「青い木蓮、宇宙を翔ける」 (超天元突破メガネ)
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Prologue「Vanishing」

——カミサマは人間を救いたいと思ってた。
だから、手を差し伸べた…

でも、その度に、人間の中から邪魔者が現れた。
カミサマの作ろうとする秩序を、壊してしまう者。

そいつは、こう呼ばれたらしいわ——



ある日の夜。

比良坂夜露(ひらさかよつゆ)は、とぼとぼと通りを歩いていた。

新進気鋭のアクトレスとして人気を博す、彼女らしからぬ落ち込み具合だ。その気概に満ちた瞳も、しょんぼりと伏し目がちになっている。

 

「はぁ……どうしてこんなことに」

赤信号で立ち止まり、ぼんやりと星空を見上げる。

夜露は成子坂製作所という、小さな事業所に所属するアクトレスだ。

成子坂は現在、新しい隊長……実働指揮官の雇用によって急速に事業を拡大させており、それに伴い所属するアクトレスが少ないという問題を抱えていた。

 

その状況を打開するべく、夜露は今日、自身の通う学校にいた双子のアクトレスを成子坂製作所に連れてきた。

そして、その結果が……

『わたしと天音が成子坂なんかに入るわけないじゃないっ!』

『わたしたちはね、成子坂をぶっ潰しに来たのよ!』

既に双子は別の会社に所属しており、さらにはその会社から成子坂への随意契約指定業者エリアの優先権係争、早い話が管轄を奪い合う挑戦状を叩きつけてきたのだ。

 

お陰で、今日の事務所の空気は最悪。

間接的な原因であった夜露は、肩身の狭すぎる業務時間を過ごすことになった。

「はぁ……」

アクトレス仲間の複雑な視線を思い出し、もう一度ため息。

そのまま沈み切った心で家路に向かっている最中、近所のスーパーの近くを通りかかった時だった。

 

「ん?」

駐車場の方から、ばさばさっという鈍い音がした。

見ればレジ袋が破けたらしく、一人の女性が散乱した中身を拾い集めている。

普段であればすぐに駆け寄る夜露だったが、流石に今回は無視しかけ……

「……!!」

一瞬の思考の後に、慌てて駐車場へと駆けこんだ。

 

「あの、大丈夫ですか!?」

散らばった缶ビールやら惣菜品やらを集めながら、驚いてこちらを振り向いた女性を見上げる。

そこで、思わず駆け寄った理由、一瞬の間で感じた違和感の正体を確信した。

彼女の青いジャケットから伸びている腕は、右側しかなかったのだ。

 

「え、えっと……」

「何か、これ入れられるものってありますか?無ければわたし、レジ袋貰ってきます!」

幸い、女性の買い物はそこまで多くなかった。

夜露はすぐにスーパーからレジ袋を貰ってくると、纏めた品物を全てその中に詰め込んだ。

 

「これでよし……良ければご自宅まで持っていきましょうか?たいして遠くないですよね?」

「え?ど、どうして分かるの?」

「この辺りはバス停とかも遠いですし、見たところ徒歩だったようなので」

女性はぽかんと夜露を見つめると、不意にふっと苦笑して、

「……ありがとう。でも大丈夫、これくらい片手でも余裕よ」

そう言われて、夜露は我に返って頭を下げた。

「あっ……す、すみません!恩着せがましいことを!」

 

あんなことがあった後なので、つい夢中になってしまった。

「いいえ、心配してくれたのよね。困ってたのは本当だし、とても助かった」

頭を上げて、レジ袋を差し出す。

その時に、夜露は改めて女性の顔を見た。

よく見ていなかったが、顔立ちは大人びた声の割に若い。20歳を少し回ったくらいだろうか。短めの金髪と青い瞳も、意外と快活そうな雰囲気を与えている。

しかしどうしてもそれを吹き飛ばしてしまうのが、肩口から欠けた左腕だった。

 

「……じゃあ、これで。本当にありがとう」

ぼうっと眺めている間に、女性は歩き出していた。

「あっ……」

夜露は止め損ねたが、夜露の家とは反対側に数歩歩いたところで、不意にその足が止まった。

 

「ああそうだ、これ貰って行って?」

言うが早いか、女性が夜露の方へ何か放り投げる。

慌てて受け取った夜露の手の中にあったのは、一本の缶ジュースだった。

「え!?も、申し訳ないっすよ!」

「いいのよ。手伝ってくれた報酬」

そう言い残し、女性は本当に立ち去ってしまった。

 

一人残された夜露は、しばらく遠くなっていく背中を見つめていた。

「……なんか、元気貰っちゃったっすね」

右手に握ったジュースを見て、ふっと、笑いが漏れた。

気づけば、時刻は7時半を過ぎようとしている。流石に急いだ方がよさそうだ。

「でも、誰だったんだろう……片腕がないなんて……」

謎の女性に考えを巡らせながら、夜露は家路についた。

 




NEXT CHAPTER

ノーブルヒルズ・ホールディングスとの係争に入る成子坂。
降ってわいた危機に、成子坂の隊長は一人のアクトレスの雇用を決断する。
それは、夜露が出会った隻腕の女性だった。
「マグノリア・カーチスよ。報酬に見合った対価は約束するわ」

「嘘!?『ブルー・マグノリア』!!?」
「貴女は、この間の……!?」

始まる戦い。
快調に見えた滑り出し。しかし事態は、双子の謀略によって急転する。
「楓さん——!!」
「大丈夫!この場は、私が……!!」

謀略と妄執の中で、一つの命が消えようとするとき。
「良く耐えた——アクトレス!」
宇宙に、一輪の花が咲く。

Chapter1「DIRTY WORKER」
——それは、名も無き少女たちの戦場。


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Chapter1「DIRTY WORKER」
Mission:1「Begin in Your Coming」


これ載せていいのか迷ったのですが...

マギーさんの外見は、pixivに投稿された下記URLのイラストからイメージしております。
というかこのイラストを見たことで自分の中でイメージが固まって、クロスオーバー作ろうと決めました次第です。

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=manga&illust_id=40461501


翌日。

「ノーブルヒルズ・ホールディングスの請願は、先ほど受理されました」

作戦指令室に集まった、夜露をはじめとしたアクトレスの面々に、事務員の安藤が告げた。

「赤坂とその隣接エリアの業者指定が、一定期間のヴァイス撃退ポイントで査定されます」

「聖アマルテアの時と同じ、ってことっすね」

マップに表示された対象区域を眺めながら、夜露は呟く。

 

成子坂製作所は以前、別のアクトレス事業所とも争った。

その時の結果は敗北。成子坂が担当していた幾つかのエリアを奪われていた。

「でも、今度はあの時のようにはいかせない……頑張りましょう、楓さん!」

「はい、日々の鍛錬の成果を見せる、いい機会です……!」

隣に立つ黒髪のアクトレス……楓が頷く。普段物静かな彼女にしては、珍しく語気が強い。

元「叢雲工業」所属——東京シャードの若手ホープだったプライドもあるのだろう。

 

「それと、もう一つお伝えしたいことがあります」

すぐに任務に入るかと思った矢先、安藤がアクトレスたちにそう告げた。

「今回の係争にあたり、一名のフリーランスのアクトレスから、短期雇用の申し出がありました。この期間だけ、手伝わせてほしい……とのことです」

その場にいた10人以上のアクトレスの頭に、一斉に?マークが浮かんだ。

出向や非常勤登録ならともかく、短期雇用など滅多にない申し出だ。

 

「それ……成子坂の出撃が増えてる間に、稼ぎたいってだけなんじゃないの?」

後ろの方から上がる楓の同期の意見も、実にもっともな考え方である。

そもそもアクトレスが一事業として高い地位を得ている今日、そんな傭兵まがいの行為を承諾する企業など殆どないだろう。

「わかりません。ですが隊長は、その雇用を承諾したそうです」

「そ、そうなんですか……」

意外な結果に、夜露は思わず苦笑した。

些かきな臭い話ではあるが、夜露からしてみれば戦力が増えるのはありがたい。しかし……

 

「勝手に人員増えたら、そっちのお金で文嘉さんが何て言うか……」

「自分で言うのもなんだけど、その心配は無用よ」

夜露の心配事をバッサリと切り捨てたのは、たった今指令室に入ってきたアクトレス……文嘉その人だった。

「今回こそは、勝たないとまずい。私も腹をくくったわ」

まるで彼女が経理担当のような会話だが、実際その通りである。

 

「……そして、たった今そのアクトレスが到着したわ。みんな、事務所に来てもらえる?」

文嘉を先頭に、全員が指令室を出る。

「でも誰が……が!?」

事務所にいた「アクトレス」を見て、夜露は言葉を失った。

 

「紹介するわ、マグノリア・カーチスさん。プレトリアシャード出身の、元軍人だそうよ」

そこにいたのは、黒いタンクトップに青いジャケットを着込んだ、金髪碧眼、隻腕の女性。

寸分の狂いもなく、夜露があの夜に出会った女性だった。

「よろしく。こんななりだけど、報酬に見合った対価は約束するわ」

マグノリアはアクトレスたちを一瞥すると、案の定夜露に気づいたらしい。

 

「あら、貴女はこの間の……」

マグノリアがこちらに足を向け、夜露も反射的に踏み出そうとした、その時。

「嘘!?マグノリアって『ブルー・マグノリア』!!?」

後ろの方にいた金髪のアクトレスが、そう叫んで飛び出してきた。

 

「ジニー?」

「ほら、あの人!『メリーバニーの後継』って呼ばれた!!」

一部のアクトレスがざわめいた。夜露もそれで、うっすらとだが思いだした。

7年ほど前のことになる。「メリーバニー」というアクトレスチームが解散した後、そんな名前のアクトレスが名を馳せた記憶がある。彼女はどうやら、その『ブルー・マグノリア』のファンだったようだ。

 

しかし、マグノリアは目をぱちくりさせると、

「え、えっと……時々言われるんだけど、別人よ?」

瞬間、声を上げたアクトレスが石化した。

「えっ……」

「あ、あんな凄い人じゃないわよ。見ての通り、辞めそこねのおばさんだから」

「そんなことないっす!すっごく美人っす!!」

微妙に論点のずれた夜露の反応に、追い打ちのように冷たい風が吹く。

 

「そ、そう?ありがとう、アクトレスさん」

「比良坂夜露っす!この間はありがとうございました!」

横からつんつんと、ジニーが夜露を小突く。

「面識あるの?」

「あ、はい、この間たまたま……」

 

話し始めようとした夜露を、文嘉がこほん、と制した。

「正直気になるけど、マグノリアさんはこれからギアの登録作業があるから。細かいことは後で資料を送るから、夜露たちはもう出撃の準備に入って」

「了解っす!」

文嘉に連れられて、指令室へと向かうマグノリア。アクトレスたちも、それぞれ準備に入る。

夜露はギア整備室に向かおうとして、もう一度だけマグノリアの方を振り返った。

 

「これからよろしくお願いしますね、マグノリアさん!」

マグノリアは何も言わずに、ふっと笑って頷いた。

 

 

 

数世紀前。

突如地球に襲来した敵性生命体「ヴァイス」によって、人類は母星を捨てることを余儀なくされた。

滅亡の危機に陥った人類を救うため、人工知能「ALICE」の意志の下、各国は協力。

月を砕き、超巨大移民宇宙船「シャード」を造り上げ、地殻ごと積み込んだ地球上の主要都市と共に、宇宙へと脱出した。

 

そして今、「ヴァイス」の脅威はシャードにも迫っていた。

未知の脅威を前に、人は滅びを受け入れることしかできないのか——否。

「ALICE」は人類に、もう一つの反攻の為の力を齎した。

 

ヴァイスの機構を解析し造られた、高次元エネルギーを操る特殊兵装「アリスギア」。

その既存兵器を超越した力によって、ヴァイスは漸く、人類の脅威たり得なくなろうとしていた。

「アリスギア」を扱えるのは、「エミッション適性」という才を持った人間のみ。

そしてその適正を持つ者は年齢、性別の偏重から、殆どが思春期の女性で占められる。

 

これは人類の存亡をかけ、謎の機械生命体「ヴァイス」と戦う少女たちの物語。

人は戦う少女たちを「アクトレス」と呼んだ。

 

 

 

シャードに広がる蒼穹を、3つの光が過ぎていった。

専用チューンの「アリスギア」を纏い、薄紅梅の髪をなびかせ、夜露は先頭を翔ける。

今日成子坂に来た依頼は、防衛網をすり抜けた小型ヴァイスの殲滅だ。

 

『Aチーム。間もなく接敵予想座標(ランデブーポイント)に到達する。警戒を』

「えっ……マグノリアさん!?」

と。

ギアの通信機器から聞こえてきた声に、夜露は危うくバランスを崩しかけた。

「夜露?だいじょうぶー?」

先輩アクトレスのシタラが、後ろから心配そうに声を掛ける。

「は、はい!ちょっとびっくりしちゃいました、普段は隊長が指示を飛ばすので」

 

スピードを緩め、体勢を立て直す。

現在の航行エリアは赤坂エリア上空。市街地防衛の依頼で、失速して墜落などしたら目も当てられない。

『ご、ごめんなさい!驚かせちゃったわね。こっちのチームは私がオペレートするわ』

「マグノリアさんは、オペレーターもなさるんですか?」

 

シタラの隣を飛ぶ楓の問いに、マグノリアはええ、と答えた。

『いろいろと勉強したから。さ、仕事の時間よ』

チーム全員がショットギアを構え、気を引き締める。

空間が虫食い穴のように歪むと同時に、そこから小型のヴァイスが現れた。

 

『クリオス種確認、正面に一斉展開』

「了解。皆さん、いつも通りに」

「ほいほーい。後ろは任せてー」

「はい!『月夜見』出します!」

楓を中心に3方向へ展開。夜露はボトムギアのサブウェポンを出し、長剣型のクロスギアを構えて右方へ突っ込む。

「そりゃあっ!」

纏めて薙ぎ払った直上で、シタラが放った無数のビームがヴァイスを射抜く。

 

『どんどん来る、左右にプリ種!』

「まだまだ行けるっすよ!」

それぞれのギアと共に、アクトレスたちは戦場を飛び回る。

これが「アリスギア」の力。嘗て人類を滅ぼさんとした脅威も、今や女子高生でも撃退できる害虫でしかない。

市街地に現れたヴァイスの反応は、あっという間に消滅した。

 

『……反応なし、片付いたわ』

「ありがとうございます。皆さん、集合してください」

ビーコンを出した楓の下に、後方に展開していたシタラが戻ってくる。

『3人とも損害は軽微。みんな腕利きね』

「マグノリアさんのオペレートのおかげです」

「それは私も思います。やっぱり現役の人がしてくれると違いますよ」

楓の返答に、うんうんと頷くシタラ。

 

『そう言ってもらえると、勉強した甲斐があるわ』

「っとと!比良坂夜露到着しました!」

マグノリアを遮り、突出していた夜露も2人の側で停止した。

『お疲れ様。向こうのチームも終わったらしいわ、帰還しましょう』

「はいっす!」

 

製作所へと戻る道すがら、別方面に出ていたチームとも合流する。

「そっちどうだった?マギーさんのオペレート!!」

「マギー?」

並走する赤毛のアクトレスの問いかけに、夜露は首を傾げた。

「だってバージニアさんだってジニーって呼ばれてるでしょ?だからマグノリアさんはマギーさんかなって!」

「リンさん、マグノリアさんに失礼っすよ」

 

夜露が言ったところで、通信機からマグノリアの『いいのよ』という声が聞こえてきた。

『昔はよくそう呼ばれたわ。皆も、私のことはマギーって呼んで?』

「わかりました!これからよろしくお願いします、マギーさん!」

係争のことは不安だが、マグノリアの……マギーのおかげで、それも少しだけ和らいだ気がする。

そんなことを考えながら、夜露は仲間たちと共にシャードへと戻った。

 




「Actress Personal Identification Card」

—ソラを渡るアクトレス—
「マグノリア・カーチス」

誕生日 9月26日
年齢  25歳
身長  データ未登録
血液型 データ未登録
職業  フリーランスアクトレス

Tips「フリーランスアクトレス」
アリスギア開発の企業競争が激しくなり、主だった大企業がアクトレス事業部を設けるようになった現在でも、
ごく少数であるが特定の企業(ないしAEGiS)に籍を置かないアクトレスが存在する。
自らの「実力」と「装備」のみを担保とし、依頼を求めて事業所を渡り歩く彼女たちは、
俗に「ミグラント」とも呼ばれることがある(ミグラントとは「渡り鳥」の意)。



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Mission:2「The War has Begun」

琴村姉妹はどこから忍び込んだのか
楓さんは何の用事でメンテナンスエリアに戻って来てたのか
そういえばあの地点で何時だったのか
そもそも成子坂の仕事は何時までやってるのかとか

よくわからない要素が多いので大幅にアレンジが含まれております。



「……お疲れ様。帰還しましょう」

作戦司令室のマギーが、出撃中のアクトレスたちに帰還を促す。

(じーっ……)

バージニア・グリンベレーは、通路の角からこっそりとそれを眺めていた。

右手一本で管制用端末を操作し、的確にアクトレスたちに指示を出す——何とも器用なものだ。

「……バレてるわよ。別に隠れてなくたっていいのに」

「あっ」

振り向くことなく声を掛けられ、おずおずと部屋に入る。

 

「……ジニーさん、だったっけ。気になるわよね、私の腕」

「……やっぱり、軍にいた時に?」

ジニーが問うと、マギーは少し間をおいて「そうよ」と頷いた。

「あまりいい思い出のない半生だったわ。エミッション適性があったのが、まだ救いだった」

「そうなんだ……」

ジニーは会話の傍ら、手にした携帯端末に目を落とす。

そこに映っていたのは、青銀のギアを纏った、一人のアクトレスの写真だった。

 

ブルー・マグノリア。

7年前、東京シャードに突如現れた彼女は、見る人すべてのその鮮烈な生き様で魅了した。

特定の企業、事業所に属さず、あたかも傭兵のように、あらゆる作戦に加わり活躍を残す。

まだ現在ほど企業競争が激しくない時代だったにせよ、相応の実力がないと到底成しえないそのやり方で、彼女は東京シャードを翔け抜けた。

同時期に「メリーバニー」が解散したこともあり、新たなエースの登場に、人々は酔いしれたのである。

 

——そして彼女が「伝説」になったのは、4年ほど前のこと。

ある大型作戦を最後に「青い木蓮」は姿を消した。

 

「……そういえば、貴女だったわね。私を『ブルー・マグノリア』と間違えたの」

「えっ!?ま、まあ」

こちらの思考を見透かしたような質問に、ジニーはしどろもどろに頷いた。

「割と昔のアクトレスなのに、良く知ってたわね」

「ファンなんてそんなものだよ。シタラなんか『メリーバニー』大好きだし」

 

苦笑して答える。

シタラに限らず、前世代のアクトレスに憧れる現役と言うのは、案外多いのだ。

「正直私も、アクトレスになりたての頃は憧れてた。かっこよかったわよね、彼女」

「へぇ……そういえば、アクトレスはいつから?」

会話の流れで、さりげなく聞いてみる。

「そうね……ドロップアウトしてからだから、4年くらい前からかしら」

ジニーは思案した。ちょうど「ブルー・マグノリア」の活動時期とずれるかたちだ。

 

(……やっぱ、別人なのかな)

1人で一応の納得をしようとした、その時。

「ただいま戻りましたー!」

仕事を終えた夜露たちが、事務所に戻ってきた。

「Welcome Back!! お疲れ様!」

廊下を渡り、一同を出迎える。案ずるまでもないことだが、依頼は問題なく終わったようだ。

「お疲れ様。依頼の報告は……」

「隊長がAEGISへ送っています。本日はオペレート、ありがとうございました」

次いで入ってきたマギーに礼を言う楓の後ろを、ぱたぱたとアクトレスたちが通り過ぎていく。

 

「……あっ、そうだマギーさん!ギアの調整をしたいので、メンテナンスエリアに来てほしいとのことでした!」

「了解、すぐに向かうわ」

夜露の伝言に頷きを返し、事務所を出ていくマギー。

それを見ていたジニーは、ひとつ気になっていたことを楓に尋ねた。

 

「あ、ねえ夜露。マギーさんのギアってどんな感じなの?あの人、専用機持ちなんでしょ?」

アリスギアには各企業共通の規格で設計された汎用型と、アクトレス個人に合わせて設計される専用型が存在する。

武装は勿論、操作系までオーダーメイドで造られるギアは言うなれば信頼と功績の証であり、総じてスペックも高い。若手アクトレスにとっては憧れの的だ。

 

出撃してきた夜露たちなら、メンテナンスエリアで目にしていると思った……のだが。

「……あー。確かに運び込まれてはいたんですけど」

「整備班のみなさんがずっと作業していて、見ることはできませんでした」

聞けば出撃前から戻ってきた後まで、ずっと整備士が貼りついていたらしい。

「私も見たかったですけど……残念っす」

「そうだねぇ……」

ジニーは頷いて、小さくため息を吐いた。

 

 

 

——という話を聞いたものだから、ジニーは尚更気になってしまった。

殆どのアクトレスが帰宅し、整備棟の明かりも落ちるのを待って、時刻は8時。

無人になった格納庫に、ジニーは一人で忍び込んだ。

「さってと……」

事務所から拝借した鍵で戸を開けると、自動照明が格納庫を照らし上げた。

長方形のプレハブ施設には、整備の済んだギアがハンガーに格納されて並んでいる。

全盛期の頃は、この建物は多種多様な企業のアリスギアで埋まっていたのだろう。

そんな過去を思わせる閑散としたハンガーを、ジニーはてくてくと歩いていく。

 

ヤシマ、センテンス、ベルクラント、アーリー。

企業別に格納されたアリスギアの間を進んでいると、あっという間に空のハンガーにたどり着いてしまった。

「……あれ?」

立ち止まり、ジニーは思わず振り返った。

自分が使っているギアをはじめ、ここにあったのは見慣れた仲間たちのギアばかり。変わったギアは無かったような気がする。

「見逃した……かな?」

もう一度ちゃんと確認しようと、来た道を戻ろうとして。

 

すぱんという音を立てて、勢いよく入り口の戸が開け放たれた。

「誰かいるの!?」

「うえっ……!?ま、マギーさん!?」

格納庫の入り口、ちょうど真正面に現れたマギーの姿に、ジニーは飛び上がった。

「……良かった、ここのアクトレスね。忘れ物?」

ジニーの姿を見て、安堵の声を漏らすマギー。戸締りした筈の格納庫の電気がついていたので、心配して見に来たようだ。

 

「そ、そんなところです……あれ、でもマギーさんはどうして?」

「ついさっきまで、持ってきたギアの調整をしていたの。メンテナンスエリアで」

結局調整が終わらずに、ギアを置いたまま戻ってきたのだと、マギーは話した。

それで、ジニーも納得した。道理で格納庫にそれらしいギアがない筈だ。

 

一度事務所に戻るというマギーに、ジニーもついていくことにした。

「事務所って、まだ誰かいるの?」

「Well……もう安藤さん以外は帰っちゃったかも」

何も言わずにカギを持って出てきたことを思い出し、思わずばつの悪い顔を浮かべる。

バレたら怒られるだろうか……そんなことを考えた時だった。

 

「……っ!?」

突然がたり、という物音が聞こえ、マギーが足を止めた。

「……聞こえた?」

「……yes」

小声で問いかけたマギーに、ジニーは肯定を返す。

物音が聞こえてきたのは、格納庫の反対側にあるメンテナンスエリアの方からだった。

ついさっき、マギーが作業を切り上げて施錠したばかりの。

 

自然と、二人は歩みを早めた。

張りつめていく空気の中で、その足音は駆け足に変わる。

そしてメンテナンスエリア側の扉の前にたどり着き、2人は顔を見合わせて頷きあった。

小さな物音が、扉の奥から漏れ聞こえていた。

 

言葉を交わす間もなく、ジニーとマギーは同時に動いた。

「マギー!」

パスコードを打ち込み解錠した瞬間、マギーが扉を蹴破る勢いで突入する。

運の悪いことに、照明のスイッチがあるのは反対側。薄暗いままのメンテナンスエリアに乗り込んだマギーは、暗闇の中へ向かって叫んだ。

 

「誰だ!」

「っ!?」

息を呑む音。

そして確かに感じた視線に、マギーはフロアを蹴って飛び出す。

中央のメンテナンスハンガーを飛び越えた時、大音響とともに地下室に光が差した。。

 

「お姉ちゃん、こっち——!」

「嘘っ!?」

ハンガー横の非常口が——施錠されているはずの頑丈なドアが吹き飛んでいた。

予想外の事態に足を止めるマギーの前で、人影が外から伸びる手に引っ張られていく。

それでもどうにか食らいつこうと、そちらへと手を伸ばし——

 

「ぐあっ……!?」

死角だった左肩を、思い切り突き飛ばされたと悟ったときには、既に遅く。

「「うわああっ!!」」

マギーの体は背後のジニーに激突し、その隙に侵入者は逃げていった。

 

「逃げられた……っ、ジニー!?」

ジニーはすぐには起き上がれずに、倒れたままげほげほと咳込んだ。

「う、ぐっ……!大丈夫、だけど……」

マギーに抱えられ、ジニーは侵入者が消えていった大穴を見やる。

 

「……してやられた」

苦虫をかみつぶしたような顔で、ジニーは吐き捨てた。

暗かったせいで、侵入者の姿はよく見えなかった。しかし。

——お姉ちゃん、こっち!

追跡劇の最中に聞こえた声は、明らかに聞き覚えのある声だった。

 




「Actress Personal Identification Card」

—アメリカ仕込みの凄腕シューター—
「バージニア・グリンベレー」

誕生日 6月19日
年齢  16歳
身長  166cm
血液型 O型
職業  高校生


Tips「専用アリスギア」
アクトレス個人に合わせてオーダーメイドで作られるギア。
操作系を使用者のイメージに合わせて設定するため、使用者以外では装備することはできても動かすことはほぼ不可能である。
汎用のギアとは一線を画す性能を持ち、専用スーツ及び専用ギアの所有はアクトレスにとって重要なステータスとなる。

広義には専用チューンを施した汎用ギアもこれに含まれる。


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Mission:3「Dirty Worker:1」

まえがきでもことわっている通り、隊長さん(兼傭兵さん)向けに書いてるので
基本的にキャラ紹介はおざなりです。

......正直上手く盛り込めないのです。


翌日。

成子坂製作所は、昨夜の侵入者の話題でもちきりだった。

「そ、そんなことがあったんですか……!?」

「正直、今でも信じられません……私も驚きました」

目を丸くする夜露に、頷いてため息を吐く楓。

学生のアクトレスは、放課次第まとまって出社することが多い。夜露以外では既にジニーとその同級生のグループが来ており、先ほど楓が1人で顔を出したところだ。

 

「メンテナンスエリアに、侵入者……け、結構まずい事態、だよね……?機密情報とかもあるし……」

「それ以上に、メンテ用の設備が壊されてないかが問題よ。出撃中に事故が起きたら、それこそ目も当てられない」

シタラの同級生である舞の不安げな呟きに、マギーがそれ以上の危険性を説く。

最悪のパターン……事故を装った業務妨害の可能性に、話を聞いていたシタラが震えあがった。

 

「じゃあ、今日の出撃どうすんのさ。まさか……出れない!?」

「No problem. 磐田さんたちが夜通しで再検査してくれたよ」

しかしそこでシタラの危惧を否定したのは、マギーと同じく当事者であるジニーだった。

ノーブルヒルズとの係争の真っ最中という状況下で、1日でもアクトレスの出撃を停止させるわけにはいかない。

成子坂整備部はその総力を挙げて、メンテナンスエリアの総点検、果ては格納庫に置かれていた整備済みのギアまで全てチェックしたのだ。

 

「ほえぇ……そこまでやってくれたんだ」

「凄いっす……磐田さんたちに感謝っすね」

整備士たちの尽力に感服しつつも、やはり気になるのは昨夜のいきさつである。

「でも、どうやって忍び込んだんすかね。整備棟の窓って確か……」

「んー、強化ガラスだね。ぶん殴った程度じゃ壊れないはず」

見えてこない事件の全容に、考え込み始めるシタラと夜露。

するとそこで、舞が控えめに口を開いた。

 

「ま、まさかとは、思うけど……アリスギアを使った、とか?」

その場にいたアクトレスが軒並み、呆気にとられた顔をした。

「タマちゃん……流石にそれは無いんじゃないかな」

確かにアリスギアの出力ならば、強化ガラスを破壊することは容易い。

しかしアリスギアはその性能故、使用自体に厳しい規則がある。ましてや犯罪に使ったとなれば、重大な違反行為だ。

 

「アリスギアを使ったなら他事業所ということになりますが……そこまでのリスクを冒してまでするとは思えません」

「おおっ、元大企業出身が言うと説得力が違う!」

「むむーっ、シタラさん、楓さんをからかわないでくださいっ」

あーでもないこーでもないと、好き勝手に話し始める夜露たち。

 

だんだんと議論の方向性がずれていくのを眺めながら、ジニーは一人、昨夜のことを思い出していた。

(——お姉ちゃん、こっち!)

あの時、確かに聞こえた声。

脱出の手引きをした方らしきあの声が、どうしても引っかかる。

(だとしたら犯人は……でも、どうしてそこまで……?)

夜露たちではないが見えてこない真実に、無意識に瞑目したのとほぼ同時。

ジニーの思考にかぶさるように、事務所のアラームが音を立てた。

 

『AEGiS東京より通達。シャード外壁にてワープドライブを検知。アクトレスは出動の準備をお願いします。繰り返します。シャード外壁にてヴァイスのワープドライブを検知……』

事務員の安藤によって伝えられる、ヴァイス出現の予報。

短い連絡の間に、アクトレスたちの表情は一斉に変わった。

 

「来たっすね……!」

がばっと立ち上がる夜露。楓もそれに続く。

「今日の出撃は……私達とマギーさんでしたね」

「あっ……えっと、それなんだけど」

すると準備に向かう二人を、ジニーが気まずそうな声で制止した。

 

「昨日忍び込まれたときに、実はマギーさんのギアだけメンテナンスエリアに置きっぱなしだったんだよね。それで……」

「念のためもう一度再検査するから、今日も出撃できそうにないの……ごめんなさい」

 

夜露の目が点になった。

「えっ!?じ、じゃあ出撃はどうなるんですか!?」

「落ち着いて。だから、マギーさんの代わりに私が入るよ。隊長にも話は通してある」

マギーの代打を引き受けたというジニーに、夜露は一転、胸をなでおろす。

 

「ん、隊長から連絡だよー。新宿の迎撃任務、ウチで取れたってさ」

「やたっ!行きましょう、ジニーさん、楓さん!」

「私もオペレートに入る。また(うえ)で」

控えに入るシタラと舞を含め、夜露たちは出撃準備へ。マギーはオペレートの為に指令室へ。

アクトレスたちはいつものように、それぞれの戦場へと別れていった。

 

 

 

太陽光ライトが作り出す夕日が、シャードの空を緋色に照らし上げる。

まるで空が綺麗に焼き上がったかのような夕暮れ。はるかな昔、人は地球から見えたこの色を、美しいものとして讃えたという。

今では見れない事の方が少なくなった景色の中で、幾つもの光が交錯した。

 

「そこッ!」「ロック……FOX!!」

夜露とジニーの握るライフルから放たれた光線が、ヴァイスの群れを纏めて撃ち抜いた。

「夜露ナイス!」「ふふっ、絶好調っす!」

笑顔を浮かべ、夜露は空域を飛び回る。

彼女が纏うアリスギアはヤシマ重工製「一〇式」のチューンナップモデル。

通常の汎用ギアを機動力重視に調整し、操作系を専用のものに置換した半専用機である。

彼女に限らず、成子坂のアクトレスが使っているのはほぼ全て、専用にチューンされたものだ。

 

『それはいいけど、今回はワーカー級の反応が複数出てる。余力を残しておかないと危険よ』

「大丈夫ですよ、マギーさん。夜露ちゃんは何時もあんな調子ですから」

不安げに声を掛けたマギーに、楓が微笑を浮かべる。

ベースは汎用ギアである夜露とジニーに対し、楓のギアはヤシマ謹製の完全専用ギア「稲荷」。

狐をモチーフにした四肢の大型スラスターは近接戦闘に特化し、同じく専用の太刀型クロスギア「膝丸」を操る楓を瞬く間に最前線へと送り込む。

 

ジニーと夜露の高速戦闘で雑魚を切り崩し、装甲の厚い相手は楓が両断する。

速やかな殲滅が望まれる市街地上空戦において、3人は急ごしらえながらも効果的な連携を実現していた。

『……来た!ワーカー級を捕捉!』

3人の目の前に出現する、大型のワープドライブ。

そこから現れたのは、人型に近い大きな躯体に武器を握った中型のヴァイス「ヴァイスワーカー」。

所持している武装に応じて、対処法を変える必要のある難敵だ。

 

『通常種が1、盾と狙撃型が1体ずついるわ』

「おおっと、結構多いっすね……!」

「1体づつ引き離して各個撃破しましょう。夜露ちゃんはシールドタイプを!」

三方向に散開し、1体づつヴァイスワーカーをおびき寄せる。

「一気に仕留めるっす……!!」

誘い込んだ盾型に向けて、全速力で突撃した、その時。

 

夜露の周りの次元隔壁が、霧のように掻き消えた。

「えっ——?」

当惑した声を上げた、次の瞬間。

 

ヴァイスワーカーのシールドが、夜露の腹に叩きつけられた。

「がふっ———!?」

凄まじい痛みと共に、口から鮮血が零れ出る。

吹き付ける強い風に、朱に濡れた薄紅梅の髪がなびいた。

「なん、で————っ」

目に刺さった夕暮れの日差しに、夜露は一瞬目を細め——

そのまま、意識を失った。

 

 

 

「夜露ちゃん!?」

楓はすぐに、動かなくなった夜露に気づいた。

「何が起きて……っ!?」

考えるよりも先に、吹き飛ばされる夜露の下へと滑り込む。

追撃しようとしたヴァイスワーカーを切り払いながら、楓は振り向いた。

 

「そんな——隔壁が消えてる!?」

高高度の強い風に打ち付けられる髪を見て、楓は絶句した。

アクトレスを守る盾——高次元エネルギーによる隔壁が消失している。

——出撃前にマギーが危惧した、ギアの不具合の可能性。

それが今、よりにもよって最悪の形で現れていた。

 

Stay cool(落ち着いて)!!とにかく夜露を逃がすのが先ッ!!」

混乱する状況の中で、唯一動けたのがジニーだった。

猛然と二人の前に飛び込み、ボトムギアのレーザーでヴァイスワーカーを牽制する。

「私がヘイトをこっちに向けるから、楓は夜露を連れて退避!」

「待ってください!囮なら私の方が……!」

「逃がす役が速いほうがいい!夜露の命がかかってる!」

弾かれたように、楓が動き出す。

 

「ジニーさん……分かりました、すぐに戻ります!」

空中に漂っていた夜露を担ぎ、楓は隼のように空域から離脱した。

残ったのは、ジニー1人。

ヴァイスワーカーが、一斉に、銃口を少女へと向けた。

「……Come ON!!」

今ここで反撃したところで、有効打など与えられない。立ち止まったら終わりだ。

 

駆ける。駆ける。迎撃は最低限、集中攻撃の中を突っ走る。

高速戦闘に特化したジニーのギアは、ヴァイスワーカーの攻撃に後れを取ることは無い——しかし。

『——作戦時間、残り2分』

「やばっ———きゃあっ!?」

ギアのシステムボイスに、一瞬でも気を取られた事が徒となった。

躱し切れなかった予測射撃が、ジニーの足を掬い上げる。

 

——わずか一瞬、それでも動きを止めた隙に、ヴァイスワーカーはロックオンを完了していた。

遠方より構えられた狙撃型の砲が、無防備になった少女へ向けて轟音を上げる。

「……流石にもう無理!ごめん、二人とも——!」

迫る弾丸に、ジニーは思わず目を閉じた。

 




「Actress Personal Identification Card」

—成子坂製作所 新人アクトレス—
「比良坂 夜露」

誕生日 4月9日
年齢  15歳
身長  156cm
血液型 AB型
職業  高校生


—断罪大和撫子—
「吾妻 楓」

誕生日 2月19日
年齢  16歳
身長  164cm
血液型 O型
職業  高校生






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Mission:4「Dirty Worker:2」

——ええ、聞きたいでしょうね「大丈夫?」とか。
でも、いちいち聞かないで「落ち込んでる?」なんて。
確かにそうだわ。もう死んでしまいたいくらい。
この世界は、私につまらない渇きしかくれないから。

ああ、壊してしまいたい。
さあ、壊してしまいましょう。
私の中でくすぶり続ける、どうしようもない高揚と渇きを——!



暗くなり始めた夕焼け空の下で、マギーは空を見上げていた

ここからでも小さく見える戦火——バージニア・グリンベレーが、一人で戦っている証。

「ジニー……」

「最終調整終わった。行けるぞ、マギー」

マギーが振り向くと、そこには整備服姿の初老の男が立っていた。

 

成子坂製作所整備部長——磐田宗一郎。

「……本当に、大丈夫なのね?」

「もう通常システムの準備は出来てる。HDMと『アーマード・コア』を使わないなら問題ない」

通常戦闘ならば十分使えると答えながらも、磐田は小さく目を伏せる。

 

「……すまん、この事態は俺たちの不手際なのは分かってる。

それでも……あいつらを助けてやってくれないか」

 

昨夜の侵入事件、そして起こってしまった事故。

整備士として最善を尽くしながらも止めきれなかった事態に、彼もまた責任と悔しさを感じているのだ。

——それが、痛いほどに伝わってくるからこそ。

「——私はミグラントだ。例えどんな状況であろうと、依頼されたなら戦うわ」

1人のアクトレスとして、マギーは毅然と答えた。

 

「……それに、これの調整までしてもらったんだしね」

そう続けて、自らの左腕——アリスギアに接続された、金属の義手を一瞥する。

「今回の雇い主は、いいところでよかったわ」

「ハハッ、そりゃよかった——よし、飛ばすぞ!」

磐田は満足げに頷いて、気丈に声を張り上げる。

 

「メインシステム、通常モード起動!」

「ジェネレーター、稼働安定!」

「エミッション、初期出力最大っす !」

「イグニッション、カウント開始!」

整備士たちの声と同時に、アリスギアのブースターに火が灯る。

「システム、戦闘(コンバット)モードに移行——出るわ!」

青いエミッションの炎を噴き上げ、マギーは夕景へと舞い上がった。

 

 

 

「夜露ちゃん、しっかりしてください……!!」

製作所の前に着地して、楓は腕の中の夜露を見下ろした。

息はあるようだが、意識が戻る様子はない。

か細い息で乾いていく口元の血痕が、楓を焦らせる。

 

そして何より、ジニーを残したままなのだ。

「兎に角夜露ちゃんを預けて……早く戻らないと……!」

アリスギアのまま事務所に飛び込もうとした、その時。

「———っ!?」

事務所の向こう側、整備棟から、一筋の光が登っていくのを見た。

 

「あれって……!」「——楓さん!?夜露さんは……!!」

思わず目を奪われていた楓は、事務所から聞こえてきた安藤の声で我に返る。

「安藤さん!夜露ちゃんを介抱できますか!?」

「は、はい!とりあえず救護室まで……!」

担架を担いで飛び出してきたほかのアクトレスに夜露を預け、整備棟へと駆け戻る。

 

——後は、お願いします——!

待っていた磐田の姿を見とめながら、楓は心の奥でそう祈った。

 

 

 

「やばっ———きゃあっ!?」

躱しきれなかった射撃が、ジニーの足を掬い上げる。

例えアリスギアの次元隔絶が、直接的な損傷を与えないとしても——エミッションによる制御下では、衝撃が痛みとなって伝播する。

その逃れられない弱点(けっかん)が、ジニーの動きを鈍らせた。

 

そして——無慈悲な機械の獣は、その隙を見逃すはずもなく。

遠方より構えられた狙撃型の砲が、無防備になった少女(ジニー)へ向けて轟音を上げる。

「……流石にもう無理!ごめん、二人とも——!」

迫る弾丸に、ジニーは思わず目を閉じた。

 

——しかし。

果たしてその弾丸は、ジニーに届くことは無かった。

代わりに響いたのは、鈍い金属音。

ジニーとヴァイスの間に割り込んだ何かが、必中の砲撃を受け止めた。

 

「え————?」

——恐る恐る目を開く。

目の前に広がった光景に、ジニーは言葉を失った。

 

左膝部の装甲板から白煙を燻らせる、上下一対のアリスギア。

お返しとばかりにその肩から多連装のミサイルが放たれ、ヴァイスの群れに風穴を開ける。

そして巨大な黒鋼の狭間から覗いたのは、静かに靡く金色の髪だった。

 

ああ——まさか。

驚愕の中で、ジニーは確信する。

暗雲を引き裂いて、渡り鳥(ミグラント)が希望を運んできたのだと。

 

そう——一輪の花が、そこにあった。

青と黒、二色の花弁をエミッションの淡い光に彩られた、鋼鉄の花が。

「……よく耐えた。アクトレス」

アクトレスが——マグノリア・カーチスが、そこにいた。

 

「マギー、さん……!?」

「遅れてごめんなさい。でも何とか、間に合った」

謝罪と共に返される、ヘッドギアのバイザー越しの微笑。

すんでのところで送り届けられた助け舟に、らしくもなく頬が安堵に緩む。

「……それにしても。よく頑張ったわね、ジニー」

 

ぽんっと、肩に載せられる()()

その冷たい感触に、それが義手であると一瞬で理解する。

「……この程度。2人でささっと終わらせよう、マギーさん」

2人がかりでなら、十分突破できる——そう考えた矢先だった。

 

「……だまして悪いけど、仕事だから。

隊長、聞こえるか。予定通り指示系統をそちらに移管——単独で残ヴァイスを殲滅する!」

「——へ?」

その通達に、ジニーが耳を疑う間もなく。

四肢に備わったブースターから蒼炎を引き、マギーは残ったヴァイスの群れへと突っ込んだ。

 

「マギー!?」

思わず、ジニーは叫んでいた。

想像通りの景色——ヴァイスによる一斉砲火が、黒鋼のアリスギアへと殺到する。

 

——しかし。

「はああっ!」

鳴り響く、甲高い金属音。

弾幕を抜けたマギーの左膝が、ヴァイスワーカーの一体に突き刺さる。

吹き飛んでいくヴァイスワーカーへと、マギーは三日月状のクロスギアを握って追走する。

「ふッ!!」

青いレーザーが爆ぜると同時に、ヴァイスワーカーは真っ二つになって爆散した。

 

「何あれ——ていうか、蹴った——!?」

溶斬されるヴァイスワーカーを見て、ジニーはぽかんと口を開けた。

エネルギー発振型のクロスギアなど見たことがない。そしてそれ以上に驚かされたのは、蹴りと言う手段。

被弾、さらにいえば直接の衝撃を考慮されていない通常のアリスギアで、格闘戦を行うアクトレスなど殆ど存在しない。

マギーがこの手段を取れたのは、単純に「それができるから」だろう。

 

大型のミサイルコンテナを載せた肩部と、重装甲に覆われた脚部。

明らかに機動力より防御力を優先した、後衛砲撃戦型のギアなのだが——

「すごい……」

今ジニーの目の前で、マギーはヴァイスと鮮やかな高機動戦闘を演じていた。

大型のブースター——これも小回りが利かないはずの高出力型のものだ——を巧みに操り、弾幕の間を駆け抜けていく。

そしてその間にも、反撃の布石は打たれていた。

 

ヴァイスの間を抜け飛翔したマギーの右手から、青い燐光が迸る。

それはショットギア——アクトレスの切り札たるHDMと見紛う、超大型のレーザーライフル。

まるでエネルギーを溜めに溜めたかのように光り輝く撃砲を、マギーはヴァイスの群れへとつきつけた。

 

「——ブチ抜けえっ!!」

一閃。

残ったヴァイスを軒並み巻き込んで、空に光の橋がかかる。

『領域内の、全ヴァイス撃退を確認——』

「———」

任務完了を告げる機械音声も、全く耳に入らないまま。

目の前の光景に、ジニーは完全に言葉を失っていた。

 

大型のラジエーターフィンを、翼のように広げたドレスギア。

鳥の嘴のように伸びた、ショットギアの砲身。

夕景の中で立ち尽くすその姿はまるで——空にはばたく渡り鴉(レイヴン)のようだった。




Tips「マグノリア・カーチス専用ギア一覧」

〇ショットギア「X000 KARASAWA」
メーカー:ヤシマ重工
武器種:エネルギースナイパー
【マグノリア・カーチス専用】
『かなり大型の砲身を備え、単発火力に特化した超高出力型です。スペックを見た時は常識外の一言でしたよ。』

〇クロスギア「X100 MOONLIGHT」
メーカー:ヤシマ重工
武器種:両手剣
【マグノリア・カーチス専用】
『レーザーの刃で攻撃する、エネルギー発振型クロスギアの試作モデルです。全体にヤシマの最新技術が詰め込まれていますね。』

〇トップドレスギア「FreQuency/T」
メーカー:ヤシマ重工
【マグノリア・カーチス専用】
『重装甲に大型ブースターを搭載し、高い推力と防御性能を両立しています。極端な性能なので、扱いは相当難しいようです』

ギアスキル:サイレントライン
基本装弾数:6
『小型の強誘導ミサイルを連射する
機体負荷が軽く、発射直後に回避行動がとれる』

〇ボトムドレスギア「FreQuency/B」
メーカー:ヤシマ重工
機動タイプ:重装
【マグノリア・カーチス専用】
『単独での戦闘能力を重視して設計されています。最大出力に特化したブースター、大型の装甲板など、現在のアリスギアにはない装備が多く見られますね』

ギアスキル:ラストレイヴン
基本装弾数:4
『スキャニング機能を持った防御型ピジョンを展開する
起動中はダメージが削減され、また射撃のロック、誘導性能が向上する』


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Mission:5「The Perfect Rose」

お久しぶりですほんとうにごめんなさい

【お詫び】
今回を書いていて「あれ、これ順番逆じゃね?」となったので、
誠に勝手ながら話順を入れ替えさせていただきました(話順とかいう謎ワード)
今回が「Mission:5」となります。



成子坂製作所で起きた、ギアの停止事件。

これをAEGiS…それに属するADA(兵器開発局)はアクトレスの人命にかかわる緊急事態と判断。

警察による捜査と合わせて、成子坂製作所の調査が行われることが決定した。

 

行われるのは現場の点検、保管されているギアの点検、システムソフトウェアのチェックその他。

臨時休業となった成子坂製作所は、朝一番からてんやわんやの騒ぎだった。

 

「……はあぁ。やっと終わったよ」

長々と続いた聞き取り調査を終え、ジニーは疲れ切った顔で談話室のソファに座り込んだ。

今メンテナンスエリアでは、入れ替わりに楓が調査を受けている。

マギーは……とある理由で、先に調査を済ませていた。

 

「お疲れー、いやいや、昨日は大変だったねぇ」

「お疲れ様。ちょうど夜露からも連絡が来たわ。元気にしてますって」

談話室には、文嘉とシタラの姿。事前に臨時休業が申し渡されたため、他のアクトレスの姿は無い。

「そっか、良かった」

文嘉からの知らせに、安堵の声が漏れる。

昨日の出撃の後、夜露はすぐに近くの病院へ担ぎ込まれた。

軽度の気管支損傷ということで、そのまま入院している。

学生アクトレスと違って時間に余裕のあるマギーが、今見舞いに行っている所だ。

 

「……逆に何で2人はいるのかな」

「事務関係は私がやってるからそれで」「ルームメイトについてきただけであります」

敬礼して言い切るシタラに、ジニーは思わず苦笑した。

「ねぇジニー、調査って何訊かれたの?」

「メンテナンスエリアの侵入者の件。私とマギーさんが目撃者だったから」

「非常口ぶち破って逃げてったって奴ね……頭痛くなってきた」

頭を抑える文嘉の気持ちもわかる。頑丈なはずの非常口が鍵を壊されるでも外されるでもなく、文字通り吹き飛んでいたのだから。

 

「軽くミステリーだよね……爆弾でも使ったのかな」

「扉の反対側は殆ど荒れてなかったし、それは有り得ないわ」

「あ、もしかして……アリスギアを使った、とか?」

「いやいやシタラ、それは流石にないって」

シタラの閃き(?)を、一笑に伏すジニー。

アリスギアの悪用など、ヴァイス誘致罪に並ぶ大罪だ。そんなことをするものなど、流石にいないだろう。

 

「はぁ……わかんないことだらけだぁ」

3人そろって、ぐたっとソファに身を沈めた、ちょうどその時。

「……そんじゃあ、マギーさんのギアの話なんてどうッスか?」

そう言いながら部屋に入ってきたのは、整備部の鈴木だった。後ろには他の若手整備士も付いて来ている。

「あれ、向こうはいいんですか?」

「おやっさんが応対してくれてるッス。あそこに居たって、俺たち若手は足手まといになるだけなんで」

ADAの調査なんてわからないッスと、鈴木は苦笑した。

 

「それで、マギーさんのギアっていうのは?」

「そうそうそれ。これ見てよ、びっくりするから」

女性整備士の富田が、アリスギアのデータシートを映した端末を机に置く。

談話室に集った面々はそろってその画面を覗き込み、一斉に目を丸くした。

 

分厚い黒の装甲と、大型のブースターを備えた四肢モジュール。

装着するアクトレスを守るかのように、全身に配置されたプロテクター。

データシートに示されたマギーのギアは、明らかにありふれたそれとは異なっていた。

「はえーすっごい。変わった形してんねぇ」

全身装甲(アーマード)型のアリスギア……昔少しだけ製造されたけれど、すぐに無くなったやつね」

「確か高出力化のために開発されたものの、あまりの操作性の悪さに普及はされなかった、だっけ」

 

文嘉の呟きを補足して、再びデータシート上のスペックに目を移す。

これだけの重量と出力では、アクトレスへの負荷もかなりのものになる。相当な熟練者でなければ、使いこなすのは難しいだろう。

ふと、先日のマギーの独壇場を思い出す。

こんなギアを軽々と扱うその技量を、ジニーはあらためて思い知らされた。

「でもこれ、専用ギアだよね?わざわざこんなギアをオーダーしたってこと?」

「全身装甲は確かに使いづらいそうですが、その代わりに滅茶苦茶タフなんですよ。多少の整備不良があったところで、問題なく動いてしまうとか」

渡り(ミグラント)としてはその方がいいのかもね。ロクな整備を受けられないことだってあるかもだし」

 

そして、気になることはもう一つあった。

「ところで……こっちのウェポンギアが、ずっと気になってるんだけど」

「あー、それはッスね」「叢雲工業が開発を進めていた、新型ギアのプロトタイプです」

答えたのは、談話室に入ってきた楓だった。

「あ、お疲れー。聞き取り調査終わった?」

「はい、問題なく。……もう懐かしいですね、このギアも」

「新型ギアって……不正がバレる原因になったやつ?」

文嘉の問いを、楓は「それとは関係ありません」と否定する。

 

「もっと以前から計画されていたものです。既存のギアとは違う、先鋭化した性能をコンセプトに、いくつか試作されていました」

「先鋭化っていうか、ただのモンスターマシンに見えるんだけど……」

ジニーがそう溢してしまうほど、マギーのウェポンギアは極端なものだった。

HDMと言われてもおかしくないサイズの、超高出力レーザーライフル「KARASAWA」。

クロスギアの「MOONRIGHT」に至っては、高集束レーザーの塊をゼロ距離で叩き込むという「エネルギー発振型クロスギア」だ。

既存のアリスギアとは一線を画すギミックを計画していたのはさすがはヤシマの傘下企業と言うほかないが……ここまで極端な性能にしてしまっては、扱いづらさは相当なものだろう。

 

「実際ジニーさんの言う通りでした。私達が性能試験をしたときは、リンでさえギアに振り回されていましたから」

まさか専用ギアにして使っているアクトレスがいたとは、楓も思ってもいなかったらしい。

「……むしろ『FreQuency』と併用したからこそ、こちらの性能も上手く引き出せているのかもしれませんね。なんでわざわざそんなことをしているのかはわかりませんが」

「まったくッス。おかげでこっちは色々苦労させられて……」

眼鏡をくいっとして語った松田の考察に、何故か鈴木が恨み言を漏らした、その時。

 

「おいお前ら、結論が出たぞ」

整備部長の磐田が、ADAの職員を連れて戻ってきた。

「磐田さん!」「それで、どうだったんですか!?」

詰め寄る面々をまあ落ち着けと諫め、磐田は隣の職員の方を向く。

「……説明、願えますか」

「はい。メンテナンスエリアと全てのギアのシステムを解析した結果、先日運用された比良坂夜露さんのギアに、クラッキングの痕跡が認められました」

 

外的要因によるソフトウェア破損が引き起こした、突然の機能停止。

それが、ADAが出した結論だった。

 

その場にいた全員に、動揺が走った。

「No way!! アリスギアがハックされるなんて……!」

「そちらの方のおっしゃる通り、こんな事態は今まで初めてです……正直、こちらもかなり困惑しています」

「まぁ、遅かれ早かれ起こりうるとは思ってたけどさぁ、まさかウチがその被害を受けるとは……」

ADAの職員も前代未聞と答えた事態に、シタラさえも嘆息する。

 

「一般的なアリスギアのメンテナンスユニットは、AEGiSのデータ収集のためにネットワークを構築しています。ですが今回の場合、メモリ型ツールなどを用いたダイレクトなハッキングと考えるのが妥当でしょう」

「あの侵入者、きっとこれが狙いだったんだろうね」

そう言って、ジニーは思案した。

ドアの破壊にアリスギアを使った可能性。

そしてこんな妨害をする理由があるのは、ジニーの知る限りただ一つ。

(ノーブルヒルズが……?やってることが派手すぎる気もするけど……)

 

「それで、今後どうなるんですか?

