射手の王とその弟子 (金匙)
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二宮匡貴 ①

※注意※

・作者のワートリ知識は単行本のみです
・二宮さん中心に(主に二宮隊の面々)キャラ崩壊等あるかもしれません。
・完全な勘違いものの小説でないことをご了承ください。

それでも良いという方だけ拙い文章ですがお読みください。


 

 ボーダー入隊以来、その人並み外れたトリオン量を以って圧倒的な弾幕と火力でぶいぶい言わせ続けていた『射手の王』二宮匡貴は、ある日彼にとって運命とも言える出会いをした。

 

 それは、特に目的もなく訪れた個人ランク戦の集会場での出来事だった。

 

「何だ、この人だかりは?」

 

 普段からポイント上げのため人の密集している個人ランク戦の集会場だが、まるで何らかのイベントが開催されているかのようにその人だかりは凄まじい。

 今日は特にイベントの類はなかった筈だがと思考しつつ、自分が知らなかっただけかと疑問を抱いた二宮は興味本位でその人だかりの中心へ脚を進めていく。

 

「お、おいあれ」

「うわぁ、二宮さんだ……かっけぇ」

「射手で個人総合二位の人だろ? 雰囲気あるよな」

 

 B級一位部隊の隊長、そして個人総合二位の記録を持つためにボーダー隊員で二宮の名前を知らない者はいないと断言出来るくらい彼の名前は有名だ。

 だが今更自身のことをどう言われ様が特に思うことはなく、あちこちから聞こえるその言葉に無関心を貫きながら二宮は歩いていく。

 

「でもよ、もしかしたらアイツ(・・・)の方が強いんじゃね?」

 

 ふと耳に入ったその言葉に二宮の足が止まる。

 アイツ、というのが当人に取っての誰にあたるのかは定かではないが、脳裏を過ぎった個人総合一位の男に思わず眉を顰めた二宮は、その言葉を発したC級の隊員にその煩わしい口を閉じろと言わんばかりに鋭い視線を向けた。

 

「ぴっ!? ご、ごご、ごめんなさい!」

 

 その鷹の如き眼光にすっかり萎縮してしまったのか、生まれたての小鹿のように足を震わせるC級隊員は、まさか自分の言葉を聞かれていたなんてと酷く驚いた様子で二宮に頭を下げると、やがて居た堪れなくなったのか足早に集会場を後にしていった。

 そんな姿をアイツは上にはあがれないなと内心で嘆息しながら、二宮はこの騒ぎの元凶となっているであろうモニターの前まで足を運び、そこで行われているランク戦を観察するように見据える。

 

「…………ほぉ」

 

 モニターに映るのはよく目にするB級に上がりたての新人たちの拙い動き───ではなかった。

 一人はそうだろう、だがもう一人のヤツは明らかに新人と呼ぶには頭一つ抜けている。

 特に二宮の目を引いたのは自身と同等、あるいは凌駕するやもしれない巨大なトリオンキューブ。

 16等分にして放たれたその弾丸は相手のシールドを苦もなく貫き、トリオン体の急所とも言えるトリオン供給器官を撃ち抜いた。

 

「『アステロイド』か」

 

 それはボーダーの弾トリガーの中で、特殊な機能がない代わりに弾トリガーの中で一番威力が高い銃手や射手にとって最もスタンダードなトリガー。

 しかし如何に威力の高いアステロイドと言ってもああも簡単にシールドを突き破るほどの威力は持たない。

 そう、二宮のように膨大なトリオン能力を持つ例外を除いて。

 チラリと視線を映した先にあったのは4350という少年のポイント。

 次いで周囲を一瞥した二宮は、この場に集まっている隊員たちの大半がC級隊員及びB級に上がったばかりの正隊員であることを確認し、少年がボーダーに入隊して間もない新人であると確信する。

 

「面白いヤツだ」

 

 モニターに視線を戻した二宮の視界には、過去の二宮を彷彿させるような圧倒的なトリオン量による弾幕と火力で相手を蹂躙する少年の姿がある。

 師である東の下で戦術のなんたるかを学んだ今の二宮ならば、本来であれば少年の戦いを戦術も何も考えていないつまらない戦いだと一蹴していたが、二宮はこの戦いに隠された真意があると見抜いたからこそ少年をそう評した。

 

「(相手との実力は歴然。あれだけ実力差があれば戦術だ何だと、そんなものは考えるまでもない)」

 

 一見、火力のゴリ押しに見える少年の戦法だが、二宮の言うように他のトリガーを絡めてわざわざ手の込んだ戦い方をするよりも、少年はかつての二宮のようにトリオン能力に物を言わせた圧倒的な火力こそが最善にして最も効率の良い戦い方だと分かった上でその戦闘スタイルを取っているのだ。

 ともすれば過去の自分と同じように自身の力を過信しているだけのように思えるが、少年の双眸には慢心の類が一切感じられないほど冷たいものであったが故に、それはないと二宮は断言した。

 

「(相手と自分の力量差を測り最善の戦法を取る……戦術の基本だ)」

 

 それを、あの少年は分かっているのだろう。

 結局、少年はアステロイド以外のトリガーを使わないまま対戦相手を10-0と完封した。

 

 

 

 

 

 

「おい、そこのお前」

 

 あの個人ランク戦を最後にブースから出てきた少年を、予め待ち構えていた二宮が声をかけると、少年は気怠そうに振り返り二宮を見つめた。

 聞けば少年は十本勝負のランク戦を十回ほどやっていたそうなので、精神的な疲労が残っているのも無理はないと、本来であれば普段の三割り増しで仏頂面になる場面を華麗に受け流し、二宮は言った。

 

「訓練室に来い、お前の実力が知りたい」

「……」

 

もし、コイツの力が本物なら自身の隊に空いた穴を埋めることが出来るかもしれない。

 

 そんなことを考えているからか、受け入れることを前提に話を進める二宮を前にして気を悪くしたのか、少年の表情は徐々に曇っていく。だがそれも束の間で、少年は二宮の言葉に小さく笑みを溢すと分かりましたと頷いた。

 おそらく、少年は二宮が先ほどまで戦っていた相手とは別格の存在だと認知したのだろう。見かけによらず好戦的なヤツだと、その心中を察した二宮は内心で笑みを浮かべ模擬戦を行うため少年と共に訓練室へ向かった。

 

 互いに、決定的な思い違いをしていることを最後まで理解しないまま――

 

 

 

 

 

 

 そうしてやってきたボーダーの訓練室。

 二宮と少年は互いにトリオン体となって向かい合っていた。

 

「さきほど同様に十本だ。構わないな?」

 

 二宮の言葉に少年は小さく頷く。

 それを確認した二宮は、道中でばったり会い、そのまま少年との模擬戦の審判役を引き受けて貰った自身の隊の氷見に開始の合図を送る。

 

 直後、少年と二宮の視界にカウントダウンが表示され、徐々にその数字を縮めていく。

 

 5、4、3、2、1――――0

 

「ッ!」

 

 始めに動いたのは少年だった。

 『射手の王』と称される二宮相手に、まずは小手調べだと言わんばかりに少年は先ほどのランク戦同様にアステロイドを放った。

 

「シールド」

「!」

 

 だが、それは二宮のシールドによって阻まれる。

 思わず驚いたと言わんばかりの表情を作った少年は、果たして二宮のことを知らないのか、それとも演技によるものか……どちらにせよ、ボーダー随一のトリオン量を誇る二宮のシールドはそう容易く破れるものではない。

 

「(皹が……?)」

 

 驚きの表情を浮かべる少年に二宮は気づかない。

 二宮の視線は少年のアステロイドを防ぎ、僅かに皹の入った(・・・・・・・・)シールドに向けられている。

 確かにアステロイドは射手用トリガーでは最も威力の高いトリガーだが、それでも一度受けただけでシールド――それも二宮の――に皹が入ったことは一度としてなかった。

 予想外のことに二宮は改めて少年を見据える。既に驚愕の表情はなく、ジッと注視するように二宮を睨んでいた。

 

「(及第点……いや、それ以上だ)」

 

 トリオン量では自身に匹敵、あるいは上回るかもしれない少年を前に、二宮は少年に対する評価をもう一段階引き上げる。

 

「アステロイド」

 

 少年と自身の差を見せ付けるように、二宮特有の四角錘に分割されたアステロイドが少年を襲う。

 それが威力重視のものだと気づいたのか、先ほどの二宮がしたようにシールドで防ぐことなく回避を選択した少年が、横へ横へと二宮の後方を取るように大地を駆ける。

 

 少年がトリオンキューブを浮かべ反撃に出ようと試みる。が、それよりも早く少年の動きを読んでいた二宮が両攻撃のハウンドを仕掛けた。

 

「!?」

 

 これにはさすがの少年も目を見張り、すぐさま防御と回避が出来ないことを察し、迎撃するためにバイパーを展開し打ち出す。

 

「ほう」

 

 あの僅かな時間の間にリアルタイムで弾道を設定し、寸分違わぬ精度でハウンドを相殺せんと放たれた少年のバイパーに、思わず二宮は感心するが……

 

「だが、無駄だ」

 

 それが迎撃用の弾速に振り切ったバイパーでは、幾らハウンドだろうと撃ち落とすことは叶わない。加えて、やはり咄嗟に軌道を設定したバイパーでは二宮の両攻撃のハウンドを全弾撃ち落とすことなど出来るはずもなく、撃ち漏らしたハウンドが無防備な少年の体を貫いていく。

どうにか体勢を整えようと一旦二宮から距離を取ろうと足掻く少年だが、一度立ち止まってしまった時点で彼の敗北は決定している

 

「アステロイド」

 

速度重視で放たれたアステロイドを前にシールドの展開は間に合わず───

 

「天宮ダウン」

 

 無慈悲なアナウンスとともに、少年の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 そこから先は語るまでもないが……

 

 時に少年の隙をついた二宮がアステロイドでトリオン供給器官をぶち抜き、時にメテオラを地面に叩きつけ土煙を発生させハウンドによる不可視不可避の凶悪コンボでぶち抜いたり、酷いときにはアステロイドを掛け合わせた合成弾『ギムレット』でシールドごとぶち抜いて来た時もあったりと―――当然の結果とも言えるが二宮が10-0の完勝で少年を降した。

 

「お前、名前は何て言う?」

 

 意気消沈と言わんばかりに訓練室のベンチで腰を下ろし俯く少年に、氷見の下から帰ってきた二宮が声をかける。

 少年は自身に声をかけてきたのが二宮だと分かると勢いよく立ち上がり、天宮 鈴(あまみや りん)です! と頭を下げた。何故頭を下げるのかと疑問に思った二宮だが、そんなことはこれから言うことに比べれば別段些細なことだったので特に気にせず、天宮 鈴とその名を脳裏に記した二宮は、単刀直入に本題に入った。

