人理修復は、優秀なAチームのメンバーに任せておけばよいのだろう? (ねっく。)
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本編
プロローグ:打算と誤算


この短編について。

・この文章はブロローグ部分しか書いていないだろう。

・文章の手直しが終わり、一部設定(聖杯戦争の下り)が捏造されたものとなっているだろう。


 本日から、僕の所属する組織が人類を救った輝かしい未来に、私の才能を引き継いだ子が生まれた時に備え、日記をつけることとした。

 

 どうも、ご機嫌は如何かな?我が子よ。

 僕の名前は知っているだろうが、一応名乗っておこう。

 

 我が名は

 

 『テオドール=ホルツァー』

 

 ……偉大なる、父の名だ。

 

 もし、だ。万が一、万が一!覚えていないというのならば、今ここで覚えてもらうとしよう。いいか?もう一度だけ名乗るぞ。

 

 『テオドール=ホルツァー』だ。

 

 覚えたかね?

 

 さて、私が今居るのは、カルデアという組織の拠点だ。名前だけだと、ただの星見の魔術使いの組織にしか見えないね。

 

 でも、僕は別に星見の魔術は得意というわけでもないし、天体科(アニムスフィア)で教えを受けた訳でもない。

 

 なら何故僕がここに居るのか。それは、ここが人類の未来を保証するとかいう機関で、その目的を達成するためには相反するはずの科学と魔術を混ぜ合わせてしまう。そんな、ある程度古い家系でプライドの高い魔術師なら、まず首をくくって死んだほうがましとするであろう方法を平然と取っている非常に頭のおかしい機関だからだ。

 

 (魔術師は目的のために手段を選ばないというがその認識は一部誤解だ。

  例えば、科学技術もその一つ。それをタブーとする魔術師が大多数を占めている。

  科学技術で神秘による奇跡を再現するのは奇跡や魔術に対する愚弄であり、

  冒涜に当たるという見方が強いからだ。)

 

 さて、なんでそんな機関に所属しているのかって?端的に言うと、報酬と環境。

 

 それだけさ。僕からすれば多くの魔術師が嫌悪する科学技術は魔術の代用でしかない。1から10まで貴重な魔力を割いて儀式をする?残念ながらそんな力は僕のような、不幸にも2流に生まれついてしまった魔術師にはない。

 

 (2流を自認しておいて、偉大なる父と名乗るのかって?

  魔術師としては2流でも、頭脳はまた別なのさ。)

 

 だが、この科学技術を使って研究を進めようにも、大っぴらにやれば時計塔の魔術師から白眼視され迫害を受けかねないし、こっそりやるために協力者を募るのは、信頼できる友人がいn……じゃなかった、面倒な上に家の魔術が流出する恐れがあるので、難しいのだ。

 

 そこでだ。丁度、聖杯戦争という極東の国で錬金術の大家であるアインツベルンが行うと噂されていた万能の願望器を巡る催し事についてなら、科学を利用してでも勝ち残ろうという者がいるのではないか。(余談だが、カルデアで採用される予定のサーヴァントシステムの元となったシステムが使われていた催しでもある。)そう考えて、記録を漁ってみたのだ。

 

 当然、何かしらのヒントが得られることを期待していたが、結果は大当たりだった。

 

 聖杯戦争そのものの情報は、システム面のことのみで参加者についての情報は全く手に入れることが出来なかったのだが、魔術協会から派遣され聖杯戦争に参加しようとしたが、サーヴァントを召喚する予定だった日の1週間前に怪死した。と、されている魔術師が聖杯戦争に向けて作った代償魔術を生かしたマナの結晶の生成を一瞬で行うという装置。その情報を手に入れることに成功したのだ。

 

 正直なところ、彼の用いていた呪術に関しても偏見はあるのだが、これを使えば魔力の不足や儀式の手間などで用意できなかったマナの結晶を大量に確保することも可能となる。すぐさま、僕は持っている限りのコネと遺産を使い、なんとかそれを手にすることに成功した。

 

 これに手を加えれば、前から構想していた、礼装の作成にも着手することにも近づけるだろう。

 

 そのためにも、改造に必要な資金と全くの素人であった科学の知識が要る。だが魔術師として生きてきた僕に科学者の知り合いなど居るはずがない。仕方なく独学で勉強することにして必要物を用意し、引き籠ろうとしたところで、先代所長の放ったスカウトに引掛けられたのである。

 

 その後、訓練をしたり科学装置についての知識を集めたりしているうちに時は流れ、今に至るというわけだ。

 

 調べてみて驚かされたのはレフ・ライノール技師の力だ。彼は本当に素晴らしい人物だと思う。本当に時計塔でも有名な一流魔術師だったのか疑わしくなるほどに科学と、魔術を組み合わせるのが上手い。……無論、いい意味でだ。特に事象記録電脳魔・ラプラスはいい。カルデアの説明が本当だとするならレイシフトという特殊な状況下で私たちマスター候補生たちの存在を保証するということを行っているのだから。

 

 さて、興が乗りすぎたようだ。話を本筋に戻すとしよう。

 

 もうすぐ、僕が所属するカルデアが誇る優秀なAチームのマスター達を中心とした特異点の調査が開始されることとなる。先程、その調査開始に向けた最後のミーティングを終えたのだが、少し面倒なことに何事もなく終了とはいかなかった。重大な調査に関わるミーティングを前にして、寝ていた奴がいるらしい。所長が、任務から外すと怒りを露わにして言っていたが……。そこで私は閃いた。これは面倒な出来事ではなく、寝ていたという彼女が与えてくれたチャンスだということに気づいたのだ。元々、科学技術についてあまり詳しくない僕は、カルデアという組織の技術を信じ切れていなかった。

 

 なにしろ、最初のレイシフトだ。

 

 いくら実験を重ねていると聞かされているとはいえ、不慮の事故で彼らの言う意味消失とやらを起こしたり、特異点からの帰還に失敗したりすればたまったもんじゃない。だから、最初のミッションには参加しないことを前々から決めていたのだ。そのために、体調を2週間程前から少しずつ崩しておいたし、最初の任務から外れる旨を伝えて、自室に戻ることにした。

 

 それに、一番槍などというシステムはカルデアにはないわけだしね。当然、その程度のことで私が得られる予定である名誉に影響はしないだろう。

 

 幸いなことに、前線で戦うAチームの諸君と違って、僕の所属するBチームやその他大勢のCチームの面々はサポートが中心で今回のミッションに於いて、サーヴァントの召喚予定はない。まぁ、つまりは大局に影響は少ないと判断されているのだ。

 

 だから、所長は簡単に寝ていたマスター候補の彼女を寝ていたという理由だけで、この未来を揺るがす特異点の調査という重大な任務から外せたのだからね。1人や2人サポート役が消えた所で負けるほどAチームのマスター達は、軟な奴らじゃない。僕の不参加もあっさり認められた。まぁ、事前に僕が用意することになっていた補助の概念礼装は作っておいたからね。

 

 優秀なAチームの諸君に、せいぜい有効に活用してもらいたいものだ。僕の礼装が活躍すれば、自然と僕の名声も上がってくれることだろうしね。

 

 そう心の中で笑みを浮かべながら、自室に帰還した。すぐに外着を脱ぎ、自室用のラフな格好に着替える。着替えているうちに少し疲れが出始めたのか、体がだるくなってきたため、そのまま無機質な白いベッドに入りこんでおく。

 

 ただ、体はだるさを感じていても僕の心はむしろどこか浮ついているようで、

 

