十三鬼将vsKINGDOM TWELVE (囃子とも)
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序夜 とあるカフェバーにて

二年ぶりに書き始めました。


首都高バトルシリーズと街道バトルシリーズをやり込んだ方々なら、一度は思いついた事があるんでは無いでしょうか?


ボチボチと完走目指して頑張ります!!




 

 

 青山三丁目のビル一階に店舗を持つ、24時間営業のカフェバー。

 老舗のお洒落なカフェバーは、デートスポットとして何時も賑わっている。情報番組や有名人のブログでも取り上げられ、老若男女問わず足繁く通う。昔から変わらないそのコーヒーは、絶品と評判だ。

 

 しかし、このカフェバーにはもう一つの顔がある。

 首都高の走り屋たちご用達のカフェバーとしての側壁があり、走り屋たちの交流や情報交換の場所としても知られている。その歴史は古く、青山町のゼロヨンや東名レースの頃から走り屋達の憩いの場として存在しているのだ。

 

 店舗の奥に位置する、個室カフェテリア。とある団体客は、このカフェテリアで何やら不穏な空気を醸し出していた。

 

 13人の団体様の内、12人は揃っている。残りの一人は、どうやら遅刻しているようだった。

「……遅い」

 口火を切るように、不満を漏らしたのは兼山大吾。シタール兼山という異名を持つ、ソアラ使いの走り屋だ。

「仕方ないさ。岩崎が時間通りに来るなんて、今まで無いんだからさ……」

 隣に座る竹中敦也は、なだめるように声をかけた。彼も首都高の走り屋で、スティールハートと呼ばれる。

「そーそー。どうせ、遅くなるってわかってっから、先にコーヒーとサンドイッチ頼んでんだろ?」

 対面に座る、内藤健二はそう言いながら煙草に火をつける。彼の異名は、追撃のテイルガンナー。首都高では名の知れたビッグネームの一つだ。

「だからって、2時間も遅れてるのよ?」

 隣に座る美麗な女性、緒方明子は不機嫌そうだった。シャドウアイズと呼ばれる彼女もまた、首都高のビッグネームの一つだ。

「ホントよ……。あたし達の身にもなってもらいたいわね」

 その隣に座る、ミッドナイトローズの異名を持つ、川越清美も待ちくたびれてイラつきだしていた。

「……まったくだ。自分から呼び出しておいて、二時間も遅れるなんて言語同断だ」

 それに同調する、魚住静太。ダイングスターというビッグネームも、この中に混ざってしまえば、形無しだった。

「……ま、それに付き合う僕らも僕らだけどね」

 嘆きのプルートこと、内田孝はあきらめた様にぼやいた。

「大体、今日は何を思って集めたんだ?」

 ルシファー大塚の異名を持つ、大塚一二はそう言葉を漏らす。

「……知らないわよ。どうせ、何時も通りの下らないことよ」

 ユウウツな天使と呼ばれる黒江世津子は、スマホを見つめたままそう答えた。

「…………」

 夢見の生霊こと、君島陽平は無言のまま反応しない。

「……ったく。しょうがねえ奴だぜ」

 ブラッドハウンドこと、佐々木士郎は二本目の煙草を灰皿に押し付けた。

「ったく。わざわざ用事を切り上げてきたんだぜ……。簡便してくれってんだよ」

 裏切りのジャックナイフの異名を持つ、坂本桐字の口からも不平が飛び出ていた。

 

 今、ここに集まってる12人の走り屋達。

 十三鬼将(サーティンデビルス)と言われる、首都高で最強最速と謳われる走り屋達だ。その速さも、そのカリスマ性も、そのマシンメイキングも、首都高の走り屋達から絶大な支持を受けている。

 もっとも、徒党を組んでいる訳ではなく、ある一人の走り屋の元に集まっているだけである。実際の所、正式なチームとして機能しているわけではない。

 

「そういや、坂本。お前、最近FDに乗り換えたんだよな?」

 佐々木は、三本目の煙草に火を点けながら、坂本に言葉を投げつけた

「……確かにそうだけど、何か問題でもあるのか?」

 坂本は突っぱねるように返した。

「問題なら大有りだ。

 最近、お前があっちこっちのチームにバトル売り歩いてるらしいじゃねぇか。どういうつもりで、バトル吹っ掛けまくってんだよ?」

 佐々木も、次第に口調が尖りだしていた。

「……負けなきゃ問題ねぇだろ?」

 この坂本の一言に、佐々木はカチンと来ていた。

「……そういう問題じゃねぇだろうが。

 てめぇ一人で喧嘩売り歩いてりゃ、他の十三鬼将も余計なバトルに巻き込まれるって事になるだろ。

 火種をあっちこっちにばらまくなって言ってんだよ!!」

「おい、よしなって!!」

 ヒートアップする佐々木を、内田は止めに入る。

「そうだ。それに坂本も言い過ぎだ」

 竹中も、坂本を止めるように声をかけた。

「……あんたらも、随分と落ち着いたなぁ。

 十三鬼将は、何時から首都高のツーリングチームに成り下がったんだ?」

 喧嘩腰のまま、坂本は強気の口調で言葉を続ける。

「……知ってるか?

 最近新環状で、よく3台のスープラを見かけるって話。奴らは、名古屋の三龍皇で間違いないんだってよ。

 それに、大阪のDartsの車とNOLOSERの車が、つるんで大黒に居る所もこの目で見てきたさ。

 それが、どういう目的で来てるのか分からない訳が無いだろ。

 勿論、県外の連中だけじゃねぇ。

 RINGSとFREEWAYが友好関係を結んでるし、UNLIMITEDとSPEEDMASTERなんざ、情報交換を積極的にしてるみたいだぜ。

 元々交流の深かったTWISTERとRRなんざ、手を組んで首都高制圧を目論んでる。

 ちょっと外を見りゃ、十三鬼将(サーティンデビルス)を狙ってるやつらはゴロゴロしてるんだぜ?」

 坂本の一言に、周囲は黙り込んでしまっていた。

「俺は、十三鬼将(ここ)から最速の看板を渡したくねぇだけだ。その為だったら、どんなバトルだって買ってやるよ」

 坂本はそう言い切った。

 

 ちょうど、個室が静まってしまった一瞬だった。

 扉を開けて、最後の一人がようやく登場した。

「いや~、すっかり遅くなっちまったわ。スマンスマン」

 そう言いながら、岩崎基矢は悪びれた様子もなく現れた。

「遅い!!」

 全員が一斉にそう声を荒げた。

「……皆してそんなに怒るなよ……」

 岩崎は、少々たじろぎながら椅子に座った。

 

 迅帝の異名を持つ彼は、現在首都高で最速と謳われる走り屋だ。当然、走り屋達でその名を知らない者はいない。

 若くして首都高の頂点に立った岩崎は、首都高の走り屋達の憧れの存在である。

 が、同時に狙われる立場でもある。本人に自覚があるかは不明だが……。

 

「しかし、今日は一段と遅かったな……」

 呆れた様子で、魚住はそう言った。

「実はよ、この前北海道に旅行しててさ。その時に買ってきたお土産、家に忘れててな。慌てて取りに帰ったら、遅れちゃったよ。

 ハイ、これ」

 岩崎はそう言いながら、北海道名物のマルセイバターサンドを配り始めた。

「アー、コレ美味シイヨネー」

 棒読みで、川越はお土産を受け取った。

「……お前、まさかこれ渡すためだけに集めたのか?」

 内藤は、岩崎をジト目で見つめた。

「ま、メインはちょっと違うんだけど。これも、必要だと思ってさ」

 岩崎は頭をかきながら、答える。

「前々から、マイペースなバカとは思ってたけどさぁ……」

 緒方は、こめかみに人差し指を当てながらつぶやいた。

「…………くだらん御託は必要ない。さっさと集めた要件を言え」

 ここまで黙っていた君島は、ようやく口を開いた。

「まぁ、慌てんなって……」

 全員にお土産が行きわたった所で、岩崎はようやく本題を切り出した。

 

「まぁ、久々に集まってもらったのは、ちょっとした提案があるんだ」

「提案……?」

 岩崎の言う提案に、一同は嫌な予感を覚えていた。

「……街道サーキットはわかるだろ?

 各地の峠がサーキットや、ラリーのSSとしての機能を持ってるってのはご存知のとおりだ。

 当然の事だが、街道は街道で名の知れた走り屋達が多くいる。

 そこでだ……。そいつらと、バトルして十三鬼将(俺たち)の名を、首都高以外のステージにも広めようと思ってる!!」

 握りこぶしを突き立てて、力強く演説する岩崎だが、他のメンバーは茫然としたまま固まっていた。

 

「……何か質問はございますか?」

 岩崎の言葉に、まず反応したのは内田だった。

「何でまた、そんな突拍子も無いことを言い出したんだい?」

「そりゃ、走りのステージは一つだけって訳じゃないだろ?

 だったら、首都高も街道も同じようなもんだ。気晴らしに峠を攻めるのも、悪くないんじゃね?」

 岩崎はそう返したが、個々の反応は様々だ。

「バカバカしいわね……。やるなら、勝手にやってよ……」

 全くのる気が無く、バッサリと切り捨てた黒江。

「俺は、面白いと思うぜ?」

 大塚は、割とノリノリだった。

「……俺も乗るぜ。ここん所、張り合いの無いバトルばっかりだったからな」

 坂本は、ニヤリとしていた。

「ええ。ニューマシンを試すには、いい機会かもせれませんね」

 内田は、おとなしい言葉の中にも、秘めたる闘志を滾らせる。

「……おう。相手がどこの誰だろうが、バトルは買って勝つ。それが十三鬼将の掟だ」

 佐々木も、街道への侵攻を決めた。

「…………ところでよ。一個気になるんだが、いいか?」

 そう言ったのは、内藤だった。

「はい、内藤さん。どうぞ」

「相手は見つかってんのか?

 半端な奴ら相手に勝ち星挙げた所で、街道の奴らに睨みは効かねぇぞ?」

 内藤の意見は、ごもっともだった。

「もちろん。

 狙うのは、王宮十二氏(KINGDOM TWELVULE)の12人だ」

 岩崎は、その名前を出した。

「……キングダムトゥエルブ?」

 十三鬼将の面々は、初めてその名を聞きいた。

「おお。何でも、各地の峠で名の知れた走り屋達を集めた集団らしいぜ。ま、どれほどのレベルかはしらねえが、ちょっとばかり遊んでやろうと思ってな。

 それにな……」

「それに?」

「街道の連中からみれば、C1だの湾岸だの、首都高はただ踏んでりゃ良いなんて思ってる奴はゴロゴロいるぜ。

 最高速ステージで速いかどうかはなんて、パワーさえあれば良い。そんな甘っちょろい考えで、首都高をなめてる連中だっている。

 首都高の走り屋に、街道の狭い峠道を攻める事は出来ないなんて思われるのも、癪に障る。ここらで一発、首都高のトップレベルの恐ろしさを、思い知らせてやろうって思ってるわけよ。

 実際、王宮十二氏を撃墜(おと)せれば、街道の連中にも首都高の連中にも睨みは効くぜ。

 やっぱり十三鬼将はすげえって、思わせるんなら首都高ってステージを飛び立つ事も必要だろうよ」

 岩崎はそう語った。

「……随分と簡単に言ってくれるわね」

 緒方は、ヤレヤレとため息交じりにそう言った。

「そう言う訳でな。走り屋系の掲示板に匿名で投稿しといたよ。

 十三鬼将が街道を侵略するって噂がある、ってさ」

「…………」

 既に岩崎は、独断で勝手に行動を開始していた。

 いよいよ、十三鬼将は後には引けなくなってしまう。

「そういう事だから、ちょいと頼むな」

 満面の笑みを見せる岩崎に、他の面子は殺意さえ覚える思いだった。

 

「テメーふざけんな!!」

 

 十三鬼将の面々は、岩崎を一斉に批判するのだった。

 

 

 岩崎の身勝手な行動は、瞬く間に街道の走り屋達の噂として広まりだした。

 

 それは、これから始まる新たな戦いへの序章に過ぎないのであった……。

 

 




またしても懲りずに走り屋の物語です。ご意見ご感想お待ちしております。



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第一夜 街道バトル開幕

本編突入です。

kaido峠の伝説の世界観なので、登場車種などに偏りがありますが、気にしないで下さい。



 

 

 街道。所謂、峠道。

 

 元々は各県を結ぶ主要道路として使われていたが、近年は高速道路の開通やバイパス道路の整備により、使用頻度は目に見えて下がっていった。

 そこに目を付けた各地方の自治体は、その公道を封鎖して街道サーキットとして運営する事となった。

 それを受けた若い走り屋達は、ここぞとばかり街道サーキットへ足しげく通う事となった。また、その運営に携わる各自治体も、走行費を徴収することで運営費に当てる事でき、その利益を自治体の活動費として補填することが出来た。

 元来、サーキットを作ろうとした場合、莫大な建設費用が必要となってくる。しかし、街道サーキットの場合、元々ある道をサーキットに変えただけになる為、普通のサーキット場を建設するよりも、遥かに安上がりにすることが出来る。

 事実、一般の道路の場合、その収入源は税金しかないのである。

 

 国内で初めて公道サーキットとして産声を上げた、榛名峠の狙いは見事に大当たりし、こぞって各自治体はそれに倣ったのだ。

 

 

 群馬県の榛名山。

 国内で初めて街道サーキットとして生まれ変わった、榛名峠。

 日中のタイムアタックもさることながら、自由解放される夜間も日夜熱い走りが繰り広げられる。

 とある漫画の舞台になっただけあり、そこに集まる走り屋達のレベルは、全国レベルで見ても非常に高い。

 昼の榛名峠でひとっ走りして、温泉宿に泊まるもよし。そのまま、日帰り温泉を浴びて、夜の峠を攻めるもよし。

 当初は街道サーキットの運営に反対していた温泉の組合も、目に見えて跳ね上がった収益に、速攻で手のひらを返すありさまだった。

 

 

 榛名峠のレコードを持つ玉城伸一は、一台のマシンのタイムアタックに、度肝を抜かれた。

(……冗談だろ)

 掲示板に表示されたタイムは、自身のレコードタイムのコンマ5秒落ち。しかも、これは榛名峠を今日初めて走った走り屋のタイムである。

(馬鹿げてるぜ……。VR-4からエボ4に乗り換えて、今まで以上にタイムは上げてきたんだ……。

 こうもあっさり迫られるとはな……。

 恐れ入るぜ……街道の守護神“王宮十二氏(キングダムトゥエルブ)”)

 

 たった今走り終えた、真っ赤なBNR34スカイラインGT-R。ドライバーは叩き出したタイムを見て、苦々しく笑った。

「……レコードに届かなかったか。ちと残念だな」

 王宮十二氏、第一の刺客。古谷小鉄は、自らの走りに不満を漏らしていた。

「いや……。あんたの実力はよく分かった。首都高の連中と戦うには、十分すぎるだろうな……」

 玉城は、素直にその実力を認めていた。

「そうか? 条件は、レコードタイムを塗り替える事だったろ?」

 古谷の言葉に、玉城は首を横に振った。

「……確かにそう条件はだしたぜ。

 だが、俺は榛名が街道サーキットになる以前から、ここを走り込んでるんだ。16で原付を乗る様になってからな。

 それこそ、今日初めて走った癖に、ほとんど肩を並べてる。今まで積み上げた物が、全部ぶち壊された気分だぜ……」

「……じゃあ、首都高のサーティーンデビルスとのバトルは、任せてくれるんだな?」

「……ああ。あんた達の腕は認めざる得ないだろうよ。他の連中も、あんたの走りを見れば納得するさ」

 玉城に言われ、古谷は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 古谷小鉄。1stKINGDOMと異名を掲げ、キングダムトゥエルブの急先鋒として榛名へ来たのだ。

(……たしかに首都高の走り屋のトップ連中。手強い事は手強いが……街道を甘く見ると後悔する事になるぜ)

 キングダムトゥエルブの実力が半端ではない事。それは、今叩き出したタイムが物語っていた。

 

 

 都内。何時ものカフェバーで、坂本はコーヒーを飲みつつ、つい三日前の事を思い出していた。

 

 岩崎が、サーティンデビルスを集めたその日。

 岩崎を除くメンツが、一斉にくじ引きをさせられる事になった。

「……これ、何のくじなんだ?」

 坂本は恐る恐る聞く。

「これ? 誰がどこで走るか決めるんだよ。全部で、12本あって11本は各地の街道サーキットの名前が書いてある。

 んで、赤くしてある奴は大当たりで……どこかのショートコースで走る事になる。何にも書いて無い奴は……はずれ。別の事を頼むって訳。

 ちなみに、俺は走るコースと相手はもう決まってるからな」

 その無茶苦茶な言い分に、全員不満顔を見る。しかし、ここは大人しくくじを引くことにした。

 

その結果……坂本は榛名を引き当てていた。

 

 

(……榛名か。一番古くからある街道サーキットを引くとはね)

 物思いに更けながら、桐山はとある人物を待っていた。

 

 そして、約束の時刻を少し過ぎた頃。

「すまないな、待たせて……」

 そこに来たのは、かつて首都高最速まであと一歩のところまで上り詰めた男だった。

「……どうもです。舘さん」

 坂本は、深々と頭を垂れた。

 

 舘渡。ロータリー搭載車にこだわり続け、RX-7で首都高を攻め続けてきた。

 かつて、彼の駆ったパールホワイトのFD3Sは最速ロータリーの象徴となり、何時しか走り屋達は“白いカリスマ”と彼を称えた。

 しかし、そんな彼は最近になって、首都高を降りたのだ。

 

 オーダーしたブラックコーヒーがテーブルに置かれると、舘は改まった様子で坂本に聞いた。

「……随分と、調子はよさそうだな。あのセブン」

「ええ……。元、白いカリスマの愛機だけあって……速いし乗りやすいですよ。

 どうも、FDはピーキーなイメージが抜けてなかったですから。あのマシンに乗ったら……イメージがコロッと変わりましたね」

 現在坂本の乗っているFDは、舘から受け継いだものだった。

「そりゃな。最高速ステージってのは、ワンミスで命を落とす事になる。サーキットアタックみたく、一本のラインがトレースできれば良い訳じゃない。

 速さの他に、懐の深さが無ければ、最速にはなれないさ」

「……でも、ずっと気になってたんですよ。何故、俺にあのFDを譲ってくれたんですか?

 元、白いカリスマの愛機だったら……おそらく、とんでもない金額で取引できるんじゃないでしょうか?」

 坂本の言葉に、舘は静かに首を横に振った。

「……そういう目的は無いさ。

 そりゃ、俺も再来月には父親になる。金銭で取引する事も考えたさ。

 だけどな……あのセブンは、飾る目的で作ったんじゃない。走る目的で作ったんだ。だったら、走りたい奴に譲るほうがあのセブンも幸せだろう」

「…………」

「何よりもな……坂本。

 お前は、十三鬼将の中でも一番若いし、才能も有る。この先、迅帝……岩崎に勝てる可能性は、お前が一番秘めてるんだ」

「……舘さん」

 坂本の胸が、少し熱くなった気がした。

 僅かな沈黙。二人の耳に、店内のガヤガヤとした活気と、有線放送の楽曲が流れ込んでくる。

 

 舘は、改めて坂本にある事を聞き出した。

「……十三鬼将が、街道を侵略するって話がネット上で噂になってる。ま、お前の所のアホ大将が、勝手に始めた事だろう?」

「…………ええ」

 事実である以上、坂本は肯定するしかない。

「心中は察するよ。だが……俺から言える事は一つしかない」

 一呼吸を置いてから、舘はこう伝えた。

「……頑張れよ」

「…………ええ。思いっきり暴れますから」

 坂本は、自信に満ちた顔つきでそう答えた。

 

 

 週末の榛名峠は、走り屋達で賑わっていた。

 かつては忌み嫌われた走り屋達も、今では大手を振って榛名峠を走り込める。ナンバープレートを見れば、県内ナンバーが四割程度で残りは県外ばかり。

 週末に遠征してくる走り屋は、それほど珍しい物でもない。

 

 一台の、練馬ナンバーの黄色いFD3Sを除いては。

「……噂は本当だったんだな」

「あれが、サーティンデビルスの走り屋……」

「直線番長はお呼びじゃねーんだよ!!」

「そうだそうだ!!」

 榛名に来ていたギャラリーは、招かれざる客である桐山の姿にざわめく。口から出てくるのは、興味本位が三分の二。残りがブーイング。

「こりゃ、結構なアウェイだな……」

 坂本は苦笑いしながら、手荒く歓迎されている事を理解した。

「……んで、俺の相手をしてくれるのは誰よ?」

 大胆不敵に啖呵を切った。この期に及んでしまえば、前置きも能書き必要ないのだ。

「あんたが、サーティンデビルスの走り屋か。

 俺は、ここのスラッシャーを務めてる、玉城って者だ。今日のバトルの見届け人をやらせてもらう」

 玉城に告げられると、パーキングの隅に陣取る一台のR34GT-Rのエキゾーストノートが、坂本の聴覚を刺激した。

「……ほー。って事は、あいつが王宮十二氏(キングダムトゥエルブ)って訳か」

 

 

 初めて対峙する両雄。

 FD3SとBNR34。古くは、往年のツーリングカーレースからライバルとして戦い続けた、スカイラインとロータリー。

 この街道サーキットでも、因縁の好敵手が火花を散らす事となった。

「……古谷小鉄だ」

「坂本桐字……」

 闘争心は隠さない。半ばにらみ合っている様に、鋭く視線を交わす。

「首都高で最速らしいが、ここは峠だ。

 いつも通りに行けると思うと、大怪我するぜ?」

 古谷は、そう挑発する。

「……あんたこそな。

 そのRのエンブレムに恥じない様に走れよ?」

 坂本も、そう言い返した。

 

 

 あと十数分で、日付が変わる。

 真紅のGT-Rと、眩しいイエローのRX-7がスタートラインに並ぶ。

 ルールは至って単純。先にゴールラインを駆け抜けた方が勝者となる。

 

 スターティンググリッドを、固唾をのんで見つめるギャラリー達。

(……このバトルは、タダじゃ済みそうにないな)

 長年スラッシャーを務めてきた、玉城の直感がそう告げていた。

 

 互いに威嚇するように、エキゾーストノートが高鳴る。RB26の図太い咆哮と、13Bの鋭い遠吠えが、榛名の山間に木霊した。

 

 シグナルレッド……そして、ブラックアウト。二台のマシンのタイヤが、アスファルトを蹴りだした。

 

 先行したのは、大方の予想通り古谷のGT-Rだ。RB26の加速力とアテーサETSのトラクションを、まざまざと見せつける格好になった。

 しかし、追いすがる坂本もファーストコーナーの飛び込みで、一気に差を縮める。ブレーキングと旋回性能に勝る、RX-7の武器を見せつける。

 立ち上がりでは離されるが、続くセカンドコーナーで再びテールに喰らいつく。

(……コイツ)

 その瞬間、坂本はある事を悟った。

 

 遠ざかっていくエキゾーストを聞きながら、山頂のギャラリー達は口々にざわめく。

「……玉城さん。このバトル、どうなると思います?」

 そう聞かれ、玉城は少し考える仕草を見せた。

「……この展開なら、GT-Rの方が有利だろうな。もっとも、街道サーキットは基本的に四駆が有利だがね」

「まぁ、トラクションが違いますしね。

 でも重たいGT-Rだと、ブレーキとかタイヤのタレが早いから、後半に不利になるんじゃないですか?

 まして、RX-7ならコーナーも速いし……」

 そう言われたものの、玉城は首を横に振る。

「確かにコーナーやブレーキングはRX-7が有利だよ。でもな……GT-Rだとブレーキやタイヤが厳しいなんて事、ずっと昔から言われてる事だ。

 あの古谷ってドライバーも、そんなことは分かり切ってるはずだよ。それだったら、後半戦に向けて温存しながら、走りを組み立ててる。

 俺もVR-4の頃から、同じ事をしてるしな。

 それを踏まえて、俺はGT-Rが有利だと考えてる」

 玉城はそう断言した。

「……なるほど」

 その言い分に、ギャラリーも納得していた。

「仮に、大きく勝負が動くとすれば……最終の二つ手前の中速の右コーナーだろうな。

 あそこは、道幅が広いからライン取りの自由が利く。何より、ああいう中速コーナーだと、旋回性能に勝るRX-7のメリットが生かされる。

 勝負が別れるとすれば、あのコーナーになると、俺は読んでる」

 長きに渡り榛名を走り込んできたスラッシャーの考察に、ギャラリー達は納得していた。

 

 

 果たして、この勝負の行方は……。

 

 

 




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第二夜 坂本の博打

バトル開幕です。

峠物のバトル描写は、実はあんまり書いた事がありません……。






 

 

 伝統の丸二灯のテールランプが、あざ笑うかのように坂本のRX-7に立ちはだかる。コーナーの突っ込みでは、オカマを掘りそうな勢いで喰らいつくが、立ち上がりでは一気に引き離されてしまう。

(……綺麗に乗りやがるなぁ!!)

 坂本は焦りを感じていた。

 再三プレッシャーをかけるように、コーナーでインを狙うものの、一向にラインが開く気配は無い。

(全然動じねーな。こいつ、思ったより手強いわ……)

 

 古谷は、ストリートのGT-R使いとして、完全にマシンを乗りこなしていた。

(確かに、RX-7は手強いマシンの一台だ……。

 だが……コーナーの進入さえ抑えてしまえば、こっちが立ち上がりで引き離せる!!)

 古谷の作戦は、コーナーの進入を完全にブロックして、RX-7の最大の武器である回頭性を封じ込める事だ。

(……こっちがハードブレーキングは控えても、この道幅じゃ並べないだろう!!)

 当然、ブレーキにも気を使い極端なハードブレーキングは使わず、ブロックラインをキープする。

 

 街道のようなテクニカルなコースで、ハイレベルなブロックを使われてしまえば、相当マシンに差が無ければ抜く事はおろか、進入で並ぶことさえも不可能だ。

(完全に、向こうの手にハマっちまったな……)

 坂本は苦々しく舌打ちを出してしまう。

 

 GT-Rにラインを塞がれて、RX-7はクリッピングポイントで必要以上に減速を強いられていた。更に立ち上がりでは、トラクションに勝るGT-Rに差を広げられる。

 これこそ、コーナーで稼ぎたい坂本にとって、最悪のパターンに陥ってしまっているのだ。

(……さて、どうやって仕留めるかな)

 古谷の徹底したブロックを掻い潜らない限り、勝ち目はない。坂本は、思考をフル回転させる。

 

 対して、古谷はミラーを見ながら、RX-7の動きを細かく観察していた。

(……これはバトルだからな。例え相手がこちらより何秒も速いとしても、抜けない限り勝ち目は無い……)

 徹底的にラインを譲らず、GT-Rに並ぶことさえ許さない古谷のドライビング。一見するとラフとも感じ取れるのだが、これも正当なるバトルテクニック。正々堂々バトルした所で、負けては何の価値も無いのだ。

(街道に的を絞ったこのRに、勝てるものか!!)

 古谷のR34GT-R自体、それ程のハイパワーにしている訳ではない。

 N1タービンとカム、ガスケットの変更で精々450馬力程度。その気になれば、700馬力を常用できるポテンシャルを誇る、RB26としてはかなり控えめと言える。

 とは言え、鋭いレスポンスを見せるエンジンに加えファイナルのローギアード化によって、GT-Rの武器でもある加速力を一層強力にしている。

 しかし、古谷がそれ以上にこだわったのは、ブレーキと軽量化だ。第二世代のGT-Rは、重くて速いマシンの代名詞と言える。代々アキレス腱と言われる部分を、徹底的に強化する事で弱点を克服。

 街道でも、国産最強の名に恥じない性能を得ているのだ。

 

 一方の坂本のFD3SRX-7は、イエローにオールペンしてあるが、かつて“白いカリスマ”と呼ばれた、舘渡の乗っていたマシンだ。

 とは言っても、エンジン自体は耐久性を考慮して、TO4Eタービンとサイドポート加工に止めて、全回転域で乗りやすい430馬力と言うスペックだ。

 しかし、ロータリーの弱点と言われる、エンジンの熱対策。他にもボディ補強や軽量化に加えブレーキや足回りに至るまで、舘渡が徹底的に煮詰めたマシン。その仕上がりは絶品で、異次元のコーナリングスピードと懐の深いコントロール性を持ち合わせていた。

 故に、環状線では無敵のマシンに仕上がっているのだ。

 

 そのマシンと、坂本のテクニックを持ってしても、古谷は想像を超える強敵だったのだ。

 

 

 二台が接近戦を演じたまま、後半エリアに突入していく。

(……そろそろ、勾配がきつくなるテクニカルセクションになるな)

 古谷が唯一気がかりにしているのは、玉城が予想した通りの最終から二つ手前の右コーナーだった。

(あのコーナーだけは、道幅が広い分ラインの自由度が高い。ましてや、ああいう中速コーナーでは、RX-7の回頭性が存分に生かせるからな……。

 あのコーナーまでに、ブレーキとタイヤに余力を残しておけば……立ち上がりでスクランブルブーストをかけて引き離せる!!)

 古谷の思い描いたシナリオは、完璧な物だった。

 

 相手が、十三鬼将でなければ。

 

 

 坂本はここまで、ただジッと後ろを走ってきた訳ではない。

(確かにこいつは、GT-Rを完璧に乗りこなしてるし、バトルテクニックも相当なもんだぜ……。

 でもよ……全てセオリー通りで、バトルに通用すると思うなよ!!)

 裏切りのジャックナイフが、ついに勝負をかける。

 

 榛名で最も長いストレート。後には、スピードの落ちる左、右と続く連続のヘアピン。通称、五連ヘアピンだ。

(仕掛けるのは……このストレート後だ!!)

 GT-Rのスリップストリームに付くRX-7。

(……インは譲らんぞ!!)

 古谷は教科書で習った様な、厳しいブロックラインでインを開けない。

 そして、ブレーキング。

(そこが狙いだよ!!)

 坂本はアウト側から、オーバースピードで突っ込んできた。明らかに無謀とも言えるブレーキング。

 GT-Rの左ミラーに反射した、RX-7のヘッドライト。

「バカか!! そのスピードで突っ込んだら、崖から真っ逆さまだぞ!?」

 古谷は、思わず罵った。

 

 しかし、坂本はある狙いがあった。

(並びさえすりゃ……)

 4速から3速にシフトダウン。そこで、使ったのは。

 

「……いったれー!!」

 

 左手で、サイドブレーキを思いっきり引き上げた。

 RX-7のリアタイヤがロックして、テールが一気に滑り出す。これは、パフォーマンス系ドリフトのテクニック、ロングサイドドリフトだ。

 そのまま、テールを路肩に突っ込ませながら、ドリフト状態をキープ。深くなるドリフトアングルを、絶妙なカウンターステアでマシンをコントロール。FRP製のリアバンパーを粉々に破壊しながらも、アウト側からサイドバイサイドに持ち込む。

 二台が並走したまま、右へアピンに飛び込んだ。

 

 サイドブレーキを下ろし、3速から2速にシフトダウン。しかし、13Bはパワーバンドに入っていない。アクセルを踏んでも、回転は上がってこない。

(……頼む!!)

 一瞬の判断で、坂本はクラッチを蹴っ飛ばす。

(……吹けろ!!)

 もう一度蹴っ飛ばす。

「吹けろー!!」

 更にもう一発、クラッチを蹴り上げた。

 

 13Bは坂本の左足に答える様に、パワーバンドにのってリアタイヤが白煙を巻き上げだした。

(アウトから……直ドリだと!?)

 古谷は、わが目を疑うしかなかった。アウトから突っ込んできたRX-7の、リトラクタブルヘッドライトが左前に見えている。相手のノーズが、前に出ているのだ。

(しかもコイツ……外を塞ぎやがった!!)

 GT-Rは、アウト側のラインを潰されて、道幅を有効に使えない。

 立ち上がりでアクセルを踏めず、GT-R自慢の加速力もアテーサETSのトラクションも生かせない。

 

 カウンターを当てながら、立ち上がるRX-7は、次のヘアピンでインをキープ。ブレーキングで完全に前に出て、ついにGT-Rにテールランプを拝ませた。

「……どーよ!!」

 坂本は、コクピットで吠えた。恐らく無意識に声を張り上げたに違いない。

 

 対して古谷は、RX-7のテールランプを初めて拝む。

(バンパー吹き飛ばしてでも抜きに来るとはな……)

 正しく捨て身の攻撃。それは、脱落したリアバンパーが物語っていた。

「何て野郎だ……」

 坂本の根性に、舌を巻くしかなかった。

 

 

 ……そして。

 

「来たぞー!!」

「……FDが前だ!!」

「GT-Rが負けたぞー!!」

 

 テンションが最高潮に達したギャラリー達が、個々に叫んでいた。

 

 先にフィニッシュラインを超えたのは、坂本のFDだった。

 勝ったのは、十三鬼将“裏切りのジャックナイフ”。この事実は、榛名に衝撃をもたらしたのだ。

 

 

 山頂のスタートラインで、その一報を聞いた玉城。

「……そうか。俺の読みは外れてたか」

 そう言いながら、玉城は煙草を一本取りだして、流れる動作で火を点ける。

「ロングストレート後の五連へアピンの一個目で、アウトからぶち抜くなんて展開……想像できねーよな……」

 誰に言う訳でも無く、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

 ふもとのパーキングスペースで、戦い終えた両者が再び対峙した。

「あーあ。リアバンパーはオシャカになっちまったか……」

 坂本はそう言いながらも、その表情には満足感が現れていた。

 対照的に、古谷は釈然としない様で、憮然とした面持ちだった。

「……一つ聞かせてくれ。

 俺のRを抜いた時……なぜアンタは、ブレーキング勝負じゃなくて、ロングサイドなんて技を使ったんだ?

 あんな技……スピードの勝負では、遅くなるだけのパフォーマンスじゃないのか?」

 古谷の疑問に、坂本は一呼吸置いてから答えた。

「そりゃドリフトは遅くなるさ。まして、パフォーマンス系のドリフトならなおさらな。

 でもよ……ドリフトが何で遅いのかわかるか?」

「……そりゃ、立ち上がりでタイヤが空転してトラクションがロスになるから、加速も悪くなるしストレートも伸びなくなるからに決まってるだろ」

「そういうこった。

 ドリフトが遅くなるのは、立ち上がりで大きなロスが出来るからな。

 だけどな……コーナーの進入からクリッピングまでだけなら、ドリフトの方が速いんだよ」

「……!?」

 坂本の言葉に、古谷は衝撃を受けた。

「あんたは、確かに速い。ストリートのGT-R乗りとしちゃ、抜群のテクニックを持ってるし、GT-Rの事を良く理解してる。

 立ち上がりからの加速は、マジで嫌になるくらい速い。おまけに、ブレーキとタイヤがきつくなる事を読んで、しっかりセーブしながら走ってた。

 そこまでされちゃ、最終の二個手前の右コーナーで勝負しても、抜ける気がしなかったぜ」

 坂本は淡々と述べ続ける。

「アンタは、どれかって言えば正統派のドライバーだ。バトル慣れもしてるしな。

だから、アンタの意表を突く奇策が必要だったって訳よ」

「そのための、直ドリって訳か……」

 古谷の一言に、坂本の首は縦に動いた。

「パフォーマンス系のドリフトなら、結構な速度で突っ込んでもスピードを殺す事も可能だし、アウトからでも並べれば……GT-Rの加速力を封じ込められるしな」

 坂本がそこまで伝えると、古谷はフッと笑みをみせた。

「……負けたぜ。あんたにはな……」

 

 そこには、すっきりとした表情を見せる、1stKINGDOMの姿があった。

 

 

 十三鬼将、まずは幸先の良い一勝を挙げた。

 

 




ドリフトの描写は、真面目に難しいですね……。

だけど、峠はやっぱりドリフトでしょう!!


速いドリフトも良いけど、派手なドリフトも大好きです。



ご意見、ご感想、お気軽にお待ちしてます。




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第三夜 狂犬と天使の出陣

またまた土曜の更新です。

さてさて。次なる戦いをお楽しみください。



余談ですが、皆さんの思う十三鬼将のキャラクターと、自分の思うキャラクターが一致しているのが、少し不安です……。




 

 

 裏切りのジャックナイフが、榛名でのバトルを制した。この話は、瞬く間に街道の走り屋達、そして首都高の走り屋達に広まった。走り屋系の掲示板では、いくつ物スレッドが乱立する程だ。

 それを知ってか知らずか。

 魚住と君嶋は、湾岸線市川パーキングエリアに来ていた。四天王と呼ばれる内の二人が顔を揃えるケースは、滅多に無い事だ。

「とりあえずは……坂本が、勝ったらしいな」

 魚住の言葉に、君嶋は何も反応しない。

「しかし、街道に侵攻する羽目になるとは……岩崎は何を考えてるんだかな」

「……さあな。

 ただ、岩崎はすっとぼけては居るが、バカではない。少なくとも、あいつなりに考えてるんだろう……」

「考えねえ……」

 魚住は半信半疑で、愚痴っぽく言う。

「魚住……。十三鬼将全員で手を組んでバトルに挑むのは、今まで一度でもあったか?」

「言われてみれば……。個々に協力する事はあったが、全員でバトルに挑むのは今回が初めてだな」

「そういう事だ。

 坂本が言ってた通り、俺達十三鬼将は狙われる立場にある。だが、これだけ我の強い連中を集めても、まともにチームとして機能する訳が無い。

 その為に、強大な敵が必要だったんだろう。俺はそう解釈してる」

 君嶋は断言した。

「……つまり、その強大な敵が……キングダムトゥエルブって事か?」

「恐らくな……」

 首都高を知り尽くした、ベテランの走り屋ならではの見解だった。

 

 

 黒江世津子と佐々木士郎は、坂本に呼び出されるがまま、いつものカフェバーの来ていた。

「……勝ったって話は一応知ってる。んで、なんで俺らを呼び出したんだ?」

 佐々木は坂本に言った。

「わざわざ自慢しに来たんなら帰らせてよ」

 黒江は、実につまらなさそうで、スマートフォンから視線を外さない。

「……週末に、お前ら二人が遠征するって聞いたからな。

 一応、相手の連中の事だけでも伝えるだけ伝えとこうって思ったわけよ」

 意外と坂本の目つきは真剣そのものだ。

「……ほー。そのキングダムトゥエルブの連中は速いのか?」

 佐々木の言葉に、坂本はコクリと頷いた。

「あんたがヘボなんじゃないの?」

 黒江の口からは、暴言じみた返答が出ていた。

「……あんまり舐めてかかると、マジで負けるぞ?

 こっちもギリギリで勝ったようなもんだ」

 坂本は、薄氷を踏む思いだと、強く言い切る。

「……あっそ。だけどね……私は伊達に、あなたよりも長く首都高を走って無いのよ」

 そう答えた、黒江は微かに笑みを見せていた。

「…………」

 坂本も佐々木も何も言えず、ジッと黒江を見つめていた。。

「じゃ、ここは奢ってね」

 そう言葉を残し、彼女はカフェから足早に立ち去ってしまう。残された二人は、とりあえずコーヒーを飲み干した。

「相変わらず、口と性格が悪ぃな……」

 ぼやき気味に佐々木は言った。

「だな……。美人なのは認めるけど、あれじゃ嫁の貰い手が居ない訳だぜ……」

 坂本もその意見に追従する。

 

 余談はさておき、坂本から本題を切り出した

「……んでよ。佐々木は、キングダムトゥエルブに勝つ自信はあるのか?」

「…………」

 佐々木は何も答えず、取り出した煙草に火を点けた。

「お前のマシンの戦闘力は認める。

 でもな……アリストじゃ街道での勝ち目はまず無いぞ?」

 その一言に、佐々木の表情は変わった。

「……舐めんな。これでも、俺はアリストに拘って首都高を走ってきたんだぞ?」

「そんな事は分かり切ってるぜ。

 俺が聞きたいのは……」

「……うるせー!!

 テメーにガタガタ言われるされる筋合いはねーよ!!」

 そう言い放ち、佐々木は席を立ってカフェから飛び出していった。

「……ちぃ。最後まで聞けってんだよ……。

 …………考え無しで、勝てる相手じゃねぇだろうが……」

 一人残された坂本は呟いた。

 

 店を飛び出した佐々木は、愛機のアリストを走らせた。

(……くそったれ、好き放題言いやがって)

 しかし、坂本に言われたことは図星だったのも事実だ。

(……勝ち目なんて……)

 

「ある訳ねーよ……」

 力無い言葉がこぼれていた。

 

 

 赤城山、赤城道路。

 一昨年に街道サーキットとして改装され、全国各地の街道サーキットで最も新しい設備を持つ。また、この峠もとある漫画の舞台として登場した経緯がある為、赤城が街道サーキットに生まれ変わる事を待ち望む走り屋も、さぞ多かったことだろう。

 

 赤城でスラッシャーを務め“孤高の彷徨い”という異名を持つ栗原英二は、赤城を攻め込む青いJZA80が映し出されるモニターを、食い入るように見つめていた。

「……すっげぇな。五本走り込んで、常にタイムを縮めてやがる……」

 同じ車種で街道を攻める走り屋として、驚異を通り越して悪寒さえも感じていた。

 

 そして、刻まれたタイムは見事にレコードタイムを縮めていた。

 

 パドックに戻ってきた、スープラのドライバーに栗原は歩み寄った。

「レコードタイムまで刻まれちゃうとはねぇ……。これじゃスラッシャーの面目丸つぶれだよ……」

 嘆くようなセリフだが、栗原は笑みを崩していない。

「……そうですか」

 王宮十二氏、第二の刺客である“王国の劔”鶴岡半蔵は、静かに答えた。

「同じスープラ乗りとして、尊敬に値するぜ。今日走り出した癖に、何年も赤城を走ってきた俺のレコードタイムを縮めてんだからな……」

「残念ですが……僕のスープラならば、まだ2秒は縮められますよ」

 栗原に対して、鶴岡は言ってのけた。

「2秒……だと?」

 栗原の表情は、あからさまに強張った。

「サスペンションをもう少し、煮詰める必要がありますかね。低速コーナーのトラクションがもう少し必要なので、下りならばリア車高を5ミリ落とせば十分ですよ。

 それとフロントショックのリバンプ(伸び)側の減衰力も、柔らかくすればフロントタイヤの追従性も落ちないでしょうね」

 細かくセッティングの方向性を言う鶴岡に、栗原は黙って聞くのみだ。

「あとは、リアのタイヤの空気圧を少し落とせば完璧です」

「大したもんだな……まるっきりGT並みに細かくセットアップするじゃないか」

 栗原の言葉に、鶴岡はこう返した。

「……あなたもスープラに乗っているならわかりますよね?

