隣人さんはブシドー少女。 (隣ブシ)
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俺と若宮イヴ

一人称初チャレンジです。

イヴちゃん可愛いよねって話。最推しの麻弥ちゃん友希那様除けばダントツ。


 ──時に。君達は『若宮イヴ』という人間を知っているだろうか?

 

 

 フィンランド人と日本人のハーフモデル?

 

 それとも今をときめくアイドルバンド、Pastel*Palettesのキーボード?

 

 

 勿論俺もそう認識している。

 だが、俺の場合は少し特殊で──

 

 

 

 ──オハヨウございます!!!」

 

「だあああああ!?」

 

 

 

 ベッドから転がり落ちる。痛い。

 どうやら布団を剥ぎ取られて、その勢いに巻き込まれたらしい。

 

 知っている。

 

 だってかれこれ100回近くこのパターンを経験しているから。しかし学習はしない。

 混濁する意識、重たい目と身体をようやく覚醒させて、ソイツ(・・・)に俺は向き直る。

 

 ──フフン、と一仕事終えたかのように胸を張り、誇らしげな表情をする少女……若宮イヴ(・・・・)

 

 件の人物が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 睡眠の話をしよう。

 それは人間の3大欲求とも呼ばれるくらい抗えないモノ。学生ならバイト、仕事をしてる人は残業などで深夜近くまで起きている場合は相対的に睡眠時間は削れてしまうわけだ。

 

 まあ世間には所謂『魔剤』と称されるエナジードリンクを多用して徹夜をする人間、中には何徹もする漫画家なりゲーマーなりがいたりするが。しかし、効果が切れてしまえば身体は限界に耐えきれず、長い眠りに誘われるのだろう。徹夜が習慣的になって、あまり寝ずにしても活発に動ける超人は知らん。

 

 逆に睡眠導入剤なんかで補ってあげないと眠れない、所謂『睡眠障害』を患ってる人もいるわけで。昨日は眠れなかったんだろうな、と気の毒にも目に見てわかるほど不調子な姿だったり、今度は薬の副作用で別な苦しみを受ける、とても悲しい事だ。

 

 

 ……まあ、なんだ。兎にも角にも俺が言いたいのは、この時間に支配される現代社会において、眠ることは至福のひと時であり。邪魔をされる筋合いは無いと、そんな所だ。

 

 確かに俺は夜更かしする方では無い分、一般的に充分に眠れたと言えるぐらいには睡眠を取っていると思うが、ヒトってのは強欲で。「あと5分」なんて声に出して読みたい日本語NO.1かもしれない。

 

 

 

 ジリリリリリ!!

 

 

 

 だがそれを妨げて来るのがコイツ。

『5分前行動を心がけましょう』なんて学校ではよく言われるが、何も俺が設定してる時間の5分前に起こさなくてもいいだろうに。逆になんで把握してるんだよ。と一種の恐怖を感じながら喧しいアラームを止める。

 寝起きの悪い俺は、朝特有のどうしようにもないイライラをイヴに向け──

 

 

「シマさん!今日も一緒に学校に行きましょう!!」

 

 

 イヴがそう、微笑む。

 

 ──ああ、駄目だ。この純粋な笑顔を見せられると毒気が抜けてしまう。

 

 嘘だと思う?まあコイツを是非見てもらうと解るだろう。てかよくよく見たら曇りひとつなくて綺麗な瞳してるなコイツ

 ……いやいや。何考えてるんだ俺は。

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 本題に移ろう。若宮イヴについての俺の認識、それは。

 

 

 隣人さん(・・・・)だって事だ。ついでに目覚まし。

 

 

 別に幼馴染みだとか、許嫁だとか。恋人だとかそんな関係では決してない。

 ただ家がお隣。本当にそれだけ。なんなら歳は1つ俺の方が上だし、学校も違う。厳密には全く違うとは言い切れないのだが。

 じゃあ何で家にまで来て起こしに来るんだ、と思うかもしれない。まあ色々あるんだよ色々!

 

 

「シマさん、どうしました?」

 

「いや、何でもない。……じゃあいつも通り家の前で待っててくれるか?着替えて飯食ったら行くから」

 

「分かりました!ワタシ、待ってますね!