「警察からの指導とは別に、AEGiSとしての見解を通達します。新宿エリアにある、整備施設を保有する全アクトレス事業所に対して、順番に点検とプロテクトの供給を……」

ハッキングもギアの悪用も当然、露呈すればただでは済まない。

 

「ってことは、まだこっちは動けないのか!?成子坂は他企業との係争下なんだぞ!?」

「いえ、成子坂製作所は明日からの再開を許可されると思います。プロテクトの構築にも、時間がかかりますから」

たかが一企業が、そんな大それたことをするのだろうか?

 

(一体、何が起きようとしてるの……?)

根拠はない。

だが、ジニーの心は訴えていた。

この事件は、ただの企業間の係争では終わらない——と。

 

おもむろに、ジニーは立ち上がった。

「ジニー?」

「マギーさんに伝えてくる。そろそろ戻ってくる頃だろうし」

「え、ええ。わかったわ……?」

困惑する文嘉をよそに、事務所を出るジニー。

些か無理やり出てきてしまったと自嘲しながら、日が落ちていく街並みを急ぐ。

 

ジニーが足を止めたのは、夜露が担ぎ込まれた病院に隣接した薬局の前。

ふうっと息をついて、事務所から持ち出した端末に視線を落とす。

正直これが許されるのかどうかわからないが、それでもこうするしかないと思った。

「ジニー?どうしたの?」

その声に、ジニーは顔を上げた。

青い渡り鳥(ミグラント)が、戸惑った目でこちらを見つめていた。

 

 

 

夜の東京シャードから、光が消えることはない。

21世紀の都市が再現された街並みは、かつて地球という星の上にあった時と同じように息づいている。

 

そして、それらを見下ろす展望台の上。

「ちょっと、明日は動けないってどういう事よ!せっかく成子坂を止められたってのに!!」

青いワンピースの腰に手を当て、琴村朱音は握った端末にいら立った声をぶつけていた。

『そうは言われましても、AEGiS立会いの下の点検となっては断れないでしょう。成子坂の妨害には成功しましたが少々、派手に動きすぎたかもしれませんね』

「何よ!忍び込んでハッキングしろって言ったのはそっちじゃない!!」

 

通話先の男の声に、更に不機嫌になる朱音。

成子坂製作所での事件が引き起こした、AEGiSによる事業所の一斉点検……それが早くも明日、ノーブルヒルズ・ホールディングスを対象に行われることとなったのだ。

『まあ偶然でしょうが、係争中にこれは痛い……向こうには一人、渡りのアクトレスもいるそうですからね』

 

朱音はふんと、不満げな声を漏らす。

「あんな時代遅れのフリーター、敵じゃないわ!それよりも、本当にあたしたちに勝たせてくれるんでしょうね!」

『勿論。成子坂製作所はここで完全に排除します。我々としても、それが目的なのですから』

その言葉を聞きながら、朱音は一度深呼吸した。

 

そう、「彼ら」と目的は同じ。

この係争で成子坂製作所を潰す。そのために力を貸すと、「彼ら」はノーブルヒルズの重役に取り入ってくれたのだから。

『予定通り、次のプランへと進めましょう。妹さんはいますか?』

「ええ……天音」

振り返り、白いワンピース姿の妹に声を掛ける。

 

自分とよく似た顔立ちの少女は、不安げにこちらを見つめ返した。

「う、うん……お姉ちゃん」

「予定通り、あんたの出番よ。これで成子坂に勝ちは無くなるわ」

弱弱しく頷く妹に、朱音はため息をついて踵を返す。

あの黒いギアのアクトレスは予想外だったが、そんなことは関係ない。

——成子坂に勝てれば、なんでもいい。

 

「見ててね、凪さん。あたしたち……勝ってみせるから」

朱音は瞑目し、誰にともなく呟いた。

 

 




Tips「全身装甲型アリスギア」
アリスギア開発の中で生み出された、特殊なギアのひとつ。
エネルギー効率が重視された時代の流れと逆行するかのように、被覆面積を増やして四肢の装甲、ブースターを大型化し、高出力化が試みられている。

結果として出力上昇と容量増加には成功し、また多少の整備不良はものともしない程の堅牢さ(特にこれは今日の繊細なアリスギアにはない利点である)を獲得したものの、総合性能は非常にピーキーなものとなってしまい、アクトレスからの評価は低かった。
最終的にはごく少数のモデルが製造されるに留まり、この様式の専用ギアを運用するアクトレスもほとんど存在しないとされている。

Tips「マギーの義手」
マグノリア・カーチスが、専用ギアと共に成子坂に持ち込んだ義手。
ギア同様ヤシマ重工製のオーダーメイド。東京シャードにおいて一般的な神経接続式のものではなく、ギアと接続することで戦闘中のみ使えるもの。(左肩は固定されているだけになっている)。システム的にはドレスギアのアーム型武装の小型版と言える。
義手としての性能は低く、武器を構えるといった簡単な動きしかできない。それでも大型かつ超高出力の専用ギアを扱うのに必要なのだが、整備、調整が難しく万全の状態で使えないこともあったらしい。


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Mission:6「Trickster」

いまいちヴァイス撃退査定の基準がわからない。

キャラの喋り方についてはメガネに知識の偏りがあるので感想とかで指摘いただけると嬉しいです。
マギーはそれっぽく頑張ってます。



「こんにちは!レポーターの宇佐元杏奈です!」

スタジオの中央で、女性アナウンサーが一礼する。

平日夕方のニュース番組『東京アクトレスニュース』

そのメインキャスターを務める彼女は、テレビ局の人気アナウンサーだ。

 

「本日も『エキサイティングバトル』では、成子坂とノーブルヒルズの熱戦をお伝えしますっ!」

杏奈の横にあるモニターに、2つの事業所のマーク、そしてAEGiSによるヴァイス撃破査定ポイントの累計が映し出される。

「初日の出撃では両者ともに、小型ヴァイスの撃退となりましたが……昨日の出撃で、成子坂が大型ヴァイスを撃破!リードを奪いました!」

画面上のポイントが変化し、映し出されるのはノーブルヒルズ8000、成子坂36000。

ワーカー級の複数撃破に成功した成子坂が、ノーブルヒルズを突き放した形だ。

 

「——そして注目すべきは、成子坂の出撃での一幕です」

モニターが、ギアを纏った薄紅梅の髪の少女を映す。

「ヴァイスとの交戦中、成子坂のルーキー、比良坂夜露ちゃんのギアに異常が発生し、撤退を余儀なくされました。この非常事態に、継戦は困難かと思われましたが……

途中参戦した1人のアクトレスによって、殲滅に成功しましたっ!」

杏奈の声と同時に、モニターに映るアクトレスが変わる。

 

黒鋼のアリスギアを纏った、金髪のアクトレス……マギーの姿だった。

「彼女の名はマグノリア・カーチス。成子坂製作所と短期契約を結んだ、渡りのアクトレス……ミグラントだそうです」

説明した杏奈自身の瞳も、興味津々と言った表情だ。

「何にも縛られず、自由に空を舞ったというミグラントたち。マグノリアさんも、その信念のもとで戦っているのでしょうか……目が離せませんね!」

自らを映すカメラに、杏奈はニコリと笑顔を投げた。

 

 

 

「あ、ほら!マギーさんが映ってるっすよ!」

画面に映し出されたアクトレスを、嬉しそうに指さす夜露。

「ん?……あら、本当ね」

「むぅ……なんか反応が塩っす」

スツールに座ったマギーのそっけない反応に、夜露はベッドの上でむくれ顔を浮かべた。

 

音量を絞られたテレビの音が、静かに響く病室。

夕方の街の喧騒はそれほどでもなく、茜色の光がカーテンの隙間から降り注いでいる。

引き続いて流れているヴァイス撃退戦のダイジェスト映像を眺めながら、夜露はぷあっと小さな欠伸をした。

 

ヴァイスワーカーによって深手を負った後、夜露が目を覚ましたのはこの、新宿エリアの一角にある病院の病室だった。

その時にはすべて終わっていたらしく、隊長たちが駆け込んできたのもすぐのこと。

夜露自身の対応については少量とはいえ喀血していたこともあり、傷が治るまで少しの間入院することになって、今に至る。

丸一日ベッドの上で暇を持て余していたところに、マギーが様子を見に来てくれたのだ。

 

夜露はコーナーの変わったニュースを消し、改めてマギーの方へ向き直った。

「マギーさん、本当にありがとうございました。楓さんとジニーさんを助けてくれて」

「当たり前の仕事をしたまでよ。こうやって実力を売るのが、私みたいな渡り(ミグラント)のやり方だから」

自分のようなフリーランスのアクトレスは、力でしか価値を示せないのだと。

どこか自嘲気味に答えたマギーに、夜露は怪訝な顔を向けた。

 

「じゃあどうして、マギーさんはミグラント……?になったんですか?あんな実力を持ってるなら、どんな企業にも入れるのに……」

「……私は、企業のやり方が嫌いなだけよ」

ため息1つついて、マギーは答える。

「アリスギアの技術が確立されて、ヴァイスは人類の脅威なんかじゃなくなった。

それだけじゃない……アリスギアを開発する企業にとっては、あいつらは『資源』になった」

 

長い戦いの歴史の中で改良が繰り返された今日のアリスギアは、その殆どがヴァイスの残留機関を流用している。

アリスギア開発を手掛ける企業にとって、ヴァイスはシャードを脅かす人類共通の敵であるとともに、重要な開発資源でもあるのは事実だ。

そして、果たしていつの頃だったのだろうか——「アクトレス」と「アリスギア」の立場が逆転したのは。

人類を守る(イージス)である事実は変わらないまま、現実としてアクトレスは、企業の技術力を見せるための看板にもなっていた。

 

「おまけに企業が暴走したときに、不利を被るのはいつもアクトレス側。叢雲の一件はまさにそうだったでしょう?」

夜露ははっとして、気まずく俯いた。

楓たちが成子坂に移籍する原因になった、叢雲工業の不正行為。

新型アリスギアの虚偽報告、企業利益のためのヴァイスの利用……結果的には叢雲の消滅で片が付いたが、楓たちの解雇と移籍などしわ寄せ以外の何物でもない。

 

——正義感の強い楓がずっと負い目を感じているのも、夜露は知っている。

「……それが嫌なのよ、私は。アクトレスには、もっと自由でいてほしかった」

物憂げな青い瞳が、カーテンの隙間から見える青空を仰ぐ。

嘗て存在した他のミグラントたちも、同じ意志の下戦っていたのだろうか。

自らの力だけを頼りに——ひとりぼっちで。

 

夜露は小さく頷いて、もう一度マギーの方を向いた。

「……でも私、成子坂があってよかったって思ってます」

確かに、今のアクトレスは企業に縛られた存在なのかもしれない。だけど。

「隊長とか、他のアクトレスのみんなに会えて、一緒に戦えてるんですから。

私はそれが、とても楽しいんです。」

自分にとっては、成子坂製作所に入ったことは間違っていなかったと。

 

そう言って笑った夜露に、マギーも思わず笑みを返した。

「そう……そうよね。成子坂の人たちは、みんないい人だもの」

「はいっ!」

返事を返したところで、夜露はふと気づく。

話している間にいつの間にか日が落ちて、外はすっかり夜景になっていた。

 

「そういえばマギーさん、今日は事務所の方に行かなくていいんですか?」

「ええ……今日はちょっと、出撃が出来なくなったから……」

「出撃が出来ない……?」

首を傾げた夜露に、困り顔で頷くマギー。

 

問題になっていたのは、動作を停止した夜露のギアだった。

次元隔壁、非常用防衛システム、最終手段の緊急脱出装置(ベイルアウト)

アリスギアに搭載された何重もの安全装置は、ギアの制御機構の中でもきわめて根本的な階層に紐づけられ、動作を保証されている

それらがことごとく動かなかったというのは、ただの整備不足で片付く話ではない……事態を重く見たAEGiSが、動き出したのだ。

 

「今朝から兵器開発局(ADA)の職員が来て、メンテナンスエリアとアリスギアの調査をしてる。それで今日は、出撃は見合わせてるの」

「な……なんか大事になっちゃってるんですね……」

夜露は思わず息を呑んだ。

アリスギア開発の最前線であるAEGiSの研究機関の名前まで出てきたことに、驚きを隠せない。

 

「それだけAEGiSも、今回のことに驚いてるみたいね……昔の二の舞はこりごりなのは、こちらも同じだけれど」

ため息を吐きながら、マギーが立ち上がる。

「もうこんな時間……ごめんなさい、そろそろ事務所に戻らないと」

「わかりました。今日はありがとうございます、マギーさん」

「ひとまずこっちの心配はしないで、ゆっくり休んで。それじゃあ」

病室を出ていくマギーを見送って、夜露はぽふっとベッドに寝転んだ。

 

 

 

「……あら?」

病院を出たところで、マギーは思わず立ち止まった。

隣接した薬局の前で、ジニーが待っていたからだ。

「ジニー?どうしたの?」

「マギーさんがお見舞いに行ってる間に、ギアの異常の原因が分かったんだ。

メッセージでも良かったんだけど、なるべく速く伝えたくて」

そう理由を語ったジニーの表情は、いつも通りのように見えて強張っている。

 

「その顔を見るに、あまりいいニュースじゃないみたいね」

「……Yes.見て、これ」

頷いたジニーが、1つのパラグラフを映した自分の端末を差し出す。

その画面を眺めて、マギーは目を見開いた。

「っ……」

幾つかのパラメータと、結論として短く綴られた真実。

ふと覚えた胸騒ぎは、ジニーも同じだったようだ。

 

「……マギー、もしかしなくても、この戦い……」

「……ええ、荒れるわ。間違いなく」

示し合わせたかのように、2人は空を見上げる。

シャード内壁に投影された、偽りの空。

 

 

「見つけたぜファーストスター、今日も描くビーザスター!」

「えーっ、速いよやよいちゃん~」

同じ空を見上げる人々の、変わらない日々。

 

 

 

「……明日は、雨が降りそうですね」

「そうですか?こんなにきれいに星が見えるのに」

「うん、なんだろう……わたしも、そんな気がするかも」

そんな日常を照らす光は、どうあってもそこに影を落とす。

 

 

 

誰も目を向けないような、小さな小さな影の中で。

全てを焼き尽くす炎の種は、静かにくすぶり始めていた。

 




Tips「AEGiS(イージス)」
アウトランド(シャード統括機関)に属する、ヴァイスの襲撃に対処するための行政機関。
各ムーンシャードごとに存在する。

アクトレス部隊の管理やヴァイス警戒網の維持、関連機関や企業との調整、研究機関や学校の運営等々、その業務は多岐にわたる。

Tips「叢雲工業」
日系企業をルーツに持つアリスギアの老舗「ヤシマ重工」傘下のヴァイス対策関連企業。
スラスターエンジンの開発を主力とし、
新型の高性能ドレスギアの発表で注目を集めていた。

しかしヴァイスによる市街地侵攻の際に数々の不正が明るみになり、事業所は消滅。
委託されていた業務は成子坂製作所に引き継がれ、所属していたアクトレスも移籍している。





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Mission:7「Peek A Boo」

実際のゲームで苦戦することが大型ボス戦以外殆どないので、
戦闘シーンがどうしても薄くなるのが悩ましい所です。


「というわけで、『トライステラ☆』に決定!!」

昼下がりの事務所に、シタラの元気な声が響き渡る。

人員増加によって再構成された、シタラ、ジニー、舞によるセカンドチーム、その名前が決まった——ということで、その発表会をしていたのだ。

 

「若い子たちは楽しそうねー」

離れたところで呆れ気味に呟いたのは、成子坂に所属するアクトレスの一人、四谷ゆみ。アクトレスとしては年長の24歳だが、縁あって長くこの事業所に勤めている。

「ま、それはいいとして……どう、マグノリアさん?成子坂は気に入ってもらえた?」

楽しそうな後輩たちから一度目を離し、ゆみは隣に座る同年代に問いかけた。

 

「ええ、とてもいいところだと思う」

と、肯定を返すマギー。

「アクトレスのみんなは頑張ってるし、規模の割に設備はしっかりしてるし……ああそうだ、食堂のご飯も美味しかったわ」

一度零落したとは思えないと、マギーは答えた。

 

「……まぁ、ね。みんな、本当に頑張ってくれたから」

ゆみは答えて、またアクトレスたちを一瞥する。

叢雲による吸収の危機を救ってくれた、シタラと文嘉……そして、今ここにはいない夜露。

古巣から追いやられてなお、新しいこの場所で戦ってくれている、楓たち元叢雲工業所属のアクトレス。

そして彼女たちの縁を辿って集まってくれた、多くのアクトレスたち——正直なところ、こんな光景が見られるとは思ってもいなかった。

成子坂は、確かに変わった。

 

ゆみはふうっと息をついて、マギーへと少し意地悪な目を向ける。

「でも、そんなにべた褒めされるとは思わなかったわ。ミグラントって要は、企業体制が気に入らないアクトレスのやり方なんじゃないの?」

「全部が全部そうとは限らない。一つの組織に肩入れしたくないって人とか、単純に渡りのやり方が楽しいっていう変わり者もいるから」

そこで一度「それにね」、と区切り、マギーは一人の少女の言葉を口に出した。

 

「昨日、夜露に言われたのよ。私はここに来てよかったって……あんな目にあったのに、笑ってた」

彼女は自らが傷ついたことを悔いながらも、仲間の勝利を祝った。

彼女はフリーランスという異分子にも、何の屈託のない感謝を贈ってくれた。

正直なところ、それは予想外だった——何故なら。

「企業に居る中でも、自分がしたいように出来てる。自分が満足できるように、ね。

少し驚いたけど——嬉しかった」

「なるほどねぇ……マグノリアさんは自由が好き、と」「それは勿論」

 

何がおかしいという顔で、マギーは続ける。

「——好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく」

「何それ」

「昔の仕事仲間が言っていたことよ。ここの人たちは、それができる気がする……

私は、そういうアクトレスに手を貸したいの」

「そう……それが、貴女なりのやり方ってこと」

ゆみがふっと笑顔を浮かべた、その時だった。

 

「はい、こちら成子坂……えっ、琴村さん!?」

指令室から声が聞こえるや否や、文嘉が事務所に駆け込んできた。

「文嘉!?」「救援要請の通信よ、ノーブルヒルズから!」

その場にいた全員が瞠目した。

「ノーブルヒルズって……今日は点検で動けないんじゃないの!?」

「今はそれを論じてる場合じゃない!通信こっちに繋ぐわ!」

文嘉がコンソールを叩くと、事務所の内線から通信の内容が流れ始める。

「す、すみませんっ、ノーブルヒルズの琴村天音ですっ!」

 

聞こえてきたのは、弱弱しい少女の声だった。

『交戦中に成子坂さんの出撃予定宙域に迷い込んでしまって……た、助けてくださいっ!!」

「ジニー、今のがノーブルヒルズの?」

「うん、双子の妹の方。でもどうして単独で……?」

ノイズが混じった通信からは、ギアの射撃音も聞こえてくる。本当に交戦中のようだ。

しかし、他のアクトレスが居るという雰囲気ではない。

 

ジニーが怪訝に思っていると、文嘉が端末を握ったまま振り返った。

「隊長が要請を承諾したわ。トライステラは出て!マギーさん、サポートで出撃お願いします!」

「「了解!!」」

シタラたちが整備棟へと駆け出す中、ジニーは一人、ぼんやりと立ち止まっていた。

 

稼業停止日であるにもかかわらず、単独での出撃。

そして、あのメンテナンスエリアでの事件もあるいは——

(何なの、あいつ等……どうして此処まで……!)

 

「ジニー?」

「わっ……ま、マギーさん」

すぐ目の前にいたマギーの声に、我に返る。

何か返す間もなく、肩にとんと手が置かれた。

「何か気になるんなら、後で聞くわ。今は目の前の依頼に集中して」

「……わかった。ありがとう」

マギーは満足げに頷き、整備棟へと走り出す。

ジニーも急いで、その後へと続いた。

 

 

 

「こんな時にあれなんだけど……」

交戦ポイントへと急行する最中、シタラがふと切り出した。

「ポイント差って、今どうなってるんだっけ」

「昨日ノーブルヒルズが大型ヴァイスを撃破したみたいで、少し詰められてるね」

「まだこちらが優勢よ。それにこうやって、向こうが美味しい依頼を持ってきてくれた」

ついでにここで差をつけてやろうと、笑みを交えて言うマギー。

 

程なく雲一つない蒼穹の中に、ちらちらと瞬く光線が見え始めた。

「見えた!」「先行する、ヘイトが私に集まってるうちに殲滅して!」

四肢のメインブースターから蒼炎を迸らせ、黒鋼のギアを纏うマギーが戦火の中へと突撃する。

交戦ポイントではヴァイスワーカーの群れが、1人のアクトレスを包囲していた。

 

「聞こえるか、ノーブルヒルズのアクトレス!」

叫ぶと同時に、レーザーライフルを真正面へと発射する。

「あなたは……!?」

「救援要請を受けて来た。私が陽動するから、他のアクトレスと殲滅を」

ビームに驚いて振り向いたアクトレスに伝え、もう一度周囲を見回す。

突如現れたマギーへと、ヴァイスの目は集まっていた。

 

布石は打った。

「——じゃあ、よろしく!」

アクトレス——琴村天音に言い残し、マギーは手近なヴァイスワーカーへと突撃した。

『!!』「遅いッ!」

青い閃光が瞬くと同時に、溶斬されるヴァイスワーカー。

その爆風にさらに注意を逸らされた敵の群れは、直後ショットギアの弾幕に晒される。

 

「よっしゃ!一気に押し切るよー!」「Yes sir!!」「う、うんっ!」

トライステラ☆による一斉射——特にシタラの重武装化されたギアは、何もさせないままヴァイスワーカーを穴だらけにしていく。

発射(FOX)!!」「En Face!!」

機動力に優れたジニーと舞による追撃もあり、その場にいたヴァイスワーカーは苦も無く全滅した。

 

「いよっし終わった!天音さん、大丈夫!?」

「シタラ、油断しないで。まだ来るみたいよ」

マギーの声から殆ど間を空けずに、空間を蝕むようにワープドライブが発生する。

「Oh,第二波のお出ましだね」

「結構いる……囲まれないようにして……っ!?」

おどおどとつぶやいた舞の横を、不意にショットギアのレーザー光が掠めた。

 

「天音さん……!」

撃ったのは、後方にいた天音だった。

不安げな表情のままだが、その手に握ったアリスギアは、迷いなく眼前の敵を捉えている。

「私だってアクトレスです……!あなたたちには、負けません!」

毅然と、少女(アクトレス)は叫ぶ。

それを見たマギーは、バイザー越しに満足げな笑みを投げかけた。

 

「……ははっ、いいじゃない。面白くなってきた!」

言うが早いか、1人で飛び出していくマギー。

「ちょっ、マギーさん!」「私達も続くよ、舞!」「う、うんっ!!」

3人もそれを追って、ヴァイスワーカーへと攻撃を開始する。

交錯する無数の光条。それらが全て止むころには、ヴァイスの群れは跡形もなくなっていた。

 

「今度こそ、終わったよね……?」「なんか結局、マギーさんが大体持ってった気がする」

ショットギアを下げる舞の横で、ため息交じりに呟くシタラ。

程なくジニーも、ショットギアを片手に軽快に戻ってくる。

「せっかくトライステラ☆の初陣だったのに、今日はマギーさんがMVPだね」

「流石ミグラントと言うべきか……あ、そうだ天音さんは」

きょろきょろと辺りを見回したシタラは、少し離れたところの光に目をとめる。

「あれ?天音さんと……マギーさん?」

「どうしたんだろ。行ってみようか」

3人はそろって、マギーのいる方へと向かった。

 

 

 

「はあっ、はぁ……終わった……」

「……お疲れ様。大変だったわね」

1人離れたところで飛んでいた天音に、マギーは後ろから話しかけた。

「あ、えっと……マグノリアさん……?」

「へぇ、ちゃんと調べてるのね。そう、フリーランスのマグノリア・カーチスよ。

貴女たちに勝つために、成子坂に依頼されて働いてる」

敢えて挑発気味に返し、ついでに気になっていたことを尋ねてみる。

 

「聞かせてもらっていいかしら。どうして、緊急点検中なのに出撃していたのか」

「そ、それは……」

「言いにくいことならいいの。なんなら、成子坂の人たちには秘密にするわ」

少女は不安げな顔のまま、それでしたら、と頷いた。

「か、会社の人が懇意の事業所にお願いして、1人だけでも飛ばせないかって……」

 

マギーはため息を吐いた。

想像はついていたが、やはり企業側の無理強いだったようだ。

「……大変だったわね」

「い、いえっ、最終的に承諾したのはわたしですし、それに……」

ふるふると首を振った少女は、すっと射抜くようにマギーを見つめる。

「負けるわけには、行きません。わたしたちは」

「……」

その鋭い瞳と言葉に、マギーは一瞬圧倒された。

一見気弱そうに見えたが……もしかしたら、なかなかの強敵なのかもしれない。

 

「いい度胸ね。少し見直したわ」

それでも、マグノリア・カーチスは告げる。

「だけど、私も勝ちは譲れない。ミグラントとして、成子坂を勝たせるのが今の仕事だから」

ノーブルヒルズのアクトレスと別れ、事務所へと帰還する。

「……絶対。絶対負けませんから」

繰り返されたその言葉は、マギーの耳には届かなかった。

 

 

 

——そして異変は、翌日に起こった。

「はい。成子坂……隊長さんですか?」

最初にその知らせを受け取ったのは、隊長からの通信に応じた事務員の安藤だった。

「あ、昨日の分の集計結果ですね……えっ?」

送られてきたデータ……昨日の出撃までの、両事業所のヴァイス撃破ポイントの累計。

いつものようにそれを受け取った安藤は、中身を一瞥して瞠目した。

 

「どうして、こちら側に1ポイントも入っていないの……?」

成子坂製作所——36000。

ノーブルヒルズ・ホールディングス——54000。

昨日の出撃の成果は、全てノーブルヒルズの側に入っていた。

 




Tips「チーム:トライステラ☆」
シタラと彼女の友人2人で構成された、成子坂製作所のセカンドチームの一つ。
ジニーの故郷、旧アメリカの国旗「星条旗」、
バレリーナの星である舞、
そしてサンスクリット語で星を意味するシタラ……と、3つの星になぞらえて名付けられたもの。

重武装の後方支援型、軽量の近接戦闘型、攻撃力を重視した遊撃型とギアの傾向が綺麗に分かれており、
欠落している前衛タンクの役に入るために、全身装甲型アリスギアを駆るマギーがサポートに入っている。





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Mission:8「On the Corner」

語 彙 力 が 足 り な い !


「すみません、色々ご迷惑をおかけしました、隊長」

運転席の隊長にお礼を言って、夜露は数日ぶりに成子坂製作所の前に立った。

今日は怪我で入院していた夜露の退院日。荷物やら何やらを両親に任せ、夜露は隊長の運転する車で事務所まで戻っていた。

両親には無理はするなとさんざん言われてしまったが、とにかく今の状況が気になって仕方なかったのだ。

 

事務所のドアに手をかけ、はあっと息を吐く。

よし、と呟いて、何時ものように扉を開け、

「お久しぶりです!比良坂夜露、復帰しました……もぎゅっ!?」

「うわああああああ!夜露~~~!!」

小さいけど大きいシタラのダイレクトアタックを喰らった夜露は、そのままもんどりうって倒れ込んだ。

「し、シタラ先輩!?どうしたんですか!?」

「ったく……お帰りなさい、夜露。何が起こってるのか説明するわ」

見かねた文嘉がシタラをどかし、夜露を助け起こす。

 

そして夜露は、文嘉もつい先ほど聞いたという現状を伝えられた。

昨日、ノーブルヒルズが単独で出撃を強行したこと。

出撃した双子の妹の方——天音が成子坂の出撃予定区域に迷い込み、救援要請を受けたこと。

その共同作戦による撃破ポイントが、全てノーブルヒルズに加算されたことを。

 

「そんなのおかしいっすよ。大型ヴァイスが全部、向こうに取られでもしたんですか?」

「なわけないでしょ、逆よ逆。大型はこっちが殆ど持ってったはずなのに、ポイントは全部ノーブルヒルズに入ってるの」

「AEGiSからの通達によれば、ノーブルヒルズの方が作戦に貢献していたという判断とのことですが……撃破ログが記録されている以上、こんな結果にはならないはずです」

 

答えた安藤も、納得していない表情を浮かべている。

「むむぅ……あの双子の仕業っすかね」

「そんなわけない……って言い切れないのが歯がゆいわ」

そう言って、ため息をつく文嘉。

「最大手だった叢雲に代わって、落ちこぼれだった成子坂が活躍してる。この状況を快く思わない勢力が、AEGiSに働きかけてるんでしょ」

「……ノーブルヒルズは、その尖兵役ってわけかぁ」

なんすかそれと、夜露は頬を膨らませる。

 

「それじゃあ、どうやっても勝てないじゃないですか」

「全くよ。こっちはミグラントまで雇ったってのに」

憤慨する2人。

その中でシタラが、ふと疑問を投げかけた。

「……あのさ、そのマギーさんなんだけど」

「シタラ?」「先輩?」

「わたし、ちょっと考えてたんだけど。なんでマギーさん、成子坂の味方をしてくれたんだろうって」

 

珍しくおちゃらけた様子もなく、率直に尋ねるシタラ。

「それは……係争に乗じて稼ぎたかったんでしょう?」

そんなシタラに一瞬面食らいつつも、文嘉は当然のようにそう答える。

この意見には、夜露も異論は挟めなかった。

マギーが来たばかりの頃に怜が同じことを言っていたが、マギーにとってこの係争は、純粋に稼げるチャンスなのだろうと思っていた。

 

しかし、シタラは違う意見を持っている様子だった。

「んーでも、さっき文嘉が言ったみたいに、わたしたちって業界から見れば嫌われ者なわけじゃん?そんなとこにわざわざ雇われに来るかなって」

夜露と文嘉は、はっと顔を見合わせた。

「全然気にしてませんでしたけど、言われてみれば……」

「情勢より、古参であることを優先した……?でも……」

 

単純に勝機か、古参であることの信用か、はたまた成子坂の方が稼げると踏んだのか。

理由は色々考えられなくもないが、現状が現状である。

「……なんだか、マギーさんに悪いわね」

「そうですね、信用して来てくれたのに……」

「うん……」

やるせなさに、3人でため息をついた時。

 

「ん、出撃指示よ。準備して……っ」

端末に目を通した文嘉の表情が、ぴくりと強張る。

「共同作戦依頼ね、これ。依頼元はノーブルヒルズ」

「うっわ……」

思いっきり苦い顔をするシタラ。こんなもの、罠以外の何でもない。

「これ、断れないんですか?」

「残念ながら直接依頼の無視は信義則違反よ。今の状況だとリスクが大きすぎる」

事業所にも面子ってものがあると、文嘉は苦々しく答えた。

 

「仕方ないですね。すぐに準備を……」

「あ、隊長が夜露は病み上がりだから出さないって。またトライステラ☆で行くよ」

もう一度むくれる夜露をよそに、出撃準備を始めるシタラ。

「言うまでもないけど、気を付けてね、シタラ」

「んー。じゃあ、また後で」

どこか力なく事務所を出ていくシタラを、夜露は何とも言えずに見送った。

 

 

 

同刻、メンテナンスエリア。

「あら?」「「あ」」

整備ハンガーの前で、マギー、ジニー、楓はばったり落ち合った。

「こんにちは、2人ともギアの準備?」

「専用ギアのチューンアップが終わったって聞いて、楓と確認しに来たんだ」

ジニーは答えて、いそいそと制御端末の方に歩み寄る。

 

「——流石に、ここまでされるとは思わなかったわね」

まるでジニーたちの心情を見透かしたかのように、マギーは振り向くことなく口を開いた。

「そう……だね」

「……やはり、ノーブルヒルズの仕業でしょうか」

「新鋭の一企業に出来る事とは考え難いわ。成子坂が気に入らない勢力がAEGiSに取り入ってるんでしょう」

これだから企業の連中はと、吐き捨てるように呟くマギー。

 

彼女の方も、成子坂が逆風にあるという認識はあったらしい。

「どうにか、出来ないのかな……」

「……難しいでしょうね。成子坂に味方してくれる勢力が、AEGiSにあるのならあるいは、ってところかしら」

成子坂に所属して日の浅いジニーは、そのあたりの事情はよくわからない。

だが文嘉やゆみといった古参のアクトレスの様子を見る限り、その見込みは薄いだろう。

 

「厳しいなぁ……」

ジニーが呟いたちょうどその時、個人用端末が音を立てた。

「あ、任務取れたって……うわ、ノーブルヒルズからの共同出撃依頼だ」

何それ、と眉をひそめるマギー。

「気に入らない……断れないの、それ?」

「そういうわけにもいかないみたい。またトライステラとマギーさんで出てってさ」

「……了解。隊長さんに言われたら断れないわ」

不満げな様子で準備を始めるマギーに、ジニーもついていく。

 

「……じゃあ楓、また後で」

「あっ……はい。頑張ってください」

楓は一人、不安げな顔で2人を見送った。

 

 

 

「交戦座標到着。もう始まってるわね」

「数は多くない……突っ込んで私たちで抑えよう!」

ジニーと舞を前衛に、交戦区域へ突入する。

確認できたのは小型ヴァイスが数体。そしてそれらと交戦する、汎用ギアを纏ったアクトレス。

「チッ……!」

見覚えのあるその姿に小さく舌打ちしながら、ボトムギアのレーザーでヴァイスの群れを吹き飛ばす。

 

「っ!大型が来るよ!」

シタラの声と同時に発生する、大型のワープドライブ。

現れたのはヘビ状の大型ヴァイス「サーペント」。立ち位置に気を付ければ手ごわい相手ではない。

「手柄はこっちが……なっ!?」

ショットギアを構えたジニーは、直後目を見開いた。

 

ノーブルヒルズのアクトレスが後退していく。

まるでサーペントの相手は任せるとでも言わんばかりに、2人は連なって表れた取り巻きの方へと向かっていった。

「Damn it!!どこまでバカにすれば……!!」

「ジニーっ!」

毒づいたジニーへと、サーペントの体節から放たれたレーザーが殺到する。

 

「Sit!!」

1、2発もらいながらも急旋回し、レーザーをやりすごす。

「誘導して!私とシタラで撃ち抜く!」

「Yes sir!!」「はっ、はいっ!」

ショットギアで牽制しながら、舞と共にとーペントの前に回る。

サーペントがジニーたちを狙う動きを見せた瞬間、その体節を2本の光線が貫いた。

 

「ヒット!」「決めるわ!」

体勢を崩したサーペントへと、マギーのギアの脚部装甲が突き刺さる。

蹴りに次いで繰り出された斬撃が頭部を熔斬し、サーペントは爆散した。

「反応なし……終わったみたいね」

「……成子坂のアクトレスって、結構いい仕事するのね」

「っ……!!」

 

不意に響いた声に、全員が一斉に振り向く。

ノーブルヒルズのアクトレス……琴村朱音が、ジニーたちを見下ろすように飛んでいた。

「昨日の出撃、助かったわ」

「よく言うよ。勝ちに急いで妹を危険に晒しておいて」

ジニーの憎まれ口を無視して、朱音はマギーの方を向く。

 

「貴女が、成子坂が雇ったっていうミグラント?凄い腕らしいじゃない」

「……どうも」

呆れたような顔で応じたマギーに、朱音は予想外の一言を告げた。

「うちの社長からお願いされたんだけど……貴女、ノーブルヒルズに来ない?アクトレス事業部は出来たてだから、人手が足りないの」

 

ジニーは唖然とした。

「……これはこれは、大きく出たわね。今の状況分かってて言ってるのかしら」

答えたマギーの目尻が、バイザー越しにひくつくのが見える。

「ええ、貴女なら分かってるでしょう?『成子坂に勝ち目はない』。それに」

生意気な笑みを浮かべて、少女は続ける。

「今のご時世ミグラントなんて言ってどっちつかずに動くより、何処かに身を落ち着けたほうがいいんじゃないの?……まあ、これは社長が話してたんだけど」

 

その発言を、ジニーは看過できなかった。

ジニーは……いや、成子坂のアクトレスは知っている。マグノリア・カーチスが1人で戦うのは、誰よりも自由を愛しているからだと。

何にも縛られない、純粋な、人類を守る希望としてのアクトレス——その在り方を守るために、彼女は飛んでいるのだと。

それを愚弄することは、絶対に許せない——!