 FRで街道を速く走る事が、如何に大変かという事を……」

「……ああ。そいつは俺も重々承知してる」

 栗原は、頷くしかなかった。

 

 

 週末。赤城道路に詰め掛けたギャラリーは、オープン以来最高の観客数を記録していた。

 赤城のレコードタイムを塗り替えた王国の劔に対峙する、ブラッドハウンド。

「あなたが僕の相手ですか……」

 鶴岡は、相手のマシンを見て少々呆気に取られていた。

「……ああ。見ての通りのマシンだが、何か問題でもあるのか?」

 佐々木は挑発するように口を開く。

「……残念ですね。

 そんなセダンが相手では……少々相手にとって不足ですから」

 余裕を伺わせる鶴岡の言葉に、佐々木の顔つきはムッとしていた。

「……そいつは好都合だぜ。

 スポーツカーをセダンでぶっちぎるのが、俺のポリシーだからな……」

「僕の仕上げたスープラに勝てると思いますか?」

「負けるつもりでバトルするバカは居ねーよ」

 売り言葉に買い言葉。しかし、ヒートアップする佐々木とは対照的に、鶴岡の表情は変わらない。

「……僕の求めるのは、完全な勝利です。

 対等な条件で走った所で、完全な勝利とは思えませんから二つハンデを与えてあげますよ」

「…………ほー」

「一つは、ヒルクライムのバトルにしましょう。その方が、重量のあるアリストにしてみればハンデが減るでしょう。

 もう一つは、あなたに先行してもらいます。追い抜ければ僕の勝ち。抜けなければあなたの勝ち。どうですか?」

「……好きにしやがれ」

 鶴岡の提案に、佐々木は憮然としながら答えた。

「……では決まりですね」

 鶴岡はニヤリと笑った。

「一個だけ忠告してやるぜ」

「何でしょうか?」

 

「お前……ハンデを与えた事を死ぬまで後悔するぜ」

 佐々木は断言した。

 

 

 

 スタートラインに並ぶ二台。前にグリッドを取った、ブラッドハウンドのJZS161アリスト。真後ろに着く、王国の劔のJZA80スープラ。

 威嚇するようにエンジンを吹かし、二基の2JZのエキゾーストノートが、赤城の山間に響き渡る。

 そして、レッドシグナルが点灯。

(……さて。スタートから頭が取れたな)

 勝ち目が無いと自覚していた佐々木に、策は有るのか。

「……お手並み拝見ですかね」

 アリストのテールを見つめる鶴岡は、まだ余裕を見せている。

 

 

 そして、シグナルがブラックアウト。

 二台のマシンが、一気に赤城道路を駆け上る。

 

 テールトゥノーズで、ファーストコーナーに飛び込む。

 先行するアリストは、十三鬼将の中でもダントツにヘビー級のマシン。その動向を、鶴岡はじっくりと観察する。

(なるほど……確かにパワーは凄いですね)

 立ち上がり加速は、重戦車でありながらスープラに引けを取らない。

(ですが……その走りでリアタイヤは持ちますか?)

 鶴岡は、コクピットで不敵に笑みを作っていた。

 

 そして、佐々木もミラー越しにスープラの動きを感じ取っていた。

(……コイツ、性格悪いな)

 佐々木は直感でそう思った。

 

 パワー勝負のヒルクライムと言えど、街道を走る上ではコーナーリングやトラクション性能は必要不可欠。

 加えて上りではリアタイヤに荷重がかかる分、FRの場合トラクションがかかる反面負担も増大する。

 

 鶴岡の狙いはそこにあった。

(……ハイパワーのFRは、どうしてもリアタイヤの消耗が苦しくなりますからね。僕の400馬力に満たないのスープラでさえね。

 首都高仕様のハイパワーFR……しかも重量のある16系アリストで、そこまで攻めたらリアタイヤは最後まで持つ訳が無いんですよ……)

 そう。鶴岡は、ハンデと称してヒルクライムを選択した。しかし、本当にハンデを与えた訳ではないのだ。

 もっとも、車重のあるマシンで街道を攻めれば、上り下り問わず基本的に不利であることは明白なのだが。

 

 アリストのテール突っつきまわす、スープラのノーズ。連結された列車の様に、ぴったりとくっついている。

(……確かに速ぇーわ。坂本のアホが言ってたのは、嘘じゃねーな)

 ルームミラー一杯に映る、スープラのヘッドライトが、佐々木にプレッシャーを与える。

 王宮十二氏に選ばれた走り屋の実力を、改めて実感してしまう。

 

(……だけどな。何も作戦が無い訳じゃねーんだよ!!)

 

 佐々木の眼光が一層鋭くなった事が、鶴岡に見えている訳がなかった。

 

 




アリストとスープラ。
2JZの甲高いエキゾーストは大好きです。皆さんは、お好きですか?

ご意見、ご感想、或いは車の話など(笑)、お気軽にお待ちしてます。




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第四夜 2JZの雄叫び

2JZマシン同士のバトルの続きです。

余談ですが、アリストにスープラの6速ミッションとサイドブレーキを移植するのは、かなり高額になるそうです(^_^;)



 

 

 赤城のピットエリアに設備されたモニターに映し出される、二台の2JZ搭載マシン。

 栗原は、両雄がコーナーを駆け抜けていく様子を食い入るように見つめていた。

「栗原さん、案外あのアリスト頑張ってますね」

 取り巻きの一人の問い掛けに対して、栗原の首は横に動いていた。

「そう見えるのは、恐らくあの鶴岡が抑えてるだけだ。

 その証拠に、区間タイムはレコードタイムよりも3秒近く落ちてる」

「……本当だ」

「確かに、アリストの野郎も決して遅くは無いが……このペースでは間違いなくリアタイヤが最後まで持たない」

「……って事は、どういうことですか?」

 取り巻きの察しの悪さに、栗原は小さくため息を吐き出した。

「鶴岡は、単にアリストのペースが落ちるのを待っているだけだ。

 あえて後ろを走っているのも、抜いた方が相手に与える屈辱感も大きいからな。確実に抜けるタイミングを見計らってる。

 随分と、したたかな男だぜ……」

 そう語った栗原は、モニターから視線を一度も離さなかった。

 

 

 スープラとアリスト。どちらも2JZ-GTEと言う日本を代表するエンジンを搭載する、トヨタの主力戦艦だった車両である。

 双方は、駆動系や足回りにはある程度の互換性もある為、アリストはスープラのセダン版と言われている。

 しかし、肝心要のベースシャーシに関しては、アリストはセダンのクラウンマジェスタがベースであり、スープラはクーペであるZ30系ソアラの設計をベースとしている部分に、大きな差が生まれる。

 アリストは2800mmとかなりのロングホイールベースであり、車重も1700kgを超えるヘビー級のボディを持つ。従って、低速コーナーの続く街道の様なコースは苦手としている。

 そして、スープラのホイールベースは2550mmと、同世代のスポーツカーの中でも短い部類に入る為、1500kgとGT-R並みの車重を誇る割に、軽快なハンドリングを見せるのだ。

 言い換えれば、スポーツカーとセダンのコンポーネンツの差が、丸々と現れているのだ。

 

 佐々木は、ミラーで後ろを見る回数が増えていく。

(……ったく、抜ける癖にあえて抜きに来ないってか? 嫌なヤローだ……)

 スタートしてから、鶴岡のスープラのノーズは、アリストのテールをロックオンしたまま変わらない。

(……もうすぐ中盤に入っていく。ここから、勾配が強くなっていく上に低速コーナーが続きます。

 もう、アリストのリアタイヤは限界でしょうね……)

 ジリジリと鶴岡は、佐々木を追い詰めていく。

 

 鶴岡のスープラは、パワーは重視せず足回りと軽量化に力を注いだチューニングを施してある。

 元々、低回転からトルクを発揮する2JZのツインターボエンジン。鶴岡のそれは、吸排気の変更とブーストアップで380馬力程度なのだが、全回転域のどこからでも加速していくフラットな特性を持つ。

 その素性を生かすべく、軽量化に力を入れて旋回性能を強化。さらに足回りの強化と細かなセッティングで、FRの泣き所のトラクションを向上。

(……街道でランエボやインプレッサに負けないスープラ作り上げる事が、僕の目標なんだ。

 首都高仕様のアリストなんかに、負ける訳が無いんだ!!)

 まさに、街道スペシャルと言えるマシンに変貌を遂げていた。

 

 

 中盤セクションのヘアピンの立ち上がりで、アリストはカウンターステアを当て始めていた。

(……コーナーじゃ逆立ちしたって敵わねーし、リアやべぇな……)

 もはや、重量級のマシンで攻めるには、リアタイヤの限界を迎えていた。タイヤトレッドは発熱し、内圧もかなり高くなっているだろう。

 佐々木のアリストは、首都高で勝ち続ける為に650馬力オーバーと言うハイパワーを絞り出している。しかし、あえて4ドアセダンにこだわる姿勢から軽量化は一切していない上で、ボディも補強している。その為、ノーマル以上に車重が増加してしまっている。

 

 湾岸線の様に完全に最高速に割り切ってしまえば、重量増はさほど負担にはならない。むしろ、車重の重さが高速域での安定感に一役買う為、軽量化しない事がデメリットばかりを生み出す訳ではない。

 しかし、街道の様な低速域では、加速でもコーナーリングでも、タイヤの負担を考えても、車重が重い事は足枷でしかない。

 

 ここまでテールを突っつき回していた鶴岡は、アリストの限界を見定めていた。

(……そろそろ、仕掛けるタイミングですね!!)

 佐々木のペースがこれ以上上がらない事を察知して、ここで勝負を仕掛けた。

 

 

「……来やがったな!!」

 しかし佐々木も、首都高のバトル巧者。奥の手を一つだけ用意していたのだ。

 

 

 右へアピンの進入で、アリストは大きくテールスライドし、挙動を乱した。

(……タイヤがバーストしたのか!?)

 これまで見せない動きに、鶴岡は目を見開く。

(いや……違う!!)

 しかし、アリストはコース内に踏みとどまって、大きなカウンターステアをキープ。

 そして、強大なエンジンパワーに任せて、リアタイヤを空転させて立ち上がる。大きな白煙を巻き上げながら、続くコーナーまでドリフト状態をコントロール。

 立ち上がりは、ハイパワーでホイールスピンを誘発させて、コース内を真っ白に染めてしまう。

(……こうすりゃ、前が見えねーだろ!!)

 佐々木の起死回生の一手。

 それは、ハイパワーFRの特権である、ド派手なドリフトだ。

 

 深いドリフトアングルでラインを塞ぎながら、猛然と白煙を巻き上げる重戦車。

(ま、前が見えない!!)

 スープラのヘッドライトが照らすのは、白い煙の壁のみ。視界を遮られ、鶴岡はアクセルを踏めない。

(こんな、バカげた手段を使うなんて……)

 鶴岡は度肝を抜かれるしかなかった。

 

 

 一見、ヤケになった様にも感じる佐々木の作戦だが、アリストと言う重量マシン故に正攻法では勝ち目がない。仮に前に出てブロックした所で、タイヤが消耗してしまえば狙ったラインはトレース出来ない。

 だからこそ、あえて派手で深いアングルのドリフトでラインをブロック。更にタイヤスモークで煙幕を張って、後追いの視界を遮ると言う作戦を組み立てたのだ。

(……こんな走り方を追いかけた事がない)

 何よりも鶴岡は、完全なグリップ派。これまでの走り屋人生の中で、ドリフト走行の後ろを走った事が無かった。

 

 佐々木は、アクセルべた踏みで赤城道路の、直線部分もコーナーも流しっぱなしでクリアしていく。赤城のドリフト野郎のお株を奪うその走りで、鶴岡を翻弄させる。

(……俺らは、速い走りだけじゃねー。魅せる走りも出来るんだぜ!!)

 その派手な走りに、無数のギャラリー達は圧倒された。

 

 後方を追走する鶴岡だが、前が見えない上に、先行するアリストのドリフト走行に惑わされて、リズムを組み立てられない。

(クソ……こんな手を使ってくるなんて……)

 想定外の事に、鶴岡はなす術が無かった。

 

 

 ブラッドハウンドのアリストは、タイヤスモークを途切れさせる事無く、赤城のゴールラインを駆け抜けていった。

「……オッケーィ!!」

 佐々木は、コクピットの中で左腕でガッツポーズを作った。

 まさかの展開に、赤城のギャラリー達は、どよめきにも似た歓声に包まれていた。

 

 

 パーキングスペースに停車し、戦い終えた二台が対峙する。

「……まさか、あんな作戦を使ってくるなんてね……」

 鶴岡の顔つきからは、悔しさがにじみ出ていた。それは、佐々木の戦略に対するものなのか。あるいは、想定外の事に対応しきれなかった、自分への不甲斐なさなのか。

「……言ったろ? ハンデを付けた事を死ぬまで後悔するってな」

 そう言った佐々木は、煙草をくわえて勝利の一服を味わった。

「……FRにこだわって街道を走ってきた僕が、同じ駆動方式の車に負けたのは初めてですよ……」

「……あんたさ。FRにこだわる割に、ドリフトしねーのか?」

「しませんよ。遅くなるだけですし……」

「その割には、抜けなかったじゃねーか」

「…………」

 佐々木の言葉に、鶴岡は何も答えられない。

「ま、ドリフトが遅くなるなんざ、俺だって重々承知してる。

 ……だけどな。派手なドリフトこそFRの特権だ。あんたがドリフトするかしないかともかく、ああいう走りは覚えといて損はないぜ?

 タイヤが終わっちまったけど、理屈抜きに面白れーしな」

「……嫌味ですか?」

「別に、そんなんじゃねーよ。俺の考え方だ。

 少なくとも、あんたが俺に勝てなかったのは、腕や車の差じゃねー」

「…………だとしたら、その差は何ですか?」

 鶴岡の問いに、佐々木は煙草をくわえた口元をニヤリとさせてから、こう答えた。

 

「……場数の差だ。

 少なくとも、俺はあのアリストに拘って、首都高を走ってきた。例え相手がどんなマシンでもな。

 スポーツカーもスーパーカーも、ぶっちぎってきたんだよ。俺達はな……」

 

 佐々木の言葉に、鶴岡は吹っ切れた様に呟いた。

「……次に走る時は、負けませんしハンデも与えません。

 今日の負けは……僕の驕りが敗因ですから……」

 

 

 榛名に続き、ブラッドハウンドが勝ち星を挙げる。十三鬼将が立て続けに勝利を収めた。

 

 

 

 赤城山から最寄りのコンビニエンスストア。

(……あのセブンは)

 帰路についた佐々木に見えたのは、駐車場に止まる坂本のFD3Sだった。

 

 駐車場に飛び込むと、アリストの姿に気が付いたようで、坂本も車から降りてきた。

「……よー。わざわざここまで来てんのは、出番が終わって暇だからか?」

「まあな。お前の負ける様を見届けにな」

 佐々木は右ウインドーを下げながら悪口を叩くと、坂本も減らず口で返す。

「……ま、何とか勝ったみたいだし、サーティンデビルスの面目は保ったんって訳だ」

 坂本はそう言いつつスマートフォンで、走り屋系掲示板のあるスレッドを見せた。

 そこに書かれたタイトルは“十三鬼将vs王宮十二氏 赤城の勝負は十三鬼将が勝った!!”と記載されている。

「ふん、ラクショー……って言いたいとこだが、今回はツキが回ってきただけだ」

 そう呟く佐々木。その顔には疲労感が浮き出ていた。

「……勝ちは勝ちだろ」

 坂本はそう言いながら、右手をスッと上げた。

「ふん……」

 鼻を鳴らしてから、佐々木も同じように右手を上げる。

 

 そして、パン、とハイタッチを交わした。

 

「……そういや、裏六甲で黒江もバトルしてるんだったっけな」

 佐々木は思い出したように口走った。

「そうだったな。まぁ……アイツならそう簡単には負けねぇと思うけどな……」

 坂本もそう同調してから、スマートフォンで再び走り屋系掲示板のホームページを開いた。

「……結果、出てるか?」

 佐々木に急かされるが、坂本は無言のままスマホの画面を見て固まっていた。

「どうなんだよ?」

「…………黒江、負けたってよ」

「……マジ!?」

 

 

 “ユウウツな天使”が敗北したという一報。

 キングダムトゥエルブの反撃が始まった。

 

 




次回は、皆さんも苦戦したであろう(?)ユウウツな天使の登場です。

首都高バトルの中でも、人気のあるライバルですが……。


ご意見、ご感想、クルマ談義等、お気軽にお待ちしてます( ̄▽ ̄)


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第五夜 裏六甲の激闘

正月休みに入りましたので、投稿します( ̄▽ ̄)


貧乏なので、大人しく家で執筆したいと思います(^_^;)




 

 ブラッドハウンドが勝利を上げた、同じ夜。

 赤城から遠く西に離れた“裏六甲”は、関西でも屈指の猛者が集まる、街道サーキットである。

 かつての走り屋黎明期の頃から、関西でも一、二を争うハイレベルなスポットだった過去が有る分、西日本の街道の走り屋達の中心地と言っても過言ではない。

 

 深夜。山頂のパーキングスペースに停車する三台のマシンと四人の走り屋達に、ギャラリーの視線が注がれていた。

 裏六甲のスラッシャーである“メタルウィザード”の天童雅也が駆る、NA2NSXタイプS。

 キングダムトゥエルブ第三の刺客“グラディエーター”こと、根府川吉宗の愛機GC8インプレッサWRX-RA・STIバージョンⅢ。

 そして、十三鬼将の“ユウウツな天使”の異名を持つ、黒江世津子のマシンS15シルビアスペックR。

 いずれも、名の知れ渡ったビッグネームの走り屋達だ。

「……よう来てくれはったな。俺が、ここのスラッシャーを張っとる、天童ゆーもんや。

 今夜のバトルの立会人やらせてもらうで」

 天童のあいさつに、黒江は何も反応しない。それどころか、興味なさそうにスマートフォンを弄っているありさまだ。

 付き添いで来ている、川越は黒江を肘で突っついた。

「ちょっと……あんたも何か答えなさいよ」

 そう言われて、黒江は視線をやっと前に向ける。

「……私の相手は?」

 そう呟いて、周囲を見渡す。

「あんたの相手はこの俺だぜ」

「ふーん……」

 根府川がそう名乗るが、黒江は実に興味なさそうで、再びスマホに視線を戻す有様だ。

(舐めとんのかこのアマ……)

 根府川の眉間に縦皴が出来ていた。

(何とかならないのかしらこの子……)

 川越も肩を竦めてお手上げと言った様子だ。

(見た目はメッチャ好みやねんけど、こりゃ性格があかんで……)

 立会人の天童でさえ、呆れ果ててしまう。

 

 すると、黒江はスマートフォンをスリープモードに落として、根府川と視線を交える。

「さ……始めましょ」

 先ほどの気怠そうな雰囲気を一変させ、マジな目つきを見せるユウウツな天使は、戦闘モードに入っていた。

「……上等」

 もっとも、根府川は裏六甲に来てから、ずっと戦闘モードだったに違いない。

 

 

 頂上のスタートラインに並んだ、ソリッドホワイトのインプレッサとパールホワイトのシルビア。90年代後半を代表する、5ナンバーの2リッタースポーツカーである。

 比較的コンパクトなボディに加え、ターボエンジン搭載車。故に、多くの走り屋達に愛されるマシンである。

 

 

 レッドシグナルが光ると、水平対向のEJ20と直列4気筒のSR20のエキゾーストノートが、六甲の山々に木霊する。

 そして、シグナルブラックアウト。スキール音とゴムの焦げた匂いを残して、二台のマシンが裏六甲の街道を駆け下りていく。

 ヘッドライトの残像を見つめながら、天童はポツリと呟いた。

「……さーて。どないなるかな」

 それが聞こえたようで、川越は一言告げた。

「あの子は……速いわよ」

 その言葉に、天童は何も答えなかった。

 

 

 裏六甲は、各地の街道サーキットの中でも特にトリッキーかつテクニカルなレイアウトをしている。

 特に下りではタイヤやブレーキにかかる負担は大きく、裏六甲で速く走るにはトータルバランスに優れたチューニングが必須なのだ。

 先手を取ったのは、当然インプレッサだ。1200キロ台の軽量なボディを持ち、尚且つ4WDの優れたトラクションを誇る。スタートダッシュでシルビアに引けを取る訳にはいかないのだ。

(……まずは先行だ。このまま、逃げ切ってやる!!)

 根府川は先行逃げ切りを狙い、インプレッサに鞭をくれる。

 

 追うは黒江。

「……まってなさい」

 不気味に呟くと、ファーストコーナーからギリギリのレイトブレーキングで応戦する。

 一気にインプレッサのテールに喰らいつく。が、立ち上がりでの加速で再び離される。

(……だから四駆は嫌いなのよ)

 一気に遠ざかるテールランプに、黒江は思わず舌打ちを出していた。

(シルビア如きに……負けてたまるか!!)

 しかし、根府川にも意地があった。

 

 GC8インプレッサは軽量コンパクトな4WDマシンの代名詞と言える存在で、WRCでも長きに渡り活躍した。同時期にデビューしたランサーエボリューションとは、良きライバルとして切磋琢磨しあい、より性能を高めていった事は誰もが知る所だ。

 インプレッサの最大の武器は軽量コンパクトな事だけではなく、水平対向という低重心なエンジンレイアウトが生み出すマシンバランスの良さにある。

 本来のFFベースの場合、直列エンジンでは室内空間を確保する為に、横置きのレイアウトを選択する場合がほとんどだ。しかし、コンパクトで低重心の水平対向エンジンの場合は、より低く短く搭載する事が可能になり、室内スペースを犠牲にすることなく縦置きのレイアウトを選択する事が出来るのだ。

 そのコンポーネンツは、スバル1000に始まり、レオーネ、レガシィ等、スバルを支えてきた車種から、代々受け継がれてきた。熟成の進んだそのシャシーは、それまで4WDの苦手としていたコーナーリング性能を克服。 一躍、国産最強クラスと同等の戦闘力を手に入れたのだ。

 

 軽快なフットワークを見せながら、ツイスティーな裏六甲のコーナーをクリアしていく根府川のインプレッサ。

(……こういうツールドコルスを彷彿させる峠コースは、インプレッサが最も得意とするコースだ。テールスライドしか特技の無いFR車等恐れるに足らん!!)

 

 GC8インプレッサは8年間生産される間、毎年モデル改良が行われており、その度に“アブライトモデル”いう記号で呼ばれている。GC8のそれはA型からG型まであり、根府川の選んだモデルはD型のWRX-RAのSTIバージョン。

 インプレッサの中でも、もっともじゃじゃ馬的な性格を持ち、初めて国内自主規制の280馬力に到達したモデルだ。かの新井敏弘が“乗りこなせば一番速い”と言わしめたモデルなのだ。

 

 もちろん、WRCで戦う為に生まれたマシンだけあり、そのマシン特性は峠にベストマッチなのだが、当然ながら根府川は峠での戦闘力を上げる為のチューニングを施している。

 

 元々軽量なボディを更に軽量化。そして、GDBインプレッサのブレンボキャリパーを流用しストッピングパワーを確保。GC8の泣き所であるミッションの弱さは、これもGDB用の6速ミッションを流用して、強度とギア比の適正化を施している。

 元々パワーに不満の無いEJ20だけに、パワー面はブーストアップ程度。むしろ、冷却類と補器類の強化を施して、耐久性と扱いやすさ重視したエンジンに仕上げた。加えて、足回りの強化で、元々素性の良いハンドリングに磨きをかける。

 

 これこそ、トータルバランスの取れた、峠最強と言えるパッケージング。それに加え、根府川と言うインプレッサのスペシャリストが操る事で、街道で無敵の実力を誇るのだ。

 

 

 根府川のインプレッサを追走する事は、ユウウツな天使であっても簡単な事では無かった。

(……坂本のバカ。こんなに速いなんて、聞いてないわよ……)

 内心で不満を漏らすが、黒江も詳しく話を聞かず帰ってしまった訳なのだが。

(こっちも、目一杯で走らなきゃ……離されるわ)

 立ち上がりでのトラクションに勝ち目が無い分、黒江はギリギリのブレーキングでインプレッサに食い下がる。

 

 S15シルビアのチューニングと言えば、真っ先にD1GP等に代表されるコンテスト系ドリフト仕様を多く浮かべる人も多いだろう。しかし、S13、S14、S15のシルビアは三代に渡り、ドリフトのみならず、ゼロヨン、タイムアタック、最高速、草レース、そしてカスタム等、あらゆる場面でベース車として活躍してきた。

 もっとも、同世代の手頃なFR車が、少なかったという理由も有るのだが。

 理由はさておき、あらゆる種類のチューニングソースがあるという事。これこそが、シルビア最大の特色であり、武器であるのだ。

 

 黒江自身、三世代のシルビアを乗り継いできたシルビアマイスターだけに、シルビアの長所も短所も分かり切っている。

(……S15こそ、最高のシルビアなの。あんな、インプレッサに負ける訳にはいかないのよ!!)

 だからこそ、負けたくないのだ。

 

 裏六甲も中盤のエリアに差し掛かる。

(……ここは、インベタだ)

 根府川はそう判断。大きく曲がり込む左コーナーで、インプレッサがブロックラインを通る。

(そういう手なら……アウトからよ!!)

 その動きを見て、黒江はアウトから大外刈りで勝負をかける。

 二台が並列して、コーナーを駆け抜ける。

(アウトから、抜ける訳が無い!!)

 しかし、根府川は抜かれない自信があった。

 ブレーキングから正確なヒールアンドトゥを使い2速へシフトダウン。そして、左足ブレーキを巧みに使い、フロント荷重を抜かずクリッピングポイントを舐めて立ち上がる。

(……ここは3速キープよ!!)

 一方の黒江は、3速のままインプレッサと並らんで立ち上がる。

 

 2台サイドバイサイドの加速。一瞬インプレッサがノーズを前に出すが、シフトアップの瞬間に、一気にシルビアが追い上げる。

(……くそ。伸びは向こうが上か?)

 EJ20に劣らない加速を見せるSR20DETに、根府川は顔を苦々しく歪めた。

 

 SR20に代表されるSR系のエンジンは、日産のエンジンの中でも多くの車種に搭載される。言わば、大衆車向けのエンジンと言える立場にある。

 アルミ製ブロックを採用したコンパクトで軽量なエンジンという事に加え、部品点数が少なく内部までチューニングしやすいと言う、大衆エンジンならではのメリットもある。

 往年のTSレースを戦った、110系サニー等に搭載されたA12型エンジン。80年代のゼロヨンや最高速ステージを荒らしまわったL28型エンジン。これらも同様に、大衆向けのエンジン故に数多く出回り、数多くのチューナー達がベースエンジンとしてチューニングを進めていったのだ。

 

 黒江のシルビアのSR20DETは、排気量を2、2リッター化しカムのプロフィールもよりパワー重視の物に変更。しかし、ボールベアリングタービンとECUのセッティングを中速域で力を発揮するようにした。

 元々SR20はアルミブロックを採用する為、ハイブーストで高回転まで回すとエンジンブローを招くリスクが、鋳鉄のブロックを持つエンジンよりも遥かに大きいのである。

 その為、ピークパワーは450馬力だがトルクは50キロ以上をマークするという、広いパワーバンドを持つエンジンに仕上げたのだ。

 だからこそ、一つ高いギアを選択したままコーナリングスピードをキープ出来る。

 

 

 インプレッサとシルビア。互角の加速のまま、続く左のヘアピンのブレーキング勝負に備える。

(ブレーキングなら……私に分があるわよ!!)

 黒江は、ここまでブレーキングで差を詰める走りを見せているだけに、絶対的に自信を持っていた。

 

 そして、2台は同時にブレーキングを開始。

(……奥の手は、こういう時の為にあるんだぜ!!)

 

 インプレッサのノーズが一瞬アウトに向き、直後に思いっきりインに切り込んでいく。

 そして、先にコーナーに飛び込んだのは、根府川のインプレッサだった。

「……嘘でしょ!?」

 ブレーキング争いに負けた黒江は、我が目を疑った。

 

 根府川の使ったのは、フェイントモーションと言うラリー特有のテクニックだ。

 一度コーナーとは逆方向にノーズを向けてから、コーナーに進入するもの。振り子の原理を利用して、意図的に大きなヨーモーメントを起こしオーバーステアを誘発させる技。

 旧来のアンダーステアの強い4WD車で、アンダーステアを封じる為に使われる高等テクニックだ。

 これは低ミュー路などで良く使われる他に、ドリフトの進入技の一つに数えられる。

 

 アウトから、突っ込み勝負を制した根府川のインプレッサは、立ち上がりのトラクションで再び前に躍り出た。

(くそっ!! ブレーキング勝負なら負けない筈だったのに!!)

 黒江は思いがけず、左手でハンドルを叩いてしまう。

 

(……あんまり多用すると、ブレーキとタイヤが持たないからな。こういう技はここ一番で使うもんだぜ)

 対照的に、根府川は得意げに笑みを作っていた。

 

 二台はテールトゥノーズのまま、裏六甲のダウンヒルを駆け抜ける。

 

 

 そして、ゴールラインまでインプレッサは前を譲る事無く駆け抜けたのだった。

 

 

 激闘を繰り広げ、ギャラリーも大半が帰路についた。しかし、根府川と天童はふもとのパーキングスペースに佇んでいた。

「……ええモン見せてもろうたで」

 天童はそう言って、根府川を称えた。

「……確かに勝ったがな。だが……こっちもギリギリで勝てただけ。勝負は時の運って奴だ」

 根府川は、頭上の空を見上げながら言った。

「そない、謙遜せんでもええやんか」

 そう答えながら、天童は根府川の肩に、ポン、と手を乗せた。

「……っ!?」

 その瞬間、ある事に気が付いた。

(コイツ……こない冷たい汗を……)

 根府川が、如何に強いプレッシャーの中で戦っていたかを、初めて理解した。

 

 

 黒江のS15は、新名神高速を名古屋方面に走っていた。もう少しで、京都と三重の県境だ。

 ステアリングを握るのは、付き添いの川越。オーナーの黒江は、よほどバトルで疲れたのか。高速に乗ってから、助手席を倒して横になったままだ。

(……よっぽど、負けたのが応えたのかしらね。一言もしゃべらないわ……)

 オーディオから適当な音楽を流しながら、川越は東京を目指す。

 

「……ムカつく」

 

 黒江は、ポツリと呟いた。その一言に、全てが集約されていると。川越はそう思えてならなかった。

 

 

 キングダムトゥエルブが十三鬼将に一矢報いのであった。

 

 

 




バトル結果はバラしてましたが、内容はいかがでしょうか?

個人的には、インプレッサはGC8がヤンチャっぽくて好きですね( ̄▽ ̄)


ご意見、ご感想、車談義など、お待ちしてます( ̄▽ ̄)


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第六夜 街道の曲者

年内最後の投稿です。

意外性のある組み合わせにしてみました。


 

 

 事の発端は、岩崎が街道を侵攻すると言い出す一週間前の北海道旅行にあった。

 場所は北海道小樽市の小さな食堂から始まった。

「……いやー。やっぱり北海道の食い物は、ホント美味いわー」

 満面の笑みを浮かべながら、旬の海の幸を堪能する。

「喜んでもらえて何よりよ。岩崎君」

 体面に座る可憐な女性が、岩崎をもてなしているようだ。

「何か悪いねー、堀井ちゃん。こんなにご馳走になっちゃってさ」

「良いのよ。私もこっちに戻ってきた事、言ってなかったし」

 堀井と呼ばれたこの女性の正体は、堀井真紀。“孤高なる女帝”と呼ばれる、街道の走り屋達の重鎮の一人。

 かつて、街道で激速の女性走り屋のみで構成された“LOVERS”を率いて、クイーンとまで謳われた走り屋なのだ。

「相変わらず、GT-Rも調子良さそうだし。ちょっと運転させてもらったけど、メンテナンスもきっちり行き届いてるぜ」

「そりゃね。ああいうマシンは、マメに手入れしないとすぐに調子悪くなっちゃうもの」

 岩崎と堀井は、お互いにR34GT-Rのオーナー同士。そこそこに交流のある仲でもあった。

 

「岩崎君……。ここで本題に入っていいかしら?」

「……?」

 改まった様子で、堀井は聞きただした。

 

「……覇魔餓鬼。覚えてる?」

 

 その名前を聞き、岩崎の表情がグッと引き締まった。

 そして、堀井は話を続ける。

「……彼が何かを企んでるみたいね。しかも……街道で有力な走り屋達を集めてるそうよ。

 きっと……貴方の事を狙ってるでしょうね」

「…………ほー。堀井ちゃんの所にも、その話は来たの?」

 岩崎の質問に対し、堀井の首は縦に動いた。

「ええ、来たわ。でも……なんとなく、乗る気にならなくてね……」

 そう答えた。そして、こう続けた。

「覇魔餓鬼を……止めてほしいの」

 堀井のその問いに、岩崎の出した答えは。

 

「……ま、狙いたいんなら好きにさせりゃいいさ。

 だけど……簡単に狩れると思われるのも癪だしな」

 岩崎は、口元をニヤリとさせてから、はっきりと断言した。

 

「……狩られる前に狩ってやるさ」

 

 

 

 竹中敦也は、“スティールハート”と言う異名を持つ、JZA80スープラを駆る首都高の走り屋だ。

 高身長に加えて、俳優業でもこなせそうなイケメン。恐らく、十三鬼将の中で女性人気が最も高い走り屋だと言える。

 もっとも、寡黙かつ、走りにストイックな性格が災いして、そう言った浮いた話は全くない。本人もあまり女性に興味を示さない事もあるのだが。

(……俺のスープラは、例え首都高でも街道でも勝負できる仕上がりをしているんだ。

 相手が誰であっても……負けない)

 夜にも関わらず、自宅のガレージ内では明かりが灯っている。来たる決戦に向けての、愛機の整備に余念がない。

 

 そこへ差し入れを持ち込んだのは、同じ十三鬼将の兼山大吾だ。

「よう、敦也。やってるか?」

「おー。わざわざ、来てくれたのか?」

「まぁな。腹も減ってるだろうしと思ってよ」

 そう言いながら、兼山はホカ弁とお茶の入ったビニール袋を見せる。それを見た瞬間、竹中は空腹である事を思い出した。

「……サンキュー」

 軍手を外し、遅い夕食を取る事にした。

 

 十三鬼将の中で、基本的に走りに関すること以外で交流することは無い。ただし、竹中と兼山だけは例外になる。

 何せ、この二人は中学時代からの友人同士で、兼山を走りの世界に引きずり込んだのは竹中本人なのだ。

「なぁ、大吾……」

 竹中は、弁当を半分突っついた辺りで、不意にしゃべりかけた。

「どうしたんだよ?」

「……次に走る相手から、場所の指定があったんだ。

 わざわざ、インターネットの掲示板に書いてくれてたんだぜ?」

「ほー……。随分と、大胆な真似してくるな。んで、どこで走る事になったんだ?」

 少しだけ間を作ってから、竹中は答えた。

「……碓氷だ」

「……そうか。頑張れよ」

「ああ……。負けないさ」

 竹中と兼山はそれ以上何も言わなかった。

 そう。岩崎の言っていた“当たりくじを引いた奴は何処かのショートコースを走る”と言う言葉。

 当たりを引き当てたのは、スティールハートだったのだ。

 

 

 三日後。碓氷峠。

 かつてとあるレーサーが、アマチュア時代にテクニックを磨いていたとされる、伝説と由緒の有る峠である。

 現在は街道ショートコースとして生まれ変わり、そのテクニカルな舞台で、多くの走り屋の腕試しとドラテク特訓の場として君臨している。

 

 ショートコースと呼ばれる街道サーキットの特徴は、元来の街道サーキットと比べややコースが短い事。それに加え、営業は昼間しかされていない事。ただし走行料金的には、街道サーキットと差は無い割に、設備面では見劣りする部分が多い。

 ややマイナーな感が否めないとは言え、往年の峠を彷彿とさせるショートコースを走り込む走り屋も数は多い事も事実だ。

 

 快晴の碓氷峠。頂上のパーキングで待ち構えるのは、第四の刺客“鋼の琥珀石”の異名を持つ相馬秀吉。王宮十二氏の中で最年長であり、各街道サーキットを荒らしまわってきた、ベテランの走り屋だ。

「……来たな」

 山頂にまで届く、直列6気筒エンジンのエキゾーストノートが、相馬の聴覚を刺激した。

 

 現れたダークグリーンのスープラは、その獰猛な牙を隠すことなく、パーキングにその身を滑り込ませた。

 停車したマシンから降りた時、竹中はあるマシンの存在に気が付く。

(……SA22CのRX-7。内藤さんの言ってたマシンだな)

 何台かのマシンの並ぶ中でも、唯一と言える旧型のマシン。しかもボディーカラーは艶の無いサフェーサー(塗装の下地剤)のまま。しかし、そこから放たれる独特なオーラは、間違いなくホンモノの匂いがしていた。

 

「……あんたが、十三鬼将の走り屋さんかい?」

 相馬は、対峙する竹中に聞く。

「……ああ。今日は、良いバトルが期待できそうだね」

 竹中はお世辞で言った訳では無い。自身の直感が、そう告げているのだ。

「俺は、相馬秀吉ってもんだ。

 車はちょっとばかり古臭いが、舐めると痛い目をみるぜ」

 相馬は愛機のSA22C型RX-7を、親指で指しながら自信を見せる。

「俺は竹中敦也。

 むしろ、そういう古いマシンに拘ってる奴ほど、曲者が多いからね。特に、あなたの事は……内藤さんから聞いているんでね。

 敬意を表して、全力でバトルさせてもらうよ」

 竹中も、ニヤリとした笑みを見せていた。

「ほー……俺もアンタの事を内藤から聞いてるぜ。

 首都高でも相当な実力だとな。おかげで、クルマ見た瞬間にピンときたもんよ」

 

「……ま、すぐにでもバトルに移りたいところだが、ちょいと一人だけ紹介させてもらうぜ」

 相馬がそう伝えると、一人の女性が歩み寄ってきた。

「……あなたは?」

「初めまして。このバトルの立ち合い人をさせてもらう、堀井真紀です」

 その美麗な女性は、そう名乗った。

「……存じ上げてますよ、孤高なる女帝とね。

 街道の大物が見届け人とは、随分と豪勢なキャスティングだね……」

 竹中は感心しきりだ。

 

「そんじゃ、役者も揃ったところで、始めようぜ」

「ええ。望む所ですよ……」

 相馬の言葉に、竹中は同意する。

 

 

 碓氷峠、下りスタートライン。

 2JZとロータリーが、威嚇しあうように吠える。

(……SA22を選ぶ時点で普通とは思わないけど……エキゾーストノートは尋常じゃないね)

 耳に届くロータリーサウンドから、竹中はそう勘繰っていた。

(……スープラが相手か。久しぶりに血が騒ぐ……コイツは間違いなく速いぜ)

 そして、相馬もまた未知の敵に、興奮を抑えられなかった。

 

 

 レッドシグナル点灯……そして、ブラックアウト。

 上手くスタートを決めた竹中は、1コーナーまでの加速で先手を取った。しかし、相馬のRX-7も食い下がる。

(……やるねぇ。首都高の猛者ってだけはあるぜ)

 不敵に笑みを浮かべる相馬は、ファーストコーナーを攻め立てるスープラの挙動をじっくりと見定めていた。

 

 続く2コーナーの飛び込みで、二台の差は約一車身程度。

(こういう時は、先手必勝だぜ!!)

 相馬の視線が、一層鋭く研ぎ澄まされた。

 

 殆どまっすぐな道の無い碓氷峠。

 コーナーを立ち上がった瞬間には、中速の左コーナーが迫りくる。

(……こういう、緩やかなコーナーは、スープラが一番得意とする部分だ!!)

 先行する竹中は、理想的なアウトインアウトのラインをトレースする様に、アウト目一杯からチョンブレーキでアプローチを開始。

(……いただき!!)

 しかし、そのイン側を目掛けて、相馬はノーブレーキで飛び込んできた。

「……嘘!?」

 竹中は思わず口走った。

 しかし、インを取られた時点で、なす術は無い。旧型とは言え、RX-7のコーナリングワークは健在だった。

「……どんなもんよ!!」

 立ち上がりで、ノーズを前に出されて右に曲がり込む4コーナーで、相馬が前に出る。

 

 日本刀の如き、鋭いコーナーリングワークで、相馬のRX-7が序盤にしてオーバーテイクを決めた。

 竹中自身、バトル開始直後にオーバーテイクされた経験は皆無だ。

(これは……とんでもなく厄介な奴を相手にしてしまったな)

 思わず苦笑いを浮かべてしまう程、相馬の実力は計り知れなかった。

 

 街道のようなトリッキーなコースでオーバーテイクを決める事は、余程マシンの性能やドライバーのテクニックに差が無ければ、まず不可能だ。

 古いとは言え、SA22CRX-7自体コーナリング性能に関しては、現代のマシンの水準で見ても高いと言える。

 しかし、竹中のスープラも決してコーナリングが苦手なマシンではない。同世代のマシンの中でも、ハンドリング等は軽快であり、特に中速コーナー等ではFD3SやNSXを追いかけまわせるだけの性能を秘めている。

 

 ならば、何故相馬がオーバーテイクを決めたのか?

 

 一つは、マシンの重量の差。

 竹中のスープラは軽量化を進めてると言っても、実測の車重は1400キロ近くあり、重い部類に入る。

 そして、相馬のRX-7は現代のマシンとは比べ物にならない程、軽量でコンパクトなボディを持つ。カタログ値でも1000キロ少々のマシンを、ギリギリまでダイエットさせて、その車重はなんと900キロ程度。

 500キロと言う重量の差は、易々とパワーで埋められる物ではない。

 

 そしてもう一つが、バトルはまだ序盤だと言う事。

 オーバーテイクを決める上で、相手との駆け引きは重要なファクターである。

 まだ相手の手の内の読めない序盤で、オーバーテイクを仕掛けるのは極めてリスクが高い。場合によっては、ダブルクラッシュ。あるいは単独で自滅してしまう事も、珍しくは無い。

 ただし。

 裏を返せば、相手の隙を突く事も出来る為、極端にハイリスクながらハイリターンを得る事も可能だ。

 相馬は、竹中が相当な実力者であると踏んで、あえて序盤で仕掛けたのだ。

 

(抜かれたけど……。まだ、ゴールまでの距離は有る。

 ……絶対に、抜き返して見せる!!)

