地下迷宮にて剣餓鬼は嗤う (鎌鼬)
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はじまり

 

 

「いらっしゃいませー!!ませー!!まーせー!!」

 

「お待たせしました」

 

「お客様五名入りまーす!!」

 

「食器足りないよ!!空いてる皿をとっとと下げてきな!!」

 

 給仕服を着込み、お盆を手にしながら店内を巡っているウェイトレスの姿を見て元気が良いなぁという感想を抱きながら木製のジョッキに注がれている酒を舐める様に飲む。カウンター席で一人で酒を飲んでいるが寂しさはカケラも感じない。酒場特有の漂う酒気と賑やかな喧騒、そして美人揃いのウェイトレスたちの容姿が俺の事を楽しませてくれてる。

 

 それらを肴にして蒸留酒特有の高い酒精と燻されたスモーキーな香りを楽しむが、数秒と経たずに気分は下がってしまう。普段であれば適当な酒を二、三本開けて俺も喧騒の中に飛び込んでいって馬鹿騒ぎを楽しむのだがとある事情からそれをする事が出来ず、下がっていくテンションを酒を飲んで無理矢理に上げることしか出来ないのだ。

 

 その原因は視界に映る光景にある。

 

 料理に舌鼓を打ち、酒を浴びるように飲んでいる客たち。美女美少女が揃えられていて、視覚的に楽しませてくれる元気一杯のウェイトレスたち。酒場であるのならそうは珍しくない光景だ。ウェイトレスが美女美少女たちという事を除けば俺の行きつけの酒場と大差無い。

 

 客やウェイトレスたちの中にずんぐりとした体格の髭もじゃのおっさんや耳を尖らせた美形たち、頭や腰から獣の耳と尻尾を生やしている者たちがいなければだが。

 

 シラフの状態でそれを見て否定したかった。酒場に入って酒を飲んでもその光景は変わる事なく視界に写っている。その光景を見て、そして視点をズラして木製のジョッキを掴んでいる()()()()()()()()()を見て溜息を零し、残っていた酒を一息に飲み干す。

 

「若返って異世界トリップとか何の冗談だよ……」

 

 喧騒に掻き消される、誰にも聞こえない、答えなんて帰ってこないと分かっていながらも、そう溢さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空になったジョッキに酒を注ぎながら自分の出自を思い返す。明らかな現実逃避だと理解しているが、そうする事で精神の安定が保たれるのでしない理由は無い。

 

 俺の生まれた家は端的に言えばキチガイの家系だった。

 

 二本足で立って歩けるようになり、何となくでも言葉を喋って理解出来るようになった頃から親父と爺による倫理観をガン無視した教育を叩き込まれ、武術という人を傷付けて殺す術を叩き込まれた。今ならば何をやっているんだあのクソ野郎どもはと声を大にして叫ぶ事が出来るが、当時の俺はそれを当たり前の事だと思っていたので何も疑問を感じる事なくその教育と武術を受けていた。

 

 法治国家に中指を突き立てる様な行いだったが、頭がおかしかったのは爺と親父だけでは無かったらしい。我が家の倉庫の中に残っている物を調べた限りではそういう事が千年前から続いているようだ。

 

 そして我が家の方向性は千年前からずっと変わる事なく一方を向いている。

 

 即ち、どうすれば争い事に勝つ事が出来るのかという方向性に。

 

 縄文時代や弥生時代のように法律という物が存在していない時代ならば、その生き方は受け入れられただろう。戦国時代のような毎日が血で血を洗う事が日常茶飯事な時代ならば、そんな人間を望んでいたのだと有難られたに違いない。

 

 そして、我が家の方針は法治国家となって争いの無くなった世界では異端となり、忌避される存在であった。

 

 俺はそれを理解していた。第二次世界大戦では同盟国であったドイツに渡ってソ連の兵との殺し合いを楽しんでーーーちなみに、親父と爺はアメリカに特攻しかけて見事に死んでくれた。だからこそ、戦争が終わって我が家の生き残りが俺だけになった瞬間に俺の代で我が家を終わらせる事にした。

 ドイツでは仲良くなったラインハルトとその場のノリと酔った勢いで何度か娼婦を買ったが、種を残すような事はしていない。嫁を取ることはせずに独り身を続け、だけど物寂しさを感じたので何人かの孤児を引き取って育てる事にした。

 

 子供が育ち、孫が出来て、曽孫も生まれた。それに伴って身体は段々と老いていく。

 

 若い頃に鍛えた身体が弱くなっていく事に悲しさを感じながら、だけども時間をかける事で技術の方は練り上げられていく事に嬉しさを感じていた。晩年になって気がついたのだが、どうやら俺は求道者スタイルの人間だったようだ。

 

 昨日もいつも通りに日課をこなして眠りに就いた。そして、目を覚ましたらこの町に、それも十代後半ごろの姿で来ていたのだ。最初は理解が出来ず、だけども親父と爺の教育によって()()()()()()()()()()現状を受け入れて無理矢理に納得した。

 

 そうして半日かけて町の探索を終わらせ、先立つ物が必要だと幼い少女からカツアゲしようとしていたチンピラたちをしばいて募金をしてもらい、ストレスを解消するためにこうして酒場で一人寂しく飲んでいるのだ。

 

 自分の出自と、こうなった経緯を思い返して溜息を零す。展開が急な上に原因が不明過ぎて理解が追い付かない。孫と曽孫が嵌っていたライトノベルで似たような展開を読んだ事はあるが、あれは転生物だったので今回の場合には当てはまらないだろう。それに俺は神様なんて者にはあっていない。摩訶不思議な力なんて与えられなかった。

 

 原因を理解したいとは考えているが、だからと言って帰りたいかと聞かれれば否定する。あのまま向こうにいたところでただ日課で剣を振るって技を磨いているだけのつまらない日々しか待っていない。それならばこちらの何が起こるのか分からない世界の方が俺としては過ごし易い。毎日で何かしら殺し合えるような出来事があるのなら最高だ。

 

 が、俺を悩ませているのはそんな日々が訪れるかどうかではない。もっと低俗で、俗物的な悩みだ。

 

 金が無い。住む場所が無い。更に言えば仕事すら無い。

 

 向こうにいた時には家の貯えと自給自足で生きるには困らなかったが、こちらではそんな物はなく、どうにかしてくれるような当てすら無い。チンピラからの募金で金はある事にはあるが、物価を調べてみたところ考えて使ったとしてもすぐに無くなってしまう程度の金額でしか無い。

 

 所持品は祖母が存命だった頃に織ってくれた羽織りと袴、それと腰に下げている刀と小太刀だけ。しかも刀の方は戦争中に壊した物で、小太刀の方は親父がアメリカに持っていって無くなったはずの物だった。

 

  まぁ、若返って異世界トリップに比べれば些細な事なので気にしていないが。

 

 お先が真っ暗すぎて泣けてくる。こうして酒場で呑んだくれているのは情報収集を兼ねてストレスの発散も兼ねているのだ。こうでもしなければ、誰彼構わずに道理も無視して通り魔になりかねない。だからこそこうして呑んで少しでもストレスを発散させようとしているのだ。

 

 大声で話している客たちの話を聞きながら酒を飲もうとジョッキに手を伸ばすが、軽さからもう飲み干してしまった事に気がつく。チンピラから巻き上げた金額と、これまでの食事の合計金額との差を頭の中で計算してまだ二、三杯はいけると判断して近くを通りかかった尖った耳が特徴的なエルフの女性を呼び止める。

 

「おーい、これのお代わり頼むわ」

 

「……またですか?」

 

「まだまだ行けるぞ?この程度じゃほろ酔いなんだよ」

 

「なんでドワーフの火酒を10杯も飲んでほろ酔いなんですか……」

 

 飲んでいた酒の名前からして相当に強い酒なのだろうが、地球にはこれ以上に強い酒があった。このくらいの酒精ならば飲み慣れている上に体質的に酔いにくいのでその気になればすぐに覚めるようなほろ酔い程度にしか酔わないのだ。

 

 俺の反応から本当に深酔いしていないと判断したのか、エルフの少女は呆れたように溜息をついてオーダーを通す。そして運ばれてきたジョッキを受け取り、一息で半分を飲み干す。

 

「お、あんた見ない顔だね?冒険者になりにきたのかい?」

 

 忙しい時間は乗り越えたのか、厨房で忙しそうにしていたはずの恰幅の良い女将がカウンター越しに話しかけて来た。断る理由は無く、繁盛している酒場の女将ともなればこの町の事情に詳しいはず。むしろこっちから話したかったくらいだ。

 

「いんや、残念ながら明確な目的があってここに来たわけじゃ無くてな」

 

「それならどうしてオラリオに来たんだい?」

 

「気がついたらここに居たっていうか、世界規模の迷子っていうか……うん、酔っ払いの戯言だな」

 

「気がついたらここに居た?あんたもしかして来訪者って奴かい?」

 

「来訪者?」

 

 口にしてからどう考えても酔っ払いの戯言でしかなかったので聞き流すだろうと思っていたのだが、女将は俺の現状に心当たりがあったのか来訪者なる単語を出してきた。

 

  来訪者。簡単に言えば訪れる者。成る程、こちらの世界の住人の視点からしてみれば、確かに俺は来訪者に当たる。

 

「時々いるんだよ。ここじゃない別の世界から来たとかいう奴がさ」

「そいつらがどうしてるとか聞いた事は?」

「さぁね?冒険者にでもなったんじゃないかい?」

 

  流石に存在は知っていても、その後がどうなったかまでは知らないようだ。だが、まぁ俺以外にも同じ境遇の者がいたとしれただけ良しとしよう。

 

「で、あんたはどうするつもりなんだい?」

 

「悩み中。金がねえ、家がねぇ、着の身着のままっていう笑える程の状況なんでな。まぁ冒険者になるっていう案は悪くはないけど、それにしたって先立つ物がないとなぁ……」

 

 この町ーーーオラリオには地下迷宮(ダンジョン)と呼ばれる場所があり、そこをファミリアと呼ばれる組織が探索している事は知っている。俺の性根を鑑みれば、俺もファミリアに所属して地下迷宮(ダンジョン)へと潜りたいのだが武器だけ立派な変わった格好の若造が手ぶらで来たところで門前払いを食らうのが関の山だろう。

 

 幾らかの手土産でも無い限りは。

 

 一応ギルドと呼ばれる組織を訪ねて冒険者になりたいと告げればいくつかのファミリアを紹介してもらえるらしいが、だからといって必ずファミリアに入れるとは限らない。荒事が主目的である以上、ファミリアとしても即戦力を望んでいるだろうから。実力を見せる機会を与えられるのであれば自信はある。

 

 しかし、この姿で門を叩いたところで真面目に取り合わないだろうことは目に見えている。

 

 大半のファミリアはそんなものだと考えていて、粘り強く探せば中には真面目に取り合ってくれるファミリアもあるだろうとも考えている。だが、金も家も無い現状ではそれは難しい。チンピラ募金による集金はあるものの、あまりにもやり過ぎればこの町を警備している者たちから目をつけられる事になる。

 

「まずは仕事を見つけてからファミリアを探すって具合かねぇ……」

 

「おや、若い割にはしっかりと考えてるじゃないか」

 

「考えずに行動するのは好きだけど、だからって物を考えないわけじゃないんだよなぁ……ねぇ、ここ従業員募集してない?横になれる場所と飯さえくれるなら馬車馬のように働くよ?」

 

「別に構わないよ」

 

「マジでか!?」

 

  何の期待もせずに尋ねてみたところ、思いもよらない返事が不意打ち気味に帰ってきた事に驚いて席から立ち上がってしまう。椅子が倒れた音で客たちから注目されてしまうがそんな事に構っている暇は無い。

 

 僅かに残っている酔いを覚ます為に水を頼み、一気に飲み干す。そして雇用条件を煮詰めようと女将と話をしようとした時。

 

「おいーす!!ミア母ちゃん!!うちが来たでぇ!!」

 

 女将の返事と同じように、不意打ちで()()は現れた。

 




世界大戦経験済みのSAZANAMIジッジが若返って異世界トリップ。

なお、とんでもない者と遭遇したらしい。



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始まり・2

 

 

「ーーー」

 

 ()()を視界に入れた瞬間に地球にいた頃でも感じたことの無い驚愕に襲われ、培ってきた経験から身体が自動で動き出す。後ろに飛び退き、()()から距離を取る。そして店内という状況では刀は不向きと判断し、小太刀に手を伸ばして即座に抜ける様にする。

 

「……えぇっと、自分どないしたん?」

 

「ーーー()()()()()

 

 ()()は俺の行動に困惑している様だが、それに答える余裕なんて無い。俺自身が突如として現れた()()の存在に困惑し、警戒しているから。

 

 ()()の外見はあくまで人だった。糸目で緋色の髪を紐で纏めた少女とも女性ともどちらとしても見れそうな人物。チューブトップで隠された胸は目を覆いたくなる程になだらかだが、引き締まった腹や脚などの全体のバランスを鑑みるにそれさえも魅力的に見える。

 

 だが、中身は完全に人のものでは無かった。

 

 太陽に人の皮を被せたという表現が一番近いだろう。人の姿をしていながら、中身が決定的に人とは異なっている。地球でもドイツにいたラインハルトや、中国の山奥で仙人を自称していた老人は常人とは違う気配をした事は覚えている。親父や爺、そして俺もその部類にカテゴライズされているのだがーーー目の前の()()とは比較にならない。

 

 無理矢理に比較するなら、常人はコップで俺たちはバケツに入った水と言ったところだろう。

 

 そして、目の前の()()は海としか言えなかった。

 

 量が違う、質が違うなどではない。比べる事自体が馬鹿らしくなってしまうほどの存在感。咄嗟に身体が反応して警戒してしまったが早まったかと考える。()()は直接戦う様なタイプでは無いのだろう。立ち振る舞いを見るからにそれは間違い無さそうだ。

 

 だが、どうしても〝勝つ未来〟が、正確に言えば〝()()を殺した自分の姿〟を思い描く事が出来ないでいた。

 

 

 ともかく、この場で戦うのは悪手でしかない。本能が叫び立てる警戒を押し殺しながら溜息をついて身体から力を抜く。そうして小太刀から手を離し、無礼を詫びようとした時、眼前一杯にソックスに包まれた足の甲が飛び込んできた。

 

「っと!?」

 

 避け切るには気がつくのが遅過ぎた。足の細さを見る限りでは女性の物で致命傷には至らないだろうがここは異世界。孫や曾孫が嵌っていた小説や漫画では普通に細身の女性が天変地異を起こしていたので万が一を考えて蹴りが当たる瞬間に首の骨を外して衝撃を流し、後ろに飛び退いて更に衝撃を殺す。

 

 そしてその判断は間違いでは無かったと首の骨を嵌め直しながら悟る。あれをモロに受け止めていれば首の骨がへし折れるか、頭だけがサッカーボールの様に蹴り飛ばされてもおかしく無かった。

 

 とんでも体験をして精神的に余裕が無かったことに加えて、突然現れた規格外に動揺して視野が狭くなっていた事を反省しつつ、足蹴にしてくれた下手人を見据える。正体はドワーフの火酒を頼んだエルフの女性だった。

 

「いい蹴りだな。攻められるのはそんなに得意じゃないんだが、嬢ちゃんみたいな別嬪さんに足蹴にされるんだったら役得ってやつだ」

 

「この店で暴力沙汰は御法度だ。これ以上暴れるというのならーーー力尽くにでも叩き出す」

 

 エルフの女性が俺を見る目は冷ややかで、それでいて刃物の様に鋭い。蹴った後の残心やそれまでの立ち振る舞いからしてエルフの女性は()()()()()()()()らしい。それは彼女だけではなく、他のウェイトレス達にも当てはまる事だったりする。

 

 やはり異世界ともなれば、普通のウェイトレスではなくて戦うウェイトレスじゃないと経営出来ないのだろうか。巫山戯た考えを追い出し、真面目に考えることにする。ここで俺の取れる手段は2つ。降伏するか、抵抗するか。

 

 一番丸く収まるのは降伏する事だろう。抵抗するにはその後のデメリットがあまりにも大き過ぎる。今はエルフの女性だけだが、これ以上抗えば他のウェイトレス達が加勢するのが目に見えている。助けになりそうな女将は注文でも新しく入ったのか視線は向けているものの厨房へと引っ込んでしまった。

 

 そして事の発端となった()()はーーー愉快そうな笑みを浮かべながら酒を片手にカウンターに座って観客となっていた。

 

 その姿を見た瞬間、なんだか警戒していた自分が馬鹿らしくなった。隠す事なく大きく溜息を吐き、刀と小太刀を床に投げてエルフの女性へ蹴って渡し、座り込んで両手を挙げる。

 

「降参しまーす!!」

 

「……潔いですね」

 

「そりゃあ後先ない状況ならモツこぼしながらだって暴れるよ?でも今の状況でそれやったら詰むからなぁ……」

 

「なんや?もう終わりかいな。自分何がしたかったん?」

 

「突然得体の知れないのが現れたから警戒してたんだよ。何なのアンタ?本当に人間?」

 

「ウチの事を知らん?……あぁ、自分もしかして来訪者かいな?」

 

「ここの女将が言うにはそういう存在らしいな。いや、自称したわけじゃないから確定的じゃないけど」

 

「来訪者ならウチの事を知らんくてもしょうがないなぁ」

 

 楽しそうな笑顔を浮かべながら()()は顎に手を添えて思案する様な素振りを見せている。警戒していた理由を理解され、敵意が無いと分かってくれた様だが生憎とこっちには余裕が無くなってきている。

 

 その原因はエルフの女性ーーーその手に握られているロープだ。

 

「おい、そのロープは何に使うつもりだ?」

 

「縛り上げる為だ」

 

「確かにロープの使用法はそうなんだけどそういう意味で聞いてるんじゃねぇよ……!!」

 

「たとえ来訪者だとしてもこの店で暴れたのは事実だから拘束させてもらう」

 

「美人に攻められるのは役得とはいえ流石にSMプレイは……お嬢様!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!困ります!!あーっ!!困ります!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!あーっお嬢様!!」

 

「変な声を上げるな!!それに誰がお嬢様だ!!」

 

 いや、だってロープで拘束するのがあまりに手慣れているから。しかもわざわざ俺の肩の関節を外してからの拘束という念の有り様である。完全に縄抜けへの用心を心得ている。

 

「お、ちょうどええわ。ミア母ちゃん、ちょっと上の部屋借りるで。すまんけどそいつ運んでくれへん?」

 

「はぁ、構いませんが……」

 

「あーっ!!あーっ!!お嬢様!!困ります!!困ります!!お嬢様!!あーっ!!ーーーウグッ!!」

 

 こちらが悪いとは理解しているが何もしないというのも癪なので適当に叫んでいたら腹に肘を入れられてしまった。蹴られた時よりも加減されていたのでその気になれば無視出来るのだが、流石にこれ以上は要らない怒りを買うだけだと判断して気絶したふりをする。

 

 正体不明の()()は二階に上がり、俺もエルフの女性にロープで引きずられながら二階に上がる。確かどこかでエルフは潔癖症だと聞いた事はあるが、それにしたって扱いが酷いような気がする。もしかしてさっきの事に対する意趣返しか何かのつもりなのだろうか。

 

 そうして運ばれた先は宿屋も兼ねていたのかベッドが置かれた一室。()()は我が物顔でベッドに腰を下ろし、俺は投げ捨てられるように床に転がされる。

 

「扱いが酷い」

 

「いきなり武器を抜こうとした者に対しては普通だと思うが?」

 

「まぁまぁ、そこの兄ちゃんは来訪者みたいやから仕方がないやろ。ウチの……というよりもウチらの存在も知らなかったみたいやし」

 

「そうそう、お前何なんだよ?お前みたいな存在初めて見たぞ」

 

 身体を起こして胡座をかき、目の前の()()と向かい合う。俺の姿を見て楽しげに笑い、美脚を組むその姿は見た目も相まって唆るものがあるのだが中身が規格外過ぎて欠片も反応が出来ない。

 

 俺のセンサーがイかれてるんじゃない、目の前の中身が原因なんだと完璧な理論を展開する。

 

「ムッフッフ〜知りたい?なぁ知りたい?」

 

「おう、知りたいから教えてくれよ」

 

「そっかそっか〜そない知りたいなら教えたるわ!!」

 

 俺の反応が壺に入ったのか、鼻息を荒くしながら()()はベットに立ち、腕を組んで胸を張る。

 

「ウチの名前はロキーーーロキ・ファミリアの主神にして天界きってのトリックスター様や。そういった方が自分には分かりやすいんちゃうか?」

 

 そう有り得ない筈の事をさも真実のように、当たり前の様に口にした。

 

 




元ジッジ、ロッキと邂逅。力封じて人並み以下にしてるみたいだけど、気配とか感じられる奴からしたら人の皮を被った何かとしか形容できない存在だと思うの。

そして後日、この店ではエルフのお嬢様によるSMプレイが裏メニューで存在しているという噂が流れたらしい。



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始まり・3

 

 ロキ。目の前の女性は自分の事をそう名乗った。

 

 ロキという名前でまず先に思い浮かんだのは地球の北欧神話に登場する神の名前だという事。詳しくは分からないが確かラグナロクという出来事の切っ掛けになった神だという事と、その振る舞いからトリックスターと呼ばれていた事は覚えている。厨二病に罹って腕に包帯をグルグル巻きにしていた曽孫だったらもっと詳しく知っていたかもしれないが、全才能を戦闘方面に全振りして後は気持ち程度のキチガイにはこれが限界だろう。ロキという名前を覚えていただけでも驚きである。

 

 渾身のドヤ顔を晒している自称ロキの言葉を時間を掛けて咀嚼しーーー()()()()()()()()()と納得する。

 

「ロキ、ロキか……まぁ、神様っていうのなら納得だな」

 

「ありゃ?そない驚いとらんな?もっと驚いてええんやで?」

 

「寧ろ神以外だっていうのならそっちの方が驚くわ。そんな中身で人間だって言われても嘘だろってな」

 

「中身?」

 

「そうそう、中身が全然違うんだよ。そこのエルフのお嬢ちゃんなら常人よりも優れてる程度だから元いた場所でも見た事がある。でも、あんたはまるで違うんだよ。質とか量とかじゃなくって……格が違うって言えばいいのか?」

 

「格なぁ……確かに人とウチらとじゃあ同格には比べられへんわなぁ」

 

 俺の説明に納得してくれた様だが、ロキの顔は新しい玩具を与えられた子供の様な笑顔が浮かんでいる。明らかに俺の事をその程度の存在だとしか認識していない。傲慢だと感じたが、不思議と不快だとは感じなかった。なんと言うのか、その傲慢さがロキらしいと自然に納得しているのだ。それは人と神の関係性を考えれば自然な事だろう。

 

 神は人を見下す者だ。日本でも信仰という名の祈りが捧げられれば恵みを齎し、いないものとして扱われれば機嫌を損ねて災害を齎すという伝承が残されている。同じ世界で同じ目線に立っているというのに、彼女は俺たちとは全く別の視点で物事を考えている。

 

「で、そろそろ自分の名前を教えてくれんか?」

 

「おっと、悪かったな。俺は漣蔵人(さざなみくらんど)、呼びにくかったらクラウドって呼んでくれや」

 

「サザナミ・クランドなぁ……もしかして自分、ニホン言う所の出身か?」

 

「日本知ってるの?もしかしてこっちの世界にもある?」

 

「いんや、前に会ったことのある来訪者がそこの出身言うとってな。こっちの極東の文化がそこによぉ似とるって言っとったわ」

 

 流石に日本は無いが、似た文化を辿っている地方があったことに内心で安堵する。異世界に来て、望んでいた日常を送れるのなら帰る気は無いと考えているが、米と醤油と味噌の存在が心配だったのだ。孫や曾孫たちが嵌っていた異世界ファンタジーでは当たり前のように日本と似た文化の国が登場していたが、この世界でも適応されるかは分からなかった。

 

 米と醤油と味噌があるのなら一月休みなしで戦える。

 

「なぁクラウド、自分はこれからどうするつもりや?」

 

「どっかのファミリアに入ってダンジョンに潜るつもりでいるけど……どうせ門前払い食らうだろうからバイトしながら気長に探すさ」

 

「ふーん、オラリオに来たばかりっちゅうんに分かっとるやないか」

 

「ギルドの紹介があったとしてもはいそうですかって入れる訳ないんだよなぁ……それにこの見た目だろ?手土産の一つでも持って行かないとマトモに取り合ってくれなさそうでな」

 

「まぁ流石に手土産まではどうか思うけど大体間違っとらんで。ダンジョンを探索する事を主体にしてるファミリアは即戦力を欲しがっとる。Lv.(レベル)が2か3もあれば門前払いされるようなことは無いと思うけどなぁ」

 

Lv.(レベル)?なんだそれ」

 

「あ〜そこまで詳しく無かったんか〜……しゃーない、ウチが教えたるわ!!」

 

「キャー!!ロキ様ー!!」

 

 知識というのはあるだけで価値のある物だ。親父と爺からも耳にタコが出来るほどに口うるさく言われていて、戦争中にそれで助かった経験をしているので理解している。流石に全知と呼べるほどの知識を持っているわけでは無いが、それでも常人以上の事を知っているつもりでいる。

 

 しかし、今いるのは異世界。俺の知らない出来事で動いている世界である。勿論向こうで培ってきた知識が活かされる場面はあるのだろうが、それよりも圧倒的に知らないことの方が多いのは明白だ。

 

 故に求める。この世界の知識を、そして常識を。無知が原因で死ぬように、常識に適応出来なければ淘汰されるのは世の常であるのだから。

 

 俺の反応が気に入ったのかロキは上機嫌になりながら饒舌に語り始めた。

 

 曰く、千年程昔に天界と呼ばれる場所に飽きた神々は地上に降りてきた。

 

 曰く、神々は地上の生活を楽しむ為に神同士でルールを定めた。

 

 曰く、全知全能の神の力(アルカナム)を封印して人並み以下の零能に成り下がった。

 

 曰く、許されたのは恩恵(ファルナ)という力の切っ掛けを人間に与える事だけ。

 

 曰く、恩恵(ファルナ)を刻まれた人間はその神の眷属となり、ファミリアという集団を作る。

 

 そして眷属が積み重ねた経験値(エクセリア)を主神が抽出し、神聖文字(ヒエログリフ)に変えて背中に刻み込む。

 

 得られるのは人を超越した身体能力、魔法と奇跡。

 

 神が人に開く、神に至る道。

 

 無限に広がる可能性ーーーそれが神の恩恵(ステイタス)であると。

 

 そしてさっきロキが口にしていたLv.(レベル)とは冒険者ーーー神の恩恵(ステイタス)を刻まれた者たちのランクの事らしい。Lv.1は下級冒険者、Lv.2以降からは上級冒険者であり、第三級第二級と呼ばれるようになる事。ロキのファミリアには第一級と呼ばれるLv.5以上の冒険者が何人も所属し、将来有望株が沢山いるのだと教えられた。

 

「成る程なぁ……冒険者にならないとダンジョンに入れないって言われたけどそれが理由だったのか」

 

「まぁ他にも細々とした理由はあるんやけど大雑把に言えばそんなところやな。恩恵(ファルナ)が無けりゃモンスターとは戦えんっちゅーんがこの世界の考え方や。来訪者ではあるクラウドからしてみりゃあ違和感だらけかもしれんがな」

 

「いんや、国が違うだけで文化はガラッと変わるんだ。世界が変わりゃあ常識が変わったっておかしくないだろ?」

 

「そりゃあそうやけど……自分、変わっとる言われたことない?」

 

「キチガイを他称されて自称してるんだ。変わってるなんて言われ慣れてるよ」

 

「キチガイ……キチガイかぁ……」

 

 ベッドの上で胡座をかきながらキチガイ発言に対してウンウン唸っているロキを見て笑う。キチガイであることは俺が漣の家に生まれた時から自覚している。でなければあの狂気が渦巻く時代に戦争に参加して、正気で居られるなどあり得ない。

 

 故に笑う。他者からすれば欠点であろうそれを認め、受けいれて、愉快だと大口を開けて笑うのだ。

 

 そうでなくては楽しくない。

 

 そうでなくてはつまらない。

 

 俺が俺であるために、己が異常性を認めた上で愉悦を求め続ける。

 

 それは一種の開き直りだと言っていいだろう。だが、それが俺が生きてきた中で出した答えなのだ。それに俺だけではなくて親父や爺、それよりも前のご先祖様達も似たような答えを出していたと聞いた事がある。

 

 要するに、楽しんだ者勝ちというだけだ。

 

「そういや自分、どこのファミリアに入りたいとか希望はあるん?」

 

「どんなファミリアがあるかはまだ調べてないから知らないけど……出来る限り大きい所、上級か中級あたりだな。やっぱり組織の大きさっていうのはそのまま力に繋がる。装備や道具を整えられる資金、そこまで成長するまでに培った知識、長年のダンジョンアタックで得た経験、そこら辺が欲しい」

 

「ほーん……」

 

 ロキが俺を見る目が変わった。ただ人を見る目付きでは無く、来訪者という物珍しい物を見る目でもない。明らかに、俺という個人に対して興味を持った目だった。

 

「なぁクラウド、自分ウチが誘ったらウチのファミリアに来るか?」

 

「……誘ってくれるのならありがたいけど、良いのか?主神の一存で何でも決められるっていうわけじゃないだろ?」

 

「勿論手放しで受け入れるわけじゃないで?一週間後に入団試験がある。それに推薦してやるっていうだけや。ウチから直接の推薦ともなればどれだけ人が来ようが試験は受けられる。だけど、その分厳しく見られるのは間違いないで」

 

 確かに、主神であるロキからの直々の推薦ともなればファミリアの冒険者達から注目されるだろう。そして試験の際にヘマをすればこの程度だったのかと落胆され易くなるのも理解出来る。普通に試験を受けに来た者達よりも、圧倒的に不利な条件で試験を受ける事になる。

 

 だが、この誘いに乗るしかない。伝もコネも無い俺の前に現れた、冒険者になるチャンスなのだから。

 

「乗った。その推薦とやら受けてやるよ」

 

「へぇ、随分思い切った判断やな。もうちっと吟味したりとかせんでええん?」

 

「他で門前払いされるだろうに、この提案は試験を受けさせてくれるんだ。他のファミリアが良いと思うかもしれないけど受けないに越したことは無いだろう?それに……」

 

「それに?」

 

「ロキが自分のファミリアを語る時の顔が良かったからな。あんな物を見せられたらお前のファミリアに入りたいって思っても仕方がないだろ?」

 

 ロキが自分のファミリアの事を語る時の顔は見下すような傲慢なものではなく、見覚えのある親の顔だった。俺が引き取った子供を育てていた時に、そしてその子供が親になった時によく見たことのある顔だった。子供の成長が堪らなく嬉しく、そして子供のことが堪らなく愛おしいというありふれた表情。

 

 そんな物を見せられれば、ロキが心の底から眷属達を思う主神である事は嫌という程に分かってしまう。そして、悪神と呼ばれていた彼女がそんな顔をするようになったファミリアに入りたいと思ってしまうのは仕方のない事だ。

 

「ーーーはぁ……自分、誑しとか言われたことあらへん?」

 

「自論だが良い事を教えてやろう。本当に格好の良い男っていうのはな、異性だけじゃなくて同性すら惹かせる奴の事を言うんだよ」

 

「あぁ、うん。何が言いたいのかはよう分かったけど、縛られて言われても格好つかへんで?」

 

「クソッ、そういえばそうだった」

 

 縛られる程度では痛みを感じないので忘れていたが、今までずっとロープで縛られた状態で話していたのだ。これではいくらカッコつけたところで滑稽なだけである。

 

「ねぇエルフのお嬢ちゃん、これ外して良い?」

 

「……」

 

「ウチは外してええと思うで。別に下の事は気にしとらんし」

 

「……わかりました」

 

 エルフのお嬢ちゃんがロープを解こうと近づいてくるが、それを手で制する。折角だから少しだけ面白いものを見せてやる事にした。

 

「いいか?普通の奴は肩を外す事で隙間を作ってそこから抜け出す。だけど、俺くらいに芸達者になればーーー()()()()()()()()()

 

 身動ぎをしながら肋を外し、元の場所からズラす。そうする事で胴が細くなり、ロープとの間が出来る。後はそこから抜け出せば良いだけだ。

 

「肋を外すって……どうしたらそんな事が出来るようになるねん」

 

「俺の親父と爺から教えられたんだよ。今考えると5歳児にこんな事を教えるんだからドン引きだわ」

 

 肋を元の位置に戻しながらはめ直し、はめ忘れが無いかを確かめてから肩をはめ直す。神であるロキは元より、縄抜け対策を知っていたはずのエルフのお嬢ちゃんでさえ肋を外しての縄抜けには頬を引きつらせていた。

 

「あんたら、まだこんなとこにいたのかい?」

 

 長時間同じ姿勢でいたので固まった身体を解していると、女将がノック無しで扉を開けて入ってきた。ロキとの話に集中していたから気が付かなかったが、下の階からは二階に来るまで聞こえていた喧騒が聞こえない。客が居なくなったのか、閉店になったかのどちらかだろう。

 

「お、ミア母ちゃん。ごめんな部屋借りて。もう帰るから」

 

「さっさと帰ってまた明日来な。それとあんた、この部屋使いな。明日は早いから寝坊しないように」

 

 言いたい事だけ言って女将は部屋から出て行った。俺としては採用予定のつもりだったが、女将の中では確定事項だったらしい。

 

「うーんこの強引さ、確かに母ちゃんだ」

 