 

「いい加減に——!」

その時。

ジニーの張り上げた怒声は、甲高い射撃音に掻き消された。

「えっ——?」

「は——?」

目の前の光景に、本当に目を疑った。

 

マギーの握った巨大なレーザーライフルが、真っ直ぐに朱音へと向けられ。

一筋の光条が、朱音を掠めて雲を貫いていた。

「——黙りなさい。茶番はここまでよ」

「……へぇ、ミグラントっていうのは、無礼なのが売りなのかしら」

ライフルを下ろし、マギーは少し高度を上げる。

 

同じ目線で、2人のアクトレスは向かい合った。

「茶番なんかじゃない。会社の連中は金儲けにしか思ってなくても、あたしたちは本気よ」

少女は言う。

「成子坂は、あたしたちが潰す。どんな手を使ってでも」

揺るぎない、確かな覚悟を持った声で。

一体何がそこまでさせるのか、ジニーには分からない——けど。

「……成る程。それなりの覚悟はあるようね」

マグノリア・カーチスだけは、静かにそう言って頷いた。

 

紅く夕景に染まる空に、冷たい風の音だけが響く。

やがてマギーは、ゆっくりと顔を上げた。

「受けましょう。貴女たちの挑戦を」

ノーブルヒルズと、成子坂。それぞれのアクトレスが見つめる前で。

「今この瞬間から、貴女たちは私の敵——この空から消え去るべき敵よ」

黒翼の渡り鳥は、はっきりとそう告げた。

 

 

 

新宿エリアの一角、AEGiS東京。

「……どうなってるの?」

上階のオフィスで、『東京アクトレスニュース』を見ていたひとりの女性が戸惑った声を上げた。

彼女の名は鳳加純……「東京最強」と謳われる凄腕のアクトレスであり、成子坂製作所を叢雲工業の後釜へと推した一人でもある。

 

彼女が見ていたニュースでは、丁度宇佐元杏奈が、成子坂の無得点を報じていた。

「救援依頼で戦闘貢献考査が、被救援側に傾くなんて……」

端末を取り出し、同僚の事務局員へと繋げる。

「こんばんは……係争の件、把握してるわよね?」

「……まさかここまで癒着が進んでいるとは。今日の出撃も、成子坂には入っていないでしょうね」

ふと、壁に掛けてあったカレンダーを見る。

係争の期間は明日まで。あと一回の出撃で、全てが決まる。

 

その後少しだけ言葉を交わし、加純は通話を終えた。

「……厳しいみたいだね、成子坂」

突然かけられた声に振り向く。

暗いオフィスの中で、誰かが立っている。

「そうね……やっぱり気になるの、()?」

(ケイ)と呼ばれた人影は、まあねと言って笑った。

 

「みんな頑張ってるみたいだけどねぇ……みんなだけだと、ここらが山かな」

含みのある言い方に、加純はピクリと眉を動かした。

「……行ってくれるかしら?」

「そうしようかなって。流石に負けられると困るし、それに……」

そこで声の主は、少し間をおいて、

「私は見たいんだよね。あのアクトレスの本当の力を」

 

ふふんと、もう一度小さな笑いがオフィスに消えた。

「期待してるよ……『ブルー・マグノリア』」

 




次回、満を持してミグラントが大好きなアレが登場です。


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Mission:9「Vendetta:1」

思ったより長くなっちゃったので2話分割。
今回アクトレスたちがSPスキルを使いますが、新人の夜露は☆3のキャノン、あとは☆4のスキルで書いてます。


『赤坂周辺エリアの優先権を巡る、成子坂製作所とノーブルヒルズ・ホールディングスの戦いも、いよいよ大詰めっ!』

モニターの向こうで、係争の様子を、アナウンサーが笑顔を振りまきながら伝える。

『序盤は均衡状態でしたが、3回目の出撃で成子坂が先行……』

「……っちょい文嘉!!なんで消しちゃうのさ!せっかく杏奈ちゃんが出てるのに~!!」

「見てる場合じゃないでしょ。少しは状況を……」

言い切ることなくため息を吐き、机に置かれた端末に目を落とす文嘉。

AEGiSから伝えられた最新の査定ポイントは、成子坂36000、ノーブルヒルズ54000。

結局昨日の出撃も、成子坂への加点にはならなかった。

 

「……仮に実力で負けるなら、悔しいけど納得できます」

告げられた彼我の差に対して、夜露はそう呟いた。

「でもこんなの……こんなのってないですよ!」

「すみません、わたしも抗議したんです。でも、上層部には逆らえなくて……」

安藤の返答に、いきり立った肩をしゅんと落とす。

彼女には何の落ち度もないと分かっているし、声を荒げたところで状況は変わらない。

夜露だけじゃない。文嘉も他のアクトレスたちも、不甲斐なさと悔しさでいっぱいなのは同じだ。

 

しょんぼりと黙り込みながら、夜露は昨日の文嘉の話を思い出していた。

——考えてみれば、初めからそうだった。

叢雲工業による吸収も、聖アマルテアとの係争も、AEGiSが手を貸してくれることは無かった。

てっきりそれは成子坂が小さかったからだと思っていたが、半分当たりで半分外れ。

この時から既に、成子坂への攻撃は始まっていたのだろう。

 

「このままじゃ、赤坂エリアが取られちゃいます……どうにかならないんですか?」

「……審判を買収されて、どうやって勝つのよ。被害を最小限に食い止める手を考えるべきだわ」

文嘉は少し、考えるそぶりをすると、

「そうね……例えば、ノーブルヒルズと和解する。赤坂を取られてでも、最低限のエリアは確保するとか」

「そんなのただの降参じゃないですか!こんな理由で負けを認めるなんて……!」

「仕方ないじゃない、全てを失うよりマシよ……!」

やるせなさに、夜露は唇をかみしめた。

結局、アクトレスはヴァイスと戦うことしかできない。

マギーが病室で語った怒りの意味が、今になって夜露にのしかかった。

 

沈黙した夜露を最後に、声を上げるアクトレスはいなくなった。

得点差、18000。

期間内の出撃可能回数は1回。

最早、逆転を期待するには遠すぎる差だった。

 

「——でも」

小さく響いた声に、全員の視線が集まる。

「楓さん……?」

「それでも、わたしたちのすべきことは変わらないはずです」

ただ一人声を上げたのは、楓だった。

 

「ずっと、考えていたんです。わたしたちは、なんのために戦っているのか。

わたしたちが戦うのはポイントのためでも……エリアや、会社のためでもないはずです」

迷いを捨て、凛とした表情で訴える楓。

夜露の目にはその姿に、隻腕のアクトレスが重なって見えた。

——アクトレスには、もっと自由でいてほしかった。

何にも縛られることなく、ただ自分の信念に殉じて戦うこと。

それが彼女の……マグノリア・カーチスの願い。

 

そして、自分自身の願いは。

「……私も、楓さんと同じ気持ちです!」

「夜露ちゃん……」

楓に負けじと、声を張り上げる。

「大事なことを忘れるところでした……!みんなを守るために戦う、それがアクトレスですよ!」

2人の様子に一度は目を丸くした文嘉だったが、すぐにため息交じりに頷いた。

「……そうね。マギーさんも、こんなことに囚われてたら怒るでしょうし」

「全くよ。あえて何も言わなかったけど正直見てられなかった」

突然の声に、その場にいた全員が振り向く。

 

「……でもみんな、気づいてくれたみたいね」

「マギーさん!?そのスーツは……」

現れたマギーの姿に、楓は目を見開いた。

 

昨日まで使っていた成子坂の備品ではない、ギアと同じ黒鋼色の戦闘用スーツ。

通常のものと違うのは、スーツの上からさらに、軽装甲のようなプロテクターを纏っていること。

「『アーマード・コア』。全身装甲型のギアと同時に開発された、エミッション伝導を強化するためのプロテクターみたいなものよ。

……まあこれも、負荷の割に効果がショボくてすぐに打ち切られたんだけど」

「もしかして、長いこと整備してたのって……」

「そういうことだ。全く苦労したぜ」

 

シタラの声を肯定したのは、後輩を連れて事務所に入ってきた磐田だった。

「ウチでも流石に、アーマード・コアは扱ってなかったんでな。運よく設備はあったんで、こいつらと総出で調整してたんだ」

「はぁ、はぁ……完璧とはいかずとも、最善は尽くしたッス!」

「もちろん、皆さんのギアもしっかりと整備しましたよ……!」

「私達の方も、やれることはやった。後はお願い!」

激務を果たし、後を託す整備士たち。

 

彼らとて、成子坂の戦いは他人事ではない。

決して表には見えなくとも、ずっとずっと、共に戦ってくれていたのだ。

「磐田さん、皆さん……ありがとうございます!」

「……ここまでされたら、私も引き下がってられないわ」

頭を下げる夜露の横で、我慢の限界とばかりに首を振る文嘉。

 

「そうそう、あんまり嫌われ役になろうとするのもやめなさい?そこの渡り鳥さんは、そういう貧乏くじが大嫌いらしいから」

「ゆ、ゆみさん、別にそういう訳じゃ……」

振った首をすぐにそっぽに向けた文嘉に、周囲から小さな笑いが漏れる。

 

文嘉は小さくため息をついて、マギーの方へ向き直った。

「これが私たちの答えです、マギーさん。

はっきり言ってもう勝機は薄い。それでも……最後まで、戦ってくれますか」

彼女に倣ってマギーを見る、アクトレスたちの瞳にもう迷いはない。

 

「……ええ。仕事はきっちりとさせてもらう。

それと……ありがとう。貴女たちみたいなアクトレスに会えて、本当に良かった」

マグノリア・カーチスは、感謝とともに頷いた。

 

 

 

空には、雲がかかっていた。

時折設定される降雨環境。雲に覆われた空を斬り裂くように、いくつもの光が疾走する。

『こちらトライステラ、会敵するよ!』

『こちらバーベナ、突っ込むわ!』

「こっちも行けます!隊長、お願いします!」

 

最後の出撃で、成子坂は総力戦に打って出た。

隊長が同時に2チームの戦術指揮を行い、トライステラ☆はサポートのマギーが司令塔になる。

外部からのアクトレスを指揮担当に据えるという判断にマギーははじめ困惑したが、最終的にはアクトレスたちの要望もあって承諾した。

信頼と実績、そして実力。フリーランスアクトレスにとっての唯一の担保に、全てを賭したのだ。

 

3つのチームに分かれて飛ぶ、成子坂のアクトレスたちとマギー。

成子坂製作所の、最後の反攻が始まった。

 

「夜露ちゃんと前に出ます!」「後ろは任せて、思いっきり暴れて!」

文嘉とゆみのサポートを受け、成子坂のエース2人が突撃する。

片割れは大剣を振るう夜露。ルーキーとは思えない大胆な剣さばきが、ヴァイスを薙ぎ払う。

大神の如く迫る夜露に群列を乱したヴァイスは、次には真横からの奇襲に晒された。

 

もう片割れ——楓の振るう「太刀」。

大剣を切り詰め、鋭さを極めた刀身がもたらすのは高速の斬撃。

専用ギアの高い機動力から放たれる一閃が、次々とヴァイスを斬り伏せていく。

夜露の動きを大胆不敵な若狼に例えるのなら、楓はまさに戦いを知り尽くした熟練の老狐。

叢雲という大舞台で養われた「力」と「志」……自らの信念を刃に載せ、楓は白雲の空を駆ける。

 

「結合粒子、充填完了!」「隊長、お願いします!」

瓦解したヴァイスの群れに向けて、2人は切り札を解き放った。

背中を合わせた2人の下へ、光と共に巨大なビーム砲が転送される。

撃破されたヴァイスが放出する結合粒子のエネルギーを転用した、戦術級特殊兵装。

それがH(High)D(Dimensional)M(Module)と呼ばれる、アクトレスたちの切り札たる力——!

 

「冥土の土産だ、遠慮しないで全部もってけ!!」

「全力を以ってお相手します……!どうか、ご覚悟を!!」

渾身の一射が迸る。

覚悟の砲火が、暗い空をヴァイスの爆炎と共に照らし上げた。

 

そして——

「分断した!」「お願い!」

「行っけええええええっ!!!」

戦闘空域の最前線で、群れを率いた大型ヴァイスと交戦する「トライステラ☆」。

 

相手取るのはネルモス種の雷撃変化型「エレクネルモス」。種に共通する多彩な誘導攻撃は、その回避の難しさで知られているが——

「っと……!」「斉射(Fox)!まだまだ行くよ!!」

弾幕の中を、舞が踊るようにすり抜ける。

そのスピードに魅了された……否、注意を逸らされたエレクネルモスを、ジニーによる至近距離からの集中砲火が襲う。

2人の進撃を助けるのは、シタラによる火力支援。

高威力のスナイパーライフル、そして砲撃モジュールを増設した専用チューンのギアが、群れるヴァイスを片っ端から撃ち落としていった。

 

射撃、狙撃、遊撃。

それぞれの才を輝かせる3つの星が、嵐雲を切り開き——

「マギーさん!」

その光を導に、渡り鳥は空を往く。

ヴァイスワーカーを両断し、残骸を踏み台にして蹴り上がり、中央のエレクネルモスに躍り掛かるマギー。

「はああああああっ!」

一撃を叩きこみ、すかさずマギーは巨躯を蹴って退避する。

 

「リミッター解除っ!」「ごめんね、終わらせるよ!」

間断なく展開される、シタラとジニーのHDM。

2つの超巨大火砲による砲撃は、体勢を崩したエレクネルモスを消し炭に変えた。

 

「よっし!」

ガッツポーズするシタラの下へ、他のアクトレスも戻ってくる。

「こっちは終わったみたいね。お疲れ様」

「お疲れ様でした。えーっと、他のチームは……ん、バーベナがちょっと苦戦してる?」

 

他チームの状況を確認して 、眉をひそめるジニー。

「叢雲の子たち?援護に行った方が良いかしら」

「そうかも……あれ、ちょっと待って」

さらに首をかしげるのを見て、シタラと舞もどうしたどうしたと覗き込む。

 

「え、なんかどんどん撃破されて……」

「……あ、終わった。なんだったんだろ?」

「そういう作戦だったんでしょう。ほら、夜露たちも終わったみたいよ」

マギーの声に顔を上げると、レーダーの反応と全く同じく、こちらへ飛んでくる夜露たちが見えた。

「こっちも終わったんですね、お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした。バーベナもすぐに合流するそうです」

 

程なくバーベナも合流し、アクトレスたちは帰路につく。

「これで終わりか……マギーさん、ありがとうございました」

「本当ね……これからどうなることやら」

「やるだけやったんだし、何とかなると思いたいけどね」

「そうですねぇ……あ、そうだ」

ふと、シタラが隣を飛んでいたアクトレスに問いかけた。

 

「愛花ちゃん、さっきちょっと危なげだったけど、大丈夫だった?」

声を掛けられた赤毛のアクトレス……先ほど不穏な戦況を見せていたチーム「バーベナ」の一人である愛花は、控えめに口を開いた。

「そ、その……大型ヴァイスの撃破に手間取って、本当に苦戦してたんですけど」

「知らないアクトレスが救援だーって来て、そのままだーっとやっつけちゃったの!あれ誰だったんだろう?」

「知らないアクトレス?」

割り込んだリンの答えに、全員が首をかしげる。

「隊長、いつのまに救援の依頼を……?」

文嘉が隊長に問い合わせようとした、その時だった。

 

「……待ってください!!何かいるっす!!」

先頭を飛んでいた夜露が、急に停止して声を上げた。

「撃ち漏らし!?」

「そんなはずは……っ?なんですか、あのヘンなの……?」

夜露の指さす先を見た楓が、滅多に出さない困惑の声を漏らす。

 

夜露たちの前方、ちょうど作戦空域の外縁のあたり。見たこともない大型ヴァイスが2体、ふよふよと浮いていた。

丸い胴体から生える2本の巨大な腕。胴体には大きな赤い一つ目が光り、時々ぎょろりと不気味に蠢いている。

「え、マジ、もしかして新種!?」

「あのヘンなの、新種っすか!?あれ、倒したらボーナスとかもらえますか!?」

「落ち着きなさい。本当に未確認だとしたら、AEGiSに問い合わせる必要があるわ」

文嘉の言葉を無視して、ハイになったシタラと夜露は先行していく。

 

「ちょっと2人とも!下手に刺激したら……!」

「全くもう。マグノリアさん、何か言ってやって……うわあっ!?」

あきれ顔で振り向いたゆみは、直後凄まじい噴射に軽く吹き飛ばされる。

すぐ横を飛んでいたマギーが、突然全速力で飛び出したのだ。

「マグノリアさん!?」

あまりの出力に面食らうアクトレスたちをよそに、マグノリアは前を飛ぶ2人へと叫ぶ。

 

「2人とも!すぐにそいつから離れろっ!!」

「えっ?」「マギーさん?」

2人が振り向いた、その時。

 

突如未確認ヴァイスが光を放ち、高速で回転し始めた。

「マジか……っ!」

「シタラさ……うわっ!?」

混乱した夜露はシタラに突き飛ばされ、マギーに受け止められる。

そして、その眼前で。

突進してきたヴァイスの巨躯が、シタラを抉り抜いた。

 

 




Tips「アーマード・コア」
全身装甲型アリスギアと同時期に開発された、専用スーツの上から装着する特殊なプロテクター。
アリスギアの被覆面積を増やし、負荷の増大と引き換えにエミッション伝導を向上させる作用がある。
こちらも副作用に見合った効果が上がらず、早期に開発は打ち切られた。現在のアリスギアに、アーマード・コアに対応した機種は殆ど存在しないとされている。

なお全身装甲型ギアとアーマード・コアの仕様には、開発当初のアリスギアとの類似点が指摘されている。
開発規模の小ささゆえにそのつながりに理由があるのかは不明だが、旧型ギアの堅牢さと現行ギアの高出力を両立したかったのでは、という説が有力。


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Mission:10「Vendetta:2」

全国のミグラントの皆様、大変長らくお待たせしました。
ついにみんな大好き「アレ」の登場でございます。



「うわっ!」

「綾香ちゃん!?うぅ、敵が多い……!」

成子坂の、最後の出撃の最中。

叢雲から移籍した中学生アクトレスで構成されたチーム「バーベナ」は、ヴァイスの一団に思わぬ苦戦を強いられていた。

 

相手取っていたのはカブトガニのような独特のフォルムを持った大型ヴァイス「リムルインバス」。その強固な前面装甲は、アクトレスの攻撃を受けても簡単には傷つかない。

故にこのヴァイスを墜とすのであれば、回り込んでの攻撃がベターなのだが……

「あーっもう!ちょろちょろとすばしっこいのよ……!」

あっという間に距離を取ってしまうリムルインバスに、チームのリーダー、一条綾香は毒づいた。

 

このリムルインバス、サイズの割に動きが速い。冷静に懐に潜り込めればいいのだが、もたもたしているとすぐに転移で逃げられてしまう。

「こいつっ……ってマズ!」

「ちょっと睦海今は……わあっ!」

チームの参謀、小芦陸海の狙撃が前面装甲で受け止められ、そのままカウンター攻撃になって正面の綾香へと跳ね返る。

独特な動きを持つ慣れないヴァイスとの継戦で、連携も少しづつ綻んでいた。

 

「あーもう、何やってんのよ!」

「お、落ち着いて綾香ちゃん!サポートの怜さん達に来てもらえば……!」

「ただでさえ露払いをお願いしてるのに、これ以上頼るわけにいかないわ!あたしたちだけで何とかしないと……!」

愛花の助言を無視して、リムルインバスへと突っ込む綾香。

弾幕の切れ目から背後へと回り込み、手にした片手剣で斬りつける。

 

「こ、のおっ!」

弱点への直撃をもらい、巨躯が傅く。

「どうよ!」「綾香、前っ!」

追撃をかけようとした綾香の視界を、紫色の光が埋め尽くした。

両脇の砲門から放たれるレーザー……傷ついたリムルインバスの切り札が、目の前のアクトレスを捉えていた。

 

「っ——!」

躱せない。

綾香は咄嗟に、左腕の盾で身を守り——

 

直後、空に一閃が走った。

「えっ……?」

正に発射されようとしていたレーザーが立ち消え、前面装甲の背後で爆発が起きる。

思わず後退した綾香の前で、真っ二つになったリムルインバスが爆散した。

 

そして——

「はははっ!見てたよルーキー諸君!」

聞きなれない声が、通信越しに笑う。

「なかなかやるじゃない?ちょっと時間かかったけどね!」

黒煙の中から現れる、エミッションの煌めき。

大剣を握り、バイザーで顔を隠した黒衣のアクトレスが、3人の前に立っていた。

 

「だ、誰!?」

「いやなに、ただの援軍だよ。加純さんに頼まれてね~」

「加純さんに……!?」

東京最強の名前が出てきたことに驚いて、目を見開く愛花。

しかしその驚きは、直後の一言でひっくり返された。

 

「『ブルー・マグノリア』もいるし大丈夫だと思ったんだけど、やっぱまだ荷が重かったかな?」

「ブルー・マグノリア!?どうしてその名前を……!」

睦海の問いに曖昧な笑みを投げ、アクトレスは踵を返す。

「まーじゃあ頑張ってね!あそうだ、楓によろしく言っといて!!」

最後に何故か楓の名前を出し、アクトレスは飛び去って行った。

 

「ちょっとこらっ……待ちなさい!」

『おーい、3人ともー!』

追いかけようとした綾香を、通信越しのリンの声が引き留める。

「リンさん?」

『このへんのヴァイス、いなくなったよー。みんなと合流しようー?』

『急に反応が減って、大型ヴァイスも消えた。何かあったの?』

 

怜の声に辺りを見回し、気づく。

リムルインバスはおろか、残っていた取り巻きの姿もない。

——おそらく、あのアクトレスが片付けたのだろう。

「……あの、飛びながらでいいので聞いてもらえますか」

『え……?うん、別にいいけど……』

「ありがとうございます。行こう、2人とも」

状況に困惑する2人を連れ、綾香は怜たちのもとへと向かった。

 

 

 

「シタラ!?」「先輩!!」

大きく吹き飛ばされたアリスギアから、シタラの姿だけが掻き消える。

強制脱出(ベイルアウト)——アリスギアが致命的なダメージを受けた時のみ発動する最終手段が、実行されたのだ。

「一撃でギアが壊されるなんて……!」

「よそ見しないで、次が来る!!」

叫んだマギーの目の前で、別の個体が再び回転を開始する。

 

アクトレスたちがてんでばらばらに飛び退いた瞬間、生まれた空間を巨大な光輪が突き抜けていった。

「わかってると思うけど、あれに当たったら終わりよ……!」

「突進の射線を見失わないようにしながら、遠距離から集中砲火で仕留めるしかない。特に重武装型はしっかり距離を取って!」

マギーの指示の下、反撃に移るアクトレスたち。

機動力の高いギアを持った者が囮になって、2方向からの突進を何とか凌いでいく。

 

やがて後衛から敵の動きを見ていた文嘉が、声を上げた。

「……っ!やっぱり、連続して攻撃は出来ないみたいね」

「だったら、今仕掛けるっす!シタラ先輩の仇……!!」

隙を見せた敵へ向かって、夜露はライフルを連射する。

次々と突き刺さるエミッションの弾丸。しかし、

「効いてない……!?」

鋼色の巨躯は全く動じることなく、正面の夜露に狙いを向けた。

 

「クソっ!!」

再びの突進を回避し、さらに攻撃を重ねる。

しかし、やはり敵に傷がつく様子はない。まるで見えないバリアが存在するかのように、弾丸は着弾と同時に消えていく。

「夜露ちゃん!無理はしないでください!」

「分かってます!けど……っ!」

幾度となく繰り返される攻撃を躱しながら、夜露は戦場を見渡す。

 

成子坂のアクトレスによる攻撃は、間断なく続いている。

バズーカによる砲撃、レーザーの弾幕、ミサイルによる集中砲火——ありとあらゆる波状攻撃を意に介さず、敵は必滅の刃を振り回し続けていた。

「これじゃあキリが……うわあっ!」

そして、一瞬意識を外に向けたのが失敗だった。

わずかな隙を見せた少女へと、眩い光刃が驀進した。

 

「夜露!」

蒼翼が翻る。

マギーのギアが風を切り、夜露を引っ掴んで急降下する。

直後夜露がいた場所は、突進する光に飲み込まれた。

「あ、危なかった……マギーさん、すみませんっ!」

マギーは夜露を手から離し、「気にしないで」と短く返す。

 

「しかし、いよいよ打つ手がなくなってきたわね……」

「マギーさんのギアでもダメなんですか!?」

「コレだって所詮はアリスギアよ。というか多分ギアの攻撃は通らない」

夜露は目を丸くした。

「どういうことっすか……!?」

「これはあくまで予想だけど……皆、聞こえるかしら!」

夜露を連れて敵から大きく距離を取り、アクトレス全員の回線に繋ぐマギー。

 

「よく聞いて。あれはきっと、アリスギアと同じ位相のシールドを使ってる。

シールドがヴァイスの攻撃を防ぐ要領で、こっちの攻撃を無効化してるんだと思う」

——仮にアリスギアがシールドによって隔離されている次元位相をA,同様にしてヴァイスが存在している位相をBとしよう。

アリスギアによる攻撃は高次元エネルギーによって位相Bに送り込まれ、ヴァイスを傷つけることができる。

逆にヴァイスによる位相Bからの攻撃は位相の違いによって阻まれ、そこで生じるひずみだけがシールドへのダメージとして蓄積される。

そしてこれはアリスギアがアリスギアを狙った場合でも例外ではない。シールドと攻撃の位相のずれによって、アリスギアは同士討ちを防いでいるのだ。

 

——そしてあの未確認の敵が、アリスギアと同じ位相に存在するとしたら。

「だったら、倒せないじゃない……!」

悲痛な声を上げるゆみ。

「いいえ、手はあるわ。消耗戦に持ち込んで削り切るか……あるいは、向こうのシールドをぶち破るほどの攻撃を叩き込めればいい」

「……でも厳しいよ、それ。HDM一発じゃギアのシールドは破れないように出来てるし、そもそもこの消耗じゃ……」

平然と答えたマギーに、ジニーは苦い顔で告げる。

 

最後の交戦に総力をつぎ込んだ今の状況で、消耗戦を挑むのは無謀だ。間違いなく、こちらが競り負ける。

そして同じ理由で、もう一つの方法も使えそうにない。ギアの内蔵武装も殆ど撃ち尽くしてしまったうえ、現状HDMを展開できるアクトレスは残っていない。

もう、打つ手は残っていないように見える——そんな状況で。

「すぐに救援依頼を……」

「要らないわ、ここで終わらせる」

楓の提案を一蹴し、マギーは言い放った。

 

「隊長、聞こえるか——私のHDMの発動許可を」

次いでマギーが伝えた内容に、全員が目を丸くする。

「HDM、って……!?」

彼女が成子坂と契約した際に提出したデータに、彼女自身のHDMについての情報は無かった。

今までずっと使うそぶりすら見せなかったのもあって、持っているはずという疑念すら忘れてしまっていたのだ。

 

困惑と期待が入り混じった視線の中で、マギーの背後に巨大なワープドライブが発生する。

「……えっ?」

そこから現れた物を見て、夜露は思わず素っ頓狂な声を出した。

マグノリア・カーチスのHDM……それは貝殻のような形をした、巨大な金属の塊だった。

「あ、あの……それは一体?」

今起こっている事態も忘れ、思わず問いかける夜露。

「離れていて。あいつらに思い知らせて来るわ……私達の力を」

笑みを浮かべるマギーの背後で、黒鋼のギアが蒼炎を噴き上げる。

困惑する夜露を置いて、マギーは敵のいる方向へと吶喊した。

 

「マギーさん!?」

溢れ出るエミッションの光が、翼のように舞い上がる。

すれ違った数人が空中で体勢を崩すほどの勢いで、マギーは疾走する。

「うわっ——!」

「あれが、あのギアの全力……!?」

「全員退避!巻き込まれても知らないわよ!!」

猛スピードで迫るマギーに、前衛にいた全員が一斉に振り向いた、その時。

 

マギーを中心に、凄まじいエネルギーが吹き荒れた。

「うわあっ……!?」「何ですか、こきゃあっ!?」

エミッションの奔流が、衝撃波になって周囲を襲う。

アクトレスたちが吹き飛ばされる中、マギーのHDMが動き出した。

外殻のようなユニットがアームによって分離し、右肩へ。

そしてその中から現れた巨大なスラスター状のユニットが、左腕の義手へと接続される。

「まさか———!」

起き上がった楓の前で、スラスターの先からエミッションの青炎が吹きあがる。

その瞬間、楓はマギーが使おうとしているものの正体に気づいた。

 

集束した炎が作り出す、青い刃。

マグノリア・カーチスのHDM——それは超大型の発振装置とカウンターウェイトで構成された、巨大なレーザーブレードだった。

 

 

 

『不明なユニットが接続されました。システムに深刻な障害が発生しています——』

「やるなら早くしろ、機体が吹っ飛ぶぞ!!」

けたたましく鳴り響くエラーメッセージの中で、磐田の通信が聞こえてくる。

HDMからの凄まじいエネルギーを堪えながら、マギーは「ええ!」と頷いた。

限界を超える出力を溢れさせ、全身装甲のアリスギアは青い火の玉になって突進する。

 

凄まじいエミッションの奔流を引き出しているこの剣は、ただのHDMではない。

オーバード・ウェポン——人類が唯一「ALICE」に頼ることなく生み出した切り札。

アリスギアを強制ハッキングし、限界を超えて引き出された出力を叩きつける規格外兵装、そのひとつ。

 

それは最早、ただの大型兵装ではない。

ALICEによって齎された力をも糧としてしまうそれは、人間の可能性が生んだ奇跡。

人の覚悟と意地の象徴たる刃を握りしめ、ミグラントは疾走する。

 

「チャージ……完了!!」

「ぶちかませ、マギー!!」

驀進するマギーに気づいた敵が攻撃態勢を取るが、もう遅い。

「はあああああああああっ!!!」

燦然と輝く青炎の刃を、マギーは全力で振り下ろした。

 

 

 

バージニア・グリンベレーは、空を覆う厚い雲が引き裂かれるのを見た。

巨大なエミッションの刃が、空諸共敵を斬り裂くのを。

二つの巨大な爆炎が辺りを染め上げ——最後には黒煙と、雲が消えた空から漏れ出る光だけが残った。

「倒し、た……?」

敵影は無い。

見えるのは巨大な鋼鉄を背負った、黒い渡り鳥の姿だけ。

 

成子坂のアクトレスは1人の例外もなく、その姿に見入っていた。

「マギー、さん……」

日差しを受けて一人佇むその姿に、ジニーは身の毛がよだつのを感じた。

マギーの持つ本当の力。その大きさに、無意識のうちに恐怖した。

 

そう——それは暴力だった。

人が扱うにはあまりにも強大な——全てを焼き尽くす暴力だった。

 




Tips「Overed Weapon」
オーバード・ウェポン。
アリスギア開発初期に造られた、結合粒子のエネルギーを転用した大型兵器の総称。現在のHDMのひな型に当たる。
あまりの高出力に当時のアリスギアでは制御しきれず、その問題を解決するため「アリスギアを直接ハッキングし、システムを暴走させて無理やり駆動する」という方法がとられた。
そこから放たれる攻撃の威力は正に「規格外」。数世紀前の武装であるにもかかわらず、現行のHDMをはるかに超える破壊力は「全てを焼き尽くす暴力」とも語られる。

なおアリスギアは人工知能「ALICE」に提示されたプランをもとに開発されたが、オーバード・ウェポンは完全に人類の手で開発されたものである。当時はまだALICEに対する反感に近い感情があり、その過剰とも言えるパワーには人間の力を、可能性を示すための意味合いもあったと考えられている。

長い移民と戦いの歴史の中で大部分が喪失したが、今でも個人や企業によってごく少数が保管されており、マグノリア・カーチスのように実戦で使用しているアクトレスも存在する模様。

マギーの所有するオーバード・ウェポンは通称「GIGA BLADE」。シャードの推進器の技術をを応用したとみられる巨大なレーザーブレードと、カウンターウェイトを兼ねたジェネレーターで構成され、絶大な射程と威力を兼ね備える。


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Mission:11「Close the Hatch」

ACVDのリザルトBGMの曲名を初めて知りました。


『エキサイティングバトルのコーナーです。本日は、赤坂エリアを巡る成子坂製作所とノーブルヒルズ社との最終戦、その模様をお伝えします!』

画面の中のアナウンサーの声に応じて、スタジオセットにまたウィンドウが現れる。

『まずは気になる最終結果ですが……ノーブルヒルズ社96000ポイントに対して、成子坂製作所の最終得点は120000ポイント!連続の無得点では危ぶまれましたが、古豪の維持を見せつけ見事!エリアを守り切りました!!』

 

「いいいぃやったああああああっ!!」

ニュース番組を見ていた舞とジニーは、突然奇声を上げたシタラを見た。

「シタラ!?」

「……え、あれ?どうしたの、勝ったんだよ?」

「別にみんなとっくに知ってる……ああそっか、シタラは昼間病院に行ってたから聞いてないんだね」

「そんなぁ」

納得した様子のジニーを見て、しょぼんと肩を落とすシタラ。

 

「でも、良かった……係争には勝てて、シタラも無事で」

「うんうん。一時はどうなることかと思ったけど、最高のデビュー戦になったね!」

「『トライ☆ステラ』の力で、成子坂は救われたのだ!……そういうことにしとこう!」

気を取り直したシタラの一声に、ジニーは思わず噴き出した。

「そういうことにしとこう」なんて付け足したのはきっと、共に戦ってくれたあのアクトレスを思ってだろう。

 

「そういえば、みんなは?」

「文嘉たちは事務仕事手伝ってるし、何人か食堂で小結さんの手伝いしてるかな?」

「楓さん達は出撃の準備……かな?バーベナの子たちは、まだ来てないみたいだけど……」

何かに気づいた様子で、舞が不自然に言葉を区切る。

全員が気づいていたその違和感を、口に出したのはジニーだった。

 

「マギーさん、今日見てないよね?どこ行ったんだろう?」

いつもは事務所にいる筈のマギーの姿を、来た時からずっと見ていない。

「もう契約も終わるみたいだし、いろいろすることがあるんじゃない?」

「……なんだか、ずっと一緒に戦ってたみたい」

「はは……私もだよ、舞」

ぽつっと舞が呟いた言葉に、ジニーは思わず笑みを漏らす。

 

「一週間くらいの付き合いなのに、何でだろうね」

「いろいろありましたからなぁ……はっ!戦友に時間は関係ないって、こういうことか!?」

シタラの台詞で3人そろって笑ってしまった、その時だった。

 

「……マギーさんならAEGiSよ。契約の終了を伝えに行ったわ」

外からの声に、一斉に振り向く。

「文嘉?契約終了って……」

「昼に届いたAEGiSからの結果通達を以って、マグノリア・カーチスと成子坂製作所との契約は完了。もう報酬も支払ったわ」

部屋に入ってきた文嘉の答えに、3人は目を見開いた。

 

 

 

文嘉が談話室へと向かう、少し前のこと。

「……それじゃあ、これで。また機会があったら、一緒に戦いましょう」

「……は、はい。ありがとうございました」

事務所を去っていくマギーを、夜露は呆然と見つめていた。

 

「……ゆみさん、本当に良かったんですか?」

「仕方ないじゃない……マグノリアさんが、私たちを思ってこうしてくれたんだから」

文嘉の問いかけに、ゆみがやるせない声音で答える。

——今日AEGiSから伝えられた最終通知を基に、マグノリア・カーチスに対する報酬の清算が行われた。

それらの手続きがすべて完了するなり、彼女は荷物を纏めて出ていってしまったのだ。

 

理由は、マギー自身の立場にあった。

一時的な契約によって依頼を遂行するミグラントは、今のアクトレス業界にとっては鼻つまみ者でしかない。

係争下だったことでその契約の存在が公にならざるを得なかった以上、あまりミグラントと懇意にしていては、成子坂製作所自体の評判に関わる恐れがある。

あくまでこの契約は、係争に乗っかったミグラントとのビジネスである……それを強調するために、マギーはこんな手段を取ったのだ。

 

しかし夜露が、そんなことで納得できるはずがなかった。

「確かにマギーさんは、自分が稼ぐために成子坂と契約しましたけど……でもそれだけじゃないくらい、私たちを助けてくれました」

「夜露……」

「このままお別れなんて、私は嫌です……!」

マグノリア・カーチスが、夜露に語った思い。

そして夜露自身が、彼女へと語った思い。

それをマギー自身から聞いていたゆみには、唇をかみしめる夜露の気持ちが嫌というほどわかった。

 

だけど、何をすればいい?

1人眉間を押さえ、2人を見ながら考えていた、その時。

「あの~」

やや間延びした声と一緒に、一台の社用車が目の前に停まった。

「うわっ!?……こ、小結さん?」

「お疲れ様です~。祝勝会の食材、買ってきましたよ~」

 

車から降りてきたのは、成子坂に勤務している栄養士、大関小結。

続けて開いた後ろのドアからは、段ボール箱を抱えた楓たち元叢雲の3人も降りてくる。

「ああ、それか……おかえりなさい」

「お疲れさまです。楓さん、小結さんのお手伝いに行ってたんですか?」

「はい、なるべく人手が欲しいとのことだったので……」

「小結さーん、これ食堂でいいんだよねー」

「はい、お願いします~。それでは、失礼しますね~」

 

食材の入った段ボールを抱えて、食堂へと歩いていく小結たち。

しばらくそれを眺めていた文嘉とゆみは、はっとして顔を見合わせた。

「……あの、ゆみさん」

「……そうね。流石に、このままじゃ終われないもの」

頷きあう2人の意図は、夜露にもすぐに伝わった。

 

「マギーさん、最後の手続きに行くって言ってたわよね。時間かかるかしら」

「恐らくは。その間に全員に確認とって……夜露?」

「了解です、行ってきます!」「「ちょっ!!?」」

事務所を飛び出し、夜露はあっという間に走り去っていく。

 

「……マギーさんAEGiSに行ってるって、今の会話で分かったのかしら」

「分かってない方に賭けますよ私は。それじゃあ、確認取ってきます」

去っていく文嘉を、ゆみは軽く手を振って見送った。

 

 

 

一方、その頃。

授業を終えて事務所へとやって来たバーベナの3人は、事務所の横に見慣れないトラックが停まっているのを見つけた。

「あれ、何だろうあのトラック」

「陸海、知らないの?あれはAEGiSの運搬車両よ」

「綾香ちゃん、知ってるの?」

「ギアとかを運ぶための車両。あたしたちが叢雲からギアを持ってくるときにも、あれで運んだはずよ」

 

でもそんな用事あったかしらと、答えながらも考える綾香。

そのまま事務所の前まで来ると、AEGiSの職員と混ざって作業する整備士たちの姿があった。

「磐田さん、ごきげんよう」

「おう、綾香たちか。聞いたぜ、よくやってくれたな」

見慣れた厳つい顔を幾分か緩めて、磐田が珍しく笑顔を見せる。

「当ったり前よ!あたしたちがいるんだから、成子坂が負けるわけないじゃない!」

得意げに胸を張る綾香の横で、愛花はトラックを見上げて尋ねた。

 

「あの、何してるんですか?」

「……コイツをな、返却する準備をしてたとこだ」

そう言って、磐田が指を差した先。

運搬用のハンガーに収められていたのは、黒鋼色の大きなアリスギアだった。

 

「マギーさんの専用ギア……!?」

「……そっか、もう契約は終わりだから」

呟いた陸海に、そういうことだと、磐田が頷く。

「さっき、事務所で報酬の清算もしててな。もう今日中には引き払うらしい」

「え……そんなに早く?」

「俺たちのことを考えてだろうさ……全く、余計な世話焼きやがって」

そう言う磐田は、珍しく落ち込んだ顔をしている。

 

「私たちのことって……」

「……そうか、お前たちにはよくわからんかも知れんな」

磐田がマギーの意志を伝えると、3人は顔を見合わせた。

「そんなことまで考えて……」

「全くだ……しかし、なんだかなぁ」

 

磐田はまたマギーのギアを見上げ、目を細める。

「たかだか1週間の付き合いだってのに、どうしてこんなに寂しくなるんだか」

綾香はそれを、驚いた顔で見つめていた。

いつもの頑固で厳しい顔とは似ても似つかないほどに、その初老の整備士の目は寂しそうだった。

 

「……あの、磐田さん」

鈴木がおずおずと顔を出したのは、その時だった。

「ん、有人か。AEGiSへのデータ送信は済んだのか?」

「はい、終わったんですけど……その、さっき文嘉さんと会って」

言伝を頼まれたんですと、何処か困惑した様子で言う鈴木。

 

「文嘉が?」

「はい、今夜の祝勝会なんですけど……」

鈴木から伝えられた、文嘉の「提案」。

それは、予想外の物だった。

 

 

 

そして現在。

「え、そ、そんないきなり!?」

ジニーは思わず、文嘉に聞き返した。

「私だって面食らったわよ。支払いが終わった途端、『じゃあまた、機会があれば戦いましょう』なんて言って出ていくんだもの……」

ふうっとため息をついて、文嘉は続ける。

「……でも、それが普通なのかもね。渡りのアクトレスなんて、企業から見ればはみだし者だもの」

 

ジニーははっとして、目を伏せた。

確かに、企業から見ればミグラントは異分子だ。力の売り買いだけで生きている彼女たちには、感傷なんて与えられないのかもしれない。

自らの役目が終わればすぐに手を切り、次の戦場へと向かう。それが普通なのだろう。

 

黙ったまま、3人の方をちらりと見る。

「でも、なんでわざわざAEGiSに?」

「フリーランスで活動してるアクトレスには、色々と報告義務があるらしいわ。マギーさん、専用ギアを個人で所有してるでしょう?そっちの事情もあるみたい」

「そっか……やっぱり、厳しいんだね……」

思いっきり顔に出ている舞は言うに及ばず、シタラも文嘉も寂し気に話している。

 

ジニーは瞑目し、係争の間のことを思い出した。

夜露のギアの不調、査定の改竄、そして未知の敵。

いくつものイレギュラーに、マギーは一緒に立ち向かってくれた。

契約上の共闘でしかない筈なのに、成子坂を全力で助けてくれた。

そんな彼女と——こんな別れ方はしたくない。

 

ジニーは意を決して、文嘉へと問いかけた。

「……ねぇ文嘉、マギーさんAEGiSに行ってるって言ったよね?」

「え?ええ、そうみたいだけど……」

「あのさ、今夜の祝勝会、マギーさんも誘えないかな……なんて」

唐突な提案に、目をぱちくりさせるシタラと舞。

文嘉は静かに視線をジニーへと移し、ふっと笑みを浮かべた。

 

「……奇遇ね、それを提案しに来たのよ。もう他の皆には話を通してるわ」

後ろの2人の顔が、ぱあっと笑顔に変わる。

「あれだけお世話になったんだもの、お礼をさせてもらわないと。

……行くなら早く。このままだと本当に帰っちゃうわよ」

「Thank you so much!! 行ってくる!!」

ジニーも笑顔で頷き、談話室を飛び出した。




次回、第一章最終回。
同時投稿も一週間空けるのもあれなので、
次回更新は明日の22時を予定しております。


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Mission:12「Day After Day」

回線トラブルで急遽投稿を延期させていただきました。申し訳ございませんでした。

今回、ジニーの絆エピに関わる内容が含まれています。


新宿の摩天楼の中に佇む、AEGiS東京。

成子坂製作所を去ったマギーの姿は、そこにあった。

「……これでよし、と」

実に面倒な話ではあるが、ミグラントの契約というものは事業所とのやり取りだけでは終わらない。

アリスギアという大きな力を個人で所有している以上、その管理組織……AEGiS側への連絡というものもある程度は必要なのだ。

 

今していたのはアリスギアの管理関係の報告と、成子坂製作所との契約終了の通達。

長い手続きを終え、マギーはAEGIS本部を後にした。

 

夕日の中を歩いていると、ふとかすかなジェットの音が耳に入る。

空を見上げると小さくではあるが、見知らぬアクトレスが飛んでいくのが見えた。

「………」

彼女は、何処の事業所に所属しているのだろう。

企業に与する在り方を嫌い、ずっとミグラントとして生きてきた——しかし。

 

(私は、成子坂にいてよかったって思ってます)

脳裏に映る、少女の笑顔。

あんなにも輝いている目を、見たことがあっただろうか。

否、彼女だけではない。

成子坂のアクトレスは、マギーが見てきたどのアクトレスよりも自由に見えた。

 

「……少し、頑固になりすぎたかしら」

やれやれと頭を振って、また歩き出す。

契約を終了した以上、事務所に戻る必要はない。このまま、借りているアパートへと戻ろうとして、

「……ん?」

信号に止められたところで、ビルのモニターに映るニュースの映像が目に入った。

 

放送されているのは「東京アクトレスニュース」。しかし、取り上げているのはアクトレスの華々しい活躍ではない。

『この未確認敵性存在に対し、AEGiSはデータベースとの照合を急いでいるとのこと……』

成子坂のアクトレスを襲った、あの謎の敵に関してのニュースだった。

「……やっぱり、話題になってるか」

ため息をついて、信号が青に変わった交差点を渡る。

「あいつらは……どうして……」

歩きながら呟いた、その時。

 

「マギーさんっ!!」

自分を呼ぶ聞き覚えのある声に、マギーは立ち止まった。

視線の先にあったのは、何処か既視感を覚える光景。

金髪のアクトレスが、こちらを見つめ返して立っていた。

 

 

 

「ジニー?」

「良かった……間に合った」

肩で息をしながら、ジニーは目の前のアクトレスに笑顔を投げた。

「ど、どうしたの?何か手続きに不備でもあったかしら」

「はぁ……そうじゃなくて、さ」

一度深呼吸をして、ジニーは告げる。

「これから、係争で勝った祝勝会があるんだけど……マギーさんにも、参加してほしいなって」

 

言い切って、少し視線を上げた。

マギーは一度、少し驚いたような顔でジニーを見て。

その青い瞳を、すっと逸らした。

「……優しいのね、みんなは。本当に」

「マギーさん……」

 

きっと、唇を噛む。

「貴女が考えてること、私にはわかるよ。自分が彼女たちの世界にいちゃいけない……そう思ったんでしょ?」

マギーの目が、もう一度見開かれた。

「ジニー、貴女……」

「うん、私も同じだから。あそこに居ていいのかって、何度も迷ったから」

今まで、ずっと隠し続けていたことを、ジニーは打ち明けた。

 

彼女たちの見る空。

色彩にあふれた、自由な空。

ミグラントが見ている空は、きっと少し違うのだ。

力によって自由を上塗りした空に、きっと本来の鮮やかさはない。

それは、本当の自由ではないのだから。

 

そして、それはバージニア・グリンベレーも同じ。

あの日からずっと、少女の見る空に色はなく。

灰色の空に描いた偽物の色は、どうあがいたって偽物のまま。

「だけど……どうしても、憧れちゃうんだ。彼女たちと同じ空が見たいって、来る日も来る日も……そう思っちゃうんだ」

 

そのために、自分は飛ぶのだと。

いつかは成し遂げることが出来ると、信じているのだと。

「前に話したよね、『ブルー・マグノリア』に憧れたって。

あんなふうでもいいから、自分の思いで飛ぼうって、誓ったんだ……だから」

道外れに咲いていた、あの青い花のように。

「だからお願い……マギーさんも、諦めないでほしい」

自由を求める事だけは止められないのだと、ジニーは訴え……

 

「……誰も、断るなんて言ってないでしょ?」

「へ?」

平然とそう答えたマギーに、ジニーの目は点になった。

「負けたわ。まさか、貴女たちの方から手を伸ばしてくるなんて」

やれやれと首を振るマギーの横で、ジニーの色白な顔がかあっと赤くなる。

 

「Blew it……私ってばなんて恥ずかしい話を……」

「まあまあ。良い励ましになった」

そのまま頭を抱えたジニーを、よしよしと慰めるマギー。

2人の行き先は、成子坂製作所に変わった。

 

「はぁ……マギーさんが突然いなくなったりしなければ」

「それ完全に八つ当たりの気がするのだけど……一応言っておくけど、私だってあんなふうに消えたかったわけじゃないわよ?ただ立場上長居するわけにいかなかったってだけで」

「そう簡単にさよならできるほど、成子坂の人たちは冷たくないよー」

「……そうね、本当にそう。貴女たちを甘く見てたわ」

 

そんなことを話しながら戻るうちに、いつの間にか成子坂製作所が見えてくる。

「ふひぃ……あ、あれっ!マギーさんにジニーさん!?」

事務所の前ではどういうわけか、薄紅梅の髪の少女がへたり込んでいた。

「あ、夜露!Mission達成だよ!……って、大丈夫?」

「連れてこられちゃったわ。……というか、どうしてそんなに疲れてるの?」

妙にぐったりとした様子の夜露を見て、不思議そうに顔を見合わせる2人。

——彼女がずっとマギーを探して近辺を駆けずり回っていたことなど、2人には知る由もないのだった。

 

 

 

そして、夜。

「……まあ確かに、親切な企業もいくつか見てきたけど」

事務所の前で振り返ったマギーは、目の前の光景にため息を吐いた。

「社員全員で見送りされるなんて、本当に初めてだわ」

「仕方ないでしょう?これで全員になっちゃう程度の規模なんですから」

集まった面々を見渡して、アクトレス最年長のゆみが苦笑する。

ミグラントも加えて行われたささやかな祝勝会の後、誰からということもなく、気づけばこうやって見送りに集まっていたのだ。

 

「マギーさん、短い間でしたけど……本当に、ありがとうございました!」

仲間たちの前でもう一度、夜露はマギーに感謝を伝える。

「もうお礼は十分もらったわ、夜露」

マギーはそう答えると、右手で夜露の肩を優しくなでた。

 

「貴女たちみたいなアクトレスと出会えて、一緒に戦えて、本当に良かった。

……どうか、負けないで。何が起こっても、自分の信じたものを諦めないで。私に言えるのはもう、それだけよ」

もう一度顔を上げ、マギーは目の前の人々を見る。

 

志に生きる大和撫子が。

自由を願うピースメーカーが。

寡黙なエトワールが。

いつも元気なスナイパーが。

アクトレスたちが力強く、こちらを見つめ返していた。

 

「……うん。それじゃあ、私はこれで。機会があったら、また空で会いましょう!」

満足したように頷き、マギーは踵を返す。

「Yes……いつか、きっと!」

ジニーの声に右手を振って答えながら、渡り鳥は今度こそ本当に、成子坂を去っていった。

 

 

 

「……そういえば、結局分からなかったっすね」

マギーの背中が見えなくなったころ、夜露はなんとなく、隣にいたジニーに尋ねた。

「何が?」

「マギーさんが、成子坂の味方してくれた理由です。色々考えたんですけど、ここまで助けてくれた理由っていうのが思いつかなくて……」

「Hum……私は何となく分かるけどなぁ」

 

端末を取り出して、ジニーはニュース記事のスクリーンショットを夜露に見せる。

「暇な時間に、ちょっと調べてたんだけど……前にも一人、成子坂を助けてくれたミグラントがいたらしいんだよね。ほらこれ」

画面を覗き込んだ夜露は、数秒後に目を丸くした。

「これって……」

「うん、『ブルー・マグノリア』が最後に契約してたのは、成子坂製作所だったんだ」

 

はっきりとした根拠はない。

でも、ジニーの中には確信に近いものがあった。

あの渡り鳥がもう一度、成子坂を助けるために戻ってきたのだと。

「……なんて、虫のいい話があるのかは分からないけど」

「……私は、信じてみてもいいって思いますけどね」

笑ってそう答えた夜露に、ジニーもつられて微笑んだ。

 




NEXT CHAPTER

——これは、成子坂が追い詰められていく最中の話。
フリーランスに戻ったマグノリア・カーチスは、今日も細々と営業中。
連日の報道を気にかけつつも仕事をこなしていた彼女の前に、ある日ジャーナリストを名乗る一人の女が現れる。

「なんかこそこそ嗅ぎまわってるみたいだけど。昔の名が泣くわよ?『ブルー・マグノリア』」
その名は、神宮寺真理。
かつて、成子坂製作所でに所属していたアクトレスだった。

