亜種並行世界 英雄台頭大陸 漢 (ユータボウ)
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第1話

 前々から浮かんでいたネタを2部3章クリアを機に書き上げました。サーヴァントのネタバレなどがありますので、原作既プレイ推奨です。虞美人可愛い。


 目を覚ますと、そこには雲一つない蒼穹が広がっていた。

 

「……あれ?」

 

 何度かまばたきをしてから体を起こし、辺りを見渡す。まばらに背の低い草の生えた土色の大地は、荒野としか表現のしようがない。目を凝らせば遠くの方に山のようなものも見える。当然ながらこんな場所に来た覚えなどある筈がない。昨日の記憶を振り返っても、いつものように鍛練をしたり、検査を受けたり、今後について打ち合わせをしたり、最後にはマイルームのベッドで横になったことしか出てこなかった。

 

 目を覚ますと知らない場所にいた、ということは、普通だと驚くようなことなのだろう。しかし俺、藤丸立香にとってはそう驚くべきことでもない。人理継続保障機関フィニス・カルデア、そして汎人類最後のマスターとして様々な経験をしてきた中で、こういった場面に出会したことは一度や二度ではないからだ。故に、今も俺は比較的落ち着いて、自らの置かれた状況について考えることが出来ていた。

 

「やっと起きたのね、藤丸」

 

 顎に手をあてて思考していると、不意に後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。はっとなってそちらの方に目を向けると、案の定、そこには頭に浮かんだ通りの人物が俺のことを見下ろしてた。足元まで届かんばかりの長い茶髪が、そよ風によってふわりと揺れる。

 

「ぐっちゃん……」

 

「次その名前で呼んだら焼き尽くすから。それより、どうして私たちはこんなところにいるの?」

 

 そう言って彼女は、アサシンのサーヴァント、虞美人は双眸を細めた。彼女の疑問も尤もだが、残念なことに詳しいことは俺にも分からない。そういうものだと割り切り、現実を受け止めるしかないだろう。

 

「ごめん、それは俺にも分からない。でも、あんまり深く考えなくてもいいよ。こういうのって、時々あることだから」

 

「……随分、慣れてるのね」

 

「一応、場数はそれなりに踏んできたからね」

 

 それより、と俺は言葉を区切る。

 

「俺としては、誰かが一緒にいてくれることの方がありがたいよ。やっぱり一人だと出来ることは少ないし、心細いからさ」

 

「心細い……か。そんな感情、もう忘れてしまったわ」

 

 自嘲気味に呟いた虞美人は俺から視線を外し、どこか遠くへと目をやった。二〇〇〇年以上もの時間を独りで過ごし、孤独であることが当たり前となった彼女の瞳には、一体何が映っているのだろうか。それを知る術は、俺にない。

 

「……とりあえずこれからどうしようか?」

 

「少し待ちなさい。じきに彼らが戻ってくるわ」

 

「彼ら……?」

 

 そう聞き返した瞬間、俺の耳に「マスター!」と叫ぶ女性の声が飛び込んできた。そちらに目を向けると、白い戦装束に身を包んだ麗人が駆けてくる様子が見える。艶のある黒髪に美しい緑色の瞳、長い白杆(トネリコ)の槍を手にした彼女は──、

 

(リャン)!」

 

「よかった、お目覚めになられたのですね! 体調はどうですか? どこか痛むところなどはございませんか?」

 

 ペタペタと俺の体を触りながらそう尋ねてくる彼女の名前は、秦良玉。槍を持っていることから分かる通り、ランサーのサーヴァントだ。信頼出来る仲間の一人と出会えたことで、思わず表情が綻ぶ。

 

「大丈夫だよ。それより、良も召喚されていたんだね」

 

「はい。私が目を覚ましたときには、この荒野にマスターと虞美人様、そして蘭陵王様がおられました。今は周囲の状況確認に向かわれていますが、間もなく戻られることと思われます」

 

 そう語る良に頷きを返し、チラリと虞美人の方を一瞥した。先程、彼女が言った『彼ら』というのは、どうやら良と蘭陵王のことを指していたようだ。三人もサーヴァントがいるのであれば、例え見知らぬ土地でも心強いことこの上ない。

 

 そこで俺は気がついた。現在、召喚されているサーヴァントの虞美人、良、そしてこの場にはいない蘭陵王の三人は、時代は違えど全員が中国出身の英雄だ。偶然とは考えづらいだろう。中国出身という共通点があるからこそ、この三人がこの地に呼ばれたのだとすると、導き出される答えは一つしかない。

 

「ここは……中国?」

 

「はい、恐らくは。ただ、現在地や正確な時代についてはまだ不明なままです。いくら私たちが中華の地の英霊とて、何もない荒野からそれらを知るのは難しく……。現代よりも遥か昔であるということしか言えません」

