように叫びながらビームソードを抜いてて突っ込んでいった。

 

 先程までとはまるで違う動きで左右に斬撃を繰り出し、イレイズに叩き込んでいく。

 

 「ほう、動きが変わったな」

 

 クロードはガンバレルを操作しながら、動きの変わったジュラメントを観察する。

 

 「これは……なるほど。『SEED』か」

 

 「落ちろぉぉ!! イレイズゥゥ!!」

 

 ガンバレルから放たれたビームをかわしながら、プラズマ収束ビーム砲を撃ち込んで牽制し、ビームソードを叩き込む。

 

 「いい動きだ。だが―――」

 

 イレイズはシールドを掲げ光刃を止めるが、スラスターを全開にして押し込んでいく。

 

 しかしクロードは全く焦った様子は見えず、それどころか表情を変える事無く冷静に敵機の動きを見ていた。

 

 「ふむ、大体分かったな」

 

 そう呟くと至近距離でレールガンを炸裂させ、ジュラメントを吹き飛ばす。

 

 「くっ、まだだぁぁ!!」

 

 アスランは再び正面から攻撃を仕掛ける。

 

 これまでの攻防で敵の技量は分かった。

 

 確かに高い技量を持っており、並のパイロットでは太刀打ち出来ないだろう。

 

 しかしアスト・サガミやキラ程ではない。

 

 それだけは断言できる。

 

 技量は自分が上と判断したアスランは正面から相手を叩き伏せる事に決めた。

 

 距離を取られれば、ガンバレルを操るクロードに分があると判断したのだ。

 

 「このまま接近戦で押し切れる!!」

 

 ビームソードを袈裟懸けに振るい、同時に左足のビームソードを蹴り上げる。

 

 連続で振るわれる斬撃を前にイレイズは後退しながらライフルを撃ちこんできた。

 

 明らかにクロードは防戦一方でアスランが優勢であった。

 

 自分自身もそう思っていた。

 

 しかし―――

 

 「落ちろ!」

 

 何時まで経っても押しきれない。

 

 敵の防御の上手さもあってか、アスランの繰り出す斬撃は尽く致命的な一撃を与えられず、それどころか攻撃の合間に繰り出される反撃が増えてきた。

 

 「何だこいつは!」

 

 「焦りが透けて見えるな」

 

 イレイズはシールドでビームソードを滑らすようにいなす。

 

 そしてイーゲルシュテルンを頭部に叩き込み、視界を一瞬奪うとネイリングを振りかぶってくる。

 

 「くそ!」

 

 斬撃を間一髪で受け止めるとそのまま突き放すが、距離を離した瞬間、背中の砲台が分離し四方からビームが襲いかかってくる。

 

 「このパイロットは一体!?」

 

 先程までの憤りは消え、相手に対する不気味さがアスランを焦らせる。

 

 対照的にクロードはいつも通り感情を出す事無く冷静に機体を操っていく。

 

 彼は別段特別な事をした訳ではない。

 

 ただアスランの動きを観察、見極め、情報を収集、分析し、その結果に合わせ攻撃を繰り出していただけである。

 

 「さて、そろそろかな」

 

 アスランはクロードに抑え込まれ、完全に失念していた。

 

 それはスウェンと戦っていたシリルも同じだ。

 

 

 そう―――再びメビウスに搭載された核ミサイルがボアズを射程に捉えた事に彼らは気がつかなかったのだ。

 

 

 そして再び悲劇は起こる。

 

 

 撃ちこまれたミサイルが爆発し、凄まじい閃光を放ってボアズを包む。

 

 着弾点にあったボアズの指令室は消し飛ぶ。

 

 さらに撃ちこまれた核がさらなる衝撃を引き起こし、中央部分が大きく抉られて裂けるように2つに割れた。

 

 それを呆然と眺めたアスランは怒りでコンソールを殴りつける。

 

 「……阻止できなかった」

 

 血のバレンタインと同じ悲劇を防ぐ事が出来なかった。

 

 何もできなかったのだ。

 

 「俺は何の為に軍に入ったんだ!」

 

 あまりに無力な自分が許せない。

 

 そこにエターナルから全軍に通信が入る。

 

 《全軍撤退せよ! いいか全軍ヤキン・ドゥーエまで撤退だ!》

 

 「くそ! くそぉぉぉ!!」

 

 アスランの叫びが虚しく響く。

 

 今回の戦闘はザフトの完全な敗北だった。

 

 

 

 

 

 ボアズ陥落はプラント本国でも確認された。

 

 当然核の閃光もである。

 

 誰もが固まって動けない。

 

 その中でラウ・ル・クルーゼだけが笑みを浮かべていた。

 

 そう、この場所でこの結末を知っていたのは彼のみだ。

 

 そしてパトリック・ザラの反応も期待通りのものだった。

 

 「おのれぇ!! ナチュラル共がぁ!!」

 

 憤怒の表情を浮かべたパトリックから望んだ言葉が飛び出した。

 

 「クルーゼ、ヤキン・ドゥーエに上がる! 『ジェネシス』を使うぞ!!」

 

 「了解しました、ザラ議長閣下」

 

 是非もない。

 

 それこそが自分の願いなのだから。



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第41話  放たれる憎悪

 

 

 

 

 ボアズ陥落、それに伴う地球軍による核使用。

 

 その衝撃は同盟軍にも伝わっていた。

 

 会議を行っていた全員が絶句する。

 

 「お姉さま……」

 

 「本当に再び核を使用するなんて」

 

 アイラは表情を崩す事なく話を聞いていたが、その手は怒りを堪えるように強く握りしめられている。

 

 「……準備万端とは言えませんけど、もう時間がないようですね」

 

 「うむ、パトリック・ザラも躊躇う事はありますまい」

 

 「作戦を開始しましょう」

 

 会議に参加していた全員が頷く。

 

 地球軍が動き出した以上もう時間切れである。

 

 「カガリ、現場の指揮はあなたに任せます」

 

 「はい!」

 

 「頼むぞ、そして生きて帰ってこい」

 

 「お父様……行ってまいります!」

 

 カガリはここに居る全員の顔を見て決意を新たにする。

 

 メンデルで真実を知った後、カガリはウズミやアイラと何度も話した。

 

 はっきり言えば自分の憤りを押し付けたようなもので、今思えば本当に恥ずかしいものだ。

 

 しかし2人は笑いもせず、怒りもせず、ただ抱きしめてくれた。

 

 そして分かった事は自分はこの人達に愛されているという実感であった。

 

 生まれや血筋など関係なく思ってくれていると。

 

 アストやキラに比べなんて自分は恵まれている事か。

 

 いつまでも落ち込んでなどいられない。

 

 今度は自分が彼らの愛情に応え、そしてアストやキラを助ける番なのだ。

 

 カガリはそう自身の思いを確認すると会議室を出て、準備に取り掛かった。

 

 

 そしてアークエンジェルの食堂でもアスト達がその話を聞いていた。

 

 

 「地球軍が核を使った!?」

 

 「くそぉぉ!!」

 

 キラの前に座っていたイザークがテーブルを思いっきり殴りつけた。

 

 彼が憤るのも無理はない。

 

 かつて彼の故郷に核を撃ち込んだのは地球軍であり、そして再び核が使える様になった以上、プラントに放つのは確実だろう。

 

 しかし、いったいどうやって地球軍はNジャマーキャンセラーを手に入れたのだろうか?

 

 誰しもが疑問に思う中でアストだけは気がついている。

 

 L4で戦ったあの男に間違いない。

 

 ≪私達にはあるのさ。人間を、人類を裁く権利が!≫

 

 「……奴だ」

 

 「えっ」

 

 アストの呟きに全員が反応する。

 

 「ラウ・ル・クルーゼが地球軍にNジャマーキャンセラーを渡したんだ」

 

 アストは怒りを堪えるように拳を強く握り締め、キラは視線を鋭くした。

 

 やはりあの時倒しておくべきだったか―――

 

 皆が一様に暗くなり、イザークは憤りを隠せない様子だ。

 

 地球軍が核を使った事もそうだが、この状況を生み出したかつての上官であるラウにも思う所があるのだろう。

 

 「フレイ、これからどうするか聞いてるか?」

 

 「艦長はすぐ出撃する事になるだろうって」

 

 同盟軍はジェネシス破壊の為にプラントのクライン派と情報交換をおこなってきた。

 

 ただプラントに直接潜入する事は警戒が厳しく出来なかったので、月のコペルニクスでの接触が多かったが。

 

 それらの情報によりジェネシスの位置はほぼ判明し後は戦力を整えるだけだったのだ。

 

 しかし地球軍が核を使用したなら、報復としてザフトがジェネシスを使う可能性は十分にある。

 

 それにクライン派も情報交換だけとはいえ協力関係があったのだ。

 

 見殺しにはできない。

 

 つまりこれを機に作戦が開始されるという事だ。

 

 そしてアストの思った通り、カガリから作戦に参加予定だった部隊すべてにジェネシス破壊の命令が下り、同盟軍もまたプラントに向けて動き始めた。

 

 

 

 

 

 ボアズを攻略した地球軍は休息を取りながら、月基地から送られてきた補給を受けていた。

 

 あれだけの激戦と途中から乱入してきたアスラン達によって予想以上の打撃を受けていた為である。

 

 ナタルが微かに目を開けると薄暗い部屋の天井が見えた。

 

 そのまま体を起こそうとして自分が裸である事に気がつく。

 

 顔を赤くし慌ててシーツを引き寄せ視線を移すと、そこには既に見慣れた背中が見えた。

 

 「セーファス?」

 

 ナタルの声にセーファスがキーボードを叩いていた手を止め振り返る。

 

 「ん、ナタル、起きたのか。まだ時間はあるし、眠っていても構わないぞ」

 

 「いえ、十分休みましたから」

 

 ナタルに笑み向けると再びキーボードを叩き始める。

 

 思えば不思議なものだ。

 

 出会った当初はこんな事になるとは思ってもいなかったし、自分が男を好きになるなど想像もできなかった。

 

 そんな事を考えながらナタルもまた笑みを浮かべる。

 

 こういう気分を幸せというのかもしれない。

 

 しかし、これからの事を考えればそんな気分も吹き飛んでしまう。

 

 自分達はプラントに―――

 

 「……セーファスはどう思っているのですか? 今回の作戦について」

 

 「……アズラエルの言う事も間違ってはいないがな。納得はできないさ」

 

 味方の損害は最小限に敵には最大の効果を。

 

 アズラエルが核を使った後に得意顔で言い放った言葉だ。

 

 確かにある意味で正しい。

 

 最小限の犠牲で戦いが終わるに越したことはない。

 

 今地球軍の取ろうとしている手段はそのためのもののはずだ。

 

 昔のナタルならば賛同していたかもしれない。

 

 しかし―――

 

 「ナタル、気持ちは分かる……だが今は我々にできる事をしよう。それがついて来てくれた部下たちを守ることにもなる」

 

 「そうですね」

 

 自分に言い聞かせるように頷く。

 

 しかし心の片隅ではこれでいいのかと、いつまでも消えない不安が付きまとっていた。

 

 そして補給が終わりに近づいた頃、クロードもまた指示を出し終え、端末のスイッチを切った。

 

 「さあ、どういう結末になるかな」

 

 ラウが望んだ結末か。

 

 それとも―――

 

 クロードの視線の先には残骸となったボアズが漂っていた。

 

 それからすぐに地球軍艦隊は補給を終え、プラントへ向け、進撃を開始した。

 

 すべてを終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 地球軍がプラント本国へと迫っていた頃、ザフトもまた準備を整えつつあった。

 

 最終防衛拠点であるヤキン・ドゥーエから次々と部隊が出撃し、その宙域を埋め尽くすほどのモビルスーツが展開されていく。

 

 そんな中ヴェサリウスでもモビルスーツの発進準備が進められていた。

 

 元々クルーゼ隊の母艦とされてきたヴェサリウスだが、現在は隊長であったラウ・ル・クルーゼが特務隊に転属となったため、クルーゼ隊は解散となりそのままユリウスが引き継ぐ事になった。

 

 解散といっても人員はほぼそのままだったため、実質名前が変わっただけであるが。

 

 ともかく今はヴァリス隊の母艦になっているのだ。

 

 各員が忙しなく動き続ける中でエリアスは待機室から自身が乗る機体を複雑な気持ちで眺めていた。

 

 GAT-X102A『Tデュエル』

 

 造形や名前の通りこの機体はデュエルの予備パーツで組み立てられた機体。

 

 同時に開発が予定されていた新型機『X12A』のパーツを組み込み、背中にはシグルド用の高機動スラスターを装備、さらにNジャマーキャンセラーを搭載している。

 

 それに伴い武装もオリジナルとは比べ物にならないほど強化されており、高出力化された基本武装に肩部にビーム砲、腰に対艦刀クラレントも用意された。

 

 そして隣にはもう一機佇んでいる。

 

 ZGMF-FX004『ディザスター』

 

 ユリウス専用に開発されたザフト最強の機体である。

 

 その造形はザフト特有のモノアイの頭部を持ち、ユリウス用の調整が施されていた。

 

 ただこの機体はその分、調整が難航しており、今も最終チェックが急ピッチで進んでいる。

 

 「俺がデュエルに乗るとはね」

 

 本来ならTデュエルにはイザークが搭乗していたはずだ。

 

 それを自分が乗る事になるなど皮肉なものである。

 

 何よりエリアスが一番納得していなかったのは、Nジャマーキャンセラーだ。

 

 こんな物を開発した為に今プラントは壊滅の危機を晒されている。

 

 もちろん核を使ってきた地球軍も許せるものではない。

 

 しかし、本当にこれでいいのだろうか?

 

 「エリアス、どうした?」

 

 待機室に入ってきたのはディアッカとニコルだ。

 

 この2人はどう思っているのだろうかと気になり聞いてみる事にした。

 

 「2人はどう思ってるんですか?」

 

 「イザークの事ですか?」

 

 「それもありますけど、今のこの状況の事ですよ」

 

 エリアスが向けた視線の先にはTデュエルがある。

 

 無論、2人とてNジャマーキャンセラーを含むすべての事に納得出来ている訳ではない。

 

 地球軍の事は許せないがザフトのやり方にも疑問が残るのも確かである。

 

 「……複雑ではあるよな」

 

 「やっぱりそうですよね」

 

 「……はぁ、昔はこんな事考えたりしなかったのになぁ」

 

 「前は何も考えなさすぎたんでしょうね、僕達は」

 

 ただ今分かっているのは地球軍の攻撃を、核攻撃を阻止しなければならない。

 

 たとえ自軍に疑問があれどプラントを撃たせる訳にはいかない。

 

 ここは自分達の故郷なのだから。

 

 《各パイロットは搭乗機に》

 

 「行こう」

 

 「そうですね」

 

 「はい」

 

 足取り重く格納庫に向い、自分達の気持ちの整理がつかないままヴェサリウスから発進する。

 

 命取りになるかもしれない事はもちろん分かってるのだが、やはり考えてしまうのだ。

 

 これでいいのかと―――

 

 

 

 

 そして外では防衛部隊が展開され、すべての準備が完了していた。

 

 プラントに至るまでの空間にザフトが幾重にも防衛ラインをつくり、その数はボアズを上回っている。

 

 《勇敢なるザフト軍兵士達よ! ナチュラル共の野蛮な核などただの一発も我らの頭上に落としてはならない!》

 

 《血のバレンタインのおり、核で報復しなかった我々の思いを奴らは再び裏切った! これを決して許してはならない!!》

 

 《奴らに思い知らせるのだ! 我々の力を! そしてこの世界の新たな担い手が誰なのか、奴らに身をもって知らしめるのだ!!》

 

 出撃したエリアス達の耳にイザークの母親、エザリア・ジュールの演説が響く。

 

 「これどう思いますかね?」

 

 「さあな」

 

 エザリアは元々急進派ではあったが、イザークが戦死したと聞かされてからはより過激な発言が増えたらしく、特にナチュラルに対する憎しみは相当なのものだと噂に聞いている。

 

 本当に皮肉な話だ。

 

 母親と息子の選んだ道は完全に交わらないものなのだから。

 

 そんな事を演説を聞きながらエリアスは考えていた。

 

 

 そしてザフトは迫ってきた地球軍艦隊を視界に捉える。

 

 

 地球軍もまた各艦艇から次々とモビルスーツが発進して、編隊を組んでいく。

 

 ストライクダガーが慎重に接近し、射程距離に入るとそのまま戦端が開かれた。

 

 「ナチュラル共をプラントに近づけるな!!」

 

 「了解!」

 

 ゲイツがビームクロウを振り抜き、正面のストライクダガーを斬り裂くとジンが突撃銃で援護の敵機を破壊する。

 

 しかし負けじとストライクダガーもビームライフルを撃ち返してきた。

 

 「コーディネイターの好きにさせるな!」

 

 「落ちろ! 宇宙の化け物が!」

 

 ビームライフルに撃ち抜かれたジンは爆発し、さらにシグーを一斉に数機のストライクダガーがビームサーベルで串刺しにて撃破する。

 

 ボアズと同様に個々の力で勝るザフトと数で勝る地球軍の戦闘は拮抗していたといっていい。

 

 しかしここでもまた地球軍の死神がザフトに襲いかかった。

 

 「ハァ―――!!」

 

 シャニの放ったフレスベルグの一撃が数機のモビルスーツを塵に変えるとさらにエフィムがネイリングを構えビーム砲を撃ちこみながら敵部隊に斬り込んでいく。

 

 「死ねぇぇ!!」

 

 「ひっ、たす―――」

 

 ネイリングの斬撃がジンを捉えるとなんの障害もなくあっさりと切断、さらにもう片方のネイリングを背後に回った敵機に投擲し撃破した。

 

 「よくも!!」

 

 「ガンダム!!」

 

 「そんなんで俺らを殺れる訳無いだろうがァァァ!!」

 

 そんなゼニスに迫る敵部隊をカラミティの圧倒的な火力を持ってオルガが殲滅していく。

 

 連続で放たれたスキュラ、シュラーク、バスーカ砲の攻撃でなす術無く撃ち抜かれて、宇宙を照らす閃光に変わった。

 

 「う、嘘だろ」

 

 「ナ、ナチュラルがなんであんな……」

 

 うろたえる様に動きを鈍らせた敵機にオルガとシャニは嘲るように笑った。

 

 「もしかしてビビってんのかよぉ!」

 

 「かっこ悪いなぁ!」

 

 2機とも躊躇う事無く、スキュラとレールガンであっさりと撃ち殺す。

 

 弱すぎるが、次々と落としていくのは楽しい。

 

 彼らにとってこの戦場はまさに最高の狩り場であった。

 

 そんな彼らの前に次の獲物―――ディアッカ、ニコル、エリアスの3人が駆けつけてきた。

 

 「くっ、これ以上やらせない」

 

 「ニコル、連携でいくぞ!」

 

 「了解!」

 

 ディアッカが超高インパルス長射程狙撃ライフルでカラミティを攻撃するとブリッツがビームサーベルで斬り込んだ。

 

 狙われたカラミティの前にフォビドゥンが立ちふさがり、ゲシュマイディッヒ・パンツァーでビームを曲げた。

 

 ゲシュマイディッヒ・パンツァーを前にビームは無意味である。

 

 しかしすでにデータを見て知っていた2人は驚く事はない。

 

 それゆえにこれは計算尽く。

 

 バスターに視線を向けた隙にブリッツがフォビドゥンの懐に飛び込むとビームサーベルを袈裟懸けに叩きつけた。

 

 シャニはその斬撃をニーズヘグで受け止め、斬り返しながら叫ぶ。

 

 「お前、邪魔すんなよ!」

 

 「それでは当たりませんよ」

 

 ニコルは機体を加速させ、回り込みながらトリケロスに新たに装備された3連ビーム砲を放つ。

 

 「無駄だよ!」

 

 「落ちやがれ!」

 

 フォビドゥンがビーム砲を曲げ、後方のカラミティがシュラークでブリッツ狙おうとするが上方に移動したバスターが対装甲散弾砲を2機に直撃させた。

 

 「ぐあああ!」

 

 「こいつらぁ―――ッ!?」

 

 ニコルは体勢を崩したカラミティに一直線に突っ込むとすれ違いざまにビームサーベルを一閃した。

 

 普通のパイロットであれば、今の一撃で決まっていただろう。

 

 しかしオルガもまた通常の人間とは比較にならない反応速度を持っている。

 

 強化された反応速度で操縦桿を引き機体を傾け、ブリッツのビームサーベルをギリギリ避ける事に成功したが無傷とはいかず、バズーカを破損してしまった。

 

 「良し!」

 

 「この調子で行きましょう!」

 

 「おう!」

 

 ニコルとディアッカはしてやったりと笑みを浮かべた。

 

 今まで何度も行ってきた連携である。

 

 だからこそ失敗する筈はないし、こいつらは機体性能、そして個々の力は高いのだが連携は全くなっていない。

 

 その隙をついていけば抑える事は十分できた。

 

 「てめぇぇ!!」

 

 「やりやがったなぁ!!」

 

 怒り狂う2人だが対峙する2人は対照的に酷く冷静だった。

 

 「ニコル、油断するなよ」

 

 「ディアッカもね」

 

 両機は弾け飛ぶように逆方向に動き出すと再び連携を取り、カラミティとフォビドゥンに攻撃を仕掛けた。

 

 そしてディアッカ達が激闘を繰り広げる傍でエリアスもまたゼニスと対峙していた。

 

 「コーディネイタァァ!!」

 

 「はああああ!!」

 

 振り抜かれたネイリングを潜り抜け、エリアスはクラレントを構えると横薙ぎに斬りつける。

 

 しかしエフィムは手元のシールドで弾くようにクラレントの軌道を変えると右足で蹴り上げTデュエルを弾き飛ばした。

 

 「チッ、なんて反応だよ!」

 

 とてもナチュラルとは思えない動きである。

 

 シールドを掲げ蹴りを受け止めながら後方にスラスターを吹かし、衝撃を最小限に留めて体勢を立て直すと肩部ビーム砲を放って距離を取った。

 

 エリアスは今の攻防でこのパイロットに対する評価を改める。

 

 「こいつは他とは違う」

 

 その動きは他の機体のパイロットとは明らかに違うものだった。

 

 あの2機のパイロットは確かに高い技量を持ってはいるがどこか獣じみているとでも言えばいいのか、そんな荒々しさがあった。

 

 だが目の前の敵は違う。

 

 他の2機のパイロットよりも洗練された動きである。

 

 それはあの2機、『消滅の魔神』や『白い戦神』を彷彿させるものだ。

 

 そう考えてエリアスはニヤリと笑う。

 

 「だからどうした」

 

 自分達の後ろにはプラントがある。

 

 ならたとえ相手が誰であろうとも、負ける事などできる筈もない!

 

 「いくぞ!」

 

 「死ねぇぇ!!」

 

 ゼニスはスヴァローグを跳ね上げ、向ってくるTデュエルに実弾を連続で撃ち込んでくる。

 

 迫る実弾を機体を旋回させながらすり抜けると、ビームライフルで牽制しつつ懐に飛び込み、クラレントを逆袈裟に叩きつけた。

 

 しかし敵機は驚くべき反応速度を見せ、クラレントを捌きネイリングで斬り返してきた。

 

 「マジで反応が速いな。けど―――」

 

 それはあくまでも予測通りだ。

 

 あえてエリアスは下がる事無く繰り出された斬撃を途中で機体ごと割り込ませる事で防ぎ、さらにスラスターを吹かせて頭突きを御見舞いする。

 

 「これで!!」

 

 ゼニスがよろけた隙を見逃さず再びクラレントを一閃する。

 

 しかし―――

 

 「なっ!? くそ、今のでも決定打にならないのか」

 

 放った斬撃はゼニスの肩部装甲を浅く斬り裂くだけに止まっていた。

 

 エフィムはクラレントの斬撃を完全に避けようとするのではなく、あえて肩を前に出し機体を背ける事で最小限のダメージで済ませたのだ。

 

 「手強い、でもな、退けないんだよ!」

 

 エリアスはクラレントを構えるとゼニスに再び斬り込んだ。

 

 

 

 

 艦隊とプラントの間でガンダム同士の激しい戦いが繰り広げられている傍ら戦闘は続いていく。

 

 ボアズからエターナルと共にヤキン・ドゥーエに戻っていたアスランもまた迎撃の為に出撃していた。

 

 「はああああ!!」

 

 ジュラメントを変形させ、ビームキャノンとプラズマ収束ビーム砲を次々とストライクダガーに叩き込んで撃破していく。

 

 「こいつ!!」

 

 「包囲して落せ!!」

 

 だがアスランは冷静に接近してきた敵機に対してそのままぶつかる勢いで加速、ビームウイングを展開しストライクダガーの胴体を斬り裂いた。

 

 「なっ」

 

 「嘘だろ……」

 

 ジュラメントの動きについてこれない、敵機に躊躇う事無くトリガーを引く。

 

 「邪魔だ! 死にたくないなら下がれ!!」

 

 その戦い振りはまさにエースの面目躍如といったところだろう。

 

 ミーティアが使えればもっと押し返す事もできたのだが、ボアズで損傷させてしまった事が悔やまれる。

 

 今まで修復がおこなわれていたのだが損傷が思った以上に大きく、使えるようにするには時間がかかるらしい。

 

 反面シリルの使用していたミーティアは損傷がほとんど無かった為、エターナルで調整のみで済んだ。

 

 今はプラントの直接攻撃を警戒し、防衛の為に後方に下がっている、というかアスランが下がらせた。

 

 いざという時の保険が必要だと判断したのだ。

 

 もしもまたあのイレイズのパイロットと再び戦う事になれば、核ミサイルを迎撃するのに集中などできないだろう。

 

 「もう絶対に撃たせない!!」

 

 モビルスーツ形態になると同時にビームソードを展開し、一瞬の内に数機のストライクダガーをバラバラに斬り裂き、さらにビームライフルで撃ち抜いていく。

 

 「うああああ!!」

 

 「化け物がぁ」

 

 数が多いがあのイレイズのような敵もいないためか、驚異を感じない。

 

 「これなら守り切れる」

 

 ジュラメントの性能をフルに発揮させながら、順調に迎え撃っていたアスランの視界に再び敵機が向かってくる。

 

 「増援か!」

 

 特に警戒する事もなく今までと同じようにプラズマ収束ビーム砲のトリガーを引いた。

 

 しかしそれは過ちだったとすぐ知ることになる。

 

 撃ち込んだビームを上昇したやすく回避すると敵機はビームサーベルを構え突っ込んでくる。

 

 しかも狙い撃ちされないよう、ジュラメントに射線を取らせない複雑な軌道でサーベルを振ってきた。

 

 「地球軍のエースか!?」

 

 相手もまたエース級である事を理解したアスランは正面から迎え撃つ選択をする。

 

 エースを真っ向勝負で倒せばそれだけで敵軍に精神的なダメージも与えられるからだ。それにどの道倒さなくてはならない相手である。

 

 「ここは通さない!!」

 

 ビームソードを抜き放ち敵機に斬りかかった。

 

 対峙していた105ダガー、スウェンもまた敵の手強さを感じていた。

 

 いや正確にはあの獅子奮迅の戦いぶりを見ていればよく分かった。

 

 「……こいつも厄介な相手らしいな」

 

 ボアズで戦った機体のパイロットと同レベルの技量をもっていると見て間違いない。

 

 おそらく機体も同様だろう。

 

 ならば前の戦いの経験が役に立つ。

 

 スウェンは左右から繰り出された斬撃を巧みに捌くとスラスターを使い、背後に回り込みビームサーベルを逆袈裟に振るった。

 

 「上手い! だが!」

 

 アスランは機体を半回転させ、振り下ろされたビームサーベルをシールドで受け止めると右足のビームソードで反撃する。

 

 しかし敵機は咄嗟に後退する事で斬撃を避けるとビームライフルでこちらの動きを牽制してくる。

 

 スウェンは今の攻防で自分の推測が間違っていなかった事を知る。

 

 「やはりパワーは向うが上か」

 

 前の機体との違いがあるとするならば強力な火力を持った武装を装備している事だろう。

 

 コンビクトはパイロットであるシリルの特性に合わせ、ビームランチャーを除きほぼ基本装備のみである。

 

 しかしジュラメントは違っていた。

 

 強力な火器に加え、厄介な可変機構まで持っている。ならば―――

 

 「これしかないか」

 

 あえてスウェンは前に出る。

 

 距離を取られればこちらが不利であると判断したためだ。

 

 もちろんパワーの差はあるものの、近接戦の方が戦い様はいくらでもある。

 

 ジュラメントのビームソードの連撃をシールドを使って潜り抜け、胴体めがけビームサーベルを横薙ぎに叩きつけるが、それも止められてしまう。

 

 だが焦ることなくさらにビームサーベルを連続で叩きつけていく。

 

 まるで注意を逸らすかのように。

 

 そして敵が反撃に転じようとした時、スウェンがシールドで突き放す。

 

 そして次の瞬間、ジュラメントにミサイルとガンランチャー、リニアキャノンが降り注いだ。

 

 「くっ、新手!?」

 

 機体を変形させ、一気に攻撃範囲から離脱しようとするが数発のミサイルを受けてしまう。

 

 その衝撃を歯を食いしばって耐え、振り返った先には援護に駆けつけたバスターダガーとデュエルダガーがライフルの銃口をこちらに向けていた。

 

 「ほとんど避けられちまったな」

 

 「せっかくスウェンが引きつけてくれてたのにね」

 

 「……相手がそれだけの腕前ということだ」

 

 「で、どうする?」

 

 「ボアズの時と同じでいく」

 

 「「了解」」

 

 105ダガーが正面から斬りかかり、残り2機が援護に回ってジュラメントを翻弄していく。

 

 それに相対するアスランも彼ら程の技量を持つ者を放っておけば被害が拡大していくと判断した。

 

 「お前達は、ここで俺が倒す!!」

 

 1対3の戦いは激しさを増していった。

 

 

 

 

 

 数で劣りながらもザフトは地球軍の大部隊に対し互角の戦いを繰り広げていた。

 

 だがそれは地球軍からすれば予測済みの事。

 

 此処にはザフトの戦力が集中しているのだから簡単に突破できるとは思っていなかった。

 

 これだけ広範囲でしかも激戦、必ずつけいる隙が出来るはずと考えていた。

 

 それを見越した上で戦闘が開始されしばらく経った頃、激戦に紛れプラントに向け近づいている部隊があった。

 

 メビウスを主体としたモビルアーマー部隊である。

 

 どの機体も例外なく大型の核ミサイルを抱えている。

 

 「良し、もうすぐ目標地点だ」

 

 「これで終わりだな、コーディネイター!!」

 

 「待て! アレは―――」

 

 プラントをもう少しで射程に捉える寸前のモビルアーマー部隊だったが、その先にミーティアを装着したシリルが立ちふさがる。

 

 「アスランの言う通りだったな。待機していて正解だった」

 

 そして特務隊のシグルド2機もまたここで待機していた。

 

 「ナチュラル共に好きにはさせない」

 

 「クリス、スナイパーライフルで接近してきた奴から撃ち落とせ。シリル・アルフォード、こちらの指示に従ってもらうぞ」

 

 「了解!」

 

 「……了解している」

 

 近づいてくるモビルアーマーに対し一斉に攻撃を開始しようとしたその時、上方から三機に対しビームが撃ち込まれてきた。

 

 「何!?」

 

 「あれは―――イレイズだと!?」

 

 攻撃を仕掛けてきたのはクロードが搭乗しているイレイズサンクションであった。

 

 彼はアズラエルからモビルアーマー部隊の護衛を任され、ここまで追随してきたのである。

 

 特務隊2機のシグルドとミーティア装備のコンビクト。

 

 普通のパイロットならば目の前にいる3機の敵を前にしただけで自分の死を連想したかもしれない。

 

 しかしクロードは表情を変える事無く、涼しい顔で操縦桿を握っていた。

 

 「済まないが、こちらも仕事でね。まあ核を阻止したければするといい。君らに出来ればだが―――」

 

 クロードはビームライフルをコンビクトのミーティアに向けた。

 

 「まずはその厄介な装備から破壊させて貰おうかな」

 

 ボアズで一度見ているからこそ強力な火力を持っているミーティアを破壊しようとするのは当然の選択であった。

 

 「やらせるか!!」

 

 ライフルからビームが放たれんとした瞬間、そこにシグルドが割り込んできた。

 

 クロードが火力のあるミーティアを危険視したように、シオン達がある種切り札的な存在であるミーティアを守ろうとするのも当たり前である。

 

 「こちらは我々が抑える。核を迎撃しろ」

 

 「了解!」

 

 斬り込んで来たシグルドの行動もクロードはすでに読んでいた。

 

 背中のガンバレルを展開するとミーティアの進路を塞ぐようにビームを放ち、さらにシグルドにも牽制しながらネイリングで斬り返した。

 

 「俺と互角に!?」

 

 「悪くない動きだ」

 

 互いに動きを止める事なく斬り結んでいく。

 

 クロードはガンバレルをシグルド相手には出来るだけ使わず接近戦を挑み、ミーティアの動きを止める事に対してのみビームを放つ。

 

 シグルドと斬り結んでいれば、火力が高いミーティアでの援護は難しい。

 

 強力な火力をもっているが故に加減が難しく、下手をすれば味方を巻き込んでしまうからである。

 

 クロードの役目はあくまでもメビウスの護衛、敵を倒す事ではない。

 

 足止めするだけならば、やり方はいくらでもある。

 

 その証拠にモビルアーマーは次々とイレイズの背後を通過し、プラントに近づいて行く。

 

 「くそ、こいつ!」

 

 「ナチュラルがたった一機で僕達を足止めするなんて!」

 

 「あのミサイルを落せぇ――!! プラントをやらせるなぁぁぁ!!!」

 

 シリルの叫びに戦場にいたザフトの全員が反応する。

 

 しかし誰もが止められない。

 

 アスランもディアッカ達もそして他のパイロット達も敵の迎撃で手一杯なのだ。

 

 メビウスがプラントを射程距離に捉え、核ミサイルが発射された。

 

 「ちくしょう!!」

 

 「間に合わない!!」

 

 誰もが最悪の結末を予測した。

 

 しかし、そこに飛来する2つの機影があった。

 

 見た事もない機体―――いや、そうではない。

 

 駆けつけてきたのは同盟軍の2機、フリーダムとジャスティスである。

 

 ただ違いがある。

 

 背後に見たこともない武装を装着しているのだ。

 

 高機動兵装『スレイプニル』

 

 クライン派から提供されたデータの中に存在したミーティアを参考に開発したものである。

 

 スレイプニルはミーティアのデータを参考にしたとはいえ、あくまでモビルスーツの強化に重点が置かれている。

 

 小型化された分だけミーティアより火力は劣るものの使い勝手もよくモビルスーツ戦闘にも十分対応できるようになっている。

 

 凄まじい加速で一気に戦域にたどり着いたキラとラクスは背中に装着したスレイプニルの武装を展開し、さらにフリーダム、ジャスティスの兵装も構える。

 

 「ラクス、行くよ!」

 

 「はい!」

 

 「行けぇぇぇ―――!!!」

 

 ターゲットをロックするとビームとミサイルを一斉に発射し、核ミサイルを叩き落とした。

 

 すさまじい閃光が宇宙空間に広がっていった。

 

 さらに誘爆を引き起こし、大きな光の輪が次々に出来上がっていく。

 

 「キラ、ラクス!」

 

 アスランの視線の先には彼らが核を撃ち抜いていく姿が見えた。

 

 思わず溢れそうになった涙を必死に堪える。

 

 プラントが撃たれなかった事の安堵と何よりキラが助けてくれた事がアスランにとっては胸を打った。

 

 さらにフリーダムやジャスティス以外にもビームを撃ち込んで来る機体がいた。

 

 「……イノセントか」

 

 そこにいたのは追加装備を装着したイノセントガンダムの姿だった。

 

 『フルウェポン』と呼ばれる形態である。

 

 肩にはロングレンジビームランチャー、反対側の肩にミサイルポッド、シールドの裏にビームガトリング砲、腰に斬艦刀『バルムンク』、各所にアドヴァンスアーマーを装備していた。

 

 「行くぞ!」

 

 アストはロングレンジビームランチャーを構え、核ミサイルを狙撃していく。

 

 放たれたビームが核ミサイルを撃ち落とし、閃光に変えていく。

 

 駆け付けたのはイノセントだけではない。

 

 いつの間にか戦域に辿り着いたアイテル、スウェア、ターニング、ストライク、デュエルなどが次々に核ミサイルを叩き落としていく。

 

 その背後にはアークエンジェルを始めとした戦艦が数隻がいる。

 

 紛れもない中立同盟軍であった。

 

 敵対しているはずの同盟軍が何故プラントを救うのか?

 

 誰もが疑問に思う中で敵軍のクロードだけが動揺する事無くそれを見ていた。

 

 「……なるほど、彼らが」

 

 納得したように機体を反転させる。

 

 核ミサイルはすべて撃ち落とされてしまった以上、ここにいる必要はない。

 

 

 

 

 

 

 核ミサイルが破壊された事はヤキン・ドゥーエの司令室でも確認できた。

 

 予想外である同盟軍の介入と行動には全員が戸惑っている。

 

 しかしパトリック・ザラだけは鋭い視線でフリーダム達を睨みつけていた。

 

 どういうつもりか知らないが、時間を稼いでくれた事だけは感謝してもいい。

 

 そう、ついに準備は整ったのだから。

 

 「ジェネシスは最終段階に入る」

 

 オペレーターの報告にパトリックは号令を出した。

 

 「全軍射線上から退避させろ!」

 

 するとヤキン・ドゥーエの後方が揺らめくと同時に巨大な建造物が出現した。

 

 その通信を受け取ったアスランはたまらず叫んでいた。

 

 「キラ、ラクス、レティシア、逃げろ!! ジェネシスが撃たれる!!」

 

 アスランの叫びに反応したキラ達は咄嗟に反転する。

 

 彼らもまたジェネシスの脅威を知っていたからだ。

 

 そしてヤキン・ドゥーエに司令室では発射シークエンスが着々と進んでいた。

 

 「フェイズシフト展開」

 

 「Nジャマーキャンセラー起動」

 

 「全システムオールグリーン」

 

 パトリックは笑みを浮かべると叫ぶ。

 

 「この一撃こそ我らコーディネイターの創世の光とならん事を! 発射!!」

 

 ジェネシスから放たれた太く強烈な閃光が戦場を駆け抜ける。

 

 射線上にいた地球軍のモビルスーツ、戦艦が巻き込まれ次々と融解し、破壊され、宇宙の塵に変えられていった。

 

 それを見ていたアスト達はあまりの光景に言葉を失う。

 

 いや、アスト達だけではない。

 

 撃たれた地球軍も、撃ったザフトもまた声を上げる事も出来ない。

 

 放たれた恐るべき兵器を前に背筋を凍らせる。

 

 どうしてこんなものを―――キラはそう思わずにはいられなかった。

 

 そしてアストは操縦桿を強く握る。

 

 こんなものは絶対に破壊しなくてはならないとそう決意した。



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第42話  決戦の幕開け

 

 

 ジェネシスが放たれた後に残ったものはただ塵芥となった残骸のみ。

 

 ただ破壊されたモビルスーツや戦艦といったものの、原形を残さない破片だけがそこに漂っている。

 

 介入した同盟軍は一時撤退を命じられ、パトリック・ザラの演説を聞きながら後退していた。

 

 《我らが勇敢なるザフト軍兵士諸君、傲慢なるナチュラル共の暴挙をこれ以上許してはならない!》

 

 《プラントに向け放たれた核、これはもはや戦争などではない》

 

 《虐殺だ!!》

 

 どの口が言うのか―――その放送を聞いていた誰もが思ったに違いない。

 

 自分達が何をしたのか、思い至っていないのか。

 

 今もそうである。

 

 この演説に乗せられたのか、後退をしている地球軍に苛烈ともいえる追撃戦が行われている。

 

 見る限り戦う気力すらない者たちを攻撃しているようにも見えた。

 

 核を使った時点で自業自得ともいえるのだが、まるで自分達は違うとばかりに演説を続けるパトリック・ザラに激しい嫌悪感が湧いてくる。

 

 《そのような行いを平然とするナチュラル共を決して許してはならない!》

 

 《この光と共に今日という日を我ら新たな人類コーディネイターの輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!!》

 

 正直聞くに堪えない。

 

 「……何を言っているんだ、この男は」

 

 アストはこれ以上聞く必要はないと通信を切る。

 

 そこには確かな怒りが存在していた。

 

 

 

 

 

 ザフトの追撃を振り切ったドミニオンを含む残存艦隊はデブリの陰に集結していた。

 

 正直に言って酷い状態である。

 

 損傷したストライクダガーの残骸がそこら中に散らばり、傷ついた艦もまた火を噴き対処に追われている。

 

 通信から漏れてくる声も絶望的なものだけだ。

 

 「ああ、そうだよ! ったく、冗談じゃない!! これは今までのたくたやってた、あんた達トップの怠慢だよ!!」

 

 艦長席に座っているセーファスの後ろではアズラエルが語気荒く月基地と通信している。

 

 その様子は半狂乱と言っても差し支えないだろう。

 

 まあその気持ちも分からないではない。

 

 あれだけの規模で攻めたにも関わらず作戦が失敗した、なによりもあの兵器である。

 

 解析の結果ガンマ線レーザー砲と判明したあの兵器の脅威を直接目にした者ならば取り乱しても仕方がない。

 

 だとしても冷静さを無くし過ぎている。

 

 今も救援要請してきた艦に向うかどうか、ナタルと揉めていた。

 

 「救援なんてしてる場合じゃない!! すぐにでも再度攻撃を仕掛けるんだよ!!」

 

 「なっ、今わが軍がどれほどの被害を受けているのか、理事にもおわかりのはずでしょう!?」

 

 「月からすぐに増援が来る! 君こそ何を言っているんだ! 状況が分かってないのは君だろうが! あそこに―――」

 

 「あそこにあんな兵器を残しておく訳にはいかない、でしょう?」

 

 アズラエルの言葉を引き継ぐようにセーファスが口を挟む。

 

 端末を操作し、シミュレートしたデータを表示する。

 

 そのデータを見たナタルにも何故アズラエルがここまで取り乱しているのかが分かったらしい。

 

 「あの位置からでも地球が撃てる」

 

 「ああ、そうだ、分かってるじゃないか! そうだよ! 無茶だろうがなんだろうが絶対に破壊してもらう。アレとプラント、地球が撃たれる前に!!」

 

 この後に及んでこの男はまだプラントを撃つ事に拘るのか。

 

 「……まあいいさ」

 

 確かにあの兵器は絶対に破壊しなくてはならない物だ。

 

 セーファスの答えに満足したのか再び月基地と通信を始めたアズラエルを尻目にナタルに顔を近づけ誰にも気がつかれないように囁いた。

 

 「ナタル、用意してもらいたい物がある」

 

 「えっ」

 

 「もちろんアズラエルには分からないようにな」

 

 ナタルは一瞬驚いた顔をするがすぐに頷いた。

 

 出来る限りの手は打っておく必要がある。

 

 でなければあの兵器の破壊など到底不可能だろう。

 

 ザフトもまたあの兵器を死に物狂いで守ってくるに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 ジェネシス発射によって一時撤退を選択した同盟軍もまたデブリに隠れ作戦を練っていた。

 

 「クライン派からのデータで予測はされていたが実際に見るとやはり違うな」

 

 「ええ、正直あれほどとは思いませんでしたよ」

 

 テレサに同意するようにヨハンがデータを呼び出すとあるシミュレーションが表示された。

 

 それはジェネシスが地球に放たれていた場合どうなるのかというもの。

 

 その結果はジェネシス直撃による被害は生命体の80%以上が死滅するという最悪のものであった。

 

 唯一の救いがあるとすれば連射ができない事だろう。

 

 一回撃つたびにミラーを交換しなければならないらしい。

 

 《……分かっていた事だが確実にジェネシスだけは破壊しなければならないな》

 

 《ええ、それに地球軍もまた核を使ってくるでしょうね》

 

 マリューの言う通り、地球軍はまた核を使ってくるだろう。

 

 「ジェネシスに対して使用するならばまだしも、プラントに放たれればそれも防がないと」

 

 もちろんザフトもプラント防衛の戦力を配置するとは思うが、先のように突破される可能性もあるだろう。

 

 ならばそれも防ぐ必要があるとなると厳しい状況に変わりはない。

 

 「けどやるしかないよね」

 

 「ああ、そうだな。奴の、ラウ・ル・クルーゼの好きにはさせない」

 

 「うん」

 

 アストとキラは互いに頷いた。

 

 もう2人は決意を固めている。

 

 メンデルで聞いた因縁。

 

 ラウ・ル・クルーゼ、ユリウス・ヴァリス、彼らとの決着をつける事を。

 

 特にラウ・ル・クルーゼだけは刺し違えてでも倒さなければならない。

 

 そんな2人をラクスとレティシア、マユが不安そうに見ていた。

 

 《……キラ、ラクス、二人には先行してもらい地球軍の核攻撃を阻止してもらう》

 

 「うん」

 

 「はい」

 

 《アスト達も核を迎撃しながらジェネシスに向かってもらう。各戦艦はジェネシス出来る限り近づき直接攻撃。通用しないようならジェネシス内部に潜入し破壊する、もしくはヤキン・ドゥーエの司令室を押える》

 

 「わかった」

 

 《準備が整い次第出撃だ。頼むぞ!》

 

 「「「了解」」」

 

 カガリとの通信が終わると同時に格納庫に行こうとエレベーターに向う。

 

 「待て」

 

 テレサが振り向く事無くアストを呼び止めた。

 

 「なんです?」

 

 「……言いたい事は山ほどあるが、それは終わってからだ。とりあえず必ず帰ってこい、いいな」

 

 テレサの言葉に自然と笑みが零れた。

 

 この人もまた自分を思ってくれている。

 

 だから―――

 

 「ええ、必ず戻ります」

 

 そう言うとエレベーターに乗り込むと今度はラクスが何か言いたげな表情でキラを呼び止めた。

 

 「キラ」

 

 「ラクス、どうしたの?」

 

 おそらくこの戦争最大の激戦になる。

 

 だからこそ言いたい事もあるのだろう。

 

 「先に行ってる」

 

 そのまま扉を閉じると下の階へのスイッチを押した。

 

 ずっと黙ったままなのも何なのでマユに話しかける―――というか言っておきたい事があった。

 

 「マユ、何があっても生き延びる事を考えるんだ」

 

 本当ならば今すぐにでもモビルスーツを降りてもらいたいというのが本音なのだが、そう言っても無駄な事は前に証明されている。

 

 「もちろんです。オーブにはお父さんもお母さんも待ってますから。お兄ちゃんの事もありますし―――それにそれを言うならアストさんの方も無茶したら駄目です」

 

 一瞬、見透かされたような気分になるが、表情には出さないようにする。

 

 「ああ、俺は大丈夫だ」

 

 笑みを浮かべマユの頭に手を置くと、優しく撫でた。

 

 「ア、アストさん、少し恥ずかしいですよ」

 

 「あ、すまない」

 

 彼女には死ねない理由がある。

 

 ならば大丈夫だと、そう信じよう。

 

 それよりも―――

 

 「あの、レティシアさん? どうしたんですか?」

 

 レティシアはどこか不安そうに下を向いていた。

 

 何か気になる事でもあるのだろうか。

 

 「レティシアさん?」

 

 「え、ああ、大丈夫です。それよりマユ、アスト君の言う通り無理だけはしないでください」

 

 「はい」

 

 様子がおかしい。

 

 何かあるのか聞こうとしたのだが、その前に格納庫に到着してしまった。

 

 結局声を掛けられないままイノセントのコックピットに移動し、キーボードを叩きながら最終調整を行っているとコンコンと音がした。

 

 「レティシアさん?」

 

 モニターにはレティシアの顔が映っていた。

 

 「……丁度いいか」

 

 先程の事を聞いてみようとハッチを開けるとアストが出ていく前にコックピットに入ってくる。

 

 彼女の長い綺麗な金色の髪の毛が広がった。

 

 モビルスーツに乗る前はラクスと一緒に髪を束ねているのだが今はまだらしい。

 

 何と言うか良い匂いがする―――なんて事を考えて、慌てて変な考えを追い出す為に頭を振った。

 

 「えっと、先程はどうしたんですか? 様子がおかしかったですけど?」

 

 「……」

 

 「あの―――」

 

 「君は死ぬ気ですか?」

 

 「えっ、何でそんな事を―――」

 

 「キラ君と話していた時、貴方達の顔は何か覚悟していたような表情でしたから」

 

 やっぱり彼女は鋭い。

 

 誤魔化そうかとも思ったが無理だろう。

 

 「……あくまで覚悟ですよ。特にあの2人はそれくらいの強敵ですから」

 

 今までの戦い、そしてL4での戦闘で戦った経験から分かっている。

 

 ラウ・ル・クルーゼ、ユリウス・ヴァリスは容易い相手ではない。

 

 命を懸けるくらいの覚悟は必要な敵であると。

 

 「アスト君……」

 

 「本当に大丈夫です。それよりレティシアさんも気をつけてください。今まで以上に激戦になる筈ですから」

 

 レティシアはしばらく俯いていたのだが、意を決したように顔を上げた。

 

 気のせいか顔が赤くなっているようにも見える。

 

 「……アスト君、その言葉を信じてもいいですね?」

 

 「もちろんです」

 

 「分かりました。では私と約束してもらえますか? 生きて帰ると」

 

 「え、ええ。約束しま―――」

 

 アストの言葉は最後まで言えなかった。

 

 何故ならレティシアに唇を塞がれていたから―――

 

 そして唇が離れると捲くし立てるように言い放った。

 

 「つ、続きは戻って来てからですから! 約束は守ってください! いいですね!」

 

 「は、はい」

 

 そのままレティシアは顔を真っ赤にしたままコックピットから出ていった。

 

 なんというか、突然の事に思考が追い付かない。

 

 思わず返事をしてしまったが、続きって?

