リアルチーター (glaci)
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File 01 恐怖からの脱却

2020年。東京オリンピックが行われたその年。

 

その裏では超人的な力を引き出す「とある機械」が作成された。

 

1年後、発売されてからその機械は数ヵ月で日本中に広がることとなった。

 

医療現場での機械的な精密な動き、工事現場の並外れた怪力。全てそれだ。

 

しかし、その機能ゆえにやはり悪用する人々が増えていった。

センター試験での不正、スポーツ選手のドーピングにも近い行為、殺人。全てそれだ。

 

政府はこの緊急事態を打破すべく、様々な対策をとった。

約3年後、テレビで時たま見かける「とある機械」の事件。

 

「次のニュースです。政府は超能力者事件対策のため、対策組織を立ち上げ・・・」

 

その現実では不可能に近い能力を引き出す機械ということゆえに、ネットなどではこう呼ばれる。

『リアルチート』

 

「・・・。早くいかなきゃ」

 

いつも通り、支度を済ませていつも通り学校へ行く。それが私。橙山 晴夜(とうやま はるよ)の日常。

 

今年で高校二年生だけどいまいち変わらない毎日を過ごしてる。部活で賞をとったり、テストで百点をとったりとかもない。でも、そんな日常が私は楽しい。そんな日常が・・・。

 

「それでは帰りのホームルームを始めます」

 

「起立!礼!着席!」

 

「えー、最近この辺りでリアルチーター関連の事件が起こっているそうです。皆さんも出来るだけ一人で帰らず、夜遅い時間まで出歩かないよう、休日は気を付けてください。以上です」

 

「起立!礼!着席!」

 

授業が終わり、みんな友達と一緒に帰って行く。私は一人寂しく帰る。父は海外出張で数年間居ない。きっと帰っても一人だろう。

この事を考えるのはよそう。それより早く帰らないと。

 

小さい頃私は笑顔が絶えない子供だったと聞かされていたが、その時の私は余りにも無知だったことに今更気がついた。私は無力だった。

 

「おかあ・・・さん」

 

電車に揺られて、人混みにもまれて、ようやく家にたどり着いた頃にはもうへとへと。予約しておいたお風呂に入って、あがったらベランダでたそがれるのが私の日課だ。

 

「それにしても、今日は騒がしい」

 

ここからでも聞こえるほどに大きな悲鳴が数キロ離れたところから聞こえる。

 

「え?え?え?」

 

その矢先、爆音が聞こえてこっちに何かが飛んでくるのが分かった。

 

「このままだと、ヤ、ヤバイいい!」

 

部屋に戻って身を隠す時間などない。私は咄嗟にその場でしゃがみこんだ。

 

「う、うわああ!?」

 

飛んできたのは車だった。車は私の真上の上の階のベランダに当たってぺしゃんこになって地面に落ちた。物凄い地響きがした。

喜びもつかの間。頭上からピシピシッ、という音が聞こえたのだ。身の危険が迫っていることを悟った私は今度こそ部屋の中へ身を隠した。

上の階のベランダが崩れ落ちたのだ。

 

「あ、危なかったぁ・・・」

 

半分泣き目だった。霞む景色の先には炎上するビル群があった。パトカーや救急車のサイレンの音が目まぐるしく鳴り響いていた。

 

―――

 

――――

 

―――――

 

翌朝、休日だったのでマンションの管理人さんに頼んで手配してもらうことにした。

 

「その間に言ってもねー」

 

行く宛がないのだ。迷った末。

「試しに昨日の事件が起こった場所に行ってみようかな」

いつもはギュウギュウの電車に乗って事件が起こった場所に行った。

改札を抜けて、階段を登るとそこには・・・。

 

「な、なにこれ・・・。どういうこと?」

 

余りに残酷すぎる。消火活動を続ける消防隊に誘導を行う警察、次々に運び込まれる大勢の被害者や遺体。ボロボロに崩れ、壊された建物に道路。一面に広がる血。そこはまさに"地獄"だった。

 

「ひどい・・・。酷すぎるよこんなの」

 

自然と足から力が抜けてその場に座り込んだ。恐怖で体が凍る。涙すら出ない。

 

「皆さん!ここから先は危険ですので立ち入らないでください!ほら、そこの君も!」

 

「あ、は、はい!」

 

急いで駆け出した。私が駅に戻ろうとUターンした。その時だった。

 

バン!

 

一つの銃声。その瞬間、世界から音が消えたように静まり返る。

 

「く、来るなぁ!」

 

静寂を打ち破ったのは警察官だった。その悲鳴につられて周りの人たちも訳もわからず叫び、走る。

 

「あ、あぐうう、や、ヤメろ・・・、アガぁ、はな、せ・・・」

 

グシャッ。

 

声はそこで止まってしまった。首を握りつぶされて。

もう動けない。あの頃みたいに。人の形をした"カイブツ"がこっちに来る。ああ、誰か、誰か・・・。

 

「助けて・・・」

 

「はあああああ!」

 

誰かが"カイブツ"に凶器を突き刺す。悲鳴をあげて"カイブツ"は誰かに襲いかかる。意識がもうろうとする。

 

「その子を頼んだ!」

 

「了解」

 

そんなやり取りが聞こえたのち私の意識は途切れた。

 

 

目を覚ますと、私は見知らぬ空間でベットに横たわっていた。

 

「え?は?こ、ここは?」

 

「目が覚めたみたいだね」

 

ベッドの横の椅子に腰かけた大学生くらいの女性がいた。私はベッドから飛び上がり

 

「だっ、誰!?」

 

叫んだ。

 

「ふふ、そんなに慌てなくてもいいよ。私は藍沢 雨唯(あいざわ うい)。君の味方だから心配しないで」

 

「と、とてもじゃないけど信じられないですね。あのカイブツはどこへ行ったんですか!?ここはどこですか!?」

 

そういった私に対して、予測していたように彼女は口を開く。

 

「じゃあ、あなたにも分かるように、単純かつ、的を射た回答をしよう。"リアルチーター機密対策本部"って言えば分かるかな?」

 

雨唯さんはマジックの種明かしのようにてを広げ、笑顔で私を見つめた。

 

「そ、それってリアルチートを使ってチーター達を逮捕してるって噂の・・・」

 

「Exactly!その通り!正解だよ」

 

子供をあやすようにパチパチと手を叩かれた。

 

「でも、どうしてここに私が・・・?」

 

「おっ、いい着眼点だ。確かに、ここには一般人が入ることはほぼ無い。連れてこられても、怪我人や、緊急時のみだ。その緊急時に連れてこられたのが・・・」

 

私って訳か。

 

「でも、ここはあくまでも国家機密情報が山ほどある場所。そんなところに女子高生なんか置いておけば、"国家機密ナウ"とか拡散されるに決まってるっ!」

 

「は、はぁ」

 

「でもね、あなたは特殊な体質だったからここにいる」

 

「特殊な・・・体質?」

 

「聞いたことないかな?リアルチートを扱うためにはそれなりに特殊な体質がなきゃだめなんだ。でも、それを一般人が使ってるってことは?はい!晴夜ちゃん!」

 

「あ、え?ああ、えっと、それは・・・、一般人にも使えるように改良した劣化版?」

 

「正解!これで二連続正解だね!」

 

「って、何で私の名前を知って・・・」

 

「そう、よく新聞やニュースで見る事件は犯罪者たちによって改造されてしまった劣化版なのでーす!」

 

やけに元気がいい。クイズ番組でもやっているのだろうか。

 

「そして、人口の約0.01%の特異体質者達がここに集められたって訳!」

 

「え!?0.01%って・・・、え!?」

 

二度口にしてしまった。まさか・・・。

 

「もともとスカウトするつもりだったんだけど、襲われてたからついでに連れてきちゃった☆」

 

こんな平凡な生活を送ってきた私に・・・。

 

「こんなあり得ないことが起きるなんて・・・」



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File 02 笑顔からのリスタート

「はぁ・・・」

 

「うん?どうしたの?そんな疲れた顔して」

 

「いや、そりゃ疲れない方がおかしいでしょう・・・。昨日の夜ベランダが車に破壊されて、朝に隣町に行ってみたらカイブツに襲われて、謎の女子大学生に謎の施設に連れ込まれ、ハイテンションで状況説明されたら・・・」

 

「あはは、それは楽しい一日だったね」

 

「・・・。てか、女子大学生ってそんなにテンション高くて子供っぽいものですか・・・?」

 

「え、あ、そう?もっとじとーっとして、暗闇そのものみたいな風がいいかなぁ・・・」

 

「いや、そこまで言ってないですよ。オーバーでしょ」

 

「じゃあ、このままでいくね!」

 

顔がすっごく明るくなった気がする。それにしても、こんな巨大で最先端技術の塊のような場所に平然としている自分が恐ろしい・・・。これは藍沢さんの才能なのだろうか。自然と口調も軽くなった気がするし。

 

「さてと、雑談はここまでにしてそろそろ本題に入ろう」

 

今まで笑顔だった表情がほんのちょっと真剣な表情になった気がする。

 

歩きながら話して、ミーティングルームのような部屋まで連れてこられた。私と藍沢

 

「うちの組織はリアルチーターの逮捕や処刑などを行っている。リアルチートにはリアルチート。組織のメンバーは全員リアルチーター。そうでなければいけない。しかし、リアルチートを扱えるのは約0.01%の人間だけ。さすがに、人数が足りなくて手が回らない。そこで私達が行ったのは日本全国からのスカウト。そうでもしないと、多くの人が死ぬ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。処刑って・・・。そんなこと許されるんですか・・・?」

 

「場合よっては・・・ね。でも、限りなく少ない。今で5件しかない」

 

「それでも、人殺しですよ・・・」

 

「殺されるような奴はもう"人間"じゃない。それこそ"カイブツ"だ」

 

「じゃあ、もしかして・・・」

 

「ああ、もちろん殺したさ」

 

余りにも平然と言ってきたので、少し反応にラグがあった。そう、この人は道徳的に最もしてはいけない事を簡単にやったのだ。だが・・・。

 

「そう。多くの人間とたった一人の"カイブツ"。天秤にかけてみればその結果は明らかだ」

 

たった一晩で町を地獄に変える"人間"・・・。いや、"カイブツ"が死ぬのならそれは本望ではないか?なぜなら、私にはリアルチーターを恨むそれなりの理由がある。それだったら、その存在を消すこの組織は正しい・・・?

 

私の顔を見て彼女は話を続ける。

 

「話を戻そう。君は学校で血液検査を行わなかったかい?」

 

「え、ああ、やりましたよ。突然検査の話が来てクラス全員が受けましたけど・・・」

 

「それ、うちの組織の仕業だよ」

 

「!?」

 

「実はその検査全国の学校や会社でやっていてその中から適合者を探してるんだ。ちなみにあなたの高校にはあなた一人しかいなかったよ」

 

適合者を探すためだけにこんなことをするこの組織は・・・。さすが政府公認の組織だ。こんなこと国の協力がないときっと出来ない。

 

「リアルチートのことはあんまり知らないと思うから教えておくけど、リアルチートを使えるようにする機械を背中に埋め込んで神経からそのメカニズムを脳に伝達させるんだ。でも、適合がないと拒絶反応で最悪死に至る。リアルチートにも色んな種類があってそれぞれ適合者が違うんだ」

 

「藍沢さんのチートは何だったんですか?」

 

「私のは・・・」

 

喋り始めると、藍沢さんは椅子から立ち上がって腕を前に伸ばし、手を開いた。すると、周りの空気が一気に藍沢さんの手のひらに集中し、次の瞬間

 

「これが私のチートだよ」

 

彼女の手には日本刀が握られていた。しかし、それをデスクの上に置いてまた手のひらを前に出すと今度は拳銃が握られていた。

 

「仕組みはよくわかんないんだけどね。便利でしょ」

 

「また、物騒な能力ですね・・・。じゃあ、私のは・・・?」

 

もう、リアルチートのあるこの日常になれてしまったのだろうか。そんなに驚かない。

 

「えっと、確か・・・」

 

そう言って藍沢さんは部屋に入ったときから置いてあった資料をペラペラとめくり始めた。

 

「えーっと、あ!これだ!あなたの適合チートは"物体を弾丸にするチート"だって!」

 

「へ?」

 

「もっと細かく言うと中指と人差し指の先にある物体をかなりのスピードで吹っ飛ばすっていう能力らしいよ」

 

もっとわからない。なんだそれ。今までの空気が吹っ飛んだ気がする。

 

「えーっと、つまり?傘とか石とかを何でも弾丸にするってことですか?」

 

「理解が早くて助かるよ。でもね、力には代償が必要。背中の機械が破壊されたりしたら神経が一気に全部ちぎれて死ぬ」

 

「それって、ここにいる人たちは死と隣り合わせで・・・」

 

「うん。私達は沢山の命を助けるために自分自身の命を天秤にかけてる。それくらいの覚悟があなたに出せると信じて私はあなたに話してる」

 

「・・・。ここで私が断ったら?」

 

「あなたの今日の記憶を全て削除したのちあなたの家に帰すよ」

 

なるほど。さすが、最先端技術の塊と行ったところか。記憶の削除が出来るということは記憶の削除専門のリアルチーターがいるということかな。

 

「まあ、あなたなら断らないと思うけどね」

 

「・・・。はい・・・」

 

「多少無理矢理だったこもだけど、あなたが数少ないリアルチート適合者であった以上学生の力を借りるしかない。でもフォローはもちろんする」

 