 「確かに私はAチームの諸君に様々な面で劣っているとも。

  ただ、君たちを矢面に立たせて後ろからちょっと助けるだけで、

  ローリスクで、人類を救う仕事をしたという実績を得て、

  魔術の研究に必要な知識も手に入れ、それを子に相続できる。

  つまり、人理修復が成った時、真の勝者となるのはこの私だ!」

 

 熱で体が変になっていたのか、最初のミッションから外れることに成功して完全に安堵したのか、少し人に聞かれると恥ずかしい事を口走ってしまった気がする。

 

 やがて僕は満足したのだろう。……その後しばらくは記憶がない。

 

 ――次に僕が目を開いたときには、僕には手が付けられない状態にまで事態が悪化していた。

 

 僕が部屋に入って5分ほど経った頃、どうやら最初のミッションへの参加者が集まっていた管制室にて、大規模な爆発があったらしい。僕は、その時にはすでに意識が飛んでいて全く気が付いていなかったのだが、ここの医療部門トップのロマニ=アーキマン氏がここに来て教えてくれた。

 

 どうやら、僕の部屋の警報装置が壊れていたらしく、僕が辛うじて聞こえるのは扉越しの廊下にある警報装置の小さな音のみだったために、気付けなかったようだ。

 

 「全く、逃げ遅れたらどうしてくれるつもりだったかね、この組織は。」

 

 と僕が苦言を呈すのも仕方ないことだろう。

 無論そんな状態で、僕にかまっているわけにもいかない彼は少し苦笑いした後、

 

 「というわけだ。君は早く避難してくれ!」

 

 と言って鬼のような速さで消えていった。

 

 さらっと苦言をスルーしてきたことに少し腹が立ったが、今はそれどころじゃない。

 

 彼が走り去った方へすぐに貴重品をかき集め駆け出した。ふと管制室の面々は無事なのだろうかという疑問が湧いた。

 

 「って、それを考えるのは、まず避難を済ませ切って我が身の安全が確保されてからのことではないか!」

 

 反射的に自分に突っ込みを入れる。

 全く、この非常時に何故僕以外のことを考えているのやら。

 

 だが、その自分自身のことを考えてみるとふと、僕は失念していたことがあったのに気づく。

 

 ……避難する際に通るという第2ゲートとやらの場所はどこなのだろうか。

 

 それさえ分かっていれば、あんな炎で燃えた地獄のような場所に行かずに済んだのだが、こんな広いカルデアの施設をすべて覚えているわけがなかった。

 

 頭にあるのは普段使う図書室と技術スタッフの部屋、自室に食堂、訓練する部屋の場所くらいなものだ。

 

 なので、責任者は真っ先に避難して状況を把握することを優先するだろう、という考えの元で、仮にも医療部門トップのロマニ氏と同じ方に行けばどうにかなると踏んだ。

 

 ――そして見事にアテが外れ、火災現場に突入した。

 

 あぁ、本当にこれが大きな失敗だった。なぜ彼は変なところで無駄に現場主義になってしまったのか、よりにもよって……と思わずにはいられなかった。

 

 そうして、息も絶え絶えには、日頃訓練を施されていたためにならなかったが、かなりの倦怠感に襲われつつ火災現場に到着した。

 

 まさか、前々から体調を崩しておいたツケをここに来て払うことになるとは思わなかった。どちらかというと体調を崩すことよりも、体調を崩しているように見せるための演技力を磨くべきだったと今でも後悔している。

 

 さて、僕が火災現場にたどり着き呆然としていると、え?こっちに来たのか?と言わんばかりの顔で、ロマニ=アーキマン氏が驚いた様子で此方を見た。

 

 まぁ、そうだろう。後から考えてみたのだが、僕は腐ってもここ、カルデアで1年ほど訓練を受けていた身だ。その施設の避難場所くらいは頭に入っているものだと思っていたとしても不思議ではない。

 

 彼は何か言いたげな様子だったが、何かを思い出したようで、すぐに僕から目を離すと周りの様子を見ながら、小走りに奥の方へと進んでいった。

 

 何処に行けばいいのか分からない僕は、親鳥についていく雛鳥のような頼りない足取りで彼を追って奥まで進んだ。

 

 「……生存者はいない。無事なのはカルデアスだけか。」

 

 そこで絶望的な彼の言葉を聞いた。彼の見立てで皆死んでいるなら、本当なのだろう。もしかしたら運よく逃げれた人もいるかもしれないと言ってみたが、彼曰く避難すべき第二ゲートは管制室とは正反対の方向にあったようだ。ここに来るまでに、誰ともすれ違わなかったということは……ますます希望が持てなくなった。

 

 一応、優秀なAチームのマスター達は、もしかしたら無事かもしれない。そう思ったのだがそれも彼にコフィンに入っていた状態なら意識を手放しているため、身の守りようがないと一蹴される。私からはふわふわしてる理想主義者のように見えていたのだが、彼は意外と現実主義なところがあったようだ。

 

 ピンポイントで現実逃避したいときに限って、それを発揮しなくてもよいと思うのだが……。

 

 そう思うと同時にふと、これからのことが頭をよぎった。もし、彼の言うとおりこの部屋にいた人物かつ生存者である人物、は皆無だとする。

 

 すると、僕以外のすべてのマスターが全滅したことにはならないだろうか。

 

 ということは、ここで仮に生き残れたとしても、特異点の調査には僕が行くしかなくなる。つまり本来僕がそこまで背負わなくてよかったはずのリスクである死。それを47等分せず、一人で背負う必要が……いや、サーヴァントを含めて2人?

 

 いや、それでも割に合わない!

 辛すぎる。

 

 どうにかして、僕がレイシフトに行かなくてはならない状態を避けつつ、人類が救われてくれる手段は無いだろうか?

 

 「熱っ!」

 

 火の粉が飛び散ったことで意識が現実に引き戻される。

 そういえば、今からゲートに引き返そうにも時間がないし、周りが熱いせいでそもそもこの部屋からすら出られるか怪しい状態だ。

 

 まさか日記が一日目で終わってしまうとは、などと軽い現実逃避をしながら、周りを見渡す。

 

 すると、先ほどミーティングで寝ていた少女と思わしき人物が瓦礫に向かって座り何かを話しているのが見えた。

 

 気でも狂ったのだろうか。

 

 もし、僕に加え彼女も助かってる場合なら、特異点に僕が行く必要が無くなる。とにかく気が狂ってないことを祈りつつ、一緒にここから逃げる為に彼女の方に向かった。

 

 こうして近づいてみると、彼女の目線の先に別の誰かが居ることに気がつく。

 

 そう、死んだと思っていた優秀なAチームのマスターであるマシュ・キリエライトが瓦礫に埋もれていたのだ。

 

 「君は……Aチームに所属しているマスターのマシュさんじゃないか!