 竹中は、逃げるRX-7のテールランプを、鋭く睨みつけた。

 

 

 




次回は、年明けに投稿予定です。

オールドマシンに拘る走り屋は、実力者が多いイメージがありますねー。



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第七夜 意外な幕切れ

あけましておめでとうございます。

今年も、この作品をよろしくお願いします。



 

 

 先行して逃げるSA22C型RX-7は、碓氷の様なテクニカルな街道サーキットでは、水を得た魚と同じだ。

(……ついていくので目一杯)

 首都高で馴らした竹中と、スープラをもってしても、追いかけるだけで必死になってしまう。

(内藤さんの言ってた通りだ……)

 

 

 碓氷に向かう直前に、竹中はある所へ寄り道していた。

 そこは工業地帯に店舗を構える、小さな自動車整備工場。その店の名は内藤自動車。“追撃のテイルガンナー”の異名を持つ、内藤健二が経営しているのだ。

 さびれた店舗に、くたびれた看板。それに似合わない、ピカピカに磨かれたFC3SのRX-7が鎮座してる。店主の腕前はピカイチで、十三鬼将の面々のマシンを整備する事も多々あるそう。

 

 まだ夜が明けない時刻。竹中が出撃する前に、一度寄ってほしいと、内藤直々に連絡があった。

「悪ぃね。早くいきたい所だろうけど、一個だけ伝えときたい事があってな」

 店先で、内藤は缶コーヒーを飲みながら言った。

「大丈夫ですよ。所で、話って何ですか?」

 竹中は特に気にする様子もなく、内藤に呼び出した理由を問いただす。

「おう。今日、お前と勝負する“鋼の琥珀石”……相馬秀吉の事だ」

「…………」

 竹中は何も答えないが、表情はグッと引き締まっていた。

「あいつとは、古い知り合いでな、SA22に乗ってる。

 セブンに乗ってる同士だから、そこそこ情報交換とか、パーツの売買もある仲だ。

 ただ……少なくとも、セコイ走りとか汚い真似をする様な奴じゃない。それは確かだ」

「そうですか……。では、一つ聞きます。

 その人は速いですか?」

「相当速いな……。少なくとも、俺と街道での勝負なら……三対七か二対八くらいで分が悪ぃな」

 内藤にそこまで言わせる走り屋は、少なくとも竹中は聞いた事が無かった。

「でもよ。相馬のヤローにも伝えといたぜ。

 こっちの若い衆も、滅茶苦茶速いってな」

 内藤は、ニヤッとしながらそう言った。

「……お気遣い感謝しますよ」

 竹中は、溜息交じりで答えるしかなかった。

 

 

 何とか食い下がってくるスープラを、相馬はミラー越しに確認していた。

(内藤の野郎の言ってた通りだな。街道で、俺にここまで食い下がってくる奴はそうそう居ない……)

 内心で、十三鬼将に敬意を表していた。

 

 

 1978年。オイルショックや排ガス規制などが続き、日本のスポーツカーは危機にあえいでいた。特に、高出力で燃費の悪いロータリーエンジンは槍玉に挙げられる有様だった。

 しかし、そんなマツダが満を持してデビューさせたのが、SA22C型初代RX-7だ。

 流麗でスタイリッシュなボディ。低く構えたノーズとリトラクタブルヘッドライト。一目見て、スポーツカーと分かるスタイルに搭載された、ロータリーエンジン。

 当初は“プアマンズポルシェ”等と揶揄されたものの、モーターの様に軽々と回るロータリー特有のエンジンフィーリングと、優れた前後重量バランスが生み出す軽快なハンドリング。SA22C型RX-7は、国産を代表するコーナリングマシンの系譜を作り上げた、偉大なる名車なのである。

 

 相馬秀吉もそのマシンに魅せられ、ロータリーエンジンにほれ込んだ一人である。

 自らプライベーターとして作り上げたSA22Cは、元々軽量なマシンを、更に軽量化しボディも十分に補強し剛性を確保。

 フロントストラット式、リア4リンク式と言う旧世代マシン故の足回りの設計の古さも、自作の車高調とブッシュ類のフルピロ化によって、タイヤの運動性能を引き出せる様スープアップ。ショートホイールベースかつナロートレッドなボディと相まって、峠の様なツイスティなコースでは、無敵のコーナリングを披露する。

 意外にも、ブレーキはパッドとローター、そしてブレーキホース程度で止めてあるのは、軽い車重が幸いしているに違いない。

 そして、決め手のエンジンは、12Aよりパワーが上がり、尚且つ部品も豊富な13Bに換装。

輸出用の高圧縮のローターを組み合わせたNA仕様で、ポートはペリフェラルポート加工。決め手は、ウエーバー48パイのダウンドラフトのキャブ仕様。アクセルに忠実に反応するエンジンは、まさしく80年代に一世を風靡したチューニングその物なのだ。

 丸でタイムマシンで持って来たかのようなチューニングにも関わらず、軽量コンパクトに加えハイレスポンスを武器に、現代のマシンと互角以上に戦えるマシンに仕上げたのだ。

 これこそ、相馬秀吉が街道で名を知らしめていた一番の理由だ。

長年にわたり古いSA22に拘り続けた上に、プライベーターながらショップのデモカーをかもる程進化させた。

 まさに、街道の守護神と言う名に、偽りの無い走り屋なのだ。

 

 このマシンを仕留めるのは、“スティールハート”を持ってしても簡単な事では無かった。

(……温存する事を考えたら、間違いなく離される……)

 竹中は、冷たい汗が背筋を流れた事を感じた。

 

 

 竹中の愛機は、首都高で戦う事を前提にチューニングされているが、決してパワーや最高速ばかりを求めている訳では無い。

 タービンやカムの変更で最高出力は550馬力まで上げているが、2JZの持ち味であるフラットなトルク特性を生かしたセッティングに仕上げた。

 重量のあるボディも軽量化を進め、ブレーキもストッピングパワーを確保できるように強化してある。

 ただ、何よりも竹中がこだわったのは足回りである。

 ハイパワーFRの場合、リアタイヤのトラクションを稼ぐ事が重要なのだが、トラクションばかりを求めてしまうと、必然的にアンダーステアが強い傾向が出てしまう。

 特に車高に関してのセッティングは、高過ぎず低すぎず、かつ前後のバランスを取らないとピーキーな挙動を示す様になってしまう。

 当然、バネやショックも単に固めるだけでは無く、常にタイヤが路面をとらえられる様に絶妙な固さと減衰力に決めて、荒れた首都高の路面を踏んでいける足回りにセットアップしている。

 

 勿論、路面の荒れた峠でも、その足回りは威力を発揮するのだが。

(……ここまで速いなんてね。だけど……)

 自らが想定していたより、遥かに厄介な強敵だった。

 

(……まだバトルは終わってない!!)

 それでも、竹中は諦めない。スープラに鞭を打ち、RX-7を追走する。

 

 

 中間地点を過ぎても、ひたすら先行する相馬のRX-7。

 ミラーで、スープラとの差を窺う。

(……離せねぇな)

 二車身程度の差を保ったまま離れない。

(ラスト手前で、碓氷で唯一の直線が有るからな……。もうちょっと先行しときたいが……)

 相馬はそう懸念した。

 直線と言っても、300メートルに満たない程度の短いストレートだが、パワー差を考えると二車身という差ではマージンが足りないと感じた。

(……こっちも、限界のペースだってのにな。大した腕だぜ……)

 ここまで先行してきた相馬も、決して楽な展開では無かったのだ。

 

 どちらも、付かず離れずの間合いを保ったまま、ラストの300メートルの直線と最終の左コーナーを残すのみ。

(……ここしか、チャンスは無い)

 コーナーを立ち上がり、2速から3速へシフトアップ。そして、竹中は奥の手を使った。

(スクランブルブーストだ!!)

 スクランブルブーストとは、短時間だけ加給圧を引き上げる、ターボ車ならでは裏技だ。長時間使用すればエンジンやタービンのブローは免れないが、ゴール間近の状況で勝負に出るには、この方法しか手段は無い。

竹中のそれは、通常のブースト1,3キロから1,8キロまで引き上げる。この瞬間だけ、スープラの2JZは、680馬力を絞り出す。

 

 一気にストレートをワープするスープラが、RX-7のルームミラーに接近してくる。

(……やっぱり、直線で来やがるか。

 頼むから、踏ん張ってくれよ……)

 相馬は祈る気持ちで3速へシフトアップ。

 

 アウト側のラインから、一気にまくってくるスープラのノーズが、RX-7に並びかける。

(……追いつけ!!)

 そして、竹中は4速へシフトアップ。

(譲ってたまるか!!)

 相馬も、アクセルべた踏みのまま、素早く4速に叩き込んだ。

 

 

 その瞬間。

 RX-7の車内に、パキン、と金属が割れる音が響いた。

「……っ!?」

 ステアリングはまっすぐにも関わらず、マシンのノーズが左方向へ向かっていた。

(こりゃ……駆動系か!?)

 その症状から、咄嗟に判断した相馬。

 フルブレーキングを試みて、右方向へ修正舵を当てる。

 

 しかし、速度域が速い分、急激な荷重変化が起きたRX-7。鋭いコーナーリングを見せるハンドリングが仇となり、急激にヨーイングが変化した。

(……ヤベェ!!)

 オツリを貰い、右方向へ一気にテールが滑り出していた。

 

 

(……動きがおかしい。トラブルか!?)

 そのマシンの急激は挙動から、竹中はRX-7に異常が起きた事を察知した。

(このままだと、ガードレールを突き破って真っ逆さまだ!!)

 この状況化で、竹中の取った手段は。

 

「……南無三!!」

 叫びながら、フルブレーキング。そして、右へ向かうRX-7のノーズを押し戻す様に、左へステアした。

 ガン、という鈍い音が室内に響き、強い衝撃がシートとハンドルを通じて、体中に伝わってきた。

 スキール音と、タイヤの焦げる匂いを感じた時。咄嗟に、サイドブレーキを思いっきり引き上げていた。

 

 ぶつかり合いながら、二台とももつれる様にスピンモードに突入。そして、最終コーナー入り口付近で、二台は進行方向と反対向きに止まっていた。

 

「…………ふぅー。

 ……今のは寿命が縮んだよ」

 竹中は、大きく安堵の息を吐き出した。

 

(……コイツ。俺がコントロール不能になった事に気が付いて……)

 そして、相馬はスープラのコクピットをジッと見つめた。

 

 コースを二台で塞いでしまい、碓氷全体に赤旗が掲示された。

 恐らく、すぐにでもマーシャルカーとレッカーが出動する事になるだろう。

 

 相馬はマシンを降りて、すぐさまスープラの元へ歩み寄った。

 ドアを開けて、開口一番に言った。

「……すまねぇ。体は大丈夫か?」

「ええ……。なんとも無いけど……あんまりスープラを見たくない気分かな」

 4点のシートベルトを外しながら、竹中は苦笑いして答えた。

 

 竹中のスープラは、左側のフェンダーがめくれ上がり、左ヘッドライトとバンパーはバキバキに割れていた。

 相馬のRX-7も、右フェンダーがグッシャリと歪んで、右足のキャンバーと切れ角が物凄く着いている有様だった。

「……こりゃ修理代が高そうだな」

 相馬はため息交じりに呟いた。

「でも、無事で何より……。

 あの時、動きが明らかにおかしかったからね」

 竹中に言われると、相馬の首は縦に動いた。

「ああ。4速に入れた瞬間に、ドラシャかデフギアのどっちかが、イッちまったんだろうな。いきなり左に曲がりだしたんでな。

 そんで一気にブレーキとハンドルで修正しようとしたら、オツリ喰らってこの有様よ……。

 アンタに助けてもらわなきゃ、マジで崖から真っ逆さまだったぜ……。ありがとうな」

 相馬に礼を述べられるが、竹中はあっさりした様子で答えた。

「気にしなくて良いさ。俺達は、走り屋だから……命のやり取りまでする気はないからね。

 首都高でも、峠でも。ましてバトルでも……楽しく走るのが一番と思ってる。

 相手を事故らせてまでバトルに勝つくらいなら……俺は走るのを辞めるよ」

 竹中はそう言い切った。

「へへ……一個借りが出来ちまったな」

 相馬はそう呟いて、空を見上げた。

 

 二人の元に、オフィシャルの車両と積載車が、たどり着こうとしていた。

 

 

 スタート地点のパーキングスペース。

「……そう。意外な結末だったわね……」

 結果を聞いた“孤高なる女帝”は、そう一言だけ答えた。

(岩崎君……あなたは素晴らしい仲間を持っているわね)

 内心でそう呟いた時、堀井は自然に笑みを溢していた。

 

 

 碓氷の決戦。十三鬼将とキングダムトゥエルブ。まさかの引き分け。

 

 




ダブルクラッシュとあっけない幕切れですが、これも思いついた結末です。

次回から、核心の部分に少しだけ触れていきます。



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第八夜 広島の弔い合戦

次なるバトル開始です。



 

 広島と言えば、マツダが本社を構える地である。ルマンを制したロータリーエンジンの所縁の有る場。その隣に位置する、呉市に中国地方唯一の街道サーキットが存在する。

 広島という通称で親しまれているその街道サーキットの正式名称は“野呂山街道”。旧名さざなみスカイライン。中国地区の走り屋達が、ここで腕を磨きしのぎを削っていたとされる。

 

 ここに参上したキングダムトゥエルブの猛者は、ロータリー使いの“禁断のハールバート”という異名を持つ、佐竹元網だ。

(……まさか、こんな形で広島に来るなんてな)

 きっちりとマツダミュージアムに立ち寄って、伝説の787Bを拝んでからこの野呂山街道に到着したのだ。

 

 スカイブルーにオールペンされた、SE3PRX-8が野呂山のパーキングに入ると、レモンイエローのシルエイティが待ち構えていた。

「アンタが、佐竹元網じゃろ? 話は聞いとるぜ」

 出迎えたのは、宅間裕也。“ワールドスプレマシー”と異名を持ち、野呂山街道のスラッシャーを務める、広島の主だ。

「……って事は、スラッシャーの宅間って事かい?」

「ほうじゃ」

 宅間は、流暢な広島弁で佐竹を出迎えた。

「まぁ、ここの街道にそがな速いのはおらん。グリップ派はほんなおらんけぇの。

 じゃが、ドリフトやったら他の街道連中に、負けとらんのじゃ」

(……すげぇ訛ってるな。聞き取りにくい)

 佐竹は、喉元まで出てきた言葉を、何とか飲み込んだ。

「ワシがスラッシャーしとんのも、ドリフトで全コーナー流したまんま走れるけぇ。ドリフトに限れば、ここのレベルは日本一じゃ」

 ニヤリと笑い、宅間は答えた。

「そうか……。

 仮に、広島の走り屋達が、グリップのバトルをしたとしてだ。十三鬼将と勝負になるのか?」

「ならんじゃろうな」

 佐竹の質問に、宅間は胸を張って答えた。

「…………」

 開き直ったような答えに、佐竹は答えを見失った。

「まぁ、走り込めるようにこっちの奴らには言っとくけぇ。好きなように走りんさい」

「ありがとうよ。助かるぜ」

 佐竹は頭を垂れた。

 

 佐竹はキングダムトゥエルブの中でも一番若く、走りの経験も他のメンツに比べて浅いと言わざる得ない。

(……走り込めるのはありがたいな。問題は……相馬さんが言ってた事だ)

 しかし、碓氷でスティールハートと激闘を繰り広げた“鋼の琥珀石”こと相馬秀吉とは師弟関係に当たる。

 中坊の頃から相馬の背中を追いかけて、免許取得と同時に即弟子入り。愛機も師匠に倣い、ロータリーエンジンを搭載するRX-8を選択した訳だ。

 

 街道の大ベテランに鍛えられただけあり、そのテクニックは紛れも無くホンモノだ。若いながらも、他のキングダムトゥエルブのメンツに引けを取らない実力を持つのだ。

 しかし、その師匠から言われた言葉とは何か。

 

(相馬さんは“十三鬼将は確かに速い。それに……ネットで言われてる様な奴らじゃない。あいつ等とバトルするなら、勝ち負けは別として得る物は多いぞ”って言ってた。

 何でそう言ってるのかわからないけど……俺には俺のバトルが有るんだ)

 

 ドライバーズシートに座りRX-8に火を入れると、甲高いロータリーのサウンドが唸りを上げる。

(……相馬さんの敵は俺が討つ)

 断固たる決意が、そこにはあった。

 

 

 兼山大吾は、山陽自動車道を降りてから、目的のビジネスホテルに到着。夜九時を過ぎて、ようやく休息を取れる状態になった。

(……広島はさすがに遠いぜ)

 高速道路を使うとは言え、その距離は700キロを超える。しかも、マシンはバリバリのチューンドマシンであり、ドライビングなら兎も角ドライブでの適正はあまり無い。加えて、普段首都高を攻めているとは言え、長距離の運転は勝手が違うもの。

 ホテルの部屋に入るや否や、荷物を置いてベッドに寝っ転がった。兼山の疲労感はさすがに大きい様だ。

(さて……明日のバトルはどうなるかな)

 体はくたびれてる筈なのに、眠気は無い。

 それは、まだ見ぬ強敵への高揚感のせいか。或いは不安なのか。

(敦也ですら、強敵だったって言い張る程だ。……キングダムトゥエルブ)

 天井を見上げながら思い浮かべる事は、その事ばかりだ。

 

(……やったろうじゃねぇか。俺のソアラで……撃墜してやるぜ!!)

 自身に言い聞かせる様に、握り拳を突き出した。

 

 

翌日、夜。十三鬼将とキングダムトゥエルブのバトルの話は、インターネット上でも話題になっており、今夜の野呂山にも多くの走り屋達がギャラリーに訪れていた。

 パーキングにて初顔合わせする両雄。

 スカイブルーのRX-8とミッドナイトパープルのZ30ソアラ。綺麗に仕上がった二台のマシンが、一層ギャラリーの視線を引き付けていた。

「兼山大吾だ」

 簡素な自己紹介の兼山。

「俺は、佐竹秀吉。あんたに恨みは無いが、師匠の敵としてバトルさせてもらうぜ」

 佐竹は対照的に、その闘志を隠そうとしない。

「そうかい。オメーの師匠とバトルしたのは、俺のツレだったんでな……。

 敵討ちって意味なら、好都合かもしれねーな」

 兼山は不敵に笑みを見せた。

「そのシャコタンソアラで、街道を攻めれるのか?」

「なめんなよ。ソアラがシャコタンなのは、昔の街道レーサーの頃からの定番だぜ。

 RX-8程度に、負けてたまるかよ」

「……あんたこそ、エイトだからって甘く見てると後悔するぜ」

 互いに、愛機に自信を漲らせた。

 

 

 スタートラインに二台が整列すると、ざわめくギャラリー達の声をかき消すかの様に、轟音を響かせる。

 互いに年式は違う物の、国産車を代表すると言っても過言ではない、美しいクーペボディを持つFR車だ。

 

 レッドシグナル……そしてブラックアウト。

(……だあぁっ、しくった!!)

 佐竹は、内心で叫んでしまった。

 スタートでのホイールスピンを嫌い4000rpmでクラッチをミートしたが、低速トルクの細いロータリーエンジン故に、トルクバンドに入らずにエンジンストールと言うミスを犯した。

 あっさりと兼山のソアラに、先行を許してしまう。

(……ばっかやろぉ。これじゃ相馬さんに顔向けできねぇぞ!!)

 自分自身に罵声を浴びせた所で、状況は変わらない。

 佐竹は、ソアラのテールランプを睨みつけた。

(ラッキー……。このまま、行かせてもらうぜ!!)

 漁夫の利とは、正にこの事。兼山のアクセルを踏みつける右足に力が籠る。

 

 

 クーペの語源は、carrosse coupe (カロッセ クペ)と言うフランス語から成り立っている。意味としては、一列のシートを供えた幌付きの馬車、を表す言葉だ。

 近年の日本では、軽自動車やコンパクトカー、またはワゴン車等の利便性に富んだ車両が売れ行きを伸ばしている。

 その反面、ボディサイズが大きな割に実用性に欠ける面や、排気量や重量が大きい点から、税金や燃費の負担が多い事。或いは若者の車離れ等の要因から、販売台数が大きく低下。数多くのクーペボディを持つ車両が生産中止に追い込まれている。

 

 しかし、世界各国の自動車メーカーの事情は、大きく異なる。

 各自動車メーカーはフラッグシップとして、クーペボディのマシンをラインナップしている。言わば、世界的に見てもクーペボディを持つマシンは、そのメーカーのベンチマークとなっているのだ。

 フェラーリやポルシェは当然。メルセデスベンツ、BMWと言った、一流のセダンを作るメーカーにも、クーペボディを持つフラッグシップのマシンが販売されている。

 他にも、アルファロメオ、アストンマーチン、ジャガー、ロータス、シボレー、フォードなど、各国のメーカーのラインナップを見ても、確実にクーペボディを持つ主力戦艦が存在しているのだ。

 

 つまり、クーペボディのマシンは、そのメーカーにとって特別な意味を持つ車両なのだ。

 

 

 RX-7の後継として産声をあげた、RX-8。観音開きという極めて特徴的なドアを持つこのマシンは、クーペともセダンとも言い切れない特異な存在でもある。

 しかし、新世代のロータリースポーツとして“RX”の名に恥じない動力性能を持っている。

 そのロータリーの血統を引くマシンは、特異なドアでも、やはり“クーペ”なのだ。

 

 優れた前後バランスが生み出す、軽快なコーナリングを見せながら、ロングホイールベースの持ち味であるスタビリティも抜群の安定感をもたらす。

(……RX-8は、世間で言われる様な悪いマシンじゃないんだぜ)

 佐竹元網は、ロータリーにほれ込んではいるが、最初からRX-8が好きだった訳ではない。

 むしろ最初はFD3Sの方が、余程欲しかった。

 しかし、それを師匠である相馬秀吉が許さなかったのだ。

(……RX-7の方が、当然パワーもあるしコーナーも速いさ。

 ただ、作り方を間違えると、恐ろしく乗りにくいだけのマシンに仕上がっちまう。それに、パワーに頼ったら腕は上がらねぇ。だからこそ、NAロータリーのエイトを、相馬さんは勧めたんだ。

 むしろ、マシンの懐の深さはRX-8の方が遥かに上なんだぜ)

 師匠の言葉を受けて、佐竹はひたすら走り込んできた。その成果が、現在に示されているのだ。

 

 RX-7は十年に渡り進化を繰り返してきた。しかし、あくまでも基本設計は90年代初頭の物。乗りこなせば速いが、挙動がピーキーで上級者向けと言う評価を、最後まで覆すことは無かった。

 しかし、RX-8は新世代のシャシーのおかげで、コーナリングスピードに加え、安定性も優れていると言うハンドリングを実現しているのだ。

 

 

 幾つかのコーナーを過ぎると、RX-8がソアラのテールにロックオンしていた。

(……コーナーはさすがに速いな)

 スタートの遅れを取り戻した佐竹を、兼山はルームミラーで確認した。

 

 JZZ30ソアラも、トヨタを代表するクーペボディのマシンだ。

 ソアラは代々そのスタイリングで、車好き達を魅了してきた。加えて、高性能GTカーと言う面から、豪華な装備と贅沢なエンジンを与えられている。Z10系、Z20系と7M-GTEという、当時最先端のエンジンをフラッグシップに持っていたことからも、その動力性能は国産車の中でも屈指の物だった。

 その為、ソアラは各パーツメーカーやチューニングショップが、多くのチューンドソアラを生み出してきた事は、意外と知られていない事実なのだ。

 そして、Z30系ソアラに至っては、最高速やゼロヨンのみならず。ハイパワーな1JZと強固なマニュアルミッションを持つ点から、ドリフト野郎にも選ばれる事も多かったと言うのも特筆すべき事。

 

 すなわち、チューニングベースとしての素性が高いからこそ、あらゆるステージで選ばれると言う事なのだ。

 30ソアラ発売から2年後に80スープラがデビュー。そのベースシャシーは、30ソアラだった事からも、基本性能の高さは見えてくるだろう。

 

 

 生まれも育ちも歴史も違う、二台のクーペマシン。

 

 この広島を制するのは、どちらのクーペか。

 

 

 




kaidoの本編では、シタール兼山はスープラでしたが、首都高バトルの頃のイメージでソアラに乗せてます。

今回は、あえてクーペにこだわりました。

余談ですが、広島弁は漫画バッドボーイズを参考にしております。


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第九夜 敵討ちの行方


広島決戦もいよいよ大詰めです。

RX-8って地味だけど、いい車ですよ。借りて乗ったら、楽しかった記憶があります。



 

 

 中間地点を映すモニターが、二台のバトルを映し出していた。

 コーナリングスピードに勝るRX-8が、ソアラをジリジリと追い込んでいく。伝統のコーナリングマシンの血筋が、伊達で無い事を物語る。

 しかし、立ち上がりから僅かでも直線が有れば、パワーに勝るソアラが突き放す。代々チューニングベースとして戦い続けたノウハウが、その加速力で魅せていた。

 

 五分と五分の戦況に、広島の走り屋達は目を離す事が出来なかった。

 それは、広島を代表する猛者も例外ではない。

「……こりゃあすごいのぉ。

 わしはこがなバトルがどんなもんか知らんけぇ……。グリップで野呂山をここまで攻める奴は、初めて見たわい……」

 宅間は圧倒されている様で、唖然とモニターを見つめるしか出来なかった。

「宅間さん……。こいつら……マジパネェっすわ……」

 取り巻きも、圧巻されてそうとしか言えないでいた。

「今夜のバトルは……野呂山の伝説になるじゃろうて」

 宅間の言葉は、決して大げさなものでは無いと。ギャラリー達も、そう思わざるえなかった。

 

 

 RX-8の車重は1300キロ代前半と、近代のマシンの中では比較的軽い部類に入る。

 とは言え、13B-MSP“レネシス”と呼ばれる最新のロータリーエンジンは、ストレス無く高回転まで回るものの、トルクの細いNAロータリーエンジン故に、動力性能という点においてはやや劣る部分は否めない。

 佐竹のRX-8は、市販のボルトオンターボキットを装着する事で、トルク不足をカバー。とは言え、高圧縮なレネシスの為、ブースト圧は0,5キロと低めにセットし扱いやすさを重視。

 また、補器類や冷却系もグレードアップして、13B-MPS特有の排気サイドポートからくる発熱の多さも対策。

 特に排気系のパーツ一式は、相馬がワンオフで仕上げたオールステンレスの一品。ロータリーの甲高いエキゾーストノートを奏でながら、パワーも増大させたスペシャルな代物だ。

 鋳鉄に比べてステンレスは放熱性が高い為、ボルトオンターボを装備してるにも関わらず、エンジン内の発熱を抑えてくれる効果が有るのだ。

 当然、そのエンジンを生かすべく、足回りの念密なセッティング、ブレーキの強化、ボディの補強と軽量化も怠らない。

 街道を暴れまわる新世代のスポーティークーペも、キングダムトゥエルブの名に恥じないマシンに仕上がっているのだ。

 

 

 対する兼山のソアラは、ラグジュアリークーペと言うジャンルだけあり、パワーは有るが重量も有ると言う典型例。

 それに加え、兼山自身のこだわりから、フルエアロにプラスしてかなりの車高短に仕上げたカスタマイズが施される。カスタムの方面でも名の知られる兼山だけに、走れる車高短に徹底的にこだわったマシンなのだ。

 元々パワフルかつ頑丈な1JZ-GTEに、ビッグシングルタービンとハイカム等、各部の強化で580馬力の出力を叩き出す。

 それに耐えるミッションは、無加工で収まる80スープラ用のゲドラグ製6速で対処。普段はロングレシオの3.7ファイナルを使用するが、今回は峠コースとなるので、ファイナルは純正の4.1というローギアードの物を選択し、加速力を大幅に上げてある。

 多少軽量化はしてあるが、それでも重量のあるソアラだけに、ブレーキの強化は欠かせない。兼山のそれは、30セルシオ用の対抗ピストンのキャリパーとローターを、前後に移植。パッドやホースも強化品に変更し、ストッピングパワーを確保。

 

 しかし、兼山が最もこだわったのは車高短に仕上げた足回りだ。走れる車高短に拘りぬいて、アーム類はピロボールを使ったものを選びつつ、低い車高でも各部に干渉しない特殊なアームに全て変更している。

 フェンダー内部も干渉する部分を加工し、低い車高でも確実にトラクションを稼げる足回りに決めているのだ。

 

 十三鬼将の車高短番長を自負する兼山が、こだわり抜いたバトルマシン。その戦闘力は、街道と言うステージであっても引けを取ることは無い。

 

 

 テールトゥノーズのまま、バトルはいよいよ後半セクションに突入していく。

(……ちぃ。ここまで張り付かれちゃな……)

 ミラー目一杯に、RX-8のヘッドライトが映り込むの見て、兼山は眉を歪めた。

(でも、コーナーは後何個も無ぇからな……絶対に抜かせねぇ!!)

 覚悟を決めて、抑える事に徹する。

 

 しかし、佐竹もまだ諦めてはいない。

(……そのデカい図体で、ブロックしようって気か?)

 ソアラが、明らかにブロックを意識したライン取りに走りを変えた事に気が付いた。

(……相馬さん。貴方に教わった全てを……ここで魅せてやります!!)

 佐竹は、覚悟を決めた。

 

 ブロックテクニックは、一見するとラインを塞ぐだけで簡単そうに見えるが、実は極めて高等なテクニックを要求される事を知る人は少ない。

 実際、スーパーGT等のレースシーンで見受けられるが、相手にインを取られない様にするには、その幾つか手前のコーナーからライン取りを逆算する必要がある。

 特に、パッシングポイントと称されるコーナーを軸にして、その手前から主導権を握っていなければ、インを明け渡す羽目になってしまう。

 それに加え、パッシングポイントではイン側のラインを抑えつつ、相手に前に出られない様に、かなりのレイトブレーキングを仕掛けなければならない。

 極端なレイトブレーキングの場合、コーナーの区間タイムは遅くなるし、マシンへの負担は増大する。何よりも、極端な荷重移動が起こる分、挙動を乱しやすくミスにつながりやすい。

 しかし、相手よりクリッピングポイントで前に出られると言う点においては、レイトブレーキングに勝る技は無い。

 

 重量級のソアラが、目一杯のレイトブレーキングで、RX-8に応戦する。

 その様子を、佐竹はじっくりと見極めていた。

(……そこまで突っ込むなら、こっちにも手は有るぜ!!)

 佐竹が、その懐刀を抜いた。

 

 

 中速の左コーナーを立ち上がり、Rのきつい右へアピンが迫りくる。その後は200メートルの短い直線を挟んで、最終の左高速コーナーを残すのみ。

(……あと、コーナー二個だ!!)

 兼山はブロックラインをキープしながら、レイトブレーキング。

(……インを抑えてんなら、こっちは……)

 佐竹は、僅かに間合いを開けて、アウト目一杯からブレーキング。そして、ギアを1速に叩き込んだ。

 

 インを取ったソアラだが、内回りな分立ち上がりでは僅かにアウトにはらんでしまう。

(……クロスだ!!)

 一方のRX-8は、立ち上がりを重視したラインを取った。二台のラインがクロスして、RX-8はソアラのイン側に立ち上がった。

 

 最終局面で、RX-8がサイドバイサイドに持ち込んだ。

(この野郎!!)

 兼山は、立ち上がりでソアラのフルパワーを開放するべく、フルスロットル。

(負けてたまるか!!)

 佐竹も2速にシフトアップし、フラットアウト。

 

 パワーに勝るソアラが、僅かに鼻先を突き出した。そして3速へシフトアップ。突き放す様に、伸びていく1JZ。

 それでも、13B-MPSは以前として食い下がる。2速9000rpmまで引っ張り、3速へチェンジアップ。

(……頼む!!)

 佐竹は床を突き破らんばかりに、アクセルを踏み込んだ。

 

 迫りくる最終コーナー。

 インを抑えたままの兼山は、3速のままチョンブレーキでコーナーにアプローチ。

(インは取ったぜ!!)

 それでも、佐竹は一か八かの大勝負に打って出た。

「……いったれぇ!!」

 同じく3速を選んだが、佐竹のRX-8はノーブレーキで最終コーナーに、アウト側から飛び込んだ。

 

 並走したまま、最終コーナーに突っ込んできた二台のマシン。

 

 RX-8が一瞬のアクセルオフの瞬間、僅かにリアの荷重が抜けて、テールが僅かに滑り出している。

(……テールが出るなら)

 佐竹は滑り出している挙動を感じた瞬間。

 

 アクセルを思いっきり踏み込んだ。

 加速状態にする事で一気にリアに荷重を乗せて、リアタイヤのコーナリングフォースを稼ぎだし、テールのブレイクを抑え込んだ。

 そして、僅かなスライドアングルをキープしたままコーナーを立ち上がる。

 

 

 これぞ、究極のコーナーリング“ゼロカウンタードリフト”だ。

 

 

 不利なアウトラインにも関わらず、通過速度はインで粘るソアラを上回っていた。

(嘘だろ!?)

 RX-8のノーズが前に出た瞬間、兼山は我が目を疑うしかなかった。

 

 立ち上がったRX-8とソアラ。

 

 ゴールラインを駆け抜けた瞬間。半車身のリードを奪った、RX-8が勝利をもぎ取った。

 

「……おっしゃあ!!」

 大逆転を決めた佐竹は、ステアリングを握りしめたまま吠えていた。

 

「くっ……そぉっ!!」

 対照的に兼山は、思わず右手をハンドルを叩いて悔しがってしまう。

 

 まさかの大逆転劇に、広島に詰め寄ったギャラリー達は、大歓声を上げて喝采したのだった。

 

 

 広島決戦、勝負あり。勝ったのは“禁断のハールバート”佐竹元網だ。

 

 

 激闘を終え、パーキングスペースに二台は停車する。

「……見たか。これがRX-8……そして、キングダムトゥエルブの実力だ!!」

 誇らしげに胸を張って、佐竹は口を走らせた。

「……ああ。負けたのは悔しいが、実力を認める。あんたは、すげえ速いぜ。

 最終コーナーなんかそうだ。走り屋やってきて、アウトから抜かれたのはのは初めてだぜ」

 相手をしっかりと称賛した兼山に、佐竹は少し呆気に取られた。

 

 僅かな沈黙がパーキングを支配した時、佐竹は反射的に兼山に聞きただしていた。

 

「なぁ……。あんた達十三鬼将は、何で街道に侵略を始めたんだ?」

 その質問に、兼山はこう答えた。

「……何でって言われてもなぁ。

 うちの総大将が、街道を走ろうって言いだしたからだけだからよ。まぁ、それにけし掛けられたって所だろうな」

「…………総大将?」

「……“迅帝”。名前くらいは聞いた事あるだろ?」

 兼山がその名を出した時、佐竹はコクリと頷いた。

「首都高を短期間で制覇した走り屋だろ?

 見たことは無いけど、名前だけなら彼方此方で見かけるぜ。首都高の不敗神話って……」

 そう答えた佐竹に、兼山は堪え切れずに笑いを作っていた。

「何がおかしいんだよ?」

「わりーわりー……。

 アイツがそんな風に称えられてるって思うと、ついおかしくなっちまってな」

「……?」

 不思議な事態に、佐竹は首を傾げた。

「まー、ネットやら噂なんかじゃ色々言われてるが、俺ら(十三鬼将)はそんな街道走ってる連中を、どうこうするつもりはねーよ。

 ま、首都高以外でも速いって事は証明したいけどな」

「アンタ……」

 野呂山に来て、佐竹の表情が初めて緩んだ。

「今度、首都高で走るつもりがあるなら、歓迎するぜ。あんたとだったら、良い走りが出来そうだからな」

 兼山は、ニッと笑みを見せた。

「ああ。その時は、お手柔らかに頼むぜ」

 佐竹と兼山は、ガッチリと握手を交わした。トップレベルの走り屋として、相手の実力を認め分かち合った瞬間だった。

 

 

 十三鬼将とキングダムトゥエルブ、ここまでの勝敗は二勝二敗一分けの五分となった。

 

 

 

 佐竹は、兼山のソアラを見送った後も、野呂山にまだ残っていた。

 RX-8のボンネットに腰を置いて、雲一つない夜空を見上げる。

(……俺達キングダムトゥエルブは、何故十三鬼将と戦うんだ?

 街道の秩序を護る為? いや……違う。あいつらは、そんな奴らじゃない……。

 あの“街道プレジデント”が言っていた言葉は……何だったんだ?)

 佐竹の中で、ある種類の疑惑が膨れ上がっていた。

 

 

 





広島もこれにて決着です。

ステンレスのエキマニのくだりは、実体験です。ステンレス製のエキマニを組んだら、本当にオーバーヒートしなくなりましたねー。

NAで冬だと、冷えすぎて困ってますが(^^;)


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第十夜 重戦車推参

ついに四天王の一角が登場です。

タイトルで誰なのかはバレそうな気がしてますが……。




 

 

 シルバーのわナンバーのフィットが、東北自動車道を北上していた。見るからに、走り屋とは無縁そうな車両なのだが。

「はぁー……。なんで、俺までこんな事してるんだか……」

 ぼやきながら、レンタカーのフィットを運転するのは、榛名でのバトルを制した坂本だった。

「文句言うな。今まで、俺一人でやってたんだぞ……」

 助手席で文句を垂れるのは、大塚一二。十三鬼将の一人で“ルシファー大塚”と呼ばれる、首都高の猛者だ。

 普段はS2000を駆り、環状線を暴れまわる走り屋であるが、何故今現在フィットに乗っているのか。

 

 

 その訳は、あの日のくじ引きにあった。

「あーあ……。俺だって外れ引かなきゃ、S2000で街道で暴れまわってたのによ……」

 大塚の嘆くような言葉は、本日に入り四回目になる。

 とは言っても、元々峠向きのS2000に加えて、大塚のそれはターボも武装している。街道の勝負となれば、間違いなく水を得た魚となる筈だったが。

 その出番は、外れクジによって水の泡と消えてしまった。当然、他のメンツとクジを取り換える事も、あっさりと断られる始末だった。

「んな事言ったって、今更仕方ないだろ……。

 で……調べはついてるのか?」

 坂本は、ここで本題を切り出した。

「ある程度はな。

 キングダムトゥエルブの12人の正体は大体掴めてる。どいつもこいつも、街道で名の知れてる連中だったから、少し聞きまわったらすぐに掴めたぜ。

 ただ、特定の街道に出没する訳じゃなく、近隣の街道に不定期で来るタイプだったからな。スラッシャーみたく、峠の主って訳じゃないが……間違いなく速いな」

 大塚はそこまで調査を入れていた。

 

 そう。外れクジを引いた大塚に頼まれたことは、キングダムトゥエルブの正体と足跡を調査する事だった。

 その為、愛機のS2000では無く、あえてレンタカーで各地の街道サーキットに通い詰めてるのである。

 もっとも、007のジェームスボンドの気分が味わえる訳は無く、ネットやギャラリーの聞き込み位しか調査のしようが無い訳だが。

「そうか……。

 んで、キングダムトゥエルブの首謀者は、解かってるのか?」

「ああ……。“街道プレジデント”。そう呼ばれる走り屋だ」

 大塚はその名前を出した。

「……その名前は聞いた事あるぜ。

 かつて、各街道サーキットを制覇した唯一の走り屋。エモーショナルキングって称号を得たが……二年前からパッタリと姿をくらましてるんだろ?」

 坂本も、その名を聞いた事はあった。

「おー。よく知ってるねー」

 大塚は茶化す。

「……あのなぁ。俺は首都高に上がる前は、元々箱根で走ってたんだぞ?」

 呆れた様に坂本は言い返す。

「知ってるよ。だから、お前にも手伝って欲しいんだ。バトルも終わって暇だろうし……」

「うるせーな。どーせ、女も作れねークルマバカだよ」

 坂本はそう言い返すが、大塚は気に留めないで話を続けた。

「……一番の問題は、その“街道プレジデント”だけは足取りが全く掴めないって事だ。

 仮に街道中に名が知られた走り屋だったら、少しでも目撃情報は出てきてもおかしくなさそうな所だけど……それが丸っきり無いのは妙だろ?」

「……つまり、表には出てきてないって訳だな」

「そういうこった。だから、レンタカーで街道を巡ってる訳よ」

「なるほどね……」

 その考察を元に、今宵の二人は蔵王へ向かっていた。

 

 

 三菱Z15型GTO。

 三菱自動車のフラッグシップとして、1990年から2000年までの間、10年に渡り販売されたスポーツカーである。三菱らしい個性的なデザインと、グラマラスなボディは一目見てGTOだと言う主張が見えてくる。

 販売面ではスポーツカーブームの終焉によって苦戦を強いられたが、その特異な存在感から根強いファンが多い事も事実である。

 十三鬼将に名を連ねる二人の走り屋も、そのGTOに魅せられている人物である。

 

 レインボーブリッジのそばに佇む、芝浦パーキングエリア。

 ロッソコルサと鮮やかなブルーに染まる、二台のGTOが並んで停車する様は、実に迫力がある。首都高の走り屋であれば、その二台のマシンの手綱を握るものは、一目でわかるだろう。

「……まさか、GTO二台が同じ夜に街道でのバトルになるなんてね。奇遇じゃない」

 川越清美は、美麗な顔立ちを不敵に笑みを作り出した。ミッドナイトローズの異名を持つ彼女は、美人かつゴージャスな雰囲気を持ち出す走り屋であり、ファンも多い。が、その私生活に謎が多い。

「奇遇ねぇ……。そんな事より、このバトルは今までの戦況を見ても、油断は出来ないな。

 少なくとも、バトルしてきた全員が口を揃えて、強敵だったと言っている」

 魚住静太は釘を刺す様に告げる。彼はダイングスターの通り名で知られ、十三鬼将でも特に実力のある走り屋で、四天王と呼ばれる謳われる一角だ。

「それは、私だってこの目で見てきたから、解かってるわよ?

 あの子が負ける所だって、初めて見たんだし」

 川越は笑みを崩さないまま答えた。

「……それなら良いがな」

 魚住はポーカーフェイスを保ったままだ。

 

 互いにGTO使いとして、名の知れた走り屋同士。どちらも、どれ程のドラテクを持つのか、今更語るまでも無いのだ。

「……勝つぜ」

「……ええ」

 二台の重戦車が、街道へ繰り出すのだった。

 

 

 表六甲。関西エリアを代表する、もう一つの街道サーキットだ。

 六甲山と言えば、六甲おろしと言う歌謡曲に取り上げられる程、関西を代表する著名な山である。

 故に、関西地区を代表する街道サーキットであり、かつては走り屋達の聖地であった。

 

 この表六甲を取り仕切るスラッシャー、“ファイナルレグ”の異名を持つ飛鳥周は、キングダムトゥエルブの刺客の走りを、じっくりと見定めていた。

 ギャラリーコーナーを駆け抜けたそのマシンを見て、一言だけ溢した。

「あいつは……速いで」

 長年表六甲を走り込み、只でもレベルの高い六甲の頂点に立った男にそこまで言わせた。

 

 何本か走り込んだ後に、キングダムトゥエルブのその走り屋は、パーキングスペースに停車した。表六甲のスラッシャーとして。そして、今回のバトルの見届け人として、飛鳥は声をかけた。

「……中々やるやんけ、兄ちゃん」

「そりゃ、どうも」

 そう答えた、キングダムトゥエルブの走り屋“戦矛の鉄槌”こと冨津家康。しかし、両者の合間に流れる空気に、友好な雰囲気は無い。

 むしろ、そのままバトルにでも以降しそうな程、張り詰めた空気が流れていた。

「……バトルやったら、受けたってもええんやで?」

 飛鳥は、挑発する様に言うが。

「そうだな……。前哨戦変わりに、十三鬼将の奴をぶっちぎってから、相手をしてもらうぜ。

 アンタの六甲仕様のランエボの方が、恐らく手強いだろうからな」

 冨津は、ニヤリと笑みを見せて答えた。

「大した自身やな……。十三鬼将の走り屋は眼中に無いんか?」

「……無いって訳じゃないぜ。

 ただ、俺の経験上峠でのランエボは嫌ってくらい速い事を、俺はよく知ってるからな」

「ほー……」

 冨津の言い分に、飛鳥は感心した様に答えた。

「もっとも……俺のR32GT-Rなら負けはしない」

 そう付け加えた冨津に、飛鳥は何も答えなかった。

 

 

 バトル当日。

 表六甲の観戦エリアは、詰め寄ったギャラリー達でごった返していた。その中に佇む、ミントグリーンのBNR32スカイラインGT-Rは、一際ギャラリーの目を引き付けている。冨津家康の愛機は、臨戦態勢に入っているのか、エンジンの熱が冷めきっていない。

 

 以前、裏六甲での激しいバトルがあった影響か、その噂が多くのギャラリー達を呼びだしたのである。

 その様子は、長年表六甲を取り仕切る飛鳥でも、初めて見る光景だった。

「えらい繁盛のしようやな……」

 そう呟くと、飛鳥の元に一人の走り屋が声をかける。

「飛鳥。今日の表六甲は、祭りになっとるで、しかし……」

 顔をしかめながら現れたのは“メタルウィザード”こと、天童雅也だ。

「天童……。お前も見に来たんか?」

「そうやで。こないハイレベルなバトルは、そうしょっちゅう見えるもんやあれへんて」

 今回は見物を決め込む天童は、割とお気楽な気分だった。

「……ほーか。やけど、裏六甲の時のバトルは、インプに乗っとるキングダムトゥエルブの走り屋が勝ったんやろ?」

 飛鳥は、直接見た訳では無いため、結果のみしか知らない様だった。

「ああ、そうや。インプとイチゴーの戦いやった。

 やけど、そいつは“ギリギリで勝てた”とまで言いよったで。四駆のインプやけど、FRのシルビアに追い込まれとったんや。

 十三鬼将の連中は、はっきり言って侮れんで」

「ほーか……」

 天童にそこまで言われると、飛鳥も一層興味をそそられた様だ。

「ほんでな。……今日のバトルのギャラリーは数も多いねんけど、来とる奴も大物が多いみたいやで?」

 天童の言葉に、飛鳥の首は縦に動いた。

「俺もそう聞いてん。

 大阪環状のNOLOSERに湾岸のDartsの面々。他にも、環状やら街道やらの有名人が、ようけおいでなすっとるわ……」

 飛鳥の言葉を聞き、天童は一言だけ溢した。

「今夜は只で済みそうにないで……」

 飛鳥は何も答えなかったが、胸の内は同じだろう。

 

 

 ギャラリーのざわめきが、ひそかに大きくなった。麓から聞こえてくる、野太いV6ツインターボのエキゾーストノートは、六甲山ではほとんどなじみが無い。

「きたでー!!」

 一人のギャラリーが叫んだ時、全ての視線がそのマシンに注がれた。

 

 鮮やかなブルーに染まる、希少な最終型GTO。

「あれが……十三鬼将かい」

 飛鳥の口から、自然と言葉が出ていた。しかも、その中でも四天王の一角である“ダイングスター”が表六甲の勝負に挑むのだ。

 超ド級の走り屋だけから放たれる独特のオーラを、そのGTOは身に纏っていた。

「あのGTO……ホンマモンやで」

 天童さえも思わず口走った。

「せやな……」

 飛鳥も、否定できるわけも無く同調していた。

 

 

 面と向き合う両雄。魚住と冨津が対峙すると、いつの間にかギャラリーが静まり返っていた。

「アンタが……十三鬼将の刺客だな?」

 冨津は、そう聞きただす。

「そうだ。あんたがキングダムトゥエルブの走り屋だろう」

 そして、魚住に言われた時、冨津の首は縦に動いた。

「……いいバトルにしたいからな。手抜きは無しだ」

 そう言葉を出した魚住。

「良いぜ。そのつもりだ……」

 冨津も、そう答えた。

 

 超ド級の走り屋同士。バトル前に、言葉など必要が無かった。

 

 

 スタートラインに並ぶ、二台の鉄馬。操る騎手は、互いにその名を知らしめる走り屋である。

 

 歓声を上げるギャラリー達の耳には、その咆哮が確実に響いていた。

 

 レッドシグナルが点灯。その瞬間、ざわめいたギャラリーが、次々に閉口していく。

 

 

 そして、ブラックアウト。

 六甲山に、二台のエキゾーストノートと、スキール音が木霊した。

 

 

 




三菱GTOって、マイナー車のイメージですが……。実は、すごく好きな一台です。


欲しいけど、燃費はロータリーといい勝負らしいです。



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第十一夜 表六甲の燃えた夜

表六甲のバトル開始です。

R32GT-R対GTOだと、往年のN1耐久を思い出します。


 

 

 90年代前半を席巻した二台の4WDマシンは、当然ながらロケットスタートを決める。

 1コーナーまでの加速勝負は互いに譲らない。そして、最初のブレーキング勝負を制したのは。

(……何っ!?)

