歌姫 ミスティア・ローレライ (こまるん)
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私が静かに歌う理由

 

 

 ミスティアは、歌うことが大好きであった。

 中でもノリに任せた勢い重視の曲を好み、若者にそれなりの人気があった。

 年長者にとっては、乱雑にも取れるミスティアの歌唱は好ましいものでは無かったらしく、よく煩いと苦情を付けられていた。

 

 そんなミスティアであったが、ある日を境として、静かな楽曲を、丁寧に、滑らかに好んで歌うようになる。

 もともと持っていた美しい声と、繊細なバラードとの調和性は計り知れないものがあり、たちまち評判となった。

 初めは妖怪ということで敬遠していた人間たち。今では里でミスティアの名を知らぬものは見られない。

 

 歌姫、ミスティア・ローレライ。

 ここに、妖の身でありながら人間たちに受け入れられた存在が新たに誕生したのだ──

 

 

 

 

 ある日、常連となっていた若者がふと思いついたというように問いかける。

「あんた、元々は激しい曲ばかり歌っていたよな?それこそ、苦情を受けても素知らぬ顔で。 なにか心変わりするきっかけがあったのか?」

 それは何気ない問いであったが、その場の空気を一変させた。

 皆、気になってはいたのだ。あの騒音問題にすらなっていた妖怪が、歌姫へと生まれ変わることになった理由を。

 ミスティアもその空気を察し、苦笑する。

「最初は、本当にただの偶然だったの」

 彼女は語ることにした。自分を変えることとなった、彼との出会いを。

 

 

 

 

 そう、きっかけは、本当に偶然。

 いつものように屋台を開いていたミスティア。妖怪が営んでいるというのもあって、お客はたまに妖に理解のある者が来る程度。

 そんな現状だが、ミスティアは別に悲観している訳ではない。だって、それが普通だから。

 今日も普段通り料理の仕込みを終え、客が来るまでの時間を過ごす。

 と言っても、まだ時間は随分と早い。

 

 そんな時、彼女は椅子に座り、リラックスした姿勢で歌い始める。

 例の如く賑やかな歌声が、辺りを騒がせる──かと思いきや、その日は少々違った。

 

 静かな、美しい声が響き渡る。

 昔懐かしのラブソング。いわゆるバラードと呼ばれるジャンルのそれを、ミスティアは歌っていた。

 

 彼女の趣味が変わったわけではない。ただ、珍しく、そんな気分だった。それだけ。

 寧ろ、ミスティアはどちらかというと、静かな楽曲には苦手意識を持っていた。

 騒がしいと言われている自分に、そんな曲が似合うとは思えない。

 だから、滅多に歌わない。

 

 久しぶりに歌うバラードは、心が澄んでいくようで、思いのほか心地よかった。

 

 人が居ない時なら、たまには歌ってみても良いかな?

 

 一曲歌い上げ、そんなことを考える。

 すると、不意に暖簾が捲られた。

 

「あ、いらっしゃい」

 

 入ってきたのは、若い男だった。

 顔つきを見るに、二十歳前後といったところだろうか。

 

 何より驚くのが、こんな時間に人間がやってきたこと。

 危険が無い訳じゃないから、人が寄りつくことなんて滅多にないのに。

 

「えーっと……何でも良いので、オススメをお願いできますか?」

 

 彼はどこか不安そうに周りを見渡した後、そう言って座った。

 

「はーい。すぐできるから、ちょっと待ってね」

 

 どこか和むものを感じながら、ミスティアは慣れた手つきで調理を始める。

 オススメなら、決まっている。

 

 予め用意してあったものを取り出し、火で炙る。

 秘伝のタレをかけながら絶妙な火加減を続けていると、すぐに芳ばしい香りが漂い始めた。

 炊飯器からどんぶりにご飯をよそい、焼きあがったものを乗せる。

 

「はい。おまちどうさま。夜雀特製、ヤツメウナギのどんぶりよ」

 

”頂きます”

 一口食べた青年の顔が綻ぶ。

 美味いモノを食すのに言葉は要らないと言うが、まさにそんな様子だ。

 

 黙々と食べ進めていた彼であったが、不意に箸を止める。

 

