ジャック・ザ・ハーレム (サイエンティスト)
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恋人がいっぱい?


 最初の数話は準備段階というか、導入というかのお話です。
 今回はリメイク版の余章基準。ただしこれだといつでも地上に行けるのに地下に引きこもってイチャイチャしていることになるので、その辺りは都合良く考えてます。ヒカリは力を溜めている、とか。まあその辺を深く考えるとゲームもおかしい状況になってしまうのでやめておきます。




 地下洞窟の奥深くで新たに発見された都庁のジェイル。その探索を終えてから早数日が経過した。

 探索の中では前の世界の記憶を思い出したり、人魚姫が蘇りおつうが人間の姿で戻ってきたりと衝撃の展開には事欠かなかったものの、数日の時が流れた今は平穏なものだ。おつうと人魚姫は仲睦まじく過ごしているようだし、前の世界の記憶が無い皆とも仲良く過ごしている。故にジェイルの中にしては比較的平穏な時間が流れていた。

 

「ん、うぅ……?」

 

 そして今日も、そんな平穏な時間がベッドの上で目覚める所から始まる。

 だがまどろみの中でぼんやり覚醒したジャックは、普段とは異なる不思議な感覚を覚えていた。

 

(何だろう……凄く暖かくて、柔らかいものが全身にひっついてる感じがする……)

 

 仰向けで寝ていた自分の身体。そこに上と左右の三方向からおかしな圧迫感を覚えたのだ。それと人肌の温もりの如き暖かさと柔らかさも。まるで誰かがジャックに抱きついているかのように。

 しかしそんなことはあるはずがない。稀にラプンツェルがベッドに入ってくることはあるものの、今感じているのは身体の上と左右の三方向からだ。仮にこの内の一つがラプンツェルだったとしても残りの二つは一体何なのか。

 何だか恐ろしくなって眠気も薄れてきたジャックは、恐る恐る目蓋を開いた。

 

「……えっ?」

 

 そして、目にした光景を理解できずに凍りついた。何故ならまるで誰かがジャックに抱きついているかのよう、という表現は誤りだったから。実際にジャックは抱きつかれていたのだ。

 ジャックの身体の上に寝そべる形で横になっている親指姫に。

 ジャックの右腕に寄り添うかのごとく身を寄せている白雪姫に。

 ジャックの頭を横から胸に掻き抱くように密着している眠り姫に。

 

(ええぇぇぇぇぇぇっ!? ちょっと待って! 何これ!? 一体どういう状況!?)

 

 軽く一分近く凍り付いてようやく動くことを思い出したものの、状況はさっぱり理解できなかった。だが今この三人を起すのは決して得策ではないことだけは瞬時に判断できたため、驚愕は何とか心の内で叫ぶだけに留められた。

 

(う、うん。一旦深呼吸して落ち着け、僕。こんなおかしな状況あるわけないじゃないか。きっとただの夢だよ、こんなの)

 

 しかしこんなおかしな状況が現実であるわけがない。きっとただの良い――もとい、悪い夢に違いない。

 なのでジャックは一つ深呼吸して落ち着こうとした。落ち着こうとしたのだが――

 

「ふふ……ジャックぅ……」

「ジャックさん……」

「ジャック……好き……」

(随分リアルな夢だなぁ!! まるで現実みたいな感触と温もりを感じるよ!!)

 

 ――まるで計ったようなタイミングで三姉妹が更に身を寄せてきた。身体の上の親指姫は子猫のように胸に頬擦りしてくるし、寄り添う白雪姫はジャックの右腕を更に深く抱きしめてくる。眠り姫に至ってはその豊かに過ぎる膨らみでジャックを窒息させようとしてきた。しかも三人とも無意識の行為なのか眠ったまま。

 胸やら腕やら顔やらを柔らかな温もりに襲われてしまえば、落ち着くことなどできるわけがなかった。

 

「……こんな夢を見るなんて、僕ちょっと頭がどうにかしてるみたいだ。少しその辺を散歩して頭を冷やしてこよう」

 

 現状を受け入れることを脳が頑なに拒否するので、考えることすら苦痛になったジャックはとりあえず散歩にでも出かけることにした。きっと頭を冷やして煩悩を振り払えば、戻ってきた時にはベッドに三姉妹がいるなどというおかしな夢は終わっていることだろう。

 とりあえず抱きついている左右の次女と三女の腕を苦心しながらも優しく外し、一旦抱え上げた長女の小柄な身体をその二人の間に横たえた。それぞれ可愛らしいネグリジェを身に着けている三姉妹が身を寄せ合って眠る姿にちょっとだけ邪な気持ちを抱いてしまったものの、何かやらかしてしまえば現実で本人と顔を合わせる時に居心地悪くて仕方なくなってしまうに違いない。

 故にジャックは特に何かするでもなく、眠る三姉妹は放っておいて散歩のためにごそごそと着替える。夢の中なのでどんな格好で外出したって問題は無いかもしれないが、何となく着替えた方が良い気がしたのだ。別に本当は現実だと分かっていながら頑なにそれを認めようとしていないわけではない。散歩もこのおかしな夢を終わらせるために頭を冷やすつもりなのであって、現実逃避のためのものではない。決して。

 

(どこに行こう……その辺ぶらぶらするだけっていうのも何だかつまらないし、屋上にでも行こうかな?)

 

 着替え終わったジャックはしばし行き先を考えつつ、ベッドにちらりと視線を注ぐ。もしかしたらもう消えているかもと期待を抱いていたものの、そこには変わらず眠る三姉妹の姿があった。ただ抱きつかれていたジャックがいた場所に寝かせたせいか、妹二人に左右からがっちり抱きつかれて親指姫はちょっと寝苦しそうだ。

 やはり外に出て頭を冷やさなければこの夢は冷めそうに無い。改めてそれを実感したジャックは一つ溜息をついてから部屋の扉に近づき、ノブに手をかけた。

 

「わっ……!?」

 

 その瞬間、力を入れてもいないのに勝手にノブが動いて扉が開く。きっとジャックが開ける前に向こう側で誰かが扉を開けたのだろう。

 こんな朝早くに一体誰が。そう思いながらも部屋の中を見せてはいけないと即座に判断し、ジャックは扉が僅かに開くなりその隙間に身体を押し込み部屋の外に出た。当然外から開けた人物はいきなり出てきたジャックに大層驚くだろうが、気にする余裕はどこにもなかった。

 

「あ、あれ? ハーメルン……?」

 

 扉の向こうで目を丸くして立っていたのは何とハーメルン。

 これは意外というか、なかなか不思議な状況であった。たぶんまだ誰も目を覚ましていないくらい朝早くだというのに、そんな時間にハーメルンがジャックの部屋を訪れようとしていたのだから。

 

(……何でシーツを巻いてるんだろう?)

 

 しかもその格好がちょっとおかしい。何故か身体にシーツを巻いているせいで、褐色の肌は首から下全てが白一色で覆い隠されている。

 普段は裸同然といった格好にボロボロのマントを羽織った姿でも平然としているハーメルンだ。ネグリジェ姿を見られた程度で恥ずかしがるとは到底思えないし、そもそも寝る時にネグリジェに着替えているかどうかもはっきり言って疑わしい。

 だがこの程度のおかしな状況、朝目覚めたら三姉妹がベッドにいたという状況のおかしさには敵わない。故にジャックの中ではハーメルンの格好についての疑問はすぐにどうでも良いことへと変わった。

 

「……ジャック。貴様、こんな所で何をしておる?」

(え? ここ僕の部屋なんだけど……)

 

 ジャックがハーメルンへの対応を決めたその時、先に向こうが口を開いた。それも自分の部屋から出てきただけのジャックを妙に恨みがましい瞳で睨みながら。何だか良く分からないがハーメルンはちょっと機嫌が悪そうだ。

 

「僕はちょっと外に散歩に行く所だよ。何か凄くおかしな夢を見ちゃったから、少し頭を冷やそうと思ってね。そういうハーメルンはどうしたの? あ、もしかして君も散歩?」

「そんなわけなかろう、この戯けが! 貴様の姿が見当たらぬから探しにきたのであるじょ! ……ぞ!」

「えっ? 僕の姿が見当たらないって、どういうこと?」

 

 ハーメルンの言葉に思わずジャックは首を傾げる。

 見当たらないとは一体どういうことだろうか。ジャックは昨晩普通にベッドに入り、先ほどまで普通に眠っていたというのに。訪ねて来たなら間違いなく部屋にはいたはず。今さっき勝手に部屋に入って来ようとしたハーメルンなら同じように勝手に入ってきただろうし、ジャックがいることは自体は分かったはずだ。

 

「どうもこうもないわ! ワレと契りを結んだことを忘れたか!? 眠りに付く時はワレが目を覚ますまで手を握り合っている約束であろう!?」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って!? 僕そんな約束結んだ覚え無いよ!?」

 

 首を傾げていると、返ってきたのは全く身に覚えの無い約束。

 そんな約束を結んだ覚えの無いジャックは当然それを伝えたのだが、ハーメルンはその答えに衝撃を受けたように瞳を見開いていた。

 

「何だと!? 貴様、まさかワレを抱いたあの夜の語らいを忘れたというのか!?」

「ごめん! 忘れたっていうかそもそもそんなことをした覚えが無いんだけど!?」

 

 そしてまたしても身に覚えのない出来事を語られる。しかもハーメルンの真っ赤な顔を見る限り、どう考えても文字通りのただ腕で抱きしめるという意味ではない。忘れていたらシャレにならないレベルの出来事を。

 しかしそんな覚えは一切無いししていないと断言できる。というかもし本当にしていたら忘れられるわけがない。

 

「なに!? ではワレと恋仲になったことはどうだ!? まさかそのような大切なことまで忘れてしまったとは言うまいにゃ!?」

「こ、恋仲!? だからそれも知らないよ! 一体何の話をしてるのさ、君は!?」

 

 更に息つく間もなく、新たな身に覚えの無い出来事を語られる。

 もちろんハーメルンと恋仲になった覚えなど欠片も無かった。というかそもそも恋とかそういうものを考えたこともないのだから当たり前だ。

 だがそんなジャックの答えにハーメルンの方は酷く衝撃を受けたらしい。どこか寂しさを感じさせる表情で絶句していた。

 

「ば、馬鹿な……ワレとの関係まで忘れておるだと……! くっ、一体どうしたというのだジャックよ!?」

「それはこっちの台詞だよ!? 一体どうしたのさ、ハーメルン!?」

 

 次から次へと畳み掛けてくるわけの分からない事態に、最早泣きたい心地でジャックは問う。

 起きたらベッドに親指姫三姉妹がいて、現実逃避に散歩に出かけようと思ったら今度は出合ったハーメルンが自分と恋仲だと主張してくる。もう何が何だか訳が分からないし、せっかく上手く現実逃避していたのに見事にそれを邪魔されてしまった。

 これも夢ならハーメルンの意味不明な言葉も納得できるが、さすがに一度現実に引き戻されてからでは再度逃避することはできなかった。もう一度夢だと思い込もうにも先ほど三姉妹に抱きつかれ頬擦りされたり胸を押し当てられたりした感触が生々しく肌に残っており、これは現実だと認識してしまった今は気になって気になって仕方が無かった。

 

「……一体何事? こんな朝早くから廊下で騒いでいるのは誰?」

「あっ、アリス……!」

 

 訳の分からない現実に引き戻され泣きたい心地のジャックであったが、ちょうどその時廊下にアリスが姿を現した。

 恐らくはジャックとハーメルンの声が煩くて目を覚ましてしまったのだろう。こんな朝早くに起してしまって申し訳なく思うし、自室の中でまだベッドにいるであろう三姉妹が目を覚ましてしまうのではないかと内心かなりひやひやしているものの、アリスの姿を見られたのは今朝から続く衝撃と驚愕の中で初めて安堵を覚えられた瞬間であった。きっとアリスならいつも通りのはずだから。

 

「アリス! 良かった、ちょうど良い所にきてくれた!」

「あら、ジャック。どうかしたの? 何だかとても追い詰められたような顔をしているわ」

 

 すぐさま駆け寄った所、アリスはとても心配そうな目を向けてきた。それだけ今のジャックは余裕が無い表情に見えたに違いない。

 

「実際ちょっと追い詰められてるよ! ハーメルンが少しおかしいんだ! 僕には告白した覚えもされた覚えも何も無いのに、僕の恋人だって言い張ってるんだ!」

「な、何だと!? あれほど熱くワレを求めておきながらそれを忘れたと言うのか!? おのれぇ、ワレをかりゃかうのも大概にしりょ!」

「だから僕にはそんな記憶無いってば! アリスも何とか言ってあげてよ!」

 

 あくまでもジャックの恋人だと主張するハーメルン。盛大に噛みまくりながらもそれに気を払う様子が無いのは、それだけ真剣な気持ちで口にしているからだろうか。

 しかしジャックにはそんな記憶はどこにもない。そんなことは絶対に無いが万が一ジャックが忘れているだけの場合は、きっとアリスなら真実を知っているはず。そう信じてジャックはアリスに助けを求めたのだ。

 

「やめなさい、ハーメルン。さすがに冗談が過ぎるわ。ジャックの恋人は私なのよ」

「……え?」

 

 だが聞き間違いでなければ、アリスまでもがハーメルンと同じ言葉を口にしていた。すなわち自分はジャックの恋人であるという、やはり身に覚えの無いことを。

 一瞬ハーメルンを諌めるために同じ冗談をついているのではないかと考えたものの、残念ながらそういうわけでもなさそうだった。横目で窺い見たアリスの表情はそうそう見たことが無いくらい冷たく研ぎ澄まされていたから。

 

「な、何を言うかお嬢! ジャックはワレの永遠の伴侶であるぞ! すでに心と身体で誓い合った間柄であるのだじょ!」

(か、身体で!? 嘘だ! そんなことがあったら絶対忘れるわけないじゃないか!)

「そんなことはありえないわ。だってジャックは、その……私に、誓ってくれたのだもの。正にあなたが言う方法で……」

(アリスまで何を言ってるんだ!? ていうかこれって本当に現実なの!?)

 

 頬を赤く染めながら言い合う二人の姿にジャックは自分の頬をめいいっぱい抓ってみたものの、現実だという痛みが得られただけで状況はさっぱり理解できなかった。ハーメルンだけでなく、まさかアリスまでもがおかしくなってしまったのだろうか。

 

「ありえにゃくにゃどにゃい! ワレは嘘などついておらぬぞ! お嬢こそ嘘を吐くのはやめるのだ!」

「私も一片たりとも嘘などついていないわ。だけど、そう考えるとおかしなことになるわね。私もあなたも嘘をついていないのなら、これは一体どういうことなのかしら……?」

「……まさか」

「えっ? な、何? 二人とも、どうしたの?」

 

 二人の視線が不意に自分へと向いたため、思わず一歩後退りしてしまう。ハーメルンの視線にはただならぬ怒りが、アリスの視線にはそこはかとない不安が滲んでいたから。

 

「ジャック……あなた、まさか――」

「――浮気、したのではあるまいな?」

「う、浮気!? 僕が!?」

 

 そして二人からかけられた言葉はやはり身に覚えの無いものだ。

 浮気した覚えどころか二人の内どちらかと恋人になった覚えも無いし、ましてや誰かに恋をした覚えも無いのだから当然である。そんな状態でどうやって浮気できるというのか。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 二人とも本当にどうしたの!? 僕は誰とも付き合ってなんて――」

「――あーもー、さっきから廊下でうるさいなぁ。一体何を騒いでるのさ?」

 

 ジャックが幾度目かも分からない否定をしようとしたその時、また新たな人物がその場に現れた。アリスもハーメルンもおかしくなってしまったが、きっとその人物は大丈夫だという信頼を抱ける人物――赤ずきんが。

 

「あ、赤ずきんさん!! 良かった、ちょうど良い所に!」

「わっ!? ど、どうしたの、ジャック? 何か凄く鬼気迫る感じの顔してるよ?」

 

 地獄に仏を見た心地で駆け寄った所、何やらアリスの時よりもかなり深刻そうな心配の色を見せられる。まあ助けが来たと思って安堵していたら実は同じようにおかしくなっていたのだから、余計にダメージを受けてしまった事実は否めない。

 

「もう僕も何が何だか分からないよ! 助けて赤ずきんさん! 僕にはそんな記憶これっぽっちも無いのに、アリスとハーメルンは自分が僕の恋人だって言って譲らないんだ!」

「あははっ、さすがはジャック。女の子にモテモテだね?」

(良かった! 何がさすがなのかは分からないけど、赤ずきんさんはまともみたいだ!)

 

 大体普段どおりの反応を見られたことで、ジャックはやっと心の底から安堵を覚えられた。これでもし赤ずきんまでおかしくなっていたらと思うと、全身に怖気が走りそうな心地である。

 

「それで何でこんな朝早くから修羅場なんてやらかしてるのさ、あんたらは。ジャックにはもう恋人がいるのは知ってるだろ?」

「あ、あれ? 赤ずきん、さん……?」

 

 しかし赤ずきんの全てを理解しているような表情と言葉に、徐々に全身に怖気が広がっていく。できれば勘違いであって欲しかったが、ジャックに恋人がいると断言する様子からは嫌な予感しかしてこなかった。

 

「好きで修羅場を演じているわけではないわ。それに私がジャックの恋人なのは本当のことだもの」

「そうだ! それにワレがジャックの恋人であるのも本当のことであるぞ! 故にワレらは今から浮気者のジャックに罰を与えねばならん! 赤ずきんは引っ込んでおれ!」

「……ジャック、それって本当なの?」

「えっと……本当って、何が?」

 

 二人の言葉を聞いて明らかに動揺した様子を見せる赤ずきんが、酷く不安げな瞳を向けてくる。それも普段の快活に笑う様子からは考えられないくらい弱々しさを感じる表情で。

 最早一周回って逆に落ち着きつつあるジャックは穏やかに言葉の真意を問いかけた。そして返ってきたのは――

 

「ジャックの恋人って、あたしだけじゃなかったの……?」

「やっぱり赤ずきんさんまで! もう何がどうなってるのかさっぱり分からないよ! 誰か助けて!」

 

 ――またしても自分がジャックの恋人だという、微塵も身に覚えの無いこと。

 一周回って落ち着きつつあったジャックだが頼みの綱の赤ずきんまでおかしくなっていることが確定したため、二周目に突入して再度驚愕と混乱に見舞われてしまった。

 

「ほう……ワレ以外に二人もの女子に手を出していたか。ジャックよ、覚悟は良いな?」

「ジャック、ちゃんと説明……してくれるのよね?」

 

 それに拍車をかけるのは目の前の二人が見せる感情。ハーメルンのただならぬ怒りと、アリスの途轍もない不安。まるで本当に自分の恋人が浮気をしたような反応であった。

 

『ちょっ!? 何で白雪とネムが私とジャックのベッドにいんの!?』

『お、親指姉様!? 違いますよ、ここはジャックさんと白雪のベッドです!』

『ジャックと……ボクの、だよ……?』

 

 おまけについに三姉妹も目を覚ましたらしく、自室からはジャックと同じ驚愕と混乱に満ち溢れた声が聞こえてくる。まあ眠り姫だけかなり落ち着いている感じはしたのだが、発言から察するにどうもあの三人も自分がジャックの恋人だと主張しているらしい。

 もう何が何だかさっぱり分からない。状況が全く飲み込めない。平穏な時間は一体どこに行ってしまったのだろうか。困り果てたジャックは最早現実逃避すら出来ず、ただただそれを嘆くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 




 まだ導入なのにすっごい酷い状況になっている……ちなみにアリスたちがこんな風になっているのは一応理由があります。ほぼこじつけですが。

 今回でメアリスケルターのカップリング三作目になりますが、今まで個別だったのに今回六人に纏めたのはリメイク1の都庁までをクリアして纏めるネタが思いついたからです。できればもっと早く思いつきたかったなぁ……。
 しかし半ば短編集に突入している親指姉様の方のお話はともかく、赤姉の方のお話はちゃんと終わらせたいです。あっちはこれからが良い所ですし。こっちはこっちでしかやれないこともありますしね、ふふふ……。
 


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ウィッチクラフト


 ジャックのハーレム話、その続き。 
 どうも勘違いしてしまった方がいるようですが、実はハーレムカップリングでも相手は六人だけなんです。大変申し訳ありません……ですがこの六人は容赦なくジャックとイチャつかせる予定です。
 今回は原因が明らかになる回……と言ってもタイトルが九割方原因を物語っていますけど……。



 合計六人もの血式少女が自分はジャックの恋人だと主張する謎の状況。

 それはどう贔屓目に見ても修羅場としか形容できない最悪の状況、しかもジャックには全く身に覚えの無い状況であったが、幸いなことに救いも存在した。

 何と騒ぎを聞きつけて起きて来た他の血式少女達は至ってまともだったのだ。誰もジャックのことを自分の恋人だとは言わず、そしておかしな六人の内の誰かがジャックと恋仲になったという事実も知らない。状況は好転していないが自分がおかしいわけではないと分かっただけでも、ジャックとしては救われた気分だった。

 それだけでも十分嬉しいというのに、皆も問題の六人が明らかにおかしいと分かってくれたのだ。そんなわけでひとまず問題の六人からジャックが隔離される形となり、それぞれ個別に事情を聞くという展開になった。

 

「――ていうわけなんだ。もう何が何だかさっぱり分からないよ……」

 

 なのでジャックは目覚めてからの出来事を可能な限り詳細に語った。目が覚めたら三姉妹がベッドにいたことから始まり、あの六人から隔離される瞬間までを丁寧に。

 語る相手はまともな血式少女の一人であり、そして前の世界では随分お世話になった相棒のおつう。語る相手におつうを選んだのはやはり相棒だからという理由もあるが、もう一つ切実な理由もある。何故なら頼りになる赤ずきんも幼なじみ故に気心の知れたアリスも、二人ともおかしくなっているため相談相手には出来ないからだ。

 

「……ジャック、君がそんな奴じゃないことは分かっているけど一応聞いておくよ。君は浮気がバレたことを必死に誤魔化そうとしていたりはしないかい?」

 

 最後まで黙って話を聞いてくれていたおつうが、真剣な顔つきでそんな問いを投げかけてくる。

 疑いは最もだがジャックにはそんな覚えは欠片も無い。なのでしっかりとその目を見つめ、真摯に答えた。

 

「誤魔化してなんてないよ! ていうか僕は告白した覚えもされた覚えも無いし、女の子と付き合ったことなんて一度も無いよ!」

「……つまり、男相手なら付き合ったことがあるということかい?」

「あるわけないよ!? ていうか、つうは真面目に話を聞いてたの!?」

 

 しかし返ってきた言葉があまりにも酷かったので、ジャックはつい目と鼻の先まで詰め寄ってしまう。

 その距離がちょっと問題だったのか、あるいはジャックがよほど余裕の無い顔をして見えたのか。おつうはちょっと気まずそうな感じで目をそらしてしまう。

 

「い、いや、すまない。君がかなり焦燥している感じだったから、緊張を解してあげようとしてみただけなんだ……」

「あ……う、うん。こっちこそ、ごめん……」

 

 気遣われてちょっとだけ心の平穏を取り戻したジャックは、すぐ目の前におつうの整った面差しがあることに気が付き居心地の悪さを覚えながら距離を取った。

 

(うーん……やっぱり、つうとの距離感は微妙に計りずらいっていうか、思った以上に近づいちゃうんだよなぁ……)

 

 前の世界の記憶を思い出した弊害なのか、おつうとの距離感はちょっと計り難かった。普通に仲間や友達としてお互い接していたならともかく、前の世界ではジャックは知性などほぼ無いナイトメアと化していた。おつうはそんなジャックの暴走を未然に防ぐために、部屋でもずっと一緒に過ごしていたのだ。

 そうなれば当然、仲間や友達にも見せない姿を見てしまう機会もあったわけで――

 

「――そ、そんなことより、一体アリスたちはどうしたんだろうね? 皆揃って僕の恋人だって言うなんて……」

 

 変なことを思い出しそうになったので、ジャックはすぐさま話題を変えた。というか話題を元に戻した。今のおかしな状況に比べればおつうとの距離感など極めて些細な問題である。

 

「そうだね。君をからかっているだけなら何も問題は無いだろうけど……」

「どう見ても皆本気だったよ。アリスもハーメルンも怖かったし、赤ずきんさんなんか凄く悲しそうな顔してたし……」

 

 皆の反応の中でも特に衝撃を覚えたのは赤ずきんの反応だ。身に覚えは無いがジャックが浮気をしていると思い込んだせいなのか、見たことも無いくらいに悲しげな顔をしていたのだ。その今にも涙を零しそうな悲しげな表情は、いつも快活に笑っている赤ずきんとは思えないほどに弱々しかった。

 そして赤ずきんには限らず、他の皆もそうそう見たことが無いほどに感情を露にしていた。あれが冗談の類だったなら皆あまりにも演技が上手すぎるし趣味が悪すぎる。尤も本当に冗談の類だったなら笑い話で済ませても良いくらい、ジャックは今の状況に困り果てているのだが。

 そんな風に困惑に支配されているジャックが一つ溜息を吐いた時――コンコン。部屋の扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

 まさかジャックの恋人を自称するあの六人の誰かが訪ねてきたのか。そう考えて咄嗟に身構えてしまうジャックに代わり、おつうが扉の向こうに声をかけてくれた。

 果たして扉を開けてその向こうから姿を現したのは――

 

「おつうちゃん。アリスさんたちのお話、聞いてきたよ?」

 

 ――恋人は恋人でもジャックではなくおつうの恋人、人魚姫であった。なのでジャックはほっと胸を撫で下ろし安堵することが出来た。

 隔離される寸前まで浮気に激しく怒っていたハーメルンや親指姫あたりが突撃してくるのではないかと肝を冷やしていたので、まずは一安心という所だ。少なくとも話をする程度にはあの二人も落ち着いているらしい。

 

「ご苦労様です、姫。それで、どうでしたか?」

「うん。それがね、アリスさんたちにはジャックさんの恋人になったっていう記憶があるみたいなの」

「ぼ、僕の恋人になった記憶?」

「うん。それもただ漠然とそうなっただけの記憶ってわけじゃなくて、しっかり細かい所まである記憶。ジャックさんに告白されたり告白したりって、人によって全然違うの。まるで本当に体験したことみたいに。恥ずかしそうにジャックさんとの恋を語ってくれるハーちゃん、可愛かったなぁ」

「恋を語るハーメルンか。それはちょっと見てみたい気もする……」

 

 その時のハーメルンの様子を思い出しているのか、人魚姫はこんな事態にも関わらず微笑ましそうに笑う。おつうも気になるのか現状に眉を寄せながらもちょっと興味を惹かれている様子だ。

 

(僕もちょっと気になるなぁ、ハーメルンのそんな様子……)

 

 まあ現状に尤も苦悩していると言って過言ではないジャックも気になるのだから当然かもしれない。はっきり言ってあのハーメルンが恋を語って恥らう姿は全く想像できなかった。

 

「でも皆話してる内に何だか変だってことに気がついたみたいで、本当はジャックさんの恋人じゃないってことを思い出してたよ? 恋人になった記憶は消えてないみたいだけど」

「……それはつまり、ジャックの恋人になった記憶と、そうじゃない記憶の二つを持っているということかい?」

「うん、大体そんな感じかな。まるで私たちみたいだよね、おつうちゃん。ジャックさん」

「僕たちと、同じ……」

 

 かなり困った状況だというのに、朗らかに笑いながら同意を求めてくる人魚姫。

 しかしながらジャックはそれを気にすることはなかった。何故なら人魚姫の発言で、この事態を引き起こした原因に思い当たることができたからだ。

 

(他に原因らしい原因なんて思いつかないし、そもそもこんな状況を引き起こせそうなものなんてたった一つしかない。やっぱり、アレが原因なのかな?)

 

 何となく原因を察したジャックがおつうに視線を向けると、向こうも同じようにこちらに視線を向けていた。予想通りの罪悪感に満ちた申し訳無さそうな表情で。

 

「……ジャック、僕は何だか原因が分かったような気がするんだ」

「奇遇だね、つう。僕も分かった気がするよ。だから先に言わせてもらうけど、つうたちは悪くないから気にする必要は無いよ?」

「あ、ああ。その、ありがとう、ジャック……」

 

 先回りして謝罪の必要は無いと伝えることで、おつうのそんな表情は払拭された。まあお礼を言うのが恥ずかしいらしく、代わりにちょっとだけ顔は赤かったが。

 おつうがジャックの言葉を受け入れたということは、恐らくお互いに同じ結論に至ったということに違いない。少なくともあの六人がおかしくなってしまったわけではないことが分かり、ジャックはそこはかとなく安堵した。

 ただ原因まで思い至ったのはジャックとおつうだけだったらしい。人魚姫はちょっとだけ不満げに頬を膨らませると、主におつうに睨むような視線を向けていた。

 

「もうっ、二人だけで頷いてないで私にも教えて欲しいな? おつうちゃんとジャックさん変な風に通じ合ってるから、私ちょっと妬いちゃうかも?」

「心配ご無用ですよ、姫。ジャックはただの相棒で、僕の一番は他ならぬあなたなのですから」

「ふふっ。ありがとう、おつうちゃん。それで結局何が原因なのかな?」

 

 人魚姫に問われた後、おつうが一瞬ジャックに視線を向けてくる。気にする必要は無いと言ったものの、やはりおつうとしてはどうしても罪の意識を覚えてしまって話しにくい事柄なのかもしれない。一瞬こちらに向けられた表情には僅かだが罪悪感が残っていた。

 

「……たぶん、あの白い核――ウィッチクラフトが原因だと思うんだ」

 

 なので代わりにジャックが答える。念のためおつうに視線を向けてお互いの予想が正しいかどうかを擦り合わせようとした所、小さな頷きが返ってきた。やはり同じ考えに至っていたに違いない。

 

「それって私を蘇らせて、おつうちゃんを人間の姿にした核のことだよね? その願いを聞き届けて消えちゃったんじゃなかったのかな?」

「確かに核自体は消えたよ。でも生育環境の悪いこっちのジェイルのただの核でも、マモルたちを転生体として蘇らせるほどの力があったんだ。だからたぶん、姫を蘇らせても周囲にはまだ力の残滓が漂っていたんだろうね。それがあの場にいた強い想いを持つ者たちに引き寄せられて……」

「うん。僕もたぶんそんな感じだと思ってる」

 

 人魚姫の疑問におつうが答え、やはり同じ考えに至っていたことにジャックは頷く。

 想いを擬態化させ願いを叶えるということは、想いや願いに引っ張られることに他ならない。純粋かつ強い願いや想いを抱えている人間がいれば、むしろ向こうからそれらを叶えに来てくれることだってあるのだ。ちょうど前の世界で人魚姫を庇ったジャックが地下洞窟で死にかけていた時、力の無さを嘆く余りに核の弦を引き寄せてしまったように。

 破壊されていない核とすでに願いを叶えて消えた核とでは状況が違うが、問題となっている核は世界すら塗り替えるほどの力を持つ最大級の核だ。願いを叶えた後周囲に散った力の残滓でも、小さな願いを幾つか叶えること位できてもおかしくはない。

 そんな小さな願いを本人達の意思に関わらず幾つか叶えた結果、それがジャックと恋人になった記憶を持つアリスたちなのだろう。状況から考えるに皆願いの大元に存在する想いも同じ。その想いとは恐らく――

 

「そうなんだ。じゃあ強い想いっていうのは、ジャックさんへの恋心なんだね?」

「う……」

 

 ――人魚姫が微笑ましそうに口にした通り、ジャックへの恋心だ。考えが同じだと分かって安堵を覚える反面、ジャックは気恥ずかしさに視線を逸らしてしまう。

 勿論ジャックは皆が自分に恋していると考えるほど自惚れてはいない。だが状況からするとそう考えた方が非常にしっくり来るのだ。

 

「恐らくウィッチクラフトの力の残滓はジャックへの強い想い――恋愛感情に引かれて、アリス達の身体に宿ったんだ。そして本人たちは意識していないだろうけど、力はできる限りそれを叶えようとした。だけど所詮は残滓、すでに世界を塗り替えるほどの力は無い。だからウィッチクラフトの力は――」

「――自分自身の記憶を擬態化させた。どこか別の世界にいる、僕と結ばれた自分自身の記憶を……僕の考え間違ってるかな、つう?」

「いいや、僕と全く同じだよ。きっと力の残滓では本人達の記憶を擬態するのが精一杯だったんだろう。それでも別の世界の記憶を持ってくるあたり、ウィッチクラフトの力は伊達じゃないってことだね……」

 

 額に手を当てつつ嘆息するおつうの姿に、ジャックも同じく嘆息する。

 できれば外れていた方が良かったのだが、予想は細かい所まで見事におつうの考えと重なっていた。ジャックへの恋心を持つ少女達が、ウィッチクラフトの力の残滓によってその想いを中途半端に成就させられてしまったという展開と。

 正直なところ誰かと結ばれた別の世界が存在するかどうかは非常に疑わしいのだが、前の世界というものは実際に存在したのだ。平行世界くらい存在していたって今更ジャックは驚かない。

 

「これから僕、アリスたちにどう接すれば良いんだろう……」

 

 アリスたちの頭の中にあるジャックと恋人になった記憶は、妄想や想像によるものではなく本物の記憶。別の世界での記憶とはいえ、ジャックと恋に落ち、愛を育み、ハーメルンの言葉から察するに大人なことまでしているらしい記憶だ。

 そんな記憶を抱えている相手、それも元からジャックにかなりの恋心を抱いているらしい相手と、これから一体どんな風に接していけば良いのか。まず間違いなく今まで通りとはいかないはず。だからこそ落胆と不安にジャックは弱音にも似た呟きを零してしまった。

 

「本当に皆と恋人になっちゃえば良いんじゃないかな? 少なくともアリスさんたちはそのつもりみたいだよ?」

「ええっ!? こ、恋人って、六人全員と!?」

 

 しかしさらりと言ってのける人魚姫の言葉に、これまで以上の驚愕と衝撃を覚えてしまう。提案そのものも勿論のこと、そんな提案をごく当たり前のことのように平然と口にする人魚姫の豪胆さにも。

 

「うん。だって皆ジャックさんと幸せに過ごした記憶があるのに、一人だけなんて可哀想だよ。その、ジャックさんたちは私とおつうちゃんよりも深い関係だったみたいだし……」

「なっ!? そ、それは聞き捨てなりませんよ、姫! 僕たちだって負けず劣らずの関係のはずです!」

 

 僅かに頬を染めて言葉を濁す人魚姫に対し、おつうが自分たちの関係の深さを主張する。自分たちだって負けていないと声高に主張する姿はなかなかに迫力があった。

 だが恐らくおつうは誤解している。人魚姫は精神的な繋がり云々の話ではなく、肉体的な繋がり云々の話をしていたのだ。

 

「えーっと……実は、そうでもないみたいなの。おつうちゃん、ちょっと耳を貸してくれるかな?」

「……なっ!?」

 

 その証拠に頬を染めた人魚姫が何事か耳打ちした所、おつうの顔は途端に真っ赤に染まっていた。

 一体何をどのように耳打ちしたのかはジャックには分からないことだが、アリスたちの記憶の中で自分が彼女達とどんな関係だったかは薄々察することが出来る。ハーメルンの爆弾発言や三姉妹がジャックのベッドを自分たち二人のベッドと主張していた辺り、それなりの爛れた関係だった可能性は否めない。

 

「そ、そういうわけなの。私も最初に聞いた時は凄くびっくりしちゃったな……」

「じゃ、ジャック……! 君という奴は、予想外にケダモノだったんだな!」

「身に覚えが無いのにそんなこと言われても困るんだけど……」

 

 顔を真っ赤に染めたおつうに失望を含んだ睨みを向けられるものの、一切の記憶も無ければ実際に行ってもいないジャックにとっては明らかな冤罪であった。それなのに容赦なくケダモノ呼ばわりされてしまい、さすがに反応に困ってしまう。

 

「えっと……それはともかく、私はジャックさんなら皆幸せにできると思うな?」

「そ、そうだね。僕の知っているジャックは愛する者たちを守るために、自分を引き裂くような奴だったからね」

「ええっ!? い、いや、それとこれとは状況が違うんじゃ……!」

 

 ケダモノ呼ばわりしてきたおつうもそこは人魚姫と同意見のようで、一つ咳払いをしてから前の世界の出来事を引き合いに出してくる。

 確かにそんなこともあったがそれとこれとは状況が違い過ぎる。あちらを建てればこちらが建たず、こちらを建てればあちらが建たない二律背反な状況なのは似ているものの、核など無い以上ジャックに求められているのはあくまでも現実的な対応だ。六人全員と交際するなどという対応は現実的というよりはふざけているとしか思えなかった。

 

(だけど……別の世界の僕とそういうことをしていた記憶を持ってるってことは、皆ある意味僕に辱められたってことだよね? しかもつうの反応を見る限りだとかなり濃厚っていうか、かなり頻繁っていうか……)

 

 しかしそれを考えるとジャックに選択権は無いように思えた。

 ジャックと恋人だったらしい別の世界のアリスたちならともかく、この世界のアリスたちはまだ仲間や友人という関係に過ぎなかった。にも関わらずジャックとアレコレした記憶を得るなど、アリスたちからすればいきなりジャックに手酷く乱暴されたようなものに違いない。例え元々ジャックへの恋心を抱いていたとしてもだ。

 

(別の世界の僕がやったことでも、男ならやっぱり……責任を取るべきだよね?)

 

 ジャック自身は潔白だと断言できるのだが、誠実な人間なら責任は取って然るべきだろう。ここで何の責任も取らなければ、自分に恋心を抱いている少女達の想いに付け込み骨の髄まで犯し尽くしたようなものなのだから。

 例えありえないくらいふざけた対応だとしても、それをアリスたちが望んでいるなら。ジャックは覚悟を決めた。

 

「……人魚姫さん、皆はもう本来の記憶を思い出したんだよね?」

「うん。ちゃんと思い出したみたいだよ。ジャックさんの恋人になった記憶はしっかり持ってるみたいだけど」

「君に辱められた記憶もね、ジャック……」

 

 だがその前に確認しておかなければならないことがあるためもう一度今の皆の状態を尋ねてみた所、先ほどと同じ答えが返って来た。ついでにおつうによる恥ずかしさと罪悪感を覚える補足まで。もしかするとおつうも言外に責任を取れと言っているのかもしれない。

 

「……うん、分かった。それじゃあアリスたちと話してみるよ。僕の恋人になりたいっていう気持ちは別の記憶に引きずられてるだけかもしれないから、その確認をしておきたいんだ」

 

 改めて覚悟を固めたジャックは、皆の気持ちを確かめるために話をしてみることにした。

 人魚姫によるとアリスたちは皆一緒に恋人にして欲しい的なことを言っていたようだが、正直なところ自分で確かめなければ納得できない。

 それにもしかしたら皆はジャックに恋心を抱いていたわけではなく、別の世界の記憶に引っ張られてそう錯覚しているだけかもしれないのだ。尤もその場合は想いが無いのに願いが叶ってしまったという矛盾に陥るため、こちらは可能性が薄そうだが。

 

「じゃあ、引きずられてるわけじゃなかったらジャックさんは皆と恋人になるの?」

「そ、それは、まあ……僕はそのつもりだよ。どこかの世界の僕がやったことの責任を取れるのは、僕しかいないわけだしね」

「それでこそ僕の知るジャックだ。健闘を祈ってるよ、ジャック。願わくば君が彼女達と幸せな関係を築けることを。そう、まるで僕と姫のようなね?」

 

 関係の深さで負けたことが悔しかったのか、最後に自信満々に付け加えてくるおつう。そんな微妙に負けず嫌いな所に微笑ましさを覚えて笑うジャックを、二人はにこやかな笑みで送り出してくれた。

 これから六人もの恋人を作りに行く罪深いジャックを、応援するような優しい笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。皆ジャックさんの恋人になれると良いね、おつうちゃん」

 

 ジャックが部屋から去った後、おつうににっこりと微笑みかけてくる人魚姫。

 六人もの少女が同時に一人の少年の恋人になれることを願うのは何かがおかしい気がしたものの、純粋に皆の幸せを願っている故の言葉なのはその微笑みを見ただけで分かった。

 

「うん、僕もそう思うよ。前の世界では僕のせいで皆を不幸な目に合わせてしまったから、できればジャックたちには幸せになって欲しいからね」

「もうっ、おつうちゃんったらまたそんなこと言って……」

 

 同意するも思わず罪の意識まで口にしてしまったせいで、僅かに頬を膨らませた人魚姫に睨まれる。しかしそんな風にちょっぴり怒りを露にする様子も可憐で可愛らしく、思わず頬を緩ませてしまうおつうだった。

 

「あ、そうだ。ねえおつうちゃん、私ちょっと気になってることがあるんだ」

「何でしょう、姫? この僕に答えられることならば、何でもお答えしますよ」

「アリスさんたちはジャックさんへの恋心が原因で、ウィッチクラフトの力の残滓を引き寄せちゃったんだよね? それで想いが中途半端に実る形で、ジャックさんと結ばれた別の世界の自分の記憶を持っちゃったってことで良いんだよね?」

「ええ、その認識に間違いはありませんよ」

 

 人魚姫の確認にこくりと頷く。

 確固たる証拠があるわけではないのだが、状況から言ってそれしか原因が考えられないのだ。そうでなければ別の世界の記憶を得たりすることなどあり得ないのだから。

 

「じゃあ、アリスさんたちの他にもジャックさんに恋してる子はいるのかな? 残った力で願いを叶えられたのは六人分だけで、叶わなかっただけの子がいても不思議じゃないよね?」

「それは――」

 

 疑問を投げかけられ、おつうは言葉に詰まってしまう。何故なら目先の問題であるアリスたち六人のことを考えるあまり、完全に失念していたからだ。

 六人の想いを中途半端に叶えた力は所詮は残滓。そしてジャックは同時に六人もの少女に想いを寄せられていた。それなら想いを叶えるほどの力が残っていなかっただけで、あの六人以外にもジャックに想いを寄せている少女がいたとしても何ら不思議ではない。

 

「――可能性はありそうだね。力の残滓で願いが叶ったのは六人だけど、あのハーメルンまでもがジャックに恋をしていたんだ。シンデレラやグレーテルあたりがジャックに恋愛感情を寄せていたとしても、僕はもう驚かないよ」

「やっぱりそうかもしれないんだ。ジャックさん、凄くモテモテだね?」

「全く、ジャックは予想外にケダモノな奴だったんだな。そんな奴だとは思わなかったよ……」

 

 くすくす笑う人魚姫の様子を横目に眺めつつ、おつうは思い出し笑いならぬ思い出し怒りを覚える。

 先ほど人魚姫から耳打ちされたのはハーメルンが恥じらいながらも話してくれたという、ジャックとハーメルンの大人な関係についてだ。一応ぼかして伝えられたものの、かなり頻繁かつ濃厚なものなのは疑いようも無かった。おつうもまさかそこまで深い関係だとは思っていなかったため、驚きのあまりケダモノ呼ばわりすらしてしまった。

 

(と言っても、本当の所は姫に耳元で囁かれてちょっとドキドキしたのも原因かもしれない……)

 

 ぽっと頬を染めた人魚姫に、少し大人な内容の話を耳元で囁かれる。そんなことをされて平静でいられるわけがなかった。ジャックへの言葉が多少キツくなってしまったのはどちらかと言えばそれが原因である。

 尤も正直に言えるわけもないし、ジャックがケダモノなのは事実のようなので今更訂正する気は無いが。

 

「……そう言うおつうちゃんは、どうなの?」

「ど、どう、とは? どういう意味ですか、姫?」

 

 しかし何か思うところがあるのか、人魚姫が尋ねてくる。それも可憐にも頬を赤らめながら。

 唐突だったので反射的に尋ね返してしまったものの、その表情で何を言わんとしているのかは自然と察せた。

 

「その、おつうちゃんはケダモノって言ってるけど、大好きな人ともっと深く繋がりたいって思うのは当然のことだよ。それで幸せになれて、き、気持ち良くなれたりするなら、なおさらだと思うな?」

「た、確かにそうですが……」

 

 愛する人にもっと触れたい。心も身体ももっと深く繋がりたい。そういう気持ちは十分に理解できるし、おつうもそれを否定したわけではない。

 しかし愛する人魚姫に耳元でエッチな話を囁かれたせいでドキドキして、それを隠すためにジャックに当たったとは言えるわけもなかった。故におつうはそこで言葉に詰まり、何も言えなくなってしまう。

 

「おつうちゃんはそういうこと、興味ないの? 私の身体じゃあ、そんな気にならないのかな?」

「い、いえ、そんなことはありません! 僕だって叶うならば一糸纏わぬ姫のお身体を眺めたり触れたりしてみたいです!」

 

 だが愛する人魚姫の美しい面差しが不安に曇ったため、反射的にそれを払う言葉を口にしてしまう。何も考えずに本音を、しかも力いっぱい。

 

「……あ、ああぁぁぁぁぁ!?」

 

 一拍置いて自分が口にした言葉に気が付くも、すでに後の祭りであった。ちょっとした羞恥の叫びを上げてしまうおつうの前で、全てを聞いた人魚姫は一層頬の赤みを深めていた。

 

「そ、そうなんだ。良かった、私お嫁さんなのに魅力的に思われてなかったらどうしようかと思ってたよ……」

 

 しかし恥ずかしそうではあるものの、そこはかとなく嬉しそうでもある。

 人魚姫からすれば愛する王子様に魅力的だと言われたのに等しいのだから当たり前かもしれないが、その王子様の台詞はだいぶ欲望に塗れていたような気がする。この反応からするとそれでも構わないと思われるくらい、おつうは愛されているようだ。

 

「と、とにかく! 僕たちはジャックが頑張っている間に他の皆に事情を説明しにいこうか! グレーテルあたりは原因に察しがついていそうな気もするけどね!」

「うん、そうだね。それじゃあ行こっか、おつうちゃん」

 

 欲望塗れの本音を晒した気恥ずかしさを、話を変えることで全力で振り払う。

 蒸し返されたら余計に気恥ずかしくなりそうだが、幸いと言って良いのか人魚姫はくすりと笑っただけで特に蒸し返したりはしてこなかった。

 ただしその代わり――

 

「――おつうちゃん、私はいつでも大丈夫だからね?」

「なっ……!?」

 

 ――耳元で意味深な言葉を囁いてきた。実に甘美で至福に満ち溢れた、誘惑染みた言葉を。

 

「ひ、姫っ!? 今のは一体、どういう意味で……!?」

「ジャックさんたちが恋人同士になったら皆びっくりするだろうなぁ。ほら、早く皆の所に行こう、おつうちゃん?」

「ああっ!? お、お待ちください、姫!」

 

 あまりの衝撃に再び尋ね返すものの、人魚姫は答えずおつうの手を引っ張るようにして歩かせる。その様子はいつも通りで特に変ったところはどこにも無い。

 もしや先ほどの囁きは幻聴だったのだろうか。自分の欲望が産みだした都合の良い妄想だったのだろうか。ジャックをケダモノ呼ばわりしておきながら、そう疑わずにはいられないおつうであった。

 

 

 





 想いを叶える力って便利ですね、ネタ作り的な意味で。だいぶこじつけな気がしないでもないですけど。
 なお、リメイク版の余章基準なので当然おつうと人魚姫の夫婦もいます。機会があればこの二人もイチャつかせてみようかなと思っています。百合は書いたことないので勉強にもちょうど良いですし。
 次回、ハーレム形成のお話。しかしハーレムなのに何度見返してもジャックが幸せそうに見えないのは何故なのか……。




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ハーレム形成


 タイトルが全てを物語る回。これでイチャラブの前準備がほぼ整う回です。
 言っても仕方ありませんが、やっぱりこの展開をもっと早くに思い浮かべられなかったことが悔やまれます。ジャック×赤ずきんはある意味こっちの方が話が進んでいますし……。



(うぅっ、何か凄く緊張するなぁ……)

 

 おつうと人魚姫の応援を受けて部屋を出たジャックは、別の世界の記憶を得てしまった六人が隔離されている部屋の前に立っていた。

 しかし中に入る決意は未だに固まっていない。とはいえそれも仕方が無いこと。中にいる六人はジャックと恋に落ち、愛を育み、あまつさえ大人な触れ合いを重ねたであろう記憶を持っているのだ。ジャック自身に記憶が無いとは言え、果たしてどんな顔を見せれば良いものか皆目見当が付かなかった。

 

(……悩んでても仕方ないか。覚悟を決めろ、僕!)

 

 答えは出そうに無いため、やがてジャックは諦めの混じった覚悟を決めた。

 そうして扉を軽くノックしてから、押し開けて中へと足を踏み入れる。目に入ってきたのは当然ながら部屋の中にいた六人の姿。ベッドに腰かけた親指姫三姉妹に、椅子に腰かけたアリス。壁に背を預けて立っている赤ずきんに、床に座り込んでいるハーメルン。

 手持ち無沙汰だったのか皆それぞれ待ち方に違いがあったものの、部屋に入ってきたジャックへの反応は皆同じであった。

 

「――ジャック!」

 

 安堵にも近い喜びを感じさせる表情で皆がジャックの名を呼ぶ。それも見間違いでなければ瞳さえ輝かせながら。

 アリスたちからすると訳の分からない状況に不安を感じていた所に大好きな恋人が来てくれたのと同じ状況のはずだ。そんな反応も仕方ない。

 

「……あ」

 

 ただし人魚姫が言うには、皆は自分の本当の記憶もしっかり思い出している。だからこそ皆すぐに罰が悪そうな顔をして視線を逸らしてしまったのだろう。今さっき皆がジャックに向けてきた熱い視線は、明らかに仲間や友達や幼なじみに向けるものではなかったから。

 

「え、えっと……その、何から話せば良いのかな……」

 

 そんな複雑そうな顔をする六人を前に、ジャックは何とか状況の説明をしようとする。

 しかしそれは皆が胸に抱えているジャックへの想いを暴き立てることに他ならない。それも同じ気持ちを抱いている五人と、他ならぬジャックの目の前で。なのでさすがに話を始めるのには躊躇いがあり、結局ジャックも無言で視線を逸らしてしまった。

 

「ジャック……一つ、聞いても良いかしら?」

「えっ!? あっ、ど、どうしたの、アリス?」

 

 皆が気まずい沈黙に口を閉ざす中、不意にアリスが声をかけてくる。得てしまった記憶の内容故にジャックと顔を合わせるのはやはり気まずいのか、ちょっと頬を赤く染めながら。

 

「その、私たちに別の世界の記憶があるのは、あの白い核……ウィッチクラフトが原因と考えて良いのよね?」

「あ、うん。たぶん、そうだと思う。つうも僕も同じような考えだったからね」

 

 どうやらアリスも原因の見当はついていたらしく、自分の考えが正しいかどうかを尋ねてきた。聡明なアリスなら原因に思い至っても不思議ではないが、まさか本当に自分で結論に辿り着くとは。

 

「それならすでに皆にも同じ話をしてあるから、おおよその状況はすでに掴めているわ。というよりも今の私たちの状況を説明できるものがそれしかなかったから、思いついた私が待っている間に皆に話しただけなのだけれど……」

「そ、そうなんだ。でも助かったよ、ありがとうアリス」

「どういたしまして。ジャックの力になれたのならとても嬉しいわ。ふふっ」

 

 驚きと感心を覚えながらお礼を言うと、アリスはとても嬉しそうに顔を綻ばせる。

 難しい状況説明を済ませてくれたのは実に有難いことだ。しかしジャックの力になれた程度でいっそ幸せそうなくらい嬉しそうにしているのは、やはり恋人だった記憶に引っ張られているせいなのだろうか。それとも――

 

「でも、どういう想いが原因でそうなったかっていうことは分かってるの……?」

 

 ――記憶を得る前からジャックに恋をしていたからか。いずれにせよそこは確かめなければならないので、まずはアリスにその問いを投げかける。

 これにはさしものアリスも頬の赤みを深めて視線を逸らしたものの、その反応は一瞬だけ。もう一度こちらに向けられた金の瞳には、ある種の決意や潔さが浮かんでいた。

 

「……恋心、なんだと思うわ。今まではこれが恋心だとは気が付かなかったけれど、この記憶を得たことでそれが分かったの。あなたとずっと一緒にいたい。ずっと隣であなたの笑顔を見ていたい。私があなたに抱いていた数々の気持ちが、恋愛感情なのだということに……」

「あ、アリス……」

 

 そうして返ってきた答えは、間違いなくジャックへの告白であった。それもかなり真摯で真っ直ぐな告白。そんな風に想われている喜びに心臓はうるさいくらいに速く鼓動し、ジャックは二の句が告げなくなってしまう。

 

「え、っと……それは、他の皆も同じなの?」

 

 しかしここで終わらせてはいけない。気持ちを確認するべき女の子はまだあと五人いる。故にジャックはアリスから視線を外すと、残りの五人の姿を瞳に収めた。程度に差はあれ顔を赤くしながらも、アリスの告白に勇気を貰ったかのような決意に満ちた表情の五人を。

 

「たぶん、あたしは同じだよ。あたしも恋とか良く分かんなかったけど、この記憶のおかげでそうなんだって分かった感じかな……」

「し、白雪は、そのぉ……以前から分かってはいたんですけど、勇気が無かったと言うか……うぅ……!」

「ん……ボクも、前から……!」

「ワレはまず恋というものが何かも知らなかったのだが、この別世界の記憶とやらのおかげで完璧に理解してしまったぞ。ワレは間違いなくジャックに恋しているのだということにな」

(うわぁ、やっぱり! しかもハーメルンまで!?)

 

 そして赤ずきんを皮切りに、皆次々に胸の内の気持ちを吐露して行く。今回のことでジャックに抱いている気持ちが恋愛感情だと気付いた、あるいは以前から恋愛感情を抱いていたと。

 何人もの少女たちに想いを寄せられていた事実も驚きだが、ハーメルンが恋をしているという状況にも驚きだ。別の世界のジャックは一体どんな経緯を辿ってハーメルンと恋仲になったのだろうか。というか何故未だにシーツを身体に巻いているのか。

 

「私は違うわよ!? べ、別に私は、ジャックなんかに恋なんてしてないんだからね!」

 

 しかし驚愕に固まっていたのも束の間、唯一親指姫だけはジャックへの恋を否定していた。怒りか恥じらいか顔を真っ赤にして、小生意気に踏ん反り返って。

 

(親指姫は違うのかな? でも照れ屋で素直じゃない所もあるし、もしかしたら認めるのが恥ずかしいだけとか……?)

 

 天邪鬼な所がある親指姫の事なので、もしかしたら自分の気持ちとは正反対のことを言っているのかもしれない。別の世界の記憶を得てしまった他の五人が揃ってジャックに想いを寄せていた辺り、むしろその可能性の方が高そうだ。

 ただジャックは皆にモテモテだと自負している自惚れ屋ではないので、いまいち判断を付けられなかった。

 

「そうなんだ……そ、それじゃあ、本当に僕と恋人になりたいって人は、いるのかな……?」

 

 なので親指姫の本音に関してはひとまず後回しにして、最も重要なことを皆に尋ねる。すなわち本当に自分と恋人になりたいのか、ということを。

 普通に考えればこんな言い方をされて恋人になりたいと言う女の子はいないだろう。実際ジャックの言葉に誰も手は上げなかった。上げはしなかったが、皆は他の少女たちと不安げに視線を向け合っていた。まるで他の皆のことを考えたため、手を上げることに躊躇いを覚えているかのように。

 ここにいるのは皆心優しい少女たち。だからこそ例え本当にジャックの恋人になりたいと思っていても、自分一人だけ幸せになるような真似はしたくないのかもしれない。ならばやはりこれも言っておかなければ。

 

「こんなこと聞くのはどうかと思うんだけど、君たちはただ僕と恋人だったってわけじゃなくて、その……大人なこともいっぱい、してたんだよね?」

「……っ!」

 

 その問いを口にした瞬間、六人の顔が今までで一番真っ赤に染まる。もちろんハーメルンも含めてだ。答えが無くともその反応だけで容易に察することが出来た。

 

「な、何てこと聞きやがんのよあんたは!? そんなこと聞くとか正気なの!?」

「ご、ごめん! 聞いておいた方が、僕も決心がつくと思ったんだ……僕には身に覚えの無いことだし、別の世界の僕がやったことだけど……君達からすれば僕に辱められたようなものだから、責任はちゃんと取りたいんだ。一人じゃなくて、皆の責任を」

「……皆、一緒に……もらって、くれるの……?」

 

 誠意を込めた言葉に最初に反応したのは眠り姫。ちょっと意外そうな表情と言葉から察するに、やはり自分一人だけでは手を上げるのに躊躇いがあったようだ。

 

「う、うん。僕はそのつもりだよ。君たちがそんな関係でも良いって言ってくれるならの話だけど……」

 

 あまりにも偉そうで上から目線の発言に自分で罰が悪くなってしまうジャック。今から六人もの少女を同時に恋人にしようとしているのだから、本当なら偉そうとかそういうレベルの話ではない。

 皆ジャックの言葉に再び顔を見合わせていたが、先ほどとは異なり誰の顔にも不安は浮かんでいなかった――白雪姫以外は。

 

「あ、あの、ジャックさん。一つだけ、お聞きしても良いですか?」

「うん。何が聞きたいの?」

「白雪たちのジャックさんへの想いは、もうバレてしまったみたいですけど……ジャックさんの方はどうなんでしょうか? 白雪たちのことは、どう想っていますか……?」

 

 不安を浮かべたまま尋ねてくる白雪姫。その内容に皆感じるところがあるに違いない。全員が再び表情に不安を浮かべ、ジャックに視線を向けてきた。

 相手が一人なら自分も好きだと答えればそれで安心してくれることだろう。だが今ジャックに不安の揺れる瞳を向けて来ているのは計六人。六人とも好きだと言っても信じてもらえるかどうかは疑わしい。

 それにジャックは今からその六人と恋仲になるつもりなのだ。事情はどうあれそんな不誠実極まりない関係になろうとしているのだから、他の所では誠実さを見せなければならない。

 

「僕は……正直な所、良く分からないや。恋愛なんて考えたこともなかったから。もしかしたら僕が気が付かないだけで君たち全員に恋してるのかもしれないけど、君たち以外の誰かに恋してるってこともあるかもしれないし……」

 

 だからこそジャックは正直な気持ちを包み隠さずに答えた。そもそも恋愛に関して考えたことが無いと言う事実も、アリスたち以外の誰かに恋をしている可能性もあるという事実も。

 この答えに皆少々複雑そうな顔をしていたものの、一人だけ逆に安堵の表情を見せた少女がいた。それは頼りになる皆のお姉さんである赤ずきんだ。

 

「あははっ、どこのジャックも言うことは同じだ。変わらず正直で何か逆に安心したよ」

「えっ? な、何が?」

「あ、気にしないで良いよ。あたしの独り言だからね、独り言」

(そんな表情されると凄く気になるんだけど……)

 

 安堵を見せたかと思えば、今度はおかしなニヤニヤ笑いを向けてくる。馬鹿にされている、というよりはどちらかといえば微笑ましそうな感じの。

 尤もジャックには赤ずきんと恋人になった世界の記憶は無いので、どうしてそんな笑いを向けてくるのかはさっぱり分からない。本人が口にした通り、ジャックが変わらず正直だから安心したというのだろうか。

 

「でもさジャック、そんな無理に責任なんか取らなくて良いんだよ? そりゃあ変なこといっぱいされた記憶があるからどうせなら取って欲しい気持ちはあるけど、あんたの意思をないがしろにはしたくないよ……」

「確かにワレらに何か不満がある状態で無理やり責任を取らせるのは正しくない気がするな……その、アレだ。やはりお互い合意の上が一番良かりょう……」

 

 頬を染め、もじもじと恥ずかしそうに悶えながら言う赤ずきんとハーメルン。こう言ってはかなり失礼だがこの二人がとても女の子らしく恥ずかしそうに悶える姿は、ジャックにとってはかなり衝撃的であった。

 

(恥ずかしがる赤ずきんさんもハーメルンも、何か凄く可愛いな……)

 

 そしてかなり胸を高鳴らせる光景でもあった。強くて格好良い様子ばかりが目立つ赤ずきんと、生活環境故に多少常識に欠けているハーメルンがここまで女の子っぽく恥らう様子を見せているのだ。ギャップが凄くてジャックの心臓はうるさく高鳴っていた。

 二人のこんな可愛さを見せられてしまえば、それぞれの世界で恋人に選んだ理由も多少は納得である。まあどういった経緯で恋人になったのかは知らないので、本当の所は良く分からないが。

 

「別に僕だって流されたりしてるわけじゃないし、不満があるわけでもないよ。だって皆凄く可愛い女の子だから喜べることは幾つでもあるけど、不満なんてどこにもないしね。正直に言わせてもらうとこんなに可愛い女の子たち皆と恋人になれるなら、喜んで責任を取らせてもらいたいくらいだよ……」

 

 ジャックの意思を知りたい少女達に、そんな本音を投げかける。決して嫌ではない、むしろとても嬉しいのだということを。

 だいぶ不誠実極まりない本音だが男なら多分仕方ない気持ちだろうし、何よりこれを伝えなければジャック自身の気持ちが蔑ろになっているとずっと皆を悩ませかねない。なのでちょっとくらい軽蔑されるのは覚悟でこの本音を伝えた。

 

「……やっぱどこの世界でもジャックはケダモノなのね」

「親指のとこでもそうなの? あたしのとこでもやっぱケダモノだよ……」

「ケダモノ……ああ、そういう意味であるか。うむ、確かにジャックはケダモノであるな……」

「……ん……ん……!」

「な、納得しちゃうんだ、皆……」

 

 しかし軽蔑こそされなかったものの、皆頬を染めてジャックをケダモノ呼ばわりしてくる。皆それぞれ別の世界でジャックに結ばれた記憶を持っているはずなのに、そこだけは完璧に一致しているらしい。

 

「……僕ってそんなにケダモノだったの?」

「ご、ごめんなさい、ジャック。私の口からはとても……」

「あ、あの、その……ごめんなさい、ジャックさん!」

(誰も否定してくれない!? 一体恋人ができた僕は何をやってたんだ!?)

 

 不安に思ってまだ何も口にしていなかったアリスと白雪姫に目を向けると、アリスには瞳を逸らされ、白雪姫には全力で頭を下げられる。皆の意見に同調こそしていないものの、だいぶ頬が赤いし否定もしてくれないので多分同じ意見なのだろう。

 確かに皆魅力的な少女たちなのでケダモノになってしまうのも分からなくはないが、六人全員の記憶の中で例外なくケダモノというのはいかがなものか。

 

「ま、まあ、それはともかく。そういうことならあたしは問題ないよ。またジャックを自分に惚れさせれば良いだけの話だしね。あたしの他に五人もいる所を除けば似たような展開だし、これは記憶を有効活用できそうだよ!」

 

 皆の気持ちがジャックはケダモノという一点に収束した所で、赤ずきんが気を取り直すように笑って手を挙げる。

 一瞬何をやっているのか分からなかったが、先ほどの自分の言葉を思い出してすぐに理解した。本当に自分の恋人になりたい人はいるのかという問いに対して手を挙げ、肯定を示しているのだと。真っ先に手を挙げたのが赤ずきんだったことに対して、当然ながらジャックは並々ならぬ驚きを覚えた。

 

(また、ってことは一度経験した記憶を持ってるってことだよね? もしかして、赤ずきんさんと恋人になった世界だと僕は赤ずきんさんから告白されたってこと?)

 

 しかし一番驚いているのは発言の内容の方だ。展開がほぼ同じだとか、また自分に惚れさせれば良いだけの話だとかの方。ジャックの考えが正しければ、それは赤ずきんが得た別の世界の記憶では赤ずきんの方からジャックに告白をしたということに他ならない。

 告白したりされたりと人によって違う記憶と人魚姫が言っていたし、ジャックが告白された方の世界があっても不思議ではないが、まさかあの赤ずきんから告白されたりするだろうか。

 

「……ん……皆一緒なら、ボクも……!」

「ワレだけでないのは多少思う所はあったが、皆にワレと似たような記憶があるのなら致し方ないな! あれほどの幸せを手放せる者などおらぬだろうからにゃ! ……な!!」

「その……私も、ジャックが迷惑でないのなら……」

「あ、ぅ……白雪も、お願いします……」

(うわぁ! これで一気に五人も恋人ができちゃった……これから一体どうなるのかな、僕の生活は……)

 

 赤ずきんの発言に対して頭を悩ませている間に、次々に手が挙がっていく。

 とはいえこんな不誠実極まりない関係を認め加わることに思う所はあるのか、皆恥ずかしそうだしどこか複雑そうだ。まあ何故か眠り姫とハーメルンだけは満面の笑みであったが。

 

「で、親指はどうするのさ? このままだとあんただけ仲間外れだよ」

「わ、私!? 私は別にジャックのことなんか何とも思ってないって言ったじゃない! こんなケダモノ、大っ嫌いよ!」

(け、ケダモノ……)

 

 六人の中で唯一手を上げていないのは親指姫。相変わらず頬を染めて瞳を鋭くして、むしろジャックを毛嫌いしているかのような言葉を投げかけてくる。これは照れ隠しで本当は好き、と思いたい所だがそう考えるのはさすがに自惚れが過ぎる気がした。

 

「意地張ってないで素直になりなよ、親指。同じ男を好きになった女なんだ。あんたが本当はどう思ってるかくらい、ここにいる連中は皆分かってるよ」

「親指姉様……」

「んー……」

(言ったら失礼だから言わないけど、赤ずきんさんの今の台詞男らしくてカッコいいなぁ……ていうか、やっぱり親指姫も僕のことが好きってこと……?)