  生きていたのか。ちょっと待ってくれ。すぐに治療魔術を……。」

 

 そのようなことを口走って、僕は彼女の傷を癒そうとするが、所詮は2流魔術師。しかも治療魔術は専門外である。傷があまりに大き過ぎて回復が難航した。

 

 「私のことは……いいです。……助かり……ません……から。

  それよりも、早く……避難……を。」

 

 彼女の方はもう生存を諦めているらしく、早く避難するように勧めている。そうしたいのは私としても山々だがもう放送からだいぶ経っている上に管制室は第二ゲートとは正反対のところに位置する。

 

 キリエライトを治療している間に残り時間も削れてしまった。

 

 辿り着くころにはもう封鎖されているだろう。

 

 せっかく、彼女を治療して矢面に立ってもらおうとしたらコレである。欲張ってしまったせいで今の自分すら危うくなってしまった。

 

 僕は訓練室にある魔術礼装、カルデアを自室に持っていっておくのだったと後悔した。体に瞬間的な強化を掛けれる上に、回復魔術も私が使うものよりはマシなものが使える品。アレが有ればキリエライトを助けたり、避難することだって僕のような専門外にめっぽう弱い2流魔術師でもなんとかできただろうに。

 

 だがまぁ、後悔してももう手遅れであることに変わりはない。

 

 ――中央障壁閉鎖します。

   館内清浄まであと 180 秒です。

 

 「障壁……閉まっちゃいましたね。」

 

 キリエライトが、呟いた。

 

 「なんとかなるよ。」

 

 ミーティングで寝ていた少女が、ほざいた。

 

 「……まさか、避難経路を把握していなかったばっかりに、このようなことになるとはな。」

 

 僕が項垂れてぼやいた。

 

 三者三様の感情に己の心を揺らがせながら(一人だけ負ではなく正の感情をこの期に及んで抱いていたようで、全く心が揺らいでいない者も居たのだが。)燃え上がる管制室での時間を過ごす中、機械音声が淡々と何かをアナウンスする。

 

 だが、その時の僕は自身の輝かしい生涯を振り返っていたため、そんな雑音など全く耳に届いていなかったのだ。

 

 ――該当マスターを検索……発見しました。

   適性番号10 テオドール=ホルツァー

   適性番号48 藤丸 立花

   をマスターとして、再設定します。

 

 ……だから、まさかコフィン外にいる僕が、レイシフトされてしまうとは考えもしなかった。

 

 ――全行程、完了

   ファーストオーダー実証を開始します。

 

 「な、なんだ!?」

 

 カルデアに来た時と同じ妙な感覚に襲われた僕は、何が起きたのかも分からず、混乱し……てはおらず、努めて冷静に目の前に現れた燃え盛る管制室……ではなく部屋を見て、考えを巡らせた。

 

 

 ……本当である。




ここまで読んでくれた方に感謝。
評価してくれた方も感謝。
修正の仕方が少し雑になったのは反省。
(見切り発車で申し訳ない。お許しを……。)


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1話:誤算とおじさん

この短編について

・この文章は最新話までしか書かれていないだろう。
(次話の投稿は未定となっているだろう)

・定期的に文章の手直しが入る可能性が高いだろう。

・魔術の詠唱はグーグル先生に頼った信頼度5%のものとなっているだろう


 次に目を開いたときには、真っ赤に燃え盛る建物の中に居た。

 

 「ちょ、ちょっと待ちたまえ!

  よりにもよって、僕がこんなところに放り出されるのか!?」

 

 燃え盛る炎は、先ほどまでいた管制室のものよりもずっと大きく、辺りは死者の怨念で溢れかえっている。彼らは、それぞれ骸骨の形やゴーストの形をとって、理不尽な死に対する恨みをぶつけるかのように、群を成して生者に襲い掛かっている様子が遠目からでも確認できた。

 

 「熱っ!ちょ、ちょっと待ちたまえ!

  僕のローブが燃えるっ!燃えるって!まぁまぁ高かったんだぞこれ!」

 

 ……そんなことよりまずは自分に降りかかった災難をどうにかしなくてはなるまい。僕は、とにかく急いでこの建物から脱出すべく、近くの窓を叩き割る。

 

 「これは……思ったより高いな」

 

 本当はすぐに飛び降りようと思ったが、流石に危険すぎる。となると、魔術で補助してやるか。

 

――飛行

 いや、成功率がただでさえ低い上に、僕は女性ではないから概念による補強ができない。駄目だ。どう足掻いても、自分の体をまともに浮かせるほどの飛行魔術はあまり使えない。

 無理にやってちょっと浮いたところで、結局飛び降りた勢いに負けてミンチになるのが目に見えている。

 

――死霊魔術

 そういえば、この町には幸いなことに材料があふれている。

 これを上手く動かしてやれば……いや、駄目だ。

 そもそも僕は死霊魔術なんてやったことがない。

 この素晴らしい僕の肉体が朽ち果てる様を見続けるのは無理。

 そんな魔術の鍛錬なんて積めるはずがなかった。

 

――強化

 ……となると強化か。魔術の初歩である自分の肉体強化程度は、寝ぼけながらでも行使できる。

 血液に魔力を混ぜるような感覚で流せばいいと本にも書いてあったし、実際その通りにやって一度も失敗しなかった。

 

 だから、こんな適当な詠唱でも

 

 「Vahvista -Itseäsi!」

 

 この通り、自分の肉体には傷一つつかずに済んだ。

 

 周りを見渡すが、こちらが起こした物音は見事に炎の燃え盛る音や、悲鳴でかき消されていたようで、別段骸骨共が反応した気配はない。

 

 相変わらず、遠くでは骸骨共に襲われる僅かな生存者が見えるが、この状況で一般人に情報なんか期待しちゃいない。

 下手すれば、パニックを起こして襲われるかもしれないから、触れないのが一番だろう。

 彼らには、せいぜい僕の思考する時間を稼いでおいてもらいたいところだ。

 

 さて、まずはこの骸骨共を作り出した原因を探っておきたい。

 カルデアの調査対象である特異点に居る以上、唐突に自分の背後に骸骨やゴーストが現れないとも限らない。自分の命を脅かされないためにも原因を知り、対策することは急務だ。

 

 「ッ!(なんだ、この魔力は!)」

 

 そのため、魔力を用いて調べようとした矢先に、大気中に散らばる魔力が現代にしては微妙に濃くなっていることに気が付いた。魔力酔いなどをするほどの量には全く至ってないのだが、現代に近いとされている年代でそれも街の空気中から、異常といっても差し支えない濃さの魔力が検出されたのだ。

 

 この魔力の濃さであれば、スケルトンやゴーストがここまで多く現れるのも頷ける。

 一体何が原因なのかはさっぱりだが、やはりカルデアが人員を送り込もうとしただけあり、それに見合うだけの異変が起きているようだ。

 

 しかし、だとすると探索中は対策のしようがないことになる。

 

 僕のような人間がこんなところで死ぬわけにはいかないというのに、なんだってこんなことに……。すぐにでも、安全を確保して休みたいところではあるが、下手な場所では炎と不死者の発生で、座って足を労わることすら難しい。

 

 人目のつかない場所に効力の強すぎない(強力だと魔力量で見つかる危険があるだろう)結界を張り巡らせてようやくといったところか。とはいえ、結界を張るにも効力と持続力を求めると、素材がないといけない。

 

 そして、素材の発見はこの燃え盛る街だととても期待なんかできない、と。

 

 「はぁ……これは流石の僕でも辛いものがあるねぇ」

 

 だけど、だからといっていつまでもうだうだとはしていられないな。結論の出ない直近の安全確保については一旦放っておいて、他のことでも考えるとしようか。

 

 

 

 

 

 その後、しばらく廃墟の陰から、燃え盛る都市と彷徨う化け物共を眺めていると、体調を崩していたことによりぼ~っとしていた頭が少しずつ冴えてきた。具体的にその成果を示すと、僕がここに飛ばされた原因について、なんとなくアタリがついたのだ。

 

 「僕は確かにコフィンの外に居た筈なのだが、ね」

 

 管制室から突然別の場所に飛ばされる。そんな現象を起こせるものなどレイシフト以外にない。リスクを回避するため少なくとも初回はこれを避けようとしていた僕なわけだが、どうやら機械がまだ完全には壊れていなかったせいで、レイシフトのシステムが起動してしまい、不幸にも対象者が死んでて使い物にならないからと代わりに選ばれてしまったようだ。

 

 「馬鹿なのか?いや、分かってるさ。

  これが予期せぬ事故によるものだということはよ~く分かっている。

  分かってはいるのだが、コフィンが一体何のためにあると思ってるんだと僕は言いたい!」

 

 その事実を認識すれば、愚痴の一つや二つ、三つや四つ、九、十ぐらいは許されるべきだ。なんせ、何が起きているのかすら分かっていない“特異点”にこの身一つで放り投げられたのだから。

 

 73%と比較的霊子ダイブの適性が高かったから僕は今回のように無事でいられたかもしれない。だが、もし適性が“ある”というだけで連れて来られた奴なら、コフィンで保護されていない状態で飛ばされてしまうと、その人物の存在は失われていた可能性が高い。

 

 (ん?それで思い出したが何気に僕、不味いことになっていないか?