「人を・・・、殺したりも・・・」

 

「そんな事をいきなりきたあなたに出来るとは思ってない。てか、そんなこと出来ることならさせない」

 

「・・・。でも、私はもう二度とリアルチーターが誰かを殺すようなことはさせたくない。だから私は戦います!」

 

私は椅子から立ち上がり

 

「いいやる気だね。あなたなら出来るよ!今度こそね」

 

そして、藍沢さんは私の方に来て手を引っ張りドアの方へ駆け出した。

 

「さあ!そうと決まれば早速準備に取りかかろう!」

 

「あ、あんまり引っ張んないでくださいよー!」

 

まず、私は数枚の書類に個人情報等を記入した。少々抵抗があったが、藍沢さんによると「だいじょぶ!だいじょぶ!個人情報はうちで流失しないように厳重なセキュリティがあるから!」ということだそうだ。

 

次にその書類を持ったまま別の部屋へ。そこには幹部的な人がいた。藍沢さんは大分フレンドリーな感じがしたが、そんなんでいいのだろうか。

 

そして、私は手術室のような部屋に来た。

 

「こ、ここは?」

 

「リアルチートを埋め込むための部屋だよ。背中の神経に機械を埋め込んでチートを導入するの。でも、安心して!ちゃんと麻酔はかけるし、後遺症も残らないから!」

 

「そんなこと言われても、怖いものは怖いですよ」

 

「いいから、早くここに寝て!」

 

藍沢さんに無理矢理手術台に乗せられ、心拍数が跳ね上がる。若干の恐怖を感じた次の瞬間。

 

プスッ

 

「ふぇ?」

 

何かが動く様子を見て最後私の意識は途絶えてしまった。

 

しばらくして目が覚めると、気を失う前とほぼ全く同じ状況で手術台の上にいた。

 

「え、あれ?なんともない?」

 

「あんまり動かない方がいいよー。あと、後遺症は残さないって言ったでしょ。じゃあ、感覚が戻ってきたら次いくよー」

 

「は、はいっ!」

 

意識を失っていた間何をされていたのだろう。背中を触ったが全く何かが埋め込まれた感覚はない。本当に私はチーターなの?

 

しばらく歩くと、広い空間に出た。カウンターの様なところがありその向こう側にはターゲットが描かれた板があった。

 

「はい!到着!ここは射撃場でーす!」

 

「ここで、何をするんですか?」

 

「それはもちろん、あなたはチートが使えるようになったんだ!少しは実感してもらわないとね」

 

そう言って、藍沢さんは私に小さな何かを手渡した。

 

「これは・・・」

 

銃弾・・・。

 

「それを"拳銃を使わずに"撃ってもらおうか」

 

「私のチートを試せってことですね」

 

藍沢さんは笑顔でうなずいた。私はゆっくり的の前へ立ち、手を銃の形にして構えた。

 

「こんな感じでいいんですか?」

 

「うんうん!様になってるよ!」

 

弾丸を指の先に当てて、直ぐに手を離した。その一瞬の間で手に力を込めると指先にあった弾丸は勢いよく放たれた。その勢いで私の腕は真後ろに引き下がり、自身の体は真後ろに頭から吹っ飛んだ。

 

「いった!」

 

頭から床に頭を打ち付けてしまった。結構撃った場所から離れていた。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「いてて・・・。まあ、なんとか」

 

放たれた弾丸をみると的を少し外れて右上の方にそれていた。

 

「すごい!あのスピードは普通の拳銃じゃたぶん出せないよ!さすが私が見込んだだけあるわ。じゃあ、次はこれを・・・」

 

そう言って持った来たのはビニール傘だった。なんのへんてつもないただのビニール傘だ。

 

「これで何をしろと?」

 

「これを弾丸にしてもらおうかと。あなたのチートは弾丸を発射するだけじゃない。どんなものでも弾丸に出来る!そこで手始めにそれっぽいビニール傘を使って撃ってみてよ!」

 

「わかりました。取り敢えずやってみます」

 

さっきみたいに手の形を変えて傘の柄の部分を指に当てる。スナイパーのように構えて的の中心を狙う。傘の重さから少し上を狙って、今度は倒れないように思いっきり踏ん張って力を込めた。放たれた傘はそのまま少し上に当たった。

 

「なるほど。どうやらこのチートは傘を直線で飛ばす威力があると言うことですね。しかも的を貫通するほどの」

 

「本当だ・・・。すごいよ普通に!」

 

自分でも正直驚いている。物体を超スピードで吹っ飛ばすチート。これは物凄い殺傷力を秘めていそうだ。

 

「もしかして、これ物体を吹き飛ばすなら空気も吹き飛ばせますかね」

 

「あ、確かに!やってみる?」

 

「はい。是非。色々試してみたいので」

 

的に向かって物凄い風が吹いた。しかし、的は大きく揺れただけで何も変化はなかった。

 

「もしかして・・・」

 

私はカウンターを乗り越えて的の数センチ前の場所で構えて、空気を放った。すると金属製の板に一瞬のうちに亀裂が入った。

「あ!こ、これ大丈夫ですか・・・」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ!これくらい沢山替えはあるからさ」

 

空気でも武器になりうるということか。これは覚えておこう。

 

「それじゃあ、まあ、試しも終わったしそろそろ実践にいこうか」

 

「へ?実践?」

 

対して練習もしてないのに実践だって?そんな・・・。

 

「大丈夫だよ!実践って言ってもあなたは見るだけ。見学っていった方が正しいかもね」

 

良かった。ほっとは出来ないが、まだそんなに深く関わらなくても大丈夫そう、でもこれから私は一体何人の人を殺すのだろう。何人の人を救えるだろう。

 

「あなたなら今度こそ・・・。きっと、この惨劇を・・・」

 

「え、何か言いました?」

 

「いいや、何も。それよりは早く行こう!」

 

私は藍沢さんに連れられて光の差す外へ向かった。



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File 03 on your mark!

私は今走っている。いや、無理矢理引っ張られていると言った方が正しいだろうか。

 

「一体、どこに連れていく気ですか」

 

私より少し年の離れた女性は言う。

 

「どこって・・・。訓練所だよ!」

 

あ、良かった。もしこれで現場にいこうとか言い出したら本気で逃げ出すところだった。いや、待てよ・・・。だったらどうして施設内じゃないんだ?

 

「ほら!ここが出口だよ!」

 

振り返ると、十階ほどの高さがあるビルがあった

 

「ここって、近所のビルじゃないですか」

 

「そう!ここは私たちの組織を隠ぺいする飾り・・・。なので、上の階は全部カラ!」

 

こんな所に施設が隠されていたなんて・・・。もしかしたらほかの場所にも隠された施設があるのかもしれない。

 

「一応、この町のいたるところに組織の諸々があるよ!例えば・・・。あそこにあるDVDショップ。その棚の内側にはたくさんの武器が入ってるんだー!それとね!あそこの・・・」

 

「あの・・・。さらっと人の心を読むのはやめましょう・・・」

 

この人は本当に一体何なんだ・・・。この人の能力は凶器を取り寄せる能力のはずでは・・・。基礎能力が高すぎる。もう、戦闘とかじゃなくてあるとすればスパイとか交渉役にした方がよかったんじゃないのか?

 

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数十分ほど歩いて、町はずれに来た。

 

「ほい!ここが訓練所でーす!」

 

廃工場まで来た。屋根のトタン板には焼き焦げて穴が開いていて、なんていうか全体的にボロボロ。周りに人気は全くない。

 

「もしかして、施設内で能力の訓練をすると危ないからここに来たんですか?」

 

「そう!だって、晴夜ちゃんの能力って壁貫通しちゃうからこういうとこじゃないと施設の方の訓練所が壊れちゃうもん!」

 

そんなに強かったのか・・・。私の能力。壁を貫通、これは実戦で役立つかもしれないな。

 

「じゃあ、まずはあそこにあるドラム缶にこのネジを打ち込んでみよう。こういうチートは当たらなきゃ意味がないからね。さ、しっかり踏ん張って狙いを定めて・・・」

 

バン!

 

発射したとほぼ同時にドラム缶・・・、の横にある壁に破裂音をあげて貫通した。

 

「あちゃー・・・。ま、想定内だし別にいっか」

 

「なんか、すみません。でも、ちゃんと練習して当てられるようにしますね・・・」

 

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数時間後。ドラム缶と壁に大量の穴を開けた私はお昼休憩に入ることにした。どうやら藍沢さんが私の練習中にお弁当を買ってきてくれたようだ。

 

「早く食べよー!」

 

「はい!」

 

こういうちゃんと話せる機会にいろいろ聞いておいた方がいいのかもしれない。

私はドラム缶に座っていろいろ聞いてみることにした。

 

「そういえば、あの時私が出くわしたあいつは・・・」

 

「・・・、倒し損ねちゃった」

 

「そうですか・・・」

 

「でも、大丈夫!私たちが絶対にみんなを守るから!」

 

私はお弁当を口に運びながらよそ見をして頷いた。あのチーター、野放しにしておくとまずい。

 

「きっと、倒せますよね」

 

「ああ、できるだけ殺したくはないけどね」

 

藍沢さんは「そういえば!」と言ってポケットからカプセルがたくさん入ったケースを私の手のひらにぽんと置いた。

 

「それはチーター相手に投げつけると対象付近で破裂してチーター本体にショックを与えて無力化する装置・・・。まぁ、殺さないためのカプセルだね。でも、できるだけ背中の近くじゃなきゃだめだし、チートの侵食率が高いと効かないこともあるけどね」

 

「そんなものまで開発されてるんですね。って、リアルチーター対策本部だから当然か・・・」

 

「まあね」

 

藍沢さんは少し誇らしげに笑った。私は内心ほっとした。リアルチーターには恨みがある。しかし、殺すとなると少し気が引ける。確かに奴らは私の大切なものを奪った。でも、それは・・・。

 

「殺しても報われない。そんな人のためにこれは作られた」

 

「・・・。ありがとうございます。私のために」

 

「いやいや、これは全員に渡すものだから義務みたいなものだよ。それは持っておいて!絶対、必要になるからさ!」

 

ほぼ同時にお弁当を食べ終わり、空の弁当箱を置いてふと割れた窓越しに外を見てみるとスーツ姿の男性がこっちを見ているのに気が付いた。

 

「ん?あれは・・・」

 

相手も私に気が付いたのかすぐにどこかへ行ってしまった。

 

「あの、ここって立ち入り禁止区域ですか?」

 

「え?ああ、よく気が付いたね」

 

「こんなに人気がなかったら気付きますよ」

 

となると、あの人も組織の人間だったりするのだろうか。今度会う機会があったら聞いてみよう。

 

「じゃ、射撃練習再開しようか」

 

「はい!」

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私は落ちているネジを拾い上げ、しっかり踏ん張って狙いを定めた。腕は真っすぐになったし、なんだか落ち着いて打てるような気がする。

 

バン!

 

放たれた弾丸(ネジ)は全くブレがない軌道を描き数メートル先にあるドラム缶の中心に命中、貫通した。

後ろからは藍沢さんの拍手が聞こえた。

 

「すごい!すごいよ!よくこの短時間でその技術を取得するのは結構すごいことだよ!」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

なんかちょっぴり嬉しい気がする。これは、普通の生活を続けていれば絶対に学ばないようなことだが私はそれを習得し喜んでいる。なんとも不思議な体験だ。

 

「よし!じゃあ、一旦基地に戻るよ!」

 

「わかりました!」

 

私たちは同時に走り出した。長時間の運動をした後のはずなのに足はなんだか軽い感じがした。

 

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しばらくして、私たちは基地に戻ってきた。様々な情報が映し出されたモニターがたくさんある広い部屋に来るとそこには見知らぬ女性が立っていた。

 

「おかえり。ういちゃん」

 

「うん、ありがと!ゆのん!」

 

「ゆのん?」

 

知らない人物名だ。眼鏡の内側には包み込まれるような優しい目をしていて、身長は158㎝の私と同じくらいで藍沢さんと同じスーツ姿だった。

 

「紹介し遅れちゃったね。この子は桃園 優穏(ももぞの ゆのん)。小学生からの幼馴染だよー」

 

「リアルチーター対策本部のバックアップや開発を行っている桃園です。ういちゃんから話は聞いてるわ。よろしくね、はるよちゃん」

 

「あ、は、はい!よ、よろしくおねがいします・・・」

 

幼馴染か。しかも小学生からともなると互いの中は最大限にいいだろう。正直言って私に幼馴染といえるほど仲が良かった友達は・・・。まぁ、一人くらいかな。最近会ってないからもう覚えてるかわかんないけど。

 

「ういちゃん。これも渡さなきゃ」

 

「ああ、ごめんごめん。カプセルは渡したんだけど忘れてた」

 

そう言って、横の操作用キーボードとモニターのような机に置かれていたスーツ一式を渡してきた。

 

「それは、はるよちゃんのために用意した特製防護服。それを着れば斬撃、弾丸、爆風は防げるし、耐火や防水とかもついてる。あと、操作すれば光学迷彩もできる優れもの!」

 

「これは優穏が作ったんだよー!」

 

「へー、すごいですね・・・。これを私に?」

 

「ええ、遠慮なく使って!」

 

ここでも最先端技術を見せつけてくる。このスーツにその機能が備わっているのは結構すごいことだと思う、多分。この組織の制服、といったところだろうか。

 

「それと、これも渡しておくよ。これは晴夜ちゃんのIDカード。これがあればこの組織のあらゆるコンピュータのセキュリティ解除ができるようになるよ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「折角だから、着てみない?」

 

「あそこに更衣室もあるからさ」

 

私は「そうですね」と返事をして更衣室で着替えてみることにした。質感も質量もごく一般的なスーツだ。これにすごい機能が備わっているとは到底思えない。

更衣室の扉を開けると二人が立っていた。

 

「おお!似合ってる!」

 

「そうね~、フォーマルな感じが際立った感じがするわ」

 

「そ、そうですか?」

 

まだ自分は高校生なのにこれを着ているとなんだか社会人まで上り詰めた感じがする。

 

「これで、はるよちゃんも私たちの一員ね!」

 

私は少し笑って「ありがとうございます」と言った。二人は笑顔で「どういたしまして!」と返した。

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____

 

_____

 

 

私はしばらく色々な説明を受けて帰宅している。よくある話だが、この組織に所属していることは言ってはいけないらしい。口を堅くしなければいけないな。

自宅のマンションが見えてきた。だが、屋上に人影があることに気が付いた。

 

「あそこは立ち入り禁止のはずでは・・・?」

 

そういえば、帰り際桃園さんに「尾行とかも気を付けてね」って言われたなー。もしかして、リアルチーターにも組織があるのか?だとしたら私の情報を手に入れるために尾行を?