 

 赤ずきんの台詞に白雪姫と眠り姫が不安げな視線を姉に向け、ジャックは男らしい台詞にちょっと憧れを深めてしまう。

 赤ずきんの言うことが正しいのなら、親指姫も本当はジャックのことが好きということなのだろう。つまり先ほど大嫌いと言ったのは単なる照れ隠し。相手に好意を抱いていても素直になれないその天邪鬼加減、何だかとても微笑ましく思ってしまう。

 

「……で、でも! あんたが私の妹たちに変なことしないように見張る必要があるわ! だから私もあんたのハーレムに加わってやろうじゃない! か、勘違いしないでよね! 別にあんたのことが好きだからじゃなくて、あんたを見張るためなんだから!」

 

 赤ずきんと妹二人に諭された結果か、手こそ挙げなかったものの親指姫も関係に加わることに決めたらしい。それでも顔を赤くして必死に好意を否定しているあたり、いっそ見上げた天邪鬼加減である。

 

(ていうか、ハーレムって……いや、実際そうなのかな。これ……)

 

 ジャック一人が少女六人と同時に交際する。しかも向こうは全員こちらのことが好き。端的に言えば確かにハーレムとしか表現のしようがない。

 酷い罪悪感を覚える反面、微かとはいえ男としての優越感のようなものを感じてしまうジャックだった。

 

「う、うん。それじゃあ皆、これからよろしくね? その、恋人として……」

 

 しかしこんな状況になってしまった以上は仕方が無い。故にジャックは全てを諦め、受け入れた。

 別の世界の自分が起したことなのにその尻拭いを自分がやるのは多少納得行かないものがあるものの、元はといえばアリスたちに想いを寄せられていることに気がつかなかった自分が悪いのだ。まあ気が付いていたとしても何かできたとは到底思えないのだが。

 

「……ええ。こちらこそよろしく、ジャック。あなたの知らない私の一面をたくさん見せることになるだろうけれど、優しく受け止めてもらえたら嬉しいわ」

「あたしもあんたには色々驚く姿を見せることになるだろうね。ちょっと恥ずかしいけど、ジャックがびっくりする様を生で見られるのは楽しみだよ!」

「状況はかなり違うが、これからは本当にこの記憶のような体験ができるわけだな。ふふっ、ワレも実に楽しみでありゅ……あるぞ!」

「う、嬉しいですけど……白雪、とっても恥ずかしいです……!」

「い、言っとくけど! いきなりケダモノなことなんて絶対させないからね! 恋人がいっぱいできたからって調子乗んじゃないわよ!」

「う、うん。もちろん分かってるよ……」

 

 喜びや恥じらい、怒りといった思い思いの反応を示す少女たち。そんな少女たちを眺めながら、ジャックはこれからの日々を考える。

 恋人になったということは当然恋人らしくならなければいけないということ。相手が求める理想の恋人像にもある程度は近づかなければいけないということ。あんまり男らしくないジャックは相手が一人でも大変そうなのに、総勢六人も相手がいるのだ。果たしてアリスたちの望みや理想を汲んで、全員の理想の恋人になれるのだろうか。それを考えると最早不安しか沸いてこなかった。

 

「……ジャック……ジャック……」

「うん? どうしたの、眠り姫?」

 

 そんな不安に頭を悩ませていた所、眠り姫が近寄ってきた。頬を微妙に赤らめつつ微笑みを浮かべながらという何とも可愛らしい表情で。

 そんな可愛らしい表情に目を惹かれていたせいでジャックは油断していたのだろう。あるいは色々あり過ぎて気が抜けていたというべきか。そのまま眠り姫にほとんど密着に等しい距離まで近づかれ――

 

「……これから、よろしく……ジャック――んっ」

「――っ!?」

 

 ――優しく唇を奪われた。柔らかくて瑞々しい唇をたおやかに押し当てられて。

 

「ね、眠り姫!? 一体、何を……!?」

「……ん……キス、だよ……?」

 

 混乱と燃え上がるような顔の熱さを感じてすぐに離れるものの、眠り姫は何でも無いことのように言って小首を傾げている。

 眠り姫たちにとってはキスくらい何でもないように思えるほど色々なことをされた記憶があるのかもしれないが、ジャックにとっては今のが初めてのキスなのだ。戸惑いと羞恥を抑えることはさすがにできなかった。

 

「あのさ、今のってもしかしなくてもファーストキスだよね? ネムにとっても、ジャックにとっても……」

「えっ……」

 

 そんな赤ずきんの指摘が入り、皆が目を丸くする。キスしてきた眠り姫も気が付いていなかったらしく、同様に目を丸くしてから頬を染めていた。この反応を見る限り純粋に気が付かなかったというより、別の記憶と多少混同してしまっていたのだろう。

 

「なん、ですって……!」

(あ、アリスの目の色が変わった……!?)

 

 目の錯覚かもしれないが、ファーストキス宣言にほんの一瞬アリスの瞳がピンクに揺れる。状況から言ってジャックのファーストキスが奪われたことに思う所があるに違いないのだが、まさか若干の穢れが溜まるほどだとは完全に予想外だった。

 まあ考えてみれば自分の恋人が他の女の子とキスしたのだから、いくらこの関係を受け入れていても気持ちを割り切ることは難しいのだろう。どちらかといえば論理的なタイプのアリスであるからこそ余計に。

 

(僕とアリスたちだけじゃなくて、アリスや眠り姫たちもお互いに仲良くしていられるようにしないといけないんだよね? ぼ、僕に出来るかなぁ、そんな器用なこと……)

 

 六人の少女達と同時に愛を築きつつ、少女たちの間で軋轢や仲違いが生じることがないように尽力する。すべきことは分かっているものの、それが恋愛経験など全く無い自分に本当にできるのか。はっきり言って不安しかないジャックであった。

 尤も魅力的な六人の少女達を全員恋人にできたことに、ほんの少しくらいは喜びもあるのだが。

 

 

 

 

 

 





 めでたくハーレム形成。良かったね、ジャック!
 このシリーズはどちらかといえば過程のイチャラブよりも結末のイチャラブを重視しています。つまりは恋人になるまでのイチャラブではなく、恋人となってからのイチャラブを。なのですぐに皆ジャックとイチャイチャし始める予定です。まあ、どこかのツンデレお姉様はちょっと難しいかもしれませんけど……。
 次回からは六人の血式少女それぞれのジャックとの馴れ初めを語らせつつイチャイチャさせる予定です。ただ赤姉と親指姉様に関しては語る必要性が薄いので語らないと思いますが。
 



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ジャックとの馴れ初め(眠り姫編)


 それぞれの馴れ初めが語られる回の始まりです。一番手は妙に大胆な眠り姫。
 一応六人の血式少女たちそれぞれのジャックとの馴れ初めは考えてありますが、納得がいくものかどうかは未知数です。まさか語るだけで数話使うわけにもいきませんのであっさり風味。
 なお、親指姉様と赤姉のジャックとの馴れ初めに関してはほぼ別作品どおりのため、この二人が語る回はたぶん無いです。






「う、うーん……」

 

 朝、ジャックはいつもより少々早めに目が覚めた。

 昨日は色々あって六人の血式少女たち全員と恋人になるという非常におかしな体験をした日だ。あの騒ぎは比較的朝方の出来事ではあったものの、他の血式少女たちやハル、視子といった人物への説明やその他諸々、及び視子による六人の血式少女の精神・肉体面での健康チェックなどで一日は潰れてしまった。尤も悪影響らしい悪影響は見られなかったらしいのでそこは一安心であった。

 なのでついに今日から六人の少女達との恋人生活が幕を開けるのだが――

 

「眠り姫、また僕のベッドに……」

 

 ――始まって早々だいぶおかしな状況であった。さすがに三姉妹全員ではなかったものの、その内の三女である眠り姫がいつのまにかベッドに潜り込んでいたのだ。

 もちろん朝起きたら隣に女の子がいたという状況に驚きを覚えはしたものの、昨日一日でジャックもそれなりに鍛えられている。今更三姉妹の内の一人がベッドにいた所で取り乱したりはしない。

 

(分かってはいたけど、眠り姫って凄くスタイル良いなぁ……)

 

 ただし男としては胸の高鳴りを抑えることはできなかった。昨日とは違い眠り姫はジャックの身体に抱きつくような形で眠っていたものの、その凶悪なまでに豊かな胸の膨らみが身体にこれでもかというほど触れているのだ。

 いくら恋人が六人できようと、ジャックはまだまだ恋愛も男女関係も完全に素人。故にその女の子な柔らかさの前に平静を保つのは難しい。

 

「ほ、ほら、眠り姫? 起きて、朝だよ?」

 

 なので離れてもらうため、まだ朝早いが起すことに決める。幸せそうな顔でぐっすり眠っている所を起すのは心苦しいものの、妙な気を起して不埒な行為を働くわけにもいかない。

 

「……んー……おはよー、ジャック……」

 

 しばらく身体を揺り動かした所、眠り姫はぼうっとした感じで目蓋を開けた。

 しかし状況はしっかり認識できているらしく、ジャックの顔を瞳に映すとにっこりと嬉しそうに微笑みを浮かべた。ジャックが思わずどきりとしてしまうくらい、可愛らしい微笑みを。

 

「う、うん。おはよう――じゃなくて、どうしてまた僕のベッドにいるの? 昨日は別の世界の記憶と混濁してたから仕方ないかもしれないけど、今はもう自分の記憶もしっかり思い出したんだよね?」

「ジャックと一緒に、寝たかったから……それに、ボクたち……恋人、だから……」

「そ、それはそうなんだけど……うーん……」

 

 どきりとする微笑みのまま言う眠り姫に対し、言葉に詰まってしまうジャック。

 自分たちが恋人同士なのは本当のことだし、この様子から察するに眠り姫の記憶ではジャックたちはいつも一緒に寝ていたに違いない。だとすると新たな習慣を得てしまったようなもののはずだし、それを突然変えるのは難しいだろう。故にジャックは強く言うことはできなかった。

 

「眠り姫、君は僕がその……ケダモノだってことは僕よりも知ってるんだし、これはちょっと無防備すぎなんじゃないかな?」

 

 その代わり、しっかり危険性は伝えておく。

 ジャックとの馴れ初めはそれぞれ異なるらしい六人の血式少女たちだが、何故かジャックはケダモノという認識だけは完全に共通している。無論ジャック自身はどのようにケダモノなのか全く身に覚えは無いものの、こう言えば伝わるであろうことは分かっていた。

 この言葉には予想通り、眠り姫もぽっと頬を染める。

 

「……ジャックは、無理やりはしないから……大丈夫……」

「そ、それは君の記憶の中の話で、この僕なら本当にしちゃうかもしれないよ? それでも良いの?」

「……優しく、して……くれるなら……」

(ええっ!? 優しくするならしても良いの!? いや、何考えてるんだ僕は!?)

 

 しかし何故かそのまま頷かれてしまい、一瞬ジャックは不埒なことを考えそうになる。

 恋人となった時すぐさまキスをしてきたことや、元の記憶が戻ってもベッドに潜り込んできたことから考えると、眠り姫は大人しい顔に似合わずかなり大胆な子なのかもしれない。

 

「と、とにかく! できればこんな風にベッドに潜り込んでくるのはやめようね?」

「……嬉しく、ないの……?」

「そりゃあ嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいけど――って、そうじゃなくて!?」

 

 思わず邪な本音を吐露してしまうも、眠り姫は特に気にした様子は見せなかった。まあジャックはケダモノだと思っているはずなのだから、今更この程度のことでは驚くに値しないということか。

 

「……ボクの記憶だと、ボクたち……毎晩、抱き合って寝てた……」

「そ、そうなんだ。凄くラブラブだったんだね……?」

 

 予想通り、やはり眠り姫とジャックは毎晩一緒に眠っていたらしい。となると恋人関係は極めて良好だったのだろう。その事実にジャックはそこはかとない安堵を覚えた。

 

(でも、本当にそれだけで済んだのかな? 可愛い女の子、それもこんなスタイルの良い眠り姫と抱き合って眠るなんて……)

 

 そして同時に微かな不安も覚えてしまう。

 眠り姫は控えめに言ってもとても女性らしい身体つきの持ち主。そんな少女、それも自分の恋人が毎晩自分に抱きついて眠りにつく。別の世界の自分のこととはいえ、どう考えても毎晩穏やかに眠りにつけたとは到底思えなかった。

 

「そして、いつも……ジャックに、襲われた……」

(……うん、済まないからケダモノ認定されてたんだよね。でも絶対これ眠り姫にも原因があると思う)

 

 これも再び予想通りの答えが返ってきたものの、内容が内容なので先ほどとは違い安堵は覚えられなかった。覚えたのは別の世界の自分への同情と共感、それと若干邪な羨望だけである。こんなにスタイルが良くて綺麗な女の子を毎晩襲っていたらしい自分への。

 

「そ、そうだ! 眠り姫、良かったら君の記憶の話を聞かせて欲しいな! 朝ごはんの時間まではまだ時間もあるし、良かったらどんな風に僕たちが恋人になったのかを聞かせてよ!」

 

 抱いてしまった邪な羨望を振り払うため、ジャックはひとまず話題を変えることにした。

 恋人となった六人の血式少女達はそれぞれ異なる過程を経てジャックと恋人になった記憶を持っているらしいが、その詳細はまだ誰からも話してもらっていない。なのでずっと気になっていたのだ。別の世界のこととはいえ他ならぬ自分が経験した恋愛話、むしろ気にならない方がおかしいというもの。

 

「……良いよ……でも、ボク……あんまり話すの、得意じゃないから……」

「大丈夫だよ。時間はまだまだあるし、ゆっくりで良いから聞かせて欲しいな?」

「ん……頑張る……」

 

 あまり口数の多い方ではない眠り姫だが幸いにもこくりと頷いてくれる。

 まあ他に五人も恋人がいる点を除けば、ジャックと眠り姫はこの世界でも恋人になったと言える。もしかしたら二人の昔話程度の認識で幾分話しやすいのかもしれない。

 

「じゃあ一旦起きようよ。だから、できればいい加減離れてくれると助かるんだけど……」

「んー……もうちょっとだけ、ダメ……?」

「う……」

 

 大変危険な身体つきで抱きついてきている眠り姫だが、どうもまだ離れたくないらしい。ジャックの胸に縋り付く形で、薄いネグリジェから深い胸の谷間を晒しながら見上げてくる。しかもどこか悲しげに見える表情で。

 

「し、仕方ないなぁ。もうちょっとだけだよ?」

「ん……ジャック、好き……!」

 

 そんな顔をされたら断ることなどできるわけがない。

 故にジャックはしばしの間温もりと柔らかさに耐えるのだった。幸せそうに微笑み更に密着してくる眠り姫に、終始胸の鼓動を高鳴らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、一体どうして僕なんかと付き合うことになったの? やっぱり何かきっかけとかあったんだよね?」

 

 しばらく抱きつかれるがままで過ごしおよそ十分。やっと満足して離れてくれた眠り姫と共に、ジャックは並んでベッドに腰かけて話を切り出した。

 眠り姫に限らず、恋人となった残り五人の血式少女たちは皆仲間や友人という関係性であった。その関係を踏み越えて恋人になったのだから、何らかのきっかけがあるのは明白だ。幾ら何でもきっかけも無しに関係が発展することはありえない。

 

「……きっかけなら……たぶん、アレ……」

「アレ?」

 

 やはりきっかけが存在したらしく、小さく頷く眠り姫。

 お喋りが苦手な眠り姫のために予想がつくことは自分で口にしてあげたかったものの、残念ながらこればかりは何一つ思い至らなかった。恐らくそのきっかけは別の世界のジャックが経験したことで、今のジャックは経験していないことだから。

 

「ボクが廊下で、寝てた時……ジャックが、部屋に運んでくれたこと……」

「えっ、それがきっかけ? それくらいこの僕でもやってることじゃないかな?」

 

 そう思っていたというのに、きっかけはこの世界のジャックもやっていることだった。

 廊下に限らず、眠り姫が部屋の外で寝ている姿を見かけたらジャックはいつも部屋に運んであげている。これがきっかけなら何故今まで眠り姫との恋仲に発展しなかったのだろうか。

 

「その時のジャックは……ボクをベッドに運んだ後、倒れたから……」

「そ、そうなんだ。確かにそんなカッコ悪い出来事は記憶に無いな……」

 

 疑問に思っていたところ、そんな情けない違いが明らかとなる。

 眠り姫を部屋のベッドに運んであげたことは今までに幾度と無くあるものの、それを終えた途端に倒れるなどという経験はさすがに無かった。恐らくきっかけというのはこの倒れた時のことを指しているに違いない。

 

(貧血で倒れそうだったから部屋で休もうとしてたら、途中で寝てる眠り姫を見つけたってとこかな? 確かに倒れそうでも無視はできないし、部屋に運んであげた所で力尽きたんだな、たぶん……)

 

 自分のことだからこそ余計に情けなく思えてくるものの、行動の理由自体は完璧に納得できた。

 幾ら解放地区の中、それも黎明の施設内とはいえその辺で無防備に眠る女の子を放っておくのははっきり言って不安しかない。不埒なことを考える輩がいないとも限らないし、眠り姫は控えめに言ってもスタイル抜群だ。危険性が皆無とは絶対に言い切れない。

 だからこそ別の世界のジャックも体調の悪さを堪えてまで部屋に運んであげたのだろう。もちろん同じ体調で同じ状況に遭遇したなら、ジャックだって同じ事をする。

 

「目が覚めたら、青い顔で倒れてるジャックがいて……無理して運んでくれたって、分かったから……とりあえず、ぎゅっと抱いて一緒に寝た……」

「えっ、何でとりあえず抱きしめたの!? ていうかそのまま一緒に寝たの!?」

「ジャックを、休ませてあげたくて……それに、ボクもまだ眠かったから……」

 

 思わず理由を問いかけると、今も若干眠たげな答えが返ってきた。いつもわりと遅くまで寝ている眠り姫にとっては、やはりちょっと早起きしすぎだったのかもしれない。

 

(眠り姫らしいといえばらしいけど、そんなスタイルで抱かれる僕の方もちょっと考えて欲しい……絶対目が覚めたら固まってただろうなぁ、僕……)

 

 貧血で倒れて目が覚めたら眠り姫に膝枕してもらっていた時も驚いたが、今回の場合は比較にならないほどの驚愕を覚えたことだろう。あんなに豊かな胸を持つ眠り姫に抱きしめられて平静を保てるわけがない。

 そんなことを考えていたせいか、ジャックはついついその豊かな胸に視線を注いでしまうのだった。まだ眠り姫は胸元が若干開いたネグリジェ姿なせいで、余計にその二つの膨らみに目を惹かれてしまう。

 

「また、目が覚めた時は……ジャックは、ぐっすり眠ってた……」

「あ、あれ、普通に寝てたの? 固まってたりしてなかった?」

「ん……ボクの胸に、顔を埋めて……幸せそうに……」

(そりゃあ幸せそうな顔するよね。あんな胸に顔を埋めてたら――って、僕は一体何を考えてるんだ!?)

 

 予想外の答えに問いを重ねた所、返ってきたのは別の世界の自分を若干羨ましく思ってしまう答え。確かにあんな胸に抱かれたなら男としてはとても幸せな気分になれることだろう、と一瞬納得してしまうくらいに。

 

「そ、それで、その後どうなったの? 僕、君に何か変なことしたりしなかったよね……?」

「目を覚ましたジャックは……理由を、聞いてきた……」

 

 幸いにも不埒な真似はしていなかったらしく、眠り姫は首を横に振って否定を示す。

 まさかきっかけが欲望のままに襲い掛かったことだったりしたらはっきり言って笑えないし、それが別世界の自分のしでかした所業であろうと責められるのは今ここにいるジャック自身だ。なのでそこはかとない安堵を覚え、ほっと胸を撫で下ろすことができた。

 

「そこは正直に答えたんだよね。君には別に隠す理由も無いだろうし。そしたらどうなったの?」

「ジャック、恥ずかしがってたけど……とっても、幸せそうだった……お母さんに抱かれるのは、こんな気持ちかなって言って……」

「そう、なんだ……」

 

 微笑ましそうに、そして懐かしそうに自らの記憶を語る眠り姫。そんな可愛らしい笑みを目にしてジャックが覚えたのは同様の微笑ましさ、そして腑に落ちる感覚であった。

 

(何となく眠り姫を好きになった理由が分かった気がする。たぶんこの優しさっていうか慈しみの心っていうか、母性的なものに惹かれたんだろうなぁ、僕は……)

 

 その生まれの特殊さから、血式少女と血式少年は両親がいないと言って差し支えない。

 つまり父母の愛情に飢えているのだ。育ての親がいてもきっとそれは例外ではない。だからこそ別の世界のジャックは眠り姫に恋をしてしまったのだろう。眠り姫のとても女性らしい身体つきが、そして漂わせる雰囲気やその優しさが、母親とその愛を連想させるから。

 

(な、何かもの凄いマザコンみたいだなぁ、別の世界の僕……)

 

 気持ちは分からないでもないものの、他ならぬ自分だからこそ容赦なくそんな感想を抱いてしまう。

 恋愛の対象、それも三姉妹の三女である眠り姫に母性を見出してしまうとはどう考えてもマザコンではないだろうか。なので別の世界の自分自身に対し、微妙に幻滅してしまうジャックであった。まあ眠り姫の様子や話の内容から察する限りだと、お互いの関係は極めて良好だったらしいのでそこは素直に尊敬するが。

 

「だからボクは、ジャックをもっと幸せにしてあげたくて……時々ベッドに、お邪魔するようになった……」

「つ、付き合ってもいないのにベッドに潜り込むようになったの? 君って本当に意外と大胆だよね、眠り姫……」

「ん……それ、何度も言われてた……!」

 

 何故か非常に嬉しそうな微笑みを浮かべて教えてくれる眠り姫。やはり別の世界のジャックも同様に大胆だと感じて何度も口にしていたらしい。

 

「そういう経緯があって、僕は段々と君に惹かれていったんだね。そこからはボクでも何となく予想が付くよ。たぶん告白したのは僕からだったんじゃないかな?」

「ん……ん……!」

(やっぱりね。でもそれって、純粋に眠り姫のことが好きになってたから告白に踏み切ったってことで良いのかな? その内襲いかかっちゃいそうだから今の内に恋人になっておけば大丈夫――とか考えてないよね、僕?)

 

 幸せそうな笑みで頷く眠り姫に対し、ジャックは心中でそんな打算的なことを考えてしまう。

 仮に毎日眠り姫がベッドに潜り込んできたなら、それは実に辛い日々だったことだろう。スタイル抜群の女の子が、それも恋心すら抱き始めた相手が毎日自分にくっついて寝ているのだ。理性を保ち続けることは極めて困難なことだったはず。大胆にもジャックが告白に踏み切ったのはそういう背景があったのかもしれない。

 すなわち襲ってしまう可能性があるのなら理性を保てている内にそれが問題ない関係になっておこう、という考えが。ジャックだって思いついたことなのだから、別の世界のジャックだって当然考えはしたに違いない。

 

「えっと、君は普通に受け入れてくれたの? 告白されて困ったりとかはしなかった?」

「んーん……ボクも、ジャックのことが好きだったから……嬉しかった……!」

 

 どうやら眠り姫は記憶だけでなく抱いた感情もしっかり得ているらしく、満面の笑みで返してきた。告白されて嬉しかったのは本当のことらしい。そんな幸せいっぱいの笑みを見せられて、またしてもジャックはドキリとさせられてしまった。

 

「そ、そうなんだ。でもさっきも言ったけど、さすがに付き合う前から一緒のベッドで寝ようとするのは大胆すぎだと思うよ?」

「だけどボク、好きな人と一緒に寝るのが……幸せ、だから……」

「う……」

 

 遠回しにその大胆な行為を止めるようお願いした所、返ってきたのはとても純朴な夢の言葉だった。それも夢が叶ったおかげか夢心地の魅力的な表情で、僅かに頬を朱色に染めて。

 

(そんな顔されたら強く言えない……ていうか、今考えてることもたぶん同じだったんだろうな……)

 

 だからこそ別の世界のジャックも眠り姫の大胆な行為を止められず、告白に踏み切るしかなかったのだろう。

 尤もその時は眠り姫が好意を口にしたかどうかは不明だが、口にしていなかったとしても止める気が無いのは表情から察せたはず。そしてジャックがそう思ったということは、別の世界のジャックも同じように思った可能性が高い。やはり告白は必要に迫られた上でのものだったに違いない。

 

「それに、王子様に……好きな人に、キスで眠りから覚ましてもらうのも……夢だった……」

「お、王子様って……」

 

 ちょっとした同情と僅かな羨望を別世界の自分に向けていたジャックだが、そんな妙に嬉しそうな言葉に引き戻される。

 一瞬おつうのことかと思ってしまったものの、この場におつうはいないし眠り姫が視線を向けているのは他ならぬジャックだ。

 

(もしかしなくても僕のこと、だよね? ていうか、何か凄い期待に満ちた目をしてる……これは今キスして欲しいってことかな?)

 

 今のジャックと眠り姫は一応恋人同士。実際昨日は不意打ち気味とはいえ唇を奪われてしまったのだから、キスくらいなら何の問題も無いと言える。だがジャックは恋人達への気持ちがまだ分からないので、そんな状態でキスするのは不誠実に思えていた。

 なので昨日眠り姫にキスされてから、ジャックはまだ誰ともキスしていない。直後にハーメルンが嬉々として迫ってきたりアリスが怖い表情をしていたものの、それらは赤ずきんがジャックの気持ちを代弁してくれたため何とか押し止めることができた。

 しかしまだ口にしていない言葉をほぼ完璧に代弁してくれたあたり、もしかすると赤ずきんの記憶の中でジャックが似たようなことを言っていたのかもしれない。尤もその場合は赤ずきんにとってジャックが言う側だったことになるので、また別の世界のジャックは赤ずきんに告白された側だという非常に疑わしい状況になるのだが。

 

「眠り姫、昨日言ったけど僕はまだ君たちへの気持ちが分からないんだ。それなのにキスするだなんて、やっぱりそんなの不誠実だよ……」

「して、くれないの……? ボクたち、ジャックに……乱暴、された記憶があるのに……」

「その言い方は誤解を招くからやめようね!?」

 

 ある意味ではそれが事実だからこそ、眠り姫の言葉に戦慄を覚えてしまうジャック。

 自分は何もしていないのに、六人の血式少女にはある意味ジャックに乱暴された記憶があるというこの状況。それでも責任を取れるのはジャックだけなのだからはっきり言って不公平過ぎる。せめて自分にも六人とそれぞれ恋人として過ごした記憶があれば良かったのだが。

 

(でも、眠り姫の言うことも一理あるのは確かだ。それにこんな不誠実な関係を築いてしまった以上、僕には皆を幸せにする義務があるんだ。向こうがそれを望んでるんだし、今更不誠実だとか何とか言って断るのは良くないかな……?)

 

 責任を取るためとはいえ、今のジャックは六人もの少女と同時に交際をしている不誠実極まる男。ならばジャックには六人を幸せにする義務がある。こんな状況でも誠実でありたいと願うなら、恋人の願いは何でも可能な限り叶えて幸せにしてあげるべきではないだろうか。

 それに何より、ジャックがキスしてくれないと分かったせいか眠り姫は酷く悲しげな表情をしている。まだ気持ちが分からないとはいえ、眠り姫もまたジャックの大切な恋人。できればその悲しげな顔を心からの笑顔にしてあげたい。

 

「……うん。分かったよ、眠り姫。キス、しようか?」

「え……」

 

 故にまた一つ覚悟を決めたジャックは、幸せにするべき恋人に身体ごと向き直った。まさか本当にしてもらえるとは思っていなかったのか、眠り姫は一瞬呆けた表情をしていた。

 

「ん……キス、する……!」

 

 しかしすぐに幸せいっぱいの笑みで頷き、そのままゆっくり目蓋を閉じる。

 幸せそうな笑みを浮かべたまま目蓋を閉じている眠り姫は、まるで安らかな寝顔を浮かべて眠っているような美しい姿であった。これからキスをするという状況も相まって、余計にジャックの胸はうるさく高鳴っていく。

 

「えっと、それじゃあ……」

 

 胸の内の激しい鼓動をはっきりと感じながら、ジャックは眠り姫の両肩に静かに手を置く。

 ジャックに乱暴されたと言えなくも無い記憶を数多く持っていても、実際に体験したことではないからなのだろう。両手が肩に触れた瞬間、緊張を示すように眠り姫は僅かに身体を固まらせた。

 

「キス、するよ……?」

 

 可愛らしい反応にまたしても胸のドキドキを深めつつ、その安らかな寝顔にも似た美しい面差しへと顔を寄せていく。

 緊張による喉の渇きと、昂ぶって耳の奥でもうるさく聞こえる鼓動。それらが徐々に強まっていくのを感じながら、ジャックは目蓋を閉じてさらに顔を寄せていき――

 

「んっ――」

 

 ――ついに眠り姫と唇を重ねた。

 正直なところ初めてキスされた時はほぼ不意打ちに等しかったため、感触や実感はさほど感じられなかった。

 だがゆっくりと唇を重ねた今回は違う。眠り姫の瑞々しい唇の柔らかさも、仄かな温もりも余す所なく感じられた。それによって胸の内に生じた、いっそ苦しさすら覚えそうなほどの多幸感も。

 

「――ふぁ……」

 

 唇を重ねていた時間はほんの十秒にも満たない僅かな時間。

 とはいえ以前からジャックに恋心を寄せていたらしい眠り姫にとっては非常に価値のある時間だったのだろう。キスを終えて目蓋を開いた時には、眼前には夢心地に蕩けた空色の瞳が揺れていた。

 

「こ、これが、キスかぁ……な、何か、変な気分だね?」

「……でも、幸せな気分……じゃあ、今度はボクから……」

「えっ――っ!」

 

 ある意味初めてのキスに対する感想を口にしたところ、お返しとばかりに今度は眠り姫からキスしてきた。まるで日常的に行って身体に染み付いた動作のように、あまりにも自然な動作で。

 そのため実際にキスされたとジャックが理解したのは、唇を重ねられてから一拍置いた後であった。

 

「はっ……き、君って本当に大胆だよね、眠り姫……」

 

 照れ臭さと確かな喜びによる頬の熱さを感じながら、恋人の大胆さに舌を巻く。

 昨日いきなりキスしてきたことも、今朝ベッドに潜り込んで来ていたことも、眠り姫は何もかもが大胆だ。どちらかといえば物静かで大人しいタイプだと思っていたのだが、胸の内はなかなかに情熱的なタイプなのかもしれない。

 

「……姉様たちみたいに、ネムって……呼んで……?」

「えっ? ね、ネム?」

「ん……ん……!」

 

 その証拠と言うべきか、眠り姫は熱に浮かされたような表情でそんなことを口にしてくる。お姉さんである親指姫などが口にする愛称で自分を呼んで欲しいという、実に可愛らしい願いを。

 

(眠り姫の記憶の中だと僕はそう呼ぶようになってたのかな。確かに愛称で呼んだ方が仲良しって気がするし……)

 

 もしそうなら三姉妹故に似たところがあるはずの親指姫と白雪姫も、同じように愛称で呼んで欲しいと思っているのかもしれない。だとすればこれは恋人達との関係を良好にするための貴重な情報と言えるだろう。とりあえずジャックはこの情報を頭の片隅に留めておいた。

 

「うん、良いよ。それじゃあこれからはそう呼ばせてもらうね、ネム?」

 

 眠り姫は大切な恋人の一人だし、他ならぬ本人の望みだ。なのでちょっと気恥ずかしいが迷い無く愛称で名を呼んであげた。

 

「ジャック……好き……!」

「うわっ!?」

 

 すると嬉しさで感極まった感じの眠り姫がぎゅっと抱きついてくる。普段漂わせているどこかのんびりとした雰囲気に反してその動きは素早く、不意を突かれたジャックは受け止めきれずにそのままベッドへ押し倒されてしまった。

 

「ジャック、もっと……キス、しよ……?」

「……っ!」

 

 そんな胸がドキドキする状態にも関わらず、可愛らしいおねだりまでしてくる。うっとりと夢心地の表情を浮かべ、しかもその豊かな膨らみをジャックの胸に押し付けるような形で。

 

(よ、欲望に飲まれちゃダメだ! でも、眠り姫可愛すぎるよ……! それに何ていうか、凄く色っぽい……!)

 

 ここはジャックの部屋でベッドの上、それも眠り姫は生地が薄く若干露出も多めのネグリジェ姿。貧血で倒れがちとはいえ、こんな状況で何も感じずにいられるほどジャックは不健康な男の子ではない。胸の上に広がる柔らかさも相まって、最早理性が焼ききれそうなほどであった。

 おまけに相手は別の世界でジャックに散々いかがわしいことをされた記憶を持つ、六人いる恋人の内の一人で妙に大胆な女の子。そして母性すら感じてしまう優しさや包容力の持ち主だ。きっとジャックが欲望に飲まれて何かをしでかしたとしても、優しく受け止めてくれるはずの。

 

「ジャック……大好き……」

(……うん、もうダメだ。飲まれずにいられるわけないよ、これ)

 

 それに対し、ジャックはつい昨日まで恋愛経験ゼロだった男。どれだけ理性を保とうと努めても勝てるわけが無かった。何故なら別の世界のジャック自身も、この圧倒的な色気と慈愛に飲まれて敗北してしまったに等しいのだから。

 

「んっ――」

 

 故にその魅力に飲み込まれ、何も考えられなくなったジャックは半ば無意識に唇を重ねた。

 そうして柔らかな感触と胸を満たしていく幸せな気持ちを感じながら、眠り姫の刺激的な身体を抱いてベッドの上を転がる。すると逆にこちらが押し倒している状態となり、キスしている現状も相まって更に興奮を煽られてしまう。押し倒されている眠り姫が嫌な顔など見せず、慈愛溢れる微笑みを浮かべているので余計に。

 何だかもう大変なことになってしまいそうだと、まだ僅かに残っている理性の欠片で考えたその瞬間――

 

「ほら、もう朝よ! 特別に起しにきてあげたんだから、さっさと目覚まして私に感謝しなさ――い……?」

「……あっ」

 

 ――正にその大変なことが起きてしまった。

 昨日できたジャックの恋人の一人であり、ケダモノなことなど絶対にさせないと断言した少女であり、眠り姫のお姉さんでもある親指姫にこの現場を見られるという大変なことが。

 おかげで眠り姫の魅力から解放されて冷静に戻ったジャックであったが、生きた心地は全くしなかった。きっと親指姫から見れば途轍もないケダモノなジャックが可愛い妹の優しさと愛に付け込み、襲いかかっているようにしか見えないはずだから。

 

「……さすがはジャックね。朝っぱらから私の妹に手を出すなんて、心底良い度胸してるわ……ちょっとツラ貸しなさい」

「……はい」

 

 ジャックは素直に頷くと眠り姫の元から離れ、背を向けて歩き出した親指姫の後を追う。

 歩く度に軽快に揺れる赤いツインテールは見ていてとても可愛らしいが、残念ながら今のジャックの胸の中には恐怖しか存在しなかった。どちらかといえば感情的な親指姫が極めて冷静かつ静かに対処していることに対する、未だかつて無い恐怖が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこ、座んなさい」

「はい……」

 

 静かに怒っているらしい親指姫に連れ込まれたのは親指姫の部屋。逆らう気が微塵も起きず、半ば恐怖に支配されているジャックは一つ頷いて命令通りベッドに腰を降ろした。

 

(どうしよう……親指姫、絶対今までに見たこと無いくらい怒ってるよ……)

 

 親指姫は何故かさっぱりこちらに顔を向けないのでどんな表情をしているのか良く分からないが、内心では腸が煮えくり返っているであろうことは容易に想像が出来た。どちらかといえば感情的な子のはずなのに、あの光景を見てから一度も声を荒げていないのだ。まるで燃え盛る怒りの炎を噴出させる時を待っているかのように。

 

(まあ、それも仕方ないよね。もし親指姫があの時来てくれなかったら、僕は絶対洒落にならないことをやってた気がするし……)

 

 静かに怒っているであろう親指姫の後姿はかなり恐ろしいものの、本音を言えば感謝したい気分であった。あの時、親指姫が邪魔をしてくれなかったら絶対行くところまで行ってしまいそうだったから。

 なのでジャックは何をされても文句は言わないし、どんな罰だって躊躇い無く受ける心持ちだ。

 

「その……言い訳はしないし、僕がやろうとしたことを誤魔化す気も無いけど、説明くらいはさせて欲しいな。僕は眠り姫をベッドに連れ込んだわけじゃなくて――」

 

 ただし眠り姫をベッドに連れ込んだのではなく、眠り姫の方からベッドに潜り込んできたという事実だけは説明しておこうと思った。だからジャックはこちらを向いてくれない親指姫から視線を床へ落し、小さく説明を始めたのだが――

 

「――っ!?」

 

 ――唐突に無理やり顔を上げさせられ、唇を何かに塞がれる。

 驚愕に見開いた瞳に映ったのは、顔を真っ赤にしながらジャックの唇に自らの唇を重ねる親指姫の姿であった。

 怒りが胸の中で渦巻いていたはずだというのに何故いきなりキスをしてきたのか。ジャックは柔らかな唇の感触を覚えながらそんな疑問を抱いたのだが――

 

「ん……っ、ぁ……ふ……」

「ん、んんっ!?」

 

 ――親指姫は唇を重ねるだけでは飽き足らず、唇の隙間から滑った何かをジャックの咥内に滑り込ませてきた。それが何かなど考えるまでも無い。舌に絡まり蠢くそれは、間違いなく親指姫の舌だった。

 

「――ぷはっ! お、親指姫!? 一体、何を……!?」

 

 しばし咥内を蹂躙された後、やっと解放されたジャックはベッドの上で後退りしながら真意を問う。

 ディープな口付けをされた興奮を覚えているには覚えているものの、驚愕が大きすぎてそれどころではなかった。どうして怒り心頭だったはずの親指姫が突然こんな深い口付けをしてきたのか。

 

「い、一度しか言わないから、耳かっぽじって良く聞きなさい!」

「は、はいっ!?」

 

 疑問と混乱に支配される中、踏ん反り返って真っ赤な顔で言い放つ親指姫に反射的な返事を返す。

 どうも怒っているのとはまた微妙に違うようで、こちらに向けられている顔は真っ赤だが怒りや敵意といった感情は感じ取れなかった。どちらかといえば普段の親指姫が恥じらいながら誤魔化す時に浮かべる表情に良く似ている。まあ頬の赤みは今まで見たことが無いレベルのものであったが。

 

「わ、私だって! 本当はあんたのことが好きなんだからね! ていうか、誰よりもあんたのことが好きなんだから!」

「えっ、そ、そうなの……?」

 

 そんな今にも顔から火が出そうな表情で口にしてきたのは、何とジャックへの好意。

 素直ではない親指姫が自分の気持ちを素直に表わしたことにはとても驚いたが、悲しいかなさほどジャックの心は揺れなかった。と言っても心に響かなかったわけではなく、単に先ほどのディープな口付けの衝撃が大きすぎてちょっと感覚が麻痺しているせいである。

 

「そうよ! だから、誰かにキスしたり恋人っぽいことしたらその三倍は私に同じことしなさいよ! 相手がネムでも白雪でも! もししてくれなかったらジェノサイド化して襲ってやるから覚悟しときなさい!」

「じぇ、ジェノサイド化!? どうしてジェノサイド化する必要があるの!? 僕を退治するつもりじゃないよね!?」

 

 しかしこの発言には感覚の麻痺した心でも多大な驚愕と恐怖を覚えさせられた。

 ジェノサイド化した血式少女はジャックからしても基本的にちょっと怖い存在だ。ブラッドスケルター化とは異なりしっかり理性は残っているものの、それなりに暴力的かつ激しい性格へと変貌してしまうのだ。具体的には笑いながらメルヒェンを血祭りにあげるくらいには。

 真意は不明だがわざわざそんな状態に変貌して襲ってくるなど、どう考えても悲惨で凄惨な光景しか想像できなかった。

 

「嫌ならよーく覚えときなさい! あと、私が嫌がっても恥ずかしがっても恋人らしいことは絶対にやりなさいよ! そしたら、そしたら私だって! 少しずつ素直になってやるんだからぁ!」

「ちょ、ちょっと待って親指姫っ!? 一体どこに行くの!?」

 

 真意は答えず捲くし立てていく親指姫だが、その途中で弾かれたように走り出して部屋を出て行く。

 不穏なことを言うだけ言って去られるのはかなり落ち着かない。なのでジャックも廊下に出て遠ざかっていく背に声をかけた所、親指姫は足を止めて振り向いてきた。遠目でもはっきりと分かるくらい真っ赤に染まった顔で。

 

「自分でも分かんないわよ、馬鹿! この私があんなことして素直に色々伝えたってのに、そのまま顔合わせてられると思ってんの!? 無理に決まってんでしょ! ああもうっ、恥ずかしいっ!!」

 

 それだけ答えると、今度はもう振り返らずにいずこかへと走り去っていく。

 どうやら深い口付けを行い本音を吐露した恥ずかしさに耐え切れず、ジャックと顔が合わせられないらしい。ジャックとしてはまだ聞きたいこと、具体的にはジェノサイド化して襲う理由が果てしなく気になっていたのだが、もう一度声をかけようとした頃にはすでに姿が見えなくなっていた。

 

「うーん……ま、まあ、一応怒ってたわけじゃないみたいだし、問題無しかな?」

 

 ちょっと展開が激しすぎて追いつけていない気もしたが、一先ずそういうことにしておいた。ちゃんと約束を守っていればジェノサイド化して襲い掛かってくることも無いはずなので、ジャックが約束を守れば良いだけの話なのだから。

 

(親指姫の他に恋人は五人もいるのに、何か恋人らしいことをしたらその三倍は同じ事をしろっていうのは正直無茶振りも良いところだけど……仕方ないか。親指姫はだいぶヤキモチ焼きみたいだし……)

 

 先ほどまでの言葉や反応から察するに、親指姫は怒っていたのではなくジャックに襲われる眠り姫を見てヤキモチを焼いていたに違いない。そうでもなければあんなに天邪鬼な親指姫がいきなりキスをしてきた上に舌まで入れてくることなど絶対にありえない。

 最終的にはジャックのハーレムとやらに加わったものの、やはりこの関係に心の底から納得しているわけではないらしい。だからこそ他の皆の三倍は同じ事をしろなどという無茶を言ってきたのだろう。

 

(ていうか僕、さっきディープキスされちゃったんだよね……? 親指姫に、わりとがっつり……)

 

 徐々に展開に追いついてきたジャックは先ほどの感触や味わいを思い出し、一人顔が猛烈に火照ってくる。

 初めてのキスをしたのは昨日で、まともにキスしたのはこの部屋に来る前。それなのに今しがたディープキスまで済ませてしまった。恋人が六人もいる時点でまともな関係が築けないのは最初から分かっていたものの、まさかここまで爛れた関係になってしまうとは驚きであった。

 

「それにしても、眠り姫といい親指姫といいこの三姉妹は大胆すぎだよ……もしかして白雪姫もこんな風に迫ってくるのかなぁ……?」

 

 しかし一番の驚きは三姉妹の大胆さについて。

 三女の眠り姫はジャックが寝ている間にベッドに潜り込んでくるくらい、長女の親指姫はいきなりディープキスをかましてくるくらいに大胆だ。あまりその場面を想像できないが、それなら次女の白雪姫も同じように大胆に迫ってくるのではないだろうか。

 この大胆さが親指姫三姉妹特有のものなのか、それとも血式少女全体のものなのか、あるいは恋する女の子特有のものなのか。残念ながらまだまだ恋愛経験が浅いため皆目見当が付かず、親指姫が去った廊下を眺めながら頭を捻るしかないジャックであった。

 

 

 

 






 年頃の健康な男の子なら眠り姫みたいな子に迫られたら耐えられるわけがありませんよね。まあ私は親指姉様みたいな子の方が好みですが。
 次の投稿がどの作品になるかは分かりませんが、この話の次回はたぶん誰もが一番気になるであろう子の馴れ初めです。六人の中で一番恋愛の二文字から遠そうで度々台詞を噛む子。シーツを纏っていた理由がついに明らかに……!?





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ジャックとの馴れ初め(ハーメルン編)



 馴れ初め、その2。今回はハーメルン。
 馴れ初めを考えるのに一番悩みそうな子ですが実はそんなに難しくなかったです。一番難しかったのは白雪姫。
 ちなみに今回でハーメルンの格好(シーツを巻いていた)の理由が明かされます。すでに理由が分かっている方はいたのかな……?




 

 六人の血式少女との恋人生活が始まりまだ一日目だが、すでにジャックはその内の二人の新たな一面を目にしていた。

 その内の二人とは親指姫と眠り姫。この二人は驚くほどに情熱的な一面を持っていて、その大胆さに早朝から何度も度肝を抜かれてしまったほどだ。

 この大胆さは二人が姉妹だからなのか、それとも血式少女だからなのか、あるいは女の子だからなのか、どれが理由なのかは正直なところ良く分からない。だが今ジャックはとある事情により、少なくとも親指姫三姉妹特有の大胆さではないと分かっていた。

 

「さあ、口を開けるのだジャックよ! ワレが手ずからに食べさせてやろう!」

「えっと、その……」

 

 それは朝食の席だというのにこれでもかというほどグイグイ迫ってくるハーメルンのおかげだ。隣の席に腰を降ろし、満面の笑みで口元にスプーンを近づけてくる姿はあまりにも積極的で大胆に過ぎる姿であった。

 ただ本人は別段恥ずかしそうにしていないしむしろとても楽しそうなので、どちらかといえば無邪気という表現がぴったりなのかもしれない。

 

「どうした、あまり気乗りせんようだな? ならば口移しが良いか?」

「い、いや、できれば普通に食べさせて欲しいな!?」

 

 あまりにも大胆すぎることをさらりと提案するハーメルンに、ジャックは即座にマシな方を選択した。

 少し前に眠り姫の色香に当てられて我を忘れそうになった上に、ついさっきは親指姫にディープなキスをされたばかり。挙句の果てにハーメルンに口移しまでされてはもう理性を保てる自信はどこにも無かった。

 

「そうかそうか! よし、あーんするのだジャックよ!」

「あ、あーん……」

「どうだ、美味いか?」

「う、うん。とってもおいしいよ。ありがとう、ハーメルン」

「おお、そうか! よし、では次は貴様の番であるぞ、ジャック! 貴様もワレに手ずから食べさせるのだ!」

「う、うん。それじゃあ、あーんして?」

「あーん!」

 

 その大胆さと積極性に戸惑いと恥じらいを覚えながらも、そのまま何度かハーメルンとの食べさせあいを繰り返していくジャック。

 悪い気はしないし満面の笑みではしゃぐハーメルンの姿は実に微笑ましいものの、ここは二人きりの部屋などではなく食堂。そして今は朝食の時間。当然周りにはジャックとハーメルン以外にも人はいるわけで――

 

「ま、まるで別人のようですわ……恋愛とはここまで人を変えてしまいますのね……」

「これが、恋愛感情に目覚めたハーメルン……」

「何と言いますか、他の誰よりもジャックの恋人らしいことをしている気がしますね~。どこかのツンデレとは大違いです~」

 

 ――積極的なハーメルンの姿に、皆揃って驚愕を露にしていた。

 別世界の記憶を得ていない血式少女たちも事情は全て聞いているはずだが、やはり実際目にすると驚きは桁違いなのだろう。シンデレラは驚きを通り越していっそ怯えているように見えるし、グレーテルですら開いた口が塞がらない感じである。もちろんその驚きはジャックも同じであった。

 

(どこかのツンデレって親指姫のことかな? そういえば親指姫、朝ごはんなのに食堂に来ないなぁ……)

 

 まだ恥ずかしくてジャックと顔を合わせられないのか、親指姫は朝食の席に現れていない。

 ちなみに眠り姫もこの場にはいないが、その理由はジャックのベッドで二度寝している所を起すに起せなかったからである。親指姫にディープなキスをされた後部屋に戻ると、やはりまだ眠かったのかあまりにも幸せそうな寝顔で二度寝をしていたのだ。あんなに気持ち良さそうに眠っている所を起すのはさすがに可哀想だったため、起すのはもう少し後にしてあげようと思ったわけである。

 まあ起すにはキスしてあげないといけないため、もう一度変な気を起さないよう自重したと言う理由も無くは無い。

 

「ハーちゃん、とっても幸せそう。そうだおつうちゃん、私たちもやろっか? はい、あーんして?」

「ええっ!? ひ、姫が僕にあーんを!? は、はい、是非!」

(あの二人はぶれないなぁ。特に人魚姫さん……)

 

 色々複雑な心境であるジャックの視線の先では、大胆なハーメルンに触発されたのか人魚姫がおつうに同じようなことをしていた。

 おつうの方はだいぶ顔が赤いものの、二人とも非常に楽しそうな笑みを浮かべている辺り、やはりあの大胆さは血式少女特有のものなのかもしれない。

 

「あははっ。ハーメルンは随分と積極的だし、人魚もおつうもラブラブだ。あたしもあんな風に迫れたら楽なんだけど、さすがにちょっと恥ずかしいかな?」

 

 ハーメルンの大胆さ、そして仲睦まじい夫婦の様子を目にして赤ずきんが朗らかに笑う。

 一応赤ずきんもジャックの恋人の一人なのだが、ジャックが目の前で他の恋人と触れ合っていても普段とさほど変わらない様子を見せている。なので赤ずきんの反応に対しては安堵の気持ちを抱けたのだが――

 

「……食事中に遊ぶのは感心しないわ、ハーメルン。もうその辺りにしておきなさい」

(ああっ!? ま、またアリスが機嫌悪そうに……!)

 

 ――やはりというべきかかなりご機嫌斜めになっているアリスの反応に、ジャックは心からの焦りを抱いてしまった。

 ジャックのファーストキスが眠り姫に奪われた時は、瞳が一瞬ピンクになるほどの衝撃を受けていたアリスだ。もしかすると親指姫と同じか、あるいはそれ以上にヤキモチ焼きなのかもしれない。それならハーメルンがジャックに迫る様子を眺めるのは心底面白くないことだろう。

 

「ん? ワレは遊んでおるわけではないぞ、お譲よ。こうしてジャックとお互いの絆を深め合って――」

「――そうだ! ねぇハーメルン、実はちょっと君に聞きたいことがあるんだ!」

 

 どのみち恋人達の間で諍いは起きて欲しくないので、ジャックは食い気味に話題を変えた。昨日から、そして実は今も気になっているハーメルンのとある様子の変化について。

 

「む、何だ? ワレに答えられることなら何でも答えてやりょう! ……ろう!」

「えっと、昨日はどうして身体にシーツなんて巻いてたの? それに今日は君の格好がいつもと違うし……もしかして記憶と何か関係があるの?」

 

 満面の笑みで応じたのに言葉を噛んでしまった所は流してあげて、ジャックは隣に座るハーメルンの姿を改めて眺める。

 昨日は何故か身体にシーツを巻いていたハーメルンだが今日は巻いてなどいない。その代わりにいつものボロボロマントに裸同然の格好ではなく、極めて普通の格好をしていた。白いシャツの上に鮮やかなピンクのコートを羽織り、そして頭には同じくピンクの帽子。端的に言えばとても可愛らしい格好であった。

 

「おお、そんなことか。それは実に簡単なことだぞ、ジャックよ。ワレは貴様の恋人、故に貴様以外の男に肌を見せるのは良くないことだからな。昨日シーツを身体に巻いていたのは服が無かったからだぞ」

「えっ!?」

 

 そんなハーメルンの何気ない答えに、血式少女達の間には明らかに戦慄が走っていた。というかジャックも戦慄を覚えた。何故ならハーメルンがあまりにも常識的、というか妙に男心を捉えた台詞を口にしたから。

 

「は、ハーメルンがまともなことを言っているだって……!?」

「こ、これははっきり言ってわらわも驚きました~……」

「くっくっく、ワレは別世界のワレの記憶を得て賢く、そして常識的になったのだ! 最早今までのワレではにゃい! ……ない!」

 

 独り言のように驚愕を零すおつうとかぐや姫。そんな二人に胸を張って言い放つハーメルンであったが、またも盛大に言葉を噛んでいた。しかし今は噛んだことを指摘するよりも重要なことがある。

 

「ハーメルン、まさかあなたが本当に常識を身につけたと言うのかしら?」

「うむ! 確か前までのワレの格好はアレであろう? こーじょりょーぞく的に良くない、のであろう?」

「公序良俗、ね。確かにその通りではあるのだけれど……」

 

 誰よりも先んじて尋ねたグレーテルに返されたのは、発音と滑舌が怪しい所を覗けば完璧に常識的な答え。まさか百点満点の答えが返って来るとは思わなかったのか、グレーテルは眼鏡の奥で瞳を見開いていた。

 

「あんたの口からそんな言葉が出てくるなんて驚きだよ……ハーメルン、あんたのは一体どんな記憶なのさ?」

「ほう、聞きたいか!? ワレとジャックがいかにして恋人となったか、大いに興味があるというのだな!?」

 

 赤ずきんの質問に対し、よくぞ聞いてくれたとでも言わん気な笑みで返すハーメルン。瞳を妙に輝かせているあたり、どうやら喋りたくて喋りたくて仕方が無いらしい。

 

「そりゃあ気になるよ。馬鹿にしてるわけじゃないけどさ、あんたが恋愛に目覚めるなんてあたし以上に不思議で仕方ないからね」

「他ならぬジャックと恋をした話だもの。興味が無いわけがないわ」

「は、はい、白雪も気になります……」

 

 真っ先に頷いたのはジャックの他の恋人達。自分たちとは異なる過程を通ってジャックと結ばれた事実はやはり気になってしまうらしく、話を聞くためかアリスも比較的落ち着いた様子を見せていた。

 

「これほどまでに好奇心を刺激された覚えはあまり無いわね。是非とも話を聞かせてもらいたいわ」

「その、実を言うと私も気になって仕方ありませんわ……」

「はい~、実に面白そうな話で大変興味深いです~」

 

 次いで頷きを見せるのは恋人以外の血式少女たち。

 シンデレラは僅かに頬を染めて女の子らしい反応をしていたものの、他の二人はあまり女の子らしいとは言えそうに無い反応だ。グレーテルは瞳に並々ならぬ知的探究心を燃やし、かぐや姫の方はただたださも愉快そうにニヤニヤと笑っている。

 まあかぐや姫に関しては面白そうなものが見られそうだからという理由で今日は早起きしてきたらしいので、当然と言えば当然の反応かもしれない。

 

「僕も皆と同じ気持ちだよ。正直なところ、ジャックと恋人になった六人の中で君が一番意外に思ったからね……」

「私ももっとハーちゃんの恋のお話聞きたいな。状況が状況だったからあんまり詳しくは話してもらえなかったんだもん」

 

 そしておつうと人魚姫も同じく頷き、皆と一緒にハーメルンへと視線を向ける。

 しかし当のハーメルンは皆の視線を受けて話し始めるのではなく、何故かジャックへと視線を向けてきた。皆と同じどころかそれ以上に期待に輝く瞳で。幾らなんでもさすがにこの状況でハーメルンが何を考えているか分からないほどジャックも鈍くは無い。

 

「正直に言うと僕も凄く興味があるよ。できたら話を聞かせて欲しいな、ハーメルン?」

「そうかそうか! ならば良し、話してやろう! ワレとジャックがいかにして恋人になったかをな!」

 

 望みどおりの答えを返せたらしく、嬉しさのあまりか満面の笑みで席を立つハーメルン。

 話すのは良いのだが今は食事中だし、立って話すのは行儀が悪い。なのでジャックはそれとなく注意しようとしたのだが――

 

「――まあ、それは食事の後にするか。長い話になる故せっかくの食事が冷めてしまう。作り手への感謝を忘れてはならんからな」

「……えっ!?」

 

 ――注意するまでも無く、ハーメルンはちゃんと理解していた。そして理解しているだけでなく、座り直して朝食の続きを食べ始め行動にまで移している。

 かなり意外だったのでまたしても驚愕の声を零してしまったのだが、大体皆も同じような反応をしていたので目立ちはしなかった。

 

(ほ、本当に常識が身についてるなぁ、ハーメルン……一体何があったんだろう?)

 

 公序良俗を意識したり男の気持ちを考えたりしていることといい、間違いなくハーメルンは常識的かつ柔軟な思考が可能になっている。

 果たしてハーメルンがジャックと結ばれた世界では一体どんな出来事があったのか。気になって気になってあまり食事が進まないジャックであった。尤もそれは大体数の血式少女達も同じようであったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てのきっかけはある日の赤ずきんの言葉だ。ワレにはこう、少々常識が欠けているところがあったからな。その勉強をさせた方が良いのではないかと口にしたのだ」

 

 妙に長い時間に感じた朝食の後、ついにハーメルンによるジャックとの馴れ初めの語りが始まった。

 恐らくは眠り姫の時と同じく、ジャックが経験をしていない出来事が恋のきっかけになっているに違いない。常識が欠けている云々はともかくとして、赤ずきんによる勉強の催促の言葉は聞いた覚えが無かった。しかしここから一体どのように恋愛に発展するのか、それが一番の謎である。

 

「んー、確かにあたしもそう思ってるけど自分で教えるのはちょっとなぁ……」

「うむ。ワレの記憶の赤ずきんも似たようなことを言っていたぞ。そこでジャックに白羽の矢を立てたのだ!」

「えっ、僕!?」

 

 謎だと思ったのも束の間、速攻で接点ができてしまう。

 どうやらハーメルンとジャックの馴れ初めは常識の勉強とやらが重要になってくるらしい。

 

「白羽の矢というより、ただ丸投げしただけなんじゃないかな。赤ずきんも勉強は苦手な方だからね」

「それはありえる話ですね~。でもまあ、確かにジャックが適任だと思います~」

「ええ、そうですわね。確かにジャックさんなら優しく教えてくれそうですもの」

 

 呆れたようなおつうの言葉に、かぐや姫とシンデレラが信頼溢れる微笑みを浮かべて続く。まあシンデレラはともかくとして、かぐや姫の微笑みは単純に面白がっているだけだが。

 

「常識の勉強、というのは具体的にどんな勉強だったのかしら? 正直な所曖昧でよく分からないのだけれど……」

「ワレが怒られたり指摘されたり疑問に思ったことをジャックに問い、ジャックがその理由を教えてくれるというものだ。初めはジャックも何をどのように教えれば良いか分からなかったようだからな、最初はそんな感じの勉強の仕方だったぞ」

 

 アリスの尤もな疑問に対してどこか懐かしそうに、それでいてどこか羨ましそうな様子で答えるハーメルン。

 何だか不思議な様子だが実際に経験したわけではないのにその記憶がある以上、こんなちぐはぐな反応になってしまうのも仕方の無いことなのかもしれない。

 

「確かそのお勉強がきっかけで、段々とジャックさんのことが好きになっていったんだよね、ハーちゃん?」

「うむ! ジャックはワレが理解するまで優しく丁寧に教えてくれる上に、ちゃんと覚えられたらいっぱい褒めてくれるのだぞ! そのおかげでワレも勉強が楽しくなってきたのだ!」

「それは本当に勉強が楽しかったんですか? もしかして、ジャックさんと過ごす時間が楽しかったんじゃないでしょうか?」

「おお、良く分かったな! うむ、ワレは本当はジャックと過ごす時間が楽しかったのだ! ただそれにはしばらく気が付かずにいたのでな、その分ジャックとの勉強に集中して賢くなれたのだぞ!」

 

 人魚姫と白雪姫の問いに対しても満面の笑みで答えていく。

 話の内容から察する限りだと楽しい時間を勉強そのものだと勘違いした結果、更にのめりこんで様々な知識を得ることができたのだろう。公序良俗についての判断もできていたあたり、まず間違いなく最低限の常識は身についているに違いない。

 

「では何がきっかけとなって本当の気持ちに気がつけたのかしら。机に向かって勉強しているだけではきっかけとなりそうな出来事など思い浮かばないのだけれど」

「それは実に簡単なことであるぞ。ワレは勉強の才能があったのか大概のことはすぐに頭に入ってしまったのでな、今度はワレが学びたい事柄をジャックに提案するようになったのだ」

「なるほど。きっと頭に何も詰まっていなかったから簡単に詰め込めたのね」

「ぐ、グレーテル……」

 

 遠回しにアホの子だと指摘するグレーテルの言葉におつうが眉を寄せる。しかし反対意見を述べたり否定はしないあたり、おつうも似たようなことを考えたのかもしれない。実際ジャックも似たようなことを考えたのは否定できなかった。

 

「それでワレはジャックに教えてもらうことにしたのだ。ずばり、恋愛についてをな!」

「き、来ました! ついに恋のお話です!」

「ドキドキするね、白雪ちゃん!」

(何か凄く楽しそうだなぁ、白雪姫と人魚姫さん……)

 

 ついに話の核心に迫るためなのか、それとも恋のお話だからなのか。この二人は妙に瞳を輝かせて興奮を露にしていた。まあ女の子はそういうお話が好きらしいので、テンションが上がってしまうのも仕方ないかもしれない。

 

「恋とはそもそも何なのか、恋をするとはどういう気持ちか、ワレはそれをジャックに尋ねたのだ。ジャックもあまり詳しいことは知らんようだったが、それでも自分なりの考えを教えてくれたぞ。照れ臭そうに赤くなりながらな」

「あっ、そうですわ。せっかくですし、今ジャックさんに同じ事を聞いてみませんこと?」

「ええっ!? ぼ、僕が答えるの!?」

 

 傍観者に徹していた所、あろうことかここでシンデレラに話を振られてしまう。

 話はちゃんと聞いていたし答えられないこともないのだが、何人かに眩しいほど輝く瞳を向けられたため寄せられる期待の大きさに少々戸惑ってしまう。

 

「おお! それは実に良い考えであるじょ! ……ぞ! ジャックよ、どんな気持ちを相手に抱いてれば恋をしていると言えるのか、答えてみるが良い!」

 

 おまけに他ならぬハーメルン本人も瞳を期待に輝かせ、ジャックの答えを聞きたがっている。期待に応えられるか自信は無いが、ここは素直に答えるしかない。

 

「う、うーん、そうだね……その人とずっと一緒にいたいとか、その人の笑顔をずっと見ていたいとか、そういう気持ちを抱いていたら恋をしてるってことだと思うよ……?」

「ハーちゃん、判定は?」

「うむ! 正にほとんど同じ回答であるぞ! さすがはジャック、ワレが見初めた相手だけはあるな!」

「え、えっと……ありがとう?」

 

 どうやら期待に応えられたらしく、ハーメルンは満面の笑みで頷いてくれる。見れば白雪姫も似たような反応を示していたので、どこの世界のジャックにとっても恋とは同じ認識だったのかもしれない。

 

「それでハーメルン、君はジャックに恋愛の定義を教えられてどうしたんだい?」

「うむ。恋愛について教えられ、ついにワレは気がついたのだ。ワレがジャックに抱いている想いこそ、正に恋愛感情だということにな!」

「つ、ついに告白ですか!?」

「きっともうすぐだよ、抑えて白雪ちゃん!」

「そ、それで、ジャックさんへの恋愛感情に気が付いた後、一体何をしましたの?」

(あ、シンデレラまで興味津々に……)

 

 期待に瞳を輝かせる女の子二人に更にもう一人加わったため、改めて女の子は恋愛の話が好きなのだと実感するジャック。

 ちなみに飛びぬけて興味津々なのは実の所四人なのだが、若干一名は瞳の輝きが怪しい光なので除外している。グレーテルの瞳の輝きは間違っても恋の話に惹かれる女の子のそれではない。

 

「当然それをジャックに伝えぞ。ワレが貴様に抱いている気持ちが正にそれだということをな」

「ハーちゃん、凄く大胆……!」

「す、凄いです! 白雪にはそこまで大胆なことできません!」

「そんなあっさり自分の気持ちを告白してしまいましたのね……尊敬しますわ……!」

「た、楽しそうですね、姫。白雪とシンデレラも……」

 

 おつうも人魚姫たちのテンションについていけないのか、ちょっと引き気味というか困惑気味だ。おつうだって女の子なのだから興味が無いことも無いはずなのだが、もしかするとこういった場面でも王子様らしく振舞おうとしているのかもしれない。

 

「しかしジャックの奴はワレの言葉を信じなくてな。ワレが勘違いしているだけだと言うのだ。全く失礼な奴であろう?」

「全くですわ。せっかくハーメルンさんが想いを伝えたというのにそれを疑うだなんて、最低ですわよジャックさん」

「ぼ、僕に言われても困るよ……」

「あなたに罪は無いわ、ジャック。相手が相手なのだから、信じろという方が無理な話ね」

「そうですね~、この場合は相手の方が問題だと思いますよ~?」

 

 またしても別世界の自分のことで詰られたものの、今回はグレーテルとかぐや姫がフォローしてくれた。

 とはいえ確かに詰られても仕方ない。実際ハーメルンにいきなり告白されても勘違いか何かとしか思えなかっただろう。やはり別世界とはいえ自分自身である以上、考えることも感じることも一緒なのは疑いようもない。

 

「だからワレは再び尋ねたのだ。どうすればワレの気持ちが本当のものだと証明できるかをな。するとジャックの奴はこう口にしたのだ。本当に相手のことが好きならキスくらいできるはずだ、と」

(えぇっ!? 僕そんなこと言わな――いや、もしかしたら言うかもしれないな……)

 

 一瞬否定しかけるも、冷静に考えてみると意外と言いそうな感じがした。

 どうしてもハーメルンが自分は恋をしていると主張するなら、それが真実かどうか証明してみせてもらうのは当然の成り行きだ。しかしまさか大人な触れ合いができるかどうかと尋ねるわけにもいかないし、恐らく別世界のジャックは妥協してキスができるかどうかを尋ねたに違いない。

 

「それでどうなったんですか!? ま、まさか……!」

「うむ! キスしてやったぞ! 尤も最初はキスが何なのか知らなかった故、まずそれを聞いてからだったがな」

「ハーちゃんさすが! 大胆!」

「だ、大胆ですわ……まだ交際もしていないというのに、いきなりキスしてしまうだなんて……」

 

 喜びや尊敬の溢れる少女達の視線を一身に受け、自慢げに胸を張るハーメルン。

 キスについての知識も無かったとすれば、その行為への抵抗も元々さほど無かったのではないだろうか。当初は裸同然の格好をしていたハーメルンだし、大胆と言うよりは無知故の積極性と言った方が幾分近い気もした。

 

「えっと……つまりそれがきっかけで僕たちは付き合うことになったってことなの? 僕は他に何か言ってなかった?」

 

 しかし六人もの少女と同時に交際をしているジャックでも、楽しそうにしている少女達の話に水を差すほど落ちぶれてはいない。なので思ったことは脇に置いて別のことを尋ねてみた。

 

「うむ。貴様が言ったのと正しく同じように、ワレへの気持ちがまだ分からないと言っていたぞ。まあワレはそれでも構わんから恋人になってもらったがな。尤も恋人として過ごす内に、その内ジャックもワレに恋愛感情を抱いたようだから今さら気にすることも無かろう」

「僕としてはジャックが君に恋愛感情を抱くまでの経緯が気になるんだけどな……」

「それについてはワレにも良く分からん。一緒に過ごす内にジャックはワレのことが好きになっていたのだ。こう、無邪気な可愛らしさにやられたとか何とか言っていたな」

(何となく分かる気がする。もしハーメルンがさっきみたいな調子で迫ってきたら、絶対その内くらっと落ちるだろうなぁ……)

 

 無知故の積極性というか、恥じらいが薄いゆえの大胆さというか。とにかくハーメルンは恋人になった後はガンガン攻めてきたに違いない。それは先ほどの朝食の席での出来事を考えれば明らかだ。

 そしてハーメルンはちょっとおかしな所はあるものの十分に可愛らしい少女。そんな少女にあれだけストレートに好意を示されれば落ちない方が逆におかしい。最初はちょっと意外だったが、今ではハーメルンと恋仲になったというのにも納得だった。まあ良くも悪くもジャックは女の子に免疫が無かったということだろう。

 

「それで晴れて両想いになったということですね! おめでとうございます!」

「意外と普通の馴れ初めでしたね~。ですがわらわとしてもなかなか面白い話でしたよ~?」

「おめでとう! 良かったね、ハーちゃん!」

「おめでとうございます! ああ、何だか羨ましいですわ。そんな体験をした記憶があるだなんて……!」

「ククク、そうだろうそうだろう! そんなわけでワレとジャックは恋人としての関係を歩み始めたのだ! まあジャックとの勉強は楽しいから続けていたがな。それにジャックは徐々に気持ち良いことも教えてくれて――」

「ハーメルン、ストップ! その先は話さなくて良いから!?」

 

 恋のお話がちょっと危ない方向に傾きかけたのを察したため、楽しんでいる所悪いと思ったが全力でハーメルンの口を塞ぐ。

 別の世界の自分のことで相手が恋人とはいえ、自分が女の子に怪しげな知識を吹き込んだなどという事実はこれ以上聞きたくなかった。求められたから教えただけで、ジャック本人から積極的に教え込んだわけではないと思いたい。

 

「そ、そうか。さすがにワレもこの先は少々話すのが恥じゅかしい……恥ずかしいからな」

「私はむしろこの先の方が気になるのだけれど。あのハーメルンがここまで羞恥を露にするほどの変化、一体あなたにどこまで何をされれればこうなるのか、大いに好奇心をそそられるわ」

「姫たちとはまた違う意味で興味津々だな、グレーテルは……」

「その方がグレーテルらしいと言えばらしいんだけど……うーん……」

 

 今まで瞳を輝かせていた人魚姫たちどころかハーメルン本人でさえ頬を赤くしていたものの、グレーテルだけはそんな様子は一切無い。ただただ眼鏡の奥の瞳に好奇心を浮かべ、ハーメルンにじっと熱い視線を注いでいた。

 まあ人魚姫たちと同じ反応をされるのはちょっと似合わないのでジャックもおつうの言葉に頷いたものの、今の状態を認めて良いかどうかは甚だ疑問であった。少なくとも恋愛よりもその先の大人な触れ合いの方に好奇心を惹かれるのはどうかと思う。

 

「……というか人魚姫さんたち、いつのまにかハーメルンと一緒に恋愛の話を始めてるよ。やっぱり女の子ってそういう話が好きなのかなぁ……」

 

 グレーテルらしさを認めるべきか頭を悩ませていた所、気が付けば馴れ初めを話し終えたハーメルンが人魚姫たちとまだ恋愛に関しての話を続けていた。耳を傾けてみるとどうやら恋人としてどんな風に過ごしていたかの話のようだ。

 

「その手の話が嫌いな女の子はいないさ。君も覚えておくと良いよ、ジャック」

「それは王子様としての助言? それとも、女の子としての助言?」

「両方、かな? ああ、それにしても見てくれジャック! 恋の話に花を咲かせる姫のあの輝かしい表情! まるで宝石の如く美しい煌きだとは思わないかい?」

「そ、そうだね、つう……」

 

 まるで心を奪われたかのような恍惚染みた笑みをたたえ、同意を求めてくるおつうの姿に微かに気圧されながらもとりあえず頷く。恐らくはこれが惚気というものに違いない。

 

(そんな風に僕に惚気られても困るけど、確かにつうの気持ちも分かるな。白雪姫とハーメルンの笑顔、凄く生き生きしてて何かちょっとドキドキする……)

 

 とはいえその気持ちは十分に理解できた。恋のお話に花を咲かせる恋人がすぐそこに、それも二人いるので余計に。二人分の眩しい笑顔はジャックの胸を高鳴らせるには十分な輝きであった。

 

(つうとは違って恋人が六人もいるわけだけど、僕もつうみたいに惚気ることができるようになるのかな……)

 

 正に王子様然としたおつうにちょっとした憧れを抱きつつ、ジャックは考える。

 分かっているだけでも眠り姫やハーメルンとの恋人生活は極めて良好だったようだが、ジャックがどれほどそれぞれの少女に熱を上げていたかは未知数だ。もしかしたら人魚姫に熱を上げるおつう並みで、人目もはばからずに惚気たりしていたということも可能性としてはあり得る。

 いっそのこと真実を知っているであろう六人の恋人の誰かに聞いてみるのも良いかもしれないが、白雪姫とハーメルンは楽しくおしゃべり中で邪魔するのははばかられるし、親指姫は恥ずかしさのあまり逃走したまま行方知らず。そして眠り姫はジャックの部屋でぐっすり二度寝中。ならば今質問できそうなのはあとの二人だけであり――

 

「――って、あれ? そういえばアリスと赤ずきんさんは?」

 

 ――ジャックはそこでようやく、二人が今まで話に入ってきていなかったことを思い出した。完全に二人の存在を忘れていたわけではないが、話の内容が内容なので気を払う余裕が無かったというべきか。

 見れば二人はそれぞれの席に座ったまま、がっくりと肩を落して暗い顔をしていた。

 

「うぅ……まさかハーメルンの馴れ初めがあんなに普通のものだったなんてショックだ……色々失敗してたあたしよりも全然まともだよ……」

「やっぱり、私は以前からジャックに恋愛感情を寄せていたのね……何故もっと早く気がつけなかったのかしら……もっと早く気がつけていたら……」

(あ、二人とも何か凄いショック受けてる……)

 

 呟きに耳を傾けてみた所、どうやらハーメルンのジャックとの馴れ初めを聞いて甚大なショックを受けているらしいことが分かった。察するに赤ずきんの方は自分の馴れ初めと比べた結果の悔しさ、アリスの方は今まで恋愛感情に気が付けなかった後悔というところか。

 

「二人とも大丈夫? 何だか凄く落ち込んでるけど……」

「え、ええ、大丈夫よ、ジャック。鈍感で物分りの悪かった私の愚かさを噛み締めていただけだから……」

「あたしも平気だよ、ジャック……まさかハーメルンに負けてるとは思わなかったなぁ。あはは……」

(本当に大丈夫かなぁ、この二人……?)