 

「天宮、俺の隊に入れ」

 

 二人の師弟関係は、この言葉から始まった。

 



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天宮鈴 ①

アマトリチャーナの所為で大分感覚が麻痺してますが、現時点で既に二宮さんを上回るくらいには主人公のトリオン量も頭おかしいです。


 

 天宮鈴がボーダーに入隊した切っ掛けは、端的に言うならスカウトされたからで、彼個人の私情を挟むのであれば、スカウトの女性が美人で気を惹かれたのと、それに拍車をかけて彼があまり自己を主張せず流されやすい体質だったからだ。

 加えて、 スカウトの女性曰く、天宮にはボーダー隊員になるためには必須とも言っていいトリオン量が平均の何倍もあるらしく、君なら絶対にA級と呼ばれるボーダーの精鋭隊員になれると断言されたことも大きかった。

 

 彼の通う学校ではボーダー隊員とは誰もの憧れであり、A級ともなればその人気たるやファンクラブができるまでに凄まじいものだ。彼は自己主張こそしないタイプだったが、それでも人並みにチヤホヤされたいという気持ちは持っていた。

 

 ならばなるしかないだろう! そんな軽いノリで、彼はボーダーに入隊した。

 

 そんな彼が訓練用トリガーとして与えられたトリガーは、花形とも言える孤月やスコーピオンなどの攻撃手用のトリガーではなく、アステロイド──それも射手用のトリガーだった。

 与えられた理由としては、彼自身が入隊前の面接で孤月やスコーピオンで斬り合うとか怖すぎ! という旨を説明したのと、彼自身が射手用トリガーはトリオン量に応じて性能が上がるという情報を事前に耳にしており、自分のトリオン量が多いことはスカウトの女性に教えてもらったばかりだったので、高威力かつ扱いも簡単だと言うこのトリガーが一番自分にあってるのでは? と、アステロイドを強く希望したからだ。

 

 彼以外に面接に参加した他の訓練生たちがうーんうーんと悩んでるのに対し、彼はおよそ5分とかからず即決だった。思いたったら即行動、誰一人として知らない彼の長所であり短所である。

 そんな彼の行動は一見短慮で浅はかなものだと思うかもしれない。

 

 

だが────結果として、その考えはドンピシャだった。

 

 

 正式入隊日当日。

 仮入隊の間に素質ありと判断され3200のポイントをボーダーから与えられた彼は、訓練用のバムスターを僅か3秒で撃破し、ボーダートップの記録を上書きするという快挙を成し遂げた。

 

 彼のやったことは至ってシンプル。思わずバカだろと呟いてしまうほどの巨大なトリオンキューブを、分割せず(・・・・)そのまま放っただけだ。

 威力超特化型だったために並み以下の弾速だったが、訓練用に調節してあるためか動かないバムスターに難なく着弾し――直後、あれ? メテオラ打ったの? と言わんばかりの巨大な爆発音とともに、訓練用バムスターは塵と化した。

 

 これには試験官の嵐山も思わず絶句し言葉を失った。

 

 彼としては全力で臨んでくれと言われたからその通りにやって、その結果緊張してトリオンキューブを分割するのを忘れていただけなのだが……そんな彼の思惑を他所に、バムスターを情け容赦なく木っ端微塵にするその姿は「あいつはヤベェ」と同期から恐怖の象徴として見られるには充分だったようで、一部の訓練生の間では彼は『魔王』と称され恐れられることになった。

 

 しかし――そんなものは序の口に過ぎなかったと、彼を知る同期の面々は遠い表情で語る。

 

 『射手の王』の再来とボーダー内で噂されるほど射手の才能に満ち溢れていた彼は、C級の個人ランク戦でもその才能を遺憾なく発揮した。

 有り余るトリオンで弾幕を張って相手を寄せ付けず、適正距離からひたすらにアステロイドをぶっ放し続ける戦法(ゴリ押し)で、彼は向かうところ敵無しだった。

 攻撃手は軒並み彼に近づく前にアステロイドの雨に成す術なくダウンし、銃手や射手はスペックの差で勝負の土俵にすら立てない始末。狙撃手はそもそもランク戦には参加していないので論外だ。

 

 その結果、訓練用トリガー(トリガーを一つしかセットできない)でどうやって戦えって言うんだよ! と、その無理ゲーに数多の訓練生が憤慨したがそれも無理のない話だった。

 更に酷いことに、彼はサイドエフェクト持ちであり、そのサイドエフェクトがこれまた『射手』という戦闘スタイルに相性が抜群だったこともあって、より無理ゲー感を増長させた。

 これがB級やA級の隊員が相手となれば話は違ってくるのだろうが、彼の相手は誰も彼もC級隊員……いわば初心者だ。弾幕ゲー初心者に難易度ルナティックを初見でクリアしろと言ってるようなものである。

 

 以上のことから、元々ポイントが高かった彼は特に苦労することなくB級に昇格した。その期間たるや正しく電光石火の如くで、彼の存在は瞬く間にC級からB級中位、一部のA級隊員たちの間で噂になった。

 

 ―――やべぇ、マジでA級隊員なれんじゃね?

 

 脳裏を過ぎる新たに創設された自身のファンクラブに、彼はそれはもう舞い上がった。B級になったことでトリガーを新調し、射手用のトリガーとシールドを取りあえず一杯まで詰め込み、おらおら誰からでもかかってこいよと内心でイキり始め、A級目指して頑張るぞい! と学校の終わった放課後から彼は毎日のように個人ランク戦のブースに引き篭もった。

 当時の彼はマスターランクになればA級になれると思っていたので、それはもう片っ端から対戦を申し込んでは蹴散らしてを繰り返してきた。

 

 ―――何か作業みたくなってきて飽きてきたな

 

 そんな時、ふと我に帰った彼は何でこんなことをしているんだろうと一種の賢者モードに突入した。

 同じ作業ばかり繰り返しサイドエフェクトを酷使し過ぎた反動……なのかもしれない。ただ、それが原因で本家の『射手の王』に目を付けられることになるとは彼自身思ってもみなかった。

 

「訓練室に来い、お前の実力が知りたい」

 

 ―――何だこの人、めっちゃ上から目線じゃん

 

 しかし、彼はその時はまだ目の前の人物が噂に名高い二宮匡貴だとは気づきもせず、驕り高ぶっていた彼は二宮の高圧的な態度が気に食わず、ボコボコにしてやるよと言わんばかりに内心意気込んで……

 

 ―――何あの人、めちゃくちゃ強いじゃん

 

 逆に完膚なきまでに叩き潰された。

 長い鼻がポッキリ折れ普段の状態に戻った彼は、それはもう今の今までイキり倒していた自分を心の底から恥じた。

 

 ―――何がマジでA級隊員になれんじゃね? だ。あんな強い人がB級なのに俺みたいなゴミクズで教室の端っこで本読んでるようなヤツがなれるわけないだろいい加減にしろよホント。

 

 穴があったら入りたいと言わんばかりに顔を俯かせ、これからはひっそり真面目に身の程を知って生きていこう、彼がそんな小さな決意を心の中で固めた、次の瞬間だった。

 

「お前、名前は何て言う?」

 

 そこにいたのは先ほどよりも威圧感が三割ほど増している二宮の姿。

 模擬戦が終わってようやく自分の戦った相手があの二宮匡貴だと知った――模擬戦の審判をしていた人に教えてもらった――彼は、今までの自分の無礼な行い、そして『射手の王』の名を汚してしまったことに名乗りを上げつつ勢いよく頭を下げた。

 

 しばらく続いた沈黙に、ともすれば東京湾に沈められるかもしれないと彼が半泣きでお願いします許してくださいと二宮に土下座し、靴の先を舐めるのも辞さないと覚悟を決めようとしたところで……二宮は彼が予想だにしない言葉を既に決定事項だと言わんばかりの眼光で言った。

 

「天宮、俺の隊に入れ」

 

 その言葉を受け、彼は思わず何を言われたのか理解できずに呆然とした。

 が、時間が経つにつれてその言葉が徐々に脳裏に溶け込んでいき――……

 

「返事はどうした?」

 

 ――分かりました!

 

 えぇええええええ―――!? と叫ぶ暇もなく二宮の眼光に屈した彼は、訳も分からないままそう答えることしか出来ず……模擬戦での完膚なきまでの敗北もあって、二宮には苦手意識どころか恐怖心を植え付けられていた彼は答えてからすぐに後悔するも、訂正しようという反骨心を既に根元から叩き折られていたので、結局彼は二宮の言葉を受け入れる以外に道は無かった。

 

 そんな彼を見て心なしか満足そうに小さく笑みを浮かべる二宮に気づかないまま、彼は「入隊手続きに行くぞ」と言う二宮に連れられ、文句の一つも言えないままその後を静かについていくことしか出来なかった。

 

 そして、憐れなボーダー隊員の物語はこの瞬間に幕を開けた。

 

 



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天宮鈴 ②

「手加減はしないぜー、新人くん」

 

「お手並み拝見だな」

 

 どうしてこうなったんだろう、と彼は思わず現実逃避を試みるが、見上げた先にいた魔王からの絶対零度の如き眼光を受け逃げ場がないことを悟り絶望する。

 

 改めて視線を戻すと、そこにはマスタークラスの先輩隊員が二人。孤月をメインに使う攻撃手と、メインもサポートを両方こなせる万能銃手というこれ以上なくバランスの取れた編成だった。

 対してと、彼は目線だけで周囲を見回す。民家民家民家裏路地と、一緒に戦ってくれる仲間はどこにもいない。一人編成ゆえにバランスなんて皆無だった。

 

 ───いや、無理でしょ

 

 勝てるわけがないと、彼は二宮の言葉を思い出しそう断じる。

 

『来月のランク戦までに天宮を仕上げる。犬飼、辻、トレーニングルームに行くぞ』

 

 【悲報】天宮鈴、正式入隊日から僅か一週間でランク戦(上位)への参加が決定。

 

 俺新人ですよ? と文句を言う気概は彼にはなかった。二宮(魔王)、犬飼(チャラ男)、辻(仕事人)の前では小心者の彼はただただこれから自分はどうなるのだろうと内心怯えることしか出来ないのだ。

 ランク戦というのは年に三回行われる、それぞれの(クラス)で強さの序列を決める公式試合のようなものだ。ちなみに二宮隊はB級一位、そんな部隊に所属することになってしまった彼の心情はお察しである。

 

『ひゃみちゃんの言ってた期待の新人がキミかー。俺は犬飼、よろしくね新人くん』

『辻新之助だ、これからよろしく』

 

 先輩からの挨拶に天宮鈴、と緊張からタメ口(実際は声が出なかっただけ)という失態をやらかしてしまったが、幸いなことに二人の先輩は気にしていないようだったので彼は実は優しい人たちなのか? と一先ず安堵していたのだが……

 

「――にしても二宮さんも無茶言うなー。ランク戦までもう一ヶ月切ってるって言うのに、いきなり新人連れてきてマスタークラス(俺たちレベル)まで仕上げるだなんて」

「逆に考えれば、それだけ彼には素質があるということですよ犬飼先輩」

「…………まぁ、二宮さん並みにシールド硬いからなーあの子」

 

 犬飼と辻の会話は彼の耳には入らない。

 そんなことに気を割いていられないほど、彼は二人の猛攻を凌ぐことで手一杯だったからだ。

 

 ―――ぜんっぜん優しくねぇ! 新人相手に二人がかりとかイジメかよ!!