 冨津は驚きを隠せなかった。

 何と、GT-Rよりも重たい筈のGTOが、ブレーキングで前に出たのだ。この結果に、表六甲のギャラリー達は、驚愕するしかなかった。

(……GTOの潜在能力を、貴様は知らないだろう)

 先頭を取った魚住は、得意げな表情を浮かべた。

 

 90年代を代表する4WDスポーツカーの二台。R32GT-RとZ15型GTOは、意外と共通点が多い。

 共に280馬力自主規制の時代に生まれた、オンロードを意識した4WDである事。当時最先端のハイテク装備を、充実させていた事。そして、メーカーの生み出したフラッグシップスポーツマシンである事。

 双方の開発者が、ライバルとして意識していた事は想像に難くない。

 しかし、その末路は余りにも対照的だったと言わざる得ない。

 

 名車として称えらえ、Gr-A、N1耐久と、ツーリングカーレースに金字塔を打ち立てたR32GT-R。その系譜は、後に続くR33、R34と続き、その名声を確固たるものにした。

 一方のGTOは販売面も苦戦していたが、同時期に参戦していたN1耐久レースでは“打倒GT-R”を掲げながらも、ついにGT-Rに土を付ける事が出来なかった。その後はランサーエボリューションの台頭により、マイナー車としての道を歩む事になってしまった、悲運の名車なのである。

 

 GT-R。特にR32にほれ込む冨津としては、そんなGTOに負ける事はプライドが許さなかった。

(……GTOになんぞに負けたら、俺は笑い者だぜ!!)

 テールトゥノーズに持ち込んで、GTOを煽りまくる。

 しかし、魚住は全く動じない。その巨体で、狭い表六甲を攻め立てる。

(R32は確かに良い車だぜ……でもな。

 打倒GT-Rを掲げる奴が多い事を、忘れたらいかんぜ!!)

 魚住は、愛機に鞭を存分に振るった。

 

 GTOは、ランサーエボリューション並みに細かくモデルごとに進化している事を、知る人は少ない。

 90年から販売されたリトラクタブルヘッドライトが特徴の初期型は、92年から住友製の対抗ピストンのブレーキキャリパーと、国産車初の50タイヤと17インチホイールを採用し、その巨体を支えた。

 93年のビッグマイナーでフェイスリフトを受けて、プロジェクター二灯ヘッドライトに変わった中期型と呼ばれる。ゲドラグ製6速と45扁平の17インチタイヤにグレードアップ。

 96年の後期型では、エアロ類のリニューアルと、これも国産初の18インチの40扁平のタイヤで武装。

 そして、最終型と呼ばれる98年モデルは、再びフェイスリフトとエアロの変更を受け、非常に大きなリアスポイラーが特徴的であった。

 

 その中で、GTOの最強と謳われるのがツインターボMRだ。装備類の簡略化で、若干の軽量化を施し、三菱最強のバッジネームのMRを譲り受けたのモデルだ。

 そのMRには、N1耐久でGT-Rを倒すべく、AP製の6ポットキャリパーをオプション設定されると言う破格の装備を得る事が出来たのである。

 

 魚住は、これまで四台のGTOを乗り継いできたGTOマニアで、三菱車の愛好家の中でも名の知れた男だ。

 その魚住が選んだのは、当然ながら最終型のツインターボMRである。

 

(……俺が首都高を走り始めた頃。GTOを選んだ時は、周りの仲間は皆辞めた方が良いと言っていた。

 “GTOでGT-Rには勝てない”とか“せめてRX-7かスープラにしといた方が身の為”だと口を揃えたさ。

 だが……俺は首都高で勝てるGTOを作り上げてきたんだ!!)

 

 魚住の全てが、このGTOに詰まっているのだ。

 

 6G72エンジンはV6のツインターボで、三菱らしく低速からの図太いトルクを発生させる。その特性を生かすべく、3,1リットルにボアアップしてカムもハイリフトの物に変更。ガスケットもメタル製にし、大容量タービンで存分にブーストをかけられる様にスケールアップ。他にも、ワンオフサージタンクにパイピング類の強化等、最高出力700馬力を絞り出すフルチューン仕様なのだ。

 当然、超重量級のボディを限界までシェイプアップし、300キロ以上の軽量化を施して戦闘力を増大させている。

 

 

 GTOはコーナーを立ち上がり、鬼のようなトルクで、強烈な加速力でGT-Rさえも置き去りにする。

(何て加速力だ……。

 だけど……それ以上に、何故あの重たいGTOで、そこまで突っ込めるんだ!?)

 その走りに、冨津は度肝を抜かれるしかなく、必死で喰らいついていく。

(……GTOを甘く見てると、大怪我するぜ)

 魚住は、その愛機に自信を持っていた。

 

 GTOの場合、同じ4WDのGT-Rと比べ、最も異なるのがシャシーのレイアウトである。

 FRベースのGT-Rは縦置きのエンジンレイアウトだが、GTOはディアマンテというFFセダンのシャーシをベースに開発している。その為、V6エンジンは横置きにマウントされている。

 それに加え、フロントにトランスファーを置くため、極めてフロントヘビーな重量バランスとなってしまっている。

 そうなれば、極めてコーナーリングが苦手なシャシーレイアウトになる筈である。

 

 しかし、GTOのホイールベースは2470ミリと、同世代のFD3S、80スープラ、NSX等と比較しても、一番ショートホイールベースなのである。

 それに加え、前後の駆動配分はフロントが30パーセント対リア70パーセントと、極めてリア寄りの駆動配分をしている。これは、GC8インプレッサのドライバーズコントロールセンターデフを、最もリア寄りにしても35対65となる事から、如何にリア寄りのバランスになっているかが分かるだろう。

 

 その為、魚住はフロントに機械式LSDを組み込みアンダーステアを対策。更に、フロントヘビーを支えられる様に、足回りも徹底的に強化し、セッティングを煮詰めた。

 曲がらないと言われるマシンを、曲げるチューニングを極めた。

 これこそが、四天王と呼ばれる最強のGTOのマシンメイキングなのだ。

 

 街道でもその力を発揮するGT-Rとて、このGTOを抜くのは並大抵の事ではない。

(……くそったれ。これが十三鬼将の実力って奴なのか!?)

 追走するGT-Rだが、追いかけるだけで目一杯の状態だった。冨津は、焦りの色を隠せない。

 

 しかし、そのペースの速さがとてつもない事を、中間地点の計測タイムが物語っていた。

「……なんちゅうタイムや」

 そのぺースは、レコードよりも1秒近く速いタイムをマークしている。

 スラッシャーの飛鳥は、モニターに表示されたタイムに驚愕させられるしかなかった。

「ホンマかいな……。あいつ等狂っとるんか?」

 天童も、思わず口走ってしまう。

「……しかも、単独や無くてバトル中やで。

 競り合っとる最中でレコードのペースで走っとる訳や。尋常じゃあれへん……」

 六甲山、双方のスラッシャーが身震いするほどだった。

 それが何を意味するのか。今宵集まったギャラリー達も、よく理解していた。

 

 

 壁の様に立ちはだかるGTOのテールランプを、冨津は睨みつける。

(……古谷。お前の言ってた通り……。いや……それ以上だ)

 冨津は、幼い頃に見たGr-AのGT-Rに憧れていた。免許取得後に腕を磨き、地元に敵が居なくなる頃には、ついに夢であったR32GT-Rを手に入れた。

 そして、街道のGT-R使いとして各地に名を馳せてきたのだ。

 キングダムトゥエルブの中で、R34を駆る“1stKINGDOM”古屋小鉄とは良きライバルであり、共にGT-Rを愛する同士でもあった。

 

 その冨津のR32GT-Rは、極めて王道と言えるチューニング内容だ。

ギャレット製のニスモ581BBタービン、通称ルマンタービンをツイン装着。ガスケット交換にハイカムでパワーを引き上げて、全回転域でパワーを使える530馬力と首都高仕様のマシンに引けを取らない。

 そこに、クロスミッションとファイナル変更を施し、その加速力はキングダムトゥエルブの中でも一、二を争う程。

 当然、その加速力を止める為のブレーキも当然強化。足回りも、街道で戦う為に何度もトライアンドエラーを繰り返して煮詰めてきた。むろん、ボディの補強と軽量化も怠らなず、戦闘力を大幅に引き上げたスペックを持つ。

 

 キングオブチューニングカーであるGT-R。それは、街道でも王者となる使命を果すべく製作された、冨津の魂の一台なのだ。

 

 その冨津は、GT-Rに乗り換えて以来、初めて先行を許した挙句、喰らいつく事に必死になっている。

(……俺もまだまだって事なのか? それとも、あいつが異常に速いのか? 教えてくれ……GT-R!!)

 表六甲の主に対し、眼中に無いとまで言い切った十三鬼将。しかし、現実は苦戦を強いられしまった。

 

 冨津に取って、初めて味わう屈辱。己の全てを出して追いつけない、壁にぶち当たった瞬間だった。

 

 

 魚住がリードを奪ったまま、表六甲の最終区間に突入する。

(……残りコーナーは、もう幾つも無い)

 しかし、魚住の顔つきに油断は無い。まだ、ミラーにGT-Rのヘッドライトが見えているのだが、その差は約三車身。

(……生憎だが、俺が相手なのが悪かったな!!)

 ゴールまで残り僅かでも、相手に一切の隙を見せない。

 

 これこそが、首都高で最速最強と謳われている“四天王”たる所以なのだ。

 

 

 ゴールラインを駆け抜けたGTOは、一度もリードを許さなかった。そして、表六甲のレコードタイムを塗り替えるというおまけをつける。

 

 十三鬼将の底力を見せた魚住。まさに完勝だった。この圧勝劇は、表六甲の走り屋達を熱狂の渦に巻き込んだのであった。

 

 

 バトルを終え、マシンを降りた冨津と魚住。双方の表情は、まったく対照的であった。

「……あんた、何者なんだ?」

 冨津は、魚住に問いただした。

「何者って言われてもな……。

 “走り屋”と答えるしかないな」

 魚住は、淡々と答えた。

「……俺は、GT-Rに拘って今まで街道を走り続けてきた。

 GT-Rで……R32で、ランエボやインプにも勝ってきたんだ。そりゃ、負けた事だってある。

 だけど、バトル中に一度も差を詰められなかった事なんて、一度だって無かったんだ。

 まして……GTOを相手に追いつけなかった……。

 何故……あんたは、そんなに速いんだ?」

 絞り出すように冨津は問いただすと、魚住はゆっくりと答えた。

「……あんたには悪いが、俺よりも速い奴はまだまだ居るぜ。

 特に……首都高何かにはな。そいつに、何時かテールランプを見せつけたいから、腕も磨くし、マシンのチューニングも進める。それ以外、何も無いぜ。

 バトルに負ける事で、別に命を失う訳じゃないし、金を取られる訳でも無い。だから、負けたら腕を磨いて、次に勝てばいいと思ってるだけだ。

 それと、GT-Rに拘るアンタに、一個だけアドバイスを送るぜ」

「……?」

「GT-Rは良い車だ。皆が憧れるし、チューニングすればするだけ速くなる。

 間違いなく“王者”のマシンだ。

 でもな……だからこそ、俺達は打倒GT-Rのために、対策を怠らないんだ」

 その言葉に、冨津はハッとなった。

「それこそ、首都高にはGT-Rに拘る奴はゴロゴロしてる。人生全てをGT-Rに捧げてる奴も珍しくは無い。

 そいつ等と、違う車で張り合うのは、並大抵の事じゃない。だからこそ“打倒GT-R”を掲げる事に意義があるんだ」

 魚住は、ニヤリと笑った時。冨津は、自然と天を仰ぐしかなかった。

 

 

 十三鬼将“ダイングスター”は、四天王の貫録を見せる勝利を見せた。

 

 

 裏六甲の勝敗が決したのと同じ頃。

 

 

 東へ遠く離れた志賀草津では、もう一つのバトルの舞台が整い、異様なボルテージに包まれているのであった。

 

 




三菱の速さのフラッグシップはランエボでも、存在のフラッグシップはGTOです!!


次回は志賀草津のバトルです。



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第十ニ夜 街道の伏兵と首都高の女傑と

今回のバトルは、ちょっとだけ趣向を凝らしてみました。




 

 

 志賀草津と言えば、草津温泉と言う有名な観光スポットがある。それに加え、草津高原を一望できる志賀高原ルートも、著名なツーリングスポットであった。

 この志賀高原ルートは、一昨年から街道サーキットとして生まれ変わった。見晴らしの良い街道をひとっ走りして、草津温泉でその疲れを癒すのが、走り屋達の新しいトレンドである。この志賀草津街道サーキットは、全国的に見て特に人気のある街道サーキットだ。

 

 今宵、十三鬼将とキングダムトゥエルブがバトルする事も有り、志賀草津は異様な熱気と、最高のボルテージに包まれていた。

 バトル見届け人の、一人を除いて。

「……気に入らねぇ」

 この志賀草津のスラッシャーを務める、“三日月”こと城長明は、憮然とした表情で呟き、二人の走り屋を見ているだけ。

 この城長は、スカイラインマニアである。しかし、GT-Rでは無くあえてFRで直列6気筒のスカイラインにほれ込んでいる。

 

 十三鬼将の“ミッドナイトローズ”こと川越清美はGTO使い。つまり4WDのターボマシン。

 キングダムトゥエルブの“キングチャリオット”と異名を取る桐谷義経の愛機は、M35型のステージア。つまり、V6に生まれ変わった以降の日産車。

 平たく言えば、城長にとってムシの好かないマシン同士が、志賀草津でバトルを行うのである。

 もっとも、その虫の好かないM35ステージアに、自分のレコードタイムに肩を並べるタイムを叩き出されてる分、尚更に機嫌が悪かった。

 

 それでも、志賀草津のバトルは始まるのである。

 

 互いのバトル相手を、睨みつける様に視線を交差させる。

「……へぇー。貴方がキングダムトゥエルブの走り屋なのね?

 てっきり、キャンプにでも来てる車かと思ったわ」

 不敵に挑発する川越。ワゴンボディのステージアが相手なので、油断が有るのか。

「ふん……舐めるなよ。

 女の尻を追っかける趣味は無いんでな……」

 対する桐谷も、煽るような言葉を返した。

「そんな重たい車で、私に着いてこれるかしらね?」

「貴様の車にだけは、言われる筋合いは無いな」

 売り言葉に買い言葉。双方のボルテージは上がる一方だ。

「……勝負よ」

「望むところだ……」

 

 

 二台のマシンが、スタートラインに向かう時。

 

(……見極めさせてもらおうか。その実力をな)

 

 別の鋭い視線が、二人を見ていた事を、バトル当事者とギャラリーは気が付いていなかった。

 

 

 GTOとステージア。街道には不似合いなマシンが、グリッドに整列。

「どっちが勝つんだ?」

「想像がつかねーよ……。どっちも、峠を攻めるクルマに見えねーし……」

「でも、あのステージアは城長さんの持ってるレコードと互角のタイムを出しているらしいぜ?」

「だけど、十三鬼将の奴らも相当に速いって話だ……」

「あー……。こりゃ分からねーな」

 騒めくギャラリーをよそに、二基のV6エンジンのエキゾーストノートが高鳴る。

 

 点灯したレッドシグナル。そして、ブラックアウト。

 エキゾーストノートと、スキール音が草津高原に響いた。二台の重戦車による、ダウンヒルバトルが始まった。

 

 

 その時だった。

「……あ、あれは!?」

 その二台を追走するように、一台の黒いマシンがスタートラインを駆け抜けていった。

 

 

 スタートで先手を取った川越。4WDのGTOだけに、スタートで負ける訳にはいかない。

(……?

 もう一台来てるわね)

 ミラーに映るヘッドライトが、もう一つ増えている事に気が付いた。

 それは、桐谷も同じだった。

(あれは……R34?

 スラッシャーの城長か!!)

 

 そう。スラッシャーの城長は、このバトルを見極める為に、バトル乱入を決行したのであった。

(……悪く思うなよ。

 この志賀草津の走り屋として……アンタらのバトルを黙ってみている気は無いんだよ!!)

 そこには、志賀草津の主としての意地があった。

 

 まさか三つ巴のバトルになるなど、ギャラリーもバトル当事者ですら思いもしなかった展開だ。

(まぁ……良いわ。まとめてぶっちぎればいい話よ!!)

 川越は、お構いなしにフルスロットル。その巨体で、志賀高原を攻め立てる。

 低速のヘアピンが迫りくる。フルブレーキングできっちりと減速し、舵を入れる。クリッピングポイントを通り、アウト目一杯までラインを使い立ち上がる。お手本の様なコーナリングで、ヘアピンをクリアする。

 そして、ミラーで後ろとの差を見ると。

(……追いつかれてる)

 その差は、確実に縮まっていた。

 

 いくらGTOがコーナーリングが苦手なシャシーレイアウトのマシンだとしても、ステージア相手にコーナーで追いつかれている。

(……認めたくないけど、あんな舐めた格好でもコーナリングは私の方が負けてるわ)

 その事実を、川越は受け入れるしかなかった。

 そして、最後方の城長も。

(……速え。ちょっとでも油断したら、置いてかれるぜ)

 そのコーナリングには度肝を抜かれるしかなかった。

 

 したり顔でGTOのテールランプを見つめる桐谷。

(……FMパッケージレイアウトの威力を思い知りな)

 キングチャリオット。街道の伏兵が、ミッドナイトローズと三日月に牙を向く。

 

 

 M35ステージアは2001年に発売され、日産の新世代シャシーであるFR-Lプラットフォームを持つ。これはV35スカイラインやZ33フェアレディZ等と、共通のシャシーを採用している。

 したがって、エンジンや足回り等のパーツは同一の物となる。

 このV6エンジンを採用した“FMパッケージ”は、それまで伝統であった直列6気筒エンジンを捨てた事も有り、それまでのスカイラインファンからの評価は著しくなく、雑誌などでも賛否は別れた。

 しかしだ。

 このシャシーは伝統を捨てた事により、それまでのスカイラインにとっての、足枷が取り払われた事実も忘れてはいけない。

(V6は気に入らねぇが……重量バランスはやっぱ優れてやがる)

 ER34を駆る城長でも、それは認めざる得なかった。

 

 V6エンジンのステージアの重量バランスは、フロント51に対しリア49と、極めて理想的なバランスを持つ。対してR34スカイラインは56対44と、長く重くエンジンの高さがある直6エンジンを積む故に、フロントヘビーな重量バランスとなってしまっている。

 GTOに至っては、同じV6だが横置きに加え4WDとなり、60対40とかなりフロントヘビーなレイアウトとなってしまう。

 ステーションワゴンでありながらも、並みのスポーツカーよりも優れたシャシーバランスを持つM35ステージアで、あえて街道を走る桐谷はまさに街道の伏兵だ。

 

 その桐谷が選んだのは、M35ステージアの中で唯一マニュアルミッションを持つ、アクシス350Sと言う限定モデルだ。

 もちろん、マニュアルが搭載されているだけでは無くFRだという事。他にも、エンジンや駆動系に関してはZ33フェアレディZと同一のコンポーネンツを持つため、パーツを流用する事でチューンナップを可能とする。

 桐谷のそれは、元々NAのVQ35をボルトオンターボ化し、重い車体を引っ張れるパワーを得た。もちろん、それを支える足回りも当然強化。特に重い車重を止める為のブレーキは、Z33用のブレンボキャリパーを流用する。

 見た目はワゴンだが、中身はスポーツカー並み。これが桐谷のこだわりだった。

 

 ステージアが、そのスタイルに似合わない浅いアングルのドリフトを決めて、コーナーを駆け抜ける。

(……ワゴンだと思ってる舐めてる連中をぶっちぎる。こんなに面白いことは無いんだぜ)

 それが桐谷のこだわり。彼は、元々はドリフト派だった事にそのルーツがあるのだ。

 

 元来ドリフト野郎は、速く走る事よりも目立つ走りをする事を重点に置く。その中で、手っ取り早く目立つ方法の一つが、意外性のある車でドリフトを決める事にある。

 

 例えば、TE71系のカローラは、エンジンや足回り、駆動系に至るまでAE86とパーツの互換性がある為、珍しい中でも極めてドリ車を作り易いマシンであった。その為、あえてTE71系を選ぶ走り屋も多かった。

 他にも、A31セフィーロ、C33ローレルは、ドリフト発展期に一世を風靡したドリフトベースのマシンになる。こちらも、S13系やR32系のパーツを流用する事で、極めてドリ車を作り易い車両だ。今でこそ、普通にドリ車として候補に挙げられるものの、当初はマイナー車で珍しかったのである。

 

 そして、そんな桐谷が当初駆っていたのは、W34のステージアだった。W34系ステージアはR33スカイラインとシャシーを共通する為、殆どスカイラインワゴンと呼べる車両だ。当然ながら、意外性があって峠で珍しいマシンでありながら、スカイラインと同様に、マシンを製作しやすい面があった。

 その例として挙げるとすれば、W34ステージア“260RS”が恰好のケースとなるだろう。オーテックバージョンとも呼ばれる260RSは、中身さえそっくりR33GT-Rとなる為、ワゴンでありながらサーキット走行も軽くこなせるポテンシャルを持っていた怪物ワゴンであった。まさしくメーカーの出したチューンドカーと言える代物だ。

 もっとも、車両価格が高い事に加え、当時の桐谷はドリフト派だったため、FRの25RSを選んでいたのだが。

 

 それでも、RB25DETエンジンとFRのシャシーを持つ、34ステージアのスポーツグレードに当たる。当然ドリ車を作るには、もってこいのマシンだった。

 

 ただし、W34でドリフトしていた桐谷だけに、そのマシンのフロントヘビーさには手を焼いていた経験がある。

 元々R34は重量が有るが、ステージアはそれに輪をかけて重く、そしてフロントヘビーだ。つまり、R34スカイラインの弱点を、そっくりそのまま引き継いでしまっていた。

 

 目立つことは出来たとしても、W34で速く走るには、限界が見えていた。

 

 そして、新たにあえてマイナーなM35ステージアを選んだ。それ、見事に大当たりだった。

 理想的な重量配分を持つシャシーは、高い旋回性能を生み出しながら“とにかく目立つ”事が出来る。元ドリ野郎の桐谷にとって、理想的なマシンであったのだ。

(……GTOもR34も、スポーツカーだ。

 でも、俺にとっちゃ……いい獲物だぜ!!)

 ステージアが、コーナーを抜ける度にGTOとの差を詰めていく。ここまで逃げてきた川越との差が、ついに無くなった。

 

 キングチャリオット。街道の伏兵が、そのポテンシャルを発揮した。

 

(……屈辱ね。あんなマシンに追いつかれるなんて……)

 ミラーに映るヘッドライトに、川越の表情は苦々しく歪める。

 しかし、今以上にペースを上げるのは、難しい事も分かっている。

(……どうしようかしらね)

 と、心の内で嘆くが、決して彼女も諦めている訳では無い。

 

「……アイツを倒すまで、私は負ける訳にはいかないのよ」

 

 川越清美。ミッドナイトローズと呼ばれる首都高の走り屋。

 

 彼女が十三鬼将に加わっている理由には、彼女にとっての意地がそこにあった。

 

 




今回はまさかの三つ巴です。

ちなみにミッドナイトローズは元十二覇聖ですが、kaido本編では十三鬼将に加わってます。


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第十三夜 元ゾディアック

志賀草津のバトルの続きです。

何故、元ゾディアックが十三鬼将に加わっているのかが明かされます。



 

 

 テールトゥノーズで志賀草津を下る、GTOとステージア。更に、一車身差でR34が追走する。

(……この草津で、俺が着いていくのが目一杯になっちまうとはな)

 スラッシャーの城長ですら、ここまで速いなど予想していなかったに違いない。

(何者なんだよ……キングダムトゥエルブと十三鬼将の奴らは)

 その表情が険しく曇っていた。

 

 逃げ切りたい川越だが、桐谷にコーナーリングでジリジリと追い詰められていく。

 

 しかしだ。

(……大したプレッシャーのかけ方ね。だけど……)

 その瞳に諦めの色は無い。

(迅帝に比べたら……月とスッポンよ!!)

 彼女が一番打倒したい相手は、今のバトル相手の桐谷ではない。十三鬼将の“迅帝”こと岩崎基矢なのだ。

 

 十三鬼将は、基本的にチームとして機能しない。それには、大きな理由が二つある。

 一つ目は、大将の岩崎自身が全員をまとめる気は無い事だ。岩崎が大将となっているのも、あくまで一番速いから大将と言うだけで、実質このメンツをしきっている訳では無い。

 その上、岩崎は相当に自由人で破天荒。個々をまとめる事はどころか、率先して規律を破る側の人間だ。当然の事だが、集まったメンバーを仕切れる訳が無い。

 二つ目は、十三鬼将のメンツが、そもそも打倒迅帝を目論んでいる奴ばかり。十三鬼将の面々が、そもそも迅帝に敗れた側の走り屋だった。

 

 その中でも、かつて首都高で最速と呼ばれた、十二人の走り屋“Zodiac”に属していた、川越清美はその気持ちは特に強かった。

 

(……貴方達は知らないでしょうね。首都高でトップを走る事の意味を……)

 

 ゾディアックとは、日本語に訳すと黄道帯を意味する。黄道という空にかかる上下九度の帯の事を指し、そこには西洋占星術でおなじみの十二の星座がかかっている。

 そこから名を取り、最速の十二人の走り屋はゾディアックと名乗った。

 高いカリスマ性と、激速のマシンメイキングとそれを乗りこなすテクニック。彼らは首都高最速集団として、その地位を確固たる物としていた。

 

 しかしだ。

 確かにゾディアックは速かったが、同時に当時は首都高のベテラン達が、取り仕切っていた面があった。

 故に、血気盛んな若手が不在で、どちらかと言えば大人な走り屋ばかり。不要なバトルは受けなかった上に、それに他の走り屋達もそれが普通だと思っていた。何処かに慣れと慢心があったのだろう。

 その末路は迅帝に次々と撃墜され、ゾディアックに属していた大半は、潮時と考え引退を決意。首都高トップとしては、あまりにも寂しい幕切れでとなった。

 そして、その中から首都高に残ったのはミッドナイトローズの川越清美と、嘆きのプルートこと内田孝の二人だけだった。

 

 そのステージのトップである事は、同時に狙われる立場にあるという事だ。

 川越は、その事を痛いほど分かっている。

(……バカと天才は紙一重っていうけれど。

 ……岩崎はその紙一重の上に立っている。そんな男なのよ)

 それが、川越から見た首都高最速の走り屋の姿だった。

(アイツを何時か撃墜(おと)す為に……私は負ける訳にはいかないのよ!!)

 

 

 GTOと言う重戦車で、志賀草津のダウンヒルを攻める以上、タイヤとブレーキのマージンを残す事は必須。しかし、余力を残して逃げられる相手では無い事は明白だった。

 中盤を過ぎた頃から、コーナー手前でGTOのブレーキランプが細かく点灯し始めた。

(……ブレーキのタッチが少しだけ落ちてきたわね。だけど……このペースだと、恐らくブレーキもタイヤも苦しくなるわ……)

 川越がブレーキペダルをダブり始めた。その動作に、桐谷が気が付かない訳が無い。

(……重さがブレーキにきているようだな)

 桐谷はニヤリと微笑を浮かべた。

 

 川越のGTOは中期型のツインターボMRをベースにカスタマイズしており、型こそ若干違うが、魚住のGTOとチューニング面では共通点が多い。川越のGTOのパワーこそ550馬力だがトルクは70キロ近く発揮する。元々低回転の力強さが武器の、6G72の素性を生かして製作した。魚住のGTOとエンジンに違いがあるならば、腰下まで手が入っていない点が大きく異なる点となる。

 足回りやブレーキに加え、駆動系などもマイナー車の宿命か、同じパーツを使用している部分も多い。

 しかし、十三鬼将に属する二台のGTOに、大きく違う点があるのはボディの軽量化の進め方にある。

 魚住のGTOは、特注のカーボン物のパーツを使ったりウインドウをアクリル製にしたりと、レーシングカー並みに極限まで軽量化を進めている。対して川越のGTOは、あくまで市販パーツで出来る範囲の軽量化を進めている。したがって、魚住のGTOよりも遥かに重たかった。

 もっとも、川越自身がドンガラの内装などにする気が無かった事もあるのだが。

 

 二台の争いを追走する、城長もGTOの異変に気が付いていた。

(……GTOのブレーキが苦しいみたいだな。ステージアは、問題ないのか?)

 そう勘繰るが、桐谷のステージアのブレーキは、Z33のブレンボキャリパーを流用している分、ブレーキに不安は無かった。

 

 ここが仕掛け所とばかりに、桐谷はプレッシャーを与える。

 右に左に車体を揺さぶって、先行するGTOにプレッシャーをかけ続ける。

(……どうした? そろそろ限界なんだろう?)

 ステージアがGTOのテールをマークしたまま、バトルは後半セクションへ飛び込んでいく。

(ゴールまでそこまで距離が無いわね……)

 川越は、改めてステアリングを握りしめる手に、力を込めた。

(……お願い。ブレーキもタイヤも持って!!)

 祈る思いで、ラストスパートをかける。

 

 追う桐谷も、勝負所を見定めている。

(……残りの距離を考えれば、ダブルへアピンの突っ込みでぶち抜く!!)

 ここまでプレッシャーをかけ続けてきた桐谷も、最終セクションで勝負をかける。

 

 そして、そのコンマ何秒か後方の城長。

(……二台まとめて抜くのは厳しいか? だが……ここまできたら、玉砕覚悟だ!!)

 志賀草津のスラッシャーとして、諦める気は毛頭ない。

 

 

 短いストレートを挟んで、最終セクションの難所である右、左と続くダブルヘアピンが迫りくる。

(ここさえ、抑えれば……)

 GTOがインに車体を振って、ブロックラインを通る。

(読み通りだ……)

 しかし、桐谷はそれを読んでいた。

 

 二台がブレーキングを開始。

 ステージアがアウト側から、レイトブレーキングでGTOに並びかける。

(一個目をインベタで通るなら、二つ目の突っ込みでインを抑える!!)

 桐谷はブロックする事を見越しており、二つ目で勝負をかける判断をしていたのだ。

 

 サイドバイサイドのまま、一つ目のヘアピンの立ち上がりで、GTOが僅かにリードを奪う。

(……インを抑えられない!!)

 しかし、ステージアがノーズをねじ込んで、ブロックさせない。

 続く二つ目のヘアピンで、ステージアがインを取って鼻先を突き出した。

(抜かれる……!!)

 万事休す、と川越は覚悟した。

 

 その時、更にステージアのイン側に、ヘッドライトの閃光が飛び込んできたのだ。

(……悪いが、地元スペシャルラインを使わせて貰うぜ!!)

 イン側の路肩のダートに、車体半分を落としながらスカイラインが来ていた。

「……てめぇ!!」

 思わず桐谷は罵った。

 

 城長は、ダブルへアピンで二台が並ぶと読んでいた。そこで、短いストレートで意図的に間合いを図り、二つ目のヘアピンでまとめてオーバーテイクを仕掛けたのだ。

 城長の言う、スペシャルライン。

 志賀草津の場合、高原の中を走る道路になっており、最終セクションの路肩にガードレールが無いのだ。その事を利用し、車体半分はみ出して芝生の上を強引に走る荒業を披露した。

 

 ダブルへアピンを立ち上がった三台。狭い筈の街道で、まさかのスリーワイド。

スーパーGTでも中々お目にかかれない三台並びで、緩やかな最終コーナーに並列しながら飛び込んでいく。

 

(ここは譲らないわ!!)

 

(……俺のステージアに勝てる物か!!)

 

(ここで、俺が負ける訳にはいかねぇんだ!!)

 

 高速の左コーナーを立ち上がり、三台がフルスロットル。

 

 

 ゴールラインを駆け抜けた時、三台とも並んだままゴールしたようにしか見えなかった。

 

「誰が一番先にゴールしたんだ?」

「わからねぇよ……」

「誰が勝ったんだ?」

 

 その瞬間をみたギャラリー達は、皆騒めいている。モニターに写される結果を、固唾を飲んで待つしかなかった。

 

 そして、正式結果が出た時。

 真っ先にゴールにノーズを滑り込ませたのは、ステージアだった。続いてスカイライン、GTOと言うオーダーだった。

 しかし、三台の差はコンマ何秒と言う僅かな差の中にひしめき合うと言う大接戦であり、志賀草津の街道サーキットに、新たな伝説の一ページとして刻まれる事になった。

 

 

 下りのパーキングエリアに並ぶ三台のマシン。

「あんた……どういうつもりで、乱入したんだ?」

 勝者の桐谷だったが、城長に真っ先に抗議を始めた。

「別に意味を言う必要があるか?

 他のスラッシャーは知らねぇが、地元の走り屋としてただ黙ってる事が出来なかったから、バトルに乱入させてもらったよ」

 城長は、何処か吹っ切れた様子で答えた。

「……私は負けた身だから、特に何も言うことは無いわ。

 貴方達、速かったわ。素直に認めてあげましょう」

 素直に賞賛した川越だが、その言い回しには何処かに悔しさが出ていた。

「ふん……」

 桐谷は素っ気ない反応で答えた。

「……地元のスラッシャーとして、アンタらと勝負できた事は素直にうれしく思うぜ。

 首都高の十三鬼将も、キングダムトゥエルブも、実力が半端ないって事は身に染みたぜ。それは素直に思ってる」

 城長の言葉に、桐谷も川越も少し口元を緩めていた。

 

 

 志賀草津。まさかの三つ巴バトルは、キングダムトゥエルブが勝利をもぎ取った。

 

 

 

 表六甲と志賀草津で、激戦が繰り広げられていた同じ夜。

 

 富士スピードウェイから、数十分ほどの距離に店舗を構えるレーシングガレージ。ファクトリーFUJIの工場内には、夜遅くにも関わらず明かりが灯っていた。

「……ったく。久々に来たと思ったら、また、面倒な話を持って来やがって……」

 ぶつくさと文句が止まらないのは、このレーシングガレージの主である藤巻直人だった。

「そう言わないでくれよ藤巻さん。ちゃんと代金は払うからさぁ……」

 その面倒な話を持って来たのは、岩崎基矢その人だ。

「代金の話だけじゃねぇぞ。

 いきなり来て“アレ”をどうにかするって事だ。こっちも仕事が立て込んでるって言うのによぉ……」

 藤巻の文句は止まらない。

「……全く相変わらず小言が多いな。ハゲるぞ……」

 ボソリと呟いた瞬間、岩崎にチョークスリーパーを極める藤巻が居た。

 

 そして、ここで本題に入った。

「んで……なんでわざわざそんな話を頼みに来たんだよ?」

 藤巻の質問に対し、岩崎は少し真剣な顔つきで答えた。

「まぁ……俺の師匠だったら、察しは付くと思うけどさ。

 ……色々、噂も耳に入ってると思うしね」

 その一言に、藤巻はニッと笑った。

「相変わらず手のかかる弟子だな」

「頼むぜ……藤巻さん」

 人知れず、迅帝も動き始めていた。

 

 




志賀草津も決着です。

あえて三つ巴にしたのは、単にスリーワイドが書きたかっただけです(笑)。


まぁ、峠でスリーワイドができると奴がいたとしたら、そいつらはスタントマンになる事をおすすめします。



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第十四夜 四天王の二人

四天王の二人目が参戦です。

個人的には、一番お気に入りのキャラクターです。



 

 

 都内の工業地帯に店舗を構える、小さな自動車整備工場のガレージには、深夜まで明かりが灯っていた。

 内藤自動車の屋号を持つこの整備工場は、一見すると普通の整備工場なのだが、首都高の走り屋にとっては知る人ぞ知る名チューナーが店を構えているのだ。

 店主である内藤健二は、かつては著名なロータリーショップでメカニックとして腕を磨き、GTマシンのメンテナンスやショップのデモカーの製作になどに携わっていた。その後、独立し店を構えて今に至る。

 そして、内藤は“追撃のテイルガンナー”の異名を持ち、十三鬼将の中でも四天王と謳われる実力者。首都高の走り屋の中でも著名な走り屋だ。十三鬼将結成以前から真紅のFC3Sで首都高を攻め、GT-Rやスープラ、FD3S等と言ったマシンと互角に渡り合ってきた。

 

 そんな内藤の愛機は、今現在はリフトに乗せられている。しかし、エンジンルームは空っぽだ。

「……あんたも好きねぇ」

 呆れた様子で呟いたのは、緒方明子。彼女も十三鬼将の四天王と謳われ、内藤とは良きライバルとして長年に渡って走り続けてきた間柄だ。

 街道でのバトルに備え、内藤は準備に余念がない為、店舗にまで冷やかしに来ているようだ。

「……まぁな。首都高と街道じゃ、求めれるエンジンが違うんでな。街道用に作り直してるんだよ」

 自慢げに語る内藤の足元には、三枚に下ろされた13Bエンジンのサイドハウジングとローターハウジングが転がっていた。

「……一から作ってるの?」

「おう。前はパワーが出るようにブリッジポートだったが、今度は中速重視のサイドポート仕様にする。それと、ローターハウジングは20B用を使ってたんだが、FDの13B-REWの奴に変えるんだ」

「……何が違うの?」

 自慢げに語る内藤に、緒方は聞いた。

「排気ポートのでかさが違うんだぜ。20B用だと排気ポートがでかい分、パワーも上がるが低速トルクが細くなる。

 13B-REWの方がポート径が一回り小さい分、中速トルクを太らせるんでな。FCの13B-T用が一番排気ポート径が小さいから低速トルクは出るが、ピークパワーが落ちそうだったからFD用を選んだ。

 あと、ローターもFD用の圧縮比9.0の奴を組み合わせる。ブーストはそこまで上げれねぇが、レスポンスは上がるからな。こっちのローターを使う事にした」

 内藤のウンチクを聞く間に、緒方は顔を顰めていた。

「……私たちの中で仕様変更する奴はいたとしても、エンジンまで組み替えてるのは、アンタくらいよ」

「褒めてるのか?」

「皮肉よ……」

 憎まれ口を叩きあえる程度の仲。お互いの事はよく分かってるのだ。

 

 そして、不意に緒方から会話を切り出した。

「……ねぇ、内藤?」

「何だよ? 結婚でもしてくれんのか?