 

 そう言って申し訳なさそうに目を伏せる良だが、それは仕方のないことだろう。こんな何もない荒野だけを見てここがどこか、またいつなのかを知るのは、いくら中国出身の英雄であっても流石に無理がある。

 

「大丈夫だよ。色々教えてくれてありがとう、良。おかげで助かったよ」

 

「いえ、お役に立てたなら幸いです。蘭凌王様もすぐ戻られると思いますので、しばしお待ちくださいね。何かあってもマスターの身は必ず守りますから!」

 

 槍を振るい、得意げに鼻を鳴らす良に、「頼りにしてるよ」と笑みを返す。それから少しの間、虞美人を交えた三人でこれからのことを話しながら、蘭陵王が戻ってくるのを待った。 

 

 まず一番の問題として、今の俺たちには分からないことが多すぎる。ここがどこで、今がいつの時代なのか、知っているのと知らないのとでは今後の動きに大きな影響が出てくるだろう。また、正史と比べて何か異変のようなものが起きていないかなど、最終的な目的であるカルデアベースへの帰還のためにも、まずは情報を集める必要がある。虞美人と良もそれには賛成のようで、話し合いの結果、まずは現地の人との接触を目指して動くことが決定した。明確な今後の方針が決まったことで、しっかりと前を見据えられるようになった気がする。

 

「あっ……マスター! 蘭陵王様が帰ってきましたよ!」

 

 そう言って良の指差した先には、一頭の白馬が土埃を巻き上げて向かってくる姿が見えた。その白馬を乗りこなすのは、特徴的な仮面を被った細身の剣士。セイバーのサーヴァント、蘭陵王その人である。

 

「我が主、お目覚めになられましたか。蘭陵王、周辺の見回りを終え、ここに参上しました」

 

 ひらりと馬から飛び降り、蘭陵王は俺へ流れるように頭を垂れる。彼に限った話ではないが、偉業を成した紛れもない英雄であるサーヴァントにこういった態度をとられるのは、いつになっても慣れそうにない。若干のむず痒さを感じながら、ひとまず目の前で跪く蘭陵王に感謝を告げる。

 

「うん、ありがとう蘭陵王。それとカルデアに戻るまでの間、よろしく頼むね」

 

「お任せください。我が剣に誓って、御身は必ず守り通してみせます」

 

「マスター、この秦良玉もマスターの槍として傍に在ります。非才の身なれど、マスターの行く手を遮るものは必ず打ち倒すことを約束致します」

 

「ありがとう。二人とも頼もしいよ」

 

 そういったやり取りをいくつか挟んだあと、蘭陵王は先の見回りから得たことを語り始めた。曰く、しばらく馬を走らせても同じような景色が広がり続けていた、とのこと。つまり、今俺たちのいるこの場所は、よりによって荒野のど真ん中であるようだ。当然、街や村など影も形もない。現地の人との接触を目標とする俺たちにとって、これはなかなかに痛い状況だ。

 

 加えて、同じような景色が広がり続けていたということは、目印となるようなものが何もないということでもある。故に、どの方角に何があるか分からず、現在地からどこに向かえば最善なのかも全く分からないのである。南に進めば一日で街に到着するところを、北に進んだばかりに一週間もかかった、などということにもなりかねない。

 

「申し訳ありません。マスターのお役に立つことが出来ず……」

 

「置かれている状況が分かっただけでも十分よ。感謝するわ、セイバー」

 

「虞美人の言う通りだよ。ありがとう、蘭陵王」

 

「ですが、サーヴァントである私たちはともかく、マスターは生身の人間です。動けばお腹も減りますし、体力も消耗します。徒に荒野を彷徨うのは得策ではないかと……」

 

 確かに、良の懸念も尤もだ。過去に数多の特異点を駆け抜けた身として、こと体力にはそれなりの自信がある俺だが、それでも人間である以上は疲れもするし、腹も減る。あちこちに行ったり来たりを繰り返していれば、あっという間に力尽きてしまうことだろう。であれば──、

 

「……進む方角を決めよう。例えそれが間違っていたとしても、進み続けていればきっと何かあると思うんだ」

 

「まぁ、それが妥当ね。にしても、契約してる人間と足並みを揃えないといけないなんて、つくづくサーヴァントってこういうときは不便だわ」

 

 やれやれとばかりに肩をすくめ、嘆息する虞美人。しかし、なんだかんだ言いながらもこちらの指示に従ってくれたり、暇なときは話し相手になってくれたりと、彼女は決して冷たい人という訳ではない。永世秦帝国の件もあり、召喚した際にはいきなり罵倒されもしたが、以前に比べれば随分と角が取れたように感じた。