「伊達や酔狂でウチが母ちゃん呼んどる訳やないって分かったやろ?」

 

 ロキの言葉に対して頷きで返すことしか出来なかった。

 

 



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豊穣の女主人



コロコロ変わってるけど、書き方はこれで固定しようと思う。


 

 

「ふぅーーー」

 

 息を大きく吐き出しながら刀を構える。通常、刀というのは刀身を薄くする事で斬れ味を上げているのだが、俺の刀は違う。

 

 刀身が、通常の刀よりも数倍分厚い。そしてその分だけ重量が増している。

 

 こうする事で刀身が薄くなってしまう事で下がる耐久度を増やすことが出来、その上で重量によって一撃の威力が嵩増しされる。分かりやすく言えば刀の斬れ味と斧の破壊力が一緒になった様な物だろう。

 

 親父が思い付きで打った刀だが存外に使い易くて気に入っている。戦争に参加した際に敵の撃ってきた大砲の弾を切ってへし折れてしまったので捨てたのだが、どういうわけかこの世界に一緒に付いてきている。それも全く傷みの無い万全な状態でだ。

 

 年月にして七十年は使っていないがその重みを、その斬れ味を忘れた事は今までひと時も在りはしない。一度、二度と簡単に振るってから、今度は極限まで速さを排除してゆっくりと振るう。

 

 この動きの目的は身体がどう動くのか、思う通りに動かすことが出来るのかという確認行為である。地球でも老人の時には朝起きたらこの動作をするように心掛けていた。

 

 ゆっくりと動かすという動作は見かけによらず全身を使う。刀を振るう動作だけでも筋力と振るう際の遠心力、刀自身の重量などの様々な要因があって振るうというのに、筋力以外の全てを排除して振るうのだ。振り下ろしからの切り上げという普通ならば1秒も掛からない動きでさえ、三十秒以上掛けて行う。

 

 水の中で活動しているかのように時間を掛けて動きながら、身体の調子の良さに内心で舌を巻く。

 

 漣の家系というのは戦いに明け暮れていた影響もあって、どれだけ長く戦える状態を維持出来るのかという点にも着目されていて、現代で言う所のアンチエイジングを取り入れている。その効果は九十を超えた俺が若者と並んで運動が出来ると言えば理解出来るだろう。

 

 そんな漣出身の俺でも、老いというものは感じていた。若い頃に比べれば落ちた筋力に鈍くなった動き。視力は衰えて、聴力も同様。他人と比較すれば高い結果を出せるのだろうが、過去の自分と比較すれば泣いてしまいそうになる程に悲惨な結果だろう。

 

 身体の方は諦めて技を磨くしか無いのかと諦めていたところに異世界トリップで若返りである。身体の方は間違いなく全盛期、技の方は場所が悪いので確かめられないが、感覚的には老人の時と同じように振るう事が出来そうだ。

 

「これがうわさに聞く強くなってニューゲームってやつか……!!」

 

「何を馬鹿な事を言っているんだ」

 

 若い頃の肉体を取り戻したまま老練の技術を振る舞えることにまだまだ強くなれるぞと喜んでいると、背後から呆れたような声を掛けられた。

 

 そこに誰かがいる事は、そしてその正体が誰なのかは気配から判断出来る。振り返って確認すればその判断に間違いは無かった。酒場でウェイトレスを務めていた、俺の事を縛り上げたエルフのお嬢ちゃんがそこに立っていた。

 

「よぉ、おはよう。若いのに早く起きられて偉いなぁ」

 

「おはようございます……貴方の歳が幾つなのかは分からないが、お嬢ちゃんなどという呼び方は不愉快だ。私にはリュー・リオンという名前がある」

 

「そいつは失礼、名前が分からなかったもんでな。えっと、家名の方が後に来るんだよな?」

 

 刀を鞘に納めながら確認すれば、間違っていなかったようで彼女は頷いて肯定した。名前の方は西洋式とみて間違いなさそうだ。ただ、極東という日本に似た文化の地域があるので、そこの出身者は日本式の名前だという事を頭の中に入れておこう。

 

「で、リオンも身体を動かしに来たのか?」

 

 今のリオンの格好は動き易さを重視しているのかノースリーブにホットパンツ程の丈の短いズボン、そして手には棒が握られているので間違いないだろう。その予想は合っていたようで、頷きで返された。

 

「えぇ、そういう貴方も?」

 

「うーん……俺は日課といえば日課なんだろうけど、ちょっと試したい事があったからなぁ」

 

 正直に若返ったんで身体の調子を確かめてましたなんて言ったところで信じてもらえないのは目に見えている。それに、昨日の行いのせいかリオンの俺を見る目は疑いの色を孕んでいる。真実だとは言え信じられないような発言をしても余計に警戒させてしまうだけなので、この場では濁すしかない。

 

「……私は回りくどい事が苦手だ。だから正直に伝えよう。私は貴方のことを信じられない。ミア母さんが雇うと決めた以上、私からは何も言えないーーーだが、もしもこの店と働く者たちに手を出そうとするのなら」

 

 ヒュン、という風を切る音と同時に首へ棒の切っ先が突き付けられる。今の一動だけでも、彼女が相当に()()()部類であるというのは見て取れた。常人よりも強い気配からして冒険者、それも一級か二級辺りの上位の冒険者なのかもしれない。

 

「私が相手になる」

 

 リオンの目に宿ったのは闘志でも殺意でも無い。地球でもよく見たことのある守ろうという意思の目であった。

 

 その目を見て、背筋が震えた。臆しているわけではない。エルフなので実年齢は分からないが、この程度の圧でビビっては漣など名乗れない。

 

背筋が震えた理由、それは歓喜だ

 

 それは戦争時ならばいつ如何なる時でも感じられた。栄光を求めて全世界を相手に戦争を始めたドイツ軍に与していた時に、対峙した敵兵の大半が放っていた圧。

 

 即ち、守る為に戦うという決死の覚悟。それを目の前の彼女はしかと放っているのだ。

 

 喜ばない訳が無い。喜べない筈がない。地球では地獄を体現したかの様な戦場に立たされてようやく感じる事ができた圧力を、リオンは放っているのだ。それは彼女が地獄を体験したことがあるのか、それともそれほど深くこの場所に思い入れがあるのか。どちらなのかは分からないが、俺としては非常に喜ばしい限りだ。

 

 目の前の彼女が決死の覚悟を抱けているのだ。ならば、他に同様の人間が存在してもおかしくは無いだろう。

 

 そんな人間と出会い、敵対し、殺し合うーーー考えただけで興奮が抑えられない。

 

 目の前の彼女ともそんな蜜月の時を過ごしてみたくはある。が、そんなことをすれば折角のアルバイト先と就職予定がパーになってしまう事が目に見えている。口惜しさを感じながら両手を挙げ、降参の意思を示す。

 

「そんなにカッカしなさんなって。心配しなくても手を出したりなんてしねぇよ。女将がどのくらい強いのかっていうのは気になるけど、流石に恩を仇で返す様な事はしたく無いしな。それにーーー」

 

 その瞬間にリオンの呼吸を盗み、合わせる。感覚を、意識を限りなく彼女の物と近づける事で俺という存在を他人では無く、自分と同じ存在であると誤認させる。そうなればいくら潔癖症のエルフであろうが関係無い。

 

 突き付けられた棒を躱し、近く。流石に肌が触れ合う程に近づけば後で彼女の怒りを買う事は分かっているのでそこまでは近づかない。だとしても、手を伸ばせば触れそうな距離にまで近づいても俺を他人だと認識していない以上、警戒する事は出来ない。

 

「手を出すなら、まずはお前からにするさ」

 

「ッ!?」

 

 耳元で囁く様に声をかけて呼吸を外し、それで漸くリオンは俺の存在を認識する。警戒していたはずなのに近づかれた事に、そして耳元で囁かれた事に驚いたのか、彼女は顔を赤くしながら飛び退いて俺から距離を取った。

 

 その姿を見て呵呵と笑い、手を振りながら店へと戻る。

 

 気分が良い。実に晴れやかだ。こんなに清々しい気分になれたのは一体いつぶりだっただろうか。少なくとも戦時中には毎日の様に感じていたはずだったが、終戦後には数える程しか感じていないはずだ。

 

 この気分のままに酒を飲めたら間違いなく最高だろう。しかし、これからは労働が待っている。飲んでから仕事に臨めばあの女将が怒り狂う事は間違いないだろう。

 

 酒は夜の楽しみとして取っておく事を決め、今日も一日頑張る事にした。

 

 

 






漣ジッジ、リューさんにロックオン。

にしても豊穣の女主人って戦力が本当におかしいなぁって。あそこだけで下手なファミリアよりも戦力揃ってる。



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豊穣の女主人・2

 

 

「ほら!!さっさと自己紹介しな!!」

 

「アイサー。漣蔵人だ、漣でも蔵人でもどっちでも好きに呼んでくれ。あ、蔵人の呼びが難しかったらクラウドでも良いぞ」

 

 朝食後、集められた従業員達の前に立たされたと思ったら自己紹介を命じられた。まぁ、短い間とはいえこの店で働くのだ。挨拶と自己紹介の出来ない奴はブチ殺されてもしょうがないと親父と爺から教育されているので女将の命に従って自己紹介を済ませる。

 

 当然ではあるが、今の服装は昨日の和服ではない。白いカッターシャツに黒色のズボン、エプロンという地球のウェイターのような格好だ。他に服を持っていなかったので和服の上からエプロンを着けて働くつもりだったが、女将が拳骨と共にこれらを渡してくれたおかげでまともな服装で働く事が出来るようになった。

 

 しかも太っ腹な事にこの服はくれるらしい。ありがたい話だ。

 

 従業員達からの反応は分かりやすかった。殆どの者たちはよろしくなどと笑顔で声を掛けてくれるのだが黒髪猫耳の少女や茶髪の少女が笑顔を貼り付けながらも疑いの目で見ている。その警戒はして然るべき警戒だ。間違っていない以上、俺から言うことは特に何も無い。

 

 そしてリオンは前者2人とは違い、笑顔を貼り付ける事なく不機嫌そうな顔をしながら俺のことを睨みつけていた。どうやら朝にやった出来事が相当に気に入らなかったらしい。朝礼だからなのか、それとも女将が怖いのか分からないが、その2つが無くなった瞬間に詰め寄ってきそうである。

 

「さて、クラウド。アンタの仕事は野菜の皮剥きだよ。出来ないなんて言いやしないよね?」

 

「向こうじゃ自炊してたからそのくらいは出来る。まぁ、こっちの野菜が俺の知ってる野菜と同じだったらなんだけどね」

 

 そう、ここは異世界なのだ。孫や曾孫たちの嵌っていた小説では普通に地球と同じ野菜が登場していたが、この世界でも同じとは限らない。昨日の様子を見た限りでは相違点は無さそうだが、下手な先入観を持って失敗する可能性だってあるのだ。

 

「取り敢えず、これを剥きな」

 

 そう言われて女将が渡したのはボウル一杯に盛られた皮付きのジャガイモだった。地球の物よりも大振りではあるが、見た目はそのまんまジャガイモ。手に取って確認してもジャガイモだった。

 

「皮剥いて芽を取れば良いの?」

 

「そうだよ」

 

 どうやら俺の知ってるジャガイモと同じ方法で良さそうだった。包丁の刃を皮に沈め、ジャガイモを回す。そうやって皮を剥き終われば、最後に包丁の柄の方の刃先で芽をくり抜いて処理は終わりだ。

 

「これで良い?」

 

「ほぉ、随分上手いじゃないか。この調子でどんどんやりなよ!!」

 

 どうやらお気に召したようで、女将はニカっと獰猛な笑みを浮かべて竃の方へ向かって行った。

 

「新人、おミャー皮剥き上手ニャ」

 

 ジャガイモの皮剥きを続けながら周囲の仕事の様子を観察していると前から茶髪猫耳の少女が話しかけて来た。仕事は大丈夫なのかと思うがどうやら忙しくはないようで、女将は何も言わずに視線を寄越すだけだった。

 

「自炊してたし、軍属してた頃は炊事もしてたからな。慣れだよ、慣れ」

 

 懐かしい話だ。ドイツに渡って軍属して戦争に参加していた頃にはちょくちょく炊事に参加して料理を作っていた。

 

 戦争というのはどうあがいても殺し合いであり、どんな人間だろうが殺し合いにはストレスを感じるものだ。それは人でなしでキチガイを自称している俺も例外ではない。故に重要な事はストレスを溜めない事ではなく、ストレスを発散させる事だ。ある者は女を買って抱き、ある者は心行くまで惰眠を貪り、ある者は美味い食事を摂る事でストレスを発散させる。

 

 そして軍属の者たちの主なストレス発散の方法は食事だった。と、いうよりもそれしか無かったと言うべきか。いつ敵がやってくるか分からない状況で女を抱く事は出来ず、惰眠を摂る事は許されない。だから美味い料理を食べる事でストレスを発散させていた。

 

 よく炊事の担当者と上官を判定者にして料理対決をした事を思い出す。そういえば料理対決で負けた者が最前線に送られていたのだが、あれはやっぱり負けた事が理由だったのか。

 

「軍属?軍人だったかニャ?」

 

「元だよ、元。今じゃただのバイトさね」

 

「ふ〜ん。あ、ミャーの名前はアーニャだニャ!!」

 

「おう、よろしくな」

 

「クラウドは凄いニャ。どこかの誰かは芋を削るみたいに剥いてて危なっかしかったニャ」

 

「ッ!!ア、アーニャ!!」

 

 どうやら話し声が聞こえていたようで、リオンが羞恥心なのか顔を赤くしながら空の食器を手に叫んでいた。そのまま詰め寄ってきそうな勢いだったが、女将が一睨みを効かせる事でそれは未遂に終わる。

 

 昨日から薄々感づいてはいたが、この店のカーストのトップは女将ようだ。そうでもなければ経営者とはいえ、俺の様な怪しい奴を雇う事を決定できないだろう。

 

 ホールから聞こえてくる音が大きくなったのに話しこもうとするアーニャが女将に叱られているのを見捨てて、野菜の皮剥きを続行する事にした。

 

 

◼️

 

 

「はぁ……あぁ、いい夜だ」

 

 空を見上げれば星空の中心に満月が堂々と光り輝いている。異世界なのだからもしかしたら月が二つあるのではないかと期待していたのだが、そんなことは無かった様だ。その代わりに星の位置は地球とは異なっていて、俺の知る星座が一つも見当たらないのだが。

 

 一日を働き通しての俺の仕事は野菜の皮剥き、買い出し、人手が足りなくなった時のウェイターだった。初日だったので周囲の様子を伺いながらの手探りでの仕事だったが、大体の要領は得ることが出来た。同じような仕事を任されるのであれば、今日以上の成果を出せるだろう。

 

 他の従業員達は離れの食堂で酔い潰れている。

 

 短期間とはいえ俺という従業員が増えた事が理由なのか、女将は店を早めに切り上げて宴会をする事を許可したのだ。それに彼女達は鬼の首を取ったように喜びを露わにし、迷う事なく酒と料理を持ち出して馬鹿騒ぎを始めた。彼女たちもストレスが溜まっていたのだろう。酒を水のように飲み、料理に舌鼓を打つ彼女たちの姿は圧政から解放された労働者のようだった。

 

 ダシに使われたように思うのだが、美女たちからありがとうと感謝されながら飲む酒はとても美味かったので良しとしよう。

 

 ただ、明日の朝の女将が怖い。

 

 とはいえ俺にはどうする事も出来ないので諦めた。明日は朝一番で女将からのお叱りと拳骨を貰うことを覚悟し、残っていた料理を摘みに屋根の上で月見酒をする事に決めたのだ。

 

「お前もこっちに来て月見を楽しんだらどうだ?リオン」

 

「……気が付いていたのか」

 

 軒下から顔を覗かせ、ひょいと自分の身体を屋根の上に乗せてリオンが現れる。格好はウエイトレスの物では無く、寝間着のつもりなのか朝の格好と同じだった。

 

「美人からの熱い視線だ。気が付かないなんて男としてダメだろ?」

 

「何度も言うようだが私はーーー」

 

「俺の事を疑ってるんだろ?」

 

 肉を一切れ摘んで口に運び、濃いめの味付けを楽しんでからジョッキに注いだエールを飲む。

 

「いいんじゃないかな?一人くらい用心深い奴がいても。と言うよりもここの奴らはちょっと無防備過ぎて心配なんだけど」

 

 絶対的存在である女将がいるからなのか、男である俺の事を少々軽く見過ぎているきらいが彼女たちにはあった。正面から話しかけてくる程度なら普通だが、流石に酔っ払っているとはいえ身体に擦り寄ってくるのはどうかと思う。

 

 ただ一つだけ言えるのはーーーアーニャの胸は素晴らしかった。

 

「まぁリオンの他にももう二人程俺の事を警戒してる奴らがいるみたいで逆に安心したよ……酔い潰れてるみたいだけど」

 

「クロエ……ルノア……」

 

 警戒していた二人に心当たりがあるのか、リオンは頭痛を堪えるように顔を顰めながら手を添えている。正確にいえば酔い潰れたというよりも酔い潰されただろう。俺の事を警戒していたようで全く料理や酒に手を付けていなかった二人にアーニャを始めとした従業員達が無理矢理に勧めた結果なのだから。

 

「あ、そうだ」

 

 満月の夜空にリオンという美人の存在。この二つからある事を思い付いたのでその場から立ち上がり、屋根の淵ギリギリまで移動して夜空を見上げるように腰を下ろす。

 

 そんな俺の行動を疑問に思ったのか、リオンは首を傾げながら近づいてくるが、とある場所まで来た時に手で制する。

 

「……何がしたいんだ?」

 

「満点の満月にエルフの美女、組み合わされば月下美人ってね」

 

 指で作った枠組み越しにその姿を見る。

 

 大気が汚れていないので穢れる事なく夜空で輝いている黄金の満月。それを背にして立つのは神聖なるものの象徴として地球では伝わっているエルフの美女であるリオン。シチュエーションとリオンの美貌とが組み合わさって、それは一枚の絵画ような仕上がりを見せていた。

 

 美術的なセンスが無い俺でさえ、この光景を素直に美しいと思えるほどに。

 

「な……ッ!!」

 

 褒められる事に慣れていないのか、リオンは俺の言葉を受け止めて顔を真っ赤にして狼狽えていた。

 

 恥じらう顔も悪くない、むしろそっちの方が唆るなぁ。などと考えていたのだが、機嫌を損ねてしまったようでリオンは鼻を鳴らして屋根の上から降りていった。

 

 しばらくすれば、リオンの気配は動かなくなった。どうやら部屋に戻って眠りに就いたらしい。

 

「クッソ煙草吸いてえなぁ……んで、何の用だ?」

 

 俺以外に誰もいない空間。側から見ればそう見えるだろうと理解しながら、俺は()()()()()()()()()()に問いを投げた。

 

 その視線の主は動揺する事なく、むしろ納得したように影から出てくる。

 

 月光に照らされながら現れた人物の第一印象は(いわお)だった。服装は軽装で籠手のみ。鍛え抜かれた隆々の肉体を惜しむ事なく見せびらかせ、腰には二振りの大剣を下げている。頭部には毛皮で覆われた耳が立っていて、種族は分からないが獣人である事は理解出来る。

 

 その姿を目にした瞬間ーーー驚愕した。

 

 気配からロキのような神ではないと理解出来る。だが、()()()()()()()()()()()。純粋に目の前の彼が強過ぎて、俺がこいつを殺す姿を想像する事が全く出来ない。

 

 仮にこの場で仕掛けた場合、こちらが何かしらのアクションを起こす前に殺される。そう本能で理解した。

 

「漣・クラウドだな?あの御方の命令だ。俺に着いてこい」

 

「……この場でドンパチを起こすつもりが無くて助かったよ。店に何かありゃあ、女将に殺されるからな」

 

 こんな存在に出会った時でさえ滑らかに軽口を叩ける事に初めて口に感謝した。

 

 視線に気がついた時から念のために持って来ていた刀を腰に刺し、男の指示に従う。あの御方というのが誰を指すのか分からないが、目の前の男に俺を害するつもりが無いことは理解した。もしそうであるのなら、会話なんてせずに有無を言わさずにその拳を振り下ろせばそれだけで事足りる。

 

「そういえばお前さんの名前は?俺のだけ知られてるって不公平だろ?」

 

「俺の事を知らんか……来訪者だと聞かされていたが本当のようだな」

 

 名前を尋ねただけで、男の目が僅かに見開いた。その反応から、彼が相当な有名人で名前と顔が知れ渡っているのが読み取れる。

 

「俺の名はオッタル。フレイヤ・ファミリアの団長を務めている」

 

 

 






軍属経験がある上に長く生きているのだからそれなりに料理は出来て当たり前って事で。皮剥きが下手なリューさんポンコツ可愛い。

王者オッタル登場。そりゃあの女神様からしたら漣ジッジは垂涎モノだからなぁ!!手が速すぎるっすよ!!



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女神フレイヤ

 

 

 オッタルに案内され、辿り着いた先はオラリオを囲う外壁の上だった。辺りを見渡しても見張りどころか篝火一つ立てられていない。フレイヤ・ファミリアが手を回したからなのか、それともデフォルトでこうなのかは分からないが是非とも前者であってほしいところだ。

 

 そして月明かりに照らされた外壁の上には大勢の人がいた。一様に黒の服装、そしてバイザーやヘルメットといった顔を隠す装備を身に付けてある者は興味深そうに、そしてある者は嫉妬混じりの目線をこちらに向けている。

 

「こいつら全員フレイヤ・ファミリアの団員たち?」

 

「そうだ。とは言っても流石に拠点を空ける訳にはいかぬので全員では無いがな」

 

 その言葉にヒェッとよく分からない声が出た。

 

 組織というのは基本的に人材で決まると個人的に考えている。装備を整える為には金がいるが、整えたところでそれを使う者が居なければ無駄になるから。

 

 この場にいるだけでフレイヤ・ファミリアの団員数は五十を超えている。そしてその中の数人はオッタルには届かないにしろ、相打ちに持っていければ良い方だと断言出来る実力者が紛れ込んでいる。

 

 同一の装備を整えるだけの財力を持ち、オッタルを始めとした優秀な人材をこれほど抱えているファミリアなのだ。弱く無い筈がない。

 

「あー……そろそろどうして俺を呼び出したのか教えてくれない?いい加減不安になってくるんだけど」

 

「それは私から説明するわ」

 

 俺の疑問に答えると言ったのは美しい女の声だった。集団が割れて(こうべ)を垂れ、出来上がった道を月明かりに照らされながら現れる。

 

 一目見た印象は〝魔的〟であった。

 

 夜闇に映える銀髪を靡かせ、炎をモデルとしたようなドレスを身に纏い、陶磁器の様な肌を惜しみもなく曝け出している絶世の美女。普通ならば痴女の様な印象を抱くのだが、彼女がそうした格好をしてもそうは感じなかった。

 

 その原因は彼女の全身から放たれている色香。ただ歩くだけで、ただ話すだけで、ただ髪をかきあげる仕草をするだけで、言葉に言い表せられない程の色香を辺りに無差別に振り撒いている。俺に興味を抱いていた者も、嫉妬混じりで睨みつけていた者でさえ彼女が現れると同時にその全てを無くして彼女に見惚れていた。

 

 その魔性と呼べる魅力、そして気配からその存在を看破する。

 

「神様……フレイヤか?」

 

「あら、私の事を知らないはずなのによく分かったわね?」

 

「主神以外の神が他のファミリアの奴を侍らせて登場するとか無いだろ」

 

「私が声を掛けたら……そうね、男神だけなら貸してくれるんじゃないかしら?」

 

「それで良いのかよ」

 

 男としてはフレイヤ程の美女に求められたのなら応じたくなるのは理解出来る。だからといって自分のファミリアの団員を他の神に貸し与えるのはどうかと思うが。

 

「で、女神様が俺に何の用で?」

 

「フフッ……そう慌てないの」

 

 微笑みながらフレイヤは手を伸ばし、俺の頬を撫でた。近づかれた事で彼女の暴力的なまでの色香をモロに浴び、撫でられた事で男としての本能が否応無しに刺激される。

 

「嗚呼、貴方の魂は本当に凄いわ……まるで鋼を思わせる様な鈍色なのに、太陽の様に自ら光輝いている。他者を照らし、導き、魅了し、だけど近づき過ぎれば燃えてしまう。例えるならーーーそう、鋼の恒星」

 

 視界一杯に広がるウットリとしたフレイヤの顔。彼女は俺の外見では無く、中身を見て恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 あぁ、欲望の赴くままに行動出来ればどれだけ幸福なのだろうか。

 

 彼女の唇に唇を重ね、肢体に纏わる衣服を剥ぎ取り、獣の様に貪りたい。そうした時には彼女はどんな声を出すのだろうか?嫌だ嫌だと泣き叫びながらも快楽に流されるのだろうか。それとももっともっとと喘ぎながら共に獣欲を満たそうとするのだろうか。

 

 そうする事で周りにいる彼女の団員たちに殺されようとも、死んでもなお行為を続けられる自信があった。

 

「クラウド、私のファミリアに入らないかしら?貴方が欲しい物を全て用意してあげる。求めるのならーーー私の身体もよ」

 

 フレイヤの顔は互いの吐息が感じられる程に近い。頬を撫でていた手は首の後ろに回され、側から見ればキスをする間際のカップルの様に見えるだろう。

 

 まるで麻薬の様な色香が脳を痺れさせる。彼女に肌を撫でられただけで絶頂してしまいそうになる。

 

「取り敢えず、離れてくんない?近すぎるんだけど」

 

 それらを全て理性でねじ伏せて、フレイヤから一歩分の距離を取った。

 

 彼女の色香や言動で男としての本能を刺激された事には間違いない。彼女を組み敷いて交わりたいと考えた事を否定しない。

 

 が、だからといってそれに流されてしまう様な柔な精神をしていない。甘い誘惑に乗ったところで最後に待つのは惨めな末路であると親父と爺から聞かされているのだ。

 

 麻薬の様な、暴力的な色香がどうしたというのだ。それを受け止めてなお理性で行動出来なければ漣を名乗る資格など無い。

 

「ーーー驚いたわ。貴方、私の〝魅了(チャーム)〟が効いていないのね?」

 

「チャーム……魅了だったか?効いてたと思うぞ。効いてなお、自分を見失わなかった、それだけの話だ」

 

 常人であれば彼女に触れられた時点で、最悪彼女の姿を目の当たりにした時点で魅了されて言いなりになっていただろう。ロキの話では神は力を封印しているはずだ。それはつまり、フレイヤは封印されている状態でそれだけの魅了を振舞うことが出来ると言うことになる。

 

 フレイヤがその気になれば、彼女一人でオラリオは地獄の坩堝に出来てしまう。末恐ろしい事だ。

 

「さて、ファミリアに入らないかって話だったよな?悪いけど断らせてもらうよ」

 

 理由は二つ、と人差し指と中指を立てた手をフレイヤの顔に突きつける。

 

「一つはロキに先に誘われてるから。まだ入団試験を受けることが決まっているって段階だけど俺はそれを受けるつもりでいるし、受かるつもりでいる」

 

 フレイヤに誘われたが、昨日の時点でロキからも誘いを受けているのだ。いくら片方は確実に入れてくれるとはいえ、先約を無碍にするのは有り得ない。

 

「そして二つ目だけど、アンタのファミリアには入りたいとは思えなかったから」

 

 辺りを見渡せば、そこにはフレイヤの美貌に魅了されているフレイヤ・ファミリアの団員たちの姿がある。オッタルを始めとした数名は魅了されてなお自意識をしっかりと保てているが、他の者たちは彼女に見惚れている様にしか見えなかった。

 

 出会い頭にいきなり〝魅了(チャーム)〟を振り撒いて来たことから、彼女は欲しいと思った人間を魅了する事で無理矢理にファミリアに引き込んでいるのだろう。

 

 このファミリアはフレイヤが満足する為だけに集められたコレクションと変わりない。オッタルという俺をして化け物としか形容できない存在のいるファミリアは魅力的ではあるのだが、だからと言って彼女を満足させるだけのコレクションに加わることはしたくなかった。

 

「……もしかして、振られたのかしら?」

 

「振られたといえばそうだな」

 

「ふ、ふふ……フフフッ、アハハハッ!!」

 

 突然声をあげて笑い出したフレイヤにオッタルを始めとした団員たちは困惑していた。

 

 俺だってその一人だ。誘いを断っただけで爆笑されれば、誰だって困惑する。

 

「フフ、フフフ……ッ!!ご、ごめんなさいね?私、振られるなんて初めてだから、意識した途端に可笑しくなっちゃって……」

 

 余程ツボにはまったのか、フレイヤは笑い過ぎて流れ出した涙を拭っている。確かに、見られるだけで相手を魅了出来るほどの美貌を、男ならば飛びつきたくなるような身体を持っているのなら振られる事なんて無いだろう。挙動からして、彼女は純粋に可笑しくって笑っているだけの様だ。

 

 その姿を見て内心で安堵する。彼女がプライドを傷つけられたと怒り狂って団員たちを差し向ければ、俺は殺されるしか無いのだから。

 

「ハァハァ……こんなに笑ったのは久しぶりだわ」

 

「おう、そうか。だったらもう帰っていい?月がこんなに高いしさ」

 

「残念だけど、もう一つだけ用事があるのよ」

 

 フレイヤが片手を挙げる。すると集団の中から小柄な団員が片手にナイフを持って現れて来た。

 

「えっと……フレイヤさん?一応用事の方を聞かせてもらえない?」

 

「貴方がどのくらい強いのか知りたいだけよ。振られた意趣返しでは無いから安心して」

 

 楽しげに笑いながらフレイヤはそう言ったが、気にしていないのは彼女だけなのだろう。団員たちからは殺気立った視線を向けられ、オッタルでさえ気配を僅かに荒げさせている。目の前に立っている団員に至っては、殺意しか向けられていない。

 

「貴方が来訪者で神の恩恵(ステイタス)を与えられていないことは知っているわ。だから、まずはLv.1の子からよ」

 

 要するに実力を知りたいという事だろう。まずはという言葉から、目の前の団員を倒したら次はLv.2が、それを倒したらLv.3がと徐々に強くなって来そうだ。

 

 常人ならば絶望するシチュエーションだろう。なにせ相手は冒険者。神様から恩恵(ファルナ)を与えられた、格上の存在。それに挑もうなど、自殺行為も同然であるのだから。

 

 それを理解してーーー俺は嗤う。

 

「いいな、そういうのは大好きだ」

 

 腰に吊るした刀には手を伸ばさず、空の手を広げたまま無防備にナイフの団員へとゆっくりと近づく。

 

「あぁそうだ、一つだけ聞きたいんだけど……殺しは?」

 

「出来れば殺さないで欲しいわ」

 

「出来れば、ね。善処しよう」

 

 武器を持たずに近づいてくる俺を警戒しているのか、団員はナイフを構えながらも不用意に動くことは無かった。しかし、フレイヤが見ているからなのか、それとも俺が近づき過ぎたからなのか、遂に飛び掛かってくる。

 

 狙われている箇所は首、ナイフという武器の特徴を考えれば一撃で致命傷になる部位を狙うことは間違いでは無い。常人よりも速い速度で振るわれる一閃は、

 

()()()

 

 首へと届く事なく、俺に手首を掴まれる事で阻まれる。そして暴れられるよりも先に手首を握り潰してナイフを落とさせ、人形でも扱っているかの様に地面へと数度叩きつけてから腕力だけで投げ捨てる。

 

 地面を数度バウンドして止まった団員は、ピクリとも動かずに倒れ伏したまま。手首を握り潰した感触から、常人よりも頑丈だと分かっているので気絶しているだけだろう。

 

 Lv.1とはいえ冒険者が神の恩恵(ステイタス)を刻まれていない俺に一方的にやられたことが信じられないのか、団員たちから向けられていた殺気立った視線は霧散する。

 

「次、来いや」

 

 団員が落としたナイフを拾い上げ、弄びながら頬を恍惚とした表情のフレイヤに次を要求した。

 

 



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女神フレイヤ・2

 

 

「ーーーなんだ、今のは」

 

 遠く、外壁の上で行われた光景が信じられなかった。

 

 フレイヤ・ファミリアの団員が、神の恩恵(ステイタス)を持たない来訪者の男に一方的に倒される光景など、直接見ていたとしても信じられる筈がない。

 

 リュー・リオンは漣蔵人を名乗る男のことを警戒していた。いくら来訪者で存在を知らなかったとはいえ、神を相手にして武器を抜こうとしていた相手のことを信じられるはずが無い。

 

 ミアが彼の事を雇うと言った時には反論したのだが、問答無用だとお叱りと共に拳骨で黙らされたのでそれ以上何も言えなかった。

 

 なので彼女は彼の事を監視する事に決めた。幸いな事にクロエとルノアの二人も彼の事を警戒していたので、彼女たちと協力する事にしたのだ。

 

 そうして出来る限り、彼女たちは彼の事を見張った。常に誰かが彼の事を視界に収まるようにし、何か行動を起こそうとした瞬間に取り押さえることが出来るように警戒した。

 

 そしてその結果、蔵人は何もしなかった。ミアから指示されていた仕事を黙々とこなしている姿だけしか見る事が出来なかった。初日の仕事を終えるまで見張りを続けても何もしなかった。

 

 もしかしたら大丈夫では無いか。そう考えながら寝床に着こうとした時、ふと見た窓の外には大柄な猪人(ボアズ)ーーーオッタルに着いて行く蔵人の姿を目にした。

 

