Masked Rider EVOL 黒の宙 (湧者ぽこヒコ)
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ひとつの終わり
プロローグ






初めまして。湧者ぽこヒコです。初めて小説を書くので、文章が拙く読みづらいとは思いますが…


この物語は、地球外生命体エボルトがとある一人の人間との出逢いにより、苦悩と人間への想いと彼の志した壮大な計画のお話。もう一つの【仮面ライダービルド】です。
様々な惑星を喰らい続けてきたコーヒー好きの地球外生命体。彼の生き様をご覧下さい。






 

 

 

 

 

 

心地よくも少しツンとした匂いのする、小気味のよい音を奏でる雨が降り注ぐ。もうこの1ヶ月近くずっとだ。いつだかテレビで見たニュースでは気象庁がなんたら警報を発生させたらしい。更には何かの記録更新をしたそうだ。

 

 

 

 

――まあ、俺には関係無いけど。雨は嫌いじゃない。むしろ好きだ。ありきたりな言葉で言うと自分の感情を泥と一緒に流してくれる、そんな気分にさせてくれるから。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

 

 

これで何度目か。ここ最近は溜息の数が増えた気がする。なんで、こんな風になってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をしに俺は生まれてきたんだろう……」

 

 

 

 

 

 

この言葉も今まで何度繰り返した事か。ほんっとうに最悪だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、いいだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は親が居なかった。いや、正確に言うと居るには居るんだろうが生まれてすぐに捨てられたというのが正しいか。

 

 

産婦人科にそのまま置き去りにされていた俺を、迎え引き取りに来たのは父親の姉らしく、産婦人科の先生からの叱責のお電話で発覚したらしい。迎えに行った時もとんでもなくお説教されたそうだ。

 

 

 

 

俺はそんな伯母に引き取られ、伯母、祖母、俺の3人での暮らしが始まった。貧乏だったけど、今思うと幸せな日々だった。

 

 

他愛のないことで笑い合い、他人を傷付けてしまった時は本気で叱ってくれて、俺の事を自分の事のように泣いてくれた。俺はそんな伯母と祖母が大好きだったし、俺にとって本当のおふくろだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、幸せな日々は続かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖母は俺が小学5年の時に無くなった。末期ガンだ。

 

気付いた時にはもう既に手の施しようがなかった。80を過ぎぼろぼろになっている体では手術に耐えられる訳も無く、なんとか少しでも長く存命させている状態だった。

 

 

痛み止めと延命のためのモルヒネの投与。この副作用は本当に辛いものだったんだと思う。今まで辛い顔など見せたことのない祖母が、「もう嫌だ。死にたい」と言っていたのだから。

 

 

でも最後、本人と俺たち家族の願いで自宅療養になり眠るように亡くなった彼女は、とても綺麗な顔をしていたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつかの歳月が経ってようやく祖母の死の事を肚に落とし、少しずつ前に進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時の流れは早い。(友達出来るかな?)なんて思いながら中学に入学し、そんなに頭の出来がよろしくない俺は二次募集でなんとか高校に入学。偏差値はまあ……うん。忘れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華やかとは言い難いが、人並みよりちょっと下くらいに充実していた高校生活を送っていた日々。そんな日々も音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おふくろが、轢き逃げにあった。

 

 

うだるような暑さの中、もうすぐと迫った夏休みの予定を考えながら俺はアルバイト先のびっ○りド○キーから帰宅し、TVを観てたっけ。

 

 

玄関で靴を脱いでいた時おふくろから電話があり、その時につい喧嘩っぽくなって言ってしまった言葉を謝んないとな、とか考えてた。

 

 

 

 

 

 

でも、いくら待っても帰ってこない。あの電話から1時間も経ってる

のに帰ってこなかった。

 

 

おふくろの仕事先は徒歩で15分くらいの場所にあり、そんなに時間がかかるはずもないのにな、とか考え少し不安になっていた時、固定電話に勢いよく着信が来た。

 

 

 

 

 

 

 

悪い予感とはよく当たるものだ。考えたくないこと、回避したいこと、“そうであってほしくない”と思うこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あなたの御家族の方が人身事故にあわれました。今すぐ救急病院に来て下さい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りがサイレンの音で随分やかましい通話の中、慌ただしく話す救急隊員の、俺が唯一理解出来た言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人とは脆いものだ。あんなにも強く、どんな時も俺を支えてくれたおふくろは、もう二度と目を覚まさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おそらく横断歩道を渡っている途中、信号無視で突っ込んできた車に跳ねられたのだろう。

 

 

人の良さそうな刑事がそう言っていた。ブレーキ痕からして一度気付いているはずなのに、そのまま逃走した、と。

 

 

 

 

おふくろが轢き逃げされ亡くなってから……あれはどのくらい経ってたのだろう。2週間くらいだったろうか。

 

 

刑事は証拠が不十分で、とか変な気を起こさないで下さい、とか色々言っていた気がするが、何も考える余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今思いだして考えると、うだるような暑さだったな、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は抜け殻のような日々だった。

 

親戚をたらい回しにされ、高校も中退する事になった。一人暮らしをするまでは苦々しい日々だったなあ。

 

 

元々親戚付き合いも皆無だったし、なにより父親はろくでなしだ。ろくに働きもせずいわゆるヒモみたいな奴だと聞いていたし、おふくろも一族では浮いた存在だったらしい。

 

 

 

まあ、あんな父親のDNAが組み込まれている俺なんて誰も好き好んで受け入れないわな。そりゃボロクソにされても当然か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校を中退した後建築業に務めながら金を貯め、すぐに一人暮らしをし始めた。早く逃げたかったんだよな。最後に俺を回された親戚の連中は凄い喜んでたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人暮らしを始め、特に何が楽しい事もなく20代も半ばかという時、彼女と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

仕草が綺麗な人だな、これが第一印象。

意外とゲラゲラと笑う人だな、これが第二印象。

美味しそうにご飯を食べるな、これが第三印象。

 

 

一緒に居て心が安らぐ。これが俺にとって彼女の一番の印象だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

凄い幸せだった。彼女と過ごす日々は、おふくろを亡くしてから感情が欠如したような俺にとって凄い色鮮やかな世界だった。

 

 

そんな彼女に惹かれていくのは当然の事なのだろう。自分の容姿にもあまり自信が無い俺は、せめて雰囲気だけはと思い結構背伸びしてお高めのレストランを予約したっけ。

 

 

 

服装も雑誌を大量に購入して研究・試行錯誤して準備し、髪型も有名らしい美容院で整えてもらったな。

 

 

 

 

 

そんな俺を見て彼女は“七五三?”って爆笑してた。今思い出しても恥ずかしい。

 

 

 

結局レストランでも告白する勇気が出ず、自分の情けなさに悲しくなっていた時、彼女から告白されたんだよな。あの時のあいつ、カチカチで噛み噛みで。随分経ってからこの事を笑ったら“あんたがさっさと告白してこないからでしょ!!”って顔を真っ赤にして怒ってたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

彼女の両親とも会い、結婚を前提に付き合ってる事を話したらとても喜んでくれた。俺の事を息子のように思ってくれる人たちだった。

 

 

彼女と彼女の両親は俺にとっての家族だった。本当に、大好きな家族だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間前。彼女と10日近く連絡が取れず、彼女の両親に連絡してもずっと連絡が取れなくなった。彼女は実家住みだったし、こんな事初めてだった。

特に喧嘩をした訳でも無い。というか彼女は喧嘩をしても5分もせずに“早く謝れ”と催促の電話をするような人だ。俺はいつもそこでクシャッ、と笑い謝ってしまう。

 

 

嫌な気持ちになった。恐ろしくなった。あってはならない事が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅で彼女と、彼女の両親は目を背けてしまうほど変わり果てた姿で発見された。

 

同時に別の男の自殺死体も発見された。

 

 

警察の調べによると、死体の状態や状況、指紋や体液などの証拠からこの男が俺の大切な家族を惨殺したらしいとのことだ。

 

 

この男は彼女の高校時代の同級生で、当時の他の同級生に聞き込みしてもなんの接点もないとの事だ。

 

 

 

 

 

 

俯く刑事に「見られない方がいいです」と忠告された俺の大切な家族の遺体は、凄惨なものだった。

 

 

 

 

顔など原型を留めておらず、汚れを知らないような美しい自慢の彼女と、年相応ながらも凛とした端正な顔立ちをしたお母さん、いつもにこにことしていて、目尻に優しそうなシワをいつもつくるお父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その俺の大切な愛すべき人たちが、切り刻まれた肉塊と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変な気を起こさないで下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ。この言葉、いつかどこかで聞いたっけ。

刑事が言ったこの言葉が、俺の脳内でずっとリフレインする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今回のは……死ぬな、って事か」

 

 

 

流れ作業のようにタバコに火をつける。いつもは美味い煙も、今はただの日常動作に過ぎない。

 

 

くゆる紫煙が、まるで協奏曲のように奏でる雨の音しか聞こえない部屋に充満する。

 

 

 

 

 

 

「そういやあいつ……タバコ嫌いだったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

思いだす彼女との事。脳を彷徨うのは彼女との記憶ばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

煙が目にしみるからタバコは嫌い、そう言っていた彼女。

 

明るく手を繋いで出かけられないから雨は嫌い、そう言っていた彼女。

 

楽しい気分にならないから静かなのが嫌い、そう言っていた彼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にとって、まさに太陽のような人だった。

かけがえのない、大切な存在だった。

 

 

 

 

 

 

もう一本吸おうと手を伸ばし、タバコが空なのに気付いた。

 

 

……しょうがない。明るくならないが買いに行くか。

そう思い、近くのコンビニに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あざーしたぁ」

 

 

 

 

 

 

タバコの銘柄を10回以上聞き直すやたらと軽い店員から愛煙を購入し、家路に着く。

 

 

振り分けられている番号を言っても、何度も銘柄を聞いてくる店員に少しくすっとなる。こういった人は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

――雨は止みそうにない。まるで俺の心と同じ、ずっとずっと泣き叫んでるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少しセンチメンタル過ぎんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨のおかげで笑っているのか、泣いているのかわからない表情になる。自分でもわからない程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああ!!!!!」

「そこの人!!!危ない!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、滅多に日常生活で耳にしないようなとんでもない大音量の女性の悲鳴や男性の声がし、素っ頓狂な恥ずかしい声が出た。身体より先に脳が反応した気がした。

 

 

 

滅多に日常で起きないような事に遭遇すると、人間固まってしまうものなんだな、とか変な声がでるって本当なんだな、とかそんな事を考えてしまう自分が少し面白くもあり、少し好きになれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ……」

 

 

 

そしてふと気がつく。変な事を色々考えていながら歩いていたら、赤信号の横断歩道の真ん中に居たみたいだ。

 

自分でも褒めてやりたいくらいに超スピードで脳が駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性の悲鳴。男性の怒号にも似たような声。赤信号。横断歩道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てがスローモーションになる。これは比喩ではなく、本当にスローモーションだったのだ。

 

 

 

 

 

横に視線を移すと大きなトラックがもう目の前にまで来ている。

 

 

運転席を見ると、どうやら仕事で疲れているんだろう。こくりこくりと赤べこのように頭を振らしている。お疲れ様ですと思う。

あぁ、そうか。俺の物語は、やっと終わるのか。

 

 

 

 

 

 

 

この状況でも尚ふざけた事が脳を駆け巡る、そんな最期は悪くないと思ってしまう自分の事を俺は大好きなのかもしれないと想い、多分、クシャッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このお話は、世界に絶望した人間と、世界を絶望に陥れようとする地球外生命体のお話。

 

 

出逢い、考え、どう行動するのか。

【仮面ライダービルド】の元々の史実通りに地球を滅ぼすのか。

 

 

 

 

それは、遠くない未来のお話で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 









いかがでしたでしょうか。【Masked Rider EVOL 黒の宙】の前日譚となる序章です。
ここから話が少しずつ進んでいきます。

果たしてっ!未だ名前の登場していない彼は一体何者なのか?もしや死んでしまったのか?というか実はもう退場決定なのか?彼の彼女や両親の名前は果たして今後出るのか?

様々な事を踏まえ、ご堪能下さい♪



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第0章 エボルをビルドせよ
phase,1 白衣と中年と帽子と






さあ!ようやく本編が進んでいきます。
一体どうなるのか?乞うご期待!







 

 

 

 

 

――暗い暗い闇の中。何も見えない深淵の漆黒。

一体俺は誰だ?そしてここはなんだ?

 

 

 

 

 

……少しずつ思い出してきた。俺は、あの時トラックに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい!?聞いているのか!?……おい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?なんだ?何かが聞こえる。……男?まるで誰かに問いかけているような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい!?どうした!?なぜ反応しない!?」

 

 

 

 

 

 

 

……さっきよりも明確に聞こえてくる。一体どうしたんだ、俺?

こいつは天国の使いの声か?それとも……

 

 

 

 

 

 

あれ?少しずつ光が指してくる。というか眩しいんですけど。

え?なんだこれ――

 

 

 

 

 

 

 

「――おい!?なんなんだ一体!?大丈夫か!?」

 

 

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

なんだかついさっきも発したような素っ頓狂な声が出た。なんだかやたらと眩しくなったかと思ったら、目の前には見慣れない白衣のおじさんが。ん、なんだ。誰だ。というかここはどこだ。

 

 

 

 

 

 

 

周りを見渡すとこれも見慣れない場所だ。……研究所?なのか?

薄暗く見るからに怪しい場所だ。なんだかよくわからんものがわんさかとある。なんだこの四角い黒い箱は?

 

 

もしや俺、トラックに轢かれた後人体実験でもされたのか――

 

 

 

 

 

 

 

「おい!?聞こえてないのか!?」

 

 

 

 

目の前のおじさんがとんでもない大音量で唾を飛ばしてくる。いやいや、聞こえてますけど一体これはどういうことですかね。

 

 

 

 

 

「あのー……ええと、ここはどこ……というか、私はなんでこんな所に居るんですかね」

 

 

 

 

 

思いつく限りに冷静に応えようとした。何故か怒り心頭のおじさんを変に刺激してはいけないと俺の第六感が囁いていたし、何よりこの状況はちょっと怖いし……

 

 

 

 

 

 

「……貴様、ふざけているのか!?」

 

 

 

 

 

おじさんのボルテージをますます上昇させてしまったようだ。俺の第六感よ。もっと仕事してくれ。

 

 

 

 

 

「えっと……ごめんなさい。ふざけている訳では決してないのですが、なんと言いますか……事故の!事故の影響で記憶が?薄れているというか、事故直前の記憶しかないというか……ここへの記憶が一切無いんですよね」

 

 

 

 

 

 

なんで焦っているんだ俺。

 

 

 

 

 

「……本当にふざけないでくれるか。今はお前の冗談に付き合っている暇はない。それはお前もよく分かっているだろう!?」

 

 

 

 

 

いや、わかりません。全くわかりません。大体あんなでかいトラックに轢かれたのに何が冗談なん――

 

 

 

 

 

 

まてよ、というかどういうことだ?

そもそも、俺はなんであんな事故の後に平然と立っている?痛みも全く無い。見たところベッドは無いし、どう考えても不自然だ。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ俺はこんなにも健康体なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

「あのなぁ。お前が冗談を好むのはわか「ちょっと待ってください!!!」」

 

 

 

 

 

「一つ聞きたい事があるんです。なぜ……なぜあんな事故の後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はこんなにも元気なんですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の先からつま先まで、全身に電撃が走るような感覚に陥る。なぜ。なぜだ。考えれば考えるほど分からない。わからないということがわからなくなってくる。脳から恐怖という伝達が身体中にほとばしる。

一体……俺はどうしたんだ……?

 

 

 

 

 

「……本気で言っているのか?」

 

 

 

 

 

 

「あ……えぇ。はい。」

 

 

 

 

 

 

白衣をきたおじさんが顎に手を当て何かを思索し始めた。「確かに……」やら「しかし……」やらボソボソと独り言をこぼしてもいる。

 

 

 

 

 

 

 

一体……なにが……

 

 

 

 

 

 

「ふぁ!?」

 

 

 

 

 

「おぉ!なんだ!?どうした!!!」

 

 

 

 

 

 

俺の更なる奇声で、目の前の白衣を着たスーツの良く似合う中年の男性があからさまに驚く。しかしそんな場合ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今更だがなんだこの服は?こんな服持っていないし、そもそもこんなレベルの高いファッションは俺には……

 

帽子まで被ってる……俺は帽子なんで被るの小学生の紅白帽以来ないぞ……頭デカいから似合わないし。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ。なんなんだ一体。訳がわからない。

 

誰かが着せたのか?……いやいやしかし帽子なんか普通被らせるか?

いやというかそもそもなぜ記憶が無い?記憶喪失ってこんな急激になるものなのか?

 

 

 

だって俺はさっき事故にあって……なんなんだ。何が起こってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

一筋の冷たい水晶のような汗が額から頬へと滑り落ちる。全身に嫌な汗が生産されてゆく。

 

 

 

 

 

まさか……そんなはずは……

嫌な考えが脳を彷徨う。“あってはならないこと”がリフレインする。

いや、それはない。考えすぎだ。

 

 

 

 

いや。そうだ。きっとそうだ。これは夢なんだ――

 

 

 

 

 

 

「……痛い」

 

 

 

 

 

目の前のいかにも科学者や研究者っぽい男性が、一瞬訝しげな視線を送ってきたのを俺は見逃さなかった。恥ずかしい。

 

 

 

 

 

……夢ではないのか……くそっ。

 

 

とりあえず怪我の状態はどうなのだろうか。見たところ手に傷は見えない。後は顔とかか……

あれだけ大きなトラックにぶつかったんだ。それはもう酷い事だろう。

 

 

 

 

まあ元々自分の容姿には自信が無かったし、どうなろうが問題無い。まあとりあえず確認だけはしとくか……

 

 

 

 

 

 

「えー、あの。すみませんが鏡ってありますか?」

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。ちょっと待て」

 

 

 

 

中年男性は随分と俺の事をまじまじと見ていたが、何かを諦めたかのように答え、奥からゴソゴソと物を探し、こちらに戻ってきた。

 

 

 

 

「鏡というには粗末なものだが……まあ自分の顔を確認するくらいはできるだろう」

 

 

 

 

彼はそう言い、鏡の破片の様なものを手渡してきた。

顔を確認するだけだし、このおじさんが言うようにこれで充分だ。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。充分ですよ。いやー。きっと傷だらけなんでしょうね。あは……は?」

 

 

 

 

 

 

自分の顔を確認して落ち込んでは、見ず知らずのおじさんにもなんだか悪いなと思い明るくしようとしたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや……誰このおじさん。えっ?……あー……え?」

 

 

 

 

 

 

 

脳が思考を拒否しているかのようだ。今確認している顔は、洗顔している時によく見るいつもの顔じゃない。

 

 

 

 

 

 

……いや、誰だ。初めましてなんですけど。自分の顔なのに。

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく……だが。あくまで推測なのだが」

 

 

 

 

 

 

何かを知っている雰囲気を醸し出しているおじさんが、顎を頻繁に擦りながらぼそり、ぼそりと言葉を紡いでいく。

 

 

 

その言葉に期待してしまう。もしかして俺の事を何か知っているのか?実は怪我の影響で整形してて、ついさっき記憶喪失になるような事があったとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は……もしかして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エボルトではないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや俺、日本人なんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








さあどうなってしまうのでしょうか?
だいぶ短くなっちゃいました。なんだかきりがいいなーと思って。

果たしてこの白衣のおじさんは?そしてエボルトと呼ばれたこの男性の運命は?

次回からは登場人物に前書き・後書きを頼もうと思います。それではっ!


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phase,2 新しいことと古いこと





日本人「いやだから日本人ですってば」

おじさん「いやお前そもそも地球人じゃないだろう」

日本人「何わけわからん事言ってんすか。というか!本編始まりますから!」

おじさん「おぉ。確かにそうだな。ていうか左の名前適当すぎんか」

日本人「いやー……だってほら、まだ名前登場してませんし」

おじさん「でもなあ。もっとこう、あるだろ。天才科学者ーとか。天才研究者ーとかさぁ」

日本人「確かに……ってもうあらすじ終わり!?えぇ……では、本編どうぞ……」






 

 

 

 

 

「なるほどなあ……大体わかりましたよ」

 

 

 

 

 

 

だいぶ色々と状況が理解出来始めるようになってきた。最初エボルトとか言われた時は、頭湧いてんのかこのおっさんとか思ってしまったのだが、色々教えてもらい、納得出来るようなものまで見せてもらった。自分の順応性が恐ろしい。

 

 

 

 

まず、ここは日本である事。それは間違い無いらしい。

そしてこの国は火星帰還のオープンセレモニーの際、火星探査の時に発見・持ち帰ってきた《パンドラボックス》と呼ばれる不思議な箱から発光した光により出現した、天にも届くが如き巨大な壁《スカイウォール》により《東都》、《北都》、《西都》の3つに分断されたそうだ。

この壁の上空にもなにやら赤い光が伸びているらしく、触れると消滅してしまうらしい。光の他にも《ネビュラガス》という人体に有毒なガスを発生させているとのことだ。

 

この事は《スカイウォールの惨劇》と呼ばれているみたいだ。

 

 

 

更にはパンドラボックスの光を浴びた人間は好戦的な気質になるとの事で、このセレモニーに参加していた人達は全員影響を受けているらしい。

 

しかもこのセレモニーには、欠席していた東都の首相 《氷室 泰山》以外の現在の三都の首脳陣が出席していたんだと。そりゃ大変だわなぁ……

 

 

 

 

そして現在。この三都はいがみ合っているらしい。領土の利権、そしてパンドラボックスの奪い合いのための冷戦状態だそうだ。

やっぱりどこの世界でもあるんだな、争いは。

 

 

 

 

 

まず東都。首相は氷室 泰山。おじさん曰くこの国が一番まともらしい。

三都の中で唯一本気で平和主義を掲げているみたいだ。

まあ首相の氷室 泰山がパンドラボックスの光を浴びていないんだし、当然ちゃ当然か。

しかし首相補佐であり氷室 泰山の実の息子、《氷室 玄徳》ってのが問題児らしい。どうやら先の件のオープンセレモニーに代理として出席していたのがこの氷室 玄徳だったそうで、親父の代わりに好戦的になってしまったみたいだ。良かったのか悪かったのか……

そんなこんなでこの息子が、軍事増強を首相に推奨しまくってるみたいだ。

 

 

次に北都。首相は《多治見 善子》っていう女性の首相だ。こっちの世界じゃ、とっくにこの国は既に女性首相が生まれてんだなあ。あっちの世界の日本は遅れてんな。

そんな話は置いといて、スカイウォールにより分断された北都の領土のほとんどが畑などの農作物で財政を運営しており、三都の中でも一番壊滅的にダメージを食らっているとのことだ。

しかし【国民の生活と福利厚生の徹底を!】とかなんとか謳っておきながら、実際は財政のほとんどを軍事増強に充てているそうだ。どこの世界も変わらないってやつだな。

 

 

 

そして《西都》。首相は《御堂 正邦》。

この男も食えないやつらしい。表向きは若者の海外進出を推奨し、技術力で経済を復興させようと掲げているが、その実、裏でやっている事は海外の兵器や武器の関連企業からの密輸による軍事増強とやっていることは北都と変わらないどころか、北都よりも随分タチが悪いそうだ。

 

 

 

軍事力で言うと、西都、北都、東都の順で規模が大きいらしい。

今の所は何事も起きないみたいだが……身内でやってる場合かっての。

 

 

 

 

 

 

そして。俺の正体だ。

俺がさっきみてびっくりしたこの顔の正体。それは《石動 惣一》という男。

なんと火星探査にてパンドラボックスを発見・持ち帰ってきた宇宙飛行士その人。しかもこの石動 惣一がパンドラボックスにいきなり手を当て、光を生み出し壁を生み出したんだって……元凶じゃん。

 

 

しかしそれは自分の意思でやった訳ではなく、パンドラボックスを発見した時に石動 惣一に寄生した《エボルト》っていう地球外生命体、つまりはエイリアンが身体を乗っ取りやった事だそうだ。俺のいた世界じゃ映画に出来そうな話だ。

で、このパンドラボックスも元々はエボルトの持ち物だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてどうやら……俺はそのエボルトに乗っ取られている石動 惣一の身体を乗っ取っている状態らしい。どんなエイリアンだよ俺。

 

 

 

 

つまり俺は元いた世界とは全く異なるパラレルワールドに来てしまった。しかも幽霊みたいに憑依のような形で。

 

 

 

 

最初は全く信じてなかったんだけども、おじさんが「自分の顔に手を当てて【なりたい顔をイメージ】してみろ」とか言うもんで試しにやってみたらどんな原理かわからないけれど、煙が吹き出してきて思いっきりむせたんだよ。これ身体に有毒だろ絶対。

 

 

で、おじさんが渡してきたさっきの鏡の破片を見たら……自分の顔が今目の前にいるおじさんの顔になってびっくりして腰抜かした。

 

まず手から煙が噴出したのも驚いたけれど、顔が……変わるって。どんなファンタジーだよ。既に色々なファンタジー聞いたけど。

そして何よりおじさんの顔って……おじさんもめちゃくちゃ冷たい目で見てたし。思い出して泣きたくなってきたんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあでも原因はその後すぐにわかった。

俺には、記憶が全く無い。

 

 

 

 

いや、正確に言うと少し違うな。

 

 

 

 

 

 

人に関する記憶が全く無い。

 

 

 

 

 

自分が違う次元の世界に居たのを覚えてる。自分がさっきコンビニにタバコを買いに行った帰り道、トラックに轢かれる寸前だった事も覚えている。

自分の好物も覚えているし、大好きなマンガも覚えている。自分が住んでいた場所ももちろん覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

でも、人に関する事が全く思い出せない。

例えば店員やテレビで見た事ある芸能人や著名人などの性別はわかる。何をやったとかもわかる。日本の政治家のスキャンダルとかね。

でも顔や名前が思い出せない。自分に関係のある人はその人との交流も全く思い出せない。というか、無いんだ。自分がどう生きてきたのかが分からない。だけど、通っていた学校の名前とか、小さい頃好きだったアニメの登場人物の名前は覚えている。

 

 

まずは自分の名前。自分の顔は覚えているのに名前が思い出せない。

芸能人やら友達やらご近所さんのことだってすべからくわからない。

 

家族の事も。というか俺に家族が居たのかすらもわからない。

 

 

恋人も……居たのだろうか。覚えている自分の顔は、とてもじゃないけど自信はないし……やっぱり居なかったのかな。

 

 

 

 

 

俺が存在していたはずの世界の、自分以外の人間の事は名前も、顔も、自分以外の人に関する記憶が全て無いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと……何かあったのかもしれないな。思い出したくないような辛く険しい何かが」

 

 

おじさんは優しい音色でそう言った。なぜだかはわからないが、妙に納得出来た。きっと、おじさんの優しい声が心地よかったからかもしれない。

 

 

 

 

 

「なるほど……大体わかりましたよ。所で、えー……貴方は?私とどういったご関係なのでしょうか?」

 

 

危うくおじさんと言いかけてしまった。見た目はもうおじさんで中身は25手前。さすがにそんな無礼な行動はしないさ。

 

 

 

「ははは……今更だがいつものエボルトらしくなくて調子が狂うね。私の名前は《葛城 忍》。無理かもしれないが、なんというか。もっとこうラフに接してくれて構わない。むしろそっちの方がありがたい。そして、私と君との関係性か……なんと言えばよいかな……君の、エボルトの協力者とでも言えばよいかな」

 

 

 

 

「あ、そーです?そしたらいつも通りの俺でいきますね。実はこういう喋り方苦手で。実はさっきもね……」

 

 

ここまで言いかけて1つ、重要な事に気付いた。

エボルトというエイリアンは石動 惣一の身体を乗っ取り、この国を混乱と絶望に陥れた張本人なのだろう?そんな事をしでかすエボルトに協力しているというこの男、葛城 忍というのはエボルトと同じような思想、もしくは似通った事をしようとしている人物なのではないか?

 

 

 

 

 

 

うわ。やばい人なのかな。

 

 

 

 

 

背筋にじっとりとした嫌な汗が滴る。

――どうする。ここで聞くべきか。いやでもなんか怖そうだしなこの人。しかしそんな危ない思想の人をほっとくのも気が引けるしな……そもそもはぐらかすだろうし。

 

 

まあどっちにしろ、もし襲いかかってきたとしても幸い俺にはエボルトってやつの、衝撃波飛ばすだの超パワーとかのよくわからん超常現象は使えるみたいだしな。さっき教えてもらってよかった。そしてありがとう未だよくわからないエボルトとかいう危険生命体。

 

 

 

 

 

「どうかしたか?」

 

 

こっちの気なんて全く知らない葛城 忍とかいう危険人物が不思議そうに尋ねてくる。

なんかもうこの発言すらも怪しく思えてくるな。

 

 

 

 

「……いや。いきなりで不躾なんだけどさ……エボルトってのはとどのつまり地球を侵略してきたエイリアンだろ?この身体の本来の持ち主である石動 惣一の身体を乗っ取って日本に潜入してさ。まあそれだけならまだ悪い奴とは言えないけど、その火星からの帰還の式典をやってる最中に、パンドラボックスの力を使って日本を分断させたのもそいつだろ?その時にも犠牲になった人はたくさん居たみたいだし。……まさか自分の持ち物のパンドラボックスにそんな力があるとは思わなかったはないだろ?……つか制止を振り切ってまでパンドラボックスに触れたんだから確信犯だろうしな。……つまりそんなエボルトに協力している葛城さん。あんたは……一体何を考えてんだ?」

 

 

ずっと冷や汗が止まることなく滴っていたが、相手に答えさせる暇もなく矢継ぎ早に質問した。なるべく相手の目から視線を外さないように。

少しでもこちら側が弱味を見せたらやられる気がする。

 

アニメの見過ぎかもしれないが、こんな非現実的な状況がとめどなく押し寄せる今この場じゃ、そんなことも言ってられないだろう。

 

 

 

 

「……ふふ。確かに。そうか。そうだね。そう結論付けて間違い無い。それは大事な事だ。まず君にはそれに関する記憶が無いんだからな。君はエボルトでありエボルトではない。確かにそうだな。ふふふふ」

 

 

「な、なんだよ?何がおかしい?それとも図星でおかしくなったか!?あのな、こっちには人類がまだ到達出来ていない超常的な不思議パワーがあんだぞ!へ、変になにかしようとしたら衝撃波出すぞ!いいのか!?」

 

 

焦り過ぎて自分でも訳わかんなくなってしまった。不思議パワーってなんだ。

 

 

葛城 忍はそんなに面白かったのか、涙を流すほど笑っている。そんなに悪い人には見えないんだけどな……そうこうしてる内に彼はようやく口を開いた。

 

 

 

「そうだね。話そう。記憶が無いにしろ、君がパラレルワールドから来たエボルトではない別の存在だとしても、エボルトの力を有する君には知ってもらわねばならない。そして、やってもらわねばならないからね。」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まず。君はこの星と、エボルトという君自身とその種族に関して知らなくてはならない。それはね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――という事だ。これで全てだよ。これがエボルトと私の計画の全容だ」

 

 

 

愕然のあまり思考停止した。さっきまでの話もだいぶ驚いたが、今回のは話の規模が違う。しかしそれは……

 

 

 

 

「本当……なのか……?」

 

頭では理解している。納得している。全てが事実なのだろうと。しかし、恐らく俺の理性がそれを受け入れたくないんだろう。

 

 

 

「……あぁ。先程全て見せただろう。それが全てだ」

 

 

 

 

 

……そうか。そうなんだな。どう足掻いても、真実か。

ふと自分の事とさっきの葛城が言っていた事を思い出す。

俺は記憶が無い。俺以外人に関する全ての。そして、葛城が言った「思い出したくない何か」。

 

 

今葛城から聞いた真実と、自分の事を当てはめると妙に納得が言った。俺がやらねばならないんだな、と。

そう思うとなぜかすっきりしたような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまで言っておいてだが。頼めるか」

 

 

葛城はまっすぐに俺を見据えて問う。その眼に陰りは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。そうだな。俺にしか出来ない事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、この世界に絶望と終焉を齎してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はまっすぐに葛城を見据えた。この想いに陰りは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葛城は、ゆっくりと薄汚れた天上を見上げた。

そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。共に進もう。私も既に、魂は悪魔に売ったからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではもう一つお前に伝える事がある。我らの計画の根幹だ。名を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《PROJECT BUILD》 という」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 








始まりだした新生エボルトと葛城 忍の壮大な計画。
そして動き出すPROJECT BUILD。
きっとそれは、悪のお話。



エボルト「いや悪じゃないだろ。俺は正義のヒーロー好きなんだぞ。というかこのエボルトってやめろよ。俺日本人だしせめて石動 惣一にしてくれ」
葛城 忍「いや悪だから。これ完全に悪だから」
石動 惣一「お!直ってる!よし!次回!いよいよ戦兎登場!?」
葛城 忍「おい。現実逃避すんな」
石動 惣一「Ciao♪」




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第1章 兎と龍
phase,3 泥だらけの兎と美しい空






惣一「やー。俺がこっちきてからずーいぶんと経ったなぁ。そりゃおっさんになるわけだよ」

?「何言ってんのマスター?」

惣一「やや!これこれは。まあまあなんでもないよ。気にすんな」

?「ふーん。へんなの。まあいいや。そうそう!わたしこそは!」

惣一「やめろやめろ本編ネタバレなっから。とりあえずほら、nascitaの名物コーヒーを味わえ♪」

?「けっちぃな!たくもー……まっず!相変わらずまっじぃな!ぺっぺ!」

惣一「なー。まずいなー。なんでだろなー。という訳で!本編が始まりますよー!」




 

 

 

 

 

 

 

――雲一つ無い晴天の青空。行き交う人は少なくはないながらも、落ち着きがあり、風情を感じるこの地。

 

 

 

 

そこの一角にある派手さは無いが、どこか親しみやすい喫茶店。それこそがCafe《nascita》である。

 

 

 

 

今日もいつもの他愛がなく、しかしそれでいて大切な日々が始まるのだ。

こんな日はブルボン種のブラックコーヒーに限る……

 

 

 

 

 

 

 

そう。このまるでダークマターに満ち満ちているかのような深淵の黒。この芳しくもほのかに香る甘さ。

 

 

まるでワインを嬲るかのように香りを楽しみ、勢いよく口にその甘美なる漆黒の闇を口に含む……うーんまさに至福の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇー!ぺっぺっ!!まっず!凄まじくまずいなおい!」

 

 

 

 

 

うーん。なぜこうも不味くなるのだろうか。豆は良いものを使ってるはずなんだが……なぜだ。

 

 

 

 

 

 

 

……あ、ははっ!どうもどうも!俺は石動 惣一。年は……聞くな。40代とだけ言っておこう。一応言っておくが、見た目は30代のはずだ。きっと多分。そして、ここ東都でちょいと小洒落たCafe nascitaを経営しているマスターってわけだね。

 

 

 

 

 

まあコーヒーが不味すぎて客は全く来ないがな。

たまには来てもいいのになあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーしてこう上手くいかないのかしらねえ?」

 

 

 

 

 

 

最近独り言が増えたな。歳のせいか?

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!!きたよ!!きたあ!!!!」

 

 

 

 

 

とんでもない勢いで冷蔵庫から出現した女は《桐生 戦兎》。うちの居候だ。とりあえず店もこんな状態でやばいからはよ家賃払え。

 

 

 

 

 

 

「見てみて!これはね剣型の武器なんだけどさ、ここのグリップエンドを引く……っと、強化されんの!回数に応じて技の特性も変わるんだよー!名付けて《ビートクローザー》!!どうどう?凄いでしょ?最高でしょ??天才でしょー!?」

 

 

 

 

 

 

「あー……はいはい。凄いね凄いねー。とりあえず店の中でシュコシュコするのやめて頂ける?」

 

 

 

 

 

ほんとこいつはこうなると周りが見えねえんだよなあ。黙ってりゃいい女なのによ。でもこれじゃあなあ……嫁の貰い手はいないだろうな。うん。心配。

 

 

 

 

 

 

「もー!マスター聞いてんの!?ほんとに凄いと思ってる!?これはね、てんっさい!物理学者のこの桐生戦兎だからこそ創りあげたものなのだよ!ねえ!聞いてんの!」

 

 

 

 

 

 

あーもう。ねえねえうっせーな。兎って言うより子犬だな子犬。

つーかその剣振り回しながら暴れんのやめろて。普通に危ないから。あ、おい!店を壊すなあああああああ!!

 

 

 

 

 

 

「はあ……お前な。気をつけなさいよ」

 

 

 

 

「……はい。ごめんなさい」

 

 

 

すっかりと意気消沈している戦兎。だが侮ってはいけない。こいつはすぐに調子に乗る。

 

 

 

 

 

「まあわかったならいいんだけどさ。……そんなお前に俺からスペシャルなプレゼントがある!」

 

 

 

 

「え!?なに!?焼肉!!?」

 

 

 

 

「いや、違いますけどね」

 

 

 

 

 

膝から崩れ落ちていく戦兎。いやほんとお前うちに1ドルクもいれないくせにいい度胸してんな。

 

 

 

 

 

「これだよこれ!ほら!見てみろ!」

 

 

 

 

「えっと……なになに?就職??東都先端物質学研究所?」

 

 

 

 

かなりテンションが低くなった戦兎が口を尖らせながらもごもご言う。まっ、焼肉はいつかな。

 

 

 

 

 

「俺はタダで人を寝泊まりさせるほど甘くはないんでな!馬車馬のようにびしびし働いて我にドルクを貢ぐがよい。そしたら焼肉も考えないではない」

 

 

 

 

 

「や、誰だよ。どこの王だよ」

 

 

 

 

戦兎はゲラゲラ笑いながら渡した用紙をじっと見ている。

なぜだろうか。戦兎のこの笑い方に懐かしさを覚える。それと同時に、なぜだか少し切なくなる。

 

 

デジャヴュ、ってやつなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず話は既につけてあるから。お前の履歴書も以前のやつを送ってある。だから支度して行ってこい」

 

 

 

 

 

 

「うっし!わかった!とりあえずそしたらここ行ってくる!」

 

 

 

 

 

「おう!あんま調子乗りすぎないよーにな」

 

 

 

 

 

 

戦兎はにひひ、と笑い鼻をぽりぽりかいた。ほんとに大丈夫かよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「したらいってきまーす!」

 

 

 

 

 

 

兎なんだか子犬なんだかよくわからない戦兎は足早に店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

 

 

嵐のように過ぎ去っていった戦兎の残り香に送る。

どうか、無事に帰ってこい。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎。自称天才物理学者のやばめな女だ。

半年ほど前にうちの店の近くに倒れているのを俺が発見・保護し、流れでうちの店に居候することになった。

 

 

 

 

 

そして彼女は……記憶喪失。自分の事を一切思い出せない。

自分が誰なのか、名前すらも。どっかの誰かに似てんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ全て……俺がやったんだけどね」

 

 

 

 

 

戦兎の残した面影にぼそっと呟く。きっとこの事を知ったらあいつは怒り狂うだろうなあ。

でも、まだ早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさーん!!いるー?」

 

 

 

 

 

パジャマ姿の少女が気だるそうに冷蔵庫からもぞもぞと出てきた。

せめて着替えなさいよ。もうすぐ開店するんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう。たった今戦兎を見送ったとこだ。店開ける前に飯にするか?」

 

 

 

 

 

 

「うん!そだね!そしたら作るから待ってて」

 

 

 

 

 

 

この年の割には少しあどけない少女、《石動 美空》は俺の愛娘だ。

最初は実感湧かなかったんだけどな……10年も経ちゃあ俺も立派なお父さんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたらパパはコーヒーでも淹れるかな♪」

 

 

 

 

 

 

「やめて。まずいし。倒れるし。死んじゃうし。」

 

 

 

 

 

 

 

美空の教育をどこで間違えたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泣いちゃうぜ?」

 

 

 

 

 

 

一瞬、美空の左手首にある金色のバングルに視線を移し、大げさなジャスチャーをしながら美空に反論する。彼女は「だって事実だしー」とか言いながら手際よく朝食の準備をしている。父親が頼りないと娘がしっかりとするもんだな、とか考えたらなんだか可笑しな気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかした?」

 

 

 

 

表情に出ていたつもりは無いんだけどなぁ。相変わらず聡い子だ。

 

 

 

 

 

 

「いや、なんでも」

 

 

 

 

 

 

手をひらひらさせながら、てきぱきと動く美空に言った。

もう10年か。本当に早いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前――葛城 忍と出逢った俺は色々な事を教えてもらった。

エボルトとしての、石動 惣一としての自分の事。これからの壮大な計画の事。その計画を進めるためのこれからやらなければならない事。

 

 

 

 

 

 

そして……石動 惣一の娘、石動 美空の事だ。

 

 

 

 

 

 

当時9歳だった美空はオープンセレモニーの前に、迷子になりパンドラボックスの保管庫に来てしまった。

 

 

そしてパンドラボックスの前で倒れているの発見された。その際に現在美空の左手首についている金色のバングルが装着されていたらしい……。

 

 

 

 

 

 

 

美空はこの時の事をほとんど覚えていない。なぜ保管庫に行ったのかも、なぜ勝手に歩き回ったのかも全て覚えてないと本人は言っている。

 

 

 

 

 

 

 

これは我々にとっても大誤算だったらしい。

パンドラボックスの本来の力を引き出すために必要な60本の《ボトル》。

 

 

このボトルを生み出すために必要な《浄化》の力は元々パンドラボックス自体に搭載されていた。そして、そのボトルも中身が入っている状態でパンドラボックス内部に入っていた。

 

 

 

 

 

が、しかし浄化の力は何故か姿をバングルに変え、美空にその力を全て与えてしまった。

元々はエボルトが全て行えるはずだったらしい……。

 

 

 

 

 

60本あったボトルも、その際にほぼ全てのボトルの中身が消失し、各地に散りばめられた。現在三都にそれぞれ20本ずつ厳重に保管されている。

 

 

 

 

 

 

まあ、とある2本のボトルは俺が回収したけどな。

もちろん。中身が入ってるボトルをな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が来る前のエボルトはこの一連の騒動に全く関与していないらしいんだが……果たして本当なのだろうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、計画には支障はない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかあ!随分と立派な建物だこと」

 

 

 

 

 

 

てぇんさい!物理学者のわたし、桐生 戦兎はマスターの計らいにより東都先端物質学研究所に来ている。いつまでもニートやってんじゃねえ、働けってやつだ。

 

 

 

 

 

 

「もー……。わたしだって忙しいんだけどなあ……」

 

 

 

 

 

 

ぶつぶつ言いながら建物の中に入る。わたしだって働きたくない訳じゃないよ?でもよくわかんないんだけど受からないんだよねー。

 

 

まあ、自分の研究に没頭したいからいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなこと言ったらマスターに追い出されそ……」

 

 

 

 

 

想像したら、くすっと笑ってしまった。

 

 

マスターは記憶の無いわたしを拾ってくれた恩人だ。わたしにとって……父親みたいな存在……?かな。恋人とか言ったら無視されそ。ははは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「関係者の方でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

すらっとした警備員が話しかけてきた。あー。そうだよね、初めて見る女がずかずか入ってきたら怪しいか。

 

 

 

 

 

 

「あー、あの。今日面接予定の桐生 戦兎です。石動 惣一からの……」

 

 

 

 

 

 

「ただいま確認致しますので、あちらの椅子に腰掛けて少々お待ち下さい」

 

 

 

 

 

 

警備員はてきぱきと受け答えし、足早にどっかへと消えた。やつ、できる……!

 

 

 

 

 

 

まあそんな妄想を一頻りしていると、すぐに関係者らしい2人組がわたしに近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。桐生 戦兎さんですね?私はここの所長を務めている、氷室 幻徳と申します。そして隣に居るのは秘書の《内海 成彰》と申します。この度はよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

ダンディーなおじさんが聞きやすい喋り方で話しかけてきた。や、以外と若いのかな?

 

 

内海、って人はメガネが似合う青年って感じ。正にメガネ。感情をあまり表に出さない人なのかね……なんか機械みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。桐生 戦兎です。よろしくお願いします。石動 惣一の紹介で来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 

なるべくいつも通りにならないように気をつけなさいと。敬語とか苦手なんだよなあ……。

 

 

 

 

 

 

「はい。それではこちらへ」

 

 

 

 

 

 

幻徳さんが先導し、後ろから着いていく。

 

つかなんでこのメガネ(内海)はわたしの後ろから着いてくんの?怖いんですけど。このメガネサイボーグ怖いんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

 

ヒゲダンディーな幻徳さんに進められ、座り心地の良い椅子に座った。ふっかふかだなこれ。

 

 

それにここは……試験場かな。建物もまあまあ大きいと思ったけど、この地下空間は更に広い。迷子になりそうだねここ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは幾つかお聞きしたいと思います。以前のご職業など。……桐生 戦兎さんは……えー……多分天才物理学者……?」

 

 

 

 

 

 

幻徳さんはあからさまに困惑している。隣で立っているメガネさんもだ。なんだ、メガネさんにも感情あるんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。えっとですね。わたし、記憶無いんです。所謂、記憶喪失ってやつです。でもわたし天才なんで。色々発明してるんですけどね!?……まあそこは置いといて、だから物理学者以外ありえないなー、って。なんで多分天才物理学者です!」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎は自信満々に答えた。目が輝いている。まるで『ふんす!』とでも聞こえるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー。そうですか。なるほど。他にも色々と聞きたいのですが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ー。づがれだー。あのヒゲダンディーとメガネサイボーグ、幾つかって言ってたのにめちゃくちゃ質問してくんだもん。はあー。お腹すいたぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンビのようにぴこぴこ歩いてくる戦兎。

彼女はまだ知らない。ここから目まぐるしく、物語が進んでゆくことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして物語は、もう決して止められないという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!!」

 

 

 

 

 

 

「おう、戦兎!おかえり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








惣一「はい!という訳で第3話終了です!」

戦兎「だねー。ていうかさ、いいの?これ?」

惣一「え?何がだよ?」

戦兎「いやだって……仮面ライダーまだ出てないんですけど……一欠片も」

惣一「……ふっふっふ。大丈夫です!ご安心くださいよぉ!」

戦兎「びっくりした!……え!?じゃあやっと第4話で!?」

惣一「ふっふっふ。驚くなよ……第4話では……」

美空「おとーさーん!戦兎ー!ご飯だよー!」

惣一・戦兎「「はーい」」




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phase,4 プロテインな脱獄犯





「――はぁ……はぁ……はぁ……」



「――逃がすな!まだ近くに居るはずだ!!追え!見つけ出せ!!!」





――なんで。なんでだよ。一体なんでこうなっちまったんだ……




「誰か助けてくれよ――」





 

 

 

 

 

 

 

 

『――やつはまだ見つからないのか?』

 

 

 

 

 

 

 

「はい。申し訳ございません。しかし、厳重体制で捜索しております。捕縛するのも時間の問題かと」

 

 

 

 

 

 

 

タイピングの音と、何かの実験をしているような音だけが不規則に鳴り響く空間。

 

 

 

そして王座を象った椅子に座る、謎の蝙蝠。

きっとここは、悪の巣。

 

 

 

 

 

 

『――早くしろ。奴が居なければ計画が進まん』

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……」

 

 

 

 

 

 

 

不機嫌そうに睨み付ける蝙蝠。その声はまるで闇に潜む狩人のよう。

 

見た目は完全に人外の者。顔のバイザーらしきものと胸に同じ様な蝙蝠のような装飾をしている。

 

 

 

 

 

 

 

まさに、闇……

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい!随分と機嫌が悪いじゃねえか』

 

 

 

 

 

 

 

『――お前か』

 

 

 

 

 

 

 

不機嫌そうに睨み付けた先にはこれまた異形の者。

まるで全身が血塗られた蛇のような……

 

 

 

 

 

 

 

『はっ!まあいいじゃねえかよォ?奴が逃げた所で計画は変わらない。むしろ面白くなるんじゃねえか?んん?』

 

 

 

 

 

 

 

鮮血の蛇は壁にもたれながらゲラゲラと笑う。

その様はまるで狂気を具現化したよう。

 

 

 

 

 

 

 

『――チッ。お前には付き合いきれん。……まあいい。時間の問題だ。』

 

 

 

 

 

 

 

『ははは。まァ大丈夫さ。いざとなりゃあ俺が出る。ゆっくりと楽しめよ、《ローグ》』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――邪魔だけはするなよ。《スターク》』

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い空間に、暗黒の蝙蝠と鮮血の蛇の声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ー……疲れた……」

 

 

 

 

 

 

 

とぼとぼと我が城《nascita》に辿り着く。やはり一番落ち着く場所だ。

 

それに我が愛する娘と元気が取り柄の天才物理学者が出迎えてくれる。俺は幸せモンだな。

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん!おかえり!今日は早かったね」

 

 

 

「ますたあ!おかえりー!おやつは?お土産は!?」

 

 

 

 

 

 

 

うん。ありがとう我が癒しの天使よ。

こっちの天才は本格的に野に返す準備でもしとくか。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。……ほれ。パティスリー鴻上のケーキ」

 

 

 

「「おおお!!やったあああああ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり2人共女の子だな。たかだかケーキでこんなに喜んでくれんだから。

こんなもので2人の幸せそうな顔が見れんなら安いもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……よし。甘いものと言ったらコーヒーだろう。実はな、マンデリンのいい豆を入手したんだよ。待ってろよ、今……」

 

 

 

「「いや、大丈夫。缶コーヒーあるから」」

 

 

 

 

 

 

 

前言撤回。誰か俺の事も幸せそうな顔にしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

 

 

 

 

 

 

うちではしっかりとみんなでいただきます、ごちそうさまでしたをするのが習慣だ。ま、基本中の基本だろ。

 

 

 

戦兎や美空も外で食う時もバカでかい声で言う。俺としてはそういった所も自慢の2人娘だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「んー♡やっぱりパティスリー鴻上のショートケーキは美味しいしー♡」

 

 

 

 

 

 

 

美空はショートケーキが大好きだ。何かあるとすぐに催促しやがる。

……もっとも、俺の知ってる美空は、だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「ショートケーキもいいけどモンブランもさいっこうだよ♡はぁ……とろける……♡」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎はなんと言ってもモンブランだな。というかこいつは甘いものならなんでも好きな気がする。

 

ま、喜んでる顔を見るのが好きだからいいけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「俺はなんと言ってもダークチョコケーキだなぁ。舌が痺れるようなビターな苦味とほのかな甘さ……そしてこの漆黒がいい!」

 

 

 

 

 

 

 

ほんと美味しいからおすすめ。元いた世界にもこのケーキがあったら100%買うわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

「あ!お父さんまたタバコ吸ってるー!」

 

 

 

「マスター!煙が目に染みるからやめろって言ってんでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

2人から集中砲火だ。美空は俺の身体に悪いから、といつもぶーぶー言ってくんだよな。安心しろ。超自然パワーでニコチンなんか死滅すっから。

 

 

 

戦兎は目に染みるから嫌いらしい。なんだか懐かしいような気がするんだよなー

 

 

 

 

 

 

 

……それと同時に胸が締め付けられるような感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ。おじさんはニコチンへの抗体を持ってるから大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

2人は未だにぶーぶー言ってるが無視無視。

というか戦兎、お前は俺の事気遣ってないだろ……

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事より、なんか新しい事あったか?」

 

 

 

 

 

 

 

紫煙をくゆらせながらふと呟く。大事な事だからな。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……うん。今までプロトタイプだったボトルが完成したよ。これでスマッシュから取り除いたガスの応用が出来るはず」

 

 

 

 

 

 

 

ほー……そうか。ボトルが完成したか。いやー。そうねえ。完成したか……

 

 

 

 

 

 

 

「っておおおおい!!完成!?完成したの!?もう!?」

 

 

 

 

 

 

 

びっくりし過ぎて挙動不審になっちまった。

そりゃあそうだろ。あの葛城 忍ですら未だに完成出来てないんだから。

 

まじかよ……本当に天才だな、戦兎は……

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん。まあ見た方が早いよ。下来て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほー。これがねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が作った空のボトル。全58本か。本当かよ……

 

人類が到達している更に先の技術で作られているボトル、だかなんだかってあいつは言ってたから当分先の話になると思ってたんだがなぁ……こりゃ色々と早くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「マスターが【三都に60本のボトルがばらまかれてる】って言ってたから、とりあえずラビットとタンク以外の58本作ったんだ。どうどう?凄いでしょ?最っ高でしょ??天才でしょー!?」

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……確かにお前は天才だよ……」

 

 

 

 

 

 

 

鼻息荒く詰め寄る戦兎に本音が出る。確かにこれは天才の所業だ。俺らの見通しだと早くても後5年はかかる予定だった。

 

それを……まじかよ。

 

 

 

 

 

 

 

「やっとこれでスマッシュから抜き取ったネビュラガスを浄化して応用出来るんだよ!今までのプロトタイプのボトルは美空の力に耐えきれなかったけど、今回のは完璧だからねん!」

 

 

 

 

 

 

 

……悪いな、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうよ、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

「ほえ?……う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

恥ずかしいのか、戦兎は顔を真っ赤にし消え入りそうな声で俯いた。

 

日頃自分の事を天才天才言う癖に、時たま褒めるとこれだ。

変な娘だよ、全く。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ね、【わたしがやらねば誰がやるんじゃあああああ!!!】って叫びながら徹夜してたんだよ。ここ最近ずーっと」

 

 

 

「えへへ……」

 

 

 

 

 

 

 

美空が呆れたような感心したような声と表情で戦兎に視線を移す。

おいおい、これじゃあどっちがお姉ちゃんなのかわかんねえな。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。よく頑張ったな、戦兎。でも無理はするな。お前が倒れたら心配する奴がここに2人居ることを忘れんなよ。お前は大事な俺たちの家族だ」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

相当照れてるのか、ずっと俯いてもじもじしている戦兎の頭をぽんぽんと叩きながら伝える。

 

そう。お前は大事な家族なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……痛っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

急な激痛が頭を疾走し、うずくまってしまう。

 

なんだこれ……痛ってぇな……

エボルトの力の副作用か何かか……?

 

 

 

 

 

 

 

「どしたのマスター!?どしたの!?」

 

 

 

「お父さん!?ねえ!どうしたの!?お父さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

娘たちが心配そうにしてるし心配かけないようにしないと……

 

 

 

 

 

 

 

「……おう、大丈夫。ここ来る前に飲んだお手製のコーヒーにやられちまったようだ。もう、大丈夫」

 

 

 

「「はぁぁぁぁ……」」

 

 

 

 

 

 

 

はぁ。わかりやすい盛大なため息つきやがって。

 

しかしなんだったんだ今の……?

もうだいぶ良くなったけど、変な感じだったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビー!!ビー!!ビー!!

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで激痛が走っていた頭に追い討ちをかけるようなサイレンが鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!!スマッシュの情報だよ!場所はA第2地区、スカイウォール周辺!……スマッシュと軍の守衛兵と民間人と思われる、だって!」

 

 

 

 

 

 

 

既に戦兎は手馴れた手つきで準備をしていた。

さっきまでの戦兎とは考えられないような真剣な目付きだ。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。行ってくる!」

 

 

 

 

 

 

 

俺はただ、見送る事しかできない。

……いつも悪いな、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!……気をつけてな」

 

 

 

「うん!正義のヒーローがぱぱっと片付けてくるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

正義のヒーローは、笑顔がとても綺麗な女の子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎、怪我しないで無事に帰ってくるといいな……」

 

 

 

 

美空がそわそわしながら、俺の顔色を伺う。

美空は何だかんだ心配症だ。

 

 

 

まぁそうだよな、心配だよな。

お前の大切な、家族だもんな。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。戦兎なら無事に帰ってくるさ」

 

 

 

 

 

 

 

この言葉に安心したのか、いつもの弾けるような笑顔の美空に戻った。

やっぱり俺の娘たちは笑顔が一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お父さん電話鳴ってるよ?」

 

 

 

 

 

 

いつもマナーモードにしてある携帯電話。

このタイミング。大方の予想はつく。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。わかった。今から向かう」

 

 

 

 

 

 

 

それだけ伝え、電話を切る。

やっぱりな。予想的中だ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?お父さん?」

 

 

 

「あぁ。いつものバイト先でトラブルが起こっちまったみたいでな。なるべく早く帰るよ。……戦兎にもおかえり、ってちゃんと伝えたいしな」

 

 

 

 

 

 

 

不安がる美空に優しく、心配させないように。

 

美空はあの一件以来、1人になるのが怖いもんな……

大丈夫。なるべくすぐに帰ってくるからな。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……」

 

 

 

「ちょっと待ってろな。行ってくる」

 

 

 

「行ってらっしゃい……」

 

 

 

 

 

 

 

悪いな、美空。これも全て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒸血」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここかあ。

スマッシュはどこだろ?見当たらないんだけど……

守衛兵も民間人も見当たらないし……

 

 

 

 

 

 

 

「うおわああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

おぉう!?なんだ!?いきなり後ろから声が……

 

 

 

 

 

 

 

「わああああ!!あ!!人!おい!!助けてくれ!!!変なバケモンに追いかけられてんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

なんだこの男?

女に助けを求めるとかどんなやつだよ。

 

 

 

 

 

 

 

というか。ん?バケモン??

もしかしてこの男が美空の情報の……

 

 

 

 

 

 

 

「……んー。わかった。したらとりあえずこの場を離れっか」

 

 

 

 

 

 

 

スマッシュ退治も大事だけど、一番は人の命だ。

なんせわたしは正義のヒーローだからねっ!

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ありがとう……助かる……」

 

 

 

「止まれええ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

突如大音量の声が、場に震える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様。誰だかわからんが、隣にいる人殺しの脱獄犯をこちらに引き渡して貰おうか」

 

 

 

 

 

 

 

……え?今なんて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「脱獄犯んんん!?人殺しいいい!?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大音量は場の空間をねじ曲げる勢いだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた脱獄犯で殺人犯なの!?それでなに、わたしは危うくその片棒を担ぎかけたってわけ!?つーかなにわたしも殺そうってか!?」

 

 

 

 

 

 

 

一応女ですから、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

「違う!違うんだ!!俺は人なんか殺してない!!!俺が行った時にはもう既に人が死んでて、冤罪なんだよ!!!それに俺はこいつらの仲間に眠らされた後、変な蝙蝠野郎たちにわけわかんねえ実験されて……」

 

 

 

「黙れ!!!貴様、引き渡す気が無いなら公務執行妨害として貴様も無理矢理にでも来て貰うぞ!!」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

実験……?蝙蝠……?

 

なんだろうこの感じ……

覚えてる。思い出せる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【やだ!やめて!!離してよ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【助けて!!誰か!!!ねえ!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お願い……誰か……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【きゃああああああああ!!!!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

「思い……出した……わたしは……」

 

 

 

「くそっ!!なんなんだよ!!!俺は何もやってねえ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……乗って」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「わたしはあんたのことを信じる。わたしも……多分あんたと同じ事をされた。それに……あんたが人を殺すような人には見えないから」

 

 

 

 

 

 

 

俺を信じてくれんのか……?

誰1人として信じてくれなかった俺を……

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ありがとよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫っしょ」

 

 

 

 

 

 

 

誰ともなしに呟く。さっきの記憶を拭うように。

 

 

 

 

 

 

 

「助かった……俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

あー。男の癖にいじいじすんなよもー。

マスターを見習いなさいマスターを。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは桐生 戦兎。まっ、正義のヒーローってとこよ」

 

 

 

 

 

 

 

目の前のいじいじしてた男はぽかーんとしている。忙しいやつだな。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は《万丈 龍我》だ。助けてもらって本当に助かった」

 

 

 

 

 

 

 

随分と強そうな名前だなあ。兎のわたしとは大違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「まあそれはいいよ……はあでもどうしよ。共犯になっちゃったよわたし……ばっちり顔もみられてるし……マスターと美空になんて説明しよ……」

 

 

 

「なんか……わりぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如空間に鳴り響く轟音。

その音のした方へと視線を移すと、やつがいた。

 

 

 

人外の、怪物が。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりスマッシュか。だと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

さっき美空は軍の守衛兵と民間人以外にスマッシュが目撃されてるって言ってたしね。でもなんで今になって……?

 

 

 

 

 

 

 

「うだうだ考えてる場合じゃないか!……あんた!ええと、万丈?だっけ?下がってて!」

 

 

 

「は?え?いやいや、あぶねえぞお前!!」

 

 

 

 

 

 

 

え?もしかしてわたしのこと心配してくれてるのこいつ?

なんだ。見かけはヤンキーみたいだけど根はいいやつってありきたりな感じか。

 

 

 

 

 

 

 

「あは。わたしなら大丈夫だからあんたは下がってて。闘いの邪魔だからさ♪」

 

 

 

「は?……闘い?」

 

 

 

「まあ見ててよ!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしは相棒《ビルドドライバー》を取り出す。

そう!わたしこそ……

 

 

 

 

 

 

 

「《仮面ライダービルド》だからさ!」

 

 

 

 

 

 

 

赤と青、2つのボトルをシャカシャカとと振る彼女。

それはまるで今から実験でも行うかのようだ。

 

 

 

そして戦兎の背後から様々な白い数式が実体化する。

さあ、ここからは戦兎のオンステージだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビット!タンク!】

 

 

 

 

 

 

 

【ベストマッチ!】

 

 

 

 

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……変身!!」

 

 

 

 

 

 

 

【鋼のムーンサルト!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンク!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

「おい……なんだこれ……変身ってなんだよ……!?」

 

 

 

「あー……ちなみに【ビルド】って言うのは、【創る】【形成する】って意味の【build】ね。以後、お見知り置きを」

 

 

 

 

 

 

 

「さあ。実験を始めよう」

 

 

 

「グアアァァア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

スマッシュがビルドに襲いかかる。見た目の割にはすばしこく、尚且つ攻撃も重い。

 

 

 

 

 

 

 

「んー……見たところ《ライオンスマッシュ》かな?動き早いし面倒だなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

……ならこいつを使うかな!

 

 

 

 

 

 

 

「おいで!《ドリルクラッシャー》!!」

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったビルドの手にドリル状の刀身を持った剣型の武器が現れた。

剣というには些か疑問が残るが……(戦兎:いいえこれは剣です)

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!はあっ!せえや!!」

 

 

 

「グォォオ!?」

 

 

 

 

 

 

 

ドリルクラッシャーの刀身が回転し、ライオンスマッシュの硬い装甲を砕く。やはり剣型とはいえない。

 

 

 

先程まではライオンスマッシュが押していたように見えたが、一瞬にして形勢逆転した。

 

科学と類まれなる頭脳を惜しみなく使い、闘う。それこそが仮面ライダービルド、桐生 戦兎の強さである。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ。他愛もないねえ!そろそろ決めるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

ビルドがドライバーの片側にのみ着いているハンドルを回すと、装着されている2つのボトルの中に内蔵されている物質が化学反応を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝利の法則は……決まった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Ready go!】

 

 

 

 

 

 

 

ビルドが地面に潜ると、同時に巨大な物理式状のものが現れ、ライオンスマッシュを捕獲する。

 

そしてせり上がった地面により高く打ち上げられたビルドは、物理式状の頂点に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

【ボルテックフィニッシュ!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ビルドはそのまま物理式状のようなものに沿いながら拘束されていたライオンスマッシュに飛び蹴りを喰らわし、人外のモノは爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。終わった終わった。後は新作のこのボトルでガスを吸収……と」

 

 

 

 

 

 

 

慣れた手つきでボトルを開け、たった今爆散したはずのスマッシュに向ける。

 

それによりスマッシュだったはずの異形の怪物は人間の姿となり、発生したガス状のような成分はボトルに封じ込められるように消えて無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

「んー……やっぱり有機物だと思うなあ……あ!それより!!大丈夫!?」

 

 

 

 

 

 

 

うんうん唸っていた戦兎は、何かに気がついたように。

さっきまで異形の怪物だった、人間に近付く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんなんだ一体……」

 

 

 

 

 

 

 

たった今見たもの、あれは間違いなくバケモンだった。

しかもその後に、戦兎?ってやつは変身!とか言ってわけわかんねえ鎧を着込んであのバケモンを倒しちまうし……

 

 

 

しかも変な入れ物をバケモンに向けたら人間に戻っちまうし……

一体なんなんだ。俺はおかしくなっちまったのか!?――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあ……うわあああああ!!!」

 

 

 

「ちょ、ちょっと!あんたには聞きたいことが!!」

 

 

 

 

 

 

 

あのスマッシュだった人もきっとわたしたちと同じように人体実験を行われてたはず。

もし記憶が残ってるなら話を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――先程とは比べ物にならないほどの爆音が鳴り響いた。

それはまるで、破壊の化身が顕現したような音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、今度はなんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

また新しいバケモンか!?

一体どうなってんだ……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ、新しいスマッシュ!?」

 

 

 

 

 

爆風により辺り一面が砂煙で何も見えなくなっていた視界が、徐々に開けていった中、そこに奴がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでその身は血を纏うような朱の蛇。

――人型をした、鮮血の蛇が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやっはっはっはァ。どうも初めまして【憐れな兎】。そしてそちらに居られるのは【愚かな龍】かな?いやいやどうもどうも勢揃いで』

 

 

 

 

 

 

 

耳障りな声と喋り方だな……なにこいつ……?

憐れな兎?愚かな龍?何言ってんのこいつ。

 

 

 

見た感じスマッシュではない。自我もあるみたいだし……

 

どちらかというとビルドに似てるような。

いや違うなんだろう。こいつの姿、どこかで……

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり失礼過ぎんじゃないの?なにあんた?なんか用?」

 

 

 

 

 

 

 

なんとなくだけど、弱味を見せちゃいけない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハ!冷たいねェ!泣きそうだぜ?おい?まァいい。今日は別にお前らに何かしようって訳じゃあない。なぁに。ただの自己紹介しに来ただけだよ。Ms.ビルド』

 

 

 

 

 

 

 

なにこいつ……真意が掴めない。

今日は、何かしようって訳じゃないってことはやっぱり敵対意識があるってこと……?

 

 

 

それにやっぱりこいつどこかで見たことがあるような……

 

 

 

 

 

 

 

『ふっふっふ。まあまあ落ち着けよ。俺はな、《ブラッドスターク》って言うんだ。これから末永くよろしく頼むぜェ?』

 

 

 

 

 

 

 

ブラッドスターク?あのスーツの名称?それとも偽名?

どちらにしろ油断は出来ない。

 

……なんかこいつはやばい気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……目的は何?」

 

 

 

 

 

 

 

やつを真っ直ぐに見つめる。

その目的を見透かそうとするかのように。

 

 

 

 

 

 

 

『そうだなァ……今はお前らにはなーんもする気はねぇよ?今はな。まあ強いて言うならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らの、人類全ての敵だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 








遂に戦兎たちの前に現れた鮮血の蛇、ブラッドスターク。
憐れな兎とは?愚かな龍とは?
そして語られた「人類全ての敵」とは?

鮮血の蛇が語った時。戦兎はどうするのか。







「……殺す」




『ヒャハハハ!いいねェ!!怒れ!苦しめ!足掻け!それがお前の力になる!!!』





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phase,5 蛇睨み





戦兎「いやー。わたし大活躍だったなー」

戦兎「わたし凄い!わたし強い!わたし最高!わたしてぇんさぁい!」

万丈「うるせーなぁ……いつもこんなんなんすか?」

惣一・美空「「まだ可愛い方」」

万丈「まじかよ普段どんな兵器なんだよ」




戦兎「そんな可愛いわたしが大活躍する第6話!どーぞー!」

惣一・美空・万丈「「「黙れ」」」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

汗が滴る。そんなに暑くもなく蒸している訳でもない。

この全身を貫く様な、恐怖すら感じるこの緊張感。そのせいだ。

 

 

 

俺はさっきから超非現実的な事を目の当たりにしている。

スマッシュ?だかいうバケモンに襲われたかと思えば、俺を助けてくれた戦兎ってやつは赤と青の戦士に変身しちまうしよ。

 

 

 

かと思えばバケモンは人間になっちまうし……

あ゛ぁ!頭がパンクしそうだ!!

 

 

 

 

 

 

 

そしたら今度は血を纏った蛇みてーな奴が来やがるし……

でもあいつ、どっかで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――敵、ってどういう事?」

 

 

 

 

 

 

 

さっきこの狂った蛇、スタークが言った言葉がわたしの頭にリフレインする。

あんな言葉を聞き間違える訳はない。

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハ!!どうしたMs.ビルド。動揺してんなァ?ならば教えようか。そのままの意味だよ。戦兎!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は人類全ての敵で、お前の探している答えを知る存在だ』

 

 

 

 

 

 

 

わたしの探している答え?それってつまり……わたしの記憶?

なんで、なんであいつがわたしの記憶を?なんで?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?ぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?ぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、わたしの名前を知ってる?

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜ、大切な人がつけてくれたわたしの名前を知ってるんだ……お前……」

 

 

 

 

 

 

 

目の前の蛇が憎い。目の前の鮮血が憎い。

目の前の狂気がどうしようもなく憎い。

 

なぜかはわからないがわたしの心を、わたしの身体を憎しみが包んでゆく。わたしの全てがどす黒い何かで染まってゆく。

 

 

どうしようもなく、許せないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

『くくく。まあまあそう怒るなよ。この文明社会、名前を知る手段なんざいくらでもあるぜ?……例えばお前が居候している喫茶店、とかな』

 

 

 

「……おい。もし、もしわたしの大切な人達や場所を汚してみろ。その狂った指の一本でも触れてみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時は……お前を……」

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハ。安心しろ。お前さんの言う大切な場所なんざ興味がねェ。何もしないから安心しとけ』

 

 

 

『それよりも……だ。今のお前は正義のヒーローというよりも、まるで悪の化身のようだな』

 

 

 

 

 

 

 

その言葉で我に帰る。わたしは?

わたしは一体何を?何を考えていた?

 

 

……今、目の前のスタークを殺したいと……?

 

 

 

 

 

 

 

そんな……わたしが……人を……?

 

 

 

 

 

 

 

『ふん!正気に戻ったか?手の焼ける小娘だなァおい。まあいい。それよりも俺を見て何か気付かねぇのか?お前らはよ』

 

 

 

 

 

 

 

未だにわたしの中の黒い何かは消えないが、それでも意識ははっきりとしてる。うん。大丈夫。

 

それにしてもなんなんだこいつは。

確かにどこかで見たことはある気がするけど、初対面だし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おい!てめえら何すんだ!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おい!!聞いてんのかよ!?なんだよこれ!?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おい……ふざけんなよ……やめろよ……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ぐああああああああああ!!!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、お前……まさか、あの蝙蝠野郎の仲間なんじゃねえだろうな……」

 

 

 

 

 

 

 

全身から汗が吹き出す。

俺の脳裏にあの記憶が蘇る。

 

多分これから先二度と忘れないであろう、忌々しいあの場所。あの連中。

 

 

 

そこに居た、クソみてえな王座に座ってた蝙蝠野郎。

確かに所々違えど、まるであいつに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――万丈の言葉で脳がゆらめく。

同時に、わたしの脳内にさっき思い出した記憶の断片が貫く。

 

 

 

 

 

 

 

そう。そうだ。なぜわからなかったんだ。

なぜ疑問を持たなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは……ブラッドスタークは。

あの忌々しい蝙蝠に気持ち悪いほど似ている。

 

 

 

そっくりという訳ではない。同じ装飾という訳では無い。

しかし、同じだ。あのフォルム……

 

 

 

 

 

 

……コンセプトが同じ、なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スターク。わたしからも聞きたいことがある。お前、あの蝙蝠野郎とどういう関係だ……?」

 

 

 

『ククク……ようやく気付いたのかよ?【憐れな兎】と【愚かな龍】?ほんっとにしょうがねえ子供たちだなァ?おい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎と万丈は真っ直ぐな眼差しで蛇を睨む。

 

 

 

 

 

 

 

『蝙蝠野郎……か。可哀想になぁ。あいつそんな風に呼ばれてんのか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうだ!正解だよご両人!!お前らの身体をいじくり回した連中、その中でお前らが見た暗黒の蝙蝠。そいつぁ俺の知り合いだよ。』

 

 

 

 

 

 

 

目を見開いてその場から動かない2人を、まるで空気かのようにして吐き出す蛇。

その姿は邪悪の権化。

 

 

 

 

 

 

 

『お前らが気になる奴の名前は《ナイトローグ》。お前らの大好きな蝙蝠だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺が所属する組織《ファウスト》の一員だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、お前らの一件に関与しているのも、例外無く我が組織ファウストだよ、ご両人?』

 

 

 

 

 

 

 

狂気の権化のような蛇はその全てを吐き出したあと、どこか哀しく嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

「お前が……お前らが俺を……」

 

 

 

「てめえええ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が気付いた時にはもう遅かった。

生身の限界を超えた速さで万丈はスタークに突進していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!!何やってんの!?」

 

 

 

『ふふっ。いいねェ!面白い!!遊んでやろうかァ?』

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。生身で勝てるわけない。

それに、わたしの全細胞が告げてる。

 

 

今あれと戦ってはいけないと。

 

 

 

 

 

 

 

「逃げろっつーのお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしは力を振り絞り、スタークに近付く。

あいつを、初対面の脱獄犯を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わりぃな。今日はお前じゃなくて龍と遊ぶ事に決めてんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけが脳内に浸透し、わたしの意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――これで邪魔者はいなくなったなぁ、万丈?』

 

 

 

 

 

 

 

あのバケモンを倒したあいつが……一撃で……?

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!今そいつに何した!?」

 

 

 

『安心しろよ!ただ眠ってるだけだ。眠り姫、ってやつか?』

 

 

 

 

 

 

 

こいつの冗談は寒気がする。憎い憎い憎い。

俺の身体に何かをした、あいつが憎い。

 

 

 

 

 

 

 

『さァ。来いよ。遊んでやっから。それとも何か?怖いか?……それじゃあお前は何も守れねぇかもなァ』

 

 

 

 

『……例えば愛する彼女、とかな』

 

 

 

「……てめえ。香澄に手出すつもりか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の心の憎しみが……漲る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はっ!興味無いから安心しろよ……多分な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の憎しみの炎が……燃える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そのままじゃやばいかもしれないけどなァ?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の憎しみの全てが……迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……殺す」

 

 

 

 

 

 

 

俺は気付いたらこのクソ野郎が目の前に居た。

 

身体が勝手に動く。なんだこの気分は。

身体は軽いけど、意識が重い。

まるで自分が自分で無くなるような……

 

 

 

あの蛇野郎を一方的に押してんぜ、おい……

はは、すげえな俺。まるで人間じゃないみたいだ……

 

 

 

 

 

 

 

『ヒャハハハ!いいねェ!!怒れ!苦しめ!足掻け!それがお前たちの力になる!!!』

 

 

 

『……だがな。その怒りは違う。自我が無くなる怒りではよ?俺は殺れねえぞ』

 

 

 

 

 

 

 

「か……は……」

 

 

 

 

 

 

 

突如蛇野郎が消えたかと思った瞬間、横っ腹に今まで味わった事のない強烈な衝撃が襲う。

まるで内臓が全て粉々になったかのような……

 

 

 

なん……だ……これ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだまだ……でもやるなぁあいつ』

 

 

 

 

 

 

 

あの瞬間だけだがハザードレベル3.8。

こりゃあバケモンだなおい。

 

 

 

戦兎ですらまだ3.3なのによ……これからが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、彼女か……ちっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……い、そいつに……万丈に、手ぇ出すな……」

 

 

 

 

 

 

 

まじかよ。起きちゃうのかよ。

頼むから寝ててくんねえかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

『今回はこいつに付き合ってやっただけだ。何もするつもりはねぇよ』

 

 

 

『……まぁ、せいぜい頑張れや』

 

 

 

 

 

 

 

……頑張れよ、戦兎。万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなん……だ、お前……は……?」

 

 

 

『言っただろう?お前ら人類の敵だ。全ての、な』

 

 

 

 

 

 

動……け!!わたしの身体!!

 

まだあいつには聞かなきゃいけないことがある……!!

わたしの記憶の事……なぜわたしの名前や大切な人達のことを知ってるのか……!!

 

 

 

 

 

 

 

「わたしに……わたしに何を……した?わたしの記憶の事……知ってるのか?それに……なんでわたしの大切な人の事を……」

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。上手く喋れない。脳もどんよりしてる。

くそっ、大事な時なのに。チャンスなのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くくっ。欲張りなお姫様だ。いいだろう、少し教えてやる。お前の記憶にまつわること……それは俺やローグが所属する、ファウストに全て行き着く』

 

 

 

『自分の記憶の事、そして大事な何かを護りたいなら……強くなれ。力を持て。全ての魔手から抗い蹂躙する程のな。そうでなければお前たちの全てが蹂躙されるだけだ』

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は……何者なんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

何故だろう。さっきまで殺したい程憎かったのに。

あってはならない気持ちになる。

 

……絶対に感じてはいけないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこいつから……

 

 

 

いつもマスターから感じる優しさに、わたしの全身が包まれるの……?

 

 

 

 

 

 

 

この蛇はどうしようもなく敵だ。狂気だ。悪の権化だ。

マスターとは真逆の存在なのに……なんで……

 

 

 

 

 

 

 

『俺はお前たち全ての敵だ。ゆめゆめ忘れるな。決して交わる事の無い悪だ。今も、これから先も……な。永遠に』

 

 

 

「……当たり前だ」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。こいつは敵だ。どうしようもなく敵だ。

……きっと今日は色々あって疲れてるだけなんだよ、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

『……いい心がけだ。それじゃああと2つ、プレゼントしてやろう。まず1つ、心の闇に飲まれるな。万丈みたいなタイプはかなり危険だしな。しっかり教えといてやれ。それに……お前もだ。さっき呑まれかけていただろう』

 

 

 

 

 

 

 

万丈?なんでわたしが……?

というかなんでそんなことをこいつが……?

 

 

 

 

 

 

 

何がしたいんだろう、この蛇は……

 

 

 

 

 

 

 

『お前みたいなタイプはな、基本的には強い。しかし一度呑まれかけると抗えない。その事を忘れるな。お前は【正義のヒーロー】ではないのか?』

 

 

 

「……そんなことわざわざ言われなくてもわかってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。マスターに叱られてるみたいだ。

なんでこんな奴から感じてしまうんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……そう感じてしまうわたし自身に腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

『わかっているなら気をつけろ。闇に呑まれたらお前はもう【こちら側】だ。その時は手遅れだぞ。まあ、悪に堕ちたいなら止めはせんがな』

 

 

 

「誰が……誰がお前らみたいな汚らわしい連中なんかに!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハ!!汚らわしいか!!間違いねェよ。ま、わかってんなら気をつけろ』

 

 

『それと最後にだ。お前がこの脱獄犯を逃がした共犯って情報は漏れない。だから安心して大手を振って外に出れる。まあ、万丈はちょいと難しいがな』

 

 

 

 

 

 

 

なんでこいつはこんなにもしてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

もしかして……いや、そんなの絶対嫌だ……

 

 

 

 

 

 

 

……でもさっきから感じてる感情。

 

懐かしい感じ、心が少しほわっとなる気持ち。

もしかしてこいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、もしかしてさ」

 

 

 

『んん?なんだ?まだ質問か?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてあんたは……スタークは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶に無い……わたしの家族、とかなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……くくく……ハッハッハ!!!んなわけあるかよ!!俺がお前の家族なわけねえだろ!!』

 

 

 

 

 

 

 

はー。よかった。ちょっと安心したわ。

そうだよね、わたしの家族がこんな最低なやつじゃないよね。

 

 

そうだよ、わたしにはマスターと美空っていう、さいっこうな家族もいるし!何考えてんだか……

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、何でそんなことしてくれんの?あんたのメリットが考えられないんだけど」

 

 

 

『はぁ?そんなの決まってんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らが俺にとって最高のおもちゃだからだよぉぉ!!ハッハッハァ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

狂気の権化、鮮血の蛇。

こいつだけは絶対に……許さない。

こんなやつとマスターを重ねてしまったわたし自身も許せない。

 

 

 

こいつだけは……わたしの手で必ず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、わたしの手で絶対に倒す。忘れるなよ、スターク」

 

 

 

『名前で呼んでくれるたぁ嬉しいねぇ。お前こそ俺に簡単に倒されてくれるなよ、戦兎』

 

 

 

 

 

 

 

……汚らわしい、俺にな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ俺はこの辺で帰るとするよ。もう飽きたしな。もう充分楽しめたしな』

 

 

 

「待て!!お前にはまだ聞きたいことがある!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ。まだ足りないってか?強欲なお嬢様だねぇ。でも、また今度、だ。また会えるのを楽しみにしてるぜ、戦兎!Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

そう言い残したスタークは銃からガスを噴射し、その姿を消した。

狩場を荒らし尽くし、次の獲物を狙う貪欲な蛇のように。

 

 

 

 

 

 

 

「……何も、出来なかった……」

 

 

 

 

 

 

 

取り残されたわたしを襲うのは、自分がどうしようもなく無力だという現実。

そして、敵であるスタークに縋りつき言葉を要求した己。

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ。くそっ。くそっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

その気になればスタークはわたしを殺す事など容易だった。

それほどまでの力の差。

自分をおもちゃ程度と判断された実力。

 

 

 

 

 

 

 

「次は負けない……絶対に……」

 

 

 

 

 

 

 

ファウスト。わたしの記憶にまつわる全ての根源。

そしてその気になればわたしの大事な家族にも簡単に危害を加えられるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強く……ならなきゃ。もっと、もっと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――汚らわしい……か』

 

 

 

 

 

 

 

戦兎から言われた言葉が頭から離れない。脳内で反響する。

間違いない。全身が一欠片の淀みもなく汚れている。

 

 

 

……だが、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

『――どういう事だスターク?なぜ万丈を捕まえなかった!?』

 

 

 

 

 

 

 

あー。うるせえ蝙蝠だ。こっちは少しセンチ入ってんのによ。

ちったぁ黙っててくんねえかな。

 

 

 

 

 

 

 

『……いいじゃねえか相棒!計画は問題無く進むしよ。それに、だ。瞬間的にとはいえ万丈のやつハザードレベルが3.8まで上昇したんだぜ?こりゃあとんでもない収穫だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一閃、蝙蝠が蛇を狩る。

蛇の身を壁に叩きつけ、動きを遮断する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おいおいなんだよ?いきなり壁に押し当ててよ?俺にはそんな趣味はねえぜ、ローグ』

 

 

 

 

 

 

 

ったく、いってーな。加減しろよ加減を。

中身おっさんだぞこっちは。

 

 

 

 

 

 

 

『――ここでは俺が王だ。忘れるなよスターク』

 

 

 

 

 

 

 

ったく……呑気なもんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ、悪かったよ。以後気を付ける。お前が大将だからなぁ!ハッハッハ!』

 

 

 

 

 

 

 

俺に壁ドンしてた蝙蝠から抜け出し、手を合わせおちゃらけた仕草でローグと向き合う。怒ったかな?

 

 

 

 

 

 

『――まあいい。気をつけろ』

 

 

 

 

 

 

 

ったく。ほんっとにめんどくせえやつだよこいつは。

 

 

 

 

 

 

 

『んじゃま、俺はそろそろお暇するわ』

 

 

 

『――なんだ。もうか』

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ。帰りを待っててやらないといけない奴がいるもんでね』

 

 

 

 

 

 

 

汚らわしくても、醜くても。

あと少しだけでも。まだ俺はあの子たちの傍に居たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それがもう間もなく叶わぬ夢になる事を知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 








戦兎「しくしく。しくしく」

惣一「……なにやってんの?また変なもん食った?」

戦兎「違うわ!!見てわかんない!?これ!?」

惣一「いやー……わかる?美空?」

美空「いや、全くわかんないし。万丈は?」

万丈「んー……プロテイン切れたとか?」

戦兎「どいつもこいつも!違いますぅ!」


戦兎「わたしのね、この健気な思いが今回は描かれたなぁと……さすがは主!人!公!!だなぁと……」





惣一「はい!という訳でね。今回も色々ありましたね!」

美空「ねー。てかわたしの出番まだ?待ってるの疲れたしー」

万丈「俺の強さも垣間見る事出来たしな!そろそろ出番も増える気
が!」

惣一「うんうん!そうだねー。よし!という訳で!」

惣一・美空・万丈「「「「次回をお楽しみにー!」」」





戦兎「酷いやみんな……ていうか本編ではまだマスターたちと万丈の絡みないのに……うぅ」




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phase,6 3人目





惣一「――いてて。あの野郎思いっきり壁に押し付けやがって……ってーなぁ」

美空「あ、おとーさんお帰りー!」

惣一「お、美空。ただいま!……相変わらず客はいねーなー。はは……」

美空「いつもの事だし、そんなの」

美空「ていうか見て見て!殺人犯が脱獄だって!!」

美空「名前は……ばんじょーりゅーが?」

惣一「……怖いなー。物騒だなー。美空気をつけろよ」

美空「ねー。ま、すぐ捕まるでしょ!」

惣一「そ、そうだな……」


冷や汗をかきまくりながら万丈に思いを馳せる石動 惣一であった。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あー。いってーな。

しかし。超人的能力を持ってしても痛みは伴うのかよ。くそぅ。

 

 

 

どっかの蝙蝠野郎(笑)に壁ドンされた身体の痛みを忘れるようにコーヒーを流し込む。

 

安心してくれ。美空が用意してくれてた缶コーヒーだ。

 

 

 

 

 

 

 

……それにしても、間に合ってよかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま……」

 

 

 

 

 

 

 

お、帰ってきたかお姫様!

……という事は。

 

 

 

 

 

 

 

「おうお帰り戦兎!!見た感じ怪我はなさそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

本当にこれに尽きる。

俺が言うのもおかしな話だが、大事な娘だ。

 

娘を心配しない父親に成り下がった覚えはねぇからな。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!お帰り!ねえねえ、さっきテレビでやってたんだけどさ、殺人犯が脱獄したんだって!!」

 

 

 

 

 

 

 

美空が鼻息荒く戦兎にかけよる。

無事に帰ってきたのが余程嬉しかったんだろう。

 

そりゃそうだ。大事な家族だもんな。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……うん。実はその事なんだけどさ……」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が気まずそうに呟く。うん。わかってるよ。

わかってますよ戦兎ちゃん。よし、臨戦態勢に入るぞ。

よしこい。さぁこい。いつでもかかってこい。

 

反応する準備は蝙蝠野郎(笑)に壁ドンされてた時から用意してたんだよこっちは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうも」

 

 

 

「……こいつが多分、美空が言ってる脱獄犯なんだよね……拾ってきちゃった。あは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よし。想定内!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はああああああぁぁぁぁあ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

さすが我が娘。かんっぺきなシンクロだな。

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや!?戦兎なにしてんの!?子犬拾ったみたいなノリで言ってるけど拾ったの脱獄した殺人犯だからね!?わかってんの!?共犯だよ!?というかそいつに私たちまで殺されるかもしれないでしょーが!!!」

 

 

 

 

 

 

 

我が娘は目を見開いて戦兎に詰め寄る。

あ、万丈くんが動いたら変な声出して後ずさりしちゃったよ。

 

可愛いなぁもう。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのなあ戦兎さん。どういう経緯でそうなったのか全く理解出来ないんですけど……え?何?もしかして遂に出来た念願のボーイフレ」

 

 

 

「黙れ放蕩中年!!!」

 

 

 

「がはぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎さんの二重の鉄拳がぼくの心と身体を貫く。想定外だ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……違うんだって。話を聞いて!実は色々あってさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほどなぁ。ブラッドスタークねえ」

 

 

 

 

 

戦兎から一通り話を聞き、戦兎に殴られた頬を擦りながら万丈を見る。

 

放蕩中年と罵られた心は瀕死のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……その辺は何となくわかったけど……でもその人、万丈の事は本当に信用出来るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがは美空。うんうん。

世の中何でもかんでも信用しては危ないからな。

 

まあでもここはお父さんが戦兎に助け舟を出してやるか。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。まあしかし、見た所、万丈君だっけか?彼はなんというかな。ほら、見た感じそんな人殺ししそうなタイプに見えないし?」

 

 

 

 

 

 

 

我ながら最高のフォローだな!

 

 

 

 

 

 

 

「そういう問題じゃないでしょ!!!ややこしくなるからお父さんは黙ってて!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

今度は美空からとんでもないカウンターが来た。想定外です。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。美空がそういうのもわかる。でもわたしもね?マスターじゃないけど、こいつがそんな事をするようなやつだと思えないんだ」

 

 

 

「こいつの……心っていうかさ。……それに、多分わたしはこいつと同じ事をされたんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

おいおい戦兎。それじゃあ美空からのカウンターをもろに……

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……戦兎がそこまで言うなら。私も信じるよ」

 

 

 

 

 

 

え?なんで?何この違い?

父としての尊厳とはこれ如何に?

 

完全に想定外なんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

「お前らも……俺の事を信じてくれんのか……今まで誰も俺の言葉を信じてくれなかった……本当に、ありがとう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……ったりめーだよ。

信じるに決まってるでしょーが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……待てよ。戦兎がさっき、こいつと同じ事をされたって言ったよな?

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ。戦兎。お前、こいつと同じ事をされたって言わなかったか?お前それってもしかして――」

 

 

 

「うん。思い出した。わたしの記憶。……全部じゃないけど……多分きっと、わたしの記憶が無いことに関わってる事だと思う」

 

 

 

 

 

 

 

……そう、か。早いな。

もう、そこまで来てるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは、暗い研究室みたいな所に居た。そして、1人が入れるくらいの大きさの箱に入れられた。わたしは叫んでるの。助けて、やめて、って。でも誰も耳を傾けてはくれなかった」

 

 

 

「ずっと叫んでたら、その箱にガスが充満してきたの。……そのガスはきっと有毒なんだと思う。わたしの全身に言葉じゃ表せないほどの激痛が迸ったから」

 

 

 

 

 

 

 

「そして、記憶が闇に沈む前に確かに見たの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

趣味の悪い王座に、気持ち悪い蝙蝠がいたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

美空は絶句している。そうだろうな。

お前も似たような体験をしてきたし……ちっ。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も、同じ様な事をされた。全身に激痛が走るガスとかも全く同じだ。それに……あの蝙蝠野郎も」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の眼からは憎しみの炎が宿っている。

……しょうがないけどな。でもこのままじゃ、な。

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどなあ。戦兎の記憶が1つ、解放されたって訳だな。そしてさっきいきなり現れたって言ってた血塗れの様な蛇が、その蝙蝠野郎に類似してんのか」

 

 

 

 

 

 

 

血塗れの蛇、か。上手いこと言うもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「酷似してる訳じゃないし、全く一緒って訳じゃない。でも、同じなんだよ。なんていうかコンセプトが同じ、って言えばいいのかな」

 

 

 

 

 

 

 

やかましく頭を掻きながら戦兎が答える。

……はは。コンセプトとはさすがだな。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。うん。とりあえずはわかった。……そうしたら。うん。万丈!」

 

 

 

 

 

 

 

俺にいきなり名指しされた万丈が驚く。

ふっふっふ。まだまだ修行が足りないようじゃの。

 

 

 

 

 

 

 

「まあお前他に行くとこ無いんだろうし。指名手配されてるしな。幸いうちには空き部屋がいくつかあるからここに住め。最近うちの元ひきこもりも働きだしたし、なんとかなんだろ」

 

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

娘2人が詰め寄ってくる。しょーがねーだろこんなん。

ほっぽりだしたらまた監獄行きだってーの。

 

 

 

というか戦兎。お前はここに万丈を連れてきて住まわせる以外、どうするつもりだったんだよ詳しく教えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!?お父さん!?いくら信じるとしても、うら若き乙女が2人いる家に男子を住まわせるのはいかがなものかと……」

 

 

 

「そ、そうだよマスター!いいの!?マスターの愛する娘2人が危険な目にあっちゃうよ!?男はみんなケダモノだよ!?戦兎さんぱっくんちょされちゃうよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ははっ!大丈夫……万丈はな。

 

 

 

 

 

 

 

「まーしょうがねえだろ。それにこいつはそんなことしない気がするしよ。まあ万が一俺の可愛い娘たちに手ェ出そうとしやがったら……わかってんな?万丈よ?」

 

 

 

 

 

 

 

きっと今、俺の背後には魔王が君臨している事だろう。フフフ。

 

 

……あれ?万丈君泣いてない?え。嘘じゃん。

 

え?脅かし過ぎたの?俺?

まじかよこの子こんなナイーブな子だったのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺、捕まってからずっと誰にも信じて貰えなかったから……誰に何言おうと信じて貰えなかった……自分以外の全てが敵に見えた……だから……まさか信じて貰えるなんて……ありがとう。本当にありがとう……」

 

 

 

「万丈……」

 

 

 

「あんた……」

 

 

 

 

 

 

 

……はあーあ。ったくよー。娘2人だけでも大変なのに。

でっかい息子を持っちゃったなー。

 

 

 

 

 

 

 

「知るかよ、そんなもん。俺やこいつらにとっては目の前に居るお前が全てだ。周りが何と言おうと俺たちは自分たちが見た事を信じる。どこのどいつがお前の敵なのかは知らないけどな。少なくともここに居る3人はお前の味方だ」

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも、俺の大切な娘たちにはそう教えてるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう。まあお父さんの許しも出た事だし!ちゃんと家事手伝っ

てよね!」

 

 

 

 

 

 

 

さすがは俺の天使だ。

そのままいい子に育つんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ま。実験の手伝いも欲しかったし、ちょうどよかったわ」

 

 

 

 

 

 

戦兎は本当に素直じゃねえなぁ。だから彼氏できねえんだぞ。

ま、彼氏連れてきても俺のお眼鏡に適うかどうかは別問題だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけだ万丈。ここに住むからにはお前も家族の一員!甘やかさねえから覚悟しろよ?な?」

 

 

 

 

 

 

 

息子が欲しいお年頃だったしな。

さすがにキャッチボールをやるには大きい息子だけども。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

こうして新しい家族が増えたわけだ。

……立派な大黒柱になってくれよ、【頼れる龍】。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら改めて!わたしはちょっとだけ記憶を取り戻したてぇん!さぁい!物理学者の桐生 戦兎だよ。年は24歳のぴちぴち乙女!敬意を払い戦兎様とお呼びなさい!!」

 

 

 

「あー。この自称天才は気にしないでね。私は石動 美空。年は18歳。まあ色々やってるし。てゆか眠いしもう。よろしく」

 

 

 

「うんうん。あの自称天才は本当に気にしなくていいからな。俺は石動 惣一。この店《nascita》のマスターだ。ま、惣一さんでもマスターでもなんでも好きに呼んでくれ」

 

 

 

「まぁ俺は客が全く来ないこの店の存亡のために、色々バイトやってっからあんまり居ないかもしれねえけど、わからない事があったら戦兎や美空に聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

俺の心が溶けていく。

憎しみに包まれていたマグマが、この空間の優しい清水で流されてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

「ぶーぶー!マスターも美空もわたしの扱い酷くない!?自称って何さ自称って!!」

 

 

 

 

 

 

 

へっ。なんだろうな。すげえ居心地がいい。

それに戦兎、こいつの事は昔から知っているような……

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、俺の名前は万丈 龍我だ。元格闘家の22歳。好きな物はラーメンとプロテイン!嫌いな物は勉強全般だ!よろしくな!」

 

 

 

「ぷぷぷ。プロテインが好きで勉強全般が嫌いて。それにその自信満々な顔。バカ丸出しじゃーん!あはははは!」

 

 

 

「あはははは!これから万丈のあだ名はバカだね!おかしいし!あはははは!」

 

 

 

「お、おい!?バカって何だよバカって!?せめて筋肉をつけろ筋肉を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ははは。家族が一人増えるもんでこんなに賑やかになるとはなぁ。

 

いつまでも、いつまでもこの空間に居たい。

こいつらと笑っていたい。

 

 

 

でもそれは、俺には贅沢過ぎる。

こんな汚らわしい身体の俺が、こいつらの隣に居るのは大罪だ。

せめて、後少しだけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そう言えば、少し引っかかる事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういや万丈。お前家族とか知人に連絡しなくていいのか?ほら、信用出来る相手くらいには連絡取った方がいいだろ」

 

 

 

「きっとお前の事心配してんぞ。よかったらほら、電話使えよ」

 

 

 

「ん?連絡?」

 

 

 

 

 

 

 

散々バカにしてきた戦兎と美空を追いかけ回してる最中に、マスターがふとぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー……そうだな。

親はもういねえからいいとしても、香澄には連絡しないと。

 

あいつ、俺がこんな事になって心配してるだろうし……

 

 

 

 

 

 

 

それにいくつか聞きたい事もあるしな。

 

あいつが俺を……

いや、香澄に限ってそんな事はねぇ。絶対ねぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

「確かにそうだな。あんがとマスター!色々聞きたいこともあったし――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【それじゃあお前は何も守れねぇかもなァ。……例えば愛する彼女、とかな】

 

 

 

 

 

 

 

……おい嘘だろ……いや、そんなはず……

 

確かにあの蛇野郎は言ってた。

いや、でも、そんなはずは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おかけになった番号は、現在電源をお切りになっておられるか、電波の届かない場所におられます。大変申し訳ありませんが、おかけ直し下さい』

 

 

 

 

 

 

 

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそたうそだうそだうそだうそだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おかけになった番号は、現在電源をお切りになっておられるか、電波の届かない場所におられます。大変申し訳ありませんが、おかけ直し下さい』

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。何度かけても繋がらない。

嘘だ。だめだ。そんな事あっちゃいけない。

 

 

 

そんな……あいつは、あいつは幸せにならなきゃダメなんだ……くそっ、くそ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、どうした万丈。なんかあったのか」

 

 

 

「どしたの?怖い顔して?」

 

 

 

「本当だし。どしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

今はそれどころじゃねえ。くそっ!!!

早く、早くあいつの所に行かねえと!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?どこ行くの!!」

 

 

 

 

 

 

 

足早にどっかいっちゃった万丈。

あいつ自分が指名手配されてんのわかってんのかな?

 

 

 

さいっあくだなもう……

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!!今すぐ万丈を追いかけろ!!!早く行け!!」

 

 

 

 

 

 

 

急にマスターが怒声にも似たような大声を張り上げる。

えっえっ?なになに?わたしなんかしたっけ?なんかあったの?

 

 

 

もしかしてバカバカ言い過ぎて怒っちゃったのかな。

……だって反応が面白いんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……探し出してちゃんと謝ろ。

きっとマスターはそれで怒ってるのかな。

 

 

 

そうだよね。自分の事を誰も信じてくれない状況に居たんだし、ちょっとしたことでも傷心に染みちゃうよね。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!わかった!!万丈のこと探し出してちゃんと謝ってくる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから風のように戦兎は店を出ていった。

 

ちっ、勘が当たらなきゃいいが……

あいつ、余計な事してねえだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ大丈夫だろう。

そんなすぐにはあいつも……

 

 

 

 

 

 

 

……ていうかなんで戦兎は謝るだかなんとか言いながら出てったんだ?あいつ万丈になにかしたの?

 

うーん……年頃の男女はわからんもんだなー。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈、怒っちゃったのかな?帰ってきたら私も謝ろ……」

 

 

 

 

 

 

 

美空が落ち込んだ様子で床に言葉を零す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?嘘?美空ちゃんも?え!?なんで?

 

 

もしかして……三角関係なの?え、ちょっと早くない?

えーそういうのはさ、ほら段階を踏まないとさ?

 

 

 

……お父さん準備出来てないんですけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも娘2人が同じ男を……?何この修羅場。

えっ、パパ的にはどっちを応援したらいいの!?

 

というかむしろパパはどっちも嫌なんですけど!

 

 

 

 

 

 

 

しかも万丈はついさっき家族の仲間入りをしたばかり……

しかも長男……いやだめだろおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな……そんな昼ドラみたいなドロドロした展開……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんは許しませんよおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……お父さん。いきなり叫んでどうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








乙女が恥じらうが如き薄桃色をした花弁が舞い散る。
きっとそれは、幸せな夢の1日。

ふと薫るのは、胸に淡く広がる桜の君。
ふと想うのは、胸に凛々と輝く君の笑顔。







【また……一緒に……観に来れるかな】


【……あぁ。これからもずっとずっと、観に来れるよ。一緒に】














「……私と出会わなければ、もっと幸せな人生があったはずなのに……ごめんね……」






「待てよ!行くな!!約束しただろ! ?」



















「今までありがとう……龍我」




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phase,7 桜に馳せるこの思い





惣一「はぁ……三角関係か……どうすんのこれ」

美空「はぁ?お父さん何言ってんの?」

惣一「いやだってさ、万丈を巡る愛憎劇……」

惣一「こりゃこの世界もドロッドロのヤンデレラブストーリーにシフトチェンジだな……はあ……」

戦兎「何わけわかんない事言ってんの?マスターどっか頭ぶつけたん?」

美空「……もしかしたらお父さんの極マズコーヒーの副作用が今になって現れたのかもしれないし!」

万丈「へー。そんなに不味いのか、マスターのコーヒーって」

戦兎・美空「「あれは飲料じゃない。大量破壊兵器」」



惣一「うぅ……どうなるんだろ……本編をどうぞ……」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

――くそ、間に合え。だめだ。嫌だ。変な事を考えるな。

一瞬でも早く香澄の元へと行くことだけを考えろ。

考えるよりも先に足を動かせ。もっと、もっともっと速く。

 

 

くそっ、くそくそくそっっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「――おーい!ねえ!ちょっと待ってってば!万丈!!」

 

 

 

 

 

 

 

後ろから戦兎の声が聞こえる。

 

悪ぃけど今はそれどころじゃねえんだ!!

俺には行かなきゃならない場所が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!つーかまーえた!!」

 

 

 

 

 

 

 

はやっ。いや足はやっ。嘘だろこいつ人間じゃねえだろ。

どんだけ差をつけてたと思ってんだ!

 

ていうか背中に柔らかい豊満な圧力が……って違う!そんな暇はねぇんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

「離せ戦兎!……わりぃ、俺急いでんだよ!行かなきゃならねえんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。立ち止まってる暇はねえ。

あいつの、香澄の笑顔を見るまでは……

 

 

 

 

 

 

 

「え?わたしたちがバカバカ言ってたから怒ってたんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が間の抜けた声を現す。

いや確かにバカにされんのはムカつくけど違う!

 

そんな場合じゃねえんだっつうの!!

つかこいつどんなバカ力してんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

「離せ……つぅの!!俺は行かなきゃ行けねぇんだよ!俺の……大切な彼女が危ねえかもしれねえんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

くそ、そうこうしてるうちにも香澄が……

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

あ"ー!ったく……

時間がねえって言ってんのによ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――スタークがそんな事を……」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎は髪を掻きながらボソボソと呟く。

分かったらさっさと離してくんねえかな!

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳だ。香澄が連中に捕まったって決まってる訳じゃねえけど、あんな事を言われたばかりだしよ」

 

 

 

「……それに電話にも出ねえ。心配だから今から行くことにしたんだよ。だからさっさと離せ!!」

 

 

 

 

 

 

 

鼓動が早くなる。

まるで心臓が、早く助けに行けと囁いているように。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。うん。よし!わたしも一緒に行く!」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

何言ってんだこの自称天才バカ力女は。

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇには関係無いだろ!?こいつは俺の問題だ!てめぇが出てくる問題じゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渇いた音が、兎と龍の空間に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけんな」

 

 

 

 

 

 

 

……痛ぇな。何すんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は。さっきマスターが言った言葉を忘れたのか?お前は……もう家族だ。わたしたちの家族。一緒に居る期間が長いとか、短いとか関係無い」

 

 

 

「……記憶が無いわたしにとってはそんなもの意味は無い。万丈。お前はもうわたしの、わたしたちの家族だ。それを……お前は関係無いって言うのか?」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の静かな怒りが俺を包む。

でもなぜか。全く不快じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪い」

 

 

 

 

 

 

 

精一杯考えて、こんな事しか言えない自分が無性に嫌になる。

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、二度と言うな。関係無いとか。約束」

 

 

 

「……おう」

 

 

 

 

 

 

 

消え入りそうな小さい声で、俺は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、じゃあ彼女さん救出に向かうよ!ほれ、一度戻ってバイクで行くから!早く!!」

 

 

 

 

 

 

 

まだ出会ってほんの少ししか経ってねえのに。

なぜだろう。こいつは俺の心に簡単に入ってきやがる。

 

 

 

マスターもそうだ。美空も。

あの笑顔が、俺をほわっと暖かくさせる。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな気持ち、香澄以外、初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……すぐに会いに行くから待ってろよ!香澄!!

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!!さっさといくぞ!戦兎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここだ」

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい光景。捕まる前はしょっちゅう来てた香澄が住んでるアパート。

試合終わったあとによく2人で飯食ったっけな。

 

 

 

俺が捕まってからまだそんなに経ってないと思うけど、随分久しぶりな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

後ろに居る戦兎を見ずに語りかける。

あいつは無言で俺の後に着いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

202っと……ここだ。

 

 

 

 

 

 

 

……お願いだ。居てくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「香澄!香澄!!居るんだろ!?俺だ!龍我だ!!万丈 龍我だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

ドアを乱暴に叩き、香澄の反応を期待する。

お願いだ。出てきてくれ……

 

 

 

 

 

 

 

「香澄!?居ないのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

……くそ。ふざけんな!ふざけんな!!

 

 

 

 

 

 

 

ふと横から伸びてきた戦兎がドアノブに手を当て、ゆっくりと回す。

こんな状況にも関わらず、たったこれだけの仕草が綺麗だな、と思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……空いてる」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が呟いてすぐ、土足だということも気にせずに中へと奔る。

だめだ、嘘だ。やめてくれ。それだけは……

 

 

 

 

 

 

 

部屋には誰も居ない。争った形跡もない。

俺の知っているいつもの部屋だ。

 

 

 

もしかして、鍵を閉め忘れて出かけたのか?

 

 

 

……そうだ。香澄はそういう所がある。ちょっと抜けてる所が。

そうだ。きっとそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

「……万丈。これ。あっちの机にあった……」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が俺に手紙を渡してきた。表情は暗い。

なんだよ、やめろよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お前の最愛の女《小倉 香澄》は預かった。

 

生きて返してほしくば明日14時、お前らの思い出の地に来い。

 

来なかった場合は、女の命は無いと思え。

 

 

ナイトローグ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそがあああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

全身に憎悪の龍が駆け巡る。

俺を俺じゃない別の何かに変えてゆく。

 

 

 

殺す。潰して殺す。切り刻んで殺す。目玉を抉り殺す。五臓六腑を撒き散らし殺す。脳漿を吐き出して殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――万丈!万丈!!!」

 

 

 

 

 

 

 

……俺は、何を。

 

 

 

戦兎の声で意識が少しずつ晴れていく。

なんだ?さっきまでの感じ……

 

まるで全身が黒くなっていって、意識がどす黒くなるような……

なんだったんだ、今のは……

 

 

 

 

 

 

 

違う、それどころじゃない……

香澄が……!香澄が!!

 

 

 

 

 

 

 

「万丈。落ち着いてね。香澄さんは多分あの蝙蝠みたいな奴に捕まってる」

 

 

 

 

 

 

 

蝙蝠……?蝙蝠……!

俺の身体を弄りまわした、あの蝙蝠!!

 

あの蝙蝠が、香澄を……

 

 

 

 

 

 

 

「万丈!だめ!!気をしっかり持って!!」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉でまた俺を取り戻す。なんなんだ。

自分の身体じゃないみたいな錯覚が……

 

 

 

 

 

 

 

「この手紙には、【生きて返してほしくば】って書いてある。大丈夫だよ万丈。香澄さんは、生きてる」

 

 

 

 

 

 

 

生きてる、戦兎がそっと優しく放った言葉が頭に響く。

そうか、そうか。香澄は生きてる。

 

 

 

香澄……香澄……

 

 

 

 

 

 

 

「相手もバカじゃない。人質の香澄さんの命を奪うような真似はしないよ。……多分罠だろうけど、絶対大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

香澄……待ってろよ……

俺が、俺が絶対に香澄を助けるから……

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず一度、nascitaに戻ろ?みんなも心配してる」

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

……ありがとな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お帰り!!!……万丈!さっきは、ごめん……」

 

 

 

 

 

 

 

帰ってくるなり美空が盛大に謝ってきた。

なんだ?一体なんかあったのか?

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、何が?」

 

 

 

 

 

 

 

全く状況がわからない。

どちらかと言うと俺が謝らなきゃいけない気がすんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

「万丈にバカバカ言っちゃったから、怒ったかと思って……ほら、あんな事あったばっかだし……」

 

 

 

 

 

目を潤ませながら声を震わす美空。さっきとは別人みてーだ。

こんな所マスターに見られたらブチ切れられそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そんな事気にしてねえから気にすんなよ。出掛けてったのは……別の件だから」

 

 

 

 

 

 

 

口ごもってしまう。

……今何も出来ない自分に腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

「それよりもね、美空。万丈の彼女がナイトローグに捕まったの。ほら、ナイトローグってやつはわたしたちが言ってた蝙蝠やろーのこと」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の言葉で更に実感する。

あの、あの忌まわしい蝙蝠に香澄が捕まってしまったという事を。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば美空、マスターどこいったの?マスターにも伝えなきゃと思ったんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

そういえばマスターが居ない。

まあバイトしてるって言ってたし、忙しいんだろうな。

 

 

 

店にも客が来ねえみたいだし。

 

それなのに俺なんかに住めって言ってくれんだもんな……

人が良すぎるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、うん。お父さん、バイト行ってくるってばたばたしながら行っちゃったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

こんなに良くして貰ってんだ。

……あんまり心配かける訳にはいかねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……あのさ、万丈。こんな時にだけどさ。……万丈って香澄さんのこと大好きだったんだね」

 

 

 

 

 

 

 

……俺の、俺にとって唯一の存在だからな。

代わりが居ない、唯一の、俺の、太陽だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。俺にとって、かけがえのない人だから」

 

 

 

「よかったら、聞かせて?香澄さんのこととか、後はまあてきとーに万丈の事とか」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎と美空が眼を輝かせながらこっちを見てくる。

ホントに女子ってのはこういう恋バナってやつが好きなんだな。

 

つうか俺のはてきとーでいいのかよ!!

 

 

 

ったく、恥ずかしいっつうの。

 

 

 

 

 

 

 

……まあ、いいけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わーったよ。あいつの名前は小倉 香澄。俺が出会った中で、最高の人だ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あいつはさ、俺が出会った時から既に身体がすげえ病弱だったんだ。

入退院繰り返すような日々。

でも、あいつはいつも笑顔だった。

 

 

ちょっと身体が元気な日にはよく出掛けた。色んな所に行った。

あいつは和食が好きだったから外食は大体和食。

俺はホントはラーメンが好きなんだけどよ。

でも、香澄が笑ってくれるならなんでも良かった。

 

 

 

映画も好きでさ。よく観に行った。

お嬢様みたいな見た目で大人しい優しい性格してんのに、ホラー系とかスプラッター系の映画が好きでな。

俺もそのうちそういう映画が好きになった。

 

 

 

身体が元気な日に試合がある時は、観に来てくれたよ。

あんなむさい中に1人だけ白いワンピースを来たお嬢様が居るからすっげぇ目立ってな。

ニコニコしながら手ぇ振り上げて「頑張れー!龍我ー!」って言ってんだよ。

ちょっと恥ずかしかったけど、めちゃくちゃ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして……やっぱり一番は桜、かな。

香澄は桜が大好きでさ。よく2人で見たんだ。

桜を見る度にいうんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また一緒に、見に来れるかな」 ってさ。

 

 

 

 

 

 

 

……確かに病弱だったけど、治せない病気じゃなかった。

金があればなんとかなる、だから俺も色々頑張った。

 

 

 

 

 

でもさ、頑張る先を間違えちまった。

 

金になるからさ。俺、八百長試合しまくったんだよ。

香澄のためだから。全く嫌じゃなかった。

これで香澄を治すんだ、って。

 

 

 

でもバレちまってさ。格闘技界を永久追放されちまった。

 

 

 

 

 

 

 

でも金がなきゃ、香澄をまた桜の樹の元に一緒に行くことが叶わなくなる。だから奔放したよ。

でも俺ろくに学校出てねえし、なかなか今のご時世厳しくてな。

 

 

 

そんな中、香澄がある人を紹介してくれたんだ。

確か……学者かなんかだったな。

名前は……なんだっけ、確か《葛城 月乃》だとかいう女だ。

 

 

 

で、その女の所に行けば仕事を紹介して貰えるって香澄から教えてもらったからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

行ってみたら……死んでた。

 

 

 

 

 

 

 

状況を理解出来ないで居たら守衛兵たちが大勢来て、捕まった。

その後はこっちの話もろくに聞かねえで監獄送りさ。

 

 

 

 

 

 

 

そんな頃だ。監獄暮らしにも少し慣れてきた時だな。

後ろから注射みたいなの刺されて気失ってさ。

 

 

 

後は戦兎と同じ様な感じ。人体実験されたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、香澄と俺の話だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――素敵」

 

 

 

 

 

戦兎が目を輝かせて視線を飛ばしてくる。

 

だから言いたくねーんだっつの!

……恥ずかしいしよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……でもさ、香澄、さんってちょっと怪しくない?ほら、万丈にその葛城 月乃って人を紹介したのも香澄さんだし……」

 

 

 

 

 

 

 

美空が俺を窺いながら呟く。

 

違う。香澄が俺を嵌めるわけねえ。

……きっと何かあったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……わかんねえ。わかんねえけど!香澄はそんな事する様な奴じゃない!きっと……きっと何か事情があったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

唇を噛み締める。俺は、俺だけは香澄を信じる。

こいつらが俺を信じてくれたように、俺も香澄を……

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ!話は香澄さんを救出してからにしよ!それからそれから!」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎……ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

「……確かにそうだし!きっと何かあったんだよ!大丈夫大丈夫!」

 

 

 

 

 

 

 

美空……わりぃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……絶対、絶対助けるからな、香澄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とーこーろーでー!万丈くぅん?随分と香澄さんにお熱なようですねーえ?えぇ?うらやましーなー!わたしもそんな人がほしーなー!あーあ!うらやましーなー!!」

 

 

 

「ほんとだしーぃ?香澄さんの事を話す万丈くぅんの眼はきらきらと輝いていましたもんねーえ?私もそんな風に思ってくれる王子様に早く出会いたいしー!うらやましーしー!!」

 

 

 

「うっせーな!茶化すんじゃねーよ!!だから言いたくなかったんだっつーの!!おい!待て!!逃げんな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――おいローグ。こいつァ一体どういうことだ?』

 

 

 

 

 

 

 

静かなる悪の巣窟。相対するは黒と朱。

 

 

 

 

 

 

 

『――どういうこと……だと?何の話だ?』

 

 

 

 

 

 

 

王座に君臨せし蝙蝠。

その蝙蝠に突き刺さる様な視線をとめどなく放つ蛇。

 

 

 

戦慄が走る。

 

 

 

 

 

 

 

『――っ。言ったはずだろう?ここでは俺が王だ。……それに。これはやつの成長のためだ』

 

 

 

 

 

 

 

言葉を詰まらせる暗黒の蝙蝠。

顔は見えないが、おそらく額からとめどなく汗が滴っている。

 

 

 

 

 

 

 

『……あまり勝手に事を進め過ぎるな。忘れるなよ。俺を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけ言い残し、鮮血の蛇は何処と無く消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――どいつもこいつも……くそがァ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝙蝠の怒号が、哀しき闇に振動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よし、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

晴れやかな空。香澄が大好きな晴天。

あいつの嫌いな雨じゃなくて良かった。

 

 

 

準備はバッチリだ。

香澄の事を考えるとなかなか眠れなかったけど、頭ははっきりとしている。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

「よっし!香澄さんを助けに行きますか!」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎も気合い充分、って感じだ。

 

そういやマスターは帰って来てないみたいだな……

意外と忙しいんだな、あの人。

 

 

 

 

 

 

 

「2人共……気をつけてね」

 

 

 

 

 

 

 

美空が真剣な眼差しで見つめる。

大丈夫。ガツンとやってくるからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……よし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「行ってきます!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここだ。俺と、香澄の思い出の場所」

 

 

 

 

 

 

 

誰に語りかけるわけでもなく、呟く。

 

そう。香澄との思い出の場所。

それは……ここしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄の大好きな、桜の樹がある、この場所。

香澄との、約束の地。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――やっと……会えたな。初めまして、は可笑しいか』

 

 

 

 

 

 

 

この声……覚えてるぞ……

あの忌々しい研究所にいた、あの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……あんたがローグとかいうクソ野郎か」

 

 

 

 

 

 

 

俺より先に戦兎が反応した。

その眼には憎しみが迸っている。

 

 

 

 

 

 

 

『なんだ。モルモットも一緒か……まぁ、丁度いい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうだ。俺がローグ……ナイトローグだ』

 

 

 

 

 

 

 

あの顔、あの姿、あの声。

忘れもしない。憎き敵。

 

 

 

 

 

 

 

……だが、それどころじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいクソ蝙蝠野郎。てめぇには色々聞きてえ事があるがな、それよりもまず香澄だ!香澄はどこだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

自分の事なんてどうでもいい。

まずはあいつを……

 

 

 

 

 

 

 

『あー……あの女か。いいだろう教えてやる。……だがな、まずはこいつと戦ってからにしてもらおうか』

 

 

 

 

 

 

 

そういった蝙蝠野郎の後ろから、もう見慣れたスマッシュが現れる。

 

くそっ、くそが!!

早く、早く香澄を返せ!!

 

 

 

 

 

 

 

「……そいつを倒せば、香澄さんを返すんだな?」

 

 

 

 

 

 

 

感情が無いような、冷たく刺さる声で戦兎が蝙蝠に対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

『……クク。あぁ。あの女の居場所を教えてやろう』

 

 

 

 

 

 

 

蝙蝠野郎がその言葉を吐いた瞬間、戦兎が取り出す。

“正義のヒーロー”の力を与えるアイテムを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビット! タンク!】

 

 

 

【ベストマッチ!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「……変身」

 

 

 

 

 

 

 

【鋼のムーンサルト!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンク!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

「……すぐに終わらせる。待ってて、万丈」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎は俺に語りかけた瞬間、目にも止まらぬスピードでスマッシュに詰め寄った。

 

 

 

大振りなスマッシュの攻撃を簡単にいなし、的確に打撃を加えていく。

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオォォォオ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ドリル状の剣のようなものを呼び出し、電光石火の連撃を喰らったスマッシュの声にならない叫びが辺りを包む。

 

 

 

 

 

 

 

お願いだ。頼んだぜ、戦兎……

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね。今、終わらせてあんたも元に戻してあげるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝利の法則は……決まった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Ready go!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ボルテックブレイク!!!】

 

 

 

 

 

 

 

エネルギーを纏った刀身が勢いよく回転し、轟音をあげる。

こんな攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 

迷い無く突き進む戦兎。

あともう少しで、香澄が……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あぁ。そういえば夢中になって言い忘れてたよ、万丈。お前の愛する女の居場所だったなぁ』

 

 

 

 

 

 

 

『……そこだよ。そこ。そこに居るだろ?今お前らの目の前に居るだろう?その化け物 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そのバーンスマッシュがお前の愛する女だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

香澄が……スマッシュ……?

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ万丈!スマッシュになったとしても、倒した後にガスを抜き取れば人間に戻る!!」

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。そうだった。

そうだそうだ。忘れてた。

 

倒しても、ガスさえ抜き取れば香澄は元に戻る。

元の、俺の愛する香澄に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……残念だ。非常に残念だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『確かに、スマッシュになった人間を倒したとしても、ガスを抜き取れば人間に戻る事ができる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何が言いてーんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だが、ハザードレベルと呼ばれる肉体的な数値が1以下の場合。その原理は通用しない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やめろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つまりハザードレベル1以下の人間は、ガスを抜き取られるとどうなるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……答えは簡単だ。肉体が消滅する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願いだ……やめてくれ……

 

 

 

 

 

 

 

それ以上……言わないでくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残念ながら。小倉 香澄のハザードレベルは1だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……あ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしそのスマッシュを倒し、ガスを抜き取れば……小倉 香澄は消滅する』

 

 

 

「あ……あ……あ……」

 

 

 

 

 

 

 

香澄が……消滅……?

か……すみが……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死……ぬ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああぁああああぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロォォォォォォグウウウウ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

許さない……!!

お前だけは!絶対に!!わたしの手で!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……いいのか?俺に構ってそのスマッシュを放っておけば大惨事になるぞ?……どれだけ、人が殺されていくだろうな』

 

 

 

 

 

 

 

くそ、くそくそくそっ!!

こんなやつに、こんなやつに万丈の最愛の人が!!!

 

 

 

どうすれば……どうすればいい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ……あ……」

 

 

 

 

 

 

 

香澄が……香澄が消滅する?死ぬ?

なんで……?なんで、なぜ香澄がそんな目に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ほら!龍我ったらまたラーメンばっかり食べてるんだから!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【映画、何見る?……やっぱりホラーでしょ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【試合お疲れ様!……えへへ、応援してたら喉枯れちゃった】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【また一緒に……観に来れるかな】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄……香澄……かす……み……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

スマッシュが近くに居た万丈に襲いかかろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

香澄さん!!その人はあなたの!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やば……間に合わないかも……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈!意識を取り戻して――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

ふっと気付いた時、スマッシュが……香澄がもう目の前に居た。

 

 

 

そうか……俺は、香澄に殺されるのか……

香澄が居ない世界なんて俺にとっては……

 

 

 

……このまま殺してくれ。

 

 

 

香澄を救うことすら出来ない俺なんて、せめて香澄の手で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――殺された、そう思ったが痛みはない。

 

 

もう死んだのか。

そうか。痛みを感じる間もなく殺してくれたのか。

香澄の、最後の優しさなのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――自我が……あるだと?』

 

 

 

 

 

 

 

え?自我?どういうことだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――かす……み?」

 

 

 

 

 

 

 

目の前のスマッシュは、振りかざしていたはずの右腕を、左腕から放出した炎で焼き切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香澄……なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

涙が滝のように押し寄せる。

止まることを知らぬ流れのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご……めんねぇ……りゅう……が。わた……し、どんくさ……いからさぁ。こん……なのに……されちゃったぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄……香澄!!!

 

 

 

 

 

 

 

「もういい……もういいんだ……大丈夫。俺がいる。俺が着いてる。一緒に帰ろう?な?」

 

 

 

 

 

 

 

もういいんだ。大丈夫だから。

……一緒に帰って、笑い合おう。香澄……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……ねえ。いっしょには……かえれないや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛いよな、苦しいよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……いしきが……なくなり……そう……なの。だか……ら、せめてさい……ごは、りゅうが……が、わた……しを、こわ、して?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってんだよ!お前が暴れたら俺が止めてやる!!!だから、だからそんな事言うな!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめだ……やめてくれ香澄。

そんな……そんな事言わないでくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わた……し、ひと……を、ころ……すかい、ぶつなん……て、いや」

 

 

 

 

 

 

 

「それ……に、ね?か……いぶつに……のっとら……れたま……ま、しにた……く、ない……の。だか……ら、ね?おね……がい、りゅ……うが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄……香澄……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りゅう……がの……しって……る、わた……しのま……ま、こ、ろ……して?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

か……すみ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオォォ!!!グガアアアァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

――一瞬、香澄さんに戻って……た?

 

 

 

……いや、でもまた暴走してる。

それよりも早く万丈を!!

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎、この剣……借りるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

え!?万丈!?いつの間に……

ていうかそれ!生身じゃ扱えないから!!

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。俺には、香澄の想いが詰まってるから」

 

 

 

 

 

 

 

え?万丈……?

泣いて……る……?

 

 

 

 

 

 

 

もしかして……!!

 

 

 

 

 

 

 

「香澄。お前の事は、俺が止めるよ」

 

 

 

 

 

 

 

その時の万丈は、悲しく。でも暖かく。

優しく微笑んでいた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら。香澄……ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万丈おおぉ!!!待ってええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今、スマッシュが自分から刺されに行ったような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その冷たい刀身に、 深々とスマッシュが刺された――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――香澄!香澄!!」

 

 

 

 

 

 

 

あの時、香澄は抵抗もせず、むしろ自分から刺さりに来た。

間違いない。間違える訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎がガスを抜き取ってくれた香澄は、もう間もなく光の粒となり消えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「香澄!香澄!!!」

 

 

 

 

 

 

 

分かっていても、受け入れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍我……?」

 

 

 

 

 

 

 

今にも消えそうな声で語る香澄。俺の最愛の人。

その表情は晴れやかで、涙で崩れてる。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとね……最期もワガママ言っちゃって……ごめんね。いつもいつも……」

 

 

 

 

 

 

 

そんな事ない!そんなわけない!!

香澄に迷惑ばかりかけてたのは俺なのに……

 

 

 

 

 

 

 

「私……いつもいつも龍我に迷惑かけてた……だからね、いつも思ってた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私と出会わなければ、もっと幸せな人生があったはずなのに……ごめんね……」

 

 

 

 

 

 

 

なんでそんな事言うんだよ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな!!これ以上の人生があってたまるかよ!……俺は……お前に、小倉 香澄という存在に出逢えて……最高に幸せだった……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

俺も、香澄も涙が止まらない。

 

 

 

嫌だ、消えないでくれ。

もっともっと俺の傍で笑っていてくれ。

 

頼むから……俺を1人にしないでくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、うん。ありがとう、龍我。……あのね?龍我……貴方に言わなきゃ行けないことがあるの……」

 

 

 

「なんだ!?どうした!?」

 

 

 

 

 

 

 

「……私のせいで、お金のために八百長試合してたの、知ってた……ずっとずっと龍我に申し訳なかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからね、なんとか龍我を格闘技に復帰させたくて……そんな時に鍋島って人に出会ったの……その人が、あの葛城 月乃って人の所に行けば、龍我が格闘技に復帰出来るって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そしたら、龍我が殺人犯だなんて……ずっと早く謝りたかったの……本当に、ごめんなさい、龍我……」

 

 

 

 

 

 

 

喋るのももう凄く辛いだろうに。

いいんだよ。そんな事……

 

 

香澄が俺の事を嵌めるはずないなんて俺が一番よくわかってる。

だから、もう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね。もう……無理そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラーメンばっかり食べてないで、ちゃんとご飯食べてね?……筋トレも無理しないで……あと、龍我が無実だって事が、みんなに伝わるように祈ってる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あとね。龍我は良い男だから、すぐにいい人が見つかるよ……だから、私の事なんて……早く、忘れてね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙で香澄の顔が見えない。

もっと、もっともっとこの眼に香澄の顔を残したいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前だけが、俺の最愛だ……忘れんな。もう、何処にも行くな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね……また、会えたらいいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

いやだ……待ってくれ!!

行くな、行くな香澄!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てよ!行くな!!約束しただろ!?また、一緒に桜を見ようって!!なぁ!!香澄!!!逝くな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

待ってくれ……香澄……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっと、あの桜の樹から……ずっとずっと龍我を見守ってるから……約束の場所で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最期にその言葉を遺して。

香澄は光となり天へと登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香澄ぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――まさかな……たかだかハザードレベル1のスマッシュが、一瞬とはいえ自我を取り戻すとは……興味深い』

 

 

 

 

 

 

 

ローグ……こいつが……

こいつのせいで香澄さんが……

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……絶対に許さない……!!」

 

 

 

 

 

 

 

香澄さんの命を、万丈の心を……

わたしの全てを弄んだこいつだけは!!!

 

 

 

 

 

 

 

『ふん。だからどうしたというのだ?……まぁいい。貴重なサンプルはとれた。俺はここで撤収するとしよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃がすと思ってんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の瞳に憎悪の炎が宿る。

やばい、またこの前みたいに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――おいおい、盛り上がってんじゃねぇか?んん?』

 

 

 

 

 

 

 

現れる血塗られた狂気。

それはまさにゲームメーカー。

 

 

 

 

 

 

 

「お前も……まとめて殺してやる……」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の全身から殺気が迸る。

まるで、闇を纏うような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わりぃなぁ、【愚かな龍】?今日は急ぎでよ。また今度な。』

 

 

 

 

 

 

 

『……戦兎、その龍から目ェ離すなよ。言っただろ?闇に堕ちるぞ、ってよ。その産まれたての龍は既に堕ちかけてっからな。という訳で、Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

そう言った蛇は、蝙蝠と共に煙を誘い消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くそ……くそ!!!俺は……何もできなかった……」

 

 

 

 

 

 

 

大切な人を目の前で失った想い……わたしが簡単に口を出してはいけないことだと思う。

 

 

 

でも……このまま、になんて。出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ戦兎……俺、強くなりたい。護れる強さを!!!……もう、こんな思いは嫌だ……」

 

 

 

 

 

 

 

……うん。わかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった……護れる強さを。でも、忘れないで万丈。その強さは破壊する強さや憎しみの強さじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かを護れる……弱き者の味方になれる、そんな“正義のヒーロー”の強さってことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしがマスターに教えて貰った“正義のヒーロー”としての強さ。

わたし自身も忘れてはならない矜恃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くなろう、万丈。わたしも強くなる。一緒に……もっともっと強くなろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄さんが舞っていった青空に、わたしたちは誓う。

桜吹雪に誘われるように、天高いあの宙へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ぐっ!……何をするスターク!?』

 

 

 

 

 

 

 

人を拒むような森林で対峙する蛇と蝙蝠。

先程の威勢がよかった蝙蝠が、見事に弾き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……それは俺の台詞だローグ。なぜ万丈の女をスマッシュにした』

 

 

 

 

 

 

 

蛇が蝙蝠を睨む。その肉体からはおぞましい程の気が放たれる。

それは、狂気というよりも憎悪に近いモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くっ……ああすれば万丈のハザードレベルはより高まる!!これも全て計画のためなのだ!!!なぜわからない!?』

 

 

 

 

 

 

 

なりふり構わず絶叫する蝙蝠。

それはまるで、玩具をねだる幼子のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……もう一度だけ言ってやる。二度目はない。……勝手な事をするな。俺が全てを担う。その事を絶対に忘れるなよ』

 

 

 

 

 

 

 

何かを吐き出すように呟く蛇は、存在しなかったかのように煙と共に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くそ……なぜ誰もわからない!?俺は……俺はァ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ……こうなる事をわかっていた自分が居たのが。本当に嫌になる……」

 

 

 

 

 

 

 

心が重い。思考する事が嫌になる。

もう何もかもが嫌になる。

 

……でも、やめることは許されない。

 

 

 

 

 

 

 

「……全ての罪は、俺だ。全部俺が背負うさ……」

 

 

 

 

 

 

 

みんなが居る場所。

俺が唯一心から笑顔になれる場所。

 

他愛のない、それでいてかけがえのない日々を過ごせる場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「nascitaで何シタ?……ってね」

 

 

 

 

 

 

 

……進むしかない。

自分が何をすべきなのか、それを忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈、俺だけを……

俺の全てだけを憎んでくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、お父さんおかえりー!あのね、さっき万丈たち帰ってきたんだけどさ、また――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おう!ただいま!そうかそうか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








万丈「香澄……見ててくれよ。俺、強くなるから」




戦兎「なーに独り言言ってんの?きもち悪っ」

美空「そういう立ち位置狙ってんの?むりむり」

惣一「おいおい、やめなさい!!」




惣一「いいかね?男というのは厨二病という黒歴史の期間があってだな、こういう時は優しく見守ってあげるのが……」





万丈「あのなぁ……お前らはもっとこうないの!?励ますとか!」

戦兎「ないね」

美空「ないし」


惣一「ねえなぁ。それより腹減らない?なんか食べようよ」

戦兎「わたし卵焼き!」

美空「私はパスタがいいし!」

惣一「おうおう。万丈は?」



万丈「はぁ……ラーメン!プロテインラーメン!!特盛!!!」



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phase SPECIAL 〜人物紹介〜





惣一「いやー。やっとですか。やっと人物紹介ですか」

戦兎「まあ序盤は謎に包まれていましたからのー」

美空「というか私の出番少なくない?前回はほぼ万丈メインだったし!」

万丈「ふっふっふ!俺こそが主人公だからな!!」

香澄「あらあらまあまあ。うちの龍我がすみませんねえ」

惣一・戦兎・美空「「「香澄さん!?」」」

万丈「香澄っ……お前……!」

香澄「ふふふ。よくわからないんだけど、ここに行け、って言われたの」

惣一「なるほど……これが作者パワーか……」

戦兎「何ぶつぶつ言ってんのマスター?」

惣一「まあいいじゃねえの!万丈も嬉しそうだしな!」

万丈「がぁずぅみぃいぃぃー!!!」

香澄「あらあらまあまあ。鼻水出ちゃって。相変わらず子供みたいね。龍我は♪」






 

 

 

 

 

 

Data,1 石動 惣一

 

性別:男

 

仮面ライダー???