 

「……何笑ってんのよ?」

 

「いや、なんでもないよ。良と蘭陵王も構わないかな」

 

「はい。私もそれがよろしいかと」

 

「マスターが決められたのであれば異論はありません。もしマスターさえよろしければ、移動の際にはこの馬を利用ください。手綱は私が引きますので、どうかご安心を」

 

 自らの乗っていた白馬の手綱を引っ張りつつ、蘭陵王は俺にふっと微笑みかけてくる。本当にいいのか聞き返すと、「えぇ、勿論」といい返事がやってきたので、その好意に大人しく甘え、手助けを受けながらどうにか白馬によじ登る。視点が高くなり、同じ景色でも見え方が変わったことで、つい口から感嘆の声がこぼれた。

 

「それで、どちらに進むの?」

 

「うーん……そうだな……」

 

 虞美人にそう尋ねられ、俺は空を見上げる。傾き始めた太陽のおおよその位置からするに、なんとなくだが西と東の見当はついた。そうなると、今俺の向いている方角が北で、後ろが南ということか。

 

 どう進むかは自分次第。

 

 それなら俺は、前に行く。

 

「うん、じゃあこのまま真っ直ぐ行こう」

 

「分かりました!」

 

「我が主の御心のままに」

 

 そうして俺たちはこの未知の大地に一歩を踏み出した。

 




 元々、秦良玉と蘭陵王が非常に気に入って、「この二人出したろ」と書いてたところ、早すぎる虞美人実装に伴い、「せやったらぶちこんだれ!」と無理矢理ねじ込んだのが今作です。

 恋姫とのクロスなのに孔明とかはいないの? って思われた方も多いとは思いますが、ああいう頭のよすぎるキャラはどう足掻いても筆者の手に余るので出しません。ついでに登場鯖が多いと大抵のことはごり押しでいけるようになってしまうので、そちらもかなり制限しています。正直、蘭陵王と秦良玉だけでも十分事足りる気はしますが、虞美人はどうしても書きたかったので(大胆なキャラの起用は筆者の特権)。


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第2話

 更新。感想、評価、お気に入りなどなど、たくさんの方に見ていただけてありがたい限りです。

 クリスマスイベはとりあえず礼装がぼちぼち出たので、ガチャは一旦様子見。果たしてボックスは何箱開けられるのか。ちなみにうちの過労死枠はすり抜けで宝具レベの上がったアキレウスです。


 蘭陵王に白馬を引かれ、虞美人と秦良玉(リャン)に護衛をされながら、俺は荒野を北に進んでいく。蘭陵王の言った通り、ここら一帯は本当に荒涼とした大地しか見えない。人里に辿り着くのは一体いつになることやら、そう考えると若干の不安が心を過った。

 

 一体何故、自分はこの時代に呼ばれたのだろうか。

 

 果たしてこの先、何が起こるのだろうか。

 

 自分はこの場所で、何をすべきなのだろうか。

 

「……これからどうなるんだろうね」

 

「例え何があったとしても、マスターは私たちが守ります。マスターはマスターが正しいと思ったことをしてください。その願いを叶えるために、私たちサーヴァントはいるのですから」 

 

 こぼれた独り言ににこりと、良は俺の目を見て溌剌とした笑みを浮かべた。馬を引く蘭陵王もその言葉にこくこくと頷いている。

 

 ──本当に、いい仲間に恵まれたものだ。

 

 先行きの見えない状況にやや落ち込んだ気を取り直し、俺たちは前を目指して歩み続ける。やがて日が落ち、辺りも暗くなり始めた頃、偶然にも緩やかな流れの小川を見つけることが出来た。夜には視界が利かないこと、また俺の体力といったこともあって、今日はこの川のほとりで休憩することになった。

 

「マスター、気分は如何でしょうか?」

 

「大丈夫だよ。でも、ちょっと疲れたかな。こんなに長く馬に乗るなんて、あんまりしたことがないから。お尻も少し痛いや」

 

 パチパチと音を立てて燃える焚き火を囲み、休息をとる。残念ながら小川には食料となりそうな魚は泳いでいなかったが、飲料水を確保するには問題なかった。渇いていた喉を潤し、こうして心身共に落ち着ける状態となると、次にやってくるのが眠気だ。欠伸を一つこぼしていると、虞美人が空に視線を固定したままポツリと呟いた。

 

「疲れているならさっさと休みなさいよ。何もしていないうちから倒れられると、迷惑するのはこっちなんだから」

 

「ん……そうしようかな。こういうときは、休めるうちに休んでおいた方がいいと思うし」

 

「でしたら、私の膝をお貸ししましょう。固い地面に直接横になられるよりはよく眠れる筈です」

 

