盾の悪魔の成り上がり (血糊)
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プロローグ

 俺の腕に噛み付いているレッドバルーンを、無理やり引き剥がして投げ捨てる。

 

 何度も殴り続けているにも関わらず、一向にコイツの元気さは衰えることを知らない。結局コイツを倒すことは諦めて、一度街に戻ろう。

 

 そう、考えている時に、それは起こった。

 

 背後から、何者かに押し倒された。

 

 

 

 「な、あっ!?」

 

 

 

 何が起こった? 俺はすぐに顔を上げる。

 

 目の前に居たのは、巨大な、狼だ。

 

 ただ大きな狼というわけではない。目と鼻からは炎が噴き出していた。口からは、大量の涎が垂れていた。

 

 まるで、北欧神話に出る怪物のようだった。

 

 目の前に、その狼の魔物名が出てきた

 

 

 

 『フェンリル』

 

 

 

 俺の思った名前と一致していた名前を持つその魔物は、俺に向けているその切れ長の赤い瞳をスッと細める。

 

 さながらそれは、獲物()を見定めた狩人(フェンリル)だった。

 

 間違いなく強いだろう。そこまで戦闘の経験がない俺でも、空気が物理的に張り詰めていることが分かるのだから。この背筋を這い登るものこそ、本物の恐怖というものだ。

 

 逃げなければならない。だが、なぜかそいつから俺は目が離せない。

 

 その隙を逃すはずもなく、フェンリルは俺に飛び掛ると、俺の左腕を食いちぎった。

 

 

 

 「ッがあああああああああああああああああああッッッ!!!??」

 

 

 

 腕が食いちぎられただけのはずなのに、四肢が張り裂けそうな激痛だった。

 

 視界が白黒に点滅して、意識を失いそうになる。

 

 かろうじて繋ぎとめられた意識の糸を手繰り寄せながら、左腕のあったところへと目を向ける。

 

 骨と肉が剥き出しになった肩から、どくどくと血が流れ出ていた。

 

 傷口は熱い。だが、対象的に体が寒くなってくるのを感じ取れていた。

 

 手繰り寄せていた糸がするりと手から抜け落ちそうになるのを、必死にこらえ続けながら、思う。

 

 

 ……思えば、この世界に来てほとんどろくな目にしか遭ってなかったな。

 

 攻撃できない盾の勇者となり、この異世界に召喚されて三日目で冤罪をかけられ、人生の底辺まで突き落とされる。その後も、こちらの持つ金目当てに近寄ってくる輩に何度も絡まれたり、素材の買取をぼったくり同然までの値打ちにまで下げられたりした。

 

 そんな不幸が続き、さらにはろくにレベルを上げられていないうちに、確実にボスクラスの強さを誇る化け物に襲われる。これを理不尽と言わずに何と言う?

 

 俺が何をしたっていうんだ?

 

 望んでもいない世界へと勝手に召喚されて、そして貶められ、終には魔物に食い殺される。

 

 俺は何か悪いことをしたのか?

 

 ここまで酷い目に遭わせられるくらいの悪行をやった覚えはない。やったとしても、それは反応としては間違っていないのだけは確かだ。

 

 何で俺だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだ?

 

 俺が、護ることしか出来ない、盾の勇者だからなのか……?

 

 

 

 

 

 ――憎い。

 

 俺を何処までも不幸にし、あまつさえこんな理不尽な末路を与える……こんな世界が憎い。

 

 ああ……もしもこの死に際に、死ぬのと引き換えに願いが叶うというなら、俺が願うのは唯一つだけだ。

 

 

 

 「――こんなクソみたいな世界なんて、滅んでしまえ」

 

 

 あの女も、王も、あの三勇者共も、俺が犯罪者だと信じて糾弾する奴らも、皆、死んじまえ!

 

 その憎悪を吐いてから、俺はついに意識を取り落とした。

 

 だから、その直後に起こったことは知る由もなかった。

 

 未だに俺の腕を咀嚼し続けていたフェンリルの首が、一刀のうちに切り落とされたことなど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水音の反響する音が聞こえる……

 

 この音は何だ? ここはどこだ?

 

 地獄にでも来たのだろうか。その割には妙に音が生々しいのだが。

 

 ……まさか、まだ俺は生きてるのか?