 

 憤慨しつつも彼は正面から振り下ろされる弧月をシールドで防ぎ時に受け流しながら、後方に回り込んだ犬飼の銃撃をバイパーで的確に処理し動きを牽制していく。

 

 彼のこの動きから分かると思うが、彼自身が言うように彼が新人であることは疑いようもなく事実だが、実のところ彼のレベルは――戦術や立ち回りなどを除けば――新人とは思えないほどかなり高い。それは彼自身の規格外のトリオン量とサイドエフェクト、そして持ち前の才能があって初めて成立するものだが、既にその実力は並みのB級隊員と比べても遜色ないほどだ。

 

「ほらほらどうした新人くん、防いでばっかじゃジリ貧だぞー?」

 

 ―――だったらもうちょっと手加減しろよ!

 

 ニコニコと煽るように言う犬飼に、彼は俺この人嫌いだわと内心で愚痴を溢す。だが犬飼の言葉は紛れもない事実で、実際彼のシールドは十数と弧月を受け太刀して既にヒビが刻まれあちこち欠損している。しかし、いやらしい位置から狙ってくる犬飼をサイドエフェクトを使いバイパーで対応し続けている以上、既に彼の脳内容量は爆発寸前で他のことに手を回している暇はないのが現状なのだ。

 

「旋空弧月」

 

 そして、とうとう限界が訪れる。

 後退し距離を取った辻から放たれた拡張された弧月の刃に、ヒビ割れていた彼のシールドがバラバラに砕け霧散する。

 片腕が宙を舞い、驚愕する表情を浮かべる彼のその隙を犬飼は見逃さない。

 

「辻ちゃんナーイス」

 

 突撃銃から放たれるアステロイドと、トリオンキューブを分割し放たれる速度重視のハウンド。

 当然、犬飼の両攻撃(フルアタック)を片方だけのバイバーで捌くことなど不可能で……

 

「天宮ダウン」

 

 数多の弾丸にトリオン体を貫かれ、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 それから八回ほどダウンしたが、彼はそれでも諦めなかった。

 頭上から降り注ぐ魔王の威圧に諦めることが許されていない、というのが真実だが、彼自身もこのまま何も出来ずに終わりたくない、という気持ちは少なからずあった。

 

「――お?」

 

 変化が起きたのは、辻にシールドの隙間をつかれ右足を跳ね飛ばされた時だ。

 このままじゃ何も変わらなく防御したままじゃ絶対に勝てないと分かった以上、彼は攻撃こそ最大の防御だと言わんばかりに、二宮にボコボコにされた模擬戦の記憶を思い返しながらシールドを消すと、地面にメテオラを放ち爆煙を発生させ二人の視界を封じた。

 

「視覚支援……は、使えないんだった」

 

 本来であればオペレーターの支援で問題なく対応できるが、今この場にはオペレーターの支援はない。

 それを上手く利用――実際はそんなこと考えず二宮の真似をしただけ――した彼は、両手でアステロイドのトリオンキューブを展開し、それを捏ねるようにして混ぜ合わせていく。

 

「…………ふっ」

 

 それを見て、今まで仏頂面だった二宮の表情に小さな笑みが浮かぶ。 

 彼の行動は二宮をして予想外のものだった。

 

「犬飼先輩!」

「わかってるよ辻ちゃ―――ッ!?」

 

 視覚が機能しないならトリオン体を追うハウンドを使えばいい、そう考えトリガーを切り替えた犬飼だが辻の言おうとしたことはそうではなかった。

 悪化する視界の中、辻は僅かに空いたその隙間から見たのだ。ギムレット、と小さく呟く彼の姿を。

 

 煙幕の中から飛び出した弾丸を見てようやくその意図に気づきシールドを張る犬飼だったが、それがギムレットであることまでは気づかなかったらしい。

 呆気なくシールドを貫いたギムレットは、そのまま驚愕の表情を浮かべる犬飼のトリオン体に風穴を空け供給器官を破壊した。

 

「犬飼ダウン」

「旋空弧月」

 

 アナウンスと同時に彼の居場所を把握していた辻が弧月を拡張させ、彼のいた場所目掛けてその斬撃を振るう。

 

「天宮ダウン」

 

 彼としてはまさか成功するとは思ってもいなかったので、思わず呆けていたところに放たれた弧月の刃を防ぐことなど出来るはずもなく、そのまま首を跳ね飛ばされ彼の視界は反転した。

 

「もういい」

 

 そして、それを見送った二宮の一声で模擬戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、最後のギムレットにはしてやられたなー。何だよ合成弾使えるなら始めから言ってくれれば良かったのに」

「犬飼先輩、事前に言ってたら意味ないじゃないですか」

 

 その後、模擬戦を終えた彼を待っていたのはニマニマと笑う犬飼と、嘆息する辻の姿だった。氷見と二宮は別室で何やら話し合っているようで、彼としては二宮がいない分すこし楽だったりする。

 

「ていうか鈴ちゃんってまだ正式入隊して一週間ちょいでしょ? いや、それであそこまでバイパー使いこなせて合成弾も使えるとか天才すぎじゃない?」

「そうですね。正直、俺も驚いてます」

 

 り、鈴ちゃん? 俺一応男なんだけど……と彼が指摘するべきかしないかで小難しい顔をしていると、何を思ったのか犬飼が得意気な顔で言った。

 

「まぁでも、マスタークラスにはまだまだ遠いかなー」

 

 いや、当たり前だろと彼は思った。

 彼の周囲が彼を天才だ何だと持ち上げる反面、それに気づきつつも自分がどれだけ凄いのかイマイチ理解していない彼だが、それでも一ヶ月やそこらでマスタークラスに上がれると思うほど自惚れてはいない。というより彼の中ではこの前までマスタークラス=A級の方程式が出来上がっていたので、B級一位とは言え二宮にボコボコにされた彼は正直自分が二宮クラス(マスタークラス)に上がれるなど露ほども思っていなかったりする。

 

「ハハハ、そんな怖い顔しないでよー。ま、その辺は俺たちが教えてくから大丈夫大丈夫」

 

 俺たちが教えるという犬飼の言葉には当然二宮も含まれており、それを察した彼は内心絶望する。またボコボコに撃ちのめされるのか、と。

 

「お待たせしました」

「……」

 

 誰か助けてと彼が表情に影を落としていると、話が終わったのか氷見と二宮がモニタールームから戻り顔を出した。そして、そのまま二宮が相変わらずの仏頂面で無言のまま椅子に腰掛けたのを見て、もしやさっきの模擬戦で不甲斐なかった自分に怒っているのでは? と思った彼の絶望はより一層深いものとなった。

 

「――はい、天宮くんもお疲れ様」

 

 と、そんな彼の視界に白く小さな手に握られた紙コップが映る。

 何事かと顔を上げた先には、二宮隊のオペレーターを務める氷見がその名前の如き氷のような冷たい表情を僅かに融解させ、彼を労うようにジンジャーエール――曰く二宮の好物――を差し出していた。

 

 今まで異性と会話という会話をしてこなかった彼は、ともすれば先ほどの模擬戦以上の緊張に支配されながら小さく頭を下げ紙コップを受け取る。それを見た氷見は満足そうに頷くと、他の面々にも配るため彼の元を離れていった。

 変に思われていないだろうかと不安でいたたまれず彼が視線をあちこちに彷徨わせていると、ふと自身を凝視する二宮の視線とぶつかった。

 

 ―――え、なんか凄い見られてるんだけど……

 

 サッと即座に視線を逸らした彼だが、未だに二宮は彼を凝視したままだ。

 やっぱり怒ってる? とジンジャーエールをちびちび口に含むのと同時に顔を隠しながら、彼は二宮にばれないようにチラチラと視線を向けその様子を窺う。

 

 ―――やべ、こっち来た

 

 視線が気に食わないという理由でクラスメイトに突っかかる学校の不良の姿を思い浮かべ、自分もそうなるのかと彼が顔面蒼白で内心ガクブルするが、そんな彼の心情を裏切るように二宮は一枚の用紙を取り出し彼に手渡した。

 

「今後のお前のメニューだ」

 

 安堵の後に何のメニュー? とその言葉を受け疑問に思った彼だが、その用紙に視線を落とし――絶句した。

 

 そこには彼の学校が終わってからのボーダーでの予定がびっしりと書き込まれており、課題という名の無茶振りが所狭しと記されている。

 

「異論はあるか?」

 

 大有りです、と顔を上げた彼だがしかしその言葉を発することは叶わなかった。

 異論はあるかと聞いておきながら、まるで異論は許さないと言わんばかりの冷たい眼光。そして興味を持った犬飼を筆頭に、辻や氷見が用紙を覗き込んで称賛の声を上げていたことも相俟って、無理ですとはとてもではないが言えなかった。

 

 ―――ありません

 

 ありがとうございますと一礼し、彼は心の中で絶望し涙を流した。

 

 



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犬飼澄晴 ①

 犬飼澄晴は柄にもなく困惑していた。

 準備運動がてらポイント上げるかーと個人ランク戦のブースへ向かい、その途中で同じ隊のメンバーの辻と遭遇し、一ヵ月後のランク戦に向け色々と話をしていた時にその連絡は来た。

 

 ───新しい子入ったから作戦室集合

 

 端的かつ分かりやすい文章で送られた氷見からのメールだが、あまりに予想外なそのメール内容に犬飼は驚愕し固まった。

 隣の辻も同様に固まっていて、普段ならそれを見てからかう側の犬飼も、今回ばかりはそんなことを気にしている余裕がなかった。

 

