陽気なギャングの青春と間違い。 (23番)
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悪党たちは仕事を終え、仕事を始める。「仕事ってのはやめることはあっても終わることはねぇんだよ」

「そう言えば、あいつらどうしてるのかな」

 せい―しゅん【青春】①若い時代、又は苦い時代。②人生の春にたとえられる時期。「っべー、―してー!」③元は春を表す言葉。④「比企谷八幡の―」⑤別に憎むほどではない。


 

 

 一人の銀行強盗がいる。誰の助けも借りず、一人で行動できるため、元来の優秀さも相まって上手くいっていたという。しかし次第に、こちらも元来の根暗な部分が顔を出し、この指とまれと募ると、冷たい手が包んだ。

 二人組の強盗は悪くない。片方ずつの仕事に専念でき、優秀であればあるほど効率が良くなる。しかし、方向性音楽性の違いが露呈し、互いに面倒くさい対立を始める。再び指を立てると、小さな手が包んだ。

 三人組の強盗は良い。多数決をするにはもってこいだし、夏も冬も星座は大三角形だ。しかし、その仲介人の好みで物事が運ぶようになり良くないし、シーソーをしようにも一人余る。今度は募ってないのに掴まれた。公園の遊具は大抵偶数人用に作られている。多数決?なにそれ美味しいの?

 というわけで銀行強盗は四人いる。

 

 

 

 

  = 比企谷 Ⅰ =

 

 

「いやあ、先輩に会うなんて偶然ですねえ」揺れる車両で隣に立つ一色が目を合わせないで呟く。「いや、必然かも」

 比企谷は肩をすくめる。「俺の運もいつの間にか尽きていたらしい」

 西へ向かう列車の中、仕事場である役所の終業時間からずらしたとはいえ、未だ同僚に見咎められる可能性は大いにあり、夜闇のガラスに反射して映る清楚系ビッチならぬビッチ系ビッチを一瞥した。

 相も変わらずのミニスカートを翻し、肌色を覗かせる一色は四人の中でも異端児だった。比企谷はそこまで考えたところで、むしろ異端児しかいなかったと思い出す。

 よく集まる喫茶店以外で顔を突き合わせることは危険性しか含んでおらず、一色もそれは分かっている為、こうして目を合わせない。なら横に並ぶ必要性もなく小言の一つも言いたいところだが、それもできないと分かって隣でご機嫌にスマホを弄っていた。一色が言うにはこれ自体が作戦らしい。生真面目な容貌の一集団ほど危ないものはないと、自分の存在が人々の概念をずらし、隣の背広姿の男とは関係がないことを如実に表しているのだ、と少ない胸を張って言っていた。

 比企谷はなら近づかなければ万事解決だな、と喉まで出かかるが何とか飲み下した。ガラスに向けていた視線を落とすと、学生服に身を包んだ眼鏡の男の子が座っていた。目がせわしなく動いている。

 

 比企谷は電車を降り、一足先にエスカレーターで前を行く一色を見る。後ろに眼鏡君が張り付いていた。スマホを取り出しているのが見える。そのまま何の気なしに様子を伺っていると、頂上まで登ったところで一色が不意に立ち止まり眼鏡君とぶつかった。躓いたようにして密着する二人の横を、怪訝な視線を投げかけながら人が通り過ぎる。

「ご、ごめんなさい。躓いちゃって」決して高くないヒールでそういう一色は嘘をついていて、「い、いえすみません」と謝る眼鏡君と胡散臭さではいい勝負だなと比企谷は思った。

 比企谷の立つ板も頂上まで着き、通り過ぎる間際に「大丈夫か」と眼鏡君に聞く。

「え、あ、はい大丈夫、です」眼鏡君は自分に聞かれたことに目を剥き、おどおどと答えた。

 擦り寄るようにもたれる一色は、いつでも痴漢冤罪をでっちあげられる状態にも見えた。実際はもっと可愛いものだからいいかと目を逸らす。

 後ろから人が来ていて、比企谷はもう一度眼鏡君を一瞥して足を動かした。

「すみません」と泣きそうな声が耳に届いた。

 

 

 

 

  = 雪乃 Ⅰ =

 

 