 昨日来たばかりだという来訪者の蔵人が、オラリオ最強とされているLv.7の冒険者のオッタルに連れられて行く。何も無いと考える方が難しい。リューは何かがあると考えて彼らの後を追う事を決めた。

 

 彼らが辿り着いた先はオラリオを囲う外壁の上。そこにいたのはフレイヤ・ファミリアの団員たちに主神であるフレイヤ。只事では無いと判断し、離れた場所からリューは監視する事にした。

 

 そして、冒険者が蔵人に倒される姿を目撃したのだ。

 

 今朝の出来事から蔵人が只者では無い事は理解していたつまりだった。しかし目の前の光景を目にした事で、その理解は不十分な物だったと思い知らされる。

 

「動くな」

 

 だからなのだろう、信じられない衝撃的な光景を目にした事でリューの周囲への注意は薄れてしまっていた。気がつけば背後から喉元に銀槍の穂先が突きつけられていた。

 

「あの御方の命だ、着いてきてもらう。殺すなと言われているが、抵抗するのならば手足を奪ってでも連れて行く」

 

 銀の槍、背後を伺った時に確認出来た猫人(キャットピープル)の耳、そしてフレイヤ・ファミリア。それらが組み合わされば、背後に立っている者の正体は簡単に推測出来た。

 

「〝女神の戦車(ヴァナ・フレイア)〟……ッ!!」

 

 フレイヤ・ファミリアに所属しているLv.6の冒険者。挑んだところで返り討ちにされ、逃げに徹したところで容易く追い付かれる未来が見えている。八方塞がり、いくら考えたところで都合のいい答えが出て来るような相手では無い。

 

 リューには従う以外の選択肢は存在しなかった。

 

 

◾️

 

 

「オォォォォォーーーッ!!」

 

 気合の叫びをあげながら西洋剣(ロングソード)で切りかかってくる二番手の団員の斬撃を奪ったナイフでいなす。金属と金属が擦れあった事で火花が飛び散り、ナイフが軋むような音を立てるが西洋剣は俺に届く事なく通り過ぎて行く。

 

 その一振りは先の団員よりも早く、その一撃は先の団員よりも重たかった。フレイヤがまずはと言っていた言葉通りに、格上を出したのだろう。たった一合ではあるが、それだけは理解出来た。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 剣速は素早く力はあるものの、その他が未熟過ぎる。剣の握りは甘いし、剣を振る姿勢がなっていない。軽く受け流すだけで崩れるほどに体幹が脆く、返しの剣を振るう時には足をバタつかせ過ぎて騒々しい。

 

 よく言えば型破り、悪く言えば力任せと言ったところか。明らかに身体能力と技術が釣り合っていなかった。

 

 ロキは言っていた。恩恵(ファルナ)を与えられた人間は人を超越した身体能力を得る事が出来ると。人を超える力を振るえる様になれば、傲るのは当たり前の事。この戦い方は神の恩恵(ステイタス)を与えられた事による弊害なのかもしれない。

 

 無論、それが通じるのは初めの間だけなのだろう。リオンの様に正確な数値は知らないが、高レベルの冒険者ともなれば力任せだけではない戦い方をすると思われる。

 

 普段ならそこを指摘しながら叩き潰すのだが、そんなことをすればフレイヤに塩を送るのと同意義になってしまう。それは癪なので何も言わずに、黙って叩き潰す事にする。

 

 横薙ぎの一振りをダッキングしながら避けて踏み込んできた右足を踏み砕きながら脇腹にナイフを突き立てる。その際にナイフを捻って深く差し込む事を忘れない。激痛から出ようとしている悲鳴を噛み殺しながら離れようとしている姿に感心しながら、それでは遅いと左腕の逆関節を決め、背負い投げで投げるのと同時に肘をへし折る。

 

 本来ならば背中から落ちる様に投げるのだが、対峙している以上そんな手心を加える必要は無い。容赦なく、頭から石畳の上に落とす。

 

 常人にこんな事をすれば死亡確定だが、冒険者は常人よりも頑丈だということは知っている。意識は失う、後遺症が残るかもしれないが死ぬ事は無いだろう。

 

「次ィ!!」

 

 吠える様に次を求めれば、フレイヤは蕩ける様な表情を晒したまま手を挙げて団員を前に出した。

 

 俺と背丈が同じくらいの男で、手にしている獲物は槍。前の二人とは違い、冷静さを保っている様に見える。

 

 槍を引き、腰を落としてジリジリと距離を詰める。基本に忠実な構えだ。

 

 槍という武器のメリットはそのリーチの長さにある。戦国時代の日本でもメインの武器として扱われていて、然程鍛えられていない農民であろうが、簡単に侍を殺すことが出来た。

 

 そして団員は踏み込めば槍の穂先が届く範囲まで近づく。今持っているナイフでは当然の様に届かない距離。

 

「ーーーッ!!」

 

 刺突が放たれる。ダンっと力強い踏み込みと同時に放たれた一撃、それを視認してからナイフを左手に持ち替えて槍の下に潜る様にして受け流す。

 

 それと同時に前の団員が落としていた剣を拾い上げ、槍に滑らせる様にして一閃。

 

 ナイフよりもリーチの長い剣だとしても槍よりも短いので身体には届かない。しかし、槍を握っている手には届く。肉を断ち、骨を切って手から数本の指が零れ落ちる。

 

 そして、握るために必要な指が無くなった事で、団員の手から槍が落ちた。

 

「シィッ!!」

 

 引かれるよりも、降参を告げられるよりも速く接近し、ナイフを腹に突き立ててから振り抜く。皮と腹筋を断ち切って、胴体に納められていた内臓が外気に晒される。

 

 しかし、それでもその団員は行動に移した。痛みで思考を止める事なく後ろに跳びのき、膝をつきながらも後ろにいた団員たちと合流を果たした。

 

 異世界御用達の回復薬らしき液体を傷口にかけている姿を視界の端に捉えながらフレイヤに向き合う。いつもならば追撃を仕掛けて確実に仕留めるのだが、フレイヤから出来れば殺さないようにと言われているのだ。要らない殺しをして彼女の怒りを買う事をしたくない。

 

 それに、この三戦で大凡の俺の目的は果たせている。

 

 この世界に来てから何の因果か若返ってしまった俺の身体。動かしたことがあるとは言え、それは数十年も昔の話だ。今朝方に軽く動かして確認はしてみたが、それだけでは不十分だと感じていたのだ。

 

 そんなところに湧き出てきたフレイヤからのお誘いだ。俺の知りたかったこの身体の調子を確かめる事が出来る上に、冒険者の大体の強さを測ることが出来る。まさに一石二鳥。俺にも彼女にも得がある、乗る以外に選択肢は無かった。

 

 そして三人目を、フレイヤの言葉通りならばLv.3の冒険者との戦闘を終えた。身体の調子は確かめ終わり、冒険者の大体の実力もLv.3までは測り終えた。

 

 身体の方は絶好調だとしか言えない。細部まで思う通りに、それこそミリ単位で動かすことが出来る。力の方もそうだ。老人の頃では二人目の剣を受けるだけで手が痺れていただろうが、そんな事は起こらなかった。それに反応速度も段違い。相手の挙動を見てから動くという芸当までLv.3までは出来た。

 

 そして冒険者の実力だが、表面では平然と倒しているように見えるが内心では舌を巻いていた。地球にいた頃では数える程しか出会ったことの無いような身体能力の持ち主が二人目の時点で飛び出してきたのだ。技術こそ未熟だったので倒す事は出来たが、この調子なら第一級と呼ばれる冒険者たちはどれほどの身体能力を発揮することが出来るのか。

 

 嗚呼ーーー考えるだけで笑いが堪え切れない。

 

 地球にいた頃には酒の入った場で化け物のように強いなと言われた事がある。常人との差を理解していた俺は、それを笑って受け止めていた。

 

 化け物だと呼ばれ、そうであると理解していた俺よりも強い奴がいるのだ。俺が化け物と呼ぶ事が出来る連中がゴロゴロいるのだ。

 

 そういう連中と戦える機会があるーーーそれだけでワクワクが止まらない。

 

「これでLv.3までは終わったぞ?次はLv.4か?」

 

「……あぁ、やっぱり貴方は素晴らしいわ!!クラウド!!恩恵(ファルナ)を与えられていないのに子供達を一方的に倒す事が出来るだなんて!!」

 

 余程興奮しているのか、フレイヤは赤く染まった頬に手を添えながら身体を淫らにくねらせている。このまま放っておいたら一人でおっ始めそうな雰囲気を全力で出している姿にドン引きである。

 

 そうなったら、彼女のファミリアの連中に頑張ってもらおう。

 

 頑張れ、一度や二度どころか丸一日かけても収まらなさそうなくらいに発情してるけど。

 

「ねぇ、人の話聞いてる?おーい、おーい!!」

 

「フフッ、ごめんなさいね?貴方の戦う姿が素晴らしくって少しだけ興奮してしまったわ」

 

「少しじゃなくてガッツリ興奮してただろ、お前」

 

 あれで少しだけだというのなら、彼女が本気で興奮していたらどんな事になるのだろうか。恐ろしい話である。

 

「それじゃあ四人目と言いたいところだけど……良いタイミングね」

 

「お待たせしました、フレイヤ様」

 

 フレイヤの隣に現れたのはアーニャと同じ猫の耳を頭から生やした男性。一見すれば小柄な体格であるものの、感じられる強さはオッタルに次いでいる。彼がフレイヤのファミリアのNo.2だと見て間違い無いだろう。

 

 問題なのは彼ではなく、その隣にいる人物だった。

 

「……リオン?」

 

 そう、自室に帰って眠りに就いていたはずのリオンがそこには居た。槍の穂先が喉元に突きつけられているので自分の意思で連れて来られた訳では無さそうだ。大方、俺の後を付いてきて見つかったのだろう。

 

 なんともまぁ、間抜けな話だ。

 

「……すいません、クラウド」

 

「いや、なんで連れてきたんだ?追い返せば良かっただろ?」

 

「私が頼んで連れてきてもらったのよ。次は少しだけ意向を変えようと思って」

 

 そう聞かされて否応無しに警戒してしまう。さっきまでのフレイヤの姿を見て、警戒しないのは考えることをしない馬鹿か救いようの無いお人好しくらいだろう。

 

「アヤメ」

 

 フレイヤの呼び掛けに応じて前に出たのは一人の少女。顔はバイザーで隠されていて分からないが、胸当て越しでも見て分かる胸のサイズが素晴らしく、靡く髪は烏の濡れ羽色であった。

 

 バイザーが付けられていても分かる。あれは相当な美少女だと。

 

「彼女の名前はムラマサ・アヤメというの。今はLv.4だけど、時期にランクアップする自慢の子供よ」

 

「そいつと戦えと?それなら望むところだけど、それだけじゃないんだろ?」

 

「その通りよ。貴方が勝てば今日はそこでお終い、彼女も放してあげるわ。だけど、貴方が負けたのならーーー貴方には、私のファミリアに改宗(コンバート)してもらう事を約束してもらうわ」

 

「コンバート?」

 

「所属しているファミリアから別のファミリアに移る行為の事よ。改宗(コンバート)は最低でも一年そのファミリアに所属していないと出来ないわ。だから、ロキのファミリアに入ってキッチリ一年後、私のファミリアに改宗(コンバート)してもらうわ」

 

 フレイヤの提案は思っていたよりもマトモなものだった。今の彼女の事だから俺の意思を無視して今すぐ自分のファミリアに入れとでも言うかと思っていたが、俺の意思を尊重してロキに入れさせてから自分のファミリアに迎え入れようとしている。

 

「一つ質問、俺が負けた場合でもリオンの事を解放するか?」

 

「勿論よ。彼女はコソコソ盗み見していたから連れてきただけよ」

 

「それなら乗った。俺が勝とうが負けようが無傷で放してもらう。危害を加えるなよ?」

 

「分かったわ」

 

 懸念はリオンの存在だけだった。フレイヤ自身には彼女の事を害するつもりは無いだろうが、ファミリアの団員も同じ意思だとは考えられない。フレイヤの意思に反してでも彼女の為に行動するかもしれない。俺が勝ちそうになった瞬間にリオンを使って脅しに来る可能性があった。

 

 それをフレイヤから言質を取る事で防ぐ。これでリオンの事を人質として扱おうとすればフレイヤの怒りを買う事になる。フレイヤに魅了されている団員たちからすれば、それは死に等しい行為だろう。

 

「ふぅ……邪魔だな、これ」

 

 ナイフと剣を握り直していると、アヤメはバイザーを外して放り投げた。それにより隠されていた吊り目の、冷たい雰囲気を醸し出している彼女の顔が露わになる。

 

「えぇ……それ外して良かったの?」

 

「着けるようにとは言われていたが、別に外しても構わんだろ?それにーーー貴様ほどの益荒男と死合おうというのに、顔も分からんでは白けるだろう?」

 

「それには同意だ」

 

 どうやら彼女の精神は俺に近しいらしい。殺し合うことに何らかの楽しみを見出している、一般的には頭のおかしい人間。

 

 だからなのだろうか、彼女は他の団員たちのようにフレイヤに魅了されているようには見えなかった。

 

「フレイヤ・ファミリア所属、ムラマサ・アヤメだ」

 

「無所属、漣蔵人」

 

 それまではする事の無かった名乗りを上げ、アヤメは構える。ムラマサ・アヤメという名の通りに極東の出身だからなのか、彼女の武器は刀。鞘に納められたままで姿勢を低くし、抜刀術の体勢を取っている。

 

 それに対して俺は自然体。構えるようは事はせずに、武器を持った両手は力無く垂れ下がったまま。基本的に構える事はしないのだ。構えを取れば、それから次の行動を予想される事になるからと親父と爺から教育されてこうなった。

 

 そして、合図も無しに打ち合わせたかのように同時に動き出す。

 

 



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女神フレイヤ・3

 

 

「うーん、まさか普通に力で押し負けちゃうか〜……」

 

 プラプラと身体を揺らしながら、上下が逆さまになっている景色を見てそうぼやく。今は外壁のヘリに片足だけを引っ掛けて宙ぶらりんになっている状態だ。

 

 アヤメの放った抜刀術の一閃。それを俺は受け流して接近するつもりでいた。

 

 目に問題は無かった。滑らかに、最速で放たれる抜刀を余すことなく視認出来た。

 

 反応に問題は無かった。こちらに迫る刀を目視し、それから軌道上にナイフと剣を置いて受け流す体勢は取れていた。

 

 問題があったとすればそれからだ。流されて俺の頭上を通り抜けるはずだった刀をアヤメは強引に筋力だけで修正してみせたのだ。初めはそれでも堪えて流すつもりでいたのだが、即座に無理だと理解して自分から吹き飛ばされる事でダメージを抑えた。

 

 神の恩恵(ステイタス)なる物の恩恵により常人を超える身体能力を得ているとは話に聞いていたがここまでだとは思わなかった。Lv.3の奴までなら流した感触で大丈夫だったのでアヤメもいけると思っていたが、彼女はランクアップを控えたLv.4の冒険者。神の恩恵(ステイタス)もLv.4ではなくLv.5に近いものだと想定するべきだった。

 

 アヤメの一撃によって壊れて柄だけになったナイフと剣を投げ捨て、指を動かして感触を確かめる。想定外の膂力で無様を晒してしまった訳だが、衝撃を逃す事自体には成功している。指、手、腕、足と、戦う為に必要な部位に違和感は無く、痺れも無い。

 

 問題無く戦えるなと判断し、勢いを付けて腹筋で身体を起こし、脚力で外に飛び出していた身体を外壁の上に引き寄せる。

 

「当然、まだ動くよなぁ?」

 

「アレくらいで死んだと思うような間抜けじゃなくて助かったよ……あぁ、そうだ。参考までに聞きたいんだけど、俺の強さって冒険者で言う所のどのくらいになるの?」

 

「ふむ……1〜3の連中との戦い、それと先の一合で見るなら敏捷がズバ抜けて高く、技術が規格外の域まで達しているLv.3相当と言ったところだな。というよりも、なんだその変態的な技術は。何故あそこからダメージ無しで済ませられる」

 

「何、日々の鍛錬の成果ってやつよ。お前さんだって一生涯鍛錬しときゃ、このくらいは出来るようになるさ」

 

 二本足で立って喋れるようになった時から剣を握って振るい続けてきたのだ。

 

 気まぐれで、或いは暇だからと殺しありで仕掛けてくるような頭のおかしい親父と爺と手合わせをしていたのだ。

 

 生死の価値観がゴミ同然に扱われる地獄の様な戦場で戦って生き残ったのだ。

 

 そしてそこから皺くちゃの老人になるまで、それらの日々を思い返しながら一人で鍛錬を続けて来たのだ。

 

 如何にLv.4という偉業を積み重ねて高みに至っていようとも、()()()()()()()()()()()()

 

「さて、来いよ若造。テメェの土台で勝負してやるよ」

 

 無造作に歩き、アヤメの間合いの直前まで迫ってから刀に手を掛けて彼女と同じ抜刀術の構えを取る。

 

「ほぅ、それで良いのか?」

 

「そうじゃなきゃワザワザこんな事せずに一刀で殺してる」

 

 直前の問答はそこで終わる。アヤメとの会話が無くなり、代わりに重苦しい緊張感が辺りを包み込む。周囲もこの緊張感を感じ取っているのか、僅かな息遣いがハッキリと聞こえるほどに静まり返っていた。

 

 そして、雲がかかったのか月が翳って暗闇が訪れた瞬間にアヤメが動いた。

 

 その動きを見てから行動しーーー()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ーーーッ!?」

 

 驚愕しながらも行動を止めないアヤメの姿が良く見える。振るわれようとしている腕に向かって刃を振るい肉を裂く。流石は冒険者と言うべきか、その時の肉の手応えが柔らかくも金属並みの硬さを感じさせるという理解不能なものだった。

 

 そんな事は関係無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

漣式剣術が初歩ーーー

 

 皮を破り、肉を割き、骨を断つ。地球では戦時中でしか出来なかった久方振りの感触を楽しむ。切り離されたアヤメの腕が刀を握ったままで宙を舞い、彼女は肘から先を失った状態で振り切るという間抜けな姿を晒している。

 

 まだ終わりではない。高々腕を失った程度なのだ。振った状態から刀を振るい、アヤメの胴体を袈裟斬りにする。左肩から入った刃先は付けられていた胸当てを切り捨てて右の脇腹から出て行き、鞘へと納める。

 

ーーー斬鉄二連式

 

 鯉口が鞘に当たり、音を立てたのと同時にアヤメの腕と胴体から勢い良く鮮血が噴き出す。常人ならばそのままショック死でもしかねないような怪我だが、生憎とアヤメは冒険者である。致命傷にもならない、ただ出血が酷い程度の傷では死にはしない。

 

 その証拠に、彼女は驚愕と歓喜が入り交じった顔をしながら飛び退いて距離を取った。

 

「この……化け物め!!三味線を弾いていたな!? 」

 

「罵倒か?それとも褒め言葉か?」

 

「無論後者だ!!それだけの技量を持った奴などこのオラリオでも殆どいない!!どれだけ剣を振るったと言うのか!!」

 

「何、一生かければ俺の足元くらいには届くだろうさ。何せウチのクソ親父から刀剣を握らせりゃあ三千世界で一等賞だと言われたんでな」

 

 事実、俺の才は刀剣系に関してはズバ抜けていた。何でもありならば経験が勝る親父と爺に負けるのだが、刀だけと条件付きであれば十の頃から二人に勝ち続けているのだ。

 

 鞘から刀を取り出して刀身を確かめる。久方振りに斬鉄をしたのだが刀身に歪みは無く、刃毀れは見当たらない。剣速を意識して振るった為か、刀身には脂も血液もごく僅かに付着している程度。消耗を最低限に抑える事が出来たことを喜びながら刀身を納める。

 

 そして斬られた側のアヤメといえば治療されていた。他の団員たちが持ってきた回復薬を傷口に掛けて、或いは飲んで回復に務めている。

 

「腕はどうする?」

 

「返してくれ。これだけ綺麗に斬られたのならまだ繋がるだろうからな」

 

「腕落とされても繋がるのかよ」

 

 流石は異世界だと内心で感心しつつ、刀を握ったまま転がっているアヤメの腕を拾い上げて彼女に投げ渡す。アヤメは受け取った腕を傷口に当て、そこに回復薬をかけた。そうして暫くして手を離せば、腕は落ちる事なく繋がった状態になる。胴体に付けられた傷も無くなり、陶磁器の様な滑らかな肌が無傷で曝け出されている。

 

 そして服が破かれた影響で彼女の胸も露出していた。

 

 素晴らしい光景である。

 

 フレイヤのも中々にデカイのだが、あいつは中身が完全にアレなので食指が動かない。少なくとも、俺はあいつからどれだけ誘われようが閨を共にする様な事はしたくない。

 

「お見事だわ、クラウド」

 

 拍手をし、柔らかな微笑みを浮かべながらフレイヤは賞賛の言葉を送ってきた。この世界では神の恩恵(ステイタス)の有無が絶対的な格差を生み出す。それを踏まえれば、神の恩恵(ステイタス)を持たない俺がLv.4のアヤメを倒した事は偉業に等しいのだろう。

 

 俺からすれば、倒せて当然の相手だとしても。

 

 身体能力こそ俺を上回っていたアヤメだが、それにしたって技術の方は修めた程度の物でしかなかった。これならば親父や爺が戦っても勝つ事が出来ただろう。

 

「そら、俺は勝ったぞ。ならお前はどうすれば良いのか分かってるよな?」

 

「勿論よ」

 

 フレイヤが猫耳を生やした男に目配せをすれば、そいつは大人しくリオンの首元に突き付けていた銀の槍を退かした。困惑している様子のリオンを手招きでこちらに来させる。その際に、万が一の奇襲を考えてフレイヤ・ファミリアの全員を警戒しておく事を忘れない。

 

「よし、なら今夜はこれで終いだ。異論は無いな?」

 

「えぇ、中々素晴らしいものを見させてもらったわ。私のファミリアに入れられないのは残念だけど、諦めないわよ?」

 

「勧誘するなら程々にしてくれ。ロキを怒らせたく無いからな」

 

 フレイヤに目を付けられているという時点でロキからしたらアウトかもしれないが。

 

 ロキのファミリアはオラリオの中でトップクラスのファミリアだと彼女は無い胸を張って自慢していた。だが、いくらそうであったとしてもフレイヤのファミリアと勝負になるかと聞かれたら首を傾げるしか無い。それが俺が直接フレイヤ・ファミリアの団員たちを見て思った感想だ。

 

 出来る限り穏便に済ませたいものだ。

 

「おやすみなさい、クラウド」

 

「おやすみ、フレイヤ。良い夜を」

 

 ウインクを一度だけして、フレイヤは団員たちを引き連れて外壁の上から去って行く。

 

 そして、最後まで残っていたのはアヤメだった。

 

「どうした?お礼参りでもするつもりか?」

 

「いや、そんなつまらん事はしないぞ」

 

 そう言ってアヤメは露出した胸元を手で隠しながら近づいてくる。殺意は無く、敵意も隠している様子はない。一応の警戒はしておきながら、間近に立つ事を許した。

 

 アヤメの顔は求めていた物を見つけた子供の様な笑顔を浮かべ、頬を微かだが赤く染めていた。フレイヤ程の酷さを感じていないが、経験則から完全に()()()()()()()()と分かる

 

「気に入った、気に入ったぞ漣蔵人。良かったら、私の夫にならないか?」

 

「唐突な告白ありがとう。だけど、知らん相手と結婚しようと言われても困るからお友達からでよろしく」

 

 うーんこいつアマゾネスかな?と内心で突っ込みながら、予想していた通りのどストレートなプロポーズをノータイムで打ち返す。

 

 地球では独り身であったが、決してモテなかったという訳ではない。ただ、アヤメの様な頭のネジが飛んでいる様な奴から好かれやすかったのだ。俺も同じようなタイプだし、類は友を呼ぶと言う奴なのだろう。

 

 もっとも、そう言う奴は地球では基本的に短命だったので結ばれる事は無かったし、漣の血を途絶えさせるつもりだったので結ばれる気も無かった訳だが。

 

「友からか……うむ、確かに何も知らんでは夫婦生活に支障が出るからな。互いの事をもっと知り合ってからの方が良かろう」

 

 その場凌ぎの言い訳に近かったのだが、アヤメはそれで納得してくれたようだ。何度も頷き、外壁の上に乗り、

 

「では、然らばだ蔵人。近いうちにお前が働いている店に行くぞ」

 

 そう言って飛び降りた。

 

「……一体何があったのか、説明を求めても良いだろうか?」

 

「うーん……ざっくりといえば女神に目を付けられて、イかれた美女に求婚されたってところか?」

 

「強ち間違いではないが……」

 

「詳しい話は帰ってからにしよう。このままだと、朝が起きれなくなる。只でさえ宴会で怪しいのに仕事に遅れでもしたら完全に女将がブチ切れるぞ」

 

 そう、宴会のせいで別館の食堂ではウェイトレス達が酔い潰れて眠っているのだ。店では無いので掃除の方は心配しなくて良いだろうが、しこたま酒を飲んでいたのだから確実にアルコールは残るだろう。

 

 アルコール臭をプンプン漂わせながら働こうとしたらどうなるだろうか?確実に女将の怒りを買うことになるだろう。

 

 女将が一度怒ることはもう確実なのだ。それなのに、要らぬ怒りを買う必要は無い。少なくともこんな場所で話をするべきでは無い。

 

 女将の怒りを買った事があるのか、リオンは顔を真っ青にして身体を震わせながら頷いて肯定してくれた。

 

 






そりゃあ人生一度使い潰すくらいに鍛錬続けてたんだから冒険者並みに強いんだよなぁ。

ただ、冒険者ではないので身体能力はバラバラ。力はLv.3、耐久はLv.2、敏捷はLv.5相当。魔力は当然無しで、器用に関しては技術という意味で言えば天元突破してる。



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ロキ・ファミリア

 

 

「うむ、やはり蔵人の作る味噌汁は美味いな。オラリオの料理も悪くは無いのだが、どうしてもこっち風の味付けになってしまってなぁ……極東風の方が私には好ましい」

 

「成る程、これが極東風の味付けなのか。少し薄めではあるが、具材の味が分かりやすいな」

 

「こんな朝っぱらから暇人かお前ら」

 

 カウンター越しに味噌汁を飲んでいるアヤメと川魚の塩焼きを食べているオッタルに話しかける。俺が話しかけたのを分かっていながらも、手を止めずに料理を食べているので話す気は無いのだろう。

 

 二人がこうしてやって来るのは珍しい事ではない。二人揃ってというのは数えるほどしか無かったが、どちらかがこうして食事に来る事はこの一週間でよくある事だった。

 

 フレイヤによるスカウトから一週間が経った。彼女の事だから翌朝には何事も無かったかの様に再びスカウトに来るのでは無いかと思っていたが、そんな事は無かった。どうやら約束を守るつもりではいるようで、監視のつもりなのかオッタルとアヤメを送り込んでくる事以外には特に干渉する素振りを見せていない。

 

 その二人でさえ、基本的には食べて酒を飲んでいるか、暇を見つけて俺と話すことくらいしかしていない。オッタルは始めはフレイヤに言われた通りに監視だけをするつもりだったようで、店内の一角に腕を組んで立って俺の事を見つめるだけの置物となっていたが、女将がブチ切れて拳骨を落として説教をした結果、こうして席に着いて飲み食いをするようになった。

 

 ちなみにアヤメは最初っからそうしている。昼間から飲む酒は美味いと上機嫌にしているのを、周囲の人からダメ人間を見るような目で見られていたのを彼女は知っているのだろうか。

 

「つうか本当に俺で良かったのか?女将には作り方は伝えてあるから、あっちの方が上手く作れると思うけど」

 

「店で出すような料理を食べたいのでは無い。気取らぬ家庭料理を食べたかったのだ。私が作れれば早かったのだが、生憎と剣を振るう事しか能が無くてだなぁ……」

 

「剣を振るう事以外に脳を使うつもりが無いの間違いだろう。こいつはどんな事だろうと斬れば解決するように考えて行動する馬鹿げた奴だ。フレイヤ様はそれを笑っていたが、俺たちがどれだけ悩まされていたと思っている」

 

「二つ名も【斬り裂き魔(マリアザリッパー)】であるしな!!」

 

「胸を張って言う事じゃねぇだろ」

 

 晒しを巻いているのだろうが、それでも隠しきれないアヤメの胸が小さく揺れる。どうやら俺が付けた切傷は完治しているようで痛がっている様子は無いし、手の方も普通に動かせている。綺麗に斬ったからとはいえ、切断された腕を掛けただけで完治させる回復薬には驚く事しか出来ない。

 

「しかし、そろそろ出なくても良いのか?今日がロキ・ファミリアの入団試験なのだろう?」

 

「お前たちが!!出ようとした時に!!飯食わせろって押しかけて来たからだろうが!!予定じゃもうロキ・ファミリアの拠点に着いてるんだよ!!」

 

 一週間が経った。今日がロキ・ファミリアの入団試験が行われる当日であるのだ。出発の準備をして、女将と従業員たちに挨拶を済ませていざ出発というタイミングでこの二人がやってきたせいで、予定がズレてしまったのだ。

 

 とは言っても元々の予定はかなり時間に余裕を持たせた物なので、今から出発すれば十分に間に合う。場所も調べているので迷う事は無い。

 

「ご馳走さま。中々に美味かったぞ」

 

「極東の食事の作法だったか……ご馳走になった」

 

「はいよ、お粗末様」

 

 食事を終えたようなので食器を下げ、流し場まで運ぶ。これがこの職場での最後の仕事になるのだが、妙に感慨深いものがある。一週間しか働いていない上に二度と来れない訳ではないのだが、異世界にやって来て最初に居着いた場所だから思う所もあるのだろう。

 

「あ、クラウドさん。ちょっと良いですか?」

 

「ん?どうしたの?」

 

 作業服として使っていた着替えと女将から押し付けられたバイト代だけの入った荷袋を持って出ようとすると、この店の看板娘であるシルから呼び止められた。

 

 彼女の背後に隠れているリオンの姿を見る限り、シルが用事があって呼び止めたと言う訳ではなさそうだ。

 

「ほら、リュー。早く渡さないとクラウドさん行っちゃうよ?」

 

「せ、急かさないで下さい!!私にも心の準備というものがあって……!!」

 

 抵抗していたようだが、シルに背中を押されて前に出された事でリオンは諦めたように肩を落とし、手を差し出した。その手には包みが握られている。

 

「これは?」

 

「サンドイッチです。入団試験までは少し時間が空くはずだ。だから小腹が空いた時にでも食べてください」

 

「それね、私とリューが作ったんですよ?ビックリしたな〜朝一番にリューがサンドイッチの作り方を教えてって頼んできた時は」

 

「シル!!それは言わないでと言ったはずだ!!」

 

 リオンが顔を真っ赤にしながら叫ぶが、シルはキャーっと黄色い声をあげて去って行ってしまった。完全に友人の恋を楽しんでいるノリである。

 

「勘違いしないでほしい!!これは、その、あの日のお礼だから……!!」

 

「分かってるから少し落ち着け。キャラが崩壊し掛けてるぞ」

 

 言動が正しくツンデレキャラの物になりつつあるが、リオンが俺に対してそういう感情を持っていないのは理解している。あの日のお礼と言うのは、フレイヤのスカウトの時の事だろう。

 

 俺からすればリオンは巻き込まれただけの第三者なのだが、彼女からすれば俺に助けられたという認識だろう。彼女は何かしらのお礼がしたいと言っていたが、俺からすれば巻き込んでしまったので要らないと断ったのだ。

 

 そうしてどんな形ならば俺に迷惑にならないようにお礼になるかを考えてサンドイッチを作ったのだろう。例えシルの手が加わっているのだとしても、俺の事を考えて作ってもらったのだ。嬉しくないわけがない。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

「……えぇ、行ってらっしゃい」

 

 柔らかく微笑みながら送り出してくれたリオンを見て、頑張らなければならないなと気を引き締める。油断しているつもりも気を緩めているつもりも無い。だが、彼女が慣れないことをしてまでエールを送ってくれたのだ。落ちたら格好が悪いと気合を入れる。

 

 店の外に出るとアヤメとオッタルが待っていた。

 

「別れは済ませたようだな?では向かおうか」

 

「え、お前着いてくるつもりなの?」

 

「あぁ、元々改宗(コンバート)を考えていてな。飛び入りになるがLv.4ともなれば引く手数多だ。門前払いにされる事は無いだろう」

 

「このタイミングでって、完全にフレイヤの監視を疑うんだけど」

 

「当たっている。フレイヤ様はそのつもりで彼女の改宗(コンバート)を許可している。それと、フレイヤ様から伝言を承っているーーーダメであれば、こちらのファミリアに来ても構わないとな」

 

「ヘヘッ、完全にロックオンされてやがるぜ……!!」

 

 どうしよう、ベッドの上で全裸になりながら舌なめずりをしているフレイヤの姿が思い浮かんでしまう。肉食系は嫌いではないのだが、アレは完全に暴食系というカテゴリーに入るだろう。アレと結ばれる事だけは絶対に嫌だ。もっと、こう、フレイヤと比較してマトモな奴と結ばれたい。

 

 地球では漣の血を絶やす為に妻を迎え無かったが、結婚に対する憧れが無いわけではないのだ。帰ってきた時にお帰りと出迎えてくれる最愛の人の姿を、隣に立って支えてくれる人生のパートナーを欲しいと思った事は数えられない程ある。

 