 

 アリスの方は無表情な上に光の無い瞳で、赤ずきんの方は酷く痛々しい笑みで乾いた笑いを零している。大丈夫かどうかで言えばどう見ても大丈夫ではないと思うし、どう見ても心配をかけまいと強がっているようにしか見えなかった。

 

「あ、そうだ。私、お姉ちゃんのお話も詳しく聞いてみたいな。確かお姉ちゃんの方から告白したんだよね?」

「えっ!? 赤ずきんさんの方から!?」

 

 どうにかして慰められないかと考えるジャックだったものの、人魚姫のその言葉を聞いては思考を中断せざるを得なかった。薄々そうなのでは無いかと思ってはいたが、まさか本当に告白してきた方だったとは。

 

「わあぁぁぁっ!? ちょ、人魚!? 勝手に人のプライベートを皆にバラさないでよぉ!」

「君から告白したのか、赤ずきん。それはちょっと驚きだな。いや、その積極性は君らしいと言えるのかもしれないけど……」

 

 さすがにこの事実を知られたくは無かったのか、赤ずきんは顔を真っ赤にしてちょっと情けない声を上げている。更にはおつうが納得したようなしていないような微妙なことを言うので、顔の赤みは更に深くなっていく。

 

(……ていうか、恥ずかしがる赤ずきんさんちょっと可愛すぎないかな?)

 

 そんな頼りになるお姉さんである赤ずきんが恥じらい動揺する様は、ジャックの目にはかつてないほど可愛らしく映った。憧れの赤ずきんが恋人など畏れ多くてまともに過ごせそうに無い気がしていたものの、この様子だとたぶん至って普通に恋仲だったのではないだろうか。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。でも皆お姉ちゃんの話を聞きたいと思ってるはずだよ?」

「はい! 赤姉様の恋のお話、聞かせて欲しいです!」

「ま、まあ、気にならないといえば嘘になりますわね……」

「ハーメルンの時ほどではないけれど、私も非常に興味を惹かれるわ。あなたは一体どんな経緯でジャックと恋に落ちたのかしら?」

「ええ、私もとても興味があるわ。もう後悔するだけ無駄な状況なのだから、また同じような失敗を犯さないためにももっと知識をつけないといけないもの」

 

 ジャックが赤ずきんの可愛らしさに胸を高鳴らせていると、皆口々に話を聞かせて欲しいとねだっていた。純粋だったり知的好奇心に満ちていたり、いっそ怖いくらいに真面目だったりと様々な反応を示しているが、話を聞きたがっているという一点に関しては皆純粋で汚れが無く、期待に満ちていると言って差し支えない。

 

「ぐっ……ああ、もうっ! 何か変なのも混じってるけど可愛い妹たちにそこまで言われたら話すしか無いじゃん! 良いよ! 全部話してあげるから皆良い子にして聞くんだよ!」

「やったぁ! 今度はお姉ちゃんの恋のお話だぁ!」

 

 そのせいか皆のお姉さんである赤ずきんは可愛い妹達の期待を裏切ることができなかったらしく、自棄になったように席を立って皆に話しやすそうな場所へと移動を始める。

 人魚姫と白雪姫を始めに皆が拍手を送っていたためジャックも同じように拍手を送ろうとしたのだが――

 

「ジャックよ、ちょっと良いか?」

「あれ? どうしたの、ハーメルン?」

 

 ずっと隣に座っていたハーメルンに袖を引っ張られ、そちらに顔を向ける。見れば頬を染めて微妙にもじもじと恥らう見たことの無いハーメルンの姿がそこにあった。

 

(え、何これ? 恥ずかしがるハーメルンって凄く新鮮で可愛いんだけど……)

「いや、思い返してみると貴様の口からはまだ聞いていなかったのでな。その、なんだ……ワレの今の格好は、どう思う……?」

「ど、どうって……」

 

 問われてジャックは再びハーメルンの姿を上から下まで眺める。

 以前までの格好はほぼ裸同然であり、露出度にだけは目を見張るものがあったもののそれだけだ。まあ似合ってはいたがお世辞にも可愛いとは言いにくい。

 しかし今のハーメルンの格好はお世辞抜きに可愛いと断言できる。露出は精々顔や脛のあたりしかないものの、普通の女の子っぽくてとても可愛らしい格好だ。むしろジャックは今の姿の方が前よりも見ていてドキドキしていた。

 

「……うん。凄く可愛いよ、ハーメルン。とっても似合ってるよ」

「そ、そうか! うむ、やはり実際に言われた方が嬉しいものだな! 可愛い、か……えへへ……!」

 

 故に飾り無く本音で答えると、ハーメルンは花のような愛らしい笑みを浮かべて喜びを露にする。その笑顔、そしてその格好。どこからどう見ても恋する乙女のそれにしか見えなかった。

 

(ううっ、思った以上にハーメルンが可愛い! ていうか僕の恋人皆可愛いんだけど!? どうして皆こんなに可愛いの!?)

 

 恋人になってから二人きりで話をしたのは、ハーメルンを入れればまだ眠り姫と親指姫の三人だけ。しかし皆がありえないくらい可愛いということはすでに分かっていた。

 ハーメルンは今現在見たまま可愛いし、何だか妙にヤキモチ焼きなアリスと親指姫もそれはそれで可愛い。自分の馴れ初めの一部を暴露されて恥じらいたじろいでいた赤ずきんも、恋のお話に瞳を輝かせている白雪姫も、ベッドに潜り込んできて甘えてくる眠り姫も皆だ。普通は恋人の欲目と考えるべきかもしれないが、ジャックは過程をすっ飛ばして昨日恋人になったばかりなのできっと違う。

 

「ああ、そう言えばワレも実際には言っていなかったな。よし、ならば今言ってやろう! 愛してるぞ、ジャックよ!」

「え――っ!」

 

 皆の可愛さに想いを馳せていたせいできっと隙だらけだったのだろう。気がついた時にはハーメルンの顔が目と鼻の先まで迫っていて、次の瞬間にはあっさり唇を奪われてしまった。

 さすがに親指姫のようにいきなり舌を入れてきたりはしなかったものの、それでも十分に大胆で積極的だ。まあ朝食の時点でそういうことをやりかねないのは何となく察しがついていたのだが。

 

「ふふっ。今のはワレのファーストキスだぞ? 男は女の初めてを貰うと嬉しいのだろう?」

「は、ハーメルン……」

 

 嬉しそうに笑いながらも若干恥じらい、そしてあながち的外れでもない知識を披露するハーメルン。しかしながらジャックは反応に困り言葉に詰まっていた。

 もちろんキス自体は別に問題ではない。向こうがそれを望むなら応えるという覚悟は眠り姫と話した時に決めているのだし、キスされて嬉しかったのも事実。その証拠に胸はドキドキと高鳴っている。問題はもっと別のことだ。

 

「……あれ? どうしたんですか、赤姉様?」

「ん? いや、何でもないよ。ただちょっとジャックのことを考えてたんだ。あたしの記憶の中でもまだ気持ちが分からないからキスはできないって言ってたのになぁ、って思ってさ」

 

 幸か不幸か、今キスされた所を赤ずきんだけが見ていたという事実。見ればじっとこちらに責めるような目を向け、意味深な言葉を口にしていた。

 冷静に考えてみるとキスに応えるという覚悟を決めたことは眠り姫以外には話していないため、ハーメルンには特別にキスさせたように見えたのかもしれない。それなら子供っぽく頬を膨らませてこちらを睨んでいるのも納得である。

 

(赤ずきんさん以外と子供っぽい反応して可愛いなぁ。ていうか僕そんなことばっかり考えてるなぁ……)

 

 その姿にまたしても可愛らしさを覚えながらも、どことなく不安を覚えるジャックであった。きっと赤ずきんと二人きりになった時には、あんなことを言っておきながらキスしたことに対してたっぷりお説教をされそうだから。

 まあその時はきちんと理由を説明して納得してもらうしかないだろう。同じようにキスしただけで納得してくれれば楽なのだが、あの赤ずきんがそこまで簡単にやりこめるわけがない。

 どうやって説得し、そして機嫌を直してもらうか。その方法を探るためにも、ジャックは赤ずきんが語る馴れ初めにしっかり耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 





 シーツを巻いていたのは愛する男以外には肌を見せないようにするため、でした。ちなみにハーメルンの格好は『カウンセラー』です。一番露出が少ないのがアレなので。
 たぶんハーメルンは無邪気にガンガン迫ってくると思うんですよね。恥じらいもそれなりに薄そうなのでかなり濃厚に。
 次回は白雪姫かアリスの馴れ初めです。次までに想像するのも楽しいんじゃないでしょうか?



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ジャックとの馴れ初め(白雪姫編)


 馴れ初め、その3。今回は白雪姫。
 赤姉の馴れ初めに関しては個別のお話があるので省略しました。知りたい方はそっちを読みましょう(露骨な宣伝)。親指姉様の馴れ初めに関しても個別のお話があるので、あとはアリスの馴れ初めですね。



 

 ハーメルンがジャックとの馴れ初めを語り終え、次いで馴れ初めを語ることになったのは赤ずきん。

 やはり赤ずきんが告白した側であったため、ジャックは相当度肝を抜かれることになってしまった。ある程度予想していたとはいえ、さすがにその事実を突きつけられると衝撃は大きい。

 とはいえ衝撃を受けたのはジャックだけというわけではなかったらしく、赤ずきんの語りが終わってからは質問タイム的な時間が始まった。もちろん何人かは驚愕の他に期待と喜びに瞳を輝かせていたのは言うまでもない。

 できればジャックももっと話を聞いていたかったのだが、残念ながらその場に同席することはできなかった。何故なら次に馴れ初めを語ることになった少女が、まずはジャックにだけ聞いてもらいたいと頼んできたからだ。

 

「う、うぅ……!」

 

 その少女――白雪姫はベッドに座り込み恥ずかしそうに縮こまっている。これから自分の恋のお話を語るのだとすれば、女の子としては当然の反応かもしれない。

 ちなみに場所は白雪姫の部屋だ。ジャックの部屋はまだ眠り姫がベッドでぐっすり眠っているはずなので、気持ち良く眠っている所を邪魔したくはなかった。まあ本当は眠り姫に対して不埒な行為を働きかけたので、今はちょっと顔を合わせにくいという理由が無くも無い。

 

「ねぇ、白雪姫。話すのが恥ずかしいなら別に僕には話さなくても良いんだよ?」

「い、いえ、大丈夫です! というより、ジャックさんには先に聞いて頂きたいんです!」

「う、うん。そっか……」

 

 見かねて声をかけた所、力強い答えと決意の眼差しが返ってくる。ただし頬はかなり赤く染まっているため、羞恥を感じているのは明らかだ。

 無理をしているように見えなくも無いが、白雪姫もまたジャックにベッドで色々されたであろう記憶を持っている少女。その羞恥に耐えられたのだからさほど問題は無いのかもしれない。

 

「それで、白雪姫はどうして僕と恋人になったの?」

 

 なので話を聞くことにしたジャックは隣に腰を降ろしてからそれを尋ねる。

 恥じらいを堪えるようにしばらく視線を彷徨わせていた白雪姫だが、やがてしっかりとこちらに瞳を向けて口を開いた。

 

「……その、お話しする前に聞いておきたいんですけど、ジャックさんは……白雪のこと、ぽっちゃりしてるって思いますか?」

「えっ? 別にそんなこと思ってないよ。でも、それがどうかしたの?」

 

 しかしかけられた言葉は不思議な質問であった。自分は太って見えるかどうかという、あまり関係の無さそうな質問。

 一瞬首を捻ってしまうも、もちろんジャックは正直に答える。すると白雪姫はまたしても恥じらいに頬を染めたものの、今度は比較的頬の赤みは薄かった。むしろ照れ笑いに近い感じの恥じらいである。

 

「そのぉ……実はそれが白雪とジャックさんの恋に関係があることなので、予め聞いておきたかったと言いますか……」

「そ、そうなんだ。でも一体どう関係があるの? 君の記憶の中の僕だって、同じことを言ったんだよね?」

 

 別の世界のジャックも他ならぬジャック自身。言うこと為すこと自分と同じだということは眠り姫やハーメルン、そして赤ずきんの話を聞いてすでに理解している。

 白雪姫はしばらくもじもじと視線を彷徨わせていたが、やがて決心がついたのだろう。視線を自らの膝へ落し、ついに口を開き始めた。

 

「……実はですね、時々血式少女隊の皆で身体測定をしているんです。制服のサイズ直しなども兼ねてのことなんですけど、それが白雪とジャックさんの恋のきっかけになったんですよ」

「えっ、君たちの身体測定がきっかけに?」

「はい。実は白雪はその時の身体測定でまたしても思い知らされてしまったんです。やっぱり自分は皆と違って、ぽっちゃりさんだなぁと……なので白雪はその後お部屋で一人落ち込んでいたんです」

 

 首を傾げてしまうジャックの隣で更に続けていく白雪姫。その視線が自らの膝というより、お腹や太股に向けられているように見えるのはたぶん気のせいではないのだろう。

 

「でもその時ちょうどジャックさんが訪ねてきまして、その様子を見かねて優しく慰めてくれたんですよ」

「そ、そうなんだ。それは良かったね?」

 

 見かねて慰めの言葉をかけてあげようとした所、その前に顔を上げて満面の笑みを向けてくる。

 眩しさと可愛らしさに溢れた笑顔を前にして一瞬言葉に詰まってしまうジャックだったが、幸いなことに白雪姫は特に疑問に思わなかったらしい。贅沢な悩みに違いないが恋人が皆可愛くて少々困っているジャックであった。

 

「でも、それって事情を知ってて慰めたの? もしかして何も知らないまま慰めてたとか……」

「あ、白雪がジャックさんにお話ししました。どうしてそんなに落ち込んでいるのか事情を聞かせて欲しいと、凄く真摯に言ってくださったので」

「そ、そうなんだ……ごめんね? 別の世界の僕、デリカシーが無くて……」

「い、いえ! 白雪も誰かに聞いて欲しいと思っていましたから気にしないで下さい! それに結果としてはジャックさんのその優しさのおかげで、白雪は恋を叶えられたんですから!」

 

 非常にプライベートかつ話しにくい事柄を追求した別世界の自分の悪事を謝罪するものの、白雪姫は全く気にした様子も無くむしろ慌てて否定してくれる。

 そんな失礼な真似をした記憶はないので、やはりこれこそが白雪姫との馴れ初めなのだろう。まあ同じ状況に遭遇したら同じく慰めてしまうのは自分でも予想が付くが。

 

「うーん、そこからどう恋に繋がるのかは良く分からないなぁ。一体何があったの?」

「実はその後、白雪は思わずこんな独り言を零しちゃったんです。『こんなぽっちゃりした情けない白雪じゃあ、恋が叶うのは夢のまた夢です』って……」

「恋、って……も、もしかして、僕への……?」

 

 皆の意思を確認した昨日のあの場面、白雪姫は元からジャックに対して恋心を抱いていた事実を口にしていた。ということは別世界の白雪姫もまたジャックに恋をしていてもおかしくはないのだ。

 まあそれが分かっていても口にするのには多少の躊躇いと居心地の悪さが拭えなかった。

 

「は、はい。その時のジャックさんは白雪が恋をしている相手が誰なのか分かっていませんでしたし、聞かなかったことにしてくれました。でも白雪は他ならぬジャックさんの前で自分がいかにぽっちゃりしているかを語ってしまったんです。だから白雪はその時に決めました。『このままじゃいけない、絶対に痩せなければ!』って」

「……もしかして、ダイエットを始めたの? 全然必要無さそうなのに」

 

 返ってきた頷きとダイエット宣言に対し、思わず小首を傾げてしまうジャック。

 ついつい白雪姫の身体に視線を移してしまうものの、この話の流れでは仕方ないと言えるだろう。そうして爪先から首元までじっくり眺めてみるものの、感想はやはり変わらない。服の上からなので細かな所は分からないが、別段ダイエットが必要そうには思えない身体つきであった。

 

「記憶の中でもジャックさんはそう言ってくれました。でも、白雪は好きな人の前で自分がぽっちゃりしていることを語ってしまったんです。ダイエットの一つや二つしなければ収まりがつかなかったんです……」

「そ、そうなんだ……な、何か、ごめんね?」

 

 どうやら引くに引けない状態に追い込んだのはジャックだったようなので、とりあえず謝罪をしておく。確かにジャックも好きな女の子の前で自分がいかにカッコ悪いかを語ってしまったら、それが事実でも少しくらいはカッコつけたくなるだろう。

 

「い、いえ! ジャックさんは悪くありません! 元々ジャックさんには身に覚えが無いことですし、何よりダイエットは辛かったですがとても幸せな時間でもありましたし!」

「えっ、ダイエットが幸せ? 辛そうなイメージしかないんだけどどうして幸せだったの?」

 

 ダイエットとは食事制限と運動が主だということは、あまり深い知識の無いジャックにも分かる。軽めの制限と運動ではさほど意味は無いだろうし、辛さを感じられる程度でなければ効果は無いはずだ。

 にも関わらずそれを幸せな時間と言ったのは一体何故なのか。再び首を傾げてしまうジャックの前で、白雪姫はぽっと頬を染めていた。

 

「それは、その……ダイエットすることを話した時、ジャックさんにお願いしたからです。もし迷惑でなければ白雪に力を貸してください、と。そのおかげで苦しいダイエットをしながらも、幸せな時を過ごせたと言いますか……」

「えっと……つまりダイエットにかこつけて僕と一緒に過ごせたから、幸せだったってこと?」

「は、はいぃ……白雪、あざとい子ですみません……」

 

 どこか罪の意識を感じさせる口調で言うと、白雪姫はそのまま顔を伏せてしまう。

 まあわざわざダイエットの手伝いを求めていながら、本当は一緒に過ごすことが目的だったなら多少は罪悪感を覚えるのも仕方の無いことだろう。白雪姫は素直で健気な良い子なのでなおさらだ。

 

「別に良いんじゃないかな? だってダイエットはちゃんと頑張ったんだよね? あんまり必要無さそうだけど……」

「はい、それはもう頑張りました! 他ならぬジャックさんが近くにいましたし、絶対に痩せなきゃと思って頑張りました! ただ、そのぉ……少し頑張りすぎたと言いますか……」

「え? 頑張りすぎたって、一体どうなったの?」

 

 勢い良く頷いたかと思えば、今度は顔ごと視線を泳がせる白雪姫。

 背けた顔を覗き込んでみれば、そこに広がっていたのは気まずそうな苦々しい表情。その表情とダイエットを頑張りすぎたという言葉から考えれば、ジャックも自然と予想がついた。

 

「……倒れて、救護室に運ばれちゃいました」

「それは頑張ったっていうか無理しすぎだよね!? もうっ、だから必要ないって言ったのに!」

 

 予想通りの展開に対し、思わずジャックは多少を声を荒げてしまう。

 必要があるほど太っていたならともかく、白雪姫の場合は明らかにそんな必要がなかったのだ。にも関わらず頑張りすぎて倒れてしまえば、さすがにジャックも一言くらい物申したくなる。例え別の世界の自分がすでに注意したことでも、だ。

 

「うぅ……白雪が実際にやったことじゃないのに、同じ風に怒られてしまいました……」

「ご、ごめん、怒ってはいないよ。でも、倒れるくらいダイエットするなんて無理しすぎだよ……」

 

 白雪姫は小さく縮こまってしまったので、罪悪感に駆られてこちらも謝罪しておく。自分がしていないことで責められる理不尽を知っている身としては、さすがにこのまま流すことはできなかった。交際している女の子などいないのに三人の少女に浮気を疑われた朝は未だ記憶に新しい。

 

「分かってはいたんですけど、いつもジャックさんに協力してもらっていましたから手を抜くわけにはいかなかったんです。頑張っている所を見て欲しいという気持ちもありましたから……」

「そ、そうなんだ……それで、それからどうなったの?」

「はい。ジャックさんが白雪にいっぱいお説教をして、最後にこう言ってくれたんです。『君の気になってる男じゃないからどうでも良いかもしれないけど、僕はそのままの君が一番だと思うよ』って……」

「えっと……もしかして僕、ずっと気付いてなかったのかな?」

 

 どこか瞳を輝かせながら語る白雪姫に、嫌な予感を覚えて思わず眉を寄せて尋ねる。残念ながら返ってきたのはとても眩い笑顔での肯定であった。

 

「はい! ジャックさんは全然白雪の想いに気付いてませんでしたよ! 後で話してくれましたけど、ずっと白雪が気になっている男の人は誰かを考えてヤキモキしていたみたいです!」

(うわぁ! それは恥ずかしい……!)

 

 白雪姫が想いを寄せている男が実は自分のことなのに、全く気が付かずに自分はそのままの君が一番だなどとのたまう。さすがにこれは言った方も言われた方も恥ずかしいだろう。まあ目の前の白雪姫はどう見ても喜び極まった感じの笑顔を浮かべているのだが。

 

(というか白雪姫が気になっている相手が誰か気にしてたあたり、たぶん僕も徐々に白雪姫のことが気になっていったんだろうなぁ。白雪姫は頑張り屋だし、たぶんダイエットを頑張る姿を見て……)

 

 白雪姫が頑張って物事に打ち込む健気な姿を間近で見続ければ、想いを寄せてしまうのも十分理解は出来た。

 理由と内容が引くに引けなくなってダイエットというのはちょっとどうかと思うが、それも白雪姫らしくて可愛らしいと言えなくも無い。少なくともハーメルンとの馴れ初めよりはジャックにも思い浮かべやすいものであった。

 

「だから白雪、ちょっと卑怯ですけど聞いちゃいました。『それならジャックさんはもし白雪が告白したら、受け入れてくれますか?』って」

「ああ、うん。それで僕が頷いたから、君は思い切って告白したってことなのかな?」

「はい! ジャックさんも白雪のことが少しずつ気になってきていたみたいで、本当に白雪を恋人にしてくれました! その代わりもう無茶なダイエットは禁止って条件を出されちゃいましたけど……」

「それは当然だと思うよ。白雪姫は頑張り屋だから言い聞かせておかないと絶対また無茶なダイエットを始めそうだし……」

 

 普通のダイエットくらいならともかく、倒れてしまうくらいにやりすぎるのはさすがに看過できない。今ここでジャックもたっぷりお説教と注意をしておくべきかもしれないが、その辺りはたぶん白雪姫の記憶の中で代わりに自分がやってくれていることだろう。

 

「うぅ、またジャックさんに同じことを言われてしまいました……」

「まあその辺のことは君の記憶の中で僕が口を酸っぱくして言ってるだろうし、これ以上僕からはとやかく言わないから安心してよ。それに、僕はそのままの白雪姫の方が好きだからね?」

「ジャックさん……!」

(あ、何か予想以上に嬉しそうにしてる……)

 

 喜びに頬を緩ませ、瞳に感動さえ浮かばせている白雪姫。もしかすると『そのままの白雪姫の方が好き』という言葉に感銘を受けたのかもしれない。そしてこの反応からするとたぶん恋人として好きだという意味に取られている気がしなくも無い。

 その辺りの気持ちは未だ良く分かっていないジャックだが、特に否定しようとは思わなかった。恋人としての好きという気持ちなのかどうかはともかく、今の白雪姫の笑顔を見て愛おしい気持ちになれるのは確かなのだから。

 

(もうこの流れでキスしちゃった方が良いかな? もうすでに三人とキスしちゃったんだし、他の子にはしないっていうのもむしろおかしいし……)

 

 それにどうも良い雰囲気のようなので、キスをするなら今した方が賢明かもしれない。後で他の子にはキスしていたことがバレて問題になるよりは、多少気まずい思いをしても今の内にキスしておいた方が得策だろう。

 もちろん白雪姫にキスをすればまだキスしていない赤ずきんとアリスにもしなければならないのだが、ここまで来れば最早今更である。

 

「白雪姫……キスしても、良いかな?」

「えっ!? き、キスですか!? そ、それは、その、願ったり叶ったりで白雪も嬉しいんですけど……良いんですか? ジャックさん、確かまだ白雪たちへの気持ちが分からないからって……」

「確かにそうなんだけど、僕には六人も恋人がいるからね。こんな関係を受け入れて貰ってる以上、僕には君たちを幸せにするために何でもする義務があるんだ。だから君達がキスして欲しいなら……僕は、いくらでもキスするよ?」

「ジャックさん……」

 

 その言葉にやはり嬉しそうに微笑む白雪姫。

 しかしその微笑みはどこか気に病んでいるような複雑な色を湛えていた。もしかすると自分には義務があるからと口にしたせいなのかもしれない。純粋にお互いに好意を寄せ、愛し合っていたであろう記憶を持つ白雪姫からすると義務感からの行動には若干思う所があるのだろう。

 

「ただ義務を感じてるのは確かだけど、それと同じくらい幸せな気持ちを感じてるのも確かなんだ。だって僕の恋人は白雪姫も含めて皆可愛いし、そんな子達が皆僕の恋人っていうことに喜びを感じないなんて言ったら嘘になるからね。だから君が気にやむ必要は何も無いんだよ?」

「は、はい。それじゃあ……お願いしますね?」

 

 だからある意味そんな邪な本音を漏らし、白雪姫が抱いた悩みを払拭してあげた。

 実際あんなに魅力的で可愛い女の子たち六人が自分の恋人なのだから、ジャックだって優越感くらいは覚えている。問題なのは恋人たちの間で仲違いや喧嘩が起こらないように尽力することや、魅力に飲まれて不埒を働かないように堪えるのが予想以上に大変そうなことくらいだ。

 

「うん。それじゃあ――」

 

 どこか恥ずかしそうに、しかし頬を緩ませて頷いた白雪姫。ジャックは体の向きを変えて向き合うような感じになると、その両肩に静かに手を置いた。

 

「っ……!」

 

 途端に小さな緊張の吐息が零れる音が聞こえ、肩に置いた手の下からは身体の強張りが伝わってくる。

 やはりジャックとキスやそれ以上のことをした記憶があっても、今は記憶でしかないからこそ緊張や恥じらいは新鮮なものなのだろう。見れば白雪姫は顔を林檎の様に真っ赤にしてぷるぷると震えていた。

 

(本当は僕にもっと凄いことをされた記憶があるのに、キスだけでこんなに恥ずかしがるなんて……白雪姫は可愛いなぁ)

 

 そんな様子に微笑ましさと愛らしさを覚え、ついついジャックは頬を緩めてしまう。

 自身の緊張と恥じらいが思ったよりも薄めなのはすでに三人の少女と唇を重ねたからか、それとも目の前の少女がいっそ気の毒なほどの反応を見せているからか。恐らくは後者だと思いたい。

 

「んっ――」

 

 そうして固まっている白雪姫に顔を寄せ、その唇を優しく奪う。

 身体の強張りとは対照的に唇は柔らかく、感触にジャックの心臓が飛び跳ねたのは言うまでもない。やはり直前まで緊張や恥じらいが薄めだったのは白雪姫の方が強い反応を見せていたからだったらしい。胸に湧き上がる幸福感と共に、ジャックは自分がまだ擦れていないことに微かな安堵を覚えていた。

 

「ふぁ……夢みたいです。本当にジャックさんにキスしてもらえるなんて……」

(白雪姫、もの凄く幸せそうな顔してるなぁ……)

 

 唇を重ねたのは五秒にも満たない僅かな時間だったにも関わらず、うっとりとした表情で余韻に浸っている白雪姫。それこそ正に恋する乙女とでも表現できる表情である。

 幸せを感じてくれているなら何よりだが、できることならばもっと幸せを感じさせてあげたい。なのでジャックは頭の片隅に留めておいた考えを口に出した。

 

「ねえ、白雪姫。良かったら今度から君のこと白雪って呼んでも良いかな?」

「えっ!? あ、は、はい、どうぞ!」

 

 一瞬驚愕に目が見開かれたものの、先ほどよりも深く顔を綻ばせる。

 やはり眠り姫と同じく愛称で呼ばれるのが嬉しかったのだろう。この様子だと白雪姫の記憶の中ではいつも愛称で呼んでいたのかもしれない。

 

「あの、ジャックさん。どうして突然そう呼ぶことにしたんですか? 白雪の記憶ではこちらからお願いするまでは呼び方は変わりませんでしたよ?」

「うん。実は眠り姫――じゃなくて、ネムが自分のことを愛称で呼んで欲しいってお願いしてきたんだ。だからもしかしたら白雪姫も――白雪もそうなんじゃないかって思って」

「そうだったんですか。ふふっ、本当は甘えん坊さんなネムちゃんらしいですね」

 

 その事実を伝えた所、微笑ましそうな笑いが返って来る。

 白雪姫が笑っているのは眠り姫の甘えん坊な言動か、それとも愛称で呼ぶと決めながら間違って普段どおりの呼び方をしてしまうジャック自身か。

 

「そうだね。だけどそう言う白雪も同じ事を頼んだんだから、やっぱり甘えん坊だったりするのかな?」

「そ、そうですね。白雪も結構な甘えん坊だと思います。ジャックさんとはいつも一緒に過ごしてましたから……」

(うーん。本人はそう言ってるけど凄く大人しい方だと思うなぁ。親指姫やネムに比べると……)

 

 恥ずかしそうに頷き俯く白雪姫であるが、長女と三女に比べれば圧倒的に大人しい。

 三女である眠り姫は恋人になった途端に不意打ち気味のキスをしてきたし、朝にはいつのまにかベッドの中に忍び込んできていた。長女の親指姫に至っては強引に大人な口付けをしてきた上、他の恋人にしたことはその三倍は自分にもしろというヤキモチ全開の言葉を投げかけてきたほどだ。

 そんな二人に比べれば明らかに大人しいし、さほど甘えん坊にも見えない。ついでに言えば大胆さもやはり少なく大人しめに思える。

 

「あのぉ、ジャックさん……」

「うん? どうしたの?」

「その……一つだけ、お願いを聞いてくれますか?」

 

 しかしそう思っていたのも束の間、何やらぽっと頬を染めた白雪姫が躊躇いがちにお願いを求めようとしてくる。

 一見大人しそうに見えても血式少女、それにやたら大胆なあの二人の血の繋がった姉妹だ。一体どんなお願いをされるのか、多少不安に思いながらもジャックは頷いた。

 

「うん、いいよ。言ってみて?」

「はい。もう少しだけ、このまま一緒にいて欲しいです。皆さんに待ってもらっているのは分かるんですけど、もう少しだけ……」

 

 だがその口から紡がれたお願いはやはり大人しいものであった。それも微笑ましさを覚えてしまうくらいに可愛いお願いだ。

 三姉妹でも大胆に過ぎたのは他二人だけだったことや、ハーメルンの積極性から考えるに、たぶん三姉妹特有とか血式少女特有とかではなく純粋に個々人の気性や性格の問題なのだろう。一つ謎が解けたジャックは若干晴れやかな気持ちを覚えながら頷いた。

 

「うん、良いよ。少ししか一緒にいてあげられなくてごめんね?」

「い、いえ、ジャックさんには白雪の他にも恋人がいっぱいいますから、仕方ないことだと思います……」

 

 自ら事情を口に出し、こんな不誠実な関係を受け入れてくれる白雪姫。ただそれでもやはり思う所はあるのだろう。ぴったりと身体を寄せてきたので横目に表情を覗き見れば、ほんの少しだけ残念そうな顔をしていた。

 責任を取るためにも恋人達との関係を解消するわけになどいかないし、そもそも皆は本気でジャックに好意を寄せてきているのだ。結局ジャックにできるのは皆を受け入れることと、皆を幸せにするためにできる限り努力することである。

 

「あっ……」

 

 なので無言で白雪姫の手を静かに取り、ぎゅっと握る。

 本当はもう一度キスをした方が良かったかもしれないと考えたジャックだが、少なくとも選択が間違いでないことはすぐに分かった。白雪姫が幸せそうに微笑みを浮かべ、手を握り返しながら頭をジャックの肩に預けてきたから。

 

(親指姫とネムに比べると凄く大人しいけど、白雪もやっぱり可愛すぎるよ。下手にもう一度キスしなくて良かったかもしれないなぁ……)

 

 大胆さは無くとも、可愛らしさでは全く姉妹二人に引けを取っていない。

 ジャックの肩を枕に安心しきった微笑みを浮かべる白雪姫の姿を横目で眺めながら、ジャックは愛しさと若干邪な気持ちが混ざった複雑な気持ちを覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます、ジャックさん。今はこれで充分です」

 

 二人で無言のまま寄り添いあい、およそ数分。

 やはり今も待っているであろう皆のことを気にしているのか、白雪姫は思ったよりも早く終わりの言葉を口にした。できることならもっと一緒にいてあげたいが、ジャックにとっては他の恋人たちを待たせている状況だ。やはりここは白雪姫の口にした通り、終わりにしておくのが懸命だろう。

 

「うん。どういたしまして――っていうのは、ちょっと変かな? 僕たちは一応恋人同士だからね」

「あっ、それもそうですね。じゃあ……またよろしくお願いしますね?」

「うん、もちろんだよ。それじゃあ皆のところに戻ろうか。きっとアリスたちも白雪の話を聞きたくて首を長くして待ってるだろうしね?」

「そうですね。白雪も赤姉様に聞きたかったことが色々とありますし、皆さんの所に戻りましょうか」

 

 幾ら赤ずきんやハーメルンに対して質問が投げかけられていたとしても、さすがに今の今まで続いているということはないだろう。きっと皆新たな馴れ初めを聞かせて欲しがっているに違いない。

 なのでジャックは白雪姫と共にベッドから腰を上げ、そのまま部屋を後にしようとした。

 

「――あっ! ジャックさん、その前に一つだけ聞いておきたいことがあるんですけど……良いですか?」

 

 しかし最後に一つ尋ねたいことがあったらしい。白雪姫は改めてジャックに向き直ると控えめに尋ねてきた。何故か顔を赤く染めて恥ずかしそうにしながら。

 

「うん、良いよ。何が聞きたいの?」

「その……ジャックさんはたくさんの別の世界で別の女の子と結ばれているみたいですけど、本当はどんな身体つきの女の子が一番好きなんですか?」

「えっ!? か、身体つき!?」

 

 そんな表情で投げかけられたのは、あろうことか予想外に踏み込んだ質問。恋人が六人いてもジャックはまだまだ恋愛経験その他はほぼ皆無の状態なので、当然ながらこの質問には少なからず動揺と微かな羞恥を受けてしまった。

 

「す、すみません、ちょっと気になってしまったんです。ジャックさんはスレンダーな親指姉様ともグラマーなネムちゃんとも結ばれた世界があるようですから、本当はどんな身体つきの女の子が好きなのかなぁって……」

(う、うーん。言われて見れば確かに一貫性は無いよね、そのあたりは……)

 

 かなりスタイルの良い赤ずきんと眠り姫に、スレンダーなアリスとハーメルン、そして親指姫。白雪姫もどちらかと言えば前者に含まれるタイプなので、客観的に見てもそういった傾向は見られない。

 まあ客観的に見るなら親指姫はスレンダーというよりも別の言葉が相応しそうな気もするのだが、そこは考えると何だか怖いのでジャックは深く考えるのは止めておいた。

 

「どこの僕も特別好きな身体つきとかはないと思うし、僕自身も無いと思うよ? 皆の馴れ初めを聞いた限りだと、僕は別に身体つきで好きになったわけじゃないみたいだからね。そこはたぶん白雪姫が一番良く知ってるんじゃないかな?」

「あっ……」

 

 体型を気にしている白雪姫だからこそ、その恋人となったジャックはきっと事あるごとに似たような言葉をかけていたに違いない。

 思い当たる節が色々とあったらしく、白雪姫は納得したような顔でこくりと頷いた。何故か猛烈に顔を赤くして恥ずかしそうに俯いていたが、そこは深く追求しない方がきっとお互いのためだろう。

 

「そ、そうですね……ジャックさんは、白雪に対してもケダモノさんでしたから……」

(ああ、やっぱり! というかわざわざ口に出さないで、白雪!)

 

 独り言のように自ら語る白雪姫に対し、動揺を隠せないジャック。恋人達の間でジャックはケダモノという認識が満場一致であったあたり、少なくとも別の世界のジャックには身体つきの特別な好みなどが無いのは確からしい。尤もそれが分かった所でただただ恥ずかしいだけであるが。

 

「えっと……聞きたいことってそれだけかな? 他に聞きたいことが無いならそろそろ皆のところに戻ろうか?」

「は、はい、そうですね。戻りましょうか」

 

 話の内容のせいで多少居心地が悪くなったジャックだったが、どうも白雪姫はまた違うらしい。顔を赤くしながらも寄り添うように近寄ってきて、一緒に部屋の外へと出て廊下を歩く。

 その距離は今までの友達や仲間という関係よりも更に深くなったことを表わしているようで、多少落ち着きの無さを感じる反面どこか心地良さを感じるジャックであった。未だ色恋に関する感情は良く分からないが、決して悪くは無い気分である。

 

「あっ、じゃっくだ! じゃっくー!」

「わっ!? どうしたの、ラプンツェル? そんなに急いで……」

 

 そんな気分で白雪姫と寄り添い廊下を歩いていると、突如として正面からラプンツェルが駆けてきた。咄嗟にその身体を受け止めたジャックが目にしたのは、何やら期待に満ちた丸い瞳で見上げてくる可愛らしい姿であり――

 

「じゃっく、ラプンツェルともこいびとになろー!」

「えぇっ!?」

 

 ――その口から飛び出したのはあまりにも予想外な言葉であった。

 まあ少し考えれば予想はできなくもないのだが、あまり考えたくない類のことなのは確かだ。何よりラプンツェルにはジャックたちの事情は多少濁して伝えてあるので、こういった提案は出てこないはずなのだ。

 

「こいびとどうしでえっちなことをするとこどもができるんだよね!? だからラプンツェルもじゃっくのこいびとになりたい!」

(誰だ!? ラプンツェルに変なことを吹き込んだのは! まさかハーメルン!?)

 

 しかしラプンツェルが口にしたのは決して知らないはずの、それも当たらずとも遠からずな知識。当然幼いラプンツェルがこんな知識を一人で身に付けるとは思えないので、誰かが吹き込んだのは間違いない。一番やりそうなのは別世界の自分の記憶を得たことで変に知識が付いたハーメルンあたりか。

 

「ねーねー! いいでしょー、じゃっくー!」

「え、えっと、ラプンツェル? 誰から聞いたのかは分からないけど、とりあえず君が聞いたことは全部忘れようね? それから、さすがに君みたいな小さな子供を恋人にするのは問題があると思うんだ……」

「えー、なんでー? おやゆびだってラプンツェルとおんなじくらいちいさいよー?」

(……どうしよう! そこはあんまり否定できない!)

 

 服を引っ張ってねだってくるのでやんわり断ろうとしたのだが、否定し辛い事実を返されて言葉に詰まってしまう。

 考えると何故か怖いので考えないようにしていたものの、確かに親指姫はスレンダーなアリスたちよりはラプンツェルの方が幾分か近いと言える。ただそれでも見た目が近いだけであり、中身はしっかり三姉妹のお姉さんなのだが。

 

「えーっと……親指姉様は少し身体が小さいだけで、本当はお姉さんですから……」

「そ、そうだよ、ラプンツェル。それに恋人になるって言っても、君は僕と恋人になった記憶は無いよね? 僕が皆と恋人になったのは、皆にその記憶があったからなんだよ? それに皆、純粋に僕のことが……す、好き、だからで……」

 

 事実とはいえ口に出すのは何だか気恥ずかしく、ついつい尻すぼみになってしまう。隣を見れば白雪姫も多少頬を染めていた。

 

「きおくっていうのはよくわからないけど、ラプンツェルもじゃっくのことすきだよ! だからこいびとになろー! じゃっくにはいっぱいこいびとがいるんだし、ひとりくらいふえてもかわんないよね!」

「そ、そうですね。確かに六人が七人になってもあまり変わらないと思います……」

(凄く痛いところを突いてくるなぁ。子供の純粋さって怖い……)

 

 無邪気な顔で明らかにおかしい所を鋭く指摘され、罪の意識やら居心地の悪さやらを覚えるジャック。確かに恋人が六人もいれば一人くらい増えた所で、傍から見ればさほど変わりはないように見えるだろう。尤も当事者であるジャックには六人でもすでにいっぱいいっぱいであるが。

 それにラプンツェルと白雪姫たちの『好き』では決定的に中身が異なる。それこそ友愛と恋愛のレベルでの違いだ。まだまだ幼い少女の『好き』という気持ちと、ジャックと

愛を育んだ記憶を持つ大人びた少女たちの『好き』という気持ちでは深さも強さも違いは明らかである。

 

「……ラプンツェル、君はどうして僕と恋人になりたいの?」

「こどもをつくるためだよ! こいびとになってえっちなことをすれば、こどもができるんだってねむねむがいってたよ!」

「そ、それは間違って――い、いえ、間違っているわけでもないんですけど! えっーと、その!」

(犯人はネムだった! 疑ってごめん、ハーメルン!)

 

 すでに知識を吹き込んでしまった以上、最早眠り姫に注意をしても手遅れである。なのでとりあえず疑ってしまったハーメルンに後で謝っておこうと決めるジャックであった。

まあ今はこの場を乗り切ることの方が重要だが。

 

「えっとね、ラプンツェル。君は子供が欲しいから恋人になりたいんだよね? それはちょっと間違ってるっていうか、順番が逆っていうか……そんな風に思っていたら恋人にはなれないんだよ?」

「そーなの!? じゃあラプンツェル、じゃっくとこどもつくれないのー!?」

「つ、作れないってわけじゃないけど……うーん……」

 

 期待に満ちていた面差しを一転して落胆と悲しみに染めるラプンツェル。

 ここで作れないとばっさり切り捨てることができれば、今後の憂いもきっと無くなることだろう。それは分かっているのだがこんな今にも泣きそうな顔をしたラプンツェルに対し、冗談でもそんな惨い言葉をかけることはできなかった。むしろ何とか笑顔にしてあげたい。

 

「あっ、そうだ! じゃあラプンツェルが大人になってもまだ僕と恋人になりたいって思ってたら、その時は僕も考えるよ。それまで君の気持ちが変わらなかったらね?」

「ほんとうー!? やくそくしてくれる!?」

「う、うん、約束だよ?」

「わーい! ラプンツェル、はやくおとなになるー!」

 

 ジャックが捨て身の約束を結んだ所、途端にキラキラ輝く元気いっぱいの笑みを浮かべて駆け出していくラプンツェル。

 何とか笑顔にさせることはできたし、この場をやり過ごすことも出来たので上出来と言える対応だろう。問題と言えるのはラプンツェルの気持ちが大人になっても変わっていなかった時のことか。

 

(もしラプンツェルが大人になってもまだ気持ちが変わっていなかったら……いや、さすがにその頃には小さい頃の気の迷いだって気づいてるか、僕以外の相手が見つかってるよね? そうじゃなきゃ困るよ、ラプンツェル……)

「ふふっ。ラプンツェルさんもジャックさんの恋人になったら、毎日が楽しくなりそうですね。ジャックさんの恋人が増えるのはちょっと残念な気持ちもありますけど、白雪はそれよりも皆幸せな方が嬉しいです」

 

 もしもラプンツェルまで恋人に加えることになったらと戦慄を覚えるジャックの傍らで、白雪姫はニコニコと微笑ましそうに笑っていた。すでに六人も恋人がいるのにまだ増えることを許容するとは、案外白雪姫も眠り姫同様かなりの大物なのかもしれない。

 一見恋人たちの中では大人しい方だと思っていた白雪姫の真実に、またしてもジャックは戦慄を覚えるのであった。

 

 

 

 







 親指姉様はスレンダーというよりも幼児体け……おや、誰か来たようだ。
 次回はアリスの馴れ初めです。その次のお話に関してはちょっと順番を決めかねていたり……。
 
 そういえば8月にはスイッチ版のメアリスケルター2が発売するとのこと。今のところ追加要素があるのかどうか分かっていませんが、エビテンのファミ通DXパックの描き下ろしタペストリーは欲しいなぁ……。
 


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ジャックとの馴れ初め(アリス編)


 馴れ初め、その4。最後はアリス。
 馴れ初めのお話は今回で終了です。つまり次回からはタイトルを考える必要が出てくると言うこと。ネーミングセンスのない私にはキツイなぁ……




 まずはジャックにだけ話を聞いてもらいたいとという白雪姫の願いを聞き届け、部屋を後にしたジャック。

 途中で何故かラプンツェルとも将来の約束を結んでしまったのだが、あれはきっと幼い子供故の軽い約束であり、大きくなったらきっと忘れているはず。とりあえずそういうことにして気持ちを入れ替え、赤ずきんたちの元へと戻って行った。

 そうして今度は白雪姫によるジャックとの馴れ初めが語られたわけあであるが、その後にはつい先ほどと似たような展開が待ち受けていた。つまりまだ馴れ初めを語っていない少女の、先にジャックにだけ話したいというお願いだ。

 

「ごめんなさい、ジャック。わがままを言って……」

 

 その少女――アリスはベッドに腰かけたまま、罪悪感を感じさせる表情で俯いている。

 なお、今回はアリスの部屋ではなくジャックの部屋だ。白雪姫と一緒に食堂に戻った時には眠り姫もそこにいたため、もう自分の部屋が空いていることが分かったからである。

 ちなみに眠り姫にラプンツェルとのことを話した所、知識を吹き込んだのは自分だと悪びれもせずに答えてくれた。先ほどまでジャックの部屋のベッドで眠っていた所、突如ラプンツェルがベッドに入ってきたらしい。そして何故眠り姫がジャックのベッドにいるのか理由を尋ねられ、その他にも様々な質問を投げかけられたため素直に答えていったとのことである。

 悪意は無くただ疑問に答えてあげただけのようなので、責めるに責められないのが何とももどかしい。

 

「ううん、別にわがままなんかじゃないから気にしないでよ。僕だってできたら二人きりで話して欲しいことだしね?」

「二人きり……そういえば、これが初めてなのね。あなたと恋人になってから二人きりになるのは」

「そうだね。昨日は色々あって誰とも二人きりになれなかったから……」

 

 記念すべき恋人が出来た日だというにも関わらず、昨日は恋人の誰とも二人きりになることはできなかった。

 アリスたちは視子による様々な面からの健康診断を受けていたので仕方ないとも言えるが、ジャックはその気になれば一緒にいることもできたのだ。それをしなかったのは自分にも状況と自分の心を整理する時間が欲しかったからである。

 

「本当はちゃんと皆の恋人として色々しなきゃいけなかったのに、本当にごめんね?」

「気にしないで、本当に時間が無かったんだもの。それに……ジャックには私以外にも恋人が何人もいるから、仕方ないわ……」

 

 仕方ない、と口にして一切非難の言葉を口にしないアリス。それは表情も同様であるが、『恋人が何人も』と口にした瞬間にはやはり複雑そうな表情を湛えていた。

 眠り姫に初めて唇を奪われた時には若干瞳をピンクにしていたことを考えるに、その反応の理由は明白だ。恐らくはヤキモチの類に違いない。

 

(やっぱりアリスは親指姫と同じでヤキモチ焼きみたいだ。ていうか眠り姫みたいに気にして無い方がおかしい気もするけど……)

 

 自分の恋人が自分以外の異性と仲良くしている。そんな場面に遭遇すればその手の感情を抱くのはむしろ自然な反応と言える。ましてキスした場面を目撃したのなら尚更だ。アリスと親指姫が特別ヤキモチ焼きというわけではなく、単純に眠り姫が特別寛容なのだろう。

 

(まあそれはともかく、アリスは昨日からヤキモチを溜め込んでるみたいだし、話をする前にした方が良いかな? き、キスを……)

 

 同じヤキモチ焼きである親指姫を基準に考えるなら、できる限り早くキスしてあげた方がきっとアリスのためになるだろう。

 まだ馴れ初めも聞いていないのにキスするのは若干の抵抗がある行為だが、アリスの場合はそうでもない。アリスは幼馴染故に誰よりも長く苦楽を共にした仲であり、そして憎からず思っている相手だ。前の世界での出来事や悲劇を考えれば、馴れ初めを聞かずともジャックを深く愛していることは分かっている。だからこそ気持ちに応えるのはやぶさかではない。

 

「そんなことより、話を始めましょうか。あなたとの馴れ初めなのだけれど――」

「あっ、待ってアリス。その前に、聞いておきたいことがあるんだ」

 

 決意を固めたジャックは馴れ初めを語ろうとしたアリスの言葉を遮る。出鼻を挫く形になってしまったものの、アリスは全く気にした様子も無くただ小首を傾げた。

 

「何かしら? わざわざその前に聞いておきたいということは、馴れ初めについてのことではないの?」

「うん、違うよ。こんなこと聞くのはどうかと思うけど……アリスは、その……今、僕とキスしたいって思ってる?」

「き、キス……!? あ、えっ、それは……」

 

 さすがにいきなりそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。ジャックの情緒もへったくれも無い問いに対して、アリスは頬を朱色に染めて動揺を露にしていた。

 

「……ええ、思ってるわ。今だけじゃなくて、私が別の世界の自分の記憶を得てからというもの、昨日からずっと……」

 

 ただしそれは一瞬のこと。まだ多少頬は赤いものの、冷静に戻ったアリスは躊躇いも無く頷いた。

 まさかここまで素直に肯定されるとは思っていなかったのだが、考えてみれば当たり前のことかもしれない。アリスたちは愛に満ちた幸せな日々を送っていた記憶を得たはずなのだから、そんな日々の中で交していた触れ合いだけが無い現状はとても辛いものだっただろう。その苦しみを拭い去って上げられるのなら是非も無い。

 

「そうなんだ……じゃあ、キスしようか?」

「い、いいの? だってジャックはあの時……」

「うん。君たちへの気持ちがまだ分からないからキスはできないって言ったよ。でもあれから色々あって考えが変わったんだ。恋人が六人もいる不誠実な関係を許容してもらっているんだから、僕に出来ることは何でもして君たちを幸せにしてあげなくちゃ、って……」

「ジャック、別にあなたのせいではないのよ。こんな状況になってしまったのは、あなたへの気持ちを胸に秘めたままにしていた私たちのせいなのだから……」

 

 あくまでも自分たちが悪いと言うアリス。

 しかし恋人達の中にはジャックに対して抱いていた想いが恋だと分かっていなかった子もいるし、何より馴れ初めで語られた出来事が無かった分、恋愛感情は薄かったと言わざるを得ないだろう。別にアリスたちに責任は無い。

 

「でも、僕には皆と恋人にならないっていう選択肢もあったんだ。誰も選ばなかったり、一人だけを選ぶっていう選択肢もね。それでも僕が全員を選んだのは皆を傷つけたくないからで、全部僕のエゴみたいなものだよ。それに、その……アリスたちみたいな可愛い女の子をいっぱい恋人にすることに、憧れが欠片もなかったわけじゃないしね?」

 

 最低とも取れる発言かもしれないが、男など大体こんなものだろう。

 ジャックの場合はそういう状況になってから最低な考えが浮かんだものの、やはり優越感のような邪な感情が無いわけではない。アリスに限らず、恋人達は皆魅力的な女の子なのだから。

 

「もうっ、ジャックは本当にケダモノね?」

 

 お互いに自分に非があると言い張る現状をうやむやにするために最低な本音を口にしたのだが、アリスは毛ほども軽蔑やそれに類する感情を見せなかった。多少頬を染めているもの、むしろ微笑ましそうに笑っているほどだ。

 

「あははっ。否定してくれた君にそれを言われる日が来るなんて思わなかったよ。アリスはそんなケダモノな僕のことは嫌い?」

「いいえ。大好きよ、ジャック。愛してるわ」

 

 そしてジャックが問いを投げかけると、微笑んだまま何の躊躇いも無く頷き愛の言葉を口にする。

 元々憎からず想っていた少女からの愛の言葉。それも前の世界では愛の深さ故に悲劇を起してしまったほどの想い。こんな想いを真っ直ぐにぶつけられては、ジャック自身もその気になってしまうのは当然のことであった。

 

「アリス……」

 

 慈愛に満ちた瞳でこちらを見つめるアリスを正面から見据え、その頬へ静かに手を伸ばす。触れた肌は思いの他熱を帯びていて、その熱さがまた愛の深さを感じさせてくれた。

 

「ジャック……」

 

 それはアリスも同じだったのだろう。頬に添えられたジャックの手に自らの手を重ねると、温もりを楽しむように瞳を閉じていた。

 ここまでくればきっともう言葉は要らない。ジャックは一度微笑みを零し、アリスの頬に触れたまま静かに顔を寄せ――

 

「んっ――」

 

 ――桜色の唇を優しく奪った。

 これで六人の恋人達全員と口付けを交わしたことになったものの、ジャックの中には慣れというものは微塵も存在しなかった。相変わらず唇の柔らかさが堪らなく至福を感じるものであり、その隙間から零れた小さな喘ぎにはある種の興奮を覚えさせられる。

 いい加減慣れてくれないとジャックの理性が危ないのだが、きっとそれにはまだまだ時間がかかる事だろう。何せ実際に恋人になったのは昨日の出来事な上、恋人は魅力的な少女たちが六人もいるのだから。

 

「はぁっ……ジャックぅ……」

「だ、大丈夫、アリス?」

 

 ほんの数秒唇を触れ合わせるだけの口付けを終え、一息つく。

 ジャックの方は表面上はある程度反応を抑えていたものの、アリスの方は恍惚とした表情で悩ましい声を出していた。その様子がまたとても色っぽく、毎度の事ながら抑えがたい感情の昂ぶりを覚えるジャックであった。

 だが眠り姫の時にやらかしそうになった経験から意思は強く保っているため、何とか理性を保つことはできていた。

 

「え、ええ、平気よジャック……これが、大好きな人とキスをする幸せなのね……」

 

 そんなジャックの荒れ狂う胸の内とは対照的に、とても穏やかな笑みを浮かべて自らの胸に手を当てるアリス。その幸せいっぱいの微笑みを眺めていると、邪なものとは別の方向で胸が熱くなってくるジャックであった。

 こんな風に恋人の幸せそうな姿を見られるなら、やはりジャックの選択は間違いではなかったのだろう。今この場でキスしたことも、六人の少女と恋人になることを選んだのも。

 

「ジャック……」

「アリス……」

 

 一人納得するジャックの肩に、アリスがそっと頭を預けてくる。

 確かな温もりと重みにどうしても緊張と胸の高鳴りを覚えながらも、ジャックは寄り添いながらそんなアリスの手を握る。恋人同士の触れ合い、そして愛しあう男女の触れ合いを行った記憶を持たないジャックには、今のところこれくらいが限界であった。

 尤もアリスの方も今はこれくらいで構わないらしい。一つ嬉しそうな笑いを零すと、ぎゅっと手を握り返してきた。

 

「……本当はずっとこうしていたいけれど、皆が待っているものね。ジャック、あまり楽しい話ではないけれど聞いてくれるかしら?」

「うん、良いよ。アリスには一体どんなきっかけがあったの?」

 

 ずっとこの状態のままではいられないからこそ、離れがたく感じていたのだろう。ジャックと向き合うように座り直しながらも、アリスはどこか名残惜しそうな顔をしていた。

 

「きっかけというのはたぶん、本部内で偶然聞いた会話ね。ある時私が一人で歩いていると、黎明の若い女の子たちがジャックのことを話しているのを耳にしたの」

「僕のこと? それってもしかして、陰口とかそういうのかな……?」

 

 一応血式少女隊の一員であるジャックだが、もっぱら自らの血液を用いての補助専門であり直接的な戦闘は行えない。男の癖に非力で戦えないと揶揄され、陰口を叩かれていたとしてもそれは事実なのだから仕方ないことだ。

 そんな風に思ったものの、耳元に聞こえてきたのはどこか嬉しそうな笑いであった。

 

「ふふっ。むしろ逆よ、ジャック。その子たちはあなたのことをとても評価していたわ」

「えっ? ほ、本当に? 嘘じゃないよね?」

「ええ、もちろん。あなたは私たち血式少女のために身を削って命がけで力になっているんだもの。黎明の中にそれを知らない人はいないわ」

「そ、そっか。それなら良かったよ……」

 

 どこか誇らしさを感じさせる口調で答えるアリスに、ジャックはほっと胸を撫で下ろす。

 まるで自分のことのように喜びを見せているのは、それだけアリスがジャックと深く愛し合った記憶を持っているという証明だろう。まあアリスは以前からこんな感じだった気がしなくも無いが。 

 

「ただ……そのせいかその子たちの話が別の方向に傾き始めてしまったの。ジャックに恋人はいるのかとか、好きな子はいるのかとか……もしもまだいないなら告白してしまうのも良いかもしれない、なんて言っている子もいたわ」

 

 しかし今度は打って変わって声音には複雑な感情が混ざり始める。不安というか焦燥というか、ともかくあまりよろしくない感情である。

 

「えっと……アリスはその時、どうしてたの?」

「話の内容が気になって、ずっと隠れて立ち聞きをしていたの。いけないことだと言うのは分かっていたけど、どうしても気になってしまって……」

「それは仕方ないよ。アリスは、その……僕のことが、ずっと気になってたんだろうし……」

 

 自分に抱いていた好意を指摘するのも気恥ずかしいものがあり、ついつい視線を逸らしてしまうジャック。指摘されたアリスも恥ずかしいものがあったのか、頬がぽっと赤く染まっていた。

 

「え、ええ。尤もその時はまだ恋心だとは自分でも分かっていなかったのだけれどね。自分の気持ちに気が付いたのはその子たちの話を聞いた後のことよ」

「その後に何かあったの? まさか、本当に僕に告白してた……とかじゃないよね?」

 

 その場合自分がどんな返事を返していたかはさすがに予想できないため、恐る恐る尋ねてみる。万一ジャックが告白されてそれを受け入れた場合、三角関係という非常に難しい関係になってしまうのだ。たぶんそれなりにドロドロした展開になるに違いない。

 

「いいえ、少なくとも私の知る限りではそういった出来事は無かったわ。恋人になった後それとなくジャックにも聞いてみたけれど、誰かに告白されたことは無いと言っていたもの。たぶんあの子達は本気で言っていたわけではなかったのね」

 

 しかしそんな恐ろしい展開は無かったらしい。アリスはあっさりと首を横に振ってくれた。

 その表情が多少不機嫌そうに見えるのは、たぶん話していた少女達が本気ではなかったからなのだろう。何故ならアリスには本気か冗談かを知る術が無かったため、きっと自分が恋人になるまではジャックを取られるのではないかと不安を覚えていたはずなのだから。

 

「でも、アリスは本気に取っちゃったんだよね?」

「ええ、その通りよ。もしジャックが誰かに告白されたら、もしジャックがその告白を受け入れてしまったら、自然と私の頭の中にはそんな考えが溢れて止められなくなってしまったわ。とても不安で堪らなくて、何も手に付かなくなるくらい辛い日々だったわ……」

「そ、そんなに? 周りから何も言われなかったの?」

 

 ジャックより遥かにしっかり者で、冷静に物事を考えるタイプのアリスがそこまで動揺するとはかなり予想外だ。

 というかアリスの様子がそこまでおかしかったならさすがに皆気が付くだろう。案の定、アリスは若干恥ずかしそうに頷いた。

 

「もちろん色々と言われたわ。特に赤ずきんさんや白雪姫は何か悩みがあるなら相談に乗ると何度も言ってくれたもの。ただ自分の気持ちが良く分からなかったことと、何だか無性に恥ずかしいせいで相談はできなかったのだけれど……」

「僕は何か言ってなかった? さすがにアリスがそんな状態だったら放っておくわけないよね?」

「もちろんよ。私の状態をとても心配して、悩みがあるなら力になると何度も言ってくれたわ。ただ、その……原因がある意味ではジャックだったから、ジャックと顔を合わせるたびに私は余計に落ち着かなくなって混乱してしまったの。その時点では恋心というものを分かっていなかったから、ジャックと顔を合わせると胸が苦しくなって、顔が熱くなって、何だかとても落ち着かなくて……そのせいで私はジャックを避けるようになってしまったのよ」

(あ、何となく話が読めてきた気がする……)

 

 軽い既視感を覚え、ジャックは無意識的にアリスの髪留めに視線を向ける。たぶん避けられた程度ではジャックは諦めないし、事実子供の頃も諦めなかった。だからこそ二人でここにいるという今があるのだ。

 

「ええ。ジャックはいくら私が避けてもめげずに追いかけてきたわ。まるで子供の頃と同じように……」

 

 ジャックの視線だけで何が言いたいのかを察したのだろう。アリスは懐かしむような柔らかい笑みを浮かべながら、髪飾りをとても優しく撫でていた。

 

「最終的には子供の頃と同じように私が根負けして、ジャックに全てを話したわ。女の子達のジャックについての話から、私がジャックと顔を合わせるたびに生じた心の揺れ動きまで全部よ。ああ、思い出すだけでも恥ずかしいわ……」

「あ、あはは……ごめんね? 今も昔も、僕がしつこく迫って……」

 

 冷静に考えてみればジャックのその行動はあまり褒められたものではない。向こうが嫌がっているのにしつこく付きまとうというのは最早ストーカーに近い行動だ。子供の頃ならまだ許されるかもしれないが、今の成長したジャックならさすがにアウトな行動だろう。

 

「いいのよ、ジャック。ジャックが無理やりにでも聞き出してくれなかったら、私はいつ自分の気持ちに気づけたか分からないもの」

 

 それでもアリスは笑って許してくれた。さすがにいつ自分の気持ちに気付けたか分からないという言葉は冗談かもしれないが、冷静に考えてみればアリスは幼馴染で最も親しい少女であった。近いからこそ気が付けない、ということもあるのだろう。

 

「あ、ということはアリスは自分の気持ちに気付けたんだね?」

「え、ええ。まあ正確には気付けたというより、私の話を聞いたジャックがそれは恋なんじゃないかって言ってくれたからなのだけれど……」

(うわぁ! 僕そんな言い方したの!?)