「あの、さっきの歌はもう歌わないんですか?」

 

「え?ええ。お客さんが来てくれたし……もう一度歌おうか?」

 

 驚いた様子のミスティアであったが、別に客に言われて歌うこと自体は、珍しいことではない。

 

 ちょっと慣れない曲だけど……折角のリクエストだし、頑張ってみようか。

 

 

「……じゃあ、歌うよ」

 

 すうと息を吸ったミスティアの口から、透き通るような歌声が響き渡る。

 

 二人を阻むのは、小さな屋台の、カウンターだけ。

 言わば、特等席。

 青年は黙って聴き入っていた。

 

 曲が終わると、ミスティアははにかむ。

 

「あはは。やっぱり慣れないことをするのは恥ずかしいや」

 

「慣れない?普段は歌わないんですか?」

 

 青年の問いに、彼女は手を振って否定する。

 

「違うのよ。いつも激しい曲を歌ってばかりなの。

 ごめんね。私の騒々しい声じゃ、あまり気分良いものでも無かったでしょ?」

 

 そう言って自嘲げに笑うミスティア。

 何かを言いかけた青年だったが、結局口には出さず、残り少ないどんぶりをかきこんだ。

 彼は最後の一口を味わうと、器を彼女に返す。

 

「ご馳走様でした。最高の味でしたよ」

 

「お粗末様。ふふ、良かった。」

 

 支払いを済ませた青年が、席を立つ。

 帰るかに思われた彼だが、何故かその場を動こうとしない。

 

 ミスティアが内心首をかしげていると、青年は意を決したように口を開いた。

 

「あ、あの、女将さん」

 

「はい、なあに?」

 

 はて、なにかまだ用事でも残っていただろうか?

 もう一曲歌ってくれとかかな? ふふ、まさかね。

 

「歌、本当に良かったです。物凄く綺麗な声で、聞き惚れました。

 あれだけ繊細に、美しく歌えるのって、本当に凄いと思います。

 だから、その、騒々しいなんて、そんなこと言わないでください。

 俺、貴方の歌、好きですから」

 

 一気に捲し立てる彼。

 一瞬、理解が追いつかなかった。

 

「す、すみません。いきなり変な事言って……じ、じゃあ!ご馳走様でしたっ」

 

「待って!」

 

 顔を紅くして逃げるように去ろうとしていた青年を、ミスティアが辛うじて呼び止める。

 彼はビクッとしたが、その場に留まってくれた。

 

「……私も、こんなに真摯に聴いてもらえて、凄く嬉しかった。

 良かったら、また来てくれない?」

 

 上手く頭が回らなかったが、どうにかそう言葉を紡ぐ。

 一瞬だけ呆気に取られた様子の青年は、直ぐに満面に笑顔を咲かせた。

 

「──はいっ! また、来ます!」

 

 彼が店を出ていく。

 

 変なひと。

 よりにもよって、私の声を綺麗だなんて。私の歌を繊細で美しいだなんて。

 

──でも。

 

 たまになら、こういう曲もいいのかな……

 

 

 そうだ。物好きな彼のために、なにか曲を作ってみようか。

 溢れる想いをのせた、最高のバラードを。

 完成したら、一番に聞いてもらおう。またなにか言ってくれるかな。

 

 

 だから────また、来てね?

 

 

 

 

 



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貴方に捧ぐ歌〜holy night~

クリスマスの日にツイッターに投げた短編です。
タイムラインに流れてくるミスティアにインスピレーションを受けて、まさかの続編です。

みすちー尊い


 

 

 

 しんしんと雪が降り積もる、冬のある日。

 

 もう夜も更けてきた頃合いに、彼女……ミスティアは自らの営む屋台へと来ていた。

 

 煌びやかに飾り付けられ、普段より遥かに活気づいていた人里。

 そこから少し離れた所にあるこの場所は、打って変わって非常に静かであった。

 

「……ふぅ、すごい熱気だったなぁ」

 

 少々疲れを滲ませた声で呟き、衣装を脱ぐ。

 サンタクロースを象った衣服から、いつもの女将姿へ。

 

 今日はクリスマス。先程までは、人里で聖夜を祝してのライブを開いていた。

 無事、大盛況のうちに終わったことは、喜ぶべきことだろう。

 