 

 どういう事?

 

 えっと、つまり彼女は―――

 

 《アスト?》

 

 「うわあああ!!」

 

 《ど、どうしたの!?》

 

 「キ、キラか。なんでもないよ。そっちこそラクスの話は終わったのか?」

 

 いつの間にかキラは格納庫に降りて、フリーダムのコックピットに乗り込んでいたらしい。

 

 レティシアの事は後で考える事にしようと別の話を振る事にする。

 

 《うん、お守りっていうかこれを預かった》

 

 その手にはチェーンに通された銀色に光る指輪があった。

 

 《必ず戻って来いって言われたよ》

 

 「ああ、俺もだ」

 

 自分達は1人ではない。

 

 それは2人にとって何より強い力であった。

 

 そして他のメンバーもまたこの戦いに向けて決意を固めていた。

 

 トールやイザーク達はアークエンジェルの食堂でいつも通りに食事を取っている。

 

 「たぶん次の戦闘が最後の戦いだよな」

 

 「そうね。ただその分、激しい戦いになると思うけど」

 

 「今までも命がけだったけど、今度はさらに厳しいよな。……頑張らないと」

 

 その言葉にミリアリアは不安を隠せない様子でトールを見つめていた。

 

 それに気がついたイザークは肘で軽く突いた。

 

 「どうした、イザーク?」

 

 何も言わず視線でミリアリアを示唆すると、ようやく気がついたのだろう。

 

 トールは慌てて声をかけた。

 

 「大丈夫だって、俺はちゃんと帰ってくるからさ」

 

 「……うん」

 

 それを見かねたのかイザークも声をかける。

 

 「トールの言う通りだ。俺も出る、心配はいらん」

 

 「イザーク……」

 

 その様子を黙って見ていたアネットやサイが笑顔で言った。

 

 「言っておくけどあんたもきちんと戻ってこないと駄目だからね」

 

 「そうそう」

 

 本気でそう言っている彼らの思いに、色々なものが込み上げ、笑みを浮かべて頷いた。

 

 「ああ、分かっている」

 

 必ず戻る―――そして彼らを守らなければならない。イザークもまたここにいる者たちを仲間だと思っているのだから。

 

 

 

 

 「ミラーブロックの換装は?」

 

 「あと1時間ほどです」

 

 パトリック・ザラは変わらず指令室で指示を出し続けていた。

 

 もうじきすべてが終わると思えば、休まずともこのくらいは苦ではない。

 

 「地球軍に動きは?」

 

 「今だ無いようですな。まあ奴らも必死でしょうから、補給、増援を待って再び進軍してくるかと。あの威力を見た後では当然といえば当然ですな。―――こちらから仕掛けますか?」

 

 パトリックはラウのその問いに鼻で笑った。

 

 そんな事をする必要がどこにあるのかと言わんばかりに。

 

 「2射目ですべて終わる。我らの勝利だ」

 

 2射目を放った時点でこちらの勝ち。

 

 次の目標は月基地だ。

 

 ここを撃たれれば地球軍の戦力の大半を奪った事になる。

 

 「では、地球を―――」

 

 撃たれますか?とパトリックに囁く。

 

 「奴らが月を撃たれてなお抗うならばな」

 

 それは考えるまでもない事であり、地球軍は必ず攻めてくるだろう。

 

 ジェネシスを破壊しない限り自分たちに未来はないのだから。

 

 パトリックの言葉に満足したラウは、それ以上なにも言わなかった。

 

 本当に彼は理想的で―――そして愚かな道化である。

 

 ここまでくると憐れみすら覚えるというもの。

 

 だが、そのおかげでここまで来れたのだから、それは感謝してもいい。

 

 ラウは暗い笑みを押し殺しながら、その瞬間を待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 指令室から絶え間なく指示が飛び交う中、エターナルに帰還したアスランの胸中は非常に複雑なものであった。

 

 正直プラントが撃たれなかったのはホッとしたが、しかしジェネシスに関しては―――アレは核でプラントを破壊しようとした地球軍と何が違うというのか。

 

 父はナチュラルの行動を虐殺だと言い放った。

 

 だが、これでは自分達もまた同じではないか。

 

 アスランは拳を強く握り締める。

 

 止めなくては、取り返しがつかなくなる前に!

 

 「アスラン君、そう気負うなよ」

 

 「バルトフェルド艦長……」

 

 「冷静にな。ジェネシスについてはブランデル隊長も考えているだろうからな」

 

 確かに冷静さを無くせばそれが命取りになりかねない。

 

 エターナルがブランデル隊の母艦であるゼーベックに隣接するとエドガーの固い表情がモニターに映った。

 

 「ブランデル隊長……」

 

 《無事でなによりだ、アスラン》

 

 「ジェネシスは……」

 

 《言いたい事は分かっている。今も手を打とうしてはいるが、警戒も厳重で近づけない。ユリウスにも動いてもらっているが、もしもの時は覚悟だけはしておいて欲しい》

 

 それは反逆者の汚名を着てでもジェネシスを破壊するという事だ。

 

 言われるまでもなく、エドガーに協力すると決めた時からすでに覚悟している。

 

 だから躊躇わずに頷いた。

 

 「ブランデル隊長、『アレ』はどうなってますかな」

 

 《駄目だ、間に合わない。月に向けて移動中だったからな》

 

 「了解ですよ。まあ何とかするしかないでしょうな」

 

 《すまないが、頼む。それから―――》

 

 アスランの顔を見て躊躇うように言葉を切った。

 

 「何かあったのですか?」

 

 《情報を流した人間がほぼ特定できた》

 

 「本当ですか!?」

 

 《……状況証拠ではあるが、おそらく間違いないだろう》

 

 「誰です?」

 

 《……ラウ・ル・クルーゼだ》

 

 バルトフェルド達は酷く驚いていたが、アスランは自分でも驚くほど冷静に聞いていた。

 

 どこかで予想していた。

 

 メンデルで彼らの過去を、そしてユリウスの話を聞いた時からもしかしてという思いがあったのだ。

 

 ≪クルーゼ隊長はきっと未来など望んではいないだろう。一度希望を与えられたが故に奪われた絶望が大きすぎて他のものが見えなくなってしまっているんだ≫

 

 ユリウスはそう語っていた。

 

 確かに同情はする。

 

 だがこれを看過する事はできない。

 

 彼もまた止めなくてはならないだろう。

 

 アスランはかつての上官を撃つ覚悟を決めた。

 

 

 そして時は満ち―――再び戦闘が開始された。

 

 

 地球軍は死力を尽くしてジェネシスに迫ろうとし、ザフトはそれを防ごうと応戦する。

 

 パトリックは指令室でその様子を見ていた。

 

 「やはり足掻くが、ナチュラル共が」

 

 大人しくしていればいいものを―――やはりナチュラルとは愚鈍な連中である。

 

 ジェネシスの威力を見ていながら、なおプラントを狙ってくるならば返り討ちにするだけである。

 

 「我らの力、思い知らせてやるぞ! ミラーブロックの換装は?」

 

 「もうすぐ完了します」

 

 「急がせろ!」

 

 「ハッ!」

 

 そこで共にモニターを見ていたラウが一歩前に出る。

 

 「では私も出ましょう」

 

 パトリックはラウの申し出に頷いた後、鋭い目で睨むと冷たい声で釘を刺した。

 

 「……クルーゼ、これ以上の失態は許さんぞ」

 

 特務隊を除き優秀であるからこそ、そして成果を上げてきたが故に特務を任せてきたクルーゼ隊がどうした事か失敗続きであった。

 

 それもあのアークエンジェル追撃の任務についてからだ。

 

 ガモフは沈み、奪取した機体はすべて撃破され、さらにプラント付近にいた同盟軍所属の戦艦追撃の失敗。

 

 そして先のL4会戦においてもこれといった戦果も上げる事ができなかった。

 

 パトリックからすれば失望の極みともいえる。

 

 それでも特務隊に転属させたのは今までの功績とパイロットとしての腕を買っただけだ。

 

 すでにかつてほど信頼はしてはおらず、そういう意味ではシオンの方をまだ信頼していた。

 

 だが、ラウはそれすら気にした様子もなくただ頷く。

 

 「ええ、肝に銘じて」

 

 「ふん」

 

 そのまま指令室を後にするラウを最後まで見送る事無くオペレーターに指示を出す。

 

 「目標点入力、月面プトレマイオス・クレーター、地球軍基地!」

 

 「了解!」

 

 「地球軍の増援の位置は把握しているな?」

 

 「はい、大丈夫です」

 

 「我々の勝ちだな、ナチュラル共め」

 

 勝利の愉悦に浸りながら、モニターを眺めているパトリックを尻目に指令室を出たラウはロッカールームでパイロットスーツに着替えていた。

 

 普段はパイロットスーツなど着ない彼にしては珍しいと言える。

 

 「もうじき終わる。こんな世界はな」

 

 目を閉じるだけであの時の絶望や痛みが思い出される。

 

 「母よ、見ていているかな。これこそがこの世界の真実なのだと。可能性など世界を腐らせる毒そのものなのだと。貴方に教えてあげましょう」

 

 薬の飲みロッカールームを出ると、準備の整ったプロヴィデンスに乗り込む。

 

 最後の瞬間に相応しい相手を迎えよう。

 

 「来るがいい。ムウ、キラ・ヤマト、そしてアスト・サガミ。君達が世界の終焉、最後の生贄だ。私のこの手で葬ってやる」

 

 憎悪を滾らせ機体を立ち上げ、ペダルを踏み込む。

 

 「ラウ・ル・クルーゼだ。プロヴィデンス、出るぞ!」

 

 

 天帝が宇宙に飛び出すと同時に再び破滅の光が放たれる。

 

 

 ジェネシス内部に光が満ちると激しい閃光が戦場を駆け抜けた。

 

 その光をドミニオンで見ていたセーファスが何かに気がついたように叫ぶ。

 

 「推定目標は!?」

 

 反応したオペレーターがデータを分析しながら悲鳴のような声を上げる。

 

 その声は震えており、それだけで最悪の答えが予想できた。

 

 「照準は……月、プトレマイオス・クレーターと思われます!」

 

 ジェネシスから発射された閃光はそのまま進み、月に直撃するとクレーターに大きなキノコ雲が立ち上がるのがこの位置からでも見える。

 

 直撃した月基地がどうなったかなど考えるまでもない。

 

 そこにいた者達は何が起きたか理解するまでもなく、命を散らせただろう。

 

 そしてもう1つ気になる事があった。

 

 「増援は?」

 

 「は?」

 

 「月から来る予定の増援部隊はどうなった!?」

 

 その言葉に気がついたようにCⅠCが忙しなく動き出す。

 

 もしもあの攻撃に巻き込まれていたら―――

 

 「支援隊より入電! 『先の攻撃で艦隊の半数を損失』」

 

 「なにっ!?」

 

 アズラエルがシートから立ち上がり絶句する。

 

 これで完全にこちらの勝ちはなくなった。

 

 しかし、あの兵器だけは何とかしなくてはなるまい。

 

 ドミニオンクルーが絶望に沈む中、セーファスだけは前を見据えていた。

 

 

 

 ジェネシスの2射目が発射された事は同盟軍も観測していた。

 

 これで地球軍の勝利は無くなったといっていい。

 

 しかしザフトがジェネシスを停止させる様子は無く、それどころか再びミラー交換し、次の発射を準備している。

 

 カガリはクサナギのブリッジでそれを確認すると顔を歪めた。

 

 ザフトは再びアレ使うつもりらしい。

 

 傍に控えたキサカとマユラの顔を見て頷く。

 

 「何としてもこれ以上は撃たせる訳にはいかない! 作戦を開始する、同盟軍出撃!」

 

 カガリの合図に合わせ各艦が戦場に向けて、メインスラスターに火を点す。

 

 そしてオーディンのハッチが開くと同時にモビルスーツが発進する。

 

 「キラ・ヤマト、フリーダムガンダム行きます!」

 

 「ラクス・クライン、ジャスティスガンダム参ります!」

 

 飛び出した2機の背中にスレイプニルが装着されるとブースターを吹かし、一気に戦闘区域まで加速する。

 

 そしてアストもまた開いたハッチの先を見据える。

 

 初めて出撃した時から自分の気持ちは変わらない。

 

 いつも大事な人達の為に―――そう思ってきた。

 

 今回も同じだ。

 

 「レティシア・ルティエンス、アイテルガンダム出ます!」

 

 「マユ・アスカ、ターニングガンダム出ます!」

 

 リンドブルムを装着したアイテルとターニングが発進していく。

 

 そしてアークエンジェルからもアドヴァンスストライク、アドヴァンスデュエル、スウェアが次々と戦場に向かっていく。

 

 目を閉じて今までの事を思い出す。

 

 つらい事もあったし、失ったものもある。

 

 でも、それだけではない。

 

 レティシアやラクス、マユ、イザーク、他の大切な人達とも出会い、そして救われた。

 

 だから―――

 

 いつもと変わらない決意を再確認すると目を開く。

 

 ジェネシスを破壊し、そして奴らと決着をつける。

 

 「アスト・サガミ、イノセントガンダムフルウェポン、行きます!」

 

 イノセントは戦場に飛び出す。

 

 ここに決戦の幕は上がった。



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第43話  守護者達の戦い

 

 

 

 ジェネシスの攻撃を受けた地球軍は完全に追い込まれてしまった。

 

 月基地は壊滅し、増援もこない。

 

 だがあの兵器だけは絶対に破壊しなければならない。

 

 にも関わらず―――

 

 「核攻撃隊を出せ! 目標はプラント群だ! あの忌々しい砂時計を一基残らず叩き落せ!」

 

 《了解しました!》

 

 アズラエルの命令に何の疑問も抱かず、サザーランドは忠実に返事をする。

 

 この期に及んでまだそんな事を言っているとは。

 

 「……本当に呆れるな」

 

 仮にプラントに核を撃ち込んだとして、報復として地球にジェネシスが撃ち込まれないと本気で考えているのだろうか。

 

 「アズラエル理事! それでは地球に対する脅威の排除にはならな―――」

 

 「ああ、もう、うるさい!」

 

 アズラエルは癇癪を起したように喚き、さらに捲くし立てるように叫んだ。

 

 「いちいち反抗してうるさいんだよ! 大体コーディネイターすべてが地球にとっての脅威なんだ! それを討ちに来てるのに、アンタは反抗的な態度ばかりで!!」

 

 「仮にプラントを撃ったとして本当にジェネシスが止まるとで―――」

 

 「黙って従えよ! それが軍人だろうが!」

 

 アズラエルの怒声にブリッジが静まり、そこに通信士がおそるおそる報告する。

 

 「……ドゥーリットルより、核攻撃隊の準備が整ったと」

 

 「発進だ! カラミティ、フォビドゥン、ゼニスに道を開かせ、クロードに護衛させろ!!」

 

 「は、はい」

 

 勝ち誇ったようにこちらを見下ろしてくるアズラエルをセーファスはただ冷たい視線で見つめていた。

 

 あえてやめろとは言わない。

 

 そんな事をしても無駄であり、彼らがそれをさせないと分かっていたからだ。

 

 短い間とはいえ共に戦場を駆け抜けた仲なのだから。

 

 その証拠に再び白亜の艦がこの宙域に迫っていた。

 

 

 

 

 

 アズラエルの命令を受けた地球軍の戦艦から何機もメビウスが発進し、プラントに向かっていく。

 

 目的は、核ミサイルによる直接攻撃である。

 

 もちろんザフトもゲイツやシグーと言った防衛部隊が核攻撃隊を迎撃するために一気に接近して来ていた。

 

 「プラントを撃たせるなぁ!」

 

 「ナチュラル共がぁ!!」

 

 ビームライフルでメビウスを落そうとロックしパイロット達がトリガーを引こうとした瞬間、逆に放たれたビームに機体を抉られ撃墜されてしまう。

 

 「な、なんだ!?」

 

 「あれは……」

 

 ザフトのパイロット達が絶句する。

 

 そこにいたのは先程まで自分達を蹂躙していた敵、カラミティ、フォビドゥン、ゼニスの3機であったからだ。

 

 オルガ達は戦場にいるとは思えないほど無邪気な笑顔で言い放った。

 

 それは彼らにとって死刑宣告に等しい。

 

 「あれに手を出してんじゃねぇよ!!」

 

 「綺麗なんだからさぁ!!」

 

 「殺す!」

 

 オルガとシャニの心情はこの時珍しく共通していた。

 

 あの光ですべてが消えていく様は最高であり、何回見ても飽きる事はないだろう。

 

 「だからぁ、邪魔する奴は全員殺す!」

 

 「おらぁぁ!!」

 

 カラミティのスキュラが敵機を撃墜するとそれに続いてゼニスがスヴァローグを跳ね上げ敵部隊目掛けて撃ち込んだ。

 

 凄まじいビームが敵部隊を薙ぎ払い、残りの敵機はニーズヘグの餌食となり、真っ二つに両断された。

 

 「邪魔だよ!」

 

 「死ねぇぇ!!」

 

 圧倒的な力の前に為す術無くザフトのモビルスーツは蹂躙されていった。

 

 彼らの通った後に残るものは屍のみ。

 

 ただ破壊された後を示す残骸だけが広がっていく。

 

 「ぐあああ!」

 

 「おらおら、どうした!」

 

 撃ち抜かれ撃破されたモビルスーツを嘲笑する。

 

 「相変わらず手応えねえなぁ! もっとマシな奴はいないのかよ!」

 

 止める者も居らず、ただ暴れ回っている3機のガンダム。

 

 そこに進攻を阻むかのようにビームが何条にも迫ってきた。

 

 「誰だよ、俺らに邪魔しようって奴は!?」

 

 「ハ、わざわざ殺されにご苦労なこったな!」

 

 誰であれ殺す事に変わりはないとオルガ達は嬉々とした表情で攻撃が来た方向に視線を向けた。

 

 ビームを撃ち込んだのは撃破されていく味方を救うために駆けつけてきたディアッカ達であった。

 

 「くそ! これ以上好きにはさせない!」

 

 「行くぞ、ニコル!」

 

 「ええ!」

 

 3機のガンダムを確認したオルガ達もまたも歓喜の声を上げた。

 

 同盟軍の連中と同じくらい気に入らない連中だ。

 

 先ほどの続きに来たというならば望むところである。

 

 「前に邪魔した奴!」

 

 「借りは返すぜ!」

 

 「今度こそ殺す!!」

 

 再びガンダム同士の戦いが始まり、その激しい戦いの前に他の者が近づく事もできない。

 

 そして核攻撃に備えていた特務隊とシリルも防衛ラインで戦闘を開始していた。

 

 突破して来たストライクダガーをビームソードで斬り裂き、ミサイルで敵部隊を一掃すると視線を別方向に向ける。

 

 その先には核攻撃隊を思われるメビウスとガンダム同士での戦闘が見えた。

 

 「不味いな」

 

 あれでは再び突破される可能性もある。

 

 「だとしてもプラントを撃たせる訳にはいかない!」

 

 シリルは急ぎ援護のためミーティアをそちらに向けようとしたのだが、再び妨害が入ってくる。

 

 ボアズで対峙した3機、スウェン達であった。

 

 「ボアズの奴か!」

 

 交戦したからこそ分かる。

 

 あれはエース級のパイロット達だ。

 

 本来ならこちらで抑えたい所なのだが、今は相手にしてはいられない。

 

 「お前らは邪魔だ! 今はこのまま一気に突破する!」

 

 ミーティアの推進機で機体を加速させ、前方の三機に向け突っ込ませた。

 

 「シリル・アル―――ッ!?」

 

 スウェン達を突破する為、交戦を始めたシリルの援護に向かおうとしたシオン達にも連続で攻撃が撃ち込まれてくる。

 

 「また地球軍の雑魚か?」

 

 「シオン、アレを!?」

 

 スラスターを使って正面に加速し攻撃を回避するとクリスの示した方向を見る。

 

 そこには先の戦いで邪魔をしてきた黒いイレイズがビームライフルを構えてこちらを見下ろしていた。

 

 「奴か!!」

 

 シオンは思い上がりともいえるイレイズの様子に激しい苛立ちを覚える。

 

 「ナチュラル風情が! 図に乗るなよ!!

 

 「シオン、あのイレイズは厄介ですよ!」

 

 「分かっている!」

 

 苛立ちを吐き出すようにシオンとクリスはスナイパーライフルとガトリング砲でイレイズを牽制する。

 

 「さて、また私の相手でもしてもらおうかな」

 

 クロードは撃ち込まれたビームを機体を下がらせる事であっさり回避すると逆にビームを撃ち返す。

 

 すべてを読みきったような回避行動、そして正確な射撃、それらすべてがシオンをさらに苛立たせる。

 

 「ナチュラル如きが! 舐めるな!」

 

 怒りに任せクラレントを抜き放ち、一気に突進したシグルドは後退したイレイズの懐に飛び込み胴目掛けて叩きつける。

 

 それは敵を仕留める為に繰り出した渾身の一撃だった。

 

 しかしクロードはそれすらも機体を右に流す事で捌き、援護の為にクリスが放ったスナイパーライフルによる狙撃をシールドを使ってあっさり防いで見せた。

 

 「なんだと!?」

 

 「あれを防いだ!?」

 

 「悪くはないが、甘いな」

 

 彼らの技量は前の戦闘で把握済みである。

 

 その上でシオン達に下した評価は典型的なザフト兵であるという最低に近いものだった。

 

 彼らは確かにナチュラルに比べ、個人の力が優れていると言っていい。

 

 しかし、その力に自惚れ自分達が負けるはずがないと相手を見下す。

 

 「生憎そんな愚か者どもに後れは取るつもりはないのでね」

 

 クロードはまるで舞うように鮮やかな動きを見せ、余裕で相手の攻撃を捌いていく。

 

 しかも今回はミーティアを装備した機体もいないとなれば、なんら脅威になる事もない。

 

 「君達にはこのまま踊ってもらおう。安心したまえ、今回もあくまで足止めだからね。撃破する気もない。だからここではない場所に来てもらおうかな」

 

 背中のガンバレルを展開し、執拗に狙ってくるシグルドに向け攻撃を仕掛けた。

 

 ただし撃破するのではなく動きを制限し、誘導するように砲台を操作する。

 

 「このぉ!」

 

 「くっ」

 

 2機のシグルドは四方からの攻撃に翻弄されながら、自分達も気がつかないうちに少しずつ防衛ラインから引き離されていった。

 

 その様子を横目で確認したシリルは思わず舌打ちする。

 

 「乗せられ過ぎだ!」

 

 あのイレイズの技量は分かっている。

 

 いかに特務隊とはいえ簡単には倒せない。

 

 ならば自分が目の前の敵を突破しなければ、プラントは―――

 

 「貴様ら、邪魔だぁぁ!!」

 

 シリルのSEEDが弾け、105ダガーに猛攻を仕掛ける。

 

 凄まじい速度の中ビームソードを展開し、ミサイルを次々に撃ち込んでいく。

 

 「おいおい、そんなんじゃ当たんないぜ」

 

 「ふん、こんなもので!」

 

 シャムスとミューディーは回避運動を行いながらエネルギーライフルとリニアキャノンでミサイルを迎撃していく。

 

 その爆煙に紛れ接近したスウェンはビームサーベルを袈裟懸けに一閃し、ミーティア側面に傷を負わせた。

 

 「こいつはやはり手強いな!」

 

 「……なるほど」

 

 今の攻防でスウェンは冷静に敵の状態を看破した。

 

 核攻撃を気にしてか、敵は冷静さを無くしている。

 

 その焦りのあまり、精細さに欠け、荒々しい攻撃ばかりである。

 

 これならいくらでも付け入る隙がある。

 

 だが決して有利という訳ではなく、ボアズで知った敵の技量を考えると長期戦になればこちらが不利になるのは明白だ。

 

 精細を取り戻し本来の実力を発揮する前に倒すのが最善である判断したスウェンは振り下ろされたビームソードを掻い潜り、ビームサーベルを逆袈裟に振るうと左のアームユニットを切断し破壊した。

 

 「くぅ!」

 

 「……このまま押し切る」

 

 「図に乗るなァァ!!」

 

 バスターダガー、デュエルダガーの援護を受けながら突っ込んでくる105ダガーに怒声を浴びせながら攻撃を仕掛ける。

 

 しかしこちらの焦りをあざ笑うかのように完璧な連携を取るスウェン達を突破する事ができない。

 

 ミーティアの弾幕を避け回り込んで来た105ダガーのビームが機体を掠めていく。

 

 「チッ!」

 

 そして再びプラントを射程圏内に捉えたメビウスが核ミサイルを発射した。

 

 「くそ!」

 

 「間に合わない!」

 

 誰もが諦めかけた瞬間、またも別方向から来た機体に核ミサイルが次々と撃破され、プラントを前に誘爆したミサイルが大きな閃光を生み出した。

 

 前回の戦闘と全く同じ様に飛び込んで来たのは2機―――

 

 「フリーダム、ジャスティス、同盟軍か!」

 

 スレイプニルを装着したフリーダムとジャスティスが一斉に砲撃を開始する。

 

 「撃たせない!」

 

 「やらせませんよ!」

 

 ターゲットをロックしたフリーダムとジャスティスの砲門から激しい光が飛び出していく。

 

 放たれたビームとミサイルが核を撃ち抜き、さらにイノセント、ターニングなどが続くとビームライフルで狙撃し、撃ち抜かれた核ミサイルの閃光で暗闇の宇宙が照らされた。

 

 「あいつら!」

 

 「また、邪魔をして!」

 

 同盟軍の機体に気がついたオルガが迎撃に移ろうとするが、Tデュエルがそれを阻む。

 

 「行かせるか!」

 

 カラミティの砲撃を潜り抜け、クラレントを横薙ぎに叩きつけた。

 

 オルガはシールドを掲げ対艦刀を受け止めるとスキュラで迎撃する。

 

 砲撃を回避しながらエリアスは核ミサイルを撃ち落とす同盟軍の機体を見て、思わず熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

 

 それはディアッカやニコルも同じである。

 

 正直なところイザークの話を聞いた後であっても同盟軍に対しては非常に懐疑的であった。

 

 イザーク個人は信じられても他は分からない。

 

 同盟軍も地球軍と同じく核を使ってくるのではないか、そんな風に心のどこかで疑っていた。

 

 しかし、今プラントを守ってくれている。

 

 そう、彼らは地球軍とは違うのだとその事だけは理解できた。

 

 ならば―――

 

 「はあああ!!」

 

 スラスターを使ってカラミティの射線から逃れるとクラレントを一閃する。

 

 そんなTデュエルの攻撃を回避すると苛立ったのだろう。

 

 3機はフリーダム達からTデュエルに目標を変えてきた。

 

 「計算通り! 単純で助かるぜ! 先輩!」

 

 「おう!」

 

 「了解!」

 

 もう核攻撃に気を取られる事はなく、思いっきりやれる!

 

 バスターが対装甲散弾砲でゼニスを吹き飛ばすと、ブリッツがランサーダートでフォビドゥンを狙う。

 

 「邪魔だぁ!」

 

 シャニはランサーダートをニーズヘグでなぎ払うと、フレスベルグで反撃する。

 

 ブリッツを狙いビームをゲシュマイディッヒ・パンツァーで歪曲させてきた。

 

 「当たりませんね!」

 

 もうそれは何度も見たと曲げられたビームを紙一重で回避するブリッツだが、逃がさないとばかりに連続でフレスベルグを放ってくる。

 

 「うらぁぁ!!」

 

 シャニの執拗な追撃。

 

 だがニコルは焦ってなどいなかった。

 

 何故なら―――

 

 「この―――ぐあああ!!」

 

 何が起きた!?

 

 完全に別方向からの攻撃。

 

 執拗にブリッツに攻撃を仕掛けていたシャニは後ろから同盟軍機スウェアが接近していた事に気付いていなかったのだ。

 

 だからこそシャニの思考は一瞬停止した。

 

 ザフトと同盟軍は敵同士の筈で、何故敵を助けるような真似をするのかと。

 

 元々彼らの関係など知らないシャニが混乱するのも無理はない。

 

 だがここは戦場であり、その一瞬が彼の致命的な隙となってしまった。

 

 動きを止めたフォビドゥンにバスターが対装甲散弾砲。

 

 そしてスウェアもまたタスラムを構え、挟み撃ちにする形で放った双方の攻撃が直撃したフォビドゥンは完全に体勢を崩してしまった。

 

 普通ならこれだけの攻撃を食らえば機体は無事でもパイロットは相応のダメージを受けるだろう。

 

 しかし強化されているシャニには通じない。

 

 「お前らぁぁぁ!!」

 

 体勢を崩しながらも怒りに任せバスターとスウェアにフレスベルグを叩き込もうとトリガーを引こうとした瞬間―――

 

 「え」

 

 あまりにあっけなくゲシュマイディッヒ・パンツァーが腕ごと両断されてしまった。

 

 何もない筈の空間から発生するビーム刃。

 

 次の瞬間、姿を見せたのは黒い機体ブリッツ、それがシャニが見た最後の光景だった。

 

 「ミラージュ・コロイドはこう使うんですよ!!」

 

 回避行動を取る事も出来ずコックピットにビームサーベルを叩き込まれ、シャニは声を上げる暇もなく蒸発した。

 

 そのままフォビドゥンと蹴りを入れて突き放すと流れるように後退していき爆散、大きな閃光を作った。

 

 「シャニ!? チィ!!」

 

 フォビドゥンが落された事によりビームに対する防御はなくなった。

 

 しかし最初から当てになどしていなかったオルガはそれすら気にせず前に出る。

 

 「おい、エフィム! お前は後から来た奴をやれよ!!」

 

 「おおおお!!」

 

 呼びかけるオルガに対しエフィムは叫ぶだけ。

 

 だがゼニスはオルガの要求通り援護してきたスウェアにネイリングで斬りかかる。

 

 「やめろォォ!!」

 

 しかし、今度は横からアドヴァンスデュエルがシヴァを放ちながらゼニスに機体ごとぶつかり吹き飛ばした。

 

 「ぐううう」

 

 「エフィム、俺だ! トールだ!!」

 

 「うるさい!!」

 

 2機が絡み合いながら離れていく姿を横目で確認したオルガは思わず舌打ちする。

 

 「あいつも役立たずかよ!」

 

 カラミティすべての武装で弾幕を張りながら敵機を近づけまいと応戦する。

 

 「俺が負けるかァァ!!」

 

 だが、それは完全な悪手であった。

 

 放たれたミサイルをスキュラで迎撃すると発生した爆煙に紛れバスターから超高インパルス長射程狙撃ライフルの一撃が放たれる。

 

 「チッ!」

 

 強化されたオルガだからこその反応で機体を逸らしギリギリ回避する。

 

 だがバスターに気を取られた隙にスウェアが回り込みビームサーベルを横薙ぎに斬り払った。

 

 「これで!!」

 

 スラスターを使う事で胴への直撃は避けたのものの、左足が斬り飛ばされる。

 

 「ぐっ、くそぉ!」

 

 片足を失ったカラミティは咄嗟に後退しようとするが遅すぎた。

 

 スラスターを全開にし一気に懐に飛び込んできたTデュエルはクラレントを袈裟懸けに叩きつけてくる。

 

 「落ちろ!!」

 

 クラレントの軌跡を眺めながらオルガはようやく気がついた。

 

 シャニを撃破された時点で自分達に残された選択肢は撤退しかなかったのだと。

 

 「お、俺が―――」

 

 そのまま対艦刀の一太刀によって斬り裂かれたカラミティはあっさりと撃破され、宇宙に消えた。

 

 

 

 

 

 地球軍のガンダム2機が撃破された頃、スウェン達とシリルの戦いも決着の時を迎えようとしていた。

 

 核ミサイルが迎撃された事でシリルの焦りが消え、いつも通りの技量を発揮しスウェン達に猛攻を加えている。

 

 「はあああ!!」

 

 ミーティアから繰り出されたミサイルの雨をビームライフルとイーゲルシュテルンで迎撃すると、再び斬り込もうとビームサーベルを構える。

 

 しかし―――

 

 「何時までも同じ手は食わない!!」

 

 絶妙のタイミングでミサイルを撃ち込んでくる為、迂闊に斬り込めず、しかもあの火力である。

 

 このまま距離を取られれば勝ち目がない。

 

 「埒が明かないわね!!」

 

 「たく、火力だけはありやがるな」

 

 唯一隙があるとすれば左側だ。

 

 片側のアームユニットは先程スウェンが破壊した為、若干火力が弱い。

 

 そこから活路を見いだせるかもしれないが、問題は相手は普通のパイロットではないという事。

 

 迂闊に連携を崩せばそこから一気にやられてしまうだろう。

 

 「……どうする?」

 

 しかしシリルもスウェン達が攻めてくるのを待つほどお人好しではない。

 

 特にスウェンの実力を高く評価し、ここで確実に仕留めておくべきであると判断した事で一気に勝負に出た。

 

 「お前のような危険なパイロットは、ここで仕留めさせてもらう!」

 

 3機を狙いミサイルを発射すると迎撃される前にミーティアのビーム砲で撃ち抜き、撃墜する。

 

 爆煙が周囲を覆い視界を遮った隙にコンビクトを分離させるとバーニアを使って距離を詰め肩のビームランチャーを発射した。

 

 「あっ」

 

 完全に虚をつかれ、ミューディーが反応する前にデュエルダガーはビームランチャーに撃ち抜かれて爆発した。

 

 「ミューディー!!!」

 

 「くっ」

 

 「てめぇぇぇ―――ッ!?」

 

 デュエルダガーが落とされ、冷静さを無くしたシャムスがコンビクトに向け全砲門を構えた。

 

 「砲戦仕様の機体が、前に出てどうするんだよ!」

 

 シリルはビームランチャーのパージと同時に流れるような動きで懐に飛び込むとバスターダガーを横薙ぎに斬り裂いた。

 

 咄嗟に後退した事でバスターダガーは爆散だけは免れたものの、完全にコックピットを抉られている。

 

 パイロットはすでに―――

 

 「後はお前だけだ!!」

 

 スウェンは自分の中にまだこれだけ感情が残っていたのかと驚くほど怒りに支配されていた。

 

 いくつか問題はあったかもしれないが、彼らは仲間だったのだ。

 

 それをあっさり奪った敵を鋭い視線で睨みつけた。

 

 コンビクトはバーニアを吹かし、距離を詰めてサーベルを逆袈裟に叩きつけてくるが、シールドを使って横に捌くと逆に斬り返す。

 

 どうやら敵機はこちらを近接戦闘で仕留めるつもりらしい。

 

 「……望むところだ」

 

 火力に物を言わせた遠距離戦であれば完全に勝ち目はない。

 

 性能差が大きく開いている現状ではスウェンにとって接近戦の方がまだチャンスがある。

 

 「はあああああ!!」

 

 「チィ!」

 

 互いの斬撃が交差し、激しく火花を散らす。

 

 連続で左右から繰り出される斬撃を直接受け止める事は極力せずシールドで滑らすように捌いていくが、コンビクトのパワーに押され105ダガーに刻まれる傷が徐々に増えていく。

 

 「……どうにか打開しなければ―――ッ!?」

 

 蹴りを入れられ体勢を崩された瞬間に上段から振り下ろされる斬撃。

 

 それを何とか受け止めるが、スウェンは思わず舌打ちする。

 

 正面から受け止めてしまった。

 

 パワーの違いによりシールドで受け止めたビームサーベルが徐々に押され、105ダガーの肩に刃が食い込んでくる。

 

 「くっ」

 

 「これで終わりだ!」

 

 そのままシールドごと左腕が切断され、さらに頭部を殴りつけられた。

 

 「ぐあああ!!」

 

 それによりセンサーが破損し、さらにモニターの一部が死んだ。

 

 「ぐぅ、まだだ!」

 

 しかしスウェンもただではやられない。

 

 吹き飛ばされる瞬間、ビームサーベルを投げつけコンビクトの左肩に突き刺した。

 

 「無駄な足掻きを!」

 

 予想外の損傷を負ったがこれで終わらせる。

 

 コンビクトはビームサーベルを引くよう突きの構えを取った。

 

 スウェンは歯噛みしながらも諦める事無く周囲に視線を走らせるととある物が視界に飛び込んでくる。

 

 「一か八か。やるしか無いな」

 

 咄嗟に思いついた策を実行する事を決断する。

 

 死ぬかもしれないがそれはこのままでも同じだからだ。

 

 スウェンは近くに漂っていたバスターダガーの残骸を掴み投げつけると突っ込んでくるコンビクトを引き離すように加速する。

 

 「逃がすと思うか!」

 

 シリルはバスターダガーを避けバーニアを全開にして105ダガーの後を追った。

 

 複雑な軌道で簡単に追いつかれないようにするものの、やはり性能差が大きいのかすぐに差が詰まってくる。

 

 「やはり速いな」

 

 コンビクトはビームライフルで105ダガーの動きを鈍らせ、追いついた所にビームサーベルを背後から叩きつけた。

 

 「殺った!!」

 

 シリルは敵機を斬り裂き撃破した事を確信するがこれはスウェンの思惑通りであった。

 

 ビームサーベルが直撃する瞬間を見計らいエールストライカーをパージする。

 

 「なにっ!?」

 

 それはかつて『白い戦神』がとった戦法と同じであった。

 

 斬り裂かれたエールストライカーが爆発すると同時にスウェンは反転しコンビクトに体当たりで突き飛ばした。

 

 「悪あがきを!」

 

 吹き飛ばされたシリルはスラスターで動きを止めようとするが途中で何かにぶつかった。

 

 コンビクトが衝突したのは先程パージしたミーティアであった。

 

 「くっ、ミーティアだと!? 何を―――ッ!?」

 

 視線の先にいた105ダガーは残った右腕のビームライフルを構えていた。

 

 スウェンの狙いは始めからこれだったのだ。

 

 「これで!」

 

 「しまっ―――」

 

 気がついたとしてもすでに遅い。

 

 シリルは確かに焦りが消えいつも通りの実力を発揮していた。

 

 しかし冷静であったかと言われればそうではない。

 

 彼はプラントに対する核攻撃により、自分でも気がつかないうちに怒りで冷静さを失っていた。

 

 それが彼の敗因だった。

 

 ビームライフルの攻撃で撃ち抜かれたミーティアは搭載されたミサイルが誘爆し、激しい爆発を引き起こす。

 

 さらにスウェンにはもう一つ狙いがあった。

 

 ほぼ武装は無傷でいたバスターダガーである。

 

 これも一緒に誘爆させる事でさらに爆発を大きくするつもりだったのだ。

 

 狙い通りミーティアの爆発にそばに漂っていたバスターダガーも巻き込まれ、さらに爆発を大きくした。

 

 それに巻き込まれたコンビクトは爆発の閃光の中に消えていった。

 

 105ダガーもまた爆発の衝撃に巻き込まれ吹き飛ばされ、その衝撃の中、スウェンは意識が遠くなっていった。

 

 

 

 

 「エフィム!」

 

 「おおおおお!!」

 

 ゼニスとアドヴァンスデュエルは激しい攻防を繰り広げていた。

 

 ネイリングによる斬撃を間一髪で受け止めると、ビームサーベルを横薙ぎに振るうがシールドで逸らされる。

 

 「エフィム、俺だ! トールだ!!」

 

 「うるさい! うるさい!!」

 

 トールの呼びかけを拒絶するかのようにエフィムは叫ぶ。

 

 「くそ、駄目か。こちらの言う事を聞いてな―――」

 

 ゼニスは受け止められたネイリングを一瞬引き、デュエルが動揺した隙に蹴りを入れてくる。

 

 「ぐあああ!」

 

 どうにか蹴りの衝撃をやり過ごし、スラスターを逆噴射させると後退しながらシヴァとミサイルを発射する。

 

 「死ねェェェ!!」

 

 しかしスヴァローグによる攻撃でミサイルはすべて迎撃されてしまう。

 

 「強い! でも俺だって!」

 

 ここまでエフィムが押し気味とはいえ、トールはどうにか互角の戦いに持ち込んでいた。

 

 強化されている筈の彼と五分の勝負に持ち込めた訳。

 

 それを可能とした理由―――それはトールはエフィムの戦い方を知っていたからである。

 

 より正確にいえば彼の動きはトールの知っている者達の戦い方とよく似ていたのだ。

 

 アストとキラ、2人の戦い方である。

 

 2人はスカイグラスパーに搭乗していた時からアスト達の戦いを常に傍で見て、さらに訓練も共にした。

 

 だからこそモビルスーツに乗ってからの戦い方にも影響を受けていた。

 

 何よりトールはそんな彼らと毎日訓練を積んでいた。

 

 だからこそエフィムの動きの癖に気がついたのだ。

 

 「全く、こっちの事は全然覚えて無い癖さ」

 

 トールは思わず苦笑しながら、呟いた。

 

 あれだけ、喧嘩もしたし、仲もそう良かったとは言えない間柄だったのに―――こんな所だけは自分とそっくりだ。

 

 上手く武装を使い分け、懐に飛び込み振るわれた斬撃がゼニスの肩部装甲を浅く傷つけ、さらにシヴァを至近距離で叩きつけた。

 

 「これでどうだ!」

 

 これでエフィムの動きを鈍らせる事くらいは出来る筈だとそう判断したトールだったが、すぐに間違いを悟った。

 

 今の攻防でも全く堪えた様子もなく、再び猛烈な勢いで突っ込んできたのだ。

 

 「な!? 今ので堪えてないのかよ!?」

 

 「死ねェェェ!!!」

 

 シールドで突き飛ばされたトールは腰のビームガンで動きを牽制しようとするが、ゼニスは予想以上の動きで回避していく。

 

 「反応が速すぎる!」

 

 両者には元々そこまでの技量の差はなかった。

 

 しかし現在2人に違いがあるとすれば、それは強化されているか否かである。

 

 「うおおおおおお!!」

 

 「くっ」

 

 トールは強化されたエフィムの反応に徐々に対応できなくなっていった。

 

 逆袈裟に振るわれたネイリングが胸部のアドヴァンスアーマーを削ると、さらにシールドを捨て片方のネイリングで右腕を斬り落とした。

 

 「うあああ! ……エ、エフィム」

 

 トールはネイリングを受けた衝撃で意識を失いかけるが何とか歯を食いしばると、残った左腕のブルートガングを展開した。

 

 とはいえブルートガングではビームを受け止める事は出来ない。

 

 ここまでか―――

 

 「これで落ちろぉぉ!」

 

 両腕のネイリングが挟み込むように振り下ろされる。

 

 「……ごめん、ミリィ。俺はここまでみたいだ」

 

 だが、ここで予想もしていなかった事が起きた。

 

 振り下ろされようとしていたネイリングが眼前で止まったのだ。

 

 「一体、何が?」

 

 「ぐっ、がああああああ!!」

 

 禁断症状だった。

 

 強化されているが故に彼の戦闘可能な時間には限りがある。

 

 今その限界時間が来たのである。

 

 「エフィム、どうしたんだ!?」

 

 「あああああああ!!!!!」

 

 想像を絶する苦しみの中、エフィムが無意識の内に選択したのは母艦への帰還だった。

 

 母艦には薬もあり、機体の補給もできる。

 

 彼が無意識とはいえ帰還を選択するのはある種、当然の事であった。

 

 呆然とするトールの目の前でゼニスは反転すると、一気に加速し離脱していく。

 

 「あ、待て! エフィム!!」

 

 慌ててトールもまたエフィムの後を追った。

 

 

 

 

 

 地球軍のガンダム3機が撃墜された事で完全に核攻撃隊は無防備になっていた。

 

 護衛のクロードも特務隊を引き離していなくなっている。

 

 これにより彼らは尽くフリーダム、ジャスティスの砲火に晒され、撃破されていく事になった。

 

 同時にイノセントはロングレンジビームランチャーで母艦と思われるアガメムノン級を狙う。

 

 「このまま沈めさせてもらうぞ!」

 

 迎撃のビーム砲を常人では捉える事も出来ない軌道で翻弄すると、ビームランチャーを発射した。

 

 凄まじいビームによって艦に穴が開けられ、そこから火を噴き各所に広がって爆散する。

 

 さらに続くように僚艦に対してアイテルがプラズマ収束ビーム砲を放ちブリッジを潰していくと、ここで新武装を展開する。

 

 「落します!」

 

 レティシアの声に反応するかのように背中から何かが四方に散るように放出される。

 

 それはプロヴィデンスに搭載されていたものと同じドラグーンシステムである。

 

 切り離された砲撃端末が次々と戦艦の砲台、ミサイル発射管など潰すと戦艦は沈黙し、さらにエンジンにビームが直撃すると大きな爆発が起こり、沈んでいく。

 

 他の戦艦も同様にザフトや同盟軍の攻撃により、戦艦が次々と沈められていった。

 

 それを見ていたアズラエルは「あ、ああ」と声を洩らす。

 

 決定的である。

 

 元々ジェネシスで月基地が破壊された時点で決着はついていた。

 

 残った戦力をすべてジェネシス破壊の為に使ってなお成功するかどうか分からない状態だったのだ。

 

 セーファスはため息をつくと同時に指示を出した。

 

 「……アークエンジェルに繋げ。降伏の後、ジェネシス破壊の協力を頼む」

 

 彼らならば受けてくれるだろう。

 

 乗員の事も悪いようにはしない筈だ。

 

 しかしその言葉に反応したのはアズラエルである。

 

 どこか呆然としていた表情は憤怒に変わり怒鳴りつけてくる。

 

 「ふざけるなぁ!! 奴らは敵なんだぞ!!」

 

 立ち上がりアズラエルと正面から睨みあった。

 

 「だからなんです? 今この現状でジェネシスを破壊できるとしたら同盟軍しかいない。ですから―――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。ブリッジに乾いた音が響く。

 

 アズラエルが持っていた小型の拳銃で発砲したのだ。

 

 腹部を撃たれたセーファスは前かがみに倒れ込む。

 

 「セーファス!!」

 

 CICのナタルが飛び出してくる。

 

 「動くな! そこの裏切り者みたいになりたくなかったらな!!」

 

 「貴様ぁ!」

 

 「動くなって言ってんだよ!」

 

 「いい加減認めたらどうです! 我々は負けたんですよ!!」

 

 ナタルの言葉にアズラエルはさらに錯乱したように叫び出した。

 

 「違う! 違う、違う、違う!!! 僕は負けてなんていないんだぁぁぁ!!」

 

 ナタルに拳銃を突きつけて引き金を引こうとした瞬間―――

 

 「誰が私の女に手を出して良いと言った?」

 

 「えっ」

 

 振り向いたアズラエルの頬に硬い拳が突き刺さり床にぶつかってバウンドする。

 

 腹を押さえたセーファスの一撃でアズラエルは殴り飛ばされていた。

 

 「があああ! 痛いぃぃ!!!」

 

 アズラエルが意識を失っていなかったのは無重力であった事と負傷していたので上手く力を乗せられなかった為だ。

 

 それでもアズラエルを恐怖させるには十分だったらしく、這いずる様にブリッジから逃げだしていった。

 

 「ぐっ」

 

 「セーファス! 誰か早くドクターを呼べ!!」

 

 「は、はい!」

 

 「私は良い。それより早くアークエンジェルに」

 

 一連の出来事に同然としていたブリッジクルー達は慌てて動き出した。

 

 

 

 

 

 ブリッジから逃げ出したアズラエルは殴られた頬を抑えながら格納庫に向かって走っていた。

 

 格納庫に向かっている事に意味はない。

 

 ただこの艦から出る方法が思いつかなかった彼は格納庫なら何かあるだろうと思っただけである。

 

 どうしてこうなった?