 

 アリスの言葉に思わず目を丸くしてしまうジャック。

 確かにアリスの様子がおかしくなった原因である少女達の会話や心の揺れ動きまで説明されれば、ジャックだって色恋に基づく感情ではないかと推測はできる。ただそれを口に出来るかどうかは別問題だ。もし間違っていたら恥ずかしいどころの騒ぎではないし、アリスにだって失礼だ。つまり別の世界のジャックには口に出しても問題ないほどの確信があったのだろう。

 

「そのおかげで今まで自分が抱いていたジャックへの気持ちが恋なのだと分かって、私はその場でジャックに告白をしたわ。とても恥ずかしかったし、ジャックが応えてくれるか分からなかったから凄く不安だったけれど、自分の気持ちはすでに話してしまったから……」

「そ、そっか。それで、たぶん僕は君を受け入れたんだよね?」

「ええ。ジャックも私に避けられている間に自分の気持ちに気が付いたみたいで、快く私を受け入れてくれたの」

(ああ、やっぱり確信はあったんだ。そりゃあ自分が恋してるんだから分かるよね……)

 

 恐らくは別の世界のジャックはアリスに手酷く避けられることで、自身の気持ちやアリスに対する想いを見つめ直したのだろう。

 確かにアリスに徹底的に避けられる日々を思い浮かべるだけで、ジャックは胸のあたりがちくりと痛んでくる。思い浮かべるだけでこれなのだから、実際避けられた別の世界のジャックの気持ちは推して知るべしだ。

 

「だからこれが私とあなたの馴れ初めよ、ジャック。あまり楽しくない話でごめんなさい」

「ううん、そんなことないよ。だって君が僕への気持ちに慌てふためく姿を想像すると、何だか凄く可愛くて微笑ましい気持ちになれるからね?」

「も、もうっ! やっぱりジャックは思っていたよりも意地悪だわ!」

「あははっ。ごめんね、アリス?」

 

 顔を赤くしてどことなく不機嫌そうに睨んでくるアリス。しかしそれでも握った手は離そうとしないあたり、本当に怒っているわけではないのだろう。

 それにアリスの反応が可愛らしいと思っているのは紛れも無い事実である。アリスはクールで落ち着いた所があるので、むしろこういった反応はとても新鮮で胸が高鳴ってしまう。

 

「あれ? でもやっぱりってことは、もしかして君は僕に色々と意地悪をされた記憶があるの?」

「え、ええ。もちろんそれ以上に優しかったけれど、意地悪な時はとても意地悪だったわ。あんな所で、あんなことをするなんて……恥ずかしさで死んでしまうかと思ったくらいよ……」

(待って!? 僕は一体どんな所でどんなことをしたの!?)

 

 気になって尋ねてみれば、何やら先ほどよりも頬の赤みを深めた上で顔をそらされる。

 アリスは幼馴染だからこそ最も気安く、そして遠慮なく接することができる相手。だからこそ恋人になったらちょっとエッチなイタズラくらいはしたかもしれないが、この反応はどう見てもその程度のものではなかった。

 

「恥ずかしくて堪らないけれど、ジャックがどうしても聞きたいというのなら話しても構わないわ。ただ、その……とても生々しい話になりそうだから……」

「い、いや、恥ずかしいなら話さなくて良いよ! 僕もそんなには気にならないし!」

 

 本音を言えば大いに気になる所だが、ジャックにはアリスを辱めて喜ぶ趣味など無い。少なくとも今のジャックには。

 

「あ、そうだ! 実は僕、アリスに聞きたいことがあったんだ!」

 

 生々しい話題にならないよう、有耶無耶にするために咄嗟に話題を変える。とはいえ聞きたいことがあるのは嘘ではなく本当のことだ。

 

「聞きたいこと? 何かしら?」

「うん。間違ってたら謝るけど、アリスって結構ヤキモチ焼きな所があるよね?」

 

 眠り姫にファーストキスを奪われたりハーメルンにキスされた時、その現場を見ていたアリスは一瞬瞳をピンクに染めるという危ない反応を示していた。

 あんな反応をする理由はヤキモチくらいだと当たりをつけていたのだが、どうやらそれで正解だったらしい。アリスはどこか気まずそうな顔をして頷いた。

 

「ええ、それは間違っていないわ。ジャックが他の女の子と仲良く話している所を見ると、どうしてもそういった気持ちを感じてしまうの……」

「それじゃあ、今の状況は大丈夫なの? 僕には君以外に恋人が五人もいるし、僕はその五人とも仲良く過ごさないといけないんだよ? 今日だって君以外にも、その……眠り姫と親指姫、ハーメルンと白雪姫にもキスしたし……」

「そ、そう……」

 

 四人の女の子にキスしたりされたりした事実を伝えても、アリスは一見平静を装っていた。しかしその瞳が一瞬とはいえピンクに染まるのをジャックは見逃さなかった。やはりアリスはそれなりにヤキモチ焼きらしい。

 

「……正直な所、大丈夫とは言い難いわ。やむを得ない状況だと理解はしているのだけれど、ジャックが他の女の子とキスしたりしている光景を想像すると、少し嫌な気持ちになってしまうの……」

「……ごめんね、アリス?」

 

 六人もの少女を同時に恋人にしたこと、誰も恋人にしないという選択肢もあったのに選ばなかったこと、誰の気持ちにも気が付かなかったこと。元を辿っても辿らなくても全てジャックの責任である。すでに後の祭りな現状、ジャックにできるのは謝罪することだけだった。

 

「いいえ、ジャックのせいではないわ。それに六人の内の一人という立場でも、あなたとこうして恋人になることができたんだもの。それを喜びはしても、残念に思う気持ちはどこにもない。だから今の状況に辛い所はあっても、文句は一つも無いわ」

「アリス……」

 

 それでもアリスはジャックに対して非難の色など欠片も見せず、ただただ愛しさに満ちた瞳を向けてくる。

 やはりするべきことは後悔ではない。アリスの、そして他の恋人達の気持ちに全力で応えて、頑張って幸せにしてあげること。ジャックがすべきなのはそれだけだ。

 

「……うん、君の気持ちは分かったよ。それじゃあアリス、君は僕に何かして欲しいことはないかな?」

「えっ、して欲しいこと? 急にどうしたの、ジャック?」

「うん。実は親指姫も君と同じヤキモチ焼きだったみたいで、『他の子に恋人らしいことをしたらその三倍は自分にもしろ』なんて言われちゃったんだ。だからアリスも何かして欲しいことがあるなら遠慮なく言って良いんだよ?」

 

 親指姫と同じく、それでヤキモチをある程度抑えられるなら御の字だ。駄目なら駄目でヤキモチを焼かせないよう、ジャックが頑張るしかない。

 まあいずれにしろ恋人が六人もいるという現状を許容してもらっている時点で、ジャックには恋人のお願いを拒否することはできないのだ。よほど無茶なお願いだったり、あるいはジャックにはまだ早いことでもない限りは。

 

「ふふっ。それなら私も三倍して欲しいと言ったら、その場合ジャックは親指姫と私のどちらの願いを優先するのかしら?」

「あ、あはは……アリスもなかなか意地悪だね……」

「あなたに意地悪なことをたくさんされた記憶があるもの。おかげで私もそれなりに鍛えられたわ」

 

 恐らくは先ほどの仕返しなのだろう、アリスはなかなか意地の悪い真似をしてくれた。とはいえこちらに向けられる瞳はとても優しげであり、悪感情は微塵も感じられない。感じられるのは溢れそうなほどの慈愛のみであった。

 

「だけど本当にそれを求めたりはしないから安心して、ジャック? あなたを徒に困らせたりなんてしないわ」

「そっか、良かった。それじゃあアリスは僕に何をして欲しいの?」

「そ、そうね……ジャックの気持ちは嬉しいのだけれど、今は特に何かして欲しいことは無いの」

 

 そう言って微笑むアリスだが、ジャックはそれが嘘だとすぐに分かった。何故ならアリスは一瞬考え込むような素振りを見せ、ほんの僅かに瞳の色をピンクに変えたから。

 恐らくアリスはして欲しいことがあっても、それをジャックに頼むのは躊躇いがあるのだろう。良くも悪くもジャックはアリスたちと違って恋人として過ごした日々の記憶を持っていない。だからこそアリスもどの程度まで恋人同士の触れ合いをして良いものか判断に困っているに違いない

 

「アリス、僕らは恋人なんだよ? 何かして欲しいことがあるなら、遠慮なく教えて欲しいな?」

「ジャック……だけど、これは……」

「僕には君たちを幸せにする義務があるから、僕に出来ることなら何でもしてあげたいんだ。さすがに今の僕にはまだ早いこともあるし、するわけにはいかないこともあるけど……できる限りのことはしてあげたい。それに何より、君の気持ちを楽にしてあげたいんだ」

 

 恋人が自分以外の異性とキスしている。そんな瞬間を目にしてしまえば誰だって怒りや悲しみを覚えて当然だ。それは六人の少女と恋人になってまだ一日しか経っていないジャックも同じ。アリスたちが自分以外の男とキスする場面など想像すらしたくないほどだ。

 だが自らもその関係を望んだとはいえ、アリスは実際にジャックが自分以外の少女とキスする場面を見てしまったのだ。きっと胸の内にはヤキモチを中心とした様々な感情が複雑に交じり合った気持ちが溢れていることだろう。

 恋人になってまだ短いとはいえ眠り姫やハーメルンあたりはさほど気にしないことは何となく分かっているが、どちかといえば気にしない方がおかしい。ジャックとしてはむしろ親指姫とアリスの気持ちの方が共感できる。だからこそ、自分にできることなら可能な限りお願いを聞いて、少しでも気持ちを楽にしてあげたい。

 

「ほ、本当に言わなきゃ駄目?」

 

 視線を彷徨わせながら、恥ずかしそうに尋ねてくるアリス。

 普段から落ち着いた様子のアリスがここまで露骨に恥じらいを露にするとは、果たしてどんなお願いなのか。多少不安を覚えてしまうジャックだが取り消す気はなかった。

 

「うん、駄目だよ。教えてくれないならもうアリスにはキスしてあげないよ? それでも良いの?」

「そ、それは、とても困るわ……」

 

 こう言えばもしかしたら、と思って口にしてみた所、予想通りアリスは酷く不安気に眉を寄せる。

 だいぶ卑怯な気がするものの、これはアリスのためでもあるのだ。まだジャックとアリスたちの恋人生活は一日目なのだから、これからも度々ヤキモチを抱く場面は出てくるだろう。気持ちを楽にしてあげられる方法があるなら、できる内にやっておいた方が賢明だ。

 

「……分かったわ。正直に話すからそんな意地悪はしないで、ジャック?」

「大丈夫だよ、アリス。ちゃんと話してくれるなら、そんな意地悪は絶対しないから。それで、アリス一体僕に何をして欲しいの?」

 

 ジャックの卑怯な言葉に折れてしまったらしく、アリスは一つ溜息をついてから頷く。

 果たしてどのような願いを口にするのか。そしてジャックはそれを叶えてあげられるのか。恥ずかしそうに頬を染めたまま、アリスはついに自らの願いを口にした。

 

「その……あなたの血を、舐めさせて欲しいの。そんなに頻繁でなくて構わないから、どこか怪我をしてしまった時に舐めさせてくれるくらいで良いの……」

「えっ、そんなことで良いの?」

 

 その願いを聞いて、ジャックはただただ意外に思った。何せ恋人同士でなければできないようなことを求められるのではないかと思っていたので、むしろ肩透かしを食らった気分である。

 

「そんなこととジャックは言うけれど、普通に考えればとてもおかしなことなのよ? このお願いを口にするのに記憶の中の私がどれだけ時間をかけていたか、ジャックには予想もつかないでしょう?」

「うーん……確かに普通に考えればおかしなことだけど……」

 

 普通に考えればかなり猟奇的なお願いだが、あくまでもそれは普通の場合。アリスは血式少女なのだからジャックの血液を求める理由は十分だ。それに何より、牢獄に囚われていた時は数え切れないほどの回数アリスに自らの血を捧げている。おかしく思うどころか、ジャックには抵抗すらさほど無いことだった。

 

「私が今お願いしたのだって、それをお願いしてもジャックは嫌な顔一つせず受け入れてくれると分かっていたからなのよ? それが分かっていなかったら絶対に口にしなかったわ……」

 

 分かっていたと言いながら、どこかほっとした様子を見せるアリス。その様子から察するに、たぶん恋人として共に過ごした記憶の中でジャックの考えを知った場面があるのだろう。そして頻繁で無くとも構わないと言いながら一回きりで済ませる気が無いあたり、結構頻繁に血を舐めていたのかもしれない。

 

「そっか……うん。僕は別に気にしないよ。むしろちょうど良いって思ったからね」

「えっ? ジャック、どうしたの?」

 

 血を捧げることに抵抗など無いし、ましてアリスはヤキモチによるものか若干穢れが溜まっている。

 なのでベッドから腰を上げたジャックは机に向かって歩み寄り、突如自分から離れていったことに目を丸くするアリスの前でカッターを手に取ると――

 

「じゃ、ジャック!? 何をするの!?」

 

 ――その切っ先で掌を浅く裂いた。

 当然そんな凶行にアリスは慌てて駆け寄ってくるが、流れ出る赤い血を目にした瞬間ごくりと息を呑んでいた。まるで空腹で今にも死にそうな時、目の前に美味しそうなご馳走が置かれたかのように。

 

「僕のせいかもしれないけど、アリスはちょっと穢れが溜まってるみたいだから。ちょうど良い機会だし、僕の血を舐めて浄化した方が良いよ」

「もうっ! だから言いたくなかったのに……」

「うーん……その反応だと、もしかして君の記憶の中でも同じ事をしてたのかな?」

 

 まるで今の行為を予期していたかのようなアリスの反応に、思わずそんな問いを投げかける。

 どんな場面で血を捧げるのに抵抗がないという事実をアリスが知ったのかは分からないが、二人きりで会話をしている時ならまず間違いなくジャックは躊躇い無く自ら傷を作り血を捧げただろう。他ならぬ自分の行動なのでそれは間違いないと言える。

 ただそれにしてはジャックが机に歩み寄った時点で止められなかったあたり、微妙な矛盾を感じていた。

 

「ええ。私に血を舐めさせるために自分で傷をつけて血を流していたわ。その時は捕まっていた時みたいに、自分で噛み付いて傷をつけていたけれど……」

「ああ、そっか。傷を付ける方法が違ったから分からなかったんだね」

 

 どうやら血を流すための方法が違ったために、アリスは対処が遅れてしまったらしい。

 方法が違った理由に関してはちょっと気になるものの、考えるだけ無駄なのは分かっていた。アリスの記憶の中のジャックはアリスだけが恋人で、今ここにいるジャックは六人の血式少女が恋人だ。共通点が少なすぎて原因を探すことはできそうにない。

 

「ごめんなさい。記憶の中の行動と違ったから、混乱してしまって止められなかったわ。分かっていたら絶対に止めていたもの……」

「気にしないで、アリス。どうせ止められたって僕は聞かなかっただろうからね。それよりも舐めなくて良いの?」

「あ……」

 

 悲痛な面持ちをしていたアリスに、赤い血が零れそうな掌を差し出す。途端にまたしてもごくりと息を呑み、視線が血へと釘付けになる。

 この反応からすると、やはりアリスの記憶の中では頻繁に血を舐めさせていたのだろう。とはいえそこまで頻繁に怪我をして血を流すほどジャックもドジではないので、間違いなくその度に自ら傷をつけて血を流していたに違いない。尤もそれをアリスが知っているかどうかは分からないが。

 

「わ、分かったわ。それじゃあ舐めさせてもらうわね、ジャック。だけど、その……お返しは、しなくても良いの? ジャックが望むなら、私は構わないのだけれど……」

「えっ、お返しって?」

「く、口に出すのは恥ずかしいからできれば察して欲しいのだけれど、ジャックには私と結ばれた記憶があるわけではないものね……お返しというのは、その……今度は逆に、ジャックが舐めて欲しい所やモノを、私が舐めてあげるというものなの……」

 

 ジャックの右手を両手で支えながら、何やらとても恥ずかしそうに言うアリス。その頬の赤みは今まで見たことが無いほど深く、耳の先まで真っ赤に染まっていた。おまけに答える声も段々と小さくか細くなり、聞き逃しそうになったほどだ。アリスは一体何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。

 

「舐めて欲しい所や、モノ? 別にそんなモノ無いけど――あっ」

 

 そこまで答えて、ジャックはふと思い出す。

 アリスに限らず、恋人となった少女達はそれぞれジャックと結ばれ愛し合った日々の記憶を持っている。その愛し合うとは精神的な意味だけではなく、肉体的な意味のものも含めてだ。とどのつまり、恋人になったばかりのジャックにはまだ早い行為も含まれているわけであり――

 

「あ、アリス。もしかして君の記憶の中の僕は、その……お返しに、エッチなことをさせてたの……?」

「さ、先に言っておくと、別にジャックが強制してきたわけではないのよ? 最初にこうやってあなたに血を舐めさせてもらった後、私がお返しにと提案したものをジャックが受け入れただけで……」

「でも、それ以降もたぶん同じお返しをさせてたんじゃないかな?」

「………………」

 

 涙ぐましいフォローをしてくれたアリスだが、そこを指摘すると無言で視線を逸らされてしまう。

 何も口にしないことで答えを有耶無耶にするというフォローなのかもしれないが、顔が真っ赤なせいで無言の肯定としか受け取れなかった。なのでジャックは即座に頭を下げて、別の世界の自分の罪を謝罪した。

 

「ごめん、アリス。本当にごめん。別の世界の僕が変なこといっぱいさせて……」

「あ、あなたは悪く無いわ、ジャック! 元はといえばあなたに血を舐めさせてもらうだなんておかしな行為を強要させた私が悪いんだもの!」

「アリスは全然悪くないよ。君のそういう気持ちを利用して変なことをさせてた僕が悪いんだ」

「ジャックだって立派な男性だもの、それは仕方ないわ。そういう気持ちを抑えるのが辛いことは、嫉妬深い私には良く分かっているつもりだから……」

 

 とても優しい言葉を投げかけ、ジャックの頭を上げさせるアリス。

 ヤキモチ焼きなのにとても寛大なのはそれだけジャックのことを愛しているからか、それとも自分のために自ら血を流していることを知っているからか。前者に関しては気恥ずかしさから確信できないが、恐らくは両方に違いない。

 

「と、とにかく、お返しは別に良いよ。そんなことは気にしないで、ゆっくり僕の血を味わって良いからね?」

「あ、ありがとう、ジャック……それじゃあ、遠慮なく頂くわね?」

 

 お互いにとりあえず落ち着きを取り戻し、ベッドへと戻って腰かけ寄り添いあう。

 傷を付けてから多少時間が経過しているせいか、流れだした血は今にも掌から零れ落ちそうだ。それをもったいないと感じたのかアリスは即座に傷口に口を寄せると、舐めると言うよりも啜る感じでジャックの血を味わい始めた。

 

「んっ……ちゅ……は、あぁ……」

 

 そしてうっとりとした様子で舌を這わせ、傷口からも直接舐め取っていく。

 耳に届く水音はどこか嫌らしく、そしてアリスがジャックの掌を舐める姿は確実に悩ましく、先の会話の内容も相まってじっと眺めていると変な気分を催しそうであった。

 

(そ、それにしても、思ったより深く切っちゃったな。白雪姫――じゃなくて、白雪か親指姫に治してもらおうかな? 親指姫、もう部屋に戻ってきてると良いんだけど……)

 

 なのでジャックはさりげなく視線を逸らし、なるべく別のことを考えて気を紛らわせるのだった。具体的にはこの傷を誰に治してもらうか。そして恥ずかしさに耐え切れなくなりいずこかへと走り去っていった親指姫が、もう自分の部屋に戻っているかどうかを。

 まあ掌をペロペロと舐める生暖かく湿った感触のせいで、思考は全くと言って良いほど働かなかったが。

 

 

 





 実はまだ赤姉にはキスしていないジャックくん。
 親指姫単体の話を読んでいる方は分かっていると思いますが、親指姫もアリス同様血を舐めさせてもらっていた記憶があります。そのうち二人でジャックのをペロペロすることになるのかなぁ……あ、いかがわしい意味じゃないです。今は。
 


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甘えん坊のお姉さん達


 全員の馴れ初めが終わったので、単品の作品がある二人を纏めたお話。赤姉の方はまだ終わって無いけど気にしない方向で。ここを過ぎるとジャックくんが完全にハーレム系主人公と化します。まあ全員攻略可能な辺り、原作の時から素質はあったよね……。




「はあっ……本当に、僕はアリスに何をさせてたんだろう……」

 

 アリスに自らの血を捧げた後、ジャックは罪悪感にも似た感情を抱きながらとぼとぼと居住区の廊下を歩いていた。

 別の世界の自分が恋人と大人な触れ合いを交していたこと自体は知っていたが、まさか血を舐めさせる代わりに奉仕してもらうなどという邪な取引をしていたとは思ってもいなかった。どの恋人とも良好な関係を築けていたらしいことに憧れを抱いていたのだが、それがものの見事に裏切られた感じである。一体何故アリスと結ばれたジャックはそんな下種な男になったのだろうか。

 

「まあ、それはそれとして……親指姫はもう部屋に戻ってるかな?」

 

 とはいえ別の世界の自分がやらかした悪事を考えるのも嫌なので、ひとまず思考は打ち切り本来の目的を思い出す。

 ジャックの血を舐めてだいぶすっきりしたらしいアリスは自らの馴れ初めを語るために皆の元へと戻って行ったが、ジャックは戻る前にやらなければいけないことがあるのだ。それはアリスに血を捧げるために自ら傷つけた掌の治療。

 皆の元へ戻れば白雪姫もいるので治してくれるはずだが、その場合はきっと怪我の原因を聞かれてしまうだろう。それを話せば怒られるのは目に見えているし、嘘を吐こうにも今現在あの場には数人の恋人を含めて何人もの血式少女がいる。絶対に誰かしらには見抜かれ、嘘を吐いたことで余計に怒られるのは火を見るよりも明らかだ。

 それなら親指姫一人に怒られて治して貰う方が、ジャック自身も気持ちが遥かに楽というものである。親指姫が見つかるかどうかは別として。

 

「うわっ――えっと、親指姫? 今いるかな?」

 

 やがて親指姫に部屋の前に辿り着き、軽くノックして確かめるジャック。その前に変な声を出してしまったのは、血が滴り落ちそうになっている方の手を使いそうになったせいである。

 とりあえず丸めたティッシュを握っていたのだが、やはり結構深く傷つけてしまったせいでそれなりに出血しているらしく、すでに吸収率はゼロと化していた。むしろこれ以上力を入れるとティッシュに吸収された血がドバドバと溢れそうなので余計に危ない。

 

「ジャック? い、一体何の用よ?」

 

 恋人の部屋の前の廊下をうっかり自らの血で染め上げそうになっていると、扉を僅かに開けて親指姫が顔を覗かせた。顔が赤い上にどこかこちらを警戒しているように見えるのは、やはりディープなキスをして本音をぶちまけた恥ずかしさが尾を引いているのだろう。

 何だかまた逃げられてしまいそうな気もするが、幸いと言っていいのか今のジャックは親指姫も無視して逃げられないモノを抱えている。

 

「実はちょっと君に頼みごとがあるんだ。良かったら手の傷を治してくれないかな? 深く切れちゃったみたいで血が止まらないんだよね……」

「深く切れた!? ってか何よその赤い塊!?」

 

 手を差し出した所、真っ赤になったティッシュの塊に目を剥く親指姫。

 何だかんだで優しい親指姫なら、自分で負った傷とはいえこんな状態のジャックを放って逃げたりはしないだろう。実際逃げるどころか酷く心配そうな顔をして一歩踏み出してきた。

 

「まあ、色々あってちょっと切れちゃったんだ……これは一応ティッシュなんだけど、今これを手に取ると床が血で汚れそうだから、できればゴミ箱に入れさせて欲しいな?」

「あー、もうっ! あんたはどこの世界でも碌なことしないわね! 治してあげるからとっとと部屋入ってそのキモイ塊捨てなさい!」

「う、うん。ありがとう……」

 

 半ば無理やり引き込まれる形で親指姫の部屋へと入るジャック。作戦は成功だが親指姫の様子にちょっと胸が痛んだのは言うまでも無い。何故なら発言から考えて親指姫と恋仲になった世界でも心配をかけてしまっているからだ。

 

(……あれ?)

 

 そう思って親指姫の横を通り過ぎる時にその表情を盗み見たのだが、どうもそこには予想とはまた別の表情が浮かんでいた。まるでご馳走を前に堪えているかのような、別の意味で辛そうな表情が。そしてその目はジャックの手に握られた赤い塊に注がれていた。

 

(親指姫、キモイ塊とか言ってるわりには何か凄い凝視してる……もしかして……)

 

 その様子には見覚えがあり、ジャックは何となく理由を察する。

 どういった流れでそうなったかは分からないが、ヤキモチ焼きのアリスはジャックの血を直接舐めるような習慣ができていた。それなら同じヤキモチ焼きの親指姫にも、同じ習慣ができていたとしても何ら不思議ではないはずだ。

 

「……親指姫、良かったら傷を治す前に僕の血を舐める?」

「マジ!? って、違う! 何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!?」

(今ちょっと本音が出たよね……聞き間違いとかじゃなくて)

 

 何気なく聞いてみた所、一瞬嬉しそうに笑ったかと思うと即座にそれを怒りの表情で誤魔化す親指姫。やはり本人もジャックの血を直接舐めたがっているらしい。直後に誤魔化したのはきっと生来の天邪鬼な所が邪魔をしているのだろう。

 

「このまま血を止めちゃうのも何だか勿体無い気がするし、どうせならって思ったんだけど……やっぱり、親指姫には必要なかったかな?」

「何が悲しくてそんな吸血鬼みたいなことしなきゃなんないのよ! 余計なお世話だっての!」

 

 控えめに勧めてみたものの、ばっさりと拒否されてしまう。

 まあ親指姫から見れば今のジャックは自分の恋人であったジャックとは違う存在と言えるはず。同じくらい心を許すことができなくても仕方ない。

 

「……で、でもまあ、何だか私穢れが溜まってる気がするし、舐めといた方が良いかもしれないわね。治した後にメアリガン使わせるってのも余計身体に悪そうだし?」

(あ、何だかんだ言ってやっぱり舐めたいんだ。素直じゃないなぁ、親指姫は……)

 

 しかし結局は取ってつけたような理由を口にしてジャックの血を舐めようとする。

 さすがにちょっとは素直になっただろうが、ジャックと恋人として過ごした日々も間違いなく天邪鬼だったに違いない。話を聞かずともそれだけは何となく分かってしまい、素直になれない可愛らしさについくすりと笑みを零してしまう。

 

「何ニヤニヤしてんのよ! い、言っとくけど、いつものお返しなんて絶対しないわよ! 変な期待してるならぶっ殺すからね!」

(親指姫にもそういうことさせてたの!? 本当にどこの僕もろくな事しないね!?)

 

 恋人の可愛らしさに穏やかな気持ちになれた直後、親指姫の記憶の中でも自分がケダモノだったことを知り、どうしようもなく恥ずかしい気持ちになってしまうジャックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、やっぱり皆それぞれ付き合い方が違うのね。まあ当然と言えば当然か」

「そうだね。個人的には赤ずきんさんの話が一番びっくりしたな。まさか赤ずきんさんから告白されたなんて予想もできなかったよ」

 

 たっぷりと血を捧げた後、ジャックは親指姫と二人でベッドに腰かけ皆から聞いた馴れ初めを教えていた。

 本当はその前に親指姫からの馴れ初めを聞きたかったのだが、何故か頑なに話してくれなかった。まあ素直に自分の気持ちを表わすのが苦手なことはすでに知っているので、恥ずかしくて話せないのは容易に想像が付く。

 

「さ、さすがね、赤姉……結局できなかった私とは大違いじゃない……」

 

 その考えを裏付けるように、どこか自嘲気味に意味深な呟きを零す親指姫。

 正直なところジャックとしては天邪鬼な親指姫とどんな経緯で恋人になったのか果てしなく気になるものの、無理に聞き出そうとすれば怒られるか逃げられるかの二択であることは目に見えていたため、無理に聞き出すつもりは無かった。

 

「……あ、そうだ。ねえ、親指姫。僕は君の事何て呼べば良い? 白雪姫と眠り姫はそれぞれ愛称で呼んで欲しいってお願いしてきたからそう呼ぶように決めたんだけど、君はどんな呼び方が良いのかな?」

「呼び方? いつも通りで良いわよ、そんなの。あんたに愛称で呼ばれるのは何かイラっと来るしね」

「そ、そうなんだ。じゃあいつも通り親指姫って呼ぶね?」

「それでいいわ。馴れ馴れしい呼び方したらぶっ飛ばすわよ?」

 

 自己申告どおりのイラっとした感じの表情を浮かべる親指姫に、ジャックは呼び方を変えない方が賢明だと理解した。実際呼んでしまうと殴られるかどうかはともかく、本当に怒るに違いない。

 

(うーん……呼び方一つでここまでイラっとした顔を見せるなんて、本当に親指姫は僕と恋人になった記憶があるのかな……?)

 

 非常に疑わしい感じだが、記憶自体は間違いなくあると見ていいはずだ。そうでなければあんなに情熱的な口付けを行ってきたりはしない。咥内を蹂躙してきた小さな舌の感触と味わいを反射的に思い出して変な気持ちになりながら、ジャックはそう考えた。悲しいことだがたぶん記憶はあってもお互いの仲はあんまり良くなかったのかもしれない。

 仲睦まじい関係を築けていなかった別世界の自分に対して、ジャックは失望を覚えながら溜息をついた。そして実際に尋ねてみるべきかと思い、親指姫に視線を向けようとした時――

 

「おーい、親指ー。今部屋にいるー?」

「あっ、赤ずきんさんだ。ひょっとしてもう皆の話は終わっちゃったのかな?」

 

 ノックと共に、扉の向こうから赤ずきんの声が聞こえてきた。どうやら赤ずきんが訪ねて来たらしい。

 何だかんだでジャックは親指姫にたっぷり血を捧げ、その後は皆から聞いた馴れ初めを教えていたのだ。あまり意識していなかったが確かめてみるとすでに結構な時間が経過していた。

 

「ちゃんといるわよ、赤姉。何か用?」

「お、いたいた。まだ戻ってなかったら心配だから探しに行こうと思ってたところだよ」

 

 扉を開けて応対した親指姫を前にして、赤ずきんはどこかほっとしたような顔を浮かべる。

 その反面、親指姫からは刺す様な鋭い視線がこちらに向けられた。言外の詰問を察したジャックはぶんぶんと首を横に振って否定する。皆に話したのは二人で過ごしていたら突如顔を赤くして走り去った、ということくらいでキスに関してのことは口にしていないのだから。

 

「ん? どうしたの、親指――って、あ。何だ、ジャックもいたんだ」

 

 親指姫の視線を辿ってジャックの存在に気がついた赤ずきんは、途端に嬉しそうに顔を綻ばせる。ジャックの姿を見ただけでこんな反応をするとは、赤ずきんも結構記憶に引っ張られているのかもしれない。

 

「うん、僕も親指姫が心配で探しに来たんだよ。そのままちょっと話し込んでたら結構時間が経っちゃってたみたいだ。ごめんね?」

「あははっ。親指だってあんたの恋人なんだから仕方ないよ。むしろないがしろにしてたらあたしが怒ってるところだからね?」

 

 とはいえ基本はやはりジャックの知る赤ずきんのまま。優しくて強くてカッコイイ、頼りになる皆のお姉さんの赤ずきん。色々と恋人達の振る舞いや積極性に振り回されているジャックは、そのいつも通りの様子に心の底から安堵を覚えられた。

 

「赤姉、私が部屋に戻ってるかどうかを確かめに来たならもう用は済んだでしょ? じゃあね」

「おっと、待ちなよ。確かにあんたの様子を見に来ただけだけど、ジャックもいるなら話は違うよ。ちょうど良い機会だからあんたに話があるんだ」

 

 閉められようとした扉を無理やり開けて、部屋の中に入ってくる赤ずきん。何故か親指姫は若干嫌そうな顔をしていたものの、相手が相手なせいか特に不満は零さなかった。

 

「何なのよ、話って?」

「いいからいいから、とりあえずあんたも座りなよ。あ、ジャックはそのままで良いからね」

「う、うん?」

 

 そして親指姫を本人のベッドに座らせ、自分も同様に腰かける赤ずきん。座ったままでいたジャックは二人に挟まれる形になっているためか、妙に落ち着かなかった。まあ左に座る親指姫が何やらご機嫌斜めな様子を見せていることも、落ち着かない理由の一つと言える。

 

「一体何なのよ、赤姉? 別に話なら今で無くてもできるでしょ?」

「……親指、あんたジャックと二人きりの時間を邪魔されて不機嫌になってるだろ?」

「は、はぁっ!? べ、別に私は、そんな風に思ってなんてないわよ!」

 

 赤ずきんも不機嫌な様子には気付いていたらしい。どこか面白げにそれを指摘し、あまつさえ理由まで口にする。

 ジャックとしてはいまいち信じ切れない理由だったが、顔を真っ赤にして言い放つ親指姫の様子は如実に真実を物語っていた。まさか本当にジャックと二人きりの時間を邪魔されたのが理由なのだろうか。

 

「もっと自分に正直になりなよ、親指。せっかくジャックと恋人になれたんだ。そうしなきゃ素直に甘えることもできないよ? そう、こんな風にね!」

「うわっ!?」

「はあっ!? ちょっ、赤姉!?」

 

 突如として右側から衝撃を受け、驚きの声を上げるジャック。何事かと思ってそちらに顔を向けてみれば、あろうことかお互いに吐息がかかりそうなほどの至近距離に赤ずきんの端正な面差しがあった。

 しかもその両腕はジャックの身体に回されていて、どう考えても抱きついているとしか思えない状態。突然の事態と二の腕を挟む柔らかな感触に、ジャックは混乱と共に固まってしまう。

 

「え、あ、ぅ、あ、赤ずきん、さん……!?」

「ジャックー? あんた、あたしが話してる時にハーメルンとキスしてたよねー?」

「えっ? あ、あれはハーメルンからで、僕からしたわけじゃなくて……」

 

 そんな状態で頬を膨らませながら責めて来る赤ずきん。それも明らかなヤキモチを滲ませた口調で。

 憧れのお姉さんのあまりにも可愛らしい姿に魅了され、ジャックは戸惑いながらも正直に答えてしまう。あの現場を目撃していた赤ずきんはともかく、知らない間に恋人が他の女の子とキスしていた事実を知った親指姫はいっそう眉を顰めていた。

 

「でも、キスはしたんだよね?」

「それは――いや、うん。何を言ってもただの言い訳だよね。うん。キス、しました……」

「うんうん、正直で良いねジャック。それじゃあ当然あんたの恋人の一人のあたしにもキスしてくれるんだよね?」

「えっ? そ、それはもちろんだけど……もしかして、今? その、親指姫が見てるよ……?」

 

 期待に輝く赤ずきんの眼差しとは裏腹に、こちらを見つめる親指姫の視線は痛いほどに刺々しい。アリスと同じく相当なヤキモチ焼きの親指姫の前でわざわざキスをねだるとは、赤ずきんはこんなにも意地悪だっただろうか。

 

「じゃあ親指にもキスすれば良いじゃん。何なら親指が先でもあたしは構わないよ?」

「はあっ!? べ、別にそんなの興味ないわよ!」

 

 顔を真っ赤にしながら断言する親指姫。しかし普段の様子や今の不機嫌な様子から考えるに、本当は興味があるけど恥ずかしくて本音を口に出せないだけに見えた。

 しかしディープなキスの場面ではその後に逃げ去ったとはいえ本音を口にできていたので、もしかすると今は赤ずきんがいるから余計に素直になれないのではないだろうか。

 

「んー、ジャックは正直だけどやっぱりあんたは正直じゃないなー。せっかく恋人になれてもそんなんじゃジャックに甘えらんないよ?」

「べ、別に私はジャックに甘えたいなんて思って無いわよ!」

「本当にー? 本当はジャックとこういうこと、したいんじゃないかなー?」

「わ、わわっ!?」

「なぁっ……!?」

 

 元々密着していたのに更にその度合いを深めてくる赤ずきん。二の腕を挟んでいた柔らかさがより深く感じられると共に、その奥の心臓の鼓動さえ感じ取れてしまう。

 それがやたらに早く感じられる辺り、本当は赤ずきんも結構恥ずかしいのかもしれない。というか何故二人きりの時ではなく、わざわざ親指姫の前でこんな真似をしているのか。ジャックは未だにその真意が分からなかった。

 

「あんたには難しいことだろうけど、素直になればこんな風にジャックに甘えられるんだよ? 恥ずかしいのは分かるけど、ちょっとくらい素直になってみなよ?」

「だ、だから私は、別にジャックに甘えたいなんて思って……」

 

 答える親指姫の声音に先ほどまでの激しさは無かった。もしかすると赤ずきんが目の前でジャックに甘えていることで、心の方が揺れ動いているのかもしれない。自分も同じように甘えたい、という風に。

 

「少なくとも、あたしは甘えたいって思ってるよ。皆のお姉さんをやってるせいか、あたしだって時々は甘えたい気分になることはあるんだ。それは白雪とネムのお姉さんのあんたも同じじゃないかな?」

「……あ、赤姉も、そういう気分になるの?」

 

 どこか半信半疑と言う感じの口調と声音で尋ねる親指姫。

 捉え様によっては失礼な質問かもしれないが、ジャック自身も同様に半信半疑であった。確かに赤ずきんにも普通の女の子らしい所があるのは知っているが、それ以上に優しくてカッコよくて頼りになることを知っている。そんなお姉さんがこんなにベタベタ甘えてくるとはどうしても信じられないのだ。

 

「……まあ、あたしだって女の子だからね。そういう気分になったって仕方ないじゃんか。あんたたちにはそういう部分を見せなかっただけだよ」

 

 それに対する赤ずきんの答えは、隠していただけで自分もそう感じることはある、というもの。赤ずきんが頬同士をくっつける形に密着しているためどんな表情で口にしたのかは不明だが、親指姫の表情を見る限り嘘や冗談を滲ませたものでないことだけは確かだった。

 

「大丈夫だよ、親指。あたしだってこうなんだ。あんたが甘えたって何もおかしくないし、ジャックが笑ったり馬鹿にしないってことはあんたも分かってるんだろ?」

「で、でも……」

「一人で甘えるのが恥ずかしいなら、あたしも付き合ってあげるよ。慣れて無いせいか何だかんだであたしも結構恥ずかしいしね……」

(……もしかして赤ずきんさん、親指姫がちゃんと僕に甘えられるか心配だったからこんなことを?)

 

 親指姫の性格から考えると、ジャックと恋人になってもなかなか素直になれなかったはずだ。というかむしろよく恋人になれたものだと疑問に思ってしまうほどだ。それくらい親指姫は自分の本音を素直に口にするのが難しい性格である。

 そしてジャックの恋人の一人になったとはいえ、赤ずきんは面倒見の良い皆のお姉さん。きっと素直に恋人として触れ合えそうに無い親指姫が心配でこんなことをしているのだろう。

 一応親指姫は二人きりの時に本音を口にしてくれたものの、二人きりの時以外にも素直になれるならそれに越したことはない。何と言ってもジャックには恋人が六人もいるのだから。

 

「ほら、親指も来なよ? じゃないと、先にあたしがジャックとキスしちゃうよ?」

「わっ!?」

 

 赤ずきんがそう口にした瞬間、ジャックは一瞬右の頬に柔らかな感触が押し当てられたのを感じて驚きの声を上げる。

 すでに何度か他の恋人と味わったことにより、先の感触が何なのかなど最早考えなくとも分かってしまった。その感触が放っておくと唇の方に移ってしまうであろうことも。

 

「……あー、もうっ!」

 

 そして間近で見ていた親指姫は余計にそれを意識してしまったのだろう。ついに怒りの限界を迎えた感じの声を上げ、一つ鋭い視線を投げかけてくると――

 

「お、親指姫……!?」

 

 ――そのまま身を寄せてきて、ジャックの膝の上にポスンと腰を降ろした。恥じらいに真っ赤に染まった顔がちょうど左側に来る、右半身をこちらに向ける座り方で。

 親指姫が膝の上に座ってきたこと、そして幾つもの布地越しに伝わってくる小さなお尻の柔らかさに、ジャックは微かな興奮を覚えながらもやはり戸惑いの比率の方が多かった。

 

「ジャック、笑ったらぶっ殺すわよ!」

「は、はい……!」

 

 今にも顔から火が出そうなくらい赤い顔をしながら、必死に睨みつけてくる親指姫。膝の上に腰を降ろしているせいで迫力はあまり感じられなかったものの、混乱気味のジャックは一も二も無く素直に頷く。

 

「うんうん! やっぱり素直が一番だね。あんたもそう思うだろ、ジャック?」

「え、えっと、その……」

 

 膝の上には親指姫が座り、横合いからは赤ずきんに抱き付かれている。これがまだアリスや白雪姫あたりならまだしも、片やとても恥ずかしがりで天邪鬼、片や憧れのカッコイイお姉さんだ。やはり状況についていくことができず、ジャックはただただ顔の熱さを感じていた。

 

「あはははっ! 親指はともかくジャックも真っ赤だ! あー、でも当然かな? ジャックには恋人として過ごした記憶が無いんだし。だったらこういう状況も初めてなのかな?」

(あるわけないよ! 女の子二人にこんなにくっつかれるなんて! いや、一人でも無いけどさ!?)

 

 それぞれの記憶の中にあるジャックならともかく、今ここにいるジャックは恋人が出来て一日目の恋愛初心者である。当然男女関係のアレコレも全く知らない。

 

「良かったね、親指。つまりあんたの方が経験も知識も豊富ってことだよ。その気になればジャックを手玉に取ることもできるんじゃないかな?」

「ふーん……それは結構、悪く無いわね……」

 

 まだだいぶ顔は赤いものの、膝の上の親指姫はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。恐らくその頭の中では文字通りジャックを手玉に取る想像を膨らませているのだろう。

 実際親指姫に限らず、ジャックの恋人たちにとってはそれくらい容易いことに違いない。何と言ってもジャックと愛し合った日々の記憶を持っているのだ。自分自身すら気付かない好みやら性癖やら何やらを把握されていてもおかしくない。そう考えると自分が変な性癖を持っていないか心配になってくるジャックであった。

 

「だよね? だからほら、あんたのキスでジャックをメロメロにしちゃいなよ、親指? どうせまだキスしてないんだろ?」

「あー……いや、それが実はしたのよね、私……それも、かなり深めなやつ……」

「へー、やるじゃん親指! あんたのこと見直したよ! 素直になれないかと思ってたけど、やればできるじゃんか!」

「ま、まあね! こう見えても私は大人の女だし、当然よ!」

 

 そう言い放ち胸を張る親指姫だが、顔は見事に真っ赤だった。恐らくは自分がまだ体験していない、ジャックと色々なことをした記憶を思い出しているに違いない。

 

「……あれ? ちょっと待った。ねぇ、ジャック。もしかしてあんたとキスしてないの、あたしだけだったりしない?」

「え? えっと、それは……」

 

 笑っていた赤ずきんが不意に真面目な顔でそんなことを尋ねてきたので、少し考えてみる。

 眠り姫には昨日の内に唇を奪われ、親指姫には唇だけでなく舌も奪われ、ハーメルンには不意打ち気味にキスされた。そしてここまでされてジャック自身ちょっと擦れてしまったのか、白雪姫とアリスには自ら口付けをした。

 となると今現在ジャックとキスしていない子が確定するわけで――

 

「……親指、さっきはああ言ったけどあたしが先で良いよね?」

「へ!? あ、あー、うん。赤姉が先で良いわよ……?」

 

 ジャックの表情から何となく察したのか、妙に据わった目をした赤ずきんが半ば脅すような言い方で尋ねる。さすがにこれには親指姫もちょっと青くなり、後で自分もキスすることを匂わせる言葉を素直に口にしていた。

 

「やったね! というわけでジャック、キスしてくれるよね? あたしはまだキスしたことないから、できればあんたの方からして欲しいな?」

「えぇっ? も、もしかして今、この状況で……?」

 

 ジャックとしてはもうキスすることにさほど抵抗は無い。というか赤ずきんにだけキスしていない、という状況の方がむしろ不誠実で抵抗がある。

 問題なのは赤ずきんがべったりくっついてきていること、そして半目で睨んでくる親指姫が膝にいることの二点だ。こんな状況で遠慮なくキスできるほどジャックはまだ擦れていない。

 

「……あたしにだけキスしてくれない、なんてことないよね? ジャック……」

「うっ……」

 

 悩んでいた所、おずおずと不安そうな瞳で見上げてくる赤ずきん。

 普段の赤ずきんとはまるで違う、明確な弱さを感じさせるその表情。強い赤ずきんが見せるその弱々しさのギャップにやられ、ジャックは激しく胸が高鳴るのを感じた。それと同時に守ってあげたいという、身の丈に合わない強い庇護欲も。

 

「えっと……いい、かな? 親指姫?」

「べ、別に好きにすればいいじゃない! あんたが誰とキスしてようが私は全然興味無いし!」

 

 だいぶ天邪鬼な返答に思えるが、一応許可は出たようだ。まだ何か言いた気にちらちらと視線を向けてくる親指姫の赤い顔をちょっとだけ眺めてから、ジャックは赤ずきんへと視線を戻す。

 そこにあったのは期待に輝く瞳と、うっすらと朱色に染まった頬を見せる妙に子供っぽい赤ずきんの表情であった。しかしむしろこのギャップが良いのかもしれない。

 

「えっと、じゃあ……キス、するね?」

「う、うん。優しく、お願い……」

 

 目蓋を閉じた赤ずきんの頬へと、ジャックは優しく手を添える。柔らかくてなかなか気持ちよい感触だが、手の平に伝わってくる熱は想像以上に暖かった。やはりいかな赤ずきんでも緊張と恥じらいは捨てきれないのだろう。

 赤ずきんも普通の女の子なのだということに改めて思い至り、何となく安心したジャックであった。

 

「んっ――」

 

 そして、そんな普通の女の子な赤ずきんと口付けを交わす。唇を重ねるだけのキスで、なるべく優しくがっつかずに。

 本当はもうちょっとロマンチックにしてあげたい所だったものの、ジャックはまだまだ経験が不足している上、膝の上に他の女の子が座っているという論外な状況なのでそれは早い段階で諦めていた。

 

「――ふあぁ……何だか凄く胸が暖かくて、幸せな気持ちだよ……ジャックぅ!」

「う、うわっ!?」

 

 口付けを終え、恍惚とした表情で呟いたかと思うと、満面の笑みを浮かべて抱きついてくる赤ずきん。

 憧れの存在である赤ずきんがこんな風に甘えてくること、そして二の腕を挟むように密着している柔らかな感触のせいで、ジャックは全く気が休まらなかった。

 

「本当にこんな甘えん坊な感じになるのね、赤姉……正直、かなり意外だわ」

 

 逆に親指姫はまるで子供に戻ったかのように甘えに甘える皆のお姉さんの姿を見て、それなりに平静を取り戻していた。ジャックよりも赤ずきんと共に過ごした時間が長い親指姫としては、それだけこの様子が意外だったのだろう。

 

「まあ、あたしとしても意外だよ。まさか恋人ができたら自分がこんな風になるなんてさ。正直、全然いつものあたしらしくないって思ってるよ。でも――」

「ひゃあっ!?」

 

 一旦言葉を切った赤ずきんに首筋に軽く口付けられ、ジャックは思わず裏返った声を上げてしまう。その声がおかしかったにしてはあまりにも純粋で幸せそうな笑みを浮かべて、赤ずきんは続けた。

 

「あたしがだってこんな風になるんだから、あんたがどんな風になったって何もおかしくなんかないよ、親指。だから自分の気持ちに嘘をつくのは止めて、素直になりなよ。それが難しいんなら、あたしが一緒にジャックに甘えてあげるからさ?」

「う、ううっ……!」

 

 そう言って、今度はぎゅっと頬に頬を押し付けてくる。天邪鬼な親指姫を自分の気持ちに素直にさせてあげようとしているのは理解できるのだが、ジャックの方は今のところ恋人中最多の肉体的接触にそれどころではなかった。恥ずかしいやら嬉しいやらで頭が爆発しそうである。

 

「……それって、赤姉も一人じゃ恥ずかしいから体良く私を利用してるだけじゃない?」

「あははっ。まあ、違うとは言い切れないのが痛いところだね?」

 

 半目で睨む親指姫に対し、否定はせずに答える赤ずきん。どうやら赤ずきん自身も記憶の日々のように甘えることはまだ多少の抵抗があるらしい。まあ眠り姫やハーメルン並みに即座に順応されても困るのだが。

 

「……し、仕方ないわね! まあ赤姉がどうしても一人じゃ恥ずかしいっていうなら、特別に付き合ってあげても良いわよ?」

 

 親指姫はしばらくむすっとした顔で睨み続けていたものの、やがてさも赤ずきんのためとでも言いた気な態度で頷く。

 さすがにここまでの流れでジャックもこれが本音ではないということだけは理解できた。そして親指姫の天邪鬼加減は心底根が深いものだということも。

 

「んー、まだまだ素直じゃないけど今はこれが限界みたいだね……あとはあんたがどれだけ親指を夢中にさせられるかにかかってるよ、ジャック! 頑張って親指をメロメロにしてやりな!」

「ごめん、赤ずきんさん。僕、正直いっぱいいっぱいで全然自信無いよ……」

 

 赤ずきんが耳元で応援の言葉を囁いてくるものの、残念ながらジャックにはそんな余裕はどこにもなかった。何故なら今現在自分にくっついて甘えている女の子たちに、逆にメロメロにされそうになっているのだから。

 天邪鬼なりに頑張ってジャックと触れ合おうとしている親指姫も、子供のようにべたべたくっついてくる赤ずきんも、とても可愛らしくて思わず抱きしめたくなってしまうほどに。

 

「……忘れんじゃないわよ。後で三倍だからね?」

 

 親指姫にこっそりと、かつ物騒に耳元で囁かれる。どうやら他の恋人にしたことの三倍、自分に同じ事をしろという命令は生きているらしい。他の恋人にしたキスの回数の三倍ということなら、こんなに恐ろしいことはない。

 

(僕、一体いつまで理性を保っていられるんだろう……?)

 

 ただ可愛いだけならまだしも、皆が皆積極的に触れ合おうとしてくるので余計に気が気でない。毎日こんな調子で過ごさなければならないなら、間違いなくジャックは近い内に我を忘れてしまうだろう。ちょうど眠り姫にやらかしそうになった時のように。

 昨日から感じている恐ろしさを改めて思い浮かべ、ジャックはこれからの日々に何度目かの戦慄を覚えるのだった。

 

 

 

 

 




 赤姉と親指姉様にぴったりくっつかれてたじたじのジャックくん。これで恋人全員とキスしました。順調に擦れてきています。あー、早くジャックくんをケダモノにしてあげたい……。
 前座的な話がやっと終わるので、次回からはハーレムジャックくんの日常的なお話になる予定。一体誰がジャックの初めて(唇ではない)を奪うのか……時間さえあればアリス単品とかも書きたかったんだけどなぁ……。
 


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積極的な恋人達(上)


 ついに全員の馴れ初めを知ったジャックくん。しかしここからが天国、もとい地獄の始まりだった……。
 ジャックくんがエロゲのハーレム主人公みたいな感じになっていますがまあ原作からそんな感じでしたし問題ありませんよね?





 

 

「ふぅ……何だか今日は凄く疲れたなぁ……」

 

 湯船に首まで浸かりながら、身体を投げ出して羽を休めるジャック。

 六人の血式少女と恋人になって一日目。今日は彼女達からそれぞれの世界のジャックとの馴れ初めを聞いただけだが、それだけでも十分に疲れてしまう一日であった。

 

(みんな積極的というか、何と言うか……可愛すぎて困るよ……)

 

 具体的には恋人達が可愛すぎて、精神的に疲れてしまう。

 ジャックとかなり熱烈に愛し合った記憶を持っているせいなのか、ほぼ全員が愛情表現に躊躇いがないのだ。あの天邪鬼な親指姫でさえ膝に乗ってきたりしたし、憧れの赤ずきんでさえ抱きついて甘えたりもしてきた。

 向こうからすれば自らが得た記憶をなぞっているだけなのかもしれないが、そんな記憶を持っていないジャックからすれば初めての経験だ。驚愕や羞恥や困惑を覚えず受け入れられるほど、今この世界のジャックは女の子に慣れていない。

 

(あんなに魅力的な子達と恋人として過ごして行くなんて、僕は自分を抑えられるのかな……?)

 

 今のところ一番心配なのはその点だ。恋人達の魅力と愛情表現に理性が焼き切れ、本当にジャックはケダモノと化してしまうかもしれない。実際眠り姫に対してはちょっとなりかけてしまったのだ。もしも親指姫があの場に現れなかったなら、ジャックはどこまで致していたことか。

 

「……うん。そういうのは後で考えよう。今はお風呂で疲れを癒す時間だ」

 

 思い出すととても気恥ずかしくなってきたため、ひとまず考えを打ち切るジャック。せっかくお風呂でゆっくりとしているのだから、しっかり休息しなければ損である。

 なので改めて湯船の中で手足を投げ出し、目蓋を閉じて暖かさに染み入ろうとしたのだが――

 

「――フハハハハハハ! 背中を流しにきてやったぞ、ジャックよ! 喜んでワレに身体を差し出すのだ!」

「……えっ!? は、ハーメルン!?」

 

 突如として浴室の戸が開かれ、高笑いと共にハーメルンが入ってきた。しかもバスタオル一枚という無防備な格好で。いや、ハーメルンの場合は裸で入って来なかっただけまだマシかもしれないが。

 

「うむ、ワレだぞ。何をそんなに面食らっておるのだ、ジャックよ?」

「な、何をって、そりゃあ女の子が突然お風呂に入ってきたら当然だよ! しかもタオル一枚でだなんて!」

「なるほど。つまりタオルが無ければ問題ないのだな?」

「……えっ?」

「他ならぬ我が伴侶の頼みだ。ワレは喜んで従おう。さあ、とくとその目に焼き付けりゅ……焼き付けるが良い!」

 

 そう言って、身体を包むバスタオルに手をかけるハーメルン。まさかやるわけがないと思うジャックだったが、相手はほぼ裸同然の格好で暮らしていたハーメルンだ。絶対に無いとは言い切れなかった。

 

「えっ、わっ、待っ――!」

 

 バサリと勢い良くバスタオルを剥ぐ音と、ジャックが両目を手で覆い隠すのはほぼ同時だった。まさかとは思ったが本当にやるとは。

 ハーメルンは今日から露出度の少ない普通の可愛らしい格好をしていたので、ちょっと油断していたかもしれない。まあ油断しなくてもこの状況を避けられたとは思えないが。

 

「えぇい! 何故目を隠すのだ、ジャックよ! ワレの艶姿をその目に焼き付けんか! 貴様のためだけの姿にゃの……なのだぞ!」

「わ、わぁ!? ちょ、ちょっと!」

 

 何だか大変嬉しくなることを口にしながら、ハーメルンはジャックが目蓋を覆う手を力づくで退け、無理やり目蓋を開けさせようとしてきた。

 そもそも今のジャックは素っ裸なため近づかれると色々見られてしまうので、そのせいもあって頑張って抵抗は試みた。しかし相手は血式少女、それも結構な怪力を持つハーメルン。

 結局抵抗は無意味であり、ジャックは無理やり目蓋を開けられてハーメルンの裸体をその目に――

 

「って……み、水着?」

 

 ――焼き付けることはなかった。何故ならハーメルンは一糸纏わぬ姿ではなく、水着姿だったからだ。まあ一糸というか三糸くらい要所要所に巻きつけた程度の姿であり、相変わらず露出度は凄まじかったのだが。

 

「フハハハハハ! 引っかかりおったな、ジャックよ! 以前までのワレならいざ知らず、今のワレがそう簡単にワレの全てを見せると思ったか!」

(な、何だろう、何か猛烈に悔しい……!)

 

 ほっとしたようなむっときたような、複雑な心地になってしまうジャック。まさかあのハーメルンに男心を弄ばれる日が来ようとは。その水着姿にドキリとしてしまっているので余計に悔しい。

 

「……まあ、貴様がどうしてもと言うのなら、ベッドの上でなら見せても良いぞ? ワレも、その……あれだ。初めては記憶どおりの、ろまんちっくな方が良いからな……」

(……これ、本当にハーメルン? こんな風になるなんて、別の世界の僕はハーメルンに一体何を教え込んだの?)

 

 しかし仁王立ちの高笑いから一転して乙女な恥じらいを見せる姿に、悔しさも吹き飛び見蕩れてしまう。本当にハーメルンは別の世界のジャックからどんな教育を受けたのか。というか教育と称して調教でもされていたのではないだろうか。それくらい今までのハーメルンとはギャップが凄かった。

 

「まあそれはともかくだ。ワレもお邪魔させてもらうぞ、ジャックよ」

「……ダメって言っても、入ってくる?」

「うむ、当然だ!」

 

 屈託の無い笑顔で言われ、最早抵抗も拒絶も無意味だと悟る。むしろ拒絶すればこの笑顔が陰る事になるだろうし、ジャックは諦めて頷くしかなかった。

 

「じゃ、じゃあせめて、タオルをくれると嬉しいんだけどな? 君は水着でも僕は裸だからね……」

 

 しかし最後の意地というか羞恥があるため、タオルだけでも要求する。水着のハーメルンは良くてもジャックは今現在素っ裸なのだ。そんな状態で一緒の湯船に入るなど色々とよろしくない。

 

「む、そういえばそうであったな。よし、ではこれをやろう」

(これさっきまでハーメルンが身体に巻いてた……いや、贅沢は言ってられないよね……)

 

 ハーメルンが差出してきたバスタオルを前に一瞬固まってしまうも、すぐに思いなおして湯船の中で腰に巻く。まあ水着の上から巻いていたしたぶんセーフだろう。その水着も申し訳程度の面積なのでかなり微妙な所だが。

 

「では邪魔するぞ、ジャック?」

「う、うん……」

 

 一応最低限の準備を終えたところで、ハーメルンが湯船に入ってくる。湯船の中に腰を降ろす形なら、浴槽の大きさも相まって何とかお互いに触れ合わずにいられる広さなのが唯一の救いだ。

 

「ふぅ、暖かくて気持ちが良いな! ジャックも一緒だから心も暖かいぞ!」

「そ、そうだね……」

 

 しかし当のハーメルンは湯船の中でぴったりと身を寄せてくるため、浴槽の広さなど関係なかった。離れて欲しいと言おうにも、眩いばかりの純真な笑みを目にしては口に出すこともできなかった。

 

「やはりジャックとの入浴はとても幸せになれるな! 記憶どおりであるぞ!」

「き、記憶どおり? もしかして、僕たちはいつも一緒にお風呂に入ってたの?」

「うむ。大体毎日であったな。お互いに背中を流しあったり、洗いあったりで楽しかったぞ?」

「そ、そうなんだ……」

 

 二の腕に当たる肌の柔らかさにドキドキしながら、ハーメルンが語る別世界の思い出に耳を傾ける。毎日のように一緒に入浴してお互いに身体を洗いあうとは、また随分とイチャイチャしていたようだ。どうやらハーメルンとの仲も極めて良好だったらしい。

 

(良かった。ハーメルンの反応を見る限り、不純なことはしてなかったみたいだ)

「うむ! まあ、そのままジャックに襲われたりすることも頻繁にあったのだがな……」

(……うん、良くない。不純なことしてたみたいだ)

 

 安堵した途端に気恥ずかしさに襲われ俯くジャック。まあそれも含めて関係は良好だったに違いない。そうでなければここまで幸せそうな笑顔を見せはしないだろうし、同じ展開になる可能性を知っていながら風呂場に突撃してくるとも思えなかった。

 

「そんなことより、早速ワレらも実践するぞ! さあ、まずはワレが貴様の背中を流してやろう!」

 

 楽しみで仕方ないとでも言いた気に催促してくるハーメルン。こう見ると子供っぽさが先んじて女の子の魅力的なものはさほど感じられないが、ジャックはついさっき男の子の純情を弄ばれたばかりなのだ。いくら子供っぽく見えようとも警戒を緩めるわけには行かなかった。

 

(どうしよう……背中を流すくらいなら大丈夫かもしれないけど、今のハーメルンならそれだけで済むとは限らないし……ん?)

 

 対応に困るジャックが視線を彷徨わせていると、余計に事態を悪化させかねない光景が見えてしまった。浴室の戸、擦りガラスのその向こうに人影が見えたのだ。

 すでにハーメルンが突撃してきた以上、他の子まで入ってこないとは言い切れない。しかしもしかしたらこの状況を解決に導いてくれる人かもしれない。ジャックはそんな希望的観測をしていたのだが――

 

「ジャックー! お姉さんが背中を流しにきてあげたよ!」

(えぇ……あ、赤ずきんさんまで……)

 

 どうも希望は無意味だったらしい。清々しい笑顔で希望を打ち砕く言葉を口にしながら、黄色のビキニの上に赤いパーカーを羽織った赤ずきんが入ってきた。

 まあ最初から水着で入ってきた分、ハーメルンよりはマシかもしれない。尤もそのスタイルは思わず目を剥いてしまうくらい、ハーメルンよりも数段凶悪だったのだが。

 

「って、ここにも先客がいるじゃん……あたしが言えた義理じゃないけど、皆も積極的だなぁ……」

 

 ジャックがハーメルンと一緒に入浴している光景を目にしながらもほとんど動じず、むしろ感心したような声を零す赤ずきん。

 ジャックとしては怒ってジャックかハーメルンを風呂場から叩き出してくれることを期待したのだが、親指姫ならまだしも赤ずきんではダメだったようだ。

 

「おお、赤ずきんではないか。貴様もジャックと一緒に入浴をしにきたのか?」

「まあね。そういうあんたも、同じこと考えてたんだ」

「うむ。ジャックとの入浴はとても楽しかった記憶があるからな。ワレも体験してみたかったのだ」

「あははっ。分かるよ、その気持ち。あたしも同じ理由で来たからね。せっかくだし、みんな一緒にお風呂を楽しもうか?」

「うむ、男は複数の女を同時に味わうのが好きというからな! ジャックも人数が多い方が嬉しかろう!」

(何かハーメルンが凄いこと言ってる!? いや、確かに悪い気はしないけど――じゃなくて!)

 

 特に怒るでもなくお互い仲良く笑いあう二人に、安堵と焦燥の二つの感情を覚えるジャック。

 確かに恋人達の仲が良ければ喧嘩もなくて安心なのだが、この場に限ってはむしろマイナスになる要因であった。隣にハーメルンがいる状態でもいっぱいいっぱいだというのに、この上赤ずきんまでも隣に来たら色々な意味で我慢できない。

 

「ジャックはケダモノだから間違いないね。さーて、それじゃああたしもお邪魔しようかな?」

「わっ!?」

 

 そんなジャックの危惧にも気付かず、赤ずきんはパーカーを脱いでタオルを頭に載せるとやはり笑顔で湯船に入ってくる。

 さすがに三人で湯船に入るには浴槽は狭く、先ほどよりも密着することになってしまう。まあハーメルンの例を考えるに、例えもっと浴槽が広くとも赤ずきんも身を寄せてきたに違いない。

 

(う、ううっ……右も左も、柔らかい! こんなの耐えられるわけないじゃないか!)

 

 むにむにと左右から密着してくる太股や胸の膨らみの柔らかさ。湯船の熱さも相まって頭が沸騰しそうなほど刺激的な感覚だ。ついでにその感覚が頭だけでなくもっと身体の下の方にも行っているあたり、完璧に危険信号であった。

 

「ご、ごめん! 僕、もう上がるよ!」

 

 これ以上ここにいると何かをやらかすか、何かを見られて気恥ずかしい思いをするかの二択である。ジャックとしてもあの感触は実に名残惜しかったが、やむなく湯船から上がり逃げ出した。

 

「むー……ジャックの奴、逃げたな?」

「うぅむ。ジャックには刺激が強すぎたのか?」

「かもしれないね。あたしたちはかなり刺激が強い記憶を手に入れちゃったし、そのせいで感覚がマヒしてるんじゃないかな?」

「むぅ……ワレはジャックとお風呂を楽しみたかったのだが……」

「今日のところは諦めなって。代わりにあたしとお風呂を楽しもうよ。せっかくだしジャックのことでも話しながら、裸の付き合いってやつをさ」

「うむ、そうするか。これから機会は幾らでもあるからな!」

(待って!? 僕にはもうお風呂っていう平穏の時間も無いの!?)

 

 脱衣所に戻って手早く身体を拭く最中。浴室の方から聞こえてきたもう自分には心休まるお風呂の時間が無いことを表わす会話に、ジャックは戦慄を覚ながらも着替えをするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……何だかどっと疲れた……」

 

 お風呂で呟いたのと同じような独り言を零しながら、ジャックは脱衣所から部屋へと戻る。

 幸いハーメルンと赤ずきんは二人でお風呂を楽しむことにしたようで、ジャックが身体を拭いて服を着ている間に上がってくることはなかった。まあそれでも背後から聞こえてきた二人の楽し気な声と、ジャックがケダモノであるという所以の会話のせいで心は休まらなかったが。

 

「今夜はもう早く寝ようかな。でもまだお風呂場に赤ずきんさんたちがいるし、しばらく横になってよう……ふあぁ……」

 

 だいぶ精神的な疲れが溜まっているらしく、一つ大きな欠伸を零してしまう。目蓋の端に滲んだ涙を拭いつつ、ジャックはベッドに身を投げた。柔らかなベッドが優しく包んで癒してくれると信じて。

 

「きゃっ!?」

「ん……!」

「うわっ!? な、なななに!?」

 

 しかしジャックの身体を迎えてくれた柔らかさは、予想とは異なるものだった。具体的にはさっきお風呂場で感じたような生々しい柔らかさ。ついでに言えばシーツの下からはっきりと女の子の声が聞こえた。

 

(そういえば赤ずきんさん、さっきここにも先客がって言ってたような……!?)