「一色さん、どういう事かしら」

 閉店後の喫茶店。テーブル席の向かいに腰掛けた一色に雪乃は詰め寄る。窓のブラインドは下げられていて、外からは見られる心配はない。

「いや雪乃さん。偶々ですよ偶々」一色は手元のスマホに目を落としながら飄々と答える。

「偶然にしても、避けられる事態というのはあるのよ」そこまで言い、雪乃はカウンターで悠々とコーヒーに口をつけている比企谷に視線を向ける。「あなたも、離れることくらいできたでしょう」

 突然の代名詞指しに、カップを歯で鳴らしながら比企谷はテーブルを向いた。「いや待て、俺は悪くない全て一色が悪い」

 罪を問われ、まず自分に非がないことと近くの人に責任をなすり付ける辺りの手際をみて、これが公務員かと雪乃は思う。比企谷は市民の税金を責任からの逃走費用に充てているのでは、とも考える。

「ただでさえ、同窓生というリスクを負っているのだから」小言を積み木の様に載せていくイメージで言う。が遮られた。

「ねえねえ、それ一色ちゃんのスマホじゃないよね?」ここまで珍しくだんまりを決め込んでいた陽乃が口を開く。できればそのまま一週間ぐらい閉じておいてほしいという雪乃の密かな願いは砕け散った。

 聞かれた一色は返事の代わりに「あ」と何かを見つけた声を出した。「やっぱり、私の事盗撮してたんだ」

 盗撮という物騒なセリフに、喫茶店内が一瞬静寂に包まれる。がそれも、上〇恵美子も真っ青な程おしゃべりの陽乃にかかればぶち壊すのは容易だった。

「なになに、もしかして比企谷君との密会でもスクープされっちゃった?」

「え!なんで知ってるんですか!?私と先輩だけの秘密って言ったのに、先輩酷い」

「なんのことか全然分からないんだが」比企谷は再びカップに口をつけ、一息に煽った。そして「やっぱり」と呟いた。

 恐らく緊急事態に発展する可能性も孕んでいる状態だというのに、謎の弛緩した空気が流れている。比企谷は言葉からその場に居合わせたことが分かるが、陽乃に至っては完全に面白半分どころか面白九分といった様子で声を上げている。

 陽乃の発言は比企谷の様子を見ての行動だとは、雪乃には分かった。比企谷は大体なんでも先を見通す気があり、比企谷の行動が私たちの感情の指針となっている。もっとも比企谷のが慌てているところなど、三年前の再会から見たことはなかった。

「うわあ、ほんとだ。ばっちり一色ちゃんの下着が映ってる。比企谷君こっちおいでよ」

「遠慮します」比企谷はそう言い、カウンターの向こうでカップを拭いている由比ヶ浜さんに何やら注文をし始める。

「興味なさそうに言われると傷つくんですけど」一色は声だけ沈み、言う。表情は変わらない。

 しかし、、同じ女性として気がかりで雪乃も覗き込む。

「いやん、雪乃ちゃんのえっち」無視して画面を見る。確かにエスカレーターと思わしき場所で一色の後姿からスカートの中に差し込まれる場面までしっかりと映っていた。

「どうする?轢く?」つい、口をついて出た。

「単語が怖いです雪乃さん」一色は距離を取るように身体をずらす。少し悲しい。

 雪乃の表情を見て、一色が取り繕うように言う。「あ、いや心配してもらってありがとうございます」逆に身体を密着させる。「でも大丈夫です。こうしてデータはここにありますから」

 そういわれると気恥ずかしく、身体を離す。があるものがないことに気付いた。「そう、ならいいのだけれど。あとそれは返してもらっていいかしら」一色に言う。

「あれ、バレました?」一色は雪乃から掏ったパスケースを差し出してくる。

「偶々よ。外なら気付かないわ」雪乃はどうやっているのか本当に感心する。いや、感心ではない、関心する。

「そうやって掏ってきたのね」横から陽乃が言葉を挟む。「パスワードとかかかってなかったの?今どきは何でもかんでもパスワードでしょう?パスワードを管理するためにパスワード付けるくらいだし、そのうち金庫をしまう為の金庫とか出てきそうだね」