 だが犬飼が驚くのも無理はない。

 ランク戦まで一ヶ月とない現状で、新しくメンバーを補充するなど普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 それは今まで積み上げてきた連携や作戦を無に帰す暴挙であり、そもそも新人という戦力を迎えるまでもなく犬飼の所属する二宮隊は強いのだから、この時期に新しい隊員を補充するなど正しく百害あって一理なしだ。

 

 ひゃみちゃんの独断か? と思わず真顔でメールを返そうとした所で、そんな犬飼の考えを読んでいたように追加でメールが送られてきた。

 

 ───ちなみに二宮さんがスカウトして来た子だから

 

 その文面に思わず噴出しそうになったのを犬飼は必死に堪えた。ちなみに隣では既に辻が噴き出している。

 しかし何度も言うが、そんな辻のことなど気にしている余裕は犬飼にはなかった。

 その脳裏を占めるのは自身の所属する隊の隊長の姿に他ならない。 

 

 あの二宮匡貴が、射手の王と名高いあの二宮匡貴が、常にスタイリッシュさを追求し逆にそれがダサいと方々で噂されているあの二宮匡貴が────まさかの発端だったのだ。

 

 もう何が何だか分からない犬飼は、取りあえず作戦室に向かおうと、普段のクール系イケメン振りからは想像もつかないほど色々台無しになってる辻を引き摺りながら作戦室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、作戦室に向かった犬飼を待っていたのは元凶の魔王とメールを送った氷見だった。

 二宮さんどういうことですか、と珍しく動揺する犬飼を見て小さく笑みを溢していた氷見は、どういう経緯があって二宮がスカウトするに至ったのかを二人に説明した。

 

 二宮に匹敵、もしくは上回るかもしれないトリオン量を持ち、ボーダーに入隊して間もないながら既に扱いの難しいバイパーを実戦で使いこなし、二宮から及第点以上の評価を貰いスカウトを受けた年下の少年──天宮鈴のことを。

 

 その話を聞いた二人は普通に目を丸くし驚いた。

 天宮鈴という新人のことは噂に聞いていたが、まさか二宮がそこまで評価するほどの逸材だとは思ってもいなかったからだ。

 どうせよくある才能に溺れた典型的なヤツなんだろうなー程度にしか思っていなかった犬飼は、そんな氷見の言葉を聞き、自分の目で確認もせずに勝手に相手の器を決め付けていた己を恥じた。

 同時に、二宮がそこまで称賛する天宮にどれほどの存在なのかと興味も抱いた。

 

「来月のランク戦までに天宮を仕上げる。犬飼、辻、トレーニングルームに行くぞ」

 

 そんな犬飼の気持ちを察していたのだろう。

 天宮が現時点でどの程度の力を持つのか二人に確認させるという意味も込めて、二宮は一足先に目的地へ足を向けながらそう言った。

 

「了解!」

 

 隊長の不器用な気遣いに笑みを浮かべながら、犬飼は辻と共に逸る気持ちをそのままにその後を追って行く。

 

 やがてトレーニングルームへ足を運ぶと、そこには年の割りに少し小柄な黒髪の少年が、臨戦態勢で犬飼たちを睨みつける様に立っていた。

 そのやる気に満ち溢れた少年──天宮の姿を見て犬飼はなるほどなと破顔する。正確にはその、強さに飢えた二宮を彷彿とさせる鷹の如き眼力を見て。

 

「ひゃみちゃんの言ってた期待の新人がキミかー。俺は犬飼、よろしくね新人くん」

「辻新之助だ、これからよろしく」

「…………天宮鈴」

 

 犬飼の言葉に続いて辻が自己紹介をし天宮もそれに答える。

 が、その表情はこんなやり取りはいらないだろ言わんばかりの不満顔で、後ろに立つ二宮を見て渋々ながら二人の挨拶に答えたという感情が表情に出ていた。

 恐らく二宮の部下だから仕方なく、と言った感じなのだろう。

 そんな天宮の姿に犬飼は生意気だなーと思いつつ、その口元は面白い玩具を見つけたと言わんばかりに愉快気に弧を描いていた。

 

「二宮さん、全力でやっていいんですよね?」

「ああ。ランク戦までにはお前たちレベルまで仕上げるつもりだからな」

「無茶いいますねー」

 

 隊長からの口実を取り、更に笑みを深める犬飼。

 そんな犬飼を隣の辻はやれやれと呆れたように嘆息し、氷見はこれからの展開を予想し笑みを溢す。

 

「犬飼、辻と組んで天宮と模擬戦をしろ」

「え?」

 

 が、流石に二宮のその言葉は予想外だったのか犬飼は思わず呆けた声を出してしまう。

 それは辻も同様で、如何に才能溢れる天才だろうと新人相手にマスタークラスの自分たちが二人がかりでは勝敗が眼に見えているので、トレーニングルームを去ろうとする二宮に苦言を発しようとしたところで、

 

「天宮、構わないな?」

「構いません」

 

 他ならぬ天宮本人が二宮の言葉に間髪要れず答えたことでそれは叶わなかった。

 それは二宮の言葉にやる気を削がれた犬飼と辻の心に火を灯すには充分すぎる発火材料で、流石に舐めすぎでしょと頬を引き攣らせる犬飼と、心なしかランク戦よりやる気に満ちてる辻の姿を尻目に、二宮は氷見を連れてトレーニングルームを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 結論を先に言うと、舐めていたのは自分たちだったと犬飼は猛省した。

 

 自分たちはマスタークラスで相手はまだ入隊したての新人。

 戦闘経験も少なく、今の今までC級やB級下位を相手にしていた天宮が自分たちに勝てる道理はない、犬飼はそう確信していた。

 どうせ今まで自分に敵う相手がいなかったから驕っているのだろう、そう考え現実を思い知らせてやろうと意気込んで……実際に思い知らされたのは自分の方だった。

 

 初めは違った。

 確かに二宮に匹敵するトリオン量というのはその堅牢なシールドを見て理解したし、既にリアルタイムでバイパーの軌道を設定できるその才能には驚きもした。

 新人という観点で見れば確かに天宮は紛れもない天才だ。今後も努力を怠らなければ自分たちなど軽々と追い抜いていくだろう、そう考えもした。

 

 しかし、それは決して今ではない。

 

 今この場では天宮よりも自分や辻の方が強く、加えて二人がかりならば今の天宮に遅れを取ることなどあり得ないと断言出来た。

 事実、自分と辻の連携に天宮は成す術なく敗北(ダウン)を重ねていった。

 マスタークラス二人を相手にしているのだからそれも当然だと思う反面、二宮があそまで称賛する割には大したことはないと思った。

 

 それこそが驕りだと気づかないまま。

 

 

 形勢が逆転したのは直後のことだった。

 犬飼が注意をひきつけ、その隙をついた辻がシールドの合間から旋空弧月で天宮の足を切り飛ばした瞬間──今まで防戦に徹していた天宮が、二人の間に生まれた僅かな隙をついて地面目掛けてメテオラを放った。

 

 爆発の衝撃に晒されながら天宮と距離を取り、爆煙で視界を封じられたことにこれだけ敗北を重ねても冷静に戦況を把握出来てるという点を評価しつつ、しかしやはり甘いとトリオン体を追尾するハウンドで動けない天宮に止めを刺そうと行動した───その時だ。

 

 ───犬飼先輩!

 

 驚愕したような声音の辻に、一瞬煙の先で自身に攻撃を仕掛けようとしている天宮を見据え犬飼はハウンドからシールドへ切り替える。

 敗北を悟った上での最後の抵抗かなと、煙の奥にいるであろう天宮を見据え犬飼は嗤った。

 

 だが、辻の言わんとしていたことはそうではなかったと、長年コンビを組んできた犬飼は気づかなかった。

 

 煙の先から放たれるトリオンの弾丸。

 それはアステロイドでもハウンドでもバイパーでもなかった。

 見慣れない弾丸に一瞬脳裏が真っ白になり、しかし直ぐにその弾丸が自分たちの隊長が好んで使う『合成弾』だと気づかされた。

 

 まずいッ。

 

 そう思った時には全てが遅かった。

 避けることが出来ないまま合成弾──ギムレットの弾丸がシールドに直撃し、その二宮以上に貫通力に特化した弾丸を当然のことながら防ぐことなど不可能で………気づけば犬飼は、負けるなんてあり得ないと断言していた相手からこれ以上ない敗北を突きつけられ、トリオン供給器官を撃ち抜かれたのだ。

 

 

 

 

 

 

「───やられましたね、犬飼先輩」

「やられた。防戦に徹してたのは俺たちの動きを把握するため……ってところかな」

 

 作戦室に帰還した犬飼は辻の言葉にやれやれと言わんばかりに嘆息する。

 合成弾を使えることは確かに犬飼の想定外のことだったが、それを踏まえても今回ばかりは油断かつ慢心していた自身に非があり、辻のお陰で敗北こそしなかったがあの時ばかりは天宮の作戦勝ちというのは誰の眼にも明らかなことだろう。

 

「情けないなー。あんだけ上からゴチャゴチャ言ってたのに、最後はしてやられちゃったよ」

「そうですね」

「………厳しいね辻ちゃん」

「事実ですから」

 

 そう言われると犬飼としては言い返す言葉がない。

 それに二対一、しかもマスタークラスの銃手と攻撃手というこれ以上ないバランスの取れた圧倒的有利な編成で、新人相手に負けろというのは逆に難しい話だ。

 そんな中で敗北こそしなかったが、追い詰められたという事実は流石の犬飼にも堪えるものがあった。模擬戦中にあれだけ天宮を煽っていたというのも理由にはあるが。

 

「おっ」

 

 数分の後、作戦室の扉が開くと件の天宮が顔を覗かせた。

 その表情には一度も勝てなかったという悔しさがありありと表情に出ており、心なしかどこか涙目のような気がしないでもなかった。

 

 そんな年相応の反応を見せる天宮に犬飼は先ほどとは一転、ニマニマと笑みを浮かべながら近づいていく。

 辻はその姿に呆れつつ、フォローに回るため犬飼の後を追いかけた。

 

「いやー、最後のギムレットにはしてやられたなー。何だよ合成弾使えるなら始めから言ってくれれば良かったのに」

「犬飼先輩、事前に言ってたら意味ないじゃないですか」

 

 天宮に絡む犬飼だが、当の本人からは一切の反応がない。

 本来合成弾はその強大な威力を持つ反面、撃とうとするとかなりの時間を要する使い勝手の悪い弾だ。

 製作者の出水は2秒ほどで合成弾を撃てるが、その他の射手は二宮や同じB級の那須を除けばその大半が一分や二分と膨大な時間が必要になってくる。

 加えて合成弾はトリオンの消費が激しく、実戦で使うなら素直に両攻撃(フルアタック)で攻めた方がトリオンの効率や戦術的にも遥かに有意義だ。

 