「7年前のこと。貴女なら、何か知ってるかなーって」
「悪いけど、私はそんなことの為に戻って来たんじゃない」

「青い木蓮」は語る。あの時、何が彼女から翼を奪ったのか。
そして何故今、成子坂に現れたのかを。

「——どうして、貴女は戦い続けるの?」
「好きなように生きたいの。好きなように死ぬために、ね」

Chapter2「BLUE MAGNOLIA」
——誰もが、生きるために戦っている。


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Chapter2「BLUE MAGNOLIA」
Mission:13「After the Time」


大変お待たせ致しました。
ここからは第二章。本格的にマギーさんのお話に入っていきます。


後に「ミグラント」と呼ばれるようになる存在が東京シャードに現れたのは、今から10年ほど前のことだった。

特定の事業所に属することなく、様々な企業を渡り歩き、依頼を遂行するアクトレスたち。

専用のアリスギアを個人所有し、単身で企業間の趨勢をも変え得る「力」——アクトレスの「商品」化が進んだ現状に歯向かうように現れた彼女たちを、人々は新風と持て囃した。

 

しかしその「新風」が、長く続くことは無かった。

結局のところミグラントたちを迎えたのは、企業による抑圧と排斥。

例え彼女たちが実力を持ち、利益をもたらしうる存在だとしても——企業のためではなく自らのために戦う不安定な存在を、社会が認めることは無かったのである。

そして何より、アクトレスである以上避けられない能力減衰——時が経つごとに一人、また一人とドロップアウトしていき、ミグラントの姿はあっという間に消えていった。

 

 

 

そして。

東京シャード、新宿エリアの片隅にある安アパート。

「……ん」

暗い部屋の中で目を覚ましたマグノリア・カーチスは、今や絶滅寸前のミグラントの一人だった。

 

ゆっくりと頭をもたげ、ぼんやりと部屋を見渡す。

ベッドと事務机くらいしかない簡素な室内を、点けっぱなしのPCの淡い光が照らしている。

どうやら、深夜まで作業をしているうちに眠ってしまったらしい。

マギーはため息をついて、座ったまま目を閉じた。

 

成子坂製作所での仕事から、早数日。

ぼうっとしていると、すぐにその時のことが脳裏に浮かぶ。

——自らの使命に誠実に、そして自らの願いに懸命に戦う、少女たちの姿が。

「……なら私は、私の仕事をしないと」

そんな独り言を呟いたマギーは、姿勢を正してPCモニターに向き直った。

 

しばしの操作の後に表示されたのは、AEGiSが運用している特別契約斡旋サイト。

要するにフリーランス向けの仕事案内なのだが……今は殆ど利用されていない。

以前はミグラントのようなアクトレスを支援する動きも少なからずあったのだが、企業の圧力によって、こうして時間とともに目立たなくなっていった。

今日も朝の日課程度のつもりで、マギーはこのページを覗いたのだが……

 

「……えっ?」

更新されているところなど見たことも無かった、地味なインターフェースの案内ページ。

そこに一件、フリーランスへの依頼の表示があった。

「ど、何処から……!?」

予期せぬ事態に驚いて——内心はかなり心を躍らせながら——内容を確認する。

依頼内容自体は、よくあるAEGiS発注の外縁宙域調査任務、その共闘依頼。

肝心の依頼人は——

 

「聖アマルテア女学院。北条財閥傘下の大手が、どうして……?」

聖アマルテア女学院。

東京シャードの最大手「北条グループ」が運営する中高一貫の女子高で、学校レベルでのアクトレス教育に力を入れていることで知られている。

教育機関ではあるがその設備、規模は大企業にも引けを取らない。フリーランスなど必要もなさそうなものだ。

 

一度は首を傾げたマギーだったが、すぐに自嘲気味に首を振った。

「……まあいいわ。仕事を選べる立場じゃないし」

これを逃しては、次にいつ依頼が入るか分からない。

期待と疑念を一緒に抱きながら、マギーは契約の手続きに入った。

 

 

 

ヴァイス撃退に並ぶAEGiSの重要任務の一つに、シャード周辺宙域の調査任務がある。

フロンティア・プロジェクト——未開拓宙域の調査計画に基づき、シャード進路上の環境調査、ひいては居住可能惑星や資源となる惑星を見つけるための任務だ。

その作戦規模故に、委託は比較的大きな企業にしか行われない。高度な任務ではあるが、委託された企業にとっては大きな見返りが期待できるチャンスでもある。

 

そして今。ムーンシャード船団進路上、未開拓宙域。

シャード運航の安全確保のための環境調査任務が、聖アマルテア女学院によって行われていた。

『A班、ヴァイスの中規模集団を確認。交戦開始します』

『こちらB班、エリア7の環境調査完了。移動を開始します』

汎用型のアリスギアを身に纏い、指揮教員の指示の下調査を進める女子生徒たち。

 

その傍らに、黒鋼のアリスギアを纏った、1人のミグラントの姿があった。

『いいかミグラント、お前の仕事はヴァイス出現時の対応だ。余計な真似はしてくれるな』

「……そんなに不安なら、フリーランスなんて雇わない方がよかったのでは?」

指揮官の通信に投げやりな返答をしながら、マギーはちらりと横を見やる。

……アマルテアは大財閥の運営であることから、生徒にも企業や良家の子女が多い。

フリーランスという未知の異分子の存在に、彼女たちの奇異の目は容赦なく向けられていた。

 

『……今回の契約は学院からのものではない。生徒会長からの要請だ』

「生徒側から?」

思わず聞き返したマギーの耳に、指揮官のくぐもったため息が聞こえてくる。

『全く何を考えているのやら……とにかく、こちらの邪魔はしてくれるなよ』

呆れたような声を最後に、通信が切れる。

 

それとほぼ同時に、レーダーが大型の反応をキャッチした。

『こちらC班、大型ヴァイス1体を捕捉!』

「私が行くわ、手が空いてたら援護を」

ボトムギアに格納された自律ユニット(ピジョン)を展開しながら、マギーは反応のあった座標へと先行する。

現れたのは蠍型の大型ヴァイス「セルケト」。強敵で知られる相手と、マギーはたった一人で対峙した。

 

「さ、始めましょう——!」

迸る蒼炎。

ハサミ状の部位から乱射される速射砲を躱し、渡り鳥は翼を広げ驀進する。

飛行したままライフルを構えたマギーの横で、先ほど射出したピジョンが瞬いた。

 

通常一時的な障壁強化やオールレンジ攻撃のために搭載されるピジョンだが、「FreQuency」に搭載されたものはそれらとは違う役割を与えられている。

「スキャニングピジョン」——周囲状況をスキャンし、敵の解析や射撃補正を行う情報支援特化型兵装。

常時送信される情報によって予測演算が行われ、武装のロックオン機能は通常より大幅に引き上げられる。

 

大推力のブースターによる高速飛行——その最中でも、「KARASAWA」の銃口は確実にセルケトを捉えていた。

「行けっ——!」

そして溢れんばかりの光を湛えた巨砲から放たれる、極大の光条。

射撃型HDMの砲撃と見紛う一撃が、セルケトに風穴を開ける——かに見えた。

 

「……まだ、足りない」

光を裂いて現れた巨躯に、顔をしかめるマギー。

セルケトは大型ヴァイスの中でも、射撃に対する耐性が高い。仮に本物のHDMを叩きこんだところで、一撃では倒せないだろう。

「だったら!」

牽制としてミサイルをばら撒きながら、マギーは接近戦の間合いへ突撃する。

 

しかしその前進は、振るわれた巨大な尾によって阻まれた。

「ちっ……!」

蠍を模したセルケトの、一番の特徴とも言える尾部。強力なビーム砲と射突機構を備えたそれは、言うまでもなくこちらの接近を阻む脅威である。

一度距離を取ったマギーは、迫る射撃に再びライフルで応戦した。

 

一進一退の攻防。

大型ヴァイスと単身で互角の戦いを演じるミグラントに、周囲のアクトレスの視線も集まっていく。

そして少女たちの前で——戦局は渡り鳥に傾く。

マギーの放った光線が掠めると同時に、セルケトの尾が爆発とともに破壊された。

 

「かかった——!」

自らの尾が爆散したことに、動揺のようなしぐさを見せるセルケト。

それを見て、マギーは不敵に笑った。

射撃耐性が高いのなら、何も無理にショットギアで墜としに行く必要はない。

先ほどからの射撃戦は、この面倒な得物を叩き落とすためのものだったのだ。

 

セルケトは小型の随伴機を射出し、3方向からの集中攻撃に切り替えるが——もう遅い。

右手にクロスギアを握り、マギーは隙を見せた敵の眼前へと躍りかかる。

その剣の名は——「MOONLIGHT」

「はああっ!!」

月光の如き青い輝きが、セルケトを真一文字に斬り裂いた。

生まれた傷口へと時間差で高出力レーザーが叩き込まれ、鋼の巨躯を内側から焼き尽くす。

青い尾を引いて刃を振り抜いたマギーの前で、セルケトは爆炎を残して消え去った。

 

「……意外とかかったわね」

クロスギアを仕舞い、マギーはふうっと息をつく。

残骸の中心で平然と佇む彼女の姿を、アマルテアのアクトレスたちは呆然と見つめていた。

そう、散らばった残骸——大型ヴァイスと交戦しながら、一体いつの間に巻き込んでいたのか。

セルケトに随伴していた小型ヴァイス諸共、ヴァイスの反応は作戦エリアから消え失せていた。

 

「この辺りの調査は終わったかしら?」

「……は、はいっ!たった今、調査エリアの移動指示が」

「了解。大きい反応が出るまで、このままそちらに随行するわ」

思わぬ助っ人の登場に調子づいたのか、それとも見せつけられた力を恐れたのか……足並みを速めて移動するアクトレスたち。

マギーもそれについて移動を始めた時、1人のアクトレスが目の前に割り込んできた。

 

「何———っ」

一言言おうとしたマギーは、思わず声を詰まらせた。

エミッションの光を輝かせる、白馬を思わせる意匠のアリスギア。

そしてそれを纏い、静かにたたずむ銀髪のアクトレス。

言い表せない威圧感のようなものを発するその姿に、マギーは圧倒されていた。

 

「貴女は——」

目つきを細めたマギーの前で、アクトレスが目元を覆っていたバイザーを外す。

「流石は現役のミグラント。期待以上の腕前でした」

青い瞳の真っ直ぐな視線と共に贈られたその言葉で、マギーは目の前の少女の正体に気が付いた。

そう、この依頼を出したのは——

 

「……成る程、貴女が依頼を出した生徒会長さん?」

少女は頷いた。

「生徒会長を務めております、3年生の紺藤地衛理です。

ミグラント、マグノリア・カーチス……貴女には、一度お会いしたかった」

 

困惑を胸の奥に仕舞い込み、マギーは右腕で義手を握って腕を組んだ。

「ふぅん……こんな行き遅れに会いたかっただなんて、変わり者も居るものね」

「そう思われても、仕方ないかもしれませんね。ですが、理由があってのことなのです」

真剣な眼差しで、マギーを見つめる地衛理。

そして少女は、更に予想外の一言を告げた。

「貴女と、個人的にお話がしたいのです。この調査が終わった後、少しお時間を頂けませんか?」

 

数刻の静寂が、2人の間を過ぎ去り、

「……ありがとうございます」

静かに頷いたマギーに礼を言い、地衛理は光跡の飛び交う空に消えていった。

 

「………」

残されたマギーは一人、俯いてはあっとため息を吐いた。

一瞬、断ろうとも思った。単に女子高生が興味で近づいたのだろうと。

しかし彼女の瞳を見た時、気づいてしまった。

「なんで、あの子があんな……」

自分と同じ——闘争の中にある人間の眼。

地衛理の眼は——かつてのミグラントたちと同じ眼だった。

 




本作の「ミグラント」はリンクス(ネクスト)の要素も結構含んでます。
リンクスの「単身で趨勢をひっくり返せる力」+ミグラント(傭兵)の「どの陣営にも属さない自由なやり方」のイメージです。


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Mission:14「Turn It Around」

やりたいストーリーはまとまってるのに、上手く文章に出来ないのがつらいです。


「……何が起こってるの」

呟いたところで近くの席からの視線に気づき、マギーはひっそりと端末で顔を隠した。

夕焼けに照らされた喫茶店。聖アマルテア近くの、生徒にも人気らしい小さな店が、紺堂地衛理が待ち合わせに指定した場所だった。

 

ため息ひとつついて、マギーは改めて端末に目を落とす。

地衛理から少し遅れてしまうという連絡が来たため、暇つぶしがてらにニュース配信を見ていたのだが——

(成子坂が、不正……?)

「東京アクトレスニュース」が報じていたのは、叢雲工業の不正問題に成子坂製作所が関わっているという疑惑だった。

曰く叢雲が発表予定だった件の新型ギアに、成子坂製のパーツが使われていた——というのが、AEGiSの目に留まったらしい。

 

暫くニュースを聞いていたマギーだったが、すぐに馬鹿馬鹿しいと端末を切った。

報道の内容は、はっきりと言ってしまえばただのこじつけだ。部品供給をした程度で疑うのならば、それこそ数え切れないほどの中小企業が槍玉にあがるだろう。

ただ——そんな報道をわざわざさせたという事実だけは引っかかった。

 

(文嘉も話してたけど……やっぱり、成子坂を良く思わない勢力が……?)

「……すみません、遅れてしまいました」

考え込んでいたマギーに、不意にかけられる声。

ぴくっと肩を震わせて顔を上げると、銀髪の少女が此方を見下ろして首をかしげていた。

 

「マグノリアさん?」

「ああ、ごめんなさい……気づかなかったわ。こんばんは」

ごきげんよう、と挨拶を返し、席に着く地衛理。

「遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「いいのいいの。生徒会長なんだし、忙しいんでしょう?」

 

丁度届いたコーヒーを受け取り、地衛理は切り出した。

「では、改めて……聖アマルテア学院生徒会長、紺堂地衛理です。今回、AEGiS経由で調査任務の同行依頼を出させていただきました。ご協力に感謝します、マグノリアさん」

「正直依頼が来た時は驚いたけど、問題なく終わってよかった。……報酬もなかなか悪くなかったし」

茶化すように答えたマギーに、地衛理もクスリと笑みを浮かべる。

 

「でも、私のことを何処で?」

「勿論、ノーブルヒルズとの係争です。成子坂製作所とは、以前一度戦って以来、交流がありましたので」

赤坂エリアを巡る、成子坂と聖アマルテアとの係争。

聖アマルテアの勝利に終わったそれをニュースで見たことを、マギーは思い出した。

 

「一連の報道を見ていましたが、正直不安でした。あのまま負けてしまうのではないかと……貴女が成子坂にいて良かった」

「私は大したことはしていないわ。みんなが頑張ってくれたおかげよ」

何故成子坂を心配するのか内心不思議に思いつつも、飄々と笑みを投げるマギー。

「ご謙遜を……さて、本題に移りましょう」

 

地衛理はそう言って、目の前にした渡り鳥に問いかけた。

「率直にお尋ねします。マグノリアさんは、今のアクトレスを取り巻く環境についてどうお考えでしょうか?」

その問いかけに、マギーは深青の瞳をすっと細めた。

「……どうして、私にそんなことを聞くのかしら」

「貴女がミグラント……システムの外にいる存在だからです」

 

成る程と、マギーは内心で相槌を打った。

「……ハッキリ言って気に入らないわ。アクトレスが企業の広告代わりになってるのはまだ仕方ないと思えるけど、叢雲の時みたいに体のいい駒にされるのは許せない」

敢えて正直に、マギーは答えた。

正直、かなり危険な回答だった。目の前の少女は聖アマルテアの生徒会長……言い換えれば「北条グループ」の筆頭戦力である。

そんな彼女の前で、企業体制を否定する発言をしたのだ。

 

注意深く視線を向けるマギーの前で、地衛理は静かに瞑目し、そして。

「……良かった。私も、同じ気持ちです」

その返答で、逆にマギーが驚くことになった。

「……驚いた。北条グループ傘下の学校の生徒会長ともあろう人が、まさか企業体制に反対とは」

「そんな肩書は関係ありません。アマルテアの生徒会長である以前に、私はアクトレスです」

地衛理の目が、すっと細まる。

 

「人類を守る唯一の盾であるアクトレス……それが企業の道具として扱われる現状に、私も憤りを感じています。

そして……何とかそれを打開できないかと、考えています」

「そのために、ミグラントと接触したかったの?」

地衛理は頷き、1つの単語を呟いた。

 

「……『ブルー・マグノリア(青い木蓮)』。一人のミグラントの通り名です」

「知ってるわ。7年前、ミグラント世代の末期に現れた最後の鳥(ラストレイヴン)

「はい。東京シャード中の企業を渡り歩き、あらゆる作戦で活躍した自由の鳥……そして、私が憧れた人です」

深い青を湛えた地衛理の瞳が、ほんの少しだけ煌めいた。

 

「当時はまだ幼い身でしたが、はっきりと覚えています。何にも縛られずに、自らの思うままに飛ぶ姿……私はそれに惹かれ、アクトレスになったんです」

「……」

「ですが、実際は違った。私は何も知らないまま、何もできないまま、企業の作ったシステムに組み込まれた……」

テーブルに載せられた地衛理の手が、固く握りしめられる。

 

「アクトレスを駒にして得る繁栄など、私が求めた世界ではない」

「……それが許せないから、私たちの力を求めると?」

マギーは、昨日の地衛理の目を思い出した。

彼女が戦っているのは、ヴァイスでもライバル企業でもない。

彼女は——この社会そのものと戦おうとしている。

 

「私が求めるのは企業からのアクトレスの解放、そして自由。そういう意味で、貴女方と思惑は一致している……そうは思えませんか?」

射すくめるような視線が、マギーに答えを促す。

マギーは瞑目し……深く息を吐いてから答えた。

「……いいえ。悪いけど、私はそうは思わないわ」

 

地衛理の目が、わずかに険しくなった。

「っ……それは、どうしてですか」

「はっきり言って甘い考えよ、それ。ミグラントはきっと、あなたの味方はしてくれないわ」

困惑する地衛理を見て、マギーは続ける。

 

「どちらに味方したかどうかで、企業間の趨勢すら変わる存在……それだけの力を持ったアクトレスがいた。今から……そう、10年くらい前にはね」

「それが、ミグラント……」

「彼女たちが求めたのは、解放じゃなくて自由だった。いろんな企業を飛び回る奴もいれば、1つの企業からの依頼しか受けない奴もいた。勿論、企業体制に反発してミグラントになったアクトレスもいたんでしょうけど……それは単純に、自分にそうできるだけの力があったからよ」

 

そこに大義があったかなんて分からないと、マギーは語る。

「そして彼女たちのような存在が出てきてしまったからこそ、企業はアクトレスの固定化、商品化をより強めた……気まぐれに陣営を変えてしまう『不確定な強者』の存在を、奴らは許さなかったの」

 

声もなく俯いた地衛理を見て、マギーは小さくため息を吐いた。

——かつて誰よりも自由に、このソラを翔けた渡り鳥。

そう、彼女たちはただ、自由でありたかっただけなのだ。

そしてそれは最終的に、目の前の少女が望む解放とは真逆の結果を生んでしまった。

 

黙りこんでしまった地衛理の手に、マギーはそっと右手を重ねる。

——これだけは、伝えなければ。

「……だから、貴女も躊躇わなくていい。自分のために、自分がしたいやり方で、この世界を変えなさい」

はっとしたように、顔を上げる地衛理。

マギーは頷いて、静かに席を立った。

 

「……帰るわ。力になれなくて、ごめんなさい」

立ち上がったマギーの目に、こちらを見上げた地衛理の視線が重なる。

「……最後に、1つだけ聞かせてください。ミグラントが去った今……貴女はどうして、このやり方を選んだのですか」

マギーは目を逸らして、答えた。

 

「……諦められなかったのよ」

その返答で、地衛理の目が大きく見開かれた。

「じゃあ、貴女は——!?」

立ち上がった地衛理の前で、叩きつけるように机に代金が置かれる。

そのまま逃げるように去っていくマギーを、地衛理は呆然と見つめていた。

 

「……青い、木蓮」

その呟きだけが、静かな店内に消えていった。

 




「Actress Personal Identification Card」

—アブソリュート生徒会長—
「紺堂地衛理」

誕生日 9月17日
年齢  17歳
身長  167cm
血液型 A型
職業  高校生


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Mission:15「Someone is Always Moving on the Surface:1」

お久しぶりです。
書いてる途中で少しストーリーを組み直していて遅くなっちゃいました。
それはそうと今回のタイトルにしたACfaのBGMほんといい曲ですよね。


「いえ、ご尽力感謝します……はい……」

受話器を下ろした文嘉は、そのまま崩れ落ちるように近くの椅子に座り込んだ。

「ちょっ、文嘉、大丈夫?」

「盟華さんは何て?」

「……『ピンクサイクロン』の成子坂へのスポンサードの件、白紙にしてくれって」

様子を見ていたゆみとジニーが、文嘉の返答を聞いて青ざめる。

 

先ほどの電話は、ピンクサイクロンというアパレルブランドの女社長、萬場盟華からのものだった。

ノーブルヒルズとの係争の後、色々あってピンクサイクロンとのスポンサー契約を結ぶことになり、その準備を進めていたのだが……

「……やはり、ここんとこのニュースが原因?」

「ええ……向こうもイメージ商売だから、役員を説得しきれなかったって」

机に肘をついて眉間に手を当て、ため息をつく文嘉。

 

そのニュースは、本当に突然だった。

東京アクトレスニュースが報じた、成子坂が叢雲工業の不正に関わっていたという疑惑。

明確な証拠が提示されないまま印象操作まがいの報道は続き、早くもこうやって実害が出るまでに発展していた。

「こうも一方的な報道をされてしまっては、弁解だってできないわ……」

「所長が……ちゃんとした責任者がいないのが間が悪いわね。隊長さんはあくまで代理だし、磐田さんなんてモロ今回の件の関係者だし……」

そう話しながら、ゆみは不安そうな2人を見つめる。

 

「……ゆみさん、この状況に、何か心当たりはありませんか?」

不意にそんなことを尋ねられ、ゆみは思わず聞き返した。

「心当たり……?」

「さっきの電話で、盟華社長が言ってたんです。成子坂は、どこかから恨みを買ってるんじゃないかって」

 

(——成子坂がヤバイって話が会社に来たの、ピンクサイクロン(ピンサ)がスポンサーするってわたしが会社に発表する前なんだわー。なーんか、おかしくね?

……成子坂って、マジヤバ筋の恨み買ってたりする?)

 

ノーブルヒルズとの係争の中で起きた、幾つもの不可解な事件。

理不尽なバッシングによる偏向報道と、萬場社長への不自然な情報経路。

——考えたくない結論が、文嘉の中で組み上がっていた。

 

「成子坂を悪徳企業に仕立て上げ、蹴落とそうとしている勢力が存在する……そうとしか考えられません

今いるメンバーの中でも、ゆみさんは古参のアクトレスです。何か……そんな存在に、心当たりはありませんか?」

「……ごめんなさい。私にはさっぱり」

落ち込む文嘉とジニーから、ゆみはやるせなく目を逸らした。

ゆみ自身、大人として何かしなければいけないとは思っている。しかし古参といえどあくまで「アクトレス」であったゆみには、今の状況に至った原因すら分からない。

否——そもそもこんな言いがかりに等しいバッシングの前では、そんな根拠すら考える意味も無いのだろう。

 

当事者である整備部には頼れない。

事務員の安藤も、AEGiSからの指示を受け帰任の準備を始めている。

成子坂のアクトレスたちにとって、今頼れる大人は四谷ゆみだけ、だというのに。

何もしてあげられない無力感に黙り込んでしまった、その時。

 

「……ん?」

事務所に置かれたモニターに映された「東京アクトレスニュース」。その画面に……

「2人とも、あれ!」

「何ですか?……って、ええ!?」

「あそこ映ってるの……マギーさん!?」

「エキサイティングバトル」のコーナーで、聖アマルテアのアクトレスと戦うマギーが紹介されていた。

 

「すごいな、アマルテアと共同作戦なんて」

「アマルテアがミグラントを雇ったっていうのが、まず意外ね……」

鮮やかにヴァイスを駆逐する姿に、思わず目を奪われる3人。

その中で、ジニーがふと呟いた。

 

「……マギーさんなら、何か知らないかな」

「ジニー?」

「マギーさん、色々な企業に行ったことがあるんでしょ?だから、成子坂を目の敵にしている企業も知ってるんじゃないかって……」

ゆみは目を丸くした。

 

「でも、連絡先は?マギーさん、企業から依頼するときはAEGiSの斡旋フォームからにしてって言ってたわ」

「あ、そっか、誰も連絡手段がないのか……」

「私……持ってる」

「「ええっ!!?」」

今度は逆にジニーたちが驚く前で、自分の携帯端末を取り出すゆみ。

 

「い、いつの間に?」

「このあいだの祝勝会の時、こそっと渡されて……」

——ねえゆみ、今成子坂で一番古参のアクトレスって、貴女でいいのよね?

——え?そうですけど……

——じゃあ、これ渡しておくわ。私の番号

 

「理由とかは全然聞いてないの。一方的に渡されちゃったから……」

「でも……もしかしたら、突破口になるかもしれない」

3人で顔を見合わせ、頷き合う。

 

「私たちは出ていよっか、文嘉」

「そうですね、ゆみさん、お願いします……」

事務所に1人残された状態で、貰っていたナンバーを打ち込む。

 

(今はとにかく、出来ることを……)

端末を耳に当てながら、ゆみは考えた。

今、起こっている事を——この東京シャードに生まれた、揺るがす事の出来ない大きな「流れ」を。

 

「あ、夜露たちが帰ってきたみたいだよ」

「……こんな時でも、私たちにはこうやってヴァイス退治しかできないなんてね……」

 

そして、今はまだ見えない、この「流れ」の中で動く存在を。

それを見つけなければ——おそらく、成子坂は終わる。

 

「……あれ、お客さん?」

「私が出る。ったく、こんな時に誰……?」

 

『もしもし、ゆみ?どうしたの?』

「っ!マグノリアさん!」

——しかし、この時までは誰も気づいていなかった。

 

「——こんにちは。おお、貴女が噂の留学生ちゃん!」

その「流れ」の中で動く人物は、すぐ近くにいたということを。

 

 

 

「……それで、私に相談の電話を掛けたってワケ」

『ごめんなさい。私には、これくらいしかできないから』

電話口のゆみに聞こえないよう、マギーは小さくため息をついた。

 

成子坂を敵視する勢力について、心当たりがあれば教えて欲しい——突如ゆみからかかってきた電話は、思いもよらない要件だった。

「なんだか、貴女を利用するみたいで心苦しいけど……」

「いいえ、使えるものは何でも使う、その姿勢は間違ってないと思う」

弱弱しいゆみの声を、やんわりと慰める。

連日の報道で成子坂へのバッシングは嫌でも把握していたし、情報の広まり具合からして、成子坂製作所が適切な対応を取れていないことも明白だった。

 

[不正疑惑に揺れる成子坂、過去のギア暴走事件にも関与か]

目の前にある自室の机に置かれたモニターに映るニュースも、日に日にエスカレートしているのが見てわかる。

(問題を放置してるわけじゃない……きっと、今いる人員じゃ対応が取れないのね)

成子坂はアクトレス関連企業としてはかなり小規模。しかも、今は所長が不在の状態だ。

(でも、確かにおかしい。たかだか一中小企業に、なんでここまで……)

気になることは多かったが、今はゆみの依頼に応えなければならない。

 

「……結論から言うわ。私が今まで依頼を引き受けた企業に、今のところそんな筋は思いつかない」

『じゃあ、考えられるのは……』

「AEGiS、でしょうね。例え大きな企業でも、ここまでハイスピードで世論を動かすのは難しい。ノーブルヒルズの時の不当な査定といい、AEGiSの中の反成子坂勢力が、本格的に動き出したってところじゃないかしら」

 

今の事態で頭がいっぱいなのだろう——ゆみからのリアクションすら聞こえてこない。

「……逆に、AEGiSの中にそっちから頼れそうな人はいないの?」

「いないことはないけど……協力してくれるかどうか」

落ち込み切った声。

この端末の向こうにいるのが、あの学生アクトレスたちを引っ張っていた姿だとは到底思えなかった。

 

「勿論、私も仕事先で色々調べてみるわ。大きなところなら、何か情報が手に入るかもしれない」

とにかく元気づけようと、ひとまずゆみの依頼を引き受ける。

『お願い……出来る?』

「任せて。昔から情報収集は得意なの。……なーに、情報料なんて取らないわよ。あまり当てにしてもらっても困るし」

 

ありがとう、という声は、少しだけ元気を取り戻したように聞こえた。

「だから……負けないで。貴女たちのようなアクトレスがいなくなるのは、私も嫌だから」

今東京シャードに生まれつつある——成子坂製作所を潰そうとする「流れ」。

ミグラントのような異分子なら、その流れに逆らうことは出来る。でもそれを完全に止められるのは、最終的には当事者である彼女たちだけなのだ。

彼女たちが屈してしまうとき——その時が、終わりだ。

 

『……本当にごめんなさい。それじゃあ、お願いするわね』

「ええ。何かあったら、また電話してもらっていいから……」

通話を切り、そのままの姿勢で目を閉じる。

(……ああは言った、けど)

敢えてゆみには語らなかったが、マギーの中で一つの疑念が燻っていた。

 

最初に成子坂の不正を報じたのが、「東京アクトレスニュース」だったこと。

不正に関する情報が広まるのが、異常なほどに速かったこと。

そして、この「流れ」を利用できる人物がいるとしたら。

 

——マギーの脳裏には、ある人物の姿が浮かび上がっていた。

(もしも、この予想が当たってたら……)

この「流れ」の中で動くもの……それは、すぐ近くにいる気がした。

 




この辺りのストーリー見てると
多分ゆみさんも7年前関連から遠ざけられてたのかなって。


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Mission:16「Someone is Always Moving on the Surface:2」

お待たせしました。
最近頻繁にファンが燃えているあの方が登場です。


「真理さん……?どうしたんですか、突然」

事務所に上がり込んできた銀髪の女性を見て、目を丸くする文嘉。

突然の来客は、成子坂の面々が知る人物だった。

 

「おひさー。大変そうだね、文嘉ちゃん」

神宮寺真理。

「日刊東京AEGiSニュース」の記者であり、以前から取材と称して、何度か成子坂に現れている。

「……ええ、それはそれはてんてこ舞いですよ。言っておきますけど、取材に付き合ってる時間なんてありませんからね」

「分かってる分かってる。アクトレスちゃんに迷惑はかけないよ」

 

言いながら、平然と事務所を出ていく真理。

「え……?」

メンテナンスエリアへと歩いていく小柄な後ろ姿を、たっぷり10秒見送って。

「………ちょ、ちょっと!?」「いや遅いって!」

飛び上がって駆け出した文嘉を、ジニーは慌てて追いかけた。

 

(ゆみさんはまだ電話中か……!)

ゆみを置いて、メンテナンスエリアに飛び込むアクトレス2人。

2人の目に飛び込んできたのは、真理が1人の整備士に声をかける姿だった。

 

「……なんだ?またてめぇか」

(あれ、磐田さん?)

(ええ……そういえばこの前来た時も、磐田さんと何か話してたような……)

囁き合いながら、こそりこそりと2人の方へ近づくジニー。

 

「そんなに邪険にしないでよ。昔からのお得意様なんだからさーっ」

「んなこと言って、嗅ぎまわろうってハラだろう?」

「まっさかー、わたし、成子坂のファンだもん……7年前まではね」

後ろから見ているジニーには、真理の表情は分からない——しかし、正面に見える磐田の表情はだんだんと、険しいものに変わっていた。

 

「……ありゃあ、事故だ。何度もそう説明しただろ」

「叢雲の新型ギアの件も?」

「そいつはそれ以前の問題だろうが。パーツを納入しただけで共犯者に仕立て上げられたんじゃ、たまったもんじゃねぇ」

それになぁと、磐田は真理を忌々し気に見下ろして、

「あのネタ……マスコミに広めたのはお前さんだろ」

 

その一言で、ジニーは凍り付いた。

「は……?」「えっ……?」

「あはは、ごめんねー。杏奈の番組に情報流したの、わたしー」

平然と、照れ笑いすら浮かべて、磐田の発言を肯定する真理。

「余計なことしやがって……ウチの嬢ちゃんたちが相当怒ってたぞ」

「遅かれ早かれ何処かしらが動いてたわよ。わたしはただ、生まれた流れを利用しただけ。こうやって、真正面から取材できるようにね」

 

その真理の言葉を、ジニーは最早聞いていなかった。

「いい加減にしやがれ、とばっちりも大概に……」

「……いい加減にしてよっ、神宮寺真理!!」

磐田の声を遮り、ジニーは叫んだ。

突然の怒声に、真理も磐田も、隣にいた文嘉さえもが動揺して振り返る。

 

「えっ……ジ、ジニーちゃん?」

「何が生まれた流れを利用しただけだ……!そっちの都合で、これ以上成子坂(ここ)を傷つけないでッ!」

「じ、ジニー!落ち着いてっ……!」

声を荒げるジニーを、慌てて宥める文嘉。

 

「向こうは新聞記者よ、下手なことしたら……!」

やんわりと掴まれた手を、ジニーは容赦なく払いのける。

「どっちにしろ好きにされるだけだよ!だったら……こっちだって戦う。マギーさんが言ってたこと、覚えてるでしょう?」

夜露から聞いた、隻腕のアクトレスの残した言葉。

——アクトレスには、もっと自由でいてほしかった。

 

「ジニー、それは……」

「もうこれ以上、成子坂が誰かの食い物にされるのは嫌なの……!」

文嘉がそれ以上、言葉を返すことは無かった。

磐田も一人、やるせなく作業帽を押さえて俯いていた。

「……マギー?」

そして一人真理だけが、ジニーの言葉にぴくりと眉を震わせた。

 

「今貴女、マギーって言った……?」

「……マグノリア・カーチス。私たちを助けてくれたミグラントだよ」

マギーの名前に反応した真理を、じっと見つめ返すジニー。

——その目に、何を思ったのか。

「……そっか。ジニーにも、そんな場所が出来たんだね」

真理はそう呟くと、参ったとでも言いたげに手を振った。

 

「分かった分かった、もう嫌がらせなんてしないよ。『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』に目を掛けられてるとなれば、どんな報復が飛んで来る事やらわかんないからね」

「……今、何て?マギーさんは自分は彼女とは別人だって……」

問いかけた文嘉に真理はきょとんとした目を向け、すぐにやれやれと目を伏せた。

 

「あいつ、わざわざ誤魔化してたんだ……まあ片腕無くしちゃったし、無理もないか」

「真理さん、もしかして『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』と面識が……?」

真理は文嘉の問いに頷き、真剣な眼差しを2人に向ける。

「……わたしね、昔アクトレスだった時、彼女とちょっと付き合いがあったの。ニュースで見た時もギアこそ別物だったけど、一瞬でわかった」

「じゃあ、本当に……!?」

 

アクトレスたちが瞠目する前で、真理は告げた。

「彼女を知る1人のアクトレスとして、真実を伝える。

ブルー・マグノリア……本名、『マグノリア・カーチス』。あの片腕のアクトレスが、伝説のミグラントその人だよ」

 

 

 

ゆみとの通話から、いくばくか時間が経って。

日が傾き始めた新宿エリアの一角、小さなビルに入ったオフィスに、マギーの姿はあった。

「……まさかとは思ったけど、あいつが動いてたとは」

きっかけは、ゆみとの電話中に聞こえた声。

(——おお、貴女が噂の留学生ちゃん!?)

聞こえたのはほんの一瞬で、すぐに掻き消えてしまったが——それは間違いなく、マギーの知る人物の声だった。

 

(あいつが成子坂に行っていたのなら……理由は一つしかない)

応接用のソファに体を預け、端末に映った地図を見つめる。

(「日刊東京AEGiSニュース」……)

「彼女」がジャーナリストという道を選んでいたことを知ったときは、一瞬困惑も覚えた。

しかし……少し考えてみれば、狙いは明白。

 

「……私と同じ。諦められなかったのね」

やるせないため息が、静寂の中に消える。

自らの目的のために、成子坂が責められる「流れ」を創り出した人物。

誰も知らないところから、この「流れ」を利用している人物。

それが、自分の思う通りの人物なら——

 

「——なんか、こそこそ探りまわってたみたいだけど」

背後から女の声が響いたのは、その時だった。

「——っ」

マギーは一瞬、息を止め——無言のまま振り返る。

 

オフィスの入口、大通りの光と音を逆光に浴びて、彼女は立っていた。

長い銀髪の上から黒いハンチングを被った、「日刊東京AEGiSニュース」所属のジャーナリスト……神宮時真理。

向かい合う二人の距離は数メートル。

黙したまま視線だけを動かさないマギーに、真理はからかうような笑みを投げ——

 

「真正面から呼びだしてくるなんてね。らしいことしてくれるじゃん、『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』」

「……そっちは随分と陰湿なことしてくれたみたいね。昔の名前が泣くわよ?『メリーバニー』」

苛立ちを隠さないまま答え、マギーは立ち上がった。

 

再び訪れる静寂。

片や7年前、東京シャードを熱狂させたアクトレスチームの元メンバー。

片やその後継と謳われ、人々に力による自由を見せつけたミグラント。

疑いようのない2人の「伝説」が今、夕景の中で相対していた。

 

「……なんだか見違えたね、マギー。昔の、不発弾みたいな怖い目が嘘みたい」

「……貴女はちっとも変わらないみたいね、真理」

言って、マギーは真理を睨みつける。

——以前出会った紺堂地衛理と同じ、敵意と戦意の視線。

成子坂の面々には絶対に見せなかった、本当のミグラントの目を、マギーは真理に向けていた。

 

「答えなさい。成子坂の醜聞を流したのは、貴女ね」

一瞬の沈黙。

「……ええ、そうだけど?」

その敵意に応えんとするかのように腕を組み、真理は答えた。

 

「真理……一体何のために」

「成子坂に接触する、チャンスが欲しかったの。どうせ何処かが成子坂潰しに動き出すんだし、先に手を打っちゃおうかなって思ってさ」

ノーブルヒルズとの係争から始まった、成子坂を潰そうとする「流れ」。

それが本格化するまえに、自分が起爆してしまおうと考えたのだろう——この流れを、最大限利用するために。

「わからないわ。古巣を潰して何が楽しいんだか」

「別に潰そうってわけじゃないよ。わたしはただ……真実を知りたいだけ」

 

マギーはため息をついて、すぐ後ろのソファの背もたれに腰掛けた。

「……敢えて言う。止めなさい、そんなことは。何時まで過去に執着するつもりなの?」

帽子の下から覗く真理の顔が、苛立ちに歪む。

「……言うじゃない。自分だって、過去にしがみついて戻ってきたクセに」

そう言って真理が見せたのは、端末に映ったニュース記事。

 

「『再び現れたミグラント、成子坂を救う』……あの頃と同じように持て囃されて、さぞ気分が良かったんじゃないの?」

画面に映し出された、ソラを翔ける黒鋼のアクトレス。

マギーは画面の中の自らを一瞥すると、静かにかぶりを振った。

 

「……そんなつもりはないわ。私は、そんなもののために戻って来たんじゃない」

僅かに低くなったマギーの視線が、一直線に真理の紅い瞳を見据える。

「貴女と私は、根本的に違うのよ。見ているものが」

「じゃあ、貴女が戦う理由はなに?」

端末をしまい込んで、真理は問いかける。

 

「もう殆ど貴女を知る人のいない世界で、『青い木蓮』の名前を隠してまで。ただのミグラントがどうして、成子坂を助けたの?」

意を決したように目を閉じ、マギーは答えた。

「……恩返しよ」

「恩返し?ミグラントである、貴女が?」

「ええ。そしてそれが……私が戦い続ける理由にも関係してる」

 

困惑する真理の前で、ゆっくりと立ち上がる。

そしてそのままマギーは、オフィスの出口へと歩き始めた。

「……ちょ!?どこ行く気!?」

「ついて来て。言葉だけじゃなく、形として見せたいの。

私が戦う理由を……『青い木蓮』が消えた時のことを」

 

振り返らずに答えて、歩き去るマギー。

真理はその背を追い、夕日に染まるオフィスを後にした。

 




「Actress Personal Identification Card」

—宇宙を駆け巡るフォトジャーナリスト—
「神宮寺 真理」

誕生日 8月12日
年齢  29歳
身長  158cm
血液型 A型
職業  ジャーナリスト

Tips「メリーバニー」
かつて東京シャードに存在したアクトレスチーム
子役として人気を博していた宇佐元杏奈がテレビ番組の企画としてアクトレスを目指すことになり、
当時成子坂に所属していたアクトレス、神宮寺真理と、
一般公募で選ばれた少女、九品田凪の3人で結成したチーム。

優秀なギアメーカーで知られていた成子坂製作所のバックアップを受け、「メリーバニー」は活躍。
当時の小中学生を中心にファンを獲得し、メンバー全員がアクトレスを引退した今でもシタラのように憧れを抱く後輩アクトレスも多い。

行き詰りつつあったアクトレス業界に新たな風をもたらした「メリーバニー」だったが、7年前に発生したギアの運用事故によってチームは解散。
神宮寺真理はジャーナリストとして、宇佐元杏奈はアナウンサーとして、
そして九品田凪は結婚し海外シャードに移住して、それぞれが第二の人生を送っている。


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Mission:17「Remember:1」

お久しぶりです。長らく投稿が空いてしまいすいません。
今回、ACVDアーカイブの内容を一部含みます。


21世紀の文明レベルを再現している東京シャードにおいて、最も頻繁に用いられる交通手段は自動車である。

茜色に染まり始めた空の下では、今日もいくつもの車が通りを行き交っているのだ。

 

「……あんなこと言ってさあ」

そして、その一つ。

銀色の社用車のシートに座ったマギーは、隣から聞こえてきた真理の声に振り向いた。

「ついて来てって言った方が乗せてもらう?普通」

「仕方ないでしょう、バスは遠いし私は運転できないし」

「そこはちゃんと調べてきなさいな……」

 

傍若無人な言い分に呆れつつも、真理はマギーの指示通りに車を走らせていく。

「そろそろ中心街抜けるけど、遠いの?」

「そうね、一時間くらいかしら」

「マジか……」と肩を落とす真理の横で、マギーはふと窓の外に目を向けた。

 

きれいな夕焼けに染まっていく空を、いくつかの光が飛び交っている。

「あー、アクトレスちゃんが飛んでるー。どこの子だろう?」

「さあね。っていうか真理、よそ見しないで」

言いながらも、マギーの目は窓の外にくぎ付けになっていた。

 

空に光の軌跡を描いて、飛び去っていくアクトレスたち。

(そう——私が初めてアクトレスを見た時も、こんな空だった気がする)

消えていく光を見送り、マギーは静かに目を閉じた。

(今なら、思い出せるかな……あの時の、世界の色を)

 

 

 

あの日見たソラの景色を、忘れることはないだろう。

 

未だ紛争の続くシャードに生まれて、そして生きるために武器を取った。そこではそれが自然なことで、生まれてすぐ親を亡くした私には、それ以外出来ることが無かったから。

幸い戦う才能はあったようで、戦場で野垂れ死ぬというオチは当面なさそうだった。

だけど……軍人として生きる間、私の心は乾き続けていた。

 

理由は単純。退屈だったのだ。

才能というのはありがたくも面倒なもので、困難も無く勝利するだけの日々は、私に何も与えてはくれなかった。

そのうち私は度々問題行動を起こすようになり、敵にも味方にも嫌われるようになってしまった。

そして——彼女たちに出会ったのは、そんな時だった。

 

「アクトレス」。

私達が使っている玩具のような前時代の武器とは違う、高次元兵装「アリスギア」を操り、人ではなく「ヴァイス」——人類全体の敵と戦う存在。

彼女たちの戦いのスケールは、こんな下らない小競り合いとは比べ物にならなくて——だからこそ、その存在に惹かれてならなかった。

彼女たちを見たその瞬間、灰色だった世界に、再び色が付き始めた——そんな感覚だった。

 

私はこっそりとアクトレスの適性検査を受け——高いエミッション適性が認められるや否や、ほとんど逃げるように軍人を辞めた。

もうアクトレスになるにしても高齢で、いつ能力が減衰するか分からないと釘をさされたが、そんなことは関係なかった。

入りたい企業もコネもなかった私は、軍人時代の貯蓄をはたいて汎用ギアを個人購入し、当時衰退しつつあったフリーランスとして活動を始め——後は、知っての通り。

 

正直、自覚は一切なかった。ただ与えられた依頼を成功させ、生きる糧を稼いでいるだけのつもりだった。

目を付けられた原因はきっと、それを余りにも節操なくやったこと。あらゆる企業で成功を重ね続けたことが、私をただの「商品(アクトレス)」として見られなくしていったのだろう。

そしてその姿は、抑圧の中でも自由を謳い上げる孤独(ストイック)な戦士として見えたようで……いつしか、人々を魅了するようになっていた。

 

数年ぶりに現れてしまった、その存在自体が勢力図を変える異分子——「ミグラント」

アクトレスを従えようとする企業連中を嘲笑うかのように、自由に空を舞う最後の鳥(ラストレイヴン)

黒と青に彩った——単純に好みのペイントだっただけなのだが——アリスギアを駆るアクトレスは、いつしか「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」と呼ばれるようになっていた。

 

 

 

「ほら、ここよ」

マギーが真理とともにやって来たのは、新宿エリアの郊外にある工場だった。

規模としては成子坂と同じほど。どちらかと言えば製造がメインらしく、大きな工場施設からは騒がしい作業音が聞こえてくる。

「ここは……?」

「『有沢重工』。小さなギア製造企業よ。少し前までアクトレス事業も手掛けてたらしくて、事業撤退で使わなくなった倉庫を貸してもらってるの」

言いながら、敷地の隅にポツリと建った、小さな倉庫の前に立つ。

古いシャッターを引き上げると、夕焼けが暗い倉庫を照らし上げた。

 

倉庫の中にあったのは、成子坂の設備をそのまま小さくしたような整備室。

マギーに連れられるまま中に入った真理は、メンテナンスハンガーの前で足を止めた。

「これって……」

2つ並んで設置された、旧式のハンガー。

片方にはマギーの専用ギア「FreQuency」が、その黒青に彩られた装甲を収めている。

そして、もう片方。

こちらはもう、長く使われていないのか——少し汚れたハンガーに繋げられていたのは、一対のアリスギアの残骸だった。

 

「っ……」

真理は思わず息を呑んだ。

無残なものだった。トップギアは左半分が派手に抉れ、全身装甲型特有の重厚な装甲板もそこら中がひしゃげている。

「『LA02 Fragrant』。成子坂製作所が最後に作った——ブルー・マグノリアの、専用ギアよ」

言葉を失い、ハンガーの前に立ち尽くす真理。

マギーはその背中を見つめた後、静かに瞑目した。

(……そう、あの日。私はこのギアを纏って……そして、()に出会ってしまった)

 

 

 

私の運命を変えたのは、3年前のとある大規模作戦だった。

シャード船団の進路上に見つかった小型のヴァイスコロニーを、手が付けられなくなる前に無力化する。

アウトランドが総力を挙げて挑むことになったヴァイスコロニー攻略作戦には、万全を期すためにあらゆる戦力が招聘され——当時東京シャード中で名を馳せていた「ブルー・マグノリア」にも、AEGiSからのお声がかかった、という訳だ。

 

『ブルー・マグノリア。貴女には主力陽動部隊として、コロニーを防衛するヴァイス群の駆逐に当たってもらいます。

作戦の成否に直結する、極めて重要な役割です……活躍を期待します』

「了解、まもなく陽動部隊に合流する。オペレーター、よろしく頼む」

通話を終え、黒鋼の専用ギアを目標地点へと走らせる。

 

(ブルー・マグノリア……あのギア、成子坂のやつなんだってね……」

(なんだって、あんな落ちぶれた企業に……)

(金になると見れば見境ないんでしょう。ミグラントなんてそんなものよ……)

待機中、他のアクトレスが口々に、そんな言葉を交わすのが聞こえてきた。

 

彼女たちが言っているのは、私の纏う専用ギア——「Fragrant」のことだった。

このギアの製造元である成子坂製作所といえば、4年前に「メリーバニー」解散の原因となった事故を起こした曰く付き企業。

「青い木蓮」がそこと契約を結び、さらには専用ギアまで発注したことに、当時のアクトレス業界はにわかに沸き立っていた。

 

(まあ、ミグラントだって相当嫌われてるみたいだからね。嫌われ者同士手を組んだんでしょう……)

「ふん……勝手に言ってなさい」

私は一人、そう呟いていた。

ミグラントになった時から、非難の目など飽きるほどに浴びていた。

そんな視線を憚らず、1人自由を謳い上げる——それが自分のやり方だと思っていたから。

 

そして——ヴァイスとの激しい戦闘の最中、「奴ら」は現れた。

『——全アクトレスに緊急通達!陽動部隊γが未確認のヴァイスと交戦の後、全滅!