 

年齢:30歳代→40歳代(中身の人は20代前半→30代前半)

 

身長:182cm

 

体重:61kg

 

職業:元宇宙飛行士 現Cafe nascitaのマスター

 

 

●本作の主人公。(惣一「え?影が薄い?黙れ小僧」)

宇宙飛行士として火星探査船のクルーとして乗船。火星に着陸し、探査の際に《パンドラボックス》を発見する。

その後《エボルト》と名乗る地球外生命体に寄生され、地球へと帰還。

火星探査の帰還セレモニーの際にパンドラボックスに触れ、《スカイウォール》という壁を発生させる。これが俗に言う《スカイウォールの惨劇》である。

その後《葛城 忍》という物理学者ととある計画を密行していたが、偶然の事故?により、別世界の名もなき青年が憑依してしまう。

最初は困惑を示す彼だったが……

 

10年後の世界では《nascita》のマスター。

実の娘の《石動 美空》と《桐生 戦兎》と共に暮らしていたが、数奇な運命により《万丈 龍我》も共に暮らす事になる。

戦兎、万丈の事を実の家族として接しており、娘、息子と呼んでいる。

 

コーヒーをこよなく愛しているが、味は絶望的。その異常さは美空や戦兎から兵器と呼ばれる程。

全般的にビターな味を好み、パティスリー鴻上のダークチョコケーキを絶賛している。(惣一以外には大不評らしい)

最近、そのダークチョコケーキが廃止されるという噂を耳にして絶望気味である。

 

性格は不真面目なおっさん。(戦兎「間違いない」)

基本的におちゃらけているが、時たまに真剣な表情で諭し、叱る。

10年前の彼とはだいぶ性格や口調も変わっており、その時はまだ今よりも真面目だったのだが……何が彼を変えたのだろうか。

 

真意のわからない行動が多く、戦兎の記憶喪失の件を「俺がやった」と呟いているなど、不可解な行動が多数あり、真意は不明。

【計画】という何かが関係しているらしいが……

 

 

 

 

 

 

 

Data,2 桐生 戦兎

 

性別:女

 

仮面ライダービルド

 

年齢:14歳→24歳

 

身長:154cm

 

体重:(戦兎「秘密に決まってるでしょお!」)

 

職業:元ニート。現東都先端物質学研究所 研究員

 

 

●本編のもう1人の主人公?ヒロイン?(戦兎「ヒロインだろどう考えても」)

記憶喪失者であり、自身の過去を全て覚えていなかったが、万丈との出会いにより記憶が断片的に戻った。本名は謎であり、親代わりである惣一が名付けた。

その記憶によると、自身もなんらかの人体実験を受けたようである。

非常に天才的な頭脳を持ち、自身の武器も作成するほど。また、【人類の科学の先を行っている】とされたボトルをも完成させた。

 

自身の家族と公言している惣一、美空の事を非常に大切な存在として認識しており、最近加入した万丈の事も大切な家族だと思っている。

 

口がかなり悪く、敬語が苦手。頭もボサボサであるが、顔は非常に整っている。実はかなりの美女。また、かなり豊満な核弾頭を2つ装備しており度々美空に冷たい視線を送られている。(美空「黙れ刻むぞ」)

実は最近夜食のせいでお腹周りが……(戦兎「ちょ、やめろ!それ以上は言うなああぁぁあ!!」)

 

性格は良くも悪くも自己中心的。世界は自分を中心に回ってると本気で思っている節がある。

好きと嫌いがはっきりとしており、嫌いな対象には凄まじい嫌悪感と憎悪の意思を示す。

心の中でその人のあだ名やイメージをつけるのが趣味。

 

恋愛事には興味津々だが、自身の事となると急に焦り出す。

父親代わりである惣一がかなり気になっているが、その感情が親に対するものなのか、異性としての感情なのかは自身でもよくわかっていない。(惣一「え?そうなの?」 戦兎「そんな訳ないだろ中年」)

 

甘いもの全般が大好きで、特にパティスリー鴻上のモンブランが大好き。ピーマンとにんじんと苦いものが苦手。

 

仮面ライダービルドとしてスマッシュを倒しており、その考えは惣一によるもの。惣一を盲目的に信用している節があるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

Data,3 石動 美空

 

性別:女

 

年齢:8歳→18歳

 

身長:147cm

 

体重:(美空:刻むぞ♡」)

 

職業:nascita 店員 家事全般 ?

 

 

●石動 惣一の実の娘。本作のヒロ……イン?(美空「なんか文句あんのか」)

前述したセレモニーの前にパンドラボックスに接触しており、その後意識を10年間近く失い、昏睡状態であった。

その後戦兎が来る半年程前に意識を回復したが……(惣一「おっとこのお話は本編でだ!」)

早くに母を無くしており、物心着いた時から父と二人暮らしだった。

また、様々な一件があり1人を嫌う。

この一件のせいで外出が全く出来ないというが……?

 

戦兎程ではないが、甘いものが好物。特にパティスリー鴻上のショートケーキが大好きである。

ショートケーキに並々ならぬ思いがあるらしいが……?

 

本来はかなり口が悪く、いつも気だるげだが根は純粋。

父の惣一はもちろんの事、戦兎や万丈の事も本当の家族だと心から思っており、特にスマッシュ退治に出かけた戦兎が無事に帰ってくると、普段からは考えられないような安堵の表情を見せる。

 

性格は強がりでいて、尊大。

周りに言い出せず我慢してしまう事がかなりあり、強がってしまう。それが周りから誤解されてしまうのではないかと惣一は懸念している。

また、金(ドルク)にシビアであり、ことある事に「バイト代ほしいし」や「はい。バイト代」と請求している。

 

身体の発育は……かなり控えめ。(美空「あ"?」)

豊満なモノを持っている世の女性を敵対視しており(美空「本当に刻むぞ」)、幼児体型と呼ばれると怒り狂(美空「てめえちょっと来い作者だがなんだか知らねえが刻み尽くしてやる」)

 

 

……えー。ごほんごほんっ。

容姿はとても、すこぶる整っており、まさに美少女という言葉を具現化したかのような美少女。美女。全てを魅了する女神。この世の美の集合体である。(万丈「わかってやってくれ」)

実はファンがかなり存在し、ファンからスマッシュ目撃情報などを集めている。

なぜファンが?……それはこれからの本編で。(美空「よく出来ました♡」)

 

 

 

 

 

 

 

Data,4 万丈 龍我

 

性別:男

 

仮面ライダー???

 

年齢:12歳→22歳

 

身長:186cm

 

体重:72kg

 

職業:元プロ格闘家 現nascita店員 家事手伝い

 

 

●殺人犯の濡れ衣を着せられ、脱獄してきた男。本作のメインキャラクターの1人。

脱獄し、逃走中の際にスマッシュと東都軍 守衛兵に追われ、捕まりかけるが戦兎と出会い助けてもらう。そしてその際にnascitaへと連れられた。

惣一、戦兎や美空から信じると言われ、家族と呼ばれたのが万丈の孤独だった心を溶かし、奇妙な家族の一員となった。

 

小倉 香澄という最愛の女性が居るのだが、ナイトローグの策略によって捕まってしまう。

香澄から聞かねばならない事、そして何よりも香澄の身の安全のために戦兎と一緒に救出しに行くが……既に手遅れだった香澄は願いが届かずに死んでしまう。

 

その際に自身を罠に嵌めた《鍋島》という人物の名を香澄から聞いた。

香澄が死ぬ直前に語った、自身への真っ直ぐな本当の想いを胸に、万丈は【護れる強さ】を手にいれる事を決意した。

 

性格は天然で素直、直情的な熱血漢。かなり純粋であり、一度走り出すと、周りが見えなくなってしまう。また、人に物事を教えるのが苦手。壊滅的である。

更に極めつけはかなりのおバカであり、文字を書く事すら難しいほど。度々戦兎と美空にバカと呼ばれているが、「筋肉をつけろ筋肉を!」と反論する辺り、擁護する事が難しい。

しかし、惣一、戦兎や美空も万丈が文字をなかなか書けないことは馬鹿にしておらず、戦兎と美空が根気強く教えているようだ。

 

好きなものはラーメンとプロテイン、そして香澄の手料理と香澄。財布には香澄の写真をいれており、いつも持ち歩いている。

嫌いなものは納豆と蝙蝠と蛇。ついこの前も夜中に道端に居た野生の蝙蝠に喧嘩を売っていたらしい(戦兎談)

 

恋愛事はというと、香澄以外の女性に全く興味が無い。

以前、戦兎の豊満なお山に対して少し反応していたが(香澄「詳しくはphase,7を読んで下さい♡……へぇ。私の知らない所でそんな事がねえ……」)、基本的に全く興味がない。(万丈「ま、待て香澄!これには深いわけが!!」)

香澄の事だけを愛し、今もこれからも己の最愛は香澄だけであり、これからも1人で居ることを桜の樹に誓っている。

 

 

 

 

 

 

 

Data,5 葛城 忍

 

性別:男

 

仮面ライダー???

 

年齢:41歳→51歳。

 

身長:172cm

 

体重:56kg

 

職業:科学者?

 

 

●エボルトとしてこの世界に来た“彼”が一番最初に出会い、そして共に何かの計画を成し立てようとしている素性が謎の男。

葛城から“彼”は自身と、そしてこの世界を教えて貰い何かを決めたとされるが、今の所全くの情報が無い。

 

10年前は恐らくなんらかの科学者と思われるが……現在は消息も含め全く不明。

 

“彼”よりも前の地球外生命体であるエボルトの事を知っており、なおかつ自身の事をエボルトの協力者と言っているのだが、その真意は……

 

ちなみに好きなものは鴨南蛮そばと日本酒と家族。嫌いなものはうどんと権力者である。(惣一「おっさん出番少なくなっちゃったよなー……しょうがないけど」)

(葛城忍「そろそろいいだろう。早く出番を寄越しなさい」)

 

 

 

 

 

 

 

Data,6 小倉 香澄

 

性別:女

 

年齢:21歳

 

身長:166cm

 

体重:(香澄「もちろん言いません♡」)

 

職業:無職(入退院のため)

 

 

●万丈の最愛の彼女であり、唯一の人。誰が何と言おうと本作のメインキャラクターです!!(香澄「あらあらまあまあ」)

身体がとても病弱であり、幼少の頃より入退院を繰り返している。

実は実家がかなり裕福な部類だったのだが……《スカイウォールの惨劇》により壊滅的なダメージを喰らい、裕福ではなくなってしまった。

 

生活するのに問題は全く無かったのだが、香澄の病気はかなり珍しく、徐々に筋力が低下し死に至る、という難病だった為に莫大な金が必要であり、そのために龍我は八百長試合で金を稼いでいた。

 

有名な医師に手術を依頼すれば完治すると言われていて、その額も途方もない金額だったのだが、龍我は少しずつ香澄のために貯めていたのである。

 

父、母、祖母、祖父、香澄の5人家族の一人娘であり、溺愛されて育ったために世間知らずな部分やズレた所がかなり見られる。

 

実は隠れ巨乳。(美空「……何?」)

着痩せするタイプであり、脱いだらスゴいらしい。(万丈「おいやめろ何言ってんだこら」)

 

かなり純粋であり、実は龍我が初めての恋人である。

自身が入退院を繰り返していて、なかなかそういった人とも出会わなかったというのもあるのだが、恋愛にかなり鈍感だったというのが一番である。

事実、かなりモテるのだが本人が一切気付いていないだけ。どこのラブコメ主人公だ。

ちなみに告白したのは香澄からである。(香澄「ちょ、ちょっと!やだもう!」)

 

龍我と香澄の出会いは……また違うお話で。

 

龍我とまた桜の樹を一緒に見に行く、その約束をずっと心に秘めて生きてきたが、ナイトローグの魔の手により死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

Data,7 ブラッドスターク

 

性別:?

 

年齢:?

 

身長:201.5cm

 

体重:102kg

 

職業:謎の組織《ファウスト》 メンバー?

 

 

●戦兎と万丈の前に立ち塞がる謎の人物。

鮮血の蛇、血塗れの蛇、狂気の権化とも呼ばれている。

その性格はまさに狂気そのものであり、真意が全く掴めず目的は一切不明である。わかっているのは本人が口にしている、人類全ての敵だということ。

戦兎や万丈にも自らが2人の敵だと公言しており、戦兎、万丈共に敵視している。

 

その姿は全身がその名の通り血塗れのようであり、顔のバイザーのような部分と胸にコブラのような装飾をしている。

 

だがしかし、その言動や行動には不可解な点が多くあり、まるで戦兎や万丈を諭したり成長を促すような発言、2人を助けるような行動も見られている。

現に戦兎は、惣一とブラッドスタークを重ねるような時もあった。(惣一「まじかよ嘘だろ」)

 

戦兎たちにとって宿命にして因縁の組織、《ファウスト》の存在を教えたのもスタークである。

 

また、仲間であるはずの《ナイトローグ》と揉める場面も多々見られており……真の目的は謎に包まれたままである。

 

実力は仮面ライダービルドを余裕で子供扱いするほど。

まだまだ実力を隠しているようである。

 

声は重く、地獄からの呼び声のようであり、恐らくボイスチェンジャー等で変えているものとみられる。

 

 

 

 

 

 

 

Data,8 ナイトローグ

 

性別:?

 

年齢:?

 

身長:197.5cm

 

体重:103kg

 

職業:謎の組織《ファウスト》 メンバー?

 

 

●戦兎や万丈の激しい憎悪の対象となる人物。

暗黒の蝙蝠、闇、蝙蝠野郎(笑)とも呼ばれている。

 

戦兎と万丈の忌々しい記憶、人体実験の際に共通して存在していた。

そのことから、2人の記憶や人体実験の何か手がかりを持っていると思われる。

 

香澄救出作戦の際に、ようやく戦兎たちの前に姿を現した。

その姿は暗闇に潜む狩人。顔のバイザーのような部分と胸に、蝙蝠のような装飾をしている。

 

万丈の最愛の人、香澄が命を落とした元凶であり万丈の仇そのもの。

また、戦兎からも激しい憎悪の念を向けられている。

 

全ては計画のため、としているのだが方向性の違いでスタークと度々衝突している。

その度に「俺が王だ」や「なぜわからない!?」などの発言が見られ、若干子供っぽい一面がある。

 

計画の遂行のために香澄を人質にとり、更には死ぬとわかっていながら香澄をスマッシュにするなど、冷酷非道な思想を持つ。

 

実力は今の所不明だが、スタークに対等……?に話しているため、それ相応の力は持つと思われる。

 

声は低いが、スタークに比べるともっと電子的な音であり、恐らくボイスチェンジャー等で声を変えているものと見られる。

 

 

(ローグ「俺の時だけ誰も何も言ってくれない……そりゃ本編では酷いやつだけどさ……辛い」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。ここまでが現在の【Masked Rider EVOL 黒の宙】の人物紹介です。

 

このお話にまだちょこっとだけしか出てきてない氷室 幻徳、内海 成彰はもう少し活躍してから紹介しますね♪

 

 

あとは名前だけ出ている氷室 泰山や葛城 月乃などなどのメンバーたちはいつ頃参戦するのでしょうか?

 

 

 

 

楽しみに待ってて下さいねー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








香澄「あら……もう終わりなのね……ざーんねん」

万丈「香澄……待ってくれ香澄!」

香澄「……ふんだ!戦兎ちゃんのメロンに鼻の下伸ばしてたくせに!知ってるんだから私!さっき読んできたんだから!phase,7を!」

万丈「ちがっ、違うんだ香澄!!あれはそういう事じゃなくて……」

香澄「もう知らないから!龍我のばーか!あほ!変態!」

万丈「ちょ、待って!待ってかすみぃ〜!!」

戦兎「いやー。ほのぼのしますなー」

惣一「なー。万丈君も喜んどるのー」

美空「そうだのー。とゆーわけで!次回から本編に戻ります!皆様よろしくお願いしますだしっ♡」



万丈「かすみぃー!!待ってー!!!」

香澄「ふん!!知らない!」




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phase,8 乙女の涙と機械仕掛けの蒼い龍





万丈「……ふぁ!?……なんだ、夢かぁ」

美空「どしたの?バカみたいな顔して?」

万丈「うっせ!……よく覚えてねぇんだけどさ」

万丈「夢の中で香澄に会ったんだ。つーかお前らもみんないた」

美空「……あんたがいつまでも落ち込んでるから励ましに来たんだよ!きっと!」

万丈「そうかもな……へっ。なんか怒ってたしな、あいつ」



戦兎「ばんじょー!ちょっと下来てー!」

万丈「はいはい、今行きますよ、っと」



香澄『ふふふ。ちゃーんと見守ってるわよ?私の王子様♪』



万丈「ん?……今なんか……?」


香澄『あらあらまあまあ。戦兎ちゃんが呼んでるから早く行きなさいったら!』


戦兎「はーやーくー!!はよこい!」

万丈「お、おう!今行く!」




万丈「……ていうかどうやって下いくんだ?これ?」

美空「あー、そこ。冷蔵庫。えーっと。ナンバーはね――」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お、おいおい。なんだよこれ!?」

 

 

 

 

 

 

 

冷蔵庫が地下に行く通路の入口ってだけでこちとらびっくりしてんのによ……

なんだここは……!?

 

 

 

 

 

 

 

「んあ?そーいや初めてだっけ?ここ来んの」

 

 

 

 

 

 

 

いや初めてみたわ。

こんな…こんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごいでしょお!ここがわたしが仮面ライダービルドに関する研究・開発してる場所、通称《nascita labo》!実験に関するものも全部揃ってんだよー」

 

 

 

 

 

 

 

呆然としている俺を無視して、戦兎は謎のダンスをし始めている。

いやー……すっげえなおい……

 

 

つうかここに住み始めてもうかなり経つけど、地下室があったのすら知らなかったぞ……

 

 

 

 

 

 

 

「この、タイムマシンみたいのなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

奥にあるでけー何か。なんだこれ?

……電子レンジついてるけど。なにすんだこれで。

 

 

 

 

 

 

 

「えへん!よく気が付きました!それはボトル浄化装置!」

 

 

 

「このレンジの中にガスを封じ込めたボトルをいれて、この……部屋の中に美空に入ってもらって、このゴーグルをつけてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

ほうほう。全くよくわかんねーけど。

 

 

 

 

 

 

 

「んでもって……と。ドア閉めて、美空がおりゃー!ってやったらチーン!ってなってバァン!ってレンチンされてはい出来上がり、って感じ。簡単でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

ほー……なるほどなー……

 

 

 

 

 

 

 

「うん。まっっっったく1ミリもわかんねえ」

 

 

 

 

 

 

 

つかなんだレンチンて。

やっぱあれ電子レンジだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁ……まあしょうがないね。おバカなばんじょーには理解出来ないだろーしさ!」

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず今俺がバカにされたのは何となくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「てめっ、誰がバカだごるあぁぁ!」

 

 

 

「まあまあ落ち着きなさいや。はいコレ」

 

 

 

 

 

 

 

ん?なんだこれ?……蒼い……ボトル?

なんか龍の装飾みたいなのがあるけど……

 

 

 

 

 

 

 

「……香澄さんから抽出したガスの成分を美空に浄化してもらったの。そのボトルは……あんたのボトルだから」

 

 

 

 

 

 

 

……香澄の、か。

 

香澄が俺に遺してくれた形見。あいつの魂そのもの。

香澄が最期に託していった、俺の希望。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとな、香澄。大事にすっから、さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そのボトルの名前は《ドラゴンフルボトル》。万丈。あんたに相応しいボトルでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

きっとこのボトルが万丈の力になる。

だって、香澄さんの想いが詰まったボトルだもんね!

 

 

 

きっと大丈夫。万丈なら使いこなせるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンフルボトル……まさに俺のためにあるようなボトルだな!……こいつがあれば負ける気がしねーよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

あはは。良かった。元気になってくれて。

 

 

 

 

 

 

 

「もー。ほんっとにバカっぽいなばんじょーくんは!そんな君に!もう1つプレゼントがあるのだよ。ほれ!おいでおいで!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの呼びかけに反応して現れる、機械仕掛けの蒼き龍。

こいつこそ万丈の力になってくれるはず!

 

 

 

 

 

 

 

「うわ!?なんだこいつ!?火ぃ吹いてんぞ!?」

 

 

 

 

 

 

 

なんだとは失礼だな!可愛いでしょうが!

 

 

 

 

 

 

 

「この子の名前は《クローズドラゴン》。これから万丈の力になってくれる子だよ」

 

 

 

「クローズ……ドラゴン?」

 

 

 

 

 

 

 

ふっふっふ。私の叡智を余すことなく結集した傑作!!

いやぁ……ふつくしい……

 

 

 

 

 

 

 

「んーなんか弱そうじゃねー?こいつ?」

 

 

 

 

 

 

 

おい。私の可愛い子供のクロちゃんをバカにするのかこの脳筋バカ。

 

 

 

 

 

 

 

【〜♪ヽ(`Д´)ノ】

 

 

 

「あちっ!あちちっ!!なんだよこいつ!?怒ってんのか?熱っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ほれみろ。クロちゃん怒っちゃったじゃんか。

クロちゃんは万丈と違って繊細だからねー。

 

 

 

 

 

 

 

「ごほんっ!クロちゃんはね。A.I.、つまり人工知能が搭載されてるの」

 

 

 

「だからクロちゃんをバカにしたらそりゃクロちゃんも怒るでしょーが!ほれ!早く謝れ!」

 

 

 

 

 

 

 

そう……このてぇんさぁい!物理学者の桐生 戦兎だからこそ創り出せた至高の作品!

 

 

 

 

 

 

 

……万丈はあからさまに嫌がってんな。よし行けクロちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「いって!?おい、噛み付くなって!痛い痛い痛い!!わかった!わかったよ!!俺が悪かった!!!ごめん!ごめんて!!」

 

 

 

 

 

 

 

半泣き万丈。自業自得じゃ!

 

 

 

 

 

 

 

……まあ早いとこ絆を深めて貰いたいんだけどねー。

 

 

 

 

 

 

 

「そしてクロちゃんにはもう1つ。役目があんの」

 

 

 

「あ?役目?」

 

 

 

 

 

 

 

そう。この暴走機関車みたいな野蛮人のための!

 

 

 

 

 

 

 

「そう!この子はね、あんたのお目付役でもある!」

 

 

 

「なんだよそれ……」

 

 

 

 

 

 

 

急にテンションガタ落ちの万丈。

いや、しょうがないでしょ。急に走り出したりするし。

 

 

 

万丈はちょいちょい暴走気味になるからね。

……あの時も変だったし。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが一番よくわかってると思うけど、時々自分が自分じゃなくなりそうになったりしてたでしょ?」

 

 

 

「……クロちゃんはその時に万丈を止めてくれる。抑止力、ってやつ?」

 

 

 

 

 

 

 

……ちっちゃいけど、めちゃめちゃ強いから気をつけなさいよバカ。

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、そうだな。おい!よろしくな!クロ!」

 

 

 

【〜♪( ˙³˙)】

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱりすぐには無理か。

 

 

 

 

 

 

 

「あと。これが重要。クロちゃんと万丈が本当の意味でシンクロした時、その時に本来の力を発揮するから」

 

 

 

 

 

 

 

それが、私が万丈に渡せる“護れる力”。

きっと万丈なら……ちゃんと使ってくれると思う。

 

 

 

 

 

 

 

「シンクロ?なんだそれ?食いもんか?」

 

 

 

 

 

 

 

前言撤回。このバカには一生無理な気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……クロちゃんは!万丈の!想いの強さに!想いの!強さに!!反応して力を授けるの!!」

 

 

 

「そして!クロちゃんと!!万丈の!心を通わせる!!!わかった!?」

 

 

 

 

 

 

 

いやわかれよ。わかってくれよバカ。

わかって下さいお願いしますバカ。バーカ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……つまりあれか!クロとドォン!とバァン!とシャキーン!ってなりゃいいんだろ?おっけおっけ!大丈夫だ!」

 

 

 

 

 

 

 

うん。なんかわたしは全くよくわかんないし大丈夫な面が1ミリもないと思うんだけどまあ万丈がわかったならそれでいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おうお前ら。随分賑やかだな?おかえり。そしてただいま!」

 

 

 

 

 

 

 

あ!マスター!!帰ってきたんだ!!!

なんか最近忙しいみたいで全然構ってくんないし……

 

 

 

もうわたしもちゃんと働いてるんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!おかただま!おみやげー!おみやげー!!」

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりだし、もちろんおみやげあるよね!?

何かな何かな。パティスリー鴻上かな!?

 

 

 

 

 

 

 

「おかただまってなんだよ……ちゃんと言いなさいちゃんと。ほれ、パティスリー鴻上のケーキ」

 

 

 

 

 

 

 

ひゃっふぅ!きたあ!!パティスリー鴻上のケーキ!!!

あそこって店主は変人だけど、味は最高なんだよねん♪

 

 

 

 

 

 

 

「万丈は何が好きなのかよくわかんねーからとりあえずほれ、フルーツタルト」

 

 

 

「……香澄が大好きだったんだよな、フルーツタルト。……ありがとな!マスター!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に香澄さんが大好きなんだなあ。万丈は。

 

 

 

 

 

 

 

なんか羨ましいな。わたしも、いつかそんな風に思える人が……

 

 

 

 

 

「んあ?なんだよ戦兎?俺の顔になんかついてっか?」

 

 

 

 

 

 

 

ないない!この中年だけはないわ。絶対にない。

てゆか何で!?何でわたしは今マスターを見てたの!?

 

ありえないから!!絶対それはない!

だってマスターだし、わたしはマスターの娘だし、そんなこと、ない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ほんとに絶対に……ない……のかな。

 

 

 

 

 

 

 

わたしがもし万丈の立場で、マスターがああやって消えちゃったらやだな……

 

 

 

多分そしたらわたしも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ー!もう食べてるしー!!私のこと待っててよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

……あ。美空ごめん。忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 

 

 

 

 

 

やー。美味かった。やっぱこのダークチョコケーキは絶品だわ。

廃止になるとか、あの噂まじなのかな……

 

……どうしよ。

これから俺はどうやって生きてけばいいんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、おっほん!そう言えばね、新しい発明品があります!」

 

 

 

 

 

 

 

お、また戦兎がなんか開発したか。今度はなんだ?

前回は確か全自動卵割り機だったっけ。

 

……え?手で割った方が早くない?って言ったら戦兎のやつ大泣きして3日近く口聞いてくれなくなったんだよな……気をつけよ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!まずはこのスマホ!名付けて《ビルドフォン》!」

 

 

 

 

 

 

 

お、おう。なんだ。遂にスマホ作ったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、戦兎ー。俺の携帯も作っといてくれね?」

 

 

 

 

 

 

 

おい万丈。そこか。そこなのか。

違うだろ、驚かないのかお前は。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば私のもちょっと調子悪いんだー。戦兎直してしー」

 

 

 

 

 

 

 

待て美空。お前のはあれか、修理か。修理なのか。

遂に戦兎は修理屋さんになったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「うんわかったやっとくー。……そしてそしてこちらにあるのはついこの前に美空が浄化してくれた《ライオンフルボトル》!」

 

 

 

 

 

 

 

切り替えはえーな。

なんだろう。こいつ面白いぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「このビルドフォンにぃ……ライオンフルボトルをセッティン!すると……ほらどーよ!」

 

 

 

 

 

 

 

おぉ、すげえ。バイクになったぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「マシンビルダーモードに超変形!!ねえねえ?凄いでしょ?最高でしょ?てんっさいでしょお!?」

 

 

 

「……ふぁーあ。眠いし私、寝るし。邪魔したら刻むし。おやすみー」

 

 

 

「あちっ!あちちっ!おいクロ待て!財布返せ!おい!!」

 

 

 

 

 

 

 

……ふぅ。ここはお父さんが決めてやるか。しょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

「うん凄い凄い。でもこんな所にバイクあっても邪魔だから早く元に戻してな?」

 

 

 

 

 

 

 

どーよ?さすがお父さんだろ?

何年父親やってると思ってんだ!

 

……美空が目覚めたのは最近だけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない!ばーか!ばーか!」

 

 

 

 

 

 

 

……え?まじかよ。嘘じゃん。

どこで間違えたの俺。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?戦兎どっか行ったのマスター?」

 

 

 

【〜♪(´・ω・`)】

 

 

 

 

 

 

 

……はあ。こっちの気も知らないでよお。

つーかなんだその変な蒼い龍。戦兎の発明品か?

 

 

 

美空は爆睡してるし……よし。俺が迎えに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっとばかし娘を捕まえてくるわ。留守番頼むな」

 

 

 

 

 

 

 

蒼い龍とじゃれあってる万丈に伝える。

なんだ楽しそうだなおい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――いたいた。ここに居ると思ったよ。

なんか嫌な事とかあると戦兎は絶対ここに来るからな。

 

満点の星空がよく見える、高台のこの公園に。

 

 

 

 

 

 

 

「よう戦兎。……隣、いいか?」

 

 

 

 

 

 

 

完全に俺に気付いてやがった癖に、無視しやがった戦兎に悪戯っぽく呟く。

わかりやすいなー。俺の娘は。

 

 

 

 

 

 

 

「どした?拗ねてんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

頭を軽くぽんぽんと叩きながらお転婆姫に訊ねる。

こいつは頭叩かれんの好きだからなぁ。

 

ほんと、世話のやける大きい娘だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……最近マスター全然居ない。せっかく会えたから、ちゃんと褒めてほしかったのに」

 

 

 

「……バイトバイトって。わたしももうちゃんと働いてるからそんなにバイトしなくていーのにさ」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎がぶすっとした顔で、口を尖らせる。

くくく。本当にちびっ子みてーだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、新しく息子が出来たしよ。稼がねーとさ。あいつは冤罪だとしても指名手配中だから働く事も出来ねーし。それに、お前らの好きなケーキも買ってきたいからさ」

 

 

 

 

 

 

 

お前らの笑顔が俺の一番の癒しだからな。

……頑張ろうって思えんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「わかってるけどさ。……なんか、変な事言うけど。……マスターがどっかに行っちゃう気がするんだ」

 

 

 

 

 

 

 

おいおい。エスパーかよ。

もしかして何か勘づかれてんのか?

 

 

 

 

 

 

 

……いや、そんなはずはない。

 

 

 

 

 

 

 

「俺が、か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

なるべく、なるべく平静を保って。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。……よくわかんないんだけど、たまにマスターが何処か遠くに行っちゃうような気かする」

 

 

 

「わたしたちの手が届かない所へ。手を伸ばしても、伸ばしても伸ばしても……もう届かないの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……大丈夫。まだ大丈夫だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってって言ってるのに。行かないでって言ってるのに。置いていかないでって言ってるのに。マスターは後ろをチラッと振り返って、にこって笑うの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、そのまま追い付けない速さで遠くに行っちゃうの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1つ1つ言葉を生み出すように、涙を零しながら戦兎は話す。

無意識のうちに、わかってんのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだ。やだやだやだ……どこにも行かないで。美空も、万丈も、マスターが必要なの。それにわたしにも!桐生 戦兎にもマスターが居なきゃダメなんだよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えそうな声で号泣する戦兎。

まるで小さな子供のように。

 

 

 

色々、辛かったんだな。そうだよな。

まだたかだか20歳そこそこの女の子には、重すぎるよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしどこかへ行っちゃうなら……わたしも連れてって。何か1人でやろうとしてるなら……わたしも一緒にやる。だから、わたしの事を見捨てないで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎……。

絶対にお前の事を見捨てたりなんかしない。

 

お前は俺の大切な人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから一緒には行けない。

お前が、何よりも大切な人間の1人だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎……戦兎?大丈夫。どこにも行かないよ。ずっと、ずっとずっと戦兎の傍に居る。美空や万丈の傍に居る。お前たちは俺の一番大切な家族だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見捨てたりなんかしない。絶対にお前たちを……戦兎を1人ぼっちになんかさせない。お前らが、ずっと笑顔で居られる日を、俺は心から望んでるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

絶対にお前たちを1人ぼっちになんかさせないから。

……大丈夫。安心してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐすっ。ひっぐ。ひっぐ。その中に……その日の中に……マスターはわたしの隣に居るの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。居るとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……約束、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マスターは……ひっぐ。わたしのこと、好き?」

 

 

 

 

 

 

 

あのなぁ。あたりめーだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと決まってんだろ?もちろん俺は、全身全霊で戦兎の事を愛してるよ」

 

 

 

 

 

 

 

親っていうのは、そういうもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……うん!わたしもマスターの事愛してるー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ちょ!?おい!?鼻水垂らしたまま抱き着くな!!

服が、服があああああ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はあ。ちょっと落ち着いた」

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに思いっきり泣いたらちょっとスッキリした。

でも……それ以上にわたしの脳に何かがひっかかる。

 

 

 

 

 

 

 

「あーそー……良かったですね……」

 

 

 

 

 

 

 

あはは。マスターまだ落ち込んでる。お気に入りの服だったもんね。

……初任給入ったらプレゼントしたげようかな。

 

 

 

 

 

 

 

「……多分さ、万丈の恋人の香澄さんが、亡くなっちゃったでしょ?……わたしも目の前で見てたから」

 

 

 

「……それで、マスターと香澄さんを重ねちゃってさ、マスターがどっかいっちゃったらどうしよう、って多分思っちゃってたんだよね……最近バイトが忙しいみたいでなかなか構ってくれなかったし」

 

 

 

 

 

 

 

ほんとは、それだけじゃない。

多分マスターはきっと何か隠してる気がする。

 

 

何があった訳じゃない、ただ、そんな気がするだけ。

多分それが、ひっかかる正体。

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな。多分これからも……忙しくなっちゃうんだけどさ、なるべくお前らと過ごせるようにお父さん頑張る!ははは」

 

 

 

 

 

 

 

何か隠してるなら、わたしだけにでもいいから教えてよ。

そんなに頼りにならないかな?

 

 

 

わたしなら全部受け止められる。

わたしならあなたを……

 

 

 

 

 

 

 

「っし!そろそろ行くか!心配してるだろうしよ。つうかあのヘンテコな蒼い龍、戦兎が創ったやつだろ?万丈とじゃれてたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっとわたしならあなたの力になれる。

わたしに名前をくれた、あなたの力になりたい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヘンテコじゃないもん。クローズドラゴンだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっとあなたの声を一番近くで聞いていたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。クローズドラゴンっていうのかあいつ。まさに万丈の相棒、って感じだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっとずっとあなたの目を見つめていたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でしょ?機能もばっちりなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっとずっとずっとあなたの、傍に居たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、帰るぞ!……その前に。パティスリー鴻上寄ってくか?もちろん美空と万丈には内緒でな♪」

 

 

 

「うん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

気付いちゃったよ、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしは、マスターを愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父親としてじゃなくて、1人の男として。

石動 惣一をどうしようもなく愛してるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは、わたしのことを。

娘の桐生 戦兎としてじゃなくて、1人の女としての桐生 戦兎を愛してくれるかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい……確認致しました。えぇ。そうです。仮面ライダービルド……はい、桐生 戦兎です……えぇ、はい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石動 惣一、エボルトも確認致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めのいい清々しい朝。小鳥が囀る声がまるで狂想曲のよう。

そう。土砂降りの雨の日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はわわわわわわわわわわわ。

うっわ。うわうわうわうわ。

 

昨日のあれなんだったんだ。わたしは何を考えてた!?

思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

 

 

 

やだやだやだやだ。

……え?わたしが?マスターを?いやいや、いやいやいや。

 

 

 

 

 

 

 

確かにぃ?マスターのことは大好きだよ?

いやぁ、でもそれとこれはさ……

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ開店前のnascitaのカウンターに腰掛け、コーヒーを啜る。

やっぱマスターのコーヒーとは違うなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってまたマスター!?

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……おはよ、戦兎……随分早いね……顔真っ赤だよ?どしたの?」

 

 

 

「ひゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

な、なんだ、美空か……びっくりした……

マ、ママ、マスターかと思った……

 

 

 

 

 

 

 

「変なの。私また寝るし。おやすみー」

 

 

 

 

 

 

 

大きな伸びをして美空は部屋に戻ってった。

はあぁぁぁ。心臓に悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わ、わたし、本当にマスターの事を好きになっちゃったのかな……?

 

いやでもマスターはわたしの親みたいなもんだし、そもそもマスターはわたしの事を娘だと思ってるから脈無しだし、ていうかやっぱ歳の差が離れ過ぎてるけど、あーでも今の時代歳の差婚とかもよくあるよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってちがああああう!!え!?結婚!?

いまわたしマスターとの結婚考えてた!?

 

いやいや。いやいやいや。

それじゃあ美空はわたしの娘に……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。脳がおかしい。

……やっぱりわたし、好きなのかな、マスターのこと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが扉を開けた音がした。

こんなに朝早くに。まだ開店前だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え!?マスター!?……いや、マスターは上で寝てるし、誰だろ。

まだ開店前なのにな……てかお客さんとか珍しーな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、ごめんなさい。まだ開店前なんですよねー」

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、だから早く帰れ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。私の名前は《滝川 紗羽》。貴女が桐生 戦兎さんね?「

 

 

 

「は、はぁ。そうですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

何この人?わたしの名前なんで知ってるん?

もしかして研究所の人かな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。私はね、ジャーナリストなの。あー……あなたのことはこう呼んだ方がいいかしら?正義のヒーロー《仮面ライダービルド》さん♪」

 

 

 

 

 

 

 

あー。はいはい。

そうですわたしが仮面ライダービルド……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで知ってるのおおおおお!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んふふ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








戦兎「はー。やだやだ……もぉ……」

惣一「ん?どした戦兎?」

戦兎「ひょお!!マママ、マスター!」

惣一「なんだお前変な声だして」


惣一「徹夜のし過ぎで遂に壊れたか?」

戦兎「……あははー。そ、そうかもー。はは……」

惣一「ふーん……最近肌荒れてんじゃねえの?」

惣一「しっかり寝とけよ。美容の大敵だぞ」

戦兎「人の気も知らないで……しゃー!!!!!」

惣一「お、おお。なんだよ。悪かったよ……おやすみ」



戦兎「はぁはぁはぁ。くそっ!」




万丈「うーん……かすみぃ……むにゃむにゃ」


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phase,9 小悪魔なアイツ





???「――やつの素性は掴めたのか?」

???「はい。人間関係もおおよその所、把握致しております」

???「……そうか。やっと、か……」

???「はい……周りから接触していきます」

???「……くれぐれも、失敗はするなよ。わかってるな?」

???「はい……全ては仰せのままに……」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く暗く、深遠たる世界。

存在するは、あの日の契りを交わした者のみ。

 

 

 

そこはかとなく、終わりはなく。

ただただ虚ろに煌めく。

 

 

 

 

 

 

その眼には、何が映る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そうか。やはりバレていたか。想像よりも早かったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コーヒーがよく似合う中年。

暗黒を啜る様はまるで絵画のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、すまない。もう少し隠し通せると思ったのだが……奴らめ。意外とやるものでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白衣を着た男性。顔には深い皺が刻まれている。

おそらく長年の、苦悩の現れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいさ。遅かれ早かれわかることだ……しかし、どう動くかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明るく呟いてはいるが、その眼差しは厳しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそらく……周囲に正体をばらす真似はしないはずだ。そんな愚かな真似はせんはず。しかし……接触はしてくるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かのデータを解析している外道の博士。

きっとそれは正しいものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……所で。あいつが完成させたぞ、ボトルを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気だるそうに天井を仰ぐ。

その眼には狂気とも呼べそうな焔が映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……思っていたよりもだいぶ早いな。流石だ。……そのまま使えそうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程までの怒りのような雰囲気が一変、優しく奏でるような場が満たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、駄目だ。やはり本物じゃないと駄目だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……しょうがない。それはわかりきっていたことだ。気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで幼い頃からの友のように……会話を紡ぎ合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。本来なら俺がやるべきはずなのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく心からの言葉なのだろう。

その鋭く光る目に、淀みが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気にするなと言っている。これは、私のせめてもの贖罪なのだからな。……所で、そちら側の計画は順調か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の輝きを放つ瞳が、“彼”を射抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々勝手にやってくれたが……大まかには問題無い。暴走し始める前に動くさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手持ち無沙汰に銃、というには異質なものを弄る。

まるでその銃は、悪の輝きを放つかのよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。ならばこちらもなるべく急ごう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく頼む……こまめに連絡はするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朧気なその眼には一体何が映る?

愛か、狂気か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。よろしく頼むぞ……エボルト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――万丈がここnascitaに来てもうかなり経ち、だいぶあいつも慣れていった。

 

決して良い事では無いがスマッシュの出現もここ最近はかなり増えており、ボトルの数も順調に増えていっている。

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ー。疲れたし。眠いし。バイト代欲しいしー!!……起こすなよ、刻むよ?……おやすみ」

 

 

 

「ふぉー!きたきたきたあ!!……タコかなこれ?」

 

 

 

 

 

 

 

美空にはちょっと負担かけちゃってるけどね。

 

これで今わたしが持っているボトルは、元々持っていたラビットフルボトルとタンクフルボトルをいれて丁度計20本。

 

 

 

 

ゴリラフルボトル、ダイヤモンドフルボトル。

 

タカフルボトル、ガトリングフルボトル。

 

忍者フルボトル、コミックフルボトル。

 

パンダフルボトル、ロケットフルボトル。

 

ハリネズミフルボトル、消防車フルボトル。

 

ライオンフルボトル、掃除機フルボトル。

 

ドラゴンフルボトル、ロックフルボトル。

 

海賊フルボトル、電車フルボトル。

 

 

 

そして今完全したオクトパスフルボトルに、ライトフルボトル。

ま、ドラゴンフルボトルは万丈のだけど。

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ集まったなぁ……

 

つまりそれだけスマッシュの出現が頻繁になってるってこと。

急にどうしてだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「おいクロ!ほれ。とってこーい!」

 

 

 

【〜♪٩(ˊᗜˋ*)و】

 

 

 

 

 

 

 

万丈はわたしが発明したクローズドラゴン……通称クロちゃんともだいぶ絆を深めてるみたい。

 

 

 

あとは強い想いの力と心を通わせる、かな?

 

 

 

 

 

 

 

いやー。それにしても。

 

 

 

 

 

 

 

「どおしよこれえぇぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。わたし桐生 戦兎は。

全くもってこのボトルたちのベストマッチを探すのに身が入らなかったのである……うぅ。

 

 

 

いや、全部が全部じゃないんだけど……

ボトルいじってるとなぜだかマスターの事を思い出しちゃうんだよねえ……はあ。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず今出来てるのは。

 

 

 

元々あるラビット×タンク=ラビットタンク

ゴリラ×ダイヤモンド=ゴリラモンド

タカ×ガトリング=ホークガトリング

 

 

 

 

 

 

 

だけっていう……やばいでしょこれ。

はぁ……どうすっかなあ……

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ戦兎?まだそのベストマッチっての出来ねーの?」

 

 

 

 

 

 

 

ニタニタ笑いながらこっち見る万丈が本当に腹立つ。

 

気持ち悪いなこっち見んなバカ。

お前にわたしの苦悩がわかってたまるかこのやろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふん。戦兎があの2色の戦士みてーなのに変身するやつに刺しゃあわかんの?」

 

 

 

「……そ。まあわたしが解き明かせないんだから万丈には無理だって」

 

 

 

 

 

 

 

そうそう。ちょー大変なんだから。

ばんじょーくんには100年経ってもむりむり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【忍者! コミック! ベストマッチ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ。簡単じゃねーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【パンダ! ロケット! ベストマッチ!】

 

 

 

 

 

 

 

……ちょ、え?

 

 

 

 

 

 

 

「んー。次はこれとこれかね」

 

 

 

 

 

 

 

【ハリネズミ! 消防車! ベストマッチ!】

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?えぇ!?なんでわかんの??なんで!?」

 

 

 

変な冷や汗が湧き出るわたし。なぜだ!?

 

なんで……こいつバカだったはずじゃ……?

はっ!もしかしてバカを装ってただけ!?

 

 

 

本当はわたしと同じ天才的な頭脳を!?

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?こんなの勘だよ勘。俺の第六感の力だよ」

 

 

 

 

 

 

 

なんだ。やっぱりただのバカか。

 

いやでも……まさかね。

ただの偶然よ偶然――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ライオン! 掃除機! ベストマッチ!】

 

【ドラゴン! ロック! ベストマッチ!】

 

【海賊! 電車! ベストマッチ!】

 

【オクトパス! ライト! ベストマッチ!】

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇぇええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

いやいやいやいや!!うそぉ!?

この数をノーミスでベストマッチするって!?

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ。ちょー簡単じゃん。もしかしてこんなのもわかんなかったんですかあ?傲慢なお・ひ・め・さ・ま?」

 

 

 

 

 

 

 

あ、こいつあったまきた。ぷっちーんきた。

 

 

 

 

 

 

 

「……たかだかこれくらいで調子乗りやがって。簀巻きにして沈めてくれるわー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

脳天にボルテックフィニッシュ決めてやるわい!!

そのまま天国とベストマッチしてこい!!!

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?やめろシャレにならないから!やめろ戦兎ー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【海賊! 電車!】

 

 

 

【ベストマッチ!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

「しゃー!!変身!!!」

 

 

 

【定刻の反逆者!!】

 

 

 

【海賊レッシャー!! yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

「勝利の法則は決まってんだから大人しくしやがれー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。いつもいつも賑やかだなあ」

 

 

 

 

 

 

 

冷蔵庫が入り口の秘密の通路から、見慣れた人。

わたしの心を掻き乱す、いつもへらへらしてるやつ。

 

 

 

あの夜以来の再会。なんだか凄く忙しいみたい。

会ったら会ったで何話していいかわかんないんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう……おかえりマスター」

 

 

 

 

 

 

 

だめだあ。意識しちゃう。脳と心がぐるぐる回る。

身体が熱くなる。どうしよ。目が見れないんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりマスター!!ひー!助かったぜえ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈がマスターの後ろに隠れるのが羨ましく感じる。

いいな、わたしもマスターにそんな風にくっつきたいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何考えてんだわたしは!?

はあ。あの夜からおかしいんだよなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……はあ。認めたくないんだけど。

 

 

 

やっぱりわたしはマスターの事が大好きなんだよねー……

 

 

 

 

 

 

 

親としてじゃなくって、石動 惣一って男が好き。

 

 

 

まさかねー。わたしの初恋がマスターとは……

半年くらい前に生まれたばっかりの、桐生 戦兎としての初恋。

 

その相手は、わたしに名前をくれた人、か。

 

 

 

 

 

 

 

「何してんだよお前らは」

 

 

 

 

 

 

 

マスターがケラケラと笑う。

わたしの大好きなマスターの笑顔、笑い声。

 

 

 

……うん。いいんだ。決めた。

 

 

 

 

 

 

 

例えこの感情がマスターを1人の男の人として好きなんだとしても、わたしはマスターの隣にいれればそれでいい。

 

 

 

マスターがわたしの事を女として見てくれなくても、家族として一番近くにいれれば、わたしはいい。

 

 

 

一番近いとこで、マスターの隣に立てればそれでいい。

贅沢言ったらマスターがどこかへ消えちゃう気がするし……

 

 

 

 

 

 

 

娘としてでもいいから。

わたしを愛してくれるならそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁーあ。こんなにいい女なのになあ。本当にもったいないと思うね、わたしは」

 

 

 

 

 

 

 

言葉に出すことで整理をつける。

わたしは天才。こんなの平気。よし。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあ戦兎?どした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えへへ。そうそう。

やっと元に戻ってきたかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんでもないよ!ただもったいないことしたやつが居ただけ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。これでいい。

いつも通りの、娘のわたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーん……よくわからんがまあ、そりゃあもったいなかったんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだよ。後悔しても遅いぞ!ばーか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つか聞いてくれよマスター!俺がさ、今あるボトルのベストマッチを完成させてやったのによ!戦兎がいきなりキレだしてさー!!」

 

 

 

 

 

 

 

万丈が子供みたいにマスターに泣きつく。

でっかい弟だなー。まったくもー。

 

 

 

 

 

 

 

「え?まじかよ!すげーな万丈!!お前はいつかやる男だと思ってたんだよなあ!」

 

 

 

 

 

 

 

頭がしがしされて照れてんな?あいつ。

 

本来ならその頭がしがしは、わたしと美空にのみ許された行為なのだが。

ま、大目にみてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしだってやろうと思えばできたもんねー!だからほらマスター!わたしも!わたしもがしがししていいんだぞ!」

 

 

 

「なんだなんだ?今日はやけに素直というか子供っぽいというか……」

 

 

 

 

 

 

 

マスターが困惑しながらわたしの頭を撫でる。

ふふふ。今回の所はこれでよしとしようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うるさいし。眠いし。眠れないし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えげつない殺気を感じ、振り返るとそこには凶器を持った魔王がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き・ざ・む・ぞ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

3人揃って正座をしながら美空さまのありがたーいお説教を聞き終え、みんなで雑談している時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお!ここが正義のヒーローの秘密基地ってわけね!」

 

 

 

 

 

 

 

この声は……もしかして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ふふふ。そんなに驚かないでよ。私はあなたのファンなのよ?】

 

 

 

 

 

 

 

【……知らない奴でわたしの名前を知ってるのは大体いけ好かないやつでね。あんた何者?】

 

 

 

 

 

 

 

【あら、色々と大変なのね。私はしがないジャーナリストよ。あなたの、というより仮面ライダービルドの特集を組みたくて】

 

 

 

 

 

 

 

【……なぜこの場所を?】

 

 

 

 

 

 

 

【ふふふ。行ったでしょ?あなたのファンだって。追っかけしてたのよ】

 

 

 

 

 

 

 

【大丈夫。あなたの個人情報を載せたり、誰かに公言するつもりはないわ!】

 

 

 

 

 

 

 

【仮面ライダービルドに密着取材させてほしいのよ!実は私、会社でもギリギリの立場でね――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の記者、紗羽さん。

話してた感じ悪い人では無いっぽいけど……

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとお父さん!入って来る時に冷蔵庫のドア閉めなかったでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

鼻息荒く美空が詰め寄る。

あ。また顔が般若みたいになった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、待て待て!俺がそんな古典的なヘマするかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

額から噴火のように汗を噴き出すマスター。

そうだよね。怒った美空怖いもんね。わかるわかる。

 

 

 

 

 

 

 

「冷蔵庫なら空いてたわよ?だから入ってこれたんだもの」

 

 

 

 

 

 

 

完全にマスターの責任ですね。

どーすんのバレちゃったじゃん……

 

 

 

 

 

 

 

「もー!やっぱお父さんじゃん!!」

 

 

 

「ははは……面目ない……」

 

 

 

 

 

 

 

マスターはほんっとにこーゆーとこ抜けてんだよねー。

そういやこの前も冷蔵庫開けっ放しになってたな。

 

あの犯人も絶対マスターでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、あんた誰だよ?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの事を鋭く睨む万丈の顔。怖いよ。

悪い人では無いんだよなあ。多分だけど……

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして。私の名前は滝川 紗羽。フリーでジャーナリストをやってる者よ」

 

 

 

「……そこにいる戦兎ちゃん。あなたとは面識があるわよね?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんは悪戯っぽくわたしに視線を送ってきた。

なんだか妙に色気がある人だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。この前に一度、店に来てた」

 

 

 

 

 

 

 

心臓が止まりかけたあの時ね。

忘れたくてもよく覚えてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?じゃあ戦兎の知り合いなのか?」

 

 

 

 

 

 

 

気付いたらマスターは紗羽さんの隣に居た。

……おいちょっと待て。鼻の下伸びてんぞ。

 

 

 

おい!てめーもしかして……!

 

 

 

 

 

 

 

「あら?あなたは?見た所戦兎ちゃんのボーイフレンド、って訳じゃなさそうだけど」

 

 

 

 

 

 

 

悪かったわね色気振り撒いてるメス犬がぁぁ!!

 

ついさっき自分の中で色々と決めてたんだから傷口に塩塗りこまないで頂けますかねぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

「あー。ごほん。俺はここにいる連中の親ですよ。名前は石動 惣一。貴女みたいな美しい女性が、こんな所にどういった件で来たんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

……おい。あからさまににやけるな!!

 

マスター!?嘘だよね?

こんな女なんかよりわたしの方が100倍魅力的だと思うんですけど!?

 

 

 

 

 

 

 

「あら。随分お世辞が上手ですこと、Mr.石動?貴方みたいな紳士にそんな事を言われては嘘でも舞い上がってしまいますわ」

 

 

 

 

 

 

 

おい。なんだ。なんなんだ。

なんで紗羽さんも少し顔赤らめてんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてよ。わたしたち家族の前で……

他の女の人にそんな顔するのやめてよ。美空も居るんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

やだ……わたしの前で他の女の人にそんな顔しないでよ……

 

 

 

 

 

 

 

……嘘だよね、マスター?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって前に、わたしに言ってたよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ねーますたぁ。マスターってさ、彼女作んないの?……まだ遅く無いでしょ】

 

 

 

 

 

 

 

【んー?……そうだなあ。考えた事なかったなぁ、そんなの】

 

 

 

 

 

 

 

【良い人がいれば、って感じ?……ほら、わたしみたいなのもいるからさ、忙しくてなかなか出会いも無いのかな、って】

 

 

 

 

 

 

 

【はっはっは!そんなんじゃねーよ。俺には戦兎がいる。美空がいる。それで充分なんだよ。彼女や嫁さんなんて欲しいとも思わんさ】

 

 

 

 

 

 

 

【……そっかあ。まあ安心してよ!わたしはずっと傍についてるし!ちゃんとマスターの老後のお世話もしてあげるからさ!】

 

 

 

 

 

 

 

【ははは……ありがとな。でもさっさと良い人見つけて嫁に行ってくれた方が俺は安心するんだぞ?】

 

 

 

 

 

 

 

 

【はん!寂しいくせに!わたしは意外とモテるんだよ!?戦兎さんがどっかの誰かにぱっくんちょされてもいーわけ!?ねえねえねえ!?】

 

 

 

 

 

 

 

【なんだよぱっくんちょって。ははは――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の言葉は嘘だったの?

わたし、凄い嬉しかったのに……

 

 

 

だから娘のままでもいいって思えたのに。なんで?

なんで紗羽さんにそんな顔するの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やだ、いやだ。いやだよマスター……

わたしにそんな顔してくれた事なんて一度もないのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとお父さん!?何鼻の下伸ばしてんの!!」

 

 

 

「いだだっ!!蹴るな蹴るな美空!痛いっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……美空……

美空は平気なの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な人だからって鼻の下伸ばしてんじゃないし!ほんっとに変態なんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっか、美空にとってはマスターは本当のお父さんだもんね。

わたしみたいな想いにはならないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな醜い感情になる自分自身が嫌になる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私の名前は石動 美空。この家の胃袋を掴んでる主だし。」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんに対峙する美空は。

凛とした佇まいで、とても頼もしく見える。

 

 

 

 

 

 

 

……美空は強い子だなあ。お姉ちゃん、尊敬しちゃうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は万丈 龍我だ。……こいつらに変な事しようってんならタダじゃおかねぇぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈も鋭い眼差しを崩さない。

 

 

 

 

 

 

 

頼れる弟だね万丈。それに比べてわたしは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃんに……万丈くんね。よろしく」

 

 

 

「でも安心して?本当に私はあなた達に何かしようって訳じゃないの。……ね?戦兎ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんに呼ばれた瞬間、全身に悪寒が走る。

この人はきっと悪い人じゃない。

 

 

 

わかってる。わかってるけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターをあんな風にするこの人の事が、わたしは嫌いだ。

きっとそれはわたしの醜い感情のせい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの戦兎?体調悪いの?」

 

 

 

 

 

 

 

美空が心配して駆け寄ってきてくれる。

凄いな、表情に出したつもりないのに……

 

 

 

ごめんね、ダメなお姉ちゃんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん、大丈夫。多分、徹夜の疲労が溜まってるだけ」

 

 

 

「……それに、紗羽さんは多分悪い人じゃないと思う。1回会って話しただけだけど、信用していいと思うよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中ではこの人をめちゃくちゃに罵りたくなる。

信用しちゃだめだ、この女は悪いやつだ。

 

マスターに何かするつもりなんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 

でも、嫌われたくないから。

わたしの醜い姿を家族のみんなに見られたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何よりマスターに、穢れたわたしを見てほしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ戦兎が言うなら信用できるし」

 

 

 

「……そうだな、あいつが言うなら問題ねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめて……わたしはそんなお姉ちゃんじゃない。そんな女じゃない。

信じちゃだめ、その女は悪いやつなの!

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちの、わたしのマスターに色目を使う最低な女……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何考えてんだろ、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

さいっあくだな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――所で紗羽さんは何をしにここへ?」

 

 

 

 

 

 

 

何やら怪しい人にわたしのセンサーが反応してたんだけど。

でも戦兎が信用出来る、って言うなら大丈夫っぽいけど……

 

 

 

 

 

 

 

「取材よ!しゅ・ざ・い♡ もちろん個人情報を漏えいする事は絶対に無いわ!」

 

 

 

「わたしはね、ファンなの!仮面ライダービルドの!だから、密着取材をさせてほしいって戦兎ちゃんにお願いしたのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

目をキラキラ輝かせて興奮している紗羽さんに、ちょっと恐怖を感じる私。なんか怖いなこの人。

 

 

 

 

 

 

 

まあでも本当にファンみたいだし……

うーん……それならいいのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「だから……私のここの仲間入りさせてほしいのよ!いいでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんが小悪魔っぽく、悪戯に満ちた雰囲気で宣言する。

この人がこういう事しても様になるなあ……

 

 

 

 

 

 

 

……いや、そんな事言ってる場合じゃないし!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あんた。ここは俺らの大切な場所なんだよ。遊び場じゃねえんだ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈よく言ったし!!

 

……そう。ここは遊び場じゃない。

私と戦兎と万丈と……大好きなお父さんとの大切な場所。

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく密着取材するんだから、私も仲間に入れてもらわないと!……その代わり、タダとは言わないわ」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんが優雅に微笑む先には戦兎。

見つめられてる戦兎にはなぜか元気が無いし。

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろ、戦兎……

なんかいつもの戦兎らしくない。

 

 

 

いつもなら「しゃー!」とか「天才のわたしに交渉とはいい度胸してんな!」とか言いそうなのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取引……というやつかな?Ms.滝川?」

 

 

 

 

 

 

 

鼻の下を伸ばしまくってたお父さん。やっと喋ったし。

もう!私たちの父親なんだからしっかりしてよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう思ってくれて構わないわ、Mr.石動。でもそんな悪意に満ちたものじゃない。私はあなた方の味方のつもり。……万丈くんに関する事よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈のこと……?

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ?あんた、俺の事何か知ってんのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の事を何で紗羽さんが?

紗羽さんって何者なんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖いわよ万丈くん。落ち着いて。ちゃんと話すわ」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんが万丈をあしらう姿はまさにオトナのオンナ、って感じ。

 

 

 

戦兎とは大違いだし……戦兎があんなんなったら嫌だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方を、と言うよりも貴方の彼女さんを騙した男。その男の事は知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

緊張が蔓延する空間に、紗羽さんの聞きやすい凛とした声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。鍋島、ってやつだろ。……香澄から聞いた」

 

 

 

 

 

 

 

唇を噛み締めながら答える万丈は、どこか悔しそうに見える。

 

 

 

 

 

 

 

「その鍋島、って男は貴方が居た刑務所の看守よ。そして、貴方の事を後ろから襲い、人体実験の場へと連れていった張本人。……ほら、これが写真よ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈からしてみたら凄い情報だけど……

なんで紗羽さんはこんな事まで知ってるの……?

 

 

 

 

 

 

 

「こいつ……居た。あの監獄に居た!!……こいつが……香澄の事を騙して……俺の事を!!」

 

 

 

 

 

 

 

この写真の男、見た目は完全に悪い事する方だし。

というか。今の怒りまくってる万丈も同じくらい凶悪な顔だし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、万丈くんは自分が居た刑務所の場所を覚えてる?」

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば万丈が言ってたし。

逃げるので精一杯で場所が思い出せない、って……

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、あん時は無我夢中だったし思い出せねーんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

見るからにイラついている万丈。

良い奴だけど、キレやすいんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

「そう……なら朗報ね。私はその場所を知っている」

 

 

 

「更にもっと言うと、バレずに中に潜入出来る秘密の抜け穴の存在も、もちろん知っているわよ?」

 

 

 

「おい、ほんとか!本当に知ってんのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

……よかったね、万丈。

香澄さんに託された無実を証明する、っていうの一歩近付けたし!

 

 

 

 

 

 

 

それに戦兎の記憶の手がかりにも繋がるし。

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん!……その代わり。私も仲間に入れてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

うーん……

まあ悪い人じゃ無さそうだし……

 

 

 

 

 

 

 

「私は情報を得るのが得意なの。情報は何よりも大切でしょ?……私はあなたがたの相当な力になれると思うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ戦兎。戦兎はどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎に優しく語りかけるお父さんの表情は優しく見える。

 

 

 

……っていうかお父さん居たんだ。

会話にほとんど入って来ないから存在忘れてたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良いんじゃない」

 

 

 

 

 

消え入りそうな声で呟く戦兎は、やっぱりいつもと違う。

 

 

 

本当にどしたんだろ戦兎……

何かあったのかな。

 

 

 

なんか、紗羽さんが来てから変な感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎がいいならいいんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

演技っぽくリアクションするお父さんも、変な感じ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、いいけど。悪い人には見えないし。」

 

 

 

「ありがとう!やったー!!……そうしたら早速教えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

「まず、軍の守衛兵に見つからずに秘密の抜け穴に行くルートを教えるわね?地図はあるかしら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まじかよ!こんな所にその抜け穴ってのがあったのか」

 

 

 

 

 

 

 

万丈は喜びの感情を抑えきれないのか、言葉にもその感情が委ねられてる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは……何してんだろ。

万丈は前に進もうとしてるのに、わたしは……

 

 

 

なんか、抜け殻みたいだな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というのが全てよ。わかったかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

皆に視線を送る紗羽さんに嫌な気持ちになる。

そんなわたし自身も嫌だ。

 

 

 

……何も考えたくない。

 

 

 

 

 

 

 

「んー。全くわかんねえ!もっかい!!」

 

 

 

 

 

 

 

あはは。相変わらず万丈はバカだなあ。

なんか、そんなあんたに救われる気がするよ……

 

 

 

 

 

 

 

「あららー……もう10回近く教えてると思うんだけどなー……」

 

 

 

 

 

 

 

はんっ、紗羽さんが万丈に教えようと思ったってむだむだ!

なんせこいつは想像を絶するバカだからねっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょうがないなぁ……全くもー。

わたしが居ないとダメダメなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅー。万丈ほれ。教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

まだ黒くて、醜くて、汚らしいもう1人のわたしは消えないけど。

わたしはお姉ちゃんなんだから、しっかりしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……大好きなマスターの、娘なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう?なんだ、戦兎。お前ケーキの食い過ぎで腹壊してたんじゃねーの?」

 

 

 

「あほっ!乙女に向かってなんてこと言うんじゃ脳筋ばか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強がらなきゃ。心配させないように。

 

 

 

 

 

 

 

「あら……そうしたら私も今日はそろそろ帰りましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

やっと帰るのか!

けっ!しっし!!はよ帰れ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Ms.滝川。貴女とは少々お話したい事があるのですが、よろしいですかな?……貴女の様な美女を誘うのはとても勇気がいるのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嘘じゃん。なんでよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あ、あれか!冗談なんだよね!?

紗羽さんもそんなエロカッパ相手にしなくていいから、早く帰りなよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、Mr.石動?まさか貴方の様な紳士から誘って頂けるとは。本当に、お世辞無く心から嬉しいわ」

 

 

 

「……今日も明日も私は一日空いているし。私でよろしければ喜んでお供致しますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、やめてよ……

せっかく立ち直ろうとしてるのに。

 

 

 

頑張ってるのにさ……

なんでわたしの大事な人をそんな簡単に連れてくの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ。返してよ……

わたしたちの、わたしのマスターなんだよ?

 

 

 

そんないやらしい眼でマスターを見ないで。

そんないやらしい女じゃなくて、わたしを見てよマスター……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけだ!俺は美人なおねーさんとちょっとデートしてくるからさ。お留守番よろしくな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やだ。やだよ。約束したじゃんマスター。

 

わたしたちがいればそれでいいって。

わたしがいればそれでいいって。

 

 

嘘……ついたの……?

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……何がデートだしお父さん!遊ばれてるだけでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空……だめ、止めて美空……

マスターが、マスターが行っちゃう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターもまだまだいけてっしな!楽しんできてなマスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめだよ!!引き止めてよ!!

マスターはわたしたちといた方が楽しいんだよ?

 

 

 

だから、万丈……止めてよ……

ほら、早くマスターを掴まえてよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!それでは参りましょうか?Ms.滝川?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……行かないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ。エスコートお願いします、Mr.石動?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしのマスターを横取りしないで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃよろしくな!美空!万丈!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待って……待って!わたしも連れてって!!

わたしを置いていかないで……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……あ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、マスターは出かけていった。

わたしの大切な人を誑かす、あの女を連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

感情が止まらない。涙が溢れる。

寂しい、辛い、悲しい、苦しい。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの何かが壊れそう。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!?戦兎!?どうしたの!?」

 

 

 

「おい戦兎!?どうした!?何があったんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターが行っちゃった。

わたしを置いて、違う女と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっぐ……うわああぁぁぁん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

止まらない。止まらない。止められない。

もう、いやだ。何もかも嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなわたしが、一番どうしようもなく嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!戦兎!!どうしたの?何かあったの?辛いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みそらぁ……

お姉ちゃん、辛いよ。悲しいよ。苦しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

どうすればいいの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まさか誘って頂けるなんて。光栄ですわ?Mr.石動?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く暗く、静寂に包まれる空間。

そこに存在するは闇の裏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もういいだろ。臭い芝居はやめにしようや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吐き出す紫煙。それはまるで蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石。気付いていましたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋭く放つ視線。

切先に映すは混沌の黒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで阿呆じゃないもんでな……で?目的はなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返した刃の波紋には、蠢く蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の所は特に何も……それより興味深いですね。貴方のような存在が、家族ごっこをしているなど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、周りを包む闇に戦慄が蹂躙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ。お前らには微塵も関係の無い事だ……殺すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを殺気が包み込む。

その者に対峙する全てをひれ伏せるかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません……それと、あのお方からの言伝です。【楽しみにしている】と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とめどなく汗が流れる艶やかな者。

まるで、自身を遥かに上回る大蛇に睨まれているかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん。あの狸め。……ふんぞり返って楽しんでろ、と伝えとけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人外のその眼には虚無が映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の正体を、晒すか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚無を切先に移す。

それは、光をも吸い込むかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、私はそんな事は……しかし、会長は【あまり時間がかかるならしょうがない。遊びに付き合ってる時間はないからな】と仰っておいででした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるべくなら、早く実行した方がよいかと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真意の掴めない眼差し。その心は何を視るのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……言われなくともわかってる。勝手な行動をするならば覚えておけ、そう伝えておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏が鳴く。蟲が鳴く。兎が泣く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎たちに、勝手に危害を加えるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……間違いの無いよう伝えておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では着いてこい。前に話した《スクラッシュドライバー》のデータの件だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪が交わるその日。

歯車が動き出すその日は。

 

 

 

 

 

 

 

美しくも儚い、満月の夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――万丈は表に出て」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の様子がおかしい。こんなの初めて。

何があったの?お姉ちゃん……?

 

 

 

 

 

 

 

「は?は?……え?」

 

 

 

「いいから!!早く出て!!!」

 

 

 

 

 

 

 

つい声を荒らげてしまう。

……万丈のせいじゃないのに。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん万丈……お願い。お姉ちゃんと2人にさせて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うーん。どうしちまったんだろうな……」

 

 

 

 

 

 

 

急に泣き出した戦兎。

そして急に怒鳴ってきた美空。

 

 

 

 

 

 

 

……きっと、男の俺にはわかんねー何かなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、香澄……天国であいつらのこと見守ってやってくんねーかな……香澄と同じでさ、あいつらも俺の大切な家族なんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

穢れを知らないような満月に囁く。俺の最愛に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……戦兎たちは変な感じだったけど、やっと俺の真実への手がかりが掴めた。

 

 

 

香澄が託してくれた、一筋の希望。

 

 

 

 

 

 

 

あんな状態の戦兎を連れて、一緒に行くわけにはいかねーし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは俺の問題だ。

傷付いた、大切な家族を巻き込む訳にはいかねーよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろ……?香澄……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








秘めたる想い。混濁する兎。
決意する龍。寄り添う空。



各々の行く先は、交わるのだろうか。







「ねぇ!万丈が!!万丈がどこにも居ないの!!!」







「わたし、何やってんだろうね。お姉ちゃんなのに」










「あぁ。ここに来たのは。俺の意思だ」




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phase,10 笑顔の決別





香澄『あらあらまあまあ』

香澄『まさか戦兎ちゃんが。ふふふ。』

香澄『私的にはお似合いだと思うんだけどなぁ』



香澄『それにしても。龍我ったら見守ってくれだなんて』

香澄『……ずぅーっと見守ってるよ。ちゃんと』

香澄『龍我は周りがすぐ見えなくなるからなー』



香澄『無理しないといいんだけど……』




香澄『あら?そろそろお時間?はいはい。そうしたらまた今度――』






 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ、うっ。ひっ……」

 

 

 

 

 

 

 

やっと落ち着いてきた戦兎。ほんとに一体どうしたのかな。

 

紗羽さんが来てからずっとおかしかったし、お父さんたちが出て行ってから急に泣き出しちゃうし……

 

 

 

 

こんな戦兎……初めて。

 

 

 

 

 

 

 

「少し落ち着いた?……ほら。これ飲んで」

 

 

 

 

 

 

 

出来たてのホットミルクを泣き顔でぼろぼろの戦兎に。

せっかくの美人さんが台無しだし。

 

 

 

普段あれだけぶっ飛んでるから、余計に心配だよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ、うっ。ありがどお゛みぞら……」

 

 

 

 

 

 

 

鼻水塗れのお姉ちゃん。私の自慢のお姉ちゃん。

本当にもう。これじゃあどっちがお姉ちゃんなんだか。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、ほら。涙と鼻水拭きなよ。自慢のお顔がぐちゃぐちゃだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

出来れば写メとって後で見せたいくらい。

ふふ。そんな事したら追いかけ回されそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく鼻をかむ戦兎を見て思う。これは彼氏出来ないなと。

ぶふー!!って凄い音だし。

 

 

 

 

……私も出来たことないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの?急にさ」

 

 

 

 

 

 

 

出来るだけおおらかに。戦兎が落ち着ける声で。

 

 

 

 

 

 

 

「……紗羽さん嫌い」

 

 

 

 

 

 

 

……ん?どういう事?

紗羽さんと何か揉めたの?

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事?紗羽さんと何かあった?」

 

 

 

「……誰にも言わないでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか子供のような戦兎。

まあ。産まれて間もないみたいなものだもんね。

 

 

 

私は母親かな?あははは。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。女と女の約束」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター……取られちゃう気がした」

 

 

 

 

 

 

 

……ん?お父さん?

 

なんでそこでお父さんが出現した?

紗羽さんとお父さん何かあったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

……あー。なんかデートとか言ってたし。あのエロ親父。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかして……?

もしかして戦兎――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんを盗られちゃう気がしたの?」

 

 

 

「……うん。そう」

 

 

 

 

 

 

 

あー、そっか。そういう事か。よかった。

やっぱり万丈を追い出して正解だったね。

 

 

 

戦兎も聞かれたくなかっただろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎、お父さんが居なくなっちゃうと思ったんだね。

 

 

 

 

 

 

 

そうだよ。戦兎は自分の記憶が無い――

やっと思い出せたのは人体実験をされたおぞましい記憶。

 

 

 

そんな戦兎にとってお父さんは、戦兎のマスターは。

戦兎にとって本当のお父さんだし。

 

 

 

 

 

 

 

それに戦兎は、お父さんにさ。

こんな言い方は違うかもしれないけど、めちゃめちゃ懐いてたもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前を付けたのもお父さん。

兎って言うよりも子犬みたいだけど、ぴょんぴょん飛び跳ねる所なんてまさに兎。

 

 

 

お父さんが付けたそんな名前を、戦兎は誇りに思ってたもんね。

 

 

 

 

 

 

 

そんな戦兎にとって大事なお父さんが、訳の分からない女に連れてかれた。戦兎はそう思っちゃったんだ。

 

 

 

自分の大切な家族が。

自分にとって大切な居場所を与えてくれた人が、居なくなっちゃう気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

お父さんを盗られちゃうと思ったんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。お父さんは戦兎を独りぼっちになんかしないよ」

 

 

 

 

 

 

 

絶対に。お父さんが家族を置いてきぼりになんか絶対しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みしょら……?」

 

 

 

 

 

 

 

それに、お姉ちゃんには私もついてる。万丈も。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんはそんな人じゃない。戦兎を……お姉ちゃんを置き去りにするような人じゃない」

 

 

 

「それは、お姉ちゃんが一番よくわかってるでしょ?ね?」

 

 

 

 

 

 

 

そうだし。何よりも家族を大切にして、愛してるお父さん。

 

 

 

 

 

 

 

……私の事も助けてくれた、私のもう1人のヒーロー。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよね……うん、うんっ……」

 

 

 

 

 

 

 

また涙が零れるお姉ちゃん。

でもその涙は、悲しいモノじゃない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

ほんっとにしょうがないなあ!

私が居なきゃこの家族はだめなんだから!!

 

 

 

 

 

 

 

お父さん、戦兎お姉ちゃん。

万丈……は弟かな。あはは。

 

 

 

 

 

 

 

私がしっかり家族みんなを支えないとだし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほらほら。ミルク飲んで元気出して!お姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

うぅ……みしょらぁ……

 

 

 

 

 

 

 

ありがとね。そうだよね。

マスターがわたしを置き去りにするわけない。

 

 

 

美空に言われると、なんだか心がほわほわする。

さすがだなあ美空は……

 

 

 

 

わたしの自慢の妹だ。ふふふ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。……美味し」

 

 

 

 

 

 

 

 

美空のホットミルク。

甘くて、優しくて、心が蕩ける。

 

わたしはこのホットミルクが大好きだ。

わたしの全部が心地良い何かに包まれる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが悲しい時、辛い時、苦しい時。

美空はこのホットミルクを創って。

そっと、ふわりとくれる。

 

 

 

さいっこうの笑顔になれる、そんな気がする味。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。……ありがとね美空。色々と。」

 

 

 

 

 

 

 

いつもいつも美空には支えてもらいっぱなしだ。

たまにはわたしがしっかりしないといけないのにな。

 

 

 

 

 

 

 

「いーの!家族だし。そんなの気にすんなしー!」

 

 

 

「……まあどうしても、って言うなら初めてのお給料でパティスリー鴻上のショートケーキ。よろしくだしっ」

 

 

 

 

 

 

 

美空はとびきりの、天使のような笑顔でわたしに微笑む。

その笑顔でわたしの心はぽかぽかする。

 

 

 

……ふふ。わたしか男だったらイチコロで惚れちゃうな。

 

 

 

 

 

 

 

初任給でプレゼントしなきゃいけない人、増えちゃった。

えへへ。美空が喜ぶ顔、楽しみだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このてぇん!さぁい!物理学者の桐生 戦兎にお任せあれえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ほんとにありがとうね美空。大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「やーーーっと!いつもの戦兎に戻ったしぃ!!」

 

 

 

「……それに。お姉ちゃんはやっぱりその調子じゃなきゃ狂っちゃうし」

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ。美空のホットミルクで大!復!活!なのだ!!戦兎さん元気100倍!しゃー!!」

 

 

 

 

 

 

 

もう大丈夫だから。

心配かけてごめんね美空。

 

 

 

 

 

 

 

マスターは……きっと何かあったんだ。

大体おかしいのさ!マスターはもっとこう……グラマラス?ダイナマイトぼでぃ?みたいなのが好きなはず!

 

 

 

そう!わたしのような!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それに。わたしはマスターの傍にいる。

 

 

 

やっぱり諦めるなんて無理だもん。

マスターの事が大好き。

 

自分の正直な心に、嘘はつきたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうくよくよしない。

わたしは、わたしのやり方でマスターの傍に居るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっふっふ。っていうか!

わたしが誰よりも魅力的だもんねー!!

 

戦兎さんが本気を出せばこの超絶圧倒的な魅力でマスターなんて、一!撃!ボルテックフィニッシュだもん!

 

 

 

 

 

 

 

あんな色香を振り撒くだけの雌には負けはせん……負けはせんぞおおぉ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁっはっはっは!どこからでもかかってくるがよい!捻り潰してくれるわ!!」

 

 

 

「oh......勢い余ってメーター振り切っちゃったのかな……完全に魔王サイドなんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

ふっふっふ。恋する乙女は最強なのだよワトソン君!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん。待てよ。

わたし、美空にマスターへの想いとか色々喋っちゃったけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これバレてね!?思いっきりバレてね!?

 

 

 

いやまじかどうしようバレてんのかな?いやでもそんな感じでもなかったし。

 

いやしかしバレてるとしたらこれは禁断の愛とか?いやでも血は繋がってないから問題ないかも。

 

 

 

ってなっても歳の差離れ過ぎてね?とか美空気まずくなっちゃうとか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やっべ。やらかしたかもしれないぞこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……美空さん?あのですね、さっきわたしが言ってたことなんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

心拍数がフルスロットルだよ美空さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。みんなにはもちろん内緒だし」

 

 

 

「子供からしたら親が盗られちゃうのはやっぱり嫌だもん。だから、戦兎の気持ちわかる。子供はそういうもんでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

「だから!これはお姉ちゃんと妹だけの秘密!だし!」

 

 

 

 

 

 

 

弾けるような笑顔の美空さん。

 

 

 

……あー。これあれだ。

思いっきり間違ったベクトルに解釈してる。

 

 

 

 

 

 

 

よかった。恐ろしい勘違いを起こしてくれてて……助かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ。そう言えば万丈を野に放ったまんまだったし!……3人でご飯にしよっか!」

 

 

 

 

 

 

 

……あ。そーいやばんじょー見当たらないなあ。

なんか色々あってお腹も減ったしね。

 

 

 

 

 

 

 

「うーい。そしたらわたしは新武器の調整してるー。出来たら呼んでー」

 

 

 

 

 

 

 

……ふっふっふ。今なら更に新しい強化を!

インスピレーションが止まりませんねえええ!!

 

 

 

 

 

 

 

「もう!……それでこそ、だね!そしたら万丈呼んでくるー」

 

 

 

 

 

 

 

足早に過ぎ去る美空はわたしよりも兎っぽい気がする。

……あー。万丈にもなんかプレゼントしてあげよっかな。

 

 

 

せっかくだし。家族になった記念日、って事で。

うーん。万丈は何がいいかなあ……?

やっぱりダンベルとかプロテインとかそっち系の……

 

 

 

 

 

 

 

いやでもなあ。うむむむむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ。あいつ確か香澄さんの写真持ってたよね。

……そしたらロケットペンダントとか、喜ぶかな。

 

 

 

 

 

 

 

ひひひ。ついでにわたしのも買っちゃおうかな!

丁度マスターと2人で撮った写真があるし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎!!大変!!!!」

 

 

 

「おぉう!?何!どした!?」

 

 

 

 

 

 

急に駆け下りてきたからめちゃ焦ったわ。

何?もしかしてばんじょーが急に頭良くなってたとか?

 

 

……あはは。そしたら腹太鼓しながら街中闊歩してやるわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!万丈が!!万丈がどこにも居ないの!!!」

 

 

 

 

 

 

 

……え?万丈が?

 

 

 

 

 

 

 

どこにも、って?

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って美空。どういう事?」

 

 

 

「居ないの!どこにも居ないの!!」

 

 

 

 

 

 

 

うーん。何してんだあのバカ……

指名手配されてんの忘れて散歩にでも行ったのかなあいつ……

 

 

 

でもそこまで心配しなくても――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て!これ!!手紙が置いてあったの!!」

 

 

 

 

 

 

 

え……?手紙?

 

そーいや確かにずっと美空と一緒に文字とか教えてたけど。

まだまだ怪しかったしなー。

 

 

 

 

 

 

 

お。でもちゃんと書けてるみたいだね。

えーと。なになに……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【わるい。おれ、じぶんのもんだい、かたずける。

 

 

おれの、たいせつなかぞくを、

 

 

かんけいないことには、まきこみたくない。

 

 

おまえらに、めいわくならないように、すぐかえる。

 

 

かえってくるまでに、せんとは、げんきになれ。

 

 

 

りゆうが】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね!?多分あいつさっき紗羽さんが話してた所に行っちゃったんだよ!!どうしよう……どうしよう戦兎!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

何これ……あいつ……

何もわかってないじゃんか……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お前は。さっきマスターが言った言葉を忘れたのか?お前は、もう家族だ。わたしたちの家族】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一緒に居る期間が長いとか、短いとか関係無い。……記憶が無いわたしにとってはそんなもの意味は無い】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【万丈。お前はもうわたしの、わたしたちの家族だ。それを……お前は関係無いって言うのか?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……悪い】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……もう、二度と言うな。関係無いとか。約束】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……おう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束したじゃんか。関係ないって言うなって。

一緒に強くなろうって約束したじゃんか。

 

 

 

 

 

 

 

字書くのも一苦労のくせに、一生懸命こんな手紙残しやがって……

 

 

 

 

 

 

 

あいつからの初めての手紙がこんなのなんて、絶対許せない。

 

 

 

なんで家族に頼らないんだよ。

なんで家族を頼ろうとしないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしにとって、万丈も大切な家族の1人なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぶっとばす」

 

 

 

 

 

 

 

見つけて、思いっきりげんこつかまして。

首根っこ掴んで連れ戻す。

 

 

 

それが、お姉ちゃんとして弟にできる愛情の形だ。

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

早くあの愚弟に愛の鉄拳かまさないとね。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず美空は!いつもので情報を集めてわたしに送って!わたしはとりあえずさっき紗羽さんが行ってた場所に向かう!!」

 

 

 

 

 

 

 

徒歩だし、そんなに遠くへは行ってないはず。

早く見つけ出して説教しないと……!!

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん!わかった――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――みーんなのアイドルっ!みーたんだよっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日は生放送なのっ!喜んでくれるかな?♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実はね、今日はみんなにお願いがあるの……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この写真の人を探してほしいの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みーたんはよくわかんないんだけどぉ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脱獄犯のそっくりさんなんだって!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけてくれたら……ふふふっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みーたんきゅんきゅんしちゃうなっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな、よろしくねっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――う"ぅんっ。きっついわぁ。

これめちゃくちゃ疲れるし。あ"ぁんっ。

 

 

 

でも、これで万丈が見つかれば……

 

 

 

 

 

 

 

お願い万丈。どうか無事で居て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――くそっ!

 

 

 

やられた。万丈おおお!!

あいつ停めておいたバイク盗んで行きやがった。

 

ロックフルボトルどっかいっちゃったんだもんなあ……もお!

 

 

 

 

 

 

 

美空からの情報もまだか……早くしないと!

もしスタークやローグが居たら、あのバカ殺されちゃう!!

 

 

 

もっと早く……急がなきゃ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここか。秘密の抜け穴っての。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を寄せ付けないような森の中。

その中に一匹の龍がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手に戦兎のバイク乗って来ちゃったからな……ちゃんと後で謝んねえと」

 

 

 

 

 

 

 

ホント、キーもわかりやすいとこにあったしな。

戦兎がずぼらなやつで助かったぜ。

 

 

 

それと手紙……読めたかな?

我ながら結構自信あんだけどよ!へっへっへ。

帰ったらあいつらびっくりすんじゃねーかな。

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。もうちょっと上手く書けるようになったら香澄にも手紙書くかな。

 

 

 

 

 

 

 

あいつ、喜ぶぞきっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎!戦兎!!」

 

 

 

 

 

 

 

よしきた!さすが美空たん!!

相変わらず仕事が早いねん!!

 

 

 

 

 

 

 

「きたよ!目撃情報!!今そっちに転送するから!」

 

 

 

 

 

 

 

マシンライドビルダーに情報が転送される。

我ながらさいっこうの発明品だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「C12地区の森周辺……あぁ、《惑わしの森》とかって呼ばれてる場所か。おっけ!すぐ向かう!!」

 

 

 

「戦兎……万丈の事、頼んだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫。絶対大丈夫。

あの愚弟はお姉ちゃんがひっぱたいて連れ戻すからね。

 

 

 

んでもって一緒にお説教しよう、美空!

 

 

 

 

 

 

 

「任せて!絶対にわたしが引きずり回して連れて帰る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ひゃー。相変わらず真っ暗だな。

 

 

 

森ん中を進んでくと、確かに穴みてーなのがあった。

そこを進んでったら……あの、記憶にある逃げ出した場所。

 

 

 

嫌な思い出しかねえ場所だけど、俺の全てを取り返すためだ。

 

 

 

 

 

 

 

香澄と約束した事を果たすため。

そして、あいつらみんなと堂々と生きるために!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて!負ける気がしねぇな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何?……そうか。わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニターの灯りのみが色めく空間。

そこはきっと。死の住処。

悪に縋る灯火。闇に映る幻想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何かありましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情の無い言霊。冷たく、無機質なモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや。ネズミが一匹迷い込んだだけだ」

 

 

 

「ネズミ、ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訝しむ目には闇が映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どちらかと言うと龍の落とし子、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ気にするな。こちらの話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが戻らねばならん。スクラッシュドライバーのデータは以上だ。……有意義に、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒く黒く、未だ貪欲に塗り潰す。

その闇には光すら届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。確かに」

 

 

 

「では以上だ。送ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒々しい煙と共に、闇となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うーん。ここはどこだろうか。

どうすっか。思いっきり道に迷っちまった。

 

 

 

ていうか広すぎんだっつうの!

よくこんなとこで働けんなー。

 

 

 

 

 

 

 

長い下水道みてーなのを歩き続けると、新しい場所が出てきた。

でもなー……人っ子一人いねーし。夜だからか?

 

 

 

こんな時間までふつーは働かねえよなー。うーん。

いやでも受刑者はいるよなー。うーん。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり戦兎と来た方が……

 

 

 

いやいや!あいつも色々大変そうだしよ。

あんまり迷惑かけちゃいけねえよな。

 

 

 

 

 

 

 

あいつは俺のこと弟扱いすっけどよ。

俺の方が兄貴にむいてんな!はっはっは。

 

 

 

 

 

 

 

ま、先に進んでみるか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここだね。見っけたぞ愚弟よ。

 

 

 

惑わしの森の先に進むと、行き止まりに穴みたいなのがある場所に開けた。

あのバカが盗んでったバイクもあるし、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

っていうか《みーたんネット》凄いな……

なんでわかるんだこんなの……

 

 

 

 

 

 

 

……まあいいや。先に進も――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――穴の中に入った先に進むと、開けた空間に出た。

 

 

 

灯りは点々とある蛍光灯のみで、薄暗い。

肉体的にも精神的にも気持ち悪い場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな事ならバカにGPSでも埋め込んどくべきだったね……」

 

 

 

 

 

 

 

連れ戻したらまじで埋め込んでやろうかな。

 

 

 

ていうか本当に気持ち悪いんですけど……

早くあのバカ見つけ出して帰ろ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――進んだ先には、機械と思しき大量の兵士が待ち構えていた。

 

 

 

その兵士は、明らかな殺意と敵意を剥き出しに。

わたしに冷たい武器を向けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら……確か《ガーディアン》とかいうやつらじゃなかったっけ?なんでここに?」

 

 

 

 

 

 

 

確か……《難波重工》が生産してる警備用の自律型武装機械兵士、だったかな。

 

 

 

なんでこんな所に?ここ刑務所なんだけどな。

……もしかして刑務所でも警備してんの?

 

 

 

 

 

 

 

というか。刑務官が居ないどころか受刑者も居ないんだけど。

なんなんだろーかここは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんな事考えてる場合じゃない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うし。攻撃してくんならしょうがない。

さっさと終わらすしかないよね……!!

 

 

 

さ!ぱぱっと行くよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【タカ! ガトリング!】

 

 

 

【ベストマッチ!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「変身!!」

 

 

 

 

 

 

 

【天空の暴れん坊!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ホークガトリング!! yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いけど付き合ってる暇ないんだ……行くよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量のガーディアンたちが一気に襲いかかってきたが、戦兎はそれを背中に搭載された《ソレスタルウイング》を解放し、空を飛び躱す。

 

 

 

その姿は、まるで天空を優雅に舞う鷹のよう。

 

 

 

 

 

 

 

天空を舞いながら機械兵たちの銃撃を躱し。

獲物を狩るかのように的確に破壊してゆく。

 

空を飛ぶ術を持たない雑兵には、為す術もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーしかし。きりないなこれ」

 

 

 

 

 

 

 

いくら制空権を手にしたとはいえ、数が多すぎる。

くそっ、ぶっつけ本番だけど新武器を試そうかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴオオォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……嘘じゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個々の力があまりにも弱い雑多が、1つの巨大な個に形成されてゆく。

 

 

 

それは、まさに巨大な力を持つソルジャー。

もちろん、ビルドを遥かに超える化身だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてないいぃいぃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

でかいっ!デカすぎるってば!

いやっ、むり!むりむりあんなの!!

 

歩く事がすでに兵器なんてずるくない!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ。でも。1つにまとまったら楽じゃね。

 

 

 

それに、見た所そんなに頑丈そうではない。

いうなれば継ぎ接ぎだらけ、って感じ。

 

とゆーことは頑丈ではないはず。

 

 

 

 

 

 

 

という事は強力な衝撃を与えれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の強さの本質はその類まれなる“頭脳”。

 

 

 

現在、自身の持つ手札をどのように組み合わせ、どれが一番効果的で有用なのかを瞬時に思案・計算・行動出来る所にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝利の法則は……決まった!!」

 

 

 

 

 

 

 

超スピードでガーディアンの集合体を置き去りにし、急旋回する。

しかしその巨大兵はこちら目掛けて破壊の突進を止めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっつけ本番だけど……なんとかなるでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

「お披露目だよ!【ホークガトリンガー】!!」

 

 

 

 

 

 

 

そう放つ戦兎の手に、黒と橙をした機関銃型の兵器が顕現する。

ただただ目の前のモノを破壊し尽くす、兵器。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、いっくよおー!!」

 

 

 

 

 

 

 

まるで子供が玩具で遊ぶかのように言う戦兎は、中央に搭載されている《リボルマガジン》と呼ばれるマガジン部分を回し始める。

 

 

 

 

 

 

 

その音は破壊の足音。

 

 

 

 

 

 

 

【ten! twenty!

 

thirty! fourty!

 

fifty! sixty!

 

seventy! eighty!

 

ninety! HUNDRED!!】

 

 

 

 

 

 

 

【Ready go!】

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、竜巻が巨大な機械の塊を襲う。

更にその目から鷹が機関銃を構え、獲物を狙う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ボルテックフィニッシュ!! yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

そしてその竜巻の包まれる機械の塊に、機関銃を解放する。

その場に居ることを許さない弾丸の雨が、兵士を屑鉄と変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー。よかったよかった。ちゃんと使えたわ」

 

 

 

 

 

 

 

獲物を根絶したビルドは、人へと戻る。

役目を終えし鷹が巣へと戻るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっし。止まってる暇は無い。

急いで万丈の元へ行かないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うーん。おかしい。

 

 

 

もう結構歩いてんだけどな。

だーれもいないし。鍋島どこだ?

 

 

 

……ここ本当は違うんじゃねーか?

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり戦兎と一緒に来た方がよかったかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よお。こんな所で何してんだ?【愚かな龍】?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煌めく、蛇。全てを壊す愚かな蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……居やがったか。もしかしてと思ったけどよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタークウウゥゥゥ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よお。元気にしてたかァ?』

 

 

 

 

 

 

 

よくもぬけぬけと……!

てめぇは俺がぶっ飛ばしてやる……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈の身体が人間の限界点を超える。

凄まじい速度でスタークの懐に近付き、その鳩尾を抉ろうと拳を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、鮮血の蛇には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『遅ェ遅ェ。遅すぎて欠伸が止まらねェよ。なんだ?目覚めの体操ってかおい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時に万丈の背後をとったスタークはその背に強烈な回し蹴りを見舞う。

 

 

力の差は、あまりにも歴然過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……はぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この全身の細胞が壊れるかのような感覚……まただ、またこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

この日のために毎日筋トレをした。

毎日ボコボコにされながら戦兎と組手をした。

 

 

 

でも、でも、勝てねえのかよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んなことあってたまるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には、俺には香澄から託された想いがあンだ。

あいつが消えてゆく姿を見ながら、決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力ぁ貸してくれ……香澄」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に、あの蛇野郎を倒そう。

お前が託した、この龍のボトルの力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほう……それが龍の力、か』

 

 

 

 

 

 

 

優しく諭すような声色で呟く蛇。

まるで、息子の成長を楽しむ父のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……来い。相手になってやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうスタークが呟いた瞬間、万丈は既に懐に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『早いな!やるじゃねえか万丈!!』

 

 

 

 

 

 

 

心から楽しんでいる、その表現が一番似合うのかもしれない。

息子と玩具で遊ぶかのような。

 

 

 

 

 

 

 

「余裕ぶっこいてんのも今だけだぞこらあぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の拳が蛇の脇腹を貫く。

あの蛇が、反応出来ない速さで。

 

 

 

 

 

 

 

『ぐっ……!!!』

 

 

 

 

 

 

 

吹き飛ばされる蛇。

生身の人間に殴り飛ばされたのは恐らく龍が初めての事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおいハザードレベル3.9かよお!?やるじゃねえか!!』

 

 

 

 

 

 

 

瞬時に起き上がる蛇。

狂い哭く蛇はゲラゲラと嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんなわけねぇだろうがあぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

また瞬時にスタークの懐へと入り、もう片方の脇腹に回し蹴りを放つ。

蛇が避ける事は出来ず、宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

『ぐっ……はぁ。やるなぁ万丈?いってーぜ全くよォ……』

 

 

 

 

 

 

 

すぐにまた甦る蛇。

その攻撃を全て吸収するかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に追撃を狙う龍。

しかし、強かな蛇は甘くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ。もうそろそろ遊びはいい』

 

 

 

 

 

 

 

そう呟いたスタークの腕から《スティングヴァイパー》と呼ばれる蛇の尾のような毒針が、万丈の身体に深く刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後すぐ、龍は天から地へと崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛……あ゛ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

身体が……うごか……ない?

なん……だ……これ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『毒だよ毒。神経毒だよ。身体の自由を奪い、徐々に死に至らしめる猛毒だ。どうだ?美味いだろう。俺のディナーは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

く……そ……ちく……しょ……う

 

 

 

 

 

 

 

こんな……とこ……ろで……死ぬ……のか……

 

 

 

 

 

 

 

ご……めんな……かす……み……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……はァ。おい。いんだろ蒼いの。さっさと何とかしてやれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……?なんだ……あお……いのっ……て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【〜♪ヾ(*`⌒´*)ノ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークの呼びかけに答えるが如くクローズドラゴンが現れると、小さな蒼き龍は患部から毒を吸い取り、主を救った。

 

 

 

まるで自身の同胞を護るかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロ……サンキューな。助かったぜ」

 

 

 

 

 

 

 

死ぬとこだった……クロに感謝だ。

……クロを創ってくれた戦兎にも、な。

 

 

 

また救われちまったよ、あいつに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――なぁ万丈。お前は、強くなりたいか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……舐めてんのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿にしやがって……くそっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……強くなりてえに決まってんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お前は。どうしようもなく弱い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うるせえ。うるせえうるせえ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなのは俺自身が一番よくわかってんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと強かったら香澄を助けられたかもしれない。

もっと強かったらあの大切な居場所を俺も護れる。

もっと強かったらマスターや、美空や、戦兎を護れる。

 

 

 

 

 

 

 

俺がもっと強かったら、俺を救ってくれた戦兎の後ろを護ってやれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちくしょう……強く……なりてえ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……共に来い。お前が強くなれる場所に連れてってやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃねえ!てめえは……てめえらは!香澄の命を奪った俺の敵だ!!倒すべき相手だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄の命を奪ったファウストの連中の力なんざいらねえ。

信用も出来ねえし、それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはあいつらへの裏切りだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファウストは関係ない。……俺個人の、だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファウストが関係ない……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……信用できるかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……これを見ろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは……戦兎が持ってる《ビルドドライバー》!?

なぜ……なぜこいつがそれを……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これは元々俺たちのモノだ。……共に来るならくれてやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、どういうことだ?

ビルドドライバーが元々ファウストのもの?

 

は……?じゃあなんで……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで戦兎がビルドドライバーを持ってんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わけが……わからねえ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だったら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつをてめぇから奪いとりゃいい話だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……遅ェよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時に龍の懐に入り、蛇がその顎で腹を喰らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐっ……はぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでは……押してたのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『言っただろう。お前は……“どうしようもなく弱い”』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇野郎の言葉が俺の何かを貫き壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今のままでは、お前は何も“護れない”』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてくれ、言わないでくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その先に待つのは……死の“絶望”だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかってる……俺が弱い事なんて……

俺がいくら鍛えても、誰も護れない……

 

戦兎と共に戦うことなんて……

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の後ろどころか、隣で一緒に戦う事さえも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『選べ万丈ォ!!力を持たずにお前の大切なモノが惨殺される様をただ指を咥え見ることしか出来ないままで死ぬのか!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それとも力を手にしお前の大切なモノを共に護るのかァ!!!さァ!!選べ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は……俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くなりたい……

 

 

 

 

 

 

 

あいつらを助けられる、護ってやれる男でありたい。

大切な家族を、この手で護りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから……だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は、強くなりてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、てめぇに着いていく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あぁ。ならば力をくれてやる。力の使い方をくれてやる。力の源をくれてやる』

 

 

 

 

 

 

 

『……まァ安心しろ。ファウストに入れだ何だのなんて言わん。ファウストは関係無いからな』

 

 

 

 

 

 

 

そして龍と蛇は、天の道を重ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を……強くしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――早く行かないと。早く掴まえないと!!

 

 

 

 

 

 

 

居た。居た居た居た!!

ほんっとに世話の焼ける弟なんだから!!!

 

 

 

 

 

 

 

「万丈!!あんた勝手に……って、スターク……?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の隣に何でスタークが……?

 

それに、スタークが持ってるのって……

わたしが持ってる、ビルドドライバー……?

 

 

 

 

 

 

 

いや、そんなのは後でいい!

今は万丈を助けなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

「スターク!!万丈に手出すんじゃ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……?

 

 

 

 

 

 

 

なんで……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでスタークの隣に万丈が立ってるの……?

 

 

 

 

 

 

 

「わりぃな、戦兎。俺……こいつんとこ行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

……は?何言ってんの?

そいつはわたしたちの敵だよ?

 

 

 

 

 

 

 

まさか……操られてる!?

 

 

 

 

 

 

 

「スターク……万丈に何をした!?」

 

 

 

『何も……?ただ、強くしてやる、と言っただけだ』

 

 

 

 

 

 

何言ってんの!?

そんなの罠に決まってんじゃん!!

 

万丈バカだからそんな事にも気付かないんだから!

あーほんと世話の焼ける愚弟だよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、戦兎。俺、大丈夫だからよ」

 

 

 

 

 

 

 

やめてよ、そんな顔しないでよ。

 

 

なんでそんな事言うの?

あんた、そいつがなんなのか知ってんじゃんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そいつらは香澄さんの命を奪った屑なんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、やめてよ……

あんたはわたしたちの家族でしょ……?

 

 

 

 

 

 

 

なんで……なんで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってんの……?そいつらは、香澄さんの命を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあな!戦兎!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今までありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、なんでよ!?

なんでわたしたちの所じゃなくてそいつらの所なの!?

 

 

 

なんで、さよならみたいな――

 

 

 

 

 

 

 

なんで、そんなに綺麗な笑顔で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……さらばだ戦兎。これが、現実だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言い残し、龍と蛇は消えた。

綺麗な笑顔を置き土産に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばんじょおおぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

兎の絶叫は、龍には届かない。

 

龍は天に、兎は地に。

その道は、交わる事が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎!戦兎!?万丈はどうだったの!?大丈夫!?」

 

 

 

 

 

 

 

美空、ごめんね。

お姉ちゃん、何も出来なかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

大切な家族を、大事な弟を護れなかった。

 

 

 

何がげんこつだよ。

何が首根っこ掴んで帰るだよ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、無力だな……

大事な家族1人護れない、無力なヒーローだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……さらばだ戦兎。これが、現実だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたし、何やってんだろうね。お姉ちゃんなのに」

 

 

 

「どういうこと!?何があったの!?ねえ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――深く深く揺らめく煙。

 

 

 

 

 

 

 

ここは、また異なる闇……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここはどこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すぐにわかる……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍と蛇が降り立つ地。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にいいのか?……あいつらを裏切る事になっても』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……今ならまだ、引き返せるぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍は何を想い、喰らうのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。ここに来たのは。俺の意思だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ならば強くなる事だな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍が舞うのは、如何の地か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








香澄『あらあらまあまあ……』

香澄『龍我ったらやっぱりこうなっちゃうのね……』

香澄『心配だなぁ……特に戦兎ちゃん』



香澄『……龍我には天罰を与えた方がいいね。えいっ!』



香澄『あ……犬のう○こ踏んじゃったわ。あらまあ』

香澄『なんかこう、転ぶー!とか頭痛ー!とか』

香澄『そういう感じだと思ったんだけどな』



香澄『あら?もう終わり?……次回もお楽しみに♡』




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phase,11 月夜の雨




惣一「うーむむ。」

美空「どしたの?」

惣一「いやさ。コーヒーが不味くなるってことは紅茶も不味いのかな、って思ったんだよ」

美空「うん。不味そう」

惣一「それがさ、美味いの」

美空「うそぉ!?」

惣一「いや……まじ。飲んでみ」

美空「う、うん……いやまっずぅ!!」

惣一「やっぱり不味いか。ちっ!」

美空「騙して人体実験してんじゃないし!!!」

惣一「はーい。本編はじまりまーす!」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ最近ずっと、雨が止まない。

ずっと、ずっとずっと。俺の心には雨が降り続けてる。

 

 

 

雨は、嫌いだ。

俺の心を流すような、そんな雨が嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと思う。いつまでもあのまま暮らしてたいと。

ふと考える。あの平穏を終わらせたくないと。

ふと願う。こんな宿命が、無くなればいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってんだけどなぁ……でも、やっぱり嫌だなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

俺に課された運命。俺が背負う十字架。

泣き言は言ってられない。

 

 

 

 

 

 

 

「……長く居過ぎたからかな」

 

 

 

 

 

 

 

全てを投げ出して、実は全部嘘でしたー!とか。

誰にも邪魔されずに。細々とでいいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付かぬ内に、頬に一粒の涙が滑り落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛い。苦しい。悲しい。切ない。

 

 

 

 

 

 

 

……誰かに、助けて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けてくれよ、正義のヒーロー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――過去の大事な記憶が無い俺は、この世界が全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、この世界も。

……俺の世界じゃない、か。

 

 

 

 

 

 

 

恐らくあの瞬間、死ぬはずだった俺。

そして目覚めた場所は……地獄。

 

 

 

きっと前の世界の行いが悪くて、地獄に落とされたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

じゃなきゃ、こんな運命を課す場所には来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人が。出来過ぎてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも。止まれはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が出来ない感覚になる。

出口の無い水の中で、永遠に溺れているかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙がとめどなく溢れる。

家族たちが脳裏を過る。

 

 

 

美空、戦兎、万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつらの最大にして最凶の敵になる日は。

決してもう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わかってるけど、辛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一粒の涙が堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは俺の、悪の物語――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい桐生?聞いているのか?」

 

 

 

 

 

 

 

後ろから聞き慣れた声がする。

あー。メガネサイボーグか。

 

 

 

 

 

 

 

「……聞いてますよん。なんですか?メガッ……ナリさん」

 

 

 

 

 

 

 

このメガネは内海 成彰。

ここ東都先端物質学研究所の所長、氷室 幻徳の秘書。

通称メガネサイボーグだ。

 

 

 

わたしは愛を込めてナリさんと呼んでいる。表向きは。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、メガッとはなんだ。完全に蔑称しようとしただろう。」

 

 

 

 

 

 

 

うるさいなーメガネ。

黙ってて欲しいんですけど。

 

 

 

そんなメガネは何やらぎょうさん書類の束を持ってきている。凄まじく嫌な予感がするんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

はあ。めんどいけどいいか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という訳だ。今日までに終わらせて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

何やら新しくパンドラボックスとかいう未知のエネルギーの解析チームが立ち上がり、わたしは、そこに無理やり組み込まれてるらしい。

 

 

 

で、過去のデータに目を通しカンファレンス用の書類を作れと。

 

 

 

 

 

 

 

知らんし。興味ないわ。

そんな気分じゃないんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あの、無力を痛感したあの日。

大切な弟を連れ戻せなかった、あの夜――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?嘘でしょ?万丈が?」

 

 

 

 

 

 

 

目に水溜りを浮かべる美空。ごめんね。

わたしは、何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……強くなるために、って」

 

 

 

 

 

 

 

本当ならお姉ちゃんの私がしっかりすべきなのに。

言葉が、感情が定まらない。

 

 

 

……何が天才だよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……だ、大丈夫!すぐ帰ってくるよ!だ、だってあいつの帰る場所はここだから……」

 

 

 

 

 

 

 

震えながら言葉を創る美空。強がりな妹。

 

 

 

ごめんね、お姉ちゃんのせいで。

我慢しなくていいから。

 

 

 

 

 

 

 

優しく、優しく美空を抱き締める。

せめて、姉として。このくらいはしないと。

 

 

 

わたしがしっかりしないと。

 

 

 

 

 

 

 

「ば、万丈、嫌になっちゃったのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

美空は、嫌われる事を極端に嫌う。

わたしと、少しだけ似てる。

 

 

 

少しだけ似てて、全く違う。

 

 

 

 

 

 

 

美空のはもっと純粋なもの。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなはずない。そんなことない。きっと、万丈には万丈の考えがあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

交わる道ではないとしても。

見てる方向はきっと一緒だよね、万丈……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空。今日はお姉ちゃんがご飯つくったげる」

 

 

 

「うん……お姉ちゃんのパスタ……食べたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもなく、物語は残酷だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はぁーあ。美空の手前ああは言ったけど、結構きついなあ。

 

 

 

 

 

 

 

山の様な書類に目を通す。

見ただけで絶望できる量だ。

 

早く終わらせて美空と美味しいものでも……ん?

 

 

 

 

 

 

 

「パンドラボックスによる人体への影響と臨床試験プロジェクト……責任者、葛城 月乃……」

 

 

 

 

 

 

 

葛城……月乃?

はて?この名前どこかで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そんな時に鍋島って人に出会ったの……あの葛城 月乃って人の所に行けば龍我が格闘技に復帰出来るって……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そーだ。香澄さんが言ってた人だ。

 

 

 

確か万丈が呼び出されて、実際に会ったら既に亡くなってた、って人。

 

 

 

 

 

 

 

でもこの話。なんかひっかかる。

 

 

 

 

まずそもそも香澄さんにこの話をした男、鍋島ってやつは万丈が居た刑務所の看守。

 

で、背後から万丈の事を襲い気を失わせ、ファウストの人体実験場に連れてきた、って事だった。

 

 

 

つまり、この鍋島って男は多かれ少なかれファウストとの繋がりがあったって事になる。

 

そんな男が紹介したこの葛城 月乃って言う人物は……一体何者?

 

 

 

ファウストにとって都合の悪い人物で消されたのか……それともそもそもファウスト側の人間なのか。

 

 

 

 

 

 

 

……調べてみる価値はありそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。なになに?パンドラボックスから発生したガスからは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――月が照らす静寂に暮れる街並。

軋んだ歯車が少しずつ、進んでゆく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 

 

「あ!おかえり戦兎!遅かったね!今日はね、シチュー作ったんだ……し?どしたの?」

 

 

 

「……ごめんね、ちょっと確認しなきゃいけない事あるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしそうならば、わたしは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょ、ちょっと戦兎さん!?何やってんの!?」

 

 

 

 

 

 

 

……丁度よかった。

聞きたいこと、あるし。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!?壁に恨みでもあるの!?な、何してんの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしのこの考えが当たっているのか、確かめないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――マスター。これ、何?」

 

 

 

 

 

 

 

壁に埋め込まれてた一枚のパネル。

最初はただの飾りだと思ってた。

 

でも、これはそんなもんじゃない。

 

 

 

これが何か、知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そうか。真相に、気付いたのか。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

マスターが煙草に火を点けながらわたしを見る。

気付いた、ってどういう事なの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつは、《パンドラパネル》……パンドラボックスの表面にあった6面のパネルの内の1枚だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、知ってる。全部調べた。

わたしがマスターの口から知りたいのはそんな事じゃないんだよ、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

「……東都先端物質学研究所の葛城 月乃が遺していたデータ、全部見たの」

 

 

 

 

 

 

 

これだけ言えば、マスターわかるかな。

お願い、わかってよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。月乃のデータを見たのか」

 

 

 

 

 

 

 

マスター、知り合いだったんだ。

もう変な嫉妬はしないよ?あはは……

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん……どうしたの?なんか変だよ、戦兎も……」

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね、美空。

美空には酷だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空、お姉ちゃんさ。マスターと話あるからちょっと表に――」

 

 

 

「いや、美空も聞きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、美空にも関わる話なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








戦兎「あり?今回早いね随分」

美空「いやーなんかねー?」

美空「この前が長かったから今回は短くって言ってたらしーし」

戦兎「え、誰が?なにそれ」

惣一「そりゃあお前あれだよ、天の声のあれだよ」

戦兎「まさかのスッ○リ!?」




美空「つーか万丈どしたんだし。寝てんの?」

惣一「あいつなら修行してるぞ。ほれ、あそこ」

万丈「うおー!!気合!根性!努力!!」

戦兎「うわっ暑苦しっ」



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phase,12 黒の宙





惣一「俺はこの世界に不満がある」

万丈「急になんだよマスター?」

惣一「なぜこの世界には○ックがない!」

万丈「え?マッ○って何?」

惣一「はぁ。てりやきやビッグマ○クが懐かしい」

万丈「うーんよくわかんねーけどロッテ○アならあるぞ?」



惣一「なぜマク○ナルドが無いんだああああああ」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事なの?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしよりも先に美空が反応する。

その目には疑いというよりも、ただ純粋に興味があるような眼差し。

 

 

 

どういう事……?

繋がってる、のかな。

 

 

 

 

 

 

 

「まず。美空の事から話そう……」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの表情が曇る。

珍しいな、こんな顔するなんて。

 

 

 

 

 

 

 

……どんな時でもマスターの全てが愛おしく感じてしまうわたしは、きっと手遅れだ。

 

 

 

 

 

 

 

「美空が誘拐された事。これは間違いない。事実だ」

 

 

 

 

 

 

 

……それはわたしも知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとしたタブーになってるけど、うん。

美空は、目覚めてすぐに誘拐された。

 

確か身代金目的の犯行だったって聞いたけど……

 

 

 

 

 

 

 

「美空、大丈夫。俺がついてるから。こっちへおいで」

 

 

 

 

 

 

 

当時の事を思い出してしまったのか、美空の身体は視認出来るほどに震えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……断片的な記憶喪失、というのだろうか。

 

美空は誘拐される直前と救出された瞬間、そして目覚めたらここnascitaに戻って来ていた、という記憶しかないらしい。

 

 

 

つまりは、誘拐されていた間の事や救出されている時の一切を覚えていない。

医師曰く恐怖による防衛反応だったのでは、との事らしい。

 

 

 

 

 

 

 

怖かったよね、美空。

大丈夫。もうわたしもいる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――美空はだいぶ落ち着きを取り戻したみたいに見える。

マスターの膝の上に座り、頭を撫でてもらってるのはちょっと羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

「……そこには1つ。嘘がある」

 

 

 

 

 

 

 

美空がだいぶ落ち着いた所で、マスターが口を開いた。

ちなみに美空はまだマスターの膝の上にいる。

 

 

 

ちょっと交代してくんないかな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?嘘?

 

 

 

誘拐された、ってのは本当でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空は、身代金目的で誘拐されたんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浄化の力を欲する、忌々しいファウストに捕まったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファウ……スト……

 

 

ファウスト……ファウスト……!!

 

 

 

 

 

 

 

また……またあいつらか!!!

 

 

 

 

 

 

 

わたしの事も、万丈の事も、美空の事も!!

あいつらは絶対に、絶対的に許さない……!

 

 

 

 

 

 

 

「……そこで、俺がファウストに潜入し、美空を救出した。美空が覚えてる記憶の、ね」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの表情が曇ってゆく。

辛い過去に耐えられないような、思い出したくないような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、美空に黙ってた。きっと傷付くだろうって思ったから。美空の悲しむ顔が見たくなかった。美空がこれ以上傷付くのを見たくなかった。だから……俺は嘘をつく事にした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許されることではないとわかっていながら、嘘をついた。いつか美空が思い出す事をわかっていながら、嘘をついた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空の事を本当に思えばすぐに話すべきだったんだと思う。でも……美空が傷付くのを見たくないっていう俺の我儘が、嘘を付かせた」

 

 

 

「謝っても許されないのはわかってる……本当にすまない、美空」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの両目に、澄み切った大粒の綺麗な雫が溜まる。

美空は、そんなマスターの、頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。覚えてる。お父さんが、私を助けに来てくれたの。はっきりと覚えてるよ。私の、ヒーローだもん」

 

 

 

 

 

 

 

美空の笑顔は、本当に天使のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「実はね、そうなんじゃないかな、って思ってた。何となくだけど」

 

 

 

「……お父さん、気にしないで。私はそんなお父さんが大好きで大好きで。心から誇りに思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしも。そんな優しくて暖かい美空の事を、心から誇りに思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ。ありがとう……美空……」

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロ泣いてるマスター見るなんて初めて。

 

 

 

……ずっと1人で抱え込んでたんだもんね。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしにくらい言ってくれればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし。泣かない泣かない」

 

 

 

 

 

まるで赤子をあやすかのように美空はマスターの事を抱き締める。

その行為が物凄く羨ましく思ってしまうわたし。

 

 

 

 

 

 

 

だってさ、美空に嫉妬しないけどさ。役得じゃん!

どさくさに紛れてわたしも抱きつこうかな……

 

 

 

 

 

 

 

……いやいや違う違う。そんな場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが本当の意味で聞きたい事は、そこじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ。すまない。ありがとう美空……そして、今の一件はこのパンドラパネルにも繋がるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「このパンドラパネル、そして戦兎に託したビルドドライバーとボトル2つはその際にファウストから拝借したものなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの精悍な眼差しがわたしを捉える。

その顔つきは、わたしをとても安心させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……はー。やっぱりそっか。

よかった。ちょっと不安だったけど。

 

 

 

そうする合点がいくしね。

スタークがビルドドライバーを持っていた事も。

 

そして、このパネルがここにある理由も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない戦兎。お前にも嘘をついていて。ずっとずっと、心苦しかった」

 

 

 

 

 

 

 

そんなこと気にしないでよ。ばぁか。

 

 

 

 

 

 

 

「きっと戦兎なら、この真相に辿り着くと信じていた。そして俺に、話させてくれると信じていた……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ずるいや。ひきょーだよ。

 

わたしの大好きな顔でさ。大好きな声でさ。

そんな真剣な顔で信じてた、だなんて。

 

 

 

 

 

 

 

とんでもなく嬉しいじゃん。ばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ。許したげるから1つお願い」

 

 

 

 

 

 

 

いわゆるラッキースケベ!……いや違う。全く違う。

 

 

 

 

 

 

 

「……パティスリー鴻上のケーキか?」

 

 

 

 

 

 

 

んん!それも頂こう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それも!……あと。わたしにも膝の上に座らせて頭撫でて」

 

 

 

 

 

 

 

ひゃー!言っちゃった言っちゃった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら、おいで。戦兎――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ひゃああぁぁ♡至福のひとときだった……♡

 

 

 

本気で時間停止装置作ろうかと思ったね。

あのまま時を止めたかったわ。

 

ちょっと本気で考えてみようかな……

 

 

 

 

 

 

 

「もっと怒るかと思ったよ。すげえ顔して壁ぶっ壊してたからな、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

ん?あー。いーのいーの。もうそれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやさー。もしかしたらマスターが裏でファウストと繋がってんのかなーとか思っちゃったりしたわけ」

 

 

 

「月乃さんのデータに何枚かのパンドラパネルとビルドドライバーが元々ファウストの、みたいな感じで記録されてたからさー」

 

 

 

 

 

 

 

ま、全部わたしの勘違いってやつ。

早とちりはよくないよくない。

 

 

 

 

 

 

 

「だからね。実はマスターがずっとわたしたちのこと騙してるんじゃないかな、みたいなさ。絶対ありえないけどねー!ぷぷぷ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしのマスターがそんなことするはずないからね!

少しでも疑った自分があほくさいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……って、え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マス……ター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターがわたしを見つめながらぽろぽろと泣いていた。

さっきよりも大粒の雫を、無数に落としてる。

 

 

 

 

 

 

 

「え、ごめんマスター……ほんと、わたしの勘違いだから!ごめん、ち、違うの!わたし、わたしマスター信じてるから……」

 

 

 

 

 

 

 

なんで最初からマスターの事を全部信じられなかったんだろう。

何でこんなことしちゃったんだろう。

 

 

 

やだ。ごめん、ごめんなさい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、ごめんマスター。だから泣かないで。やだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしも涙が止まらなくなる。

目の前の愛する人を信じられなくて、泣かせてしまうことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横であたふたする美空をそのままに、マスターがわたしに語りかける。

 

 

 

いつもの、優しい音色で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……に……?」

 

 

 

 

 

 

 

涙が、ずっと溢れてく。

自然に、息をするように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……目の前の事だけを信じる事は容易い。しかし、物事には表裏一体、表と裏がある」

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎。それに美空。目で見えたものだけを信じてはいけない。その内側の、真実を視るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターの涙は止まらない。

なぜだか、とても悲しそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決して。決して信じ過ぎてはだめだ。疑う事を覚えなさい。本質をみるんだ。そのものに隠された、真意を視るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの涙も、止まらない。

なぜかマスターがとても、切ない存在に思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか。約束してくれ。信じていたモノが実は虚像だった、これは当たり前のようにまかり通るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎も、美空も。絶対にこの事を忘れるなよ。そして、この事を万丈にも伝えてくれ。よろしく頼む……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはマスターを抱き締めていた。

無意識の内に精一杯抱き締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、無意識に、自然と言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。貴方には私がいる。ずっとずっと傍に居る。貴方が苦しい時、悲しい時、辛い時。私が傍についてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし世界中の全てに理解されなくても、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私だけは貴方の味方だから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うん。ありがとう。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?あり?なんか頭がぽーっとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん……ありがとな、戦兎?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんか変な感じだったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?戦……兎さ、ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うーん。なんか前にもあったよーな気がするなあ、あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し!死ぬ!戦兎!!おっさん死んじゃうからぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んー……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……きゃあああああ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いや、なんだ、うん。ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

まじかまじかまじかまじかまじか。

 

なんでわたしマスターの事抱き締めてたんだ。

なんだ。なんでそうなった。

なにがどうなったらそうなったんだ。

 

 

 

誰か詳しく教えろおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……あれだな。戦兎、お前立派なモン持ってんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三途の川とベストマッチしてこい変態中年があぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はあ、はあ、はあ。

 

 

 

思いっ切り顎にクリーンヒットしたし、これで記憶無くなってるといーんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。なんか愛の告白みたいだったね!戦兎!」

 

 

 

 

 

 

 

……は?

おいまじかよなんだそれ聞いてないぞ誰だ言ったのおい今すぐちょっとこっちこいコラ。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、あれだし!娘っていうのは初恋するくらいお父さんが好きになるもんだし!戦兎はほんっとにお父さんっ娘だねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん。本当に美空がこういう子でよかった。

 

 

 

 

 

 

 

……とゆーことはマスターにも聞かれてんじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待てよ待て、美空は愛の告白みたいだったって言ってたし。

 

 

 

何言ったんだわたし!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いてて。ん?さっきの言葉?」

 

 

 

 

 

 

 

そうだよ!わたしがさっきいった知らない言葉だよ!!忘れた!?

 

 

 

 

 

 

 

「あー……なんだっけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セーフウゥゥ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……煙草買ってくる。切れちまった」

 

 

 

 

 

 

 

はあぁぁ。よかった。本当に安心した。

 

 

 

 

 

 

 

「もうお父さんたら!これを気に禁煙しなさいし!」

 

 

 

 

 

 

 

そーだそーだ!もっと言ってやれ美空!ばーか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わりぃな。こいつぁ俺の相棒なんだよ。すぐ帰るよ!Ciao♪」

 

 

 

 

 

 

 

ほんっとにしょーがない中年だよ全く……あれ?

 

 

 

 

 

 

 

なんか今マスターから物凄い聞き覚えのある言葉したような……

全身に悪寒が奔るような、拒否するような……

 

 

 

 

 

 

 

なんでマスターから……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――雨が降り注ぐ。ずっと、ずっと降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙が止まらない。延々と精製していく。

 

止まれ、止まれ止まれ。

止まれ止まれ止まれ止まれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな事言うの反則だろうが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かに言って欲しかった言葉。

誰かに言ってもらいたかった期待。

誰かが言ってくれるのではないかという希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな……卑怯だぞ……ずっとずっとずっとずっと我慢してたのによ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までずっと我慢していた想いが、雪崩のように押し寄せる。

誰にも話せなかった、自分の本音。

 

 

 

志に迷いが出そうになる。投げ出したくなる。

あいつらと、どこか遠くへ、自分達の事を知らない場所へと逃げたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、傍に居たい。離れたくない。

でも、絶対に叶わぬ夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、現実か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚ろな眼に映るのは、絶望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は、ヒーローなんかじゃねえよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呟いた空は、星の無い漆黒の宙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








『みーたんだよっ♡ぷんぷん♡』


???「みーたん!いつ見ても女神!」

???「あ?なんだこれ?」

???「今みーたんネット見てんだ。邪魔すんなコラ」

???「は?俺が誰だって?あー。そいつはまだ言えねえ」

???「おう。じゃあ心火を燃やして次回を待ってろ」




???「はあぁぁあ。みーたん……♡」



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phase,13 コーヒーゼリーはお高めで




店員「……しゃーせぇ」



幻徳「思うのだが、内海」

内海「なんですか所長?」

幻徳「俺の出番少なすぎないか?」

内海「……いえ、これからかと」

幻徳「いいよなお前は!この前もちょこっと出てたもんな!俺は1回!1回だよ!?」

内海「作者曰く、所長はかなり好きなキャラ、だと……」

幻徳「じゃあなぜ出さんのだ」

内海「……会議ですので。それでは」

氷室幻「ちょ、内海?内海!?待ってー!!」




惣一「なんだ今の?」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あざーしたぁ」

 

 

 

 

 

 

 

俺が愛用しているこのコンビニの店員はやたらと軽い。

毎度毎度銘柄を聞き直すこの店員を俺は結構気に入ってるもので、ついついこの店員のレジに行ってしまう。

 

 

 

……番号振り分けてる意味ないよな。うん。

 

 

 

 

 

 

 

今は居ない熱血漢に想いを馳せ、俺はこの店員の事を愛を込めて初代万丈、と名付けているのは……どうでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついでに2人へのおみやげも、と思いプリンも買う。

美空も戦兎も大好きなプッツンするプリンだ。

 

きっと、喜ぶだろう。

 

 

 

 

 

 

 

さっきは俺とした事が、動揺してしまったからな。

怪しまれたんじゃないだろうか。

 

 

 

まだ早い。明かすにはまだ蕾すらまともに生まれてないようなものだ。

 

大輪の花を咲かす芽吹きが出るまでは、もう少しあの子たちと幸せなひとときを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それくらい我儘言っても、罰は当たらないよな」

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えながら帰路に着く。

どうしてだろう。凄く、凄く懐かしい気がする。

 

 

 

 

 

 

 

あの時戦兎が俺に伝えてくれた言葉。感情。

まるで前世で契りを交わした最愛の女性に再会出来たかのような感覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……戦兎にそんな感情を抱くなんて、な。

あいつは俺の大切な娘だ。大切な家族。

 

 

 

 

 

 

 

そして、きっと俺の事をこの世で一番憎むであろう女性。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れてんだな、俺」

 

 

 

 

 

 

 

様々な想いを断ち切るように呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……よし。だいぶ落ち着いた。

今はまだ俺の事を好きでいてくれて、必要としてくれる娘たちの元へ帰ろう。

 

 

 

お父さん、頑張るからな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――たっだいまー」

 

 

 

 

 

 

 

もはや冷蔵庫と呼んでもいいのかどうかという代物を開けると、近代的な秘密基地が広がる。

美空や戦兎そして万丈との秘密の場所。

 

 

 

ここは正義が広がる空間だ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁすたっ!おっかえりぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に兎みたいだな、戦兎は。

犬になったり兎になったり忙しいやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんおかえりだしー。遅かったね?」

 

 

 

 

 

 

 

おう。ちょっと自分の今後について考えてただけだ。

人生とは哲学のようなものだなみたいな感じで。違うか。

 

 

 

 

 

 

 

「随分と万丈みたいな店員が居てな。おもしれーからさ。からかってきたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

うん。嘘ではない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「わたし多分知ってるそれ!初代万丈って名付けてるやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

まさかの同じかよ。

お前も同じ事思ってたんか。

 

 

 

 

 

 

 

「可愛いよな、あいつ……ほれ、プッツンプリン買ってきたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

プッツンプリンのMEGAサイズを現すと、年頃の女子たちが勢いよく飛びついてきた。

まるで死肉に群がるハイエナみてーだ。

 

 

 

……例えが酷過ぎるかな、と笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「ほおおおお!プッツンしたい気分だったんだよちょうど!」

 

 

 

 

 

 

 

甘いものに目がない戦兎がぴょこぴょこ飛び跳ねる。

お前、プッツンしたい気分て。キレやすい若者か。

 

 

 

 

 

 

 

「コレ買ったからパティスリー鴻上のケーキは無し、はダメだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

大事そうにプリンを持つ美空。

大丈夫だよ。盗りゃしねーよ。

 

 

 

 

 

 

 

……ちっ。しかしケーキみたいにそんな甘くなかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いただきまーす!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーもー!みんな居るかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

2人がぺろっとプリンを食べ終わってすぐ、新しい協力者が来た。

 

 

 

はあ。俺こいつ苦手なんだよなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ。おのれ紗羽ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の背後に何かどす黒いオーラが見える。

なんだ、この女と揉めたのか?

 

 

 

 

 

 

 

「な、なに戦兎ちゃん?なんか怖いわよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

初めて意思疎通したな。

なんか俺も怖い気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「がるるるる……何のようだい紗羽さぁん……」

 

 

 

 

 

 

 

おいおい。兎がハンターになってどうする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どしたの戦兎ちゃん?……まあいいわ。ほら、万丈くんが今いる場所!なんとかわかったわよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――北都に?万丈が?」

 

 

 

 

 

 

 

幸せな空間をぶち壊したメス豚……もとい紗羽さんが持ってきた情報によると、万丈は現在北都に居るらしい。

 

 

 

北都にもファウストの拠点が?

 

 

 

 

 

 

 

……まあでもあったとしてもおかしくはないか。

 

 

 

 

 

 

 

「それがね……私も少し驚いているんだけど、どうやらファウストではなく、北都政府が万丈くんを迎えてるみたいなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

政府が……?

繋がらないな、どういうこと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も綿密な詳細はまだ掴めてないんだけど、どうも北都政府の庇護下にいるらしいのよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ戦兎ちゃんたちが言ってたスターク、ってやつと北都政府が繋がっているのかはわからないのだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北都政府とスタークが繋がっている、つまりは政府とファウストが……?

いや、しかしそしたら普通ファウストの庇護下にあるはずじゃ。

 

 

 

それともファウスト側と北都政府に何らかの癒着があるっていうことなのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここらが問題よ。……東都、北都、西都。日本を三分するこの三都は現在冷戦状態のようなもの、っていうのは知ってる?」

 

 

 

「うん、都市伝説みたいな感じでは聞いたことある」

 

 

 

 

 

 

 

ちょこちょこテレビでも話題にあがるしね。

自衛のためと嘯き軍事増強している、とかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

「最近西都がね?更に海外の軍事企業から様々な兵器を密輸しているらしくて。報道はされていないけど、各都かなりの緊張状態になっているのよ」

 

 

 

 

 

 

 

はあ。本当に権力者ってのは頭が悪い。

 

戦争は確かに官軍の財政を豊かにするけども……

そんなアホな理由で多くの血が流れるのは間違ってる。

 

 

 

人の命はそんなに軽くない。残るのは痛みだけ。

なぜこんな単純明快な事も理解出来ないのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東都はまぁ……氷室首相が平和的な考えをお持ちだからそこまでではないのだけど、問題は北都」

 

 

 

 

 

 

 

「この件に相当な危機感を持ったのか、北都の多治見首相は都の財政の殆どを更なる軍事増強に充てているらしいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……北都は確か、三都の中で一番財政が逼迫している。

 

 

 

元々分断される前の北都領土は農畜産が主だった。

それをスカイウォールの惨劇の影響で壊滅的なダメージを受けたんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

……北都都民は、他の二都に比べ信じられないような貧しい生活をしてると聞いたことがある。

 

 

 

人より自分たちの権力かよ。むかつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、新しく設立された秘密裏の軍事組織……ここに万丈くんが配属されているみたいなの。しかも……長として」

 

 

 

 

 

 

 

万丈が……軍に?

人の命を奪うような連中と一緒に……?

 

 

 

しかも指揮官って……そんなはずあるわけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私もね。正直驚いてるわ。万丈くんが戦争のための組織に居る、って事が。それと……この軍事組織はただの組織じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーを兵器とする、軍なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

思考よりも先に声が産まれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……仮面ライダーの力が、戦争の兵器?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターから託されたこの力が、人の命を消し去る兵器?

 

 

 

この人は……何を言って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見て。何とか掴んだ情報。北都の秘密軍事組織《北風》……そして、第3師団 団長、万丈 龍我」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの渡してきた書類には、冷たい軍服を着た万丈の写真が載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、対国家殲滅部隊 第3師団。コードネームは《CROSS-Z》。その核となる兵器は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……仮面ライダークローズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロー……ズ……?

それって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この仮面ライダークローズ、あまり情報が無いんだけどね。わかっているのは、戦兎ちゃんと同じ……ビルドドライバーにドラゴンフルボトルをセットしたクローズドラゴンと呼ばれるアイテムを装填する事により変身する、って事が現在わかっていることよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロ……ちゃん……?

 

 

 

 

 

 

 

あれは……わたしが万丈の想いのために、万丈の力のために創りだした希望の力……

 

 

 

 

 

 

 

そんな……戦争のための力じゃないよ、万丈……

 

 

 

その力はあんたの道を照らし指し示す、光の力なのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その力は……護れる力だよ?万丈……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘。そんなの嘘だよ、万丈がそんな事絶対無い!!」

 

 

 

 

 

 

 

美空の声が、冷たく静かな空間に響く。

 

 

 

そ、そうだよ。あいつはバカだけど、そんな間違いを犯すような本物のバカじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

だって、そんな、香澄さんが許すはずないじゃん。

あいつと香澄さんの約束は、そんなのじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……信じられないのもわかる。でもね、戦兎ちゃん。美空ちゃん……これが、この全てが、現実なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大丈夫。戦兎。俺、大丈夫だからよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……さらばだ戦兎。これが、現実だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……現実って何?そんな、そんなのわたしは認めない。そんな万丈をわたしは認めないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、そんなわけわかんない現実わたしは要らない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かがわたしに囁く。これが現実と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん……気持ちはわかるけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやだ!いや!!そんなのわたしは絶対に認めないから!!あんたは嘘つきだ!そうやって万丈の事を悪く言ってるんだ!!!そうやってわたしたち家族を苦しめるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かがわたしに囁く。現実を認めろと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたはいつだってそうだ!わたしの事を苦しめる!!わたしの事が嫌いなんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

「だからそうやって騙して傷付けるんだ!わたしたち家族が憎いんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……じゃあな!戦兎!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今までありがとう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かがわたしに囁く。現実は絶望だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたの事なんてわたしたちは信じない!あんたの言葉も、行動も、あんたの全てを信じない!!あんたなんか早く――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乾いた音が、絶望の場に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……痛いよマスター」

 

 

 

 

 

 

 

心が痛い。

わかっているのに。

わかっているのに認めたくないわたしの我儘が、どうしようもなく嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎。ちょっと来なさい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ずっとわたしの中に雨が降ってる。

わたしの汚いものだけ遺して、綺麗な何かを流していく。

 

 

 

そんな雨が、わたしは大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎。現実とは、辛いものだな」

 

 

 

 

 

 

 

止むことを忘れたような、そんな大雨が降るわたしの中に、マスターの声が広がってく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この年まで生きてるとな。辛い事や悲しい事。認めたくない事がいっぱいある」

 

 

 

 

 

 

 

降りしきる雨が冷たい。

わたしの涙は、きっともっと冷たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も何度も立ち止まったよ!……今でも止まっちまう時もある。しかも、めちゃくちゃな。知らなかったろ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターは、わたしにとって全てだ。わたしの、全部。

勝手にマスターは強い人なんだと思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はどうしようもなく弱い人間だ。でも……なんで頑張れると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでだろ。マスターは、マスターだから?