 故にそんな合成弾を出水に並ぶほどの素早さで撃ちだすことがどれだけ凄いことか……天宮は分かっているのだろうか、と犬飼は思う。

 まぁ、本人からしてみれば出来て当然のことを今更褒められたところで何とも思わないのだろう。

 それどころか自身が話しかけていく度に顔を顰めていっているので、敗者の自分をバカにしに来たのかと、そう思われているのではないかと犬飼は考えた。

 

「まぁでも、マスタークラスにはまだまだ遠いかなー」

 

 だから敢えて天宮の気に障るようなことを口にして見れば、案の定というかピクピクとその頬が引き攣った。

 

 うわ、面白ぇ──と、犬飼は内心で笑みを溢す。

 これが、犬飼澄晴が天宮鈴をからかう味を占めた始まりだった。

 

「ハハハ、そんな怖い顔しないでよー。ま、その辺は俺たちが教えてくから大丈夫大丈夫」

 

 ただあんまりからかい過ぎると本気で嫌われてしまいそうなので──既に遅いような気もするが──二宮たちが来るまでは辻と共に天宮を交えて雑談に興ずる犬飼であった。

 

 

 



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天宮鈴 ③

那須先輩は可愛い。


 ───4400

 

 個人ランク戦のブースで現時点での自分のポイントを確認した彼は、遠い眼差しで魔王二宮から仰せつかった課題の一つを思い返し乾いた笑みを溢した。

 

 次のランク戦までにアステロイドのポイントを8000まで引き上げておくこと。

 

 8000ポイント、つまりはマスタークラスに到達すること。

 それが二宮にランク戦までに課せられたメニューの一つで、今彼を現実逃避させている悩みの種だった。

 

 ───絶対無理だよ

 

 彼の所属する二宮隊はB級一位なので実際にランク戦に臨むのはランク戦が開始されて暫くしてからだが、B級ランク戦自体は後一ヶ月もしない内に始まろうとしている。

 二宮の言葉の通りにするなら、彼はあと一ヶ月とない期間で3600ポイントを獲得しなければならないということだ。

 それは一日辺り100ポイント以上取らなければ絶対に間に合わない、彼以外の人間でも匙を投げるような滅茶苦茶な課題だ。

 

 6000ポイントぐらいまでなら一日100ポイントのノルマもどうにかるかもしれないが、それ以降は正直出来る気がしない。

 6000以降はそれまでの個人ランク戦とは正しく別物と言っても過言ではないほど、相手のレベルに明確な差があるからだ。

 C級の頃は使えるトリガーが一つだけの訓練用トリガーだったので、トリオン量のゴリ押しによるアステロイド圧殺戦法で大概の相手を無力化出来たが、B級……それも中位以上となってくるとそんなゴリ押しは通用しない。

 

 そもそも射手というポジションは点が取りにくく、隊の中では基本的に攻撃手のアシストや敵への牽制というのが主な役割だ。

 如何にトリオン量が他の射手とは段違いの彼と言えども、彼はまだボーダーに入りたての新人なのだ。

 二宮のように既に自分の戦闘スタイルを確立してる訳でもなく、多くの修羅場を掻い潜り戦い慣れしている訳でもない。

 そんな彼が一ヶ月とない期間の内にマスタークラスに上がれるか……答えは否だ。そこまで個人ランク戦は甘くない。

 

 では諦めるのか、その答えも否だ。

 正確には二宮の無言の圧力で諦めるのを許されていない、というものだが……そもそも無理難題とは言え自分のためにランク戦までのメニューを作ってくれて、加えて犬飼たち二宮隊のメンバーが総力を挙げて彼を鍛え上げようとしてくれている現状で、何の行動も起こしもしないで自分勝手に諦めるのは彼の良心が許さなかった。

 

 ならば何故個人ランク戦のブースに足を運んで置きながら現実逃避をしているのか。さっさとポイント上げに務めろよと方々から指摘が飛んできそうだが、彼としてはそれとこれとは話が別なのだ。

 やらなきゃならないことは分かってる、だけど実際に8000という今の持ちポイントとかけ離れた数字をモニターという大画面で見せ付けられるとどうしてもやる気が湧いてこないのだ。

 例えるなら明日までにやらなきゃならない宿題を、明日の朝早くに起きてやればいいよねみたいな、そんな心持ちだ。

 

 嘆息した彼は飲み物でも買おうとブースを後にし集会場へ顔を出す。

 そしてそこに広がる数多の人の姿を見て、加えてと心の中で呟き現実逃避のもう一つの理由を改めてその眼で認識する。

 

「おい見ろよアイツだ。二宮さんが直々にスカウトしたって言う」

「確か天宮だっけ? バカみたいなトリオンキューブで訓練用ネイバー爆散させたヤツだろ?」

「ああ。しかもそれ見て『汚ねぇ花火だ』って言ってたらしいぜ」

 

 視界に映るのは彼のランク戦を見学しに来たギャラリーで溢れている集会場。

 どうやら二宮が彼をスカウトしたという話はボーダー内で瞬く間に広がり、前々から天才として噂されていただけに今の彼は時の人と言っても過言ではなく、どんな人なんだろうと興味を持った隊員たちから注目を浴びているのがこの現状を作り出した。

 

 流石に彼もこれだけのギャラリーの中で個人ランク戦をする度胸はなく、それがより現実逃避に拍車を掛けている理由だ。

 

 

「───君が天宮鈴くん?」

 

 

 でもこのまま現実逃避してても仕方ないよなと、取りあえずやれるだけやってみようと彼がランク戦の相手を募集しようと手続きに向かおうと歩き出した瞬間、背後から声が掛けられた。

 聞いたことのない声、それも恐らく女性のものだろうその声に全身に緊張が走るのを自覚しながら、しかし無反応も失礼だろうとゆっくりと顔だけを後ろへ向けてその声の主を見据え───眼を見開いた。

 

 そこにいたのは思わず女神かと錯覚してしまいそうな少女だった。

 明るめの少しフワっとしたボブヘアを揺らしながら、何処か儚げな雰囲気を身に纏いながら翠色の双眸をこちらへ向け、その表情には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

 先ほどまで脳裏を支配していた無駄な思考が全て削ぎ落とされ、彼はその容姿にただただ見惚れていた。

 ともすれば自分は夢を見ているのではないかと考えてしまうほどに。

 

「ええと……天宮くん、でいいのよね?」

 

 しかしそれも束の間──困惑したような声音の少女の言葉にハッと意識を取り戻した彼は、極度の緊張で喉が渇き声を出すことが出来なかったのでコクコクと首を縦に振ることでその言葉に答えた。

 するとそんな彼の様子を見て一安心したように息を吐いた少女は、次に彼にとって……否、この場にいる誰にも予想出来ない言葉を発した。

 

「これから私と模擬戦してください」

 

 

 

 

 

 

 ───那須玲

 

 そう名乗った少女からの模擬戦を承諾した──実際は断る勇気がなかった──彼は、設定された市街地に転送される間に少しだけ交わした那須との会話を思い返していた。

 

『君の力を見せてほしいの』

 

『私も同じ射手だから』

 

『お互いに手加減なしで十本勝負』

 

 端的に纏めるなら那須との会話はこんな感じだ。

 イマイチ要領を得なかった彼は、取りあえず真剣勝負の模擬戦を申し込まれたと一人納得し、もしや魔王(二宮)が送り込んだ刺客かと僅かに疑いながら那須と別れ今に至る。

 彼としてはあんな綺麗な人と模擬戦をやるのはかなり躊躇われたが、手を抜いてやろうにも真剣勝負でと言われそれを承諾した手前、逆に手を抜いた方が印象が悪くなってしまうのではと考え、結局全力で臨むことにした。

 

「ごめんなさい、私の我が儘に付き合ってもらって」

 

 転送が終わると、そこには戦闘服に身を包んだ那須の姿があった。

 集会場で会った時とはどことなく異なる雰囲気と、いつ我が儘を言ったんだろうと彼が記憶を思い返し眉を顰めるのを他所に、那須は言葉を続けていく。

 

「だけど、どうしても気になるから……」

 

 何が気になるの?

 思わずそう言葉を返そうとした彼だったが、那須の真剣な眼差しを前に思わず口を噤んでしまいそれは叶わなかった。

 そして、そのまま何も言葉を発せないまま時間だけが過ぎていき──AIから開始の合図が告げられた。

 

「全力で行かせて貰うわ」

 

 初動は那須。

 私も同じ射手だからという言葉の通りトリオンキューブを分割し射手の構えを取った那須は、結局何が言いたかったんだろうと困惑する彼へ向けてバイパーを放つ。

 

 彼はまだ入隊して期間が浅いために知る由もないが、ボーダー内で那須と言えば知らない人はいない個人ポイント7000オーバーの天才射手だ。

 その実力はあの出水をしてマスタークラス並みと称されるほどに高く、特にバイパーの軌道を即興かつ自在に操る能力は出水と同等かそれ以上と目されている。

 バイパー自体にはアステロイドほどの威力はないし、ハウンドのようにトリオン体を自動追尾する性能もない。ある程度の追尾はイメージで補えるが、バイパーを扱う難しさを考えれば素直にハウンドを使ったほうが幾分も効率はいい。

 だからこそ、そのバイパーでマスタークラス一歩手前にまで登り詰めている那須がどれほど射手としての才能に優れているのか……それは語るまでもないだろう。

 

 そんな那須のバイパーが四方八方へ散らばり前後左右から彼のトリオン体を貫こうとしている。

 那須の相手が普通のB級下位の隊員だったならばこれだけで勝敗は喫していただろう。

 だが、今那須の目の前に立つ彼は普通ではない。

 あの射手の王と謳われる二宮にその才能を見出された、紛れもない天才だ。

 

 

 目には目を、歯には歯を、バイパーにはバイパーを。

 

 

 那須同様にトリオンキューブを浮かべ分割した彼は、サイドエフェクトにより常人の何倍もの速度でバイパーの弾道を引き終えると、自身に迫り来る弾丸の全てを一つ残らず同じバイパーで相殺して見せた。

 

 おぉー! と、那須と彼の模擬戦をモニターで観戦する隊員たちが感嘆の言葉を発するのを他所に、那須は噂に違わぬ彼の実力を目の当たりにし思わず身震いする。

 自身と同じく即興かつ自在にバイパーを操るその姿に、やはり射手の王が見込んだその才能は伊達ではない、という思いを抱きながら。

 

 反面、彼はと言うと今更ながらに那須玲という眼前の少女の名前に違和感を感じていた。

 違和感、というよりはどこかで聞いたような名前だと、戦闘中にも関わらず彼は過去の記憶を懸命に掘り返しているのだが……そんな彼の姿を見て何を思ったのか、那須は薄く笑みを浮かべると大地を蹴り上げ駆け出した。