 

「ちょっと危険だけど、このままずっと尾行されるのも嫌だし、少しけん制してみようかな」

 

相手と目が合わないように建物内まで歩いて進み、敵の疑いがある人物が逃げる前に私は急いで暗い階段を駆け上った。そして、私は屋上の扉のドアノブに手をかけた。

 

「もうここまで来ちゃったし、やるしかないか。でも・・・。ここで死んだりしたら・・・」

 

足がすくんだ。私はドアノブから手を放し、逃げるように階段を駆け下り踊り場に足をかけようとした瞬間。

 

「おい」

 

「きゃっ!?」

 

後ろから少し低い男性の声がした。まさか、私の存在に気付いてここに・・・。

私は咄嗟に何も弾丸になるものがない状態でその男に右手(けんじゅう)を向けた。

身長は高め、緑色の瞳に私と同じスーツ?

 

「それじゃあ攻撃できないだろ?()()()

 

「ん?もしかして、組織の人ですか?」

 

「ま、言ってしまえばそーゆーことだ。あといい加減その警戒態勢を解いてくれないか。別に俺は敵じゃない」

 

私はゆっくりと手を下した。男はため息をつき再度話し始めた。

 

「何も知らないと信用できないだろ?自己紹介させてもらうぜ。俺は柳葉 麗雅(やなぎば れいが)。まあ一応組織のメンバー。チートは『ラグを無理やり作り出すチート』だ。相手の攻撃の予測や自分の攻撃を二倍にできる」

 

「なるほど。ちなみに柳葉さんはなぜここに?」

 

「俺の役割は遊撃だからちょっと見てただけだ」

 

遊撃か。もしかして、私を助けに来てくれた藍沢さんの隣にいたのは柳葉さんだったのかな?

 

「ああ、そういえばあのチーターに攻撃したのは俺だ。最も、逃げられちまったけどな」

 

「え!?」

 

この人も心が読めるのか・・・?本当にいろんな人がいるなこの組織は。

 

後日。学校が終わり、例のビルの中にある基地にいた藍沢さんに昨日の夜のことを話すと

 

「ああ、彼にあったのかい?」

 

「知り合いだったんですか?」

 

「まあ、そうだね。そんなに会わないからたまに一緒にチーターを無力化するくらいかな。彼とも仲良くしてね」

 

藍沢さんは少し視線をそらして答えていた。何かありそうだが、聞くとまずそうなので聞かないでおこう。

 

「わかりました。柳葉さんとはまたお会いできるでしょうか?」

 

「うーん、どうだろ。彼気分屋だからそんなに顔見せないんだよねー。戦闘になれば来てくれるかもね」

 

遊撃部隊と言っていたから戦闘中に近くにいたら会えるかもしれない。でも、それは少し後になるのかも。

 

「私はちゃんと戦えるでしょうか・・・」

 

「うん。きっと大丈夫だよ。危なかったら私たちが何とかするからさ。みんなで世界を守ろう!」

 

「はい!」

 

私は改めてこの人の意志の強さを再確認し、私自身も覚悟を決めた。私がこれから世界を救う・・・!

 



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File 04 チュートリアルステージ 1-1

「晴夜ちゃん!危ない!」

 

相手からの攻撃を私を突き飛ばしてかばう藍沢さん。このままでは・・・。

 

くっ・・・。私は・・・。私はッ・・・!

_____

 

____

 

__

 

遡ること一日。午後4時30分。私は学校が終わり、直ぐに基地に来てこれからやることについて聞くことになった。

 

「上の人に頼んで私達四人のチームを組ませてもらったよ!そして、今日から実際に戦闘に出てもらう!」

 

「え!?いつの間にそんな申請したんですか?」

 

でも、この人のことだからこの前見たときのテンションで頼んだのだろう。

 

「まぁ、政府の直属組織が女子高校生を死なせたなんてことになったら話にならないから、私達も全力でサポートするわね。はるよちゃん」

 

「はい!私もそれなりの戦果を出して絶対に帰ってきます!」

 

とは言ったものの、そんなに私が戦えるとは思えない。せめて、後ろからサポートをすることくらいしようと思う。

だが、いきなり死ぬなんてそんなのまっぴらだ。

 

「ああ、絶対に一緒に帰ってこよう!」

 

「それじゃあ、説明を始めるわね。私たちが今回担当することになった案件はこの辺りにいるリアルチーターの無力化よ」

 

そう言って桃園さんは横においてあったホワイトボードをひっくり返した。ボードには一面に文字が連なっており、真ん中辺りには航空写真のようなものが貼ってある。赤いマーカーで丸がつけられている。

 

「そして、ここがそのリアルチーターの潜伏地域よ!」

 

「ん?そこは・・・」

 

見覚えのある建物が指された円の中にある。眼を凝らしてみるとその建物は───。

 

「そう、晴夜ちゃんの学校。正確に言えばその周辺だね」

 

「目撃情報も多々あるみたい。はるよちゃんの学校の生徒の可能性も十分に考えられるわ」

 

リアルチートは元々業務用に製作された『永続型リアルチート』と一般人にも使用することができる用に作成された『消耗型リアルチート』。そして、リアルチーター対抗用。リアルチーターへの攻撃を目的とした『攻撃特化型リアルチート』が存在するらしい。攻撃特化型のみ適合者でなければ使えないそうだ。

 

「学校で注意勧告されたのはもしかしてそのチーターのことだったのか・・・」

 

消耗型リアルチートは薬局などで販売されていたのだが、現在は販売を停止している。

 

「ええ。恐らくそうでしょうね。学生だとすると上級生から誘われたり、自発的に裏ルートで入手した可能性もあるわ」

 

しかし、依存してしまった人間が自身のチートのサンプルを改造して複製し、販売しているケースがあるらしい。

 

「リアルチートはいじるのが簡単だからねー。どうしてそんな構造にしちゃったかなー」

 

「シンプルに考えれば量産を楽にしたかったから、かもしれないわね」

 

本来、劣化すると体内で分解され吸収される消耗型を体内に存在する限り永遠に作動し続ける永続型に変換すると言う高度な技術を持った人間もいるようだ。

 

「あの、そのチーターによる被害はあったんですか?」

 

「うん。人目のつかない路地で殺されている男性と自宅で重症を負った女性の情報が入ってきてる。どちらも毒物による犯行だったみたいだね」

 

「毒物・・・。それって結構まずいんじゃないですか!?」

 

もしも毒ガスなどを扱えるチートだったりしたら町全体に被害がおよぶ。そんなことになったら・・・。

 

「もちろんその事も考えて今夜は別のチームに警戒態勢をとらせてる。あと柳葉にも」

 

「なるほど。それなら大丈夫そうですね」

 

柳葉さんにも情報が行っているなら大丈夫だろう。あの人は見た目から結構強い感じがするから何とかしてくれる。多分。

 

桃園さんがコホンと咳払いをして───。

「それで、はるよちゃんには潜入捜査をしてもらおうと思うの」

 

「確かに、生徒である私がチーターを探せばばれずに見つけられる可能性があるということですね」

 

「話が早くて助かるわ。じゃあこれ渡しておくわね」

 

そう言って桃園さんは一つの機械を差し出してきた。マイク付きイヤホンのようだ。

 

「学校に行くときそれを身につけて登校してね。私達もバックアップするからさ」

 

「じゃあ、動作チェックも兼ねて今日は帰宅してもらうわ」

 

「え?もう終わりでいいんですか?」

 

「いや、家に帰ったらそれを装着して横のボタンを押して。あらかじめ設定しておいたこの通信機に繋がるからさ」

 

私は「了解しました」と言って帰った。藍沢さんが見送りの時大きく手を振っていた。

 

__

 

___

 

____

 

家に帰り、リビングの椅子に座りマイク付きイヤホンを着けた。

 

「確か、横のボタン・・・だったよね」

 

「あ──。あー、聞こえるー?」

 

良かった。無事繋がったようだ。

 

「聞こえますよー。はっきりと」

 

「これで離れてても会話が出来るわ。じゃあ、さっきの話の続きをするわね。えーっと・・・」

 

イヤホンの向こう側で何か探すような音が聞こえる。鮮明に。

 

「あ!見つかったわ」

 

「これを使って色々セットアップしていくからねー」

 

「いや、全く見えないんですが・・・」

 

イヤホンの向こう側で「あ、そっか」と思い出したように声が聞こえた。数秒後、自分の目の前に映像が映し出された。

 

「うわっ!?もしかしてこれ空中マッピング出来るんですか?」

 

「まあね。それなりに時代は進歩してるんだよ。良い方向にも、悪い方向にも」

 

空中に投影された映像には通信機の向こう側の映像が映し出されているようだ。藍沢さんが小さな四角いものを摘まんでいる。

 

「その手に持っているのは・・・。SDカード?」

 

「そう!その通信機、SDカードがセットできるようになってるんだー♪しかも、通信機とそのスーツ、連動してるからデータ送信可能ッ!」

 

「くっ・・・、どうすればこの状況を・・・」

 

「晴夜ちゃん!危ない!」

 

私に飛んでくる攻撃をかばおうとする藍沢さん。絶体絶命なこの状況をどうすれば・・・。私は・・・、私はッ・・・。

 

_____

 

____

 

__

 

遡ること一日。午後5時30分。私は学校が終わり、直ぐに自宅に戻り基地に来てこれからやることについて聞くことになった。

 

「上の人に頼んで私達三人のチームを組ませてもらったよ!そして、今日から実際に戦闘に出てもらう!」

 

「え!?いつの間にそんな申請したんですか?」

 

でも、この人のことだからこの前見たときのテンションで頼んだのだろう。

 

「まぁ、政府の直属組織が女子高校生を死なせたなんてことになったら話にならないから、私達も全力でサポートするわね。はるよちゃん」

 

「はい!私もそれなりの戦果を出して絶対に帰ってきます!」

 

とは言ったものの、そんなに私が戦えるとは思えない。せめて、後ろからサポートをすることくらいしようと思う。

だが、いきなり死ぬなんてそんなのまっぴらだ。

 

「ああ、絶対に一緒に帰ってこよう!」

 

「それじゃあ、説明を始めるわね。私たちが今回担当することになった案件はこの辺りにいるリアルチーターの無力化よ」

 

そう言って桃園さんは横においてあったホワイトボードをひっくり返した。ボードには一面に文字が連なっており、真ん中辺りには航空写真のようなものが貼ってある。赤いマーカーで丸がつけられている。

 

「そして、ここがそのリアルチーターの潜伏地域よ!」

 

「ん?そこは・・・」

 

見覚えのある建物が指された円の中にある。眼を凝らしてみるとその建物は───。

 

「そう、晴夜ちゃんの学校。正確に言えばその周辺だね」

 

「目撃情報も多々あるみたい。はるよちゃんの学校の生徒の可能性も十分に考えられるわ」

 

リアルチートは元々業務用に製作された『永続型リアルチート』と一般人にも使用することができる用に作成された『消耗型リアルチート』、そしてリアルチートを無力化するためだけに作成され組織の人間のみ使用できる『攻撃特化型リアルチート』が存在するらしい。

 

「学校で注意勧告されたのはもしかしてそのチーターのことだったのか・・・」

 

消耗型リアルチートは薬局などで販売されていたのだが、現在は販売を停止している。

 

「ええ。恐らくそうでしょうね。学生だとすると上級生から誘われたり、自発的に裏ルートで入手した可能性もあるわ」

 

しかし、依存してしまった人間が自身のチートのサンプルを改造して複製し、販売しているケースがあるらしい。

 

「リアルチートはいじるのが簡単だからねー。どうしてそんな構造にしちゃったかなー」

 

「シンプルに考えれば量産を楽にしたかったから、かもしれないわね」

 

本来、劣化すると体内で分解され吸収される消耗型を体内に存在する限り永遠に作動し続ける永続型に改造すると言う高度な技術を持った人間もいるようだ。

 

「あの、そのチーターによる被害はあったんですか?」

 

「うん。人目のつかない路地で殺されている男性と自宅で重症を負った女性の情報が入ってきてる。どちらも毒物による犯行だったみたいだね」

 