 そもそも、地球で相手を作らなかったのは漣の血は不要であると考えたからだ。こちらの世界なら、漣の血を続けても問題無いだろう。

 

 そうなった時の相手は現段階ではアヤメが最有力候補だろう。知らないからお友達からでと断った訳だが、性格も気質も非常に俺と似通っているのはこの一週間でよく分かっている。良い相手になる事は間違い無しだ。

 

 だが、リオンの事も悪くないと考えている自分がいる。奪われて、絶望して、それでもなおそこから立ち上がった者特有の気配を感じさせるところも個人的には好ましいのだ。普段は無表情というか仏頂面な彼女だが、先程見せたような柔らかな表情は容姿と相まって非常に惹かれる物がある。ファーストコンタクトは最悪だったが、最後の別れ際のやり取りを見る限りでは悪い印象は残っていないようだし可能性はある。

 

「おい、そろそろ向かわねば間に合わぬのではないか?」

 

「うん、悪い、フレイヤに狙われてる事を再自覚して少し意識飛んでた」

 

 フレイヤの伝言から始まった妄想を、アヤメに背中を叩かれた事で中断する。

 

 そしてこの事をロキに伝える事に決めた。

 

 フレイヤのファミリアはこのオラリオでもトップクラスの集団である事は間違いない。そしてロキのファミリアも、フレイヤのところには劣るもののトップクラスのファミリアであると言える。もしもフレイヤが本気で俺の事を求めに来た場合の事を考慮してもらわなければならない。

 

 もしもフレイヤのファミリアとロキのファミリア、オラリオでもトップクラスの両者がぶつかった場合ーーー最悪、起こるのは町を舞台にした争いなのだから。

 

 殺し合いは好きだ。戦争はもっと好きだ。死を身近に感じられる行為が好きである。だが、だからといって無関係な者が死ぬのは好ましくない。自分から飛び込んできたのならそうかと考えて殺すが、巻き込まれただけの者が死ぬのは見ていて胸糞悪くなる。

 

 フレイヤの行動次第ではこうなる可能性が存在しているのだ。俺という存在が爆弾である事を、知ってもらった上でファミリアに入れるかどうかを決めてもらわなくてはならない。

 

「よし、行くか」

 

 だが、それも入団試験に受かってからの話だ。遠くの目標よりも目先の目的。不慣れな事をして弁当を作ってくれたリオンに、受かる事を確信して改宗(コンバート)しようとしているアヤメに、胸を張って受かったと伝える為に。

 

 小さく気合を入れ、ロキのファミリアに向かう事にした。

 

 



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ロキ・ファミリア・2

 

「ここがロキ・ファミリアの拠点だな」

 

「うーん、下見で一度来たことがあるけどやっぱりデカイな」

 

 目の前に聳え立つのは夕暮れ時を思わせる色合いの建物。所々に西洋式の塔の様な特徴が見えており、どちらかと言えば城の様なイメージを抱かせる。

 

 門番らしき人が二人、武器を持って立っていたので近寄って話しかける。その時に顔に人の良さそうな笑顔を張り付けておく事を忘れない。人の第一印象は外見によって決まるのだ。

 

「すいませーん、今日ここで入団試験するって聞いてるんですけど」

 

「あー入団希望の方ですね。名前の方を教えてもらえます?」

 

「漣蔵人です。ロキに推薦するから受けろって言われて来ました」

 

「ムラマサ・アヤメだ。改宗(コンバート)希望で来た」

 

「ムラマサ・アヤメって……フレイヤ・ファミリアの【斬り裂き魔(マリアザリッパー)】!?」

 

「ちょっと話せそうな人を連れてくる!!」

 

 やはりLv.4ともなれば有名になるのか、それともフレイヤ・ファミリアからの改宗(コンバート)希望だからなのか、俺の名前を告げても反応を見せずにアヤメの名前を聞いた途端に腰を抜かさんばかりに驚き、門番をしていた片割れが慌てながら建物の中に消えていった。

 

「しょ、少々お待ちを!!今幹部の方を連れてくるんで!!」

 

「こんなにビビり散らかされるってお前何やったの?」

 

「ロキ・ファミリアに直接何をしたという記憶は無いのだがなぁ……普段の私の行いが伝わっているのだろうな」

 

「取り敢えずロクでもない行いをしたんだっていうのは分かった」

 

 どうせ二つ名の通りに色んな事を斬って解決しようとしたのだろう。フレイヤ辺りは笑い話にでもしていそうだが、団長であるオッタルは朝の様子からするに相当参っていた様だった。

 

 直接問題を起こした訳でもないのに、アヤメの名前を聞いただけで腰を抜かしそうになるってこいつは一体何をやらかしたのだろうか。

 

「やぁ、待たせてしまったね」

 

 兎も角、話の出来る奴が来るまでは待たなければならない。なので待っていたのだが、やって来たのは少年と言っても差し支えなさそうな風貌の男だった。普通なら、こんな奴を連れて来るなんてふざけているのかと怒鳴り散らすだろう。

 

 だが分かる。こいつはアヤメよりも、そして俺よりも強い人間であると。流石にオッタル程では無いが、それでも十分に化け物と呼べる様な強さを持っていた。

 

「フレイヤ・ファミリアのムラマサ・アヤメとサザナミ・クランドだね?」

 

「そうだ」

 

「呼び方が難しかったらクラウドでも良いぞ」

 

「そう?ならそう呼ばせて貰おうか。悪いけど、応接室まで案内するからついて来てくれるかな?」

 

 断る理由が無いし、向こうから話す場所を作ってくれるのは非常に好ましい。アヤメの方も異論は無いようなので彼について行く事に決める。

 

 そうして彼に案内されたのは応接室。質素と呼べる程に飾りっ気が無い訳ではなく、だけど派手と呼べる程に飾られているわけではない。が、よく見れば置かれている調度品の質の良さが分かる。恐らくは高級品だろう。

 

 こういう調度品の質の良さだけでもファミリアの財力が優れている事が伺える。金が無い場合は装備や生活に優先して回し、こういう調度品は等閑にされがちであるから。

 

「さて、僕の名前はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長を務めている冒険者だ」

 

「なら改めて自己紹介だな。俺は漣蔵人、呼びにくかったらクラウドでも構わない。一週間程前にこっちに来た来訪者だ。ロキに誘われた事と冒険者になりたかったから入団試験を受けに来た」

 

「私の事は知っているだろうが一応しておこう。ムラマサ・アヤメ、フレイヤ・ファミリアに所属しているLv.4の冒険者だ。前から改宗(コンバート)を考えていて、婿候補で現在友人の蔵人がロキ・ファミリアに入るつもりというから便乗しに来た」

 

「クラウドの事は予めロキから伝えられてたけど、まさか【斬り裂き魔(マリアザリッパー)】まで一緒だとはね」

 

「その事で話があるんだけど、ロキは居ないのか?」

 

「訓練場の方で入団試験の準備をしてるから外せないんだ。代わりに僕が聞こう」

 

 出来るのならロキに直接話しを聞いて欲しかったのだが、戦力の増強に繋がる試験の準備をしているのなら仕方がない。組織のトップの立ち位置にいるディムナに話しをするしかないだろう。

 

「アヤメから分かると思うけど、俺はフレイヤに目を付けられている。何とかして大人しくはさせたんだけど、この先あいつがどんな行動をするのか分からない」

 

「……最悪、ロキ・ファミリア(ここ)とフレイヤ・ファミリアで抗争になるだろうと?」

 

「流石はロキのファミリアの団長さんだ。話が早くて助かる」

 

「何故抗争になるのだ?」

 

「そしてこのお馬鹿よ」

 

 いや、フレイヤに目を付けられているという事を告げただけで最悪の事態まで僅かな間で辿り着いたディムナの頭が凄いと褒めるべきだろう。寧ろアヤメの反応の方が正しい。

 

「アヤメ、フレイヤの性格を考えろ。あいつは欲しい男を何が何でも手に入れようとする。そして現在のあいつのターゲットは俺だ。俺がここに入った場合、暫くしたら俺を自分のファミリアに入れようとちょっかいかけて来るに違いない。そのちょっかいのよりけりによっては抗争もあり得るんだよ」

 

「とはいえ大丈夫だと思うよ。確かにフレイヤ・ファミリアは強大だが、抗争なんてすれば向こうも浅くは無い被害を受ける事になる。彼女も神だ。自分の眷属たちを愛している。無闇矢鱈と被害が出るような事はしないはずだ」

 

「だと良いんだけどねぇ……」

 

 一週間前の夜のフレイヤの別れ際の顔を思い出す。あれはどう考えても、狙った獲物を狙う捕食者の顔だった。確かにディムナの言う通りに、ロキと同じように眷属の事を思いやる一面を持っているかもしれないが、あれを見てから大丈夫だと言われても信じられない。

 

「でも、確かにこの話はロキには伝えておくべきか……うん、そろそろ試験を始める時間だし丁度いい。僕たちも訓練場に向かおうか」

 

 異論は無かったのでそれに従い、どうして抗争になるのかと未だに頭を悩ませているアヤメを連れて訓練場に向かう。普段の言動から察していたのだが、彼女は頭の方が弱いらしい。でも不思議とそれは欠点には見えずに彼女らしいと思ってしまう。

 

 訓練場は広く、そして様々な人種の者たちが集まっていた。パッと見渡す限りでは右側に集められた者たちが弱く、左側に集まっている者たちが強く感じられる。恐らくは右側の者たちが入団希望者で、左側がロキ・ファミリアの団員たちだろう。

 

 俺が来た事に気が付いたのか、エルフの女性とドワーフの男性と話していたロキが顔を上げ、満面の笑みを浮かべながら走り寄ってきた。

 

「クランド〜!!来てくれたんやな!!それにえらい美人さんも連れてきとるし、この色男!!」

 

「そりゃあ折角の別嬪さんからのお誘いだしな。それに約束は基本的に守るタイプの人間だし」

 

「貴女がロキか。私はムラマサ・アヤメだ。改宗(コンバート)を希望している」

 

「ロキ、悪いけど彼らの事で伝えたい事がある」

 

 フレイヤに目を付けられている事を伝えているのだろう、ディムナは他の者たちに聞こえぬ様にロキの耳元で囁き、それを聞いて彼女の細めは大きく見開く。

 

「ふ〜ん、あの色ボケがなぁ……」

 

「ぶっちゃけた話、あいつのお相手とか遠慮したい。そりゃあ俺にだってそういうお相手欲しい願望あるよ?だけど流石に捕食者はいただけねぇわ。俺のセンサーが拒絶反応起こすレベルなんだけど」

 

「自分、あいつに誘われて断ったんかいな?」

 

「あぁ、魅了とか気合と理性でどうにか出来た」

 

「ぷ……フハハハッ!!ザマァ!!色ボケ女神ザマァ!!お得意の色仕掛け通じてへんやんか!!」

 

 俺がフレイヤの誘いを断った事がツボに入った様で、ロキは腹を抱えて爆笑しだした。訓練場の下は地面なのでそんな事をすれば埃まみれになるのだが、御構い無しに転がり回っている。

 

「ひぃ……ひぃ……あー笑った笑った!!こんなに笑ったん久し振りやわ!!今度の神会(デナトゥス)の時に煽っちゃる……!!」

 

「デナトゥスとやらが何かは知らんし煽るのは別に構わんがやり過ぎるのだけは勘弁してくれ。ちょっかいくらいなら良いが、それ以上となったら流石にキツいからな」

 

「分かっとる分かっとる。実力行使なんてされたら目も当てられへんからな。近いうちに会って丁度いい落とし具合を確かめておくわ」

 

 分かってくれているのならそれで良い。それにロキの口振りからすれば、彼女とフレイヤはそう浅くは無い間柄の様だ。あいつの本性も、扱い方も深く理解しているに違いない。ここは大人しく彼女に任せた方が良さそうだ。

 

「さてっと、そろそろ入団試験始めようか」

 

 身体に付いた砂埃をはたき落としながらロキは徐にそう言った。そんな始まり方でいいのかと思ったが、団員たちは文句一ついう事なく試験を始める為に行動を始めていた。

 

 明らかに、ロキの突発的な行動の対処に慣れている動きだった。

 

「そいじゃトップバッターは自分から行ってみよか」

 

「アイサー」

 

 ロキからの使命を受け、リオンからもらった弁当入りの荷袋をアヤメに渡して前に出る。

 

 身体の調子は絶好調とは言い難いが、絶不調と呼べるほどでは無い。つまりは普通だ。いつも通りに動かす事が出来る。後はテンションがついてくれば自然と最高のパフォーマンスを発揮出来るだろう。

 

「試験の内容は模擬戦や。ウチのとこから一人出すから、その子と戦ってもらうで」

 

「一応聞いておくけど殺しは?」

 

「実力が見たいから本気でやってくれたらええわ。流石に殺しはダメやけどな」

 

 殺しは無し。本気でやれという条件付きだが、やっている事は一週間前の夜にやった事と変わりは無い。出来る事ならば、Lv.4以上が相手になってくれると嬉しいがどうだろうかと思っていると、模擬戦の担当者が前に出てきた。

 

 出て来たのは少女だった。眩い金の長髪を靡かせ、胸部と腕だけにプロテクターを装備している。そして髪と同じ金眼で真っ直ぐに俺を見据え、腰に下げていたサーベルの様な剣を引き抜いた。

 

 そして何より、強いと一眼で分かった。少なくともアヤメ以上に強い。それだけ分かれば十分だった。

 

「お嬢ちゃんがお相手かい?」

 

「お嬢ちゃんじゃない。アイズ、アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

「そりゃあ失敬、漣蔵人だ。呼びにくければクラウドと呼んでくれ」

 

 表情が乏しいと思っていたが、お嬢ちゃん呼びが気に入らなかった様で少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。どうやら精神は年相応と見て間違いなさそうだ。褒められる手段では無いが、煽ったり仲間を侮辱する事で冷静さを奪う事が出来る。

 

「あぁそうそう、名前呼びと家名呼びどっちが良い?」

 

「アイズで良い」

 

「助かる。一々ヴァレンシュタイン呼びだと長くて噛みそうになるからな」

 

 彼我の距離は10mあるかないかといったところ。アイズはサーベルを右手に持って軽く腰を落としている。余分な力が入っておらず、すぐに動く事が出来る良い構え方だ。

 

「それじゃ行くで?」

 

 ロキが右手を掲げる。あれが降ろされたと同時に開始という事だろう。

 

 それを見て、アイズが僅かに身体を前のめりにさせる。それに対して俺は自然体。刀に手を伸ばす事もせずに、手をダラリと伸ばして無防備を曝け出している。それを見て入団希望者たちから、そして団員たちから声があがってあるのが聞こえるがそれを無視する。

 

「ーーー始めッ!!」

 

 ロキの右手が振り下ろされた瞬間、アイズは足に力を込めて前に突貫しようとしていた。

 

 それよりも早くにアイズとの距離を縮地で詰め、抜刀と同時に彼女の首を斬った。

 

 



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ロキ・ファミリア・3



明けましておめでとうございます!!これが私からのお年玉だ!!




 

 

「まずは一つ」

 

 抜刀術にて振るわれた一閃はアイズの首を断ち切る事は無かった。殺しは無しだと言われているのに要らぬ殺しをして確執を作る必要は無い。

 

 その代わりに、アイズの首には一筋の傷が刻まれた。骨にも、肉にも、血管にも届いていない、皮だけを斬った。

 

「次いで二つ」

 

 斬られたと思っているのか身体を硬直させているその隙、返す刀でアイズの胴体を袈裟斬りにする。服も身体も傷付ける事なく、胸当てだけを斬り捨てる。

 

「そんで、三つ!!」

 

 流石に二度目ともなれば慣れるのか、目を見開きながらもサーベルを横長に振るう。それをしゃがみ込んで躱し、体勢を低くしたまま足払いをかける。そして彼女に背中を向けたまま、鞘の先端部を彼女の鳩尾に叩き込む。

 

 常人にこんなことをすれば間違いなく入院沙汰になるか、最悪死ぬだろうが生憎とアイズは冒険者である。人体の急所の一つの鳩尾に打撃を食らってダメージにはなっているものの、そこを押さえ込んで蹲っている()()で済んでいる。

 

「ロキ、まだやるの?」

 

「いや、もうええわ……てか自分、ホンマに強かったんやな。アイズたんが一方的にやられるとは……」

 

「俺が強かったってのもあるが、こいつがなってなかったってのもあるな。殺し合いじゃないとはいえ、相手を見下してる時点で話にならん。これならアヤメとやった時の方が楽しかったわ」

 

 アヤメよりも強いと感じ取ったのだ、恐らくはアイズの冒険者としてのLv.は5以上あるのだろう。しかし、彼女からは油断が見て取れた。それは仕方がない事だ。何せ俺は神の恩恵(ステイタス)を持たないのだから、持っている彼女からしたら俺は格下だと認識されてもおかしくない。

 

 正直なところ、ガッカリである。これなら一週間前のフレイヤのファミリアの団員とやった時の方が楽しかった。あの時はLv.1の冒険者を倒したところを見せたからという事を差し引いたとしてもLv.が高いからと、神の恩恵(ステイタス)を持たないからと、そんな程度の事で油断していては話にならない。

 

 蹲ってえづきながらも睨んでいるアイズに背中を向け、アヤメの元に戻る。その際に、他の入団希望者たちを見たのだが、始めと違って彼らは二つのグループに別れていた。

 

 一つはアイズの姿を見て油断している者たち。高レベルの冒険者なんてこんなものかと、参考にならない俺を参考にして気を緩めている。

 

 もう一つは俺の姿を見て気合を入れている者たち。アイズが弱かったのでは無く、俺が上手だったから勝てたのだと理解して、自分も勝つぞと意気込んでいる。合格者が出るとなればこっちのグループから出るだろう。前者のグループはそもそもの心構えがなっていない。俺と対峙した時のアイズと似たような者たちに何を期待しろというのか。

 

「終わったぞ」

 

「見事だな。よもや剣姫をあそこまで一方的に叩き潰すとはな」

 

「油断してたからその隙をついてボコしただけだよ。やっぱり油断は最強の毒だわ。どんな奴でも簡単に殺せるんだからな」

 

「油断してたからとはいえ、相手はLv.5の冒険者だぞ?そんな一方的にやれるものなのか?」

 

「どんなに強かろうと油断してる時点で話にならねぇよ。一週間前で考えてみろよ。事前情報無しの状態で恩恵(ファルナ)無しの俺と戦う事になったら、油断しないって言えるか?」

 

「……無理だな。フレイヤ様が目をつけていたという前提があったとしても恩恵(ファルナ)を持たない一般人なんて相手では無いと油断する」

 

「油断してくれるのなら、今の俺ならLv.6だろうが殺せる自身はあるぜ?まぁ、オッタルに関しては何かする前に殺されるイメージしか出来ないけどな」

 

 油断してるのならLv.6だろうが初撃で殺せる自身はある。油断していないのなら、最悪は相打ちにまでは持っていけると確信している。

 

 だが、オッタルは別格だ。何をしたところで行動を完了させる前に殺されるイメージしか出来ない。技量や経験などでは無く、生物としての身体能力がかけ離れ過ぎているからという理由でだ。追いつくためには俺の身体能力を上げれば良いだけの話になるが、残念ながら地球では今から四十代頃までこれ以上身体能力を上げることは出来ずに、それ以降は老化で落とす事になったーーーつまり、肉体的には今が全盛期なのだ。どう頑張っても今のままでは身体能力ではオッタルには追いつかないだろう。

 

 そこで恩恵(ファルナ)だ。神の恩恵(ステイタス)が刻まれれば、経験値を稼ぐ必要があるものの今以上の身体能力を得ることが出来る。Lv.5相当の身体能力があれば、正面から戦っても勝負になると踏んでいる。

 

 どれだけ時間がかかるのか分からないが、その日が来る事を考えると胸が踊る。どうやって戦うのかをイメージしながら、服が汚れる事を気にせずに腰を下ろす。

 

 模擬戦だがアイズは下がり、ディムナが担当するようだった。鳩尾への一撃が効いているのか、それとも最初からそのつもりだったかは分からないが、どちらにしても入団希望者の合格者は先の評価で間違い無いだろう。

 

「そういえばアヤメはどうなるんだ?やっぱり模擬戦するのか?」

 

「いや、私は既に良くも悪くも実力は知れているからな。模擬戦は行わずにこの後に簡単な面接をしてそこで合否を決めると言われた」

 

「高レベルの冒険者ともなれば扱いは違ってくるもんだな」

 

 ランクアップを控えたLv.4の冒険者のアヤメだ。多少のデメリットを覚悟してでも引き入れて戦力を強化したいと考えるのが普通だろう。もっとも【斬り裂き魔(マリアザリッパー)】というロンドンの殺人鬼のような二つ名と、門番の腰を抜かさんばかりの反応を見た後では不安しか覚えないのだが。

 

 ともあれ、俺の試験は終わったのだ。他の希望者たちが終わるまでの時間が出来てしまった。なので荷袋から包みを取り出す。店を出る時にリオンから受け取ったサンドイッチだ。昼には少し早いのだが、このタイミングを逃すと食べられなくなるかもしれないので今の内に食べる事にする。

 

「なんや自分、弁当持参かいな?真面目やな〜」

 

「お前、こっち来てて良いの?模擬戦見てなくて良いの?」

 

「ウチの子たちはしっかりしとるからな。こういう事はみんなに任せるって決めとるんや」

 

「それで良いのかよ……」

 

 眷属任せで良いのかと思ったが、フレイヤの様に主神の意思だけで入団を決めるよりはマシなのだろうと納得する。

 

 背後から覗き込んでいるロキを無視して包みを開く。木で出来た弁当箱の中に食パンのサンドイッチが入っている。が、見た目が酷かった。綺麗に切られた食パンがあれば、何度も切ろうとして失敗したのか切り口がガタガタになっている物もある。具材も同じように失敗している物とそうで無い物とで分かれている。

 

 恐らく、失敗している部分はリオンが担当していたのだろう。彼女はアーニャからポンコツエルフだとからかわれるくらいに不器用だ。女将がリオンには野菜の下拵えを任せなかったと言えばその酷さが理解出来るだろう。

 

 だが、見た目の醜美は問題では無い。自分が不器用だと理解している彼女が失敗してでも、シルの手を借りてでも料理を作りたいと思って作ったのだ。その気持ちが嬉しい。

 

 その事に頬を緩ませながら焦げの目立った卵焼きが挟まれたタマゴサンドを手に取って口に運ぶ。見た目通りに焦げているので苦味が強く、卵の殻が入っていてジャリジャリと歯応えがある。その上、塩加減を間違えたのか酷く塩っ辛い。

 

 総評すれば不味いに尽きるが、それを加味しても俺の心は満たされていた。

 

「何やこれ?失敗作かいな?」

 

「不器用な奴がそれを理解していながら一生懸命に作ってくれた料理だよ。味と見た目は酷いかもしれないけど、気持ちが篭っていて嬉しい」

 

「……作ったの美女か?」

 

「美少女だな。外観だけで言えば、あんな別嬪は向こうを含めて初めて見た」

 

「別嬪さんの作った手作り弁当!!くれ!!ウチにくれ!!」

 

「やるかよ、ブァーカ」

 

 別嬪というところがロキの琴線に触れたのか、やたらと食い気味に弁当箱に向かって手を伸ばしてくるのを躱し、地面に押し倒してその上に座る。

 

「これはあいつが俺の事を考えながら作ってくれた弁当だ。これを食べる権利は俺だけにある。例え神だろうが、食べカスの一欠片とて食わしてやるかよ」

 

「かぁー!!自分カッコええなぁ!!分かった分かった、食べへんから退いてくれや」

 

 嘘を言っている様子は無いのでロキの上から退き、次のサンドイッチに手を伸ばす。ベーコン、レタス、トマトのシンプルなサンドイッチだが、やっぱりと言うべきか具材の見た目が酷い。ベーコンは焦げで半分近く炭になり、レタスはサイズがバラバラに千切られていて、トマトも切るときに力を入れ過ぎたのか潰れかけている。

 

 酷いは酷いが、これを作っているリオンの姿を思い浮かべると微笑ましく感じる。

 

「あ、いたいた!!おーい!!」

 

 サンドイッチを食べながら希望者たちの模擬戦を見学していると声を掛けられた。した方向を見れば、そこにいたのはアイズを引き連れた矢鱈と露出の多い服装をした褐色肌の少女。明らかに俺に視線を向けているので、俺が目的なのだろう。

 

「ん?どうした?」

 

「あたしティオナって言うの!!名前は?」

 

「漣蔵人、クラウドで良いぞ。何かあったのか?」

 

「あたしじゃなくてアイズが用事があるんだけどね。ほら、アイズ」

 

「う、うん……」

 

 ティオナに背中を押されながら、アイズが前に出る。鳩尾に打撃を与えたはずだが、ダメージが残っている様には見えない。冒険者特有の物なのか、それとも回復薬で回復したのかは定かでは無いが、ここまで平然と歩かれては少しだけ凹んでしまう。

 

「あ、あの……良かったらもう一度戦ってほしい」

 

「油断してたから?模擬戦だから手を抜いてたから?次は自分が勝てると言いたいのか?」

 

 アイズの再戦の申し出に対してやや辛辣に対応する。アイズは神の恩恵(ステイタス)を与えられていない俺の事を見下していたかもしれない。ディムナに模擬戦だから手を抜けと指示されていたかもしれない。だが、模擬戦で勝ったのは俺だ。ワザワザ三度も殺せるチャンスがあったと教えてやった上で勝ったのだ。厳しい対応をしても許されるだろう。

 

 後方からエルフの少女が睨んでくるが、態度を変える事はしない。力試しという点ではフレイヤ・ファミリアの団員たちも同じで、その上で彼らは全力で挑んできたのだ。彼らを先に見た以上、アイズの申し出は余りにも虫が良すぎる。

 

「それは……ごめんなさい」

 

「そっちの事情は大体察してるけどな。まぁだからと言ってた納得するかは別だ」

 

「もう、ケチケチしないでもう一回ぐらい戦えば良いじゃん!!」

 

「そりゃあそうだけど感情の問題なんだよ」

 

「強く……強く、なりたい。誰にも負けないくらいに、大切なものを守れるくらいに。だから」

 

「強くなりたいから、俺と戦えと?」

 

 それは俺に自分が強くなるための糧になれと言っているのと同意義である。それを理解しているのかしていないのか、アイズは真剣な表情で頷きを返した。その表情から、アイズが強くなる事に対して執着しているのか見て取れる。二十歳にならない少女だというのにだ。俺やアヤメの様に箍の外れた連中とは違うのは見てわかる。過去に何かしらがあったのだろう。

 

 愚直なまでに強くなる事に執着しているーーーその姿は、とても俺好みだった。

 

「良いぞ。取り敢えず、入団試験終わってから一度やろうか」

 

「……良いの?」

 

「あぁ、俺としてもLv.5と戦えるからな」

 

 アヤメはランクアップを控えていたとしてもLv.4なのだ。俺からしてもちゃんとしたLv.5の冒険者との戦闘経験が得られるのだ。アイズの成長の為という事を差し引いてもメリットもある。

 

 油断していないLv.5の冒険者との戦闘が出来ることを喜びながら、将来有望そうな奴は居ないかとサンドイッチを頬張りながら模擬戦を観戦することにしたい。

 

 






アイズは漣が強い事を知らず、ロキから推薦されたということしか知らなかったので普通に油断していた。それを漣を見逃すわけが無く殺さない様に、だけど殺せたぞと教えながら模擬戦終了。素面で冒険者級の身体能力を持っていると分かってなかったらそりゃー油断するよ。



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ロキ・ファミリア・4

 

 

「それでは、合格者を発表する」

 

 試験が全て終わり、話し合いを経て合格者の発表となった。入団希望者たちの反応はここでも二つに分かれている。間違いなく合格したと考えて浮ついている者と、合格している事を願って強張っている者だ。

 

 合格者が出るのなら、間違いなく後者のグループから出ると信じている。前のグループは戦い方が雑で、お世辞にも使える人材だとは思えない。ディムナが手を抜いて自分から仕掛ける事なく相手をしていることにも気がついていない様だった。反対に後者のグループは手を抜かれている事を自覚して模擬戦に望んでいた。緊張で身体を強張らせながらも、最大限のパフォーマンスを発揮しようとしていた。

 

 明らかに後者の方がいい人材が揃っている。使えない人材をわざわざ使えるようにするよりも、元から使える者達を育てた方が手間的にも資金的にも有益だ。組織のトップに立つ様な人間なのだから、その事くらいは理解しているだろう。

 

 事実、ディムナが挙げる名前は後者のグループの者しか出ていない。ディムナの視線を見れば分かる。彼の目は、前者のグループを見ていない。後者のグループだけを見て、どう育てようか思案している。

 

「ーーーそして、サザナミ・クラウド。以上だ」

 

「あいよ」

 

 ディムナに名を呼ばれて一喜一憂しながら前に出ている者達を微笑ましく見ていると、俺の名が呼ばれた。最後の合格者が発表された事であり得ないと驚愕の表情を浮かべている者たちを、ダメだったかと上を向いて涙を堪えている者達を通り過ぎて前に出る。

 

「残念ながら他の者たちは不合格だ。とは言っても君達が弱いという訳ではないことを理解して欲しい」

 

 後者のグループだった者達はディムナの言葉を受け入れて大人しくこの場を去ろうとするが、前者のグループだった者達はそれが認められずに詰め寄ろうとしてくる。

 

 それを、ディムナの隣に立っていたドワーフの男性が一睨みで黙らせた。鼻息荒く、ディムナに詰め寄ろうとしていた者達がドワーフの男性が放つ無言の圧力に負けて後ろに下がる。

 

 その光景を見て、ディムナの弱点とも言える物が垣間見えた気がする。ファミリアの団長を務めているだけあって、組織のトップに立つ為に必要な素質は持ち合わせているのだろう。が、見た目が幼過ぎる。知っている者なら兎も角、知らない者では外見から舐められてしまう。成長の遅い種族なのだろうから見た目以上に歳を重ねているのだろうが、団長としては致命的な弱点だろう。

 

 オッタルの様に一目見ただけで分かるような風格があれば良かったのだが、それは無い物ねだりなのだろう。

 

「さて、合格者たちはこれから簡単な面接をしてもらうつもりでいたんだが……」

 

「悪いな、ちょっと私用を優先させてもらうわ」

 

 予めアイズとティオナから話を聞いていたのだろう。ディムナが視線を向けてくるので、前に出る。

 

「出来る限りやり過ぎない様にして欲しいんだが……」

 

「ごめんね、思いっきり怪我する前提でやるから」

 

「やっぱりかぁ……こんな事を君に頼むのは筋違いかもしれないが、アイズの事をよろしく頼む。彼女は強くなる事への執着心が強過ぎるんだ。今はまだ大丈夫だが、今後それが原因で取り返しのつかない事になりそうなんだよ」

 

「幾らかは指導してやるつもりだけど、俺が出来るのは戦う事くらいだ。それで何を思って何を感じるのかはあいつ次第だぞ」

 

「それで構わないよ。あぁ、勿論やり過ぎだと判断したら止めに入るからね?」

 

「それは良いんだけど、あっちの方見てくんない?」

 

 先に立って剣を抜いて待ち構えているアイズ。その遠く離れた背後から、まるで親の仇でも見ているかの様な目つきで睨んでくるエルフの少女と狼の耳と尻尾を生やした青年の姿があった。

 

「俺何かやった……は、やったな。でも、模擬戦だからセーフだろ?あんなに睨まれる筋合い無いんだけど」

 

後者はまだアイズに対して恋心を持っていて、彼女を倒した俺に敵愾心を抱いているのだと言われれば納得は出来る。が、前者はどうしてあんな目つきで睨んでくるのだろうか。しかも、狼の青年と同じような視線を向けてきている。他の団員たちの反応からするに仲間がやられたからという理由では無さそうだが。

 

「レフィーヤ……ベート……うん、僕から言っておくから、少し待ってくれるかな?」

 

「よろしく頼むわ」

 

 不意を狙っている訳ではなく、ただ睨んできているだけなのは分かるが、油断無しのLv.5の冒険者と戦うのにあの無粋な視線は頂けない。フレイヤ・ファミリアの団員たちとやった時の様な、一挙一動を見逃さんとする視線ならば良かったのだが。

 

 溜息をつきながらエルフの少女と狼の青年の元に向かっていったディムナの背中に中間管理職の人の様な哀愁が漂っているのを感じながらアイズの前に立つ。

 

 模擬戦の時とは違う。俺の事を格下だとは見ておらず、敵だと認識してくれている。流石に殺意を放っている訳では無いが、それでも抜き身の剣を思わせるような鋭い闘気を放っていた。

 

 

「ごめんなさい、私の我儘に付き合ってもらって」

 

「何、気にするな。若人の我儘に付き合ってやるのも歳上の務めだからな」

 

「……何歳なの?」

 

「歳は……幾つだったか?確か90は超えてた筈だけど」

 

「……」

 

 アイズからの無言の圧力が強まる。どうやら巫山戯ていると捉えられたようだ。本当の事を言っているのだが、事情を知らない者からすれば確かに巫山戯ていると思われても仕方の無い。俺でさえどうして若返っているのか理解出来ていないのだ。

 

 これ以上、何を言ったところで無意味だろうと判断して刀を抜く。

 

「さて、ルールはどうする?模擬戦の時と同じなんてつまらないだろ?」

 

「貴方が決めて」

 

「丸投げかよ……なら目潰し、金的、急所狙い何でもありあり。終わりはどっちかが戦えなくなるまで、後はディムナたちが止めに来るまでだな」

 

 エルフの少女と狼の青年からの睨む視線は無くなったが、その代わりにディムナとドワーフの男性、それとエルフの女性からの視線が強くなっている。一先ずは好きにやらしてくれるようだが、何かあれば止めに入るという気迫を隠そうとしない。

 

 加えて、その三人は全員がアイズよりも強いと見て分かった。単純にLv.がアイズよりも上……Lv.6辺りだろうか。一対一なら兎も角、三人同士で仕掛けられたら一人相打ちに持っていければ御の字だろうと判断出来る。

 

 もっとも、入団が決まっている俺を殺そうとしているとは思えないのだが。

 

「付け加えて言うのなら、死んだなら死んだ方が悪いって事だけだ」

 

 ピクリと、アイズの眉が僅かに動いた。大方どうして手合わせで死ぬことになるのかとでも思っているのだろう。分かる、その気持ちはよく分かる。手合わせとは自分がどこまで出来るかや、戦い方を学ぶ為の鍛錬であって殺し合いでは無いのだ。

 

 だが、我が家では違った。手合わせは殺し合いとほぼ同意義だったのだ。無論、意図して殺す訳では無いが、真剣を使っての手合わせとなれば不慮の事故が起きないとは限らない。だからこそ、手合わせで死んだのなら死んだ奴が悪いと親父と爺から教えられていたのだ。

 

 いや、実に懐かしい。戦争になる前では良く親父と爺とこのルールで手合わせをしていた。刀を使えば勝つには勝てたが、それ以外の手段や武器縛り無しの場合ではガチガチにメタを張られて一方的に半殺しにされる事など日常茶飯事だったのだ。戦争中は普通に殺し合いで、戦後は相手になりそうな者など誰も居なくてただ一人で寂しく剣を振るうだけの日々だった。

 

 親父と爺とやって以来の、久方ぶりの手合わせだ。フレイヤの時のような一方的に試される様なものとは違う。ストッパーが存在しているものの、好き勝手に戦う事が出来る。

 

 否応無しに、気分が高まると言うものだ。

 

 その気分の高まりのままに行動を起こす。無拍子でアイズの間合いへと踏み込んで首に目掛けて刀を振るう。真正面からの奇襲、模擬戦の初手と全く同じ。あの時はアイズは全く反応する事ができずに首を斬られていたが、二度目だからなのか、油断していなかったからなのか、サーベルで防がれた。

 

「ッ!?」

 

「反応出来たな?良し良し」

 

 金属同士がぶつかった事で火花を飛び散らせながら、アイズは硬直状態を嫌ったのか後ろに飛び退く。アイズの姿からその場に留まって戦うのではなく、動きながら戦うタイプを想像していたが、今の反応を見る限りでは合っているようだ。

 

 それよりも気になるのは刀越しに感じたサーベルの手応えだ。外見は普通のサーベルと変わらないのだが、妙に手応えが硬かったのだ。俺の知らない異世界産の金属を使っているからなのか、それとも別の要因があるのかは分からないが、無理に斬ろうとすれば刀の方が折れてしまうだろうと簡単に想像出来る。

 

 ならば武器破壊は無しの方向で戦えば良いだけの話だ。問題があるとすれば、Lv.5の冒険者であるアイズの身体がどの位硬いのかという点だ。一応近いレベルのアヤメを斬る事が出来たし、皮一枚だけだったとは言え斬ることには斬れた。後は肉と骨が斬れるかと言う問題だけだが……考えたところでどうする事も出来ない。アヤメと同じように斬ってみて確かめよう。

 

「それじゃ気を張っとけ、緊張を緩めるな。加減しないで行くぞ」

 

 身体能力に限って言えば俺よりも格上の存在との手合わせに心を躍らせながら、縮地で距離を詰めて再びアイズへと斬りかかった。

 

 






不壊属性(デュランダル)とかいう斬鉄メタ。斬れ味が落ちるけど壊れないとかいう。初っ端っから斬鉄でサーベル斬ろうとしてたらこれが原因で折れてたよ。



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ロキ・ファミリア・5

 

 

 追撃を躱されたのち、慌てる事なく無防備に、悠々とアイズに近づく。戦いというのは凡そ流れを掴んだものが勝つ。幾ら強くとも流れを掴むことが出来なければ勝つことが出来ず、逆に弱くとも流れを最後まで掴むことが出来るのならば勝つ事が出来る。オッタルの様な流れを強引に奪い取るような例外が存在するが、そんな存在はごく一部の実力者だけだ。

 

 故に、アイズを()()。模擬戦で三度殺す事が出来たと教えてやった。手合わせの初撃をわざわざ模擬戦のそれと同じにしてやり、こうして俺が優位に立っていると行動で示してみせる。それを見てアイズはどう思うだろうか?