 

「ここからが本番よ」

 

 両の手に浮かぶトリオンキューブを分割し、自身の体を囲うように多数のキューブを展開する。

 その姿を見て流石に考え事をしている余裕はないと判断したのか、また後で考えようと思考を切り替えた彼は、那須の間合いに入らないように那須が詰めた分だけ距離を取りつつ、またいつでも反撃できるようトリオンキューブを展開しながら様子見に徹した。

 

「この弾幕からは逃げられないわ………」

 

 そんな彼を嘲笑うかのように放たれたバイパーは先ほどの倍はあろう驚異的な数だった。

 それもシールドを張って防ぐことや先ほどのように相殺されるのを予想しているのか、その弾丸の軌道は不規則かつ四散して襲い掛かってきているため、その動きを読むことは常人では不可能で、彼を以ってしてもかなり難しいと言わざるを得なかった。

 

 故にこそ、その鮮やかかつ緻密に計算された弾丸捌きを見て、彼は脳裏に過ぎった二宮隊の面々と那須の姿を重ね合わせ那須が自分よりも上手の隊員だと確信し、初戦からハードだなと内心嘆息しつつ二宮や犬飼たちにしたようにサイドエフェクトをフルに活用して那須の両攻撃に対処することを決意した。

 

 天宮鈴のサイドエフェクト。それは────強化演算能力。

 

 

 




原作前ということで、那須先輩の個人ポイントはこの時点ではマスター一歩手前。
なのでそれに応じてパワーダウンしてます。
他にも諸々事情はあるけど、主人公が那須さんと渡り合えているのはそういう理由です。


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那須玲 ①

那須隊の最高順位を七位に引き上げてます。
後、過去のランク戦とか色々捏造してるので注意です。


 ランク戦まで残り一ヶ月を切り、ボーダー内でどこかピリピリした空気が漂い始める中……メンバー全員が女性隊員で構成された隊の隊長として、加えて射手としても将来を大いに期待され注目を集めている那須玲は、現在少年漫画などでよくある『壁』にぶち当たっていた。

 

 もっと分かりやすく言うならスランプに陥っていた。

 

 那須は生まれながらに病弱で、トリオン体で病弱な体を元気に出来ないかという少し変わった理由でボーダーに入隊した経歴を持ち、病弱故に生身では出来なかったことを可能にするトリオン体にそれはもうのめり込み、更に那須には常人離れした才能があったためにめきめきと力をつけていきあっという間にB級隊員へ昇格した才女だ。

 

 そんな彼女がどうしてスランプなどになってしまったのか……それは前回のランク戦で過去最高の七位まで登り詰め、しかし運悪くB級一位の二宮隊と当たってしまったのが原因だった。

 

 那須は確かに射手として確かな才能を持っている。

 それは彼女が出水に並ぶバイパーの使い手だというのが証明しているだろう。

 射手の射線の長さを活かし、その機動力と手数の多さを武器にしたランク戦での彼女の戦いは、部隊の勝敗は置いておくとして個人の戦績ではB級中位から下位の中では右に出る者はいなかった。

 

 しかし、それはあくまでも中位から下位の話。

 二宮隊との戦いでは那須の率いる部隊は勿論、那須自身の力もまったくと言っていいほど及ばなかった。

 そう───射手の王・二宮匡貴には。

 

 那須は射手の才能に恵まれているのでよく勘違いされるが、那須自身のトリオン量は決して二宮や出水ほど多いものじゃない。

 よくて並かそれ以上のトリオン量しか持たない那須では、仮に技術面で拮抗していたとしても最後の最後にはトリオンというスタミナ切れで二宮には決して勝てない。

 だが、それだけで勝負を投げ出すほど那須の心は弱くなかった。

 スタミナで勝てないなら自分の強みのバイパーの精度で勝負し、技術面や戦術でそれらを補った上で二宮に勝てばいいと考えていた。

 

 しかしそんな思いで臨んだランク戦で───那須は真っ先に脱落した。

 

 ランク戦のルールとして転送先はランダムだ。

 ランク戦を行う上でこのルールは避けては通れない、ともすれば一番の難関とも言えるだろう。

 仲間のすぐ近くに転送され開幕を他のチームより有利に進めることも出来れば、いきなり目の前に相手がいる状態で始まることだってあり、酷いときには味方と孤立して相手に囲まれる窮地に立たされることもある。

 

 だから、運が悪かったと言われればそれまでなのだ。

 那須が転送先で、開始が告げられ間もなくに二宮と鉢合わせてしまったのは。

 その時の状況は那須も二宮も周囲に味方や他の相手がいない完全な一対一で、那須隊の他の面々とは距離がかなり離されており、更に他の隊の妨害などもあって援護は期待できない状況だった。

 

 逃走は当然ながら不可能。

 どちらにせよ上を目指す以上B級トップの二宮隊は超えなければならない壁であったので、その時の那須は二宮を倒すことで状況を打開しようとしていた。

 オペレーターの志岐も那須なら負けないと信じており、逃走経路の確保より那須のサポートを優先することを選んだのも大きかった。

 

 その結果、那須は二宮の前に成す術もなく敗れ脱落した。

 

 バイパーという一点に関しては確かに那須は二宮を上回っていただろう。

 そこに勝機を見出すという点も二宮からしてみれば悪い考えではなかった。

 だが───それでも二宮匡貴には遠く及ばない。

 何故二宮が射手の王と呼ばれているのか、それは二宮がボーダーに所属する射手の中で誰よりも強いからに他ならないからだ。

 バイパーでは自身を上回っているから勝てる? だったら俺はお前に勝ってるそれ以外の手段で勝ちを拾いにいくだけだ。

 そうしてトリオン体に幾つも風穴を開けられ活動限界となった那須は、自分の不甲斐なさと無力さを噛み締めながら射手の王に完敗を喫したのだった。

 

 

 

 それからだ。

 那須が自分の力に自信を持てなくなって、スランプに陥ったのは。

 

 模擬戦では以前と変わりなく勝てる。

 しかしそれは攻撃手や銃手を相手にした時だけで、自身と同じ射手を相手にすると脳裏に二宮の姿がチラつき、どうしてもあの敗北を意識してしまい動きが鈍ることが多々あった。

 

 今のままじゃいけない、だけど動きが鈍る前の自分のままでもいけない。

 何だかんだ負けず嫌いの那須は、どうすれば自分が二宮に勝てるのか……どうすれば上を目指せるのかひたすら考え続けた。

 考えて考えて、けれどその答えが出せないまま無情にも時間だけが過ぎていき……気づけば次のランク戦の時期にまでなってしまっていた。

 

 焦燥感が胸中を支配していき、部隊での作戦会議にも身が入らない毎日が続いた。

 親友の熊谷にも悩みがあるなら相談してくれと言われてしまうくらいには参っていた那須だが、そんな時に部隊のメンバーの日浦から思わず目を見張ってしまうほどの話を耳にした。

 

 ───二宮匡貴が弟子を取った。

 

 友人からその一部始終を聞いたと言う日浦は、本人も驚いているのか若干テンパりつつ詳しい話を部隊の面々に語った。

 

 まず二宮が弟子にしたのは今ボーダーでも話題になってる新人、天宮鈴。

 天宮は二宮と同じ射手で、その膨大なまでのトリオン量を見出されボーダーにスカウトされたらしく、天宮が正式入隊日に訓練用バムスターを爆発四散させたという話は色々と語弊があるがそれなりに有名だ。

 勿論同じ射手として那須も天宮の名前は知ってはいた。

 二宮に勝るとも劣らないトリオン能力を持ち、新人時代の二宮を彷彿とさせる戦い方から射手の王の再来と称されていることも。

 

 日浦曰く、そんな天宮の才能に目を付けた二宮が天宮に模擬戦を申し込み、10-0という圧倒的勝利を収めながらも天宮に光るものを感じた二宮が、ランク戦一ヶ月前にも関わらず隊にスカウトし弟子にしたらしい、とのこと。

 

 他の隊員たちはこの時期に新人を迎え入れるという二宮の考えが理解出来ず、方々でああでもないこうでもないと話を飛び交わせていたが……そんな隊の面々を他所に、那須は二宮に完敗した天宮に自分の姿を重ね親近感を抱いていた。

 同時にどんな子なんだろうと興味を抱いた。

 自分は二宮に敗北したのを機にスランプに陥った、ならば自分と同じく完敗した彼はどうなんだろう……と。

 

 そう考えたらいても立ってもいられなかった。

 早めに作戦会議を打ち上げた那須は、そのままその足で天宮のいそうな場所を転々とし、時に友人たちにそれっぽい人を見なかったかと話を聞きながら……個人ランク戦の集会場へ辿り着いた。

 

 友人曰く黒髪で小柄な二宮さんという印象を頼りに周囲を見回していると───いた。

 ちょうどランク戦のブースから出てきた天宮は、どこか物足りないような表情で周囲を見回していた。

 その姿はまるで自分に見合った相手を選別しているようで、周囲の隊員たちは天宮の視界に入らないようにサッと目を逸らしたりブースを後にする素振りを見せるものたちが大半だった。

 

 もしかして相手がいないのだろうか。

 そう考えたときには那須の足は動いていた。

 

「君が天宮鈴くん?」

 

 背後から声をかけた那須の言葉に天宮が振り返る。

 僅かにその目が見開かれた気がしたのは、天宮が那須を知ってたが故のことだろうか。

 

「ええと……天宮くん、でいいのよね?」

 

 そんなことを知る由もない那須は、もしかして天宮くんじゃなかったかな内心不安になりながら改めて聞き返す。

 しかしその不安は杞憂だったようで、天宮は那須の言葉に小さく頷く。

 そんな天宮の姿を見て良かったと安堵した那須は、そのまま頭を下げ声をかけるに至ったその理由を吐き出した。

 

「これから私と模擬戦してください」

 

 天宮と模擬戦をすれば何かが変わるかもしれない、そんな予感を胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

「(強い……ッ!)」

 

 罅割れたシールドを見て一端壁裏まで距離を取った那須は、貫かれた右肩から溢れるトリオンを抑えながら内心でそう言葉を溢す。

 

 甘く見ていたわけではなかった。

 あの二宮が弟子に取るほどなのだからそれ相応の力を持っているのだろう、そう思っていたが天宮の実力は那須の想像を一つも二つも凌駕していた。

 