「それを貸金庫って言うんじゃないかしら」雪乃は乗せられてつい口を挟む。

「財布も取ってきたので生年月日で開きましたよ」一色はさらっと言い、雪乃は軽く恐怖を覚えた。

「一瞬でそんなに掏れるの?これじゃあ金庫も意味ないね」

「いえいえ、流石に無理ですよ。ちょっと躓いたふりしてくっついたんです」一色は自分の下着を見つめながら言う光景は、滑稽にも最悪にも思えた。

「なるほど。それは幸運だったね。なんてったって盗撮してまで下着が見たかった女の子とお近づきになれたわけだし」

「物理的にね」雪乃はまたも口を挟んでしまい、自己嫌悪に陥る。

「でもそれ大丈夫なの?GPSとか」陽乃が流れに水を差すように言うが、雪乃も差そうとしていた為助かる。

「大丈夫ですよ。機能をオフにしていますし、パソコンにつないでジャック済みですから」

 来た時には比企谷と一色が店にいた雪乃からしたら、短時間でここまでする手際に畏怖すら感じたが、謎の実家感も相まって表情に困る。

「どうせならそのまま痴漢冤罪とかで捕まえてこればよかったのに」陽乃は何の気なしに言い、カウンターでむせる声がした。「あ、でも冤罪でもないのか」

 そこで比企谷は立ち上がり、一枚の紙を持ってこちらに近づいてくる。「お、一色ちゃんパンツ見せるチャンスだよ」と陽乃は言い、「陽乃さん、私の事なんだと思ってるんですか」と冷静な声を返されていた。

 テーブル席に紙を広げる。ある都市銀行の見取り図だった。

「じゃあ、本題に入る」

 比企谷の声に弛緩していた空気が少し引き締まるのを、雪乃は肌で感じた。

 

 

 

 

  = 陽乃 Ⅰ =

 

 

 セダンタイプの乗用車は案外乗り心地が良く、とても盗難車とは思えなかった。盗難車された瞬間、質が悪くなる車の方が乗ってみたいなと考える。

 真剣な面持ちで車を運転する雪乃の表情を見つめてから、陽乃と同じ後部座席に座る一色に顔を向けた。

「何してるの?」陽乃は、暇を持て余した様にスマホを弄っている一色に声を掛ける。

「SNSが動いていたので」一色の手にあるのは昨日掏ってきたというスマートフォンだった。「なにかなって」

「ふぅん」

 その話題は昨日さんざん舌の上で転がしたのでもう味はしない。陽乃はそれよりも一色の腕の方が気になった。もちろん、掏りの。

「一色ちゃんって、どうやって取ってきてるの?」回り道しても核心までたどり着けそうにない為、単純に聞く。

「企業秘密です」すげなく躱された。

「ちぇ、満員電車で一緒になったら指一本じゃ済まなさそうだね」

「腕一本でも足りませんよ」スマホからパッと顔を上げ、蠱惑的な笑みを浮かべる。「今度ご一緒します?」

「遠慮しておくわ」腕一本はなくとも、それだけで通帳が空になっていそうで怖い。

 銀行強盗が自分の預金を心配するなんて世も末だね、と思ったところで前、つまり助手席から声がした。「もうすぐだ」比企谷はダッシュボードからニット帽とサングラスを取り出す。

 車が赤信号に突っ込んでいく。「あとは百二十秒で着くわ」雪乃が後ろをみないで言い、そのタイミングで信号が青に変わった。メーターが戻る気配すらなかった。

 毎度毎度、雪乃は事前に信号に細工をして回っているのではないかと思う腕だ。陽乃と一色もニット帽を取り出したところで、比企谷が小さく切った蛍光色のビニールテープを差し出してくる。受け取って頬に貼る。一色も続いた。