 

 

 

そんな意味不明な事しか過らないわたしは、マスターの何を知ってたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎が居るからだよ。戦兎が俺の傍に居る。美空が俺の傍に居る。それに……バカ息子の万丈も。家族が、俺の支えなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大雨に、少し光が見えた気がする。

あぁ、なんで気付かないんだろう。わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが辛く険しい現実だとしてもな。1人じゃないんだよ。俺には戦兎が居る。美空がいる。バカ息子が居る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議だ。永遠とも思えた大雨が、止んでいく。

大好きなマスターの、羽毛のように柔らかい声で満ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして。戦兎。お前は1人じゃない。寂しがり屋で甘えん坊の、末っ子の美空が居る。真っ直ぐで、すぐに周りが見えなくなるバカな弟が居る。……そしてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の事を心から愛している、俺が傍にいるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい涙が、わたしの曲がりくねった道を切り開いてくれる。

ゆっくり、ちょっとずつ歩いてる。

 

 

 

 

 

 

 

右隣には美空。左隣には万丈。

 

そしてちょっと前にマスターがクシャッと笑いながら、わたしたちを優しく見守ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。そうだ。わたしは1人じゃない。

どんなに辛くても、どんなに悲しくても。どんなに苦しくても。

 

 

 

わたしには愛すべき家族がいるよ。

ふと見れば大切な存在たちがいるよ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしのちょっと前には、最愛のあなたがいるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はは。なにそれ。愛の告白みたい」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが取り戻されていく。

大好きな、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

「はは。俺なんかに言われてねーで早くいい男捕まえろっての」

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ。居るよ?わたしの目の前に。

きっと捕まえてみせる、わたしの最愛の人。

 

 

 

絶望した時、いつもわたしを救ってくれる、さいっこうの人。

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうマスター。

わたし、ちゃんと前に進むから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にしょうがないんだから、あのバカな弟。しっかりと道を戻してあげるのがお姉ちゃんの務めだからね」

 

 

 

 

 

 

 

「……それと。ありがと、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと……愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おう!そしたら帰るぞ!腹減ったな。なんか買って帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

万丈。首根っこ掴んで引きずり回して家に連れ戻すから待ってろ。

泣き喚いてもお姉ちゃん許さないからね。

 

 

 

 

 

 

 

先輩ライダーなめんなよ!!

 

 

 

 

 

 

 

「うん!わたしプリン!……あと、前に紗羽さんコーヒーゼリーが好きだ、って言ってたから。それも」

 

 

 

「……なんだ。てっきり嫌いなのかと思ってたよ」

 

 

 

 

 

 

 

嫌い……じゃない。

前は嫉妬してただけ。さっきのは八つ当たり。

 

 

 

好きか、って言われたらわかんないけどさ。

多分好敵手って言葉が一番似合うのかな。

 

 

 

 

 

 

 

必死になって万丈の事を探してくれた紗羽さん……紗羽嬢は、きっと悪い人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

……しょーがない。紗羽嬢にも初任給でなんか買ったげるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは神の如き存在だからねえ!ふっふっふ。器が違うのだよ器が」

 

 

 

「はいはい。どうでもいいけどちゃんと謝るんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

「どうでもいいって何さ!?……ちゃんと謝るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい。したら行くか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここの所ずっと降り注いでた雨がいつの間にか止んでいた。

明日は久しぶりの、雲1つない快晴だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「まじかよ!たっけえなこのコーヒーゼリー!!」

戦兎「いーじゃんいーじゃん。喜ぶぞ紗羽嬢」

惣一「おまっ……俺の無けなしの小遣いが……」



戦兎「あー!【CAN PEACE】の新刊だ!買って買って!」





店員「……あざーしたぁ」

惣一「……バイト増やそうかな」

戦兎「えへへ。やったあ♡」



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phase,14 可愛いあの仔はハッキングがお好き





万丈「マスターたち元気にしてっかなあ……」

???「おい邪魔だ。どけエビフライ頭」

万丈「あ?なんだお前?」

???「俺ぁ忙しいんだよ。タルタルぶちまけんぞ」

万丈「なんだと?美味そうじゃねえか」

???「……付き合ってられるかよ」

万丈「お、おい!……なんだあいつ?」





万丈「はぁ……美空のグラタンが懐かしいぜ……」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん紗羽嬢!言い過ぎた!!すまん!」

 

 

 

 

 

 

 

エボルト……石動 惣一に連れられて外に出ていた戦兎ちゃんは、帰ってくるなり私に謝ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

……ふふ。本当に可愛いな、この仔は。

天真爛漫で、私とは大違い。

 

 

 

 

 

 

 

……それに睫毛が長くて綺麗だわ。

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢?……ふふふ。謝らないで?戦兎ちゃん……私の方こそ、デリカシーが無かったと思うし」

 

 

 

 

 

 

 

嘘に塗れた私の、心からの本音。

まさかあんなに怒っちゃうなんて……

 

万丈くんは本当に大切に思われてるのね。

 

 

 

ちょっと、羨ましいな。

 

 

 

 

 

 

 

「……私も、ごめん。紗羽さんに、嘘とか言っちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

美空ちゃんが俯きながらぼそりと呟く。

この子も可愛い。撫で撫でしたくなっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁぁぁぁん♡やだもう可愛い……♡

思いっきり抱き着いて心ゆくまで可愛がりたいわ……♡

 

 

 

戦兎ちゃんのあの綺麗で柔らかそうな唇をぷにぷにしたい♡

美空ちゃんのあの透き通るような純白の柔肌をぷにぷにしたい♡

 

 

 

 

 

 

 

なにもうなんなの!小動物!?天使なの!?

はあ……眼福……♡

 

 

 

見てるだけで癒されるわ……♡

お姉さん昇天しちゃいそう……♡

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽さん?……紗羽さん?やっぱり怒ってるよね?」

 

 

 

 

 

 

 

やだ!美空ちゃんの顔がこんなに近くに!!

やめてそれ以上私を刺激しないでもう私のライフはゼロよ!

 

 

 

 

 

 

 

「……本当にごめん紗羽嬢。許せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やだ戦兎ちゃんまで!!

ちょっともうだめ私の意識が天国にひとっ走り付き合っちゃうわあああ――

 

 

 

 

 

 

 

「え!紗羽さん!?ちょ、ちょっと!……お父さん、紗羽さんが鼻血出しながら倒れちゃって――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こほんっ。ごめんなさいね。恥ずかしい所をお見せしちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

危ない危ない。本当に昇天しちゃう所だったわ。

頑張れ私!負けるな私!

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい紗羽嬢?ハイド〇ポ〇プみたいな鼻血出しながら宙を舞ってたけど……?」

 

 

 

 

 

 

 

あぁんっ♡心配そうな顔の戦兎ちゃんもまるで甘える仔猫のように堪らなく可愛い!♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だめだめ。落ち着きなさい私。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫!ちょっとレバーを食べ過ぎちゃってね……それよりも私の方こそ本当にごめんなさい。だから、謝らないで?ね?」

 

 

 

 

 

 

 

そう。私が悪いのだしね。

バツの悪そうな戦兎ちゃんや、しゅんとしてる美空ちゃんたちの可愛い姿を見られるのは堪らないけど……♡

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てんきゅ。これ、前に紗羽嬢が好きって言ってたコーヒーゼリー。お詫びの印」

 

 

 

 

 

 

 

視線をあわせてくれない戦兎ちゃんが差し出してくれたのは、生クリームがここぞとばかりに主張してる、まるでオニキスのような。

 

すっごい綺麗で美味しそうなコーヒーゼリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やだ。覚えててくれたんだ。

何の気なしに言ってただけだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

「……ま。懐を痛めているのは俺なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

私の知らない石動 惣一がそこに居る。

 

 

 

 

 

 

 

……彼の何かが、ほんの少しわかる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとお!余計なこと言わなくていーの!!」

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ。毒されちゃうわね。

ここはなぜだか暖かい。凄く優しい空間。

 

 

 

笑顔になれる、そんなところ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ。あははははは!やだもーおっかしー!」

 

 

 

 

 

 

 

楽しいな、ここは。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと紗羽嬢!笑い過ぎだって!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ごめんね。戦兎ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。そういやさ。わたし紗羽嬢に頼もうと思ってたことがあったんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

コーヒーゼリーを大切そうに頬張る紗羽嬢に呟く。

そんなに嬉しかったんかな?

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?なぁに戦兎ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

ほんと紗羽嬢は何してても絵になるなー。

まあ負けないけど。わたしのオーバースペックを舐めないで頂きたい。

 

 

 

 

 

 

 

「まずその前に。マスターたちにもさ、色々話さなきゃいけないと思ってた事があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。色々気になること。

 

 

 

 

 

 

 

 

「万丈がいたとこ。ほら、紗羽嬢が教えてくれた所の事」

 

 

 

 

 

 

 

あの時わたしが戦った、あの機械兵。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこにさ、難波重工が生産してる警備用の機械兵、ガーディアンが居たんだけどさ。それ、わたしに襲いかかってきたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

めちゃめちゃ居た。そしておっきくなった。

戦兎さん本当に怖かったよあれ。

 

 

 

 

 

 

 

「まあそれはただ無人のあの場所を警護していた、とも受け入れられるんだけど。なんか、まるで待ち構えてたような感じで異質だったんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

そう、色んな事が引っかかる。

まるでわたしが来るのを知ってたかのようなガーディアン。

 

 

 

北都政府とスタークの繋がり。

北都政府とファウストの関係性。

東都の刑務所の看守鍋島。

その鍋島とファウストとの関係性。

 

 

 

月乃さんという謎の人物。

月乃さんとファウストの関係性。

 

 

 

 

 

 

 

北都の、仮面ライダーを兵器とする軍事組織。

そしてビルドドライバーは元々ファウストのものだということ。

 

 

 

対国家殲滅部隊だなんて物騒な名前の第3師団 北風。

そしてその兵……器、仮面ライダークローズ。万丈 龍我。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしはね。あくまで推測だけど東都刑務所、あそこの受刑者をモルモットとして実験が行われてたんじゃないかと睨んでる」

 

 

 

 

 

 

 

「被験者はそれこそ山のようにいるし、証拠を隠蔽するのも容易い……」

 

 

 

 

 

 

 

東都刑務所は間違い無くファウストの息がかかってるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうすれば鍋島とファウストが何らかの関係性があるのも頷ける。そして、東都刑務所は東都政府が厳重に管理してる場所」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「独断でファウストと癒着してるってのは考えにくい。つまり、東都政府もファウストと何らかの接点があるはず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分間違ってないと思う。

精錬潔白というにはあまりにも埃がたちすぎてるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、極めつけは葛城 月乃の遺したデータ。そのデータにはパンドラボックスやスカイウォールから検出されたガスには、人体にある影響を及ぼすと記されていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「細胞の変化による肉体の変化や身体能力の向上、そして特異な能力を持つ異なる生命体へと生まれ変わる……名を“スマッシュ”と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、恐ろしい内容が書かれていた。

まさに、阿鼻叫喚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしが見た感じ……恐らく月乃さんはこのガスに含まれる未知の物質を、人類の新しい希望と考えてたんだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

……そうであってほしい。

じゃなきゃこれは悪意に満ち溢れてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、疾患を持つモルモットに投与した。そしたら細胞の活性化によりその疾患が無くなり、平均的な寿命よりも長く生きたとの記述があった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで、あくまで自主的による、様々な疾患を持つ被験者の人体実験を行った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、悪夢の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこにはこう記されてたよ……その成分を取り込んだ被験者は、ほぼ全てにおいて異形の怪物と化した、とね」

 

 

 

 

 

 

 

想定外過ぎただろう。

モルモットには見られなかった化学反応が起き、人間は人間でなくなってしまった。

 

 

 

大勢の死者を出した、悪魔の所業。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……当時はまだスマッシュからガスを抜き取る技術が無くて、スマッシュを倒した後に人間に戻る事は叶わなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハザードレベル1以下の人も、それ以上の人も皆死んだ。その場にいた関係者も数多く死んだって記されてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐怖に慄いている美空を、マスターがそっと抱き締める。

 

こんな話してごめん。恐ろしいよね。

美空が居ない時に話せばよかったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死傷者は総勢100名以上。こんな大惨事にも関わらず、全てが東都政府により隠蔽されたって。こう記された所でデータは途中で終了してたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非道な人体実験、大惨事の事故。

全てを、無かった事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そしてその実験を行っていたのは東都先端物質学研究所の前身、東都総合科学研究所。この2つを管理しているのは、東都政府」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「更にね?……このおぞましい研究を指示したのは東都政府 首相、氷室 泰山と記されてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、全て東都政府によるもの。

研究も人体実験も全ての隠蔽も。

 

 

 

 

 

 

 

全て、東都政府現首相、氷室 泰山の指示だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後の話が驚愕過ぎて前の話が霞んじゃうわね」

 

 

 

 

 

 

 

目を見開いて驚愕している紗羽嬢。

 

無理もないよね。

わたしもめちゃめちゃびっくりしたもん。

 

 

 

 

 

 

 

「……ちなみに。この人体実験には、たった1人だけ怪物にならなかった被験者が居るとも記されてた」

 

 

 

「戦兎ちゃん、まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。恐らく人類のために。

悪魔に魂を売った人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このプロジェクトの責任者、葛城 月乃。この研究の全ての指揮を取り、自らも被験者として人体実験を行った人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、全てに繋がる人。

悪魔の科学者、葛城 月乃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何が凄いって、そこまで調べた戦兎ちゃんが凄いわ。私も気になって少し調べたりしたけど、そんな情報1ミリも出てこなかったもの」

 

 

 

 

 

 

 

ぽかんと驚く紗羽嬢。

へへへ。わたしの凄さがわかった?

 

 

 

 

 

 

 

「まあわたし天才だし!……実は勤務先のとある人に渡されたある書類がさ。変?ていうか気になってね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの研究所や東都政府にハッキングしてみたら色々出るわ出るわ。セキュリティ甘すぎ」

 

 

 

 

 

 

 

ま、犯罪すれすれ?グレーゾーンてやつ?

細かいことは気にしない気にしない!

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎……お前それ完全にアウトだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

あほみたいな顔でわたしを見つめてくるマスター。

いーのいーの。簡単に破られる方が悪い!

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん……本気で職を変えてみない……?」

 

 

 

 

 

 

 

うーん。あそこなんだかんだ自由にやらしてもらえるし、何より給料高いからなあ。メガネはうるさいけど。

 

 

 

今のとこより給料高くて福利厚生も充実、更に週休6日だったら喜んで変えるかな。

 

 

 

 

 

 

 

「まー飽きたら変えるよ……で、紗羽嬢に頼みたいことなんだけどね?」

 

 

 

「なあに戦兎ちゃん?私に出来る事なら喜んで頑張るわよ」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢の情報取得能力はこのわたしが褒める程だからね。

頑張ってやってもらわんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず1つ。鍋島の所在を掴んでほしい。この男に接触出来ればかなり有益な情報が得られると思う……話すことを拒むならわたしが無理やり吐かせる。ふひひひ」

 

 

 

 

 

 

 

天才物理学者の本領発揮だよ。ひひひひ。

 

 

 

 

 

 

 

「そして2つ目。難波重工を調べてほしい。恐らくファウストとの繋がりがあるとは思うけど……わかんない。だから調べてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

絶対怪しいと思うけど。

わたしのレーダーが反応してるし。

 

 

 

 

 

 

 

「3つ目。北都政府の事。ここは……なんていうかな、継続的に動きを見ていてもらいたい。戦争とかになったら大変だもん」

 

 

 

 

 

 

 

……万丈の事も心配だから。

早く帰ってこいよ、バカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4つ目。東都政府の事。かなりきな臭いから、叩けば埃はたくさん舞うと思うんだ。特に……首相の氷室 泰山。この人と、当時の実験の関係者とか調べてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、東都先端物質学研究所の所長にして首相補佐官、息子の氷室 幻徳もね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東都首相、氷室 泰山。この研究にまつわる事の総本山。

表向きは平和を望むって言ってたけど、裏はどうなのかね。

 

 

 

 

 

 

 

そして氷室 幻徳。

この人は……愛を込めてわたしはげんさんと呼んでいる。

 

げんさんはあんまり研究所に顔見せないからよくわからないけど……わたしの方でも調べてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして最後!……この、外道の実験を行ってしまった悪魔の科学者葛城 月乃の事を調べてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッキングした時ついでに調べたんだけど、この人にまつわる一切が無いんだよね……本当に死んでるのかどうかも。生きた証が全て消されてるみたいなさ」

 

 

 

 

 

 

 

まるで初めから存在しなかったみたいにね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……月乃さん、あなたは一体何者?

 

 

 

 

 

 

 

「……これは相当気合い入れないとダメみたいね。わかったわ。なんとか情報を集めてくる」

 

 

 

 

 

 

 

頼んだよ、紗羽嬢。

わたしにはこれが限界だ。疲れちったし。

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく!……でもファウストや政府が絡んでるし、気をつけてね。危ない橋を渡ったりとかしなくていいから。危険だと思ったらすぐにやめてね」

 

 

 

 

 

 

 

……一応ね。怪我されたりしても困るし。

別に心配してないけど。全っ然!これっぽっちも!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとだけ、はしてるかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう。戦兎ちゃん……嬉しい」

 

 

 

 

 

 

 

きらきらした綺麗な眼で紗羽嬢が見つめてくる。

 

……おう。しっかりやれ。そして無理はすんな。

 

 

 

 

 

 

 

「まあそんなとこ。まあわたしも色々と調べるし――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――いや。ははは。すげーな戦兎。

 

色々お膳立てをしたとはいえもうここまで辿り着くか。

やっぱりこいつすげーな。ハッキングはアウトだけど。

 

 

 

 

 

 

 

……そろそろ俺も本格的に動く時期なのかと思うと憂鬱だ。

 

 

 

まさかこんなに早く進むとは……想定外だよ。

 

葛城のおっさんには悪いけど、俺はもう少しゆっくりしたかったぜ。はぁーあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……Xデーはもうすぐそこに、ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月乃……か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当に、すまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――入りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

贅を溢れ出したかのような部屋。

夥しい数の高価な装飾品が飾れているこの部屋は、北都政府首相 多治見 喜子が鎮座する貪欲な空間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんだよ。話って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっきらぼうに話す、凍てつくような軍服を着る男。

煌めくその眼には、何が映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「口を慎みなさい……まぁ、いいわ。計画の用意をそろそろ始める所よ。あなたも準備しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

権力に取り憑かれた北都の王。

その欲望は留まることを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あぁ。わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短く言い捨てた言葉には、感情は存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しみね……早く、早くあれが欲しいわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲深い結末はどこに向かうのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この計画の根幹はあなたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強欲な王は口が裂けるような笑を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北風第3師団 団長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈 龍我。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダークローズの力を見せてあげなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








紗羽「やーんもう!可愛い!!」

美空「……どしたんだし、紗羽さん」

戦兎「うーむ……頼み事し過ぎてパンクしたかな」

紗羽「ぷにぷにしたぁい♡ぷにぷにしたい♡」

惣一「そうだな。末期だな」





紗羽「はぁぁぁん♡」



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第2章 ファウスト、始動
phase,15 月見酒






戦兎「思った。わたしヒロインじゃなくね」

戦兎「わたしこの物語の主人公でしょどう考えても」

戦兎「小説の名前変えない?これ」

戦兎「Masked Rider BUILD 天才のわたし とかどーよ」

戦兎「で、ヒロインがマスター。どーよこれ」

天の声「却下で」

惣一「お前ヒロインのつもりだったの……?」

戦兎「毛根死滅させんぞ中年」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

無機質な機械音がする室内。

白衣を着た人々が行き交う場。

 

わたくし桐生 戦兎の目の前には書類がたーくさん……

 

 

 

 

 

 

 

「やだ。ほんとやだ。お家帰りたい」

 

 

 

 

 

 

 

以前メガネサイボーグから受け取った地獄のような書類……わたしはそれに目を通して色々調べたのだが。

 

 

 

パンドラボックスに関する新しいプロジェクトチームのカンファレンスに使う資料を作るのをすっかりてっきりこっきり忘れていた。てへ!

 

 

 

そしたらメガネサイボーグがめちゃめちゃ怒りましてね……責任者なんだからちゃんとやってくれとか。

 

なんか知らんけど他にも色々押し付けられた始末でございます。はあ。

 

 

 

 

 

 

 

結局まだ紗羽嬢から情報も入んないしなー。ちっ!

 

 

 

 

 

 

 

……うーん。仕事に手が付かんのー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい戦兎ちゃん!ぼーっとしてるとまた内海さんに怒られちゃうよ?」

 

 

 

 

 

 

 

……うっさいなー。もお。

 

 

 

わたしのことを軽々しくちゃん付けしてくるこのおじさんは、内藤 太郎。わたしの同僚というか一応部下というか。

 

愛を込めてたーさんと呼んでいる。

 

 

 

ここの所員の中で一番仲が良い。

笑い方が豪快な、お酒好きのおっちゃん。

 

まあわたしの方が全然新人だけど、わたしが責任者を務めるプロジェクトのメンバーの1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ちなみにわたし、一応管理職なんだよね。即昇進!

けっこー偉いです。顎で使っちゃうよ?

 

 

 

 

 

 

 

まっ!てぇんさぁいだからねえ!

 

 

 

 

 

 

 

「あのさーあ?たーさん。葛城 月乃、って知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

前に雑談してた時にちょこっと聞いたんだよね。

 

たーさんは所員の中でもかなりの古株で、前身の東都総合科学研究所の時から働いてたとかなんとか自慢げに言ってた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだい戦兎ちゃん。月乃先生のことを知ってるのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

たーさんが懐かしむ様な顔で宙を仰ぐ。

 

 

 

……おおう。まさかのヒットかこれ。

 

 

 

 

 

 

 

「メガネからカンファの資料作るのに渡された書類に名前があってさ……気になった」

 

 

 

 

 

 

 

なるべく普通に投げかける。

平静を、平静を。

 

 

 

 

 

 

 

「がははは!メガネって!……そうだねえ。あの人は素晴らしい人だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

頭部が若干可哀想な事になりかけてるたーさんは、とても優しい目をしている。

 

 

 

……素晴らしい?科学者目線でって事?

 

 

 

 

 

 

 

「あの人はねえ、戦兎ちゃん。この国の……いや。人類の全ての未来を考えてるお人だったよ」

 

 

 

「気難しいというか、人付き合いの下手な人でね。周りから誤解されやすい人だったなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

まるで自分の娘の話をしているかのように喋るな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……人類全ての未来、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変な事聞くけどさ。悪魔、だとは思わなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

なぜかはわからないけど聞きたくなる。

彼女は一体どういう人だったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい!何を言ってるんだい!彼女はね、そりゃあ誤解されやすい性格だと思うけど、むしろ人類を照らす天使だよ。あの人は」

 

 

 

 

 

 

 

あはは。天使て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……人類の未来を願った人だったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだ若くてねえ。そうだ、戦兎ちゃんと同い年ぐらいかな?若いのに物凄い人だったよ……今はどこで何をしてるのやら……」

 

 

 

 

 

 

 

遠き日を思い出すかのようにしみじみするたーさん。おじいちゃんか!

 

 

 

 

 

 

 

それにしても月乃さんってそんなに若かったのか。

調べても個人情報の詳細は無かったしなあ……そっか。わたしと同じくらいなのか……

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。月乃さんの事随分慕って――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あれ、待って。どういうこと?

 

今はどこで、って言ってたけど月乃さんは殺されてるって報道されてるはずじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだい?戦兎ちゃ――」

 

 

 

「ねえたーさん。月乃さんのことで、何かおかしい、っていうかさ。なんかない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分変なこと聞くね戦兎ちゃん?うーん……あぁ。そう言えばね?もう年のせいかもしれんのだけどさ。顔が思い出せんのよ、顔が」

 

 

 

 

 

 

 

顔が思い出せない……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……これ、どういう事だ。

 

 

 

 

 

 

 

まだ結びつかないけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえたーさん、月乃さんの――」

 

 

 

「どうだい戦兎君。捗っているかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会話の途中に、背後から気配無く忍び寄る影。

 

……氷室 幻徳。

 

 

 

 

 

 

 

「……ぜーんぜん!げんさんこそ元気してました?」

 

 

 

 

 

 

 

気配を消すな気配を。

 

 

 

……怪しい人物の1人。

ここの所長氷室 幻徳。通称げんさん。

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちには普通に、というよりも結構親しく接してくれる。

見た感じ悪い人ではなさそうだけど。

 

 

 

でも、マスターも言ってたからね。

表裏一体、本質を見極めろって。

 

 

 

 

 

 

 

「ははは。相変わらず戦兎君は正直だ。余り無茶はしないように」

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、鋭い視線を放つのをわたしは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……あまり詮索はするなよ?って事かね。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほーい。承りましたあ!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしがそう言うと、彼はにこりと笑って歩を進めた。

その笑が邪悪に見えたのはきっと気のせいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず気になる事がある。

さっさと仕事終わらせて紗羽嬢に連絡しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ。たーさん!それ何!?おやつ!?わたしにもちょーだい!!1個でいいから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしたの!?戦兎ちゃん!大切な話があるって!?」

 

 

 

 

 

 

 

どたばたと擬音が聞こえそうな勢いで紗羽嬢がここnascita laboに到着した。

 

 

 

 

 

 

 

マスターは今日もバイトか……はあぁぁ。

まあでもいいや。今日は紗羽嬢に話があるんだし。

 

 

 

 

 

 

 

「月乃さんの事。葛城 月乃」

 

 

 

 

 

 

 

そう、彼女はおかしいんだ。

彼女が、ではなく彼女にまつわる全てが。

 

 

 

 

 

 

 

「……奇遇ね。わたしも少しだけわかったことがあるの」

 

 

 

 

 

 

 

艶やかに口角を上げる様はきっと魅力的なのだろう。

そんな紗羽嬢は仕事が早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃまずはわたしから。まずさ、月乃さんってどんな人かわかる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

私の予想が正しければある一定の所までしかわからないはず。

まず間違いなくね。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃんたちから聞いた情報と、あとは万丈くんが来た時には死んでた、ぐらいかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。やっぱりそうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だよね。わたしもそれだけ。それだけしかない。万丈や香澄さんから聞いた話、それと遺されているデータ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それしか生きた証が無いんだよあの人は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけしかないんだよ、この人は。

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん……でもそれは前に戦兎ちゃんが言ってた話よね?」

 

 

 

 

 

 

 

訝しげにわたしを覗く彼女。

まあ本題はここからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……紗羽嬢さ、テレビとかで葛城 月乃が殺されたって報道、見た?」

 

 

 

「……まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたかな……多分ご名答。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈が殺人を犯したというニュースは大々的にやってた……でも、誰が殺されたのかは報道されてない」

 

 

 

 

 

 

 

そう、万丈が誰を殺したのかは明かされてない。

ただ、人を殺したとだけ言われ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「葛城 月乃の死は報道されていないはず。色々調べたけどやっぱりそんな記録はない」

 

 

 

 

 

 

 

「しかもね?彼女の事を知る人物と話せたんだけど。その人は月乃さんの死を全く知らなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、全てが隠蔽されている。

その勢いのまま、続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万丈は葛城 月乃殺しの容疑で捕まったはずなのに、その全てが隠されてるんだよ。綺麗さっぱりに」

 

 

 

「彼女の死が世間に広まるのは都合が悪いのか、彼女はまだ生きているってことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして多分、生きてる可能性が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……そして、その月乃さんをよく知る人物はね。性格や何やらをよーく知ってんのに、顔だけは全く思い出せないんだって」

 

 

 

 

 

 

 

これが、異常の正体。

月乃さんの全てが闇に葬られてる。

 

 

 

 

 

 

 

「……合点がいったわ」

 

 

 

 

 

 

 

目を細めながら紗羽嬢が呟く。

紗羽嬢が手に入れた情報と繋がったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……月乃さんの事を知る何人かの人物と接触したのよ。その中で共通する事があった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは顔を覚えてない事、それに彼女の私生活とかプライベートな部分を一切知らないの」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。やっぱりそうか。

誰も、誰も葛城 月乃という人物がわからないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「しかもね。本当に何も無い。何も情報が出てこないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……月乃さんが殺されていた自宅、あそこを賃貸してる不動産に行ったのだけど、月乃さんの情報は全く出てこなかった。そもそも葛城 月乃という人物を知らなかったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

情報操作、と呼ぶには余りにも規模と内容が凄すぎる。

しかも明らかに人為的に、悪意的なもの。

 

 

 

 

 

 

 

「……実はね。万丈君が月乃さんを殺したっていうけど、事件にすらなってないのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

まるで雷が貫くかのような錯覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、そんな一件は無かったって事か……?

 

 

 

 

 

 

 

「……事件化されていないの。万丈君を拘束したとされる守衛兵は調べても出てこない。異常なのよ、これ。普通は絶対に何かしらの情報は得られるはずなのに、一切無いの」

 

 

 

 

 

 

 

守衛兵の情報まで無いのね……

背後にあるのは巨大な権力、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかもね。あらゆる全ての死体安置所を調べても。彼女の死体はどこにもなかった。表も裏も、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

彼女はやっぱり……生きてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……万丈が見た死体は……誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てが闇に葬られてる……国家規模で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳に、ある言葉が過ぎる。

大切な、最愛の人の言の葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……そうか。月乃のデータを見たのか】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターは、月乃さんのことを知ってた……

なんで忘れてたんだろう。なんで気づかなかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

たーさん以外の人物で、そもそも月乃さんの事を知ってる人はただの一人も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしが知ってる限りで月乃さんを知ってたのはマスター。それに書類を渡してきた内海 成彰、そしてその書類を保管していた東都先端物質学研究所の所長、氷室 幻徳……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。紗羽嬢。月乃さんを知る人物の中に……月乃さんが人体実験を行ってたと知る人はいた……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただの1人もいなかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いやあ。戦兎ちゃんがまさか月乃先生の事を知りたがるとはねえ」

 

 

 

 

 

 

 

なぜだかつい嬉しくなってしまい、仕事帰りにふらりと寄った居酒屋で、ついつい羽を伸ばし過ぎてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……久々にあの人の事を思い出してしまったよ。

 

 

 

陰口ばかり叩かれるような私の研究を、唯一褒めてくれたあの若き天才。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ほう。随分と面白い研究ですね】

 

 

 

 

 

 

 

【これは月乃先生!……いやあ、皆に馬鹿にされるような研究ですよ】

 

 

 

 

 

 

 

【……これは実に有意義な研究ですよ。大変素晴らしいと思います】

 

 

 

 

 

 

 

【……お世辞でも、大変嬉しいです】

 

 

 

 

 

 

 

【そういった類の物は好みません……では失礼します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がははは。人を褒めない事で有名な月乃先生に褒められたのは。

 

 

 

本当に嬉しかったなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今はどこで何をしてるのやら……急に辞めてしまわれたもんな。

彼女を知る人も居ないし。少し寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

あの頃は楽しかったな。がははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。なぜ顔が思い出せないのだろうか。

いくら歳を取ったにしろ、まるで塗り潰されたかのようにわからないなんて事あるかね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これはこれは内藤さん。奇遇ですね」

 

 

 

 

 

 

 

ふらふらと路地裏を歩いた先には、スーツが羨ましい程似合う男性が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「氷室所長!いや、まさかこんな所でばったりとは。がははは。すみません、お酒を少々容れてきておりまして。粗相があったら謝ります」

 

 

 

 

 

 

 

我が東都の氷室首相の一人息子にして我が研究所の所長。

若いのにしっかりしてらっしゃる。本当に出来たお方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月乃先生といい氷室所長といい。

東都には若くて素晴らしいお方が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに……戦兎ちゃんも。

 

あの子も素晴らしい頭脳を持っているし、何より人を惹きつける魅力がある。

 

 

 

 

 

 

 

……がははは!娘のように思っているだなんて言ったら彼女は笑うだろうな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東都の未来は……明るい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がははは!お忙しい中お引き止めして申し訳ないです!私はこの辺りでお暇します。氷室所長!また明日!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せっかくです。一杯如何ですか?内藤さん」

 

 

 

 

 

 

 

……おいおいこりゃ夢か!?

まさか氷室所長から酒の席に誘って貰えるたぁ……嬉しいねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ。もちろんお供しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

嬉しいねえ!嬉しいねえ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうだ!戦兎ちゃんに明日お菓子買ってってやるかな。

 

確かパティスリー鴻上?とかいうとこのモンブランが好きだって言ってたな。

 

 

 

 

 

 

 

がははは!きっと喜ぶぞ!!

月乃先生を思い出させてくれたお礼だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――昨夜未明、男性の惨殺された遺体が発見され――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――胴体が切断されているなど、その他にも遺体の損傷が激しく――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘……だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――凶器は未だ発見されておらず――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――遺体の所持品から、東都先端物質学研究所に勤める――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――内藤 太郎さん 49歳だと判明致しております。尚――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たー……さん……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








内藤「いやあ!ここの肴は美味いですねえ!!」

幻徳「でしょ!?特にこのほっけ!」

内藤「脂が乗ってて最っ高ですよお!」




幻徳「いやー!まさかこんなに盛り上がるとは!」

内藤「がははは!良かったですよ」

幻徳「よし!もう一件行きますか!」

内藤「ええ!行きましょう行きましょう!」






――これは。酒を愛でる男達のお話。



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phase,16 涙の隠し味





葛城忍「うーん」

惣一「どしたよ」

葛城忍「いやな。最近アプリにハマってな」

惣一「お、おう」

葛城忍「ガチャ、とかあるんだよ」

惣一「お、おう」

葛城忍「……もうな。貯金がな……」

惣一「金なら貸さねえぞ」

葛城忍「……バイト探そうかな」






 

 

 

 

 

 

人は呆気なく死ぬものだ。

昨日笑いあった仲間も、簡単に失われる。

 

 

人の命など、吹けば簡単に消えてしまう。

だからこそ尊く、愛おしいものなんだと思う。

 

 

 

そんな至高のモノを死で脅かす存在。

わたしは、絶対に許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりおかしいわ。この事件も」

 

 

 

綺麗な髪を揺らしながら紗羽嬢が謳う。

……だと思った。

 

 

 

 

 

わたしの同僚であり部下の、たーさんが殺された。

その遺体の損傷は常軌を逸していたらしい。

 

 

 

 

 

 

まるで、人外の者に喰い殺されたかのような。

 

 

 

 

 

 

葬儀には、研究所のみんなで参列した。

もちろん。げんさんとナリさんも。

 

 

遺体は損傷などの理由で、現れなかった。

 

 

 

 

 

わたしは泣かなかった。

悲しみももちろんあったが、それよりも怒りに満ちていた。

 

 

わたしに一番仲良くしてくれたたーさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たーさんの家族が呆然と立ち尽くしていた。

まだ小さな娘さんがいた。

 

 

 

小さな小さなその女の子は、お父さんが死んだことを理解出来ていないみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしがあなたの仇をとる。安心してね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「内藤さんの遺体の検死結果。やっぱり偽装されてたわ」

 

 

 

紗羽嬢が持ってきた書類に目を移す。

ふー。やっぱり、か。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとした所から入手してね。……遺体の写真、見れる?」

 

 

 

わたしは、大丈夫。

真実を解き明かすって決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

「美空は見なくていーから。ほら、お部屋で待ってて」

 

 

 

 

 

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

美空には見せられない。

トラウマになっちゃうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん大丈夫……?」

 

 

 

 

 

 

覚悟を決めてたけど……これはくるな。

胴体が切断されてる。しかも心臓部分には抉られたかのような跡。

 

 

四肢も全て引きちぎられたかのような……

 

 

 

 

 

 

 

「……人間がやったとは思えないね」

 

 

 

 

 

 

そう。これは人の所業じゃない。

2つの意味の、悪魔。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本物の検死結果も入手出来たわ……人為的には不可能、だそうよ」

 

 

 

 

やっぱり。やっぱり連中か。

わたしたちの前に立ち塞がる怨敵、ファウスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもね……1つだけ不可解な点があるのよ」

 

 

 

紗羽嬢の表情が曇る。

不可解な所なんてあったかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特別な所だけど、でもちゃんと遺体安置所に置かれてるし……それに、こうやって情報も得れたの。簡単に」

 

 

 

 

 

 

 

なるほどね、紗羽嬢の言いたいことが理解出来た。

簡単にか、ははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月乃さんの証拠を完璧に消せる組織が、なぜこうも簡単に証拠を掴ませたか、って事だね紗羽嬢」

 

 

 

 

 

……何かを企んでる?

それか、別の組織……北斗政府。

 

 

いや、一所員を殺した所でメリットがあるとは考えられない。

ましてやたーさんが北斗政府の何かを知ってるとも思えないし……

 

 

 

 

 

 

 

「そうよ、その通り。……そしてもうひとつ。ある重大な情報を得たわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……内藤さんは亡くなる直前に、氷室 幻徳に会っているのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

げんさんが……

……やっぱりあの人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ローグ。貴様、俺の言った事がわからなかったのか?』

 

 

 

 

静寂の中、2匹の罪が集う。

それはどうしようもない、悪。

 

 

 

 

 

 

 

『……なんの事だ?』

 

 

 

 

 

 

 

蛇と蝙蝠。

それは闇を運ぶモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……もういい。……手はず通り進めろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇夜に浮かぶ、死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あぁ。準備は出来ている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げんさんは……氷室 幻徳は……何者なのかな」

 

 

……氷室 幻徳がたーさんを殺したとして、その遺体は人には不可能な殺され方をしてる。

つまり……やつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……恐らくだけど、やつがスマッシュあるいは……スタークかローグのどちらかじゃないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

目を伏せる紗羽嬢。色々ありがとね。

 

 

 

スマッシュは、恐らくほぼない。

スマッシュには自我を持つことはほぼ不可能だし。

 

 

香澄さんが一瞬意識を取り戻したけど、あれは本当に一時的なもの。

月乃さんが遺したデータにも自我を持つスマッシュは1体も現れなかった。

 

 

被験者の中で唯一成功した月乃さんは、姿形に変わりが見られなかったと記載してあったし、スマッシュはない。

 

 

 

 

となると……スタークかローグ。

どちらにしても最悪の敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと……色々わかったよ」

 

 

あとはどうするかだね。まず直接氷室 幻徳に会うかそれとも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変!!戦兎大変だよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻ってた美空が勢いよくわたしを呼ぶ。

なんだろ、氷室 幻徳が捕まったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら!!これ!!!」

 

 

 

 

 

美空が渡してきた携帯型のテレビには、絶望の始まりを予感させる映像が流されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こちら首相官邸前です!!現在、ファウストと名乗るテロリストが首相官邸に立て篭り――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファウストが首相官邸に!?

どういう事?氷室首相は……東都政府はファウストと繋がってたんじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん大変……首相官邸にはパンドラボックスがある!!恐らく連中の狙いはそれよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

パンドラボックス……!

ファウストと東都政府は繋がりが無かったって事!?

 

……考えてる暇はない。行かなきゃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ。さいっあくだよ。

あの野郎。まさか殺しをしやがるとは……

 

完全に想定外。くそ。

 

 

 

なんで。なんで俺が言った通りに動かねえんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ貴様!!ここは首相官邸だぞ!!わかっているのか!?」

 

 

 

 

 

 

先程から生身で立ち向かってくる兵士達。

足は震えているが、勇敢な心意気だ。

 

 

 

 

 

 

ふう!よし。今は目の前の事だけ考えろ、俺――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺ァファウストってとこから来たんだよ。ちょっと道開けてくれよ、な?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ゛ぁーしんど。バイト代欲しいわ』

 

 

 

ほぼ全ての兵士達を非致死性の毒で眠らせ、一息つく。

……ほんとまじで。あいつら知らねえみたいだけどさ。毒精製すんのもめちゃくちゃ体力使うんだっての。

 

 

 

まぁ早いし効率的だし……何より、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まァ後12時間もすりゃあ起きるからよ。それまで夢の中にいな。Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

ぐーすか眠る兵士共を一瞥し、外へと向かう。

さぁて。マスコミ各社はおいでかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォ下らねぇ人間諸君。元気にしてるかよ?』

 

 

 

 

 

 

予想通り。マスコミ関係者が蠢いている。

何度繰り返そうが、慣れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テ、テロリストです!!謎の赤い鎧を纏ったテロリストが我々の前に現れました!!!」

 

 

よく見るニュースの女性が、震えながらに俺の事を都民に伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テロリスト?そうだな。

そんな可愛いモンじゃねえから安心しとけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとずっと極悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テロリスト?笑わせんなよ。俺らは世界の終わりを導くモンだ。名をファウスト。忘れんなァ人間風情?これからお前ら全てを闇に陥れる組織の名だ。さァ。死に踊れよ、人間!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

怯え震える集団にとりあえず挨拶代わりの銃撃を弾く。

もちろん当ててない。当てるわけねぇだろ。死ぬぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファウストと名乗るテロリストが発砲してきました!!我々も避難致します!!!」

 

 

 

さっきまで1つの大きな集団だった連中が、数多くの個となり散らばってゆく。

 

 

 

……よしよし。とりあえずは良好だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スタァァクゥ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たか自己中娘。おせーよ全く。

早く来いよな。ったくよお。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に呟く俺の心には、虚しい嵐が吹く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ?……なんだ。仲間1匹護れなかった兎ちゃんか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度やっても慣れない。多分、慣れる事はない。

道化を創るのは本当に辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……黙れ。お前の言葉にはうんざりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が、俺の全身にのしかかる。

わかっていても、何度経験しても、全身が引き裂かれそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うんざりか。そうか。ハハハ!そりゃあ悲しいねぇ?泣いちゃうぜ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度繰り返しても涙で溢れてしまう。

マスクで隠れてるけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと泣いてるんだよ。戦兎。

いつも、ずっとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前に1つ聞きたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が俺の目を見つめる。

俺じゃなくて、仮面の目に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の正体は、なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんな。

お前が信用してくれてる男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……知りてえのか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いっそ全部話して楽になりたい。

この涙の味は、もうたくさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろ!!お前には答える義務がある!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだよな。その通りだ。

俺にはお前らに言わなきゃいけない義務がある。

 

 

 

 

 

 

全てを裏切る俺の、義務。

絶望の権化である俺の義務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だめだ。踏み留まれ。

まだ早い。まだ早すぎる。

 

 

その時はまだ来ていない。

まだ、地獄の始まりじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪ぃけど。まだ教えらんねぇんだわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙で前が見えない。

大好きな娘の顔が、見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……氷室 幻徳。違うのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……惜しい。そいつは違う。

言ったろ?表裏一体、そのものの本質を見ろ、って。

 

 

目に見えるそれが真実とは限らないんだよ戦兎。

目に見えてるものなんて、殆どが偽物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを身をもって教えてやれんのはまだ先かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰だそいつ?残念ながら不正解だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いているのを悟られないように喋るのも大変だ。

まぁ、ボイスチェンジャーの力が大きいけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……ローグか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その辺は自分で確かめなきゃな。

自分で真実を掴めよ、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……いいのか?首相室にローグが居る。早くしねえと首相は殺されパンドラボックスは奪われちまうぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行け、戦兎。

自分で自分の道を切り開け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺はお前の傍にいられないんだから。

自分の足で、進んで行け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ!……スターク!お前は絶対にわたしが倒す。覚えとけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ。言われなくても、な。

その日が来るのを楽しみに待ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

その時は、笑顔でかかってこい。

……そりゃ変か。あははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ってるぞ。戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークが氷室 幻徳じゃなかったのなら……ローグか。

あくまで嘘をついてなければ、だけど。

 

 

 

あの蛇は信用出来ないけど……まあそんな場合じゃない。

首相室に急がないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『簡単に倒されねえように強くなれよ?兎ちゃん。……ほれ、こいつはプレゼントだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂い哭く狂気の蛇がUSBメモリを投げ渡してきた。

なんだ……これ?

 

 

 

 

 

 

「おい!これは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『黙って受け取っとけ。……真実の1つだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実の1つ……?

なんだ、意味がわからないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ほら、時間がねえぞ?俺は忙しくてな。この辺で帰るとするよ。Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真意の見えない蛇は、そう言ってまた消えてしまった。

……あいつは何なのか全くわからない。

 

 

 

 

 

 

わからないけど……敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行かなきゃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――首相官邸に入ると、中に居たはずの兵士たちは皆同じように眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……神経系に作用する催眠ガスか何かかな。

とりあえず、急がないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝ている兵士達を置き去りにし、首相室に視線を映す。

道中敵が居なかった……なんか変な感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

首相室のドアを開けると、そこには東都の最高責任者である氷室 泰山そして、対峙する蝙蝠の化身が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞローグ……それともこう呼ぶべき?氷室 幻徳」

 

 

 

 

 

あらん限りの憎しみを瞳に込めて暗黒の蝙蝠に刺す。

さあ、どうする蝙蝠やろーが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、なに!?貴様!幻徳なのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

一番偉そうな椅子に座ってる老齢の男が蝙蝠に対峙する。

……氷室 泰山は……本当に知らないの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ごちゃごちゃとうるさい連中だ……目的の物は手に入れた。もうここには用はない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれが……パンドラボックス。

なるほどね。まさに暗黒物質みたいな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……返して貰う前に聞きたいことがあんのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでたーさんを……何故内藤さんを殺したの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮明に思い出す。

悲しみに暮れてるあの人達を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人は家族がいた!まだ小さな娘さんがいた!あんたは!!あの家族から大切な人を奪ったんだぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな娘さんを抱きしめながら泣いていた奥さん。

わたしは絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜお前らはそんな簡単に人の命を毟りとるんだ!言え!なぜ殺した!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……なんの話だ?何を言っている、お前……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しらを切り通すつもりなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せめてあの世で懺悔させてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山さん!避難して!!!」

 

 

 

 

 

この人の本質はまだわかんないけど。とりあえずは身の安全を優先しないと。

 

 

 

 

 

 

 

怒号のような声で呼ばれた氷室 泰山は一瞬戸惑いをみせたが、彼女の指示に従い部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【海賊! 電車!】

 

 

【ベストマッチ!】

 

 

【Are you Ready?】

 

 

「変身!!」

 

 

【定刻の反逆者!】

 

 

【海賊レッシャー!! yeah!!!】

 

 

 

 

 

その姿は、まるで海原を支配する王。

反逆者の名に相応しい出で立ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいでませ!【カイゾクハッシャー】!」

 

 

 

 

 

 

そう呟いた戦兎の手に、錨を現した弓が顕現する。

財宝を奪う、まさに海賊の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……懲りない女だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

呟いたと同時に戦兎の前に立ち塞がり、トランスチームガンと呼ばれる拳銃型の武器を構える蝙蝠。

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれを分かりきっているかのように躱した戦兎は、流水の如く錨の弓で斬りつける。

 

 

 

 

 

 

 

躱し、斬りつけ、躱し、斬る。

その一連の動作はまるで人魚の舞。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『小娘如きが舐めるなァ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

傲慢な怒りの叫びをあげる黒き蝙蝠。

その手には《スチームブレード》と呼ばれる剣型の武器が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの台詞だクソ蝙蝠ぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

弓を握り締め、蝙蝠に突進する海賊。

 

 

 

 

 

 

 

 

先程まで押していた海の反逆者は新たな武器を得た蝙蝠に翻弄される。

 

 

 

 

 

 

 

 

斬りつけられたかと思えばトランスチームガンでの追撃を喰らい、銃撃を躱したかと思えば斬撃を喰らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その攻防により、首相室は半壊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ちっ。場所を帰るぞ小娘!!』

 

 

 

 

 

苦々しく吐き捨てたと同時に背中から巨大な禍々しい翼を現し、パンドラボックスを大切そうに抱え、銃撃で空いた巨大な穴から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がすかあぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お前はさっき。殺したのがどうとか言ってたな。どういう意味だ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

首相官邸近くの大きな広場に着陸した蝙蝠が、銃の雨を降らせる鷹に姿を変えた戦兎に問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのまんまの意味だよ!まだシラをきるのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

あの人は凄く優しい人だった。

笑い方が豪快な、お酒が好きな、ただのいい人。

 

 

 

あんな殺され方されていいはずの人じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……それでスタークか。ちっ。連中か……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苛立ちを隠せない蝙蝠が、気持ち悪い銃をわたしに向ける。

スタークといい、こいつといい。さっきから訳の分からない事言いやがって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……悪いが、ここで終わりだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呟いた蝙蝠は銃口をわたしから天に変え、消え去った。

黒い未知の箱と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそ。やっちゃった……」

 

 

 

 

 

……あの銃には姿を眩ませるような能力があった。

あいつを倒すことしか考えられなかったわたしの、負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

パンドラボックスを、未知の力で溢れた危険な箱を、最も渡しては行けない悪魔の集団にみすみす取られちゃったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターに、怒られちゃうな。

……今出来る事。まずは泰山さんを保護しないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

なんだったんだ今のは。蝙蝠のような怪物に、妙齢の女の子。

 

 

 

 

あの子は確かに、あの怪物の事を幻徳と言っていた……

幻徳が……あの怪物……?

 

 

 

 

 

 

そんな、そんなはずはない。

確かにあいつはスカイウォールの惨劇の後から少しおかしくはなっていたが……そんな間違いを犯すような奴では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォ。どこ行くんだい?氷室首相閣下ァ?』

 

 

 

 

 

 

背後から寒気を感じ、振り返るとおぞましい蛇が居た。

 

 

 

 

 

な、なんだこいつは……?

あの蝙蝠の怪物の仲間か……?

 

 

 

 

 

幻徳……幻徳は無事なのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その後、泰山さんは発見された。

命に別状は無かったが、現在も意識不明のまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが取り逃したせいでパンドラボックスも奪われてしまった。

……外道の集団、ファウストに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、意識の戻らない泰山さんに代わり首相補佐官であり息子の、氷室 幻徳が首相代理として職務を受け継いでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの、氷室 幻徳が。

恐らくローグであろうやつが。

ファウストが、国を乗っ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いっぱい話したい事があるのに。

いっぱい聞きたいことがあるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターは、帰ってこない。

色んな事が紐解かれた日から、帰ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスター……どこにいるの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたし、やっぱり何も出来ない女だよ。

連中に、ファウストに国を奪われちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、紗羽嬢がある情報を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファウストのアジトが発見されたと。

そして、軍は一斉攻撃をしかけるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その、【ファウスト掃討作戦】の指揮官は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東都首相代理、氷室 幻徳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 








美空「ふっふふーん」

美空「お。出来た。グラタン。美味しそうだし♡」

美空「おーい!お父さん!戦兎!万丈!ごはんー!」

美空「ほら、早く早く――」

美空「……むにゃむにゃ」

惣一「……随分楽しい夢でも見てんのかな?」




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phase,17 ファウスト掃討作戦





戦兎「ぷはぁ!やっぱ風呂上がりはコーヒー牛乳だよね!」

戦兎「美味し。美味し美味し」

戦兎「おやつでも食べながら何か創ろうかな」



惣一「……戦兎、何それ」

戦兎「ん?新武器の発明だよ?」

惣一「いや……その大量のお菓子……」

戦兎「ふっふっふ。脳に栄養をあげなきゃだからね!」

惣一「……最近お前、肉、ついたな」

戦兎「……え゛っ」




美空「戦兎ー!ごはんだしー!」

戦兎「……要らない。食べない」

美空「どしたの?戦兎?」






 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これよりテロリスト集団ファウストの根城に侵入し、パンドラボックスの奪還!及び現在確認されている2名のテロリストを捕縛する!!……やむを得ない場合は、射殺も構わん!!行け!突撃!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ファウストが首相官邸を占拠しパンドラボックスを奪われ、泰山さんが意識不明の昏睡状態であることの情報が都民に知れ渡るのはあっという間だった。

 

 

 

翌日には首相補佐官の氷室 幻徳が会見を開き、事件の概要と泰山さんが意識を取り戻し復帰出来るまでは、自身が首相代理として職務を全うすると。男泣きをしながらの会見だった。

 

 

 

世間の目は父が謎のテロリストのせいで昏睡状態になりながらも、涙を流しながら熱く吠える若き指導者に同情が集まり、更には物凄く人気が出てるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

街頭インタビューなど、氷室 幻徳を絶賛するものばかりだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に見えるものが真実とは限らない。

目に見えるものなど、殆どが虚像……か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター……どうすればいいのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

マスターはあの後一度も帰って来ない。

必要なのに。優しく包んでほしいのに。

 

 

 

彼は、どこにもいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターだったら……こんな時わたしに何て言ってくれるかな……」

 

 

 

 

 

 

 

ぼそりと呟く事で気を紛らわそうとする。

でも愛する人は、答えてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――首相代理、もうそろそろ三都首脳会談のお時間です」

 

 

 

 

 

 

 

主張をあまりしない、落ち着きのあるスーツに身を包む眼鏡の似合う男が時間を知らせる。

 

 

 

機械のような、という言葉が似合う男。

……秘書の内海。仕事の早い有能な男だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。――準備して行く」

 

 

 

 

 

 

 

そう呟くと彼は一礼し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

……ククク。やっとだ。やっと全てが始まる。

これからだ。これから我が東都が三国を統一し、理想郷が始まる。

 

 

 

長い道程だったな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――親父!?なぜわからない!?北都は財政の殆どを軍事増強に充て、西都は海外から兵器を密輸している!全ては戦争のためだ!奴らはパンドラボックスを我がものにしようとしているんだぞ!?我が東都も一刻も早く兵器の用意を――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ここでは首相と呼べ、幻徳。……争いでは何も生まれん。武力では何も生まれないのだ。対話による平和。それが全てなのだ玄徳。その私たちが自衛以上の兵器を持つ事など許されん!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親父は馬鹿みたいな理想を掲げる男だった。

 

北都、西都が戦争の準備をしているのにも関わらず、本気で平和的な解決が出来ると信じていやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【親……首相、しかし!そんな事では連中にパンドラボックスを奪われる!このままでは東都が連中に滅ぼされてしまう!そうなった時には遅いんだぞ!?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お前は考え過ぎなのだ!大体戦争などと……各都の首相はそんな人間ではない。少しおかしいぞ幻徳!頭を冷やせ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親父は知らないんだ。

スカイウォールの惨劇のあの日、パンドラボックスからの光を浴びた俺たちは攻撃的な思考になった。

 

 

 

俺だけではない。

出席していた北都の多治見、西都の御堂。

 

 

 

 

 

 

 

奴らはパンドラボックスが喉から手が出る程欲しいんだよ……

渡す訳にはいかない。

 

 

 

これは、これは俺だけのものだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ククク」

 

 

 

 

 

 

 

タヌキたちめ。ここからだ。

東都はここから天下を獲る……!

 

 

 

 

 

 

 

「首相代理、そろそろ……」

 

 

 

 

 

 

 

ククク、まあ待て内海。

あんな連中待たせておけばいい。

 

 

 

この国の本当の指導者はこの俺なのだからな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――首相代理、という事は。氷室首相は本当に倒れてしまったのね……残念だわ」

 

 

 

 

 

 

 

強欲さを現したかのような女。北都の多治見。

 

 

 

……ふん。一欠片も思っていないくせによく言う。タヌキババアめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは三都首脳会談を行う部屋。

デジタルホログラフィックにより姿を現すことで、まるで本当に集っているかのように見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……氷室首相代理。パンドラボックスが賊に奪われた、と聞いたのですが。本当ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

西都の御堂。

何食わぬ顔をしているが……

貴様が一番過激派だものな。

 

 

 

海外から兵器など取り寄せやがって……今に見てろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンドラボックスを!?ちょっと!どう責任を取られるおつもりなんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

見え透いた芝居をしやがって。

これを機に東都の領土ごと奪い取る腹だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや。ご心配なさらずに」

 

 

 

「……既にそのテロリスト集団の居場所は特定していましてね……ご安心を」

 

 

 

 

 

 

 

抑揚の無い声で続ける。

この、屑共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それよりも……だ。もう辞めにしないか?あんたらは平和的なんて望んじゃあいない。パンドラボックスの光を浴びた俺が一番よくわかってる」

 

 

 

「……な、なななんて事を!!」

 

 

 

 

 

 

 

あからさまに動揺する多治見。

反応した様子を見せない御堂。

 

 

 

ククク。まぁいい。

 

 

 

 

 

 

 

「飽き飽きなんですよ、もう……あんたらがパンドラボックスを喉から手が出る程欲しいなんて事は俺が一番よくわかっている」

 

 

 

 

 

 

 

この俺が……な。

 

 

 

 

 

 

 

「……話は並行線ね。わかったわ。……後悔しない事ね」

 

 

 

 

 

 

 

多治見はそう呟き、姿を消した。

ククク。ざまあみろタヌキが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話にならんな。私も帰らせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

跡を追うように御堂も姿を消した。

きっと肚の中では醜い感情が渦巻いているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク……ハッハッハ!!」

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐだ。後少し。

もうすぐで俺が天下を獲る……

 

 

 

 

 

 

 

……親父。あんたは、間違ってるんだよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――静寂に包まれるわたしたちの秘密基地、nascita labo。

 

 

 

今はわたししか居ない。

美空は体調を崩して寝てるし、万丈は北都に……

 

 

 

 

 

 

 

マスターも、帰ってこない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それよりも。氷室 幻徳、ファウスト。

 

 

 

やつは間違い無くローグだと思うんだけどな。

 

わたしの脳が信号を出している気がする。

氷室 幻徳を信じるな、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや……スタークが渡してきたあのUSB、あれなんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

狂った蛇が渡してきたUSBメモリ。

スタークはこれを真実の1つだかなんだかって言ってたけど……

 

 

 

 

 

 

 

……見てみよーかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん!大変よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

スタークから受け取ったUSBを確認しようとした正にその時、紗羽嬢が勢いよくnascita laboに入って来た。

 

 

 

忙しいなー。紗羽嬢は。

 

 

 

 

 

 

 

「どしたの?氷室 幻徳が捕まった?」

 

 

 

 

 

 

 

ほんとに。早く捕まれって。

でも国のトップだしなあ……周囲もズブズブだろうし。

 

 

 

どうやって攻め落とそうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うの!違うのよ!!氷室 幻徳が……やつがファウストに一斉攻撃をかけるって!!」

 

 

 

 

 

 

 

氷室 幻徳が……?

あいつは、あいつはファウストのはずじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

「ある信用出来る情報筋からなんだけどね……彼、ファウストのアジトを発見したらしいの。そこに一斉攻撃をしてパンドラボックスを取り返して、連中を一網打尽にするって……」

 

 

 

 

 

 

 

どういう事……?

氷室 幻徳はローグじゃなかった……?

 

 

 

でも、そしたらたーさんを殺したのは誰?

一体……一体どういう事……?

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、行って戦兎ちゃん!もう間もなく始まるわ!!場所はデータにして送るから、早く!!!」

 

 

 

 

 

 

 

……そうだ。うん。

真実を、そのものの裏側を自分の目で見ないと。

 

 

 

 

 

 

 

自分で確認しなきゃそれが真実だなんてわからないもんね、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!!紗羽嬢よろしく!行ってくるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これよりテロリスト集団ファウストの根城に侵入し、パンドラボックスの奪還!及び2名のテロリストを捕縛する!!……やむを得ない場合は、射殺も構わん!!行け!突撃!!!」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢から教えて貰った場所。

確かにそこには夥しい数の兵を率いる氷室 幻徳の姿があった。

 

 

 

……数多くのマスコミ関係者もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あの洞窟みたいなのがファウストの根城?

 

わたしたちが総力を挙げても中々尻尾を掴ませない連中が、こんなにも簡単に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだろう。凄く違和感がある。

上手く表現出来ないけど、何か変。

 

 

 

まるで安い演劇を見ているような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現在、首相代理率いる東都軍が!首相官邸を襲撃したファウストと名乗るテロリスト集団のアジトに一斉攻撃を仕掛けようとしています!!」

 

 

 

 

 

 

 

大声を張り現場の状況を民に伝える女性。

すげー。怖くないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「……皆様!姿を現しました!!以前我々に攻撃してきた赤い鎧の怪物と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんということでしょうか……テ、テロリストの隣には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首相代理の秘書、内海 成彰氏が居ます!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリさん……?

 

 

 

 

 

 

 

……内海、やっぱりファウストのメンバーだったのか。

 

 

 

そうするとローグは内海?

いや、それともスタークやローグとは異なる別の協力者だった?

 

 

 

 

 

 

 

どちらにしろやっぱり敵だったんだね……

 

 

 

 

 

 

 

「なんということでしょうか!!東都政府に与する人物がテロリストです!!か、彼はパ、パンドラボックスを抱えております!!やはり強奪されていた模様です!」

 

 

 

 

 

 

 

どういう事なんだろうか。

この状況を考えると氷室 幻徳はファウスト側ではない、と推測するのが普通なんだけど……

 

 

なーんか腑に落ちないんだよねえ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク……ハッハッハ!!そう!私こそがファウストのメンバー!内海 成彰だ!!!ずっと騙してたんだよ!馬鹿な連中だ。そして、私が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ナイトローグだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローグ……ナイトローグ……!!

 

 

 

 

 

 

 

でもやっぱり内海がローグって何か引っかかるんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあたーさんを殺したのは、誰?

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らのような人間共には飽き飽きだ。死ねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

内海は天空に穢れた銃を向ける。

その姿はなぜか、哀しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【バット……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒸……血」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ミスト……マッチ……】

 

 

 

 

 

 

 

【バッバッバット……バッババッババット……】

 

 

 

 

 

 

 

【ファイヤー……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身が毒煙に覆われた内海は、火花を散らしながらその姿をあの忌まわしき蝙蝠へと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

『それ持っていけ内海ぃ……俺が連中を相手してやる』

 

 

 

 

 

 

 

もう1人の悪、スタークが気だるそうに呟くと、内海……ローグは羽を生やして飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「待て……待てローグ!逃がすか!!」

 

 

 

 

 

 

 

絶対に逃がしてはいけない。

内海に……ナリさんに、話を聞かなきゃ!!

 

 

 

真実を自分の目で確かめないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ナリ、さん」

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた先の大橋に、彼は居た。

蝙蝠としてではなく、内海 成彰として。

 

 

 

 

 

 

 

「桐生か……」

 

 

 

 

 

 

 

こちらをふと振り返る彼は、持っていたパンドラボックスを足元に置き、わたしを見つめる。

 

その眼差しは、なぜだかとても哀しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが……ローグだったんだね」

 

 

 

 

 

 

 

言葉に出すとさらに感じる違和感。

この正体は何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ桐生。俺はどこで道を間違えたんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切なそうに、苦しそうに天に呟く彼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、心からこの国の平和を望んでいたんだ。この国に生きる全てのみんなが平和に暮らしていけるような」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の言葉が、わたしの奥底に沈んでいく。

その姿から邪悪なモノは感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は。冗談を言いながら仲間と笑い合い、他愛のないことで喜びを共感し、大切な恋人とかけがえのない時間を過ごし、自分の好きな研究に没頭する……そんな日々を過ごしたかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の目には、純粋な液体が集まっていた。

そして、わたしに、綺麗に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎、俺みたいにはなるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナリさん――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乾いた銃声が谺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナリさんは、橋から深い深い底へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音の居場所を見つけると、氷室 幻徳が居た。

人の命を簡単に毟りとる、そんな例えがよく似合う、大きな銃を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私だ。民間人を人質に取っていたため、やむを得ずテロリストを射殺した。……パンドラボックスも、奪還に成功。作戦完了。これより帰還する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








内海「ぷはぁ!仕事終わりはやはりビールだな……」

内海「……本当に疲れる連中ばかりだ」

内海「ブラック上司は無理難題ばかり言うし」

内海「部下の自称天才女は仕事しないし」

内海「全部私に回ってくる。本当に疲れる」



惣一「おにーさん。だいぶ疲れてるね?」

内海「……わかります?職場に恵まれなくて……」

惣一「うんうん。俺も似たような感じでさ……」



――これは、職場に恵まれない男達の居酒屋でのお話。



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phase,18 じゅわじゅわでぷりちー!





惣一「まさか読んでくれる人がこんなに居るとはなあ」

戦兎「ね!それに感想とか評価とかお気に入りとか!嬉しいもんだあ」

万丈「最初の頃は誰も読まねえと思ってたもんな」

美空「しかも高評価貰えるとか……めちゃ嬉しいし♡」

戦兎「みんな!不束者ですが……うふ♡」

惣一「それ意味違う。そして誰も拾わない」

紗羽「安心して!私が居るわ!!」




美空「……はい!というわけでね」

惣一「皆様これからも!」

戦兎「特にわたしを!」

???「心火を燃やしいぃ!!」




惣一・戦兎・美空・万丈・紗羽・香澄
「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」




万丈「ん!?今香澄の声が!?」

香澄『ふふふ♡仲間外れは嫌だもん♡』





 

 

 

 

 

 

 

 

 

東の都にそびえ立つ城。

この城の頂点に君臨するのは醜悪なる王。

 

 

 

その者の野心は留まることを知らず、粛々とその時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ならば計画通りということかね?」

 

 

 

 

 

 

 

三都全てに力を有する者、難波 重三郎。

難波重工の会長にして日本で最も権力を持つ者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。既にパンドラボックスは回収してありますし、ファウストは壊滅したと全国で報道が流れております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……北都、西都の両首脳にも焚き付けておきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王の前に立つは、東の国を統べる代替品。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……後は、戦争の火種を投入するのみです、閣下」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。泰山は平和ボケをし過ぎているからな……話にならんかった。その点お前には期待しておるぞ……幻徳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻徳と呼ばれた男は、狂気に満ちた笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ運命の歯車が回っていく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――東都先端物質学研究所。

 

わたしが勤める所であり、悪魔が前身だった地。

 

 

 

 

 

 

わたしはうわの空でパソコンに向かう。

いつも通りの作業だが、いつも通りの日常とは違う。

 

 

 

 

 

 

 

内海 成彰……ナリさんの遺体は見つからなかったらしい。

葬儀も行われなかった。

 

国賊、というレッテルを貼られて。

 

 

 

 

 

 

 

家族や親族も居ないらしく、とある施設のような所で育っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……首相代理の秘書がファウストの一味だったということはマスコミの格好の的だった。

 

 

 

しかしその事を包み隠さずに全て話し、都民の前で潔く謝り、声高らかに東都の平和と豊かな未来を語った氷室 幻徳は更に支持されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初から全部仕組まれていた物語みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしはあの人がローグだったなんて思えない。

あの邪悪な蝙蝠には見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……戦兎、俺みたいにはなるなよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで死を悟っていたかのような笑顔。

最後の最期に、わたしの大好きな名前を呼んだあの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……どこかで見た笑顔だと思ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの悲しく笑うようなナリさんは。

万丈が最後に送った笑顔にそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスター。わたしから視えた彼は、悪には見えなかったよ。

 

 

 

真実は一体何なのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいまあ……ちかれた」

 

 

 

 

 

 

 

エベレスト並の仕事量をたった1人でこなしてきたわたしを誰か癒してくれ。特にマスター。

 

ひっさびさに本気出したよ……ほんと疲れた。

 

 

 

あのメガネサイボーグ……最後の最後もとんでもない量の仕事渡してきやがって。全く。

 

 

 

 

 

 

 

そう考えたらなぜか面白くなって笑ってしまった。

無愛想で鉄仮面を身に纏う男、ナリさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嫌いじゃなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりー!ご飯まだかかるから待っててしー!」

 

 

 

 

 

 

 

美味しそうなグラタンの匂いが、瀕死状態のわたしの脳と胃袋を刺激する。半ナマでいいから早く食わしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

美空のグラタンは絶品だ。チーズがふわっとしてホワイトソースはじゅわじゅわ。マカロニのちゅるっとした感じもいい。エビのぷりぷりもさいこー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うんだめだ疲れてんな、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

「ほーい!したら下いるからでけたらおせーてー」

 

 

 

 

 

 

 

エプロン姿がぷりちーの美空に敬礼して冷蔵庫のドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あ。スタークが渡してきたUSB。

 

 

 

そういえばすっかり忘れとった。

真実?とか言ってたやつ。今度こそ見てみよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんだこれ?……【PROJECT BUILD】?」

 

 

 

 

 

 

 

USBにあったのはPROJECT BUILDという名のデータ。

しっかりとパスワードもついている。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、パスワードも教えとけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とんでもないセキュリティだ、これ。

 

 

 

解析してみたらある事がわかった。

正攻法以外は全て無理。

パスワードを3回間違えるとデータが全て飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

あほじゃん開けないじゃんこれ……

 

 

 

確かビルドドライバーは元々ファウストのもの。

とゆー事はこれはビルドドライバーの設計図か何か?

 

 

 

でも、なんでそんなものを?

それにあの蛇は真実の1つ、とか言ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん……まあ2回はミスれるし!

とりあえず適当にやってみるかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――嘘じゃん」

 

 

 

 

 

 

 

面白半分で試しに《Masked rider BUILD》と入力してみたら一発で成功しちゃった。

 

 

 

パスワードの意味あるのか、これ……

 

 

 

 

 

 

 

……まあ開けたし。よかったよかった。

 

さてさて、何が書かれてんのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――【仮面ライダービルド

 

エボルドライバーを雛形に製作されたビルドドライバーに、各フルボトルを2つ装填し、装着者を変身させる】

 

 

 

 

 

 

 

……エボルドライバー?

 

 

 

なんだそれ。初めて聞いたぞ。

しかも雛形って。プロトタイプって事?

 

 

 

……ファウストが創り出した初期型ドライバーか?

 

 

 

 

 

 

 

今の所ファウストの連中でそんなもの使ってるような奴は居ないんだけどな。

スタークもローグもわたしのようなドライバーを付けていないし……

 

 

 

まだ表に出てないだけ?

いや、さすがにそれは……

 

まあプロトタイプって考えれば失敗作だったのかもしんないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ビルドは対国家用人型戦闘兵器である。

これから先行われるであろう戦争。つまり戦争用の兵器だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……違う。仮面ライダーは戦争の兵器じゃない。

仮面ライダーはそんなものに使っていいものじゃない!!

 

 

 

この力は、みんなを護れる力なんだ。

権力の為に使われていいものじゃない!!

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、わたしはそうマスターに教えて貰ったもん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――これが、ビルドドライバー?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ああそうだ戦兎。これは皆の笑顔と希望を護れる力だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【笑顔と希望……?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そう。こいつはな、“護れる強さ”なんだよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……なんか正義のヒーローみたい】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そうだよ戦兎。皆のヒーローさ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【えへへ。じゃあわたしはヒーローだ――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーは、ビルドは、ヒーローなんだ。

皆の幸せを護れる正義のヒーローだもん。

 

 

 

……わたしはそう、信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ビルドの装着者に関して

 

ビルドドライバーによって変身するにはいくつかの問題がある。

 

まずは装着者がハザードレベル3以上の者。

 

つまりネビュラガスの成分を体内に有する者である。

そしてネビュラガスを浴び、スマッシュとならない者。

 

これが大前提である】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ふと蘇る忌々しい記憶。わたしの、汚点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【やだ!やめて!!離してよ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

【助けて!!誰か!!!ねえ!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

【お願い……誰か……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【きゃああああああああ!!!!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そういえば。

 

 

 

なぜわたしはあんな実験をされたんだろう。

今まではあんな事をしてきたファウストをただ憎いとしか考えてなかった。

 

 

わたしの身体を弄んだ外道、と。

 

 

 

 

 

 

 

……そういえば考えたことなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでわたしは、あんな実験をされたの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳に戦慄が走る。

けたたましくサイレンが鳴る。

 

 

 

わたしは、なぜ捕まったの?

わたしは、どこに居たの?

わたしは、何を考えてたの?

わたしは、なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、一体何者なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターたちが居たから考えないようにしてた事。

マスターたちが居場所をくれたから考えなかった事。

マスターたちが愛をくれたから考えないで済んだ事。

 

 

 

 

 

 

 

マスターが好き過ぎて、考えられなかった事。

 

 

 

 

 

 

 

今まで息を潜めてた事がゆっくりと忍び寄ってくる。

わたしの何かが崩れてく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……わたしは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎じゃないわたしは……誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せーんとー!ごーはんーだしー!!」

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れたいつもの声で我に戻れる。

 

……考えなくて、いい。いやだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、わたしじゃないわたしが誰なのかを考える事を辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

きっと自己防衛なのだと思う。

わたしが壊れないように、わたしの全てがそれを拒絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んまあい♡美空たんのグラタンは美味ですなあ♡」

 

 

 

 

 

 

 

あつあつのグラタンをふーふーして食べるこの至上の喜び。

美空お手製のグラタンはわたしの大好物。

 

 

 

 

 

 

 

「なんかいつにも増してキモいね?……でも良かった」

 

 

 

 

 

 

 

いつものよーに毒舌の美空たん。でもそれがいい。

そう。いつものわたしたちの日常。

 

 

 

 

 

 

 

「おおう……クリーンヒットだよマイシスター……」

 

 

 

 

 

 

 

けらけらと笑う美空。わたしの可愛い美空。

わたしの大好きな妹。

 

 

 

大好きなわたしの毎日。

わたしが、わたしだっていう証――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お父さん……最近帰って来ないね……」

 

 

 

 

 

 

 

さいっこうに美味しかったグラタンの器を洗っていると、美空がぼーっとしながら呟いた。

 

 

 

……マスターは全く帰って来ない。

 

こんなに長い間帰ってこないなんて初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら!多分道に迷ったんじゃない?マスター方向音痴だし」

 

 

 

 

 

 

 

美空と2人での食事ももうすっかり通常になった。

2人が当たり前、みたいな……

 

 

 

 

 

 

 

初めは3人。

そしてついこの前までは4人だったのにね。

 

 

 

マスターのへらへらした会話。

万丈のバカ丸出しな会話。

 

 

 

 

 

 

 

懐かしいな。また戻りたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ帰ってこないのかな」

 

 

 

 

 

 

 

美空のちっちゃな顔が崩れそうになる。

辛い思いをしてきた美空。

 

 

美空にとってマスターは、お父さんはヒーローだもんね。

 

 

 

 

 

 

 

「……きっとほら!なんかプレゼントしてくれるために頑張ってんだよ。多分!」

 

 

 

 

 

 

 

溢れそうになる雫を堪える。

辛いけど、苦しいけど、我慢。

 

 

 

美空が辛いのにわたしが泣いたら美空が我慢しちゃう。

あの子はそういう子だから。

 

 

 

 

 

 

 

すぐに強がる子。自分よりも家族を優先する子。

 

 

 

ほんとはこんなに我慢させちゃいけないのに。

わたしがしっかりしなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

「だーいじょぶだいじょぶ。そのうちひょっこり帰ってくるから」

 

 

 

 

 

 

 

よくできましたお姉ちゃん!

頑張れわたし。いけいけわたし。

 

 

 

 

 

 

 

「……だね!まだパティスリー鴻上のケーキ買って貰ってないし!」

 

 

 

 

 

 

 

満面の笑顔に回復した可愛い妹。

よかったよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと!わたしそろそろ寝るね。戦兎も早めに寝なよ?お肌荒れちゃうよ!それと夜食もだめ!最近お肉付いてきてるの知ってるし!」

 

 

 

 

 

 

 

お、おぉう……

痛いところを的確にぷすぷす刺してくるねあなた。

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ります気をつけます。特に夜食系は!……おやすみ、美空」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの送った微笑みに、美空は最高の笑顔をくれた。

 

 

 

 

 

 

 

あー。そしたらどうすっかな。

ちょっち眠いしわたしもねよーかな。どうすっか。

 

うーん。あ。そういやさっきのデータ続きあるのかな。

それ見たら寝よーっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程のデータの続きを確認しようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ビルドドライバーの製作者……?」

 

 

 

 

 

 

 

この正義のヒーローを悪用しようとした人。

護れる力、仮面ライダービルドの産みの親。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【製作者:葛城 忍】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葛城……忍。

悪魔の実験を行った天使の科学者、葛城 月乃と同じ苗字。

 

 

 

 

 

 

 

……まさかあ。偶然でしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳に閃が劈く。

 

 

 

 

 

 

 

悪魔と天使が同居した月乃さんは、自らを被検体として人体実験をした。

しかも、身体に異変は見られずにスマッシュとはならなかった。

 

 

 

数多くの被験者の中で、唯一の人。

 

 

 

 

 

 

 

そしてビルドドライバーはスマッシュにならなかった者のみしか使う事は出来ない。

 

 

 

繋がる2つの葛城。

こんな偶然あるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争の為にビルドドライバーを創った葛城 忍。

人類の為に悪魔の人体実験を行った葛城 月乃。

 

 

 

 

 

 

 

決して交わる事のない思想を持つこの2人の共通点。

 

 

 

……ネビュラガス。ハザードレベル。スマッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

この2人は……何者なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう1つ。引っかかる事。

ずっと気になってたこと。

 

 

 

ビルドドライバーは、ネビュラガスを体内に有さなければ仮面ライダービルドへと変身出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしは、仮面ライダービルドに変身出来ている。

 

 

 

つまり。ネビュラガスを体内に有するという事。

 

 

 

……スマッシュにならずに。

 

 

 

 

 

 

 

そして万丈もビルドドライバーを用いて仮面ライダークローズなるモノに変身していると聞いてる。

 

 

 

つまり。わたしや万丈が受けた人体実験は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネビュラガスの、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと気になってた。

一体何の実験をされていたのか。

 

 

 

あれは、そういう事か。

 

 

 

 

 

 

 

……という事はあの実験、スマッシュを生み出すのを目的としたものではなく、ビルドドライバーを扱える者を探すための人体実験だったって事?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……戦争の兵隊を集めていたのか、連中は?

 

 

 

 

 

 

 

ファウスト……あいつらの目的はなんだ……?

やっぱり戦争なのかなー。うーん。

 

 

 

 

 

 

 

よく考えればわからないことだらけなんだ。

人体実験の真意も、パンドラボックスをなぜ欲するのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を闇に陥れるとかなんだか言ってたらしいんだけどねー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー!だめだ!!繋がんね!」

 

 

 

 

 

 

 

情報が少な過ぎる。上っ面しかわかんないし。

 

 

 

 

 

 

 

……新たな人物、葛城 忍か。

 

 

 

この男も恐らくファウストなのだろう。

そして月乃さんとの関係性か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃーん!居るー?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢!いい所に来たね!

よしよしせっかくだ。こいつもお願いしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「おーう紗羽嬢。夜遅くどしたの」

 

 

 

 

 

 

 

わりかし本当に。今もう0時だぞ。

普通来ないだろ。追い返すだろ普通。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ある情報を手に入れたから。それを伝えに来たの」

 

 

 

 

 

 

 

食い気味に迫る紗羽嬢がちょっと怖い。

 

……なんだろ。氷室 幻徳関連かな。

 

 

 

 

 

 

 

「さすが紗羽嬢仕事が早いね。どんなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鍋島の事よ。……あの人はね、どうやら脅迫されてたらしいの」

 

 

 

 

 

 

 

鍋島……万丈の事を嵌めた男。

脅迫、って事はファウストのメンバーではないのかあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……家族をね、人質に取られてるのよ。そして、従わなければ家族を殺すと脅されていたみたいだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥様と、まだ小さな娘さんの2人よ……まだ生きてらっしゃる。ちゃんと確認が取れてるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たーさんの葬儀の光景が脳裏を過る。

遺された、家族の痛みの空間。

 

 

 

 

 

 

 

……くそ。外道が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……場所は、わかる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍋島のやった事は許されない。

でも。家族には罪は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それに、きっとわたしも同じ立場だったら同じ事をすると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし美空が、もし万丈が。

もしマスターの命が天秤に掛けられたら、わたしは迷わない。

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん……まさかこんな所にも奴らの息がかかってるとは思わなかったんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢の瞳にわたしが映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北都よ。……万丈君が居る、北都に居るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そっか。待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、正義のヒーローが助けに行くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








幻徳「よろしくお願いしまーす!……ってあれ?」

幻徳「え?嘘!?俺まさかの除け者!?」

幻徳「嘘じゃん!やっと出番増えたのに!」

幻徳「?の奴もしっかり居たくせに!」

幻徳「えぇ。ないわぁ。テンション下がるわぁ」

???「まぁ気にすんなって!ヒゲ!」

幻徳「おいヒゲってなんだヒゲって!てゆーか誰なんだお前!」

???「まあまあ。もうちょい待てよ」





???「つーわけでな。あとすこ……し?で多分出るぞ!多分な!」

幻徳「何でまだ出てないお前が……はぁ……」

???「心火を燃やして読んでくれ!またな!」

幻徳「ちょ、それ俺の台詞――」




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phase,19 船酔いメイドの大冒険





スターク『あー。だりぃ。めんどい』

ローグ『……しっかりしろ。さっさと終わらすぞ』

スターク『いやこれやったのお前じゃん。首相室』

ローグ『ばっ!お前!バカ!ほとんどやったの戦兎!』

スターク『……なんで壁の修理なんてしてんだろ』

ローグ『一杯奢るから。もうちょい頑張ろうよ』

スターク『お前、キャラ変わってんぞ』



ローグ『……さあ。絶望の本編!刮目しろ!』

スターク『もう無理だって』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの赤い空。まるで映画の一部分かのような景。

しかし、地下深く黒が広がる世界には訪れない。

 

 

真意を知るは2人だけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?エボルト」

 

 

 

 

 

 

 

黒く黒い世界で唯一痛みを分かち合える者。

そんな彼を俺は心から信頼している。

 

 

 

 

 

 

 

「……色々疲れるもんだな。葛城のおっさんよ」

 

 

 

 

 

 

 

白衣を来た厳格そうなこのおっさん。

唯一、俺が創らなくていい存在。

 

俺のオアシスだ。

 

 

 

 

 

 

 

……おっさんがオアシスって。俺大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……辛いか」

 

 

 

 

 

 

 

作業していた葛城のおっさんが手を止める。

……きっとそれは碌でもない、世界に仇なすモノだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人間ってのはどうしてこうも弱いもんかね」

 

 

 

 

 

 

 

タバコの毒煙が目に染みる。

……いってぇな、くそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間とは脆く儚いもの……あまりにも残酷で、あまりにも慈しい。私はそう思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうだな。あまりにも残酷だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心が無かったら、もっと楽なのにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たゆたう紫煙を弄び、耳をすませば聞こえてくる。

鳴り響く絶望の鐘の音が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまんな。本当にすまん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙れくそじじい。

あんたは俺のさいっこうの相棒だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よせよ、やめてくれ……あんたの方こそ大丈夫なのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人類の敵たる科学者に問う。

あんたは。葛城 忍は、もういいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……既に魂は悪魔に売り捌いてしまったからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の目には、闇が映る。

奥底に視える暖かい地獄は何色だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念ながら俺は悪魔そのものだからなあ。はははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……問題無い。俺も覚悟は決まってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命のあの日、あんたと出逢ったあの日から。

 

 

 

 

 

 

 

もう10年か、早いな。

 

 

 

 

 

 

 

「……辛くなったらまたいつでも来い」

 

 

 

 

 

 

 

人類の敵が、暖かく笑った。

……やめろよ。泣いちゃうぜ?

 

 

 

 

 

 

 

「ははは。またすぐ遊びに来るよ」

 

 

 

 

 

 

 

運命共同体だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!……ちっ」

 

 

 

 

 

 

 

脳を抉られるような激しい頭痛が襲いかかる。

ここ最近ずっと。死にそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ、痛むのか」

 

 

 

 

 

 

 

あぁ。狂うほど痛てーよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――!ほら、早く!こっちこっち!】

 

 

 

 

 

 

 

【もう。――は本当にいっつもそう!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……またか。

 

 

 

ここ最近、頭痛と一緒にこの映像が流れる。

顔の無い、恐らく女。

 

 

 

 

 

 

 

なぜか優しい気持ちになる俺。

きっと昔見た映画か何かなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっちの世界、での事なのかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か!?おい、おい!」

 

 

 

 

 

 

 

葛城のおっさんは意外と心配性だ。

おっさん特製の健康診断を月に1度やるくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。大丈夫。例のあれだよ」

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい、映画の一幕だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――太陽が顔を出し始めた頃。

わたしは今、北都行きの船に乗っていた。

 

 

 

物凄く揺れる船。めちゃ揺れる船。

 

揺れる、揺れる揺れる。

揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎ、ぎもぢわるい゛……」

 

 

 

 

 

 

 

あーこれだめだ。

乙女がやっちゃいけない何かをやっちゃいそうな今だわたし。

初めて知った。わたし船アウトだわ……

 

 

 

あ、やばい。やばいやばい気持ち悪い……

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫戦兎ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢は全く平気なのか、涼しい顔でわたしの背中をさする。

ちょ、酔い止めないですかね。

 

 

 

 

 

 

 

てゆーかなんでさっきからわたしのお尻をちょいちょい触ってんだ?あ、やばい気持ちわるっ……

 

 

 

 

 

 

 

「あー。船弱いんだねえ?薬あるから、ほらっ!飲みな!」

 

 

 

「さ、さんきゅーでっす……」

 

 

 

 

 

 

 

この豪快な女性はこの船の船長の奥さんの巻さん。

 

 

 

何の偶然か、前にスマッシュから助けた親子がまさかこの船の船長の奥さんだったとは……あ、だいぶ楽になってきた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はー。よしよし。

乙女の大事なとこは護られたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこの船、密航船である。

本来、各都を行き来するには役所で様々な手続きが必要で、最短でも1ヶ月かかってしまう。

 

 

 

それを密航船なら金さえ払えばいつでも、というやつだ。

しかも巻さんが取り計らってくれてタダで乗せてもらえる事になったのだ。らっきー!

 

 

 

初めてのお給料まだなんで助かりましたよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは車の免許を持ってないから、唯一持ってる紗羽嬢が一緒に行くことに。

 

 

 

……美空1人じゃ心配だなあ。早く帰らないと。

 

 

 

 

 

 

 

よし!さっさと救出して帰るぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

あ。帰りも船か……はぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――着いたわね。とりあえずどこかでレンタカー借りましょ」

 

 

 

 

 

 

 

元気ぴんぴんの紗羽嬢。

ちょっとわけてくれないかな。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに巻さんに事情を説明したら、帰りも快く引き受けてくれた。

これで東都に帰るのは問題無い。

 

あとはファウストの連中にばれないよーに船まで辿り着けばミッションクリアだ。

 

 

 

よし、行きますか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここのマンションよ」

 

 

 

 

 

 

 

結構な築年数を感じるマンション。

ここに鍋島家族が監禁されてるらしい。

 

周りにはなぜかガーディアンがいる。

 

 

 

 

 

 

 

……難波重工、やっぱり黒いな。

いくら販売してるとは言え、その他にも色々と怪しいし。

 

 

 

色々埃が出てきそうなんだよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうかさ。これ怪しくね?」

 

 

 

 

 

 

 

事前に紗羽嬢が用意した変装服に着替えたのだけども……

めちゃくちゃ怪しくね?2人して怪しすぎね?

 

大丈夫なのかコレ。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫!似合ってるから!……それよりも、見て戦兎ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まさか北都政府の兵士が居るとはね。

ファウストと繋がってるのか、やっぱり。

 

 

 

 

 

 

 

スタークが万丈を北都に連れていってるから怪しいとは思ったけど、やっぱりか。

 

 

 

 

 

 

 

東都、北都。

残るは西都……こうなると怪しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って言うかさ。入った瞬間ズドン!とかないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい。どちら様ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

幸薄そうだけど綺麗な女性が顔を出す。

表情は曇っている。そりゃそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だってわたしたち訳わかんないコスプレしてるもん。

紗羽嬢チョイスどうなってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイドて。メイド服て。

めちゃくちゃ怪しくない?

 

 

 

ていうかなんでばれないの!?

思いっきり不釣り合いだと思うんですけど……

 

 

 

 

 

 

 

やたら紗羽嬢がニヤニヤしてたから変だとは思ったけど……

そんなにメイド服着たかったんかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つーか普通に恥ずかしいんですけど!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鍋島さんの奥様ですよね?……助けに参りました。中、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

完全に服装と発言がマッチしてない。

助けに来る人がメイドて。どこの殺し屋だよ全く……

 

 

 

 

 

 

 

「え?あ、えーと。……主人のお知り合いですか?」

 

 

 

 

 

 

 

困惑する夫人。当たり前だっ!

 

やばいでしょこれ!

完全に奥さん怪しんでるよ!?

 

 

 

とゆーか主人のお知り合いて。どんなお知り合いなんだと思うだろこれ。メイド服来たお知り合いて。

 

 

 

 

完全に変な方向のお知り合いだと思われてるよこれ!?

 

 

 

 

 

 

 

ああ……再会したらまず詰められそうだね、鍋島さん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ。ご主人から頼まれて来ました。さあ、早く!見つかる前に支度して逃げましょう」

 

 

 

 

 

 

 

ご主人誰に依頼してんだ。メイドだぞおい。

 

 

 

 

 

 

 

「え?あ……はい!わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

わかっちゃうんだ。そこわかっちゃうんだ。

すげーな鍋島妻。適応能力早すぎない!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おねーちゃんたちなんでメイドさんのおようふくきてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

ちっちゃな可愛い娘さんがわたしたちに純粋な疑問をぶつけてきた。

 

 

 

……そうだね。おねーちゃんも聞きたい。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それはね――」

 

 

 

「それはね、お姉ちゃんたちがメイドだからよ♡」

 

 

 

 

 

 

 

おい話をややこしくするな。

奥さんが完全に挙動不審になってんぞ。

 

 

 

どうするつもりだお前。

これ収拾つかないぞおい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……安心して下さい奥さん。ただのコスプレなんで……」

 

 

 

 

 

 

 

言うしかないだろ。離婚の危機だぞこんなの。

なんでわたしがこんな目に……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、えと、怪しまれないように、ですもんね!しかも、可愛いですし!似合ってますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

奥さん優しいかよ。怪しいだろ。

どう見ても怪しすぎるよこれ。めちゃくちゃ気遣ってるじゃん。

 

 

 

意味不明なフォロー入ってるもん。

救出するのに可愛いの必要ねーだろ。こんな服来て救出に来たとか言われてもわたしなら追い返すわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさんのところにかえれるのー?」

 

 

 

 

 

 

 

……うん。もう大丈夫。

 

 

 

わたしたちがついてるから。ちゃんと帰れるよ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。もうだいじょぶだよ!お姉ちゃんたちがお父さんが帰ってくるお家に送ってあげるから」

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと少女は、純粋過ぎる笑顔をくれた。

わたしの心まで清らかにしてくれそうな、そんな笑顔。

 

 

 

 

 

 

 

「……お父さん、お仕事忙しいから。すぐには帰ってこれないけど、ちょこっと寝たらちゃーんと帰ってくるから、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

……ちゃんとお父さんは、わたしが助けるから。

 

なるべくすぐに会わせてあげるからね。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!ありがとうメイドのおねーちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

メイドの……ははは。はぁぁぁ。

 

 

 

 

 

 

 

……まあこんな報酬をもらったから、紗羽嬢に詰めるのは勘弁しといてやるか。

 

 

 

 

 

 

 

こんなとびきりの笑顔を貰っちゃったら……ねえ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……主人は、主人は何かに巻き込まれてるんでしょうか……私達は無理矢理ここに連れてこられて、主人と一切連絡が取れなくて……心配で……」

 

 

 

 

 

 

 

娘さんに聞こえないよう小声で話す奥さんは、泣くのを我慢してるように見えた。

 

 

 

多分、娘さんが心配するからなんだと思う。

娘さんが不安にならないように。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫です。ちゃんと生きてます。……すぐに助けますから、安心して下さい」

 

 

 

 

 

 

 

こんなありきたりな事しか言えないわたしに、彼女は精一杯の微笑みをくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄いな。お母さんって強いな。

 

愛する人がどうなってるのか、今生きてるのかすらわからなくて、全く知らない場所に連れてこられてるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしだったら……

もしマスターがそんな目にあったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターが、ご主人様?旦那様?

 

 

 

 

 

 

 

マスターと……結婚……?

あは、あはあは、あはあはあは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃんおかおがまっかだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

あはあは……ってあぶねえあぶねえ。

意識持ってかれるところだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、えっと、あれ!最近なんか暑いなーみたいな……」

 

 

 

「いまふゆだよおねーちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これで全部です!」

 

 

 

 

 

 

 

荷物は思っていたよりも少なかった。

まあほぼ誘拐だしね。そんなものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「そしたらわたしたちがまず車に荷物を持って行きます。で、最後に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――名付けて!ダンボール大作戦!!

 

 

 

ぎゅうぎゅうに詰められた2人はちょっと苦しそうだけど……すぐ終わるから大目に見てね!

 

 

 

 

 

 

 

先に車で紗羽嬢が待ってる。

なんかよくわからんけど怪しまれないし。行くぞおお!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい、そこの怪しいお前!何をしてる!!」

 

 

 

 

 

 

 

なんでえええ!?

なんでわたしだけええ!?

 

 

 

 

 

 

 

やっば。どうすっか倒す?倒しちゃう?変身しちゃう?

まさかメイド服着て変身する事になるとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?……戦兎?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい声がした先に。

懐かしい顔をした、あいつが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








戦兎「つーかこれいつ用意したの」

紗羽「……救出作戦が決まった時から♡」

戦兎「完全に怪しいでしょ。怪しくないわけないでしょ」

紗羽「大丈夫!完璧に似合ってるわ!!」

戦兎「……そういう問題なのか……」

紗羽 (はあ……眼福……♡)

紗羽 (次は何がいいかしらね……?)

戦兎「ほら!行くよー」

紗羽「あ、はーい!」

紗羽 (次はナース服……いや待ってうーん……)



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phase,20 龍の地





月乃「……何ですか、これ?」

男A「美味しいんですよこのケーキ」

月乃「要りません」



月乃「……何です?」

男B「このチョコ人気なんですよ」

月乃「要りません」



月乃「……要りません」

男C (まだ何も言ってないのに……お団子一緒に食べたかった……)



内藤「あ!月乃先生!饅頭食います?」

月乃「……お茶を淹れてきますね」


男A・B・C「「「なぜだ!?」」」




内藤「安物なんでお口に合わないかもですけど」

月乃「大変美味しいです」




――これは、とある無愛想な人のお話。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ガ、ガム、食べる?」

 

 

 

 

 

 

 

現在、紗羽嬢の運転で船着場へと向かっている。

 

 

 

……車内は無言だ。空気が重い。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、気まずいな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?……戦兎?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい声がした。

最近聞いてなかった、懐かしい声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万……丈……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい軍服を着た、バカが居た。

ずっと心配してた、弟が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉が出てこない。

 

生きてた。元気だった。

わたしの事見て、あの日みたいに笑ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……うん。元気」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々の再会で何を言っていいかわからない。

会ったらぶん殴って首根っこ掴んで家に連れ戻そうと思ってたのに。

 

 

 

 

 

 

 

元気な弟を見て、安心した気持ちでいっぱいになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……涙が静かに落ちる。

 

 

 

ずっと不安だった。実はもう死んでるんじゃないか。

実はもうわたしの知ってる万丈じゃなくなってるんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの知ってる、バカな弟の万丈だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分逞しくなったろ、俺?」

 

 

 

 

 

 

 

……確かに。

 

 

 

わたしが知ってた頃の万丈よりもずっと大きい。

胸も、腕も、足も。全身が凄い逞しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「ビビるよーな鍛え方してんだぜ、俺」

 

 

 

 

 

 

 

身体は逞しくなったけど、笑顔は何も変わってない。

最後に残したあの笑顔と一緒。

 

わたしの知ってる万丈だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ばーか。相変わらず脳筋バカだな」

 

 

 

 

 

 

 

口から零れるのはやっぱりいつもの。

4人で笑いあってた、あの日のいつも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーかさ……その格好、何?」

 

 

 

 

 

 

 

ん……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うぎゃあああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほー。なるほどねえ」

 

 

 

 

 

 

 

他の兵士たちから少し離れた所で万丈に事の経緯を話す。

 

 

 

 

 

 

 

……さいっあくだ。最悪のタイミングで再会しちまった。

 

 

 

感動もへったくれもないな。

メイド服着て感動もくそもあるかってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても戦兎がメイド服とはなー!普段の戦兎からじゃ想像できねーな、あははは!」

 

 

 

 

 

 

 

黙れええええ!!!

てめっ、奈落の底とベストマッチ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へへっ。もう効かねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの知ってる万丈なら反応出来ずに宙を待ってたはずなのに。

渾身のアッパーカットだったのに。

 

 

 

……片手で受け止められたんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

「……少しはやるよーになったみたいだなばんじょー」

 

 

 

 

 

 

 

なんかむかつく。腹立つ。

ニタニタしやがって。はっ倒すぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも。やっともう。

 

 

 

もうさ、帰ってくるんだよね。

わたしと美空と。それにマスターが待ってるあの家に。

 

 

 

今から逃げちゃえば、大丈夫だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ!万丈!もうさ、ここに居る――」

 

 

 

「あの家族を東都に帰すんだろ?協力すっからよ。時間ねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈の顔が、少し冷たかった。

いつも熱いくらいなやつなのに、ひんやりしてた。

 

 

 

わたしはそんな万丈の顔が、とても切なく感じてしまう。

なぜかもう、手が届かない気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つーわけだ。こいつら俺の知り合いだからよ。問題ねえから。まあちょっと見送ってくっから、後頼むな」

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの想いを遮った万丈は、恐らく自分の部下と思しき兵に事情を説明してくれた。

 

 

 

まあこれで無事に救出出来そうだけど……

 

 

 

 

 

 

 

なんか、変。

わたしの知ってる万丈じゃない。

 

 

こんなまるで偉い人みたいなの……

 

 

 

 

 

 

 

「団長のお知り合いでしたか!無礼をお許しください。……はっ!お任せ下さい!!」

 

 

 

 

 

 

 

北都の兵士が万丈に畏まる。

まるで、凄い偉い人を前にしてるみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

……団長って、なんだよ。万丈。

 

 

 

わたしの知ってる万丈はそんなのじゃないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえ万丈。団長ってな――」

 

 

 

 

 

 

 

「ほら行くぞ!!あんまり時間かけるとばれっから。さっさとな。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

大きな声でわたしの言葉をかき消した後、小さく囁く万丈の顔はやっぱりなんか冷たい気がした。

 

 

 

わたしの言葉を聞きたくないような。

心を繋げようとする事を拒否するような。

 

 

 

 

 

 

 

わたしを、拒否しているみたいな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――紗羽嬢が運転する車の中。空気が重い。

 

 

 

助手席には万丈が座ってる。

 

 

 

 

 

 

本当なら夢見たはずの光景なのに……

 

 

 

 

 

 

 

「ば、万丈さ、さっき北都の兵士に――」

 

 

 

「このガムうめえな!!ほら、戦兎も貰って食ってみ。すんげー美味い」

 

 

 

 

 

 

やっぱり、万丈がおかしい。

わたしが何を言うのかわかってるみたいな。

 

 

それを、拒絶するような。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほ、ほら、戦兎ちゃん、ガム」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢も何かを察知したようだ。

 

 

 

……ん。美味し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー。おにーちゃんと、うさぎのメイドのおねーちゃんはけんかしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

……さいっあくだ。

こんなちっちゃい子にわかるくらい雰囲気悪かったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「あははは!おじょーちゃん。ケンカなんてしてねーよ。大丈夫。久しぶりに会ったからさ、何話していいかわかんねえんだ」

 

 

 

 

 

 

 

げらげらと笑う万丈は、いつもの万丈だ。

子供に話しかける時の優しい声の万丈も、いつもの。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。そうだよ。久しぶりでね?話したいこといーっぱいあってね。何話していいかわかんなかっただけなんだあ」

 

 

 

 

 

 

 

横目で見えた万丈の顔は一瞬だけど、やっぱり冷たい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー!おもしろいね!……おにーちゃんと、うさぎのメイドのおねーちゃんは、おつきあいしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶふぁっ!!!!

あ、やべ。万丈にコーラぶちまけちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、おま、汚ったねーなおい!?べとべとじゃねえか!」

 

 

 

 

 

 

 

あ、いつもの万丈だ。

いつもの、茶化した後の万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ははは。あはははは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

なんか、急に面白くなっちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

「あはははは!ひゃー!!お腹痛い!」

 

 

 

 

 

 

 

そうこれだ。

このいつもの空間、これがわたしたち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくよー……はは……ははははは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そうだよ。万丈。

やっぱりさ、バカ笑いしてるのが一番似合ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……?なにかあったの?うさぎのメイドのおねーちゃんとおにーちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

……ありがとうね、あなたのおかげだよ。

 

 

 

小さな天使に救われちゃったな。

 

 

 

 

 

 

 

「ううん!……お姉ちゃんとお兄ちゃんはね、お付き合いするとかじゃないの。家族なんだ」

 

 

 

「……わたしがお姉ちゃんで、あの見た目が怖い人が、弟なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

お付き合いは笑った。

どう見ても恋人には見えないでしょうに。

 

 

 

 

 

 

 

「おい怖くねーだろーよ……なあ?おじょーちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

口を尖らせながら小さい子供と同じように接する万丈は、どこぞの団長なんかには見えない。

 

 

 

本当の、本物の万丈はわたしが知ってる万丈だ。

 

 

 

 

 

 

 

「んーとね……おかおはちょっとこわい!でもおしゃべりするとたのしいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

……クリティカルヒットですねばんじょーパイセン。

 

 

 

へっ!ざまあみやがれ!!

 

 

 

 

 

 

 

「ははは……顔は怖いか」

 

 

 

「……所でなんで、うさぎのおねーちゃんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

モロにダメージ入ってる万丈君。

残念だったな。それが現実ですよ。

 

 

 

わたしが兎なのはそりゃーもうあれだよ。

兎みたいに可愛いからに決まってんでしょ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーんとね、うさぎさんみたいなかんじするから!ふんいき!……うさぎみたいなうごき?」

 

 

 

 

 

 

 

……まさかのわたし小動物扱いされてたのか。

 

 

 

さっき貰ったお菓子はあれか、餌付けしてた感じか。

 

 

 

 

 

 

 

「すみません!もう佳奈!謝りなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

……ふふふ。でも、嬉しいな。

 

 

 

なんか、名前を褒めてもらえた気がしたから。

 

わたしの大好きな名前の兎。戦う兎。

まさにわたしにぴったりの名前。

 

 

 

 

 

 

 

「いいんです嬉しいです!ありがとね、お姉ちゃん嬉しい」

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと、ちっちゃな天使は零れる笑顔をくれる。

暖かくて、争いとは無縁の感情。

 

 

 

それはとても、尊いモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……またお菓子をくれたのは恐らく、餌付けだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょ、ちょっと!?あんたそいつ北都軍の人間じゃないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

船着場に着くと巻さんが万丈を見て慌て出した。

あー、そっか。こいつが着てるの軍服か。

 

 

 

 

 

 

 

「お?あんだ、密航船ってことか。大丈夫だよ、そういうの俺気にしてねえし。安心しろよ」

 

 

 

 

 

 

 

……戻るんだよね。

わたしたちの家に。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたあいつ北都軍の、しかも団長の軍服着てるけどどーいった知り合いなのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、ほんとにそうなんだね。

団長だなんて偉くなっちゃって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただの家族っすよ、家族。あいつ弟」

 

 

 

 

 

 

 

そう。ただの家族。

わたしたちとあいつは家族。

 

 

 

 

 

 

 

「……何者なのあんた?凄い家族ね」

 

 

 

 

 

 

 

ただのお姉ちゃんだってば。

わたしたちはただの家族。

 

 

 

 

 

 

 

何があろうと、家族だもん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――荷物も全て積み終え、後は出航するだけ。

 

 

 

後は、人が乗るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら万丈何してんの。早く行くぞバカ」

 

 

 

 

 

 

 

何やってんだ早くしろばか。

時間ないっつったのお前だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……したら、俺は帰るよ」

 

 

 

 

 

 

 

はあ?とうとう本格的にやられたのかこら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰るって……わたしたちの帰る家はこっちだよ、こっち」

 

 

 

 

 

 

 

「……わりぃな、戦兎。時間ねーからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何が悪いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ、時間無いよ……nascitaに帰ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空も待ってるからさ。早くしてよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、北都の人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……美空がグラタン作ってくれるから、早くしてよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最近マスターもあんま帰って来なくてさ。美空も寂しがってるんだ。美空も、万丈に早く帰ってきて欲しいって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空は妹なんでしょ……末っ子でしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は、もう東都の人間じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俯いてた顔から涙が落ちる。

 

 

 

……あんたからそんな言葉聞きたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空さ、最近体調よく崩すんだ。わたしも、仕事あるし、万丈が帰ってこないから大変なんだぞお?わかってんのかあほ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願いだから着いてきて。

お願いだから一緒に帰ろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺こそは北都最強の軍、北風 第3師団 団長、万丈 龍我だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてよ、まるでわたしたちの反対側みたいなさ。

強くなったんならもういいじゃん。帰ってきなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えばさ!もうすぐお給料入るし、みんなで美味しいご飯食べ行こうよ!せっかくだから奮発してさ、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東都の仮面ライダービルド……桐生 戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめて、お願いだからやめて。

それ以上は無理だよ。受け止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美空、がさ遊園地行きたいって、言ってたからさ?一緒に、連れてって、あげよ?あの子、表出たら危ないから、わたしたちが、ついてあげて、さ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙で溢れる。嫌な味がする。これ、嫌い。

上手く喋れないよ……

 

 

 

もう、何も言わないで万丈……

一緒に、東都の、わたしたちの家に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――覚悟しろ、仮面ライダービルド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は仮面ライダークローズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に会う時は、お前の敵だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙が弱くなり、少しずつ見えるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈 龍我は、もうどこにもいなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当にありがとうございます。助かりました」

 

 

 

「メイドのおねーちゃん!ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

お父さん、絶対助けるから。

 

 

 

……待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、何もしてませんよ……お嬢ちゃん。お名前なんていうの?」

 

 

 

「わたし?わたし、かな!鍋島 佳奈っていうの!」

 

 

 

 

 

 

 

かなちゃんか。

とっても。凄い良い名前。

 

 

 

 

 

 

 

「素敵な名前だね。……わたしはね、戦兎。桐生 戦兎っていうの」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大好きな名前。

戦う兎、これで戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

「せんと?せんとおねーちゃん!いいなまえだね!」

 

 

 

 

 

 

 

でしょ?めちゃくちゃ気に入ってるの。

 

 

 

……ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

「私の知り合いが護衛して安全な場所に連れていきますから。安心して下さい。ご主人も……絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が手配してくれた人たちが安全な所に送ってくれるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

良かった……どうなるのか心配だったし。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、本当にありがとうございます……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

奥さんと佳奈ちゃんは大きく頭を下げ、車に乗って行った。

 

 

 

……ちょっと待っててね。すぐ、にね。

 

 

 

 

 

 

 

車に揺られながら消えてゆく佳奈ちゃんたちを見送ってると、家族って良いモノだな、って改めて想う。

 

 

 

離れていても繋がってる心。

近くに居なくても想える心。

 

 

 

 

 

 

 

離れていても、心は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――紗羽嬢!!救出作戦大!成功!だね!」

 

 

 

 

 

 

 

美空の前で泣いちゃだめだ。

今のうちに処理しないと。

 

 

 

 

 

 

 

「……無理しなくていいのよ、戦兎ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

……やめろよ紗羽嬢。

もう少しでわたしの脳が処理してくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれもこれも我慢しなくていい。そうやってパンクしちゃう人を何人も見たわ……大丈夫よ、戦兎ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてってば。もう処理終わるから。

 

 

 

……もう、終わるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ。ひっ……万丈、わたしに、敵だって言った……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈の口から一番聞きたくなかった言葉。

一番、恐れていた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……自分は、北都の……ひっ……人間だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定的な、決別の言葉。

袂を分かつ、終わりの言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万丈、居なくなっちゃった……わたしの知ってる万丈、居なくなっちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に強くなろうと約束した日。

共に倒そうと誓った敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたし、どうすればいいのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかも全てがわからなくなる。

一体どこで間違えたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢ぉ……もうやだぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう全てが嫌になる。

何のために戦ってるのかわからなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……マスター、会いたいよ。

 

 

 

 

 

 

 

マスターに色んなこと話したい。色んなこと教えてもらいたい。

マスターだったらなんて答えてくれるの?

 

 

 

 

 

 

 

ただ隣で笑ってほしいよ。

声が聞きたいよ。

 

 

 

わたし、壊れちゃうよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが壊れてもいいの?マスター……

 

 

 

 

 

 

 

早く迎えに来てよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰るまでずっと紗羽嬢の胸で泣き続けた。

彼女は、そっと抱き締めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








月乃 (このお茶、美味しい……)




内藤「月乃先生!渋い湯呑を使ってますな」

月乃「はい。少し、凝っていまして」

内藤「最近私も凝ってるんですよ。私のは九谷焼です」

月乃「素晴らしいです。趣がありますね」





内藤「そういや今度遊園地に行くんですが、どうです?」

月乃「ええ。是非。楽しみにしてますね」

内藤「そりゃ良かった!喜びますよあいつも!」





男性一同「なぜだ……なぜあんなやつが……」





――これは。内藤さん家族と月乃さんのお出かけのお話。



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phase,21 憎しみの黒





香澄『ほんとにもう!龍我ったら何考えてるのかしら!』

香澄『あんな事言っちゃって……信じらんない!」

香澄『天罰を与えるしかないわね!えいっ!』



香澄『……あら。お腹痛くなったのかしら』

香澄『うーん……なんか微妙な力ねこれ……』

香澄『あらあらまあまあ。もう始まるの?』


香澄『それでは本編!どうぞ♡』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔は様々な部品を創り、世の歯車として大事な1つを司って居たであろう場所。

 

既にその役目を果たし終えた工場。

今はもう誰かが何を創るわけでもない。

 

 

 

 

 

 

 

そんな廃れた工場に、わたしは来ている。

あの鮮血の蛇に呼び出されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

恐らく……罠だとは思う。

やつの事だ。きっと何かあるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

万丈の事を連れ去っていった張本人。

わたしたちと万丈が袂を分かつ事になった害悪。

 

 

 

何もかも、あいつが壊していく。

 

 

 

あいつさえ居なければ万丈と決別する事なんてなかった。

あいつが居なければ……

 

 

 

 

 

 

 

さあ早く来い、鮮血の蛇。

その忌々しい存在を、わたしは許さない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎!おかえり!大丈夫だった!?」

 

 

 

 

 

 

 

あの後、紗羽嬢の胸で思いっきり泣いてやった。

そしたらだいぶ身体が、心が落ち着いた。

 

 

 

ありがと。紗羽嬢。

小っ恥ずかしいから言わないけど。

 

 

 

 

 

 

 

おかげで、美空を心配させなくて済んだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまあ!うん、作戦大成功だったよ!……後は鍋島さんを助けるだけ」

 

 

 

 

 

 

 

美空は、大丈夫という言葉が好きだ。

この言葉を聞くとこの子は、とても安心したような顔になる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな美空の顔を見るとわたしはとても安心する。

この子には辛い思いをさせたくない。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私はこの辺で帰るわね。鍋島さんの事、わかったらすぐに連絡するから」

 

 

 

「……無理はしないでね。おやすみ!戦兎ちゃん、美空ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

そういうと紗羽嬢は足早に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

……ありがと。紗羽嬢が居なきゃきつかったよ。

 

 

 

鍋島さんの件、よろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて!東都や北都、難波重工とか色々気になる事はあるけど……

まずは鍋島さんの件をなんとかしなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

佳奈ちゃんと約束したからね!

 

 

 

 

 

 

 

……やー。それにしても可愛かったなあの子。

 

 

 

何故か全く紗羽嬢には懐いてなかったけど。

やたらと絡んでたのに……残念。紗羽嬢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ!気をつけて帰ってねー!……所でさ、なんで2人共メイド服着てたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

 

 

ぴぎゃああああああ!!!!

このくだり何回目ぇぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はー。なるほどね。それでメイド服……」

 

 

 

 

 

 

 

冷たい目を投げかける美空さんにわけのわからない経緯を事細かに説明したのだが、その目は相変わらず冷たいまま。

 

 

 

やめて!わたしの趣味じゃないから!!

全部紗羽嬢だから!

 

 

 

お姉ちゃんこれ着て楽しんでるわけじゃないから!!

 

 

 

 

 

 

 

「その服装のまま……ここまで帰ってきたんだね……」

 

 

 

 

 

 

 

可哀想なものを見る目で見ないで。やめて。

 

わたしのメンタルは既に粉々だから。

今日色々あってもう耐えらんないから。

 

 

 

通りで色んな人がジロジロ見てきたわけだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……がんば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてええええ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――良かったなあ、幻徳?全てお前のモノになったぞ』

 

 

 

 

 

 

 

東都の最高責任者の証である椅子に座る俺の前に、気だるげに壁に寄りかかる蛇の怪物。

 

 

 

 

 

 

 

「何の用だ、スターク。ここには来るなと伝えてあっただろう」

 

 

 

 

 

 

 

俺の長年の協力者。

仲間と呼ぶにはあまりに狂った男。

 

 

 

まあ仲間だと思った事は一度もないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そもそもこいつは男なのだろうか。

 

これだけ長い付き合いにも関わらず、こいつの正体を俺は何も知らない。

 

 

 

ただ俺の前に現れ、力をくれてやる……とだけ言い放った男。

その見返りに様々な事をやらされたがな。

 

 

 

 

 

 

 

異常なまでの、国家規模の。

 

 

 

 

 

 

 

『つれねェな幻徳?……いや、ローグと呼んだ方がしっくりくるか』

 

 

 

「おい!?誰かに聞かれたらどうする!?」

 

 

 

 

 

 

 

つい声を荒らげてしまう。

 

 

 

こういう所だ。

この男は、本当に何を考えているのかが全くわからない。

 

 

 

 

 

 

 

裏切りを生業にしているような……誰の味方でもいないような。

 

 

 

油断ならない。こいつは危なすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハァ!そうかそうか。悪かったな』

 

 

 

『まァいいだろ?俺のおかげでその椅子に座れてんだからよ』

 

 

 

 

 

 

 

狂ったように笑う蛇。

その姿はまるで全てが壊れてくのを楽しむ道化そのものだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはりこいつが、親父を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ちっ。まあいい。殺されたわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりもこいつに聞きたいことがある。

あの小娘に言われた不可解な事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桐生 戦兎が……俺に、内藤という男をなぜ殺したなどとほざいてきた。どういう事だ?……あれは通り魔の犯行だと聞いていたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

確かに俺はたまたま内藤さんと会い、何件か酒を飲みはしたが……

その後に別れて帰っていった。

 

 

 

その後に通り魔に襲われた、のではないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばこいつもわけのわからない事を言っていた。

……ということはこいつも関係していないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お前がやったんじゃないのか、幻徳』

 

 

 

 

 

 

 

先程の道化が嘘のように。

戦慄を権化にしたような蛇が、低く、恐ろしさを感じる声で迫る。

 

 

 

 

 

 

 

こいつはたまに、こういう時がある。

本来協力者である俺までが恐怖し、そのまま殺されるのではないかと錯覚してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……敵には回したくないやつだ。

 

何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。

 

 

 

 

 

 

 

恐らく後者だろう。

こいつは、全てが破綻している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何度も言わせるな。まずメリットがない。たかだか一所員殺しても何の得にも……』

 

 

 

 

 

 

 

『それに我が東都の1人だ。意味無く俺が殺すわけないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

内藤さんは、何かを知っていたわけでもない。

それにあの人は中々に面白い人だしな。

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに愉しい酒が飲めた。

だからこそ、あんな事件が起こったのが残念でならなかったのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうか。まァわかった……汚ねえ爺や婆に踊らされねェようにな、Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言うとスタークは煙と共に姿を消した。

まるで全てを支配するゲームメーカーのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……たまにふと思う事がある。

 

なぜだか全て、あの蛇の掌の上で転がされてるのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる全てが、あいつのシナリオ通りなのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、内藤さんの件は本当に知らなかったようだな……

我が東都で何が起きてる……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁいい。

 

そろそろ連中に挨拶しなくてはならないしな。

 

 

 

 

 

 

 

終わりの、挨拶を。

 

 

 

 

 

 

 

その前にあいつの力を手にいれなければ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おっ?おっおっお!?きたあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

てぇんさぁい物理学者のこのわたし!そうこのわたしが!!

 

 

 

 

 

 

 

遂に完成させたのだよ。

 

お昼休憩の時にいつも飲んでるレモンスカッシュからアイデアを閃き……しゅわしゅわ美味し♡……はっ!しゅわしゅわ?……しゅわしゅわ!!……みたいな感じで遂に、遂に遂に!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スパークリングだよおおお!!!」

 

 

 

「どしたんだし?遂に頭がスパークリングになった?」

 

 

 

 

 

 

 

おっ……おぉう。マイシスター。

 

相変わらず息をするかのように毒を吐くわたしの妹ちゃん。美空たん。

 

 

 

ここの所体調をしょっちゅう崩してたのだが、だいぶ落ち着いたらしい。

 

 

 

元々身体は強い子だったから心配だったよ。

 

 

 

 

 

 

 

まあまだ出会って一年も経ってないけどねー!

 

 

 

 

 

 

 

……そういやなんか最近、変な夢見るとか言ってなかったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ。聞いて驚け美空よ!この、てぇんさぁい!物理学者の桐生 戦兎様が創りあげた!まさにしゅわしゅわの――」

 

 

 

「あっ、居た居た!戦兎ちゃんに美空ちゃん!ほら、パティスリー鴻上のケーキ買ってきたから一緒に食べよ♡」

 

 

 

 

 

 

 

……お、おぉぉぉぉう。

 

タイミングを見計らったかのように現れた紗羽嬢。こいつ狙ったろ。完全にスタンバってたろ。

 

 

 

え、何?この2人タッグ組んでわたしの事いじめてんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほおおお!ケーキ!ケーキ!!」

 

 

 

 

 

 

 

まあパティスリー鴻上のケーキなら許してあげるがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。そういや鍋島さんの事、何かわかった?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が買ってきてくれたパティスリー鴻上の冬限定新作モンブランをぱくつきながら大事な情報交換をする。

 

 

 

佳奈ちゃんのためにも早く連れて帰りたいし。

それに……ファウストの事も。

 

 

 

 

 

 

 

マスコミまで集めてファウスト掃討作戦、とか銘打った茶番劇をやってたけど、絶対壊滅してないとわたしは確信してる。

 

 

 

まず、鍋島家族。

彼らが監禁されていた北都のマンションにはガーディアンや北都軍の兵士が居た。

 

 

 

通常あんな厳重警戒なのは不自然過ぎる。

普通だったら居たとしても数人のはずなのに、数十人の兵士やガーディアンがまるであのマンションを監視しているかのように警備してたし。

 

 

 

 

 

 

 

万丈も居たけど……

あいつはファウストとは関係ない、よね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あと、難波重工のガーディアン。

 

やつら、難波重工はファウストとの繋がりが深くありそうな感じするしね……絶対的な証拠はないけど。

 

 

 

 

 

 

 

それに、氷室 幻徳。やつは信用ならない。

 

ナリさんを射殺して、はい終わりって感じだったけど……

あれも全部仕組んでたみたいにわたしには見えた。

 

 

 

 

 

 

 

……そういやナリさんの遺体はまだ発見されてないらしい。

 

 

 

早く見つけて、弔ってあげたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それがね……ぜーんぜん。私もあちこち駆け回ってるんだけどさ。全く手がかりが掴めないのよ……目撃情報すらないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

落ち込んでる様子にも見える紗羽嬢は大きく溜息を吐いた。

紗羽嬢が調べても見つからないって事は相当隠蔽されてるんだろな。

 

 

 

 

 

 

 

……どこいった鍋島さん。

 

あんたの家族はもう助けたのに……後はあんただけなのに。

 

 

 

 

 

 

 

佳奈ちゃん……ごめんね、絶対見つけ出すから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でもさ。紗羽さんって情報得るのは凄いし。どうやってるの?」

 

 

 

 

 

 

 

純粋過ぎて残酷な疑問をぶつけちゃう美空さん。

得るのは、って。それだけかい。

 

ほら、紗羽嬢半べそかいてんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも確かに。紗羽嬢の情報取得能力は目を見張るモノがある。

 

それこそわたしが調べられない所まで。

 

 

 

わたしもハッキン……げふんげふん、ネットで調べたりする能力はかなりあるし、結構自信あるんだけど紗羽嬢の情報を得る力には及ばない。

 

 

 

情報のクオリティが高いし、何より早い。

ビビるぐらいのスピードで持ってくるもんなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直ね、美空ちゃん……ふふふ。それは知らない方がいいわよ♡」

 

 

 

 

 

 

 

なんだろ。背筋がぞくっとした。

これ以上聞かない方がいいとわたしの脳が伝達してる気がする。

 

 

 

うん、やめとこ。深入りすると戻れなくなる気がする。

純粋な戦兎さんじゃなくなる気がする。こわっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでも知りたい?美空ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

不敵な笑でわたしの妹を見るのをやめなさい。

なんだ。こいつなんなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、気になるし、教え――」

 

 

 

「やめなさい美空!戻れなくなっちゃうから!多分!」

 

 

 

 

 

 

 

あぶねえ。美空の綺麗なとこが汚される気がした。

なんかわかんないけどこいつあぶねえ。

 

 

 

……紗羽嬢は悪い人じゃないけど。そこは多分ダメだ。悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ♡……戦兎ちゃん、携帯鳴ってるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

オソロシイ紗羽嬢が、わたしの携帯電話兼バイクの発明品に目線を移す。

 

 

 

 

 

 

 

少々うるさいこの子は基本的にいつもマナーモードにしてる。

 

着信あるのは大体マスターか紗羽嬢か美空だけだし。っていうかね。着信音がうるさ過ぎる。頭に響くんだこれ。

 

 

 

 

 

 

 

「……?非通知だ。誰だろ」

 

 

 

 

 

 

 

珍しい表示を見て思案する。

 

わたしの電話番号を知ってるのはマスター、美空、万丈、紗羽嬢、たーさん、それに職場の東都先端物質学研究所。

 

 

 

確かこのくらいのはず……少なっ。悲しくなってきた。

 

 

 

ということは万丈……?

いや、あいつバカだし絶対覚えてないな。

 

 

 

たーさんもないと思う。

家族の人がわざわざ非通知でかけてくるとは思えないし。

 

 

 

 

 

 

……東都先端物質学研究所か。

 

恐らくファウスト関連かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……はいこちら天才。どちらさん?」

 

 

 

 

 

 

 

さあ誰だ。どこのどいつだ。

わざわざ名乗ってやったぞ。かかってこい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ハッハッハァ!相変わらず面白ェな、お前は。【憐れな兎】ちゃん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂気に満ちた声。懐かしくも感じる闇。

聞くだけでわかる忌々しい蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで番号知ってんだ。ストーカーか?スターク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に黒い炎が灯る。

万丈を変えてしまった諸悪の根源。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの、最大にして最悪の敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……俺はお前が大好きだからなァ?声が聞きたくてよ。どうだ、元気にしてたか?兎ちゃん?』

 

 

 

 

 

 

 

わたしはお前が大嫌いだ。

お前の全てを壊してやりたくなるほど大嫌いだ。

 

 

 

お前の存在を全て抹消したいほどに。

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。お前を葬りたくて元気一杯だよ、腐れ外道」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもは嫌いなわたしが顔を出す。

真っ黒なわたし。わたしの闇。

 

 

 

 

 

 

 

マスターに一番知られたくない、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうか……ちなみにお前の妹ちゃんは元気にしてんのかよォ?美空、だったか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スターク……美空のことまで知ってるんだな。

 

 

 

お前は、わたしの全てを奪うつもりなんだろ?

 

 

 

万丈だけでなく美空まで奪われてたまるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺す。こいつのありとあらゆる全細胞を死滅させてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どこで調べたか知らないがな、その汚れた皮膚の薄皮一枚ですら美空に触れてみろ。その時はお前を地獄の果てまで追い詰めて殺すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの視界が暗くなる気がした。

 

 

 

わたしの脳が告げる、闇を纏えと。

わたしの心臓が告げる、死を纏えと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの全細胞が告げる、漆黒に染まれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……怖ェな、おい……もし良ければその美空によ、変わってくんねェか?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの全てが黒く染まった気がした。

いつか見た、星の無い黒の宙のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……殺す」

 

 

 

 

 

 

 

『ああ。そうか……クククク。ハッハッハァ!!まァいいぜ。興味はねェしな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お前にプレゼントがある。頑張ってるお前にご褒美だ。有難く受け取っとけよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やつの声を聞くだけで、どうしようもなく殺意がとめどなく湧き出す。

 

 

 

 

 

 

 

やつの、あの外道の蛇の全てが憎い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ。お前の首でもくれんのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの蛇の事以外考えられない。

あの蛇を消す事以外、考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『急ぐなよ、兎ちゃん。まだだ。その時はまだ早い……遊びの時はな!クククク』

 

 

 

『欲しけりゃ1時間後にお前らの隠れ家の近くにある、廃工場に来い。わかんだろ?じゃあな……Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝手に話す蛇は、わたしの意見も聞かずに会話を辞めた。

 

 

 

憎い、憎い憎い憎い、憎い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの愛する人に似てるあの蛇が、憎い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――久しぶりのあいつは元気そうだ。

 

 

 

携帯に目をやる。

久しぶりの電話で、久しぶりに聞けた声で舞い上がってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

でも、あいつから聞けたのは憎しみの言霊。

全身全霊の殺意を言葉に乗せ、俺に吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

……でもそれでもいい。声が聞けた。

 

いつもの戦兎だった。

変わりなさそう、ではないかもしれないが電話に出れるほどには元気だった。

 

 

 

 

 

 

 

良かった。大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつらの声を聞いてしまうと、石動 惣一として話してしまうと、心が揺らいでしまいそうになる。

 

 

 

あいつらといつもの会話をしてしまうと、全て投げ捨ててあいつらの元に逃げてしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

覚悟したはずの俺の全てが、あいつらの声や表情や仕草や、その全てで脆く崩壊してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけは絶対に許されない。

 

 

 

葛城のおっさんと誓った日。

この世界の絶望になると決めた日。

人類の最悪にして最大の敵となると決めた日。

 

 

 

 

 

 

 

全ての憎しみを受ける、裏切りの男となると決めた日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その全ての覚悟が、あいつらに会うと壊れてしまう。

戦兎の声を、あんな会話だけでも壊れそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この心が無くなるまで、石動 惣一としてあいつらには会えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんな、美空。寂しいよな。本当にごめん。

ごめんな、万丈。苦しいよな。本当にごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんな、戦兎。俺も会いたいよ。

本当に、本当にごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らを裏切る最低な父親で、本当にごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……狂った蛇として今からお前に会いに行くよ。戦兎――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――約束の時。あの外道の蛇が指定したこの場。

 

 

 

早く来い。その腐った面を拝んでやる……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォ【憐れな兎】?待たせちまったな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと何も変わらない、腐った蛇。

わたしの知ってる悪。極悪。最悪。

 

 

 

桐生 戦兎のわたしが知ってる、少ない数の1人。

 

 

 

 

 

 

 

「……要件は?雑談しに来たわけじゃないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

プレゼント……とか言ってた。

クリスマスプレゼントにはまだ早いけど、その首を貰えるなら喜んで頂くよ。

 

 

 

 

 

 

 

『……雑談は好きなんだぜ?残念だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まァいい。まず1つ目……万丈 龍我の事だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……これ以上まだ何か万丈にする気なのか。

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちの弟を奪うだけじゃ飽きたらずに、こいつは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『万丈にはな……北都に忠誠を誓ったある理由がある。家族を救いたければそいつを探せ。ヒントは“桜の樹”と“大切なモノ”だ』

 

 

 

 

 

 

 

……まただ。

 

こいつは、こうやってわたしたちにアドバイスのようなものを授けてくる時がある。

 

 

 

メリットが全くない、寧ろデメリットしかないのに……なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

……信用は出来ない、出来ないけど。

 

 

 

こいつのこういう時は嘘がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜそんな事を教える。お前は敵だろう。メリットがないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かあるのか……?

裏に潜む悪。巨悪。

 

 

 

 

 

 

 

北都と仲違いしたのか……それともなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一方的なゲームじゃつまんねェからな。ちょっとしたゲームメイクだよ。バランスをとってんだ……早くしろ。時間は無いぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーム、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ふざけるな外道。人の命を弄ぶゲームがあってたまるか。

 

 

 

わたしがそんなもの終わらせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2つ目に……こいつァ俺も想定外だったよ。ゲームを荒らしてくれやがった。北都にはな、ある特異なスマッシュが居る』

 

 

 

 

 

 

 

自身をゲームメーカーとする蛇が少し苛立ったように見えた。

玩具を隠された幼子のような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても……特異なスマッシュ?

なんだろう。ビルドやクローズに近い、もしくはスタークやローグに近いって事?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まず、だ。北都が自己的に改良した、本来存在しないはずのスマッシュ……自我を持つスマッシュだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時なのに、脳裏に香澄さんが過る。

あの時。自ら万丈の持つ刃に貫かれに行った、万丈の最愛の人。

 

 

 

 

 

 

 

あの一瞬の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

自我、か。そんな奴が存在出来るなんて……

あの月乃さんが到達出来なかった地。

 

 

 

もしかして……月乃さんは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そしてこいつが想定外だ……やつら、姿形を変えるスマッシュを有している。もちろん自我を持つ、な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏にある1つの事が過る。

閃き、というには些か弱い。

 

 

 

あの一件以来、ずっと疑問があった。

 

 

 

 

 

 

 

たーさんを、殺した犯人。

わたしは、氷室 幻徳が犯人だと思っていたけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのスマッシュは……人にも、なれるわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああ。完璧に擬態する事が可能だ。見分けはつかねェ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……だかな、ある事で本人かスマッシュかがわかる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額に汗が滲む。心臓が高鳴る。

憎き蛇の言葉に期待してしまうわたしが居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こいつァトップシークレットだ。北都政府でも知ってる奴は数人なんだぜ。有難く思えよ?どうやら実験の副作用らしくてな』

 

 

 

 

 

 

 

『……タバコの煙だ。煙に含まれる成分、ニコチンを体内に摂取するとある特殊な化学反応を起こすらしい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙草……

 

煙草と聞くと連想されるのはマスターだ。

いつもぷかぷか吸ってるマスター。

 

 

 

煙が目にしみるからやだ、って言ってるのに辞めないマスター。

 

 

 

まさか、煙草とはね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これを摂取するとどうなるか……簡単だ』

 

 

 

『身体中に特殊な蕁麻疹が発生する。見たらすぐわかるぜ?何せ真っ黒な蕁麻疹だからな』

 

 

 

 

 

 

 

黒い蕁麻疹か。わかりやすい。

 

 

 

……完璧に隠密用、暗殺用のスマッシュか。

 

 

 

 

 

 

 

氷室 幻徳が白かどうかはわかんないけど、こいつがやったとしても納得が出来る。

 

スマッシュが犯人なら、あの遺体の損傷になったのも頷けるしね。

 

 

 

 

 

 

 

でも……それならなぜ氷室 幻徳に化けて……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうだ。真実が視えてきたか?兎ちゃんよ』

 

 

 

 

 

 

 

先程まで冷静だった蛇がまた狂い始める。

思案中なんだ、黙ってろカス!