 

 何故僕がこんな目に遭うんだ?

 

 それもすべてコーディネイターの所為、そしてそれに味方するあの男セーファス・オーデンの所為―――

 

 「覚えてろよ。ただで済ますものか」

 

 必ずこの借りは返すぞ。

 

 彼は錯乱しているのか現在ドミニオンは戦場のど真ん中にいる事に気がついていなかった。

 

 いや、忘れていたというのが正しいのか。

 

 何にしろここから飛び出して生きて帰れる保障などない。

 

 そんな事にも気がつかず息を切らせ辿り着いた格納庫の中を見渡す。

 

 そこにはアズラエルが予想もしていなかったモノがあった。

 

 2機のメビウスである。

 

 それには今欲して堪らないもの、核ミサイルが装備してある。

 

 これはジェネシス破壊の為にナタルに指示してセーファスが密かに運び込んでいたものであった。

 

 「あ、あはは、あははははははは!!」

 

 これがあれば―――

 

 アズラエルは歓喜の笑い声を上げながら止めようとする整備班の人間を銃で脅しメビウスに乗り込んだ。

 

 動かすくらいならば自分にもできる。

 

 「セーファス・オーデン、見ていろよ。お前の思い通りにさせるものか!」

 

 ミサイルでドミニオンのハッチを破壊すると目の前には白亜の艦アークエンジェル。

 

 許さない。

 

 あの艦の為に自分はこんな目にあっているのだ。

 

 「疫病神め!!」

 

 アズラエルは自分の事に考えが至っていないのか、核ミサイルのスイッチに指を乗せた。

 

 この距離で核など放てば自分もただでは済まない。

 

 しかし、この時彼の頭にあったのは屈辱を与えた者達に対する報復のみである。

 

 それが彼の運命を決定した。

 

 

 

 

 

 ドミニオンからアズラエルが飛び出した時、帰還しようとしていたゼニスが丁度辿り着いていた。

 

 その後ろには後を追う傷ついたアドヴァンスデュエルの姿がある。

 

 「エフィム、正気に戻れ! 俺だ! トールだ!」

 

 「あああ、ああ、ト、ール?」

 

 その言葉でエフィムの頭に今までになかった反応が起きた。

 

 見た事もない光景、聞いた事もない言葉、そんな物が脳裏に浮かんでくる。

 

 どこかの街にいる自分。

 

 戦艦と思われる場所にいる自分。

 

 何かのシミュレーターをしている自分。

 

 同年代の少年と言い争っている自分。

 

 そして―――何かの機械に入れられている自分。

 

 そんな自分に何か語りかける金髪の嫌らしい笑みを浮かべたスーツの男。

 

 ≪君には余計な事は忘れてもらうよ。安心して良い。その代わり力をあげよう。敵を殺す力をね≫

 

 「ぐあぁぁ、頭が、痛い」

 

 俺は―――

 

 コーディネイターを殺す?

 

 いや、仲間を助ける?

 

 錯乱したエフィムにトールの声が響く。

 

 「エフィム!!」

 

 「ぐっ」

 

 こいつは誰だ?

 

 トール?

 

 どこかで?

 

 息が切れ、凄まじい苦しみの中でエフィムの視界に見えたものは白亜の艦に攻撃しようとしているメビウスの姿。

 

 「アークエンジェル! やらせるかよ!」

 

 トールの叫びと飛び出していアドヴァンスデュエルの姿を見た瞬間、エフィムはペダルを踏み込みメビウスに突進していた。

 

 そう、前にもあった。

 

 こいつと一緒に戦った事がある。

 

 そうだ、俺はこの艦を―――

 

 「守る!!」

 

 ゼニスがアドヴァンスデュエルを追い抜かし、機体ごとメビウスに衝突するとそのままアークエンジェルから離れていく。

 

 「なにぃぃ!?」

 

 アズラエルは凄まじい衝撃に何が起きたのかわからないまま、ゼニスによって押し潰された。

 

 「エフィム!!」

 

 離れていくゼニスにトールは叫んだ。

 

 何でアークエンジェルを庇うようなことを?

 

 覚えてないんじゃないのか?

 

 その時、通信機から微かに声が漏れてきた。

 

 《……お前は……いつも遅いんだよ……トール》

 

 「お前、俺のこと―――」

 

 だがすでに遅い。次の瞬間、ぶつかった衝撃で傷ついた核ミサイルが爆発し、凄まじい閃光を生み出した。

 

 「エフィムゥゥゥ!!!」

 

 涙を流しながら叫ぶ。ゼニスは核ミサイルの爆発によって跡形もなく消滅した。

 

 そこにはただトールの叫び声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 各所で激戦が繰り広げられていた頃、後方に下がっていたヴェサリウスではようやくユリウス専用機の準備が整っていた。

 

 ZGMF-FX004『ディザスター』

 

 この機体はラウのプロヴィデンス同様ドラグーンシステムを搭載しているものの、ユリウスは近接戦を好んだため数は多くなく、その反面、操作性、加速性に重点が置いてある。 

 

 武装はドラグーンシステム以外に高出力のビームライフル、ビームソード、さらに対艦刀『クラレント』も装備し、腹部にはシグルド同様『ヒュドラ』を搭載している。

 

 パイロットスーツに身を包み、コックピットに座るユリウスは順調に機体を立ち上げていく。

 

 「アデス艦長、後を頼みます。ヴェサリウスは後方から支援を」

 

 《了解です》

 

 PS装甲が展開され全身が青紫に変わった。

 

 「決着をつけるぞ、キラ。そしてアスト」

 

 目の前のハッチが開く。

 

 「ユリウス・ヴァリス、ディザスター出る!」

 

 最強の男が出撃する。

 

 戦場はさらに混迷を極めようとしていた。



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第44話  天帝の嘲笑

 

 

 アークエンジェルは戦場で対峙していたドミニオンから降伏するとの連絡を受けていた。

 

 彼らとしても旧知の仲であるセーファスやナタルと殺し合いなどしたくはないし、何よりもジェネシス破壊に協力したいとの申し出も有難い。

 

 本来なら降伏した艦と共に戦場を行くなどあり得ない事なのだが、今回は特別である。

 

 《以上がこれまでの経緯です。勝手な話だとは思いますが》

 

 「気にしないで、ナタル。それよりオーデン中佐の容体は?」

 

 《何とか急所は外れていましたから大丈夫です。今は治療の為に医務室に》

 

 銃撃を受けたとい聞いた時は驚いたが、無事だと分かりホッと胸を撫で下ろす。

 

 お互いの情報交換が済んだところでテレサが若干急かすようにマリューに告げる。

 

 《ラミアス艦長、そちらが良いなら行くぞ》

 

 「了解です」

 

 すでに各モビルスーツはジェネシス破壊の為に動き出している。

 

 現在各艦の防衛戦力はジャスティス、アイテル、スウェアと各量産機のみで、他の機体はすべて先行している。

 

 一応近くにはザフト機であるバスター達もいるのだが、ジェネシス破壊に関しては邪魔はしないらしい。

 

 出撃していないストライクルージュや損傷したアドヴァンスデュエルもある。

 

 だがカガリは指揮に集中しており、損傷機の修復の方は急いではいるもののおそらく間に合わない。

 

 これ以上戦力が低下する前になんとかジェネシスを叩きたいと言うのが各艦を指揮している者達の共通認識である。

 

 「では、行きましょう」

 

 《了解だ!》

 

 各艦が動き出すと守るようにアイテル、ジャスティス、スウェアが攻撃を仕掛けてきたモビルスーツを迎撃する。

 

 「くっ!」

 

 戦艦を狙って放たれたミサイルをスウェアがガトリング砲で撃ち落とすとビームライフルでジンを撃墜していく。

 

 「何故あんな物の為に戦う!!」

 

 少なくともイザークがザフトに志願したのはあんな大量破壊兵器を守るためではない。

 

 だからこそ今のザフトに憤りを覚える。

 

 ミサイルを撃ち落としていくスウェアを無視してアークエンジェルに近づくゲイツにジャスティスが向かう。

 

 「アークエンジェルには近づけさせません」

 

 ジャスティスは側面に装備されている近接戦用ブレードを取り出し、それを腕にマウントすると接近してきたゲイツに叩きつける。

 

 しかしそれはいささかタイミングが悪かった。

 

 ブレードの長さゆえ、通常の近接戦闘用の武装より若干速度が落ちてしまった。

 

 これでは受け止められてしまうだろう。

 

 「ふん、そんなもの!」

 

 だがラクスは気にした様子もなく、そのままブレードを振り抜く。

 

 「このまま行きます!」

 

 ゲイツのパイロットはギリギリシールドを掲げ受け止めようと構えたが、次の瞬間ブレードがいとも簡単にシールドを斬り裂きゲイツ諸共破壊した。

 

 「盾ごと!?」

 

 それを見ていたパイロット達は思わず身震いした。

 

 データ上においてジャスティスはフリーダムに比べれば近接戦闘の方が得意と評価されている。

 

 そこにスレイプニルの装備が加わったことでさらに強化されてしまい、これでは迂闊に接近もできない事になる。

 

 「くっ、怯むな!」

 

 「し、しかし!」

 

 そう、距離を取ればよいという訳でもない。

 

 強化されたのは近接装備だけでなく火力もだからだ。

 

 彼らとてフリーダムとジャスティスが核部隊を圧倒した瞬間を目の当たりにしている。

 

 どうすればいいのかと敵機の動きが鈍った瞬間を狙いラクスは距離を取る。

 

 「これで!」

 

 フォルティスビーム砲と合わせミサイルを一斉に撃ち出し敵部隊を一掃していく。

 

 ラクスの放った攻撃を免れ、別方向から迫る敵にレティシアが立ちふさがると腰のビームサーベルを抜きそのまま突進していく。

 

 「くそ! ならこちらから!」

 

 「やらせません!!」

 

 突っ込んでくるアイテルを迎え撃とうとしたジンのパイロットは一瞬何かを目の端に捉える。

 

 それを確かめようとした時、全く別方向からの攻撃を浴び右手を吹き飛ばされてしまった。

 

 「何だ!?」

 

 「はあ!」

 

 動揺している暇もなく接近してきたアイテルのビームサーベルがジンを斬り裂いた。

 

 撃破すると同時にすでに放出していたドラグーンを戻すと即座に次の敵機をプラズマ収束ビーム砲で蹴散らしていく。

 

 《ジャスティス、アイテル、そのまま敵を近付けないでくれ。こちらは正面のナスカ級を突破する》

 

 「「了解!」」

 

 カガリの言う通り正面には同盟軍を行かせまいと立ちふさがる何隻もの艦が道を塞いでおり、同時に何機ものモビルスーツが群がるように襲いかかってくる。

 

 あれを突破しつつナスカ級を落していくとなると、それこそ余計な手間は掛けていられない。

 

 「一気に行きます!」

 

 「はい!」

 

 レティシアに続く形で追随するラクスは苦々しい表情でジェネシスを見る。

 

 何故あんな物を―――

 

 あれほど血のバレンタインの犠牲を悼んでいた者達が今では自分達がしている事すら見えないのか。

 

 かつてはプラントにいたからこそ、あそこが故郷であるからこそ止めなくてはならない。

 

 これ以上彼らが取り返しのつかない罪を犯す前に。

 

 たとえこの手を血で汚そうとも―――

 

 そう決意した瞬間、ラクスのSEEDが弾ける。

 

 視界がクリアになり、今までの感覚とはまるで違う。

 

 「はあああ!!」

 

 バーニアを全開にして敵陣に突っ込むとブレードとビームサーベルを器用に振るい次々とモビルスーツを排除していく。

 

 「くそ、囲んで仕留めろ!」

 

 「おう!」

 

 味方が近すぎるのかビームライフルなど使わずビームクロウや重斬刀を構えて斬りかかってくる。

 

 しかし―――

 

 「遅いです!」

 

 SEEDを発現させたラクスにはあまりに敵機の動きは遅すぎる。

 

 当然のように彼らの攻撃がジャスティスを捉える事はなく、逆に返り討ちにあってしまった。

 

 「あの動きは―――」

 

 ドラグーンを放出し、数に任せて囲んで来た敵モビルスーツを撃ち落とすとレティシアは思わずつぶやいた。

 

 ジャスティスの動きの変化、あれはアスト達が時折見せるものと同じだ。

 

 彼ら曰くSEEDと言うらしいが、その力がラクスにも備わっていたということか。

 

 「各艦へ! 私が道を切り開きます! 続いてください!」

 

 《了解だ。頼むぞ》

 

 「はい!」

 

 ラクスの獅子奮迅の戦いぶりにより道が切り開かれ、そして立ちふさがっていた数隻のナスカ級にアークエンジェル、クサナギ、オーディン、ドミニオンが陽電子砲を発射する。

 

 「「「「ローエングリン、撃てぇ―!!!」」」」

 

 凄まじい閃光がナスカ級を貫通し薙ぎ払っていく。

 

 順調に進んでいく同盟軍だったが、それを静かに見つめていた人物がいた。

 

 黒いイレイズに乗り込んでいる男、クロードである。

 

 特務隊を引き離し戻ってきたはいいが、予想外の事が起きており、同盟軍とドミニオンが共に行動しているのだ。

 

 降伏したという事だろうか?

 

 現在の状況を考えればジェネシスを破壊するために単独で突破しようなどと考えるよりは現実的な手段といえる。

 

 おそらく艦長であるセーファス・オーデンの考えだ。

 

 あの男ならこれくらいはやるだろう。

 

 だがそれをアズラエルが認めるとも思えない。

 

 となれば排斥されたか、あるいは―――

 

 「情けないな、アズラエル。私が戻るまでもたせられないとは」

 

 いささか早い退場だが、必要な事はすべて済んでいるため問題はない。

 

 後は同盟軍である。

 

 このまま高みの見物を決め込んでも良いが、彼らの力を見ておくのも悪くないとそう決めるとネイリングを構える。

 

 「さて同盟軍の力、見せてもらおうか」

 

 クロードはスラスターを使い、まずは邪魔な連中から始末するため付近に待機しているバスター達に突撃した。

 

 

 

 

 その頃、先行していたムウは行く手を阻むザフトのモビルスーツをシュベルトゲーベルで次々と両断し、戦場を突き進んでいた。

 

 ここにいるのは間違いなく防衛ラインを守るために配置された猛者たちである。

 

 それをものともしないその姿はエンデュミオンの鷹と呼ばれるにふさわしい戦いぶりであった。

 

 発射されたビームライフルの一撃を絶妙のタイミングで回避。

 

 対艦バルカン砲でシグーを蜂の巣にした後、迫ってきたジンをビームライフルで撃ち抜いた。

 

 この混戦では補給を受ける事も難しく、長丁場なると判断したムウはバッテリー節約の為にアグニは極力使わず、持ち出したビームライフルを使うように心掛けていた。

 

 「まったく、数だけはいるな!」

 

 それだけ敵も必死という事だろう。

 

 一見して優勢に見えるザフトもまた追い詰められているという証拠かもしれない。

 

 「ま、それでもこっちに余裕がある訳じゃなくてね。悪いが通してもらうぞ!」

 

 背後からビームクロウを振りかぶって来たゲイツをビームガンで牽制。

 

 動きが鈍った瞬間にグレネードランチャーを叩きこみ破壊する。

 

 そのまま迫ってきた敵を振り切るようにスラスターを全開にして突き進んでいく―――その時、ムウの全身にあの感覚が走った。

 

 「これは、ラウ・ル・クルーゼか!?」

 

 操縦桿を握る手に力が入る。

 

 ユリウスから聞かされた因縁。

 

 今はジェネシスを優先すべきなのは分かっているが、それでも放っておく事ができない。

 

 この状況を生み出したのが奴だというならば、尚更である。

 

 「決着をつけるぞ、クルーゼ!!」

 

 そのままアドヴァンスストライクを感覚の示す先に向かって加速させる。

 

 すべての因縁を断ち切るために。

 

 

 

 

 当然、ムウがそれを感じ取ったようにラウもまたこちらに向かってくる存在を感知していた。

 

 「まずはお前か、ムウ・ラ・フラガ」

 

 動きを止めたプロヴィデンスにチャンスとばかりにストライクダガーはビームサーベルを引き抜いて一気に襲いかかった。

 

 「今だ!」

 

 「落とせ!!」

 

 攻撃を仕掛けたパイロット達全員が勝利を確信した。

 

 何故なら敵機は振り向く素振りすら見せなかったから。

 

 だが次の瞬間パイロット達の意識すべてが消え失せ、乗っていた機体さえも撃破されてしまった。

 

 残骸の周囲にはプロヴィデンスから放出されたドラグーンが漂っている。

 

 彼らは全員、放出された砲台によりコックピットを撃ち抜かれていたのだ。

 

 「無駄な事を」

 

 普通のパイロットにドラグーンは見切れない。

 

 仲間の仇を討とうと迫ってきたストライクダガー編隊をドラグーンでいとも簡単に殲滅、彼らの母艦を撃沈寸前まで追い込んでいく。

 

 そこに見慣れた機体、アドヴァンスストライクが接近してきた。

 

 ラウは口元に笑みを浮かべながら、声を上げた。

 

 「来たかね、ムウ!」

 

 「ラウ・ル・クルーゼ!!」

 

 叫ぶと同時にプロヴィデンスを狙いアグニを発射した。

 

 「そんなものが通用するとでも!」

 

 砲口から撃ち出された閃光をスラスターを使って回避。

 

 同時にドラグーンを射出すると四方からのビーム攻撃がアドヴァンスストライクに襲いかかる。

 

 「チィ!」

 

 ムウはあの感覚―――殺気のようなものを感じ取ると操縦桿を巧みに操作しすべてのビームを避け切った。

 

 「ほう、すべてかわすか。見直したよ。出来損ないとはいえフラガ家の力を持つ者か」

 

 「うるせぇよ、この野郎!!」

 

 こちらを囲むようにドラグーンから連続でビームが放たれるがそれもまた鮮やかに回避し、逆にビームライフルでプロヴィデンスを狙い撃つ。

 

 ムウがドラグーンの攻撃に対応できるのはもちろん彼自身の力もあるが、それだけではない。

 

 搭乗機であるアドヴァンスストライクの性能とそしてもう一つ。

 

 ムウもまた対ドラグーンの訓練を積んでいたからだ。

 

 この二か月の間アスト達と共に彼もまたシミュレーターをやり込んでいたその成果である。

 

 それを見たラウは若干忌々しそうにストライクを睨みつけた。

 

 「今のこの状況が貴様の望みか!」

 

 「私の望み? 違うな、ムウ。私達の望みさ。それに私は背中を押しただけ。殺し合っているのは彼らの意思でだ」

 

 「何だと!」

 

 ドラグーンを掻い潜り、シュベルトゲーベルをプロヴィデンスに袈裟懸けに叩きつける。

 

 「ふざけるな!!」

 

 ムウにとって会心の斬撃。

 

 何らかの損傷でも与えられると確信した。

 

 しかしラウの反応はそんな予測を遥かに上回っていた。

 

 「愚かなものだと思うだろう、ムウ。しかしこれが人の本質だよ!」

 

 シュベルトゲーベルを複合防盾で受け止めると即座にビームソードを展開し、弾き飛ばすと同時に刀身を叩き折った。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「無様だな、ムウ!」

 

 アドヴァンスストライクは今の衝撃で弾き飛ばされ完全に体勢を崩されてしまった。

 

 ラウの放った斬撃は彼の実力を示す一撃だったと言っていい。

 

 機体性能に差はあれど先程の攻防はムウの方が速かった。

 

 彼自身文句のない一撃である。

 

 にも関わらずダメージも与えられず、さらに武装まで破壊されてしまった。

 

 これはつまり反応速度においてラウはこちらの上を行くという事に他ならない。

 

 「くっ、貴様!」

 

 「はっ、所詮この程度か。それで私の兄弟とはな。あの屑も貴様を見限る訳だ」

 

 「うるさい!」

 

 折られたシュベルトゲーベルを投げ捨て、ビームサーベルを抜くと四方から降り注ぐビームを雨を突っ切るように加速する。

 

 途中右腕や脚部にビームが掠め、傷を作っていくが構ってはいられない。

 

 「まだ、足掻くか。だがそれでいいぞ。簡単に諦められたら殺しがいもない」

 

 「舐めるなよ!」

 

 接近したプロヴィデンスに向け何度も左右からビームサーベルを繰り出す。

 

 だがこちらの動きを読み切っているのではと錯覚するようにかわされていく。

 

 軽やかな動きで斬撃をかわしながら、さらに煽るように告げる。

 

 「すでに何をしても無駄だ。私は結果だよ。だから分かるのさ、人は自ら生み出した闇の飲まれ滅ぶのだと!!」

 

 「それは貴様の理屈だ!」

 

 ムウが繰り出したビームサーベルを弾き、突き飛ばすと再びドラグーンによる四方からの攻撃を加えていく。

 

 「随分と足掻くな、ムウ。しかし、ここまでだ!」

 

 「何!?」

 

 ドラグーン動きと射撃精度が格段に上がる。

 

 先程までまるで違う動きにムウはあっという間に防戦一方に追い込まれてしまう。

 

 「速い!?」

 

 何とか回避してはいるものの、次々と機体に傷跡を刻んでいく。

 

 このままでは不味いと複雑な機動を取り、隙を見つけてビームライフルでドラグーンを撃ち落とそうと試みる。

 

 「甘いな」

 

 しかしそれすら見透かしたようにこちらが反撃してきた瞬間を狙いラウもまたビームライフルを構えて狙ってくる。

 

 「ぐぅ!」

 

 咄嗟に機体を下がらせた事で直撃は避けたが、持っていたビームライフルが撃ち抜かれてしまった。

 

 思わず舌打ちしながらラウとの差を痛感したムウは自分を叱咤するつもりで大きく叫んだ。

 

 「チッ! 貴様、姉さんがそんな事を望んで―――」

 

 その叫びは最後まで続かない。

 

 「……黙れ」

 

 ラウが思わずゾッととしてしまう程、底冷えするような冷たい声で遮ったからだ。

 

 ムウは知らずラウの逆鱗に触れた。

 

 彼にとってアリアの事はタブーに近い。

 

 語って良いのは共に地獄を見たユリウスのみだ。

 

 「先日まで何も知らなかった者が―――貴様ごときが知った風な事を言うな」

 

 その声に込められている殺意に答える様に繰り出される攻撃が速くそして鋭くなっていく。

 

 休む間もなく四方から撃ち込まれてくるビームをシールドを使って捌き、避けていくムウも対応しきれなくなって追い詰められていく。

 

 「何も知らずのうのうと生きてきた屑が、偉そうに何を語るつもりだ!」

 

 そして一条のビームが右腕を貫通すると、プロヴィデンスのビームソードで両足を切断され、さらに蹴りが入り吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐああああ!」

 

 あまりの衝撃に一瞬気を失いかける。

 

 それでもコックピット内にけたたましく鳴る警告音のおかげで意識を保つ事が出来た。

 

 ムウはなんとかモニターを見ると悠然と佇むプロヴィデンスがゆっくりビームライフルの銃口をストライクに向けていた。

 

 「さようならだ、ムウ」

 

 「く、そぉ」

 

 ここまでか―――マリュー、すまん。

 

 泣かせてしまうだろう恋人を思いムウは目を閉じた。

 

 しかしビームが発射される事はなく、何かに気がついたようにプロヴィデンスは回避行動を取った。

 

 「……なんだ?」

 

 視界に飛び込んで来たのはメンデルで見た紅いザフト機、ジュラメントであった。

 

 何故あの機体がラウに攻撃を仕掛けるのか分からず、一瞬呆然としてしまう。

 

 すぐに思考を切り替え痛む体に鞭打って機体状態を確認し始めた。

 

 そしてムウを仕留め損ねたラウの前には紅い機体ジュラメントが立ちふさがっていた。

 

 パイロットはもちろん自分が良く知る人物―――

 

 「……どういう事かな、アスラン? 味方に対して攻撃を仕掛けてくるとは」

 

 「それは言わなくても分かるのではありませんか? ラウ・ル・クルーゼ隊長、あなたが地球軍にNジャマーキャンセラーの情報を渡した事は分かっている!」

 

 アスランの指摘にラウは何も答えない。

 

 それを肯定と捉えたのかビームソードを抜き放つとすべて覚悟したような声で告げた。

 

 「貴方の過去はメンデルで聞いた。だが、だからといって貴方のやった事を認める訳にはいかない!!」

 

 「……なるほど。まあ、キラ・ヤマト、アスト・サガミが来る前の余興にはなるか」

 

 「ふざけるなぁ!!」

 

 すべての憤りをぶつけるようにプロヴィデンスに突進する。

 

 彼からすれば血のバレンタインと同じ悲劇を生みだした元凶が目の前にいるのだ。

 

 冷静でいられないのも仕方がない。

 

 ジュラメントの放った斬撃を複合防盾で流しドラグーンを展開、四方から攻撃を仕掛ける。

 

 嵐のような攻勢を前にしてもアスランは驚く事無く慎重に機体を後退させるとドラグーンの攻撃を回避した。

 

 初めからドラグーンによる攻撃は予測済み。

 

 何故ならすでにL4会戦においてその力は周知の事実となっていたからである。

 

 「ほう、目を掛けていただけはあるか」

 

 「そう簡単に捕捉はさせない!」

 

 次々と降り注ぐビームを機体を変形させ、一気に加速して振り切るとビームキャノンを放った。

 

 通常のパイロットならば対応できない速度から放ったビーム。

 

 しかしラウはそれを軽々と回避。

 

 すさまじい速度でプロヴィデンスを翻弄するジュラメントの動きを制限するようにビームライフルとドラグーンを巧みに使い攻撃を仕掛けてくる。

 

 「くっ!?」

 

 進路を塞ぐように放たれるビームを極力読みにくい複雑な軌道で避け切り、プラズマ収束ビーム砲を邪魔なドラグーンを狙って叩き込む。

 

 だが放たれたビームがドラグーンを捉える事は無く、降り注ぐビームが緩む事もない。

 

 「どうしたかな、アスラン。この程度か? 残念ながら君では私を相手するには役不足だよ」

 

 反論する事もできない。

 

 というかその余裕がない。

 

 彼が隊長を務めるクルーゼ隊に所属したからラウが強い事は分かっていた。

 

 しかし実際に戦ってみれば、その実力はアスランが想定していたものよりも遥か上である。

 

 「ここまでの実力を持っていたのか!」

 

 「君の事は良く分かっている。その動きや癖もね」

 

 高速で動くジュラメントをビームライフルで狙い撃つと片側のプラズマ収束ビーム砲を捉え吹き飛ばす。

 

 「ぐぅ!」

 

 正確な射撃、そしてこちらの動きを見切ったような攻撃にアスランは驚愕で固まった。

 

 「まさか、もうこちらの動きを見切ったとでも!?」

 

 「止めを刺す前に礼を言っておこうか。君にも、そして君の父上には恩がある。この状況を作るのに彼ほどの協力者はいなかったからね」

 

 「何!?」

 

 「それに君にもだ、アスラン。君とキラ・ヤマト君の殺し合いは見ていて実に愉快だったよ。そのままアスト・サガミ君に殺されてくれれば、なお良かったのだがね。そうすればもっと早くこの状況を作れた」

 

 つまり自分達は初めから彼によって踊らされていたという事―――怒りで歯を砕けるくらい強く噛みしめる。

 

 「実に良い道化だったよ、君達親子はね」

 

 本当にそうだ。こんな男を信じていたなんて、本当に間抜けだ。

 

 ああ―――だからこそ!

 

 「ラウ・ル・クルーゼェェェ!!!」

 

 アスランのSEEDが弾けた。

 

 今までとは比較にならない感覚に身を任せ操縦桿を操作、降り注ぐビームの雨を軽々と回避しプロヴィデンスに肉薄する。

 

 「うおおおおお!!」

 

 「動きが変わった? それでも私には届かない」

 

 その動きに驚愕しつつもラウはビームソードで斬り払い、ドラグーンを囲むように操作しジュラメントを狙い撃つ。

 

 だが再びそこに乱入者が現れる。

 

 ジュラメントを囲むように配置したドラグーンが一斉に撃ち落とされる。

 

 そして同時にラウの直感が危険を感知し、後退した瞬間、強力のビームがプロヴィデンスがいた空間を薙ぎ払った。

 

 現れた機体はラウが待ち望んでいた―――

 

 「フリーダム!?」

 

 「キラか!?」

 

 凄まじい速度で突っ込んできたのはスレイプニルを装備したフリーダムである。

 

 ジェネシスに向かっていたキラは言葉にできない何かを感じ取り、この宙域に駆けつけていた。

 

 「ムウさん! アスランも!?」

 

 そして見たのは傷ついたアドヴァンスストライクとメンデルで見た機体プロヴィデンスと対峙していたジュラメントであった。

 

 何故ザフトのアスランがプロヴィデンスと戦っているかは知らないが、ラウは自分が決着をつけなければならない相手である。

 

 キラは迷うことなくトリガーを引くとスレイプニルから発射されたビームとミサイルが一斉にプロヴィデンスに撃ち込まれる。

 

 同時にジュラメントを囲んでいたドラグーンを撃破するとスレイプニルを垂直に装着、加速して近接用ブレードを叩き込んだ。

 

 「貴方はここで!」

 

 「待っていたよ、キラ君!」

 

 叩きつけられたブレードを弾き飛ばすと、ドラグーンの標的をフリーダムに変更しビームを浴びせていく。

 

 だがキラはそれを見切っているかのように軽々と回避すると、動きを止める為ミサイルを発射する。

 

 だがプロヴィデンスは網のように張り巡らせたドラグーンによってすべてのミサイルを叩き落とした。

 

 「はあああ!!」

 

 その爆煙の中を突っ切り振り抜かれるフリーダムの斬撃に思わず舌打ちしたラウは嘲るように告げた。

 

 「まったく厄介な奴だよ、君も、アスト・サガミも! あってはならない存在だというのに!!」

 

 「何を!?」

 

 「知れば誰もが望むだろうさ、君のようになりたいと! 君のようでありたいと!!」

 

 ドラグーンの精度が鋭さを増しスレイプニルの大口径ビームキャノンが破壊され、さらに振り切るように加速しても正面からヒュドラが迫ってくる。

 

 それを旋回してすり抜けた先にはビームソードを振りかぶるプロヴィデンスが待ち受けていた。

 

 「故に許されないのさ! 君に様な存在は! だからこそアスト・サガミやユリウスのような存在も誕生した!」

 

 振り抜かれたビームソードをキラはブレードで受け止め、鍔迫り合う。

 

 「だから今日こそ君には消えてもらう!!」

 

 「……言いたい事はそれだけですか」

 

 「何?」

 

 フリーダムはそのままバーニア出力を上げながらブレードを押し込むと、プロヴィデンスを逆に吹き飛ばした。

 

 「貴方の言う事は真実でしょう。メンデルで行われたような研究で命を生み出すなんてあってはならない事だ。……でも僕はもう生まれここにいる」

 

 プロヴィデンスの放つビームライフルの攻撃を片方の腕で抜いたビームサーベルで斬り飛ばす。

 

 そして高エネルギービーム砲で牽制しながら、バラエーナ・収束ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 「チッ!」

 

 「だから生きている事が許されないなんて思わない。僕は一人で生きて来た訳じゃないから。僕の事を知っても、大切だと、友達だと、そう言ってくれた人達がいる。その人達の為に僕は生きなくちゃいけない。無責任に命を投げ出す事こそ許されないんだ!!」

 

 「詭弁だな! 君の存在が危険なのだよ。君が暴走すれば―――」

 

 「……アストがいるさ」

 

 「なんだと?」

 

 「僕は人間だ。だからこの先絶対に間違えないなんて言えない。でもその時はアストが止めてくれるよ。……だって、彼は僕の友達だからね!!」

 

 キラはSEEDを発動させると進路を阻むように展開されたドラグーンをあり得ないほどの射撃精度で撃ち抜いていく。

 

 「本当に厄介な存在だ!」

 

 ラウがフリーダムを再び狙い撃とうとビームライフルを構えた時、再び彼の直感が危険を察知する。

 

 背後からビームライフルでジュラメントが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 「ラウ・ル・クルーゼ!!」

 

 「邪魔だよ。これは私とキラ君の戦いだ!」

 

 「そんな事は関係ない!」

 

 「アスラン!?」

 

 キラとアスランは互いを見る。

 

 もちろんモニターに顔が映った訳でも、通信した訳でもない。

 

 それでも目が合ったような気がしたのだ。

 

 2人は互いに頷くと、プロヴィデンスに突っ込んでいく。

 

 傍から見れば無謀な突進にも見えただろう。

 

 しかし2人はいつの間にか自然と相手の行動を悟り、それに合わせ連携を取った。

 

 ジュラメントに放たれたヒュドラをフリーダムがシールドで防御、アスランはその後ろから飛び出すとビームソードを一閃する。

 

 「チッ」

 

 袈裟懸けの斬撃がプロヴィデンスのビームライフルを捉え、斬り飛ばす。

 

 ラウはこの戦闘で初めて後退を選んだ。

 

 いかに彼でもこの2人が連携を取るとは思っていなかった。

 

 何故なら彼らは敵同士で憎み合っている筈だから。

 

 なのに何故―――

 

 「何故連携が取れる!? 憎み合い、殺し合ったのだろうが!!」

 

 「……何故ですかね」

 

 「共通している目的があるからじゃないか?」

 

 「何?」

 

 「「貴方の好きにはさせない!!」」

 

 2人の声が揃うと同時に連携の精度が増していく。

 

 「キラ!」

 

 「はあああ!!」

 

 フリーダムのブレードがプロヴィデンスを狙って斬り払われ、回避した先にジュラメントのビーム砲が撃ち込まれた。

 

 非常にやっかいである。

 

 普通のパイロットが連携を取った程度でラウが遅れを取ることなどないだろう。

 

 しかしこの二人はこの世界でもトップクラスのパイロット達であり、そして何よりSEEDを発動させている。

 

 これほど手強い相手もそうはいない。

 

 手こずっていると認めざるえないだろう。

 

 「ふん、なるほど。ならば2人そろって押しつぶすまでの事!」

 

 その宣言通り、この状況においてもドラグーンの精度は落ちるどころか増していき2機を確実に損傷させていく。

 

 フリーダムの装着しているスレイプニルは装備しているブレードを除きほとんどの武装が破壊され、本体も装甲が破損し左足が破壊されている。

 

 だがそれでもフリーダムはまだ良いがジュラメントの方は徐々に限界が近づいていた。

 

 機体の各所が傷つき、背中のスラスターの一部も損傷している。

 

 連携を取っていなければ撃破されていたかもしれない。

 

 これはアスランの技量の問題ではなく、ドラグーンに対する経験の差が現れた結果である。

 

 訓練を積み、ある程度の経験があるキラと、存在は知っていても初めて対峙したアスランとでは差が出るのも当たり前であった。

 

 「くそ、まだまだァ!!」

 

 「アスラン、君は一旦下がって―――」

 

 「俺の事は良い! 戦闘に集中しろ!!」

 

 「どこまで持つかな!」

 

 奮戦するアスランとキラの二人に苛烈なまでに攻撃を加えていくラウ。

 

 フリーダムとジュラメントが押され気味であるとはいえ、プロヴィデンスもまた最初の頃の余裕は無くなっていた。

 

 ドラグーンの半数は破壊され、ビームライフルも失っている。

 

 さらに機体もまた足が斬り飛ばされ、装甲も抉られていた。

 

 

 ほぼ拮抗しているといって良い、この状況。

 

 崩したのは戦闘している者たちではなく―――完全に予想外とでもいえば良いのか、ラウ自身の失策だったと言えるだろう。

 

 彼は失念していたのだ。

 

 この場の戦士は彼ら3人ではなく、もう1人いた事を。

 

 フリーダムの攻撃を避け、ジュラメントにさらなる損傷を与えようとした瞬間、ラウに電気が走ったような感覚が駆け抜ける。

 

 「何!?」

 

 完全に虚を突いた奇襲。

 

 別方向から強力なビームがプロヴィデンスを撃ち抜こうと迫ってくる。

 

 それでもラウは反応していた。

 

 それだけでも十分に驚異的といえる。

 

 しかし―――

 

 「なっ!?」

 

 回避しようとしたプロヴィデンスにフリーダムのクスフィアス・レール砲の一撃が直撃、態勢を崩されてしまった。

 

 その結果ビームを完全に回避する事が出来ず、プロヴィデンスの左腕を消滅させた。

 

 ビームが放たれた先には、残った腕でアグニを構えたアドヴァンスストライクの姿を見たラウは激昂する。

 

 「ムウ、貴様ァァ!!」

 

 ドラグーンを差し向け、動けないアドヴァンスストライクを撃ち抜いた。

 

 放たれたビームが装甲を抉り、爆発を引き起こす。

 

 コックピットへの一撃はアグニを盾にして防いだものの、それでも機体は大きく爆発を起こした。

 

 「ざまあみろ、クルーゼ。言ったろ、舐めるなってさ。俺は不可能を可能にする―――」

 

 そこでムウの意識が途絶えた。

 

 「ムウさん!!」

 

 ラウとキラがムウの方に気を取られた瞬間、アスランは動いていた。

 

 破壊されたスレイプニルに装着されていたもう一本のブレードを拾い腕にマウントするとプロヴィデンスに突進した。

 

 「はあああああ!!」

 

 「アスラン!?」

 

 ブレードの一撃がプロヴィデンスの右肩の関節部に突き刺さり、さらにスラスターを吹かせ押し込んでいくとそのまま撃沈寸前の地球軍の戦艦に叩きつけて叫んだ。

 

 「今だ! キラ、撃てぇ――!!」

 

 だがラウも何もしない訳ではない。

 

 ブレードを叩きつけているジュラメントの右腕をヒュドラで吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!?  まだ!」

 

 残ったスラスターを使いアスランが飛び退くと同時にキラは残った武装のすべてをプロヴィデンスに叩き込む。

 

 「いけェェェ!!!」

 

 眼前にフリーダムの攻撃が迫る中、すべてのドラグーンを操作し、プロヴィデンスの前に配置する。

 

 だが圧倒的な火力の前にすべて破壊され、大きな爆発を引き起こす。

 

 その爆発に巻き込まれ撃沈寸前の艦もまた限界を迎えたのだろう。

 

 さらに大きな炎となってプロヴィデンス共々閃光に包んでいく。

 

 しかし、彼はそれでも笑っていた。

 

 「フフフ、ハハハ、アハハハハハ!!」

 

 すべてを嘲笑うような声はいつまでもキラの耳に残っていた。



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第45話  兄と弟

 

 

 

 

 

 

 プロヴィデンスとの戦いで激しい損傷を受けたアスランはギリギリの状態でエターナルに向かっていた。

 

 「くっ、限界だな」

 

 ジュラメントはもう大破に近い。

 

 武装をほとんど失い、各部装甲は抉られ、スラスターは損傷し、真っ直ぐ進むだけでも一苦労である。

 

 今の状態ではこれ以上の戦闘はどう考えても無理なのだが、まだ戦いは終わる気配すらない。

 

 すぐに修復できるとも思わない。

 

 しかしこのままではどうにもならないと急ぎ母艦への帰還を目指していたアスランの耳に甲高い警告音が飛び込んできた。

 

 「敵か!?」

 

 モニターを確認すると視線の先に損傷を受けた地球軍の戦艦とストライクダガーの部隊がいる。

 

 どうやら撤退していた戦艦と鉢合わせになったようだ。

 

 そのまま無視してくれれば良いのに、律義に迎撃に出て来るつもりらしい。

 

 もしくは狩り易い獲物を見つけて、やられた憂さ晴らしでもしようと言うのかもしれない。

 

 「くそっ、今は戦える状態じゃない!」

 

 だが逃げようにも機体が上手く動かない。

 

 どうにかしようと計器を弄っている間にも、ストライクダガーがビームライフルを構え攻撃してくる。

 

 普段の機体状態ならば大した脅威にもならず、あっさり撃退して終わりだっただろうが―――

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 生き残っているスラスターを使い機体を左右に動かしてビームを避けようとするが、完全にかわしきれず攻撃が掠めていく。

 

 敵もこちらが戦える状態ではない事に気がついたのか、確実に仕留めんとストライクダガーはライフルではなくビームサーベルを抜いて、突っ込んでくる。

 

 「動け、ジュラメント!」

 

 アスランの目の前にビームサーベル振り上げられる。

 

 こんなところで―――

 

 目の前に死が迫る中でも、目を逸らさなかったのはパイロットとしてのアスランの意地であった。

 

 だが、ビームサーベルが振り下ろされる事はなかった。

 

 ストライクダガーの腕が何かに吹き飛ばされたからである。

 

 「……一体何が?」

 

 振り向いたアスランの目に凄まじい速度で近づいてくる機体が見えた。

 

 青紫のカラーリングにザフト特有の造形、ユリウスの機体『ディザスター』であった。

 

 「間に合ったようだな」

 

 ディザスターはクラレントを抜くとジュラメントに攻撃を仕掛けようとしていたストライクダガーを横薙ぎに斬り裂き撃墜する。

 

 そしてビームライフルで同時に二機の敵機を撃ち抜いた。

 

 さらに攻撃を仕掛けてくるストライクダガーのビームを避けながら、ディザスターは何条ものビームを同時に敵機に直撃させ撃破していく

 

 「うああああ!」

 

 「化け物だぁ!」

 