 まーお互い良い年だし……」

 内藤がセリフを言い終える前に、緒方がバコーンと頭を引っ叩いた。

「いってぇな……」

「……世界中の男の中で、アンタしか相手が居なかったら、独身を選ぶわ」

「可愛いジョークじゃねぇかよ……」

 ブーをたれながら、内藤は再び作業を開始する。

「……内藤。

 アンタ、何時まで首都高を走るの?」

「………………」

 緒方の言葉に内藤は、何も答えなかった。それでも、緒方は話を続ける。

「私さ……。今の仕事で、フランスに行く事になったのよ。

 すぐって訳じゃないけど……来年にはパリに移る予定よ」

「……ってことは、首都高……下りるのか?」

 内藤の言葉に、緒方は頷いた。

「…………そうか」

「でも、すぐって訳じゃないわ……。

 ……年内で卒業かしらね」

 緒方の答えに、内藤は言った。

「……来週、俺は日光でバトルする。そいつを、見に来てくれねぇか?」

「……良いわよ」

 緒方は快諾した。そして、内藤は断言した。

「花道飾る景気付けにしてやるぜ」

 そこには、自信に満ちた内藤の姿があった。

 

 

 日光いろは坂。開通初期の日光には、ヘアピンコーナーが四十八個あり、いろは四十八音に例えてヘアピンの一つ一つに音に対する文字の看板が立っている。

 このいろは坂も、走り屋黎明期の頃から著名な峠と知られ、多くの走り屋達の憧れの峠であった。

 

 このいろは坂が、街道サーキットとして生まれ変わるのも、ある意味必然だったのかもしれない。

 そして、関東でも屈指の難コースで鍛えられた走り屋達のレベルは、極めて高いと言う事も忘れてはならない。

 

 

 キングダムトゥエルブのランエボ使い、伊達元就は“根絶の騎馬”と言う異名を持つ。

 そして、彼は元々日光で腕を磨いた後、各地の街道で名を上げた走り屋だった。

(まさか、こんな形でここに戻ってくるとはな……)

 頂上のパーキングから、九十九(つづら)折りの日光の峠を見下ろすと、今までとはまた違った光景に見えてくる様だった。

「……久しぶりにお前の走りを拝めるなんてな」

 後ろからの声に振り返ると、伊達にとっては懐かしい人物がそこに立っていた。

「岡本……。何年かぶりだな」

 その男の名は、岡本弘幸。“グローバルウィナー”の異名持つ、日光のスラッシャーだ。

「ああ。噂は色々聞いてるぜ」

 旧友の元気な姿に、岡本は懐かしさを噛み締めていた。

「しっかし、伊達はホントにランエボマニアだな……」

「それはお互い様だろう。岡本だってドイツ車マニアで、長い事ベンツのエボⅡだったじゃねぇか。なんでまた、アウディのRS6にしたんだ?」

「……パーツが高い分にはまだ良いんだがな。流石に部品が出てこねぇんだよ」

「……間違いねえや」

 岡本は、改めて伊達の愛機、ダークグリーンのランサーエボリューションに視線を移した。

「……今度のは、エボ9か?」

「いいや。8のMRだ」

「……ランエボはシリーズが多すぎて、区別がつかねーわ」

「まぁ、見た目に大差は無いからな。だが……中身は別モンだ」

「その様子だと、十三鬼将も敵じゃ無さそうだな」

 岡本はそう言うが、伊達の顔付きは強張る。

「そう思いたいが、あちらさんとここまでの戦況は五分だ。おまけに、今まで戦ってきた奴ら全員が口を揃えて強敵だったと言い張ってる。

 おまけに……俺の相手は四天王って謳われる実力者だ。日光は俺に取っちゃ庭も同然だが、油断はできねぇ」

 そう語った伊達に、驕りは無い。

(確かに、十三鬼将は噂以上の強敵だ……。

 しかし……伊達が日光だけを走り続けてたとしたら、今スラッシャーになっているのはこいつだ……)

 岡本には、“根絶の騎馬”の敗北する事は考えられなかった。

 

 

 週末の日光は、夕暮れから大渋滞となっていた。立ち並ぶ車の車種は、温泉街に観光に来た車とはかけ離れている。

 コンパクトカーやスポーツカー、セダンなどジャンルは様々なのだが、並ぶ車の殆どが何かしらのカスタムを施しており、ナンバーも各地のナンバープレートを背負っている。

 今夜、十三鬼将とキングダムトゥエルブがバトルすると言う話は、ネット上のみならず口コミでも広まり、早い時間から日光に押しかけているのだ。

 

 その渋滞に巻き込まれている、一台のレンタカーのフィットには、三人の走り屋が相乗りしていたのである。

「……すげぇ渋滞だな」

 レンタカーのハンドルを持つ大塚は、諦めた様にぼやいた。

「ここまで噂が広がるなんてな……」

 助手席の坂本は、背伸びしながら答える。

「…………」

 そして、後部座席に陣取る緒方は、何も答えず外の景色を眺めていた。

 

(……なんで、緒方の姐さんは急に日光に連れてけ何て言いだしたんだ?)

 坂本は小声で大塚に聞く。

(さあな。ただ、緒方さんと内藤さんは、長い事競い合ってきたライバルだ。だからこそ、内藤さんのバトルを見たいんじゃねぇかな……)

 聞かれない様に、ヒソヒソと答えた大塚。しかし、その真意を知る訳が無い。

 

「……ねぇ?」

 後部座席から不意に声を掛けられ、二人は肩をビクリとさせる。

「……な、何でしょう?」

 坂本は上ずった声で、返事を返した。

「日光……いい景色よね」

「……あ、はい」

 緒方の一言は検討違いな物で、坂本はポーカンとするしかなかった。

 

「……あのよ。話は変わるんだけどよ」

 大塚は空気を変えるように、言葉を出した。

「……?」

「今日のバトルは、俺は結構な山場だと思ってる。ここまでの戦況は五分だし、十三鬼将(俺ら)は四天王の二人目ってカードを切るじゃねえか」

「……それがどうしたんだよ?」

 大塚の言葉に、坂本は今一つピンと来ていない。

「……“街道プレジデント”がそろそろ姿を現してもいい頃なんじゃねぇか?」

「そういや……そうだったな。今までのバトルで、誰も姿を見ていねぇんだよな」

 大塚の言い分に、坂本は納得した様に追従した。

「もちろん、お忍びで来てた可能性も有る。だから、今日は直接バトルのギャラリーに出向いた訳よ。

 緒方さんが来るのは、予想外だったけど……」

 大塚はそう言った。

「そう言ってもな……。このギャラリーの中で、見つけられるのか?」

 しかし、坂本の意見ももっともだ。

「……わからん。ただ、やるだけの事をやってみようぜ。

 今度のキングダムトゥエルブの刺客“根絶の騎馬”を張り込めば、見つけられるかもしれねぇ」

 大塚はそう読んでいた。

 

(内藤……勝ちなさいよ)

 その中で、緒方は戦友への想いを心の中で憚らせていた。

 

 

 空に浮かぶ半月が、夜の日光を照らしていた。

 頂上のパーキングスペースで対峙する、両雄。交錯するその視線は、鋭く研ぎ澄まされていた。

「……あんたが、十三鬼将の走り屋だな?」

「おう。そうだぜ」

 険しい表情で睨みつける伊達。やや対照的に、目つきこそ鋭いものの、口元に笑みを見せて、何処かに余裕を見せる内藤だ。

「……あんた達の実力はよく聞いてる。俺は相手が旧型のFCだからと言って、手は抜かねぇ。それだけは、覚悟しておけよ」

 伊達の宣戦布告を受けても、内藤の表情が変わる気配は無い。

「……そいつはどうも」

「随分と余裕だな。俺のランエボに勝てると思ってんのか?」

「……勝負ってのは、蓋を開けなきゃわからねぇもんだぜ。

 俺のセブンには、トラコンもABSもありゃしねぇ。ランエボみてぇに、気が利く装備は付いてねぇさ。でもな……」

「……?」

「……俺はこのセブン一台で、18の頃から走り続けてきてんだ。それがどういう意味なのか……教えてやるぜ」

「……上等だ」

 内藤の見せる微笑は、決してハッタリではないと。伊達は確信した。

 

 

 日光のダウンヒル。スターティンググリッドに並ぶ、CT9AランサーエボリューションⅧMRとFC3SRX-7。

 それぞれの主張の強いエキゾーストノートが吠えた時、日光の山間に響き渡った。

 

 運命のレッドシグナルが点灯した。

 

 

 




余談ですが、キャラクター像自体は、首都高のシンデレラシリーズからのキャリーオーバーになってます。


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第十五夜 電子制御vs人間制御

いろは坂バトル開始です。

そういえば、FC対ランエボだと、頭文字Dを彷彿させますね。
今気がつきました。



 

 

 シグナルブラックアウト。

 4WDのランサーエボリューションは、弾かれたパチンコ球の様に飛び出していく。

(……やっぱゼロスタートは速ぇわな)

 一気に遠ざかるランサーのテールランプだが、内藤はどっしりと構えていた。

 

 日光はファーストコーナーからタイトに曲がり込む。

 伊達は、セオリー通りのラインをトレースしてすぐに迫る2コーナーに備える。

(タイトコーナーは、このランエボの独断場だ)

 立ち上がると、再びブレーキング。ストップアンドゴーの多い街道サーキットでは、4WDのトラクションは絶対的なアドバンテージを得られる。

 しかし、それを成立させる為にも、進入での無理は禁物だ。突っ込み過ぎれば、アンダーステアを誘発してアクセルを踏めず、立ち上がりのトラクションを生かせない。

 重要なのは、立ち上がりで踏んでいける、スローインファストアウトのラインを徹底する事だ。

 

 そして、ランサーエボリューションⅧMRには、4WDのトラクションの他に、絶対的な武器があるのだ。

(知ったかぶって、よく“電子制御はドライバーの感覚を鈍らせる”なんて事を言う奴がいる。だが、それは大きな間違いだ)

 歴代のランエボを乗り継いできた伊達は、ランサーエボリューション特有の電子制御を生かせるセットアップを施しているのだ。

(ランエボの電子制御デバイス、AYCとACDは人間では出来ない程の細かな制御を利かせられる。

 アンダーもオーバーも、車が封じ込めてくれるから……コーナーの途中でも踏んでいける……否。

 踏んで曲げていくのさ!!)

 そう。ランエボの最大の特徴と言える、電子制御デバイスはアクセルを“踏んで曲げる”と言う、特異な操作を求められる。従って、下手にアクセルをコントロールするとむしろ遅くなってしまう。

 機械任せと言うと聞こえは悪くなるが、電子制御に頼った方が速くなるのも、大きな特色と言える。

 言い換えれば、電子制御を使いこなす事が求められる。これこそが、ランエボマイスターへの極意なのだ。

 

 ランサーエボリューションシリーズとインプレッサWRXシリーズは、共にライバルとして切磋琢磨してきた間柄である。

 しかし、速さへのアプローチは大きく異なるのが、双方の最大の違いと言えるだろう。

 縦置きボクサーエンジンを持つインプレッサは、元々の重量バランスが優れているだけでなく、フラット4エンジンが生み出す重心の低さが何よりの武器。その恩恵で、シャープなハンドリングを実現している。

 一方のランサーは、横置きの直列4気筒エンジンのFFがベースとなり、非常にフロントヘビーな重量バランスとなる。初期のランサーエボリューションや、その前身であるギャランVR-4に関しても、アンダーステア酷くオンロードのサーキット走行や、タイトコーナーの続くターマック等は苦手としていた。

 しかし、ランサーエボリューションⅣから武装されたAYC、アクティブヨーコントロールシステム。そして、ランエボⅦから実装されたACD、アクティブセンターデファレンシャル。これらが四輪の駆動力を細かく制御する事で、抜群の回頭性と走行安定性を実現した。

 街道でも、この電子制御デバイスが、大きな威力を発揮するのだ。

 

 

 連続するコーナーを、クイックに攻略していくランサー。

(……後ろとの差は)

 伊達がバックミラーを見た時。

(……広がっていないだと!?)

 ゼロスタート時の差をキープしたまま、RX-7は食い下がっていた。

 

 

 ゴール地点のパーキングスペースに設置させる大型モニターが、疾走する二台のマシンを映し出す。むろん、ギャラリー達はバトルが映し出される様子に釘付けだ。

「流石内藤さんだな。いくら下りでも、ランエボに食いつくなんて出来ないぜ」

 大塚は、そのテクニックに感心しきりだ。

「ああ……。あの人は首都高の何処でも速いのは知ってるけど、街道でも速えなんてな」

 坂本も身震いする思いだ。

「……あのFCは、内藤が18の時から乗ってるのよ。あいつにしてみれば……自分の体と同じなのよ。

 次のコーナーを見れば、内藤の速さの秘密が分かるわ」

 緒方の言葉に、大塚と坂本は首を傾げた。

 

 

 コーナーを攻めるランサーとRX-7を、カメラが追いかける。その差はスタートと変わらない。しかし、立ち上がりで絶対的なアドバンテージの有るランエボに、なぜFRのRX-7が食い下がっているのか。

 

 二台が同じ右の中速コーナーを攻めた時、大塚と坂本はその違いに気が付いた。

「……コース幅の使い方だ」

 坂本は真っ先に答えた。

「ランエボはアウト側3、40センチまで使ってるが、内藤さんはガードレールすれすれまで寄せてるぜ……」

 そのテクニックに、大塚は脱帽するしか出来ない。

「限界まで道幅を使う事で、コーナリングスピードを稼いでるのよ。

 私たちだって、首都高で白線ギリギリまで寄せてるじゃない。それを応用してるだけよ。内藤か君嶋さんが、一番壁ギリギリまで使って走ってるしね。

 もちろん、それだけじゃ無いわよ。内藤のアドバンテージはね……」

 緒方はニヤリと、含みのある笑みを作っていた。

 

 

 RX-7は歴代全てにおいて、国産車で屈指のコーナリングを誇るマシンである。それはFC3Sでも同じ事だ。

 とは言え、ランエボを追い回せる程、内藤のRX-7にマシン面におけるアドバンテージは無い。優位な点があるとすれば、車重が100キロ程度軽い事くらいしかない。

 しかしだ。内藤は伊達に対して、ドライバーとして大きなアドバンテージを持っている。

(ランエボは、確かに良い車だぜ。電子制御のおかげで、四駆の弱点は解消されてる……。

 おまけに、このドライバーはランエボの電子デバイスも使いこなしてるが……。

 だからこそ……あのランエボの弱点が出てくるのさ!!)

 内藤は、ランサーのテールランプを全力で追い回す。

 

 

 ランサーエボリューションの特徴の一つは、バカっ速いセダンである事だ。元々、ギャランVR-4に搭載される4G63ターボエンジンを、コンパクトなランサーに積む事で軽量ハイパワーを実現した。

 しかし、ボディサイズが大きくなったCT9A型は、カタログでの全高が1450ミリとスポーツカーと比較してかなり背が高い。FC3Sの全高のカタログ値が1270ミリと、その差は180ミリもの差となる。

 全高が高いという事は、ボディの重心が必然的に高くなってしまい、運動性能が落ちる事になる。エボリューションⅧMRでは、ルーフパネルにアルミを採用し、屋根を軽くする事で重心を下げる様にしてある物の、基本的なボディの形状はあくまでセダンのままなのだ。

 もちろん、車高を下げて重心を低くする事は可能なのだが、4WDのランエボの場合フロントのドライブシャフトが邪魔になってしまい、極端な改造をしない限りレーシングカー程低くする事は不可能なのだ。

 そして、もう一つ。

 ランエボの最大の特徴と言える電子制御は、コンピューターのセッティング次第で驚異的な旋回性能を発揮させる事が可能だ。伊達のランエボも、当然ながらAYCとACDのCPUをセッティングしている。

 故に、曲がるマシンに仕上がっているのだが、内藤はそのセッティングの方向性を見抜いていた。

(背の高いボディだが、電子制御で曲がるマシンに仕上げてあるが。ただ……曲がりすぎるマシンになってる。

 だから……コーナーが右、左と揺り返す時に、僅かに踏み込むタイミングが遅れてるぜ!!)

 内藤は、その一点のウィークポイントを見切っていた。

 

 

 内藤は首都高でも五本の指に入る程のロータリー使いだが、彼の作り上げたマシンはロータリーエンジン搭載車だけではない。GT-Rやスープラ等のハイパワーマシン。ハチロクやロードスター等の、軽量なFR車。そして、ランエボ、インプレッサ等の4WD車両のチューニングも手掛けた事が有る。

 つまり、多種多様なマシンをチューニングしてきたからこそ、その車両の持つ特性を理解している訳だ。

 走り屋でありながら、チューナーである事。これこそ、内藤がFC3SRX-7一本で、首都高を戦い続けてこられた要因なのだ。

 

(……あちらさんの弱点を突くには、連続するコーナリングのロスを減らすしか手がねぇ。

 その為には……マージンを削ってコーナリング速度を稼ぐだけだぜ!!)

 

 日光の下りに、そのロータリーサウンドが吠える。

 

 

 そして、二台は中盤の連続してヘアピンが続く、中盤エリアに突入していく。一気に下っていくこのセクションは、日光の一番の特色であり、最大の難所である。

(……ここでACDはターマックだ)

 電子制御を巧みに使いこなす伊達。こういった低速コーナーでは、立ち上がりに勝るランサーが有利となる。

 しかし、RX-7も軽量なボディと優れた重量バランスを武器に、レイトブレーキングでヘアピンに突っ込んでいく。

(さぁて……。どう料理してやろうかな……)

 その速さは、決してランエボに引けを取っていなかった。

 

 ヘアピンセクションでは、どうしても速度が落ちてしまい、引き離すことは難しくなる。しかし、RX-7がコーナーの進入でギリギリまでテールに接近し、プレッシャーを与える。

(くそったれ……。こっちが目一杯で逃げてるのに……何でFRで喰らいついてこれるんだ?)

 その内藤の気合に、伊達のドライビングに焦りが生まれていた。

(立ち上がりじゃ苦しいが……進入でプレッシャーをかけてりゃ、あっちは焦ってくる筈だ。これで焦らなきゃ、そいつは余程のバカか宇宙人だぜ……)

 RX-7がここまでランエボを追い回す等と、日光に詰め掛けたギャラリーは思いもしなかった事だろう。

(あちらさんが焦ってくれりゃ……電子制御の罠にはまり込むぜ!!)

 内藤の言う罠とは。

 首都高を走り続けたベテランドライバーが、その牙を誇示する如く攻め立てる。

 

 中盤エリアの攻防が、モニターに映し出される。

(伊達がここまで苦戦してるとはな……。恐るべし十三鬼将だな)

 スラッシャーの岡本は、その伊達の姿に自分を重ね合わせてしまい、身震いする思いだった。

(……無理するなよ。それ以上攻めたら、限界を超えちまうぜ)

 今の岡本には、旧友の無事を祈る事しか出来なかった。

 

 そして、同じくモニターを見つめる、十三鬼将の三人。

「あなたたち……内藤と走った事あるわよね?」

 緒方が、共に来ている二人に聞く。

「そりゃあるけど……」

 唐突な質問に、坂本は首をかしげる。

「まぁ、あの人は逃げるより追いかける方が得意って感じが……」

 大塚がそう口走った瞬間に、二人はハッとなった。

 

「“追撃のテイルガンナー”の異名は伊達じゃないわ」

 緒方の言葉に、坂本と大塚の背筋が、少しだけ寒く感じた。

 

 




ランエボって速いですよねー。

横乗りしたとき、ひたすら速くておっかなかった思い出がありますねー。


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第十六夜 電子制御の罠

日光バトルも、いよいよ決着です。


 

 

 いろは坂の名物と言える、タイトな連続へアピン。極めて平均速度が落ちるこの区間は、差を広げる事も厳しいが、差を縮める事も難しい。

 世界のサーキットを見れば、モナコGPで有名なモンテカルロ市街地コースのフェアモントへアピン。或いはマカオGPが開催される、ギアサーキット名物のメルコへアピン等を彷彿とさせる。

 極端なタイトコーナーが連続する故に、オーバーテイクする事はまず不可能。従って、立ち上がりが速い4WDのランサーが先行している時点で、極めて有利な展開だとギャラリーは思っていた。

 

 しかしだ。

(……引き離せない。何故だ?)

 立ち上がりでアドバンテージがあっても、ランサーにRX-7が喰らいつく。この展開は、誰も予想していなかったに違いない。

(……確かにタイトコーナーで速度が落ちるのは仕方ない。

 だが……立ち上がり以外では奴の方が確実に速い!!)

 内藤の鬼気迫る走りに、伊達には焦りが生まれ始めていた。

 

 RX-7がランサーエボリューションに食い下がっている、最大の理由とは。

(ランエボの加速は、確かに速いぜ。

 ただ……加速して速度が乗る分、減速のポイント……つまりブレーキングのタイミングが必然的に手前になる。その分、こっちがブレーキで突っ込みゃ、加速の差は消せる。

 それに加えて、ランエボの純正クロスミッションなら、ここじゃ2速まで使わなきゃならねぇ……)

 そう。その鬼気迫る走りを生み出す最大の要因は、ギア比にあった。

(そのクロスしたギア比が仇になってる……。

タイムを削るってのは……細かなモディファイの積み重ねだぜ!!)

 内藤が作り変えていたのは、エンジンだけではない。どんな素晴らしいエンジンでも、最もパワーの出る回転を使えなければ猫に小判となってしまう。そこで選んだのが、レース専用のクロスミッションだ。

 

 クロスミッションとは、各ギア比を接近させて加速力に比重を置いたミッションだ。ランエボ等にも純正で搭載されているパターンが多い。

 しかし、純正のクロスミッションの場合、1速、2速の低いギアを基準にして各ギア比を決めている。従って、低速コーナーの続くラリーやジムカーナなどで、最適なギアの選択肢が増えるため、威力を発揮する場合が多い。

 

 そして、レース専用クロスミッションのギア比の場合は、最高速を基準にギア比を選択していく。つまり、高速域になればなるほど、回転の落ち込みは少なくなる。半面、1速のギア比が極端にロングレシオとなる為、ゼロ発進の加速力はかなりおちてしまう為、ファイナルギアのセッティングをやり直す必要がある。

 

 一見すれば、ランエボのクロスミッションの方が、いろは坂に適しているともとれる。

しかしだ。

(一回のシフトチェンジのロスを減らしたとしても、コンマ1秒のロスを十回繰り替えしてりゃ、一秒のロスになる。

 こっちは9000まで回せば、1速吹け切りでヘアピンに突っ込めるんだぜ!!)

いろは坂のヘアピン区間の場合、マックスでも100キロに届かないため、内藤のRX-7は1速のままでヘアピンとヘアピンの間をクリア出来るのだ。

 

 クロスミッションの欠点とされるのが、シフト回数が増える事にある。

 シフト回数が多い場合、ゼロヨンなどの場面ではシフトチェンジ時のロスが増えてしまう為、クロスミッションではタイムを遅くしてしまう場合が多い。これは、サーキット等の短い直線でも同じケースとなる。

 伊達もそのパターンに陥っていると言えるのだ。

 

 内藤は長年にわたり、このFC3Sをモディファイし続けてきた。だからこそ、あらゆるステージでも戦えるだけの、ノウハウを持っているのである。

 

 

 ヘアピン区間で引き離せない伊達は、焦りの色を浮かべていた。

 そして、その焦りこそが、電子制御の罠にはまり込む要素となっていた。

 

 右のヘアピンが迫る。フルブレーキングから、ヒールアンドトゥで1速に落とす。そして、ステアリングで舵角を当てた時。

(……何だ?)

 伊達の両手に、違和感が走っていた。

 それでも、クリッピングポイントを綺麗に取り、後は電子制御に任せてアクセルを踏み込んだ。一見すれば、ランエボにおけるセオリー通りのコーナリングなのだが。

(……ステアリングの応答が、僅かだが悪くなってる)

 伊達がハイペースでいろは坂を攻めた代償。

 それは、フロントタイヤの熱ダレだった。

 

 フロントヘビーな4WDの場合、フロントタイヤの熱ダレが早い事は、よく知られた弱点と言える。

(……まさか、予想以上にグリップが落ちてきているのか?)

 ここでフロントタイヤが根を上げてしまうのは、伊達に取って想定外だった。

 そして、続く左のヘアピンでは、僅かだがクリッピングポイントを外してしまう。

 

(やっこさん……フロントタイヤがタレてきたな)

 その光景を、百戦錬磨の内藤が見逃す訳が無かった。

(電子制御はドライバーに余計な操作をさせないから、少しくらいタイヤが熱ダレしてる程度なら、車が何とかしてくれる。

 ただし……その電子制御でも消せないくらいアンダーが出る様になったら、相当にタイヤに負担が来てるって事だ。ランエボの電子制御がいくら優れてても、最後にそれを路面に伝えるのは全てタイヤだ……。タイヤの限界だけは、どんな車でも変え様がねぇんだ。

 マシンが優れてるって事には、良し悪しがある。これが……電子制御の罠なんだぜ!!)

 口元をニヤリとさせ、内藤は愛機に鞭を打つ。

 

 

 ヘアピンセクションも、あと僅か。

 そこを抜ければ、ヘアピンを挟んでストレートがある為、加速力とブレーキングの上手さが試される。

(……ストレートがあれば、何とか引き離せる!!)

 フロントタイヤの苦しい伊達は、その加速力で何とか差を広げたい所だ。

(さてと……ここからが正念場だ!!)

 追走する内藤は、ここが勝負所と決めていた。

 

 低速セクション最後の、右ヘアピンを立ち上がる。

(ここで引き離すしかない!!)

 綺麗に立ち上がったランサーが、僅かに引き離した。続く緩やな左コーナーでは加速しながら、3速へシフトアップ。

(……くっ!! やはりアンダーが出るか……)

 アンダーステアを嫌い、伊達は僅かにアクセルオフ。

(……こっから仕掛けるぜ!!)

 その隙に、RX-7が一気に差を詰めて、テールトゥノーズに持ち込んだ。

(……しかし次は左のヘアピンだ。インは譲らん!!)

 伊達は次のコーナーを見越して、インをキープするブロックラインを通る。

(……ブロックしようって魂胆だろうが、そうはいかねぇぞ!!)

 しかし、内藤もそれはお見通しだった。こちらも3速にシフトアップし、フルスロットル。13Bのフルパワーで、ランサーを一気に追い上げる。

(それだったら……アウトからだ!!)

 そして、4速。一気に速度が乗り、RX-7がランサーに並びかける。

(……そこまで上が伸びるのか!?)

 伊達も驚愕する程、内藤の組んだ13Bの伸びは凄まじかった。加速で勝る筈のランサーを、一気に仕留めにかかる。

 

 サイドバイサイドのまま、次のコーナーへ並んで飛び込む。緩く右に曲がってから、一気に左へ曲がり込む為、ヘアピンのブレーキングは極めてシビアになるのだが。

(……負けてたまるか!!)

(……勝負だ!!)

 両者、レイトブレーキングで左へアピンに突っ込んでいく。

 

 ここにきて、RX-7のノーズが僅かに前に出た。

(……やばい!!)

 そして、ランサーのフロントタイヤは悲鳴を上げていた。ステアリングを切り込むが、プッシュアンダーを誘発し、フロントが外へ逃げていく。

「……ッ!?」

 ゴツン、と鈍い音が内藤の耳に聞こえた。

 ランサーのノーズがRX-7の横っ腹に僅かに接触してしまい、RX-7の挙動が乱れる。

「バッ……カヤロ!!」

 しかし、内藤はマシンの挙動を瞬時に把握。適切なカウンターとアクセルコントロールで、車体の姿勢を立て直した。

(我ながら……なんたる不覚だ)

 一方の伊達は、接触の瞬間に大きく失速。易々とRX-7を、前に出してしまった。

 終盤での手痛いミスは、バトルに置いて大きな分岐点となってしまうのだ。

 

 そして、内藤のRX-7が日光のゴールラインを駆け抜けた。

 

 十三鬼将“追撃のテイルガンナー”が、会心の勝利を上げる。

 

 

 ふもとのパーキングスペースに、戦い終えた両雄が、再び対峙する。

「……あーあ。板金代が高そうだな……」

 へこんだドアを見ながら、内藤はいやらしく言い放った。

「……すまねぇ。タイヤがタレてるのに、ブレーキングで突っ張ったらこの様だ……」

 伊達は、実にバツが悪そうだ。

「ま、この程度で済んだだけマシだ。二台まとめてコンクリートの餌食になったら、今頃救急車に乗ってるぜ?」

 内藤にそう言われ、伊達は少しだけ安堵の息を漏らした。

「ま、ランエボは良い車なのは認めるぜ。

 だが……どんな電子制御も、タイヤの性能を超える事は不可能だからな。あんたもそれは理解してるだろうけどな」

 内藤の言葉に、伊達は無言で頷いた。

「ま、限界走行の中で車を労わるのは、難しいわな」

「ああ……。

 ただ、一つだけ聞かせてくれ」

 伊達は、内藤にこう問いただした。

「なぜ、旧型のFCで俺のランエボと渡り合えるんだ?

 いくらチューニングを進めてるとしても、俺はここを長く走り込んでる。腕はともかく、マシンで劣ってるとは思っていないんだ……」

 伊達の疑問に、内藤はこう答えた。

「……俺は今日のバトルの為に、エンジンもギア比も足回りも、全部セッティングを変更してきてる。

 確かに日光を走ったことは無ぇよ。でもな……十何年も同じ車に乗ってりゃ、街道ならこういうセッティングにすれば良いって事は、頭の中で把握できるもんだぜ」

「…………そういうモンなのか」

「伊達に車屋じゃねぇからな。

 あとよ。アンタのランサーは、AYCとACDのセッティングも煮詰めてあるんだろうが、曲がりすぎてるぜ。

 だから、左、右って揺り返す時に一瞬だけアクセルを踏めてねぇんだ。それに、曲がりすぎてるから、フロントタイヤのタレが早くなるんだよ」

「……なんだと!?」

 バトル中にそこまで洞察されているとは、伊達は思いもしなかった。

「ランサーがマシン的に劣ってる訳じゃねぇよ。

 ただ……セットアップは俺の方が上手かった。それがバトルの結果に出てるってこった」

 内藤は、得意げな顔を見せながら断言した。

(……なんて走り屋だ。このバトルは……俺の完敗だ)

 伊達は、ぐうの音も出せなかった。

 

「……やるじゃない」

 バトルを終えた内藤に、そう声をかけてきたのは、ギャラリーしていた緒方だった。

「緒方……。見てたのかよ?」

「ええ……。良いバトル、見せてもらったわ」

 緒方にそう言われ、内藤はフッと息を溢した。

 

「さすが内藤さんだ。俺らが、まだ敵わねぇわけだわ」

 そう言ってきたのは、同じくギャラリーだった大塚。

「……おれのFDのエンジンも、組んでもらおうかな。金無いけど……」

 そして、坂本もそう言い放つ。

「大塚に、坂本まで見に来てたんかよ……」

 そうは言いながら、内藤の表情は少し綻んでいた。

 

「アンタたちは……十三鬼将のメンバーなのか?」

 三人の姿を見て、伊達は聞いた。

「おう。金遣いと性格は悪いが、確かに速いぜ」

 内藤の紹介の仕方に、三人は不服そうな顔を見せる。

 

 一度咳払いしてから、大塚はこう切り出した。

「あんたが、キングダムトゥエルブの伊達って人だろ。色々、キングダムトゥエルブの事は聞いてるんだけどさ。

 一個だけ聞かせてくれ」

「……なんだ?」

 

 

「“街道プレジデント”……覇魔餓鬼は何処で何をしてるんだ?」

 

 大塚に聞かれると、伊達は考える素振りを見せた。

 そして、その答えは。

「正直に言うと……わからないんだ」

「……わからない?

 あんた達、キングダムトゥエルブは、徒党を組んでるんじゃないのか?」

 その回答に、大塚はそう問い詰めるしかなかった。

「俺達は、確かにキングダムトゥエルブと名乗ってはいる。

 だが……全員が揃って顔を合わせた事がある訳じゃない。もちろん、名の知れた奴らばかりだから、車と走りは知ってはいるがな……」

 伊達の回答は、歯切れの悪い物だった。

「……あんた達、キングダムトゥエルブは……どういう訳で結成してるんだ?」

 内藤が続けて切り出した。

「俺達は覇魔餓鬼さんにスカウトされたってだけさ。街道で速い奴らを集めてるから、その話に乗らないかって言われてな。

 実際、他のメンツの中で何人かはバトルしたことある奴らだったし、自分を試す良いチャンスだと思えたしな。

 ま、その初陣が首都高の走り屋が相手になるとは思いもしなかったが……」

 そう語る伊達。内藤も大塚も嘘を言ってる様には、感じられなかった。

「……じゃあ、その“街道プレジデント”は、各地のバトルには顔出していないって事なのよね?」

 緒方の言葉に対して、伊達の首は縦に動いていた。

「……何か、裏がありそうだな」

 坂本は、直感的にそう感じていた。

 

 

 “街道プレジデント”の行動。そして、キングダムトゥエルブの結成の理由。

 

 謎を残して、街道に不穏な空気が漂い始めていた。

 

 

 




多分、街道シリーズをやり込んできた人なら、キングダムトゥエルブの大将の正体が分かるんじゃないかなと思っております。


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第十七夜 キングダムトゥエルブの謎

お次のバトルは、追撃のテイルガンナーの好敵手が登場です。




 

 いきつけのカフェバーに、再び十三鬼将の面々が集まる事になった。

 しかし全員集合とはならず、仕事の都合で来られない魚住。そして、君嶋と岩崎は音信不通で連絡がつかなかった為、集まったのは十人だ。

 

 全員が個室に入ると、今回のミーティングの首謀者が面々の顔を見る。

「これで、来れる奴はそろってるんだな?」

 呼び出した張本人である、大塚がそう切り出した。

「とりあえずは、そうみたいだな」

 坂本がそう追従する。

「……んで、今回は何で集まったんだよ?」

 真っ先に佐々木がそう切り出すと、大塚は呼び出した理由を話し始めた。

「それはだな……。

 俺は今回のバトルに参加できなかったが、岩崎に別の事を頼まれてたのは、皆知ってるだろ?

それの途中経過を話そうと思ってんだ。キングダムトゥエルブの連中の正体と、あっちの狙いだ」

 大塚の言葉に、一同が耳を傾ける。

「まずキングダムトゥエルブは、元々街道で名の知れた走り屋達の集まりなんだが、俺達みたいにチームのような機能を持ってる訳じゃない。実際、メンバー同士での交流は少ないみたいだしな。

 ただ俺らと大きく違うのは、キングダムトゥエルブの首謀者が全員に対して、直々にスカウトしたって事だ」

「……その違いに何の意味があるのよ?」

 黒江がそう聞きただす。

「さすがセッちゃん。良い質問だ」

「セッちゃん言うな!!」

 大塚がそう茶化すと、黒江が怒った。この二人は、元々恋人同士だったらしいが、今その話は関係が無い。

「話を戻すぞ。

 スカウトしたって事は、何かしらの目的があるって事だろ。

 十三鬼将に関しちゃ、仲間って言うよりは打倒“迅帝”を目論んでる奴が、岩崎に近づいてる部分があるじゃねーか。

 だが、キングダムトゥエルブは、スカウトしてる時点でそういう形で集まってる訳じゃないはずだ」

「……そんなもんなのか?」

 その考えに、兼山は半信半疑だ。

「仮にそれで集まったとしても、あちらさんの目的は単に街道最速のチームを組ってだけじゃないのか?」

 竹中も、そう意見した。

「俺も最初はそう考えてた。

 ただ、そうなると首謀者のが未だに表に出てきてないって事が、どう考えてもおかしくなる。

 バトル先に出向かないのは兎も角、キングダムトゥエルブのメンバーですら殆ど姿を見てないなんて、考えられるか?」

 大塚がそこまで言うと、一同が考え込む素振りをみせる。

 

 少し考えた後、内田がそう切り出した。

「確かにそうかもしれない。だけど、岩崎君もあんまり姿を見せないじゃないのかい?」

「まぁ、岩崎もそうなんだが……。

 ただ、スカウトした上に結成して間もない集団にしちゃ、放置し過ぎだろ」

 大塚の考察は、最もな考えだ。

「……所で、キングダムトゥエルブの首謀者って誰なのよ?」

 そう聞いたのは川越だ。

「あー……全員に言ってなかったな。

 “街道プレジデント”って呼ばれてる走り屋……覇魔餓鬼だ。街道の走り屋じゃ知らない奴は居ないし、ネットでちょっと調べればすぐに出てくる筈だ。

 二年前までの事ならな」

「……二年前?」

 緒方が、そう聞き返した。

「……街道プレジデントは、かつて街道で最も速い走り屋だった。

 すべての街道サーキットのスラッシャーに勝利して、当時のレコードタイムも記録してた。

 そんで、付けられた称号は“エモーショナルキング”。街道で一番栄誉のある称号を得ていたんだが……。

 二年前を境にして忽然と姿を消してる」

 坂本は元々知っていた事情を伝える。

「……そいつが徒党を組んで舞い戻ってきたって訳か」

 内藤がそう追従した。

「そうか……。俺ら十三鬼将が街道に侵攻してるのも、岩崎の思い付きに振り回されてるってだけなんだが……。

 向こうがこっちを意識してるって事は、何か因縁でもあるのかもな……」

 兼山は、腕を組み直しながらそう言った。

「そうだとすると……戻ってきた割に姿を見せないって事は、確かに奇妙だね」

 内田も、ようやく納得が出来たようだ。

「……色々とあちらさんの事で考えられるパターンも多いけどさ。岩崎はどこでキングダムトゥエルブの話を聞いてきたんだろうか」

 竹中はポツリと溢した。

「さぁて……。あいつの事は、ホントによくわからんからなぁ」

 佐々木はため息交じりでそう言った。

「まぁ……その内にキングダムトゥエルブの裏事情は見えてくるだろ。

 それ以上に、次のバトルがどうなるかだよな」

 そう言いながら、内藤は緒方に視線を送った。

「大丈夫よ。箱根なら、全く走った事無い訳じゃないわ」

 緒方は、その表情に自信を見せる。

「……出番まで時間が有りましたから。マシンはばっちり仕上がってますよ」

 そして、内田も微笑を浮かべる程だった。

 しかし、それでも十三鬼将の面々に油断の二文字は無い。

 

 次なるバトルへの準備は整っていた。

 

 

 箱根。

 その昔、まだ日本人がチョンマゲに刀を挿していた頃。東海道にそびえる箱根峠は、難所の一つに数えられていた。

 交通整備が進んだ現代社会では、その名残で箱根宿跡や箱根温泉は観光名所として知られている。

 

 そして、街道サーキットが黎明期の頃から、箱根峠は走り屋達の舞台として存在しているのであった。

 それこそ江戸時代では俊足で馴らした飛脚が駆け抜けていたが、現代では高速のマシンが駆け抜けていく。

 

 伝統と格式のある昼の箱根峠を、オレンジのインプレッサが走り込んでいた。

 箱根峠は、各街道サーキットで特に平均速度が高く、3速か4速を主体で走る。従って、峠としては少々コーナーのRが緩いと感じても、ドライバーにはかなりの恐怖心が伸し掛かる。

 また、所々に点在するヘアピンへの飛び込みは、速度が高い分難易度は高くなる。

 コーナーが少なく一見すれば初心者向けかと思われる箱根なのだが、そのコースは実に奥が深いのだが。

 このインプレッサは、見事に箱根峠を攻略していた。

 そして、オレンジの弾丸がゴールラインを駆け抜けた時。コースレコードを塗り替えていたのだ。

 

 パーキングに戻ってきたインプレッサを見つめるのは、箱根のスラッシャー“MMC大字”こと大字和彦だ。

「……お見事だね。キングダムトゥエルブの噂は聞いていたけど、そうそうにコースレコードを叩き出すなんて、驚いたよ」

 箱根の主に賞賛を受けたが、インプレッサのドライバーの表情は緩まない。

「ありがとう。だけど、油断はならないね。今までの話を聞く限り……十三鬼将は強敵のはずさ。

 根府川は一番苦戦したって言ってたし。特に……伊達元就が負けたって聞いてるからね」

 そう答えたのは、キングダムトゥエルブの刺客“無敗のエンブレム”の異名を持つ劔時宗。

 グラディエーターこと根府川とはインプレッサ使いの同士であり、根絶の騎馬の異名を持つ伊達元就とは、長年に渡るライバルなのである。

「……油断も隙も作らないって事か」

 大字の言葉に、劔は頷いた。

「ええ。首都高の走り屋に街道の走り屋が負けたら、それこそ街道の走り屋の名折れですよ」

 劔は闘志を漲らせていた。

「…………俺も箱根で走って長いもんでね。

 十三鬼将に知り合いも居るんだ。表六甲のレコードを叩き出した、ダイングスター。魚住とは、付き合いがあってね」

「…………へぇ」

 劔の眉毛がピクリと動く。

「……奴らは速いよ。それだけは言い切れるね」

「ご忠告ありがとう……」

 そう返答した劔は、何を思うのか。

 

 

 キングダムトゥエルブと十三鬼将の戦いは、ここから終盤戦に突入する。

 噂が噂を呼び、この日の箱根にもギャラリーが大挙に押し寄せていた。山頂のパーキングスペースも、走る方よりギャラリーの車が多いくらいである。

「……俺も箱根を走って長いが、ここまで大盛況になるのは初めてだな」

 大字は、呆れる程の事態にそうぼやいた。

「……大字。久しぶりだな」

 そう声をかけられ、振り返ると十三鬼将の一角。魚住が立っていた。

「魚住……。久しいな……半年ぶり位か?」

「そうだな……。FTOの調子はどうだ?」

「まー、ボチボチって所だ。俺は、お前さんの六甲の話を聞いて驚いたさ。GTOでレコードを叩き出すのはさすがだ」

「そいつは、車が仕上がってるおかげだぜ」

 なんてことは無い世話話を始める二人。

 魚住と大字は、同じ三菱車の愛好家同士の走り屋なので、その付き合いは結構古かったりする。

 三菱愛好家だが、ランサーエボリューションを選ばない辺りに、シンパシーでも感じるのだろう。

 

 世話話もそこそこに切り上げ、大字は本題を切り出す。

「……所で、今日十三鬼将で走るのは、あの“シャドウアイズ”なんだろ?」

 やはり十三鬼将でも四天王となれば、その名は箱根でも知られているようだ。

「ああ。緒方の姉さんは、はっきり言って滅茶苦茶速いんだが……」

 魚住は、少し歯切れの悪い答え方だった。

「……が?」

「俺自身何度もあの人とバトルしてるんだが……“シャドウアイズ”は環状線とかが苦手なんだよ。乗り手もマシンも、最高速主義だしな……。

 そりゃ、並みの走り屋とは比べ物にならないくらいには速いんだが……」

 魚住の言葉の意味する事。

「……そんな事言い出したら、街道なんかテクニカルなコースばかりだろ?」

 大字の言葉に、魚住の首は縦に動いた。

「……今回のバトルは十三鬼将(うち)としては分が悪いんだよ」

 魚住はそう呟きながら、ある一点に視線を送った。その先には、戦闘態勢に入っているインプレッサのテールが映っている。

 不安を隠せない魚住を見て、大字は返す言葉が見当たらなかった。

 

 

 そして、遠くからトヨタ製ストレート6特有の甲高いエキゾーストが響いてきた。

 しかし、一つではない。何台かのエキゾーストノートが重なり合っている。

 

 隊列を組んでパーキングスペースになだれ込んできた、三台のマシン。鮮やかな紫に染まるJZA70スープラ。ミッドナイトパープルのJZZ30ソアラ。そして、イエローのJZS161アリスト。

 十三鬼将のトヨタ車集団が、一斉に箱根に来ているのだ。

「……どういう事だ?」

 この不測の事態に、戸惑いを隠せない劔。

 

 スープラから降りてきた、麗しい女性が一歩、また一歩と、ゆっくりと劔に歩みよった。

「……貴方がキングダムトゥエルブの方かしら?」

 緒方は、不敵な笑みを見せつけながら問う。

「……そうだけど。

 貴女が俺の対戦相手としても、この取り巻きの連中は何なんだい? 助っ人のつもりかい?」

 劔は疑うように問いただす。

「違うわ。サービスカーと、メカニックって所かしらね」

 緒方がそう答えると、スープラの助手席から内藤が。ソアラからは、兼山と竹中が。そしてアリストから佐々木と内田が降り立った。

「……俺は女が相手だからと言って、舐めたりしないし手も抜かない」

 劔の目つきが、一層鋭く研ぎ澄まされた。

「そうね……。ならば、始めましょう」

 そして、緒方の表情から微笑が消えた。

 

 

 




70スープラは、個人的には好きなスタイリングのマシンですね。
ただ、70は滅茶苦茶重たいんですよねー。


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第十八夜 緒方明子の意地

箱根バトルスタートです。

GDインプレッサだと、実は初期の丸目が一番好きです。



 

 箱根のスターティンググリッドに向かう、スープラとインプレッサ。

 それを見つめる十三鬼将の面々達。何せ今夜の箱根峠には、十三鬼将の約半数が集まっているのだ。もっとも、各街道サーキットの中で、箱根が一番都心に近いという理由も有るのだが。

「……なんでまた、うちの面々が箱根に集結してるんだ?」

 先着で来ていた魚住は、真っ先に問いただす。

「…………ああ。簡単な理由だ」

 少し疲れた様子の内藤がそう答え、目線で合図する。

 すると、兼山と佐々木は、それぞれの愛機のトランクを開いた。そこには、目一杯まで積まれる、足回りや駆動系、冷却系にタイヤなどの様々な部品が入っていた。

「……こりゃ、スープラのスペアパーツか?」

 魚住の言葉に対し、内藤は頷いて肯定した。

「……一昨日、いつもの所に集まっただろ? 魚住は仕事で来てねぇか……。

 そっから今の今まで、あいつの70を仕上げてたんだぜ……」

「……おまえ、たった三日で仕様変更してたのか?」

 魚住は驚きを隠せない。

「おう……。つっても、出来上がったのが今日の昼でよ。そっから東名突っ走りながら燃調いじって、厚木道路で足回りセッティングして、今箱根に着いたんだよ。

 さすがに、寝てねぇからしんどいぜ……」

 短時間で街道仕様にマシンスペックを変更するのは、並大抵の事ではない。十三鬼将のチーフメカニックと言える内藤と言えど、相当無理をしたに違いない。

「だから、十三鬼将のトヨタ乗りが集合してる訳か……」

 魚住は感心半分、呆れ半分と言った心情だった。

「……来る時は、前哨戦並みだったぜ。緒方の姐さん、滅茶苦茶飛ばすもんだからよ……」

 佐々木の顔には、疲労の色が見て取れた。

「ですが……車の仕上がりは間違いなく決まってますよ」

 少し笑みを見せる内田。

「緒方さんも仕様変更するのか迷ってたみてぇだけど、ギリギリで決めたって。

 内藤さんに言われたから、俺らも手伝ってた訳……」

 兼山はそう事情を伝えると、魚住は納得が出来たようだ。

「自分もスープラの修理をほったらかして、こっちをやるとは思ってなかったけど……」

 竹中は苦笑いしながら言う。

「……ご苦労だったな」

 魚住が労いの言葉をかけた時。

 インプレッサとスープラのエキゾーストノートが高鳴っていた。

 

 

 二台が整列すると、ギャラリー達の歓声が沸き上がる。

 そして、レッドシグナルが……ブラックアウト。

 タイヤを鳴かせて、互いのマシンがアスファルトを蹴りだした時。

 ギャラリーの歓声は、どよめきに変わっていた。

 

 先行したのは、なんとFRのスープラだった。しかし、インプレッサはぴったりとテールに張り付いている

(……わざと先行させようって考えね)

 緒方はミラーを見て、そう勘繰った。

 

 当然ながら、スタート地点で全員がその様子を見ていた。

「インプレッサが後追いになったぜ……」

 ギャラリー同様に、兼山驚きを隠せない。

「……どうやら、あのドライバーは随分と頭が切れるようだね」

 そう観察したのは竹中だ。

「ええ。後追いの方が、精神的なプレッシャーは減りますからね……」

 内田は、その意見に追従した。

「だが……姐さんもそう簡単にプレッシャーの負けるタイプじゃねぇだろ?」

 佐々木はそう言った。この期に及んでは、十三鬼将の四天王を信じるしかない。

「……さて。どうなるかね」

 この状況下でも、魚住は落ち着いた様子であった。

「…………」

 内藤は無言のまま、スタートしていった二台のエキゾーストノートに耳を澄ませていた。

 

 

 中速の2コーナーを、テールトゥノーズで駆け抜ける二台。

(……70スープラ。かつて国産最速だったと言っても、それは十何年も前の話だ。

 ポテンシャルは、インプレッサの方が断然上なんだ……)

 後追いでじっくりと獲物を見定める劔は、愛機に絶対の自信を持って居た。

 

 インプレッサがGDB型にモデルチェンジしたのは、2000年末の事だった。

 しかし、GDBのデビュー当初の評価は、決して高い評価では無かった。

 安全面の問題から肥大化かつ重くなったボディは、それまでのGC8型に比べて安定性は増したものの、軽快さという部分は薄れていた。また、安定志向のセッティングからアンダーステアの強い傾向にあり、それまでのインプレッサを求めていたファンの期待を、裏切る結果になってしまった。

 

 しかし、GD系のインプレッサも先代GC系と同様に、アブライトモデルごとに大きく進化しているのだ。

 GD系は主に、前期型の丸目、中期型の涙目、後期型の鷹目の通称で呼ばれている。

 そして、劔の選んだのは中期型の涙目。アブライトではC型に当たるモデルだ。

 もちろん、フェイスリフトで精悍な顔付きになっただけではない。完全等長のエキマニやボディ剛性の向上、足回りのセッティングの見直し等多岐に渡る。が、何よりのトピックは、それまでのDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)にオートモードが加わった事だ。

 それまでは手動で、前後の駆動配分を制御していた為、ジムカーナやダートラ等では特に高い威力を発揮していた。

 しかし、オートモードでは自動で駆動配分を制御してくれる為、ドライバーがドライビングに集中できるようになったのだ。

 

 2002年に、スカイラインGT-R、RX-7、スープラ、シルビアの生産が中止になって以降。国産スポーツカーを引っ張ってきた一角、GDB型インプレッサの実力は並みではない。

(……その古いマシンで、どこまで楽しませてくれるのかな?)