 正座の姿勢で太股をポンポンと叩きながら笑顔で提案してくる良。しかし、その提案を素直に受け入れていいものなのか。勿論、好意自体はとても嬉しいのだが、一人の男として膝枕をされるというのは、なんとも恥ずかしいものがある。

 

『デュフフフ! マスター、これは秦良玉殿の膝枕を堪能するまたとない機会! しかも向こうからの提案ときた! つまり合法! 男なら断る理由はありませんぞ! 拙者の観察眼からするに、ピッタリ衣装とほどよい肉付きの太股による膝枕は、まさに極上の心地! 更に! そこから見上げれば見事な双丘も拝める! くぅううう! やっぱモテる男は違いますなぁ! 羨ましいぜチクショー!』

 

 ……とりあえず突然脳内に出てきた黒髭には問答無用でガンドを撃ち込んでおこう。合法だとかそうでないとか、そういう問題ではないのだ。

 

 話は逸れたが、俺自身、地面に直接横になることに抵抗はあれど、出来ないことはないと考えている。俺も男なので、良の膝枕が気にならないと言えば嘘になるが、やはり申し訳なさの方が勝る。ここは断らせてもらおう──。

 

「あの……もしかして、ご迷惑でしたか?」

 

いえ、むしろお願いします

 

 前言撤回。

 

 美人の上目遣いとしゅんとした表情に勝てる訳がなかったのだ。虞美人から向けられる蔑むような視線がとても痛いが、ここまで来たからには背に腹は代えられない。

 

「よかった! では、遠慮なく横になってください!」

 

「し、失礼します……」

 

 暗い表情から一転し、笑みを綻ばせた良の太股におずおずと頭を預ける。瞬間、むにっという音が聞こえたような気がした。目を瞑り、脱力して後頭部へと意識を集中させると、弾力と柔らかさが兼ね備えられた太股から、良の優しい体温が伝わってくる。鼻腔をくすぐる甘い香りも、この心地よさに拍車を掛けていた。

 

 ──なるほど、これは確かに黒髭の言う通りかもしれない。

 

「マスター、如何ですか?」

 

「うん、すごく気持ちいい……。なんか、安心するよ……」

 

「ふふっ、よかった。マスター、どうかゆるりとお休みください。この秦良玉がいつまでもお側に在りますから……」

 

 頭にそっと乗せられた掌を、俺は甘んじて受け入れる。目を瞑っているため直接は見えないが、穏やかな笑みを浮かべる良の様子が容易に想像出来た。

 

 ベッドはおろか、毛布もない。けれどその夜、俺はとても安らかな眠りにつくことが出来た。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 それから数日、途中で見つけた川や林で喉の渇きを癒し、腹を満たし、どうにか進んでいた俺たちの前に、その時が訪れた。

 

「っ、これは……」

 

「どうしたの?」

 

 何かに気付いたように立ち止まった蘭陵王に、何も感じ取れなかった俺はそう尋ねる。振り返った彼の表情は、仮面越しにも分かるほど険しく──否、彼だけでなく、隣にいた虞美人や良もまた、その顔をキッと引き締めていた。

 

「前方から音と、人の声がします。破砕音と……怒声、でしょうか。微かに聞こえる程度ですので、ここからではまだ距離がありますが、何か争いのようなものが起きている模様です」

 

「争いのようなって……それは……」

 

 目を凝らしても、耳を澄ましてみても俺には何も分からなかった。しかし、サーヴァントである三人全員が気付いた以上、前方で何かが起きているのは確かだ。それもこんな見通しのいい荒野で起こる争いごとなど、考えられる可能性はそう多くない。

 

 誰かが襲われているのだ。

 

「……虞美人、良。先行して状況の確認を。状況次第で判断は任せるよ。蘭陵王は騎手を。俺が振り落とされない程度に全速力でお願い」

 

 言うや否や、真っ先に飛び出したのは良だ。Aランクの高い敏捷を最大限に発揮し、彼女は目にも止まらぬスピードで荒野を駆けていく。風にはためく白い戦装束も、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「全く……よくもまぁ、どこの誰とも知らない人間のためにあそこまで必死になれるものね。理解に苦しむわ」

 

「そこが良のいいところなんだよ」

 

 呆れたように息をついた虞美人に、俺は苦笑を浮かべる。が、すぐに表情を元に戻した。

 

「……それより、虞美人もすぐに良を追ってほしい。今の彼女は多分、視野が狭くなっちゃってるから」

 

「……仕方ないわね。その代わり、お前も早く追いつきなさいよ。サーヴァントの手綱を握るのはマスターの仕事だってこと、忘れないようにしなさい」

 