 

 

 

 

 

 

 

……でも、確かにそうだ。色々と繋がってきたぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして3つ目……最後のプレゼントだ。受け取れよ、ほら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って渡してきたものは、2つの何かの鍵だった。

どこかの、部屋の鍵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?何の鍵?」

 

 

 

 

 

 

 

見たところ特殊な鍵には見えない。

ただの部屋の……鍵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこ行け。場所はほれ、この地図のとこだ。今はもう誰も使ってねえアパートの部屋だ』

 

 

 

『部屋番号は202と203。お隣さんだからわかりやすいだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

……罠だろうか。

 

 

 

しかし、2部屋あるし……なんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

『とある人物が各部屋でお前の事を待ってるぞ。じゃあ、俺はこの辺でな』

 

 

 

 

 

 

 

……ふざけんなよこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

毎度毎度逃がすと思ってんのか。

今日こそは、今日こそはお前を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――あァ。言い忘れてたわ。10分後に毒ガスが部屋に充満しちまうからよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は……?毒ガス……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『両部屋とも中からは出られねえ仕組みになってある。外から解錠しなきゃ開けらんねェようにな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が目まぐるしく動く。

この蛇の言葉を理解しようとひた走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つぅか気絶してるしな。無理だわ。ハッハッハァ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んじゃ、頑張れよ!【憐れな兎】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇は哭く。

全てを喰い荒らし、嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『確か……佳奈ちゃんだっけか?可愛いよなァ、あの子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇の嗤い哭く声は、わたしに絶望を齎す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『急げよ。ほら?今から行きゃあ間に合うかもしれねえぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

『……じゃあな、Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳にあの少女の顔が煌めく。

わたしの名前を褒めてくれた、佳奈ちゃんの顔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その顔が、絶望に包まれていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「今回の戦兎……怖かったね……」

美空「うん……ブラック戦兎だったし……」

紗羽「なるべく怒らせないようにしないと……」



万丈「おい戦兎!もうメイド服着ないのか?」



惣一・美空・紗羽「「「ばかぁぁ!!!」」」

黒戦兎「……ふふ」





惣一・美空・紗羽「「「万丈ォォォ!!!」」」






黒戦兎「……」

惣一「ひぃっ!?」

戦兎「……えへへ。マスター、おかえり!」

惣一「へ!?お、おう……」



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phase,22 せーぎのヒーロー





万丈「だめだ。北都の食いもんは口に合わねえ」

万丈「美空のグラタン食いてーよー」

万丈「……東都に1回戻ろうかな」

万丈「うーん。グラタン食いてえしなあ」




兵士「団長!グラタン!作りましたよ!」

万丈「違うんだよなぁ……」

兵士「……?」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん!?佳奈ちゃんが居なくなってるって!!買い物してる時に、奥様がちょっと目を離してるうちに居なくなったって――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークが消えてすぐ、地図の場所に向かいつつ紗羽嬢に確認したら、佳奈ちゃんが居なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

くそ、なんで関係のない人ばかり……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――昨夜未明、男性の惨殺された遺体が発見され――】

 

 

 

 

 

 

 

【――内藤 太郎さん 49歳だと判明致しております。尚――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏にあの悲劇が蘇る。

わたしの手で救えなかった尊い命。

 

 

 

 

 

 

 

……何が笑顔と希望を護るだ。

 

 

 

何が正義のヒーローなんだよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

わたしはこんなにも無力だ。

ただただ大切な人が蹂躙されていく、無力なヒーロー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願い、お願いだから間に合って……!

あの子の笑顔を、あの子を救えなかったらわたしは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あった……あったあったあった!!ここだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

肺が潰れそうになるほど苦しくなるのを無視し、生まれて初めてこんなに全速力で走って、やっと見つけた建物。古いぼろぼろのアパート。

 

 

 

スタークが投げ捨てた地図に記されていた印。

やつが言っていた場所。

 

 

 

 

 

 

 

間違いない、ここだ。

 

急がないと、あの子が……

早く、もっと早く。早く早く早く。

 

 

 

肺なんて潰れてもいい。

心臓なんて壊れてもいい。

 

 

 

 

 

 

 

あの子の命を護れるなら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――佳奈ちゃん!?居るの!?」

 

 

 

 

 

 

 

あちこちに身体をぶつけるのを無視し、急いで解錠した部屋。

中は狭いワンルームだ、どこなの佳奈ちゃん……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー!!んー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

……男性の呻き声?

 

声がする場所を確認すると、そこは恐らく浴室。

多分、若くはない低く太い声。

 

 

 

……つまり佳奈ちゃんじゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

ということは隣の部屋。

203号室に佳奈ちゃんが……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、この人も助けないと。

 

見捨てるわけにはいかない。

 

 

 

ここでこの人を見捨てたら、連中と、ファウストと同じだ。

わたしの正義が消えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……なんか正義のヒーローみたい】

 

 

 

 

 

 

 

【そうだよ戦兎。皆のヒーローさ】

 

 

 

 

 

 

 

【えへへ。じゃあわたしはヒーローだ――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなの笑顔と希望を護る。

わたしは弱くても無力でも、正義のヒーローなんだから!

 

 

 

マスターが言ってくれたヒーローなんだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫!?今助けるから――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浴室のドアを開けると、そこには拘束され浴槽に座らされたよく知る男が居た。

 

ずっと探し続けたあの人。

あの小さい女の子のために探し続けていた人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍋島……さん……?

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳細胞が動き出す。疑問が浮かぶ。思索する。

 

 

 

なぜ鍋島さんが?

なぜスタークが?

なぜ完全に隠蔽してたのに?

 

 

 

 

 

 

 

……考えている場合じゃない。

 

 

 

早く助けて佳奈ちゃんを……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぷはぁ!助かった!!誰だかわからないがありがとう、気がついたらこんな所に居て――」

 

 

 

「喋ってる暇無いの!佳奈ちゃんを、佳奈ちゃんを助けないと!!!」

 

 

 

 

 

 

 

叫ばないように口に貼られたガムテープを勢いよく剥がし、拘束を解いてあげた鍋島に咆哮する。

 

 

 

ぐだぐたしてる暇はない。

手遅れになる前に佳奈ちゃんを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――佳奈ちゃん!?居るんでしょ!?ど……こ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍋島さんを助けた反対の部屋、203号室のドアを壊す勢いで開けると、そこには大量のおもちゃで遊ぶ、佳奈ちゃんが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ!せんとおねーちゃん!またあえたね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の笑顔は、さいっこうに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「佳奈、ちゃん……佳奈ちゃん……無事……だった……」

 

 

 

 

 

 

 

目元が熱くなる。涙が零れる。

悲しみじゃなく、喜びの涙。

 

 

 

心がほわっとする、暖かい涙。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでせんとおねーちゃんないてるの?かなしいの?だいじょうぶ?……ほら!よしよし!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの涙に気付いた小さな天使は、勢いよく近付きわたしの頭を優しく撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで感じた事がある、と想う。

きっとそれは、マスターが頭を撫でてくれる時の優しさに似ていたからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとね……佳奈ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

でも、悠長にしてる暇はない。

今すぐに逃げないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ!おとーさん!!」

 

 

 

「……佳奈?……佳奈、佳奈!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人共何事も無く助け出せた後、少女とちょっと怖い顔をした父親はきつくきつく、でも愛に溢れた抱擁をしていた。

 

 

 

その光景は、わたしの心を暖かい光で満たしてくれるような。

多分そういう表現が一番良く似合う、そんな感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佳奈!佳奈!!寂しかったな、ごめんな。お父さん傍に居てあげられなくてごめんな。辛かったな。ごめんな」

 

 

 

「ううん!だいじょうぶ!せんとおねーちゃんがちょっとねればおとーさんかえってくるっていってたから!がまんした!」

 

 

 

 

 

 

 

人目を憚らず泣く父と、とびきりの満面の笑顔の娘。

なんだかいいな。凄く、綺麗。

 

 

 

 

 

 

 

羨ましいというか。微笑ましいというか。

わたしもマスターに会いたいな。

 

 

 

多分、今の状況の反対で。

マスターが笑って。わたしが泣いちゃって。

 

そんな事を考えてみたら、くしゃっ、と笑が零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか久しぶりに心から笑えた気がする。

そんな風に思ってしまったわたしは多分きっと。

 

 

 

凄く暖かな気持ちに包まれてるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当にありがとうございます!本当にありがとうございます!!なんてお礼を申し上げたらよいか……」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の顔を倍以上強面にした鍋島さんが頭を下げてきた。

 

 

 

……傍から見たらわたし何者なんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「いーんですよ!正義のヒーローですから……それよりも、聞きたい事があるんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

そう。やっと、やっとやっと見つけた鍋島さん。

わたしと万丈が探し求めた答えを持つかもしれない人。

 

 

 

悪の親玉、ファウストの情報を持っている可能性が一番高い人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあ一番嬉しいのは佳奈ちゃんの笑顔を護れた事だけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかりました。私がわかることなら全てお話しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

彼の目は真っ直ぐ、清らかな気がした。

 

 

 

……良かった。悪い人じゃなさそう。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず場所を変えましょ!奥さんも無事です!したら奥さんが今住んでる所に行きますか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その後すぐに紗羽嬢に連絡したら、どっかのお巡りさんもびっくりのスピードで車をかっ飛ばしてきた。

 

 

 

狭い路地なのに凄かったな。映画かと思ったわ。

そのぐらい紗羽嬢も心配してたって事だね。

 

 

 

 

 

 

 

さてと。やっと真相が見えてくるかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――辿り着いたのは鍋島さんの奥さんたちが住んでる家。安住の場所。

 

 

 

……外出中に誘拐されたのならここは安全か、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奥さんと佳奈ちゃんには席を外してもらい、鍋島さんから色々と話を聞いた。

 

 

 

……こんな話は、家族は知らなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

鍋島さんの話を要約すると、結局大まかな事はわからないらしい。

 

ある男から家族を拉致監禁している、言うことを聞かなければ家族を殺す、と脅迫されたみたい。

 

 

 

誰かに言うのは構わないが、その時は二度と家族に会えないと思え、とも言われたらしい。

 

 

 

 

 

 

そうしてその男の指示するがままに香澄さんに接触し、万丈を嵌め、自身が勤める刑務所に収容された万丈を襲い、身柄を引き渡したそうだ。

 

 

 

……月乃さんとも面識は無いらしい。

 

 

 

万丈を渡した場所も刑務所の敷地内だったらしく、ファウストに繋がる事もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして全てが終わった後、そのまま血塗れの蛇の怪物……スタークに襲われ監禁されていたらしい。

 

 

 

外出は出来ないにしろ、暮らしに不便があったり、拷問の様な事はされなかったそうだ。

 

 

 

……意外と良い部屋だったらしい。まじかよ。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてまたスタークに意識を飛ばされた後、気付いたらあの部屋の浴槽に居たみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

ファウストに繋がる情報は、皆無。

唯一の手がかりとなるその男も……思い出せないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔が、思い出せない。

彼はそう言った。

 

 

 

顔の部分だけが黒く塗り潰したみたいになっている。

男なのは間違いない。それに、やたらと軽い口調の男だった。

 

 

まるで狂ったピエロのような男。

 

 

 

 

 

 

 

彼は、鍋島さんはわたしにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……間違いない。スタークだ。

 

 

 

スターク。鮮血の蛇。

狂気の道化。絶望そのもの。

 

 

 

そんな奴はスタークしか居ない。

鍋島さんに接触したその男は、わたしの仇敵。

 

 

 

 

 

 

 

やっと少し輪郭を見せてきたな、スターク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……鍋島さんがその男の事を話す時の感じは、たーさんが月乃さんの事を話していた時に似ている。

 

同じように顔だけが思い出せない状況。

 

 

 

……スタークの持つ力の何かなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

スタークと月乃さん。

この2人の接点か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ。後、帽子……帽子がよく似合ってたような気がします」

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ落ち着いてきたように見える鍋島さんが、何かを思い出したように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あと……服装がかなりお洒落というか、似合って居ましたね」

 

 

 

「それと、いつもコーヒーの香りをほのかに漂わせていました……すみません、こんな情報しかなくて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍋島さんのこの情報を聞いて、すぐに浮かび上がる人が居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……マスター。わたしの、大好きな人。

 

 

 

帽子がよく似合う人。

いつもかっこよくて、お洒落な人。

コーヒーの匂いをほのかに香らせる人。

 

 

 

 

 

 

 

全て、当てはまってしまう。

 

 

 

 

 

 

そしてわたしは、なぜかスタークにマスターの姿を重ねてしまう時がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてマスターは。帰ってこない。

わたしたちの家に、わたしたちが待ってる家に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの隣に、帰ってきてくれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そんな自分が嫌だ。

 

 

 

あの人と、外道を重ねてしまうなんて。

 

 

 

 

 

 

 

マスターはわたしに、名前をくれた人。

マスターはわたしに、正義をくれた人。

マスターはわたしに、力をくれた人。

マスターはわたしに、愛をくれた人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……惣一さんは、わたしに全てをくれた人。

 

 

 

 

 

 

 

あの人がそんな、そんな事するはずない。

家族を傷付けるような人じゃない。

 

わたしを裏切るような人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【え、ごめんマスター……ほんと、わたしの勘違いだから!ごめん、ち、違うの!わたし、わたしマスター信じてるから……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そう。そうだ。

 

 

 

わたしはマスターを信じてる。

あの人の全てを信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

あの人に涙を流させてしまった時に、改めて決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはマスターの全てを信じる、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だいじょぶです!きちょーな情報ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしのほんの少しの疑惑をかき消すように喋る。

 

 

 

 

 

 

 

……よし。もうだいじょぶ。いつものわたしだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あと、香澄さんと万丈さんに直接謝りたいです!……謝って済む問題では無いのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

目を伏せ、肩を震わせる鍋島さん。

握った拳も、震えている。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈は今……少し遠出してて。帰ってきたら……会わせます」

 

 

 

 

 

 

 

あの日の映像がわたしを襲う。

決別した、あの日。

 

 

 

……でも理由がある。

 

北都に忠誠を誓わざるを得なかった、何か。

 

 

 

 

 

 

 

多分。きっと何かあったんだ。

待ってろよ、万丈。今度こそ連れて帰るからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとは……香澄さん、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……香澄さんは……亡くなられました」

 

 

 

 

 

 

 

わたしも見た彼女の最後の瞬間。

愛する人に抱かれながら消えていった香澄さん。

 

 

 

もう死ぬとわかっていながら、自分の事よりも万丈の事を心配していた香澄さん。

 

 

 

最後の最期に、笑っていた香澄さん。

綺麗な笑顔で光の粒になり、空に舞っていった香澄さん。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうでしたか」

 

 

 

 

 

 

 

静かに目を瞑る鍋島さんに、なんて声をかけていいかわからない。

 

 

 

きっと答えはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな事もわからないのに、何が天才なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思うと、桜の花びらが舞った気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に、本当にありがとうございます!主人を……それに佳奈も助けて頂いて……」

 

 

 

 

 

 

 

先程の鍋島さんみたいに、綺麗な涙を流す奥さん。

夫婦って似るのかな。やっぱ。

 

 

 

 

 

 

 

「いえいえ!このくらい朝飯前です!!……良かったです。本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふとたーさんの顔が脳に過る。

 

 

 

その顔はなぜか笑っていて、「さすが戦兎ちゃん!」といつもみたいに笑って言ってくれてる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

たーさん。なんとかやっと1つ、護れたよ。

あなたを護れなかったこんなわたしだけど、ようやく1つの家族の、笑顔と希望を護れた。

 

 

 

 

 

 

 

天国でいつもみたいに応援してね。たーさん。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとうございました。これからは……私が妻と娘をしっかりと護っていきます」

 

 

 

 

 

 

 

鍋島さんの顔がとてもかっこよく見えた。

家族を護るお父さん。ヒーローだ。

 

 

 

佳奈ちゃんの、ヒーローだね。

 

 

 

 

 

 

 

「せんとおねーちゃん!ありがとね!おとーさんたすけてくれたの、せんとおねーちゃんなんでしょ?ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

ちっちゃな天使は、頭がもげるのではないかと思う勢いでお礼を言ってくれた。

 

 

 

……ううん。わたしも佳奈ちゃんに救われたから。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

「当たり前の事だよ。わたしは、みんなの笑った顔が好きなの」

 

 

 

「それに……佳奈ちゃんの笑顔が護れて本当に良かった」

 

 

 

 

 

 

 

本当に。本当に護れてよかった。

鍋島さんやこの子を救えなかったら、きっとわたしはもう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ!せんとおねーちゃんはわたしのヒーローだよ!せーぎのヒーロー!ありがとう!だいすき!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……正義のヒーロー、か。

 

 

 

そうだ。わたしは正義のヒーローなんだ。

 

悩んでる場合じゃない!

わたしは正義のヒーローなのだからね!

 

 

 

 

 

 

 

「……うん!お姉ちゃんも佳奈ちゃん大好き!!」

 

 

 

 

 

 

 

この純粋な笑顔が。これから先もずっと失われないように。

わたしはずっと護り続けるよ。

 

 

 

わたしは、戦い続けるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういえばきょうはメイドさんじゃないね?なんでー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局そうなるんかああい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、そうだ。わたしね、せんとおねーちゃんにおてがみわたさなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

なんでメイドじゃないの?発言で奥さんは気まずそうな顔をし、鍋島さんが頭上にクエスチョンマークを出してる姿に本当にすんませんでしたと心で告げていると、佳奈ちゃんがある一枚の封筒を渡してくれた。

 

 

 

真っ白の封筒。中身はあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのおもちゃのおへやにつれてってくれたおじさんが、わたしてって。せんとおねーちゃんにって」

 

 

 

 

 

 

 

え……佳奈ちゃんが……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごいやさしいおじさんだった!かっこよかった!あとね、おもちゃもぜんぶあげるって。おかしもかってもらったの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……佳奈ちゃん、そいつは悪いやつだよ。

 

 

 

人の皮を被った、悪そのものなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……佳奈ちゃん。もしかしてだけど、そのおじさんの……顔、覚えてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へんなこときくね?せんとおねーちゃん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぼえてるよ!かっこよかったもん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 








幻徳「あー疲れた。酒飲みたいな」

幻徳「おい内海ー!内海ー!!」

幻徳「……あっ」

幻徳「そういえば……居ないのか」



幻徳「……あ、内藤さん!!」

幻徳「は、そっか……」



幻徳「スターク、誘ってみるかな……」



幻徳「あ、もしもしスターク?あのさ――」

スターク『忙しい無理。Ciao♪』



幻徳「……うん」






氷室幻「カラオケにでも……行こうかな」



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phase,23 龍のおもちゃと遊園地





紗羽「佳奈ちゃん♡何か欲しいものある?」

紗羽 (やだもう♡可愛すぎるわ!何この子♡)


佳奈「……だいじょうぶ」


紗羽「お菓子とか!おもちゃとか!なんでもいいのよ?」

紗羽 (そしてほっぺをぷにぷにと……♡)


佳奈「……だいじょうぶ」

紗羽「あら……そっか……」



戦兎「佳奈ちゃーん!おやつ一緒に食べよー!」

佳奈「うん!たべるー!」

紗羽「あ、そしたら私もジュースあるわよー♡」

佳奈「だいじょうぶ」

紗羽「この差は何!?」


戦兎「美味し♡」

佳奈「うまし!」






 

 

 

 

 

 

 

自然が豊かな北の地。

東や西の国に比べ、寒さに痛みが伴う。

 

 

東や西と違い、貧しいが皆それぞれ小さくも豊かな幸せに包まれる地。

 

 

 

 

 

到底争い事とは無縁に思える、北の地――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はぁ。だりーなー。

 

 

 

 

 

 

北都に来てもうかなり経つ。

……あいつらと一緒に過ごした日々が、もう遥か昔のように感じる。

 

 

 

 

 

バカみたいな事して笑ってたな。

 

 

 

 

戦兎の研究に付き合わされて危うく死にかけたり。

 

美空の寝顔に落書きしたら、鋸持った魔王に追いかけ回されたり。

 

マスターに騙されて新作の《nascitaで何シタ?》を飲んだら三途の川渡りかけたり。

 

 

 

 

戦兎に組手でぼっこぼこにされたり。

 

美空から文字教えて貰いつつ定規で叩かれたり。

 

マスターに騙されて新作の《nascitaで話シタ?》を飲んだら天使が手招きしてたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?いい思い出なくね?

おかしいぞ。爆発したり殴られたり追いかけ回されたり意識失ったりした記憶ばっかだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

おい!あいつら完全に俺の事おもちゃ扱いしてんじゃねえか!!よく家族とか言えんなおい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

大体なんだ。マスターとの思い出、コーヒーばっかじゃねえか!

 

 

 

 

 

 

 

 

……でもまあ何回か香澄に会えた気がする。

 

 

「まだ早いわよー!」って思いっ切り尻を蹴飛ばされた気がしたなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ははは。あはははははっ!腹痛てぇ」

 

 

 

 

 

 

 

急に笑いが込み上げる。

毎日、笑ってたな。楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもおちゃらけてるマスター。

 

心配性で本当は優しい美空。

 

素直じゃねえけど、さいっこうな、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の底から楽しかった。あいつらに救われた。

あの監獄に居た頃じゃ考えられなかった。

 

 

 

あいつらと出会えなかったらよ。香澄が死んじまった俺は、多分後を追ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんなに楽しかったのは、香澄と一緒だった時以来だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……また……一緒に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何シケたツラしてんだ?伝染っからやめろ」

 

 

 

 

 

……あ゛ー。またこいつかよ。

ったく。すぐに突っかかってきやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っせえよ。お前に関係ねえだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは《猿渡 一海》。

確か……北風 第1師団 団長だっけか。

 

 

 

 

顔合わす度になんか言ってくる、いけ好かねえ野郎だ。

……ま、気は紛れっけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か文句あんのかエビフライ頭?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……前言撤回。

全く気紛れねーわ。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよやんのかじゃがいも野郎」

 

 

 

 

 

 

じゃがいもが。じゃがいも産まれのじゃがいも野郎が。

じゃがいもはじゃがいもらしくシチューにでもなりやがれってんだ!

 

 

 

 

 

 

 

……美味そうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ?その頭にタルタルぶちまけんぞコラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

無表情のまま睨みつけてくる猿渡。

なんだこいつ本当にむかつくな。

 

 

 

 

 

 

……タルタル?

あぁ!タルタルソースの事か!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだてめぇ美味そうじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

エビフライ食いてーな。

でもソースで食うの美味いんだよな。

 

しかしタルタルも美味そう……うーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや。やっぱ美空のグラタン食いたい。

はぁ……美空のグラタン……はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか忙しいやつだな、お前」

 

 

 

 

やたら冷ややかな目で見てくるじゃがいも。

 

うっせーよ。こっちは色々フクザツなんだっつうの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……マスター、戦兎、美空……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うるせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺は北都の連中と馴れ合う気はねえよ。

俺の何かは向こうに置いたまんまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てめえの心に嘘ついてもしょうがねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何なんだよこいつは。

その突き刺すような目で、まるで俺の全部を知ってるかのような事言いやがって。

 

 

 

 

 

 

 

 

……わかってんだよ、そんな事……

でも、こうするしかねーんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言われなくても……わかってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。これでいい。

俺は誓ったんだ。強くなるって。

 

 

あいつと約束したからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……ずっと、あの桜の樹から……ずっとずっと龍我を見守ってるから……約束の場所で……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【強くなろう、万丈。わたしも強くなる。一緒に……もっともっと強くなろう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に、は無理だったけどな。

俺は強くなるぜ。戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……辛い時はな、心火を燃やすんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンカ?なんだシンカって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳のわかんねー事を言ってた猿渡は、遠い昔を思い出すかのような。なんだかそんな感じの悲しい目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――入りなさい」

 

 

 

万丈と一海が所属する秘密軍事組織 北風。

その軍を有する北の国、北都。

 

 

そしてその北都の頂点に立つ女帝……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうなの?上手くいったのかしら」

 

 

 

 

 

 

女帝……北都の首相 多治見 喜子。

この女もまた、パンドラボックスの力に取り憑かれた1人の狂人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相対するのは、善か悪か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首尾は上々です……後は多治見首相の判断で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女帝の問いに答える男。

見た所普通の、どこにでもいる男、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……まぁ、まだ早いわね。……スタークとは?連絡は取れているのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会話の1つに現れる蛇。狂気の道化。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまり勝手に動くなよ、とだけ申されておりました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

質問に対し的確な答えのみ吐き出す男。

その言葉に感情は見当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に気味の悪い怪物ね。まぁいいわ。引き続き頼んだわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《猿渡 一樹》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……畏まりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猿渡 一樹と呼ばれた男の瞳は、静かに死んでいる。

 

 

 

 

同じ猿渡の性を持つ一海とは、異なる瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――佳奈ちゃん、そのおじさんどんなお顔してた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか。まさかまさかまさか。

佳奈ちゃんがその男の事を覚えてるなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佳奈ちゃんを誘拐した犯人、恐らくまず間違いなくスターク。

全ての元凶、鮮血の蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもなぜ……?

奴は多分だけど、人の記憶を操作出来る力を持っているはず。

 

 

月乃さんにまつわる記憶、鍋島さんの記憶……

 

 

 

 

 

 

 

 

自分やファウストに関する不都合なありとあらゆる記憶を操作してきているのに……なぜ佳奈ちゃんの記憶を消していないの?

 

 

 

 

 

 

 

記憶を消し忘れた、そんな致命的なミスをするようなやつには思えない。

ここまで用意周到にやる連中だし……

 

 

 

 

 

 

 

まさか犯人はスタークじゃない、別の誰か?

 

 

……謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!……えっとね。えっとね。……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?佳奈ちゃん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んーとねー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれれ?どうしたのー……

もしかして忘れちゃったのかな。

 

 

 

 

 

 

まあ怖い思いしたんだし、当然か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんていえばいいかわかんないからかく!おかお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よっしゃきたあぁぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うーん。誰かなこの人。

日本人……だと思う。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

佳奈ちゃんが書いてくれた似顔絵は……なんて言うかこう……独特?個性的?……才能を感じる!絵だった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だめだ。わかんないわこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?せんとおねーちゃん!うまくできた?」

 

 

 

 

 

「うん!凄くじょーず!佳奈ちゃんありがとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでこの子の自尊心をへし折ってはならない。

褒めて伸ばす!わたしと一緒!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ。よかった!どういたしまして!」

 

 

 

 

 

 

 

きらきらと輝く星々が現れそうな佳奈ちゃんスマイル。

良かった。わたしはこの顔が見れただけで満足だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結局、わからなかったわね。犯人さん」

 

 

 

 

 

 

 

あの後、佳奈ちゃんとのお絵かき大会でひとしきり盛り上がり、美空からの寂しそうなお電話で帰宅することにしたわたしたち。

 

 

 

もちろん紗羽嬢の運転です。

出来れば安全運転でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー。まあしょうがないよ。佳奈ちゃんと鍋島さんが無事だったのが一番だし」

 

 

 

 

 

 

本当に無事で良かった。

明日は筋肉痛だなこりゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば。佳奈ちゃんからお手紙貰ってなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

すっかり忘れてた。

 

 

佳奈ちゃんから渡された手紙。

優しいおじさん、から渡すよう頼まれていた手紙。

 

 

 

 

 

 

 

……あの似顔絵のおっさんか。

さて。まず日本語かどうかだな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【憐れな兎ちゃんへ

 

 

 

無事に助け出せたようだな。

 

何事も無かったみたいで安心だ。俺が言うのはおかしいか。

 

今回は大丈夫だったみたいだが、次回はどうかな?

 

深入りするならば、特にお前の周りでこういう事が起きると常に予測しろ。予感しろ。

 

お前が入ってきた世界は恐ろしい魔の窟だ。

 

ゆめゆめ忘れるな。Ciao♪

 

 

 

p.s.これはプレゼントだ、受け取れ。

 

ブラッドスターク】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

封筒の中には、手紙の他に遊園地のチケットが4枚入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱりスタークか。

わたしたちなんていつでも殺せるぞ。忘れるなよ、って事かね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詮索するなって言いたいのか。あの蛇。

……しかしなんだろう。凄い変。

 

 

 

 

 

 

 

なんか脅迫してる、って言うよりも気をつけろよ、みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……どちらにしろ、あいつは敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てか遊園地のチケットって。なんだこれ。

罠なのか。これは何かの罠なのか?

 

 

 

しかも4枚て。

わたしと誰と誰と誰を罠に嵌めようとしてんだこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎だ……謎過ぎるスターク……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何が書いてあったの?」

 

 

 

 

 

こちらを凝視する紗羽嬢。

いや、いいんで。前見て運転して貰っていいですかね。

 

 

 

 

 

 

 

「いつでもお前らなんか消せるぞ、みたいな感じ」

 

 

 

 

 

 

次々と過ぎ去っていく景色を、意味無く見つめながら呟いた。

……多分間違ってない。

 

 

 

 

 

 

 

あいつは、どうしようもない悪だ。

それはわたしが身をもって知ってる。

 

 

 

 

 

 

……悪だから。許しはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……ん?遊園地のチケットじゃない!そんなの入ってたの?」

 

 

 

 

 

 

 

……まあ驚くよね普通。

敵から遊園地のチケットって貰わないよね普通。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4枚あるのね……そしたら、万丈君帰って来たら皆で行きましょ!戦兎ちゃんと、美空ちゃんと、万丈君と、私の4人で!」

 

 

 

 

 

 

 

「……本気で言ってる?」

 

 

 

どう考えても罠ですよ紗羽嬢。

そしてお願いだから前見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー!いいじゃない!行きましょ?ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあ。美空も行きたがってたしいいか、な?

何があってもわたしが居れば護れるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そだね。わたしも居るし!なんとかなる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈が、帰ってきたら。

あいつを実家に連れ戻してから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どしたの戦兎ちゃん?にやけちゃって?」

 

 

 

 

 

 

「んーん!別に何もないよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなで行く遊園地、楽しみだなあ♪

まだ一回もないもんね。そーゆーの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターも……一緒に行けたらいいな。

もうそろそろ給料出るし、マスターの分くらいはわたしが出すよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから……早く帰ってきて……

会いたいよ、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








受付「合計58,000ドルクでーす!」

惣一「……遊園地ってこんなにするのかよ」

惣一「笑えねーなおい」

惣一「ひー、ふー、みー……」

惣一「お。丁度あったわ」


受付「ありがとうございましたー!」



惣一「よし!バイト増やそ!」




――これは。懐が寂しい男のお話。




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phase SPECIAL 聖夜前にはご用心!





※本編とは関係ございません……多分。
このお話は、美空たちの幸せな日のお話です。





惣一「ほー……クリスマスイブかぁ」

惣一「忘れてたな」

惣一「ほー……あー。なるほど」

惣一「……よし」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

行き交う人々は聖夜の前夜祭を楽しむ。

それは2日間だけの夢の日。

 

 

 

この2日間だけは、喧騒を忘れる。

そんな。そんな平和な日常。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん彼、彼女らにも平等に訪れる。

そんな、愛に満ち溢れる日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごるあぁぁぁぁ!まだだめだし!!!」

 

 

 

「ひぃ!?ごめんなさああい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ……あ!どうも石動 美空です!

うーん。こっちの方がわかりやすいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みーんなのアイドルぅ♡みーたんだよっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

……あ゛ぁっ。うん。忘れて下さい。

 

 

 

今さっきケーキやら何やらをつまみ食いしよーとしてたのは桐生 戦兎。私のお姉ちゃんです。

食欲旺盛な牛……こほん!女の子です♪

 

 

 

 

 

 

 

そんな事はどうでもいいとして、今日はクリスマスイブなんですよねー!

なので皆でパーティをやろうということになりまして。

 

 

 

私が色々と準備をする事になったし!

 

 

 

 

 

 

 

……やべっ。素が出たし。

 

 

 

まあもういいか。疲れたし。

 

 

 

 

 

 

 

という訳で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Masked Rider EVOL 黒の宙】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなのパーティが始まるしっ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?今のなに?

 

 

 

何言ってんだ私?疲れてるのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――行き交う人々。幸せそうなカップル。

 

 

 

皆、幸せそうだ。

どこを向いても笑顔に溢れてら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺は万丈 龍我。今は北都に居んだ。

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ色々あってな。察してくれ。

 

 

 

それにしても歩いてる連中はみんな楽しそうだ。

 

 

 

……そりゃそうだよな。今日はクリスマスイブ。

 

 

 

 

 

 

 

みんなそれぞれ家族や恋人、友人と過ごすんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ゛ー!羨ましいなーちくしょー!

俺もあいつらと過ごしたかったな。

 

 

 

本当なら……香澄とも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあぁぁぁ……

マスター、戦兎、美空。何してんだろうなぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よォ万丈?元気してっか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この心の底からいらつく声。

ずっと憎むべき相手。朱の蛇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何の用だよ……スターク!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺や戦兎、美空そしてマスターの敵。

てめぇ……今ここで俺が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっと今日は違うんだよ。悪ぃな!』

 

 

 

「おい!?何す……んだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークが俺の顔の前に手を出し、そこで俺の意識は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うっし。1人目完了!っと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

 

 

 

 

 

 

膨大な量の書類に目を通し終わり、一息つく。

 

……首相代理というのも楽じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

俺の名は氷室 幻徳。

この国、東都の首相代理という立場の人間だ。

 

 

 

元々、父が首相だったが……

まぁそれはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし本当に仕事が山積みだ。

 

会議、会見、会食、裏の仕事などなど……

分刻みのスケジュールだ。全く。

 

 

 

まぁ自分がなりたくてなったのだ。

弱音を吐いている場合ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし。世間はクリスマスイブだというのに俺は仕事か。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで一杯、酒を引っ掛けたいものだな。

内藤さんが生きていればなぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォ幻徳。暇してそうだな?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからともなく現れたこの男。

 

 

 

……男なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつはブラッドスターク。通称スターク。

俺の裏の方の協力者なのだが……油断ならないやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

ここには来るなと言っているのに、全く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は本当に。ここに来るな……と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークの掌が現れたと思った時、俺の意識は暗く染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はいはい。うるせーな。はい。2人目』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――みーたんだよっ♡ぷんぷんっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

はぁぁぁぁ♡みーたん!本当に女神!!

 

なんなんだろうなこの子は。本当に人間なのか。

実は天使じゃないのか。そもそもこんな清純な人間存在してるのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ?あぁ。俺は猿渡 一海だ。

気軽にカズミンって呼んでくれよ。

 

 

 

まぁ今日は非番でな。

特にやる事もねえし、いつものようにみーたんネットを見てるってわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――え?みーたんネットを知らない?

おいおい嘘だろ。みーたんネット知らないのかよ。

 

みーたんネットって言えば北都で……

いや日本で知らないやつはいねえぞ?

 

 

 

みーたんっていう美少女……いや違うな神か。女神だな。美少女神が居てだな。そのお方が配信なさってる動画だ。

 

 

 

いや本当に素晴らしいんだぞ。

何ていうか……心が洗われるっていうかな……♡

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに俺は会員番号0000013番だ。

凄いだろ!?2桁会員だぞ!?古参の中の古参だ!!

 

 

 

いやもう推しなんてレベルじゃないな。

この前もグッズを買ったんだがよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――というわけだ!!

中々だろ?俺の熱意が伝わったか?

 

 

 

 

 

 

 

わかるか?こういったものはしっかりと心火を燃やして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うるせーやつだなお前は。ほれ』

 

 

 

 

 

 

 

「あ?何すんだコ……ラ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みーたんの事を思いつつ、俺の意識は燃え散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こいつどんだけ美空のファンなんだよ……やばいかなこいつ?……まあ、3人目完了っと。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――クリスマスイブかぁ……私には関係ないか」

 

 

 

 

 

 

 

私の名前は滝川 紗羽。

フリーでジャーナリストをしてるわ。

 

最近はね、東都のヒーロー仮面ライダービルドを密着取材中!

 

 

 

まぁ色々あるんだけどね……そんな話は無し無し。

 

 

 

 

 

 

 

本当は今日、戦兎ちゃんと美空ちゃんにクリスマスイブのパーティにお呼ばれしたんだけど……お仕事、でね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……行きたかったあ!!!

 

可愛い可愛い戦兎ちゃんと美空ちゃん。

 

 

 

そう言えばあともう1人来るらしいけど、誰かしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……はあ。それにしてもあの2人にお呼ばれしたのに……辛い。

 

結構へこむわね……だってね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスといったらサンタじゃない!

サンタコスしかないでしょ!?

 

 

 

こういう時のために、せっかくサンタコス用意してたのにな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やだ。想像したら鼻血出ちゃったわ。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎ちゃんのサンタコス……やだもお♡

強調するお山にきゅっとしたボディライン……♡

 

 

 

美空ちゃんもいいわよね♡

控えめだけど凄いスレンダーだし、美を纏う天使みたい……♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やだ。涎が。

はーあ。楽しみにしてたのにな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お前……うん。いいや。ほい』

 

 

 

「え!?何!?ちょ……っと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の意識は、戦兎ちゃんと美空ちゃんのサンタコスを妄想しながら遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……こいつが一番危ないだろ。どう扱えばいいんだこれ。4人目捕獲っと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まだかなあ。せんとおねえちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしのなまえはなべしま かなです!

きょうは、せんとおねえちゃんのおうちで、パーティなの!

 

 

 

たのしみだなあ!わくわく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォちびっ子。……佳奈ちゃん?』

 

 

 

「うん!かな!……だれ?まっかなへびさん?」

 

 

 

『うん。そうだよ。へびさん』

 

 

 

 

 

 

 

まっかっか!つよそう!

 

 

 

 

 

 

 

かっこいい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よしよし。いい子いい子。そろそろ行こっか?』

 

 

 

「どこにー?……あれ、ねむ……い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、ねちゃった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……幼女誘拐完了。5人目おっけ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと来たか」

 

 

 

『おう。待ってた?葛城のおっさん』

 

 

 

「ほら、早くしろ」

 

 

 

『ほーい。そーれ!』

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よしよし6人目っと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やばいいい!どうしよ!美空にばれた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?あー。どもども。

 

 

 

よしよし。う゛ぅんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしこそは!てぇんさぁい!物理学者の桐生 戦兎様なのだ!

 

 

 

今日はね。クリスマスイブという事でね。

みんなでパーティなのですよお!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と言っても美空とわたしと佳奈ちゃんの3人だけどね。

万丈は北都だし、紗羽嬢は仕事らしいし、マスターは帰って来ないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しいな……マスター……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ま!でも女子3人集まれば楽しいし!

 

それに佳奈ちゃんも来るしねー!!

 

 

 

ちなみに鍋島さん夫妻は……デートらしいよ♡

久々の再会だからねえ!楽しんでほしいな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デート……カップル……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちっ!爆発しろ!はぁん!!

鍋島さん夫妻はわかるよ?いいと思うよ?

 

 

 

いやでもさ。いやいや。

正義のヒーローがクリスマスイブに寂しい思いしてんのに世の皆々様はいちゃついてんでしょ?え?

 

 

 

どーせあれでしょ?幸せなんでしょ?

恋人と聖なる夜を……♡とかやっちゃってんでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発しろ。そして跡形もなく滅びろ。

全て無に帰してしまえ。

 

 

 

わたしが寂しい思いしてんのに。

世間がらぶらぶオーラとか本当にありえないから。

 

 

 

 

 

 

 

どうすっか。今からリア充殲滅計画でも立てるか。

PROJECT立てるか。殲滅の。いや本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

宙を見上げると雪が降ってきた。

ふわふわして、冷たい結晶。

 

 

 

頬に当たるとなんだかちょっとひりっとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスター……何してるのかな。

同じ雪、見てるかな。

 

 

 

そう思うと、少しくしゃっと笑えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よっ。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい声だなぁ……ん。

 

 

 

 

 

 

 

んん?んんん!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、行くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えぇ、ちょっと!なんで!?

え!?帰ってきたの!?

 

 

 

えっえっえっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、時間ねえから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょ、待って何!?

え、マスターいつの間に!?

 

 

 

ちょっと待って言わなきゃいけないことがあああ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おか……えり……マス……ター……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターの笑顔が見えたと思ったら、意識がゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちらりと見えた空は、平和に満ちた白の宙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま。戦兎。……うし!7人目っと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふう!あともうちょっとだし!」

 

 

 

 

 

 

 

ケーキは既に完成!

後は七面鳥の焼き具合見ないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあっ!ほんとに!戦兎は料理手伝わないし!

全部私がやらなきゃいけないもんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……楽しいからいいけどね。ふふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ほんとなら……

お父さんと万丈も一緒に、が良かったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だめだめ!我慢我慢!

 

それに佳奈ちゃんも来るし!

戦兎曰く、目に入れても痛くないなんてレベルじゃないくらい可愛いくて良い子って言ってたし……楽しみ♡

 

 

 

 

 

 

 

さーて!次は部屋の飾り付けを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお美空!……元気だったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……お父さん!?

嘘でしょ……!?

 

 

 

 

 

 

 

おと……うさん……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寂しかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙が溢れる。

ずっとずっと我慢してた思いが込み上げる。

 

 

 

お父さん、私のお父さん。

ずっと居なかった、私たちのお父さん。

 

 

 

 

 

 

 

やっと……帰って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし行くぞ美空!みんなでパーティだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の意識は、幸せに包まれて暖かく消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!全員確保!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これはクリスマスイブのお話。

 

 

 

 

 

 

 

この先は。聖夜のお話で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― phase SPECIAL Xmas!…… Ciao♪

 

 








聖夜。それは愛が揺らめく日。
聖夜。それは争いを忘れる日。

聖夜。それは、幸せの詰まった日。








「さあ!パーティの始まりだよ!」






「「「「「「「えっ!?」」」」」」



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phase SPECIAL どきどき!?夢の聖夜祭!





※本編とは関係ございません……多分。
このお話は、美空たちの幸せな日のお話です。


都合上によりクリスマスではなくイブに投稿となってしまいました……残念!







香澄『あら……いいな……』

香澄『……私も混ざりたいな』

香澄『気付かれなくても……いいもん』





香澄『ちょっと降りてみよ!えいっ!』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖夜の鐘が鳴り響く。

今日は1年の中でも特別な日。

 

 

 

皆が胸高鳴らせ、祝福の狼煙をあげる日。

街中には皆、笑顔で歩いてく人々。

 

 

 

もちろん、平等に訪れる平和。

束の間の幸せな祭り。

 

 

 

 

 

 

 

今日だけは争いの無い、平和な1日――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とあるパーティ会場の裏方。

 

いそいそと準備を始める、とある男が居た。

本来は世界を絶望に満たすはずのこの男。

 

 

 

今日だけは。今日の一日だけは。

 

 

 

 

 

 

 

幸せを運ぶ、どこかの運び屋へと生まれ変わる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とりゃ!……葛城のおっさん!起きろって!おーい!」

 

 

 

 

 

 

 

葛城のおっさんの両頬を往復で叩き飛ばす。

 

 

 

この能力。便利だけど眠っちゃうんだよなぁ。

しかも身体までってなると……疲れるわ……

 

 

 

 

 

 

 

……だが。そんなん言ってる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁとりあえず身なりは大丈夫。

前もってカンペも渡してある。

 

 

 

 

 

 

 

後は……怪しまれないように……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……早くー。早く起きろって!

 

 

 

 

 

 

 

おーい!おーいおーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。大丈夫だ」

 

 

 

「……違うでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

そうじゃない。それバレるから。

カンペ渡したでしょ!!

 

 

 

その姿とその声でその口調やめろって。

バレたら全部台無しだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あら?……そうでしたわ♡ごめんなさい♡』

 

 

 

 

 

 

 

やるじゃねえか葛城のおっさん!

 

 

 

……中身がおっさんだと思い出すと……うん。やめとこ。

 

 

 

 

 

 

 

「……おっけ。ばっちり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺は石動 惣一。エボルトだ。

 

 

 

なんかおかしな説明だな。まあいいか。

 

 

 

 

 

 

 

今日はクリスマス。年に一度のとんでもないパーティだ。

 

 

 

本当なら戦兎たちにクリスマスプレゼントを送るだけの予定だったんだけど……とある事を閃いてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっふっふ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……大丈夫。準備完了よ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よし!お祭りの始まりだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Masked Rider EVOL 黒の宙】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どきどき!?聖夜祭編、始まるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何言ってんだ俺?

 

 

 

疲れてんのかな……ま、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん……寝ちゃっ、た……?」

 

 

 

 

 

 

 

確か……お父さんが居たような……

夢見てたのかな……

 

 

 

 

 

 

 

うーん。まだ寝惚けてる感じ……

 

 

 

なんだろ……それにおかしな感じもするし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ!そう言えばパーティの準備しなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん。あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ……パーティ会場……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ……?どゆこと!?

なに!?何なの!?

 

 

 

 

 

 

 

それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、戦兎!?」

 

 

 

「むにゃ……マスター……えへへ」

 

 

 

 

 

 

 

何これ!?ここどこ!?

なんか広いパーティ会場に……ご馳走がいっぱいあるし。

 

 

 

 

 

 

 

それに……なんか人が倒れてるんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あそこに居るのって万丈!?

 

 

 

 

 

 

 

「ますたぁ……ん?……あ、美空おはよお」

 

 

 

 

 

 

 

ちょ、ちょっと何これ!?

一体どうなってるの!?

 

 

 

まずここどこ!?

私はさっきまでnascitaに居たはずじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

それに万丈が倒れてるんだけど……

万丈って北都に行ったんじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

他にも……紗羽さん!?

 

紗羽さん仕事だったんじゃ……

え?なんでこんなとこに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに……見た事無い人たちも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふにゃ?みしょらぁ?……え゛」

 

 

 

 

 

 

 

あ、ああ。戦兎起きてたのね。

というか一体これは……

 

 

 

 

 

 

 

「何ここ!?……美味しそうなご馳走がいっぱい♡」

 

 

 

「そんな場合じゃないし!周り見て周り!!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に食欲旺盛な牛!……お姉ちゃんだなあ!

 

 

 

 

 

 

 

「……え。万丈……?それに紗羽嬢?……なんだここ……何がどうなってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に……一体何これ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう!やっと起きたか!……戦兎、美空」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……え。

 

 

 

お父……さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ほんとになんだここ!?

 

 

 

わたし確か……あれ。なんだっけ。

マスターに会ったような気が……

 

 

 

そこから真っ白な空が見えて……?

 

 

 

 

 

 

 

っていうか!万丈居るし、それに紗羽嬢も!

なんで佳奈ちゃんも!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体全体どうなっちゃってるんだこれ……

これは夢?夢なのこれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ。氷室 幻徳がいる……え?

 

 

 

それに知らない人も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、なんなんだここ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう!やっと起きたか!……戦兎、美空」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?

 

 

 

 

 

 

 

マスター!?え!?

 

 

 

 

 

 

 

「……マスター?」

 

 

 

 

 

 

 

何がどうなって……?

 

 

 

 

 

 

 

「ほら!今日はクリスマスパーティーをする日だぞ!しゃきっとしろしゃきっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

 

 

 

 

 

 

そう言えばクリスマスパーティ……あれ、そうだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか頭がふわふわするなあ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?ここどこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――ん?……俺は首相室に居たはずだが……?」

 

 

 

 

 

 

 

「――みーたん♡……はっ!?……ん?」

 

 

 

 

 

 

 

「――あら。寝ちゃってたのかしら……え?ここ、どこ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――むにゃ……ん。あれ?なあにここ?わあ!ひっろーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続々と目を覚ますパーティの参加者たち。

 

 

 

理解できていない者。

困惑する者。

喜ぶ者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな少しずつこの場所がパーティ会場、とだけはわかってきたようで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――う"んっ……えー皆さん。お集まり頂いて誠にありがとうございます。さて!皆さんをお呼びしたのは他でもない!この俺、石動 惣一です!」

 

 

 

 

 

 

 

やたらと広いパーティの前にある豪華なステージ。

そのステージ中央でマイクを使い、場にその声を響かせる。

 

 

 

 

 

 

 

皆、理解は出来ていない。

頭上にクエスチョンマークが広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんね。日々お疲れでしょうから。ぱーっといきましょぱーっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!パーティの始まりだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆、満場一致である事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

……あぁ。これは夢なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

ある1人の幼女を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーい!やったあ!みんなでパーティだね!ごちそういっぱい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい!というわけでね。早速ですがスペシャルゲストが来ています!」

 

 

 

 

 

 

 

な、なんだ!?マスター?

 

 

 

俺は北都に居たんじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?どうしたんだっけ?

 

 

 

確か……香澄が俺の事を迎えに……?

いや、なんだ?夢でも見てんのか俺……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!どうぞー!!スペシャルゲストの登場でっす!」

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、マスター変わってねえな。ははっ。

 

 

 

 

 

 

 

いやーでも夢にしては随分リア……ル?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうも皆さまお久しぶりです!初めましての方も多いですね。小倉 香澄と申します。……あっ!龍我!久しぶり!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嘘だろ。

 

 

 

 

 

 

 

香澄……香澄香澄……香澄!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がずみいぃぃぃー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は気付くとステージに上がって、香澄を抱きしめていた。

何も変わらない、香澄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……神様ありがとう。さいっこうの夢だよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぜ……あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

小倉 香澄は俺がスマッシュにして……あれ。なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……スマッシュってなんだ。

 

 

 

っていうかなんなんだここ。こいつら誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は親父が倒れた代わりととして首相室で仕事してて……

んでもってちょっと酒飲みたいなーなんて思ってたりなんちゃったりして……

 

 

 

 

 

 

 

どうなってるんだ?ここどこ?

 

 

 

 

 

 

 

……夢なの?

 

って言うか知らない人ばっかりだなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?ん??お!あそこに居るのは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!戦兎君!戦兎君じゃないか!!」

 

 

 

 

 

 

 

はっはっは。よかった。知り合いが居て。

いやあ。誰も知らなかったらどうしようかと思ったよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やべえ。やべえやべえやべえ。

 

 

 

なんだ。これは夢なのか!?

 

確か俺は非番でやる事ねえし、いつもの様にみーたんネットを見てて……

 

 

 

 

 

 

 

あれ。その後何があったんだっけ……?

思い出せねえな。いや、そんな事より……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目、目目目、目の前に、ほ、ほほほほ本物のみーたんが!?

 

 

 

いや、服装はいつもと違うし、そっくりさんという可能性も……

 

 

 

 

 

 

 

いやしかし!古参勢の俺にはわかる!!

推しの……推しの女性を間違えるはずはねえ……

 

 

 

あの人は……あのお方は本物のみーたんだ……♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う"っ、うん……初めまして。みーたんですよね?」

 

 

 

「へっ!?……いや……あんた誰?」

 

 

 

 

 

 

 

みーたん……?

みーたんがこんな……いや、そんなはず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は猿渡 一海……みーたんネットをこよなく愛する古参です。ファンです。大ファンです!!」

 

 

 

「あなたの様な素晴らしい天使、いや女神!に地上で出逢えた事に心から嬉しく思います。できればカズミンとお呼び下さい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ……きもっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……みーたん……?みーたん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな毒舌みーたんも大好きだああ!!!

毒舌路線、俺は応援するよおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、握手してもらえます?」

 

 

 

「ちょっと!美空ちゃんへの接触は私を通してもらえる?」

 

 

 

 

 

 

 

……なんだこの女。

 

もしかしてみーたんのマネージャーか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は滝川 紗羽……握手は50,000ドルクよ♡」

 

 

 

 

 

 

 

……は?何だと?俺を舐めんなよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結構安いんですね。あ、はい。50,000ドルク丁度あります」

 

 

 

「……毎度あり♡」

 

 

 

「ちなみに倍払えばツーショットとかして貰えたりするんですかね?――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?香澄さん?」

 

 

 

 

 

 

 

……香澄さんが、なぜここに?

 

 

 

確か香澄さんはスマッシュに……あれ。スマッシュってなんだ?

でも香澄さんは亡くなって……たはず。

 

 

 

 

 

 

 

病気だっけ?

いやいや。それにしてもなんで……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだこれ?本当に夢なのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!戦兎君!戦兎君じゃないか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……っ!氷室、幻徳……!!

 

 

 

 

 

 

 

こいつよくもまあぬけぬけとこんなに明るく……ってあれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしなんかあったっけ?げんさんと?

 

 

ふつーにただの上司だし。

最近お父さんが倒れたからって首相代理やってる、見た目によらずフレンドリーな人。

 

 

 

 

 

 

 

なんか変なの……まあいっか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーうげんさん!なんか変なパーティだね、これ?げんさんが企画したんでしょー?どこでマスターと知り合ったん?」

 

 

 

「いやいや俺も知らんのよ。気付いたらここに居てさ。お、戦兎君!ほら、モンブランあるぞ!食べよ食べよ!」

 

 

 

「ほおおお!ほんとだ!……あ!げんさんあそこに肉あるよ肉!!お皿どこかな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――わあああ!

 

 

 

すごーい!ひろいし、おいしそうなのが、いっぱい!

でもしらないひとが、いっぱい。

 

 

 

せんとおねえちゃんと、みそらおねえちゃん?のふたりっていってたきがするのになあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあいいや!たのしいし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佳奈ちゃん。何食べたい?」

 

 

 

 

 

 

 

だれだろ?このおじさん?

わたしのことしってるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「おじさんだーれー?」

 

 

 

 

 

 

 

うーん。どこかであったきする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー?おじさんはね。戦兎お姉ちゃんや美空お姉ちゃんのお父さんだよ。ほら、せっかくだからパーティ楽しも?」

 

 

 

 

 

 

 

やさしそうなおじさん!

 

 

 

 

 

 

 

それにかっこいい……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!わたし、ぱすたたべたい!」

 

 

 

「うんうん。そしたらおじさんや戦兎お姉ちゃんと一緒に食べようか」

 

 

 

「うん!たべる!おじさん、かっこいいね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い思い、みな様々な人と幸せなひと時を過ごしている。

 

過去の笑い話や、今の自分についての話。

それにずっと話したかった事。

 

 

 

それは、争いや憎しみの無い愛に溢れた時間。

 

 

 

 

 

 

 

皆が例外なく喜びに満ちた笑顔で溢れる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――マ、マスター……お、おいしい?」

 

 

 

 

 

 

 

なんかめっちゃ緊張するんですけど。

夢だってわかってても久々のマスターだよ!?

 

 

 

しかもこんなにリアルだし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただいまわたしは佳奈ちゃんとマスターの3人で、会場の真ん中にあるテーブルを使いおいしいご飯を堪能中。

 

 

 

佳奈ちゃんもマスターを気に入っちゃったみたい。

べったりくっついちゃって離れないんだ。あはは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ちょっと羨ましいな。えへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それにしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあああ♡会いたかったよおお……♡

マスター!もう会えないと思ってたよお!

 

 

 

 

 

 

 

なんにも変わらないマスター。

優しい笑顔のマスター。

 

 

 

だめだ。夢だってわかってても蕩けちゃう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どした戦兎?随分大人しいけど……もしかしてあんまり楽しくないか?」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと切ない表情のマスター。

 

違いますから。めちゃ楽しいですから。

こんなさいっこうな夢……♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈は香澄さんと2人で幸せそうな空間に包まれてる。

わたしたちが見た事ない、優しい笑顔の万丈。

 

 

 

美空と紗羽嬢は、猿渡……?とかいう人とげんさんに絡まれてる。

ちょっと困惑してる美空だけど、普段家から出れないし初めての人と笑いに包まれてすっごい楽しそう。

 

 

 

紗羽嬢は……なんか美空使って商売してんな。何やってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……でも楽しそう。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めっちゃめちゃ楽しいよ!!さいっこうに幸せ!!」

 

 

 

「……そうか。よかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえマスター。膝の上で……頭、撫でてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……夢だもん。欲張らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら、こっちおいで。戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……幸せ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!わたしにもなでなでしてー!」

 

 

 

「じゃあわたしと一緒にしてもらお!」

 

 

 

「うん!してもらう!」

 

 

 

 

 

 

 

「あははは!ほら、佳奈ちゃんもこっちにおいで――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美味いか?香澄」

 

 

 

 

 

 

 

みんながそれぞれ楽しんでる中、2人きりの空間を楽しむ。

 

 

 

ずっと夢に見た、香澄との再会。

ずっとずっと会いたかった、香澄。

 

 

 

 

 

 

 

『うん!とっても美味しい!……ほら、龍我も食べて?』

 

 

 

 

 

 

 

いつもの香澄だ。

にこにこと優しく微笑む香澄。

 

 

 

俺にはもったいない最高の女性。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護れなかったあの日……

ずっと後悔の毎日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと……やっと……

やっと香澄の声が聞けた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほらほら泣かないの。男前の顔が台無しよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……約束したでしょ?また会おうって……桜の樹を観に行こうって』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい涙が溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

神様……本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この会場の端の所には、大きく優雅な桜の樹が咲いていた。

12月なのに。綺麗な花弁を咲かした桜。

 

 

 

 

 

 

 

夢でも本当に嬉しい。

あの時の香澄との約束、果たせたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に……最っ高のクリスマスプレゼントだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだな。そしたらよ!俺の家族を紹介するよ。香澄と一緒で、大切なやつらなんだ」

 

 

 

『そうなの?……龍我の家族なら会いたい!……でも私を放置してたら妬いちゃうぞ!』

 

 

 

「ばっ!そんなわけねーだろ!お前が一番だっつーの!」

 

 

 

『ふふふ。可愛いなあもう。龍我ったら』

 

 

 

 

 

 

 

「うっせ!――おい!戦兎!マスター!こいつが香澄っていってよ!戦兎は一度――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふふふ。こんな事もあろうかと鞄にいれといてよかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし変な夢ね?すっごいリアル……鞄にこれもあるし。

 

 

 

私は……確か幻徳さんに取材しに行く所だったと思うのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

で、それが終わった後に戦兎ちゃんたちとパーティだ!……って思ってたら寝ちゃったみたいなのよね。

 

 

 

疲れてたのかしら?

戦兎ちゃんたちのお店nascitaの取材記事も書いてたし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、そんな事はどうでもいいわよね!

 

 

 

 

 

 

 

それにしても……楽しみだわ……♡

 

 

 

万丈君の彼女さんも居るし!

綺麗な方……きっと……ふふ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん!美空ちゃん!佳奈ちゃん!香澄ちゃん!ちょっとこっちに♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージの舞台袖に女子メンバーを呼び出す紗羽お姉さん。

その笑は邪なモノに溢れていた……!!

 

 

 

 

 

 

 

「なんだどした紗羽嬢」

 

 

 

「はーい!今行くしー!」

 

 

 

「……なんかこわい」

 

 

 

『紗羽さん、ですよね?今行きますよー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ。本当は私も着るつもりだったけど。

 

 

 

……香澄ちゃん。似合いそうだわ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい嘘だろまたあ!?ていうかこれ露出多くない!?恥ずかしいんですけど!?って、おい!聞いてんのか紗羽嬢!ちょ、こら……やめっ……」

 

 

 

「紗羽さん!?何これ!?え、やだ、私着ない……って、ちょ……ちょっ……と!いやだしいいい!!」

 

 

 

「なあにこれ?……わあ!かわいい!おきがえするの?やったー!かわいいねーこれ!」

 

 

 

『え……いや、私は遠慮を……いやいや、大丈夫ですか、らっ!?あ!……ちょっと紗羽さん!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんか向こうから悲鳴聞こえない?」

 

 

 

 

 

 

 

ヴィンテージワインの香りを弄びながらふと零れる。

 

 

 

……なんか色々悲鳴が聞こえた気がすんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば滝川のやつが舞台袖から呼んでたよな……

しかもなんか邪悪な笑顔しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ楽しんでるならいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性陣が姿を眩ませたので、万丈、猿渡、幻徳、そしてこの俺の男4人で酒を愉しむ。

 

 

 

すっげー謎なメンバーだけど。

たまにはいいだろ?な?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもこいつらめちゃくちゃ酒が強い。

猿渡と幻徳はなんとなくわかるが……万丈は意外だな。

 

 

 

 

 

 

 

むしろ一番の酒豪だと思うんだけど。ずっとテキーラ飲んでんだけど。永遠と。グラスで。

 

テキーラカクテルじゃないよ?そのまんまテキーラだよ?テキーラを普通のグラスで乾杯だよ?ショットじゃないからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すごい通り越して気持ち悪ぃなこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ!うめーな!今日は楽しいなー!全くよー!」

 

 

 

「同感だなエビフライ頭……みーたんと握手どころかお喋りまでしてるしな……♡」

 

 

 

「またお前はエビフライとか言いやがって……!ま、今日はいいか」

 

 

 

「なあ、君たちはどういう知り合いなんだ?……仲良さそう、にも見えないけど」

 

 

 

「幻徳……だっけか?俺とこのエビフライ頭は同じ北都の奴だよ。まぁ、こいつは東都から出稼ぎに来てんだけどな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なんだ。こいつらも案外楽しそうだ。

 

なんか面白いなこれ。

絶対有り得ない光景だもんなこれ。ムービーに残しちゃおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……記念だし。俺しか見ないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁでもよかったよ、楽しんでくれて。

苦労した甲斐があったってもんだな……

 

 

 

というか葛城のおっさんがすげーわ。

どうやってこの短期間でこれを用意したんだあのおっさん……

 

 

 

 

 

 

 

ま。みんな喜んでるしいいか。

 

 

 

幻徳もたまには、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして葛城のおっさん。ごめん。ほんとに。

 

 

 

でもなんかおかしいんだよな。

俺が書いたカンペに無いことまで知ってるし……

 

 

 

自分で調べたのかね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――皆さん!!お待たせしました!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ステージのど真ん中に、堂々とした姿でマイクを使い声を響かせる紗羽お姉さん。

 

 

 

やはりその笑は邪悪。本当に怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだ滝川。

 

やっぱりお前何か企んでやがったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさま!眼♡福♡タイムよ!!刮目してご覧あれ!!!」

 

 

 

「さぁみんな出ておいで!私の天使たち!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……眼福?天使?何言ってんだこいつは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?……戦兎!?美空!?佳奈ちゃん……は物凄い似合ってるなおい」

 

 

 

「んあ?……香澄!?おっ、お前、なななな何してんの!?」

 

 

 

「あ……あ……みーたんが……みーたんが……!!……心火を燃やし過ぎてこれだめだ死ぬ本当にありがとう」

 

 

 

「……ありがとう神様。いや。滝川様……生きててよかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽お姉様の掛け声により舞台袖からゆっくりゆっくりと、そしてなぜか全てを諦めたように現れてきたのは、みんな大好き4人の乙女たち。

 

 

 

ただ1人、佳奈ちゃんだけは楽しそうだが……

 

 

 

 

 

 

 

普段と何も変わらない乙女たち。

服装以外、は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう好きにして……わたしはもう、慣れたから……」

 

 

 

 

 

 

 

そう呟く天才物理学者の戦兎ちゃん。

 

 

 

その身にはかなり露出が激しめのサンタの衣装を纏っている。

超ミニのスカートに、面積が控えめの真っ赤な服を着させられた上半身。

 

 

 

 

 

 

 

……察してあげましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お嫁に行けないし……もういい。もういいんだ……」

 

 

 

 

 

 

虚ろな目の美空ちゃん。

 

 

 

そんな彼女が身に纏うはナース服。

……かなり際どいナースさんですね。

 

 

 

そのお洋服はまるで彼女のために創られたかのようなデザイン。

 

スレンダーな彼女にフィットしており、やはり超ミニのスカートにへそ出しルックのお洋服。左手にはお注射を。

 

 

 

 

 

 

 

……どこにこんなナースさんがいるのかは知りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ!みてみて!すごいでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

唯一、満面の笑顔な佳奈ちゃん。

 

 

 

天使の衣を完璧に着こなし、見るもの全てを笑顔にさせてしまう、そんな表現が似合う天真爛漫な姿。

 

 

 

ひらひらしたスカートに、まるでそよ風を具現化したようなお洋服。

背中にはちっちゃな羽が生え、頭の上には天使の輪っか。

 

 

 

 

 

 

 

……佳奈ちゃんを見たみんなが笑顔になってますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はは……どう……?似合う……?龍我……?』

 

 

 

 

 

 

 

恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせちゃった香澄ちゃん。

 

 

 

彼女が纏うは小悪魔。

黒を基調としながらも所々に繊細なデザインが施されています。

 

 

 

大胆な服装ながらもどこか落ち着きを感じ、ゴシックデザインの短いスカートに、自己主張激しめの胸元が可愛くハートマークで覗いている。

 

背中にはちっちゃな羽。佳奈ちゃんとお揃いのようにも思える服装。

 

 

 

 

 

 

 

……万丈君。顔を真っ赤にしながらも鼻の下が伸びています。だらしないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくのパーティなんだから!……楽しまないとね♡」

 

 

 

 

 

 

 

そう言った紗羽の顔は、幸せに満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――縁もたけなわ。幸せは永遠には続かない。

 

 

 

コスプレという名のファッションショーが終わり、乙女たちは着替えることを許されずそのままだったのだが、時間が経てば幸せな空間で忘れてしまったよう。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎がマスターの前で恥ずかしそうに会話をしていたり。

 

 

 

香澄の胸元を凝視していた万丈が『やだ!ばか!もう!』とか言われながらアッパーカット喰らって宙を舞ったり。

 

 

 

美空はべた褒めしてくる一海を面倒くさそうにあしらいながらも、傍から見ると楽しい雰囲気に包まれていたり。

 

あ、ちなみにカズミンは5回ほど気絶しました。余程興奮してたのかな?

 

 

 

……あ、また気絶した。

 

 

 

佳奈ちゃんはみんなから可愛がられちゃって。特にマスターと幻徳がお気に入りな様子。

 

今も幻徳の膝の上で一緒にお絵描きをしていますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せなひと時。

絶望が齎した、1日の幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての敵がこの日運んできたのは、笑顔でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みなみなさま!いやあ。物凄く楽しく幸せなパーティでした!……残念ですが、この辺でお開きとなります!」

 

 

 

 

 

 

 

少し酔ってるのか、顔が赤いマスターがステージに立ち声を周りに震わせる。

 

 

 

えへへ。お酒いっぱい飲んでたしね。

わたしもちょっぴり酔ってるな。あはは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうだいぶサンタの衣装に慣れた戦兎の身体は赤く火照っている。

楽しい時間でお酒も進んだみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

その他のみんなもかなり酔っているご様子。

万丈は酔った香澄ちゃんにヘッドロックをかけられている。

 

その顔は幸せそのものだ。

 

 

 

猿渡さんとげんさん。それに紗羽は飲み比べをしていたようで、もうぐでんぐでん。

 

大きな笑い声が楽しい場を包んでいる。

 

 

 

美空は未成年なのでお酒は飲んでいない……

それに佳奈のために我慢したご様子だ。

 

2人仲良くカラオケで歌っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にみなさま!お集まり頂いてありがとうございました!……メリークリスマス!」

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったマスターの顔は笑顔でいっぱい。

 

 

 

楽しい夢だったなあ。

もう夢から覚めちゃうのかな。

 

 

 

 

 

 

 

……嫌だなあ。もうちょっとでいいからここに居たい。

 

 

 

マスターと一緒に居たいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん……?なんだろ、これ……?

綺麗な、雪?それとも蜃気楼?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ……なんだかねむく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ……もう終わりなのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢が終わっちゃうのかな……

幸せで大好きな夢……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!またな!……ずっとお前の事を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかマスターがそんな事を言った気がして、わたしの意識は優しく無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ。ここは……」

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、私はいつものnascitaに居た。

 

 

 

……ふふふ。幸せな夢だったな。

 

 

 

 

 

 

 

楽しかった夢。

幸せだった夢。

 

 

 

 

 

 

 

お父さんにも、万丈にも会えたし。

 

 

 

 

 

 

 

でも……不思議だ。

私たち以外にも誰か居たような……

 

 

 

 

 

 

 

お父さんと戦兎と万丈と紗羽さんと……

 

 

 

万丈に寄り添ってた女性……誰かな、知ってる気がしたんだけど。

 

それに氷室 幻徳に似た人が居たような。

あと、はぁ……みーたんのファンだっていう人。

 

 

 

 

 

 

 

……ちょっとキモかったけど、面白いやつだったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば小さい女の子も居たような……誰なんだろう。

一緒にカラオケしてた気がするんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢。幸せだったな。

でも顔が……思い出せないんだよね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ!!七面鳥!!!」

 

 

 

「やだ!!……あれ?電源切れてる……途中で消したっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せなひと時。夢か現か。

それは誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

ただ1つだけ言えるのは、パーティに参加した皆がある事に気付くのはもう間もなくの事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24日のはずだったその日は。

既に日付が変わっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、聖なる夜の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大変だったなあおい!しかも飲み過ぎたし!ありがとな?おっさん」

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、構わんさ。これくらい贅沢してもいいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

「さんきゅ……色々動いたりやら後始末したりして力使いまくって死にそうだ。ちょっと寝るわ」

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。相当無理しただろうからな。ゆっくり休め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう。おやすみ……メリークリスマス」

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ……メリークリスマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。あれはなんだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

会場に着いてあいつに起こされて、すぐに意識が無くなったのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっ、と笑い見上げれば、白の宙が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……Ciao♪

 

 








香澄『ういー。ひっく。あー。どうもお』

香澄『ひっく。飲み過ぎちゃったあ。えへへ』

香澄『楽しかったなあ。ひっく』

香澄『ひっく……すぅ……すぅ……』







――これは。聖夜に起きた奇跡のお話。



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phase,24 眠り姫





内藤「いやー!晴れてよかったです!」

月乃「ええ。本当に」


内藤妻「毎回すみません、付き合わせてしまって」

月乃「いえ、問題ありません」


内藤「ほら!走るなって!」



内藤娘「月乃お姉ちゃん!あれ乗ろ!」

月乃「はい。一緒に乗りましょう」



月乃 (……可愛い)



――これは。感情表現が下手くそな人のお話。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

決してお世辞にも安全運転とは言えない、紗羽嬢の運転で無事にnascitaに辿り着いたわたしは、スタークに言われた事を思い出していた。

 

 

 

 

 

美空が入れてくれたアプリコットティーを、紗羽嬢も含め3人で飲みながら思案する。

 

 

 

 

 

 

 

 

他の誰でもない、万丈の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【万丈にはな……北都に忠誠を誓ったある理由がある。家族を救いたければそいつを探せ。ヒントは“桜の樹”と“大切なモノ”だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの万丈が、北都に忠誠を誓った理由……

 

 

 

 

あの蛇を信用とするとしたならばヒントは桜の樹、そして大切なモノ……

 

 

 

 

 

何なのだろうか。

 

桜の樹、これは何となくわかる。

多分、香澄さんの事。

 

以前万丈が言っていた。桜の樹を香澄さんと観に行くのがとても幸せだったと。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、万丈が香澄さんの事でなぜ北都に忠誠を誓ったのかが理解出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてもう1つのヒント。大切なモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねー紗羽嬢。万丈の大切なモノ、って何かな」

 

 

 

 

 

万丈の大切なモノ……

香澄さん、香澄さんとの記憶、香澄さんとの思い出の場所……

 

 

一体何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーねー戦兎ちゃん。そんなの決まってるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

何か面白いモノでも見つけたかのように苦笑する紗羽嬢。

 

 

 

 

やっぱりオトナのオンナはこういった恋愛系?に強いのだろうか。

 

 

 

 

まあ紗羽嬢とわたし2つしか歳変わんないけど。

 

 

聞いた時びっくりしたもん。絶対三十路迎えてると思ってたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげーな紗羽嬢。エスパーかなんかか」

 

 

 

 

 

恋愛系はわたしにはこれっぽっちもわからん。

紗羽嬢は経験豊富そうだもんなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってるの戦兎ちゃん?……万丈君の大切なモノ。それはあなた達よ、戦兎ちゃん。それに美空ちゃんや石動さん……マスターも」

 

 

 

 

 

 

 

……そうなのかな。

あいつも、わたしたちの事をそんな風に思ってくれてるのかな。

 

 

 

 

 

北都での一件以来、ちょっと揺らいじゃうわたしが居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てればわかるわ。万丈君はあなた達の事を本当に大切に思ってる。覚えてる?私がここに来た時に、万丈君がどんなだったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢がここに来た時……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【俺は万丈 龍我だ。……こいつらに変な事しようってんならタダじゃおかねぇぞ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おい、あんた。ここは俺らの大切な場所なんだよ。遊び場じゃねえんだ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

脳裏に過る万丈。

わたしが知ってる万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。あいつはわたしたちの事を大切に思ってくれてた。

 

 

離れ離れになったあの日、あのへたっぴなりに頑張ってた手紙も、わたしの事を心配してくれてた。

 

 

 

 

元気になれ、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きっと万丈君は帰って来ないんじゃない。帰って来れない何か理由がある、って事じゃないかと私は思うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰って来れない別の理由……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに……確かにそれなら納得がつく!

 

 

 

あの真っ直ぐで、前に進むと周りが見えなくなっちゃうあいつなら、有り得る。

 

 

 

……頼らずに自分で解決しようとしたり、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢!そしたら――」

 

 

 

 

「言われなくとも。万丈君がなぜそうなったのかちゃーんと調べてるわ。……まだ何も結果が出ないけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ありがと。やるオンナだね紗羽嬢!

 

 

 

 

 

 

 

ウインクをしながらアプリコットティーを啜る紗羽嬢はきっとモテるのだろうな、とか思いつつわたしもカップに入った残りを飲みきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜の樹、そして大切なモノ……それが北都に忠誠を誓った理由、ってスタークが言ってた。……当てになるかわかんないけど、よろしくね」

 

 

 

 

 

 

これだけじゃ何もわからない。

でも絶対、解き明かしてあのバカを連れ戻してやるんだ。

 

 

 

自分じゃ帰って来れないならわたしたちが連れ戻してあげるからね、万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……桜の樹、か。多分前に聞いた香澄ちゃんって子の事ね。わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢の目付きが鋭くなる。

 

 

こういった話をしている時の紗羽嬢は別人のよう。

普段のよくわからない行動をする紗羽嬢からは考えられない。

 

 

 

 

……コスプレとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、葛城 忍って人を調べてほしい」

 

 

 

 

「……葛城……忍?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。葛城 忍。

 

 

 

 

正義のヒーロー……わたしの護れる力、仮面ライダービルドを戦争のために創りあげた男。

 

 

 

 

 

 

 

……そして。あの悪魔の人体実験を行った、葛城 月乃と同姓の人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その人と月乃さんが繋がってる可能性がある、って事ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢は理解が早くて助かる。

どこぞのバカな弟とは大違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。あくまで推測の域を出ないけど、共通点が色々あってさ。……頼んだよ、紗羽嬢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっちのカードも揃ってきてる。

あとはどういう風にピースを揃えるか、だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎、怪我してるし。ちょっと待ってて、今救急セット持ってくるから」

 

 

 

 

 

 

黙って話を聞いてた美空が自然に会話に滑り込んできた。

 

 

 

 

 

……ああ。そういや佳奈ちゃん救出すんのにあちこち擦りむいたっけ。

 

 

 

消毒液嫌いなんだよなあ……染みるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほら!戦兎!動かないでよ!」

 

 

 

 

「いやだあああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

腕が傷だらけのわたしに、あのめっちゃ染みる《スグナオリマース》をチラ見せしてくる美空。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんと痛いのあれ。嫌なの。痛いの嫌い!

 

 

 

 

 

あれ塗られるくらいならそのままでいい!

痛いのやだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こら戦兎!いつまでも子供みたいな事を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って美空がわたしの手を取った瞬間、美空の左手首のバングルから放たれた綺麗な光がその場を満たした。

 

 

まるで優しく我が子を抱く、聖母のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだ今のは。

 

 

光がぷわあぁぁってなったんですけど。

え?美空たん何かのエスパーだったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃんのその……バングルから出てたわよね、今」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん。出てた。間違いなくそうでした。

しかもめっちゃ明るかった。

 

 

ていうか。紗羽嬢、口を閉じなさい口を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何したの?私……?」

 

 

 

 

 

本人が一番よくわかってないみたいだ。

 

 

無理もない。同じ立場だったらわたしもそうなるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん、あなたその腕……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?え、何?

二の腕そんなたるんたるんじゃないと思うんですけど?

 

 

というか今言うことなのか。

そんな呆けた顔するほどかこら。

 

 

 

 

 

なんだ。バカにしてんのか。そこまで太くねーよ。

大体ね。最近ちょっっっちお肉つき始めたからダイエットしてんだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ええぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの驚いた声に美空と紗羽嬢が更に驚いていた。

……そんな事はどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくりした。いや、自分の腕の太さとかじゃねーよ。そこまで太くねーよ。しばくぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……腕の怪我が、治っている。

 

 

 

 

 

結構な傷になっていたはずのわたしの腕が、元の白くて綺麗な細腕に戻っていた。

 

 

……文句言ったやつは表出ろ。

 

 

 

 

 

 

しかし、これは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎……顔の傷も無くなってる……」

 

 

 

 

 

 

……まじか。

よかった。わたしの自慢の顔が……はもういいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに美空がエスパーになったのかな。

いやそんなわけはない。まずない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐らく、だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空のそのバングルの力、なのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空の左手首から離れないバングルに目を移す。

 

 

 

 

 

 

 

この金色に輝くバングルは美空の左手首から離れようとしない。

比喩ではなく、本当に離れないのだ。

 

 

無理矢理に切断しようとしてもだめだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……パンドラボックスから付与された、とでも思ってしまうような事件。

 

 

 

 

パンドラボックスの前で意識を失った美空は、時を経て目覚めると既に左手首に着いていたという金色のバングル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかんないけど……あの時、パンドラボックスの前で意識が無くなった時と同じような光だった気がする」

 

 

 

 

 

思い出すように呟く美空を見て、ある事を考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンドラボックスには、その内側に核エネルギーが霞んでしまう程の超エネルギーが存在しているらしい。

 

 

 

……月乃さんの文献にもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数々の研究の産物であるだろうし、この結果は間違いではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……エネルギーとして使用するなんて以前の問題で、まともに扱う事すらほぼ不可能なレベルの超エネルギーという事だ。

 

 

 

 

そもそもそんなものがなぜ火星にあったのか……とかそんな事まで考えたら果てしなくなってしまうから。とりあえずそこは置いといて。

 

 

 

 

 

 

 

……まあ。実在した超古代文明のオーパーツ的な?

都市伝説が本当にあったみたいな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ人類が持ってても全く意味の無い超エネルギーの集合体、みたいなもんから美空に何らかの力を持たせたとすれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボトルの浄化……つまり、ネビュラガスの浄化。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを人体に応用して傷や跡を癒した……と仮定するならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美空。わたしの腕を掴んだ時、何を考えた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確か前に美空が言っていた。

 

 

ボトルを浄化する時、ある事を見ると。

夢だと思うけど毎回見るらしい。

 

 

 

 

 

何かが滅ぼされていくような、そんな光景を見てしまう。

嫌だ、こんな風になりたくない、と思うと浄化される。

 

 

 

 

 

そう美空は言ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という事は感情が一種のトリガーになってるんだと思うんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……早く治りますように、とかかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ほーう。ふむふむ。

 

 

 

早く治って欲しいってことは、わたしが怪我をしている事を拒絶している、という事。

 

こんな風になりたくないというのも拒絶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、拒絶する事が力を発動するトリガーっぽいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空。よく聞いて。その力を使って――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……戦兎……眠……いし……」

 

 

 

 

 

 

 

「美空!?美空――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――美空の気持ちよさそうな寝息。

身体に異変はないみたい。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

浄化した時のような……でも浄化の時とは違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浄化の時は意識を失って倒れる事なんてなかったし。

……やっぱこれはやめた方がいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃん。さっき言いかけてた事だけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空の頭を撫でながら問うてくる紗羽嬢。

……なぜだろう。美空が汚されている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美空の浄化の力、これ多分人体にも使えるんだよね。超回復の究極版みたいな。さっきのが多分そう。それを応用して……って考えたんだけど、美空の負担が大きそうだから。やめた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが出来れば話が早かったんだけど……

まさか意識を失うとは。美空に影響があるのかもしれないし、危険過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうなのね。ちなみに、どうすればなるの?それ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事聞いてどうすんだろ。

……まあ、いいや。紗羽嬢だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……拒絶がトリガーになってるはず。こうなりたくない、こうなってほしくない、っていう美空の感情。簡単に言えばさっき美空が言ってた早く治って!とか。多分そんなん」

 

 

 

 

 

 

まさか人体にも適用されるとはねー。

……リスクが無ければ最高の力なのに。

 

 

 

 

まあ普通ノーリスクでそんなん出来るはずないし。

 

 

 

 

 

 

 

パンドラボックスの力を物語る、みたいだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだろ?どしたのかな。

 

 

 

 

紗羽嬢の様子が少しおかしい。

 

 

 

 

 

おかしいというか、思い詰めてるというか切なそうというか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どした紗羽嬢?体調悪い?どした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ううん!!そしたらそろそろ帰るわ。美空ちゃんによろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際の紗羽嬢の笑顔は、いつもよりぎこちないもののような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分。気のせいだけど。

 

 

 

 

……自身の仕事も忙しいだろうに。

わたしたちの情報収集までしてくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度肩揉みでもしてやっかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういや紗羽嬢ともだいぶ仲良くなった気がするなあ。

 

 

 

 

紗羽嬢と出逢って間もない頃に感じていた彼女と、今の彼女を比較して、つい笑が零れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢の事をこんな風に思う日が来るとは思わなかったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








内藤娘「ねーねー!次はあれ乗ろ!」

月乃「はい。いいですよ」


内藤娘「これも乗る!」

月乃「はい。行きましょう」


内藤娘「それはどうする!?乗る!?」

月乃「ええ。乗りましょうか」




内藤「月乃先生、やっぱり子供好きっぽいよな」

内藤妻「見てわからないの?凄く楽しそうじゃない」

内藤「……だな。良かった」



月乃 (……楽しい)






――これは。実は子供好きの月乃さんのお話。




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phase,25 悪夢の天秤





一海「あ゛ー。すげえ頭痛え」

一海「寝てただけのはずなのにな……」

一海「二日酔いみてーな感じすんだけど何これ」




一海「……金が……無い」

一海「何かに使ったっけな……」

一海「そういやみーたんに……何だっけ」


一海「……あいつらになんて説明しよ……」




――これは。聖夜祭後の悩めるお話。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――全てが、終わる……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――さあ、滅べ……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――俺が絶望だ……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いやああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まただ。またこの夢。

 

 

 

 

 

 

 

最近凄くこの夢を見る。

何かが、滅びゆく夢。

 

 

 

そしてその終わりを告げる誰か。

誰なのかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

わからないけど、私はこの誰かが物凄く怖い。

 

まるで全てを終わらせるかのような。

全ての終わりを望んでいるかのような。

 

 

 

自分以外の全てを拒絶しているかのようなこの誰かが物凄く恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

まるで絶望そのもののようなこの誰かが、まるでもうすぐそこまで来ているような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美空!?大丈夫!?」

 

 

 

 

 

 

 

……お姉、ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

あぁ良かった。生きてる。

私も、お姉ちゃんも生きてる。

 

 

 

良かった……良かったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夢を見ると、なぜかそういう気持ちになる。

理由はわからない。でも、生きてた。良かった。みんな居る、って。

 

 

 

 

 

 

 

この夢は、そういう切ない気持ちになるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

あの不思議な事の後に倒れてしまった私の、恐らくずっと傍に居てくれたであろうお姉ちゃんに安心の言葉をかける。

 

 

 

 

 

 

 

……大丈夫。怖くない。

 

これは夢だ。ただの夢。

 

 

 

私の心が弱いから。だからこんな夢を見る。

もっと強くならなきゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私も本当は、戦兎や万丈と一緒に戦いたい。

 

 

 

ずっと見守ってるのは嫌だ。

戦兎や万丈の隣に立ちたい。

 

 

 

 

 

 

 

でも私は、護れる力を持ってないから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惨めで無力な自分が嫌になる。

私もみんなの役に立ちたいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に!?本当に大丈夫なの!?」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎は大げさだし。

過保護、っていうのかな。あはは。

 

 

 

戦兎は優しいから。私を心配してくれる。

でもそれは私が無力だから。

 

 

 

 

 

 

 

それがとっても惨め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう全快だし!ご飯食べよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にも力があればな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい。……わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

電話を終え、とある写真を眺める。

最近はこの電話の後にこの写真を毎回見る。

 

 

 

まだ出逢ってすぐの頃に撮った写真。

戦兎ちゃんに美空ちゃん、万丈君。

 

 

 

 

 

 

 

そして……エボルト。

 

 

 

 

 

 

 

最初はこの地球外生命体の……

いや、この人の事をただの恐ろしい化け物としか考えてなかった。

 

 

 

私の知らない深い闇。

足を踏み入れる事を、私の全てが拒否するようなおぞましく濃い闇。

 

 

 

 

 

 

 

彼はそこに潜む者。

そこを統べるモノ。

 

 

 

だからこそあの人が理解出来なかった。

家族ごっこをしている彼の神経が私には理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも……今ならわかる。

彼は家族ごっこをしているのではない。

 

 

 

家族なんだ。本物の家族。

だからこそあの時、私が家族ごっこと言った事にあれほどの殺意を飛ばしてきたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は……これからどうするのだろう。

一体、何を考えているんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も……あそこが好きになってしまった。

 

 

 

最初はただの任務。

でも……皆の心に触れ、私の心にも感情が生まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね。皆。

 

 

 

 

 

 

 

……私は最低の女よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どこで、道を間違えたのだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっぱ美空のグラタンは美味し♡」

 

 

 

 

 

 

 

倒れた美空も元気になって、美空と2人でご飯を堪能中!

やっぱ美空のご飯はさいっこうだね!

 

 

 

一時は心配したけど、見た感じ大丈夫そうだし……良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほーら!ちゃんとサラダも食べてし!」

 

 

 

 

 

 

 

ふぉっふぉっふぉ。まさにいつも通り!

まるでお母さんだね!

 

 

 

……サラダは食べないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし食欲もあるみたいだし、安心した。

前に体調を崩した時はあまり食べれなかったしね……

 

 

 

わたしのお粥が激マズだったっていうのもあるだろうけど。

 

あれはやばかったな……

レモンスカッシュがダメだったんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの可愛い発明品、ビルドフォンに着信が入る。

見た事無い番号……誰だろうか。

 

 

 

非通知でない所を見ると怪しさはそんなに感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

「うーい。こちら天才。どなたっすかー?」

 

 

 

 

 

 

 

……これが通常運転ですけど。

 

なんか言いたいことあるならはっきりしろい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺だ。氷室 幻徳だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……氷室 幻徳。

 

 

 

代理ではあるけど、現東都最高責任者の男。

そして、恐らくファウストの人間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして恐らく、あの蝙蝠の正体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何。何か用」

 

 

 

 

 

 

 

まだ推測の域を出ないからとりあえずあんま刺激はしないよーに。

わたしなりにね。頑張りますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……変に詰めて佳奈ちゃんの時みたいな事されても困るし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大事な話がある。これから首相官邸に来い」

 

 

 

 

 

 

 

命令口調のこいつになんかムカついてくる。

 

 

 

……命令じゃなく懇願しろよな。

 

 

 

 

 

 

 

「は?何で?めんどくさいから嫌です行きませんさようなら」

 

 

 

 

 

 

 

はー!めちゃすっきりしたあ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あ。でもわたしの勤務先のトップなんだよなこいつ。

 

 

 

あれ?そうなるとわたしの給料どうなるの?

だってこいつ、勤務先のトップどころか東都のトップじゃん。

いくらでも揉み消し放題じゃん。

 

 

 

月乃さん関連であんだけやってんだもん。

わたしの給料ぐらい簡単に揉み消せるんじゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やばいな。やばいぞこれ。やらかしたな。

うわーでもどーすっかなー。

 

 

 

でもこっちから電話するのはなんか負けたみたいでムカつくしな。

でも給料無くなったらまずいしなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……おおっと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はいこちら桐生 戦兎です」

 

 

 

 

 

 

 

良かった。向こうからかけてきた。

わたしのプライドも護られた。よし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけている場合じゃない……国家の危機だ。すぐに来い」

 

 

 

 

 

 

 

国家の危機……北都かね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に過る、葛城 忍が遺したデータ。

PROJECT BUILDに記されていた事。

 

 

 

 

 

 

 

……戦争用の、兵器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度言う。国家の危機だ。待っている。さらばだ」

 

 

 

 

 

 

 

……くそっ。

 

わたしは戦争のおもちゃじゃねーんだっつーの。

 

 

 

ふざけんなよくそが。

わたしは……正義のヒーローなんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、でもどうなんだ。

 

そもそもわたしの事をビルドとして呼んだのだろうか。

 

 

 

表の氷室が知っているはずがない。

ましてやわたしがビルドなのを知っているのは表の世界じゃ身内ぐらいしか居ないはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という事はビルドとして呼ばれたら氷室はローグ確定、か。

 

 

 

 

 

 

 

そうすればこちらのカードは増える。

奴がローグだと確定出来りゃだいぶ有利になる。

 

 

 

……それだけでも行く価値はある、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ー!ちょっとでかけてくるー!」

 

 

 

「はーい!あんまり遅くならないようにね!」

 

 

 

 

 

 

 

本当にお母さんだな、美空は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふう!洗い物終了!」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎と食べたグラタンの器やら何やらを綺麗に洗い終わってやっと一息。

 

戦兎は何やら用事があるとかでどこかに行っちゃった。

 

 

 

……なんか変な電話だったけど。

 

 

 

 

 

 

 

怪我なく無事に帰って来てくれればそれでいいんだけどね、私は!

 

 

 

 

 

 

 

さーてと!掃除でもしようかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美空ちゃん?……戦兎ちゃんは居ないの?」

 

 

 

 

 

 

 

いつにも増して真剣な表情で入ってきた紗羽さん。

 

 

 

どうしたんだろ?戦兎に用事かな。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ならさっき出かけたよ。何かあった?」

 

 

 

 

 

 

 

新しいテーブルクロスを敷きながら紗羽さんの質問に答える。

こういったことももう手馴れたもの。

 

 

 

……私は、家事ばかりやってきたから。

 

 

 

 

 

 

 

「そう……美空ちゃん。あなたにやって欲しいことがあるんだけど。話聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんからはどこか鬼気迫るようなものを感じる。

 

 

 

なんだろう。やって欲しいこと?

 

もしかしてまたみーたんネットで何かやれみたいな……?

めんどくさいし……バイト代欲しいし……

 

 

 

 

 

 

 

「……なあに紗羽さん。みーたんネット?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの、力を貸してほしいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの力強い視線を浴びながら、力を貸してと言われた私は。

いきなりの事で困惑したけど、どこか喜びを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

自分は無力ではない。

自分は何かの役に立てる。

自分は力を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう感じてしまう私は、躊躇う術を知らなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――来たか」

 

 

 

 

 

 

 

ここに来るのも相当前のように感じる。

黒の蝙蝠……ローグと相対した部屋、首相室。

 

 

 

あの時にあいつを逃がす事が無ければと思うと、口の中が鉄の味のようになる。

 

 

 

 

 

 

 

……もう取り戻せない、過去の話。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんすか国家の危機、って。わたしただの天才物理学者なんですけど。兵器とか創れならお断りです。帰ります」

 

 

 

 

 

 

 

嫌いな人にはとことん嫌悪感を出してしまう。

恐らく生きにくいのだろうが、これがわたし。

 

 

 

変えるつもりも変えようとも思わない。

だって嫌いだから。本能的に無理。

 

 

 

 

 

 

 

……ま。滅多に嫌いになったりしないけどね。

 

 

 

わたしに嫌われるって相当だぞ。氷室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。隠さなくても良い。お前が仮面ライダービルド、という存在なのは既にわかっていることだ」

 

 

 

 

 

 

 

……ビンゴ♪

 

 

 

これでこっちの持ち札は増えた。

後は適当に却下して帰るだけ、っと。

 

 

 

 

 

 

 

「へー。凄いですねー。どうやって調べたんですかー?怖ーい」

 

 

 

 

 

 

 

このまま喋るとは思わないけど。

 

 

 

……あーでもあんまり刺激しない方がいいか。

 

 

 

 

 

 

 

「国家を舐めるな……いくらでも手段はある」

 

 

 

 

 

 

 

かなりイラついているのか、わたしに憎悪とも取れる視線を投げかける氷室。

 

 

これ以上小馬鹿にするのはやめといた方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦争の駒にはならない。わたしの持つ力は護れる力だ。みんなの笑顔と希望を護れる力だ。壊したり奪ったりする力じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

それが正義のヒーロー。

あのちびちゃんのヒーローなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何もわかっていないようだな」

 

 

 

 

 

 

 

氷室の蔑んだような口調にわたしの神経が反応する。

つい、目の前の彼の今までやってきたことを暴言と共に吐き出しそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いがわたしは戦争で利を貪るような輩じゃないんでね。そんな連中の事など細胞レベルでわからないや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷室から目線を逸らさずに、まるで鍔迫り合いのように返す。

引いてはいけない、脳がそう警告してる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだ甘い……もし北都や西都と戦争が始まったらどうなると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

なぜか氷室の目から、ある覚悟のようなモノを感じる。

それは悪と断言していいのかわからないモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず弱い者が死ぬ。子供、女、老人だ」

 

 

 

 

 

 

 

氷室の言葉がわたしにのしかかる。

 

 

 

……そうか。そういう事か。

 

 

 

 

 

 

 

こいつ、それを使う気か。

その言葉を使う気か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ死ぬか。戦争になれば街は火の海だ。一瞬で人の命など消し飛ぶ。更には食糧も不足する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が映像を創る。

火の海になった、東都を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知っているのかどうかは知らんが、現在三都は冷戦状態だ……いつ戦争が起こってもおかしくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん知っている。嫌という程に。

大切な弟が向こうに行ったから、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西都は海外から様々な兵器を密輸し、北都には……お前と同じ力を持つ者が2人いるらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人?まさか万丈以外に仮面ライダーの力を持つやつが?

 

 

 

万丈はそんな事はしないとしても……

 

 

 

 

 

 

 

もしそいつが東都に攻め入ってきたら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして東都にはそれらを迎え撃つ軍事力は無い。つまりは蹂躙されるのみだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が戦わなければ、な……想像出来たか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしがやらなければ……東都は壊滅する。

 

 

 

 

 

 

 

美空が、紗羽嬢が、巻さん親子が。

佳奈ちゃんが、鍋島さん夫妻が、たーさんの家族が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターが、東都に住むみんなが……死ぬ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかも、戦争に負けた地はどうなるかわかるだろう?……絶望そのものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だからと言って。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーは、戦争の駒じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、でもみんなをみすみす殺される訳には行かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんで?なんでこうなる?

 

 

 

わたしのこの力は光に満ちた力のはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしには正解が、真実が見えない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……自衛でのみ、なら――」

 

 

 

「甘い事を言うな。もし東都内部で戦争を起こしてみろ……火の海だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにお前が居ても分が悪い事には変わりはない……」

 

 

 

「わかるな?生き残るためにはこちらから奇襲するしかないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかってる……わかってるけど……

 

 

 

 

 

 

 

……でも北都も同じだ。北都にも同じ様に尊い命がある。

 

 

 

それにこちらから先に侵攻したら完全に戦争が始まる。

それは、それだけは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桐生 戦兎。少し時間はやる……選べ。大切な仲間の命か、見ず知らずの命かを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様は残酷だ。

常に2択の選択を迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらを足掻いても、その先に待つのは絶望だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








幻徳「……頭が痛い」

幻徳「……なせだ?」

幻徳「それに……俺が俺じゃない気がしたな」

幻徳「パーティのようだった気がするが……」

幻徳「……スタークと一緒に酒を飲んだ気がしたな」



幻徳「……まぁ。たまには悪くないな……」




スターク『よォ幻徳?暇してんな?』

幻徳「お前という奴は!何度言えばここに――」






――これは。聖夜祭後の悪のお話。



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第3章 Rider of WAR
phase,26 力の代価






佳奈「むにゃ……ん?……あれ?」

佳奈「……せんとおねえちゃんとパーティだったきがしたのに」


佳奈「……はっ!げんとくがいない!」

佳奈「そういちもいない!!」



佳奈「……ゆめ?」


鍋島「おー佳奈!帰ってたのか!」

鍋島妻「お知り合いのパーティにお呼ばれしてたんでしょう?楽しかった?」


佳奈「……?……たのしかった!」

鍋島妻「良かったわね♪そう言えば戦兎お姉ちゃんがパーティのお迎えに来るって言ってたわよ!」

佳奈「……??……うん!たのしみー!」





佳奈 「きょうクリスマスだ」

佳奈「パーティってクリスマスイブじゃなかったっけ?」

佳奈「へんなのー!まあいいや!」






――これは。聖夜祭後の可愛いお話。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月になり、よりいっそう寒さが厳しくなる北の地。

その寒さは生死にも関わり、最早天災とも呼べる程。

 

 

 

 

 

 

 

その極寒の地を統べる女帝。

そして、全てを貪欲に我がモノとする醜悪の王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相対する2人は何を思う――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうだ。やっと始めるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

醜悪の王の口調には苛立ちが隠せない。

まるで己の考えが世の理かと思っているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう急いては事を仕損じます。……御安心下さい。もう間もなくですわ、閣下」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

醜悪を閣下と呼ぶ女の顔は、穢れに満ちている。

この女もまた、貪欲に取り憑かれるモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまりグズグズするな。儂は行動が遅い奴が嫌いなのでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に皺塗れの眉間に、更に深く皺を創る王。

その真意を窺い知る事が、貪欲の女帝に出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仰せのままに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女帝の顔は、薄汚れた笑に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――予定通り、始まればやれ」

 

 

 

 

 

 

 

あの気持ち悪い女との会食の後、我が城への帰路に着く。

 

 

 

本当にこの国は寒い。民も貧しく汚い者ばかり。

……儂の目に入る事すら罪だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし、閣下……本当によろしいのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

心地よいゆりかごと錯覚するような運転をする若造が、視線を一瞬移す。

 

 

 

年端もいかない青二才が儂に意見しようとはな。

……この国はダメだ。儂を誰だと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

たかだか20数年しかこの世に留まっていない小僧が。

 

 

 

 

 

 

 

「……儂の考えは絶対だ。間違いは有り得ん」

 

 

 

 

 

 

 

この男は儂の忠実なる下僕。

……まぁ奴隷のようなものだな。

 

 

 

 

 

 

 

仕事は的確であるし、儂の期待値の事はやる。

簡単に言えば有能な儂の駒だ。

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした、閣下……畏まりました。整えておきます」

 

 

 

 

 

 

 

額に雫を垂らす若造。

……そうだ。儂に従えばよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

儂がこの世の全てなのだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失敗はするなよ……わかっているな?」

 

 

 

「はい。もちろんです、閣下……」

 

 

 

 

 

 

 

……ククク。それでいい。

民は王に従えばよい。

 

 

ただ忠実に、絶対的に従えばよい。

意見をするなど以ての外だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……泰山。これが現実だ。

あやつは幼い頃から理想を宣う男だった。

 

 

 

それが今やどうだ?

 

 

 

平和ボケした理想ばかり追い求める貴様は表舞台から居なくなり、当たり前の事を当たり前に行う儂は絶対の権力者だ。

 

 

 

貴様は儂の言う事を聞いていれば良かったのだ、泰山。

 

 

 

 

 

 

 

だから貴様はあんな事に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戻る前に泰山の見舞いへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早くしろ、内海」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内海と呼ばれた男の眼には、遥か先の道を映していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――氷室 幻徳との話の後、nascitaに戻ってきたわたし。

 

 

 

ちなみに美空と紗羽嬢の姿は無い。

少し出掛けるとの置き手紙があったし、多分少ししたら帰ってくるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

美空が外出するのは心配だけど……

でも紗羽嬢が着いているし、問題無いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦争、か……」

 

 

 

 

 

 

 

口に出す事で改めて実感する。

この国は、日本は。

 

争いを止められないのかもしれないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーは正義の力。

マスターが教えてくれた、護れる力。

 

 

 

みんなの笑顔と希望を護れる力。

愛と平和の、力。

 

 

 

 

 

 

 

決して戦争などというモノに使っていい力じゃない。

無造作に命を散らす力じゃない。

 

 

権力者の欲のために使われていい力じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、わたしが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦わなければ、多くの血が流れる。

 

 

 

戦わなければ、多くの笑顔が失われる。

 

 

 

戦わなければ、多くの希望が消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大好きな人たち……

東都に住む、多くのか弱き人々が死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東都が火の海となる。

東都が地獄に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

東都が……絶望に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それなら、わたしは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……強くなりたい、って思ってたけど……こんな代価があると思わなかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

ぼーっとしながら、手首に着いているブレスレット状の通信機器に視線を移す。

 

 

 

氷室から渡されたモノ。

 

 

危機に瀕した際に連絡が入るモノらしい。

北都が侵攻してきたり、それに関する事態に陥ったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北都に、攻め入る時に連絡が入るモノ。

 

 

 

……つまりは戦争の証だ。象徴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心に、冷たい感情が吹く。

まるでそれは、北国が連れてきた冬の風のよう。

 

 

 

 

 

 

 

心を凍てつかせる、冷酷な北風。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては等価交換だ。

ありとあらゆる全ては天秤にかけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……代価無しで得ようなんて、愚かな事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な我が家から外に出ると、冷たい北風が強く吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いい?美空ちゃん。本当に、大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

最終確認のように問いかけてくる紗羽さんの表情は固い。

 

 

 

もちろん、私もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と紗羽さんは今、《東都総合医療センター》という病院に来ている。

 

 

 

ほぼ外出などしない、寧ろ出来ない私にとって外の世界は凄く輝かしく感じてしまう。

 

寒い風も、どこか心地よく感じるくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

そんな少し舞い上がっている私が、なぜこんな所に居るのかと言うと、紗羽さんにある頼み事をされたから。

 

 

 

私だけにしか出来ない頼み事。

惨めな感情が、少し消える事。

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんが私に頼んだ事。

それは私たちの住む東都の最高責任者だった男、氷室 泰山の意識を回復させて欲しいとの事だった。

 

 

 

鼻息荒く迫る紗羽さんに少し困惑したし、そもそも私にそんな力がある訳がない、と自覚していたから余計に困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

しかし紗羽さんの話によると私にはある力、があるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは傷を治す力。害を癒す力。

戦兎の怪我を治したのも、その力によるものだと紗羽さんは言っていた。

 

 

 

戦兎の推測によると、何らかの理由によりパンドラボックスから私に齎された力らしい。

 

 

 

 

 

 

 

未知の力を持った箱から渡された、私だけの力。

ボトルを浄化出来るのもそれによるものみたい。

 

 

 

 

 

 

 

私が嫌だ、とか早く治って、とか。

難しい事はよくわからないけど、拒絶する事によって発動する、って戦兎は言ってたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それともう1つ。

 

現首相の氷室 幻徳が戦争を始めようとしているらしい。

万丈が住まう地、北都と。

 

 

 

紗羽さんが掴んだ情報によると、氷室は既に戦争の用意をしているらしく、もう北都に攻め入る寸前らしい。

 

 

 

 

 

 

 

そうすれば戦争が始まる。

北都に住む人も、東都に住む人もあっさりと死んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

私の大切な人たちも、呆気なく散ってしまう。

 

 

 

それに氷室は戦兎が仮面ライダービルドだって知ってるはず。

 

 

 

 

 

 

 

……そうなれば戦兎は戦争の兵器として使われる。

 

 

 

 

 

 

 

きっと戦兎の事だから、思い詰めて納得しちゃう気がする。

わたしが皆を護らなきゃ、って。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダービルドは正義の力。

みんなの笑顔と希望を護れる力。

 

 

 

戦争のような残酷なモノのために使っていい力じゃない。

あの力は。私と戦兎の、正義の結晶なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

私が癒した力を戦兎が操り、戦う。

その戦いは護るための戦いじゃなきゃだめなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、泰山さんの意識が回復して首相に戻れば、何かが変わるかもしれない。

 

泰山さんにも黒い何かがあるかもしれないけど、平和を掲げたあの人なら何かやってくれるかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

それにもし泰山さんが信用してくれなくても、もう1つ切り札があるからきっと大丈夫、と紗羽さんは微笑みながらも頼もしい口調で言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、私の力を貸してほしいと。

紗羽さんはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんはそんな私の力を、護れる力だと言ってくれた。

 

 

 

傷付いた人を護れる力。

傷付いた人を見て悲しむ人を護れる力。

 

 

 

 

 

 

 

意識を失っている泰山さんを目覚めさせる事で、皆を護れるかもしれない力だって。紗羽さんは力強い瞳で言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の惨めだった心が溶けていく感じがした。

ずっと護られる存在だった私が、初めて戦兎や万丈と同じ場所に立てた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に暖かい風が吹く。

私の大好きな人が住む、東の都の風。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東から吹く清々しいそよ風が私の心を強くしていく、そんな気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もちろん。私にしか出来ない事だし!私の力で何かを護れるなら、迷う事なんて無いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固い表情の紗羽さんの目をしっかりと見つめ、想いを吐く。

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ高揚していく。何かが滾る。

まるで、心に火が点ったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかったわ。行きましょう――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここだ。この場所。

 

氷室 泰山が眠りに着く場所、鎮座する場所。

彼が身体を休めている病室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく潜入出来たよね、これ」

 

 

 

 

 

 

 

疑問の目で紗羽さんに問いかける私を、彼女は艶やかな微笑みで返してくる。

 

 

 

 

 

 

 

病院の外も中も、多分泰山さんの警護の人たちだと思われる軍団でいっぱいだった。

 

 

なのにも関わらず、誰からも引き止められる事無く泰山さんの病室まで正面突破出来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何で?

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば前に、聞かない方が良いとか言ってたな……

戦兎が焦ってたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聞かない方が良いわ、美空ちゃん♡」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。だと思った。

 

 

 

同性の私ですら魅力的に感じてしまう微笑み。

……きっとオトナの何かだ。聞かない方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

そう感じてしまう私が面白くて、少し笑えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……まぁ大したことないのよ。東都政府にとある知り合いが居てね。協力して貰っただけ、よ?」

 

 

 

 

 

 

 

それは大したことなんじゃないだろうか。

相手は元とは言え東都の首相。トップ。

 

 

 

その厳重な警護をスルー出来るのは大したことだと思う。私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ行きましょう。東都の平和を護るために――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――随分と早かったな……もう少し待たなければならないと思っていたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉そうな権力者の象徴とも思える椅子に寄りかかる男、氷室 幻徳。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの敵、ファウストのローグ。

氷室が何を吐こうが確信している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし。今はそんな場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの暖かい光が凍てついていく気がする。

……認めたくない、嫌いなわたし。

 

 

 

 

 

 

 

でも。守るため。

笑顔と希望を、守るため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……守るためだ。全てを守るため。わたしの大切なモノを守るため」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の心に嘘をつく。

言い訳をして納得させる。

 

 

これはしょうがないのだと。

守るべきモノのためなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

これは、わたしの正義なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の道具にはならない。お前の兵器にはならない……わたしの、わたし自身が決めた事。わたしの、正義のためだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの内側が凍えていく。

わたしの何かが、汚れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だからわたしは戦う。……北都と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの目が虚ろになっていく。

感情が薄まっていく気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これより新東都軍《野兎》を始動する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総司令官はこの私、氷室 幻徳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎。お前を野兎 総隊長に任命する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同時に。対国家殲滅用兵器、仮面ライダービルドの使用を命ずる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野兎への指令は、北都への侵攻及び殲滅。知らせを待て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争を告げる鐘の音は。

わたしの凍った心に、ずっと鳴り響いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








万丈「……ふがっ!?」

万丈「……なんだ。もう終わりか」

万丈「幸せな夢、だったな」

万丈「香澄も……天国で見てるといいな、同じ夢」



万丈「……よし!頑張んなきゃな!」

万丈「戦兎たちも会えたしな!」


万丈「つーか頭痛え」

万丈「酒飲んだみたいだな……なんか」




香澄『頑張りなさいよー!!』




万丈「!!……へへっ」

万丈「なんか、あいつに力貰った気がしたな」

万丈「うっし!したら飯食って鍛えるかな!」





――これは。聖夜祭後の純愛のお話。



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phase,27 姉妹の想い





戦兎「ますたあ……ふにゃ……ん?」

戦兎「あー……終わっちったか」

戦兎「楽しかったなあ、パーティの夢」

戦兎「……夢でも、会えたし」


戦兎「ん?何だこれ?」



【メリークリスマス、戦兎。 石動 惣一】



戦兎「……もお!帰って来てたなら起こしてよ!」

戦兎「……♪」




美空「あれー?戦兎、ピアスなんかしてたっけ?」

戦兎「……せっかくだからさ」

美空「せっかく?でも可愛いね!」

戦兎「えへへ♡似合うでしょ♪」



――これは。聖夜祭後の贈り物のお話。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。やってみる」

 

 

 

 

 

 

 

質素だが広く、優雅な音楽が聞こえそうな病室。

今その空間に居るのは私と紗羽さん。

 

 

 

そして……泰山さん。

私たちの、東都と北都の平和がかかってる人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願い……どうか成功して……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん、無理だけは――」

 

 

 

 

 

 

 

「――これは、どういう事だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂に包まれていた空間に響く声。

低く、嫌悪感に溢れる音。

 

 

 

私の事を心配する紗羽さんの音を塗り潰したモノの正体は、醜い何かを現したような存在に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!……帰りましょう、美空ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの魅力的な顔が歪む。

何かに動揺……というよりも畏怖しているかのような。

 

 

 

いつも余裕を漂わす紗羽さんが、緊張と恐怖で埋め尽くされている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?どしたの……?」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの様子がどこかおかしい。

 

 

 

この気味が悪い男が来てから、だよね。

……もしかしてこの男に何かあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの知る人物で、例えば泰山さんを起こすと困る人物、とか。

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ大丈夫。さ、行きましょ……」

 

 

 

 

 

 

 

絶対に大丈夫じゃない。

見るからに震えているし、何かに怯えてる。

 

 

 

どうしたのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……儂はただ、この男を見舞いに来ただけだ。すまないな、場を壊してしまって……気を付けて帰りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

深い奥底のような皺の男。

気を付けて、という割にそんな風には感じられないんだけど……なんだろ、気持ち悪いな。

 

 

 

それに一瞬だけ紗羽さんに冷たい視線を刺してから、ずっと目を合わせないし……何か、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……早く帰った方がいい気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰ろ。お見舞いも済んだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの男に嫌悪している気持ちを抑えつつ、いつもの格好良いオトナのオンナとは別人の紗羽さんを連れ、我が家への帰路についた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしたの?紗羽さん、変だよ?」

 

 

 

 

 

 

 

未だに動揺してるように見える紗羽さんに、彼女の好きなローズヒップティーを渡す。

 

私が淹れるこの紅茶は、彼女曰く落ち着く味らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってる道中、一言も会話が無かった。

……それに帰ってきた今も。

 

 

 

まだ戦兎も帰ってきてないみたいだし。

戦兎なら紗羽さんを元気に出来る気がするんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね美空ちゃん。もう、ホントに大丈夫だから!」

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を啜りながらいつものように微笑む紗羽さんの表情は、どこか空元気のように思える。

 

 

 

 

 

 

 

……うーん。

 

私の思い過ごしじゃないと思うんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ!そろそろ帰ろっと!……またね、美空ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶の残りを飲み干し帰っていく紗羽さんの表情は、悲しみに満ちていた気がした。

 

 

 

何か、秘密を抱え込んでいるような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――滝川です。先程の事で、お電話致しました」

 

 

 

 

 

 

 

先程病室で鉢合わせてしまったあの方に、自ら電話をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

震えが止まらない。

全て順調に行っていたはず。なのに、なぜ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をしていた?まさか、殺すつもりだったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

恐ろしさを顕現したかのような声。

私の全てが恐怖に襲われるような音。

 

 

 

このお方の声を聞くと、心の底から嫌になる。

 

 

 

 

 

 

 

……逃げ出したくなる。

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。その方がよろしいかと考えてしまいました。申し訳ございません、閣下」

 

 

 

 

 

 

 

企みが露見していない事に少し、安堵する。

良かった、バレてはいないよう。

 

 

 

でも、油断ならない。

このお方は難波 重三郎。私たちの王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの王に、絶対逆らえないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

でも……今回は大丈夫だと思ったのに……

 

 

 

 

 

 

 

「……勝手に行動するな。儂の命令にのみ従え」

 

 

 

「……まぁ儂の事を考え行動したのだろう。今回は、不問にしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも自身が全てだと考えるこのお方。

 

 

 

……私にとっては間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。誠にありがとうございます閣下……全ては貴方様のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの言葉を何度繰り返したのだろう。

数える事など不可能に近い。

 

 

 

そんな事を考えると切なく笑う、そんな自分がいる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

……動揺している私を出さないように。

 

冷静に、冷徹に謝る。

このお方に見限られないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかっているな?裏切るなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとって最大の恐怖であるお方は、私にとって最大の言葉を吐いて会話を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――もう、嫌だよ。戦兎ちゃん……正義のヒーロー、助けにきてよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祈りに似た言葉を紡ぎながら俯くと。

私の目からは絶望の雫が落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

私の居場所は、どこにもない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま……あ、美空帰ってたの?お帰り」

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、美空は既に帰ってきてた。

 

 

 

……良かった。何事も無かったみたい。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……戦兎!おかえり!」

 

 

 

 

 

 

 

天使のような美空。可愛いわたしの妹。

 

 

 

この子の未来は。この子の笑顔は。

この子の希望は、わたしが守る。

 

 

 

 

 

 

 

「ふいー!疲れちったよ。お腹減ったわあ」

 

 

 

 

 

 

 

美空、紗羽嬢、佳奈ちゃん。

巻さん親子、鍋島さん夫妻。

たーさんの家族、東都のみんな。

 

 

 

そして、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

あの人たちの笑顔と希望はわたしが守る。

例え、わたしが穢れても。

 

 

 

 

 

 

 

例え……弟と戦いになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね!ご飯つくる!……あのね、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

美空の表情が暗い。

どうしたんだろ?何かあったのかな。

 

 

 

もしや……コスプレの餌食になったか。

 

 

 

 

 

 

 

まだそんな風に冗談らしいことを考えられるわたしは大丈夫だ、と思う。

 

 

 

まだまだ。これからだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どしたん?紗羽嬢に変な事されたか」

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りのわたしを創る。

いつも通りの、美空が知ってるわたし。

 

 

 

 

 

 

 

「あのね……紗羽さんがなんか変だったの」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が?変だった?

 

 

 

うーん。私が思うにあの人はいつも変だと思うけども。

でもそれがあの人のいい所でもあるとわたしは思う。

 

 

 

でも美空のこの雰囲気だと……

本当に何かあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「私ね。紗羽さんと一緒に東都総合医療センターに行ったの」

 

 

 

 

 

 

 

ご飯の用意をしながら、ぽろぽろと言葉を創る美空に疑問が湧く。

 

 

 

東都総合医療センター?

何でまたそんな所に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしてあの時意識を失ったのが何かあったのかな。

 

頭痛いとか、体調が優れないみたいな。

それで紗羽嬢が病院に連れてってくれたのかね?

 

 

 

 

 

 

 

「泰山さん……氷室 泰山さん、居るでしょ?元首相の。あの人に会いに行ったんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

氷室、泰山……?

 

 

 

何で美空があの人の元へ?

接点なんて特に無いでしょうに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳がある1つの事を囁く。

少しずつ輪郭を現しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう言えば。紗羽嬢、あの時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……そうなのね。ちなみに、どうすればなるの?それ】

 

 

 

 

 

 

 

【……そう。そっか】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やたらと美空の力の事を知りたがってた。

あの癒しの光の、発動の条件を。

 

 

 

何で紗羽嬢が泰山さんを……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、泰山さんの病室でさ――」

 

 

 

「ちょっと待って美空!!!」

 

 

 

 

 

 

 

美空の言葉を遮断した、私の声が場に響く。

美空は戸惑ってるけど、そんな場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで。なんで泰山さんの病室にわざわざ行ったの?」

 

 

 

 

 

 

 

声には少し怒気がこもっているかもしれない。

もちろん美空に対してではなく、だけど。

 

 

 

ごめんね、美空。

美空が悪い訳じゃない。美空に対してじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳裏にある予測が着く。

そうであってほしくない。彼女はそんな人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

脳が活発に働き出す。

わたしは彼女に言ったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「え?……ほら、私のボトルを浄化する力あるでしょ。あれは人にも使えるんだ、って」

 

 

 

「戦兎が紗羽さんに言ってた……んでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳が結果を弾き出す。間違い無かった、と。

 

 

 

 

 

 

 

「だからね。その力で泰山さんの意識を戻そうと思って!」

 

 

 

「……結局色々あって出来なかったからさ。出来るかわからないけど」

 

 

 

 

 

 

 

どこか輝いているようにも見える美空。

 

 

 

……違うの。違うんだ。その力は危ない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはその事を彼女に言ったはずなのに。

意識を失うような力。

 

 

 

美空の身体に害を及ぼす力だって伝えたのに……

 

 

 

 

 

 

 

「それでさ。その色々っていうのが――」

 

 

 

 

 

 

 

「美空。もうその力を人に使っちゃだめ」

 

 

 

 

 

 

 

冷たく言い過ぎてしまったかもしれない。

 

……今日は色々あったし。

 

 

 

 

 

 

 

「え……?大丈夫だよ?別にどこも悪くないし……」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりちょっと冷たく言い過ぎたと思う。

はぁ……美空を落ち込ませちゃった。

 

 

 

でも、その力はだめ。

美空に何かあったら、わたしは……

 

 

 

 

 

 

 

「……その力を使って美空は倒れた。身体に害が無いなんて言えないでしょ」

 

 

 

「もし美空に何かあったら……美空の身体の方が大切だから」

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。優しく諭そうとしても冷たい感じになってしまう。

 

 

 

でも、逆に伝わりやすいかな?

本気で危ないモノだとわかってくれれば、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫だよ。私の身体だし。私が一番よく知ってる。だから大丈夫。心配しないで?戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

美空の言葉にどこか決意のようなものを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろ。

こんなに食い下がるなんて……

 

 

 

もしかして紗羽嬢に何か吹き込まれた……?

 

 

 

 

 

 

 

「だーめ!美空がそんなに頑張らなくてもいーの!……紗羽嬢に何を吹き込まれたのか知らんけど、美空がやる必要無いよ」

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ落ち着いたのか、いつも通りのわたしに戻れた。

 

 

 

良かった良かった。

あとは美空に納得してもらえば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私にも、やっとやれる事なの……この力は私の力……私の護れる力……だから、大丈夫なんだって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空……?

 

 

 

俯きながら、ぼろぼろと涙を生み出していくわたしの妹。

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろ……何があったの……?

 

 

 

 

 

 

 

わたしの言葉がきつかったのかな。

普段こんな事ないし、怖がらせちゃったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

美空はわたしが守る。

だから美空はそんな頑張らなくても……

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう、美空。気持ちだけで充分嬉しいし!だから――」

 

 

 

「違うの!私も戦兎や万丈と同じ立場に居たい!!護られるだけの存在はもう嫌なの!!私も一緒に護りたい!!」

 

 

 

 

 

 

 

泣きながら絶叫する美空に呆然としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

こんな美空、初めて。

 

 

 

……寂しかったのかな。やっぱり。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。でも美空は仲間外れじゃないよ?だって、ボトルだって美空が――」

 

 

 

 

 

 

 

「いいよね!お姉ちゃんは!?力があってさ!!護れる力が!私には無いの!これしか無いの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だって傍に居たい!!戦いたい!でも出来ないから!だから、だから私はこの力を使うの!私だけの力を!!」

 

 

 

 

 

 

 

美空……?

でも、でもね?それはね、危ないから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体お姉ちゃんは過保護だよ!!私はそんなに子供じゃない!私は私の好きにする!」

 

 

 

「別にそれで私の身体がどうなろうがお姉ちゃんには関係無いでしょ!?そもそも本当の家族じゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渇いた音が鳴った。

脳が動くよりも先に、手が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

……天才なのに、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それ以上言わないでよ。関係無い、とか……美空は、わたしの事家族だと思って無かった……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とめどなく溢れ出していく。

わたしの目と、心に。

 

 

 

 

 

 

 

切ない涙が止まらない。

美空の口から聞きたくなかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、本当の家族じゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、お姉ちゃん。今のは――」

 

 

 

「――いいよ!大丈夫。本当の事だし。ごめんね、わたし美空の事心配でさ。うざかったよね。ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしを形創っていたモノがぽろぽろと壊れてく。

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎、というモノが無くなってくような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……違うの!私はそんな事――」

 

 

 

「ごめんねー、わたし案外バカだったよ。マスターも美空も優しいからさ。勘違いしちゃった。ごめんね?美空」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉が止められない。

本当はこんな事言いたくないのに。

 

 

 

やだ、やだやだやだ。

お願い。止まって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!!聞いてよ!!!」 

 

 

 

「わたしほんっと!甘えてたなー。ずっと家族だと思っちゃってた。本当は違うのに。わたしの居場所じゃないのにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめ、やめて。

それ以上言ったら終わっちゃう。

 

 

 

家族が、わたしの大事な家族が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうさ!ごめんね?わたし……出てく!美空にも嫌がられちゃったし、もう何も言わないからさ?……本当に今までありがと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しく渇いた音が鳴り響く。

初めて、美空にぶたれた。

 

 

 

 

 

 

 

心が、痛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん。本当に怒るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美空は優しい子。

でもなんでだろう。止められないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん。私はそんな事本当に――」

 

 

 

「ごめん。ちょっと風に当たって頭冷やしてくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。今は考えられない。

美空に言われた事が脳に張り付いて取れない。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、わたしの心にくっついてる。

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎が、無くなった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居場所が無くなった、そんな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姉ちゃん!?ちょ、ちょっと待ってよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは頭を冷やすと言い、出かけてしまった。

連れ戻そうとしたのに、バイクでどこか遠くに消えてった。

 

 

 

 

 

 

 

全ては、私のせい。

私があんな事言ったから。

 

 

 

本当はそんな事1回も思った事無いのに。

お姉ちゃんは、私の本当の家族なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっと涙が止まらない。

 

 

 

傍に居てほしい。

隣で笑っててほしい。

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんに、居てほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の大切なお姉ちゃんは、結局帰って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








美空「それにしても幸せな夢だったなあ♪」

美空「神様……サンタさんからのプレゼントだし!」

美空「ふふ……ん?何だしこれ」




【メリークリスマス、美空。 パパ】




美空「……帰って来てたなら起こしてし」

美空「しかもパパって……きもっ」

美空「……♪」




戦兎「みしょら!そのネックレス可愛いーじゃん!」

美空「そーお?……ふふふ」

戦兎「うん!めちゃ似合ってるよ♪」

美空「ありがと!お姉ちゃん♪」







――これは。聖夜祭後の贈り物と。
とある姉妹のお話。



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phase,28 悪魔の軍人





紗羽「ふふ……あれ?」

紗羽「……なんだ。覚めちゃったの」

紗羽「久々にすっごい楽しかったな」

紗羽「こんなの……いつぐらいぶりかしら」

紗羽「……ふふ♪」

紗羽「あまり思い出せないことも多いけど……」

紗羽「……眼福だったわあ♡」


紗羽「さて!……頑張るかな」




紗羽「……あら?鞄にいれといたはずなのに」

紗羽「私の必需品が……無い」

紗羽「……また買えばいいか♡」





――これは。聖夜祭後の懲りないお話。







スターク『あんなもんは没収に決まってんだろ』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い風が身体を虐めてくる季節。

わたしは、大切な人と喧嘩をしてしまった。

 

 

 

心から大切な人。

あの人のためなら……自分が傷付くのなんて構わない。

 

 

 

 

 

 

 

そんな、大切な人。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそあの時の言葉にとても、わたしはやられてしまった。

あの子が言いかけた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当の家族じゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

勢いで言ってしまっただけなのかもしれない。

あんな喧嘩、今までしたこと無かったし。

 

 

 

姉妹喧嘩、ってやつなのかな。あはは……

 

 

 

 

 

 

 

でも、わたしは敏感に反応してしまった。

現に今もわたしの脳に、あの子の言葉がずっと反響している。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎が見当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

……居場所が、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの存在が拒絶されたみたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんとおねーちゃん!ごはんだってー!」

 

 

 

 

 

 

 

……わたしの凍りついて、ひび割れた心を溶かすような笑顔の佳奈ちゃん。

 

 

 

無邪気で、未来が明るくて、守らなければならない尊いモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。わたしに居場所が無くても……

守らなきゃ。うじうじしててもしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

例え誰からも必要とされなくても……

 

 

 

 

 

 

 

「……うん!今行くね」

 

 

 

 

 

 

 

小さく可愛い天使を心配させないように、いつも通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

nascitaを飛び出しもう3日が経った。

そんなわたしは今、鍋島家に居候している。

 

 

 

あの子と喧嘩してしまい家を飛び出し、特に意味も無く宙を見ていたら、たまたま鍋島さんの奥さんと出くわした。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの何かを察したのか、特に何も言っていないのに彼女は「家に来て下さい、あの子も喜びます」と。

 

 

 

「いつまでも居てくれていいんですよ、貴女は私たちの大切な人です」と。

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってわたしを拾ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……恥ずかしいけど、そのまま厄介になってる。

 

まるでわたしは捨て犬みたいだな、と苦笑してしまう自分があまり好きじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

いや。捨て兎か。

というか元々わたしは野兎だしね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい奥さん。ずっとお邪魔してて……今日、帰ります。本当にありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

健康的で美味しそうな、出来たての朝食を用意してくれた奥さんに感謝と謝罪を。

 

 

 

わたしは他人だ。

これ以上迷惑はかけられない。

 

 

 

 

 

 

 

別に帰る場所が無くても、わたしは野兎。

野生の兎。孤独な兎。

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっとここに居てもらっていいんですよ……仲直りするまで」

 

 

 

 

 

 

 

優しい微笑みを浮かべる綺麗なこの人には、全てお見通しらしい。

 

 

 

一応連絡してくれてたのかな。

それとも、あの子が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……元気にしてるかな。

 

 

 

 

 

 

 

あの子の事を想う。

今何してるかな、ちゃんとご飯食べてるかな、怖い思いしてないかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらこういう所がうざかったのかもしれない。

きっと構い過ぎたからもう嫌になっちゃったんだろうか。

 

 

 

わたしは本当の家族じゃないから。

それなのに干渉してくるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が嫌になる。

なんでそんな事もわからなかったんだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

……だから居場所が無くなるんだな。

 

 

 

そう、わたしの脳は告げている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……氷室に言えば、住む所などどうにでもなる。

 

なんたってわたしは東都の平和を守る、兎たちの総隊長なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫です、もう。ありがとうござい――」

 

 

 

 

 

 

 

お世話になった人への感謝とちょっとした決意を伝えようとした時、手首から離れようとしないブレスレットがけたたましい音を奏でた。

 

 

 

戦争の始まりを告げる鐘の音。

わたしを違う場所へと連れていく足音のような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらわたしの新しい居場所はそこなのかもしれないな、と思うと悲しくもなり、なぜか少し笑えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――総司令官の氷室だ。今すぐ首相官邸に来い」

 

 

 

 

 

 

 

血痕のような小さな赤いスイッチを押すと、憎き敵の声がする。

 

 

 

……もう止まれない。止まってる暇はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの新しい居場所は、そこだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。今行く――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え!?……わかったわ。すぐに……ええ。それじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

鬼気迫る電話を終え、急いであの子の元へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

……ごめんね、でも時間が無い。

 

早く、早く泰山さんを目覚めさせないと。

 

 

 

 

 

 

 

それに、なんで戦兎ちゃんが……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とにかく、急がなければ。

 

うだうだ考えてる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎ちゃんや、美空ちゃんや、万丈君が護る大切なモノたちが消え去ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この国が、滅んでしまう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――お姉ちゃん。何やってるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

初めての姉妹喧嘩の後、ずっとずっと帰って来ない私の大切な宝を想う。

 

 

 

居なくなってわかる、大切な人。

改めて想う。かけがえのない存在なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが居なくなってからというもの、何も手が付けられない。

やる気が起きない。お腹も空かない。

 

 

 

1人で食べるご飯なんて美味しくもなんともない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……全部、私のせいだ。

 

心が引き裂かれそうになる。

 

 

 

心が……静かに悲鳴をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、お姉ちゃんに言ってしまった言葉を思い出す。

 

心にも無い言葉。

1度も感じた事が無いのに、放ってしまった言葉。

 

 

 

感情的になって、吐いてしまった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、やっと得られた自分の力が本当に嬉しかった。

これでやっとお姉ちゃんや万丈と共に戦える、そんな気がしたから。

 

 

 

お姉ちゃんに自慢したかった。

お姉ちゃんに褒めて欲しかった。

 

お姉ちゃんに、一緒に頑張ろうと言って欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを、拒否された気がした。

 

 

 

お前は要らない。お前の力など必要無い。

お前などただ、隠れて逃げて怯えていればいい、と。

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に言われた気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……お姉ちゃんがそんな事想うはずないのに。

 

 

 

 

 

 

 

きっと落ち着いて私の気持ちを伝えれば、こんな事にはならなかった。

 

 

 

私のせいだ。全部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……早く謝りたい。

 

 

 

 

 

 

 

未だ帰らぬ姉に想いを馳せる。

 

 

 

ごめんなさい、と。愛してるよ、と。

貴女は本当の家族以上だよ、と。

 

 

 

 

 

 

 

貴女の居場所はここだよ。と――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美空ちゃん!!……戦兎ちゃんは!?」

 

 

 

 

 

 

 

姉の事ばかり考えていた私の元に来てくれたのは、違う女性。

この前の紗羽さんとは別人。いつも通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……紗羽さん。お姉ちゃんなら、居ないんだ……私のせいで。居なくなっちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また涙が零れる。

お姉ちゃんが居なくなってから何度零したのだろう。

 

 

 

数え切れない悔やみ。

後悔しても遅いって、こういう事なんだね。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの、美空ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

優しく問いかけてくれる紗羽さんの言葉が辛い。

 

 

 

 

 

 

 

全部私のせい。私がお姉ちゃんを壊しちゃったから。

大切なお姉ちゃんを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんにね、もう誰かにその力は使うなって言われたの……私、要らないって言われた気がしたんだ」

 

 

 

「だから……思っても無いのに口にしちゃった。絶対に言っちゃいけない言葉を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1つ1つ絞り出すように紡ぎ吐く。

口に出すと余計に実感する。

 

 

 

 

 

 

 

私は本当に馬鹿だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……それは、私のせい。美空ちゃんのせいでも戦兎ちゃんのせいでもない……本当にごめんなさい、美空ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

プライドが高そうな紗羽さんが、ゆっくりと深く深く頭を下げてくる。

 

 

 

貴女のせいじゃない。

貴女は私に教えてくれただけ。

 

 

 

紗羽さんは何も悪くない。

 

 

 

 

 

 

……悪いのは、私。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ちゃんにも私がしっかりと説明して謝るわ……美空ちゃん。でもね、緊急事態なの。聞いて」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの表情が強ばる。

私の今の顔は、きっと人には見せられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだろ。

 

慌ててるみたいだけど、何かあったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん。今から泰山さんの所に行って、今度こそ泰山さんを美空ちゃんの力で起こしてほしいの」

 

 

 

 

 

 

 

……力、か。

 

お姉ちゃんと喧嘩するきっかけになった力。

この力の事を知った時、飛び跳ねるほど嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

でも、今は逆。

お姉ちゃんと離れ離れになってしまうこんな力なら、私は要らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな悲しみに溢れる力なら、私は要らない。

 

 

 

 

 

 

 

……もう使いたくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん紗羽さん。もうこの力は使いたくない」

 

 

 

 

 

 

 

また使ったら、お姉ちゃんと離れちゃう気がする。

それならもう、二度と使いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

……私は迷わずに、家族を選ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん。気持ちはわかる……でもね?もう、戦争が始まってしまう。もう本当に時間が無いの」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの言葉に、心が拒否反応を起こしたような。

 

 

 

 

 

 

 

今の私には戦争というモノがどこか、絵空事のように感じる。

本当はそんな事起こらないんじゃないか、考え過ぎなんじゃないか、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そんな事よりもお姉ちゃんの方が大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷室は自身をトップとして新しい軍を設立したわ。名を野兎……そこがどうやら、もう間もなく北都へ侵攻するらしいの」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの顔には冷や汗が滴り続けている。

いつも涼しい顔をして何事にも対応する紗羽さんなのに。珍しい。

 

 

 

 

 

 

 

あの病室での出来事の紗羽さんと似ている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてね。驚かないで聞いてね?……その軍のナンバー2は、戦兎ちゃんなの……」

 

 

 

 

 

 

 

「そして、仮面ライダービルドを兵器として投入する事が決定してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの言葉を聞いた瞬間、時が止まった気がした。

一瞬全てが凍りついたような。

 

 

 

……お姉ちゃんが、軍?ナンバー2?

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが、戦争に?

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが……仮面ライダービルドが、兵器?