ビームが直撃するたびに暗闇を照らす閃光が次々に生みだされていった。

 

 「速い」

 

 機体の速度だけではない。

 

 ユリウスの反応が速過ぎるのだ。

 

 地球軍のパイロット達はなにが起きたのか、どうして倒されたのかすら分からなかったに違いない。

 

 「アスラン、無事だな」

 

 「は、はい」

 

 「すぐに片づける。少し待て」

 

 そう言うとディザスターは再びスラスターを噴射させ戦艦に向かっていく。

 

 「……素直に逃げていれば良かったものを。私の部下に手を出した以上は見過す訳にもいかない」

 

 それは彼らにとっての死の宣告である。

 

 彼らは判断を間違えてしまった。

 

 素直にアスランを見逃していれば少なくともユリウスに遭遇する事はなかったのだから。

 

 「あの機体を落とせ!」

 

 戦艦から放たれたビーム砲を軽々回避すると機関砲でミサイルを撃ち落とす。

 

 はっきり言ってしまえば迎撃する必要はない。

 

 何故なら戦艦のCICではディザスターの動きについていく事ができず、上手く狙う事が出来なかったからだ。

 

 そんな攻撃を回避するなど容易い事。

 

 それでもわざわざ敵艦の攻撃を撃ち落としたのは、万が一にも動けないアスランに攻撃が及ばないようにするためだ。

 

 残ったストライクダガーをクラレントで側面から串刺しにすると、敵艦の放ったミサイルに投げつける。

 

 ミサイルの直撃で爆散した敵機の閃光に紛れ戦艦の砲台をビームライフルで次々に撃ち落とし、最後にブリッジをヒュドラで吹き飛ばした。

 

 「す、凄い」

 

 戦闘をただ見ていただけのアスランはその強さに身震いする。

 

 彼がザフト最強と呼ばれており、それだけの技量を持っている事は知っていた。

 

 摸擬戦などでも一度も勝った事がないし、負けたところなど想像さえできなかった。

 

 だからこそストライクに損傷を受けた時は驚いたものだ。

 

 しかし今のユリウスはアスランの知っているそれとは完全に別物である。

 

 だがその事を疑問に思う必要はない。

 

 要するにユリウスは今まで本気で戦った事などなかったのだ。

 

 「この機体は良い。今までは私の反応についてくる機体が無かったからな」

 

 「ユリウス隊長」

 

 「アスラン、エターナルではなくゼーベックに行け。そちらの方が近いし敵もいない」

 

 「え、ゼーベックに?」

 

 「ジュラメントではもう戦えないだろう。ゼーベックにお前の機体がある。受け取ってこい」

 

 「えっ、私のですか?……了解しました。えっと、あと、その報告しなければならない事が」

 

 アスランは若干躊躇ってしまった。

 

 過去を知るが故にユリウスがラウに対して親愛の情を持っている事を知っていたからだ。

 

 それでも彼には伝えなければならない。彼が情報を流していた事実とすでに彼を倒した事を。

 

 「クルーゼ隊長の事か?」

 

 「……はい。彼は―――」

 

 「逝ったか」

 

 「……はい」

 

 「……そうか。礼を言う、良く彼を止めてくれた。本当なら私が止めねばならなかったのだがな」

 

 その声には僅かながら感情が籠っていた。

 

 おそらく悲しみだろう。

 

 普段から感情を抑えているユリウスの変化だからこそ気が付く。

 

 だがそれをすぐに戒めるように、息を吐くといつもの冷静な声に戻っていた。

 

 「早く行け、私はこのあたりの掃討を済ませたらジェネシス方面の敵を排除する。お前もすぐに戻ってこい」

 

 「了解!」

 

 ジュラメントが動き出したのを確認したユリウスは敵掃討を開始した。

 

 動き出したディザスターを止められる者は誰もおらず、その周辺にいた敵機はすべて殲滅された。

 

 

 

 

 

 ジェネシスを巡る決戦は終わる気配も見せず激しさだけが増していた。

 

 すでに地球軍の半数以上が壊滅し、同盟軍もまたザフトの物量を前に劣勢を強いられている。

 

 そんな中をアストとマユは群がるように襲いかかってくる敵を薙ぎ払いながら突き進んでいた。

 

 「ここを通すなぁ!」

 

 「同盟軍め!」

 

 アストはビームライフルをかわしゲイツに接近してバルムンクを一閃して破壊。

 

 さらに後ろから重斬刀を振りかぶるジンをワイバーンで斬り裂いた。

 

 その後ろから飛行形態に変形したターニングがビームライフルで敵機の動きを鈍らせると、アグニ改で撃ち抜く。

 

 動き回るターニングにゲイツがビームクロウを振りかぶってくるが、即座にモビルスーツ形態に変形しビームサーベルを躊躇なくコックピットに突き刺した。

 

 「良し、このまま突破するぞ!」

 

 「はい!」

 

 だがザフトにも意地があるとばかりに突進してくる。

 

 もちろん彼らもイノセント、ターニング共に普通のパイロットではどうにもならない事は理解している。

 

 それでもプラントを守るために退く事はできないのだ。

 

 「怯むな!」

 

 「イノセントを落とせ!」

 

 それでもアストは容赦はしない。

 

 2人にも譲れないものがあるのだから。

 

 「死にたくないなら下がれ!!」

 

 向かってきたゲイツの攻撃が来る前に懐に飛び込むとバルムンクを袈裟懸けに振う。

 

 「はや―――」

 

 ゲイツのパイロットは敵機の反応の速さに驚愕しながらもバルムンクを受け止めようとするが間に合わない。

 

 斬艦刀の斬撃がゲイツを斬り裂き撃墜した。

 

 「おのれぇ!」

 

 「迂闊です!」

 

 さらに重斬刀を突きの構えで突っ込んできたジンを迎え撃つようにマユもまたビームサーベルを構えた。

 

 ジンのパイロットにとっては決死の一撃。

 

 だがそんな攻撃にもマユは焦るどころか冷静に機体を操作する。

 

 2機のモビルスーツが交差するとジンの重斬刀は空を切り、ターニングのビームサーベルが敵機の胴体を捉え、そのまま横薙ぎに斬り裂いた。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「いいぞ、マユ。その調子だ」

 

 「はい!」

 

 囲むように攻撃をしてくる敵機を落としたアスト達は進撃を再開する。

 

 しかし連続でビームが撃ち込まれ、立塞がる敵が再び現れた。

 

 そこにはアスト達にとって因縁の敵、特務隊が行く手を塞いでいた。

 

 「あの機体は!」

 

 「シオン達だな」

 

 攻撃を仕掛けた特務隊も必ず殺すと決めた相手を視界に入れ、戦意を滾らせる。

 

 「アストとヴァルハラにいた奴だな。丁度良い」

 

 「ええ、ここで決着をつけましょう」

 

 イレイズサンクションによって防衛ラインから引き離されるように誘導されたシオン達は再び前線に戻るために移動していた。

 

 その時にイノセントとターニングの2機を発見したのである。

 

 クロードにいいように嵌められ、苛立っていた2人とってこれは幸運であった。

 

 

 ―――少なくともこの時点ではそう思っていたのだ。

 

 

 「行くぞ!」

 

 「了解!」

 

 シオンはクラレントを、クリスはスナイパーライフルで狙いをつける。

 

 アストもまた彼らを迎え撃とうとバルムンクを構えた。

 

 「お前達とここで決着をつける!」

 

 アストにとってもこれは良い機会であった。

 

 因縁があるのはユリウス達だけではなく、シオン達も同じなのだから。

 

 トリガーに指を置きシグルドに攻撃を仕掛けようとした時、マユが予想外の提案を口にした。

 

 「アストさん、行ってください。ここは私がやります」

 

 「なっ、マユ!?」

 

 「今はジェネシス破壊が優先な筈です」

 

 それは正論ではあるが流石にシオン達を相手にマユ1人では―――

 

 「大丈夫です、私を信じてください! 必ず追いかけますから!!」

 

 アストは一瞬目を伏せるとすぐに決断する。

 

 そのままトリガーを引き、肩のミサイルポッドでシグルドを攻撃した。

 

 もちろんこれでシオン達が倒せるとも思っていないし、マユの提案を無視した訳でもない。

 

 当り前のように撃ち込まれたミサイルをシオンが前に出てガトリング砲で撃ち抜くと発生した爆煙に紛れ、その場離脱した。

 

 「マユ、無理はするな!」

 

 「はい!」

 

 背を向けジェネシスに向かっていくアストの姿にシオン達は激昂した。

 

 彼らには特務隊としてのプライドがある。

 

 ザフトの中でも功績を上げ、認められた者だけが選ばれるエリート、それが自分達である。

 

 にも関わらず戦おうともせずに背を向けていくなど、戦う価値もないと侮辱されたも同じ事。

 

 何よりも格下と認識しているアスト・サガミが自分達を無視するなど許せるはずもない。

 

 「アストォォォ!! 貴様ァァァ!!」

 

 「お前ごときが、僕達が無視するなど!!」  

 

 怒りの感情のままイノセントを追おうとしたシオン達を押し留めたのは、もう1機の敵機の存在であった。

 

 ターニングがこの場に留まりシグルドと対峙する。

 

 いくら怒りに支配されていても敵がいるのに無防備に隙を見せるほど愚かではない。

 

 ビームライフルを構えたターニングを見たシオンは舌打ちしながら吐き捨てた。

 

 「チッ、残ったのはこいつか。まあいい、こいつを仕留めてから奴を追うぞ。クリス!」

 

 「了解! さっさと片づけましょう」

 

 クリスがターニングをロックしてスナイパーライフルを発射すると同時にシオンがクラレントで斬り込んだ。

 

 シオンは正直な話、そこまで手こずる事は無いだろうと思っていた。

 

 相手の技量は把握済みであり、ヴァルハラで戦った時は一対一での戦闘であったが今回は違うからだ。

 

 2機でかかれば容易く撃破出来るだろうとそう判断した。

 

 しかし結果はまったく違う、完全に予想外のものであった。

 

 「そんなもの!」

 

 ターニングはクリスが放ったスナイパーライフルの閃光を機体を逸らしただけで回避する。

 

 さらにシオンが繰り出した斬撃をシールドで弾き、腰のビームサーベルを引き抜くと斬り返してきたのだ。

 

 「なんだと!?」

 

 シオンは敵機の反応に驚愕しながらも斬り返されたビームサーベルをシールドで止め、蹴りを入れて突き放す。

 

 「終わりだ!」

 

 体勢を崩したターニングの後ろに回り込んだクリスがビームクロウを横薙ぎに斬り払った。

 

 2人は勝利を確信する。

 

 この一撃で確実に撃墜したと。

 

 だがマユは後ろから迫るビームクロウをスラスターを使い宙返りして回避するとクリスの背後からシールドを叩きつけたのだ。

 

 「ハァ、ハァ、私だってやれる!」

 

 「何!?」

 

 「今の動きは……」

 

 シオンはそこでようやく自分達の認識が間違っていた事実に気が付いた。

 

 確かにヴァルハラで交戦した時から高い技量を持っていたが、そこからさらに腕を上げている。

 

 シオンは今までに認識は捨て、意識を切り替えた。

 

 「クリス、油断するな」

 

 「ええ、わかってます」

 

 「連携でいくぞ!」

 

 2機のシグルドは反対方向に飛び、挟むようにターニングに攻撃を仕掛けた。

 

 シオンはターニングにガトリング砲を放ちながらクラレントを振りかぶり、斬撃を回避した先にクリスが待ち受ける。

 

 特務隊に相応しい技量を持つが故の完璧な連携である。

 

 「くっ、隙がない!」

 

 「貴様程度では捉えられん!」

 

 奴がいかに技量を高めようともこれほどの連携を見せた敵の相手は難しい。

 

 シオンはマユの弱点に気がついていた。

 

 それは戦闘経験の浅さである。

 

 彼も伊達で特務隊に任命されている訳ではない。

 

 単純な戦闘経験だけならばマユを遥かに上回る。

 

 それ故に分かったのだ。

 

 彼女がまだ連携を取る敵相手に戦った経験が少ない事に。

 

 「ふん、確かに技量は上がったが、まだまだだな!」

 

 「僕らを相手にするには、経験不足ですよ!」

 

 「くっ!?」

 

 シオン達の連携に翻弄されたマユは攻撃に転じる事が出来ない。

 

 経験の浅さがここにきて影響し始めていた。

 

 防戦に徹したターニングにさらなる追撃を仕掛けるために、前に出る。

 

「クリス、左だ!」

 

「了解!」

 

クリスとシオンから繰り出される波状攻撃に防戦一方に追い詰められていく。

 

 「まだです!」

 

 操縦桿を必死に操作。

 

 一か所に留まらないように機体を動かし、さらにビームライフルで少しでも敵機の動きを鈍らすように牽制していく。

 

 簡単にうまくいかない事も分かっているが、どこかに必ずチャンスはある筈だ。

 

 その時まで耐えるしか無い。

 

 3機のモビルスーツは移動と激突を繰り返しながら、攻防を繰り広げていく。

 

 「しつこいですね」

 

 「もう少しだ、追い込め!」

 

 シグルドはターニングの周囲をグルグルと回り、ビームやが機体を掠め、ミサイルの震動がコックピットを揺らす。

 

 「ぐぅぅぅ!! ハァ、ハァ、もしかして―――」

 

 苛烈な攻撃の最中、ようやく見えてきた。

 

 防御に徹しながら2機のシグルドの動きを慎重に観察していた。

 

 これだけの連携は流石特務隊という事だろう。

 

 だからこそ見えたものがあった。

 

 あとはタイミングだけ。

 

 それを慎重に見極め―――

 

 「ここです!」

 

 2機のシグルドがすれ違った瞬間、ターニングの放ったビームライフルがクリス機の左腕を撃ち抜くとグレネードランチャーでシオン機を吹き飛ばした。

 

 「ぐああ!!」

 

 「何!?」

 

 確かに彼らの連携は完璧であった。

 

 特務隊に相応しい、動きも攻撃のタイミングも文句のないものである。

 

 だが、だからこそ付け入る隙があったのだ。

 

 完璧であるからこそ、タイミングも動きもミスがない。

 

 攻撃パターンを読み切ったマユはそこを突いたのである。

 

 「貴様ァァ!!」

 

 シオンは再び怒りに任せクラレントを振るう。

 

 「貴様などに機体を傷つけられるとは!! 許さんぞ、必ず殺す!!!」

 

 振るわれた対艦刀は空を切り、さらに逆袈裟に叩きつけられた斬撃をマユは事もなげに受け止めた。

 

 それがシオンの怒りを余計に煽る。

 

 スラスターを吹かしクラレントを押し込もうとした時、ここまで何も言わずにいたマユが初めて口を開いた。

 

 「……貴方達はなんでジェネシスなんて物を守るんですか? あれが地球に放たれればみんな死ぬんですよ」

 

 「くだらない事を聞くな! 前にも言った筈だ! 地上にいる奴らなどゴミだと! ジェネシスはそんな連中を一掃するのに丁度いい最高の兵器だ!!」

 

 「……本気で言っているんですか? 地球にだってコーディネイターはいます」

 

 「それがどうした! 地球にいるような奴らなどどうでもいい!」

 

 「……貴方は―――」

 

 マユの脳裏に今までの事が蘇る。

 

 目を覚まさない両親。

 

 危篤状態の兄の姿。

 

 助けてくれた親しい人の死。

 

 そして何より大切な人の悲しい過去。

 

 それを引き起こしたのが目の前の―――

 

 怒りを必死に抑え操縦桿を強く握る。

 

 「地球にジェネシスが発射されればすべてに片がつく! ゴミなどここで消えた方がプラントの未来の為には良いからな!」

 

 それで今まで堪えていたものが爆発した。

 

 彼だけは絶対に―――

 

 「―――さない」

 

 「貴様もここで死ね!!」

 

 シオンがビームクロウを振りかぶろうとした瞬間―――

 

 「絶対に許さない!!!」

 

 マユのSEEDが弾けた。

 

 視界が急激にクリアになり、今までとは比較にならない鋭い感覚。

 

 そして溢れ出る怒りの感情のまま咆哮する。

 

 「うああああああ!!!!」

 

 叫びと共にクラレントを弾き飛ばし、ビームサーベルを一閃する。

 

 当然シオンも振り抜かれたビームサーベルを防御しようとシールドを掲げようとするがターニングの動きは速すぎた。

 

 防御が間に合わずクラレントを持った右腕があっさりと斬り落とされてしまった。

 

 「動きが変わった!?」

 

 急激に変わったマユの動きに危機感を覚えたシオンはヒュドラとガトリング砲を連射し距離を取ろうと後退していく。

 

 だが通用しない。

 

 すり抜けるように攻撃を避けていくとシグルドに肉薄した。

 

 「シオン!!」

 

 クリスが残った腕でスナイパーライフルを放つ。

 

 敵は背を向けシオンに集中している。

 

 今ならばやれると判断した事は普通ならば正しい。

 

 誰であってもそう思うだろう。

 

 ただ今回の場合は相手が悪かった。

 

 運が無かったとも言える。

 

 完璧なタイミングで狙いをつけて放った一撃をターニングはあまりに容易く避け切ったのだ。

 

 「かわした!?」

 

 クリスが驚愕するのも無理はない。

 

 まるでこちらの攻撃が分かっていたかのようにあまりに無造作の回避だった。

 

 その動きを見ていたシオンはある種のデジャヴのようなものを感じていた。

 

 オーブ戦役においてアストが見せた動きと被ったのだ。

 

 それが再び怒りに火をつけ、屈辱を思い出させた。

 

 「お前もか! お前も俺を!!!」

 

 殺す!

 

 絶対に殺してやる!!

 

 「お前達は俺がァァ!!」

 

 「貴方はここで倒します!!」

 

 後退しながら何度もヒュドラを放ちターニングを牽制するが、SEEDを発動させたマユには当たる事はない。

 

 咆哮しながらビームクロウを左右に次々と繰り出し、ターニングを斬り裂こうと振りかぶる。

 

 「死ねェェェ!!!!」

 

 だが冷静さを無くしてしまったシオンの攻撃は装甲を掠める事すらできない。

 

 懐に飛び込んできたターニングに突くように繰り出したビームクロウをすり抜けた。

 

 そしてシグルドの頭部にビームサーベルを突き刺し、さらに敵の腰部にマウントしてあるもう一本のクラレントを掴みそのまま斬り上げて、左腕を斬り飛ばした。

 

 「これで!!」

 

 両腕を失ったシグルドに止めとばかりにクラレントを腹部のヒュドラ発射口に叩き込む。

 

 「終わりです!!!」

 

 凄まじい衝撃がコックピットを襲い、火花を散らしながらコンソールの部品が飛び散る。

 

 「ぐあああああ!!!」

 

 クラレントで串刺しにされたシグルドはPS装甲が落ちてメタリックグレーに戻った。

 

 激しい衝撃で破損したコンソールに頭部を叩きつけられ、メットのバイザーに罅が入り視界が血で歪む。

 

 どうやら破片が眉間に刺さっているらしい。

 

 激しい激痛に耐えながら顔を上げると生きているモニターにターニングの姿が映っていた。

 

 「負け、る?……俺が、こんな雑魚に?……ふざけるなァァ!」

 

 操縦桿を握り必死に動かすが操縦系がやられたのか全く反応はない。

 

 仮に動いたとしてもすでにほとんどの武装を破壊され、両腕もない以上、どうする事も出来ない。

 

 完全な敗北である。

 

 だがそれをシオンは決して認めない。

 

 「くそ! くそ! くそぉぉぉ!!!!」

 

 いや認められないと言った方が良い。

 

 彼からすれば目の前の敵など取るに足らない存在であるはずだから。

 

 だがマユはそんな叫びなど聞いてやる義理などない。

 

 そのままシグルドを蹴り飛ばした瞬間、クラレントを突き刺したヒュドラ発射口から火花が弾け爆発を起こしていき、小規模の爆発から機体を巻き込む大きなものに変わっていった。

 

 「シオン!?  貴様!!」

 

 残ったクリスがターニングに攻撃を仕掛けた。

 

 シオンが倒され冷静な判断も出来なくなっていたのだろう。

 

 だがこれは完全に判断ミスであった。

 

 連続で放ったビームは思わず見とれるほどの見事な動きでかわされ、敵機は漂っていたシオン機の腕からクラレントをもぎ取るとそのまま横薙ぎに斬り払ってきた。

 

 「そんなもの―――ッ!?」

 

 次の瞬間、かわしたはずの刃がシグルドの右足を捉え斬り飛ばされていた。

 

 「み、見えなかった。ば、馬鹿な、ぼ、僕達特務隊が……」

 

 その時、クリスを胸中を支配していたのは圧倒的な恐怖だった。

 

 目の前でシオンが倒され、こちらの予想を超える動き、さらに自身が放った完璧なタイミングでの攻撃が一切通じなかった。

 

 彼の心が折れるのも無理はない。

 

 バランスを崩したシグルドに対し、さらに攻撃を仕掛けてくるターニングの姿がさらにクリスの恐怖を煽る。

 

 「く、来るな。来るな、来るなぁ!」

 

 クリスは半狂乱になりスラスターを全開にして反転するとミサイルを放ちながら必死に逃げる。

 

 「逃げるつもりですか!」

 

 逃がさないとばかりに追ってきたターニングがビームライフルで動きを止めようと攻撃してくるが、すでにクリスの中にはここから離脱する事しか頭にない。

 

 どうやったら逃げられる?

 

 どうしたら!

 

 敵の射撃精度はどんどん鋭くなり、閃光が機体を掠め傷を作っていく。

 

 すると目の前に味方のモビルスーツ部隊が戦闘を行っているのが見えた。

 

 ここしかないと判断したクリスは躊躇う事無くそこに突っ込んで行く。

 

 「いい加減に!!」

 

 背後から攻撃を仕掛けたマユはこれ以上の時間を掛けたくはないと今度は本気で落すつもりでトリガーを引いていった。

 

 だがシグルドはビームが直撃する寸前にそばにいた味方機の後ろに回り込み、ジンが落とされた爆発に紛れさらに後退していく。

 

 「なっ、味方を盾に使うなんて!!」

 

 その行動がマユの怒りにさらに火を付ける。

 

 だがそれ以上の追撃はできなくなった。

 

 周りにいた地球軍機やザフト機が襲いかかってきたからだ。

 

 「邪魔です!」

 

 クラレントでストライクダガーを斬り払い、グレネードランチャーでジンを撃ち落とす。

 

 ターニングが他のモビルスーツと交戦しているのを尻目にクリスは圧倒的な恐怖に震えながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

 特務隊をマユに任せジェネシスに向かっていたアストは襲いかかってくるザフトの部隊を蹴散らしながら進んでいた。

 

 ビームライフルでジンを破壊、ビームクロウを振り下ろしてきたゲイツにガトリング砲を叩き込む。

 

 数機のモビルスーツを撃墜した先に母艦と思われるナスカ級が主砲を発射しながら道を塞いでいた。

 

 「落ちろ!」

 

 ナスカ級の主砲を縫うように掻い潜り、肩のビームランチャーを発射すると放たれた閃光がナスカ級のブリッジを撃ち抜き、艦全体が炎に包まれ撃沈した。

 

 「流石に守りが厚いな」

 

 アスト自身簡単にいくとは思っていなかったが、ジェネシスに近づく程、敵の数が多くなりなかなか進む事が出来ない。

 

 使いきったミサイルポッドをパージして前に進もうとした瞬間、正面からイノセントを狙ってビームが撃ち込まれてくる。

 

 それだけならばさして驚く事でもない。

 

 ここは敵陣のど真ん中なのだから、どこから攻撃されてもおかしくない。

 

 だが今回は違う。

 

 あまりに正確な射撃で動き回るイノセントを逃がさないようにピンポイントで狙ってくる。

 

 これだけの腕を持つ者の心当たりはそう多くない。

 

 そしてアストの前に現れたのは―――

 

 「来たか、ユリウス・ヴァリス」

 

 一番初めに戦った相手であり、そして自分とは兄弟のような関係の最強の男。

 

 「だが、前のようにはやられない!」

 

 正面からクラレントを抜いて突っ込んで来るディザスターに応戦するためにバルムンクを構え、アストもまた突撃する。

 

 「アスト!!」

 

 「ユリウス!!」

 

 互いの刃が敵を仕留めんと振り下ろされる。

 

 繰り出された斬撃が空を切ると高速ですれ違い、回り込むように旋回しながら再び激突する。

 

 「ここで貴方を倒す!」

 

 「それはこちらのセリフだ」

 

 ディザスターは高速で動きながらも正確な射撃でイノセントを動きを牽制し、対艦刀を振るう

 

 「確かに速い。だけど!」

 

 イレイズに初めて乗った頃であれば、何もできないまま、斬り裂かれて終わっていただろう。

 

 しかし今は昔とは違う。

 

 ユリウスの斬撃を読んでいたように回避するとガトリング砲を撃ち込んだ。

 

 「流石だな、クルーゼ隊長を追い込んだだけはある」

 

 分かっていた事だがアストは強い。

 

 奴はこれまでもザフトのエース達を屠ってきたのだ。

 

 これくらいは当然やってのけるだろう。

 

 ユリウスは昔の印象は捨て、認識を改める。

 

 「ならば、これはどうだ!」

 

 イノセントの放ったビームランチャーをスラスターを使って掻い潜ると再びクラレントで斬り込んでいく。

 

 機体表面を掠めるようにビームの閃光が照らしていく中、ユリウスは背中から二基ドラグーンを放出した。

 

 装備されたドラグーンの数はプロヴィデンスに比べ少ない。

 

 しかしユリウスにとってはこれで十分、これ以上増えても邪魔になるだけだからだ。

 

 「チッ!」

 

 完全に別方向からのビーム攻撃に咄嗟に回避行動を取るが放たれた閃光は肩部の装甲を掠めて傷を作る。

 

 「ドラグーンか!?」

 

 彼の兵器に関して経験だけで言うならメンデルでの戦闘経験がある分、対応能力に関していえばキラよりアストの方が上である。

 

 それに合わせやり込んだ訓練の成果により、ドラグーンの対応は十分だったといえる。

 

 しかし目の前の敵はそんなこちらの動きを上回ってきた。

 

 2基のドラグーンを巧みに操り、イノセントの動きを限定させて肉薄するとクラレントによる攻撃を成功させたのだ。

 

 「まさか、ドラグーンを囮に使ってくるなんて!?」

 

 「単純に砲台としてだけ使うとでも思ったか!」

 

 ユリウスもまたドラグーンによる攻撃で倒せるなどとは思っていない。

 

 それで倒せるならばメンデルでとっくにラウが決着をつけていただろう。

 

 だからこそ始めからイノセントの動きを誘導する意味でしかドラグーンを使う気などなかったのである。

 

 放たれた斬撃により肩部に装備されていたロングレンジビームランチャーは斬り裂かれ、さらに回り込んだビームファングによって最後のミサイルポッドを破壊されてしまった。

 

 「くっ、このぉ!!」

 

 ミサイルポッドの爆発をスラスターを噴射して堪えると反撃に転じる。

 

 このまま防御に徹したら押し込まれると判断したためだ。

 

 「はあああ!!」

 

 アストはSEEDを発動させ、ガトリング砲でビームファングを破壊。

 

 機関砲でディザスターを牽制しながらバルムンクを叩きつけた。

 

 繰り出した斬撃によりディザスター胸部が浅く抉られてしまう。

 

 「何?」

 

 この結果にユリウスは珍しく驚きを隠せなかった。

 

 いかに距離を詰めて相手の間合いに入っていたとしても避け切るつもりだったのだ。

 

 油断などななかったにも関わらずこちらの予想の上をいった。

 

 となれば相手を称賛するしかない。

 

 「……これほどとは。大したものだ。それでこそ、お前は私の弟だ!」

 

 「チッ、浅かったか」

 

 ディザスターはヒュドラを放ち仕切り直すように、距離を取りながら再びドラグーンを放出する。

 

 「こんなものに!」

 

 アストは次々に放たれるビームを回避しながらビームライフルでドラグーンを動きを誘導し、撃ち落とさないように慎重に見極める。

 

 「そこ!」

 

 一直線に並んだドラグーンをアクイラ・ビームキャノンで一網打尽にするが、その代償として動きを一瞬止めたイノセントにディザスターのビームライフルが撃ち込まれた。

 

 「甘いぞ!」

 

 「まだ!」

 

 シールドをかざし直撃は避けたものの、アクイラ・ビームキャノンを破壊されてしまった。

 

 「強い!」

 

 いままで戦った誰よりもである。

 

 「そんな事は分かっていたさ。だからって負けられないんだよ!!」

 

 突っ込んで来たディザスターに合わせるようにイノセントもまた加速する。

 

 再び振りかぶられた刃がお互いを狙い振り下ろされる。

 

 今度はバルムンクがディザスターの肩部装甲を斬り飛ばしていた。

 

 「良し!」

 

 「……こちらの動きを予測しているのか」

 

 アストとユリウスはヘリオポリスから何度か対戦している。

 

 それゆえにお互いの動きを把握していた。

 

 そんな2人に違いがあるならば、アストは常にユリウスを意識して訓練をしてきたことである。

 

 キラと共にシミュレーター訓練を開始してから、必ずユリウスとの対戦を意識してきた。

 

 皮肉な話、ユリウスの存在がアストの技量を底上げしてきたと言っても過言ではない。

 

 だからこそ動きをある程度予測出来ていたのだ。

 

 「面白い、その予測でどこまで食らい付いてこられるか見せてみろ!」

 

 「言われなくても!」

 

 すれ違い、再び振り返り、剣撃をぶつけ合う。

 

 「貴方もラウ・ル・クルーゼと同じなのか!? すべて滅んでしまえとそう思っているのか!?」

 

 「違うな。私は人の可能性を―――人の先を求めている」

 

 「なっ!?」

 

 それはラウの語った目的とは正反対のものだ。

 

 「ならば何故、ジェネシスを放っておく? どうしてクルーゼを止めない?」

 

 「……安心しろ、クルーゼ隊長はすでに逝った」

 

 奴が倒された?

 

 アストの口元が緩む。

 

 間違いない、キラだ。

 

 彼以外に奴を倒せる者はいない。

 

 「まあ、どんな形であれ最終的には私とクルーゼ隊長は敵対していただろう……それでも私には彼の気持ちもよく分かるのさ」

 

 それだけのものを見てきた。

 

 それだけのものをを突き付けられてきた。

 

 それでもユリウスが絶望しなかったのは間違いなくアリアがいたからだ。

 

 彼女がいなければ間違いなくラウと同じ選択をしていただろう。

 

 「ジェネシスの事ならば心配はいらない。手は打ってある。後はお前とキラを排除すればすべて終わりだ」

 

 バルムンクをシールドで止めると蹴りを入れて突き飛ばし、クラレントを振りかぶった。

 

 「そんなに憎いのか俺達が!」

 

 「お前の事も確かに憎い。お前はシアン博士の妄執そのもの。お前を見るたびに私は自分がどういう存在なのか嫌でも認識させられる。しかしキラはそれ以上だ」

 

 上段から振り下ろされ対艦刀をナーゲルリングで受け止め、スラスターを噴射して鍔迫り合う。

 

 「解るか? 私達は生まれた理由から生きる意味さえキラに縛られているんだよ。さらに奴は何も知らず平和に生きてきた。その裏でどんな地獄があったかも知らずに!」

 

 「だからってキラを殺した所でなにも変わらない! むしろ俺達を生み出した連中の思惑通りだろう!」

 

 「その通りだ。お前の言う事は正しい。もちろん連中の思惑通りになるのは癪だが……」

 

 イノセントとディザスターは弾け飛び、武器を構えて向かい合う。

 

 「それでも奴がこの先危険な存在となる可能性がない訳ではない。個人的な恨みを除いても、放ってはおけない」

 

 「もしもそんな事になったら俺が止める。殴ってでもな! だから貴方にキラを殺させはしない!!」

 

 「そうか。ならここで私を倒してみろ!」

 

 2機は互いに傷を刻みながら激しい攻防を繰り返していった。

 

 

 

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエの戦いは激しさを増し、ジェネシス破壊に動いている同盟軍もそして残っている地球軍も簡単に近づけないでいる。

 

 そして間にもミラーブロックが交換を終えようとしていた。

 

 ヤキン・ドゥーエの司令室にいたパトリック・ザラも勝利を確信していたに違いない。

 

 しかし思わぬ形でそれが崩される事になった。

 

 それに最初に気がついたのはザフト防衛ラインにいたモビルスーツ部隊だった。

 

 敵の攻撃を回避しようとした瞬間、何かにぶつかりそのまま爆発したのだ。

 

 何もない空間が揺らめき何か障害物のようなものがあるのが確認できる。

 

 「なんだ、あれは……」

 

 そしてその姿が現れた。

 

 現れたのは巨大な岩のようなもの。

 

 それがジェネシスに向っていく。

 

 それはつい先日までザフト軍の防衛ラインに配置されていた宇宙要塞ボアズの残骸であった。

 

 ボアズの残骸に気がついた者達が破壊しようと攻撃するが大きすぎる。

 

 そしてそのまま止める事も出来ず、ついにミラーブロックと衝突した。



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第46話  作られた好機

 

 

 時は少し遡る。

 

 ジャスティスやアイテル、スウェアに先導され順調にジェネシスに進撃していた同盟軍の前にある機体が立ちふさがっていた。

 

 クロードの搭乗するガンダム、イレイズサンクションである。

 

 奇襲するように突っ込んできたクロードはまず周りにいたザフトの3機を排除しようとネイリングで斬りかかった。

 

 これは別に彼らを驚異として認識していたからではなく、単純に邪魔であったからだ。

 

 クロードの目的は同盟軍の力を見る事であり、その為の不確定要素を排除する、それだけであった。

 

 斬り込んできたイレイズに最初に気がついたのはバスターに乗ったディアッカだった。

 

 一番近い位置にいたが故に狙われたディアッカは即座に迎撃に移る。

 

 「地球軍だと!? まだいたのか!」

 

 「イレイズ!?」

 

 「先輩!」

 

 「分かってるよ!」

 

 正面から突っ込んできたイレイズに超高インパルス長射程狙撃ライフルで狙い撃つ。

 

 ディアッカとしてもこれで敵機が落とせるなどとは思っておらず、あくまでも敵の技量を計る為の一撃であった。

 

 もちろんニコル、エリアス共にそれはきちんと理解している。

 

 その証拠にTデュエル、ブリッツ共にイレイズを左右から回り込み挟むように動いていた。

 

 しかしクロードはまったく動じる事無く、放たれたビームを最小限の動きで回避。

 

 同時に背中のガンバレルが弾けるように外に飛び出した。

 

 「なに!?」

 

 予想外の攻撃に反応が遅れたバスターはガンバレルから放たれたビームで左足が吹き飛ばされてしまった。

 

 それでもすぐに態勢を立て直し回避に動いた事は流石である。

 

 イレイズの放ったガンバレルによる攻撃はかつて自身が戦ったモビルアーマーメビウスゼロが使ってきた武装。

 

 実弾とビームという違いはあれど原理は同じ。

 

 アークエンジェル追撃の際にガンバレルとの戦闘を経験していたが故に動揺からも立ち直るのが早かったのだ。

 

 「手強いぞ、気をつけろ!」

 

 「了解です!」

 

 「はい!」

 

 当然それを見ていたニコル達も頷いた。

 

 ガンバレルに囲まれないように注視しながら、イレイズに攻撃を仕掛ける。

 

 そんなザフト機にクロードは感心したように認識を改めた。

 

 「ほう、なるほど、ザフトにもラウやユリウス・ヴァリス以外にまともな連中がいたのか」

 

 クロードは笑みを浮かべネイリングを構えなおす。

 

 「君達には悪いがあまり時間がない。もうすぐ、アレが来る頃でね。さっさと本命に行かせてもらう」

 

 ガンバレルを巧妙に操作し、残り2機を引きつけその間に損傷したバスターに狙いを定めた。

 

 撃ち込まれた対装甲散弾砲を苦も無く回避し懐に飛び込むとネイリングを袈裟懸けに振り抜くとバスターの左腕を斬り落とし、胴体を抉る。

 

 「ぐあああ!」

 

 「悪くない射撃だったよ」

 

 ネイリングの斬撃で損傷を負ったバスターのPS装甲が落ち、まったく動かなくなってしまった。

 

 「ディアッカ!?」

 

 「くそぉ!!」

 

 クロードは襲いかかってきた残りの二機にも余裕を崩すことなく敵を見据える。

 

 斬り込んできたブリッツのビームサーベルを流す。

 

 そしてレールガンを撃ち込んで態勢を崩し、同時にシールドを捨て逆手に持ったビームサーベルで背後から斬り込んできたTデュエルの右腕を斬り飛ばした。

 

 「なっ!?」

 

 「こいつ、反応が速い! まさかコーディネイターなのか!?」

 

 エリアスは勘違いしているが、クロードは反応速度でTデュエルの腕を落とした訳ではない。

 

 ただ相手の動きを予測していただけである。

 

 あの3機の中でTデュエルの一番性能が高い事はすぐに分かった。

 

 その為ガンバレルを操作しながらエリアスの動きを常に観察していたのだ。

 

 だからこそあのタイミングで攻撃を仕掛けてくると確信していたクロードは迎撃の準備をしていたのである。

 

 イレイズは振り向き様に上段からネイリングを振り下ろしTデュエルの左腕を叩き落とした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「エリアス!!」

 

 援護に駆けつけようとしたブリッツの動きをビームライフルで止め、ガンバレルで四方からビームを撃ち込んだ。

 

 「仲間思いは結構だが、もう少し周りに気を配った方が良い」

 

 クロードの戦略に嵌められた2機は四肢を破壊され、完全に機能を停止させてしまった。

 

 「ディアッカ! ニコル! エリアス!」

 

 撃破された3機に気がついた、スウェアが駆けつけて来た。

 

 同盟軍の力の見極めが目的のクロードからすれば願ったりである。

 

 「さて、ここからが本番かな」

 

 ある意味で兄弟機ともいえる二機が激突する。

 

 ビームライフルを撃ち込んできたスウェアにガンバレルで牽制しながらレールガンを放つ。

 

 「これ以上はやらせん!」

 

 シールドで砲弾を防ぎ、ビームライフルでガンバレルを撃ち落とそうと狙い撃つもまったく当たらない。

 

 「それでは当たらんよ」

 

 「くそ!」

 

 イザークとてガンバレルの事は知っているし、アスト達と対ドラグーンの訓練も積んでいる。

 

 それでもこの相手にはまったく通用しない。

 

 降り注ぐビームをスラスターを使って回避しながら、イレイズを狙ってビームライフルを構えた。

 

 だが次の瞬間、別方向からの攻撃でビームライフルが撃ち落とされると、ネイリングでシールドを弾き飛ばされてしまった。

 

 「くっ!」

 

 「この程度か―――ッ!?」

 

 そのまま対艦刀でスウェアを斬り裂こうとしたイレイズは咄嗟に飛び退くと今までいた空間に高速で何かが通り過ぎた。

 

 ジャスティスの投げたビームブーメランである。

 

 距離を取ったクロードに追い打ちを掛けるように、アイテルがドラグーンを放出しながらプラズマ収束ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 「来たか」

 

 クロードはドラグーンを回避しながら、プラズマ収束ビーム砲を捨てたシールドを拾って防御する。

 

 「イザーク君、ここは下がって! アークエンジェルの守りを!」

 

 「しかし!」

 

 「ここは私達にお任せください! それに損傷された方々も急いで回収しなければならないでしょう?」

 

 

 イザークは動けなくなった三機を見た。

 

 ニコルとエリアスはまだ機体の状態からみても心配はいらないだろうが、ディアッカは別である。

 

 完全に機体を斬り裂かれており、下手をすればコックピットに達しているかもしれない。

 

 「……わかった。ここは頼む」

 

 スウェアは徐々に後退しながらディアッカ達の回収に向かう。

 

 それを見てもクロードは動こうとはしなかった。

 

 もちろんジャスティスやアイテルに背を向けるなど愚の骨頂であるというのもあるのだが、逃げる相手に興味はない。

 

 それよりも―――

 

 「ようやく骨のある相手が来てくれたようだ」

 

 クロードがそう思ったようにラクスやレティシアも同じように感じていた。

 

 決してイザーク達は弱くない。

 

 今ヤキン・ドゥ―エにいるパイロットの中でもトップクラスの腕であるのは間違いない。

 

 それをこうも簡単に手玉に取るとは―――

 

 「ラクス、油断はしないように」

 

 「ええ、分かっています」

 

 ラクスは左手で近接用ブレードを構え、右手でハルバード状態にしたビームサーベルで斬り込み、レティシアは援護するようにビームライフルでイレイズの動きを牽制する。

 

 降り注ぐビームの嵐を何でも無いかのように無視したクロードはジャスティスを正面から迎え撃つ。

 

 「見せてもらおう、同盟軍エースの実力をね」

 

 振り下ろされたビームサーベルをシールドで逸らし、ネイリングで斬り払う。

 

 しかしジャスティスは機体を傾けるだけで回避すると、スレイプニルの近接用ブレードで逆袈裟に斬り返してきた。

 

 「素晴らしい反応だな」

 

 パイロットの腕前を素直に称賛しながらレールガンで放って距離を取り、ガンバレルで四方から攻撃を仕掛けた。

 

 「くっ」

 

 その巧みな動きで動きを牽制されたジャスティスはイレイズに接近できない。

 

 「これほどのパイロットが地球軍にいたなんて」

 

 ラクスもまた敵の技量に驚く。

 

 彼女だけならばこの機体を抑えるのがやっとだったかもしれない。

 

 だが今自分は一人で戦っている訳ではないのだ。

 

 クロードはジャスティスを狙い切り離した砲台を操作し、攻撃を撃ち込もうとした瞬間―――ガンバレルは側面から撃ち落とされてしまった。

 

 「何!?」

 

 視線を向けた先にはアイテルが佇んでいる。

 

 レティシアにとってガンバレルのような武装は馴染み深いものであった。

 

 今もドラグーンを搭載したリンドブルムを装備している。

 

 そんな高い空間認識力を持つ彼女とってガンバレルの動きを把握するのはそう難しい事ではなかった。

 

 「なるほど、これは易々とガンバレルは使えんということか」

 

 ジャスティスのフォルティスビーム砲を掻い潜り今度はアイテルの方に狙いを定める。

 

 「君を先に排除させてもらおう」

 

 クロードはラクスよりもレティシアの方が厄介な存在であると判断したのだ。

 

 彼女がいる限りイレイズサンクションのメイン武装の一つが使えない。

 

 ならば先に排除しようとするのは至極当たり前の選択であった。

 

 レティシアも相手の狙いに気がついたのだろう。

 

 ビームサーベルを構えながらもドラグーンを放出する。

 

 「行きなさい!!」

 

 その動きは先程までクロードが操っていたガンバレルと比べても遜色ないものだった。

 

 しかもガンバレルよりも小さく、さらに範囲も広い。

 

 いかに高い空間認識力を持っていたとしてもそう簡単には捉える事は出来ない筈である。

 

 ドラグーンがイレイズを狙い次々ビームを撃ちかける。

 

 「ふむ、見事なものだ」

 

 シールドを掲げスラスターを上手く使いながらドラグーンの射撃を避け切っていく。

 

 「これで!」

 

 イレイズの胴体目掛けビームサーベルを振り抜いた。

 

 「甘い」

 

 捉えたと思われたアイテルの斬撃はイレイズの装甲を掠めていくだけに留まっていた。

 

 「これを避けるなんて!? でも、まだです!」

 

 ドラグーンによる攻撃は一切の緩みもなくイレイズを狙い攻撃を仕掛けていく。だが―――

 

 「えっ!?」

 

 「まさか!?」

 

 イレイズはドラグーンの攻撃を避けながらビームライフルで撃ち落としたのだ。

 

 偶然か?

 

 いや、それはないだろう。

 

 ドラグーンの攻撃は偶然で撃ち落とす事はできない。

 

 つまり―――

 

 「この短期間にドラグーンの動きを読み切った?」

 

 まさかとは思うがそれ以外に考えられる答えは存在しない。

 

 このまま攻撃を続けてもただ武装を消耗するだけだと判断したレティシアはドラグーンを回収する。

 

 それでも今の攻防で半数は破壊されてしまった。

 

 「手強いですわね」

 

 「ええ」

 

 さらに相手に対する警戒心が増していく2人だが、警戒したのはクロードも同じである。

 

 イレイズもまた所々に傷が刻まれていた。

 

 もちろん戦闘にはなんの支障はない訳であるがここまで傷をつけられるとは。

 

 「いや、流石だよ。ここまでとは思っていなかった」

 

 クロードは再びネイリングを構えスラスターを噴射させて加速すると2機に向かって突進した。

 

 「名残惜しいが、そろそろ決めさせてもらうよ」

 

 ラクスはスレイプニルのミサイルを一斉に発射しイレイズの動きを止めるとブレードを叩きつける。

 

 ミサイルをイーゲルシュテルンとレールガンで迎撃したクロードは爆煙に紛れ正面からネイリングを振りかぶった。

 

 「まだです!」

 

 対艦刀をブレードで受け止めたが、クロードは再びビームサーベルを引き抜き、斬り上げるとジャスティスの左腕を斬り落とした。

 

 「くっ!?」

 

 腕を落とされた動揺を突いてガンバレルを囮に使い背後に回ったイレイズはスレイプニルをビームサーベルで斬り裂き、さらにネイリングで右足を切断した。

 

 斬り裂かれたスレイプニルが激しい爆発を引き起こしジャスティスを吹き飛ばした。

 

 「きゃあああああ!!」

 

 「ラクス!?」

 

 レティシアはイレイズをビームライフルで牽制しながら損傷したジャスティスに駆け寄った。

 

 幸いというか斬られた瞬間、スレイプニルとファトゥムー00を切り離した為、本体は無事らしい。

 

 「ラクス、大丈夫ですか!?」

 

 「は、はい。何とか無事です。機体は……」

 

 ラクスは意識をはっきりさせる為に頭を振ると素早く機体状態を確認した。

 

 あの爆発に巻き込まれた影響で、斬り落とされた腕と足以外に影響が出ているようだ。

 

 さらにPS装甲も落ちてしまっている。

 

 一度戻らなければ―――

 

 「不味いですね……」

 

 「ラクスはオーディンに帰還してください」

 

 「レティシア、でも!」

 

 いくら何でもあの敵を相手に一機で戦うのは危険すぎる。

 

 そんなラクスを安心させる為にレティシアは笑顔を作った。

 

 「大丈夫ですよ。さあ、早く!」

 

 ラクスは俯きながら絞り出すように言う。

 

 「すぐに戻りますから!」

 

 ジャスティスがオーディンに後退するのを見届けるとビームサーベルを抜いた。

 

 この敵相手にドラグーンでは不利だと判断したレティシアは近接戦闘を選択したのだ。

 

 本来ならばセイレーンに換装した方が良いのだが、この敵がそれを許すとも思えない。

 

 「今の装備で何とかするしかないですね」

 

 相手もまた迎え撃つためにネイリングとビームサーベルを構える。

 

 勝負は一瞬―――戦場に轟く爆発音を合図に二機が同時に突撃する。

 

 「はあああ!!」

 

 交差した瞬間、互いが振り抜いた刃が相手を斬り裂く。

 

 イレイズの斬撃がアイテルの右腕を落とし、アイテルのビームサーベルがネイリングを叩き折った。

 

 「くっ!」

 

 「チッ、やる! しかし!」

 

 このままさらにアイテルに追撃を掛けようとした時、何条もの閃光がイレイズに迫ってきた。

 

 回避したクロードに追い打ちをかける形でライフルを撃ち込んできたのはフリーダムだった。

 

 「レティシアさん!」

 

 「キラ君!」

 

 フリーダムはイレイズをビームライフルで引き離しながらアイテルに近づいた。

 

 右腕を落されてはいるが、致命的な損傷は見当たらない。

 

 しかしその近くにはスレイプニルと思われる残骸がいくつも浮かんでいた。

 

 「レティシアさん、ラクスは―――」

 

 「彼女は大丈夫です。損傷を受けたのでオーディンまで後退しただけです」

 

 その言葉に安心すると、正面の黒いイレイズに視線を向けた。

 

 ラクスとレティシアをここまで追い込むなんて、このパイロットは一体?