「今度はどのくらいの間ニュージーランドにいましょう」一色が夢見がちに呟く。

「ニュージーランドにロマンはあるの?」陽乃は手袋をはめながら聞く。

「羊はいますよ」

 雪乃がハンドルを左に切り、身体が右側に揺れる。すぐの信号も図ったように青になる。いや、実際に計っているのだ。身体で。

「あと四十秒」雪乃が鋭く言う。「比企谷君が車を出てから三百秒後に、銀行前の自動ドアの正面に車を停めているから」

 準備の最後に、内側に変声機の埋め込まれたマスクを付ける。女の声だと分かった途端に飛び掛かってくる勇敢な男対策だった。

「今回も四分ですよ、陽乃さん」比企谷が振り向いて言う。

「うん、分かってる」陽乃は頷く。

 今日は何の演説をしようか。医者の話、時間の話、いっそのこと銀行の話なんてどうだろうか。銀行強盗をするのだから、実りのある話をしなければ。といっても、現代の人にとって銀行強盗に合ったこと自体が実りも実り、大豊作だろう。私は銀行強盗にあった人間だと。アイデンティティを探して彷徨っている人間には青天の霹靂だ。

「あ」個性の話にしよう。陽乃は頭の上に電球が出てくるくらいに思いつき、思わず声が出た。隣の一色が首を傾げている。ネタバレしては詰まらない。

「ううん、あ、一色ちゃん」誤魔化しついでにひとつ。「銀行が銀行強盗に一番されたくないことは何だと思う?」

「はあ、なんでしょう。人質を取られるとか、ですかね」一色は答えを探るように、手にある銃弾を撫でた。

「銀行強盗だよ」一色に顔を近づけて言う、が避けられた。

 三人の手元にある拳銃が,いつでもいけるぞと言わんばかりにガチャリと音を立て、弾が装填される。

「四、三」雪乃がカウントダウンを始める。目的の銀行の看板が見えた。「二、一」車が停まる。

「ロマンはどこだ」呟いた比企谷が扉に手を掛け、飛び出した。

 

 

 

 

  = 一色 Ⅰ =

 

 

「彼は嘘をついていた」銀行強盗の前、比企谷が言った言葉が脳内を反芻する。

 ひとつ柵の向こうには、楽園が広がっていた。自由気ままに食べて寝る動物たちがいる。しかし、柵に囲まれていては自由も何もない。早くニュージーランドの羊に会いたいと一色は切に願う。こんな、生きるために見世物にされる動物ではなく、広大な草原に解き放たれた彼らの姿を。

 一色は柵に手を掛け、自由に拘束されている動物を見ていた。比企谷が近づいてきたのには気が付かなかった。

「また動物園か」比企谷は同じように隣にならび柵に手を掛けた。「一色が動物園にいるところ以外見たことないんだが」働いてるのか、と茶化してくる。

「何言ってるんですか先輩、私の職業は銀行強盗ですよ」

「頼むから転職する時の職歴には書かないでくれ」

 一通り会話をしたところで、比企谷は手を伸ばしてくる。一色が頼んでいたものだった。

「あ、ありがとうございます」

「パソコンの方は由比ヶ浜の喫茶店に置いてある」

「それもありがとうございます」

「意外だな」比企谷が無感情に言う。視線を追うと二頭のヤギが追いかけっこをしていた。

「なにがですか?」一色はスマホを鞄にしまった。財布も返さなきゃなと思いだす。

「一色が動物以外の事に執着するなんて」

「ああ、なんと言うか」追いかけっこをしているヤギから自分の子供を守るようにして、困ったように足を動かすヤギがいた。「小動物みたいで」

 一色は自分でも驚くほどの抽象的な物言いに苦笑しそうになるが、比企谷は合点がいったと言わんばかりに頷く。上手く伝えられなかったが、嘘ではないことは分かるのだろう。

「気をつけろよ」比企谷が踵を返し離れようとするが、一度首だけで振り返ると「あと、俺も材木座の事は苦手なんだ」と付け加えた。

「あはは、私よりはいいじゃないですか」一色は背中に笑いかける。

「まあ、そうだな」

 そう言い、比企谷は出口の方へと歩いていく。昨日強盗をしたばかりで危険だというのに、呼び出して申し訳ないなと考える。今朝のニュースも都市銀行で起きた銀行強盗の話題で持ちきりだった。強盗に鉢合わせた者は銀行員も含め興奮しながら「頬に蛍光色のテープを貼っていました!」と犯人を見つけたと言わんばかりに叫んでいた。

 一色はとっくの昔にテープを剥がしている頬を掻きながら、比企谷とは時間をおいて出口へと足を向ける。明日は学生の登校時間に合わせるから、喫茶店に泊めてもらおうと一色は笑う。