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいや紗羽さん!冗談でも笑えないし!お姉ちゃんに限ってそんな事あるわけ――」

 

 

 

「東都政府の知り合いから得た情報よ。間違いないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎ちゃんがここに居ないのなら、もう招集されているはず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嘘だ。嘘だよ。

 

お姉ちゃんが戦争の道具になるはずない。

 

 

 

あの力を殺戮の戦士にするわけない。

あの力は正義の力。笑顔と希望を護れる力。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の感情が波をたてる。

大きな大きな波が、唸りをあげて襲うように。

 

 

 

 

 

 

 

「多分、氷室 幻徳に言われたんだと思うわ……戦兎ちゃんが戦わなきゃ、東都のみんなが死ぬ、って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の頭の中に光が灯る。

小さいけど、よく視える光。

 

 

 

 

 

 

 

きっとお姉ちゃんは、色々な事を考えて決断したんだ。

東都の皆の笑顔を護るため。大事な皆を犠牲にしないため。

 

 

 

 

 

 

 

あの姉はそういう人だ。

だから、自分に嘘をついてでも決めたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと後ろ向きだった私の道が開けていく気がする。

前に進めと誰かに言われている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

止まるな、お前が救えと。

迷うな、お前が連れ戻せと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の愛する姉を、救い出せと。

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん。決断して……東都を護れるのは。戦兎ちゃんを護れるのは……貴女しか居ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

心に火が点る。

前とは違う、優しくて暖かい火。

 

 

 

 

 

 

 

全てを癒す、豊穣の火のような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……お姉ちゃん。だめだよ。

 

貴女のその力は、戦争なんかに使う力じゃない。

 

 

 

貴女は優しいから。責任感が強過ぎるから。

全部1人で抱え込んじゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思うと、喧嘩したあの日のお姉ちゃん、どこか元気が無かった。

 

 

 

もしかしてあの時にはもう、決断してたのかな。

 

 

 

 

 

 

 

私や万丈には関係無いとか言うなとか。

もっと頼れとか、そんな事言う癖にさ。

 

 

 

貴女は全然頼ってくれないじゃん。

私が傍に居るのに。

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん……もし何かあったら私が責任を――」

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽さん!……行こう。泰山さんの所へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのバカな姉を護らなきゃ。

そして首根っこ掴んで引きずり回して実家に連れ戻さなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん、それは間違ってる。

私が引っぱたいて散々お説教してあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃん……ありがとう。そしたら早く行きましょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽さんの眼は決意に満ち溢れてる気がする。

私も同じ眼をしていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん、待っててね。

お説教したら。ちゃんと謝るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一緒に、ご飯を食べよう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――無駄と思えるほど広く、無機質な空間。

 

 

 

冷たい感情が漂うような場所。

屈強な軍人が集うこの場所。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしの新しい居場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより!新東都軍 野兎の始動を宣言する!!この軍の最高責任者であり総司令官は私、氷室 幻徳だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

数え切れない程の兵士が集う。

皆、頂点に立つこの男の声に心を震わせているようだ。

 

 

 

まるで、洗脳されているみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたしもそうなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして戦場にて、野兎を束ねる者を紹介する……貴殿らの道を切り拓くこの軍の総隊長!桐生 戦兎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の、どれだけいるのか想像もつかない衆の前に立つわたしと氷室……総司令官。

 

 

 

そんな中わたしの名が皆に伝わった時、この軍勢は歓喜のような大きすぎる雄叫びをあげている。

 

 

 

 

 

 

 

脳が震える。恐ろしいような。

しかしどこか、胸高鳴るようなわたしが居る。

 

 

 

 

 

 

 

……戦を前にした兵士とはこういう気持ちになるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に感じたら、なぜか笑ってしまった。

それはきっと、悲しみの笑。

 

 

 

 

 

 

 

「兵士たちの士気に関わる……お前も何か言え」

 

 

 

 

 

 

 

総司令官が、兵士たちの喜びのような咆哮でかき消されるくらいに小さな、わたしにしか聞こえない音で囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……滑稽だ。本当に滑稽。

 

戦争に使ってはいけない力だと宣っておきながら、わたしはこの舞台に立っている。

 

 

 

戦争という名の、どうしようもない破滅を齎す者の場所に。

しかも、齎す者の上に立ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が曇っていく。

誰かが嘲りながら、わたしの姿が見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほら、やはりお前は無力だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、もう決めた事。

 

守るために。わたしは嘘をつく。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはもう、nascitaの桐生 戦兎じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしこそは!野兎の天才総隊長、桐生 戦兎だ!!ここに集う皆よ!わたしに続け!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野兎の者達が、先程とは比べ物にならないほどの咆哮をあげる。

まるで、何かを滅ぼす叫びのよう。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、何も感じない。

ただ、守らなきゃと声がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここがお前の居場所なんだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野兎の使命は、北都への侵攻及び主要都市部の殲滅!!」

 

 

 

 

 

 

 

「桐生総隊長が対国家殲滅兵器である、仮面ライダービルドを使用し前線に立つ!!総隊長に恥ずかしい姿を見せないよう心がけよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総司令官の怒号のような声を受け、絶叫が空間を満たす。

わたしが、わたしじゃなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、きっともう。これが本当のわたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、わたしは悪魔に魂を売った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実行は8時間後、フタマルマルマル!!我らが怨敵、北都を殲滅せよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「いやー。よかったよかった」

惣一「……あいつら、楽しそうだったな」


惣一「戦兎と美空には一応ちゃんとプレゼントしたけど」

惣一「……喜んでくれたかね」

惣一「女の子ってわかんねーしなぁ」

惣一「……喜んでくれりゃいいけど」

惣一「万丈には……後で、な」





惣一「したら頑張りますか!終焉を!」







――これは。聖夜祭後のサンタさんのお話。
絶望の化身は、何を考えているのか。

それは。そう遠くない未来のお話――



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phase,29 希望の光、滅びの音





香澄『ふみゅ……ん……あら』

香澄『……寝ちゃってたんだ』

香澄『楽しかったな、ふふふ』

香澄『……また、逢いたいな』



香澄『それにしてもあんな事出来るなんて』

香澄『いよいよ私、本格的にホラーね』

香澄『また……やってみようかな』





香澄『いや……それはだめだよね』

香澄『龍我には、私を忘れてほしい』

香澄『そして、幸せになってほしい』

香澄『……私は、見守れればそれでいいもん』





香澄『さてと!お散歩しながら観察しよっと!』




――これは。聖夜祭後のちょっと切ないお話。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

争いの始まりを告げる、猛々しい焔。

様々な想いを火種に、その焔は成長を遂げる。

 

 

 

それは、全ての始まりに過ぎない。

絶望が齎す終焉の、始まり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いよいよ始まりそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

魂の無い白衣の男。人類の敵。

絶望の隣に立つ者。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……そうだな。やっと、始まる」

 

 

 

 

 

 

 

徐々にその輪郭を現す男。

絶望、終焉、全ての悪を率いるモノ。

 

 

 

 

全人類の憎悪を、身に纏おうとするモノ。

 

 

 

 

 

 

 

「……力は徐々に取り戻せているのか?……というよりも、力を手に入れつつあるのか、と聞いた方が正解か」

 

 

 

 

 

 

 

静かな笑を浮かべる者。

それは人類に仇なす事を象徴する笑。

 

 

 

 

 

 

 

「……少しずつな。でもまだまだ遠く及ばねぇとは思う……ま、禁忌の箱を手にする前には何とかなりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロの我が身を蔑むように睨むモノ。

 

 

絶望と終焉を齎す力の代価。

命を削る力。身を削り得る力。

 

 

 

 

 

 

 

「回復も以前より格段に早い……いよいよ人外だな、エボルト」

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、名も無き君よ」

 

 

 

 

 

 

 

人外のモノを、慈しむかのように見る者。

それはきっと、人知を超える外道。

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、葛城のおっさんよ。聞こえるんだよ、声が」

 

 

 

 

 

 

 

人の道を外れし者に、絶望のように囁くモノ。

 

 

 

 

 

 

 

「多分あいつなんだろうな……早く、早く終わらせろ、ってさ」

 

 

 

 

 

 

 

「……この世界を絶望に満たせ。終焉を齎し全てを拒絶しろ、ってよ」

 

 

 

 

 

 

 

人知を遥かに超える力が宿るモノの瞳には、虚無が居る。

 

このモノの立つ場には、既に何も残されていないのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は未だに悩むよ。苦悩する。逃げ出したくもなる。全て放棄したくもなる……でも、覚悟は決めてる」

 

 

 

 

 

 

 

人外のモノの視る先には、何が待っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと俺は後悔する。全てを裏切る事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人外のモノが視る未来には、何が満ちているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと俺は後悔する。全てを壊す事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人外のモノが視る世界には、何が潜んでいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……でもやると決めた。この世界を絶望に陥れると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……もう迷わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人外のモノのその覚悟を宿す言葉は、絶望に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――見覚えのある空間。

 

豪華さは無いが、優雅さに溢れる部屋。

 

 

 

その部屋に静かに眠る人。

 

……氷室、泰山。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も救われない争いの歯車を回そうとする、氷室 幻徳の父にして私の住むこの東の都の、本当の長。

 

 

 

 

 

 

 

「……美空ちゃん、お願いね。全ては貴女にかかってる」

 

 

 

 

 

 

 

その空間に踏み入った私と彼女。

 

 

 

東と北の皆を護るために。

東と北の平和を護るために。

 

 

 

 

 

 

 

愛する家族を、護るために。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫……もし私が意識を失ったら、その後はよろしくね、紗羽さん」

 

 

 

 

 

 

 

私の力で護れるきっかけを創るから。

後は彼女に、全てを託す。

 

 

 

 

 

 

 

この国の平和を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――決意を固めた私と紗羽さんは、その後すぐに泰山さんが眠る東都総合医療センターへと急いだ。

 

紗羽さんが言っていた戦争を始めるためなのか、警護の数は以前よりも格段に少ない。

 

 

 

紗羽さんが根回ししたのかはわからないけど、以前と同じようにあっさりと泰山さんの休む病室へと辿り着けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泰山さんは、ずっと意識を失っている。

まるで、東都が争いを始める事を拒否し、顔を背けているかのよう。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、私が起こす。たたき起こす。

平和を脅かす人たちを止めてもらうために。

 

 

 

 

 

 

 

あなたが全ての希望なの、泰山さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の胸に、私の手を置く。

彼の心に、私の想いが届くように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、私の力……

どうかお願い、みんなを救って……!

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、その場の全てが光に包まれた。

優しく、暖かな光。全てを包み込むような光。

 

 

 

絶望を希望に変える、そんな癒しの力のような光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと大丈夫。

後は紗羽さんが上手くやってくれる。

 

 

 

東都も北都も大丈夫、平和に包まれる。

戦争など起こりはしない。

 

そんな企みなんて、叶ったりなどしない。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎は、お姉ちゃんは。

戦争の道具なんかには、絶対にさせない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人たちに想いを馳せながら、まるで青い宙を自由に舞うように。私の意識は優しく飛び立っていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――う……ん、なんだここは……ん?君は……?」

 

 

 

 

 

 

 

……ありがとう美空ちゃん。

 

後は、私の出番。

 

 

 

絶対に戦兎ちゃんを戦争になど行かせない。

彼女はそんなもののために力を奮ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

貴女は正義のヒーローなのだから。

笑顔と平和を護れる、ヒーローなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……きっと、私の事も――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お初にお目にかかります、泰山氏。私は滝川と申します。実は今、国家を揺るがす大変な事態になっておりまして――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上。時間となるまで各自、休憩とする」

 

 

 

 

 

 

 

総司令官である氷室から言い渡された事を、各隊長に伝えその刻を待つ。

 

 

 

もう間もなく、戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

野兎の総隊長として。

仮面ライダービルドとして。

戦争の兵器としてわたしは、戦う。

 

 

 

万丈が忠誠を誓わざるを得なくなった、北の国と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈の事を想う。

彼は一体今、何をしているのかと。

何を想い進んでいるのかと。

 

 

 

結局わたしは、あいつを未だに連れ戻せない。

連れ戻すどころか、争いをしかけようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、マスター……

わたしの選んだ守り方、間違ってないよね……

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が伝達する。

彼の、マスターの面影を。

 

 

 

ふと閃きとは少し違う、興味に近い光が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何をしてるんだろう、マスターは。

争いの始まりが刻一刻と迫るこの時に。

 

 

 

大丈夫なのだろうか。

戦火に巻き込まれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そもそも、何のバイトをやってるんだろう。

 

 

 

最終的にマスターのバイト先へとシフトチェンジしたわたしの脳が、なんだかとても面白くて、くしゃっ、と笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

謎が多いマスター。

謎に満ち溢れてるマスター。

 

 

 

そんな所も魅力の1つなのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

そしてもう1人の。わたしの大切な人の事を想う。

凍てついた冷たいわたしの心の中の、暖かな存在の1つ。

 

 

 

 

 

 

 

美空は、大丈夫だろうか。

争いに巻き込まれないだろうか。

 

 

 

やっぱり心配してしまう。

うざったいのかもしれないけど、わたしの大切な美空。

 

 

 

嫌がられても、家族だと思われなくても。

赤の他人で、わたしの居場所じゃないとしても。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはやっぱりあの子が大好きだ。

あの子を心から愛してる。

 

 

 

本当の家族じゃないと言われても。

思われても。そうだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

わたしにとっては大切な妹なんだ。

家族、なんだよ?美空……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。わたしが皆を守るから」

 

 

 

 

 

 

 

口に出すことで己を強くする。

全てを守るために。大事なモノを守るために。

 

 

 

もう会えないと。

家族じゃないとしても。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、お姉ちゃんは頑張るよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どういう事か、よくわからないのだが……」

 

 

 

 

 

 

 

目覚めると、私は病室に居た。

そしてそこにはよく知らない、恐らく初対面であろう女性2人。

 

 

 

1人はまだ子供だと思うが……なぜ意識を失っているのだろうか。

というか、私はなぜ病室に……

 

 

 

確かあの時、黒い蝙蝠のような化物に襲われ、1人の女性が恐らく助けに来てくれて……

 

 

 

 

 

 

 

そう言えばその後に誰かに襲われたような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それよりも、だ。

 

目の前に居るこの女性は、よくわからない事を口にしている。

 

 

 

一体何がどうなっているんだ――

 

 

 

 

 

 

 

「困惑するのも理解出来ます……しかし、全てが事実なのです」

 

 

 

「貴方の息子……現在の東都首相代理、氷室 幻徳氏は北都と戦争を起こそうとしています」

 

 

 

 

 

 

 

幻徳が……戦争を?

なぜあいつが北都と……

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿馬鹿しい。冗談だとしても悪意に満ちている。貴女がどなたなのかは存じ上げないが、帰って頂きたい」

 

 

 

 

 

 

 

この女性が放つ、凶器のような言葉を払拭するように、思考をやめる。

 

 

 

いくらあのバカ息子とは言え、そんな事をするはずがない。

ましてや戦争などと――

 

 

 

 

 

 

 

「こちらをご覧下さい」

 

 

 

 

 

 

 

嘘をついているとは思えない気迫で彼女が渡してきたのは、とある書類だった。

 

 

 

新設された、東都軍 野兎……?

仮面……ライダー?ビルドを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……対国家……殲滅用兵器とするだと!?」

 

 

 

 

 

 

 

対国家殲滅用兵器。

そのとてつもなく物騒な名前のそれは、明らかに戦争を喚び起こすモノ。

 

 

 

 

 

 

 

「こちらをご覧下さい……この軍の全権を有する最高責任者、総司令官の名前を」

 

 

 

 

 

 

 

そう促す彼女に誘われた先には、私の息子の名が潜んでいた。

 

 

 

我が愚息、氷室 幻徳……

 

 

 

 

 

 

 

「更にこの軍を考案し、設立に進めたのも全て……貴方の息子である、幻徳氏です」

 

 

 

 

 

 

 

私の頭にある1つの出来事が思い出される。

あの日の、甘く見ていたのかもしれない、あの記憶――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――親父!?なぜわからない!?北都は財政の殆どを軍事増強に充て、西都は海外から兵器を密輸している!全ては戦争のためだ!奴らはパンドラボックスを我がものにしようとしているんだぞ!?我が東都も一刻も早く兵器の用意を――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつは、軍事増強を推し進めようとしていた。

 

 

 

このままでは戦争が起こると。

そうなったら東都は滅びると。

 

 

 

 

 

 

 

……私はその言葉を無視した。

 

 

 

そんなバカな事が起こるはずはないと。

話し合い、三都が手を取り合えば全ては、平和的に解決すると。

 

 

 

 

 

 

 

そうすればこの国は1つとなって。

平和で、豊かで、幸せの日々が訪れるのだ、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう信じ、息子の思想を無視していた。

まさか、幻徳が自ら戦争を起こすなどとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、もう1つ……大変言い難いのですが、幻徳氏は人を、殺されております」

 

 

 

 

 

 

 

私の脳内の動きが停止する。

拒否というよりも、理解が出来ずに回路が壊れてしまったような。

 

 

 

 

 

 

幻徳が……人を……?

 

 

 

 

 

 

 

「……こちらの映像をご覧下さい」

 

 

 

 

 

 

 

私の心を崩壊させてゆく、まるで裁きを司る者かと思えてしまう彼女が見せつけてきたモノには。

 

 

 

 

 

 

 

息子が怪物に変わり、男性を惨殺している一部始終が映されていた。

 

 

 

 

 

 

 

……あの、首相室で襲ってきた黒い蝙蝠の怪物。

 

まさか、まさかそんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――お父さん!お父さんはさ、国のみんなを幸せにするお仕事をしてるんでしょ?】

 

 

 

 

 

 

 

【あぁ、そうだ幻徳。皆がもっとよりよく、豊かに、平和に、幸せに暮らせるように頑張っているんだ】

 

 

 

 

 

 

 

【お父さん凄ーい!……僕も大きくなったら、お父さんみたいな人になる!そしてね、お父さんのお仕事のお手伝いするー!!】

 

 

 

 

 

 

 

【幻徳……ありがとう。嬉しいぞ。そしたらお父さんと一緒に、この国をもっともっと笑顔と希望に溢れる国にしような――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出される、まだ幼き頃の息子との記憶。

 

まだスカイウォールというものが存在しなかった、幸せで平和に包まれていた日本。

 

 

 

三都などに分断されず、皆が一丸となり力を合わせ生きていた時代。

 

 

 

 

 

 

 

幻徳はあの、スカイウォールの惨劇からおかしくなってしまった。

あの心優しく、本当に私と一緒に進んで来てくれた息子が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泰山氏、ご決断を……恐らく本日中には、北都への侵攻が始まるものと思われます」

 

 

 

「東都と北都の……この国の平和は、貴方に託されています」

 

 

 

 

 

 

……彼女は何者だろうか。

 

こんな状況でそんな事を考える私は、きっと相当に現実を直視出来ていないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「息子の過ちは親が正さなければな……ありがとう。誰だかは存じ上げないが、君のおかげで私は目が覚めたよ」

 

 

 

 

 

 

 

私は東都の長。

東都を、ここに住む全ての人を護らなければならない。

東都だけでなく、全ての人たちを護らなければならない。

 

 

 

笑顔と、希望と、平和と、幸せを護らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

私こそが東都の最高責任者だ。

 

 

 

 

 

 

 

……平和を脅かす者を許しはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が目覚めた今、首相は私であり、代理である幻徳とやらにそれら一切の権限は無い」

 

 

 

 

 

 

 

我が愚息、幻徳よ。

すまないな。気付いてやれなくて。

 

 

 

お前を正す事が出来なくて、本当にすまない。

 

 

 

 

 

 

 

「今から首相官邸に戻り、北都への一切の攻撃を禁止する旨を宣言しよう」

 

 

 

 

 

 

 

「……そして、東都に争いの脅威を招く首謀者……氷室 幻徳をその場で断罪する」

 

 

 

 

 

 

 

我が愛息、幻徳よ……

これが私に出来るお前への……

 

 

 

 

 

 

 

「……車は既に用意してあります。参りましょう、首相」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻徳よ、今、お前を正しに行くぞ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――暗闇の城。邪悪の窟。

 

ここに潜むは醜悪なる王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう間もなく、始まる頃かと……東都の新設された軍、野兎は既に配置に着き準備が整っているとの情報が届きました」

 

 

 

 

 

 

 

醜悪なる王に滅びの足音を伝える、氷のような男。

その眼光は、鋭く尖ったレイピアのよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。やっとか……滝川から何か連絡はあったのか」

 

 

 

 

 

 

 

醜い欲を晒す外道の王。

全てが我が礎となりし養分と、信じてやまない愚かな王。

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、特には……問題無いと思われます、閣下」

 

 

 

 

 

 

 

凍えるほど冷たくも感じるこの男から、僅かな綻びが見える。

貪欲な王は先の餌を欲し、その綻びに気付きはしない。

 

 

 

 

 

 

 

「ならよい……ならば始めるとするか」

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも醜い笑を浮かべる邪なモノ。

絶望の人外とは、また異なる人外。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだ、内海。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新型極超音速ミサイル《パンドラ》を使え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狙うは北都の都市部だ。構わん、全て発射しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滅びの足音は、すぐ後ろに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








葛城忍「しかし私もクリパ楽しみたかったな」

惣一「おっさんがクリパとか言うなやめろ」

葛城忍「なんだ。パワハラか。パワハラ上司か」

惣一「何だどうした。そもそも俺は上司だったのか」




葛城忍「実はな。少し流行りに乗らなくては人気が出ないと思ってな」

惣一「……遅いし。そのワードもう多分流行ってない」

葛城忍「なっ!?……超ヤバイマジ卍」

惣一「そこまでして……安心しろ。多分人気は出ない」

葛城忍「……もっと頑張ろ」

惣一「……おっさん。クリパすっか。な?」





――これは。聖夜祭後の悪の……ちょっと悲しいお話。



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phase,30 ジャンヌ・ダルク





戦兎「うーむむむ」

戦兎「最近わたしの純粋さが薄まってる気がする」


戦兎「全ては紗羽嬢のコスプレのせいなのか」

戦兎「はたまた北都に行ったばんじょーか」

戦兎「いや、ワンチャン氷室の幻徳」


戦兎「うーん。なぜだ。なぜなのか」

戦兎「わたし自身には全く心当たりが無いのに」





惣一「そーゆーとこじゃないかな、うん」

美空「……やめてあげて」





 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……紗羽、さん……」

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、私は紗羽さんの運転する車の中で揺られていた。

いつもと変わりなく……

 

……いや、いつもよりも運転は荒い。

 

 

 

 

 

そしてもう1つ。

いつもと変わっていること。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山、さん……よかった……」

 

 

 

 

 

 

助手席に座るのは、先程まで眠りについていた彼。

東都の本物の首相、氷室 泰山。

 

 

 

この国の平和を掲げ、理想主義者と揶揄される人。

そして。今この状況、東都と北都に平和を齎す事が出来る、唯一の人――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が……石動 美空さんだね。滝川さんから話は聞いたよ。……ありがとう。君が居なければ、東都は、この国は。滅んでいたかもしれない。本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

すっかり元気になった様子の泰山首相に安堵しながら、あまり聞き慣れないほぼ初対面の人からの賛辞に、頬が熱くなる。

 

恥ずかしいし。ちょっとだけ、照れる。

 

 

 

 

 

こんな逼迫した状況でそんな事を考えてしまう私は、きっともう全てが上手くいく予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……当然の事をしたまでだし!……後はよろしくお願いします、首相」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちを包み込む青空は、戦火の狼煙など感じさせない、雲1つない綺麗な青だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――首相代理。野兎は既に、東都と北都を繋ぐ《境界線の抜け道》付近に待機が完了しております……後はご指示をされるのみです」

 

 

 

 

 

 

 

地味なスーツの良く似合う、有能だった部下の代わりとなった男が、始まりを告げる音を鳴らす。

 

 

 

 

 

これでやっと……これからやっと始まる。

 

 

 

 

 

準備は全て整った。

 

我が国の新たな武力、野兎。

野兎の力の全てとなる、仮面ライダービルド。

そしてその力を操りし者、桐生 戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

それらが全て滞りなく手元に揃った。

仮面ライダービルド、桐生 戦兎のみが少し不安要素だったが……存外早く堕ちたものだったな。

 

 

 

遅かれ早かれ降ると思っていたが……まさかこんなにも早く決断するとは。

 

 

 

ああいう理想を騙る甘いやつを堕とすのは容易い。

どこかの頑固者とは違って……

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。もう間もなくだ。急いては事を仕損じる。この日のために、莫大な全てを賭したからな……野兎の総隊長に連絡をいれろ。士気を高めその時を待て、とな」

 

 

 

 

「畏まりました……」

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐだ。もうすぐでこの国は、連中に知らしめる事が出来る。

 

この国は、東都は。武力で脅かされる事はもう無い。

全て俺の掌の上で――

 

 

 

 

 

 

 

「――そこまでだ。私は首相の氷室 泰山。……国家を深刻な事態に陥らせたテロリストよ、そこは私の場所だ」

 

 

 

 

 

 

 

……親……父……?

 

なぜ、なぜ親父がここに……?

親父は昏睡状態だったはずでは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぜ……なぜあなたが……」

 

 

 

 

 

 

 

かつての面影を微塵も感じさせない我が愚息から、果てしない動揺を窺い知る事が出来た。

 

……やはり。本当なのだな。

お前は、堕ちてしまったのだな。

 

 

 

 

 

 

 

幻徳。お前は、もう……

 

 

 

 

 

 

 

「幻徳。お前は……本当にお前というやつは!!一体己が何をしているのかわかっているのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

わからないのだろう。わかることがもう出来ないのだろう。

あの記憶。あの時私に戦争の火種を掴めと言っていた日に、しっかりと正せなかったあの日から、もう手遅れだったのだな……

 

 

 

 

 

 

 

「親、父……違う、違うんだ!!これは全て必要な事、東都を守るためには必要な事なんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

幻徳は大量の冷や汗のようなモノを滴らせながら、私に懇願のような想いを伝えてくる。

 

まるでそれは、親に玩具をねだる幼子のような……

 

 

 

すまないな、幻徳。

お前を正しい道に導く事が出来なくて……

 

 

 

 

 

 

 

「私の事は首相と呼べ!!……お前はもう、私の息子ではない……この国を破滅へと導くテロリストだ!……善良な男性を殺めてしまった、ただの人殺しだ」

 

 

 

 

 

 

 

儚い雫が、静かに零れてしまう。

善良な人を殺め、大切な人々が住まう東都を戦火で覆うとしている男だというのに……

 

 

 

 

 

 

 

やはり、私にとっては息子だ。

大切な私の愛する息子。

かけがえのない、私の宝なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

……だからこそ、お前を許すことなど出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

すまない幻徳。

全ては……私の責任だ……

 

 

 

 

 

 

 

「人を殺しただと……?俺は、俺は内藤さんを殺してなどいない!!……親父、なぜわからない!?なんでわかってくれないんだ!?俺は、東都のために――」

 

 

 

「幻徳氏。こちらを見なさい。――貴方が内藤 太郎さんを殺害している映像よ。……言い逃れは出来ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

私が間違っていたと言うこと。

その事に目覚めさせてくれた女性、滝川さんがあの映像を幻徳……テロリストに見せつける。

 

 

 

絶対に犯してはならない罪の、証拠。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、これは……?……違う、俺はやっていない!!こんなもの誰かが創りだしたでっち上げだ!!親父!信じてくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

もう償っても遅い事をしてしまった、テロリストは……我が愛息は。

首相の……親の私に懇願する。

 

 

 

信じてくれ、と。

 

 

 

本当ならば信じてやりたい。

この手でお前を抱きしめてやりたい。

この想いを伝えてやりたい。

 

違うんだ幻徳、本当の道はここなのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

でも、もうだめなのだ。

お前は、決して許されざる罪を犯した。

 

 

 

この国を治める者として。

この国を導く者として。

 

この国を愛する者として。

 

 

 

 

 

 

 

幻徳……テロリストのお前を、決して許す事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……この国の平和を崩壊させ、更には善良なる我が都民を殺めたテロリストよ。……厳しい処罰が待っているものと思え。その身を以て懺悔し、贖罪しろ」

 

 

 

 

 

 

 

幻徳……愛している。

私も一緒に、罪を償おう。

 

 

 

お前を大罪人にしてしまった私も。

導いてやれなかった私も。

 

 

 

 

 

 

 

……そして親の私も。

息子であるお前と共に償おう……

 

 

 

 

 

 

 

「親、父……俺は――」

 

 

 

「ひ、氷室首相!?……お目覚めになられたのですか……!?」

 

 

 

 

 

 

 

……テロリストの声を掻き消すように、よく聞き慣れた声がした。

 

 

 

声の主に視線を移すと、これもよく知った顔。

私の信頼のおける、部下の1人だ。

 

 

 

……こんな状況でも、息子についてやってくれていたのだな、お前は。

 

 

 

 

 

 

 

「氷室首相!!急がなければ……野兎が、桐生 戦兎が軍を率いて北都へと侵攻してしまいます!!」

 

 

 

 

 

 

 

滝川さんの声で、頭が少し落ち着いた。

 

 

 

……そうだ。色々と浸っている場合ではない。

早く、早く止めなければ……

 

 

 

 

 

 

 

「西郷!!私が目覚めた今、首相は私であり権限も全て私にある!!そして、北都への一切の侵攻を絶対に禁止するという旨を宣言する!今すぐ野兎に繋げ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

これで……これで……大丈夫だ……

東都は、この国は……救われた――

 

 

 

 

 

 

 

「なぜた……なぜ誰もわかろうとしない……」

 

 

 

 

 

 

 

……違うんだ、愚かな愛息よ。

誰もわかろうとしないのではない。

わからないのではない。

 

 

 

 

 

 

 

お前がわかろうとしないだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……幻徳。しっかりと罪を償え。そうしたらまた――」

 

 

 

「――もういい。俺の苦悩をわかってくれないこんな国など……もう、いい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さよならだ、父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【バット……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……蒸……血……」

 

 

 

 

 

 

 

【ミスト……マッチ……】

 

 

 

 

 

 

 

【バッバッバット……バッババッババット……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ファイヤー……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――我が愚かな愛息は、私を襲ったあの日の黒き蝙蝠となり、どこかへと姿を消してしまった。

 

 

 

罪を、償う気は無いのだな、幻徳よ……

いや……国家を破滅へと導こうとした、愚かなテロリストよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……氷室首相、急がなければ!!……間に合わなくなってしまいます!!!」

 

 

 

 

 

 

 

彼女の声で意識を取り戻し、東都の長である私に戻る。

 

 

 

もう、私に息子は。

あの日の愛する大切な息子は。

 

もう、存在しない……

 

 

 

 

 

 

 

私には息子などもう、存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。至急、野兎に侵攻の禁止を伝える!!西郷、まだなのか!!――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もう間もなく。

もうあと僅かで、戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心はなぜか、とても落ち着いている。

まるで心が無くなったみたいな、そんな気がする。

 

 

 

覚悟を決めたからだろうか。

それとも、ここがわたしの居場所だからなのだろうか。

 

どちらにしても、もう始まる。

 

 

 

 

 

 

 

守るための、戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに集う者達よ!!もう間もなく決行の刻!!己が想いを高めろ!!!この国を守る想いを高めろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの叫びにより、戦の火種となるもの達が絶叫する。

まるで狂った操り人形みたい。

 

あの狂った、蛇と同じだな……

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に考えてしまうわたしは、きっともう今までのわたしじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしはこの兵士たちからジャンヌ・ダルク、と呼ばれているらしい。

救国の聖女、平和を掴もうと足掻いた真の女。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは聖女などではない。

……穢れに満ちた、薄汚れた女。

 

 

 

 

 

 

 

もう、後戻りなど出来ない。

 

心を強くする。

改めて己に言い聞かせ、鼓舞する。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、始まりの時間だ――

 

 

 

 

 

 

 

「――野兎!!全軍!!構えぇぇ!!!これより!!!北都への侵攻、及び殲滅を開始す――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姉ちゃあぁぁぁあん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――滅びの鐘の音を鳴らしかけたその時、声が聞こえた。

場の全ての狂気を癒し尽くすような、優しい絶叫。

 

 

 

聞き慣れた、わたしの大切な人の音色。

わたしの心が安らぐような、心地いい音色。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大好きで大好きで大好きで。

本当に心から愛する、家族の声。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな時にあの子の声の空耳が聞こえるなんて。

 

そう思うとくしゃっ、と優しい笑が零れた気がした。

わたしはきっと、もうボロボロに壊れてるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「……北都への侵攻を――」

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!!私はここに居るよ!!貴女を迎えに来たよ!!!妹が、お姉ちゃんを実家に連れ戻しに来たよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもわたしの名を呼んでいた声。

普段は口は悪いけど、でも甘えん坊で寂しがり屋なあの子の声。

 

 

 

わたしの、大切な妹の声。

 

 

 

 

 

 

 

先程よりも更に大きく、確実に暖かな声がした先を視ると、あの子が居た。

 

 

 

 

 

 

 

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら。

 

どれだけ走ったのだろう。転んだのだろう。

肩で息をし、顔も身体も泥塗れで傷だらけになりながら。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの愛する妹、美空が立っていた。

 

まるで、姉を迎えに来た妹のような、そんな風に想ったわたしは。そんなわたしが大好きだな、と想いくしゃっ、と無意識に笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え!?……あ、はい。畏まりました。……桐生 総隊長!!昏睡状態の氷室 泰山首相がお目覚めになられたそうです!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが率いる野兎の総隊長補佐……野兎のナンバー3とも言える男が誰かわからない相手との通信を終え、わたしに耳打ちする。

 

どこか、安堵に包まれた音色のような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「そして氷室 泰山氏が首相へと戻り……首相代理であり、野兎の総司令官 氷室 幻徳を、北都への侵略行為の全責任を課すとしその一切の権限を剥奪、並びに追放したと……」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心が少しずつ溶けていくような。

冷たく凍りついた心が、暖かくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……そして。首相権限により、北都への侵攻及びそれらに関する一切を禁止する、との宣言を発表したとの事です……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘で固めつくした、わたしの心が解けていく。

もう全部手遅れだと思ってた事が、取り戻されていく。

 

 

 

後悔しても遅い。

その言葉を最近、身に染みて理解していたわたし。

 

 

 

 

 

 

 

まだ、遅くなかったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……野兎全軍!!北都への侵攻及びそれらに関する一切は、目覚めた氷室 泰山首相の宣言により禁止された!!これより、わたしたちの……愛する者たちが住まう場所へと帰還する!!!」

 

 

 

 

 

 

 

困惑する者。安堵する者。

状況が理解出来ずに呆然とする者。

戦いの火を未だに消せない者。

 

 

様々な兵士たちが、それぞれの感情を露にしている。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、1つだけ共通しているのは。

皆どこか、暖かい顔をしていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃああああああん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

安心しきったのか、ちょっとだけ。

多分、良い意味で抜け殻みたいなわたしの胸に美空が飛び込んで来た。

 

 

 

わたしに優しい平手打ちをしてから。

その後に思い切り抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

……なぜ美空がこんな所に?

もしかして1人で?どうしてここを?

 

というか、なんでわたしの場所がわかったんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

この状況なのにこんな事を考えてしまうわたしはきっと、かなりおバカなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「美、空……どうして……?こんな所に……何してるの……?」

 

 

 

 

 

 

 

聞きたいこと、わからないこと。

それに、謝りたいこと。

 

 

 

言いたいことがたくさんあるのに、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

美空の暖かさが心に染みるような気がして、涙に邪魔されるみたいな。

 

 

 

 

 

 

 

「……紗羽さんにね、教えてもらって、来た……危険って言われたけど……私が直接お姉ちゃんを止めに……迎えに来たかった……会いたかったよ、お姉ちゃん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

喜びを纏わずような泣き声で、わたしから離れない美空。

 

ちょっと苦しいかな?と想えるくらいに。

わたしを抱きしめてくれる、わたしの妹。

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、ごめんなさい……力、使っちゃったよ……泰山さんに、使っちゃった……でももう使わないから……二度と使わないから、帰ってきて……?わたしの、傍にずっと居てよ、お姉ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

ああ……そうか。

美空が、助けてくれたのか。

 

美空がわたしを、救ってくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしは美空の事を弱い者、って勝手に勘違いしてたのかもしれない。

わたしが護らなければ、って。

 

 

 

でも、そんな事無いんだね。

 

 

 

この子はこんなにも強い。

 

怖かったろうに。

争いを起こす者たちの集団の中に飛び込み、わたしを助けてくれた。

小さな身体で、闇に堕ちて這い上がれないわたしに手を差し伸べ、救いあげてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

美空は、ジャンヌ・ダルクみたいだな。

わたしを救った聖女。

 

 

 

まさにぴったりだなと想って、くしゃっ、と笑えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……いいの?……わたし、邪魔じゃ、ない……?家族……って、想って、いいの……?わたしの居場所……なの……?」

 

 

 

 

 

 

 

総隊長であるわたしと、いきなり現れた少女が号泣しながら抱き合っている様を、周りが困惑の空気で見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前じゃん!!……ばかぁ……本当にばかだよお姉ちゃんは!!……お姉ちゃんは、私にとって本当の家族以上なの……お姉ちゃんの居場所は……私の所なの!!愛してるよお姉ちゃん!!……もうどこにも行かないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、関係無い。

……わたしはもう、野兎じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

野兎 総隊長の桐生 戦兎じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

nascitaの……

美空のお姉ちゃんの、桐生 戦兎なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしも……ごめんね……わたしも愛してるよ美空……帰ろう。わたしたちのお家に……もう、どこにも行かないから、ね……!」

 

 

 

 

 

 

 

涙で上手く喋れない。

 

幸せの涙で。ぐちゃぐちゃで。

きっと凄くひどい顔をしてる。

 

 

 

 

 

 

 

滅びの火種を撒き散らしに行こうとしていた集団から。

幸せを鳴り響かす鐘のような、歓声な上がった。

 

 

 

 

 

 

 

誰も争いなど望まないような。

祝福の音を震わせるような。

 

 

 

喜びに満ちた咆哮。

そんな風に感じてしまうわたしは。

 

そんなわたしが大好きで、わたしの事を助けてくれた小さなヒーローが心から大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――氷室首相、野兎に北都への侵攻及びそれらに関する一切の行為を禁ずる旨、無事に伝わったようです!!……野兎は、北都へ侵攻すること無く、無事に帰還中とのことです……!」

 

 

 

 

 

 

 

涙を流しながら、平和を告げるように紡ぐ私の大切な部下。

 

 

 

……多分、西郷も苦悩していたのだろう。

 

こいつももう付き合いが長い。

それに、昔の幻徳の事を知っている。

 

……苦しい想いをさせてすまない、西郷。

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山首相……いや、氷室首相。これで、これで東都は救われました……」

 

 

 

 

 

 

 

安堵の表情を見せる滝川さん。

 

彼女が居なければ、東都はどうなっていたか。

貴女は、救国の女性だ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてもう1人。

小さな救国の女の子。

 

 

 

貴女方はまるでジャンヌ・ダルクだな、と感じてしまう所を見ると、私はだいぶ落ち着いたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

……幻徳は……あの大罪人は姿をくらました。

 

私を襲った黒き蝙蝠の化物となり、煙を喚び消えた。

本来ならば投獄し、それ相応の罪を償わなければならないが……東都からの追放、という形にならざるを得なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

……その代わり、私がその全ての罪を償おう。

親である、この私が。

 

子の責任は、親がしっかりと取らなくてはな……

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとう。滝川さん……貴女は。貴女たちは。この国を救った英雄だ……ありがとう。正に貴女方は、救国の乙女だ」

 

 

 

 

 

 

 

少し照れているのか、滝川さんが顔を赤らめる。

 

……しっかりとした女性だが、やはりまだまだ若い。

うら若き乙女、というものか。

 

 

 

そんな事を感じながらふと、ある事を思う。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ。滝川さんはあんな映像を?

なぜ幻徳が人を殺めている映像を持っていたのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

まるでその場に居たかのような――

 

 

 

 

 

 

 

「――首相!!!緊急事態です!!!」

 

 

 

 

 

 

 

どうやら誰かと電話をしていたらしい西郷が、私に鬼気迫る勢いで押し寄せてくる。

 

 

 

……どうしたのだろうか。

まさか。東都が北都を侵攻しようとしていた事が公になり、北都政府へと伝わったか……!?

 

 

 

いかん、早急に多治見首相に連絡しなくては――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――北都の多数の都市部にミサイルが着弾、数百万の犠牲者が出ていると……北都政府はこれを、東都から発射したものと確認……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……北都政府は、正式に東都政府に宣戦布告をしている模様です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滅びの鐘の音が、叫び声となり鳴り響く。

 

残酷に鳴るその音は。

既に争いの始まりを終えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








始まっていた悲劇。
止められなかった死の音色。



聖女たちは、何を想う。







「……絶対に、許さない……東都を」




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phase,31 じゃがいも野郎とエビフライ





戦兎「あ、美空。顔に泥んこついとる……ほれ」

美空「へ?……ありがと♪」

戦兎「全身泥だらけで傷だらけでまあ……帰ったらスグナオリマース使わないとね」

美空「えー!嫌だしー!お姉ちゃんも嫌がるじゃん!あれ!」

戦兎「ふっふっふ……わたしの地獄を思い知るがよい」



美空「……ふふふ」

戦兎「……えへへ」

美空「……帰ったら、グラタン創るね」

戦兎「……うん。わたしも手伝う」

戦兎・美空「……♪」




野兎兵達 (……微笑ましいなあ)





 

 

 

 

 

 

 

 

 

――騒がしく人々が動き出す。

まるでこの世の終わりかのように。

まるで国が滅んだかのように。

 

 

 

 

 

 

 

ここ、寒さに震える者が数多く住む北都は。

別の脅威に震え、呆然としていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――被害状況は!?連絡はどうなってるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜこんな……こんな事に……

 

 

 

まさか……

まさか東都がミサイルを打って来るなど……!

 

 

 

 

 

 

 

あの爺からはミサイルがあるなんて聞いてなかった……

聞いていたのは新設の東都軍、野兎。

その野兎が兵器として使用する、仮面ライダービルド。

 

そしてその変身者の桐生 戦兎……

 

 

 

 

 

 

 

まさか、難波の知らない所で……?

いや、まさか。そんなはずはない。

 

 

 

あの醜い爺が知らないはずなど――

 

 

 

 

 

 

 

「――多治見首相!!……現在確認されている被害状況なのですが、ここ以外の北都の各主要都市部は、ほぼ全滅……全ての機能が停止しております!……犠牲者は、少なく見積もっても500万人以上かと……」

 

 

 

 

 

 

 

呆然とした顔をしている側近の呼びかけで、意識が戻る。

 

 

 

主要都市部が……全滅……?

それに、犠牲者が500万人、って……

 

 

 

 

 

 

 

途方も無い数字に、脳の理解出来る範疇を超えてしまったよう。

つい先程まで、他の国に比べれば貧しいが、しかしそれでもただただ普通の幸せがあった我が国が……

 

 

 

 

 

 

 

たった一瞬で……地獄と、化した。

 

 

 

 

 

 

 

……おのれ……東都……!!!

 

 

 

 

 

 

 

「おい!首相、こいつは一体どうなってんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

抑える側近たちを押しのけ私に詰め寄る男、猿渡 一海。

我が最強の軍、北風の第1師団 団長の男。

 

 

 

 

 

 

 

……貴様らがその気ならこちらも黙ってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

我が国に住む多くの人々を虫けらのように殺され、黙ってるはずがないだろう、東都のクズ共……!

 

 

 

 

 

 

 

「猿渡 一海……戦争の準備をしなさい。……現在、東都からの攻撃で我が北都の都市は壊滅状態だわ……まぁ、安心する事ね。貴方の故郷は恐らく大丈夫だとは思うわよ」

 

 

 

 

 

 

 

この男の故郷はとてつもない田舎。

……攻撃されたのは主要都市部のみ、としか報告は届いてないし……

他の地域は大丈夫だとは思うのだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「東都が……?どういう事だよ!?あの国は平和主義だったんじゃねえのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

耳を劈く声が頭に響く。

……本当にやめてほしいわ。

 

 

 

今はそんな事を考えている場合じゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

早く、もっと早急に手を打たなければ――

 

 

 

 

 

 

 

「今は急を要する事態。説明は後よ。……すぐに北風の全軍に命をだすわ。……そして、北風 第1師団 団長、猿渡 一海。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《仮面ライダーグリス》の使用を命ずるわ」

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーグリス、そう呼ばれた男の顔は。

困惑と憤怒に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――多治見首相!!東都の氷室 泰山首相から連絡が来ています!!」

 

 

 

 

 

 

 

……氷室 泰山?

あの男は確か伏せていたはずでは……?

 

 

 

まぁしかしどちらでも構わない。

元々、氷室 幻徳の一件を皮切りにしようと思っていた所だったし、丁度良いわ。

 

 

 

 

 

 

 

忌まわしき東都よ。

お前らの全てを滅ぼしてやる。

 

 

 

そして……あの箱を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――多治見首相ですか、私です。東都首相、氷室 泰山です」

 

 

 

 

 

 

 

言葉が震えてしまう。

身体が受け入れ難い現実に震えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

なんということだ……

まさか、まさか北都にミサイルなどと……

 

 

 

幻徳のやつ、まさかミサイルまで……

しかし……全ての侵攻を禁止したはず。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ北都にミサイルが……?

まさか、既に間に合ってなかったのか……

 

 

 

 

 

 

 

「――氷室首相。お伏せになられたと聞いておりましたので安心しましたわ……所で、これは一体どういうおつもりなのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

通話先の女性、北都の首相多治見 喜子。

丁寧だが、その声に怒りを隠し切れていない。

 

 

 

 

……当たり前だ。

自身の大切な、護るべき国が、人が、無惨にも殺されたのだ。

 

彼女が憤怒せずに誰がするのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「多治見首相、現在我々もどうなっているのか調査中でありまして……」

 

 

 

「そんな言い訳を聞く気は無い!!北都の……北都の善良な都民が一体何人殺されたのかわかっているんですか!?あなたは!?」

 

 

 

 

 

 

 

……言葉が無い。

今は何を言っても言い訳にしかならない。

 

 

 

当たり前だ。

私が同じ立場でも彼女と同じだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、戦争を起こす訳にはいかない。

今は、お互いが平和的に解決が出来る道を探さなければ……

 

 

 

 

 

 

 

「多治見首相、大変申し訳ない。……恐らく、首相代理である氷室 幻徳が単独でやっていた行為です。しかし、お互いの平和のために――」

 

 

 

「そうですわね。貴方の息子は人殺しですものね!?」

 

 

 

 

 

 

 

怒りで絶叫する彼女の言葉で痛感する。

……私の息子は、人殺しなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、なぜ多治見首相が?

なぜ幻徳が人を殺めてしまったことを――

 

 

 

 

 

 

 

「――それに。いきなりミサイルを打ち込んでくるような国にあの、パンドラボックスをお任せするわけにはいかないわ」

 

 

 

 

 

 

 

パンドラ、ボックス。

この国が、幻徳がおかしくなってしまった諸悪の根源。

 

 

 

 

 

 

 

……本当は私だってあんなものは必要無い。

しかしあれには恐ろしい力が秘められてるやもしれない。

 

 

 

戦争を起こさないためにも。

本来あんなものは、あってはならないもの。

 

 

 

 

 

 

 

「……パンドラボックスの件については、三都首相会談で今後どうするか決めましょう。それに……東都が所有権を放棄しても、構わないです。なので、ここは平和的に――」

 

 

 

「いきなり攻撃してきた相手と平和的に解決をと!?ふざけるな!!教えてあげましょう、氷室首相。北都の都民は……500万人以上の犠牲者が出ているのよ。確認出来る範囲、で。貴方ならこれがどういう意味を持つかわかるでしょう!?」

 

 

 

 

 

 

 

500万、人。

途方も無い数字に思考が停止してしまう。

 

 

 

人を1人殺めてしまうだけでも重罪だ。大罪だ。

故に幻徳も……。

 

 

 

それが……500万人。

わたしは……わたしの国は……

 

 

 

 

 

 

 

それだけの人を傷つけ、殺してしまった……

 

 

 

 

 

 

 

もう、償いようがないように思える。

解決の道は残されていない、と。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、しかし戦争だけはだめだ。

東都だけではない。

それを行う北都にも痛みが残ってしまう。

 

 

 

それだけはなんとしても――

 

 

 

 

 

 

 

「多治見首相、東都に出来る事なら何でも致します……ですから、ですからどうか考えを見誤らないでください!……戦争を起こしてはいけない!!そんな事をすれば善良な人々が――」

 

 

 

「よくもぬけぬけと!!善良な人々を殺し尽くしたのはあなたがた東都でしょう!!!……平行線ですわね。……それに。もう既に西都にも伝えてあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が北都は、東都に対し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全面的に報復する事をお約束致します」

 

 

 

 

 

 

 

滅びの鐘の音が、始まりを告げ終えた。

これから迎えるは、果てしない争いの交響曲。

 

 

 

それは。絶望が奏でる歓喜の歌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は……?東都が、北都に……ミサイルを……?」

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前に居る、猿渡の言葉がよくわからない。

そもそもミサイルとは一体何なのかすらわからなくなるぐらいに意味がわからない。

 

 

 

東都が、北都に戦争を……?

 

 

 

 

 

 

 

まさか、まさかそんなはずはねえ。

 

 

 

バカな俺でも知ってる。

東都の首相、氷室 泰山は平和的な人間で有名だ。

最近倒れたらしいけど……確か、息子の幻徳ってやつが跡を継いだだかなんだか。

 

 

 

 

 

 

 

でも、いくらもしそいつが親父ほど平和的じゃないにしろ、まさかいきなりミサイルをぶっぱなすなんて真似は――

 

 

 

 

 

 

 

「おい、エビフライ頭。こいつは全部、大真面目な話だ……あいつらはな、俺の住む……俺たちの住む大切な場所に攻撃してきやがった」

 

 

 

 

 

 

「何人死んだと思う?……わかってるだけで500万人以上は死んでるって話だよ!これがどういうことかわかんだろ!?あぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

まるで俺に対して怒り狂うような猿渡の言葉に、俺の心が震えてしまう。

 

 

 

500万人の人たちが死んだ……

一瞬で、さっきまで平和だったこの北都が……

 

 

 

一瞬で、壊滅した……

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、東都と、戦争なんて――」

 

 

 

「てめえ!!何甘え腐った事抜かしてやがる!?こっちはな、罪の無い人たちが何百万人も殺されてんだ!!!わかってんのかてめえは!?」

 

 

 

 

 

 

 

「それにな……もしこのまま指をくわえて見ててみろ……連中がまた襲いかかってくるかもしれない……その時には遅せぇんだぞ、こら」

 

 

 

 

 

 

 

思い切り胸ぐらを掴んでくる猿渡の顔は、怒りと悲しみに満たされていた。

 

 

 

……そりゃそうだよな。

自分の故郷の国が、壊されてんだ。

 

 

 

 

 

 

 

でも……

 

 

 

 

 

 

「……俺は、やっぱり東都の人たちを殺すなんて――」

 

 

 

「てめえは元々東都の人間だしな。北都の人間がどうなろうが知ったこっちゃねえってか」

 

 

 

 

 

 

 

違う、そんな事無い……!

東都だ北都なんか関係ねえし、もちろん俺も殺されてった人たちの事を思うと悔しいけど……

 

 

 

 

 

 

 

でも、あいつらが居る東都を……

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいエビフライ頭。よく聞け……俺はな。俺たちはな。これから東都に攻撃しに行く……もちろん善良な人を殺そうなんざ考えてはねえ」

 

 

 

 

 

猿渡の目に、憎悪の火が映る。

それはとても恐ろしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……戦争屋だ。戦いでしか何も出来ねえ……だから、俺らの北都を護るために。俺の大切なモノを護り抜くために。連中と……東都と戦う」

 

 

 

 

 

 

 

「護る気もねえ腑抜けには用はねえんだよ。とっとと荷物纏めてあの腐った東都に帰りやがれ。……ちっ」

 

 

 

 

 

 

 

……何も、反論出来ない。

俺は……確かに何も……

 

 

 

力が欲しかった。強さが欲しかった。

……だから。ここ、北都に来た。

 

 

 

 

 

 

 

だが、ここで得た力を、俺は何のために使えばいい?

結局東都と北都は、戦争になっちまった。

 

 

 

 

 

 

 

俺は……何をすれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――入りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

騒然とした空間。

皆が絶望に染まった顔で動いている。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、何をすればいいのかわからなくて。

ただ呆然としていた時に、呼ばれた。

 

 

 

俺を飼い殺しにする女。

北都首相、多治見 喜子――

 

 

 

 

 

 

 

「――話は聞いた。東都が……北都にミサイルをぶっぱなしてきたって……」

 

 

 

 

 

 

 

未だに信じられない。

あの東都が。戦兎や美空やマスターのの住むあの東都が。

 

 

 

まさか戦争を仕掛けてくるなんて……

 

 

 

 

 

 

 

「……呼ばれた理由はわかるでしょう。……東都を、仮面ライダークローズの力を以て、殲滅しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

多治見の視線が俺を貫く。

懇願ではなく、命令。

 

 

 

……逆らう事など出来ない、命令。

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎や美空、それにマスター……俺の大切な人たちは大丈夫なんだな」

 

 

 

 

 

 

 

呆然としていても、俺の心が送る。

 

あいつらを護れと。

あいつらを護れんのは、てめえしか居ないと。

 

 

 

 

 

 

 

「……約束、ですからね?それは。……貴方の大切な人たちを脅かす事は絶対に無いと、約束するわ」

 

 

 

 

 

 

 

多治見の気持ち悪い笑が俺を襲う。

この笑いを見る度に、俺は恐怖する。

 

 

 

 

 

 

 

……香澄。聞こえるか?

俺は間違ってねえよな。これでいいんだよな。

 

 

 

頼むから、返事をしてくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった、行ってやる……だがな、やんのは兵士の連中だけだ……それに、罪の無い人は殺さねえと誓え」

 

 

 

 

 

 

 

俺の心が黒く滾る。

きっとそいつは汚くて、醜いモノ。

 

 

 

 

 

 

 

……今の俺は、誰にも負けねえ。

 

 

 

あいつらのために、俺は負けねえ。

……自分の気持ちには絶対負けねえんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……もちろん。なるべくそうするようにするわ……では行きなさい、万丈 龍我。仮面ライダークローズの力を以て、怨敵東都を滅ぼすのよ」

 

 

 

 

 

 

 

俺の顔が冷たく凍っていく。

きっともう、あいつらと交わる事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

それでもいい。俺が汚れりゃいい。

……あいつらの希望と笑顔を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――カシラ!?どういう事ですかぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

いちいち声がでけえっつうの。

 

リーゼントに赤い迷彩柄のバンダナを巻いてるこいつ。名前は《赤羽》。

 

毎回毎回大げさだし、本当にうるせえ。

やたらとボディタッチしてくるし。気持ち悪いっつぅの。

 

 

エビフライ頭並に単細胞のバカだしな。

 

 

 

 

 

 

 

「カシラ……それじゃあ、戦争ですかい?」

 

 

 

 

 

 

 

青い迷彩柄のバンダナをジャケットの胸ポケットにいれてるこいつは《青羽》。

 

 

 

こいつらの中でも一番最年長だし、しっかりしてるやつだ。

……それに、他人のために涙を流せる、仲間想いのいい男だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……多治見首相も準備しろっつってたしな。もうすぐだろ」

 

 

 

 

 

 

 

この仲良し三人組みたいな連中の顔をいつも通りに確認しながら、ぼそっと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

……あのバカには、ああは言ったけど。

やっぱり、気乗りはしねえ。

 

 

 

 

 

 

 

……でもしょうがねえ事だ。

 

 

 

大切な北都を護るため。

俺の大切な場所を護るため。

 

俺の大切な……連中を護るためだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……でもさ、攻撃してくるなんて思わなかったね」

 

 

 

 

 

 

 

この子供っぽいというか、無邪気な笑い方が特徴のこいつは《黄羽》。

いつもジャケットの左腕に黄色い迷彩柄のバンダナを巻いてる。

 

 

 

……この三馬鹿の紅一点だ。

すげーうるさい女。こいつもすぐ引っ付くし。

 

 

 

 

 

 

こいつらは《北都の三羽ガラス》とか呼ばれてるらしい。

 

 

 

……誰に呼ばれてんだろう。

むしろ自分たちで言ってるだけじゃねえのか?

 

どっちかと言えば《北都の三馬鹿アホウドリ》じゃねーのかな。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな深刻な状況にも関わらず、こんな感情にさせてくるこいつらが面白くて、つい笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……本当にバカな野郎だ。こいつらは。

 

 

 

 

 

 

 

「何笑ってんのー?カシラぁ?」

 

 

 

「……お前らの面見てたら面白くてよ。それより、おい!そろそろ行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

子供みてえな黄羽をいなし、北風が揃う場へと急ぐ。

……本当はこいつらなんか来なくていいんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

……歩きながら、ふと思う。

あのバカの事。エビフライ頭の事。

別にどうでもいいんだけどな、あんなやつ。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、あいつの気持ちはわからないでもない。

あんな感情になるぐらいなら、来なきゃいい。

 

自分の気持ちに嘘つくぐらいだったら、ハナからやらなきゃいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……人の事言えるかよ、ってな。

 

 

 

 

 

 

 

「――カシラ?どうしたんですかい?何か変ですぜ?今日のカシラ?」

 

 

 

「なぁなぁなぁ!!お前らもそう思うよなぁ!?何か変だぜ!?カシラ!?」

 

 

 

「ねー!たしかにー!いつものカシラじゃなあーい!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に賑やかな連中だよ、全く。

……まあ、それで俺もよ――

 

 

 

 

 

 

 

「本当にうるせえなお前らは。……ほら、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

未だにぎゃあぎゃあ言ってるこの三馬鹿を無視し、前へと進む。

きっとそれは修羅の道。

 

 

 

……でも、それでも構わない。

俺は俺のやり方がある。

 

俺の成すべき事がある。

 

 

 

 

 

 

 

だから、心火を燃やして尽き進むんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

……まぁあのエビフライ頭は、まだ引き返せるしな。

とっととお家に戻ればいいんだよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で。なんでてめえがまだここに居るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

また突っかかってくる猿渡。

 

一体こいつはなんなんだ。

もしかしてこいつは俺の事が好きなのか?

 

 

 

 

 

 

 

「……あはははは!!」

 

 

 

「なんだてめえ気持ち悪いな」

 

 

 

 

 

 

 

悪態をついてくるこいつはやっぱり嫌いだな、とか思いながら笑う俺。

 

 

 

なんかわかんねーけど、こいつの事を考えたら笑ってしまった。

こんな状況なのに、救われた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「うるせー!……ここに居るのは俺の意思だ。……もううだうだするつもりはねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

そう。もう、決めたから。

覚悟を決めたから。

 

あの日決めた事を再確認したから。

 

 

 

 

 

 

 

北風の戦士たちが集うこの広い空間。

無機質で、冷たい場所。

 

 

 

もうすぐ東都への侵攻が始まる。

北都に牙を向け襲いかかってきた連中への、絶対的な報復。

 

完全的な、破壊。

 

 

 

……でも、多治見は約束した。

 

戦兎や美空、マスター。

それに東都の善良な人々は殺さないと。

 

 

 

 

 

 

 

……ならばやろう。

香澄が託し、戦兎が創り、鍛えた俺が身に纏い。

 

 

 

俺が……東都を滅ぼそう。

 

 

 

 

 

 

 

……お願いだから戦兎。お前は来るなよ。

 

 

 

お前とは戦いたくない。

……傷付けたくない。

 

 

 

 

 

 

 

お願いだから、戦わないでくれ……

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、猿渡」

 

 

 

「あ?何だよエビフライ」

 

 

 

 

 

 

 

遂にこいつ頭を飛ばしやがった。

本当にむかつくなこのポテト野郎。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎に……いや、東都の仮面ライダービルドに会ったらよ、殺さないでくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

嫌いなやつへの心からの懇願。

もしこいつが戦兎と戦ったら……戦兎は殺されるかもしれない。

 

 

 

多分戦兎じゃ、勝てない。

 

 

 

 

 

 

 

「……戦兎ってやつ、お前が前に言ってたやつか……仮面ライダービルド、ねえ?……ま。善処しといてやる」

 

 

 

 

 

 

 

俺に軽く笑みを浮かべ、答える男、仮面ライダーグリス。

 

 

 

多分こいつは、ローグよりも遥かに強い。

もしかしたらスタークよりも……

 

 

 

 

 

 

 

北都最強の軍、北風。

北風最強の兵器、仮面ライダーグリス。

 

 

その北風 最強の男、猿渡 一海。

 

 

 

まだ仮面ライダークローズの力を完璧に引き出せて無い俺と違い、こいつは仮面ライダーグリスの力を完璧に扱えるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……戦兎、お願いだからこいつとだけは出会うなよ。

もし、もしそうなったら――

 

 

 

 

 

 

 

「――北都最強の軍、北風よ!これより!!東都への侵攻を開始する!!!各々気を引き締め淘汰せよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

女帝の声が響き渡る時、最強の男は静かに笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――入りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

報復の宣言を轟かせた女帝の声を受け、ある男が入る。

この空間には誰も。この2人しか居ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……何の御用でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

呼ばれた男の表情は、凍りついている。

その目は静かに、死んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「猿渡 一樹。あなたに任務を与えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

女帝の口元には、穢れた笑が浮かぶ。

災いを喚ぶ、汚れた微笑。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方にガーディアンを何体か渡すわ。……そこで北風とは別行動を取り、東都で破壊行為をしなさい。……万丈 龍我、及び仮面ライダークローズに擬態して、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、一般市民を巻き込んで構わないわ……憎き東都の人など気にする事は無い……すべからく殺しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

女帝の顔が歪む。

まるで玩具を強奪した子供のように嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

「……畏まりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猿渡 一樹は、静かに死んでいる。

その心に、火など燃えはしない。

 

 

 

 

 

 

 

この男にあるのは、ただ忠実に使命を全うするだけ。

一樹の顔は、死に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








一海「やっと俺が活躍すんのか」

一海「遅すぎんだろ。俺のファンが何人居ると思ってんだ」



一海「あとみーたん!もっと出せよみーたんを」

一海「みーたんのファンが何億人いると思ってんだ」


一海「愛情!我慢!尊敬!!これがファンの鉄則だよな」

一海「そもそもやはりみーたんと言うのはだな――」




赤羽「まぁた始まったぜぇ?カシラのみーたん談義がよぉ」

青羽「まぁカシラはみーたん大好きだからなぁ……」

黄羽「……別にあたしは好きじゃないけどね!あんなの!」

赤羽・青羽「?」




一海「だからな?みーたんの素晴らしさの奥底にあるのは――」





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phase,32 護れる者たち





万丈「あー。ねみーなー」

赤羽「……っ!邪魔だなぁおい!?」

万丈「ん。なんだこのうるせー変な頭は」

赤羽「あぁ!?どう見てもイケてんだろ!?」


万丈「ぷっ!お前バカみてーな雰囲気出てんぞ」

赤羽「お前こそバカ丸出しじゃねぇか!?あ?」

万丈「……なんだと?脳筋つけろ脳筋を」

赤羽「おめーこそ北都の三羽ガラス舐めんなよ?あ?」




戦兎「……恥ずかし過ぎるんですけど」

一海「……気が合いますね。俺もですよ」


戦兎「うちのバカな弟がすみませんねえ」

一海「いやいやうちの単細胞バカが本当にすみません」


万丈・赤羽「……」




 

 

 

 

 

 

 

「――おかあさん!!どこなのおお!?おかあさああん!!!」

 

 

 

「――あなた……嘘でしょ……ねぇ、起きてよ……?あなた、ねぇ!?ねぇってば!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地を荒らされた北の風が、報復へと来る。

冷たい突風を纏い、死を運ぶ。

 

 

 

それは、もう止められない。

動き出した歯車が噛み合っていく。

 

 

 

 

 

 

 

悲しみと憎しみに満ち満ちた世界に、力を持つ者は何を想う。

その力を、どう奮うのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――少し、まずいことになったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

光が潰えし闇の底。

そこに座すは2頭の怪物。

 

 

 

 

 

 

 

「東都が……まぁ、連中だろうがな。北都の各都市にミサイルを放ったようだ……恐らく、戦争になるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

鋭い眼光を煌めかす白衣の賢者の言葉に、人外の塊が反応する。

自身の予定調和を崩すのを拒否するように。

 

 

 

 

 

 

 

「あのくそじじいか……はぁ。頭おかしいんじゃねえの?あいつら」

 

 

 

 

 

 

 

人外の力を宿す男の口調は軽い。

しかしその顔には、想像を絶する憎悪の念が映る。

 

 

 

 

 

 

 

「頭どころか、全身やられているだろうな……欲に取り憑かれた醜い肉塊だ。あれは」

 

 

 

 

 

 

 

恐ろしい程の憎しみの宿る微笑。

白衣の知者の眼には、闇が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ早い。東都が滅びては困る……はぁ。しょうがねーな。俺が出よう」

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロだった肉体を癒した終焉の化身。

動き出すは己が計画のため。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎や美空や、万丈にも……ほら、あいつら東都が滅びたら泣いちゃうだろ?……それに、死なれたら困る」

 

 

 

 

 

 

 

その笑には悲しみが映る。

終わりを導く者の唯一の……弱点なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあとりあえず準備して行くかな……おっさん、後よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

人間と人外。人とモノ。外道と外道。

奇妙な関係を築く人類の敵。

 

 

 

間には、何が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば、あの男はどうした」

 

 

 

「ん?あぁ……あいつなら、頑張ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……絶望して、足掻いてるさ」

 

 

 

 

 

 

 

そう呟き微笑んだ絶望は、光を消し去る闇となり消えた。

自身のゲームを正しにいくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――わたしは今、首相官邸に来ている。

東都の首相に戻った、泰山さんに呼び出されて。

 

 

 

 

 

 

 

わたしを……東都を救った美空と共に、目的を失くした野兎たちを引き連れて帰ってる途中、一本の連絡が入った。

 

あの忌々しいブレスレットに。

 

 

 

幻徳が渡してきた、通信用のブレスレット。

国家を揺るがす事態になった時に奏でる、戦争の始まりの音。

 

 

 

 

 

 

 

……連絡をしてきた相手は、泰山さんだった。

現、東都政府の長、氷室首相。

 

 

 

美空が東都とわたしを護るために救った人。

 

 

 

 

 

 

 

その人がわたしに告げた。

北都に、ミサイルが撃ち込まれたと。

数百万人の犠牲者が出たと。

それは、東都から放たれたモノだと。

 

 

 

 

 

 

 

……そして北都が、正式に宣戦布告してきたと。

大まかな状況のみだったけど、動きが止まるには充分な材料だった。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳を喚び起こす。

どうすればいいのかと。

どうすれば美空が護ったこの国を救えるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

……天才など無価値だ。

 

 

 

わたしの脳は起動しない。

あまりの事に思考を。思案を。思索が出来ない。

 

余りにも非現実的な現実に、フリーズしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

人が大量に死んだ。

美空が護ろうと必死に駆け回ったのに。

東都の代わりに北都が、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

しかも数人や数百人なんてものじゃない。桁が違う。

 

 

 

……数百万の人が、一瞬で死んだ。

 

 

 

命の重さに数は関係無い。

1人死のうが100人死のうが、命の重さは尊い。

 

 

 

 

 

 

 

でも……それでも……

これは余りにも、絶望だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――桐生 戦兎さん、だね。一度お会いしている。あの時助けられた事、今でも覚えているよ」

 

 

 

 

 

 

 

未だに脳の動きが少し遅いが、まだなんとかなる。

泰山さん……氷室首相の言葉が理解出来る。

 

 

 

 

 

 

 

「はい。あの時はローグを捕まえられなくて……それよりも、どういう事です?ミサイルだなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

改めて状況を理解しようとするわたしの脳の細胞たち。

あまりにも人が殺され過ぎて、よくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、しっかりしないと。

美空が護った平和を失っては絶対にだめ。

 

 

 

 

 

 

 

「それが……正直に言うと、未だによく分かっていないのだよ。どこの誰が、何のためにミサイルを放ったのかすらわかっていないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

疲弊に満ちた氷室首相の弱々しい声が響く。

……当たり前だ。これはあまりにも最悪の状況だ。

 

 

 

 

 

 

 

「一体何が……北都政府はなんて言っているんですか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上だ。これが北都政府の見解であり……宣戦布告となっている」

 

 

 

 

 

 

 

汗が滴る。身体が震える。

寒いわけじゃない。体調が悪い訳でも無い。

 

 

 

……最悪の状況に、身体が震え続けてる。

 

 

 

 

 

 

 

氷室首相の話によると、北都の各主要都市部にミサイルが着弾したとの事だ。

 

 

 

それは東都から発射されたものと確認は取れているらしい。

しかし、恐らくミサイル自体に搭載された妨害電波機能により、発射地点の詳しい場所は特定不可能だそうだ。

 

 

 

着弾時間も鑑みて、恐らく首相が戻ってから北都への侵攻を一切禁止してからの発射だそうだ。

 

 

 

北都政府がミサイルの確認が取れた時には既にもう、手の施しようがない状態だった、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

異常な速さのミサイル。

……確か極超音速ミサイルだったかな。

 

 

 

撃ち落とせないミサイル。

確認出来た時にはもう終わりを告げる爆炎の化身。

 

 

 

それが、北都へと被弾した。

そして、大量の命を一瞬で消した。

 

 

 

 

 

 

 

……そうするとおかしい。

つまりそれは、全ての首謀者だった氷室 幻徳によるものでは無い、という疑念。

 

 

 

話だと幻徳は、泰山首相が禁止令を出し、ローグへと姿を変え逃亡した。

やはりやつがローグだったか、なんて事を考えてる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相は、東都から放たれたミサイルが北都に被弾した事を知りすぐに調べたそうだが、どこにもミサイルなんてものがあったという事実は無かったそうだ。

 

 

 

つまりやはり、幻徳じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

……そうすると……誰だ、一体……?

 

 

 

こんな破滅の惨事を齎し得をするモノ。

死の雷を落とし、欲を満たそうとするモノ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳がやっと動き出す。

思考し、思案し、思索する。

 

 

 

 

 

 

 

そして、わたしの脳細胞が弾き出す。

 

 

 

 

 

 

……そうすると3択になる。

 

 

 

ファウスト、西都、難波重工。

 

一番怪しいのはファウストだけど……

ローグが絡んでいないとすると、ファウストは関係無いようにも思える。

でも、こんな事をして愉しむ連中など、こいつらぐらいだ。

 

 

 

次に西都。

西都は海外から兵器を密輸しているらしいし、一番現実的だ。

……それに、東都と北都が共倒れになれば漁夫の利がある。

 

 

 

でも……ミサイルは東都から放たれている。

そうすると西都では、ない。

 

 

 

 

 

 

 

そして、難波重工。

ここも色々と怪しいけど……そもそも東都に城を構えているわけだし、東都が滅びるような事をして何の得が……?

 

 

 

 

 

 

 

……西都と難波重工が組めば、出来ない事では無い。

いやでも繋がらない。メリットが無い。

 

西都には多大なメリットがあるけど、難波重工には?

その後何らかの恩恵があったとしても、わざわざ己が地を滅ぼしてまで?

 

 

 

……とてつもなく怪しいけど、繋がらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最後に。

北都が宣戦布告をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

と言う事は、北都最強の軍 北風が東都に攻め入るという事。

仮面ライダーが兵器として、しかも2人もやってくる。

 

 

 

万丈は大丈夫だと思うけど……それでもまずい。

 

 

 

 

 

 

 

さっき自分がやろうとしていた事が脳裏に浮かぶ。

脅威を与えられる側になって、ようやく実感する。

 

 

 

わたしも、北都に侵攻しようとしていた事。

北都を滅ぼしに行こうとしていた事。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心に、今まで抑えていた死の喚び声が囁いてくる。

お前はついさっきまで、同じ事をしようとしていたぞ?と。

 

 

 

 

 

 

 

何て自分が愚かだったのだろうと思う。

あとほんの半歩進めば、わたしは取り返しのつかない所にまで行く所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……美空、ありがとね。

美空が居なかったらわたしは終わってた。

 

 

 

本当にありがとう、美空。

 

 

 

 

 

 

 

……グズグズしてる時間は無い。

早く何とかしないと破滅が始まってしまう……

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山首相。何とか真犯人を探し出し、北都に真実を伝えましょう。そうすれば北都も……わかってくれるはず」

 

 

 

 

 

 

 

憔悴しきった泰山首相に、今はかなり酷かもしれない言葉の刃を投げかける。

 

 

 

この人は東都のトップだ。

動いてもらわねば困る。

 

 

 

 

……本当は聞きたいことが山ほどあるけど。

それは今の状況を打破してからだ。

 

 

 

 

 

 

 

じゃないと……早くしないと東都が滅んでしまう。

せっかく護り抜いた平和が崩れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな……わかった。すまないな、君のようなまだ若き女性にこんな醜態を見せてしまって……」

 

 

 

 

 

 

 

……わたしもさっきまでだめだめだったけどね。

気付かせてくれたから。大事な家族が。

 

 

 

 

 

 

 

「まず自衛以外の戦闘は一切だめです。万が一、北都に侵攻行為や自衛以外の戦闘行為をすれば……全ては水の泡。もう取り返しがつきません。……自衛は、わたしたち野兎が居ますから何とかなるかと」

 

 

 

 

 

 

 

今までに無い速度で、脳がフル回転する。

目まぐるしく、韋駄天のように駆けてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

……幻徳が創った東都最強の軍、野兎。

まさか、こんな所で役に立つなんてね。

 

 

 

 

 

 

 

わたしも居るし……自衛なら多分大丈夫。

 

 

 

でも相手は北都最強の軍、北風。

仮面ライダーが2人も居るし、長くは持たない。

 

 

 

 

 

 

 

……万丈が、来るのかな。

 

 

 

 

 

 

 

今は居ない弟の事を少し考える。

あいつも、滅びの音色を鳴らしに来るのかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

……今はそんな感傷に浸ってる場合じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「そして、紗羽嬢。紗羽嬢は原因を突き止めてほしい。情報を取ってきて。……ファウストが怪しいとは思うけど、なんか違う気がする。……西都か難波重工、もしかしたらこの2つがくっついてるかも」

 

 

 

「……う、うん……わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢の表情は暗く、言葉にも覇気が無い。

 

 

 

……当然だよね。こんな状況じゃ。

美空に聞いたけど、紗羽嬢は戦争が起こらないためにひた走ってたらしい。

 

 

 

だから、美空の力を使って泰山さんを目覚めさせた。

紗羽嬢が居なきゃ、もっともっと深刻な事態になってた。

 

 

 

 

 

 

 

……ありがとね?紗羽嬢。

 

 

わたしは、紗羽嬢の事を誤解してた。

美空に危害を及ぼした、許さないって。

 

 

 

……でも、違った。

紗羽嬢は、みんなの笑顔と希望を護るために1人で頑張ってたんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

全部済んだらちゃんと謝る。

そしてありがとう、って伝える。

 

 

 

 

 

 

 

あなたの事も大好きだよ、って。

今はもう勝手に家族の一員だと思ってるよ、って。

 

 

 

 

 

 

 

これが終わったら泰山首相から特別報酬貰って、パティスリー鴻上のケーキ奢ってあげるからね、紗羽嬢。

 

 

 

 

 

 

 

……そして、もう1つ。

 

 

 

 

 

 

 

「美空にも頼みたい事がある……多分一番危ないし、本当は頼みたくない……でも、美空にしかお願い出来ない」

 

 

 

 

 

 

 

美空に、視線を移す。

わたしの言葉で何か伝わったのか、どこか決意を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「……いいの、お姉ちゃん?……もう、この力は……」

 

 

 

 

 

 

 

本当は嫌だよ、美空。

美空が危なくなるなんて、考えただけでも死にそうになる。

 

 

 

比喩じゃなくて、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

でも、美空は強い。

そして、護れる力を持ってる。

 

 

 

さっきわたしを救った力。

全てを優しく、暖かく包み込むような光の力。

 

 

 

 

 

 

 

わたしや万丈とはまた違う、癒しの力。

 

 

 

 

 

 

 

だから、美空の――

 

 

 

 

 

 

 

「美空の、力を貸してほしい。……美空は強い子だし、力を持ってる……だから、お願い出来る?」

 

 

 

 

 

 

 

そう伝えると、わたしの妹は満面の笑を浮かべた。

周りにいるあらゆるものを癒すような、そんな笑。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!……私も一緒に護る。お姉ちゃんの隣に立って、私もみんなの笑顔と希望を護るよ!!」

 

 

 

「ありがとう美空!一緒に護ろう。護り抜こう!!……そしたら美空は北都との戦闘で傷付いた人、中でも重体な人にその力を使ってあげて。特に死の可能性がある人に。……そして、無理だけは絶対にしないで。約束」

 

 

 

「うん。約束だし!そして、ちゃんと一緒にお家に帰ろ!」

 

 

 

 

 

 

 

頼もしいよ、美空。

わたしと美空の最強姉妹タッグなら負ける気はしないね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それと、ごめんね。今まで気付けなくて。

全部護り終わったら、ちゃんと謝るから。

 

 

 

 

 

 

 

そして3人でケーキ食べて!

……あのバカな弟連れ戻して!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなで、遊園地に行こう。

美空がずっと行きたがってた遊園地に。

 

 

 

 

 

 

 

……もちろん、マスターもね。

だから、どこにいるのかわからないけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きててね。帰ってきてね。

一緒に遊園地行こうね、マスター……

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら、まずは野兎を――」

 

 

 

「緊急連絡です!!……北都の、大量の北都の軍勢が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に境界線の抜け道を越え、東都に進軍中との事です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……始まった。来たのかな、弟。

 

 

 

 

 

 

 

……北都はたくさんの血を流した。

わたしもその事は本当に苦しい。

 

 

 

ついさっきまで、今の北都と同じように侵攻しようとしていたわたしは、本当に愚かだった。

 

 

 

……それに、東都はミサイルなんかぶっぱなしてない。

このままじゃお互いに痛みが残ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

真犯人を見つけないと。

この悲劇を招いた外道を見つけ出して、贖罪させないと。

 

 

 

 

 

 

 

時間はもう無い。

わたしも頑張らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

頼んだよ。泰山さん、紗羽嬢。

……それと、わたしの大切な妹。

 

 

 

 

 

 

 

みんなで、笑顔と希望を護り抜くんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








葛城忍「おい聞いてくれよ」

惣一「なんだおっさん」

葛城忍「おっさんて……お前もだろうが」



葛城忍「実はな……最近To witterを初めてな」

惣一「え?……トゥ……ウィッター?何それ?」

葛城忍「ふっ……流行りを知らん老害が」

惣一「おい。老害て。老害は違うだろ」



葛城忍「それでな……フォロワーが10人になったのだ!これは間違いなく私のファンだろう!はっはっはっは!」

惣一「よく知らんけど……多分それ違うよ、おっさん……?」



葛城忍「はっはっは!これからどんどん増えるな!はっはっは!」




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phase,33 想いを乗せた蒼き焔





戦兎「したらさ。お疲れ様会のケーキ何がいい?」

紗羽「そうね……レアチーズケーキを4個お願いするわ!」

美空「私はショートケーキ5個で」

香澄『うーん。フルーツタルト10個!』




戦兎「まじかよ……しかも香澄さん普通に出てくるんだ」

香澄『てへっ♡』





 

 

 

 

 

 

 

 

 

――逃げ惑う人々。混乱の街。

止められなかった争いの協奏曲が歓喜する。

 

 

 

力を持つ者たちのそれぞれの戦いが、幕を開ける。

それぞれの護るモノのための戦いが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――A地区、B地区共に、北風との交戦が始まっているとの事です!!民間人にも多数被害が及んでいる模様で――」

 

 

 

 

 

 

 

現在、東都軍 野兎の総司令部と化したここ、首相官邸は騒然としている。

 

走り回り、状況を確認する者。

襲撃されている場所を兵たちに連絡する者。

民間人への避難勧告のために奔走する者。

 

 

 

その者たちの顔はすべからく、もう12月も終わりかというのにも関わらず、汗が止めどなく滴っている。

 

 

 

 

 

 

 

東都の首相である私は、戦争を止める事が出来なかった。

ならば。一刻も早く終わらせねば……

 

 

 

 

 

 

 

あのジャンヌ・ダルクたちにだけ任せておくわけにはいかない。

私も今出来る最善の事をしなくては……!

 

 

 

 

 

 

 

「――すぐに野兎へと連絡を繋げ!!まず民間人の避難を優先させるんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

持ちこたえてくれ、我が東都よ。

耐え忍べばこの先に、必ず光が指すはず。

 

 

 

 

 

 

 

……頼んだぞ。東都の希望、仮面ライダービルド。

野兎 総隊長、桐生 戦兎――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大丈夫ですか!?兵が付き添いますから、早く避難してください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

逃げ惑う人々を誘導し、まだ安全な場所へと避難させる。

 

泣き叫びながら逃げ惑う人。

親や子供、恋人や友の名を呼びながら立ち竦む人。

現状を理解出来ずに壊れる人。

 

 

 

 

 

 

 

……きりがない。

いくらわたしたちが避難させても、他のあらゆる地で襲撃情報が出る。

 

早く、早く戦争を止めなきゃ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――桐生総隊長!すぐ近くの地区で、北風の襲撃があると思われるとの事です!!」

 

 

 

 

 

 

 

まただ。1つの集団を避難させて、また襲われる。

 

 

 

兵士たちの顔にも疲弊の色が隠せない。

もう兵士たちも、極限状態だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北風は見境無く東都を襲ってきている。

罪の無い民間人を巻き込み、各地で悲鳴の叫びがあがる。

 

 

 

最悪の地獄となった東都。

でも、諦めるわけにはいかない――

 

 

 

 

 

 

 

「わかった!!みんなは残りの人たちを避難させて!!わたしが向かう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が今、この絵図を描いた連中が誰なのかを追ってるはず。

それまで持ちこたえれば終わる……!!

 

 

 

 

 

 

 

みんな頑張ってね。後少しの辛抱だから。

ここを耐えれば、希望が待ってるから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい、どういう事だ!?北風は……北都は民間人を襲わねえ約束だったはずだろ!?なんで他の連中は民間人まで巻き込んでんだ!?」

 

 

 

「……万丈団長。あくまでも民間人を襲っているわけじゃないわ。これはちょっとした余波が影響を与えてるだけ。民間人を狙ってるわけじゃないのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

不快な声で囁いてくる通話先の相手、多治見。

……俺を飼い殺す、北都の首相。

 

 

 

 

 

 

 

「それにね……そう思うのだったら早く決着を付けなさい。私もいくら相手が東都の人間だとはいえ、心が痛いのよ?……以上よ。使命を全うしなさい」

 

 

 

「お、おい!?ちょっと待て――」

 

 

 

 

 

 

 

冷酷に言葉を終え、会話を断つ多治見。

 

民間人を心配するような言葉とは裏腹に、その口調はまるで東都の人間など虫けらだ、と言っているような。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

くそっ……!!

結局、結局こうなっちまうのかよ……

 

 

 

 

 

 

 

俺が率いる北風第3師団……CROSS-Zは現在、侵攻を一時中断していた。

 

 

 

他の師団が見境無く襲撃し、民間人にも大幅な被害が出ているらしい、と部下から連絡がきたからだ。

 

 

 

あのくそ女にそんな事を辞めさせるように連絡したんだけど……ちくしょう……

 

 

 

 

 

 

 

「万丈団長……我々は一体、どうすれば……」

 

 

 

 

 

 

 

兵士たちの顔にも動揺の色が隠せない。

皆、どうすればいいのかわかっていないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺が率いる連中はみんな心優しいというか、他の北風の連中からは臆病者だとか腑抜けとか言われている。

 

 

 

俺はそうは思わない。

こいつらは、例え敵であろうとも命を大切に想ってるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

……お前らもこんな戦争、絶対嫌だよな。

 

 

 

 

 

 

 

「……野兎の兵士を見かけたら戦闘に入るしかねえ。でも……関係の無い人たちが傷付いてんの見たら……助けんのが当たり前だろ」

 

 

 

 

 

 

 

……当たり前の事だ。

いくら北都に身体を売り渡そうが、俺の魂まで売り捌く気はねえ。

 

 

 

 

 

 

「……はい!!第3師団全ての兵に、一言一句間違いの無いよう通達致します!!!」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで暗かった兵士たちの顔に光が灯る。

機械から、心を持つ生き物に変わったように。

 

 

 

 

 

 

 

「したらよ、襲撃してやがる所に行って民間人を――」

 

 

 

「万、丈……」

 

 

 

 

 

 

 

場に通る綺麗な。よく知ってる声がした先には、よく知ってる正義のヒーローが立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎、か。久しぶりだな」

 

 

 

 

 

 

 

ついこの間、久しぶりに聞いた声。

見た目はだいぶ逞しくなったけど、笑い方は変わらないバカ。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり来てたか。愚弟」

 

 

 

 

 

 

 

あいつの事だから、もしかしたら来ないんじゃないか。

それどころか東都の危機に颯爽と駆けつけるんじゃないか。

 

 

 

そんな事をちょっと考えてたけど、やっぱり……

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃな戦兎。急いでんだ。そこ、どいてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

変わらないあの日の微笑で問いかけてくる万丈、龍我。

その言葉の中身は、懇願では無く命令な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……退くわけないでしょ。相変わらずバカだな、お前さんは」

 

 

 

 

 

 

 

いつもの微笑みに、わたしもいつものであろう微笑みを返す。

……あんたをここで止めないで、いつ止めるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……わかってんのか、戦兎。俺は北風の第3師団 団長だ。……意味、わかんだろ。超天才のお前なら」

 

 

 

 

 

 

 

いつものように天才のわたしをバカにしてくる愚弟。

……その顔は、笑ってない。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたこそわかってんの?……わたしは東都軍 野兎の総隊長。わたしの方が偉いんだぞばーか」

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りに倍返しでバカに返す。

でも多分。きっと、わたしも笑えてない。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈団長!?この女、東都軍の総隊長ならば今すぐ兵を集めて――」

 

 

 

「うるせえ!!!……こいつはいい。こいつはいいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

バカ野郎の声が轟く。

助言した兵はまるで、雷に打たれたかのような顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱ退かない、か。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎……いや、野兎 総隊長桐生 戦兎。退かないなら……俺がここでお前を倒す」

 

 

 

 

 

 

 

……上等だバカな弟よ。

その腐った脳みそをお姉ちゃんが掻き混ぜてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんっと!しょうがない弟だ。……お姉ちゃんが全力で折檻したるから覚悟しろよ」

 

 

 

 

 

 

 

……あんたと喧嘩するのも初めてだね。

 

姉妹喧嘩も終わったばっかなのに。

忙し過ぎるな、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さあ。姉弟喧嘩の実験を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビット!タンク!】

 

 

 

【ベストマッチ!!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「……変身!!!」

 

 

 

 

 

 

 

【鋼のムーンサルト!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンク!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

……ここであんたを止める。

あんたを、連れ戻してやるから。

 

 

 

 

 

 

 

「……来い!!クロ!!!」

 

 

 

【〜♪(´・ ・`)】

 

 

 

 

 

 

 

万丈が吠えると、懐かしいちっちゃな可愛い龍が現れた。

わたしが生んだ、万丈の力になるための龍。

 

 

 

 

 

 

 

……ちゃんと万丈の事を護ってあげてたんだね。

さすがだよクロちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クロ、悪ぃな。……お前のかーちゃんと戦うぞ」

 

 

 

【〜♪(´·_·`)】

 

 

 

 

 

 

 

クロちゃんはどこか、切なそうに見える。

戦いを嫌がってるような、そんな顔。

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌がってる場合じゃねえんだ。わかってくれ」

 

 

 

【……〜♪(・ω・´)】

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと万丈は、わたしとお揃いのモノを出した。

わたしと同じ力。ビルドドライバー。

 

 

 

それが放つ輝きは、どこか悲哀に満ちている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、戦兎。前に言ったよな、強くなろう、って」

 

 

 

 

 

 

 

天高く腕を伸ばした万丈の手に、まるで宿り木に身を休めるが如く、機械仕掛けの蒼き龍が座す。

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に、は無理だったけどよ……強くなったんだ、俺」

 

 

 

 

 

 

 

もう一方の手には。

今はもう居ない、最愛の人が託した力。

 

 

 

美空が癒した、香澄さんの愛の力。

 

 

 

 

 

 

 

「……見せてやるよ、俺の力を」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが創った蒼き龍に。

香澄さんと美空の想いの力が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ウェイクアップ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎……これが、俺の護れる力だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クローズドラゴン!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その想いが1つになる。

蒼き龍の背に宿った愛の力が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……変身!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼を、情熱の戦士へと変貌させる。

 

 

 

その姿はまるで、自身の想いを猛々しい蒼き焔として顕現したような。

どこか冷たくも、内側を熱くするような。

 

 

 

正に万丈らしい、そんな姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Wake up burning!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Get CROSS-Z DRAGON!! yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の俺は……負ける気がしねぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「やっと来ました仮面ライダークローズ!」

万丈「いやー……本当に。やっとお披露目だよ」

戦兎「ずーっと出し渋ってたもんなあ」

美空「まさかの北都編で!びっくりだし」

惣一「天の声曰く、このタイミングがベストマッチだったらしいぞ」


万丈「だとしても……長かった……なぁ、クロ……」

クロ【〜♪(*´∀`)】



戦兎「これじゃあれだな。グリスもまだまだ先?」

美空「……有り得るし」


一海「……おい嘘だろ」

一海「ちょっと!ねえ!もう出すよね!?」

一海「おい!おいってば!ねえ!!」



万丈「……そんな俺が大活躍する次回!楽しんでくれよな!」

クロ【〜♪ヽ(´ー`)ノ】




一海「おい!ちょっと!おおぉぉい!!」




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phase,34 忍と龍の遊園





幻徳「暇だ」

幻徳「誰も構ってくれん」

幻徳「内藤さんはもういないし内海ももういないしスタークは冷たいし」

幻徳「あれ?俺って友達少なくね」

幻徳「というか……内藤さんは会社の部下だし」

幻徳「内海は側近だし」

幻徳「スタークはそもそも誰だか知らないし」





幻徳「……またヒトカラ行くか」



幻徳「ん?To witterからメッセージが……」

幻徳「あっ!《白衣の外道》さんからだ!」



幻徳「……今度誘ってみようかな」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいいいい!!ちょっとは手加減しなさいよ!わたし女の子なんですけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

物凄い勢いで蹴りを見舞ってくる蒼い龍に、お姉ちゃんからの心からのお願いをする。

 

 

 

……当然、聞いちゃもらえないが。

 

 

 

 

 

 

 

「知るかそんなの!俺は急いでんだ!!やる気ねーならとっとと帰れ!」

 

 

 

 

 

 

 

悪態を付きながら容赦なく怒涛の連撃を放つ龍。

その一撃一撃は、組手をしていたあの日の弟とは比べ物にならない。

 

 

 

 

 

 

 

……強いなあ。かなりやばいかも。

想像していた以上にキレも、重さも、スピードもある。

もしかしてハザードレベルが違い過ぎるのかな……

 

 

 

 

 

 

 

元々、クロちゃんことクローズドラゴンは、仮面ライダークローズとして万丈に力を与える目的で創り、生んだ。

ビルドドライバーを解析・創造して、新しく渡そうと思ってたんだけど……

 

 

 

それをあの憎きファウストの甘言によって。

万丈は黒い力を選んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが描いていた本来のクローズに、こんなバカみたいに強い出力が出るはずが無い。

 

 

 

万丈への身体の負担も大きいし。

多分ファウストの連中、クロちゃんを改造しやがったな……

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉ!!したらわたしだって!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが取り出すは《忍者フルボトル》と《コミックフルボトル》。

……万丈が導いてくれた、ベストマッチだ。

 

 

 

 

 

 

 

【忍者!コミック!】

 

 

 

【ベストマッチ!!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「ビルドアップ!!」

 

 

 

 

 

 

 

【忍のエンターテイナー!!】

 

 

 

【ニンニンコミック!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ニンニンコミック。

その姿は紫と黄色を基調とし、複眼には手裏剣、そして漫画のページとなっている。

 

忍者の装いをし、片側にはペン先やコミックス型のアーマー。

 

 

 

 

……全く忍べてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忍者だかマンガだか知らねーけど、俺に勝てると思うんじゃねーぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

どこか楽しんでるようにも想える蒼き炎が、全てを威嚇するような龍の咆哮をあげながら突き進む。

 

 

 

 

 

 

 

……あんたに負けるわけにはいかない。

絶対に連れ戻すんだから!!!

 

 

 

 

 

 

 

「よゆーではっ倒してやるから!……おいで!《4コマ忍法刀》!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが創りあげた新武器、4コマ忍法刀。

刀身に刻まれた4つのコマに絵が書かれていて、その絵に合った力が秘められている出来る子。

 

 

 

もちろんわたしの自信作だ。

これでぶっ倒したるからな!!!

 

 

 

 

 

 

 

「へへっ……お前だけが剣を持ってると思うなよ?……来い!ビートクローザー!!」

 

 

 

 

 

 

 

対峙する龍が顕現したのは、かつての剣。

万丈が香澄さんを……苦痛から解放した、あの日の刃。

 

 

 

 

 

 

 

……無くなってると思ったら。

お前が隠し持ってたか!!!

 

 

 

 

 

 

 

確かにあの剣は最高傑作に近いけど……

わたしの新武器を舐めんなよ!!

 

 

 

 

 

 

 

「かかってこい!!万丈ぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍と龍が鍔迫り合う。

静寂の場に、剣戟の調べが鳴る。

 

 

 

 

まるで闇に潜む者が刈り取るように。

まるで蒼龍が天空を舞うように。

 

 

 

 

 

 

 

どこかその姿は、歓喜の舞踊にも見える――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やるねえばんじょー……だったら。1コマ目!影分身の術!!だってーばよぅ!」

 

 

 

【分身の術!】

 

 

 

 

 

 

 

剣に搭載されているトリガーを1回押すと、忍が増殖した。

まるで漫画の世界の忍のように。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎!お前、それずるくねぇか!?……ったく、負ける気はしねーけどな!!」

 

 

 

 

 

 

 

増殖した忍から、代わる代わる放たれる連撃をことごとくいなし、龍はその剣を構える。

想いを乗せた、あの日の剣に鍵を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

【スペシャルチューン!】

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こいつは少し重いぜ?」

 

 

 

【ヒッパレェー!ヒッパレェー!】

 

 

 

 

 

 

 

鍔の中央にロックフルボトルを鎮座し、グリップエンドを引くと、剣が奏でる。

まるで眼前の者に、灰燼を言い渡すかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ。やっぱ知ってたか……てゆーかロックフルボトル持ってってたのやっぱりおめーかばんじょー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

どこか喜びを感じる忍。

その口調には、暖かな想いが乗せられる。

 

 

 

 

 

 

 

「うざってーんだよ!!!」

 

 

 

【ミリオンスラッシュ!!】

 

 

 

 

 

 

 

蒼龍が振るう剣から放たれた蒼き炎が、忍の傀儡たちを燃やし尽くす。

まるでその蒼炎は、彼の想いを具現化したよう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎。1つ、変な事言っていいか」

 

 

 

 

 

 

 

傀儡が焼失し、場に残るは忍と龍の2匹。

先程まで子供のように遊び舞っていた2体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、さ……毎日やってた組手、みてーだな」

 

 

 

 

 

 

 

お互いに剣を掴みながら、放つ言葉。

本来はその場に似つかわしく無い、言葉。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。わたしもそう、想ってた」

 

 

 

 

 

 

 

対峙する忍。

その言葉の中には、過去の面影が宿る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――もうさ、いいじゃん。帰って、きなよ」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の言葉が心に刺さる。

俺の売り捌いていない、大切なモノに。

 

 

 

 

 

 

 

「……何度言えばわかんだよ。俺は、もう……北都の人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

己の心に嘘をつく。

 

 

 

本当は帰りたい。戦兎たちの場所に帰りたい。

俺の本当の居場所は、そこなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……わたし、知ってるよ。あんたなんか弱味握られてんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

いつもの俺がよく知ってる声。

普段はふざけてるけど、大切な時に放つ真剣な音。

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱ適わねーな。姉貴には。

なんでもお見通し、ってやつか。

 

 

 

でも、それでも帰れない。

俺には護らなきゃいけない、大切なモノがあるから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねーよ、そんなの。ただ強くなりたいから北都に行った。それだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

苦しみが言葉に乗りそうになる。

辛いと叫びたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

でも、だめだ。

大切な家族を巻き込むわけにはいかない。

 

 

 

大切な姉貴や妹、親父を巻き込むわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

俺が護らなきゃならねーんだ。

 

 

 

だから、俺は。

俺の滾る心に嘘を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前らを裏切ったんだよ。お前らには関係無いだろ。だからこうしてここに来てる。北都の最強の兵士として――」

 

 

 

「ふざけんな!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

俺の吐いた事を描き消す轟音。

 

 

 

 

 

 

 

……どこかその声には、涙が溢れてる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたは……万丈はいつもそう!!そういう風に誤魔化して!!関係無いとか、迷惑がかかるだとか!!そんな事言うなって前に言ったでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

姉貴の声が、言葉が。

俺の嘘で固めた心に辛く響く。

 

 

 

 

 

 

 

……そんな事わかってる。本当に、わかってんだ。

でも、こうするしかねーんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

姉貴は何も、知らないんだ。

そのまま知らなくていいからよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その力は平和の力。正義の力。何があろうとこんな争いのために使っちゃだめなんだよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

感情が噴き出しそうになる。

全部話して楽になりたくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……前に戦兎から教えて貰った事がある。

 

 

 

仮面ライダーは正義のヒーロー。

その力は護れる力なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

正義のための力。平和のための力。

笑顔と希望を、護れる力。

 

 

 

 

 

 

 

……わかってる。全部わかってんだ。

でも……こうすることでしか俺の正義は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――万丈。正義は、正義のヒーローは……その力を奮うのに、見返りを求めちゃだめなんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見返り……

正義のヒーローは見返りを求めちゃだめ、か……

 

 

 

 

 

 

 

確かに、確かにそうだよな……

この力は……本当は……

 

 

 

 

 

 

 

でも、どうすりゃいい?

もし俺がここで辞めたらどうなる?

 

 

 

 

 

 

 

……でも。でももしかして戦兎なら――

 

 

 

 

 

 

 

「桐生総隊長!!……北、風!?」

 

 

 

 

 

 

 

野太い声がした先に、東都の兵士が居た。

総隊長、って呼ばれてんだな。本当に。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫だから。それで、どうしたの?」

 

 

 

「あ、はい……それが、美空さんが居る周辺に、北風の襲撃があるとの情報が……」

 

 

 

 

 

 

 

聞き覚えのある名前。すぐに浮かびあがる顔。

昨日の事のように思い出す、あの声。

 

 

 

 

 

 

 

美空も……あの妹もこんな戦場に来てんのか……

 

 

 

 

 

 

 

「美空の所に!?……万丈、あんたは――」

 

 

 

「行けよ、さっさと。……俺もボロボロで疲れたし帰るから……早く、行ってやれ」

 

 

 

 

 

 

 

こちらに強い視線を注ぐ姉に、決別の言葉を送る。

もう多分、治せないほどの言葉。

 

 

 

 

 

 

 

「……絶対にあんたを連れ戻すから。……忘れないでよ。あんたはわたしの弟。家族なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

最後まで俺を心配する言葉を残し、姉はすぐに姿を消した。

大切な、妹の元に。

 

 

 

俺らの大切な、妹のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――万丈団長!?野兎の総隊長を……逃がしてしまってよろしいんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

部下の怒号のような訴えが、俺の耳に轟く。

敵の軍のトップであるはずの、姉を逃がした俺を責めるように。

 

 

 

 

 

 

 

「……いーんだよ。俺もきついし。……それにお前らが戦っても無駄死にだ。意味無く散ってもしょーがねーだろ」

 

 

 

 

 

 

 

本当の本当の真実は違うけど。

でもこいつらを想う気持ちに嘘は無い。

本当に死んでほしくない。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!……しかし――」

 

 

 

「うるせえ!!!……帰るぞ、全員に言っとけ」

 

 

 

 

 

 

 

縋りつく兵士をいなし、帰路に着く。

本当の居場所じゃない、偽りの場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎から言われたさっきの言葉が、俺の何かを刺激する。

嘘がまとわりついた、汚れた心に。

 

 

 

 

 

 

 

「正義に……見返りを求めちゃいけない、か……」

 

 

 

 

 

 

 

呟く事で、その言葉の意味を改めて確認する。

……きっとその通りなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

でも、だめだ。俺は、出来ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

さっき聞いた話。美空が危ないかもしれない、と。

でもきっと、戦兎が駆けつければ大丈夫。

 

それに多治見のばあさんと約束もしてあるし。

 

 

 

 

 

 

 

……本当は、あの時に戦兎に話そうと思った。

全部話して、一緒に何とかしようと思った。

 

 

 

正義には、見返りを求めちゃいけねーからな。

 

 

 

 

 

 

 

でも、美空が危ないって聞いて。

……想像したらやっぱ、だめだ。

 

 

 

姉貴や、妹や、親父は知らない。

連中がその気になれば。俺の大切な居場所や、大切なモノを簡単に壊す事が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

……だから、俺は嘘をつく。嘘を吐く。

嘘で塗り固めた心に、更に嘘を纏わせる。

 

 

 

 

 

 

 

俺の大切なモノを護るために。

この護れる力を、奮うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独りぼっちで、守るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りながら見た空は、赤く紅く朱く、血のような空。

まるでこの争いのような。この惨劇のような。

 

 

 

罪の無い人が大勢死んだと思う。

綺麗事じゃない、戦争の現実。

 

 

 

 

 

 

 

本当の正義のヒーローなら、一目散に助けに行くべきだ。

それがこの力の本来あるべき姿。

 

 

 

でも、俺は出来ない。

守らなきゃいけないモノのために、正義のヒーローにはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

見返りを求める俺は、正義じゃない。

きっと悪、なのかもしれない。

 

 

 

香澄を死に追いやった、ローグ。

あの狂った蛇、スターク。

 

そしてそいつらの源、ファウスト。

 

 

 

 

 

 

 

俺はこいつらと変わらないのかもしれない。

……いや、同じだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

……なぁ、戦兎。

 

 

 

お前だったら、どうするのかな。

俺とは違う答えを見つけて、走ってくのかな。

 

 

 

あいつは頭が良いから。

あいつはすげー正義のヒーローだから。

俺なんかよりももっともっとすげーやつだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なぁ、姉貴。

 

 

 

 

 

 

 

助けてくんねーかな、俺の事も。

俺の事も救ってくれよ、正義のヒーロー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








万丈「いやあ!強い!強過ぎる仮面ライダークローズ!!」

戦兎「はいはい。よかったねえ」

万丈「いやー。でももっとこうあれだな、必殺技出したかったな」

美空「はいはい。そうですねえ」

万丈「ほんとよ!バシュン!ドガーン!ズドドーン!、って感じだよな!!」

戦兎・美空「はいはい。そんな感じだねえ」


万丈「はっはっは!!さすが俺だよな!!」

戦兎・美空「はいはいはいはい」





惣一「それでいいのか万丈……!」

葛城忍「本当にこいつは末っ子じゃないのか……?」




万丈「はっはっは!はーっはっは!!」

戦兎・美空「はいはいはいはい……あー。だるっ」



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phase,35 北の烏





惣一「うーむむむ」

惣一「どうしたもんかね。戦争」

惣一「かっこつけて俺が出るとか言ってしまったけども」

惣一「どうすればいいか全くわかんね」



惣一「もうあれか。いっその事多治見を殺っちゃう感じで」

惣一「あらやだ物騒。怖いわあ」

惣一「それか実はミサイルは海外から放たれてた事にすっか」

惣一「無理。疲れ過ぎて死んじゃう」



惣一「うーん……悩める……」






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早く。もっともっと早く急がないと!!!

 

 

 

 

 

 

 

まさか、美空が居る所が襲われるなんて……

出来るだけ安全な場所に居て治療をしてね、ってあれだけ言っておいたのに!!

 

 

 

それに、美空がどこに行ったかわからないってどういうこと!?

 

 

 

 

 

 

 

……すぐ迎えに行くから。

お願い、どうか無事でいて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おぉい!?一体カシラはどこだよ!?」

 

 

 

「カシラは方向音痴だからねぇ……俺らが付いててやんねぇとだめだからなぁ」

 

 

 

「ねー!本当に困ったさんだよお」

 

 

 

 

 

 

 

――やばい。どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

今、私は緊急事態に陥ってしまった。

 

 

 

この3人組……ちょっと他の兵士と服装の違うこの人たちは、恐らく北都軍、北風の兵士。

 

 

 

女の人も居るけど、「東都の連中を早くぶっ倒さなきゃなー」とか「首相殺っちゃえば早くね?」とか信じられない程物騒な事を言ってる。

 

間違いなく北風の兵士だ。

 

 

 

カシラがどうのとか言ってるけど……

この人たちのリーダーみたいな感じなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

というか早くどっか行ってし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なぜ私がこんな事になったのか。

それは、つい先程の事。

 

 

 

 

 

 

 

ようやく3人目の治癒が終わって、その後に目覚めた時。

目覚める前とは比べ物にならない程、様々な人たちが病院に運ばれてきていた。

 

 

 

まだ軽傷の人。重傷の人。重体の人。

私の力でも明らかに不可能な数の人たちだった。

 

 

 

しかも私の力にもキャパシティがあるらしく、どうやらそれは1日3回まで。

3回使うともう、あの光は出てこなかった。

 

明日また使えるのか……っていう疑問もあるけど、とりあえずそんな事を考えてる暇は無い。

 

 

 

 

 

 

 

東都軍 野兎の人員は遥かに不足し、それどころか東都政府や様々な関係各所の人たちが力を合わせても、全く人手が足りない。

 

 

 

避難誘導もままならない現状で、未だに取り残されてる人たちがいっぱいいる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中で、ある兵士が言っていた事。

私がいるこの病院の近くが、北風に襲撃されているとの事だった。

 

 

 

しかし他の兵士やその他の人も、違う場所で避難誘導や戦闘をしていたり、傷付いた人たちへの動きで手が回らないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

だから、私が行くことにした。

今日はもう力を使えないみたいだし、だからといって何もしないわけにはいかない。

 

 

 

1人では危険過ぎるとの事で、一応兵士が2人、付き添ってくれたんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

……見事にはぐれてしまった。

そして道がわからずにさまよっていたら、この状況。

 

 

 

 

 

 

 

声がしてきたから、とりあえずちょうどいい物陰に隠れたんだけど……危なかった。

 

 

 

 

 

 

 

早くどっか行ってし――

 

 

 

 

 

 

 

「ねー!とりあえずさ。首相官邸だっけ?あそこ襲えばいーんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

子供っぽく喋る女の人が、とても恐ろしい事を口にする。

まるで子供が公園に遊びに行くような感覚で。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……そうだなぁ。手っ取り早いし、そこでやりゃ民間人に怪我させる事、無いしな」

 

 

 

「確かにそうだなぁおい!よし!!そしたらそこで暴れようぜぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

……あそこには泰山さんが居る。

それに野兎に指示を送ってるのも首相官邸。

 

 

 

だめ……あそこが襲われたら大変な事になる――

 

 

 

 

 

 

 

「んー!そしたらさ、さくっとやりに――」

 

 

 

「――だめ!!!行かせない!!」

 

 

 

 

 

 

 

無邪気な女の兵士の前に、つい飛び出してしまった。

思考より先に、身体に伝達が送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でもどうしよう。

私、戦闘力ゼロなんですけども……

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ?このお嬢ちゃんは?」

 

 

 

 

 

 

 

髭を生やした、落ち着いた感じの兵士が私に問う。

まるで値踏みをするかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい!?ここは戦場だぜぇ!?あぶねーからとっとと帰れ!!ほら!!」

 

 

 

 

 

 

 

……帰るわけにはいかない。

 

怖いけど。恐ろしいけど。

この人たちを私たちの希望の拠点に行かせるわけにはいかない!!

 

 

 

 

 

 

 

……ていうか足が震えて帰りたくても帰れないんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あなたたちを……首相官邸に行かせるわけにはいかない!!……し」

 

 

 

 

 

 

 

恐怖で声が上擦ってしまう。

あぁ。私、殺されちゃうのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「……んんん?あんた、どっかで――」

 

 

 

「その子から離れて!!!」

 

 

 

 

 

 

 

心の底から安心出来る。

そんな風に想える声の主へ視線を移すと、彼女が居た。

 

 

 

 

 

 

 

私の、頼れるお姉ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「その子に指一本でも触れたら……刻むから」

 

 

 

 

 

 

 

心の底から安堵する。

先程までの震えが、嘘のように止まる。

 

 

 

お姉ちゃんの後ろには、2人の兵士が居た。

多分、私が居なくなってた所にたまたまお姉ちゃんが来て、一緒に探してくれたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

……本当に危なかった。

きっともう少しで、私死んじゃってたし。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ!?おま――」

 

 

 

「おねーちゃあああん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

声の大きいリーゼントの人の声をかき消して、お姉ちゃんの胸へと飛び込む。

……この膨らみは決して許すまじモノだが。

 

 

 

 

 

 

 

「もう美空!あれだけ危ない事しちゃだめって言ったのに……でも良かった。心配したんだから」

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんの言葉はお叱りだが、顔は優しく微笑んでいた。

この顔を見ると、私は安心する。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。人手が足りない、って聞いたから……」

 

 

 

 

 

 

 

でも、無事に避難誘導は終えてあるし。

何とか助ける事が出来て良かった。

 

そして私も助かって良かった……

 

 

 

 

 

 

 

「まあ!美空の気持ちもわかる!!でも今度からは――」

 

 

 

「おいぃ!?無視すんじゃねぇぞこらぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

なんだろう。このリーゼントの人、万丈に似てる気がする。

なんでだろう。どこが似てるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……あ。もしかして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――バカっぽいとこ、うちのバカにそっくりだなあんた」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの目の前に居る3人組の連中。

恐らく、北風の兵士。

 

 

 

その中でもこのリーゼント頭。

どう考えてもバカ。雰囲気がまずバカ。

喋り方もバカ。声の大きさもバカ。

 

 

 

 

 

 

 

ばんじょーの親戚か何かかな……

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!それ私も思った!!このリーゼント、万丈と同じバカだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

ナチュラルに毒を吐く妹。

凄いな妹よ。初対面だぞ。

 

 

わたしでもオブラートに包んでバカっぽい、だぞ。

あなたそれをバカだよ、って……

 

 

 

 

 

 

 

「おいてめえら!?バカってなんだバカって!?俺ぁな、バカじゃねえぞごるぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

あっ。バカだ。

 

 

 

 

 

 

 

「大体なぁ!!初めましてでバカとは――」

 

 

 

「ちょっと黙ってろい、赤羽」

 

 

 

 

 

 

 

一番冷静そうなヒゲが遮る。

見た感じ頭脳派っぽくも見える。

 

 

 

 

 

 

 

……厄介そうだな、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁん!?青羽、てめぇまで――」

 

 

 

「おい、あんたら。後ろのやつは東都軍みたいだしよう……ナニモンだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

冷たい視線を飛ばしてくる、青羽と呼ばれる男。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。こいつはめんどくさいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは桐生 戦兎。で、あんたらはどこの方々?」

 

 

 

 

 

 

 

なるべく煽らないように。

あまり戦闘は避けたいし、わたしたちから仕掛けたら大問題になる。

 

 

 

 

 

 

 

「俺らは北都軍 北風の第1師団だ。……北都三羽ガラス、って呼ばれてる兵士だ」

 

 

 

 

 

 

 

なぜか自信満々に答える青羽。

三羽ガラスて……こいつもバカの部類なのか。

 

 

 

しかも赤羽とかいうやつのせいで北都三馬鹿アホウドリくらいにしか見えない。

 

 

 

 

 

 

 

……だめだわたし。煽っちゃだめだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふーん。そ、そうか……そしたらわたしたちはこの辺で――」

 

 

 

「だめだよ!!この人たち……首相官邸を襲おうとしてる」

 

 

 

 

 

 

 

頑張って自制したわたしの言葉を、美空が真剣な声でかき消す。

先程のバカだよ発言とは、まるで違う様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

……それに。

首相官邸を襲うとは聞き捨てならない。

 

 

 

 

 

 

 

「首相官邸を襲う、ってどういうことかな」

 

 

 

 

 

 

 

3人組の姿を改めて確認する。

見た所それほど強そうには見えない。

それに武器も持っていないし……

 

 

 

もしやこの内の誰かが仮面ライダーなのか……?

 

 

 

 

 

 

 

「そのまーんまだよ?早く終わらして帰りたいから。……だから本丸叩くのが早いっしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

間の抜けたような声で喋る女は、わたしをしっかりと視線で捕捉している。

 

 

 

……ふざけてるようにも見えるけど、なんか気の抜けない感じがするな。

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな事言われたら退るわけにはいかないや。わたしは東都軍 野兎の総隊長なんだよねー」

 

 

 

 

 

 

 

本当は明かしたくなかったけど、しょうがない。

首相官邸を襲われたら大変なことになる。

 

 

 

あそこを落とされたら、東都は終わっちゃう。

全ての作戦が台無しになっちゃうからね。

 

 

 

 

 

 

 

「……ククク。ラッキーだぜぇ!!おいぃ!?……まさか敵軍の総大将が現れてくれるなんざぁなぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

……うるさいニセ万丈。

まずボリュームを下げろバカ。

 

 

 

 

 

 

 

「確かになぁ……しかもまさか、頭が女だとは思わなかったねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

値踏みをするかのようにまじまじと見る青羽。

まるで力量を測っているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「んんんー。後ろに居るのは兵士だとしても、この人は女の子だよ?……あたしあんまり乗り気じゃないなあ」

 

 

 

 

 

 

 

……この女が一番謎だ。

どう見ても戦闘を行えるようには見えない。

 

美空並に華奢だし、武器も持ってるようには見えない。

 

 

 

 

 

 

 

……なんだろうこの違和感。

どう見ても、他の兵士とは違うし。

 

 

 

他の北風の兵士は皆、武器を持っていた。

なのにも関わらず、この3人組は武器を持っていない。

 

 

 

 

 

 

 

――もしかして。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……まぁそれもそうだなぁ。……おいあんた!というわけだから――」

 

 

 

「あんたら、何者なの」

 

 

 

 

 

 

 

先程までとは違う、真剣な声が轟く。

ふざけた感情を捨てた、真なる剣の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!?だからさっきから北都三羽――」

 

 

 

「見た所あんたらは武器を持っていない。しかも華奢な女の子まで……普通の兵士には見えないんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

ギャーギャーうるさいリーゼントを無視して言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしの予想が正しければ。

多分こいつらは、例の話の……

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ。この状況でよくそこまで観察してんなぁ。……あぁ。俺らは普通の兵士じゃねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

無精ヒゲを蓄えた冷静な男が淡々と話す。

その瞳は、酷く荒んでいるように見える。

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事かな」

 

 

 

「おねーさんは知らなくてもだいじょぶだいじょぶ!あたしたち、あんたたちに危害を加えるつもりないし」

 

 

 

 

 

 

 

軽い口調とは裏腹に、冷たい視線を送るこの女。

……というかまさかわたしより年下だったのか、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

「いや……そういう訳にもいかないよ。……わたしは仮面ライダービルド。この国の平和の象徴だからね」

 

 

 

 

 

 

 

本来は絶対にわざわざ明かしたくないけど。

もしこの連中の正体が、あのスタークが言っていたモノなのならば……

 

 

 

 

 

 

 

ここで逃すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「まじかよ……おいおい!?てめえがあの仮面ライダービルドかぁ!!こいつぁ最高にラッキーだぜぇ!!おぉい!!」

 

 

 

 

 

 

 

リーゼントが目を見開き、わたしを睨みつける。

まるでずっと探していた獲物を見つけたかのような。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつぁ驚いたよ……まさか女が、あの仮面ライダービルドとはねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

首を鳴らしながらわたしを睨みつける青羽。

まるでそれは獲物を狩る前の仕草のような。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……女の子と戦うなんて嫌だけど。……まあしょーがないよね」

 

 

 

 

 

 

 

言葉と表情が一致しない女。

まるでその目は獲物をどう狩るか思案してるかのよう。

 

 

 

 

 

 

 

「俺らはなぁ!スマッシュだよ!?知ってんだろぉう!?でもちょっと特別製でよぉ?」

 

 

 

 

 

 

 

最悪の予感が当たってしまった。

この状況で、スマッシュが3体。

 

 

 

 

 

 

……でも、大丈夫なはず。

今までスマッシュは、怪物態のまま襲いかかってきた。

 

 

 

こいつらは人間態だし、スマッシュになる手段もおそらく無いはず……

 

 

 

 

 

 

 

「ただのスマッシュじゃあねぇんだよぉ……俺らはなぁ、自我を持つスマッシュだ」

 

 

 

 

 

 

 

リーゼントがポケットからあるボトルを出す。

 

わたしや万丈が持つ正義の力のボトルとは異なる、禍々しいボトル。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつぁただのフルボトルじゃあねぇ……北都にて改良されたボトルだぁ……この力、とんでもねぇぞ?おぉい?」

 

 

 

 

 

 

ボトル……?

……まさかこいつら、自らスマッシュに!?

 

 

 

 

 

 

 

だとしたら本当にまずい。

さいっあくの状況だ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「普通のスマッシュとは格がちげえぞ?……俺らはそいつらの倍以上はつえぇからなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

赤羽の顔が愉しそうに歪む。

強者のみが許される、弱者を蔑む笑。

 

 

 

 

 

 

 

「ハザードレベルも3.0を超えてんだぁ……死なねえように気ぃつけろよぉ?あぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

北都の三羽ガラス……残りの2人もそれぞれ懐からボトルを出した。

その表情は余裕に満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

ハザードレベル3.0以上……

それはつまり、わたしと同じ領域に居るもの。

 

それはつまり、仮面ライダーの資格を得る数値という事。

 

 

 

 

 

 

 

それが3人。

……これは、悪夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ……愉しませてくれよぉ?あぁん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








一海「またあいつらがいねえ」

一海「あいつらどこ行ったんだろーな」

一海「すぐ迷子になりやがる。全く」



一海「はぁ。面倒くさいけど探してやるか」

一海「かったるいなぁ。早く見つかんねーかな」

一海「大体な、ちゃんとついてこいっつーの」

一海「全く……」




一海「あれ……ここどこだ……?」





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phase,36 傷だらけのしゅわしゅわ





美空「私が行くし!!」

兵士A「いや、危ないですから」

兵士B「なんとかなるようこちらで……」

美空「人足りないでしょ!?わーたーしがいーくーし!!」

兵士A「ちょ!?美空さん!?」

兵士B「わかりましたから!私たちが着いていきますから!勝手に行かないでくださーい!!」


美空「……ほら!早く行くし!」




兵士A・B (どっかの総隊長にそっくりだ……)





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……後ろのきみたち。美空連れて逃げて」

 

 

 

 

 

 

 

恐らくこの状況がよく飲み込めてないであろう野兎の兵士2人に命令を送る。

護りながら戦うなんて不可能だ。

 

 

 

相手は3人。それもスマッシュ。

しかも自我を持ってて、あのリーゼントの話を鵜呑みにするなら今までのスマッシュの倍以上強いとか……

 

 

 

 

 

 

 

かんっぺきに崖っぷちだ。

ついさっきあのバカと戦って疲労も残ってるし……やばいな。

 

 

 

 

 

 

 

「……我らも戦います、総隊長」

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ危ない事なのか理解出来ていなさそうな兵士が、頼りがいのある言葉を呟く。

 

 

 

でも今の状況じゃ、その判断は間違ってる。

まずこの3人を避難させないと。

 

 

 

 

 

 

 

「相手は多分、わたしと同等かそれ以上に強い……だから、美空を連れて早く避難して!!!」

 

 

 

 

 

 

 

懇願ではない。命令だ。

 

上官から檄を飛ばされた兵は、不満ながらも納得したよう。

……そう。それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

わたしだってかなりまずい。

なんとか策を考えなきゃな……

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……気をつけてね……!!」

 

 

 

 

 

 

 

兵士に連れられる美空が、わたしへの激励を残し去っていく。

……こんな所で死ぬわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「お別れは済んだみてぇだなぁ!?……そしたら、殺りあおうぜぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

眼前の3人組はもう既に臨戦態勢に入っている。

先程のふざけた空気が嘘のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

……美空たちが避難するまで待っててくれるなんてね。

敵の風上にも置けないやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

このぎりぎりの状況で、そんなふざけた事を考えて笑うわたしはきっと。かなり疲れきっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「派手にぶちかまそうぜぇ!?行くぞぉ!!青羽!!黄羽ぁ!!!」

 

 

 

「悪ぃけどよぉ、倒させて貰うぜぇ?」

 

 

 

「さくーっとおねんねさせてあげるから!安心してねん!」

 

 

 

 

 

 

 

3人が思い思いの戦いの始まりを告げると、自身の左腕に禍々しいボトルを突き刺した。

 

突き刺されたボトルは、まるで元々身体の一部だったかのように肉体に取り込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。その邪なる力を取り込んだ者は。

自らを異形のモノへと、粛々と変貌させる。

 

 

 

まるで殺戮のためだけに創られたような。

物凄く物騒で、破壊的な存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤羽は敵の侵攻を許さない兵器を搭載した、堅牢な赤の城塞のような。

 

 

 

青羽は対峙する者を真っ二つに切り裂く、刃の権化にも見える青の鍬形虫のような。

 

 

 

黄羽は逃げ惑う標的を逃さず索敵し、闇夜の空を支配する山吹の梟のような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までのスマッシュとは違い、体色がある。

それはまるで、食物連鎖の戦いを生き抜くために進化した生物のよう。

 

 

 

そして共通して、バックル部分には北都のモチーフである福寿草。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさにそれは。

北都の生体兵器である事を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!おねーさん!……さくっと終わらせよ?ね?」

 

 

 

 

 

 

 

禍々しい3人の身体からは。

身震いしそうな程の殺気に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――滾らねえ。火が点かねえ。

 

 

 

 

 

 

 

……心火が、燃えねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

……周りは傷付いた民間人だらけ。

兵士や政府の連中はその避難にてんてこ舞いみたいだ。

 

 

 

俺が望む祭りはこんなんじゃねえ。

……戦争なんてもんは、こういうもんだって知ってるけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

それでも……想いが震えねえよ。

俺は、何をやってんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの3バカたちが迷子になって探している道中。

ずっとこの光景を目にする。

 

 

消えてしまった、誰かの名を呼ぶ者。

親が見当たらず、泣き叫ぶ子供。

傷付いた恋人を……抱きしめ、壊れる者。

 

 

 

 

 

 

 

ここは、地獄の一丁目だな。

そう想うと、心に冷たい風が吹いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だが、北都はもっと悲惨だ。

 

 

 

一瞬で全てが終わらされた。

感情を与えられる暇すらも許されず、消し炭にされた。

 

 

 

 

 

 

 

北都をこれ以上、傷付けさせるわけにはいかねえ。

だから俺は、修羅になる。

 

 

 

……俺の護るべきモノのために。

 

 

 

 

 

 

 

俺は戦争の道具になるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、軍服なんぞ着なくて本当によかった。

辺り一面東都の軍人だらけだ。

 

 

 

あの服、着心地悪ぃっつうか。

俺じゃない何かを着せられてる感じが凄くて、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

……さっさと終わらせねーと。

こんなくそも楽しくねえ祭りなんぞまっぴらだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのためにも早く、あの3バカを見つけねーと。

……本当にどこ行ったんだ?あいつら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

城塞の兵器から放たれる波動砲が、わたしに直撃する。

今まで味わった事の無い、痛烈な一撃。

 

 

 

 

 

 

 

「休んでる暇はないぜぇ?おらぁ!」

 

 

 

 

 

 

青い剣士のような昆虫が、背後から切りかかる。

変身していなかったら恐らく、今頃真っ二つだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、おねーさん?……でもすぐに終わるからさっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

滑空していた黄色の梟が、両腕に纏わせていた球体状の武具でわたしに追撃してくる。

規則性が無く、攻撃が読めない。

 

 

 

 

 

 

 

「か、はあぁぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

怒涛の連撃で、わたしの身体は既にボロボロだ。

1人1人の強さも遥かに高いが、何より凄まじい連携の攻撃。

 

 

 

まるで全員が意思疎通しているような。

お互いが何を考え、次に何を行動するのか完全に理解しているような。

 

 

 

 

 

 

 

戦いにおいて一番基本的な事であり、一番難しい事。

それを、平然と完璧にこなしている。

 

 

 

 

 

 

 

「……おいおい!!大したことねぇなぁ!?弱すぎるぜぇ!?おいぃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

あんたらが強過ぎんだよ!!

くそっ。1人1人はともかくとして……3人揃うとばんじょーよりも強いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあ。こんなダメージ喰らってる中で使いたくなかったけど……

しゃーなし。やるしかない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んんん?なあにそれ?……ジュースの缶?」

 

 

 

 

 

 

 

空をうざったく飛んでいた梟が地へと舞い戻り、反応する。

わたしの、新作の子に。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ!?……もしかして疲れて水分補給ってやつか?お?」

 

 

 

 

 

 

……バカは黙っててもらっていいですかね。

 

 

 

 

 

 

 

「……もしかしてあれかぁ?花火みたいな感じのやつかぁ?目くらましかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

……違います。

なんでそういう風に感じ取れるんだ。

 

さてはやっぱりこの青いのもバカだな。

 

 

 

 

 

 

 

……黄色の女もちょっとバカっぽいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……開けてみてからのお楽しみだよ!」

 

 

 

 

 

 

缶状のこの子を振ると、辺りにしゅわしゅわっと小気味のよい音が鳴り響く。

 

 

 

更に。搭載されているプルタブ型のスイッチを押すと、炭酸が弾ける清々しい音を奏でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい!?そんなに振ったら中身が――」

 

 

 

「しゅわしゅわっと行くからさ?……弾け過ぎないように気をつけてよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

正式名称《ラビットタンクスパークリング》。

通称ビルド缶の超強炭酸、存分に召し上がれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンク スパークリング!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喉越し爽快!ビルドアップ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シュワっと弾ける!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンクスパークリング!!】

 

 

 

 

 

 

 

【yeah!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの周りに、炭酸の泡が踊り出す。

その姿は弾ける炭酸の刺激のよう。

 

 

 

身体中がトゲトゲしくギザギザしく。

刺激の強めな、わたしの新しい力だ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの愛飲しているレモンスカッシュからヒントを得たこの子。

その強さは爽快なんてもんじゃない!!

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい……まさかそうなるとはねぇ」

 

 

 

「んんん!なんか強そうだあ!!」

 

 

 

「騙しやがったなぁ?……おぉい!!」

 

 

 

 

 

 

 

勝手に勘違いしたのあんたらでしょ。

……バカに付き合ってる暇は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ。実験を始めよう……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程とは比べ物にならない速さで迫る、炭酸の戦士。

物凄い速度で懐に詰められた城塞の赤に、弾けるような鉄拳を脇腹に撃つ。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう!?」

 

 

 

 

 

 

 

そのまま城塞の怪物に、強烈な回し蹴りをお見舞いしふっ飛ばした後、標的を青の剣士へと変える。

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

反応が出来なかった鍬形の怪物は、そのまま顔面に爆ぜるような蹴りを与えられ、城塞の怪物の元へと飛ばされた。

 

まるで仲間をクッション代わりにするように。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!?やだあ!!来ないでよお!!」

 

 

 

 

 

 

 

仲間を2人共圧倒された黄色の梟は、天に逃げようとするが。

 

時すでに遅し。

飛びかけた梟は、背中に痛烈な蹴りを喰らい地面に叩き落とされた。

 

 

 

先程までとは形勢逆転。

圧倒していた3人組は、弾ける戦士によって地に伏せられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ……刺激が強過ぎたかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――よし。いける。

 

 

 

身体はかなりきついけど、このまますぐに終わらせればなんとかなりそう。

やっぱり強いなあ……この子は♡

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ。舐めんじゃ……ねぇぞ、こらぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

先程まで倒れていた赤い城が動き出す。

まるで陥落を許さない要塞のように。

 

 

 

 

 

 

 

「多少痛ぇけどなぁ……?俺らはこんなもんじゃ……ねぇ、ぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

起き上がり首を鳴らす鍬形虫。

その言葉に、虚勢は感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

「……あたし帰りたい。やだ痛いの。もおやだあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだろう。この子にだけ親近感が湧くんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「ちったぁ我慢しろよう黄羽ぁ?……アレ、いくぞ」

 

 

 

「……これ終わったら帰る。カシラ連れて帰るから」

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと、3人組はわたしの周りをトライアングル状に囲んでいた。

獲物を逃さずに、今すぐ刈り取るように。

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃなぁ、おぉい?……これでしまいだぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

そう赤い城が吠えると、3人組は球体状のエネルギーへと姿を変え、わたしに襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

回避しようとしても、先程までとは比べ物にならない攻撃が死角から襲ってくる。

 

既に万丈との戦いで激しく傷付いていたわたしには、反応する事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……あああぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

降り注ぐ果てしない攻撃の雨。

戦いの前から既にボロボロだったわたしには、致命的な攻撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そう梟が叫ぶと、3人が同時にわたしに襲いかかり、わたしは身体を地に打ち付けながら飛ばされ、地に伏した。

 

変身も強制解除され、ビルドではなく、ただの桐生 戦兎に戻ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう満身創痍。身体を起こす事すら辛い。

 

 

 

 

 

 

 

……やばい。

もう、だめかもこれ……

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃな。俺らも止まってる暇は無いんだよい」

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか球体状のモノから元の鍬形に戻っていた剣士。

よく見れば他の2人も戻っている。

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。意識も朦朧としてる……

どうしよ……このままじゃ殺されちゃう……

 

 

 

 

 

 

 

まだ殺されるわけにはいかないのに……

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ。もおよくない?おねーさんボロボロだし、あたしたちももう――」

 

 

 

 

 

 

 

「お。やっと見つけたぞ、おめえら」

 

 

 

 

 

 

 

意識が暗闇に落ちようとしている中、ある声が聞こえた。

戦場には似つかわしくない、ファーのついたコートを着た男。

 

 

 

 

 

 

 

「え!?……カシラぁ!!どこ行ってたんですかあ!?探しましたよぉう!!!」

 

 

 

「ったくぅ……カシラは本当に俺らが着いてないとだめなんですから」

 

 

 

「探したよカシラ!!もう帰ろ!!ボロボロだよもう!」

 

 

 

 

 

 

 

ついさっきまでわたしを嬲っていた3人組の雰囲気が、暖かいモノへと変わる。

まるで大切な何かをやっと発見できたような、そんな風に。

 

 

 

 

 

 

 

「おめえらが勝手にどこか行ったんだろうが……ん?そこに倒れてる女……なんだ一体?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭と呼ばれている男がわたしに、一瞥をくれた所を確認出来た所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの視界は暗くなり、深い深淵へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 

 







黄羽「あちゃー……おねーさん、気失っちゃったよ」

青羽「あー……やり過ぎたかねぇ?」



一海「お、お前らまさか……こんな女の子を……」

赤羽「ちげえってカシラぁ!?これにはわけが――」

一海「言い訳なんぞ聞くかコラぁ!!てめえら!正座!!」

青羽「いや、本当にこれには――」

一海「うるせえ!!!早くしろ!!」

黄羽「や、や、や!あのねカシラ?このおねーさんは――」

一海「それになぁ!てめえがそんな事するやつだとは思わなかったぞ!?」

黄羽「え……?」

黄羽「だって……だって……」


黄羽「ふぇ……ふぇ……」




黄羽「えぇーん!!!カシラのばかぁ!!うわーん!!!」


一海「ちょ、お前泣くなよ!?お前が悪ぃんだろうが!」

赤羽「あーあ。カシラ泣かしちゃったぜぇ、おぉい」

青羽「……こりゃ当分泣き止まねぇなぁ」






一海「わかった!わかったから!!泣くなって!」

黄羽「うえぇーん!!カシラのばか!あほ!おたんこなす!!うわぁーん!!!」




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phase,37 非情な古参





紗羽「あら?私に用なんて珍しいですこと」

惣一「おう。ちょっと、な」

紗羽「?……なぁに、一体」

惣一「実はな……」




紗羽「これを飲めばいいの?」

惣一「おう。新作の《nascitaで死ナシタ》」

惣一「めっちゃ美味いから!ほら!ぐぐっと!」

紗羽「なんかやだ物騒……それじゃ、頂きます」



戦兎・美空「「飲んじゃだめえええ!!」」


紗羽「え?……ごくん」



紗羽「……あっ」



紗羽「いし……き、が……」




惣一「うーん。やっぱりだめか」

戦兎「マスター……あんたそれ兵器だから」

美空「本当だし!大量破壊兵器だよ」

惣一「……北都に落ちたやつとどっちがやばい?」



戦兎・美空「「それ笑えねえからやめろ」」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……」

 

 

 

 

 

 

 

酷く傷付いた身体に追い討ちをかけられ、意識を落としていたわたしが目を覚ますと、先程の戦いの場が視界に広がっていた。

 

 

 

戦闘の影響で、辺りは瓦礫の山であったり、壊された物で散乱している。

 

 

 

 

 

 

 

多分、ほんの少ししか気を失ってはいないと思うけど……

 

 

 

 

……なぜ?なぜだ?

 

 

 

 

 

 

 

なぜわたしは、トドメを刺されなかった……?

というか、この状況は一体――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きたか。……悪かったな、うちの連中がはしゃいじまったみたいでよ」

 

 

 

 

 

 

 

話しかけてきたのは、さっき意識を失う前に目に映っていた見慣れない……恐らく初対面であろうこの男。

 

 

 

あの3人組に、カシラと呼ばれていた男。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ大丈夫そうだな……おい!帰んぞお前ら」

 

 

 

 

 

 

 

その呼びかけで、男の近くにいた3人組が反応する。

あのスマッシュだった3人組が、主に従う忠実なる臣下、のようにも見える。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前らな。いくら兵士相手でも女にこんな事するんじゃ――」

 

 

 

「待って!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの放った轟音によって、この謎の男とわたしをボロボロにした3人組が視線をこちらに移す。

 

 

 

謎の男の目は、とても冷たく感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた……カシラ、とか呼ばれてるみたいだけど……何者?」

 

 

 

 

 

 

 

この3人組は確か、首相官邸を襲おうとしていたはず。

その連中からカシラだとか呼ばれてるんだから、間違いなくこいつらのリーダー格。

 

という事は間違いなく北風の兵士。

 

 

 

 

 

 

 

しかもこの3人組はあろう事かスマッシュだ。

もしかしたらこいつも自我を持つスマッシュ……?