 劔のインプレッサがスープラを煽りたおす。

 

 ミラー目一杯に映るインプレッサのヘッドライトに、緒方は苦々しく表情を歪める。

(……レディーファーストで先行させた訳でも無いようね)

 そんなジョークが脳裏を掠った。

(……逃げ切りはきっと難しいでしょうけどね。だけど……このスープラでここまでやってきたのよ)

 その瞬間、緒方はある人物の姿が思い浮かんでいた。

(そうよね……内藤)

 スープラは4速へシフトアップ。しかし、すぐに3速へシフトダウンし、右の中速コーナーを攻める。

 

 

 A70スープラのデビューは1985年で、インプレッサよりも15年も古くなる。

 当時の最高峰の技術を盛り込んだといっても、ボディ剛性もコーナリング性能も現代の水準で見れば劣っている事は明白だ。

 しかしである。70スープラも、かつての国産最速マシン。そして、往年の谷田部最高速時代から現代の湾岸最高速まで、長きに渡りチューニングベースとして戦い続けてきた戦闘機なのだ。

(……私にも意地はあるのよ!!)

 そのスープラにほれ込んでいるからこそ、緒方は負けたくないのだ。

 

 

 パーキングスペースのモニターが、二台のバトルを中継する。

「……煽られてんな」

 佐々木はつい口走った。

「GDのインプレッサと70スープラじゃ、基本性能が違い過ぎるからな……」

 竹中は客観的に分析しているように告げる。

「……」

 他の十三鬼将の面々も、今はモニターを食い入るように見つめるしか出来ない。

「……緒方さんのスープラは、街道仕様に仕上げたんだろ?」

 魚住がそう聞くと、内藤はコクリと頷いた。

「ああ。前は完全な最高速仕様だったからな。街道どころか環状線だって走りにくいんじゃ、勝ち目はねぇからよ。

 タービンはワンサイズ小さいT51Sにして、カムも256に変えてる。コンピューターも中速重視にセッティングし直した。

 足もバネを柔らかくして、アライメントもコーナリングを意識した仕様にしてる……」

「それを三日で作るとか、無茶苦茶だな……」

 魚住は感心しきりだが、内藤の表情は固いまま。それは決して寝不足と疲労によるものではない。

「だからこそ……どこでどうなるか、俺も分からん。ぶっつけ本番で、緒方は走ってるんだからよ」

 内藤はそう言った。三日で作り上げ、来る途中でセッティングしてきたという事は、何時トラブルが起こるのか。そして、操作に不具合が生じるのか。丸きり分からない状態なのだ。

「……つまり、万が一の為のスペアパーツって訳か」

「ああ。ただな……」

「……ただ?」

「緒方がそこまでセッティングを変えてまで、バトルに挑む所は今まで見た事がねぇんだ。旧型の70でどこまでやれるかって拘りが、あいつにもあるからな。俺達もそうだろ?」

 内藤の言葉に、魚住は無言で頷いた。

「だからこそ、勝たせてやりてぇ……」

 内藤の言葉には、祈る気持ちも含まれているのか。魚住はそう思えてならなかった。

 

 

 二台がピッタリとくっついたまま、箱根を下っていく。しかし、展開としては後追いの劔が遥かに有利と言える。

(……引き離せないわね)

 ピッタリと喰らいつくインプレッサに、緒方は何を思うか。

 

 後ろから離れず付いていけるという事は、相手よりも速いと言う事実に他ならない。

(……その旧型じゃ、ここら辺が限界なんじゃないかな?)

 劔はニヤリとした笑みを作っていた。

 

 劔のGDBインプレッサの最大の武器は、トラクション、加速力、コーナリング等、街道で速く走る為の要素が、高次元でバランス良くまとまっている事だ。

 劔のインプレッサ自体、それ程ハードなチューニングをしている訳では無い。元々の素性を生かす様に、トータルバランスを第一に考えたチューニングを施している。従って、只でも街道での戦闘力の高いインプレッサにとっては、鬼に金棒となるのだ。

(……では仕留めますか!!)

 ここまで後ろを追ってきたインプレッサが、その牙を向ける。

 

 中盤の連続へアピンが迫る。劔はインへ牽制を入れる。

(ブレーキで刺そうとしても、そうはいかないわよ!!)

 それを見た緒方は、インを閉めてブロックする。

(……狙い通り!!)

 インプレッサの牽制は、おとりだった。

 インから一気にアウトにはらませて、フェイントモーション気味にヘアピンに飛び込んでいく。

(……アウトから!?)

 大外から並びかけるインプレッサ。サイドバイサイドでヘアピンに突っ込む。

 インベタのラインで、スープラは半車身リードを奪っているが、立ち上がりではアクセルを踏めない。

(……立ち上がりならこっちの物!!)

 対してインプレッサは、自慢の旋回性能とトラクションをいかんなく発揮し、スープラを一気にまくる。

 続くヘアピンでは、劔がインをキープしたままだ。レイトブレーキングで、ついにオーバーテイクを決めた。

(やられたわ……)

 ついにインプレッサのテールランプを拝まされる緒方。

 長い走り屋生活の中でも、ここまで鮮やかに抜かれたのは初めてだった。

(……屈辱ね)

 しかし、その目に諦めの色は無い。

(まだ……バトルは終わって無いのよ!!)

 長年連れ添ってきた愛機にフルスロットルをくれる。

 




さてさて、バトルの決着は次回にて。
お楽しみに!


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第十九夜 箱根戦決着

先週はお休みしてすいません。


 

 インプレッサの鮮やかなオーバーテイクシーンを、中継モニターが映していた。

「あー……」

 内田は力のない声を上げてしまう。

「意外と呆気なく抜かれちまったな……」

 顔を顰めながら、兼山も呟いた。

 他の十三鬼将の面々も、同じ心境だったに違いない。

 

 約一名を除いて。

「……まだ、中間地点だぜ。バトルは終わってねぇよ」

 内藤は、まっすぐにモニターを見つめ続けている。

「だが……」

「いいから見てろ。このまま、あいつが終わる訳がねぇんだ」

 魚住の言葉を遮る様に、内藤はそう断言した。

 

 

 インプレッサに前を譲った所で、緒方に諦めの色は無い。

(……このまま逃げられると思わない事よ)

 ハイチューンドの1JZのエキゾーストノートを、箱根峠に響かせる。

(……いつ以来かしらね。こんな気分でバトルするのは……)

 緒方は、先行する赤いテールランプを、あるマシンに被らせていた。

 

 

 緒方が70スープラに乗り換えたのは十年以上前になる。

 元々はサイバーの通称で親しまれる、EF8のCR-Xで首都高を攻めていたのだが、よりハイパワーを求めて比較的手に入りやすい値段だった70スープラにマシンをチェンジした。

 多彩なグレードを持つ70スープラの中でも、緒方が選んだのは最もスポーツ度の高い、最終型の2.5GTツインターボだ。

 トヨタで初めて280馬力自主規制を設けた車両で、同時期のFRスポーツカーの中でもずば抜けてリーズナブルだった。

 しかし、ベース車の設計自体は古い上に、重量のカタログ値は1550キロと極めてヘビー級。

 とは言え、頑丈でハイブーストに耐えうる1JZに物を言わせ、R32GT-Rには及ばなくとも、首都高速の主力マシンとして選ばれる事が多かったのも事実だ。

 何よりも、80年代の車両特有の武骨なデザインと、往年のスポーツカーの特権であるリトラクタブルヘッドライトが、緒方の心をくすぐったのであった。

 

 

 スープラを進化させ続けて、緒方の名前が首都高に知れ渡る頃。

 宿命とも言える好敵手に出会う事になる。

 

 

――数年前。

 

「……そんなに速いの? 噂の赤いFCって……」

「ああ。週末には姿を見せねぇんだが、火曜の夜になると確実に大黒にいるぜ」

「俺も見たぜ。しかも、そのFC……あのアマミヤの従業員が乗ってるらしいんだ」

「って事は、アマさん直伝の走り屋か……」

 

「面白いじゃない……。私のスープラで撃墜(おと)してみせるわ」

 緒方と内藤が出会う最初のきっかけは、噂話から始まったのであった。

 

 そして……双方が相見える日は遠くなかった。

 

 

「……アンタが最近噂になってるFC乗りね?」

「そうなのか? どう噂になってるかは知らねぇが、おねーちゃん相手でも俺は手抜き無しだぜ?」

「……貴方こそ、私とスープラを舐めてると大怪我するわ?」

 この時、双方の名を初めて聞くこととなった。

「内藤健二だ……」

「……緒方明子よ」

 

 

―――その時のバトルは、緒方に取って生涯忘れられないものになったのだった。

 

 

(……内藤。アンタと何度バトルしたか数えきれないわね……。

 そのアンタが見てる以上……情けない走りは出来ないのよ!!)

 緒方がテールランプを被らせているのは、幾度となくバトルを交えてきた“追撃のテイルガンナー”なのだ。

 そして、その想いに答えるかのように、スープラのエキゾーストノートは高鳴っていく。

 

(……離れない)

 ミラーに反射するヘッドライトの距離は、着かず離れず一定の距離をキープしている。オーバーテイクさえ決めてしまえば、そのまま逃げ切れると言う劔の目論見は、見事に崩れていた。

(……箱根の後半セクションはかなりハイスピードになる区間だから、確かに差を広げるのは難しいけど……)

 そう考察するものの、劔は相手が首都高の走り屋である一点を見逃していた。

 

 箱根のダウンヒルの後半セクションは、極めてスピード乗る高速コーナーの連続である。

 それ故に、インプレッサの最大の武器である、立ち上がりのトラクションを生かせる場面が少なくなる。

 しかし、それ以上に重要なのは、緒方明子のホームステージだ。

(……二車線で高速コーナーの連続。横羽線を彷彿とさせるわね)

 緒方自身が、高速コーナーを得意としている事だ。

 

 旧型の70スープラで、現代のマシンと渡り合う為には、マシンメイキングが重要なファクターとなる。

 その為、緒方はスープラで普段走るのは湾岸や横羽等の為、極端な高速型のセッティングを施している。完全な最高速仕様の為、トップスピードでは十三鬼将でも一、二を争う程の伸びを見せるが、反対に環状線などのテクニカルなエリアには全く向いていない極端な作り方をしている。

 内藤の様に自分でマシンを作り上げるのなら、コースによって細かく仕様変更をする事は多いが、緒方はそこまでする事はしていない。

 逆に言えば、高速エリアだけを極めて、十三鬼将の四天王にまで上り詰めたのである。

 

 それほど最高速仕様にこだわった緒方が、あえて仕様変更する程に、今回のバトルに賭けているのだ。

(……内藤。貴方の仕上げたセッティングは最高よ。箱根でも、思いっきり踏んでいけるわ!!)

 抜群の仕上がりをみせる1JZと、見事に仕上げた足回りで、インプレッサに食い下がる。

(……バカな。高速コーナーは向こうの方が上という事なのか!?)

 高速セクションで、ここぞとばかりにスパートをかける緒方に、劔は初めてプレッシャーを感じていた。

(湾岸線は、道だけ見れば直線だけど……本気で走る時はそうじゃないのよ。

 法定速度で走る一般車を縫う様に交わしていくっていう事は、必然的に200キロオーバーの超高速域で、コーナーリングしていく事と同じになるわ。

 まして、狭くて路面の有れた横羽線ならば尚の事よ!!)

 セッティングを街道向けにしたと言っても、基本は最高速仕様だっただけに、マシンもドライバーのテクニックも、高速コーナーの速さは特筆すべきものだった。

 

 箱根のダウンヒルも、いよいよ終盤セクションに突入する。

 Rのきついコーナーは殆ど無く、中速コーナーを三つクリアすれば、後はパワーの勝負になってくる。

(……厄介な事になったな。まさか、あのスープラがここまで高速コーナーに強いとはね……)

 劔にしてみれば、計算が思いっきり狂っている状態だ。

(とは言っても……ハードブレーキングする程のコーナーはもう無い。

 ならば……抑えきってみせる!!)

 しかし、パッシングポイントが無いと踏んで、このまま前をキープする考えだ。

 

 対して、追走する緒方。

(……高速コーナーじゃ抜き所は限られるわね)

 しかし、手が無い訳では無い。

(うまく立ち上がって……ロングストレートで勝負よ!!)

 その狙いは、パワーに物を言わせた加速勝負だ。

 

 右の複合コーナーで、インプレッサはセオリー通りに、二つのクリッピングポイントを通過するベストラインをトレースする。しかし、スープラは一つ目のクリッピングポイントを捨てて、極端な大外回りのラインを選んだ。そして、二つ目のクリッピングポイントを奥に取って、立ち上がりを重視。

 

 複合コーナーをクリアし、3速に入った。ここで、二台の差が縮まっていく。

(パワーは向こうの方が上だな。だけど……次のヘアピンの進入を抑えれば、立ち上がりで引き離せる!!)

 劔は、インプレッサの加速力に絶対の自信を持っていた。

 そして、ミラーを見た時だ。

「……消えた!?」

 思わず口走ってしまう。そこには、何も映しだされていないのだ。

(まさか……ライトを消したのか!?)

 そう。緒方が仕掛けたのは、ライトを消して相手を追走するブラインドアタックだ。

(……首都高じゃやるけれど、峠でやるのは初めてね)

 漫画にも書かれた事のある裏技だが、本当に実践する人間は中々いない。

 とは言え、首都高の様に一般車が多いステージで、ライトを消すのは有効な手段の一つだ。

 一般車がヘッドライトが近づいて来る事に気が付いて、下手な動きをされると、大事故に繋がりかねない。そこで、ライトを消して存在を無くしてしまえば、一般車に気づかれる事無く、悠々と抜いていく事が可能なのだ。

 また、相手の意表を突く事も出来る為、リスクは有るが一石二鳥の裏技なのだ。

 緒方が良く使う手の一つなのだが、街灯の並ぶ首都高ならまだしも、ここは街道だ。危険度は比べ物にならない位高いのだが、あえて慣行したのだ。

 

 しかし、劔は冷静に状況を読んでいた。

(相手の動きが分からなくとも……ヘアピンでインを取らせなければいい話だ!!)

 トレースできるラインの少ない低速コーナーならば、ブロックでしのげると踏んでいる。

 そして、インベタのブロックラインでヘアピンにアプローチをかけた。

(よし……インは抑えた!!)

 インプレッサは、イン回りでヘアピンを立ち上がった。

 

 そして、立ち上がった瞬間、スープラのヘッドライトが再び光を放った。

(ブレーキング勝負じゃなかったのか!?)

 ミラーに光が反射した時、緒方のスープラはアウト側から並びかけていたのだ。

(……そのラインじゃ、4WDでも立ち上がりでアクセルを踏めないでしょう!!)

 緒方は、劔の裏の裏までかいていたのだ。

 

 緒方がブラインドアタックを仕掛けた最大の狙いは、インプレッサがインベタのブロックラインを走らせる事にあったのだ。

 相手の動きが見えなければ、必然的にブロックを優先して、ブレーキング勝負をさせない事を考える。

 しかし、ブロックを最優先するライン取りをすれば、立ち上がりの加速がどうしても苦しくなる。そうなれば、インプレッサ最大の武器である、立ち上がりの加速力を鈍らせる事になるのだ。

(……ここからは、私の物よ!!)

 緒方の右足に呼応するように、スープラのエキゾーストノートが響き渡る。パワーを下げたと言っても、500馬力近く発揮する1JZが吠える。

 3速シフトアップ。一気に伸びてくるスープラのノーズが、インプレッサをとらえた。

(……このままじゃ負ける)

 二台がサイドバイサイド。

「こうなりゃ……頼む!!」

 劔は、ブーストコントローラーのスイッチを押して、スクランブルブーストをかけた。

 そして、4速へシフトアップ。

 1JZとEJ20のサウンドが、箱根峠に木霊した。

(……お願い!!)

(……もってくれ!!)

 

 二つの閃光は、並んだままゴールラインを駆け抜けていった。

 

 その時だ。

「……ッ!?」

 インプレッサの、ボンネットから白煙が巻き上がった。

 

 

 そして、電光掲示板に、二台のリザルトが表示された。

 結果は、コンマゼロ5秒だけの差で、インプレッサが逃げ切っていた。

 

 この薄氷を踏むような勝利は、箱根峠を熱狂の渦に巻きこんでいた。

 劔は、文字通り身を削って勝利を収めたのだった。

 

 

 激闘を終えた両雄。健闘を称える訳では無いが、お互いが向かい合う。

「……派手にイったわね」

 皮肉交じりに、緒方はそう告げた。

「あそこで負けたら、絶対に後悔するからね。意地でも抜かれたくなかったから、スクランブルブーストを使ったよ……。

確かに勝ったけど……懐は痛いね」

 勝者の劔だが、その顔つきはかなり固い。もっとも、エンジンブローと引き換えにした勝利なら、当然の事だ。

「だけど……自分がそれ以上に驚いたのは、貴女の精神力さ。

 普通、一回抜かれたら大体は諦める事が多い。だけど、もう一度抜き返そうとしてきたんだ……。

 ここまで痺れるバトルは……初めてだよ」

 勝者だが、劔は緒方を賞賛した。

「……そうね。私も……久しぶりに痺れるようなバトルが出来たわ。

 負けたけど、悔いは無いわ」

 緒方は箱根に来て、初めて安堵の息を漏らした。

 

 劔は改まった表情で、こう切り出した。

「エンジンが直ったら……またバトル出来ますか?」

 そう言われ、緒方は答えた。

「そうね……。気が向いたら……ね」

 少し、いたずらっぽい笑みを作って緒方は答えた。

 

 

 箱根決戦。四天王の一角、緒方明子はまさかの敗北。

 

 

 頂上のパーキングスペースは、いまだ冷めぬ熱気に包まれている。

「やっぱすげえな……あの人は」

 ギャラリー達に混ざっている佐々木は、そう口走る。

「……四天王の肩書は伊達じゃないね」

 その見解に、竹中は同調した。

「だけど、スペアパーツ一式持って来た意味無かったなぁ……」

 兼山は、口をとがらせながらぼやいていた。

「……ま、ここまで走ったんなら、仕上げた甲斐があったってモンだぜ」

 安心した様子で呟いた内藤。

 

 そんな中、一人だけ鋭い目つきでリザルトを見る男が居た。

「……どうした?」

 魚住は、そう声をかけた。

「……いえ。

 次は……僕の番ですからね」

 内田考。“嘆きのプルート”の目には、溢れんばかりの闘志がみなぎっていた。

 

 




実は、パソコンが壊れました……。

スマホからサイトに直接書いたんですが、とにかく書きにくい!!

早い所、新しいパソコン買わなきゃなぁ…。


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第二十夜 蔵王に響くエキゾースト

相変わらずパソコンがないままで、更新ペースが落ちてます……。


 

 東京の夜は、ネオンがきらびやかだ。

 銀座の一等地に店舗を構える、高級イタリアン料理店。ガイドブックには、三ツ星レストランとして紹介されている為、平日でも客足は途切れない。

「……こういうお店は初めてかしら?」

 ワイングラスを手に持つ川越清美は、実に優雅で良く似合っている。

「…………ええ。全く馴染みがない物で……」

 対に座る内田孝は、委縮している様子だ。ちなみに、飲んでいる物はレモンティーである。

 

 川越は一口白ワインを味わってから、言葉を出した。

「あなたが、次の出番なのよ?

 だから景気付けに、こんな美女がご馳走してるんじゃない」

(……それを自分で言いますかね)

 内田は、口元まで出てきた言葉を、パスタと共に飲み干した。

「ねぇ……。貴方、次のバトルに勝算は有るの?」

 川越の質問に対して、内田の表情は少し強張っていた。

「……どうですかね。ここまでの状況を見てる限り、相手も中々の実力ですし」

 イマイチ頼りない返答に、川越は反射的に頭を抱えるしかなかった。

「まったく……。もう、このバトルは終盤戦なのよ?

 ゾディアックにも名を連ねた“嘆きのプルート”が、そんな弱気でどうするのよ……」

 そうぼやく川越だが、内田の実力はよく分かっている。

「……最善は尽くしますよ」

 それが内田の口からでた答えだった。

 

 

 蔵王山。山形県に位置するこの峠は、東北の走り屋達の聖地であった。

 この蔵王山も、街道サーキットに生まれ変わり、多くの走り屋達が詰め掛けるようになった。

 元々多くの走り屋達が腕を競いあっていた峠だけに、全国でも屈指のハイレベルな街道サーキットであるのだ。

 “アブッソルートエンペラー”の称号を得ている“イエティファング”こと、今泉恭一は街道でも十本の指に入る実力者だ。

 その彼が走りを見定めているのは、一台のパールホワイトに染められたJZX100のマークⅡである。

「……アイツはふざけてんのか?」

 今泉の言葉は、吐き捨てる様だった。

 

 何せ、マークⅡはどのコーナーも普通に曲がらず、深いアングルのドリフト走行を決めていた。白煙を立ち上らせ、ブラックマークをアスファルトに擦り付ける。

 テクニックの裏付けには間違いないのだが、この走りがキングダムトゥエルブの刺客とあれば、別問題の話になる。

 

 キングダムトゥエルブのツアラー使い、“ライオネル”の異名を持つ永友神保は、ピットエリアで、2セット目のタイヤ交換を終わらせていた。

「流石にあんだけケツ振ってりゃ、新品でも三本走ったらボウズだな……」

 溝の無くなったタイヤを見て永友は呟いた。

「アンタ……どういうつもりだ?」

 今泉はいら立っている様子で、永友に声をかける。

「……どうって。俺なりに蔵王を攻略しようとして、攻めてるんだけど?」

 永友は、当然とばかりに答えた。

「あの派手なドリフト走行でか? バカバカしい……」

 その答えに、今泉は呆れ果てた。

「そうか? カッコいいだろ?」

 永友はニヤリと笑い、自慢げに言い放つ。

「……確かに、その腕前は認める。あれ程見事なドリフトを出来る奴は、蔵王どころか街道全てでもそう居ない。

 だが十三鬼将と戦う上で、速さを無視したドリフト走行に何の意味がある?

 そんな走りなら、俺が走った方がよっぽど速い」

 今泉は、断言した。

「まぁー、そう思うかもしれないけどさぁ。とにかく見ててくれよ。

 十三鬼将に一泡吹かすのは、俺に任せとけって」

 自信満々に、笑みを見せる永友。

「……フン。好きにしろ」

 今泉はそう告げて、ピットエリアから立ち去った。

 

 しかしだ。

(……あの男の異常な余裕はなんだ?

 十三鬼将の実力は、ここまでのバトルで理解してる筈だろう……。大物なのか、只のバカなのか……?)

 その永友の態度に、奇妙な違和感を覚えているのも事実だった。

 

 

 バトル当日の夕方。

 これまでのバトル同様に、早めの時間帯から蔵王山にも多くのギャラリーが詰め掛けている。しかし、今泉は空を見上げ顔を険しくした。

(……風は湿り気が強いな。恐らく、天候は荒れるだろう)

 長年走り込んできただけに、今泉にしてみれば天候を予測する事は、造作も無い事だ。

 それ故に、今回のバトルを一層分からなくする要因だ。

 

 その予想は見事に的中し、蔵王山に厚い雲がかかると、空からは大粒の雨が降り始めていた。

 

 

 パーキングスペースには多くの傘の花が咲き、今宵のバトルの主役達に視線を注いでいる。

 向かい合うのは、パールホワイトのJZX100マークⅡツアラーVと、ワインレッドのJZX110のヴェロッサVR25。

 どちらも、トヨタを代表するセダンである。そして、多くの走り屋。特にドリフト野郎に愛されるマシンである。

「……いい天気になりましたね」

 内田は、空を見上げながら言う。その顔つきには、余裕さえ伺える。

「ホントだな。こういう天気だと……燃えるな」

 永友も、自信を漲らせている。

「100系のマークⅡ……。良いクルマに乗ってますね」

「そういうアンタも、ヴェロッサじゃねえか。良い趣味だぜ」

 お互い、同種のマシンを駆るもの同士で、シンパシーでも感じ取ったのか。

「……でも、負ける訳には行きませんから、全力で戦わせてもらいます」

 穏やかな表情の中に、闘志を見せる内田。

「ああ……。そいつは俺も同じさ。本気で行くぜ」

 口元は笑うが、永友の目つきは鋭く研ぎ澄まされた。

 

 同種のマシンだからこそ、負けられないバトルになるのだ。

 

 

 スタートラインに、二台のセダンが整列。

 固唾を飲んで見守るギャラリー達。傘を差しながらそこに混ざっているのは、“ブラッドハウンド”の佐々木だった。

(……まさか、あの永友がキングダムトゥエルブとはね)

 佐々木の胸中は、気が気では無かった。

 

「アンタは……十三鬼将のアリスト使いだろ?」

 声を掛けられ、佐々木は振り返る。

「……そうだが、アンタは?」

「この蔵王を仕切らってる、今泉ってモンだ。今日はギャラリーなのか?」

 声をかけたのは、蔵王の主だ。

「まぁな。付き添いも兼ねててな」

 佐々木は、少しだけ今泉を見て、視線をスタートラインへ戻した。

「アンタは、どっちが勝つと思う?」

 今泉の問いに、佐々木は少し頭を掻いた。

「……内田って答えたい所なんだが。

 相手が中々厄介な野郎なのさ。あの永友って男は……」

 佐々木の口調は、少し硬い物になっていた。

「あのドリフト野郎がか?」

 今泉は、首を傾げる。

「ああ……。グリップ派じゃ知らないかもしれねーが、あの永友は……“幻”のD1ドライバーだ」

 そう告げると、1JZのエキゾーストノートが、蔵王山に響き渡っていた。

 

 

 雨の降りしきる中、レッドシグナルが灯った。そして、ブラックアウト。

 ハイパワーな1Jを搭載するFR同士だけに、スタートで上手くトラクションをかける事は必須。

 上手く頭を押さえたのは、ヴェロッサだ。

(スタートで前に出れましたね……)

 このまま逃げるべく、内田は愛機にフルスロットルをくれる。特に、雨等によって視界が悪い時は、先行する方が遥かに有利となる。

 そして、追走する永友。

(さーて……追いかけっかな!!)

 どっしりと腰を据えて、朧げに見えるヴェロッサのテールランプを睨みつける。

 

 

 二台のJZX系のマシン。型式こそ違うが、基本コンポーネンツに共通点は多い。

 JZX110のマークⅡと、兄弟車であるヴェロッサ。その特徴の強い見た目からは、想像もつかない程チューニングベースとしての素性は高い。

 その前モデルとなるJZX100マークⅡも、チューニングベースとして人気を博したマシンである。

 この二台は、特にドリフト界での評価は非常に高い事は著名だ。

 ハイパワーの1JZを搭載し、重さをカバーできる。その上でホイールベースが長いために、安定感の高さが光る。特に、深いアングルのドリフトを決めた時、限界付近の動きがマイルドでコントロールしやすい事が言われる。

 これはJZX90以降のツアラーV系のマシンに言われることで、これこそがドリフト界で代々ベースマシンとして選択されてきた理由だ。

 

 それ故に、二台ともチューニングの方向性はよく似た物になり、パワーも重量もそれ程の大きな差は無い。

 ただし、内田のヴェロッサと永友のマークⅡに大きな差異があるとすれば、足回りの仕上げ方にある。

(前半の高速区間で逃げたい所ですが……)

 内田がそう思うのも無理はない。

 新たにニューマシンとして仕上げたヴェロッサは、これまでのマシンと同様に首都高速をターゲットにしている。つまり、高速域で実力を発揮できるように、足回りは比較的固めに締め上げている。あまり柔らかいサスペンションでは、高い速度域でのロールやピッチングが大きくなり、挙動を乱しやすくなる為だ。

 しかしだ。

(このウエットコンディションじゃ、トラクションが……)

 ハードなサスペンションは、低ミュー路でのグリップは期待できない。サスセッティングが、思いっきり裏目に出てしまっているのだ。

 

 対して、追いかける永友。

(……首都高仕様のマシンは、雨じゃ辛いようだな)

 攻めきれないヴェロッサの挙動を見て、ほくそ笑んでいた。

 永友の走りから分かる通り、基本的にドリフトコントロールのし易さを優先したセッティングを施している。

 近代のドリフトマシンは、グリップ走行でも通用するレベルのトラクションを必要とする。それに加え、ドリフトの場合は荷重移動を積極的に利用できるように、サスペンションを柔らかめに仕上げて、しなやかな動きを求める方向性にある。

(それに……俺はウエットコンディションが大好物でな!!)

 このコンディションに加えて、街道と言うテクニカルなステージ。永友にとっては、絶好の舞台だったのだ。

 

 山頂のパーキングスペースで、今泉は佐々木に改めて聞きただす。

「あの永友って奴は、D1ドライバーって事なのか?」

「ああ……。しかも飛びっきりのな」

 一呼吸置いて、佐々木は言葉を続ける。

「あの永友は、たった一度だけ参戦したD1グランプリで3位に入賞してんだ。

 だが……それ以来一度も、D1はおろかローカルイベントのドリフトコンテストも出ていない。当然、雑誌の取材にも出なかった。

 それ以来、あの男は“幻のD1ドライバー”って謳われてるんだ」

「……そりゃ確かにすごい。だが……それと街道のバトルに、関係あるのか?

 まして、速く走る事とドリフトのテクニックと関係あるとは思えないが……」

 今泉の疑問は消えない様だが、佐々木はこう答える。

「……D1には追走があるんだよ」

「追走?」

「二台が先行と後追いでドリフトを競うんだよ。それこそ、接近した状態でドリフトで並走するからな。テクニックも大事だが、それ以上に駆け引きも必要だ。

 上位に入賞するなら、その追走で勝ち上がらなきゃいけねぇんだが……当然、競う相手は追走に慣れてるドライバーばかりだ。

初参戦して、まぐれで3位まで勝ち上がれるものじゃないぜ……」

 佐々木の解説を聞き、今泉は納得が出来たようだ。

「そこまでの実力があるのなら、確かにテクニックは有るようだな」

「……それによ。

 その時のD1は……今日と同じくらいに雨が降ってた」

 そう呟き、佐々木は空を見上げた。

 

 




ヴェロッサって、マニアックなイメージがありますが、中身は110マーク2と同じなんですよねー。

結構好きですが、周囲は理解してくれません(笑)。


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第二十一夜 雨中のドッグファイト

久々の更新です。

未だにパソコンを購入してません……。


 

 蔵王の特徴の一つは、前半区間と後半区間では全く光景が異なる事にある。

 ダウンヒルの場合、前半セクションは極めて速度の乗る高速コーナーが続く。そして、後半は高低差のあるタイトコーナーの連続となる。従って、蔵王を攻略するには、非常に懐の深いマシンが求められるのだ。

 

 内田にとっては、この雨のコンディションは、厳しい物になってしまった。

(……このコンディションは、本当に最悪ですね)

 パワーをリアの二つのタイヤで路面に伝えるFR車は、基本的に低ミュー路は苦手なレイアウトになる。ましてや、ハイパワーマシンとなれば尚更に弱くなる。

(……ですが、負ける訳には行かないんですよ!!)

 それでも、内田は攻め続ける。絶妙なアクセルワークで、巧みにリアタイヤのトラクションを稼ぎ出す。

 しかし永友のマークⅡは、ぴったりとヴェロッサをマークしている。出来る限り高速区間で差を広げたい内田に取っては、厳しい展開だ。

 

 降りしきる雨は、容赦なく路面からのグリップを奪っていく。その悪コンディションを物ともしない永友は、マークⅡを完全に支配下に置く。

(へっへっへ……。悪いね、首都高のアンちゃん)

 多少テールが滑ろうとも、アクセルを踏み込んだまま絶妙なカウンターで対処。更に、コース幅を目一杯まで使い切る。

 ウエット路面でも、そのアグレッシブなキレた走りに、ギャラリーの視線は釘付けだ。

 

 

 ドリフト走行の場合、意図的にホイールスピンさせてテールスライドを誘発させるため、立ち上がりではどうしてもロスが出来てしまう。

 しかし、ウエットの様に路面ミューが低い場合、タイヤグリップの限界が低くなってしまう為に、グリップ走行よりもむしろドリフト走行の方が速い場合もある。

 何よりも、マシンがテールスライドしても躊躇する事無くアクセルを踏み込んでいけるのが、ドリフト野郎の強みなのだ。

(……ウエットだからと言って、派手にケツを振ってたら遅いからな。浅い角度のドリフトで、アクセルを踏んでいけば……確実に雨は速く走れるぜ!!)

 永友の、絶対的な自信は揺るぎない。

 

 二台のバトルは、勾配のきつくなるテクニカルエリアに突っ込んでいく。

 蔵王のテクニカルセクションは、ヘアピンとヘアピンの間のストレートが長い。その分、立ち上がりのトラクション性能。そして、スピードが乗る分ブレーキの性能が問われる。

(……やはり、ここは上手く抑えて行くべきですね)

 内田は、インを閉めるブロックライン。バトルにおける上策だ。

 

 そのブロックラインに対し、永友の走りは。

(そんなセコイ走りじゃ、面白くねぇだろ!!)

 進入から大きくテールを流す、派手なドリフト走行だ。確かに、永友にしてみれば、ドリフトはお家芸その物。

 しかも、ヴェロッサにドリフトしたまま追走しているのだ。

 

 その走りは、内田もミラー越しに見ていた。

「…………」

 これは永友の挑発なのか。それとも、単にドリフトしたいだけなのか。

 

 続くヘアピンでも、堅実なグリップ走行の内田と、派手なドリフト走行の永友。しかも、速さに差は無い。マークⅡはドリフトしたまま、ヴェロッサを煽り倒す。

(……そっちがその気なら!!)

 この挑発に、内田の走りは突如として変わった。

 

「……ッ!?」

 永友の目に映ったのは、突然テールスライドを見せるヴェロッサのテールランプだった。

(……これなら、貴方の土俵でしょう!!)

 内田も、進入から大きな角度を付けたドリフトで、永友を牽制したのだ。

 ヴェロッサが突然のドリフトを見せた時、ギャラリー達からどよめきにも似た声が上がっていた。

 

 しかしだ。

「……面白れぇ!!」

 その走りに、永友はヒートアップする。

 マークⅡもドリフト走行で、ヴェロッサをピッタリと追走。二台の4ドアセダンが、見事な接近ツインドリフトを披露した。

 

 雨中の最中、二台の見事なドリフト走行に、ギャラリーのどよめきは歓声に変わっていた。

 

 

 当然、山頂のパーキングスペースに陣取る佐々木と今泉は、その走りをモニターで見ていた。

「……あいつらはバカなのか?」

 ドリフトで競い合う二台に向け、今泉は呆れた様である。

「……走り屋何て、基本バカばっかりだろ。賢いきゃ、こんな金かかる趣味は択ばねぇだろ?」

 佐々木は、淡々と答えた。

「そうかもな……」

 今泉は、再びモニターを凝視した。

(……内田。その土俵に乗った所で……勝ち目は余計に無いぜ)

 佐々木の心の内は、気が気では無かった。

 

 

 ウエット路面を物ともしない、見事なドリフトでダウンヒルを駆け抜けていく二台。

 しかし、永友の土俵に乗ってしまった内田は、致命的なミスを犯している事に、気が付いていなかった。

 

 ヴェロッサの横っ腹にノーズを喰い込ませ、マークⅡは見事な追走を見せる。

 そして、その間も永友はきっちりと、内田の事を観察していたのだ。

(……首都高仕様のヴェロッサで、そこまで横向けれるのは大したもんだぜ。

 でもな……ドリフト仕様のマシンと、それ以外のチューニングには決定的な違いがあるんだぜ!!)

 ドリフト仕様ならではのチューニング。

 それは、ステアリングの切れ角にある。切れ角アップと言われるチューニングだ。簡単に言ってしまえば、ハンドルを切った時の角度を大きくしているである。

 グリップ走行等で速く走る場合、ステアリングの舵角は出来る限り小さくする事が理想とされる。これは、ラリーでもジムカーナでも同様となる。

 ステアリングの切る量が多ければ多いほど、走行抵抗が増えてしまいロスが生まれてしまう。また、ステアリングを多く切れば、理想的なコーナリングフォースを生み出せず、アンダーステアを誘発してしまう。

 

 しかしドリフトの場合は、ステアリングの切る量が多ければ多いほど、深いアングルをキープしたままドリフトする事が可能になる。

 特に現代のドリフトコンテスト等では、車体を真横に向ける程の深い角度のドリフトが求められる為、ステアリングの切れ角は多ければ多いほど良いとされる。

 これこそが、ドリフトマシンに置ける、最も特異なチューニングなのだ。

 

 先行する内田だが、次第にドリフト中にハンドルの修正が増えていく。

(……ドリフトには、少し硬いですね)

 ヴェロッサの足回りは、そもそもドリフトを前提にはしていない。ハード目に締め上げたサスペンションは高速域での安定性は良くなるが、低速域では荷重が移りにくくピーキーな動きになってしまう。

 それに加え、ノーマルの切れ角では極端に深いアングルに耐えられない。

 只でも微妙なアクセルコントロールと、ステアリングワークが要求されるウエット路面の中で、内田は綱渡りの様な操作でその挙動を抑え込んでいる。

(……相手と同じ土俵に立って勝つ。これこそが……ゾディアックの流儀です!!)

 かつてゾディアック。そして、十三鬼将。首都高というステージの中、トップで戦い続けてきた“嘆きのプルート”の意地が、そこにあった。

 

 

 いよいよバトルは最終セクションへ。

(……ここまでベタベタに張り付いてんのに、マシンを乱さずにコントロールしてやがる。ドリフト仕様でも無いのにな……)

 テクニックも流石だが、精神力も見事なもんだな!!)

 永友は内心で、内田を賞賛しきった。

 

 蔵王の最終セクションは、Rの小さいヘアピンを二つ超えると、最後は大きく曲がり込んでいく3速の中速コーナーとなる。

(……このまま、ただで後ろでドリフトしてるだけではないでしょうね)

 内田は、改めて気を引き締める。

 当然バトル終盤となれば、永友は狙っていた。

(……最終コーナーで、インを刺してやるぜ!!)

 狙いはそこに絞っていた。

 

 低速のヘアピンも、見事なツインドリフトでクリア。

 そして、残すは最終の中速コーナー一つとなった。蔵王に詰め掛けたギャラリーも、息を飲んで見つめていた。

 

(……ここがラストです!!)

 内田は、ここでも進入から綺麗なテールスライドで飛び込んだ。

(……決めるぜ!!)

 永友のマークⅡも、ピッタリと並走しながらドリフトを決める。

 

 再び2台はツインドリフト。

「……ッ!?」

 しかし、内田のヴェロッサは、クリッピングポイントを取れずアウトへ膨らんでいく。

(インがお留守だぜ!!)

 その一瞬で、永友のマークⅡがノーズをねじ込んだ。

(ダメだ……インに付けない!!)

 もはや、内田のテクニックを持ってしても、修正は不可能だった。

(……いただきだ!!)