指定座標で交戦中のアクトレスは、即時撤退してください!』

突然の通達は、アクトレスたちを一瞬で混乱と動揺に陥れた。

アクトレス部隊が全滅したという座標からの、救難信号は無かった——つまり、信号を出す間もなく全滅したということ。

しかも、相手は未確認——言うまでもなく、前代未聞の事態だった。

 

そして、その混乱の中で。

「……っ!」

「ブルー・マグノリア!!?」

撤退していくアクトレスたちと、正反対の方向に飛び出した。

『止まってください!貴女1人行ったところで!!』

オペレーターの制止を無視し、私は部隊が全滅した座標へと急行した。

 

——今となっては後悔でしかないが、あの時の感情は明確に覚えている。

私は、ひたすらに戦いに焦がれていた。

ミグラントという在り方自体を疎まれ続けた私にとって、アクトレスとして戦う事だけが唯一の居場所だった。

アクトレスになったところで、結局やっていることは変わらなかったということだ。

 

そして、部隊が最後に居た座標に到着し——私は「それ」を見た。

「何、これ……!?」

異常な光景が広がっていた。

一片も回収されることなく放置されたヴァイスの残骸と、乗り手(アクトレス)逃げら(脱出さ)れた、アリスギア「だった」もの。

まるでそこにあった全てを壊し尽くされたかのような惨状の中で、「それ」は静かにたたずんでいた。

 

眼球のような巨大な球体の周囲で、触手のようなパーツが蠢く機械。

同じような球体に大きな2本の腕が生えた、不気味な巨躯。

ヴァイスという脅威からもかけ離れた、異形の姿がそこにあった。

 




アーカイブの内容を含みます(ざっとマギーさんの過去を引用するだけ)

今回悩んだところに、「(基本的にゲーム本編に出ない)ACキャラの過去を回想で語っていいのかな」っていうのがあったんですけれど、
結局それが一番わかりやすいと思ったのでこの形にしました。


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Mission:18「Remember:2」

先日久々にACVDしたんですけど
やっぱり黒栗さん強いですね。


宙域を漂う無数の残骸(デブリ)が、また一つ粉々に砕かれた。

飛び散った焼鉄色の破片が、進撃する巨躯と衝突し塵に変わる。

触手のようなアームを携えた、機械の眼球。その群れを率い、剛腕を振り回す一つ目の巨兵。

不気味な駆動音を奏でながら、異形の軍団は目の前の全てを破壊していく。

 

彼らが狙うのは、ただ一つ——

「チッ、何て数なの……!?」

瓦礫の間を縫うように飛ぶ、生き残りの渡り鳥(アクトレス)だった。

 

「これでも——!」

黒いアリスギアからばら撒かれたミサイルが、敵の群れを巻き込み一斉に炸裂する。

爆風の向こうから現れた一団を見て、マギーはバイザーの奥で舌打ちをこぼした。

「実弾は通らないか……!」

続けざまにチャージを終えたライフルを構え、マルチロックレーザーを発射する。

瞳状のレンズにレーザーが突き刺さると、敵は緑色の光と共に爆散した。

 

爆風を避け、マギーはライフルを構え直す。

交戦開始からおよそ一分——いくつか分かったことがあった。

防御傾向は高実弾攻撃耐久、エネルギー攻撃には弱い。

向こうの攻撃手段は、触手先の砲塔からの射撃。後方の大型と腕付きは動く様子を見せていない。

1つ気になったのは、ミサイルを撃った際そちらに引き寄せられるような動きをしたことだ。

「エミッションを索敵してるの……?」

明らかに、ヴァイスとは違う攻撃傾向。

得体の知れない敵に動揺しながらも、ひたすら迎撃を続けていた最中——異変は起こった。

 

『ブル……ノリア、応答を……』

「オペレーター!?……クソっ、通信が……!」

通信に混ざり始めるノイズ。戦闘データを送り続けていた端末も、エラーを表示し動作を停止する。

「通信システムがダウン!?そんな、どうして突然!」

困惑する間にも異常は拡大し、レーダーすらも動作を停止する。

気づけばマギーは、単身で敵に包囲されていた。

 

「……上等!絶対に、生き延びて見せる!」

この状況で、マギーは強行突破を選択した。

戦闘システム以外が悉く阻害されている状況では、強制脱出(ベイルアウト)すら正常に動作するか分からない。ただ黙って安全装置に頼るよりは、この敵を振り切る方が確実だ。

襲い来る敵に向けて、マギーはエミッションの蒼炎を迸らせた。

「来いっ!!」

弾幕を装甲で強引に凌ぎ、レーザーとミサイルの一斉射で陣形に風穴を空け、その間を突進する。

こちらを遮るように動き出した大型種に向けて、マギーはギアにマウントしていたクロスギアを抜刀した。

 

振りかぶられた弧状の刃から、溢れ出る青黒の光。

「零型試作光波刀『月光』」——成子坂と契約した際に専用ギアと共に受け取った、「レーザー発振型クロスギア」の試作機。

「はああああっ!!」

間近に迫る巨大な単眼へと、マギーは光の大剣を振り下ろし——

 

——突如、世界が轟音と爆炎に包まれた。

「があッ……!!?」

シールドの上から強烈な衝撃を喰らい、マギーの身体はアリスギア諸共吹き飛ばされる。

斬撃の瞬間——敵の巨躯がそのまま「爆ぜた」。

自爆という予想だにしない攻撃をモロに受け、マギーは一撃で戦闘不能状態まで追い込まれていた。

 

「げほっ……!このクソ野郎が……!!」

体勢を立て直そうとするが、ギアが言うことを聞かない。

戦闘続行不能——シールド出力の低下を告げるアラートが、砲火の中でけたたましく鳴り響く。

「仕方ない、脱出する——!?」

強制脱出(ベイルアウト)が起動しようとした、その時。

 

マギーは、見てしまった。

不動を保っていた腕付きの個体がその剛腕を振り回し、こちらに突進してきたのを。

「なっ——!?」

背筋が凍る。

ここまでシールドが削られた状態であんな質量攻撃を受けたら——どうなる!?

 

「速く……!!」

迫る光刃。脱出のために放出されるエミッション。

運命が交錯した——その輝きが交わったのは、時間にして1秒足らず。

マギーの身体が転移しようとするまさにその瞬間——剛腕は黒鋼のアリスギアに直撃した。

 

 

戦闘宙域外縁、AEGiS直属の宙域調査艇。

ヴァイスコロニー殲滅作戦に参加するアクトレスたちの母艦になっていた船に、何度目かのアラートが鳴り響いた。

「識別コード5-Dの反応拾えました!強制脱出(ベイルアウト)作動を確認!」

青い木蓮(ブルー・マグノリア)か!? 無事なのか彼女は!!?」

告げられたナンバーに、司令部と船内のアクトレスたちが色めき立つ。

 

青い木蓮(ブルー・マグノリア)が単身未確認ヴァイスと交戦する最中、肝心のヴァイスコロニー殲滅は侵攻ルートを変えて続行。つい先ほどコロニー中心の培地(ミーディアム)が制圧された。

アクトレスたちが帰還、あるいは退避する中、通信の途絶えた彼女の行方だけが分からないままだったのだ。

 

「撤退するアクトレスにギアの回収指示を出せ!未発見ヴァイスの情報が残っている可能性がある!」

『こちらギアハンガー、緊急ワープドライブが終了……うわああああっ!!?』

矢継ぎ早に指示が飛ぶ中、ギア格納区域から絶叫が響き渡る。

『どうした!? 何があった!!?』

「……酷い」

待機していた整備士の一人は、絞り出すように呟いた。

 

流れ広がる鮮血。

崩れ落ちた青い木蓮(ブルー・マグノリア)の左腕は、ドレスギア諸共吹き飛んでいた。

 

 

 

気づけば、倉庫に差しこむ夕日は消えていた。

「……これが、あの作戦で起こったことよ」

ハンガーに座り、俯いて話を聞いていた真理は、ゆっくりと顔を上げる。

「……ひとつだけ。その未確認の敵の情報、なんで伝わってないのかしら」

「奴らと戦い始めたあたりから、ギアがハッキングを受けてたみたいなの。通信が死んだのもそのせい。結局、あいつらに関しての情報は何一つ残せなかった」

当時の報道では、「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」の負傷は索敵外のヴァイスに襲われたため、となっていた。

何しろ一斉を風靡したミグラントが脱落するほどの事件である。疑う者も少なくなかったが……実際はAEGiSも、何もわかっていなかったのだ。

 

そして市井の人々には、ただ一羽の渡り鳥が飛び去ったことだけが伝えられた。

それは——彼女たちの自由なる闘争が、今度こそ本当に終わったことを意味していた。

「成る程、貴女の身に起きたことは分かったよ。問題は、そこからどう成子坂を助けることにつながるのかって事なんだけど」

「えぇ勿論。きっっっちり話させてもらうわ」

「そんな強調せんでも……」

おもむろに左肩をおさえ、ふうっとため息をつくマギー。

 

「命だけは助かったけど、身も心もボロボロだったわ。あの時のトラウマで、ロクに寝れやしなかった。

医者にはもうアクトレスとして復帰するのは難しいと言われたし、自分でも諦めてたわ。片腕で何が出来る……って」

「……でも貴女は、こうしてここに居る」

「……えぇ。しばらく経って、面会できるようになった頃だったかしら。一人の整備士が見舞いに来たの」

 

真理は首を傾げた。

「整備士?」

「成子坂に居た時に、私のギアを担当してくれた人。私自身は企業と関わりを持ちたくない性分だったから、名前なんて全然知らなかったんだけど……でも、不思議と記憶には残ってる人だった」

変わった人だったと、マギーは懐かしむように視線を上げる。

 

「ミグラントの私に、やたらと気を使ってくれてね。特に専用ギアに関しては凄い入れ込みようだったわ。使い勝手はどうだとか、何かチューンの要望はあるかとか」

心当たりを考えていた真理は、そこではっと顔を上げた。

(ギアに関して五月蠅い、成子坂の古株の整備士……!?)

「気が弱くなってたのもあって、その時思わず訊いちゃったのよ。なんでそんなに私のことを気にかけてたのかって」

「……それで、その人は何て?」

「……あのギアの秘密を教えてくれたわ。あれは『贖罪』のギアなんだって」

その一言で、真理の中で全てが繋がった。

 

「Fragrant」を見せられた時、真理は一つの違和感を覚えていた。

成子坂製作所は元々、大手メーカーのギアのチューンアップを専門としていた。アクトレスたちの間で有名になったのも、1人1人に合わせた丁寧な改造と調整が評判になったからだ。

故に「成子坂オリジナル」というギアは存在しない筈——仮に真理の知らないところで製造されていたとしても、成子坂の規模ではそこまで特別な品はないだろうと思っていた。

 

では、マギーの専用ギアはどうだろうか。

既存のギアとはかけ離れた「全身装甲型」。重装甲と出力を重視し、安定性と単独交戦能力——言い換えれば生存性に特化したスペック。

それは、まるで。

「貴女のギアを見た時、思った……凪のギアとは、真逆だって」

「相当苦労したって言ってたわ。タフな全身装甲型のスタイルを維持しながら、アクトレス本人への負荷を減らすのは難しかったって」

 

勿論、それはその整備士たちの押し付けではない。

単身で企業を渡り歩くミグラント……ロクな整備を受けられないこともあっただろうし、ゆっくり休めることも少なかっただろう。

成子坂の掲げた「アクトレスたちに最適なギアを」という意志——その答えとして、成子坂製作所は「Fragrant」を青い木蓮(ブルー・マグノリア)に託したのだ。

 

そして、そんなことをしたのは——

「ねぇマギー、その整備士さんの名前、当ててもいいかな」

「あら……心当たりがあるのかしら?」

真理は笑って、その名前を答えた。

「成子坂製作所整備部長、磐田宗一郎……あの頑固親父でしょ」

 

 

 

「ひっくしょい!」

「磐田さん、風邪っすか?」

「バカ言え、こうも忙しいのに風邪引いてられるか。大方どこぞのジャーナリストが俺の噂でもしてるんだろうよ」




ここからが正念場。今までの出来事が少しづつ繋がっていきます。
投稿も安定してできるよう頑張ります。


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Mission:19「4 —For— The Answer」

先週は平日動けなくて更新できませんでした。




「……それでお前さん、これからどうするんだ」

その日。

全てを語った後に、整備士はおもむろに問いかけた。

 

「……分からないわ。今の私に何が出来るのかも、何が残っているのかも」

マグノリア・カーチスは答えた。

墜ちた渡り鳥には、もう何も残っちゃいないと。

 

それは残酷かつ妥当な諦観だった。

企業にとって異分子でしかないミグラント、その最後の砦たる「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」が消えたとなれば、企業はますますアクトレスの「商品」化を進めていくだろう。

もう、自分達のような存在に居場所はない。そう考えるのは当然だった。

 

——しかし。

「お前さん……本当は、もう一度飛びたいんじゃないのか?」

「えっ……?」

「もし、そう思ってるんなら……俺達が力になる」

その言葉に、マギーは目を見開いた。

 

「何を……言ってるの?」

「もしもの話だ。だがこれだけは言わせてくれ。

このまま何もせずにいたところで、お前さんはきっとつまらん余生を送るだけ。違うか?」

マギーは、その言葉に同感していた。

何故なら、自分はミグラントだから。

(ミグラント)が自由を諦めたら、その先には何も残らないから。

 

「好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく、自分のために。

——それが、お前さんのやり方だろうが」

マギーは気づけば、包帯の巻かれた右手に視線を落としていた。

自らに残ったものを見つめ——ゆっくりと、右手を握りしめた。

 

 

 

「……そう言われたからってさあ。あの事故の後で本気で復帰する、普通?」

「ふふっ、まあそうよね。普通はあれだけ大怪我して、まだアクトレスを続けようだなんて思わない」

ハンドルを握る真理の呆れた反応に、マギーは思わず笑ってしまった。

 

2人が工場を後にする頃には、すっかり夜になっていた。

銀の社用車は、明かりも少ない静かな道路を走り抜けていく。

「——だけどね、当たりだったの。あんな目に遭っておきながら、私はまだ戦いたいと思ってた」

車窓から見える夜空を眺めながら、マギーは過去の言葉を肯定した。

事故前後の忌まわしい記憶は、今はもう殆ど残っていない。

ただ、一つだけ。病室のベッドの上から、こんな風にずっと空を眺めていたことははっきりと覚えている。

 

「どうしてかは分からないけど、あの人は気づいたんでしょうね。

そして……その意思をを肯定してくれた」

それがどんなに大きなことかは、真理にもよくわかった。

もしそこで磐田が何も言わなかったら、青い木蓮(ブルー・マグノリア)は本当に消えていただろう。

死に体のミグラントを、彼は確かにすくい上げたのだ。

 

「『好きなように生きて、好きなように死ぬ』ねぇ……確かに、貴女にはそれがお似合いだよ」

あるいは彼、否彼らも……成子坂製作所に残っていた人々もまた、「青い木蓮」に惹かれていたのかもしれない。

それこそついこの間、彼女と共に戦い、自分達の理想を守り抜いた少女たちのように。

「そしてそのやり方が巡り巡って、成子坂を救った……因果なもんだねぇ」

成子坂で自分に食って掛かったアクトレスの姿を思い出し、真理は笑みを浮かべた。

 

「で、その後3年も何してたの?」

「怪我の治療をしながら、水面下で復帰のための準備を進めたわ。

貴女なら知ってると思うけど、あの事故の後成子坂から出ていった人が、何人かヤシマ重工に入ってたのよ。そのコネを使わせてもらうことにした」

 

磐田がまず提案したのは、新しい専用ギアの発注だった。

退院後の検査の結果エミッション適性に影響はなかったものの、一度大怪我を負ったマギーの身体では汎用ギアを扱うのに負担がかかりすぎるかもしれない……そこでヤシマ重工に移籍した社員にコンタクトを取り、マギーでも扱えるギアを開発させることを目論んだのだ。

 

「それが今使ってるギアってこと?よく発注通ったね……やっぱり、昔の名声が効いた?」

「まあ、ね。資金の方も、青い木蓮(ブルー・マグノリア)として稼ぎ倒したお金で何とかなった。

ただ皆驚いてたわ。誰も私のこと、あの伝説のミグラントだとは思わなかったみたいで」

「ごめん、それはわたしも思った」

顔を見た時から感じていた覇気の無さを言うと、「それはもう諦めてるから」と断じられてしまう。

「でも、負荷を減らすために全身装甲型なの?むしろ扱いづらいって聞いてるけど」

「出力を落として使えば、普通のギアより楽になる。操作系も最適化されてるから。流石に、オーバード・ウェポンを動かした時は辛かったけど」

でもいい物を作ってくれたと、マギーは何処か嬉しそうに呟いた。

 

「そっちの目途がついたころに、私も十分動けるようになって。

どうしようかしばらく考えたけど、ヤシマでオペレーターとして雇ってもらうことにしたの」

成子坂で働くことも考えたが、当時の成子坂にはマギーを雇う余裕も無かったそうだ。

「リハビリしながら働いて、専用ギアの調整にも参加して。あっという間の時間だった」

 

そうして、1年前のこと。

無名のフリーランスとして、マグノリア・カーチスは再起した。

「後はまあ、貴女の知る通りよ」

「……アクトレスちゃんに取材してる中で、フリーランスの存在は確かに話題になってた。

ただ……まさか貴女だとは思わなかったけど」

言いながら、真理は車を停める。

 

マギーの話が終わるのと示し合わせたかのように、車は「日刊東京AEGiSニュース」の入ったビル前へと到着していた。

「……降りる前に、1つだけいいかな」

「ええ、何?」

ハンドルから手を離し、真理は助手席のマギーへと向き直る。

「貴女と会う少し前に、成子坂製作所に行ってきたんだ。

報道で混乱してるのを利用して、隠してること聞き出そうとしたんだけど……アクトレスちゃんに止められちゃった」

 

(そっちの都合で、これ以上成子坂(ここ)を傷つけないで!!)

脳裏に蘇る、少女の言葉。

それで、真理は思い知った。マギーと共に戦った、彼女たちの覚悟を。

 

「相手はデカい。味方もいない。そんな状況で、あの子たちは戦おうとしてる。自分達の大切なもののために」

「……ええ」

「わたしには、わたしの目的がある。でも、そのためにアクトレスを傷つけたくはない……あの子たちを見て、そう思ったんだ」

目の前にある深青の瞳。

誰よりも自由を願ったアクトレスの瞳を見つめ、真理は告げる。

 

「だから、お願い。成子坂を助けてあげて。あの子たちに、あのまま潰れて欲しくないから」

真理の言葉を聞いたマギーは瞑目し、小さく頷いた。

「分かった。でも『お願い』じゃ弱いわ、相応の頼み方をしてもらわないと」

「……『依頼』ってこと?参ったなあ、わたし貧乏なんだけど」

肩をすくめる真理に、マギーは笑って首を振る。

 

「欲しいのはお金じゃないわ……貴女にも、協力してほしいの。

私みたいなフリーランス一人じゃ、出来ることは限られてる。その点、貴女は色々出来るでしょう?宇宙を駆けるジャーナリストさん?」

「はは、まあね。『東京アクトレスニュース』には杏奈もいるし」

マギーだってアクトレスだ。いくら企業のしがらみから抜け出た存在とはいえ、出来るのは成子坂への直接的な支援だけ。

その点真理なら、ジャーナリストという立場を利用できる。明らかに不審な動きをしている今のAEGiSなら、得られるものは大きいだろう。

 

真理は頷いて、マギーに右手を差し出した。

「……分かった、わたしも出来ることをさせてもらうよ。それでいいんでしょう?」

「貴女の企みには、今は目を瞑るわ。まずは守ってやりましょう、あの子たちを」

伸ばされた手に右手を重ね、契約成立を告げるマギー。

 

「じゃあまた。なんかあったら連絡してよ」

ビルの前で真理と別れ、マギーは一人で新宿の喧騒に戻った。

人の行き交う通りを暫く歩き、交差点の赤信号で足を止める。

何気なく顔を上げると、黒い空に星の光が瞬いていた。

 

都市の光と、ありふれた夜空。

(……あの頃の私には、こんなに綺麗には見えなかった)

真理と話すことで、改めて思い知った。

アクトレスという存在のおかげで、ブルー・マグノリアの世界はこんなにも鮮やかに色づいたのだと。

(あいつらを守ってあげたい……か。ミグラントだった私が、そんな風に思うなんてね)

だけど、その気持ちは本物だ。

 

企業という枠の中にいながら、自由を謳い上げるアクトレスたちがいた。

彼女たちを支えたいと奮闘する、大人たちがいた。

この景色を守りたいと願う、少女がいた。

 

(どうせ戦うなら——ね)

(マグノリア)もまた、彼女たちに惹かれていたから。

 

信号が変わる。

歩き出したマギーの姿は、すぐに雑踏の中に消えていった。

 




ここまで思いっきり本編裏話。
まあこの章はそういうコンセプトで作ったんですけどね。


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Mission:20「4 —For— The Answer:2」

「ねらわれたアクトレス」の章をまるごと駆け抜ける20話です。



マギーと真理が出会った、その翌日。

真理は、とある知り合いに電話をかけていた。

『真理ちゃん?どうしたの?』

「お疲れ様……ニュース、見たよ。災難だったね」

通話の相手は宇佐元杏奈。「東京アクトレスニュース」のMCであるアナウンサー、そして真理のアクトレス時代の戦友でもある女性だ。

 

……昨晩のことである。

「東京アクトレスニュース」の最後に、宇佐元杏奈がMCを降板することが、ほかならぬ杏奈自身によって伝えられた。

「……やっぱり、ニュースで成子坂に味方したから?」

多分ねと、不満げに答える杏奈。

『別に慣れたことだけどさ……わたしはただ、成子坂所属のアクトレスにまで影響が及ぶのは嫌ですねー、って言っただけなのに』

真理は思わず笑ってしまった。なるほど、杏奈らしい理由だ。

 

子役として芸能界に入り、テレビの企画でアクトレスを始め、そして引退後はニュースキャスターとして日々アクトレスのことを報じ続ける……画面の中の彼女は常に、アクトレスのそばにいた。

昨日のマギーではないが、彼女もまたアクトレスたちの自由を願う存在の一人なのだ。

「それで、これからどうするの?」

『この空気が収まるまでは、表立って動けないからね……せっかくの長期オフだし、普段できない事でもしようかなって』

 

ふふふっと、電話口から漏れる不敵な笑い声。

「じゃあ……マスコミの方と成子坂のみんなの応援、任せていいかな。わたしが行くと警戒されちゃうからさぁ」

『わかった。あんまり危険なことしないでね?』

「はいはい。それじゃあ、また」

 

通話を切り、歩き出す。

「さて、と」

歩みを進める真理の前に見えてきたのは、アクトレスの元締め……AEGiS東京。

「用があるか分からないけど……念のため、ね」

青空を衝くビルを見上げ、真理も不敵な笑みを浮かべた。

 

 

『不正疑惑問題が取り沙汰されております、成子坂製作所ですが——』

モニターの中で、男性アナウンサーが事務所の映像を指し示す。

『アクトレス活動の際に無気力戦闘や怠慢な行動を繰り返し、ヴァイスによる被害が増大していると、AEGiS内部からの告発が——』

「……全く、下らない捏造報道もあったものですね」

 

会長席に置かれたモニターを消し、地衛理は来客用のソファの方へ声を掛けた。

「あら、どうしてそう言い切れるの?」

わざとらしく首をかしげたのは、ソファに座った金髪のアクトレス……マグノリア・カーチス。

何故フリーランスの彼女がここに居るのかと言えば、地衛理自身が依頼のついでに招待したからなのだが……

「彼女たちとは一度、戦ったことがありますので。成子坂は決して、あのような報道をされる企業ではありません」

マギーの対面に座り、地衛理は小さくため息をついた。

 

「……正直に申し上げて、悔しいです。こうして、アクトレスが利用される様を現在進行形で眺めているのは」

「そうね……私も見ていられない」

覇気なく心中を吐露した地衛理に、マギーは同情の言葉を返した。

彼女とて、まだ高校生の少女なのだ。こうして同業者が苦しむ様を見せつけられるのは、そう簡単に耐えられるものではないだろう。

 

そして彼女のやるせなさと怒りは、マギーもまた感じているものだった。

真理と再会してから数日。「東京アクトレスニュース」から杏奈の姿が消え、成子坂に関する報道もさらにエスカレートしている。

あの後真理を通じて聞いたところでは、杏奈は成子坂に直接応援に出向いたそうだが……この状況では、成子坂のアクトレスのストレスも相当なものだろう。

 

「……すみません、私ともあろう者が、弱気なことを言ってしまって」

自嘲するように呟くと、地衛理はマギーを見て微笑んだ。

「不思議です。赤の他人なのに、貴女には何でも話してしまえそうで」

「……なるほど、誰かに相談したかったんだ」

気恥ずかしそうに目をそらした地衛理を見て、マギーも思わず笑ってしまう。

「いいのいいの。私も何だか、貴女のことは放っておけないわ。似たもの同士、ってことなのかしら」

 

そしてマギーは、地衛理に成子坂の協力者について語った。

「……あまり詳しいことは言えないけど、昔の友人が手を貸してくれることになったわ。成子坂を助けられないか、色々調べてくれてる」

「マグノリアさんの、ご友人が……?」

「それに。今こそまだメディアによるバッシングだけど、成子坂がこれでも折れないなら次に来る手は予想がつくわ。そうなれば、私の出番も出てくる」

マギーは立ち上がり、だから、と言葉を継いだ。

 

「安心……はさせてあげられないけど、今は任せて。あの子たちを助けたいって大人は確かに存在する。それだけは覚えておいて欲しい。私に言えるのは……それだけ」

踵を返し、マギーは歩き出す。

 

「……マグノリアさん!」

立ち去るマギーの背に、地衛理は叫んでいた。

「以前貴女に言われたことを、ずっと考えていました。私は何がしたいのか、そのために何ができるのかを」

「……」

「私は……私も、この流れと戦います。私にできる方法で」

振り返ったマギーと、視線が交差する。

2人の戦士は、静かに頷きを交わし合った。

 

 

数分後。

「ったく、ここの雰囲気は慣れないわ……」

マギーは逃げるように、聖アマルテアの校舎から飛び出した。

(というか元叢雲の子、この学校だったなんて……!向こうは気づいてないみたいでよかったけど……!)

危うくすれ違いかけた青髪の少女の姿を思い出し、外壁にもたれかかって息をつく。

 

電話がかかってきたのは、その時だった。

端末に映し出された相手の名は——「神宮寺 真理」。

「もしもし、何か分かった?」

『もしもしマギー?よーやく割れたよ、この流れの手を引いてる『黒幕』』

真理が見つけたという情報は、まさに事件の核心に迫る真実だった。

『……とは言っても、薄々予想はついてるか』

「まあ、とりあえず一番怪しいのは誰って言われれば……ね?」

苦笑するマギー。端末の向こうで、真理も同じ顔をしている事だろう。

「『黒幕は——』』

 

 

「「ノーブルヒルズ・ホールディングス!!?」」

「そう。琴村姉妹が所属してるあの会社が、この騒動の黒幕みたいなのっ」

事務所を訪れた杏奈によって告げられた名に、成子坂の面々はそろって目を丸くした。

 

「……それって、どこまでがあいつらの仕業なの?」

「どこまでも何も、全部よ全部。成子坂への嫌がらせから、わたしの降板までっ」

ジニーの問いに、両腕を広げて答える杏奈。

「成子坂に負けたのを根に持って、こんな嫌がらせをしてたってことですか!?」

「夜露ちゃん、それだけで大企業が動くとは思えません。それにあの会社に、そこまでの力が……?」

首をかしげる楓の横で、文嘉が1人相槌を打った。

 

「そうか……!ノーブルヒルズが手掛けてるのはシャード開発事業。まだ新興の会社だけど、既に東京シャードの都市開発にも成功してるわ。民間企業への影響力も小さくない筈よ」

「その通り!広告出荷量も多いから、マスコミへの発言力も強いみたいで……あそこの圧力で降板が決まったって、スタッフさんがこっそり教えてくれたわ」

「じゃあ、テレビや新聞なんかの嫌がらせも……」

「うん、そっちは真理ちゃんが調べてくれた。テレビ以外のメディアのバッシングも、ノーブルヒルズが手を引いてるみたい」

 

ノーブルヒルズ・ホールディングス。

かつて成子坂と戦った敵を中心に、「流れ」は一気に集束していく。

「そして、その目的は……」

「……私が連れて来た時に、双子は言ってました。成子坂を潰しに来たって」

ノーブルヒルズの目的を、夜露は……成子坂のアクトレスは知っている。

 

(あんたたちが独占してる指定業者エリア、そのすべてを頂いてあげるわ!)

「先の係争は、赤坂エリアだけを賭けた勝負でしたが……」

「今度は成子坂を直接狙ってきたみたいだね。成子坂の信用を落とすだけ落として、指定エリアを丸ごと奪い取るつもりだよ、あいつら」

そう言ったジニーの拳は、固く握りしめられていた。

否、彼女だけではない。

世間からのいわれなきバッシング、孤立し追い詰められていく状況……アクトレスたちの怒りと苦しみは募るばかりだった。

 

「……アクトレスを辞めたわたしに言えるのは、こんなことくらいだけど」

そんな彼女たちに、杏奈は優しく声を掛けた。

「アクトレスでいられる期間は、限られてるから……みんなには、悔いのないアクトレス活動をして欲しい」

「杏奈さん……」

「アクトレスでもない大人の都合なんかに、振り回されないで。わたしは……わたしたちは何時でも、みんなの味方だから!」

 

笑って言い切った杏奈に、夜露たちの顔もふっと綻ぶ。

「……今いないっすけど、シタラさんがいたら大変なことになってましたね」

「シタラ、杏奈の大ファンだもんね……100%暴走してたよね……」

脳裏に浮かんだ「放送事故」という言葉に、夜露とジニーはそろって苦笑した。

 

「——と、盛り上がってるところ、いいかな」

入り口から声が聞こえたのは、その時だった。

 

全員の視線が集まった先にいたのは——、ドアに手を当て事務所を覗き込む、銀髪の女性。

「真理さん!?」「真理ちゃん!?」

「こんちわー。耳より情報、もう一つ持ってきたよ」

事務所に上がり込み、手に持っていた端末を机に置く真理。

「ほらこれ。ノーブルヒルズが近々、成子坂に『特命随契監査請求』を出すみたい」

 

「特命随契監査請求」

真理の口から告げられた単語に、アクトレスたちの表情が硬くなる。

「ここが、勝負どころ……成子坂全てのエリアをかけた、大勝負になるよ」

——事態は、大きく動こうとしていた。

 




次回、Chapter2最終話。
Chapter1と同じく、短めのパートを明日月曜、22時に投稿します。


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NEXT Mission「Scorcher」

Chapter2、最終話になります。
本編で絶賛暴走中なせいか、我ながら真理さんをかっこよく書きすぎている気がする......


早朝、成子坂製作所。

「……それでは、緊急連絡会議を始めます」

事務所に集まった面々に向けて、楓は口を開いた。

 

「昨日、ノーブルヒルズ・ホールディングスより提出されていた、特命随契の監査請求書が正式に受理されました。真理さんの事前情報通り、アマルテアに移管されたエリアを除く全エリアが対象です」

特命随契監査請求の受理——つまりは成子坂はAEGiSから業務を委託されるに相応しくないという、ノーブルヒルズの訴えが認められたということ。

「真理さんが情報くれてから……一週間くらい?こんなに速く通るもんなの?」

『いいえ、ここまでの速さでの受理は前例がありません……世論の後押しが大きいかと思われます』

 

シタラの問いにビデオチャット越しに答えたのは、AEGiSに帰任した安藤。

『言うまでもないですが、係争相手はノーブルヒルズ・ホールディングス。これまで同様、ヴァイス撃破のポイントでの査定となります』

「ただエリアが広いから、期間が通常の3倍取られてるわ。出撃回数は……ざっと18回ってところかしら」

そう言葉を継いだ文嘉の声は、どこか歯切れの悪いものだった。

 

その場にいた全員が、同じことを想起していた。

赤坂エリアを賭けて争った、前回の係争——ノーブルヒルズはAEGiSとのパイプを利用し、不正な査定で一度は成子坂を追い詰めた。

係争直前に助力を申し出た「想定にないアクトレス」の奮闘で敗北は免れたものの、今回は世論が完全に向かい風の状況である。

「……厳しい言い方だけど、今回は成子坂が悪役(ヒール)になってる」

口を開いたのは、アクトレスの中に混ざって話を聞いていた真理。

「真理さん……」

「どこまでの妨害が飛んでくるか、正直予想もつかない。係争っていう盤面の範囲で行われることならまだしも、その枠を壊されたりしたら……マトモな戦い方じゃ勝てなくなる」

 

真理の言葉の重みを噛み締め、押し黙る一同。

その中で、真理は気丈に告げた。

「……だけど、そうはさせない。わたしたち大人が、どうにか盤面の中に押し込んで見せる。安藤さんも、お願い」

『私のような下っ端では、出来ることは限られてしまいますが……それでも最善を尽くします。皆さんに、思いっきり戦ってもらうために』

「……ありがとう。だから後は、皆に託すよ。思いっきり戦って……絶対に、勝ってみせて」

皆に向けられた緋色の瞳が、奥に立つ磐田と交錯する。

 

真理が最初に成子坂に押しかけたのは、7年前の真実を探るためだった。

その目的は終わってはいない……けれど今は、アクトレスたちを、窮地に立たされた後輩たちを守るために。

磐田の力強い頷きが、その意思を受け取ったことを伝えた。

 

「……それと、もう一ついいかな」

続けて手を上げたジニーに、一同の視線が集まる。

「真理や杏奈みたいな大人と違って、私達に出来ることは限られてる。

だから……盤面(ボード)の上で、出来る限りの手を打つことにした」

入って(Please come in)。ジニーの短い声が、事務所から繋がる廊下に吸い込まれていく。

事務所に向けて、だんだんと大きくなる足音。今ここに居る全員、その主が誰なのかは分かっていた。

 

——現れたのは、金髪隻腕のアクトレス。

「マグノリア・カーチス

……いいや、『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』」

そのアクトレスの名を……隠し通していた真実の名を、ジニーは呼んだ。

「もう一度だけ、一緒に戦ってほしい。成子坂を……私たちの自由の在りかを、守るために」

 

マギーの青い瞳が、ゆっくりと目の前の人々を見回す。

かつてこの場所で戦い、青い木蓮に後を託したジャーナリスト。

墜ちた渡り鳥に手を差し伸べ、そして今も成子坂を支え続ける整備士。

彼らの思いを載せて飛ぶ、若いアクトレスたち。

 

やがてマギーは瞑目し、満足そうに頷いた。

「……その依頼、引き受けたわ。調子に乗った新参者なんて、叩き潰してやればいい」

「……!そうっすよ!やりましょう、マギーさん!!」

威勢よく同意した夜露を中心に、広がっていく熱意と戦意。

打倒ノーブルヒルズ。成子坂製作所の心は今、1つになった。

 

「それでは、以上で集会を終わります!」

「「「集会……?」」」

「夜露ちゃん、緊急連絡会議です」

困惑する一同の中で、冷静につっこむ楓。

夜露の色白な顔が、一瞬で真っ赤に染まった。




NEXT CHAPTER

火蓋を切った反攻戦。
世間が反成子坂に染まっていく中、突如東京シャードを謎の敵が襲う。
「こいつら、あの時の……!」
「クソっ、一体どうすれば!」
「怯んだら負けよ!やるだけやるしかないっ!!」

そして返り咲かんとする「青い木蓮」の前に、「現実」は牙を剥いて立ちふさがる。
「勝てるの……?今の私に……!」
「分かっているのでしょう? アナタはもう、終わった伝説なのです」

蔓延る憎悪、渦巻く野望。その中でも、少女たちは戦い続ける。
守り抜くと誓った、自分たちなりの自由(こたえ)のために。

Chapter3「FORGIVE AN ANGEL」
——この世界に、答えはあるのか


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Chapter3「FORGIVE AN ANGEL」
Mission:21「Frag Is Raised」


大変、大変長らくお待たせしました。新章開始でございます。




夜の東京シャード。

摩天楼を見下ろす展望台の上で、少女は着信を受けた携帯端末を耳に当てた。

『やあ、調子はどうだい?』

「所属アクトレスとの顔合わせは終わりました。明日より作戦に出撃します」

『ああ、頑張ってくれたまえ』

端末越しの声が、クク、と笑い声を漏らす。

 

『君も知っての通り、相手はあの青い木蓮だ。……ハハ、流石の君も不安かい?』

「関係ありません。ワタシはワタシの仕事を果たすまでです」

『流石だ。期待しているよ、グルカの傭兵』

通話が切れる。

端末を仕舞い、顔を上げ、眼前の景色——その向こうに目を向ける。

 

「成子坂……『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』……」

ぽつりと呟き、少女は夜景に背を向けた。

人気(ひとけ)の消えた展望台に、冷たい風が吹き抜けた。

 

 

成子坂に対し請求された特命随契監査は、メディアによる活発な報道もあり、たちまちのうちに東京シャードに知れ渡った。

世論は当然のように、請求を出したノーブルヒルズ・ホールディングスを後押しする。宇佐元杏奈の消えた「東京アクトレスニュース」は、ノーブルヒルズのアクトレスを期待の新星として紹介するようになった。

神宮寺真理が危惧した通り、成子坂は悪役の立場に立たされることとなる。

少女たちの反攻戦(ヴェンデッタ)は、最初から絶望の淵にあった。

 

「こんちわーっす」

事務所に響き渡った快活な声に、マギーはパソコンに向けていた顔を上げた。

ぱたぱたと近づいてくる、3つの茶色い制服姿。「トライステラ☆」の3人である。

「Hello,マギーさん……そういえば、マギーさんって出撃ない時何してるの?」

「AEGiSへの報告書作ったり、ヴァイス関連の情報収集……あと、整備の手伝いもしてるわ」

「整備も!?」

「……これでも、昔は独りで事業所を渡り歩いてたから。いつの間にか、整備士の真似事くらいは出来るようになってたみたい。あ、これ秘密よ?」

本来整備できるのは免許持ちだけだから、と釘をさす。

 

「すごい、ですね……流石『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』……」

「やめて頂戴。真理に頼まれてその名前で復帰したけど、今はもうそんな大層なものじゃないから」

舞からの尊敬の視線を払おうとするマギーに、シタラがやれやれと首を振った。

「いやいやマギーさん、未だに影響力は大きいみたいですよー?昨日のニュースもその話題で持ち切りでしたし」

 

少しでも戦いを優位にするために、成子坂が最初に打った手。それがマギーの「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」としての復帰だった。もう、成子坂の中では彼女の人となりは(左腕の真相も含め)周知のものとなっている。

数年前に姿を消した、最後のミグラントの電撃復帰。発案者である真理の見立て通り、マスコミはマギーに飛びついた。

要するにマギーをスケープゴートにすることで、成子坂の不正に関する報道から大衆の目を逸らそうとしたのである。

 

「……でも、良いのかな。マギーさんに負担を強いるようなことして」

「別に負担でもないわよ、ジニー。やってることは変わらないんだし、そもそも『青い木蓮』と私を結びつけるのだって難しいでしょうし」

今回報道に出たのはあくまで「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」であり、マグノリア・カーチスという個人は話題にもなっていない。昔を知る人々に散々言われた「今のマギーはまるで別人のようだ」という評価が、この点に関してはマギーを助けていると言える。

 

「……とは言っても、ネットのヘイトも結構マギーさんに向かってますよ?どうしてまたあんな企業に味方するんだって」

「そんなのもう慣れてるわよ。昔の非難の方がまだキレがあったわ」

平然と言ってのけるマギーに、シタラもついに閉口する。

 

「つ、強いね、マギーさん……」

「Indeed……あのうるさい双子相手でも、全然怯まなそうだよね」

慄く2人に、マギーは余裕の微笑みを返して見せた。

 

 

そしてジニーの予想は、概ね的を射たものとなった。

「あんた、この間の係争の……!」

「……そういえば、こうして地上で会うのは初めてね。マグノリア・カーチス。成子坂に雇われたミグラントよ。

それとも、『青い木蓮(ブルー・マグノリア)』の方が通りがいいかしら」

相対したマギーの言葉に、双子のアクトレスは表情を強張らせた。

驚くのも当然だろう。先の係争で成子坂に味方していたアクトレスが、今大人たちが話題にしている伝説のミグラントその人であったのだから。

 

「……ふん、木蓮だかなんだか知らないけど、成子坂の肩を持つなんて落ちたものね」

「評判なんて関係ない。付きたい勢力に付くのが私たちのやり方よ。私にとってノーブルヒルズは何の魅力も無かった、それだけのこと」

「気に入らないわね。こんな悪徳企業、さっさと潰れてしまえばいいのに」

後ろにいるアクトレスたちの空気が、一気に険しくなった。

「何が悪徳企業ですか!そもそもそっちがありもしない悪口を言いふらして……」

「ストップ、夜露。こいつらにそんな真っ当な反論しても無意味よ」

 

敢えて語気を強め、マギーは朱音を睨みつける。

「また下らないことを考えてるんでしょうけど、もう同じ手は食わないわ。今度こそ、完全に叩き潰す」

「一回勝ったくらいでいい気にならない事ね。こっちだって、あたしたちだけじゃないのよ」

言うと朱音は戸口の方を向き、「サンティ!」と呼びかけた。

 

すっと、事務所の引き戸が開く。

顔を出したのは、夜露と同じくらいの年代の少女だった。

黒い大きな瞳が、物珍しそうにこちらを覗き込んでいる。顔立ちや浅黒い肌を見るに、東京シャードの人間ではないようだ。

少女はそのまま事務所に入ると、一同の前でぺこりとお辞儀をした。

 

「初めまして、サンティ・ラナです。今回の係争に、ノーブルヒルズのアクトレスとして参加することになりました」

「……気になる言い方ね。正式に所属するアクトレスでは無いと?」

「はい。AEGiSからの契約派遣です」

にこりと笑うサンティに、朱音が不機嫌そうな眼差しを向ける。

「サンティ。そんな丁寧は挨拶は不要よ。こいつらは敵なんだから」

「そうはいきませんよ。せっかくかの『青い木蓮』に会えたのですから」

 

マギーの眉が、ぴくりと持ち上がった。

「あら、今どきのアクトレスで私のことを知ってる子が居るなんてね」

「ええ、よく知っていますよ。ずっと……会いたかった」

サンティは不敵に笑うと、おもむろに小さな手で双子を押しのけた。

 

「サンティ……?」

動揺する朱音を無視して、サンティはマギーを見上げる。

「貴女が何故舞い戻って来たのか、理由はワタシには分かりません……ですが」

そこで、マギーは気づいた。

見下ろす少女が纏う気配に……双子とは違う敵意に。

 

そしてその敵意は、すぐに言葉になって現れた。

「ここで、ワタシは貴女を倒す。この戦いで、後進に道を譲ってもらいますよ。ブルー・マグノリア」

 

事務所の空気が、一瞬で凍り付いた。

「さ、サンティ!?あんた何言って……」

「へぇ……大きく出たわね、お嬢さん」

朱音までもが恐々と声を震わせる中で、マギーは興味深くサンティを見つめ返す。

 

「私を倒すのは勝手だけど、貴女の敵は私だけじゃない。きちんと係争の成果も出さないと、AEGiSに怒られるんじゃない?」

「大丈夫ですよ、貴女以外は相手にもなりませんから。全員、所詮は一般人です」

背後の夜露たちが色めき立つ。

「……面白いこと言うね、君」

2人の間に割って入ったのは、少し離れて話を聞いていたジニーだった。

 

「ジニー……」「貴女は……」

割り込んだ金髪のアクトレスを見て、サンティは満足そうに笑みを浮かべた。

「……ははっ、面白いですね。まさかこんなところで本物に出会えるなんて」

何も答えず、サンティを見つめるジニー。

3人の異様な雰囲気に、周囲のアクトレスは何も声を上げられなかった。

 

事務所に警報が鳴り響いたのは、その時だった。

「な、何ですか!?」

「ちょっと待って!このコード……AEGiSからの緊急出撃命令(スクランブル)よ!」

ゆみの言葉に、一同が目を剥いた。

ヴァイスの大規模襲撃などでシャード航行に関わる事態が発生した際、通常まずはAEGiSの即応部隊が対応し、その間に各委託事業所に命令が下される。

それすらもすっ飛ばした、AEGiSによる最上級の指令が緊急出撃命令(スクランブル)——年長者のゆみやマギーでさえ、経験のないことだった。

 

「はぁ!?何が起きてるのさ!!?」

「黙ってシタラ!今確認を……っ!」

指令室に駆け込んだ文嘉が、愕然と言葉を詰まらせる。

「出撃していたエンパイア中野の合同部隊が……調査中の未確認ヴァイスと遭遇!!?」

聞こえてきた声に、その場にいた全員が吃驚した。

「それってまさか、この間の……!」

「ついに尻尾出したわね!隊長さん、聞こえるかしら!」

 

事務所内の端末から、ゆみがすぐに隊長に連絡を入れる。

「はい……はい、流石隊長さん、準備が速い!すぐに出るわ!」

「出撃詳細が来た!トライステラと叢雲で出撃、サポートはゆみさんとマギーさん!」

突然のことに困惑しながらも、指示を受けた6人が動き出す。

 

そしてサンティも、自分の端末に来たアラートを見て頷いた。

「こちらも出撃指示が来ました。行きましょう、朱音さん、天音さん」

「えっ、ちょ、ちょっとサンティ!」

「い…行こう、お姉ちゃん!お、お邪魔しましたっ!」

すたすたと出口へ歩いていくサンティ。双子も慌てて、それについていく。

「では……また(うえ)で」

誰かを見つめるように一度振り返って、サンティは走り去っていった。

 




エタってたまるかああああああ!!
......ということで、申し訳ありません。3度目の改稿です。
サンティはこの作品で重要な位置に置くキャラクターなので、自分の中で出し方がずっと定まらず、非常に長い間投稿が出来なくなっていました。
今回でやっと、思い描いた通りの文章を書けたと思っています。

またぼちぼち続きを投稿していくので、どうか見届けていただけたらと思います。


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Mission:22「Demolition」

最近ギミックの凝ったSPスキル増えましたけど、OWを実際にSPスキルにするとどんな感じなんですかね。

発動で一定時間ブースト無限&攻撃不可、再度SPスキルボタン長押しでチャージ開始、チャージ終了後離して攻撃ってところでしょうか。


「嫌だ……嫌だっ!どうしてこんな事に……!!」

シャード外殻に突き出た岩石の間を逃げ回りながら、エンパイア中野所属のアクトレス、下落合桃歌は嗚咽に近い悲鳴を溢した。

 

他の小規模事業所と共同で受注した、東京シャードの宇宙港近くに現れたヴァイスの鎮圧任務。

それ自体はありふれた任務であり、何も問題なくヴァイスを殲滅して帰るはずだった。

……『奴ら』が、現れるまでは。

 

「ひっ……!」

青白いレーザーが、桃歌の桃色のギアを掠めていく。

彼女を追い、群れを成して飛来するのは、目玉に触手が生えたような異形の機械。

そう。かつて青い木蓮(ブルー・マグノリア)を撃ち落とした、あの怪物たちである。

彼らは突然宙域に現れるや否や、残存していたヴァイスを瞬く間に殺し尽くした。

そして……困惑するアクトレスたちに、その瞳を向けた。

 

今、生き残っているのは桃歌だけ。

主を逃がし、自爆に巻き込まれたアリスギアの残骸が目に入り、泣きそうになるのを必死にこらえる。

(みんなも……やよいも……!どうして!?成子坂の不人気に便乗するような真似したから!?)