 

 

 あぶねえ、どこに向けてか俺も分からない独り言を聴かれてたらヤバい奴になっていた…

 幸いな事に何も無く。「ふんふ〜ん♪」と鼻歌を歌いながらイヴは部屋を出ていく。俺は「はあ〜」と気だるさを抜くように溜息を吐き、着替えを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺の朝食は雑である。

 基本的にはパンと牛乳なり粉末をお湯に溶かすタイプのコーンスープ。

 これには理由があって、散々寝っていたからのんびり食っている時間がない。というのも確かにあるのだが、単に俺がパン派だからって言うのがデカい。あと食ってるパンが上手い。流石だぜ山吹ベーカリー、一生着いていく。

 世間では朝ごはんをしっかり食べないと脳が活性化せずポテンシャルが下がって調子が出ない……なんて話を聴くが、少なくとも俺はその例には当てはまらない。こう見ると俺も全然寝なくても活動出来る超人に似た何かを感じる。不本意だけど。

 

 

 

「いってきまーす」

 

 

 靴を履きながら、俺は誰も居ない家に向かって言う。

 母さんの仕事は朝早い。俺がまだ寝ている時間に仕事に出掛けてしまう。以前寝付きが悪くぼんやりと、恐らくはいつもの1時間以上前に目が覚めた時があったのだが、「行ってきます」の声が確かに聴こえた事を覚えている。

 親父は知らん。俺が物心ついた頃から家には居ない。母さんは「単身赴任で海外に行っている」なんて言っていたが、たまには俺に連絡くれてもいいんじゃないかと思う。息子だぞ息子。

 

 まだ寝惚けてるのかやけに長い頭痛を振り払うように首を大きく振って、俺は待ち人の元へ。家の外へ。

 

 

「……あっ!シマさ〜ん!!」

 

「おっす、イヴ」

 

 

 すぐに気づいたイヴがこちらに手を振る。

 透き通った声だが音量がデカい。なんなら大きく手を振るし、彼女の芸能界としての側面も考えれば非常に目立つ。俺は結構恥ずかしい。ほらあっちでオバチャンが微笑ましい表情をしてるじゃないか。いやなぜだ。

 

 そんな気も知らないだろうし俺を辱める悪意もない、この純粋100%人間に軽く手を振り返し、俺達は学校への道を進む。

 この辺の人間はお馴染みの商店街を通り抜けていく。

 

 イヴはさっきから道行く人々に声をかけられては挨拶を返しているようだ。

 流石アイドルと言ったところか?有名どころのTV番組では、確か夏に無人島でサバイバルロケにPastel*Palettesで出演していたぐらいだが、ローカル(この辺の)番組なら誰もが1度は必ず観たことがあるってのは過言じゃないと思う。

 

 そんだけやって、モデル業務もあって。学校に通って…なんなら部活動を3つ掛け持ちしていると耳にした。

 

 

「あの、さ……イヴ」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「お前、毎日大変じゃねえの?」

 

 

 俺は、気になって聞いてみた。

 

 

「えっと……何がでしょう?」

 

「毎日は毎日だっての。部活もバンドもやってて大丈夫なのかって話」

 

 

 イヴは少し考え込んだ後、また屈託のない笑顔で言った。

 

 

「確かに、ワタシは修行中の身ではあります。辛いことも苦しい事もありますが…」

 

「ワタシには、一緒に頑張れるナカマが、大好きな皆さんがいます!」

 

「共に思いあって力を合わせる、これぞワタシの信じるブシドーです!」

 

 

 ──凄い奴だ。

 あまりにも迷いの見えない輝いた表情に、思わず微笑んでしまう。

 

 ブシドー。武士道。友とお互いに助け合ってここまで来たのだろう。

 まさに武士は相身互いってか?素晴らしいじゃないか。

 

 

「あっ!なんで笑うんですかシマさん!」

 

「ごめんごめん。……ま、俺はイヴがもっと頑張れるように応援するよ」

 

「むーぅ、仕方ありませんね」

 

 

 頬を膨らませて怒るイヴだったが、どうやら許してくれたようだ。本当に可愛いなコイツ。

 

 なんてやり取りをしながら、俺達は花咲川女子学園、通称『花女』へと到着。

 イヴは花女の生徒なので、ここでお別れという訳で。

 