  カルデア側から観測されたりしてないと存在が消えたり、

  帰れなくなったりとかするという話を研修で聞いたぞ。)

 

 先ほどカルデアは何者かの手によって襲撃?(いや、テロか?)を受けている。そんな状態でまともに僕のことを観測してフォローできるとは到底思えない。

 

 そこまで考えると、どっと汗が噴き出してきた。

 

 「な、何故だ。炎のせいか?汗が止まらない……」

 

 更に、どこにあるのだか未だに見当もつかないが、とにかく外界との接触は絶たれた場所にカルデアがあるのは間違いないわけだから、治療に必要な魔術道具なんかの調達には時間がかかる。爆発の影響で焼け爛れた体を治すのはそれ専門の魔術師を連れてこないと難しいだろう。いくら科学の力でも、もろに爆発を食らっているような人間は、命を落とさない状況を作るということで精一杯な筈だ。

 

 治療の技術を持った魔術師も居たことには居たのだが、ほぼ全員がマスター候補生に組み込まれていた。スタッフは科学医療者ばかりである。普通はこうした事態を見越して何人か別に魔術側の治療者も雇うものではないのか、などと思いはしたがそれを図書籠りに夢中になっていて指摘すらしなかった君に言う資格があるのかと反論されると、相手の立場次第ではそれ以上何も言えない。

 

 それに、そうした治療などに特化した専門的な魔術をきっちりと学べるような家の魔術師は、多かれ少なかれ科学技術を嫌う傾向にあることも事実ではある。こればかりは人材集めが難航したのだと思うしかないだろう。

 

 これで、僕と居眠り少女、まだ命があればだが優秀なAチームのマシュ君以外が全滅していて、援軍も期待できない可能性が非常に高いと分かったわけだ。……それに、あまり考えたくはないが、居眠り少女は魔術素人で戦闘力皆無、マシュ君は優秀ではあるが瀕死状態。もし、ここに飛ばされていた場合、とっくに命など失っているのではないだろうか。

 

――カラン、コロン

 

 と、僕の不安が増した所で、ゆっくりと何かがこちらに近づいてきている音が耳に入ったため、思考は中断された。まぁ、後半は脇道に逸れて頭の中で愚痴を垂れていたに過ぎないから構いはしないのだが、僕の邪魔をした、ということが奴への殺意を湧き立たせた。

 

 この音の主は、この燃え盛る都市において無念の死を遂げた人の怨念が宿ったと思わしき骸骨。目を紅く光らせ、錆びた剣を持ちこちらに切りかかろうと、徐々に速度を上げ突撃してくる。

 

 《オマエハナゼ、イキテイル?ワタシガシンダノダ!オマエモシネ!》

 

 (抵抗するか?だが、今生き残れたところでカルデアがこちらを観測できていなければ、帰れないか最悪、死ぬかもしれない。しかも唯一確実に生きているマスター候補生は一般枠で、頼りがいなぞ皆無。……もしや、僕がここで生きようが死のうが、結果は変わらないのではないだろうか?)

 

 「いいやッ!そんなことは後で考えるべきだ。

  ……残念だけど君が死んだところで、

  それは僕の死ぬ理由にはならないんだよねっ!」

 

 不死の概念のある者たちには浄化が一般的に有効とされている。

 残念ながら、僕は聖堂協会の者ではないから浄化させることは厳しいわけだが、だからと言って何もできないわけじゃあない。

 

 骸骨は鈍刀では切れにくいが、砕くことは出来る。

 

 勿論、ここは特異点と呼ばれる場所なのだから、特殊な概念を持った骸骨がいるという可能性もあるがここはあくまで現代。英霊や魔術師が意図して作ろうとしなければ、そんなものが現れることはないだろう。

 

 彼ら、骸骨やゴーストが、この濃い魔力によって自然発生したものと仮定するのであれば、十分勝てる。

 

 勿論、魔力により強化されていた場合は、例え基本的に脆い不死者であっても油断できないが、結局のところ、神秘の秘匿を考えない狂った魔術師が意図的に彼らを生み出したとしても、一体一体を強化するよりも、その魔力を数を増やすことに使う方が、被害を広げるという一点に於いては効果的だ。だから、そんなことに魔力を割くことはまずないと思われる。

 

 一般人には骸骨が武器を持ち襲い掛かってくるということだけで十分な脅威になるわけだしね。

 

 まぁ、そういうことなので僕はその可能性を殆ど警戒することなく、

 

 「Kerää, tuuli!」

 

 叫んで、空気を骸骨の周囲にかき集め骸骨を押し潰した。

 

 「ガァァァァァ!」

 

 やはりこの空気の圧力には不死者とはいえどもたまなかったのか、まるで獣が咆哮するかのような声を出した後、意思を持って動いていた骸骨は砕け散った骨片へとなり果てた。不死者という概念を作り出し、骸骨の動力を保っていた骨がその形を失った今、蘇って活動を再開することは無いだろう。

 

「い、いやぁ、別に戦いの経験があったわけでもないのに、咄嗟にた、対処ができるとはなぁ~。

 ぼ、僕はなんて優れた判断力を持っているのだろうか。

 なんて優れた勇気を持っているのだろうか。

 我ながら、凡人とは出来が違うなぁ。ハッハッハ」

 

 相手の動きが鈍く、碌な強化もされていなかったことが幸いしたようだ。

 流石は僕だと思う。

 

 改めて己の素晴らしさを感じる機会を作ったこの骸骨には感謝してもいいかもしれないな。

 うん。

 

 さて、このまま突っ立っていては、また先ほどのように骸骨に目をつけられることになるだろう。悲しいことに自前の魔術しか攻撃手段のない今の僕では一体ならともかく、集団で襲い掛かられた場合、あまりに無力だ。

 

 どうしても、武器が要る。だから、自分が身を隠しながら礼装を作成するために拠点を確保しなくてはならない。幸いにも武家屋敷のような廃墟が少し遠くにあるのが見えており、その敷地にある蔵から僅かに魔力の残滓を感じることが出来た。

 

 恐らくは、死んだ魔術師の作った簡易な工房だったのだろう。人も居なさそうだし、トラップの類も探知されていない。まぁ、造りは荒いが拝借してやるとしよう。

 

 自分の体に、魔力で防御のための膜を体に張ると、そのまま骸骨に見つかり矢を放たれないよう、体をできるだけ低くして武家屋敷のような建物に向かって走る。足音も魔術で消して、奴らに極力感づかれないようにした。

 

 だが、そういった備えをしたときに限って、それを無視する災害というのは己の身に襲い掛かるものである。

 

 「な!?」

 

 足元に向かって突然、黒いナイフが飛んできたのだ。幸いにも、咄嗟に前へ飛ぶことでそこで被弾することは避けられた。ナイフの飛んできた方を見るが、そこにはすでに何もなかった。顔は動かさず視線だけをくるくると動かすが魔術で姿を消した様子はない。

 

 (いったい何処に行った?)