 

 熟練の者ならば、煽られている事に気付かなくてもマイペースに戦い、流れを掴もうとするだろう。

 

 玄人の者ならば、煽られていることに気がつけばどうにかと言ったところ。

 

 ならばアイズは?確かに冒険者としてLv.5という一級の高みに到達する程に修羅場をくぐって来たのだろう。しかし、これまでの彼女の所作を見る限りでは、精神は年相応の成熟しかしていない。負けず嫌いの年頃の少女と言ったところだろう。

 

 そんな彼女の前で、俺が上だと行動する。お前は下だと態度で示す。

 

 思惑通り、アイズはそれが気に入らなかったようで、端正な顔を僅かに苛立ちで歪めると地面を蹴り真っ直ぐに俺へと向かい、サーベルを振るう。

 

 閃光が瞬いだ。そう表現するしかない剣撃が少女の細腕から放たれる。

 

 俺の動体視力を持ってしても霞んで見えてしまう程の速度ではあるものの、()()()()()()()()()()()()()。振るわれる剣そのものが見えなくとも剣の間合いと腕の可動範囲、それと身体の力み具合と振るう為の初期動作さえ視認できれば振るわれる剣の軌道は簡単に予想出来る。

 

 敢えてその場に立ち止まり、上半身を動かして剣撃を躱し続ける。一閃一閃が身体の間近を通り過ぎ、風を切る音が耳に届く。それだけで良く練られた剣だと理解出来るが、どこか歪さがあるように感じた。

 

 一撃が余りにも力み過ぎているのだ。Lv.5の膂力ともなれば人は簡単に殺せるだろうに、それ以上の力を入れて振るっているので僅かだが剣が鈍ってしまっている。

 

 しかし、冒険者という存在が何であったのかを思い出してその疑問は氷解した。

 

 冒険者とはモンスターと、つまり人以外の敵と戦う事を主としている。時には人よりも大きく、人よりも硬いモンスターと戦う事もあるのだろう。そんな存在を殺そうとすれば、人を殺す以上の力を込める必要がある。

 

 俺が感じた歪さの正体は、アイズの剣が化物殺しの剣である事だった。俺の人を殺す為の剣とは違うのだから、違和感を感じて当然だった。

 

 疑問に対して納得出来る答えを得られた事に満足しながら反撃を行う。いかに霞んで見える程の速度であろうが、何度も見せつけられれば嫌でも目が慣れる。その上、立ち止まっている俺に当たる事が出来なくて焦っているのか、剣が段々と単調になって来ている。

 

 振るわれる剣撃、その内の刺突を選んでしゃがんで躱し、手首を掴んで肘を下に向けさせ、巻き込むようにして背負い投げる。逆関節を決めた投げの結果は常時であれば折るか挫くかのどちらかなのだが、関節が硬すぎる為にどちらでも無くただ投げるだけという結果に終わる。

 

 無理矢理に関節を逆に曲げようとしたのだから多少の痛みはあるだろうが直ぐに引いてしまう程度でしか無いだろう。折れるまではいかないにしても挫くくらいはしておきたかったと残念に思いながら空中で蜻蛉を切って着地したアイズの反撃の拳打を仰け反りながら避け、

 

「シィッ!!」

 

 踏み込んできた足の膝に、全力の蹴りを叩き込む。

 

「ッ!!」

 

「呵々ッ!!硬い硬いわ、まるで鋼だ!!」

 

 顔を顰めながら退いた反応からするに痛いと感じてくれる程の威力はあったらしい。折る事は出来なかったが、これで多少でも足を止めてくれると助かるんだがと考えながら、蹴った足の具合を確認する。

 

 折れては無いだろう。だが、恐らくは足の甲にはヒビが入っている。まさか全力だったとは言え、蹴った方のダメージが大きいとは思いもしなかった。しかし、それも蹴った時の感触を思い起こせば納得出来る。

 

 華奢な少女の脚だというのに、まるで鋼を蹴ったかの様な手応えが返ってきた。

 

 見通しの甘かった自分の行いに呆れながら、恩恵(ファルナ)の与えた効果に身震いする。よもや、華奢な肢体の少女をあそこまで別物にするとは思いもしなかった。Lv.5なんぞ、所詮はLv.4(アヤメ)の延長線上でしか無いと考えていた自分を殴り殺したくなる。

 

 ヒビが入っているであろう部分の周囲の肉を締めて固定し、簡易のギブスとしながら状況を整理する。投げは無意味、蹴りはダメージを与えられるものの蹴ったこちらが負傷する。あれが向こうの本気かは定かでは無いが、剣撃は避けられる。あと試していないのは拳打と刀による斬撃。拳打は打ち込めば拳が砕ける事が予想され、斬撃は蹴った時の感触からは恐らく通るだろうと思われる。

 

 有効なのは斬撃なのだろうが、俺の拳打がLv.5(アイズ)に通じるか試したい。適当な斬撃を釣り餌にして腹パンでも決めるかと考えたところでアイズが動いた。

 

ーーー目覚めよ(テンペスト)

 

 たった一言、それだけで明確な変化が生まれる。

 

 アイズを、正確には彼女のサーベルを中心に風が生まれる。通常ならば視認出来ないはずである大気の流れが、明確になる程の濃度を持って顕現する。それは科学的には起こり得ない現象であった。地球に居れば決して見る事が出来なかった現象であり、こちらの世界に飛ばされたから目にする事が出来た。

 

 説明不可能な物理現象の発言ーーー即ち、魔法と呼ばれる神秘の術。

 

「ーーー呵」

 

 暴風……いや、瀑布のように吹き荒れる風を一身に受け、飛ばされぬように足の五指で地面を掴み踏み締める。台風とは比べ物にならない程に暴力的な風力。地球で似たようなものがあるとすれば、爆風だろうか。

 

「呵々ーーー」

 

 アイズが剣を振るった。それにより、纏っていた風が擬似的な斬撃となって放たれる。違う、あれは斬撃などという高尚なものでは無い。進路上に存在する何もかもを飲み干して砕く、純粋な暴力だ。受け止めようとしたところでそのまま飲み込まれてお終いだ。Lv.4(アヤメ)程の、或いはLv.3程の頑丈さがあれば飲み込まれても重傷程度で抑えられるだろうが、俺では即死すると本能で理解した。

 

 視界の端でディムナたちが慌てているのが見える。だがもう遅い、即死の一撃は既に放たれた。

 

 

唸りを上げながら飲み込まんと迫る暴力の塊を前にして、

 

精神と肉体、そして魂が噛み合った。

 

「なんだそりゃァァァーーーッ!!」

 

 無造作に、力任せに迫り来る瀑布の暴力に向かって一閃。技巧など欠片も感じさせない剣技が、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 風が断ち斬られた事で訪れるのは凪。斬ったという事実により無風の空間がうまれる。が、アイズから吹き荒れる暴風は衰えない。すぐさま後方へと飛び退いて再び迫っていた暴風の圏外へと避難する。

 

 訓練場は風が吹き荒れる以外の音が消えていた。手合わせを見ていた観客たちの声が無くなり、動こうとしていたディムナたちも硬直している。

 

 ただ一人、今の出来事が愉快だと隠さずに笑う俺を除いて。

 

「呵々ッ!!呵々!!良いね良いなぁ!!やれば出来るじゃないか!!あぁ、今のは良かったぞ!!お陰で寝ぼけてたのが起きてきた……!!」

 

 笑う。笑う。死が確定していた一撃を斬り捨て、それが楽しいと獰猛に。

 

 地球では戦争を終えてからは命のやり取りどころか手合わせすらしていなかった。フレイヤ・ファミリアの団員たちと戦った時が実戦としては久方振りで、それさえもアヤメを除いて命のやり取りをしているとは感じられなかった。身体の調子を確かめ、万全に戦う事が出来ると思っていたがそれは身体の方だけで、精神と魂の方がまだ寝ぼけていたらしい。

 

 要するに、長い間殺し合いをしていなかったので錆び付いていたのだ。アヤメの抜刀術で、完全に錆が落とせたと思っていたが、落としたりなかったようだった。それが今、アイズの一撃で落ちた。殺意は感じられなかったので意図して殺しにきた訳ではなさそうだが、俺が殺される一撃だと認識したのだ。

 

 たったそれだけの事かもしれないが、俺からすればそれが最重要であった。俺に限らず漣の人間は、基本的に精神論で戦っている。気分が乗らなくてもそこそこの能力で戦える。逆を言えば、気分が乗っているのなら、十割以上の能力を発揮する事が出来る。

 

 身体が軽いーーーイメージしたと同時に身体が思う通りに動く。

 

 視界が広いーーーされどもアイズの挙動は僅かな身動ぎであっても見逃さない。

 

 気分が高揚するーーー今であれば、オッタルでさえ斬れそうだ。

 

漣の血は起きた。

 

嗚呼、ようやく帰って来たと実感する。

 

 内側から湧き上がる衝動のままにアイズに向かって突貫する。逆巻く暴風が壁となって鬱陶しいが、巻き上げられる砂埃や木の葉の挙動から大凡の風速と風向きを察知し、断ち斬って無風の空間を作りながら前へ前へと進み続ける。

 

「手数が足りん!!」

 

 しかし相手は風を操る。砂埃や木の葉から予想が出来るとは言え、基本的には不可視であるそれを刀の一振りだけで斬り続けるのは困難だ。そこで使う予定のなかった小太刀を取り出し、それを振るう。刀に比べれば半分以下も無いリーチの小太刀だが、斬れる事には変わりない。

 

 そして、遂にアイズの眼前にまで辿り着く。

 

「ッ!!風よ!!」

 

「シャァッ!!」

 

 目の前の光景が信じられなかったのか唖然としていたアイズだが、間合いに入られた事で正気を取り戻してサーベルに風を纏わせての一閃。風そのものを推進力にしているのか、先の一閃よりも速いーーーが、それは剣速だけの話でしか無い。雑に振るわれた攻撃など、今ならば目を閉じていたとしても紙一重で躱せる。

 

 纏わりつく風を断ち斬りながらサーベルに刀を当て、僅かに軌道を晒しながら小太刀を振るう。

 

 火花を撒き散らしながら振り抜かれるサーベルと刀。

 

 しかし、振り切られていたサーベルを握るアイズの手には本来あるべき薬指と小指が欠けていた。

 

「硬い硬い!!が、斬れなくは無い」

 

 投げた時と同じように、蹴った時と同じように、小太刀を入れた時の感触は人ではなく金属を斬っているかのような物だった。それこそ、斬鉄でなければ斬れない程のもの。

 

 だが、斬る事は出来る。ならば問題ない。

 

「この……ッ!!」

 

「おっと、危ない危ない」

 

 風の放出を後ろに飛び避けながら、地面に転がるアイズの指を回収し、着地してからそれをディムナに向かって投げる。アヤメは腕を斬り落とされたが繋がったのだ。指の欠損でも恐らくは大丈夫だろう。

 

 出来上がった距離は遠い。縮地を使ったとしても一息では詰める事は出来ない。だというのに、アイズはそこから更に後ろに飛び退いて距離を取った。恐れをなして逃げたというわけではないだろう。そうであるなら、あの闘志に満ちた眼が矛盾してしまう。

 

 恐らく、彼女の狙いは必殺の一撃。この距離はそれを決めるために必要な助走なのだろう。俺から距離を詰めて潰しに行ってもいいが、折角の必殺をしようとしてくれるのだ。

 

 正面から、それを粉砕してやりたい。

 

 小太刀を納め、刀を片手に持って自然体のまま立つ。何をされようが、先に動かれようが後の先を取る事が出来るという確信がある。そしてアイズは集中しているのが目を閉じて深く呼吸をし、

 

ーーーリル・ラファーガ

 

 風の出力を上げ、その全てを推進力とし、閃光となって襲い掛かって来た。

 

漣式剣術ーーー雲耀一閃ッ!!

 

 マトモに振るっていたのでは後の先を取る事なく取られる一撃。それに対抗するべく、こちらもまた最速の一撃を持って迎え撃つ。示現流兵法剣術において空を走る稲妻の速さを示す言葉を冠した一閃が、彼女の纏う暴風を断ち斬って無防備な姿を曝け出させた。

 

 が、剣は届かなかった。あの速度で、あのタイミングならば届くと確信していた剣先が、アイズの身体に傷一つ付けることなく通り過ぎる。恐らくは微弱な緩急、向かってくる途中で速度を緩める事で俺の予想に届かなかった。

 

 そのセンスに思わず笑みを深める。見た限りではあの技は、終始全力で風を放出して敵目掛けて突貫する技の筈だ。それを咄嗟に緩急をつける事で相手のカウンターを外す事が出来るようにしたのだ。僅かでもタイミングを間違えれば斬られていたというのに、顔に似合わずに中々の豪胆のようだ。

 

 アイズの前に刀を振るい終わった無防備な姿を晒す。纏っている風こそ断ち斬ったが、推進力自体は未だに有効。斬り返すよりも先に彼女のサーベルが届くのは目に見えている。それはアイズも理解しているはずだ。

 

 だからだろう、刺突が放たれるのと同時に張り詰めていた彼女の気が僅かだが綻ぶ。意図して作り出されたわけではない、決定的な隙。

 

 それこそが、必殺の隙となる。

 

ーーー影追(かげおい)

 

 僅かに出来た意識の隙を縫うように、雲耀と同速で振るわれたのは刀の鞘。意識外から放たれた一撃をアイズは反応することが出来ず、無防備な側頭部でそれを受ける事になる。普段であれば必殺の一撃となるが、Lv.5の彼女に対しては負傷させる事も出来ないだろう。目的は頭部を叩いて脳を揺らす事である。

 

 が、影追の一撃をマトモに受けて脳を揺らされてもアイズは止まらなかった。懸命に手を伸ばし、サーベルの切っ先を俺の脇腹に届かせ、そしてコントロールを失って突貫してきた速度そのままに地面を転げ回る。泥塗れになりながら立ち上がろうとしているが、脳震盪を起こしてマトモに動けるはずがない。何度も失敗して倒れていた。

 

「終わりだな」

 

 アイズが立つことが出来なくなった、つまり戦う事が出来なくなった。殺し合いの場であれば容赦無く追撃に行くが、あくまでこれは手合わせなのだ。アイズは倒れ、俺は立っている。勝敗が明確に決まった以上、これで終いになる。

 

「そうしてくれると助かるよ。流石にこれ以上やられたら止めに入らないといけないからね」

 

 刀を鞘に納めるとディムナがやってくる。槍を担いでいるのは俺の事を警戒しているのか。その手に渡した筈のアイズの指が無いので、治療に向かっている誰かに手渡したのだろう。

 

「流石に引き際は心得てるよ。あれ以上は手合わせじゃなくて殺し合いになるしな……ま、やりたいっていうのなら喜んでやるけど!!」

 

「ところでクラウド、その傷大丈夫かい?」

 

 指を指された先は最後にサーベルが届いた脇腹。風を使っていたからなのか、斬られたのでは無くて抉られたような傷になっていて、ドクドクと血が流れ出している。

 

 あ、よく見たら腑が見える。

 

「あ〜普通に重傷だな、これ。流石に放置してたら死ぬかも……包帯と酒、後焼いて塞ぐから火をくんない?」

 

「ラウルッ!!ラウルゥーーーッ!!早くポーションを持って来てくれーーーッ!!」

 

 余裕ありげに振舞っていたが、流石に辛くなって来たので地面に座る。戦っている最中ならば脳内麻薬やらテンションやらで気にならなくなるが、終わればその全てが一気にやってくる。全身が鉛のように重たい、思っていたよりも消耗していたらしい。アイズを蹴ってヒビが入った足もジワジワと痛みを強めて故障を訴えている。血が流れ過ぎて身体が冷えていく久し振りの感覚が懐かしい。

 

 ともあれ、こんな所で死んではあの世で親父と爺に過呼吸になるまで爆笑されるのは目に見えている。負傷箇所の肉を締めて簡易の止血としながら、治せるであろう回復薬の到着を待つ事にした。

 

 





vsアイズたん終了。勝つには勝てたけどボロボロになり過ぎである。

まぁ、実戦だったら正面から戦わずに気配消して奇襲して殺すんだけどね!!



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ロキ・ファミリア・6

 

「おぉ、治ってる治ってる」

 

 医務室らしき部屋に担ぎ込まれ、ラウルと呼ばれた青年が持ってきた回復薬を傷口に掛けて暫くの間放置していたら、傷口は完全に塞がっていた。治療したからなのか、傷口だった部分と周囲の色は若干違っているが誤差の範囲である。アヤメの手を繋ぎ合わせたことからその効果は知っていたつもりだったが、これは認識を改める必要があるだろう。

 

「全く……ちゃんと死にそうなケガならそうだと言ってくれ」

 

「悪かったな、回復薬の存在は知ってたから大丈夫だと思ってたんだよ」

 

 椅子に腰掛けながら草臥れたような物言いのディムナに謝る。ケガの事を告げた時に一番慌て、治療に注力してくれたのは彼なのだ。キチガイだからと言ってここで頭を下げないのなら人として終わっている。

 

「さて、本来ならこのあとは面接のつもりだったけど後回しだ。食堂で入団を祝う宴をするから移動しようか」

 

「面接してないのに入団祝いに参加して良いのかよ」

 

「実力に関してはアイズとの戦いを見る限りでは申し分ない。寧ろ神の恩恵(ステイタス)が本当に刻まれていないのか疑うレベルだ。ダンジョンの探索に力を入れている僕らからしたら、君のような人材は是が非でも欲しい。人格面に関してもこれまでのやり取りで問題ないと判断してるしね」

 

「……実年齢何歳なの?もしかして若作り?」

 

「もう四十は超えてるよ」

 

 合法ショタだ、流石は異世界と驚きながらそれを一切口に出さずに、口笛を吹いて囃し立てる。それが気に障ったのか睨まれたので笑って誤魔化す事にする。

 

 強制的に寝かされていたベッドから降り、何度か足踏みをして足の具合を確かめる。回復薬が効いて来たのか、ヒビが入っていたはずの足は全く痛みを感じない。その気になれば無視して歩く事は出来たが、やはり痛まない方が良い。

 

 そのままディムナに案内され、食堂に向かう。ファミリアという大所帯だからなのか食堂はかなり広く、数多くのテーブルと椅子が設置されている。が、その殆どが人と料理で埋め尽くされていた。そして一角にはアヤメを含む五人が立たされている。恐らく、あれは入団者の集まりなのだろう。ディムナに視線を向ければ頷かれたのでそこへ向かう。

 

「さて皆、彼らが今日からロキ・ファミリアに加わることになった者たちだ。済まないが簡潔にで良いから自己紹介をしてもらえるかい?」

 

「ならば私から。ムラマサ・アヤメだ、フレイヤ・ファミリアから改宗(コンバート)して来た。よろしく頼む」

 

「ひゅ、ヒューム・ガラディヤです!!」

 

「リリシア・ブルームよ」

 

「アイニス・セルベルで〜す!!よかったらアイちゃんって呼んで下さ〜い!!」

 

 赤髪の少年、水色の髪のエルフの少女、紫の髪の犬耳の少女と、彼らの名前と顔を脳内で合わせて記憶する。これから先、新人だからと行動を一緒にする事があるだろう。その時に名前を間違えるなどというミスを犯したくない。

 

 ところでアヤメを含めて新人たちは誰もが顔が良いのは気のせいだろうか。いや、既存の団員たちもよく見れば綺麗どころが揃えられているように思える。これはたまたまか、それともロキの趣味だろうか。もしも後者ならば、良い趣味をしていると手を叩いて賞賛したい。

 

「色々と言いたい事はあるけど、堅苦しいのは抜きにしよう。今はこの宴を楽しみ、交流を深めて欲しい」

 

 ディムナがいつのまにか手にしていたジョッキを掲げる。俺たちの方にもラウルが渡して来たのでそれを受け取り、同様に掲げた。

 

「それではーーー乾杯!!」

 

 音頭に合わせて、団員たちが乾杯と叫ぶ。ビリビリと痺れるような声量に驚きながらも負けじと乾杯と叫び、ジョッキに注がれている物を一息に飲み干す。

 

 そして脇目も振らずにテーブルの上に所狭しと並べられた料理に手を伸ばした。回復薬のお陰で傷自体は治っているが、そこから流れ出した血液は無くなったままだ。それを補給する為に身体が栄養を求めている。

 

 まずはサラダ。ボウルに山盛りに盛り付けられたそれを傾け、フォークで全て口の中へと運ぶ。そして肉だ。ステーキや揚げ物などジャンルを問わずに肉物を手元に寄せ、ひたすらに口へ突っ込む。咀嚼している間にジョッキの中に近くにあった瓶の中身を注ぎ、渇きを感じたらそれを飲んで料理と一緒に流し込む。普段ならしないような食べ方だが許してほしい。今の最優先は栄養とカロリーなのだ。

 

 同席していたガラディヤとブルームがドン引きしているのを視界の端に捉えつつ、それを無視して食事を続ける。アヤメも最初は唖然としていたが、すぐに正気を取り戻して空になったジョッキの中身を入れてくれたり、料理を運んだりと甲斐甲斐しく世話をしてくれている。

 

 そうしてテーブルの上の料理がほとんど空になったところで手を止める。酒を飲んでいて気がついたのだが、ガラディヤとブルームの姿が見えなくなっている。恐らくは他の団員たちのところに向かったのだろう。セルベルは乾杯の音頭と同時に食堂の一角で歌い始めた。言動からしてアイドルでも目指しているのだろうか。

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

 必要最低限の量は詰められたので料理の味を楽しんでいるとアイズが現れた。チラリと視線を彼女の手に向けてみるが、そこにはちゃんと五指が存在していた。俺が回復薬で脇腹の傷を治していたように、彼女もキチンと指を着けられたらしい。

 

「よぅ、指はちゃんと着いたか?」

 

「うん。ちょっと痺れてるけど、その内無くなるって。隣座っても良い?」

 

「空いてるからどーぞ」

 

 左隣にはアヤメが陣取っているが、右隣は空いている。アイズは頷くと、俺の隣に腰を下ろした。

 

 山盛りのコロッケのような物が乗せられた皿と一緒に。

 

「……それ、何?」

 

「ジャガ丸くん」

 

「ジャガ丸くん」

 

「蔵人は知らんのか?潰した芋を揚げて作った物だ。剣姫はそれを好んでいると噂で聞いていたが……その様子からするに本当だったようだな」

 

「ジャガ丸くんは正義」

 

 アイズのような美少女が両手に持って頬張っている姿は絵になるのだが、いかんせん食べるスピードが早い。山盛りに盛られていたはずなのに、あっという間に残り数個まで減ってしまった。

 

「で、何か話しがあったんじゃないの?」

 

 そう尋ねるとアイズはジャガ丸くんを食べるのを止めた。だが、チラチラと俺とジャガ丸くんを見比べている。食べようか、それとも話をしようか迷っているようだ。

 

 どうしてだろう。その姿が餌を前に待てと言われた犬にしか見えない。

 

 ため息を吐き、先に食べてしまえと言えばアイズはそれまで以上のスピードでジャガ丸くんを食べ始め、あっという間に完食してしまった。これは好きとかでは無く、ジャンキーのレベルではないだろうか。

 

「教えてほしい。貴方はどうしてそんなに強いの?」

 

「強いって戦闘能力的な意味か?それとも精神的な意味?」

 

「両方とも」

 

「確かにそれは気になるな。蔵人の強さははっきり言って異常だ。恩恵(ファルナ)を持たずしてその強さは有り得ない。来訪者だからと言ってしまえばお終いかもしれんがな」

 

 それは重々理解している。恩恵を与えられていないというのにLv.5の冒険者を倒せたというのはアヤメが言っている通りに異常でしかない。それを可能としている要因には心当たりがある。

 

 仮定だがそれでも良いかと尋ねて了承を得られたので酒で口を湿らせて喋る準備を済ます。

 

「まずは戦闘能力的な強さだが、これは俺の家が関係している。俺の家は分かってるだけでも千年は続いててな、ずっと俺の代になるまでの間、戦う事だけを考えてた一族なんだよ。どういう戦い方が効率的に人を殺せるか、どういう風に鍛えれば人よりも力強くなれるのか、それを千年以上追い求め続けたんだよ。それに加えて俺は親父から剣なら三千世界で一等賞だって言われるくらいの才があったんだ。お前らの尺度がどうなのか分からんが、それだけやってたら俺みたいな化け物染みた事が出来て当然だと思うぞ」

 

 寧ろ、俺からすれば恩恵という後付けの要因だけであれだけの戦闘能力を得られる事の方が恐ろしい。漣が千年以上の時間をかけ、剣ならば三千世界で一等賞だと言われた俺が老いるまで剣を振るい続けた。

 

 だというのに、それでも届かない存在(オッタル)がいる。

 

 俺の背中に手が届きそうな者もいる。

 

 たった十数年だけで、漣の千年を越えようとしてくる。

 

 それは恐ろしい事でーーー同時に、とても喜ばしい事でもあった。

 

 何せ、強さだけで限定すれば地球で俺と並び立てる様な奴は極少数しか存在しなかった。しかも彼らは全員が俺よりも先に逝ってしまっている。それを孤高などと言えば聞こえが良いかもしれないが、実際には孤独以外の何物でもない。

 

 それがどうだ、こちらの世界では後付けの要因があれど俺に迫るような存在がゴロゴロいる。その上、俺を超えた存在までいるときた。喜ばない訳がない。

 

「んで精神的な面だけどな、これもさっきと同じだぞ。戦うために生きてきたから精神とか常人以上に強いんだよ。正確には普通ならストレスを感じるような事でも感じないって具合にな」

 

 戦っている最中ならば、例え親しい者が嬲り殺されたとしても平然と受け止めてそうした奴を殺す自信がある。腕を無くそうがそうかと納得して反撃で首を撥ね飛ばせる。

 

 要するに肉体の時と同じだ。千年以上の長い時間を掛け、精神も戦闘に最適化されているのだ。

 

「ぶっちゃけた話、参考にならないと思うぞ。何代も重ねてって話なら俺の家みたくすれば良いかもしれないけど、アイズが知りたいのは直ぐに強くなれる方法だろ?」

 

「……うん。私は強くなりたい」

 

「頑張れとしか言えねえなぁ」

 

 強くなるのに必要なのは時間だ。才能や素質なんて物はあるに越したことは無いが、所詮は助走の様な物でしかない。いかに愚鈍や無能であろうと、愚直なまでに鍛錬を続ければ強くなれる。

 

 見たところアイズには天賦の才があるようだ。恩恵という後押しにより、もしかすると時間さえかければ俺以上の剣の腕を持つことが出来るかもしれない。

 

 しかし、アイズは焦っているように見える。そう言ったところで納得せず、我武者羅に強さを追い求めるだろう。

 

 そうだとしても俺からは何も言わない。直向きに突っ走って望み通りに強くなろうが、それとも途中で力尽きて生き絶えようが、それは彼女が自分で選択して実行した事なのだから。ならば、どんな末路が待ち受けていようが受け入れなくてはならない。

 

「で、ロキは何の用だ?」

 

「……自分、後ろにも目ぇ付いとるんか?」

 

「気配で分かった」

 

 残った料理を肴に酒を楽しんでいるとロキの気配を背後から感じた。本人は隠れているつもりだろうが、超越存在(デウスデア)である彼女の気配は独特なのでバレバレである。

 

「うーん、神様もドン引きするわそれ。ちゅーかクラウド!!自分何美人さん二人も侍らしてるねん!!羨ましいわ!!」

 

「両手に華だ。嫉妬する権利をくれてやる」

 

 歯軋りをしながら地団駄を踏むという悔しがっているロキを嘲笑いならが酒を楽しむ。ロキとの掛け合いは楽で良い。神だからなのか分からないが、ノリそのものが地球のそれに近いのだ。普通なら首を傾げられそうなことでも、ロキならばそれを分かって乗ってくれる。

 

「あぁ、ちゃうちゃう。羨ましがりに来たんやないわ。クラウド、宴が終わったらうちの部屋に来ぃ。神の恩恵(ステイタス)刻むから」

 

「……そういえば刻んでなかったな」

 

「他の子たちはもう刻んだんやけどな、クラウドは医務室に運ばれてたから刻まなかってん。だからこの後に刻むで」

 

「了解。でも、今はそれよりもだ」

 

 食堂の一角から歓声が上がる。そこではドワーフの男性が高笑いをしながら倒れている青年の事を見下していた。傍に置かれている酒樽から察するに、飲み比べでもしていたのだろう。

 

「ガッハッハ!!儂の勝ちじゃい!!他に誰かおらんかぁ!?」

 

「頭空っぽにして楽しまにゃ損だよなぁ……!!俺がやるぞぉ!!」

 

 戦闘方面だけでは無く内臓の方も人外レベルだと知らしめるために、酒樽を抱えて笑っているドワーフの前へと飛び出した。

 

 

 

 

「いやぁ飲んだ飲んだ!!あれだけ飲んだのは久しぶりだなぁ!!」

 