 

 

 

 

  = 比企谷 Ⅱ =

 

 

 比企谷は乗らなければいけない通勤電車の扉が閉まるのを、黄色い線の内側から見ていた。乗車率は百パーセントを超えた電車の扉には、大の大人たちが押し付けられている。外から見ると地獄絵図のようで、乗りたくないなと思う。それでも明日になったら乗っているのだから、世知辛いなとも思う。

 革靴を鳴らし、仕事場とは逆方向のホームへ進みながら市役所に電話を掛ける。数回のコール音に続いて、声がした。

「はい、課長どうしました?」電話の向こうで若い女性の声がする。まだ新人の真面目な社員だった。

「すまない、病院に行ってくるから午後から出勤する。今日必要な書類は引き出しに入っているから、ああ、ああ頼む」要点だけ伝え、電話を切る。

 昨今のコミュニケーションを重視する風潮は銀行強盗にとっては不都合だった。話題に上れば会話に花が咲くどころかもはや花畑、百花繚乱だ。近くで銀行強盗など、肥料以外の何物でもない。

 少し憂鬱になり、比企谷はため息をついた。ホームに滑り込んできた電車に乗り込み、車両内を見渡す。人は座れないながらも少ない。

 面倒なことになっていないといいなと、比企谷は窓の外に目を向ける。

 

 

 

 

  = 一色 Ⅱ =

 

 

 一仕事を終えた一色は、パソコンに向きイヤホンを片耳にはめていた。後ろから手が伸びてきて少し驚く。

「どう?順調?」コーヒーを机に置いた由比ヶ浜が一色に聞く。

 一色は温かいカップを両手で包み、一口啜る。「すみません、ありがとうございます。今のところは大丈夫です」なるべく明るく笑う。

 そこまで言ったところでイヤホンから怒声が聞こえた。耳をつんざく勢いで、学生時代の厳格な体育教師を思い出し、うげえと舌を出したくなる。コーヒーが不味いと思われてしまうため我慢した。実際不味いのだが。

「順調?なの?」外している方のイヤホンからも聞こえるほどの音量だったのだろう、由比ヶ浜の顔が曇る。

「はい順調ですよ」もう一度言い、両耳にイヤホンをはめる。

 比企谷に頼んでスマホに細工を施した。正確には材木座にスマホを改造してもらうように比企谷に言ってもらうように頼んだ。

 小動物の眼鏡君からスマホを取った後、携帯にはクラスメイトと思わしきアカウントからSNSを通じて脅しめいたメッセージが続々と届いた。やり取りを遡ると、美人の女性のスカートの中を盗撮した動画を送らないと、ぼこぼこにするという内容のものがあった。ぼこぼこという言葉に子供らしさを感じると共に、美人と言われて悪い気はしなかった。

 いつもならば捨てるところだったが、どうしても気になり比企谷を頼ることにした。材木座に頼んでスマホに盗聴器を内蔵、そしてネットで拾ってきた盗撮風動画を加工し学生が犯人のようにするという作業だ。それを学生証を頼りに眼鏡君に戻し、朝のうちに脅しめいたメッセージを送ってきた複数人のスマホと彼らの通う学校の教師に盗撮風加工動画を送った。

 登校時間が終わり、おそらく一時間目が始まるという時間であるが、学生は職員室に集められているらしい。未だに耳元では怒号が響く。裏口から入ってきた比企谷に一色は気付かなかった。

 テーブル席の向かい側の椅子を引き、背広姿をした比企谷が腰を下ろした。一瞬、一昨日の銀行強盗の時と同じ格好かと目を剥いたが違った。公務員だったことを思い出す。

「天下の公務員がこんなところにいていいんですか?」一色は保護者が監視に来たようで居心地が悪く、口をとがらせる。

「ここは関東だ」比企谷は由比ヶ浜が運んできたコーヒーを見下ろしながら言う。

「は?」

 比企谷は一色の疑問詞にも反応せず、砂糖をドバドバと入れている。冷ましてから一口煽ると、「美味い」と息を吐いた。

 そんなに砂糖を入れたらコーヒーではなく砂糖汁になるのではと一色は思ったが、それで美味しくなっているのかと意識せず身を引く。由比ヶ浜の方を向くと、照れるようにして笑っていた。そんなやり取りに苦笑しそうになる。