 クリッピングに付けないヴェロッサ。対して、マークⅡはドリフト決めてながら、インを刺した。

 並走して立ち上がった時、前に出ていたのはマークⅡだった。

 見事にオーバーテイクドリフトを決めて見せたのだ。

 

 

 ゴールラインを駆け抜けた両車。勝ったのは、ライオネルだ。

 しかし、雨中の難しいコンディションで、蔵王と言う難コース。しかも、見事なドリフトを披露して見せた両雄に、ギャラリー達の喝采は鳴りやまなかった。

 

 

 ふもとのパーキングスペースで、戦い終えた両者。

「……アンタのおかげで、すげえ楽しめたぜ。ここまで気持ちいい走りが出来たのは、そう何回も無い。

 だが、一個だけ聞かせてくれ。何故、途中からドリフトに変えたんだ?」

 永友は、率直に聞きただした。

「何ででしょうかね……。

 意地……と言ったところでしょうかね」

 内田の答えは、至って簡単だった。

「……意地?」

「ええ。

 貴方のドリフトのテクニックは、素晴らしかった。それに影響されただけですよ。単に……バトル相手と同じ土俵で勝負する事に、意義があると思うだけです」

 内田は、吹っ切れた表情だった。

「……ドリフト。特に追走になりゃ、相手を信頼できなきゃ寄せて走る事は出来ねぇ。

 アンタの走りは、信頼できる走りだったぜ。

 バトルの勝敗には確かに決まったが……それ以上にアンタと走れてよかった。それだけは確かだ」

 永友の言葉に、内田の表情は安堵の表情を浮かべる。

「僕も負けはしましたが……今日のバトルが出来た事は、十三鬼将として誇りに思います」

 内田の言葉を受け、二人はがっちりと固い握手を交わした。

 

 共に走ったからこそ、分かち合える瞬間だった。

 

 

 山頂のパーキング。

 バトルを見届けた、佐々木と今泉。

「……ドリフトしなきゃ、十三鬼将は勝てたんじゃないのか?」

 今泉の一言に、佐々木の首は縦に動いた。

「だろうな。ただ……仮にそれで勝ったとしても、蔵王に来たギャラリーは納得しなかったと思うぜ。

 少なくとも、グリップで走っててドリフトに煽られたままじゃ、カッコつかねーだろ?」

「フン……」

 佐々木の返答に、今泉は明後日の方向を向いてしまう。

(ま……この終盤での連敗は痛いけどな)

 内心で思いつつ、佐々木も視線を落としていた。

 

 

 雨中の蔵王。ドリフト勝負は“ライオネル”。永友は、幻のD1ドライバーと呼ばれた男の面目躍如の走りを見せた。

 

 残る決戦は、あと二つ。

 

 

 




次回の更新はいつになるのか……。
気長にお待ちください。


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第二十二夜 切り札vs切り札

長らくお待たせしました。
令和一発目の投稿……パソコン復活です!!


 

 阿蘇。各街道サーキットでもっとも南に位置し、九州唯一の街道サーキットとなる。

 そして、オートポリス国際サーキットが近いという立地条件も手伝い、阿蘇街道サーキットの走り屋のレベルは極めて高い。また、国際サーキットでも攻めれる程度のハイチューンドマシンで無ければ、阿蘇では戦えない事も付け加えられる。

 

 阿蘇の主“ミラクレスサミット”の称号を得ている、“スプレマシーマーダー”こと雑司ヶ谷達。街道なら知らぬ者は居ない走り屋は、阿蘇を攻め込む一台のマシンから目を離さなかった。

(……奴は、あのマシンで阿蘇を走るのは初めての筈だ。あんな化け物を持ち込んで、見事に乗りこなしてる……。

 改めて大した走り屋だと思わされるぜ……“ティンバースラッシュ”)

 街道で五本の指に入る走り屋である、雑司ヶ谷にそこまで言わせる走り屋の正体とは。

 

 パーキングスペースで休息をとるそのドライバーは、長い黒髪をなびかせている。

「……恐れいるな。元ラヴァーズのエース……相乃沢沙耶」

 雑司ヶ谷の声に、振り返ったのは可憐な女性。

「どうもです、雑司ヶ谷さん」

 ニコリとほほ笑んだ相乃沢。

「……阿蘇をホームコースとしてる走り屋の中で、十三鬼将に太刀打ちできるのは、俺以外だと君くらいしか思い当たらない。

 まさか、キングダムトゥエルブに加わってるとは思いもしなかったがな」

 雑司ヶ谷の言葉に、相乃沢は不敵な笑みを作っていた。

「……ええ。首都高の走り屋がどんなレベルかは知らないけれど……絶対に負けられないんですよね」

「その為の、あのバケモノってわけか」

 そう言いながら、雑司ヶ谷はそのマシンに目を向ける。

 

 パーキングに陣取る、そのモンスターマシン。

 シトロエン・クサラWRカー。世界中の公道で、その実力を見せる本物の戦闘車両である。

「……どういう経緯でこんなマシンを持ち込んだかはわからんが、これは相手にしたくないな」

 雑司ヶ谷の口から、つい本音がこぼれ出していた。

「……絶対に勝てと言われて、大将からこれを借りたんですよ。だから……負けられないですね」

 相乃沢の表情は、勝利への自信が揺るぎない事が物語られていた。

 まさしく、王宮十二氏の“切り札”と言えるだろう。

 

 

 バトル当日。

 これまでの戦いと同様に、阿蘇には多くのギャラリーが押し寄せている。

 各ギャラリーコーナーのみならず、ゴール地点のパーキングエリアも、お祭りのように人が多い。

 そのギャラリーに混ざり、戦いを終えた四天王の三名。魚住、内藤、緒方がバトルを見届けに来ていたのだが。

「……うぇ。呑みすぎた」

 顔色の優れない内藤は、立っているのがやっとの状態だ。

「……芋焼酎ロックで、馬鹿みたいにガバガバ呑むからでしょ。自業自得よ……」

 緒方は、あきれ果てた様子で突っ込みを入れた。

(戦いも終盤だというのに、観光気分とは……。何て緊張感の無い人だ……)

 魚住も右に同じくという心境だった。

 

 そして、この阿蘇に訪れていた四天王だけではない。

「……おっ?

 やっぱり、御三方は来てたって事ね」

 声をかけられ振り向くと、三名の前には十三鬼将の総大将が立っていた。

「岩崎……。

 お前、ここまでほったらかしておきながら、今更ギャラリーに来たのか?」

 魚住は、我先に抗議を申し立てる。

「いや~……顔を見せなかったのは悪いと思ってるけど、俺も色々と建て込んじまっててさ」

 そう言いつつも、岩崎の顔に反省の色は無い。

「それはそうとして……。

 わざわざ阿蘇まで岩崎が来るって……。やっぱり君嶋さんの走りが見たかったって事?」

 緒方の言葉に、岩崎は頷いた。

「まぁね……。

 少なくとも……夢見の生霊が本気で走る所は、そうそう見れるものじゃないしさ」

 そう語った岩崎の顔つきは、グッと引き締まっていた。

「……未だに破られない、環状内回りのコースレコードは君嶋さんが保持してる。

 環状を長いこと走りこんでるが、あのタイムだけは抜ける気がしないぜ……」

 C1をホームコースとする魚住は、顔付きが強張る。

 

 すると、噂をすればなんとやら。

 麓からNAマシン特有の、甲高いエキゾーストノートが阿蘇に響き渡ってきた。

「来たわね……」

 緒方が呟くと、周囲のギャラリー達は一斉に視線を向ける。当然、岩崎達十三鬼将も同じ動きをとる。

 

「……あのレコードタイムを抜くのはお前さん達のマシンじゃ無理だぜ」

 不意に内藤はそう口を出した。

「……どういう事さ?」

 岩崎は即座に聞き返した。

「あ……ちょっとまっ……」

 その瞬間、内藤の口からは言葉ではなく、胃袋の中身が飛び出しそうになっていた。

 とっさに振り返って、茂みの奥へ駆け込む羽目に。

 

 内藤は十分ばかり、茂みに潜り込んでいた。人間のキャブレターから、燃料がオーバーフローしたため。平たく言えばゲロだ。

「……あー……ちょっとはマシになったな」

 ペットボトルの水で口をゆすいで、内藤は少しシャキッとした。

「汚いわね……」

「……仲間と思われたくないぞ」

 緒方と魚住は、内藤をここぞとばかりにこき下ろした。

「……返す言葉がないぜ」

 自業自得なだけに、内藤はそう言うしかない。

「君嶋さん、もう通り過ぎて行っちまったぜ……」

 岩崎にそう伝えられ、内藤はバツが悪そうだ。

「所で、さっき言おうとしてたのは何だったんだ?」

 魚住に聞かれ、内藤は改まった様子で口を開き始める。

「実は、あのレコードを出したときのNSXはな……」

 

 

 

 山頂のパーキングスペース。

 気温は肌寒い位なのだが、そこは異常なほど熱気を帯びていた。

 

「……貴方が私のバトル相手かしら? 随分と贅沢なマシンね……」

 讃える様に相乃沢は言うが、その表情には風格さえ感じさせる落ち着きがある。

「…………」

 しかし、君嶋は何も言わず相乃沢を見ていた。

 暫し沈黙。

「何言いたいことはある?」

 痺れを切らして、相乃沢は挑発めいた言葉を投げつけた。

「……アンタはそのマシンと死ねるか?」

 君嶋の一言に、相乃沢は首を横に振る。

「……クラッシュしなきゃ死なないわ。

 始めましょう」

 その時。君嶋はニヤリと笑みを見せた。

 

 

 クサラWRカーに相乃沢が乗り込もうとした時だ。

「沙耶……」

 呼び止められて、振り向くと。

「……真紀さん」

 “孤高なる女帝”堀井真紀が、相乃沢を呼び止めたのだ。

 共に、かつて“LOVERS”を率いて街道を駆け抜けた同士であり、相乃沢にとって堀井は師匠にあたる間柄なのだが。

「……何の様ですか?」

 相乃沢の反応は極めて冷めており、立て続けにまくし立てる。

「真紀さんは、“覇魔餓鬼”さんの誘いを断ったんですよね?

 街道を走ってきた同士なのに……」

「……そうよ」

「それは、気が向かないだけですか?

 それとも……“迅帝”。岩崎基矢に肩入れしてるからですか?」

 相乃沢の言葉に対して、堀井は首を横に振る。

「……じゃあ何で手を貸さないんですか?

 街道を……首都高の連中に好きにさせるつもりなんですか?」

「……彼等は、そんな走り屋じゃないわ。それだけは言い切れるわよ」

「……」

 相乃沢は、半ば堀井を睨みつける様だった。

「…………私で、十三鬼将を止めてみせます」

 そう断言して、相乃沢はマシンへと向かう。

「……沙耶」

 相乃沢は何も反応しないままだが、堀井は言葉を続けた。

「……走る楽しさを忘れないで」

 その一言を言われ、一瞬だけ動きを止めてしまう。

 しかし、相乃沢はそのままマシンへと乗り込んだ。

 

 

 グリッドに整列する両雄。

 片やWRCの実戦で戦っていた、本物のモンスターマシン。

 片や国産唯一と言える、スーパーカー。

 互いにポテンシャルは超一級なのは、語るまでもない。

 そして、AWDのターボマシンに対して、NAのミッドシップ。対極するレイアウトを持つ二台が、如何にしてバトルするのか。

 そして、バトルするドライバーの両名。

 ラヴァーズのエースと謳われた“ティンバースラッシュ”と、C1内回りのアンタッチャブルレコードを持つ“夢見の生霊”。

 ステージは違えど、どちらもストリートで名を馳せる、超一級の走り屋だ。

 今夜のバトルは、どんな死闘が演じられるのか。ギャラリー達の興味は尽きない。

 

 クサラのコクピットから見える、グリッドの景色。

 相乃沢にとっては、何時も見える阿蘇の景色とは違って見えた。

(……おそらく、あのNSXのドライバーは、今まで戦ってきた相手の中で一番手強い筈。だけど……コースとマシンは私に分があるもの。

 自分のベストを走りをすれば……負けない!!)

 大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。

 相乃沢は、二度三度ハンドルを握り直し、精神を統一させた。

 

 

 隣に並ぶ、君嶋のNSX。

 首都高のトップレベルの走り屋として、長きにわたって君臨する歴戦の猛者。とは言え、街道を攻める事も初めてだが、WRCマシンと戦うのも当然初めてだ。

(……四駆のターボか。俺にとっては一番好かないマシンだが……戦闘力は確かだろう)

 君嶋は、不意に押し殺すように笑いだしていた。

「……クックっクックッ」

 今現在、君嶋に取ってはバトルで不利な材料がそろっている。

 それでも、何故笑っていられるのか。

(バトルをやる前から追い込まれてるのは、簡単に分かる……。

 だからこそ……面白い!!)

 君嶋の視線は、鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 

 騒めくギャラリー達をよそに、スタートのシグナルはレッドを点灯させる。

 四気筒のターボエンジンとV6のNAエンジンのエキゾーストノートが、阿蘇の夜空へ向けて威嚇しあうように吠え渡る。

 

 そして……ブラックアウト。

 

 ロケットスタートを決めたのは、当然ながらクサラだ。AWDのトラクション性能に加えて、最高出力は300馬力少し程度ながらトルクは60キロを超えている。

 加えて、相当に軽量化されたボディを持つ。スタートダッシュで、NSXに後れを取る訳が無い。

(……このままミラーに写らない位、ぶっちぎってあげるわ!!)

 相乃沢は、迫りくるファーストコーナーを鋭く睨みつける。

 

 阿蘇の場合、1コーナーまでのストレートが比較的長い。その加速力に物を言わせて、クサラがNSXを大きく引き離して1コーナーに飛び込んでいく。

 

 ギャラリー達の視線がクサラに注がれた。

「クサラが頭だぜ!!」

「速え!! 流石にWRCマシンだぜ!!」

 そして、見事なゼロカウンタードリフトで、鮮やかに1コーナーを駆け抜けていく。

 阿蘇で指折りの実力者に加え、モンスターマシンを持ち込んだ相乃沢。この瞬間にギャラリー達は、“ティンバースラッシュ”の勝ちを確信する。

 

 筈だった。

 

 少し間合いを開けてから、1コーナーに迫りくるNSX。

「スタートから、随分離されてるなー」

「ま、相手がバケモノ過ぎるましんだし……」

 君嶋は、ギリギリまでブレーキングを遅れさせ、文字通り1コーナーに“飛び”込んできた。

 そこから、地面に張り付いているかの様に、グリップしたまま駆け抜けていったマシンを見て、ギャラリー達は言葉を失っていた。

「……見たか?」

「見るも何も……何だよ今のコーナーリングスピードは……」

 その速さに、阿蘇のギャラリーは度肝を抜かれるしかなかった。

 

 

 




ご意見、ご感想、車談義。お待ちしてます。


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第二十三夜 夢見の生霊の本気

阿蘇のバトルも佳境です。
個人的には、NA派なんですよねー。音の話ですが。


 阿蘇、麓のパーキングスペース。

 バトルが始まりを告げたと同時に、内藤は語り始める。

「あの時のNSXはな……ミッションのギア比が違ってたんだ」

 その言葉に、一同は耳を傾けていた。

「……ギア比が違うって事は、加速を優先させるギア比って事じゃないの?」

 緒方はそう追従した。

「確かに、ギア比は首都高だけじゃなく、サーキットでタイムを詰める時でも重要な要素だろ?」

 魚住も、当然の意見だとばかりに答えた。

「……それと、あのレコードタイムにどんな関係があるんだよ?」

 岩崎は、ギア比とレコードタイムの関連に、疑問を浮かべる。

「……じゃあ聞くぞ。お前さんたちの愛車だが、トップギアでエンジンが回り切った時の速度は何キロだ?」

 内藤は続けて、聞きただす。

「……私のスープラなら、大体330キロだったわね」

「俺のGTOは、環状メインだから300を少し超える位までしか出したことないな。吹け切りでも、320に届くかどうか……」

「俺のR34は……回り切って多分335って所だな。つっても、バトル中にそこまで出す事も殆ど無いもんな。これ以上ギア比をロングにしても、加速が鈍くなるからもう少しローギアにしても良いくらいだぜ」

 岩崎の一言に、内藤はニヤリとする。

「……そういう事よ。

 結局の所、最高速を上げる事と加速力を上げる事は反比例しちまうんだ」

「そんな事、当然じゃない……」

 内藤の意見に、緒方はため息交じりで言い返す。

「……レコードを出した時のNSXは、6速吹け切りで270キロしか出ないギア比だったぜ」

 内藤に告げられ、一同は目を見開いた。

「吹け切りで270って……それこそ、サーキットのタイムアタックマシン位しか、選ばないギア比の選択じゃないか……」

 魚住は驚愕を隠せない。

「ま、あのNSXはシーケンシャルミッションに変えてる。横置きのV6だから、トランスファー丸ごと変えちまうから、ファイナルもLSDもそっくり乗せ換えることが出来る。セッティング変更自体に手間はねぇさ」

 内藤はそう言いながら、煙草を一本咥えた。

「……そういう事ね。C1内回りなら、300キロも出せるストレートなんて無いもの。むしろ加速に特化したセッティングの方がタイムを縮められるわね。

 C1内回りなら2リッター以下のマシンでも、平均速度が低い分腕が有ればハイパワーマシンと十分に戦えるわ……」

 緒方の言葉には、長年走ってきたベテランの見解が含まれるに違いない。

「……超高回転型のNAにプラスして、超クロスのシーケンシャルミッション。それに加えて……君嶋さんのテクニックが合わさればこその、レコードタイムか……」

 岩崎の表情は、珍しく引き締まっていた。

「今回は、その時のセッティングで街道に来てる。

 ……君嶋が本気で街道を攻めたらどうなるか。俺でもどうなるかわからんが……街道の猛者どもに後れを取る事はありえねえぜ」

 悪酔いだった顔つきは消え失せ、内藤の視線は鋭くなっていた。

 

 

 セカンドコーナーに飛び込むクサラ。アクセルオフ時に、アンチラグシステムが働いてエキゾーストがバチバチと音を立てる。それと同時にシーケンシャルドグミッション特有のノイズが、車内に飛び込んでくる。

 きっちり正確なブレーキングから、ステアリングで舵を当てる。僅かにテールがスライドし始めていても、カウンターステアは必要ない。AWDのトラクションと、ずば抜けた低速トルクに任せて、立ち上がりは全開で踏んでいける。

 世界を戦ってきたホンモノのモンスターは、いかなる路面でもその速さを発揮する。しかも、その条件下でもコントロールできる懐の深さは、そこら辺のチューニングカーで引き出せる物ではない。

 

 立ち上がって、相乃沢はミラーを見た時。

(……引き離せていない!?)

 NSXのヘッドライトは、確かにミラーに写り込んでいた。

(そんな……馬鹿げてるわ!!

 街道であのNSXは……WRCマシンと対等に走れるって言うの!?)

 相乃沢の背筋に、冷たい汗が一滴滴り落ちた。

 

 立ち上がりからの加速力では水を開けられる物の、ブレーキングからターンインの旋回性能は軽量ミッドシップのNSXが遥かに優位だった。

(……街道サーキットの中でも、阿蘇は平均速度が高い。

 悪いが……こういう中高速コーナーで、俺のNSXに勝てる奴は居ない!!)

 君嶋にしてみれば、車速の高いコーナーはもっとも得意とするところ。NAのミッドシップと言う、ピュアスポーツマシンの本領を発揮するにはうってつけの場面だ。

 

 

 C1内回りはあまり速度が乗らないと言っても、それはあくまで首都高というステージの中での話。街道と比べれば、アベレージスピードは相当に高くなるのだ。

 それに加えて、首都高でのバトルでもっとも重要なのは、アザーカーを追い抜いていくスラロームのテクニックとなる。

 アザーカーに追い抜きをかける際には、必ずレーンチェンジをしていく。つまり、200キロオーバーの領域で、連続して高速のコーナリングする事と同じ事をしているのだ。

 仮に直線ばかりの湾岸線でスラロームするだけならまだしも、狭く曲がりくねった環状線では、スラロームを繰り返しながらコーナリングもしなければならないのだ。

 つまり、C1を攻める時に、踏み切れる直線など存在しないのだ。

 

 君嶋は、元々高速域のコーナリングに絞って、NSXをチューニングし続けてきた。その内容は、足回りやボディのみならず、エアロダイナミクスにまで及ぶ。

 とは言え、NAエンジンでパワーを引き出すには排気量を大きくする。或いは、極端に高回転まで回せる様にするしかない。同じ排気量であれば、ターボエンジンの方が遥かに大きな出力とトルクを生み出せる。

 数値やスペックだけで言えば、ターボエンジンの方が優位なのは間違いない。

 しかしだ。不利と分かっていながら、何故NAエンジンに拘る人間が居るのだろうか。

 それは、数値やスペックで表せない物。フィーリングであったり、エキゾーストノートであったり、アクセルに忠実に反応するレスポンスだったりと、個々に別れるだろう。

 君嶋も、意図的にNAエンジンに拘る走り屋の一人だ。

 絶対的にパワーで劣るNAマシンで、首都高を戦い続ける事は並大抵の事では不可能だ。

 元々完成度の高いC32Bに、ハイカム、ハイコンプピストン、6連スロットル等、究極とも言えるハイレスポンスなメカチューンを施しても、そのパワーはブーストアップ仕様のRB26DETTにも遠く及ばないのだ。

 

 そこでキーポイントとなるのは、シーケンシャルドグミッションを組み、常にパワーバンドをキープできるギア比なのだ。

 トルクの細い高回転型のNAエンジンでは、エンジンのパワーの発揮できる回転域を保っておかなければ、速く走る事は出来ない。だからこそ、ターボ車以上にギア比の設定が重要となるのだ。

 マックスで270キロしか出ないと言うギア比も、C1内回りではそれ以上の速度は必要ないと踏んで設定したもの。あくまで、レコードだけを狙った裏セッティングなのだ。

 

 

 中速コーナーが連続する阿蘇のコースと、鋭い旋回性能をもつNSXの組み合わせは、鬼に金棒。クサラとの距離をみるみる縮めていく。

(……悪い夢でも見てるみたい。このクサラが遅い訳がありえないもの……。

 あのNSXは……速すぎる!!)

 NSXのヘッドライトが、ミラー目一杯に写る程接近してきた。相乃沢は、しきりに後ろを見てしまう。

 

 当然クサラが遅い訳では無い。君嶋の速さが異常なのだ。

(……捉えたぜ)

 君嶋の口元がニヤリと笑った。

 

 君嶋の速さを語る上で、異常な速さを見せるコーナーリングは欠かせない。

 ミッドシップの場合、エンジンが真ん中にレイアウトされる。車の中でもっとも重量物であるエンジンが車体の中央にある為、理想的な重量バランスを得られる。従って、ステアリング操作に対し、ダイレクトな反応をする旋回性能を得られる。それ加えて、駆動輪の上に重量物が乗る為、トラクション性能も優れている。

 F1に代表されるレーシングマシンがミッドシップである事から、走行性能だけを求めた究極のレイアウトと言えるだろう。

 半面、限界域が非常に高い故に、ドライバーの技量が問われる事も事実だ。ブレーキングでフロントに荷重を乗せられなければアンダーにしかならないが、乗せ過ぎればオーバーステアになって即スピン。ステアリングワークにしてもアクセルコントロールにしても、少しでもラフに操作すれば、オーバーステアに陥りやすい。

 中途半端なテクニックでは、そのポテンシャルを引き出す事は不可能なのだ。

 

 君嶋はその速さを維持するに、極めて高度な荷重コントロールする事で、ミッドシップレイアウトの優位性を引き出している。これこそが、レーシングマシン並みにシビアなマシンを手足の如く扱う、究極のドライビングテクニックなのだ。

 

 

 バトルは中盤に差し掛かっている。

 緩やかな下り勾配。右の中速コーナーで、NSXのノーズがクサラに張り付いた。

(……もう真後ろまできてるなんて。悪い夢でも見てるみたい……)

 相乃沢の背筋に、悪寒が走る。

(……さて。どう仕留めるか……)

 君嶋は、クサラのテールランプを睨みつけた。

 

 君嶋の荷重コントロール。それは、アクセルを踏みながら、ブレーキングを行う事にある。つまり、前後の荷重移動を素早く可能にするテクニック。

 それは“左足ブレーキ”だ。ラリーなどでは必要不可欠なテクニックとして知られているが、現代の2ペダルのレーシングカーでも当然の様に使われている。

 右足でペダルを踏みかえる必要が無いため、ロスなく前後の荷重を移し変えることが出来るのだ。それに加え、君嶋は左右の足で器用に踏力を変えて、細かく荷重移動をコントロールしている。

 レース用のシーケンシャルドグミッションを組むNSXであれば、スロットルで回転さえ合わせればクラッチを使わずシフトチェンジも可能となる。君嶋は、スタンディングスタート以外では、一度もクラッチを踏んでいないのだ。

 

 十三鬼将、否。首都高で最強とも言えるNA使い“夢見の生霊”が、本気で街道を攻め立てる。

 相手のミラーに己のマシンを写し込ませ、プレッシャーを与え続ける。長きに渡りトップに君臨する走り屋の気迫が、相乃沢を徐々に追い詰めていく。

(……こんなバケモノが相手になるなんて、思いもしなかったわ)

 背後からくる強烈なプレッシャーと格闘し続けるが、阿蘇の闇夜を切り裂くV-TECのNAサウンドが、相乃沢を苦しめていた。

 

 

 




次回で、阿蘇のバトルも決着です。

ご意見、ご感想、車談義などお待ちしてます。


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第二十四夜 ロックオン

投稿遅れて、申し訳ありません。
阿蘇のバトルも、いよいよ決着です。


 

 クサラとNSXがテールトゥノーズをキープしたまま、中間地点を通過した。

 既に射程圏内に捉えられている相乃沢は、しきりにミラーで君嶋の出方を覗いみてしまう。

(インを少しでも開けたら、きっと刺される……)

 ロックオンされた状態で、先行にかかる重圧はとてつも無く重いものだった。

 

 相乃沢は、インに飛び込ませないようブロックラインをキープしてブレーキング。

(……つまらん技で抵抗するつもりか?)

 クサラのライン取りを見て、君嶋はすかさずアウトラインからレイトブレーキングを仕掛ける。

(……嘘!?)

 コーナー進入で、NSXのノーズを滑り込ませる。ミッドシップマシンのコーナーリング性能をいかんなく発揮させて、一気に並びにかかる。

(……でも立ち上がり加速なら!!)

 相乃沢がフルスロットルをくれると、再びクサラが前に出る。立ち上がり加速だけは、WRCマシンの威力を炸裂させる。続くヘアピン進入では、もう一度ブロックラインを通り君嶋を牽制。

 しかし、またもアウトラインからNSXがノーズを突っ込ませて、サイドバイサイドに持ち込む。

(……アウトから抜ける訳がないじゃない!!)

 立ち上がり加速に、絶対の自信を持つ相乃沢。立ち上がり加速の苦しいインベタのラインでも、NSXに後れを取る訳が無い。再度リードを奪い返した。

 

 リプレイを見ているかのような展開に、ギャラリー達の歓声は鳴りやまない。だが、君嶋は相手を確実に追い詰めていた。

 コーナリングに優れたNSXに加え、高度なドライビングテクニックを持つ君嶋をもってしても、WRCマシンをアウト側からオーバーテイクする事は不可能に等しい。

 では、何故アウトからブレーキング勝負を再三仕掛けているのか。

(……リズムが確実に狂ってるぜ)

 君嶋の最大の狙いは、それだった。

 

 左の複合コーナーが迫りくる。相乃沢は、またもインを閉めるブロックラインを通りながら、レイトブレーキング。

 そして、君嶋もアウトから並びかける。が、またまた立ち上がりでリードされる。全く同じ展開の攻防が続く。

(……レイトブレーキングは、そうそう多用するもんじゃない。急激な荷重移動を起こすって事は、それだけマシンの挙動を乱すって事だからな……。

 タイヤが食い付く内はまだ良いが……タレ出した瞬間に同じ走りは出来ないぜ!!)

 君嶋は、そこまで展開を読んでいたのだ。

 

 再三アウトからプレッシャーを与えられる間に、相乃沢はレイトブレーキングを多用せざる負えなくなっていた。

 しかも、ブロックラインを使い続けるという事は、レコードラインを外れているという事になる。それだけ分、タイムを落としている上に、タイヤへの負担を増やしている。

 

 相乃沢は、まんまと君嶋の術中に嵌められていたのだ。

 

 

 追い込まれた相乃沢は、完全に自分を見失っていた。

(……とにかく抑えなきゃ!!)

 それしか考えられなくなり、本来の走りを出来ないまま、ブロックを続ける。その重圧に追い詰められ、綱渡りの様な精神状態のドライビングが続き、相乃沢の集中力は限界に達していた。

 

 

 いよいよ、バトルも終盤に差し掛かる。

(……ここさえしのげば、パッシングポイントはもう無いわ!!)

 残りの距離を把握し、相乃沢は気合を入れなおす。短いストレートを挟み、右の中速コーナーを抜けるとヘアピンが連続する低速セクションになる。

 コーナーが連続する区間は、NSXの方が有利となる。だからこそ、何が何でも前に出す訳には行かないと考えていた。

(……あと少し抑えれば)

 ストレートを駆け抜け、中速コーナーが迫り来る。

 クサラは再びブロックラインを通り、フルブレーキング。

 丁寧にクリッピングポイントを舐め、相乃沢はミラーを見た。

(……NSXが居ない!?)

 今の今まで、ルームミラーに反射していたヘッドライトが消えているのだ。

(まさか……)

 相乃沢は、咄嗟に左ウインドウに視線を向けた時。

(……隣に居る!?)

 再び、アウトからサイドバイサイドに持ち込まれていた。

 

 並走のままコーナーを駆け抜ける。イン側はクサラが死守しているが、NSXの方もコーナーリングスピードを殺さないラインをキープ出来る。

 大外から君嶋のNSXがクサラを仕留めにかかった。

(抜かれる訳には……いかない!!)

 中速コーナーを立ち上がり、今度は左のヘアピンへのアプローチ。NSXとクサラが並んだまま、ブレーキング勝負。

(……お願い!!)

 相乃沢は、限界のレイトブレーキングを仕掛けた。

 しかしだ。

(……バカが!! 突っ張りすぎだぜ!!)

 NSX以上にブレーキングを我慢した相乃沢を見て、君嶋は心の中で罵った。

 

 限界を超えたレイトブレーキングは、大きな荷重移動を引き起こす。フロントに大きく荷重が移るという事は、必然的にリアの荷重が抜けてしまう。

「……ッ!?」

 極端なノーズダイブを起こしたクサラは、ステアリングに応じて急激なヨーイングを引き起こしていた。加えて、リア荷重が抜けていた為に、大きくテールが流れ出してしまう。

(……ヤバい!!)

 相乃沢は、咄嗟にフルブレーキングを試み、四輪のタイヤを一瞬フルロックさせた。

 

「…………!!」

 クサラの極端な挙動を、君嶋はよく見極めていた。

 スピンモードになった動きを察知し、180度回転した一瞬を判断して、紙一重でクサラの脇を擦り抜けてみせた。

 かすりもしないまま、NSXは悠々と阿蘇を走り続ける。

 対して、クサラは更にもう180度回転してから止まってしまうのであった。

 完全にストップしたクサラの周囲から、タイヤスモークが立ち上った。

(私は完全に追い込まれてた…………完敗だわ)

 相乃沢は、がっくりとうなだれるしかなかった。

 

 阿蘇の夜空に、C32Bの甲高いエキゾーストが木霊し続ける。それは、まぎれも無く勝利の咆哮だったに違いない。

 

 

「……そうか」

 バトル結果を見て、雑司ヶ谷は少し複雑な胸中だった。

(……皮肉なもんだぜ。

 普段はロータスエキシージに、相乃沢は乗ってる。そしてバトルに勝つために、クサラWRカーを持ち込んだ。

 にも関わらず、同じミッドシップのNAマシンである、NSXに負けてしまうなんてな。

 勝つ為の選択肢が裏目に出た……そう思えてならないぜ)

 雑司ヶ谷は、阿蘇の山々を遠い目で見つめていた。

 

 

 麓のパーキングスペースで、明暗のくっきり分かれた両者が、再び対峙する。

「……私の完敗ね」

 相乃沢の表情からは、悔しさと自身の不甲斐なさがにじみ出ていた。

 対照的に、君嶋はポーカーフェイスを保っている。

「……あんたは、ストリートを走る鉄則を知ってるか?」

 唐突に、君嶋はそう切り出した。

「鉄則……?」

「……ああ」

 少し相乃沢は、考える素振りをみせた。

 そして、出した答えは。

「……マージンのコントロールかしらね。

 エスケープゾーンの無いストリートコースだったら、ワンミスが即クラッシュに繋がるもの……」

 相乃沢の回答を聞き、君嶋はこう答えた。

「……つまらん答えだな」

 そう言われ、相乃沢の表情はムッとしたが、構う事無く君嶋は口を開く。

「確かに、マージンやリスクのコントロールは必要だ。だが、リスクを冒さずしてバトルに勝つ事は出来ないぜ。

 まして、パワーの劣るマシンで戦うのならな」

「……だったら、貴方の答えを聞かせてもらおうかしら」

 相乃沢に問われ、君嶋の出した結論は。

 

「……迷わない事だぜ」

「迷わない……?」

 戸惑いを見せる相乃沢。

「一瞬の迷いが、瞬時の判断を鈍らせるからな。だから、最初に聞いただろう?

 そのマシンと死ねるか……ってな」

「…………確かに、貴方はそう言ったわね」

「……俺はコイツとなら、心中しても構わない。そのつもりで走ってる」

 君嶋の言葉に、相乃沢はぐうの音も出せない。

「……勝ちを狙うあまりに、コースに有利なマシンを借りるのも手段の一つだろう。

 だがな……。

 そうまでして走る事が、俺には楽しいと思えないぜ」

「…………」

「……自分のほれ込んだマシンで、走る事。それが“走り屋”の有るべき姿だと俺は思うぜ」

 そう告げて、君嶋は振り返った。

(……私が敵う相手じゃなかったわ。格が違い過ぎるもの……)

 相乃沢に見えるその後姿が、とてつもなく大きな姿に見えていた。

 

 “夢見の生霊”が首都高トップの貫録を見せつける勝利。これで、双方の戦績は五分となった。

 

 

「お疲れ。良い走りだったわよ」

 そう労う緒方。

「……WRCマシンを相手にしながら手玉に取るとは、見事な物だな」

 魚住は感心しきりだ。

「お疲れさん。あー……頭いてえ」

 内藤は、まだ酒が抜けていないようだ。

「さすがだわ~。伊達にベテランじゃないねぇ~」

 岩崎も、賛辞を贈る程だった。

「お前らも見に来てたか……」

 しかし、仲間の出迎えにも君嶋の反応は淡々としていた。

「つれないねー。はるばる応援にきたってのによ」

 つまらなさそうな反応に、岩崎はついつい口を尖らせていた。

「……人の応援をしている余裕があるのか?

 あとはお前の出番だけだぞ?」

 君嶋にそう告げられると、岩崎はニヤリと不敵な笑みを見せる。

「大丈夫だぜ。

 これでも、裏で色々動き回ってたし……色々と秘策は仕込んであるさ」

「……だと良いんだがな」

 君嶋の反応は至極冷めていた。

(……本当に大丈夫かしらね?)

 呆れ交じりで、緒方は岩崎を見つめる。

(……この男の策は当てにならんからな)

 魚住も、半信半疑といったところだ。

(……また気持ち悪くなってきたぜ)

 絶賛悪酔い中の内藤は、そっちで頭が一杯だった。

 

「……いよいよ真打登場だぜ」

 そう呟いた岩崎の顔には、自信が漲っていた。

 残るバトルはあと一つ。最終決戦へのお膳立ては整っていた。

 

 

 某所。

 とある男が、阿蘇のバトル結果をパソコンで見ていた。

(……WRCマシンを持ち込みながら敗北するとはな。所詮は……走り屋でしかないという事か……)

 しかし、男は冷静であった。

「まあ、いいさ……。

 俺の標的は“迅帝”……岩崎基矢。奴さえ撃墜できればな……」

 あえて口に出した時、その表情には恨み辛みが浮き出ていた。

「俺様の“S2000”で……アイツに味あわされた屈辱を、倍にして返してやるぜ……」

 

 残るバトルは最終曲面へ……。

 




次回は、もっと早く投稿できるように頑張ります。

次回より、最終決戦です。お楽しみに!!


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第二十五夜 キングオブキングス

ついに最終決戦に突入します。


 

 十三鬼将とキングダムトゥエルブの激闘も、いよいよ大将同士の決戦を残すのみとなった。ここまでの戦いで、両者の戦績は五分であり、走り屋系の掲示板でも、その話題は連日取り上げられている。

 

 そして、最終ステージの舞台に選ばれた街道サーキット。

 

 そこは北の大地、北海道だ。

 

 各街道サーキットは主にアスファルトの公道を改良した所ばかりだが、この北海道の街道サーキットは一味違う。

 何故なら、ここに関しては北海道で開催された、WRCジャパンで使用していたスペシャルステージの一部を、街道サーキットとして生まれ変わらせたのだ。

 その為、全面グラベル(未舗装)の路面となる。ラリーストが通い詰める事も多いが、気軽にWRCの気分を味わえるよう、本格的なラリーマシンをレンタルして走る事も出来る。

 ピットエリアや、ギャラリースタンド、ライブモニターなど、他の街道サーキットよりも本格的な設備が揃っている事も大きな特徴とも言える。

 当然、全日本ラリーのスケジュールにも組み込まれている、由緒正しい“街道サーキット”なのである。

 

 

 決戦当日、昼過ぎ。

 この北の大地に降り立った、十三鬼将の面々。桐山、佐々木、黒江、大塚の四人が第一陣として、この街道サーキットにやってきた。

「ここが最終決戦の舞台か……」

 ここまでの戦いを振り返る様に、桐山は呟いた。

「まさかグラベルコースでバトルとは思わなかったぜ」

 佐々木は、まさかのコース選択に驚きを隠せないでいた。

「……他の連中は、何時来るの?」

「さっき空港についたらしいぜ。二時間くらいしたら来るだろうな」

 黒江に聞かれ、大塚はそう答えた。

 

 

 夕方辺りから、この北海道の街道サーキットに続々と人が押し寄せており、夜になるとギャラリー席は満員御礼となっていた。

「……すっげぇ人だな」

 その光景を見ながら、ポツリと呟いた男。

 “エモーショナルキング”の称号を持つ男。フォーエバーナイツと異名を取る鴻上大樹は、異様に盛り上がる光景に圧倒されていた。

 街道サーキットで最高の栄誉を持つ鴻上にとって、十三鬼将とキングダムトゥエルブの激戦の数々は興味を持つ事は当然だった。

「鴻上君。お久しぶりね」

 その鴻上に話しかけてきたのは、堀井真紀だ。

「おっ……。誰かと思えば、堀井の姐さんじゃないっすか。ここんところ、随分とご無沙汰だったじゃないっすか」

「ええ。このところ、立て込んでてね……」

 そう答えると、しばしの沈黙。

 

 先に口を開いたのは、鴻上だ。

「姐さんは……このバトル、どっちが勝つと思ってるっすか?」

 少し考える素振りを見せてから、堀井は答えた。

「そうね……。個人的には、岩崎君に買ってもらいたいと思ってるわ。でも……」

「……首都高最速の走り屋。と言っても、不慣れな街道サーキットに加えて、路面はグラベル。

 まぁ、迅帝にしてみれば、不利な条件はそろってるもんなー」

 鴻上の言葉に、堀井の首は縦に動いた。

「……それに加えて、最近このコースで正体不明の黄色いS2000が良く出現していたって話をよく聞いたのよ。

 とんでもない速さで、グラベルを駆け抜けていくマシン。

 正体は恐らく……」

「“街道プレジデント”……覇魔餓鬼さんで間違いないっすね。

 ……俺も後ろに何度か張り付かれたんすけど。マジでバトルしたら……負けっかもしれないっすわ」

「…………」

 不穏な空気が、北海道の街道サーキットを包み始めていた。

 

 

 そして、ピットエリアで対峙する、ここまで激闘を繰り広げてきた両陣営が対峙する。

 この最終局面で初めてその正体を現した、キングダムトゥエルブの首謀者とその愛機。

「……まさか、我がキングダムトゥエルブが、貴様らにここまで追い込まれるとは思いもしなかったぜ」

 “街道プレジデント”の異名を持つ、覇魔餓鬼は、そう言いながら十三鬼将を出迎えた。しかし、その表情には余裕が垣間見える。

 

 対峙する“迅帝”、岩崎も不敵に笑みを作る。

「そりゃそうだろ。

 ……俺一人で全部バトルしてたら、アンタらキングダムトゥエルブ全員、まとめてぶっちぎってるぜ?」

 その一言に、キングダムトゥエルブ、及び十三鬼将の面々から顰蹙の言葉が飛び交う。

「なんだと!?」

 真っ先に批判の声を出したのは、桐山だ。

「ふざけた事抜かすんじゃねー!!」

 佐々木も同調するように、ブーイングを上げる。

「そうよ!! だったら最初から一人で走りなさいよ!!」

 黒江も文句を上げる。

「……調子に乗るなよ、バカが」

 寡黙な君嶋も、呆れ気味に批判する。

 主に味方からの罵声を一斉に浴びるが、岩崎は淡々としている。

 

「……舐めやがって。たかが、走り屋風情の癖に思い上がるなよ?」

 覇魔餓鬼は、岩崎を鋭く睨みつける。

「……走る前に一個聞かせろ。アンタが街道にキングダムトゥエルブを送り込んだ理由はなんだ?」

 岩崎も、睨みつける様に覇魔餓鬼を見た。

「簡単な事よ。

 低次元で争う“走り屋”を排除する事だ!!」

 覇魔餓鬼の言葉に、ギャラリー達やキングダムトゥエルブの面子から、どよめきの声が上がっていた。

「……排除?」

「そうだ。

 この国のレーシングドライバーで、世界で戦えているドライバーは殆どいないだろう。自動車メーカーや、国内のパーツブランドが世界でトップ争いをしているにも関わらずな。

 その為には、ドライバーのレベルアップを図るしかない。だからこそ、低次元なドライバーを振るいにかけて落とす必要があるだろう。

 だからこそ、走り屋等と言う道楽は、邪魔な障害物でしかないのだ!!」

「……その為に、キングダムトゥエルブを結成したって訳か?」

「その通りだ。

 我がキングダムトゥエルブこそ、最強のラリーチームとなり、手始めに街道を掌握。そして……いずれは首都高のみならず、各地の走り屋も排除するつもりだったさ。

 だが、そこに……貴様ら十三鬼将が邪魔してくる等と思いもしなかった。しかも、首都高の走り屋如きに、苦戦する等と予想もしていなかったがな……」

「…………」

 岩崎は何も答えない。

 

 しかし、一番困惑していたのは、覇魔餓鬼が率いてきたキングダムトゥエルブだったに違いない。

「アンタ……俺達を利用してたのか?」

 まず口を開いたのは、“禁断のハールバート”こと佐竹だ。

「冗談だろ? アンタは最強の街道チームを結成するのが目的だって言ってたじゃないか?」

 “根絶の騎馬”こと伊達も、覇魔餓鬼に問い詰める。

「確かに最強の街道チームを作る目的は変わっていない。

 少なくとも、首都高の走り屋程度に苦戦する様な奴は、必要ないがな」

 覇魔餓鬼は突き放す様に言ってのける。

 

「……あの時と同じ様に“迅帝”が、この俺を邪魔してきやがる。本当に、貴様は忌々しい存在だ」

 覇魔餓鬼の表情には、岩崎への怨念じみた感情がにじみ出ていた。

「計画が失敗してるのは……お前がヘボだからだろ?