「自分、何で火酒樽で空けて平気なん?」

 

「俺の肝臓がマッハでアルコール分解してるからだよ」

 

 夜が深まって宴会が終わったのち、俺はロキに言われた通りに彼女の部屋を訪れていた。空の酒瓶が転がっているのが目立つが、それを除けば落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 

「んで、神の恩恵(ステイタス)ってどうやって刻むの?刺青みたいにするのか?」

 

「そんな物騒なことはせんで。うちの血を背中に垂らすだけや。服脱いでそこに寝っ転がり」

 

 ロキの指示に従って服を脱ぎ、上半身裸になる。俺の身体を見て、ロキは口笛を吹いた。

 

「へぇ、中々ええ身体しとるやないの」

 

「もやしかと思ったか?残念!!細マッチョでした!!」

 

 割れた腹筋を見せびらかしながら力瘤を作ってマッチョアピールをする。実は俺の体重は見た目よりもかなり重たい。筋肉の量が多いからだ。そのお陰で人並み外れた膂力を出せる。

 

 二、三分ほどボディービルダーの真似事をしてロキを楽しませ、ベッドの上にうつ伏せになる。

 

「それじゃ、いくで?力抜いて楽にしぃ」

 

 股がられての確認に指で輪っかを作って応える。そしてポタリと、背中にロキの血が垂らされ、

 

その瞬間、身体の半分が消え失せた。

 

「ァーーー」

 

 いや、実際に無くした訳ではない。そう感じてしまうほどの虚脱感が襲って来たのだ。

 

「ガーーー」

 

 異変はそれだけに治らない。力が入らないという出来事だけでも一杯一杯だというのに、続け様に全身を縛られた様な感覚を覚えた。それはまるで鎖に縛られているかの様。

 

「ギ、ィーーーッ!!」

 

「うわ!?」

 

 咄嗟にロキを跳ね飛ばして床に転がる。虚脱感は未だに続き、縛られている感覚も無くならない。

 

 息苦しい。

 

 身体が重い。

 

 まるで重石を付けた状態で水の中にいるのではないかと錯覚してしまう。

 

「ちょ、大丈夫か自分!!」

 

「何だ、これは……!?何を、した……!!」

 

「何って、神の恩恵(ステイタス)を刻んだだけやけど……まさか!!」

 

 ロキに背後に回られる。それまでならば逃げることが出来ていたのだが、それさえも億劫になってしまっている。悪意は感じず、彼女の焦りも本心からの物だと分かるのでなすがままにされる。

 

「嘘やろ……こんなのありかいな……!?」

 

「おい……何が、あった……」

 

 その質問には答えず、ロキはテーブルの上に置いていた羽ペンを握って羊皮紙に走らせる。

 

 数十秒でその作業は終わり、羊皮紙を突き出されたのだが生憎とこちらの字はまだ読み書きが出来ない。その事を伝えると、苦々しい顔をしながら書かれている内容を教えてくれた。

 

 

 漣蔵人

 Lv.1

 力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

剣聖:B

《スキル》

【求道者】

・ステイタスの自動更新。

・ランクアップの際は神が必要。

縛鎖(グレイプニール)

・対象者の身体能力の制限。

・対象者の魂の制限。

・対象者のランクが上がる際、制限が一部解放される。

 

 

「……は?」

 

 まるでそれまでの俺を否定するかの様な内容に、間抜けな顔をしてそう零すしかなかった。

 

 





 クラウドの事ヤベーヤベーって感想で言ってるけど、冒険者の方がヤベーから。千年以上掛けて出来たのがクラウドだけど、オッタルとか数十年で超えてるから。

 ここまでやってまだ作者的なプロローグは終わってないんだよなぁ。もう少しだけ時間がかかるんじゃよ。



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月下の剣舞

 

 

 日も昇っていない、月明かりだけが頼りの暗闇の中で鞘を刀に見立てて握り、振るう。豊穣の女主人に居た頃にやっていたように、速さを可能な限り削ぎ落としてゆっくりと動く。やっていることは同じだが、あの時とは身体が別物になっている。

 

 ロキにステイタスを刻まれて発現したスキル【縛鎖(グレイプニール)】により、俺の身体能力は以前とは比べ物にならないレベルにまで低下してしまった。あの時は汗一つ流す事なく、余裕を持ってやれていたと言うのに、今では汗を滝のように流しながら一杯一杯の有様だ。

 

 それでも無駄にはならない。疲れた時の動き方を身体に刷り込ませる事ができる。筋肉や関節だけでは無く、指先まで意識を集中させて身体を動かす。

 

 そうして十数分程経った後に、強張った身体を解す為に大きく息を吐きながらイメージトレーニングを始める。

 

 鞘を構える。闇の中から五人の人影が現れる。

 

 フレイヤ・ファミリアのナイフ使い、剣使い、槍使いの三人。刀を構えたムラマサ・アヤメ。サーベルを抜いたアイズ・ヴァレンシュタイン。俺がこの世界に来て、戦ったことのある相手だ。

 

 まず初めに突貫してきたのはナイフ使い。身体を低く倒しながら間合いに入り込もうとしたのを膝で合わせて迎撃し、仰け反って露出した首を鞘で跳ね飛ばす。

 

 次に前に出たのは剣使い。真っ向からの唐竹割りを半身になって躱し、追撃の切り上げを受け流す。そして残るのは張り切った無防備な姿を晒している剣使い。鞘を寝かせて一歩踏み込んで突きを放ち、肋骨を避けながら心臓を貫く。

 

 そして槍使いが出てくる。俺の間合いに近づくことなく、槍の間合いを保ったままで刺突を放つ。その一撃は鋭く、そして重たい。今の俺では受け止める事は愚か、受け流す事さえ難しい。避けて避けて、埒を明けようと刺突を掻い潜って踏み込めば下の死角から石突きがやって来て顎をかち上げる。そうして動きが鈍ったところに留めを刺されてしまいだ。

 

 何度繰り返したのか忘れてしまうほどに続けたイメージトレーニングを辞め、背後を振り返る。そこにはトレーニングの相手だったナイフ使いと剣使いと槍使い、そして俺の死体が無数に転がっていた。勿論これはイメージであって本物では無い。

 

 そして、死体の山の中にはアヤメとアイズの死体は一つも転がっていなかった。

 

 今の俺では安定して勝てるのは剣使いまでだろう。槍使いと戦った場合、Lv.の差からくる身体能力の差で勝てなくなる。基本的には負けて、良くて相打ちが取れるかどうか。綱渡りを乗り越えて辛勝したとしても、その先に待っているのはアヤメだ。

 

 彼女の抜刀術を一切反応出来ずに、両断されてそれで終いだ。

 

 アイズの前に立てた事など一度もない。

 

「呵々、なんとまぁ酷い有り様だこと」

 

 思わず渇いた笑いが溢れてしまう。自分でも酷いと思っているのだ。もしも親父や爺が今の俺を見れば、酸欠で死ぬ程に笑うに決まっている。

 

 だが、まぁ、それでも悪くは無いなと思っている。

 

 確かにステイタスを刻まれたせいで俺は弱くなった。慣らしをしたとはいえ息苦しさを感じている事には変わりないし、身体は鉛を身に纏っているのではと思える程に重たい。

 

 しかし、そんな状態だろうが剣は振るう事が出来る。身体能力の低下に伴っていくつか使えない技が出来てしまったが、それでも俺が積み重ねてきた物は確と残っているのだ。

 

 それに弱くなると言う経験をするのはこれが初めてでは無い。地球にいた時には老化による衰えを毎日のように感じていたのだ。一気に失う事の衝撃は堪えたが、少しずつ零れ落ちていくように失っていく事に比べればまだマシだ。

 

 それに希望はある。【縛鎖(グレイプニール)】の説明にはランクアップによって制限は解除されると書いてあった。なら、冒険者を続けていれば自然と元に戻るはずだ。

 

 他にやる事など無いし、出来る事もない。何もしないというのは性に合わない。故に剣を振るう。己を磨き、高みへと至る為に。

 

 

 

 

「ーーーんぁ?」

 

 船を漕いで夢の世界に旅立っていたロキが目を覚ました。いつものようにベッドに横になっていた訳ではなく、机に頬杖をしながら眠っていたので変に身体が凝り固まってしまっている。

 

 その理由は机の上に散らばっている本や羊皮紙ーーー正確には、それらを引っ張り出す事になった蔵人のスキル。

 

 蔵人はステイタスを刻まれると同時にスキルを発現させ、それまでとは比べ物にならない程に弱体化してしまった。

 

 同時に発現していたステイタスを自動更新する【求道者】、本来ならば持つはずのない発展アビリティの【剣聖】など、どれもが見たことも聞いたことも無い物ばかりだったが、その中でも【縛鎖(グレイプニール)】のスキルが異質であった。

 

 効果は発現者の弱体化。それも身体能力だけでは無くて魂さえも制限するという念の入り様だ。

 

 このスキルの効果を知った時、ロキは何故【縛鎖(グレイプニール)】が発現したのかを察してしまった。

 

 簡潔に言えば、漣蔵人という人間があまりにも強過ぎたから。

 

 恩恵(ファルナ)を与えられていない状態で、Lv.5冒険者であるアイズを正面から倒せる戦闘能力。人の魂の色を見ることが出来る女神(フレイヤ)が求める程の魂。そのどれもが常人の枠組みを逸脱し過ぎている。人では無く、精霊や天魔の類だと言われた方が納得出来る。

 

 さて、そんな人間に恩恵(ファルナ)を与えればどうなるか。Lv.1の枠組みを大きく逸脱している者を、無理矢理にLv.1という枠組みに納めようとすればどうなるか。当然、枠組みが壊れてしまう。それだけならばまだしも、与えられた蔵人にも何かしらの影響が出るかもしれない。

 

 それを防ぐ為にスキルという形で蔵人の力を枠組みに納まるように削いだ。

 

 他に前例が無いので仮説の域を出ないが、間違いないと思って良いだろう。説明にある制限の解除の部分も、ランクアップにより枠組みが大きくなったからと解釈すれば得心がいく。

 

 無論、マイナスばかりでは無い。ランクアップした時点で制限が解除されるのならば、その分が上乗せされる筈だ。つまり、全制限が解除された時点で元の蔵人の強さにステイタスの分が追加される事になる。

 

 ロキはそれを蔵人に説明しようとしたが、彼の顔を見て出来なかった。

 

 その時の蔵人の顔はーーー全てを失ったかの様な、酷い顔をしていたから。

 

 その時の顔を、彼が部屋から出て行った後でも忘れる事が出来なかった。なのでロキはファミリアの書庫へと赴き、スキルに関して記されている本をありったけ部屋へと持ち込んで片端から読み散らかした。どうにかしてあのスキルを無くすか、或いは緩和出来ないかと思っての行動だ。

 

 調べて、調べて、思い付いた事を羊皮紙に書き込んで、そして調べてーーー気がつけば寝落ちしていたのだ。

 

 固まった身体を解す為に大きく伸びをし、眠気で働かない頭を必死に起こしながら机の上に散らばっている成果を検分する。何か見落としは無いか、何かヒントは無いか、そう思っていたが、

 

「……やっぱダメかぁ」

 

 結果は散々な物だった。本に関しては同一どころか類似しているスキルも発見する事が出来ず、羊皮紙に書き込まれている文字はどれもこれも斜線が引っ張ってある。もしかしたら、万が一と思って消されている文字を読んでも効果があるような方法は書かれていなかった。

 

 窓を見てみれば日は昇っていないものの、月は殆ど沈んでいて直に朝が来るだろう。中途半端とはいえ寝たので眠気も感じない。働かせて過ぎて茹だった頭を冷やす為に、彼女は散歩に出る事にした。

 

 誰も起きていない時間なので当たり前なのだが、黄昏の館の中は静かだった。誰もいない通路を一人で独占して歩く事に優越感を覚えながらフラフラとあてもなく歩いていると、人の気配を感じた。

 

「誰や、こんな時間に……もしかしてアイズたんか?」

 

 中庭の方から感じた気配に、心当たりがあるのはアイズ一人だけだ。彼女は強くなる事に対して異常なまでの執着を見せている。昨日だって彼女を倒した蔵人にどうして強いのかと話を聞きに行ったくらいだ。彼女ならばこんな時間に剣を振っていたとしてもおかしくは無い。

 

 もしそうであれば彼女の胸を揉んでやろうと、親父心丸出しで中庭に向かったロキが目にしたのは、一人の剣餓鬼の姿だった。

 

「ーーー」

 

 その光景にロキは言葉を失った。何故なら、蔵人の剣を振るう姿があまりにも美しかったのだ。

 

 全身から滝のように汗を流しながら、それでも身体のブレを感じさせる事なく、緩やかに動く姿は鍛錬というよりもまるで舞っているよう。刀では無く鞘を握っているが、彼から放たれる気迫がそれを本物の刀のように錯覚させる。

 

 沈みかけている月明かりに照らされながら舞うように動く様は、神に奉納される御神楽を思わせ、どこか神聖さを感じさせた。

 

 それだけでは止まらない。蔵人が大きく息を吐き、鞘を構えて闇に対峙し、それを速さを元に戻して振るう。ロキの感性、そして蔵人の気迫が合致して、彼女の目にも闇の中に浮かぶ人影が見えた。

 

 人影を相手にして蔵人は鞘を振るう。一人目、二人目と倒す事が出来たが、三人目は踏み込んだところで反撃を食らって負けてしまっていた。

 

蔵人はその戦いを反芻するようにしばしの間上を見上げると、再び速度を無くして鞘を振るい始めた。

 

「……あぁ、なんや。自分立ち直っとるやないか」

 

 その時の蔵人の顔を見て、ロキは安堵の溜息をついた。月明かりに照らされて浮かぶ彼の顔には彼女の頭の中にあったような絶望し切った顔は無く、心底楽しそうな笑みがあったから。

 

 何があったのかは分からないが、そんな顔を見せられれば誰だって立ち直ったと分かってしまう。

 

 自分の手を借りる事なく立ち直った事に少しばかり寂しさを感じるが、立ち直ったのなら良しとしよう。そう思い、彼女は中庭の片隅で蔵人の鞘を振るう姿を眺める。

 

 この子なら、きっと元以上の強さを得られると確信して。

 

 






ちゃんと理由があって弱体化したんだよ?その事を理解して欲しい。

弱体化が完全解除された暁には元の強さにプラスしてステイタスの恩恵が上乗せされた究極蔵人が誕生するよ!!

一体どれくらいの時間が必要なんだろうねぇ……



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ヘファイストス・ファミリア

 

 

「ごめんなさい、私のせいで……」

 

「別に良いって言ってるだろ?払うもん払ってくれるんだからこっちからは別に何も言う事は無いよ」

 

 オラリオの街をアイズと二人で歩く。女主人で働いている時に行った買い出しでも一緒に居た従業員が美女だったからか視線を集めていたが、今回のはそれの比では無い。アイズが美人だからと言うだけではなく、Lv.5の冒険者であるからという理由もあるだろう。

 

 その目を無視しながら彼女と共に向かう先はオラリオの街並でも一際目立つ巨大な塔、摩天楼(バベル)である。正確に言えば目的地はバベル其の物では無く、その中にある店だが。

 

 冒険者として活動する為にギルドと呼ばれている場所で登録を済ませ、午後からは訓練や教育に時間を使うという話だったが、ある事情からそれを後日に回してもらったのだ。

 

 その事情とは、武器の修理と補充だ。

 

 昨日のアイズとの手合わせをした時に彼女の風を斬るという無茶な使い方をしたせいか、刀の芯が歪んでしまったのだ。このままでも斬れないことも無いが、無茶が祟ればいずれは折れてしまうのは目に見えている。

 

 補充に関しては、この刀が弱体化の影響によって使えなくなってしまったからだ。早朝に振ろうとしたのだが、刀の重さに振り回されて使われるような形になった。その為に鞘を刀に見立てて振るう事しか出来なかった。ステイタスが上がるか、ランクアップをすれば使えるようになるだろうが、今の状態では使い物にならない。

 

 その二つの目的を叶える為に向かうのはバベルの中にあるヘファイストス・ファミリアの店。そこの主神がロキと友人らしく、便宜を図ってもらえるかもしれないと紹介状を手渡された。

 

 恐らくは俺が弱体化しているので色々と融通を効かせようとしているのだろう。これに関しては俺は既に納得しているし、ロキの心境も理解出来るのでありがたく受け取ることにした。

 

 元々は俺一人で向かうつもりだったが、偶々話を聞いたアイズが付いて行くと言いだしたので二人で向かう事になったのだ。刀が歪んだ原因が自分にあると考えて罪悪感を抱いているようだった。断る理由も無く、修理費を出してくれるというので許可したのだ。

 

 そういう事情があってアイズと二人でバベルへと向かっている。黄昏の館から出る時に嫉妬混じりの視線が二つ感じられたがそれは無視した。エルフの少女と狼の青年のものだろう。直接手を出されたわけでは無いので気にしなくても良いだろう。

 

 そしてバベルの下に着いた時、粘りつくような視線を感じた。が、その視線の質には覚えがあったので溜息をつく。

 

 この視線は、フレイヤの物だ。

 

 あの夜から度々感じていた物だが、今日ほど強いものでは無かった。フレイヤの拠点が近くにあるからそう感じているのだろう。彼女なら、既に俺がロキ・ファミリアに所属する事に気付いていても不思議では無い。

 

 なので、そこにオッタルが居たとしても何ら不思議では無いのだ。

 

「よう、久しぶり……っていう割には時間経ってないか」

 

「あぁ、そうだな。一日も空いてないが随分と会っていないような気がする」

 

「一週間の殆ど一緒にいたからな、その分慣れがあったからだろ」

 

 Lv.7の冒険者であるオッタルが、無名の俺と話しているという光景に周りが騒然としているが、俺たちはそれを気にすることなく話を続ける。豊穣の女主人でも始めの頃は騒がれていたのだが、最後の方では当たり前の光景として処理されていた。

 

 オッタルからしても俺のような存在は好ましいのだろう、彼も硬い表情を崩しながら話を続けてくれる。

 

 Lv.7と言えばオラリオでも最強の称号なのだが、それは同時に孤独という意味合いでもある。並び立つ者が居ない、隣り合う者が居ないというのは酷く寂しく、そして虚しいのだ。俺も経験した事があるから分かる。

 

 だからこそ、例え実際に並び立てる様な者でなくても、対等に扱ってくれるだけで寂しさと虚しさを軽減できる事を知っている。

 

「で、今日はどうしてこんなところで立ってたんだ?また女神様から無茶振りでもされたのか?」

 

「……今日はお前がここに来るのが見えたから会ってこいと言われて来たのだ。だからこそ、こうして待っていたのだが……何があった?何故ファルナを与えられて弱くなっている?」

 

 流石はオッタルと言うべきか、見ただけで俺が弱くなったことを察した様だ。周囲に聞かれないようにする為に頭を下げる様に指示を出し、下がった肩に腕を回して耳元で囁く。

 

「スキルの影響だよ。身体能力と魂の両方に制限かけられて弱体化したんだ」

 

「何だと?レアスキルか何かの効果か……いや、それよりも何故それを俺に教えた?」

 

「フレイヤにこの事を伝えさせるためにだよ。あの女神様、黙ってたら絶対ろくな事にならないだろうからなぁ……」

 

 これは朝の内にロキと話し合って決めた事だ。俺が強いままという前提でちょっかいをかけた場合、今の俺では間違い無く死ぬ事になる。ステイタス無しの状態で冒険者と戦わせた前科があるのでやらないとは言い切れない。それならば前もって弱体化した事を伝えておくことに決めたのだ。

 

 スキルの事をバラされる可能性に関しては俺もロキも心配していない。性根が悪く、ロキも色ボケだと評するフレイヤであるが、少なくとも考え無しで行動をするような馬鹿ではない。

 

「まぁ、そう言う事だ。ぶっちゃけこれで興味無くしてくれたら良いんだけど、あいつの事だからそれはそれで愛してあげるとか言い出しそうなんだよなぁ……」

 

「何?それはご褒美では無いのか?」

 

「うーんこの反応」

 

 ネタとかでは無く素で反応しているから返しに困る。いや、彼女に魅了されている者からすればその反応は正しいのかもしれないけど。

 

「分かった、その事はあの方に伝えよう」

 

「おう、頼んだ。収入が入ったら奢ってるやるよ」

 

「……ふっ、楽しみにしておこう」

 

 そう言ってオッタルはバベルの中に姿を消した。その頃には粘りつくようなフレイヤの視線も無くなっていた事に気がつく。どうやら目を離してくれたようだ。流石にあの視線をずっと向けられるのは堪えるので助かる。

 

「よっし、行くか……ん?どうかしたか?」

 

「……クラウド、オッタルと知り合いなの?」

 

「知り合い……個人的には友人だと思ってるけどなぁ」

 

「……凄いね」

 

「そう特別視してやるなよ。案外寂しいもんだぜ?」

 

 そう言われてアイズは首を傾げていた。その反応から、彼女は俺たちの感じた孤独感を感じた事が無いらしい。それはそうかと納得する。ロキ・ファミリアの雰囲気ならば、そんなものを感じる前に誰かが寄り添ってくれそうだ。

 

 それは間違い無く幸福な事だろう。孤独感など感じるようなものではない。彼女がこのまま強さだけを追い求め続ければ感じるようになるかもしれないが、それはその時になったらだ。その時が訪れてから後悔するなり、改めて選択をするなりすれば良い。全ては彼女が選ぶ事だ。

 

 不思議そうに首を傾げているアイズの姿に苦笑しつつ、バベルの中へと進む事にした。

 

 

 

 

「ここがヘファイストス・ファミリアの店か」

 

「うん、四階から八階まで全部がそう」

 

 バベル内にあった昇降設備と呼ばれる台座で移動した先はバベルの四階。特に注視する事をしなくても武具の店が所狭しと並べられている。ショーウィンドウに並べられている物を見れば、どれもが数千万ヴァリスという価格であった。

 

「へぇ、こいつは中々……」

 

 偶々目に入ったのはやや大きめのサイズのナイフだが、見ただけで業物だと分かる一品であった。華美な装飾が施されている点だけが個人的にはマイナスだが、出来ることならば直接手に取って柄を握り、振った感触を確かめたくなる。

 

「おっと、見惚れてちゃいかん。ここの主神を探さにゃならんな」

 

「お?なんだ、主神様に用があるのか?」

 

 声をかけられたと思い、振り返ればそこに居たのは左目を刀の鍔で隠した女性。肌は褐色だが束ねられた黒い髪と着物から極東の出身者では無いかと予想出来る。

 

 そして強い。アイズよりもやや劣る程度に。恐らくは彼女もLv.5の冒険者だろう。

 

「椿」

 

「おぉ、剣姫では無いか!!お主が男連れなんて珍しいな!!」

 

「この人は新しく入ってきたの」

 

「ほう?こやつがのぅ……」

 

 女性から品定めをするような目で見られるが不快感は感じない。寧ろ存分に見てくれと言わんばかりにその場で一回転してやる。

 

「ふむ……お主、相当に()()()()()()()()?」

 

「分かっちゃう?」

 

「身体つきが完全に剣を振るう為のそれになっている。その上、それだけ剣タコだらけの手を見れば嫌でも分かるわ」

 

 女性が手を差し出してきたので、握手だと思いそれを握る。長年の間鍛治をやっていたのだろう、触れた手の皮は分厚く、そして荒れていた。疲労骨折の後も見受けられるし、治りきってない状態で槌を振るったのか歪みも感じられる。

 

 その手を知っている。それは正しく職人の手ーーー唯一つの事を追い求め続ける求道者の手だった。

 

「手前は椿・コルブランド、ヘファイストス・ファミリアの団長だ。椿で構わん」

 

「漣蔵人、来訪者だ。好きに呼んでくれ」

 

「主神様に用事があると言っていたな?なら手前が案内してやろう」

 

 それは助かる。普通に会おうとすればロキからの紹介状があっても門前払いされてしまうかもしれないが、団長である椿の案内があればスムーズに進むだろう。

 

 付いて来いと言う椿に従い、俺たちは彼女の後を付いて進む事にした。

 

 

 






どんなジャンルだろうが突き抜けてしまえば最終的には孤独になると考えてる。並び立つものが居ないってのは寂しいよねって事だよ。



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ヘファイストス・ファミリア・2

 

 

「……成る程、大体の事情は察したわ」

 

「どの辺りまで?」

 

「言葉は濁してあるけど貴方にとって不都合が生まれた。だから便宜を図って欲しいって」

 

 ロキが用意した紹介状をテーブルの上に置いて赤髪と顔半分を覆い隠すような眼帯で右眼を隠しているのが特徴的な女性、ヘファイストスはそう言った。

 

 椿に案内された先はヘファイストス・ファミリアの応接室だった。アイズとともにソファーに座り、反対側のソファーには椿とヘファイストスが腰掛けている。

 

 それにしても濁してあったとはいえロキがスキルの事をそれとなく明かしている事に驚いた。

 

 娯楽に飢えて地上に降りてきた神々からしてみれば、未発見のスキルを発現させた俺は面白い存在だ。大手であるロキ・ファミリアに手を出すような能無しだとは思わないが、快楽主義的な考えで面白ければ良いと手を出してくる可能性がある。

 

 なので一部の人間を除いて秘匿する事をロキと決めた。今知っているのはロキとファミリアの幹部、あとは俺から伝えたオッタルとフレイヤくらいだ。

 

 そう決めていたはずなのに、暈していたとはいえロキはヘファイストスにスキルの事をそれとなく伝えている。つまり、ロキはそれだけ目の前の女性の事を信頼しているという事だ。

 

 ロキがそうだと決めたのなら俺からはいう事は無いが、そうであるのなら一言でも良いから伝えて欲しかった。彼女のことだから俺を驚かそうとしようとしていたのだろうか。あり得そうで否定できない。

 

 ともあれ、どこまで明かしているのかは分からないがこちらから明言するのは極力避けるようにしよう。幸いな事にアイズは口を出すつもりが無いようで茶菓子を食べるのに忙しそうだから。

 

「貴方も災難だったわね」

 

「何、確かに絶望したけど二度目だからな。その内笑い話にでもなるさ」

 

「……二回目?それはどういう事なのかしら?」

 

「……言葉の綾、ただの戯言だ。忘れてくれ」

 

 どうせ馬鹿正直に言ったところで信じてもらえないのは目に見えている。それならばただの戯言で済ませようと思っての言葉であった。

 

「ーーー嘘ね」

 

 が、それは呆気なく切り捨てられた。

 

 声色は普段通り、心拍数は平常通りで顔色にも出していない。観察眼で嘘だとバレる要素は皆無な筈なのにヘファイストスは俺が嘘を言っていると確信しているようだった。

 

「……何なの?神様って嘘には敏感なの?」

 

「あら、知らなかったのかしら?神には嘘は通じないわよ」

 

「マジかよ……」

 

 彼女の様子を見ている限りでは嘘を言っている様子は無い。アイズと椿もそんな事も知らなかったのかと言った反応を見せている。どうやらヘファイストスが言っている通りに神には嘘は通じないというのは事実であり、この世界の当たり前として広まっているようだ。

 

 別に彼らに対して嘘を吐くつもりは無い。が、そうしなければいけない状況が訪れるかもしれない。そうなった時に嘘を吐いているのがバレれば間違いなく言及される事になる。

 

 今すぐにそういう状況が訪れるわけでは無いが、いくつか手を考えてた方がいいだろう。

 

「分かった、白状する。こういう事を経験したのは初めてじゃなくて二度目だ」

 

「……今度は本当のようね。でも二度目ね……そんな若さで二度も経験するなんて」

 

「あ〜……色々と説明するのが面倒だから、今から言うことが嘘がどうかを判断してくれない?」

 

 アイズに言った時には嘘だと切り捨てられたが、この場には嘘か真かを看破するヘファイストスがいる。信じがたい事実だとしても、頭ごなしに嘘だと言われる事はないだろう。

 

「じゃあ行くぞ〜……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 初めは怪訝そうな顔をしていたヘファイストスだったが、俺の言いたい事を理解してくれたのか表情を強張らせ、信じられないといった百面相を見せてくれる。さっき話していた神には嘘が通じないという話を信じるのならこれで何が言いたいのか伝わるはずだ。

 

 実年齢が肉体年齢と同じであるという事の嘘ーーー実年齢が肉体年齢と異なるという真実に。

 

「え、嘘、ちょっと待って……本当なの?」

 

「分かったはずだよな?それで納得してくれ」

 

 頭を抱えて顔を俯かせるヘファイストスの姿を見て笑いながら出されたお茶に手をつける。神に嘘がつけないという事を教えてくれたお礼である。少しばかり重たいかもしれないが、そこは諦めて欲しい。

 

「説明を求められても出来ないからな?何せ、俺がこっちに来たらこうなってたんだ。俺だってどうしてこうなったのか説明して欲しいくらいなんだよ」

 

「……色々と複雑そうな子だというのは分かったわ。これ以上はやめておいた方が良さそうね」

 

「そうだな。ついでと言わんばかりにフレイヤに目を付けられてるしな」

 

「言葉で言い尽くせ無さそうな程に苦労してるのね……」

 

 確かに他者からすれば苦労しているように見えるかもしれないが、この状況はこれはこれで存外()()()()()()

 

 考えてみて欲しい。90を超える齢になって若返りと異世界トリップを経験し、色欲塗れだろうが女神(フレイヤ)に認められている。その上、いないと思っていた俺よりも強い、或いは同等の者が普通に存在している。

 

 嗚呼ーーーそれはなんと喜ばしい事だろうか。訳の分からないスキルによって弱体化してしまったのは残念だったが、それを差し引いても十分にお釣りが出るだろうと思える程の現状だ。

 

「それで、武器の修理と補充だったわね?」

 

「あぁ、これの修理を頼みたい」

 

 ヘファイストスが話題を修正してくれたので本題に入る。ソファーの傍に立てていた刀を通常の物よりも重たいという事を伝えてから彼女に手渡す。

 

 そして刀を手にした瞬間、彼女の目の色が変わった。

 

 鞘に納められた状態、抜いた状態の刀を隅々まで見る。ただ状態を確認しているだけではない。自分の知らない技術が使われていないか、どのように仕上げられたか、どれだけ使い込まれたかまでを見通そうとしている。

 

 その目は神の目ではなく、他人が作り上げた作品を見聞する職人の目であった。

 

「……この刀を打ったのは誰かしら?」

 

「俺の親父。ちなみにすでに故人だ」

 

「死者を冒涜するのはどうかと思うのだけど言わせてもらうわ。馬鹿、もしくは変態ね」

 

「爺共々、頭のネジを飛ばしてるような奴だったよ」

 

「だけど天才だわ。発想も、そして技巧も」

 

 この言葉を親父が聞いていたら喜んだだろうか、それとも当然だと踏ん反り返っていただろうか。分からないが、イラっとするような反応をするのは間違いないだろう。

 

「通常、刀という武器は切れ味を追求して刀身を薄くするのが普通だわ。だけどこの刀はその逆、刀身を分厚くしてある。しかも刀としての切れ味が落ちないギリギリを見極めてね。その結果、刀の切れ味を維持したまま、斧のような破壊力を合わせ持ってる」

 

「元々は頑丈にするつもりだけだったらしいけどな。予想外の産物って奴だ」

 

 酒の席で思いついたと叫んで実家にある鍛冶場に飛び込んだ時は遂に頭をダメにしたかと思ったのが懐かしい。そのまま数日引きこもり、出来たと飛び出した時の親父の笑顔は昨日の事のように思い出せる。

 

「少しだけとはいえ芯が歪んでいるわね……一体何を切ったのかしら?」

 

「アイズの魔法を斬った」

 

「……魔法を?」

 

「魔法を。こう、ズバッと」

 

「……本当かしら?」

 

「うん、切られた。ズバッて感じで」

 

 鞘に納めた刀を優しい手つきでテーブルの上に置き、ヘファイストスは再び顔を手で覆って俯いた。

 

「なんで彼女の魔法を切ってこの程度で済んでるのよ……!!折れてもおかしくないわよ……!!」

 

「斬れるから斬っただけだけど?寧ろ風なんて勢いがあるから下手に硬いのよりも斬りやすいんだよなぁ」

 

 初めて剣を持たされて振っていた時は形のあるものの方が斬りやすく感じていた。が、振り続けていると形のある物よりも形の無いものの方が斬りやすく感じるようになったのだ。寧ろ俺からすれば、魔法とはいえ風を斬って芯が歪んだ事の方が驚きである。

 

「ほう、剣の腕に自信があるのか……手前について来てくれるか?少しばかり頼みたいことが出来たのだが」

 

「別に良いけど、この後武器の補充を手伝ってくれる?勝手が分からんでな」

 

「それくらいならば構わんぞ。主神様、こやつを借りるぞ」

 

「うん……立ち直ったら、刀は直すから……」

 

 ヘファイストスの落ち込みっぷりが凄い。アイズの風を斬った事がそんなに非常識な事だったのだろうか?