 

 そう思った時、後ろから風を切る音が聞こえた。

 

 「Tuulen kanssa.」

 

 僕は風となってそれを横に躱しながらナイフを放った者を見ようとして体を向ける。

 そこで初めて襲撃者の顔を見た時、僕は衝撃を受けた。

 

 「なんだ、その靄は!」

 

 襲撃者は、紫の靄に覆われていて、体は真っ黒。とてもアンデッドには見えず、かといって生きている人間にも見えない見た目をしていたのだ。

 奴は僕の言葉には反応せず、また視界から消えた。すると、また後ろから風を切る音が聞こえる。今度は足が狙われたようだ。

 

 さて、非常に恥ずかしいが白状すると、本当はそれが分かった瞬間、先ほどと同じように魔術を詠唱して躱そうと思った。しかし、突然の襲撃に慌てていたからすっかり忘れていたのだが、よくよく考えてみると僕は移動する前に防護膜を張っていたはず。

 

ならば、ただのナイフ程度で僕を傷つけることなんて、奴には到底できないはずなのだ。つまり、何が言いたいかというと

 

 (別にアレを躱す必要などないのだろう?)

 

 ということになる。

 

 いやぁまったく、驚かせてくれる。おかげで、効かないはずの攻撃を避け続けるという醜態を晒すところだったではないか。正直、このまますぐに反撃の準備をしてもよいが、それだとまるで自分が余裕がないみたいで癪だ。ここは一発弾いて、力の差ってやつを見せつけてやってから、甚振るとしよう。

 

 「ふふふ、残念だが君の攻撃など通用しな

 

 ――ズシャリ

 

 ……あ、あれ?」

 

 何かがおかしい。今、本来聞こえるはずのない音が足から聞こえたような気がする。まさかとは思いつつも視線を足にやると、あの黒ナイフが僕の大事なローブを引き裂いて

 

 「い、痛い!!イタイイタイイタイッ!」

 

 足に突き刺さっていた。まさか、とは思いながらも反射的にそのナイフを解析する。そしてすぐに分かった。なぜ僕の守りをこうも簡単に貫けたか、が。

 

 「まさか、このナイフ、僕の魔術を上回る神秘を内包しているのか!」

 

 この黒ナイフは、どうやら一本一本が簡易な防御のための魔術を打ち消せる程度の神秘を内包されていたようなのだ。ならばと、逃げようとしてももう遅い。刺された足がまともに動かないのだ。これは所謂、詰みというやつではないだろうか。今の自分の状態をそう認識した途端、自然と言葉がすらすらと出てきた。

 

 「命だけは助けてくれたまえ!ホラ、僕色々と使い道あるぞ!

  例えば、君たちの戦闘の効率アップが望める礼装も用意できるし、この混乱の拡大を望むならそれも出来る!さぁ、僕に何を望む?言ってくれたまえ!」

 

 「……。」

 

 「……。」

 

 「……。」

 

 「……無言でナイフをこちらに向けないでくれないかね?」

 

 どうやら駄目らしい。

 ……ところで、自分の足にそれなりに深く刺さっている黒ナイフだが、下手に抜くと出血して痛みが再燃する上にその間に来るであろう敵の攻撃への対処が難しい。かといって早く抜かないと、足がまともに動かせない上に、応急処置も出来ずまともな治療を受けられるのが次いつになるかも分からない状態なので、後遺症が残ってしまう可能性もなくはない。

 

 つまり、命乞いが失敗した以上、僕にはどうすることも出来ないだろう。

 

 「……ところで、君は僕を助けてはくれないのかね?」

 

 他に戦ってくれる人がいたりしない限りは。

 

 「へぇ~?おじさんの存在に気づいてたのかい?」

 

 少しでも攻撃までの時間を引き延ばす為に適当なことを言ったら、後ろの廃屋からそんな声が聞こえてきたものだから、腰を抜かしそうになった。

 

 僕にかかれば、例え何者であろうと、見逃すことは無い。

 

 先程から、品定めするような視線を受けていたことくらい、もちろん気づいていた。その視線に敵意がないことも、だ。だからこそ、相手の目的が分からない以上は、あんまり舐められないためにも命乞いなんてしたくはなかった。

 

 しかし、僕単体じゃ到底相手には敵わず、足が傷ついたせいで逃げることもできない状態。もはや、半分死んでいると言っても過言ではない状態になっても出てこようとしなかったので、こういう手段に縋るしかなかった。

 

 例え、敵に無視されてナイフを向けられる程、命乞いが盛大に失敗するとしても時間稼ぎをしたかったのだ。きっとそうだったに違いない。

 

 「(正直、頼りない奴だが、まぁ及第点ってところか。)そうだなぁ。こっちもマスターがいないんじゃ、まともに戦えない身だからねぇ。仕方ない。じゃ、契約するとしようか。」

 

 ま、全く!声をかけるだけで出てきてくれるなら最初からそうすればよかった。本当に。アイツもアイツだ。助けてくれるつもりなら、とっとと助けに来てくれたまえ。まだ命があるからいいものの、そうでなければ末代まで祟っていたところだぞ!

 

 ……ところで、突然出てくるなり契約とは一体なんの契約なのだろうか。ま、まさかッ!

 

 「おい君ッ、まさかとは思うが僕が焦るあまり、無意識に黒魔術で呼び出した悪魔だったりしないだろうな!」

 

 「どうしてそうなる!冗談だとしてもオジサン、傷つくぞ!」

 

 これが、僕にとって初めてのサーヴァントとの出会いだった。




悪魔=契約ってイメージあるよねって話。

そういえば、何気に属性ノウブルな主人公。
ただし、希少な属性というだけで実力は高くない。
(というか、実力高めの魔術師は一般的に起源に纏わる魔術使うんじゃなかったっけ?)

そして、前よりペース早めで書いたため、後から5回くらいに渡って校正入りそう。文章表現の違和感はともかく、誤字に関しては本当に気づかないこともあるので報告していただければと思います。

次回は、未定。
あ、感想はあれば励みになるので是非!

※2020/10/01、校正。


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2話:おじさんを加算

・この話は一年前に考えた流れをもとに組み立てたものだ。

・2部5章が未プレイになっている都合上、ネット等で情報を集めてから更新はしたものの、公式設定と『おじさん』の設定が矛盾するところが出てくる可能性があるだろう。

・例によって主人公は、残念だろう。


 先ほどまで2人して気の抜けたやりとりをしていたわけだが、その間黒い影は攻撃を仕掛けようとも、この場を離脱しようともしなかった。

 

 いや、恐らくだが、できなかったのだろう。

 

 改めて、おじさんを自称する彼をよく見ると、ふざけた振舞とは裏腹に目線はしっかり僕の方ではなく黒い影を捉えている様子。

 

 下手に動けなかったのだろう。

 

 更に言うなら立ち姿も……立ち姿は力が抜けてリラックスしているどころか、今にも崩れそうな勢いだ。正直、隙だらけに見える。

 

 (あの黒い影、何故あそこまでおじさんとやらが異様に隙だらけに見えるのに一向に攻撃を仕掛ける様子がないんだ?まさか、いや、まさかだが。無いとは思うが!……もしや味方同士なのか?)