 

 薄暗い場所で、まずは冷たい床に寝かされた体を起こそうと腕に力を入れようとしたところで、俺は意識を失う前に左腕を失ったことを思い出した。

 

 まだ健在している右腕で、あるはずのない左腕の存在を、確認した。

 

 縫い合わされたような後も見られない。まるで、失った腕を再形成したような感じだ。

 

 誰かが、俺を助けてくれたのか。

 

 だとしても、何故?

 

 善意で助けたのはありえない。この国の連中は俺の盾を見たら即座に盾の勇者だと気づくだろうから。

 

 何らかの打算があった上でだろうか? となると、何らかの要求がある可能性がある。

 

 失った左腕を戻してくれたのだ、おそらくかなり大きな要求が来るかもしれない。

 

 手での感触からして、おそらくここは洞窟の深部だろう。一本道のようだからどちらかが出口に繋がるはずだ。

 

 流石に洞窟で迷った場合の対処法とかまでは分からない。

 

 さて、どうしようか。そう考えた時だった。

 

 

 

 「気がついたようね、盾」

 

 

 

 いつの間にか、純白のドレスを着た女が目の前に立っていた。



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盾と魔王

 「……誰だ」

 

 「あら、助けた人に向けてその言い草は少々不躾ではなくって?」

 

 「……チッ」

 

 

 

 二次元の高慢そうなお嬢様系キャラが出しそうな声での咎めに、舌打ちで返す。

 

 面倒臭い奴に助けられたようだ。ついていないな。

 

 

 

 「どうしてお前は俺を助けたんだ。この国では俺をこうやって助けてもメリットはないぞ」

 

 「……死にたかったのかしら? なら残念だったわね。あなたは死ねませんわ」

 

 

 

 ああ、そういう奴か。

 

 俺の問いに返された宣告に、内心毒づく。

 

 

 

 「……そうか」

 

 「あら? 言うまでもなく大人しくなってくれるのね」

 

 「抵抗した方が良かったか?」

 

 「いいえ。対価の話がすぐ出来るんだから、わたくし的には無抵抗な方がいいわ」

 

 

 

 それじゃあ、本題に入るわよ、と女が続けようとした所で、俺は口を挟む。

 

 

 

 「その本題とやらに入る前に聞かせてくれるか。お前の名前を」

 

 「聞いた方から名乗るのが礼儀ではなくって?」

 

 「そうだったな。俺は岩谷尚文だ」

 

 「尚文、ね。わたくしの名前はブラッドよ。それじゃあ尚文。本題の、盾の勇者である貴方を助けた対価と言うものだけど、別に難しいことじゃないわ」

 

 

 やはり分かっていたようだ。そのことに俺が顔をしかめるのにも目も暮れず、ブラッドは唐突に踵を返すと、洞窟の中へと歩いていく。

 

 途中で足を止め、こちらに鮮血のような流し目をくれたことで、ついてこいという意味だと俺は気づいた。

 

 俺は立ち上がり、歩き始めたブラッドの黒水晶の長髪を追いかけた。

 

 

 

 「ここよ。好きなだけ取っていって頂戴」

 

 

 

 ブラッドが俺を案内してくれたのは、まるでホテルのエントランスホールみたいに広い洞窟の最奥部。中心に鎮座した翡翠の水晶が辺りを照らしてくれているおかげで、神秘的な空間に見えて、それでいて見えやすい。

 

 だが、俺が絶句したのはその空間に無造作に捨てられ、山となっていた魔物や植物、鉱石、本等の素材の数々だった。

 

 間違いなくヤバイのが混じってるよなこれ……

 

 

 

 「わたくしのお勧めは、このネクロノミコンという書物ね。人間達が作り出して、結局彼らから存在すら忘れ去られた劇薬のレシピが載ってるのよ?」

 

 「ちょっと待てそれは間違いなく危険な奴だよな!?」

 

 「そうね。この書物に刻まれている呪文を唱えれば、たった一人でも儀式魔法が行使できるから、これを使ってわたくしを消しに来た奴もいたのよ。『これは正義の鉄槌だー』とか言いながらやってきてたわ」

 

 

 