 そう言い残し、虞美人は地を蹴って良の向かった方向へと消えていった。彼女の言う通り、俺だけがここでのんびりとしている訳にもいかない。今座っている位置から少し後ろにずれると、空いた場所に蘭陵王が軽やかに飛び乗ってきた。

 

「我が主、少々荒っぽくなります故、しっかりと掴まっていてください」

 

「うん、頼むよ!」

 

「お任せあれ! ハイヤーッ!」

 

 高らかな声と共に蘭陵王が綱を引くと、白馬がそれに応え、疾走を開始する。加速するにつれて徐々に風を切る音が耳元で響き始め、周囲の景色が凄まじい速度で後ろに流れていく。凹凸のある地面を力強く踏み締めているためか、伝わってくる衝撃は相当なものだ。蘭陵王の背にしっかりと抱きついていなければ、一瞬で振り落とされてしまうことだろう。

 

「っ、うぅぅぅ……!」

 

「マスター! 大事はありませんか!」

 

「だ、大丈夫! それより、前の状況は何か分かる!?」

 

 俺たちはお互いに大声で言葉を交わす。そうでもしなければ風にかき消され、声が届かないのだ。

 

「今、少しずつ見えてきました! 賊と思わしき格好をした者たちが数十人、阿鼻叫喚となって逃げ回っています! 秦良玉殿と虞美人殿の姿は見えませんが、恐らく既に到着しているものかと! ……なっ!?」

 

「! 何かあったの!?」

 

 突然驚愕に言葉を失った蘭陵王に、俺は思わず声を張り上げる。

 

 そして、返ってきた内容に耳を疑った。

 

「こ、子供です! まだ年端もいかぬような容貌の少女が、巨大な鉄球を振り回して人を吹き飛ばしています!」

 

「──は?」

 

 子供が、

 

 巨大な鉄球を振り回して、

 

 人を吹き飛ばしている?

 

 あまりに不可思議なワードの連続に脳が理解を投げ出しかけるが、なんとか数秒を掛けてそれらを飲み込む。巨大な鉄球を振り回す少女とは、またなんとも常識的外れな存在だ。その光景を直接見ることは叶わないが、さぞかしとんでもない絵面になっていることだろう。

 

 しかし、こちらとして伊達に数多のサーヴァントと契約していない。可愛らしい外見の少女が二本のナイフで、ワイバーンから巨大な竜種に至るまでのことごとくを解体したり、大きな斧で敵を容赦なく薙ぎ払ったり、身の丈以上もある槍を軽々と振るったり、メルヘンチックな魔術で大型エネミーを打ち負かす姿は、最早飽きるほど見てきたのだ。落ち着いて考えてみれば、今更鉄球を振り回す女の子が目の前に現れたところで驚くようなことではない。

 

「(……ということは、その女の子はサーヴァント?)」

 

「マスター、もう間もなく到着致します」

 

 あれこれ考えていた俺を現実に引き戻したのは、蘭陵王の一言だった。景色を置き去りにするほど速かったスピードも落ち着き始め、荒々しかった白馬の動きもだんだんと静かなものになっていく。ここにきてようやく余裕の生まれた俺は、蘭陵王にしがみつきながらも顔を横に出し、前方の様子を確認する。

 

 まず目に入ったのは、あちこちが派手に抉られた地面だ。穴ぼこだらけのそこだけを見れば、一体どれほど激しい戦闘が行われたのかと想像し、身震いしそうになってしまう。そんな凄まじい有り様の大地に立っているのは、虞美人と良という俺もよく知る二人と、そしてもう一人、大きな鉄球の繋がれた鎖を手にした少女だった。 

 

「あっ……マスター!」

 

「よっ、と……。ふぅ、二人共、大丈夫?」

 

 先行した二人にようやく追いついた俺は蘭陵王と白馬から降り、若干力の入らない体を支えられながら歩いていく。二人を見た限りでは、肌や服に多少の土埃や砂といった汚れがあるものの、外傷はこれといってなさそうだ。まずはそのことに安堵する。

 

「あのね……ただの人間にサーヴァントが負ける訳ないじゃない。心配のしすぎよ、ほんと」

 

「はははっ。まぁ、ともかくよかったよ。それで、とりあえず訊きたいことがあるんだけど……」

 

 俺は虞美人、そして良の順に目を向け、そう切り出した。すると良が「それなら……」と、少し離れたところで俺たちをじっと見ている少女に視線を移す。

 

「あの子に訊いてみるのはどうでしょうか? 私たちも彼女が大人数相手に一人で戦っているところに飛び込んだだけなので……」

 

「私もそれがいいと思うわ。私たちに答えられることなんてほとんどないし、この世界のことはこの世界の住人に訊くべきよ」

 

 ──待て、虞美人は今なんと言った?