 

 キラはもう片方の手でつかんでいたものをレティシアに手渡す。

 

 「これは?」

 

 どうやらモビルスーツのコックピットブロックのようだが、酷く損傷している。

 

 「……急いで後退してください。後は僕がやります」

 

 この腕では通常の敵ならともかくあのイレイズの相手は難しい。

 

 むしろキラの足でまといになるだけだろう。

 

 「分かりました。ここは頼みます」

 

 「はい!」

 

 キラは油断なく目の前の機体を見た。

 

 敵もいくつか武装を消耗しているらしい。

 

 とはいえフリーダムもまた余裕がある訳ではない。

 

 プロヴィデンスとの戦いでスレイプニルは完全に破壊されていた為、捨ててきた。

 

 機体も傷だらけであり、左足も破損している。

 

 機体性能差を考えず、今の状態だけならほぼ五分であろう。

 

 どう出るか―――

 

 そこまで考えた時、イレイズが持っていた折れた対艦刀をフリーダムに投げつけてきた。

 

 咄嗟に反応しシールドで弾くと同時にイレイズのビームサーベルが眼前に迫る。

 

 「速い!?」

 

 ビームライフルを撃ちながら後退すると、クロードもまた機体を旋回させてビームを回避しガンバレルを展開する。

 

 「またこの手の武器か!」

 

 先程まで戦っていたプロヴィデンスもまた同じような攻撃でフリーダムを追い詰めてきた。

 

 その戦いと、今までの訓練の経験が即座にキラを動かす。

 

 「そんなものは当たらない!」

 

 四方から放たれるビームを飛び回りながら確実に回避していく。

 

 イレイズのコントロールするガンバレルはドラグーンに比べれば大きく、機動性も落ちる為より見切りやすい。

 

 背後から放たれた一射を宙返りしながらかわすと同時に撃ち落とした。

 

 「……素晴らしい」

 

 クロードは感嘆の声を上げる。

 

 今までの戦った相手の技量が児戯にも思えるほどの腕前である。

 

 自身の中の高揚感に浸りながらフリーダムにビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 高速ですれ違う2機。

 

 繰り出される斬撃をシールドで捌きながらも斬り返していく。

 

 互角に見える戦いではあるがやはり機体性能の差か、敵が有利。

 

 その差をクロードはパイロットとしての技量で補っていた。

 

 フリーダムの放った斬撃を流し、ビームライフルやガンバレルを使って、敵が繰り出す攻撃をかわしやすいように誘導する。

 

 これには押しているはずのキラの方が動揺した。

 

 「上手い」

 

 もちろんモビルスーツの操縦技能も高いのだがそういう事ではなく、単純に戦う事が上手いのだ。

 

 技量ではこちらが上だと思うが、それにも関わらず押しきれな。

 

 「このパイロットは!?」

 

 動揺し一瞬動きが乱れた隙にビームサーベルがフリーダムの胸部を浅く斬り裂く。

 

 だが、負けじと斬り返した一太刀がイレイズの肩部装甲を斬り飛ばす。

 

 クロードは損傷によって体勢が崩れた事を利用して蹴りを入れるとレールガンを叩き込んで吹き飛ばした。

 

 「ぐううう!」

 

 シールドで防御し体勢を崩される事だけは無かったが、キラはより目の前の敵に対する警戒を強めた。

 

 キラは知る由もないが、これはボアズでアスラン相手に見せた戦い方と同じであった。

 

 そう、彼は単純に相手の動きを観察、情報を収集、その結果に合わせ攻撃していただけにすぎない。

 

 「この敵は……」

 

 キラが敵機を警戒して距離を取ろうした時、突然敵機から通信が入ってくる。

 

 「久ぶりかな、キラ君」

 

 「貴方は―――」

 

 モニターには一度だけ面識のある男、クロードが映っている。

 

 「流石だよ。数多のザフトのエース達を落としてきた『白い戦神』の名は伊達ではないね」

 

 それは確かザフトがつけた異名のはず。

 

 何故地球軍のこの男が―――いや、それよりも今は他に言うべき事がある。

 

 「……貴方がイレイズのパイロット。これ以上の戦闘は意味がない。退いてもらえませんか? 今すべきことはジェネシス破壊の筈です」

 

 「確かにそう通りだ。けどその心配はいらないよ。そろそろ時間だからね。ほら、あれを見るといい」

 

 クロードの指し示した方角にはこの宙域にいた誰もが予想すらしていなかったものが存在していた。

 

 何もないはずのその場所にぶつかって破壊されていくモビルスーツ達。

 

 その空間が揺らめき、何かがある事だけが分かる。

 

 「ミラージュ・コロイド?」

 

 「その通り。あれが何かというと―――」

 

 クロードが何か手元の端末を操作すると今まで覆い隠されていた物が姿を現す。

 

 それは巨大な岩だった。

 

 大きさはジャネシスのミラーよりやや小さいくらいだろうか。

 

 表面にはミラージュ・コロイドを散布させる装置らしきものが設置され、そしてさらにここまで運んでくるための大きなブースターらしきものも見える。

 

 そのままかなりの速度でジェネシスに向かって一直線に進んでいた。

 

 「あれは!?」

 

 「ボアズの残骸さ。あれをジェネシスにぶつける。本体は無傷でもミラーの方はどうかな」

 

 確かにあれをぶつければミラーは所定の位置からずれて、発射はできない。

 

 さらにぶつかった衝撃で破壊されるだろうボアズの残骸は細かい破片となって周囲にばら撒かれるため、新しいミラー交換も簡単にはできなくなるだろう。

 

 「それよりいいのかな? このままでは巻き込まれるよ、同盟軍の戦艦も」

 

 「しまっ―――逃げろぉぉぉ!!」

 

 キラは敵を無視し味方の艦に向かっていく。

 

 クロードは笑みを浮かべる。

 

 この状況は彼が作り上げたもの。

 

 何かが起こることを知っていたのはクロードを除けばユリウスともう1人のみ。

 

 だが流石にユリウス達もボアズの残骸がぶつかるとは思っていなかっただろう。

 

 感謝してもらいたいくらいだ。これで彼らもジェネシス破壊をやりやすくなったのだから。

 

 一度だけボアズの残骸を見ると、クロードはフリーダムの後を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 迫るボアズの残骸は予想以上に早く、そして周囲のものを巻き込みながら進んで行く

 

 特に防衛ラインを任されていたザフトのナスカ級、ローラシア級などの艦やモビルスーツは逃げる間も無く次々と沈んでいく。

 

 そんな誰もが退避行動を取る中で一か所だけ、構う事無く戦闘を続けていた者達がいた。

 

 最もジェネシスに近い位置で激しい戦闘を繰り広げていたアストとユリウスである。

 

 「はああああ!!」

 

 「落ちろ!!」

 

 ビームライフルを撃ち合い、接近した2機が交錯すると同時にバルムンクとクラレントが互いの機体を掠めていく。

 

 もうユリウスはドラグーンを一切使用していなかった。

 

 アストにドラグーンを使用しても焼け石に水であると判断した。

 

 それは間違っていない。

 

 アストはいつの間にか直感というか、殺気のようなものを感じ取れるようになり、より正確に飛び回る砲台を撃ち落とせるようになっていたのだ。

 

 元々ユリウスはドラグーンを重要視していなかった事もあり、これ以上は無駄であり接近戦に集中すべきとの結論に至った。

 

 「しぶといな!」

 

 「そう簡単にやられるか!」

 

 振りかぶられた刃をシールドで弾き飛ばし、袈裟懸けに叩きつけた斬撃も空を切る。

 

 再び交差しようとした時、ユリウスは至近距離からヒュドラを放った。

 

 当然こんな攻撃が当たるとは思っていない。

 

 案の定イノセントに当たる事はなく、シールドで防がれた。

 

 「……それでいい」

 

 僅かではあるが隙が出来たイノセントに蹴りを入れて突き飛ばすとクラレントを逆袈裟に振り抜いた。

 

 「ぐぅ! この」

 

 吹き飛ばされたアストは歯を食いしばり衝撃に耐えると無理やり腕を動かしてシールドを掲げようとする。

 

 しかしやはりタイミングが遅すぎた。

 

 クラレントの斬撃がガトリング砲を斬り飛ばすと、さらに追撃を掛けてくる。

 

 「調子に乗るなぁ!!」

 

 振り下ろされたクラレントに合わせビームサーベルを構えると刀身半ばから叩き折った。

 

 「お前の方こそ!」

 

 折れたクラレントを捨てそのままマニュピレーターで殴りつけビームサーベルを弾き落とす。

 

 「こいつ!!」

 

 アストもまたマニュピレーターで殴り返すとディザスターのビームライフルを吹き飛ばし、その隙にバルムンクを構えなおす。

 

 2機の戦いは完全に膠着状態になっていた。

 

 

 その時―――ジェネシスのミラーブロックにボアズの残骸が衝突した。

 

 

 ぶつかった衝撃でミラーブロックがねじ曲がり、ボアズの残骸は衝突した部分から細かい破片となって周囲に飛び散った。

 

 その衝撃に巻き込まれたアストもユリウスも吹き飛ばされてしまった。

 

 「チィ!!」

 

 「うああああ!!」

 

 巻き込まれたのは2人だけではない。

 

 ジェネシスの守備についていたザフト軍も接近してた同盟軍も同じく衝撃に晒されていた。

 

 「きゃああああ!!」

 

 アークエンジェルのブリッジに悲鳴が響き渡る。

 

 それはオーディン、ドミニオン、クサナギも同じである。

 

 キラの叫びに気付いて咄嗟に回避行動を取っていなければ飛び散ってくる破片の餌食になっていただろう。

 

 近くまできていた筈のフリーダムも吹き飛ばされたのか、このあたりには確認できない。

 

 ともかく撃沈こそしなかったが、無傷とはいかなかった。

 

 「被害状況は?」

 

 「一部砲門が使用不能」

 

 「スラスターも損傷は軽微ですが影響あり」

 

 この程度で済んだのはむしろマシな方だろう。

 

 他の3艦とも似たような状況である。

 

 しかしこれでジェネシスは当分の間は使えない。

 

 本体には問題ないだろうが、ミラーブロックは折れ曲がり、周辺にはボアズの残骸が破片となって散乱している。

 

 これでは発射態勢が整うまでどれほどの時間がかかるか。

 

 しかしこれはこちらにとっては最後の好機である。

 

 ここを逃せば次はない。

 

 《ラミアス艦長、聞こえるか?》

 

 カガリが通信を開いてくる。

 

 その顔からすると彼女もまた同じ事を考えているようだ。

 

 《これが最後のチャンスだ……この混乱に乗じこれからクサナギはヤキン・ドゥーエに突入する!》

 

 「カガリさん!?」

 

 《突入部隊と最低限の人員以外はすべて脱出させ、オーディンに退避させる。その間アークエンジェルとドミニオンで援護して欲しい。私もストライクルージュで突入を援護する》

 

 「……了解です」

 

 マリューはあえてカガリの決断を止めなかった。

 

 彼女もまた覚悟を決めてここにいる。

 

 ならば自分も出来る事をするだけだ。

 

 同盟軍がこれを好機と捉えていたように、ヤキン・ドゥーエの司令室では逆に危機感に満ちていた。

 

 より正確にいえば、危機感を持っていたのはパトリック・ザラのみで他の兵士達は皆一様にホッとしていたのだが。

 

 正直な話、地球に向けてジェネシスを放つなど、できればやりたくなどなかった。

 

 そんな空気をパトリックの怒声が吹き飛ばした。

 

 「おのれェェ! ナチュラル共がァァ!」

 

 「……地球軍と思われる部隊の一部と同盟軍がこちらに接近しています」

 

 「まだ粘るか、今動ける部隊は?」

 

 「は、はい。ブランデル隊がいます」

 

 その返答にパトリックは忌々しそうに拳を机に叩きつけると吐き捨てた。

 

 出来ればブランデルなどには何もさせたくはなかったのだが。

 

 「ふん、仕方無い。奴には似合いの仕事か。ブランデル隊に敵の迎撃とジェネシス周辺の瓦礫を撤去させろ! それと同時に次の発射準備を開始せよ!」

 

 「なっ」

 

 「しかし、議長。これ以上は……」

 

 「やるのだ! それですべてが終わる!」

 

 苛烈なまでに指示を出し続けるパトリックを止められる者などここには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされたアストは朦朧とした意識をはっきりさせる為に頭を振る。

 

 「……まだ生きているみたいだな」

 

 目を開きモニターを見ると周りは破片だらけで視界も悪い。

 

 ユリウスがどうなったのかわからないが機体状態を確認しようと手を伸ばした瞬間、警戒音が鳴り響く。

 

 「敵か!?」

 

 上方から瓦礫の間を縫うようにディザスターが突っ込んでくる。

 

 その姿を見るだけで大抵の者ならば凍りついて動けないだろう。

 

 何故ならその速度はあまりに異常なものだったからだ。

 

 岩の破片が溢れているこの一帯をスラスター全開で突っ込んでくるなど自殺行為。

 

 そんな事さえ平然とやってのけるのがユリウス・ヴァリスという男の恐ろしさである。

 

 まさに隔絶された技量と言えるだろう。

 

 「貰ったぞ! アスト!」

 

 「くそ!」

 

 咄嗟に操縦桿を動かすも、どこか損傷でもしているのか動きが鈍く、ディザスターが振り下ろしてきたビームソードを避ける為の回避運動があまりに遅い。

 

 「間に合わない!?」

 

 スラスターを噴射し直撃だけは避けたものの、右足があっさりと斬り落とされてしまった。

 

 さらに返す刀でビームソードを斬り上げ背中のアクイラ・ビームキャノンを砲身から斬り裂かれる。

 

 「終わりだ!」

 

 振り下ろされるビームソードを見つめるアストの脳裏に様々な事がよぎる。

 

 ここで終わりなのか?

 

 みんなの顔が思い出される。

 

 そしてレティシアとの約束。

 

 「そうだ―――俺はまだぁぁぁ!!!!」

 

 シールドを投げつけディザスターの動きを阻害すると装着されていたアドヴァンスアーマーをパージするとバルムンクを袈裟懸けに、ビームサーベルを横薙ぎに斬り払う。

 

 一瞬だけ視界が塞がれたユリウスはイノセントの放った斬撃に対し反応が遅れた。

 

 完全に致命的なタイミングでの隙。

 

 通常のパイロットであれば確実に撃破されていただろう一撃だ。

 

 その攻撃をユリウスは神懸かり的な反射神経にてスラスターを逆噴射させる。

 

 それでもバルムンクに左肩から腕ごと落とされ、さらにビームサーベルで両足を切断されてしまった。

 

 「これ以上は、ならば!」

 

 ここでユリウスは賭けに出た。

 

 スラスターを吹かしながらディザスターの斬り飛ばされた腕と足ににヒュドラを放ち、撃ち抜くと凄まじい爆発を引き起こした。

 

 「なっ!?」

 

 当然近くにいたイノセントも巻き込んで2機を再び吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 アストの視界から爆煙が晴れるとそこにはディザスターの残骸だけが残っていた。

 

 「倒した? いや、撤退しただけか」

 

 どちらにせよ何とか生き延びた。

 

 向うが生きているかどうかは知らないが、仮に生きていてもあの損傷で爆発に巻き込まれた以上は機体の方はただで済むまい。

 

 少なくともこの戦いに復帰してくる事はないだろう。

 

 というかそうであって欲しいものだ。

 

 正直彼とは2度と戦いたくない。

 

 「死んだと思った」

 

 本当に強かった。

 

 再び同じ条件で戦っても勝てるかどうか。

 

 ともかく機体は酷い状態ではあるが、戦えないほどではない。

 

 アストは機体状態を確認しながらヤキン・ドゥーエに向って移動を始めた。

 

 

 

 

 

 満身創痍の状態でブランデル隊の母艦ゼーベックに辿り着いたアスランはエドガーからの通信を受けていた。

 

 《良く戻った、アスラン》

 

 「はい、ユリウス隊長からこちらに私の機体があると聞いたのですが?」

 

 《ああ、ジュラメントはそのまま外に放置してくれ。君は艦の格納庫まで来て欲しい》

 

 ゼーベックに機体をつけるとコックピットから出て艦内に入り、格納庫に向かうとエレベーターの前にエドガーが待っていた。

 

 「こっちだ」

 

 「はい」

 

 2人でエレベーターに乗り込むとエドガーは先程受けた命令の話を切り出した。

 

 「先程パトリック・ザラから命令が来た。接近中の地球軍、同盟軍の迎撃とジェネシス周辺の瓦礫を排除しろとの事だ」

 

 「父上……」

 

 どうやらまだジェネシスを使うつもりらしい。

 

 拳を強く握りしめる。

 

 「これ以上アレを撃たせる訳にはいかない。瓦礫の撤去に見せかけ、我々もジェネシス破壊に動く」

 

 「……了解です」

 

 格納庫に辿り着いたアスランの前に酷く懐かしい機体が佇んでいた。

 

 「これは……『イージス』?」

 

 間違いない。細部に違いはあれど間違いなくかつての愛機である。

 

 「これが君の機体『イージスリバイバル』だ」

 

 ZGMF-FX004b 『イージスリバイバル』

 

 イージスの戦闘データを基に各部を強化、改修を施し、さらにディザスターのパーツを組み込んだ機体である。

 

 可変機構こそオミットされているものの非常に高い性能を有しており、武装は基本武装と腹部にヒュドラ、さらにアスラン用に改良、調整されたドラグーンが背中に2基装備されている。

 

 このドラグーンは三連ビーム砲になっている為、通常の物より大型であり機動性が若干落ちる。

 

 それを補うため側面にスライド式の小型アンチビームシールドが搭載されたものになっている。

 

 「ドラグーンシステム」

 

 アスランの脳裏に先ほど戦ったラウのプロヴィデンスの姿が思い出された。

 

 あんな風に自分も使えるだろうか。

 

 「君用に改良を施しているから、通常のドラグーンよりも扱いやすくなっているはずだ」

 

 やるしかない。この機体で―――

 

 アスランは機体に乗り込むとOSを立ち上げて起動させる。

 

 《アスラン、まずは接近中の地球軍を叩いてくれ。その後は同盟軍の方を頼む》

 

 「了解!」

 

 ゼーベックのハッチが開く。

 

 アスランは息を吐くとペダルを踏む込んだ。

 

 「アスラン・ザラ、イージス出る!」




機体紹介3更新しました。


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第47話  因縁再来

 

 

 

 

 新たな機体で戦場に帰還したアスランは機体状態を確認しながら地球軍の部隊を迎撃に向かっていた。

 

 この機体『イージスリバイバル』に搭乗するのは初めてだ。

 

 もちろんカタログスペックは確認してはいるが、実際に動かすとなるとまた違ってくる。

 

 加速性を確認するためにペダルを踏み込みスラスターの出力を上げていく。

 

 機体が一気に速度を増すと同時にアスランの体がGでシートに押し付けられ深く沈み込んだ。

 

 「くっ、なんて加速だ!」

 

 外見は似ていてもオリジナルのイージスとはまるで別物である。

 

 ユリウスのディザスターもこの機体と同等以上のスペックを持っていた筈だ。

 

 それをああも使いこなすなんて、改めて彼の凄さが分かるというものだ。

 

 「だとしても使いこなして見せる」

 

 しばらくの間、機体を慣らすように様々な挙動を試して感覚をつかんでいくと、今度は武装を確認する。

 

 頭部機関砲と高出力化されたビームライフル、両手両足に搭載されたビームサーベル、腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』、幸いな事にほとんどイージスと共通の武装である為、戦闘になればそう戸惑う事はないだろう。

 

 一つだけ気になるのは今まで使った事のない武装。

 

 背中に装備されたドラグーンシステムである。

 

 自分用に調整してあるとは言っていたが、これを使いこなせるかどうか。

 

 もちろんアスランにもパイロットとしての矜持はある。

 

 任された以上は使いこなすのが自分の仕事だ。

 

 「あれか……」

 

 アスランの視線の先には地球軍の戦艦が数隻ほどヤキン・ドゥーエに向かって移動しているのが見えた。

 

 彼らには悪いがここから先には行かせる訳にはいかない。

 

 「行くぞ!」

 

 イージスはさらに速度を上げると地球軍の艦隊に突撃した。

 

 当然敵機が接近している事は地球軍も気がつき、ストライクダガーを出撃させ迎撃の準備は整っていた。

 

 その時点で敵の指揮官は決して無能ではない事がわかる。

 

 少なくとも間違った判断はしていない。

 

 だから誤算があったとすれば彼らの対応ではなく、向ってくる敵の方にあったのだ。

 

 「迎撃開始!」

 

 「「了解!」」

 

 その声に合わせストライクダガーが向ってくる敵機に対し迎撃行動に出る。

 

 一斉にビームライフルを放ち何条もの閃光がイージスリバイバルに襲いかかった。

 

 だがアスランは全くと言っていいほど動じた様子もなく、正面から突っ込んでいく。

 

 敵対している地球軍側から見ればそれはまさに命知らずの特攻そのもの。

 

 誰もが敵機の撃墜を確信した。

 

 だが次の瞬間、イージスは襲いかかったビームの雨を縫うように回避。

 

 ビームライフルを構え連続で発射する。

 

 数機のストライクダガーをあっさり貫き、撃ち落とすと動揺して動きを止めた敵部隊に突っ込み、両足のビームサーベルで2機の敵機を両断した。

 

 「うああああ!」

 

 「く、くるなああ!!」

 

 明らかな実力の違いを悟り恐慌状態に陥ったストライクダガーを躊躇なく撃墜していく。

 

 さらにビームライフルとビームサーベルを自在に使い分け次々と敵機を宇宙の塵に変えていくと、敵艦への道が開けた。

 

 「何時までも躊躇ってはいられないな」

 

 アスランは意を決してドラグーンを放出した。

 

 飛び出したドラグーンは思った以上に扱いやすくスムーズに動く。

 

 エドガーの言っていた通り、調整が加えられているおかげだろう。

 

 とはいえこれ以上数が増えれば流石に厳しくなってくる。

 

 やはりそういう意味でもラウやユリウスは規格外なのだ。

 

 とにかくこれまでの不安は杞憂に終わり、もう躊躇う理由はない。

 

 「俺もやれる!」

 

 敵艦を左右から挟み込み三連ビーム砲が砲台や装甲を次々と抉り破壊していくと戦艦は動きを止めた。

 

 損傷で所々から火を噴き、撃沈寸前である。

 

 この瞬間を見逃すとほどお人好しではない。

 

 そのまま接近すると腹部からヒュドラを放ち敵艦のブリッジを吹き飛ばした。

 

 破壊された戦艦は爆発を引き起こし、それが全体に広がると一気に消し飛んだ。

 

 地球軍の艦長や出撃していたパイロット達はそれを呆然と見守るしかなかった。

 

 この時点ですでに勝負はついていた。

 

 どう頑張ってもイージスを落とす事などできない。

 

 だが彼らはここで選択を間違えた。

 

 アスランも撤退するならば追う気もなかったのだが、地球軍の戦艦は自棄になったようにビーム砲を撃ち込みこちらを狙い、モビルスーツも斬りかかってくる。

 

 「素直に撤退すればいいものを」

 

 放たれたビーム砲を軽々と回避すると接近してきたストライクダガーをドラグーンで撃ち落とし、さらにビームサーベルで叩き斬った。

 

 そして近くにいた母艦をビームライフルで次々と損傷させ、ドラグーンでエンジンを破壊すると艦全体が炎に包まれ大きく爆散する。

 

 すでに迎撃に出ていたストライクダガーの半数以上を撃破、もしくは行動不能に追い込み、そして数隻いた戦艦も残りは2隻にまで撃沈されている。

 

 結果、無用な犠牲を払いようやく彼らは撤退を開始した。

 

 「やっと退く気になったか」

 

 もちろんそれを妨げるような事はしない。

 

 退いてくれるならばわざわざ追う必要などない。

 

 そして完全に撤退した事を確認すると、機体をチェックする。

 

 損傷もなく、ドラグーンも問題無く使えている。

 

 「良し、大丈夫だ!」

 

 次は同盟軍―――この機体を使いこなせば奴を、アスト・サガミを倒せる。

 

 そして父を止め、彼女を連れ戻す。

 

 「今度こそ!」

 

 アスランは機体を反転させるとヤキン・ドゥーエ方面に機体を進ませた。

 

 

 

 

 

 

 フリーダムはボアズの残骸の中を漂っていた。

 

 残骸に囲まれたキラは鋭い視線のまま周囲を警戒している。

 

 ボアズとミラーブロックの衝突により吹き飛ばされたフリーダムは気がつけばアークエンジェルとは完全に離されてしまっていた。

 

 もちろんすぐにでも合流するために動きたかったのだが、そう簡単にはいかなかった。

 

 警戒しながら視線を動かしていたキラに悪寒のようなものが走る。

 

 「ッ!?」

 

 直感を信じペダルを踏み込むとスラスターを使って前方に加速させる。

 

 次の瞬間、別方向からの閃光が今までいた場所を薙ぎ払った。

 

 振り返ったキラの目の前にはイレイズサンクションが佇んでいた。

 

 ビームライフルを構えて、こちらを狙っている。

 

 「手強い」

 

 先程までの戦いでクロードが強い事は分かっていた。

 

 ただ、彼は強いだけではなく今まで戦ってきた者の中で一番戦い難い相手であった。

 

 そのためか迂闊に前に出られない。

 

 「……でも、何時までもここで足止めされる訳にはいかない!」

 

 一刻も早く味方の下に辿り着かなければならない。

 

 キラが意を決してビームサーベルを抜きながら前に出る。

 

 しかしイレイズが後退し岩の破片に紛れ姿を隠すと、全く違う方向からビームが飛んできた。

 

 「くっ!」

 

 何とか機体を逸らして回避するとクスフィアス・レール砲を構えるがすぐに岩の陰に隠れてしまう。

 

 今見えた機影はモビルスーツではなく、ガンバレルのもの。

 

 信じがたい事ではあるが敵は残骸が周囲に漂う中でガンバレルを使用しているのだ。

 

 こんな状況で使えば普通は瓦礫にぶつかって破損してしまうか、動きが取れなくなるかのどちらかである。

 

 それをクロードは非常に細かく繊細な操作と高い空間認識力でそれを可能にしていたのだ。

 

 瓦礫に囲まれた限定空間、視界の悪さ、敵の技量、状況は最悪に近い。

 

 なんとかこの状況を打開するには―――

 

 「良し、このままじゃ埒が明かない」

 

 キラはスラスターを噴射させると先程と同じようにあえて前に出た。

 

 この場所で戦うにはあまりに不利、だからまずはここから抜け出す事を選択した。

 

 しかしそれはクロードも予測済みだ。

 

 「それは悪手ではないかな、キラ君」

 

 フリーダムの進路を塞ぐようにビームを撃ち出す。

 

 だがキラは迫るビームに構う事無く、瓦礫を避けさらに機体を加速させた。

 

 「……損傷を受ける事を覚悟してここから抜ける事を選択したか」

 

 フリーダムは致命傷こそ受けてはいないが、閃光が掠めるたびに傷が増えていく。

 

 一見無謀にも見える行動だが、キラ・ヤマトが取れる最良の選択である。

 

 クロードが逆の立場でも同じ選択をしただろう。

 

 だからこそフリーダムの動きを予測して攻撃を仕掛けたのだが、敵はその攻撃を尽く避けていく。

 

 「本当に流石としか言いようがないな」

 

 これ以上は引き離されると判断するとガンバレルを引き戻しフリーダムを追った。

 

 後ろを追随する形で蒼い翼にビームライフルで狙いをつける。

 

 だが次の瞬間、敵機に姿がクロードの視界から消えた。

 

 咄嗟に機体を止め、周囲を窺った。

 

 敵の狙いは―――まさか!?

 

 「真下か!?」

 

 気がついた時にはすでにキラは下から回り込んでいた。

 

 「遅い!」

 

 「チッ!」

 

 咄嗟に回避行動を取ったクロードであったが、先程まで有利であったこの場所が今度は不利に働いた。

 

 瓦礫に邪魔され上手く動けなかったイレイズの左腕が飛び、ビームライフルが破壊されてしまう。

 

 ここまでの戦闘でクロードが初めて負った大きな損傷である。

 

 「このまま―――ッ!?」

 

 フリーダムがイレイズの左腕を落とした瞬間、クロードはスラスターを調整し機体を水平にするとレールガンを叩き込んだ。

 

 「ぐうううう!」

 

 吹き飛ばされ瓦礫に叩きつけられたキラは呻くように声を出し衝撃を噛み殺すと、眼の端で閃光を捉えた。

 

 「くそ!」

 

 ビームをかわし再び回り込むようにイレイズに接近するとビームサーベルを横薙ぎに振り抜いた。

 

 当然クロードも応戦し、放った斬撃がお互いを削っていく。

 

 「貴方は一体!?」

 

 「……君が知る必要はないよ、最高のコーディネイター君」

 

 その事を知っているという事はこの男も―――

 

 「ラウ・ル・クルーゼやユリウス・ヴァリスと同じ……」

 

 「ラウとは友人、それだけさ。ユリウスとはそう親しくはないが知り合いではある」

 

 2機は激突と離脱を繰り返し、瓦礫の中を高速で動きまわる。

 

 「貴方は―――」

 

 「私の事はどうでもいいだろう? それよりも全力を見せてくれ。その為に戦っているんだからね」

 

 「貴方は何を言っているんだ?」

 

 イレイズのビームサーベルをシールドで弾き飛ばすとガンバレルの攻撃を回避。

 

 さらにビームライフルを撃ち込もうと構えた時、瓦礫を抜け広い空間に出る。

 

 目の前にはヤキン・ドゥーエ。

 

 そこでも激しい戦闘が行われている。

 

 これでようやく自由に動けるようになった。

 

 しかし、それはイレイズも同じ事である。

 

 先ほどまでよりも鋭い動きで懐に飛び込んでくると、ビームサーベルを振り抜いてきた。

 

 「負けられない!」

 

 「それで限界か!!」

 

 再びイレイズと激突を繰り返す。

 

 そんな2機の近くで大きな爆発が起きた。

 

 イレイズと弾け合い距離を取ったキラは視線を向ける。

 

 そこで見えたのは―――

 

 「クサナギ!?」

 

 同盟軍がヤキン・ドゥーエに突撃していく姿だった。

 

 

 

 

 

 

 ボアズの残骸がジェネシスとヤキン・ドゥーエの宙域に広がり、ザフト軍は激しく混乱していた。

 

 碌な編隊も組めず、艦も身動きがとれない。

 

 そんな混乱に乗じてヤキン・ドゥーエに接近していく者達がいた。

 

 言わずと知れた同盟軍である。

 

 邪魔な瓦礫を破壊しながら突き進んでいくその姿に気がつかないザフトではない。

 

 「行かせるな!」

 

 「戦艦を落とせ!」

 

 当然妨害しようと攻撃をしかけてくる。

 

 現在同盟軍の防衛として出撃しているのは各量産機とストライクルージュ、片腕を失ったとはいえ戦闘継続可能なアイテル。

 

 スウェアは補給の為に帰還し、ジャスティスは応急修理中である。

 

 正直かなり厳しい状況であるが、今の好機を逃せば次はない。

 

 カガリは迎撃に向かってきたゲイツをビームライフルで撃ち落とすとレティシアもプラズマ収束ビーム砲でジンを薙ぎ払う。

 

 「レティシアは無理をするな。その腕じゃ厳しいだろう、ドラグーンも使えないんだ」

 

 アイテルの装備している武装リンドブルムの主武装であるドラグーンは瓦礫が周囲に散乱している為に使用不可。

 

 しかも片腕は損傷したままで、戦闘を継続している。

 

 「大丈夫です。こんな状況ですからね」

 

 今は1機でも戦力が必要だ。

 

 その証拠にヤキン・ドゥーエに接近してきた事に感づいたザフトのモビルスーツが群がってきている。

 

 この数を戦艦の武装や少数の量産機だけで捌いていくのは難しい。

 

 せめてスウェアが戻るくらいまでは何とかもたせなくてはならない。

 

 アイテルがビームサーベルを構えシグーを両断すると、クサナギの前に立ちふさがる岩をビームガンで粉砕した。

 

 「良し、このまま進む!」

 

 先頭にいたクサナギの主砲を使い瓦礫を薙ぎ払う。

 

 そして急に開けた場所に出るとその先に目標となる宇宙要塞ヤキン・ドゥーエの姿が見えた。

 

 流石にザフトの宇宙要塞、正面だけでもかなりの戦力がいる。

 

 だが今までの戦闘とボアズ残骸の衝突による混乱でこれでもずいぶん減ってはいるようだが、それでも結構な数には違いない。

 

 カガリは怯みそうになる自身を叱咤しながら、指示を出した。

 

 「……予定通りだ。クサナギでヤキン・ドゥーエに突入する。各機、各艦は援護を!」

 

 「「了解!」」

 

 「アサギ、1人で前に出るなよ!」

 

 「それ私のセリフですよ!」

 

 各機が散開し、クサナギが前に出る。

 

 さらに両側面にアークエンジェル、ドミニオン、そして背後にオーディンが付くと進撃を開始した。

 

 「ヨハン、背後からの敵に注意しろ! エンジンを守れ!」

 

 「了解です、中佐。アークエンジェル、ドミニオンもよろしいですね?」

 

 《はい! ゴットフリート照準、クサナギに近づけないで!》

 

 ゴットフリートの閃光が数機のモビルスーツを巻き込んで撃破する。

 

 《こちらも問題ありません。ヘルダート、バリアント撃てぇー!!》

 

 さらに別方向からの敵襲にドミニオンがヘルダート、バリアントで薙ぎ払い、撃ち漏らした敵をオーディンが片付けていく。

 

 「ここでならドラグーンも使えます! 行きなさい!」

 

 アイテルから再び勢いよくドラグーンが飛び出し数機のモビルスーツを一網打尽にしていく。

 

 それに続くかのようにカガリもアサギと連携を組みながら敵機に突撃する。

 

 「カガリ様、援護します!」

 

 「分かった!」

 

 アサギの援護を受けたカガリは敵のビームをシールドで防ぎながらビームサーベルを振るいシグーを斬り裂く。

 

 そして今度はアサギを援護するためにビームライフルで牽制を行う。

 

 2人の動きはナチュラルの動きとは思えないほど見事な連携である。

 

 カガリ達もまたヴァルハラ防衛戦以来ずっと訓練を積んで来た。

 

 戦争である以上は覚悟していたはずなのに、いざジュリを失った時は相当堪えた。

 

 しかし何時までも落ち込んではいられないし、彼女の死を無駄にしない為に自分達もできる事をしようと決め、訓練に励んで来た。

 

 その成果、今発揮しないで何時するというのか。

 

 「はあああ!!」

 

 「これで!」

 

 2機の連携についていけずにゲイツが左右からビームサーベルで串刺しにされ、撃破された。

 

 そこに補給を終えたスウェア、そして応急修理を終えたジャスティスも出撃してくる。

 

 「レティシア、お待たせしました!」

 

 「こちらは引き受ける!」

 

 スウェアは予備のシールドとライフルで武装し迎撃に加わる。

 

 どうやら補給のみで戦闘に支障はなかったようだが、問題はジャスティスである。

 

 一応切断された腕と足は修復されているが、背中には何も背負っていない状態であった。

 

 PS装甲とはいえ至近距離からあれだけの爆発を受けたジャスティスはほとんど大破に近い状態だった。

 

 特に背中は酷い状態であり、スラスターを修復するだけでもギリギリで、とてもリフターを装着できるまでに戻せなかったのだ。

 

 「ラクス、そんな状態で出てきたのですか!?」

 

 「私は大丈夫です。それよりも今はクサナギを援護する方が大切な筈です」

 

 レティシアは思わず口に出そうとした反論を呑み込んだ。

 

 彼女の言い分は正しい。

 

 ここでクサナギがヤキン・ドゥーエが辿りつけなければ意味がないのだから。

 

 「……無理だけはしないでください」

 

 「それはレティシアもですよ」

 

 「ええ」

 

 ジャスティスを援護するようにドラグーンを放出すると、ラクスもそれに合わせてビームサーベルを振るっていく。

 

 もちろんザフトも敵艦の前に立ちふさがりヤキン・ドゥーエに近づけまいと猛攻を加えてきた。

 

 放たれたビームやミサイルがクサナギに直撃し大きく揺らして、炎が上がる。

 

 「怯むな! そのまま加速、突っ込め!!」

 

 「「了解!」」

 

 キサカが檄を飛ばし、残ったクルー達も怯む事無く答えを返す。

 

 それに応えるようにクサナギも火を噴きながら敵要塞に突っ込んでいく。

 

 その時、ヤキン・ドゥ―エの港に設置されている隔壁が閉まっていくのが見えた。

 

 「港が閉じる!?」

 

 不味い。

 

 クサナギはすでに突入態勢に入っている以上、作戦変更などできない。

 

 それを見たレティシアが前に出た。

 

 「やらせません!!」

 

 アイテルがビームライフルとプラズマ収束ビーム砲を撃ち込み、さらに残ったドラグーンをビームを放ちながらすべて隔壁に向けて叩きつけた。

 

 ビームライフルとプラズマ収束ビーム砲の一撃が隔壁を撃ち抜き、叩きつけられたドラグーンが爆発を起こす。

 

 「オーディン、セイレーンを射出してください」

 

 《わかった!》

 

 リンドブルムをパージし、セイレーンを装着するとビーム砲と機関砲を同時に叩き込む。

 

 その結果、隔壁は破壊されクサナギが滑り込むようにヤキン・ドゥーエ内部に突っ込んだ。

 

 「ぐっ、全員対ショック―――」

 

 「きゃああ!」

 

 「うああ!」

 

 港にぶつかるように突入したクサナギに凄まじい衝撃が襲う。

 

 その衝撃が収まらぬうちにキサカは叫んだ。

 

 「突入するぞ!」

 

 「り、了解!」

 

 突入部隊と共にブリッジメンバーとキサカも銃を持ってブリッジを飛び出した。

 

 この作戦の成否は自分達に掛かっているのだから。

 

 そしてクサナギと突入部隊がヤキン・ドゥーエ内部に侵入した事は指令室でも確認できていた。

 

 「おのれ、ナチュラル共! 迎撃させろ、指令室に近づけるな! ジェネシスは?」

 

 「まだ瓦礫の撤去に時間が―――」

 

 「急がせろ!」

 

 「了解」

 

 まったくもって情けないとしか言いようがない。

 

 パトリックは自軍の不甲斐無さに憤慨していた。

 

 あんな少数のナチュラル如きに手こずるなど、恥もいいところだ。

 

 しかしそれはあまりに酷というものである。

 

 ザフトもまたここまでの戦闘で疲弊し、さらにこの混乱、本来なら敵の迎撃どころではないのだ。

 

 だがパトリックが苛立っていた理由はもう一つあった。

 

 迎撃を命じたブランデル隊の動きが全く見えなかった事である。

 

 「ブランデルは何をやっている!?」

 

 「……ブランデル隊はジェネシス周辺の―――」

 

 「そんな事は分かっている! 奴は今どこにいるのだ!!」

 

 「ゼーベックは―――ヤキン・ドゥーエに隣接しています」

 

 「何だと!? 呼び出せ!!」

 

 迎撃にも出ず何をしているのか?

 

 《何でしょうか?》

 

 「貴様、何をしている!? 迎撃はどうした!?」

 

 《命令通りですよ。敵の迎撃はアスランに任せ、我が隊のメンバーは瓦礫の撤去を行っています。それに敵の侵入を許したようですから内部の援護も必要でしょう?》

 

 「ふざけるな! 貴様が出ないから奴らの侵入を許したのだろうが!!」

 

 《ですからこうして敵を迎え撃とうとしているでしょう? お話は以上ですか? では失礼します》

 

 「待て!」

 

 通信が切れた途端パトリックは再び机に拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 ゼーベックのブリッジで相変わらずのパトリックの様子にエドガーはため息をつきながら、再度状況の確認をする。

 

 「準備は?」

 

 「はい。問題無く設置できたそうです」

 

 「良し。全機を引き揚げさせろ」

 

 「了解」

 

 準備は整った。

 

 後は時間を稼げばいいだけだ。

 

 そしてその時、戦場にいるユリウスから通信が入ってきた。

 

 「今どこにいる?」

 

 《近くに来ています。ただ派手にやられてしまったので》

 

 「お前ともあろう者が」

 

 《申し訳ありません。それよりどうなっていますか?》

 

 「そうだな、状況を話そう」

 

 状況を聞いたユリウスは「なるほど」といつも通り冷静に呟く。

 

 「動けるならすぐに戻れ。動けないなら、誰か迎えをやるが?」

 

 《問題ありませんよ。すぐに戻ります》

 

 通信を切ったエドガーは再び状況を整理しながら、指揮を取り始めた。

 

 

 

 

 損傷したディザスターは瓦礫の間にいた。

 

 しかし機体の方は半壊状態であり、片腕、両足を失い、PS装甲は落ちたまま、スラスターも一部は反応がない。

 

 武装もビームソードが1つ、ドラグーン数機、ヒュドラだけだ。

 

 こんな状態で戦場に戻るなど自殺行為なのだが、ユリウスは構わず機体を弄っていた。

 

 そのおかげかディザスターのPS装甲が展開され、機体も動き出した。

 

 「さて、いくか」

 

 残ったスラスターを使い瓦礫の間を移動していく。

 

 バランスが取りにくく、非常に動きづらいが、移動を繰り返し、機体を動かしている内にすぐに慣れる。

 

 普通ならば満足に飛ばす事も難しい筈であり、それをこうも操る事自体が尋常な技量でない証であるだろう。

 

 最初のぎこちなさは消え、通常のモビルスーツと変わらない動きで瓦礫を抜けるとヤキン・ドゥーエに移動する。

 

 その途中で見た事のある機体に気がついた。

 

 「あれは特務隊か?」

 

 特務隊専用機シグルドである。

 

 片腕、片足を失っているがコックピットは無事のようだ。

 

 ユリウスは機械のように何の感情も見せず、通信機のスイッチを入れた。

 

 別にこれはシグルドのパイロットを気遣った訳では無く、ただ確かめたい事があっただけだ。

 

 「おい、生きているのか」

 

 「ユ、ユリウス・ヴァリス。なんで……」

 

 乗っているのはクリス・ヒルヴァレーのようだ。

 

 シオンがいないという事はおそらく落とされたのだろう。

 

 だがそれよりも―――

 

 「お前の機体はまだ動くのだろう。何故戦場に向かわない?」

 

 「そ、それは……」

 

 いつもの不遜な態度は鳴りを潜め、酷く怯えた様子である。

 

 それだけでユリウスはクリスに興味を無くした。

 

 要するにこいつは―――

 

 「逃げたのか。仲間を見捨てて」

 

 「見捨ててなどいない!」

 

 「なら何故ここにいる?」

 

 「そ、それは……」

 

 こいつらは仮にも特務隊、今は最前線にいるのが当たり前だ。

 

 しかし今いる場所は戦場の外れである。

 

 機体が動くにも関わらずこんな場所に留まっている理由など多くは無い。

 

 ユリウスはため息をつくと背を向けた。

 

 「屑が……もういい。1つだけ言っておく。カールは決して味方を見捨てる事も逃げる事もしなかった。それに比べればお前は遥かに劣る」

 

 それが恐怖に支配されていたクリスに怒りを呼び起こす。

 

 劣る?

 

 自分が?

 

 あんな奴に劣るなど―――ふざけるな!

 

 クリスは怒りに任せスナイパーライフルを構えるとディザスターをロックする。

 

 「あいつより僕の方が優れてる! そうだよ、僕の方がいつだって優れていたんだ!!」

 

 クリスに躊躇いは無い。

 

 彼にとってカールと同列に扱われること自体が屈辱であり、下に見られるなど耐えられない。

 

 だからこそクリスの胸中は味わった恐怖も忘れ、ユリウスに対する憎しみで満ちた。

 

 それにこんな事は特別な事ではない。

 

 彼らはこうして時に利用し、邪魔者は排除しながら戦果を上げてきたのだ。

 

 自分達は特務隊であり、エリートだ。

 

 たとえ最強と言われる男だろうが、あれだけ損傷していれば!