 

 

 

 

 

 

 

「名前を聞く時はまず自分から、だろ?……まぁいいけどな。俺は猿渡 一海だ」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡、一海。

 

……聞いた事は無いと思うけど。

 

 

 

だけど名前を聞きたいわけじゃない。

あんたの持つその肩書きが知りたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは桐生 戦兎。……野兎 総隊長であり、仮面ライダービルド」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの名前を聞いたこの猿渡、って男が微かに反応した気がした。

まるで探していたモノを見つけ、喜んでいるような。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。お前が桐生 戦兎、か。なるほどなぁ……ふーん……」

 

 

 

 

 

 

 

値踏みをするかのように視線を刺してくる猿渡。

あの青羽とかいうやつとはまた違う、ぞっとする目。

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったじゃんカシラぁ!しょーがなかったんだってえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

はしゃいでるようにも見える女……もとい女の子の言葉に疑問が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

言ったじゃん、とは何……?

どういう事なんだろうか。状況が理解出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。そういう事か……おい女!俺は北風の第1師団 団長だ。……また今度、会おうぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈と同じ、北風の団長……

やっぱりそのクラスの男だったか。

 

しかもスマッシュを引き連れてるって事は、連中と同じでこいつも――

 

 

 

 

 

 

 

「あんたもそいつらと同じスマッシュ、ってわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

自我を持つスマッシュ。

3人だけでもめちゃ厄介なのに。

 

 

 

これは本当にもっと早く真犯人を見つけださないと……

 

 

 

 

 

 

 

「……俺はスマッシュじゃねえよ。だけどな、こいつらよりも強い」

 

 

 

 

 

 

 

冷ややかな笑を浮かべながらわたしを見る猿渡。

睨む、というよりも観察しているように思える。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……随分自信満々だね」

 

 

 

 

 

 

 

余裕に満ちたこの男の表情。

きっと何か隠し持っているはず。

 

 

 

 

 

 

 

まさか、もしかして仮面ライダー……?

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや。こいつが仮面ライダーじゃなかったとしても、しゅわしゅわモードのビルドでやっと立ち回れる程に強力なスマッシュが3体。

 

 

 

 

 

 

 

「それと……もしかして首相官邸を襲うつもり?」

 

 

 

 

 

 

 

現在、東都の被害の全てを管理しているあそこに行かせるわけにいかない。

 

 

 

 

 

 

……だからと言ってわたしももう、限界振り切っちゃってはいるけど。

 

だけど、このままみすみす見逃すわけにはいかないから。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……どうすっかな。そうしてもいいんだけどよー……」

 

 

 

 

 

 

 

冷たい笑を浮かべ続ける男。

その口調には冷酷な意思を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「もし行くってんなら……わたしがここで止める」

 

 

 

 

 

 

 

もうぼろぼろだし、変身して身体が持つかどうかも怪しいけど。

わたしたちの希望の砦を壊されるわけにはいかない。

 

 

 

……死んでも止めてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……くくく……はっはははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

突如大声で笑い始める猿渡に、わたしの脳が理解に苦しむ。

 

 

 

……こいつも……バカ、なのか。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なに!?何がおかし――」

 

 

 

「そんなボロボロで何が出来んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

今の爆笑や、先程の笑の時の表情が嘘のように。

凍りついたような顔で、わたしに視線を突き刺してくる。

 

 

 

 

 

 

 

「ただの犬死なんて愚か者のする事だ……今、ボロ雑巾みてえなお前に何が出来る?」

 

 

 

 

 

 

 

……言葉も無い。

 

 

 

先程まで気を失ってた今のわたしには、何かを護れる力は無いに等しい。

この男の言う通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

……でも。だからと言って退くわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「いくら全身ボロボロでも……この国を壊されるわけにはいかない!!」

 

 

 

 

 

 

 

場にわたしの声が震える。

北都軍の兵士4人と、東都の兵士のわたし1人しかいない、この場に。

 

 

 

 

 

 

 

「よく言うぜ……最初に喧嘩売ってきたのはてめえらだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡の言葉に怒りがこもる。

 

その目にも、顔にも、気迫にも。

修羅の如き憤怒の相が伺えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それは違う!わたしたちは、東都はそんなことはやってない!!」

 

 

 

 

 

 

 

考えられない程の痛みが、悲しみが、恨みが。

今も尚、北都で渦巻き続けてるのはわかる。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、それを引き起こしたのは東都じゃない。

だからこそ早く、こんな事は止めなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……言い訳はたくさんだ」

 

 

 

「言い訳じゃない!!本当に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが何と言おうと、俺らにも護るべきモノがある。護りたいモノがある……だから、俺らも退くわけにはいかねえ」

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱり。大変な勘違いが巻き起こってる。

 

 

 

 

 

 

 

早く、早く早く早くこの誤解を解かないと――

 

 

 

 

 

 

 

「だから、戦うんだ。自分自身のモノのために。……他がどうなっても、な」

 

 

 

 

 

 

 

……なんでだろう。

 

 

 

 

 

 

 

こんな時に、こんな状況なのに。

1つの考えが脳を彷徨う。

 

 

 

 

 

 

 

こいつは、万丈に少し似ている気がする。

考え方、というか。想い、というか。

 

 

 

……でも、それは間違ってる。

 

 

 

 

 

 

 

「……だからと言って関係の無い人を巻き込んで、傷付けるなんて絶対に許されない……わたしは絶対そんなこと認めない」

 

 

 

 

 

 

 

静かに対峙するわたしと猿渡。

……きっと相容れない、2人。

 

 

 

 

 

 

 

「甘いな……甘々だよ。戦争ってもんはそんなに甘くねえ。……てめえの大切なモンを本当に護りたかったらな、そんな事気にしてる余裕なんてねえんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

……まただ。

 

 

 

 

 

 

 

また1つ、脳を過る。

 

 

 

 

 

 

こいつは、この東都を侵略国家へと変貌させようとしていた、あの男にも似ている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

東都の大罪人にして漆黒の蝙蝠、氷室……幻徳。

 

 

 

 

 

 

 

「犠牲無くして護りたい……そんなおとぎ話はな、この世の中に存在しないんだ。……甘ちゃんはとっとと帰れ」

 

 

 

 

 

 

 

そして、多分こいつは。

美空が救ってくれた前の、あの日のわたしに似ている。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……おとぎ話だろうがなんだろうが、絶対に諦めない。綺麗事だろうが、夢見勝ちだろうが関係無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それを真正面から突き進んでいく。それが正義のヒーローで……仮面ライダーだ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしはもう、絶対に間違えない。

間違えたら多くの笑顔と希望が消え去ってしまう。

 

 

 

わたしは仮面ライダービルド。

この国の平和そのものなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

だから、諦めてやるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、いい。……首相官邸とやらも襲わねーよ。こいつらもお前との遊びでフラフラだしな」

 

 

 

 

 

 

 

信じていいかわかんないけど、とりあえず助かった……

わたしもこんな状態だったし……

 

 

 

 

 

 

 

「お前もボロボロだしな……また今度、だ。お前との祭りを楽しみにしてるぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

否応無く問いかける言葉。

 

それは、再会の証。

それは、戦いへの証。

 

 

 

 

 

 

 

「俺はさっき言ったみたいにスマッシュじゃ、ねえ。でも、普通の兵士とも違う……俺はな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北都最強の男、仮面ライダーグリスだ。……心火を燃やして待ってるぜ?……仮面ライダービルド」

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー……グリス。

 

北都の2人目の仮面ライダー。

謎に包まれた、仮面ライダー。

 

 

 

 

 

 

 

……まさかとは思ったけど。

一日で2つのさいっあくに出会うなんてね。

 

 

 

 

 

 

 

「お前を倒すのはこの俺だ。……あのエビフライ頭には悪ぃけどな」

 

 

 

 

 

 

 

誰かの事をエビフライ頭と言った猿渡の表情が、少し和らぐ。

きっとそのエビフライってやつが、相当面白いやつだからなのだろうか。

 

 

 

それとも。心が安らぐ相手なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「退かない、って言うならわたしも退かない。絶対にあんたたちに――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねぇぇちゃあああん!!助けにきたよおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの声を遮った馴染みの深い声がした方に視線を移すと、こちらに向かってくる車の助手席の窓から、美空が顔を出し、手を振っていた。

 

その車には美空の他にも、先程の兵士やこの場には居なかった兵士も乗り込んでいて、もしかしたら美空が連れて来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

そして美空を乗せたその車はわたしの後方へと停り、場を乱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん早く乗って!!泰山さんにも連絡いれたし、逃げるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

きっと急いで色々やってくれたのであろう。

その様子が、顔や身体から滲み出ている。

 

 

 

 

 

 

 

「さっすが美空たん!!……というわけだから。また、ね」

 

 

 

 

 

 

 

車に乗り込みながらもう1人の仮面ライダー、そしてあの三馬鹿を一瞥すると、なぜかあの非情な男、猿渡の顔色が先程までとはうってかわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……みー……お?おぉう……」

 

 

 

 

 

 

 

なんだ。こいつにもなんかあるのか。

もしかしてこいつも三馬鹿と同じ感じなのか。

 

 

 

 

 

 

 

猿渡の呆けた、まるで万丈みたいなバカ面を見たわたしはそんな事を感じて。

 

 

 

 

 

 

 

北都の戦力をその身で改めて思い知りながら、連中を残したまま。美空たちと帰路へと着いた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――カシラ?おいカシラぁ?……どうしたんだぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

あれは……

あの、助手席に居た、あの女の子は……

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとカシラぁ!?どうしたんすかぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

ま、ままま、まままま間違いないはず。

 

 

 

あの顔、あの髪色、あの髪型。

声はなんだかいつもとちょっと違ったけど、間違いない。俺が間違えるはずがない!!!

 

 

 

 

 

 

 

「んんん。やっぱりあの子、どっかで見た事あるよーな気がするんだよなあ。あたし……」

 

 

 

 

 

 

 

いや、でもなぜ?なぜあの仮面ライダービルドと?

しかもお姉ちゃんって呼んでなかったか?

 

 

 

……お姉様が居るなんて初耳なんだが。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり見間違えたのか……人違いだったのか……

そうだよなぁ。まさかこんな場所に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺の脳がフル回転する。

心火を燃やし、俺の推しパワーが発動する。

 

 

 

何億回……いや何兆回繰り返し見たのであろう、あのお人が……俺の想いを滾らせる……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【みーんなのアイドルぅ!みーたんだよぉ♡ぷんぷんっ♡】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、まままま、ままままま……

ま、間違いない。あの顔、どこか違う気もするけどやっぱりあの声……

 

 

 

 

 

 

 

俺の心のオアシス。

俺の全てを癒してくれる美少女。

俺の悪い部分を優しく包む天使。

俺が落ち込んでいる時に微笑む女神。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい……カシラぁー……?」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、間違えるはずがない……

 

推しの女性を!!

あの全知全能の美少女神を!!!

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃあ?どうしちまったかねぇ。……カシ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのお方はみー!たん!だあああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう……?」

 

 

 

「えぇぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!!そうだあ!みーたんだよあの子!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








【みーんなのアイドルぅ!みーたんだよぉ♡】



一海「ふへへ……♡みーたん……♡」

万丈「何見てんだお前……気持ち悪ぃな……」

一海「あ゛?……お前も見てみろ、ほら」

万丈「今忙しいんだよ!ったく暇なやつは羨ましいぜ全く……」

一海「けっ!……みーたん……♡」




美空「へくちっ!」

戦兎「どしたの?風邪ひいた?」

美空「いやなんか寒気が……」

戦兎「だいじょぶ?なんか暖かいの飲む?」

美空「いや、大丈夫……なんかキモい事されてる気がするだけ」

戦兎「なにそれ?へんなの」

美空「……悪寒が」




一海「ほわあああ♡みーたん……♡」




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phase,38 黄色い泣き虫





葛城忍「あいつが居ないと暇なんだが」

葛城忍「私、誰とも関わらないしな」

葛城忍「あいつ居ないとぼっちだし」

葛城忍「……なんか切なくなってきたんですけど」



葛城忍「お!To witterからメッセ来たぞ」

葛城忍「……《理解されない孤独》さんからだ!」

葛城忍「最近フォロワーになってくれたんだよな」

葛城忍「まぁ多分私のファンだろう」



葛城忍「なになに……【今度、飲みに行きませんか】」



葛城忍「……無理なんだって」

葛城忍「スルーしよ……」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

車に揺られ、首相官邸へと急ぐ帰り道。

少し打ち合わせをして、今日はそのまま帰れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

美空は疲れてしまったのか、わたしの隣で気持ちよさそうに寝息をたてている。

 

 

 

無理もない。

あの癒しの力も多用しただろうし、何よりも動き回っていただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

日が落ち、辺りは少しずつ暗くなってきた。

東都政府が確認した所、現在は北風による破壊活動も無いらしい。

 

 

 

それぞれが拠点に帰っていっている、との事だ。

 

 

 

北風の兵たちも疲労が溜まっているだろうし、恐らく今日はもう大丈夫だろう。

 

 

 

長い長い、永遠にすら感じた戦いの。守護の一日がようやく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

……また明日からこの日々が続くのかと思うと、絶望しそうになる。

 

 

 

手が回らない避難誘導、救助活動。

傷付いた人々が多すぎて、不足する医療。

恐ろしい混乱の中、行方不明になってしまった人々。

 

 

 

 

 

 

 

それに……生物兵器。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が、今日の事を改めて整理しようと活動する。

 

 

 

北都の兵器、自我を持つスマッシュ。

それに……仮面ライダー。

 

 

 

 

 

 

 

事前にスタークから聞いてはいたけど……

相対すると、想像の以上の強さだった。

 

 

 

自ら制御出来るスマッシュ、あの三馬鹿。

確か北都……三馬鹿カラス、だったかな。

 

 

 

 

 

 

 

……まさかスパークリングでも倒されるなんて。

 

 

 

 

 

 

確かに万丈戦でかなりダメージが残ってたし、あのバカさえ手加減してくれてれば恐らく倒される事はなかったと思う。

 

それでも……最後のあの攻撃はまずい。

多分、全快でも……かなりきついかも。

 

 

 

しかもあの見事なまでの連携がえぐいし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わたし以外に東都に仮面ライダーは居ない。

 

普通の兵士じゃ立ち向かう事が許されない程、アレは強かった。

 

 

 

 

 

 

 

そして。前もって聞いていた仮面ライダーの2人。

 

今日、初めて対峙した仮面ライダークローズ。

そして。猿渡 一海の仮面ライダーグリス。

 

 

 

まあ万丈は……大丈夫だとしても、問題は猿渡だ。

 

仮面ライダーグリス、未知の力。未知の能力。

未知の仮面ライダー。

 

 

 

その強さがどれほどのモノなのかわからないけど……きっと万丈並、もしかしたら万丈よりも強いのかもしれない。

 

 

 

……間違いなく言えるのは、あの三馬鹿よりも強いんだろうな、って事だな。

 

 

 

 

 

 

 

でも……なんか不思議な連中だった。

 

三馬鹿も確かに首相官邸を狙おうとしてたり、わたしを攻撃してきたけど、政府から入ってきた情報にはスマッシュが襲撃してきたなんてなかった。

 

 

それに……仮面ライダーも。

 

 

 

 

 

 

 

あいつらは何をしてたんだろう……

それに、美空たちが逃げる暇をくれたりとか。

 

 

 

猿渡、ってやつも……確かに危ない考え方だとは思うけど、悪いやつには思えなかった。感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お前らが何と言おうと、俺らにも護るべきモノがある。護りたいモノがある……だから、俺らも退くわけにはいかねえ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【だから、戦うんだ。自分自身のモノのために。……他がどうなっても、な】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の、あの冷たい顔をしていた男の言葉を思い出す。

 

非情な言葉を吐いてたけど、その中にはどこか切なそうな感情が含まれてた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

あの時感じた違和感。綻び。

 

東都が襲いかかってきたからと勘違いして、北都を護るためにしょうがなく戦ってるからなのだろうか。

 

 

 

それとも万丈みたいに、何かあるのかな……

 

 

 

 

 

 

 

……どちらにしても、脅威には変わりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れる。太陽が沈む。

果てしなく長かった1日目が、ようやく終わる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な!やっぱりあの子はみーたんだよな!?」

 

 

 

 

 

 

 

さっきのあの子にずーっと夢中のカシラ。

さっきからずーっと惚気ちゃってる。ムカつく。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー……勘違いじゃねえですかい?」

 

 

 

 

 

 

 

こうなっちゃったカシラはもう止まらない。

さっきから青羽や赤羽が違う、って言ってもこの有様。

 

 

 

 

 

 

 

……多分。あたしも本物だと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってんだ……あの人は……あの方は……本物のみーたんだよおおお……♡」

 

 

 

 

 

 

 

まーたヘンな世界に入っちゃってる。

本当にムカつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしたちはあのおねーさんたちが帰ってくのを見送ったあと、アジトの《バーバー桐生》に帰ってきた。

 

ここのおじさんは最初はびっくりしてたけど、今は仲良し。多分。

 

 

 

もちろん北都が拠点を用意してあったんだけど、そこは兵士たちの雰囲気が嫌だ、って事でここをアジトにする事になった。

 

 

 

 

あたしもあそこは嫌だったし。

あそこに居るとなんか、気持ち悪くなる。

 

 

 

まあちょっと汚いし狭いし住み心地は悪いけど……我慢しよう。しょーがない。

 

 

 

 

 

 

 

多分今頃、第1師団の兵士たちは血眼であたし達の事を探し回ってんだろーなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とゆーか。それにしてもだよ。

 

 

 

さっきからほんっとにカシラはみーたんの事ばっっかり!

 

そりゃあさ?あたしよりも少ーーーしだけ可愛いかもしんないし。

 

 

 

 

 

 

 

……あたしみたいな薄汚れた戦士じゃないけど。

 

 

 

 

 

 

 

でもムカつく。

あたしの方がカシラとずっとずっとずっと長く居るのに!!

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、お前もそう思うだろ――」

 

 

 

「知らない!!興味無いもん!!」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの言葉が場に響く。

結構大きな声だったみたい。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう?どうした黄羽ぁ?」

 

 

 

「なんでもないよっ!!ふん!!」

 

 

 

 

 

 

 

みーたんの事を幸せそうに話すカシラは嫌い。

みーたんの事ばっかり見てるカシラは嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

……そんなみーたんが、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ。……めんどくせーな」

 

 

 

 

 

 

 

冷たい顔で冷たく言ってくる、カシラ。

あたしが知ってる昔のカシラじゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとカシラ……そんな風に言わんでも」

 

 

 

 

 

 

 

青羽がフォローしてくれても、心の痛みは取れない。

 

 

 

……泣きそうになっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

「知らねーよ……大体俺に纒わりつくんじゃねぇ。……うぜぇから」

 

 

 

 

 

 

 

カシラの顔を見ちゃうと泣きそうになっちゃうから、見ない。

 

 

 

……あの日。赤羽と青羽と一緒に約束したから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カシラがお金のために北都の軍に行ったのは、少し前の事だった。

 

 

 

カシラのお家は大地主で、すっごいお金持ちだったみたい。

ひろーい土地があって、そこを《俺たちの猿渡ファーム》って名前の農場にしてた。

 

元々貧しい人たちが多い所で、カシラは自分の所でたくさんの人を養ってたみたい。

 

 

 

今いる赤羽や青羽もそうだ。

 

 

 

 

 

でもスカイウォールの惨劇で、全てが変わっちゃった。

土地は痩せ、作物は全く実らなくなった。

 

明日のご飯を食べるのにも精一杯。そんな状況。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、あたしはカシラや赤羽や青羽、そこに居るみんなと出会った。

 

 

 

スカイウォールの惨劇のせいで、農家だったあたしの家もお金無くて。

ちっちゃい頃に捨てられちゃった。

 

 

 

お母さんやお父さんに連れられて。

 

ここで少し待っててって言われて。

 

もう二度と。戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でも覚えてる。

あの時のあたしの心の中みたいな、大雨の日。

 

 

 

 

 

 

 

猿渡ファームの近くの所で捨てられてたあたしは、カシラと出会った。

 

 

 

……あんまり思い出したくないけど、気持ち悪い男に襲われそうになってた所を、カシラが助けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カシラは、ぐちゃぐちゃな泣き顔のあたしの話を聞いて、

 

 

 

 

 

 

 

「今日からお前は俺の家族だ」

 

 

 

「今日からお前の家はここだ」

 

 

 

「今日から、俺がお前のお父さんだ」

 

 

 

 

 

 

 

まだ10代だったカシラはあたしに、そう言ってくれた。

 

 

 

自分たちも凄い貧乏なのに。

あたしなんて養うの大変なのに。

 

 

 

でも。カシラだけじゃなくて赤羽も、青羽も、みんなも。

凄い喜んで迎えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

その日からあたしの毎日は輝いてた。

お金も無いし、ご飯もあんまり食べれなかったけど、カシラたちと遊んだり、農作業するのはすっごい楽しかった。

 

それにカシラたちは自分のご飯を削って、あたしに出来るだけいっぱいくれてた。本当はそんなことしなくていーのに。

 

 

 

何回もだいじょぶって言っても「お前が1番末っ子だから」、って。

 

 

 

 

 

 

 

そんな優しくて、暖かくて、幸せな毎日が壊れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

……もう本格的にお金が無くなっちゃってどうしようか、って時に北都政府からカシラにとあるスカウトが来た。

 

 

 

お金をあげるから、軍で働け、って。

 

 

 

 

 

 

 

どうやら他にも貧しい人たちをスカウトしてたみたい。

しかもお金も凄いたくさん貰える、って。

 

 

 

カシラは大喜びしちゃって。

これでみんな貧しい思いしなくて済む、って。

 

 

 

でもみんな不安だった。

特に青羽は、怪しいからやめて、って。そんな美味しい話があるわけない、って。

 

 

 

……あたしは喜んじゃってた。

軍っていうのがよくわかんなかったし、お金貧しいから国がお金をくれるんだって思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

でもカシラは耳を傾ける事なく行っちゃった。

すぐに帰ってくるから安心して待ってろ、って。

 

 

 

帰ってきたらみんなで焼肉食べよ、って。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは待った。

いっぱいいっぱいいーっぱい待った。

 

 

 

 

 

 

 

でも、カシラは帰って来なかった。

政府の人がお金だけ持ってきて、カシラは来なかった。

 

 

 

その後もずっとずっと帰って来なくて。

お金だけ政府の人が渡しに来て。

その人に聞いても教えられない、って。

 

 

 

泣きながらカシラを返して、って言っても無視された。

 

 

 

 

 

 

 

……だから。あたしと赤羽と青羽は軍の基地に行った。

 

カシラを返してもらうために。

カシラに帰ってきてもらうために。

 

 

 

 

 

 

 

その基地に行っても、カシラには会わせらんない、って怒られた。

そんな中ギャーギャー喚いてたら、会いたかった人が来てくれた。

 

 

 

あたしを助けてくれた人。

あたしを家族だって言ってくれた人。

あたしの……大切な人。

 

 

 

 

 

 

 

「……誰だお前ら?」

 

 

 

 

 

 

 

やっと会えた人が、一目散に抱き着いたあたしに言った言葉。

記憶に無い、他人への言葉。

 

その言葉は、とっても冷たかった。

 

 

 

そのままカシラはあたしを振り払って、赤羽や青羽も無視して行っちゃった。

泣き叫ぶあたしや、大声で名前を呼ぶ2人を無視して。

 

 

 

 

 

 

 

……その後すぐ、首相官邸に赴いて直談判しに行った。

 

カシラは一体どうなってるんだ、って。

何をしたんだ、って。

 

 

 

最初は取り合って貰えなかったけど。

多分あたしたちがうるさかったからなのか、なんと首相の多治見、って人がわざわざ来て、直接話を聞いてもらえる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

そこで聞いたのは、カシラがあたしたちのために、人体実験を受けた、って事。

 

あたしたちが少しでも豊かに暮らせるように。

お金のために、身体を投げ売ったって事。

 

 

 

その副作用かなんかで、記憶が無いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

呆然とするあたしたちに多治見首相が言ったのは、あなたたちも実験を受けて特別な兵士になれば、カシラの隣で戦える、って事だった。

 

 

 

カシラを護れる、って事だった。

 

 

 

もし望むなら、カシラが率いる部隊に配属もさせてあげる、って。

 

 

 

 

 

 

 

だからあたしたちは迷う事無く、あの人体実験を受けた。

あの、地獄のような人体実験を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【痛い!!痛いよおお!!カシラあぁぁあ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

【聖ぃ!!我慢しろぉ!!カシラの……ぐああああ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

【隣に立つためだよい!!!がっ!がああああ!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――思い出す度に、身体中にあの恐ろしい激痛が引き起こされる。

 

 

 

怪物となったあの日。

あたしたちはまさか怪物にされるなんて思ってもみなかった。

 

 

 

でも、カシラだけに重みを背負わすわけにはいかない。

カシラの力になれるなら構わない。

 

……カシラの隣に立てるならそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうして、カシラの部隊に配属されたあたしたち。

 

記憶の無いカシラは……最初はツンツンしてあたしたちと距離を置いてたな。

 

てめーらは本当にバカだ、なんでこんな所に来た、早く帰れ、てめーらの顔なんて知らないし早く消えろ、とか。

 

 

 

いっぱい言われた。

でも、構わないから。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてようやくここまで来れた。

最初はずーっと無視されてたけど、今はこうやって傍に居れる。

 

 

 

あたしたちの事を……あたしの事を忘れちゃってても、傍に居られる。

 

 

 

カシラを隣で、護れる。

あの大雨の日、あたしを護ってくれたカシラを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あたしはもう汚れちゃった女。

 

みーたんみたいに清らかな女じゃない。

 

 

 

わかってるよ……カシラの隣で支える人は清らかな、綺麗な人じゃなきゃダメだって事ぐらい。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは汚い穢れた女だから。

カシラの隣で支える女性にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

……わかってるけど、辛いや。

 

 

 

 

 

 

 

みーたんは嫌い。

カシラをデレデレさせるみーたんなんて嫌い。

 

 

 

……羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、赤羽と青羽と約束した。

 

カシラに記憶が無くても、あたしたちは変わらない。

カシラが変わっちゃっても、あたしたちは忘れない。

 

 

 

だから、名前も捨てた。

新しく生まれ変わるために。

 

今までのあたしたちの知ってるカシラじゃない、新しいカシラの傍に居るために。

 

 

 

そして、カシラの前で泣かないって。

あたしは泣き虫だから。赤羽と青羽が我慢するよーにって。

 

 

 

もうカシラの記憶の事で、カシラの前で泣いちゃダメ、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それに、赤羽も青羽も優しいから。

 

 

 

 

 

 

 

あたしが泣くと困っちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、あたしは独りで泣く。

誰にも見つからないように、独りぼっちで泣く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当は泣いてる場合じゃないのはわかってる。

 

カシラの記憶が無くなったのも、あたし達のため。

だから、泣いてる暇なんて無い。

 

 

 

 

 

 

 

……わかってるけど。やっぱり寂しいんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

だからあたしは独りで泣く。

 

 

 

……違う事ではしょっちゅう泣いちゃうけど。

 

 

 

それは大目に見てほしいな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カシラぁ……もうちっとこう――」

 

 

 

「んんん!だいじょぶだいじょぶ!!……あたしちょっと、風に当たってくるね!」

 

 

 

 

 

 

 

目から雫が落ちそうになるのをぐっと我慢して、外へと逃げ込む。

ここで泣いちゃったら、赤羽や青羽を困らせちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

カシラに、うざったいと思われちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?おぉい!!黄羽ぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

後ろから聞こえる赤羽や青羽の声を無視して、夜の街を駆け抜ける。

 

 

 

我慢してた涙が溢れ出す。

想いが雫となって、止まらなくなる。

 

 

 

あたしはもう弱い女じゃない。

力を持った、汚れた怪物。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、心までは強くしてもらえなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぇ……ふぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ走ったのだろう。

気がついたら、高台の公園に来ていた。

 

 

 

宙には満点の星々が輝いてる。

まるであたしを慰めてくれてるような。そんな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぇ……ふえぇーん!!!カシラのばかぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

周りを気にせずに泣き声をあげる。

あたしの服装は軍服じゃないし、別に見られても気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとくらいわかってよおお!!!うわああぁぁん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

感情が爆発する。

あたしの何かが止まらずに湧き出る。

 

 

 

弱くて脆くて、惨めなあたしの所。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーん!!!ふえぇーん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえ、どしたの……?大丈夫……?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしに慰めの言葉を優しくかけてくれた人に視線を注ぐと、暗いのと涙でよく見えないけど、きっと若めな女の人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっぐ……ありがと、ちょっと……って、あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤の他人であるあたしを慰めてくれた人に、改めてちゃんと謝ろうとしたら、少しずつ顔がわかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、何?……って、もしかしてあんたさっきの!?」

 

 

 

 

 

 

 

どうやらおねーさんも理解したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人は、あたしたちの国を襲った東の兵士。

その人は、あたしたちの敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、さっきあたしにかけてくれた言葉の音色は。

とても暖かくて、優しくて。

 

 

 

 

 

 

 

あの大雨の日にカシラがかけてくれた音に、そっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでビルドのおねーさんがここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








赤羽「おぉい。また黄羽がいねぇのかぁ?」

青羽「……どっかで泣いてやがんな、多分よう」

赤羽「あいつぁすぐ泣いちまうからなぁ」

青羽「……しょうがねぇさ。まだ、子供だしよう」




赤羽「……俺らが護ってやんなきゃな!おぉい!!」

青羽「あぁ。末っ子だからねぃ」



赤羽「……あいつの好きなモンでも買ってやるかぁ。しょうがねぇ」

青羽「世話のかかる妹だい、本当に」






黄羽「ふぇーん!!わあぁーん!!!」




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phase,39 おともだち?





――いつかの、平和な日本。
まだ絶望が来る前の、あの日――





多治見「あらやだ!泰山さんったら!おほほほ」

泰山「え!?まさかスーツにこんな落書きが……」




泰山「恐らく息子でしょうな。いやあ。お恥ずかしい」

御堂「和むじゃあないですか。はははは」

多治見「ふふふ。わんぱくなお子さんでいらっしゃいますね」

泰山「いやぁ……元気過ぎましてね」

御堂「いいじゃないですか!元気が一番ですよ」

多治見「お茶菓子もありますし。ゆっくりお子さんのお話でも聞かせて下さいな」

泰山「そうですか?はははは。いやあ。親の私が言うのもアレですが、結構出来た息子でしてね――」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなりおかしい事になった。

何だこの状況。あたしは何をやってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは北都の人間。北都の兵士。

北都の……怪物。

 

 

 

そしてここは東都。

あたしたちの国を滅ぼそうとしてきた国。

 

 

 

だから、東都は敵。

東都軍なんて当たり前のように敵。

 

そこの総隊長なんてもう。敵の中の敵。

むしろラスボスクラスだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

なのに……なんでこーなった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんでビルドのおねーさんがここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

涙でぼやけてた視界が鮮明になると、目の前にはあのおねーさんが居た。

 

 

 

あたしたちと戦ったあのおねーさん。

あたしの背中を思い切り蹴飛ばしたおねーさん。

あたしたちがボロボロにしちゃったおねーさん。

 

 

 

 

 

 

 

東都軍の兵士のおねーさん。

そして多分、本物のみーたんにお姉ちゃんって呼ばれてた人。

 

 

 

 

 

 

 

東都の兵器にして仮面ライダービルド。

……東都軍 野兎総隊長、桐生 戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

「こっちのセリフだよ!?あんたこんな所で何を……まさか、この辺りを襲う気!?」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの言葉で、あたしの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

でも、すぐに納得した。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは、北都の兵士だ。兵器だ。

辺りをうろついてたらそう思われるのは必然。

なんせあちこちで破壊して、色んな人を傷付けてる連中だもん。

 

 

 

 

 

 

 

……あたしだって嫌だ。もう帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

「……別になんもするつもりないよ。ただ……いや、なんでもないや」

 

 

 

 

 

 

 

何言おうとしてんだろ、あたし。

おねーさんに言ってもしょうがないのに。

 

それどころかあたしたちはおねーさんの敵。

あたしの事が憎くて憎くて、きっと今すぐに殺したいと思ってるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

……ぽろっと零れ落ちそうになったのは。

 

 

 

きっとあの日の音に似てたから。

だからつい、零しそうになっちゃったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!ごめんよ!……さっきも痛い事しちゃって」

 

 

 

「……またね!おねーさん!」

 

 

 

 

 

 

 

いつものあたしを創っておねーさんとお別れ。

おねーさんもあたしの顔なんて見たくないだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんはあたしの事が絶対憎い。

 

 

 

……知らない人でも、ちょっと辛い。

 

 

 

 

 

 

 

でもあたしは、怪物だから。もう人間じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

そんな感情を持つのは許されないから。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ――」

 

 

 

「ねぇ!……何か、あったの?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの言葉を遮るおねーさんの音はとても大きかった。

でもその音は、さっきみたいな優しい音だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんもない。ただ……ちょっと疲れちゃってただけ」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの心はもうぐちゃぐちゃだけど。

でもカシラの傍に居られるなら頑張れる。

 

 

 

頑張らないと、カシラの傍には居られないから。

もう離れ離れなんて絶対嫌だから……

 

 

 

 

 

 

 

「……泣いてた、でしょ。……見た目は大人っぽいけど……まだ子供なんじゃないの?あんた」

 

 

 

 

 

 

 

……バレてた。さいあく。

 

 

 

 

 

 

 

でも、このおねーさんなんなんだろう。

あたしの事が憎いはずなのに……

 

 

 

あんなに傷付けて、おねーさんのこの国をボロボロにさせてるのに。

なんであたしを心配してるみたいな事……

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?もしかして油断させて殺っちゃう気!?」

 

 

 

「何物騒な事言ってんだお前」

 

 

 

 

 

 

 

恐怖のあまりつい口に出てしまった……!

 

 

 

 

 

 

 

でもそうなるとなぜだろう。

何が目的なの……?

 

 

 

 

 

 

 

「……あのさ!あんた幾つ?」

 

 

 

 

 

 

 

どこか優しく感じられる表情でわけわかんない事を訪ねてくるおねーさんに、あたしの脳が悲鳴をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

なんで?なんであたしの年を?

あたしが年下だったら敬語使えとかって感じ?

それとも年下ならもっと敬えとか!?

 

 

 

いやそれは無理。全然無理。

敬語なんかほとんど使った事ないし……

 

 

 

 

 

 

 

でももしここでおねーさんを怒らせちゃったら殺されるかもしれない!!

 

 

 

今はあたし1人だもんなあ……

カシラたちがいないと戦うなんて無理!怖い!!

 

 

 

 

 

 

 

「こ、今年でじゅ、16歳になったでございますけども……」

 

 

 

「え!!!あんた16なの!?」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの更なる咆哮にあたしの脳が絶叫をあげる。

全くわかんない。どど、どーゆー感じこれ。

 

 

 

あれなのかな、未成年が生意気とかそんな感じかな……

 

 

 

で、ででもあたしも怪物だし!

んんん!みすみす殺されてたまるかー!!

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あああたしだって1人でも――」

 

 

 

「そっか。まだ子供なのに……辛かったね」

 

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの暖かい手が、あたしの頭に触れた。

その温もりは、やっぱりあの時に感じた温もりみたい。

 

 

 

あの冷たい大雨の日。

あたしを護ってくれた、助けてくれたカシラが。

あたしを優しく抱きしめてくれたあの日の温もりに、とても似てた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぇ……ふぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

敵であるはずのおねーさんの暖かさで、なぜか涙が零れる。

絶対ダメなはずなのに。あたしの敵なのに。

 

 

 

でもこのおねーさんの優しさの温もりがどこか懐かしくて。

あの日のカシラが微笑んでくれてるみたいで。

 

 

 

 

 

 

 

あたしの想いが、止められなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫……辛かったね?……大丈夫。もう、大丈夫」

 

 

 

「ひっ……ふえぇーん!!うわあぁん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかな音の大丈夫、って言葉があたしの何かを纏ってく気がする。

 

 

 

もう無理しなくていいんだよ、我慢しなくていいんだよって。

 

暖かくて、ほんのりしてて。

それでいてちょっぴり甘いような。

 

 

 

 

 

 

 

そんな何かが、あたしの心を抱きしめてくれてる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……もしよかったら、わたしん家おいで?近くだし……暖かいホットミルクぐらいなら、あるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

そこからはよく覚えてない。

 

ただおねーさんにぎゅー!って抱きついて。

おねーさんは優しく抱きしめてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

何となく。本物のお姉ちゃんに慰められてる気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい、ホットミルク。芯まで暖まるよ」

 

 

 

 

 

 

 

そしたら気付いたらおねーさんのお家に来てしまっていた。

 

 

 

なぜだ。なぜこうなった。

あたしは敵のはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

……しかも。あたしにホットミルクを手渡すこの女の子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかのみーたんなんですけど!!!

 

 

 

 

 

 

 

「美空のホットミルクは癒されるよ?……ほら、飲んで飲んで!」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりみーたんはおねーさんの妹だったのか……!!

カシラが知ったらどうなるんだろ……

 

 

 

 

 

 

 

「外寒かっただろうし!ここなら暖かいし!」

 

 

 

 

 

 

 

みーたんも、おねーさんも優しく微笑んでくれてるのはなんでだろう。

あたしは憎い敵のはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしてあたしからなんか知るつもりなのかな……?

北風の情報とか、カシラの事とか。

 

 

 

 

 

 

 

……残念だったね。あたしはなーんも知らないよ!!

 

 

 

 

 

 

 

「……おいし♡」

 

 

 

 

 

 

 

恐らくあたしから何かを得ようとしている人たちが勧めたホットミルクは、とても美味しかった。

 

 

 

味もそうだけど、心が暖まるみたいな。

優しい気持ちにしてくれる、そんな味。

 

 

 

 

 

 

 

「……何があったかわかんないけどさ。落ち着くまで居ていいよ。……今は2人しか居ないし」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの驚愕な発言。

ホットミルクでニヤニヤしてたあたしの頭はまたもやクエスチョンマークでいっぱい。

 

もしかして……寝込みを襲うとか……!?

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのさ……あたし、敵だよ?憎いでしょ?……何が目的なのかなでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

敬語の使い方なんて知らないけど、多分こんな感じでいーよね?

 

 

 

 

 

 

 

「なのかなでしょうって……ぷぷぷ……うひゃひゃひゃ!!!!やだ!!おっかしー!!!」

 

 

 

「もう……戦兎やめて……あははははは!!!だめ、おかしーし!!!」

 

 

 

 

 

 

 

な、なに。どうしたのこれ。

 

あたし変な事言ったかな……?

もしかしてノコノコと着いてきて殺されるなんてバカなやつめとかそんなんか!?

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あああたしだって怪物だもん!!簡単にこ、こここ殺されなんかしないよーだ!!です!!!」

 

 

 

 

 

 

 

あたしは怪物だから。化け物だから。

……みーたんとは違うから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え……?」

 

 

 

 

 

 

 

また。まただ。

あたしは、この人たちがわからない。

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんが、あたしの頭を優しく包み込んでくれた。

柔らかい何かでちょっと息苦しいけど、嫌な気持ちにはならない。

 

 

 

あたしは、敵なのに。

あたしは、怪物なのに。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事ないよ?……あなたはちょっと大人っぽい、可愛い女の子。……怪物なんかじゃない、ただの素敵な女の子だよ」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの暖かい言葉と身体に、またあたしの心が騒ぎ始める。

敵なのに。カシラが戦う相手なのに。

 

 

 

この人を愛おしく思ってしまいそうなあたしが居る。

 

 

 

 

 

 

 

「……いーから、そーゆーの。あたしは怪物だから……もう人じゃない……醜い化け物だから……」

 

 

 

 

 

 

 

あの姿を思い出すと吐き気がする。

 

 

 

醜くて、おぞましいあたし。

もう引き返せないと実感する姿。

 

 

 

 

 

 

 

……カシラの傍に居るためだから。後悔はしてない。

 

 

 

 

 

 

 

してないはずだけど……

でもちょっと、辛い。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら、鏡見てごらん?」

 

 

 

 

 

 

 

みーたんが差し出してきた手鏡を見ると、涙でぐちゃぐちゃなあたしの顔がこちらを見ていた。

 

 

 

まだ人間のあたし。

ほんのちょっとだけ自信のある、あたしの顔。

 

 

 

 

 

 

 

「なーに?……泣き顔見せて落ち込まそうとでも――」

 

 

 

「こんなにも可愛い女の子が怪物なわけないでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

「……どこでその力を得たのか知らないけどさ。わたしには。ふっつーの女の子にしか見えないけどなー?」

 

 

 

 

 

 

 

……んんん。ちょっと嬉しい。

 

 

 

今まで知らない人から可愛いとか言われた事ないし……えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

……でも。もうこれは仮の姿。

 

 

 

 

 

 

 

「……あたしはスマッシュだから。もう人間じゃないもん……あの怪物が、本当のあたしだから」

 

 

 

 

 

 

 

あの人の傍に立つために選んだ姿。

……もしカシラに醜いって思われててもいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしから見えるあなたは、とっても元気な女の子にしか見えなかった。明るくて天真爛漫な、ただの女の子だよ」

 

 

 

 

 

 

 

この人と居ると、あたしの何かが脆くなる気がする。

ずっと我慢してた事が溢れ出しそうになる。

 

 

 

……多分それはいけない事だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……んんん。苦しーよおねーさん」

 

 

 

「おっと!すまんね!」

 

 

 

 

 

 

 

危うく窒素で殺されかけたよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ほんっとにさあ。なんなんだろ。

 

 

 

この人は、あたしが憎くないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「おねーさん……1つ、聞きたい」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの感情を弄ぶこのおねーさん。

あたしが決意した事を揺るがすおねーさん。

 

 

 

 

 

 

 

敵なのに、好きになっちゃいそうなおねーさん。

 

 

 

 

 

 

 

「あたしってさ、敵じゃん。おねーさんの……なのに、なんでさ?そんなによくしてくれんのかなーって」

 

 

 

 

 

 

 

あたしがずっと疑問に思ってる事。

さっきからずっとヘンな感じの事。

 

 

 

この人は、あたしの事嫌いじゃないのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「え?敵?……うーん。味方じゃあないけどさ、確かに」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり。やっぱりそうだよね。

あたしはにっくい敵。憎い怪物。

 

 

 

色んな人を傷付けちゃうような怪物だもん……

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり憎いよね、あたしの――」

 

 

 

「でも敵ではないな!!そもそも勘違いなんだし、これ」

 

 

 

 

 

 

 

勘違い……?

なにそれ。どーゆー事だろ?

 

 

 

 

 

 

 

そーいえばカシラとおねーさんが喋ってた時、おねーさんは東都は何もやってない、って言ってた。

 

特に気にもしてなかったけど、あれなんだったんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

「勘違いってどーゆー事?」

 

 

 

 

 

 

 

そもそも北都に爆弾が落ちていっぱい人が死んだのは間違いないし、凄い大騒ぎだったし。

 

しかも東都から飛んできてたのもちゃんとわかってるって、カシラが教えてくれたんだけどな……?

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、黄羽ちゃん?だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんが怪しそうに訪ねてくるあたしの名前。

新しいあたしの名前。

 

 

 

 

 

 

 

……カシラがまだ一度も呼んでくれない、あたしの名前。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん。そお。あたしの名前は黄羽ってゆーよ」

 

 

 

「うん。そしたら黄羽ちゃん。これはね……なんて言うかな、黄羽ちゃんには難しいかもしれないんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

んんん。なんか今サラッとバカにされた気がする。

なんだい!あたしだって立派なへーたいなんですけど!?

 

 

 

 

 

 

 

「北都で起こった残酷な事件。これは東都と北都が戦争して喜ぶ連中が、裏で糸を引いてるんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

うらでいとひいてる……?

 

 

 

なんて意味だろ……

裏で……意図?井戸?

引いてる?挽いてる?

 

うらでいどって言ったのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

「んんん……その裏で井戸挽いてたのは東都じゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

意味わかんないけど、多分これで大丈夫。

裏で井戸挽くって一体どんな連中なんだろーか。

 

 

 

 

 

 

 

「裏で井戸?……まあいいや。うん、だからね。東都と北都が戦争して喜ぶ連中を今、探してるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

んんんー。どーゆー事だろ。

おねーさんの言ってる事がよくわかんね。

 

 

 

 

 

 

 

「んーんん。でも北都にミサイル飛ばしたのは東都じゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

だって……だから戦争になったんでしょ……?

だから、あたしたちもこんな事を……

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん、よく聞いてね。東都はミサイルなんか撃ってないんだ……それどころか戦争なんて望んでない。戦う気なんて全く無いんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

ん……?

 

 

 

戦う気が無いって。ミサイル撃ってないって。

そんな話誰が――

 

 

 

 

 

 

 

「あ……!」

 

 

 

 

 

 

 

1つの何かが頭に浮かぶ。

 

 

 

確かに、東都の兵たちは自ら襲いかかってきてなかった。

見かけてたのは全部、みんなを助けるとこばっかり。

 

 

 

東都の兵士たちが北風を襲うなんて、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

戦闘も、破壊活動をしてる北風の兵士を止めてる感じだった。

それに拠点が攻められたとか、北都に侵攻してたとかも聞いてない。

 

 

 

 

 

 

 

でも……たまたまってことも有り得るよね……

それに東都だって、確か……

 

 

 

 

 

 

 

「でも……多治見首相は東都も宣戦布告してきた、って……」

 

 

 

 

 

 

 

確か、北風が集合してた時に言ってた。

東都も宣戦布告をした、って。

 

 

 

だから攻撃しないと北都もやられる、って……

 

 

 

 

 

 

 

「え!?北都の首相が!?……おかしいな、絶対にそんなはずないのに……」

 

 

 

 

 

 

 

おねーさんの感じを見てると嘘ついてるよーには見えない。

それにおねーさんは東都軍、野兎の一番偉い人でしょ……?

 

 

 

 

 

 

 

その人が戦う気は無い、って。

それって東都は北都になんかするつもりは無いんじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……じゃあ、あたしたちは何しにここに来たの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしそれがほんとならあたしたちは……なんて事を……

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ!?ほんとに!?ほんっっとに東都は北都に何もしてないの!?戦争しようとしてないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの心に色んな疑いが溢れる。

 

 

 

東都の兵士はずっと護る事しかしてなかった。

あたしたちはずっと壊してた。

 

 

 

 

 

 

 

もし、もしほんとに東都が何もしてなかったら……

これは、なんのために戦ってんの……?

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前だよ!!わたしたちは……東都はそんな事絶対にしない。……だからこんな争いは無意味なんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

怒号にも聞こえるおねーさんの言葉には。

やっぱり嘘が感じられない。

 

その眼差しも、多分嘘ついてる人の目じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「カシラに伝えなきゃ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

カシラに、赤羽や青羽に……!!

みんなに早く伝えないと……!!!

 

 

 

 

 

 

 

「おねーさん!!今からカシラに伝えてくる!!!こんなのだめだって!東都は悪くないって!!言ってくる――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お、おぉう……行っちゃったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

あの元気な女の子……黄羽ちゃんは勢いよく出ていってしまった。

ほんとに元気な女の子だな、あはは。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもさ、戦兎。あの子……なんか純粋な子だったね」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんの面影へ愛おしそうに呟く美空は。

なんだかあの子のお姉ちゃんに見える。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。自分の事を怪物、って言ってたけど。わたしにはただの明るい女の子にしか見えないよ」

 

 

 

 

 

 

 

きっと……あの子には何か暗い過去があるんだろう。

あんな力を手にしなくてはならなくなった、辛くて苦しい何かが。

 

 

 

 

 

 

 

しかも16歳……美空よりも年下なんて。

 

 

 

……あんな子に戦争だなんて重い十字架を背負わすなんて間違ってる。絶対にだめだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……戦争が無事に終わったら、友達になりたいな。黄羽ちゃんと」

 

 

 

 

 

 

 

美空の顔は少し嬉しそうにも見えた。

新しい友達と出会えたような。そんな顔。

 

 

 

 

 

 

 

……美空には年の近い人が傍に居ない。

一番近くても万丈だし、その万丈も今は、居ない。

 

それに女の子だと一番近いのでわたしだし。

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんなら年も近い。

 

お姉ちゃん面する美空が簡単に想像できるな、って思ったら。

くしゃ、っと笑いがこみ上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「美空と黄羽ちゃん、お似合いだよ?……一緒に買い物、とか。いーんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

うちの美空たんは既に妄想で彼女と買い物をしているのか。

やたらと楽しそうに身体をくねくねさせている。可愛いっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それと、だ。

 

 

 

黄羽ちゃんが言ってた事……かなり気になる。

東都が宣戦布告をしてきた、って。どういう事かな。

 

 

 

ミサイルの事を宣戦布告と受け取ったのか……

いやでもその後に泰山首相が釈明したはずなのに……

 

 

 

 

 

 

 

明日、泰山首相に報告した方がよさそうだね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――急がないと!急がないと!!

 

 

 

 

 

 

 

全力で走ってるあたしの足は悲鳴をあげてるけど、そんな場合じゃない。

 

あのおねーさん……戦兎ねえの話がほんとなら、こんなのすぐにやめないと!!

 

 

 

 

 

 

 

カシラにちゃんと話せばわかってくれるはず!!

もし納得しなくても、あたしが戦兎ねえと会わせてちゃんと場を作れば大丈夫……!!

 

 

 

でもってカシラが軍に伝えて、それかカシラが多治見首相に話せば全部解決するはず!!

 

 

 

カシラは北風でもめっちゃ偉い人だし……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしたら、戦兎ねえと仲良く出来るかな……

この勘違いが無事に終わったら、仲良くしてくれるかな。

 

 

 

 

 

 

 

あたしの事をふつーの女の子、って言ってくれたあの人。

あたしの事を暖かくしてくれたあの人。

あたしの事を優しく抱きしめてくれたあの人。

 

 

 

 

 

 

 

昔のカシラとちょっと似てる、お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みーたんとも……別に好きじゃないけどさ!

……でも、同じくらいの年の女の子の友達いないし。

 

 

 

 

 

 

 

……一緒に買い物とか。ご飯食べたりとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで敵だと思ってたのに。

今はあの人たちが、凄い好きな感じに想える。

 

 

 

 

 

 

 

あの人たちと……仲良くなりたいな……えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのためにも早く、早くカシラに伝えないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――せん、と……ねえ……?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの目の前に立ち塞がる、戦兎ねえ。

ついさっきまで、あたしの事を暖かくしてくれた戦兎ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?さっき……?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの頭がこんがらがる。

さっきまであのカフェに居たはずの戦兎ねえ。

 

 

 

そんな事よりも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで戦兎ねえ……ビルドになってるの……?」

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダービルドの姿で、何も言わずにあたしの前に立ち塞がる戦兎ねえの雰囲気は。

どこか恐怖を感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「ど……どしたの?戦兎ねえ……?なんか、怖いよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの心が恐怖で覆われるような気がする。

早く逃げろと身体が指示している気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……?何か言ってよ……?んんん!わかった!あたし何か忘れ物しちゃったん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日のあたしは、とても幸せな気持ちだった。

同じくらいの友達が出来た、そんな気持ち。

 

 

 

カシラの事で落ち込んでいたあたしは、もうずっと孤独なままなのかな、と感じてた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

でも、あのおねーさんと。みーたんに会えて。

なんだか友達が出来た気がして。

 

 

おねーさんはお姉ちゃんな気がして。

みーたんは……前よりちょっと好きになれた気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この人たちと、仲良くなりたいなって。

そう心から思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せん……とね……え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん……で……?……しん……じ、た……のに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








黄羽「ねーねーカシラぁ」

一海「あん?なんだ?」

黄羽「パフェ食べたい」

一海「……食ってこいよ。ほら、金」

黄羽「やーだー!カシラのパフェがいーい!!」

一海「……めんどくせー。食ってこいて」

黄羽「やだやだやだやだやだ!!!」

黄羽「カシラのパフェが食べたい!!パフェ!!」

黄羽「パーーーフェーーー!!!!」

一海「はぁ!?お前な――」

黄羽「パフェ!食べたい!カシラの!手作り!!」

一海「……わかった。作るから。作りますから」

黄羽「いえーい!やったあ♪」

一海「ったく……しょうがねえなぁ……」






赤羽「……カシラは本っ当に黄羽にはあめぇよなぁ?あぁん?」

青羽「記憶が無くなってても……何となくわかるんだろぃ」






黄羽「んんんー!おいし♡」

一海「……♪」




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phase,40 止まない風





惣一「いやっはっは。今年も終わりですな」

戦兎「ねー!あっという間でした!」

美空「本編はまだまだ落ち着けないけどねー」

紗羽「早く解決しないかしらね?」

万丈「俺が大活躍中だもんなー」

一海「あ"?俺の間違いだろ?」

万丈「なんだとコラ」

一海「やんのかエビフライ頭」

美空「喧嘩はや・め・て?♡」

一海「はいわかりました。喧嘩ダメゼッタイ」

幻徳「はっはっは!まあまあ落ち着けって」

黄羽「ねーえー!早くおそばたべよーよー」

美空「お!そだねそだね!」





一海「おーい!器ー!」

多治見「あらやだ七味が無いわよ?」

御堂「一味なら……ほら」

一樹「……天かすも無い」

一海「ほれ、ここにあんぞ」

赤羽「おぉい!?器足んねぇぞ!?」

青羽「大丈夫だぃ。買ってきてあるよう」

佳奈「わたしもてつだう!」

幻徳「よーし!じゃあお兄さんと一緒にやろうか」

内藤「私も手伝いますよう!」






惣一「ずるるっ……という訳で!」

戦兎「ずぼぼっ……皆さん来年もっ」

葛城忍「ずる……本作を」

泰山「ずるる……ぜひぜひ」

内海「ぞぞっ……優しい目で」

香澄「つるるっ……私を忘れないように♡」




全員一同「よろしくお願いします!!!」







月乃「ちゅる……良いお年を」






 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――カシラぁ、いくらなんでも遅すぎますぜぃ、黄羽のやつ」

 

 

 

 

 

 

 

あいつ……何やってんだ全く……

 

 

 

あいつがいきなり出ていっちまうのはよくある事。

 

 

 

 

 

 

 

……俺のせいなんだろうけどよ。

 

 

 

俺がこんなんだからな……

でも……こんな俺をもう……

 

 

 

 

 

 

 

……いや、よそう。こんな事は。

 

 

 

 

 

 

 

「……探し行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

いくらなんでも遅ぇ。

いつもならもう帰ってきてる頃だ。

 

 

 

あいつは俺が何か言うとすぐ居なくなっちまう。

本当は……いや。

 

 

 

 

 

 

 

……どうせまたどこかで泣いてんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉいカシラぁ!!うっしゃ!!行きますかあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

こいつらは本当にいいやつらだ。

仲間想いの、気持ちのいい連中。

 

 

 

……俺としてはさっさと帰ってほしいけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事よりも今はあいつだ。

あいつは機嫌悪くなると大変だからなぁ……

 

 

 

早く見つけ出してあいつの好きなモンでも作ってやるか。

パフェでも作りゃ機嫌も治るだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 

「よし!そしたらお前ら――」

 

 

 

 

 

 

 

世話の焼ける子供を連れ戻しに行こうかとしたその時、北都政府から渡されていた携帯用通信端末が鳴り響いた。

かかってくる連絡は、いつもろくでもねー事。

 

 

 

 

 

俺は、鳴り響くこの音が嫌いだ。

俺を俺じゃ無くする、この音が。

 

 

 

……それに、本当にろくでもねえから。

 

 

 

 

 

 

 

「あんだよ。あぁ。俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

通信してきた兵士は聞き覚えのある声。

多分俺ん所の師団の兵士、恐らく部下。

 

 

 

焦ってやがんのか言葉がめちゃくちゃになってやがる。

何をそんなに急いでん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は……?お前、何言って……」

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭に浮かぶあいつの顔。あいつの声。

 

 

 

やかましくて子供みてえに元気なあいつ。

俺の気待ちを暖かくする、笑った顔のあいつ。

すぐにワガママを言ってくるあいつ。

甘えん坊で寂しがり屋のあいつ。

本当は戦いなんて好きじゃないあいつ。

人を傷付けるなんて本当は嫌なあいつ。

 

 

 

 

 

 

 

戦争に連れてくるべきじゃなかった、あいつ。

 

 

 

 

 

 

 

あの……大雨の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと、どうしたんですかぃカシラ……」

 

 

 

 

 

 

 

あいつの声が、あいつの顔が、少し悲しそうに笑う最近のあいつが。

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭を埋めつくしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい……?カシラ、一体どうし――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめえら!!今すぐ軍の拠点に行くぞ!!!早くしろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭はすぐ真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

一番恐れていた事。

こうなるとわかってたからやってきた事。

 

 

 

だから……遠ざけた事……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?カシラぁ!!おぉい!?」

 

 

 

 

 

 

 

俺は一体何をやってんだ。

何をしていたんだ。

 

 

 

こうなるとわかってたのに。

こうなるから戦いに身を投じたのに。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ……早くしなきゃいけなかったのに。

 

 

 

大切なモノを護るために、ここに居るのに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それは、どういう事だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

今日は大雨。

大粒の雫が延々と零れ落ちる、冷たい日。

 

 

 

あの護りの日が終わり、次の日。

次の、護りの日。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか切ない気持ちになる、そんな日な気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今言った通り……北風の師団長と近い、とある兵士と接触して確認したんで間違いないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

昨日のあの子から聞いたあの話。

東都が宣戦布告をしてきたと、多治見首相がそう伝えたという話。

 

 

 

わたしはその事を泰山首相に伝えるため、夜が明けてまだ朝早いこの大雨の日に。この人に会いに。

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相に伝えるために、わたしは首相官邸に来ている。

 

 

 

 

 

 

 

「それはミサイルの事を宣戦布告と……?いや、しかし……」

 

 

 

 

 

 

 

ぼそぼそと独り言のように呟く泰山首相は、かなり困惑している。

無理もない。まさかこちら側が宣戦布告をしているなどと。

 

 

 

こちら側が北都に宣戦布告をしているなんて北風の兵士に伝われば、侵攻が過激になるのは必然。

 

 

 

状況が悪化するのは当たり前だ……

 

 

 

 

 

 

 

「どちらにしろ、改めて多治見首相と連絡を取ろう。……もう一度しっかりと誤りを正さなければ我々の想像以上の事態に――」

 

 

 

「氷室首相!!北都の多治見首相から緊急のお電話が!!」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相の側近が急いで首相室に駆け込んで来たところを見ると、もしかしたらあまり喜ばしくない事なのかもしれない。

 

 

 

しかし、今の状況なら好都合だ。

宣戦布告なんてしていない事、裏で糸を引いている存在がいる事、その存在を急ピッチで探している事。

 

 

 

 

 

 

 

その事を改めてしっかりと話せば。

もしかしたら多治見首相も――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――多治見首相!!実は私もご連絡しようと思って……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は……?一体、何を……?いや、そんなはずは!!多治見首相!!!多治見首……」

 

 

 

 

 

 

 

どうやら切られてしまったのだろうか。

 

それに、氷室首相の様子がおかしい。

顔には脂汗のようなモノが見て取れるし。

 

 

 

 

 

 

 

もしかして理解してもらえなかったか。

やっぱり、裏で動いていた連中を探し出さないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎さん……いや、桐生総隊長」

 

 

 

 

 

 

 

わたしに視線を浴びせる泰山首相の目は、どことなく失望のような雰囲気を醸し出している気がした。

 

 

 

それに、その言葉には若干の怒気のようなものを感じる。

 

 

 

 

……何かあったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんです?泰山首――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は……先程、北風の兵士と会ったと言っていたね……それは、昨日のいつの話だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相の言葉で更に脳が戸惑う。

この人が何を言いたいのかが理解出来ない。

 

 

 

もしかして黄羽ちゃんが何か変な事を……?

 

 

 

 

 

 

 

いや、黄羽ちゃんのあの様子じゃ何か変な事を言ったとは思えない。

むしろ状況が好転するはずだと思うんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の夜……首相官邸から家に戻り、ちょっとしてからですかね?……たまたま家の近くに居たもんで。そのまま仲良くなっちゃったもんで」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんのあの純粋な笑顔が脳を過る。

まだ16歳の、まだまだ子供のあの子。

 

 

 

美空が友達になりたがってたあの子。

わたしもなんだかとても愛おしくなっちゃうような、あの子。

 

 

 

 

 

 

 

……あんな子を戦争に巻き込んじゃいけない。

 

 

 

そのためにも早く、この戦争を終わらせないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……たった今、多治見首相から……ある事を聞かされた」

 

 

 

 

 

 

 

……本当にどうしたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

彼の顔は……どこか絶望しているような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北都は、改めて東都からの宣戦布告を受け取ったと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて宣戦布告を……!?

ちょっ、え?どういう事!?だって、え……?

 

 

 

 

 

 

 

もしかして黄羽ちゃんが何かを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨夜……北都軍 北風、第1師団【GREASE】の女性兵士が襲撃された、と……」

 

 

 

 

 

 

 

え……?

第1師団、ってあの猿渡が率いる軍だよね……?

 

 

 

それにあの3人組の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの……黄羽ちゃんがいる所、だよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性兵士なんてほぼいなかった。

わたしが見た限り、女性なのは黄羽ちゃんしかいなかった……

 

 

 

しかも、その中でも第1師団の女性兵士って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――しかも戦闘を拒否した無抵抗のその兵士を、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘を、拒否した……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……間違いない、黄羽ちゃんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

まさかあの後、出ていった後に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘だ、あんなまだ子供が……

あんな、あんな純粋な子が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔が素敵だったあの子。

元気いっぱいで純粋だったあの子。

まだ子供の幼さが残る感情のあの子。

 

敵であるわたしを信じてくれた、あの子。

 

 

 

 

 

 

 

……美空と友達になれたかもしれない、あの子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対に……絶対に許さない……!!!

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相!!今すぐに裏で糸を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯行は東都軍のとある兵士だと確認が取れているそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……?どういう事?

東都の、兵士が……?

 

 

 

いやでも、東都にそんな事をするやつなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……東都と北都の争いを望む第3勢力か!!

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相!!きっとその兵士を襲撃したのは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その東都の兵士が誰なのか。それも確認が出来ているそうだ……」

 

 

 

 

 

 

 

……そうすれば話は早い。

 

 

 

まずその人物を探し出して……というよりも実在しているのかどうかだな。

恐らく第3勢力。そいつらがやった事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

くそ、黄羽ちゃんが……

あの子は……命に別状は無いのかな……

 

 

 

 

 

 

 

あの子の顔を、見に行きたい。

今どうなっているのかを知りたい。

 

 

 

……今のこの状況じゃ難しいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら泰山首相!!今すぐにその人物を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、君だよ」

 

 

 

 

 

 

 

は……?

 

 

 

 

 

 

 

君?君って、わたし?

 

 

 

 

 

 

 

「襲撃を行った人物は、仮面ライダービルド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなただ。野兎総隊長、桐生 戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が活動を辞める。

現状を全く理解する事が出来ない。

 

 

 

何がどうなってるのか。

この目の前の彼が何を言っているのか。

把握すら……する事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし……よく考えるとあなたがそんな事をするようには思えない。だが、向こうには映像があるというのだよ、桐生総隊長」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相の懇願にも似たような口調で、わたしの脳細胞の軍団が少しずつ動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そしてこいつが想定外だ。……やつら、姿形を変えるスマッシュを有している。もちろん自我を持つ、な】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血の蛇が吐いた、あの日の言葉。

姿形を自由に変えるスマッシュ。

 

 

 

わたしはもちろん黄羽ちゃんを襲ってなどいない。

無意識に人を襲うような病の持ち主でもない。

 

そもそも昨日はずっと美空と家に居た。

わたしの可能性は、ゼロだ。

 

 

 

 

 

 

 

そうすると考えられるのは。

もう1人の仮面ライダービルド。

 

 

 

 

 

 

 

……でもこれも現実的ではない。有り得ない、とも言えないけど。

 

 

 

 

 

 

 

そうなると、考えられるのは1つ。

狂気の蛇が言っていた、スマッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

襲われた黄羽ちゃんが身を留める地、北都。

爆撃で大変な悲劇を被った、北都。

その惨劇は東都が招いたと信じている、北都。

 

 

 

 

 

 

 

その北都が有する、スマッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相……わたしは何もやっていません。確かに黄羽ちゃん……北都の女性兵士と会いましたが、彼女はそのまま帰って行きました」

 

 

 

「しかし北都は!!!……あなたがやったという証拠が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北都には……姿形を自由に変えるスマッシュが存在しています」

 

 

 

 

 

 

 

長年の疲れが現れた泰山首相の顔に視線を移すと、その顔は驚愕に満ちていた。

無理もない。わたしも信じたくはない。

 

 

 

でも……それしか考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの身の潔白は妹に……美空に聞いてもらえればわかります。信じられないかもしれませんが――」

 

 

 

「いや……君がそんな事をするはずがない。わたしはそれを充分にわかっているつもりだ……済まない、疑うような事を言ってしまって」

 

 

 

 

 

 

 

まさか泰山首相にここまであっさりと信じてもらえるとは。

 

 

 

……相当信頼してもらえてるんだな。わたし。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、そうだとしてもなぜ北都が……?」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相のお言葉はごもっとも。

なぜ北都がそんな事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたら、わたしたちが想像している以上に混沌としている何かが蠢いているのかもしれない。

 

 

 

考えを遥かに超えているような何かが。

おぞましく恐ろしく破滅的な何かが。

 

 

 

 

 

 

 

全てを掌の上で転がしながら嘲っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ北都が、というのはわかりません……でも北都政府がそういったスマッシュを有しているのは恐らく事実です」

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく幻徳……息子さんの事件も、このスマッシュによるものかもしれないと、わたしは推測していましたし」

 

 

 

 

 

 

 

息子の過ちが無実だったのかもしれないと感じたのだろう。

泰山首相の顔は、呆然と悲哀に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

「幻、徳が……?……いや……しかし、なぜ……なぜ北都が……?」

 

 

 

 

 

 

 

そこだ。そこだけだ。

 

 

 

なぜ北都が?なぜ戦争を起こすような事を?

しかもなぜ自分たちの軍の兵士を……?

 

 

 

 

 

 

 

……おい、嘘だ。

 

 

 

もしわたしのこの考えが当たっているならさいっあくだ。

 

 

 

 

 

 

 

まさか……まさかこのためだけに……

 

 

 

 

 

 

 

この事のためだけに自国の民を……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相!!これは……これはまずいかもしれません!!今すぐに――」

 

 

 

 

 

 

 

「首相!!大変です!!北都軍 北風第1師団が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ首相官邸に進軍を開始しているとの情報が入りました!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊の音色は奏で続ける。

その音は、他の追随を許さない独裁的な音。

 

何者も抗えない、和を繋ぐ事は不可能とも思えるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳には、昨日の彼女が浮かんでいた。

 

 

 

笑った顔が愛おしいあの子。

美空が創るわたしの大好きなホットミルクを、本当に美味しそうに飲んでいたあの子。

 

平和のために。和を繋ぐために駆けて行ったあの子。

 

 

 

 

 

 

 

思い浮かぶ黄羽ちゃんは、無邪気に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もう埋められないような溝がわたしたちを決別させる。

 

 

 

きっとそれは、もう手遅れなのかもしれない。

きっともう、通じ合う事は出来ないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

冷たく刺さるような大雨の日。

 

心を流してしまうような今日この日は。

憤怒を纏わせた、死の風が吹き荒れる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺は、絶対に許さない。

 

 

 

 

 

 

 

俺の大切なモノを傷付けたこの国を。

俺の大事なモノを脅かすこの国を。

俺の全てを賭し、護ると誓ったモノを蹂躙するこの国を。

 

 

 

 

 

 

 

……一瞬でも、あの女に心揺さぶられた俺自身が許せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カシラ……大丈夫ですかぃ……?」

 

 

 

 

 

 

 

こいつも怒り狂いたいだろうに。

いつも俺の心配をしてくれる、良いやつだ。

 

 

 

本当はお前も、この国が憎くて憎くてしょうがないはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい、カシラぁ……俺らがやりますから……カシラだけは危ねえマネしねえでくださいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

こいつも……仲間想いのいいやつだ。

 

 

 

口は悪ぃしうるせえが、熱いやつ。

その目は……憎悪で埋めつくされている。

 

 

 

 

 

 

 

本当は俺1人でやるつもりだった。

もう……こんな想いは嫌だから。

 

 

 

もう、大切なモノが傷付くのは嫌だから。

 

 

 

 

 

 

 

でも、こいつらは無理矢理にでも着いてきやがる。

1人じゃ心配だから、と。

 

 

 

 

 

 

 

こいつらも怖ぇんだろうな。

……失う恐怖、が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うるせえ。俺1人で充分だっつったろ……黙ってろ」

 

 

 

 

 

 

 

お前の想いは俺が引き継ぐ。

お前の無念は俺が担いでやる。

 

 

 

お前がなぜあいつにやられたのか……それはわからねえけど。

 

 

 

 

 

 

 

きっと……俺に無理をさせないように。危ない思いをさせないように。

 

 

 

あいつはバカだから、そんな事思ってたんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の念は、俺が纏ってやる。

死の風と共に、宿らせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから安心して。平穏に。静かに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……寝てて、くれ。聖。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この俺が東都を……仮面ライダービルドを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生 戦兎を。殺してやるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 







死を纏う風。憤怒を宿す風。
北から吹く風は、心に火を灯す。



その火は冷たくも、全てを焼き尽くす業火。










「……死ね、桐生 戦兎」




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phase,41 襷





全員一同
「あけまして!おめでとうございます!!」



惣一「無事に正月を迎えられましたな」

戦兎「ですのー。ほほ!伊達巻美味し」

万丈「まさかなー。エビうまっ」

一海「やっとだな。お、この数の子もうめーぞ」

紗羽「嬉しいわよね。この栗金団も美味しいわ」

香澄「ですね♪龍我、この黒豆もおいしーよ?」

幻徳「良い事だな!おっ、このなますも旨いな」

黄羽「だーねー。んんん!かまぼこおいし♡」

佳奈「おぞーにうまし!」



惣一「お前ら食ってばかりだなおい……」

惣一「そーいや美空どこ行った?」



美空「ひっく!甘酒んまーい!ひっく!」

葛城忍「イケる口だなお嬢さん?ひっく」





惣一「……カオス」

惣一「えー。という事でね」

惣一「ちょっとみんなアレなんでね」

惣一「俺1人なんですけども」

惣一「今年もどうぞ!」

惣一「よろしくお願いします!!」




戦兎「もぐもぐ……あ。よろしこ!」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい風が吹く国。

その風は痛みを伴う。

 

身体にも、心にも。

 

 

 

その国を統べるは貪欲な女帝。

欲深きその者は、何を望む――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで。首尾はどう?」

 

 

 

 

 

 

 

通話先の相手の声は冷たい。

まるで感情の無い機械のような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい……無事に終了致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男の言葉でつい笑を浮かべてしまう。

先を想像してしまうからかしら。

 

 

 

ふふふ……全て……全て私の思い通り……

後もう少しでアレが、私のモノに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?……しっかりと始末はしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

種を遺しておくと厄介かもしれないもの。

露見したら元も子も無いわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、殺す程ではないと判断致しましたので……ですが意識不明の状態ですし、問題は無いかと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たく淡々と答えるこの男。

私の忠実なる下僕。重要な駒。

 

 

 

そのはずの駒が私に意見するなんて珍しいわね。

こんな事一度も……

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ。殺せとも言ってなかったからかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……でももし勘づかれてたら問題だわ。そのまま殺しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

目覚めて変な事を喋られては困るのよ。

コレの存在は明るみに出ては問題だから。

 

 

 

 

 

 

 

それに東都に変な口実を作らせてはいけない。

叩くなら今。大義名分があるうちに滅ぼさないと。

 

 

 

もしバレてしまって……西都が入ってきたら面倒なのよ。

 

 

 

 

 

 

 

今の状況のまま進めなければだめなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし、よろしいのですか?……一応、我が――」

 

 

 

「私の言う事だけに従えばいいの。意見は聞いてないわ」

 

 

 

 

 

 

 

通話越しの下僕は何かおかしいと感じとれる。

こうなってから今まで、こんな事無かったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

……改めてやっといた方がいいかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございません……畏まりました」

 

 

 

 

 

 

 

有能な駒の口調はいつも通り。

冷酷で。淡々と。

 

 

 

感じとれた雰囲気も一瞬だったし……

とりあえずはまだ大丈夫みたいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上よ。すぐに取り掛かりなさい……無事に殺したら、また連絡を頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の言葉を受け取るとその者は通話を終わらせた。

まるで機械が任務を遂行しに行くように。

 

 

 

 

 

 

 

これで万が一は無くなった。

全ては闇に葬り去られる。

 

 

 

後は……東都を滅ぼし手に入れるだけ。

あの禁忌の箱を、我が手にするだけ。

 

 

 

 

 

 

 

そうすればあの忌々しい西都にも有利に運べる。

こちらにはアレもいるし……種には事欠かないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それにしても。

 

本当に東都はミサイルを撃ってないのかしら……?

東都のあの感じ。嘘をついているようにも思えない。

 

でもミサイルは間違いなく東都から飛来したものだった。

 

 

 

という事は……誰が……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁいいわ。

 

 

 

全ては計画通り。

後は吉報を待つのみ、ね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふ……あはははははは!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲に塗れた部屋に、欲深い女帝の嗤いが響く。

その音は、人の道を外れた音。

 

 

 

それはきっと救われない、人間の本質。

人と人外。どちらが悪か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――わたしの目の前に対峙する、北の風。

 

その雰囲気は、異質なモノ。

きっとあの、絶望的な勘違いのせい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北風 第1師団が首相官邸に進軍中という事を聞いたわたしは、すぐさま連中と鉢合わせになる場所へと向かった。

 

 

 

もし戦いになったとしても、なるべく離れた場所で行わないと万が一がある。

 

 

 

そう思い向かい、北風と出くわした。

幸運……と呼べるかはわからないけど、ここならまだ安心出来る。

 

 

 

既に避難済みのこの場所。

民間人はここには居ない。

 

 

 

 

 

 

 

ひとまずは安心だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても第1師団が進軍中と聞いていたから、もっと多いかと思っていた。

 

 

 

目の前の風は、よく知る人間の顔ぶればかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと……大勢で来てるのかと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの目の前に塞がるは、あの三羽の烏。

愛おしくも思ってしまう、あの一羽が居ないけど……

 

それと冷たい軍服を着た、数人の兵士。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それを率いる頭。

仮面ライダーグリス……猿渡 一海。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんで充分だからだ……お前ら如きを潰すなんてな」

 

 

 

 

 

 

 

「本当なら、俺1人で構わないんだけどよ」

 

 

 

 

 

 

 

あの日の男とはまるで違う雰囲気、口調。

その目には憎悪しか感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

きっとわたしが、黄羽ちゃんを傷付けたと思っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ!!あの子は……黄羽ちゃんは無事なの!?」

 

 

 

 

 

 

 

本当はもっと話したい事がある。

 

ミサイルなんて東都は飛ばしていない事。

東都は宣戦布告など本当にしていない事。

裏でほくそ笑む黒幕がいる事。

 

黄羽ちゃんを、襲ってなんていない事。

 

 

 

 

 

 

 

でもそれよりも先に……黄羽ちゃんが心配。

 

あの子は無事なんだろうか。

一体どんな怪我をしているのだろうか。

 

 

 

それに……命に別状は、無いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

……本当はお見舞いにも行きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てめえ。どこまで俺をバカにすりゃ気が済むんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡のこの顔を見ると確信する。

きっとこの男は、わたしの事を殺したくて仕方がないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは何もやってない!!黄羽ちゃんを襲ったのはまた別の――」

 

 

 

「舐めんじゃねえ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

死を運ぶかのような音色が、わたしと北風の空間に響き渡る。

それは決してわたしを許さない、そんな意思が含まれてる気がするような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつはな……こんな場所に居ちゃいけないやつだった。来てはいけないやつだった」

 

 

 

 

 

 

 

「だから……俺が護ると決めていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしを睨みつける男の表情は、とても切なく見えた。

わたしにも……経験があるからわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、俺の責任だ。あいつを護れなかった……俺の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱり、この男はわたしに似ている。

 

 

 

独りで抱え込んで、底の無い闇へと堕ちていったわたしと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……俺がしっかりとケリをつける。おまえらを……完膚無きまでに叩き潰す事でな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと猿渡には安らげる場所が無かったんだ。

ずっと孤独で戦わなきゃいけない、何かがあった。

 

 

 

 

 

 

 

……それは、破滅しか待ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは何もやってない!黄羽ちゃんとわたしは、東都と北都が平和になる事を望んで話してた!!」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにそれを伝えようとしてた!!間違っちゃだめ!!これには黒幕がいるの!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳に蔓延る想い。

黄羽ちゃんが繋げようとした、平和への襷。

 

 

 

 

 

 

 

それを失くすわけにはいかない。

黄羽ちゃんのためにも……

 

 

 

諦めるわけには、いかない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰がそんな言い訳を信じる!?そんな事を信じて俺はどうすればいい!?」

 

 

 

 

 

 

「……これで話は終わりだ。俺はお前らを許さねえ。許す事なんて出来ねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも黄羽ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

どうすればいいのかな。

貴女が繋ごうとした平和への架け橋。

 

 

 

わたしには、そこへ向かう道に大きくて深い溝が見えるよ。

もう先へは進めないような谷底があるよ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、どうやって繋げれば……

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……わたしは戦うつもりなんてない!!黄羽ちゃんを傷付けたやつだって他にいるの!!信じて!!」

 

 

 

 

 

 

 

こんな事しか言えない自分が無性に悔しい。

何も真実を掴めない、無力なわたしが悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんの無念を晴らせない、自分自身が悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じるなんて無理だ……俺にはお前が憎い敵にしか見えない。だからよ。悪ぃけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……死ね、桐生 戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時の猿渡の表情は、まるで修羅のようだった。

全てに憤怒するような。茨の道を行く修羅。

 

 

 

 

 

 

 

諦めてはいけない。

彼女が駆けたあの道を閉ざしてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもわたしには。

その道の先が全く見えない……

 

 

 

巨大過ぎる奈落が、わたしを絶望させる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あた……し……は……?

 

 

 

 

 

 

 

ここ……は……ど、こ……?

 

 

 

 

 

 

 

あれ……?あたし……確か戦兎……ねえと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ意識がはっきりとしてくる。

そして少しずつわかってくる。

 

 

 

ここは、病室。

どこの病室かはわからないけど、あたしに色んな点滴みたいなのが刺さってるから、多分間違いない。

 

 

 

そして記憶が蘇ってくる。

あの日、優しいお姉ちゃんと出逢った事。

昔のカシラによく似た、あのお姉ちゃん。

 

 

 

あたしは戦兎ねえのお家に行った。

そこで優しく暖めてもらった。

そしてある話を聞いた。

 

 

 

本当は東都は何もしてない、って事。

本当は仲良くしたいって事。

 

 

 

それを聞いたあたしはカシラに言わなきゃ、って戻った。

みんなで仲良くすればいいんだよ、って。

 

 

 

 

 

 

 

そしたら戦兎ねえが……ビルドになってて……

 

 

 

 

 

 

 

あたしに、襲いかかってきた……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもあの戦兎ねえおかしかったよね……?

いきなり襲いかかってくるなんて。

 

 

 

それに、意識が無くなる前になんだか男の人になってたような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……目を、覚ましてしまっていたか」

 

 

 

 

 

 

 

声のした先にゆっくりと視線を移すと、そこには知らない人が。

あたしの事知ってるみたいだけど、見た事無い……人?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんとなく、カシラに似てる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

それにこの人……

あの時の男の人に似てるような……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んん?だ……れ……?」

 

 

 

 

 

 

 

怪我のせいなのか上手く喋れない。

いてて。身体中めちゃ痛いからかな。

 

 

 

てゆーかあたし生きてたんだなー。

てっきり死んじゃったかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

死ななくて良かった……

戦兎ねえやみーたんとお友達になりたかったもん……

 

 

 

 

 

 

 

……みーたんはついでだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない……君には死んでもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

 

 

 

 

 

 

この人の言葉の意味が理解出来ない。

あたしの頭にクエスチョンマークがいっぱい出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

そして意味がわかって。

言葉じゃ現せない程の恐怖が襲ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしを……殺すの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や……だ……たすけ……て……」

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴を出したくても上手く声が出せない。

怖い、怖いよ。死にたくないよ。

 

 

 

せっかく生きてたのに。

戦兎ねえやみーたんとお友達になれそうだったのに。

まだまだやりたいこといっぱいあるのに。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎ねえと、みーたんと。

たくさん遊びに行きたかったのに……

 

 

 

 

 

 

 

それに、カシラと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死にたくない……やだ、いやだ!!

 

 

 

 

 

 

 

助けて赤羽!!青羽!!どこいるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せめて痛み無く、すぐに逝かせる。心配するな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怖い、怖いよ!!

やだ、やだやだやだ死にたくない!!!

 

 

 

 

 

 

 

助けて……戦兎お姉ちゃん……

死にたくないよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけ……て……カシ……ラ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カシラ……

あたしは、あなたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない……死んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人の持つナイフが見えて、あたしは色んな事が頭を過ぎった。

猿渡ファームのみんなの事、赤羽や青羽の事、あの優しい戦兎お姉ちゃんやみーたんの事。

 

 

 

 

 

 

 

そして、カシラの事。

 

 

 

昔と今のカシラ。

ちょっと今は違うけど、でもたまに昔のカシラみたいになったりする。

 

あたしのワガママを聞いてくれる時とか。

たまに優しく微笑む、暖かいカシラとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしはカシラが大好きだな、やっぱ……

また、会いたかったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬ前に……カシラに褒めて欲しかったなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が熱くなってくる。

身体中痛いからなのかもしれないけど、涙がいっぱい出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

でも多分それは。

もう赤羽たちや、猿渡ファームのみんなや。

 

 

 

あの優しい……お友達とか。

 

 

 

 

 

 

 

カシラに、もう会えないんだって知っちゃったからだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ……生きてたかったなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バイ……バイ……みん、な……カシ……ラ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、もし生まれ変われたら……

その時は……あなたと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら、罪無き少女よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人が大きくて怖いナイフを振り上げた時。

あたしはなんだかちょっと怖くなくなった。

 

 

 

あの日のカシラが微笑んでるような。

見守ってくれてるような。

抱きしめてくれてるような。

 

 

 

 

 

 

 

暖かい、そんな感じがしたから。

 

 

 

 

 

 

 

だからもう、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあい……好き……カ……シラ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだよ。随分と面白ェ事してんなァ、おい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 

 








戦兎「えー!!お着物あんの!?」

惣一「おう。女子全員分あんぞ」

惣一「おかげで俺は財政破綻だ」




戦兎「ほわわわ!かっわいー!」

美空「おぉ!綺麗だしー!」

紗羽「あら、私の分まで!?」

香澄「ひゃあああ♡可愛い♡」

黄羽「あたし初めてー!着物!」

佳奈「わたしのもあるの?」

惣一「もちろん!ちゃんとあるよ!」

惣一「ほれ、佳奈ちゃんの分」

佳奈「わーい!やったあ!」

月乃「まさか私のお着物もあるとは」

惣一「まあまあ。正月だし」

月乃「……ありがとうございます」

月乃 (……可愛い)





多治見「あら?私のは?」

惣一「……需要無いと思いますが、はい」

多治見「需要?……ありがとう♪」



惣一 (……逆に需要あったらこえーな)




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phase,42 敵なんですけど!?





黄羽『……んんん?』

黄羽『ここどこだろ?』

黄羽『あたし……あれ?戦兎ねえは?』

黄羽『んんん?夢?』




香澄『あらあらまあまあ』

香澄『確か龍我の所の……』

香澄『黄羽ちゃんだったかしら?』





黄羽『なんか居心地のいいとこだあ』

香澄『ほら!何してるの!』

黄羽『んんん?あんただーれー?』

香澄『いーから!ほら!早く戻りなさい!』

黄羽『いたっ!あたたた!け、蹴らないでー!!」

香澄『ふふふ。まだ早いわよ』







黄羽「ん……ん?」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴方ですか」

 

 

 

 

 

 

 

もうカシラたちとバイバイなんだな、と悟った時。

あたしの真上におぞましく輝くナイフは。

 

 

 

その勢いであたしの肉体に抉りこむことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

……状況が飲み込めない。

 

見た事ある気がする男の人が入ってきて、あたしに死ねって言って、おっきいナイフがあたしの上にいて……

 

 

 

それであたしはみんなに会いたかったな、もっとお喋りしたり、お出かけしたりしたかったなとか考えて。

 

 

 

……もう死ぬんだな、ってわかっちゃって。

 

 

 

 

 

 

 

なんであたしは生きてるの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やたらと物騒なモン持ってんじゃねェかよ?』

 

 

 

 

 

 

 

低くて恐ろしくて、まるで地獄から聞こえてくるような声が聞こえる。

多分、あたしは聞いた事が無い声。

 

 

 

 

 

 

 

誰……?

あたしを助けに来てくれたの……?

 

 

 

 

 

 

 

『俺も混ぜてくれよ、な?いいだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

……あ、だめだ。この人もあたしを殺す気だ。

 

 

 

 

 

 

 

涙でぼやけてた視界が徐々に鮮やかなモノへと変わってきて、多分あたしを殺すのを手伝いに来た正体がわかってくる。

 

 

 

 

 

 

 

蛇……?

 

 

 

真っ赤な、まるで血で染められたような蛇。

見た感じカシラや戦兎ねえの仮面ライダーに似てるような気もするけど……

 

 

 

 

 

 

 

でもこの人?からはなんだか、物凄く恐ろしい感じがする。

それと同時にちょっとあのお姉ちゃんみたいな感じもするような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……手伝いなら不要ですよ。僕1人で充分です」

 

 

 

 

 

 

 

そんな事考えてる場合じゃなかった。

今のこの感じ。2人ともあたしの命を狙ってる。

 

 

 

誰かが助けにきてくれたと思ったのに……

 

 

 

 

 

 

 

誰が助けてえぇぇぇ!!!

変な男と変な蛇に殺されるうぅぅぅ!!!

 

やっぱり死にたくないよおぉぉぉ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だれか、たすけ、て……」

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ声は出せるようになったきたけど、大きな声はやっぱり出せない。

悲鳴を出して誰かに気付いてほしいけど、か細い声しか出ない。

 

 

 

 

 

 

 

カシラ……赤羽、青羽……

 

 

戦兎ねえ……みーたん……

 

 

 

 

 

 

 

誰かぁ、正義のヒーロー……

あたしを……助けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい。仲間外れは泣いちゃうぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きたいのはあたしの方なんですけどおおお!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだ……まだ生きたいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

あたしは怪物だけど……

やっぱりまだ、死にたくないよぉ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度諦めた命。

でも生きてたって事がわかって、やっぱり縋りついてしまう。

 

 

 

希望を、求めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

改めてそのナイフがあたしの命を刈り取ろうとした時、あたしはもう一度死の恐怖に襲われた。

 

 

 

1回死んだと思って、でも生きてて、もう一度殺される。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは2回目の死を受け入れられる程、強くはないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やだぁ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死を拒んだ時、よく分からない光景があたしの視界に広がっていた。

 

 

 

命を奪うナイフを振り上げていた男。

手伝いに来たのであろう変な蛇。

 

 

 

 

 

 

 

多分、あの蛇はあの男の仲間のはずなのに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何の真似ですか、スターク様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークと呼ばれた謎の蛇は、あたしの肉体に入り込む寸前のナイフの刀身を握りしめていた。

 

 

 

それはまるで、あたしの事を護るかのように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「何して、るの……?」

 

 

 

 

 

 

 

このあまりに理解し難い状況に、蛇の神経を疑ってしまうような言葉が口から出てしまう。

あたしの頭はクエスチョンマークで溢れてる。

 

 

 

 

 

 

 

この蛇はこの男の仲間なはずじゃ?

あたしを殺そうとしているはずじゃ……?

 

 

 

 

 

 

 

だってさっき、俺も混ぜろ、って……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんまはしゃぐなよ。なァ?』

 

 

 

 

 

 

 

まるで狂った嗤いのように吐き出す蛇に、あたしは更に訳が分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

あたしは一体どうなるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……仰っている意味が、よくわかりませんが」

 

 

 

 

 

 

 

んんん!あたしが一番よくわかんないよ!!

 

あたしは殺されるの!?

それとも助けてもらえるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わかんねェ?……ハッハッハァ!!そうかそうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『舐めた事ぬかしてんじゃねえぞ、小僧』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇の口調が急に恐ろしく、怒りに満ち満ちたように感じた。

それはこの場の空間全てを支配するような。

 

 

 

恐怖で支配されていくような。

 

 

 

 

 

 

 

多分、きっと助けて?もらったのであろうあたしですら、怯え震えてしまう。

 

 

 

あたしの命を消し去ろうとする刃が砕ける程に握りしめている、この命の恩人であろう蛇が。

 

 

 

 

 

 

 

永遠とも思える闇の底で、怪しく微笑むかのように感じてしまう人でない何かが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐ろしいまでの絶望と感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スターク様、貴方は――」

 

 

 

『勝手にふざけた事をやりたい放題しやがって。俺の事を舐め腐ってんのか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧嘩……?

やっぱりこの人たちは仲間じゃないの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は全てのゲームメーカーだ。このあらゆる全てを支配し進めるモノだ。勝手に乱す事など絶対に許さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーム……メーカー?

何を言っているんだろ……?

 

 

 

この蛇は何を……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何度言っても聞かない連中ばかり……俺もそろそろ我慢の限界だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度言っても?

聞かない連中?

我慢の限界?

 

 

 

一体あたしは何に巻き込まれてるの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前ら全員、嬲り殺すぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ……」

 

 

 

 

 

 

 

空間全てを貫くような。

その蛇から噴き出す絶望的な殺意があたしに襲い、つい恐怖に怯えたような声が出てしまう。

 

 

 

きっとあたしにむけられたモノではない殺意。

きっとあたしに死を運ぼうとしたこの男に向けた殺意。

 

 

 

 

 

 

 

その圧倒的で支配的な殺意が、恐ろしくて仕方ない。

寒いわけでは無いのに、身体が震えるのを止めてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

怖いよ……カシラぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……申し訳ありません、スターク様」

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも怯え震えるような殺意を向けられているはずなのにも関わらず、この冷たい顔をした男からはどこか、安らぎすら感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

まるで、あたしを殺すのを止めてもらって感謝しているような。

この男からはそんな風に感じ取れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わかれば今回だけは許してやる……今回だけは、だ。次は絶対に無い。絶対に、だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉も恐らく、あたしが言われたモノではないと思う。

でもなんだかあたしが言われているような気がして、恐怖で包まれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

あたしの命を奪おうとしたこの冷たい男より。

あたしの命を救ってくれたこの鮮血の蛇の方が、圧倒的に怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望的に、命の危険を感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、スターク様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、助かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この凍りついたような男は、どこか安堵しているように見える。

 

 

 

それは自分が見逃してもらえたからなのかもしれない。

でもその顔は、凄く安らかなように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あの婆にも今の事を伝えておけ。それと。後でわざわざ出向いてやるから待っていろ、ともな』

 

 

 

 

 

 

 

「畏まりました。間違いの無いように、確かに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を場に遺して、あたしを葬ろうとしていた男はどこかに行ってしまった。

 

あたしの命を攫おうとした、あのナイフを持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……よォ、お嬢さん?悪ぃな、怖かったかァ?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしが身を委ねているベットの横にポツンと存在する椅子に腰掛けたこの蛇からは、先程の殺気の塊のような。絶望を形にしたような。

 

そんな風に、全身で恐怖を覚えたモノには見えない。

 

 

 

 

 

 

 

今の蛇からは何というか。

 

まるで子供に話しかける優しい人のような。

でも内の狂気が隠しきれないような。

 

 

 

 

 

 

 

上手く言えないけど1つだけ言えるのは、今の蛇から命の危険を感じる事は無いって事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ったく……散々だったなァ、お嬢さんもよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで世間話のように普通に語りかけるこの蛇から、違和感を感じるのはきっと、間違いじゃない。

 

 

 

そんな風に感じるあたしはきっと異常じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

でも……でもあたしは……

多分、もしかしてきっとだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて、くれて……あり、がと……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ん?……あァ、気にすんな。つーか痛かったろ、おい?……まァゆっくり休めよ、な?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助かったあ!!!

あたし、あたし生きてるよ!!!!

 

 

 

死んでない、またみんなに会える!!

赤羽や青羽にも、猿渡ファームのみんなにも!!

 

それに戦兎ねえやみーたんにも!!!

またいっぱいお喋りして、お出かけとかも……

 

 

 

 

 

 

 

それに……カシラともまた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ……ふぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

安心しきって、目が熱くなる。

身体中が痛いからなのかもしれない。

 

 

 

でも。多分きっと。

生きてまた大好きなみんなに会えるんだ、っていう希望があたしを包んだからだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お、おい!?泣くなよぉ!?大丈夫だって。お嬢さんのお仲間が帰ってくるまでは一応ここに居るからよ?な?だから安心しろって』

 

 

 

『それにこんなとこ誰かに見られたら泣いちゃうぜ、俺も?』

 

 

 

 

 

 

 

あたふたする蛇……スタークさんがなんだか面白くて、泣きながら笑ってしまう。

 

 

 

さっきのスタークさんとは大違いで。

 

まるで泣き出した娘をどうしたらいいのかわからないような感じで。

そんなスタークさんが、ちょっと可愛く思えちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ……本当に、ありが、と!スタークさん……!」

 

 

 

 

 

 

 

この真っ赤な蛇さんはちょっと怖い所もあるけど。

でも、あたしの命の恩人。

 

 

 

この人は……男の人なのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハ!まさかこの姿でお礼を言われるたぁな……それにスタークさんてよ!ハッハッハ!』

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんは何が面白いのか、爆笑中。

でもその笑いも、さっきみたいな邪悪には感じなかった。

 

 

 

優しい人なのかな?ほんとは。

さっきはちょっと怖かったけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、いえば、カシラたち……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の身の危険が過ぎ去って、やっと周りの人たちへの事に思考が回る。

つい口に出てしまったのは、寂しいからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

というかさ。ほんとーに!!

 

カシラや、赤羽や青羽は!?

あたしがこんな状態なのに!!

なにしてんのあの人たちは!!!

 

 

 

付き添ってくれてもいーのに……

薄情な人たちだよ!全く!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頭?……あァ。あいつらか』

 

 

 

 

 

 

 

ずーっと笑いっぱなしだったスタークさんは、何かを思い出したようにぽろぽろと呟き始めた。

 

 

 

スタークさんはカシラたちの事も知っているのだろーか。

この人?は本当にナニモノなのだろーか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お嬢さんのお仲間はちょっと、な?まァ心配すんな。あいつを煽っといたし……その内帰ってくる。だからまァ寝てろよ』

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんの言葉がちょっと冷たくなった気がした。

 

 

 

ちょっと?

煽っといた?

 

 

 

んんん。意味わかんね。

もしかしてあたしを置いてどこかお出かけに……!?

 

 

 

 

 

 

 

なんなの!酷いよ!!

あたしの事はどうでもいーのか!!

 

 

 

 

 

 

 

……帰ってきたらパフェ創ってもらわねば。

 

 

 

そうでもなきゃこの怒りは収まらないぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺もここに居るんだしよ。もう命の危険はねェから安心して、な』

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんがついている。

 

あたしはこの人?と初めて会ったはずなのに、なぜかその言葉にとても安心してしまう。

 

 

 

あぁ、もう大丈夫だ。と。

 

 

 

 

 

 

 

……でも。でもでもでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね!スタークさん、って……何歳なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徐々に普通に喋れるようになってきた。

それのおかげで聞きたいことや話したい事がいっぱい出てくる。

 

 

 

スタークさんって何者なんだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はァ!?これで歳聞かれるなんざ初めてだぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……相当寂しい人なのかな。

 

 

 

もしかして友達がいないとか……!

んんん。ひとりぼっちの可哀想な人なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

しょうがないな!うん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!スタークさん!あたしが、お友達に、なったげるね!」

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらかなり年上なのかもだけど。

この人?とは仲良くなれそーな気がする!

 

 

 

戦兎ねえと、みーたんと、スタークさん。

この3人でお出かけかあ……♪

 

 

 

 

 

 

 

……でもさすがにそのままの姿じゃ、ちょっとなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はァ!?お友達!?何言ってんだお嬢――」

 

 

 

「いーのいーの!気にしなくて、大丈夫だから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんはちょっと困惑してるけど。

きっと嬉しくて困っちゃってるのかな?

 

 

 

ふふふ。カシラにも紹介してあげないとな。

あたし友達増えたよ、って。

 

 

 

 

 

 

 

みんなとも会えるの、楽しみだなあ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい!?俺はなァ、お前ら人類の――』

 

 

 

「スタークさん!あのね、あたしの友達も今度紹介してあげるから!」

 

 

 

 

 

 

 

『おい!待て!俺はな?お前らの――』

 

 

 

「んんん!お腹減った!スタークさんそこのリンゴ剥いてよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はァ!?……ふっ、わーったよ。ちょっと待ってろ』

 

 

 

「わーい!やったあ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんって見た目怖いけど。

なんだか良い人だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

早く帰ってこないかな、カシラ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――早く。早く早く急がないと!!!

 

 

 

このままじゃ大変な事になっちまう。

あいつは……あいつだけはダメだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

なんであいつが……いや、そんな事考えてる場合じゃねー。

早く、急がねーと!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から行くから、頼むから無事でいてくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな雫が俺に降り注ぐ。

まるで行く手を阻むかのように。

 

 

 

俺をその場に向かうことを許さないかのように。

 

 

 

 

 

 

 

このままじゃあいつは……戦兎は死んじまう。

きっと聞いた話からして、今のあいつは怒り狂ってるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急がねーと……

早く、あいつの元へ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎、今助けに行くからな……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








黄羽「ねーねー!スタークさん!」

スターク『あァ?なんだよ?』

黄羽「好きなご飯はー?」

スターク『あのなァ、だから俺は――』

黄羽「すーきーなーごーはーんーはっ!?」

スターク『……苦いものが好きです』

黄羽「ふむふむ。オトナだね!」




スターク『……お嬢さんは。何が好きなんだ?』

黄羽「あたし?あたしはねー。カシラのご飯!」

スターク『お、おう……例えばどんなのだよ?ん?』

黄羽「んー……カシラのご飯ならなんでも!」

スターク『さっきから頭ばっかだなおい』

黄羽「んんん?あ!後はさ、スタークさんって――」




――これは。人外もタジタジな女の子のお話。



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phase,43 燃ゆる黄金





紗羽「お正月はやっぱり食べ過ぎちゃうわね」

紗羽「だって猿渡君のご飯が美味しいんですもの」

紗羽「美空ちゃんのご飯も美味しいし」

紗羽「正月も無休のパティスリー鴻上のケーキもあるんだもの」




紗羽「私は止まらないわ!貪欲なっ!食欲っ!」

戦兎「強欲なっ!食欲っっ!!」

香澄「胴欲なっ!食欲っっっ!!!」







惣一「……君たちさ、今年入ってさ」

万丈「何となく……いや絶対」

美空「お肉つきまくってない?」




紗羽「……え?」

戦兎「……う、嘘だあ」

香澄「……そそそそんな事ないですよ?」





――乙女の体重計タイム――






紗羽「ちょっと……走ってくる」

戦兎「あ……わたしも……」

香澄「……燃焼系サプリ飲んでから行きましょ」






惣一「相当やばかったのね」

万丈「ノリで言ってみただけなんだけどな」

美空「乙女は……大変なの」




紗羽・戦兎・香澄
「「「燃えろぉぉ!!我が脂肪ぉぉ!!!」」」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの目の前に広がる死の風。

もう相容れないのかもしれないと痛感してしまうほどの、冷たい風。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは……どうすればいい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと変身しろよ桐生……流石に生身の女をいたぶる趣味はねえ」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡の突き刺さるような言葉が、わたしを更に惑わせてしまう。

変身したら、それは戦いの合図。

 

 

 

 

 

 

 

それはもう、引き返せない号令。

決別の狼煙をあげる事になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……戦うなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんの笑顔が脳裏から離れない。

わたしの事をお姉さんと言ったあの少女。

 

 

 

彼女なら……この男になんて言うのだろう。

どうやって止めるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

わたしには、その答えの火が見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がやる気ねえなら。俺らはこのまま進む。そして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからお前らの大切なモノ全てを、壊し尽くしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分その言葉がトリガーだったのかもしれない。

わたしの脳に渦巻いていた平和への執着。

 

 

 

この男と戦いたくない。

東都と北都が友好的になってほしい。

 

黄羽ちゃんが繋ごうとした道を諦めちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その想いが、猿渡の言葉1つで崩れてしまう。

大切なモノが蹂躙されてしまう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら……もうしょうがないよね……黄羽ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたのきっと大切な仲間だけど。

あなたの事を想う人だけれど。

あなたが頭と慕う人なのかもしれないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大切なモノを奪われるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと、やる気になったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、無力だ。

 

 

 

結局力でしか解決の出来ない、野蛮な女。

間違った想いを正すことの出来ない、ただの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これの何が、正義のヒーローなのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンクスパークリング!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビルドドライバーが始まりの音を奏でる。

いつもは高揚とも思える気持ちになるこの音が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は……ただただ虚しい気持ちなだけ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは戦いに取り憑かれた悪魔なのかもしれないな。

そんな風に感じると、笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

それはきっと。

とても切なく愚かな笑だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……変、身」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シュワっと弾ける!!】

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンクスパークリング!!】

 

 

 

 

 

 

 

【yeah!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう、止まれないや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい!!ぶち殺してやりましょうぜえ!!!カシラぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

きっとあの赤羽ってやつもわたしが憎いに違いない。

それは本当に勘違いなのだけど。誰かの策略なのだけれど。

 

 

 

彼らにはもう、関係無い。

 

 

 

 

 

 

 

この国が憎くて憎くてどうしようもないはず。

それを止められるのは……力だけ、か。

 

 

 

 

 

 

 

戦いだけ……か。

 

 

 

 

 

 

 

「いや……俺1人でいい。お前らは下がってろ」

 

 

 

 

 

 

 

相当自信があるのだろうか。

彼の顔からは緊張や迷いが感じられない。

 

 

 

ただ目の前の敵を殲滅する戦士にしか、見えない。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしも。負けるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ですがカシラ!俺らだって黄羽の仇をとりてぇ――」

 

 

 

「悪ぃな、頼むよ……お前らは、待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカ野郎との約束を破るんだ……せめて、俺だけにやらせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

こんな状況なのにも関わらず、わたしの脳はどうも落ち着いているらしい。

心は騒然としているのに、脳は冷徹なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「バカ……やろー……」

 

 

 

 

 

 

 

口に出す事で改めて思考に入る。

 

 

 

北都の人。北風。団長。バカやろー。

そして、約束。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……きっと。恐らく多分、万丈かな。

 

 

 

多分東都の人を……きっとわたしと戦うなとでも言ってたのだろうか。

あいつはわたしの身を案じていたのだろうか。

 

 

 

北都に行っても、やっぱり心配してくれてたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりあいつは……昔の弟のままなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの知ってる、あの優しいバカのままなんだな。

 

 

 

 

 

 

 

早く……連れ戻すからね、万丈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カシラ、無理だけはしねぇで下せぇ」

 

 

 

「カシラまであんなんなっちまったら……俺らは!!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に、この人たちは仲間想いだな。

道が違わなければ、もしかしたら仲良くなれたかもしれない。

 

 

 

ちょっとリーゼントは万丈と被ってるし、冷静なおっさんはアクの強い喋り方だけど。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか、気持ちの良い人たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、任せろ……桐生、わざわざ待ってくれてありがとよ。まるで無抵抗の戦いを拒否した女の子をやったやつだとは思えねーな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違うんだよ、猿渡。

わたしは何もやってない。

 

 

 

むしろ……あの女の子がとても大切だと想える。

敵なんかには全く思えない。

 

 

 

黄羽ちゃんも勘違いして、わたしを敵だと再認識してしまったかもしれないけど。

黄羽ちゃんもわたしが嫌いになったかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分わたしは、あの純粋な少女が大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ俺はお前が許せねえ……なぜあんな弱虫を……俺でなくあいつを襲ったお前を!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっともう届かない。

わたしの想いはこの人たちには伝わらない。

 

 

 

ならばせめて、真実がしっかりと明らかになるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは力を奮う。

護らなければならないモノのために。

 

きっともう、取り返しがつかないとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の強さは、お前が体験した事の無いモンだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう静かに呟く猿渡が煌めかせたモノは、見た事のないモノ。

わたしとは異なる、別の何か。

 

 

 

きっと仮面ライダーに変身するモノなのだろう。

でも、根本的に何かが違う。

 

 

 

ビルドドライバーは、レバーを回転させボトルの内容物を化学反応させる仕組みなのに対し、あれは……

 

 

 

 

 

 

 

ビルドドライバーでいうレバー部分が、レンチのようなモノにも見える。

何かを押し潰すように見える気もする。

 

 

 

それにレンチ型のレバーの反対側には……試験管のようなモノが搭載されている。

 

 

 

 

 

 

 

あそこに何かを蓄えて使う……?

 

 

 

 

 

 

 

なんだこれ。何なんだこれ。

形状が、仕組みが異なるモノに見える。

 

 

 

 

 

 

 

「このスクラッシュドライバーはな。お前やあのエビフライ野郎とは全く違う、いわゆる最新版だ……そもそもが違う」

 

 

 

 

 

 

 

エビフライ野郎?

 

 

 

……あー。あのバカの事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに……スクラッシュドライバー?

 

 

 

壊す、のクラッシュと……

なんだろう。スクイーズ?スクラップ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず第一に。ハザードレベル4.0以上じゃなきゃ扱えねえシロモノだ……この言葉の意味が、わかるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猿渡の言葉で脳が戦慄する。

今まで聞いた事の無い数値に、脳が危険信号を送る。

 

 

 

 

 

 

 

ハザードレベル、4.0……!?

 

 

 

 

 

 

 

それは、未踏の場所。遥か先に想える地。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと前に開発した、簡易的なモノだけどハザードレベルを確認する装置、《ハザードでござーるくん》で、少し前にわたしのハザードレベルを計測した時は確か……3.6とかだった。

 

 

 

既にボロボロだったわたしが負けた……全快ならきっと勝てたであろう、あの三羽の烏でさえハザードレベル3.0以上と言っていた気がする。

 

 

 

でも4.0などというふざけた数値に達しているわけが無い。

 

 

 

 

 

 

 

万丈もきっと……戦った感じ、わたしと同じか少しだけ上だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

あの狂った連中ですら、そこまででは無いと感じる。

スタークは少しわかんないけど……

 

 

 

 

 

 

 

……その領域に巣食うモノを遥かに超える、4.0。

 

 

 

 

 

 

 

まるで天から見下ろす絶対的なモノのような。

蟻を見下す愚かな人のような。

 

 

 

 

 

 

 

それほどまでの差にわたしの身体が反応し、汗が止まらなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

これは……かなりやばいかも。

それどころか簡単に殺されてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺を飽きさせんじゃねえぞ、仮面ライダービルド!!」

 

 

 

 

 

 

 

吠える猿渡の手に、パック状の何かが見えた。

わたしや万丈、それに黄羽ちゃんたちが使っているボトルとは、全く違う何か。

 

 

 

 

 

 

 

あれで……まさか変身を?

どうみてもフルボトルには見えないけど……?

 

 

 

 

 

 

 

中身に入っているのは、多分ゼリー状の何か。

もしかして、わたしたちが操るボトルの内容物をゼリー状に変質させた……?

 

 

 

 

 

 

 

「これが俺の……護れる力だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

マスターから教えられた事を、恐らく猿渡もどこかでその力を、そんな風に感じていたのだろうか。

 

 

 

わたしたちの力の本質を叫びながら猿渡は、その妖しく光るスクラッシュドライバーの中央部分にその、パック状の何かを装填させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロボットジェリィー……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクラッシュドライバーから発するその音は、どこか恐怖を与えるような音。

 

わたしや万丈のビルドドライバーとはまるで違う、全く別の何かに思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

それにやっぱり、あれはゼリーだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変、身……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猿渡がレンチ型のレバーを真下に押すと、中央部分に鎮座していたパック状の何かが、両側から万力のようなモノで押し潰される。

 

そうすると反対側の試験管のようなモノに、恐らくあのパック状の内容物であろう金色の成分が蓄えられていく。

 

 

 

 

 

その後すぐに、彼の周りに巨大なビーカーと装置が顕現する。

それはわたしや万丈のとは違う、異質な何か。

 

 

 

猿渡が中に入っているそのビーカーの中に、黒く禍々しいような液体が湧き出し、彼を包み込む。

 

その後、まるで液体が凝縮し彼に纏う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿は紛れもなく、仮面ライダーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【潰レルゥ……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に頭上から金の液体をまるで、噴水のように天に溢れ出し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【流レルゥ……!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その金色の液体を身に纏わせ、姿を更に強固なモノへと変えてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【溢レ出ルゥ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロボットイィングリスゥゥゥ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ブゥゥラァァァァ!!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿は、鉄壁とも見える黄金の鎧を纏いし戦士。

わたしや万丈、スタークやローグとも異なる、別の何か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その見とれてしまうほどの金を纏うその戦士からは。

 

 

 

 

 

 

 

絶望的な殺意しか感じ取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心火を燃やして……ぶっ潰す!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








一海「ついに来たぞおお!!!」

一海「俺の……俺の……!!」

一海「仮面ライダーグリ――」

万丈「あ"ー!俺の出番まだかよー」

一海「……ちっ」



一海「俺のぉ!仮面ライダーグ――」

戦兎「わたしのしゅわしゅわの活躍まだ?」

一海「……ちっ!!」



一海「俺の最強!仮面ライ――」

黄羽「あ、カシラあ!パフェ食べたい!」




一海「……」

一海「……次回。多分活躍します」






惣一「頑張れ。これが本作の洗礼だ」

美空「何言ってんの?」

惣一「気にするな娘よ。社会は厳しいのだ」

美空「……?」




一海「……頑張れ、俺」



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phase,44 強者の余裕





幻徳「うん。暇だ」

幻徳「今日も今日とて暇だ」

幻徳「誘うやつ居ないし」

幻徳「全く誘われないし」

幻徳「白衣の外道さんからはメッセージ来ないし」

幻徳「忙しいのかな……?」

幻徳「あ!それか実は届いてないとか!」

幻徳「有り得るな、うん。きっとそうだな」





幻徳「……もう1回送ってみよ」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?ほら、早く来いよ」

 

 

 

 

 

 

 

黄金の鎧を纏いし戦士、仮面ライダーグリス。

ハザードレベル4.0の男。

 

 

 

どう考えても圧倒的にわたしより強いはず……

 

 

 

 

 

 

 

……勝利の法則が、見えない。

 

 

 

 

 

 

 

猿渡……いやグリスはその実力差を鑑みて余裕なのか、挑発的な態度を崩さない。

きっとそれだけわたしの事を格下と思っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

だけど、ここでやられるわけにはいかない。

わたしの大切なモノを護るために。

 

 

 

ここで死ぬわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

ハザードレベルと言っても……低ければ絶対に勝てないなんて事は無いはず。

 

 

 

 

 

 

 

きっとどこか、勝機が視えるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「余裕ぶっこいてんのも今の内だけだよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――わたしの渾身の拳が、グリスの顔面を襲う。

 

 

 

助走までつけた一撃。手応えあり、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「で……?」

 

 

 

 

 

 

 

……おいおいまじっすか。かなり自信あったんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

グリスはその一撃を受けても微動だにせず、まるで蚊が止まったかのような反応を見せている。

その攻撃が、児戯にも等しいかのように。

 

 

 

 

 

 

 

その後もわたしは一撃一撃が全力の攻撃をグリスに加えるが、その全てがまるで幼児の悪戯を受けているかのような反応しか与えられない。

 

 

 

拳撃も、蹴りも、全てをいなされるわけでも防御されるわけでもなく、ただその実力を見定められるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

まるでわたしの攻撃が、全く通じていないかのように。

グリスはただ、わたしの攻撃を受け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、こんなモンかよ」

 

 

 

 

 

 

 

顔面を狙ったわたしの回し蹴りを、簡単に止められる。

わたしの、全力の攻撃を。

 

 

 

さっきから繰り出している拳撃も、蹴りも、すべからく全力の一撃。

 

 

 

身体は全快と言わずとも黄羽ちゃんたちと戦った時に比べればかなり良好だ。

 

しかも万丈と戦った時よりも……遥かに力を込めて放っている。

 

 

 

 

 

 

 

それを防御もせずに全て受けきり、尚且つ全力の攻撃を簡単に受け止められた。

まるで最初から何事も無かったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの全てが、通用しない。

 

 

 

 

 

 

 

現状最強の力である、スパークリングが。

 

 

 

 

 

 

 

全く……効かない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ。まだだから」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの足を掴んでいるグリスを払い、若干距離を取り思案する。

どうすれば……このさいっあくな状況を打破出来る?

 

 

 

 

 

 

 

スパークリング以上の力などわたしは持っていない。

そのスパークリングの攻撃がまるで効かない。

 

全力の攻撃が、まるで通用しない。

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ脳で考え、練って、イメージして、導き出しても。

 

 

 

 

 

 

 

どう足掻いても勝利の法則が見えないどころか、皆目見当もつかない。

 

 

 

 

 

 

 

……このままじゃ、全部失ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけあるはずない……!!」

 

 

 

 

 

 

 

唯一残されたわたしの手段。

最後の最後。とっておき。

 

 

 

これさえも効かないとしたら、もう本当に打つ手が無い。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、恐らく油断している今なら。

 

 

 

 

 

 

 

まだ、勝てる見込みはゼロじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あん?次は何してくれんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

天高く飛んだわたしにもう興味が無くなったかのように呟くグリスはやはり、まだ油断しているみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

やるなら、今しかない……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Ready go!】

 

 

 

 

 

 

 

ビルドドライバーのレバーを回すと、いつも通りの音を奏でる。

それは、わたしのとっておきの証。

 

 

 

今のわたしの、最強の技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?なんだなんだ?面白ぇな、これ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっておきの音を奏でると、グリスはワームホールに似た図形のような物体に捕縛、拘束される。

 

わたしの渾身の、正真正銘全力で最強の一撃を浴びせるために生まれた、この存在に。

 

 

 

 

 

 

 

逃げられはしない、防御する事も出来ない。

 

 

 

恐らく油断していなかったら負けてたと思う。

最初から全力でこられたら、多分本当にやばかった。

 

想像したくはないけど……ほぼ100%に近い確率で負けてたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

でも、これで終わり。

大丈夫。殺す事なんてしないから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スパークリングフィニッシュ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの一撃を待っているかのような、その図形の入口部分とも思えるところからわたしの全力の飛び蹴りをお見舞いする。

 

 

 

その一撃は、まるで無数の炭酸の泡のようなモノと共に。

拘束された相手の全身に衝撃を与える。

 

 

 

 

 

 

 

今のわたしの、最強の技。

恐らく三羽烏や、あのクローズさえも倒せるであろう技。

 

 

 

……決まればあのスタークにだって。多分――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――カシラぁ!?カシラぁー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

痛烈な衝撃で辺りは埃で塗れ、視界が失われる。

あの一撃を見ていた赤羽が動揺しているけど。

 

大丈夫。急所は外してあるから。

 

 

 

 

 

 

 

それにあれほどの実力を持っているなら死ぬ事は無いだろうし、万が一何かあれば美空に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー?なんだよ。まるで俺がやられたみてえな声出しやがって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝った、と言う感情に包まれていたわたしの目には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程と同じ、まるで何事も無かったかのようにこちらを向く、グリスが居た。

 

変身解除もされていない、猿渡ではなくグリスが。

 

 

 

 

 

 

 

「カシラぁ。ビビるからやめてくださいよう」

 

 

 

 

 

 

 

青羽が安堵したかのように言っているが、今一番驚いてるのはあんたたちじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの全力の、最強の、最後の一撃を。

防御もせず、回避もせず、全て受けきって。

 

 

 

 

 

 

 

平然と立っているグリスに、わたしは恐怖と驚愕が入り交じっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてて……まぁ最後のこいつは中々、面白かったぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの最後の……最強の一撃が……

 

 

 

 

 

 

 

面白、かった……?

 

 

 

 

 

 

 

呆然としてしまう、呆気にとられてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの全部が……通用しない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと。そしたら次は俺の番だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の出来事を処理しきれていない脳が猿渡のその一言を理解するよりも先に、わたしが視認出来ない速さで、黄金の戦士が懐に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうぅぅっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

鳩尾の近くを、恐らく殴られたのであろうわたしは。

今まで経験した事が無い衝撃に襲われた。

 

 

 

鮮血の蛇よりも、漆黒の蝙蝠よりも。

三羽の烏よりも、蒼き炎の龍よりも。

 

 

 

 

 

 

 

先程の甘い考えを粉々にするような、わたしが戦ってきたその全てのモノたちの攻撃を遥かに超える一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。もう終わりとか言うなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

たった一撃でかなりの後方まで追いやられ崩れ落ちるわたしには、今の状況が未だに把握出来ていないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的な強さ。最早次元が違うのではとまで思える程の実力差。

 

 

 

 

 

 

 

絶望的な、力の違い。

 

 

 

そもそも強さの本質が違うとまで思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「慄いてる所悪ぃけど。待ってやるほど気は長くなくてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ツインブレイカー!】

 

 

 

 

 

 

 

黄金の戦士の左腕に、篭手のような武具が現れる。

きっとそれはわたしを破壊するためのモノ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉら、寝てる場合じゃねえっての」

 

 

 

 

 

 

 

【ヘリコプター……!】

 

 

 

 

 

 

 

【ディスチャージボトル……!】

 

 

 

 

 

 

 

グリスはまたパック状のモノを取り出し、変身するために使った先程のモノと取り替えた。

 

わたしや万丈でいう所のボルテックフィニッシュなのだろうか……?

 

 

 

少しずつわたしの脳が働き始める。

固まってしまっていた脳が、活動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

これは勝てない、と。早く逃げろ、と。

今のお前では勝つどころか死んでしまうぞ、と。

 

 

 

 

 

 

 

身体にそう指令を下している気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【潰レナァーイ……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ディスチャージクラッシュ!!】

 

 

 

 

 

 

 

先程と同じようにレンチ型のレバーを押すと、黒い液体のようなモノがグリスの右腕に収束し、プロペラのようなモノへと姿を変えた。

 

 

 

多分空を飛ぶためのモノで、攻撃用ではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでもぼーっとしてんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

顕現したプロペラのようなモノで滑空するグリスが、ツインブレイカーだとかいう篭手をあたしに向け、エネルギー状の弾丸の雨を降り注がせる。

 

 

 

 

 

 

 

その一発一発も、今までに経験した事の無い、あまりにも強過ぎる衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ、ぐああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

弾丸の雨がわたしの全身を襲う。

あまりにも多く、あまりにも早く。

 

 

 

更に先程殴られた衝撃で身体も上手く言う事を聞いてくれず、回避する事も防御する事もままならないで、その雨をただただ喰らい続けてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

恐らくただの、勝負を決める攻撃でも無いはずのこの弾丸の雨が。

わたしには一発一発が壊滅的な攻撃だ。

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ意識が途絶えそうになる。

全身が痛過ぎて、どこが痛いのか分からないほどの激痛を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんも……こんな風に痛かったのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも……倒れるわけにはいかない。

ここでわたしが死んだら、東都は滅んでしまう。

 

しかも、勘違いによって。

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら裏で暗躍する黒幕がほくそ笑んでしまう。

きっと北都も東都の二の舞になってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

だから……倒れるわけには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――もう、飽きたぜ。お前」

 

 

 

 

 

 

 

空からの攻撃を止め、地へと戻りながらやつの姿を見ると、何だか弱いモノ虐めをしているかのような気分になってしまう。

 

 

 

どんなモンかと思ってたけどよ。

まさかこれ程までに弱いとは。

 

 

 

あのバカが言ってたモンだからどれほど強いのかと思っていたが。

正直、全く大した事ねえな。

 

 

 

まぁ、あのバカもまだまだだし……

 

 

 

 

 

 

 

「弱過ぎんだろ、お前」

 

 

 

 

 

 

 

這いつくばっている仇を見下ろすと、凄くやるせない想いに駆られる。

 

 

 

 

 

 

 

こんなやつに……こんなやつに聖は……

 

 

 

こんなやつに俺が負けるわけねえのに。

こんなやつに俺が殺されるわけねえのに。

 

 

 

なんでお前は……

 

 

 

 

 

 

 

「うる……さい、まだ……まだ……」

 

 

 

 

 

 

 

既にボロボロの仮面ライダービルド。

もう何か出来る程の力は残されてねえだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

……だが。容赦はしねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほーう。まだやる気はあんのか……じゃあまだ大丈夫だよな?」

 

 

 

 

 

 

 

その全てを刈り取ってやる。

 

 

 

聖をあんなボロボロにしやがった、お前を。

命を刈り取ろうとした、お前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スクラップフィニッシュ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ……これで終いだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あー。やっぱりスクラップだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

この超危機的状況の中、こんな事を考えてしまうわたしの脳はやっぱり落ち着いているようだ。

 

 

 

でも、打開策は何も見えない。

身体も言う事を聞いてくれない。

きっと回避も出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

やっば……詰んだかも……

 

 

 

 

 

 

 

スクラップとクラッシュを併せた造語……スクラッシュドライバーの中央部分に、恐らく変身に使ったであろうパック状のモノを改めて鎮座させたあの黄金の戦士は。

 

 

 

多分わたしのボルテックフィニッシュと同じ事をするために、そのレンチ型のレバーを真下に叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

多分さっきのディスチャージなんたらとは違う。

わたしを刈り取ろうとする攻撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……ほんっとにどうしよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリスの肩当のような防具が後方に位置を変え、ゼリー状のようなものを噴出し、凄まじい勢いでわたしに向かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

何とか身体を動かして片膝立ちでいるわたしに、これ以上動く余力は無い。

 

 

 

 

 

 

 

くそ、やば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ……はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

その勢いのまま蹴りを喰らわされたわたしは、遥か後方まで吹き飛ばされ変身を強制解除させられてしまった。

 

 

 

当たる寸前に少しだけ構えたのが功を奏したのかどうかはわからないけど、なんとか生きている。

 

 

 

 

 

 

 

正直。マスターの顔ばっかり浮かんできてもう死ぬかと思った。

まだ死にたくないよ、会いたいよマスター、って。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ。しぶといじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと近付いてくる黄金の戦士を見て、わたしは予感した。

これ多分、殺されるのかな、って。

 

 

 

 

 

 

 

わたしには護るべきモノがある。

大切で、大事で、愛するモノが。

 

 

 

 

 

 

 

……こんな所で死ぬわけにはいかないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はお前を許すことは絶対に出来ない」

 

 

 

 

 

 

 

グリスが発するその言葉は、憤怒よりも殺意に感じるモノ。

わたしの命を奪おうとする、そういったモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつも……やられた時に同じ事を考えていただろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

美空や万丈、紗羽嬢。

黄羽ちゃんに佳奈ちゃん。

それに、今まで会ってきたみんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……マスター。

あなたの顔が一番浮かぶよ。

 

 

 

今何してるのかなあ……

わたし、死んじゃいそうなんだけどなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐怖……戦慄……絶望。きっとそういった感情に襲われていたはずだ、あの泣き虫は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ……死にたくないなあ……

マスター、会いたい……

 

 

 

 

 

 

 

この状況の中、脳を過るのは。

東都を護らなければいけない事、わたしが死んだら大変になる事。

 

 

 

もちろんそういった事も考えるけど。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが一番思ってしまうのはやっぱり美空や万丈の事。

 

 

 

 

 

 

 

それに……やっぱりマスター。

 

 

 

 

 

 

 

ただ会いたくて、ただ話したくて。

まだ……死にたくない……

 

 

 

 

 

 

 

平和や何やらもあるけど。

ただあの人たちに会えなくなってしまう事が一番の恐怖と悲しみだと思ってしまうわたしは。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら正義のヒーロー失格なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃが。お前を生かしておくわけにはいかない」

 

 

 

 

 

 

 

グリスが、生身のわたしの顔面にツインブレイカーとかいう篭手を向ける。

先程の、エネルギー状の弾丸を撃ったモノ。

 

 

 

 

 

 

 

恐らく、生身で受けたら即死だろう。

首から上は木っ端微塵になり、痛みすら感じないと思う。

 

 

 

……こいつなりの、優しさなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつの仇、取らせてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳に、マスターや美空、万丈や紗羽嬢の笑顔が溢れる。

それに佳奈ちゃんやたーさん。ナリさんも。

 

 

 

 

 

 

 

それに……黄羽ちゃんも。

 

 

 

 

 

 

 

やだなあ。死にたくないなあ。

まだもっともっと生きて、笑っていたかったなあ。

 

 

 

涙が途方もなく溢れる。

 

死を受け入れられる程わたしは強くないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも、正義のヒーローとしてあるまじき事を考えてるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは……やっぱりただの無力な女だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ますたぁ……会いたい……」

 

 

 

 

 

 

 

恐らく最期の言葉であろうモノは、やっぱりマスターの事。

 

あの人が今何をしているのかが気になる。

会いたくて会いたくて仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

わたし……もう終わっちゃうのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……死ね、桐生 戦兎。あのバカには悪いがさよならだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカ……万丈か……

 

 

 

わたしが死んだら、あんたが支えるんだよ。

東都を……マスターを、美空を、みんなを護ってね。

 

 

 

 

 

 

 

最期に……万丈にも会いたかったな……

 

 

 

ごめんね。連れ戻せなくて。

ごめんね。頼りないお姉ちゃんで。

 

 

 

 

 

 

 

もう……限界だあ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい。何やってんだてめぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死を覚悟したわたしの耳に。

よく聞き慣れた声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、お前かエビフライ頭」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声は凄く懐かしい感じがして。

わたしがずっと取り戻そうとしていたモノの気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そいつに触れんじゃねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙で視界がぼやけても、その姿はハッキリとわかって。

きっと、正義のヒーローならこうやって登場するんだろうな、とかも考えたりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そいつに近付くんじゃねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなかっこよく登場したあいつは。

まるで本物の正義のヒーローのように思えるあのバカは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想いを炎に変えたような。

そんな熱き心の蒼い龍の姿をして、仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎に……俺の姉貴に何してくれてんだ、コラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 








赤羽「おぉい!?俺ら空気じゃねぇか!?」

青羽「しょうがねぇだろう」

青羽「変に出張ったらカシラが機嫌悪くなるだろうが」

赤羽「おぉい……確かにそうだな、うん」

青羽「ほら。静かにしねえとキレるぞ、カシラ」

赤羽「お、おぉう。見守っとくか」



青羽「……それにしても。容赦ねぇなぁ」

赤羽「やっぱりつえぇなぁ!カシラはよ!」



赤羽「……頑張れー!カシラぁー!!!」

青羽「そこですぜい!カシラ!!そうそう!!」




一海「……恥ずかしいんですけど」

戦兎「気にすんな。がんば」



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phase,45 勘違いって止められない





月乃「……なんですか?」

戦兎「いや、あんた誰?」

月乃「……名乗る程の者じゃないです」

戦兎「ふーん。わたしは戦兎。桐生 戦兎」

月乃「そう……戦、兎」

月乃「あなたは戦兎って言うのね」

戦兎「ん。そう……あんたの名前も教えてよ」

月乃「……知る必要、無いから」

戦兎「え?ちょっと!おーい――」






戦兎「――ん……うん……?」

戦兎「……ヘンな夢だったなあ」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつの仇を取ろうとしたその時、まるで見計らったかのように声がした。

 

 

 

最近……いや、結構前から聞き慣れている声。

東都から北都に来た、よくわからねえ男。

 

エビフライ頭。バカ丸出しの男。

 

 

 

 

 

 

 

……なんだか悲しみを背負ってるようにも見える、男。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……野兎の総隊長様がお前の家族だったなんて聞いてなかったぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

ツインブレイカーを桐生に突きつけながら、色々と考える。

 

 

 

まさかこいつとあのバカが家族だったとはな……

 

 

 

 

 

 

 

……いや、そういうわけでもねえのか。

 

 

 

 

 

 

 

「てめーには関係ねーだろーが……いいから戦兎から離れろ」

 

 

 

 

 

 

 

あのバカは見るからにブチ切れてやがる。

身体中から殺気みたいなモンを感じ取れるし。

 

そんなに大切な存在なのか。こいつが。

 

 

 

 

 

 

 

だが苗字も違ぇし、似てる感じもねえ。

 

俺らと同じ……義姉弟、みたいな事なんだろう。

こいつにとっての家族、みたいな感じか。

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもこのエビフライ頭……

まさかそんな……いや、しかし……

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃな。お前の大切なモンだろうがこいつを許すわけにはいかねえ……俺の大切なモンを傷付けたこいつを」

 

 

 

 

 

 

 

いくらこのバカの大切な存在だろうが、俺の大切なモノを侵したこいつを許すことは絶対に出来ない。

 

 

 

……お前の大切な存在だとしてもな。

 

 

 

 

 

 

「はぁ。やっぱりな……ちげーんだよ猿渡。そいつは、戦兎は本当に何もやっちゃいねー」

 

 

 

 

 

 

 

わかる!わかるぞエビフライ頭!!

心から大切なモンを傷つけられたくない気持ちはわかる!

 

 

 

でもな、いくらお前が大切なこいつを護りたいからと言って、そんなでまかせを信じるわけがねえだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃなエビフライ。いくらお前の想い人だろうが……そんな話は信じらんねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

あのバカが桐生を見つめていたあの目。

あんなに真剣な出で立ちで現れたあのバカ。

 

 

 

 

 

 

 

……間違いねえ。きっとそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

このバカは……桐生の事を……

 

 

 

 

 

 

 

「想い人?……いや、だからちげーんだって。話聞けや」

 

 

 

 

 

 

 

きっと家族のような関係から始まって……

いつしか気付かぬ内に、桐生の事を……

 

 

 

 

 

 

 

1人の女として意識しちまったんだろうな、このバカは。

 

 

 

 

 

 

 

こいつの口から聞く話は大体が香澄ってやつ。

その他には美空とかいうやつの事と桐生、そしてマスターってやつの事だった。

 

 

 

香澄ってやつが彼女だって聞いていたが……

一緒に過ごす内に桐生の事が好きになっちまったのか。

 

 

 

思えばこのバカ、途中からずっと桐生と香澄ってやつの話ばっかだったしな。

確か、香澄ってやつは死んじまったって言ってたしよ。

 

 

 

 

 

 

 

その2人の中で揺れ動いてたんだな……お前はよ……

 

 

 

 

 

 

 

「あのな、猿渡――」

 

 

 

「言うな!もうそれ以上言うな!!……お前の気持ちは、わかる。全部わかってんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「でもよ、エビフライ……俺も退けねえんだよ。本当に、申し訳ねえ」

 

 

 

 

 

 

 

こいつとは腐れ縁みてえになっちまった。

このバカの事を俺は嫌いじゃねえ。

 

だからこそお前の想うやつを殺すのは……心が痛むけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

……俺にも大切なモンがあるんだ、万丈。

 

 

 

 

 

 

 

「わかってんなら……なんで――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺にも……お前とは感情が違うけどよ。大切なモンがあるからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

すまねえな、万丈。

恨むなら俺だけを恨んでくれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わ!?バカ!!お前何もわかってねえじゃねえか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生に向けたツインブレイカーの顎から死の咆哮を放とうとしたその瞬間、あのバカが尋常じゃない速さで俺の左腕を捕まえ、その死を喚ぶ弾は何も無い宙へと放たれていった。

 

 

 

……桐生を、仕留め損ねてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「放せ!!お前の気持ちはわかるが俺はこいつを――」

 

 

 

「本当にこいつはやってねえんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったのは姿形を変えるスマッシュだそうだ!!それにな、早くあいつの元に戻らねえと、今度こそ本当に殺されちまうかもしんねーんだぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を羽交い締めにするこいつの言葉が、俺の心に渦を巻かせる。

そして、ある1人を思い出す事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がよく知っている、知らないはずのないあの存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……ふざけた事言ってんなよ……」

 

 

 

 

 

 

 

姿形を変えるスマッシュ。

それは北都が有する、機密事項にして秘密の暗殺屋。

 

 

 

北風にも属さず、首相の命にのみに従う者。

北都でも……トップシークレットの存在。

 

 

 

 

 

 

 

「あるやつから聞いてな……急げ!!そいつが言うにはまだ命を狙ってるかもしれねーって話だ!!早く行ってやれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

そいつは、俺がよく知ってる男。

よく知ってるけど、ずっと離れて暮らしていた男。

 

 

 

……ファームの連中ですら知ってるのは極わずかな、あの男。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、嘘だろ……あいつがそんな事……第一、あいつは……」

 

 

 

 

 

 

 

あいつがそんな事するわけ……

そもそもなんであいつを……?