 

「この世界の住人? あの女の子は、サーヴァントじゃないの?」

 

「違うわ。正真正銘、生身の人間なのよ。もう少し近付いてみれば、お前にも分かるでしょう?」

 

 その言葉に従い、俺は一〇メートルほど離れたところにいる少女にゆっくりと近付いていく。そして少女との距離が縮まる度に、虞美人の言っていたことが本当であることを実感する。虞美人や良、蘭陵王たち英霊とはまた違う存在感を、目の前の少女から感じるのである。

 

 この子は、強い。

 

 大人数の大人相手に一人で戦っていたと良は言っていたが、それも納得出来る。

 

「ふぁぁ……。んー……あれ? お話は終わったの?」

 

 一度大きく欠伸をした少女は、近付いてくる俺に笑顔を浮かべる。見ているこちらまでつられてしまいそうな、そんな屈託のない朗らかな笑みだ。きっと彼女は明るく、とても元気な性格なのだろう。

 

「うん。大丈夫? 怪我はない?」

 

「ぜーんぜん! あのくらいへっちゃらだよ! ボク一人だけでも余裕だもんね!」

 

 そう言って少女は得意げに鼻息をつき、鉄球を勢いよく振り回してみせた。どうやらこの少女は、本当にこの鉄球を武器として扱っているらしい。魔術による身体能力強化でも使いこなしているのだろうか。小さな体で大きな得物を振るうその姿は、アンバランスな印象を受ける一方、とても様になっているようにも感じた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん! それと後ろのお姉ちゃんたちも! 名前はなんていうの? ボクは許緒っていうんだ!」

 

 天真爛漫な笑顔を見せる並外れた力を持つ少女、許緒。

 

 これが俺たちにとって、この世界に来て初めての出会いだった。

 




 秦良玉に膝枕してもらいたい。蘭陵王と白馬で遠乗りしたい。虞美人と炬燵を挟んで蜜柑を食べながらとりとめのない会話をしたい。

 一番最初に出会う原作キャラは季衣です。原作開始時点でどこの陣営にも属しておらず、かつあんまり他の二次とかで見ない展開に、ってことを考えていたらこうなりました。香風を出すために趙雲たち一行でもいいかなって思ったんですけど、なんか代わり映えしない気がして却下しました。ていうか、風と稟が難しいのよね。


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第3話

思っていたより時間が経ってしまった。


「──なるほど。今のこの国、漢は霊帝という天子様が統治されているんだね」

 

「うん、村のおっちゃんたちは確かそう言ってた。ボクは偉い人とかにあんまり興味なかったから、もしかしたら間違ってるかもしれないけど」

 

「それでも大丈夫だよ。ありがとう、()()

 

 ふっと微笑んでお礼を告げると許緒──否、季衣は気恥ずかしそうに笑った。

 

 現在、俺たち一行は季衣の案内の下、彼女の住まう村へと向かっている。賊の撃退を手伝ってくれたお礼がしたいという彼女の申し出に、人の集まる場所に行けるということもあって、二言返事で頷いたのである。とはいえ、ある程度の情報は今のような季衣との会話で得ることが出来たのだが。

 

 まず第一に、この世界のこと。季衣の言葉とサーヴァントたちの補足によれば、今俺たちの立っているこの地は豫州の沛国という場所であり、そして現代より一八〇〇年以上も前の漢王朝であるらしい。それを聞いたときの虞美人が盛大に顔をしかめていたのは、愛する者を殺した男の興した国であるからだろうか。なんにせよ、今がいつの時代なのか、ここがどこなのかを知ることが出来たのは大きい。

 

 次に、真名(まな)と呼ばれる風習について。この時代の人には性、名、字の他にも真名というものがあるのだそうだ。真名は本人が許した相手しか呼ぶことが出来ず、それ以外の者が真名を呼べば問答無用の斬り捨てすらあり得るのだという。これを聞いたときには俺は勿論、蘭陵王や良も驚いていたことから、どうやら二人の生きた時代にはなかったものらしい。恐らく、何かの理由で廃れてしまったのだろう。

 

 ちなみに、季衣というのは許緒の真名である。「賊退治を手伝ってくれたし、悪い人じゃなさそうだから」とは本人の談ではあるが、真名の定義を今しがた知った身としては、そんな簡単に許していいものなのかと思わなくもない。勿論、本人が構わないのなら問題はないのだろうけれど。

 

 しかし、当然ながら俺たちには真名がない。季衣にそれを伝えたときには大層驚かれたが、真名のない、ここよりずっと遠い場所から来たのだと言って納得してもらった。そして、真名の代わりに俺たちの名前を教え、季衣の好きなように呼んでもらうことにしたのである。