 え、俺?俺はもう少し遠くの花咲川男子学園、通称『花男』。『はなおとこ』なんて良い呼び名ではなく、『はなだん』。何で。名前の通り男女で分けられてる。

 ここに長居してもお縄に掛かっちまうかもしれないので、とっとと行くことにする。

 

 ──高頻度で校門近くにいる浅葱髪の風紀委員、クッソおっかないし。

 

 

「じゃあな、イヴ」

 

「はいっ!行ってきます、シマさん!」

 

 

 ぶんぶんと手を振るイヴに、俺は小さく手を振り返した。

 

 

「元気ですね」

 

「はい、イヴがいつも通りで俺も元気になれますよ」

 

「それはそうと秋津(あきつ)さん」

 

 

 はいこちら秋津、名前は(しま)

 

 

 ……え?

 

 

「早朝から元気なようで」

 

 

 ──げっ。

 

 

「急がなければ貴方、学校へ遅刻しますよ?」

 

 

 油の切れたロボットのようにギギギ、とカクついた動きで振り返る。

 

 ……そこには例の風紀委員、氷川紗夜()が仁王立ちしていた。

 

 

 ──────すいませんでしたああああああああぁぁぁ!!!」

 

 

 間髪入れずとんずらする。ギャグ漫画とかアニメのキャラってこんな気分なのかってくらいそれはそれは。……周りから見たら俺は、余程滑稽に写るだろう。

 

 朝からツイてないぜ、まったく。

 

 

 




更新速度は上げねば……


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バイトの心配

迷走によりイヴちゃん要素の少なさ


 

 

 

 入店音。

 誰もが人生で一回は聴いたことがあるんじゃないだろうか、全国チェーン店の音。俺は飽きるほど聴いた。

 

 

「しゃ〜せー」

 

 

 気の抜けた声に迎えられ、もはや見慣れた無垢な白の髪を三つ編みにした少女が。

 ……はて。珍しい人が来たものだ。

 

 

「たのもー!!」

 

「いらっしゃいませ」

 

「たのも〜」

 

 

 ある日の昼下がり。

 俺のバイト先であるコンビニにやってきた(イヴ)は、何やら様子がおかしかった。

 道場破りのように入店してくるのもそうなのだが……とはいえ、今日の彼女はどこか活気に満ち溢れている気がする。

 ……いつもの事?そう言われたら否定は出来ない。だって元気の塊だからな。瀕死から全回復できるかしら。しかしこんな日に一体何だろうか、普段来るような場所でも無いというのに。

 

 

 ──俺の嫌な予感は、直ぐ様的中する。

 

 

「シマさん!」

 

 

 バンッ!と両手をついて俺の担当レジに乗り上げてくる。おやめくださいお客様。あと近い。

 普段からそこそこに近い距離感が有るとはいえ、すぐ近くで顔と顔を見合わせるのは何ヶ月ぶりだろうか。寧ろ一回すら無いかもしれん。

 漫画とかでよく見る「女の子の匂い」ってのはこういうのか?……変に意識すると恥ずかしい事になりかねん、去れ煩悩。退散退散。

 肝心のイヴには、一体何の用なんだと俺は聴k──

 

 

「ワタシ、バイトを始めます!!」

 

 

 ───えっ?

 

 

「バイトです!」

 

「は?」

 

 

 何だって??

 

 

「バイトですっ☆」

 

 

「……は、

 

 

 

 

はあああああああああ──っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファストフード店にて。

 

 

「バイト?」

 

 

 ポテトを食う。

 

 

「イヴが?」

 

 

 ポテトを食う。

 

 

「なんでだ……?」

 

 

 ポテトを食う。

 

 

「し、心配だ……っ!」

 

 

 モリモリモリモリモリモリモリモリモリモリ……

 

 

「ちょ、ちょっと島?大丈夫…?」

 

「心配だ心配だ心配だ心配だ心配だ心配だ心配だ……」

 

「あちゃー、これはだいぶキてますな〜」

 

 

 バイトの同期である今井リサ、そして後輩の青葉モカが何か言っているようだが知らん。俺は只々一心不乱にポテトを喰らう。

 リサが「日菜が無人島ロケ行った時の紗夜みたいにドカ食いしてる…」と聴こえたのは覚えている。えっ、あの鬼(氷川紗夜)がそんな事するのか、なんだか気になるじゃねえか、ちくしょう。