 

 「消えろ、僕の前から!!」

 

 クリスがトリガーを引くとスナイパーライフルからビームが発射される。

 

 間違いなく捉えた。

 

 あれだけの損傷ならば避けられる筈もないとクリスが確信するのも無理はない。

 

 クリスは知らなかった。

 

 彼の実力―――ユリウス・ヴァリスの力を何も知らなかったのだ。

 

 ユリウスはビームが直撃する瞬間にスラスターを使い最小限の動きで回避すると氷のように冷たい声で呟いた。

 

 「ここまで屑とはな。味方に対して攻撃を仕掛けるなど」

 

 だがクリスはそれどころではない。

 

 驚愕のあまり声も出ない。

 

 何故あんな状態でかわせるのか理解できなかった。

 

 「その様子だと味方を撃つのは初めてではないらしいな……いや、初めから味方ではなかったか」

 

 これ以上の会話は無駄どころか、正直声を聞くだけでも反吐が出そうだ。

 

 「前に言ったな、カールに対する侮辱は許さないと。そして貴様らを仲間と信じていた者達を消してきた、その罪は万死に値する」

 

 「ま、待って―――」

 

 残ったドラグーンを展開し、シグルドを四方から次々とビームで狙い撃つ。

 

 「ぐあああ!」

 

 避ける事も出来ずビームの直撃を食らったシグルドは武装を破壊され、装甲は抉られ、完全に機能を停止した。

 

 そして最後に距離を取りヒュドラを構える。

 

 「た、助け―――」

 

 聞く耳は持たない。

 

 ユリウスはなんの躊躇いもなくトリガーを引く。

 

 「死ね」

 

 「うああああ!!」

 

 腹部から放たれたビームがシグルドを撃ち抜くとすさまじい閃光と共に大きな爆発が引き起こされた。

 

 ユリウスはなんの感慨もなく踵を返すとヤキン・ドゥーエに向かって移動を再開した。

 

 

 

 

 

 クサナギがヤキン・ドゥーエ内部に突入した頃、キラはクロードと最後の攻防を繰り広げていた。

 

 だが互いの攻撃が決定打とはならず、膠着状態に陥っていた。

 

 「埒が明かない。ならば―――」

 

 クロードはここで残ったガンバレルを再び展開する。

 

 キラはこの行動に戸惑った。

 

 すでにガンバレルなど通用しない。

 

 先ほどまで有効だったのはあくまでも瓦礫に囲まれた限定空間だったからである。

 

 そんな事はクロードも理解している筈だ。

 

 訝しみながらもビームライフルを構え、ガンバレルを迎撃しようと狙いをつけた瞬間、クロードはビームサーベルで有線を切断、線を掴むとそのままフリーダムに叩きつけた。

 

 「なっ!?」

 

 虚を突かれたキラは咄嗟に機関砲で撃ち落とした。

 

 だがそこで敵の狙いに気がつく。

 

 ガンバレルが爆発した事で視界が一瞬塞がれてしまった。

 

 「しまっ―――」

 

 「もう遅い!」

 

 正面から突撃し、ビームサーベルを振り抜くと反応が遅れたフリーダムの右腕をビームライフルごと叩き落とした。

 

 「これで終わりかな、キラ君!」

 

 さらにイレイズはビームサーベルを上段から振り下ろしてくる。

 

 「まだだぁ!!」

 

 キラはSEEDを発動させるとシールドを投げ捨て、左腕でビームサーベルを連結、ハルバード状態にするとそのまま斬り上げた。

 

 フリーダムの斬撃が振り下ろされたイレイズのサーベルを右腕ごと斬り捨てる。

 

 「ぐっ!」

 

 「これでェェ!!」

 

 ペダルを思いっきり踏み込むとスラスター出力を全開にしてイレイズに突撃する。

 

 クロードは突っ込んでくるフリーダムを牽制しつつ後退し、機体状態を確認する。

 

 残った武装はレールガンとガンバレルが2基のみ。

 

 「これ以上の戦闘は無理だな」

 

 いくらなんでもこの状態でまだ戦えると判断するほど自分に自惚れてはいない。

 

 ここまでと判断したクロードは最後の手段に出た。

 

 コックピットにあるスイッチを押すとレールガンとガンバレルを展開し突撃してくるフリーダムに撃ち込んでいく。

 

 「はああああああああ!!!」

 

 キラは繰り出される攻撃を無視して速度を緩める事無く突っ込んでいく。

 

 ガンバレルのビームが防御を無視したフリーダムの左翼を吹き飛ばし、レールガンが腰部に直撃する。

 

 だが構わない。

 

 「あああああああああああ!!」

 

 イレイズを捉え、叩きつけるようにビームサーベルを突き刺した。

 

 だがここでキラに誤算が生じた。

 

 クロードは直撃する瞬間、レールガンを至近距離で放った事によりコックピットは捉えられずビームサーベルはイレイズの下腹部に直撃した。

 

 「なら、このまま斬り上げる!」

 

 しかし操縦桿を動かそうとしたキラの動きを止める一言がクロードから告げられた。

 

 「見事だよ。そんな君に良い事を教えよう。この戦争は始まりだ」

 

 「えっ」

 

 「ここからだよ、すべては―――」

 

 背後からガンバレルストライカー改が切り離されると同時に離脱していく。

 

 「ッ!?」

 

 それを見たキラもまた嫌な予感に駆られ、その場から飛び退いた。

 

 次の瞬間、イレイズは凄まじい爆発を起こし消滅した。

 

 

 

 

 

 

 キラとクロードの戦いに決着がついた時、マユの乗るターニングもヤキン・ドゥーエに接近していた。

 

 邪魔をしていたザフト機を一掃しヤキン・ドゥーエに駆けつけた時には同盟軍が突撃した後だった。

 

 もっと早く駆けつけられたら良かったのだが、ボアズ衝突には巻き込まれなかったものの、瓦礫に阻まれ中々近づけなかったのである。

 

 「クサナギが!?」

 

 クサナギがヤキン・ドゥーエに突っ込みオーディン、アークエンジェル、ドミニオンは周囲の敵を近づけないように守っている姿が見える。

 

 「皆は無事だといいけど」

 

 ターニングのスラスターを噴射させ一刻も早く駆けつけようと機体を加速させる。

 

 「退いてください!」

 

 奪い取ったクラレントを横薙ぎに振るいゲイツを真っ二つにすると、ジンをビームライフルで撃ち抜く。

 

 邪魔な敵を容赦なく屠っていくターニングだったが、その進路を阻むようにビームを撃ち込んでくる者がいた。

 

 マユの視線の先には紅い機体―――アスランのイージスリバイバルが近づいていた。

 

 「同盟軍機か」

 

 獅子奮迅の戦いぶりとでも言えばいいのか、あの機体のパイロットも間違いなくエース級だろう。

 

 アスランは油断なくビームライフルを構えるとターニングに狙いをつける。

 

 油断していないのはマユもまた同じである。

 

 先ほどの正確な射撃、機体の動きも無駄がない。

 

 紛れもなく強敵である。

 

 「でも、退けない!」

 

 マユがビームライフルを連射しながら、クラレントで斬り込むとアスランも応戦する。

 

 「邪魔です!」

 

 「これ以上は好きにさせない!」

 

 クラレントをシールドで流し、右足のビームサーベルで蹴り上げた。

 

 アスランとしてはまず敵の正確な力量を知りたかった。

 

 エース級である事は見れば分かる事だが、実際戦うとなれば違ってくる。

 

 「足からサーベル!?」

 

 マユは虚を突かれながらも咄嗟に後退する事でビームサーベルを避けた。

 

 「良い反応だ」

 

 今の一撃を回避できる者が何人いるか。

 

 手を抜くを危険と判断したアスランはドラグーンを使用する事を決めた。

 

 奴と戦う前にあまり手の内は晒したくなかったが、相手を甘く見て痛い目に遭う気はない。

 

 「出し惜しみ無しだ!」

 

 イージスの動きに集中していたマユの視界に敵機の背中から何かが放出されたのが見えた。

 

 その武装には心当たりがある。

 

 「まさかドラグーン!? でも私だって訓練してきました!」

 

 ターニングを狙う別方向からの攻撃をスラスターを使って避けていくと、ドラグーンを目掛けてビームライフルを放つ。

 

 イージスのドラグーンは数も少なくプロヴィデンスのものより大きなものになっている為に狙いやすい。

 

 狙い通りに放ったビームはドラグーンを撃ち抜こうと迫る。

 

 だがここにマユの誤算があった。

 

 ドラグーンは垂直になるとスライドするようにシールドが展開されビームを弾いた。

 

 「えっ、防いだ?」

 

 予想外の事にマユは一瞬、隙を作ってしまった。

 

 それを逃さずアスランはビームライフルでターニングの左足を破壊した。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「はああああ!!

 

 バランスを崩したターニングにビームサーベルを振りかぶる。

 

 マユは歯を食いしばりスラスターを逆噴射して回避しようとするも一瞬、遅くビームライフルが切断されてしまった。

 

 「これで止めだ!」

 

 バランスを崩したターニングに止めのヒュドラを撃ち込もうとするが、それを阻む一射がイージスリバイバルに向けて撃ち込まれる。

 

 「何!?」

 

 後退して距離を取ったアスランはビームが放たれた方向に振りかえる。

 

 そこにはアスランが待ち望んでいた機体、イノセントがいた。

 

 「アストさん!!」

 

 「マユ、大丈夫か!?」

 

 「はい、アストさんも怪我とか無いですか?」

 

 「ああ、俺は大丈夫だ」

 

 イノセントは見る限りボロボロである。

 

 よほどの相手と戦ってきたのだろう。

 

 「アストさん、下がってください。あの機体は私が倒しますから」

 

 今の状態のアストを戦わせる訳にはいかないとイノセントの前に出ようとするが逆に押し留められてしまった。

 

 「マユ、こいつは俺がやる。早くヤキン・ドゥーエに行け」

 

 「駄目ですよ! そんな状態で―――」

 

 「こいつは俺が戦う相手だ。マユは皆の所へ行け!」

 

 アストの固い声に目の前の機体と何か事情がある事を察したマユは唇を噛んだ。

 

 「……分かりました。でも絶対追いついてください」

 

 「もちろんだ」

 

 ターニングはそのまま反転しヤキン・ドゥーエに向かう。

 

 それを見届けたアストは目の前の紅い機体を見た。

 

 ある意味、馴染み深い機体だ。

 

 何度も相対し、破壊したのも自分である。

 

 「アスト・サガミ」

 

 相手の機体から聞こえた声にやはりという思いを抱く。

 

 この機体―――イージスに乗る奴はアイツしかいない。

 

 「……結局、最後に俺の前に立ちふさがるのはお前か―――アスラン・ザラ」



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第48話  終幕

 

 

 

 未だザフトと同盟軍の激しい戦闘が続く中、満身創痍とも言える状態のディザスターを駆りユリウスはエターナルに辿りついていた。

 

 ハッチが開き、横たわる形で格納庫に着艦するとモニターにバルトフェルドの顔が映る。

 

 「助かりました、バルトフェルド隊長」

 

 《いやいや、余計なお世話かとも思ったけどね》

 

 「ヴェサリウスの方はどうなっていますか?」

 

 《後方で援護に徹してるよ》

 

 どうやら沈んではいないらしい。

 

 内心、安堵する。

 

 あの艦はラウが隊長だった頃から乗船しユリウス自身愛着もあるしクルー達共も長い付き合いだ。

 

 出来れば生き延びてもらいたい。

 

 《すでにゼーベックでは作戦が始まっている。同盟軍の突入に合わせ内部に侵入を開始した》

 

 「分かっています。私も内部に」

 

 《了解だ。ではエターナルはここで支援する》

 

 「了解です」

 

 ユリウスはコックピットから降りると準備を整え、エドガー達に追いつく為に動き出した。

 

 

 

 

 多くのモビルスーツが撃墜され爆発すると閃光に変わる。

 

 そんな暗い宇宙を照らす光に紛れ、イノセントとイージスリバイバルが激突していた。

 

 「アスト・サガミィィ!!」

 

 「くっ、速い」

 

 見た目は似ているが、どうやらオリジナルのイージスとは比較にならない性能を持っているらしい。

 

 イージスリバイバルが繰り出したビームサーベルを後退して回避。

 

 アストはキーボードを取り出し機体状態を正確に把握していく。

 

 イノセントはディザスターとの戦いでかなりの損傷を受けてしまった。

 

 各部スラスターが損傷し、機動性も通常時よりもかなり落ち、操作性も悪い。

 

 武装も頭部機関砲、ビームサーベルが1つ、バルムンク、ナーゲルリング、ワイバーン、ビームライフルのみ。

 

 「残ってるのはほとんど近接戦用の武器だけか」

 

 今の状態でアスランとの近接戦闘は圧倒的に不利だ。

 

 しかし現状でそれしか戦う術がないのも事実。

 

 ならば―――

 

 アストは機体を操縦桿を動かしながら現在可能な機体の挙動を把握していく。

 

 焦る事はない。

 

 こんな風に性能に制限を受けた状態で戦う事にはイレイズで慣れているのだから。

 

 その経験こそが現在アストが唯一アスランに対し優位に立っている事だった。

 

 イージスが左右から振り下ろしてくるビームサーベルをナーゲルリングを使って捌き、その隙にキーボードを叩く。

 

 「どうした! 逃げてばかりか!」

 

 アスランの叫びに合わせビームライフルが容赦なくイノセントに降り注いだ。

 

 「くっ」

 

 機体を後退させ、ビームを避けるとこちらもビームライフルを撃ち返す。

 

 だがバランスが崩れているためか狙いが定まらない。

 

 それによってアスランも気がついた。

 

 元々奴の機体は傷つき万全でない事は分かっていたが、予想した以上に悪い状態らしい。

 

 これは千載一遇の好機だ。

 

 悔しい話だがアストは強い。

 

 アスランもL4会戦以降アストやキラに追いつくために必死で訓練を積んできた。

 

 それでも勝てるかどうか分からない上に、この状況も何時まで続くか―――だからこそ、この好機を逃す訳にはいかない!

 

 「手は抜かない! ここで貴様を倒す、アスト・サガミ!!

 

 ビームライフルを放ちながら背中のドラグーンを放出、イノセントの動きを牽制しながら攻撃を仕掛けた。

 

 「ドラグーンか!?」

 

 背後からの三連ビーム砲をスラスターを噴射させ前方に進む事で回避、今度は正面からのビーム攻撃に晒され、避け切れなかった閃光がイノセントの装甲を掠め抉っていく。

 

 「ぐっ、何て火力だ」

 

 どうやらラウやユリウスが使っていたドラグーンに比べるとかなり火力が高いらしい。

 

 その反面、動きが遅く大きい為に捉えやすい。

 

 「そこ!」

 

 アストはスコープを引き出し、ビームライフルで動き回るドラグーンを狙撃する。

 

 明らかに先程までとは違う正確な射撃、本調子ではないものの明らかに精度が上がっていた。

 

 「やらせるか!」

 

 アスランはドラグーンを操作しシールドを展開するとビームを受け止める。

 

 「ビームを受け止めた!?」

 

 その仕掛けに驚くが同時に納得した。

 

 マユが動揺したのはドラグーンにシールドが装備されていた為だったのだろう。

 

 続けてビームライフルを撃ち込んでいくが尽くシールドによって受け止められてしまう。

 

 「厄介な! まずはあれを排除しないと本体に攻撃できない!」

 

 ビームライフルが通用しないとなると接近して破壊するしかない訳だが、あの火力を潜り抜けるのはかなりのリスクが伴う。

 

 アクイラ・ビームキャノンが使えたならやりようもあったのだが―――

 

 無いものねだりをしても仕方がないとバルムンクでドラグーンに狙いをつける。

 

 しかし、それをさせるアスランではない。

 

 「やらせるか!!」

 

 速度を上げビームサーベルで斬り込んでくる。

 

 彼とてドラグーンを使った遠距離で倒せると思っておらず、狙いはあくまでイノセントを誘導し近接戦で仕留める事だった。

 

 思惑通りドラグーンに集中しているイノセントに上段から斬撃を振り下ろす。

 

 アストは振り下ろされた斬撃にナーゲルリングを叩きつけ弾き飛ばし、その間もキーボードを叩く手を止めず、ようやく調整を終えた。

 

 「これで少しはまともに動かせる!」

 

 操縦桿を握り直し、ペダルを踏み込む。

 

 万全の状態には程遠いものの、先程までと比べれば十分動ける。

 

 三連ビーム砲をすり抜けるようにイージスに肉薄するとバルムンクを横薙ぎに振り抜いた。

 

 「何!?」

 

 「何時までもやられっ放しだと思うな!」

 

 イノセントの動きが変わった事に驚いたアスランはシールドで斬艦刀を受け流し、負けじと脚部のサーベルで斬り返す。

 

 振るわれたバルムンクはとても損傷を受けている機体が放ったとは思えないほど、鋭い斬撃である。

 

 並みのパイロットであれば今の斬撃だけで勝負は決まっていただろう。

 

 やはり奴は甘く見ていい相手ではない。

 

 たとえどれだけ傷ついていようが、アスト・サガミが強敵である事は変わらないのだ。

 

 「貴様こそ、前のように簡単にいくと思うなよ!」

 

 怯む事無く斬り返したビームサーベルが火花を散らし、ナーゲルリングを弾き飛ばす。

 

 アスランは動きの変わったイノセント相手にあえて距離を取る事をしなかった。

 

 確かに態勢を立て直したイノセントの動きは見違えるほど良くなっている。

 

 しかしそれでもまだアスランの方が有利である事は変わらない。

 

 だから近接戦闘で確実に倒す戦法を変えなかった。

 

 「すべては貴様の所為だ! 常に俺の前に立ちふさがり邪魔をしてェェェ!!」

 

 今までの憤りをぶつけるように両足のビームサーベルを展開して蹴り上げる。

 

 「貴様さえいなければァァァ!!」

 

 「前にも言った筈だ! 勝手な事を言うなと!!」

 

 蹴り上げられた左足のビームサーベルをかわし、右足の斬撃をナーゲルリングで弾く。

 

 そしてイージスの態勢が崩れた所に斬艦刀を振りかぶった。

 

 「チィ!」

 

 バルムンクを叩きつけられたイージスはシールドで体勢が悪く受け流せないまま、押し込まれてしまう。

 

 「それにお互い様だろう!! お前の為に死んだ奴だっているんだ!!」

 

 シールドに止められた剣をあえて引き、今度は下から斬り上げるとイージスの腰部を斬り裂いた。

 

 「ぐっ……そんな事はお前に言われなくても分かってる!」

 

 脳裏にマルキオの伝道所で出会った子供達の顔が思い出される。

 

 あの子供達に憎しみと痛みを与えたのは自分達であるとアスランも理解している。

 

 だからこそエドガーに協力する事に決めた。

 

 それでも―――

 

 「それでもお前の事だけはァァ!!」

 

 アスランのSEEDが弾け、鋭く研ぎ澄まされた感覚が全身に広がる。

 

 再び光刃をイノセントに叩きつけ、同時に右足も蹴り上げた。

 

 「ッ!?」

 

 上段から振り下ろされたビームサーベルを避けるが、蹴り上げられた斬撃が肩部を斬り裂く。

 

 「ぐっ!」

 

 「俺は絶対に貴様を許せない! 友を奪い、仲間を殺し、挙句彼女までお前は!」

 

 態勢を崩したイノセントに至近距離からヒュドラを叩きこむ。

 

 「この!!」

 

 ギリギリのタイミングで回避に成功したイノセントにドラグーンによる攻撃が襲いかかる。

 

 「邪魔だ!」

 

 ビームライフルで撃ち落とそうとしてもシールドで受け止められ、四方から連続で放たれるビームが次々装甲を削っていく。

 

 「あの盾は本当に邪魔だな!」

 

 SEEDを発動させた所為かドラグーンは先程より効率的に動きこちらの攻撃を防いでくる。

 

 「はあああああ!!」

 

 スラスターを全開にしながらビームサーベルを袈裟懸けに叩きつけ、イノセントを吹き飛ばす。

 

 「これで終わりだ!!」

 

 両手、両足のビームサーベルを展開、一気に加速して斬り込んだ。

 

 イージスの斬撃を受け、弾き飛ばされたアストは歯を食いしばり衝撃を噛み殺すと敵機を睨みつけた。

 

 すでに余裕はなくコックピットには警戒音が鳴り響いている。

 

 深呼吸しながら、敵機を見据え、絶対の意思を込めて宣言する。

 

 「俺はお前に負ける気なんてない!!」

 

 アストもまたSEEDを発動させた。

 

 スラスターを調整し、イージスの斬撃を上手く流し、隙を見てドラグーンの一つにバルムンクを叩きつける。

 

 「鬱陶しい砲台は、消えてもらうぞ!」

 

 破壊には至らないもののバランスを崩したドラグーンをすれ違いざまにワイバーンで真っ二つに両断した。

 

 「後、残り一つだ!」

 

 「くそ! アスト・サガミィィ!!!」

 

 「アスラン・ザラァァ!!」

 

 2機が互いに斬撃を繰り出しながら激突した。

 

 すれ違い様にアスランの放った一撃がイノセントの装甲を抉り飛ばし、アストがバルムンクでイージスの胸部を斬り払う。

 

 「うおおおお!!」

 

 「はああああ!!」

 

 機体の損傷も気にしないまま2機は激突を繰り返し、ヤキン・ドゥーエ方面に移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエ周辺における戦いはザフトの同盟軍に対する苛烈なまでの攻勢に、焦っているかの様により一層激しさを増していた。

 

 殆どザフトの勝利が決まっているこの戦いにおいて彼らが焦るその理由は誰の目にも明らかだった。

 

 同盟軍の戦艦クサナギにヤキン・ドゥーエの内部に侵入を許してしまったからである。

 

 突入したクサナギを援護するためにレティシア達がその場に留まりながら群がるザフトを迎撃していく。

 

 「くっ、やはり数が違いますね」

 

 「ええ!」

 

 何とか残った機体で踏ん張っているが、完全に劣勢に陥っていた。

 

 大きな戦力差がある上にカガリとアサギは突入部隊を指揮するために戦線を抜け、アイテルやジャスティスが損傷している事も大きい。

 

 しかも数だけでなく、中には新型らしき機体も何機か混じっている。

 

 そんな中、戦線を支えていたのは損傷が少ないスウェアであった。

 

 イザークは各機を指揮しながらビームライフルとガトリング砲を使い分け、群がる敵機を排除する。

 

 「アストレイはアークエンジェルの側面に回れ! スルーズ、オーディンのエンジンに近づけるな!」

 

 指示に従い各機が的確に動いていく。

 

 この戦い、彼がいなければおそらくここまで持ちこたえる事などできなかっただろう。

 

 だからレティシアもラクスも余計な事はせず彼のサポートに回っていた。

 

 その方が効率よく、さらに同盟軍の力を発揮できると踏んだのだ。

 

 それが上手く噛み合い、各機とも非常に良い連携が取れている。

 

 アイテルがグラムでジンを斬り裂き、ジャスティスがビームライフルでシグーを撃ち落とす。

 

 「不味いですね」

 

 「このままでは―――」

 

 いずれその物量で押し切られてしまうだろう。

 

 どうにかこの状況を打開しないと、全滅する。

 

 接近してきたゲイツをビーム砲で迎撃しようとしたその時、上方から放たれた砲撃によって撃ち抜かれた。

 

 「新手か、いや、あれは―――」

 

 敵を撃ち落としながら、こちらに急速に向かってくる機体が見えた。

 

 「ターニングか!」

 

 「皆さん、無事ですか!?」

 

 マユはホッと胸を撫で下ろす。

 

 どの機体も傷ついてはいるが全員、無事らしい。

 

 間に合ったと安堵するとアグニ改を腰だめに構え敵機を薙ぎ払い戦線に加わった。

 

 「ここは通しません!」

 

 ターニングの参戦によって多少は余裕が出来るものの、それでもジリ貧ある事に変わりはない。

 

 ラクスは周囲を見渡す。

 

 持久戦になればこちらに勝ち目はない。ならば早く決着をつける以外に道はないだろう。

 

 「……ドミニオン、聞こえますか?」

 

 「ラクス?」

 

 《どうした?》

 

 「ドミニオンにはまだ核ミサイルが残っていますよね? 私がジェネシスまで運んで撃ち込みます」

 

 《なに!?》

 

 「ラクス!?」

 

 「このまま何時までも持ちこたえる事は出来ません。ならば先にジェネシスを破壊してしまえば撤退も可能ですし、カガリさん達の援護にもなります」

 

 そもそも同盟軍の目的はジェネシスの無力化、及び破壊であり、ザフトと戦う事ではない。

 

 司令室を押えるかジェネシスさえ破壊してしまえば後は脱出するだけでいい。

 

 しかしカガリ達の作戦が成功するのを待っているだけでは持たない為、こちらでもジェネシス破壊に動こうという事である。

 

 しかし―――

 

 「それでは戦力を分散する事になってしまうぞ」

 

 「しかし他に状況を打開する方法はありません」

 

 イザークの指摘通り、この状況で少ない戦力を分散させるなど自殺行為である。

 

 だが他に策がないのも事実だった。

 

 「それに行くのは私だけですから、大丈夫です」

 

 ラクスの言葉に今度はマユが反論した。

 

 「なっ、無茶ですよ! 万全ならともかく、今の状態でこの数を突破するなんて!」

 

 「いえ、ザフトの目はヤキン・ドゥーエに向けられています。岩の残骸に紛れていけば最小限の戦闘で済みます」

 

 《確かにな。ザフトは完全にこちらの迎撃に集中しているようだし》

 

 《しかしアルミラ中佐、その間は我々だけで敵を迎撃する事になりますよ》

 

 《だがこのままでも敵に押し込まれてしまう》

 

 「それよりはまだこちらから仕掛けた方が良いでしょう」

 

 ラクスの言葉にレティシアはため息をついた。

 

 確かに現状のまま戦っていても追い込まれていくだけ。

 

 賭けになるが、このままよりは生き残れる可能性も高くなる。

 

 「……分かりました。ただし行くのは私です」

 

 今のジャスティスの状態では無理だと判断したのだが、そんなレティシアの提案をラクスはあっさり却下した。

 

 「駄目です。ジャスティスよりはアイテルの方が損害は少ないですから、レティシアはこちらに残ってください」

 

 「しかし、その機体で―――」

 

 「では私も行きます!」

 

 「マユ!?」

 

 「ジャスティスだけでジェネシスに辿りつけるか分かりません。万が一敵に遭遇した場合護衛が必要です。幸いターニングは損傷も少ないですから」

 

 反論は無かった。

 

 いや、できなかったというのが正しい。

 

 ジャスティスとターニングが抜けるのは厳しい。

 

 しかし生き残る為に、守るために出来る事をするしかない。

 

 「……では、それでいくぞ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 ジャスティスがドミニオンの格納庫に入り、核ミサイルを受け取るとターニングと共にジェネシスに向かう。

 

 「ラクス、マユ、必ず戻ってください」

 

 「はい、必ず!」

 

 「レティシアもですよ」

 

 ビーム砲で2機の離脱を援護しながら、敵機を撃墜する。

 

 「良し、司令室を押えるか、ジェネシス破壊まで持たせろ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 スウェアに続くように各機も動き出す。

 

 ここが同盟軍の正念場であった。

 

 

 

 

 

 

 外で作戦が開始され各自が奮戦していた頃、ヤキン・ドゥーエ内部でも戦いは続いていた。

 

 要塞内部もかなりの混乱状態であり、戦闘による震動により激しく揺れて、さらに警戒音が鳴り続ける。

 

 そんな中をカガリ達、突入部隊が駆け抜けていた。

 

 もちろんザフトもこちらの侵入を阻むために兵士達が道を塞ぎ、それを突破しようと激しい銃撃戦が繰り広げられていく。

 

 「まだ司令室に辿りつけないのか?」

 

 「データではもう少しのはずだが」

 

 キサカの持つ手元の小型端末にデータが表示されている。

 

 これによればもうすぐ司令室に繋がるエレベーターがあるはずだ。

 

 「カガリ様、抵抗が激しすぎますよ!」

 

 正面にはかなりの兵士達がバリケードを作り、激しい銃撃を行っている。

 

 どうにかあれを突破しなければ前には進めない。

 

 「分かってる! しかし退く訳にはいかない。外では皆が私達を信じて戦っているんだからな!」

 

 とはいえこのままでは―――

 

 カガリ達が攻めあぐねていた時、反対側の通路から声が聞こえた。

 

 何か言い争うような声だ。

 

 さらに発砲音が聞こえると、何かが転がるような音が聞こえる。

 

 「伏せろ!!」

 

 キサカがアサギと共にカガリに覆い被さる。

 

 その瞬間、反対側で大きな衝撃と爆音がカガリ達に襲いかかった。

 

 「ぐっ」

 

 「な、なんだ?」

 

 凄まじい閃光が視界を塞ぎ、その中から道を塞いでいたザフト兵の声が聞こえてくる。

 

 「ぐううう」

 

 「貴様ら、どういう――」

 

 次々と人が倒れていく音が響いてきた。

 

 視界を覆っていた閃光が薄れ、煙が晴れる。

 

 その中から現れたのはメンデルで出会った男だった。

 

 カガリにとって一生忘れる事などできないだろう出来事の発端となった人物。

 

 「ユリウス・ヴァリス」

 

 警戒するように彼の周囲を見ると先程までこちらと交戦していたザフト兵達が倒れている。

 

 呻くような声が聞こえてきているという事は殺してはいないらしい。

 

 どういう事なのか確かめようと銃を構えようとするキサカ達を制し、正面からユリウスを見据える。

 

 「……どういう事か聞いてもいいか?」

 

 「……私に聞くより、彼に聞け」

 

 ユリウスの後ろから兵士と共に歩いてきたのは―――

 

 「初めまして。私はエドガー・ブランデルという者だ」

 

 その名には覚えがある。

 

 『宇宙の守護者』と呼ばれたザフトの英雄である。

 

 「何故こんな事を? 貴方達の目的は何だ?」

 

 「時間もない。率直に言うと私達も君達と目的は同じだ。ジェネシスを止める」

 

 「では……」

 

 「君達と敵対する気はない」

 

 普通ならば疑ったりするべきなのだろうが、時間が無い。

 

 彼らが動く事でザフトはさらに混乱しこちらも動き易くなる。

 

 敵対する気がないなら、それだけでもありがたい。

 

 「……分かった。こちらも貴方達の邪魔をする気はない」

 

 「ああ、指令室はすぐそこだ。それまでは君達と協力したい」

 

 本来ならばエドガー達に協力など必要ないが、今後の事を考えれば同盟軍と協力しておくのはこちらにとって損はない。

 

 「分かった」

 

 カガリとエドガーは数名の兵士を率いて指令室に向って駆け出す。

 

 邪魔をしてくる敵を倒しながらエレベーターに乗り込み、指令室の前に辿りつくと銃を持った兵士達が飛び込んだ。

 

 銃を持った兵士達の乱入により、オペレーター達が激しく動揺し司令室はあっという間にパニックになる。

 

 だが1人だけは動揺など微塵もせず憤怒の表情でこちらを睨みつけていた。

 

 「ここまでですよ、ザラ議長閣下」

 

 「ブランデル、やはり裏切り者は貴様かァァ!!」

 

 その様子に辟易したようにエドガーはため息をついた。

 

 確かにここに踏み込んで来た時点で裏切ったともいえるだろうが。

 

 まあ元々彼に何を話しても無駄である事は承知している。

 

 おそらくラウ・ル・クルーゼの話をしても信じはしないだろう。

 

 「もはや貴方に何を話しても無駄という事は分かっていますから、余計な事を言う気はありません……ジェネシスを止めてもらうぞ」

 

 「ふざけるなァァ!!」

 

 怒りに任せ懐から取り出した銃でエドガーを撃ち殺そうと引き金に指をかけた。

 

 だが狙われた本人は特に動じた様子もなく、何か哀れむような目でパトリックを見ている。

 

 彼は冷静さを無くしていた。

 

 いや、すでに正気ではなかったという方が正しいだろう。

 

 エドガーの周りには数名のザフト兵達、さらには同盟軍の突入部隊も銃を構えている。

 

 ならばどうなるかなど誰でもわかる事だ。

 

 予想した通りパトリックが引き金を引く前に素早くユリウスに銃を落とされ、さらに兵士達によって肩と足を撃ち抜かれた。

 

 「ぐあああ!!」

 

 無重力の為か流される様に後ろの机にぶつかったパトリックに先程と同じ様にエドガーが告げる。

 

 「終わりだ、パトリック・ザラ」

 

 それは司令室にいた誰もが実感し、さらにその事で共通の思いを持った。

 

 ―――これで撃たなくて済むと。

 

 だが、パトリックだけは違っていた。

 

 ジェネシスが存在する限り、負けはないとそんな狂気を抱いたままエドガーを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 キラはゆっくりと意識が戻っていくのを感じ、ゆっくり目を開くとモニターに映ったヤキン・ドゥーエの姿が見える。

 

 「……皆は」

 

 所々で大きな閃光が発生しているという事は戦闘は続いているという事だ。

 

 「しっかりろ! まだやる事はあるんだ!」

 

 朦朧とする意識をはっきりさせる為に頭を振ると、機体状態を確認する。

 

 フリーダムはほとんど大破に近い状態だった。

 

 左足と右腕は欠損、左翼は破壊され、各部装甲も抉られPS装甲も作動していない。

 

 武装も右翼のバラエーナプラズマ収束ビーム砲とクスフィアス・レール砲のみで残りはすべて破壊されたか喪失している。

 

 さらに左のレール砲は最後に受けた攻撃の影響かよく動かない。

 

 「これじゃ、戦闘は無理か……」

 

 それでも幸いな事に背中のメインスラスターは無事であり、これなら何とか動く事は出来るだろう。

 

 どうにかして皆の下に駆けつけようとキーボードを取り出すと、キラの目に見覚えのある2機が高速で移動しながら攻防を繰り返しているのが見えた。

 

 「あれはイノセントに―――イージス!?」

 

 かつてアスランが搭乗していた機体。

 

 いや、造形がよく似た機体というのが正しい表現である。

 

 「ザフトの新型?」

 

 ではパイロットは―――まさかとは思うがアスランだろうか?

 

 彼が乗っていた可変型はかなりの損傷を受け、とても戦闘可能な状態ではなかった。

 

 その為に乗り換えた可能性はある。

 

 キラにはイージスに乗っているのはアスランしかいないと確信していた。

 

 そしてその推測は当たっている。

 

 激しい戦いは紛れもなくアストとアスランのものだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 キラが目撃していた2人の戦いは激しさを増し、イノセントとイージスがすれ違う度に斬撃を繰り出していく。

 

 「アスト・サガミィィ!!」

 

 「アスラン・ザラァァ!!」

 

 戦いはほぼ五分の状態。

 

 それはまさにオーブ沖で起こった決戦の再現であった。

 

 イージスの繰り出す斬撃をナーゲルリングで受け止め弾き飛ばすと、バルムンクで斬りかかる。

 

 前回のアスランはイレイズの斬撃をかわす事が出来ず、無様に反撃を受けていたが今回は違う。

 

 「くっ!」

 

 「言っただろう、前と同じだと思うなと!」

 

 バルムンクは弾かれ、右足のビームサーベルを蹴り上がってきた一撃をナーゲルリングで受け流すが、捌き切れない。

 

 「流石に腕を上げてるな!!」

 

 以前のように体勢を崩せない分、アストは攻めあぐねていた。

 

 これは機体状態の悪さもそうだがアスランの技量と機体性能の向上が大きく影響している。

 

 同じ轍を踏む気はないという事だろう。

 

 だが、だからアスランが優位という訳ではない。

 

 「くそ、しぶとい!」

 

 胸の内で燻る焦燥が彼自身を追い詰めていた。

 

 戦闘開始直後は間違いなく、こちらの方が有利であった。

 

 それがいつの間にか五分の状態に持って行かれるとは、それだけでも驚愕すべき事だろう。

 

 しかし、だからと言って怯む気も退く気はなかった。

 

 「今度こそ俺は貴様を殺す!!」

 

 溢れ出る殺気を叩きつけるようにビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 光刃を流したイノセントに右足の蹴りを叩きつけるとそれを当然のように受け止めるアストにアスランは笑みを浮かべた。

 

 狙い通りだったからだ。

 

 蹴りを止めた事で動きを鈍らせた敵機にドラグーンのビーム砲を撃ち込むと同時に機体を回り込ませビームサーベルを一閃する。

 

 流石にこれならば奴もかわしきれない。

 

 それだけ会心の攻撃であった。

 

 だからこそ次の瞬間、アスランは驚愕で固まってしまう。

 

 「何だと!?」

 

 斬撃を繰り出しイノセントを仕留めた筈のイージスの右腕が斬り飛ばされていたからだ。

 

 イノセントはアスランの行動を予測していたかのようにビームサーベルを振り抜く前に背中のワイバーンを展開してイージスの腕を斬り落としていたのだ。

 

 「動きを読まれていたのか!?」

 

 予想外の出来事で固まったアスランの隙を付き、アストは回し蹴りを叩き込むとイージスのビームライフルを弾き飛ばした。

 

 「ぐぅ、まだ!」

 

 ドラグーンを操りイノセントを牽制すると体勢を立て直そうと距離を取るがそれは完全に失策だった。

 

 「いい加減に落とさせてもらうぞ!」

 

 正直アストにとってこのドラグーンの存在はかなりの驚異であった。

 

 今の機体状態では四方から来る攻撃は神経をすり減らしたし、さらにこちらの攻撃を受け止める遠隔のシールドなど面倒極まりない。

 

 だからこそ最初からドラグーンを主に狙っていたのだ。

 

 ビームライフルを連射しながらドラグーンの動きを誘導すると残ったビームサーベルを抜て投げつけた。

 

 連続で放たれたビームによって体勢が崩されたドラグーンはシールド面でビームサーベルを受け止められない。

 

 「そこだ!」

 

 そのままビームサーベルが突き刺さりバランスを崩したドラグーンにビームライフルを撃ち込むと完全に破壊した。

 

 「これでもうドラグーンは無いだろう!」

 

 スラスターを噴射するとイージスにバルムンクを構えて斬り込んでいく。

 

 「この!!」

 

 アスランもまた怯む事無く反撃に転じた。

 

 イージスが蹴り上げたビームサーベルでイノセントのビームライフルが切断され、残ったライフルの残骸を投げつけた隙にバルムンクを振り下ろす。

 

 「いい加減に!!」

 

 「俺は貴様にだけは!!」

 

 振り下されたバルムンクの一撃で掲げたシールドが真っ二つに切断されてしまう。

 

 しかしアスランは構う事無くイージスを加速させイノセントに衝突、さらにスラスター出力を上げていく。

 

 組み合った2機が向っていく先にあるのはヤキン・ドゥーエである。

 

 「うおおおお!!」

 

 「要塞の中に押し込む気か!?」

 

 これはアスランの賭けだった。

 

 ドラグーンが落とされた以上はもはや優位に立っているのは自分ではない。

 

 このまま戦い続けるよりは要塞内の限定空間で戦った方がまだ勝機があると敵の武装を見て判断したのだ。

 

 イノセントの残った武装は頭部機関砲、バルムンクとナーゲルリングそしてワイバーンのみ。実弾兵器の機関砲と実体剣のナーゲルリングを除き限定空間ではあまりに使い難い物ばかりだ。

 

 それに比べればイージスの方がまだ小回りの利く武装である。

 

 「まだ勝機はある!」

 

 「チッ!」

 

 そのまま2機はヤキン・ドゥーエに突入していく。

 

 絡み合って要塞の中に突入していく2機の姿をレティシアは目撃していた。

 

 「アスト君!?」

 

 イノセントは見る限りボロボロでとても戦闘が出来る状態ではなかった。

 

 「あんな状態で戦闘を!?」

 

 レティシアは飛び出しそうになるのを必死に堪える。

 

 同盟軍はギリギリの状態である。

 

 ここで自分が抜けたら敵を抑えきれなくなるかもしれない。

 

 焦る自分を押し殺してグラムで敵を両断し、ビーム砲を連射して敵を牽制する。

 

 その時、隣で戦っていたイザークが叫んだ。

 

 「行け!」

 

 「え、イザーク君?」

 

 「奴の所に行け! 奴なら心配ないとは思うが、あの状態だからな。迎えくらいは必要かもしれん!」

 

 イザークにもイノセントの姿が見えていたのだろう。

 

 要するに助けに行けと言ってくれているのだ。

 

 しかし―――

 

 「それではここの守りが!」

 

 「ふん、それくらい何とかしてやる! いいからさっさと行ってこい!」

 

 「……ごめんなさい。しばらく頼みます!」

 

 邪魔な敵機をあっさり撃墜するとアイテルも2機を追ってヤキン・ドゥーエに突入した。

 

 ガトリング砲で敵を撃ち落とすとイザークはため息をついた。

 

 「全く……」

 

 あんな集中力の欠けた状態で戦っていても邪魔になるだけだ。

 

 アイテルの抜けた穴を狙って放たれた攻撃がスウェアの装甲を抉り破壊していくが構わない。

 

 確かにレティシアの抜けた穴は大きいがもうすぐ来るはずだ。

 

 補給を受けている間に確認してきた。

 

 本人もかなりやる気だったようだし、必ず来る。

 

 ビームライフルを構え狙いをつけた時、彼が待っていた者が駆けつけてきた。

 

 「待たせた!」

 

 「遅いぞ!」

 

 スウェアの隣には応急処置を終えたトールの搭乗するアドヴァンスデュエルが佇んでいた。

 

 破壊された腕には予備パーツを装着して抉られた胸部装甲は排除されている。

 

 一部武装は破壊されたままだが、十分戦える状態まで修復されていた。

 

 「トール、ここからが一番きついぞ」

 

 「分かってるって!」

 

 2人はニヤリと笑みを浮かべて頷く。

 

 「そうか、では最後まで付き合ってもらう!」

 

 「ああ!」

 

 互いに武器を構えると依然として襲いかかってくる敵の迎撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ラクスとマユは出来るだけ敵を避け、ジェネシスに向かって残骸を縫うように移動していた。

 

 予測していた通りザフトの目はヤキン・ドゥーエに向かっているらしく、敵機の数が少ない。

 

 しかしボアズの残骸を排除しようと何機かのモビルスーツが展開しているらしくラクス達の行く手を阻んでいた。

 

 「はあああ!!」

 

 敵機をクラレントとアグニ改を使い分け、ジャスティスに近づく敵機を排除していく。

 

 「マユ、大丈夫ですか?」

 

 「はい。私は平気です」

 

 戦闘は今のところ問題はないが、時間はそうはいかない。

 

 焦りを押し殺し前へ進んでいく2機はようやく瓦礫を抜け、ジェネシスに接近したのだが、目の前には多くのモビルスーツが展開していた。

 

 「まだこんなに」

 

 ジャスティスが戦闘に参加できない以上は自分が敵機を迎撃していくしかない。

 

 敵もこちらの存在に気がつき、攻撃を加えてくる。

 

 「ラクスさんは離れてください!」

 

 クラレントを構え敵部隊に突っ込んでいく。

 

 ゲイツを袈裟懸けに両断すると、グレネードランチャーでジンを撃墜する。

 

 「そこを退いてください!」

 

 特務隊との戦いを終えたマユの技量はここにきて、さらに向上していた。

 

 彼女を止められる者は誰もいなかった。

 

 「次は―――ッ!?」

 

 順調に敵を落としていたマユは唐突に動きを止める。

 

 ターニングの正面からモビルスーツが近づいてきたのだ。

 

 しかもその機体は―――

 

 「あれはメンデルで戦った機体―――」

 

 目の前には半壊状態とはいえ見間違う事のない機体コンビクトがビームサーベルを構え立ち塞がっていた。

 

 装甲は傷つき、左腕を失い、特徴的である背中のバーニアも損傷している。

 

 それでもかつて戦った時と同じく強者の風格のようなものは少しも薄れていない。

 

 よりにもよってこんな時にこいつが出てくるとは。

 

 「……ここから先には行かせない」

 

 シリルは割れたバイザー越しにターニングを睨みつける。

 

 スウェンとの戦いであれだけの爆発に巻き込まれたシリルも機体同様深いダメージを受けていた。

 

 このままでは命にかかわる。

 

 普通ならば後退するのが冷静な判断だろう。

 

 それでも彼の戦意はまったく衰えていなかった。

 

 「くっ、時間がないのに!」

 

 今もヤキン・ドゥーエではギリギリの状態でみんなが必死に戦っている筈。

 

 こいつと戦っている暇はないが、敵の様子から見ても見逃してくれそうもない。

 

 「やるしかない!」

 

 マユは先手必勝とばかりにコンビクトにアグニ改を叩き込む。

 

 しかし放たれたビームを軽やかな動きで避けたコンビクトはビームサーベルで斬り込んでくる。

 

 「そんなものが当たると思うか!」

 

 「あの機体状態でかわした!?」

 

 次々と繰り出される斬撃がターニングを傷つけ破壊していく。

 

 放たれた攻撃はどれも必殺の一撃。

 

 とてもあれだけの損傷を受けた機体とは思えない。

 

 「でも私だって負けない!」

 

 繰り出されるビームサーベルをシールドで捌き、クラレントを一閃してコンビクトの腰部を斬り裂いた。

 

 「ぐっ、さらに腕を上げたか」

 

 「そこを退いてください!!」

 

 コンビクトとターニングの戦いはほぼ互角だった。

 

 ラクスも加勢したいのだが、核ミサイルがある。

 

 このままでは―――

 

 「……これしかないですね」

 

 これだけはやりたく無かったが仕方がない。

 

 ラクスはペダルを踏み込みスラスターを噴射させ、敵部隊へと突っ込んでいく。

 

 「ラクスさん!?」

 

 当然敵部隊も突っ込んでくるジャスティスを迎撃しようとビームを撃ち込んでくる。

 

 ミサイルに当たらないように回避行動を取りつつ、通信回線を開いた。

 

 「私はラクス・クラインです。ザフトの皆さんそこをどいてください」

 

 突然敵機から聞こえてきた声にザフトのパイロット達は一瞬硬直した。

 

 「えっ、これってラクス様?」

 

 「いや、だって事故で亡くなられたはずじゃ」

 

 動きを止めた敵機を無視して戦場を突っ切っていく。

 

 ラクスは思わず唇を噛んだ。

 

 決別したはずのかつての自分―――プラントの歌姫ラクス・クライン。

 