 

 先ほどはいっぱいいっぱいの状況であったために気が付かなかったが、よく考えてみればその台詞は他の場所にも先客がいることを知っていなければ出てこない。となれば先客とはこのシーツの下の子達に違いない。

 

「あ……ど、どうも、ジャックさん……」

「んー……おはよー……」

 

 シーツを剥がすと下から現れたのは、三姉妹の内の二人。ぽっと頬を染めている白雪姫と、眠たげに瞳を細めた眠り姫。まあこんな二人がシーツの下にいたなら、ジャックを受け止めてくれた柔らかさが生々しいのも納得である。

 

「あ、うん。おはよう……じゃなくて! 何で二人とも僕のベッドにいるの!?」

「えーっと、その……白雪はただジャックさんとお話をしたくてお部屋に来たんですけど、ネムちゃんがベッドで横になっているのを見て羨ましくなってしまって……」

「ジャックの、ベッド……抗えなかった……」

「ああ、うん。そっか……」

 

 大体予想通りだった眠り姫はともかく、白雪姫も眠り姫に引かれる形でベッドに潜り込んでいたようだ。

 というかベッドでジャックを待っていたと言われたらむしろどう反応すればいいのか困ったところだ。まあ大人しい白雪姫がハーメルンたちのようなことをするとはさすがに考えられないが。

 

「その……ご迷惑、でしたか?」

「め、迷惑じゃないよ。ただ、その……ベッドにいられると色々変なことを考えちゃうから、できればやめて欲しいかな……?」

「へ、変なことっていうのは、やっぱり、その……エッチなこと、ですか?」

「まあ、君たちは僕がケダモノだって知ってるんだし、できればそういう状況になりそうなことは止めておいた方が良いと思うよ……?」

 

 頷くのもちょっと恥ずかしいので言及はせず、別の方向からそれとなく諭す。

 二人だってジャックがケダモノだという認識は他の恋人達と同じはずなので、細かく言わずとも分かってくれるはずだ。朝に襲われかけたのに何事もなかったような顔で今もベッドにいる眠り姫だけは、かなり心配になってしまうが。

 

「し、白雪は、その……いい、ですよ……?」

(何が良いの、白雪姫!? ていうか意味ありげなことを言ってベッドに横にならないで!?)

 

 意味深な台詞を口にすると、そのまま再びベッドに横になってしまう白雪姫。一体何がいいというのか。そして何故顔を真っ赤にしているのか。ちょっと考えれば分かりそうだが考えたくないジャックであった。

 

「姉妹丼……する……?」

(し、姉妹丼!? 何を言ってるの、眠り姫!?)

 

 しかし隣で最初から横になったまま不動の眠り姫が、否応なく結論を出させる台詞を口にしてくる。しかも堪らなく魅力的な提案で以って。

 反射的に心の中で否定をしたものの、ジャックだって健全な男の子。思わずその場面を想像して唾を飲んだことを、一体誰が責められようか。

 

「は、初めてなのに、三人……でも、ネムちゃんならいいかな……?」

「ん……ボクも、白雪姉様となら……いいよ……」

(何だろう、これ。皆で僕の理性を試してるのかな? これが夢なら良かったんだけど、現実なんだよね……)

 

 両手を合わせる形で手を繋ぐ二人を前に、一週回って逆に落ち着きを取り戻しそうになるジャック。

 ここまで来ると皆がジャックの理性を試しているか、あるいは都合の良い夢でも見ているのかと疑ってしまうくらいであった。しかし目の前の二人はそんなことをするとは思えない子達であるし、これが夢ならあんなに生々しい柔らかさを感じるはずもない。間違いなくこれは現実で、誰もジャックを試してなどいないのだ。

 

「ジャックさん……」

「ジャック……」

 

 もう難しいことは何も考えず、欲望に任せてしまった方がきっと楽になれるはず。だからなのか、ジャックは自然と二人に覆い被さるように身体を寄せ始めていた。ふらふらと、熱に浮かされたように。

 

「――っ!?」

 

 しかしそんなジャックを冷静に戻したのは、不意に頭を掠めた二人のお姉さんの表情だ。朝方目にした、あの身体の芯から凍りつきそうな冷めた瞳。

 あの時は眠り姫へのヤキモチもあったせいで本気で怒ってはいなかったようだが、ここで妹二人に何かをやらかせば今度は本気で怒るだろう。それはさすがに怖くて堪らないし、親指姫も恋人の一人。できる限り機嫌を損ねるわけにはいかなかった。

 

「ご、ごめん、二人とも!」

 

 理性を取り戻したジャックは二人に覆い被さろうとしていた動きを中断すると、身体を跳ね上げ部屋の入り口へと走り出す。お風呂場も危険でベッドも危険ならもうこの部屋にはいられない。自分の部屋だがこの場所はあまりにも危険すぎた。

 

「あっ……ジャックさん……」

「んー……ジャックの、ヘタレ……」

(いや、逆にあそこで襲っちゃう方がマズイよ、眠り姫!? 赤ずきんさんとハーメルンがお風呂場にいるんだけど!?)

 

 逃げ出す最中、どこか残念そうな白雪姫の声と罵倒にも似た眠り姫の言葉が耳に届く。しかしジャックとしては自分は極めて賢明な判断をしたと確信していた。むしろあの場でやらかす方が確実にダメな奴だろう。

 あの大人しい白雪姫までも積極的になるのだということを胸に深く刻みながら、ジャックは自分の部屋を後にした。決して逃げたのではない、決して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、疲れた……これからどうしよう……」

 

 かれこれ三度目の弱音を吐き、ただただ途方に暮れるジャック。

 部屋から逃げ出したジャックはどうすればいいのか分からず、居住区の廊下の隅に座り込んでいた。仮にも恋人が六人もいるとは思えない情けない姿だが、その恋人達をジャック自身が口説いたりしたわけではないのだから仕方ない。

 

「もう休みたいけど、白雪姫はともかく眠り姫は僕のベッドであのまま寝ちゃいそうだし……そうすると僕はどこで寝れば良いんだろう?」

 

 眠り姫の部屋のベッドを借りるという考えも浮かんできたが、即座にその考えは切り捨てる。眠り姫が普段から使っているベッドなら、当然眠り姫の匂いがたっぷりとしみこんでいるはずだ。そんなベッドで安眠などできるはずがない。

 そもそも恋人とはいえ女の子の部屋。勝手にお邪魔することなどできるわけがなかった。

 

「……あら? ジャック、こんな所に座り込んで何をしているの?」

「あっ、アリス……」

 

 結局何も考えが浮かばず途方に暮れていると、偶然通りかかったらしいアリスに声をかけられた。

 確かにアリスも恋人の一人であるが、他の子たちに比べてさほど行動に変化が無いので安心できる。なので色々と少女達の積極性に振り回された今、ジャックは心から安堵を覚えていた。

 

「何だかとても疲れた表情をしているわよ? 動けないのなら私が肩を貸すから、早く部屋に戻って休んだ方が良いと思うわ」

 

 酷く疲れた心に、アリスの暖かい優しさが染み渡る。悲しいわけでもないのに何だか泣きたい気分だった。やはり恋人になってもアリスはアリスらしい。

 

「別に動けないわけじゃないんだ。ただちょっと、部屋に戻れない事情がね……」

「事情? 何かあったの?」

「うん。実は――」

 

 誰かに聞いてもらうと少しは楽になるかもしれないので、ジャックは隣に腰掛けたアリスに事情を話した。お風呂にハーメルンが突入してきた所から、眠り姫のヘタレ発言のところまで。

 アリスは相槌を打ちつつ時に質問を投げかけてきたものの、別段おかしな反応は見せなかった。まあヤキモチ焼きなので多少の反応は見られたが、それだけである。

 

「そ、そう……それは、大変だったわね……」

 

 全てを語り終えると、どこか困惑した様子を湛えながら慰めてくれるアリス。ジャックとしてはその一言だけで疲れが全て吹き飛ぶような心地であった。

 

「うん。それで疲れたから僕ももう休みたいんだけど、今夜はどうしようか悩んでて……」

 

 ただし、そこで結局最初の問題に行き着く。今夜はどこで休めば良いのかという問題に。

 そんな酷いことはしないが仮にベッドから眠り姫を追い出したとしても、きっとジャックが寝ている内に潜り込んでくることだろう。お風呂でのことを考えるに、赤ずきんやハーメルンが潜り込んでくる可能性が無くも無い。

 良い考えは思い浮かず、ジャックはただただ重い溜息を零すしかなかった。

 

「……それなら、私の部屋に泊まるというのはどうかしら?」

「えっ、アリスの部屋に?」

 

 しかしそこでアリスがそんな提案をしてきた。それは予想外の提案で考え付かなかったため、ジャックとしては目から鱗が落ちた気分であった。

 恋人の部屋に泊まるというのは、彼女達の積極性から考えて終始無事に済むとは思えない。必ず何がしかのハプニングかアプローチが待っていると考えて差し支えないはずだ。しかし相手は恋人であると同時に幼馴染のアリス。きっとアリスならそういった心配は無用のはずだ。

 

「ええ。もちろん、ジャックが私と一緒でも構わないのならだけれど……」

「もちろん大丈夫だよ。でも、アリスの方こそ僕と一緒でも良いの?」

「ええ。ジャックと一緒なのだから、嬉しさはあっても拒む理由はどこにもないわ。何より困っているジャックを放っておくことなんてできないもの」

「アリス……」

 

 優しく笑いかけてくるアリスに、またしても泣きそうになってしまうジャック。こんな子が恋人ならどんなに幸せかと反射的に思ってしまうも、冷静に考えるとすでに恋人だったので何だかとても気恥ずかしかった。

 

「それじゃあ行きましょう、ジャック。ずっとこんな所にいたら風邪を引いてしまうわ」

「うん。ありがとう、アリス……」

 

 立ち上がり、アリスは手を差し伸べてくる。その手を取ってジャックが立ち上がると、アリスはそのまま手を握って指を絡め、ぎゅっと繋いできた。少しドキリとしたが、ジャックにはこれくらいがちょうど良い。いきなり一緒にお風呂などは、経験値がゼロのジャックには早すぎるのだ。

 何だかとても穏やかな心地のまま、ジャックはアリスと肩を寄せ合いながら歩き出した。これで今夜はゆっくり休めると、確信にも似た考えを抱きながら。

 

 

 

 

 





 アリス「計画通り」
 
 実はアリスは一番危ない子なのに気付いていないジャックくん。それなのにアリスのホームである部屋へと招かれホイホイついていってしまう……とりあえず紅茶が出てきても絶対呑んだらいけないぞ。絶対だぞ!
 あ、でも眠っているジャックくんをアリスが逆に襲うというのも、それはそれで趣があるなぁ……。
 それはともかく、神獄塔メアリスケルターFinaleが発売決定! 三作目であり最終作、これは買うしかないですね……


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積極的な恋人達(中)

 めでたくアリスの部屋に泊めてもらえることになったジャック君。これで今夜は安心して休める――わけがないんだよなぁ。アリスからすればカモがネギ背負ってやってきたようなものじゃないか……。


「はぁ……何だかやっと落ち着いた気がするよ……」

 

 アリスの部屋に通され、椅子に腰かけたところでやっと一息つけたジャック。積極的な女の子たちの猛攻により、精神的にはもうへとへとであった。

 別に嫌な気はしないのだが、ジャックも男。どうしても邪な気持ちを抱いてしまい、それに対しての罪悪感やら気恥ずかしさやらで胸が痛んでしまうのだ。精神が磨り減っているのはそれが主な原因である。

 

「ふふっ。ジャックにはたくさんの恋人がいるものね。気疲れするのも当然だわ」

 

 構わないで良いと言ったのに、わざわざお茶の用意をしながらそんな言葉を投げかけてくるアリス。

 しかし口では笑っていたものの、声音はほんの少しだけ冷たい感じであった。見れば表情もどことなく面白く無さそうだ。

 

「……アリス、何だかちょっと怒ってない?」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけれど、どうしてもヤキモチを抑えられなくて……」

 

 無意識のものであったのか、指摘した途端にアリスは罰が悪そうな表情を浮かべる。

 まあアリスはヤキモチ焼きなのでそれくらいは仕方が無いだろう。むしろ自分の恋人が他に五人もの異性と付き合っていると考えれば、ヤキモチを焼くだけならまだマシというものだ。

 

「ううん、いいんだよ。その、ヤキモチを焼かれるっていうのも、結構嬉しいからね……」

「ジャック……」

 

 それに決して悪い気はしない。ヤキモチを焼くということは、それだけジャックのことを大切に思い、愛してくれているということ。その事実に喜びを感じこそすれ、忌避する理由などどこにも無い。

 アリス自身もそれを理解してくれているらしく、お茶の準備を進める姿は先ほどまでよりも上機嫌に見えるほど軽やかであった。

 

「お待たせ、ジャック。紅茶が入ったわ。あなたはそれを飲んで、ゆっくり休んでいて?」

「あれ? アリスは一緒に飲まないの?」

 

 しかしお茶の用意を済ませたアリスがテーブルに置いたのは、ジャックの分の紅茶だけであった。アリス自身の分が無いばかりか、対面に座ることもない。不思議に思って尋ねた所、アリスは若干頬を赤らめながら答えた。

 

「できれば私も一緒にお茶をしたいところだけれど、まだ入浴を済ませていないの。ジャックはもうすぐにでも休みたいようだから、早く入浴を済ませて一緒に休んだ方が良いと思ったのよ」

「あ、そっか。ごめんね、アリス。気を遣わせて」

「ふふっ。いいのよ、ジャック。だって今だけはあなたと二人きりでいられるんだもの」

 

 そんな攻めた言葉に若干ドキリとするジャックであったが、幸いアリスは行動として表わしてくることはなかった。さすがにアリスまで赤ずきんたちのように積極的に攻めてきたら、ジャックもどうすればいいのか分からない所だ。

 

「……そうだね。それじゃあ僕はゆっくり待ってるよ。いただきます」

「ええ。どうぞ召し上がれ。私はお風呂に入ってくるわね?」

 

 にっこりと笑い、アリスは洗面所へと去って行った。覗かないように念を押すこともないあたり、きっとジャックを信頼してくれているのだろう。

 もちろんその信頼に応える云々の前から、ジャックには覗きをする気など欠片もなかった。というか女の子との混浴から逃げてきたのにわざわざお風呂を覗くわけがない。

 

「ふぅ……暖かいな……」

 

 なのでアリスの言葉に甘えて、紅茶を啜りながらほっと一息つく。肉体的な疲労はともかくとして、精神的に疲れていた身体にはその暖かさが染み入るように気持ち良かった。身体を外から暖める入浴とはまた違った心地である。

 

(アリスも僕の恋人だけど、あんまり距離感が変わらないせいか僕もいつも通りに過ごせるみたいだ。こういう時はそれが本当に嬉しいなぁ)

 

 さほど普段と様子や接し方が変わらないというのは、それだけでジャックにとってはありがたい。何せ憧れであった赤ずきんはお風呂にまで入ってきたし、大人しい白雪姫でさえベッドに潜り込んでいた。あまりの変化に戸惑いを覚えてしまうのは仕方の無いことのはずだ。

 

(でも、やっぱりアリスも記憶を持ってるんだよね? 僕と、その……色々と、した記憶を……)

 

 とはいえそんな記憶を持っていれば変わってしまうのもまた仕方ない。逆に普段とほとんど変わらないアリスの方が、むしろ少数派なはずだ。

 

(それでもあんな風に落ち着いていつも通りに接することができるなんて、アリスは凄いなぁ。僕だったら絶対そんな風にはできないよ)

 

 もしもジャックがアリスたちと致した記憶を持っていたら。きっと面と向かって話をすることはできないくらい狼狽してしまうか、あまりの羞恥に逃げ出してしまうことだろう。あるいは理性を放り投げて襲いかかるか。

 

(でも、いつかはちゃんと向き合わないとダメなんだよね。いつかはきっと、僕もそういうことをしないといけないわけで……それが嫌ってわけじゃないんだけど、最初に誰を選ぶかがまた問題なんだよね……)

 

 ファーストキスを眠り姫に奪われた時の反応を見るに、どうやら皆ジャックの初めてというものを非常に価値があるものと思っているらしい。男であるジャック自身はさほど価値を見出していないが、それはこの際関係ない。向こうがどう思うかが問題なのだ。

 

(……やっぱり、最初はアリスが一番なのかな?)

 

 かなりのヤキモチ焼きであることが判明したため、特別気を遣わなければいけない相手。 しかし恐らくはジャックが最も変わらず接することができる相手だ。他の子が相手だったならジャックは羞恥心やその他の感情に耐えられず直前で逃げ出してしまうかもしれないが、アリスが相手ならもしかしたら大丈夫かもしれない。逃げ出さず、お互いに全てを曝け出して身体を重ね――

 

(う、うわっ! うわっ! 何を考えてるんだ、僕は!?)

 

 思わずそんな光景を想像してしまい、咄嗟に嫌らしい妄想を振り払う。それでもアリスの艶姿と、それに襲い掛かる自分の想像は否応無く胸の鼓動を高鳴らせていた。もちろんもっと別の身体的反応も引き起こして。

 

「はぁっ……やっぱり僕にはまだそういうのは早すぎるよ……」

 

 そもそもアリスたちと恋人になってからまだ何日も経過していない。今考えるべきは愛情を深めあい最後に辿り着き行う行為ではなく、これからどうやって恋人としてみんなと過ごしていくかだろう。

 昂った精神を鎮めるために再び紅茶に口を付け、その味わいと暖かさに浸り直すジャックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人でのお茶を終え、それでもまだアリスはお風呂から上がってこなかったので片付けも終えて一人休んでいるジャック。

 精神的に疲れが溜まっているせいか、椅子に腰掛けて休んでいるだけでも眠気が襲ってきて仕方が無かった。思わずこくりこくりと何度も舟を漕いでしまうが、アリスを待たなければいけないので頑張って堪えていた。

 

「――お待たせ、ジャック。時間がかかってしまってごめんなさい」

 

 ぼんやりとした意識のまま待っていると、やがてアリスの声が聞こえてきた。幼馴染の柔らな声に薄れ掛けていた意識が引き戻され、ジャックは顔を上げる。

 

「あっ、アリス。もう上がった――!?」

 

 しかし瞳に映ったのは、ただの幼馴染の少女の姿ではなかった。女性を意識してしまうくらい、妖艶な格好をしたアリスだった。

 とはいえ妖艶と言っても途方も無く露出度が高いわけではないし、非常識な格好をしているわけでもない。むしろ露出はかなり低めだし、見た感じではパジャマというかゆったりとしたネグリジェだ。

 ただ色合いが妖しい黒な上、身体のラインが透けて見えるほど薄かった。幾ら幼馴染とはいえそんな格好で目の前に来られると、否が応にも女性を意識してしまうのは仕方が無かった。おまけにお風呂上りなせいか肌も赤みがかかってしっとりしているため、余計にその手の感情を刺激される。

 

「ええ。疲れているのに待たせてしまってごめんなさい。それじゃあそろそろ休みましょう?」

 

 しかしアリス本人はその格好の危険性に気付いていないのか、まるでいつもと変わらない様子でジャックの元に歩み寄ってくる。うろたえているのはジャック一人であった。

 

「あ、アリス……その格好……!」

「えっ、これ? これは、その……記憶の中で、ジャックが褒めてくれた格好なのだけれど……やっぱり、ただのお世辞だったのかしら?」

「そ、そんなことないよ! 凄く可愛いよ、アリス!」

「そう、可愛い……ふふっ。その言葉を聞いただけでこんなに嬉しさを感じるようになるだなんて、私自身も驚きだわ」

 

 微かに沈んだ面持ちを見せたアリスだが、ジャックの言葉に嬉しそうな笑みを浮かべる。そしてまるで嬉しさに舞い上がったかのように、あるいはジャックに見せ付けるようにその場でくるりと回ってみせた。

 

(可愛い……可愛いんだけど、ドキドキするなぁ……)

 

 身体のラインが見えてしまう格好なため、その場で回られるとアリスの全身のラインがばっちり見えてしまう。その上スカート部分の裾が翻り真っ白な太股が曝け出され、下着すら見えそうになってしまう。もうこの時点でこれがアリスでなければジャックは逃げ出しているところだ。

 

「それじゃあもう休みましょう、ジャック。暖かい紅茶のおかげで、適度に眠気も出てきたはずよ?」

「そ、そうだね。それじゃあ僕はこの辺で寝ようかな?」

 

 安全だと思っていたアリスの部屋だがちょっと危ない気がしてきたので、なるべくアリスのベッドから離れた床を指し示す。

 ちょっと自意識過剰な気がしないでもないが、恋愛に興味どころか言葉の意味すら知らなさそうなハーメルンでさえも積極的に迫ってきたのだ。幼馴染だから大丈夫、と無条件に信用できるかどうかはちょっと怪しくなってきていた。

 

「えっ、何を言っているの? あなたを床に寝かせたりなんてしないわ。一緒にベッドで寝ましょう?」

「えっ!? い、いや、でもさすがに一緒にはちょっと……」

「嫌なの? 私はできたら、あなたと一緒のベッドで眠りたかったのだけれど……昔のように、一緒に……」

「うっ……」

 

 凄く色っぽい格好で、とても悲しげな顔をされてしまう。悲しいことにそんな様子で迫られてもきっぱり断れるほど、今のジャックは経験を積んではいなかった。

 

「……わ、分かったよ、アリス。一緒に寝よう?」

「ええ! もちろんよ、ジャック!」

 

 頷いた途端、喜びに溢れた笑みを返してくるアリス。何だかちょっぴり不安はあったものの、幸せいっぱいのまばゆい笑顔を浮かべさせることができていた。ジャックとしてはそれで充分であった。アリスが幸せなら大抵のことは些細な問題だ。

 そんなわけで多少の不安はあったが、ジャックはアリスと共に一つのベッドにもぐりこんだ。

 

(う、うわ……なんか、アリスの匂いがする……)

 

 ベッドの中は暖かく、そして女の子特有の良い香りがこれでもかというほどに染み付いていた。相手がアリスだったから何とか我慢できたジャックだが、もしこれが他の血式少女のベッドだったならすぐに逃げ出すか不埒な行為を働いたかもしれない。

 

「はぁ……夢みたいだわ。またこうして、ジャックと一緒に眠れるだなんて……」

 

 そんな風に戦々恐々としているジャックの目の前では、どこか恍惚とした様子のアリスが見つめてきている。

 また一緒に眠れるというのは自らが得た記憶の中の再現か、あるいはメルヒェンに捕まっていた牢獄での日々か。まあさすがに牢獄でのことを幸せそうに語りはしないはずなので、恐らくは前者に違いない。

 

「アリスは大袈裟だね。君に頼まれれば恋人になる前でも、一緒に寝るくらいはしてあげたと思うよ?」

「そ、そうなの!? それは……もっと前に、知りたかったわ……」

 

 感情も露わに、心底悔しそうな顔をするアリス。そんなどこか子供っぽい様子を目にして、ジャックは思わず苦笑した。

 

「でも知っていたとしても、一緒に寝ようなんて言い出せなかったんじゃないかな? 少なくとも僕は恥ずかしくてちょっと口に出来ないかな?」

「それは……そうかもしれないわね。そんなことを口にしたら、ジャックに子ども扱いされてしまいそうだもの」

「子供扱いかぁ……ハーメルンならともかく、アリスを子供扱いはできないなぁ。だって僕よりしっかり者だし、いつも落ち着いてるからね」

「そんなことはないわ。私が今の私でいられるのは、ジャックがいるからだもの。もしもジャックがいなくなってしまったら、きっと私は狂ってしまうわ」

(……あながち、間違いじゃないんだよね。アリスには言えないけど)

 

 前の世界の出来事を知っているジャックとしては、そんなことはないと否定してあげることはできなかった。さすがにあんなことがあればアリスがジャックに深く依存しているということくらい、嫌でも理解させられてしまう。それこそ失ってしまえば本当に狂いかねないほどに。

 

「だけど、確かに子供扱いはして欲しくないわね。ジャックにならそれも悪くはないのだけれど……できればジャックには、女の子として――いえ、恋人として扱ってもらいたいの」

「アリス……」

 

 それほどに自分を深く想っている少女が、吐息さえ感じられる距離から熱く見つめてくる。その金色の瞳に秘められた熱と強さに、ジャックは胸が高鳴るのをはっきりと感じていた。

 

「だけど、今のジャックには少し難しいことなのも理解しているつもりよ。だから少しずつで構わないわ。少しずつ、あなたのペースで私を恋人扱いしてくれると、私は嬉しいわ……」

「……うん。ありがとう、アリス」

 

 優しさに満ちた言葉を微笑みと共に向けられ、同様にジャックも笑みを返す。

 正直なところ、自分のペースであろうと非常に難しいことは分かっていた。相手がアリス一人だったならともかく、他に五人も恋人がいるのだ。その上皆が皆、その場の勢いや雰囲気に飲まれて過ちを犯しそうなくらいに魅力的なのだから始末に負えない。それでも抵抗や拒否を示してくれるならまだ良かったのだが、赤ずきんやハーメルンの積極性を見る限り期待はできそうになかった。自分のペースで関係を進めようにも、それを許してくれないのが恋人たちなのだ。

 男としては大いに喜ぶべき状況なのかもしれないが、残念ながらジャックはそれを素直に喜べるほど図太い性格ではない。そのため喜びと困惑が入り混じった複雑な感情がどうしても拭えず、余計に心労が積み重なっていく日々であった。

 

「……ジャック。その手始めに一つ、お願いをしても良いかしら?」

「うん、いいよ。どうしたの?」

 

 ほんの少しだけこれからの日々に落ち込んでいたジャックだが、アリスの言葉に引き戻される。

 しかし引き戻された瞬間、目の前のアリスの様子にまたしても胸がドキリとしてしまった。何故ならぽっと頬を染めて、上目遣いに可愛らしくジャックを見上げてきていたから。

 

「お……おやすみのキスを、して欲しいの。ダメ、かしら……?」

 

 そんな途轍もなく可愛らしい姿を見せながら、可愛らしいお願いをしてくる。

 この時、ジャックはアリスが幼馴染で良かったと心の底から思った。もしも小さなころから一緒に過ごしてアリスという女の子に対する耐性を得ていなければ、襲い掛かっていたかもしれないくらい可愛かったから。

 

「……それくらいなら、お安い御用だよ」

 

 そんな欲望を押し殺し、努めて平静を装って笑いかける。正直こんな状態でキスなどしたら自分を抑えられなくなりそうだが、アリスが相手ならまだ大丈夫なはずだ。

 というか浄化にさえやきもちを示して直に血を舐めさせる習慣さえ作っていたほどのやきもち焼きなアリスに対して、キスしないという選択はさすがに存在しなかった。

 

「――っ」

 

 動作的には段々と慣れてきたものの、心象的には未だ慣れない口付けを躊躇いがちに行うジャック。アリスの唇に優しく自らの唇を押し当て、感触と温もりを微かに感じ取ったあたりで遠ざける。

 もちろん中途半端になったのははっきり感じ取れるほどにキスしてしまうと色々まずそうだという理由からである。

 

「……おやすみ、アリス」

 

 そんな不安を覆い隠すような会心の笑みで以て、アリスへおやすみの挨拶を口にした。

 何にせよ色々と悶々とした気持ちを抱えることになった一日もこれで終わりだ。恐らく明日も今日と似たような一日になるのだろうが、その前に睡眠という束の間の休みがある。気持ちを切り替える意味でもゆっくりと休もう。ジャックはそう考えていた。

 

「………………」

「……あれ? アリス?」

 

 しかしキスと言葉でおやすみの挨拶をしたのに当のアリスが何故か無反応であり、首をかしげてしまう。

 とはいえ無反応と言っても無表情というわけではない。頬を朱色に染めて、どこか夢心地の表情で固まっている感じだ。期待通りのキスであまりの幸せに放心しているのかと一瞬考えてしまうジャックだが、昨日の今日でさすがにそこまで技術が培われたなどとは思っていない。ならば一体何故アリスは固まっているのか。その理由を直接本人に尋ねようとしたその瞬間――

 

「じゃ、ジャック……ジャック……!」

「うわっ!? ちょ、ちょっとアリ――っ!?」

 

 ――突如としてアリスが襲い掛かってきた。熱に浮かされたように頬を上気させつつ、ジャックの名を口にしながら。

 驚いて距離を取ろうとするも間に合わず、アリスに抱き着かれそのまま唇を奪われた。しかもおやすみの挨拶にしては明らかに情熱が籠った、大変激しい口付けであった。

 

「ちゅ……ぁ……ジャック……! 好き……好き……ジャックぅ……!」

 

 しかも口づけの合間に、ぞっとするほど甘い声でジャックへの好意を口にしてくる。

 当然ジャックは離れようとしたものの、アリスはかなり力強く背中と頭の後ろに手を回して決して離してはくれなかった。そんな状態で甘い声音と咥内を侵食してくる湿り気を帯びた温もりに、段々と理性を溶かされていく。

 

(も、もしかしてアリスも危なかった!? 僕は間違ってたってこと!?)

 

 そして薄れていく理性の中、自分の考え違いを理解する。とはいえ今更気が付いても後の祭りであった。非力なジャックには力強く抱擁しつつも、熱烈な口づけを捧げてくるアリスから逃れる術はどこにもなかった。

 もうこのまま流されても良いのかもしれない。そんな手遅れ一歩手前に近い思考が浮かび上がり、意図せず身体が勝手に口づけを返すようになってきたその瞬間――

 

「――っ!?」

 

 口の中に微かな鉄の味を感じると共に、アリスが小さく呻きを上げる。同時に素早くジャックから離れると、口元を押さえながら眉を顰めていた。

 色々と急展開過ぎてすぐには状況が呑み込めなかったものの、舌の上に広がる鉄の味わいと痛みを堪えるようなアリスの表情に、数秒もすればさすがに状況を理解できた。どうやらジャックはアリスの舌を噛んでしまったらしい。

 

「ご、ごめん、アリス! 大丈夫!?」

「い、いえ、良いのよ……今のは、私が悪いんだもの。それに今の痛みで、私も正気に戻れたわ……」

 

 すぐさま近寄って誠心誠意の謝罪をするも、逆にアリスはジャックから距離を取っていく。心底ばつが悪そうに顔を赤くして、自分の取った行動を恥じ入るように。

 あまり褒められることではないが、どうやら舌を噛んでしまったのは結果的には良いことだったらしい。少なくとも再びアリスが襲い掛かってくる気配はどこにもなかった。

 

「と、突然どうしたの、アリス?」

「ごめんなさい。あなたのために色々と我慢していたのだけれど、抑えられなくなってしまって……あなたへの、気持ちが……」

「僕への、気持ち……」

 

 さすがにジャックもそれがどんな気持ちなのか分からないほど鈍くはなかった。というかあれだけ熱烈な口付けと抱擁を受ければ誰でも分かる。

 一見普段と変わらないクールな様子を見せていたアリスも、その実心の中ではジャックへの想いが燃え盛っていたということなのだろう。

 

「ジャック、私から誘っておいてこんなことを言うのは心苦しいのだけれど、私の部屋に泊まるのは止めた方がいいわ。その……あなたを、襲ってしまいそうだから……」

(お、襲うって……まあ、そういう意味だよね……?)

 

 耳の先まで真っ赤になりながらも、非常に恐ろしいことを口にするアリス。先の様子や行動から考えるに、確かにその可能性は高そうだ。思い返してみるとジャックを部屋に上げてくれた時のアリスの瞳は、獲物を狙う肉食獣もかくやという光を放っていたような気がしなくもない。

 何にせよ本人もこう言っている以上、今夜アリスの部屋に泊まるのは止めておくべきだろう。ジャック自身、もう一度熱い抱擁と口づけを受けたら耐えられる自信がなかった。

 

「う、うん。それじゃあ、僕は出てくよ。でも、泊めてくれてありがとう」

「ごめんなさい、ジャック……もっと私の意志が強ければ、あなたを困らせることもなかったのに……」

「それは仕方ないよ。だってそういう気持ちは抑えるのが難しいだろうし……」

 

 アリスは別世界の記憶を得る前から、ジャックのことが好きだったらしい。それなら記憶を得て更にジャックへの好意が増したと考えるべきだろう。むしろよくおやすみのキスをするまで普段通り冷静でいられたものだ。仮に立場が逆だったならジャックは自分を抑えられる気がしなかった。

 

「ありがとう、ジャック……おやすみなさい……」

「うん。おやすみ、アリス」

 

 お互いに言葉のみのおやすみの挨拶を交わし、ジャックはアリスの部屋を出た。アリスが酷く気に病んでいる様子だったので渾身の笑顔で口にしたのだが、そのせいか去り際に見えた金色の瞳はまたしても獲物を狙うような恐ろしい輝きを放っていた気がした。

 

(……もしかして、アリスが一番注意しないといけない子だったのかな? 一応ハーメルンたちは僕を襲ってきたわけじゃないし、白雪姫たちもどちらかと言えば受身だったし……)

 

 アリスには悪いと思っているものの、ジャックは心の中で恋人たちの危険度の振り分けを変更せざるを得なかった。まあ誰が一番安全かと聞かれても、即答はできないのが辛いところであったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスの部屋に泊まるという予定の変更を余儀なくされたジャックは、自分の部屋に戻ることもできずに居住区の廊下を彷徨っていた。仮に戻ったとしても眠り姫がベッドで寝ている可能性が高いので、自分の部屋で休むのは論外だ。

 ならば他の恋人たちの部屋に泊めてもらうのが賢い判断かもしれないが、赤ずきんでさえお風呂に突入してきたし、白雪姫でさえベッドに潜り込んでいたことを考えるに、むしろそれは悪手だろう。下手をすると先ほどのアリスの時と同じ運命を辿りかねない。

 何だかもう廊下のその辺で眠るという選択肢さえ浮上してきたものの、さすがにそれは最後の手段にしたかった。なのでジャックは考え抜いた末に恋人たちの中で安全度が最も高いかもしれない少女の部屋へと向かっていた。

 

(何か嫌な予感がしなくもないけど、他に行く当てもないし仕方ないよね。というか一人だけ仲間はずれにしたらそれこそ怒られそうだよ)

 

 そんなことを考えながら、部屋の扉をノックする。

 すでに時刻は深夜と言って差し支えない時間帯であるため、部屋の主はもう眠っているかもしれない。だとすればあまりしつこくノックするのは止めておくべきだろう。そう思ったジャックは三セット目のノックはせず、二セットで止めておくことにしたのだが――

 

「あー、うっさいわね! 人が気持ち良く寝てたってのにこんな時間に誰――って、じゃ、ジャック!?」

 

 幸いと言って良いのか、部屋の主である親指姫が出てきてくれた。眠たげに目を擦りつつ、怒り心頭といった様子で。ただしジャックをの姿を認めた瞬間、怒りは驚きに塗り潰されていた。

 

「ご、ごめん、親指姫。休んでたのに起こしちゃって」

「ま、全くよ。それで何の用? くだらない用事だったらぶっ飛ばすわよ?」

「うん、実は――って、その格好……」

「な、何よ?」

 

 ジャックがその服装に視線を向けると、親指姫は頬を赤らめながらもどこか警戒した様子を見せてきた。

 親指姫はついさっきまで眠っていたらしいので、今の服装はネグリジェの類であった。しかしそれはアリスが身に着けていたような、薄くて身体のラインが見えてしまうものではない。赤色を基調にフリフリのレースで彩られた、大変可愛らしいものだった。

 

「……うん! 凄く可愛いね、親指姫! とっても似合ってるよ!」

 

 だからこそジャックは何の躊躇いもなく、会心の笑顔で褒めることができた。実際には親指姫の可愛らしさが半分、扇情的でない可愛らしい格好である安堵に半分といった具合の誉め言葉だ。

 

「あ、あっそ。まあ、悪い気はしないわね?」

 

 誉め言葉の中に含まれる可愛らしさ以外のものに気付かれたのか、親指姫は特に喜んだ様子もなくそっぽを向いてしまう。

 ただ微かに見える口元がどこか緩んで見えたため、もしかすると照れ隠しなのかもしれない。尤もそれを確認しようとすれば怒られるのは間違いないので、ジャックは特に追及しなかった。

 

「それでこんな時間に君の所にきた理由なんだけど、実は君に頼みがあるんだ。もちろん無理は言わないから、断ってくれても良いんだけど……」

「内容聞いてみないと分かんないわよ。良いから話してみなさい」

「うん、それじゃあ……今夜だけでいいから、君の部屋に泊めてくれないかな?」

「はあっ!? ちょ、何で私の部屋に泊まるのよ!? 自分の部屋があるでしょ!?」

 

 誉め言葉が効いていたのか幾分柔らかい態度で続きを促してきた親指姫だが、答えた瞬間に顔を真っ赤にしてしまう。

 とはいえここで断られたらジャックはもう行くところが無くなってしまうので、可能な限り粘るつもりであった。何より親指姫のこの反応からすると、他の恋人たちと違って襲い掛かってくる確率は極めて低そうなのだから。

 

「それが、僕の部屋は今ちょっと危なくて戻れなくて……」

「……どういうことよ、それ?」

 

 若干心配そうな様子を見せて恥じらいを収めた親指姫に対し、ジャックは全てを話した。全てというのはもちろん風呂での出来事からアリスの部屋であったことも含めてだ。ベッドに親指姫の妹二人が潜り込んでいたことを話すのには若干抵抗があったものの、逆に話さず後でバレた時のことが怖かったので洗いざらい話したわけである。

 

「――っていうわけなんだ。だから今夜だけで良いから、泊めてくれると嬉しいな……?」

「……あんた、馬鹿でしょ?」

「うぅ……」

 

 冷たい声と蔑みのこもった瞳を向けられ、思わずたじろいでしまうジャック。

 やはりアリスの後に親指姫の元を訪れたのがまずかったらしい。とはいえ親指姫は他の恋人たちにしたことは自分にもその三倍しろというお願いをしてきたのだ。そこを考えると順番が最後になっても問題ないと言っているように聞こえるのだが。

 

「よりにもよってアリスの部屋に泊まるとか、自殺行為も良いとこよ。あいつ一番危ない奴じゃない。ていうかあんた、アリスに部屋に引きずり込まれたわりにはよく無事だったわね……」

(あ、怒ってるのはそれが理由なんだね)

 

 しかしどうやら親指姫を苛立たせたのはアリスの部屋に泊まったことが原因らしい。自らそう口にしながら、先ほどとは打って変わって感心したような表情を浮かべていた。

 

「別に引きずり込まれたわけじゃないよ。それにアリスも必死に自分を抑えようとしてくれて、最終的には部屋にいない方が良いって僕を帰してくれたしね?」

「あっそ。で、アリスの部屋もダメだったから最後に私の所に来たってわけ。最後に、ねぇ?」

(あ、やっぱり怒ってる……)

 

 一見可愛くにっこり笑っているように見えるが、親指姫から感じられる圧力は明らかに笑顔のそれではなかった。どうやらアリスの部屋に泊まったことは別としても、最後に頼られたのは癇に障ったらしい。

 

「……そうだね。ごめん。やっぱり、自分で何とかするよ。起こしちゃってごめんね、親指姫」

 

 言い訳などできないしするつもりもないジャックは、諦めてその場を後にしようとした。もう行く当てもないのでその辺で寝るくらいしか選択肢はなかったが、背に腹は変えられない。

 なので一つ謝罪をした後、踵を返して去ろうと思ったのだが――

 

「あっ!? ちょ、待ちなさいっての! 誰も泊めないなんて言ってないじゃない!」

「えっ……泊めて、くれるの?」

 

 部屋から飛び出してきた親指姫に上着を掴まれ、引き留められた。それも何だか酷く必死な表情で。尻を蹴飛ばされて追い返されることも覚悟していたジャックとしては、心底意外な反応だった。

 

「ま、まあ、あんたは妹たちに手を出さなかったみたいだし、そのご褒美として床でなら寝させてあげなくもないわよ?」

 

 そして顔を赤く染めながら、恥ずかしそうに視線を彷徨わせつつそんな提案をしてくれる。ジャックとしては床だろうと何だろうと部屋の中で眠らせてくれるなら願ったり叶ったりであった。

 

「わぁ……! ありがとう、親指姫! 助かるよ!」

「よ、喜ぶのはまだ早いわよ! 部屋には上げてあげるけど、もし私に夜這いでもかけようものなら叩き出すからね!」

「うん、それで構わないよ! ありがとう、親指姫!」

「あっ、あー……! もうっ、そんな笑顔で迫ってくんじゃないわよ……!」

 

 最後に救いを得た嬉しさのままに笑いながら、親指姫の小さな手を握って何度もお礼を口にする。

 そこまで喜ぶとは思っていなかったのか、それともジャックの喜びようが異様すぎてついていけないのか、親指姫はとても迷惑そうな顔をしていた。ただその顔は、耳の先まで真っ赤に染まっていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、あんたは床。私はベッドだからね。もし私が寝てる間に何かしようものなら、命は無いものと思いなさい」

「うん、分かってるよ。本当にありがとう、親指姫」

 

 部屋に上げてもらい、めでたく温かい室内で休めるジャック。板張りの床は多少冷たいがカーペットが敷いてあるし、親指姫もそこは理解しているらしくシーツだけでなくちゃんと敷布団代わりの毛布も与えてくれた。

 枕はクッションのひとつを使って良いとお許しが出たし、ジャックとしてはむしろ至れり尽くせりの状況である。床で寝ることなど大した問題ではない。

 

「わ、分かれば良いのよ、分かれば……」

 

 それでも親指姫自身はベッドの隣に敷布団を用意したジャックに対し、多少複雑そうな表情を向けてくる。まあ仮にもジャックは親指姫の恋人である。何だかんだ言いつつも恋人を床で寝かせるのには抵抗があるのかもしれない。

 

「それじゃあおやすみ、親指姫」

「お、おやすみ……」

 

 その気持ちは嬉しいのだが一緒のベッドで寝ても良いと言われると逆に困ってしまうので、ジャックは手早く寝床の準備を終えるとそのまま横になって瞳を閉じた。少し遅れて部屋の明かりが消され、瞼越しの明るさが消える。

 

「ふぅっ……」

 

 アリスの部屋以来の安心感に、自然とジャックは暗闇の中でため息を零した。床は固くて朝になったら身体の節々が痛んでいそうだが、今までの問題に比べれば極めて些細な問題である。

 

(これでやっとゆっくり休めるよ。思ったとおり、赤ずきんさんと一緒じゃないと僕に甘えられない親指姫なら、他の子たちとは違って早々積極的にはならないからね)

 

 

 想定通りの展開になったことに対し、心の中でほくそ笑む。

 確かに親指姫も恋人になってから積極的な姿を見せてきたことがある。ジャックにいきなり熱烈なディープキスをしてきた挙句、他の恋人に恋人らしいことをしたならその三倍は自分に同じことをしろ言ってきたり、膝に乗って甘えてきたりしてきたのが正にその具体例だろう。

 とはいえ前者に関してはジャックが眠り姫に襲い掛かろうとしている光景を見た後でのことだし、後者に至っては赤ずきんと一緒にいた時のこと。つまり何らかのきっかけがなければ、親指姫は変わらず素直ではない女の子のままである可能性が高いのだ。ジャックが恋人たちの積極性に辟易しながらも恋人の一人である親指姫の元を訪れたのは、その可能性に賭けたからである。

 

(親指姫も結構なヤキモチ焼きだからちょっと心配だったけど、アリスとは違って素直じゃないから大丈夫そうだね。はあっ、親指姫が素直な子じゃなくて本当に良かった……)

 

 アリスと同じく、親指姫もジャックの血を直接舐める習慣を作っていたくらいにはやきもち焼きなところが唯一の不安材料であったが、結果的にはジャックは賭けに勝利したわけである。これが素直な子だったらこうはいかなかったに違いない。。

 何にせよ親指姫が天邪鬼なおかげで、ジャックはこうして快適な寝床を手に入れることができたのだ。明日は何かお礼をするべきだろう。

 

「……じゃ、ジャック。起きてる?」

「うん。まだ起きてるよ。どうしたの?」

 

 どんなお礼をするべきか考えていたところ、不意に親指姫が話しかけてくる。思わずそちらに視線を向けたジャックは、こちらを覗き込んでいる親指姫とばっちり視線があってしまった。灯りの消えた室内でも分かるくらいに顔を赤く染めている親指姫と。

 

「やっぱり、その……ちょっと気が変わったわ。特別にあんたも、私と同じベッドで寝て良いわよ?」

 

 そしてあたかも興味なさげに、自分はどちらでも構わないと言いたげな様子でそんな言葉を口にしてくる。表向きにはどう振る舞いつつも、やはり親指姫も一緒のベッドで寝たかったらしい。

 

「え、っと……へ、変なこととか、しないよね?」

「な、何で私が変なことすんのよ!? てかそれ私の台詞じゃない! 変なことするのはあんたの方ででしょ、このケダモノ! あんま変なこと言うと部屋から叩き出すわよ!」

「ご、ごめん! じゃあ、えっと、お邪魔します!」

 

 一緒のベッドに入るのは正直まずい気もしたが、これ以上機嫌を損ねて部屋を追い出されても堪らない。やむなくジャックは頷き、親指姫のベッドにお邪魔することにした。

 何だかアリスの時と同じ間違いを犯しているような気がしなくもないが、天邪鬼な親指姫ならきっと大丈夫なはず。そう固く信じながら。

 

「も、もうちょっと離れなさいよ。これじゃ近すぎよ……」

「あ、ご、ごめん……」

 

 身体をベッドに横たえた瞬間、お互いの吐息さえ感じられるほどの距離に近づいてしまったため、咄嗟に端まで動いて距離を取る。親指姫も一定以上の距離を求めているあたり、やはりアリスの時のような出来事は起こらないと考えて良いだろう。危機を乗り越えられたジャックはまたしても安堵の吐息を零してしまった。

 

「全く。六人も恋人なんて作るから、こんなことで悩む羽目になんのよ。少しは反省しろっての」

「ごめん……だけど、あんな状況じゃあ誰か一人を選ぶことなんてできないよ」

「それは……まあ、そうかもしれないけど……」

 

 何度もため息に似た吐息を零すジャックの様子に呆れを見せていた親指姫だが、そう答えるとどこか複雑そうな表情で言葉を濁してしまう。

 仮にあそこで誰か一人を選ぶなら、確率で考えても親指姫が選ばれる確率は六分の一だ。全員恋人にしてしまうという言語道断な行いが無ければ六分の五の確率で恋人にはなれなかったのだから、複雑な気持ちを抱いてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「だけど親指姫からすればきっと誰よりも複雑な気持ちのはずだよね。何でか君達三姉妹の全員が僕の恋人になってるから……」

「まあ、そりゃあね……」

 

 どこか困惑した様子に眉を顰めながら頷く親指姫。自分だけでなく妹二人までもジャックと恋人になっていた世界があるということなのだから、三姉妹の長女としては色々と思うところがあるに違いない。

 

「あんたはロリコンだって思ってたけど、今考えると何か違う気がするわ。白雪はまあ、ギリギリそうだとしても、ネムはちょっと、ね……」

(う、うーん。白雪姫もだいぶ無理があるんじゃないかなぁ?)

 

 親指姫は小柄で身長も低い上に体型も子供のようなので、俗に言うロリと断定して差し支えないだろう。しかし眠り姫はもちろんのこと、白雪姫もロリと断定するには無理がある。少なくとも以前に見た姉のおさがりの服を身に着けた白雪姫の身体のラインは、ロリと言うには失礼なほど豊かであった。

 尤も長女の親指姫にはある種のプライドがありそうなので否定の言葉は口にしないでおいた。

 

「正直、僕も自分の好みなんて分からないよ。ただ皆が皆魅力的で、どうしようもなく可愛いってことだけは嫌でも分かっちゃうんだけどね。もちろん、親指姫も可愛いよ?」

「つ、付け足しみたいに言われたって私は騙されないわよ! ……ち、ちなみに、どの辺が可愛いのか言ってみなさい?」

 

 顔を赤くして怒ったかと思うと、より赤みを深めながら探るような眼を向けてくる。その瞳の中には若干の期待が見え隠れしていた。どうやら今のは照れ隠しだったらしい。

 となると親指姫も自分がどう思われているのか気になっているのだろう。答えるのはやぶさかではないため、ジャックは親指姫の魅力を一つ一つ思い浮かべながら答えていった。

 

「そうだね。まずはこう、小柄な所かな? 何というか、抱きしめるのにちょうど良さそうなサイズで良いよね。あと小さくても本当は凄くお姉さんらしい所もあることとか、恥ずかしそうに赤くなって怒る所が可愛いとか、今の僕でもたくさん思い浮かぶよ」

「ふ、ふーん、そう……」

 

 一見興味なさ気な反応を示しながらも、口元をしっかりと緩ませる親指姫。小柄や小さいといった怒られそうな言葉も混じっているのにこの反応だ。

 それならこれも口にして大丈夫だろう。そう考えたジャックは、今一番親指姫の中で魅力に思っていて助かっている部分を口にした。

 

「あと一番なのは素直じゃない所かな。本心とは逆のことを言っちゃったりしちゃうのも可愛いし、そのおかげで君はアリスたちみたいに積極的に迫ってこないから、一緒にいても僕は安心して過ごせるよ」

 

 親指姫はかなりの天邪鬼である。だからこそ本心ではアリスたちと同じように積極的にジャックと触れ合いたいと思っていても、それを実行に移すことはない。仮に移すとしてもそれには何らかの後押しが必要なはずだ。かなりのやきもち焼きであろうと、恋人の中で最も安全な子なのは確かであった。

 

「あっ、ごめん。親指姫は素直になれないことをいつも気にしてたよね? でもちゃんと君の気持ちは分かってるから安心して良いよ。まあ他の子に比べると、あんまり僕のことが好きじゃないんじゃないかなって感じたりはするけど……」

 

 しかし怒られるかもしれないのでしっかりフォローはしておく。とはいえ他の子に比べると相対的にジャックへの好意が薄い気がするのも事実であった。

 何せあの大人しい白雪姫さえジャックのベッドに潜り込んでいたのだから、ジャックへの他の恋人たちの好意は推して知るべしだ。一応親指姫も積極的にディープキスをしてきたことはあるものの、よく考えてみるとあれは妹たちを守るために親指姫なりに身体を張ったのかもしれない。ジャックが眠り姫に襲い掛かっている現場を目撃した直後のことなのだから、妹たちが襲われないように自分が犠牲になるという自己犠牲的な考えでの行動だったに違いない。

 それなら天邪鬼な親指姫があんなに積極的な行動を取ったのにも納得である。きっとジャックのことが好きなのは確かだが、他の恋人たちと同じくらいでは無いのだろう。

 

「はーん……つまり、私のあんたへの気持ちは、アリスや赤姉に負けてるって言いたいのね? 所詮私の気持ちはその程度って言いたいわけ?」

「えっ? べ、別にそこまでは言ってないけど……」

 

 答えた親指姫の声は、ぞっとするほどに冷たかった。見れば真っ赤だった顔の色も完全に引いており、途方もない怒りを覚えているのかぴくぴくと頬が引きつっている。

 もしかするとジャックは何かを間違えてしまったばかりか、逆鱗に触れてしまったのかもしれない。しかし今更それに気づいても最早手遅れであった。

 

「ふーん、そう。なるほどねぇ。あんたはそういうこと言うのねぇ……」

(ど、どうしよう。何か今まで以上に怒ってるように見える!)

 

 何度も一人で頷きながら、ゆらりと身体を起こす親指姫。取り分け怒りや恥じらいに対する感情表現が豊かであるにも拘わらず、今は極めて静かに冷静に振舞っている。ジャックとしてはそれが嵐の前の静けさに思えて、無性に恐ろしかった。

 

「ちょっと気が変わったわ。いいわよ、素直になった私が見たいっていうなら特別に見せてやろうじゃない? もう嫌だって言いたくなるくらいに、たっぷりとね。覚悟しときなさい、私の本気を見せてやるから」

「……えっ?」

 

 今にも爆発しそうな雰囲気を漂わせながらも、あくまでも冷静に穏やかにベッドを出て、ゆっくりと扉まで歩いていく。そしてそこでツインテールを揺らして振り返り――

 

「絶対こっからどこにも行くんじゃないわよ。期待して待ってなさい、ジャック? あははははははっ」

 

 ――鳥肌が立ちそうになってしまうほどに悩ましい笑みを浮かべ、いずこかへと去って行った。

 何故親指姫があんな反応を示し、恐ろしいほどに色気に溢れた笑みを零したのかは分からない。素直になった自分を見せると言いながら、部屋を出て行った理由も分からない。しかし確実に分かっていることは二つだけあった。

 一つは何か親指姫の気に障ることを口にしてしまったこと。恐らくは想いの強さで他の恋人に負けている、と取られても仕方ない言葉を口にしてしまったことが原因だろう。確かに親指姫が表面上はどうあれジャックを深く愛しているのなら、それを軽く見られた発言は許せないはずだ。どうやらジャックは自分がどれだけ恋人たちから愛されているかを過小評価していたらしい。

 そして二つ目。実はこれが一番肝心なことだが――

 

(な、何だろう。僕の本能が今すぐ逃げろって警鐘を鳴らしてる……!)

 

 この場に留まっていてはならない。可及的速やかに、しかし決して悟られないように逃げ出さなくてはいけないということ。ジャックは何故かそれを本能に近い部分で理解していた。

 尤も仮にこの謎の警告が為されずとも、間違いなく逃げ出すことを考えただろう。何故なら去り際に親指姫が向けてきた色っぽい笑顔、その瞳に映る輝きはまるでほんの少し前に見たアリスの瞳と同じだったから。ジャックを獲物として狙いを定め、食らおうとしているかのように。

 

「……よし、逃げよう。親指姫には後で土下座をして精いっぱい謝ろう」

 

 異常とも言える危機感に晒され、ジャックはしばし逡巡しながらも結局は自分の予感に従うことにした。親指姫を怒らせてしまったことには罪の意識があるものの、後でしっかり償うしか道はない。

 そんなわけで速やかに部屋を出ると、なるべく足音を立てないように廊下を歩いて行った。もちろん行く当てはどこにもないため、とりあえずは親指姫の部屋から離れることが目的である。

 そうして廊下の目立たない場所を見つけ、更に積まれた資材の影に隠れて一息ついたところで――

 

「あははははははははははっ! 待ってなさいよ、ジャックうぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 ――髪を真っ白に染め、瞳をピンク色に光らせた親指姫が駆けていく姿を目撃してしまった。異様に興奮した面持ちで、熱くジャックの名を叫ぶ姿を。

 例え一瞬でも見間違えることなどない。親指姫は明らかにジェノサイド化していた。

 

(うん。逃げて正解だったね。もしもあのまま部屋に留まってたら、僕は一体何をされたんだろう……)

 

 ジェノサイド化した血式少女は大抵激しく好戦的になり、そしてやること為すことに容赦がなくなる。素手でメルヒェンを引き裂いたりもするあたり、性格もだいぶ乱暴になる。

 だからこそ、今の親指姫はきっと愛情表現に躊躇いなど微塵もないはずだ。もしもジャックがあのまま部屋に留まっていた場合、襲われて何か大切なものを失くしていたに違いない。あるいは実際に何か大切なものを失くした世界があったからこそ、先ほどの予感が働いたのかもしれない。

 

「はあぁぁぁっ!? ジャックの奴逃げたわね!? 上等じゃない! 見つけ出して滅茶苦茶に愛してやるから覚悟しなさい!」

「はぁ……これからどうしよう……」

 

 親指姫が遠くで危険な台詞を叫んでいるのを羞恥と恐怖から聞き流しつつ、ジャックはこれからどうするべきか頭を抱えて悩むのであった。恋人が六人もいる癖に行き場所がどこにもない自分を、心底情けなく思いながら。

 

 




六人も恋人がいるのに自分の部屋にすら戻れない可哀そうなジャックくん。まあ大切なものをその場の流れで捨てる覚悟と、初めての相手に拘らないなら行き場所は幾らでもあるんだけどね……。
 ちなみに中編なので次回も続きます。ちょっとだけ趣向が変わるけど。


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積極的な恋人達(下)

 今回はみんな大好きおつう&人魚姫が登場。ちょっと話の趣向が変わるというのはそういう意味でした。
 ところでおつう&人魚姫の間に入りたいとか言っちゃダメですかね……?


 

 恋人が一気に六人もできて、間違いなく多忙かつ精神的にも参っているであろうジャックの日常。恋人が一度に複数人できるなどという状況は早々あることではないものの、その大変さは誰でも容易に想像がつくだろう。実際おつうもジャックの心労その他を思い浮かべるのは簡単であった。

 しかしジャックは自分の身を犠牲にしても、あるいは自分の身を引き裂いてでも大切な者たちを守ろうとした男だ。きっと自らのハーレムに対する優越感や興奮に負けることなく、全員を守り愛を貫くに違いない。おつうはそう確信していた。

 だからこそさほど心配はしておらず、また気にかける必要があるとも思えない。まあそれでも心配なところがあるとすれば、かなり嫉妬深いというかやきもち焼きな所があるアリスや親指姫あたりか。とはいえジャックもそれくらいは理解しているはずなので、やはり要らぬお節介というものだろう。なのでおつうはジャックたちのことは特に気にせず、愛しい人魚姫との幸せな時間を満喫していた。

 

「あ、もうこんな時間だ。おつうちゃん、そろそろ休もう?」

 

 二人きりの部屋の中で他愛のない話を交わし、気付けば夜もだいぶ更けた頃。あまり眠気を感じさせない明るい面差しで提案してきた人魚姫に対して、おつうはしばし逡巡した後頷いた。

 

「そうだね。明日も今日と同じ賑やかで疲れる日になりそうだし、早めに休んで体力を蓄えておこうか」

「おつうちゃん、今日はそんなに疲れたの? 私は全然疲れてないよ。むしろとっても楽しくて、まだまだ元気が有り余っちゃってるくらいだよ!」

「ふふっ、姫はよほど恋愛の話がお好きなようですね。ハーメルンたちと恋愛の話に花を咲かせる姫の笑顔は、まるで宝石のように美しく輝いていましたよ?」

 

 溢れ出る元気を証明するようにガッツポーズを取る人魚姫の姿に、微笑ましさと愛らしさから思わず頬を緩ませてしまうおつう。

 恐らく人魚姫が異様に元気なのは恋愛話のせいだろう。ジャックの恋人たちによるジャックとの馴れ初めの話を聞いている時も非常に楽しそうだったし、その後も個別に色々と話を聞きに行ったらしい。帰ってきた時にはとても満足気な笑みを浮かべていたくらいである。

 

「女の子なら皆大好きだと思うよ? おつうちゃんもそうじゃないの?」

「ま、まあ確かに興味は無くも無いけど、僕は女の子である前に姫の王子様だからね。あまり露骨に興味を示すのもどうかと思うんだ」

「そんなことは気にしないで良いと思うな。おつうちゃんはもう立派に私の王子様なんだもん。むしろ私もおつうちゃんと恋のお話をしたいな?」

「うっ……」

 

 ちょこんと首を傾け、上目遣いに見上げてくる人魚姫。

 王子様としては他人の恋愛の話を繰り広げるのは若干の抵抗があるのは事実だ。しかし愛しい姫の愛らしい仕草に胸の高鳴りを覚えてしまった時点で、拒否するという選択肢はすでに残されていなかった。

 

「そうですか……ま、まあ、姫が望むのなら構いませんよ?」

「やったぁ! それじゃあベッドに入ってお話しよう、おつうちゃん!」

 

 やはりまだまだ元気が有り余っているらしく、ベッドに飛び込むとご機嫌に両足を揺らしながら満面の笑みで誘ってくる。新鮮かつ身近な恋のお話を耳にしてだいぶ舞い上がっているようだ。

 この分だときっとすぐには眠りにつくことができないだろうし、どのみち付き合ってあげるしかない。

 

「ああっ、はしゃぐ姫の姿はやはり可憐で愛らしいなぁ……」

 

 何よりそんな愛らしい姿を見せられてしまえば、朝までだって付き合いたくなってしまう。なのでおつうは微笑ましさに頬を緩ませながら、誘われるままベッドに入るのであった。

 そうしてそのまま灯りを消し、二人でベッドの中で身を寄せ合う。薄闇に目が慣れてきた頃には、目と鼻の先に人魚姫の愛らしい面差しが広がっていた。

 

「……ふふっ」

 

 向こうも目が慣れたのか、こちらを認識するとじっと目を合わせてから不意に花のように可憐な笑みを零す。とても魅力的な笑顔だが視線を合わせて突然笑われたせいか、何だかちょっと小馬鹿にされているように感じてしまった。

 

「酷いなぁ、姫。僕を見て突然笑うだなんて。もしかして僕の顔に何かついていたかな?」

「あ、ごめんね。そういうことじゃないの。ただおつうちゃん、最近は私と一緒にベッドに入っても赤くならなくなったなぁ、って思って。初めは耳まで真っ赤になって慌ててたのに」

「そ、その話は止めてくれ! というか、そういう姫だって赤くなっていたじゃないか!」

 

 その時の新鮮な恥じらいを思い出してしまい、おつうは自らの顔が熱を持っていくのを感じてしまう。

 この世界ではおつうは元々ナイトメアだったし、人魚姫に至っては幼い頃にその命が終わっていた。都庁の核に願ったことで人魚姫は生き返り、おつうも血式少女としての姿を取り戻すことができたものの、取り戻せていないものがまだあったのだ。それは前の世界で自分たちが住んでいた場所、そして自分たちの部屋である。

 この世界の黎明からすればおつうと人魚姫は突然湧いて出てきたようなものであり、もちろん事前に部屋など用意されているわけもなかった。そんなわけでおつうと人魚姫はかろうじて空いてたジャックの部屋の隣をあてがわれたわけである。そう、二人一緒に。

 

(あの頃は正直言って衝撃の連続だったし、心が休まる暇もなかったからなぁ……)

 

 仲睦まじいと自負している夫婦という間柄であったものの、前の世界では部屋は別々であった。にも拘わらずここに来ていきなり同棲。しかも感動の再開を果たし、以前にも増して愛しいと思うようになった相手との同棲だ。寝起きする場所が一緒どころか、ベッドまで一緒だ。

 今でこそ段々と慣れを感じ始めたものの、初めの頃は嬉しいやら恥ずかしいやらで全く気が休まらなかったわけである。無論それは変に意識してしまったおつうだけでなく、人魚姫の方も同じはずだった。

 

「うーん……確かに私もちょっと恥ずかしかったのは認めるけど、おつうちゃんほどは赤くなってなかったと思うよ? それなのにおつうちゃんはどうしてあんなに赤くなってたのかなぁ?」

「そ、それは……」

 

 しかし人魚姫は思い出して顔を赤く染めたりはせず、むしろ問いに答えられないおつうの様子が可愛らしいとでも言いた気に笑っていた。

 実際同棲が始まってからというもの、妙に騒いだり恥じらったりといった大きな反応をしていたのはおつうだけだったのだ。もちろん人魚姫も同じベッドで寝ることには微かに恥じらいを見せていたものの、結局はそれくらいの反応である。

 反応がこうまで違った理由は性格的なものか、あるいは考えてしまったことのせいか。いずれにせよ幻滅されたくはないので、おつうとしては何を考えた結果あそこまで大袈裟な反応を示していたのかは答えられない問いであった。

 

「……もしかして、エッチなことを考えちゃってたの?」

「っ!?」

 

 しかし沈黙を余儀なくされていたおつうに対し、人魚姫は答えをピンポイントで突いてきた。これには一瞬呼吸も忘れ、驚愕に慄いてしまう。

 そう、おつうが色々と大袈裟な反応を示してしまったのは、実際そういった考えを抱いてしまったからである。しかしそれも当然のこと。愛する女性とひとつのベッドに横になる。そんな展開になってその手のことを考えない男はいないだろう。まあおつう自身は王子様として振舞っているだけで、性別は間違いなく女性なのだが。

 

「ま、まさか! 僕はただ、愛しい姫と寝所を共にできることが光栄で、緊張のあまりに顔が火照っていただけさ!」

 

 肯定することもできないため、必死に笑顔を形作って誤魔化す。実際緊張を覚えていたのは事実だし、愛しい姫と寝所を共にできることが光栄だと思ったのも事実ではある。

 

「ふーん……本当にそうなのかな?」

「も、もちろんですよ! 僕を信じてください、姫!」

 

 どこか妖しい微笑みを浮かべてじっと視線を向けてくる人魚姫へ、おつうは必死に希う。

 性的なことを考えて悶々としていたなどと知られてしまえば、最早顔向けができなくなってしまう。ましてそれで軽蔑されようものなら生きる気力を失ってしまうかもしれないのだ。本当のことなど言えるわけがなかった。

 

「……うん、そうだね。じゃあそういうことにしておこっか?」

(信じていないのかな、姫……でも、凄く純粋な笑顔を浮かべているし……)

 

 しばしおつうの瞳をまっすぐ覗き返してきた後、人魚姫は笑って頷いてくれた。しかし口調は納得したというより、今は見逃してくれたような感じである。案外本当は全てを察しているのではないだろうか。

 

「そうだ、おつうちゃん知ってる? 私、あの後ハーちゃんや白雪ちゃんともっと話をしたんだけどね、二人とも毎日何度もジャックさんとキスをしてたみたいなの。もちろんキスだけじゃなくて、手を繋ぎあったり抱き合ったりもだよ?」

 

 半信半疑になってしまうおつうだが、そこで唐突に話題が変わる。願ったり叶ったりの話題転換であるが、変わらず男女の関係を匂わせる話題なのであまり素直には喜べなかった。

 

「だ、抱き合ったり……!」

「あ、それは普通の意味の抱き合うだよ? でも、やっぱりもう一つの意味の抱き合うでも同じみたいだけど……」

 

 勘違いかと思いきやそっちの意味も孕んでいたらしく、頬を赤らめて答える人魚姫。おつうとしてはその答えよりも、恥じらいに頬を赤らめた人魚姫の姿にどきりとしていた。

 

「や、やっぱりジャックはケダモノじゃないか!」

「ジャックさんだって年頃の男の子だもん。両想いの恋人がいたら仕方ないことだと思うな?」

「た、確かにそうかもしれないけど……」

 

 もちろんおつうとしてもジャックを責める気はない。男ならその手の欲求を抱いてしまうのは仕方のないことだろうし、ジャックだって男には違いない。それでも先ほど詰ったのは人魚姫の恥じらう姿に胸を高鳴らせてしまったのを誤魔化すためであった。

 実際それが功を奏したのか、人魚姫からの追及は何もない。なので心の中でジャックに謝罪しつつ安堵するおつうだったが――

 

「……それに私も、ジャックさんくらい求めてくれた方が嬉しいかな?」

「……えっ?」

 

 その瞬間、間違っても聞き捨てならない言葉が耳に届いた。一瞬幻聴かと耳を疑ってしまうものの、目の前の人魚姫の面差しはこれまで以上に真っ赤に染まっていた。まるでとても恥ずかしい言葉を口にしてしまったように。

 つまり今の発言は幻聴でも何でもなく、人魚姫が実際に口にした言葉で――

 

「だっておつうちゃん、全然そういうこと求めてくれないんだもん。キスだって数えるくらいしかしたこと無いし、その先のことは、一度も無いし……」

「あ、えっと、その……姫?」

 

 あまりの衝撃に混乱してしまうおつうの前で、人魚姫は顔を赤くしながらも幻聴と勘違いできないほどはっきり続けていく。その上恥じらいの中には微かに不満気な色さえ見えた。それも他でもなくおつうに対しての。

 

「もちろんいつも私のことを第一に考えて、いつも優しく接してくれるのは凄く嬉しいよ? でも私たちは夫婦なんだから、夫婦の営みもあると思うの」

「わっ!? ひ、姫、どこを触って……ひゃぁ!?」

 

 そうして身体を寄せてくると、あろうことかそのたおやかな手で以ておつうの身体を撫でてくる。抱きしめるように背中に回され、腰を通って下へと降りて、お尻を撫でながら太ももへ。

 大きな戸惑いと微かな快感を覚え反射的に逃れようとするも、背中に回された細い腕がそれを許さない。目と鼻の先にある人魚姫のどこか潤みを帯びた美しい瞳も、おつうをその場に釘付けにする。

 

「おつうちゃんは私の王子様なんだから、初めてはリードしてくれると嬉しいな……?」

(うわっ、うわわわわわっ!? ひ、姫が、姫がっ! こ、これはまさか、僕を誘っているのか!?)