 気づけば目の前のメガ盛りポテトは無くなっていた。だからどうした、俺には2セット目がある。

 このモヤモヤとした感情を振り払う事は出来ず、ポテトを次々と口に運ぶ。

 

 が。

 

 

「ゔっ……」

 

 

 喉に詰まった。目の前の2人の「言わんこっちゃない」という表情が心に刺さ……おいなに笑っとんねん。特にモカ。

 

 

「み……水……」

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 どこか上の空な気分のまま、俺は今日もバイトに。

 

 イヴはどうしてバイトを始めたりしようと思ったのだろうか…あいつ部活掛け持ちしてるんだよな?アイドルだよな?数少ない時間をさらに削って大丈夫なのか?

 それでなくとも突飛な行動の多い彼女だ、バイト先に迷惑を掛けたりしないだろうか……

 

 なんて考えていると、どうやら客が会計をしに来たらしい。

 

 

「あっお会計ですねー」

 

 

 この作業も慣れたもんだ。商品を手に取ってピッ!とスキャンして……あれ?

 反応しない?おかしいな、バーコードはこの辺に……

 だが何か感触が変だ。そう、まるで人の手のような──

 

 

「島!?人の話聴いてる!?」

 

「──はいっっ!?」

 

 

 目の前にいたのはリサだった。視線を手元に落とすと、俺は彼女の手を商品と勘違いしてバーコードリーダーを当てていたようだ。

 俺は慌てて手を離す。痛い。跳ね上がったバーコードリーダーが額に当たった。ちくしょう。

 

 ……話によれば俺は今日、出勤してからずっと心ここに在らずといった様子だったらしい。珍しく客が少なかったのが唯一の救いか。

 他の同僚や店長さん達も心配していたらしく、俺は出勤してきたモカとそのまま交代。休養するようにと解放されてしまった。

 

 

 時はお昼。

 茹だるような暑さに脳をやられ、行く宛も無くさ迷う。

 気づけば通学路であるいつもの商店街へと来ていた俺は、タイミングが良いのか悪いのか腹の虫に悩まされる事に。

何かないのかなと辺りを見回せば、精肉屋、パン屋……やまぶきベーカリーも良いが、その隣に見えるのは。

 

 

「……喫茶店?」

 

 

 そこには『羽沢珈琲店』の文字。珈琲店とは銘打ってはいるが、店の前にあるメニュー表には紅茶やケーキ、果てにはポテトなんかのサイドメニューまであるのだから喫茶店で間違いはないだろう。てかポテトってなんだポテトって。昨日のリサの発言がまた気になってきたじゃないか。

 丁度いい。ここで昼を食べよう、と俺は扉をあけ入店する。

 

 

「こんにち──」

 

「ヘーイ!ラッシェーイ!!」

 

 

 

 ……え?

 

 デジャヴ。

 

 脳を殴られたかのような感覚。眩しい笑顔に眩暈。

 やけに聞き覚えのある声。朗らかな声質に反して力強いその言葉。

 シンプルな黄色のエプロン姿、しかし俺にとってそれは板前帽と白服に錯覚してしまう。そう、確かこれは…

 

 

「お客さん、何握りやしょうかー!!」

 

 

 寿司屋だ。イヴは俺の想像の何倍も上を突き抜けてきた。

 現実離れしたその光景に俺が絶句していると、奥にあるカウンターの方から女の子が。

 

 

「イ、イヴちゃん!ここ喫茶店だから…」

 

 

 茶髪の彼女は確か『つぐみ』といったかな。何度か会ったことはあるが、モカの幼馴染という認識がある。モカ曰くつぐってる(謎の動詞)子らしく、話を聴くに苦労人というイメージが強い。

 

 

「ふむ〜?違うのですか?」

 

「これじゃあお寿司屋さんだよ…」

 

 

 天然にも程がある。いつぞやに駅前で会ったギタリストのド天然さといい勝負ができるのではなかろうか。そんなコントを見ていたらイヴがこちらを向いた。げっ、目を輝かせてやがる。

 嫌な予感、再来。このパターンはイヴの十八番の──

 

 

「シマさん!来てくださったんですね!嬉しいです!」

 

 