「毒物・・・。それって結構まずいんじゃないですか!?」

 

もしも毒ガスなどを扱えるチートだったりしたら町全体に被害がおよぶ。そんなことになったら・・・。

 

「もちろんその事も考えて今夜は別のチームに警戒態勢をとらせてる。あと柳葉にも」

 

「なるほど。それなら大丈夫そうですね」

 

柳葉さんにも情報が行っているなら大丈夫だろう。あの人は見た目から結構強い感じがするから何とかしてくれる。多分。

 

桃園さんがコホンと咳払いをして───。

「それで、はるよちゃんには潜入捜査をしてもらおうと思うの」

 

「確かに、生徒である私がチーターを探せばばれずに見つけられる可能性があるということですね」

 

「話が早くて助かるわ。じゃあこれ渡しておくわね」

 

そう言って桃園さんは一つの機械を差し出してきた。マイク付きイヤホンのようだ。

 

「学校に行くときそれを身につけて登校してね。私達もバックアップするからさ」

 

「じゃあ、動作チェックも兼ねて今日は帰宅してもらうわ」

 

「え?もう終わりでいいんですか?」

 

「いや、家に帰ったらそれを装着して横のボタンを押して。あらかじめ設定しておいたこの通信機に繋がるからさ」

 

私は「了解しました」と言って帰った。藍沢さんが見送りの時大きく手を振っていた。

 

__

 

___

 

____

 

家に帰り、リビングの椅子に座りマイク付きイヤホンを着けた。

 

「確か、横のボタン・・・だったよね」

 

「あ──。あー、聞こえるー?」

 

良かった。無事繋がったようだ。

 

「聞こえますよー。はっきりと」

 

「これで離れてても会話が出来るわ。じゃあ、さっきの話の続きをするわね。えーっと・・・」

 

イヤホンの向こう側で何か探すような音が聞こえる。鮮明に。

 

「あ!見つかったわ」

 

「これを使って色々セットアップしていくからねー」

 

「いや、全く見えないんですが・・・」

 

イヤホンの向こう側で「あ、そっか」と思い出したように声が聞こえた。数秒後、自分の目の前に映像が映し出された。

 

「うわっ!?もしかしてこれ空中マッピング出来るんですか?」

 

「まあね。それなりに時代は進歩してるんだよ。良い方向にも、悪い方向にもね」

 

空中に投影された映像には通信機の向こう側の映像が映し出されているようだ。藍沢さんの手を見ると何か小さく四角いものを摘まんでいる。

 

「それは・・・、SDカード?」

 

「そう!実はね、その通信機スーツと連動しててね通信機にSDカードをセットして迷彩の情報を送れるんだ」

 

「ちなみにこのSDカードにははるよちゃんの学校の制服のデータが入ってるわ」

 

学校に潜入するなら制服じゃなきゃいけない。しかし、リアルチーター相手となるとこのスーツが必要になるだろう。そこで取られた作戦がこれということだろう。

 

「じゃあ、もうちょっと作戦を教えるね。まずは───」

 

__

 

___

 

____

 

「ふわぁー・・・。取りに行くか・・・」

 

昨日長々と雑談交じりの作戦の説明をされた。同じところを3回も繰り返し確認されたのでもう完璧に頭に入っている。確か、郵便受けに藍沢さんが入れたSDカードが入ってるはずだ。

 

 

「あ、あった」

 

朝食を食べたのち、朝の支度を進めてスーツを着て昨日教えてもらった通りにセットアップを進めていく。

 

「えっとこれで、繫がった・・・、のかな?それでここを・・・出来た!」

 

指定されたボタンを押すとスーツが徐々に制服に変わっていく。鏡で見ると完璧に再現されている。どうやら通信機も透明になっているようだ。

 

「これならばれない・・・。でも、感覚はスーツだからちょっと違和感あるなぁ」

 

ちょっと変な感覚だけどやるしかない。もう決めたんだから!

 

「さぁ、始めましょうか!」

 

私は力強く、扉を開けた。



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File 05 チュートリアルステージ 1-2

8時30分。学校。

 

「起立!礼!着席!」

 

「えー、ホームルームを始める。未だにリアルチーターは捕まっていない。今日も早めに下校するように」

 

「起立!礼!着席!」

 

まさかそのチーターがここにいるとはみんな思わないだろう。私と本人以外はね。

 

「おー、ホームルームとか懐かしー!」

 

「そうね~」

 

あと、通信機の向こう側のお二人さん以外・・・かな?

 

「さ、まずは目星をつけるために学校中をくまなく探してくれたまえ!」

 

「とは言っても学校(うち)は中高一貫校ですよ・・・。昨日も言った通り、約1500人がいる中でたった一人を特定できるんですか?」

 

「もちろん作戦はあるさ。多分、そのチーター殺し自体は二回しかやってないけど重症者がたくさん出てるんだ。重症になった毒はいろんなタイプで検出されているからきっと試しているんだろう。学校内でもその被害が出ているから被害者を辿っていけば───」

 

チーターが見つかるというわけか。なるほど。でも早めに終わらせないと死傷者が出るかもしれない。

 

「じゃあ、こっちからも情報が入り次第バックアップしていくわね」

 

「了解です!」

 

教室中に渾身の了解が響き渡った。この感じだと数名私の通信(ひとりごと)を聞かれていたかもしれない。

 

「あいつ、意外と面白いやつだな」

 

「うふふ、不思議な子・・・」

 

視線が集まってしまった。皆が思い思いの言葉を述べる中、私は一人赤面していた。

 

「うう、恥ずかしい・・・」

 

「晴夜ちゃんって意外とおっちょこちょいなんだね~」

 

まぁ、そんなことは気にせず早く探さないと。でも、授業はちゃんと受けないとね。

 

__

 

___

 

____

 

「一時限目終了。授業中クラスメイトに不審な点は見られません。捜索を開始します」

 

「オッケー!じゃあ、よろしく!あ、あと銃弾の確保もしておいてね」

 

教室には数人しかいなくなっている。授業中はクラスメイト全員に見られているため何かしでかすとは考えにくいだろう。だとすればこの休み時間中。もっと大きなことをするならば、昼休み、もしくは放課後。その辺りを重点的に調べてみよう。

 

__

 

___

 

____

 

「昼食終了しました。これより昼休みに入ります」

 

「わかったわ。きっと、この時間帯チーターは大きく動くわ。最大限警戒してね」

 

「了解ですっ・・・」

 

今度は周りに聞こえないくらい小さな声で言った。今までの二、三、四時限目のあとの休憩時間では二人の生徒が突然倒れたことが分かった。直ぐに周囲を見渡したがそれらしき人物は見当たらなかった。

 

「うーん。何処にいるんだリアルチーター・・・」

 

そのときだった。

 

ピンポンパンポーン

 

「避難訓練。避難訓練。ただいま、一階で火災が発生しました。三階避難用階段を使用し、校庭まで()()()()のルールを守って直ちに避難して下さい」

 

「なっ・・・」

 

ひ、避難訓練だって!?まずいな・・・。どう考えてもこのタイミングじゃない!どうする・・・。どうすれば・・・。

 

「晴夜ちゃん!落ち着いて!」

 

「あ!す、すみません。落ち着きます」

 

「いい?この状況で何処で一番人が集中すると思う?」

 

さっきの放送でも分かる通り当然・・・。

 

「三階避難用階段ですね」

 

「そう。きっと、リアルチーターはそこに毒ガスをばらまくと思う。そして、この状況下においてその行動が可能な役職は?」

 

「まさか・・・」

 

そうか!私は注目すべき点を間違っていたのかもしれない。つまり───。

 

「生徒ではない・・・。教職員!」

 

「その通り!生徒が避難所にいなければ不自然だが、教職員がいなくても比較的不自然ではない。つまり、今回の相手、成人した大人だ」

 

何てこった。相手はチーターだし、どのみち警戒はしていた。でも、それが私より年齢が上の人物と考えると戦闘になったら圧倒的に不利だ。

 

「でも、大丈夫だよ!私がちゃんとバックアップするからさ!」

 

「分かりました。じゃあ、急いで向かいます!」

 

私は勇気を出して一歩、また一歩と走り出す。

 

「お願い!間に合って!」

 

恐らく、今頃みんな教室前で整列しているところだろう。私一人いなければ少しは時間稼ぎができるかもしれない。

 

「はぁ・・・、はぁ・・・。あの曲がり角を曲がれば!」

 

曲がり角を曲がると見覚えのある男性の後ろ姿があった。

 

「はぁ、あ、あなたは!」

 

「君は・・・。晴夜さんさんじゃないか。どうしてここに?早く整列しなきゃ駄目じゃないか!」

 

「あなたは・・・。佐曽利先生!?」

 

佐曽利 龍夏(さそり りゅうな)先生。私のクラスの理科教師だ。比較的温厚な先生でとても殺人などを犯すようには思えない。

 

「晴夜ちゃん。無闇な戦闘は避けた方がいい。出来るだけ相手を刺激しないようにね」

 

もちろん。わかりきっていることだ。

 

「先生こそどうしてここに?」

 

「私は生徒の避難経路を確保しに来ただけだ。心配なんてする必要ないよ」

 

なるほど。あくまでしらを切るつもりか。でも、その顔には若干の焦りが見える。このまま戦闘を避けて話を引き伸ばすことは可能だ。無理矢理な発言でもいいから話を引き伸ばすしかない。

 

「そうですか。私も先生に頼まれてここに来ました。私もお手伝いしま───」

 

「単刀直入に言おう。お前、チーターだろう」

 

「なっ!?」

 

そ、そんな馬鹿な。いつ気がついた?

 

「お前は朝から様子がいつもと違った。教室からあまりでないお前がそんなに活発に動くなんて警戒するに決まってるだろ?」

 

佐曽利先生の目がどんどん私を追い詰める、鋭い目付きに変わっていく。まるで別人。くっ!ここに来て教師を気にしていなかった弊害が出てくるなんて・・・。

 

「俺には今ここでお前を殺す事だって出来るんだ。知ってて来たんだろ」

 

「・・・」

 

私は返答せずに睨んだ。それを全く気にせずに手に持っていた液体の入った瓶を目の前に出した。

 

「話には聞いていたんだ・・・。本部のやつらが俺を警戒してるってなぁ。だから、そいつを殺すプランだってあるんだ」

 

少しにやけた表情で私をバカにするように語り出した。

 

「俺のチートは知ってんだろ?このスプレーを毒ガスに変えてこの辺りにばらまくつもりだったんだ。でも、お前を殺すのはこのただの水だった毒だ。こいつをたった今毒に変えた。こいつが空気に触れた瞬間蒸発し近くにいる人間が即死する。もちろん俺には効かねぇ」

 

「あなたは一体何がしたいんですか・・・。生徒を大量虐殺したってあなたにはなんの利益も──」

 

「黙れぇぇぇぇ!」

 

大声で怒鳴りつけられた。怒りが混じった強い声だ。震えていた体が更に震え出した。

 

「生徒のお前に何が分かる?前の学校でもその前の学校でも!俺は生徒にいじられてきた。学級は崩壊し、俺へのいじりは更にエスカレートしていったんだ。だから・・・。だから思い知らせてやるんだよ。この腐ったガキどもになぁ!」

 

「そんなのただの八つ当たりじゃないですか!私達はちゃんと授業をうけていたし、この学校はその件とは何も関係ない!」

 

「うるさい・・・。うるさいうるさいうるさいぃぃぃっ!」

 

佐曽利先生はこっちに向かって思いっきり振りかぶった。狙った方向は私の足元。恐怖で足が動かない。狙撃も逃げることもままならない。佐曽利先生が瓶から手を放そうとしたその瞬間──。

 

バン!

 

「ぐ、ぐあぁぁぁ!」

 

背後から発砲音が聞こえたと思うと、ガラス瓶の割れる音と同時に佐曽利先生の叫び声が聞こえる。中の液体は一瞬で蒸発し、銃弾で怪我をした先生の手から血が吹き出る。

 

「言ったでしょ。ちゃんとバックアップするってさ!」

 

「あ、藍沢さん!?」

 

二重に聞こえた声に驚きを隠せなかった。後ろを振り向くとそこには藍沢さんが堂々と立っていた。

 

「どうしてここに?本部にいるんじゃ・・・」

 

「ふふっ!まさか!入ったばかりの新人さんにそんな危ないことさせるわけないでしょ!」

 

まさか、藍沢さんは私が敵に遭遇することを想定してここに潜入していたのか・・・。しかも、迷彩せずに潜入するなんて、もしかしてこっちも先生たちの中に紛れていたのか!?

 

「さあ、あの毒使いにとどめを刺してやろう!」

 

「は、はい!」

 

「そんな簡単にやられるかよ!」

 

佐曽利先生は試験管を私たちの方に投げつけた。割れた試験管からは僅かながら粉のようなものが舞っている。

 

「晴夜ちゃん!危ない!」

 

「わっ!」

 

藍沢さんは困惑で動けていない私のことを突き飛ばして代わりに明らかに毒の粉を被った。

 

「くっ・・・。視界を奪う毒か・・・」

 

「その通りだ、藍沢 唯雨。もう知っていると思うが毒によって()()()()()男女は俺の犯行だ。そして、お前も実験体(あのおんな)と同じように殺してやるよ・・・。橙山 晴夜。お前はその後だ・・・」

 

まずい。このままじゃ私たち・・・。いや、それだけじゃない。被害は学校中に──。

 

「はるよちゃん!通信が届いているならよく聞いて!あなたはそこに行く前約束したじゃない!”絶対に生きて帰る”って!だったら、やることはただ一つよ!」

 

そうだ・・・。そうだった。私は決めたんだ。世界を救うって。お母さんの仇を・・・!