 それをこんな時とはいえ利用するなんて、自分自身に激しい嫌悪感が湧いた。

 

 「何をしている! ラクス様の筈はない! これは敵の罠だ!」

 

 「くそ!」

 

 ザフト機が平静を取り戻し、再びジャスティスに攻撃を再開する。

 

 元々長い間動きを止めるなんて思っていない。

 

 あくまで時間稼ぎである。

 

 ラクス自身、自分にそこまでの力はないと自覚している。

 

 「でも距離は稼げました。もう少し!」

 

 しかしザフトも逃がさないとジャスティスの進路を阻むようにビームを撃ち込んでくる。

 

 先程の手はもう通用しないだろうし、どうにか突破しなくてはならないのだが。

 

 その時、放たれたビームの一射が核ミサイルを掠めていく。

 

 「ッ!?」

 

 ラクスは咄嗟に核ミサイルをジェネシスに投げつけるが、まだ少し距離がある。

 

 傷つけられた影響か、ジェネシスまで届かず途中で爆発してしまった。

 

 「くっ……仕方ありません」

 

 もう1つだけ破壊する手段はある。

 

 迷っている時間はない。

 

 もう1の手段を実行するためにラクスは敵を迎撃しながらジェネシスに機体を向けた。

 

 そしてジェネシスに向ったラクスを追いかるため、マユもコンビクトと決着をつけようとしていた。

 

 「なんで! なんであんなものを守るんですか!」

 

 「プラントを守るためだ!」

 

 コンビクトのビームサーベルを弾き、クラレントを逆袈裟に振って左肩部を切断した。

 

 しかしシリルも振り向き様にターニングの腰部を破壊する。

 

 「あれはすべてを滅ぼす悪魔の兵器です! あれが放たれるだけで地球の人達はみんな死んでしまう!」

 

 「ジェネシスを撃つことが正しいとは言わない。しかし現実に地球軍は核を使用してくる。今回は防がれたが次に撃たれないという保証はない! だからこそ撃たせないための抑止がいるのだ! それに核を先に使って来たのは地球軍なんだ! これくらいは当然だ!」

 

 「先か後かなんて関係ありません! 貴方達だってジェネシスを撃ちました! お互い様です! なのに自分達は地球軍とは違うってどこがですか! 私から見ればどちらも変わらない!」 

 

 斬り払われたビームサーベルを受け止め、弾け合うと距離を取った。

 

 「……これ以上は何を言っても無駄だな」

 

 「……私にも大切な人達がいるんです。だから絶対に撃たせない!」

 

 睨みあう2機が互いに武器を構える。

 

 これが最後の激突―――2人のSEEDが弾けた。

 

 スラスターを噴射させて、加速すると2機が交差する。

 

 「貴方を倒す!!」

 

 「やらせない!!」

 

 クラレントがコンビクトを袈裟斬りに斬り裂き、コンビクトのビームサーベルがターニングの左腕を斬り飛ばしていた。

 

 勝ったのはマユであった。

 

 今回の勝負はまぐれではない。

 

 マユ自身の技量でシリルを打ち破ったのだ。

 

 「……やはりメンデルで、倒しておく、べきだったか」

 

 マユはそのままラクスを追って離脱すると、斬り裂かれたコンビクトは爆散し、大きな閃光を作り出した。

 

 「ハァ、ハァ、やった。ラクスさん、どこに?」

 

 残った腕でクラレントを振るい邪魔する敵を撃破しながらジェネシスに接近したマユはラクスを探すと中央に向かう姿を発見した。

 

 ジャスティスは損傷を受けている為か速度が遅い。

 

 万全の状態ならば追いつく事が出来なかっただろう。

 

 「ラクスさん!」

 

 「マユ!?……良く聞いてください。核ミサイルは破壊されてしまいました。ですからこれからジャスティスを核爆発させます。急いでここから離脱を」

 

 マユは一瞬だけ驚くが、すぐに状況を理解するとコックピットを開く。

 

 「分かりました。ラクスさん、早くこちらに!」

 

 ラクスには一瞬だが迷った。

 

 もしかしてあの時プラントを出ずにいればこんな事になる前に防げたのではないかと。

 

 それを見過ごしてしまった。

 

 今がその償いの時ではないかと、そんな事を考えてしまった。

 

 キラ達に話せばきっと「そんな事はない」と言ってくれるだろう。

 

 でもどこかでそんな事を考えている自分がいた。

 

 馬鹿馬鹿しく、そして思い上がりも甚だしい。

 

 そもそもキラに帰って来てと約束させたのはラクス自身ではないか。

 

 それを自分から破棄するなど、自分勝手にも程がある。

 

 「……そうですね。少し待ってください」

 

 マユはジャスティスから降りたラクスの手を取るととターニングのコックピットに引き込み、そのまま一気に離脱した。

 

 

 

 

 外側でジャスティスが爆発する数瞬前にジャネシス内部にエドガー達が仕掛けが作動する。

 

 内部に仕掛けてあったのは半壊状態のジュラメントだった。

 

 ジュラメントが核爆発を起こす数瞬後、ジャスティスもまた自爆すると、2つの爆発がジェネシスを包み、破壊した。

 

 

 

 

 その様子はヤキン・ドゥーエの司令室でも確認できた。

 

 誰もが破壊されたジェネシスを呆然と見ている。だが一番ショックを受けていたのは間違いなくパトリック・ザラであった。

 

 「ば、馬鹿な」

 

 撃たれた足を引きずるようにモニターを見る。

 

 ここに決着はついた。

 

 司令室にいた誰もが脱力したようにその場に座り込む。

 

 「ジェネシスも破壊された。もう終わりだ」

 

 あえて先程と同じ様にパトリックに言い放った。

 

 しかし呆然としていたパトリックは突然狂ったように笑いだした。

 

 「ふふふ、ふはは、はははは!!……やってくれたな、ブランデル! だがこのままでは終わらんぞ!!!」

 

 パトリックは机の端末を操作し始めた。

 

 その様子は尋常な様子ではなく、まさに狂人。

 

 嫌な予感に駆られたカガリはパトリックに飛びかかると体当たりで突き飛ばす。

 

 「何をする気だ! やめろ!」

 

 「このナチュラルがぁ!」

 

 無事な腕でカガリを殴り飛ばそうとしたパトリックに今度はエドガーが割って入る。

 

 「ブランデル!!」

 

 「見苦しいぞ、パトリック・ザラ!」

 

 振るわれた拳を軽く避け、顔面に拳を叩きつけると思いっきり振り抜いた。

 

 殴り飛ばされたパトリックは床に叩きつけられ、気絶すると兵士達に取り押さえられる。

 

 「カガリ!」

 

 「もう無茶しないでくださいよ!」

 

 キサカとアサギが心配そうにカガリに駆け寄る傍らエドガーはため息をつくと操作された端末を急いで確認する。

 

 「これは……」

 

 「どうしたんだ?」

 

 「全員、急いで脱出しろ! ヤキン・ドゥーエの自爆装置が作動している!」

 

 エドガーの叫びに全員が固まった。

 

 「解除は?」

 

 「無理だ、間に合わん! 脱出するしかない!  急げ!!」

 

 その言葉に恐慌を起こしたようにザフト兵が飛び出していく。

 

 固まっていたカガリも正気に戻ると即座に指示を出した。

 

 「私達も脱出するぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 全員が司令室から脱出すると、格納庫に向かって走り出した。

 

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエに突入したアストとアスランの戦いは最後の局面を迎えていた。

 

 放置されたモビルスーツや戦艦の残骸など薙ぎ払いながら機関砲で相手を牽制、移動しながら攻防を繰り返していく。

 

 イージスのビームサーベルを弾きながら、バルムンクを振るおうとするが―――

 

 「ここではその剣は振れないだろう!」

 

 「チッ、それが狙いか」

 

 アスランは賭けに勝った。

 

 目論見通りにアストは上手く武装を使えていない。

 

 確かにここではバルムンクが上手く振れず、イノセントは先程から防戦一方になっていた。

 

 「はあああ!!」

 

 ビームサーベルを袈裟懸けに振るい、さらに右足でビームサーベルを蹴り上げる。

 

 「避け切れない!?」

 

 回避するために後ろに下がろうとするが、ここは狭い要塞内。

 

 身動きが取れずイージスの斬撃がイノセントの胸部を抉った。

 

 「ぐっ、この!」

 

 斬り裂かれたと同時にバルムンクをイージスに向けて投げつけると右足を抉る。

 

 「まだだ!」

 

 右足を傷つけられバランスを崩したイージスはそれでもヒュドラを放った。

 

 バランスが崩れている為、当然狙いが甘い。

 

 それでもアスランの執念か、イノセントの右腕に直撃し消し飛ばした。

 

 「うああああ!!」

 

 その反動でイノセントは背中から倒れ込んでしまう。

 

 それはアスランにとっての最大の好機だった。

 

 「俺の勝ちだァァ!!」

 

 倒れ込んだイノセントにビームサーベルを振りかぶった。

 

 今のイノセントに残された武装ではイージスは止められない。

 

 「俺は―――」

 

 様々な事が脳裏に浮かび、消えていく。

 

 このままここで終わる。

 

 俺はまだ―――

 

 「あれは!?」

 

 その時、視界に入ってきた物を見た瞬間に機関砲のトリガーを引いていた。

 

 無論そんなものはイージスには通用しない。

 

 無駄な足掻きだとアスランは無視した。

 

 「終わりだ、アスト・サガミ!!」

 

 それがこの戦いの結末を決定した。

 

 イノセントの機関砲が狙っていたのはイージスの背後に漂っているモビルスーツの残骸であった。

 

 ここに来るまでに薙ぎ払ってきた物の一つだろう。

 

 機関砲に撃ち抜かれた残骸が小規模ながら爆発を引き起こし、イージスの背後から衝撃が襲った。

 

 「ぐっ」

 

 爆風でイージスは一瞬バランスを崩してしまう。

 

 それがアスト最後の好機であった。

 

 「今だァァ!!」

 

 残った左腕に取り外したワイバーンをマウントすると袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「何!?」

 

 それは完全に予想外。

 

 ワイバーンは背後の敵を斬り裂く為の武装だと勝手に思い込んでいたアスランに避ける術は無い。

 

 「うおおおおお!!」

 

 展開されたビームソードがイージスを下腹部から斜めに切断した。

 

 そして斬り裂かれた下腹部が凄まじい爆発を引き起こし、巻き込まれたイノセントは壁に叩きつけられ、ついにPS装甲が落ちてしまった。

 

 「ぐうううう」

 

 全身を襲う爆発の余波をなんとかやり過ごし、操縦桿を動かすが、完全に反応がなくなってしまった。

 

 「くそ、全く反応なしか」

 

 これ以上は無駄だと判断し、コックピットから降りた。

 

 内部は今までの戦いの影響か残骸が散乱し爆発の振動も伝わってくる。

 

 一瞬このまま指令室に向かうか迷うが、自分の武器は拳銃一丁のみ。

 

 流石に無謀すぎる。

 

 「……脱出すべきか―――ッ!?」

 

 アストは咄嗟に前に飛び込むように伏せると、次の瞬間乾いた銃声が響く。

 

 振り返った先には赤いパイロットスーツを着たアスランが佇んでいた。

 

 「……させると思うか」

 

 「貴様」

 

 アストも銃をアスランに突きつける。

 

 「流石だな。認めたくはないがモビルスーツ戦闘ではお前に敵わない。しかし生身ならどうかな?」

 

 その指摘は間違っていない。

 

 ヘリオポリスで一度手合わせしているからこそ分かる。

 

 生身の戦闘ではアスランの方が強い。

 

 アストも訓練はしてきたが、彼よりも強くなったとは思っていない。

 

 「お前はここで殺す。絶対に逃がさない」

 

 アスランは躊躇う事無く引き金を引き、連続で放たれた銃弾をアストは飛び退く事で回避した。

 

 その予想通りの動きに合わせ、床を蹴ると同時に側面から足を振り上げ蹴りを入れた。

 

 「ぐっ」

 

 咄嗟に腕を交差させて防御するが、アスランはさらに拳を叩きつけてくる。

 

 連続で叩きこまれる攻撃にアストはただ下がるしかない。

 

 それでも最初の攻撃でやられなかったのは間違いなく訓練の成果であろう。

 

 もし訓練を受けていなければ最初の一撃で昏倒させられ、あっさり殺されていたに違いない。

 

 「なるほど、貴様もそれなりに訓練は積んでるらしいな」

 

 「ハァ、ハァ」

 

 完全に追い込まれていた。

 

 アスランは冷静に油断なく攻撃を加えてくる。

 

 そして再び拳を振り抜こうとした時、アストもまた攻勢に出た。

 

 振り抜かれた拳に合わせたカウンターで殴りつけたのだ。

 

 カウンターを受け、たたらを踏んだアスランに蹴りを入れて突き飛ばす。

 

 「ぐっ、貴様!」

 

 「ハァ、ハァ、いつまでもやられっ放しじゃないぞ」

 

 お互いに銃を構えて睨み合い、動こうとした瞬間、声が響いた。

 

 「やめなさい!」

 

 「レ、レティシアさん」

 

 「どうしてここに……」

 

 銃を構えアストを庇うようにレティシアが立ちふさがる。

 

 「……そこをどいてください」

 

 「断ります! これ以上アスト君を傷つけさせません!」

 

 アスランは思わず唇を噛んだ。

 

 自身の嫉妬心を抑え、逆に考える事にした。

 

 これは彼女を連れていくチャンスである。

 

 「……やりたくはありませんが、貴方を倒して連れて行きます」

 

 「……前にも聞きましたが、どうしてそこまで私に拘るのですか?」

 

 「俺は貴方が―――」

 

 「ッ!? レティシア!!」

 

 その時、アストに悪寒のようなものが走る。

 

 前にいるレティシアの手を掴み自分の方に引き寄せると同時に銃声が響く。

 

 2人で倒れ込み、銃声の聞こえた方を見ると銃を構えたユリウス達がこちらを見ていた。

 

 「ユリウス隊長」

 

 ユリウスは後ろにいる兵士達に指示を出すとアスランのそばに寄って来た。

 

 「最悪だな」

 

 この状況でユリウスまで。

 

 何とかレティシアだけでも逃がさなければと考えていたアストだったが、ユリウスから発せられた言葉は予想外のものだった。

 

 「退くぞ、アスラン。ヤキンの自爆装置が作動した。これ以上は危険だ」

 

 自爆装置!?

 

 司令室で何があったのかは分からないが、どうやら何かしらの決着はついたらしい。

 

 「ヤキンの? 父は、いえジェネシスはどうなりましたか?」

 

 「破壊された。パトリック・ザラも拘束済みだ。このままここにいる意味は無い」

 

 「……了解です」

 

 これ以上ここにいる必要はないと判断し、アストがどうやって仲間と合流するかを考えていた時、大きな振動と共に爆発が起きた。

 

 その爆風を堪えたレティシアとアストは引き離されてしまう。

 

 「アスト君!」

 

 引き離されたアストの元に駆けつけようとするレティシアの手をアスランが掴んでいた。

 

 「俺と来てください!」

 

 「答えは何度も言った筈です。アスラン、貴方はどうして?」

 

 「俺は貴方が―――好きです。だから、俺と!」

 

 こんな時に、しかも突然の告白に驚いてしまった。

 

 しかしレティシアの答えはすでに決まっている。

 

 だからこそ誤魔化す事無くはっきり答えよう。

 

 それがせめてもの誠意だろう。

 

 「……ありがとう、アスラン。でも、ごめんなさい。私は貴方の想いに応えられません」

 

 「ッ!?」

 

 レティシアは握られた手を振り払うとアストの下に駆け出していく。

 

 アスランにはそれを追いかけるだけの気力は残っていなかった。

 

 そしてアストはユリウスと銃を構え、お互いを睨み合い対峙する。

 

 ユリウスが生きていた事に関して驚きは無い。

 

 むしろ必ず生きているとどこかで確信していたくらいだ。

 

 「……あの状態から、イージスリバイバルを倒すとはな」

 

 「貴方こそ、あの爆発に巻き込まれて五体満足とはね」

 

 睨み合っていた二人だがユリウスは銃を下して背を向けた。

 

 「今はお前と争う気はない。さっさと脱出するんだな」

 

 「えっ?」

 

 正直拍子抜けだ。

 

 必ず殺そうとしてくると思っていたのだが。

 

 そのまま歩いていくユリウスの背中を何もせずに見ていたが、途中で振り返ると表情を出さずに呟いた。

 

 「1つだけ教えておいてやる。これで終わりではない。むしろ――――――」

 

 ユリウスの声は爆音に遮られ周囲には聞こえない。

 

 ただ彼の言葉はアストの耳にだけ届いていた。

 

 「なっ」

 

 「忘れるなよ」

 

 そのまま彼は去っていく。

 

 アストは追いかける事も出来ず、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 そこにレティシアが駆けつけてくる。

 

 「アスト君、脱出しましょう! イノセントは?」

 

 レティシアの言葉に正気に戻ったアストはユリウスの言葉を振り払うと思考を切り替える。

 

 「……イノセントは駄目です。完全に破壊されました」

 

 「ではアイテルで脱出しましょう。こっちです」

 

 レティシアと共にアイテルに向かって走り出す。

 

 ヤキン・ドゥーエ自爆まで余裕は残されていなかった。

 

 

 

 

 エドガー達と別れたカガリ達は脱出の為に格納庫に向かっていたが、頻繁に振動が起きる為に走りにくい。

 

 ヤキン・ドゥーエ内部の兵士達にはすべてエドガーから脱出命令が出ている為、こちらに構ってくる奴はいない。

 

 行きと違ってザフト兵の邪魔が入らないのは助かる。

 

 ようやく格納庫に辿りつくとカガリが指示を飛ばした。

 

 「時間が無い、このまま脱出する。全員脱出艇に乗り込め! 私とアサギはモビルスーツで援護だ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 飛び込むようにストライクルージュに乗り込んだカガリは脱出艇と共に要塞より脱出した。

 

 

 そしてヤキン・ドゥーエの自爆装置が作動する。

 

 

 様々な場所から炎が吹き出し、爆発が起きた要塞内部をアイテルが突き進んでいく。

 

 「くっ」

 

 レティシアはペダルを思いっきり踏み込みスラスター出力を上げて、通路を襲う爆発から逃れるため炎に包まれた中を突っ切っていく。

 

 コックピットには警戒音が鳴り響き、機体各部の異常を知らせているが止まれない。

 

 ここで止まれば間違いなく死ぬ。

 

 「見えたぞ!」

 

 ギリギリであるが見えてきた出口に向け、スラスターを吹かし出口を潜る。

 

 だが同時に背後から凄まじい爆発が起きるとアイテルは吹き飛ばされた。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「うあああああ!!」

 

 方向がどちらかも分からない状態。

 

 このままではヤキンの自爆から逃れる為の十分な距離が稼げない。

 

 その時―――

 

 「レティシアさん!」

 

 上方から突っ込んで来たフリーダムが体勢を崩したアイテルを掴みバランスを整える。

 

 「レティシア!」

 

 「ええ!」

 

 アストの声に合わせ、ペダルを踏み込みフリーダムと共に機体を加速させ、ギリギリ爆発の影響範囲外に退避した。

 

 3人は息を荒くしながら振り返ると、ヤキン・ドゥーエが完全に破壊された瞬間が見えた。

 

 フリーダムから通信が入ると、モニターにキラの顔が映った。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「ありがとう、キラ君」

 

 「助かったよ、キラ」

 

 「アストも無事だったんだね。良かった」

 

 お互いの無事を喜び合う。

 

 とはいえ機体はボロボロだ。

 

 フリーダムはもちろん、あれだけの爆発に巻き込まれたアイテルもまたほとんど大破している。

 

 それでも何とか生きていた。

 

 「アスト君、怪我とか無いですか?」

 

 「ええ、ありがとうございます。貴方のおかげで助かりました」

 

 彼女が来てくれなければここにはいなかっただろう。

 

 「良かった、本当に」

 

 レティシアが目に涙を浮かべながらアストを引き寄せ抱きしめてくる。

 

 パイロットスーツ越しでも温かみが伝わってきた。

 

 それでようやくアストも生きている実感が持てた。

 

 「……生きてますよ、俺は」

 

 「はい」

 

 この後すぐに復権した穏健派による戦闘停止の放送が流れ、長い戦いの幕が下りた。



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最終話   そして歴史は刻まれる

 

 

 血のバレンタインを切っ掛けとして起こった大規模な武力衝突は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において終結した。

 

 この戦争の名は『ヤキン・ドゥーエ戦役』

 

 戦争最大の激戦地であり、最後の戦いの舞台となった要塞の名を取ってこう名付けられる事になった。

 

 しかし戦争は終結したとはいえ、すべてが解決した訳ではない。

 

 依然として戦争の傷痕は各地に残り、地球とプラントの関係は悪く、盟主であったムルタ・アズラエルが死亡したとはいえブルーコスモスも健在である。

 

 そんな中で地球連合、プラントの間で停戦条約が結ばれる事になった。

 

 後に『ユニウス条約』と呼ばれる停戦条約である。

 

 だが当然のようにこの条約締結には数か月の時間を要する事となる。

 

 その理由は地球側の無茶な要求にプラント側が大きく反発した事。

 

 そして地球上でも紛争が起こり、安定していた訳ではなかった為に結果として長引いてしまったのだ。

 

 それでも条約が締結できたのには二つの要因が存在していた。

 

 一つは中立同盟が仲介に入った事。

 

 中立同盟はこの条約には参加していない為、正確にはスカンジナビア王国の外相であるが、仲介に入った事で話し合いは進む事になる。

 

 もちろんそれでも揉めに揉めた訳ではあるが。

 

 ちなみに同盟との間では停戦の話し合いがすぐに行われ、プラントとの間にはすんなりと停戦協定が結ばれた。

 

 だが地球連合とは停戦が成立しなかった。

 

 これは連合側の理不尽ともいえる要求を受け入れる事が出来なかった結果である。

 

 それでも未だに第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦から一度も戦火を交えていないのは地球軍も戦力を消耗してしまった事。

 

 そしてもう一つの要因が大きく関係していた。

 

 

 それは新たな勢力、『テタルトス月面連邦国』が誕生したからである。

 

 

 事の起こりは停戦よりすぐ後であった。

 

 ザフト一部の部隊がプラントから離脱していったのである。

 

 無名な者達ならばただの脱走として処理されていたに違いない。

 

 しかし今回は相手が悪い。

 

 離脱して行ったのはザフトの英雄『宇宙の守護者』と呼ばれていたエドガー・ブランデル率いる部隊であった。

 

 臨時最高評議会はこれに酷く慌てた。

 

 混乱の極みとも言える現状において、英雄とその部隊の離脱など許してしまえばザフトが瓦解しかねない。

 

 だが彼らはさらに誰も予想もしない事を引き起こしたのだ。

 

 プラントからの追手を振り切り、月方面に向かった彼らは脱走して来たと思われる地球軍の部隊と合流。

 

 その後コペルニクスを中心とした月面国家誕生を宣言したのだ。

 

 テタルトスはオーブなどと同じく中立を宣言したのだが、そんなものを認める連合でもプラントでもない。

 

 当然のごとく武力による排除が決定された。

 

 断っておくが両軍が組んだ訳ではない。

 

 そんな事をせずとも所詮は少数であり、戦争で兵力を失っていたとしてもすぐに片が付くと誰もがそう思っていた。

 

 彼らの最大の誤算はエドガー・ブランデルという男の真価を見誤っていた事だろう。

 

 すべてはヤキン・ドゥーエ戦役末期から周到に準備されていたのだ。

 

 結論を言うならば両軍共に目的を果たす事は出来なかった。

 

 いや、それどころか手酷く返り討ちにあったのだ。

 

 地球軍もザフトも脱走した小勢など簡単に殲滅出来るだけの戦力を投入した。

 

 それでも敗れた事の原因は幾つかある。

 

 一つは彼らの戦力が予想以上に精強であった事だ。

 

 テタルトスのパイロット達には地球軍に破棄されかけていた戦闘用コーディネイターや行き場のないハーフコーディネイター達を登用。

 

 モビルスーツはザフト特務隊専用機ZGMF-F100『シグルド』のバッテリー型を中心とした高性能機を投入。

 

 さらに彼らにとって不運だったのはザフトのエースであるアスラン・ザラやユリウス・ヴァリスもいた事だろう。

 

 両軍共に彼らを止められる者などおらず、一方的に蹂躙される事となった。

 

 そして最大の原因。

 

 それが巨大宇宙戦艦『アポカリプス』の存在であった。

 

 この戦艦の持つ圧倒的な火力により両軍共に一掃されてしまったのだ。

 

 他の艦とは一線画する巨大さを持ち、それから伴う圧倒的な火力。

 

 まさに向かい合った者達からすれば悪夢の象徴である。

 

 この戦闘によってヤキン・ドゥーエ戦役で消耗した戦力をさらに減らす結果になってしまった。

 

 だが彼らにとって幸いだったのはテタルトスはあくまでも専守防衛を主としていた事である。

 

 退けば追撃を掛ける事もなく、かと言って攻め込んで来る事もない。

 

 地球軍、ザフトの出した結論は現状放置。

 

 これ以上の戦力低下を防ぎたいという意味において両軍は利害が一致したのだ。

 

 そこにテタルトスの支援を打ち出した中立同盟の方針もあり地球、プラント共に事実上、手が出せなくなってしまった。

 

 これによりユニウス条約締結が早まったのは間違いない事実である。

 

 ともかく条約締結により、ヤキン・ドゥーエ戦役は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 その日はいい天気だった。

 

 特に今までずっとベットの上だった身にとっては実に気持ちが良く、このままどこかに行ってしまいたいくらいだ。

 

 「ここにいたんですね、ディアッカ」

 

 ディアッカは近づいてくるニコルに手を挙げてあいさつする。

 

 「わざわざ来てくれなくても良かったによ」

 

 「まあ、退院したばかりですからね。余計なお世話とも思いましたが迎えにきました」

 

 真面目なニコルらしい。

 

 最後の決戦においてイレイズサンクションの攻撃を受けたディアッカはそれこそ命に関わるほどの重症を負ってしまった。

 

 それでも助かったのは同盟軍が応急処置を施してくれたからである。

 

 反面ニコルとエリアスは傷も大した事はなく、検査入院で済んでいた。

 

 まあ乗機は完膚なきまでに大破させられたが、それでも全員が無事だったのは幸いと言えるだろう。

 

 「そういえば、エリアスの奴は?」

 

 「ああ、彼は用事を済ませたらそのまま行くそうです」

 

 「そうか。じゃあ俺達も行こうぜ」

 

 「ええ」

 

 ニコルの運転してきた車に乗り込むと目的地に向かった。

 

 町中を抜けるように走っていく中で目についたのはスクリーンに映ったニュース。

 

 内容はアスランの父親パトリック・ザラの事であった。

 

 「……なあ、噂には聞いてたけど本当なのか?」

 

 「……らしいです。まあ僕も報道されたこと以外殆ど知りません」

 

 エドガー・ブランデルによって拘束され、穏健派に引き渡されたパトリック・ザラは裁判にかけられる事になった。

 

 ただ彼の主張はナチュラルとエドガーに対する憎悪を喚いていただけであり、とても裁判にはならなかった。

 

 そんな中で突然パトリックの死が報道されたのである。

 

 死因はただ自殺とされ、それ以上はなにも表に出てくる事がなかった。

 

 胡散臭い話ではあるが、臨時評議会による正式な通達もあってこの件はそのまま片付けられる事となる。

 

 しかし同時期に嫌な噂も流れたのだ。

 

 どこかでパトリック・ザラは生きており、新たな戦争の準備をしていると。

 

 停戦後で混乱していたからこそのよくある怪談話ではあるが、彼をよく知る者達からすれば正直笑えない話である。

 

 不明瞭な点も多いために余計にそう感じてしまうのだ。

 

 「アスランが知ったらどう思うかな……」

 

 アスランはエドガーと共にプラントから出ていった。

 

 正直何も言われないまま行かれたのは腹立たしいが、彼が仮にプラントに残っていても碌な事にならなかっただろう。

 

 何と言ってもパトリック・ザラの息子なのだから。

 

 そういう意味では彼がプラントを去ったのは良かったのかもしれない。

 

 しばらく無言で車を走らせると目的地に到着する。

 

 そこには先に来ていたエリアスが待っていた。

 

 「ディアッカ先輩、退院おめでとうございます」

 

 「おう。ていうかお前見舞いもに来てないだろうが!」

 

 ディアッカがエリアスの首に腕を回して締め上げる。

 

 「すいません、軍の方もガタガタで忙しくて」

 

 ディアッカの腕から解放されると笑っていたニコルと三人で目的の場所に立つ。

 

 そこは墓地。

 

 間が眠るその場所に報告に来たのだ。

 

 この戦争で色々なものを見た。

 

 これでいいのかと、そんな迷いはまだ胸の内にある。

 

 答えはまだ出ていない。

 

 それでも―――

 

 「カール、何とか全員生きてるぞ」

 

 「プラントもまだ不安定ではありますけど、大丈夫です」

 

 「ま、こっちは俺らが何とかするから、安心しろ」

 

 せめてカール達が安心して眠れるように、自分達が出来る事をする。

 

 それだけは確かで間違っていないはずだ。

 

 そう改めて自分の胸に刻む。決して忘れないように。

 

 

 

 

 

 確かに戦争は終わった。

 

 だが即座に戦闘行為が消える訳ではない。

 

 特にここ月ではそれがより顕著である。

 

 それは新たな国家『テタルトス月面連邦国』を地球もプラントも認めてはいないからだ。

 

 地球軍すれば月は重要な宇宙の拠点であり、ここを押えられたなら彼らの宇宙での足掛かりを失う事になる。

 

 プラントにしても、テタルトスの使っている機動兵器の大半はザフトのものである。

 

 もちろん地球軍のストライクダガーなども存在はするのだが数が少ない。

 

 つまり彼らの放置は自分達の技術流失を意味していた。

 

 しかし彼らは一度たりとも勝てず撃退され、今では散発的な小競り合いのみに留まっていた。

 

 ようやく出撃の機会も減り、珍しく部屋で休暇を静かに過ごしていたのはアスラン・ザラであった。

 

 今でもたまにヤキン・ドゥーエでの事を思い出す。

 

 正直にいえばショックはあった。

 

 初めて好きになった女性だ。

 

 だがプラントで奴と会った時からどこかでこうなる気もしていた。

 

 「ハァ」

 

 アスランはため息をつくと気を紛らわすためにテレビをつけると、そこに静かなノックが聞こえてくる。

 

 「どうぞ」

 

 入ってきたのは昔もそして今も自分の上官であるユリウス・ヴァリスだった。

 

 「どうされたのですか?」

 

 「ああ、お前に渡す物があってな。それと新しい任務の話だ」

 

 ユリウスから手渡されたのは自分の新しい名前が書かれた書類である。

 

 アスランの名ははっきり言えば目立つ。

 

 あのパトリック・ザラの息子というのはそれだけで注目の的だろう。

 

 そこでエドガーに相談し偽名を使う事にした。

 

 ただ同時に逃げているかのような負い目も存在したのだが。

 

 そこでつけていたテレビが騒がしくなり、画面を見るとアスランは思わず顔を顰めた。

 

 「不満そうだな」

 

 「不満というか、いまいち信じ難いだけですよ」

 

 そのアスランの返答に「確かにな」とユリウスも珍しく表情を崩して苦笑していた。

 

 画面に映っているのはかつてアスランを助けてくれた恩人ともいえる人物マルキオであった。

 

 思想家である彼がテタルトスにいるのにはもちろん訳がある。

 

 テタルトスは出来たばかりの国であり、足りないものは山ほどある。

 

 例として挙げるなら十分な戦力がそうだ。

 

 はっきり言ってテタルトスの戦力など微々たるもので、物量で押されれば呆気なく全滅してしまうだろう。

 

 それを補うための戦艦アポカリプスであるのだが、これにも弱点がない訳ではない。

 

 その巨大さゆえ接近されれば対処が難しく、機敏な動きも出来ない。

 

 だからこそモビルスーツや通常の艦を用いた作戦が重要となる。

 

 つまりアポカリプスはあくまで象徴であり、敵の戦意をそげれば十分。

 

 少なくとも用意したエドガーですら戦力としてはあてにしていないのだ。

 

 そんなすべて不足している中でも一番急務であったのが意思の統一である。

 

 これが出来なければ内側から崩壊していく。

 

 特に軍の意思統一は早急に行わなければならなかった。

 

 邪魔なのは今までの価値観。

 

 そこでナチュラル、コーディネイター共に多くの賛同者を得ているマルキオの力が必要だったのだ。

 

 全く別の概念が必要だったのはアスランも、もちろん理解している。

 

 しかし―――

 

 「まあ基本的にプラントにいた者ほど胡散臭く感じるのは仕方がない。『SEED思想』など」

 

 マルキオが掲げているのが『SEED思想』である。

 

 遺伝的な優劣は関係なく、重要なのは精神の変革であり、その資質を持っているのがSEEDを持つ者だと、そんな考え方らしい。

 

 確かにエドガーの考えと似てはいるが、やはりSEEDなどと言われるとどうにも信じ難い気持ちになるのだ。

 

 これはプラントにいた弊害かもしれない。

 

 あそこでは自分たちこそ新たな種とする考えが強く、SEEDなどタブーだったからだ。

 

 「だが今では『奴ら』の研究データが流失したらしいからな。シンパが増えるのも無理はない」

 

 「……ええ」

 

 今までSEEDと言っても誰も信じなかったし、マルキオのシンパの者達でさえ本当にそんなものが実在するなんて思っていなかっただろう。

 

 あくまでも考え方に賛同したといったところだ。

 

 しかし今は違う。

 

 とあるデータが流失した事でSEEDの実在を信じる者達も増えてきていた。

 

 それはかつてローザ・クレウスが収集し、コペルニクスの研究者に送ったデータであった。

 

 つまりキラ・ヤマト、アスト・サガミ両名のデータである。

 

 このデータと彼らが先の戦争でジェネシス破壊までに叩きだした戦果を合わせSEEDの実在は昔に比べると信憑性を増した。

 

 特に何も知らない素人はそれが顕著であり「これこそ人類の進化だ!」などと言っている者すらいるらしい。

 

 「まったく馬鹿馬鹿しい話だ。本質も知らん癖に進化とはな。……オーブの研究者ローザ・クレウス曰くSEEDとは適応能力らしい」

 

 「適応能力?」

 

 「……ああ。彼女は『過度の状況変化に対応するための適応能力』と定義したらしい。コペルニクスの研究者が自慢げに力説してくれたよ。だが大衆はそうは思っていない。噂に踊らされ本質を見失う。まったく」

 

 そういえばアスランもそんな経験がある事を思い出した。

 

 確かに自分もオーブ沖の戦いであの感覚の後、ついていけなかったアストの動きに対応できていた。

 

 そしてさらに言うならばそんなアスランの動きを奴はさらに上回ってきた。

 

 あれがSEEDなのだろうか?

 

 「なんであれ今の我々には必要なのさ。たとえどれだけ胡散臭くともな」

 

 「それは理解してます」

 

 ユリウスの手渡してくれた書類に目を通して先ほど言っていた任務の詳細を尋ねようとした時、部屋に一人の少女が入ってくる。

 

 「お茶が入りました」

 

 「ありがとう、セレネ」

 

 お茶を持って部屋に入ってきたのはアスランにとって命の恩人ともいえるもう一人の人物セレネであった。

 

 マルキオがここに招かれてから彼に保護されていた子供達もオーブに残った者達を除いてこちらに移り住んでおり、セレネもこちらについて来ていた。

 

 伝道所にいた頃との違いはその容姿だろう。

 

 髪を整え、軍の制服に身を包んだその姿は誰もが振り返る美少女である。

 

 彼女は現在アスランの補佐官のような事をしてくれていた。

 

 もちろん物騒な事には関わらせる気はない。

 

 セレネが入れてくれたお茶を飲み、一息つくと気を引き締てユリウスに問う。

 

 「それで新たな任務とは?」

 

 「そう気負うな。難しい任務ではない。今から数日後テルタトスにある人物が訪れる。その護衛と世話だ」

 

 「護衛はともかく私が世話を?」

 

 「安心しろ。それはセレネがやってくれる。お前は護衛に集中すればいい」

 

 「分かりました。それで誰なんです?」

 

 「……カガリ・ユラ・アスハ」

 

 思わず呆気にとられてしまう。

 

 確かに現在テタルトスは中立同盟から支援を受けているだが、アスランからすると複雑な気分ではある。

 

 「一応彼女の来訪は極秘ではあるが何が起きるか分からない。これはテタルトスの今後に重要な訪問だ。万が一の事があってはならない。……これもマルキオと同じだ。割り切れ」

 

 「分かってます」

 

 アスランも彼女と会いたくない訳ではない。

 

 近況を語り合うのも悪くないだろう。

 

 「そうか。詳しい事は後日通達があるだろう、頼むぞ」

 

 「了解」

 

 ユリウスはお茶を飲むとセレネに「ごちそうさま」と一礼し部屋から出ていった。

 

 改めて書類に目を通すとセレネが隣に座ってくると苦笑するアスランを不思議そうに覗き込んで来るので書類を手渡した。

 

 「見てもいいの?」

 

 「ああ、俺の名前だよ」

 

 「これがあなたの新しい名前……」

 

 そこには『アレックス・ディノ』と書かれていた。

 

 今日からはこの名で生きていく事になる。

 

 どうにも実感が湧かないが、おいおい慣れるだろうと再びお茶を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦争でどの陣営も例外はなく傷ついた。

 

 しかし一番大きな打撃を被ったのは地球軍だろう。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において戦力の大半を撃破され、ジェネシスの脅威に月から戦力を撤退させたはいいがその間にテタルトスの台頭を許してしまった。

 

 さらにその後に起きた紛争とテタルトスとの戦いにおいても惨敗し無駄に戦力だけを消耗してしまった。

 

 これ以上の被害は地球軍を完全に瓦解させてしまう可能性があると判断し、現在は戦力の増強が最優先を基本方針としていた。

 

 そんな中でヤキン・ドゥーエの死線を生き延びたスウェンは治療を終え軍に復帰していた。

 

 とはいえ現在の軍はガタガタだ。

 

 新たな上官に会うために通された部屋ですでに一時間は待たされている。

 

 そこにようやくノックの音が聞こえて誰かが入ってきた。

 

 スウェンは即座に立ち上がり、敬礼するが入ってきた人物を見た瞬間、絶句してしまう。

 

 表情に出さなかったのは僥倖といえるだろう。

 

 制服は確かに地球軍の物なのだが、問題は顔である。

 

 この人物は顔が見えない様にお世辞にも趣味がいいとは言い難いマスクを被っていたのだ。

 

 おかげで顔はおろか、性別すらも分からない。

 

 「待たせたな」

 

 思ったよりずっと中性的な声だった。

 

 いや、むしろ―――

 

 「スウェン・カル・バヤン少尉で間違いないか?」

 

 「はい」

 

 「私はネオ・ロアノーク大佐。今日から私が上官となる。よろしく頼む」

 

 「ハッ」

 

 「それから君は少尉から中尉に昇進している。これが辞令だ」

 

 辞令を受け取ると改めて敬礼するとそれを見たネオは口元を苦笑するように歪めながら手で制した。

 

 「そう硬くなる必要はない。これから一緒に戦う事になる。階級はそう気にしなくてもいい」

 

 「……はい」

 

 とはいえ相手は大佐だ。

 

 ここまで階級が違う相手に気安く接する事は難しく、さらに元々スウェンはそういうタイプでもない。

 

 いままで通りでいく事に決めて話に耳を傾ける。

 

 「まあ、ここでこうしていても始まらない。とりあえず部隊の連中に紹介するからついて来てくれ」

 

 「了解」

 

 ネオの後ろをついて行きながらスウェンはある予感を感じ取っていた。

 

 ここからさらに厳しい戦いに身を投じる事になると、何故か確信できていた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争が終結しても各陣営は次を想定して動いていた。

 

 それは同盟軍も同じである。

 

 特に地球軍とは停戦になっておらず、戦争状態は継続中である以上、何時再び戦端が開かれても対処できるように備えておくのは当然と言えた。

 

 各量産機のアドヴァンスアーマーによる強化、新型機の開発、パイロット達の育成、やる事は山ほどある。

 

 もちろん停戦の為に交渉は行われており、その為にアイラ達は連日会議ばかりである。

 

 さらに他国との外交も重要であり、特に新しい国家であるテタルトスとは連日協議を続けていた。

 

 最近では直接カガリが視察の為に月に向う予定となっている程に、その関係性は重要な位置づけになっている。

 

 そんな動き続ける世界情勢の中、マユ・アスカはとある新型モビルスーツのテストに参加していた。

 

 ペダルを踏み込み操縦桿を操作して機体を旋回させる。

 

 「うん、いい反応」

 

 MVFーM11C『ムラサメ』

 

 オーブの後継主力機である。

 

 可変機能を備えたこの機体はマユが搭乗していたターニングを参考に開発された機体であり、その為テストパイロットにはマユが適任とされ、こうして試乗している訳だ。

 

 すべてのチェックを終えたマユはオノゴロに帰還するとコックピットから降りるとそこにはエルザが端末を持って待っていた。

 

 彼女は正式にモルゲンレーテの技術者になっていた。

 

 かつての暗い雰囲気はなくなって穏やかな印象になり、楽しそうにフレイと話しているのをよく見かける。

 

 彼女なりに吹っ切れたのだろう。

 

 「機体はどう、マユ?」

 

 「はい、かなりいい感じですよ」

 

 操縦していて気になった点などを報告するとエルザは満足そうに頷いた。

 

 「ありがとう。トールのいい加減な報告とは大違い」

 

 「あ、あはは」

 

 思わず苦笑してしまった。

 

 どうやら彼の報告はずいぶん大雑把らしい。

 

 「イザークがいれば違ったんだけどね」

 

 「しょうがないですよ。イザークさんは今ヴァルハラに行ってますからね」

 

 そう彼はトールと共にスカンジナビアの新型主力機テストの為にオーブから離れ、それにアネットやミリアリア、サイもついて行っている。

 

 結局アークエンジェルのメンバーは全員そのまま軍に残った。

 

 まだ地球軍とは戦争中である事がその理由らしい。

 

 「そう言えばアークエンジェルとかの処遇ってどうなったんですか?」

 

 アークエンジェルを含めた幾つかの兵器は元々他勢力のものだ。

 

 それが紆余曲折があり中立同盟の手に渡り、ヤキン・ドゥーエ戦役で使用されてきた。

 

 しかし戦争が終結した今、地球軍はアークエンジェルを含めた兵器と搭乗していたクルー達の返還を求めているのだ。

 

 「詳しい話は聞いてないわ。交渉は続けているみたいだけどね。おそらく対価の支払いと技術協力を引き換えに譲渡する形で落ちつくんじゃないかしら」

 

 「そうですか」

 

 「マユ、今日はもういいわ。後はアサギさんとマユラさんに頼むから」

 

 「分かりました」

 

 パイロットスーツを着替えシャワーを浴びた後、その足で病院に向かう。

 

 病室に入ると変わらぬ両親の姿が目に入る。

 

 両親が今のマユの姿を見たらどう思うだろうか。軍人になり、戦っている今の姿を。

 

 そんな意味のない考えを振り捨てると、花瓶の水を替え窓を開ける。

 

 そのまま空を見上げると、プラントにいる兄の事が思い浮かんだ。

 

 一向に兄からの連絡はない。

 

 今頃何をしてるのだろうか。

 

 だが連絡が取れないのも仕方ない事だとも思う。

 

 中立同盟とプラントは停戦したとはいえ、お互いの交流が再開した訳ではなく、さらにザフトの奇襲を受けたオーブ国民のプラントに対する感情はお世辞にも良くはない。

 

 無論それはマユとて同じ事だ。

 

 その為、今なお自由に行き来する事ができない状態である。

 

 だから兄もこちらに戻れないのだろう。

 

 そう自分に言い聞かせると病院の庭を歩く二組の男女を見つけた。

 

 マリューとムウ、そしてナタルとセーファスである。

 

 ドミニオンはそのまま同盟軍に投降し、ムウとセーファスはお互い重傷だったものの、何とか無事に生還できた。

 

 とはいえパイロットであるムウは復帰するためには相当な期間リハビリが必要なるらしい。

 

 「ムウさんも頑張ってるなぁ」

 

 セーファスの方は重症であったものの順調に回復し、もうじき退院となるようだ。

 

 マユは笑みを浮かべながら窓を閉め、病院を後にするとそのまま家に戻ることにした。

 

 今住んでいる場所は、孤児達を集めた施設のような場所である。

 

 ここでアストやキラ、レティシア、ラクス達と一緒に暮らしていた。

 

 とはいえ今のこの情勢の為か全員が揃う事は珍しい。

 

 ラクスやレティシアは本来所属がスカンジナビアの為、オーブと行ったり来たりである。

 

 最近ではアストやキラも家を空ける事が多かったのだが、今日は久しぶりに全員が揃う。

 

 それだけで嬉しかった。

 

 「あ、マユ姉ちゃんお帰り!」

 

 「マユ姉ちゃんだ!」

 

 「みんな、ただいま!」

 

 こちらに飛びついてくる子供達を撫でていると奥から久しぶりに会う2人が出てきた。

 

 「マユ、久ぶりですね」

 

 「元気でしたか?」

 

 「ラクスさん! レティシアさん!」

 

 2人は全然変わっていない。

 

 それが嬉しくて、思わず抱きついてしまった。

 

 みんなから笑顔が零れる。

 

 マユは紛れもなく幸せだった。

 

 両親はあのような事になり、兄とは連絡が取れない。

 

 それでも不幸などとは全く考えてしなかった。

 

 大切な人たちがいて、そして帰ってくる場所もある。

 

 それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 海が見える場所に2人の少年アストとキラが立っていた。

 

 「やっぱりそう簡単には終わらないか」

 

 「そうだね」

 

 それは分かっていた事だ。

 

 簡単に戦いは終わらない。

 

 だが2人の表情に迷いはない。

 

 今も、そしてこれからも戦う理由は同じだ。

 

 「……では行くか」

 

 「うん」

 

 次に向かって歩き出す。

 

 先は見えず広がるのは暗闇だ。

 

 それでも決意が鈍る事はない。

 

 大切なものを胸に抱き、ただ二人は前だけを見据えていた。

 

 

 

 機動戦士ガンダムSEED cause END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは暗い部屋だった。

 最低限の明かりだけが周囲を照らし、部屋の全体を見渡す事は難しい。

 

 そんな中でテーブルを挟んで男女がチェスに興じていた。

 

 男の方はクライン派を率い、もうすぐ最高評議会議長となるギルバート・デュランダルであった。

 

 女の方の顔は見えないものの、特徴的なピンクの髪は暗い中でもよく目立っている。

 

 その時、ノックと共に部屋に入ってくる者がいた。

 

 その人物を見たデュランダルの顔に笑みが浮かぶ。

 

 「やあ、良く戻ってきたね。クロード」

 

 「お久しぶりです」

 

 クロードはデュランダルに歩み寄ると持っていたデータを手渡した。

 

 「これが地球軍の極秘データです。中にはアズラエルの研究データも入っています。そしてこちらが同盟軍の戦闘データです」

 

 「ありがとう、いや、助かるよ」

 

 クロードは始めからデュランダルの指示で動いていた。

 

 だからデュランダルは最終局面でジェネシスに何かが起きる事も知っていたし、さらにその事をユリウスに伝えたのも彼だ。

 

 「それでどうなのです? 今回はあなたの予想した通りの展開なのですか?」

 

 「まさか」

 

 それは事実であった。

 

 この戦争の結末はデュランダルが思い描いたものとはずいぶん違う。

 

 色々とイレギュラーも起きた。

 

 特にテタルトスの誕生は予想外にも程がある。

 

 しかし彼は別段焦ってはいなかった。

 

 何故ならこれが世界というものであると知っている。

 

 そんなままならない世界を変える為にデュランダルは動いているのだから。

 

 「しかしあのSEEDに関するデータ流失は予想外でした」

 

 「それもいいさ。いいかげんな噂を流した事で本質を理解している者もいない」

 

 もちろんオーブの研究者達は研究を続けていくだろう。

 

 まあ、それも今は捨ておいても構わない。

 

 「それで今後はどうしますか?」

 

 「ああ、またしばらくは地球軍側の情報収集を優先してくれ。……それからもしかすると必要になるかもしれないサンプルがある」

 

 デュランダルから手渡された端末にデータが表示された。

 

 そこには金髪の女性が映っている。

 

 「一応気に留めておいてくれ」

 

 「分かりました」

 

 クロードはそのまま退室しようと歩き出すと背中にいつもの穏やかな声が掛けられる。

 

 「期待してるよ、クロード―――クロード・デュランダル」

 

 その言葉に答える事無く、彼はそのまま立ち去った。

 

 部屋は不気味なほど静まり返り、ただ駒を動かす音だけが響いていた。




これで終了です。

ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました!