 山から取り出し、嬉々として俺に差し出してきた本は予想通り物凄く危険なものだった。

 

 ネクロノミコンって確かラヴクラフトが手がけた作品だったよな。そのラヴクラフトはクトゥルフ神話の原作者。

 

 その本の内容自体はよく知らないが、まあ原作者が原作者な時点でどんなものなのかは察しがつく。

 

 

 

 「儀式魔法がなんなのかは知らないが、間違いなく物凄い魔法だって言うのは分かるな」

 

 「そうね。ま、これは間違いなく冒涜的存在の本だから、聖職者の代表足ろう者が持ってるのはおかしな話だと思うけど」

 

 「……教皇か?」

 

 「確かそう名乗ってたわね。でも、魂も腐った味がしたから間違いなく性根は腐ってたわ」

 

 「魂に味があるのか? というか、食べれるのか」

 

 「食べれるわよ。魂はその人間の根本が味に現れるんだから。まあ、竜帝だから食べれるだけよ」

 

 「竜帝?」

 

 

 

 ばさっ。

 

 突然ブラッドの背中からドラゴンみたいな羽が生えた。ついでにねじれた双角と尻尾もにょきっと。

 

 ブラッドは人間じゃなかった。人間の形をしたナニカだった。

 

 

 

 「竜の王みたいなものと考えてくれたらいいわよ。でも人間達からは何故か『魔王』って呼ばれていたんだけどね」

 

 「だろうな。今のお前の姿、間違いなく魔王に見えるぞ」

 

 

 

 そりゃそうだろ。

 

 黒水晶の髪は禍々しい紫のオーラを出しながら浮き上がっている。血のように赤い瞳だって左目が蒼穹の色となって、光り輝いている。

 

 その上白磁といっても差し支えないだろう肌には血管のように赤い筋が浮かび上がっている。

 

 闇落ち王女が魔王に覚醒したとかいう設定が似合いそうな感じだ。

 

 

 

 

 「そんなに悪く見えるかしら……」

 

 「見えるな」

 

 「そんなぁ……」

 

 

 

 しゅーんと落ち込んでしまった。

 

 ちょっと言い過ぎたかもしれない。もう少しオブラートにするべきか、それか遠まわしに言った方がよかったかもしれない。

 

 

 

 「あー悪い。言いすぎた」

 

 「……分かってるわよ。悪気がないくらい。もうこのことは水に流しましょう」

 

 「割り切るの早いな」

 

 「伊達に長生きしてるわけじゃないのよ?」

 

 

 

 むっとした顔で言い返してくるブラッドからは、外見年齢と比べていくらか幼さを感じる。

 

 冤罪にかけられてから、俺は初めて和やかな気持ちになれた。

 

 ビスクドールみたいに顔が整って美人と言える顔立ちではある。だが、顔だけはいいクソビッチとは違って、ブラッドには愛嬌というものがあった。

 

 

 

 「そういえば、俺よりも長く生きてたんだったな」

 

 「バカにされた……うーっ、ああもう、さっさと好きなものを取っていきなさいよ」

 

 「ああ、そうさせてもらおう。好きなだけと言われても、どれくらいまでならいいんだ?」

 

 「……ふんっ、もうわたくしはここから引き払うの! だから全部持ってっていいのっ!」

 

 

 

 ブラッドがすねた。

 

 それを尻目に、俺は素材の山を次々に盾へと放り込んでいった。この際、もうどれだけやばいのがあっても無視することにした。

 

 で、積み上げられた全ての素材を盾に入れたものの、ほとんどはレベル不足で解放されることはなかった。

 

 

 

 「入れ終わったぞ」

 

 「そう。なら本題に入るわよ」

 

 

 

 ご機嫌ナナメ状態から回復したブラッドが立ち上がり、俺に向き直った。

 

 そして、真剣な面持ちで語り始める。

 

 

 

 「わたくしには昔から夢があるの。世界を守る勇者の力になりたいという夢が。でも、仲間になりたいと志願しても他の勇者はわたくしを邪険にして、敵と見なして、襲い掛かってきた。わたくしは別に何か悪いことをしたわけじゃないのに」

 

 「……」

 