 

私は右足、左足とゆっくり立ち上がり、銃弾用に持ってきた消しゴムを先生だった者(カイブツ)に向けた。

 

「動くな。そして、離れろ」

 

「あぁ?」

 

強く言い放った言葉は相手の視線を引き付けるには十分だった。

 

「なんだお前。先に死にたいのか?いいぜ。お前からじっくり毒で痛めつけながら殺してやるよ・・・」

 

 

「いいえ。殺されるのはあなたの方だ。チーター」

 

 

私は心の底からのリアルチーターへの憎しみで弾丸(消しゴム)に力を込めた。しかし、その軌道はとても真っすぐでまさに冷静だった。

 

放たれた弾丸は対象(カイブツ)の額を正確に打ち抜いた。その衝撃は脳まで達し、相手は気絶。その場に倒れこんだ。手に持った瓶は偶然割れなかった。

 

「これで終わりですよ、チーター。最後は痛くしないようにしますね・・・」

 

私は倒れたチーターの背中の上でカプセルを割り、無力化した。

 

「・・・。よ、よくやったわ!警察はもう呼んでおいたわ。後は、チーターを拘束してゆっくり撤退してね。ういちゃん!もう終わったから後ははるよちゃんと一緒に帰ってきてねー!」

 

「お、オッケ~」

 

藍沢さんは少し疲れた声で言った。私はひとまずネクタイで階段の手すりに拘束した。その場で座り込んでいる藍沢さんの肩を組んだ。

 

「ありがと、晴夜ちゃん~」

 

「いえいえ。いや、ほんと緊張しました・・・」

 

「かっこよかったよ!晴夜ちゃん!初めてであんなこと言えるなんてすごいよ!」

 

私はフフッと少し笑って、歩を進めた。

 

__

 

___

 

____

 

 

基地まで来た頃には、藍沢さんの視力は毒が抜けて元に戻っていた。

 

「よかったですね。猛毒だったら結構まずかったのに・・・」

 

「でも、晴夜ちゃんを守るためだからさ」

 

「もう!ういちゃんったら無茶するんだから!そうゆうことしてると本当にいつか・・・」

 

藍沢さんはえへへと言って、軽く謝っていた。

 

__

 

___

 

____

 

後日。佐曽利 龍夏はリアルチートの不正使用の現行犯で逮捕された。なお、うちの学校はその影響によってしばらく休みになった。

 

「佐曽利は取り調べを受けたんだけど、未だに情報が出ないみたい・・・」

 

「そうですか・・・。でも、一人でもリアルチーターを逮捕できただけ大きな収穫だと思います」

 

すべての情報を黙秘しているのか。でも、確か昨日あいつは二人殺したと言っていたけど、実際はもう片方は重症・・・。何か意味が?いや、ただの勘違いか。

 

「まぁ、何はともあれはるよちゃんが無事に帰ってきてくれて嬉しいわ。これからもよろしくね!」

 

「はい!」

 

つい昨日まで毒によって殺されそうになったようには思えないほどに基地内は笑顔であふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、某時刻。路地裏にて。

 

「はぁ・・・。はぁ・・・。誰か、助けて・・・()()



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File 06  QTC(Queer Trouble Cat)奇妙で困った猫

どうも。久しぶりに前書きを書いてみます。タイトルですがQTE(Quick Time Event)をイメージして書きました(結構、無理やりです)。内容に関しては終始平和な感じですがあんまり気にせず普通に読んでいただければと・・・。あと、数字もたくさん出てきますがあまりそこも気にせず。
以上、前書きを利用した補足説明のようなものでした。


私の理科の教師、佐曽利 龍夏先生が起こした事件から3日ほど経った。私みたいな素人が戦闘すると当たり前だが死ぬ。その為、私はあまり任務に参加する事は無い。しかし、顔を出さないのも申し訳ないので毎日基地に足を運んでいる。

 

基地に行くため駅に向かうまでの道のことだった──。

 

「ニ、ニャ〜」

 

今にも死にそうな()()()()()()()()を放った趣向の変わった少年が路地裏にいるではないか。

 

身なりはグレーのパーカーでフードを被っていて顔はほとんど見えない。スボンも服も全部ぶかぶかに見える。

 

「あ、あのー大丈夫ですか──」

 

「助けてニャァァァ!」

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

その少年は突然私に飛びかかってきたのだ。余りに突然だったので思わず叫んでしまった。

 

「助けて!助けてくださいニャ!お腹が減って死にそうなんだニャー」

 

「ん?え、えーっと・・・。取り敢えずウチ来る?なんか死にそうだし・・・」

 

「ありがとニャ!ありがとニャー!」

 

その少年はそのまま力を出し切ったかのように倒れこんだ。

 

「大丈夫!?」

 

息はあるようだ。どうやら相当疲れていたらしい。

 

「と、取り敢えず家まで運ばないと」

 

少年を持ち上げたとき、とても軽いことに気がついた。まぁ、小さな動物一匹程度の重さだった。そしてもうひとつ気がついたことがある。

 

「ん?耳が・・・」

 

この少年、フードを外すと猫のような耳が出てきたのだ。引っ張ってみたが取れる様子はなく、どこかでがっちり固定されているようだ。それにしてもリアルだ。

 

「気にしてる場合じゃないな。ただでさえ弱ってるのに、早く運んであげないと」

 

数分後、冷蔵庫から適当に取り出したハムをあげてみた。

 

「二ゃ~、おいしいニャ!お姉ちゃんありがとニャ!」

 

「うん、どういたしまして」

 

どうやら喜んでくれたようだ。ハムだけで回復できるかは謎だが。

 

「パンとかで挟んで食べる?」

 

「いいのかニャ?食べたいニャー」

 

「じゃあ、待っててね」

 

パンにチーズとハムを挟んで少し焼いてからお皿にのせ、少年の前に差し出した。

 

「ありがとニャー。いただきますニャ!」

 

ものすごい食いつきだ。数秒後にはお皿の上にパンかすしか残っていなかった。

 

「ところで、君はどこから来たの?おうちの人は?場所さえ分かれば送ってあげるけど」

 

さすがに知らない少年を家に何日間も住ませることは出来ない。親御さん達も心配しているだろうし、私がそこまで送ってあげようとした。

 

「わかんないニャ・・・。沢山歩いたし、どこから来たのかわかんないニャ。おとーさんとおかーさんは気づいた頃にはいなかったニャ。でも、()()()()()()()がいたニャ」

 

「ご主人・・・様?」

 

この子に両親はいない?こんなに幼いのに可哀想だ・・・。実際まだ、生きているかもしれないが会えないのはいないのと変わらない。そしてご主人様とは?

 

「そうニャ!ごしゅじんさまは優しくてかっこよくていつもなでなでしてくれたニャ!でも・・・」

 

「でも?」

 

「ニャーのことを実験に使ったニャ。ちょっと悲しかったけどごしゅじんさまの役にたてるならそれでよかったニャ。痛かったけどそれでもニャーは頑張ったニャ」

 

人体実験・・・でいいのだろうか。でも、実験と言ったが・・・。

 

「ご主人様は何の実験をしてたの?」

 

()()()()()()?ってやつニャ」

 

「・・・!」

 

これは驚いた。まさかこんな小さな子にもリアルチートの影響が出てるなんて・・・。

 

「お姉ちゃん、どうしたニャ?そんなに驚いた顔して」

 

「とりあえず一緒に来て!」

 

「ニャ!?」

 

ひとまず、この子を調べなきゃ。私はその子を連れて基地へ向かった。その途中の電車で色々聞くことにした。

 

「そう言えば、名前聞いて無かったね。教えてくれる?」

 

「ニャ?あ!そういえばご主人様からは〝フォッグ″ってよばれてたにゃ」

 

「フォッグくんね!じゃあ、私もそう呼ばせてもらうね」

 

フォッグくんは笑顔で頷いた。

 

───しばらくして、基地にたどり着いた。警備の人には事情を説明して通してもらった。

 

「それで、この子を連れてきたって訳ね。リアルチートの実験台されたって・・・」

 

「・・・。取り敢えず、フォッグくんはこっちで検査を受けてもらうわね」

 

桃園さんの目は真剣なまなざしだった。やはり‶リアルチートの実験台"と言うことを知ってからだろうか。フォッグくんは少し不安そうにこっちを見つめてきた。

 

「大丈夫だよ。ここの人たちはみんな私の仲間だから」

 

「わ、わかったニャ。お姉ちゃん」

 

フォッグくんは桃園さんの後ろについていった。

そして、それと同時に真後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あいつは誰なんだ?」

 

「うわ!柳葉さんじゃないですか!なぜここに?」

 

「なぜってお前、これでも俺はこの組織のメンバーだぞ。それより、あいつはな誰なんだ」

 

私はここにフォッグくんを連れてきた経緯を説明した。柳葉さんは少し不思議そうな顔をして――

 

「ほう。そいつには()()()()()()があったと?」

 

「はい。多分、着け耳とかカチューシャのようなものだと思うんですが・・・。日常生活にそんなもの付けるなんて珍しい子もいるもんですね」

 

私は少し笑いながら冗談のように話したが――。

 

「いや、俺が思うにあれは()()()()だ」

 

――うん?何を言っているんだこの人は?理解が少し追いつかなかった。

 

「柳葉、あんたボケたんじゃないの?まさかそんなに年老いて――」

 

「俺はまだ20代だ。馬鹿にすんじゃねぇ」

 

「って、言ってももうそろそろ30代でしょ~」

 

といって藍沢さんはひじでつんつんとつついていた。柳葉さんは少しうろたえていたが一つ咳払いをして――。

 

「それより検査はどうなったんだよ。もうそろそろ終わってんだろ」

 

「ええ、もちろん。うちの設備は優秀ですから」

 

桃園さんはカルテのような物を見ながらこっちにゆっくり戻ってきた。フォッグくんはこっちに向かって走り出し、私の腹部辺りに飛びついてきた。

 

「ごっふう!?」

 

「お姉ちゃん!けんさ終わったよ!」

 

「う、うん・・・。元気だね・・・。こういうとこ妹とすっごい似てるよ」

 

腹部にフォッグくんの加速されたタックルが襲い掛かった。

 

「だ、大丈夫・・・?それめちゃくちゃ痛いでしょ。てか、妹いたんだ・・・」

 

「と、とりあえず診断結果を教えるわね・・・。識別コードは0205011920。機能は人間以外の動物をそのまま人間にする・・・。つまり、フォッグくんは()()()()よ」

 

「なんだって・・・」

 

そんな馬鹿な。リアルチートはこんなことも出来るのか・・・。つまりは猫にリアルチートを使ったということか。

 

「そうニャよ。僕は猫ニャ!ところでしきべつこーどってなんニャ?」

 

「ああ、識別コードっていうのはリアルチートの種類を分ける番号の事!」

 

「やなぎばさんが20091305でういちゃんが04180123、そして私が1805190520ね」

 

「よくよく覚えてるね・・・。さすが優穏!」

 

桃園さんは少し照れた様子だった。ちなみに数日前教えてもらったのだが私の識別コードは0718011420。この系統のリアルチートは()()()()()()()()ようだ。

 

「この番号は血筋が似ていたりすると同じになるんだけど・・・。難しいことはわかんないよね・・・」

 

「わかんニャい!」

 

「はぁ・・・。で、こいつはどうするんだ?」

 

私たちは少し考えこんで藍沢さんが――。

 

「じゃあ、うちに入ってもらうっていうのはどう?監視するって名目で!」

 

「そうね!仮にもリアルチーターだし何するか分からないものね。サポート位ならできるかもしれないわね」

 

「保護・・・でいいのか?でも、行く当てもなさそうだしなぁ」

 

確かにフォッグくんには家族がいない。というかそもそも猫で実験台にされている。元の場所に返す方が酷というものだろう。

 

――

 

―――

 

――――

 

数日後、どうやら藍沢さんたちの活躍によってフォッグくんは私たちの班に加わることになった

 

「良かったな!フォッグ!」

 

「ニャハハ!くすぐったいニャー」

 

藍沢さんはずっとフォッグくんの頭をなでている。相当、気に入ったらしい。

 

「ナデナデしてるとこ悪いけど事件よ、ういちゃん!」

 

「内容は?」

 

藍沢さんはなでるのをピタッと止め、話を聞いた。フォッグくんは疲れている。

 

「最近、このあたりの市民たちが突如の体調不良、失神などを起こしているそうよ。この事件にリアルチーターが絡んでいる可能性が高いそうなので私たちに依頼が来たってわけね」

 

「体調不良ですか・・・。健康に影響するようなチートでしょうか」

 

「なにはともあれ行ってみおないことにはわからない!みんな行くよ!」

 

「ん?みんなー、待ってニャー!」

 

私たちは事件現場に向かった。その様子はとても賑やかで色とりどりだった。こうしてフォッグくんも増え、また一つ色が増えたのであった。



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File 07 たった一つのライフの為に

やっと、やっと書けたよ・・・。(←だらけまくって投稿を先伸ばしにし、勝手に満身創痍になっているglaci)深夜テンションやらで変なこと書いたかもしれません。多目にみてください!