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あとがき

機動戦士ガンダムSEEDcauseを読んでいただきありがとうございました!

 

もう続編のeffectを投稿しているのにあとがきかよって自分でも思いますが、短いながらも捕捉くらいはしておこうかと思いまして。

 

とはいえ大した事を書いている訳ではないのでスルーしていただいても構いません。

 

初めての事ばかりでしたので上手くいかなかった所もありましたが完結させる事ができてほっとしています。

 

1)ストーリー

 

まずストーリーですが最初に考えたのはオリ主であるアストをキラの立場にして、キラはアスランと共にザフト側に行くというものでした。ですがこれはド素人の私が書くには難しい。最初はともかく後が続かない可能性があったので却下しました。(一応結末まで考えてはいたんですけどね)

 

そこで私自身が素人である事を考えて中盤までは原作と変えず、それ以降はオリジナル展開でという事にしたのです。ただこの時点でも今のような形とはずいぶん違ってました。アスラン以外のザラ隊は全滅する予定でしたし、マユはモビルスーツには乗る予定もなく、ヒロインも違っていました。結末自体は変わらないのですが、中身は大きく変わってしまったのは反省点です。

 

2)キャラクター

 

アスト

 

原作のキラとある意味で逆にしました。似た境遇でありながら彼は誰かを撃つ事を躊躇わない。大切な者を守るためなら恨まれても構わない。そんなキャラクターです。そんな彼の影響を受けたキラもこの作品では不殺は行っていません。

 

レティシア

 

彼女は最初ヒロインではなく、スカンジナビアのパイロットという設定でした。ただラクスの立ち位置を変えようと決めた後でもう一人近くにいた方がいいかなと言う事で今の立ち位置になりました。ただそれでもヒロイン候補というだけで最初に決めていたヒロインはアネットかエルザのどちらかでした。

 

マユ

 

この作品のサブヒロインでしょうか。彼女が初期から一番立ち位置が変化したキャラクターです。最初はモビルスーツに乗る予定もなく年齢も違いました。彼女をこの年齢にしてモビルスーツに乗せたのは、シンと対等の立場にするためです。

 

フレイとエフィム

 

この二人は原作フレイをイメージしました。憎しみを最後まで捨てられなかったエフィムと変わっていったフレイ。二人の結末はそこで決まっていました。(原作フレイも途中で変わってはいましたけど救われませんでしたから。なお最初に考えたキラのヒロインはフレイでした)ちなみにターニングの本来のパイロットはフレイです。しかし途中でマユに変えてしまった為、後半の出番はほとんどありませんでした。ここも反省点です。

 

テレサ

 

アストにとってかなり大きな影響を与えた人物です。本来は重要なキャラクターだったのですが、私の力量不足で活躍の場が作れませんでした。色々考えてはいたんですけどね。

 

敵キャラクター

 

アスラン

 

彼がこの作品一番の問題でした。まず謝っておきます。アスラン好きな人、ごめんなさい! 私はアスランを貶める気は一切ありません!アスランはあくまでアストのライバルとして描きたかったのですが、彼が立ち上がる前に終わってしまったのです。これは完全に私の力量が無かった所為です。

 

本当にすいませんでした!

 

さて彼とアストの立場のイメージはPCゲームからです。知っている人もいるかもしれませんが戦女神VERITA(18禁)という作品の主人公達からです。もっと格好いいライバルになる予定だったのですけど。続編のeffectではもっと格好良くしたいです。書けるかどうかは別ですが今ほど酷くはならないと思います。

 

ユリウス

 

彼はこの作品最強のキャラクターです。アストをキラの側に立たせると決めた時に無双にはしたくなかったのでそれを防ぐ最強の敵として考えました。クルーゼと同じ立ち位置ではありますが目的などは正反対にしました。でないとジェネシスが破壊できないので。

 

シリル

 

ユリウスと同じくアスト達の壁となる存在です。彼はアストやキラが強くなろうとするきっかけとなる存在で、いわゆる中ボスですね。原作を視聴していた際にSEED覚醒を果たしたキラとまともに戦える者がいなかったのが物足りないなと思ったのが彼の原点です。

 

特務隊

 

原作ではアスラン以外活躍した記憶がなかったので機体と共に考えて本篇に絡ませようと決めてました。シオン達は典型的なナチュラルを見下すコーディネイター、さらにエリート意識や差別観を持った歪んだ存在として考えました。ユウキさんを出そうかとも思いましたが、彼ではシオン達をまとめるのは無理だろうとあえて出しませんでした。

 

クロード

 

彼は地球軍側のクルーゼです。クルーゼは基本的にザフト側で暗躍していた印象が強かったので、地球軍側にも欲しいなと思って考えたキャラクターです。

 

ちなみに彼の姓に関しては最初に決めてました。アストの次に思いついたキャラクターです。

 

スウェン

 

単純に私がSEED系で一番好きなキャラクターだったので登場させました。最初はゲスト出演的な感じだったんですけどね。最終決戦でSEED覚醒させようかと思いましたが流石に覚醒したキャラが多すぎかなと思ってやめました。effectでは覚醒するかも。

 

セレネ

 

アスランを導く存在かな。原作のカガリのような立ち位置をイメージしました。彼女の名前はアスランを月に導くみたいな意味も持たせています。

 

3)機体について

 

これが一番苦労しました。特に名前ですね。全然思いつかなくて、やけくそで決めた機体名もあります。

 

後は武器の名前を決めるも大変でした。極力マイナーなものを選択して原作と被らないようにしてました。

 

一番真面目に考えたのは主人公機です。

 

イレイズは最初に考えた機体名なので一番思い入れがある名前です。effectでも使用予定です。

 

この機体の名は同時にアストの心情も表わしています。本篇では触れられていませんがアストは自分の出生を知っているが故に無意識に自分の存在を否定しています。

 

最初に考えたイメージはパーフェクトストライクの劣化版でしょうか。GATシリーズの集大成であるが強くなりすぎない様に燃費に悪さという欠点も考えました。

 

逆にイノセントはアストの存在を肯定するような意味を持ってつけました。ただ兵器には似合わない名前なので悩みましたけど。イメージはF91ですね。後ろにビームソードも装備しているのでV2も若干混じってます。とにかく複雑になりすぎないシンプルな機体として考えて、追加武装なども装備できる設定にしました。

 

 

スレイプニル

 

これはミーティアの代わりに考えたものでした。エターナルがザフト側なので。ガンダムXに登場したGファルコンが基です。同時にOOのGNアームズも混じってます。

 

 

スカンジナビア軍

 

名前で分かると思いますが北欧神話からつけてます。

 

二機のモビルスーツはガンダムからではなくマヴラヴオルタネイティヴの戦術機ラファールとタイフーンをイメージしています。

 

戦艦

 

これももっとうまく書きたかったですね。殆ど活躍させられなかったですから。

 

エターナルがこちら側に来ない上にモビルスーツを運用しようというスカンジナビアが戦艦が無いというのも変かなという事で考えました。オーディンはアーガマ、ヘイムダルはフリーデンⅡが基です。

 

それから余談ですがこの作品では地球軍、ザフトが対艦刀と同盟軍が斬艦刀となっていますが、呼び方が違うだけです。何故こんな事になったかといえば完全に私のミスです。

 

書いている最中にスパロボの動画を見ていたのが良くありせんでしたね。気が付けば斬艦刀になっていたのです。

 

結構進んでいたのでもう修正はせずに同盟軍での呼称を斬艦刀という事にしました。

 

4)最後に

 

まだまだ色々ありますが長くなってしまうので、ここまでにしたいと思います。

 

続編も書いていますがあちらは原作からして複雑なので上手く書けるかどうか。

 

ともかく読んでくださった方ありがとうございました。

 

 



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外伝
第1話   とある休日


息抜きで書いたので短い上に面白かどうかも分かりません。

それでも良ければどうぞ。




 

 

 ヴァルハラ防衛戦から数日が経っていた。

 

 シグルドから放たれたスナイパーライフルからの直撃を受けたヴァルハラは大きく損傷し、急ピッチで修復作業が行われ、そしてモビルスーツも同様に修理と強化パーツの開発に追われている。

 

 そんな皆が忙しなく動き回る格納庫ではアスト達がいつも通りシミュレーターに座って訓練を行っていた。

 

 本当ならばヴァルハラ修復の手伝いをするつもりだったのだが、今日は休めと言われたので訓練に時間を当てたのだ。

 

 モニターに終了の文字が映し出されると、疲れ切った二人は席を立つ。

 

 「何度やっても慣れないな、対ドラグーンの訓練は」

 

 「うん、ここまで四方からの攻撃に晒されるとね」

 

 L4会戦で遭遇したドラグーンを扱うプロヴィデンスはそれだけ脅威であり、あれを使いこなすラウ・ル・クルーゼの技量も高い。

 

 訓練をした所で対抗できるかは疑問だが、何もしないよりはマシだろう。

 

 そう考えて時間が出来るたびに訓練漬けという毎日を送っているという訳だなのだが、やっぱりそう簡単には攻略法など思いつかないのが現状である。

 

 アストとキラは思わず座り込みたい衝動を抑えながら歩き出した。

 

 ドラグーンの四方からの攻撃は神経を異常なほど削る。

 

 そんな訓練にずっと二人は没頭していたのだ。

 

 しかも今回は久しぶりに徹夜で訓練を行ったのが不味かったのか若干意識が朦朧としている。

 

 このままでは倒れてしまうかも知れない。

 

 「はぁ、とりあえず食事に行こう。またアネットに怒られる」

 

 「そうだね。流石に今説教されるのは嫌かな」

 

 彼女がこちらの心配をしてくれているのは分かるのだが、今だけは来ないでほしい。

 

 こんな疲れ切ったところで説教されたら、死んでしまうかもしれない。

 

 見つからないうちに立ち上がるとキラと共に更衣室に向かう。

 

 アネットはその面倒見の良さからヘリオポリスの仲間達(主にサイ)からお母さん扱いされている。

 

 それについてはアストもキラも異論は無い。

 

 二人が無理した訓練をするたびに怒られるのが、もはや日課のようになっており、説教される度になんか「母親みたいだなぁ」なんて考えていたのだ。

 

 まあ本人にいえばそれこそ鬼のような形相で睨まれてしまうので、絶対に言わないが。

 

 歩いて更衣室に向かう二人は傍から見るとフラフラで危なっかしい。

 

 それだけ訓練で疲弊していたという事だなのだが、要するにそれがいけなかったのだろう。

 

 普段ならあり得ない間違いを犯してしまった。

 

 先に歩いていたキラが更衣室に入ろうとするが、そこは―――

 

 「あ、キラ! そこは―――」

 

 「ん?」

 

 アストの声は遅すぎたようだ。扉が開かれるとそこには先客がいた。

 

 「えっ」

 

 「なっ」

 

 「あらあら」

 

 女性陣が着替えている最中の部屋の扉を思いっきり開けてしまった。

 

 そう、キラが開けた扉は女性の更衣室。

 

 男性更衣室はもう一つ隣だ。

 

 みんなパイロットスーツを脱ぎ、綺麗な肌が良く見える下着姿で佇んでいる。

 

 どうやら外の作業を手伝って来たらしい。

 

 マユは年の割になかなかのスタイルでラクスもスレンダーでありながら均衡の取れた体をしている。

 

 そしてレティシアはまさに理想的、女性なら誰もが羨む出る所は出て、引っこむ所は引っ込んでいた。

 

 まさに女性の理想ともいえる体付きだった。

 

 呆然としていたマユは徐々に顔を真っ赤にし、ラクスはいつも通り笑顔のまま、そしてレティシアは顔を俯かせ震えている。

 

 彼女が震えているのはおそらく怒りでだろう。

 

 その様子を見たアストは彼女達とは真逆で顔色が青ざめていく。

 

 反面キラは困ったように頭を掻いているだけだ。

 

 というかなんでそんな余裕なんだよ、キラ。

 

 「な、なんで君達がここに?」

 

 怒りに震えつつレティシアが聞いてきた。

 

 「えっと、ですね。その色々ありまして」

 

 「そんな事は聞いていません」

 

 これは不味いよな、すぐ謝らないと!

 

 「あの、これは、その事故であってですね、決してわざとでは……」

 

 レティシアは冷たい視線でこちらを睨む。それこそ視線だけで人を殺せそうな勢いだ。

 

 「……そんな事はどうでもいいですから―――さっさと出て行きなさい!!!!」

 

 「「すいませんでした!!」」

 

 レティシアの怒声を背中に受けながら更衣室を飛び出した。

 

 「ハァ、やってしまった」

 

 「あはは、驚いたね」

 

 「笑い事じゃないだろう! ていうか前も思ったけど何でそんな余裕なんだよ!」

 

 この後の事を考えると頭が痛い。

 

 案の定出てきたレティシアに展望室に連れていかれ、皆が見ている前で正座させられてしまった。

 

 「全く! 君達が白昼堂々痴漢行為を働くとは思いませんでしたよ」

 

 レティシアの言葉に続くようにミリアリアやアネットが冷たい視線を向けてくる。

 

 「あんた達、最低ね!」

 

 「流石に今回の事は擁護出来ないかな」

 

 集まってきた女性陣に軽蔑の目で見られる。

 

 不味い。

 

 何とか潔白を訴えなければ!

 

 「ち、違うんだ! その訓練で疲れていたから、だから、部屋を間違えてしまって! 見る気なんて無かったんだ!」

 

 アストの訴えにも女性陣の視線は変わらない。

 

 「そうですよ。僕達は二人で訓練してたんですけど、疲れ切ってて」

 

 その言葉に反応したのはアネットだった。

 

 「あんた達、まさかまた休まず訓練してた訳じゃないでしょうね!」

 

 「そ、そんな事、無いよ」

 

 わざとらしく誤魔化すキラ。

 

 そんなキラの言葉にアネットの視線が一段と鋭くなった。

 

 嘘ならもっと上手くつけよ!

 

 これでアネットの説教が追加されたのは間違いない。

 

 立場がさらに悪くなってしまった。

 

 そんなキラの訴えにラクスが笑みを浮かべる。

 

 「しょうがないですね、キラは」

 

 正座しているキラの頭を優しく撫でるラクス。

 

 この二人の天然具合は見ていて和む時もあるが、今はそうではない。

 

 変わらずレティシア達の視線は冷たいままだ。

 

 唯一そうでないのは顔を赤くしながらも、心配そうにみているマユのみ。

 

 このままでは本当に痴漢にされてしまう(まあ実際痴漢扱いされても仕方ない)

 

 「あの、レティシアさん、二人も事故だって言ってますから、今回は―――」

 

 マユの顔は赤いままだが、アスト達を助けようと訴えてくれる。

 

 彼女が救いの女神に見えた。

 

 着替えを見られたというのにマユはいい子だ。

 

 だがそんなマユの兄に今回の事を知られたら、どうなっていた事か。

 

 うん、碌な目に合わなそうだ。

 

 そんな嫌な想像を振り払うと、キラの頭を撫でていたラクスが立ち上がって提案した。

 

 「マユ、甘いですよ」

 

 「なら二人には罰を与えるというのでどうです?」

 

 「罰?」

 

 罰とは何だろうか、嫌な予感がする。

 

 「はい」

 

 ラクスのこの提案を聞いた時、アストは不覚にも拍子抜けしてしまった。

 

 もっと凄い事を想像していたからだ。

 

 だがそれは甘かったと後日知る事になる。

 

 

 数日後―――アストとキラは私服に着替えてヴァルハラの街に立っていた。

 

 

 ヴァルハラは軍事用ステーションとはいえ、すべてが工廠という訳ではない。

 

 未完成とはいえ、ここに住む者達に配慮して様々な施設が作られている。

 

 当然買い物をするための商店なども最近になって多くなっていた。

 

 そう、ラクスの提案した罰とは彼女達の買い物に付き合う事だった。

 

 「でもこれで許してもらえるなら安いものだよな」

 

 「そうだね」

 

 「甘いぞ、二人とも」

 

 何故か一緒に待ち合わせ場所に来ていたトールが憂鬱そうに呟いた。

 

 「というか何でトールがここに居るんだ?」

 

 「ミリィが一緒に行くから付き合ってくれってさ。はぁ~何で俺まで」

 

 「どうしたの?」

 

 恨めしそうにこちらを見てくるトール。

 

 「そんなに嫌なのか?」

 

 「女の買い物ってすげー疲れるんだよ」

 

 確かに砂漠でカガリと買い物に行った時はかなり疲れた記憶がある。

 

 まああの後、色々あり過ぎてそれどころではなかったが。

 

 「しかし痴漢扱いよりはマシだ」

 

 「お前らがもっと注意してれば……なんで俺まで巻き込まれるんだよ」

 

 「そんなにミリィとのデートは嫌なの?」

 

 「変な事言うなよな、キラ! 嫌な訳ないだろう! ただ、買い物はさ……」

 

 そう言えばミリアリアとデートした時、アネットに出会って三時間くらい放置されていた事があるとか言ってた。

 

 荷物を持たされて三時間も放置されたら、買い物が嫌になるのも仕方ないかもしれない。

 

 トールから嫌というほど愚痴を聞かされていると女性陣が正面から歩いてくるのが見えた。

 

 「お待たせ!」

 

 来たのはラクスとレティシア、マユ、アネット、ミリアリアだ。

 

 私服姿なんてあまり見ないので非常に新鮮に感じる。

 

 「買い物なんて久しぶりですね」

 

 「本当に」

 

 「今日は荷物持ちもいるし、気兼ねなく買い物出来るわね。店が少ないのはしょうがないけど」

 

 ウキウキしながら話す女性陣にアスト達はうんざりしたような顔になる。

 

 正直少しは気兼ねしてほしいのだが、立場的に文句など言える筈は無い。

 

 「さっ、行くわよ、あんた達!」

 

 「「「……はい」」」

 

 気合いを入れて先頭を行くアネットに従って皆が歩き出し、アスト達もついていく。

 

 結果から言うとトールの言う事は正しかった。

 

 まだ二時間も経って無いのに三人の腕は荷物で一杯になっており、それらすべて服だというのだから恐ろしい。

 

 「……まだ買うのかな」

 

 「……ミリィ達の顔見ろよ。まだまだ行く気満々だろ」

 

 「……はぁ」

 

 まあ唯一の救いは皆が楽しそうだということくらいか。

 

 ここまで激しい戦いの連続だったのだ。

 

 こんな休日もいいだろう。というかそうでも思わないと心が折れる。

 

 しばらく三人で黙々と歩く。

 

 トールなど話す気力も無いらしい。

 

 なんか巻き込んでしまって本当に申し訳ない気分だ。

 

 今度何か奢ってやろう。

 

 「……アスト君」

 

 レティシアが視線を逸らしながら話しかけてきた。

 

 何かまた買いたい物でもあったのだろうか。

 

 どこか恥ずかしそうに見えもするが、気のせいだろう。

 

 「その、今回のは罰ですから、荷物に関しては何もしません。ただこれくらいはいいでしょう……これをどうぞ」

 

 差し出されたのはそこの店で売っているアイスだった。

 

 確かにのどが渇いていたので助かるが、問題がある。

 

 「えっと、両手ふさがっているんですけど」

 

 「ですから……その……く、口を開けてください」

 

 皆が見ている前でそれは流石に恥ずかしいが無視する訳にもいくまい。

 

 差し出されるアイスを意を決してかぶりつくと冷たく甘い味が口に広がる。

 

 うん、おいしい。

 

 生き返ったような気分だ。

 

 見ればキラやトールもアイスを食べさせてもらっている。

 

 「あの、アストさん、よければこれもどうぞ」

 

 マユが別の味のアイスを差し出してくれる。

 

 「ありがとう、マユ」

 

 「美味しいですか?」

 

 「うん、凄く」

 

 「よかったぁ」

 

 凄くうれしそうに笑顔を見せるマユ。

 

 その笑顔に癒される。

 

 「さてアイスも食べたし、行きましょうか」

 

 「「「えっ」」」

 

 このまま休んでいたいなんて考えていた訳だが、甘かったらしい。

 

 次々と増えていく荷物にうんざりしながらついて行く三人。

 

 結局そのまま限界まで引きずり回される事になった。

 

 「ん~買ったわね」

 

 「そうですね。お店が少なくてこの程度しか買えませんでしたけど」

 

 「それは仕方ないですね。ヴァルハラはまだ未完成なステーションですし」

 

 「でも完成すればこれから店も増えていくんじゃない?」

 

 「そうなったらみんなでまた来ましょう」

 

 これだけ買ってまだ満足出来ないのかよ!?

 

 そんな風に内心突っ込みを入れながら、アスト達三人はぐったりと座り込んでいる。

 

 なんというか、もう当分買い物には行きたくない。

 

 「アストさん」

 

 「えっと、どうしたマユ?」

 

 「今日、凄く楽しかったです」

 

 「そうか。それは良かった」

 

 こちらも頑張ったかいがあったというものだ。

 

 まあ、こっちは荷物を持っていただけなんだが。

 

 和むアストの前にレティシアが立つ。

 

 やや不満そうではあるが、はぁ~と息を吐くとしゃがみ込んで視線を合わす。

 

 「……まあ着替えを見られた事は、その、恥ずかしかったですが、これで許してあげます」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 とりあえずこれで更衣室を覗いた件は許してもらえるようだ。

 

 「ただ―――」

 

 まだ何かあるのだろうか?

 

 アストが訝しみながら首を捻る。

 

 「あ、これはキラ君もですが―――次やったら分かってますよね?」

 

 レティシアは笑顔ではあるが目が笑ってない。

 

 流石にキラも不味いと思ったのだろう。

 

 二人して青い顔しながらコクコクと頷いた。

 

 「はい。二人とも良い子ですね。さあ、帰りましょう」

 

 アストの頭を撫でながら立ち上がったレティシアの背中を見ながら彼女を決して怒らせてはならないと、関係ない筈のトールも含めしっかりと理解した。

 

 

 

 これを機会にアスト、キラ、トールの三人の胸中に『レティシアを怒らせない』『決して女性の買い物には付き合ってはならない』という教訓が刻まれた事はいうまでも無い。




最初は前に書いてほしいと言われていたアストとレティシアのイチャイチャを書くつもりだったのに、こうなってしまった。何故だ……

あと外伝一話ってなってるけど続くかは未定です。あくまで息抜きで書いたので。

それから時間が出来次第、本編の加筆修正も行っていきますので。
いつになるかは分かりませんが。


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第2話   心に刻まれたもの

本編の加筆修正完了しました。
アスランの機体名など変更している部分もありますので、よろしくお願いします。



 

 

 アストは夢を見ていた。

 

 それはいつもの幼い頃の惨劇のものではない。

 

 最初に戦うと決めた時の事、ヘリオポリスでストライクに搭乗してから、ヤキン・ドゥーエでの決戦まで。

 

 色々な戦場を駆け抜け、様々な敵と戦ってきた。

 

 中でも一番因縁のある敵だったのは奴―――アスラン・ザラだ。

 

 お互い最後まで分かり合う事もなく、殺し合った。

 

 もしもこの先にも出会う事があるのなら、間違いなく再び刃を向け合う事になるだろう。

 

 そうなったとしても退く気はまるでない。

 

 それは奴も同じはず。

 

 その時、意識がゆっくりと浮上していき、夢が覚めていくのが分かる。

 

 目が覚める瞬間、奴がこちらを鋭い視線で睨んでいるのが見えた気がした。

 

 瞼を開くとまず見えたのは、自室の天井であった。

 

 「……夢か」

 

 嫌な夢だった。

 

 戦いの夢だったというのもそうだが、最悪なのは奴が出てきた事だ。

 

 「なんでアイツの夢なんて見なきゃならないんだ」

 

 朝から気分が悪い。

 

 シャワーでも浴びて気分を変えようと、服を脱いで、シャワー室の扉を開けた。

 

 戦後アストはキラやラクス、レティシア、マユ達と一緒にオーブの孤児院に身を寄せていた。

 

 といってもずっとここに住んでいるという訳ではなく、同盟軍の軍人ある四人は任務によって良く家を空けおり、宿舎などで過ごす時間も多い。

 

 そういう意味でも今日は久しぶりにゆっくりする時間がある日なのだが、夢見が悪すぎた。

 

 「……朝食食べる気しないな。いつも通りミルクにしよ」

 

 アストは基本的に朝は何も食べずにミルクだけで済ませる事が多い。

 

 もちろん皆がそろっている時は合わせて食べる事もあるが。

 

 シャワーを浴び、着替えるとその足でダイニングルームに向かう。

 

 その途中で何かの匂いが漂ってきているのに気がついた。

 

 「ん、誰かが何か作ってるのか?」

 

 確か今日はキラやラクスは軍の仕事に、マユはキラの母親であるカリダさんと子供達を連れて出かけている筈だ。

 

 と言う事は残っているのは―――

 

 そのままダイニングの扉を開け瞬間、アストは予想通りの光景に思わず顔を顰めてしまった。

 

 「おはようございます、アスト君」

 

 「……おはようございます」

 

 台所に立って居たのはレティシアだった。

 

 「どうしました? もうすぐ朝食ができますよ」

 

 「……」

 

 何と言うか、普通であれば女性が朝食を作ってくれているというのは、喜ぶべき光景なのかもしれない―――

 

 正しエプロンの変わりに白衣を纏い、フライパンではなく試験管片手に調理をしていなければの話だが。

 

 レティシアの背後には所狭しと、ビーカーやフラスコと言った実験器具が並べられている。

 

 はっきり言ってこんなものを見せられたら、益々食欲など失せてしまう。

 

 マユだけはフォローしようと必死なのだが、当然子供達やラクスからも『化学実験』なんて呼ばれて非常に不評であり、彼女が食事当番の時は、誰しも口数が少なくなってしまう。

 

 さらに本人は全く気にしていないというのが性質が悪い。

 

 味は悪くなく、失敗も少ない比較的普通の物が出てくるというのがせめてもの救いだろうか。

 

 ちなみにキラはこの件に関しては一切口を開かず、ただ出されたものを黙々と口に運んでいるだけだ。

 

 触らぬ神に祟りなしという奴らしい。

 

 「……朝からこれはきついな」

 

 もう完全に食べる気を無くしたアストは何も言わず冷蔵庫からパックミルクを取り出し、そのまま口に含んだ。

 

 「あ、また朝食を食べないつもりですね! 駄目ですよ、それでは背は伸びません!」

 

 「ぐっ、そ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 でも朝からその実験物を口にする気は全く起きない。

 

 ここは何とか誤魔化して逃げる事にしよう。

 

 「いえ、その、今日は夢見が悪かったもので、あまり食欲が無いんですよ」

 

 乾いた笑みを浮かべながら、ミルクを呷る。

 

 するとレティシアはジッとアストの顔を見つめて頷くと唐突に言い放った。

 

 「なるほど。アスト君、今日は少し出かけませんか。今作っている分は昼食に回しますから」

 

 「え、まあ、今日は時間がありますから構いませんけど」

 

 「そうですか、では公園にでも行きましょうか」

 

 なんだかなし崩し的に出かける事になってしまった。

 

 まあ、気分転換には丁度良いかもしれない。

 

 そう割り切ると着替える為に部屋へと戻った。

 

 着替えたアストが外で待っていると私服に着替えたレティシアが出てくる。

 

 どこか見覚えがある服だと思ったが、どうやら前にヴァルハラで買った服のようだ。

 

 いや、止めよう。

 

 あの時の事は出来るだけ思い出したくない。

 

 「お待たせしました」

 

 「いえ、では行きましょうか」

 

 アストはそこで手を差し出すと、レティシアも笑みを浮かべてその手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 

 今日は天気にも恵まれ、出かけるには絶好の日和だ。

 

 なし崩し的ではあったが出かける事にしたのは正解だったかもしれない。

 

 「今日はいい天気で良かったですね」

 

 「はい、こうして二人で出掛けられましたからね」

 

 その言い様には照れるものの、確かにこうしてのんびりとできるのはありがたい事だ。

 

 雑談を交わしながら、着いた公園は天気が良い事もあって、家族連れなどで賑わっている。

 

 一時はオーブ戦役の影響で、こういった風景も少なくなっていたようだが、最近になってようやく人気も戻ってきているようだ。

 

 「さあアスト君、ここに寝転がってください」

 

 レティシアが芝の上に座り、膝を叩いている。

 

 つまり膝枕をしようという事らしい。

 

 だが先程他の人が見ている前でというのは恥ずかしいのだが、もう膝枕する気満々の彼女に嫌とも言えない。

 

 観念して寝転がり、レティシアの膝に頭を乗せた。

 

 「ふふ、どうですか?」

 

 「ええ、丁度いいです」

 

 「そうですか」

 

 キラキラ輝く金髪がアストの視界を流れ、レティシアの穏やかな笑みを見つめながら空に目を向ける。

 

 「それで、何があったんですか?」

 

 「え?」

 

 「朝、様子がおかしかったですから」

 

 「そんなに分かりやすい顔をしてましたか?」

 

 「アスト君の事は見れば分かりますから」

 

 そんな笑顔で言われると照れてしまうのだが、まあ昔から彼女に隠し事など出来た試しはない。

 

 「少し昔の夢を見ただけです」

 

 「昔―――スカンジナビアにいた頃の?」

 

 「いえ、初めてモビルスーツに乗った頃です。それでまあ、アイツの事を思い出しました」

 

 アストの苦虫を噛み潰したような顔を見て、アイツというのが誰なのか思い至り、レティシアも少し気まずそうな表情になる。

 

 彼女もまたアイツとはラクスと共に付き合いがあったようだから、思う所もあるのだろう。

 

 「……アスト君はアスランをどう思っていますか?」

 

 「そうですね……何と言うか難しいけど、ただ一つだけ言える事はアイツと俺は相容れない」

 

 かつて宇宙でも同じ事を奴に言った事がある。

 

 譲れないからこそ、お互いに討つと誓い、戦場で出会う度に殺し合い、奪い合ってきたのだ。

 

 状況によっては一時的に協力くらいはできるかもしれないが、今更仲良くとはいくまい。しろと言われても無理だ。

 

 「いずれ、再びアイツとは決着をつける事になると思います」

 

 「そうですか」

 

 知り合いである彼女にこんな事を告げるのは心苦しいが、これが事実だ。

 

 やや悲しげに俯くレティシアに手を伸ばし、優しく頬を撫でながら空を見上げると透き通るほどの青空が広がっている。

 

 その先にある宇宙で、今も行われているかもしれない戦いを思い浮かべながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合とザフトによって行われた『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれる戦いが終結して約三か月が経過していた。

 

 地球とプラント間で引き起こされた大戦の傷痕は深く、両陣営とも復興に追われてはいるものの、そう容易く事は運んでいない。

 

 その理由には様々な要因が存在するが、最も大きな理由として月に存在する両軍からの脱走者達が作り上げた国家が誕生した事が挙げられるだろう。

 

 『テタルトス月面連邦国』

 

 彼らの存在は地球とプラント両陣営に大きな混乱を招くと同時に新たな火種となった。

 

 連合側にとって宇宙の拠点の奪われたに等しく、プラント側にとっては技術流失を意味する。

 

 そのまま放ってはおけないという理由で両勢力共に満場一致で武力による排除が決定された。

 

 この決定事態は当然であり、なんら不思議はない。

 

 問題があるとすれば、両陣営共に相手を見くびっていた事であった。

 

 戦争で大きく疲弊していたとはいえ、相手は精々テロリストであり、自分達が負ける筈はないと―――しかし結果は大敗という彼らが思い描いたものとはかけ離れたものとなってしまう。

 

 それによって連合、ザフト共に静観という形で大規模な部隊派遣は行われずに落ち着いていく事になるのだが、戦闘自体は小規模ながら継続されていた。

 

 

 

 テタルトス誕生以来、彼らが月の防衛圏内を哨戒する事は必須事項となっていた。

 

 まあそれは敵からの襲撃を警戒する以上は当然なのだが、最近では大規模な戦闘は行われず、小競り合い程度に止まっている。

 

 とはいえそれでも警戒を緩める事は無い。

 

 確かに戦闘自体は減少していたのだが、両軍の防衛圏内への侵入はむしろ増加していたからである。

 

 偵察か、何らかの作戦行動の前触れか、何であれテタルトスの緊張感は未だ途切れる事無く、張り詰めていた。

 

 その日もいつも通り、ナスカ級ヴェサリウスは他二隻と共に予定されていたコースを巡回していた。

 

 かつてクルーゼ隊の母艦として運用されていたヴェサリウスもユリウスと共にプラントを離脱し、現在テタルトスの艦の一隻として使用されている。

 

 テタルトスの戦力は合流した連合、ザフトの戦力が混在した状態となっていた。

 

 新型モビルスーツ、戦艦などの開発や軍の再編成、統一化も進められているものの、それももう少し先の話となる為、今まで使われていた戦力を継続して使用していた。

 

 その為、敵対する者たちとの区別をつける為に、一部を黒く塗装されている。

 

 「取り舵!」

 

 艦長であるアデスの声に船体を逸らしたヴェサリウスのすぐ横をビーム砲の一撃が掠めていく。

 

 「損傷チェック!」

 

 ブリッジクルー達が必死に対応し、報告が飛び交ってくる。

 

 現在彼らは地球軍のネルソン級二隻の襲撃を受けていた。

 

 「くっ、出撃できるモビルスーツは!?」

 

 「現在、全機が修復及び補給中です!」

 

 事の発端は巡回中に防衛圏内に侵入していた敵を発見、交戦した事から始まった。

 

 その時は、何の問題もなく撃退できたのだが、直後、別の部隊から奇襲を受け、他の艦とも分断されてしまった。

 

 残ったモビルスーツはすべて出撃不能であり、どうする事もできない。

 

 三隻の艦から降り注ぐ、ビーム砲。そして出撃してきたストライクダガーからの攻撃が船体に傷をつけ、震動が艦全体を襲う。

 

 「ぐっ!」

 

 「エンジン被弾! 出力低下!」

 

 これまでの戦闘で受けた艦の損傷と展開された敵の数に誰もが覚悟を決める。

 

 止めを刺そうと接近してきたストライクダガーがビームライフルをブリッジに向けた瞬間―――ヴェサリウス前方から発射されたビームに射抜かれ、撃墜された。

 

 さらに連続で撃ち込まれる閃光が次々と敵モビルスーツを撃ち落としていく。

 

 「な、何だ?」

 

 「レーダーに反応、これは―――」

 

 ブリッジに居た全員が正面を注視すると、凄まじい速度で紅い機体がこちらに向かってくる。

 

 「イージスリバイバル!? アスランか!!」

 

 駆けつけてきたのはアスランの機体イージスリバイバルだった。

 

 「アデス艦長、無事ですか?」

 

 「ああ」

 

 「ここは任せて、ヴェサリウスは後退してください」

 

 「了解。しかし無茶はするな。その機体、核動力ではないのだろう?」

 

 ヤキン・ドゥーエで行われた最終決戦の際に投入されたイージスリバイバルであったが、イノセントとの激闘の末に相討ちとなり大破してしまった。

 

 今搭乗している機体は残ったパーツで組み上げたもので、ディザスターのパーツを使用していないため、従来通り可変機能も備えている。

 

 代わりに動力はバッテリーとなり、武装は基本装備と腹部のヒュドラのみで背中のドラグーンは装備されていない。

 

 「……俺は大丈夫です」

 

 スラスターを噴射し、展開された敵モビルスーツの中に飛び込んでいく。

 

 「イージスだと!?」

 

 「形状は少し違うが、間違いない!」

 

 「迎撃しろ! 撃ち落とせ!!」

 

 突撃してくる紅い機体にビームライフルを発射するストライクダガーだったが、敵に掠める事もできない。

 

 「な、何!?」

 

 「当たらない!?」

 

 ビームを振り切る敵機の速度もそうだが、パイロットの反応速度がまるで違う。

 

 当たると思った一撃も直前で回避されてしまう。

 

 「チッ、背後からならどうだ!」

 

 回り込んだ一機が背後から強襲する。味方機の支援もあり、無事死角を突く形で上段からビームサーベルを振り下ろした。

 

 「落ちろ!」

 

 しかし振るわれた斬撃が届く前にストライクダガーの腕は瞬時に斬り飛ばされ、さらに直後に横に払われた一撃で胴体を真っ二つに両断されてしまった。

 

 あまりの早業に周りにいた者達は皆、絶句する。

 

 直接相対していたパイロットなど、何をされたかすら分からなかったに違いない。

 

 「……無駄死にしたくなければ退け」

 

 アスランとしても逃げる者を追う気はない。

 

 しかし地球軍に退く気は無いらしく、さらに連携を組んで攻勢に出ようとしていた。

 

 「そうか。なら、こちらも容赦はしない」

 

 そう吐き捨てると鋭い視線で敵を睨みつけ、両手、両足のビームサーベルを放出すると敵陣に向かって斬り込んだ。

 

 縦横無尽に走る光刃。

 

 それに抗う事もできないまま、ストライクダガーはバラバラのスクラップに姿を変えていく。

 

 「くそォォ!!」

 

 あれだけいた味方機も残ったのはたった二機だけとなり、思わずストライクダガーのパイロットはコンソールを殴りつけた。

 

 「何だよ、あれは!」

 

 残った戦力であの敵相手では、もはや勝ち目はない。

 

 「くそ、あんな怪しい仮面野郎の言う事なんて無視すりゃ良かったんだ!」

 

 「相手は大佐だぞ。滅多なこと言うもんじゃ―――」

 

 その言葉は最後まで続かず、イージスのビームライフルによって撃ち抜かれ、撃破されてしまった。

 

 「畜生!」

 

 半ば自棄になり、ライフルの銃口を向けるが、いつの間にかモビルアーマー形態に変形したイージスに組みつかれてしまう。

 

 「しまっ―――ッ!?」

 

 モニターに映るのは無慈悲なまでの冷たい砲口。

 

 「うああああ!!」

 

 発射されたヒュドラの閃光に呑まれ、ストライクダガーに搭乗していたパイロットは欠片も残さず、消滅した。

 

 さらに直線上に位置していたネルソン級にも閃光が直撃し、艦首を吹き飛ばす。

 

 それを見て、残ったネルソン級は即座に反転すると、戦闘宙域から撤退していった。

 

 「助かったぞ、アスラン」

 

 「いえ、間に合って良かったですよ」

 

 通信を受け、損傷状態を確認しながらアスランは沈んでいくネルソン級に目を向ける。

 

 アデスの話では敵を発見し交戦、その後に別部隊からの奇襲を受けたとの事だが、些かタイミングが良すぎる気がする。

 

 もしかするとここまでのすべてが仕込みだったのかもしれない。

 

 「……だとすると優秀な指揮官がバックにいるのか」

 

 何にせよ今まで以上に警戒する必要があるかもしれない。

 

 頭の中で考えを纏めながら、ヴェサリウスに近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 テタルトスの防衛圏を外れるギリギリの位置に一隻のアガメムノン級が瓦礫の陰に隠れ待機していた。

 

 そのブリッジで仮面をつけた人物ネオ・ロアノーク大佐がモニターを眺めている。

 

 視線の先には傷ついたネルソン級が近づいてきていた。

 

 「以上が提出された報告です」

 

 副官であるイアン・リーの報告を聞き、ネオはため息をつきたくなった。

 

 「……深追いはするなと命令を出していた筈だが?」

 

 「追い詰めた敵を見て、欲が出たのでは?」

 

 ただでさえ戦力が少ないというのに、愚かな事を。

 

 「しかし、この戦力でテタルトスの偵察と戦力を削れなど上層部も無茶を言いますな」

 

 「仕方あるまい。例の宇宙要塞が完成までの間、注意を引きつける必要もある」

 

 テタルトスの誕生で宇宙の足がかりを失った連合は現在、月基地の代わりとしていくつかの宇宙要塞の建造に着手している。

 

 上層部としては完成するまでの間に余計な横槍を受けたくはない。

 

 その為に、月周辺で派手に動く事でテタルトス、ザフトの注意を引き付けたいという思惑もあった。

 

 無論、いずれ攻め落とすテタルトスの戦力を出来るだけ削りたいというのも本音であろうが。

 

 「それよりイアン、例の事はどうなっている?」

 

 「はい。やはり未確認のモビルスーツが動いているようだとの事です。ザフトでしょうか?」

 

 「さてな。それも調べねばならんか」

 

 課題は山積みだが、命令である以上やるしか無い。

 

 深刻な人材不足に頭を抱えながら、イアンからの報告に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 傷ついたヴェサリウスと共に帰還したアスランは巨大戦艦アポカリプスの司令室に呼び出されていた。

 

 戦艦内部で働いている兵士達に敬礼を返し、通路を進んでいく。

 

 「久しぶりに来たけど、相変わらずの広さだな」

 

 まあ、アポカリプス自体が規格外の大きさだから広いのも当たり前なのだが、配属されたばかりだと当然迷ってしまう。

 

 アスランも初めて来たときは面食らったものだ。

 

 迷う事無く時間通りに司令室に辿り着くと、扉に設置してあるボタンを押す。

 

 「アスラン・ザラです」

 

 「入れ」

 

 「失礼します」

 

 扉が開き、中に入るとそこには軍最高司令官であるエドガー・ブランデルと上官であるユリウス・ヴァリスが待っていた。

 

 「呼び出してすまなかったね、アスラン」

 

 「いえ、それでどのような要件でしょうか?」

 

 エドガーが頷くと端末を手渡される。

 

 「約一か月後、とある人物が地球からの移住者と共に月に上がってくる。その際出迎えの部隊を派遣する予定になっているのだが、君にも同行して貰いたい」

 

 最近は以前と比べても戦闘は沈静化している為、支援してくれている同盟とのやり取りや交易の為に交渉に訪れる者達も多くなっている。

 

 無論、傭兵などに護衛頼んだ上ではあるが。

 

 「その重要人物とは誰か聞いても?」

 

 「マルキオ導師だ」

 

 予想外の名前にアスランは眉を顰めた。

 

 かつて自分が助けられた人物だが、何故彼が重要人物なのだろうか?

 

 「詳細は後日に話させて貰うが、問題は君の報告にあった件ともう一つだな」

 

 「もう一つ?」

 

 自分の報告とは地球軍の動きだろう。

 

 しかしもう一件とは―――

 

 そこで設置されたモニターに宙域図が映し出され、ユリウスが説明を始める。

 

 「実はこちらの防衛圏内や航路上の近辺などで未確認のモビルスーツが動いているという情報が入った」

 

 「未確認ですか?」

 

 「ああ、その詳細を調査する為、部隊を派遣する予定になっている。アスラン、お前にも参加してもらう事になるだろう」

 

 「了解しました」

 

 現在、確認された情報を渡され、退室しようとしたアスランだったが、途中ユリウスに呼び止められた。

 

 「アスラン、最近碌に休んでいないそうだな?」

 

 「いえ、それは……」

 

 「忙しいのは分かるが、それでは体が持たん。少し休め」

 

 「……分かりました」

 

 上官の気遣いを無碍にする事も出来ず、頷くとそのまま指令室から退室する。

 

 確かにこの所忙しくて休む暇も無かったのだが、それはアスランにとっては有り難いことだった。

 

 動いていれば余計な事を考えずに済む。

 

 思い出すのは『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれた戦いの記憶。

 

 正直、つらい出来事の方が多く、特に彼女と―――奴に関する事は思い出したく無い。

 

 怒り、憤り、痛み、悲しみ、様々な感情がアスランを掻き乱すように燻り続ける。

 

 「……確かに少し疲れているみたいだな」

 

 またも脳裏に浮かんで来た記憶を振り払うように息を吐き出すと、苦笑しながら次の任務に備えて宛がわれた部屋に向かった。



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