 

 さすがに経験のないおつうでも、ここまでされればそれくらいは理解できた。恐らく人魚姫はハーメルンや白雪姫たちとの少し大人な話に触発されてしまったのだ。

 二人だけでなく、ジャックの恋人たちは心も身体も深く愛し合っていたらしい。そんな少女たちから話をしてもらったのなら、それはもう濃厚な男女の絡みを克明かつ鮮烈に聞かせてもらったに違いない。ハーメルンなら実体験を交えて話した可能性も大いにありそうだ。あまりにも刺激の強すぎる話を聞いて、きっと人魚姫は毒されてしまったのだろう。おつうは一瞬そう考えたが――

 

(……いや。それもあるかもしれないけど、僕が王子様として振舞おうとするあまり、姫の男として振舞えていなかったことが理由かもしれないな)

 

 同時に、自分自身にも原因があることを悟る。

 確かにおつうと人魚姫は夫婦だ。それは間違いないことだし、お互いに愛し合っているということも自信を持って言える。愛情を示す行為だって今までたくさん重ねてきた。

 ただし、肉体的な愛情表現に限って言えばそれほど多くはない。何せ今までに重ねたキスの回数も数えられる回数なのだ。おつう自身それで満たされていたので問題はないと感じていたのだが、どうも人魚姫は違ったらしい。

 そして幾ら懸命に姫の王子様として振舞おうと、おつうの性別は男ではない。例え王子様として振舞えていたとしても、夫として、男として振舞うことはできていなかったのだろう。

 

(だとすれば、今僕がすべきことは……)

 

 本来優しくリードしてあげるべきお姫様に誘わせてしまったのだから、ここから先は王子様が引き継ぐべき。おつうもそれくらいは理解できるし、これから人魚姫と重ねるべき触れ合いに対して忌避も嫌悪も覚えない。

 むしろ考えるだけで心臓が今にも破裂しそうな高鳴りを覚えてしまうほど、おつう自身も愛する姫との触れ合いを求めている。肌を重ね、心を重ね、お互いの愛を温もりと共に感じたい。はっきりとそう思っている。

 

(す、すべきことは……)

 

 しかし、そのためにはおつう自身も自らの総てを人魚姫に曝け出さなければならない。愛しい人魚姫の総てを頂くのだから、こちらも総てを捧げるのは当然のこと。しかもおつうは王子様である以上、姫をリードして姫よりも先に総てを曝け出す必要があるだろう。心も、身体も、何もかも。

 果たして自分にそれができるのか。そもそも姫をリードできるほどの知識や経験があるのか。思考を巡らせていくおつうだったが、人魚姫に身体を弄られる羞恥と緊張が頂点に達し――

 

「わ、わっ!? す、すいません、姫っ! 失礼します!」

「あっ……」

 

 ――姫の抱擁を振り切り、無様にもその場から逃げ出してしまった。緊張と羞恥に耐えられず、今にも火が出そうなほど熱い顔を、恥じらいに染まり切っているであろう顔を必死に隠しながら。

 姫である人魚姫は心の準備ができていたはずだというのに、王子様であるおつうはあまりにも情けない姿であった。最早王子様の反応ではなく、純な生娘の反応でしかない。こんな様では姫の王子様として失格だ。そしてそれが分かっていても、今は逃げ出す足を止められなかった。

 

「もうっ、おつうちゃんのいけず……でも、そんな風に純真なところも可愛いよね?」

 

 とはいえ、人魚姫としては幻滅するようなことではなかったらしい。部屋を飛び出す間際に聞こえてきたおつうの反応への感想はびっくりするほど可愛らしく、そして悩ましさに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……僕は、姫の王子様失格だ……」

 

 自己のアイデンティティを喪失したような虚無的な感情を抱きながら、おつうは居住区の廊下をとぼとぼと歩く。

 積極的かつ妖艶な人魚姫に迫られ、緊張と羞恥に駆られて逃げ出す。これはどう考えても王子様の反応ではなかった。きっと正しい王子様ならあそこで姫を優しく抱きしめ、恭しくエスコートしてあげたに違いない。それができなかったのはおつうが実際には男ではなく、姫と同じ女の子だからなのだろう。

 人魚姫との関係に不自由を感じたことはなく、また今まで性別に不自由を感じたこともなかったが、今回はそこが問題になっているようだ。少なくともおつうが王子様でなくとも本物の男だったなら、あそこで逃げ出すという選択は取らなかったに違いない。

 

「――隠れてないで出てきなさい、ジャックぅ! 私のあんたへの愛の深さを、朝までたっぷりとその身体に教え込んでやるぅ! あはははははははははっ!」

(今、何かこう……とってもジェノサイド的な何かが目の前を通って行ったような……?)

 

 真っ白な髪とピンクに光る瞳を持つ三姉妹の長女が目の前を横切って行ったのを見送り、再び歩き出す。何故そんな状態になっているのかは皆目見当がつかないが、どうやら予想以上にジャックは苦労しているらしい。

 

(まあそれも当たり前か。僕は僕で、姫が積極的になっただけでこの様だからね……)

 

 子供の頃に人魚姫と夫婦になったおつうでさえ、ついさっき部屋から逃げ出してしまったほどなのだ。つい昨日恋人ができたばかり、それも同時に六人もできたジャックの苦労は最早おつうには計り知れない。ましてその恋人たちが全員積極的に迫ってきたのなら、例えジャックでも逃げ出してしまっておかしくない。というかジェノサイド化している親指姫の口ぶりから察するに、実際に逃げ出したのだろう。

 

(まあ、僕は僕自身のことで手一杯だ。頑張ってくれ、ジャック……)

 

 恋人に苦労しているであろうジャックに強い共感を覚えるものの、正直なところ助け船を出せるほどの余裕はない。なのでおつうは一旦ジャックたちのことを頭から締め出し、火照った顔や頭を冷ますために屋上へと足を向けた。

 

「うっ、さすがにちょっと寒いな……」

 

 屋上に出たおつうは寒々しい冷気に襲われ、身震いする。咄嗟に逃げてきてしまったために上着やシーツといったものを持ってくることはできず、寝間着姿でいることの弊害だ。しかしこれくらいの寒さの方が冷静さを取り戻すには打ってつけである。

 なので身を切るような冷気を甘んじて受け止めていたところ――

 

「あれ、その声は――つう? どうしてこんな時間に屋上に?」

 

 おつうの声を耳にしたせいか、物陰から件のジャックが顔を覗かせた。どうやら向こうも屋上を避難場所に選んでいたらしい。

 

「それは僕のセリフだよ、ジャック。どうして親指がジェノサイド化して君を探し回っているんだい?」

「あ、あはは。それはまあ、色々あって……」

 

 乾き切った、それでいてどこか痛々しい笑みを零して答えるジャック。やはり恋人たちの積極的な行動に予想以上に堪えているようだ。尤も人魚姫から逃げてきたおつうも人のことは言えないが。

 

「まあ僕はそういう理由なんだけど、つうはどうしてこんな時間に屋上へ来たの?」

「それは……まあ、ちょっと眠れなくてね……」

「あっ……そう、なんだ……」

 

 逆に問われたおつうは当たり障りのない答えを返したものの、部屋での出来事や人魚姫の様子を思い出してたせいか頬が熱を帯びているのを感じていた。きっと頬は赤く染まっているに違いない。

 肌寒さを感じているにも関わらずそんな風に頬を染めていれば、何らかの理由があることは明白である。頷きながらも全てを理解したような同情の籠った視線を向けてきているあたり、ジャックも何となく察しがついたのだろう。

 

(二人揃って恋人から逃げてきたなんて、僕たちは情けないなぁ……)

 

 その証拠にジャックも同じくふがいない自分自身を嘆いたのか、おつうと全く同じタイミングでため息を零していた。

 尤も嘆いても状況は変わらない。このまま姫の元へ戻ることなどできないし、それはジャックも似たようなものだろう。なのでおつうは少しでも時間を潰すため、情けない負け犬同士で親交でも深めることにした。

 

「……隣、いいかい?」

「うん、大丈夫だよ。あっ、良かったらこれ使う?」

 

 隣に腰かけたおつうへと、ジャックは自分の身を包んでいたシーツを差し出してくる。これが恋人への対応ならかなり高得点のはずだが、生憎とおつうには人魚姫がいるので得点にはならなかった。

 

「それは嬉しいんだけど、僕にそれを渡したら君はどうするんだい?」

「これくらい平気だよ。それに女の子は身体を冷やしちゃいけないって言うしね?」

「君に比べれば僕の方が身体は丈夫なんだけどな。それに僕は姫の王子様で……」

「それでも女の子には変わりないよね? 寒いって言ってたのも聞こえたし」

「うっ……」

 

 言質はすでに取られていたため、おつうは言葉に詰まってしまう。

 何より今のおつうは衝動的に逃げ出してきたため、寝間着姿のままである。そんな姿で屋上にいるものだから寒いのは当然のことであった。

 

「はあっ……分かったよ。だけど借りを作りたくないから、こうすることにしよう」

 

 ジャックからシーツを受け取ったおつうは、苦肉の策としてそのシーツを広げて自分とジャックの身体を包む。微妙なところだがこれで貸しにも借りにもならないだろう。

 

「う、うーん。ちょっと傍から見たらどう見えるかが気になるね、これは……」

 

 若干頬を染めて、戸惑いがちに視線を彷徨わせるジャック。

 まあジャックもおつうも恋人がいる身だ。それなのに二人で一つのシーツに包まって身を寄せ合っているという現状に思うところがあるのだろう。確かに男女でそんな真似をしていたら、関係を邪推はしないまでも良い雰囲気であることくらいは誰だって認めるに違いない。

 

「僕の姫も君の恋人たちも、これくらいで浮気を疑ったりはしないさ。そもそもそんな気はないしね。というか君に風邪をひかせたら僕がみんなに怒られそうだ」

「う、浮気って……まあ、いいや。僕も皆にこれ以上心配をかけたくはないしね」

 

 しかしおつうにそんな気は一切ないため、特に問題はなかった。おつうは人魚姫一筋なのだから間違ってもそんな事態は起こりえない。

 一応男性であるジャックなら多少は考えてしまうかもしれないが、今現在の恋人が六人もいる状態で更に他の女性に懸想できるほど器用な男とは思えなかった。そもそもそこまで器用ならこうして屋上で一人ぽつんとしていることはないはずだ。

 なので特に問題もなく、二人で身を寄せ合い一つのシーツに包まる。尤もさすがに密着しているわけではない。さすがにそこはお互いに線引きしなければいけないところである。まあおつうとしては前の世界での関係もあってか、いまいち距離感が掴みづらいのだが。

 

「それでジャック、今日はどうだったんだい? 記念すべき恋人生活一日目だったんだろう?」

「うーん。正直なところ、ずっと振り回されっぱなしだったね。恋愛のれの字も知らなさそうだったハーメルンも、大人しいって思ってた白雪姫――あっ、白雪も、凄く積極的で……」

 

 とりあえず気になっていたことを尋ねると、ジャックは頬を赤くして視線を彷徨わせてしまう。

 この反応と白雪姫への呼び方が変わったところから、どうやら並々ならぬ何かがあったらしい。とはいえ片や恋愛という概念を知っているかも疑わしかった少女、片や個性的な少女が多い血式少女の中でもかなり大人しめな少女。さすがにこの二人ではどんな出来事があったのか想像できなかった。

 

「あんまり想像できないな。いや、ハーメルンが積極的なのは朝の時点でわかっているけど。具体的にはどんな風に積極的だったんだい?」

「えっ、それは、その……」

「ああ、僕が女だから気にしているのかい? なら僕のことは男友達と思って話せばいいじゃないか。実際僕は姫の王子様だからね」

「それでも話しにくいことなんだけど……まあいいや。実はハーメルンは僕がお風呂に入ってるところにいきなり入ってきて、白雪に至ってはベッドの中に潜り込んでて……」

「それは……随分、積極的だね……」

 

 予想外の答えにおつうは多少面食らってしまう。

 ジャックの恋人たちはジャックと身体を重ねた記憶もあるらしいので、一足飛びに積極的になることはあるかもしれないと思ってはいたものの、まさかそこまで飛躍しているとは思わなかった。というかおつうだって人魚姫にそんな真似をしたことがないのだが。 

 

「うん。二人だけならまだ良かったんだけど、ハーメルンの後に赤ずきんさんまで入ってきたんだ。それでお風呂場から逃げ出してベッドに身体を投げ出したら、白雪と一緒にネムまでそこにいて……」

「うわぁ……」

 

 反応に困って気の利いた言葉を返せず、ただ驚きと呆れの入り混じった声を零すしかない。

 何にしても程度に差はあれ恋愛という概念と知識に乏しそうな二人と、血式少女の中では比較的大人しめな少女二人でさえ大胆に過ぎる行動を取ったらしい。それがジャックへの愛の深さ故の行動なのは分かるものの、愛を育んだ記憶のない当のジャックはかなり参っているようだ。

 

「そ、それで、その後どうなったんだい? まさか君に限ってそのまま気にせず過ごした、なんてことはないだろう?」

「うん。情けない話だけど逃げるように部屋を出て、しばらく廊下で途方に暮れてたよ。そしたら偶然通りかかったアリスが声をかけてきて、事情を説明したら部屋に泊めてくれることになったんだ」

「あ、アリスの部屋……その、君は大丈夫だったのかい……?」

 

 恐ろしい答えを返され、思わずジャックの身体を服の上からつぶさに観察してしまう。少なくとも首筋や頬などの晒されている肌の部分にはキスマークとかそういった類のものは見当たらない。

 そんなおつうの反応を何となく予測していたのだろうか。ジャックは恥ずかしそうにしながらも苦い笑いを零していた。

 

「つうもそんな反応するんだね。やっぱり、皆にとってアリスは危ないって認識なの?」

「危ないというか何というか、まあ君に関することに限っては否定できないかな……」

「だ、大丈夫だよ! 直前でアリスは正気を取り戻してくれたし!」

「いや、正気を失うようなことがあった時点でかなりまずいと思うよ? 君はアリスに何をされかけたんだ……?」

 

 力いっぱいアリスをフォローしていたジャックだったが、おつうがそう尋ねた途端乙女のように頬を真っ赤に染める。それと同時に自らの唇に手を伸ばしたのを、おつうは見逃さなかった。どうやらなかなかに熱く激しいことをされたらしい。

 まあ相手がアリスなら唇を奪われるだけで済んでまだマシというところだろう。下手をするとジャックは食べられていたかもしれないのだから。

 

「そ、それは置いといて! 危ないところでアリスも自分を取り戻して、自分とは一緒にいない方が良いって言って僕を解放してくれたんだ。だから僕はもう最後の望みとして親指姫の部屋に行ってみたんだよ。一応親指姫も表面上はともかく僕を歓迎してくれてたし、途中までは何事もなかったんだけど……何か、その、怒らせちゃったみたいで……」

「はあっ。ジャック、君という奴は……」

 

 大方何か親指姫の気に障ることを口にしてしまったのだろう。先ほど廊下を走っていたジェノサイド化した親指姫の発言の内容を総合して考えるに、恐らくはジャックへの好意を疑ったか何かしたに違いない。よりにもよって天邪鬼な親指姫にそんな言葉をかけるとは乙女心への理解があまりにも足りない。

 加えて危機意識がほぼ皆無で無防備すぎる。途中でアリスが正気に戻ったから良かったものの、一歩間違えばジャックは今夜大人の階段を登っていても不思議ではなかったのだ。たぶんジャックとしてはアリスが幼馴染だから余計に油断し、安心しきっていたのだろう。

 

(いや、これは仕方ないことだろうな。そもそも恋人ができたばかり、それも六人もの恋人が同時にできて余裕の無いジャックに乙女心を理解しろ、というのはあまりも酷な話じゃないか。それに僕自身、ジャックをとやかく言える立場じゃない)

 

 六人の恋人に翻弄され、途方に暮れて屋上で黄昏るジャック。姫の積極的な態度に緊張と羞恥を抑えきれず、屋上に逃げたおつう。どちらも無様で情けないことこの上ない姿だ。むしろジャックはまだ恋人ができたばかりという事実を考慮すれば、おつうの方がより情けないと言えるはずだ。

 

(ジャックは乙女心が、僕は姫の心が――いや、正確には振舞うべき王子様の、男の心が分かっていなかったってところか)

 

 繊細で複雑な乙女心を六人分も理解しなければいけないジャックにしても、人魚姫が望んでいる更に進んだ王子様としての振る舞いにしても、明らかに自分たちには荷が重い。ジャックはまだ伸びしろが十分ありそうだが、長い間王子様として振舞っておきながら言われるまで気が付かなかったおつうはかなり絶望的だ。そもそも姫の方からあんな行為に走らせてしまった時点でもうアウトだろう。

 

「はあっ……」

 

 故におつうは自分の不甲斐なさにため息を零す。ジャックも色々思うところがあるらしく、おつうと同時に重苦しいため息を零していた。

 男と女が一つのシーツに包まり身を寄せ合いながら、かなり深いため息を零して落ち込んでいる姿は傍から見ればある種異様な光景に違いない。普通ならちょっといい雰囲気の男女に見えるのかもしれないが、想いを寄せたり寄せられたりしているのは隣にはいない少女たちである。

 

(……ん? 待った。僕とジャックで、男と女?)

 

 深いため息を零して若干心が楽になったのか、それとも仲間がいることで安心したのか、不意におつうの頭にとある考えが浮かぶ。

 ジャックが分からないのは乙女心と女の子のこと。優しさと気遣いは素晴らしいのだが鈍感なところもあるようで、アリスの毒牙にかかりそうになったり親指姫を怒らせたりしてしまった。

 そしておつうが分からないのは女の子に対する男の心だ。姫が望む通りの王子様として振舞ってきたと思っていたものの、どうやら恋人同士の触れ合いや男女としての触れ合いについては上手く行っていなかったようだ。だからこそ人魚姫はあんな風に自ら積極的に動こうとしたのだ。

 要するにおつうもジャックも、異性の心と行動が分かっていない。そしてお互いにその知りたい心を持った異性だ。まあおつうもジャックもその性別の中では多少一般的ではないかもしれないが、それでもお互いに知りたい心を持っている存在には違いない。

 

(そうだ! 僕とジャックで互いに教えあえばいいじゃないか!)

 

 つまりお互いにその心を教えあうことができれば、お互いの悩みが解決するというわけである。それに気が付いた時、おつうは天啓を授かったような気分になった。

 

「……ジャック。一つ提案があるんだ」

「うん? どうしたの、つう?」

「はっきり言おう。君は乙女心が分かっていない。それに恋する乙女がどんなに積極的で凄まじい存在かということも、君は知らないだろう?」

「それは、まあ……うん。今日一日で知った気になると、絶対痛い目を見そうだね……」

 

 乙女心が分からないという言葉に対して、かなり苦い顔をして頷くジャック。ただジャックの状況を考えると痛い目で済むならまだマシというものだろう。

 

「そして僕は逆に男の心が分からない。さっきはちょっと眠れなくてここに来たと言ったけど、実は僕も君と似たような理由で逃げてきたんだよ。姫が、その……もっと、男女らしい関係や行為を、求めてきてね……」

「えっと……そ、それって僕に教えていい話なの?」

 

 意を決して事情を明かすと、ジャックは顔を真っ赤にして当然の問いを投げかけてくる。

 もちろん愛する姫とのやりとり、それも非常に深い話をするなど本来なら到底許されることではない。しかしジャックにだけ深い話をさせてしまっては対等ではなくなってしまう。これはあくまでも対等な取引なのだからそれではいけない。

 それにおつうは一応女だが王子様なのだし、男同士なら多少は突っ込んだ恋愛話をするのは何もおかしくはないはずだ。何よりこれは愛する姫のための取引。姫の望みを叶え、姫を喜ばせてあげるられるようになるためのものだ。そのためなら姫も多少は大目に見てくれるに違いない。

 

「君にだけ話をさせてしまった以上は、僕も話さないと借りを作ったようで嫌だからね。それにこの提案を君が受け入れたなら、僕も君もお互いに腹を割って話をしないといけないんだ。そう、かなり赤裸々な話をね」

「赤裸々な話……」

 

 一体何を思い浮かべたのか、ジャックは更に頬を赤く染める。とはいえ思い浮かべた内容はたぶん間違っていないので、おつうは特に否定しなかった。

 

「ジャック、僕は君に乙女心を教えてあげるよ。代わりに君は僕に男の心を教えてくれ。これが提案だ。悪くない取引だと思わないかい?」

「確かに悪くない取引なんだけど、話の流れからするとかなり深いところまでお互いに教えあわないといけないんだよね……?」

「そ、そうだね。だけどその価値は十分にあると思うよ。僕はこのままではいけないと思っているし、それは君だって同じだろう?」

「それは確かに、そうなんだけど……」

 

 どこか気乗りしない様子を見せるジャックだが、まあ当然と言えば当然の反応だ。何せジャックはつい昨日に恋人ができたばかりなのだから。しかも唐突な上に六人も同時に。そんな状況では恋人ができたという実感もあまりないのかもしれないし、おつうが求めるような話をできるかも不安なのだろう。

 

「お互いに腹を割って話し合うだけで、愛する人の幸せを掴むことができるんだ。決して悪くない話のはずだ。君だって恋人たちを――アリスたちを幸せにしてあげたいだろう?」

「そう……だね。分かったよ、つう。僕はあんまり男らしくないって言われるし、正直話せることがあるのかどうかも分からないけど、それでもいいならよろしくお願いするよ」

「こちらこそだよ、ジャック。お互いに愛する人たちのために頑張ろう」

 

 微かな逡巡を見せながらも頷いたジャックに対して、おつうは手を差し伸べる。取引成立の握手を交わし、今ここに恋人たちを幸せにするための情報交換が為されるのであった。

 ただジャックは自分でも口にしている通り、一般的な男性に比べると若干男らしくないので得られる情報にも多少影響は出るだろう。とはいえそれは悪いことではないし、何よりおつうも今まで王子様として振舞ってきた以上、一般的な女性とは言い難いはず。なのでそのあたりはお互い様というところだ。

 

「……だけど、さすがに今夜はもう遅いからやめておこうか。つうは早く人魚姫さんのところに戻った方がいいよ?」

「そうだね。だけど君はどうするんだい? まさか屋上で一夜を明かす気じゃないだろうね?」

「幾ら高いところが好きでもさすがにそれはちょっとね。ここは寒いし、中に戻ってどこか目立たないところで過ごすよ。親指姫に見つかりたくないしね……」

 

 そこまで口にして親指姫の現在の状況を思い出したのか、顔を青くしてしまうジャック。まあ確かにアレに見つかってしまえば朝まで眠らせて貰えないことは確かだろう。そのあたりの経験が皆無なおつうにもそれくらいは分かっていた。

 しかしこのままではジャックは部屋に戻ることもできず、その上親指姫に見つからないように怯えながら夜を過ごさなければならない。精神的にも肉体的にもだいぶ参っているというのにそこに追い打ちをかけられては、血式少女と違い身体が丈夫ではないジャックは間違いなく体調を崩してしまうだろう。

 

「……良かったら、僕の部屋に来るかい?」

 

 放ってはおけず、ついついそんな言葉をかける。これにはもちろんジャックも目を丸くしていた。 

 

「えっ? いや、でもつうの部屋は人魚姫さんがいるよね?」

「ああ。だからもちろん君には床で寝てもらうことになる。そこは死んでも譲れないよ。まあ僕と君だけだったらベッドで良かったかもしれないけどね」

「いや、それもちょっとどうかと思うけど……本当にいいの?」

 

 どこか不安げな表情で尋ねてくるジャック。おつうと人魚姫という夫婦の部屋にお邪魔するべきではないと考えているからこその感情なのだろう。

 実際自分たちの部屋、それも就寝時に男を招き入れるなど言語道断だ。しかし相手は他ならぬジャック。相棒とも言える存在で、人格的にも非の打ちどころはない。部屋に招いても間違いを起こすことはないと確信しているからこそ、おつうもこんな提案をしたのだ。まあ知能の低下したナイトメア姿での付き合いが長かったため、距離感をいまいち図れないのも理由の一つかもしれないが。

 

「ああ。僕は構わない――いや、腹を割って話すべきだね。むしろ君に来て欲しい。さすがに姫も君が同じ部屋にいれば、色々と積極的にはならないだろうからね……」

 

 とはいえ大きな理由はこちらの方だ。さすがに同じ部屋にジャックという男がいれば、再びおつうが襲われかけることはないはずだ。つまり人魚姫に対する抑止力になって欲しかったわけである。

 そんな本音を聞いて安堵したのか、ジャックは不安げな表情を微笑みへと変えていた。

 

「そういうことなんだ。じゃあ遠慮なくお邪魔させてもらおうかな。正直もう疲れて眠くて……」

「ははは、君は本当に大変な一日だったみたいだからね。それじゃあ早く行こうか」

 

 だいぶ限界が近そうなジャックの姿に軽く笑みを零し、おつうは二人で屋上を後にした。もちろんジェノサイド化した姿でジャックを血眼になって探し回っている親指姫と鉢合わせ無いよう、十分に二人で周囲を警戒しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はあっ。これでやっと、安心して眠れる……)

 

 親指姫と遭遇することなく無事おつうの部屋に辿り着き、人魚姫にも快く迎えられたジャックは床を寝床に今日一番の安堵の吐息を零していた。

 夫婦であるおつうと人魚姫、しかも夫婦でありながら二人の少女と同じ部屋で眠るというのは抵抗がなかったわけではない。二人の邪魔をしたくないという思いがあったので、本当なら厚意に甘えるつもりはなかった。

 ただおつうにジャックの存在を抑止力として使いたいという考えがあったことと、ジャック自身相当疲労が溜まっていたのでついつい甘えてしまったわけである。まあ人魚姫には断られるかもしれないと思っていたのであまり期待はしていなかったのだが、実際にはあっさり了承されて快く迎えられてしまった。幾ら何でも一応は男であるジャックを同じ部屋に泊めてしまうとは、人魚姫はちょっと無防備ではないだろうか。

 

(うーん、つうの話は本当なのかなぁ? もし人魚姫さんがつうに積極的に迫ったっていうなら、二人きりの部屋に僕を歓迎してくれるとは思えないんだけど……)

 

 おつうの話が本当なら、ジャックを部屋に上げても人魚姫にとってはお邪魔虫でしかないはずだ。それなのに笑顔で迎えてくれたあたり、案外襲われかけたというのはおつうの勘違いや脚色によるものなのかもしれない。実際人魚姫がそんな風に大胆に動くところは、ジャックにはあまり想像できなかった。

 

(つうに男の心を教えるっていうのがかなり不安っていうか、恥ずかしいけど……まあ、仕方ないよね。それで女の子のことを教えてもらえるんだから)

 

 話の流れからすると男の心というのは気構えとかそういう類のものだけではなく、もっと下世話なものも含めた意味だ。つまりは欲望なども含めたもの。たぶん胸の大きい女の子に対してどう思うかとか、そんな子に対して何をしたいかとか色々と突っ込んだ話をしなければいけないはず。

 正直それは死ぬほど恥ずかしいことだが、その代償を支払ってでも女の子の心というものを理解しなければいけない。何せジャックの恋人たちは別の世界の恋愛経験豊富な記憶を得てしまっているのだ。たぶんジャック自身も知らないジャックの性的な好みやら何やらも知っているに違いないし、きっと黙っていても向こうから色々とリードしてくれるに違いない。

 しかしそれではいけない。不可抗力とはいえ恋人を六人も作ってしまった以上、ジャックには恋人たちを幸せにする義務がある。幾ら何でも向こうから関係をリードさせるわけにはいかない。ジャックが女の子の心を理解して、しっかりと幸せを感じさせてあげなければいけないのだ。そのためなら多少恥ずかしい思いをするくらいは必要な犠牲と割り切るべきだろう。

 

(うん、明日から頑張ろう――うん?)

 

 そう心に決めたジャックがようやく眠りにつこうとしたところ、暗い部屋の中で微かな物音と小さな声が耳に届いてきた。恐らく二人でベッドに入っているおつうと人魚姫がおしゃべりでもしているのだろう。

 

「ひゃあっ!? ひ、ひひひ姫!?」

(――っ!?)

 

 相変わらず仲良しで微笑ましいと思ったのも束の間、何やらおつうの焦った声が聞こえてくる。それと同時にベッドが軋む怪しい物音も。

 

「うん? どうしたの、おつうちゃん?」

「じゃ、ジャックがそこにいるんだよ!? なのにどうしてこんな――ひゃぅ!?」

「ジャックさんを連れてくれば私に何もされないって思ったの? もうっ、おつうちゃんはずるいこと考えるんだから。そんな悪い子にはおしおきだよ?」

「んっ、やぁ――!」

 

 どうやら人魚姫が大胆な行動に出たというのは嘘ではなかったらしい。むしろジャックが部屋にいるというのにおつうに何かをしているあたり、話に聞いていた以上に大胆である。普段の人魚姫の様子からするとジャックにとってはかなり意外なことだった。

 しかし冷静に考えてみれば、ジャックの恋人たちも信じられないほど積極的かつ大胆な行動をしていた。きっと女の子というのはジャックが想像している以上に強い生き物なのだろう。これはちょっと認識を改める必要がありそうだった。

 

(き、聞こえない! うん! 何も聞こえないからね、つう! おやすみ!)

 

 しかしそれが分かっても今この状況下で役立つわけでもなかった。逃げ出せば今のやりとりを耳にしていたと自白しているようなもの。故にジャックはベッドの方から聞こえてくるおつうの嬌声と妖しい物音を極力聞かないようにしながら、全力で眠りにつくのであった。

 

 




 王子様二人の間で同盟が結ばれました。この二人かなり純情な方ですよね……。
 これで色々な話を書ける下準備は整った感じですが、実はこの先の展開はあんまり決めてなかったり……でもこう、ジャックの恋人たちによるジャックの初めて争奪戦とか楽しそうですよね。もうファーストキスはネムちゃんが奪ってるけど……。
 あるいは恋人となった血式少女たちそれぞれの回想という形で個別のイチャラブ話も書けるから自由度が高いなぁ。とにかく色々妄想してみます。
 あ、ちなみに最後の場面のおつうちゃんは食われたわけではなく、純粋に悪戯されてるだけです。さすがにジャックがいる部屋で食べたりはしないはず……しないよね……?


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ジャックの1日(朝)

 ハーレムができたジャック君の一日(朝)。朝から密度が濃厚過ぎる。やっぱりハーレムって大変なんだな。六人だからまだこれで済んでるけど、もしも血式少女全員が恋人だったら……いや、これ以上は可愛そうだからやめてあげよう……。
 フィナーレ発売まであと少し! だが恋獄搭トゥルーと本編、どっちをやればいいんだ!?


「う、うーん……」

 

 夢心地の柔らかな感触と心地良い温もりに包まれているのを感じて、ジャックの意識は浮上する。

 ぼやけた意識でまず感じたのは息苦しさ。そして、心が安らぐような甘い香り。まるで暖かく柔らかい、とてもいい香りのする何かが顔に押し付けられているかのような状態。

 これは一体何だろうと、ジャックは半ば無意識で頬を包む何かに手を伸ばした。

 

「んっ……!」

(……んっ?)

 

 そして触れた瞬間、どこか甘い声が正面のやや上の方から耳に届く。更には何かに触れた手は、指先に至るまで柔らかな感触の中に沈み込んでいく。柔らかさに埋まった指先と掌に感じるのは、大変生々しい温もり。そう、まるで人肌のような温かさであった。

 

(も、もしかして、これって……これって!?)

 

 それが何かを察した瞬間、意識は完全に覚醒し一瞬で飛び起きる。

 ベッドから跳ね起きたジャックが目にした光景は、不幸というか幸運というか、予想通りのものであった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 目に飛び込んできた光景は、ジャックのベッドの上で安らかな寝息を立てる眠り姫の姿。その身を包むのは露出の多い大胆なデザインのネグリジェだというのに、捲れて胸や太ももが更に露わとなっているため余計に凶悪さが増している。

 その癖本人は邪気の欠片も無い大変安らかな笑みを浮かべて眠っており、相反する魅力にジャックの心臓は朝からうるさいほどに高鳴っていた。

 

「眠り姫――じゃない、ネム。またいつの間にか僕のベッドに……」

 

 未だに慣れない朝からのドッキリに、ジャックは深いため息を零す。

 6人の血式少女と恋仲になってから、今では2週間が経過した。彼女たちは意外と早くこの関係に適応していたものの、ジャックは未だにこの恋人関係に慣れておらずドギマギすることばかりである。

 まあ例え相手が一人であろうと、2週間程度で慣れることができるかと聞かれれば甚だ疑問だ。恐らく眠り姫たちが素早く適応できたのは、それぞれジャックと愛を育んだ記憶を手にしているからなのだろう。

 

(さっき触ってたのって、やっぱり眠り姫の胸……だよね。すごく、柔らかかったなぁ……)

 

 思わず半ば以上が晒されている眠り姫の豊かな膨らみと、それに触れてしまった自らの右手に視線を注ぐ。

 眠り姫は3日に一度くらいの頻度でベッドに潜り込んでくることがあり、ジャックはそれにも未だ慣れてはいない。こうして不慮の事故で変なところに触れてしまったりすることが多く、毎回驚かされてしまうのだ。

 

(役得、とか思えたら楽なんだろけど、さすがにそこまで開き直ることはできないなぁ……)

 

 例え不慮の事故で、眠り姫が恋人の一人であろうとも、ジャックの胸の中には確かな罪悪感が渦巻いている。先ほどの出来事を純粋に喜べるほど図太くはないのだ。

 かといって先の出来事を眠り姫に謝罪しようと、本人は全く気にした様子を見せないので反応に困ってしまう。むしろどこか嬉しそうに顔を綻ばせるのだから余計に質が悪い。まだまだ恋愛初心者にすら達していないジャックには刺激が強すぎる。

 

「僕にも皆と過ごした記憶があれば良かったんだけどなぁ……いや、6人分の世界の記憶が流れ込んできたら今度こそ頭が爆発しそうだけど……」

 

 自分で言っておいて何だが、ジャックはすぐに首を振って否定する。前の世界の記憶を取り戻した時だけでも、頭が爆発するかと思うほどの激痛が生じたのだ。それが6倍されたら良くて廃人、悪く即死だ。そう考えるとむしろ今の状況は幸運と言うべきだろう。

 

「まあそこは悩んでも仕方ないよね。よし、早くみんなを起こしに行かなきゃ」

 

 ぼやくのはそこまでにして気分を入れ替え、ジャックはベッドから立ち上がった。そしてだいぶ肌を露出している眠り姫の姿を極力見ないようにしながら、肩までシーツをかけてあげる。

 みんなを起こしに行くと言っておきながらこの行動は矛盾しているようだが、眠り姫を起こすのはあくまでも最後だ。眠るのが好きな眠り姫はできればぐっすりと眠らせてあげたかった。

 

「んー……ジャック……」

 

 シーツを身体にかけてあげると、その下でジャックの身体を探り当てるように眠り姫の手がもぞもぞと動く。ジャックの温もりが離れたことによる反射的な行動か、それとも寂しさからの無意識的な行動か。

 いずれにせよ可愛らしくて微笑ましさに笑みを零し、ジャックは頭を優しく撫でてあげてから部屋を後にした。

 

「えっと……は、入るよ、アリス?」

 

 そしてやってきたのはアリスの部屋。一応断りを入れたもののそれはあくまでも自分にしか聞こえない呟きであり、ノックも何もしていない。

 アリスも恋人の一人とはいえまだ眠っている時に断りもなく女の子の部屋に入るのは正直かなり気が引けるものの、これがアリスの望みなのだから仕方ない。そのためジャックはまだ灯りのついていない部屋の中をどこか億劫な気持ちで歩き、ベッドで眠りについているアリスの元へと向かう。

 

(うぅ、初めてじゃないのに何回やっても未だに慣れないなぁ……)

 

 ベッドにまで辿り着き、目に入ってくるのは幼馴染の可愛らしい寝顔。牢獄に囚われていた頃にはもっと間近で何度も目にしていたが、あれは一種の極限状態での話だ。

 極めて平和な時を過ごしている今、それも幼馴染ではなく恋人に関係が変化したアリスの安らかな寝顔はとても美しく思えて、見る度にドキドキしてしまうジャックであった。

 

「アリス。起きて、アリス。もう朝だよ?」

「ん……ジャック……」

 

 一旦深呼吸して心臓の鼓動を整えた後、アリスの肩を軽く揺らしながら声をかける。すると実はすでに目覚めていたのかと思える反応の早さで目蓋が開かれ、眠気が抜けきっていないのか若干茫然とした金色の瞳が現れた。

 視線はしばらく宙を彷徨った後、ジャックの視線に正面からぶつかり見つめあう。

 

「おはよう、アリス」

 

 その瞬間、ジャックは会心の笑みを浮かべて朝の挨拶を口にする。途端にアリスは頬をバラ色に染め、至福に酔ったかのような微笑みを浮かべた。

 

「ええ。おはよう、ジャック……」

 

 そして、アリスも眩い笑顔で挨拶を返してくる。しかもかなり熱のこもった魅力的な笑顔を。寝顔の破壊力もすごかったがこちらもかなりのもので、ジャックは落ち着いたはずの鼓動が騒ぎ出すのを感じていた。

 

「えっと……それで、その……」

「ふふっ。何度も言っているけれど、無理はしなくてもいいのよ? これはあくまでもできればのお願いなんだから」

 

 次の行動に移ろうとするも毎度の如く緊張と恥じらいからいまいち踏ん切りがつかないジャックに、アリスは優しく笑いかけてくる。

 しかしこれは恋人からのお願いなのだ。自分の他に五人も恋人がいるという、不誠実の極みともいうべき状況を許容してくれている恋人からの。ならばジャックには叶えてあげる以外に選択肢など存在しない。それに恥ずかしいだけで、決して嫌ではないのだから。

 

「んっ――」

 

 しっかり呼吸を整え心を決めたところで、ゆっくりとアリスに顔を寄せお互いの唇を重ね合う。アリスの柔らかな唇の感触に更に胸を高鳴らせながらも、次の瞬間には口付けを終える。

 恋人としてアリスがジャックに望んできたのは、とても単純で無欲とも言える願い。朝は起きた時に笑顔でおはようと声をかけて欲しい。そしておはようの口づけをして欲しい。今のところはたったそれだけであり、どちらもできることならの話で強制ではなくただのお願いのレベルだ。

 ジャックとしては未だに誰にも想いを抱いていないというか、その辺りの気持ちはまだ良く分かっていないのにキスをするのは正直かなり気が咎めているものの、そこは二週間の間にもう呑み込むべきだと完全に割り切っていた。そもそもジャックと恋人たちの関係を考えるとジャックに拒否権や選択肢があるとも思えない。

 

「……ふふっ。ありがとう、ジャック。これで今日も最高の一日の始まりを迎えられたわ」

「うん、アリスが喜んでくれたなら僕も嬉しいよ。そ、それじゃあ僕はもう行くね?」

 

 それに、今の状況は決して不快ではないのだ。むしろ幸せすぎて罪悪感を覚えるほどである。

 何せ綺麗で可愛い女の子たちと恋人同士の触れ合いができて、それで彼女たちが幸せいっぱいの笑みを浮かべてくれるのだ。ジャック自身が多少複雑な思いを抱いていようが些末なことであった。

 

「ええ。ジャックは朝が忙しいものね。だけど、大変なら決して無理はしないで? もしもそうなら私を起こしに来なくても構わないから、ジャックはもっと自分の身体を労わって欲しいの」

 

 ベッドから身体を起こしたアリスが、ジャックの手を握りながらどこか心配そうな瞳を向けてくる。

 恋人になってもそこに含まれるジャックへの想いの強さにさほど変化が見られないのは、やはりアリスが元からジャックのことが好きだったためだろう。本当に何故今まで気が付けなかったのかと自分を責めてしまう反面、当のアリスも自分の気持ちが何なのか分かっていなかったのでおあいこではないかと思ってしまうジャックもいた。

 

「大丈夫だよ、アリス。これくらいは別に負担じゃないし。それに、今はまだ愛とか恋は良く分からないけど……僕だって、君たちのことを笑顔にしたいって思ってるし、幸せにしたいって思ってるんだ。だからアリスも、他にも僕にして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね?」

「ジャック……分かったわ。それじゃあ私も、あなたへのお願いを考えておくことにするわね」

「うん。それじゃあ、朝ごはんの時にまたね、アリス」

「ええ。またね、ジャック」

 

 そう言って、にっこり笑って送り出してくれるアリス。ただし案外焼きもち焼きなところがあるため、内心でどう思っているかは定かではない。何といってもジャックはこれから他の恋人を起こしに行くのだから。

 

「えーと……赤ずきんさん、入るよ……?」

 

 そして次に訪れたのは赤ずきんの部屋。ただしジャックは部屋に入る時、細心の注意を払って本当に少しずつ扉を開けていった。

 何故なら以前に一度、起こしに来る前に赤ずきんが目覚めており、運悪く着替えの場面に遭遇してしまった過去があるからだ。なので何かおかしなものが見えかけたら速攻で回れ右をしようと決めていた。

 今回はちゃんと赤ずきんがベッドに横になっているのが見えたので、ジャックとしても一安心だ。胸を撫でおろしながら部屋へと入り、ベッドに近づく。

 

「赤ずきんさん、起きて。もう朝だよ?」

「うーん……むにゃむにゃ……」

 

 非常に無防備で可愛らしい寝顔を晒す赤ずきんの肩を優しく揺り動かすと、何だか酷くわざとらしい寝言のような声が零れる。どうやら赤ずきんも赤ずきんで幸せな夢を見ているらしい。

 

「赤ずきんさん、もう朝だよ? 赤ずきんさん!」

「んー……くくっ……」

 

 先ほどよりも僅かに強く揺すった所、揺れが気持ち良いのか小さな笑い声が零れる。更には幸せそうだった寝顔がニマニマと喜びの笑みに変わっていく。

 その様子はとても幸せな夢に浸っているというよりも――

 

「……赤ずきんさん、もしかして狸寝入りしてる?」

「おっと、バレたか」

 

 ――狸寝入りを決め込んでいる様子。実際その予想は正しかったようで、ジャックが指摘した途端に赤ずきんはぱっちりと目を開ける。

 その瞳には眠気など全く感じられず、ベッドから身体を起こす動きも極めて滑らか。ジャックが起こしにくるだいぶ前から目を覚ましていたことを如実に表していた。

 

「やっぱり。でも、起きてるならどうしてわざわざ寝たふりなんてしてたの?」

「いや、もしもあたしが起きなかったらジャックが何をするのかがちょっと気になってさ。あたしの着替えを覗いたジャックなら、眠ってるのを良いことにエッチなことでもするんじゃないかなって思ってね?」

「し、しないよそんなこと! というか、アレは本当にただの事故なんだってば!」

 

 ニヤニヤと笑う赤ずきんの言葉にその時目にした光景を思い出してしまい、一気に顔が熱を帯びていくジャック。

 普通そういった場合に恥ずかしがるのは女の子のはずなのだが、赤ずきんは着替えを見られた時も多少恥ずかしそうにしていただけであった。その上今では何度も引き合いに出してはジャックをからかって楽しそうに笑うのだ。これは恐らく赤ずきんがジャックと愛を育んだ記憶を持っている故の反応なのだろう。

 

「本当かなぁ? あたしは別にジャックになら着替えを覗かれたって良いし、エッチなことをされても良いんだけどな? 何なら、今からでも構わないよ?」

「……っ!」

 

 どこか妖艶な笑みを浮かべつつ、赤ずきんはベッドの上で四つん這いになってジャックを見上げてくる。今の赤ずきんは寝間着姿でかなり露出度が高く、ジャックの方を向いて四つん這いになっているせいで胸元が特に凄いことになっていた。

 豊かな膨らみが重力に引かれ、しかし決してだらしなく垂れることはなく揺れている。おまけにジャックから見ると胸の谷間がくっきりはっきり見えているのだ。まだまだ恋愛経験が皆無なジャックには刺激的に過ぎる光景であった。

 

「も、もうっ! からかわないでよ、赤ずきんさん!」

「あはははっ、ごめんごめん。だけど、さっき言ったことは本当だよ? あたしはそれくらいジャックのことが好きだからさ」

「う、うぅっ……何か赤ずきんさん、凄く意地悪になってる気がする……」

 

 ついさっきまでからかっていたかと思えば、すぐに佇まいを正し慈愛に満ちた表情で好意を口にしてくる。

 ころころと変わる表情や反応、そして心臓に悪い悪戯ばかり。恋人となった血式少女たちは別世界の自分の記憶を得たことで大なり小なり変化が見られるものの、赤ずきんの場合はそんな変化が見られていた。

 

「いやぁ、ジャックに対してちゃんとお姉さんらしく振舞えるって最高だね! これでしばらくはあたしの天下だよ!」

 

 そんな風に変わった理由は本人が満面の笑みで口にしている通り、ジャックに対してお姉さんらしく振舞えるから、だそうだ。

 どうも赤ずきんの記憶の中ではジャックに対して上手くお姉さんらしく振舞えていなかったようで、そのとばっちりが今この世界のジャックに来ているらしい。恋人になればお互い対等の存在に近づくはずなので、お姉さんらしく振舞えなかったのは仕方がないことかもしれないが。

 

「はぁ……まあ、赤ずきんさんが楽しそうで何よりだよ。おはよう、赤ずきんさん」

「うん! おはよ、ジャック!」

 

 眩い笑顔で頷き、こちらがする前に向こうからキスしてくる赤ずきん。朝の挨拶だからかほんの一瞬唇が触れ合っただけだが、それでもジャックの胸には簡単には消えない高鳴りが生まれていた。

 

「さ、早く他の恋人にも挨拶しに行ってあげなよ。全く、お姉さんの他に5人も恋人がいるなんて、ジャックは本当にケダモノだなぁ?」

「それを受け入れた赤ずきんさんたちも大概な気がするんだけど……まあいいや。うん、それじゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい、ジャック!」

 

 そのまま笑顔で送り出してくれる赤ずきんにこちらも笑みを返し、ジャックはその場を後にする。

 早朝からすでに二人の女の子とキスをしているせいでかなりの罪悪感と微かな優越感を覚えているものの、これはまだまだ序の口であった。何せこれから起こしに向かう予定の恋人はあと三人もいるのだ。起きたら隣で寝ていた眠り姫を含めずとも、である。

 

「白雪、入るよ?」

 

 そして次に訪れたのは白雪姫の部屋。願いの内容もアリスと大体同じであるが、若干異なる点が存在する。というかジャックからすると白雪姫の願いの方が余計に二の足を踏んでしまう内容なのだ。

 

「ん……ふふ、もう食べられませんよぉ……」

(何か凄い定番な寝言口にしてるなぁ、白雪。幸せそうな夢を見てるみたいだし、本当に起こしちゃっていいのかなぁ? しかもあんな方法で……)

 

 幸せいっぱいの寝顔でお約束染みた寝言を零す白雪姫の姿に、恒例の如く躊躇いを覚えて行動に移せないジャック。しかし当の本人が望んだことだ。幸せな夢から現実に引き戻してしまったことを怒られたのなら、素直に謝るのが賢明だろう。

 覚悟を決めたジャックはベッドを軋ませながら身を乗り出すと、眠る白雪姫の唇に自らの唇を重ねる。アリスと同じ柔らかな感触にドキドキしつつすぐに口付けを止めれば、そこには一瞬で目が覚めたらしい白雪姫がどこか恍惚とした表情を晒していた。

 

「えっと……お、おはよう、白雪?」

「……はい! おはようございます、ジャックさん!」

 

 そして挨拶を口にすると、輝かしい笑顔で以て返してくる白雪姫。

 それは幸せな夢から現実に連れ出された不快感や怒りなど欠片も見当たらない。曇りの一切ない、直視することに躊躇いを覚えるほど眩しい笑顔であった。おかげでジャックは心の底から安堵することができた。

 

「良かった。何だか幸せそうな夢を見てたみたいだから、起こしたら怒られちゃうかもしれないって思ってたよ」

「白雪はそんなことじゃ怒りませんよ、ジャックさん。それに、夢なんかよりも現実でジャックさんと一緒にいる方が幸せですから……」

 

 ベッドから半身を起こした白雪姫は、そんな台詞を口にしながらジャックに寄りかかるように身体を寄せてくる。

 ジャックとしてもその所作と、恥じらいつつも穏やかな笑みを浮かべる白雪姫の姿に感じるものはあったのだが、いかんせん先ほどの寝言が完璧すぎて胸の中の微笑ましさを打ち消すことはできなかった。

 

「ありがとう、白雪。だけど、その割にはかなり幸せそうな寝言を口走ってたよ?」

「えっ!? ね、寝言ですか!? し、白雪、どんな寝言を言っていましたか?」

「うーん。何ていうか、凄く食いしん坊さんな寝言かな?」

「ち、ちちちち違いますよ、ジャックさん! それはあくまでも寝言で、白雪は食いしん坊さんじゃありません!」

 

 顔を真っ赤にして必死に否定する白雪姫。しかし食いしん坊でないならあんなお約束のような寝言を零すとは到底思えない。

 必死になって隠そうとする白雪姫の姿が無性に可愛らしく、ジャックはついついくすりと笑った。 

 

「あはははっ。大丈夫だよ、白雪。僕は白雪が食いしん坊でも気にしないから」

「ううぅ、ジャックさんが白雪を信じてくれません……!」

 

 どことなく傷ついたような顔をしている白雪姫であったが、その頭を優しく撫でて上げると徐々に表情は和らいでいった。こんな簡単に誤魔化されてしまうとは本当に純粋な子である。

 何せジャックに恋人として願ったことは、朝はキスで起こして欲しいというとても可愛らしい願いなのだ。ただそれにしては自分でも何故そんな願いをしたのか分かっていなさそうな反応をしていたあたり、もしかすると血式リビドーに関わる理由なのかもしれない。

 

「それじゃあ僕はそろそろ行くよ、白雪。まだ起こさなきゃいけない子たちがいるからね」

「ご苦労様です、ジャックさん。それじゃあ白雪は朝ごはんの席で待っていますね?」

 

 去り際には完全に誤魔化されてニコニコ笑っていた白雪姫と一旦別れ、ジャックは次の恋人の部屋へと向かう。

 本当はごく一部の恋人を除いて無理なら起こしに来なくて良いと言われているものの、ジャックは貧血でダウンしがちなのだからできる時にやっておいた方が賢明である。それにジャックとしても朝から恋人たちの幸せそうな笑顔を見られるのだから、歓迎こそすれ拒む理由などどこにもなかった。

 

「さて、次は本当なら親指姫なんだけど……」

 

 本来なら次は白雪姫の部屋の隣にある親指姫の部屋に行くのが近い。しかしジャックはあえてそこを通り過ぎると、そのままハーメルンの部屋へ向かった。別に親指姫を意図的に省いたわけではなく、ある意味できるだけ本人の願いを反映した形である。

 

「ハーメルン? 起きて――ないね。うん」

 

 ハーメルンの部屋の中を覗き込めば、ベッドの上にはちょっと女の子らしくない寝相で高いびきをかくハーメルンの姿。ある意味安心感のある姿を目にして、ジャックは苦笑を零してしまう。

 別世界の自分の記憶を得たことで衣服にまで気を遣い始めたハーメルンであるが、こういった所は残念ながら抜けていないようだ。とはいえ寝相はともかく裸やぼろ布を巻きつけた姿ではなくしっかり寝間着を身に着けているので、ハーメルンにしては素晴らしい変化だと言えるだろう。

 

「ほら、ハーメルン。起きて?」

「む、むぅ……誰だ、ワレの眠りを妨げりゅ命知らずは――おぉっ、ジャックではないか!」

 

 身体を軽く揺さぶって呼びかけたところ、目を覚ましたハーメルンは不機嫌極まりない表情で睨みつけた。しかしジャックの姿をその瞳に移した途端、ぱっと笑顔を輝かせる。

 ハーメルンも恋人の一人なのだが、どうにも子供っぽい反応が目立つためかジャックとしては比較的安心できる相手であった。尤も積極性はかなりものなので完全に油断はできないのが曲者である。

 

「おはよう、ハーメルン。相変わらず寝癖が凄いね?」

「むぅ。ワレは特に何もしておらんというのに、何故このような爆発した髪型になるのだ……?」

 

 盛大に重力に逆らっている毛髪を弄びつつ、ハーメルンは首を傾げる。寝相も要因の一つだろうが、一番の問題は寝る時に髪を結んでいないことが原因だろう。それなりに長い髪をしているにも拘わらず、そのままベッドに横になって眠れば乱れてしまうのも無理はない。

 

「そんなに気になるなら寝る時に髪を結んだり、赤ずきんさんみたいにナイトキャップを被ってみるといいと思うよ?」

「なるほど。うむ、今夜からは色々と試してみるとしよう」

「そうだね、それがいいよ。じゃあ、えっと……っ」

「んっ――」

 

 しばし逡巡した後、やはり躊躇うのも今更だと思い直してハーメルンと口付けを交わすジャック。

 先ほど本当に女の子なのかと疑うくらい大股開けっぴろげで大いびきをかいていたハーメルンだが、唇はちゃんと女の子のもので大変柔らかい。そのせいで余計に女の子とキスしているという実感が沸き、どうしようもなく胸を高鳴らせてしまうジャックであった。

 

「お、おはよう、ハーメルン」

「うむ! ワレからもおはようだ、ジャック! やはりこれが無いと一日が始まった気がしないな!」

「本当に皆おはようのキスが大好きだよね……まあ、いいんだけどさ……」

 

 皆揃いも揃って起きぬけにキスを求めてくるあたり、最早記憶に染み付いた習慣なのだろう。色々と思うところはあるものの、ジャックも恋人たちとのキスは嫌ではないのでさほど問題はなかった。問題があるとすれば親指姫の時くらいだろう。

 

「とりあえず変な癖になって残らないよう、シャワーでも浴びてきたらどうかな? 朝ご飯まではもうちょっと時間もあるし」

「そうだな。ではジャック、ワレと一緒にシャワーを浴びようではないか!」

「え、えーっと……ごめん、僕はまだ他の子たちを起こしに行かないといけないから……」

「む、そうか。それでは仕方ないな……」

 

 当たり前のようにシャワーに誘ってくるハーメルンに対し、若干引き攣った笑みを返しながらやんわり断りを入れるジャック。

 かなり大胆で積極的なハーメルンであるが、聞き分けが良く素直なので何とか助かっているところがある。今も残念そうに肩を落としてはいるものの、ジャックの言葉に素直に頷いてくれた。

 

「まあ良い! ワレらはこれからもずっと一緒だ! 機会など幾らでもあるであろう!」

(あ、幾らでもあるんだ。いつまで断れるのかな、これ……)

 

 しかしすぐに元気を取り戻したハーメルンの笑顔に、ジャックは避けようのない未来を思い描いて戦慄を覚えるのであった。恋人と一緒にシャワーを浴びるなど、未だキス止まりな上に自身の恋心というものも分かっていないジャックには明らかに荷が重すぎだ。

 それでもハーメルンがご機嫌になったのでひとまず良しとして、ジャックは次の恋人の部屋へと向かう。自室のベッドに放置している眠り姫を除けば、これで恋人は最後の一人である。

 

「……親指姫、朝だよ?」

 

 最後の一人は親指姫。部屋の位置から考えると白雪姫の後に向かうのが最も効率が良いものの、訳あって意図的に最後に回したのだ。まあ眠り姫を起こさなければいけないので厳密には最後ではないが、その辺りは誤差の範囲だろう。

 部屋に足を踏み入れベッドに近づけば、普段の激しさからは考えられないような大人しく可愛らしい寝顔で寝息を立てているのが見て取れる。このまま眺めていたい気持ちもあるが後で怒られそうなので、ジャックはやむなく起こすことに決めた。

 

「起きて、親指姫。もう朝だよ?」

「ん……んぅ……ジャック……?」

 

 できるだけ優しく身体を揺すって呼びかけると、ゆっくり目蓋を開き寝ぼけ眼で見つめてくる親指姫。ジャックの姿を目にしただけでぼうっとした表情に至福の笑みが広がっていくものの、次の瞬間にははっとして表情を引き締めていた。

 素直に喜べないのは生来の性格のためか、それとも別の世界の自分の記憶をまだ完全には受け入れられていないのか。一応は素直になる場面もあったとはいえ、親指姫のことなのでたぶん前者に違いない。

 

「お、おはよ、ジャック」

「うん。おはよう、親指姫」

 

 一瞬とはいえジャックの顔を見て幸せいっぱいの笑顔を浮かべてしまったせいなのか、身体を起こした親指姫の顔はどことなく赤い。

 ジャックに愛の告白もしあまつさえ初めてのディープキスも奪ってきたとはいえ、やはり大本は天邪鬼なままなのだろう。赤ずきんやハーメルンのように別世界の自分の記憶を糧にし、身に着けている器用な子たちとは違うようだ。

 

「……で? 今日は何人?」

「えっと……4人、だね。ネムはまた僕のベッドにいたから、そのまま寝かせてあげてるし……」

 

 最早慣れた確認に対して、ジャックは素直に答える。同時に自分も顔が熱を帯びていくのを感じなら。

 だいぶ省略されているが親指姫が尋ねてきているのは、自分を起こすまでに何人の女の子とキスをしたか、である。頑張って素直になった親指姫が口にした『誰かにキスなどの恋人らしいことをしたら、その三倍は自分にも同じことをしろ』という願いを叶えるために必要な確認だ。そしてもちろん、おはようのキスもこの願いに適用される。

 

「だから……12人、分……だよね……?」

 

 つまりこれからジャックは四人分の三倍である、十二人分のキスを親指姫にしなければならないのだ。最早息苦しくなりそうなレベルである。

 当初はそれを懸念して最初に親指姫を起こしていたのだが、本人からダメ出しを貰って最後の方に起こせと言われてしまったのである。正直なところ、こんな願いを口にしておいて未だ素直でないところのある親指姫がよく分からなかった。

 

「そ、そうよ。じゃあ、ほ、ほら……」

 

 頷き、親指姫は顔を微かに上向けたまま目を閉じる。

 キス自体は嫌ではないが、必要な回数に完全に気が引けてしまうジャック。しかしここでその反応を返すと親指姫がショックを受けてしまうのを経験で理解しているため、やむなくジャックは半ば自棄になって親指姫の唇を奪った。

 

「んっ……っ……あ……」

 

 無論回数が十二回なので、ただ唇を重ねるだけではない。啄むように、甘く噛むように、変化をつけて合計十二回唇を重ねていく。

 その間にお互いの唇の隙間から零れる、親指姫の幸せそうな喘ぎ。そのぞくりとするほど艶めかしい喘ぎが、柔らかくて暖かい唇が、早朝からジャックの精神と理性をガリガリと削っていた。これが二週間近く続いているのだから、もう襲ってしまいたいと思ったことも最早一度や二度ではない。

 

「――ぁ……」

(た、耐えきった……! 朝からこれは、本当につらい……!)

 

 なけなしの理性を振り絞り、今日も何とか堪え切ったジャック。あまり生きた心地のしなかったジャックとは異なり、親指姫の方は余韻に浸っているのか恍惚とした表情で虚空を見つめていた。

 正直なところ早朝から理性と欲望の綱引きになるのでこのお願いは勘弁してもらいたいところだが、ジャックは恋人が六人もいるのだ。そんな状況を許容してもらっていて、なおかつそれを悪くないと感じてしまっている自分がいる以上、恋人たちの願いを無下にすることなどできなかった。

 

「……おはよ、ジャック」

「……うん。おはよう」

 

 嬉しそうに微笑んでくる親指姫に対して、内心の動揺や興奮を押し隠して必死に笑顔を取り繕う。しかし掛け値なしに可愛らしい笑顔を零す親指姫が非常に魅力的であり、ますます邪な気持ちが刺激されてしまうジャックであった。

 

「それじゃあ、僕はもう行くね? ほら、まだネムを起こしてないし」

「あ、そ、そうね……あんた、ネムにまた変なことしてないでしょうね?」

「し、してないよ! あれは、その……一時の気の迷いっていうか、何ていうか……」

 

 一瞬残念そうな顔をした後、訝し気な目を向けてくる親指姫。

 これまでにジャックの理性が焼き切れてしまったのは、眠り姫に襲いかかってしまったあの一度きりだ。一度やらかしかけたからこそ、そこからは強く意思を持とうと努めているため理性を手放したことはない。とはいえ正にその現場に遭遇した親指姫からすれば信じられないのも無理はないだろう。

 

「じゃあ、まだ誰とも、その……そういうこと、してないってこと? 嘘でしょ?」

「信じてもらえないのも分かるけど、本当だよ。仮にそういうことするなら、僕だってちゃんと自分の想いを伝えてからじゃないと不誠実だよ。でも僕はまだ、そういう気持ちが分からないから……」

 

 自分が相手のことを愛しているかどうかも分からないというのに、身体の関係を得ようとする。それはどう考えても不誠実極まりないことだ。だから恋人たちがほぼ間違いなく受け入れてくれると分かっていても、ジャックには自らそういった行為をするつもりなどなかった。

 信じられなくともその気持ちは理解してくれたのか、親指姫はジャックの答えに心底ほっとしたような顔をしていた。

 

「ふーん、そう……ま、あんたにはそんな度胸も無いし当然よね。精々自分の気持ちに気が付けるように頑張んなさい、ジャック?」

(何かいつも以上にご機嫌だなぁ、親指姫。妹が寝てる間に襲われたりしないって分かったせいかな?)

 

 背中を押してくれる親指姫のご機嫌な笑みに見送られ、ジャックは部屋を後にした。

 これで恋人たちへのモーニングコールは終了、と言いたいところであったが眠り姫がまだだ。一応は眠り姫もモーニングコールを希望しているものの、やはりできるだけ長く眠っていたいのか起こす順番は最後で構わないと言っていたのだ。

 そんなわけで恋人の最後の一人、眠り姫の下へとジャックは向かう。まあ厳密には自分の部屋へ向かっているのだが。

 

「ネムは……うん、まだ寝てるね……」

 

 自分の部屋に戻ってみれば、そこには部屋を出た時と変わらずジャックのベッドで眠りこける眠り姫の姿。この光景が何だか当たり前のように感じてしまうのは、二日に一回くらいのペースでいつのまにかベッドに忍び込んできているからなのだろう。本人は無意識にやっているらしいが。

 

「さて、と……ネムを起こさなきゃいけないんだけど、やっぱりこれは慣れないなぁ……」

 

 どうしても引け目を感じてしまうが、本人の望みなので仕方ない。なのでジャックはベッドに上がり、無防備な寝顔を晒す眠り姫に覆いかぶさるようにして唇を奪った。できればキスで起こして欲しいという、白雪姫と同じ願いを口にしてきたから。

 柔らかな唇の感触に浸ること数秒、口付けを終えて身を起こせばそこにはぱっちりと目を開けた眠り姫の姿がそこにあった。

 

「ん……おはよう、ジャック……」

「う、うん。おはよう、ネム。今朝の目覚めはどう?」

「ん……ばっちり……!」

 

 にっこりと微笑む眠り姫は寝起きであるにも拘わらず、それを感じさせない爽快な雰囲気を醸し出している。いつも眠そうにしているというのにキスで起こしてあげるようになったらこの変わりようだ。ハーメルンなどの極端な例は脇に置いても、やはり恋は人を変えるに違いない。

 

「そっか、良かった。ネムは起こしてもそのまま二度寝しちゃいそうだって思ってたから、すっきり起きれたなら何よりだよ」

「王子様が、起こしてくれたから……大丈夫……」

「あははっ。さすがに僕はつうみたいにはなれないけどね?」

 

 どこか熱い視線を向けてくる眠り姫に気恥ずかしさを覚え、僅かに視線を逸らして答える。

 小さな頃から一途に人魚姫の王子様として振舞っているおつうと比べれば、ジャックは王子様とは呼べないくらい情けない存在だ。戦う力が無く弱いどころか、肝心のお姫様たちがとても強いのだから。しかもそれを置いても恋人が六人もいる時点でまともな王子様ではないだろう。

 

「ジャックは、ジャック……そのままが、好き……」

「……うん。ありがとう、ネム」

 

 にっこり微笑みそのままのジャックを受け入れてくれる眠り姫にお礼を言って、頭を優しく撫でてあげる。

 眠り姫はしばらくジャックの手の感触を楽しんでから、一言断りを入れて自分の部屋へと戻って行った。その歩調もはっきりとしたもので、途中どころか部屋に戻っても二度寝をするとは思えないほどだ。やはり眠り姫にはおはようのキスは効果抜群らしい。

 

「はぁ……まだ朝なのに、どっと疲れた……」

 

 そうしてようやく恋人たちへのモーニングコールを終えたジャックは、一仕事終えた気分でベッドに身体を投げ出す。

 まだ朝食すら摂っていないというのに、肉体的にはともかく精神的にはもう疲労困憊であった。恋人達が皆魅力的過ぎるため、欲望を抑えるのに神経を傾けた結果である。

 しかもこんな朝がかれこれ二週間続いている上、昼も夜も密度は朝と遜色ないのだ。最早一種の拷問に等しい日々に、ジャックもそろそろ限界が近かった。たぶんその内精神的な疲労で倒れるか、あるいは理性が焼き切れて過ちを犯すかの二択に違いない。

 

「うぅ……眠り姫の匂いがする……!」

 

 少しでも休息を取って精神の安定化を図ろうとするも、ベッドからはついさっきまでここに寝ていた眠り姫の残り香が漂ってくる。

 決して不快ではなく、それ故に更に精神を乱す甘い残り香に、最早ジャックは泣きそうな心地で耐えるのであった。今はまだ始まりに過ぎず、ジャックの一日はこれからなのだから。

 





 血式少女たちにおはようのキスをして回るとか、マジ爆発しろジャックくん。いや、ていうかジェノサイド化した血式少女たちに性的に食べられちゃえ!
 ちなみに起こしに行く順番は親指姫と眠り姫以外は部屋の順番です。ジャックくんの部屋から近い順に、アリス→赤姉→親指姉様を飛ばして白雪姫→眠り姫はジャック君の部屋にいるのでこれも飛ばす→ここで反対側に行ってハーメルン、という順。
 フィナーレではパーティ分断されている以上、みんなでの和気あいあいとしたやりとりは見られないんだろうなぁ……見られるとしてもかなり後半かなぁ……?