 

 そのあまりに落ち着いた様子にはさすがの僕でも、困惑せざるを得なかった。

 

 ただでさえ、僕がやられかけて声をかけるまで現れなかった奴を信じるなんて、常識的に考えて不可能。

 

 しかも、特異点とされてるとはいえほぼ現代に近い時代で、現代らしからぬ量の神秘を纏った攻撃を受けて混乱もしていたのだ。

 

 だから、

 

 「Tuulen kanssa!」

 

 彼を置いて、逃げてしまってもそれは仕方のないことだ。

 

 「ちょ、ちょっと待って。

  そこはオジサンと契約する流れじゃないの!?」

 

 まさか、自分のことを呼ぶだけ呼んでおいて、逃げ出すとは思っていなかったのだろう。

 

 焦ってる様子だがもう遅い。

 

 この魔術を唱えて加速している僕には、それこそ同じ魔術師か、人外クラスの脚力を持っていなければ、追いつくことすら叶わない。

 

 自身の属性に根差した簡易な魔術であるために2節で十分な効果を発揮する上に、他の属性とは比べ物にならない使いやすさと性能を兼ね揃えている。まさに僕のような人間に相応しい、ノウブルと呼ばれる程希少な属性。

 

 いくらこの特異点で魔術師相手に平然と契約を持ちかけてくる程怪しいおじさんとはいえども、簡単に追いつくことはできまい。取り敢えず、最初の目標地点だった武家屋敷は一旦諦めて、他所に行くとしよう。足が怪我をしている以上、加速も長くは使い続けられないし、治療も必要。身を隠さなくては。

 

 そんなことを思い、距離を開くために最後の加速しようと魔術を唱える直前だった。

 

 「オジサン、待ってって言ったんだけど……聞こえてなかったのかねぇ?」

 

 加速して駿馬が草原を駆けるような速さで突っ走っていたはずの僕が、その声を聴いた途端、まるで体を見えない糸で縫い合わせられてしまったかのように動きを止めてしまったのだ。

 

 犯人は恐らく、おじさんを自称する彼。

 

 金縛りにでもあったのか、冗談のように動けない。

 

 息すらできているのか分からなくなるほどに、感覚が、ない。

 

 いや、只者ではないと思ってはいたのだよ?いたのだけれども、これは想定外だ。完全に嘗めていた。今の僕は、彼の殺気による極度の緊張からか、魔術的に神経に干渉されているからなのか全く分からないが、まさに俎上の魚。

 

 おまけに、どういった思惑なのか判りかねるが、持ちかけた「契約」に誠実ではないであろう者に悪感情を抱いたであろうことは明白だ。

 

 どうするどうするどうする。

 

 目の前まで歩いてきて、こちらの顔を覗き込む彼は顔こそ笑っているが目が、完全に被検体を見る錬金術師そのものだ。

 

 このままでは、魔術を使えるならこちらは彼の傀儡になるかもしれないし、運が悪いと死んでしまうかもしれない。

 

 恐らく近くには、先ほどの黒い靄のかかった影もいる。時間は敵だ。こういう時にもたもたしていては、不利になる。幸いにも口は動いた。

 

 「ま、まさか、僕を止められるとは。さ、流石だね。

  い、いやぁ、正直ね、僕が契約するに足る存在なのか、試していたんだよ。

  僕を引き込もうとする奴は、た、たっくさんいるから、ね?

  一人一人と話してたら、ほら、そ、そう!キリがないだろう?

  でも君には、試す、だなんて~、不要、だったようだね!

  ま、全く、僕としたことが、無粋なことをしてしまった。か、勘が鈍ったかな?

  さてさて、それはさておき!だ。

  君の言っていたあの契約、とやらについて、聞かせてもらおうじゃないきゃ!

  ……か、噛んだ

  

 いや、幸いじゃなくてこの場合は不幸だった。

 

 何がまずいって、全く自分の立場が分かってない小者の発言になっていることだ。これではまるで…………まるで、自分がすごく馬鹿で間抜けな小悪党みたいじゃないか!それも油断を誘うためにわざと演じて作ってるキャラクターなんかにはとても見えない。真正のやつだ。

 

 じょ、冗談じゃない。まず、もしそう認識されたとしたら、酷く自分のプライドが傷つけられるし、屈辱感と自己嫌悪が半端ではなくなってしまう。そして、あまりに愚かすぎると、見限られて交渉のテーブルにすら乗せてもらえない可能性もある。

 

 とはいえ、もう口から言葉がこぼれてしまった以上、どうしようもあるまい。あとはひたすら、聖堂協会の言う神とやらに祈る他ない。

 

 (イエス様、キリスト様、主様、とにかく神様、お助けぇ!)

 

 僕の言葉を聞いた後、オジサンは、出来の悪い人形のように感情が伺いにくい表情となり、なにかを考えていたが、すぐに元の顔に戻ると話し始めた。

 

 「いやぁ、正直オジサンさぁ、他に探そうと思えば契約相手、探せるのよ。

  さっきオジサンを試したことにしたみたいだけど、普通に捨て駒にしようとしたでしょ?

  そのせいで、信用できなくてねぇ。いやぁ、困ったなぁ。

  自己強制証明(セルフギアス・スクロール)だっけ?

  アレさえ書いてくれたら、安心して契約の話もできるんだけどなぁ」

 

 こ、こいつ……。

 

 僕に向かって、馬鹿で間抜けな小悪党の扱いをするとは、生意気じゃないか。

 

 この、なんというか、見下したような態度だとか、こっちを弄ぶようなチラつかせ方。

 

 なんだかもの凄く屈辱的だ。

 

 っと、今重要なのはそこではない。彼は、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)と確かに言った。ということは、魔術についての知識があるということが確定したことになる。

 

 書けば、契約の話をするといったが、だからといって少なくともすぐに殺されることはないだろうというのは楽観だろう。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)は、魔術師たちの間ですら、滅多に使われない代物だ。それを使ってまで、守らせられることとは一体何か。

 

 聞く前から、寒気がしてくる。どちらにせよ、こちらとしては選択肢などないに等しいわけだが。

 

 とはいえども、こちらとしては、先ほど大失敗したとはいえ、そう簡単に不利な状態で話を聞くのは面白くない。そもそも、追い詰められたところを敵との間にわざわざ入ってやってなお、話も聞かずに逃げようとした僕で妥協する気を見せてくることが引っかかる。

 

 普通は、自分で言うのもなんだがそこまで強くなさそう(魔力量的に)でしかも小物(に見えているであろう)相手にそこまで時間を割かない筈。

 

 恐らくだが、他に探そうと思えば、契約相手を探せるというのは嘘ではないが、契約相手の候補がいる、という言い方ではなく、探せるという言い方をするということは、現状僕以外の相手候補がいないということではないだろうか。

 

 しかも、この燃え盛る街だ。なんの契約かは分からないが、それができる相手も限られてくるだろう。もしかしたら、特異点ということだから、この災害のような現象によって、契約相手になり得る者たちが大量に死亡している可能性もあるのではないかとも考えられる。

 

 つまり、次の相手が見つからないかもしれないという危機感を煽ることで、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)の内容(予定)はできれば一時的な盟約に留めさせ、契約についての話を聞く。これが、今のベストに近い回答だろう。

 

 「とりあえず、その自己強制証明(セルフギアス・スクロール)の内容について、聞かせてもらおうか」

 

 先ほどは、冷静じゃあなかったが、今は違う。

 行動の指標は決まった。あとは、その通りに動くだけだ。

 

 「おっ、乗ってくれるかい?

  いやぁ~手間が省けて助かるねぇ。

  オジサン、嬉しいよ。」

 

 「そうかい。それは何よりだ。

  で?条件は?正直、此方も時間が潤沢にあるわけではない。

  手早く済ませられるなら、そうして欲しい。」

 

 少し、この期に及んでも、ふざけた態度を変えないのは気に食わないが、目は笑っていないままだ。恐らく、内心では真剣に話すべきことを整理しているに違いない。

 

 「……一、互いの背中を刺すような行為全般の禁止。

    二、積極的にこの魔術的行事に発生した問題の解決へと乗り出すこと。」

 

 ここまで脅したりしてきた割には、内容が大したことなかった。

 

 「ちょっ、ちょっと、待った!待ってくれたまえよ。

  勿体ぶった言い方をしておいて、それだけなのか?」

 

 「いやぁ、用心深く厳しい条件を設けたところで、

  君が同意してくれないなら意味がないだろ?