 少なくとも、こんな日に人里に招かれてまで歌を披露するなど、以前の自分では考えられなかった。

 どれもこれも、彼のお陰……かな。

 

 私が変わるきっかけをくれた、一人の青年に思いを馳せる。

 

 彼が、最初に私の声を綺麗だって言ってくれたんだっけ。

 びっくりしたけれど、嬉しかったなぁ……

 

 あれから、他人に聴かせるっていうのを意識するようになった。

 聴いてくれる人の心に届くように。丁寧に、想いを込めて。

 私がこうなれたのも、全てあの人のお陰。

 

 そう言えば、彼は今日のライブには来なかった。

 やっぱり、忙しいのかな。

 新しく作った曲、聴いてほしいのだけど……

 

 何故だろう。どこか、胸がチクりと痛む。

 最近、良くある。元気だとは思うんだけど、原因が分からない。

 

 いつもの通り鼻歌を歌いながら、屋台の準備を終える。

 尤も、今日は人里がお祭り状態だし、まさかこんな所まで来る人はいないだろうけど。

 

 それでもなんとなく今日も開くのは、落ち着くからっていうのと……ほんの少しの期待。

 

 表の、のぼりをかかげる。開店中のしるし。

 誰か来るかなぁ? そんなことを思いながら、時を過ごす──

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 暫く時間が流れた。もうそろそろ、里の宴も終わる頃だろうか。

 店仕舞いかな?結局一人も来なかったな……

 

 少しだけ残念に思いながら、片付けに入る。

手始めに火を消して──

 

「すみません、まだ、やってますか?」

 

 暖簾をまくりながら、一人の青年が入ってきた。

 

 まさか、本当に来てくれるなんて。

 

「いらっしゃい。別に、大丈夫だから」

 

 ちょっとだけ、素っ気なく返す。

 安心したように息を吐き、席につく彼。

 

「……聖夜にこんな所に来るなんて。もっと大事なことがあるんじゃないの?」

 

 今日は特別な日なんだから。他に行くべきところに行かなくて良いのか。

 何故か、聞かずにはいられなかった。

 

 彼としても意表をつかれたのだろう。キョトンとした表情になる。

 けれど、それも一瞬で。

 

「大事なことなら、いま、まさに」

 

 そう言って微笑む青年。

 今度はこちらが呆気に取られる番だった。

 

「……そう。物好きな人」

 

 辛うじてそれだけ返して、そっぽを向く。

 なんでだろう。頬が、熱い。

 

 なんとなく気恥ずかしくなって。彼の顔をみないままに調理を進める。

 注文は、わかってる。いつも同じだから。

 彼は、静かにして待っていた。

 

「……はい。お待ちどうさま」

 

「ありがとうございます。いただきますね」

 

 自信作である、ヤツメウナギのどんぶり。

 一口食べた彼の顔が綻ぶ。

 

 よく味わって食べてくれる彼の邪魔をしたくないから、その間は話しかけない。

 笑顔で食してくれる彼の顔を見ている時、凄く心が温かくなるんだ。

 

「……ねえ、新しい曲を作ったの」

 

 食べ終わったのを見計らって、声をかける。

 

「へぇ、今日のライブで歌ったんですか?」

 

 今日ライブだったことは知ってくれていたんだ。

 そんな小さなことでも、何だか嬉しい。

 

「ううん。まだ、どこでも歌ってない。

 ……貴方に、一番に聴いて欲しくて」

 

 これは、本当。

 前々からずっと作っていた曲。ようやく、完成したばかりの新曲。

 誰よりも先に、彼に聞いて欲しかった。

 

「……それは、なんというか……照れますね」

 

 頬をかいて気恥ずかしそうにする。

 私も、胸の高鳴りが止まらない。

 

「……今、聴いてくれる?」

 

「もちろん」

 

 ありがとう、と言って、屋台から出る。

 彼も付いてきてくれた。

 

「……じゃあ、いきます」

 

 一面真っ白の、特別なステージ。

 私と、彼だけの、プライベートライブ。

 

 ありったけの想いを……今、貴方に──

 

 

 



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