 「分からなかったの。どうして勇者はわたくしを敵と見るのでしょう。いや、この世界中から、わたくしは敵と見なされていたのはどうしてなのでしょうね。正直、時折いっそこの世界を消したいと何度も思ったわ。でも、それは出来なかった」

 

 「……」

 

 「世界を滅ぼすことは、私の人生の意味を覆してしてしまうから。肉体が朽ちて魂だけの存在になって、それでも尚、この世界に居続ける意味を全否定するようなことをしたら、それこそわたくしは完全に死ぬ」

 

 「……」

 

 「わたくしが長い年月を生きて永らえてきた意味を見出したかった。そして、それがもうすぐ叶えられる」

 

 

 

 ……ブラッドはもう死んでいた。死んで、魂だけの存在になっても尚、勇者の力になりたいという願いが、執着が彼女を現世に繋ぎ止めていたと言うことだ。

 

 彼女の言う対価。おそらくは……

 

 

 

 「だから尚文――いいえ盾の勇者様。わたくしを、貴方の力にならせてほしいのです」

 

 

 

 丁寧な言葉使いに変わったブラッドが俺に歩み寄る。そして、純白の長手袋をつけた手で俺の盾の緑の石の部分に触れる。

 

 

 

 「ですが、単なる仲間では、わたくしは願いを叶える前に消えるかもしれません。朽ちることのない依り代が必要なのです」

 

 「まさか……」

 

 「ええ。貴方の盾を、わたくしの依り代とさせて下さい」

 

 

 

 ふ、と笑ったブラッドが、鮮やかな赤の粒子となり、俺の盾に吸い込まれていった。

 

 俺だけが残った空間に唯一残された翡翠の水晶が眩い光を放ち、砕け散ると共に、俺の意識も白に塗りつぶされていった。



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呪いの盾

 ……これは、何だ?

 

 白は黄に、黄は蒼に、青は紅に。くるくると視界の色が変わっていく。

 

 紅の中に翡翠が混じるが、二色は濁り、赤黒い血へと変わったと思いきや、端から茶色に塗りつぶされていく。

 

 そして桜色へと変わっていくと、次は金に彩られた。

 

 鮮やかで綺麗な視界は、突如として何処からともなく表れた黒に塗りつぶされた。

 

 その上に何度も茶色が、金色が載せられていくがその都度に黒がそれを覆い隠していった。

 

 そして、まるで希望のようだった光は消え、絶望の黒だけが残る。その黒の上からまるで紙芝居のように、あの冤罪の風景が描かれていく。ご丁寧にも音声付きで。

 

 胸糞悪い光景に、怒りどころか殺意が湧いてくる。

 

 あの女が俺に向けて嘲笑った姿が見えたときには、本気で死ねと思った。

 

 そして俺がその風景から出て行こうとしたところで、鮮やかな緑がかかり始める。

 

 植物のように鮮やかな緑。ほとんどそれに視界が染められたところで、黒水晶の女が現れる。

 

 純白のドレスの裾を翻し、鮮血と蒼穹の瞳がこちらを見据える。

 

 肉厚の唇が開き、告げる。

 

 

 

 ――自らの抱く憎悪は世界を救える。勇者様、今一度悪魔となり、その憎悪を糧とした呪いの盾で、どうかこの世界をお救い下さいませ。

 

 

 

 女がこちらに手を伸ばそうとすると、伸ばした指先から赤い粒子へと崩壊していき、その身を全て粒子に成り果てさせた。

 

 そして、女の形をしていた粒子は一つの形へと収束していく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたときには、俺は王都の近くの村の前に立っていた。

 

 ……確か、リユート村だったか。

 

 平和そうな印象の村を照らす太陽は、もうその体を半分にまで隠していた。

 

 夕方か。フェンリルに襲われたときは昼前だったっけか。

 

 となると、結構な時間が経っているのだろう。その間は寝てたのかそれともそのまま歩いてたのかは分からないが。

 

 俺は盾に目をやる。

 

 

 

 「……なんだこれ」

 

 

 

 思わずそう言ってしまった。その盾は俺の見たことの無いもの……正確には夢で見た盾だった。

 

 全体的に赤黒い、禍々しいというような見た目の盾だ。いつもは緑色をしているはずの石は、赤色になっていた。

 