 

 ただ一人、この時点で歴史に名を遺している虞美人を例外として。

 

「それより! 良姉ちゃんもヒナコ姉ちゃんも凄かったね! 戦ってる筈なのに、まるで踊ってるみたいに綺麗だったよ!」

 

「ふふふっ。ありがとう、季衣さん」

 

「ん……」

 

 まだ出会ってさほど時間が経っていないにもかかわらず、良と季衣はすっかり打ち解けている。二人の性格からこうなることは予想出来ていたが、まさかここまで早いとは思わなかった。そして、そんな二人を虞美人──この世界では先の理由もあって芥ヒナコを名乗っている──は、無言のままじっと見つめている。季衣から話を振られても、彼女がするのは素っ気ない返答だけだ。

 

「……虞美人って、子供も嫌いなのかな?」

 

「というより、単に接し方が分からないのでないでしょうか? 子供とは純粋なものですから」

 

 隣にいた蘭陵王からやってきた返事に、俺はなるほどと納得する。言われてみれば彼女の仏頂面も、天真爛漫な季衣にどう対応していいか分からないといった風に見える。時折、バツの悪そうに身動ぎしているのもそのせいなのだろう。

 

「これが少しでもいい方向に働いてくれたらいいんだけど」

 

「……そうですね。人間があの方にした仕打ちを考えれば、そう簡単にいきはしないでしょうが……それでも、季衣殿との交流が何かしらのきっかけとなれば、これほど喜ばしいことはありません」 

 

 そう語る蘭陵王は、仮面の下で柔らかな微笑を浮かべていた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 それから程なくして、俺たちは季衣の住まう村へと辿り着いた。漢という時代を感じさせる造りの家屋や、背の高い穀物の実った畑など、その風景は長閑そのものだ。出会った人たちも最初こそ俺たちの格好に驚いていたようだったが、季衣の姿を見るとすぐに笑顔を浮かべ、「こんにちは」と丁寧に挨拶をしてくれた。かつて訪れたことのあるセイレムのように、よそ者ということで怪しまれたり、不審がられたりするのではないかと心配していたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「いいところだね、ここは」

 

「はい。実りは豊かで、住まう人は皆晴れやかな表情をしています。本当に……素晴らしいことだと思います」

 

 村の様子を見て回った率直な感想を呟いた俺に、良が感慨深げに頷いて同意する。平和と農業を愛する彼女にとって、目の前の景色はさぞかし眩しく映っているに違いない。今もどこか懐かしむような、慈しむような目で辺りを見渡している。

 

「でしょでしょ! ここの皆はとーってもいい人ばっかりなんだよ!」

 

 それに気をよくしたのか、季衣はこの村の自慢を嬉々として語り始めた。この村が如何に素晴らしく、彼女がどれだけこの場所を大切に思っているのかが、その口振りと仕草から十二分に伝わってくる。

 

「それでね、この前なんて──」

 

「季衣! 季衣ー!」

 

 そんなときだ。季衣の台詞を遮るように大きな声が耳に飛び込んできた。全員が声の方に振り返ると、小柄な少女がぱたぱたとこちらに駆けてくる姿が見える。若草色のショートヘアーと青いリボンが、少女の走る勢いで緩やかに揺れていた。

 

「あっ! 流琉! ただいまー!」

 

「ただいま、じゃないでしょう! 大人数相手にまた一人で飛び出すなんて、一体何考えてるの!?」

 

「大丈夫だよ。ボク強いもん」

 

「そういう問題じゃないの! 確かに季衣は強いし、簡単に負けたりしないかもしれないけど、危ないことに代わりはないでしょう!」

 

「もう、流琉は心配性だなぁ。大丈夫だったんだからいいじゃん」 

 

 こちらに辿り着くなり、早口で一気に捲し立てる少女に対し、季衣はどこ吹く風とばかりにあっけらかんとしている。それから二人のやり取りはだんだんとヒートアップしていくが、そんな二人を眺める村の人たちの目はどれも温かなものだ。誰も止めに入る気配はないことから、こうしたことは特に珍しいことでもないのだろう。

 

 二人の言い争いはそれからしばらく続いたが、最終的に少女の放った「次、また一人で行ったらもうご飯を作ってあげないから!」という一言に、季衣が折れる形で落ち着くこととなった。話が一段落し、大きく息をつきながら顔を上げた少女は、ここにきてようやく俺たちの存在に気付いたらしく、はっとなって目を見開いた。

 

「えっ!? あ、その、ご、ごめんなさい! 目の前で突然こんなのを見せちゃって……」

 

「気にしないでいいよ。それより、季衣のことを大切に想っているんだね」

 