 そんなくだらねぇ計画、お前の好きにしろって話だぜ。まぁ……こっちを狙ってる以上、俺も本気で返り討ちにしてやるけどな」

 岩崎の言葉に、覇魔餓鬼はヒートアップする。

「……あの時と同じと思うなよ?

 このS2000は、あの時バトルしたマシンその物だが中身は別物だ!!」

 周囲の視線が、覇魔餓鬼の後方に陣取るワイドフェンダーを纏う、黄色いS2000に注目があつまる。

 

「……ほー。グラベルでS2000で走れるのか?」

 岩崎の言葉はもっともだ。

「F20C改2.4リッター仕様に、ターボとスーパーチャージャーを組み合わせたツインチャージ。

 当然、足回りも強化し、ボディ補強も軽量化も、エアロダイナミクスも徹底的に行っている。

 しかも……こいつは元々FRのS2000をベースに、インプレッサ用のセンターデフとフロントのドライブトレインを流用して、AWDに改造した究極のモンスターだ。

 ターマックだろうがグラベルだろうが……このマシンで全て制圧してやろう!!」

 覇魔餓鬼の愛機は、それこそS2000の皮を被った、怪物マシン。そのスペックだけなら、パイクスピークでも戦える戦闘力を秘めているだろう。

「……ほー。随分と金かけてんな……。インプかエボに乗り換えた方が安いんじゃねぇ?」

 岩崎は、半ば挑発めいた言葉で牽制する。

「……貴様をこのS2000で撃墜する為に、ここまで仕上げたまでよ。

 そもそも、貴様のマシンもここに無いだろうが。迅帝ご自慢のGT-Rはどうした?」

 覇魔餓鬼に言われ、岩崎は一度腕時計で時刻を確認する。

「……バカ言いやがれ。ダートでGT-R走らせたら勿体ねえだろうが。

 もうじき、来るはずだ」

「……ほう」

 

 岩崎がそう言った直後、この北海道の街道サーキットに、一台のローダーが滑り込んできた。

 そのローダーには“ファクトリーFUJI”と控えめにデカールが貼ってあり、荷台にはカバーに包まれた、一台のマシンが積載されている。

「……ったく。毎度毎度、無理な注文を言いやがって。ここまでの輸送費まで、耳を揃えて払ってもらうからな」

 ローダーから降りてきたのは、ファクトリーFUJIの代表である藤巻直樹だ。岩崎と顔を合わせると、早々に文句を言い始めていた。

「……そう怒鳴んなよ、藤巻さん。

 でも、おかげでこのバトルのお膳立ては整ったぜ」

「ま、こっちも仕事で引き受けてる以上、手は抜かねぇさ」

 お互いに顔を合わせて、ニヤリと笑う。

 

 そして、荷台をスライドさせて、積載されていたマシンを地面に下ろした。更に、マシンを覆うシートを引き剥がして、ベールに包まれたそのマシンを露わにした。

 

 ついに正体を見せた、迅帝の愛機。

 蒼いカラーリングと、壱・撃・離・脱のデカールは、GT-Rと相違は無い。しかし、そのマシンは……。

「……GDBのインプレッサだと!?」

 そのマシンを見て、覇魔餓鬼は声を荒げた。

「こいつが、てめえの相手になるマシンだ。バトル相手にとって、不足はねぇだろ?」

「…………コース以外は、あの時と同じ条件だな。面白い……」

 覇魔餓鬼の口元は、ニヤリとした。

 

「俺は、走り屋だ。走り屋としての意地を見せてやるよ」

 岩崎は、断言した。

 

 交錯する視線は、互いの愛機を睨みつけている。

 

 最終決戦の火蓋が、今切られようとしていた。

 

 

 




迅帝は、街道バトルシリーズに参戦した際は、丸目のインプレッサに搭乗していました。


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第二十六夜 過去の因縁

いよいよ、ラストバトルスタートです。

迅帝と街道プレジデントの因縁が明らかになります。


 

 スターティンググリッドに整列した二台。

 S2000とインプレッサのエキゾーストノートが、サーキット中に呼応する。ギャラリーのみならず、関係者達も皆注目している。

 

 会場のボルテージが上がる中、鴻上と堀井は至極冷静に両雄を見つめていた。

「……いよいよ始まるねー。

 だけど、覇魔餓鬼さんは随分とあの迅帝に、何か色々因縁でもありそうだね」

 鴻上に言われ、堀井はゆっくりと口を開く。

「そう……ね。

 “街道プレジデント”が、かつての“エモーショナルキング”だった事は貴方も知っているでしょう?」

「ええ。かつて、第一いろは坂をホームとして、ダウンヒルで無敵を誇ったS2000。その乗り手である覇魔餓鬼さんは、各街道コースの下りレコードを次々と塗り替えて、街道で最高の称号を得ていたんすよね?

 ただ……二年前に、ある走り屋に敗れてからその姿をくらました……」

「その走り屋……。

二年前に“街道プレジデント”を打ち負かしたのが、岩崎君。“迅帝”だったのよ……」

 

 

―――――二年前。

 

 いろは坂は、かつて第一いろは坂と、第二いろは坂の二つに分かれ、異なるレイアウトの街道サーキットを持っていた。

 特に第一いろは坂は、第二いろは坂以上に道幅が狭く、タイトなヘアピンが連続する。

 

 この第一いろは坂をホームとし、各街道サーキットで無敵を誇っていた“街道プレジデント”。

 しかし、この日。

 街道で最速を誇るイエローのS2000が、蒼いインプレッサの後塵を拝している光景を目の当りにしていた。

(……あの覇魔餓鬼さんが、このいろは坂で追いつけないドライバーが居るなんて、信じられないわ……)

 このバトルを見届ける堀井は、中継モニターから目を離せないでいた。

 

 NAの後輪駆動と言うレイアウトに拘り、ダウンヒルであらゆるハイパワーマシンを喰ってきた覇魔餓鬼。

 だが、今回のバトルに限っては勝手が違っていた。

(……この俺が追いつけないだと!?)

 先行するインプレッサのテールは、覇魔餓鬼をあざ笑うかのように逃げていく。

(……何者なんだ、このインプレッサは!!)

 全開でいろは坂を攻め立てるが、全く追いつかない。

 その姿。

覇魔餓鬼の視界には、丸で悪魔の様にも見えていた。

 

 バトルは、そのままインプレッサが逃げ切って勝利。街道最速を誇る覇魔餓鬼に、黒星を付ける事になった。

 

 バトル後、対峙する双方。

「……このいろは坂で、俺が追いつけない走り屋が現れるとは思わなかった。

 貴様……一体何者だ?」

 覇魔餓鬼は、インプレッサのドライバーに問い詰めた。

「何者って言われてもな……。

 まあ、気晴らしに走りに来た観光目的の走り屋って所かな」

 そのドライバーは、飄々とした様子で答えた。

「……名は何と言う?」

「岩崎基矢。アンタは?」

「俺は覇魔餓鬼だ。

貴様の名、よく覚えておくぞ……」

「忘れていいぜ。じゃ、俺は温泉でゆっくり休むからな」

 そう伝え、岩崎はその場を後にした。

 

 その後、覇魔餓鬼が岩崎の正体。

 瞬く間に首都高最速に上り詰めた走り屋“迅帝”だと知る事に、時間はかからなかった。

 

 

―――

 

「……そりゃ、覇魔餓鬼さんがあの“迅帝”にこだわるわけっすね」

 鴻上は納得した様子で、グリッドに着いているインプレッサを見つめる。

「だけど……岩崎君が速いのは分かるわよね?」

 堀井の言葉に、鴻上の首は縦に動いた。

「わかるっすよ……。あのドライバーは……半端じゃないっすわ」

 街道の王たる“エモーショナルキング”は、ある種の匂いを感じ取っていた。

 

 

 ギャラリー達のボルテージの上がる中、大将のマシンを見る十三鬼将の面々の反応は様々だ。

 

「四駆にツインチャージ仕様とか、あんなS2000有りかよ……」

 モンスター仕様のS2000を見ながら、大塚は言葉を吐き捨てた。S2000オーナーとしては、ボルトオンターボだけならまだしも、AWD化は反則にしか見えなかった。

「……それだけではありませんよ。

 今、積車で運ばれてきたという事は、岩崎君はあのインプレッサに乗るのも初めてで、このコースを走るのも多分初めて……」

 内田がそう解説を付け加える。

「……ぶっつけ本番で、街道のトップとバトルとか無茶苦茶だろ。

 勝負になんのか?」

 桐山も、不安を隠しきれない様だ。

 

 対する、キングダムトゥエルブは何を思うか。

「……あのインプレッサ。相当いじってるな。しかも、あのインプは並みのマシンじゃないぜ」

 インプレッサにはうるさい“グラディエーター”根府川は、岩崎のマシンを見て呟いた。

「そうなのか?

 丸目のインプレッサは、涙目に比べて曲がらないって話だが……」

 “キングチャリオット”桐谷はそう聞きだす。

「GDBの初期型は、確かにアンダーが強いマシンだよ。

 ただ……丸目のスぺCだけは、歴代のインプの中でも別格の一台だぜ……」

「丸目……スぺC?」

 根府川はマジな目つきで答えたが、桐谷は今一つピンと来ていないままだった。

 

 

 スタートライン。

 岩崎自身、セカンドカーであるインプレッサのステアリングを握るのは久しぶり。しかも、仕様変更後にいきなりグラベルを走る。

 かなり条件は悪い分、師である藤巻も不安をぬぐえない。

「……仕様はオーダー通りに仕上げてる。だが、条件的には相当悪いな。

 お前さんの才能もテクニックは認めるが、今回ばかりは勝ち目は大分薄いぞ?」

「ま、そこは何とかしてみるぜ。

 伊達にさ……元首都高最速の“パープルメテオ”の弟子じゃねぇからな」

 岩崎はニヤリと笑って見せる。

「言うじゃねぇか……。

 ……行ってこい!!」

 藤巻と岩崎は、ハイタッチを交わした。

 

 

 レッドシグナルが光る。

 F20C改ツインチャージ仕様が雄たけびを上げ、FJ20も図太い咆哮を放つ。固唾を飲むギャラリー達は、一斉に静まり返っていた。

 

 そして、ブラックアウト。

 お互いAWDとは言え、低ミュー路でのクラッチミートはシビアだ。必要以上にパワーをかければトラクションが不足し、四輪でホイールスピンを始めてしまう。

 

 先手を取ったのは、軽量かつハイパワーに仕上げたS2000だ。そして、2速からの加速で、インプレッサを一気に引き離す。

(……速ぁっ!?)

 幾多のバトルを勝ち続けてきた岩崎でさえ、思わず目を見開く。

(こっちも400近くは出る筈だけど……こりゃヤバいな)

 S2000の想像以上の怪物ぶりは、岩崎の誤算だった。

 

 3速にシフトアップしても、S2000の加速はとどまる事を知らない。

(……インプレッサの最大の武器は、四駆ターボのトラクションと加速力……。

 ならば……それ以上のマシンを作り、かつその性能を使い切るだけだ!!)

 覇魔餓鬼は、積年の恨みを晴らすかの様に、フルスロットルをくれる。

 一気にリードを奪って、ファーストコーナーへ飛び込む。

 

 緩く左、右と続く高速コーナーで、巧みに左足ブレーキを使いながらコーナーを駆け抜ける。

 丸でターマックかと思う程の速度とライン取りで、軽やかに駆け抜けていく。

 

(……あそこまで速いんだったら)

 岩崎も覚悟を決めて、ファーストコーナーへ。

(……120パーのプッシュしかねぇ!!)

 ノーブレーキで突っ込む。

 アクセルベタ踏みのまま、暴れる挙動をステアリングのみでねじ伏せる。高速コーナーを、最短のラインでかっ飛んでいった。

 

 ファーストコーナーで陣っていた、“王国の劔”鶴岡と“ブラッドハウンド”佐々木。

 双方の駆け抜けていく速度に、どちらも度肝を抜かれていた。

「……信じられない速度ですね。とても、ダートの上とは思えませんよ」

 鶴岡の声は、少し上ずっていた。

「あの覇魔餓鬼も速いが……岩崎はそれ以上だぜ。あいつは……やっぱりアホだ」

 佐々木は、そう評した。

「……君は、どっちが勝つべきだと思いますか?」

「さあな。ただ……走り屋を低レベルだと罵った、覇魔餓鬼に勝ってほしくはねぇよ」

 鶴岡の問いに、佐々木はそう答えた。

「……僕もそう思ってますよ。僕も“走り屋”のはしくれですから……」

 そう答えた鶴岡の表情は複雑そうだと。佐々木はそう感じていた。

 

 緩く長く左に曲がり込む区間。普通に走るなら何も考える必要が無いのだが、グラベルかつ、バトルスピードであれば、その左コーナーは恐怖心を植え付けさせる。

 覇魔餓鬼はミラーで、インプレッサとの距離を測る。

(まだ食い下がるか……忌々しい奴め!!)

 僅かにアクセルコントロールしつつ、ベストラインを舐めていく。

 

 

 グラベルに置るベストラインは、サーキットや舗装路とは大きく異なる。

 サーキットならもっとも速度を乗せられる、アウトインアウトを基本とする。しかし、グラベルの場合は路面状態が一定とはならない為、最もフラットに走れるラインがベストとなる。したがって、走るマシンの数だけ路面が抉れる分、ベストラインはタイヤ一本の単位で刻々と変化していくのだ。

 

 ラリーにおいてのマシンメイキング、及びセッティングに関しては、特に加速力と安定性に比重を置く。その最大の理由は、ラインのミスやドライビングのミスを、素早くリカバー出来る事に他ならない。

 低ミュー路ではミスが起きやすいのは勿論だが、決まった走行ラインが変化する分、操作には懐の深さが求められる。

 

 覇魔餓鬼のS2000も排気量アップに加えて、低速側はスーパーチャージャーでトルクを稼ぎだし、高速側はターボチャージャーで引っ張ることによって、全域で大幅な加速力を生み出すエンジンに仕上げている。

 これは、往年のグループBラリーに置いて、最強にして最速と言われた“ランチアデルタS4”のエンジンと同じ作りをしているのだ。

 全回転域で高ブーストがかかるエンジンならば、大排気量のNA並みのアクセルレスポンスを、僅か2400ccで生み出す事を可能にするのだ。

 

 右のブラインドコーナーも、完璧なラインでクリアするS2000。

 一瞬だけ、ミラーから追走してくるヘッドライトの光が消えた。

(……もうミラーには映る事は無い)

 そう思い、再びミラーを見ると。

 

「……バカな!?」

 未だに、ミラーから光は消えていない。インプレッサは、まだ後方で食い下がっているのだ。

 

(マシン性能で追いつかねぇんなら……ギリギリまでコーナーで稼ぐしか手はねぇ!!)

 岩崎はここまで続いてきた連続の高速コーナーを、ほぼ全開で駆け抜けてきているのだ。

 

 迅帝の本気が、この北海道で炸裂する。

 




自分で考えて思ってたけど、S2000をここまで改造したらいくらかかるんでしょうね?

感想、及び車談義など、お気軽にご意見お待ちしてます(笑)。


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第二十七夜 迅さの皇帝

最終バトル中盤戦です。


 

 S2000とインプレッサの差は約一秒半。パワーの劣るマシンで、この差を埋める事は並大抵の事では不可能だ。

 ギャラリーの大半は、そう思っていたに違いない。

 

 右、左と、中速のコーナーが連続するセクションに、双方が突っ込んでくる。このコーナーは極めて速度が乗っている分、北海道の中でも特に鬼門とされる。

 “根絶の騎馬”伊達と“1stKINGDOM”古屋が、二台の動向を見守る。

「やはり、奴が前か……」

 先行するS2000を見て、伊達は苦々しく口を開く。

 

 覇魔餓鬼はセオリー通りに減速し、アンダーを嫌いフェイントモーションを使って進入。

 ラリー特有のテクニックを使い、モンスターマシンをねじ伏せる。

「見事なものだ。かつて、街道を制していたテクニックは並みじゃない……」

 古谷はそう評した。

 

 そして、少しでも差を詰めたい岩崎は。

(イン側の路肩をカットすりゃ……)

 一つ目の右コーナーに、あからさまにオーバースピードで飛び込んでくる。

「あいつ……あのスピードで突っ込んでくるのか!?」

 その速度に伊達は、思わず逃げる体制を作った。

「そんな……曲がり切れる訳が無い!?」

 古谷も同様に、大クラッシュするインプレッサが頭に浮かぶ。

 

 しかしインプレッサは、一つ目の右コーナーのイン側の路肩を飛び越える。

(……もう一丁!!)

 しかも、そのまま真っ直ぐに、二つ目の左コーナーもイン側の路肩も飛び越えて立ち上がって見せた。

 連続するコーナーの、インのそのまたインを、一直線のラインでぶち抜ける荒業でクリアしていく。

 

 無茶苦茶な走りだが、インプレッサの通過速度は、明らかにS2000を上回っていた。

「何だよ、今の走り方は……?」

 岩崎の見せたその気合に、古谷は呆気に取られるしかできない。

「あんな走り方じゃ、何時クラッシュしてもおかしくない……。

 完全にキレてやがる……」

 伊達は、背筋が凍るような錯覚に陥っていた。

 

 この二つのコーナーで、S2000とインプレッサの差が一気に縮まる。

 覇魔餓鬼は、当然その事に気が付いた。

(……バカな!?)

 ミラーに反射するインプレッサのヘッドライトが、明らかに大きく映り込んでいる。

(……こっちはベストラインでクリアしてるにも関わらず、何故ここまで追い上げられているんだ!?)

 覇魔餓鬼の中に、初めて焦りが生まれていた。

 

 

 緩い右の高速コーナーを抜けると、北海道で最も長いロングストレートになる。

 “無敗のエンブレム”劔は、二台の距離が一層接近している事を見逃さなかった。

「やっぱり、あのインプレッサは只者じゃないね」

「そりゃ……十三鬼将の大物だしな」

 共に見物する、“戦矛の鉄槌”富津は、冷静に答える。

「やっぱり、ダートならGT-Rよりはインプレッサをえらぶよなぁ……」

 冨津は、少し残念そうだった。やはりGT-R使いだけに、首都高最速を誇るGT-Rの姿を、拝みたかったのだろう。

「確かに、グラベルならインプレッサの方が有利だよ。

 だけど……それだけじゃ無い。あのインプレッサは、歴代でも屈指のスパルタンモデルである、“丸目スぺC”をベースにしてるのさ」

 劔が応えると、S2000とインプレッサが、ストレートをカッ飛んでいった。

 

「……そんなにすごいのか? あのインプレッサは?

 確かに速いが……」

 冨津の疑問に、劔は解説を始める。

「GDB自体、デビュー当初の評価はかなり低かったね。

 大きく重くなったボディに加えて、安定方向に振ったステアリング特性で、アンダーステアを誘発しやすい。

 GC8よりは確かに速くなったけど、同時期のAWDマシン……ランサーエボリューションⅦや、R34スカイラインGT-Rには敵わなかった。

 その結果、ファンの評価は著しくなかった……。R33GT-Rもそんな感じだったよね?」

 劔の回答に、冨津はコクリと頷いた。

「そんな中で、起死回生とも言えるモデルを投入した。

 それが“WRX-RA・STIバージョンスペックC”になるんだ」

「……標準のGT-RとVスペック位に違うのか?」

「いや……そんなレベルじゃ無いね。

 標準よりも装備類を削る軽量化に、足回りやボディの徹底的な補強等で、ノーマルモデルより遥かにスパルタンに仕上げた仕様となったんだ。

 その結果、後塵を拝していたランエボⅦやR34GT-Rに、勝るとも劣らない性能を持ち合わせたんだ」

 自信がほれ込むインプレッサの事を語る、劔の口は滑らかだ。

「……ベースマシン的には決して劣っちゃいない訳か」

 冨津は感心したように呟く。

「ええ。もっとも……あのS2000もかなりのモンスターだからね……。

 このバトルが、このまま終わるかどうか……」

 しかし、劔は一抹の不安を払拭できないでいた。

 

 

 ロングストレートを抜けると、ここからは低速コーナーが連続する区間に入る。

 平均速度の高い北海道では、この速度の落ちる区間は、オーバーテイクの仕掛けられる唯一のセクターと言っても過言ではない。

「……あの覇魔餓鬼さんが、まさか走り屋を排除するのが目的なんてよ。

 何がキングダムトゥエルブだよ……」

 “禁断のハールバート”佐竹は、やるせない気持ちを隠せないでいる。

「今更ウダウダ言ってもしかたねぇだろ。今は、バトルが終わるのを待つしかねぇさ」

 佐竹の師でもある“鋼の琥珀石”相馬はなだめる様に声をかけた。

 しかし、このポイントでギャラリーしているのは、キングダムトゥエルブの師弟コンビだけではない。

「……やっぱ、相馬らもここでみてるか」

 相馬と古い知り合いでもある内藤。

「パッシングポイントとなるなら、やっぱり低速区間のエリアになるからね」

 そして、相馬と碓氷で激闘を演じた竹中も、ここでの見物を決めていた。

「アンタたちもここを選んだか……」

 相馬はそう言いながら、チラリと目を向ける。

「まぁな。

 んで……相馬は、このバトルをどう見るよ?」

「そうだな……。

 スペックだけなら、確実にあのS2000が有利なのは間違いないが……」

 内藤の質問に対し、相馬は思わせぶりに答えた。

「四駆に改造した上に、ツインチャージャー……。

 エンジンの搭載位置が違うけど、丸でランチアデルタS4を思い起させるよ。そんなバケモノに、インプレッサで勝てるとは……」

 竹中は不安げな表情を作っている。

「いくら迅帝が速いって言っても……そんなバケモノに太刀打ちできる訳が無いじゃん」

 佐竹も、ほぼ同意見だった。

 

 その意見を聞き入れた上で、相馬はこう付け加えた。

「ただ……そのバケモノスペックに車体が追いついてるかは疑問だがな」

 その言葉に、内藤はニヤリと笑う。

「車体が追いついてる……?」

 佐竹は思わず聞き返した。

「……スペックだけなら、多分5~600馬力は軽く出てるだろうな。しかも、四駆に改造してるなら、ダートのトラクションも悪くねぇだろう。

 ただ……S2000のシャシーじゃ、明らかにオーバースペックになっちまうな」

 内藤は断言した。

「……そこまでチューニングしてるなら、ボディ補強とかもしっかりしてるだろうし、エアロも変えてたけど?」

 竹中は、そう聞き返した。

「いや……そういう次元の問題じゃねぇな。

 確かに、S2000は素性の良い車だぜ。車体のバランスも優れてる。ただし、元々の基本設計は2リッターのNAエンジンで走る事を前提に設計してるんだ。

 単純にパワーを上げたりとか、足回りを強化するとか……。そういうチュー二ングをする以上、元々のバランスを崩すって事はまぬがれねぇ」

「バランスを……?」

「……崩す?」

 内藤の言葉に、竹中と佐竹は頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「……むやみにパワーを上げれば、トラクションは得られない。軽い車体に、デカすぎるブレーキじゃ、バネ下重量は重くなりすぎてハンドリングは悪化する。

 車の何か一つの部品を変えれば、その代償に何処かの性能は落ちてしまう。そういう事だぜ」

 相馬はそう追従した。

「そういうこった。

 あのS2000みてぇに、パワーやトラクションを桁違いに上げて、それに耐えられるだけのボディ補強する。

 だが、元々が2リッターのマシンで受け止められるパワーの許容範囲を、軽く超えちまってる。

 そうなると、あのマシンは恐ろしく乗りにくいマシンになっちまう。恐らく、限界付近の特性は、極端にピーキーになってるだろうぜ」

 内藤はそう言い切る。

「……確かに、ランチアデルタS4もそうだ。

 恐ろしく速いマシンだけど、乗りこなせる人間は“ヘンリ・トイヴォネン”しか居ないと言われていた。

 だけど……そのトイヴォネンも、ツールドコルスで散ってしまった……」

 そう語った竹中の表情は、グッと引き締まる。

「……モンスターマシンだからこそ、こういう低速の区間では苦戦する。

 だから、ここでバトルを見極めるって訳か……」

 佐竹は納得した様に言う。

 

「ただ……それだけじゃないって、内藤は言いたそうだぜ?」

 相馬は見透かしたように聞く。

「まぁ……な」

 内藤は一呼吸置いてから、再び口を開く。

「……岩崎が、何で短期間で首都高のトップに上り詰めたか……わかるか?」

 そう言われ、竹中は少し考え込んだ。

「……ハイパワーマシンをねじ伏せるドライビングテクニックは勿論だけど、最高速度域で踏み切れる度胸もある。

 だけど……俺達と、決定的に違う点が分からない」

 竹中が何とかひねり出した答えには、決定打が足りていなかった。

「……スラロームの見切りが、あいつは抜群に上手い。それに加えて、その一瞬の判断で一切迷わねぇ。それに尽きるな」

 竹中だけでなく、佐竹も相馬も、内藤の言葉に自然に耳を傾ける。

「どこでどう動くか分からねぇアザーカーの群れの中でも、自分のマシンを通せるラインを一瞬で見極めてる。

 一般車を上手く使って、相手の前に出る。口で言うのは簡単だが、実行するには並大抵の事じゃ無理だぜ。それこそ、10年以上首都高を走ってる俺でもな。

 それこそ、あの見切りの方は“天性のモン”だろうな」

 内藤は断言した。

「でも……アザーカーの無い街道サーキットで、その天性の才能は役に立つのか?」

 竹中が、間髪入れないで聞き返す。

「間違いなく、立つな。

 後追いなら……相手のブロックを掻い潜って、オーバーテイクできるラインを見つけ出せるぜ。

 こういう、ラインの交錯するセクターで……アイツは勝負に出る」

 その言葉に、一同はハッとなる。

 

「“迅(はや)さ”の“皇帝”……迅帝の異名は飾りじゃねえ」

 

 内藤の予言は、的中するのか。

 バトルはいよいよ終盤へ……。

 

 




迅帝の異名の由来を考えてみました。
似合ってます?

いよいよ、次回にて決着です!!

感想、ご意見、車談義等、お待ちしてます。


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第二十八夜 ラストコーナー

いよいよバトル決着です。


 

 

 北海道で唯一トップギアに入るロングストレートからのブレーキングは、グラベルの路面と相まって、攻略難易度は恐ろしく高い。

(ここのセクターのブレーキングはシビアになる……。

 問題は、奴がどう仕掛けてくるか……)

 ミラーに写り込むインプレッサのヘッドライトを見て、覇魔餓鬼は次の一手を模索する。

 

 対して、岩崎は。

(ストレート勝負になったら勝ち目は無いしな……ブレーキングで飛び込まない手はないぜ!!)

 真っ向からのブレーキング勝負を狙う。

 

 ストレート後に緩い左コーナーを抜け、高速の右コーナーの直後に左の低速コーナーと続く。

 横Gがかかりながらのブレーキングとなる為、むやみに強いブレーキングでは進入で挙動を乱してしまう。加えて、無理な突っ込みでは理想的なライン取りをトレースする事は不可能となる。

 覇魔餓鬼は可能な限り直線的なラインで進入し、セオリー通りのラインでブレーキングを試みる。挙動の乱れを抑えつつ、ブロックラインも通れるという最善の手段だ。

 

 コーナーの特性上、無理な進入は厳禁なのだが。

(……ここで勝負だぜ!!)

 岩崎は、乾坤一擲のブレーキングでS2000にアウトから並びかける。

(アウトから並ばれただと!?)

 覇魔餓鬼は、岩崎の無謀な突っ込みに我が目を疑う。

 

 しかし、さすがにオーバースピード過ぎた為、インプレッサのテールがブレイクし、左コーナー進入で直ドリ状態に陥る。

「……馬鹿め!! そのままお約束のコースアウトだ!!」

 挙動の乱れたインプレッサをミラーで見つつ、覇魔餓鬼は罵った。

 

「……んのヤロ!!」

 しかし、岩崎は諦めない。

 ステアリングを少しだけインに切り足して、シフトダウン。そこからアクセルを全開まで踏み込む。

 ヨーイングを、スピン方向に発生させノーズの向きを変える。そこから、四輪をホイールスピンさせつつも、リアに荷重を乗せてトラクションを稼ぐ事に成功。

 コーナーで真横を向きながら立ち上がるインプレッサ。驚異的なリカバリーでコースアウトは免れたが、S2000との差は再び開いていた。

(ちょっと突っ込み過ぎたか……)

 実際には、ちょっと所ではないほど突っ込み過ぎている。

 

(自爆したと思ったがな……。

 まぁ、いい。このままテールを拝んでろ!!)

 再び開いた差を見て、覇魔餓鬼は逃げの姿勢に入る。

(しくったけど……まだ追いつける!!)

 岩崎はS2000のテールランプを睨みつける。

 

 二台の攻防を間近で見ていた四人。

「……あんな突っ込み方で、良くコースに残れたな」

 佐竹は、呆然とテールランプの残像を見つめた。

「リカバーしてたけど、差は開いてるね……」

 竹中は、少し残念そうに呟く。

「ここでのミスは手痛いな……」

 相馬の一言に、内藤は頷く。

「だが……ここで終わるようなタマじゃねぇ」

 自分に言い聞かせるように、内藤はそう言葉を続けた。

 

 

 二つのヘアピンを抜けると、ここからは短いストレートを挟んで中速コーナーが連続する。

(……いくぜ!!)

 気合を入れなおし、岩崎は愛機に鞭を打つ。

 左の中速コーナーを全開でかっ飛んでいく、迅帝のインプレッサ。

(近づてくる……だと!?)

 S2000と一度は開いた距離を、コーナー一つ抜けるごとにジリジリと差を詰めていく。

 その気迫の走りは、バトル相手の覇魔餓鬼どころか、北海道に詰め寄ったギャラリー達をも圧倒している。

 それは、十三鬼将の面々も、キングダムトゥエルブの一員も同じだった。

「なんなんだ……あのコーナーリングは?」

 魚住は、自然に腕に鳥肌が立つのが分かった。

「フルスロットルのゼロカウンター……。あんな技そうそうお目にかかれないぞ……」

 兼山は目を見開いて、呆然とするしかできない。

「ダートの上とは思えないスピードだ……。あんな攻め方、D1でもありえねぇぜ」

 “ライオネル”永友も、圧倒されてしまう。

「……あんたドリフト野郎として、迅帝の走りをどう見る?」

 魚住は、永友にあえて聞いた。

「イカれてるぜ……」

「……走り屋の世界じゃ、それは誉め言葉だけどな」

 そうとしか答えれない永友に、兼山はそう突っ込んだ。

「間違いないな……」

 魚住は同意するように頷いた。

 

 

 残りのコーナーは幾つも無い。

(……追いついてやるぜ!!)

 スタートからここまで、全力でプッシュし続けてきた岩崎。

(……クソが!!

 何故……引き離せないんだ!!)

 その限界以上の走りが、覇魔餓鬼を追い込んでいく。

 

 最終区間に入る二台。

 十三鬼将の三人娘は、この区間でギャラリーをしている。

「……追いついてる」

 川越は、駆け抜けていく二台の差を見極める。S2000との差を、インプレッサはコンマ数秒まで追い上げているのはよく分かった。

「だけど……もう抜けそうなコーナーは無いわよ?」

 黒江は、不安げな表情を見せている。

「……勝負は、ゴールまでわからないでしょ。

 岩崎は……間違いなく最終コーナーで勝負に出るわ」

 緒方は、確信があるかのように告げた。

「岩崎は……S2000を抜けるんですか?」

 黒江は思わず、緒方に聞く。

「抜けるわ……きっと。あいつは……抜くのよ」

 そう断言した。

 

 ここまでバトルを繰り広げてきた両者も、ついに最終コーナーを残すのみだ。

「……この最終コーナーで勝負は決まるのね」

 相乃沢は、遠くから近付いて来るエキゾーストノートに耳を澄ました。

「…………そうだな」

 同じく最終コーナーに陣取る君嶋は、一言だけ答えた。

「だけど……直角に近い右コーナーに続いて、中速の左コーナー。道幅も狭いこの区間で、抜けるとは思えないわ……」

 相乃沢は、そう結論付けたが。

「……本当にそう思うか?」

 しかし、君嶋は意を唱えた。

「だけど、普通に二台で並べるギリギリの道幅しか無い上に、イン側は土手になってて、アウト側には壁があるのよ?

 ちょっとラインを被せれば、ブロックは出来るわ……」

 コースのレイアウト上、オーバーテイクは不可能だと相乃沢は断言した。

「……普通の走り屋なら、ここで抜くのは不可能だ。

 ただな……岩崎は普通じゃない。それは確かだ……」

 君嶋は、不気味な含み笑いを作っていた。

 

 

 ここまで先行してきた覇魔餓鬼。

(この二つを抑えてしまえば、ゴールだ……。

 狭い最終コーナーで、抜ける訳が無い!!)

 少しでもドルフトアングルを付けてしまえば、並走する事は不可能と踏んで、一つ目の右コーナーでは、フェイントモーションを使い進入。きっちりとブロックラインを通りながら、浅いドリフトアングルをキープ。S2000を巧みにコントロールする。

 

 追走する岩崎。

(……いやらしいライン通りやがって)

 当然、S2000の動きをつぶさに観察していた。

(だったら……!!)

 しかし、岩崎は一つしかない筈のラインを、丸で見ていなかった。

 

 長く曲がり込む最終の左コーナー。

 ここでも覇魔餓鬼は、絶妙のドリフトアングルをキープして飛び込む。

 進入時に、一瞬だけミラーを見た時。

「……居ないっ!?」

 ミラーから、インプレッサのヘッドライトは消えていた。

(だが……エンジン音は聞こえるぞ!?

 ……お前……何処を走ってるんだ!?)

 サイドウインドウ越しに、イン側を見た瞬間。

 

 インプレッサは、土手をバンクの様に使って、S2000のインに飛び込んでいた。

 

 岩崎は一つ目の右コーナーを真っ直ぐに立ち上がって、スピードを乗せたまま土手を突っ切っているのだ。

(喰らえ……必殺溝落とし!!)

 溝どころか車体自体を落としている訳だが、ついに最後の最後でインを奪ったインプレッサ。

(……インは貰ったぜ!!)

 バンク形状の土手を利用している分、岩崎はアクセルを踏み込んでいける。すなわち、覇魔餓鬼よりも遥かに速い速度での、コーナーリングを成立させたのだ。

「……そこはコースじゃないだろ!!」

 覇魔餓鬼は思わず罵ったが、岩崎に聞こえる訳が無い。

 

 そのまま、飛び跳ねながら立ち上がる。フィニッシュライン直前で、ついにインプレッサのテールランプを拝ませたのだ。

「……おっ……しゃあ!!」

 ゴールを駆け抜けた時、岩崎は左拳を突き上げた。

 最後の最後での逆転劇には、北海道のギャラリー達を熱狂させたのだ。

 

「……なんたる……不覚だ」

 そして、オーバーテイクされた覇魔餓鬼は、ガックリと肩を落とすしかなかった。

 

 

 パーキングスペースで、激闘を終えた両雄。その顔つきは、対極的と言わざる負えない。

「……くそ。一度とならず、二度も屈辱を味あわされるとは……」

 リベンジのならなかった覇魔餓鬼は、悔しさで顔を歪ませる。

「……アンタは、一個だけ勘違いしてるぜ」

 岩崎は厳しい顔で言い放つ。

「…………勘違いだと?」

 覇魔餓鬼は、その言葉に不服のようだ。

「……モータースポーツはハイレベルで、走り屋は低レベルって言ったろ?」

「……そうだ」

「確かにそうかもしれねぇが……それにはレギュレーションとルールが成立してる前提で成り立ってる。

 そういう制約があるから、テクニックが問われる“スポーツ”になる。

 でもな……走り屋ってのは最低限のマナーさえ守れば、勝つ為のルールしか守らない、どんな手段も許される“喧嘩”になるんだぜ」

「喧嘩……だと?」

「ああ。だからこそインカットもするし、路肩だって平気で走るぜ。走れる部分は、全部コースだ。

 だから、最後だってインに飛び込めたんだよ」

「…………」

「……ま、結局は速い奴が偉いってのは、“モータースポーツ”でも“走り屋”でも変わらねーけどな」

 そう言い放った岩崎は、少し満足気だった。

「一つ聞かせろ……。

 貴様と俺の差は……何処にあるんだ?」

 覇魔餓鬼は、絞り出す様な声で問う。

「……さあな。

 ただ、並みの走り屋と、トップレベルの走り屋に差が有るとすりゃ……“スピード”への執着心だろうな。

 十三鬼将(俺ら)は、スピードの中でしか生きていけねぇ人間だからよ」

 そう告げた時。

 岩崎は、笑みを見せていた。

「……そうか」

 ぽつりと呟き、覇魔餓鬼は天を仰いだ。

 

 岩崎は振り返ると、そこには十三鬼将の面々が岩崎を出迎えた。

「さて……バトルも終わったし、何か食いに行こうぜ?」

 岩崎がそう告げる。

「お、いいね」

「バーカ。こんな遅い時間に空いてるとこあるかよ」

「なら、ススキノで飲もうぜ。飲み屋なら空いてるだろ?」

「大分遠いわよ……。着いた頃には朝だから、閉店してるでしょ」

「なら……朝キャバはどうよ」

「……バカじゃないの」

 各自で好き勝手な事を言い合う。

 

 十三鬼将は本来チームではない。だが、一旦バトルとなれば無類の強さを発揮する。個人技こそ最大のチームプレイ。

 これが、十三鬼将の強さの秘密かもしれない。

 

「キングダムトゥエルブは……解散だ。後は……好きにしろ……」

 覇魔餓鬼は、吹っ切れた様にそう告げた。

「そうですか……。

 ……貴方は、これからどうするつもりですか?」

 相乃沢に聞かれ、覇魔餓鬼はこう答えた。

 

「もう一度……自分の走りを見つめなおす。それだけだ……」

 

 覇魔餓鬼の一言に、誰も何も答えなかった。

 

 

 



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終夜 それから……

 十三鬼将とキングダムトゥエルブの激闘から、しばらくの時が過ぎる。

 しかし、十三鬼将の日常に特に大きな変化が起こった訳では無い。週末の大黒パーキングは、走り屋達のマシンで賑わっていた。

 

 その中でも、パーキングの一角に陣取る、追撃のテイルガンナーの駆るFC3SRX-7と、迅帝の愛機であるBNR34スカイラインGT-Rは、注目の的であった。

 

「……ほー。そんで覇魔餓鬼は、イギリスに行った訳か……」

 岩崎はそう答えた。

「相馬が言ってたぜ。“迅帝に二度敗れた以上、自分の走りを見つめなおす必要がある”ってな。

 まぁ、モータースポーツ発祥の地だし、ヨーロッパは本場だからな」

 内藤に言われ、岩崎は少し思う事があるようだった。

「どうした?」

「……いやー……金あるなぁって思ってさ」

「なんだそりゃ……。R34とインプレッサ持ってるお前も、十分だろ……」

 呆れ気味に言いながら、内藤は煙草を一本くわえた。

 

「まぁ、でも今回の一件は、なんだかんだで面白かったけどな。俺らにとっても、いい刺激になったと思うぜ」

 内藤は紫煙を吐き出しながら呟く。

「俺も一応、首都高のトップである以上さ。それなりの事しないと、面目が立たないし。

 それに……」

「……それに?」

「…………ちょっとは俺ら(十三鬼将)の方もアウェイでバトルしないと、腕が鈍るじゃん?」

「……間違いねぇや」

 岩崎が笑いながら言うと、内藤も笑みを見せていた。

 

 そんな話をしていると、とある走り屋が岩崎に声をかけてきた。

「貴方が……岩崎基矢だな?」

「そうだけど?」

 その雰囲気から、首都高に出没する走り屋ではないと、岩崎は直感した。

 

「噂は聞いてる。首都高のみならず、街道でもその速さを見せている。

 “街道プレジデント”さえも、打ち破ったその走り……ここで見極めさせてもらう」

 そう。その走り屋は、岩崎へ挑戦状を叩きつけてきた。

「はるばる遠征してきたって感じだな。

 ……いいぜ。アンタのマシンは?」

「アレだ……」

 その走り屋が指した先には、大胆にモディファイされた、赤と黒のBNR34が構えている。

「R34同士でバトルか……面白れぇ。乗ったぜ」

 岩崎はポケットから、愛機のキーを取り出した。

 

「……先にアンタの名前聞いておくぜ」

 

「梶岡泰明……。

箱根では“グランドゼロ”で通っている」

 その走り屋は、そう名乗った。

 

「……オーケー。遊ぼうぜ!!」

 

 大黒パーキングに、今宵もハイチューンドのRB26DETTのエキゾーストが鳴り響いていた。

 




これにて、完結になります。

また、小ネタなどは後日投稿いたします。


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作中のアレコレ

 

・きっかけ

kaido峠の伝説の本編では、ライバルキャラクターの中に十三鬼将とキングダムトゥエルブが出演してました。

プレイしていた当時(ン年前)に「こいつらがバトルしたら面白い結果になるんじゃね?」って考えていました。

月日が経ってから、キン肉マンの完璧・無量大数軍編を読んだ時に「……あ、これを首都高バトルシリーズに当てはめたら面白いかも!!」と思いつきました。

色々プロットを練った末に、ようやく実現させる事が出来ました。実際、考え自体は二~三年前からあったんですが、完成するのにここまで時間を使ってしまいました。

その割に、出来は微妙な気がしています。

この辺は、自分自身の未熟さでしょうかね……。

 

・十三鬼将の愛車について

一部キャラクターの搭乗マシンや、出現コースは物語に合わせて変更しています。

理由は、首都高バトルの時のイメージをどうしてもオーバーラップさせたかったと言う事。それと、kaido峠の伝説で登場していた時のマシンが、個人的なイメージと違う気がしたためです。

具体的には、ブラッドハウンド(ヴェロッサ→アリスト)、スティールハート(ピンク→ダークグリーン)、シタール兼山(スープラ→ソアラ)、ダイングスター(イエロー→ブルー)、ミッドナイトローズ(グリーン→レッド)は、意図的に首都高バトルシリーズのマシンにしています。

それと、各峠のスラッシャーも出演させたかったので、意図的に全員がロングコースで走る様に設定を変更しました。

 

 

・覇魔餓鬼と岩崎の因縁

迅帝に限っては、初代街道バトルには丸目のインプレッサ出演しています。

ちなみに、街道プレジデントは第一いろは坂の下りのボスで、迅帝は第一いろは坂の上りのボスとなっていました。

その設定を、過去のバトルに当てはめた訳です。

余談ですが、当時の街道プレジデントはデトマソ・パンテーラに乗っていましたが、設定として使い難かったのでS2000に変更しました。

 

・岩崎のキャラ設定。

迅帝こと岩崎基矢は、首都高のシンデレラシリーズに出演した時と、大分キャラクターを変えています。

モチーフとしては、クローズの坊屋春道やWORSTの河内鉄生を、オーバーラップさせてます。破天荒で身勝手だけど、やる時はやる。男の中の男の理想図だと自分は思ってます。

 

・作中のドリフトの話

今回は峠が舞台になる為、ドリフトの話が結構でていると思います。

他の作品でもドリフトの描写は有りますが、自分自身ドリフトをしていたので、擬音で誤魔化すのは好きになれなかったんです。なので、ドリフトの描写は割とこだわったつもりです。

 

 

今回の話を書いて、キャラクターの設定や人格。それと、バトル描写等の難しさを改めて思い知りました。

また次回書く時までに、精進したいと思います。

 

新しい物語を書いた時に、また読んでいただければ幸いです。

 

ご観閲ありがとうございました。

 



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