 

 

 

 

 

 

 

なんで一樹が……そんな事を……

 

 

 

 

 

 

 

「うだうだしてる暇ねーぞ!!お前が行ってやらねーでどーすんだ!!殺されるかもしんねーんだぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、もし一樹がやったんだとしたら確かに……

一樹がビルドに擬態して、あいつを襲ったんなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……多治見のくそ婆か!!!

 

 

 

 

 

 

 

あの婆……戦争を悪化させるためにやりやがったのか。

だから桐生がやったと見せかけるように一樹を……

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとよ、目ぇ覚めたわ……ちょっと行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

もしそうだとしたらあいつが……聖が危ねぇ!!

一樹はもうあの婆の……くそっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

早く行かねえと……本当に聖が殺されちまう!!

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。早く行ってやれよ」

 

 

 

 

 

 

 

まさかこのバカに助けられるとはな。

……桐生にも悪い事をしちまった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に悪かった。そこでぶっ倒れてるやつにも伝えといてくれ。それと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は応援してんぞ!いくら敵同士……家族だからって言ってもな」

 

 

 

 

 

 

 

血は繋がってねえし。

昔の女が心残りで……って言ってもよ。

 

 

 

前に進むのは、きっと香澄さんも喜んでくれるっつうもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?何言ってんだおま――」

 

 

 

「言うな言うな!わかってるからよ。想いは……止められねえよな」

 

 

 

 

 

 

 

俺がみーたんを想うように……

それは理性じゃ止められねえようなもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……頑張れよ、万丈!!

 

 

 

 

 

 

 

「いやお前さっきから何言って――」

 

 

 

「安心しろ、俺はお前の味方だ……ほら行くぞてめえら!!あの泣き虫んとこに最速で戻るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

……バカのこれからの行く末も気になるが、今はあいつだ。

 

 

 

 

 

 

 

早く戻ってやらねえと。

早く俺が傍についててやらねえと!!

 

 

 

 

 

 

 

「お、おぉい!?カシラぁ!?どうしたんです!?」

 

 

 

 

 

 

 

もうこんな思いは二度とゴメンだ。

護れなくって後悔するなんざ絶対にお断りだ。

 

 

 

 

 

 

 

「カシラぁ、一体何がどうなってるんですかい!?」

 

 

 

 

 

 

 

今すぐ俺がお前の元に行ってやるからな。

俺がずっと傍で護ってやるからな。

 

 

 

怖かったよな。助けて欲しかったよな。

 

 

 

 

 

 

 

待ってろよ、聖。

今すぐ俺がお前の傍に行って、護るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせえ!!御託は後だ!!早く戻んぞ!!!」

 

 

 

「はぁ?ちょ、ちょっと待ってくださいよう!!カシラ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あいつは何を言ってたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

なんだかわけわかんねー事をずっと言ってた猿渡は、信じらんねー速さで戻っていった。

あいつは……何が言いたかったんだろーか。

 

 

 

 

 

 

 

「ばん……じょー……あり、がと」

 

 

 

 

 

 

 

もう傷だらけでボッロボロのうちの姉貴は泣いてんのか笑ってんのかわからない顔だ。

 

 

 

……でも。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

本当に……本当に間に合ってよかった……!!

 

 

 

 

 

 

 

「どんだけやられてんだよ……ほら、送ってやっから」

 

 

 

 

 

 

 

きっと身体中あちこち痛いであろう戦兎に、しゃがんで背を向ける。

多分、歩くのもままならないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!?おんぶとか、恥ずかしーから……やだ」

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロな顔で頬を膨らませる事が出来る程にはこいつは元気そうだ。

万が一を想像してたから、本当に一安心だよ。

 

 

 

 

 

 

 

……でもお前、歩けねーだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!?なに、やってんの!?」

 

 

 

 

 

 

 

身体中ボロボロのやたらとうるせー姉貴を無理やりおんぶさせるのなんて朝メシ前だ。

めちゃくちゃ鍛えてっしな。軽い軽い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……戦兎は……こんなにも軽かったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おろせー!おろせー!!」

 

 

 

 

 

 

 

おいおい。実はめちゃくちゃ元気なんじゃねーのかこいつ。

さっきからボコスカ殴られたり蹴られたりして地味に痛いんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

……ははは。本当に、よかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「怪我人は怪我人らしく大人しくしとけって!……ほれ、どこに連れてきゃいーのか案内しろよ」

 

 

 

 

 

 

 

諦めがついたのか、ようやく少し大人しくなったじゃじゃ馬なお姫さん。

本当にこいつ嫁の貰い手あんのかね?

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。したら首相官邸に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ところでさ、猿渡に何言ったの?なんか猛ダッシュで消えてったけど」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎のよくわかんねー道案内で目的地に向かうさなか、先程の一件を聞いてくるこいつの言葉であのくそ野郎の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

……あのくそ野郎に救われた、って言ってもおかしくはねーけど。

 

 

 

 

 

 

 

「や、実はよ……あの黄羽ってやつをやったのは戦兎じゃねー、ってあるやつから聞いたんだよ」

 

 

 

「もちろん俺はお前がやったなんて信じてなかったけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

昨日の夜中遅く、黄羽ってやつが北風の拠点にボロボロな有様で捨てられていたのを兵士の1人が発見した。

 

意識は無くて、発見が遅れれば死んでいたかもしれないような状態だったらしい。

 

 

 

それでそいつは拠点の医療室で救急治療をされて……

まあなんとか命に別状はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして朝早くに、多治見から緊急の通達があった。

 

 

 

調べた所、やったのは東都の野兎 総隊長、桐生 戦兎。

しかも黄羽はどうやら無抵抗で戦いを拒否していたらしい、ってな。

 

 

 

 

 

 

 

俺はどうしてそんな事がわかるんだ?って思ったけどよ、周りの兵士たちは怒り狂っちまって。

 

特に猿渡や赤羽、青羽ってやつなんかは身体中から殺意が迸ってた。

 

 

 

 

 

 

 

それで猿渡のやつらはすぐさまどっか行っちまってな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで俺はなんかおかしいよなー?って外で1人で考えてたらさ、あいつが現れたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

あの、絶対的な俺らの敵。

そして俺に、力を与えたあの狂気。

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ……?誰?」

 

 

 

 

 

 

 

決して交わる事の無いモノ。

絶対にこれから先俺らの前に立ちはだかるモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの蛇野郎だよ……スターク。ブラッドスタークだ」

 

 

 

 

 

 

 

おんぶしてる後ろの戦兎の顔は見えないけど、多分驚いてるだろーな。

 

あの鮮血の蛇が、まるで助け舟を出したかのように。

 

 

 

 

 

 

 

俺に、ある事を話したんだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何の用だよ……スターク……!!」

 

 

 

 

 

 

 

拠点から少し離れた場所で、考え事をしながら景色を意味も無く見ていると。

 

 

 

あのよく覚えている姿が目に入った。

まるで、旧友に会いに来たかのような雰囲気で。

 

 

 

 

 

 

 

『よォ万丈?元気にしてたか?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

俺に力を与えたやつ。

俺に護れる力を寄越したやつ。

 

 

 

でも……こいつはどうしようもなく、敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ。今ここでぶっ倒してほしいのか、おい」

 

 

 

 

 

 

 

視線を外さぬまま臨戦態勢に入る。

こいつは強い。猿渡と比べたら……あのじゃがいも野郎の方が上かもしれないけど。

 

 

 

でも俺もかなり強くなった。

それこそ、戦兎よりも強くなった自信すらある。

 

 

 

 

 

 

 

今の俺なら、こいつにだって……

 

 

 

 

 

 

 

『悪ィけどよォ。今日はそんなんじゃねェんだ……戦兎が、殺されるぞ』

 

 

 

 

 

 

 

スタークの言葉が俺の頭の中で反響していく。

わかっていたのかもしれない。でも現実から目を背けていたのかもしれない事。

 

 

 

さっき猿渡が走り出してった、その本当の理由。

 

 

 

 

 

 

 

『おめェも鈍いんだかなんだかなァ……早く行かねェとお前の大切なモンが惨殺されるぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭の中に、あの日の光景が鮮明に映し出される。

あの日、強くなると決意した、あの夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【選べ万丈ォ!!力を持たずにお前の大切なモノが惨殺される様をただ指を咥え見ることしか出来ないままで死ぬのか!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は……護るために力を得たのに……!

 

 

 

 

 

 

 

戦兎を……姉貴を殺されるわけにはいかない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スターク!!てめーに構ってる暇はねぇ!!次会った時には――」

 

 

 

『まァ待て。お前に1つプレゼントをやろう』

 

 

 

 

 

 

 

プレゼント……?

何わけわかんねー事言ってんだこの蛇野郎は。

 

 

 

 

 

 

 

大体俺はそれどころじゃねーん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『黄羽とかいうお嬢さんをやったのは戦兎じゃねェ……北都の有するスマッシュだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『北都の兵器、姿形を変えるスマッシュが……戦兎に化けてやったんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を……俺はよく知っている。

北都が有する、姿形を変えるスマッシュ。

 

 

 

俺が縛られる全ての源の、恐ろしき存在。

 

 

 

 

 

 

 

俺の心に嘘を吐かせる、最大のモノ。

決して俺が戦兎たちと相容れない、最悪の原因。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……アレが……?」

 

 

 

 

 

 

 

あれは北都の……多治見の最悪にして最大の秘密兵器のはずだ。

それがなんで自分たちの兵を……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にバカだなァお前は?……そんなモン戦争を更に激化させるために決まってんだろうよ』

 

 

 

 

 

 

 

茶化す口調でバカ呼ばわりしてくるこの腐れ蛇に本当にムカつきながらも、納得してしまう俺がいた。

 

 

 

 

 

 

 

確かに……俺はバカかもしれない。

考えりゃ単純な事だ。

 

 

 

 

 

 

 

向こうの軍の総隊長が自分とこの兵を、しかも無抵抗で更に戦いを拒否したやつを一方的に捩じ伏せたのならば。

 

 

 

これは戦争の良い火種となる。

 

 

 

 

 

 

 

つまり……その無抵抗だなんだとかいうのも全て、多治見のくそ婆が勝手に宣ってるだけ、って事か。

 

 

 

 

 

 

 

『それを一目散に飛び出してるアホに伝えとけ……そうしたら収まんだろうよ』

 

 

 

 

 

 

 

確かに。確かにそうすりゃ誤解も解ける。

でも、俺の言葉をあいつは……

 

 

 

 

 

 

 

「俺がそう言っても……信じねーかもしんねーだろ」

 

 

 

 

 

 

 

俺とあいつは仲が良いわけじゃない。

むしろ悪い方だと思う。

 

 

 

それに猿渡は俺が東都のやつだって知ってるし……

しかもあいつには戦兎の事も話してたしな。

 

 

 

 

 

 

 

『あ"ァー!お前はァ!!少しは考えろ!!……色々あんだろ、お嬢さんの命が狙われてっから早く戻れだの、殺しに来てんのがわかったぞ、とかよ』

 

 

 

 

 

 

 

『どんだけ俺に頼るつもりなんだお前は!本物の馬鹿かァ!?』

 

 

 

 

 

 

 

久々にここまでバカバカ言われて、腹が立つというよりもなんだか懐かしく思えてしまう。

 

 

 

nascitaに居た頃。

戦兎や美空、マスターと過ごしたあの日々。

 

 

 

 

 

 

 

そういやマスターにもしょっちゅうバカって言われたりしたっけ。

 

 

 

……その分たくさん褒めてもらったりもしたな。

 

 

 

 

 

 

 

「うっせー!!……確かに上手くいきそうだけどな、礼なんて絶対に言わねえぞ、ド腐れ蛇」

 

 

 

 

 

 

 

なんだかアドバイスをもらったみたいでムカつくが……しょうがねー。その案は確かに一番良い。

 

 

 

なんだかマスターみたいなとこあんだよな、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハァ!要らねーよそんなモン!……早く行け。間に合わなくなっても知らねェぞ』

 

 

 

 

 

 

 

しかしなんでこいつはこんな事を……?

まるで俺らの事を助けるような……

 

 

 

 

 

 

 

……でも今はそんな事考えてる暇はねー。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の所に……急いで助けに行かねーと!!!

 

 

 

 

 

 

 

「覚えとけよ蛇野郎!!次会った時は絶対にぶっ飛ばすからな!」

 

 

 

 

 

 

 

『簡単にやられてくれんなよォ?おい――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――って感じだ。癪に障るけどよ、スタークのおかげで間に合ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の話がわかり辛いというか……あまりにもバカ丸出し過ぎて意味不明な部分もあったけど、大まかな事はわかった。

 

 

 

まず第一に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん……生きてたんだあ……よかった……」

 

 

 

「なんだ戦兎?知り合いだったのか?」

 

 

 

 

 

 

 

北風の兵士が襲われたと聞いてからずっとずっと心配だった。

死んじゃったのだろうか。どういう状態だったのだろうか、って。

 

 

 

でも話を聞く限りとりあえずは大丈夫みたいだし……

 

 

 

 

 

 

 

本当によかった。

あの子が生きててくれて本当によかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、うん……たまたま仲良くなってさ」

 

 

 

 

 

 

 

きっと怖い想いをしたのだろう。

凄い痛い思いをしたのだろう。

 

 

 

でももう大丈夫。

あの強い男が護りに行ってくれたしね。

 

 

 

 

 

 

 

……それと、同じ痛い思いでお揃いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なに!?笑ってんのお前!?どうした、頭やられたのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

このふざけた愚弟に頭の心配をされた事が不満で仕方無いけど、そう思われてしまうくらいに笑いが出てしまっていたのだろうか。

 

 

 

ついさっき殺されるかもしれなかったのに。

身体中痛くて痛くて泣きそーなのに。

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんが生きてるっていう安心と、黄羽ちゃんとわたしが同じように痛みを共有してるんだな、と思ったら笑いがこみ上げてしまう。

 

 

 

おかしな事なのかもしれないけど。

きっとこれは幸せな事なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙って進め脳筋バカ!……それにしても、スタークはよくわかんないなー……」

 

 

 

 

 

 

 

あの鮮血の蛇、スターク。

 

 

 

なぜわたしを助けるような事をしたのか。

なぜこんなにも手助けをしてくるのか。

 

 

 

今思うとあの仇敵は、今までに何度も助けの手を差し伸べてきたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

まるでわたしたちの親のような……

試練を与え、自分じゃ乗り越えられないような壁にぶち当たってしまうと、助力してくれるような。

 

 

 

 

 

 

 

こんな事を考えてしまうわたしは、かなり疲れているのかもしれない。

事実、ボッロボロだし。死にそうなくらい痛いし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まーなー……でもスタークの事だ。なんかまた狂った事考えてやったんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の言葉で、わたしの脳があの蛇の事を再認識する。

あの、狂気の塊のような存在を。

 

 

 

 

 

 

 

あの蛇は自分の事をゲームメーカーと言っていた。

今起きている事が全て、自分の遊びのような。

 

 

 

人が死ぬゲームなんて絶対に許されない。

大切なモノを簡単に滅ぼしていくゲームなんて、絶対に許されていいわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、あの狂った蛇は何か思惑があったんだ。

きっと自分が思い描くシナリオを狂わされたからなのか……

 

 

 

 

わからないけど、きっとそれはわたしたちにとって最大の害を成すモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えながら、万丈の逞しくなった背中で揺られ、首相官邸へと向かう。

 

 

 

このまま万丈は戻ってきてくれるのかな、なんて事も考えたりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークとマスターが、まるで同じように感じてしまうのをわたしは必死に止めていた。

絶対に無い、絶対にそれだけはないと。

 

 

 

あの狂気の塊が、慈愛の塊のようなマスターが同じなわけが無い。

 

そもそもマスターがスタークと同一なんて……天地がひっくり返ってもあるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

マスターは……今は多分、バイトが凄く忙しいんだ。

わたしたちにケーキや何やらを買ってくれるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに……マスターを泣かせてしまったあの日、わたしは誓ったんだ。

 

 

 

絶対にマスターを信じると。

絶対にマスターの事を信じ抜くと。

 

 

 

もうあの人に涙を流させる事など、絶対にしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスター……今何やってるのかな。

あなたは今、何を見ているのかな。

 

 

 

わたしは今、頑張ってるよ。

 

自信を無くしそうだけど、なんとか踏ん張ってる。

あなたから貰った力と意思で、頑張って戦ってるよ。

 

東都軍の総隊長とかにされちゃってさ。

マスターびっくりするよね。驚いちゃうよね。

 

 

 

喜んでくれるのかな。

褒めてくれるのかな。

 

それとも……道を見失うなよ、って優しく叱ってくれるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの声が聞きたい……

あなたの身体に触れたい……

あなたの、暖かさに包まれたいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたいよ……ますたぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうした?泣いてんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきからうっせーな!埃が目に入ったの!!……早く行けバカ!まるでバカ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








香澄『え!?まさか龍我がっ!?』

香澄『い、いやー……そんなまさかあ……』

香澄『だって戦兎ちゃんだって……ねえ?』

香澄『そーよそーよ!!そんな事あるはずわけ!』

香澄『あはは……はは』

香澄『いや……でもよく考えたら龍我ったら前に』

香澄『戦兎ちゃんのお山でにやけてた事あったし』
(香澄『phase,7を参照下さい♪』)



香澄『……あわわわわわわ』

香澄『い、いやいや私はおおお応援すすするわ』

香澄『あ、あはあはあはあは……』






香澄『……嘘でしょ……』



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phase,46 感謝を忘れちゃ、めっ!





赤羽「一体なんだったんすかぁ!?カシラぁ!?」

青羽「そうですぜい、いきなり」

一海「お前らには……わかんねえだろうな」

一海「男には……色々あるんだよ」

青羽「はぁ……?」



青羽「というか見逃してよかったんですかい?」

赤羽「おぉう!!そうだぜぇカシラぁ!?」

一海「色々あんだよ!ほら!さっさと行くぞ!!」




赤羽・青羽 ((何があったんだろう……?))




 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと……もっと早く……

早くしねぇとあいつが……

 

 

 

 

 

 

 

あのバカから聞いた話が本当なら、かなりまずい事になってるはずだ。

 

あいつを……

聖をやったのが本当に一樹だったなら……

 

 

 

 

 

 

 

一樹はあのくそ婆の言いなりになってる。

もし……もし多治見が殺せなんて命令を本当にしてたら……

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだ……頼むから間に合ってくれ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

全速力で駆ける足が悲鳴をあげる。

心肺機能が絶叫する。

 

 

 

でも、止まってる暇なんかねえ。

 

 

 

 

 

 

 

早くあいつの元へ……護ってやらねえと!!

 

 

 

 

 

 

 

「おぉいカシラぁ!?本当になんなんすかぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

話の内容を聞いてないこいつらが困惑するのも当然だ。

こいつらは一樹の事も知らねえし……

 

 

 

でも、話してる暇はねえんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そうですぜいカシラ、ちゃんと説明して―――」

 

 

 

「時間がねえんだよ!!後で説明してやるから早く行くぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

もし、もし間に合わないなんて事になったら……

 

 

 

 

 

 

 

何が無念を晴らすだ。

何が仇を取ってやるだ。

何が想いを引き継ぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺は……一体何をやってんだ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだから、間に合ってくれ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい!?大丈……夫……?」

 

 

 

 

 

 

 

兵士の奴らが話しかけてくるのをガン無視して、聖が休んでいる病室へと辿り着くと。

 

 

 

 

 

 

 

異様な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー!!やっと帰ってきたのカシラあ!!どこ行ってたの全く!」

 

 

 

 

 

 

 

俺が心の底から心配してた泣き虫娘は、ベッドを起こしてリンゴをむしゃむしゃ食べながら俺を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

……あれ。意識戻ってるし。

 

 

 

というかなんならすげえ元気そうだし。

めちゃくちゃリンゴ食ってるし。

 

 

 

 

 

 

 

というか……こいつは誰だ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっと帰ってきたか?ん?お前がお嬢さんの言ってる頭、ってやつだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

泣き虫がリンゴ食ってる横で座ってる……仮面ライダー?

見た感じスマッシュには見えないが……一樹でもなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、この蛇みたいなバケモノは。

 

 

 

 

 

 

 

「カ、カシラ、速過ぎますって……っておぉい!?黄羽ぁ!?お前意識戻って……って、え?」

 

 

 

「……あんた、一体誰だい?」

 

 

 

 

 

 

 

後から遅れてきた赤羽と青羽もこの異様さに気付いたみたいだ。

 

 

 

本当に心配してた聖が目ぇ覚ましてて。

 

 

 

それは物凄く嬉しいけども。

 

 

 

 

 

 

 

隣でリンゴ剥いてる変な蛇が居るんだもんな。

 

 

 

 

 

 

 

『ったくよォ。遅せェ!!お前らがいつまでも帰って来ねェから延々とお嬢さんにリンゴ剥いてやってたんだぞ、おい』

 

 

 

 

 

 

 

えっ、なんだろ……怒られてんのかな。

いや、そもそもお前誰だ。初めましてだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「もお!カシラたちが居ないからずっとスタークさんが付いててくれたんだよ!?殺されそーだったんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり……狙われてたのか。

 

 

 

一樹に、なんだな。やっぱり。

 

 

 

 

 

 

 

そうするとこいつが護ってくれてたのか……?

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あんた……スターク、とか言ったか?よくわかんねえナリしてっけど……助かった、ありがとよ」

 

 

 

 

 

 

 

どんな見た目してようがこいつを護ってくれたのには違いねえ。

この変な蛇……スタークが居なきゃ聖は殺されてた。

 

 

 

 

 

 

 

いやでも何者だこいつ。仮面ライダーの力を……?

 

 

 

 

 

 

 

見た感じ俺やバカたちとは違う感じだし、どこか禍々しいというか……

 

 

 

 

 

 

 

つうかなんで変身したまんまなんだこいつ。

そしてなぜ普通に北風の拠点に居るんだこいつ。

 

 

 

もしかして北都の兵士かなにかか……?

 

 

 

 

 

 

 

『ハッハッハァ!気にすんなよ。礼なんざむず痒くてしょうがねェ……じゃ、俺は帰るからよ』

 

 

 

「えー!!スタークさんもう帰っちゃうのお!?まだお喋りしよーよお!!カシラたちも帰ってきたし!」

 

 

 

 

 

 

 

うわっ。めちゃくちゃ懐いてるんですけど。

うちの妹、このわけわからん蛇とめちゃくちゃ仲良しなんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

え……何これ……

 

 

 

 

 

 

 

『もういいだろ……仲間が帰ってきたら俺は帰るっつっただろ?忙しいんだ、俺も……』

 

 

 

 

 

 

 

なんか凄いタジタジなんですけどこの蛇。

俺はどうすればいいんですかね……?

 

 

 

 

 

 

 

「やだ……ふぇ……まだ帰っちゃやだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

えっ。泣きそうなんだけどこの子。

なんなの。俺らが大変な思いしてる間にこの2人に何があったの。

 

 

 

 

 

 

 

えーと……どうしようこの状況。

とりあえずスターク……さんにお茶でも出せばいいのかこれは。

 

 

 

 

 

 

 

「カシラ……こいつは一体……?」

 

 

 

 

 

 

 

うん。俺が聞きたいよ。

とりあえず一番冷静なお前が考えろ。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい!?黄羽の事護ってくれたのかぁ!!見た目の割に良いやつだな、おめぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

おいバカ。ばしばしスタークさんを叩くな。

困惑してんだろ。ちょっと嫌がってんぞ。

 

 

 

つーかお前適応すんの早くない?

俺らまだ状況がよくわかってないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

うーん。とりあえず……

 

 

 

 

 

 

 

「あの……こいつを助けてもらいましたし、お茶でもいかがですか?」

 

 

 

 

 

 

 

これしか浮かびあがらねーもん。

聖も懐いてるし……なんかヤバそうな雰囲気出してるけど、悪いやつじゃないんだろうしさ。

 

 

 

その姿で……お茶飲めるのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――嘘だろ……いや、あのな。俺、忙しい。まだ、やる事、山のようにある。わかるか?』

 

 

 

「んんん?お仕事?」

 

 

 

「おぉいスタークさんよ!!仕事なのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

なんかよくわかんねぇリーゼントまで懐いてきたんだけど。

なんなんだこいつら。俺はお前らの敵なんですよ?

 

 

 

お嬢さんはやたら懐いたし……

なんなんだ。おじさん怖いんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……仕事ならしょうがねえよ、お前ら。無理に引き止めちゃならねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

この姿の俺に初めてお茶を勧めてきたやつが、やっとまともな事を言ってくれた。

 

 

 

本当にこえーよ。お前らに疑う心は無いのか。

 

 

 

 

 

 

 

どう見ても怪しいだろこの姿……

 

 

 

 

 

 

 

『……じゃあな、しっかりとついててやれよ』

 

 

 

 

 

 

 

もうなんか変な感じだからさっさと帰りたい。

リンゴ剥いてんのも疲れたしさ。嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

……久々に楽しかったけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!スタークさん!!また会えるよね!?」

 

 

 

 

 

 

 

俺に延々とリンゴを剥かさせたお嬢さんが、キラキラさせた目で俺に問いかけてくるのを見ると、こいつには勝てない気がしてくる。

 

 

 

……どっかの娘にそっくりだな、なんか。

 

 

 

 

 

 

 

『あァ?……あー。またいつか、な。Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

そう。またいつか。

きっと遠くない、いつの日か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時は最凶の敵として、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーホントに。うちの泣き虫が本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

……本当に何してるんだろう、俺――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そおだよ!そこでスタークさんが助けてくれたのー!」

 

 

 

 

 

 

 

聖の命の恩人……俺らにとっても恩人みてえな存在、スタークさんって人の話やらその他の話やらを改めて聞いたらやっぱり、やったのは一樹みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺に似た男。冷たい感じがした男。

 

 

 

 

 

 

 

……間違い無い、一樹だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……じゃあ、お前を襲ったってのも……」

 

 

 

「うん。意識が無くなる前に見えた男の人と同じだと思う。多分間違いないよ」

 

 

 

 

 

 

 

……桐生じゃなかったのか、やっぱり。

 

 

 

なんだかすげぇ悪ぃ事しちまったな。

いくら敵だとはいえ、エビフライ野郎の好きな女を殺そうとしたなんて……

 

 

 

もう一度しっかりと謝っとかなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい、まじかよ……じゃああのビルドの女にゃ悪ぃ事しちまいましたね、カシラ……」

 

 

 

 

 

 

 

傷を抉るなバカ。わかってんだよ。

まさか一樹がな……あのくそ婆と話をしねえと。

 

 

 

 

 

 

 

「え!?戦兎ねえに何かしたのカシラあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

また言ってる。戦兎ねえってなんだ。

さっきから話の合間にちょこちょこ言ってて気になってたけども。

 

 

 

なんだこいつ。どうなってんだ。

いつの間にかスタークさんとだけじゃ飽き足らず、まさか敵の総隊長とも仲良くなってたのか。

 

 

 

凄すぎんだろ。どういうスキル持ってんだこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……ちょっと、殺しかけちまった」

 

 

 

 

 

 

 

きっと大丈夫だとは思う……多分

女相手と思ったら、わかってんのに急所外しちまったしさ。

 

 

 

……俺も甘々だな。

 

 

 

 

 

 

 

「何すんのカシラあ!!酷いよ!!あたしの大切な人なのに!!ちゃんと謝ったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

凄い形相で殴ってくるこの泣き虫は、もう本当に大丈夫なんだろう。

 

 

 

身体は……もう平気そうだな。

 

 

 

 

 

 

 

「いてっ、いてて!大丈夫、ちゃんと謝るから!わかってるから!!」

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、すぐに会いそうだしよ。

もしそうなったら……な。

 

 

 

 

 

 

 

「いてて……ったく、それとよ。本当なのか、その話?」

 

 

 

 

 

 

 

泣き虫に殴られた所が普通に痛くて少し焦ってる中、もう1つの驚いた事。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん。間違いないと思う……東都は何もしてないって」

 

 

 

 

 

 

 

……嘘だろ、笑えねぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

聖の話によると、東都はミサイルなんぞぶち込んできてないって事だ。

それどころか戦う気も全く、ゼロらしい。

 

 

 

普通なら信じるわけねえけど、確かに東都の連中が自ら襲いかかってきたなんて事はなかった。

 

全部、自衛のためにのみだった。

つうかほとんどが避難誘導や救命作業ばっかしてたしな。

 

 

 

 

 

 

 

それに……聖をやったのも一樹だ。

一樹がやったって事なら、裏にいるのは多治見。

 

 

 

 

 

 

 

全部……多治見の策略か。

ミサイルすらももしかしてあの婆が……

 

 

 

 

 

 

 

「だからね、カシラ!戦兎ねえたちと戦っちゃだめなんだよ!東都のみんなも悪い事してないしさ?ね?」

 

 

 

 

 

 

 

……お前の言う通りだよ、聖。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……俺はちょっくらあの婆と話してくる……戻ってくるから、待ってろ」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり一度北都に戻らなければ。

あの婆が何を言おうと1回きっちりと話をしなきゃな。

 

 

 

こいつらも、北風の連中も皆連れて1回戻らねえと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だけど、聖は連れてく訳にはいかねえ。

 

 

 

また命を狙われるなんて事だってありうる。

だから、こいつが慕うお姉さんの所なら……

 

 

 

 

 

 

 

そこなら、安心だしな。

話を聞いた感じ引き受けてくれそうなやつだし……

 

 

 

 

 

 

 

「うん!カシラ、待ってるよお!」

 

 

 

「カシラぁ、黄羽には俺らが付いてますから。安心して下さいよう――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっ……」

 

 

 

 

 

 

 

涙が溢れ出る。

誰も居ないことを確認したら、想いが溢れてくる。

 

 

 

あいつが……聖が無事だった。

 

 

 

あのスタークさん、って人が居たから色々困惑したけど、あの人が居なくなって徐々に状況が理解出来始めたら、感情が昂っちまった。

 

 

 

護れなかったと思っていた大切な存在。

もしかしたらもう二度と目を覚まさないかもしれないと覚悟していた、俺の大切な家族。

 

間に合わなくて、もしかしたら殺されていたかもしれなかった俺の、大切な妹。

 

 

 

 

 

 

 

「無事だった……元気だった……」

 

 

 

 

 

 

 

あいつらにこんな所を見せるわけにはいかない。

俺はあいつらと距離を置かなきゃいけない。

 

 

 

俺みたいなモンを、あいつらに近付けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

……それでもいくら遠ざけようとしても、あいつらはくっついてくるけど。

 

 

 

いつかは離さなきゃいけない。

俺も甘えちまってなあなあになってるけど。

 

 

 

いつかは……返さなきゃいけない。

 

 

 

だから、泣いてる所なんて見せられない。

 

 

 

 

 

 

 

……だから、みんながいない所で泣く。

 

 

 

独りぼっちで、俺は泣く。

かっこ悪ぃけど……耐えるのも大変なんだよ。

 

 

 

本当はあいつらの名前を呼んで一緒に居たい。

本当はあいつらと平和に暮らしたい。

 

 

一緒に農作業して、みーたんネット見て、飯食って……

 

 

 

 

 

 

 

でも俺は、穢れてるから。

あの婆の、操り人形でしかねえから。

 

 

 

だからせめて、あいつらだけは……

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……悪ぃな、本当にごめんな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に大丈夫なのかぁ?黄羽ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

青羽がリンゴ剥きながらあたしの体調を心配してくれてるのを見ると、なんだかキモい絵面だな、とか思っちゃうあたし。

 

 

 

そんな事を思っちゃうくらい元気になったのかな。

身体中めっちゃ痛いけど。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!だいじょぶ。へーきだよ」

 

 

 

 

 

 

 

身体は……へーき。

痛いけど、多分だいじょぶ。

 

 

 

 

 

 

 

……傷物になっちゃったけど。

 

 

 

多分凄い心配するし。

それに……見せたくない。

 

 

 

特にカシラには……絶対。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい?どうした?なんか元気ねぇぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとボリュームを抑え気味の赤羽。

でもやっぱうるさい。響くから。傷に。

 

 

 

でも、こうしていつもの感じになると。

ああ、あたし生きてた。死んでなかったんだって改めて再認識できる。

 

 

 

 

 

 

 

生きてて本当に良かったな、って。

またカシラたちに会えて本当によかったな、って。

 

 

 

戦兎ねえたちにも早くまた会いたいな、って。

そう、心から想える。

 

 

 

 

 

 

 

スタークさんに感謝しないとなあ。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさあ!あたしをほったらかしにしてどこ行ってたの!?死にそーだったのにさあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

本当に酷いよカシラたちは!

あたしがこんな目にあってたのに!

 

 

 

 

 

 

 

……ふふふ。早く戻ってこないかな、カシラ。

 

 

 

パフェをうーんと創ってもらうんだあ♪

 

 

 

 

 

「いや、違ぇんだよ黄羽ぁ。これには深いわけがあってな?」

 

 

 

「んんん!知らないよっ!ほら、早くリンゴ剥いて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どういう事だよ、わかってんだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

感情の昂りもだいぶ落ち着き、頭も冷静になった。

都合よくあのくそ婆が電話に出てくれたし、聞きたいことは山ほどある。

 

 

 

 

 

 

 

「……何の事かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

通話先のこのくそ婆の口調が、まるで俺の事を小馬鹿にするような気がしてならない。

 

 

 

……俺は確かに操り人形かもしれねえけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけてんじゃねえぞ……一樹を使って聖を襲わせたのもてめえだろコラ」

 

 

 

 

 

 

 

殺意が漲ってしまう。

俺の大切なモノを葬り去ろうとしていたこのふざけた婆に、心の底から憎しみが湧き上がる。

 

 

 

……しかも一樹をいいように使いやがって。

 

 

 

 

 

 

 

「怖いですこと……しょうがないでしょう。あなた方の行動が遅いんだもの」

 

 

 

「全ては東都との戦争を早く終結させるため……兵の士気を上げるためよ」

 

 

 

 

 

 

 

北都を牛耳る女帝の声が、急に命令的なモノになった気がした。

全てはお前の責任だ。そう言われてるような。

 

 

 

 

 

 

 

大切な存在を襲われたのに俺は……こいつに牙を剥ける事が出来ない。

 

 

 

そんな自分が本当に心底大嫌いで。

憎くてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

「くそが……それにまだ1日2日だぞ?しかも東都はミサイルなんぞ撃ってねえらしいじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

こいつに俺は逆らう事は出来ない。

俺はこいつの飼い犬だ。

 

 

 

……でも、さすがにこれは違う。

 

 

 

 

 

 

 

これは、ただの侵略行為だ。

戦いを拒む者を淘汰する、外道の所業だ。

 

 

 

 

 

 

 

しかも自らの兵を犠牲にしようとしてなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東都から飛来しているのは確認が取れているの……変な情報に惑わされるなんて愚かよ」

 

 

 

 

 

 

 

……確かに、東都から飛来しているのは間違いないのかもしれない。

 

 

 

でも聖があんな風に言うようなやつが……

聖が言う桐生が、嘘をつくとは思えねえ。

 

 

 

 

 

 

 

確かに俺は一度あいつの全てを信じなかった。

でも今は……何となく信じられる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

だからあいつがあの時言っていた、裏で絵図を描いているやつ……そいつがやったんだと今は思う。

 

 

 

東都と戦争なんざしてる場合じゃねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「どちらにしろ……北風を率いて一度北都に戻る。兵の連中もざわついてやがるしな」

 

 

 

 

 

 

 

俺らが騒いでるのを聞いたのか知らねえが、他の兵士にもこの情報が出回ってるらしい。

 

 

 

それとももしかしたらあのバカが……?

 

 

 

 

 

 

 

「……いいでしょう。こうなっては私も改めて話をしなければならないしね。早急に戻りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

……意外だ。

 

 

 

予想では渋ると思っていたんだけどな。

まさかこんなにあっさりと……

 

 

 

 

 

 

 

……ろくでもねえ事をまた言ってくる気もするけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。準備が整い次第、北都に戻る……その時に話をしようじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

ふざけた事をぬかしてくるかもしれねえが……

今は好都合だ。その方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

「わかったわ……それでは、また」

 

 

 

 

 

 

 

通話を断った多治見に、改めて憎しみが湧き上がる。

俺の大切な家族を傷付けたあの婆に。

 

 

 

 

 

 

 

俺の……大切な家族を、奴隷にするあのくそ婆に。

そして、それら全てに何も出来ない、俺に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺は、本当に無力だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ!カシラおかえりい!……どしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

随分と長い事出ていっていたカシラの顔は、どこか元気が無いように見える。

 

きっと多治見首相と電話してたんだろーけど……何かあったのかな?

 

 

 

それとも改めて戦兎ねえに怪我させたの気にしてんのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「今、多治見首相と話をしてきた……北風は一度、北都に戻る」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの頭に喜びの星々が舞い踊る。

ずっと気にしてた事が、上手くいったような気がしたから。

 

 

 

カシラが……上手くやってくれたんだ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあもう東都とは戦わなくてすんだんだねっ!?もう戦兎ねえたちと戦わなくていーんだね!?」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの心はすっごく嬉しくて、飛び跳ねてるけど。

なんだかカシラは嬉しそうな感じじゃない。

 

 

 

東都と仲良くなるのが……嫌なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「……準備が出来次第、すぐに帰る」

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろう。

さっきまでは元気だったのに。

 

お腹痛いのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねーカシラあ?どしたの?元気、ないよ?」

 

 

 

「おぉい黄羽ぁ!俺もそう思うぜ!?……どうしたんすか、カシラぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

だから。赤羽あんた本当にうるさいっての。

あたし怪我してんの。傷に響くから黙れっ!

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いや……んで、泣き虫。お前は連れてけねー」

 

 

 

 

 

 

 

泣き虫って……相変わらず酷いなあ。

ちゃんと名前を呼んでほしーよ!!

 

 

 

 

 

 

 

……ん?え?というか今、カシラ……

 

 

 

 

 

 

 

「どゆこと……?あたしは連れてけない、って……?」

 

 

 

 

 

 

 

なんで……?

あたしが戦えなくて、弱っちいから……?

 

 

 

足でまといになるから……?

なんで……なんでよ、カシラあ……

 

 

 

 

 

 

 

「おい、泣くなって……お前の命を狙ってるやつは、北都のやつだ。一緒に帰ったら危ねぇ……だから、お前はここに残れ」

 

 

 

 

 

 

 

あたしの目がどんどん潤んでく。

身体も痛いけど、心はもっと痛くなってく。

 

 

 

こんな所であたしは独りぼっちなの?

誰もいないこんな所で?

 

 

 

逆にこんな所、怖いよ……

カシラたちが居なくて、またあの男が来たら……

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ……やだ、怖い……怖いよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だって。お前を1人にはさせねえし。ちゃんと迎えにも来る。だからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと、桐生んとこで待っててくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ……?戦兎、ねえ……?」

 

 

 

 

 

 

 

既に涙が零れてたあたしは。

戦兎ねえの所に行くなんてまさかの予想外で。

 

 

 

 

 

 

 

とゆーかこんなすぐ会えるなんてびっくりで。

 

 

 

 

 

 

 

あたしの頭が理解した時、心が喜んで踊り始めてた。

カシラと離れ離れは辛いけど……迎えに来てくれるなら。

 

 

 

 

 

 

 

初めてのお友達のお家へのお泊まりで。

あたしはすっごく。うきうきしてる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから少ししたら迎えに来るってから。もうちょい待ってろな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは……凄いサプライズだ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








一海「あー……あの、これ。お菓子です」

スターク『いや、いらないから』

赤羽「おぉい!遠慮すんなって!?」

スターク『いやホントに。大丈夫なんで』

青羽「まぁうちの妹が世話になったし……ねえ?」

スターク『いやホントに、大丈夫です』

スターク『え?ていうか何コレ』

スターク『凄いグイグイ来るじゃん』


黄羽「ねーねースタークさん!リンゴ!!」

スターク『いや君も凄いな』

スターク『グイグイなんてもんじゃないね』




スターク『……もうやだ。帰りたい』

黄羽「ねーねーねーねー!リンゴ!!!」

スターク『……はい』




――これは。北都の人間性が垣間見えたお話。



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phase,47 信じる、信じられる





佳奈「ねーねー。めがねさん」

内海「ぶっ……メ、メガネさん!?」

佳奈「うん!めがねさんだよ?」

内海「おほん……私は内海という名前だ」

佳奈「ふーん?……あのさ、めがねさん」

内海「うん、だからね?私の名前は」

戦兎「お、メガっ……ナリさん」

内海「なんだお前。お前もか。お前も来るのか」

佳奈「メガナリさん……!」

佳奈「かっこいい……!!」

内海「いや違うから。なんだメガナリさんて」



惣一「メガナリさんみかんとってー」

万丈「メガナリさん俺もー」

一海「俺も頼むわ、メガナリ」

幻徳「俺は大丈夫。メガナリ」

内海「おい。おかしいだろお前ら」

内海「特にそこのブラック上司」

内海「言いたいだけだろお前」

佳奈「メガナリ!でばんすくないね!」



メガナリ「……結構ガチで気にしてるからやめて」

紗羽「がんば。メガナリ」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡る事少し前。

あの純粋な少女がサプライズに驚く前の事――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それにしてもお前、手酷くやられたなー」

 

 

 

 

 

 

 

おんぶを強要し、更にはケラケラと笑いながら痛い所をついてくるこのバカに本気でムカついているわたし。

 

さっきから何かとこの事ばかりをネタにしてくるこいつは、そろそろ姉の威厳を思い知らさなければならないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「いたっ!!頭殴るな!おい!?」

 

 

 

 

 

 

 

ざまあみやがれ。

そしてもっとバカになってしまえ。

 

 

 

 

 

 

 

「うっせ!あれは……油断してただけだし」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとしたわたしの意地が出しゃばる。

 

 

 

本当は全ての力を出し切って、その全てを軽く受け切られて、わたしは完全敗北した。

 

 

 

あの時にもし万丈が来なかったら、間違いなくわたしは殺されていた。

 

 

 

 

 

 

 

痛感するわたしとあのどこか非情な男との実力差。

どう足掻いても埋める事の出来ない、奈落過ぎる力の違い。

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁあの野郎は強過ぎっから。気にすんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の変な心遣いが更にわたしの傷を抉る。

改めてわかってしまう。わたしの力を。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが、どうしようもなく弱い事を。

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ少し強いかも。あんたより」

 

 

 

 

 

 

 

その事を認めたくなくて、つい強がってしまう。

わたしが弱い、勝てなかった、って事を認めたくない。

 

 

 

 

 

 

 

どう足掻いても、何も出来なかったのに。

膝をつかせるどころか、面白いなどと言われてしまったのに。

 

 

 

 

 

 

 

もし……またこんな事になったら……

 

 

 

 

 

 

 

「強がんなって……まぁ大丈夫。俺ん所の兵士に事の内容を通信しといたしよ。多分だけど北風が攻めてくる、なんて事はもう大丈夫だろ」

 

 

 

「それにあのじゃがいもが上手くやってくれんだろーしな」

 

 

 

 

 

 

 

じゃがいも……?

猿渡の事を言っているのかな。

 

 

 

そういや猿渡は万丈の事をエビフライだのなんだのって言っていたような気がするし。

この2人、仲良いのかね?

 

 

 

なんか、似合ってる気もするけど。

約束だのなんだのと色々あったみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあそんな事よりも、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「そーだね……このまま上手い事話が進んで解決してくれればいーけど。猿渡も一応偉い立場なんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

勘違いでわたしを殺そうとしていたあの男の事を考えると、なんだか上手くやってくれそうな気はする。

 

 

 

北風の団長って言っていたし。

それなりに立場はあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……まあ万丈みたいなバカが団長になれるくらいだから、ちょっと怪しいけども。

 

 

 

もしかして北風の昇進はゆるゆるなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……まあ確かに、そうだな。猿渡は北風でも一番偉いっつーか……多治見とも簡単に会えるくらいには偉い」

 

 

 

 

 

 

 

おいそれすげーやつじゃん。

一国の首相と簡単に会えるて。それ凄いよ。

 

 

 

いやわたしも泰山首相と会えるけども。

それでもあの人も忙しいし簡単には会えないからね?

 

 

 

 

 

 

 

ていうかお前。多治見て。

首相呼び捨てってお前。だめだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まぁそれなら……上手くやってくれそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

首相を呼び捨てにする愚弟にちょっと心配になるも、猿渡が意外と偉いやつで安心した。

 

 

 

それだけの地位に居るならば問題は無さそう。

ちゃんと説明してくれればいいんだけど……

 

 

 

勘違い、ちゃんと解けてるのかな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここ。ここで大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ身体も動かせるようになってきて、おんぶという名の辱めから即座に逃げ出した先にあるのは、東都の護りの拠点。

 

泰山首相が坐す場所、首相官邸。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで来るのに物凄い時間がかかった気がする。

なんだか永遠とまで感じたわ。

 

 

 

 

 

 

 

まぁ……それもそのはずだよね。

 

 

 

 

 

 

北風の軍服、しかも団長の軍服を着たやつが野兎の総隊長をおんぶしているのを見つけ、訝しげに近寄ってきた野兎の兵たちに説明したのはもう数え切れなかった。びっくりするぐらい詰め寄ってきた。

 

 

 

しかも変な目で。

いやこれには理由があるんだってと何遍繰り返した事か。

 

 

 

 

 

 

 

もうあんな思いは嫌だ。恥ずかし過ぎる。

わたし色んな意味でボロボロだし。

万丈はわけわからん事言って余計に大変だったし。

 

 

 

 

 

 

 

そんな好奇の目に晒され続けたらそりゃ長くも感じるわな。

時間止まれと思ったもん。どんより重くなれよみたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもまあ、無事に辿り着けてよかった……

 

 

 

 

 

 

 

「したら、俺は帰るよ……今北風がどうなってんのかもわからねーし」

 

 

 

 

 

 

 

踵を返そうとする万丈を見ると、やっぱりまだ帰ってきてはくれないのかな、と切なくて苦しい気持ちがわたしに襲いかかる。

 

 

 

やっぱり……

そのまま一緒に、ってわけにはいかないか。

 

 

 

 

 

 

 

「……もう北都とも争わなくて済みそうだし、いいじゃんよ。もう……帰ってきなって。待つの疲れたよ」

 

 

 

 

 

 

 

心からの本音。もう待つのなんて嫌だよ。

 

 

 

それに万丈はわたしの事を助けてくれた。

きっと、猿渡が言ってたあの約束っていうのも万丈との事。

 

 

 

 

 

 

 

わたしに手を出すな、みたいな。

多分そんな感じの事だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃな。そいつは無理だ……俺はもう、北都の人間だからさ」

 

 

 

 

 

 

 

……こんなに頑なに拒むなんて相当な何かがあるんだろう。

 

 

 

北都はなんだか怪しい所が多過ぎる。

姿形を変えるスマッシュや、東都が宣戦布告をしてきたなんていうわけのわからない事を言っていたり。

 

 

 

それに、自分たちの兵を……黄羽ちゃんを襲わせた事。

しかも用意周到にわたしに化けてまで。

 

 

 

 

 

 

 

北都は……多治見首相はやっぱり……

わざわざ戦争を引き起こすために自作自演を……

 

 

 

 

 

 

 

「万丈さ、何を言われたの?……脅されてるんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

きっと……多分間違いなく、北都に。

多治見首相に脅されているはず。

 

 

 

わたしたちと離れなければならない、もう二度と相容れないと思ってしまうような何かをされているはず。

 

 

 

 

 

 

 

……万丈は、真っ直ぐなバカだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、悪ぃ。でもどうしようもねーんだよ。もう……こうするしか方法は無いんだ」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の顔が辛く歪んだ気がした。

何かを抱え込んで、もう耐えきれないような。

 

 

 

わたしたちに頼らず、独りで背負うような。

 

 

 

 

 

 

 

「なんであんたは……頼れって言ってんじゃん。わたしはあんたのお姉ちゃんだよ!?なんで独りで抱え込むの!!頼れって何度も言ってんでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いて、冷静に話そうとしてもやっぱり感情的になってしまう。

 

何度言ってもわたしたちには関係ないみたいな態度を取り続けるこのバカな弟に。

本当に悲しくて、切なくて、腹が立ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなに頼りないの?

そんなに信じられないの?

そんなにわたしは無力なの?

 

 

 

 

 

 

 

せめて……少しだけでも力にならせてよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……あのな、姉貴。実は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚弟が何かを言いかけたその時、弟の冷たい軍服の胸ポケットからけたたましい音が鳴り響いた。

 

 

 

それはきっと、何かを告げる音色。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ。俺だ、万丈……あ?猿渡?なんだどーした……は?……あー……よくわかんねーけど。居るぞ」

 

 

 

「おう……あ、じゃあ代わるわ」

 

 

 

 

 

 

 

きっと万丈が何かを言ってくれるのかもしれない、そう期待してた事が阻まれてちょっとタイミング悪過ぎだろーが、と憤慨しているわたしはきっと今、凄い顔をしてるはず。

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもなんだろう。代わる?

猿渡、って言ってたけど。何かあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、戦兎……猿渡から。話があるって」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡から?わたしに?話が?

 

 

 

なんだろ。怖いんですけど。

もしかしてやっぱりお前を殺すから待ってろとか?

それとも黄羽ちゃんがわたしにブチ切れてるとか?

 

 

 

わかんないな……

また変な勘違いじゃなきゃいいけど……

 

 

 

 

 

 

 

「はいもし……天才が代わりましたが」

 

 

 

 

 

 

 

やばいいつもの癖でやっちまった。

大丈夫かこれ。刺激してない?

 

 

 

もしこれが戦争の火種になったら……

 

 

 

 

 

 

 

やばいどうしよう。謝っとくのが正解なのか。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ今のはっすね、ちょっとしたジョーク――」

 

 

 

「何わけわかんねえ事言ってんだ?……まぁいい。さっきは本当に済まなかった。しっかりと謝らしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

通話越しのあの恐ろしい戦士の声は、なぜだかとてもバツが悪そうだった。

まるで悪い事をして怒られた後の子供のような。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

とゆーか謝ってきたの?謝ってるよねこの人?

謝るって……つまりさっきの事だよね?

 

 

 

もしかしてこれ。いや、もしかしなくてもこれ。

 

 

 

 

 

 

 

大団円じゃね?解決してね?

勘違いが綺麗に収まってね!?

 

 

 

 

 

 

 

「いやー……こちらこそ、うん。だいじょぶ。よきにはからえ」

 

 

 

 

 

 

 

なんだかひと段落してすげー上から目線になっちまった。

でも大丈夫だよね。あんだけボロカスにされたんだから、これぐらいわたしには許されてるよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず第一関門はセーフかな。

よかったあぁぁぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「お、おう……?まぁそれでな、1つ頼みがあんだよ。あんな事しておきながら図々しいのはわかってんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしからの上から発言にも快く対応してくれた猿渡さん。

意外とこの人は器が大きいのかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

しかし頼み事とは……?

この感じだと悪い事ではなさそうだけども。

 

 

 

 

 

 

 

「もう誤解も解けて安心だし……わたしに出来る事なら頑張りますわいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

まぁこんな事をしておきながら、とか言ってるし。

多分変な事じゃないでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかして黄羽ちゃんのお見舞いに来てくれないかとかそーゆー感じかな……!

それだったら喜んでいくけど。美空も連れて。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、実はな……俺は全軍を率いて北都に一度戻る事になった。よくわかんねえ事が入り交じってるしよ、多治見首相に確認もしなきゃならねえ」

 

 

 

 

 

 

 

まさかの。これは朗報だ。

北風が北都に戻れば被害も無くなる。

それに裏で嗤う連中を探し出すのもそれだけ早くなる。

 

 

 

 

 

 

 

ただ……一度戻る、か。

やっぱりまだ、完全には和解出来てる感じじゃないね。

 

 

 

多治見首相に確認って事はまだ、彼女がどう動くかもわからないし。

それにもし多治見首相が本当に全ての黒幕だったらと考えると……まずい状況に変わりはない。

 

 

 

 

 

 

 

まあでも猿渡がわかってくれたり、北風が北都に戻ってくれるだけでだいぶ有難いけど。

これからの対応もかなり変わってくるはずだし。

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……助かるよ。東都は戦う気が本っ当に全く無いし、このまま和解出来れば一番だから」

 

 

 

 

 

 

 

もし……多治見首相が関わってなければ、ね。

 

そうすれば東都と北都の戦争は終結して、本当の黒幕を共に探し出す事が出来る。

 

 

 

それを願いたいものだよ。

まあ万丈の事や姿形を変えるスマッシュ……幻徳や黄羽ちゃんの事があるから、めちゃ怪しいけどね……

 

 

 

 

 

 

 

それにこの事を猿渡に言ったとしても……

余計に混乱を招くかもしれないし。

 

事態が悪化する可能性もある。

 

 

 

もし伝えるとしたら、確実な証拠を掴んだ時に……

 

 

 

 

 

 

 

この一件で溝はかなり埋まったと思うし。

わたしの言葉の信憑性だって高まったはず。

 

 

 

 

 

 

 

雨降って地固まった、って事かな。

痛い思いしたけど、これがまさか解決の糸口になるとはねー。

 

 

 

 

 

 

 

身体中死ぬほど痛い代償がこれなら儲けもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。これだけの事をしちまったしな。これ以上惨い事にならないように何とか尽力する……それで、だ」

 

 

 

 

 

 

 

猿渡の口からまさかこんな言葉が聞けるとは。

あの一切歯が立たなかったあの男からの、和解を望む言葉。

 

 

 

これ程頼もしい言葉はない。

しかもこの猿渡は北風全軍を率いるほどの地位にいる男。

更には多治見首相と簡単に謁見すらもできる。

 

 

 

 

 

 

 

これは本当に和解しちゃうかも。

 

 

 

多治見首相さえ……黒い考えを持っていなければ、の話だけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

それにもしかしたら……

最悪の場合でも、猿渡が力を貸してくれるかもしれないし……

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと、難し過ぎるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「ここからがその頼み事ってやつね。なーに?」

 

 

 

 

 

 

 

今までのはいわゆる前置き。

ここからが本題。

 

 

 

なんだろう。話の感じだとやっぱり悪い事では無いみたいだし。

黄羽ちゃんのお見舞いでも……うん。無いな。

 

 

 

 

 

 

 

もしかして北都についてきてくれとか!?

 

 

 

有り得る。めちゃ有り得る。

うーむむむ……まぁ別に構わないか……

 

 

 

でも北都寒いって言うしなー。

わたし寒いの嫌なんだよなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺らが北都に帰ってる間……あいつを、あの泣き虫を預かっててくんねえかな?なんか、仲良くなったみたいだし」

 

 

 

 

 

 

 

「……ほえ?」

 

 

 

 

 

 

 

考えていた事と180度違う答えが帰ってきてつい変な声が出てしまった。恥ずかしっ。

さっきもおんぶとかいう辱めにあったのにっ。恥ずかしっ。

 

 

 

 

 

 

 

いやそんな事よりも。

 

泣き虫って……黄羽ちゃんだよね、多分。

仲良くなったって……そうだよね。

 

 

 

 

 

 

 

まさかあのリーゼントや冷静なおっさんのことじゃないだろーし。

あの2人を泣き虫と言ってるならなんかキモいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

お見舞いだったらいいのになとか思ってたけども。

 

 

 

 

 

 

 

まさかの預かり希望!?

 

 

 

 

 

 

 

「いやな、お前ももしかしたら知ってるのかも知れないんだけどよ……あいつ、多分北都の人間に命を狙われててな」

 

 

 

「あいつ怪我もしてるし……一緒に北都に行ったら危ねえかもしれないからさ」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんを襲った相手……姿形を変えるスマッシュ。

それを有するは北都。

今まではまだ少し確証は無かったけど。

 

 

 

多分、猿渡が言ってるのはこいつの事だろう。

見分けのつかない暗殺者、北都の掃除屋。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり……確信した。

スタークが言ってたのは間違いなく本当だったんだな。

2人の、しかも団長が言うならば間違いはないだろう。

 

 

 

……万丈はちょっと怪しかったけどね。

 

 

 

 

 

 

 

万丈と猿渡が同じように言った、スマッシュ。

北都が有する、スマッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ見えてきたな……うん。

 

 

 

 

 

 

 

それと前にも考えてた事。

 

もしこれらの一件が北都の……

多治見首相のある1つの目的のためだとしたら。

 

 

 

……あの超エネルギーの塊のためだとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらそのためだけにこの戦いを起こしている可能性がある。

 

 

 

でもまだ確実な証拠がない。

もしかしたら多治見首相が、北都が関係無い所で蠢いている連中の仕業かもしれない。

 

東都からミサイルが放たれているのは間違いないし……

 

 

 

 

 

 

 

戦争を激化させないためにも、慎重に行動しなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ今はそれは置いておいて。

 

 

 

なんでわたしの所へ……?

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、お前の事が大好きみたいでな。やたらと信用してるし……さっきもよ、なんでそんな事したの!って怒られたばっかなんだよ、ははは」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの事を大好き、って言葉が。

わたしの心をとても暖かくする。

 

 

 

最初は敵で。わたしに襲いかかってきたあの子。

その後に泣いてるあの子を見つけて、色々な話をしたあの子。

わたしの大好きなホットミルクを、美味しそうに飲んでいたあの子。

 

 

 

東都と北都の和解のために、駆けていったあの子。

笑顔が綺麗な、あの純粋のあの子。

 

 

 

 

 

 

 

そんなあの子が……

黄羽ちゃんがわたしの事を大好きと言ってくれていたなんて。

 

 

 

嬉しくて、でも凄い照れちゃう感じがして。

にやけっぱなしなのを通話越しの彼にバレないのが幸いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん……?いや、それよりも。今、猿渡は……

 

 

 

 

 

 

 

「さっきも、とか……大好きって言ってた、とか……もしかして黄羽ちゃんは……」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんは多分、猿渡の所に行く途中に襲われたはず。

大好きだなんて、あの戦いの直後には思わないはず。

 

 

 

 

 

 

 

それに……さっきも、って……なんでこんな事したの、って……それってもしかして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……あの泣き虫なら、意識が戻った……今もピンピンしてリンゴ食ってるよ。身体中痛いみてえだけど、元気そのものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったぁ……黄羽ちゃん……本当に大丈夫だったんだぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

もう1つ気にかけていた事。

黄羽ちゃんの容態。

 

 

 

死んではないとわかったけど、万丈の話だと意識不明の重体だったと聞いていた。

万丈の説明が意味不明過ぎて、実際どんなものなのか全くわからなかったけど。

 

 

 

もしかしたらもう二度と目を覚まさないかもしれないと。

ずっと眠り続けてしまうのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、ずっとあってはいけない事を想像してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

恐らく心から安心したからなのだろう。

引っかかっていた何か重いモノが解き放たれたからなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

優しくて、暖かい涙が頬を伝う。

悲しくない、切なくない、幸せな雫。

 

喜びの、綺麗な雫。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前も、いいやつだな。敵であるはずのあいつに……本当にすまなかった。そして、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

わたしからしたら黄羽ちゃんは敵じゃない。

それに……猿渡だって。

 

 

 

これは全てどこかのふざけたやつが仕組んだ、大きな陰謀。

黄羽ちゃんも、あの烏も、猿渡も。

 

 

 

 

 

 

 

……万丈だって、もちろん敵じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

真なる敵は……まだ闇に蠢いている。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……別に敵じゃないし……でも、いいの?わたしで……?」

 

 

 

 

 

 

 

いくらわたしの事が少し信用出来たからといっても、彼からしたらまだまだよくわからない存在のはず。

 

まだその者の真実が見えない、そんな存在のはず。

 

 

 

 

 

 

 

それなのに、大切な存在を託すなんて……

 

 

 

 

 

 

 

「いいんだ。むしろ、ぜひ頼む……あいつが、あの泣き虫があそこまで慕ってるのなんて初めてだしな……」

 

 

 

「俺が心から信じているあいつが言うんだ。俺はそんなお前が信じられる」

 

 

 

 

 

 

 

きっと猿渡も、わたしたちが家族を想うように。

黄羽ちゃんたちを想い、信じてるんだろう。

 

 

 

なぜだか、猿渡にも凄く親近感が湧いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの命を奪おうとした相手だけど。

きっとそれは自分の大切な存在を。家族を。

踏み躙られたと思ったから。

 

 

だから猿渡はわたしに牙を剥いたんだ。

きっとわたしが同じ立場だったら、同じように行動するだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

こいつは……凄く暖かい男なんだな。

 

 

 

 

 

 

 

そう思うとなんだかこの男が凄く近しい存在に感じられた。

今はまだ、相容れない関係かもしれないけど。

 

 

 

でもいつか、同じ道を進めるような気がして。

その道はきっと、暖かい光に満ち満ちている気がして。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは猿渡が1人の人間として好きなのかもしれないな、って思ったら。

 

 

 

くしゃっ、と笑が零れ落ちてしまった。

これはきっと、平和な証なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「任せて!喜んで託されるよ。……わたしが黄羽ちゃんを絶対に護るから。安心して」

 

 

 

 

 

 

 

きっとこれは、平和への。解決への。

小さいけど大きな一歩なのかもしれない。

 

 

 

争い憎んでいた東都と北都。

わたしに憎悪の全てを刺した猿渡。

 

 

 

 

 

 

 

手を合わせ共に進めるのは、きっと遠くないのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……助かる。本当に助かる。この恩は絶対に忘れねぇ……そしたら拠点で待ってるからよ。他の兵にもしっかりと伝えておくから、気兼ねなく来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカ……万丈が場所をわかるからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……待ってるぜ、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい先程わたしの命を刈り取ろうとした猿渡が。

わたしの大好きな、心から誇りに思うわたしの名前を、まるで信頼する仲間に伝えるように呟いたその言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

わたしにはとても心地よくて。

あの強過ぎる黄金の戦士が味方になったみたいで。

これから共に歩もうと力強く手を握りしめてくれたみたいで。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心はとても清々しくて、眩しかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うむ!これから準備する!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から行くから待ってて、一海!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








一海「……一海って。なんだかこそばゆいな」

一海「まさか下の名前を普通に呼ばれるとは」



一海「はっ……!!」

一海「あいつ……もしかして……」

一海「それはだめだ!!俺にはみーたんが!!」

一海「いや、でもあいつも中々……」


一海「それはだめ!だめですよカズミン!」

一海「それに万丈があいつの事を……」

一海「もしかしてこれは……大変な事に……!」




一海「いや……でも悪ぃけど、それは出来ねぇ」

一海「みーたん一筋だからな……!」




一海「俺は……罪な男だぜ……」




香澄『この変な人……大丈夫かしら……』




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phase,48 喜怒哀楽





葛城忍「むむ。海外ドラマを見るのも飽きたな」

葛城忍「監獄をブレイクするやつも何回観た事か」

葛城忍「アプリも飽きたしなー……」



葛城忍「お。To witterからメッセが」

葛城忍「……理解されない孤独さんからだ」

葛城忍「前はスルーしてしまったからな……」

葛城忍「今回はちゃんと返さねば」

葛城忍「なになに……」

葛城忍「【近くにオシャレなカラオケ店があります】」

葛城忍「【一緒にいかがですか。ぜひオールしましょう】」


葛城忍「うん……いや、だからさ」

葛城忍「しかもオールとかさ。何このノリ」

葛城忍「私の事幾つだと思ってんだこの人」




葛城忍「……スルーで」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

希望が見えた気がした電話の後、急いで野兎が有する車を出動してもらい、黄羽ちゃんたちが待つ北風の拠点へと着いたわたしたち。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで来るのにも色々大変だったけども。

 

 

 

 

 

 

 

まずわたしと万丈は共に車の免許を持っていない。

 

こんな状況だからといって無免許運転はさすがに出来ないし。そもそも車なんて運転出来ないし。

 

だから野兎の兵士に運転してもらったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

まず万丈の事で一悶着。

 

そりゃそうだ。自分の所の総隊長が、敵側の団長と一緒に自分たちの最終防衛ラインである首相官邸に居るってのもまずおかしな話だろうし、しかも車を出せ。目的地は北風の拠点だ、とか言い始めてるもんだから余計に困惑してましてね。

 

何しに行くんだこいつら、って話ですよね。

 

 

 

まあでもちゃんと説明したらわかってくれて、兵士1人とわたし、万丈の3人で向かう事になったのだけれども。

 

 

 

めちゃ気まずそうだったなー。彼。

 

 

 

 

 

 

 

まあそんなこんなで無事に向かったんだけどね。

 

 

 

万丈の道案内が酷すぎてわけわからん森に出たり、気付いたらスカイウォールに来てたり。

 

 

 

こんな所でバカを発揮するなと思ったよ。

運転してるうちの兵士が完全に冷や汗かいてたもん。

 

本当に悪い事をした。すまん。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで目的地になんとか到着。

 

本当にお疲れ様でしたの兵士さんには車で待って頂いて。

 

帰りも頑張ってもらわねばだからね……

 

 

 

 

 

 

 

まあ無事に着いたけどさ。

無事とは言い難いかもしれないけどさ。

 

 

 

うん、着いたのはいいんだけどさあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何というか……これは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……想像してたのとはかなり違うね」

 

 

 

 

 

 

 

考えてた拠点とは全く違くて呆然としてしまう。

なにこれ。いつの間にこんなの用意してたんだ。

 

 

 

わたしが想像してたのは……

なんていうかこう、テントみたいなのとかを考えてたんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

木のログハウスみたいなのがいっぱいあるんですけど。

なんなの。どうやって用意したのこれ。

 

 

 

 

 

 

 

「これなー。車で持ってきたらしーぞ」

 

 

 

 

 

 

 

軽そうに言ってる万丈の顔はバカ面だった。

普通に言ってるけどそんな事出来んのか。

 

 

 

いや、というかいつの間にだよ。

そもそもそんな事出来んのか。

 

 

 

 

 

 

 

恐るべし北都……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「したら行くぞ。こっちだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ!!戦兎ねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

万丈の案内で無事に黄羽ちゃんが待つ部屋へと到着したわたし。

 

 

 

道中、よく現状がわかってなさそうな兵士たちが対応に困りながら挨拶してきたけども。

 

一海、お前しっかりと伝えたんじゃなかったのか。

 

 

 

なんだかわたしが悪い事してるような気分になったんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん!!……元気そうで、よかった」

 

 

 

 

 

 

 

道中の事で微妙な感情になっていたけど、心配していたあの少女の元気な声と笑顔で全てがまっさらになる。

 

彼女の笑顔を見ると、わたしも笑が零れてしまう。

 

 

 

 

 

 

痛々しい姿だけど……本当に大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとにほんとに会いたかったよー!戦兎ねえー!!」

 

 

 

「わたしもだよー!会いたかったよ、黄羽ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が身を委ねるベッドに近づくと、力いっぱい抱きしめてくれた黄羽ちゃん。

 

もう可愛くて仕方がない。

本っ当に会いたかったよお!!

 

 

 

 

 

 

 

まあなんかいつの間にか戦兎ねえって呼ばれてるけども。

 

 

 

……妹が1人増えちゃったな。えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃな戦兎……改めて。本当にすまなかった」

 

 

 

 

 

 

 

1人部屋の広い病室に居たのは彼女だけじゃなかった。

あの万丈と似てる赤羽、冷静でちょっとおかしな喋り方の青羽。

 

 

 

 

 

 

 

そしてここに来てくれと頼み、たった今また謝ってきた一海。

 

 

 

 

 

 

 

「いーよいーよ!誤解が解けたなら安心だしねん!」

 

 

 

 

 

 

 

本当にそれに尽きる。

しかも一海はわたしよりも遥かに強い。

 

あのままでは本当に東都は壊滅してたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

でも今は……心強い仲間な気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おぉう。でも本当に悪かった……すまん」

 

 

 

「勘違いとはいえなぁ。本当に申し訳なかったよう」

 

 

 

 

 

 

 

赤羽と青羽もバツが悪そうにしながら頭を垂れてきた所を見ると、やっぱりこの人たちは悪い人じゃなかったんだなと改めて思う。

 

 

 

……黄羽ちゃんといい、一海といい。

北都の人はもしかしたら純粋なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとだよっ!ほら、もっとちゃんと謝って!!」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんに詰められて更にバツが悪そうに頭を下げてきた一海たちを見ると、なんだか笑えてきてしまう。

 

 

 

多分、とても平和で暖かい事なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとにっ……ほんとに大丈夫だから、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

少女に詰められて頭を下げる3人組の絵面がとてもおかしくて、何とか笑いを堪えるのに精一杯だ。

 

 

 

やっぱり女は強し!なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にすまねえ。それとありがとうな戦兎……そして、この泣き虫を頼む」

 

 

 

 

 

 

 

力強く信頼した面持ちで一海は言ってくれるけど、きっと離れ離れになるのは心配なはず。

 

ただでさえ黄羽ちゃんは襲われたし、しかもここは全く知らない地。

 

 

 

それでもわたしを信用して託してくれるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが、絶対に護り抜くから。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとお!?泣き虫泣き虫言い過ぎだよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

頬を膨らませる黄羽ちゃんのなんと可愛い事か。

 

 

 

黄羽ちゃんは、その場に居るだけで周りが明るくなるような子。

 

 

 

こんな子に愛された人は幸せだろうな、なんて想ってしまうわたしはもう、お姉ちゃんの感情なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい……そしたら準備が出来次第、俺らは北都に一旦戻るからよ。黄羽の事を……頼んだ」

 

 

 

「任せんしゃい。しっかりと護るから」

 

 

 

 

 

 

 

一海の言葉で、わたしの心に少し靄がかかる。

 

 

 

万丈は……どうするんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、万丈……あんたは……」

 

 

 

「俺も、戻る……あの婆に話さなきゃならねー事もあるし」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、そっか。

 

 

 

多分、多治見首相の事なのだろう。

婆とは随分と思うけど、色々あるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

きっと……縛られている何かが。

 

 

 

 

 

 

 

「……戻って……くるよね」

 

 

 

 

 

 

 

あの時万丈がわたしに言いかけた言葉。

何かを伝えようとした言葉。

 

 

 

あの後、向かう道中も言いかけた言葉が一体何だったのかは結局教えてくれなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

でもあの時、何かを言いかけた時の万丈の目は……

淀んだモノじゃなく、どこか澄んだような目だった気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

帰って……くるんだよね……

 

 

 

 

 

 

 

「……またな、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を残して、万丈はどこかへ行ってしまった。

その顔はどこか寂しげだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

でも、今の言葉の意味は。

またな、って言葉は……帰ってくるから、って事だよね。

 

 

 

 

 

 

 

そういう風に受け取っていいんだよね、万丈……

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ねえ……だいじょぶ?」

 

 

 

 

 

 

 

想いが顔に出ていたのだろうか。

身体中痛くて辛いだろうに、わたしの心配をしてくれる黄羽ちゃんになんだか悪い気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

 

……万丈なら、大丈夫だよね。うん。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!だいじょーぶ!そしたら黄羽ちゃん。動くのは……難しいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

いくら元気そうとは言え、先程まで意識不明の重体だったんだし。

 

 

 

さすがに歩くなんて事はでき――

 

 

 

 

 

 

 

「んんん?らくしょーだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

ぴょこっ、とベッドから飛び降り立ち上がる黄羽ちゃん。

まるで健全そのものみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

すげーな。若さか。これが若さなのか。

これが20代と10代の差なのか。

 

 

 

 

 

 

 

なんて事を考えて少し落胆してしまうが。

それにしても凄すぎないか。回復力凄まじくないか。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい!?お前歩いて平気なのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

物凄い勢いで取り乱す一海を見ると、なんだかお父さんのようだな、って思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

一海にとって黄羽ちゃんたちは……

本当に大切な存在なんだな、と改めて思う。

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんたちを見る一海の顔は、どことなく優しいモノを感じる。

何というか、家族に向ける愛情みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!よゆーよゆー!だいじょおぶ!!」

 

 

 

 

 

 

 

このくらい元気なら車椅子もいらないな。

 

 

 

そんな事を考えながら黄羽ちゃんたちを見ていると、さっきまで戦っていた事がまるで嘘のように感じる。

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも平和な空間。

こんなにも優しい笑が広がる場所。

こんなにも暖かい雰囲気。

 

 

 

このままこの関係が続く事を。

わたしは、心の底から願うよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。そろそろ北都に戻る準備しなきゃまずいな……後は頼んだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんがリンゴを食べたいと言い始めたのがきっかけで、誰が一番皮剥きが上手いのかで盛り上がっていた時、そろそろお開きとなる言葉を一海が呟いた。

 

 

 

ちなみに一番は赤羽だったんだけど。

綺麗なうさぎリンゴまで披露してちょっと引いた。

 

 

 

 

 

 

 

「そーだね!そしたら行こっか、黄羽ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

そういえば車に運転手を待たせっぱなしだったし。

やばいな。完全に怒ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

……遅すぎて帰っちゃったとかないですよね。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!……カシラ、お迎え待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんの顔が、どこか切なく見える。

頭と仰ぐ男を見つめるその顔は、まるで恋人を待つ乙女のようにも見えた気がした。

 

 

 

十中八九勘違いなんだろうけど、何となく……

 

 

 

もしかしたら黄羽ちゃんは一海の事が好きなのかもしれないな、とか思って少しにやけてしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おう、待ってろ……じゃあな、頼んだ」

 

 

 

「おぉい!頼んだぜえ戦兎ちゃんよ!」

 

 

 

「黄羽の事……本当に頼んだよう」

 

 

 

 

 

 

 

それぞれが力強くわたしに言葉を投げかけてきたのが、なんだかちょっとくすぐったい気もしたけど。

 

でも、笑顔になれるような良い気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

変なリーゼントがわたしの事をちゃん付けで呼んできたのには驚いたけど。

あんたそういうキャラだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!!あとよ、戦兎……万丈、あいつ良いやつだぞ。良い男だ……旦那にすんならああいう男がいいよな、うん」

 

 

 

 

 

 

 

……ん?いきなりどーした一海くん。

 

 

 

 

 

 

なんなんだろう。なんなのこいつ?

もしかして万丈の事を気にしてんの?

 

 

 

えっ。もしかしてそんな事気にしてあげる程に万丈と仲良いのこの人。

 

 

 

 

 

 

 

というかそれをなぜわたしに。

あいつの結婚事情とかわたしに言われても。

 

 

 

というかあのバカは香澄さん一本だろ。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……ええと、あのバカ……万丈には香澄さんが居るし、多分他の女には興味無いんじゃないかなー……」

 

 

 

 

 

 

 

あいつが香澄さんにベタ惚れなのは、わたしたち家族の間ではもうこれ周知の事実だし。

 

 

 

だからあいつは他の女に見向きもしないと思うんですが。

 

 

 

 

 

 

 

それほどまでに……万丈は香澄さんを想ってる。

 

 

 

わたしはそんな2人の関係が凄く綺麗な純愛だと思うし、なんだか凄く羨ましく思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁな。確かに……でもな、あいつが前に進むのを香澄さんは願ってると思うんだ、俺は」

 

 

 

 

 

 

 

なんだこいつめちゃ良いやつじゃん。

そんなに万丈の事を考えてんのかこの人。

 

 

 

これもう友達なんてもんじゃないと思うんだけど。

いつの間に北都最強の男と親友レベルのお知り合いになっていたんだうちの弟は。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まぁ確かに……わたし的にもあいつがこのままずーっと1人なのは心配だけど……でも、あいつの中での香澄さんはそのぐらい大きなモノだと思うし」

 

 

 

 

 

 

 

そりゃやっぱりお姉ちゃん的には心配だけども。

でも……香澄さんは、やっぱり万丈にとってかけがえのない最愛だし。

 

 

 

 

 

 

 

あいつが他の女の人と、なんてちょっと考えらんないけどなあ……

 

 

 

 

 

 

 

「わかる……わかるぞ、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

なんなんだろうこの感じ。

なんかそもそもこいつは何かを間違えてる気がしてならないんだけど。

 

 

 

なんだこの違和感は……

 

 

 

 

 

 

 

「だけどな、戦兎……あいつは良い男だ」

 

 

 

 

 

 

 

うん。バカだけど悪い男では無いと思います。

 

 

 

一途だろうし。バカだけど。

 

貯金もしてたって言ってたからお金の使い方も荒くないだろうし。バカだけど。

 

顔は……わたしの好みじゃないけど、悪くは無いんじゃない?バカだけど。

 

身体も鍛えてるから逞しいしね。バカだけど。

 

 

 

 

 

 

 

そりゃまあ……彼女作ろうと思えば出来るんじゃないですかね。

 

 

 

 

 

 

 

「な、戦兎。あいつ良い男だろ。きっと幸せな家庭を築くやつだろうなぁ……うんうん」

 

 

 

 

 

 

 

だからそれをわたしに言ってどうすんだ。

 

なんだ、姉のわたしが女見繕ってこいってか。

あいつの彼女候補探してこいってか。

 

 

 

ただでさえ自分の恋が大変な状況なのに、あの香澄さん一直線のバカに将来の嫁さん探してこいってか。

 

 

 

 

 

 

 

そのうざったい前髪毟りとってハゲにしてやろうかてめえ。

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、本人がその気なら善処します」

 

 

 

 

 

 

 

まあ無理だけど。

わたし自身の恋愛模様で無理だけど。

あいつのお嫁さん探すなんて無理ですけどね。

 

 

 

とりあえず言っとかなきゃなんかめんどくさいし。

しつこいしね、うん。

 

 

 

変だけどこいつが良いやつなのも何となくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか!よろしく頼んだぜ!!うんうん……じゃ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

いきなり始まったこの話、最初から最後までわけわからなかったけど。

とりあえずこいつが万丈の将来を心配してるのは凄くわかった。

 

 

 

 

 

 

 

……あいつ親戚のおじさんかなんかなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか……カシラわけわかんない事言って消えたね……」

 

 

 

 

 

 

 

どうやら黄羽ちゃんも同じ事を考えてたようです。

やっぱり今のわけわかんなかったよね。

 

 

 

よかった、北都はみんなあんな感じなのかと一瞬思っちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「多分……万丈の心配、してくれてたんだと思う……」

 

 

 

 

 

 

 

やたら目輝かせてたし。

そんなに心配ならあんたが紹介してやれよと思うけども。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、万丈はきっとあのままだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

ふとした時、しょっちゅう香澄さんの写真を柔らかい笑顔で見てたし。

あいつの中での香澄さんは本当に大きいから。

 

 

 

 

 

 

 

……一海くん。変なお節介焼かなきゃいーけど。

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら黄羽ちゃん!お家に行こっか?」

 

 

 

「んんん!楽しみだよ戦兎ねえ!!いっぱいお喋りもしよーね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――人1人いない場所。

静寂に包まれた、冷たく感じる森。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は少しあの時の事を考え、あの方に止めてもらった事がなぜか嬉しかったのを思い出していた。

 

 

 

なぜあんな感情になったのだろう。

僕は何も感じないはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

僕の存在価値は、主の命に忠実に従う事だけ。

それ以外は、僕には無い。

 

 

 

なのに僕はなぜあの時に喜びのような何かを感じたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

僕は……なぜ殺す事をあんなにも躊躇ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

僕には、何も無いはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

スターク様からの言伝を主に報告した時にも、どこか安堵していたような気もする。

 

なぜそういった感情になったのだろう。

 

 

 

僕は、どうしてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の存在価値は、速やかに任務を遂行する事。

それが出来なければ僕に価値は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時、兄ならば……どうするのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

兄の事を思い出そうとすると、なぜか心が締め付けられるような気がしてしまう。

 

 

 

なぜなのかは、わからない。

……わかろうとも思わない。

 

 

 

 

 

 

 

それになぜか、遠い昔に暖かな感情があったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

……だけど、そんなはずはない。

 

 

 

 

 

 

 

僕は最初から何も無い、主に付き従う忠実な駒のはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら……過去の僕はなんなのだろう。

幼少期の僕は一体何だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

何も……思い出せない。

あの兄……一海というモノが存在しているという事以外、何もわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でもきっとそれは些細な事。

 

 

 

 

 

 

 

今の僕には関係の無い、粗末な事。

今の僕には意味の無い、瑣末な事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は……何も無い、主にのみ忠実な下僕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、それだけが僕の存在価値。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄も何も、僕には関係無い。

僕はあのお方の物にすぎないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな事を考えてしまう辺り、やはり疲れているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……僕はただの……道具だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








一樹「そういえばお腹減ったな」

一樹「パフェ……食べたい気がする」

一樹「疲れている脳には糖分だろう」

一樹「速やかに栄養を摂取しないと」

一樹「かなり疲労が蓄積しているはず」

一樹「……だから、こんな事を考えるんだ」



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phase,49 蛇野郎の思惑





紗羽「あらあ?どうしたのかしら?」

紗羽「戦兎ちゃんも美空ちゃんも居ないわ」

紗羽「せっかく新しいコスを用意したのに」

紗羽「ざーんねん。また次回かしら」



紗羽「……ちょっと私が着てみようかな」






紗羽「やだー!可愛いんじゃない!?」

紗羽「まだまだ私もいけるわね♡」

紗羽「園児服が似合うなんて……♡」

紗羽「きゃー!ちょっと恥ずかしーかもー♡」




惣一「……何してんの」

紗羽「え"っ……これは、えーと、その」

惣一「……あっ。俺買い出し行ってくるわ」

紗羽「ちょっと待って!?これは違うのよ!?」

惣一「大人も……色々大変だよな」

紗羽「違うんだってば!!ねえ!待ってえええ!」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほどな。それで北風が北都に戻る事になったと」

 

 

 

 

 

 

 

事の経緯を泰山首相にやっと話終えたわたし。

 

泰山首相も北風が北都へと一度戻ると聞いて、かなり安心しているようにも見える。

 

 

 

わたしも少し安心したよ、本当に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――激しいお節介男がしていたわけのわからない話を聞き流した後、わたしと黄羽ちゃんはすぐにあの可哀想な兵士が待っているはずの車へと向かった。

 

もしかしたらもう帰ってしまってるんじゃないかと懸念していたけど、やっぱりあの兵士は心が広かった。

 

 

 

 

 

 

 

若干頭を揺らしながらうとうととしていたけど、ちゃんと待ってくれていました。

 

本当に助かります。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと罪悪感に苛まれながらも、そのお疲れ様な兵士さんをたたき起こし。

 

 

 

 

目覚めたばかりの運転手さんは迷うこと無く首相官邸へと辿り着き、経緯を泰山首相に話したいと首相の側近に伝えると、すぐに面会出来る事になった。

 

話が早くて助かる。

というかもしかしたらわたしも結構偉い感じなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに黄羽ちゃんは車の中で眠ってしまった。

元気になったとはいえ色々と怖い思いもしただろうし、身体も悲鳴をあげているはず。

 

 

 

無理をして元気に振舞っていたんだと思う。

出発してすぐにわたしの肩にもたれて寝てしまった。

 

 

 

さすがに車に残しておくわけにはいかないから、一応おんぶして連れてきたのだが。

 

相当疲れてたのだろう。

ずっと起きないで、可愛い寝息をたてながら寝ている。

 

今現在もこの部屋のソファで横たわりながら爆睡中だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんなこんなでわたしは今、泰山首相の前に居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北風の兵士たちにも動揺が広がっているみたいですしね……それに向こうの団長とある程度の信頼を築けたと思いますし、事態はだいぶ好転したかと」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの言葉で更に泰山首相は、見てわかる程の安堵が感じられた。

 

そりゃそうだ。ついさっきまで国が滅ぶか滅ばないかの一大事だったんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そしてわたしが泰山首相に告げた事は。

 

姿形を変えるスマッシュが、やはりほぼ間違いなく北都が有しているという事。

 

黄羽ちゃんを……北都の女性兵士を襲ったのは、間違い無くそのスマッシュがやったという事。

 

北風を率いる者に、東都は戦争なんて起こすつもりなど本当に無いという事と、ミサイルなど撃っていない事を理解してもらった事。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの一件は北都が……

多治見首相がある目的のためにやった可能性が非常に高いという事。

 

 

 

 

 

 

 

あの箱……パンドラボックスを奪うために。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、パンドラボックスを欲しいがために自国にミサイルを撃つなどと……あのミサイルは間違いなく東都から放たれたモノだとわかっているんだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

……その通りなんです。そこが引っかかる所。

 

 

 

そもそもパンドラボックスが欲しいのであれば、わざわざ自国にミサイルを撃つ必要なんて無いはず。

そんな事をしなくてもただ東都を襲えばよかったはずだし。

 

 

 

いくら大義名分が欲しかったとしてもそこまでやる必要性なんて考えられないし、もし仮にそうだったとしても、ミサイルを撃たれた後の北都の動きが後手に回っていたような。

 

 

 

自作自演でやったのであれば、もっと迅速に攻めてきていたはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに……ミサイルが東都から放たれている、というのが余計にこの一件を狂わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんですよねー……でも北都が有するスマッシュが自国の兵を襲ったのは間違いありません」

 

 

 

「つまり……多治見首相は戦争の激化を望んでいる、という事が考えられます」

 

 

 

 

 

 

 

北都側が全て仕組んだわけではないにしろ……

多治見首相は恐らく戦争を更に激しいモノとしたいはず。

 

 

 

魂胆は……パンドラボックスか、領土か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、その両方か。

 

 

 

 

 

 

 

「うむ……それは充分に考えられる。しかし、北風の兵は……その軍を率いる者の戦う気はもう無かったのだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相の表情は、どこか懇願のようなモノを感じた。

 

当然だろう。これ以上東都が、罪無き人が傷付く事など断じてあってはならないし。

 

 

 

 

 

 

 

でも……それは……

 

 

 

 

 

 

 

「正直、このまま和解してほしいです、けど……」

 

 

 

 

 

 

 

いくら一海が北風のトップとはいえ……

相手は一国の首相だ。

 

 

 

もし多治見首相が侵攻を続けろ、と言った場合。

また北風が襲いかかってくるのは有り得る。

 

むしろ有り得るどころかその可能性の方が遥かに高い。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら一海たちがボイコットみたいな……戦う事を拒否する事も考えられるけど。

 

北風は北都最強にして最大の戦士たちだし。

もし全員でクーデターを起こしてくれたら、多治見首相といえども失墜するのは目に見えてる。

 

 

 

 

 

 

 

……そんなに上手くいくといいんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

「まあさすがの多治見首相も、今まで通りに戦争を始める事は出来ないと思います……不信感も高まってると思いますし」

 

 

 

 

 

 

 

ここに賭けるしかない。

 

もし万が一多治見首相が戦争を望んでいたとしても、戦いを行う者たちが不信感を露にしたら、さすがにそんなに早く戦争を引き起こす事なんて出来ないと思う。

 

 

 

いくら首相といえど、動く者たちが拒否したら何も出来ないし。

自分の地位が揺らいでしまうような事はさすがにしないでしょ……

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、確かにな……民がいてこその長だ。間違いない……ならばその間にこの戦争を引き起こした者を探す、という事だね」

 

 

 

 

 

 

 

その通り。それしかわたしたちに出来る事は無い。

 

 

 

いくら多治見首相がすぐに戦争を始める事が出来なかったとしても、次の手を打ってくるのは時間の問題だろう。

 

 

 

その前に……この戦争を仕組んだ連中を。

北都にミサイルを放った真の黒幕を探し出さなくては。

 

 

 

 

 

 

 

さすがに東都政府がミサイルを撃って無かったとわかったら多治見首相も変な事は出来ないだろうし。

 

もしそれでもごねたら最悪、西都に助力を申し出れば北都は何も出来ないはず。

 

 

 

 

 

 

 

そうなった場合、大義名分は東都にあるからね。

 

 

 

 

 

 

 

「その通りです泰山首相……とりあえずは北風襲撃の心配は今の所無いですし。全力で真犯人を晒してやりましょー!」

 

 

 

 

 

 

 

こういう時こそ明るくいかなければ。

暗くなったら全部上手くいかない!!

 

 

 

 

 

 

 

……わたしの勝手な持論だけども。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。頼んだよ、我が国のジャンヌ・ダルク……私たちも全力で当たる」

 

 

 

 

 

 

 

真っ直ぐな目でジャンヌ・ダルクなどと呼ばれるとこそばゆいというか、照れちゃうというか。

 

 

 

わたしはそんな大それたモノじゃないけど。

力を持つ者としての責任がある。

 

 

 

 

 

 

 

この国を救えるのは今、わたしたちしか居ない。

大切なモノを護れるのは、わたしたちしか居ない。

 

 

 

ならば全力で……護ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……それと。そこに寝てる女の子、黄羽ちゃんっていうんですけどね?彼女は例の襲われた北風の兵士ですが……仲良くなっちゃって」

 

 

 

「北風を率いる一海ってやつから頼まれまして。命狙われてっかもだから保護しといてみたいな。だから預かってんで。そんな感じです」

 

 

 

 

 

 

 

一応伝えとかなきゃまずいかもだし。

もし万が一北風の兵士がー!とか、なぜ野兎の総隊長が北風の兵士とー!!とかなったらもうややこい。嫌だ。

 

 

 

ただでさえ色々と疲れたし……今日……

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……うむ、何となくだがわかった。君の言いたい事は何となくわかった気がしたぞ。了解した」

 

 

 

 

 

 

 

おいおい大丈夫かよ泰山首相。

まだボケてもらっちゃ困るんですよ?

まだまだ頑張ってもらわねば。ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当は色々とこの人もあるけども。

 

 

 

 

 

 

 

それはこれが解決してから、だね。

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃあとりあえずわたしは帰りますわ……なんかあったら連絡くださいな。わたしの方でもなんかあったら連絡しますし」

 

 

 

 

 

 

 

主に紗羽嬢からの情報待ち、なんだけどね。

何か掴んでてくれないかなあ……

 

 

 

 

 

 

 

「う、うむ……わかった。その時はすぐに連絡をしよう。こちらも、連絡を待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずこれで泰山首相に報告は終わった。

 

多治見首相との駆け引きも……ちょっと心配だけど、泰山首相も長い事首相やってんだし大丈夫っしょ。

 

 

 

わたしたちは早く、真犯人を探さないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に考えながら窓に視線を向けると、雨はまだ降り止んでいなかった。

 

 

 

むしろその勢いを強くしている。

暗く、冷たく、痛みを伴うような雨。

 

 

 

 

 

 

 

なぜだかその雨が。

わたしには、とても嫌なモノと思えた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よォ。元気そうじゃねェか?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

いつ来ても気持ちの悪いこの部屋。

趣味が悪いというか、その椅子に座る人間の穢れたモノが漂ってるというか。

 

 

 

 

 

 

 

どこの権力者も変わりはないものだ。

気持ち悪くて、死臭の漂う腐った場所。

 

 

 

本当に。人間ってモンはどうしようもない生き物だよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何のごようかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

やたらと驚いた顔を見せつけてくるこの婆……

多治見は相当焦っているようだ。

 

 

 

まぁ無理もない。

先程忠実なワンちゃんから超怖い脅迫のお電話があっただろうし。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を言われビビってた中で、ドアを開けたら自分の小汚い椅子にその恐怖の相手が居るんだもんな。

 

 

 

 

 

 

 

俺だったら怖くて泣いちゃうって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい、わかってんだろ?それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の事を舐め腐ってんのかてめェ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと殺気を飛ばしただけで多治見のオバハンはかなりビビっちゃったようだ。

 

もしかして怖がらせちゃったか?ん?

なんでこうなったかわかってないのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当に殺すぞこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ……あれは、その、何というか……」

 

 

 

 

 

 

 

一国の長ともあろう者が情けない。

たかがこんなモンで震えちゃうなんてよ。

 

 

 

……やっぱりこいつはダメだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……御託はいい。お前、やり過ぎだろうが』

 

 

 

 

 

 

 

可哀想な程震えている多治見を見ると、本当に人間というモノは愚かだな、と再認識してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなに怯えるくらいなら初めからやらなきゃいいのにねえ。

なぜそんな事もわからないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

……俺にはこんな連中の事が全く理解出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

理解しようとも全く思わないが。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それは……は、はは早く終わらせなければと思いまして……ミサイルをう、ううう撃ってきたのも東都ですし……」

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱり葛城のおっさんの読み通りか。

 

 

 

 

 

 

 

俺はもしかしたらミサイルすらも自作自演なんじゃないかと思ってたけども……

 

ミサイルに関しては本当に北都は関わってないみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

とすると……あの爺が勝手にやったか。

あの爺も好き放題にやりやがるからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったらもうあの爺殺っちゃうか。

勝手にやられたら面倒だし……

 

 

 

 

 

 

 

……いや、ダメだ。うん、ダメ。

 

 

 

まだ利用価値はあるし。

 

 

 

 

 

 

 

『まず1つ……本当に東都政府はミサイルなど撃っていない。こいつァどこぞの馬鹿が仕組んだ事だ』

 

 

 

 

 

 

 

信じるか信じないかはどうでもいいけど、とりあえず勝手に動かれたら本当に困っちゃうんだって。

 

 

 

わかれよ。本当に殺すぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「え……でも、東都から放たれたと――」

 

 

 

 

 

 

 

『だーかーらァ!!それも全てこの戦争を引き起こすためにどこぞの阿呆がやりやがった事だっつってんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

少し声を荒らげると、多治見は恐怖で顔が大変な事になってしまった。

 

引きつってるなんてモノじゃない。

怯え過ぎてて笑ってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

まぁでも……良い薬か。

改めて自覚しておいてもらわないと困るしな。

 

 

 

 

 

 

 

「し、しかし……一体誰が……そんな事を……」

 

 

 

 

 

 

 

……多分。信じてくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

簡単だったな、おい。

最初から俺が出向けばよかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ、誰だかは教えてやらないけど。

 

 

 

このまま真実が明かされて泥沼化されても今は困る。

このままやってもらわないと、な。

 

 

 

 

 

 

 

まだまだあいつらには成長してもらわなくちゃならないし。

面白い連中も増えたしな。

 

 

 

 

 

 

 

『その正体はわかったら教えてやる。まだ見つかってなくてな……で、どうする気だ』

 

 

 

 

 

 

 

この後この婆がどうするのか。

それが問題だ。

 

 

 

変に荒らされても困るし。

かといって平穏に、も違うんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ……お前は何を選択する?

 

 

 

 

 

 

 

「もしあなたが辞めろというなら……北都は東都に一切の攻撃をしないと……お、お約束します」

 

 

 

 

 

 

 

かなり怯えさせてしまったようだ。

どっかの忠実なる手下みたいになっちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもそうじゃないんだよなぁ。

 

勝手に好き放題されても困るけども。

何もしないのも困っちゃうんだよ、おじさんは。

 

 

 

 

 

 

 

『……お前の欲しいモノはなんだ?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

『パンドラボックス……だよなァ?』

 

 

 

 

 

 

 

東都……は例外として。

 

 

 

北都、西都はあの箱が欲しいはず。

それは欲しいなんてモンじゃない、喉から手が出る程にだ。

 

もちろん……あの爺もそうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……本当に醜い。滑稽過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「それは……も、もちろんです。あの箱さえあれば――」

 

 

 

『ならば奪えばいいだろう。それこそ人間の本質じゃねェか。そうだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

欲しいモノは何がなんでも手に入れる。

これは権力や欲望に取り憑かれた人間の性。

 

 

 

……こんな連中を何度見てきた事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……さぁどうするのかな?

 

 

 

この欲望に憑かれた憐れな女は。

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし、良いのですか?あ、あなたは先程……」

 

 

 

 

 

 

 

本心では醜く笑を零しているだろうに。

本当に気持ちの悪い。反吐が出る。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それでいい。

そうじゃなきゃ困るからな。

 

 

 

 

 

 

 

『パンドラボックスを奪う事だけに専念すればいい話じゃねェか』

 

 

 

『ただ関係の無い者を巻き込む事は許さん。そうなれば始末がつけられなくなるのでな』

 

 

 

 

 

 

 

最初からパンドラボックスだけを奪えばいいものを。

あんな舐めた戦争なんぞ引き起こしやがって。

 

 

 

 

 

 

 

……滅ぼされたら適わねえってーの。

 

 

 

 

 

 

 

まだまだこれからやる事がたくさんあんのに。

俺とおっさんが頑張ってるのをぶち壊すんじゃないよ全く。

 

 

 

 

 

 

 

「という事は……いいのですか」

 

 

 

 

 

 

 

多治見の瞳が気持ち悪い輝きを放ったような気がした。

きっとそれは、碌でもない感情だ。

 

 

 

そんな多治見に、俺は心の底から嫌悪感に溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

……俺の方が碌でもないし、穢れているがな。

 

 

 

穢れているというよりも、穢れそのモノかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

全ての黒幕、そのモノなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

いつかどっかで聞いた気がする言葉。

確か同族嫌悪ってやつかな。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

『あァ……パンドラボックスを奪うというなら好きにやるがいい……だがな、覚えておけよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛用ともいえる俺の十八番。

 

腕から伸びる猛毒の蛇、スティングヴァイパーが多治見の身体を締め上げ、その鋭く毒々しい先端を彼女の目に近付ける。

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ、ひぃっ!?ど、どどどうか、い、命だけは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

北都の連中が聞いたら残念がるような声を出す多治見は、本当に滑稽だ。

 

あれだけの戦争を起こし、人の命を軽々しく扱ったモノが。

 

 

 

 

 

 

 

自分の命が脅かされるとまるで小動物のように許しを乞う。

 

 

 

これのなんと滑稽で、憐れな事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次は無い。お前の犬っころにも言ったがな。次に舐めた事をしてみろ……その時は、お前の目玉をこれで串刺しにしてやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そしてその可哀想な脳みそを猛毒でグチャグチャに溶かし、地獄を堪能させてやろう……決して、忘れるなよ』

 

 

 

 

 

 

 

いくら口では忠誠を誓うような事を宣っていても、所詮は醜い欲望の塊だ。

 

 

 

いつまた勝手な事をやり始めてもおかしくはない。

こいつらはそういう連中だからな。

 

 

 

 

 

 

 

だから改めて恐怖を植え付けておかないと。

背後に迫る、抗う事の出来ない絶望を。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はいぃ!!間違いなく、もう勝手な事は絶対に!!絶対に致しません!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その事を心から願うよ。

俺のシナリオ通りに動いてくれる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……次は本当に殺す。忘れんなよ?

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい?漏らしたのかァ?そんな怯えんなって……泣いちゃうぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

猛毒の蛇から解き放たれ、その場から動けずに座り込む多治見の姿を誰が一国の主だと思うのだろうか。

 

 

 

俺には、自分可愛さのためにしか行動出来ない憐れな肉塊にしか見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それも全て俺のせいなんだけど、な。

 

 

 

 

 

 

 

本当にどうしようもないくらい。

俺は極悪の化身だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を思うと、笑いが零れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

それはきっと碌でもなくて。

この世に仇なす最悪のモノで。

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもなく、切ない気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――そしたら1つ、良いモノをやろう。きっと喜ぶモンだぞ?おい?』

 

 

 

 

 

 

 

「……いいモノ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いを更に絶望へと叩き落とすモノ。

更に足掻く事になる、あるモノ。

 

 

 

 

 

 

 

……さぁ、足掻いてみせろ。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎、万丈、猿渡。

 

 

 

 

 

 

 

お前らはこの絶望に、どう足掻く……?

 

 

 

 

 

 

 

自らの力で、進んでみせろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あと、お前もな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こいつだ……さぁ、Guardi?』

 

 

 

「これ、ですか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こ、これは……」

 

 

 

 

 

 

 

あまりのモノで、なのかどうかは知らないが。

ある事が書かれている書類を見た多治見はかなり驚いたようだ。

 

 

 

良い意味か悪い意味でかはわからない。

それにわかろうとも思わない。

 

 

 

 

 

 

 

『どうだ?中々良いモノだろう……?知らなかっただろうしなァ?ん?』

 

 

 

 

 

 

 

知ってたら逆に俺が驚くがな。

まさかあのおっさん並のやつがいんのかよ、みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

あの人類の敵の白衣のおっさんは1人居りゃ充分だから。

2人も3人も居たらおじさん困っちゃうって。

 

 

 

 

 

 

 

「し、しかしこれは……」

 

 

 

 

 

 

 

なんだ。珍しく詰まってんな。

もしかしてあの事で渋ってんのか?

 

 

 

 

 

 

 

『全ては代価を伴う……何かを得ようとするのに、何も払わないなんて有り得ない事だぜェ?……さぁ、決断しろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前も後ろも修羅の道。

360度全て、悪の道だ。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、選べよ多治見。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わ、わかりましたわ……有難く、頂戴致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物分りのいいやつは嫌いじゃない。

やっとこいつが少し好きになれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もうすぐ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

足掻いても足掻いても。

抗っても抗っても。

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもなく黒い宙のような、絶望が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうしたら後は頑張れや。応援してるぜ?泣いちゃうくらいによ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう一度、あいつらに会いたいな。

 

 

 

今ならもう。大丈夫な気がする。

もうどう足掻いても、止まれないしな。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらまだまだ感情が溢れるかもしれない。

逃げ出したく……なるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

でも、もう無理だから。

どこにも逃げる場所なんてないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……せめて少しくらい、いいよな。おっさん。

 

 

 

俺、頑張ってるもんな。

そのぐらいのご褒美……許してくれるよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんじゃあ俺はこの辺で……Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








香澄『あらあらまあまあ』

香澄『大変な事になってるわねー』

香澄『あの蛇さんって、確か……』

香澄『うーん。誰だったかしら』

香澄『この前ちょこっと見たはずなんだけど……』




香澄『うむむむ……あっ!!』

香澄『贔屓にしてた八百屋の辰さん!』

香澄『……違う気がする』






香澄『うーん……誰だったっけ……』



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phase,50 主と下僕と大魔王





万丈「りんご」

戦兎「ごま」

美空「丸太」

万丈「束」

戦兎「バカ」

万丈「……」

美空「カバ」

万丈「……番号」

戦兎「乳母」

美空「万丈はバカ」




万丈「しりとりやるとすぐこれだよ……」



戦兎「かなりバカな万丈」

美空「うるさくてバカな万丈」


万丈「……せめて脳筋をつけよう」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降り止まない。

 

俺らが襲ったあの地も雨が降っていた。

身体を突き刺すような、痛い雨。

 

 

 

冬の寒さも相まって、直に雫を浴びた身体は悲鳴をあげているかのような錯覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 

……この薄気味悪い部屋の暖かさは、俺を暖める事は無いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事かもう一度しっかりと説明してもらおうじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

相対するは、腹の底が煮えたぎる程傲慢な雰囲気で権力の椅子に座る女、多治見。

 

 

 

北の国の首相にして、俺を飼い慣らす女。

 

 

 

 

 

 

 

そして……俺の家族を苦しめる女。

 

 

 

 

 

 

 

「前に話した通りよ?……貴方たちが遅いから早く戦争を終わらせるため。そのために兵の士気を上げる目的でやったの」

 

 

 

 

 

 

 

平然とふざけた事を宣うこの婆に、心の底から憎悪の火が点る。

今すぐこの女を殺して、全てを無かった事にしたいと考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、逆らう事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「怖いわよ、猿渡団長?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私を殺しても、構わないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てお見通しのようだ。

 

 

 

その通り、俺はお前を今すぐにでも殺したい。

そして全部にカタをつけたい。

 

 

 

 

 

 

 

……汚れるのには慣れてるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも……俺は無力だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……それが出来ねえ事を知っててよく言ってくれんじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

俺は、こいつを殺す事が出来ない。

むしろ守らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

……大切なモノを護り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……よくわかってるじゃない。利口な下僕は嫌いじゃないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で。何の用で来たんでしたっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな腐った肉の塊の番犬と思うと反吐が出る。

そんな自分が本当に大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

何も出来ない、言いなりの自分が。

 

 

 

 

 

 

 

「……頼むから、俺の大切な存在を傷付けないでくれ……この通りだ、本当に……お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

きっとこれは最も惨めな行為なのだろう。

あいつらが見たら情けなくて泣いちまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

でも、みんなを護るため。

大切なモノを侵されないため。

 

 

 

そのためなら自分の安っぽい誇りなど、焼き尽くして捨ててやる。

俺の軽い頭なんて、いくらでも地に擦りつけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら……また貴方の土下座が見れるとはねぇ?北都最強の軍を率いる、北都最強の男が……素晴らしい景観だわ」

 

 

 

 

 

 

 

「確か以前拝ませてもらったのは……そう!私の可愛いペットの時だったかしら」

 

 

 

 

 

 

 

怒りと憎しみで身体が震える。

俺の心がどす黒く染まっていく。

 

 

 

……目の前が、暗くなっていく気がする。

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも道化にされ、更に貶められても尚、俺はこの穢れた婆に何もする事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、頭を垂れる事しか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

ひたすら耐え忍べ。

ただただ我慢し続けろ。

 

 

 

全てはあいつらと……愛する弟のために。

 

 

 

 

 

 

 

「俺に出来る事なら、やる。あんたに……多治見首相に改めて忠誠を誓う。だから、あいつらだけは……」

 

 

 

 

 

 

 

「俺の家族たちには何もしないで下さい。お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

口の中が、鉄の味がする。

きっとこの味は忘れられないモノ。

 

 

 

俺の……穢れている証。

 

 

 

 

 

 

 

もうこの身はどうしようもないくらいに穢れ、汚れている。

 

あいつらのような純粋で。

美しいモノに近付いちゃならないんだ、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

……せめて、俺が護るから。

 

 

 

 

 

 

 

「……ならば私の命令に従う事。忠実に従いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が重くのしかかってくる。

この婆に……俺の主に会うまでは、あれ程までに燃えていたのに。

 

 

 

もしかしたら戦兎のような、正義の炎が点っていた気がしたんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

今の俺の心に点る火は。

禍々しい、黒い業火だ。

 

 

 

 

 

 

 

「はい。もちろんです、首相――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上が今後の作戦よ。わかったかしら、猿渡団長?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんよりと落ちていく。

 

 

 

あの時戦兎と約束した事。

あいつと交わした想い。

もしかしたら共に進めるのではないかと思った事。

 

 

 

 

 

 

 

でもどこかで、こうなる事をわかっていたのかもしれない。

 

 

 

きっとまた、あの凛とした女と違えるのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。命令通りに」

 

 

 

 

 

 

 

本当に申し訳ない、戦兎。

お前の望む形にはならなかったけど。

お前と約束した本来の姿にはならなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

……俺にも護らなきゃいけねえモノがあるんだ。

 

 

 

きっとお前は俺に失望するだろう。

きっとお前は俺を憎むだろう。

 

 

 

 

 

 

きっとお前は、俺に絶望するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

でも安心してくれ。

 

 

 

俺はお前の……やっぱり敵だけど。

 

 

 

お前の命を奪う事などしないから。

お前の家族を奪ったりしないから。

 

 

 

 

 

 

 

だから……許してくれ、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつを……聖を頼んだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は以上よ……そうしたら万丈団長を呼んできなさい。呼んできたら貴方はそのまま下がっていいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万丈……お前は……

 

 

 

 

 

 

 

お前はどうするんだ……?

 

 

 

なぜ北都に忠誠を誓っているのかわからないけど……

お前にもきっと何かがあるんだろ?

 

 

 

多分俺と同じように、何か大切なモノを護るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なモノ……戦兎、か。

 

 

 

 

 

 

 

お前は……俺と違う道を行ってほしい、万丈――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと俺の番かよ、くそ婆」

 

 

 

 

 

 

 

何度来ても、何度見ても気持ちが悪くなるこの部屋。

そして、多治見のくそ婆。

 

 

 

本当に虫酸が走りやがる。

 

 

 

 

 

 

 

「あら早い事?すぐに言ってくれたのね、彼は」

 

 

 

 

 

 

 

彼?……もしかして猿渡の事か?

 

 

 

 

 

 

 

あー。先に猿渡が話してたんだっけか。

確かこの騒動の事を聞く……とかなんだか言ってたっけな。

 

 

 

そういやあいつ暗い顔してたけど、何かあったのか?

 

 

 

 

 

 

 

……まぁあいつも色々あんだろーしな。

 

 

 

 

 

 

 

「んな事はどーでもいい……どういう事だよ、これ」

 

 

 

 

 

 

 

この腐った婆には聞きたい事が山のようにある。

 

ふざけた事をしやがって……

関係無い人まで思いっきり巻き込んでんじゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

こいつの操り人形でも、さすがにこんな事は……

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……貴方もそれなのね……全ては早く戦争を終わらせるため。そして貴方たちの行動が遅いから。以上よ」

 

 

 

 

 

 

 

……猿渡も同じ事言われてたみてーだな。

 

 

 

あいつそれで……もしかしてあいつも何かあんのか。

 

 

 

 

 

 

 

……どちらにしろ、こんなのは絶対にダメだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺と約束したの忘れたのかよ。関係無いやつは巻き込まない、戦兎たちには……危害を加えない、って」

 

 

 

 

 

 

 

全部破ってんじゃねーかこの婆。

ふざけた笑いばっか浮かべやがって。

 

 

 

 

 

 

 

……何となくこうなるかもしれない、って想像してた自分が居たのも、間違いねーけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

それをどこかでわかっておきながら、俺は歩を進めた。

 

 

 

……本当に腐ってんのは、俺かもな。

 

 

 

 

 

 

 

「あれはまぁ、不可抗力ね……安心なさい。次の計画では間違い無く、関係の無い人を巻き込む事はないわ。お約束してあげる」

 

 

 

 

 

 

 

そもそもそんな言葉ももう信じられねーけど。

やっぱり戦兎に事情を話して何とかする方がいいかもな……

 

 

 

 

 

 

 

戦兎もなんだかんだ強いし、それに……

 

 

 

 

 

 

 

俺らは家族だし、よ。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり家族は力を合わせねーと!

あいつらとなら……何とか出来る気もするし。

 

 

 

 

 

 

 

「計画って……そもそも東都は何もやってねーんだろ?だったら別にいーじゃねーかよ」

 

 

 

 

 

 

 

なんかまだ企んでんのかもしれねーけど。

俺はお断りだ。もう懲り懲りだっつーの。

 

 

 

 

 

 

 

東都に……帰らせてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ言ってるのね。もういいわ……東都が独占しているパンドラボックス。それを奪う事のみが命令よ。北風全軍で使命を果たしなさい」

 

 

 

「もちろん民間人に一切の危害を加えてはならない事を通達するわ……もし破る者がいたならばその場で極刑とします」

 

 

 

 

 

 

 

……パンドラボックス?

 

 

 

なんだっけ。どっかで聞いた事あんな。

 

えーっと確か……

火星から持ってきたすんげー箱、だったか?

 

 

 

その箱を北都も西都も欲しがってる、みたいな。

確かそんな感じだった気がする。

 

それを欲しがってたのか、こいつは。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても今回は随分と平和的に、だな。

まぁそもそも奪いに行くんだから平和でもねーけど。

 

 

 

 

 

 

 

……今更俺には関係無いけどな。

 

 

 

そんな事企んでんなら、俺と戦兎がぶっ潰してやる。

 

 

 

 

 

 

 

俺はもう……言いなりにはならねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃが……俺は抜けさせてもらうぞ。東都に帰らせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

ずっと気持ち悪ぃ笑を浮かべていた多治見の顔が少し歪んだ気がした。ざまぁみやがれくそ婆。

 

 

 

なんでもかんでもお前の思い通りにいくと思ったら大間違いだっつーの!

 

 

 

 

 

 

 

「……いいのかしら?本当にそんな事を、しても?」

 

 

 

 

 

 

 

はっ!脅しのつもりか?

 

 

 

俺はな、もう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほら、見なさい」

 

 

 

 

 

 

 

俺を飼い殺していたあの婆が見せつけてきたタブレット型に映る映像は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の、唯一の最愛の人の。

俺の大切な、家族の人たちが捕らわれている事を現すモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……てめえ、何してんだコラ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

気付いた時には多治見の胸ぐらを掴んでいた。

目の前が真っ暗になって、怒りを抑えられない。

 

 

 

たまにある、この感じ。

 

 

 

 

 

 

 

俺の憎悪に満ちた憤怒が、迸る。

まるでぐつぐつと煮え滾る、熔岩のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛いわねっ……!!いいのかしら、私に手荒な事をして?」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉で我に返る。

意識が戻ると状況がわからなくなって、混乱してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

なんで……オヤジさんたちが……

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……万丈くんの無罪が証明されて、今は北都に居ますよ?って言ったら簡単に着いてきてくれてね……相当心配していたみたいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は……龍我は人を殺すような子じゃない、って。信じていた、って。早く会いたい、って。ずっと言っていたみたい」

 

 

 

 

 

 

 

オヤジさん……オフクロさん……

じいちゃん……ばあちゃん……

 

 

 

ずっと……俺の事を信じてくれて……

 

 

 

 

 

 

 

「安心しなさい。確かに監禁しているけど、生活も外出が出来ないだけよ?変な事はしていないわ」

 

 

 

 

 

 

 

「……今の所は、ね」

 

 

 

 

 

 

 

脳裏にあの日の出来事が甦る。

大切な存在を護れなかった、あの日。

 

 

 

 

 

 

 

最愛の、最も大切な……

 

 

 

愛する香澄を護れなかった、あの日。

 

 

 

 

 

 

 

「……やめろ、やめてくれ……この人たちには……手を出さないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

俺の腕の中で、光となって空に消えてった香澄。

目の前で死なせてしまった、大切な人。

 

 

 

 

 

 

 

もうこれ以上、大切な家族を失うなんて……

 

 

 

 

 

 

 

戦兎や美空、マスターももちろん俺の家族。

 

 

 

 

 

 

 

でも……オヤジさんたちも。

 

 

 

もちろん俺の、大切な愛する家族なんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……それは貴方次第よ。貴方の働きによって、ね」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさっき、何か言ってなかったかしら?……よく聞こえなかったのだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ごめんな、戦兎。美空。マスター。

 

 

 

本当はお前らの傍に帰りたい。

ずっと隣で笑って、護っていたい。

 

 

 

 

 

 

 

でも……やっぱり無理だった。

 

 

 

俺にはもう、どうする事も出来ねーよ。

抗う事が……出来ないよ。

 

 

 

 

 

 

 

本当にごめんな、姉貴。

 

 

 

 

 

 

 

どうして俺は……

なんでこんなにも、無力なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんたに、改めてこの身を捧げる。裏切らねー事を誓う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……北風 第3師団団長、万丈 龍我。その命令を、絶対に遂行する事を誓う」

 

 

 

 

 

 

 

俺の帰る場所は……

 

 

 

 

 

 

 

居場所は、どこにもない……

 

 

 

 

 

 

 

「良い判断ね。嫌いじゃないわ。実行の刻を待ちなさい」

 

 

 

 

 

 

 

「最後に、あの2人を呼んできてもらえる?第1師団の――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んんん!めっちゃおいしー♡」

 

 

 

「良かったし♪いっぱい食べて!黄羽っち!」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんと美空、仲良さそうでよかったな。

最初はなんだか変な感じだったけど……

 

 

 

 

 

 

 

首相と話した後、談話室のような所で黄羽ちゃんと2人、めちゃ痛い身体を少し休ませていると。

 

例の運転手さんが我が家まで送ってくれる事になったので、爆睡する黄羽ちゃんを頑張って介護しながらなんとか無事に帰宅する事が出来た。

 

 

 

まだ家に居た美空に事情を話すと、さすがわたしの妹ちゃん。

黄羽ちゃんがここで暮らす事をとびきりの笑顔で喜んでいた。

 

 

 

まぁ年の近い友達というか……

美空からしたらお姉ちゃん気分なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

延々と眠っていた黄羽ちゃんが少し心配だったけど、それは心配し過ぎていたみたいで。

 

 

 

「カシラぁ!!!」とか言いながら凄い速さで飛び上がって起きたのをわたしはちょっとおかしく思いながらも、安心した。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか最初は美空と気まずそうな黄羽ちゃんだったけど……

今はだいぶ打ち解けたのかな?

 

 

 

黄羽ちゃんは美空の事をみーちゃんと呼んで。

美空は黄羽ちゃんの事を黄羽っちと呼んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしだけなんか仲間外れみたいなんですけど。

 

 

 

これが20代と10代の差なのか。

 

 

 

 

 

 

 

「みーちゃんのグラタンほんとにおいしーよ!凄いね、カシラと同じくらい凄い!」

 

 

 

「ふふふ♪そんなに褒めてもらえるならもっと頑張っちゃうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

こうして2人を見てると本当に微笑ましい限り。

戦争なんて最初から無かったかのような、そんな気持ちになってしまう。

 

 

 

それにしても本当に黄羽ちゃんと美空が仲良くなってくれてよかった。

まるで親友のようにも見えるくらいだし。

 

 

 

2人のお姉ちゃんは嬉しいですよ全く。うんうん。

 

 

 

 

 

 

 

……黄羽ちゃんに色々聞きたい事もあるけど。

 

 

 

それはひと段落してからでいいでしょ。

まずはゆっくりと落ち着いてから、ね。

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ……そーいやさ!みーちゃんてみーたんだよね?」

 

 

 

 

 

 

 

……あれ。もしかして知ってる感じなのかこれ。

 

 

 

そういやみーたんネットって凄まじいもんな。

北都でも人気だったりすんのか……?

 

 

 

まさか黄羽ちゃんまでも知ってるとは……

恐るべし美空。いやみーたん。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……うん。隠してもしょうがないし……」

 

 

 

「そだよ!私がみーたん!……の中の人」

 

 

 

 

 

 

 

美空の表情はどことなく微妙な感じがしている気がする。

なんか……気まずそうな。

 

 

 

 

 

 

 

そりゃそうだ。うん。

普段の美空の感じからしたらあんな、ねえ?

 

 

 

普段ぐーたらしてるし、口は悪いし、アイドルなんて微塵も感じさせないような生活してんのに!

 

 

 

やべっ、笑っちゃいそ――

 

 

 

 

 

 

 

「……おい。今私の事を変に考えたろ」

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい勢いでわたしの頬スレスレに飛んでいき、物凄い衝撃音と共に柱に突き刺さっていったフォーク。

 

当然わたしは恐怖で慄いています。

黄羽ちゃんもちょっと怯えているようにも見えます。

 

 

 

もしかしたらスタークよりも一海よりも美空の方が強いんじゃないかな。

 

わたし今完璧に反応出来なかったもの。怖いよ。

 

 

 

 

 

 

 

「み、みーちゃんってす、凄いねー……あははは……」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんは完全に大魔王美空を理解したみたい。

気をつけて。この家の主はその乙女の皮を被った魔王だから。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。ただの冗談だから気にしないで、黄羽っち♪……本当に軽い冗談だから」

 

 

 

 

 

 

 

ただの冗談でやる事じゃないよね。

完っ全に何か邪悪なモノを纏ってたよね。

 

 

 

戦兎さんガクブルなんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

「あはは……ん!そーだ、みーちゃんアレやってよアレ!みーたんのいつもの!」

 

 

 

 

 

 

 

おっと黄羽パイセンまじか。ここでか。

よくあの状況でその発言が出来るな。

 

 

 

てゆーかそんなに見たいのか、アレ。

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ……うん、まあいいけど……う"ぅんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みーんなのアイドルぅ!みーたんだよっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

……ダメだ。この流れのそれはダメだ。

 

 

 

ダメだ……笑ってしまう……!

 

 

 

 

 

 

 

「ほわあああ!!本物だあ!!!もっかい!もっかいやってー!!」

 

 

 

 

 

 

 

ちょ、やめっ。

わたしもうこれ以上無理っ……無理だからっ。

 

 

 

 

 

 

 

『みーたんだよっ♡ぷんぷんっ♡』

 

 

 

 

 

 

 

「ぶふっ……あははは!!だめっ、無理っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

無理だった。我慢出来なかった。

笑い過ぎて涙が溢れるわたしの目に映ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

今まで見た事が無い程のどす黒い何かを漂わせた、我が家の邪神だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いやホントに。本当にごめんなさい。許して下さい」

 

 

 

 

 

 

 

美空のありがたーいお説教が身に染みました。

これからは大人としてもっと頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ねえなんで笑ってたの?もしかしてカシラにやられたの?頭?」

 

 

 

 

 

 

 

サラッとこの子も毒を吐くね。

頭やられたのって。どういう意味だおい。

 

 

 

 

 

 

 

……まあわたしがなぜ笑ったのかはね、黄羽ちゃん。

 

そのうちすぐにでもわかるから。気をつけて。

 

 

 

 

 

 

 

「……今日はこのぐらいで許してやろう。次は無いぞ、小娘」

 

 

 

 

 

 

 

本当にありがとうございます魔王様。

もう二度と致しません。気をつけます。

 

 

 

……頑張ります。はい。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて黄羽っち!こんなしょーもないお姉ちゃんはほっといて、スイーツタイムにしちゃう!?」

 

 

 

 

 

 

 

あっ、本当にごめんなさい美空様。

もうしないからしょーもない姉にもスイーツタイムを!!

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!甘いの大好き!食べる食べるー!!」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんっ!お願い!あなたからも!!

わたしも混ぜてえええっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「わたしにもどうかああ!!施しをぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが2人に土下座する勢いで甘い物を懇願している中、あの愛用の、でもちょっとうるさめの携帯電話が震え出した。

 

 

 

いつもマナーモードにしてる、わたしの可愛い発明品から。

 

 

 

 

 

 

 

「何だこの忙しい時に……ん」

 

 

 

 

 

 

 

画面を見ると、そこにはあの文字が表示されていた。

嫌な感じしかしない、あの表記。

 

録でもないやつからの着信の証。

 

 

 

 

 

 

 

非通知からの、着信。

 

 

 

 

 

 

 

「どしたの戦兎……出ないの?」

 

 

 

 

 

 

 

先程までわたしにブチ切れていた美空が心配してくれる程、顔に感情が出てしまっていたのかもしれない。

 

それぐらい嫌なやつからの電話だと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

出るべきか、出ないべきか。

 

 

 

……しかしあいつからの電話でこちらが不利益になった事が無いのも確かだ。

 

今まであいつからの電話はむしろ、わたしにとってプラスとなれど、マイナスになるようなモノではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ねえ、どしたの?怖いよ?」

 

 

 

 

 

 

 

……このままだと2人にも変な心配かけちゃうか。

 

 

 

それにまだあのピエロ野郎と決まったわけではないし……

 

 

 

 

 

 

 

どちらにしろ、出て損は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっしー……天才が出てやりましたが」

 

 

 

 

 

 

 

さあ誰だ。どこの誰だ。

非通知なんてわたしが一番腹立つモンでかけてきやがったバカは、どこのどいつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『相変わらずだなァ、戦兎?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この声、この喋り方。

間違えるわけが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お喋りしたいのと……ちょっとプレゼントを渡そうと思ってな』

 

 

 

 

 

 

 

わたしの心を漆黒に染め上げる狂気の塊。

ゲームと称し、人の命を弄ぶ外道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっと出てこいよ……場所はあの、廃工場でな。Ciao♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらずわたしの意見を全く聞かずに会話を断つこの腐ったやつは、いつも通りの腐ったやつ。

 

 

 

やっぱり……お前か……

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、戦兎ねえ?誰から――」

 

 

 

「ちょっと、行ってくるね」

 

 

 

「ちょ、ちょっと戦兎!?ケーキは――」

 

 

 

 

 

 

 

雨が降りしきる外に勢いよく駆け出したわたしを。

2人が呼び止める声に振り向く事は、わたしが今する事じゃない。

 

 

 

後で説明すればいい。

美空が淹れる紅茶でも楽しみながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ってろよスターク。

今すぐ、お前の化けの皮を剥いでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








戦兎「おお!やっと起きたの黄羽ちゃん!」

美空「はぁ……よかった。心配したよお」

黄羽「ん……んんん?」




美空「じゃあ改めて!よろしくね、黄羽ちゃん!」

黄羽「よ、よろしくぅ……」

美空「……どしたの?」

黄羽「いやあの、別に。うん」

美空「……?あっ!喉乾いてない?」

美空「紅茶淹れるよ!美味しいのがあるんだあ♪」

黄羽「おっ、おおう……」





黄羽「おいしー!おいしーよ!」

美空「ふふふ。よかった♪」

美空「……よろしくね、黄羽っち」

黄羽「……あたしも、よろしく」

黄羽「……みーちゃん」

美空・黄羽「「……えへへ」」



戦兎「うんうん……微笑ましいのお」



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phase,51 女の意地





赤羽「おぉい!飯食おうぜ飯!」

青羽「そうだねい。腹減ったしなぁ」

赤羽「おぉい!黄羽……はいないのか」

青羽「なんだい。寂しいのか、赤羽?」

赤羽「うるせえのが居なくて調子狂うだけだっての」

青羽「それをお前が言うかね……」




一海「腹減ったなぁ。飯食いに行くか」

赤羽「おぉいカシラぁ!行きやしょうぜ!」

一海「おう。そしたらみんなで――」

一海「……そういやあいつ、いねえのか」

青羽「……考えてる事はみんな同じだねい」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よォ!元気そうで何より!ハッハッハァ!』

 

 

 

 

 

 

 

あの狂った蛇が指定した、あの見慣れた廃工場に着くと。

鮮血の蛇は既にわたしを待っていたようだ。

 

 

 

何も変わらないあの朱。

何も変わらないあの忌々しい声。

何も変わらないあの憎き喋り方。

 

 

 

やはりこの狂気の道化はわたしの仇敵なのだと、再認識する。

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざ来てやったぞスターク……プレゼントがあんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

恐らくわたしから噴き出している憎悪の念が伝わっている事だろう。

わざわざその思いを止めてやる義理も無い。

 

 

 

今日こそはお前のその化けの皮を剥がして、その面を拝んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

『ククク。こりゃあ元気過ぎんなァ、おい?何か楽しい事でもあったのかよ?』

 

 

 

『例えば……どこぞの誰かが殺されそうになった、とか』

 

 

 

 

 

 

 

……まさか。

 

 

 

まさかこいつは黄羽ちゃんを襲った事と何か関係してんのか……

 

 

 

だけど襲ったのは北都のスマッシュのはず。

しかもそれに繋がる情報を渡してきたのもこの蛇だし……

 

 

 

……何が狙いなんだ、こいつは。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの少女を襲った事にお前は何か関係してんのか」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳には憎悪や嫌悪というよりも、疑問がどんどんと溢れ出ていく。

 

それはこの鮮血の蛇がきっと、わたしにとって意味がわからない存在だからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

こいつの目的は、本当になんなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『関係してると言えばしているし、していないと言えばしていない……ハッハッハァ!まるで謎解きみたいだなァ』

 

 

 

 

 

 

 

どこまでわたしを馬鹿にすれば気が済むんだこの腐れ蛇は。

 

 

 

……本当に、気持ちが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……ファウストは本当に北都と関係を持っていないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈を北都へと連れていったのはスターク。

つまり、北都政府と連中は何かしらの繋がりがあるはず。

 

 

 

 

 

 

 

……でもこいつはその北都政府にとって不利益な情報をわたしに寄越したりしているのも確か。

 

 

 

 

 

 

 

こいつの……ファウストの目的はなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

『んー……まァいいか。教えてやろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『元々北都と繋がっていたというよりも、まァ少々遊んでやっただけだ。だが連中は好き放題やってくれてなァ?だから見限った、が正しい』

 

 

 

 

 

 

 

やはり元々は繋がりがあったのか。

でも今は見限った……?

 

 

 

前に考えてた通り、仲違いしたって事か。

勝手に……というのはこの戦争の事なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ万丈を北都へと連れていった目的も――」

 

 

 

『いや?あれはただの気まぐれだ……ファウストが関係してないって言ったらまた違うかもしれねェけどよ』

 

 

 

『まァ万丈をどうのこうのするつもりはねェし。心配すんなよ、お姉ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

……クズが。本当に消し去りたい。

 

 

 

 

 

 

 

しかしどういう事なのだろう。

ファウストが関係はしているのか……?

 

でも気まぐれだとか言ってるしなこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

色々とおかしい気もするけど、こいつならわけのわからない行動をするのも……有り得る、か。

 

 

 

ただ滅茶苦茶にしたかっただけなのか、こいつは……

 

 

 

 

 

 

 

「お前の目的は……ファウストの目的はなんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

目的が一向に掴めない。

幻徳もあの後失踪したままだし……

 

 

 

本当に何がしたいんだ、こいつら。

 

 

 

北都や西都のようにパンドラボックスが欲しいのであれば、だったら最初から奪えばいい話だし。

 

北都と繋がる事すらも遊びと言い放つ程の力があるならば、そんな事容易く出来るんじゃないだろうか。

 

 

 

戦争を引き起こす……のであるならば今のこの状況はこいつらにとって好都合どころか思った通りの展開のはず。

 

 

 

 

 

 

 

一体何を望んでる……?

 

 

 

 

 

 

 

『今日も今日とて質問が多いなァ、おい?……少しだけ、教えてやろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺の……俺らの目的はな、絶望だ』

 

 

 

 

 

 

 

鮮血の蛇の言葉にとても震えてしまいそうになるわたしがいる。

その言葉を放つこの蛇から、恐ろしいほどの威圧感を感じたから。

 

 

 

身体中から危険信号を発している気がする。

 

 

 

あの時、初めてスタークと相対した、あの日のように。

 

 

 

 

 

 

 

「絶望って……これはまた随分だな」

 

 

 

 

 

 

 

動揺しているのを勘づかれてはいけない気がする。

気付かれたら最後、呑まれる気がしてならない。

 

 

 

目の前の、強大な何かに。

 

 

 

 

 

 

 

それは今まで戦ってきた中で間違いなく最強のあの黄金の戦士よりも強く、大きい存在のように感じてしまう。

 

 

 

やはりこいつは……

生かしておいてはならない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

『……ハッハッハァ!まァ気にすんな。今すぐ何かをやろうなんざ考えてねェしな……そんな目で見るなよ、泣いちゃうぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

今すぐ、って事は結局何かをやる気なんだろうが。

どうせ、本当に録でも無い事を。

 

 

 

 

 

 

 

……今起きてる戦争よりも悲惨な事をやる気なんだろう、お前は。

 

 

 

 

 

 

 

ふざけた口調で言ってるけど、内容はふざけているなんてモノじゃない。

 

 

 

……やばい気がしてならないよ、わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐに……ここでお前を倒した方が良さそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

東都の……いや、日本の平和のため。

みんなが笑顔と希望で包まれるため。

 

 

 

 

 

 

 

こいつはこのまま生かしておくわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

『ふん……別に遊びに付き合うのはいいけどよォ。お前、負けたんだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮面ライダーグリス……猿渡 一海に負けたんだろォ?じゃあ、俺に勝とうなんざ地球が滅んでも無理だ』

 

 

 

 

 

 

 

あの光景が脳裏を過る。

一海との最悪な勘違いで起こった、あの戦い。

 

 

 

あの……わたしの全てが通じなかった、あの時。

 

 

 

 

 

 

 

絶望的なまでの、わたしの弱さがわかった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「……うるさい、お前には関係無いだろ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしは無意識にビルドドライバーを手にしていた。

もう片方の手には、グリスに全く通用しなかった、あの力を。

 

 

 

……今のわたしの、最強の力を。

 

 

 

 

 

 

 

『はァ。まァいいか……そうしたら少し遊んでやろう』

 

 

 

 

 

 

 

……グリスには、一海には通用しなかったけど。

 

 

 

この力は今までとは比べ物にならないモノ。

今わたしが出来うる能力を駆使して創り上げた、最強にして最高の力。

 

 

 

 

 

 

 

……狂った蛇なんぞに、負けるわけが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に泣かせてやるからな、スターク」

 

 

 

 

 

 

 

『俺を泣かすのは……まァ、結構簡単かもな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは絶対に負けない。

もうあんな無様な所など絶対に誰にも見せない。

 

 

 

 

 

 

 

この力はマスターがわたしにくれた力だから。

わたしの愛する人が与えてくれた、希望の光だから。

 

 

 

 

 

 

 

マスターと……わたしの想いの力だから。

 

 

 

 

 

 

 

……もう、絶対に負けないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ラビットタンクスパークリング!】

 

 

 

【Are you Ready?】

 

 

 

 

 

 

 

「変身!!!」

 

 

 

 

 

 

 

【シュワっと弾ける!!】

 

 

 

【ラビットタンクスパークリング!!】

 

 

 

【yeah!!yeah!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか、ラビットとタンクのか……なんだか、色々と感慨深いモノだな』

 

 

 

 

 

 

 

一体何を言ってるんだこいつ?感慨深い?