 

「……ああっ!!?」

ブーストダッシュをかけすぎたことで、負荷(テンション)に耐えられなくなったギアが急減速する。

「そんな……!」

動きを止めたアクトレスを喰らわんと、怪物が異音を響かせながら加速する。

迫り来る紅い破滅に、桃歌は目の前が真っ白になり——

 

「はあああああっ!!」

瞬間。

宇宙(そら)に走った一閃が、迫る敵を真っ二つに斬り裂いた。

 

「大丈夫ですか、桃歌さん!」

「あ……吾妻楓!?」

爆風の中から現れるのは、白いギアを纏った少女。

「お待たせ。やよいさんは……落ちてるんだ。キツそうだったら下がって、桃歌さん」

「……よく耐えたわ、江古田のアイドル。ここは私たちに任せて!」

「叢雲の子たちに、四谷さんまで……!?」

次いで現れる成子坂のアクトレスたちに、桃歌は普段の演技(キャラ)も忘れ佇んでしまう。

 

(……助けに来て、くれたんだ)

双銃型(デュアルショット)ギアを握る手に、力が籠る。

「タナボタ許さん!ここで一番輝くのは、桃歌ちゃんなんだぞっ☆」

少女たちの背中を追い、桃歌は戦場へと身を翻した。

 

 

「……全く、皆躊躇ってものがないんだから」

「あんなのに怖がってたら、アクトレスなんてできないよ」

ぽつりと呟いたマギーに、傍らの怜がため息を吐く。

「違うわよ。これだけ世間からの目が厳しいのに、よくいつも通り戦えるわねって話」

「みんながみんなそうじゃないよ。マギーさんが知らないだけで、悩んでる人もいる」

 

だけど、と繋いで、怜はその目を鷹のように細める。

「それでも、わたしたちは守りたいんだよ。成子坂って居場所を」

「……怜ちゃんの言う通りです。成子坂を、簡単に潰させはしませんよ」

割り込んだ声と同時に、巨大なシルエットが2人の視界を埋め尽くした。

 

現れたのは、巨象を思わせる砂色のアリスギアを纏ったシタラ。マギーの纏う「Frequency」も重装化によってかなり大型化している方だが、シタラのギアはそれを優に超えるボリュームを誇っている。

「……なるほど、それが話してた専用ギア?」

「マギーさんと殆ど入れ替わりで納品されて、ずっと訓練してたんですよ」

マギーの感嘆した声音を聴いて、シタラは愉快そうに笑みを投げる。

 

兼志谷シタラ専用、拠点攻略級重武装型アリスギア「ガネーシャ」。

前回の係争の最後に、シタラが使っていたギアは未確認ヴァイスの攻撃を受け、大破とはいかずとも決して小さくはないダメージを受けていた。

折よくセンテンス・インダストリーへの専用ギア発注が通っていたこともあり、シタラは今日まで出撃せずにこの「ガネーシャ」の調整、慣熟訓練に専念していたのである。

 

「さ、後ろは任せてください……兼志谷シタラ、狙い撃つぜ!」

「……なんか、そいつで突っ込んでもらった方が速そうにも思えるけど」

「そんな殺生なぁ」

気の抜けたやり取りをよそに、マギーはハンガーに背負ったレーザーライフルを抜き放つ。

それを見たシタラが、不意に顔を曇らせた。

「……ね、ねえ、マギーさん」

「何?」

「その……大丈夫なの?」

 

視界の先に映る敵——それは嘗て、青い木蓮(ブルー・マグノリア)から翼を奪った怪物。

彼らによって付けられた消えない傷を機械で隠し、マグノリア・カーチスは再び戦おうとしている。

そのことを案じるシタラに、マギーは毅然と言葉を返した。

「……心配は無用よ。今日こそ、奴らを止めて見せる」

 

黒鋼のアリスギアが、蒼炎を迸らせる。

「始めましょう……私は戻ってきたのよ」

エミッションの翼を広げ、渡り鳥は戦場へと飛び込んだ。

 

「戦い方はさっき伝えた通り、なるべく一撃が大きい攻撃を叩きこんで!」

『了解!!』

『ぶ、青い木蓮(ブルー・マグノリア)でしたっけ!?あいつら、自爆してきます!』

「分かってる、変な挙動を見せたら直ぐに退避を!」

飛び交う通信の中で、迫ってきた敵影に照準を定める。

 

「邪魔よ!」

発射された光弾が一度バリアのような力場に受け止められ、それを貫いて未確認ヴァイスに突き刺さる。

炸裂する爆風を引き裂いて現れた新たな個体に、マギーは小さく舌打ちした。

「硬い上に数が多い……!」

前衛では楓を筆頭に元叢雲のアクトレスが大立ち回りを演じ、後ろからはトライステラ☆の支援砲撃が降り注いでいる。

火力では間違いなくアクトレス側が優勢……にも関わらず、敵影が減る様子はない。

 

『うわっ!』

『リン!?大丈夫ですか!?』

『う、うん!こいつら近づくとすぐどかーんって……!』

そして、自ら諸共にアクトレスを葬ろうとする自爆攻撃。

得体の知れない敵性存在を相手に、アクトレスたちは予断を許さない戦いを強いられ続けた。

 

「っ……!」

マギーが10体目の小型種の自爆をやり過ごした時、沈黙していた通信機が音を立てた。

AEGiSからの全体通信……一向に姿を見せない、即応部隊からのものである。

『こちらAEGiS、状況はどうなっている』

繋げられた通信に、マギーは間髪入れず怒鳴り込んだ。

「こちら成子坂製作所、ブルー・マグノリア!単独では持ちこたえられない、他部隊はどうなっている!」

『次段の輸送機がヴァイスの襲撃を受けている。すまないが、もう少し耐えてくれ』

「チッ、ロクなもんじゃないわね!」

こちらを捕捉した敵を撃ち抜きながら、盛大に毒づく。

 

『マギーさん、あれ!』

ジニーが声を上げたのは、その時だった。

ギアを纏った指が示す先——敵の一団の背後から、剛腕を振りかざす巨躯が現れた。

『あれって、この間の——!』

以前の係争で現れたものと同じ異容に、シタラが顔を引きつらせる。

 

「落ち着いて!雑魚を散らして、またHDMで撃破を……!」

「駄目です、マギーさん!彼らからは結合粒子が発生していません!」

マギーの声を遮って楓が告げたのは、予想だにしない事実だった。

「ホントだ!チャージが全然溜まってないよ!」

「これじゃ、アイツを落とせない……!」

交戦するアクトレスたちの間に、一気に動揺が広がっていく。

 

「……怯んだら負けよ!やるだけやるしかないッ!!」

その中で、マギーは意を決し、叫んだ。

「リミッター解除!オーバード・ウェポン、強制起動する!!」

マギーのギアから、青いエミッションの光があふれ出す。

『オーバード・ウェポンって……!』

『マギーさん、まさか!?』

隊長の発動承認をすっとばし、転送された巨大な鋼鉄の塊——規格外兵器(オーバード・ウェポン)「GIGA BLADE」。

 

それは本来、アリスギアの力を利用し暴走させ、エネルギーを引き出すもの……即ち。

『不明なユニットが接続されました。システ……刻ナ障害……発生——』

「起動成功、エネルギーチャージ開始……っ!」

嘗ての人々の意地と覚悟が、ALICEの意志すらも超克する。

吹き荒れる膨大なエネルギーの中で、「GIGA BLADE」が不気味に駆動を開始した。

『結合粒子も無しにHDMを!?』

『何それ……ふざけてるの……!?』

驚嘆するアクトレスたちの前で、荒れ狂う光がさらに強まる。

 

エミッションの奔流を翼に、マギーは飛翔した。

「はああああああああっ!!」

甲高い駆動音を嘶かせ、軌道上の小型種を吹き飛ばしながら驀進する。

「これで——!!!」

解き放たれた光剣を、マギーは全力で振り下ろし——

 

「……っ!!?」

瞬間、光の柱が弾けるように霧散した。

 

「なっ……!!」

『『マギーさん!!?』』

突進の速度を保存したまま、マギーのギアは宇宙空間を落ちていく。

「どうして……クソっ、出力が上がらない……!!」

無数のエラーメッセージの中に映る、「エミッション出力不全」の文字。オーバード・ウェポンを強制励起させた反動だ。

必死にブースターをふかしても、急低下した出力では慣性を殺しきれない。

そして止まれないマギーの先には、こちらを捉える小型種の姿があった。

 

「———!!」

マズい——などと考える間も無かった。

宇宙に咲いた強烈な閃光が、マギーの姿を飲み込んだ。

 




いきなり出てきた桃歌ちゃん(と出番なく消えていたやよいさん)

原作未読勢(とやよいファンの皆様)に不親切ですまない......


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Mission:23「Vulture」

お久しぶりです。

ヤツのせいでいろいろとつらい日々を過ごしておりますが、
なんとか続きを書きました。


迫り来る破壊より一瞬速く、光の軌跡が宇宙(そら)を走った。

マギーがそれに気づくと同時に、何かががしりとギアを纏った腕を掴む。

「うわっ!?」

思わず素っ頓狂な声を上げたマギーの体は、そのままぐいっと引っ張られ、大型種の突進はその横を掠めて飛んで行った。

 

(助けられ、た……?)

呆然と、掴まれた左腕の先を見つめる。

アリスギアを纏った義手に重なる、少女の右手。

『よかった、間に合いました』

「……サンティ・ラナ!?」

通信越しに聞こえた安堵の声は、マギーにさらなる驚愕を与えるのに充分だった。

 

「間に合ったって、貴女どうやって……」

『輸送機から直接飛んで来ました。鳳さんの采配で』

さらりと告げるサンティが纏っているのは、水牛を思わせる砂色のアリスギア。

大型のブースターを備え四肢を堅固に覆う出で立ちは、単独行動に優れた強襲型のそれである。

その突破力を生かし、彼女は一人戦場へと駆けつけたのだ。

 

『……と、話している場合ではなさそうですね』

遠方。大型種が動きを止め、ゆっくりと振り返る。

その紅い瞳は、二人のアクトレスに変わらず敵意を向けていた。

『動けますか、青い木蓮(ブルー・マグノリア)?』

「……完全にとはいかないけど、何とか」

『わたしがあいつの注意を引きます。成子坂と合流してください』

 

マギーを残し、サンティは大型種の方へと飛び出した。

周囲から飛び交う小型種の攻撃を掻い潜り、湾曲刀(ククリ)状のクロスギアを大型種に叩きつける。

『———!!』

斬撃そのものは位相障壁に阻まれるものの、その一撃で大型種のターゲットはサンティへと移行した。

 

『マギーさん!!』

呆然とサンティを見ていたマギーの後ろから、幾つもの光条と共にアクトレスたちが駆けつける。

『大丈夫ですか!?さっき突進に巻き込まれたかと……』

「……ええ、彼女のおかげで」

混乱する夜露に短く返したマギーの、鋭い視線がサンティに向けられる。

 

アクトレスとしては相当ベテランであるマギーから見ても、サンティの動きは格が違った。

型などない、大胆かつ堅実な体捌き。そして、攻撃に確実に乗せられている敵意。

シタラのようなアクトレスとしての才とも、楓のような武術としてのセンスとも違うそれは。

「ああ……貴女も、こちら側の人間なのね」

マギーに、そう確信させるものだった。

 

『マギーさん……?』

「っ、ごめんなさい……自信がある人、前衛でサンティを援護!残りは後衛から小型種を殲滅!遅れを取るわけにはいかないわ!」

ついでのように放たれた発破で、アクトレスたちが弾かれたように動き出す。

 

すみやかに再構築される戦線。大型種を引き付けるサンティを中心に、大規模戦闘が再開される。

『余力のある方は大型種を叩いてください!決定打にはならないでしょうが、大威力が集中すればあの防御を貫けるかもしれません!』

『了解です、サンティさん!』

 

サンティの要請に応じ、白狐の如く駆ける楓。

『この辺のちっこいのは片付いたよ!』

『OK!わたしたちもサンティを支援する!』

付近一帯の掃討を終えた「トライステラ☆」も、援護射撃にかかる。

はじめから、小型種相手でなら成子坂のアクトレスは決して遅れを取っていない。サンティという強力な救援が入ったことで、戦況は完全にアクトレス側に傾いていた。

 

(……でも、決め手がない!)

懸念材料はただ一つ。かの大型種だけは、現状倒す手段が存在しないことである。

防御に位相障壁を使用している以上、アリスギアの攻撃で貫通できる可能性はあるが……消耗した状態であの突進を掻い潜りながら攻撃するのはかなりきつい。

無視して逃げるのは論外だ。明確にアクトレスを認識している以上、奴は文字通り何処まででも追ってくるだろう。

 

(どうすれば……)

勝機を見いだせない、マギーの思考を遮ったのは。

『あー、あー!えっと、聞こえてるかな!』

通信に割り込んだ、あまりにも呑気な声だった。

 

「……は?」

『え?』

『ど、どこからの通信!?』

一瞬で、一様に困惑に染まる戦場。

その場の全員へ届けられている謎の声は、『あ聞こえてるんだ。よかった』と笑う。

『えーっと警告!そこにいる敵、今からまとめて片付けるから。退避してください!』

 

続け様の一方的な通告に、混乱が一層強まる。

「何を言ってるの、貴女……!」

直後見えた「それ」に、マギーの声は遮られた。

 

戦場から、遥か彼方。

何もない宙域が、燃え上がるような光に染まっていた。

 

 

『HDM本体、正常に転送完了』

『クリアランス問題ありません。接続を開始します』

「……ははっ。いいねぇ、これ」

飛び交う通信を聞きながら、一人笑みを浮かべる。

 

己を覆う大型のアリスギアの背後に浮かぶ、巨大な鋼鉄の塊。

それがバックパックに接続されると同時に、暴力的なまでのエネルギーが解き放たれる。

 

『不明なユニットが接続されました。システムに深刻な障害が発生しています——』

『HDM起動、エミッション・コアの暴走を確認!』

『制御権を委譲しました——京さん、お願いします!!』

 

頷いて、長大な銃口を構える。

エミッションの輝きを喰らい尽くし、全てを焼き尽くすという兵器。それが向けられた先がどうなるのかは、分かっているつもりだ。

だからこそ、この方法を選んだ。

 

ALICEも知らない、恐るべき未知との戦いの幕開けは。

ALICEの導きを超克した、ヒトの可能性の結晶を持って飾られるべきだと。

 

「さて、一先ずこの場は、なんとかしてあげようかな」

吹き荒れるエミッションの奔流の中で、もう一度笑顔を作る。

「だから見せてよ、君たちの力をさ!」

撃鉄は、ここに引かれた。

 

 

それは、戦っていた全てのアクトレスたちへと届いていた。

「な、何の光!?」

遥か彼方に瞬いた輝きに、シタラが瞠目し。

「超遠距離から、膨大なエミッション反応!これは……!?」

警告を鳴らすアリスギアに、サンティが声を震わせ。

「……まさか!!」

ただ一人、マギーだけが全てを悟った。

 

瞬間、全てが光に覆われた。

 




Q 貴様何をする気だ!?
A いやいや、ちょっとお手伝いをね!!


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Mission:24「Mercenaries」

自分が二次創作しようとすると
作ってる間に原作への興味をなくしてしまうか
そもそも原作が良すぎて自分の物語を作るのが畏れ多くなってしまうか
だいたいこの2パターンでしんどいです。


未確認ヴァイスとの戦いから、一夜明けて。

「敵にこんなこと言うのも癪だけど。昨日は助かったよ。救援、ありがとう」

「アクトレスとして当然のことをしたまでです。お互いの危機に、敵も味方もありません」

成子坂製作所の事務所には、サンティの姿があった。

 

「わたしたちが心配だから様子を見に来たって......本当ですかね?」

談笑するジニーとサンティから少し離れたところで、懐疑の視線を向ける夜露。

「隊長に確認までとって来てくださったんですから、下心は無いと思いますが......」

そう夜露を宥める楓も、急の来訪に少し戸惑っていた。

 

「今は皆さんしかいないんですね。その、出撃された方々は無事ですか?」

「全員元気だよ。先に緊急脱出(ベイルアウト)してたエンパイア中野のアクトレスも、ケガはないって連絡がきた」

「そうですか......良かった」

安堵するサンティを見て、ジニーが興味深そうに腕を組む。

 

「良かった、なんだ。敵の戦力が弱まるチャンスだったかもしれないのに?」

「殺し合いをしているわけではありません。どうせなら、互いに全力でぶつかり合いたいでしょう?」

「Oh…...なかなか物騒な比喩だね。怖い怖い」

2人を観察していた楓は、そこではっと目を見開いた。

相も変わらず飄々とした様子のジニーに、サンティが苛立ちを見せたのだ。

 

「むしろ、本気でかからなければいけないのは貴女たちの方では?

何のつもりか分かりませんが、手を抜いていてはわたしには勝てませんよ」

ぴくりと、ジニーの金の眉が動いた。

「......どういうことかな。昨日は皆、あの状況を切り抜けるために必死だった」

「本当にそうでしょうか。()()()本気があの程度なら、期待外れもいいところですね」

「っ......」

 

サンティの辛辣な物言いに、口を噤むジニー。

(何で、サンティさんはあんなにジニーさんに拘るのでしょう......?)

当惑する楓の前で、サンティは思い出したように事務所の時計を見上げた。

 

「......そろそろ失礼します。では、また()()で」

「え......ちょ、ちょっと!」

入口まで歩いたところで、サンティはああそうだ、と振り返る。

「ところで、青い木蓮(ブルー・マグノリア)はどちらに?」

「マギーさんならAEGiSだよ。何の用事かは分からないけど」

「そうですか、じゃあ、そちらから伝えておいてください。

……限界が来る前に、身を引いた方がいいと」

その言葉に、全員の表情が険しくなる。

「っ!どういうことっすか、サンティさん!!」

憤る夜露を無視し、サンティは成子坂を立ち去った。

 

 

「AEGiS防衛政策局次長、霧島良馬です。初めまして、青い木蓮(ブルー・マグノリア)

スーツの男はそう言うと、回転椅子に座ったマギーへと慇懃に一礼した。

「本日はご足労いただき、ありがとうございます......ブルー・マグノリア?」

「......え、ええ。ごめんなさい。少し驚いただけ」

呆気にとられていたマギーは、霧島の視線に思わず姿勢を正す。

 

AEGiSから連絡がきた時、マギーはてっきりオーバード・ウェポンの無断使用――かの武装も扱いはHDMであり、アクトレスの一存での発動は本来禁止されている――を咎められたとばかり思っていた。

ところがいざ来てみれば、説明もなしに小さな会議室に通された挙句、現れたのは防衛局の役人。一アクトレスのマギーなど、なんの接点も持てないような存在だ。

 

ちらり、と、横目で右手を見やる。

澄ました顔で立っているのは、AEGiSの職員制服に身を包んだ『東京最強』こと鳳加純。AEGiS東京にやってきたマギーを、ここまで連れてきた張本人である。

「東京最強のアクトレスと、AEGiSのお偉いさん。なかなか考えつかない取り合わせね」

「私はただの中間管理職ですよ。加純さんには、以前から色々とお願いしている仲でして」

「......まあそういうこと。本題に入りましょう」

口を開いた加純が、マギーの方へと向き直った。

 

「まず、先日の戦闘のことについて謝罪させて。援軍に駆けつけられなかったこと、本当にごめんなさい」

「輸送船からの報告によれば、エンジントラブルで船が動かせなくなったそうです。滅多に起きないことではありますが、タイミングが悪すぎた」

「......エンジントラブル?」

霧島の言葉に、マギーの表情が険しくなる。

 

「ちょっと待って、戦闘中に輸送船と通信したときは、ヴァイスの奇襲を受けたって聞いたわ」

「はい。成子坂製作所からの報告と、輸送船からの報告には、明確な食い違いがありました。無論事実調査を行いましたが、結果は......」

言い淀む霧島の言葉を、加純が引き継ぐ。

「ヴァイスからの奇襲も、エンジントラブルも無かった。輸送船の操縦士が、わざと船を停めたのよ。私たちを戦闘に参加させないためにね」

 

「......は?」

無意識に、困惑と驚愕が口に出ていた。

「気持ちはわかる。でも事実よ。乗ってた操縦士を締め上げて吐かせたから」

「さらりととんでもないことを......でも、なんで操縦士はそんなことを」

 

マギーの問いに、霧島がばつの悪い表情を浮かべる。

「私たちは以前から、AEGiS内部の不穏分子の存在を調査していました。

企業と癒着して、利権を漁る勢力。そして、AEGiSという組織そのものを破壊しようとする反体制派の工作員を」

「AEGiSそのものを......」

マギーは言葉を失った。

ノーブルヒルズとの一回目の係争の時から、AEGiSとノーブルヒルズの癒着の可能性は考えていた。

しかしAEGiSそのものを潰そうとする勢力の存在など、誰が予想できようか。

 

「そもそも今回のような未確認の敵の場合、企業への出撃要請などまず出ません。こちらにも何らかの工作があったと、我々は見ています」

「思った以上にひどい状態ね......じゃあ、あのヘンなのもそいつらが?」

「そちらに関しては、まだ断言は出来ません。奴らについてはこちらもわからないことばかりなのです」

「ただ少なくとも、反体制派がノーブルヒルズに手を出していることは確かよ。今回の特命随契監査にもね」

整備室への侵入者に、不公平な査定。様々な工作があった前回とは違い、今回はまだ表立った介入は見られていない。

しかし今後、何をしてくるかはわからないと、加純は語った。

 

「以上のことを踏まえて、我々は貴女に一つ依頼をしたいのです。青い木蓮(ブルー・マグノリア)

薄い眼鏡を通した霧島の視線が、真っすぐとマギーに向けられる。

「貴女も知っての通り、叢雲を吸収した成子坂製作所は今、アクトレス業界の最前線にある企業の一つとなりました。民間のアクトレス事業所が重要な戦力である今のAEGiSによって、成子坂が失われることは大きな痛手になります......ましてや、それが反体制派の手によって為されるなど、絶対にあってはならないことです。

だからどうか......成子坂が負けないように、全力を尽くしていただきたい」

 

マギーは小さく息を吐き、答えた。

「あなたたちの考えは良く分かった。でも、それを頼む先は私じゃないわ」

「......どういうことです?」

「今戦っているのは、私じゃない。成子坂製作所よ」

 

目を伏せたマギーの声色が、沈痛なものに変わる。

「......そう、あの子たちは本当に頑張ってる。居場所を奪われそうになって、世間から非難されて、それでも、ああやって戦いを続けている」

「ブルー・マグノリア......」

「正直、今のアクトレスに期待なんてしてなかった。企業という鳥籠に閉じ込められた彼女たちに、何ができるんだって。

でも、それは間違いだった。あの子たちは......成子坂のアクトレスたちは、自分にとって大切な物のために戦える強さがあった。覚悟があった。

まだ16やそこらだっていうのに、私たちに負けないほど、逞しかった」

 

顔を上げ、毅然と霧島を見つめ返す。

「だからどうか、私じゃなくて成子坂製作所を応援してほしい」

あなたたち大人が、彼女たちにしてあげられる事に、全力を尽くしてほしい」

そう告げて、マギーは立ち上がった。

「勿論、仕事に手を抜くつもりはない。契約した以上、成子坂を勝たせるのが私の仕事よ」

「......AEGiS内部の事に関しては、我々も手を尽くします。皆さんが、心残りなく戦えるように」

頷いて、2人に背を向ける。

 

その背中に、加純は声をかけた。

「ブルー・マグノリア、最後にこれだけ言わせて。

…...私は、信じてる。貴女の力を」

「......そう。ありがとう」

そう言い残し、マギーは2人の前から去っていった。

 

 

 

 




ちなみにこの操縦士の元ネタは
ACVDでNさん(お前で28人目さん)に買収されてたヘリ操縦士。


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Mission:25「Rusting Steel」

最新話だと!? エタったんじゃ!?

残念だったな、トリックだよ。

(またお待たせして申し訳ございません)


街並みの中を、不意に駆ける風。

その風が運ぶ、破壊の音と鉛色の匂い。

新宿エリアを行く人々が、ふと足を止め空を見上げる。

 

『ジニー、舞、後方に新手!』

「は、はい!」「Tallyho!一気に落とすよ!」

 

『シタラ!2時方向距離100、降下ヴァイス3!』

「任せて!ここから狙い撃つ!」

 

人工の蒼穹を、光芒と爆炎が彩る。

都市に迫るヴァイスを、成子坂のアクトレスたちは次々と破壊していく。

 

「ラスト!落とすよ――!!」

シタラの握ったスナイパーライフルから放たれた光条が、紅い輝きに突き刺さる。

緑色の燐光を放ちながら爆散したのは、数日前に東京シャードを襲った未確認ヴァイスだった。

 

『......よし、制圧完了。周囲に敵の反応はないわ』

「よーっし、終わったぁ」

ようやく肩の力を抜けると言わんばかりに、シタラが深く息を吐いた。

「お疲れー、今回は数が少なくて助かったね」

「でも、あの敵......本当に、なんなんだろう......」

同じく緊張を解くジニーの横で、不安げに呟くのは舞。

 

東京シャードではここ数日、かの未確認ヴァイスと遭遇、交戦する事態が急増していた。それもただ現れるのではなく、通常のヴァイス鎮圧依頼を受けたらその場所に居た、という奇妙な形で。

『AEGiSの調査は続いてるみたいだけど、まだこれといった情報は掴めてない。兎に角、出てきた連中を何とかするしかないわ』

「またデカいのが出てくる前に、何かわかるといいですけど」

まだ腕付きの大型種は再出現しておらず、成子坂によって齎されたデータで対処法も構築されつつある。それでも、得体のしれない敵への恐怖は募るばかりだった。

 

「それに、こっちはノーブルヒルズのこともあるし......」

『そのことなんだけど。この後、杏奈と真理が情報共有に来てくれるって。向こうも向こうで色々動いてくれてたみたいね』

マギーの何気ない言葉に、3人が一斉に青ざめた。

「えっ」「あっ」「ええっ!!?」

否......シタラだけは、その翡翠色の瞳をらんらんと輝かせている。

 

「ん?3人ともどうしたの?」

「い、いえ、別に......」「Oh.no......」

そっぽを向く舞の横で、祈るように空を見上げるジニー。

 

『2人ともよそ見しないで。ぶつかったら洒落にならない』

マギーにどやされ動き出すも、2人の胸中には一抹の不安が燻ったままになっていた。

(宇佐元さん、来ちゃうんだ......)

(......大丈夫かな、色々と)

 

 

 

そして、その不安は見事に的中することとなった。

「それで、サンティちゃんのことを調べたんだけど......!」

「うっはーーーーっ!!」

「彼女、出身はネパールシャードで、それで......」

「杏奈ちゃん、杏奈ちゃん......!」

「ああこらシタラ!」「落ち着いて下さい!!」

杏奈に襲い掛かる小さな暴れ象を、夜露とジニーがなんとか取り押さえる。

 

「ふわあっ!......はぁ、どちゃくそかわええ......!」

「し、シタラちゃん。気持ちは嬉しいけど、落ち着いて、ね?」

「うっはーーーっ!!なっ、名前っ、呼んでもらえたぁ......!」

興奮冷めやらぬ様子のシタラに、さしもの杏奈も冷や汗を垂らす。

「す、すいません杏奈さん!それで、サンティさんのことは」

「う、うん!頼まれてた通り、彼女が何者なのかを調べてたんだけど」

 

杏奈が告げたのは、予想だにしないサンティの素性だった。

「彼女はプロよ。ネパールシャードの傭兵団から、AEGiSに引き抜かれたらしいの」

「よ、傭兵?どういうことっすか?」

いまいちピンと来ない様子の夜露。

「......私たちとは(field)が違う。人と人との争いの中に居る人種ってことだよ、夜露」

対照的に、ジニーは深刻な面持ちで眉間を押さえる。

 

「グルカ兵......地球時代から存在する、ネパールシャードの傭兵産業だね。未だ小競り合いを続けてるシャードじゃ、高い戦闘能力を持つ彼らは引っ張りだこだって聞いてるけど」

ヴァイスという共通の敵に脅かされ、母星を捨てる事になってなお、人間同士の争いは絶えない。

アウトランドの介入で兵器の技術レベルこそ地球時代から変わっていないものの、民族や宗教、様々な対立を要因に、小規模な紛争を繰り返すシャードも存在するのだ。

 

「サンティさんは、そんなところから......」

呟いた夜露は、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。

「あのっ、マギーさんって確か元々は軍人さんなんですよね?もしかして昔何か接点があったとか......」

「うーん。考えられなくはないけど、時期がかなりずれてるからなあ。マギーさんが軍にいたのは7年も昔の話だし」

「でも、互いを意識する理由にはなるんじゃないかな。マグノリアさんは有名なミグラントだったんだから、小さいころから存在自体は知っていたかもしれない」

何故世代の違うサンティが、あそこまで「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」に拘っていたのか。

三者三様に意見は出たが、目の前にはそれ以上の問題が横たわっていた。

 

「そんな戦闘のプロを相手に、わたしたちはどこまで戦えるか、か......」

ようやく落ち着いたシタラが、悄然と呟く。

「簡単じゃないだろうね。現にこの間のスクランブルで、実力はしっかり見せつけられたし」

「でも......それでも、勝たなきゃいけないです。成子坂を守るために」

この係争に負ければ、アクトレス事業所としての成子坂は崩壊する。

夜露たちの背負ったものの重さは、元アクトレスである杏奈も十分理解していた。

 

「......だーっから杏奈ちゃん!パワーを私にー!!」

「えっ!?どうしたの急にうわあああっ!」

が、流石にこの暴れっぷりは理解できなかった。

 

 

「......向こうは大変そうね、楓ちゃん」

「シタラさんが宇佐元さんのファンだとは知っていましたが......ここまでとは思いませんでした」

そんなシタラの横暴を、真理たちブレーンチームは少し離れて静観していた。

「こちらはもっと大変ですよ。見てください、これ」

ため息をついた文嘉が見せたのは、成子坂とノーブルヒルズ、それぞれが獲得したスコアの最新の集計結果。

「38000対125000......いやはや、ここまで差がつくものかね」

桁一つ違う彼我の差に、真理は思わず苦笑した。自身が現役だった頃にも係争に参加したことはあるが、ここまで点差が開いたケースなど聞いたことがない。

 

「案件の履歴を調べましたが、あのスクランブル以降、私たちには小型ヴァイスの依頼しか来ていません。逆にノーブルヒルズには、大型の案件が連続して来ています」

「真理さん、これは......」

「まあ、やってるだろうね。同じ手は使ってこないと思ってたけど、こう来たか」

 

発注段階での操作。それが、真理の出した仮説だった。

不正監査によってポイントを奪う行為は、アクトレスの戦いぶりが衆目に晒される分、疑いの目を向けられやすい。発注段階で依頼を意図的に偏らせることが出来れば、大衆は依頼の内容になど目を向けないだろうから、得点はより強固かつ一方的なものにできる。

 

「抗議かなんか、出してみる?」

「恐らく無意味でしょう。調査を引き延ばされて、当座を凌がれればそこまでです。

......ノーブルヒルズにとって、監査を行わせた地点で勝ちは決まっていたのでしょう」

「冷静に言ってる場合?このままじゃ、本当に勝てないわよ」

苛立った様子の文嘉を見て、真理は「わかった」と頷いた。

「これに関しては、わたしたちが介入するよ。君たちの勝負に邪魔を入れるわけにはいかないからね。杏奈―!準備進んでるんだよねー!」

「......!」

 

シタラにもみくちゃにされている杏奈から、何とかサムズアップが返される。

「準備......?」

「まあ、それはお楽しみということで、じゃあ、わたし杏奈を助けて帰るから......」

「あっ......あの、もう一つだけいいですか?」

杏奈の方へ向かおうとした真理を、楓は引き留めた。

 

「どうしたの?」

「その......マグノリアさんのことで、1つ」

思い出したように辺りを見回す真理。そういえば、日中事務所に居座っている筈のマギーの姿がない。

「何?仕事サボりだしたとか?」

「いいえ、そういうことではないんです!ただ、最近少し元気がない気がして」

 

楓の言葉に、真理はふむ、と腕を組む。

「あのマギーが元気がない、ねえ。いつ頃から?」

「そうですね……サンティさんが来たくらい、でしょうか」

「ほほう、サンティ、サンティ……っ」

真理ははっと、紅い目を見開いた。

 

「真理さん?」

「……そう、か。そういうことか」

1人納得したように呟く、真理の表情が険しくなる。

「わかった、そっちもわたしが当たってみるよ。楓ちゃん、情報ありがと」

「は、はい。わかりました」

 

困惑しながらも頷く楓をよそに、真理はふと窓から見える青空に視線を投げる。

「……変わっちゃったのかな、マギー。私も、貴女も」

誰にともなく漏れ出た声は、喧騒の中にかき消えた。

 




頑張ってAC語録を混ぜ込んでいくのが今後の目標だったりします

今回はNo.10。


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Mission:26「Stain」

手を差し伸べる者はない。

信じられるのは、血に濡れたこの手だけ。

飛び込んでいくしかないんだ。

私の魂はそこにしかないんだから。

だから、もう。

もう、後戻りはしない。


真理が予想した通り、「有澤重工」の旧アリスギア倉庫に、彼女の姿はあった。

「おーい、マギー」

「......真理?どうしてこんな所に」

「あんたが何か悩んでるなら......まあ、正直悩んでるあんたなんて想像つかないけど、ここにいるかなーって思って」

マギーの横に立ち、目の前の古いギアハンガーを見る。

 

大破したまま安置された、全身装甲型アリスギア「Fragrant」。

マグノリア・カーチスが「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」と呼ばれていたころの、彼女の力の象徴。

「迷ってるの?今更になって?」

マギーは答えない。

その代わり、左の空隙を埋めるように回された右腕が、真理の問いを肯定していた。

 

「私は......私は、ずっと諦めたくなかった。でも、それは許されないことだった。

私がこの場所にいる資格なんて、もうとっくに失っていたくせに」

マギーの言葉の意味を、真理は分かっていた。

一度死にかけるほどの大怪我をして、ボロボロの身体で必死に立ち上がって、逃れられない適正低下にさえも抗って。マギーが今もなおアクトレスでいられることは、殆ど奇跡に近いことなのだ。

だが果たして――それは、正しいことなのか。

 

「マギー、もうアクトレスを降りたわたしには、あんたの苦しみは分かってあげられないかもしれない、けど」

正しいことかどうかよりも、大切なことが一つある。

「忘れないで。成子坂のみんなは、まだ貴女を必要としてる。アクトレスちゃんだけじゃない。磐田さんも隊長も......わたしと杏奈も」

「えっ......?」

 

マギーの青い瞳が、見開かれた。

「......やっぱり、気にしてたんだ。ストイックな態度してる割には、かわいいところあるじゃない」

「べ、別にそんな......ただ、彼女たちにとっては今が山場でしょう?だから......」

「まあそれはそうだけどさ。そんなことより大事なことがあるでしょう?」

 

彼女が自分の戦いに迷いを覚えるとすれば、自分が本当に成子坂の力になっているのか、有り体に言えば自分は役に立っているのかというところだろうというのは、簡単に想像がついた。それだけ、彼女にとって成子坂は大切なところだからだ。

だけど。

「大切なのは、あんたが戦いたいかどうか。あんた、何のためにミグラント続けてるのよ」

「それは......」

「わたしは、アクトレスでいることよりも大事なことが出来た。杏奈もそう。けど、あんたは違うんじゃないの?青い木蓮(ブルー・マグノリア)さん?」

 

問いかけられたマギーの視線が、もう一度ギアハンガーに向けられる。

「......そうね。私は、私はまだ戦いたい」

それは一人のアクトレスが、鋼の腕に込めた真実だった。

マグノリア・カーチスの、何にも縛られない願いだった。

 

 

真理の言葉で、何が変わったのかは分からない。

だが、次の出撃では「トライステラ☆」と出て欲しいという成子坂からの要請に、マギーが躊躇することはなかった。

「『FreQuency』、起動。久々ですけど、大丈夫そうですか?」

「問題ないわ。毎度毎度、ありがとう」

「は......はい。頑張ってください」

 

少々面食らった様子の整備士を見て、そういえば、昔は契約先の整備士にこんなことは言わなかったな、と気付く。

歳を取ったからだろうかとも思ったが、向こうから返された笑顔を見て、すぐにその思考をかき消した。

(彼らの優しさに、私は救われてきた。7年前も、そして今も)

 

「マギー、ちょっといいか」

アイドリングに入ったギアの影から、整備士長の磐田が顔を出す。

「知っとるかもしれんが、お前さんのHDMは動かせない。この間の強制駆動で色々とイカれちまったみたいだからな」

説明する磐田の声は、少々不機嫌にも聞こえた。シャード体制黎明期からの貴重な遺産であるオーバード・ウェポンを壊されたかもしれないとなれば、技術屋として黙っていられないのはマギーにも察しがつく。

 

「それに関しては、後でちゃんと責任を取る。無茶をこいたツケは払うわ」

「別に俺はそんなこと求めねえよ。あのHDMは書類上、お前さんの個人所有なんだから……まあ、勿体ねえとは思うがな」

「私はHDMなんて切り札より、こっちの方が大事だと思うけど」

言って、ギアを介して神経接続された左腕を軽く振って見せる。マギーからすれば、この義手こそが生命線だ。

 

『あー、あー、本日は晴天なり......聞こえてる?』

通信端末からシタラの芝居がかった声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。

チームリーダーからの調整信号のつもりなのだろう。シャード船団の端から端まで遅延なく通話できるのが当たり前になった今でも、無線通信のマイクテストは忘却から逃れ、文化として根付いている。

 

「こちらジニー、聞こえてるよ」

「こ、こっちも、問題ないよ......」

「こちらマギー、大丈夫よ......ねぇ、皆」

3人の視線が集まった。ギアにさえぎられて見えないが、そう感じた。

「ありがとう。私に、戦う場所をくれて」

口をついて出てきたそれは、心からの感謝だったのだが。

『へ?い、いや......だって手伝うって言ってくれたのはマギーさんですし』

 

気負いこんでるのは自分だけであり、彼女たちは何の気もなかったのだというのは考えてみれば当たり前のことだったが、マギーがそれに気付くには数秒の時間を要した。

「......い、いえ、なんでもないわ。忘れて、忘れて頂戴」

気恥ずかしくなって目を逸らした拍子に、隣の金髪のアクトレスと目線が合う。

困惑するシタラと舞をよそに、ジニーだけはクスリと笑って、こちらにサムズアップまで返してきた。

憧れと安堵と、少しばかりの諦観が混ざったような笑顔だった。

 

『い、いよっし!それじゃあ行くよ!』

「メインシステム、戦闘モードに移行!ブルー・マグノリア、出るわ!」

黒鋼のアリスギアが、旧成子坂の人々がマギーに託した力が、鮮やかな青の火を灯す。

光の翼を広げ、渡り鳥が再び、飛翔する。

 

 

異常、としか言い表せない光景が広がっていた。

シャードの空に侵入した数体のヴァイス、そしてそれを追うように現れた、大きな目玉のような異形の機械。

ヴァイスの攻撃を意に介さず、それはヴァイスを、人類の敵を呆気なく蹂躙し、焼き尽くす。

そして、新たな敵を求めたのか――ゆっくりと旋回した紅い目玉を、アリスギアの高出力レーザーが貫いた。

 

『あいつら、また......!』

「放っておくわけにはいかない。一気に片づける!」

エネルギーライフルを巨鳥の嘴の如く嘶かせ、マギーは先陣を切った。

飛び交う光線を身を翻して躱し、あるいは大型装甲版で受け止め、お返しと放った「KARASAWA」の一撃が数体の小型種をまとめて撃ち抜く。

 

『マギーさん!!』

シタラの悲鳴が響く。一拍遅れて、マギーのレーダーに小型種の自爆特攻を示す高エネルギー反応が灯る。

「大丈夫!」

左腕をハンガーへと振り上げ、抜刀。身体ごと薙ぎ払われた「MOONLIGHT」の光刃は、直撃寸前の小型種を真っ二つに斬り裂いてみせた。

 

雷火と爆炎の中を、マギーと「FreQuency」は駆け抜ける。

誰よりも力強く、誰よりも自由に。何にも縛られることなく空を往く、傲岸不遜な渡り鳥。

それこそが「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」と呼ばれたアクトレスが選んだ戦いだった。

 

そして、再起したマギーを試すかのように、それは現れた。

『マジか......!腕付きの大型種を確認!』

狙撃用の広域索敵装備を備えたシタラが、驚嘆とともにその襲来を伝える。

通常のギアによる攻撃を無力化し、アリスギアを一撃で屠る剛腕を振るう大型種。AEGiSからも要注意対象として指定された、最悪の敵。

 

『どうするマギーさん、誰もHDMは使えないよ』

ジニーの声に答えず、バイザーに映ったレーダーに視線を走らせる。

大型種を示す敵性反応、そして新たに現れた2つの()()()()を見て、マギーは思わず笑みを浮かべた。

「......まさか、こうもいいタイミングで来てくれるなんて。大丈夫よ皆、あいつは『彼女』が墜とす!」

 

声高に告げた、その瞬間だった。

『よーし、さっさと片づけるよー!!』

やかましい声が全員の端末に響くや否や、数体の小型種がレーザーに焼かれ爆散した。

『What!?』『ええっ......!?』

聞き覚えのあるその声に、ジニーと舞は驚愕し。

 

『真理さんと......杏奈ちゃん!!』

通信越しのシタラの声が、歓喜の色に染め上げられた。

『いやーごめんごめん!皆と一緒に出るはずだったんだけど、杏奈に合うスーツの在庫探すのに手間取ってさあ!』

『な、なんてこと言うの真理ちゃん!予備のギアとのマッチングに時間がかかったんですっ!』

 

新式のアクトレススーツに身を包み、汎用ギアを纏って現れたのは、神宮寺真理と宇佐元杏奈。

『せっかくマギーが話つけてくれたんだから、いいとこ見せてくよ、杏奈!』

『はいっ、先生!宇佐元杏奈、いっきまーす!!』

嘗て「メリーバニー」と呼ばれた伝説のアクトレスが、それぞれの望んだ明日を勝ち取るために参戦した。

 

『杏奈、あいつの誘導お願い!』

真理への返答の代わりに、杏奈のギアがスピードを増して突進する。

ならばと、マギーは「KARASAWA」を構えなおした。

「トライステラ、宇佐元杏奈を援護!小型を彼女に近づけさせるな!!」

『Wilco!!』『了解!乱れ撃つぜ!!』

 

周囲の小型種が次々撃ち落とされる中で、急接近した杏奈の銃撃が大型種へと叩き込まれる。

当然、大型種の豪腕は杏奈へと向けられ、そして。

「真理ちゃん!!」「オーケー!!」

気は熟した。そう告げるかのように、真理のギアが一際眩く輝いた。

 

熟練のアクトレスの中には、エミッション・コアとの同調時間の長大化により、通常のアリスギアにはない特殊な能力を引き出せる者が存在する。

「パスは通った!隊長、HDMの発動承認願う!」

そう。例えば、彼女のような。

 

それは起動直後のエミッション・コアへの同調率増大による、瞬間的な高エネルギー放出現象。それこそ、1度だけならHDMを駆動できるほどの。

これが、この状況を真理だけが打開できる理由——通常のアリスギアが効かない大型種を駆逐する切り札に他ならなかった。

 

「よぉっし、まとめて片づけるよー!」

召喚されるのは、真理が腰掛けられるサイズの遠隔攻撃端末(ピジョン)

親機たる大型砲台からはさらに無数の子機が射出され、敵にビームの雨を降り注がせる。

そして、真理の予測通り。杏奈を狙っていた未確認種は全周囲からの攻撃に目標を見失い、ついにその動きを止めた。

 

『とどめは皆で......ぶちかませえッ!!!』

真理と、真理の駆る親機砲台が、同時に咆哮を上げた。

大威力ビームによって敵の次元隔壁に生じた風穴に、一拍遅れて全員の一斉射撃が突き刺さる。

 

空に咲いた紅蓮の花が、決着を告げた。

それはこの戦いの決着であり、青い木蓮(ブルー・マグノリア)の迷いへの決着だった。




個人的にけっこう気に入った文章が書けたのですが、どうでしょうか。


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Mission:27「Device」

たいっへんお久しぶりでございます。



「あっほら、昨日の出撃が取り上げられてるよ」

上機嫌な杏奈の声に、真理はPC画面からテレビのほうへと振り返った。

「日刊東京AEGiSニュース」事務所の応接スペースにある小さなディスプレイには、シャードの空を駆ける成子坂のアクトレスたちが映っている。

勿論、彼女らとともに活躍しているミグラントの姿も。

 

「自分が降板させられた番組を、よくそんな嬉しそうに見られるよね......」

「それはそれ、これはこれ。成子坂のみんなが活躍してるのが、きちんと報道されてるのが嬉しくて」

「あー、そうね。それは確かに」

当初の問題だった成子坂への偏向報道だが、気付くとここ最近はめっきり見なくなった。

杏奈が必死に手を回していたのはもちろん、未確認ヴァイス撃退への貢献が最たるものだろう。急増したかの敵性存在の出没と、それを最前線で撃ち払う成子坂製作所という構図は、図らずも人々の信頼を取り戻す一助となっていた。

 

「目下最大の懸念事項に助けられてるってのは皮肉だけどね......」

「まあ、ね......というか真理ちゃん、さっきから何読んでるのかな?」

長椅子から立ち上がり、遠慮なくPC画面を覗き込む杏奈。

映っていたのは、なんてことの無いネットニュースの1ページだった。

「『大江戸シャード構想、法案成立ならず』......あぁ、例の無茶苦茶な再開発計画かあ」

 