 

 戦場で爆風を斬った事を伝えたらどうなるだろう。気になるけど彼女の精神の事を考えると伝えるのはまた今度にしておいた方が良さそうだ。

 

 アイズはここで待っているらしいので武器の補充を終えたら迎えに来る事を約束し、顔を覆って俯いているヘファイストスを置いて椿の後についていくことにした。

 

 

 

 

 椿に案内された先はバベルの外にある一角。ヘファイストス・ファミリアのエンブレムが掲げられ、金属を叩く音が引っ切り無しに聞こえてくるので鍛冶場なのだろう。

 

 ここら一帯にファミリアのエンブレムが掲げられ、そうである事を示している。それだけでこのファミリアの盛況っぷりがが見て取れる。

 

「ここだ」

 

 椿が先に入った鍛冶場に続いて入る。内部は様々な物が置かれていて手狭な印象を受ける。鉱石が詰められたであろう木箱に、乱雑に樽の中に入れられた多種多様な武器。中には壁に掛けられた物もあるが、それよりも圧倒的に樽詰めにされているものの方が多い。

 

 奥は作業をする為なのか、金床が置かれてスペースが出来ていた。椿は適当に置かれている木箱に頭を突っ込んで何かを探していた。そうする事で必然的に、彼女の尻が強調される事になる。

 

 袴越しからでも中々良い肉付きのエロいラインがハッキリと分かる。安産型の良い尻だ。

 

「確かここに……おぉ、あったあった!!」

 

 彼女が引っ張り出したのはフルプレートの鎧だった。使い込まれている様には見えないが、酷く傷だらけで歪んでいる様に見える。それを床の上に置き、指を指す。

 

「お主の剣がどれほどの物が知りたいのでな、試しにこれを切ってみてくれんか?」

 

「そんな事の為にわざわざ連れて来たのか」

 

「そう不機嫌そうにするな。〝剣姫〟の風を切ったというお主の腕が知りたいのだ。無論、タダとは言わん。手前の眼鏡に適えば補充するという武器の代金は手前が出してやろう」

 

「乗った。後から嫌だとか言うなよ?」

 

 俺の剣を大道芸か何かと思われるのは癪だが、武器を奢ってくれると言うのなら喜んで見せてやろう。

 

 近くにあった鞘に納められた剣を手に取って踏み込みながら引き抜いて唐竹で鎧を断つ。身体能力が落ちたせいで、斬った時の手応えが以前の物とは違ってザラつく様な感触だったが、頂点から下まで問題なく刃は通り、

 

 正中線上に、鎧は真っ二つに割れる。

 

「……見事、というしかあるまいな」

 

「個人的には不満しかねぇけどな」

 

 鎧の断面を見ながら斬鉄の評価を下す。今の剣は手に持っただけで業物と分かるほどの代物だった。だというのに、斬った時の手応えがダメだった。断面を見ても荒れてしまっている。

 

 この結果が自分が弱くなっている事実を否応無しに示していて、

 

 同時に、ここから強くなるのだという現実を教えてくれた。

 

 今こそが間違いなく俺の実力は最下にある。それこそ、これ以上落ちる事は出来ない程に。ならばこれから先は登るだけだ。それまでの自分の最盛期を超え、最強の頂に一人で立つオッタルに追いつく。

 

 落ち込み終えた、目標は定めた。鞘に剣を納めて、鎧から目を離した椿と向かい合う。

 

「ふむ、良いものを見せてくれたな。約束通りに武器の代金は手前が出そう。なんなら、手前の打った物でも良いのだぞ?」

 

「そりゃあ良い。なら刀が一つにナイフが二つ、投げナイフが二十ってところだな。あぁ、鎖帷子も欲しいからよろしく。あとついでにこの剣もくれ」

 

「容赦無しだな……!!」

 

 代金を出すと、打った物をくれるといった方が悪い。言わせたのなら多少は罪悪感でも覚えたのだが、向こうから口を滑らしたのであれば強欲に貰いに行くだけだ。

 

 とは言っても、あまりに良すぎる物を貰っても腕が鈍る。武器の性能だけに頼っていては技術が育たない。身体能力を取り戻す事も肝心だが、だからといって技術を磨かない訳にはいかない。

 

 若干涙目になっている椿と共に、乱雑に置かれた武器の山から目当ての武器を探す作業に没頭する事にした。

 

 






ヘファイストスは良い神なので、これから先、たくさん苦労する事になるぞ。具体的に言えばクラウドのやらかした事をマトモに受け止めちゃって頭を抱える。

椿は好奇心からクラウドに鎧を切る様に頼んだ、それだけ。そして口は災いの元という言葉を頭に刻み込む事になる。



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ダンジョン

 

 

 視界に入っている人工物としか思えない壁と床を見て、上を向くが空では無く薄暗い天井しか目に映らない。ダンジョンの成り立ちは座学で副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴから聞いていたが、俺がイメージしていた天然物の洞窟の様な物だけでは無いらしい。上層がそうであっただけで、下層に降りればそういう風な場所もあるはずだ。

 

 ロキ・ファミリアに入団してから一週間が経った。

 

 その間やってきた事と言えば椿から貰った剣と刀を振るい、フィンから言い渡された新人用のトレーニングをアヤメを除いた同期たちとしていたくらいだ。

 

 地球では戦争を経験しているが、冒険者としては新人なのだ。長年冒険者として活躍している彼の言葉に逆らう理由などない。唯一セルベルだけは何か言いだけだったが、最終的には指示に従って一緒にトレーニングをしていた。

 

 そして一週間経った今日、ダンジョンに入ることをフィンの口から告げられた。手合わせや訓練では無く、実戦でどれだけ動けるのかを確認する為らしい。

 

 当然の事だが訓練と実戦は大きく異なる。訓練では好成績が残せていた者が、実戦に出した途端に使えなくなるなんて珍しい話ではない。命のやり取りをしているという緊張感、殺し合うという恐怖が身体を鈍らせるのだ。こればかりは実際にさせてみなければ分からない。

 

 俺が見たところでは、一番心配なのはガラディヤだ。戦争中でも見かけたことのある、理想を見過ぎている新兵の気配がする。反対に心配していないのはブルームで、いつもと変わらぬ様子でいる。

 

 意外だったのはセルベルだ。武器がメイスだというのも度肝を抜かれたが、ブルームと同じようにいつもと変わりない様子でいる。ガラディヤと同じか、虚勢でも張るかと思っていたがそんな事は無かった。

 

 案外、命のやり取りを経験したことがあるのかもしれない。

 

「さて、準備はいいかな?」

 

 フィンの問いかけに対して誰もが頷きで返す。ここは既にダンジョンの中なのだ。下手に騒ぎ過ぎればダンジョン内を徘徊しているモンスターに見つかる事になる。

 

「予め伝えてあると思うが、今日は君たちが実戦でどれだけ動けるのかを確認したいと考えている。準備は各自に任せたが、忘れ物をしたなんて初歩的なミスをした者はいないかい?」

 

 それに関しては大丈夫だろう。ガラディヤは先走って鎧を着てから道具を用意しているのを目撃しているし、ブルームは俺と同じで予め用意していただろう鞄を持っていた。セルベルもファンなのか、妙にデレデレとした対応の男性団員に準備をさせていたし。

 

「本来なら、君たちにはパーティーを組んでもらって次の階層である二階層に向かってもらうんだけど……クラウド」

 

「はいよ」

 

「ここから二階層へと向かう階段を見つけるまでの間、自由に行動してくれるかな?」

 

「……いや、それは俺としては嬉しいんだけど良いのか?ファミリアの団長的には」

 

「流石に独断させるわけじゃないよ。君に先行してもらい、僕らはその後をついて行く形にさせてもらう。君は実戦でも問題無いのは試験を見たから理解している。どんな風に戦うのかが知りたいっていう単なる好奇心だよ」

 

 俺からしても嬉しい申し出なので断る理由は無い。親父と爺に教えられた戦い方は基本的に一人で複数人を相手をする事を考えていて、一番得意なのは単独での遊撃なのだ。周囲に合わせる事である程度ならばチームプレイも出来なくは無いのだが、どうしても単独で動く時よりも劣ってしまう。

 

 他の者たちに視線を向けて了解を得られたのを確認してベルトに挿していたナイフ二本を抜く。

 

 今日の俺の格好は何時もの和服では無い。黒のズボンにブーツ、鎖帷子を着込んでその上にコートを羽織ってベルトで縛っている。その気になればいつもの格好でもダンジョンに潜れるが、着なれた服を返り血でダメにしてしまうかもしれないので新しく購入したのだ。

 

 お陰で豊穣の女主人で貰ったバイト代は全て消し飛んでしまったが。

 

 金の事を考えるのは止めよう。気分が暗くなる。

 

「じゃあ行くぞ〜」

 

 フィンに声を掛け、()()()()()。呼吸を可能な限り無くし、心臓の鼓動を限界まで抑え、仮死状態一歩手前まで迫る事で生きている気配を極限まで消し去る。

 

 その気になれば圏境と呼ばれる技法のように気配を全く感じさせず、視認さえ出来ないような気配遮断も出来る。が、そんな事をすれば後から付いて来るフィンたちからも見えなくなってしまうのでこの程度で妥協したのだ。

 

 そして床を蹴って駆け出す。服が擦れる音を抑え、足音を殺して。折角気配を殺したのに音でバレるなんて笑い話にもならない。既にモンスターの物と思わしき気配は捉えている。後は気付かれずに接近するだけだ。

 

 誰かが言っていた。ダンジョンとは、モンスターを産み出す母体であると。

 

 成る程、確かにそれは的確だ。潜ってみて分かったーーー()()()()()()()()()()()

 

 床、壁、天井は間違いなく無機質だというのに、ハッキリと生きている気配をそこから感じられる。まるで自分が病原菌にでもなった気分だ。幸いなことに気配の強弱でモンスターや他の冒険者の位置は把握出来るので困る事は無さそうだが。

 

「ーーー見つけた」

 

 最短距離を駆けて行った先、そこでモンスターの姿を見つける。二足歩行の犬、地球でいう狼男のような見かけのコボルドと呼ばれるモンスターが、五匹程の群れで徘徊していた。座学で教えられた内容では、基本的にモンスターは群れで活動することは無いとの事だったが……まぁ、そんな事もあるだろうと一人で納得する。

 

 それに数が多いのは良い事だ。椿から巻き上げた武器の性能を試したり、確認したかった事が出来るのだから。

 

 気配を遮断しながらコボルドの群れに近づき、手前にいた二匹の首をナイフで斬り裂く。声帯と動脈を斬られた二匹は声を上げる事も出来ずにその場で倒れ、噴き出た血の匂いで残りに敵襲を察知される。

 

 残り三匹の内の二匹は血の匂いのした方向を即座に向いて俺の姿を視界に入れ、残りの一匹はなりふり構わずに()()()()()()()()()()。二足歩行だったのに四足歩行になっている辺り、全力で逃げ出そうとしているのが見て取れる。

 

 それを目撃して、逃げ出そうとした一匹に向かって両手のナイフを投げる。空手になりそれを嘲笑うかのようにコボルドたちは吠えながら爪と牙を向けて襲い掛かってくるが、遅い。弱体化しても余裕で反応出来る速度でしか無い。

 

 踏み込んで刀で居合斬り。肉と骨を断つ手応えだけを残し、コボルドたちは上半身と下半身を分けて絶命した。

 

「悪くは無い、だけども良くも無いな」

 

 刀を振り、血糊を飛ばしながら武器としての評価を下す。

 

 切れ味に関しては俺の知っている刀の中でも間違いなく最上級に入る。が、耐久性に関しては特殊な鉱石を使っているのか普通の物よりも頑丈そうだが、刀である以上、雑に扱えば簡単に折れてしまう事には変わりない。刃毀れなどの可能性を考慮して、ナイフやロングソードの方を主に使うようにした方が良いだろう。

 

 どんな名剣、名刀であろうが武器であるのならば消耗品でしか無いのだ。メンテナンスもタダでは無い。雑に使わぬように心掛けよう。

 

「成る程、そういう風に戦うつもりかい?」

 

「戦うっていうよりも殺すの方が正しい。一々正面から馬鹿正直に戦うと疲れるからな」

 

 殺したコボルドから魔石ーーーモンスターから取れる魔力の篭った結晶体を抜き出しながら追いついたフィンに返す。

 

 戦闘というのはいかに()()()()()()()()だと教えられた。今のコボルド程度の相手ならば正面から戦っても傷一つ負うことなく殺せるだろう。が、それをすると今よりも疲弊するのが目に見えている。なので気配を殺して先手を取り、奇襲された動揺から立ち直り切る前に仕留めたのだ。ダンジョンという安全地帯の存在しない空間の中で戦い続けるのだから、余計な消耗は避けるべきだ。

 

 だからといって正面からの戦闘が嫌いというわけでは無い。むしろ好きな部類に入る。そうでなければフレイヤの時やアイズとの模擬戦で、気配も殺さずに正面から戦おうとしない。

 

「まぁちょうど良かった。悪いけど少しの間、見張り頼んでもいいか?」

 

「構わないが……何をするつもりだ?魔石はもう抜き取っただろう?」

 

 視線の先にいるのは奇襲に気がついた時に真っ先に逃げ出そうとしていたコボルドの姿。両足に深々とナイフが刺さっていて立てない有様だというのに、それでも生きようと両腕を使い這って逃げようとしていた。

 

 その生きる事への執着は素晴らしい。拍手喝采ものだ。モンスターとはいえ生きているのだから、死を恐れ、生きようと足掻く姿は間違っていない。

 

 だが殺す。

 

 このコボルドは死の恐怖を味わった。俺という冒険者を知ってしまった。この場から逃げ延びて生き残れば、この経験を忘れずに深く刻み込んで生きるだろう。そうなれば、通常のコボルドよりも厄介な存在へとなるのは目に見えている。

 

 だから殺す。殺せる時に殺す。

 

 結論は仕留めたコボルドたちと変わらない。が、どうしても確かめたい事があるのでそれを確かめるのだ。

 

「いやね、俺ってば来訪者じゃん?今までモンスターなんてものは見た事ないんだよ。座学で色々と教えられて知識としては知ってるけど、逆を言えばそれだけしか知らないって事になるよな?」

 

「……確かに、そうだね」

 

「だからさーーー」

 

 這う為に使われていたコボルドの両腕を踏み砕く。叫び声を上げる前に頭を踏みつけて叫ばせず、刀の切っ先で声帯だけを斬って声を出させないようにする。

 

「ーーー知りたいんだよ、モンスターの生命力とか耐久力をさ」

 

 ナイフを引き抜いて一本を鞘に戻し、俯せになっている身体を蹴って仰向けにさせる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?知っているのと知らないのでは雲泥の差だ」

 

 確実に殺す為、効率良く殺す為、それらの情報は知っておかなくてはならない。

 

「何、数分程で済ませるからちょっと待ってくれ」

 

 だが、だからといってそれだけに集中することは許されない。ここはダンジョンで、いつ何処からモンスターが襲って来るのか分からないのだ。

 

 手早く済ませようと決め、声も出せずに怯えた表情を浮かべているコボルドの腹にナイフを突き立てた。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうした?溜息ばかり吐いて」

 

「……あぁ、リヴェリアか」

 

 夜遅く、黄昏の館の一室で溜息を吐いていたフィンの様子を気にかけてリヴェリアが話しかける。団長と副団長という組織のツートップである二人だ。弱気なところを周囲に見せれば指揮に関わるので溜め込んでしまいがちになる。

 

 故に、どちらかが悩みを抱えているようならばどちらかから話を聞いてやるという風にいつからかなっていた。彼女の手にはカップが二つ握られている。

 

「今日は確か、新人たちの確認だったな。そこで何かあったのか?」

 

「あったと言えばあったね……」

 

 今日フィンが新人たちを率いてダンジョンに向かったのは、実戦でどれだけ動けるのかを確かめる為だ。そういう点で見れば問題は何も無かった。唯一、ヒュームだけは動きが鈍かったが、それも実戦を重ねれば慣れる程度の物でしかない。

 

 問題なのはそれ以外の出来事だ。

 

「クラウドがね、生きているモンスターを解体していたんだよ」

 

「それは、また……」

 

 蔵人がモンスターを解体していた事を告げれば、リヴェリアは端正な顔を僅かに痙攣らせる。それは蔵人の行為が間違い無く異質であるから。

 

 確かに冒険者たちはモンスターの死体から魔石を抜き取る。だが、だからと言って生きているモンスターを嬲るような真似をする者は極一部を除いて存在しない。小人(パルゥム)であるフィンでさえこの有様なのだ。エルフであるリヴェリアが顔を痙攣らせるのも仕方がない。

 

 しかしその反面、彼の行動の有用性も理解していた。

 

 ダンジョンで戦い続ける為にはいかにして消耗を抑えるかに掛かっている。一戦一戦を全力で戦えばすぐに疲弊して戦えなくなってしまう。弱点を狙い、一撃で仕留めるというのはどちらかと言えば正攻法に近い。だからこそ、蔵人は本や口頭で伝えられた情報を丸呑みにせずに、実際に解体する事で確認を取っていたのだ。

 

「他の者たちの反応はどうだった?」

 

「ヒュームは顔を青くして目を逸らしてたね。アイニスは然程気にしているようには見えなかったよ。リリシアは……うん、興味深そうに近くでそれを見てたね」

 

「リリシア……」

 

 同族の行動にリヴェリアは思わず顔を手で覆う。リリシアが様々な事を知る為にオラリオへとやって来たことをリヴェリアは知っていた。が、だからといってモンスターの解体なんてものに関心を持って欲しくは無かった。

 

「それ以外には問題になりそうな行動は一切無し。集団戦も単独戦には劣るものの普通にこなせていた」

 

「普通に考えれば有望株なのだろうが……何故だろう、アイズを超える問題児になりそうな気がしてならんのだが」

 

「ハハハーーーそうならないように祈ろうか」

 

 今のところ、蔵人の行動は大人しい。スキルによって弱体化した分を取り戻そうと鍛錬を重ね、異なる世界の文化を学ぼうとリヴェリアを始めとした多くの団員たちから話している姿を見かける。それだけならばまだ優等生だ。

 

 だが、二人は知っている。アイズと手合わせをした時に見せた蔵人の姿を。あれが彼の本性だとすれば、今の彼は猫を被っている、或いはそんな暇すらも惜しいと感じているかのどちらか。

 

 今はまだ大丈夫。しかし、これから先の事を考えると二人は溜息を吐かずにはいられなかった。

 

 

 






最初から最後まで全力で動ける人間なんていやしない。だから、大切なのは手を抜く事。どれだけ負担を減らして、いかに楽をするという事。クラウドはそれを理解しているからアサシン・スタイルでコボルドさんをアンブッシュしたのだ。

まぁ、一戦一戦に全力を尽くすのも嫌いじゃないけどな!!コイツ!!戦いは趣味、暗殺は特技みたいな感覚でオッケー。



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コミュニケーション・リリシア

 

 

(ひぃ)(ふぅ)(みぃ)

 

 襲い掛かってくるゴブリンたちの首にすれ違い様にナイフを走らせながら数を数える。延髄に届かぬ程度に、だけども気管と血管を斬り裂かれた事でゴブリンたちは苦しそうな悲鳴をあげて生き絶える。

 

(よぉ)(いつ)(むぅ)(なな)

 

 逃げ出そうとしていたゴブリンたちの頸に目掛けて小型のナイフを投げる。俺に対して背中を向けているゴブリンたちはそれに気付くことが出来ず、無防備なままに刺さって前のめりに倒れる。

 

 確実にトドメを刺したとは言えないが、延髄に届く様に投げたのだ。生きていたとしても、身体はマトモに動かない。

 

「しゃがんで」

 

 か細く、だけどもハッキリと聞こえる声に従ってその場にしゃがみ込めば、さっきまで上半身のあった場所を三本の矢が通過する。矢の同時打ちというのは、見てわかる通りに困難な技だ。普通に射るだけでも難しく、仮に射れたとしても狙っていた箇所に届かない。

 

 が、その矢は吸い込まれる様に向かってきたゴブリン三匹の額に突き刺さる。

 

(やぁ)(ここの)つに(とぉ)っと。これで終いだな」

 

 身体を起こし、投げナイフの刺さっているゴブリンたちに確実にトドメを刺してから息を吐く。それを見て戦闘が終わり、近くにモンスターがいないと察したのか、弓を構えた少女ーーーリリシアが駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様」

 

「おう、お疲れ。にしてもいい弓の腕してるな。誰から習ったの?」

 

「母様から教えてもらった。でも、三日目に凄い落ち込んでた」

 

「あ〜……」

 

 恐らく、リリシアの弓の才を理解したから落ち込んだのだろう。自分の娘が天賦の才を持っていることは嬉しいだろうが、自分よりも優れた射手になる事を理解させられたのだ。そりゃあ落ち込みもするだろう。

 

 ちなみに親父も俺の剣の才を知って落ち込んでた。項垂れていた親父の周りを爺と一緒に意味の無い踊りを踊って煽ったのが懐かしい。

 

 その後、ブチ切れた親父を爺と一緒にボコボコにしてやった。

 

「魔石は私が取る。クラウドは警戒してて」

 

「あいよ」

 

 リリシアがナイフでゴブリンから魔石を取る作業を始めたので言われた通りに周囲を警戒する。とは言っても、近くにはモンスターの気配も他の冒険者の気配も無い。突然目の前でモンスターが産まれるなどの例外でも無い限りは心配しなくても良いだろう。

 

 ゴブリンの血で汚れたナイフを布で拭いながら、真剣な表情で魔石を取り出しているリリシアを見守る事にした。

 

 

 

 

 初めてダンジョンに入ってから一週間、つまり俺が冒険者となってから二週間が経った。やっている事はフィンのトレーニング、リヴェリアの座学、空いている時間を見つけて素振りと殆ど変わらない。

 

 しかし、今日から新人の中で俺とリリシアの二人だけダンジョンに入ることが認められたのだ。一人では入らない事と門限までには帰ってくる事、階層制限など条件付けられたが大きな進展だった。一応トレーニングや素振りをしてるだけでもステイタスは上昇するが、ダンジョンに入った日と比べるとどうしても劣ってしまうのだ。

 

 ちなみにヒュームとアイニスは座学の成績が宜しくなかった様でリヴェリアに首根っこを掴まれて引き摺られていた。あの様子では、二人のダンジョンアタックの許可は暫く先になりそうだ。

 

 ステイタスの上昇に関しては徐々にだが強くなっているという感触はある。全盛期には届かないもどかしさはあるのだが、それでも自分が育っているという事実は確かな手応えを与えてくれる。

 

 早く全盛期を超えてオッタルに挑みたい。だが焦ってはダメだ。焦燥に駆られて動いたところで求めている領域まで至らずに、途中で果ててしまうのが目に見えている。

 

 焦らず、着実に。先ずは全盛期の強さに至る事を目標に行動する事にした。

 

 

 

 

 ダンジョンに入ってから2時間程経過した。どこから敵が来るのか分からない、いつ戦闘になってもおかしくないという状況下では否応無しに緊張で精神と体力が削られる事になる。それは戦争を経験し、並外れた精神をしている俺も例外では無い。

 

 疲れてしまえば気が緩んでしまい、小さなミスを起こしてしまう。それがどうでも良いものならば笑い話で済むが、それが原因で死ぬか重傷を負えば笑えない。

 

 なのでここで休憩を取る事にした。リリシアはまだ大丈夫だと言っていたが、動けなくなるような段階に入る前に休むのが基本なのだ。

 

 ダンジョンの壁は壊れてもしばらくすると元に戻る。が、その間はモンスターが産まれないという特性を持っているのだ。それを利用し、ハンマーで壁を壊して一時的な安全地帯を作って休憩する。他の場所からモンスターが来るかもしれないが、それでも腰を下ろして休めるというのはありがたい。

 

 リリシアの方に視線を向ければ水の入った皮袋に口を付けていた。息が荒く、注意も散漫になっていたから疲れていると思ったがどうやら当たっていたらしい。

 

「ふぅ……」

 

「ほら、これ食べとけ」

 

「クッキー?」

 

「赤は人参、緑はほうれん草、黄色はカボチャが練り込んであるから……待て、待て。なんだそのまさかお前が作ったの?みたいな顔は」

 

「料理出来たの?」

 

「それなりにな。流石に本職と比べると劣るけど」

 

 フィンからは時間制限が付けられているので出来ないが、数日間ダンジョンに潜り続ける事も考えている。その時の為に保存食になりそうな物をいくつか考えていて、間食に丁度いいだろうと思ってその内の一つを持ってきたのだ。本当なら生野菜を持ち込みたかったが、すぐに駄目になってしまうので練り込む形で妥協した。

 

 味見は既に済ませていて、問題ない事は確認している。リリシアは赤いクッキーを手に取り、小さく齧ると硬かった顔を僅かに綻ばせた。どうやら口に合ったようだ。

 

「美味しい。人参の甘みが良い感じ」

 

「そりゃあ良かった」

 

「意外だね。クラウドって、戦う事以外はどうでも良い人だと思ってた」

 

「間違っては無いぞ?食事だって戦う為には必要な事だからな」

 

 戦う為に、もっと言えば身体を動かす為にはカロリーが必要になる。身体を育てる為には栄養バランスの取れた食事が必要不可欠。そして美味い食事を取ればストレスが解消される。良い食事は戦い続ける為に外せない物なのだ。

 

「凄いね、クラウドは。私の知らないことを沢山知ってる」

 

「何、年の功ってやつだよ。お前も長生きすれば色んなことが知れるさ」

 

「……私ね、色んなことを知りたくてオラリオに来たの」

 

 皮袋の水を飲みながら、リリシアは不意にそう告げた。

 

「エルフの里は閉鎖的で全く新しい事が入ってこなかった。母様と父様との暮らしは嫌いじゃなかったけど、私が知りたがっても誰も教えてくれなかった。いつもいつも、同じような毎日の繰り返しで……本当につまらなかった」

 

 彼女の顔にあったのは落胆、そして諦観。知りたいと思っていた事に対する答えが得られない事に落ち込んで、変化の訪れない環境に仕方がないと諦めていたのだろう。思い出すだけでそこまで読み取れるのだ。当時の彼女がどうだったかなんて、簡単に想像出来てしまう。

 

「だから私はオラリオに来た。沢山の事を知る為に、まずは冒険者として強くなるって決めた」

 

「ふーん」

 

 リリシアの話を聞きながらクッキーを食べる。野菜の味を出そうと思って砂糖の量を減らしていたが、まだ多かったようで不自然な甘みが感じられる。この分だともう少し減らしても良さそうだ。

 

「ふーんって」

 

「いや、それ以外に何を言えと?」

 

 それで良いのだと認めて欲しかったのだろうか?それとも、間違っていると叱って欲しかった?だとするのなら御門違いも良いところだ。

 

 人が人を導くなんて事は悟りを開いた聖人でもなければ出来ない。生憎と悟りの境地には指を掛けているが、聖人(そんな存在)になるくらいならば俗物である事を選ぶ。そんな暇があるのなら、剣を振るった方が有意義だ。

 

 だが、まぁ、長く生きている先駆者として説法の一つくらいはしてもバチは当たらないだろう。

 

 水で口を湿らせ、いいかと声を掛ける。

 

「お前が選んでお前が決めた選択だ。それはお前だけに許された絶対の特権なんだ。これで良いのだろうかと迷うだろう、間違ってるんじゃないかって考えるだろうーーーそれで良いんだよ。悩んで、迷って、考えて、自分の選択は絶対なんだと胸を張って言えるようになれ。他人の言葉なんて参考程度にしときゃ良いんだよ」

 

「……普通に真面目。ビックリ」

 

「泣くぞ?年甲斐も無くみっともなく全力で泣くぞ?」

 

「昨日の夜の事を忘れたとは言わせない」

 

 その言葉に全力で顔を逸らす。

 

『アイズたんの使用済みパンツゲットしたでぇーーーッ!!』

 

 昨夜、ロキがそう言いながら食堂へとパンツを片手に飛び込んで来て、アイズにドロップキックを決められ、パンツを手放しながら吹き飛んだ。

 

 宙を舞うパンツは重力に従って落下しながらこちらに向かって来たので思わず圏境レベルの気配遮断を行なって、誰からも俺の存在を認知できない様にし、

 

 近くにいたエルフの少女ーーーレフィーヤの頭にダンクを決める様にパンツを被せた。

 

 凍る食堂の空気。向けられる殺意の篭ったアイズの視線。状況を理解して顔色を赤青とコロコロ変えるレフィーヤ。この場に留まれば面白い物が見れるのは間違いないだろうが、巻き込まれるのが目に見えていたので伸びているロキを引き摺って食堂を後にした。

 

 圏境を使っていたのでバレるハズはないが、思い出せばリリシアはあの時、近くの席に座っていた筈だ。俺の姿が見えなくなった事から推測したのだろう。

 

「違う……違うんだ……!!こうしたら面白くなりそうだなぁ、って考えてただけで実際にやるつもりは無かったんだ……!!」

 

「でもやった」

 

「身体が!!身体が勝手に動いたんだよ!!」

 

「勝手に」

 

 予定外も良いところだ。もう少し時間が経って、既存の団員たちと打ち解けて気心の知れた間柄になってから本性を出すつもりだった。が、こちらの世界に来てからずっと猫被っていた反動からなのか、思わずあの場面で動いてしまった。

 

 俺は自分の性格を理解している。社会からはキチガイだと呼ばれて弾かれるタイプの人間だと熟知している。なので集団に入る時は猫を被って隠す様にしていた。明かすにしても、気心の知れた間柄になってからだと決めていた。

 

 自分の軽率さに顔を覆い隠しーーーすぐに気持ちを切り替える。どの道、いつかは明かすつもりだったのだ。時期が早くなっただけだからセーフだと完璧な理論を構築する。

 

 そして投げナイフを取り出し、上に向かって投げる。

 

「休憩はここまでにしとくか」

 

 ブチュリと嫌に生々しい音が聞こえ、頭上からヤモリを巨大化させた様なモンスターのダンジョン・リザードが落下した。投げナイフは目に刺さっていて痛みに悶えているがまだ生きはある。

 

 なのでロングソードでその首を撥ねて仕留める。

 

「はぐらかされた気がする」

 

「もっと話がしたいのなら帰ってから聞いてやるから」

 

「お茶請けはクッキーで」

 

 意外と安く済みそうな事に安心しつつ、クッキー以外の茶菓子も用意してやることを決める。流石に調理器具の関係で凝った物は作れないが、それでも作れそうなレシピはいくらかあるのだ。料理の腕を確かめるという意味では、こちらにとっても悪い話ではない。

 

 ダンジョン・リザードから魔石を取る。ダンジョンに潜ってから二時間程度で、フィンから設けられた制限まではまだ余裕がある。

 

 時間一杯まで、或いはリリシアが音を上げるまで続けることを決め、奥へと足を進める。

 

 






集団に所属している以上、誰とも関わらないなんて事は不可能なのでコミュニケーションパート。

そりゃあ初っ端からキチガイ全開でいけば受け入れられる訳がない。それを理解してたから猫を被ってたり。というわけでここからクラウドのキチガイが解禁されていくわよ〜。


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コミュニケーション・オッタル

 

 

「長ったらしい挨拶とかいる?俺は要らないと思ってるけど」

 

「私も要らない派だ。というよりもあれに何の意味があるのだ?不要極まりないだろう」

 

「あれにもちゃんと意味があって行われているのだが……まぁいい。今は公式の場で無い。堅苦しい挨拶は抜きにしても許されるはずだ」

 

「んじゃ、音頭は俺が取ろうかーーーそれでは、乾杯!!」

 

 ジョッキを掲げて喧騒に負けないようにそう叫べば、同じテーブルに着席していたオッタルとアヤメも同じように掲げて乾杯と言い、それを口に運ぶ。

 

 まずは始めの一杯という事で麦酒(エール)を頼んだ。流石に冷蔵庫のような冷蔵設備があるわけでは無いので地球の物のようにキンキンにというわけでは無いが、清涼感を感じさせる程度に冷えた液体が独特の苦味と酒精と共に食道を流れ落ちていくのが堪らない。

 

「あ〜やっぱり冷えたエールは最高だなぁ!!おーい、火酒追加で〜!!」

 

「あ、なら私は果実酒を頼む」

 

「俺はエールをもう一つ、それと厚切りのベーコンを」

 

「はーい!!」

 

 空になったジョッキを下げに来たシルに注文を頼めば、暫しの間を空けて注文通りの物が運ばれて来た。が、中には頼まれていない物も入っている。厨房の方を見れば女将がウインクをしながら親指を立てているのが見えた。どうやら気を利かせてくれたらしい。感謝の意を込めてサムズアップで返す。

 

「はぁ……【九魔姫(ナイン・ヘル)】は厳し過ぎる。何故ちょっとそこら辺の物を斬っただけであそこまで怒り狂うのだ……」

 

「何をしたんだ?」

 

「リヴェリアが読もうとしていた本を全部細切れにしたんだよ。お陰でロキ・ファミリアの一角で火柱が上がった」

 

 アヤメは今でもどうしてだと首を傾げているが、あれは一から十まで彼女が悪い。衝動的に斬りたくなったからとはいえ、流石に室内で刀を振り回すのは俺からしてもどうかと思う。

 

 今のところ、被害に遭ったのはリヴェリアだけだが、裏を返せば被害がリヴェリアだけに集中しているとも言える。彼女の本が斬り刻まれ、彼女の洗濯物が斬り刻まれ……火柱が上がったのが一度だけなのが信じられない程の被害を受けた。

 

 お陰でここ数日の間、アヤメはリヴェリアに首根っこを掴まれてフィンを伴っての人格矯正を受けさせられている。

 

 今の彼女の様子を見る限りでは全く効果は無いようだが。

 

「ところで懐は大丈夫なのか?割り勘でも良いのだぞ」

 

「一応予算は考えてあるからそれの内なら問題無い。超えるようだったら割り勘にさせてもらうけど」

 

 ダンジョンに潜れるようになってから一週間経った。魔石やドロップアイテムを売却する事で得ていた収入が武器のメンテナンス費用などの支出を超えて黒字になり、纏まった金が出来た。だから、前にオッタルと交わしていた約束を果たすためにこうして豊穣の女主人に来たのだ。