何をわけのわからない事を……

 

 

 

 

 

 

 

……いや、いい。そんな事は、いい。

 

 

 

 

 

 

 

今はただ、目の前のこの蛇を倒す事だけに集中しろ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾けるような勢いでスタークの背後を取ったわたしは、そのままその背に強烈な蹴りを見舞う。

 

恐らく反応が出来ていないであろうスタークは吹っ飛ばされ、そのまま今は使われていない何かの部品を創ってたのであろう大きな機械に激突した。

 

 

 

手応えあり、だ。

 

 

 

恐らくあの蛇が過小評価してたであろうわたしの力。

そこに全力の蹴りを、しかも油断していた背中に叩き込んだんだ。

 

 

 

いくらあの蛇と言えど、ダメージが無いなんて事は有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

……グリスでさえ、なきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

『いてて……お前本当にグリスに負けたのかよ?結構強いな、それ』

 

 

 

 

 

 

 

あの時とは違い、充分とは言えずとも中々の衝撃は伝わったようだ。

あの蛇が、実際対峙すると勝てるとは思えない気もしていたあの蛇が。

 

 

 

未だ立てずに座り込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

『あー。いってーなもう……よいしょっ、と。ほれ、もう終わりか?』

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと立ち上がったスタークは、やはり身体中に衝撃が蓄積されているのだろう。

 

強がってはいるけど、足元はおぼついているようにも見える。

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱりこの力は強い。絶対強い。

 

 

 

グリスには……通用しなかったかもしれないけど、スタークになら。

 

 

 

 

 

 

 

勝てるかも、しれない……!!

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだあぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そう言って駆けたわたしが狙うは、あの蛇の鳩尾。

わたしが懐に入るのにも恐らく反応出来なかったであろうスタークは、そのままわたしの鉄拳を喰らう。

 

 

 

 

 

 

 

『ぐっ……やるな、戦兎』

 

 

 

 

 

 

 

息付く暇も与えずに、その勢いのまま全力の蹴りをスタークの顔面に浴びせる。

 

防御や回避する暇も無かったスタークは、そのまま見事に吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

全弾手応えあり、だ。

全て綺麗に入ったし、このまま――

 

 

 

 

 

 

 

『いってー……けど……やっぱり。うん、そうだな』

 

 

 

 

 

 

 

自分の強さを再確認出来て、ほんの一瞬余韻に浸ってしまったわたしの目の前に、本来そこには居ないはずの存在が居た。

 

 

 

 

 

 

 

たった今わたしが蹴り飛ばした相手。

本来ならばわたしから離れた場所で地に伏せているはずの相手。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの攻撃で、もがき苦しんでいるはずの蛇が。

 

 

 

一瞬で、わたしのすぐ目の前にまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……がはっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

何をされたのかよくわからないまま、わたしは後方に弾き飛ばされていた。

 

 

激痛が走るのは腹部。

お腹を殴られたのか、蹴られたのか……

 

 

 

 

 

 

 

痛みに耐えながらわたしに衝撃を与えた相手を見ると、禍々しい銃を持つスタークが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

その姿は。その出で立ちは。

あの時のあの戦士を思い出す。

 

 

 

わたしの脳裏に過る、あの黄金の戦士。

わたしの全てが通用しなかった、あの男。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー……グリス。

 

 

 

 

 

 

 

今のスタークは、まるでわたしの全てが通じなかったグリスとよく似ているように思えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『まず攻撃の全てが軽い。前に比べればかなり進歩したがな……だが、軽過ぎる。女だから、と言われたいのかな?』

 

 

 

 

 

 

 

……女だから。

 

 

 

わたしが気にしている1つの事。

それは、性別の差。

 

 

 

 

 

 

 

いくらビルドの力を纏ったとしても、男と女ではきっと差が出るのではないか。

 

この事はかなり以前から考えていた事。

万丈と……強くなろうと誓ったあの日から、考えていた事。

 

 

 

 

 

 

 

……女のわたしでは限界があるんじゃないか、という事。

 

 

 

 

 

 

 

「……黙れ。それ以上言ったら、殺す」

 

 

 

 

 

 

 

それを認めたく無いわたしは、強がりの言葉を吐いてしまう。

実際は腹部に走る痛みと衝撃で、立ち上がる事すら未だに出来ないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

『事実そうだろう……お前はグリスに負け、俺にも勝つ事が出来ない。その調子だと万丈との力の差も感じたんじゃないのか?』

 

 

 

 

 

 

 

狂気の蛇が吐く真剣なその言葉が。

わたしの必死に隠していた部分を突き刺していく。

 

 

 

 

 

 

 

どう足掻いても縮まるようには思えない、力の差。

どんどん引き離されていくような、成長の差。

 

 

 

 

 

 

 

正直、万丈の成長は凄まじかった。

まだ仮面ライダーの力を得る前のあいつですら。

 

 

 

組手をやっている時も、まだあの頃はわたしが勝っていたけど。

日に日に恐ろしいくらい強く、上達していってた。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが頑張って強くなろうともがき苦しんでる中。

まるで兎と亀のように、簡単に強さの壁を越えていく。

 

 

 

 

 

 

 

やっと完成させた、新しいわたしのこの力。

全精力を注ぎ込んで創り上げた、最強の力。

 

 

 

それを……いとも簡単に打ち破られた。

面白い、と罵られて……

 

 

 

 

 

 

 

……きっと万丈にもすぐ追い抜かれる。

 

 

 

絶対考えたくなかった事。

嫌で嫌で考えないようにしていた事。

 

 

 

 

 

 

 

女のわたしと、男の万丈たちの差……

 

 

 

 

 

 

 

……わたしにはそれが、埋められないような差に感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

グリスに……負けたのも……

 

 

 

 

 

 

 

『それが、現実だなァ。戦兎』

 

 

 

 

 

 

 

現、実……

 

 

 

わたしは女だから負けたのか。

わたしは女だから勝てないのか。

 

わたしが女だから……護れないの……

 

 

 

 

 

 

 

『どうするよ戦兎!……もう、やめるか。やめちまおうか』

 

 

 

 

 

 

 

『別にお前が戦わなくても他がいるしよ……お前は、ゆっくり平穏に暮らせばいいんじゃねーの?』

 

 

 

 

 

 

 

狂気の蛇のその言葉が、なぜか懇願にも似たような。

それを願っているかのようにも聞こえる。

 

 

 

その言葉は今までスタークから聞いた事がないような、とても優しく響いて。

 

まるで娘に諭す父親のように思ってしまうような。

 

 

 

なぜかわからないけど、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに、わたしは弱いよ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしはきっと弱い。

万丈や、一海や……スタークよりも。

 

 

 

 

 

 

 

でも、諦めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしには……護るべきものがあるから。託されてる想いがあるから」

 

 

 

 

 

 

 

この国のジャンヌ・ダルクだと言ってくれた東都の長。

共に護ろうと誓った可愛い妹。

わたしが護れなかった……大切な同僚。

わたしをヒーローと言った、小さな天使。

 

 

 

共に強くなろうと誓った、大切な弟。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしにこの力をあたえてくれたマスターのためにも……わたしは絶対に諦めない。足掻いて、抗って、もがき苦しんで」

 

 

 

 

 

 

 

「女だからなんて理由でわたしは諦めない……みんなの笑顔と希望を護るために戦う!だから強くなるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしに愛を与え、力を与えてくれたマスター。

わたしに力を持つ者としての在り方を教えてくれたマスター。

 

 

 

わたしに全てをくれたマスターのためにも。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは……確かに挫けそうになるし、辛い事もいっぱいあるけど。

 

 

 

絶対に投げ出したりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしは絶対に、諦めたりはしない」

 

 

 

 

 

 

 

なぜ敵であるスタークにこんな事を言っているのか、それはわたしにもわからない。

 

 

 

でもあの優しく聞こえたような声で話すスタークに、言わなければいけない気がした。

 

 

 

それはどこか、使命感のような。

わたしの全てを見ているような、この蛇に。

 

 

 

 

 

 

 

……どこか、マスターの面影があるこいつに。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの想いを伝えなければいけない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら……それは、きっと。

やっぱりマスターと重ね合わせてしまう、愚かなわたしがいるからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

『そう、か……あぁ、わかったよ。お前の気持ちが、覚悟がわかった』

 

 

 

 

 

 

 

こいつは……何がしたいのだろう。

時折見せるこの感じは……何を想い、考えているのだろう。

 

 

 

わたしの心を弄ぶ、というには些か違う気もする。

だからといって、味方とは対極の場所に坐している。

 

 

 

 

 

 

 

お前は……何がしたいんだよ、スターク。

 

 

 

 

 

 

 

『その言葉が聞けたからな……ほら、例のプレゼントだ。受け取れよ』

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってスタークが投げ渡してきたのは、見覚えのあるモノ。

かつてこの蛇が渡してきた、あのデータが眠るモノ。

 

 

 

 

 

 

 

何かの情報が宿る、USBメモリ。

 

 

 

 

 

 

 

「また……?今度は何?」

 

 

 

 

 

 

 

以前は確か……PROJECT BUILD、だったか。

葛城 忍、だとかいう人物が残したモノ。

 

その男は、戦争用の兵器として仮面ライダービルドを創り上げようとしていた、外道の科学者。

 

 

 

 

 

 

 

もしかして今回も同じようなモノ……?

 

 

 

 

 

 

 

『諦めないお前の……力と成りうるモノだ。ただし、その力は強大。そして力には、代価が伴う……わかるな?』

 

 

 

 

 

 

 

力と成りうるモノ……?

一体何を渡してきたんだ、こいつは?

 

 

 

というか、なぜそんなモノを……?

 

 

 

 

 

 

 

あの葛城 忍のデータといい、今回のといい。

こいつは本当に何がしたいんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

『以前にも言ったろう。闇に呑まれるな、と。忘れるなよ。力に溺れ闇に取り憑かれたら最後、お前はこちら側だ』

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば前に……こいつと初めて対峙した時にも同じような事を言われた気がする。

 

 

 

心の闇に呑まれるな、お前は正義のヒーローだろう。と……

 

 

 

 

 

 

 

こいつは……わたしに何をして欲しいんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

『……まァ有意義に使う事だ。そしたら俺はこの辺でお暇する――』

 

 

 

「待て!!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの絶叫のような、遠吠えのような音が響く。

眼前に立つ、蛇を逃さぬように。

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……あの葛城 忍のデータといい、今回のこれといい……何がしたいんだ?わたしに何をさせたいんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっとずっと疑問に持ち続けている事。

 

ゲームだのゲームメーカーだのとスタークは言ってるけど、わたしにははぐらかしているような気がしていた。

 

 

 

お前はわたしに……何をさせるつもりなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

『……前に言っただろう?俺はゲームメーカーだ。全ては、バランスなんだよ』

 

 

 

『片側だけが強過ぎては全く面白くない、ただの駄作だ。それでは駄目なんだよ。全く意味を成さない』

 

 

 

 

 

 

 

狂気の蛇の言葉が、たまに出るあの真剣な言葉へと変わる。

いつもの狂った蛇とは思えない、また違う恐怖。

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたらこいつが全ての諸悪の根源ではないかと思えるような、邪悪な何か。

 

 

 

 

 

 

 

『全ては先でわかる事。今は早い……高みで待っているから早く登ってこい。憐れな兎よ』

 

 

 

 

 

 

 

先でわかる……?

もしかしてさっきスタークが言っていた絶望、とかいう目的の事?

 

 

 

 

 

 

 

……脳をフル回転しても全くわからない。

 

 

 

 

 

 

 

こいつは……何を……?

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃ本当に俺はこの辺で、チャ――』

 

 

 

「パスワード!!パスワードあんでしょ!また!!」

 

 

 

 

 

 

 

色々とわからない事だらけだけど。

身体が上手く動かせない今、あの蛇が逃げるのを止める手段は無い。

 

 

 

 

 

 

 

だったら、大切な事を聞いておかないとね。

前のUSBメモリのやつもふざけたパスワードがあったし。

 

 

 

どうせ今回もあるんでしょ。

あのめんどくさいやつが。

 

 

 

 

 

 

 

『あァ……あれか。そうだなァ……うーん』

 

 

 

 

 

 

 

やたらと渋るこのど腐れ蛇を見ていると、本当にわたしに何かを渡す気があるのかと思ってしまう。

 

 

 

以前のやつなんか3回間違えたら全消去とかいうふざけたやつだったし。

 

本当に渡すつもりないだろ、アレ。

 

 

 

 

 

 

 

なんか簡単な答えだったからたまたま消えないで済んだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし!ならばヒントをやろう。答えを渡すのは簡単だが、それじゃあ考える力が養われないからなァ。そうだろ?』

 

 

 

 

 

 

 

どこか楽しそうなスタークが本当に腹立たしい。

お前渡すつもり無いだろ。

 

 

 

もしかしたらこんな所までゲームだとか思ってんのかな、こいつ……

 

 

 

 

 

 

 

間違えて全部消えたらどうすんだよ、おい。

 

 

 

 

 

 

 

『ヒントは【Pericolo】そして【この世で最も使われている言語】だ……大サービスだな、こりゃ』

 

 

 

 

 

 

 

Pericoloって確か……うん、確かそうだ。

それにこの世で最も使われている言葉って――

 

 

 

 

 

 

 

『それではこの辺で……頑張れよ、戦兎。Ciao♪』

 

 

 

「おい!ちょっと待……て……」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが引き留めようとした時にはもう、あの鮮血の蛇は煙と共に消え去っていた。

 

いつも通りに、プレゼントと称して何かを渡してきて。

 

 

 

 

 

 

 

色々と気になる事は多いけど、もう居なくなったあのふざけた蛇はとりあえず置いといて。

 

 

 

 

 

 

 

あいつが渡してきたUSBメモリ……それにあのヒント。

ヒントから導き出した答えがあっているのならば……これは一体……?

 

 

 

 

 

 

 

……まあでも、調べればすぐにわかる事。

 

 

 

身体も動けそうだし、早く帰って美空の暖かい紅茶でも飲みながら調べるとするかあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと歩けるまでに身体が動かせたわたしは。

ゆっくりと帰路に着いた。

 

 

 

帰りの道中、何回まで間違えられるのだろう、とかもし1回でも間違えたら全消去されるとかだったらどうしよう、とか考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

敵であるはずの蛇から渡された、新しいわたしの力になるのかもしれないモノを。

 

 

 

わたしはどこか、楽しみにしていた。

それがどういったモノなのか、真意をわかろうともせずに。

 

 

 

 

 

 

 

力には代価が伴う。

代価無くして、力を得ようなどと。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事は、愚かな事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身をもって知るのは、いつの日か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








美空「遅いねー戦兎」

黄羽「んねー。ケーキ無くなっちゃうねー」

美空「……実はまだまだあるんだしぃ♡」

美空「黄羽っち!食べちゃう!?」

黄羽「ほおおおさっすがみーちゃん!」

黄羽「もちろん食べるー♪」

美空「戦兎にはお仕置きが必要だしね」

美空「私たちだけで食べちゃお♡」

黄羽「食べちゃおー!」






戦兎「身体痛いよお……」

戦兎「でも早く……帰らないと……」

戦兎「ケーキがわたしを……待ってるから」



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phase,52 危険な果実





香澄『あら?なんでお父さんたちが北都に?』

香澄『もしかして龍我に会いに来たのかな』



香澄『……ふふふ』

香澄『本当に龍我の事お気に入りなんだから』

香澄『あの時も……ずっと信じてくれたし』

香澄『……会いたいな、お父さんたちにも』



香澄『……だめだめ!』

香澄『落ち込んでてもしょうがないよね!』

香澄『またお散歩でもしながら観察しよーっと……』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い切り蹴られたり殴られた所が痛む。

だけど……身体はもちろん痛いけど。

 

それよりももっと痛む所がある。

 

 

 

きっとそれは、まだ俺が甘い証なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦兎がかなり強くなっていた事に想いを馳せる。

 

最初の頃などスマッシュとの戦いで毎回ボロボロになって帰ってきてたあの娘が。

なんというか、成長とは早いモノというか。

 

 

 

 

 

 

 

しかもあの力……

まさかラビットとタンクとはなぁ。

 

 

 

本当に感慨深いモノがある。

一種の感動のようなモノを感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……録でも無い感動だけど、さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがあのままじゃダメだ。

 

 

 

あの子にはもっと強くなってもらわねば困る。

更なる高みへと登ってもらわねば困る。

 

 

 

 

 

 

 

まだ……足元にも来ていないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもあの強大な力を戦兎はどう奮うのだろう。

ずっとあのままでいられるだろうか……

 

 

 

あの力は破壊の力。

あの力は破滅の力。

 

 

 

あの力は……俺本来の力によく似た、絶望の力。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ……まさかあんな事を口走っちまうとは」

 

 

 

 

 

 

 

つい戦兎に投げかけてしまった、懇願のような言葉。

傷だらけになっていく最愛の娘を見て、つい本心が零れてしまったあの言の葉。

 

 

 

 

 

 

 

正直、もう見たくなどない。

身も心も削れていく戦兎を見たくない。

 

 

 

だから、つい出てしまった。

親の……我儘なのだろう。

 

 

 

……言うべきではなかった言葉だったのに。

 

 

 

 

 

 

 

もしあの場で戦兎がこれ以上の戦いを拒んだら。

俺はどうするつもりだったんだろう。

 

その事を受け入れ、戦いから遠ざけるつもりだったのだろうか。

 

 

 

そんな事、出来るはずないのに。

 

 

 

 

 

 

 

戦兎の代わりなど誰もいない。

あいつにしかやらせられない事なのに。

 

 

 

 

 

 

 

俺は何をやってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう覚悟は決めたはずだろう、くそ野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしあの時の戦兎の目は。

 

 

 

希望に輝いていた眼だった。

先を視る、未来を創ろうとする瞳。

決して屈しない、力強いモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

……戦兎なら、大丈夫だよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇に屈するなよ、戦兎。

 

 

 

その力は光の力などではなく、闇の力。

護るというよりも、壊すモノ。

 

ひとたび間違えてしまえば、自らが絶望を運ぶモノとなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

……信じているよ、戦兎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いつの日か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめんっ!許してお姉ちゃん♡」

 

 

 

 

 

 

 

美空ちゃんが煌めくようなお顔で謝罪してきても、わたしの心が晴れる事は無い。

 

 

 

むしろこの可愛い妹から悪意すら感じてしまう。

きっとわたしをいじめて楽しんでるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとにほんとにごめんよお、戦兎ねえ!今度なんか買ったげるから!」

 

 

 

 

 

 

 

うん黄羽ちゃん。とりあえずお口の周りの生クリーム落としてきてくれないかな。

 

余計わたしの心がブレイクしちゃうから。

ケーキが全て消え失せた現実がわたしに襲いかかってくるから。

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、はい。大丈夫っす。わたしが悪いんで」

 

 

 

 

 

 

 

少しくらい残しておいてくれてるよね?なんて甘い考えは通用しなかった。

現実はホイップクリームみたいに甘くはなかった。

 

 

 

むしろマスターが創造するコーヒー並の破壊力を持ったモノだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……そしたらさ、パンケーキ作ったげるから!ね?」

 

 

 

 

 

 

 

……しょうがない子だ、美空たんは!

 

 

 

それで我慢しといてやるか、うんうん。

 

 

 

 

 

 

 

「そういやさ、戦兎ねえいきなり出てったけどどったの?」

 

 

 

 

 

 

 

あー……そういやケーキの話で忘れてた。

帰ってきてそうそうスイーツタイム終了のお知らせの悲報を聞かされたしね。

 

 

 

 

 

 

 

……まあでも。この子たちを巻き込む事じゃない。

 

わざわざ話して不安にさせる必要も無いし。

ただでさえ黄羽ちゃんは色々あったし。

 

 

 

 

 

 

 

「ただの知り合い!まあ……嫌いなやつから、かな」

 

 

 

「んんん!だから嫌がってたのかあ!そかそか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そーいやさ。黄羽ちゃんってどんなやつに襲われたのか覚えてる?」

 

 

 

 

 

 

 

生クリームとメイプルシロップがたっぷりのパンケーキを堪能しつつ、例の件を。

 

ちなみに美空と黄羽ちゃんはもう食べられないらしく、わたしだけ頂いている感じ。

どんだけケーキ食べたんだこの子ら。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん……カシラに似た感じの人だったなー。それになんだかとっても冷たい雰囲気が出てた!」

 

 

 

 

 

 

 

一海に似た人?

もしかして一海に擬態してた……とかなのかな。

 

 

 

いやでもスタークが言うには確か、見分けがつかないほど完璧に擬態が出来るはず。

 

そうなると似てるっていうのはおかしいよね。

つまり……単なる偶然なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「あたしをもう一度襲いにきたのもその人だったし、間違いないよ」

 

 

 

「本当にまた来たの!?」

 

 

 

 

 

 

 

確かスタークに助言されて、あのスマッシュが黄羽ちゃんをまた襲いにくるかもしれないと一海に言ったって万丈はわたしに言ってた。

 

万丈の話、意味不明過ぎる所が多くてよくわかんない事だらけだったけど。

 

 

 

 

 

 

それは今はいいとして、万丈はあくまであの場を凌ぐために言っただけだったのに……

本当に襲いに来てたのか。

 

 

 

通りで一海があんなに慎重になったわけだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!でもへーきだよっ!……ちょっと怖かったけど」

 

 

 

 

 

 

 

まだ16歳の女の子からしたらそりゃあ怖いなんてモノじゃないだろう。

ただでさえいきなり襲われて怖かったろうに、更に追い打ちをかけるようにその後も同じ人物から殺されかけたんだ。

 

 

 

トラウマになって怯え震えてもおかしくない。

 

 

 

それにしてもよく気付いてくれたよ。

北都の兵士も中々――

 

 

 

 

 

 

 

「スタークさんっていう人が助けてくれたんだよ!」

 

 

 

「見た目や雰囲気は最初怖かったんだけど、でも実はとっても良い人だったんだあ!」

 

 

 

「まあカシラには勝てないけど……ちょっとかっこよかったな」

 

 

 

 

 

 

 

……ん?

 

今この子……スタークって言わなかった?

しかも見た目や雰囲気が怖いって……

 

 

 

いや。いやいや、まさかそんなはずは……

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ黄羽っち、スタークって――」

 

 

 

「しかもね、リンゴ剥いてくれたんだけどさあ。めっちゃ下手っぴなの!笑っちゃったよお」

 

 

 

 

 

 

 

姿を見た事無い美空も名前で気付いたみたいだ。

そりゃそうか。そんな名前の人が日本に、しかも身近に数多く居るわけがない。

 

 

 

いやでも……さすがにあいつなわけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

……とゆーか待って。リンゴ?

 

 

 

どういう事。リンゴって何。

リンゴ剥いてくれたとか言ってなかったかこの子。

 

 

 

 

 

 

 

「でね、他にも――」

 

 

 

「ちょっと待って!黄羽ちゃん、そのスタークって……どういう見た目の人だった?」

 

 

 

 

 

 

 

なんだか楽しそうに話してる黄羽ちゃんを見てると、やっぱりあの狂った蛇ではないと思うけど……

 

 

 

それにリンゴ剥いてくれたって。

あの蛇がそんな事してんの想像出来るわけないし。

 

 

 

 

 

 

 

まさかわたしがよく知ってる方のあのスタークじゃないよねー。

多分海外から日本に移住してきたちょいワルイケメン兵士みたいな――

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?んーとね……身体が真っ赤っかで、カシラや戦兎ねえの仮面ライダーみたいな感じ!」

 

 

 

「それとねー……蛇!蛇みたいな人!」

 

 

 

 

 

 

 

身体が真っ赤で仮面ライダーみたいな。

そして更に蛇みたいなやつ……

 

 

 

 

 

 

 

あー。間違いないなこれ。

そいつわたしが知ってるスタークだわ。

間違いなくあの鮮血の蛇だわ。

 

どう考えてもちょいワルじゃなくて最悪の方だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしなぜ……?

なんで黄羽ちゃんを助けたんだ、あいつ……

 

 

 

わたしに色々と寄越してくるのはまだバランスだのなんだのとふざけた理由でもわかるけど……

なんで黄羽ちゃんを……?

 

 

 

 

 

 

 

「そいつ……助けてくれた時に何か言ってた?」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんが連中にとって死んでしまっては困る存在、っていう事?

スタークやファウストにとって黄羽ちゃんは何か鍵を握る人物って事?

 

まさかあの連中が意味も無く誰かを助けるなんてしないだろうし。

 

 

 

その対極に存在する連中だしなあ……

 

 

 

 

 

 

 

「んー……怖かったね、って。もう大丈夫だよ、って。俺が着いてるから安心しろ、って。そんな感じだったと思う」

 

 

 

「ほんとにすっごい優しかったんだよー!カシラたちが帰ってくるまでずっとお喋りに付き合ってくれたし!」

 

 

 

 

 

 

 

……余計に謎が深まったんですけど。

 

 

 

うーん……なんだろ。

あいつは何がしたかったんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱりあいつらにとって、黄羽ちゃんが何か重要な存在だからなのかな。

 

 

 

でも聞いている感じだと初対面みたいだし。

元々一海たちと一緒に暮らしてたって聞いてるし、ファウストとの接点はないはず……

 

 

 

もしかして黄羽ちゃんのスマッシュと何か関係があるとか?

 

 

 

 

 

 

 

……どちらにしろ、これ以上接触させるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「だから今度ね、スタークさんにも言ったんだけど!戦兎ねえやみーちゃんにも――」

 

 

 

「黄羽ちゃん!そいつは……スタークは、悪いやつなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

なんだかスタークを気に入っちゃってるみたいだけど、あいつはそんな良いやつじゃない。

黄羽ちゃんみたいな女の子が関わっていい存在じゃない。

 

 

 

あれは……悪を具現化したようなモノだ。

 

 

 

 

 

 

 

「スタークはね、黄羽ちゃん。ファウストっていう……世界を混沌とさせようとしている悪い連中の集まりなんだよ」

 

 

 

「しかもね。わたしや万丈も、あいつらに人体実験されたりしたの」

 

 

 

 

 

 

 

なぜ黄羽ちゃんを助けたのか、その真意はわからないけど。

きっとそれすらもあいつらが描く、録でも無い何かから外れないため。

 

 

 

もしかして北都と仲違いしている原因も黄羽ちゃんにあったのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「な、なに言ってるの戦兎ねえ!スタークさん、とっても良い人だったよ?あたしの事助けてくれたし、すっごい優しかったし――」

 

 

 

「黄羽ちゃん、それがあいつらのやり方なの。もしかしたら黄羽ちゃんを取り込もうとしているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

「それにあいつらは万丈の彼女を……香澄さんを殺したんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

香澄さんが死んでしまったあの日。

万丈が決意したあの日。

 

 

 

……香澄さんを死に追いやったのはローグだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

でも、その組織の一員であるのは間違いない。

香澄さんを殺したローグが所属する組織に、あのスタークも属している。

 

 

 

しかも、かなり上の立場のモノだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

そんな連中が、良いやつなわけがない。

あんなふざけた思想を持つやつが善良なわけがない。

 

 

 

人が簡単に死んでしまうような事を平然とゲームと称しやるような輩が、正義なわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

「スタークさんが……万ちゃんの……?」

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか万丈は黄羽ちゃんとも仲良くなっていたのか。

まさか万ちゃんとは……それでいいのか団長。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事はどうでもいいとして、黄羽ちゃんにはしっかりと理解しておいてもらわないと。

 

また接触してくる可能性は非常に高い。

あの狂気の蛇の事をそんな風に認識していたら大変な事になってしまう。

 

 

 

きっと……悲惨な結果になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「助けてもらったのは事実なんだろうし、受け入れるのは難しいかもしれないけど……」

 

 

 

「あの蛇は、スタークは。わたしたちが考えてる以上に悪意に満ちたやつなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたらそれがあのふざけた連中の狙いなのかもしれない。

わたしもあの蛇がもしかしたら良いやつなのかもしれないと思ってしまった事があるぐらいだし。

 

 

 

人心掌握に長けているんだろうな、あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

……あの人類の敵は。

 

 

 

 

 

 

 

「おろおろしながらリンゴを剥いてくれたスタークさんが、あたしにはそんな人に思えないけど……」

 

 

 

「でも……うん、わかった……」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんの表情は未だに晴れないし、スタークの事をそんな風に思えないように感じられる。

 

 

 

でもこれ以上は……

この子がパンクしちゃうかもしれない。

ただでさえ色々な事があり過ぎていたんだし。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしが気をつければいいか。

 

連中が接触出来ないようにわたしが気を張っていればいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

それに一海たちにも伝えなきゃ。

一海たちが帰ってくるまでスタークは居たみたいだし、もしかしたら黄羽ちゃんと同じような勘違いをしているかもしれない。

 

 

 

黄羽ちゃんの身が危ない、って事を真摯に伝えたらわかってくれるだろう。

特に一海は黄羽ちゃんの事をとても大切な存在だと思っているし。

 

 

 

わたしの事を問答無用で殺そうとしたぐらいだからね。

きっと黄羽ちゃんよりもわかってくれるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「でも……そんな人には見えなかったんだけどなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

不思議そうに思い出しているように見えるこの子は、やっぱり純粋だからなのだろう。

 

あの蛇の事さえも友達の事のように話してしまうんだから。

 

 

 

 

 

 

 

……それにしても。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにさ……ぶっ……黄羽ちゃん。ぶふっ……リンゴって、どゆ事?」

 

 

 

 

 

 

 

想像したら吹き出してしまった。

 

あのいつも狂ってる蛇がリンゴ剥いてたって……

どういう状況なんだそれ。

 

 

 

全く似合わないんですけど。

ただのコントにしか見えないんですけど。

何やってんだあの狂った道化は……!

 

 

 

 

 

 

 

「へ?んんんー……お腹減っちゃってさ。近くにリンゴがいっぱいあったから、剥いてって」

 

 

 

「最初は嫌がってたけど、なんだかんだ剥いてくれたんだあ!途中からノリノリだったよ!」

 

 

 

「ぶふぉ!!だめだお腹痛い!ひゃあー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

だめだ笑いが止まんねーんすけど。

面白過ぎるだろあの蛇。

 

 

 

ノリノリでリンゴ剥いてるスタークとかなんだよ。

お前そんな事してる暇があったのか。

 

ぜひ見たいわその姿……ぶふっ。

 

 

 

 

 

 

 

というか……あの蛇にリンゴ剥かせる黄羽ちゃんがすげーな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっひゃっひゃ!だめ、想像したら笑いが……」

 

 

 

「みーちゃん。戦兎ねえ、頭大丈夫かな?」

 

 

 

「うーん。まぁいつもおかしいからね、この姉は」

 

 

 

 

 

 

 

なんだかとてつもなくバカにされた気がしたけど、今のわたしはそれどころじゃない。

 

あのスタークが『リンゴ美味しいだろォ?ん?』って少女に言ってる姿がリピートされて止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

だめだろ。破壊力あり過ぎだろ。

あれか?そういう感じなの?

あの角みたいな所にリンゴ刺して渡すの?

 

 

 

だめだっ。辛いっ。面白過ぎるっ。

 

 

 

 

 

 

 

「……『今回は上手に剥けたぞォ、おい?』」

 

 

 

「ちょっ、黄羽ちゃん!!真似っ、真似しないでっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっ、ほんとにっ……無理だからっ。

あいつそんな事をっ……ぶふっ。

 

 

 

 

 

 

 

だめだ……次あいつに会ったら確実にリンゴが頭から離れない。

 

 

 

 

 

 

 

……逆にリンゴをネタにしてバカにしてやろうか。

 

いつも舐められてるし。

たまにはやり返してやらなきゃな。そうだそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『リンゴォ……リンゴォ……』」

 

 

 

「ぶっひゃっひゃっひゃ!黄羽、ちゃんっ!もう無理だからっ」

 

 

 

 

 

 

 

「『リンゴいかがっすかァ』」

 

 

 

「止めて美空っ!!なんで知らないのに……ひゃっひゃっひゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――笑い過ぎた。腹痛ぇ。

 

 

 

いきなり始まった【どきどき!?第1回ものまね禁断の果実杯!】で、わたしのお腹は瀕死状態となってしまった。

盛り上がり過ぎた。面白過ぎたわ。

 

 

 

ついわたしもやっちゃったし。

『これがリンゴの現実だ、戦兎』は会心の出来だったと思う。

 

 

 

というか美空は知らないはずなのにクオリティ高過ぎるだろ。

『皮剥きィ……したァい……』はダメだった。あれは反則だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずそれはいいとして、っと」

 

 

 

 

 

 

 

もう美空と黄羽ちゃんはおやすみタイム。

2人仲良く同じベッドで寝るらしい。

 

わたしも眠いけど、その前にnascita laboでちょっとある事を。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても美空と黄羽ちゃんは本当にめちゃ仲良くなったみたいで、2人のお姉ちゃんとしては嬉しい限り。

 

 

 

 

 

 

 

……これが終わったらわたしもベッドに潜り込んでやろうかな。

 

なんか仲間外れみたいで寂しくなってきたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいや。そんな事考えてる場合じゃないっての」

 

 

 

 

 

 

 

さっきのものまね祭の余韻がまだ残っているからなのだろうか。

集中出来ないわたしがいる。いかんいかん。

 

 

 

 

 

 

 

これを調べないといけないからね。

あの……ぶふっ。スタークから渡されたUSBの中身を。ぶふぉっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう。やっと少し落ち着いたかな。さて、と」

 

 

 

 

 

 

 

前と同じように愛用のパソコンにUSBメモリをセットして開くと、以前とは少し違う画面が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

今回のは真っ黒の背景に、パスワードを打ち込む所が出ているのみ。

なんだか禍々しい感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

「さーてと。まずは何回ミスれんのか解析すっか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やっぱり。全く同じ。

 

 

 

結果から言うと以前と全く同じ。

正しいパスワードを入力しない限り開く事は出来ないし、3回間違えたら即終了のくそ仕様。

 

 

 

……いる?このセキュリティ?

 

 

 

 

 

 

 

渡すぐらいだったらパスワード外せっつーんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「確か……Pericoloと世界で最も使われている言語、だったかね」

 

 

 

 

 

 

 

あのリンゴみたいに赤い蛇が言っていた、この錠を開けるための鍵に繋がる2つのヒント。

 

 

 

まあそのヒントの言葉の意味自体は簡単だけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Pericolo。

これはイタリア語で危険や危機、危険有害性って意味を現すモノ。

 

簡単に言えばとても物騒な言葉だ。

 

 

 

 

 

 

 

そして世界で最も使われている言語。

これは英語で間違いないだろう。

 

中国語も可能性としては高いけどね。

でも世界全体で使用されている言語となれば、まず間違いなく英語だろう。

 

 

 

世界共通言語として頭1つ飛び抜けてるだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

Pericolo……危険、危機。そして英語。

簡単に考えればPericoloを英訳しろ、って事なのだろうけど……

 

 

 

 

 

 

 

……Hazard、でいいのかね。

 

これまた物騒な言葉だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

そういやあの蛇、力がどうとか言ってたな。

もしや危険が伴う力、って言いたかったのかね。

 

 

 

いやでも闇に呑まれるなよって言ってたし……

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたら録でも無いモノなのかもしれない。

 

 

 

でも今のわたしには……

必要な力だという事も間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

どちらにしろ、わたしがしっかりとすればいいだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以前に……正解かどうかもわからんけど」

 

 

 

 

 

 

 

そもそも間違えてる可能性だってあるしね。

 

 

 

わざわざこんなバカみたいなセキュリティにしてるんだし、前みたいに簡単にいくなんて事は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これもう最初からパスワード外せよ」

 

 

 

 

 

 

 

うん。やっぱり正解だった。

普通に一発クリアでした。

 

 

 

こんなのもうパスワード要らないじゃん。

何これ?誰がセキュってんのコレ?

暇なの?やる事ないの?

 

 

 

 

 

 

 

……まあわたしとしては有難いけども。

 

 

 

 

 

 

 

「……えーっと、なになに?」

 

 

 

 

 

 

 

このセキュリティを創ったやつにかなり呆れながらも画面に注目すると。

 

 

 

そこにはわたしが今まで考えつかなかったモノが記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

新たなるわたしの力になるであろうモノ。

その概要と、設計図。

 

 

 

それは恐らく、ほとんどの人間が理解出来ないシロモノ。

 

 

 

 

 

 

 

……わたしには手に取るように理解が出来るシロモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

この時、わたしはまだ知らなかった。

 

わたしを更なる高みへと誘う新しい力が手に入る喜びと、科学を追求する者としての好奇心が、その黒い影を見えなくさせていたからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

この力を……Hazardの名を冠すこの力の意味を知ろうともせずに。

 

 

 

わたしはただ、目の前に広がるその狂おしいまでに魅力的な存在に。

 

 

 

ただただ、胸高鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふん……なるほど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……【ハザードトリガー】か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 








戦兎「はい!戦兎さんいっきまーす!」


戦兎「……『憐れなリンゴ』」

戦兎「『そして愚かなリンゴよ』」

黄羽「あはははは!似てるー!そっくりっ!!」



美空「私も負けないしぃ!う"ぅんっ」


美空「『あァ?皮剥きは俺の十八番だぜェ?』」

戦兎「ぶっふぉぉ!!!!」

黄羽「ひーっ!あひゃひゃひゃひゃ!!」



黄羽「んんん!あたしもまだまだ!」


黄羽「『お嬢さん。リンゴと俺、どっちが好きだ?』」

戦兎「イケメンっっ!!ぶっひゃっひゃっひゃ!」

美空「かっこよすぎるっ!!あはははは!」







惣一「へっくしゅ!」

惣一「ずずっ……なんだ。風邪引いたかな」



戦兎・美空・黄羽「「「あははははは!」」」



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phase,53 どうしようもないやつら





佳奈「……なあに」

紗羽「ほ、ほら!佳奈ちゃん!」

紗羽「こ、今度こそ一緒にお菓子食べよ?」

佳奈「……だいじょうぶ」

紗羽 (なぜ私のは受け取ってくれないの……!)

紗羽「もしかしてこのお菓子嫌い?」

佳奈「……どっちかっていうとすき」

紗羽「じゃあなぜ!?」

佳奈「でも、だいじょうぶ」

紗羽「……うぅ」


黄羽「佳奈ちゃーん!」

佳奈「あっ!きばおねえちゃん!」

黄羽「一緒にお菓子食べよーよっ!」

佳奈「うん!たべるー!」




紗羽「なぜ……私だけ……」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かがわたしの名を呼んでいるような気がして目が覚めると、目の前には様々なデータが表示されている画面のままのパソコンがあった。

 

 

 

どうやらあのまま寝てしまっていたようだ。

 

相当疲れていたからなのかもしれない。

まあ色々とあり過ぎたし……脳が悲鳴をあげても当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

 

目の前の画面に広がるのはあの、ハザードトリガーという新しい力について。

 

 

 

簡単に言ってしまうと……凄まじいモノだ。

今までのわたしの力が軽く霞んでしまうほどの力を与えてくれるモノ。

 

ここに書かれている事が本当であるならば、正に鬼神の如き力が得られるかもしれない。

 

 

 

使用した者の脳と身体のリミッターを外すようなシロモノってのがわかりやすいのかな。

 

ネビュラガスを全身に流し、本来出せるべき力の限界を無理やり超える、みたいな感じ。

 

細かく言うとちょっと違うけども。

 

 

 

 

 

 

 

まあ……スタークが言ってた力の代価ってこれの事なのかね。

 

Hazard、つまり危険。

リミッターを強制的にこじ開けるから自身の身体に危険を及ぼす可能性がある、みたいな。

 

 

 

全ては等価交換、だもんね。

大いなる力であればある程その力には代償を伴う、か。

 

 

 

 

 

 

 

……でもスタークが言ってた、力に溺れるなとか闇に呑まれるなとはまた違う気もするけど。

 

その強大な力に酔って強さのみを追い求めるな、とかそんな感じかね。

 

 

 

 

 

 

 

……どっかの狂った連中じゃあるまいし。

 

わたしには無縁な話だ。

わたしが強さを追い求める理由はただ1つ。

 

 

 

みんなの笑顔と希望を護るためだもん。

護れる力だから、溺れたりなどしない。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎ー!寝てんのー?ほら、ご飯だしー!!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが目覚めたのは美空のおかげか。

ついさっき呼ばれたような気がしたのも、美空が朝ご飯の開始を宣言してたからなのだろう。

 

 

 

通りで良い匂いがしたわけだよ……♡

 

 

 

 

 

 

 

まあとりあえずこの新たなる力は後にして、今は美空の美味しいご飯が優先だ。

ご飯を食べ終わった後にでも開発にとりかかればいいし。

 

 

 

……楽しみっ。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!今行くよー――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おぉい、カシラ!怒んないで下さいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

……バカ野郎。本当にバカ野郎が。

 

 

 

俺に黙ってそんな事しやがって。

勝手にふざけた事やりやがって。

 

なんでお前らが……くそっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「カシラぁ、俺らは自分で選んだんですよう……これから何があってもカシラを護るために」

 

 

 

「それに黄羽も……もうあんなのは懲り懲りなんでさぁ」

 

 

 

 

 

 

 

こいつらは何もわかっちゃいねえ!!

自分たちがなんて事をしちまったのわかってんのかよ……

 

 

 

 

 

 

 

……あの婆、こいつらに唆しやがったな。

 

 

 

 

 

 

 

「……おめえら、自分たちが何をやったのかわかってんのか」

 

 

 

 

 

 

 

何が俺や聖のためだ……!

そんなモンに手ぇ出してお前らが居なくなっちまったら意味ねえだろ!!

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんな事に……

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう!!大丈夫ですぜカシラ!!気をつけるし!それに……俺らも強くならねえと隣に立てませんから」

 

 

 

 

 

 

 

誰が隣に居てくれなんて言ったよ!!

お前らにはこんな世界とは無縁の場所に居てほしいのに……

 

 

 

 

 

 

 

なんで、なんでなんだよ!?

なんで……そんな事をやっちまうんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら……それ、治せねえのか」

 

 

 

 

 

 

 

治せるんだったら今すぐそのふざけた力を取り除かねえとだめだ。

いくら戦兎と殺し合いなんかするつもりはないとは言え……西都と戦争になる可能性だってある。

 

 

 

それにもし仮面ライダーが汎用型の兵器として数多く戦争に投入されるなんて事になったら……

 

 

 

 

 

 

 

そうなったら、保証は無い。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫ですよい!何があっても俺たちは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――黄羽っち!ほら、食べながら寝ないの!」

 

 

 

 

 

 

 

清々しい朝……って言いたいけど今日も外は雨模様。

なんだかちょっぴり不安になってしまうような、そんな気分になっちゃうわたしがいる。

 

 

 

胸騒ぎがするというか……なんだか上手くいってくれない気がするような。

 

 

 

 

 

 

 

でも一海なら……上手くやってくれるよね。

 

 

 

 

 

 

 

「ふにゃ……みーちゃん……おやす、み……」

 

 

 

「だーかーらー!起きてしぃっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

そんなわたしの想いとは裏腹に、妹2人は仲睦まじい。

今日も今日とて微笑ましい限りだ。

 

 

 

脳震盪を起こしてしまうのではないかと思えるぐらいに黄羽ちゃんを揺らし続ける美空。

 

その攻撃が全く効いていないかのように、スクランブルエッグを乗せたスプーンを咥えたまま夢の世界へと旅立っている黄羽ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?これ微笑ましいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「もう!!起きなさいしぃぃ!!!」

 

 

 

「ぴぎゃあっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

美空が繰り出した左右の秘孔(こめかみ)への一撃がクリーンヒットしたらしい。

黄羽ちゃんが飛び上がって目覚めた所を見ると、相当痛覚を刺激されたに違いない。

 

 

 

黄羽ちゃんも……美空の恐ろしさが理解出来始めたみたい。良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほ。まあまあ落ち着きなさ……い?」

 

 

 

 

 

 

半べそかいてる黄羽ちゃんに少し同情していると、例のブレスレットから小うるさい音が鳴り響いた。

 

 

 

前は戦争の道具の証のようなモノだったけど、今は違う。

今は、東都の希望を護るための証。

 

 

 

 

 

 

 

それにしてもなんだろう。

もしかして何か動きがあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「はいどうも戦兎です……どしました?」

 

 

 

「私だよ、氷室 泰山だ。いきなりで悪いのだが首相官邸に来て欲しい。今から来れるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり泰山首相からか。

それにしてもなんだか急いでるようだけど……

 

 

 

何かあったのかな。

新しい情報を掴んだ、とか。

 

 

 

 

 

 

 

「りょーかいでっす!今から行くんで!待っててくださーい」

 

 

 

 

 

 

 

どちらにしろ急いでるような感じがしたし、すぐに行ってみよう。

悪いニュースじゃないといいんだけどな。

 

 

 

多治見首相からなんか変な事言われた、とか。

まあでもさすがにそんなすぐにはないか……

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。待っている。頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

簡潔に答えた泰山首相はそのまますぐに通話を断った。

確かに急いでるようには感じたけど、焦ってるような感じはしなかったな。

 

 

 

うーん。なんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「泰山さんの所行くの?」

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか黄羽ちゃんとじゃれ始めてた美空の顔は、少し曇っているようにも見えた。

 

もしかしたらまた何か大変な事が起こっているのかもしれないと考えてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、多分何かあったわけじゃないと思うから大丈夫!」

 

 

 

「多分……なんか情報でも掴んだんじゃないかな」

 

 

 

 

 

 

 

心配そうな顔をする美空に余計な不安を持たせないため、っていうのももちろんあるけど。

 

でも多分間違いないと思うし。嘘じゃない。

何かあったのならあの泰山首相の事だ。

きっともっと焦っていたはず。

 

 

 

 

 

 

「そっか、良かった……黄羽っちは?どうする?」

 

 

 

「んんん?あたし?あたしがどうかした?」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんは美空とじゃれ合う事に夢中だったのか、今の話を全く聞いてなかったらしい。

 

ほんとなんか、梟というより猫だよね。

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃんはnascita laboのベッドで休ませてあげて。あそこなら絶対バレないっしょ」

 

 

 

「変にわたしと外出するよりも安全だと思うしさ」

 

 

 

 

 

 

 

一緒に行動してた方が対応は出来るけど。

変に連れ回したりしたら逆に狙われる可能性が高いし。

 

 

 

nascita laboだったら安全だしね。

まさか連中も冷蔵庫が入口だろうとは思わないだろうし。

しかもどっかの誰かさんとは大違いなセキュリティ対策万全のパスワード付きだから。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

それに元気に見えるとはいえ、黄羽ちゃんはまだ襲われたばっかりだし。

まずはゆっくりと身体を休めないとね。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん?戦兎ねえどっか出かけるの?」

 

 

 

「うん、ちょっとね。なるべく遅くならないように帰るから、美空とお留守番よろしくっ」

 

 

 

 

 

 

 

本当は美空には病院で力を使って欲しいけど……

 

さすがに黄羽ちゃんを1人きりにするなんて出来ない。

いくら安全だとしても……黄羽ちゃんも1人は怖いだろうし。

 

 

 

それにやっぱりあの力は美空の身体に害を及ぼすかもしれないから。

そんな頻繁に使わせるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「美空も、黄羽ちゃんの事頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

もし襲われるなんて事になったら美空が対応できるわけないけど。

でも2人でnascita laboにいれば安全だ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!任された!」

 

 

 

「……大丈夫、安心して戦兎。黄羽っちは私が護る!」

 

 

 

 

 

 

 

胸を張って意気揚々と答える美空を見ると、この子は黄羽っちの事を大切に思ってるんだなと思う。

 

黄羽ちゃんがどう思ってるかはともかくとして、やっぱり妹が出来たような気分になってるのかね。

 

 

 

……ふふふ。嬉しいんだろーな。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!でも一応、わたしが帰ってくるまでnascita laboから出ない事!やっぱり危ないから。約束」

 

 

 

「んんん!約束っ!」

 

 

 

「うん!約束だしっ!」

 

 

 

 

 

 

 

2人の妹ちゃんが約束を破る事は無いだろう。

黄羽ちゃんは既に怖い思いをしてるし、美空にはどれほど危険だったか説明したしね。

 

 

 

後はわたしがちゃっちゃと話を聞いて帰ってくるだけ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ!じゃー行ってきます――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えーと。つまりそのー……これを?」

 

 

 

 

 

 

 

首相官邸に着き、泰山首相へと会いに首相室へと来たわたし。

そこで彼から話された事は全く想像してなかった事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「うむ……どちらにしろ恐らく北都が狙っているのはまず間違いなくこれだろう。それならばここにあったとしたら奪われてしまう可能性が非常に高い」

 

 

 

「それにファウストなる組織もこれを狙っているしね。北都がこれを奪おうとしてなかったとしてもやはりここに置いておくのは危険だ」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相は真剣そのものだ。

冗談を言っているようには……まるで聞こえない。

 

 

 

確かにこいつはとんでもないモノだ。

見た目で言えば、某有名トーク番組に出てくるサイコロのような大きさの正方形型のモノ。

 

そんなモノに恐るべき力が隠されている。

 

 

 

それは核エネルギーを遥かに遥かに超えるモノ。

もし兵器として活用する事が出来てしまったりなんてしたら……それは比喩じゃなく本当に世界が滅んでしまうモノだろう。

 

まあ今の技術じゃ絶対無理だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

しかしそうだとしてもそんな危ないモノを、危険な思想を持つ輩に奪われてしまうなんて絶対にあってはいけない。

 

特にファウストのような外道には。

 

 

 

 

 

 

 

……うーん。でもなあ。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな凄まじいモノをわたしが持ってていーんですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんなモノを地球に持ち帰ってきたんだ!と言いたくなってしまうような危険極まりない箱……パンドラボックス。

 

 

 

そんなヤバいモノを目の前にいるおじいちゃん、もとい泰山首相はわたしに預かってくれないかと言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

科学者としてはものすっごい興味があるけど……

国家の最重要超危険エネルギー物質を一市民に渡していいもんかね。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな事を頼むのは一国の首相として恥ずべき行為であるのも、大問題である事もわかっている……だが、貴女にしか頼めないんだ」

 

 

 

「この箱を護れる力を持つ貴女に……どうか引き受けてくれないか、戦兎さん」

 

 

 

 

 

 

 

うーん……まあ確かにここに置いておいたら危ないのも事実だしなあ。

ここにある事はファウストに思いっきりバレてるし。

 

 

 

仲違いしてるとはいえ、ファウストが北都にパンドラボックスの保管場所を喋ってないとも限らんしなあ……

 

 

 

 

 

 

 

……しゃーない。

 

 

 

 

 

 

 

「りょーかいしました。これも平和のためです!わたしが全力でこのヤバい子を死守しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

まあnascita laboに置いときゃ安全だろーし。

あそこにあれば奪われる心配はない。

 

 

 

 

 

 

 

美空も黄羽ちゃんもびっくりすんだろうなあ……

いきなりあの超有名な箱が家に届いたらそれはそれはもう腰を抜かすよね。

 

 

 

マスターも……帰ってきたらびっくりするんだろーな……

 

 

 

 

 

 

 

「本当かい!?いや、ははは。断られたらどうしようかと思ったよ……」

 

 

 

「そうしたら今すぐ車の手配をしよう!この事が露呈しないように内密にね。パンドラボックスも何かで包んだ方がいいな」

 

 

 

 

 

 

 

相当嬉しいのかなんだか。

さっきまで難しい顔をしていた泰山首相が、今や安堵に満ち溢れた清々しいとも思える表情をしている。

 

 

 

まあもし奪われたりなんかしたら本当にそれこそ東都どころか日本、いや世界滅亡の危機だもんね。

 

 

 

 

 

 

 

……実はわたしも前からちょっと調べたかったんだよね。この箱。

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃあまあなんかダンボールとかにいれればいいんじゃないですか?」

 

 

 

「いや、戦兎さん……さすがにダンボールは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つーわけで。うちに新しく居候する事になったパンドラボックスくん。みんな仲良くしてあげて」

 

 

 

 

 

 

 

約束通りにnascita laboでティータイムをしていた可愛い妹2人に、ダンボールにいれて持ち帰ってきたパンドラボックスをお披露目すると。

 

 

 

そりゃあもうびっくりした顔してました。

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱり驚くよね?

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……戦兎それ……盗んできたの?」

 

 

 

「戦兎ねえ、ドロボーはだめだよ……あたしも着いてくから、一緒に謝りに行こ?」

 

 

 

 

 

 

 

うーんなんだろうこの感じ。

こいつらから見たわたしってどんなんなんだろう。

 

 

 

犯罪者か?そんな凶悪犯に見えんのか?

お前らお姉ちゃんをなんだと思ってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

ていうか黄羽ちゃん。

こんな超世界級の危ねーもん盗んだら謝るだけじゃ許されないからね?

 

 

 

 

 

 

 

「あのねー……わたしがそんな事するように見えますかって」

 

 

 

 

 

 

 

こんな超美人でダイナマイトぼでぃの犯罪者が居てたまるかっての。

どうみても正義の味方だろーが。

 

 

 

本当に失礼しちゃ――

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……戦兎かあ……見えちゃうなあ……」

 

 

 

「戦兎ねえってちょっと危険なカンジするもんね」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの評価やべーじゃん。

まさかあのファウストと同じ扱いだったの!?

 

 

 

まじかよ……かなりショックなんですけど……

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山首相から預かってくれって頼まれたんですぅ。貴女にしか頼めないって言われたんですぅ」

 

 

 

 

 

 

 

酷い。本当に酷いやつらだ。

確かにね!?ハッキン……とかもしたけどね!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あっ。身に覚えあるじゃん。

 

疑われるよーなことしてたな。

そーゆー事か。だからか。てへっ。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうなの?ははは、やだもう!まさか、ねー?いくら戦兎でもそんな事するわけないもんねー、黄羽っち?」

 

 

 

「う、うん!そだよー!いくら戦兎ねえが危ない感じだからって、ねっねっ!みーちゃん!あははは……」

 

 

 

 

 

 

 

こいつら結構ガチめに疑ってやがったな。

姉をそんな凶悪犯罪者だと思うなんて失礼極まりないなおい。

 

 

 

……わたしもなんとなく疑われるよーな事してきたから何とも言えんけど。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁそーゆーわけだからさ。とりあえず落ち着くまではうちで預かる、って感じ」

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず北都とのゴタゴタが終わってからかなー。

その後に新しい保管場所を探しなが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎ちゃん美空ちゃん!居る……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかとても懐かしいような気がした。

実際はそんな久しぶりじゃないけど、色々あり過ぎて久々に会ったような。

 

 

 

その声がした方に視線を移すと、あの艶やかな女性がいた。

あの、とんでもないスピードで情報を得てくる彼女。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの大切な存在の1人。紗羽嬢。

 

 

 

 

 

 

 

「居るよー!降りてきなよー!」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの声がけで降りてきた彼女は、どこか元気が無さそうだった。

よくわからないけど、何かあったかのように見えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん!……あら?この仔は……?」

 

 

 

 

 

 

 

それもそうか。

紗羽嬢は初めましてか。

てっきりもう知ってるもんだと思ってたわ。

 

 

 

 

 

 

 

「んとね、この子は黄羽ちゃん。北都の子なんだけど……まあ、色々あって」

 

 

 

 

 

 

 

まあその事は2人きりになった時に話せばいいっしょ。

黄羽ちゃんの前で話して、またあの記憶がフラッシュバックしたら可哀想だし。

 

 

 

 

 

 

 

「へえ……私は紗羽。滝川 紗羽よ。よろしくね、黄羽ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

……気のせいだったのかな。

 

さっきまでなんだか変な感じだったような気がしたんだけど、今はいつもの紗羽嬢だ。

 

 

 

うーん。わたしが勘違いしてただけかな。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん!よろしくねさーちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

……えっ。

 

 

 

さー……ちゃん?

 

今この子、紗羽嬢の事さーちゃんって呼ばなかった?

聞き間違いじゃないよね?言ったよね?

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あだ名で呼ばれるなんていつぶりかしら!ありがとう、とても素敵なあだ名で嬉しいわ」

 

 

 

 

 

 

 

えっえっえっ。

どういう事これ。

 

 

 

美空はみーちゃんでしょ?

万丈は確か……バカちゃんだっけ?万ちゃん?

 

それで紗羽嬢がさーちゃんって……

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん!?なんでわたしだけあだ名じゃないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

何このハブられた感!?

わたしだけ仲間外れみたいな!?

 

 

 

万丈はともかくとしてもだよ?

美空や紗羽嬢より先に仲良くなったのに!!

 

というか紗羽嬢に至ってはたった今初めましての挨拶をしたばっかりなのに!

 

 

 

 

 

 

 

この差は……一体……

 

もしかして戦った時に背中蹴飛ばしたから……?

それで恨んでるみたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんん?だって戦兎ねえは……なんていうのかな。あたしのお姉ちゃんみたいな感じだから!だから戦兎ねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

これは……喜んでいいやつだよね。

わたし今喜んでいいやつだよね。

 

 

 

 

 

 

 

……照れちまうじゃねーか。へっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何ニヤニヤしてんの、戦兎」

 

 

 

「えっ!?いや、なんでもないっす」

 

 

 

 

 

 

 

危ない危ない。表情に出ていたようだ。

美空の冷たい視線が物凄く痛い。刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そういや紗羽嬢なんか情報掴んだのかな。何か得たような感じだったけど。

 

 

 

元気なさげだったのも……もしかしてその情報のせい?

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢!なんか情報、手に入った?」

 

 

 

「あっ……うん、一応……」

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろう紗羽嬢。

なんだかまた元気がなさそうだけど……

 

 

 

もしかして黒幕の正体が何か意外過ぎたとか!?

 

 

 

 

 

 

 

……もし泰山首相が黒幕だとかだったら笑えないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢、まさか裏で暗躍してた連中わかったりしちゃった感じ?」

 

 

 

「あっ、いや……それは……」

 

 

 

「ごめんなさい。まだわからないわ」

 

 

 

 

 

 

 

違うのか……じゃあなんだろ。

やっぱりなんだかいつもと違うし。

 

何かプライベートであったのかな?

 

 

 

誰かにふられた……とか?

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、紗羽さん?なんだかあの時から変だよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

そういえば前に美空が言ってたような。

 

泰山首相の意識を取り戻すために東都総合医療センターに紗羽さんと一緒に行った時、泰山首相の病室に入ってから紗羽嬢の様子がなんか変だったとかなんとか言ってた。

 

 

 

あの時は美空の方ばかり考えてたから紗羽嬢の事は考えられなかったけど……何かあったのかな。

 

 

 

泰山首相と何か……?

いや、それは考えにくいな……

 

 

 

 

 

 

 

「ううん、本当に大丈夫。ありがとう美空ちゃん」

 

 

 

「……情報は、得たわ。でも……受け入れる事が難しいモノかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

まあその事は後で美空に聞いてみるとして、やっぱり何か情報を取ってきたんだね。

さすが紗羽嬢。本当に仕事が早い。

 

 

 

でもそうするとなんだろうな……まさか葛城忍とか?

いやでも受け入れる事が難しいかもとか言ってるし……なんなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「見て……この映像。独自に入手したモノなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って紗羽嬢が見せてきたとある映像には。

信じられないモノが映されていた。

 

 

 

決して信じたくはない。

あいつに限ってこんな事など絶対に有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

でもそこには……あいつの姿が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんの……万丈……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








紗羽「とゆーわけで!私も久々に本編に出まして!」

紗羽「黄羽ちゃんとも初絡みね♡」

黄羽「んんん!改めてよろしくねっ!」

紗羽 (やだ可愛い……♡何この仔……♡)

紗羽 (美空ちゃんとはまた違う可愛さ……♡)

紗羽「じゅるっ……やばいやばい」

黄羽「さーちゃん大丈夫?」

紗羽「大丈夫大丈夫!」

紗羽「ちなみにね?黄羽ちゃんって」


紗羽「お 洋 服 好 き ?」

黄羽「んんん!好きだよーっ!」

紗羽「そう……良かった……♡」




戦兎「これやばくね?」

美空「悪い顔してたし。多分餌食になるし」

惣一「そもそも滝川が絡みと言うな。」

惣一「やばい言葉にしか聞こえねえわ」




紗羽「……んふっ♡」



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phase,54 現実と真実と虚実と珈琲





一樹「……何でしょう」

スターク『いやお前無口だなァと思ってよ』

スターク『やる事ない時何してんの?』

一樹「基本的に読書をしています』

一樹「最近はル〇ーのエ〇ールとか読んでますよ」

スターク『あのやたら難しい文章のやつか』

一樹「そんな事ないですよ。とても面白いです」

スターク『へェ。どんな感じなんだ?』

一樹「教育論としての彼の考えは――」



―3時間経過―


一樹「――であるからして、彼は当時の教育の在り方を皮肉ったわけで――」



スターク『兄弟って……似るんだなやっぱり』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当は見せるかどうか悩んだんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳が固まってしまう。

目の前の映像を理解する事を拒否するかのように。

受け入れ難い衝撃に、身体が防衛反応を起こすかのように。

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が見せてきた映像には、万丈が先導して破壊活動を行っているモノが映し出されていた。

腰には……あのビルドドライバーが巻かれている。

 

 

 

周りにいる機械兵はあの難波重工のガーディアンだろう。

万丈が何を喋っているのかは聞き取れないが、恐らく周囲を破壊するための指示を飛ばしているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「それともう1つ……これも」

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちが絶句している所に、あの有能で艶やかな彼女は更に追い討ちをかけるように、とある映像を見せてきた。

 

それも、拒否反応を起こしてしまうようなモノ。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だよ……万丈がこんな……」

 

 

 

 

 

 

 

美空もわたしと同じ感情なのだろう。

目の前に映し出されていたのは。

 

 

 

万丈の護れる力、仮面ライダークローズが。

民間人がいる場所に襲いかかろうとしている所が鮮明に映し出されていた。

 

 

 

恐らく美空も話の流れで、この蒼き焔の戦士が万丈だと察したのだろう。

わたしたちが知らない、人々を襲う万丈だと。

 

 

 

 

 

 

 

「正直信じたくはないし、本当に見せるのもやめようと思ったんだけど……でもやっぱり真実を伝えなきゃと思って」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が持ってきた映像だ。

間違いはないはずだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、万丈がこんな事をするとは思えない。

 

しかもわたしの耳に入ってきた情報の中に、仮面ライダーが襲撃してきたなんてモノは無かった。

 

もしそんな事があれば、いの一番にわたしに連絡が入るはずだし……

 

 

 

なぜ情報が入らなかったのかは後で泰山首相に確認してみるとして。

 

 

もし本当に仮面ライダークローズが街を襲撃していたとしても、多分万丈じゃない。そんなはずはない。

 

 

 

 

 

 

 

……北都のスマッシュ、姿形を変えるスマッシュか。

 

 

 

 

 

 

 

「……ちなみに紗羽嬢、この映像っていつのものかわかる?」

 

 

 

 

 

 

 

もしわたしと一海が戦っていた所を万丈が止めにきた時間と被っているなら、間違いなく万丈は犯人じゃない。

 

そうなると……やったのはあのスマッシュだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……大粒の雨が降っている所を見ると、多分昨日なのは間違いないと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の話よ。確か……朝8時頃とかじゃなかったかな」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり昨日なのは間違いないか。

だとしても……8時となるとまだ万丈がわたしたちの元へと駆けつける前。

 

 

 

 

 

 

 

……そうだとしても、万丈はスタークと会って話したと言ってた。

 

そこから真っ直ぐに向かってきた事を考えると、やっぱりこんな破壊活動してる余裕は無いはず。

 

 

 

それに万丈が絶対にこんな事するはずないもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗羽嬢、多分これ例の北都のスマッシュだよ……なぜ万丈に擬態してこんな事をしていたのかはわからないけど」

 

 

 

「万丈がこんな事するはずないし、時間的にも少しおかしいもん」

 

 

 

 

 

 

 

絶対に不可能ってわけじゃないけど……

それでも助けにくる最中に、わざわざ人々を襲うなんて考えられない。

 

 

 

あの万丈がそんなサイコパス野郎には見えないし……

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん、そうよね。あの万丈君が……それに時間的におかしいなら戦兎ちゃんがいうスマッシュの――」

 

 

 

「んんん。でもそーするとおかしいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちが少し安堵のような雰囲気を恐らく出していただろうその時、その例のスマッシュに襲われた黄羽ちゃんがゆっくりと口を開いた。

 

何かを思い出すように、珍しく難しい顔をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽っち、何か変な所あった……?」

 

 

 

「うん。あたしの病室にね、目覚めたらすぐに目の入る位置に壁掛け時計があったの。それでたまたま覚えてたんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

「あの身体を変えるスマッシュの人があたしを殺しに来た時の時間って、確か8時過ぎ頃だったと思う」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんが思い出すように呟いたその言葉を、まるで脳が処理する事を拒んでいるかのようだった。

 

その言葉はわたしの考えを打ち砕くモノ。

わたしがそうであってほしいと望んでいたモノを崩していくモノ。

 

 

 

その事実のせいでわたしの中の何かが脆くなり、消えていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って黄羽ちゃん……勘違いとかしてない?」

 

 

 

 

 

 

 

何かに縋りつきたくなる。

あの弟が……あのバカな万丈が。

 

 

 

一緒に強くなろうと誓ったあの男が。

一緒に護ろうと約束したあの弟が。

 

 

 

 

 

 

 

そんなふざけた事を……

罪の無い人を傷付けるなんて絶対に……

 

 

 

 

 

 

 

「んんん、間違いないよ。あたしも万ちゃんがそんな事するなんて信じられないけど……でも、間違いない」

 

 

 

 

 

 

 

まさか……本当に万丈が……?

 

 

 

いやでも万丈に限ってそんな事するはずは……

 

あいつは口が悪いし見た目もヤンキーみたいだけど。

でもあの弟は、本当は凄い優しい心の持ち主だ。

 

 

 

だからきっと何かの間違いなはずだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん……嫌な事思い出させちゃって本当にごめんなんだけど、2回目に襲いかかってきたやつって、本当にその最初のスマッシュだった?」

 

 

 

 

 

 

 

本当はこんな事聞きたくない。

襲われた張本人が見間違えるはずがない。

 

 

 

でもわたしの中の万丈を信じるわたしが。

大切な弟である万丈を疑えないわたしが。

 

きっと何かの間違いだと警鐘を鳴らしてやまない。

 

 

 

 

 

 

 

「間違いないよ。絶対に見間違えてない」

 

 

 

 

 

 

 

「あの人は……あのカシラに似た人は。間違いなくビルドに姿を変えてあたしを襲ってきた人だった」

 

 

 

 

 

 

 

最後の砦が儚くも崩れ落ちていく。

そうでありますように、そう想い続けたわたしが砂となり消えていく。

 

 

 

もう……彼が犯したとしか考えられない事実が出揃ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、万丈が……」

 

 

 

「でも戦兎!あの万丈に限って……そんな事……」

 

 

 

 

 

 

 

万丈に対しての信頼が崩れていくわたしに。

なんとかそれを支えようとしてくれる美空の表情も、とても険しいモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

……それにわたしは、万丈の事を本当に深い所までは知らない。

 

 

 

万丈の事を、わたしの中で勝手にそういうやつだと決めつけていたのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「実はね戦兎ちゃん、万丈君はもしかしたら……本当に無理やりじゃなくて、自分の意思で北都に居るのかもしれないの」

 

 

 

「……どういう事?」

 

 

 

 

 

 

 

万丈が本当に自分の意思で?無理やりじゃなくて?

 

だってあいつは何か弱味を握られて北都に忠誠を誓ってるんじゃ……

 

 

 

確かスタークもそんな事を言ってたし、間違いないはずじゃ――

 

 

 

 

 

 

 

「北都はね、ネビュラガスを応用する事によって、スマッシュとして死者を蘇らす研究をしているらしいの……眉唾過ぎて信じていなかったんだけど」

 

 

 

「どうやらその話が本当みたいでね。それで……多分、万丈君は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【万丈にはな……北都に忠誠を誓ったある理由がある。家族を救いたければそいつを探せ。ヒントは“桜の樹”と“大切なモノ”だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの脳裏にあの時の事が鮮明に映し出される。

あの時あの蛇が、万丈を助け出すヒントを与えてきた事。

 

 

 

あの狂気の蛇が、わたしに渡してきた情報。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの中で点と線が繋がる。

あの時のヒント。桜の樹、大切なモノ。

 

桜の樹はあの人の事だと思ってはいた。

でもそれは多分、桜の樹に、あの最愛の人に誓った事だと思っていた。

 

 

 

それは、強くなるという事。

そのために北都へ行き、強くなると決めたんだろうな、と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして大切なモノ……

これはわたしたちの事だと思っていた。

 

 

 

何があったのかはわからないけど、きっと何かわたしたちのために北都に居るものだと思っていた。

だからわたしの窮地を救ってくれたりだとか……

 

 

 

 

 

 

でも、違う。全部違う。

 

答えは簡単だった。

あの蛇は最初から答えを言っていた。

 

 

 

桜の樹、大切なモノ。

こんな事は万丈を少しでも理解出来てたらすぐにわかったはず。

 

 

 

それはただ1つしかない。

あいつの中で何よりも大切で、唯一の存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつは香澄さんを……生き返らせるために……」

 

 

 

 

 

 

 

最初からわたしはずっと間違えていたんだ。

万丈が何か、無理やり従わなければならない何かががあるのだと。

本当は帰りたいのに、何か脅迫されているのだと。

 

 

 

でも違う、そうじゃなかった。

あいつは、自分の意思であの北の地に居たんだ。

 

全ては香澄さんのために。

己の全てを投げ売ってでも。

 

 

 

 

 

 

 

あの時にスタークが言ってた時間が無いっていうのは……今ならまだ間に合うぞ、って事だったのかな。

 

 

 

……なんでもっと早く気付けなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「で、でも!まさか死んだ人が生き返るなんて……そんな事絶対あるわけないし!!」

 

 

 

 

 

 

 

……確かに。美空の言う通り。

 

あまりの衝撃に我を忘れてたけど、そもそも一度死んだ人間が蘇るだなんて有り得るわけがない。

 

 

 

それは既に科学の範疇を超えている。

人間が出来る事の場から大きく外れてる。

 

そんな事……出来るはずがない。

今もこれから先も、そんな事は絶対に不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

という事は万丈は騙されてるって事か。

あいつバカだし、簡単に騙されそうだもんね。

 

 

 

きっと多分そうだ。

香澄さんを生き返らせるって嘘に騙されて……!

 

あいつ、香澄さんの事になったら周りが見えなくなっちゃうし――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私も全く信じていなかったんだけどね……どうやら、成功例があるらしいの」

 

 

 

 

 

 

 

「その人の名前は猿渡 一樹、北風第1師団 団長、猿渡 一海の弟さんよ……もう既に亡くなっているはずの」

 

 

 

 

 

 

 

一海の……弟……?

 

 

 

まさか……そんな、いや、そんなはずは……

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは本当に噂なんだけど……どうやらその弟さんは現在、首相側近の暗殺者として仕えているみたい」

 

 

 

 

 

 

 

暗殺、者……

 

 

 

 

 

 

 

確か紗羽嬢は今、スマッシュとして死者を蘇らせると言ってた。

もしかして……あのスマッシュは……

 

 

 

 

 

 

 

「あたしを殺そうとしたのが……カシラの弟さんって事……?」

 

 

 

 

 

 

 

黄羽ちゃんがどんどん呆然となっていく。

だけどそれは黄羽ちゃんだけじゃない。

 

美空も……もちろん、わたしもだ。

 

 

 

 

 

 

 

「とある事故に巻き込まれて亡くなったらしくてね……これが生前の写真よ」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が見せてきたその写真には、確かに一海とそっくりな若い男が写っていた。

 

一海に比べると幼く。

そしてとても優しそうに笑う、感情が豊かそうな男の人だった。

 

 

 

 

 

 

 

間違いなく、一海の弟なのだろう。

笑った顔がまるで一緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

「この人……この人だよ!あたしを襲ったの!!もっと冷たい感じがしたけど……間違いないよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

まさか……そんな事があるのか。

一度命の灯火が消えてしまった者が、もう一度その蝋燭に火を灯すなど。

 

死んだ人間が、もう一度この世に生を現すなど。

そんな、まさかそんな事が……

 

 

 

そんな……そんなふざけた事が有り得るの……?

 

 

 

 

 

 

 

「私もまさかとは思ったけど……現実に起きている事なの。北都は死者を、蘇らせているわ」

 

 

 

 

 

 

 

……非現実的過ぎて未だに信じられないけど。

 

もし、もしそんな事が出来てしまうのなら全てが繋がってしまう。

 

 

 

万丈が北都に忠誠を誓う理由。

万丈がわたしたちと道を違える理由。

万丈が罪無き人々を襲う理由。

 

そして一海が……

 

 

 

北都の戦士として、わたしたちに立ちはだかった理由。

 

 

 

恐らく一海もこの弟さんの事が理由で戦士としているんだろう。

あいつからは……なんだか悲しいモノを感じたし。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば忘れちゃってたんだけど、カシラに弟さんが居るって昔聞いた事ある……」

 

 

 

「猿渡ファームに昔から居る人でさ、カシラをちっちゃい頃から知ってる人なんだけどね。その人が言うには、事情があって弟さんとむかーしに離れ離れで暮らす事になったんだって」

 

 

 

「この話はタブーだったから、知ってる人はみんな絶対話にしなかったけど……」

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ現実味を帯びてきてしまった。

 

本当に一海に弟が居たという真実。

黄羽ちゃんが言うのだから……間違いはないのだろう。

 

 

 

という事はやっぱり、本当に北都は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも。やっぱりそうであろうと、万丈が誰かを襲うだなんて信じたくない。

 

仮に北都が死者を蘇らせる技術があったとしても、万丈がそのために誰かを傷付けるだなんて信じたくない。

 

 

 

それにもし蘇ったとしてもスマッシュだなんて……

あの悲劇を目の当たりにした万丈が、そんな事を選択するだなんて思えないもん。

 

 

 

というかその一海の弟だっていう人も……スマッシュが化けている可能性だってある。

むしろそっちの方が可能性は高いはず。

 

死者を蘇らせるなど、あるはずかない。

あっていいはずかない。

 

 

 

 

 

 

 

それにそもそもわたしに、仮面ライダーが襲撃してきたっていう連絡が入ってこないのはおかしいし。

 

 

 

……泰山首相に確認しなくては。

 

今からまた首相官邸に行って、泰山首相に話を聞いてみなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりわたしは……あいつを信じたいから。

 

 

 

 

 

 

 

「……色々あり過ぎて脳が大変な事になってるけど。とりあえずちょっと泰山首相の所に行ってくるよ」

 

 

 

「紗羽嬢。わたしが帰ってくるまで美空と黄羽ちゃんをよろしく頼めるかな」

 

 

 

 

 

 

 

信じたくない。あの弟が。

いくら香澄さんのためだったとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ふざけんな!!これ以上の人生があってたまるかよ!……俺は……お前に、小倉 香澄という存在に出逢えて……最高に幸せだった……!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

【待てよ!行くな!!約束しただろ!?また、一緒に桜を見ようって!!なぁ!!香澄!!!逝くな!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の光景が脳裏から離れない。

香澄さんが消えゆく、あの瞬間。

 

 

 

万丈……お前は――

 

 

 

 

 

 

 

「任せて。私が責任をもって2人を護るわ……それに、ごめんなさい」

 

 

 

「本当は……こんなモノ……」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢が悪いわけじゃない。

むしろ真実を……正しいモノを運んでくれる。

 

 

 

わたしたちのために。

東都の平和のために。

 

彼女は身を粉にして情報を持ってきてくれる。

その行為には感謝しかない。

 

 

 

……紗羽嬢も辛いだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

「ううん!本当に紗羽嬢には感謝してる。いつもありがとっ!」

 

 

 

「……そしたら、行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

なぜ野兎にその情報が入って来なかったのか。

なぜわたしにその情報が入って来なかったのか。

本当にただその情報が得られていなかっただけなのか。

 

 

 

それとも内部に裏切り者が居るのか。

それか……本当に何かの間違いだった、とか。

 

 

 

 

 

 

 

どちらにしろ、早く話をしなきゃ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――すまない、話さない方がいいと思ってね」

 

 

 

 

 

 

 

……おいおい。まさかそういう事か。

 

さすがにそんな事は想像してなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが超特急で首相官邸に赴き事を伝えると、いつも通りに首相室へと通された。

暇なのかな、泰山首相。

 

 

 

そんな事はともかくとして、どうやら仮面ライダークローズ……万丈が襲撃してきていた事はわかっていたらしい。

 

しかし万丈がわたしの親密な人間だという事、それにその襲撃で重傷者が出なかった事からわたしには連絡がいかなかったらしい。

 

 

 

 

それに北風第1師団……一海が侵攻してきているという事が一番の理由だったみたいだ。

 

 

 

確かに前もって泰山首相に万丈の事を話してたし……

気遣ってくれたってわけね。

 

 

 

 

 

 

 

「それに第1師団の件の後に、万丈氏が貴女を背負いながらここへと来たという事もあって……何かの間違いだったか、あるいは戦兎さんとの間で何か解決されたものと思ってね」

 

 

 

「変に戦兎さんたちを惑わすような事を言ってはならない、と思ったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

確かに……言われてみればそうだ。

万丈におんぶされてるわたしに異様なまでに物凄い勢いで詰め寄ってきた兵士たち。

 

あの時は、敵の団長におんぶされてる自軍の総隊長っていう光景が意味不明過ぎて話かけてきてたんだと思ってたけど……

 

 

 

あれはそういう事だったのね。

わたしも心配無いから大丈夫ってあしらってたし……

 

余計にそういう風になってしまってた、って事か。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ本当に、万丈が……クローズが襲撃してきたんですね」

 

 

 

 

 

 

 

嘘であってほしかった事実。

何かの間違いであってほしかった現実。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……間違いない。重傷者や死傷者こそ出なかったが……何十人もの人々が傷付いた事には違いない」

 

 

 

 

 

 

 

万丈、お前は……

本当に。本当に香澄さんのために……

 

本当にわたしたちと決別したの……?

 

 

 

 

 

 

 

これだけの証拠。

これだけの事実を見せつけられても尚、わたしはあの弟がこんな事をするはずがないと思ってしまう。

 

 

 

あの北都のスマッシュの犯行と信じたくても、物理的に不可能。

……未だに信じられないけど、北都の死者を蘇らせるという技術。

 

 

 

そして、万丈の最愛の人。

もう既にこの世と切り離された存在。

 

 

 

万丈の大切なモノ、香澄さん。

 

 

 

 

 

 

 

でも、わたしは……

 

 

 

 

 

 

 

「……泰山首相、ありがとうございました。今後はこういった気遣いは無用です。何かあったら、すぐに連絡を」

 

 

 

「わかった。これからはそうしよう……すまないね、戦兎さん」

 

 

 

 

 

 

 

この人はわたしの事を想ってくれただけ。

長として、1人の民を護ろうとしたのかもしれない。

 

それはきっと、素晴らしい事。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、でも……

やっぱり万丈がそんなやつだなんて思いたくない。

 

 

 

思いたくはない、けど……

 

万丈がやったであろう証拠が数々と押し寄せてくる。

その動機も……納得出来てしまうモノ。

 

 

 

わたしは、何を……

一体……何を信じれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――首相官邸からの帰り道。本当はみんなが心配してるから真っ直ぐ帰らないといけないけど、気分的に少し、雨に当たっていたい。

 

 

 

わたしが色々と辛く苦しい時によく来る公園。

ここは人も少なく、1人になりたい時にはベストマッチな場所。

 

この場所は……

マスターとの思い出の場所でもあるな。

 

 

 

 

 

 

 

雨に打たれながら想う。

やっぱり雨は嫌いだな、と。

 

わたしの汚いモノを残して、全てを流していく気がするから。

 

それに……冷たい。

 

 

 

 

 

 

でも……なんだか今日は雨に当たっていたい。

 

処理出来ない現実を。

受け止め切れない事実を。

 

 

 

全て流してくれそうな気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは……どうすればいいのかな……

 

 

 

 

 

 

 

会いたいよ……マスター……

そろそろわたし、本当に無理そうかも。

 

 

 

信じていたモノが崩れそうになって、わたしは一体どうすればいいのかが全くわからない。

 

あの大切な弟が何を考えているのかが、全くわからない。

 

 

 

わたしの愛すべき大切な存在が。

一体何をしたいのかがわからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……早く会いに来ないと浮気しちゃうぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

大好きで大好きで何よりも愛しい。

あの、だらしがない最愛に想いを馳せる。

 

 

 

へこんだ時。悲しい時。

辛い時。苦しい時。

 

もうわたしの許容できるモノから溢れ出しそうな時。

 

 

 

貴方はわたしに優しく微笑んでくれた。

貴方はわたしを暖かく包んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

でも……今は居ない。

貴方はわたしを、包んでくれない。

 

 

 

もう……辛いよ……

貴方が居ないと無理だよ……

 

 

 

 

 

 

 

「ますたぁ……もう、やだ……」

 

 

 

 

 

 

 

辛い雫がとめどなく溢れる。

わたしの目から大量に創造されていく。

 

でもそれは雨のおかげで、涙なのか天からの雫なのかわからなくしてくれる。

 

 

 

わたしはそんな天というモノが、なんだかとても優しい存在に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

でも、あの人には勝てない。

わたしの愛するあの人には。

 

 

 

 

 

 

 

「まー……隣に居てくれないけどね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、わたしの名を呼ぶような気がした。

 

もしかしたら空耳かもしれない。

想うがあまり、幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。

 

 

 

でも、あの愛おしい声で呼ばれた気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ。わたしってどーしよーもねーな」

 

 

 

 

 

 

 

まさか幻聴が聞こえてしまうほどの重症だったとは。

恋の病とは治す事が出来ない難病だな。

 

 

 

そう想うと、クシャッ、と笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……はあーあ!ほんとに違う人の事を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい戦兎!こんなで所なーにやってんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

その声は。

 

そのしっかりと聞こえた懐かしい声は。

そのわたしが大好きな暖かな声は。

 

 

 

確かにはっきりと、わたしの耳を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨降ってんのに傘もささないで……ったく、相変わらずだな」

 

 

 

 

 

 

 

時が止まった気がした。

比喩じゃないと思う。本当に止まったと思う。

 

 

 

声のした方向に振り向く事が出来ない。

さっきよりも更に涙が溢れ出る。

 

まるで現実ではない何かに遭遇してしまったみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、何してんだ!……帰るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

その人はいつも通りに。

 

以前と全く変わらない口調で。

以前と全く変わらない言葉を。

 

 

 

わたしに優しく、暖かく言の葉を投げかけてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だよ……夢見てんのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

脳が仕事をしてくれない。

今起きている出来事を理解する事が出来ない。

 

 

 

一番会いたかった人がすぐ傍にいる現実に、脳が追いつく事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

頑張って声のした方を振り向くと、あの人がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……言い忘れてたわ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしの一番大切な人。

わたしにとって、一番特別な人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、帰ってくんの遅くなっちまった」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが辛い時。

わたしが苦しい時。

 

 

わたしが本当にもう限界の時に、隣に居て欲しい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はもっと早く帰ってきたかったんだけどなー……まぁでも、やっとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙で視界がぼやけてるけど、はっきりとわかる。

絶対に間違えるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの最愛の人を、わからないわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、戦兎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








美空「大丈夫かな、戦兎……」

黄羽「色々とびっくりしたもんね……」

紗羽「……大丈夫。戦兎ちゃんなら大丈夫よ」

美空「……そだね!お姉ちゃんだもん!」

紗羽「そうよ!だから私たちこそ明るくしないと!」

黄羽「んんん!そだね!」

黄羽「あたしたちが暗くなっちゃだめだねっ!」



紗羽「そうよ!だからね、黄羽ちゃん……♡」

黄羽「え?何?怖いよさーちゃん……?」

紗羽「んふふ……♡」

紗羽「鞄にいれておいて良かったわ……♡」

黄羽「えっ!?何するつもりっ!?」




黄羽「ちょっ、ちょっと!?」

黄羽「何すんの!?さーちゃん!?」

黄羽「やだあっ!!こんなの恥ずかしっ」

黄羽「ちょっとさーちゃん!?って、やめてっっ!!」



美空「なんだかこれ見覚えがあるような……」

紗羽「美空ちゃんの分もあるわよ♡」

美空「……え"っ」



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phase,55 せめてこの時だけは





黄羽「ねーねー戦兎ねえ!」

戦兎「んにゃ?どしたの?」

黄羽「一緒にdigdog撮ろうよー!」

戦兎「何それ」

黄羽「えっ!知らないのっ!?」

黄羽「今めっちゃ流行ってる動画アプリだよっ!」

黄羽「誰でも投稿出来るし、めっちゃ面白いの!」

戦兎「へ、へえー。そーなんだ」

黄羽「ほらほら!早く撮ろっ」





戦兎「おお……すっげえなこれ」

黄羽「でしょでしょ?結構楽しいでしょ?」

戦兎「確かに、うん。楽しいぞこれ」

黄羽「んんん!もっと撮ろ!」

美空「何やってんのー?」

黄羽「あ!みーちゃんも一緒に撮ろー!」

美空「え?……これdigdogじゃん」

美空「いやー……私は……」

戦兎「いーじゃん!撮ろーよ!」

黄羽「そうそう!早く早くー」

美空「えっえっ!?ちょっと――」





葛城忍「うーむ……やはり流行りはこれか」

惣一「何見てんだおっさん?」

葛城忍「今超バズってるモノだ。digdogだよ」

惣一「digdog?なんだそれ」

葛城忍「まぁ見てみろ、ほれ」

惣一「……何やってんだあいつら」

葛城忍「あっはっは。あの子たちもさすがだ」

葛城忍「私も負けてはいられんな」

惣一「……おっさんがこんなんやって誰が喜ぶんだよ」





戦兎・美空・黄羽「「「〜♪」」」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

今一番……いや、わたしの中でずっと一番会いたかった人が居る。

 

いつもと変わらぬ表情で、声で、言葉で。

 

 

 

わたしを優しく包み込むように。

辛苦を、惨苦を、痛苦を。

 

全てを癒してくれるように、わたしの心を暖めてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「ますたぁ……遅いよ……」

 

 

 

 

 

 

 

本当はもっともっと伝えたい事がある。

本当はもっともっと言いたかった言葉がある。

 

でもマスターに会えた事が嬉しすぎて。

マスターが生きてた事に、本当に安心して。

 

 

 

わたしの脳が上手く仕事をしてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……パティスリー鴻上のケーキ買ってきたからさ。これで許してくれよ、な?」

 

 

 

 

 

 

 

こんな状況にも関わらず、平常運転で店を開けているあの超人気店のケーキをわたしに見せつけてくるマスターの顔はどこか、子供っぽく感じた。

 

悪戯した事を怒られた子供のような。

そんな表情をするマスターも、わたしはたまらなく愛おしく思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「……しょーがないな。許したげる」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでどん底に居たわたしは、たった1人の男性によってなんだかとても晴れやかな気持ちになる。

 

この人さえ隣に居てくれたら何でも上手くいってしまうような。

そんな気持ちになるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に遅くなってごめんな……ほら、一緒に帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 

目の前に差し出されたマスターの手。

わたしの手より大きくて、でも凄く綺麗で。

 

まるでピアニストの手のようなマスターの手。

そんな手も、わたしは大好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……身体中痛くて立てないなー。こりゃ自分で立つのは無理だなあー。あーあ。どーしよーかなー」

 

 

 

 

 

 

 

今までずっと居なかったんだから。

これぐらい甘えてもいいよね。

 

ずっとわたしの傍に居てくれなかったんだから。

ちょっとぐらいワガママ言ってもいーよね。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっ……はいはい。失礼しますよお嬢様、っと」

 

 

 

 

 

 

 

なぜか笑いを吹き出したマスターがわたしを抱き抱えて立ち上がらせてくれる。

わたしはマスターにぎゅっと抱き着いて。

 

 

 

久しぶりのこの感触。

久しぶりのこの暖かさ。

 

想いが、どんどん溢れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうした、戦兎?」

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がっても尚離れないわたしに優しく問いかけてくれるマスター。

 

その音色のせいで、もっともっと溢れていく。

 

 

 

わたしの我慢していた想いが流水のように、流れ出していく。

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと……ずっとずっと待ってたのに……ひっぐ、本当に遅過ぎるよ……どんだけ我慢してたと思ってんの……!」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの暖かさがわたしに触れれば触れる程、想いがとめどなく流れていく。

 

まるで小さな子供みたいに。

大人なのに、その感情が止められない。

 

 

 

わたしの想いをマスターに伝えたくて、伝えたくて。

伝えなきゃいけない気がしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「……寂しかったな。苦しかったな。辛かったな」

 

 

 

「本当によく頑張ってるよ、戦兎は」

 

 

 

 

 

 

 

ずっと言ってほしかった言葉。

マスターに言ってほしかった言の葉。

 

貴方にだけ、慰めてほしかった。

 

 

 

わたしの弱い部分がどんどん姿を現していく。

あれから誰にも見せないようにしてた、本当に弱いわたし。

 

 

 

 

 

 

 

「もう限界だったよお……本当に、もうボロボロだったんだからぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの香りが、わたしの鼻先にふわっと漂う。

わたしが落ち着く、あの匂い。

 

芳ばしくて、心地良い刺激がする。

いつものあのコーヒーの香り。

 

わたしが大好きな、マスターの匂い。

 

 

 

その香りがボロボロのわたしを、少しずつ癒してくれる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎はすぐに無理するから……でももう大丈夫。お前が壊れる前にちゃんと帰ってきたろ?」

 

 

 

「……ちゃんと、俺が傍に居るから」

 

 

 

 

 

 

 

わたしはマスターの大丈夫って言葉が好き。

彼が大丈夫って言うと本当に何でも大丈夫な気がするから。

 

 

 

それに……マスターが傍に居てくれれば大丈夫。

どんなに辛くても、苦しくても大丈夫。

 

貴方の微笑んだ顔が見れれば、わたしは何でも出来る。

 

 

 

 

 

 

 

「……もう離れないで。離さないで。ずっとわたしたちの……わたしの傍に居てよ、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

もう貴方が居ないなんて耐えられない。

離れ離れになって改めて気付いたよ、マスター。

 

わたしはやっぱり貴方が居ないとダメだ。

何をしようにも貴方の事を考えてしまう。

スタークの事ですら、貴方の面影を感じてしまう。

 

 

 

わたしはもう重症なの。

石動 惣一という名の病原菌に感染して、もう末期なんだよ。

 

もう治せないの。手の施しようがないの。

特効薬なんて無いんだから。

 

 

 

だから唯一のワクチンでもある貴方がわたしの傍に居てくれないと……

 

わたし、壊れちゃうんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。これからはなるべくバイトが長引かないように頑張るよ」

 

 

 

「俺も……戦兎や美空たちの傍に居たいから」

 

 

 

 

 

 

 

……ちょっと不満だけど。

 

そこはわたしの傍に居たい、って言ってほしかったけど。

娘としてじゃなくて、1人の女として見てほしいけど。

 

 

 

でも今回は我慢してあげよう。

何せ……マスターが帰ってきてくれたから。

 

こうやって今、わたしの事を抱き締めてくれてるから。

 

 

 

きっと貴方はわたしの事をまだまだ娘としか思ってないんだろーけどさ。

わたしは今少しだけ、ほんのちょっぴり。

 

 

 

恋人気分になれてるから、許したげる。

 

 

 

 

 

 

 

「ばぁか……約束だから」

 

 

 

「バカってお前……ああ、約束だ。俺は何があっても戦兎たちの……戦兎の傍にちゃんと居るから」

 

 

 

 

 

 

 

心がどんどん豊かになっていく気がする。

 

荒野のようだった景色が、まるで綺麗な花々が咲き誇る楽園に変わっていくような。

 

 

 

そんな風にわたしの全てが、色鮮やかになっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘ついたら浮気しちゃうから」

 

 

 

「ん?何か言ったか?どした?」

 

 

 

 

 

 

 

聞き取れないように、小さな小さな声で。

貴方の事が好き過ぎてたまらない事を、消え入りそうな声で。

 

 

 

 

 

 

 

貴方以外の誰かなんて見れないし。

考えもしないけど。全く興味も無いけど。

マスターだけしか愛せないけど。

 

 

 

でもあんまり放ったらかしにしてたら、戦兎さんどっかに行っちゃうかもしれないんだから。

 

だからどこにも行かないように、しっかりとわたしの手を握っててね。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎?何、どした?なんて言ったんだ?」

 

 

 

「いーの!何でもないから!ほら、とりあえず早く頭撫でて」

 

 

 

 

 

 

 

わたしのこの想いがいつ届くのかはわからない。

いつ叶うのかもわからない。

 

もしかしたら叶わぬ想いなのかもしれない。

 

 

 

でも。何年経っても、何十年経っても諦めない。

わたしは、この人だけを愛してるから。

 

この人以外の誰かなんて考えられないから。

 

 

 

 

 

 

 

……いつか、この戦いの全てに決着が着いたら。

 

 

 

その時に、わたしの想いを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――幸せ♡」

 

 

 

「どした?さっきからなんか変だぞ?」

 

 

 

「なっ、何でもないよっ!ほら、みんな待ってるからそろそろ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あっ、戦兎!おかえ……って、お父さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの我が家。何も変わらない雰囲気。

そして何も変わらないむす……め?

 

 

 

 

 

 

 

……おいおい、帰ってきて早々これかよ。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘っ……お父さん、やっと帰ってきたの……?」

 

 

 

 

 

 

 

今にも泣き出しそう……というかもう既に号泣し始めてしまった可愛い可愛い我が娘。

 

やっぱり寂しかったよな。本当にごめん。

俺もずっと会いたかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

……うーん。でも何だろうな、この感じ。

 

感動の再会なはずなんだけども……

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああん!!会いたかったよおとーさあああん!!」

 

 

 

 

 

 

 

泣きながら猛烈な勢いで抱き着いてきた我が娘。

本当に可愛くてしょうがないし、申し訳なくて本当に心が痛いんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

「み、美空……ごめんな、寂しかったな……た、ただいま」

 

 

 

 

 

 

なんだか微妙な感情に襲われながら周りを見ると、やはりあの女が居た。

 

そいつとは別に、もう1人の女の子。

この場所では見慣れない、あの凄まじかったあの子。

 

 

 

 

 

 

 

「んんん?みーちゃんのおとーさん?」

 

 

 

「初めまして!あたしは黄羽ってゆーの!よろしくお願いしますなんだよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

まさかここにいるとは思わなかったわ……

またリンゴ剥く事になんのかな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

「いや……あはは、どうもどうも。美空と戦兎と……あともう1人、バカな男の父です」

 

 

 

「石動 惣一、っていうんだ。よろしくね、黄羽ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

なんだか物凄く変な感じ。

そもそも初めましてじゃねえし。恐ろしい数のリンゴ剥かされたかんな、お前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

いやそれよりも、だ。そんな場合じゃない。

可愛い娘や純粋な少女に変な事をしやがるあのオソロシイ女。

 

 

 

やはり貴様か……滝川ァァ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「あら久しぶりですわね!Mr.石動?」

 

 

 

 

 

 

 

よくもいけしゃあしゃあと……

俺の娘とそこの少女に何やってんだお前は!!

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……美空ちゃんと黄羽ちゃん。何かなー……その格好は……」

 

 

 

 

 

 

 

恐らくこの少女たちの様を見て固まっていたのであろうもう1人の我が娘が、やっと口を開いた。

 

なんだか憐れみの目になっている気がする。

やめてあげて。多分これ本人たちの意思じゃないから。

 

 

 

多分あそこで堂々としてる悪女のせいだから。

 

 

 

 

 

 

 

「へ?……ってあぎゃあああ!!忘れてたあ!!」

 

 

「んんん!!やだあ!!見ないでえっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

自分たちの服装に気付いたのか、絶叫をあげながら顔を真っ赤にする2人の少女。

まるでどっかの蛇野郎みたいに赤いな。はっはっは。

 

 

 

 

 

 

 

しかしなんだ……この罪悪感に溢れる感じ。

 

今の俺は何もしてないのに、なんだか犯罪を犯してる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「どーお!?2人とも似合ってるでしょ!?」

 

 

 

「予備でもう1つ持ってたから良かったわぁ。黄羽ちゃんもさいっこーに似合ってるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

予備ってなんだ。何の予備なんだ。

一体お前は何のために予め備えていたんだ。

 

 

つーかこれ……本当にダメなやつだろ……

 

 

 

 

 

 

 

美空は……何これ。

髪の毛青いし……つうか露出し過ぎだろ。

 

というか俺の大切な娘に何やってんだてめえええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「美空ちゃんに施したのは発音メクっていうキャラクターのコスなの♡ものすっごいクオリティ高いわああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

発音メクだか初音メカだか知らんけども。

お前は俺の娘にホント何やってんだ。

 

なんなんだこいつ。いい加減怒るぞ?

あれか、まず先にこいつから消した方がいいか。

 

 

 

本気出すぞ。本気で殺しにかかるぞお前。

 

 

 

 

 

 

 

「美空……うん、似合ってるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

ほら、姉がリアクションに困ってるじゃねえか。

お前どうしてくれんだ。姉妹でギクシャクした感じになっちゃってんじゃねえか。

 

もうなんだかこっちが恥ずかしくなってくるんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、お父さん……お願いだから忘れて……」

 

 

 

 

 

 

 

ごめん、それは無理だ。

インパクトが強過ぎて多分これ一生忘れない気がする。

 

 

 

……この事には触れないようにするから。

 

 

 

 

 

 

 

「そして黄羽ちゃん!!見て、この煌めくような姿を……まさかこんなに似合っちゃうとは……♡」

 

 

 

「やだあ……見ないでえ……」

 

 

 

 

 

 

 

……これはダメ。うん。絶対にダメ。

 

これはね、アンタ。

おいわかってんのかそこの悪女。

 

 

 

これは捕まりますよ。犯罪です。

むしろお前は監獄で頭を冷やしてこい。

 

 

 

 

 

 

 

「黄羽ちゃん、それ……スク水……?」

 

 

 

 

 

 

ほら、うちの戦兎さんがさっきより動揺してんじゃねえか。

どうしてくれんだ。むしろ俺はどうすればいいんだ。

 

 

 

というかね。冬真っ盛りのこの時期にスクール水着て。

いや確かにここは暖房効いてますけど。

 

 

 

違う、そういう問題じゃない。

おまっ……スクール水着て。

 

犯罪だから。嫌がる子にそれ着させるの罪だから。

 

 

 

……まぁ違和感は無いんだけども。

 

 

 

 

 

 

 

違う。違う違う、そういう事じゃない。

リンゴ娘、半べそかいちゃってんじゃねーかよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ……カシラにも見せた事ないのに……」

 

 

 

 

 

 

 

えっ。基準そこなの。

いいのかリンゴ娘。そういう事なのか。

 

猿渡に見せたら良かったのか。

むしろ猿渡にそれ見せてもいいのか。

 

 

 

やめとけ、多分あいつリアクションに困るぞ。

固まると思うから。フリーズするから多分。

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、着替えておいで」

 

 

 

 

 

 

 

せっかくの感動の再会なのにぶち壊されちゃったし。

この雰囲気のままなんて無理。俺が無理。

 

 

 

変な髪色で凄まじい露出の変な服着た娘と、スクール水着を纏った女の子がいる空間でいつも通りとか無理だもの。

 

俺の精神はそこまで強靭じゃないんですよ、悪女。

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇー!いーじゃない!せっかくこんなに可愛い――」

 

 

 

「なんか言ったか?滝川 紗羽」

 

 

 

「なんでもありません」

 

 

 

 

 

 

 

それにあまりにも少女たちが可哀想過ぎる。

おじさん見てられません。

 

まだ何か言おうとしていたあの悪魔はとりあえず睨みつけて黙らせたから。早く着替えてらっしゃい。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、お父さん……」

 

 

 

「カシラ、ごめんね……あたし、汚れちゃったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

いい子だ美空。早く行きなさい。

 

そしてリンゴ娘。安心しなさい。

おじさんもう忘れたから。頑張ったから。

大丈夫、君は汚れてない。ただ水着を着ただけだ。

 

猿渡には絶対言わないから。

おじさん、うっかり言わないように気をつけるからね。

 

 

 

 

 

 

 

「さあさ!早く着替えてきなさい!パティスリー鴻上のケーキ買ってきてあるからな。着替え終わったらみんなで食べよう!」

 

 

 

「ほんとに!?パティスリー鴻上のケーキなら別腹だしっ♡そしたらすぐ着替えてくるー!」

 

 

 

「んんん!あたしもなんだかお腹減っちゃったし食べるーっ!待っててねー!」

 

 

 

 

 

 

 

嘘のように元気になった2人は風の如く去っていった。

女の子というのはわからないもんだな。

 

 

 

それにしても……良かった良かった。

2人には寂しい想いをさせたと思って大量に買ってきといたのが功を奏したようだし。

 

物で釣るのはどうかと思うけど……まぁ喜ぶんだったらいいだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「さっきお腹いっぱいって言ってなかったっけ……10代ってすげえな」

 

 

 

 

 

 

 

なんだ。腹一杯なの?

いやでも今あの子たち食べるって言ってなかった……?

 

 

 

若いってすげえな。まじかよ。

葛城のおっさんなんかすぐに胃もたれとか胸焼けすんのに……

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……私も頂いてもいいのかなー、なんて……」

 

 

 

 

 

 

 

……念の為にちゃんと買ってきといてあるわい。

 

有難く食せ、オソロシイ女め。

そして次からはあんな悲しみしか生まない行為をするんじゃないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほれ。レアチーズケーキだろ、お前が好きなの」

 

 

 

「ひゃああああ♡ありがとうございます!Mr.石動♪」

 

 

 

 

 

 

 

こいつも大人の女に見えるけど、やっぱりこういう所は少女みたいだな。

 

まあそういうモンなのかね……

戦兎とあんまり年も変わらないらしいしな。

 

 

 

 

 

 

 

「ぶう……ますたぁ!わ・た・し・は!?」

 

 

 

 

 

 

 

何やらやたら怒ってるように見える戦兎。

頬を膨らませながら詰め寄ってくる娘に困惑しながらも、でもとても愛おしく思う。

 

俺の最愛の娘。

本当に……大切な。

 

 

 

 

 

 

 

「もちろんあるぞ!ほら、1日限定10個のモンブラン。予約しといたんだよ」

 

 

 

「戦兎はモンブラン、好きだもんな」

 

 

 

 

 

 

 

パティスリー鴻上で唯一の個数限定ケーキ。

それは戦兎が大好きなモンブラン。

 

 

 

……これからより大変になるから。

 

せめて、俺からの気持ちだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ひょおお!!すっごーい!初めて食べるよこれ!?ありがとーマスター!」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの態度が嘘のように見える戦兎。

なんだかそれがとても面白くて、笑が零れてしまう。

 

 

 

久しぶりの、和やかな時間。

久しぶりの、優しい空間。

久しぶりの、暖かい一時。

 

心から安らげる、俺の大切な場所。

 

 

 

 

 

 

 

……もう、俺の居場所じゃなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「着替えてきたしー!先に食べたりしてないよね!?」

 

 

 

「んんんー!待っててくれたよねーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

なんだか家族が増えたみたいだ。

あのリンゴ娘とも……上手くやってんだな。

 

 

 

 

 

 

 

悪ぃな、リンゴ娘。

……俺だけを、恨んでくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

「食べてないよー!早く食べよ食べよ!」

 

 

 

「待ってたわよー!食べましょ♡」

 

 

 

 

 

 

 

色々あるけどさ。

俺はお前らの、どうしようもない敵だけどさ。

 

 

 

今は……たまには、いいよな。

そんな事を忘れて、こうやって触れ合うのも。

 

いつか来るその日までは、いいよな。

 

 

 

 

 

 

 

きっとお前らは俺の事を全身全霊で憎む。

その時が来たら今すぐに殺したくなるはず。

 

でも……もしそうなったとしても、俺はお前たちの事を愛してる。

 

 

 

お前たちと相対し、戦わなければならない運命だとしても。

俺は、お前たちの事を心から愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

だから、ごめんな。

だからせめて、俺はお前らに色々な事をしてあげたい。

 

史上最低な父親だけど。

せめて父親としてお前たちに色々なモノを与えたい。

 

 

 

 

 

 

 

いつか来たる、裏切りのその日まで。

俺が全ての悪を纏いし、絶望となるまで。

 

 

俺は……せめてその日までは人として在りたい。

戦兎や美空、万丈の父親で在りたい。

 

 

 

 

 

 

 

俺が人で無くなる、その日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて!ケーキと言ったらコーヒーだろう!そしたら俺が新しく考案した《nascitaで成シタ?》をだな――」

 

 

 

「「「要らない」」」

 

 

 

 

 

 

 

「んんん?みんなコーヒー嫌いなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「……狭くないか?」

戦兎「んーん……だいじょぶ」

惣一「うーん。やっぱりどっかで傘を――」

戦兎「いいの!!このままで……これが、いい」

惣一「はぁ……?」


惣一「でもこんなおっさんと相合傘だなんて恥ずかしいだろ?」

戦兎「マスターとなら恥ずかしくなんて無いもん!」

惣一「ふーん……ならいいんだけどさ」

戦兎「……♡」



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phase,56 不協和音





青羽「何してんだい?」

赤羽「おぉう!あれだよ、あれ」

黄羽「あれってなあに?何してんのー?」



赤羽「へっへっへ。ほら、見ろよ」

黄羽「……いいじゃん」

青羽「赤羽のくせに……やるねい」

赤羽「おぉい!一言余計だっつうの!」



赤羽「ったく……それと、こいつぁカシラの分」

黄羽「受け取ってくれるかなあ……」

青羽「大丈夫。記憶が無くてもよ」

青羽「無意識にわかってくれるよい」

赤羽「そうだぜえ!……きっと貰ってくれる」

黄羽「……うんっ!!」

黄羽「そしたらどこに居てもみんな一緒だねっ!」






――これは。いつかの三羽烏のお話。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、全てが夢だったのではないかと思ってしまう。

昨日起こった事は、全て幻だったのではないかと。

 

あまりに嬉し過ぎて、あまりに幸せ過ぎて。

実はわたしの妄想だったのではないかと。

 

 

 

そんな事を思ってしまって、起き上がる事が出来ない。

もう完全に眠気は覚めてしまっているけれど、起きる事が凄く怖い。

 

やっぱりマスターは帰って来てなかった……とか。

 

 

 

以前にもクリスマスに似たような経験をした事がある。

 

あの時は完全に夢だと思ってたけど……

それでもやっぱり結構ショックを受けた。

 

だからもし今回の事が夢だったらと考えると……

わたし、立ち直れないかも。

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ。こんな事考えててもしょうがないか」

 

 

 

 

 

 

 

うだうだしてても何の解決にもならないし。

それに少し暖かいモノが飲みたい。コーヒーとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……目を開けると、わたしは自分の部屋に居た。

 

最近は色々忙しく、寝るのもnascita laboでばかりのわたしにとっては久々の自室。そしてお気に入りのふかふかのベットで寝ているのも間違いない。

 

 

 

という事は……昨日他愛のない事で盛り上がった後に、そろそろ夜も更けてきて寝ようかとなった事は間違いないみたいだ。

 

つーことは紗羽嬢はnascita laboのベッドで寝てんのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「途中からお酒飲み始めてぐでんぐでんだったもんなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

酔い始めるとなんだか凄く可愛くなる彼女に思いを馳せる。

 

マスターとわたしも飲んだけど……

わたしはマスターが隣に居るって事を再認識しちゃって酔ってる場合じゃなかった。

 

マスターはやたらお酒強いし。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を思い出しながら階段を降りていくと、コーヒーの薫りがほのかにしてきた。

 

まだ朝も早いのに誰か起きてんのかな。

美空と黄羽ちゃんはさっき部屋を覗いたらまだ寝てたし……

 

つうか羨ましいんだけど。

また2人で仲良くベッドで寝てたんだけど。

本当にわたしも一緒に寝てやろうかな。

 

 

 

……それはいいとして。

 

紗羽嬢は恐らく二日酔いコースだ。まだ寝てるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあマスターかな」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした期待が胸を高鳴らせる。

さっきまで夢だったらどうしようと考えてたわたしが顔を隠す。

 

色々思案すると、間違いなくマスターだ。

 

 

 

……えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おぉ、おはよう戦兎。なんだ、随分と早いな」

 

 

 

 

 

 

 

いつもよりかなり早めに階段を降りると、そこにはパジャマ姿でカウンターに立つマスターが居た。

 

いつもはおしゃれな服を着こなすマスターが普通のパジャマを着ているというギャップにすらときめいてしまうわたしは、本当にもうダメなのかもしれない。

 

うーん。好き過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよお」

 

 

 

 

 

 

 

なんだか凄く緊張してしまうというか。

あれだけ会いたかったマスターがすぐ傍に居るという現実が、改めてわたしに襲いかかってくる。

 

昨日あれだけ一緒に居たのに。

2人きりになるとなんだか凄くドキドキしてしまう。

 

 

 

……ひゃあああ。どうしよ。

 

 

 

 

 

 

 

「どした?なんか顔赤いぞ?」

 

 

 

「もしかして昨日の雨で風邪引いたか?」

 

 

 

 

 

 

 

有難い勘違いを起こしてくれたようで助かった。

やっぱりわたし顔赤くなってたのか。危ねえ危ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

「んーん。多分寒いから。寒いから赤いの」

 

 

 

 

 

 

 

自分でも何言ってんのかわけわかんないけど、もうこれで押し通すしかない。他に考えつかないしもうダメ。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……?まぁそうしたらほれ、コーヒー飲むか?」

 

 

 

 

 

 

 

良かった。納得してくれたよ。

危ない危ない。問い詰められたらどうしようかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

……というかね、マスター。

 

確かに貴方の事を愛してるし、貴方の言う事ならなんでも聞ける自信があるし、貴方の望みならなんでも叶えたいと思うけども。

 

 

 

それは違う。それは兵器だ。

心遣いで言ってんのかなんなのか知らんけども、それ飲んだらわたし昇天しちゃうから。召されちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

「マスター……心配してんのか本当に体調悪くさせようとしてんのかわかんないんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

マスターは本当に優しいし人が良過ぎるけど、コーヒーの事に関しては悪人だ。

 

いや、極悪人か。

というか大罪人ですね。

 

 

 

今までマスターの口車に乗せられてどれだけの被害が出た事か。

実の娘である美空にまで平気で騙して飲ませるからな。

 

わたしは知っている。

飲んで苦しんでる人間を見ながら、邪悪な顔で爆笑しているマスターを。

 

この人からコーヒー取り上げないと本当にいつか誰か死ぬぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!大丈夫大丈夫、これ昨日美空が寝る前に作っといてくれたコーヒーだから。俺が作ったやつじゃないからさ」

 

 

 

 

 

 

 

めちゃ怪しいなあおい。

わたしも何回も騙されてんだよな、このおっさんに。

 

でも確かに美空、寝る前にコーヒー作ってたような……

朝起きたら温めて飲めるように、とか言って。

 

 

うーん……ほんとっぽいし、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

「んむ!コーヒー1つ下さいな!」

 

 

 

 

 

 

 

丁度コーヒー飲みたいと思ってたし。

美空の作ったコーヒーなら安心だ。

 

そこに関してはマスターの遺伝子を継がなくてよかったよ。

あんな大量破壊兵器を生み出すのが2人も居たら……本格的に人が死んでしまう恐れがある。

 

特に身近な人間が。わたしとか紗羽嬢とか黄羽ちゃんとか。

 

 

 

……万丈、とか。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、飲みな」

 

 

 

 

 

 

マスターが差し出してくれたブラックコーヒー。

コーヒーはブラックが一番好き。香りもいいし。

 

本当は苦いのって全般的に嫌いなんだけどね。

 

でも、コーヒーだけは特別。

コーヒーだけは、ブラックが好き。

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたらマスターの影響なのかな。

 

 

 

えへへ。わたしは本当にマスターの事が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぶふおおぉぉぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく口に含み飲んだコーヒーのそれは。

美空が生み出したモノでは無いと確信できるモノだった。

 

 

 

口の中が苦いなんてもんじゃない。

それになぜかめちゃ酸っぱい。

 

というか痛いっ!なんだこれ!?

口の中が……いや、喉も痛いんだけど!?

 

 

 

 

 

 

 

「あー……また失敗か。自信あったんだけどな、《nascitaで成シタ?》」

 

 

 

 

 

 

 

この腐れ中年め。わたしを騙しやがったな。

毎度毎度性懲りも無く騙してきやが……やばいやばい。乙女の純潔が損なわれて……うおっ。

 

 

 

 

 

 

 

……ふう。よしよし落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたな……ほんといい加減にしろよおい」

 

 

 

 

 

 

 

異常に腹が立つようなおどけた表情をしてくるマスター。

あんた覚えとけよ。いつか仕返ししてやっかんな。

 

 

 

 

 

 

 

やべっ、また襲いかかってきた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はっはっは。大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

はいはいどうもどうも。

おかげでだいぶよくなりましたよ。

 

 

 

本当に何考えてんだこの中年は。

わたしは大切な存在じゃないのかばかたれ!

 

 

 

 

 

 

 

「本当に悪かったって戦兎!睨むな睨むな」

 

 

 

 

 

 

 

わかってないのは知ってんだ。

あんたが悪かったと思ってないなんてな、出会った時から知ってんだよ!ばかたれ!!

 

 

 

 

 

 

 

……そんなに許して欲しけりゃ付き合え。

 

わたしと恋人になってくれるなら許してやろう。

 

 

 

そしていつか……結婚を……♡

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ……えへへ……それはちょっと早いかな……♡」

 

 

 

「……どうしたくねくねして。もしかして頭がやられたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

おっと危ない。妄想の扉を完全に開いてしまっていたようだ。

まずはマスターの心を掴まないといけないのに。

 

 

 

……でもやっぱり結婚式は挙げたいなあ♡

 

 

 

 

 

 

 

「……所でさ。万丈……帰ってくんの遅いな、全くよ」

 

 

 

「式は……あ、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

わたしが再び妄想の扉を開けていたら、急に現実に戻された気がした。

 

未だに帰ってこない、弟の事。

北都に行ったまま帰ってこない、万丈の事。

 

 

 

……マスターは万丈の一件、あの後から知らないんだもんね。

 

 

 

 

 

 

 

「……実はね、マスター。万丈さ……北都に居るの、本当に自分の意思みたいなんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

紗羽嬢から聞いた、万丈が北都に忠誠を誓う理由。

泰山首相から聞いた、万丈が起こした事。

 

わたしの知らない、万丈の本当の姿かもしれない事。

 

 

 

もう……あいつは……

 

 

 

 

 

 

 

「自ら北都に?いやいや、んなわけ無いでしょーが。だって万丈だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターは……知らないから。

あいつが本当に大切に想っているモノはわたしたちじゃない。

 

それは……香澄さんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「未だにちょっと信じられないけど……北都はね、死者を蘇らせる技術があるみたいなんだ」

 

 

 

「だから万丈はそれで北都に……あいつの最愛の人、香澄さんを生き返らせるために、自分の意思で北都にいるみたいなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

わたしだって信じたくはない。

でも……信じてしまうような証拠もある。

 

 

 

まあそれも全てはあのスマッシュの働きでそう思わせてる、っていう可能性もあるけど……

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい戦兎、死者が蘇るだって?お前そんな話本当に信じてんのか?」

 

 

 

「そんなモンお前、科学者が一番信じねーようなオカルト話だろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

その通りなんだけどね。

死後の世界、っていうのも科学的に見れば非現実的な話だし。

 

魂っていう存在について、人が死ぬと肉体が数十グラム軽くなる……とかいう実験結果が一時期話題になったけど、これは汗の蒸発や体内の水分の変化、また肉体の変化によるものと言われてるし。

 

そもそもこの実験自体が怪し過ぎるってなってるしね。

 

 

 

というか一科学者のわたしとしては死者が蘇るだなんて……

そんな事絶対にないと思うし、あってはならないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

……天国とか魂とかは、信じてるけど。

 

香澄さんはきっと天国から見護ってくれてると思うし。

 

 

 

 

 

 

 

「でも……実際に生き返ってるみたいなんだ。猿渡 一樹、っていう人が」

 

 

 

「昨日話した一海の弟さんなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

マスターには昨日、色々な事を話した。

幻徳や泰山首相の事、北都には姿形を変えるスマッシュが存在する事、戦争の事、黄羽ちゃんは北都の兵士である事、黄羽ちゃんが所属している団の団長で、更にカシラと仰ぐ人の事、そしてその家族の事。

 

 

 

わたしが東都軍の総隊長だって事にも驚いてた。

そして褒めてくれて、応援してくれて。

 

道を見失うなよ、って言ってくれた。

 

 

 

その時のマスターの顔は、とても優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「まあその人ですら、例の姿形を変えるスマッシュがそういう風に見せかけてるだけなのかもしれないんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

そうであってほしい。

むしろそうでなければならない。

 

 

 

……じゃなきゃ、万丈とはもう……

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどな。そういう事か」

 

 

 

「それは滝川から聞いたんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターの顔が妙に険しくなった気がした。

なんだかわたしはそんなマスターが、とても怖く感じてしまった。

 

まるでスタークから感じるようなあの。

どうしようもないあの、戦慄するような恐怖。

 

 

 

 

 

 

 

……気のせいだ。うん。

 

きっとマスターも大切な息子が大変な事になってて怒ってるのかもしれない。

 

そうに決まってる。

そうとしか思えない。うん。

 

 

 

 

 

 

 

「そだよ。紗羽嬢が持ってきてくれた情報」

 

 

 

「……そうか。でもな、戦兎」

 

 

 

「本当に死者を蘇らせるなんて事出来ると思うか?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターのその言葉がわたしを刺激する。

絶対に有り得ないはずの、禁断の行い。

 

 

 

わたし個人としては有り得ないと思う。

そもそもいくらスマッシュとして肉体を復活させたとして、その肉体の本来の持ち主である魂の定着をどうやって行うのか。

 

いくらネビュラガスが未だに未知の物凄い力を持つ物質とはいえ、そんな超常的な事を起こせるとは考えられない。

 

 

 

それにそんな事が出来る人間が居るなんて……

もはやそれは人ではなく、比喩無しで神の領域だ。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは……そんな事どう足掻いても不可能だと思う。それにわたし自身、そんな事どうすれば出来るのか考えもつかない」

 

 

 

 

 

 

 

わたしは自分の頭脳に自信がある。

というか世界最高の頭脳ぐらいには思ってる。

わたしが世界でもトップクラスだと思ってるし。

 

 

 

でもそんなわたしでも……死者を蘇らせるなんてどうすればいいのか全く見当もつかない。

 

いや、肉体を構成する物資を集めて科学的に調合し……とかなら別に余裕だけども。

 

 

 

そこから魂を肉体に定着させるのは無理だ。

そもそも魂という存在には触れる事も、見る事も、感じる事も不可能だ。

 

まあそれらを感知する類まれなる能力を持っている人も居るんだろうが……残念ながらわたしには無い。

 

それにもしそんな人が北都に居たとしても、その人が魂の定着を出来るとは考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

「ならそれが答えだろう。天才物理科学者の桐生 戦兎が不可能だ、って言うんだ。それが全てだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

マスターに褒められた気がして少し照れちゃう。

それになんだか、改めてそうだなと思えてくる。

 

わたしが不可能だと言うんだ。

間違いなくそれは無理。出来るわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

……でも、あの人なら。

 

あの行方が全くわからない、あの科学者なら。

もしかしたら北都に居るのかもしれないと考えていた、あの女性なら。

 

あの、葛城 月乃なら出来てしまうんじゃないかと。

わたしは心のどこかで思ってしまう。

 

 

 

そしてわたしはなぜだかわからないけど、月乃さんには勝てる気がしない。

 

あの正体不明の科学者の頭脳に、勝てる気がしない。

 

 

 

 

 

 

 

「それにもし万が一だぞ?それが事実だったとしても……万丈はそんな事するやつじゃない」

 

 

 

「戦兎はよく知ってるだろ?その事をさ」

 

 

 

 

 

 

 

……確かに、わたしもそう思ってたけど。

 

でも現実はそんなに甘くなかったんだよ、マスター。

 

 

 

 

 

 

 

「あのね、信じたくないんだけど……万丈が人々を襲う映像があるんだ」

 

 

 

「最初は姿形を変えるスマッシュがやった事だと思ったんだけど……時間からしてそのスマッシュがやる事は不可能」

 

 

 

 

 

 

 

「泰山首相にも実際に被害があった事が確認出来たし。だから……万丈がやったとしか思えないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

どう抗っても覆しようのない事実。

万丈が人々を傷付けたという現実。

 

 

それが虚実では無いという……真実。

 

 

 

……あいつを信じたくても、どう頑張っても。

 

わたしの脳はそれを受け入れてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

「映像……?それも滝川がか?」

 

 

 

「そうだよ……紗羽嬢が悪いわけじゃないのに、謝りながら見せてくれたの」

 

 

 

 

 

 

 

前にわたしが紗羽嬢に言ってしまった言葉を思い出す。

わたしの我儘な感情で八つ当たりのように言ってしまった、あの言葉を。

 

きっと紗羽嬢はあの事を思い出して謝ってきたのかもしれない。

 

あの時も紗羽嬢は間違いない情報を持ってきてくれた。

というかいつも、正確な情報を持ってきてくれた。

 

 

 

彼女が信じる、正義のために。

最初は怪しい人だと思ってたし、マスターを奪ってく女だと思ってたけど。

 

でも今は違う。

紗羽嬢もわたしの大切な存在。

 

家族と何ら変わりない、大切な人だ。

 

 

 

……もう一度、しっかり謝らなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、滝川か……わかった」

 

 

 

「でもな、戦兎……それでも俺は万丈を信じる」

 

 

 

 

 

 

 

真剣な顔でわたしを真っ直ぐと見るマスター。

その表情には一切の曇りは無い。

 

いつか言ったマスターの言葉を体現してるような。

 

 

 

 

 

 

 

「いつか言ったな、戦兎。目で見えるモノが全てとは限らない。それが真実だとは限らないんだ」

 

 

 

「その本質を見抜け。惑わされてはいけない」

 

 

 

 

 

 

 

マスターが泣きながらわたしに伝えてくれたあの日の言葉。

 

目で見えるモノが全てとは限らないという事。

目で見えるモノなんて殆どが虚像だと言う事。

 

 

 

しっかりとその真意を、本心を、真実を。

隠された本当のモノを視ろと言ってくれたあの日。

 

 

 

 

 

 

 

「万丈の……本当の事……」

 

 

 

 

 

 

 

正直、わからない事だらけだけど。

あいつの事を信じ抜く事はまだ難しいけど。

 

 

 

 

 

 

 

マスターの言葉がわたしに刺さる。

 

わたしはもしかしたら、薄い上辺だけしか見えていないのかもしれないと。

わたしはもしかしたら、とんでもない誤解をしているのかもしれないと。

 

 

 

心のどこかで、そんな声が聴こえる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……えへへ。やっぱりマスターは凄いや」

 

 

 

 

 

 

 

あれほど苦しんで、絶望していたのに。

マスターが伝えてくれたその言葉だけで。

 

わたしの心に光が差していく。

道が開けていく気がする。

 

 

 

もうどうしようもなく、もう行き止まりだと思っていたのに。

新しい道が少しずつ見えてきた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前さんらよりも無駄に長生きしてるからな。ちゃらんぽらんに見えても締めるとこはちゃんと、な」

 

 

 

 

 

 

 

きっとこういう所にも惚れているんだろうな。

自分でもう前に進めない時、ゆらりとわたしの前に姿を現して手を取り、優しく一緒に進んでいってくれるような人。

 

そんな事が出来るのは、マスターしかいないから。

わたしの全てを光輝かせる事が出来るのは、この人しかいないから。

 

 

 

だからこんなにも、愛しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと、マスター!いつも助けられてばっかりだ」

 

 

 

 

 

 

 

いつもいつもわたしはこの人に助けられてばかり。

いつもいつも支えられてばっかりだ。

 

本当はわたしも貴方を支えたいのに。

そうでなきゃ一番近い所に居れる資格が無いのに。

 

 

 

わたしもまだまだ未熟者だな。

もっと頑張って、貴方に相応しい女にならなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

「そうでもないぞ?俺もお前たちに……戦兎に救われてんだ」

 

 

 

 

 

 

 

……そうなのかな。

 

マスターを助けたなんて事あったっけ……

全然わかんないんだけど。

 

 

 

もしかしてわたしの存在がマスターにとってそういうモノだとか……!?

 

うわっ。どうしよう。

そうだったらめちゃ嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

「だからな、お互い様だって。それにほら、家族だしな」

 

 

 

 

 

 

 

家族……か。

わたしはやっぱり娘だもんね。

まだまだマスターにとっては……

 

 

 

でもあれか、結婚しても家族だし。

家族の関係性は変わるけど……でも家族だし。

 

 

 

そうなると美空は娘になるのかあ……

 

美空どう思うかな。嫌がるかな。

いやでも案外受け入れてくれそうだし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦兎、お前本当に大丈夫か?疲れてんじゃないの?」

 

 

 

「えへへ♡……はっ!いやいや、何でもねぇっす」

 

 

 

 

 

 

 

……またやっちまったか。

 

本当に禁断症状だよこれ。

わたし変態みたいになってないか。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おう……まぁそんな所だ。万丈を、あのどうしようもないバカな弟を、しっかりと見極めるんだぞ」

 

 

 

「うん……しっかりと本質を見て、決める」

 

 

 

 

 

 

 

完全には信じられないし、あいつが本当にやったんじゃないかって思ってるわたしの方が勝ってるけど。

 

でもやっぱり信じたい。

だってあいつはわたしの大切な弟だから。

 

わたしたちの、大切な家族だから。

 

 

 

だからもう一度、しっかりと見極めなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁーあ。したら俺はもう一眠りすっかな」

 

 

 

「ずっとバイト三昧で疲れちってよ。昼飯の時に起こして下さいな」

 

 

 

 

 

 

 

あははは……そんなに大変だったんだね。

確かにマスターももう若くないしなー。

 

というかわたしがもうバリバリ働いてるんだし。

だったらバイト辞めてもいーよね。

うん、それに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。忘れてた」

 

 

 

「んー?どしたよ?」

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに会えた喜びと北都の件やら何やらで、すっかり忘れてた。

 

マスターに会ったら聞こうと思ってた事。

あの……誰も顔の知らない女性の事。

 

 

 

マスターはあの時、月乃さんの事を知ってる感じだった。

むしろ下の名前で呼んでたし……もしかしたらかなり親交があったのかもしれない。

 

喫茶店のマスターとあの葛城 月乃の接点がイマイチよくわかんないけど……

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、マスター。前にかつら――」

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。まるで見計らっていたかのように。

わたしの手首についているあの、ひんやりとしたブレスレットからやたらうるさい音が鳴り響いた。

 

何かあった時に東都政府や野兎……

そしてこの国の長から通信の入る、あの守護者の証から。

 

 

 

 

 

 

 

「いっつも変なタイミングだなおい……はいはい?」

 

 

 

 

 

 

 

今大事な話をしようとしてたのに。

もうちょっと考えてくんないかな。

 

つうかまだ朝っつっても普通寝てるぞ。

 

 

 

……もしかして何かあったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎さん!良かった。私だ、氷室 泰山だ。実は少し不穏な動きがあったみたいでね……」

 

 

 

「こんな朝早くに申し訳無いんだが、今すぐに首相官邸に来てくれるかい」

 

 

 

 

 

 

 

泰山首相は急いでるというよりも焦っているように感じる。

この前とは違う、何か悪い事が起きた時のようなこの感じ。

 

しかも不穏な動きと言ってる。

これは北都の事だろうし……

 

 

 

もしかして一海たち、上手くいかなかったのかな……

 

 

 

 

 

 

 

「わかりました。準備して今すぐ向かいます」

 

 

 

 

 

 

 

話の感じだと侵攻してきた、ってわけじゃないみたいだけど。

それでも急を要する事態には間違いないだろう。

 

 

 

……わたしの想像する最悪じゃないといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「……何か、あったみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで眠そうだったマスターの顔も、少し険しく見える。

今の話の雰囲気で、ある程度察知したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ちょっとね……でも大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

あんまり言っちゃうと心配するだろうし。

ただでさえ万丈があんな事になってるんだから、これ以上心配かけたくない。

 

マスターも見せないだけで、本当は物凄い心配だろうし……

 

 

 

マスターは心優しい人だから。

きっと深く傷付いてるはずだもん。

 

 

 

 

 

 

 

「無理だけはするなよ。それに……絶対無事に帰ってきてくれ。お願いだから、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

……貴方にそんな事言われたらもう。

 

怪我1つなく帰ってこなきゃ。

絶対に、元気で帰ってくるから。

 

 

 

そしてみんなで、楽しくご飯を食べよ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん!!そしたら着替えて行ってくる!!」

 

 

 

 

 

 

 

物凄い音で駆けてるけど、そんな事気にしてる場合じゃない。

急いで準備して向かわないと。

もしかしたら本当に……刻一刻と何かが迫ってるかもしれない。

 

 

 

本当はマスターに彼女の事を聞きたかったけど。

今はそれどころじゃない。

 

帰ってきたらゆっくりと聞けばいいし……

ついでにマスターのバイトの話とかもさ。

 

 

 

だから今は、目の前の事を。

今起きようとしている何かを。

 

その事に全力で当たらなきゃ。

 

 

 

もっと急いで準備しないと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行ってらっしゃーい!帰り待ってるからなー!!」

 

 

 

「うん!!行ってきまあああす!!!」

 

 

 

 

 

 

 

風のように過ぎ去って行った我が娘。

物凄い勢いで着替えて行ってしまった。

 

 

 

多分何かしらの非常事態なのだろう。

さっきブレスレットから発せられていたあの声は、恐らく泰山のはず。

 

しかも焦っているような感じだったしな……

 

 

 

あの婆、もう動き出したか。

もう少し時間をかけると思ってたが……まぁいい。

 

 

 

いずれにせよ問題は無いはず。

あの婆もさすがにすぐには変な真似などしないだろうし。

 

いざとなれば俺が出ればいい話だしな。

 

 

 

 

 

 

 

「それよりも……だ」

 

 

 

 

 

 

 

戦兎が言っていた事。あれが妙に引っかかる。

連中はこんな事を予測してやったわけでは無いだろうし。

 

 

 

むしろそうなった場合のメリットも特に無い……とも言い切れんが。

 

 

 

 

 

 

 

……となると。やはりあの爺か。

 

連中は俺の正体を知っているはず。

ならばなぜこのような事を?

 

こんな事をして何が目的だ……?

まさか俺に牽制をいれてるか……

 

 

 

いや、そんなはずは無いだろう。

変に俺を刺激したら殺されるとわかりきっているはずだろうしな。

 

ならば……何が目的だ?

早くしろ、とでも言いたいのか?

 

 

 

 

 

 

 

「ふあ……飲み過ぎたわ……あら、おはようございますMr.石動?」

 

 

 

 

 

 

 

……丁度いい。起きたら話をしようと思ってた所だ。

 

万丈絡みには全て滝川の情報が絡んでる。

という事は裏には……あの爺だろう。

 

 

 

本当に勝手にやってくれる。

俺はそこまで器がでかくないんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようMs.滝川……少し話がしたい。眠気覚ましに美空が作ったコーヒーでも飲みながらいかがかな?」

 

 

 

「……畏まりました。では、下で」

 

 

 

 

 

 

 

滝川の顔に少し緊張が走る。

少し、裏の俺が出てしまったか?

 

 

 

 

 

 

 

……だが悪いな。

 

今の俺はほんの少しだけ。すこーしだけ。

虫の居所が悪いんだ。ちょっとだけな。

 

 

 

だから……舐めた事は言ってくれるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……着いてこい」

 

 

 

 

 

 

 

あの腐りきった爺め。

時と場合によっては覚悟しろ。

 

その醜い顔を……

 

 

 

 

 

 

 

……ちっ。頭に血が上ってるな。

 

もう少し落ち着かなければ。

今あいつを殺せば問題だ。

予定通りにいかなくなってしまう。

 

そんな事したら葛城のおっさんにどやされちまうしな。

 

 

 

 

 

 

 

ったく、本当に嫌になる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んにゃ?………んんん。今の惣パパとさーちゃんだよね?何か変な感じだったけど……なんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

 








惣一「ほら、コーヒーだ」

紗羽「……本当にこれ、美空ちゃんが?」

惣一「嘘をついても仕方がないだろう。早く飲め」

紗羽「……まぁ、確かにそうですね」

紗羽「ごくり……んんっ!?」

紗羽「あ……こ、これは……」

惣一「んーむ。やっぱりだめかぁ」

紗羽「エボ……ルトさ、ま……?」

惣一「おっ。悪ぃ悪ぃ。大丈夫かなーと思ってさ」

紗羽「ひ……ど、い……」

惣一「やべっ。気絶しちまったよ」

惣一「……しょうがねえなあ」





黄羽「何話してるんだろ?」

黄羽「んんん。よく聞こえないなあ……」

黄羽「えぼ……何?」



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