東京シャードであれば2010年ごろの東京の街並みを、埼玉シャードは少し遡って1970年代......というように、ムーンシャード船団はシャードによって異なる「時代」を再現しているという特徴がある。データ上の記録だけではなく実際に生活水準を再現することで、より確実に地球時代の歴史・文化を守り抜くためだ。

 

このシステムを利用しようと打ち出されたのが、「大江戸シャード構想」だった。

東京シャードの文化レベルを、海外人気の高い「江戸時代」に設定し、観光資源にする......そんな大逸れた計画が、真剣に議論されていたのである。

「勘弁してくれって話よねー、全く。200年以上前の暮らしをいきなり再現しろとか、無茶苦茶にも程があるよ」

疲れた様子で、ぐったりと机に突っ伏す真理。計画が通らなかったのは、今まさに真理が言った内容が全てだ。

「大方、シャード開発に関わってる企業の差し金だろうね。最近再開発がお盛んだし......」

そこまで言って、杏奈はあっ、と声を上げた。

 

さっきまで真理の身体で遮られていた、小さなサブモニター。

どうやら独自に集めていたらしい資料には、ある企業の名前が綴られていた。

「ノーブルヒルズ・ホールディングス......え、まさか」

「そのまさかだよ、杏奈。大江戸シャード構想自体は、いくつかの企業が協力して提出されたものだったけど......取りまとめ役になっていたのは、ノーブルヒルズだったみたい」

思いがけないところから見つかった、奇妙な符号。

それは一見、こじつけにしか見えないものだが......しかし。

 

「......ねぇ、真理ちゃん、最近増えてる未確認ヴァイスって、被害状況どうなってたっけ」

「んーちょっと待ってね......あった。広域に出現したときに、迎撃から漏れたやつが起こしたのが数件。東京シャード以外では、被害どころか遭遇報告すら上がってないね」

そして、何よりも忘れてはいけないことがもう一つ。

「......こいつらが、シャードに出てくるようになったのってさ」

「ノーブルヒルズと成子坂の、最初の係争からだねえ......」

突っ伏した姿勢のまま、真理は大きなため息をついた。

 

「言っとくけど、ノーブルヒルズと未確認ヴァイスを結びつけるものは無いからね。確かにどっちも動き出したのは同時期だし、あいつらが東京シャードを派手に壊してくれれば、大江戸シャード構想を通す大義名分は出来るけど、関係あるかは分からないからね」

「それ、疑ってますよって言ってるようなものじゃん......」

杏奈の呆れた指摘も尤もなのだが、ここまでの符号があると、疑わずにはいられない。

だが、両者のつながりは見つかっていないのは、自分自身で言った通り。

「「うーん......」」

 

2人でなずんでいると、不意に携帯から着信音が鳴り出した。見れば、番号は成子坂の四谷ゆみ。

「はいもしもし。どうしたの?」

『もしもし真理さん?今すぐにこっちに来て。例の未確認ヴァイスの正体が割れたわ』

「......はぁ!?」

それは、真理の眠気を吹き飛ばすには十分すぎる急報だった。

 

 

「ちわっす、ゆみ。連絡ありがと」

「ああ来た来た。あれ、杏奈も一緒なの?」

「こんにちは、ゆみさん。たまたま一緒にいたもので」

2人を出迎えたゆみとともに、事務所へ入る。

 

「真理が来るのを待ってる間に、別件を済ませてるとこ。ほらあれ」

「......以上が、成子坂で試験運用してもらう試作HDMの概要よ。整備部はADA職員と協力して、担当するギアの再調整をお願いします」

ゆみが指さした先。成子坂の面々が集まった前で、鳳加純がプロジェクターを使って何かを説明している。傍らには、「トライステラ☆」と同じ制服を着たアクトレスが一人。

「ゆみさん、あの子は?」

「加純さんが連れてきた補充要員の、文島明日翔ちゃん。桃陰総合の3年生」

おっとりとした雰囲気の少女は、よく見ると肩に一匹の文鳥を乗せたまま、加純の話を聞いている。

 

「おーい皆、こんちはー」

「あ、真理さん!加純さん、真理さんたちも来ましたよ!」

こちらの声に気づいたらしく、最前列からぴょんぴょんと小さな頭が跳ねる。あの髪色は夜露だ。

「こんにちは。お手伝いのジャーナリストさん。先日の救援依頼への協力、ありがとう」

「別に、たまたまアリスギアが使えたから手伝っただけだし?」

茶化すように言う真理に、加純はふっと笑みを投げた。

 

「それじゃあ、本題に入りましょう」

プロジェクターの映像が切り替わる。

映し出されたのは、東京シャードの一角を襲う、かの未確認ヴァイスの群れ。

「先月あなたたちが遭遇し、そして今月に入って急激に交戦件数が増加しだしたこの未確認敵性存在について、AEGiS東京はアウトランドを通じて、全シャードに情報提供を要請した。交戦記録は無いか、過去の記録に残っていないか......とにかく全て。

そしてついに、奴らの正体が判明したわ」

 

一呼吸置いて、加純は告げる。

「地球時代の人々が、ヴァイスに対抗するために造り出した無人攻撃兵器。オーバード・ウェポンのシステムを応用して、エミッション・コアを使い潰す特攻兵器......それが奴らの正体よ」

 

俄かには信じられなかった。

「アリスギア以外に、ヴァイスと戦う兵器があったんですか!?」

「いやいや、そもそもなんでそんなものが今になって出てきたの?地球時代の兵器がどうしてムーンシャードに......」

「落ち着いて。最初からきっちり説明するわ」

声を上げる成子坂の面々を宥め、加純は話を進める。

 

「そうね、まずはなんでそんなものがこの東京シャードに存在するのか、から行きましょうか。みんな、月面遺構は知ってるかしら?」

頷く者が半分、無言で目を合わせる者がもう半分。

「シャードを切り出したときに月面にあたる部分に遺された、地球時代の建造物。だよね」

「神宮寺さん、正解。そしてそんな月面遺構は、実はこれまでしっかりと調査されたことがないの。シャードの表面に置いてけぼりにされた昔の建物なんて、気にするほどでもないと思われてたってわけ」

 

するとそこで何かに気づいたように、アクトレスの一人が手を挙げた。

「あら、どうしたの?えっと......」

「成子坂製作所の、小芦睦海です。あの、もしかしてなんですけど」

小柄な黒髪のアクトレスは、ぽつりと、

「......その月面遺構に、無人兵器の格納庫みたいなのがあった、とか」

「......鋭いわね。まさにその通りよ」

 

再びプロジェクターが切り替わる。

次に映し出されたのは、東京シャードの外壁近くだった。細長い直方体の形をしたシャードの、小さい方の面にあたる部分だ。

「この......まあ、言ってしまえば東京シャードの『船尾』の部分ね。ここに昔、無人兵器の工場と格納庫が存在していたことが分かった。その中に遺棄されていた無人兵器が何らかの理由で起動したというのが、AEGiSの出した仮説よ」

そこまで言って、加純は小さくため息をつく。

「早くしっかりとした調査をしたいところなんだけど、遺構に遺された兵器の規模が分からない以上、簡単に手出し出来ないのが現状。アクトレスを向かわせるにも、危険な任務になることは避けられないから」

「あの、それなんですけど」

 

割り込んだのは、最前列で話を聞いていた楓。

「どうして、かの兵器はわたしたちを襲うのですか?同じヴァイスを倒すための兵器なら、協力することはできないのでしょうか」

「残念だけどそれは無理よ、楓。あいつらの行動パターンを解析したら、これまた厄介なことが分かってね......あれはヴァイスをというより、高次元エネルギーを探知して襲い掛かってるらしいの。つまり奴らにしてみれば、ヴァイスもアリスギアも一緒ってこと」

「ちなみになんだけど、あいつらによる被害は特に、ギアを扱う施設やその近傍に集中してる。高次元エネルギーを狙うっていうのは、多分マジだよ」

加純と真理から告げられた真実に、楓は力なくうなだれる。

「そんな......どうして、そんなものを作ってしまったんですか?」

「分からない。AEGiSも総出で情報をかき集めたとはいえ、地球脱出前後の記録はどうしても少なくなってしまうの。現状で分かったのはここまでよ」

 

加純が言葉を切ると同時に、事務所が静寂に包まれる。

無理もない、と真理は目を伏せた。まさか敵の正体がかつての人類が造ったものだったなど、誰が受け入れられようか。

「......なるほど、大体わかったわ」

だが、その中でも。

「青い木蓮」だけは、力強く立ち上がった。

 

「要するに、大元を叩くか出てきたやつを全部潰せばいいんでしょう?奴らは現存する数より多くなることはないんだから」

「ブルー・マグノリア......それは、そうだけど」

「だったら、何を恐れる必要がある。こちとら居なくなるかも分からないヴァイス相手に、何世紀も戦い続けてるんだから」

挑戦的な青い瞳が、加純へと突き刺すように向けられる。

 

「それで、私たちはどうすればいいのかしら?東京最強?」

「......現状は変わらず、出現した無人兵器の駆除を。近いうちに正式な調査任務を発令するために、AEGiS中が準備に動いてるわ」

そこまで言って、加純は気付いた。

こちらへと向けられる少女たちの視線。彼女たちの瞳に宿った、歴戦のミグラントにも負けない闘志に。

 

「気付かなかったけど......みんな、いい目をするようになったわね」

ふと、彼女たちと初めて会った時を思い出す。

叢雲工業の後を継ぎ、東京シャードの最前線を担うことになったあの日から。

加純の期待通りに......否、それ以上に強くなっていると、確信した。

「貴女のおかげかしら、ブルー・マグノリア?」

「私は少し手伝いをしただけ。彼女たちが、最初から持っていたものよ」

マギーの言葉に、加純は満足そうに笑った。

 

「じゃあ、私はこれで。明日翔、後は宜しく」

「はい~。成子坂で頑張らせていただきます~」

事務所の扉の前で、加純はふと振り返った。

「あと、これは仕事に関係ない、個人的な話なんだけど......」

軽く握った拳を、アクトレスたちに向けて。

「ノーブルヒルズとの係争、応援してる。負けないでね」

元気いっぱいな「はいっ!!」という斉唱を背に、加純は成子坂を立ち去った。

 




アリスギアにヘンなの集団を出す理由はかなり考えたんですけど、
この辺りが一番しっくりくるかなと思いました。

どうでもいいんですけど、何時ぞやのイベントでシャードの全景が出た時は驚きましたね。あんなにきれいに切り出されてるもんだとは思いませんでした。


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Mission:28「Death Count」

こっからペース上げていきます。
ノリで書いてたらノーブルヒルズ側のことに触れてすらいなかったことに今更気づきました。ちくせう


そして、その日は思いがけず早く訪れた。

「『月面遺構強行偵察依頼』、か。ついに動き出すってわけね」

AEGiSの「ミグラント」仲介システムに掲載されていた依頼。

嘗ての人類が遺した無人兵器、彼らへの反撃の狼煙たる戦いへの参加要請を、マギーは二つ返事で引き受けた。

それが決戦の前触れだったと、この時のマギーには気付く由もなかった。

 

 

小さな「前触れ」は、もう一人の傭兵の元にも起こっていた。

「......契約解除?どういうことですか」

「どうもこうも、書いてある通りよ。もう、あなたの力を借りる必要は無くなったってこと」

新宿エリアに立ち並ぶビルの一つ、ノーブルヒルズ・ホールディングスのオフィス。

通達書を片手に疑問の声を上げたサンティに、琴村朱音はつっけんどんな態度で言い放った。

 

「まだ係争期間は終わっていません。それに、ポイントも差を縮められつつあります」

「そんなことあたしに言われても......決めたのは上の人であって、あたしはそれを伝えただけよ。もう逆転の可能性は無いって考えたんじゃないの?」

ノーブルヒルズの大差の裏には、AEGiS側の不正な審査があったのだが......それをサンティが知る由は無い。

自分も詳しい話は知らないと話を切り上げようとする朱音へ、サンティは訝しげな視線を向ける。

 

「......そんなこと、ですか。成子坂との係争には、絶対に負けられないのではなかったのですか?」

サンティの言葉に、朱音はその翡翠色の目を見開き......すぐに目を逸らした。

「......真面目だね、サンティは」

「朱音さん?」

「そうだよ、成子坂には負けられない。でも、あたしたちは成子坂に勝ちたいわけじゃないの」

 

一見矛盾したようなその言葉は、しかし。

「あいつらを潰すためなら、あたしは、あたしたちはなんだって利用する。そう、凪さんに誓ったから」

目的を果たすためなら、この手を汚しても構わない。

サンティは、あるいはノーブルヒルズすら、利用しているだけだったと。

笑みのない朱音の顔が、冷たい真実を語っていた。

「そう......ですか。ならワタシはもう、要らないですね」

「......今まで、本当にありがとう。あなたが居なかったら、ここまで来れなかった」

 

朱音と分かれ、重い足取りでAEGiSへ報告に向かう。

......サンティ・ラナは傭兵である。雇い主とはあくまでもギブアンドテイクの関係であり、その真意や目的に踏み込むべきではない。そう心に決めて生きてきた。

それでも、それでも。

(朱音さん、あなたは......)

琴村朱音。平和な東京シャードに暮らす、自分とそう年の変わらない少女。

彼女がこれほどまでに残酷な決意を抱いていたことが、サンティには耐えられなかった。

 

「......ワタシは、どうすればいいのですか?」

濃緑の瞳が、ビルに設置されたモニターを見上げる。

映し出されたニュース映像の中で、青鋼のアクトレスがシャードの空を駆け抜けていた。

 

 

異変は、唐突に訪れた。

「こんにちはー!......は!?」

「ゆみさん、司令室から直接通信を飛ばせませんか!?」

「指揮系統外だから何とも言えないけど、やってみる!そっちは隊長への連絡をお願い!」

放課後、いつものように事務所へやってきた夜露の目の前に飛び込んできたのは、ただならぬ雰囲気で事務所を行き交うアクトレス達の姿だった。

 

「ど、どうしたんですか?」

「Hello夜露、さっきから、マギーさんと連絡がつかなくて......」

「マギーさんって、今日はAEGiSの依頼で調査に行ってるんじゃ」

ジニーの返答に、暢気に首を傾げる夜露。

しかし実際、マギーが今日は成子坂に居ないという連絡は来ていた。というのも、AEGiSがついに件の月面遺構を調査することになり、マギーはそれに同行することになっていたのだ。

 

「そのはずだったんだけど、これ」

険しい顔でジニーが指さしたのは、いつもマギーが居座っている机のモニター。

「これってAEGiSの連絡フォーム......え!?マギーさんへの依頼は出してない!?」

表示されていたAEGiSからの返答に、夜露は一瞬で青ざめた。

 

「ちょっと待ってください、おかしくないですかこれ!?」

「うん、明らかにおかしいんだよ......隊長もマギーさんから指令書を見せられて、参加を承認したって言ってる」

存在しない依頼を引き受け、姿を消したアクトレス。

その意味する所は、余りにも質の悪い罠だった。

 

「......ダメだ、完全にハメられたわね。AEGiS内部の誰かが手引きして、ウソの任務でマギーさんを釣り出したとしか考えられない」

「でも何のために?確かに係争で活躍はしてたけど、アクトレス1人を引き離したところで......」

「登録アクトレスが出撃中に行方不明になったってだけで十分アウト。最悪、当分出撃できなくなるわ」

そこまで言い切り、ゆみは悔し気に机を叩いた。

 

「クソっ、不正な審査も杏奈さんが止めてくれた矢先だってのに!」

「と、とにかくやれることをしましょう!未帰還報告を出して探してもらうって手も......」

混乱し始めた状況に追い打ちをかけるように、夜露の声をアラートが遮った。

 

「こ、今度はなんですか!?」

「警報アラート......ヴァイスがシャードに近づいてるってことだけど......」

AEGiSの警報システムにアクセスし、レーダーを確認する。

「うっわ、このタイミングで......!」

表示された反応種別を見て、ジニーは腹立たしく声を漏らした。

東京シャードに迫りつつあったのは、無数の無人兵器の群れだった。

 

 

「もう自動防衛ラインも突破されてる!どうして緊急出撃が出ないの!」

「落ち着きなさいジニー。今他の事業所にも動きが無いか確認してる......!」

憤るジニーを諫めながらも、ゆみ自身も冷静ではいられなかった。

最初のアラートから数十分、AEGiSのレーダーマップには、続々と未確認反応......無人兵器の侵攻を示す表示が近づきつつある。

なのにまだ、AEGiSから迎撃任務が発注される気配はない。東京シャードの全てのアクトレス事業所が、動けずにいる状態ということだ。

 

「ごきげんよう......とか言ってる場合じゃないわよねこれ!」

「おっと、アマ女も来たわね。見ての通りよ、正直ヤバい」

「さっき来るとき、もうアラートが鳴り始めてたよ。大分近づいてる......!」

続々とアクトレスたちが駆けつけるものの、状況が変わるわけでもない。

「あーもう、何がどうなってるのよ!」

「分からないから困ってるんだよ、綾香」

「マグノリアさん、大丈夫かな......」

不安そうなバーベナの3人の横では、楓もまた何もできない現状に歯噛みしていた。

 

(こんな状況でも、私たちは何もできない......企業としてアクトレス業務を委託されているだけの私たちには......!)

その時だった。

楓の端末に、一通のメールが届いたのは。

「これは......!?」

届いた通知に、楓は瞠目する。

件名は「Silver bullet(逆転の切札)」。差出人は......

 

(そんなまさか......でも)

送られてきたメールのアドレス、AEGiSの公用アドレスであることを示すドメインを信じ、内容を確認する。

『青い木蓮はここにいる。成就しろよ、君たちの答えを』

「......!」

反射的に、添付されていたURLを叩く。

 

「ゆみさん!これを見てください!」

「楓?どうしたの?」

ほとんど叩きつけるように机に置かれたスマホへ、全員の視線が集まった。

映っているのは成子坂の司令室に表示されるものと酷似した、戦闘指揮用のレーダーマップ。

しかしレーダーが示している戦場は、シャード後部外縁区域......まさに今、マギーが戦っている場所だった。

 

「これってまさか、AEGiSの管制システム.....?」

「メールには、こうありました。『成就しろよ、君たちの答えを』と」

「......確かに、こいつをうちの管制システムにリンクさせることはできる。けどね楓」

「分かっています。AEGiSの依頼なしに出撃するのは、明確な規定違反です」

それでもと、楓は言葉を継いだ。

「私は、このまま黙って見ていたくありません。先の係争の時も、偏向報道に苦しめられた時も、私たちは自らの正義を信じて戦い続けました。

そしてそんな私たちにあの人は......マグノリア・カーチスは、寄り添い続けてくれた」

 

もう一度、画面に目を移す。

無数の敵の中、たった一人立ち向かう輝きを見て、確信した。

誰よりもアクトレスの自由を願った渡り鳥に、今こそ答えを示す時だと。

「あの人の願いに応えるには、今しかない」

そして、それ以上に。

「アクトレス業界を散々振り回した彼女たちのように、今度は私たちが変えてやる番です」

 

果たして、その一言が火をつけたのか。

「......だってさ。みんな、覚悟は決まった?」

「Sure!!一発派手にぶちかましてやろうよ!」「よっしゃあ!」

「正直気乗りしないけど......このまま黙ってるのは、アクトレスとして納得いかない!」

ジニーが、シタラが、堅物な文嘉でさえも声を上げる。

 

「まあ、一番気乗りしなそうな人に聞いてないんだけど......ええっと、磐田さん?」

「おう、全部聞いてたぞ。遠慮はいらん、行け!」

「そ、即答っスか!?いくらなんでもやばいんじゃ......!?」

「馬鹿言え、文嘉の言う通りだ。このまま大人しく待っていられるか!」

豪胆に言い放つ整備部長の姿に、ゆみは呆れたように肩をすくめる。

熱意は、瞬く間に成子坂を覆いつくした。

 




ACプレイヤーが一番疑う四字熟語「強行偵察」説


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Mission:29「Mechanized Memories」

今更ですが小ネタを一つ。
マギーさんの二つ名に関して表記ゆれがありますが、
これは表記ごとにニュアンスを変える目的でわざとやってます。

カタカナだけなら「ブルー・マグノリア」という言葉だけを重視、
漢字にふりがなつきは肩書きとしての「青い木蓮」を重視って感じです。


「シャード外縁」は通常、ムーンシャード間高速連絡船の航路よりも外側、ヴァイス自動索敵システムの走査限界地点一帯のエリアのことを言う。

連絡船ゲートの防衛に時折出撃することを除けば任務の対象になることも殆どない、まさにシャードの辺境とも言えるエリアに、幾つかの光点が瞬いた。

 

(先遣調査とはいえ、この人数で......?)

その中の一つ、青と黒のアリスギアを纏ったマギーは、指定された航路を進みながら思案する。

視界の端でぽつぽつと瞬く、エミッションの光の数は9。マギーを入れれば10人ということになる。AEGiS指揮下での調査任務は何度か経験があるが、これほどまでに小規模なものは初めてだった。

 

そして、気になることはもう一つ。

(あの子......あの子も、ここに)

レーダーに映し出された、アクトレスの一人の名前を視線でなぞる。

「サンティ・ラナ」。

彼女がノーブルヒルズとの契約を解消したことをマギーが知ったのは、係争相手と同じチームに配置されることの是非を、AEGiSに確認した時だった。

 

(係争の真っ最中に解約だなんて、一体何が......)

『お、ブルーマグノリア発見!!』

マギーの思考に割り込んだのは、楽し気な少女の声だった。

同時に、急接近してきた一人のアクトレスが視界に飛び込む。汎用ギアに覆われた最新型のスーツには、AEGiS所属であることを示すエンブレムが貼りつけられている。

『お~、これが噂の専用ギア!いいなー、かっこいいなぁ~』

「前見なさい前。デブリにぶつかっても知らないわよ」

馴れ馴れしく話しかけてくる声に、マギーはバイザーの奥の眉をひそめた。

 

「AEGiSのアクトレスは一人だって言うから誰かと思えば......貴女よね?前の係争であの腕付きを撃ち落としたアクトレス」

『あ、覚えてくれてました?そうです、あの砲撃は私です!」

「えぇ、その節はどうも。おかげで助かったわ」

陣頭指揮担当として派遣されているこのアクトレスを、マギーは知っている。

ノーブルヒルズとの最初の係争で、無人兵器に超長距離砲撃を叩き込んだ張本人―帰還した後に分かったことだが、バーベナを援護したアクトレスも彼女だった―は、マギーの感謝の言葉に上機嫌に機体を躍らせた。

 

『ブルーマグノリアに褒められた......!加純に自慢できちゃうな~!』

「え、貴女鳳加純と知り合いなの?」

『知り合いと言いますか、仕事仲間?です。今回のせ......陣頭指揮も、加純からの依頼で』

「ふぅん、そうなの。大変ね、一人で知らないアクトレスを任せられるなんて」

マギーが何気ない風に呟くと、アクトレスは「そうなんですよ」と頷く。

『でも加純の話だと、本当は契約したアクトレスだけで調査させる予定だったらしくて。流石にそれはって、私が入ることになったんです』

 

思わず、小さなため息が漏れ出る。どうやら、あまり整った状況下での依頼ではないようだ。

『こちらチームβ、前方に無人兵器の反応を多数捕捉!』

2人の会話を遮ったのは、先行したチームからの通信だった。

『こちら部隊長、了解しました!予定通り、散開して各個突破を試みます!』

各個突破というアクトレスの指示は、事前に打ち合わせてあったもの。

大型種相手の場合はともかく、アリスギアと無人兵器の戦力差は大きい。であればそれぞれが敵を引きつけ戦力を分散し、性能差にモノを言わせて一気に振り切ってしまった方が速いというプランである。

 

「それじゃあ、また後で」

『はーい、どうかお気をつけて......』

エミッションの青い輝きが、マギーのそばから滑るように離れていった、次の瞬間。

 

正面へ視線を戻したマギーの前で、深紅の光線が迸り。

マギーの少し前で、ついさっきまで話していたアクトレスが、巨大な火球の中に飲み込まれた。

 

「......っ!?」

迫る熱波に、反射的にブースターを吹かし飛びのく。

遺されたギアの残骸に息を呑むアクトレスたちを、直後無数の光線が襲った。

「こいつ......っ!」

一度砲撃への思考を切り、現れた小型兵器の群れに応戦する。

周囲のアクトレスも迎撃を始めているものの、AEGiSのアクトレスが落とされた動揺が大きいのか、明らかに動きが鈍い。

「管制、聞こえるか!?指揮担当が落とされた、指示を――!」

状況を落ち着かせようと、マギーは通信回線に声を叩きつけ――

 

【あー、あー。えーっと、聞こえてるかな?】

返ってきたのは、強いノイズの混じった男の声だった。

「は......?」

【あぁ、聞こえてるみたいだね。悪いけど、AEGiSとの通信は切らせてもらったよ」

凍り付くマギーをよそに、声は飄々と言葉を紡ぐ。

【騙して悪いけど、君たちにはここで消えてもらわなきゃならない】

「何を言って......何者なの、貴方は!?」

叫んで、マギーは気付いた。

 

今こうして声を上げている自分への。

言葉を失い、立ち尽くしているアクトレスたちへの。

無人兵器たちの攻撃が、ぱったりと止んでいることに。

「まさか、お前がこいつらを!」

【あぁ、強制脱出(ベイルアウト)のシステムもハッキングさせてもらったよ。あの邪魔者には逃げられたけど、君らを逃がす気は無いからそのつもりで】

「質問に答えろ!こいつらを目覚めさせて、何をしようとしているの!?」

マギーの問いを遮るように、光弾がギアの装甲を掠めていく。

 

攻撃を再開した小型種の弾幕が、アクトレスたちへと襲い掛かった。

「クソっ、総員撤退!倒せるだけ倒して逃げるしかない!!」

青い木蓮(ブルー・マグノリア)の鬼気迫る声に、従わない者はいなかった。

迎撃を続けながら後退を試みるが、敵の攻撃が弱まらない。小型種の自爆攻撃への回避に意識を向けなければならないことも足枷になり、アクトレスたちは宙域へと釘づけにされていく。

 

「こうなったら!」

味方の一人が捌き切れずに直撃をもらったのを見て、マギーは咄嗟に前へ出た。

「FreQuency」の高い防御力と積載量にものを言わせ、壁役になりながら武装を乱射する。

青い木蓮(ブルー・マグノリア)......!』

端末から零れ落ちたようなその声で、マギーは今庇ったアクトレスが誰なのか気付いた。

「サンティ!怯んだら負けよ、やるだけやるしかない!!」

『......言われなくとも!!』

砂色のアリスギアを纏うサンティが、「FreQuency」の陰から飛び出す。

 

マギーとサンティ、2対の翼を先頭に応戦を続けるアクトレスたち。

(このまま少しづつ......いや、ちょっと待て!)

少しづつ、しかし着実に後退していく中で、マギーはある見落としに気付いた。

今まで確認された無人兵器は2種類。

ミサイルや光弾を武器にし、強力な自爆攻撃を仕掛けてくる小型種。

巨腕を振るい、アクトレスを一撃で仕留める力を持つ大型種。

しかしその中に......アクトレスを撃ち落とすような、砲撃能力を持った個体は居たか?

 

「まさか!」

マギーが「それ」に気付くのと、聴覚補助機能へ凄まじいノイズが入ったのは同時だった。

「くっ......!」

青い木蓮(ブルー・マグノリア)、あれは......!?』

小型種の群れを掻き分けるようにして現れた「それ」に、サンティが悲鳴のような声を上げた。

 

1枚で大型ヴァイス「レントラー」の全幅に匹敵するかという、巨大な鋼鉄の翼。

目の前で折りたたまれていく翼の中央に接続されているのは、大口径の砲口らしきモジュールを胸部に備えた、屈強な人型のユニット。

暗い宇宙の中で、深紅の機体を青いエミッションの輝きを以って照らし上げ......超大型の無人兵器が、アクトレスの前に立ちふさがった。

『あんなものまで......!?』

「全くとんでもないものを作ってくれたみたいね、私たちのご先祖様は!」

驚愕するサンティの横で、マギーはほとほと呆れたように吐き捨てる。

 

【......そうだ。これが人が遺したチカラだ】

その時、また通信に割り込むように......否、鳴り響いていたノイズがねじ曲がり音を造ったかのように、男の声が響き渡った。

『この声は......!』

【『アリス』の意思を越え、その力を利用し、創り出された人類の希望......ハハ、ハハハ!素晴らしいじゃないか!彼らこそが、君たちアクトレスを超える存在だ!】

低く響くノイズが、狂ったような哄笑を上げる。

 

【さて、そろそろ遊びは終わりにしようか。まずはここに集めたイレギュラー......君たちから消させてもらうよ!ハハハハ!】

声のようなノイズが再び歪んでいくと同時に、超大型種の胸部に輝きが灯る。

集束していく紅いエネルギーが、先ほど炸裂した火球の正体であると一発でわかる、凄まじい熱量を放ち始める。

「総員退避!アレを喰らったら終わりよ!」

『でも、この数の中じゃ......!』

小型種に包囲され身動きが取れないまま、紅色の炎が全てを焼き尽くす準備を終える。

 

「――!」

その焔はまるで、嘗て翼を奪われた日の炎のようだった。

「まだ......まだよ......!こんな所で、私は......!!」

視界に重なったあの日の炎を、深青の瞳が睨みつけた、その瞬間。

「さあああああせるかあああああああああああああっ!!!」

破滅の紅蓮をかき消すように、眩い輝きが炸裂した。

 




というわけで、ミスター・イカれ野郎にもご登場いただきました。
本作の「彼」は、原作とは少々違った役割を与えています。

というのも実は、アリスギアのシナリオにも出てきてるんですよ、「財団」。


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Mission:30「Vanishing」

閉じられた空

どこに幸福があるのだろう

汚れ切って、何も見えない世界で

私たちは、何を信じればいいのだろう

ねぇ、答えて。答えてよ――


そのメッセージは、東京シャードに存在する全てのアクトレスに同時に送られた。

『こちらは企業コード××××-×、成子坂製作所です。東京シャード全てのアクトレス事業所へ救援を要請します。シャード外縁に展開している、無人兵器の撃退に協力してください』

 

救援要請のかたちで届けられた彼女たちの言葉は、様々な感情に迎えられた。

『かの敵性存在がシャードを脅かす存在であることは、皆さんもご存じのことだと思います。このままシャードへの接近を看過すれば、甚大な被害を齎すでしょう』

不正疑惑のかかった企業の要請など、応じる必要は無いという者。

 

『そして、これはAEGiSの任務に基づく要請ではありません。我々が我々の使命を果たすべく、我々の判断でお願いするものです』

AEGiSからの命令もなしに、出撃していいのかと戸惑う者。

 

『これ以上、言葉を飾ることはしません。皆さんの判断に委ねます』

選ぶのは自分だという事実に恐怖し、尚のこと動けなくなる者。

 

しかし、誰もが立ち止まっていたわけではなかった。

「......こうして願われないと動けないなんて。私もまだまだ弱いですね」

「そう思うなら、行こうよ。もっと強くなるために」

「後悔してる時間はないよ。とにかく今は、今すべきことを―!」

呼びかけに応じ、少女たち(コンドッティエーレ)は走り出す。

大切な友と、大切な場所、そして何よりも、自らの誓いを守り抜くために。

 

「社長。良いよね?」

「ええ、行ってきなさい。この間の借りはしっっっかり返してきて!」

「ビガップ社長!ようっし、バイブス上げてくヨー!」

彼女たちも、迷うことは無かった。

ぶつかり合いいがみ合いながらも、頼り合い高め合ってきたライバルたちを、誰も失いたく無かったから。

 

そして――

「......っ、まだだ、まだワタシは!」

戦場。

迫りくる無人兵器の大群を撃ち落としながら、サンティは吼えた。

望まれるままに戦い、望まれるままに切り捨てられ。自分は何のために戦うのかを見失いかけていた。

 

だけど、今は。

「やらせない!あの翼を、失いたくない!」

認めよう。

機械の翼を広げる怪物に立ち向かう渡り鳥を。自由を謳い上げるあの翼を。

青い木蓮(ブルー・マグノリア)のようなアクトレスを、ずっと夢見ていた。

 

「だから――!」

その折れない意思に、応えるかのように。

あたかもサンティの引き金に合わせたかのように、いくつもの光条が無人兵器に向けて煌めいた。

 

 

相殺した紅白の炎が、暗い宇宙に消えていく。

炸裂した衝撃に煽られ、アクトレスも無人兵器も区別なく吹き飛ばされる。

「今の、は......」

目の前の敵も忘れ、マギーは呆然と砲撃が飛んできた先を見つめていた。

『おーい!聞こえるー!?大丈夫ー!!?』

端末越しに響き渡ったやかましい声が、意識を戦場に引き戻す。

 

「......こ、こっちは大丈夫よ。というか、向こうはまだピンピンしてるんだけど」

あの爆風でも、新型を倒すには至らなかったらしい。さらには仕留めきれなかったことに気づいたのか、紅い巨躯はゆっくりと戦闘態勢に戻っていく。

『あー、誤射が怖くて大分威力絞ったからね』

「ご配慮どうも。それはそうと......見間違いじゃなければ。貴女さっきあいつに墜とされたと思うんだけど」

『それはそのー、作戦の内だったというか?交戦区域さえ割り出したら、1回帰らないと行けなかったからさ』

 

返答を聞きながら、マギーは一度戦場を見渡す。

砲撃の余波で吹き飛ばされたおかげで距離は取れたが、未だに無人兵器の数が減る兆しはない。AEGiSのアクトレス以外離脱者が出ていないのがまだ幸いといったところか。

「それで、その『作戦』とやらは、ピンチの私たちを助けてくれるのかしら?」

『もちろん。これから、この状況をひっくり返す。()()()()()の力でね』

自信満々な声がそう告げるのと同時に、レーダーが新たな反応を捉えた。

 

後方から迫る、多数の友軍反応――アクトレスの反応を。

「これって......!」

『じゃー頑張ってね!アクトレス諸君!』

『......マギーさん、聞こえる!?こちら成子坂製作所、バージニア・グリーンベレー!

助けに来たよ――みんなで!!』

 

暗い宇宙(そら)を翔ける、光の翼。

はじめは成子坂のアクトレスたちかと思ったその輝きは、10や20では収まらない。

『は、ちょっと待って、ウソでしょう!?』

『これ、まさか――!』

疲弊しきった味方からも、困惑と歓喜の混ざった声が上がる。

 

そう、すなわち――

『こちらトーキョー警備、指定エリアに到着!交戦を開始します!』

『ラスコルプロモーションは、救援要請に応じます!こちらも戦闘を開始します!』

『エンパイア中野、同じく現着!死なせないっての、青い木蓮(ブルー・マグノリア)!』

成子坂の「救援要請」を受け取った各事業所のアクトレスたちが、次々と戦場に飛来していた。

 

『大丈夫だよ、マギーさん。みんな分かってるんだよ。自分たちが何のために戦うのか』

優しく響いたジニーの声に、マギーは何も返せなかった。

無数の友軍反応、そしてバラバラの所属コード。

何の誇張もなく、東京シャード全ての組織・企業が集結する。

AEGiSの命令ではなく、ただ自分たちの使命を果たすために。

東京シャードを、守り抜くために。

 

『よーっし、わたしたちも行こうか!』

『旧叢雲の3人で、あの新型を撹乱します。トライステラは援護を!』

『後はとにかく数を減らすのが先決ね。夜露、文嘉、私についてきて!』

『了解です、ゆみさん!』

『バーベナも前に出るわよ!突撃ー!』

成子坂のアクトレスたちも、次々と目の前を飛び出していく。

 

「......まだ、戦えるわよね」

ライフルを握った右腕に、力をこめる。

彼女たちの決意に報いるために。

この景色を、ただ一度の奇跡にしないために。

「強行偵察部隊各員、このまま無人兵器の迎撃を!ブルー・マグノリアも前に出る!」

無数の自由なる鳥(ミグラント)が躍る戦場へ、青い木蓮(ブルー・マグノリア)も飛び込んでいった。

 

 

熱狂は、壁を隔てたシャードの中でも起こっていた。

「おやっさん!ハンガー足りないッスよ!」

「奥の予備ハンガーを動かせ!大丈夫、整備だけはしてたからな!」

「してたというかさせられてたというか......あ、こっちにお願いしまーす!」

成子坂製作所の前にいくつも停められたギア運搬車両。

そこから次々とギアが整備部に運び出され、出撃ハンガーから飛び出していく。

 

地上に残された整備部もまた、自分たちに出来ることに全力を注いでいた。

成子坂製作所のある新宿エリア一帯の、ギアハンガーを持たない小規模事業所の出撃を、纏めて引き受けることを決断したのだ。

「だが、こうもわんさか来るとは思わなかったな......!」

しかし設備だけはあるとはいえ、今の成子坂も人員規模は小規模と言っていい。

流石にキャパを超え始めた盛況っぷりに、磐田がため息をついたその時。

「ぶ、部長!ADAの整備士が、AEGiSからの要請で手伝いに来たと......!」

「はァ!?なんでAEGiSから増援が来るんだ!?」

 

思わず怒声を上げてしまい、整備士から「んなこと僕に聞かれましても!」と悲鳴が上がる。

増援が来るのはありがたいのだが、この出撃はAEGiSに無断で行ったもののはず。

状況が飲み込めずにいた磐田は、ふと聞こえてきた知り合いの声で我に返った。

 

「ついさっき、AEGiSが動いた。今出撃してる全ての事業所に、正式に出撃要請を出したみたいだよ」

「タイミングが前後しましたけど......これで今出撃してる人たちも大義名分が出来たことになりますねっ!」

いつの間にか立っていたのは、アクトレススーツに身を包んだ真理と杏奈。どうやら、スーツを着たまま社用車で駆けつけたらしい。

「そ、そういうことだったのか。しかし、何でこんなに初動が遅れちまったんだ」

「そんなの後で考えましょうよ!ADAの人、予備ハンガーのギア組み付けをお願いします!」

「......あれ、早く行ってあげた方がいいんじゃない?」

更に慌ただしくなり始めた整備室の様相を一瞥し、肩をすくめる真理。

 

「お、おう。お前らも向こうのハンガーに入ってくれ。ギアはお前たちのを出してある」

「了解。じゃあ行こうか、杏奈!」「うん!」

ハンガーへと急ぐ3人の頭上を、またアクトレスたちが飛び去っていく。

(俺たちは俺たちの仕事をする。そっちは任せたぞ、マギー)

その輝きに渡り鳥の姿を重ね、磐田は心の中で呟いた。

 

 

『マギーさん、後ろッ!』

「いつの間に......えっ!?」

マギーの後ろに回り込んでいた小型種が、自爆の寸前に横合いからの射撃を喰らい吹き飛ばされる。

 

「助かった......けど、今のは」

『反応が鈍くなっていますよ。無理せず、少し下がった方がいいのでは?』

通信と同時に目の前に滑り込んできたのは、白馬を思わせる専用ギアを纏ったアクトレスだった。

「貴女......!」『アマ女の生徒会長!来てくれたんだね!』

嬉しそうに呼びかけるジニーに、紺堂地衛理は『ごきげんよう』とお決まりの挨拶を返す。

 

『わたしたちも居ますよー!』『援護しますよ、ブルー・マグノリアさん!』

次いで現れたのは、高機動型と格闘戦特化型、それぞれに先鋭化されたギアを操る2人。

即ち、聖アマルテア女学院生徒会、仁紀藤奏と州天頃椎奈。

『アマルテアの3人だ!』

『キャー!会長ー!!』

集結した「アマ女」のエース3人に、最前線はどっと沸き立った。

 

『......ブルー・マグノリア。私がこうしてここに居られるのは、貴女のおかげです』

「えっ......?」

突拍子もなく告げられた言葉に、思わず困惑の声が漏れる。

『貴女が、戦い続けてくれたから。貴女が、貴女の生き様を見せつけ続けたから。私は......いいえ、ここに集ったアクトレスたちは、こうして立ち上がることができた。私はそう思います』

「そんな、買い被りすぎよ。私はただの、戦うことしか出来なかった渡り鳥だもの」

 

口ではそう答えながらも、マギーは想う。

(......ああ、そうか。そうだったのね)

嘗て一度翼を奪われた自分が、こうして戦い続けられたのは。

(もう一度だけ、一緒に戦ってほしい。成子坂を……私たちの自由の在りかを、守るために)

(だからお願い……マギーさんも、諦めないでほしい)

(好きなように生きて、好きなように死ぬ――それが、お前さんのやり方だろうが)

その在り方を肯定してくれた、いくつもの出会いがあったからなのだと。

 

「でも、そう言ってくれるなら」

ライフルを投げ捨て、戦場を見据える。

物量差を巻き返し、趨勢は完全にこちらに傾いた。

残るのは、今もなおその耐久性と機動力でアクトレスを翻弄する、有翼の大型種。

「私も、それに応える義務がある......!」

左腕の義手を――失い、そして得たものの象徴を振り上げ、マギーは叫んだ。

 

「エネルギーリミッター、強制解除!指揮官不在に伴い、独断でHDMを起動する!」

凄まじいエネルギーを迸らせ、破壊の鋼鉄が駆動する。

破損した「GIGA BLADE」に代わり、AEGiSから託されたそれは――

「――来なさい、『GRIND BLADE』!!」

古の規格外兵装を模した超大型兵器――六つの鎖鋸(チェーンソー)が接続された、暴力をそのまま形にしたような武器が呼び出された。

 

「あいつの足止めをお願い、一気に突っ込む!」

『『了解!!!』』

散開するアクトレスたちの中央を、青い光の翼を広げ、渡り鳥が疾走する。

巨大な刃は右腕に。エミッション・コアからその力を喰らわんと、左腕の義手をエネルギー供給アームが覆っていく。

『不明なユニットが接続されました。システムに深刻な障害が――』

エラーコードも聞こえなくなるようなエネルギーの奔流を纏い、剣を前方へ向けたその姿は、あたかも光の槍――否、青い炎を煌めかせる火の鳥のように。

 

『これで......!』

『マギーさん......!!』

『行っけえええええええええっ!!』

「はああああああああっ!!!」

蒼の劫火が、嘶く。

全てを焼き尽くすその嘴が、機械の翼を一撃で抉り抜いた。

 




絶対に書きたかったシーン1。いやー書いてて楽しかったです。


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NEXT Mission「Year of Verdict War」

年内にここまで終わらせたかったので火曜日ですが投稿。
次回から最終章です。


これは、マギーたち偵察班の交戦の最中に起こったこと。

「第一管制室は無人?そんな馬鹿な」

AEGiS情報本部、事務室。

情報本部事務官、愛宕右京は、通信端末を耳に当てたまま首を傾げた。

『私も信じられません。ですが、人影は見当たりませんでした』

「......分かりました。そのまま管制システムの確認をお願いします」

 

数分の沈黙ののちに、監視カメラが機能を復旧し、人気(ひとけ)のない管制室が映し出される。

『システムの再起動に成功しました。ハッキングの痕跡などもございません』

「ハッキングって、たいていバレないようにやるものなんですけどね......」

呟いた愛宕の手元にあった別の端末が、通知とともに画面にメッセージを映す。

 

「......第二管制室の準備が整ったようです。ここの調査も大事ですが、僕たちも一度戻った方がいいかもしれませんね」

『分かりました。では一度そちらに......っ!?』

端末越しの声が、何かに気づいたように息を呑んだ。

「どうしましたか?」

『これは......再起動した管制用端末に、メッセージのようなものが』

 

震えた声が、残された「メッセージ」を読み上げる。

『......アテナの子よ、地獄へようこそ(To Athenais Welcome to the Hell)

「アテナイ......アテナ......なるほど、AEGiSですか」

愛宕は呟いて、小さくため息をついた。

「地獄へようこそ」。その露骨なメッセージの、意味するところは。

「急ぎましょう。この戦い、このまま終わるとは考えられません」

 

 

『こちら成子坂!未確認種の無人兵器を撃破しました!』

大型種のド派手な爆散を引き金に、通信回線を大歓声が埋めつくした。

『やったぁ!......って、マギーさんは!?』

同じように喜んでいた夜露だったが、その爆発にマギーも巻き込まれていたことに気付き、途端に血相を変える。

 

『Check that out、夜露!大丈夫、マギーさんは――!』

声を上げたのは、ジニー。

その指さした先、消えていく爆炎の中から、2筋の輝きが飛び出してきた。

 

「......っ、ごめんなさい。突っ込んだ後のことを考えてなかった」

片方は、全てを出し切ったかのように掠れた光を零していくマギーのギア。

『お気になさらず。たまたまワタシが気付いただけです』

それを支えるのは、ボロボロに傷つき、それでも力強く光の轍を走らせるサンティのギア。

過酷な戦いを、誰よりも勇ましく戦い抜いた2人の傭兵が、仲間たちの下へと舞い戻る。

 

『マギーさん!良かった......!』

「気を抜かないで、夜露。まだ戦闘は終わってないわ」

『ワタシがこのまま、シャードまで曳航します。皆さんは引き続き、残敵の掃討を』

「Wilco. 頼んだよ、サンティ!」

交戦を続けるアクトレスたちに見送られながら、サンティとマギーは慎重に撤退を始めた。

 

先ほどサンティが「残敵の掃討」と表現したように、最早戦闘そのものは決着しつつあった。大型種の殲滅が引き金になったのか小型種の連携も乱れはじめ、こうしている間にも次々とレーダーの反応は少なくなっていく。

『そこのお2人、この先はまだ少し敵が残っています。撤退するなら随行しますよ』

こうして撤退を手助けできる余裕が出ているのも、その証拠と言えるだろう。

「どうする、サンティ?」

『出来ればお願いします。この状態でもし交戦することになると危険ですので』

 

数人のアクトレスに護衛を願いながら進んでいると、不意にレーダーに新たな友軍反応が現れた。

『これは......AEGiSの部隊が、こちらに向かっているようです』

「AEGiSが今更何を?もしかして、勝手に出撃したアクトレスを捕まえに来たとか」

『さっき緊急出撃(スクランブル)の要請が出てたので、それはないと思いますけど......』

一同が困惑していると、次いで全員の回線にAEGiSからの通信が送られてくる。

 

『こちらはAEGiS東京、鳳加純だ!総員、この宙域から退避しろ――!!』

AEGiS部隊の先頭を疾走する加純が、切羽詰まった声を張り上げた、その時。

 

交戦宙域の中心であり、本来の偵察部隊の作戦目標だった場所――東京シャード船尾の月面遺構が、突如大爆発を起こした。

「なッ――!?」

遠目からでもわかる巨大な爆発を映したマギーの碧眼が、驚愕に見開かれる。

『な、何事!?』

『あんな爆発......!シャードは大丈夫なの!?』

彼女だけではなく全てのアクトレスたちが、思わず戦闘を止め、目の前の景色に呆然としていた。

 

『まずいわ、どうにか撤退を――』

【無駄なことだよ、AEGiS】

加純の通信に被さるように、全員の耳に突き刺さる(ノイズ)

『何ですかこの声、どこから......!』

『声じゃない、ギアの聴覚補正機能にハッキングしてる......!?」

 

声は混乱するアクトレスたちを嘲笑するかのように、不気味に干渉を続ける。

【......素晴らしい。全く驚異的だよ、君たちは】

「その声、さっきの......!何者だ、お前は!!」

 

声を上げたマギーを遮り、レーダーが突如警戒音を響かせる。

「うわっ!」『大丈夫ですか!?』

反射的に回避行動をとった2人をかすめ、レーザーが次々と飛来する。

まさか、とマギーが思案する間もなく、それは姿を現した。

『こちらエリアA、新手の反応多数!』

『エリアC、腕付きの大型が多数出現!』

『エリアBも!こいつら、いきなりどこから――!?』

 