 

 アヤメに関しては完全にオマケだ。リヴェリアによる人格矯正教室のストレスを発散したいのだろうと考え、お前だけは自腹であることを伝えて許可した。生憎と金は俺とオッタルの分しか用意していないのだ。

 

 お陰で店内はオッタルの来店に驚いて動きを鈍くしている客と、久しぶりに姿を見て話しかけてくる客の二種類に分かれている。

 

 後者はまだ良い。俺とオッタル、そしてアヤメの三人セットで覚えてくれているのか、あぁまたこいつらかという視線を向けるか、酔った勢いで話しかけてくるかのどちらかだ。

 

 問題になりそうなのは前者。オラリオ最強として有名なオッタル、【斬り裂き魔(マリアザリッパー)】の二つ名と悪癖で知られているアヤメ、そんな二人と同席して普通に酒を飲んでいる俺を観察する様に、或いはジロジロと不躾に眺めている。

 

 正直に言ってかなり不快だ。叶うことならば、すぐに別の店に移りたくなるほどに。だが、そんな視線を向けられても平然としている二人を見てると泣き言の様にしか思えず、堪えるために火酒を煽る。

 

「あーベーコン美味え」

 

「おい、おいクラウド。それは俺のベーコンだぞ」

 

「堅いこと言うなって。取られるのが嫌ならアヤメみたいにしてりゃ良いだろ?」

 

「む?」

 

 最初に摘みとして頼んだいくつかの料理の内、串焼きの盛られた皿を抱えていた。両手の指の間で串を挟み、リスの様に頬を膨らませてモキュモキュと頬張っている。

 

「取られるの嫌なんだろ?真似してみろよ」

 

「……俺が悪かった。代わりにそちらの唐揚げ貰うぞ」

 

「あ、ごめん。全部レモン掛けてたわ」

 

「貴様ァーーー!!」

 

「ここがお前の死地と知れ……!!」

 

 キレてはいるが理性はまだ残っているのかテーブルを壊さない程度に叩いて立ち上がるオッタル、アヤメはナイフを構えて不吉なことを言い出した。殺意こそは感じないものの、二人からの圧力が凄過ぎて物理的に潰れるのではないかと錯覚してしまう。

 

 まぁまぁと二人を席に座らせ、近くを通りかかっていたアーニャに唐揚げと火酒を追加で頼む。

 

「ほら、新しく頼んだから落ち着けよ」

 

「命拾いしたな」

 

「全く、唐揚げは塩が一番だと分からん様な奴だったか」

 

「……何を言っている?唐揚げはそのままが一番だ。そんな事も分からんのか?」

 

「は?お前、何言ってんの?唐揚げにレモンは当然だろうが。わざわざ譲歩してやって新しいの頼んだってのに……これだから女神様第一主義者の脳内御花畑野郎と斬ることしか考えない脳筋女郎は」

 

 視線が交差し、この話に関しては相容れぬ存在であると理解する。前までならば殴り合いに発展してレモンがナンバーワンである事を教えてやるのだが、今の俺では真っ先に負けてしまうのが目に見えている。その事を二人とも理解している筈だ。そして同時にレベルの差による決着は認められないとも考えている筈。

 

 同時に手を挙げ、この店で一番強い酒を持ってくる様に頼む。殴り合いで決められない以上、酒場で出来る勝負は飲み比べだけだ。ルノアの顔が呆れた物になるが、これだけは譲れない。

 

「唐揚げお待たせニャ!!ちゃんとマヨネーズかけておいたニャ!!」

 

 空になったジョッキが三つ、アーニャの顔面に叩きつけられた。

 

 

 

 

「もう……無理ぃ……」

 

「よし、これで塩派とかいう邪教徒は消えたな」

 

「それに関しては同意だが……お前の身体はどうなってるんだ?」

 

「まだまだ、これからだよ」

 

 数十分という短い間に強い酒を水の様にカパカパ飲めば当然酔っ払う。真っ先に潰れたのはアヤメで、リヴェリアに対する愚痴を呟きながらテーブルに突っ伏して眠りに就いた。顔色は酔ったせいで赤いが、変な酔い方をしている様には見えない。嘔吐は心配しなくても良いだろう。

 

 オッタルも顔を赤くしているが、アヤメほど深酔いしている様には見えない。ペースは幾らか落ちているがまだ飲めそうだ。

 

 それに合わせて俺もペースを落とす。ただ飲むのではなく、味わう飲み方に切り替える。

 

「それにしても、アヤメは随分とそちらで楽しくしている様だな」

 

「何だ、気にしてたのか?」

 

「気にするとも。問題児だったとはいえ団員だったのだからな。こちらに居た時の彼女よりも、今の彼女の方が生き生きとしているように見える」

 

「あんな所で生き生き出来るのは女神様第一主義者たちくらいだろ。こいつは違うみたいだし、色々と抱えてたんじゃないか?」

 

「そうか……そうかもな」

 

 斬る、斬る、やめて、本だけは、などと不吉な寝言を呟くアヤメの寝顔を眺める。

 

 フレイヤ・ファミリアに所属していながら、彼女はフレイヤの信者では無かった。ただステイタスを得る為だけにあそこに所属していたように見える。フレイヤはそれでも良しとしていただろうが、他の団員たちからしてみれば不敬でしか無かった筈だ。

 

 周囲との温度差、信者からの嫌がらせ、その他諸々とストレスが溜まりそうな要因なんて幾らでも思い付く。あの悪癖は先天的なものかも知れないが、案外ストレスからくる後天的なものかも知れない。

 

「んで、女神様はどうだ?」

 

「相変わらずお前の事を気に掛けている。進言して何とか抑えてもらってはいるが、その内手を出すかもしれん」

 

「デスヨネェ!!そんな事だろうと思ったよ畜生ォッ!!」

 

 俺の事を鋼の恒星だと評し、実力を図る為だけにアヤメを含めた団員四人も使う様な女神だ。寧ろ、弱体化の事を知って直ぐに仕掛けてきてもおかしくは無かった。

 

「何とか抑えられない?出来れば一生」

 

「無理だな。例え抑えられたとしてもランクアップ間近になれば間違いなく手を出す。あの方はそういう御方だ」

 

「知ってた」

 

 分かる。凄く分かる。こう、ちょっと遊ぼうかしら?的な感覚でLv.3辺りの団員を差し向けて来そうだ。今の俺では確実に勝てるとは言い切れない。ダンジョンに潜ってステイタスは上がっているが、それでもLv.の差はあまりにも大き過ぎるのだ。防御に徹すればある程度は持ち堪えられるだろうが、勝ち目は薄い。

 

 七対二対一だろうーーー負けが七、相打ちが二、勝ちが一だ。

 

「出来る限り俺から抑えるようには進言しておく。その間に強くなれ」

 

「そうしてくれ」

 

 女神様第一主義者のオッタルが、フレイヤに逆らうような行動を取ろうとしている。それは俺の為か、それともフレイヤの為だろうか。出来る事ならば前者であってほしいが、どちらにしても俺からすれば渡りに船である。

 

 俺はまだ弱い。対人戦に限ってはLv.2相手にも負けないと胸を張って言えるが、それ以上が相手ではステイタスの暴力で技術を無視して圧殺されるのが容易に想像出来る。

 

 それにこの世界ではメインで戦う事になるのは人間では無くモンスターだ。今のところはアサシンスタイルか一撃必殺で戦っているものの、戦い方を対モンスター用に変える必要がある。

 

 それ以外にもやる事は沢山ある。頭の中でやらなければならない事をリスト化し、その多さに辟易するーーーが、案外悪くは無いなと思っている自分もいる。

 

 少なくとも、地球に居た時のようにただ刀を振って老いるだけの日々を過ごすよりも充実している。この状況を楽しむ事が出来ている。オッタルという全盛期の俺でも敵わない相手と戦う未来を心待ちにしている。

 

 間違いなく、地球に居た時よりも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただしフレイヤ、テメーは自重しろ。せめてランクアップ間近まで。

 

 すっかりと冷めてしまった、何も掛かっていない唐揚げを口に運ぶ。オッタルはレモンの掛かった唐揚げを口に運んだ。

 

「ん、何も掛けないのも美味いな」

 

「……レモンの唐揚げも、存外悪くは無いな」

 

 互いに蔑んでいた唐揚げを褒め合い、笑ってからジョッキをぶつけ合い、酒を煽る。

 

 先に問題は色々とあるが、今は酒と友人とのやり取りを楽しむ事にした。

 

 






オッタルと酒飲んで飯食べて話すだけ。アヤメは添え物。リューさんは舞台裏。

クラウドが友人だと思っているように、オッタルも友人だと思ってる。フレイヤの事を伝えたのだって友人の為に。

まぁ、フレイヤの為に強くなれって意味でもあるんだけどなぁ!!割合としてはそっちの方が多かったりするぞ!!

次回で漸く原作の時間軸に突入よ〜



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試練

 

 

「やぁーーーッ!!」

 

 白髪の少年が勇ましい雄叫びを上げながらナイフを振り翳し、ゴブリンへと斬りかかる。それは自分を傷つけ、殺すことが出来る凶器だとモンスターでも理解出来ているのだろう。ゴブリンは絶対に当たってやるものかと表しているように大袈裟に振るわれるナイフを躱す。

 

 が、それは囮だった。ゴブリンの視線がナイフに集中されている事を確認し、少年が足払いをかける。たった一つの事に集中するという事は、それ以外の事への注意が散漫になる。それはモンスターでも例外では無く、ゴブリンは足を払われて体勢を崩した。

 

 転ぶまではいかないにしても、それは大きな隙だ。少年はそれを見逃さず、コンパクトな一振りでゴブリンの首を斬り裂いた。

 

「ギィ……ッ!!」

 

 生物の急所である首を切られ、苦しそうな悲鳴をあげたのちにゴブリンはその場に崩れ落ちる。死んだフリをしている可能性もあるが、今の一撃は完全に即死のそれだった。数秒ほど警戒してもゴブリンはピクリともせず、首から流れる血液が絶命を教えていた。

 

「ふぅ……よし。先生、やりましたよ!!」

 

 ゴブリンを倒せた事が嬉しいのか、少年は明るい顔をしながら後ろで見ていた俺へと向かって走ってくる。彼の実力を考えれば、一対一ならばゴブリン程度は無傷で倒せるような相手だ。それでも、彼はまだ幼い子供であり、自分の功績を誰かに褒めて欲しいのだろう。

 

 それを理解してーーー駆けてくる少年へ、ノーモーションでドロップキックを見回せた。

 

「ブフェッ!?」

 

「だ阿呆、倒せたからって油断してるんじゃねぇよ。あと五月蝿い。ダンジョンにいるモンスターはそいつだけじゃないんだ。戦闘の音で他のモンスターが寄ってくるかもしれないのを忘れるな。出来るだけ静かに戦闘する様にする。ハイ、復唱」

 

「で、出来るだけ静かに戦闘する……」

 

「良し、分かったさっさと魔石取ってこい。終わったら休憩にするぞ……あぁ、それと」

 

 蹴られた腹を押さえ、肩を落としながらゴブリンの死体から魔石を取り出そうとしていた少年に声をかける。

 

「それ以外は良かった。大振りを囮にして足払いとか良く考えてるじゃないか」

 

「ッ……!!ハイ!!ありがとうございます!!」

 

 本当なら五月蝿いとまたドロップキックをかますのが正しいのだろうが、教育の基本は飴と鞭だ。厳しいだけでは駄目で、優しいだけでも駄目なのだ。厳しさと優しさを丁度いい塩梅で混ぜてやらなければならない。

 

「先生役も板に付いて来ましたね」

 

 話しかけて来たのはヒューム。初めてダンジョンに来た時の強張りは慣れて消え失せ、先生と呼ばれた俺の事を揶揄う様に話し掛けてくる。

 

 ニヤついた顔が実に腹立たしい。

 

「止めろ、揶揄うなよーーーそんな事言ってたらお前の部屋に女性物の下着が紛れ込むかもしれないぞ?」

 

「ごめんなさい許してくださいもう変態扱いは懲り懲りです……!!」

 

 平謝りするヒュームの姿に気分を良くし、魔石をバックパックに入れている少年ーーーベル・クラネルに視線を向ける。

 

 そして不意に、ある事を思い出した。

 

「そういえば、今日で半年か」

 

 

 

 

 俺が若返ってこの世界に訪れ、冒険者となってから半年が経過した。その間やって来たことは今までと変わらない。

 

 素振りをして、フィン監修のトレーニングを受け、手が空いている者を見つけては模擬戦をして、ダンジョンに潜っていた。

 

 無論、鍛えるだけではない。身体を休める為、ストレスを発散させる為にオッタルと飲みに行くこともしていた。流石に頻繁にというほどではないが、それでもあいつと飲みに行く時間は楽しかった。

 

 ステイタスは順調に伸びている。目標は世界最速でランクアップを果たしたアイズの記録を更新する事だ。

 

 というよりも、速くランクアップしなければフレイヤが仕掛けて来そうで怖い。オッタルが押し留めてくれてるのか、半年の間は彼女からのちょっかいは何も無かったが、逆を言えば半年も何もしなかったのだ。そろそろ爆発しそうなので怖い。何を仕出かすのか読めないのが余計に恐怖を煽る。

 

 ステイタスを与えられると同時に弱体化したわけだが、徐々に最盛期に近づいて来ているのは実感出来ている。ランクアップでどれ程強くなるのか分からないが、この調子で行けばLv.2の何処かで筋力だけならば最盛期に届くだろう。本音を言えば敏捷の方が届いて欲しかったがしょうがないと諦めるしかない。

 

 早く強くなりたいという渇望はある。が、それを差し引いても、この半年間はとても充実していて、地球にいた時よりも楽しいと、生きている事を実感出来ていると胸を張って言える様な時間を過ごせた。

 

 

 

 

「先生の作るクッキー美味しいですね」

 

「そうだよね……ファミリアじゃあ頭おかしい言動が目立つのになぁ……」

 

「ヒューム、下着布団事件」

 

「クラウドさんサイコー!!」

 

「何があったんですか……いや、聞くのが怖いんでやっぱり良いです」

 

 賢明な判断だ。もし深く掘り下げようとしたら、ベルの心にダメージを負っていたに違いないから。

 

 俺の事を先生と呼ぶ少年はベル・クラネル。今月の頭頃に一層でコボルドに追いかけ回されていたのを助け、その日に冒険者になったばかりだというので色々と世話をしてやったら先生と呼ばれる程に懐かれた。時折こうして一緒にダンジョンに潜り、金銭で余裕があれば飯を食いに行く間柄である。

 

「そう言えばロキ・ファミリアって遠征に行ってるんですよね?先生は付いて行かなかったんですか?」

 

「ベル、忘れてるかもしれないけど俺のレベルは1だぞ?付いて行ったところで足手まといにしかならねぇよ」

 

「クラウドさんなら割と平気そうだから困る。ステイタスの差で倒せなくても、時間稼ぎくらいなら平然とやりそうで」

 

「お前ら俺の事何だと思ってるんだよ。怒らないから素直に言ってみろ」

 

「凄い人」

 

「戦闘特化のキチガイ」

 

 ベルは良いだろう。だがヒューム、お前はダメだ。距離を置こうとしていたヒュームの足を掴んで引っ張り、4の字固めを極める。

 

「ぐわぁ……ッ!!痛い痛い!!何これめっちゃ痛い!!」

 

「サブミッション、関節技って言ってだな。文字通りに関節にダメージを与える技だ」

 

「へぇ……これがこうなってるのか……」

 

「ベル君ベル君!!冷静に観察してないで助けて!!」

 

 しばらく痛みを与えてから解放する。ファミリアならば兎も角、ここはダンジョンの中だ。痛みは与えても、歩けなくなる程のダメージは与えない。事実、ヒュームは足を抱えて転がり回ったがすぐに立ち上がった。

 

「あー痛かった……ところで今の技ってモンスターに使えそうですかね?」

 

「使えなくは無いけどやめておいた方が良いぞ。関節壊す暇があるのなら頭をカチ割った方が絶対に早い。一撃で殺すのが難しい相手なら末端から削って殺すのが定石だ」

 

「末端って事は足ですか?」

 

「足を狙って動かないようにするとか、手を狙って攻撃手段を減らすとかな」

 

 ベルもそうだがヒュームも戦い方に関して興味を持ち、意見を求めるのは良い傾向だと思う。

 

 二人は戦闘だけではなく、殺し合いでも初心者だ。相手を殺すという経験が足りていない。殺しに応用出来るほどに経験を積んでいない。ダンジョンに潜り続けていればそれも解決出来るだろうが、こうして自分で考え、人から意見を求めるのは経験を不足を埋める助けになる。

 

「さて、そろそろ休憩は終わりだ。今日はここで探索続けるぞ」

 

「ハイ!!」

 

「さっきはベル君が戦ったから次は僕ですね。リザード辺り出てくれると良いんだけどなぁ」

 

 今いるのは四階層。俺とヒュームだけなら六階層まで、俺単独なら十階層よりも下へ行けるが、ベルとダンジョンに潜ると彼の実力に合わせた階層を選ばなくてはならない。それがデメリットかというと、そうとは言い切れない。

 

 ベルとヒュームの年齢は近い。その上、半年の差があるとはいえ同じLv.1の冒険者であるからか、互いが互いを意識しているのだ。そうやって競い合える相手がいる方が、互いに刺激しあって成長を促進させる。

 

 俺の場合は親父と爺がその対象だった。まぁ、這い蹲らせて煽りたいっていう捻じ曲がった理由だったが。

 

「ーーーッ!?」

 

 立ち上がり、移動しようとした時、下層へと続く道の辺りから強い気配が現れた。上層のモンスターよりも強い。もしかすると、下層からモンスターが上がってきたのかもしれない。

 

 強い。気配だけで分かる。今の俺では殺されるような相手であると。

 

「どうしました?」

 

「……やばいのが来た。予定変更して帰るぞ」

 

「やばいのって……そんなにやばいんですか?」

 

「俺単独なら分からんが、お前たちと一緒なら間違いなく死ぬな。見捨ててもいいならそうするけど」

 

「帰りましょう!!迅速に!!脱兎の如く!!」

 

「異議なし!!」

 

 ベルとヒュームからの反対意見も無かったので予定を変更して帰還する事にする。気配でモンスターの位置を把握している俺が先行し、その後を二人が付いて来る。音を立てて気づかれる事を避けるために指示は全てハンドサインで出す。

 

 万が一を考えて、こういう時の行動を決めておいてよかった。お陰で迷わずに行動する事が出来る。

 

 途中までは順調に行動出来ていたが、問題が発生した。モンスターの気配がある場所で動かなくなったのだ。しかもそこは上に向かうためには通らなければならない道で、迂回出来るルートは無い。

 

 ハンドサインで集まるように指示を出し、小声で話し合う。

 

「俺が単独で突っ込んで気を引くからどうにかして頑張れ」

 

「雑だけどそれが一番上手く行きそうなんだよなぁ」

 

「一緒に戦った方が良いんじゃ……」

 

「間違いなくお前たちが死ぬからやめた方が良いぞ。それよりも俺一人の方が助かる確率はあるんだ。最悪、ギルドで上級冒険者見つけて連れて来れば良い。生き残る事だけを考えればそのくらいの時間は稼げるから」

 

 ベルは最後まで一緒に行動する事を推していたが、それは間違いなく悪手である。この状況の最善は全員が生き残る事であり、最悪は全滅する事だ。一緒に行動すれば最悪のパターンになるのが目に見えている。

 

 自己評価を間違えてはならない。何が出来るのか、どれほどの価値があるのか、他者からどのように見られているのか、それらをキチンと把握する事こそが重要なのだ。ヒュームはフィンからの教育でそれを知っているようだが、ベルはその事を理解していないようだった。

 

 帰ったらこの事を教えないといけないなぁ、と考えながら気配を消し、モンスターの元へ向かう。

 

 他のモンスターと遭遇する事なく、目的の場所へと到着出来た。狭い通路のような道の真ん中を占領するように、それはいた。

 

 それは牛の頭部と人の身体を掛け合わせたようなモンスターだった。リヴェリアから教えられた知識が確かならば、あればミノタウロス。教えられていたサイズよりも二回りは大きく、全身に付いている傷痕が歴戦の風格を漂わせている。Lv.2にカテゴライズされるモンスターで、本来ならば十五階層以下で出現する筈だった。

 

 が、その疑問はすぐに氷解した。

 

「ぐ……ぁ……」

 

 ミノタウロスの手の中に居たのは一人のヒューマン。着ている鎧は機能を果たせない程に壊され、床には武器であっただろう剣が粉々にされている。

 

 ミノタウロスは手に力を込めた。上がるヒューマンの悲鳴。そのまま力を入れて握り潰すかと思えば、不意に力を緩めた。

 

 力を込める、上がる悲鳴、緩める。それを繰り返す。

 

 それを見て気が付かない者は居ないだろうーーーあの怪物は、嬲ることに対して愉悦を感じている。

 

 間違いなくそれは異質だ。基本的にモンスターにはそんな感情は存在しない。冒険者を襲うのだって敵だからで殺意を持って襲うのだ。どう殺そうかなど考えていない。殺さないと殺されると、殺しに来るだけだ。

 

 しかしあのミノタウロスは違う。どうやって殺そうかと楽しみながら考えている。それは殺意ではなく悪意と呼ばれるもの。本来ならばモンスターが持ち合わせていないそれを持っていた。

 

 あのミノタウロスがここに来たのもその一環だろう。運が悪かったと嘆くしか無い。いや、フレイヤが関係していない事が分かったのには安心したが。

 

 大きく息を吸って僅かに上がっていた心拍数を平時へと戻し、ロングソードの鞘でダンジョンの壁を叩く。

 

 鈍い音がダンジョン内に響き渡り、ミノタウロスに気付かれる。

 

 ミノタウロスは俺を見て新しいオモチャが来たと思ったのだろうか。牛の顔で口を釣り上げ、遊んでいた冒険者(オモチャ)を握り潰して捨てた。

 

「生きて帰れたらリオンにハグでもしてもらうか……」

 

 絶対にあり得ない、そんな馬鹿な事を考えながら、ミノタウロスから全力で逃げ出した。

 

 






原作の時間軸に突入。そしてベル君と合流。ここのベル君はクラウドの教育を受けていて地味に強化されているぞ!!

クレイジーミノたん投下。弱い者イジメが大好きなミノタウロス強化種。クラウドでもやばいと思わせるくらいにやばい奴。



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試練・2

 

 

「行こう」

 

「はい」

 

 小さく、そして短く声を掛け合ってベルとヒュームは移動を始める。気配でモンスターの位置が分かる蔵人が居ないが、だからと言って全く分からない訳ではない。極力自分が立てる音を殺し、周囲の音を聞くことに集中する。そうすれば、少なくとも近づいてくる存在を知覚する事は出来る。

 

 地響きの音が遠くへと離れていく。予定通りに蔵人がこの階層に現れたモンスターを引き連れているのだろう。

 

「クラウドさんは予定通りに行ってるみたいだね」

 

「急ぎましょう」

 

 焦らず、騒がず、しかし迅速に、上の階層へと続く通路を進む。二人とも蔵人の強さを理解している。だが、それでも彼にやばいと言わせるほどのモンスターの相手が出来る筈がないと考えていた。

 

 ベルは今の蔵人の強さを知っているから。正面からの戦闘に暗殺者の様な奇襲まで幅広く戦える彼の事を先生と呼ぶ程に慕っている。だからこそ、そんな彼をしてやばいと言わせるモンスターは彼よりも強いのだろうと察していた。

 

 ヒュームは前の蔵人の強さを知っているから。入団試験の時にLv.5のアイズを相手にステイタス無しで勝利した彼だが、どういうわけかその翌日には弱体化していた。理由は知らされていないので不明だが、フィンをはじめとした幹部とロキが秘密にして欲しいと頼んだ事から誰もこの件には触れようとしなかった。弱体化してなお自分よりも強いが、それでも彼がやばいと言い切るモンスターと戦おうとしているのだ。心配しない筈がない。

 

 足早に進んでいると、通路にはモンスターの死体が灰化した物が散らばっていた。他の冒険者が倒したのかと思えば、灰の中にはドロップアイテムが紛れている。地上に持ち帰れば高値で売れるドロップアイテムを放置し、魔石だけ持ち去っている。冒険者がそんな事をするとは考えにくい。

 

「……もしかして、強化種?」

 

 この状況に当てはまり、知識の中にあった単語をベルは呟く。否定してくれれば良かったのにヒュームも同じ結論に至ったらしく、顔を青くしながら急ぐ様にハンドサインを出す。

 

 モンスターが別個体の魔石を摂取した場合、冒険者がステイタスを更新させる様にモンスターの能力は飛躍的に上昇する。そして魔石のもたらす力と全能感に酔ったモンスターは魔石を求め続け、弱肉強食の法則に則る様に強くなっていく。

 

 魔石を摂取し続けて通常の個体よりも強くなったモンスター、それを強化種と呼ぶ。

 

 上層で強化種が発生したという前例は無く、環境的に鑑みても発生するとは思えない。なら、この強化種は下層からやって来たのだろう。そうなれば最悪だ。

 

 蔵人ならばLv.2のモンスターでも戦えるだろう。隙を伺い、デタラメな剣術で敵を斬り裂く姿が容易く想像できる。が、Lv.3のモンスターを倒せるとは思えなかった。出来たとしても死なない様に立ち回るくらいだろう。

 

 早くしなければ蔵人が危ない。早く助けを呼ばなくてはと焦りながらも、自分たちが危険に陥っては本末転倒だと冷静な判断をして安全を確認しながら進む。

 

 そうして、上の階層へと続く階段に辿り着いた。

 

 だが、不幸は続く。

 

 上の階層から極東の衣服を着た冒険者たちが転がり落ちる様に降りて来たのだ。顔色は青く、息は荒いーーーまるで、何かから逃げて来た様ではないか。

 

「ッ!!あんたら!!逃げろ!!」

 

 リーダーであろう青年が声を荒げながら叫んだ。それだけで二人は危険が迫っている事を察し、魔石を入れる為の物とは別のバックパックに手を伸ばす。

 

「ヴヴォォォォォーーーッ!!」

 

 極東風のパーティーが降りて来た後にやって来たのはミノタウロス。叫びをあげ、狭い通路を抉るように迫る姿は下位の冒険者ならば恐怖心を煽る。そもそもミノタウロスはここよりも下層のモンスターでLv.2相当だと位置付けられているのだ。上層にいる冒険者では相手にならない。

 

 だからこそ、ベルとヒュームは相手にしないことにした。

 

 バックパックから取り出した球体をミノタウルスの顔に目掛けて投げつける。不意に飛んできたからか、それとも避ける必要は無いと判断したからかは分からないが、ミノタウルスはその球体を顔で受け止めた。

 

「ヴヴォッ!?ォォォォーーー!!」

 

 球体が砕けて粉塵が舞う。ダメージを受ける要素は無かったはずなのに、ミノタウロスは顔を抑えて暴れ出した。良く見ればミノタウロスの目と鼻からは液体が流れ出している。

 

「何したんだ!?」

 

「後で説明するから今は逃げますよ!!」

 

 使用した球体の正体は胡椒と唐辛子を詰め込んだ蔵人お手製の催涙球。既にモンスターに対して実験して通じる事を確認している。Lv.2相当のミノタウロスに通じるか不安だったが、あの様子では効いている様だ。

 

 だが、安心出来ない。今は目と鼻は効いていないが、その内立ち直るのが目に見えている。そうなればミノタウロスは怒り狂ってこちらを殺そうとしてくるだろう。その上、上からは巨大な何かが走る様な足音が嫌に響いている。想像したくは無いが、一番可能性としてあり得るのは他のミノタウロスが存在している事。徐々に大きくなって来ている事から、こちらに向かって来ているのが伺える。

 

 その前に逃げる。上の階層に通じる道は使えなくなり、この階層には恐らくミノタウロスよりも強い敵がいる。残された選択肢は一つだけ。

 

 ベルとヒュームは逃げて来たパーティーを連れて下層に逃げ込む事を決意した。

 

 

 

 

「……む?」

 

 ベルとヒュームの気配が上へと続く道ではなく、下の階層へと続く通路を進んでいる事に気がつく。彼らの他に人間の気配が複数、そしてミノタウロスと酷似した気配が感じられるので、逃げていた他の冒険者と合流して逃げているのだろう。

 

 だが、それに気がついたところで俺にはどうする事も出来ない。

 

「ヴヴォォォォォーーー!!」

 

「うっせぇ!!バーカバーカ!!」

 

 後ろから届くミノタウロスの咆哮に苛立ちを隠さずに罵倒で返し、()()()()()()()()()()()()()()。そうしなければミノタウロスの注意は俺ではなく他の冒険者たちに向けられる事になる。

 

 他のミノタウロスもベルたちからしてみれば危険なモンスターだろうが、それよりも目の前のミノタウロスの方が明らかに危険だ。強化種だと思われる体格に、人間を生存本能ではなく遊びで甚振る様な強烈な悪意。現に今だって、一定の距離から付かず離れずを保って俺の事を追いかけている。

 

 アレは自分の優位をしっかりと認識している。その気になればいつでも捕まえられると理解しているから、近くは無く遠くもない距離を保つ事で俺の恐怖心を煽ろうとしている。アレにもし人の顔が付いたのなら、間違いなく吐き気を催す程にいやらしい笑みを浮かべているだろうと容易に想像出来る。

 

 その点ではアレには感謝しなくてはならない。余裕ぶって遊びに興じているからこそ俺は逃げ続ける事が出来ているのだ。時に情けなく叫び、時に罵倒を吐きながら、懸命に逃げていると()()()ある一点を目指す。

 

 数分程走り続け、辿り着いた先は拓けた空間。横幅、奥行き、高さが十分に確保された部屋で、ここならばさっきまでの狭い通路よりもまともに戦う事が出来るだろう。

 

 他の出入り口が存在しない点を除けばだが。

 

 この部屋は俺が入ってきた通路以外の出入り口が存在しない。つまり、ここから出るためにはミノタウロスをやり過ごすか殺すしか無くなったわけだ。増援が期待出来ないデメリットがあるが、巻き添えを食わさないで済むというメリットがあるので良しとしよう。

 

 まさに背水の陣だ。いや、水では無くて壁だから背壁の陣と言うべきか。

 

 ナイフを納め、刀と剣を抜く。ここまで走り続けた事で乱れた息を数回の呼吸で元に戻し、迅る精神を抑えつける事に努める。

 

 あのミノタウロスと対峙して、怖いと感じる事は無かった。恐怖心などという下らないものでは無く、喜びと好奇心だけしか湧き上がらなかった。

 

 一眼見ただけで分かる。人間を嬲るというモンスターにあるまじき悪意、上層のモンスターとは比べ物にならない強靭な肉体。身体に残る傷痕は多くの戦いと、それだけの間生きていた事実を示している。

 

 歴戦のモンスターという他ないだろう。下層のモンスターとは比較出来ないだろうが、それでもLv.1の俺よりも強いのは分かる。

 

 嗚呼ーーー是非とも斬りたい。

 

 あの強靭な革を、肉を、骨を斬り裂き、返り血を存分に浴び、俺はお前よりも強いのだと腹の底から叫びたい。アイズやアヤメたちの様な技を競い合う戦いでは無く、生き死にを賭した血が湧き肉踊る様な戦いに興じたい。

 

 ロキやフィン、リヴェリアは間違いなく怒るだろう。そうなったら土下座でも何でもして謝り倒そう。

 

 アヤメは良くやったと笑いながら肩を叩くだろう。その時はどうだ凄いだろうと胸を張って言ってやろう。

 

 オッタルは何と言うだろうか。馬鹿なことをしたなと呆れながら言う姿が簡単に想像出来たので、適当に言いくるめて酒でも奢らせよう。

 

 そして……リオンはどんな反応をしてくれるだろうか。

 

 あぁ、やっぱりと呆れるだろうか?それとも怒って怒鳴るだろうか?はたまた心配したと言って泣きそうになりながら手を伸ばすだろうかーーーいや、最後のは想像出来ない。

 

 しかしどんな反応をするのか気になる。これは死ぬ訳にはいかないなと決意を固め、

 

 

通路から投げられた岩を刀で両断する。

 

 真っ二つになった岩が落ちて大きな音を立てるがそれに注意を向けず、視線は通路に固定する。

 

 そこから現れたのはあのミノタウロス。獣臭い息を吐きながらゆっくりと、威風堂々という言葉が似合う立ち振る舞いを見せながら姿を現す。

 

 それだけではない。アレよりも小さいが五頭のミノタウロスを引き連れて現れた。モンスターは群れないなどと聞くがそれは通常の話だ。何事にも例外は存在する。強化種のミノタウロスが率いているのならば、この現象にも納得がいく。

 

 逃げ場は存在せず、前には強化種を含めた六頭のミノタウロス。絶体絶命の窮地としか言えない状況の中でーーー嗤う。

 

誓おうーーー鏖殺だ

 

 絶望の中で嗤う。厚顔に、大胆不敵に、格上を格下だと見下す様に。

 

皆悉く斬り刻もう。他ならぬ、俺の殺意で

 

「ヴヴォォォォォーーー!!」

 

 強化種が吠える。それに従う様にミノタウロスたちが突進してくる。それに合わせて、俺もその場から動き出した。

 

 

 






ベルくんたちがミノたんの群れに追われてデッドオアアライブな鬼ごっこをしている最中に一人だけ良い空気を吸ってるキチガイがいるらしい。



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