 ただの盾ではないのだという事は見て分かる。一応ウェポンブックを開いてどんなものか確認してみる。

 

 ……ウェポンブックのツリーが反転して赤黒い、不気味な物になっていた。

 

 

 

 カースシリーズ

 

 憤怒の盾

 

 能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド(攻)」「アイアンメイデン」

 

 専用効果 セルフカースバーニング 腕力向上

 

 ココロガウミダス、サツイノ盾……。

 

 

 

 ……おい、説明文。

 

 ブラッドの言っていた憎悪を糧にした呪いの盾ってこれのことか。

 

 ……この不穏そうな盾で頑張れ、と。

 

 どうしてこの先が不安を煽るようなものを与えてくれるんだよ……まあ確かに強そうではあるけどさ。

 

 

 

 ……今日はもう王都に戻ろうか。

 

 そう考え、俺は妙に軽い足を動かし王都へと駆け戻った。

 

 

 

 「キャアッ! ひったくりよ、誰か捕まえて!」

 

 

 

 城下町に入り、露店がならぶ所を歩いていると、突然そんな甲高い声が聞こえた。

 

 それと共に、いかにも怪しい男が片手にバックパックを、片手に片刃の剣を持ってこちらに向かってきた。

 

 

 

 「オラ! どかねえと刺すぞ!」

 

 

 

 通り魔かよ。

 

 面倒臭い場面に差し掛かったことに苛立ちが出来る。だがその苛立ちが妙に激しいようなと思考の片隅でそう疑問を抱くが、それよりも突っ込んでくるひったくり犯をどうにかしなければならない。

 

 ひったくり犯は片刃の剣を振りかぶる。あ、これ当たるな。

 

 ろくに戦闘経験もないものの、間一髪なんとか盾をかざして防御は出来た。

 

 ……防御、は出来たのだが、防御した盾が問題だった。

 

 

 

 「いっ―――ギャアアアアアアアアアア!!!?」

 

 

 

 防御した盾から、なんと炎が噴出したのだ。

 

 おそらくカウンターとかそういうのなんだろうが、その近接攻撃をしてきたひったくり犯がもろにその炎を食らってしまった。

 

 丸焦げになってしまい、その場に倒れてしまったが、一応まだ生きてるようだ。

 

 ただ、生きてるとはいっても、かなりのダメージを与えてしまっているようだが。

 

 ……やばい、憤怒の盾のままだった。

 

 多分、あの炎がセルフカースバーニングという専用効果なんだと思う。カウンター技だからか威力が桁違いだ。

 

 ……確かにまあ、これほどの威力なら俺一人でも戦えそうだな。

 

 ただ、セルフカースバーニングが発動した時、さっきまで抱いていた苛立ちみたいなのが少し抜けていったように思えた。

 

 もしかしたら苛立ちと言うか怒りが妙に増幅する原因はこれなのかもしれない。

 

 刹那の数秒間で、俺はこの盾についてを大体考察する。

 

 そして、黒コゲのひったくり犯に目をやる。

 

 ……バックパックは少し焦げている所があるが、無事だったようだ。

 

 ひったくり犯からそれを回収する。そして集まっている野次馬のなかから、被害者と思われる人物を見つけ出さないといけないのだが、生憎数が多い。どこにいるんだよ。

 

 

 

 

 「あ、あの……それ、私のです」

 

 「そうか」

 

 

 

 すぐに名乗りを上げてくれた鎧を着た女にバックパックを投げ渡す。

 

 とんだ災難だったが、さっさと立ち去らないと。まだ俺の正体がばれていないうちに。

 

 

 

 「あーーーーー! てめえ盾の勇者だな!!」

 

 

 

 速攻でバレた。しかも面倒なことにひったくり犯にだ。

 

 この先こいつが言う事は大体察しがつく。

 

 

 

 「皆さん違うんです! 俺はあの盾の勇者に操られてやっただけなんですよ! 少しでも自分の風聞を良くするためだとか言って!」

 

 

 

 思ったとおりだった。あんにゃろ俺に罪を擦り付けやがった。

 

 俺の正体を見破った時の口上からもう色々とおかしなところがある言い分だが、どうせこの国の連中は素直に信じるだろうな。

 

 そう思って野次馬どもを見回すと、案の定俺に非難の目が集まっていた。

 