「これはどこに向かっているんですか?」

 

「ああ、病院だね。どうやら優穏が被害の範囲から中心地を特定したらしいよー」

 

「なんか難しそうにゃ~」

 

私は藍沢さんが運転している車に乗ってとある病院に向かっている・・・、らしい。フォッグくんは相変わらずとてものんきだ。

 

「ごめんねー、一緒にいけなくて。でも、全力でサポートするからそこは期待しててね!」

 

「ありがとうございます。桃園さん。私も全力で任務を遂行しますっ!」

 

とはいっても今日はあくまで偵察。できるだけ多くの情報を手に入れたいが、敵との戦闘は避ければいけない。

 

「ニャーは何か出来ないのかにゃ?」

 

「フォッグくんは私がヘトヘトになったらもふらせてねー」

 

藍沢さんはフォッグくんのことをかなり気に入ってしまったらしい。しかし、フォッグくんはその事に関してはあまり気にしていない──、いやむしろフォッグくんも彼女のことが好きのようにも見える。

 

「おっけーにゃ!にゃーに任せるにゃー」

 

「ふふふ、この子を手に入れた私は無敵!さあ、ちゃっちゃと終わらせるよ!」

 

「雨唯・・・。任務もちゃんとしろよ。こっちはもう体調に影響が出てきてるんだ。早くしねぇと俺がくたばっちまう」

 

先に現場付近にいる柳葉さんは周囲の環境等を私たちに伝える役割だそうだ。どうやら今柳葉さんがいる位置でもうすでにチートの影響が出てきているようだ。

 

「りょうかーい!」

 

「わ、私も頑張ります・・・」

 

「着いたみたいね。じゃあ、迷彩を起動するわよ」

 

桃園さんがそう言った後に服が自分の私服になった・・・、ん?

 

「ちょっと待ってください!どうして私服の迷彩があるんですか!?」

 

「え、ああ私がこの前、晴夜ちゃんが学校に行ってるときに部屋に侵入してとってっ来たんだよー。ちなみに他にも冬服とか水着まで──」

 

「なにしてんですか!自宅に侵入とか!」

 

「ま、まぁいいじゃん!取り敢えず、柳葉も限界が近いだろうし早く行くよ」

 

さらっと犯罪行為を流された・・・、後で何とかしよう。取り敢えずこの広い病院内からチーターを探し出さなければ。

 

「別れて探そう。怪しい所があったらすぐに教えてね。特にフォッグくんは近づかないように!」

 

「わかったニャー。はるよお姉ちゃんも気を付けるニャー」

 

「うん。ありがとうフォッグくん」

 

フォッグくんが一階を、藍沢さんが二階を、そして私が三階を担当することになった。1フロアに約40室ほどある。これをしらみ潰しで探す。

 

「まずはこの列から・・・」

 

「おーい、大丈夫か新人」

 

「柳葉さん。はい、今のところ異常はありません」

 

イヤホンの向こう側から柳葉さんの声が聞こえる。

 

「敵の能力が少し弱まったようですね。あまり体がだるく感じません」

 

「そうらしいな。まぁとりあえずチーター探しを――」

 

耳から目へ集中力を移したその一瞬。目の前から高速で走ってくる人影があった。認識したときにはすでに目の前にナイフが迫っていた。私はとっさの反応で左に倒れ込んだ。

 

「チッ・・・。外したか」

 

「くっ・・・!あなたがこの事件の犯人ですか!?」

 

しかし、動きが人間の速度ではないその人物は私に次々と攻撃を仕掛けてきた。

 

突然、目の前に人影が現れて―――。

 

「待たせたな新人」

 

「もう一人いたのか!」

 

隣の建物から飛び移ってくるという荒業を見せてくれた。

しかし、何故か柳葉さんの体は透けていた。

 

「くそっ、死ねぇ!」

 

逆手に持ったナイフを犯人らしき人物が振るう。音は風を切る音ではなく、もはや空気の壁を割り、その衝撃をこちらまで飛ばしてくる勢いだった。

 

そんなナイフ、腕、手は柳葉さんの体を通り抜け、大きくからぶった。それはさながら柳葉さんがホログラムであるかのように。

 

そして今度は柳葉さんが突入してきた窓が突然割れ、何もない空間に"もう一人の柳葉さん"が現れた・・・?

体勢を崩した相手は()()()()()()()()()()()()()ナイフを落とし、()()()()()()()()()()()()()()()後ろに飛んだ。

 

「ぐっ・・・」

 

「悪いが、それは八秒後の違った時間軸の俺だ。俺はラグを作り出すことができる。見たからもうわかるだろ?」

 

「なめやがって・・・!」

 

相手はゆっくりと立ち上がりもう一度こちらへ走る。そして何度も、何度も柳葉さんを切りつける。だが全て通り抜けてしまう。もはや早いだけの暴走機関車と化している。

 

「クソッ!クソッ!なんでだよ!なんで当たんねぇんだよ!」

 

相手は自分の力を過信していたせいもあってなのか焦りを見せ、無我夢中、自暴自棄になって切りつける。しかし、目に見えない柳葉さんの連撃によってその行動は無意味に終わった。

 

―――私は状況を全く把握できずにただ茫然とそこに座り込んでいた。

 

「大丈夫ー?晴夜ちゃーん?って、柳葉!?ここに突入してきたの?」

 

「ああそうだ。いつもの事だから別にいいだろ?」

 

「やっと追いついたにゃ!お姉ちゃん!ダイジョブかにゃ!?」

 

遅れて藍沢さんとフォッグくんが駆けつけてきた。やっぱり、フォッグくんは私の妹にとてもよく似ている。元気で甘えんぼな・・・って、今はそれどころじゃなかった。

 

「皆さん、先を急ぎましょう」

 

「そうね、早く病室に急いだほうがいいわ。さっきのはどう考えても犯人じゃない。チートの範囲から見て病室からずっと動いてなかったからあんなには動けないはずだわ。でも、チーターではあるからちゃんとその人も捕まえて来てね」

 

桃園さんとの通信を終え、気絶した犯人の横を素通りして指示された病室の中へ入る。しかし、予想通り――

 

「・・・、逃げられたのか」

 

「遅かったにゃ・・・」

 

誰もいない病室で白く透けたカーテンが風に揺られていただけだった。

 

 

――

 

―――

 

――――

 

数日後。私たちは基地へ戻ってきた。改めて作戦を立て直す必要があるだろう。

 

「さて、状況を改めて整理しようか。まず晴夜ちゃんの話からチーターはあの病室の扉から出ていない。そしてあの病室のチーターは受付どころか誰にも目撃されていない。つまり、窓から逃げたと考えるよ」

 

「恐らくだけど、護衛は二人だと思うわ。一人は加速チーター、もう一人は多分窓から動けない病人を抱えて三階分の高さを飛び降りるだけの力を引き出す筋力増加系チート。そうだとすれば識別コードはどちらも1615230518となるわ」

 

「そして、あのチーターから引き出した情報によれば〝自分は雇われただけ"と言っていましたね。どうやら真相についてはほとんど何も知らない様子でした」

 

そして、最も肝心なこの事件の首謀者、つまりチーターの情報についてだ。

 

「首謀者の名前は宇尾 秋角(うお あきずみ)。14歳。職業は学生。10歳の頃に病に襲われ、それ以来入院。その病がかなりの難病で手術も困難を極めているらしい」

 

「そのちーたーの子、病気だったのかにゃ・・・」

 

「ああ。そうらしいな。そしてそいつはチートを使うほどに悪い奴じゃないって、クラスメイトの奴が教えてくれたよ」

 

―――今回のチーター本当に悪い人なのだろうか?でも、それは実際に確かめるしか・・・。

 

「油断禁物。全部が全部悪とは確かに言えない。でも、疑ってからこそ信じられんじゃないかな、晴夜ちゃん」

 

「そうね。やっぱり行ってみるしかないわ。じゃあみんな!場所については無線で誘導するわ!行くわよ!」

 

「えい、えい、おー!にゃ!」

 

やっぱり、藍沢さんはいつも通りみたいだ。私もちゃんと気を引き締めていかないと。

 

――

 

―――

 

――――

 

前回の病院とからは遠く離れた大きな病院についた。この中から前回のように探す・・・、と言うことはもうしなくてもいい。なぜならもうすでに位置情報をつかんでいるからだ。護衛はもう一人ついている。しかし、今回は前回とは違う。

 

――アルファ現在病院裏手を警戒中。異常は無し――

 

――ブラボー現在病院正面入り口を警戒してます。異常はありません――

 

――チャーリー現在病院内受付付近を警戒。異常は見られません――

 

色々な聞きなれない人たちの声が無線から大量に聞こえる。そう。今回の作戦別部隊の人たちも応援に駆けつけてくれたのだ。それにしても藍沢さんの人脈は凄い・・・。

 

「了解!みんなそのまま続けて!」

 

「こちら柳葉。病院の隣にあるビルから警戒中。異常は無いぜ」

 

全員の準備を着々と進めていく中フォッグくんが藍沢さんの裾を引っ張り、声をかけているのに気が付いた。そして藍沢さんは一度頷き――

 

「よし!フォッグ!特訓の成果を見せる時だ!」

 

「らじゃにゃ!」

 

そうフォッグくんが敬礼しながら叫ぶと体が見る見るうちに小さくなっていき気が付くとそこには一匹の子猫が居た。

 

にゃー!

 

「こ、子猫?」

 

「そう!こんな日の為にフォッグくんにはチートの使い方をちゃんと教えておいたのだ!じゃあ、フォッグ!そのまま潜入!」

 

にゃにゃにゃにゃー!

 

子猫はそのまま病院内へ走り去っていった。

 

「あの・・・。病院内にあの状態のフォッグくんが入っても大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫!フォッグくんにはたっぷり忍びの術を教え込んでおいたから!多分!」

 

「はぁ・・・。まあいいでしょう。それじゃあ私達も行きましょう」

 

私がそう言ってすぐ桃園さんが全員に合図を出し作戦は開始した。私と藍沢さんはゆっくりと病院へ歩き始めた。

 

――こちらチャーリー!病院内にいる人物が倒れ始めました!あ、わ、私もふらついて・・・――

 

「被害が大きくなる前に急いで、はるよちゃん!」

 

「ただしあんまり体力は使わないように!どう考えても相手は体力を奪ってきてるからね!フォッグくんの体力はほぼ無尽蔵だけど私たちはきついからね!」

 

私は最大限体力を温存しながら病室へ急いだ。場所は五階のエレベーター及び階段から一番遠い病室。エレベーターを使うのは危険だが体力温存のためには仕方がない。

 

「藍沢、エレベーターを使用する!」

 

「あの、藍沢さん、やっぱり今回のチーター・・・」

 

「気を緩めちゃだめよ晴夜ちゃん。最後の最後まで集中してね」

 

きっと藍沢さんも同じことを考えているはずだ。だがしかし、藍沢さんの言う通り集中しなくてはならない。そもそもチーターに同情を抱く必要性があるのだろうか?だが私の直感がそう告げている。倒してはならないと。殺してはならないと。

 

「そう、ちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()()()()集中してね・・・。っ!?」

 

エレベーターの扉が開く瞬間目の前に人影があると思ったその瞬間人が殴り掛かってきた。弾丸のような拳が私の前に飛んでくる。それを遮るように藍沢さんが横から入り、召喚した一番近くにある凶器点滴の棒を使って受け止めた。棒は一瞬にして破壊された。

 

「私がここは引き受けるから!晴夜ちゃんは早く!」

 

「は、はい!」

 

今のでだいぶ体力を失った。だがこの距離を走り切るには十分な体力だ。徐々に奪われる体力を維持しつつ遂に病室にたどり着いた。

 

「はぁ、はぁ・・・。この病院・・・、無駄に広い・・・。でも・・・、やっと着いた!」

 

扉を横に勢いよく開く。

 

「う、動かないで・・・、下さい!」

 

「あなたがリアルチーター対策本部の方ですね。僕の名前は宇尾 秋角。もっともあなた方には知られていると思いますが・・・」

 

中学生とは思えないとても丁寧な口調で話し始めた。どうやら本人のようだ。

 

「どうしてこんな事を?あなたはチーターに手を染める程悪い人ではないと聞きました」

 

「・・・。そういって頂けるのはとてもうれしいですね。僕が病気にかかっているのはご存じかと思います。数日前、僕のもとへ手紙と注射器・・・、改造版リアルチートが贈られてきたのです」

 

――宇尾 秋角様

  あなたのような素晴らしい頭脳を

  病によって失ってしまうのは惜しい。

  是非、このチートを使用し()()()()にも

  ()()()()にも生きて頂きたい。――

 

「僕は生きたい・・・。生きなきゃいけないんだ!母さんや父さんいや・・・、世界の人々の為に!」

 

「そのために他の人たちを巻き込んでいたんですか!?自分勝手にもほどがあります!」

 

「いいや、そんなことはない・・・。だってリアルチートの改造技術を作り上げたのはこの僕だ!この技術はいずれ世界を救う!」

 

「何を言ってるんですか!改造リアルチートは世界中で犯罪を引き起こしています!救うどころか危機に追い詰めています!」

 

「そんなことは・・・、知りませんよ」

 

「!!」

 

私は怒りを覚えた。人の事を殺す発明をしておきながら〝知りません″・・・だと?