 突然の質量の襲撃。再び飛びそうになる意識を堪えて俺は何とか踏ん張る。

 その名はハグ。イヴ曰く「フィンランドでは親愛の証」らしく、こいつの人懐っこさもあって積極的に抱きついている。

 んな事はどうだっていい!こいつを引き剥がさないと周りからの視線が痛い!ほらつぐみちゃんも……あ、この子は手で顔を隠してる。流石に恥ずかしいよな……おい指の隙間からチラチラ視線が来てるぞ。というか助けて。

 

 

「おい離れろ…仕事中なんだから場を弁え…むぐ」

 

「シマさ〜ん♡ハグハグ〜!」

 

「ちょっと!お客さん見てるから!」

 

 

 1度引き剥がそうとしたが、余計に抱きつきが強くなった気がする。いや強くなってる、確定。

 

 

「離れ……ろー!」

 

 

 何度目かのトライによってついに脱出することが出来た。いやすいませんお客さんほんとすみません。マジスンマセン。ペコペコと頭を下げながら、俺はイヴ……の横をすり抜けてつぐみちゃんに席を案内してもらう事にする。ほらそこ、むっとした顔をしない。だいたいお前のせいだぞ。

 案内された席に座ると同時に得体の知れないほど重い疲労感と空腹感に襲われる。マズい、このままだと死にかねん……なんかたのもう…

 

 

「えっと、ご注文は……?」

 

「ああ……日替わりケーキとこのコーヒーをお願いします」

 

「はい!かしこまりました!」

 

 

 疲れた時には甘いもの、と誰かが言っていた気がする。厳密にはどういった効果があるのかは知らないが、まあ気分がハッピーになるんだろう。実は低血糖症の恐れがあるって聴いてからは、余程のことがない限り避けて来た道ではあるが。

 まさに今は絶好のタイミングと言えるだろう。低血糖症?知らん。大丈夫だろ、俺健康だし。

 

 

 注文の品を待つ間、俺はイヴの仕事姿を目で追う。

 アイドル活動で鍛えられてきた営業スマイルや接客に関してはバイト初心者ながらも充分と言えるだろう。ただ発作のように、気を抜くと「ラッシェーイ!」だの「ブシドー」だの問題発言をしてしまうのは玉に瑕。

 

……それでも。

 

 

「ご注文、承りました!」

 

「ツグミさん、注文内容は────で──」

 

「こちらがご注文の品となります!ごゆっくり、です!」

 

 

 一生懸命で、楽しそうだ。

 

 

「はい!ありがとうございました!またいらっしゃってください!」

 

「……なんだかんだ、結構やれてるのかもしれないな」

 

 

 沢山の人と触れ合えてとても満足そうな表情を見ていたら、俺の不安要素はすっかり消えていた。どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。発作は別として、だけどな。

「お待たせしました〜」とベストなタイミングでつぐみちゃんが持ってきたケーキを、俺は頂くことにした。

 

 

 

 

 

 完食。

 

 

「ご会計ですね!」

 

 

 俺はレジで表示された金額を確認しつつ、ミニリュックから財布を取り出す。思えば、これならもう一個くらい何か食っとくべきだったかなと思ったが……謎の満腹感を得てしまった、何故。金の消費が抑えられて良いことだが。

 財布からお金を出しながら、俺は目の前のイヴに話しかける。

 

 

「まさか喫茶店で働くなんてな」

 

「ブシの修行の為ですからね!」

 

「ははっ、変わんねえなあ……」

 

 

 喫茶店とブシドーは絶対関係ない……ってのは野暮かな。会計を終え、俺はイヴからレシートを受け取り、出口へ。

 ノブに手を掛けながら、「そうだ」と言おうと思っていた事を思い出す。

 

 

「じゃあまた来るよ。……頑張れ、イヴ」

 

「ハイ!ありがとうございます!」

 

 

 ダキッ

 

 余程嬉しいのか、イヴが抱きついてくる。

 

 

 ……うん、待って?

 

 

「──またこれかああああああああぁぁぁ!!!」

 

「んふふー!」

 

「んふふー、じゃねえ!離れろ!仕事に戻れ!」

 

「ではこれは『頑張ります』のハグです!」

 

「どういう意味だああああああああぁぁぁ!!!」

 

 

 ……すいませんお客さん。また迷惑掛けます。

 

 




時間が欲しい


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