 ああ、くそ。どいつもこいつも俺を悪者扱いしやがる。俺が何をしたって言うんだよ……

 

 どうせここで違うって言ったって、誰も信じてくれないだろう。ここでちんたらしてたら国の衛兵が来るかもしれない。面倒なことになる前に逃げないと。

 

 俺は元来た道を走る。野次馬の波は無理やり掻き分けていく。

 

 

 

 「おい、ちょっと待て!」

 

 「っどけ!」

 

 

 

 俺の腕を掴んできたやつを突き飛ばす。悪いが、ここで捕まるわけにはいかないからな。

 

 そのまま波を抜けた後は、とにかく街の中の、宿屋めがけて走る。あの道の方が早く着くが、もう通れないため、遠回りになるが。

 

 ……また俺の印象が悪化する噂が明日には跋扈しているだろう。人助けしたはずが返って犯人にされるなんて、本当に、ついていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何を勘違いしたのかしらね。別に悪いのはこいつだけなのに」

 

 

 

 ついさっき、不運にもひったくりに遭ってしまった女冒険者は、ひったくられた荷物を取り返してくれた青年が走り去った方を見ながら、溜息をつく。

 

 盾の勇者に操られていた。そう言ったひったくり犯を信じるようなバカな奴なんて居ない。

 

 そもそも前提からしておかしいというのに。もしも本当にひったくり犯の言うとおりだとしたら、どうして彼は女冒険者にとられた荷物を渡した後、盾の勇者だと名乗ることもなくここから立ち去ろうとするのだろうか?

 

 普通ならここで正体を現して、少しでも名誉の回復をしなければならないだろうに。それをしないのは、自分の正体が盾の勇者だとばれたくなかったからだろう。

 

 この国での強姦罪は国家反逆罪と同じくらい重罪だ。処刑されてもおかしくない。未遂とはいえ、強姦をしようとしたという醜聞が付け回っている盾の勇者とばれれば、感謝されるどころか、むしろひったくりの主犯だと言われて石を投げられるのが落ち。

 

 自分が盾の勇者だと名乗っていたらひったくり犯の言い分を信じる人も出てはいただろう。だが、彼は名乗ろうともせずにさっさとここから去ろうとしていた……

 

 あれを見て今回の事件の真犯人だと信じるのは、よっぽどの三勇教信者じゃなきゃありえない。

 

 

 

 「なんでだよ、俺はただ盾の悪魔に操られていただけだぞ!? なんで何も悪くない俺が捕まらなきゃいけねえんだよ! 捕まえられるべきは善良な一市民の俺を攻撃した盾の悪魔だろ!?」

 

 

 

 普段なら盾の勇者を排斥するだろう衛兵も、流石に呆れ顔だ。

 

 こいつは盾の悪魔よりもおかしい奴だ、いかれてる奴だと思われている。そりゃそうだ。

 

 あんな操られていたとは思えないようなゲスな顔してひったくりをする奴の、どこが善良な一市民だと思われるところがあるのだろうか。むしろ完全なドクズだろ。

 

 というか本当に何も悪くないのは盾の勇者の方だろうに。

 

 ……野次馬達は皆揃って、盾の勇者に同情するのだった。とばっちり受けて災難だったね、と。

 

 ちなみに、あの時皆が盾の勇者だった青年に非難の目を向けてしまったのは、こいつがあの強姦魔とかいう盾の勇者なのか!? と心の中で思ってしまったからだ。だがその青年の佇まいと雰囲気で一部の野次馬は強姦未遂って冤罪じゃないのか? と疑うことになった。

 

 なぜそう思ったのか? 答えは至極シンプルだ。

 

 強姦が出来るような攻め系男子に見えなかったからだ。

 

 むしろ気づけば押し倒されてて、相手に美味しく頂かれちゃうような受け系男子に見えたのだ。

 

 ……彼、モブレされそうな感じの男の子だったなぁと、現場に居た腐女子(一部の野次馬)は思うのだった。

 

 

 

 

 余談だが、被害に遭った女冒険者は、この出来事の後に自分の得意な絵で盾の勇者が受けの同人誌を描いた。

 

 そしてその同人誌は即日完売し、重版が決定したんだとか。



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