――怒りを遮るように藍沢さんの言葉が入ってくる。『ちゃんと相手を見極めて適切に判断できるように・・・』

 

まだ、怒るのには早いかもしれない。

 

「本当に、本当に言ってるんですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

チート無効化カプセルを構え発射する。突如部屋の中に出現した小さな竜巻によってカプセルの弾道は大きくそれた。

 

「もう一人、いたんですね・・・」

 

「ああ、もちろん。護衛を付けずにここに残るわけがないでしょう?」

 

どうやら、この護衛との戦闘が始まるようだ。カプセルを構える。何度か護衛にも宇尾くんにも発射したが竜巻によって全て無駄になる。自分の体にものすごい風が通り腕に切り傷が入る。

 

「ッ!長い戦いは危険ですね・・・体力もだんだん減ってきましたし・・・」

 

しかし、打破する方法は見つけられず風により壁にたたきつけられた。

 

「さあ、あなたは誰にも助けられず、そのまま死ぬのです・・・!」

 

「くっ・・・」

 

ああ、この光景は前にも見たことがある。駅前で起きたあの事件。首を握りつぶしたカイブツがこっちにゆっくり歩いてくるあの悪夢(絶望)が。背筋が凍る。もうおしまいなのかな・・・。

 

にゃー!

 

「え・・・?」

 

護衛の顔に子猫が張り付いている?もしかしてフォッグくん!?

 

「今だ新人!アイツの首にぶち込んでやれ!」

 

「わ、わかりました!」

 

カプセルを急いで取り出し放った。しかし相手も案外冷静でフォッグくんを振り払い竜巻を起こし弾道を変えたのだ。

 

「・・・!またか!」

 

「残念だが、今吹き飛ばしたカプセル、二秒後の奴だぜ」

 

相手の首の後ろからショートする音が聞こえる。どうやらラグを作り出してくれていたようだ

 

「た、助かりました・・・」

 

「別にいいんだよ。それよりアイツを早く解放してやりな。お前はあいつが洗脳されていると思っているんだろ?」

 

「はい。やっぱり信じられません。多くの人たちから優しい、優秀等の評価を得るのはそんなに簡単なことじゃないと思います。やっぱりこの人は悪い人じゃない・・・。そうあって欲しい」

 

「やめてくれ!僕は・・・。僕は生きなきゃいけないんだ!これがなくなったら僕は・・・。死んでしまう・・・」

 

強く勇気づけるように言った。

 

「あきらめるのはまだ早いと思います。誰も未来を決めることはできません。それを言ったら悪い方向に転ぶこともあるかもしれませんが、それと同じようにいいことも山ほどあります。だからあきらめないで手術を続けてみましょう!」

 

「ッ・・・!」

 

驚いた表情で・・・、と言うよりは目を覚ましたかのような表情で――

 

「僕は・・・。今までなにをしていたんだ・・・。たくさんの人を救うはずだったのに。こんな・・・」

 

「大丈夫。今からでも間に合いますよ。あなたのその頭脳を使えばね」

 

――

 

―――

 

――――

 

この事件に関係していた護衛部隊は全員緊急逮捕。今まで倒れていた人たちは体力がすべて元に戻り、宇尾君は事情聴取を受けることになった。

 

「助言にしてはちょっと雑だったんじゃないか?」

 

「そう・・・、ですよね。やっぱりこんな言葉じゃ彼は救われませんよね・・・」

 

「ちょっと柳葉!大丈夫晴夜ちゃん!私はすっごくいい言葉だと思うよ!」

 

藍沢さんはずっと柳葉さんを連打している。柳葉さんは迷惑そうに黙っている・・・。でも、私の言葉をほめてくれたのはちょっとうれしいかも。

 

「にゃ~。もう疲れたにゃ。柳葉を連れてきたのはにゃーにゃ。ちょっとは褒めてくれてもいいにゃー」

 

「フォッグくんもよく頑張ったわ。あの状況でフォッグくんややなぎばさんが居なかったら今頃はるよちゃんは・・・」

 

本当に感謝している。今回手伝ってくれた別部隊の皆さんにもここにいる皆にも。

 

やっぱり私って誰かに手伝ってもらわないとダメなのかもしれない。

 

「よーし!あの怪力と戦って疲れたし、帰ったらじっくりモフるぞー!」

 

「にゃー!」

 

 

――

 

―――

 

――――

 

数日後。取り調べによると四年前、病気に襲われた時からあまり記憶がはっきりしていなかったようだ。恐らくそういった系統のチートに襲われたのかもしれない。手紙の差出人は不明。指紋も完全に拭き取られており、文字は全てパソコンによって出力されたものだった。つまり今回の真犯人を突き止めるまでには至らなかった。だが――

 

「宇尾くんが護衛に聞かされていた情報・・・。〝後ろには巨大な組織があって俺たちはそこから派遣されて来た″と・・・」

 

「ういちゃん。これって・・・」

 

「うん。すっごく嫌な予感がする・・・」

 

 

 

 

こうしてまた一つの事件が終わった。私は一人ではない。それを実感した瞬間だった。この事件はきっと巨大な陰謀の一角に過ぎない。だけど、私は一人じゃない。絶対に・・・、絶対にもう誰にもあんな思いはさせない!

 

これはとある少女の悲しい悲しい物語。

その少女は実に純粋無垢だった。

父親とは外に出てはしゃぎまわり、母親とは様々なことを教えられた。

その少女が中学生になるとき。

失った。紅色に染まった現実はその少女の心に食い込んでひびを入れた。

悟った。”ここから逃げなければ”と。

走った。薄暗く広がる街の中をただ遠く、遠く。

どこまで走っただろう。泥だらけになった足はずきずきと痛み、乾いた眼は光すら入らない。

止まった。立ちはだかる壁は実に無慈悲だった。

その少女は背後に気配を感じて青ざめた。”ああ、もう来たのか”

振り返るとそれは紅色の人の形をした”カイブツ”

眼を瞑った。入らないはずの光を消した。”もうダメだ”

眼を開いた。それは光。少女にはそう見えた。差し伸べられた手に少し恐怖を感じた。でも、光は言った。

”怯えなくてもいい。俺は敵ではない”すぐに信用できた。なぜだろう。暖かい。

それからその少女は光の元で育った。大きく育った少女は光と共に歩き、薄暗い闇に立ち向かうことを選んだ。

もう少女は眼を枯らさない。きっと、あの日を思い出してしまうから。

これはとある少女の悲しい悲しい物語。

 

――都内 某時刻 廃工場にて

 

「対象を捕捉。命令を実行します」

 

「待ってくれ頼む!ただ一回へましただけじゃねぇか!頼むから!みのがしてくれぇぇぇ!」

 

大量の鉄パイプによって串刺しにされた人だったものはもう何も語らない。



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File 08 赤いBotは何も語らない

私達は通行人の通報によって急行したはずの警察からの呼び出しでここに来た。

 

内容は近くの廃工場から悲鳴が聞こえたというものだった。

 

普通なら突然、何の調査もせずに警察が私達を呼び出すはずが無い。

 

()()()()()の話だが。

 

だって普通だったらこんな風になるはずが無いのだ。こんな―――

 

人が何本もの鉄パイプに串刺しにされて死ぬなんて

 

「これはどういう事ですか・・・」

 

「まあ、この様子だとどう考えてもチーターが犯人だろうね。しかも、かなり凶悪だ」

 

「・・・、もしかしてこの前の組織が絡んでるんでしょうか?」

 

「断定は出来ないね。何せあの犯人に協力していた奴が本当のことを言っているのかも怪しいし、かと言って組織的犯行も否定は出来ない」

 

仰向けになった人間のようなものが上から様々な角度にパイプを大量に刺されて死んでいる。視線を向けるのが辛くなるほどに。

 

「身元の確認は時間がかかりそうだね。とりあえずこっちも連絡して周辺の警戒に当たってもらうよ」

 

この近くに犯人が居たら周辺の住民の人たちに被害が及んでしまう。当然のことだ。

 

「じゃあ、まずは私達もパトロールして情報を集めよう。ゆのんー!私たちはどこに行けばいい?」

 

「えっとね・・・。今は住宅地の方の警戒が少ないからそっちに行ってほしいわ。宜しくね、ういちゃん」

 

私の方も通信は聞いていたので行く方向は分かった。私たちが住宅地の方向へ向かおうとしたとき、通信機の方から声が聞こえた。

 

「ねえお姉ちゃん!にゃーはどこへいけばいい?」

 

「フォッグくんー!君は私がもふるためにそこで待機しててくれー!今回は危ない事件だしねー」

 

「りょうかいにゃー!」

 

フォッグくんは素直で助かる。それにしても、先輩ともいえる存在がこんな状況下でこんなにはしゃいでいるのがとても不思議だ。そしてこの譲許王に慣れつつある自分が恐ろしい。

 

だが、人の死体を見ると()()()の恐怖で頭がいっぱいになる。そこで崩れてしまいそうになるほどに。これだけはやはり慣れない。

 

「行きましょう。藍沢さん」

 

「オッケー、晴夜ちゃん!」

 

―――

 

――――

 

―――――

 

住宅街のパトロールを終え、基地に戻るとあの死体の身元が特定されていた。

 

「死体の身元が特定できたわ。前回の事件の時病院の護衛をやってた人みたい。この顔見おぼえあるでしょ?」

 

「こいつは・・・。私にエレベーターで襲ってきたやつ・・・」

 

「もしかして―――」

 

組織による犯行が予想された以上、この結論に行きつくのは何も不自然ではない。これは―――

 

処刑(しまつ)された・・・。私たちがこの前の作戦を成功させたから・・・。この人が護衛を失敗したから・・・」

 

「さすが晴夜ちゃん。確かにそうだね、組織があるなら役立たず(こいつ)を消しただけなのかもね」

 

「ひどいにゃー・・・。一回失敗しただけで人を殺しちゃうなんて」

 

しかし、この推測によってより組織的な犯行が現実味を帯びてきた。

 

「だけど、リアルチーターの組織があるとしたらその組織の目的は何なのかしら?」

 

「まだそこに至るまでの情報(ピース)は集まってないね」

 

「人をきずつけるなんてひどいことにゃー!どんなりゆうがあってもゆるせないにゃー!」

 

その通りだ。こんなひどいことはさせちゃいけない。もう誰にも傷ついて欲しくない。

 

「ひとまず、手掛かりがないことには始まらない!みんなで聞き込みだー!」

 

「聞き込みね。それだったら別の部隊の人たちにも協力してもらって情報をとことんかき集めましょう!私もバックアップするわ!」

 

「えい、えい、おーにゃ!」

 

こんなに頼りになる人たちがいてくれて私は本当にうれしい。今までずっと一人だった私が、この人たちに支えられていることがとても―――

 

―――

 

――――

 

―――――

 

聞き込み開始から数時間。商店街、住宅街、駅前。いろんな場所でいろんな人たちに聞き込みをした。話を聞いているとリアルチートによる様々な被害を聞くことができた。すべてのリアルチートを消し、この世界から平和を取り戻したい。その思いはより強くなった。

 

「手に入った情報はこんな所かな」

 

聞き込みした話をまとめたメモを見ながら今までの情報を整理する。

 

「この情報・・・。〝周りのものを空中に浮かせて人を殺しているチーターを見たことがある″。これって・・・」

 

「ああ、多分晴夜ちゃんがベランダで見たって言ってたあの事件の事だと思う。どこで見たのかは知らないけど」

 

「この中だとこれが一番あの串刺しの状況を作り出せそうだわ。実はね、みんなが聞き込みしてる時こっちでもいろいろ調べてみたの。そしたらたくさん出てきたわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったっていう事件」

 

それもきっとあれと同じように始末された人たちだろう。今回それが発見できたのはあまりにも不自然だったからだ。しかし、その状況もこのチートなら再現できるだろう。

 

「ただ、これが分かったとしてもどうやって探すかですね・・・」

 

「うーん。張り込みとか?」

 

「張り込みですか。まあ確かに情報を聞いてから駆けつけるよりかは確率は高いかもしれませんね」

 

「じゃあ、今夜から開始ね!」

 

私は幸い夏休み中だったので深夜の活動も可能だった。ただ、夜中まで外にいると補導されてしまうのではないだろうか。

 

「それなら大丈夫!私がちゃんとついていくからさ!」

 

「・・・。そ、そのほうがいいですね。じゃあ、それでいきましょう!」

 

―――

 

――――

 

―――――

 

変化があったのは三日目の夜の事だった。工事現場で張り込みをしていた私たちは真夜中に鳴り響く悲鳴を聞きつけてすぐさま突入した。

 

「た、頼むよ・・・。お願いだから!殺さないでくれぇ!」

 

「対象を捕捉。処刑を開始します」

 

着いたとき、一人の男性と月夜の光に照らされて美しくきらめいている赤髪をもつ少女がいた。

 

その少女の周りには二本の鉄骨が浮遊している。駆け寄ろうとした瞬間―――

 

視界が赤に染まった。浮遊した鉄骨は正確に逃げ出そうとした男の背中を貫いた。

 

「お前・・・。何をしているんだ・・・。お前は誰なんだ!」

 

藍沢さんは怒りをもって召喚した銃を突きつけその少女に叫んだ。

 

少女はゆっくりと落ち着いた様子で口を開いた。

 

「私は伊手 茜(いて あかね)。ただいま命令通り処刑を実行いたしました」

 

「何のために?どうして私たちにそれをしゃべる!?」

 

「命令です。橙山 晴夜、藍沢 雨唯に目的を話せという。そして理由はあなたたちをこれから処刑するから・・・。だそうです」

 

「どうして私たちの名前を・・・!処刑ってどういう―――」

 

問い詰める間もなく茜さんは手を私たちの方向に向けた。すると周囲におちているねじが宙に浮き、自由落下するかのように私たちの方に飛んできた。

 

「くそっ!」

 

藍沢さんと私も攻撃を仕掛けたものの弾丸は全て私たちの方へ飛んできた。

 

「ど、どうなってるんですか!?」

 

「きっとあれは重力の方向を変えてるんだよ!だからすぐには飛んでこないで自由落下が起こるように加速してる!」

 

「・・・」

 

茜さんはなおも無言で、冷たい目をして攻撃を仕掛ける。その攻撃はとても正確で隙が無い。まるで操り人形のようだった。

 

「・・・」

 

「ここまで逃げ続けたけどこの先は行き止まり・・・。不味いな・・・」

 

完全に追い詰められていた。ここまで誘導されていたということか・・・。

 

少女は私たちの前に立ちはだかり鉄骨を宙に浮かべた。それで私たちを先程のように串刺しにするつもりだろう。

 

「藍沢さん・・・。私を信頼できますか・・・?」

 

「え?う、うん。もちろん!」

 

「じゃあ、今から・・・、私が何とかします・・・!」

 

一歩前に踏み出し手を構えた。この私の拳銃(チート)がどこまでできるか分からないけど、やるしかない。

 

あの鉄骨が自由落下のように加速しながらこっちに来るなら、多分見切れる!