 特にあの全方位からのバイパーをシールドも使わず、同じバイパーで全て相殺して見せた時にはトリオン体にも関わらず思わず鳥肌が立ったような感覚だった。

 バイパー使いとして負けを認めるつもりは毛頭ないが、既に天宮は自分や出水と同じように即興かつ自在にバイパーを操る術を持っていると、そう認めざるを得ないほどには天宮のレベルは高いものだった。

 

 加えて那須が最も脅威だと感じたのはそのトリオン能力。

 二宮に匹敵すると話には聞いていたが、こうして実際に戦ってみるとそれ以上のものだと那須は確信した。

 基本的に威力の低いバイパーではシールドは破ることはおろか傷一つつけることも出来ない。複数の弾丸を一点に集中すればシールドを突き破ることも出来るが、バイパーの弾丸一つではシールドは傷つかないというのは常識だ。

 

 しかし天宮は違う。

 天宮のバイパーはシールドが割れたりすることこそないものの、二、三度受け続けるだけでシールドに皹が入るほどその威力は高かった。

 しかも彼のバイパーは正確無比。

 今は那須が攻勢に出ているからその真価を発揮させずにいられるものの、一度天宮が攻撃に転じれば自分のシールドなどいとも容易く破られるだろう。

 

 そう、前回のランク戦での二宮との戦いのように───……

 

 

「……だけど、彼にはまだ隙がある」

 

 視線の先───そこには那須と同じようにトリオン体に傷を負い、トリオンを流す天宮の姿があった。

 いかに天宮と言えども那須のバイパーを全て捌き落とすことは不可能だった。

 特にあれだけ那須の攻撃を相殺し続ければ疲労が溜まり集中力が欠け、バイパーの精度も落ちるというものだ。

 その隙を那須は見逃さず、着々と天宮にダメージを与え続けていた。

 

 ……と言っても、ある程度慣れているとはいえそれは那須も同じこと。

 先ほどから反撃(カウンター)として放たれた天宮のアステロイドを避けられず何本か取られており、集中力が欠け始めてきていると自覚してる今では、あまり長い時間をかけてはいられないと考えていた。

 

 ───4-3

 

 それが今の那須と天宮の戦績。

 那須が一本勝ち越してるとはいえ、取っては取られ取っては取られの繰り返しという現状は、二人の実力がほぼ互角と言っても過言ではなく、片やマスタークラス一歩手前と片やB級に上がりたての新人という、如何にもどちらが勝つか明確だったこの模擬戦はどちらが勝ってもおかしくないという大波乱の展開となっていた。

 

「(彼に攻撃の手を与えたら負ける……私から仕掛けないと駄目ね)」

 

 そう考え壁裏からバイパーで天宮の動きを牽制しようとした───その矢先だった。

 

「え……!?」

 

 那須が潜んでいた壁裏が民家ごと消し飛ばされる。

 その衝撃に耐え切れず宙に身を投げ出されながらも、どうにか体勢を整えて粉塵の先を見据えると───そこには攻守逆転だと言わんばかりに両手のトリオンキューブを一つにする天宮の姿があった。

 

 その見覚えのある光景に那須のトリオン体が警報を鳴らすが時既に遅し。

 

「───ギムレット」

 

 徹甲弾の名を冠す弾丸が那須のシールドごとトリオン体を貫く。

 その間際に相討ち狙いでバイパーを放つも、突然の出来事に混乱していた那須の脳内では精確な軌道を引くことは叶わず、無情にも天宮の脇腹を素通りしていくだけだった。

 

「やられたわね……」

 

 ───4-4

 

 頭上に記されたその数字に悔しさを抱きながら、模擬戦の勝敗の行方は再び振り出しへ戻るのだった。

 

 

 



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天宮・那須 ①

消えたと思ってた書置きが残ってて、このまま消すのも勿体無いかと思ったので少し加筆して投稿です。


 

 ───ふぅ

 

 那須から真剣勝負の模擬戦を持ち込まれ幾分の時間が経過し、現在スコアは4-4。

 ギリギリまで伏せていたギムレットという切り札を使いどうにか勝利をもぎ取りブースへ戻ってきた彼は、4ラウンドごとに休憩を五分挟むという那須の言葉を思い返しベットに身を投げ出すと、体に溜まった疲労を体外に放出するように大きく息を吐き出した。

 

 ───こんなに頭使うなんて思ってなかった……那須さんマジ半端ないって

 

 バイパーを扱う技術は勿論、自分の長所と短所をしっかり理解した上での立ち回りや相手との絶妙な距離感の測り方、そして地力だけでなく地形を活かした戦い方を即座に考え実行に移せる判断力と戦術眼。

 その全てが彼には持ち得ないもので、同じ土俵にこそ立ててはいるものの、それはサイドエフェクトを酷使してどうにか持ち堪えているだけに過ぎず、現に彼はこの戦いで那須からの攻撃を防ぐことで手一杯で、自分から仕掛けられた試しが殆どなかった。

 

 では何故彼がその那須とここまで互角に戦えているのか、それは単に那須が本来の実力を発揮出来ていないからに過ぎない。

 そのことを彼は知る由もないが、本来であれば良くても8-2か普通にストレート負けするほどには彼と那須には明確な実力差がある。

 如何にトリオン能力に優れ射手としてこれ以上ないサイドエフェクトに恵まれていたとしても、彼はまだボーダーに入隊し立ての新人で、那須は長年近界民と戦い同じ隊員たちと切磋琢磨してきた才女だ。それを考えればその力の差は歴然だろう。

 

 といっても彼も那須との模擬戦を経て着々と成長して来ているので、一概にそう断言出来るわけではないが……それでも彼が万全の那須と渡り合うことは不可能だった。

 

 ───糖分が足りない

 

 加えてトリオン体といえど脳の疲労はしっかり感じるので、ここまでサイドエフェクトを酷使したことがなかった彼は既に疲労困憊の身。何なら若干眩暈もしてるほどだ。

 常時の彼ならここで勝負を投げ出してもおかしくはなく、現に胸中にはもうここまでやれたんならいいんじゃないかという諦観の念が渦巻き、このまま疲労に身を任せ眠りについてしまおうかとも考えたが……しかし、と彼は枕に埋めていた顔を上げる。

 

 ───でも、ここまで来たら負けたくないよな

 

 普段であればここまで勝負事に熱中することのない彼だが──そもそもそれをするだけの交友関係がないが──それが故にここまでの接戦を繰り広げていたら否が応にも勝ちが欲しくなる。

 二宮が課した課題を達成しなければならないという使命感もあったが、今となっては負けたくないという純粋な気持ち一つで彼は那須に喰らいついていた。

 

 ───あと二本、どう取ろうか

 

 拙い思考で思いつく限りの作戦を挙げていく。

 先ほどのように隠れ蓑を破壊して隙が出来たところを一撃で決める、という戦法が使えれば苦労はしないが、流石に一度見せたものがまた直ぐに通用する道理はないだろう。相手が那須なら尚更だ。

 ギムレットは決定的なダメージを与えられる反面、両手を使わなければならないという使用上隙が大きく、ここぞという場面でしかその真価を発揮することは叶わない。

 先ほどのように隙が出来た那須にギムレットを撃ちこめたのは、そもそも那須の脳内に彼がギムレットを使えるという考えがなかったからで、既にその手札を切った以上は次から那須の動きがより慎重なものになるのは明白。そして、隙を付かせないためにより攻勢に出てくるだろうことも理解していた。

 

 ───なら先にコッチから仕掛ける……いや、普通に負けるな

 

 そもそも転送位置はランダム。

 目の前に那須が転送されてくれるならまだしも、流石にそう都合よくはいかないだろう。

 対面で撃ち合えばトリオン能力の差から考えて彼に軍配が上がるが、そんな愚行を那須が犯すとは到底思えない。

 相手の強みを封じつつ、自分の強みを活かして戦うのが那須だ。

 それを考えれば仮に正面に転送されて来たとしても即座に防御と回避に専念され逃してしまうのは目に見えている。

 それを封じる手段があればいいのだが、生憎彼はそんな手段を持ち合わせていない。

 

 ───ハウンドもっと練習しとけば良かったなぁ

 

 脳裏を過ぎるのはハウンドを用いて相手の動きを制限かつ誘導し、最後に得意のアステロイドで勝負を決める二宮の姿。

 記憶に新しい二宮との模擬戦では思うような動きをさせてもらえず、その結果10-0で彼は二宮に完敗した。

 

 あの時の二宮のようなハウンドを使えれば確かに現状を打破出来るのかも知れないが、如何せん彼はハウンドの練習をまったくと言っていいほどして来なかった。

 というのも、サイドエフェクトの能力上リアルタイムで弾道を設定出来る彼からすればハウンドとバイパーの違いが理解出来ず、むしろ相手を追尾するだけ(・・・・・・・・・)のハウンドではバイパーの足元にも及ばないとその真価を理解せず完全に舐めていた。

 

 ───弾道を引くっていう作業を無視して確実に相手に防御、または回避の行動を取らせる……うーん普通に有能

 

 そんな彼がここに来てようやくハウンドの強みを理解できたのは果たして良いことなのか悪いことなのか。

 バイパーはリアルタイムで弾道を引く、もしくは予め弾道を設定しておくという性質上必ずしも相手に命中する訳じゃない。

 彼のように天性の才能とサイドエフェクトを持っていたとしても外れるときは普通に外れるのだ。

 その点、ハウンドはトリオンを追尾するという性質上確実に相手に当たる、もしくは当たらなくても何らかのアクションを行動の合間に挟ませることを極意とする。

 更にハウンドにはバイパーと違ってリアルタイムで弾道を設定するという弱点がなく、起動するだけで即座に放つことが出来る、この強みは現状の彼にとって喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 彼が那須にイマイチ攻めきれていないのは、バイパーをリアルタイムで設定し那須の攻撃に対応するという余計な時間を食っていることが要因の一つでもあるが故に。

 

 ───後は視線誘導とかもあるんだったか、……まぁそれは別にいいかな

 

 いちいち視線で操作するくらいならバイパーを撃った方が彼としては幾分も早いし楽だ。

 今この場で大事なのはトリオン反応を自動で追尾してくれる探知誘導の能力。

 この能力は視線誘導のように正確に対象を追尾することは適わないが、ある程度対象を追尾する力は健在。それさえあればこの状況を打破するには充分すぎる力を持っている。

 

 ───まぁ上手く使えればって話だけど

 

 一応彼のトリガーセットにはハウンドは入っている。

 メインとサブにアステロイトとバイパー、そして片方ずつにメテオラとハウンド、残りの枠をシールドで埋めているのが今の彼のトリガー構成だ。

 今後部隊としてやっていく以上、この火力特化の脳筋構成は早急にどうにかした方がいいというのは二宮隊全員の意見ではあるが、各々予定があるのでその会議はまた後日ということで先延ばしにされていたのが功を奏した、……のだろうか。