月面遺構の爆発に巻き込まれ、破損したシャード外装。

その空隙から、次々と無人兵器が這い出ていく。

【何故、彼らを解き放ったのか。君たちの可能性を知り、比べるためだ】

『比べる......?ワタシたちと、何を比べると言うのですか』

姿の見えない敵を前に、サンティの声は虚空へと消える。

 

【僕は君たちに挑戦する。そして、抹殺する】

『ここはAEGiSの即応部隊が食い止める!消耗したアクトレスは下がれ!!』

AEGiSの援護を壁に襲い来る破壊の嵐を掻い潜り、退却するアクトレスたち。

サンティとマギーもそれに習おうとして、不意に目の前を遮られた。

「貴女......!」

『ごめん、ちょっと来てもらえるかな。2人ともね』

飛び込んできたもの――AEGiSのアクトレスはそう告げると、ふふっ、と小さく笑ってみせた。

 

『マギーさん......?』

『夜露ちゃん、今のうちに私たちも撤退を!』

『さっさとしなさい!加純さん、任せますよ!』

成子坂のアクトレスも、宙域からの離脱を敢行する。

【君たちに、可能性など存在しない。それを証明してみせる】

半ばゆみや楓に引っ張られるように逃げながら、夜露は遠のいていく戦場を見渡していた。

何度辺りを見回しても、マギーとジニーの姿が見えなかった。

 




NEXT CHAPTER

“神様は人間を救いたいと思ってた”
“だから、手を差し伸べた”
未来を創り上げることを託されたものたちは、いまも戦い続けている。
人の世界を守るために。そして、自らが生きるために。

"でもそのたびに、人間の中から邪魔者が現れた"
"神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者"
力を持ちすぎたもの、それは秩序を破壊するもの。
しかしその存在こそが、この世界に本当に必要だったのではないだろうか。

"そいつは、「黒い鳥」って呼ばれたらしいわ"
"何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥"
何も知らないままでいられるのなら、それは幸せだと言えるのだろうか。
作られた正義のなかにも、自由と呼べるものはあるのだろうか。

「まだよ——私は、まだ戦える!」
「ここが、この宇宙が、私の——!!」
好きなように生き、好きなように死ぬ。それ以上の自由が、果たしてあるだろうか。
たとえ何かを失ったとしても、それは絶望を意味するものではきっとないのだから。

それぞれの思いを翼に載せ、渡り鳥たちは宇宙(ソラ)を舞う。
——人は皆、運命に抗う権利を持っている。そしてその義務を負っている。

Final Mission「DAY AFTER DAY」
——「未来」を告げる、評決の日


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Final Mission「DAY AFTER DAY」
Phase:1「To give surrender, my soul is wandering.」


突如爆発を起こした月面遺構と、そこから湧き出たおびただしい量の無人兵器。

再び混沌の坩堝と化しつつあった戦場からアクトレスを救い出したのが、人類の不倶戴天の敵であるはずのヴァイスであったのは、まさに皮肉の極みだった。

 

まるで月面遺構の爆発に引き寄せられたかのように――あるいは、何物かに誘導されたかのように――突然現れたヴァイスの軍勢。

その姿を見るや否や、無人兵器はその開発目的に従い、攻撃の矛先をヴァイスに変えたのである。

双方が潰しあうどさくさに紛れ、アクトレスたちは何とか撤退することには成功したのだった。

 

 

激戦から帰還した成子坂の面々にとって、未帰還と思われたマギーとジニーからの連絡があったことは何よりの朗報だった。尤も、余りにも予想外な彼女の現在地には驚かされることになったが。

「いや、AEGiS神奈川って、どうしてそんな所に?」

『マギーさんを連れて逃げてる途中に、AEGiSのアクトレスさんに捕まって、そのままここまで連れてこられたんだけど......わたしにも、何が起きてるのやら』

真理がモニターへ向かって尋ねると、アクトレススーツ姿のままのジニーが苦笑する。どうやらラウンジのような所でビデオ通話をしているらしく、整った白人系の顔は鮮やかな夕日に照らされている。

 

AEGiS神奈川があるのは無論神奈川シャード、東京シャードの真後ろに位置するシャードである。なので比較的近い位置ではあるわけだが、それでもその間をアリスギアだけで行き来するのは決して散歩感覚で出来ることではない。

『途中で私のギアが復帰したから、ずっと引っ張ってもらうことには成らなかったのが不幸中の幸いだったわ。それでも、こんなに長く飛んでたのは初めてだったけど......』

ジニーの隣でそう呟くマギーは、流石に疲れているようだった。

 

『私たちはここで待機って言われてるけど、真理、そっちはどうなってるの?』

マギーに尋ねられ、真理は後方......人気のない事務所を指し示す。

「こっちも、AEGiSから指示があるまで待機。まだ残ってるアクトレスちゃんもいるけど、9時には終業になってるから適当に帰すって......あぁそうだ、これ見て」

後ろを向いた拍子に目に映ったスクリーンを、自分の身体をどかしてカメラに向ける。

映っているのはレーダーマップのようだが、索敵範囲も反応の数も、アクトレスが普段の業務で利用しているものとは比べ物にならない規模だ。

 

『それって......』

「AEGiSの広域索敵のデータが、全事業所にリアルタイムで公開されてるの」

『ねぇ真理さん、もしかしなくてもこれって......ヴァイスと無人兵器の反応だよね』

口を挟んだジニーの問いに、真理は一言「その通り」と肯定した。

「見れば分かるけど、圧倒的に無人兵器が優勢よ。作戦司令部の見立てじゃ、半日もすればヴァイスは全滅するって。そうしたら......」

『私たち人間と、無人兵器の全面対決......ってことね』

 

マギーの言葉を最後に、重苦しい空気が双方を覆う。

『......覚悟は、出来てるよ』

『ジニー......』

臆することなく、いつも通りの不敵な笑顔さえ浮かべて、ジニーは告げる。

『正直、今凄くワクワクしてるんだ。最初はくだらない係争から始まったのに、いつの間にか東京シャードの一大事になってるんだから。こんなエキサイティングなこと、楽しまずにはいられないよ』

「......っはは!言えてるわ、ジニー!」

真理は思わず噴き出してしまった。

 

考えてみれば、自分だって最初は成子坂を利用するだけしてしまおうと思っていた。なのに彼女たちに巻き込まれて、いつの間にかこのざまだ。

それでも、そんな今の時間も悪くないと、そう思えている。

「貴女は?マギー」

画面に向かって呼びかけると、マギーはその鋭く整った顔をにこりと緩めた。

『......私も。ただの依頼だと思ってたのに、こんなことになるなんて』

 

3人とも、気付けば笑顔になっていた。

それぞれが全く違う目的で戦いに身を投じながらも、今こうして同じ思いで戦っていることが、とても奇妙で......だけど、嬉しかった。

「それじゃあ......せいぜい戦い抜きましょうや、最後まで」

真理の言葉に、2人のアクトレスは強く頷いた。

 

 

成子坂との会話を終えたマギーは、ジニーとも分かれ、整備エリアへと向かっていた。

AEGiS神奈川とは言ったが、正確には今2人がいるのはその専用ステーション、AEGiS直属のアクトレスのギアが置かれているハンガー兼整備場だ。都会のシャードはAEGiSの建物が市街地のど真ん中にあるため、このように郊外に専用の施設を保有していることが多い。

 

 

一度整備場に入ってしまえば、小奇麗なエントランスから打って変わって、無骨な施設の中で大勢の作業員が仕事に追われている。主に先ほどの戦いから帰還したアクトレスのギアを修理しているようだったが、中央の大型ハンガーにまるで主賓のように収められているのは、紛れもないマギーの専用ギア「FreQuency」だった。

 

そして、そのすぐそば。

作業員の邪魔にならないようにか少し離れた位置で、浅黒い肌の少女がじっと、ギアハンガーを見つめていた。

「サンティ」

マギーがそっと声をかけると、少女は小さな肩をぴくっと震わせて振り返る。

「ブルー・マグノリア......」

「さっきはありがとう。貴女も無事でよかった」

 

サンティの右に並んで立つと、その小さな身体が徐に肩を寄せてきた。

マギーは一瞬驚いて、その行動が自分の失くした左腕の分の隙間を埋めようとしていたことに気付いた。

「貴女......」

サンティは何も言わない。何も言わずに、視線も動かさずに、しかしその温もりを、こうしてマギーに預けている。

 

整備作業の音だけが淡々と響き渡る中で、マギーは意を決して口を開いた。

「......1年くらい前かしら。AEGiSからの依頼で、インストラクターの手伝いをしたことがあったの。新しく所属することになったアクトレスの基礎訓練だったかしら」

「そう......なんですか」

「ええ、それでね。もう20になるかくらいのアクトレスが殆どの中に、貴女くらいの女の子が居た記憶があるの。とても綺麗な、でもナイフのように鋭い、翡翠色の目をしてた」

もう一度、サンティに視線を向ける。

こちらを見上げる、綺麗な翡翠色の瞳と目が合った。

 

「......やっぱり、貴女だったのね。初対面であんなに突っかかられてから、ずっと引っかかってたの」

「あの時の態度は謝ります......でも、あんなに気付いてもらえないとは思いませんでした」

「ごめんなさい、昔のことだから中々思い出せなくて。でもどうして、あんなにケンカ腰だったの?」

マギーが問いかけると、サンティはむっとしたまま視線を逸らした。

「......貴女に」

「?」

「貴女に......もう戦って欲しくなかったんです」

 

予想だにしなかった答えに、マギーはその時、本気で呆気に取られてしまった。

「ノーブルヒルズとの係争で、貴女がブルー・マグノリアとして表舞台に出てきたとき、本当に驚きました。あの時AEGiSで見た義手をつけたアクトレスが、あの伝説のミグラントだったんですから。

だからこそ......今もこうやって戦おうとしてるのが、信じられなかったんです」

「サンティ......」

「貴女は、戦場を変えただけのワタシとは違う。こんなに傷ついてなお、戦いを求めていた......それが、ワタシにはとても恐ろしかった......だから」

言葉が途切れる。

全てを吐き出しきれないまま、サンティは俯いた。

 

何故、彼女はそうまでして戦うのか。サンティには、その理由はとっくに分かっていた。

結局、自分たちは同類だったのだ。元軍人のマギーも、傭兵のサンティも、相手が人からヴァイスに変わったというだけで、戦いから目を背けることは出来なかった。

そして、今マグノリア・カーチスが此処にいるのは、彼女が戦う事を肯定してくれた人がいたから。肯定して、支えてくれる人が居たからなのだろう。

もしも彼女が戦う事をどこかで否定されていたら、彼女の人生はそこで終わっていた。そのことに、サンティは気付いてしまっていた。

 

「ワタシは、貴女を止めたかった......でもそれは、ワタシの思い上がりだった」

だから、サンティに言えたのはそれだけだった。

 

マギーは瞑目し、サンティの言葉を噛みしめていた。

そう、彼女は何も間違っていない。

「......貴女は、優しいのね、サンティ」

だから、マギーに言えたのはそれだけだった。

 




今回出てきてかませになったヴァイスの皆様ですが、
ノーブルヒルズ関連のシナリオで出てきたあいつらです(申し訳程度の元シナリオ要素)


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Phase:2 「How far away?」

ハッピーヴァーディクトデイ。
忙しくて結局1か月開けての更新になってしまいましたが、日付がいいのでこれはこれでよかったかなと。


暗黒の宇宙に、突如として瞬く無数の閃光。

まるで流星群のように尾を引く光が、完全に停船した東京シャードから、次々と飛び立っていく。

その光の正体は、言うまでもなくアクトレス。

世代を越え、所属を越え、東京シャード中のアクトレスが、シャードの命運を握る決戦へと参陣していく。

 

司令船の舷窓から、加純はその光景を眺めていた。

「そっちの首尾は?」

『想定通りです。ノーブルヒルズ・ホールディングスの取締役が、洗いざらい自供しました』

「じゃあやっぱり、あのヴァイスは彼らの仕業だったということね」

何者かとの通信を終え、加純はふぅっとため息をつく。

 

「皮肉なものね......東京シャード破壊を図った連中に、遠回しに助けられるなんて」

そう声を向ける先には、加純と同じスーツを纏ったアクトレスの姿。

「私たち、試されてるのかもね。彼らと人間、どちらがヴァイスと戦うのに相応しいのか、決着をつけろって」

「面白いこと言うわね、(ケイ)。それがシスターの考え方?」

京と呼ばれたアクトレスは、「どうだろうね」と肩をすくめた。

 

「......でも、あながち間違ってないのかもしれないわね」

「加純?」

憂いを帯びた加純の視線が、宇宙を往く光の軌跡をなぞる。

「ヴァイスという共通の敵が居ながら、私たちは人類同士でも争いを続けている。

…...もし神様なんてものが本当に居るのだとしたら、これはそいつが与えた最後のチャンスなのかもしれない。人類が、本当に自分たちの生存のために戦えるのか」

振り返った加純は、京に諦観を孕んだ笑顔を投げかけた。

 

「あるいは、もう答えが出てるのかもしれないわね。私たちの未来に可能性なんてないって」

「......私は、そうは思わないな」

躊躇いなく、アクトレスは答えた。

 

「ヴァイスと戦うために、武器(アリスギア)を作って。未来を守るために、競い合って。そして今こうして、共通の敵を前に一つになることができている。だから」

真っ直ぐな笑顔が、加純を射抜いた。

「だから、こうも思うんだ。戦いこそが人間の可能性なんじゃないかって」

「......なるほど。私もそう信じたいわ」

 

頷いた加純は、部屋の前方......艦橋(ブリッジ)の司令エリアへ歩み寄る。

幾重にも展開される、管制用ウィンドウ。

その一枚、神奈川シャード側の輸送船を映した中継映像が目に留まる。

そこで出撃を待つ、青き鋼を纏った渡り鳥の姿が。

 

「......そうね。貴女はずっと戦い続けた。戦って、戦って、私たちに希望を、可能性を見せてくれた――だったら、私たちは」

加純の迷いのない瞳が、無数の希望(ほし)の瞬く宇宙を見据えた。

「証明してみせよう――私たちになら、それが出来るはずだから」

 

 

『時間になった。では改めて、作製内容を通達する』

東京シャード後方、最終防衛ラインへと集うアクトレスたちに向け、加純からの通達が始まった。

『敵である無人兵器群は、シャード後方の月面遺構から出現したのち、ヴァイスとの戦闘を行っていた。これで潰しあってくれれば僥倖と言えたが、無人兵器に大して損害を与えられないまま、ヴァイスどもは全滅してしまったようだ』

 

出撃したアクトレスたちは、爆破された外壁近くから、両翼を広げるように展開されていく。

その一角、右翼の付け根に相当する位置に、成子坂製作所も集まっていた。

『すごいっす......こんなにアクトレスが集まってるの、見たことないです!』

辺りを埋めつくさんばかりのアリスギアの軍団に、夜露が目を輝かせる。

 

「叢雲に居た時に、何度か大規模作戦に参加する機会はありましたが......ここまでのものは、私も初めてです」

夜露の横に並ぶ楓も、経験したことのない偉観に目を丸くする。

『AEGiSからの発表によれば、作戦に参加するアクトレスの数は300を裕に超えてるって。こんな規模、シャード船団の歴史上でもそうそうないんじゃないかしら』

『大企業から零細企業まで、志願した事業所は残らず来てるって話だからね。おまけに真理さんや杏奈ちゃんみたいな、引退した資格持ちも集まってるんだってさ』

文嘉の上げた数字を、興奮した口調で補足するシタラ。ちなみに彼女が挙げた元「メリーバニー」の2人も、成子坂所属として同じエリアに配置されている。

 

『かの無人兵器は、高次元エネルギーに誘引される性質を持っている。故に作戦は明快だ。

この防衛ラインより前で、侵攻してくる無人兵器を殲滅する。

各種個体別の対処方法は、これまでAEGiSから報告されていた通りだ。特に危険度の高い大型種は、単独で戦わないことを心がけて欲しい』

加純の告げた作戦内容は非常に単純だったが、それが最も有効であることはこの場の全員が理解していた。この数か月間、アクトレスたちは力を合わせ、彼らから東京シャードを守り抜いていたのだから。

 

『でもさ、やっぱり凄い話だよね。普段は企業同士でいがみ合ってることも多いのに、こうやって同じ敵相手に力を合わせられるなんて』

『まさに呉越同舟ってやつね。楽できそうでいいわー』

『......あの物量相手に楽できるとは思えないけど』

玲の言葉に同意したゆみは、ぐるりと辺りを見回し......ふと呟いた。

『そういえば......神奈川シャードに連れていかれた2人、どうしてるのかしら』

今ここに居ない仲間のことを口に出し、心配そうな表情を浮かべるゆみ。

 

しかしその疑問の答えは、直後加純の言葉によって齎されることとなった。

『そして、本作戦では殲滅戦と並行して、月面遺構中枢への突入作戦を行う』

「突入作戦......!?」

アクトレスたちの間に、ざわつきが広がる。

事前に伝えられていなかった二面作戦の存在に、夜露は目を丸くした。

 

『月面遺構の奥深くに、大型種のものを凌ぐ強いエミッション反応が確認された。シャードの推進システムにも近い位置だ。ここで破壊活動を行われる前に、速やかに叩く必要がある。

しかし周囲に防衛用と思しき敵性反応が密集していることから、順当に突入することはできない......そこで』

加純の声が途切れると同時に、アクトレス全員にAEGiSから追加のブリーフィングデータが送られる。

 

「なっ......なんですかこれ!?」

『うわぁ......AEGiSはまたとんでもないものを......』

『うっひょー!ロマンあるーぅ!』

夜露が驚愕し、真理が呆れ、シタラは大喜びで目を輝かせた。

『神奈川シャードで運用試験を予定していた、長距離侵攻作戦用特殊兵装......

V.O.B(ヴァンガード・オーバード・ブースト)を用い、精鋭部隊を一気に中枢へと突撃させる!』

 

 

神奈川シャード側、突入部隊輸送船。

この決戦の要となる中枢突入を担う3人のアクトレスが、ここで出撃の時を待っている。

バージニア・グリンベレー。

サンティ・ラナ。

そして、マグノリア・カーチス。

3人の纏うアリスギアには、今までにない特殊兵装が取り付けられていた。

 

アリスギアの背面モジュールを格納し、背中から直接後ろに伸びるように装着された、アクトレスの身の丈を優に超える長大なロケットブースター。

V.O.B(ヴァンガード・オーバード・ブースト)」――通常のアリスギアが出せるスピードを遥かに超える推力を生み出す、単騎での長距離侵攻のために開発されていた試験装備が、この作戦のために投入されていた。

 

出撃を前に、3人に交わす言葉はない。

否、喋ってるヒマなどない、というのが正しいかもしれない。

いかんせん、使うのは実戦投入などされたことのない新兵器。故に、ギリギリまで調整が続けられているのだ。

『突入開始まで残り10分!』

『最終チェック完了、異常個所はありません』

『システム調整は出撃直前まで行います!何かあったら直ぐに言ってください!』

作戦の成功率を少しでも上げるため、力を尽くすAEGiSの整備士たち。

それは恐らく、東京シャード側も同じだろう。

ならば後は、彼らを信じ、戦うのみ。

 

そして、ついにその時は訪れる。

『作戦は以上だ。最後に一つだけ、一アクトレスとして言わせて欲しい』

全ての準備を終えたアクトレスたちへ、加純が呼びかける。

『ご存じの通り、あの無人兵器たちは、かつての人類が生み出したものだ。

アリスギアに頼らずとも、自分たちは世界を救えると......彼らを作った者は訴えたかったのかもしれない』

 

マギーはふと、失ったHDM......オーバード・ウェポンのことを思い出した。

オーバード・ウェポンも、無人兵器も、どちらもALICEを介さずに人類が生み出した力。

しかし、両者には大きな違いがあった。

ヴァイスもアクトレスも等しく敵とし襲い掛かる無人兵器......それはただの設計的欠陥ではなく、それこそが彼らが生まれた意味なのではないだろうか。

人類では、ヴァイスと戦う事は出来ないと......無人兵器を造り上げた人々は、そう考えたのではないだろうか。

 

『ならば、私たちは証明しなければいけない。今を生きる人類は、ヴァイスに打ち勝ち、未来を作ることが出来ると......今日がその、評決の日になるだろう。私から言うべきことは、これで全てだ』

宇宙が煌めく。

一斉に抜き放たれたウェポンギアが、出力を上げるブースターが吹き上げるエミッションが、暗い宇宙に希望の光を刻む。

 

『では、行こう――現時刻を以って、無人兵器殲滅作戦[オペレーション・ヴァーディクトデイ]を発動する!総員、攻撃を開始しろ!』

『始まった......夜露ちゃん!』

「はいっ!成子坂製作所、突撃ーーーっ!!」

未来を託された戦士たちが、流星群のように飛翔する。

最後の戦いが、始まった。

 




アクトレスの参戦数ですが、本編で行われたアキ作戦の規模が
大企業所属のエリート+AEGiSの即応部隊で160人ほどとのことだったので
もっと節操なく集まればまあその倍以上にはなるかなという計算でこの数字にしてみました


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Phase:3「Don't forget a hole in the wall」

超私事ですが、先日通っていた高専を卒業しました。
なんか、後半はACに助けられた気もする高専生活でした。


「「「行くぞおおおおおおおおっ!!!」」」

煌めきの尾を引く流星群が、進撃を開始する。

東京シャード後部宙域を戦場に、アクトレスと無人兵器は真っ向から激突した。

 

両者の間を百の光線が照らし上げ、千の弾丸が激しく飛び交う。

通常の大規模作戦などとは比べ物にならない数の戦火に覆われた光景は、ヴァイスに立ち向かうための「闘争」とは一線を画していた。

アクトレス――過去より現在を託され、未来を創り出すために戦う者。

無人兵器――過去より現在へと侵攻し、未来を犠牲に敵を滅ぼさんとする者。

この戦いは、並び立つことなき二つの意思がぶつかり合う、「戦争」だった。

 

故に、戦闘の規模はアクトレスたちの想像を遥かに超えていた。

『うわっ!ちょっと危ないよ!』

『ごめんっ!こんなに人が多いのは初めてだから......!』

戦場の一角、シタラの大型ギアをかすめた友軍の弾丸。

謝りながら飛び去って行く見知らぬアクトレスを一瞥し、シタラは小さくため息を漏らした。

 

なにせ敵味方共に未曽有の物量。それが一斉に砲火を交える大乱戦である。

「手当たり次第に近くの敵を墜とせ」という単純極まりない作戦も相まって、こんな誤射(フレンドリーファイア)は一度や二度ではない。

複数の事業所を一度に、それも時間のない中で動かすのであれば、アリスギアの性能に頼っての力押しが最善という考えはシタラにも理解できるところではあったが――懸念事項はそれだけではなかった。

 

再びスコープに視線を戻したシタラは、遠方を危うげに飛ぶアクトレスに気付く。

恐らく新興の事業所から参加しているのだろう。明らかに動きが鈍い。

そして不運にも、そんな格好の獲物を敵が見逃す筈はなかった。

『危な――『危ないっ!』

シタラの声より速く、剣閃が疾走する。

機動力に特化したカスタムギアが踊るように肉薄し、細身の片手剣が美しい軌跡を描き小型種を切り裂いていく。

 

無人兵器の爆炎に照らされて、空を舞う星(エトワール)はそこにいた。

『舞......すっご!』

『わたしだって、トライステラ☆だから......!』

そう答える舞の顔に、普段の弱気な雰囲気は欠片もない。

親友の支援射撃を背に次のターゲットへと飛翔する輝きに、もう一つの光の軌跡が交差した。

 

『怜ちゃん、HDMは?』

『いつでも行けるよ、陽動お願い!』

『よっしゃー!』

叢雲を切り裂く3つの光が、散開して大型種へと突進する。

腕付きの大型種はすぐに新たな敵に狙いを定めようとするも、2方向から迫る楓とリンのスピードについていけず、そこに明確な隙が生じた。

 

『私――だって!』

振るわれる大双剣。

怜の格闘戦特化型HDMが、瞬く間に大型種を解体していく。

『あれって元叢雲の......!』『凄い......!』

小間切れになったスクラップを残し飛び去っていく旧叢雲チームを、周囲のアクトレスが驚嘆の声と共に見送った。

 

部分的な苦戦はありながらも、戦況は間違いなくアクトレス側に傾いていた。

宇宙(そら)に爆炎の花が咲くたびに、無人兵器の側が鋼の藻屑へと変わっていく。

無人兵器の組んだ陣形を次々と崩壊させ、アクトレスたちは進撃を続けていた。

 

それはまさに、この数か月の反攻戦の結実だった。

迎撃戦を重ねるたびに、共有された戦況や記録。積み上げられたデータから生み出された、勝利のための戦術。

企業や組織の垣根を越え、一つになった力が、強大な無人兵器を押し返していく。

 

そして、戦況はAEGiSの狙い通りに動き出す。

『今だ......!AEGiS部隊は前進、敵陣を喰い破れ!』

司令官である加純の指示が飛ぶと同時に、戦場の左右端近くでにわかに砲煙が激しくなる。

無人兵器を次々と撃破しながら前進した集団が戦線を抜け、そのまま一気にシャード後方へと突進を始めた。

 

『AEGiSサポート部隊、突破に成功!配置につきます!』

敵陣を突き抜け無人兵器の後ろを取ったのは、最外縁に配置されていたAEGiS直属のアクトレス部隊。

『なるほど、AEGiSの狙いはこれか!』

戦場の一角で後方支援に徹していた真理は、彼女たちの真意に気づき思わず声を上げた。

 

アクトレスたちは東京シャードを中心に大きく鶴翼に開いた布陣を取っていたが、無人兵器はエミッションを狙う思考ルーチンに従い、同じように陣形を広げていた。ちょうど、2つの幅広な壁が重なるように。

そして無人兵器の数が減り、全体的に敵の密度が薄くなったタイミングをつき、一点突破を試みたのである。

 

その目的は背後を取っての挟撃――だけではなく。

『突入部隊が出撃した!気をつけろよ、思いっきり飛んでくるぞ!』

重なった声と、どちらが速かっただろうか。

戦場のはるか前方で、小さな光が強く瞬いた。

『あれって......!』

声を上げる夜露の横で、バズーカを下げた文嘉が笑みを浮かべる。

『ええ、マギーさんたちよ!突っ込んでくる!』

 

超大型ブースターから爆炎を噴き上げ、3人のアクトレスが驀進する。

超高速で迫るアリスギアに対し、戦力が拡散していた無人兵器では集団での対処など出来るはずもなく、単独で追いつこうとする個体も先ほど展開されたサポート部隊によって排除されていく。

何にも遮られることなく突き進む3人の姿は、作戦が見事に成功したことを証明していた。

 

『V.O.B、パージ!中枢へと突入します!』

加速を止めたブースターを脱ぎ去り、アリスギアのみとなった突入部隊が、無人兵器の群れを突き抜け月面遺構の中へと飛び込んでいく。

『みんな......』

『......夜露ちゃん、私たちは私たちの役目を果たしましょう』

思わず見入っていた夜露は、楓からの通信で我に返った。

 

『は、はいっ!』

接近してきた小型種にショットギアで応戦しながら、夜露はもう一度だけ振り返る。

『そっちはお願いします、ジニーさん、サンティさん......青い木蓮(ブルー・マグノリア)!』

届くはずのない声に応じたかのように、3つの輝きが一瞬強まり、そして消えていった。

 

 

『VOB、稼働限界です!パージします!』

廃棄された後部ブースターの残骸を背に、3機のアリスギアが月面遺構への侵入を果たす。

「突入するわよ!次元障壁の出力最大、逆推進開始!」

『『了解!!』』

マギーはギアの防御システムを最大稼働させつつ、専用スーツの上から装着していた逆推進ブースターを点火した。後ろのジニーとサンティもそれに倣い、減速を開始する。

 

ついに侵入を果たすことができた月面遺構は、端的に言えばシャード外壁に開いた巨大な「穴」だった。

何かのシャフトや、エレベーターだった場所だろうか。減速していくと横穴のような通路も目についたが、どれも瓦礫でふさがってしまっている。

そして、不気味なほど静かだった。

『敵影、ないですね......』

『もう全部吐き出した?そんなバカな......』

反応を示さないレーダーを訝しむ2人。

真っすぐに進み続けていると、AEGiSのオペレーターから通信が入る。

 

『アリスギア3機、制動可能速度への減速を検知しました。バックブースター、外せます』

「了解。こちらではまだ敵性反応を確認できていない。そっちも索敵を厳にお願い」

『こちらも随時索敵を行っていますが、全く反応はありません。ジャミングの類はされていないはずなんですが......』 

オペレーターの声が、そこで途切れる。

 

「......オペレーター?聞こえないわよ?」

ノイズしか聞こえなくなった通信機に、マギーが呼びかけたその時、

【......無駄なことだよ】

低くねじ曲がったノイズが、確かにそう言葉を発した。

 

【人は、人によって滅びる......それが必然だ】

ノイズが止み、全ての音が消える。

「......それでも、私は戦ってやる」

静寂の中でそう呟いて、マギーはダウンした通信システムを再起動した。

 

『......さん、マギーさん!?応答してください!』

『マギーさん、大丈夫ですか!?』

復旧するなり聞こえてきたのは、オペレーターとサンティの凄まじい剣幕。

先ほどの声が自分にしか聞こえていなかったことを察した間もなく、レーダーのアラートが重なった。

『最深部で観測していた大型反応がこちらに迫っています!凄いスピードです!』

「......こちらでも、目視したわ」

 

声を震わせたマギーの目の前に、それは音もなく現れた。

他の無人兵器と同じ緑色の燐光を放ちながら、周囲を舞う5つのプレート状のモジュール。

そしてそれらに守られるようにして中央に佇む、ヒト型をした鋼の躯体。

ヘルメットのような小さな頭部に、細い腕、そして狭い肩幅。装飾の少ない上半身に対して、装甲で覆われた脚部――武装した少女のようにも見える、その姿は、

『アクトレス――』

ジニーの呟きに応じるかのように、中央躯体の頭部が橙色の閃光を放った。

 




ラスボス、黒栗と迷ったんですよ?
でも、アクトレスと戦わせるなら「彼女」の方がいいかなと考えました。


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Phase:4「Day after day things are rolling on.」

最終章、最終話です。


「――終わらせましょう!散開して攻撃開始!」

『『了解!!』』

決戦の火蓋を切って落としたのは、アクトレス側だった。

マギーを中心にジニーとサンティが左右に展開し、篭手調べとばかりにそれぞれのギアの内蔵武装を発射する。

連射型誘導ミサイル、多連装ビーム砲塔、そして遠隔砲撃支援端末――並みの大型ヴァイスであれば十分怯ませられるほどの一斉砲火は――しかし。

 

「何――ッ!?」

敵の周囲を回るプレートから放たれたレーザーによって、その悉くが撃ち落とされた。

「対空砲火!?」

瞠目する3人へと、レーザーの弾幕が殺到する。

『うわあっ!』

「焦らないで!接近してあのプレートユニットから墜とすわ!」

『とは言っても......!』

 

周囲を旋回するプレートユニットからの砲撃の厚さに本体の機動力も相まって、応戦することすらままならない。

『だったら量で圧倒するまでです!合わせてください!』

再び放たれようとする一斉射に対しても、敵の方が速かった。

『うわっ!』『サンティ!?』

プレートユニットが寄り集まり、合図を飛ばそうとしていたサンティへ攻撃が集中する。

 

(こいつ、今までの相手と違う――!)

ジニーは確信していた。

目の前の相手は、今までの無人兵器のような、ただ愚直に攻撃を繰り返す思考をしていない。

複数の相手に囲まれていることを理解し、そのうえで最適な迎撃方法を模索し、有利に立ち回ろうとしている――まるで、人間同士で戦うように。

 

(なんで、ただの兵器が......!)

サンティもそれを理解し、そしてすぐに動いていた。

『ブルー・マグノリア!』

ショットギアを乱射しながら突撃し、強引に敵の視線を釘付けにする。

無論敵の攻撃は、サンティに集中し続けるが――

 

『この程度!ジニーさん!』

サンティの合図より数瞬速く、反対側から叩き込まれる射撃。

分かっていたと言わんばかりにジニーの援護射撃が叩き込まれ、敵の混乱を誘発する――そして

「はああああああっ!」

同時に、振り抜かれる斬撃。

マギーの繰り出した「MOONLIGHT」の一撃が、プレートユニットの1枚を叩き割った。

 

「よし――!」

手ごたえを感じながらも追撃はせず、振り抜いた勢いで前進し離脱。

振り返れば、サンティとジニーの牽制に阻まれながらも、無人兵器は明らかにマギーに向かって突き進んでいた。

まるで、自分を傷つけた相手を最優先目標として定めたように。

 

「......だったら、こいつで叩く!」

叫んだマギーが、左手を大きく横へ突き出す。

「HDM、オーバード・ウェポンを強制起動!来い!」

その声に呼ばれるかのように、転送される超巨大武装。

かつて人類が自らの手で生み出した可能性の象徴を再現した破壊の剣――「GRIND BLADE」。

 

その燃えたつような刃を見ながらも、無人兵器はマギーへと突進し続ける。

だが、間に合わない。

敵がどれだけ撃ち込もうと、起動した規格外兵器を止められるはずもない。

「これで――終わらせる!」

決着の一撃を叩き込むべく、「GRIND BLADE」を突き出した、その瞬間だった。

 

無人兵器の纏うプレートユニットに、今までとは違う輝きが灯る。

その意味に、敵の隠していたもう一つの武器に、マギーが気づいたときには。

「――!!」

突撃と同時に発振されたレーザーブレードが、今まさに駆動用アームと接続されようとしていた左腕を切り裂いていた。

 

『嘘っ――!?』『マギーさん!』

落ちていく。

片翼を奪われ、渡り鳥が墜ちていく。

緊急停止したHDMが放った閃光に焼かれ、マギーが思わず目を閉じた、その時。

「――!」

黒に逃避する視界の角に、青い木蓮は確かに見た。

まっすぐに前へと飛んでいく――1羽の鳥を。

 

 

――決戦の前日、AEGiS神奈川。

きっかけは、ブリーフィング後のジニーの一言だった。

「......ねぇマギーさん。どうして、成子坂からの依頼を引き受けてくれたの?」

「え?それは勿論、貴女たちから依頼されたからで――」

「そっちじゃなくて、最初の係争の時。マギーさんから話を持ちかけたんでしょ?」

サンティが「そうだったのですか!?」と驚く横で、ふむ、と少し考えるそぶりを見せるマギー。

 

「そう、ね......ちゃんと話す気も無かったんだけど、聞かれたら仕方ない」

マギーの紺碧の瞳が、どこか遠くを見るように細められた。

「......昔話をしてあげる。世界が破滅に向かっていた頃の話よ」

突然のことに当惑する2人をよそに、マギーは語り出す。

 

「神様は人間を救いたいと思ってた。だから、手を差し伸べた――でもその度に、人間の中から邪魔者が現れた。神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者」

それは、遥か昔。人が地球に生きる命としての最後の抵抗をしていた時代の話。

ALICEの意思を離れ生まれた兵器たちのように。

アクトレスの中に生まれたミグラントのように。

秩序の中に生まれ、自由の翼を広げた者は、どんな時代にも存在した。

「神様は困惑した。人間は救われることを、望んでいないのかって」

 

それはきっと、人が人として歩もうとした証。

自由な空を目指し、自分だけの答えを見つけようとした証――故に。

「......そいつは『黒い鳥』って呼ばれたらしいわ。何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥」

黒い鳥、秩序を壊す者。

しかしそれは、決して邪悪ではなく。

「秩序の下で立ち止まるのではなく、安寧を破壊してでも未来を目指す者――あぁ、確かに」

 

サンティは頷いて、ジニーの方を向く。

「成子坂製作所は、そんな信念を持った人々が集っていると思います」

「そうかなあ。みんな、自分のことで精一杯だと思うけど」

「ですが、アナタ達はどんな逆境でも諦めなかった......それは自分たちの信念を、自分自身の手で作る未来を守りたかったということではないですか?」

何とも言えない笑顔で、ジニーは頷いた。

 

「そっか......ジニーさんは、その『黒い鳥』になりたいんだ」

「......本当はそうなのかもね、でも、私は」

呟いて、マギーは左手へと視線を落とす。

鋼の義手――かつての敗北の証を、力強く握りしめ、

「私は、もう負けたくないだけ。何にも――誰にも」

目的や信念の奥にあった純粋な願いを、はっきりと口に出した。

 

ならば、さあ、今こそ――

「――まだよ、まだ私は戦える!」

喊声と共に、輝光が再び溢れだす。

「ここが、この宇宙が!」

全てを焼き尽くし――可能性を紡ぐ剣を振り上げ、「青い木蓮(ブルー・マグノリア)」は叫んだ。

「私の――私たちの魂の場所よ!!」

 

「黒い鳥」が舞い上がる。

青い光の翼を広げ、最後の渡り鳥が終幕へと突貫する。

無人兵器は当然、迫る破壊を回避しようとするが――しかし。

『させないッ!』『そこだあっ!』

再動したマギーに注意を向けた隙をつき、ジニーとサンティがプレートユニットを吹き飛ばす。

 

『行って、マギーさん!この戦いを終わらせよう!』

『ワタシたちの答えを!託します、青い木蓮(ブルー・マグノリア)!』

突き進む。

限界を越えたエネルギーを受け、左肩を咥え込んだ接続部が炎を噴き上げても、その翼が留まることは無く。

「喰らえええええええええッ!!」

『オオオオオオオオオッ―――!!』

マギーの叫びに応じるかのように、鋼の刃は巨鳥が如き嘶きを上げ――

 

「―――!!」

 

最後の一撃が、炸裂した。

回転する駆動鋸(チェーンソー)が無人兵器の躯体に突き刺さり、捻り斬る。

「――さようなら」

過去が紡ぎ、現在に歪められた希望は、未来を願う者に討ち果たされた。

 

 

爆炎から飛び出す、大破した黒鋼のアリスギア。

まるで残り火のように僅かに灯るエミッションの輝きを感じ、その操縦者は目を覚ました。

「これで......終わりね」

【あぁ。私も......そして、君もだ】

何も聞こえなくなった聴覚保護システムに、その「声」だけが静かに響いていた。

 

【......認めない。人間の可能性など、僕は認めない】

アクトレスは何も言わずに、その声に耳を傾ける。

【欲望に縛られ、人の形に封じ込められた――そんな力を、僕は信じない】

 

その「声」に、今までのような軽薄な嘲笑は無かった。

ただ、絶望と諦観があった。

【僕が居なくなったところで、ヴァイスとの戦いは終わらない......それは、すべての破滅まで続くだろう】

 

アクトレスは悟った――否、既に気づいていた。

人類に見切りをつけ、真にヴァイスを打倒できる力を求めて、「彼」はこの戦争を引き起こしたのだと。

 

【......だがもし、君が例外だというのなら】

そこで初めて、声はこちらへ問いかけた。

【ならば生き延びるがいい。君にはその権利と義務がある】

「......えぇ、そうさせてもらうわ」

アクトレスは頷いて、辛うじて動いていたギアの防護システムにアクセスする。

行動不能につき最終保護システムを要請――強制脱出(ベイルアウト)

 

「私が――私たちが、戦い続ける限り」

淡い光を残し、渡り鳥が飛び立つ。

主を失ったアリスギアは、無人兵器と共に中枢の爆発に巻き込まれ、宇宙に消えた。

 




Day after day things are rolling on.
それでも変わらず、物語は続いていく。

次回はエピローグになります。


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Epilogue「Over the Future」

渡り鳥の物語から、少女たちの物語へ。
書き始めた当初から、エピローグのタイトルはこれにしようと決めていました。



「爆発した月面遺構内及び東京シャード周辺宙域の、残存敵性反応の完全消滅を確認した――現時刻を以って、『オペレーション・ヴァーディクトデイ』を終了する。作戦に参加した全アクトレス、全企業の協力に感謝する」

東京シャード中のアクトレスに送られたビデオメッセージを、琴村姉妹は薄暗い高架下で見届けていた。

「そっか......勝ったんだね、皆」

安堵する天音の横で、何も言わずに端末をしまい込む朱音。

 

「......どうでもいい。行くわよ、天音」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

ぶっきらぼうに言いながら歩き出す朱音を、天音は慌てて追いかけた。

 

「オペレーション・ヴァーディクトデイ」が発令されたのとほぼ同時に、地上でもある事件が起こっていた。彼女たちの所属するノーブルヒルズ・ホールディングスに、突如AEGiSと警察による捜査の手が入ったのである。

容疑はアウトランド最大の重罪とされる「ヴァイス誘致罪」......無人兵器と同時に現れた大型ヴァイスの集団は、ノーブルヒルズの人間によって誘導されたという疑惑だった。

 

当時社外に居た2人は、独断でそのまま逃亡。

「オペレーション・ヴァーディクトデイ」にも参加できぬまま、今までずっと捜査の目から逃げ続けていた。

 

「......ねぇ、これからどうするの?」

天音のその質問は、もう何度も繰り返されたものであり、

「五月蠅いわね。黙ってついてきなさい」

朱音のその回答も、もう何度も繰り返されたものだった。

 

「......クソっ」

行き場などないことなど、朱音自身が一番わかっていた。

幼少期を過ごした孤児院を頼ることも考えたが、いきなり上がり込もうものなら職員が不振がるのは明白だ。

何より......あの場所にはもう、

(京さんは、居ないんだから......!)

 

叫びたくなる衝動をこらえ、必死に足を動かす。

俯いた視界には、もう何も見えていなかった......しかし。

「......前を向きなさい、アクトレス」

「!!」

すれ違いざまにかけられた声に、朱音は反射的に立ち止まっていた。

 

左手を握る甘音の手が強く握られ、彼女の困惑を伝えてくる。

当然、誰かに気づかれたら逃げる気でいた。しかし、その声は。

「何よ......嘲笑いに来たの?」

「狙ってこんな所で会うわけないでしょう。偶然よ偶然」

ちらりと、後ろを見る。

飄々とした声音に合わせてひらひらと振られる右手。そして、肩から先がない左腕。

 

「さっき、AEGiSで調べてもらったんだけど。私はもうアリスギアは動かせないって......まあ、薄々そんな気はしていたんだけど」

「......ふん。じゃあ貴女の戦いは、これでもう終わりってことね」

ざまあないわ――と、言葉を続ける間もなかった。

「どうかしら。私は、まだこの生き方を諦めるつもりはないわ」

「「えっ......!?」」

 

2人の声が重なった。

力なく俯いていたのが嘘のように、朱音は振り返る。

「だって、もうアリスギアは動かせないって」

「ええ。もうアクトレスとして戦うことは出来ない。でも、別の形で戦うことは出来る......そう信じることにしたのよ、私は」

 

何も言い返せなかった。

成子坂のアクトレスたちには、そんなにも人を前向きにさせる力があったのか......否、むしろ彼女がずっとずっと諦めずに居たからこそ、成子坂も彼女に味方したのかもしれない。

何故なら目の前の「渡り鳥」は、一度翼を奪われて尚、ああして戦っていたのだから。

 

「じゃあ、私はこれで。成子坂との契約を終わらせないといけないから」

歩き出した背中が、ふと振り返る。

力強い紺碧の眼差しが、まっすぐに双子を見つめる。

「......あなたたちは、進み続けなさい」

最後にそう言い残し、「渡り鳥」は去っていった。

 

「......天音」

取り残された朱音は、妹の方へと振り返る。

ノーブルヒルズを逃げ出してからずっと、正面から見れなかった顔。

瓜二つの気弱な顔が、まるで自分の本心を映しているようだったから......しかし、今は。

「わたし、まだ諦めたくないから。悪いけど、もう少しだけ付き合ってくれる?」

「......うん!」

不安を必死にこらえた笑顔で、天音は答えた。

 

双子は、もう一度歩き出す。

救いようのない今から、逃げるのではなく。

どうしようもない未来へ、真っ向から立ち向かうために。

 

 

無人兵器という強大な敵が去ってなお、人とヴァイスの戦いは終わらない。

『即応部隊、展開完了』

『突入部隊AからC、速やかに作戦地点への移動を願います』

宇宙に無数の光の轍を描き、何人ものアクトレスが星の海を進む。

彼女たちの目的はヴァイスからのシャード防衛......ではなく、東京シャードの航路上に確認されたヴァイスコロニーの鎮圧。

先の無人兵器との戦い......人々に「評決戦争(ヴァーディクト・ウォー)」と呼ばれることになった大戦争程ではないにしろ、AEGiS東京と選ばれたアクトレスによる大規模作戦である。

 

そしてその中には、かの戦いを駆け抜けた少女たちの姿もあった。

「う~~~......」

この作戦のために提供された新型ギアと新型スーツを身に纏い、比良坂夜露は出撃の時を待っていた。

彼女の任務は、陽動部隊によって開かれたルートを突破し、ヴァイスコロニーを破壊すること。3つの突入部隊のうち、最も突破能力が求められる中央第一部隊である。

 

故に、緊張もひとしおというものだった。

左右に居る他のメンバーが吾妻楓と紺藤地衛理という武人コンビであることも、それに拍車をかけている。

......何か呼びかけようにも、集中している2人に声をかける気すら起きない。

(あぁ、わたしはどうすれば......)

悶々とした時間を過ごしていた、その時だった。

 

『オペレートを引き継ぎます......皆、聞こえるかしら?』

突然聞こえてきたその声に、夜露は藤色の瞳を見開いた。

「えっ......ま、マギーさん!!?」

『そのテンションだと、自己紹介はいらないかしら。マグノリア・カーチス、AEGiSからの依頼で、突入部隊のオペレーティングを担当するわ。よろしく』

青い木蓮(ブルー・マグノリア)が、お、オペレーターを......!?」

 

さしもの地衛理も、このサプライズには混乱したらしい。

『不満かしら?ヴァイスコロニーの鎮圧くらい、私も参加したことはあるのだけど』

『い、いえ、寧ろ光栄の至りとは思うのですがっ」

珍しくあたふたとした姿を見せる生徒会長の横で、楓は静かに頷いた。

『......良かった。よろしくお願いします、マグノリアさん』

『えぇ、宜しく。皆と直接一緒には戦えなくなったけど、少しでも力になれるよう、全力を尽くす』

 

楓の「良かった」という言葉の意味に、夜露は少し遅れて気づいた。

先日の契約終了の手続きの席で、彼女がエミッション適性を完全に失ったことは聞いていた。まるで、あの戦いで全てを出し尽くしたかのように。

それでも、マグノリア・カーチスは戦い続けるのだ。

自分自身の手で、未来を描き続ける限り。その在り方を、誰かが認めてくれる限り。

 

ならば、自分たちに出来ることは。

「......はいっ!行きましょう!マギーさん!!」

彼女が信じたアクトレスとしての姿を、これからも全うし続けることだけだろう。

 

『――時間ね。皆、まずは作戦通りに。絶対に――勝ちましょう』

『『『了解!!!』』』

空を舞う鳥のように、アクトレスたちは宇宙を翔ける。

未来を勝ち取り――その先へと羽ばたくために。

 




丸2年、こんな駄文にお付き合いくださり誠にありがとうございました。
アーマード・コアという作品は自分の中で本当に心の支えになっているゲームでして、その感謝やリスペクトを少しでもこの作品から感じて頂けたら嬉しいです。

それでは、今回はこの辺で。
この作品を見てくださったレイヴン、リンクス、ミグラント、あるいは隊長の皆様。
また、どこかの戦場でお会いしましょう。


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