「やっぱり」比企谷が口を開く。「携帯の解約はしてなかったんだな」

 比企谷の言葉に、一色は目の前のパソコンに目をやる。「そうですね、先輩の言った通りでした」

 脅されているものにとって無くしたというのは最高の免罪符だ、と比企谷は言った。大人の世界でもない限り、宿題や携帯、忘れてもどうにもできない範疇というのが子供の世界にはある。どうにかさせたいが、その一線を越えると折角築いた自分たちの城を飛び出すことになり、足が出ない。逆に言うとその中で起こることに、大人は干渉ができない。

 だから、こちらから突き破った。

 犯罪という大義名分をもって、学生が積み上げるようにしてきた城を壊しにかかった。

 イヤホンの向こう側はクライマックスだった。眼鏡君の携帯が調べられようとしている。眼鏡君の心境は絶体絶命、と言ったところだろうか。だが、写真ファイルを開くと、自動的に動画加工アプリが立ち上がるようになっている。ご丁寧に拾ってきた盗撮風動画へのリンク付きだ。

 由比ヶ浜が朝ごはんにと、サンドイッチを差し出してくる。二人分を一つの大皿に載せていて見た目には大量だった。しかし朝から活動していた為、お腹が鳴る。

 耳元の雰囲気が全員断罪から、眼鏡君擁護へと移行する。

「もう大丈夫そうです」イヤホンを外した。

「そうか」比企谷は頬張っていたサンドイッチを飲み込み、続けてコーヒーもとい砂糖汁を飲み干すと立ち上がる。あまりのあっけなさに「もう行くんですか?」と尋ねると「病院に行くって言ってあるからな」と言い残し去った。

 カウンターの奥から、由比ヶ浜が顔を出す。「あれ、ヒッキーは?」

「もう帰りましたよ」一色が笑うと、由比ヶ浜は肩を落とす。手に持つお盆にはおいしそうなパフェが載っていた。

 この人も難儀だな、と一色は思う。

「先輩帰っちゃいましたし、それください!」

「あ、うんどうぞ」由比ヶ浜は落とした肩が上がらない。

 そう簡単にいっては困る。と一色は思い、パフェにスプーンを差す。

 うん、美味しい。

 

 

 

 

  = 比企谷 Ⅲ =

 

 

「じゃあ、行ってきますお兄ちゃん」

 パンツスーツに身を包んだ妹の小町が、柔らかく笑う。襟元にはキラリと光るバッチを付けていて、それが人としての価値をも上げているように比企谷は錯覚する。事実、家裁調査官など銀行強盗と比べたら天と地、雲泥、月とスッポン、小町と八幡だ。

 以前、小町にどんな仕事か聞いた時、「奇跡を起こす仕事」と言われたのを比企谷は思い出す。違うだろう、とは言わなかった。銀行強盗もそう変わらない。毎回、奇跡を起こしているようなものだ。

「ああ」短く言い、踵を返す。

 乗り換えのホームで小町と別れた。時間が合えば、一緒に通勤することもままあった。

 それに気付いたのは男の性か、いや、偶然だなと言い訳をする。電光掲示板に目を向けたところで、タイトなミニスカートを履いた若い女性が目の前を通り過ぎた。比企谷はこんなに寒いのに、よくもまあと思いながら目で追う。電車と風が、ホームに流れ込んだ。

 寒風が目に刺さり顔を背けようとするが、不自然な動きを一瞬捉え、そちらを覗く。見れば、黒い学生服に身を包んだ眼鏡君がいた。

 眼鏡君は流れるように女性の後ろに付くと、そのままエスカレーターに乗り込む。スマホを取り出すのが見えたが、そのまま姿は見えなくなった。

 比企谷は小動物も獣だったなと、今になって思い出した。

 

 

 




「9年待って出ないのなら、10年待てばいい」

 まちが―える【間違える】①間違いをする。②しそこなう。「計算を―」。③他のものと取り違える。④「比企谷八幡は―」⑤別に悪いことではない。


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