 

 一先ず、やれないことはないけど上手くいくかは保障しないというのが彼の現状である。

 

 ───頑張ろう

 

 パシと両頬を叩き、彼は再び戦場へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「……合成弾まで使えるのね」

 

 ギムレットで貫かれた胸部に手を置きながら、那須は未だに底を見せていなかった天宮の姿を思い浮かべ嘆息する。

 合成弾は本来その作成までに多大な時間を要し、両手でトリオンキューブを組み合わせなければ作成できないという使用上、シールドは勿論他のトリガーの使用も制限されることから隙が大きく、部隊で戦うランク戦ならともかく個人ランク戦では滅多に使用されることはなかった。

 それは那須自身が数多の個人ランク戦を通して眼にして来た事実であり、時に自分自身で合成弾を使った戦術の組み立てを行ってきたが、そのどれもが失敗もしくはやる前に不可能だと断念したものだった。

 だから天宮が一切の時間をかけず合成弾を作成し寸分違わずトリオン供給器官と伝達脳を狙って撃ち出したのには思わず目を見張ったし、そもそも天宮が合成弾を使えることを念頭に置いていなかった時点で那須の敗北は決定していた。

 しかし、別段合成弾を目にしその脅威を目の当たりにしたのは今回が初めてという訳ではない。

 那須は知っている。そんな合成弾の生みの親にして、ノータイムで作成を可能にする射手がいることを。

 そして、その力が如何に凶悪なものであるかは前回のランク戦で二宮匡貴に嫌というほどに思い知らされた。

 

「あの時も最後はギムレットだったっけ」

 

 ギムレット、と冷たい眼光で自身に止めを刺す二宮と天宮の姿が重なり、やっぱり二宮さんの弟子ねと那須は苦笑を溢す。

 同時に、入隊して間もないというのに既に合成弾さえ物にしている天宮がどれだけ凄まじい才能を秘めているのか、それを理解した那須はあの二宮が直々にスカウトしたという事実にも納得せざるを得なかった。

 というより、二宮より先に自分が天宮を見つけていたら絶対隊にスカウトしていた確信があると那須は一人静かに頷いた。

 と言ってもそれはB級で隊を組んでいる隊長たちの総意だろう──…、それほどまでに天宮の秘めた才能は目を見張るものがあるのだ。

 

「……また、超えるのが難しくなったわね」

 

 天宮が加入しより強固になった二宮隊を想像して嘆息する。

 本来この時期に新しく人員を補充することは悪手以外の何物でもないが、天宮ほどの才能と二宮隊の高い指導力があれば、次のランク戦までに天宮を部隊の一員として何ら違和感なく完璧に仕上げてくること想像に難くない。

 その時、自分たちは──…自分は、勝てるのだろうか。

 また負けるのだろうか、前回のランク戦のように。

 否、今回は前回より更に酷い醜態を晒すかもしれない。

 そんな暗い感情が胸中に漂っていく。

 今までの那須ならその感情に押し潰され、未知の未来に目を瞑り怯えることしか出来なかっただろう。

 だが、───そんな感情を吹き飛ばすほど、それ以上に強い思いが今の那須にはあった。 

 

負けたくない

 

 小さく吐き出したその言葉を耳にして、今の自分が抱いている感情を改めて実感する。

 

 那須と天宮、その実力は現状ではほぼ互角と言ってもいい。

 天宮より戦闘経験がある那須がやや有利かもしれないが、那須は天宮がこの模擬戦を経て徐々に強くなってきていることを実際に戦って確信している。

 故にこそ、那須はここから先、勝敗の行方を左右するのは気持ちの問題だと確信していた。

 少しでも弱い気持ちを抱けば、天宮はその隙をついて一気に押しきって来ることは明白だったから。 

 気持ち……、それはスランプに陥ってる那須にとってはかなり厳しいものがあるだろう。

 しかし今の那須にとってはそれ以上に、───目の前の相手(天宮鈴)に負けたくないという気持ちの方が幾分も大きかった。

 それは先輩だからとか、過去がどうだからとか、二宮の弟子だからとか、そういったことは一切関係ない。

 

 ただ───勝ちたいから、負けたくないのだ。

 

 

「絶対に勝つ」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 那須は確かな勝算を脳裏に思い浮かべながら、射手として新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 両者の復元されたトリオン体が市街地に現れる。

 奇しくもそれはその確率の低さからあり得ないだろうと天宮自身が判断していた、開けた通りでの真正面から対峙する形。

 マジかよ……と、ここに来るまでに立ててきた作戦の大半が無意味なものになったのを確信し、天宮は乾いた笑みを溢した。

 だが流石の強化演算能力とも呼ぶべきか、天宮は常人の何倍もの速度でこの状況下での戦術を組み上げると、その傍らに彼の膨大なトリオン量を象徴するかのような巨大なトリオンキューブを展開する。

 対して那須はというと──…笑っていた。

 俺何かおかしいことしたかなと那須に気づかれないように自分の体を見回しながら見当違いの思考を凝らす天宮を他所に、那須の脳裏に描かれたのは前回のランク戦での二宮と対峙した瞬間の光景。

 巨大なトリオンキューブを傍らに侍らせ那須の前に立ちはだかる二宮と今の天宮の姿は寸分違わぬほどに似通っていて、まるで過去を越えてみせろと言わんばかりのこの状況が那須自身でも分かるくらいその胸の内を高揚させていた。

 

「───ありがとう。やっぱり君に模擬戦を申し込んだのは間違いじゃなかった」

 

 切っ掛けをくれた隊の仲間に感謝を。

 そして、模擬戦を受けてくれた目の前の好敵手にも大きな感謝を。

 

「行きます」

 

 トリオンキューブを分割し後方に飛翔する。

 同時に既に準備を終えていた天宮のアステロイドが空を切りながら那須に迫るが、その動きを予見し距離を取っておいたことで避けることは容易かった。

 そして、そのアステロイドが誘導の一撃だということは那須も見抜いている。

 本命はこれから、───天宮の手に浮かぶトリオンキューブがそれを示唆していた。

 

「メテオラ」

 

 着地の隙を狙うようにしてメテオラが放たれるが、素早い動きでメテオラの爆心地から逃れた那須はその爆風に乗って更に後ろへ後退する。

 元より正面での撃ち合いでは自分に勝ち目はないと理解しているので、天宮のこの行動は那須からしてみれば逆に有有り難いものだった。しかし、そんなことは天宮自身理解しているだろう。

 ならば、敢えて距離を取らせたこの状況はきっと何かがある──…それを察して、那須は一切の油断なく土煙の先にいるであろう天宮を注視する。

 そしてその考えに答えるように、直後にその弾丸は土煙を破って那須の前に現れた。

 

「ッ、シールド!」

 

 速度重視で放たれたアステロイドは那須に回避ではなくシールドでの防御を強制させる。

 当然速度重視のアステロイド故に大した威力はなく、その弾丸が那須のシールドを砕くことはない。

 だが如何に速度重視と言えでも天宮のトリオン能力から放たれるアステロイドは普通の射手が使うアステロイドと比べて何ら遜色はなく、そう何度も受けていられないことは既に経験済みだ。

 だがか那須は、アステロイドは直線にしか放てないという性質から天宮の居場所を即座に察知し、追撃を防ぐべく煙越しにバイパーを放った。

 

 ───ガガガッ

 

 天宮のシールドが那須のバイパーを防ぐ。

 その音で天宮の位置を完璧に割り出した那須は、今が攻め立てるチャンスだとその両手にトリオンキューブを展開して、両攻撃(フルアタック)のバイパーを仕掛けるべくその弾道をリアルタイムで引いていく。

 同時に煙が晴れ、傷一つついてないシールドとその奥で悠然と佇む天宮の姿が那須の前に現れる。

 その周囲には反撃用のトリオンキューブはなく、冷静にそのことを見定めながら那須が弾道を引き終わりトリオンキューブを分割して放とうとした、その直後だった。

 

「ハウンド」

「ッ───!」

 

 底冷えするような言葉が那須の耳に届く。

 それは今まで一度として使ってこなかった、那須の予想だにしないトリガーの名称。

 カッ、と上空で流星が煌く。

 その正体は天宮がメテオラで那須の視界を遮ったのと同時に撃ち出した両攻撃(フルアタック)のハウンドの雨。

 速度重視で放たれたアステロイドの真意は、那須の注意をこのハウンドから逸らし気づかせないためだった。

 両攻撃(フルアタック)の構えを取った那須にそのハウンドを凌ぐ術はない。

 気づくのが遅すぎた故に回避も間に合わない。

 勝った、───天宮が勝利を確信したのは無理のない話だった。

 

 

メテオラッッ!

 

 

 だが、そんな絶望的な状況下でなお那須は諦めなかった。

 両攻撃(フルアタック)を取り止め瞬時にメテオラに切り替えた那須は、自身の足元にメテオラを叩きつけ爆発と同時に跳躍することで大きく後方へ飛翔した。

 如何に追尾機能を持つハウンドと言えども、地面まで目と鼻の先という極僅かな空間では那須を追尾するほどの余裕はなく、そのまま何もない地面へズガガガッと音を立てながら突き刺さっていく。

 これには流石の天宮もその表情を崩し、あり得ないと言わんばかりに呆然と那須を見据えている。

 しかし、当然ながら那須も五体満足で逃げ切れたわけではない。

 メテオラの爆発という推進力を利用し絶体絶命の状況から逃れた那須だが、その代償に彼女の両足は爆発に巻き込まれ膝から下が消失している。

 その足では如何に那須と言えども無傷の天宮を相手にすることは不可能だ。

 

 那須が何の手も打っていなければ───

 

「トマホーク」

 

 静かに響き渡ったその言葉は、天宮の知らない合成弾の一つ。

 呆然とその状況を眺めていた天宮は、自身に迫るバイパーのような軌道を描く得体の知れない弾丸にハッと意識を戻すと、黙って喰らってやる道理はないとシールド片手にその弾丸を相殺せんとバイパーを撃ちだした。

 だがそれは紛れもない悪手だった。

 那須が撃ち出したのが通常のバイパーならその対処で間違いはなかった。

 しかし彼女の撃ったトマホークは天宮が先ほど那須に撃ったものと同じ───合成弾だ。

 当然それが何の効力も持たないただの弾丸である筈がなく、天宮の放ったバイパーと衝突したその弾丸は直後、メテオラの如き爆発を引き起こし彼のトリオン体を呑み込んだ。

 

 

 トリオン供給器官破損、──…そんなAIの言葉が響き渡った。

 

 

 

 

 



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