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ジャックの1日(昼)

 ハーレムなジャックくんの一日、その昼。
 恋獄搭トゥルーがもう大変アレだった(ネタバレ配慮)ので似たようなものを書いても二番煎じにしかならないと考えた結果、このシリーズの方針が決定しました。ジャックくんがちょっと可愛そうに思えてくるけどそれは仕方ないね。うん。


 

 早朝からすでに疲労全開のジャックであったが、まだまだ一日は始まったばかり。恋人たちの触れ合いも未だ序の口だった。というかむしろここからが本番と言って差し支えない。

 

「ジャック、あたしと一緒にトレーニングしよう! お姉さんが手取り足取り指導してあげるよ?」

「こんなひ弱な奴に赤姉のトレーニングなんてやらせたらぶっ倒れるわよ? だからまずは私が軽くしごいてやろうじゃない。つーわけで私と一緒に来なさい、ジャック!」

「無理にトレーニングなんてさせるものではないわ。ジャックは疲れているんだもの。ジャック、私の部屋でお茶をしてゆっくり休みましょう?」

「休むなら……一緒に、寝よ……?」

「むっ、ジャックは疲れているのか? よし、ならばワレがマッサージをしてやろう!」

「え、えっと……白雪は、その……うぅ……!」

「ちょ、ちょっと待って!? 前にも言ったけど、僕は一人しかいないからせめて順番にしてくれないかな!? というかいっぺんに話されると何を言ってるのか分からないよ!」

 

 恋人たちに囲まれて大変賑やかで居心地の悪い朝食を摂った後、畳みかけるように皆がこの後の予定をぶつけてくる。しかし六人にいっぺんに喋りかけられたためにジャックには十分の一も内容が聞き取れなかった。実は毎朝こんな調子なので本当に大変である。

 

「おっと、そうだったね。じゃあまずはあたしから。ジャック、一緒に部屋でトレーニングしようよ。お姉さんが手取り足取り、指導してあげるよ?」

 

 一人ずつ、ということでまずは赤ずきんが口を開く。どうやらトレーニングのお誘いらしいが、何故か妙に色っぽい微笑みで口にしていたのでジャックは思わずドキリとしてしまう。

 

「あ、ありがたいんだけど、赤ずきんさんのトレーニングは僕にはきつそうだなぁ……後の方でも、大丈夫?」

「うーん。別にきついことをやるわけじゃないんだけどな。ま、いいや。あたしはそれで構わないよ」

「ありがとう。じゃあえっと、次は親指姫で」

「赤姉のトレーニングなんてする前に、まずは身体を暖めといた方が良いんじゃない? 私が軽くあんたをしばいてウォーミングアップさせてやるから、一緒に来なさい!」

 

 赤ずきんの用事の順番が暫定的に決まったところで、今度は親指姫の用事を聞き出す。表情はにっこり笑顔なのだがちょっと怖いことを口にしていた。

 

「し、しばく……? ま、まあそれなら赤ずきんさんの前にした方が良いかな? それでいい?」

「ちっ、仕方ないわね。でも、後で余計にしばいてやるから覚悟しなさい!」

(本当に一体何をする気なのかな、親指姫は……)

 

 渋々といった表情で頷きを返したかと思えば、今度は頬を赤くして言い放つ。どうしてしばかれるのかはよく分からないが、まあ親指姫には素直ではないところがある。もしかすると本当は別の目的があるものの、それを素直に口にできないだけかもしれない。実際今までに何度かそういうことがあった。

 

「ま、まあいいや! じゃあ次はアリスだね」

「ジャック、私の部屋で一緒にお茶をしてゆっくりしましょう? ジャックは疲れているようだから、休息が必要だと思うわ」

 

 次いで尋ねたのはアリス。最初の二人とは異なり特に躊躇いや怯えを感じてしまうような用事ではなかったため、今回は引き攣っていない笑顔を返すことができた。

 

「それはいいね。でも赤ずきんさんたちの後だとそんな体力が残っていそうにないし、アリスは早めでも大丈夫かな?」

「ええ、もちろん。準備はできているから、今すぐにでも大丈夫よ」

「うん、分かったよ。それじゃあ次はネムだよ」

 

 嬉しそうな笑みを返してくるアリスに頷き、今度は眠り姫に視線を向ける。朝の起こし方がとても効果的なのか、普段と比べるとさほど眠そうには見えなかった。

 

「ジャック……一緒にお昼寝、しよ……?」

「い、一緒に、お昼寝……」

 

 その提案に先ほど浮かべた笑みが引き攣るのを感じるジャック。

 かなりの頻度でベッドに潜り込んでくる眠り姫が、一緒のお昼寝に誘ってくるのだ。言葉が少なくとも同じベッドで眠ろうという提案なのは聞くまでも無かった。というよりこの提案も初めてではないのだから。

 

「えっと……赤ずきんさんの後でも、大丈夫……?」

「ん……待ってる……!」

 

 邪気のない愛らしい笑みを浮かべる眠り姫だが、ジャックにとってはかなり悪辣な提案だ。非常にスタイルの良い眠り姫に抱き着かれながら眠るなど、健康な男には最早拷問である。

 眠り姫の番を赤ずきんの後に回したのは、トレーニングで疲弊しきった身体なら多少はマシになるかもしれないからだ。

 

「そ、そっか。じゃあ、えっと、ハーメルン」

「疲れているのならワレがマッサージをしてやろう! 安心してワレに身体を委ねるが良いぞ!」

 

 答えるハーメルンは満面の笑みであり、そして露出度の低い非常に常識的な恰好をしている。

 正直なところかなり信じがたいものの、別世界の自分の記憶を得たハーメルンは常識も知識も身に着いていた。ただそれが原因でジャックですら疎い恋愛・男女関係方面の知識も身に着けているため、意外と油断ならないのが現状だったりする。

 

「マッサージかぁ……じゃあ、ネムの前にした方が良いかな。そのまま寝ちゃいそうで怖いけど……」

「うむ、ワレは一向に構わんぞ!」

 

 とはいえ当人が浮かべる笑顔に邪気の欠片もありはしないため、どうしても油断してしまうジャックであった。それでもハーメルンはお風呂に突撃してきた前科があるので、完全に油断しているわけではないが。

 

「ありがとう、ハーメルン。それじゃあ、白雪はどうしたいの?」

「え、えーっと、その……一緒にお散歩なんて、駄目ですか……?」

 

 そう口にして、窺うような上目遣いで見つめてくる白雪姫。恋人たちの中で最も大人しいためジャックとしては安心できる子だが、他の恋人と同じく別の世界でジャックと愛を育んだ記憶を持っている少女だ。

 そのせいか時にはかなり大胆にもなるため、やはり油断はできない。とはいえ他の恋人達と比べれば危険度も雲泥の差なのだが。

 

「それくらいならお安い御用だよ。それじゃあ、えーっと――」

 

 白雪姫に対して頷き、全員から話を聞き終えたジャックは頭の中でこの後の予定を組み立てる。女の子をとっかえひっかえしているようで良い気はしないのだが、ジャックは一人しかいないので全員のお願いや用事に付き合うと結果的にそうなってしまうのである。

 かといって誰かに我慢してもらったり、遠慮してもらうのも間違っている。恋人たちは分け隔てなく平等に愛し、幸せにしてあげなければならないのだから。

 

「――まず白雪との散歩で、その後にアリスとお茶。次が親指姫の所でしば――ウォーミングアップで、その後に赤ずきんさんとトレーニング。それが終わったらハーメルンにマッサージしてもらってから、ネムのところでお昼寝……で、大丈夫かな?」

「はい、白雪はそれで構いません!」

「ええ、私もそれで構わないわ。考えてみると朝食のすぐ後にお茶というのもタイミングが悪いもの」

「仕方ないわね。その分余計にしばいてやるから覚悟しなさい!」

「そうだね。マッサージとお昼寝があるならキツイトレーニングでも大丈夫そうだ。気合入れなよ、ジャック?」

「むぅ、ワレは最後の方か。だが確かに内容を考えると仕方にゃい……仕方ないな」

「ん……楽しみ……!」

 

 幸いなことに今日も皆が納得して頷いてくれたため、ジャックとしては一安心であった。皆本当に仲が良くて何よりである。

 予定が組まれたため、今度は恋人たちの間で時間配分に関しての話し合いが始まる。ジャックはそんな様子を一仕事終えた気分で眺めながら、ほっと一息つくのだった。

 

「毎朝のことながら、凄い光景と会話でしたわね……」

 

 しかしそこで背後から感嘆と呆れが入り混じった複雑な声が上がる。振り返ればそこには声の主であるシンデレラを含め、ジャックの恋人ではない血式少女たちが勢ぞろいしていた。

 先ほどの恋人たちとのやり取りは毎朝の恒例のようなものなので、最早完全に見世物状態である。唯一の救いは血式少女隊の間でのみ、という点くらいだ。

 

「ジャックはいつか後ろから刺されそうですね~。赤ずきんたちではなく、嫉妬に狂った男性たちに」

「うん、僕もそう思う。でも幸せなことばかりじゃないっていうのは、傍から見てるだけじゃ分からないんだろうなぁ……」

 

 かぐや姫のからかいに対して真剣に頷いてしまうジャック。

 魅力的な恋人が六人もいることに対して、優越感や幸せを感じていないと言えば嘘になる。ただそれ以上に苦労がありすぎてまともにその優越感や幸せを享受できないのだ。

 何せ全員を平等に愛さなければならない以上、恋人一人と過ごす時間にも気を付けなければいけない。そして乙女心や恋人としての心を六人分理解し、恋人達が喜びと幸せを覚えてくれるように尽力しなければならない。

 それだけでも大変だというのに、ジャック自身が未だ恋人達への愛や恋といった感情を理解できていないのだ。そんな状態では喜ぶ暇も優越感に浸る暇もあるわけがなかった。

 

「なるほど。ハーレムというのは男性の夢だと聞いたことがあるのだけれど、実際にそれを成し遂げた者が少ないから実情が分からず、羨望だけが一人歩きしているということね」

「そうだね、たぶんそんな感じじゃないかな。実際僕も、ちょっとはそんな風に思ってたよ……」

 

 興味深そうにしているグレーテルに対し、ため息を零しつつ返す。

 きっと傍から見れば恋人が複数いるというだけでもう嫉妬や羨望の対象なのだろう。表面上しか見えていないため、当人の苦労が分かっていないに違いない。

 

「ねーねー、はーれむってなにー?」

「ハーレムっていうのはね、一人の男の人がたくさんの女の人とお付き合いしていて、それをみんなが受け入れている状態のことだよ。今のジャックさんたちのことだね?」

 

 首を傾げて疑問を口にするラプンツェルに答えるのは人魚姫。正直そんなことを教えて良いのかと思ったものの、すでにラプンツェルは男女がエッチなことをすれば子供ができる、ということを眠り姫から教わってしまった。今更ハーレムの定義を教わったところでさして変わりは無いはずだ。

 

「皆は仲が良いから今のところ平穏みたいだけど、全ては君の行動次第で決まると言っても過言ではないんだ。浮かれるなとは言わないけど、ちゃんと彼女たちのことを考えてあげるんだよ、ジャック?」

「分かってるよ、つう。僕だって皆には仲良くしていて欲しいし、幸せでいて欲しいからね」

 

 おつうの言葉に頷き、ジャックは話し合いをしている恋人たちの姿を眺める。

 こんな不誠実極まる状況になってしまった以上、ジャックには恋人たちを幸せにする義務がある。魅力的な恋人達ができて浮かれている場合ではないし、正直そんな余裕もほとんどない。

 何故なら恋人たちの幸せはジャック次第なのだ。皆が皆、ジャックを愛していることは最早疑いようもない純然たる事実。今のところ自分の気持ちが分からないため簡単に応えることができない以上、もうジャックには恋人たちの幸せのために尽力する以外の選択肢などありはしなかった。

 とはいえさすがに自分の気持ちもまだ分かっていないというのに肉体関係を結ぶわけには行かず、積極的な恋人たちの魅力に耐えるしかないため自分の首を自分で締める結果に繋がっているわけだが。

 

「ジャックさん、ジャックさん。ちょっとお話があるんですが、構いませんか?」

 

 思わずため息を零しかけたところで、恋人たちの輪の中から白雪姫が近寄ってきた。傍らにはアリスの姿もあり、ジャックはすぐに表情を微笑みに切り替えて二人を迎えた。

 

「うん、いいよ。どうしたの、白雪?」

「アリスさんと相談して決めたんですけど、お散歩はジャックさんと白雪とアリスさんの三人で行きませんか?」

「三人で? 僕は構わないけど、白雪はそれでいいの?」

 

 白雪姫の提案はジャックと白雪姫、そしてアリスの三人で散歩に行くというもの。ジャックとしては構わないのだが、そうなると二人きりで過ごすことはできなくなる。白雪姫もアリスも含めて恋人たちはジャックを愛しているので、てっきり二人きりで過ごしたいのだと思っていた。

 

「はい! ジャックさんと二人きりで過ごしたい気持ちもありますが、白雪たちジャックさんの恋人は六人もいますから、あんまり時間を取ってしまうのも他の皆さんに悪いなぁと思ったんです。だから、二人きりでなくても少しでも長くジャックさんと一緒にいたいんです」

「私も同じ気持ちよ、ジャック。だから、散歩の後は白雪姫も混ぜて三人で一緒にお茶をしましょう。そうした方が、少しでも長くあなたと一緒にいられるもの」

 

 どうやら恋人たちは予想以上に仲が良いらしい。ジャックと二人きりで過ごすよりも、長い間一緒にいられるなら二人きりでなくとも構わないようだ。

 実際恋人が六人もいる以上、どうしても一人あたりと過ごす時間は短くなってしまうため、この提案はジャックとしても大助かりだった。

 

「そっか。うん、二人がそれでいいなら僕も構わないよ。それじゃあ二人とも、一緒に散歩に行こうか?」

「はい! それじゃあジャックさんの右手は白雪が頂きますね!」

「それなら、私は左手をもらうわ。いいかしら、ジャック?」

「う、うん。もちろん!」

 

 そして二人は当たり前のようにジャック横に並び、手を握ってくる。それも握るだけではなく、指を絡めて固く繋ぐ。

 右には白雪姫、左にはアリス。端的に言って今のジャックは両手に花の状態であった。

 

「正に両手に花だね、ジャック。いやぁ、実に羨ましいよ」

「か、からかわないでよ、つう。僕はもうわりといっぱいいっぱいなんだから」

 

 そんな分かり切った今の状態をおつうにからかわれ、頬の熱さを感じつつ非難の目を向ける。

 正直な所こうして二人と手を繋いでいるだけでも、恋愛初心者どころか恋愛入門者のジャックには大変荷が重い。何せ今からこの両手に花の状態で外に散歩に行かなければならないのだ。誰かに目撃された時のことを考えると気が気でなかった。

 

「そうかい? 君ならこれくらいは容易く乗り越えられると、僕は信じているよ? それに君も満更でもなさそうだしね」

 

 にも拘わらず、おつうは大変良い笑顔でからかいを続けてくる。その余裕溢れる王子様の笑顔と、確かに満更ではない自分がいることにさすがにジャックも僅かにむっときた。

 

「……人魚姫さん、つうが両手に花な僕が羨ましいって言ってるよ?」

「なっ!? な、何を言うんだジャック!?」

「おつうちゃん、もしかして私以外にもお姫様が欲しいの? もしかして、私なんかじゃ物足りなくなっちゃったのかな……?」

 

 先ほどの発言を伝えると、人魚姫は悲し気な瞳をおつうに向ける。

 これには余裕と自信に溢れていたさすがのおつうも焦りを隠せないようで、慌てて人魚姫をなだめにかかっていた。

 

「そ、そのようなことは決してありません! 先ほどの言葉はジャックをからかうためのただの冗談で、僕は永遠に姫一筋ですから!」

「ふふっ。大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから。だけど、あんまりジャックさんをからかっちゃ駄目だからね?」

「はい、姫……」

 

 どうやらジャックの意図を理解していたらしく、人魚姫はくすくすと笑った後におつうを叱る。

 叱られて消沈しているおつうの様子を見て、ジャックは仕返しができたことに満足するのであった。

 

「全く……姫を僕への仕返しに使うだなんて、君は酷い男だな」

「からかってきたそっちが悪いんだから、お返しだよ。それじゃあ僕らは散歩に行ってくるから。またね、つう」

「ああ。ちゃんと彼女たちのご機嫌を取ってあげるんだよ、ジャック?」

 

 お互いに相手を非難する目を向けるが、すぐに微笑みへと変える。おつうのからかいはあくまでもからかいだし、ジャックの反撃だってちょっとしたお返しに過ぎない。どちらもそれを分かっているからこそ、今のは単なるじゃれ合いに過ぎなかった。要するに信頼の裏返しというやつだ。

 

「それじゃあ行こうか。アリス、白雪?」

「……ええ」

「はい……」

(あれ? 何か二人とも元気が無いような……)

 

 他の恋人たちにも一旦別れを告げてから、他の皆に見送られて散歩に向かおうとするジャック。

 しかし気付けば傍らのアリスと白雪姫は何故か幸せそうな微笑みを曇らせていた。頷く声にもどことなく元気が感じられない。

 

「……あなたも同じことを考えているの、白雪姫?」

「はい。たぶん、そうだと思います……」

 

 そして、ジャックを挟んで二人で交わされる謎の会話。ジャックにはさっぱり分からないが二人はしっかりと通じ合っているらしい。確かに二人はジャック自身よりもジャックを知っていると言っても過言ではないので、二人にしか分からないこともあるのだろう。

 

「えっと、二人とも、どうかしたの? もしかして、僕が何か気に障ることをしちゃったかな……?」

「いえ、ジャックさんは悪くありません! で、でも、そのぉ……」

 

 白雪姫はそう断言するが、言いにくそうに言葉を濁して視線を彷徨わせてしまう。それでもジャックの右手を握り指を絡めたままな以上、本人が口にした通り気に障ったとかではないらしい。

 しかしそれなら先ほどの反応は一体何なのか。気になったジャックは左手側に顔を向ける。アリスも視線を避けるように顔を背けたものの、どうやら反射的なものだったようだ。すぐにジャックに視線を返すと、どこか申し訳なさそうな顔で口を開いた。

 

「……ごめんなさい。ジャックとおつうさんの仲がとても良く見えたから、少し焼きもちを焼いてしまったの」

「えっ、そうなの? 白雪も?」

「は、はい……白雪よりもジャックさんと通じ合っているように見えて、羨ましいなぁと思ってしまいました……」

「やっぱりあなたもそうなのね、白雪姫。私も同じ気持ちを抱いてしまったわ。ジャックが未だ私たちとの関係に慣れていないとはいえ、恋人である私よりもおつうさんと通じ合っているように思えてしまって……」

 

 まさかの焼きもち、それもつうに対するものという答え。しかも二人とも同じ気持ちを抱いたらしく、左右からどこか気まずそうな空気が伝わってくる。

 

(うーん……もしかしてアリスと白雪には、恋人の自分たちよりつうと仲良くしているように見えちゃったのかな?)

 

 実際のところ、ジャックにとっておつうは相棒か兄弟のような存在だ。そもそもおつうには人魚姫という恋人がいるし、まかり間違ってもジャックがおつうとそんな関係になることはありえない。

 しかし二人にはそれが分からない可能性があった。何せジャックには恋人が六人もいるという明らかに異常な状況なのだ。二人からすればジャックがこれ以上恋人を増やさないという確信は持てないのかもしれない。実際ラプンツェルとは大きくなっても気持ちが変わらなかったら恋人にしてあげる、という約束を結んでしまったような気もした。

 

「……大丈夫だよ、二人とも。つうは僕にとってはあくまでも相棒だし、つうには人魚姫さんっていう恋人がいるんだから、二人が心配するようなことは何もないよ」

 

 なので、はっきりと口に出して伝えた。少なくともおつうとの間には何も無い、と。

 そしてラプンツェルとのことについては、もう大人になるまでに素敵な出会いがあることを願うしかなかった。そうでなければ本当に恋人が一人増えてしまう。

 

「ほ、本当ですか!」

「もちろん――って言ってあげたいところだけど、恋人が六人もいる僕の言葉に説得力はなさそうだよね……」

 

 輝く笑顔を向けてくる白雪姫に頷きたいところであったが、ハーレム野郎の言葉に信頼は毛ほども感じられないだろう。どうしてもカッコが付かず、情けなさにジャックはため息を零してしまう。

 

「そんなことはないわ、ジャック。あなたは私たち一人ひとりをしっかり尊重して、幸せにしようと懸命に頑張ってくれているもの。そんなあなたの言葉を疑う恋人なんて、私たちの中にはいないわ」

「はい、白雪もそう思います! ジャックさんはいつだって誠実で優しい人です!」

「二人とも……」

 

 しかし二人は全幅の信頼を笑顔として浮かべ、ジャックと繋いだ手にぎゅっと力を込めてくる。

 掛け値なしの信頼と愛情が繋いだ手から感じられて、これにはさすがにジャックも頬がだらしなく緩みそうになってしまう。魅力的な少女たちから全幅の信頼と深い愛情を向けられれば、喜びを感じない方がむしろおかしいというものだ。

 

「あっ、でも……時々、意地悪になることはありましたけど……主にその、夜に……」

「それは、確かにあったわね……いつも優しいジャックだけど、あの時ばかりはケダモノのようで……」

(ど、どういう反応を返せばいいんだろう、これ?)

 

 ジャックが必死に表情を引き締めようとしていると、そんな風に二人が謎の共通認識を口走る。記憶の中でジャックに受けたであろうケダモノなことを思い返しているのか、見れば二人とも頬を染めて俯きがちだ。

 おかげでだらしない笑みはあっさり引いたものの、内容が内容なので気まずいことこの上無かった。二人に左右から手を握られている上、ジャック自身には全く身に覚えがないのでなおさらである。

 

「で、でも、白雪はあんなジャックさんのことも、好きですよ……?」

「えっと……あ、ありがとう?」

 

 返す言葉が見当たらないので口を閉じるしかなかったものの、やがて白雪姫が勇気を振り絞った感じの表情でそう口にする。もちろんあんなジャックがどんなジャックなのかは全く分からなかったので、とりあえずお礼を口にしておいた。

 

「も、もちろん私もよ、ジャック! ジャックのためなら、どんなに恥ずかしいことだって耐えて見せるわ!」

「うわっ!? ちょ、ちょっと、アリス!?」

 

 そして白雪姫の大胆な発言に触発されたのか、アリスも非常に大胆なことを口にする。しかもそれだけでは飽き足らず、繋いだジャックの手を抱くように身を寄せてくるという驚きの行動をとる。

 とはいえ幸運にもジャックの二の腕に柔らかな感触が伝わってくることは無かった。その理由が分かっていても口にしない程度には、ジャックも乙女心というものを理解しているつもりである。

 

「は、はい! 白雪も同じ気持ちです!」

(――っ!?)

 

 だが今度は右腕側でも同様の事態が発生し、なおかつそちらでは左腕に感じられなかった柔らかな感触が襲ってくる。二の腕を挟み込む堪らない柔らかさに、さしものジャックも固まってしまった。

 そうなれば当然その反応を引き起こしている原因である白雪姫はもちろんのこと、ジャックの左腕を抱いているアリスも反応には気が付いてしまうわけで――

 

「………………」

(うわぁ!? アリスが、アリスが無言で胸を押し付けてくるっ!)

 

 実はかなり焼きもち焼きなアリスが、あっさりとジャックの反応を流してくれるわけがなかった。どこか不満げな表情を浮かべつつ、無言で胸に抱くというか胸そのものをジャックの左腕に押し付けてくる。

 さすがにそんなことをされれば幾ら慎ましかろうとゼロではない限り感触も分かる。左右の腕に感じる魅惑的な柔らかさに、ジャックの頭の中は沸騰しそうな心地であった。

 

(うぅっ……そんなくっつかないで、二人とも……!)

 

 どう考えても二人は分かっていてやっている。それでも二人なら頼めば止めてくれるだろうが、そんなことを口にできるほどジャックには勇気がなかった。

 右を見れば白雪姫の幸せそうな笑顔が目に入るし、左を見ればどことなく満足げなアリスの表情が目に入る。ご機嫌な二人の笑顔が陰ると分かっていて拒絶の言葉を口にできるほど、ジャックは二人に対して無関心ではないのだ。

 なので結局止めてとも離れてとも言えず、ジャックは歩きにくさと柔らかさに苦悩しながら散歩を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ……お茶はそうでもなかったけど、散歩はどっと疲れたなぁ……)

 

 アリスと白雪姫との約束を終え、次に約束を交わした親指姫の下へと向かうジャック。まだ一日の半分も消化していないというのに、もうどっと疲れてすぐにでもベッドに身体を投げ出したい気分であった。

 しかしそれも当然のこと。三人でテーブルを囲むことになったお茶はともかく、散歩は終始アリスと白雪姫が腕にくっついていたので大変だったのだ。二の腕に伝わる感触は勿論のこと、一番堪えたのは偶然すれ違った人の目だ。

 別段魅力的でもない男が、魅力的な女の子二人に抱き着かれながら歩いている。そんな様子を目にすれば誰でも人を殺せそうな視線を向けてくるのは至極当たり前のことであった。むしろ因縁を付けられ喧嘩を売られなかっただけジャックは運が良かったに違いない。というかそう思わないとやっていられなかった。

 

「親指姫、僕だよ。入っても大丈夫?」

 

 しかしそんな疲れやら何やらを顔に出して心配させるのもいけないので、表情を引き締めてから親指姫の部屋の扉を叩く。少なくとも恋人と部屋で過ごすなら人目は気にしなくて良いので先ほどよりも気持ちは楽だった。

 

「いいよー、ジャック! 入ってきな!」

(あれ? 今の親指姫じゃなくて、赤ずきんさんだよね?)

 

 扉の向こうから返ってきた快活な声に疑問を抱くが、もしかしたらジャックが来るまで仲良く話でもしていたのかもしれない。そう考えたジャックは特に気にせず、扉を開けて親指姫の部屋へと足を踏み入れた。

 

「やっほー、ジャック! アリスと白雪たちとの散歩はどうだった?」

 

 するとやはり、部屋の中には赤ずきんの姿があった。親指姫と共にベッドに腰かけて会話をしていたらしく、ジャックの姿を目にするなり嬉しそうに笑って手を振ってくる。

 反面親指姫はどこか落ち着かない顔をしていたが、まあそれはいつものことなので特に不思議には思わなかった。

 

「うん、楽しかったよ。ただ、人の目が凄く痛かったけど……」

「あははっ。そりゃあ両手に花の状態で歩いてたら嫉妬もされるよね。心配しなくても誰かに後ろから刺されそうになったらあたしが守ってあげるよ、ジャック?」

「あ、ありがとう……やっぱり僕、いつか刺されるのかな……?」

「そりゃあ恋人六人も作ってるような奴、他の男から見たら羨ましくて堪んないでしょうしね。精々気を付けなさいよ、ジャック?」

 

 やはりジャックはいつか刺されるらしい。からかいも皮肉もなく純粋に心配そうな目を向けてくる親指姫の表情に、ジャックはそれを確信するのであった。

 

「う、うん。そうするよ……それはそうと、どうして親指姫の部屋に赤ずきんさんがいるの? まずは親指姫の所が先のはずだよね?」

「本当はそうだったんだけど、話を聞いてみると親指の望みが本当はアレだったからね。だからついでにあたしも一緒しようかなって思ったんだ」

「アレって……ああ、アレだよね?」

 

 赤ずきんの意味深な笑いに内容を察し、ジャックは思わず苦笑してしまう。 

 素直なのか素直じゃないのか良く分からない歪な状態となっている親指姫は、実際の用事と表向きの用事が全く違うことがある。恐らく今回もそういうことなのだろう。そんな親指姫が願うことと言えば、ジャックには一つしか思い浮かばなかった。

 

「そう、アレだよ。もう本当に素直じゃないよね、親指は」

「う、うっさいわね! 私からすれば赤姉たちみたいに振る舞える方がわけわかんないわよ!」

「そんなこと言われてもなぁ。ま、恥ずかしくてできないなら親指は無理しなくていいよ。その間、ジャックはあたしが独り占めだ!」

「うわっ!?」

 

 満面の笑みで言い放った赤ずきんはぴょんと立ち上がって近寄ってくると、あろうことかジャックの腕に抱き着いてくる。そうなれば当然、赤ずきんの豊かな胸の膨らみに二の腕が埋まるわけで――

 

(またこの状態なの!? もう僕の精神はだいぶ参ってるんだけど!?)

 

 奇しくも再び散歩の時と同じ状況が再現され、じわじわと理性を嬲ってくる柔らかな感触に恐怖と至福が混ざりあった複雑な感情を抱くジャック。

 今回は腕一本なので散歩の時よりも幾分マシに思えたが、なにぶん赤ずきんの胸の膨らみの大きさが大変凶悪なので非常に辛いものがあった。

 

「ほらほら、早くこっちに座ろうよ。あたしそろそろジャック成分を補給しないと大変なことになっちゃうよ」

(僕の成分って何!? というか大変なことになりそうなのは僕の方だよ!)

 

 固まった身体を無理やり引っ張られ、そのまま親指姫のベッドに座らされてしまうジャック。

 隣に座っている親指姫はジャックが鼻の下を伸ばしていることに気付いているらしく軽蔑のこもった視線を向けてくるが、そこにはやはり赤ずきんに対する羨望が滲んでいた。

 

「えへへっ、ジャックー……!」

(せ、背中に! 背中に何が柔らかいものが当たってるよ、赤ずきんさん!?)

 

 そして腕を離したかと思えば、今度は背後から抱き着いてくる赤ずきん。押し付けられて背中でむにゅりと形を変えている柔らかな物体の凶悪さに、最早ジャックは生きた心地がしなかった。

 かといってここで背中にとんでもないものが当たっていることを指摘しても全く意味は無さそうだ。大人しい白雪姫でさえ理解してやっている節があったのだから、ここまでベタベタくっついてくる赤ずきんが分かっていないはずがない。

 

「ほらほら、早く来ないとジャックを独り占めにしちゃうよ? 親指は良いのかなー?」

「うひゃぁ!? ちょ、ちょっと赤ずきんさん!?」

 

 しかも微妙に素直ではない親指姫を焚きつけるためか、普段以上に大胆で積極的であった。具体的にはジャックの首筋の匂いをくんくん嗅いだかと思えば、あろうことかペロリと一舐めしてきた。とんでもなくこそばゆい感覚と肌を舐められた羞恥に思わず飛び上がりかけてしまうが、わりとがっちり抱き着かれているために逃れることはできなかった。

 

「あーっ、もうっ! 人の部屋で見せつけてんじゃないわよ、赤姉!」

 

 おまけに焚きつけられた親指姫が膝の上に乗ってきたため、最早動くこともままならなくなる。

 せっかく親指姫が勇気を出して素直に触れ合おうとしているというのに、ここで逃げ出してしまえばその頑張りが無駄になってしまう。故にジャックは逃れることも許されず、ただただ固まるしかなかった。

 

(うぅ……後ろが柔らかいのは分かってたけど、膝の上も結構柔らかい……!)

 

 しかも膝に乗っている親指姫のお尻の柔らかさが太ももに伝わってくるため、今回も柔らかさのダブルパンチに晒されてしまう。

 それに人の目が無いので散歩の時よりは気分も楽だと思っていたものの、実際は余計状況が悪化していた。何故なら今ここにはジャックと赤ずきん、そして親指姫の三人しかいないからだ。極論ジャックが理性を失くして二人に襲い掛かった場合、二人に受け入れられてしまえばそれでもう行くところまで行ってしまう。何せ人目は無いのだからここで何をしても誰かに見られる心配はないのだ。そのせいでジャックの理性も散歩の時よりはだいぶ緩くなっていた。

 

「ジャック、すっごく顔赤いよー? 一体何がそんなに恥ずかしいのかなぁ?」

「う、うぅ……!」

 

 おまけに赤ずきんはジャックの顔を後ろから覗き込み、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。その笑顔がどう見ても悪い笑顔なあたり、やはり全て分かっていて聞いているのだろう。どうもジャックの初々し反応とやらを見るのが大好きななようで、最近の赤ずきんは妙に意地悪だった。

 

「……ふん! 胸が大きいから何だってのよ! 私にだってそれくらいできるんだから!」

「ちょっ、親指姫ぇ!?」

 

 そして再び焚きつけられた親指姫が、あろうことか正面から抱き着いてくる。膝に座ったまま正面からジャックの背中に両腕を回し、決して離さないとでも言うように固く。

 前後から柔らかな感触に挟まれるのかと戦慄したジャックだったが、幸運なことにそんな悲劇は起こらなかった。

 

(……あっ、柔らかくない。助かった)

 

 親指姫が身に着けている黎明の制服の上着が思いのほか生地が厚かったようで、覚悟したような柔らかさは全く感じられなかった。原因は間違いなく生地の厚みで、決して親指姫の胸が小さいわけではないだろう。決して。

 

「残念だったね、親指姫。あんたの胸じゃジャックは何の反応もしないみたいだよ?」

「う、ぐぐぐっ……!」

 

 だが安堵を抱いてしまったことは、密着している二人には丸わかりだったのだろう。苦笑する赤ずきんに対し、親指姫は酷く悔しそうに唸り声を上げていた。

 勇気を出して行動した結果がこれでは、さすがに親指姫が不憫に過ぎる。かといって本当は柔らかかったという嘘を口にしてもバレるだろうし、何よりそんな言葉を躊躇いなく口にできるほどジャックには勇気がなかった。

 

「ど、どういうことよ!? あんた小さな胸が大好きなロリコンのド変態じゃなかったわけ!?」

「え、ええっ!? いや、そんなこと、僕に聞かれても……!」

 

 鬼気迫る表情をした親指姫に、お前は人間の屑のはずだと罵倒されて困惑を返すしかないジャック。

 別段ジャックはそういった好みが非常に偏っているということはなく、小さいのも好きだし大きいのも好きだ。たぶん親指姫的には自分とくっついたジャックはそういった性癖の持ち主だと思っていたのだろう。

 

「それはあんたの世界のジャックの話だろ、親指? 残念だけど、ここのジャックは大きい方が良いんだよ。そうだよね、ジャックー?」

「ひえっ……!?」

 

 親指姫の言葉に微妙に的外れなことを口にする赤ずきんだが、ジャックはそれを指摘することはできなかった。何故なら赤ずきんがその大きな胸を更に押し付けるように動いたことで、その感触におかしな声を零してしまったから。

 どちらも同じくらい好きとはいえ、やはり大きい方が気になってしまうのは確かだった。押し付けられているなら余計にだ。

 

「それこそ赤姉の世界の話じゃない! ここのジャックも救いようのないロリコンのド変態だって決まってんのよ! そうよね、ジャック!?」

「そうかなぁ? だとしてもあたしは無いよりはあった方が良いと思うよ。だよね、ジャックー?」

(だ、誰か! 誰か助けて!)

 

 ジャックが顔を赤くしてしまうような話題を口にしながら、大小差のある胸を押し付けてくる二人のお姉さん。

 この状況を役得と思えるほど擦れ切っていなければ経験があるわけでもないジャックは、ただひたすらにこの時間が終わることを願うのであった。未だかつてないほど、切実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つ、疲れた……!)

 

 恋人六人の内の四名との約束を消化したジャックは、今にもその場に崩れ落ちそうなほどの精神的疲労を抱えながら歩いていた。

 膝の上に乗った親指姫のお尻の柔らかさを感じながら、背中に押し付けられる赤ずきんの胸の膨らみの柔らかさを感じる拷問に等しい時間。あまつさえ二人はジャックの性癖を聞き出そうとしてくるのだから堪らない。見事二人分の時間を乗り切った自分を褒め称えてやりたいジャックであった。

 とはいえ二人のお姉さんはなかなかジャックを解放してくれることはなく、昼食の時間になってようやく勘弁してくれたほどだ。尤も昼食の時には二人を含む恋人たち全員に絡まれたので、気が休まる暇はどこにもなかったが。

 

「次はハーメルンの所か。絶対これマッサージの途中で眠っちゃいそうだな……」

 

 ハーメルンの部屋へ向かう道すがら、そんな未来が容易に思い浮かんでしまう。

 尤もそれはマッサージが上手だった場合の話だ。かなりの力持ちであるハーメルンのことなので、気を付けないと骨がバキバキへし折れるかもしれない。さすがにそれは考えすぎだと信じたいが、血式少女は基本的に力持ちなのでありえないことではなかった。

 

「ハーメルン、いる? 僕だよ」

「おおっ、ジャックか! 待っておったぞ、入ってくるがよい!」

 

 部屋の扉をノックして声をかけると、元気いっぱいな声が返ってくる。弾けんばかりの活力が感じられる声音に少しばかり元気を貰いながら、ジャックは扉を開けて部屋へと足を踏み入れた。

 

「よく来たな、ジャックよ! 貴様が来るのを今か今かと待ちわびていたところだぞ!」

「ん……ジャック、来た……!」

 

 そしてジャックを迎えてくれたのは、露出度が低くも可愛らしい衣装に身を包み得意げな笑みで仁王立ちになっているハーメルン。そして嬉しそうに微笑む眠り姫だ。もしかするとこの二人も二人きりで過ごすことより、長く一緒にいることを選んだのかもしれない。

 

「眠り姫もいるんだ。もしかして、二人で僕にマッサージしてくれたりするの?」

「うむ! ワレらの絶妙なテクニッキュ……テキュ…………ぎじゅちゅ……えぇい!」

(すっごく噛んだ上に言い直した方も噛んだ……)

 

 笑顔で頷いたハーメルンだが、キメ台詞的なものを連続で噛んだことがよほど腹に耐えかねたらしい。完全に言い直すことを諦めて謎の掛け声で誤魔化していた。

 

「ボクらの、絶妙なテクニックで……ジャックを、気持ち良くしてあげる……」

「そう! ワレはそれが言いたかったのだ!」

(き、気持ち良く……)

 

 自分が口にできなかったことを代わりに口にしてくれた眠り姫に、ハーメルンは眩しい笑みで力強い頷きを返す。

 とはいえジャックはその笑顔の眩しさを堪能することはできなかった。何故なら眠り姫の『気持ち良くしてあげる』という発言にドキリと胸を高鳴らせていたから。あんな言葉で胸を高鳴らせてしまうあたり、やはりジャックは相当疲れているようだ。

 

「というわけでジャックよ、ベッドに横になるのだ! ワレらが貴様を気持ち良くしてやろう! 安心して身を任せるが良いぞ!」

「ん……任せる……!」

「……それじゃあ、お言葉に甘えようかな?」

 

 主に精神面の問題とは言え今のジャックは疲労困憊なので、癒しを得られるなら願ったり叶ったりだ。

 そのため二人の優しさに甘えて、ハーメルンのベッドにうつ伏せになる。持ち主の匂いが染み付いていたためちょっと気後れしかけたが、胸を押し付けられるよりは極めてマイルドで刺激も少ない。とはいえ気になるのは確かなのでジャックはできるだけ口呼吸に切り替えることにした。

 

「よし、ワレはジャックの背中を担当するぞ!」

「じゃあ、ボクは……両足……」

 

 そう口にして、二人はベッドに上がってくる。ベッドが軋む音にすらドキリとしてしまうあたり、もしかするとジャックは疲れているというよりも欲求不満に陥っているのかもしれない。

 こんなに魅力的な恋人が六人もいて欲求不満など、傍目から見れば喧嘩を売っていると取られてもおかしくない。しかしジャックは未だ恋人達と清い関係のままなのだから、欲求不満に陥るのも仕方ないことだ。かといって欲望のまま手を出すつもりはさらさらないが。

 

「うあっ……!」

 

 そうして色々なことを考えていると、足の裏をぎゅっと刺激されて堪らず変な声を零してしまう。

 個人差もあるとはいえ血式少女は人間に比べると遥かに力持ちなので、眠り姫による足先のマッサージも適度に力がこもっていて非常に気持ちが良いものだった。ぐっと力を入れられる度、痺れにも似た快感が駆け上がってくるほどだ。

 

「う、くぅぅ……!」

 

 更にハーメルンによる背中のマッサージも始まり、こちらも想像以上の快感を覚えて声を漏らしてしまう。

 ハーメルンのことなので上手く力を抑えられずかなり手痛い結果になるかと思いきや、予想外に上手かったためジャックも思わず舌を巻いたほどだ。むしろ背中を刺激していく指の動きは眠り姫のそれよりも手馴れているように思えた。

 

「ジャック……気持ち良い……?」

「うん、すごく気持ち良いよ。二人とも、マッサージ上手なんだね」

 

 尋ねてくる眠り姫に頷きを返し、心地良さから一つ安堵の吐息を零す。

 溜まっているのは精神的な疲労だけかと思いきや、どうやら肉体にも溜まっていたらしい。凝り固まっていた身体が解されていく気持ちの良い感覚に、ジャックは今にも眠りに落ちてしまいそうなほどだった。

 

「当然だ! ワレはジャック相手に幾度も練習を積んだからな! まあ、初めての時は上手くいかなかったがな……」

「……ちなみに、初めての時は僕、どうなったの?」

「その、アレだ……ギリギリ骨は折れてなかったぞ!」

(なるほどね。ハーメルンのこの技術は別の世界の僕っていう尊い犠牲があったからこそのものなんだ)

 

 別の世界のジャックがハーメルンによる初めてのマッサージで一体どのような末路を辿ったのかは分からない。しかしそれは今この世界のジャックにとってはどうでも良いことだった。

 元々そういった他の世界のジャックのせいで、今この世界のジャックに恋人が六人もいるというおかしな状況になっているのだ。正直なところ大変なことばかりで気が休まる暇もほとんどないし、これくらいの役得は得られて然るべきだろう。尤も骨折手前あたりまで追い込まれたらしいハーメルンの世界のジャックを不憫には思っているが。

 

「ぎゅっ……ぎゅっ……」

「折らないように、力を抜いて……ぬぅ、やはり加減が難しいな……」

 

 そして続いていく、二人の恋人によるマッサージ。可愛らしい掛け声を口にする眠り姫とは異なりハーメルンが口にする言葉はちょっと恐ろしいが、細心の注意を払ってくれている優しさはそれこそ痛いほどに伝わってくる。

 そのためジャックは珍しく邪な気持ちのない純粋に幸せな心地で過ごすことができたのだった。

 

「ありがとう、二人とも。もうマッサージは良いよ。これ以上続けられたらこのまま眠っちゃいそうなくらい気持ち良かったよ」

「ん……どういたしまして……!」

 

 あまりの気持ち良さに何度も舟を漕ぎ始めたところで、ジャックは二人にお礼を伝える。

 久しぶりに雑念無しの純粋に幸せなだけの時間を過ごせたため、精神的にもだいぶ回復できていた。そこに眠り姫の柔らかな微笑みによる癒しが加わるのだから、まるで生まれ変わったような気分であった。

 

「そうだろうそうだろう! ワレが別世界で培ったぎじゅ……ワレのおかげだな!」

(あっ、言うのを諦めた……)

 

 もちろんハーメルンの眩しい笑顔でも癒しは得られたが、そこよりも台詞が気になってしまったのは仕方ないところだろう。結局言えそうにないので口にするのは諦めたらしい。

 

「それじゃあ……みんなで、お昼寝……」

「そうだね。皆でお昼寝……って、お昼寝?」

「ん……約束……!」

 

 ジャックの疑問に嬉しそうに答える眠り姫。

 もちろんジャックとて約束を忘れていたわけではない。結果的に最後に回したとはいえ、眠り姫との一緒にお昼寝するという約束は覚えている。忘れていた、というより思いつかなったのはもっと別のことだ。

 

(し、しまった! あのまま眠っていればきっと幸せだったのに!)

 

 ハーメルンと眠り姫が一緒に待っていたことからも判断できるように、恐らく二人ともマッサージを終えたらジャックとお昼寝するつもりだったのだ。

 ならばマッサージの最中にジャックが眠りに落ちてしまっても何も問題は無かっただろう。眠り姫もハーメルンも嬉々として隣に寄り添い眠る姿が容易に想像できるし、何よりその場合は二人の身体の温もりや柔らかさを気にする必要がない。何故ならその時点でジャックはもう眠りについているのだから。

 どうやら何も考えず至福と癒しに浸っていたのが裏目に出てしまったらしい。今更もう一度マッサージをしてほしいとも言えず、完全に後の祭りであった。

 

「では三人で川の字になって昼寝だな! もちろんジャックが真ん中だぞ!」

「ん……ん……!」

 

 しかしそんなジャックの動揺を知らないハーメルンはすでにベッドの奥に横になってご機嫌で待機しているし、眠り姫はさり気なく背中を押してベッドに誘導してくる。

 もちろんベッドは一人用なので、三人で一緒に眠るには出来る限りお互いにくっつくしかない。そして控えめなハーメルンはともかく、眠り姫のスタイルは非常に凶悪だ。恐らくどこもかしこも赤ずきん以上。そんな身体で抱き着かれてはとても平静でいられる自信が無かった。

 

(だ、大丈夫だ。僕は妙に積極的な恋人たちの猛攻に二週間も耐えたんだ……だから今回もきっと大丈夫……!)

 

 自分を鼓舞し、走って逃げ出したい気持ちを必死に抑え込むジャック。気分は完全にメルヒェンに拷問部屋に連行される道すがらであった。むしろ世間体とか社会的な死を意識しなくて済む分、あっちの方がまだマシかもしれない。

 生きた心地がしないまま眠り姫に促され、ジャックはベッドに上がりハーメルンの方へと僅かに距離を詰めた。

 

「何をしておる、ジャックよ。これではベッドに三人入れんだろう。もっとこっちへ来るがよい」

「う、うわっ!?」

 

 しかしある種の怯えを抱いていたせいで不十分だったのだろう。ぐいっとハーメルンに身体ごと引き寄せられ、ほとんど正面から抱き合っている状態になってしまう。

 とはいえ心配したような感触はさほど感じられなかった。ハーメルン自身のスタイルが控えめなこと、そしてボロボロの布切れを巻いただけの危ない姿ではないことの二点が合わさった結果に違いない。

 

「ちょ、ちょっとハーメルン! さすがにこれは近すぎるよ!」

 

 尤も女の子と正面から抱き合っているという事実に変わりはない。なので羞恥から体勢を変え、ジャックはハーメルンに背を向け――

 

「――っ!?」

 

 ――眼前で揺れる大質量の膨らみに度肝を抜かれた。もちろんそれは眠り姫の豊かに過ぎる胸の膨らみだ。

 冷静に考えてみればまだハーメルンと正面から抱き合っていた方がマシだっただろう。少なくともハーメルンと抱き合っていれば、こんな窒息しかねないものが顔を覆い尽くさんばかりに近づいてくることはない。

 なのでジャックは再びハーメルンの方を向こうとしたのだが――

 

「ん……ジャック……」

「っ!!?」

 

 僅かばかり対応が遅く、眠り姫にぎゅっと抱かれて身体の向きを変えられなくなってしまう。

 そして眠り姫の腕に抱かれる距離にいるということは、当然身体はほとんど密着状態。ならば豊かに過ぎる胸の膨らみがどうなるかは自明の理であり――

 

(い、息が! 息ができない! 柔らかい――じゃなくて苦しい!)

 

 正にジャックの顔を覆い尽くす形で、眠り姫の胸の膨らみが押し付けられていた。逃れようにも正面からは眠り姫に、背後からはハーメルンにしっかりと両腕で抱きしめられており、碌に身動きが取れなかった。

 幾ら大人しく見えても眠り姫もやはり血式少女。到底ジャックが太刀打ちできる力ではなかった。

 

「こうして皆で一緒に寝るのも良いものだな! 暖かくてとても心地良いぞ!」

「ん……幸せ、いっぱい……!」

 

 ジャックに抱き着き嬉しそうな声を上げるハーメルンと、ジャックを胸に抱きながら幸せに満ちた声を零す眠り姫。

 しかし眠り姫の胸に顔を埋めさせられ呼吸困難なジャックには嬉しさや幸せを感じる暇は欠片も無い。

 

(あぁ、ダメだ。意識が、遠のいてく……)

 

 やがて意識に霞がかかっていき、自分の身体を前後から抱きしめる温もりや顔面を覆う柔らかさも曖昧になっていく。

 しかし案外これはこれで良かったのかもしれない。もしも眠り姫の手で絶息させられていなかった場合、それこそジャックは身体に押し付けられる柔らかさに気が狂ってケダモノに変貌していたかもしれないのだから。

 

(ハーレムって、本当に大変だなぁ……)

 

 そんな今日の苦労を纏めるような思考を最後に、ジャックの意識は闇に落ちるのであった。

 それが酸欠で意識が落ちただけなのか、それとも尋常でない柔らかさにケダモノになる前に理性が意識そのものを落としたのかは不明だが、いずれにせよまともに眠りに落ちたわけではないのは確かだった。

 

 

 

 




 みんな大変積極的で心底参ってるジャックくん。こんな感じで二週間過ごしてるとか地獄かな? そろそろ力ずくでジャックくんを襲いそうな子も出てきそうですがまだ大丈夫……のはず……。
 それはともかくFinaleをクリアして、終わったことが嬉しい反面どこか寂しい気持ちが胸に……何だか、とっても虚しい……。


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ジャックの1日(夜)、そして……

 ハーレムジャック君の一日(夜)+アルファ。
 さすがにアリスの誕生日には間に合わなかったし、そもそもアリスだけではない件。なお、後半でとんでもないお話になります。ジャックくん爆発しろ。



 

 

 

「――っていうことがあって、今日は本当に参ったよ……」

「はぁ。それは大変だったね」

 

 一日の出来事を語り終え、疲れから深いため息を零すジャック。

 途中何度か危ない場面や気を失った場面もあったものの、ジャックは今日も無事に一日を過ごすことができた。一日の出来事をおつうと語り合うのが二週間前から夜の日課になっているため、今夜も屋上で共に語りあっているのだ。しかしおつうから返ってきたのは酷く淡白な労いの言葉であった。

 

「……それだけなの、つう? 何か日に日に返事が雑になってない?」

「仕方ないじゃないか。君がそういう破天荒な一日を語るのは今日で十四回目だからね。さすがに反応も淡白になるというものだよ」

「十四回目……二週間かぁ。本当に僕、良く耐えてるよね……」

 

 さすがに同じような話を十四回も聞かされれば反応が薄くなってくるのも当然だろう。尤も実際に体験した当事者であるジャックとしては未だに慣れることはないが。

 

「むしろあれだけ積極的にアプローチされているのに、未だ手を出していない君が分からないよ。君は本当に男性なのかい? 本当は女の子だったりするんじゃないのかい?」

「あははっ。その言葉、そっくりそのまま君に返すよ。どうせお姫様との仲は進展してないんだよね?」

「うっ、そ、それは……!」

 

 からかい交じりとはいえ女の子扱いされため、ジャックは笑って仕返しをする。この二週間の話でもジャックほど波乱万丈ではないとはいえ、おつうが語った日々も似たようなものだったのだ。

 ジャックもおつうも似たような話ということは、ジャックも関係は進展していないのだから当然おつうも進展していないはず。予想通り、おつうは苦い顔で俯いていた。

 

「まあ気持ちは分からないでもないけど、僕と違ってつうと人魚姫さんにはちゃんとお互いに想いを積み重ねた記憶があるんだから、あとはつうの勇気次第だと思うんだけどなぁ」

「ははっ、君もだいぶ踏み込んでくるようになったね……」

 

 正論なせいか特に反論も無く、乾いた笑いを零すおつう。

 ジャックとは異なり、おつうと人魚姫はまっとうに想いを深め合った記憶があるのだ。ある日突然恋人が六人もできてしまった身としては、お互いにしっかり想いあっているのに一歩を踏み出せないおつうが分からなかった。

 

「お互いに腹を割って話をしたんだし、これくらいはね? 最初の頃は僕ばっかり恥ずかしい思いをさせられてたし……」

「それは君がいまいち踏み込んだ話をしてこなかったからじゃないか。まあ僕が姫の王子様だと分かっていても、女性相手にそういった話題を振るのが躊躇われるのは理解できるけどね」

「うん。最初の頃は本当に恥ずかしくて堪らなかったよ……」

 

 二週間ほど前を思い出し、ジャックは羞恥に自分の頬が熱を帯びるのを感じてしまう。

 今でこそこの場はお互いの一日を語る場になっているが、元々はお互いに分からない異性の心というものを腹を割って教えあう場だ。そのためジャックは問われれば口に出すのも恥ずかしい事を口にせざるを得なかったのだ。例えば『男なら女の子の身体のどこが一番好きか』とか『どこを一番触りたいか』とか、『一日に何度くらいキスしたいか』とか様々なことを。

 おつうが容赦なく踏み込んでくるのでジャックも次第に腹を割って踏み込んだ質問をしていった結果、お互いにそこそこ慣れが出てきたというところである。

 なお、二週間でただ一日の出来事を語る場になったのは情報交換が終わったからではない。二人揃ってお互いの恋人との関係に全く進展がないからである。

 

「最初の頃と言えば、君は今寝る時はどうしているんだ? 二週間前は僕と姫の部屋に泊めてあげたけれど、今はちゃんと自分の部屋で寝ているんだろう?」

「え、えーっと……ま、まあ、その辺りは心配してもらわなくても大丈夫だよ。一応、対策はとってるからね……」

 

 目下最大の問題である就寝時の話を出され、思わず言葉を濁してしまう。

 入浴中さえ一人になれないことが多いジャックにとって、就寝時は最大かつ唯一と言っても良い休息の場だ。尤もその唯一の休息の場にさえ恋人たちは潜り込んで来ることが多いため、これを失ってしまえばもう癒しの場は存在しない。

 そのためジャックはかなり褒められない真似をしてでも何とか就寝時という癒しを維持しているのだ。正直なところ口に出すのも憚られるので、腹を割って話すべき相手のおつうにでも話したくは無かった。

 

「……何だか酷く気になる反応だけれど、君にとっては切実な問題だから仕方ないかもしれないな。相変わらず眠りは君のベッドに潜り込んでくるのかい?」

「うん。しかもたまにネム以外の子が潜り込んでくることもあるんだよね。今のところ一度も潜り込んで来なかった子は一人もいないし……」

 

 実は眠り姫以外の恋人達も時折ベッドに潜り込んでくることがある。どうも夜中に目が覚めた時などの意識が鮮明でない時は、未だ記憶の混濁が見られるらしい。あの親指姫でさえ寝ぼけてベッドに潜り込んできたこともあったのだ。

 尤も赤ずきんや眠り姫は明らかに分かっていて潜り込んできていたし、特別割合が高いのはやはり眠り姫である。

 

「君はよくそんな日々を二週間続けて理性を保てるね。そこは素直に尊敬するよ」

「ありがとう。でも、もしもつうが僕の立場になったらきっと同じように我慢すると思うよ?」

「ははっ。悪いけどジャック、そのもしもの話は前提として破綻しているよ。何故なら僕は、どんな世界だろうと姫一筋だからね!」

 

 そう言って、今夜一番の良い笑顔を見せるおつう。確かにおつうならどんな世界であろうと人魚姫と結ばれている光景がありありと目に浮かぶ。

 

「うん、さすがはつうだ! じゃあ今夜にでも人魚姫さんにその気持ちを伝えてあげないとね!」

「いや、それはまた……別の問題というか……」

「変なところで弱腰だね、つうは……」

 

 一歩踏み出せと遠回しに言ってみるが、途端におつうは表情を不安に曇らせてしまう。普段は人魚姫に対してこれでもかというほど王子様然として振舞い、愛の言葉を口にしているというのにこの反応である。さすがにこれにはジャックも呆れざるを得なかった。

 ただしおつうもおつうで頑張ってはいたらしく、ジャックの指摘にむっときたような表情を浮かべて睨みつけてきた。

 

「じゃ、じゃあ君はどうなんだい、ジャック!? そろそろ愛や恋という感情が理解できたのかい!?」

「う……えっと、それは僕もまだっていうか……深く考えてみる暇も余裕もないっていうか……」

 

 そして思わぬ反撃を繰り出してきたため、こちらも言葉に困ってしまう。

 自分の気持ちを考えようにも休息の時すらほとんどないジャックにとっては、ゆっくり考える時間など無いに等しい。だからこそ暇も余裕もないという答えを返したものの、おつうはこの答えがお気に召さなかったらしい。どこか責めるような目を向けてくる。

 

「そう言って逃げてるだけじゃないのか? いい加減、君も真剣に考えてみなよ。君の気持ちがどうあれ、彼女たちと添い遂げて幸せにしてあげることに変わりはないんだろう?」

「それは、そうなんだけど……」

 

 元々ジャックは別世界の自分のせいで結果的に辱めてしまった血式少女たちに対し、責任を取る意味で六人全員を恋人にしたのだ。今更その内の誰か一人に対して想いを寄せたたとしても、あるいは恋人たち以外の少女に想いを寄せたとしても、恋人たちを捨てることなどありえない。ジャックの気持ちがどうあれ、恋人たちを幸せにしてあげることは決定事項なのだ。

 とはいえ考える暇が無いのも事実であるし、万が一恋人たちの誰かに想いを寄せてしまった場合も問題である。何せ今のジャックは積極的な恋人たちのせいで毎日理性がガリガリ削られている。そんな状態で両想いになってしまったら、さすがに自分を抑えられる自信が無かったのだ。恐らく相手も受け入れてくれるだろうし、その時は間違いなく行くところまで行ってしまうだろう。

 

「……まあ、君に限ってはもう少しだけ現状維持というのもありかもしれないね。恋人が六人もいて大変なのは本当のことだろうし」

「うん……そこは本当に大変なんだよ……」

 

 そのあたりの懸念を理解してくれているのか、おつうは同情に満ちた声音で現状を認めてくれる。

 実際ジャックの場合、最適解は間違いなく現状維持なのだ。万が一恋人たちの一人と両想いになり、肉体関係にまで発展してしまったら。百歩譲ってそれ自体は良いとしても、そうなれば当然他の五人の恋人達も平等に愛さなくてはいけなくなる。

 魅力的な少女たち六人の身体を貪れる状態になった時、ジャックは自分自身を保てるかどうか自信が無かったのだ。どの世界でも自分がケダモノ認定されている分、余計に。

 

「何はともあれ、今夜はここまでにしようか。全く、最近は君の一日を聞かされるだけでこの時間が終わってしまうね」

「あはは……ごめんね?」

「別にいいさ。どうせ僕も君も二週間前から進展が無いせいで、特にお互い必要とする情報も無いしね……」

「そうだね……」

 

 お互いに全く恋人達との関係が進展しておらず、むしろ逃げ回っている状態という事実。自分で口にしたおつうも頷いたジャックも、そんな自分たちの情けなさに二人揃ってため息を零してしまう。

 

「……戻ろうか、ジャック」

「うん……」

 

 しかし分かっていてもどうにもならず、お互い酷く惨めで無力な思いを抱えたまま屋上を後にするのだった。片方がお姫様に相応しい王子様で、片方が六人もの恋人を持つ男とは思えないほど情けなく、とぼとぼと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。僕もそろそろ休もうかな……きっと明日も大変だろうし……」

 

 酷い無力感を覚えながらも部屋に戻ったジャックは、また明日始まるであろう刺激的な日々に遠い目をしながら寝間着へと着替える。

 現状維持が確かに最適解であるものの、前提としてそれはジャックが理性を保つことが必要になる。万が一恋人の前で理性を失ってしまえば、後はなし崩し的に落ちていくだけだ。もちろんそうなったらそうなったらである意味不安が無くなるのは確かだろうが、だからといって名実ともに人間の屑に落ちたくはなかった。

 

「って、またベッドが妙に膨らんでるような……」

 

 酷く疲れた心と身体を引きずってベッドに向かうと、何故かシーツが妙に盛り上がっている光景を目にする。最近ではベッドの様子を確認する癖ができていたので気付けたものの、以前までならこれだけ疲れていたら何も確認せずにベッドに身を投げていただろう。

 

「……すー……すー……」

「ネム……」

 

 シーツをめくってみれば、そこには当然のように眠りこける眠り姫の姿。最早驚きすら出てこないあたり、少なくとも始めの頃に比べればジャックもそこそこ慣れてきているに違いない。

 

(どうしよう。またベッドを取られちゃったよ。床で寝るっていう手もあるけど、朝気が付いたらベッドに連れ込まれてるしなぁ……)

 

 そもそも隣にお邪魔するという選択肢は存在しないし、自分の部屋に運んであげるという選択肢も無い。ただでさえ理性を削られる日々を過ごしているジャックとしては、出来る限り女の子の身体には触れたくなかったのだ。それに部屋に運んであげたとしても戻ってこないとは限らないし、他の恋人が潜り込んでこないとも限らない。

 

(仕方ない。正直迷惑になるだろうからあんまり頼りたくないけど、こうなった以上は仕方ないか……)

 

 なのでやむなくジャックは褒められない対応を取ることにした。正直なところギリギリでアウトかもしれない方法だが、背に腹は変えられない。それだけジャックは理性を保つのに必死で手段を選んでいられないのだ。

 覚悟を決めたジャックは明かりを消して部屋を出ると、そのままとある血式少女の部屋へと向かう。今回が初めてではないものの頼るのはどうしても気が咎めてしまうため、足取りもどこか重いものとなってしまう。

 それでも何とかその少女の部屋の前へと辿り着いたため、罪悪感を堪えながら扉を軽くノックする。もう寝ていて欲しいと思う反面、起きていて欲しいとも思ってしまうのはやはりジャック自身気乗りしないからだろう。

 

「こんな時間にどなたですの? って、あら。ジャックさん」

 

 そして扉を開けて姿を現したのはシンデレラ。

 まだ眠っていたわけではないようだが、その身は綺麗で美しいネグリジェに包まれていた。ちょっと透けていて目のやり場に若干困るものであったが、ジャックは恋人たちの積極性によってだいぶ鍛えられている。シンデレラには失礼かもしれないが今さらこの程度で動揺はしなかった。

 

「こんばんは、シンデレラ。ごめんね、こんな時間に訪ねてきて……」

「それは構いませんけれど、どうかしましたの? もしかして、また……?」

 

 特に説明せずとも事情を察し、憐れみと同情を湛えた瞳を向けてくるシンデレラ。これが初めてではないため、向こうもかなり察しが良くなっているらしい。

 

「うん……お願い、できるかな?」

「はぁ……そういうことなら仕方ありませんわね。上がってくださいな、ジャックさん」

「ありがとう。本当にありがとう、シンデレラ……」

 

 心からの礼を口にしながら、シンデレラに促されて部屋に上がるジャック。

 これは浮気――というわけではない。見ようによってはそう取られても仕方ないかもしれないが、別にジャックもシンデレラもそういったことをするわけではない。ジャックはただシンデレラに寝床を提供してもらっているのだ。

 これがあまり褒められないことなのは、恋人がいるにも拘わらず他の女の子の部屋に泊まるという状況が浮気染みているからだ。しかしジャック自身なりふり構っていられないため、背に腹は変えられないということである。それに恋人たちの発想の埒外にあるらしく、シンデレラの部屋で眠っていれば誰も隣に潜り込んでこない。

 誰に邪魔されることも無く、一人でゆっくり休息を取れる天国のような場所。精神的にだいぶ参ってるジャックはその魅力に抗えなかったのだ。

 

「……それにしても、本当に驚きですわね。今では慣れが出てきましたけれど、まさかジャックさんともあろう方が恋人でもない私の部屋に泊めて欲しいと懇願してくるとは思いませんでしたわ」

「うん……僕も凄く悩んだし、正直どうかと思ったけど、わりと切実な問題だったからね……」

 

 お互いの寝床についてから、とても意外そうな口調で言うシンデレラ。やはりシンデレラとしても恋人がいるにも拘わらず他の女の子の部屋に泊まるなど、全く考えもしなかったのだろう。

 実際ジャックが初めて頼み込んだ時は驚きに固まったかと思えば、顔を真っ赤にして真意を問いただしてきたのだ。ベッドに恋人が潜り込んでくること、このままでは気の休まる時間がないこと、そういった事情を必死に説明することで何とか了解してもらえたのである。おかげでシンデレラには足を向けて眠れない。

 

「……というか、僕としてはシンデレラの方が意外だよ。自分で言うのもどうかと思うけど、恋人が六人もいる不誠実の塊みたいな男をよく部屋に泊めてくれるよね」

「本当にご自分で言うのもどうかと思うことですわね……」

 

 幾らシンデレラはベッドでジャックは床だとしても、男と女が一つの部屋で寝泊りする状況なのだ。おまけにジャックは恋人が六人もいるという不誠実極まる男。実際ジャックも駄目もとで頼みに来た節があり、まさか本当に泊めてもらえるとは思っていなかった。

 

「けれど、別にジャックさんは不誠実ということではありませんわ。逆に誠実で優しすぎたからこそ、誰も傷つかないようにこのような状況を選んでしまったんですもの」

「どうかな……確かにそれもあるけど、結局は僕に勇気がなかっただけかもしれないし……」

「いずれにせよ、ジャックさんはジャックさんですわ。自分の弱さを認めて、それでも自分にできることに真摯に懸命に力の限り取り組む。そんなあなたなら間違いなく赤ずきんさんたちを幸せにすることができると、私は信じていますわ」

「……ありがとう、シンデレラ」

 

 信頼溢れる笑顔を向けてくるシンデレラに、心からのお礼を口にするジャック。

 もうこうして部屋に泊めてくれるだけでも有難いというのに、絶大な信頼を寄せてくれているのが嬉しくて堪らない。おまけに当たり前とはいえベッドに入って来いとも言わないし、逆にジャックのところに潜り込んだりもしてこない。何だかもう涙が出そうになるほど安心できる状況で、本当にシンデレラには頭が上がりそうになかった。

 

「どういたしまして。私はそんなあなたを信頼しているからこそ、こうして部屋に泊めて差し上げるくらいなら問題ありませんわ。だ、誰でも彼でも良いというわけではないので、勘違いなさらないでくださいね!」

(あははっ。何か親指姫みたいなこと言ってるなぁ、シンデレラ)

 

 暗い部屋でも分かるほどはっきりと顔を赤くして、親指姫のような反応をするシンデレラ。そんな可愛らしい反応を前にしてジャックは思わず和んでしまった。

 

「そ、そういえば、ジャックさん。私、一つ気になっていたことがあるのですけれど……」

「気になっていたこと? 何かな? シンデレラには何度も部屋に泊めてもらってるし、僕に答えられることなら何でも答えるよ」

 

 恥じらいに赤くなっていた顔をそのままに、シンデレラはどこか言いにくそうに言葉を濁す。なのでジャックはどんな問いにも答えるという言葉を返した。

 シンデレラにはもうとてもお世話になっているので、余程答えにくい内容でない限りは答えるつもりだ。例えおつうと交わしているような極めて遠慮のない踏み込んだ内容であろうと。

 

「では、その……何故、私を選びましたの? 私以外にも、ジャックさんの寝泊りの場所を提供してくれそうな方はいると思うのですけれど……」

 

 そしてシンデレラが口にしたのは最もな疑問。同時に非常に答えにくい疑問であった。

 前言を撤回すべきかと一瞬考えたものの、端的に言って今のシンデレラはジャックにとって救世主にも等しい存在だ。そんな尊い存在に対して嘘や誤魔化しは行いたくなかった。

 

「……ちょっと答えるのを躊躇いたくなる理由なんだけど、シンデレラにはお世話になってるからね。ちゃんと答えるよ。選んだのは、その……消去法、だね」

「しょ、消去法、ですの?」

 

 予想外の答えだったのか、シンデレラは目を丸くする。しかし絶大な信頼を向けている相手の口からそんな答えが出てきたら仕方のない反応だろう。

 

「うん。確かに血式少女の中で僕の恋人じゃない子はシンデレラの他にも何人かいるよ。だけどかぐや姫のところへ行ったら泊める代わりに色々なお願いをされるだろうし、ラプンツェルはネムから子供の作り方を聞いちゃったみたいだからちょっと一緒の部屋が怖いんだよね……グレーテルもグレーテルで、恋愛とか男女の関係が凄く気になるみたいで、隙あらばもの凄く踏み込んだことを聞いてくるし……」

「た、確かに、その……それは、納得の理由ですわね……」

 

 必死に事情を説明したら部屋に泊めてくれたシンデレラなせいか、理由を説明すると納得といった表情を浮かべてくれた。もしも今の説明で納得してくれなかった場合、もう少し踏み込んだことを口にしなければならなかったのでジャックとしても一安心であった。

 かぐや姫とラプンツェルに関してはこれ以上話すことは無いのだが、グレーテルだけは格が違う。何故なら一度、自分も恋人にしろというとんでもない要求をしてきたのだ。恋人が六人いるなら一人増えたところで誤差の範囲、という凄まじい理屈で全面に好奇心と知識欲を押し出しながら。

 無論ジャックは断ったがどうもまだ諦めていない空気を感じたため、グレーテルに頼るのも避けたわけである。万が一グレーテルの部屋に泊まった場合、既成事実を作られる可能性があって怖かったのだ。

 

「本当は救護室とかハルさんの所とか他にも選択肢はあったんだけど、具合が悪いわけでもないのに救護室は気が咎めてちょっとね……ハルさんのところには一度だけ泊めてもらったけど、気が付いたら何故か赤ずきんさんに潜り込まれてて……」

「そ、そうでしたの……」

 

 納得を越え、最早同情に近い目を向けてくるシンデレラ。ジャックも何だか自分が遠い目をしているのが感覚で分かっていた。

 

「だからまあ、シンデレラに頼ったのはそういう打算的な理由があったんだ。他の血式少女たちの中で君が一番常識的で優しくて話の分かる子だから信頼できるし、事情を話せば変な要求とかもせずに力になってくれるかもしれないって思って……ごめんね? こんな理由で……」

「全くですわ。幾ら納得できる理由とはいえ、消去法で選んだなどと仮にも女性に言うべきことではありませんわよ」

「ごめん……でもシンデレラのおかげで本当に助かってるから、嘘だけは吐きたくなくて……」

 

 どこか頬を膨らませた様子で不満を露わにするシンデレラに対し、頭を下げるしかないジャック。予想はできた反応だがそれでも嘘や誤魔化しはしたくなかったのだ。本当にシンデレラにはとてもお世話になっているから。

 

「……まあ、下手な誤魔化しをしないあたりはジャックさんらしいですわね。正直に答えるのもどうかと思いますけど。そこはお世辞でも私が一番頼りになるから、と答えるところですわよ?」

「気が利かなくてごめんね? だけどお世辞じゃなく、僕は今シンデレラが一番頼りになると思ってるよ? 僕がまだ道を踏み外さないでいられるのは、シンデレラのおかげって言っても過言じゃないしね。本当にありがとう、シンデレラ」

 

 実際ジャックがまだケダモノになっていないのは、こうしてシンデレラが部屋に泊めてくれるからだ。そうでなければ唯一の癒しの場すら奪われてしまったジャックは、ベッドに潜り込んでくる恋人たちに辛抱堪らず襲い掛かっていたことだろう。とても二週間耐えられたとは思えない。

 なので多大な感謝を心からの礼として伝えたのだが、何故かシンデレラは一瞬呆けた後に顔を真っ赤にしていた。

 

「ひ、卑怯ですわ! 散々落としたかと思えば笑顔で持ち上げるなんて、ジャックさんは私を一体どうする気ですの!?」

「えっ? い、いや、どうもしないけど……」

 

 そのままどこか慌てた様子で恥じらうので、首を傾げるしかないジャック。恋人にすら手を出せないジャックが恋人でない少女に何かできるわけがないし、そもそも恩人にそんな不埒なことは一切考えていなかった。

 

「全く……私、もう疲れたので休みますわ! おやすみなさい、ジャックさん!」

「あ、うん……おやすみ、シンデレラ……?」

 

 やがてこちらに背を向け、シンデレラはシーツを被ってしまう。床に横になっているジャックからは位置関係的な問題も相まって何も見えなくなってしまい、やむなくこちらも休むことに決めるのであった。

 

(うーん、もしかして怒らせちゃったかな……?)