  そも、おじさんの目的はあくまでこの事態の解決なんだよねぇ」

 

 勿論、1も2も文言がアバウト過ぎて範囲が曖昧であり、途中でこちらに不都合が生じても裏切れなかったり、特異点の問題が手に負えず逃げ出すみたいなことができなかったりするが、曖昧ということは一般的に魔術的な拘束力も大して高くはならない。

 

 要するに、これからこうしようと思う!と宣言をするだけみたいな形に近くなるということだ。

 

 あ、いや、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)だから、今回はそうではないのか。一気に心が下に向いた。

 

 だが、今明らかに立場が下に置かれている状態にしては控えめな条件に思える。

 

 それにどうせ彼とはこの特異点限りの付き合いだろう。

 何故なら僕は意地でもカルデアに帰るからな。

 こんなところでまともな生活をできるわけがない。

 

 ということは、だ。

 この条件割とアリなのでは?

 

 「いや、ちょっと待ちたまえ!

  これだと此方が一方的に条件つけられてるだけ。

  到底まともな契約とは言えないぞ!

  悪魔なら、もっと人間の破滅を誘いやすくするように、

  巧く良条件にみえるものを提示するべきではないのかね?」

 

 僕に動揺が残っていてまともに思考できてないとでも思ったのだろうか。まったく油断も隙もありやしない。

 

 「……君が途中で遮ったから言えなかっただけなんだがねぇ。

  まぁいいか。んじゃ、最後ね。

  三、一・二に対する同意を確認したことを以て、

    オジサンはサーヴァント契約の締結を行い、

    この場において君をマスターと認め、

    守護するために槍を振るうことを約束する

    これで契約、結べるか?」

 

 ん?今、ものすごく聞き覚えのある単語が出てきたような……。

 この口ぶり、魔術を使っている様子がないのにも関わらず、常軌を逸している身体能力。まさかとは思うが、

 

 「……もしや、君、話に聞く英霊の模倣品。

  サーヴァントとやらだったりしないか?」

 

 「え?もしかしておじさん、ホントに悪魔だと思われてたの?」

 

 ま、まずい。サーヴァントとはいえ、英雄の霊なんて化物、僕が手綱を握れるわけないじゃないか!しかも、英雄の模造品とか思わず口走ってしまったし、模造品は模造品でも現代まで語り継がれる程の偉業を成し遂げた英雄の模造品なんだから、僕が力関係で優位に立てるとはとても思えないぞ。というか、ここ沈黙してたら本当に気づいてなかったことがバレて僕への評価が落ちて、結果的に侮られていいように使い捨てられて終わるんじゃ、な、何か言わないと

 

 「……そ、そんなわけないだろう?

  ジョークだよ、フィンランドジョークッ!!!」

 

 自身の中から、とびきりの笑みととびきりの明るい声を引き出して誤魔化しにかかった。

 

 「いや、ジョークと言うには引っ張り過ぎじゃないか?」

 

 秒で看破された。

 

 「そ、そういえば、あの紫の靄に包まれた黒い影はどうなったのだ?あの影が近くにいるのならこんな呑気に会話を繰り広げている場合じゃないと思うのだが」

 

 今この瞬間のみ冴え渡った脳は即座に話題転換を選択。

 こういう時は逃げの一手を打つべきだ。

 

 「あぁ、あれならもう追ってこないぞ。

  おじさんが邪魔されないように仕留めておいたからな。」

 

 残念、一秒で話が終わった。

 

 ……って

 

 「ちょっと待ちたまえ、

  あの得体の知れない影がそんなにあっさり倒せるものなのか?」

 

 「倒せるものなの。

  さぁさぁ、無駄話している間にもおじさんは消滅の危機に瀕しているんだ。

  早いこと承諾してくれないと、

  あの影みたいなのがあと5人はいる町を君一人で彷徨うことになるんだけど、

  それでいいのかい?」

 

 ちょっと待った。あんな黒い靄を纏った影があと5人?

 いや、ちょ、よく見たら彼の体が透明になって光の粒子みたいなのが、散り始めてるじゃないか!

 

 「契約は結ぶっ!結ぶから、とっととやり方を教えてくれたまえ!

  一人でこんなところをうろつくなんてたまったもんじゃないぞ!」

 

 僕は慌てて、おじさんを自称する彼、と契約を結ぶのであった。

  

 

 




 自己強制証明(セルフギアス・スクロール)による契約を持ち掛けてはいるけど、本作において魔術師としての逸話のないおじさんはクラススキルや逸話由来の軽い魔術のようなものは使えるものの、魔術刻印を持っているわけではないという設定。

 そして、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)は、魔術刻印を通じて契約者の違反を罰する。

 =契約違反時の罰則対象はテオドールのみ(ゑ!?)

テオドール君の残念さが滲み出る。
別に必ずしも裏切られるとは限らないけども!


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if
白紙化逃れた元マスター候補者


この文章について

・これは2018年12月17日(月) 03:30
    に投稿されたモノの、違う世界線バージョンだろう。多分。

・前に投稿された話より粗が目立つだろう。

・作者は誤字報告を歓迎するだろう。

・前話含め、続きの投稿があるかは未定だろう。



僕は、たった一度意識を失っただけなのに。

 

「人理修復は無事、完了しました。」

 

次に目を覚ました時には、ファーストミッションに参加すらさせて貰えなかったような、一般枠の少女が全てを終わらせていた。

 

「……結局何も得られなかった、か。」

 

僕は本当なら今頃、世界を救ったチームの一員としての実績を元に魔術に使うための科学知識の修得や、有望な跡継ぎを生むことが可能となるであろう優秀な名家の嫁。報酬として手に入るであろう金、貴重な触媒。

 

その全てを手に入れられていた筈だった。

 

実際、あの時までは何もかも上手くいっていたように思う。だが、その事実に満足し油断をしてしまっていた。あの日、少しでも頭を働かせていれば、爆発には巻き込まれるような場所にはいなかったのだ。

 

実際、レイシフト自体魔術的な部分はともかくとして、科学的な部分はほぼ無知に近い状態だった。おまけに意味消失という大きなリスクもあることも知っていた筈。一度適当に理由を付けてミッションに参加せず、他人で成功したのを確認してから参加していたに違いない。

 

(まぁ、そんなこと今考えていても仕方ないのだがね。)

 

頭の回転に自信があっても、魔術的な実力を補う手段にはできていない。チャンスを失った反動なのか、せっかく手に入れたマナの結晶を生成する装置も、改造どころかまともに使える気すらしていない。

 

カルデアでの活躍を記録をするつもりだった日記帳も初のレイシフトを予定されていたあの日以降白紙のまま。結局僕は非才な二流魔術師のまま。何も得ることすらできず、こうして空しく帰路についている。

 

……終わったことに固執し続けるなんて僕らしくもない。第一、才能の欠片も持ち合わせていない魔術師が、そんな未練を抱くのは、ただの時間の無駄だ。

 

よし、やろうと思っていた研究は一旦放置して時間を置くことにしよう。

 

偶には、埃を被っている魔導書を使って、我が家のお世辞にも価値が高いとは言えない魔術について学んでみるのも悪くないだろう。気晴らしにはなる。

 

そうと決まれば、食料や触媒を買い貯めておかなくては。

どうせ1か月は外に出ることなどないだろうから。

 

「……はぁ。」

 

頭でそう思おうとしていたが、やはり僕という人間はどうにもならない終わったことへの執着をすぐに捨てきることは出来ないらしい。

これは厄介な荷物を抱えてしまったようだ。

 

なんだかやりきれない気持ちになって僕は一つ、大きなため息を落としてから、我が故郷まで歩み始めるのであった。

 

「やぁ、アンタかい。……信じられるか?