 

「・・・」

 

茜さんは腕を振り下ろした。すると案の定、鉄骨はこちらに徐々に加速しながら向かってきた。

 

「指先に触れた瞬間、その一瞬に全てを!」

 

鉄骨の冷たい感触が伝わった瞬間、指に力を入れる。するとこっちに向かっていた鉄骨は真反対に跳ね返った。

 

「・・・!」

 

茜さんは状況に気づいたらしくとっさに横に回避した。

 

「・・・。まさかこの攻撃が突破されるなんて。しかし、これを考慮してもう一度―――」

 

茜さんは攻撃を再開しようとしたその時少し驚いて手を止めた。

 

「・・・。はい。撤退ですか。しかし、命令が・・・。分かりました。伊手 茜、撤退します」

 

耳につけている通信機で誰かと話している。途中で藍沢さんがバールで攻撃を仕掛けたが、手からすり抜けバールは壁にたたきつけられてしまった。

 

「・・・。では、またお会いしましょう」

 

それだけを言い残して茜さんは空を文字通り飛んで行ってしまった。

 

「攻撃しても跳ね返されるでしょうね。あれもチートでしょうか」

 

「くそっ・・・。もうちょっとで倒せたのに!」

 

「大丈夫です藍沢さん。十分情報は手に入れられました。やはり組織的存在があること、あの少女がチーターであること。これだけでも大きな収穫です」

 

「ありがと、晴夜ちゃん。そうだね。まずはこの情報を伝えなくちゃね」

 

藍沢さんの強い気持ちが伝わってきた。私も悔しい。だが、今は悔やんでいる暇なんてない。私たちはとにかく前へ進み、謎の組織の企みを阻止しなければいけない。

 

私たちが止めるんだ。この街を、この世界を守るために。

 

燃え盛る部屋の中に私はいた。

大人たちはみんな倒れていてただ一人私の前には私より四、五歳年の離れた少年が立っていた。

――キミはこれから僕の手下だ。

そう告げられた。

あなたは誰ですか。

――名乗る必要なんてないよ。キミはここから逃げたいんだよね。

・・・。はい。

――ほら手を取って。ここから脱出しよう。話はそれからだ。

・・・。はい。

どんな手品を使ったのかわからないが、目の前の火が見る見るうちに消化されていく。

手を一切使わずに。

これが私と主様の出会いだった。

 

――都内・某時刻。

「ギャハハハハハハハ!てめぇら全員ぶっ殺してやるぜぇ!」

 

「や、やめてくれぇ!なんでこんなにたくさんいるんだよぉ!」

 

瓜二つの男たちはゆっくりと隊列を成し人々を殺した。



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File 09  エクステンド ザ マーダー

「はぁ~。見つかんないなぁ~」

 

とある昼下がり。私と桃園さんにフォッグくん。我々一同はパソコンの前にすわり画面をにらみつけていた。

 

「ところで、このぱそこんってやつはどうやって使うのニャ?」

 

「まぁ、フォッグくんは仕方ないとして・・・。藍沢さん?」

 

「な、何でしょうか・・・、晴夜ちゃん・・・?」

 

「どうして地べたに寝っ転がってだらけているのでしょうか?私達は茜さんに関する情報をつかまなきゃいけないんですよ」

 

藍沢さんは非常に気の抜けた声でうなったのち、ゆっくりと体を起こした。そもそも地べたで何もしかずに寝ている時点でおかしいと思うのだが・・・。

 

「だってさー、そもそもどうしてあいつは名前を教えてくれたのかなぁ。どう考えても怪しくない?」

 

「確かに、ういちゃんの話も一理あるかもしれないわね。でも、それ以外にも身元がばれない自信があったとか・・・?」

 

「私たちを弄んでいるってことですか。そうだとしたら相当な余裕があって私たちの前に出て来たってとこですか?」

 

茜さんは確か、〝主様"と呼ぶ人物がいる。それが組織の中のボスなのか、それとも中間あたりの人物に雇われているだけなのか。どちらにせよ、調べればきっと手掛かりはつかめるだろう。

 

「あの様子からして相当の強者の感じがするわね。何というか〝執行官"のような・・・」

 

見た目にそぐわないあの残虐的な処刑。とても正気な人間にできる業ではない。

 

「とにかく、私たちが食い止めない事には始まりませんし・・・。ほら、藍沢さんもそんなだらけてないで調べますよ」

 

「――!二人とも!お話し中悪いけど緊急事態よ!」

 

桃園さんの声に空気が一気に張り詰める。私は声に耳を傾けた。

 

「ニャニャニャ!?」

 

「隣町のパトロールが見つけた情報でチーターの出現を確認したわ。"住人が襲われている、今すぐ応援を!"らしいわ」

 

「了解!行くよ晴夜ちゃん!」

 

「分かりました!」

 

私は藍沢さんと共に現場へと急行した。

 

――

 

―――

 

――――

 

「フォッグくんおいていっちゃいましたけど大丈夫でしょうか・・・」

 

「いや、危ないしこっちの方がいいと思うよ。・・・あそこだ!晴夜ちゃん―――いや、え?」

 

そこには・・・、大勢の人々に見える"同一人物達"がいた・・・。

 

「いや、これは・・・チートってことですか?」

 

「あいつは、脱獄犯・・・。私たちが前に捕まえたリアルチーターだよ。前はこんなチートじゃなかったのに・・・」

 

『よぉ、久しぶりだなぁ!』

 

『てめぇに牢にぶちこまれてからは本当にサイアクだったぜぇ!』

 

『だが今はサイコウの気分だなぁ~』

 

『お前をぶち殺せるんだからよぉ!』

 

ざっと数えただけでも10・・・いや、15人はいる。しかも、一人一人が脱獄するだけの凶悪思考を持った艦隊。周りには味方の部隊が1人あたり5人ほどで応戦している。だが全員満身創痍。それがあとどのくらいもつかはわからない。

 

「そしてあいつの名前は・・・、獅子 剛也(しし たけや)!」

 

『ああそうさぁ!』

 

『俺こそが獅子 剛也だぁ!』

 

『まぁ、名前を知ったところでムイミだろうがなぁ』

 

『てめぇら全員ここで死ぬんだからよぉ!』

 

「いや、死なないよ。私たちがあなたを倒すからね!」

 

「気をつけて三人とも!そいつは十人もの人間を虐殺した殺人鬼・・・、一筋縄じゃいかないわ!」

 

大量殺人・・・!そんな奴が野放しになっているなんて・・・。

 

「何としても食い止めます!」

 

「うん!行くよ晴夜ちゃん!」

 

『お前らが何人来てもよぉー』

 

()()()()()()()にかなうわけねぇだろぉが!』

 

まずは冷静に・・・。叫び声にひるまないように飛ばす物(だんがん)を―――。

 

「あ、あれ?まずいです藍沢さん!いつもだったらポケットに弾丸(ボルト)とか忍ばせてたり、偶然弾丸(ぶんぼうぐ)を持ってたりするのに今日は何にもありません!」

 

「何その偶然!てか、文房具飛ばしてたの今まで!?とりあえず何か探してみて!」

 

周囲には何も落ちていない。味方は手が離せない。相手は目の前・・・。あれ、これ詰んだのでは・・・。

 

『ヒャッハー!死ねぇ!』

 

「え、ええっと・・・。どうにかなれ!」

 

私はとっさの勢いで相手の腹部に指を押し付けトリガーを引いた。

 

『うおああ!?』

 

『ぎゃあ!なにすんだてめぇ!』

 

『早く俺から降りろ!俺!』

 

殺人鬼(だんがん)は何人かの分身を巻き込んで後ろに吹き飛んだ。よく考えてみれば、私の能力は()()()()()()()()()()()()()()・・・。それは人も例外じゃないって事か。でも、何とかなってよかった・・・。

 

「ナイス晴夜ちゃん!晴夜ちゃんはとりあえずそれで何とかして!」

 

「いや、あれ割とまぐれで・・・。って聞いてます!?」

 

「はるよちゃん。ここはういちゃんに任せたほうがいいわ。相手の体勢が崩れてきたらそこで乱して!」

 

「わ、分かりました!」

 

――

 

―――

 

――――

 

『く、くそ。まさかこんなガキにやられるなんてよ・・・。』

 

『晴夜・・・。覚えたぜ!』

 

『次に会う時は・・・。どうなるかカクゴしておけよなぁ』

 

そう言ってあの殺人鬼は包囲を掻い潜り、逃げてしまった。あの人数を分身を使って錯乱させながら逃げるとは・・・。

 

「まずい、あいつを逃がしたらとんでもないことになる!」

 

「全力で追跡して!死者が出る前に!」

 

「急ぎましょう藍沢さん!」

 

これ以上、リアルチートで悲惨なことは起こさせない!

 

「はっ!追ってみろよ!でもまあてめぇらじゃ追いつけねぇだろうがよ!」

 

「まぁ、あいつらにはな」

 

「だ、誰だ!か、体が動かねぇ・・・!」

 

「あ、あなたは!柳葉さん!」

 

どうやら応援に来てくれたようだ。恐らくあれは柳葉さんのチート・・・。()()だ。

 

「ほら、あと五秒だ」

 

「あ、すみません。これですね・・・」

 

私は無力化カプセルを殺人鬼のチートに狙いを定めた―――。

 

「!?か、体が重い・・・。うまく・・・動けません」

 

「私もだよ晴夜ちゃん・・・。これはチート?・・・、まさか!」

 

ゆっくりと近づいてくるその人影は明らかに見おぼえがあった。それはあの月明かりの下で会った時と同じオーラを放っていた。

 

「・・・、どうしてお前がここに」

 

「あなたに消えてもらっては困ります。主様の命令によりあなたの回収に来ました」

 

「チッ・・・。分かったよ。気に食わねえがな。ほらずらかるぞ」

 

例のごとく彼らは浮遊して消えてしまった・・・。重力を操るチート。物理法則を完全に書き換えてしまうチート。その力はやはり並のものじゃない・・・。

 

「くそっ!逃がしたか・・・!」

 

「ういちゃん・・・。確かに深刻な状況だけど一旦落ち着いて基地に戻った方がいいわ」

 

「・・・。そうだね。分かった。晴夜ちゃん、柳葉一旦戻ろう」

 

やはり、一度捕まえた犯人を取り逃がしてしまうのは悔しいらしい。基地に戻る間ずっと藍沢さんは悲しい顔をしていた。どこか不安に感じているようにも見えた。

 

――

 

―――

 

――――

 

と、思ったのだが・・・。

 

「藍沢さん。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してませんでしたか・・・?」

 

「にゃー♪」

 

「いやー、それとこれとは別だよー!やっぱりモフモフしてるなー」

 

帰って来てからずっとフォッグくんの耳を触っているのだ。

 

「この方がういちゃんらしくていいんじゃないかしら?」

 

「それもそう・・・、ですかね」

 

「とはいえ、あいつを取り逃がしたことはでかい。何か策はあるのか?」

 

「無い!」

 

即答だった。柳葉さんは深いため息をついて―――。

 

「しゃーねーな。俺が探しといてやるよ」

 

「それでいいんですか柳葉さん・・・」

 

「こいつ、今動きそうにねぇしな・・・」

 

どうやら一時休戦になりそうだ。それまでに私も策を考えなければ。

 

「戦ってて気づいたんだけどさ、あいつの分身撃ってみたけど他の分身には影響がないみたい。だからチートの無力化が一番の策だね」

 

「そうですか・・・」

 

あの武器なしで襲い掛かってくる怪力の化け物。あいつに近づくのも難しそうなのだが・・・。それに茜さん対策もしなくちゃいけないし・・・。やることは山積みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某時刻。???にて。

 

「回収に成功しました」

 

「よくやった!さんきゅー、あかね!」

 

「・・・」

 

少年は心底嬉しそうに話す。それに対し少女は何も語らない。

 

「じゃ、次もよろしくね。()()()()()()のために!」

 

「・・・」

 

世界征服と少年は軽々しく口にした。だがその言葉には確かな自信と執念のようなものが垣間見えた。



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