 

 そして考えるのは、シンデレラの反応の理由。

 ジャックとしては何の計算や企みも無く口にした本心からの台詞だったのだが、冷静に考えてみればジャックは恋人が六人もいる人間の屑である。もしかするとシンデレラをも口説こうとしたのだと勘違いされてしまったのかもしれない。

 さすがに一緒の部屋に泊まっている男が自分を口説こうとしてきたら怒りもするし不安にもなるだろう。なのでそんな意図は無いと伝えようかと口を開きかけたジャックだったが――

 

「私が……一番、頼りに……ふふっ……」

(あ、そうでもないかな? むしろ嬉しそう……)

 

 小さかったがそれはもうご機嫌な笑い声が耳に届いてきたので、その必要はなさそうだと悟る。どうやら信頼されている事実が嬉しい余りの照れ隠しだったらしい。

 安心したジャックはシンデレラの方から視線を外すと、仰向けになって天井を眺める。考えるのはもちろん、自分と恋人たちのことであった。

 

(やっぱり、このままじゃいけないよなぁ……以前までならともかく、今の僕には恋人がいる。それも六人。それなのに恋人じゃない女の子の部屋に泊まるなんて、理由はどうあれ絶対に褒められたことじゃないだろうし……)

 

 幾ら不埒な気など一切なく、たった一つの休息の場とはいえ、恋人以外の女の子の部屋に泊まるのは間違いなく許されないことだ。実際ジャックだって恋人たちが自分以外の男の部屋に泊まるなどと言ってきたら、複雑な気持ちが胸の中に生じることだろう。

 

(でもこの唯一の安らぎの場が無くなったら、それこそ僕は耐えられるかどうか分からないよ。そんな状態でいつもみたいに迫られたら、きっとアリスたちが言うケダモノになっちゃうんだろうなぁ……)

 

 とはいえ理性を失いケダモノになるわけにもいかないため、現状はどうしてもこの褒められない状況を続けるしかないのが辛いところだ。

 しかし、果たしていつまでこの状況を続ければいいのか。恋人たちのジャックに対する想いは傍から見ても分かりやすいほどに強く大きいため、いつかはその想いに応えなければならないだろう。それにいつまでもシンデレラに迷惑をかけるわけにもいかない。

 

(まだ恋とか愛とかは良く分からないし、仮に分かってもそれはそれでアリスたちとの関係が爛れちゃいそうな気がするし……本当、僕はどうしたらいいんだろう……)

 

 だが答えはそう単純なものではなく、結局幾ら考えても睡魔が増すばかりで結論は出せなかった。やがて睡魔が思考を覆いつくしていくのを感じたジャックは、そのまま瞼を閉じて身を任せる。

 今この場には身体に押し付けられる柔らかさが無ければ、抱き着いてくる温もりも存在しない。だからきっと、心の底から望んでいた休息の時が得られる。この先どうすれば良いか分からないジャックだったが、それだけは間違いなく分かっていた。

 

(本当にありがとう、シンデレラ……)

 

 なので心の中でもう一度感謝を述べてから、完全に睡魔に身を委ねる。何者にも邪魔されない穏やかな眠りの中へと、ジャックはシーツ越しの床の固さや肌寒さすら心地良く思いながら落ちて行った。

 この時、恋人たちが恐ろしい計画を立てている事実を知らないまま、幸せに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに皆が夢の世界を訪れている頃、親指姫はベッドにも入らずとある事情から赤ずきんの部屋を訪れていた。

 何でも大切な話があるから絶対に集合、とのことだ。他には何も知らされていないので正直首をかしげてしまうが、きっとジャックの恋人達で集まって何か話し合いでもするのだろう。

 そう考えて時間通りに赤ずきんの部屋を訪れた結果、そこには親指姫以外にもジャックの恋人が揃っていた。ただし全員ではなく、二人ほど足りない。

 

「……よし、これで全員揃ったね。じゃあ夜も遅いし、早速話を始めようか」

「ちょっと待った赤姉。ネムがいないわよ?」

「それにハーメルンもいないわね。それなのに話を始めてしまって構わないの? ジャックの恋人である、私たち全員にとって大切な話をするんでしょう?」

 

 まだ四人しか揃っていないというのに話を始めようとする赤ずきんに対し、親指姫はアリス共々それを指摘する。

 ハーメルンはともかく眠り姫にはこの時間帯は辛いかもしれないが、眠り姫も間違いなくジャックの恋人の一人だ。幾ら何でも除け者にするなど許されないし、長女たる親指姫が許さない。

 

「あの二人は興味ないからいいってさ。絶対興味のあるあんたたち二人には話さなかったけど、あの二人は話の内容を教えた上でそう言ってたしね。あたしたちで勝手にやって構わないって言ってたよ。ちなみに白雪は興味があるから参加するんだよね?」

「う、うぅ……はい……」

「何で顔赤くしてんの、白雪……?」

 

 赤ずきんの言葉に納得はしたものの、何故か頬を染めて恥ずかしそうに縮こまる妹の姿に疑問を抱く親指姫。

 眠り姫は興味がなく、白雪姫は興味があって恥じらいを覚える事柄とは一体何なのだろうか。気にはなったが赤ずきんが話を始めるはずなので、追及するのは止めて話を聞くことにしておいた。

 

「二人がこの場にいない事情は分かったわ。それで、話とは一体何なのかしら?」

「簡単なことだよ。ここらでちゃんとルールを決めとこうと思ってさ」

「ルール? 何の?」

「そりゃあもちろん勝負のルールだよ。決まってるじゃん」

 

 予想外の言葉を聞かされ、親指姫はアリスと共に首を傾げてしまう。白雪姫だけはむしろ頬の赤みを深めていたあたり、やはり話の内容を予め知らされていたのだろう。

 二種類の反応を眺めてニヤリと笑った後、赤ずきんが満を持して口を開いた。

 

「つまり――誰がジャックの初めてになるか、っていう勝負のね」

「はあっ!?」

「じゃ、ジャックの……!?」

「は、初めて……」

 

 そして、その衝撃の内容に三者三様の声が上がる。

 親指姫は勝負の内容があまりにも馬鹿らしくて驚きの声を零してしまったし、アリスも驚きに息を呑んでいた。しかしどうもアリスは純粋な驚きからの声だったし、白雪姫に至ってはどこか決意の滲む声音であった。

 

「ば、バッカじゃないの!? そんなくだらないことのために、こんな夜遅くに呼び出したわけ!?」

 

 そんな二人のおかしな反応と、同様にとても魅力的だと思ってしまっている自分もいることが堪らなく恥ずかしくて、親指姫は思わずそんな声を上げてしまう。

 素直に自分の気持ちに従えないだけで、親指姫自身も勝負には乗り気なのだ。それを表に表せないが故の言葉と行動に、非常に素直な他の二人が賛同してくれるはずがなかった。

 

「あれ、親指は興味ない? だったら良いよ、あんたは勝負から降りるってことだね。ライバルが一人減るから、あたしとしては大助かりだよ」

「なっ!? じゃ、じゃあ赤姉はジャックの童貞なんかに興味あるわけ!?」

「もちろんあるよ。むしろあんたに興味ない方が意外かな?」

「なっ……!?」

 

 反射的に尋ねてみれば、興味があるとあっさり即答されてしまう。その答えよりも何ら恥ずかしげもなく当たり前のように口にされたこと自体が驚きで、親指姫は開いた口が塞がらなかった。

 

「だって考えてみなよ、親指。確かにあたしたちも初めてだけど、あたしたちには記憶があるんだよ? ジャックと色々なことをして、ジャックに色々なことをされた記憶がさ。だったら何もかも初めてなジャックをリードしてあげて、すっごく初心なジャックを楽しむことができるだろ?」

「……なるほど。それは確かに魅力的だわ」

「ちょっ、アリス!?」

 

 何か琴線に触れるものがあったのか、隣でアリスが目の色を変えて頷く。

 確かに親指姫としても終始主導権を握って初心なジャックを楽しむというのは大いに心惹かれるものがあった。しかしまずその気持ちを認めることから始まる以上は、アリスのように食いつくことなど到底不可能だった。

 

「だよね! あんたなら分かってくれると思ったよ、アリス! いやぁ、顔を真っ赤にして初々しい反応をするジャックのことを思い浮かべると、胸がキュンとするよね!」

「う、初々しい反応をする、ジャックさん……!」

「し、白雪!? あんたまで!?」

 

 可愛い妹もかなり心惹かれるものがあったようで、ごくりと息を呑んで身を乗り出している有様だ。

 最早親指姫のように素直になれない少女は一人もいないらしい。今夜の集まりに参加しなかった眠り姫とハーメルンならまだ気持ちを分かってくれるかもしれないが、よく考えてみるとこの二人もかなり素直だ。眠り姫は何の躊躇いも無くジャックのファーストキスを奪っていたし、ハーメルンに至ってはあの常識のないおかしな恰好を止めて女の子らしい格好をするほどジャックのために尽くしていたのだから。

 

(……あれ? これ、もしかして私だけハブられる流れじゃない?)

 

 ふと恐ろしいことに気が付いてしまい、寒気すら覚えてしまう親指姫。

 ジャックには恋人が六人いる。そして親指姫を除いた五人は皆、ジャックへの愛情表現に躊躇いが一切存在しない。親指姫もそこそこ頑張ってはいるが、さすがに他の五人とは天と地ほどの差がある。

 親指姫の知っている恋人としてのジャックなら、どれだけ親指姫が素直でなくとも愛してくれるだろう。それは別世界の自分の記憶から嫌というほど分かることだ。

 しかしこの世界のジャックには、恋人達と愛を育んだ記憶は全く存在しない。だからそう、もしかすると。本当にもしかすると、いまいち素直になりきれない親指姫にジャックが愛想を尽かしてしまう可能性もあるのだ。まして他に素直な恋人が五人もいる状態。さすがにこんな状態で大丈夫などという自信を抱けるほど、親指姫は楽観的ではなかった。

 

「分かってくれる奴が二人もいてくれて嬉しいよ! それじゃあ興味のない親指は放っといて、あたしたちだけで話をしようか?」

「そうね。眠り姫とハーメルンも不参加な以上、この三人での勝負になるのかしら」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? 誰も興味無いなんて言ってないじゃない!」

 

 そんな切実な怯えも相まって、何とかこの馬鹿げた勝負に参加できる程度には勇気が沸き上がってくる。

 実際問題今のままではジャックに捨てられてしまう可能性はゼロとは言い切れ無いが、肉体的な関係を持ってしまえばこっちのものだ。一度手を出してしまった少女をジャックが捨てるとは到底思えない。初めて云々はともかくとして、手さえ出させれば親指姫も安泰だろう。

 

「んー? でもさっき親指はくだらないことだって言ってなかったっけ?」

「そりゃくだらないとは今でも思ってるけど、それはそれってところがあんの! つーか赤姉、私の本心とか色々分かってて言ってんでしょ!?」

「あははっ、バレたか。まあ早いとこ素直になった方が良いよっていう、あたしなりの優しさとでも思いなよ」

「その割にはめっちゃ楽しそうに笑ってたわよね……」

 

 酷くからかわれていた気もするが、勝負への参加は認められたので大目に見ておいた。

 ただでさえ親指姫は他の恋人たちに素直さで後れを取っているため、この辺りで取り返さなくては話にならない。正直馬鹿らしいという気持ちは拭えなかったものの、やるからには全力で取り組むつもりであった。

 

「よーし、それじゃあこの四人での勝負だね! 特に決まりは無いけど、とりあえず力ずくとか無理やりとかは無しにしようか。皆やろうと思えばできちゃうからね」

「大雑把すぎでしょ!? もっとそれっぽいルールとか考えてないわけ!?」

 

 しかし赤ずきんが提示したルールはあまりにも適当かつざっくりしており、思わず全力で突っ込みを入れてしまう。

 確かに皆やろうと思えば力ずくでジャックの初めてを奪えるのだから、さすがにそれは禁止しておいた方が得策だろう。メルヒェンと単騎で戦える血式少女の力は伊達ではないのだ。天邪鬼な親指姫にとっては最初から選択肢に無い方法だったので、禁止されても特に痛手はなかった。

 

「……それなら私から一つ、ルールを追加させてもらっても構わないかしら」

 

 どうやらアリスもルールが大雑把過ぎることに異議があるようで、そんな提案を口にする。もちろんそれについて誰も反対はしなかった。

 

「皆平等になるルールならあたしは構わないよ。白雪はどう?」

「そ、そうですね。平等になるなら、白雪も願ったり叶ったりです」

「まあくだらないけど、ルールがあった方が分かりやすいわね。くだらないけど……」

 

 果たしてどのようなルールを提示するのか。皆の視線が集中する中、アリスは何故か全員の胸元に視線を注いでから口を開いた。

 

「――では、肉体的接触を伴う色仕掛けの禁止、というのはどうかしら」

「なっ……!?」

「ええっ!?」

「へぇ……」

 

 驚愕の声を零したのは赤ずきんと白雪姫。

 しかし親指姫はむしろ感嘆の声を零してしまった。何故なら非常に悔しいが親指姫にとっては全く縁のないルールだったからだ。そしてそれはアリスも同じ。恐らくこれは富める者に対する戒めにも似たルールに違いない。アリスの自分同様控えめな胸元を盗み見て、親指姫はそんな結論を抱くのであった。

 

「私は賛成よ、アリス。良いルール考えるじゃない?」

「ありがとう。皆平等に、というのなら間違いなくこのルールは外せないと思うのだけれど、どうかしら?」

「う……い、いや、確かにそう言ったけどさ……」

「し、白雪の……白雪の、唯一の武器が……!」

 

 にっこりと返した親指姫とは異なり、他二名は酷く動揺していた。赤ずきんは苦い顔をして言葉を濁しており、白雪姫は何やらショックを受けたように固まっている。

 だが平等を謳うならこれ以上素晴らしいルールは無いだろう。二人の胸元を眺めて自分たちとの明確な格差を認識しながら、親指姫は何度も頷いた。富める者も貧しい者も、このルールの前では区別なく平等だ。

 

「そうよね! さっき赤姉も平等にって言ってたし、決まりね!」

「そうね。少なくともこれで赤ずきんさんの口にした通り、平等な勝負が実現するわ」

 

 富める者を無理やり引きずりおろして底辺に合わせている気もするが、これは平等な勝負だ。故に持てる者が持たざる者に合わせるのは当然のことだった。

 

「くぅっ……! 分かった、良いよ! その代わり、親指はジェノサイド化禁止だからね! あとアリスは幼馴染としての立場を使うのは禁止だ!」

「ちょっ、そりゃないでしょ赤姉!? そんなんどうやって素直になればいいってのよ!?」

「言っている意味が良く分からないわ、赤ずきんさん。私とジャックが幼馴染なのは不変の事実で、それは恋人になった今も変わらない。禁止できるようなことではないわ」

「う、うぅ……白雪は、白雪はもう駄目ですぅ……!」

 

 苦渋に満ちた顔で頷きながら新たなルールを提示する赤ずきん。唯一心から素直になれる方法を禁止されて抗議する親指姫。自分のアドバンテージを失いたくないのか惚けるアリスに、勝負が始まる前からもう負けたような空気を漂わせている白雪姫。

 親指姫でさえ魅力的だと思っているジャックの初めてだ。皆が本気で狙うのも当然のことと言える。白雪姫の自信の無さがちょっと気になるものの、親指姫とは異なり富める者の一人である。何も心配はいらないだろうし、妹だからといって譲ってあげるのもまた違う気がする。そもそもそんな提案をしたら逆に白雪姫に怒られてしまいそうだ。

 

(絶対、負けないわよ……! ジャックの初めては私のもんなんだから!)

 

 だから考えるべきことは、いかにして自分がジャックの初めてとなるか。それ一点のみ。

 そのためにはあらゆる手段を惜しまない心意気を抱きながら、親指姫はこの勝負のルールを決めるための話し合いを続けていくのだった。そもそも自分が素直になれるかどうかは、なるべく考えないようにして。

 




 ジャック君の初めてを狙う血式少女たちの宴、開催! 果たして商品は誰の手に!?
 ちなみに最後のシーンは誰の視点でも構わなかったのですが、とりあえず親指姫にしておきました。深い意味は特にないです。強いて言えば次の話のバランス的な問題かな。
 しかし全年齢だからあんまりやりすぎちゃいけないんだよね……加減が難しいなぁ……。
 


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チーム結成

 地上に脱獄(Finale)しておきながらその後地下迷宮(ガレリア)に潜っていたのでだいぶ間が空きました。でも今月は更に魔界(ディスガイア)に行く予定だったりするのでまた同じくらい空くかも……何はともあれジャックにとっては非常に不穏なタイトルのお話。


 

 

 

 シンデレラの部屋で一晩を明かし、何とか尊い休息の時を取ることができたジャック。しかし養った英気は毎朝の日課である恋人達へのモーニングコールで大部分が奪われてしまい、早速早朝から疲労困憊の状態へ逆戻り。

 それでも一日は始まったばかりである以上、弱音を吐いてはいられない。今日も恋人たちの笑顔と幸せのため、精一杯頑張らなければ。

 

「ジャックよ、今日はワレと手を繋いでデートをしようではないか!」

「だ、だから待って! そんないっぺんに話されたら――って、あれ……?」

 

 なので朝食後に恋人たちが畳みかけてくる瞬間を気を強く持って待っていたのだが、何故か今回は簡単に聞き取れてしまった。というかジャックの耳がおかしくなっていなければ、声をかけてきたのはハーメルンただ一人であった。

 一瞬他の恋人たちは出遅れたのかと思い目を向けてみるものの、それもどうやら違うようだ。他の恋人たちはハーメルンに続くことなく、皆どこか複雑そうな表情で押し黙っている。

 

「ど、どうしたの皆? もしかして何か用事でもあったりするのかな?」

「あー、実はそんなところ。だからあたしは良いよ。今朝はちょっと予定があるんだ」

「その、実は私も予定があるの。本当はあなたと一緒に過ごしたいのだけれど……ごめんなさい、ジャック……」

「私も、その……ちょっと、用事よ……全部あんたのせいよ、もうっ!」

「し、白雪もその、一人で考えたいことがありまして……」

「ん……ん……」

「そ、そうなんだ。珍しいね、五人同時になんて……」

 

 赤ずきんに始まり、皆が頷き似たような理由を口にする。

 眠り姫以外の全員が頬を赤く染めており、親指姫が何故かジャックに対して怒りをあらわにしていたものの、もちろんジャックとしては思い当たるような節は一切無かった。

 とはいえ恋人達の世界はジャックのみで閉じているわけではないし、たまには恋人と過ごす以外にも優先すべき予定があるのも仕方のないことだ。何より理性を突き崩されて精神がボロボロのジャックとしては、歓迎こそすれ拒む理由はどこにもない。

 

「ほぅ。つまり、今日はワレがジャックを独占できるということだな!」

「うーん、そうなるのかな?」

 

 ニコニコと嬉しそうに笑うハーメルン。

 確かに他の恋人たちが用事でジャックと過ごせないなら、その間はハーメルンが独り占めできるということだろう。明らかにご機嫌になるのも無理はない。

 

「でも用事が終わって時間が空くこともあるだろうし、その時に僕と過ごしたいって子がいたらちゃんと譲ってあげようね、ハーメルン?」

「当然だ! ワレはできりゅ……できる女だからな! それくらいの気配りは心得ているぞ!」

 

 基本的に良い子なのでその辺りは心配無用だったらしい。尤もできる女でも度々言葉を噛むのはどうにもならないらしいが。

 

「よし! それでは早速デートに行くぞ、ジャックよ!」

「う、うん。それじゃあ僕はハーメルンと一緒に、その……デートに行ってくるね? 皆の用事が終わってからまた話そうか?」

 

 ぎゅっと手を握ったハーメルンに半ば引きずられるように連れていかれながら、他の恋人たちにそう声をかける。

 幾ら何でも五人全員が終日用事でつぶれることは無いだろうし、ジャックと触れ合えないことを良しとするような恋人たちでは無いはずだ。だからジャックはそんな問いを投げかけた。

 

「うーん、どうかな。あたしの用事、どれくらい時間がかかるか分かんないんだよね……」

「ええ。私もどれくらいの時間がかかるかは正直見当もつかないわ……」

「白雪も、そのぉ……ちょっと、分からないです……」

「ふ、ふん! あんたは精々ハーメルンとイチャついてればいいじゃない!」

「んー……」

「あ、そ、そうなんだ……」

 

 しかし五人から返ってきたのは似たり寄ったりの答え。それも捉えようによっては今日は一緒に過ごすことができないかもしれないという答えだ。これにはジャックも驚きを隠せず、気の利いた言葉を返すことができなかった。

 

(親指姫、何か機嫌悪いな……それはともかく、皆一体どうしたんだろう?)

 

 赤ずきんたちが微妙に答えを濁している辺り、少なくともジャックには知られたくないか知られるのが恥ずかしい類の用事なのかもしれない。非常に興味を引かれるがあの積極的で大胆な恋人たちが話すのを躊躇う内容にジャック自身が耐えられるとは思えないし、何より一緒に過ごせないなら理性を削られることも無くそれはそれで助かるのも事実だ。

 

「うん、分かった。何だか良く分からないけど、皆は心置きなく用事に集中すると良いよ。用事が終わったら一緒に過ごせるよう、僕はちゃんと待ってるからね?」

 

 しかし恋人達と一緒に過ごして幸せを感じさせてあげるのはジャックの使命だし、何よりジャック自身恋人達と過ごす時間を心地良いものだと感じている。

 なのでジャックはそんな言葉を恋人たちに残し、半ばハーメルンに引きずられる形でその場を後にした。恋人たちの用事とやらに疑問を抱きつつも、これでしばらくは気が休まるだろうという安堵を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス、ちょっといい?」

「親指姫……? 私に何か用かしら」

 

 朝食を終え、ひとまず勝負の作戦を考えるために部屋へ戻ろうとしたアリスは、その途中で親指姫に呼び止められた。

 自分と同じくジャックの恋人の一人とはいえ、この勝負の前ではライバルである。そして親指姫は何故か妙に顔を赤くしながらも、決意の漲る不思議な表情をしていた。だからこそ一瞬警戒を示してしまうのも仕方ないことであった。

 

「あんたに話があるのよ。ちょっと顔貸してくんない?」

「それは今ではなくてはいけないの? 私はこれからの行動や作戦を考えなくてはいけないから、一分一秒が惜しいのだけれど」

 

 突き放すような言葉を口にしてしまうが、決して嘘はついていない。何故なら早く作戦や行動を決めなければジャックと触れ合えないのだから。

 かといって早くジャックと触れ合いたいがために荒削りな作戦を考えてしまえば、肝心の勝負には勝てないだろう。なかなかに厳しいジレンマである。

 

「今じゃなきゃダメな話よ。損はさせないから、とりあえず私の話を聞きなさい」

「……分かったわ。少しの間だけなら」

「じゃ、とりあえず場所を変えましょ。ついてきなさい」

 

 自分があまり冷静でないことを自覚しているため、ここは少し頭を冷やすためにも話を聞いてみることにした。

 表面上はどうあれ親指姫もまたジャックを愛しているはずなのだから、作戦を考える必要があるはずだ。にも拘わらずアリスに対して話をすることに時間を使うということは、それだけ大切な話に違いない。そう考えて、アリスは親指姫の後をついていく。

 

「ここでいいわ。それじゃ、前置きは無しにして始めようじゃない」

「いえ、その前に一つだけ聞いても良いかしら? 場所を変える必要があるのは分かるのだけれど、何故こんな狭い場所を選んだの……?」

 

 そうしてアリスたちが辿り着いたのは、居住区の廊下にある行き止まり。それも積まれた資材の裏の非常に狭い空間である。てっきり部屋にでも場所を移すのかと思っていたため、さすがにこれには疑問を覚えてしまう。

 

「な、何でもいいでしょ! と、とにかく、少しの間で良いから私の話を聞きなさい!」

 

 答える気はないようで、親指姫は顔を赤くしながら怒鳴ってくるばかり。アリスとしても時間は惜しいため、それ以上追及するのは止めておいた。

 

「……あんた、赤姉たちに勝てる自信はある?」

「……それはタイミングから考えて、昨日始まった『勝負』についてのことかしら」

「ええ。それで、どう?」

 

 非常に真剣な顔つきで親指姫が口にしたのは、昨夜から始まった勝負に関しての話。アリスの自信のほどを尋ねる問いであった。

 正直なところ、勝率は低いと言わざるを得ない。色々と理由はあるが、やはり一番の理由はアリスがとても貧しい者であるという点であった。ジャックと白雪姫と三人で散歩をした時に味わった屈辱と敗北感は未だ記憶に新しい。

 

「何故あなたに教える必要があるというの? あなたも私にとっては敵の一人よ。無暗に情報を明け渡すほど、私は愚かではないわ」

 

 しかしその気持ちはおくびにも出さないし、答えもしない。何故なら親指姫も勝負の前では敵なのだ。少なくともアリスには敵に塩を送れるほどの余裕は無かった。アリスは富める者ではないのだから。

 

「そう? じゃあ、あんたが考えてることを当ててやろうじゃない。はっきり言って、難しいって思ってんでしょ?」

「……そんなことは、ないわ」

 

 故に、図星を指されても何とか平静を取り繕う。少なくとも親指姫の狙いが分かるまでは弱みを見せるべきではない。

 

「あんたの記憶の中のジャックが相手ならそう言えるんじゃない? 何せ小さい胸が大好きなド変態なんだから、そりゃあ自信はあるでしょうよ?」

「じゃ、ジャックは変態なんかじゃないわ! そ、それは確かに、小さいのが好きなところはあったけれど……」

「やっぱあんたのとこでも同じなのね……」

 

 同情のような共感のような、複雑な感情を表情に浮かべる親指姫。

 間違ってもド変態ではないが、確かにアリスの記憶の中でのジャックはそれはもう小さいのが大好きであった。幾度触れられ、弄らたかなど最早数えきれないほどだ。少なくとも興味がないならあんなに手を触れてくることはない。

 

「ま、まあそこは置いとくとして、問題は今この世界のジャックよ。あいつ、本当に小さい胸が大好きなド変態だと思う?」

「それは……」

 

 親指姫自身も色々と記憶を思い浮かべてしまったようで、真っ赤になりながらも再び問いを投げかけてくる。

 記憶の中のジャックについてなら、大きい方より小さい方が好きだと迷いなく断言できる。何せこんな起伏に乏しい身体を持つアリスでも満足してくれていたし、愛してくれていたのだ。

 しかし今、この世界のジャックについての話ならまた違う。

 

「違うわよね。あいつ、ネムとか赤姉とかに押し付けられてデレデレ鼻の下伸ばしてるしね……!」

「や、やっぱり、ジャックもあった方が好きなのかしら……」

 

 明らかに嫉妬と怒りの混じった声で指摘する親指姫に対し、そんな呟きを零してしまうアリス。

 今この世界のジャックは、残念ながら大きい方に興味があると言わざるを得ない。もしかすると小さい方にも同じくらい興味を抱いているのかもしれないが、昨日のジャックと白雪姫との散歩での出来事を考えるに望みは薄そうだ。何故なら明らかに白雪姫にくっつかれた時の方が、ジャックは明確な反応を示していたから。

 

「たぶんそうなんでしょ。あいつが赤姉たちに胸を押し付けられてデレデレしてるのは確かよ。あんたもそういう光景見たことあるんじゃない?」

「……悔しいけれど、その通りね。確かに私より、白雪姫に押し付けられていた時の方が嬉しそうだったわ……」

「し、白雪もやってんの? あの子も結構やるじゃない……」

 

 明確な貧富の差、そして戦力の差を思い知らされてしまい、思わず肩を落としてしまうアリス。

 一瞬アリスの気力を削ぐのが狙いかと思ったものの、当の親指姫も同じように肩を落としているので違うようだった。

 

「ま、まあ要するに、幾ら押し付けることが禁止されてても赤姉たちが有利なことに変わりはないってことよ。そして、このままだと私たちが圧倒的に不利だってこともね」

「確かにそれは認めざるを得ないわね。けれど、だからと言って諦める気はないわ。この勝負、絶対に私が勝利してみせる。ジャックの、その……初めての、相手になりたいから……」

 

 自分で口にしておきながら、どうしようもなく顔が熱くなってくるアリス。

 しかしそれだけ魅力的なことなのだ。今の様々な体験と知識を得たアリスなら、終始ジャックをリードして思い出に残る素敵な夜にしてあげることだってできるのだから。もちろん、初々しいジャックの様子を存分に楽しみながら。

 なので誰にも負ける気は無かったが、どうも今目の前に立っている親指姫からは戦意が感じられなかった。本当にやる気があるのか、そもそも本当にジャックのことが好きなのかと疑いを抱いてしまうものの、次の瞬間親指姫の口から飛び出してきたのはそんな疑いを吹き飛ばすほど衝撃的な言葉だった。

 

「誰も諦めろなんて言ってないわ。むしろ逆ね。アリス、私と――手を組みましょ?」

「手を、組む……?」

「そうよ。私たちは、その……身体的に、ちょっとだけ不利なところがあるわ。一人じゃ赤姉たちに太刀打ちできないけど、二人がかりならどうよ?」

 

 若干得意げに笑う姿を目にして、アリスは全てを理解する。

 どうやら親指姫は自分たち貧しい者で手を組み、富める者である赤ずきんたちを打ち倒そうと計画しているようだ。勝者は最終的に一人しか残らないため、協力するという発想は完全に盲点であった。確かに一人だと胸が寂しく心もとないが、二人がかりならある程度太刀打ちできるかもしれない――

 

「親指姫、ゼロに何をかけてもゼロにしかならないわ……」

「いや、私たちだってゼロじゃないでしょ!? あんたももうちょっと自信持ちなさいよ!?」

 

 ――と思ったものの、自らの酷く寂しい胸元を見下ろして絶望に浸ってしまう。

 確かにゼロではないが白雪姫や赤ずきんと比べると雲泥の差である。眠り姫とは比べるのも失礼なほどだろう。唯一の救いはその眠り姫がこの勝負には不参加ということか。

 

「……仮にあなたの言葉が正しいとしても、結局この勝負の勝者は一人だけよ。手を組んて万事上手く事が運んだとして、最終的に私とあなたのどちらが勝者になるのかしら?」

「そこは、その……後で考えましょ。そもそもまずは赤姉たちに勝たないと話にならないでしょ?」

「確かに、その通りなのだけれど……」

 

 途中までの協力関係だとしても、相手が非常に強力なので有効と言えば有効だ。正直胸の大きさに関しては二人どころか十人いても太刀打ちできそうにないが、ジャックは別に胸の大きさだけで女の子を判断しているわけではない。純粋に人数と胸以外の魅力として考えれば、赤ずきんたちに差をつけることができるだろう。

 ただ、アリスにはどうしても気になることがあったため、即座に頷くことはできなかった。

 

「何よ、何か気になることでもあるわけ?」

「何故、私にこの提案をしたの? あなたの場合、白雪姫と手を組んだ方が勝率は高くなるはずだし、手を組める確率も高いと思うわ」

 

 気になるのは何故手を組む相手にアリスを選んだのかということ。

 親指姫の場合、妹である白雪姫の方が手を組みやすいはずだし勝率も上がることだろう。何せ白雪姫はアリスとは違って富める者なのだから。にも拘らずアリスを選ぶというのがどうにも理解できなかったのだ。お互いに貧しい者であるために共感を覚えたのかもしれないが、白雪姫と手を組むより勝率が低くなると分かっていてアリスを選ぶとは考え難い。

 だからこそ何か裏があるのではと思って尋ねたのだが、どうもそんなことはなかったらしい。親指姫は別段狼狽える様子もなく答えてくれた。

 

「ああ、そういうこと。確かに白雪と組むのも考えたわ。だけどそれだと私は勝ちをあの子に譲っちゃうかもしれないし、あの子は絶対それを受け入れないでしょ。だからあえて手は組まず、本気で戦うことにしたのよ」

「なるほど、そういうことだったのね。肉親だからこそ手加減はしない、というところかしら」

「そんなとこね。妹たちもジャックの恋人だから、色々複雑なのよ。全く、本当にジャックは節操なしよね……」

 

 不機嫌そうな顔で悪態を零す親指姫だが、その声音はどこか満更でもなさそうだった。

 考えてみればジャックの恋人には親指姫三姉妹という、血縁関係にある血式少女が三人いる。もしかすると自分たちがジャックに一番愛されている、とでも思っているのかもしれない。

 

「それと、あんたを選んだ理由はもう一つあるわ。正直赤姉たちに関してはまだ信じられないところもあるけど、あんたがジャックのことを愛してるのは嫌ってほど知ってるからよ。確かにジャックを横から奪ったような形になったのは認めるけど、あんたにやたら冷たく当たられて大変だった記憶があるわ……」

「それは、その……ごめんなさい……?」

 

 酷く遠い目をした親指姫に対して何故か申し訳なく思い、とりあえず謝罪をしておくアリス。

 さすがに記憶にない出来事だが、ジャックを横から奪われた形なら間違いなく親指姫の記憶の中のアリスは穏やかでない気持ちだっただろう。例えジャックへの想いを理解していなくともそれは変わらない。正面切って嫌がらせなどはしていないと思うが、それ以上のことは予想がつかなかった。

 

「まあそれはいいわ。要するに信用できるってこと。だからあんたを選んだの。それでどうすんのよ、アリス? 私と手を組む?」

 

 再び酷く真面目な表情で見つめてくる親指姫。

 元々この勝負には乗り気でない態度を見せていたため、正直なところ本当にジャックのことが好きなのかも怪しいとアリスは思っていた。しかし現に親指姫は勝利を得るために敵と手を組むという作戦を考えていたし、何より気迫は本物だ。下手をするとアリス以上の鬼気迫るものさえ感じるほどである。

 最終的に敵同士に戻るのだとしても、それまで手を組むというのは相手の巨大さ――もとい、強大さからすると賢い判断だ。故にアリスも覚悟を決めた。

 

「……ええ、いいわ。手を組みましょう、親指姫」

「決まりね。とりあえず赤姉たちを打ち破るその時までは、仲良くやりましょ?」

 

 得意げに笑い、握手を求めて右手を差し出してくる親指姫。一見余裕の溢れる笑みを浮かべているように見えたものの、やはり内心ではかなり緊張していたのだろう。良く見れば心底ほっとしているようにも見える笑みであった。

 しかし話の内容を考えるに緊張も安堵も当然のことだ。なのでアリスは特に疑問にも思わず、文字通り手を結ぶために自らも右手を差し出し――

 

「――えーっと、良かったら私も参加していいかな?」

「っ!?」

 

 ――突如として横合いからかけられた声に驚き、思わず引っ込める。これには親指姫も飛び上がって同じように手を引っ込めていた。

 

「に、人魚姫さん……!?」

 

 声が聞こえた方向を見れば、そこには積まれた資材の影からこちらに顔を覗かせる人魚姫の姿。どこかばつが悪そうな顔をしているのは、二人揃って驚き飛び上がったからだろう。

 

「あっ、ごめんね? 盗み聞きするつもりは無かったんだ。だけど、私もちょっと興味のあるお話をしてたから……」

「興味のある……? はっ!? ま、まさか、あんたもジャックのこと……!?」

 

 敵意の滲む瞳を人魚姫に向ける親指姫の傍ら、アリスも似たような心地で目を向けてしまう。

 人魚姫はすでにおつうという恋人がいるが、それを言えばジャックには恋人が六人もいる。おまけにその六人はこの世界でジャックに対して間違いなく友愛以上の好意を抱いていた血式少女たちだ。今更それが一人増えたとしても全く不思議ではなかった。 

 

「ち、違うよ、二人とも! 私の場合はおつうちゃんのことだよ! 私も、できたらおつうちゃんともっと仲良くなりたいなぁ、って思ってて……」

 

 しかし返ってきたのはアリスたちの予想とは異なる答え。

 どうやら人魚姫が欲しいのはジャックの初めてではなく、おつうの初めてなようだ。一瞬二人とも女の子なのにどうすればそれが可能なのかと考えてしまったものの、愛の前では些細な問題である。なのでアリスとしては別段尋ねるようなことではなかった。

 

「なるほど……ってことは、もしかしてあんたらもまだ……?」

「お、お恥ずかしながら、まだです……」

 

 もじもじと恥ずかしがりながらも、親指姫の遠慮ない問いに素直に答える人魚姫。

 やはり狙っているものは同じでも、その対象がアリスたちとは異なるらしい。敵が増えたわけではないことに、アリスはほっと安堵の吐息を零した。

 

「……どうする、アリス? 確かに二人より三人いた方が知恵も出せそうじゃない?」

「そうね。人魚姫さんの相手はおつうさんで私たちと同じではないから、最後まで純粋な協力関係を築けると思うわ。それに――」

 

 言葉を切り、アリスは人魚姫に視線を向ける。正確にはその身体、胸元辺りに。

 そこにあるものを確認して、もっと正確に言えばそこに何もないことを確認して、親指姫へと視線を向ける。どうやら考えていることは同じだったようで、一つ小さな頷きが返ってきた。そう、仲間を見つけた事に対しての極めて満足げな頷きが。

 

「……仲間ね! 歓迎するわ!」

「ええ。一緒に頑張りましょう、人魚姫さん」

 

 もちろんアリスも同意見だったので三人で固い握手を交わし、ここに同盟の結成を祝う。そしてそれぞれが想う王子様と更に深い関係を築くため、協力し合うことをお互いに誓い合うのであった。何故ならアリスたちは仲間だから。

 

「うーん……何だかちょっと、複雑な気分かも……」

 

 ただし、どうやら人魚姫は若干思う所があったらしい。自らの胸元を見下ろしながら、どこか複雑そうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、参ったなぁ。まさか色仕掛けが禁止されちゃうとは思ってなかったよ……」

 

 朝食後、勝負のためにジャックと触れ合う時間すら犠牲にしたにも拘わらず、赤ずきんは自室でうなだれていた。

 

「今のあたしなら正しい色仕掛けができるから、ジャックを落とすくらいわけはないって思ったんだけど……やっぱりそう上手くはいかないかぁ……」

 

 そして肩を落とし、深いため息を零す。

 赤ずきんにはジャックを自分に惚れさせるために色々と頑張った記憶があり、更にその頑張りの大半がどこかズレていたり間違っていたりしたという事も理解できた。故に今なら正しい色仕掛けができるのでこの勝負に対する自信もあったものの、見事にそれを打ち砕かれた感じだ。

 色仕掛けができないのなら赤ずきんの武器はほとんどあって無いようなもの。もちろん記憶の中のジャックにとっては魅力的な部分がたくさんあるということは分かっているものの、それはあくまでも記憶の中のジャックにとっての話。少なくとも今この世界のジャックも同じように感じてくれる保証は無かった。

 というか別世界の自分の記憶の中では、結局どうしてジャックが赤ずきんに惚れてしまったのかはさっぱり分からないのである。自然体な赤ずきんが一番好きだと言われた記憶はあるが自然体を頑張ると言うのもおかしな話だし、そもそも勝負でのんびり自然体でいたらあっというまに負けてしまう。

 

「……となると、やっぱりあいつの力を借りるしかないね」

 

 そのため、やはり赤ずきんは記憶の中の自分と同じ結論に至った。

 色仕掛けもできず、そして自然体でもいられないのなら得られた記憶の大半は役に立たないし使えない。かなりのハンデを背負ってしまったものの、必要とあらばジャックのお風呂に乱入すらできる赤ずきんには大胆さというアドバンテージが存在する。

 その大胆さを上手く活かす作戦を考えてくれる人物の手を借りること。それが赤ずきんが出した結論であった。

 

「ただで力を貸してくれるとは思わないけど、そこは記憶通りに交渉すればきっと大丈夫だよね?」

 

 何だかちょっぴり不安があるものの、他に何かいいアイデアがあるわけでもない。

 そのため赤ずきんは早速行動に移すことに決めると、部屋を出て駆け足で協力してくれるであろう人物の部屋へと向かった。

 

「おーい、グレーテル。いるー?」

「あら、赤ずきん。何かしら」

 

 呼びかけて扉をノックして、中から出てきたのはグレーテル。

 自分でも驚くべきことだが、記憶の中ではジャックに振り向いてもらうためにグレーテルの協力を仰いでいたのだ。尤も感情面のことは期待しておらず、純粋に知識面を期待していたので納得の選択であったが。

 

「実はちょっとあんたに協力して欲しいことがあるんだ。協力してくれたら、あんたの知りたい恋とか愛とかそういう気持ち、色々聞かせてあげるよ?」

「ふふっ。私が惹かれるであろう情報を引き合いに出して協力を求めるだなんて、あなたも随分成長したようね。いいわ、入りなさい」

 

 記憶の中で取引に使っていた情報を提示すると、グレーテルはニヤリと笑って部屋に上げてくれた。

 どちらかといえばこれは成長というよりカンニングに近い感じだが、一応は自分の記憶なのでセーフだろう。なので何も恥じることはなく、赤ずきんは部屋へと上がった。

 

「それで、私に協力して欲しいこととは何かしら?」

「実は今、あたしたちはとある勝負の真っ最中なんだ。その……誰がジャックの初めてを手に入れるか、っていう勝負のね」

「ジャックの、初めて……? 童貞、という意味かしら?」

「ま、まあそうなんだけど、やっぱあんたは全然恥ずかしがらないね。多少濁したあたしが何か馬鹿みたいだ……」

 

 あえて言葉を多少濁したものの、どうやら要らぬ世話だったらしい。顔色どころか眉一つ動かさず童貞という言葉を口にするグレーテルに、さすがに赤ずきんも呆れてしまう。尤も一番呆れるべきなのはそれを競い合い手に入れようとしている自分たちなのかもしれないが。

 

「お褒めに預かり光栄だわ。それで、その勝負に勝つために知恵を貸せということかしら?」

「話が早くて助かるよ。本当は色仕掛けでもすれば楽に勝てたはずなんだけど、それを禁止されちゃったから打つ手が無くなっちゃってさ……」

 

 それさえ禁止されていなければ、赤ずきんにはできることがそれなりにあった。何せ控えめに言っても胸は大きい方だし、正しい色仕掛けの方法は先達である別の世界の赤ずきんが失敗談として示してくれているのだ。

 なので今ならお風呂に突入して背中を流したり頭を洗ってあげるだけでは色仕掛けでは無いことは分かっているし、手だけではなく身体全体を使った方が良いことも分かっている。それが大変効果的なのは失敗をした先達こと別の世界の赤ずきんが後に実践し、ジャックがケダモノになったことによって証明済みである。

 

「なるほど。確かにあなたのスタイルなら色仕掛けはとても有効な方法だわ。それを禁止されたとなると勝率は著しく低くなるわね」

「そうなんだよ。だからあんたに知恵を借りたくてさ。何か良い方法とかないかな?」

「もちろん幾つか思い浮かぶけれど、その前に対価の話をしましょうか」

「えっ? いや、それはさっき言ったじゃん。愛とか恋とか、あたしが味わった色々な気持ちを教えてあげるって……」

 

 思いがけない言葉が返ってきたため、再びそれを口にする。

 記憶の中のグレーテルはこの条件で了承してくれていたし、何より条件にかこつけてジャックに話すことすら躊躇われるほど深いところまで聞いてきた。なので今回もこの条件で満足すると思っていたのだが、あろうことかグレーテルは鼻で笑っていた。

 

「あなたの記憶の中での私はそれで満足したのかもしれないけれど、今ここにいる私はそれで満足できるわけではないわ。勝手に対価を決めないでもらえるかしら」

「う……いや、でも知りたくないの? あんたはそういう自分の知らないことを知りたくなる性質じゃなかったっけ?」

「あら、知りたくないとは言ってないわよ。ただ私はすでに白雪姫や眠り姫からある程度話を聞き出しているし、あなたから聞き出すのならハーメルンから聞き出してもほとんど大差がなさそうだもの。わざわざ対価として求めるほどのことではないわ」

「も、もう聞いてたんだ。手が早いなぁ……」

 

 どうやらすでに他のジャックの恋人から話を聞いていたらしく、赤ずきんの手札に価値は無くなっていたようだ。

 ハーメルンと一括りにされるのは若干思うところがあるものの、確かに赤ずきんに尋ねるよりは白雪姫たちの方が幾分分かりやすい答えを返してくれることだろう。残念ながら反論の余地も無ければ、こちらから更に魅力的な対価を提示することはできなかった。

 

「じゃあ対価に何が欲しいのさ? かなり無理がある物でもできる限り用意するから教えてよ」

「そうね。あなたがジャックの童貞を奪った暁には、私もジャックの恋人の一人に加えてもらえるかしら」

「なっ……!?」

 

 そしてグレーテルの口から飛び出した対価の内容とは、予想だにしない物であった。これには驚きのあまり二の句が告げなくなり、固まってしまう赤ずきんであった。

 

「自分で恋や愛といった気持ちを体験できるのならそれに越したことは無いし、何よりジャックにはすでに六人も恋人がいるもの。今更一人増えたところで誤差の範囲でしょう?」

「い、いや、それはさすがに……!」

「あら、不服なの? それじゃあこの話は無かったことにしましょう。あなたが望むものは手に入らないかもしれないけれど」

「う、うぅ……!」

 

 自分が優位な立場にいることを自覚しているらしく、グレーテルはニヤリと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。

 確かにジャックには恋人が六人もいる以上、一人増えたところで誤差の範囲だ。しかしそれはあくまでも数字の上の問題であり、誤差で片付けられるような問題ではない。そもそも赤ずきんが一人で決めて良いことですらないし、最低でもジャックに確認を取って許可を得なければならないことだ。

 

「もう用が無いのなら、私は少し出かけさせてもらうわ。あなた以外にも知恵を必要としている相手がいるかもしれないもの」

「――っ!? ちょ、ちょっと待った! 待ってよ!」

「あら、何かしら?」

 

 しかし別の少女たちへ力を授けに行くという言葉を聞いて、思わず呼び止めてしまう。 

 それをまるで予期していたかのように怪しい笑みを浮かべるあたり、恐らく赤ずきんはすでにグレーテルの掌の上なのだろう。

 

(う、うぅ、どうしよう……)

 

 正直なところ、ジャックの恋人が増えること自体にはさして抵抗は覚えない。勿論見知らぬ女の子だったなら相応の抵抗を覚えるが、大切な仲間たちである血式少女なら話は別だ。むしろ全員ジャックの恋人になってしまえば良いのではないか、と思っている節も無くも無い。

 ただ今回はその相手がグレーテルだ。本人が恋や愛を理解したいと口にしているあたり、ジャックに対する恋愛感情は持っていないのだろう。この勝負で勝利を掴んだ時のみとはいえ、そんな人物を勝手にジャックの恋人に加えて良いものか。

 赤ずきんは未だかつてないくらい悩みに悩み、考え抜いた末に――

 

「……わ、分かったよ。さすがにあたしの一存だけじゃ決められないことだけど、何とかジャックにも皆にも頼み込んでみるからさ……協力、してくれないかな?」

 

 ――悪魔に魂を売るのであった。そして当の悪魔はニヤリと満足げに笑う。

 

「その言葉に二言は無いわね、赤ずきん?」

「う、うん。少なくともあんたを騙して協力だけ取り付けようなんて卑怯な真似はしないよ。その代わり、あんたがあたしを勝たせてくれた時の話だからね!」

「ふふっ。ならこれで交渉成立ね。あなたがジャックの童貞を奪うことができるよう、私が惜しみなく知恵を授けてあげるわ」

 

 交渉成立の印に握手を求めてくるグレーテルに対し、酷い脅迫を受けた赤ずきんは握手に応えながらもわりと力を込めて握り返す。普通の人間なら骨が砕けかねない力を込めたものの、そこはグレーテルも血式少女。顔色一つ変えず、交渉の結果に満足げな笑みを浮かべていた。

 

(まさかこんなことになるとは思わなかったなぁ。これはあたしが勝負に勝ったらジャックや皆に怒られるかも……)

 

 記憶通りにやれば何事も無く協力を取り付けられると思っていたら、待ち受けていたのはまさかの展開。協力自体は取り付けられたものの、結果としては失敗だったかもしれない。何せ赤ずきんが勝負に勝った時は、グレーテルがジャックの恋人として迎えられるようにしなければならないのだ。

 しかし赤ずきんとしては勝負に負けたくないし、何より先ほどのグレーテルの口ぶりから察するに要求を呑まなかったとしても結果は変わらなかっただろう。その時は他のジャックの恋人達の下へ向かい、半ば脅しに近い形で協力を提案するはずなのだから。

 

(でもまあ、確かにグレーテルの言う通りか。ジャックには恋人が六人もいるし、今更一人増えたところで何にも変わらないよね! うん、頑張れジャック!)

 

 だが恋人が一人増えたところで誤差の範囲というグレーテルの言い分は何も間違っていない。それに赤ずきんとしても、どうせなら血式少女全員がジャックの恋人になれば良いのではないかと思っている節もある。大切な仲間たちであり、家族である血式少女たちが全員ジャックの恋人になれば、皆名実ともに家族になれる。それはとても素敵なことで、毎日が楽しく騒がしい日々になるのは容易に想像できることだ。

 ただその場合ジャックの負担がちょっと気になるところではあるが、ジャックだって立派にケダモノな男の子。それを頭でも身体でも知っている赤ずきんからすれば、何の問題も無いと判断するに十分であった。ジャックなら女の子の十人や二十人くらい、幸せにすることができるだろう。

 そんなわけで、は悪魔の契約を交わしたことに対する不安や後悔もすぐに消え失せてしまう。赤ずきんの胸にあるのは絶対に勝負に打ち勝つという闘志、そして初心なジャックを存分に楽しめるという期待だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 朝食後、自室に戻った白雪姫は一つため息を零すとそのままベッドに身を投げた。柔らかなベッドが優しく受け止めてくれるものの、やはり恋人の腕に抱かれ感じる温もりと優しさには敵わない。

 そんな愛する恋人であるジャックと過ごす時間を棒に振ってまで自室に戻ったのは、当然昨夜始まった勝負への作戦を考えるためだ。何せ勝負に勝つためにはいかにしてジャックをケダモノにさせ、向こうから襲ってもらうかという大変恥ずかしくも難しい問題をクリアしなければならない。一人でじっくり作戦を練る時間は必要不可欠だ。

 

「うぅ……頑張って参加はしてみたけど、白雪はもう駄目ですぅ……!」

 

 しかし、すでに白雪姫はほとんど戦意喪失状態であった。

 とはいえそれも仕方ない。白雪姫の唯一の武器である、そこそこ大きな胸。それを押し付けたりすることが禁止されてしまったのだ。これで一体どうやって戦えば良いと言うのか。

 

(お、押し付けたりするのが禁止されてしまった今、白雪に残っているのはこのおでぶな身体だけ……!)

 

 そんな絶望に更に拍車をかけるのが、自身の悪い意味で肉付きの良い身体。

 もちろんジャックが白雪姫の身体を太っていると言ったことは無いし、別に気にしないであろうことも分かっている。何せ記憶の中のジャックはこんな白雪姫の身体をそれはもうケダモノの如く貪っていたのだから。

 むしろジャックはこの体系の方が好きなのかもしれない。そう思ったことも一度や二度ではなかった。 

 

(それに、白雪以外のジャックさんの恋人は、皆とってもスレンダーで……!)

 

 だがそれは記憶の中での話。ジャックの恋人が六人いるこの世界では、その考えを改めざるを得なかった。何故なら白雪姫以外のジャックの恋人たちは、皆揃いも揃ってスレンダーだったから。

 アリスや親指姫、ハーメルンはもちろんのこと、スレンダーであるにも拘わらず出るところは白雪姫以上に出ている赤ずきんや眠り姫。そんな中でただ一人おでぶな自分。それは記憶の中で得たささやかな安堵を打ち砕くには十分すぎる状況であった。

 

「ううっ……白雪、ジャックさんに捨てられちゃうかも……」

 

 だからこそ、戦意が喪失するばかりか今後のことまで不安になってしまう。他の恋人達の姿を見る限り、間違いなくジャックには太っている子が好きという特殊な性癖は存在しないのだから。

 もちろんジャックが恋人を捨てるなどという非道な真似をするわけがないと信じているが、この世界のジャックからすれば白雪姫に限らず恋人との関係は突然降って沸いたような物。想いを重ねて愛を深め合った記憶が無い以上、可能性がゼロとは言い切れなかった。

 

「はぁっ……」

 

 そのため、余計に気落ちして枕に顔を埋める白雪姫。一応勝負は頑張るつもりであるが、捨てられたりはしないという安心感を得られるのなら負けても良いと思えるほどだ。むしろそのために勝負に参加した節もある。

 しかし始まりからしてハンデを背負った状態であり、満足な作戦も思い浮かばなくてはため息を零してしまうのも仕方がなかった。これならジャックと触れ合っていた方が良かったかもしれないが、勝負に参加している以上はある程度接触を控えるのもルールの一つなのだ。そして満足の行く触れ合いを行いたいのなら勝負を降りるしかない。八方塞がりのこの状況、最早白雪姫にはどうしようもなかった。

 そんな時――コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 

「――っ!? ちょ、ちょっと待って下さい! 今行きます!」

 

 自分でもかなり情けなく恥ずかしい姿を晒していることは分かっていたので、白雪姫は慌てて跳ね起き身だしなみを整えてから扉を開けに向かった。

 

「あっ、ネムちゃん。どうしたの?」

 

 扉の向こうにいたのは可愛い妹である眠り姫。相変わらず眠そうな目をしているように見えるが、ジャックとの関係が始まってからは比較的それも和らいで見える。きっとジャックのおかげなのだろう。

 

「ん……白雪姉様に、お話……」

「白雪とお話? 良いよ、入ってネムちゃん」

 

 正直なところ未だ心は落ち込んでいるが、だからといって妹を追い返す理由にはならない。何より気分がずっと沈んでいるので気分転換が必要そうだ。なので白雪姫は眠り姫を快く部屋の中へと迎え入れた。

 

「そういえばネムちゃん、今朝はジャックさんと予定を約束しなかったよね? もしかして、白雪とお話するため?」

 

 そして二人でベッドに腰かけたところで、こちらから話を切り出す。眠り姫はあまり喋るのが得意ではないからだ。

 尤も勝負に参加していないはずの眠り姫が、参加している白雪姫たちと同じようにジャックとの触れ合いよりも優先した事柄が気になったからという理由もあるが。

 

「ん……ボク、心配だったから……」

「心配?」

「白雪姉様……ずっと、落ち込んでる……」

「あ、ははは……そ、そんなことないよ?」

 

 気遣うような瞳を向けてくる眠り姫に対し、その視線を直視できずに目を逸らしてしまう。昨夜から勝負の行く末と勝敗に関してずっと不安を抱いてる以上、落ち込んで見えるのは当然のことであった。むしろ白雪姫としては他の皆が何故あんなに自信満々でいられるのか分からないほどだ。

 

「白雪姉様……自信、無い……?」

 

 勿論素直で可愛い妹も誤魔化されることはなく、ずばり確信を突いてくる。さすがにここまでバレていては誤魔化すだけ無駄だろう。やむなく白雪姫は諦めて頷いた。

 

「う、うん。白雪はおでぶで、他の皆はとってもスマートだから……」

「大丈夫……白雪姉様も、太ってない……!」

「そ、そんなことないよぉ。だって白雪だけお腹とか二の腕とか、プニプニしてるもん……」

 

 優しい妹はフォローしてくれるものの、残念ながら白雪姫の心は晴れない。ジャックの恋人の中で自分だけぽっちゃりしているのだから当然だ。そしてそれを抜きにしても今まで体型が気になっていたのだから、今更コンプレックスを拭いさることなど不可能である。

  

「じゃあ……それを武器にすればいい……」

「えっ? ぶ、武器?」 

「ん……ジャックは、女の子の柔らかい所が大好きだから……白雪姉様のそういう所も、きっと好き……」

「な、なるほど……!」

 

 しかし妹のそんなアドバイスを受け、目から鱗が落ちたような気分になる白雪姫。

 何故ならそれは白雪姫に最も適した作戦だからだ。もちろん胸の大きさは赤ずきんや眠り姫に劣るものの、そもそも今回の勝負ではジャックに胸を押し付けたりすることは禁止されている。しかし他の部分、例えば太ももやお腹に関しては言及されていない。

 どうせ身体中がプニプニしているのだから、いっそ利用しなければ損というものだろう。それでジャックが喜んでくれれば白雪姫としても嬉しい事だし、何よりコンプレックスも少しは晴れるというものだ。

 なおジャックは女の子の柔らかい部分が大好きという事実は、白雪姫も大変濃厚かつ恥ずかしい記憶の数々を持っているので身に沁みて理解していることである。

 

「……ありがとう、ネムちゃん。ネムちゃんのおかげで、少しは自信が出てきたよ」

「ん……良かった……」

 

 その答えに心から嬉しそうな笑顔を見せてくれる眠り姫。

 実際のところは作戦があっても未だ他の少女たちに劣っているものの、それでも先ほどの無力感に打ちひしがれている頃よりはマシであった。ほんの少しとはいえ希望が見えてきた分、やる気も徐々に湧いてきた感じだ。魅力的でスタイルの良い他の少女たちには敵わないかもしれないが、少なくともそれで諦めたりはしない程度には。

 

「だけど、ネムちゃんはいいの? ネムちゃんだって興味があるんじゃないかな。その、ジャックさんの……は、初めて……」

 

 心の余裕が生まれたことで、疑問を抱くことができるようになった白雪姫。

 眠り姫がこの勝負に参加していれば、まず間違いなく白雪姫は太刀打ちできない。姉としての贔屓目もあるかもしれないが、それを抜きにしても可愛い妹は非常に魅力的な女の子なのだ。何よりその胸元に存在するのは他に見たことがないほど大きな膨らみである。これ一つとっても白雪姫が敵う理由はどこにもない。

 だからこそ、眠り姫が勝負に参加しないというのはとても不思議なことであった。しかしそんな疑問に対して、眠り姫は一点の曇りもない純真な笑みを返してくる。

 

「興味、ないことも無いけど……ボクはジャックと一緒にいられれば、それで幸せ…………それに、皆のことも大好きだから……ボクは、不参加……」

「ね、ネムちゃん……何て良い子……!」

 

 可愛い妹のあまりの純真さに胸を打たれ、感動すら抱きながらその眩しい笑顔に釘付けになる。

 とても豊かなスタイルを誇っている上、こんな天使のような綺麗な心を持つ眠り姫。やはり眠り姫が勝負に参加していれば確実に優勝候補であろう。何だかジャックの初めてを狙って必死に争っている自分たちが酷く浅ましく、穢れているように思えてならない白雪姫だった。 

 

「だけど、白雪姉様……他の皆と違って、自信無さそう……だからボク、お手伝いする……」

「ネムちゃん……ありがとう……!」

 

 その極大の優しさに感極まった白雪姫は、心のままに眠り姫に抱き着く。自分とは次元が違う柔らかさが顔をすっぽり包み込み、圧倒的な質量で以て受け入れてくれる。普通なら敗北感を覚える感触かもしれないが、今はただただ心地良く幸せな感情しか沸いて来なかった。

 

「ん……頑張って、白雪姉様……」

 

 こちらが姉だというのにあまつさえ頭を撫でられてしまうが、微塵も悔しさや違和感を抱くことはない。むしろこんなに綺麗で美しい心を持ち、優しさも女性としての魅力も兼ね備えた完璧な妹が誇らしい気持ちでいっぱいだ。別の世界でジャックと恋仲になるのも至極当然というものだろう。

 

(うん! ネムちゃんが応援とお手伝いをしてくれるんだから、せめてその優しさに恥じないくらいには頑張ろう!)

 

 眠り姫からの後押しを受け、自信を持てない白雪姫も何とか自分を奮い立たせるのであった。実際に勝負に臨む前から諦めていては、眠り姫にもジャックにも申し訳ないから。

 

「えへへ、ネムちゃぁん……」

「よしよし……」

 

 しかし優しく包み込み受け入れてくれる妹の柔らかな胸からは少々離れ難く、しばらくの間そのまま甘えてしまう白雪姫だった。

 

 

 

 

 

 





 あろうことかチーム結成。チームは以下のようになっております。わりとバランスはとれているかもしれないが、チーム2が何か非常に不安なんだよなぁ……。

チーム1:貧乳トリオ
 ・アリス
 ・親指姫
 ・人魚姫
チーム2:ワンコとサイコパス
 ・赤ずきん
 ・グレーテル
チーム3:次女と三女のコンビ
 ・白雪姫
 ・眠り姫
不参加:覇道を行く
 ・ハーメルン
獲物:ヘタレ王子様コンビ
 ・ジャック
 ・おつう

 余談ですが親指姫が協力を提案した理由は作中で語った理由の他に「自分が素直になれない時は相方が頑張ってくれる」という、狡猾で姑息な期待があったりもする。



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