 寝て起きたと思ったら、実は一年経ってましたって!

 ここんところ、退屈だと思ってたとこでこのニュースだよ!

 国連のある研究機関が発表したらしいんだが。」

 

我が故郷周辺までやってきた僕は、パン屋の店主に会うなりそんなことを言われた。

興奮しているのか、話は一方的なもので事情を知っている僕でも理解するのに時間がかかった。

 

そうして数秒考えて何が言いたいかを理解した所で、思い出したのだが今回の件は流石に一般人にもバレてしまっていたらしい。僕は正直それどころではなかったものの、カルデアの魔術を扱える職員たちが難しい顔をして何やら話していたのを覚えている。

 

まぁ、流石に今回は世界規模の変化だ。いくら凄腕の魔術師でも世界を騙して隠しきることは不可能だったらしい。国連なんかもカルデアに死にかけた僕たち46人の将来を断とうとしたという容疑をかけて査問団を送ったりすると聞いているし、今頃あそこは大変なことになっているのだろうな。

 

……しかし、まさか忘れようと思った矢先に一般人に思い出させられることになるとは。冷や水を浴びせられたような気分になって非常に不快だ。

 

嫌がらせで言ったわけでないのは分かっているのだが、かなりのショックを受けていたこともあって思わず頬が引きつりそうになる。

 

「いや、ホントにそうだとしたら誰の仕業だろうな~。

 俺はやっぱり宇宙人が実在していて、

 そいつが実験の為に地球を使った説を押してるんだがよ。

 な、な!アンタはどう思う?」

 

そんなこっちの気も知らないで、目の前の店主はからかうような笑みを浮かべて余計なことを言ってくるものだから思わず手を上げそうになった。

 

「へ、へぇ、そんなことがあったんですね。」

 

まぁ実際に手を上げるわけにもいかないから、いつも通り曖昧な笑みで誤魔化すのだが。

 

「今じゃどこでもその話題ばっかりだよ。引き籠りのアンタは知らなかったろ?」

 

お節介が過ぎる。その口、縫い合わせてやろうか。

 

「そんなことあるわけないでしょう。

 どうせデマですよデマ。話題性はあって面白いかもしれないですけどね。

 冷静に考えてみてくださいよ。

 人間一年も寝続けることなんて不可能ですよ、ふ・か・の・う!」

 

こうなった店主に対して笑みで誤魔化すのも面倒なので真っ向から否定してやる。

科学技術を重宝する癖にこの店主はオカルトマニアでもあるのだ。

 

こういった不思議な出来事にはすぐ食いつくし、そんなことあるわけがない、非科学的だとちょっと批判してやれば――

 

「アンタはいっつもそんなだな。ロマンってもんを知らんのか?ったく。

 あーあ、折角、久々にワクワクすることが起こったってのに興奮も覚めちまったよ。

 やっぱりアンタにゃ話すんじゃなかったな。

 ほら、いつものパンだよ。それ持ったら、とっとと出ていきな。」

 

ご覧の通りだ。人の傷に塩を塗った報いである。いい気味だな。

 

店主の興が削がれたのような表情に少し機嫌を良くした私は市場に寄って当座の食料を買い集めてから、久々に我が工房へと足を向けたのであった。

 

しかし、今ふと思ったのだが、魔術師が非科学的ということでオカルトを否定するのはなんとも妙なものだな。所詮、一流でもない2流3流の魔術師の戯言なので非常にどうでもいいことではあるのだろうが、これを一流と認められた魔術師が言うと恐らく非常に敵視されて面倒なことになるだろう。

 

そう。例えば、元カルデアの所長のマリスビリー・アニムスフィアが言った場合など、ただでさえ他のロードから睨まれているのだから、相当な話題になるに違いない。

 

……自ら地雷を掘ってどうするのだ。

 

僕はまた少し気分を落とした。

 

 

 

……それから数日が経った頃だった。

奴等がこのセカイにやってきたのは。

 

 

「――この惑星は古く新しい世界に生まれ変わる。」

 

 

その宣言を皮切りにして、森にも、街にも、そして我が工房のすぐ近くにすら、謎の生命体が押し寄せたのである。

 

 

 

 

「もっとも優れた『異聞の指導者』がこの世界を更新する。」

 

 

 

 

 

……………。

 

 

 

2018年(仮定) 1月▽日

 

これに並ぶ衝撃はあのカルデアでの経験くらいなものだろう。

それぐらいの衝撃を受けている。

 

……失礼。

今、僕は混乱していてどうも上手く文が書けそうにない。

頭を整理するために暫くこの無価値な文章を書き連ねることを許してくれ。

 

命を奪われることなくよくぞ無事でいられたものだ、と言うべきなのだろうか。奴らは二日前に地上を離れたようだ。

 

あぁ駄目だ。どうも落ち着かない。

 

気を紛らわす為に簡単に状況を整理するとしよう。

 

どうにか己の身を守り切ることには成功したが工房の一部が消滅した。

 

表に出た。工房の外郭として建てた家、それを覆い隠すように存在していた鬱蒼とした森、簡単な魔術に使用する水をいつも調達していた湖。

 

その全てが真っ白でなんの起伏も変化もないナニカへと姿を変えていた。

 

「一体、何が起こったというのだ……。」

 

……あまりの出来事にしばらく放心していた気がする。

現実を認めたくなかったために真っ先に夢や魔術の可能性を疑った。

 

しかし、いくら僕がどう足掻いても目の前に広がる白い平面が消えることは無い。

 

慌てて工房から水晶を取り出して、遠見の魔術も使った。

 

街に行く際には必ず寄っていたパン屋。……消えている。

その近くを通り過ぎていくあの煩わしいゴミのような数の人間達の姿もない。

 

一定間隔で植えられていた街路樹も、森の外に出た日には見なかったことなんてなかった車も、ない、ない、ない、ない!

 

一部の賢明な魔術師の工房を残して世界を象っていたものは、余すことなく消えてしまったのではないか。

 

そんな予感に襲われた。正直なところ、工房も愚かな父が高い金と希少な触媒を積んでまで買ったという効果があるのかも分からない東洋の札が無ければ消えていたかもなどと、愚かしい妄想を抱くほどに自体は深刻だ。

 

突然僕を襲ったこの出来事はどうやら、生半可なものではないらしい。

書いていると何故だか気が楽になり、僕も若干の冷静さを取り戻した。

 

そして、ここまで徹底されていれば、流石に現実を受け入れざるを得ない。

事態にどう対処するべきかに頭を悩ませていたためあまり聞いていなかったのだが、あの声は……忘れようとしても忘れられずに覚えている。恐らくだが、元Aチーム。所長お気に入りだったクリプターのキリシュタリア・ヴォーダイムの声だ。

 

つまり、何が起きたのかは分からないが、今回の件、最悪……。

いや、憶測は避けるべきだ。話したり書いたりして外へ出したが最後、僕はそれに囚われて碌な結果を迎えられなくなるのを知っている。

 

とにかくどうしようもない状態になってしまったため、言っても無駄なのは分かっているのだが、一言だけ。一言だけ言わせてもらいたい。

 

 

「……誰だ、人理修復を完了したと言ったバカは!」

 

 

僕の嘆きは白紙の世界へ虚しく吸い込まれた。



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