「それは、まぁ、昔からの付き合いですから……って、あなた! 季衣の真名を!」

 

 季衣の真名を口にした途端、少女はキッと目を細めて睨みつけてきた。その小さな体からはこれまでの雰囲気とは一転して確かな殺気が滲み出ており、幼い容貌からは不似合いなほどの迫力が感じられる。この様子では彼女自身も季衣同様、見た目とは裏腹に相当腕が立つのだろう。

 

 ──なるほど、他人の真名を無断で口にすれば今のようなことになるのか。

 

「ちょっ!? 流琉、待って! 立香兄ちゃんにはちゃんと真名を預けてるから! そんなに怒らないでよ!」

 

「えぇ!? ご、ごめんなさい!! 私、てっきり!」

 

 俺が呑気なことを考えているうちに、季衣が慌てて少女を止めに入り、自身が勘違いをしていたと気付いた少女は、顔を真っ赤にして頭を下げた。俺は「まだ何もされていないから大丈夫」と苦笑しつつ少女に告げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仲間たちに、構えを解くよう目で促す。

 

「とりあえず自己紹介をさせてくれないかな。俺の名前は藤丸立香。こことは違う国の出身で、季衣に案内されてこの村に来たんだ。真名もないから、君の好きなように呼んでほしいな。よろしくね」

 

「わ、私は典韋です。本当にごめんなさい。私のことも流琉と呼んでください。えっと……よろしくお願いします、立香さん」

 

「うん。よろしく、流琉」

 

 お互いに握手を交わし、名前を呼び合って確かめる。そのあとには良や蘭陵王、渋々といった様子の虞美人も続いた。

 

「流琉、立香兄ちゃんたちは凄いんだよ! ボクの戦ってた盗賊たちを、まるで踊ってるみたいに綺麗な動きで倒しちゃうんだ! ……あれ? 立香兄ちゃんはそうでもないのかな?」

 

「くくっ……! 言われてるわよ、藤丸?」

 

「ははっ……その通りだから何も言い返せないなぁ」

 

 季衣の純粋であるが故にストレートな一言と、虞美人の意地悪な笑みに、俺は苦笑いを浮かべることしか出来ない。実際俺のしていたことといえば、白馬を操って荒野を駆ける蘭陵王の背中に抱きついていただけだ。そのように思われるのも当然のことであるし、何よりもその通りなのだから素直に認める他なかった。

 

「もう、季衣ったら。立香さんに失礼だよ」

 

「いや、別にいいよ。それより二人共、村長さんの家はどこにあるのかな? しばらくここに留まりたいって思ってるんだけど、ちょっと相談してみたくてね。もしよければ案内をしてほしいんだけど」

 

「うん、任せてよ!」

 

 俺の頼みに季衣は嫌な顔一つせず、満面の笑みで答えた。そんな彼女と流琉の後ろに続き、俺たち四人は村長さんのお宅があるという村の中心部まで足を運んだ。その途中、すれ違った人たちのほとんどが俺たちのことをじっと見つめてくるのは、やはり物珍しさ故なのだろうか。

 

「はぁ……落ち着かないわね、こうもじろじろ見られると。煩わしいったらありゃしない」

 

「恐らく、この村を訪れる旅人自体が少ないのでしょうね。その分、外から来た我々が注目を集めてしまうのも仕方のないことかと」

 

「厄介がられたりしないだけいいんじゃないかな。俺はそんなに気にならないよ?」

 

「……もういっそ霊体化しようかしら」

 

「えっと、今そうしたら大騒ぎになると思うのですが……」

 

 好奇の視線に晒され、辟易する虞美人を三人で宥める。そうしているうちに辿り着いた俺たちを出迎えてくれたのは、四十代後半から五十代くらいと思わしき中年の男性だった。微笑む男性に大きな声で「こんにちは!」と挨拶する季衣と流琉を見るに、どうやらこの人が村長さんであるようだ。

 

「こんにちは。もしや、旅のお方でしょうか?」

 

「はい。少しお話がしたいのですが……お時間はよろしいでしょうか?」

 

 おずおずと尋ねた俺に、村長さんは「えぇ」と笑みを崩さぬまま頷いた。

 

「分かりました。では、どうぞ上がってください。大したおもてなしも出来ませんが……」

 

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。季衣と流琉もありがとう」

 

「このくらいお安いご用だよ!」

 

「では皆さん、またあとで」

 

 ここまで案内してくれた二人の少女にお礼を告げ、俺たちは村長さんの家にお邪魔した。

 




虞美人×項羽もいいけど、虞美人×蘭陵王もいいよね。

予定では次は戦闘回。とはいえ、果たして上手く書けるかどうか。更新はなるべく年内にしたいです。


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